Fragment of the Daybreak (サイハ)
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序章

 

◇倫敦

 

 また物が増えている。

この場所に来るといつも少しだけ緊張する。

なぜってここは――この都市でも有数の魔術師の家系、その長の工房だ。

どこぞの名門貴族の応接間で世間話をするのとは、訳が違う。

彼は別に、誰をも威圧しているような空気を纏う人じゃない。

むしろ逆のお人柄、お気楽とさえ言えるほどの。だけど、そこが怖くもある。

 この屋敷に住む非魔術師たち。

もっと明確に、階層として下の者たちに優しすぎるくらいに優しい。

兄は彼らに人として最低限度の生活を約束すると、いつか口にしていた。

魔術師は皆どこかおかしいが、彼は貴族としても違っていて、人間としても変わっている。

 

「兄さんは出不精うだな」

 

 開口一番。

ワタシは呼び出してくれた人。

一見何にも考えてなさそうな兄――アルフレドに若干の不満を表してみた。

 別に怒ってる訳じゃない。

『この時代のロンドンの空気は毒だ』

そう公言し、招かれない限りは誰とも会おうとしないこの人。

我が兄アルフに何を言ってもしょうがないと分かってはいる。

でも、気持ちを言葉にはしたいから。

 

「怒るなよ。そのデカイ尻が痛くなるくらいの距離を移動させられたからって、それは馬車のクッションが悪いのであって、このアルフレドには何の非もないはずだ」

 

「まだ子ども扱いをされる。相変わらずだ、兄さんは」

 

 彼へ向かい合うようにソファーに座る。

アルフレドは吸いタバコを巨大化させたような機具、彼曰く『空気清浄機』の蒸気をワタシとの間にあるほんの少しの蟠りを払うようにして、ソファーに寝転がった姿勢を起こす。

 ワタシとは違う金色の長い前髪の向こうから、ゆるみきった眼差しがのぞき、そして歪む。

 

「決意は変わらないようだ。もしかしたら半分譲った刻印を完全にする為、このアルフレドを殺してくれるかと期待したのだが……そこまでお前は戦争に行きたいか?

戦いなら他にいくらでも転がってるぞ、この時代。

いや、普通に生きるのだって十分に戦っているとさえ言えるだろう。

 それに――願いがあるのか? 聖杯に賭けるほどの望み、他で叶わぬ欲望がお前に。

なぁ、アンドレア」

 

「あるよ、兄さん。

 ――いや、アルフレド・ジグマリエ。アンドレアには夢があります。

聖杯にかけるほどの夢ではないでしょうが、我が一身を賭す望みが……あります」

 

「なら、行ってこい我が半身にして魔女の末よ。

 ……なぁ、せめて召喚の触媒は用意させてくれないか?」

 

「遠慮しとく。アルフはさ、王室からとんでもない物、借りようとしてたから」

 

「我らが国王は天使達を守る為なら、叩き割られた円卓ぐらい容易に下げ渡してくださるぞ?」

 

「王太子殿を守るのが今の兄さんの表の仕事。貴族の義務には誠実であれ、でしょう?」

 

「ああ、果たすとも。だが、世界の三分の一を支配する者への呪詛を逸らす苦労。

 その対価が常に釣り合っていない状態なんだが? さて、どう王室は報いてくれるのかね?」

 

 再びソファーへ横になった兄へと手を振る。

最後になるかもと振り返った彼の顔には派遣艦隊が薩摩の城下を砲撃したことを非難する論調が掲載されていた。アーネストの情報通り、彼の皇の勢力が力を増しているのだ。

 

「イッテキマス」

 

「ああ、行ってこい。そして成果を持って帰れよ、アンドレア」

 

 私はもう振りかえらなかった。行くのだ、東の果てに。日本の冬木へ。

 

 

◇冬木

 

 二人の男がいる。

一人は焚火に向かって、何かを焼いている。

 

「何の用だ。こんな何もないところに呼び出して……」

「ここをさ、藩の学び舎にしないかって話が来てる。このあたりの山も家の土地だからよ」

 

 一人は陰気な男である。表情には明るさというものがなく、人間味が薄い。

だが、自分に背を向けている男に対しては面倒という感情を隠そうとはしていない。

 もう一人は紋付き袴、腰には帯刀。一見武士といういで立ちである。

だが、彼は武士ではない。いや、公的な身分は武家社会に属しているが彼は――

 

「魔術師がこうも無防備に背をさらすなよ」

「お前はそう卑怯なヤツではないぞ、新。例えこの遠坂の跡取りが隙だらけで、拙者を殺せたとしてもだ。もし出来たら、妹をやってもいい」

「莫迦か。マキリの魔術と遠坂の魔術はまったく別だろうが。それに近く祝言だろうに」

「名家で資産家。それに裏の世界も知っている。だが愛がないのが気にくわん」

「愛か。キミは十字教にかぶれ過ぎている。しかも、ヤツらに霊地までくれてやるとは何を考えている」

「ああ、それは拙者が遠坂だからだ。じい様だってお前の家に当家とも勝るとも劣らない霊地をくれてやってるだろ?」

「それは……そうかもだが。ただ莫迦だったんじゃないか? 霊地のことをよく知らず、土地をだたで分けてやったと思っていたんだろうよ、キミの先祖は。ただの武芸者だったんだから」

「ははっ! 遠坂の家をよく分かってる!! なぁ、新。この間、教会に面白い客人が来た。

そいつは司祭に激しく喧嘩を売っていたぞ?! どうも別の宗派らしい。拙者はな、ソイツと仲良くなったぞ?」

「声がでかい。あと何故疑問を含ませる?」

「いや、ソイツが言うには拙者は絶対に今度の儀式に生き残れないらしい。いわゆる宣告をしてきたのだな」

「絶対に死ぬと言われたか……確かに仲良くは出来そうにないな」

「だろう? だがな、彼は拙者に会う為に……いや、正確にはある聖遺物を渡す為に来たと言った」

「キミ……それを召喚に使うつもりか? 知ってるだろう、教会と魔術師は」

「相克する関係なのは分かっている。

 だが、拙者が出会った者のなかで彼は最も清廉な人物だと感じた」

 

 藍色が掛った髪色の青年は着物の袖を気にしつつ、火に手を近づける為に座りながら手を伸ばす。自分の対面に座った紋付き袴の青年はそれを見ながら、少し笑った。

 

「キミ、何を焼いてるんだ」

「芋だよ。薩摩から取り寄せて寝かせておいた。旨いぞ」

「触媒はその人物からのを使うのか? 教会は奇跡を起こすモノを探しても、奇跡を起こすコトは出来ない連中だよ。罠だ。おじい様の令呪でも制御できない英霊を呼び出させる気かもしれん」

「ばあ様が用意していた触媒はあるんだ。だが実利を優先した物でな、拙者にはただいつもの触媒にしか見えん」

「……宝石か。英雄に曰くがあるモノなら高かったろう。キミはそれを使いたくない、か」

「そう。どうせ死ぬんなら元手が零のほうが使い損ではないということだ」

「ケチだな、キミは。それに莫迦でもある」

「ははっ。これは厳しい! 拙者はケチで莫迦か!」

「ああ、そうだ。ボクと戦う前に内情をこうもよく話せるな」

「ふっ、正直者はお手前もだ、新。御三家で招いた者らを落とすのではなかったか?」

「そう出来たらいい。でも、事前の約定になんて誰も准じるコトは出来ないさ。きっと」

 

 両者とも、その顔には笑みがあった。そして共に笑いあえたのはこれが、最後であった。

 

◇仏蘭西

 

・マルセイユ

 

「あれは人ではない。人の皮を被った化生よ」

「見て見ぬふりをしましょうよ~。我々のお役目は条約交渉を出来るだけ長引かせるコトなんですから」

「お主のせいでもあるのだぞ、乙骨。世話役の貴族から聞いたパリで流行しているものが見たいなど言うから」

「せっかく仏蘭西まで来たんですよ? なのに池田殿はもう帰る気満々じゃないですか。

 あの人は完全に、お上の意向に逆らう気満々です。言ってましたもん、一刻も早く江戸に戻らねばって」

「うるさいぞ、乙骨。おい、葛野はあれを放逐するのか?」

 

 横山殿と乙骨が小声でうるさくしているのを眺めていた俺に言葉が飛んできた。

この上役はエジプトでぶっ倒れていたのが嘘のように元気になっている。

文化的なものが好き過ぎて理髪師の名目で仏蘭西まで来れた、どんなコネを持っているかも不明な若造の乙骨は巴里には行けていないものの、団体行動から外れるコトが出来て元気そうであった。

 

「斬りますか? しかし、どのように?」

「お主は話が分かるな、葛野。そうだな……見せ物にされる木乃伊が開帳されるまでにやりたい」

「ええ~? 解体観ないんですか? つまらないな~」

「そも悪趣味というモノだ。お主もそう思うだろ、葛野」

「はっ。その通りかと」

 

 そう死体の解体を見せ物にするなど、悪趣味である。

そこは俺も同意する。だが、エジプトで何かに開眼した横山どのと違い、俺には共に移動するフランス人たちを先導する白髪の人外を斬りたい理由は他にあった。

 ――通用するか、知りたいのだ。古くは鎌倉より現存する四振り、そのうちの一つが己が得物。

異人の化生にも通用するなら、間違いなく真作の一振りが自分の物だと確信になる。

 

「悪事に興ずる者は何かしでかす時、準備に一人になりたがるもの。

棺は中々に立派だったではないか? 運搬には手間がかかろう。そこを狙う」

「棺なんて先に運ばれてるんじゃないですか? やめましょ~よ。危ないですって。

それにどうしてそう自信満々に言えるんです、希望的観測を?」

「やらねばならぬ。アレは人を贄にする類の人外だ」

「うわ、この人退魔のお里から来たヒトでしたっけ? 葛野さん、帰りません?」

 

 鯉口を確かめる。

 

「あっ、抜けるかどうか確かめてる。これはヤバイ。ヤバイですよ~」

 

 逃げ出そうとする乙骨の肩に手を置く。

 

「うっ、動けない。ねぇ、やばいですよ。あれは魔人の類です。百年以上は存在してますって」

「――乙骨、逃げるな。

 お前が術師なのは知っている。やつの結界、あるいは工房に入るならお前は必要だ」

「くっそ。回路が開いてるような気配がないから非術師だと思ってたのに裏切られた~」

「馬鹿か。池田どのが暗示に掛けられ、更なる不平等が押しつけられたどうするか。

 お上が考えないとでも思うか。お前は『紛れこんだ』人材だ。惜しくはない」

「密航者じゃないですよ? ちゃんと許しは紙で頂いてます、抜かりはありませんよ!」

「えばるな、横山殿に従え」

「ちくしょう共が」

「いや、侍だ」

 

 先行する横山殿の背を追い、この国に来て即座に洋物のシャツとジャケットやらに着替えた乙骨の襟首を握りしめながら、木乃伊解体ショーとやらの一団の後方に抜け出る。

 

「乙骨、お前も武士ではあるだろう。やれ」

「やりますよ。僕だって侍だ。

でも言っときます。あんなヒトの皮を被った化物はほっておけばいいんですよ。

この国の人間がやつの玩具にされるのは、この国の民草の問題だ。

僕はお国の為にこの国へやって来たんだ。これは余計なコトなんですよ」

 

「お前が正しい。だが袖が触れあったとでも思って、諦めろ」

「何を」

「お前が余計なコトをする為の船に乗って、此処まで来てしまったコトを、だ」

 

 ジャケットを手放し、魔術師を解放する。不機嫌そうに服を正している青年になりたての容姿をしている男に告げる。

 

「いくぞ」

「はい」

 

 

 埃及《エジプト》から木乃伊や彼あるいは彼女に付随する埋葬品を発掘、輸送するだけの費用を捻出すコトが可能な財力を持つ貴族の屋敷だけあって、巨大な邸宅だった。

高級別荘地から少し外れるが、海岸線を望む風光明媚と言える立地である。

 だが、外法を使う者からすれば違って見えるらしい。

 

「すっかり日が暮れましたね葛野さん。どう考えてもここ、夜に来るべき場所じゃあないよ」

「横山殿は他の観客をお守りになる為、奴の側にいるだろう。さて、どうするか」

「直接対峙するのは下策でしょうよ。いっそ木乃伊のほうを奪ってしまって出し物を失くしてしまうのはどうですか?」

「出来るか?」

「やりますよ。我が国に幕末に木乃伊がはるばる来てたってのも、面白いじゃないですか」

「面白いか?」

「面白いですよ。僕はこの国の科学技術や芸術を我が身の虚数の箱に納める為に来たんです。

 そこに考古学を加えてもいい」

「虚数の箱とは?」

「そこは気にしないでください。棺の運ばれた場所はも突き止めました。行きましょう」

 

 夜影と乙骨の隠遁術に姿と気配を隠されながら、移動する。

蠢く使用人たちと、まだ仕事をしている女中たちの息遣いを感じながら、思う。

肌の色は意外と少ないのではないかと。

黒や茶、白に我らを指す黄色。たった四色の濃淡なのだと。

ここには異民族が多く感じられる。だが、皆似たような服装をしている。

仏蘭西という括りで彼らは生きているのだと、確かに感じる。

 

「ここです。行きますか」

「ああ」

 

 

「すみちゃん!」

 

 木乃伊と埋葬品があるはずの場所。

そこで目に飛び込んできた光景は小間使いの少女が磔にされている姿だった。

強烈な違和感。彼女はこの港町にはいない。世話をすべき上役は首都のほうへ既に出立し、それに同行しているからだ。だが見覚えのあるきちんと生きてきた者の手、そして意外なほどに闇に映える白い裸身。血色の薄い分、西洋女の肌よりなお、人形じみた全裸はどこか――

 

「幻術」

 

 隣の男だけに聞こえるように呟き、そして斬る。

 

「アハハハ! 即断即決だねぇ!! キミは魔眼持ちじゃないだろうに!」

 

 隣の男、髪結い役の乙骨に見えていた男に。

 

「悪いが何を言ってるか分からん」

 

 俺は検分役でしかないが、それで十分だ、お前とやるには。

そうして俺は白い少年の魔術師と死合った。

 

 この晩の出来事の帰結を述べるなら、そう。

磔になっていた男か女かも分からない木乃伊だけが今夜の出来事の証拠となった。

横山殿は眼を抉られ、打ち捨てられているのを発見された。

乙骨は巴里への使節団に同行していた。

俺は魔術師を斬ったが、殺すコトは出来なかった。

劇で言うなれば配役を置き換えるような魔術。いや、現実を錯覚させるような魔術か。

それを俺は退けるコトが出来た……いや、そうだったら良いと、都合のいい考えでしかない。

横山殿は病死というコトになった。海外で誰ぞに殺され変死体となって、野晒しは外聞が酷いというコトらしい。あの人の眼球をまだ、その誰ぞが保管しているだろうコトが不快でしかなかった。

だが……俺があの魔術師を屠れなかったというコトは、自分がそういう役目ではなかったのだろう。

 

 そして今――、帰国の途の船上に俺はいた。

 

◇阿弗利加より来る男

 

「ここが偉大なるエジプト文明を築いた母なる河の源流!! なぁバート!! 私たちはやったんだ!! 成し遂げた!! これだから冒険は――」

「スピ。ここが源流とはまだ確定できないだろう。あまりにも巨大過ぎる……」

 

 それは壮大な光景だった。あまりにも大きすぎて、対岸など望めるはずもない湖畔。

19世紀のこれまでヨーロッパ人が踏み入れたコトのなかった場所に自分たちが到達したのだというこれ以上のない熱に犯されていた私は隣にいた変人とばかり付き会う男娼の報告書で全英の笑い者になった相棒の言葉が脳に届いていなかった。

 色々なコトが頭の中を過ぎっていた。

現地人どもに捕えられ、槍で体中を刺されてつつも、剣の達人である彼が助けに来てくれると期待したが、結局は自分で脱出したこと。剣の達人も投げ槍に両頬を貫かれて、一時期喋れなくなっていて爆笑したコト。シャーマンに呪われ、それを解く為に耳をナイフで穿ったコト。

そして何より、この冒険の成果を母国に持ちかえり、発表するコトに考えが集中していた。

 

 それがいけなかった。先走ってしまったのだろう。私は、約束を破ったのだ。

――故に償うわなければならない。

私一人で見つけたとはいえ、私だけで成し遂げたコトではなかった。

まぁ、再発見だ。アラビアの商人たちはずっと昔から地図に残していた。

いや、だからだろうか。まるで領有するかのような名付けまでしてしまったから。

だが、世界一の湖には世界一の国の女王の名前こそが相応しい。

あの方は自らの名が使われるコトに、大した感慨も持たないであろうとも。

もう五年、謝り方を私は見つけるコトが出来なかった。

甥は己が家の名誉の為に、裁判で争うコトさえ辞さない。だが、無駄な争いだ。

 しかし、私も甥の行動をとやかくは言えないのだろう。

もっと無謀なコトをしようとしている。

相棒と話す切欠をつくる為に、戦争をしようというのだ。

これが莫迦なマネでなければなんであろう。自殺行為か?

それもよかろうと、私は船上で笑っている。実に愉快な気分だったのだ。

私はまた挑もうとしていると、実感しているのだから。そう、これは冒険だと言える。

 

「そも英霊など、召喚できるモノなのかね?」

 

 まずは話しのネタを手に入れるコトが出来るか、それのみが肝要だ。

私は会話の切欠をはるばる、そう日本の冬木とやらに手に入れに行く。さぁ、出航だ!!

船よ、行け!! 東の果てへ!!!

 

◇独逸

 

 結局アインツベルンは……いや、ユーブスタクハイトは五百年かけて得た諦めを、更なる奇跡があると否定した。前当主ユスティーツァを雛型に量産された私たち、その後継機が第三魔法を発現出来るとホムンクルスを鋳造している。

……いや、生産していると言っておきたい。わたしたちは生きているのだから。

今回の為の天の杯《ドレス》も何の問題もなく、鋳造が済んでしまった。

同行するのは人格を与えられてもいないマルグリットとロスヴィータの二人だけ。

冬の城から出れば死んでしまう運命だというのに、彼らには何も思う所がないのだ。

わたしだけが――生きたいと思ってしまっているのだろうか。

全てを支配する七つの指輪を模した天の杯が、ただの鎖に見えるのは気のせい?

聖杯が、始祖が扱った第三魔法を再現するなんて……思えないのにわたしは――

 

「エルネスティーネよ。では行け。冬木にて恙無く儀式を終えるがいい」

「はい」

 

 返事はそれだけ。徒にわたし達を消費しつづけ物《ゴーレム》へ、他に何も言葉は必要ない。

こうしてわたしは冬木に向かい、そして――

 

◇現在

 

「お前の聖杯、もらうぞ」

 

 侍に、わたしは終らせられようとしている。



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緒戦

 

・京都 某所

 

 穏やかな昼下がり。伏せった病人の呼吸音が穏やかであるコトに心が凪ぐ。

だが、それが途絶え、視線を感じるコトでその吐息の主が目覚めたコトを認知する。

 

「……兄さん」

「ああ、おはよう。もう昼だな」

「帰ったんだね、仏蘭西から」

「そうだ。触媒の当てが付いたぞ。とある貴族の屋敷に巣食っていた異人を斬った。

その礼として何か英雄に由来する物を所望したところ、下げ渡されてな」

「異人か……って、向こうでは兄さんが異人じゃないか。つまり、人ではない者ってコト?」

 

 頷くだけで、賢い弟は色々と察してくれるだろう。俺は話しを続ける。

 

「準備は整ったと言っていい。間に合うかもな」

 

 ――何に。それは口にするまでもないコトだ。

 

「本当に聖杯戦争の時期だったんだね。一昨年か、来年かと思っていたけど。

 ……兄さん、今からでも手を引かないかい? この戦いに勝者はいないはずなんだ」

「全滅するという話か? それでもいいだろう。この国の神はお前の命を救わないのは俺が神仏を敬わないのを関係なしに、既にその力を伏《い》っしたからだ。ならお前の好きな魔法とやらに縋ってもよかろう?」

「縋ってるのかな? 兄さんは勝ち取ろうとしているんでしょ? いや、強奪かな?」

「俺はそこまで強くはなかろうよ。だが、ささやかな願いの為に他者を踏みにじろうとはしている。そこが傲慢ではあるかもしれん」

「ボクが死んでなければ間に合うかも。だから……訃報が届いたら、退く事を覚えてね兄さん」

「聖杯は必ずお前に届ける。だからもう少し長生きしろ。時間や時代がそれを許さんかもしれん。だが、それをはね退ける元気をお前は手に入れるんだ」

 

 身体の調子を確かめる為、額に掌を乗せ熱を確かめる。そこまでではない。

だが、これからも気温は下がり続けるだろう。それまで弟が寒さへ抗うに熱を生みだし続けてもらう為にも、俺は――

 

「ではこれより、冬木へ発つ。

 触媒は向こうの港に届いているはずだ。奉行所預かりだから、確実だぞ?」

「些細な権力の使い方だね、兄さん」

「分相応と言え。俺は国を代表して海を渡れる男だぞ?」

「うん、兄さんは優秀だ。汚れ仕事の極みの検使役から、大出世だ」

「そういう家に生まれたから仕方ない。だが、今はいい時代だ。実力があればどこまでも上に行ける。可能性だけでなく、何か後押しがあるようにさえ感じる」

「武士、最後の時代だからね。戦で物事を決めれる侍がいれるのは……今より先はそう長くないんだ兄さん」

「お前が言うなら、そうだろう。

 だがな、戦えるのはいいコトだ。それでこそ男の本懐というものだ」

「――武士だね、兄さん」

「お前も戸籍はそうなのだぞ。それに父上はお前に家を継いで欲しがっていた」

「それは兄さんが陰陽道にまるで興味を示さないから……この家はそういう家なのに」

「お前に術の素養があってよかった。俺もお前にこの家を継いで欲しいのだ。

 ――だから、死ぬなよ」

 

 俺は自身の勝利を疑ってはいない。だが、全てが順調に進むと信じてもいなかった。

 

 

 そしてその予感は実際のものとなる。

 

「荷が届いていない、とは?」

「はっ! それが……」

「船が転覆でもしたか? それともただ遅れているだけか?」

「――申し訳ございませぬ!! 積み荷は船ごと奪われましてございます!」

 

 言葉を濁す自らの上役を遮り、下座に控える俺よりまだ若い男が問いに返した。

なるほど、船ごと……か。幕府の廻船を襲うにはそれなりの集団が必要だ。

なら、長州が最有力か。だが、そこまで下を押さえる力が藩主殿から消えている――

いや、同調しているのか。元々が海賊上がりの連中だ。そして、幕府を敵としか考えてない国でもある。

 

「上に報告はあげたのか」

「いえ、まだ……」

「お手前が差し止めているのか?」

「いえ、それがしは――」

 

 その言葉を言い終える前に、『殺気』は既に納めていた。

実際に剣は振るってはいない――が、反応は面白いところから表れた。

 

「斬らぬのですね」

 

 下座にいた軽輩の男。おそらく旗本ですらないが、だが共に仕える人を同じくする者。

どこかさかやきが似合っていない彼に俺は答える。

 

「兄《ケイ》から謝罪は既に受け申した。故、怒りはさほど抱いてはおりもうさん。

 いや、自身にそれは向いている。さほど大きな荷物でもない。自ら身につけておればよかった……そう後悔しているまで」

 

 お庭番だろう武士となった青年にそう返答する。

代々の家の仕事ではなく自らが望む者になろうとする者が、俺は好ましい。

指輪などは箱からだして、肌身離さず持ち歩けたのだから自らの失態だと言える。

だがまぁ、船が襲われたのは彼らのせいでもなし。だから仕方のないコトなのだ。

 

「それがしはこれにて」

 

 もう会話は必要ないと言外に切りあげ、退室する。

見どころのある青年になりかけの忍び、その上役を置いて俺は奉行所を辞した。

さて、どうしようか。だがまぁ、取りあえずは召喚の儀を取り仕切ろうと思う。

召喚される英霊《サーヴァント》、その位《クラス》は早い者勝ちだというのだから。

 

 

◇召喚

 

 

『閉じよ《満たせ》』と五回。想いを込めて唱える――

あとの詠唱は適当でもかまわないと、弟は言った。

それは正しかった。

懐紙を組み合わせ畳に敷いた、血で記された魔法陣は役目を終えた。

それを旅籠《はたご》の囲炉裏にくべながら、俺は報告を待っている。

他にするコトがなかった。戦は既に始まっている。が、今は待ちの時間なのだろう。

主《マスター》は信じて待つのが、一番肝要なのだとか。特に単独行動の業《スキル》を持つ英霊《サーヴァント》の主は。

主《マスター》が戦うべきは他の主が単身で英霊《サーヴァント》に守られていない時のみ、らしい。

俺は大筋ではその方針に従うつもりだ。……ならば、まず敵を知らねばならない。

好戦的で他の英霊と戦う為、その姿を晒して徘徊する組もあるやもしれない。

いや、かならず顕わるはず。

 

『主《あるじ》よ』

「御苦労、戻ったな」

『はっ』

 

 背後には何の気配もない。

声も俺にのみ聞こえ、空気を振るわせるコトもない。

だが、その存在が背後にあるコトをその者は伝えてくれている。

 

「まずは三家の報告を」

『既に各家とも召喚を終え、その姿を顕わにしていた』

「位《クラス》は」

『アインツベルンでは弓を視た。警護をしているつもりのようだ。

 間桐では酒を飲んでいる半裸の男がいた。奴は強い。

 遠坂では女が飯を創っていた。あの女も強い』

 

 どうもアインツベルンの英霊の評価は低いようだ。だが、三騎士とやらなのだろう。

弓使いだ。剣や槍とは間合いが違い過ぎる。強力な宝具をもつと見た。

 

「どの家もまずは様子見だな。よそ者らを潰し合わせる取り決めか」

『かもしれぬ。報告を続けよう』

 

 俺がまず命じたのは三家の偵察と、他の三組を見つけるコト。

やはり達人の時宜は言うコトがない。凄まじい手前だ。

 

『肩に令呪を宿した女を見つけた』

 

 それは目立つな。

 

『だが女は英霊《サーヴァント》を呼んでいなかった』

「なぜ分かる?」

 

 疑問が相手の言葉を待てず、口から溢れてしまった。

 

『囚われていた。英霊の気配を感じ、そこで見た』

「続きを」

『男たちが女を吊るし嬲っていた。水で責め、縄を打っていた』

 

 集団か。

 

『奴らにはおそらくサーヴァントが混じっている。幾人かは拷問に加わらず、見ているだけの男女がいた。震えている者がいたが、その者が英霊だろう』

 

 どういう次第だ? 主を人質に? いや、義憤を抱いていたのか?

 

「どんな英霊だ?」

『おそらく女。藤布を被され、肌を晒してはいない』

 

 ……藤布を被る? 蓑や麻袋でなく? 丈夫ではあるだろうが……郷の影響か?

京、丹後のあたりから来たか? 被せた者たちはその辺りから来たか。

 

「強さは感じたか?」

『強い。だが、隙だらけに感じる。貴人だろう』

 

 格を持ち、戦える女というコトか。

……気分が悪い。その解がすでに俺の内にあるコトが、殊更に苛立たせる。

 さて。往くとするか。

 

 

 この国に来る時、ワタシには自身があった。

魔術師として塔の中で授けられる階位は典位《プライド》まで駆け上がるコトが出来たのも、その根拠。

けど、兄さんも言っていたじゃない……魔術師と戦闘を専門にする者は違うと。

たとえ色位《ブランド》でも、銃でさえ工夫すれば『殺せるぞ』と。

でも、こうなる予兆はまるで感じなかった。

 

「なんしちゅうがぁ!! もと、責めぇちゅうに!」

 

 ワタシはまだ折れてはいない。身体の自由は戻っていないが、口は動かせる。

舌まで痺れさせては、何かを聞き出そうとしても答えさせるコトが出来ないからだ。

毒を取らされた。でも、魔術回路が閉ざされるようなモノではない。

――なら、出来るはず。

 

「もう用済みなんちがう? こんひともう殺してさしあげたらどうね?」

 

 そう、サーヴァントを召喚出来たからにはワタシはもう用済みのはずだ。

だけど、マスターがいるなら召喚させて、契約する前に潰す。

彼らの狙いはそれだろう。ワタシを使おうとは思ってもいない。

訛りは酷いがワタシは日本語が聞き取れている。

そして、彼らもそれを知っていて、儀式のあらましをこの身を責めて聞き出した。

召喚の呪文、自陣営以外の6騎倒す必要性、そして外来の魔術師達に与えられた聖杯の起動式。

令呪のコトは話してはいないが、マスターとなったからには聖杯から知識が与えれているだろう。

彼らの欲しい情報をもう、ワタシは持っていないというコトだ。

 

『英霊を召喚してから――と思っていたが、もういいか。君が言うならそうしゆう』

 

 周りの男たちが檄を飛ばしワタシを責めたてる間、一度も目を逸らさなかった能面の男が感情の乗っていない声でそう告げる。黄色の鬼はこの国にはあまりいないだろう風貌の女の意志を尊重するかのように、腰の刀を抜こうと手を柄に添え――

 

「雷様。刀はやめなんし。血で英霊様を呼んでまうかも」

『血は見ぃほうがええか。だが、首を断ちきれば呼べん。違うか』

「うちにはなんとも」

 

 黒髪以外はワタシ達に似ている女は結局、鬼面の好きにさせるようだ。

単詠唱……いや、無詠唱の魔術を回路を暴走させる寸前まで高めれば、あるいは――

 

「何か言い残すか?」

 

 ここだ。

――そう、意を決した瞬間だった。

 

 

「ハサン。英霊に割って入られるまでに何人減らせる?」

「マスターを狙わずとも良いと?」

「俺一人で七人の侍は厳しいだろう。相手には魔術師もいる。そのうち誰かは分かるのか?」

「女だろう。魔術を使うような男は一人もいなかった」

 

 漁師小屋を貸し切っているのだろう。拷問には悪くない場所だ。声が砂と波に吸われる。

殺して奪うほどの場所でもない。まぁ、殺しているかもしれないが、秘する為に。

 

「宝具を使っても構わない。が……対魔力で抜かれないか?」

「――彼ら皆、死んだと気付く前に冥府に送ってやるコトは出来る」

「悪い。お前の業前を疑った訳じゃない。

 だが暗殺者は主《マスター》を殺す者であって、英雄に対する者じゃない――だろう?」

 

 俺はまだ相方と認識のすり合わせがしたかった。

だが、小屋から一瞬だけ放たれた殺気に反応してしまう。

もう、余計な打ち合わせをする猶予はない。

 

「では頼む」

 

 返事なく、ハサンは空に融けていった。

 

 

『雨、何かおかしい』

 

 鬼面の男がそう言った。

ワタシは地面に叩き付けられるコトなく解放され、告げられる。

 

“召喚しろ”

 

 空気を振るわせず、頭にそう直接届けられた。そういう認識。

 ワタシはその言葉に従った。

 

「告げる。我が下に」

 

 来たれ、英雄よ――

 

 解き放とうとしていた魔力全てを、小屋の外に敷いた円に注ぎ込む。

ただの円を書くのに、果てしない集中を必要としたのを未熟と兄は笑うかも。

肩を外され、腱を伸ばされていても、周囲を全てを打破する為に!

 

「うらあああああああ!!!」

 

 咆哮からも分かる通り、ワタシが召喚したのはバーサーカー。

彼と自身が繋がるのを感じながら、命じる。

――暴れなさい、と。

 

 

 小屋が吹き飛ぶ。

その前に二つの塊が飛び出すのを見た。

黒い影のような者たちが俺の英霊だろう。だから、海岸際に男に覆いかぶさられているのが相手のマスターだろう。しかし黄色の鬼。能面か? 女は随分と薄着だが豊満だ。

日の下の女らしくはない。だが、注目すべきは小屋のあった場所にいる二騎。

デモンのような角を生やした巨躯が槍……のようなモノで押し止められている。

――ランサーか。

 

「主よ」

「ああ、削いでくれ」

 

 ハサンが側に着地し、女の令呪のあった肩の皮膚を一画を残して削いだ。

それに対して、女は歯を食いしばって、空気を漏らすだけに努めている。

強いヤツだ。女は痛みに強いとは弟の言ったコトだが、間違いないだろう。

 

「退くぞ。おいお前、一撃いれてバーサーカーを霊体化させろ」

 

 それだけ言い放って、俺は海を覗いていた高台から街道を跨ぎ、追跡を避ける為に茂みに分け行った。背後では地が爆ぜたのだろうと思わせる爆音が轟いている。

小屋にいた連中はあの肌を重ねた関係であろう二人以外はハサンが仕留めた。

やはり彼は仕事の出来る存在だ。

さて、そんな暗殺者が連れて行った女はこちらの手駒になってくれるか。

それが問題である。彼女が動けなくても関係ない。考える時間を与えず、俺は攻めると決めていた。

 次はアインツベルン。聖杯を、手に入れる。



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聖邪

 

 

 川沿いの街道を男女二人が歩いている。

彼らは海から川へ、緩やかな勾配を登りながら森の気配が濃い山際まで昇って来た。

彼らの左方には少しの田畑が広がり、あとは深い森があったろうこれから町になる場所が開けている。

 

「雷様……今宵はもうお休みにならはったら?」

『僕たちは夜襲をかけられた。敵は姿をろくに見せずにこれを見事にやった。

 士分を頂いた侍がここで寝入ってええのか? いや、いかん。僕は戦いたい』

「でも、攻めるのは鯖ですよ。あの女に任せきりでええですやん」

『侍でない足軽の身分だったらそれでもいい。だが言ったろう、戦いたいと』

「またあの筋肉達磨と鉢合わせるかも、や。いやや、うち」

『君をあいつらに守らせて、僕が打ってでたかったが……皆死んだ。なら、戦場に女連れて歩く酔狂も是となる。外法の対応は雨に任す。だがマスターが男だったら僕に任せい』

 

 男は幕末の平均よりも一寸程度は大きい。だが、女は編んだ髪を含めればこの時代の男たちより五寸は上回っている。その女が男に後ろからしな垂れかかる様は異様だ。

だが、それも苦にもせず男は進む。まるで軽過ぎて重さを感じないかのように。

だが不思議ではない。男の背中は発達していた。肩も腕も拳も、輪郭がおかしい。

下半身も同様に鍛え上げられている。いや、変容しているのだ。鬼のように――

 

『五十預けられた同士はもういない。ここまで共に来た奴原も即刻死んだ。

 国に返してもやれない死に様で。また、先に逝かれた。本当は雨、君も――』

「それ以上はいいなんし。雷様がどうこう言わはってもこん戦いはうちがいないと参加も出来ん、そういう今更~は武士らしないと思へんか」

『やはり君は日の元の言葉が上手ならないな。だが、君の言う通り今更、か』

 

 武家屋敷。少なくともこの辺り一帯の大地主に相応しい邸宅がそこにあった。

 

『やれ』

 

 彼らはここに戦いに来た。だから相手を悠長に待つ必要はなく、やるコトも決まっていた。

 

「ランサー。宝具見せたり」

 

 二人組の前に、ほとんど裸のようにも見える後ろ姿が現れる。

実体化した彼女の気配は濃密で、先程まで透化していたのが幻術のよう。

 

「光よ、螺旋となりて! 目映きは閃光の魔盾!」

 

 宝具はたった数秒で魔力を高め、発動した。閃光の螺旋は一条の槍となりて炸裂する。

魔光が渦巻いた影響か、屋根瓦や木材、その他屋敷を構成していた要素が空から降り注いでいる。だが、落ちてくるモノはそれだけではなく――

 

「や―――ってくれたじゃない!!」

 

 聖杖が光槍と交差する。

 まるでとてつもない質量が両者ともに在るかのような音をさせながら。

 

「タラスク!!」

 

 竜がどこからともなく現界する。彼は飼い主の声と共にその巨体に似つかわしくない速度で加速、そして激突。聖杖と槍の間にあった鍔ぜり合う力が崩れ、ランサーが吹き飛ぶ。

轟音、そして静寂。

 

「タラスク? 悪竜やぁん。雷様、敵はライダー。真名はマルタですー」

 

 呑気に伸ばされた語尾に、女を後ろに置いた雷面の侍は真っ直ぐに正面だけ見据え、言う。

 

『君がマスターか?』

「……うっかりしていたな。いや、これは派手にやられた。妹は避難しているとはいえ、これだけやられれば、屋敷の結界だのは全く無意味だったと言い張れる。もっと霊脈なり、使い魔なんかを潰してから本陣に来るとばかり考えていた。まぁ、古臭い屋敷が吹っ飛んでくれて清々した、と言っておくか」

『マスターだな。令呪は手の甲。僕が奴を』

「――い、痛い!! 何するんですか!? 亀とかずるいです!!」

「あら、アナタ丈夫なのね。タラスクにド突かれながら、かすり傷だなんて」

『……でかい女は声もでかい』

 

 これから戦おうという時に、サーヴァント同士の甲高い声に気分を害したように一瞬動きを止めるも、腰のモノを引き抜き、夜陰に晒す。

対応するようにそれなりの身代と分かる着物の男も到って簡素な杖を腰から引き抜く。

 

『刀は抜かんのか、君は』

「一応、魔術師なんでね。拙者は」

『君は士分ではなか。せいぜい土地長者じゃろ? こん国の男児が皆、国のコト考えゆう時に自分のコトだけ考えゆう連中の一味なわけじゃ』

「……そうだ。身分で言えば町名主、そんなところだ。だがそれがどうした? 儀式の成就は三家の悲願。それを余所もんにとやかく言われたくはない」

『今の言葉、君の心からの言葉でないな。何がしとうとじゃ、君は』

「敵に言うのもなんだが――魔術師なんて面倒だ。拙者は戦って自由を得たいんだよ」

 

 一拍の中断。

だが男二人は互いの間にある境界のようなモノ。あるいは死線が重なるのを計っていた。

 

「下がってください! マスター!!」

 

 だがそれはサーヴァント達が互いの間に割って入るコトで終わる。

死線は常に彼らが引く。ライダーの聖女は出し惜しみなどする性格ではなかった。

敵サーヴァントが自身の眼前、そして敵マスターもその後ろにいる。

これが命のやり取りだと、彼女は呼吸をするように分かっていた。

 

「星のように!『愛知らぬ哀しき竜よ《タラスク》』!!」

「光よ、盾となりて!」

 

 真名の解放。竜の現界と魔力放出による突撃は大質量と加速をもってその進路上の物質の存在を許さないだろう――それを光の盾は受けとめていた。

本来、攻性に利用していたろう魔力の光は螺旋とはならず、真名を解放せずとも強力な護りとなりて、その所有者を守護している。

いや、これこそが本来の使い方なのかもしれない。螺旋となり、相手を殴りにいく対軍宝具は魔術師アトラントから奪ったモノ。

彼をどう攻略したのか、本当のところは彼女しか知り得ない。が、彼がどう使っていたかは知っているはず――

 

「うあぁぁぁぁぁっ!」

 

 だが、拮抗はそう長く出来なかった。宝具としての格、質量をもった幻想種の進撃にランサーはまたも弾き飛ばされる。一度目は自身の側面から。だが、それはまだ加速をそれほど与えられたモノではなかった。だが、二度目は真名の解放をもって行われた。

ランサーの身体は宙を舞う。

 

「おい! 二人は!!」

「――させない!」

 

 距離は彼女のほうが近かった。

そして、面の男より当然サーヴァントたるマルタのほうが素早い。

それでも――

 

『とった』

 

 ライダーのマスターは命脈を断たれていた。

その首が舞うコトで、なによりも明確に。

 

 

 マルタは腕を伸ばした姿のまま、急速に消え往く。

その手でマスターを押そうとしたのか、敵へ最後の一撃を入れようとしたのか。

どちらとも結局、何かこの世界で現象としては意味をなさなかったが。

聖女の敗因はなんだったのか。彼女自身にそこまでの消耗はなかった。

だが、彼女のマスターはそうではなかった。

彼には魔力の余裕がなかった。彼は大霊地の管理者とはいえ、魔術師としてたった三代を数える新興の家の生まれでしかなく、魔術の素養も、魔術刻印が齎す恩恵もほんのわずかと言えた。

その魔術刻印も本当に大事な部分を自らは持たず、妹に残してもいた。

彼は分かっていた。自分の格がアインツベルン、間桐と遥かに劣っているコトを。

間桐の二代目とは辛うじて張り合えるコトは出来ても、その親には全く及ばない。

遠坂の三代目はこう思っていた。この戦いは未来への繋ぎ。自分は死んでもいい。

何故ならこの儀式は全く――成功するとは思えないから。

 

 

「お見事ですゑ、雷様。ほんに綺麗な切り口やわぁ」

 

 ふわふわとした喋りをしながら、異人の娼妓は遠坂のマスターから令呪を抜き取っている。

彼女は戦略の上で、聖堂教会や練達の魔術師が行う精神に根ずく魔術回路から膨大な魔力の塊を抜いたのではなかった。ただそこに抜け落ちる魂よりも美味なるモノがあったからそうした。

それだけだった。

 

『行きとう所に行く才……そがいなモノが死にかけてから見に付くとは、皮肉ちゃぁないか』

「そんなモノですよ、人間はぁ。その才も雷様がほんに望む程のモノとは違ごうやろ?」

『……そうやな。行きとう場所に跳べても、それは僕が望むほどいけん。そういうモノや』

 

 既に命脈を絶った敵の亡殻に視線を落としながら、刀の血を払い納刀する。

 

「らんさー。あんた、ちょっとうちの旦さんと二人きりにしてや」

「はい、マスター。少し、休ませてもらいますね」

 

 ランサーが霊体化するのを合図にしたかのように、女は男の胸に飛びつくように張り着く。

 

「雷様、滾っとりますなぁ。うちで静めへん?」

『そうしよう。君がそれで休まりゃ言うなら』

 

 男は雷面を被り、溢れんばかりの肉体的優性さを表す姿から想像もつかないほどに優しく、女を包んだ。

 

「うち、雷様が最後になればいい思うんや」

『君が思うようになりゃよか』

「うん」

 

 彼女達が倒すべき敵はこの時、あと五組。

そして、すぐにその残騎は変動しようとしていた。

 

 

 冬木の郊外。深山を西に国境へ。

かの武士が如何に健脚でもヒト一人背負いながらも、一刻ほどを費やし、辿り着いたのは――

 

「ここから更に、か。アサシン、先行して敵のマスターを見つけ、その近くに侍ってくれ」

「では――手はず通りに」

 

 アサシンが行き、背中に背負ってきた異邦の麗人に彼は声をかける。

 

「降ろすぞ。四肢の腱の調子はどうだ? 術で治ったのだろう?」

「そうすぐ癒える程度の拷問ではありませんでした。アナタは魔術師をなんだと思って?」

「人ではないな。妖や鬼に寄った非人だ。己を人以上と勘違いし、世から消え往くのを望む存在、だな」

「非人……ですか。この国の最下層……ですね?」

「博識だな。そう……存在はするがいないとされる者ども。お前は日の本の言葉を学べるほどの余裕のある世の上澄みで生きてきたから、関わりもなかろう?」

「物心つくまでは、はい。貧民街で育ちました。母が下級メイドで……妊娠を告げたら消されるの察して、そこに堕ちましたから」

「……身の上話を随分とあけっぴっろにするヤツだ」

「弱っている時はそれを晒すコトも強さ、だそうです。兄が言っていました」

「貴族らしくないヤツだな、ソイツは」

「はい。自慢のニーサンです」

 

 アンドレアにはサーヴァントがいる。一画残された令呪で、彼女が命ずればどうにか状況は好転するかもしれない。だが、彼女はここに到るまでに、その令呪の使い道を聞いていた。

その時までは確実に自らが生かされるコトを知っているから、敵と会話する余裕はあった。

もちろん、令呪を使う際、葛野帯刀の要求を裏切るコトも考えた。

しかし、現実的ではないと希望的に判断した。感情的と言い換えてもいい。

 

「ここから城まで十町《一キロ》程度。さて、どこまで持つか」

 

 意外にも優しい所作で、彼女は地に降ろされる。

接地して分かるのはもうすでにここが結界の内側だというコト。すでに空気からして違う。

ここは敵陣地なのだ。

 

「やれ」

 

 使われてやろう。この国に来て、よかったコトなどないが――生きてやる。

 

「令呪を以って命じる……進撃せよ、エイリーク!! 敵はこの先にある!」

 

 アインツベルンを相手に暴れてやろうと、彼女は決めた。



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血斧

 

 

「――っ!」

 

 結界を強引に破壊した者がいる。エルネスティーネは軽く額を指を押さえながら、侵入者への対応を声に出して指示しようとしたところで気付く。

 

「アーチャーは?」

 

 聖杯への願いが即物的なモノでなく、さる戦争への対処法――どうすれば勝てたのかを求める英霊が既に屋敷にないコトに。

 

「周囲を見て回ってくると。地形の把握は戦略の決定に大事だと彼は言っていました」

 

 お付きのメイド姿の一体、マルグリットはそう感情のない声で報告してくる。

人格を与えられず、感情を芽生えさせるほどの時間も鋳造されてから与えられなかった彼女は聞かれたコトだけを答える自動人形のようであった。

 

「自由。あの人にはサーヴァントとしての自覚がない」

 

 もう一体のホムンクルス、ロスヴィータは眼は死んでいれども、感想を口にする。

役割りを与えられない限り、何かを望むコトの薄い姉妹たちのなかで、自ら行くと言ったのは彼女ぐらいで。それがエルネスティーネには何よりうれしいことではあった、けれど――

 

「ヴィータ、いいの。わたしが呼び戻します」

 

 自分が行動しなければと、今代の館の主は自らのサーヴァントに告げる。

 

『アーチャー、敵よ。屋敷に戻って』

『マスター、僕はただ山野を駆け回る野生児じゃないんだよ? もう戻ってるさ。うわっ、すごい筋肉だ! あれはどう見てもバーサーカーだね』

『視覚を借り受けます、いいですね?』

『どうぞ!』

 

 映ったのは後ろ姿。

木々には斧だろうと、西洋史一番の樵を競うかのように彼は伐採している。

いや、伐採などと丁寧な作業ではなく、粉砕といったほうが正しいか。

角持つ巨躯は、館への進路を真っ直ぐと進んでいる。そこに敵がいると分かっているように。

彼女はサーヴァントが現界しているのを示す燭台を見る。

そこには一騎の脱落――既にライダーの座が欠けていた。

既に脱落者がでている。それも七騎が出揃った初日に。そうエルネスティーネは不安なのだ。

 

『アーチャー、迎撃を』

 

 それでも感情を含まない指示を自らの従者へ飛ばす。闘うのはサーヴァントだ。

アーチャーとバーサーカー。マスターとして与えられる眼に映る能力値は筋力と耐久以外は全て上回っている。そして弓兵の宝具ならば、どんなサーヴァントであっても弱点さえ知れたなら必ず屠るコトが適う――何せギリシャでも無敵を知られた英雄を殺した一撃を放てるのだ。

 アーチャーの視界からは、既に館にかなり近いところまで進撃されている様子が窺える。

もうすでに、監視用の使い魔《銀鳥》は戦場を見下ろす場所に辿り着いた。

 

『これよりは戦闘に集中を。視界の共有を切ります』

『こういう時は武運を祈るものだよ!』

『必要ないでしょう。あなたは必ず勝つのだから』

『女の子にそう言われるとさ、更にはりきっちゃうよ!』

 

 野生児のしなやかさを成長したその肉体に漲らせたか、青年は凄まじい跳躍を見せる。

上空の鳥からの視点にかなり接近し、落下しながらも血斧を振るう狂王に矢を弾く。

だが――

 

『止まり、ませんね』

「そうだね、でも!」

 

 アーチャーは狂戦士の背後、樹林の上に足を置きながら告げる。

 

「踝に矢を射られたら、どんな勇者でも止まるって僕は知ってる!」

 

 その言葉通り、放たれた矢はバーサーカーの踵に吸い込まれるように着弾した。

 

 

「派手な音が止んだな。どうやら、ここらが――」

「いいえ、エイリーク王はただ立ち止まっただけです」

 

 侍が腰の得物の鯉口を切る仕草をする、その直前に英国の魔術協会から来た女は口を挟む。

 

「……エイリーク様、宝具の開帳を」

 

 女は既に拷問により精根尽き果てた様子だった。だが、その魔術刻印の尊いとされる古さ故か、余裕を装えるほどには回復していた。しかし、英霊の使役とはそう生易しいモノではない。

疲弊しきった身体には酷なほどの激痛が奔り続けているのだ。マナの薄れゆく時代、聖杯の援けなしにサーヴァントを使役できる者など、化物でしかないのだから。

急速に、魔術師・アンドレアの意識レベルが低下してゆく。

 

 

 その異常に気付いたのはアーチャーだった。

それまでこの戦場は非常に単純なモノ《戦況》で、その瞳を狂気に濁らせつつも直進を続ける敵を背中から撃ち続ければ狩れる――だが戦場とは潮目が容易に変わるモノだと弓兵は知っている。

例え十年間膠着の続いた泥沼であっても、何か切欠があれば劇的に、変わると知っている。

 

 ――身体が重い――

 

「マスター! 僕に何か異常はない!?」

 

 感じるままの問いが口から溢れる。

 

『……!! おおよその能力値が下げられています。これは……呪い?』

 

 アインツベルンのホムンクルスは呪術に造詣が深くない。いや、呪術を専門とする魔術体系の大家でもないかぎり、呪いに詳しい魔術師などいないだろう。アンドレアはその傍流だが、本家からはその関わりを魔術的には切り放されている。だが、その血がいけなかった。

彼女には誰より魔女たる資質が眠っているコトに、その兄は気付いていたが高を括っていた。

うちの妹にかぎって、というヤツである。

 

 アーチャーに血斧が迫る。だが、パラメータダウンを受けても狂戦士より彼は圧倒的に速い。

当たり前のように回避し、弓を引く。魔力によって編まれた矢は複数に分裂して放たれ、到達したのち実体化したまま、敵に刺さり続ける。

 バーサーカーから感じる魔力の高まり。

宝具の前触れと判断し、距離を取りつつも攻撃を更に激しくする。だが、獣のように脈動する斧から血風は解き放たれる。その名は『血濡れの戴冠式《ブラッドバス・クラウン》』

――咆哮、その意味のなさない音の連続から、真名の解放を必要としない宝具なのか。

それとも……他の何者かがその役目を担っているのか。

 

 果たして、アインツベルンの館。いや城は、樹幹に隠れ、それが吹き飛ばされたコトによって、もう眼前にあるコトをその場にいる者たちに明らかにしていた。

宝具の一撃は本館は逸れていたものの、城の入場口にあたる部分を吹き飛ばし、中庭付近までその破壊の余波が及んでいた。

 アーチャーの顔付きが変わる。それまではどこか生来の朗らかさが残っていた表情から一変。

それは戦い抜いた男の表情だった。この時代《1860年代》、彼のいた物語は神話そのものだった。

だが、彼の故郷が発掘された時。

その存在は歴史の一員となり、敗れし者であったアーチャーのそうであれと望まれた英雄という側面以外も見えてくるだろう。すなわち、勝者による脚色の痕跡が。

 勝者によって紡がれる歴史。そのなかであってなお、当時の最強を殺した男は動く。

 

『マスター! 令呪を使え!! 宝具の強化を!!』

 

 彼の宝具は強力だが、その効力を真に発揮するには相手の弱点を知る必要があるという逸話。

彼と彼の倒した最速の英霊の物語に准える時、絶大な威力をもたらす宝具である。

だが、その当時。つまりは彼の生きた時代、殺された英雄の弱点はけして有名ではなかった。

むしろ、無敵でこそ知られた男をアーチャーは殺したのだ。

つまり、彼の弓の腕はまぐれ当たりが偶々急所を射貫いたから、有名なのではなく――

 

「――輝かしき終天の一矢《トロイア・ヴェロス》!!」

 

 マスターを通じて、令呪の恩恵を受けた彼は“必ず急所を穿つ”宝具を解き放つ。

バーサーカーの死因や弱点は判然としてないからか、弱点への威力の増大という宝具の効果は発揮されない。だがAランクという数多ある宝具の最高峰の格をもつ一撃はその威力を遺憾なく示した。太陽神に愛されし者の魔力を防ぐほどの魔力放出を持たず、矢を避けるほどの俊敏さがあるはずのない狂戦士は、運に見放されていた。

 

「ぬっ、ごぉぉぉ……っぁ」

 

 心臓や脳でなく、霊核……サーヴァントにとって最も重要な急所をその矢は射貫いた。

 

「――私はこの結末に納得している。だからマスターの身を第一に……」

 

 自身の崩壊の数瞬、消え去る前に戻った理性。それ以上言葉は紡げずに血斧王が去った。

 

「分かってるよ、主様。マスターを仕留めるのも聖杯戦争の決まり、でしょ?」

 

 ――パリスには眼がある。冬木の聖杯戦争にて神を呼べない影響か、美青年の姿で召喚された彼には太陽神の眼《Aランク》がスキルとして備わっている。それは第六感・危機回避能力と言い換えるコトの出来る、彼生来のうっかり加減を打ち消す加護であった。野生児として獣に育てられた彼はアーチャーに相応しいだけの眼力を生かし、木々を跳躍しながら魔術師を探す。

その最中、トロイアの王子に致命的な判断の遅れを生じさせる光景がその瞳へ飛び込んできた。

 

「ヘレネ?」

 

 それは己が望み、女神に与えられし世界一の美女。そして自らの妻の横たわる姿。

土に汚れてなお、欠片も美しさや愛しさの損なわれるコトのない――

 

「僕を……恨んでくれているの?」

 

 アーチャーの視た最後の光景は、愛した女からの憎しみの眼差しだった。

こどもなら逃げ出すだろうその瞳の激情に、彼は憎んでくれていてよかったと安堵する。

女の名を呼んだ瞬間、既に彼の胸からは“腕”が突きだしていた。

 アサシンはその手に掴んだ心臓を握り潰しながらも、柔らかに着地する。

そして高い単独行動のスキルで生かされてしまっている敵の首を黒塗りの短刀で裂いた。

 

世界に解けるように消えていく相手から視線を――

 

「――何者だ」

 

 アーチャーから逸らさざるを得ない。瞳が/視ている/私を――

 

“お前の主に伝えなさい……この娘を害せばこの国の王を殺す。よくも”

 

 咄嗟に喉を狙っていた一刀を全霊で押し留め、ハサン・サッバーハは自覚する。

恐怖したのか私が、と。あのお方以外に自らを心根から凍りつかせる存在があるとは。

己の死を想起させるほどの“魔”がそこにいたのだ。

だがまるで、他の誰かがそこにいたかのように、女は呪いの言葉を吐くのを止めた。

 しかし、安堵する前にアサシンの内から強烈な悔い、あるいは羞恥が湧き上がってくる。

マスターからの指示を実行できなくなった。重要度は確実に、マスターの始末が上だった。

これは己の業なのか、“もし出来たら”という任のほうを優先する悪い癖がある。

生前の死因からしてそうだった。民を守る為とは聞こえがいいが、教団にとっては必要のないコトをして、命を消費してしまう。その為に自身を通じてマスターが呪われるコトとなった。

 言伝を主の耳に届けなければいい……そういう類の呪いではない。

これは凄まじい効力を発揮するだろう。もし伝えなければ、主従の間に溝が出来る。

この元バーサーカーのマスターをマスターの指示を最優先とし、命脈を絶ったとしたら確実にこの国の『王』は殺される。マスターも武士という主君に仕え、国に奉じる者なのだ。

自身の失態が上に及ぶなど、耐えがたいのではないだろうか。

……仮にも暗殺教団の長がこうもうろたえるか、とアサシンは思い、仮面の内で嗤った。

 

「正直に告げるとしよう……呪われましたぞ、と」

 

 そう溜息を吐き、アサシンは麗人を抱えて主の元へ。向こうも、もう終っているだろう、と。



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白黒

 

 

 アサシンが素晴しい忍びの者だと、改めてそのマスターの葛野帯刀は思う。

召喚したその夜にまず、御三家の位置を伝えればその偵察を終え、更には他一騎を見つけ出し、バーサーカーのマスターを駒にするコトが叶った。どの家も既にサーヴァントが召喚され、魔術師ならば備える工房の位置すら、詳らかに報告してくれた。そしてそこから導き出したまず攻めるべき家……いや、アインツベルンの場合は、城を下調べなどという生易しい攻略具合ではなかった。あとは大将首だけとお膳立てしてくれる、配下だとしても敬いたくなる存在だ。

 

 夜が明けようとしている。夜討ちは朝駆けに変わっていく。

重厚な木の扉の向こうに感じる気配。おそらく寝室、錠代わりの魔術が掛っているとのコト。

逡巡している暇はない。バーサーカーが自滅するまでに館の奥深くまで入り込めたはいいものの、単独行動のクラススキルのあるアーチャーを確実に仕留める為とはいえ、サーヴァントと分かれる必要はなかったのではないかという考えが消しきれずにいる。

 弟の話では御三家は脱落者が出ても、サーヴァントが残っていて、戦う意思があれば令呪が再配布される優先権があるとのコト。アインツベルンの館にいるのはマスター以外に二人。

アサシンからはどれも同じ顔の女たちという話だった。つまり、マスターの命を絶っても予備がある。魔力の塊のような三人を同時に殺す。魔術師は女・子どもの姿をした者ほど侮ってはならないと彼は知っている。何故なら自らの『弟』が九つの頃の姿で、時が止まっているから。

 

 ――アーチャー!!

 

 女の叫び。壁を隔てても空気の流れの変化を感じる。森から抜き通しである古刀の握りを少し緩める。身体の上体が脱力した瞬間、膝を後ろに抜いた。

ドアが開き、瞳の感情がない女を逆袈裟に斬り抜きつつ、寝台とその脇に控える者に突き込む。喉を貫いた一本を握り込む女中服を脇差しで留めを刺しつつ、飛んでくる銀線を避ける。

 

「お前の聖杯、もらうぞ」

 

 令呪の位置は手の甲。サーヴァントが脱落しても消えてはいない。彼女はマスターのまま。マスターは殺さなければならない。マスター候補も、殺しておくべきだ。だが、言葉を発したせいでとても重要なコトを思い起こした。

 

「間違えたな。お前ごと聖杯をもらう――のほうが正しい」

 

 片腕で刃を白の麗人に向けながら、抜け殻となった同じ顔の女から肉体に残したままだった脇差しを回収する。

 

「ここを出る。聖杯をもって、着いて来い」

 

 太刀を血を振り払いつつ納め、相対する。女は差し向けた掌をゆっくりと降ろしながら、下を向く。だが迷いを振り払うように、敵を見据え言い放つ。

 

「分かったわ。でも一つ約束して。私を壊してもいい。でも、聖杯は傷一つ付けないで」

「何を言ってる? 俺が他の二人を殺したゆえ、既にお前しか運び手はいない」

「……何を言ってるの? 聖杯をあげると言ってるのよ?」

「触ればこの世に生きる人間は黄金に変わってしまう呪いが掛っていると、知っている」

「それは――」

 

 天のドレスのコトだと、エルネスティーネは言いかけた。だが、外来の魔術師がその礼装を知っているコトに強い違和感を感じ、言葉にはせずサムライと相対する。

 この男は自分を使おうとしている。それは分かる。でも……いや、迷うのはらしくない。

女の迷いは一瞬だった。諦めに似た決断は彼女の中で下された。『着いて行く』という結論が。

 

「聖杯はここです」

 

 女は胸元のボタンを恥じいるように、外していく。その中身を晒す為だ。

 

「なるほど。三人の中で一人だけ乳が寄せられてないとは、そういうコトか……」

 

 片手で無精ひげを擦りながら男はそんな感想をこぼした。アサシンから皆同じ格好をしている聞かされた時、令呪以外でどう見分けるか尋ね、そう教えられていたのだ。

分かった、もういいと手を振るだけで通じるのか、エルネスティーネは服を正した。

 

「では、少し待とう。俺のサーヴァントがあんたを運ぶ。いや、もう来たようだ」

 

 

 アサシンが抱える魔術師を見て、葛野帯刀は表情には出さず『何故』生きているか考えた。

見るからに気絶しているまだ若い女を殺めるコトなど、児戯に等しい。自身でさえそうなのだから、何か不測の事態が起きたとみるべきだと、彼は結論付けた。

 

「何があった」

「狂戦士以外の者とこの娘は繋がっていた。我と主はその者に呪われてしまったのだ」

「どういう呪いだ?」

「この娘を害せばこの国の王が死ぬ。そのような呪いだ。如何する我が主よ」

「……公の体裁を優先するか、それとも私心をとるか。いや、王が誰を指すかは定かではない。俺が仕える者か? そのお上か? だが、関係あるか? 『王』が死ぬコトで類が及ぶ――」

「主よ」

 

 マスターである侍に口を挟むのはその従者。彼は未だ未熟と自らを断じながらも、組織の長たる者の知賢でもって、行動の指針を示す。

 

「殺さぬ方がよい。娘を国に返すのが最も安全である策となろう」

「……やられたな。時勢がら西洋人を送り返すのにどれだけの労苦と出費となる――いや、借りを返して貰わねばな。まずは陣屋……いや、兵庫奉行のほうがいいか。その方が長崎までの通りが早い。アサシン、俺の愚痴を覚えているか? その時口にした遠国奉行を脅して来てくれ。冬木一帯から離れるが……大丈夫か?」

「瑣末なことだ、主よ。娘子一人など荷のうちに入らぬ」

 

 アサシンのその返答で、自らの言葉が足りなかったコトに葛野帯刀は気付く。

 

「アサシン、行くのは――」

「――あの! 私は冬木に残ります! まだ儀式は途中なのですよ?!」

 

 葛野を遮り、エルネスティーネが主張する。

この冬木の聖杯の完成はアインツベルンの悲願なのだからと、彼女のなかにあった誇りのようなモノがそうさせていた。自分には与えられた役目をこなす義務があるのだと、出なければ既に繋がりを感じられなくなっている数多の従者《ホムンクルス》たちに申し訳が出来ない。

 

「女。意見は求めて、いない。すぐに戻る。俺とハサンは願いを叶える為に戦っているのだ」

 

 ――だから口を挟むな。

そう言って彼は女を黙らせる。そして、すぐ戻るというのは『嘘』であった。

彼らは四人で休むことなく移動しつづけるコトとなる。

そしてそれを他の参加者は知らず、事態は推移していくコトに。

 

 その日、三騎のサーヴァントが脱落した。

その時、それを知っていたのはアインツベルンのマスターだけである。

そして彼女だけが強烈に恐れている事柄があった。つまり儀式そのものが失敗するコト。

エルネスティーネの顔は、聖杯戦争を壊そうとする男に対する感情で彩られていた。

それをまた男も見逃してはいなかったのだがーー

 

 

 ――実に平和な夜明けです。

そんな感想を抱いているのはサーヴァントの中でも自分だけではないかと、キャスターは想う。

聖杯戦争に呼ばれないようにする為に召喚に応じるという二律背反、自己矛盾に満ちた願いを抱いて現界した彼女は夜に眠るマスターの横顔を実に平和なモノとして、見続けた。

 

「んむぅ? ああ、もう朝か!! なんというコトだ!! 徹夜するつもりだったのに寝落ちしてしまったぞ! キャスター!! どうして起こし続けてくれない! なぜだ!!」

 

 男は微睡みから覚醒した瞬間からうるさかった。彼は確かに徹夜すると言ったが、キャスターの起こそうとする微力を『寝かせてくれ』と自らの意志で翻し、中断させたのだった。

 

「すいませんでした、マスター。ですがパンとコーヒーで起こして欲しいと望まれたのはあなた、ですから」

「おお!! パンがある!! ビールとピクルスにはうんざりしていたのだ! おお、これは!?卵も牛乳も使わずにこうも柔らかく出来るものかね?! コーヒーも! うん、すばらしいじゃないか! 最高だ! 聖杯とやらは淹れ方まで授けてくれるのかね?! 君の生前にはなかったモノだろう!? うーん、すごい! 流石は神の御業が齎せし杯だ! 妻の実家から流れてきた情報だったが、飛びついて正解だった!!」

 

 大声ながら、食べ方はすばらしく品のある所作だった。教会のお膝元、外国人居留地とも言える一画で『この人は今日も元気……いいえ、ずっと元気です』という見たままの感想を抱く。

そんな彼女のクラスはキャスター。召喚された夜、陣の外でぶっ倒れていたマスターに名乗った真名はシェヘラザード。彼女は思う。私はあなたに取材される為に呼ばれてしまったのだと。

そう彼女のマスターは召喚してからずっと、机とイスに張り付いている。生理現象以外ではペンを動かすコトに全力を注いでいるのだ。つまり彼は聖杯戦争の参加者と戦う気が全くない。

既に参加目的が叶ってしまった男なのだ。

 

「アルフ・ライラ・ワ・ライラの翻訳は全く終っていない! アラビアンエンターテイメントは大好きだがあれはもう既に古くなっている! あんなにすばらしい物語なのにフランスが先に見つけた顔をしている! だが語り部は共通なのだ! 君だ! シェヘラザード!! 君が語る物語が千夜一夜物語なのだ!! この催し物が終わるまでにどれだけの物語を語ってもらえるか分からないがぁあああああ!! 私の自分語りなどいい!! 君の話を聞きたいのだ!!」

 

 キャスターは思う。寝屋に一度も昇らず、かつての王よりも恐ろしい顔をしているのに、この王《マスター》はとても真摯な方だと。大雑把なのに真面目で、本音を引き出そうとそれとなく誘っては妻以外の婦女と閨を共にするコトはないと、藁を敷いて床で寝る。成人してからはずっと旅をしてきて、柔らかいベットが落ち着かないのだという。人生の半分以上を冒険に捧げてきた。『今となってはそれ以上に大切なモノに気付いたからこそ、聖杯戦争とやらに参加したのだがね!』と声を大にして言っていた。だが、彼は声が大きいのにも理由があるのだという。

『片耳をナイフで抉ってね!』、小さなこどもが怪我を自慢するような笑顔だった。

けどきっと、聴覚を片方失っていなくとも、彼の話し方は変わらないでしょう……

そう、口布の裏でささやかに表情を変え、彼女は思うのだ。

“ああ、私。見たコトも、聞いたコトもない男《ヒト》と縁が出来てしまいました”、と。



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槍剣

 

 

「父上」

「なんだ」

 

 幼い頃、父にはまだ色があったと思う。それは髪や肌、その人の特徴ではなく、感情のコト。

纏う落胆の色に包まれて、肌は浅黒く、毛髪の色は抜け落ちていくのが、自身の成長と反比例するかのようで――人の老いるコトを親に教わるとは、こういうコトかと思っていた。

 だが聖杯が活性化の兆候を見せ始めると、彼の中の意欲というものが甦るのが分かった。

聖杯の儀式にも自身が参戦するつもりだったのも、知っている。だが聖杯はボクを選んだ。

それは父が半世紀かけ組み上げた令呪の仕組みが何よりも表していた。父には令呪の予兆さえ、浮び上がらなかったのだ。御三家は絶対に選ばれる中、今回のマスターが自分であるコトに父は不満を隠せない。彼は確実に老いている。いや、既に人の身体ではない者に例えが適当ではないかもしれない。マキリ・ゾルゲンは生きながらにして腐り続けている――が、正しい。

 

「なぜアインツベルンに加勢へ行くのをお許しぐだされなかったのです? 小聖杯は奪われました。それを黙って見ているだけなど――」

「大聖杯さえ無事であればかまわぬだろう。小聖杯の運び手も害されてはおらぬ」

「しかし儀式の要が敵の手にあっては――」

「儀式の要は大聖杯よ。あの場所を犯されぬ限り、マキリは動かぬ」

「では遠坂のように、宝具にて屋敷を消し飛ばされてもかまわぬとお思いですか」

「遠坂の小倅が死んでうれしかろう? その妹をお主の好きなように出来ようからの」

「下世話な……ただ呆けるだけでなく色呆けるとは――父上は救われぬお人です」

「……マキリが救われるとしたなら、聖杯が真に完成する時のみ。お主はマキリの後継。サーヴァントが残り一騎になるまで屋敷に籠っておればよい」

 

 ボクはどこまでも家に囚われている。そう、表には当主として立つ青年は思う。

 

 間桐新という魔術師は、この時代に生き士分を買った家柄ながらも、時流の分かる男である。

既にこの日本という国は世界に向けて開かれている。大陸と地続きでない分、西洋の侵略は遅いがもう世界は狭まっているというのに。マキリはこのまま聖杯に拘っていたらダメになる。

魔術師として、いや、日本男児として『ボク』は世で自身の価値を問いたい、と――

 

「すこしいいか」

 

 渋みのある落ち着いた声色が地下空間に響く。その声の主はマスターに寄り添うように実体化しつつ痩駆の老人に問いかける。

 

「お前は戦をしないつもりか、マスターの親父殿よ」

「既に始まっておろうに。三騎の脱落は確認しておる。前回の七騎出揃う前に聖杯が壊れるような儀式とは違い、順調に脱落者は」

「いや、つい口を挟んでしまったが、そういう話をしたいのではなくてだな。ランサーがこの近辺におるのに、こうも悠長でいいのかと思ってな。その報告がしたかったのだが」

「っ! そうかランサーが。セイバー、報告御苦労。迎え撃ってくれ! ボクも向かう」

 

 サーヴァントの横をぶつかる勢いですれ違うマスターの青年に、老人は意識を向けている。

だが、言葉や行動で自身の息子を静止するコトは出来なかった。

何故なら眼前のサーヴァントに気勢を制されているから。上半身半裸の男に、圧をもってやられていた。無言のままに、邪魔をするなと示されていたのだ。

 

「では言ってくる、ご老体。くれぐれもマスターの邪魔をしてくれるなよ」

 

 そう言ってマキリのサーヴァントは霊体化した。

気配が去ってから、マキリの老人は溜息替わりの愚痴を吐き出す。

 

「聞き分けのない息子とサーヴァント、どちらも忌々しい」

 

 

「殺されていたぞ、マスター」

「あの狂った老人にか、セイバー?」

「……やはり親子ではないのか? あの肌の下に蟲を蠢かしていた魔術師とは」

「血は繋がっているさ。でも親子とは認めたくはない。蟲じゃないんだ、ボクは」

「……そういう所が惹きあったのかね、我らは。俺も息子には嫌われていた。自国の民にも」

「? 何を言っているんだ。お前は愛される側の人間だろう? 国に帰れなくなったのも息子が優秀すぎたからで、亡命先では女王とその戦士たちとよろしくやっていたと残っているぞ」

 

 間桐新は優秀な跡取りとしてこれまで生きてきた。だが、誰かに好かれようなどと一度も思ったコトがない。母は父という蟲の餌になり、物心ついたころより、蟲を支配する鍛錬を重ねた。彼が不幸を初めて感じたのは、遠坂の三代目の兄妹に出会て『普通』を知ってしまったコトから、自らの日常が狂っていたと理解した時のコトだった。

遠坂の莫迦のほうは『妹をやる』などと、適齢期を過ぎたころから言いだしたが、マキリの後継者はそれを拒絶した。遠坂の賢いほうに『いつか蟲に喰われてくれるか?』などと、と言いたくもなかった。莫迦に間桐の魔術を一度も見せたコトがないとはいえ、察するものがあったのか、その後はからかう時ぐらいにしか縁談を話の種にはしなくなった。

 セイバーの召喚に触媒は用いてなかった。縁、または相性で呼び出しに応じてくれた英霊ではあったが、間桐新とは共通項が何もない男だと思っていた。そんな男同士で惹きあうだと?

 

「おうとも、俺は男も女も分け隔てなく愛する男だ。だから、かな。憎しみというヤツに鈍感でね。殺されるほどに恨まれるコトもたくさんして来た。そして盲目の達人に殺された。だが、それは事故のようなモノだ。恨んじゃいない。――だが、悔いはある。俺はきちんと戦って死にたいのだ。マスター、お前の憎しみはその生まれに向けられていた。だが、この聖杯戦争で初めて、自らの内側から外にだせる機会を得たのではないか?」

「……だから、何が言いたいんだ?」

「マスター、お前は闘いたがっている。求めているのだ、戦を。だから、あれほど憎んで、恐れ、消えてくれと願った老人を相手に、敵が来たからと容易に背を向けられるのだ。どう見ても死に急いでいるのだが……俺は嫌いではない。戦士とはそうでないとな」

「……ボクは魔術師じゃないとでも? なら、武士か? けど、家には執着していない。だから武士でもない。それでも闘いは求めている……か。なら――戦士でもいいかな」

「そうだ。さぁ! 敵が来たぞ、マスター!」

 

 闘いを求めるからこそ、惹き合う。それならば、気持ち悪くはない。むしろ逆だ。

 

「セイバーとお見受けしますが、どうですか?」

「そうだ。汝はランサーと思われるが、如何に」

「そうですよ! 私がランサーです! 真名まではご勘弁を!」

「いい女だな。むしゃぶりつきたくなる柔肌具合! では、始めるとするかぁ!!」

「はっ、はい!? なんか怖い、このひと!!」

 

 求める心を押さえるのを止めた時、どうか満たされんコトを。そうだろう、ボクの敵――

 

「ボクの相手はキミか? 遠坂を倒した鬼――」

「――そうだ」

 

 相手は刃を抜いている。あとはもう、勝つか死ぬかだ。

 

 

 翅刃虫。マキリの工房の大部分を満たすモノ。その食性は肉を好む。特に人肉を。

だが彼らの多くはそのコトを一生知るコトもなく、成長し、死んでいく。

蟲たちは魔力を貪るように品種改良され、同種同士で傷つけ合い、またその自食行為で魔力を生みだし、弱ったモノは淘汰され、その多くが成虫になることもなく世代を重ね続ける。

その術式は魔術世界では珍しい。それ即ち、神秘として強いというコト。

マキリの業は既に極まっている。あとは落ちぶれ往くのみの家ではある。

だが、その魔術刻印に刻まれし術式は既にサーヴァントにさえ、通じる脅威だ。

 

「さぁ、喰らえ――蟲ども!!」

 

 マキリの現当主の身体から蟲が湧く。ぬるりと泥水が伝うよう這い出た幼虫は、与えられた魔力にて一瞬のうちに成虫へと変ずる。三匹を一塊、九匹を一群れとして、それを三つ。

自身を中心に円柱状に解き放った間桐新は痛みと共に咆哮する。

 

「やはり雨を置いて来たのは正答やったか。じらくりがうるさかったけんど」

 

 鬼面の侍は地を這うようにして刃で弧を描き、翅《はね》を斬りおとす。

だが、すぐ自らの得物異変に気付く。

 

「せんないな。刀がめげてもうた」

 

 刃が欠けていたのだ。彼の刀は後の世では新々刀、幕末期に打たれた刀でしかなく、マキリの神秘に対抗出来うる物ではなかった。これには雷面も愚痴を溢さずにはいられない。

彼の生家は貧しく、名刀や古刀の類が転がっている訳もない。彼の属した本隊の一人が、彼の為だけに鋳造した刀ではあったが、それを駄目にした後悔は大きかった。だが、切り替えも速い。

 

 ――槍だ。何処からともなく槍がその手に握られている。

だが蟲に待つ理由なし。竜巻の中にあるような刃音の群れが、殺到した。

 

「さっすが正三位の槍。バケモンもよう斬りゆう」

 

 空気には翅音ではなく、槍が描く一条の軌跡による重なりが響き、制空権を確保する。

蟲の群れはその刃域から逃れるようにバラけるも、必ずどこかを欠損し、飛行姿勢を崩す。

いつしか蟲の飛翔音よりも、槍の柄がしなる音の大きさが増した時、蟲は飼い主の周りに浮くように戻っていく。

 

「凄まじい業の冴えだ。何か流派なり、名前があったりするのかい?」

「先生は裏の十一ちゃ、言うてたわ。だが、流派を修めたとは言えん。ゆえ、名乗れんちゃ」

「キミ、萩の出だろう? いいのかな、ここで戦っていて。お国の為に戦ったほうがいい」

「君も先生の影響を受けたモンだろうが――僕には分かる。君には国の為に何かしたいという志を感じる」

「今更、普通に喋っても……まぁ、いいよ。あんまりだらだら戦ってもしょうがない。どうだい? サーヴァントはサーヴァント同士。マスターはマスター同士、一瞬に全力を注ぎ合うっていうのはさ?」

「悪うない。だがぁ……いや、いい。男と男の戦じゃ。なんも言わんと、やろうや――」

「――いいね、キミ。だけどキミは敵だ、名前を覚える必要もない!! やろうか!」

 

 二人は互いに興味があった。だが、決着にこそ価値があると分かってもいた。つまり、どちらも己が負けるなど、欠片も考えてはいなかった。闘い、男としての素を剥き出しにしたい。

 

 そして、動く。

 

「来い、セイバー!! 眼の前の戦士を屠れ!」

「了解だ、マスター!」

 

 ――令呪。現れた益荒男、一踏みで間合いの内側に入られ、振るわれる剣に槍を合わす。

間に合う。だが、受けてはいけない一撃である。柄が折れ、滞空する刃をセイバーに弾き、残る柄でセイバーを押す。微動だにしない英霊がその肉で刃のない穂先を押し曲げながら、剣を振るう。穂先の反対側が地面に接し、しなりが限界となり、残った柄全体が弾け飛ぶ。

槍の担い手は地を這うように、吹き飛び、転がり、仰向けに停止する。セイバー更に――

 

「――させません!!」

「っ、蟲ども!」

 

 セイバーの剣を槍で受け、肩膝を沈まされつつ、魔力光が放出され続けている盾を槍に重ねる。真名解放時に半球状に相手を包み込み足止めする力、それを真名を解放せずに解き放ち、セイバーの身体を一瞬だけ螺旋状に縛り、ランサーは蹴り飛ばす。

拘束はほんの一瞬のみしか持たなかった。だが、倒れ伏したマスターが愛する人の傍らには到達。彼はマスターにとってのロジェロなのだ、失えば『指輪』も、そしてマスター自身もどうなるかは、ランサーにはよく分かった。だから――

 

「すまんな、少し眼が眩んだ」

「ランサー諸共、いけるな」

「おうよ」

 

 敵の態勢は整ってしまった。魔力の光で蟲は消えた。けど――

 

「光よ、螺旋と――」

「隙を生まんとっ、な!」

 

 宝具の発動は出来ない。もう、距離もない。ランサーもマスターを掴んで共に弾き飛ばされ――

 

「宝具で止めを、セイバー」

「俺の宝具はド派手だぞ? ここらが消し飛ぶがいいのか、マスター!」

「いいからやれよ、色男」

「はっはぁ! まぁ、そうだがな! 螺旋、準備! 虹霓をご覧に……マスター?」

「――なっ、んだ、これ??」

 

 蟲使いの魔術師の心の臓を、後ろから槍の刃が貫いていた。ランサーとセイバーは伏していた鬼面の侍を見る。ひどい有り様だった。地によって擦り切られ、傷だらけになっている。

だが、間桐の当主へと手を伸ばし続けている。いや――

 

「号は日本。君ら、頭が高いの。これなるは准三位の槍。この場の誰よりも身分が高っ――」

 

 鬼面の意志は途切れた。間桐新も膝から崩れ落ちる。それをセイバーが支え、地に横たえていた。

そんな彼も足元から光に変換され始めている。主従二人は燐光の中にいた。

意識を失った自らのマスターを抱え、ランサーは何も言わずその場を後にする。

 

「フェル、グス……わる、い」

「いや。お前に何も悪いところなどないぞ、マスター。よく戦った」

「そう、じゃない――」

 

 フェルグスの背後。

ちょうど心の臓があるあたりに、蜂の針を巨大化したような刃が突き立っていた。

 

「なぜだ?マスター」

 

 フェルグスは主の使い魔に後ろから刺されても、それまでの態度と変わらず尋ねる。

 

「ゾルゲンに、お前を……使われたく――」

「なるほど分かった。マスター、ありがとうよ」

 

 主従は互いに男臭い笑みを浮かべた。

そして、主の命の灯火が消えると同時に、従者の光への変換も終了する。

その瞬間だった。

 

「……魔術刻印は返してもらうぞ、息子よ」

 

 色素の抜け切った髪、肌を黒色に犯されている西洋人がそこにいた。

老境に入っているも、まだ杖は必要としない年齢に見える。だが、病的な魔術師。

その男は自らに巣食う蟲に息子の亡骸を喰わせているのだ。

まるで使えない物を見る眼差しを、跡取りが骨だけになるまで向け続けた。

そして、彼は蟲の翅音をさせて、その場から消え去る。

残ったのは真新しい頭蓋、骨格のうち硬質な部位のみが放置されていた。

果たしてそれを、誰が拾い上げるのか……間桐の人間ではないのは確かである。

 

また冬木という戦場で、戦士二人、散る。



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追憶

 

 

 摂関家の屋敷が燃えている。主上以外で人臣を極めたお家でも、ただの火に焼かれるのだ。

そこで地べたを這いずり、激しい呼吸音をさせた男が生きようともがいている。

屋敷の軒下に入り、煙を避けながら男は進む。一つ、生存の叶う場所の心当たりがあった。

おそらく宝物庫。家人には『下賤の者が近ずくな』と蔑まれた区画がある。

元は蹴鞠でもする為だったのか、何もなかったろう正方形の空間。

そこに細く人一人がようやく通れそうな、両開きの扉がある。

木戸で封ざれていたその扉は男の感覚では、江戸の時分に造られた物ではないようだった。

だが、理性に生まれた躊躇を、生存本能がそこに飛び込むコトを選択させた。

 

「――っ」

 

 辛うじて片足しか降りられそうにない階段が出現する。だが、そこから流れてくるの冷えた空気。もう自身の鼻が一生効かない事を手の平で顔面を押さえながら理解する彼は、もう片手で壁を探りながら、脚を交互に踏み出した。

 そして辿り着いたのは――

 

「ろ、う?」

 

 そう、座敷牢がそこにあった。そして、その内装は異様である。まるで生きているかのような質感の面達が視界に飛び込んできた。視線を感じて振り向けば、背後にも面が張り付いている。

 

「な・ん・だ?」

「クイモノ?」

 

 また振り返れば、そこには人が座していた。扱われ方はヒトではなかったが。

そこに尊厳はなく、人である権利がなく、自由がなかった。

だが、そのコトに眼を、心を奪われたのではなかった。

 

「君の・名は?」

「ナ? ナマエ? 我の名は――」

 

 その答えを聞く余裕は彼になかった。男は虜にされたのだ、囚われた神秘に。

 

 

「あっ! 起きられましたよ、マスター!!」

「ずーるーいー! 雷様が目覚めて最初に見るのはうちだったちゃぁ」

「す、すいません。あっ、その主様が何か言いたげですよ?」

 

『耳にうるさいぞ、君たち。雨、僕はどれだけ寝てた?』

「二晩まるっと寝てはりました……ランサー、雷様の傷大丈夫やろか?」

「……すごい回復力だと思います。骨折も裂傷も、もうほとんど治りかけてます。でも――」

『ランサー。いや、ブラダマンテ君。それ以上は言わなくてもいい。この面が何を餌にしてるか、僕にもわかっているちゃ』

「マスター。魔術には無理な使い方をすれば、反動があるものです。その面はおそらく呪い……ですけど、私は詳しくはないんです。マーリン様なら、何か分かったんでしょうけど」

『構わんち。僕は死に損ないじゃき。命ならどんどん吸い取ってもらってええ。世子様も土産話は期待されちょったけんど、この戦争には否定的やった。僕はもう国の、郷の為に戦ってはいないんだな……』

 

 男の慙愧の残る言葉。母屋が廃墟となり無事に残されていた遠坂の蔵の中へ、無言が満ちる。

 

「な、なら、主様は何のために戦っているですか? 聖杯への願いもないのでしょう?」

『雨に……自由、平等、博愛……そういう全ての人間に公平に与えられるべきモノを残してやりたい。その為には世界を変える必要があるだろうが、それは人一人がやるには背負い過ぎと思うのです。ランサー、君は支配階級だったから分からないだろうが、生まれというのは拭い難い枷なのです。いや、身分が高いほど違う悩みがあるのかも、だが――ヒトとして扱われない者はこの国にも多い。ただ一人の幸福の為に戦うのは、僕の意地であります』

「主様……、そんなに喋れる人だったんですね」

「ランサー、うちの旦さんに何と文句あるね?」

「いえ! ええ、文句などありませんとも。み、見回り行ってきまーす!」

 

 決意表明などしてしまった自らに、面を外すコトが叶わなくなった男は笑う。

まだ出会って数カ月と、たった数日の二人の女は声が高くて敵わないと、呼吸を苦しくする。

たぶん今、自分は幸せなのだと感じてきて、息が出来なくなりそうだった。

そのコトが更に可笑しみを深くさせる。こんな面相になり、女を連れて藩を捨て、多くの同志を死なせ、もうすぐ命が尽きようというのに、それでもなお笑えるのだ。人は――

 

『なぁ雨』

「なんです?」

『人とは幸せを感じる生き物なのだ。君はどういう時、幸せを感じる?』

「うちのそれは雷様とくっついてる時ですわ。私だけやない、思えるよし」

『そうか。なら、近こうよれ』

「怪我は痛まへん?」

『大事ない。するか?』

「はい!!」

 

 夜が明けようとする時分の話である。彼らの語らいは、長い。

 

 

 ガキどもが嫌いだった。貧乏人の子供も好いていなかった。それを捨てる親たちを憎んだ。

人別帳にも載らない彼らは、この世に生まれた痕跡さえ、なきも同然に忘れられる者。

我が家の仕組みは程よく出来ていた。近隣諸国、あるいはその異能ゆえ生き場を失った者の情報があれば、遠国からも情報網の伝手でヤツラは連れてくる。山は多くを隠す。血が濃くなり過ぎぬ様、外の者を入れる仕組みを考え付いたのが当家だったのだ。谷あいにある一つの町ほどの集落に年貢というモノはない。だが、人を供させるのだ。それは何も自分らの子でなくともよい。

むしろ外の、何か異能を持った子が相応しい。その為に父は金をも払っていた。村の男たちは外に働きに出る。女子供の出入りは禁じたが、外の世界を知る機会があるのにも関わらず、彼らは戻ってくる。そう、人を連れて。郷を彼らはこう呼んだ。桃源郷と。

 

 そして、そこを閉じたのが我が『弟』となる子供だった。

 

 

「帯刀」

「なんでしょう、父上」

「ついに見つけたやも知れぬ」

「……継ぐ者が現れたと?」

「そうだ。神子とまで呼ばれている者が、我が家に来たいと口にしたそうな」

「それは……まことですか?」

「是なり。帯刀よ、その者に継承が叶ったなら、子を当主とする。よいな」

「はっ、かまいませぬ。私は剣で食える道に進みたく。それが叶うのなら、文句などありようもございません」

「お前は村人をまるで恐れないのだから肝が太い。だがそれでよい。支配する側が長い年月の中、因習に縛られるようになった。始めたのは我らの祖とはいえ、まったく……悪習よな」

 

 父は俺を大事にされていた。母はもっと大事にされていたが、体が持たなかった。

母は死んでからも美しく、それが何よりの呪いであった。当家はそのような家である。

母は外の人間であった。居場所のない、ヒトとして扱われなかった人間だ。

だが、その美しさと比例するように、強い女であった。攫われるように来たこの里で、頂点に縛り付けられた男に嫁ぐコトを望んだのだから。まぁ、母は村人が『嫌いだっただけ』と言っていたが……

 

 

 その者が現れたのは、そんな会話のふた月後だった。それほどの遠方からではなかったのだが、神子を欲しがる家が他にもあったそうな。だが、外でも強い群れである里の者には敵わなかった。彼らは腕の良い鍛冶師でもあり、戦人だ。土地を離れ、戦わなくなった術師の相手は容易い。古来からの血筋で多くの家は地元に根付くが、土地に縛られもする。我が家もそうだが、力そのモノは個に集中する。父も術師ではあるが、母にはまるで及ばぬ腕だったそうだ。

それは継承する前も、した後も――だそうだ。俺は母が力を使うのを一度も見た事がなかった。

父が言うには、たった一度使ったそうだが、いつ、何に使ったかは教えてくれなかった。

 

「お初にお目にかかります、鞘火です」

 

 そうして『弟』ができた。彼は九つまでは神童そのものだった。

だが『母』から継承する段階、ようやく彼女を葬る時になって、父が狂った。

いや、父上はただ母が完全にこの世からいなくなるコトを認められなかっただけ。

永遠を求めてしまっただけなのだろう。だから俺が斬った。

 

「兄さんはなんていうか、情があるのかないのか分かり難い人だよね」

 

 共に燃え盛る郷を見ながら、弟はそんなコトを言った。

俺は泣いていたらしい。涙は流れていないが彼にはそう見えたそうな。

魔の火が森深い里を包み込む。何人も平等に塵と化す。もう既に殺されている故、苦しむコトもない。ただ必要だからと、後始末に弟の手を借りたコトが情けなくはあった。

 

「兄さん。どうして鞘火めを殺さず、生かしたのですか?」

 

 その問いに俺はこう答えた。

 

「お前は俺の弟。そして先祖からの呪いを終わりにする役目の担い手だ。時代に合わぬモノは廃れる、いつかお前が言っていたコトだが、これは正しい。因習は断ち切らねばな」

 

 その返答は確か、こうだ。

 

「――そのお役目、立派に果たしてみせます」

 

 その結果が今であるのが、ただ辛い。

 

 

「どうだ、具合は」

「儀式が終わるまで帰って来ないと思っていたけど……まさか女連れとはね」

「茶化すな。だがいい。冗談を言えるならな。安心した」

「っ――、兄さんが冗談を言うなんて。安心したなんてよく言えるな。戻るか、普通」

「親兄弟の死に目に逢えず、死者の蘇生を願うほうがいいとでも? 莫迦だな」

「死ぬ前提じゃないか……まぁ実際、体調はすこぶる悪いよ」

 

 死にそうな『弟』の姿がそこにはあった。体調が悪くても、よく喋れる人間というのは実際いる。

本当に会話まで億劫ならば、相鎚しか出来なかったり、聞こえてはいても寝てるのみ――なのが重病人というものだ。だから兄である帯刀は弟である鞘火のいうコトを真に受ける。

 実際触れた手から伝わる熱は、ろくに食せてもないであろうに、ひどく高い。

そこで兄は会話を楽しむのを止めた。空気を変える雰囲気を纏い、告げる。

 

「ここまでに四騎脱落した。届くモノだな、かなり開催地から離れてはいたんだが。おそらく聖杯を目掛けて、霊格は跳ぶのだろう。で、どうなのだ鞘火。お前に使えるか?」

「すごい魔力の塊ではあるよ。でも、もう願望機ではない者には使えないよ」

「嘘だな。お前は何でも知れるし、出来るようになる者と願ったのだろう? なら、嘘だ」

「それが嘘なんだよ。葛野鞘火という転生者は自分以外の何かになるなんて許容できない弱い人間だ。願ったのは世界の記憶に残らぬコト。自分がいたコトで既に誰かを消しているだろうけど、未来にまでその可能性を残すのは……耐えられないコトなんだ」

 

 一拍の沈黙。挟まれた空白の数秒に、兄は様々に考え、口にした。

 

「そうか……お前は完全にいなくなるコトを望むか。それで呪いも消え去ると?」

「完全ではないかも。記憶には残りたかった。兄さんのね」

「黙って逝くつもりであったろう」

「うん。だって、つらいじゃないか」

「間に合ったな」

「聖杯に……願うのは兄さんの…、自由だ」

「やめておく。ご苦労だった」

「ちょっとだけ、惜しいよ……」

「何がだ」

「時代、おもしろ……見たかっ」

 

 限界が、来た。弟は兄に『男』らしく笑って、消えた。

 

 

「誰と話していたのです?」

 

 障子の外に待たせていた女と会話をする。この者は弟を覚えてはいない。逢ったのに、だ。

 

「アサシン」

「なんだ、主よ」

「いや……またにしよう。あ、まだ消えてくれるな。そういえば聞いてなかったと、思ってな」

「何の話だ、タイト」

「お前の願いを聞いていなかったと思ってな。俺が聖杯戦争に参じたのは公儀のお役目のうち……いや、自らの願いを叶える為に戦っていた。この家であったコト、お前は覚えているのだろう?」

 

 俺とハサンと、女の位置で彼が主である者が、彼女に何をしようとしていたのか察しているのを理解する。暗殺者は女の前に立っている。何故なら俺にはもう女に用はないのだから。

剣しか使えぬ者が、この場で一番の練逹者な女に何か出来ようもない。令呪を使うなど話にならぬ。どこか甘さが……いや、自らにとって酷な結果になろうとも、誰かを優先してしまうような強さを、暗殺者という職種からは遠い優しさを想起させる英雄だ。アサシンは。

 

「ああ、覚えている。主と繋がる私はこの状況の認識の齟齬はないだろう」

「そうか。なら、分かるだろう?」

「しかり。主は落ち込んでおられる」

 

 何の話をしているか、分かっていないアインツベルンの人造人間に告げる。

 

「女」

「エルネスティーネです。いい加減っ、名前を呼びなさい。この猿人間!」

「……猿、か。もっといい獣に例えてくれてもよいのだが」

「猿で十分でしょう。人が山をあれほどの速度で移動できてよいはずがありません!」

「何を怒っている。ああ、ずっと物扱いが堪えたか?」

「違います! ここはこの国の首都に近い場所なのでしょう。これほど離れてしまっては霊格が回収できない恐れがあります!」

「……大聖杯との距離が分かるというのか? 流石聖杯の造り手なだけはあるな。長崎で脱落者の魂を回収出来ても、ここでは無理というコトか」

「そうです! だから早く冬木に――」

 

 刀を抜き、分かり易くエルネスティーネの首に添えた。今度はハサンも動かない。

 

「黙れ。色に狂った猿のように喚くな。俺はアサシンと話をしていたのだから」

「主よ。刀を納められよ。話を続けるに、不格好な姿勢だ」

「お前が言うなら、そうしよう。では聞こうか、お前の聖杯に願う祈りを」

 

 納刀し、外に面した縁側に腰を据える。

 

「我が願いは全てのハサンが一人となるコト、だ」

 

 

「全てが一人に? どういうコトだ? ハサン・サバッーハが複数いるのは伝え聞いているが、合体でもさせるつもりか? 公武が一つとなれなかったように、巧くはいかない話ではないか」

「合体……それは良い例えだ、主よ。前回のハサンが言いだしたのだが、実に下らぬコトなのだ。我ら『ハサン』のなかで最強なのは誰かなどと……そのようなコト語るに値わぬコトなれど、皆乗り気でな。この聖杯戦争で召喚されるハサンのうちでは、優劣を付けたいのだろう。

私も自らの業がどの程度なのか、気にならないと言えば嘘になる。だが――」

 

 誰でも願い・夢を語る時は長くなってしまうのか。話しをきちんと聞いていたマスターはそれを止める。

 

「随分と語るな、アサシン。だが言いたいコトは分かった。つまりだ、ハサンが英霊として複数あるのが問題であって、召喚される『ハサン』という存在がただ一つの人物として定着し、なおかつ、合体したハサンは全ての業を使える存在となれたならいい。そういうコトか?」

「主とは違うが……私もそれが結論ではある。ハサン・サバッーハは一つの概念であるべきだ」

 

 いつになくその声は楽しげだった。仮面により表情は常に固定されているが、もしその下に顔があるなら、しょうがない者を見る優しげな表情なのかもしれない。

 

「全て兼ね備えるのも悪くはないが、一芸に特化しているのも格好が付くぞ?」

 

 その言葉に、アサシンは虚を突かれたようで、返答するのに数秒を要した。

 

「……それが我らだと言いたいのだろうが、業の程度を比べ合っているようでは、な。

首を落とされても仕様がないのだ、主よ。だが、そんな存在は認められぬかもしれぬな」

 

 どこの国でも罪人は首を落とされるのかとマスターたる男は考えたが、それよりも世界に記録された存在が、英雄と認められている者が何に認められないか気になった。問いは口をつく。

 

「誰にだ? ああ、お前達を選ぶ存在がいるのか。だが願うのはお前だろう? アサシンよ、お前自らが全てを兼ね備えたハサンを認められるかどうか、それが問題なのではないか」

 

 自分でも莫迦な考えだと思っていたコトを肯定される。それが可笑しく、うれしかった。

その感情を体に沁み込ませるように間を取り、暗殺の語源となりし者達が一人が言う。

 

「――決めるのは私だと? そうか。主よ、私は存在しても良いと考える。例え、長達がその全なるハサンたる者を認めずとも、私はその者があってほしい」

 

 月が見ていた。会話から雰囲気で締めだされた冬の聖女の写し身と、願いを肴に献杯を傾ける主従を。暗殺者の主の願いはもうない。だが、彼は戦い抜くと決めていた。それが同盟者への礼儀である。それが出来ない者から負けてゆくと、彼は信じていた。――彼は自らの従者の為に戦うのだ。

 

 月が、満ちようとしていた。



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溶暗

 

 

「本当にここに捨て置くとは……あの男っ」

 

 怒りを込めて拳を握りしめる女の姿がある。それはどこかの山奥で、少なくとも冬木からは遠く離れた場所であるコトは確かだ。そしてそこはそれなりの家格の屋敷であり、主が不在となってまだ幾ばくも経ってはいなかったが、彼ら主従をホムンクルスの令嬢は追うコトをしなかった。御三家に共通するマスター不在のサーヴァントがいるなら、敗者であっても生きているなら再び令呪が宿る特権があるのは分かっている。だが、例えこれから戦場に戻っても、自らが英霊と契約出来るとはとても思えなかったからだ。いや、言い換えよう。彼女は諦めたのだ。

サーヴァントはあと三体。まだ彼らが脱落するまで時があるかもしれない。けれど、自らの容姿、空間的距離、運動能力など諸々の要素を鑑みるに、どう考えても辿り着けない。自分が戦闘用に造られていたなら、本州から九州へ、短時間で踏破出来ていたかもしれない。だが無理である。

不可能なのだと、完全なる聖杯降臨という期待もされていなかった難題を振られた女は怒りを抱く。

 

「あのっ、ゴーレムが! 人を見下して! 彼女を造って諦めた方達の命令を実行し続ける人形のくせに! 私たちは生きてるのに! 物扱いしやがって! 私は――生きてやる!」

 

 握りしめられた拳をほどき、地に向けていた頭を満月に向ける。眩しいほどに明るい夜空。

落ち着く為に息を吸い、吐き出し、何かを決意したように髪を後ろ手に纏めた。

銀細工を一瞬の工程で生みだして、柔らかな髪留めが頭上に現れる。

 

「サムライの姿をしていても、あの男は魔術師でしょう。なら、ここは工房でもあるはず。乗っ取ってやるから」

 

 アインツベルンの魔術師は、この聖杯戦争から脱落した。その後、彼女は死んだモノとして扱われる。どの魔術協会にも知られず、消息を絶つコトとなる。

 

 

「お茶よ。と、言っても、この国のお茶だけれど」

「ありがとうジュリア。私、緑茶好きよ?」

「そう? ならよかった」

 

 お茶は本国にいた時は、別に好きではなかった。けれど、この国で受けた洗礼から先。悪い心象しかなかった日本で、イギリスと同じような日常があるのだ感じると、心が落ち着く。

扉の外に気配が増えた。足音が一人分。心は凪いでいても、身体は変化に敏感になったまま。

兄は『よくて心的外傷を負って帰るコトに』と、私を心配したがどうやら、彼の予想通りになりそうだ。私は魔術師としての腕はあれど、戦う者ではなかった。

 

「やぁ、具合はどうだい? アン」

「お帰り、ジョン。肩のところ以外はもうほとんど怪我は治ってるよ」

「カレッジにいた時から君は常人ではないと思ってたけど、やっぱり凄いねメイガスは」

「ジュリアに聞かれたらまずいんじゃないかい? 彼女はほら、敬虔な方だから」

「確かにそうだ。でも、随分印象が変わったなアンドレア。君はほら、貴族だったから」

「生まれは最下層で、女でもあるし、舐められないように片肘張ってたのかな。家族の一員として認められる為に必死だったんだろうね」

「そうなの?! ジグマリエは王族をも守る一族だって噂だろう? だって君のお父上は王配殿下をほら、護れずに自害したって噂があったからさ」

「そうなのか?……ああ、たぶん兄上が流したんじゃないか。もう王室とは自分の代で関わりを絶ちたいと言ってらっしゃったし……」

「はぁ――大変だね、貴族の家って。階級が違うから想像しか出来ないな」

 

 ノックの音。ジュリアが戻って来たのだ。

 

「難しい話をしてるのね、王室とか貴族とか」

「そうなんだよジュリア。やっぱり通訳官になってよかったよ。色々なコトが聞ける」

「そ。内緒話もいいけど、お夕食の準備、手伝ってくださる?」

「それは君の仕……いや、なんでもないよジュリア。手伝うとも」

 

 ラウダー家の柱はどうもジュリアらしい。もちろん稼ぎ頭はジョンなのだろうけど。

魔術刻印を害されるコトはなかったが、令呪のあった皮膚の治りは普通の人間程度のままだ。

神経に根差す回路に不具合があるのだろう。それは普段、魔術を使うのに支障がある訳ではない。

だけども、ほんの些細な違和感がるコトは否めない。完璧な道具に傷が出来て、少し信頼性が落ちた……そんな感じだ。だから、大魔術や繊細で集中を必要とする工程《アクション》に支障が出てしまう。

その可能性が自身にあるコトを認めなければならない。そう、典位を授けられた魔術師はもういないのだ。ただの魔術使いに堕ちてしまった、というコトなのだろう。出国前に意気込んでいたコトが遠く感じられてならない。自分が失敗――いや、敗北したコトを認める作業は辛いから。

 

 

 私がバーサーカーを失い、意識を取り戻してすぐの話だ。

 

「お前を国に返す」

「ああ、やっぱりそうなる――え? いいのかな、殺さないで?」

 

『お前を殺す』と言われるとばかり考えていた私に、告げられたのは正反対の答えだった。

気の抜けた返答をしたのは自覚していても、それぐらい色々抜けていたのだから、仕方ない。サーヴァントを失ったマスターは殺されて当然なのだから、死ぐらい覚悟するだろう。

既に誇りも、魔力も、体力も、気力も、全て使い尽くされていたような状態だったのだから。

 

「殺す必要がなくなったからな。だが、他の参加者は違うだろう。特に長州のは攘夷の意志が強い土地から来た男だ。まぁ、負けて内紛をしているから、長州の考えが変ってきているという内報もあるのだがな。そんな柔軟な奴ばかりではないから、敗北を受け取れない者も多い」

 

 どうやら、残りのマスターの一人が長州の人だったらしい。私も薩摩や長州のコトは新聞で見知っているぐらいには詳しかった。おそらく私を襲った集団がそうだったのだろう。

本国に負けた彼らは攘夷が叶わない現実を見せられた。でも、夢から覚めれない男達もいる。彼らは夷、外から来る人でないモノを屈服させる夢を捨てきれない。だから、冬木に来た。

 

「そうだ。お前を攫って、色々体に聞いた者共である。奴らは敗残兵。死に場所を求めて流離ろう兵が末路だ。国で大人しく出来ない者を放出したのであろう。切れ者と噂される世子殿。

彼ならやる。それに英霊という武器も手に入る可能性も餌としては充分だろだろうさ」

 

 長州のお家事情も複雑らしい。どこかの王族同様に。

 

「お前を長崎に送る。どうだ、伝手はあるか? ないのならば、公的な流れに任せるが俺には楽なのだが」

「ある……伝手があります。同窓生の幾人かが、こちらに通史として渡って来ている。彼らの手を借りれば、本国の兄との連絡は付くはずです」

「兄……か。お前、日本語が上手いな。向こうに誰ぞ、日の本の知人でもあるのか?」

「いえ。ですが、教室では一番の成績でした」

「……教師に嫌われたろう。向こうではこちらの言葉など未開の蛮族程度の扱いだろうに」

「それは違います。清よりも若い商人の子弟や、富裕層には魅力的に見えてはいますよ」

「……やはり、金を動かす者は鼻が利くのだな。この国はこれより先、戦となろう。武器を売りに来る気か。それとも薬漬けにするつもりかな? 大陸のように」

「いえ、それは――違うとも言えませんね。それより何故、教師に嫌われていたと?」

「優秀な翻訳者は権威に嫌われる。どこの国にもあるだろう」

「はぁ。直接敵であると、何かをされたコトはありません。彼とは身分が違いますから」

「身分? お前には何か高貴な血が流れている。そういうコトか」

「はい。生まれは低層ですが。引き上げて頂きましたから」

「……それはお前が戦った理由か? お家の為に、と?」

 

 これまでずっと、顔の近い距離で話しているからか、その変化が観察しやすかった。

サムライとアサシンの主従は休息をとっていたのだろう。どこかの海道の、大木を背にし、座り込んだ太股の上に、私はいた。彼は私より少し背が低いが、上体は背を丁度預けられるくらいあった。小声で交わされる言葉は耳をくすぐる距離で紡がれていたのだ。

 

「そうです。いけませんか?」

 

 今思えば、なぜそんな問いを投げたのか。

 

「いい願いだ。勝利という栄光は家を彩る。それが立派であれば、末代までの誉れとなるしな。

そうか。お前は家族の為に戦いたかったのか。誰にもそれを、莫迦には出来なかろうに」

 

 私はそこから先、ただの荷物に徹した。殺し合いをするつもりが、なくなってしまったからだ。私は長崎で終戦の知らせを待つつもりでいる。彼にそれだけは教えてくれないかと頼んだのだ。

その時、私達は互いの名を知った。身の上話はしても、人と人の会話ではなかったのだろう。私は彼の敵でなくなった。そうして私は、聖杯戦争から脱落した。ただのこの国の客人に成り下がった。それでよかったと、納得してしまう結末となってしまった。それが少し、兄に申し訳なかった。

 海を望む町の、坂の上の邸宅で、私はこの戦いの終着が訪れるのを待っている。

 



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満月

 

 

 時は1865年一月十二日。幕府に恭順する意志を示していた長州藩上層部に対し、藩内の抗戦すべしとその意地を押し通す為に高杉晋作、伊藤俊輔ら功山寺にて決起。

後に俗論派、正義派と呼ばれる彼らの内戦は後者の勝利で終わった。

その先月に終結した第一次長州征伐より僅か一月後の政変である。

戦などしたくない幕府、諸藩。異国と対等な国力を得んとする勝海舟。公武合体を推し進めていた薩摩藩。征伐軍参謀として、勝と会談し、戦わずして戦を治めた西郷隆盛らの尽力は泡と帰した。

 そのコトを冬木にいる二人の侍は知るよしもない。

 

 

 月が満ちていた。

こうも明るいと、現実の嫌なコトも思い起こされる。思えば池田殿は悪くない上司であった。

あの人は現実のままならなさに壊れてしまったが、まともだから、ああなってしまった。

そも無理難題だったのだ。海と距離を壁にして守られてきた平和が、蒸気船という時を短縮出来る乗り物によって、大幅に守りを薄くされてしまった。その変化の実体が黒船に突き付けられたのに、幕閣には対応する能力がなかった。無論、対応しなかった訳ではない。遠国奉行の上に、外国奉行という役職を創り、小栗殿や柴田殿など才気溢れる有能な者が国の外を見た。池田殿とて、自信に充ち溢れ、それに値う能力がなかった訳ではない。だが、お上の方針に合わなかった。

 

「なぜ、支配調べ役並程度のお前がこの伊賀守の前にあるか、分かるか?」

 

 大目付、浅野氏祐。元神奈川奉行兼外国奉行。その時は不束を咎められ、隠居蟄居を命ぜられていた。二千石の旗本。つまり、二千人を養えるだけの米を貰える役職にあるというコト。

大身のお武家さまというコトだ。

 

「はっ。皆目分かりませぬ」

 

 その返答に彼はさも可笑しそうに破顔した。だが、決して『喜』の表情ではなかった。

 

「お前は組頭の指示でエゲレス商人に私が、草を使って内偵していると、密告したな?」

「はっ。あなたの名前は伏せ、柴田殿の手勢がそのような事をしていると向こう側に流しました」

 

 俺は彼から視線を逸らさなかった。するとどうだ。怒った『喜』の表情から一変。冷徹な眼差しで彼は言う。

 

「感謝する。あれは私がやらせたのだ。グラバーめは薩長相手に荒稼ぎしている。釘を差す必要があった」

「エゲレスの反感を買いましょうぞ。よろしかったのですか?」

「よい。幕府が頼る先はフランスと定め、商談相手は彼らが最大手だ。なぜ、お前に私が会ったか分かったか?」

「……池田殿にお願いした話がお耳に入りましたか」

「そうだ。お前は面白い話を持ってきた。だが何故話した? その夢物語のような暗闘、報告せぬ方がよいだろうに。我らが介入するとは思わぬのか?」

「それでもよいと、思うまで。我らはお許しを貰わずとも、その戦に参じます故、人死には少ない方がよかろうと思いまして」

「大した自負よ。分かっておるのだろう? それでも勝てると」

 

 そう、この屋敷に呼ばれた時から分かっていた。笑えるぐらいの忍びが潜んでいる。

三十。いや、五十はないが、それだけ気配を消すのが上手いモノと隠れる場所がある邸宅とは、それ即ち、彼らの飼い主が誰で、どこまで話しが通っているかを示している。

 

「上様はなんと? いや、徳川様と言ったほうが正しいか」

「鋭いな。家茂様は知らぬよ。あの方は甘味が好き過ぎる故、裏事には明るくない」

「それは……なんといいますか」

「見事なお飾りとなって頂いている。天子にも薩摩にもあの方は結局操られなんだ。それこそ重用。だが、体調が思わしくない。それは聞いてるな」

「はっ。跡目はもう決まったものと聞いておりますれば」

「まだ、まだ口にしてはならぬ。だが、この身が仕えるのはその方と覚えておけ」

「はっ、心得ましてございます」

「お主は貴重な人材よ。あの方にこの先も仕えるなら、冬木の儀式。お前が差配せよ。遠国奉行以下はお前が使ってよい。これよりは役職を組頭並とし、帰国したなら組頭とする」

「はっ! 有り難き幸せにございます!」

 

 新しいお役目で、旗本株を買っただけの男が大出世する。それも若くして。

海を渡り、国の金で私事をする為の準備を承認ありでやる。自分がちゃんとした武士になった。

そう勘違いしそうな謁見だった。里を滅ぼした時以外で、命の危険を感じたのは哂えたが。

世界は故郷だけではなかったか。あの狭い世界が、自分の全てだと思い込んでいただけで。

 

 回想から今に戻り、改めて思う。世界は広い。英霊にあって確信する。生きている人間にもきっと、もっと、とんでもなく強い者がいるのだろうと。俺はそういう男にあってみたいのだ。

 

 

 長州征伐の最中、十一月二十五日夜半のコトである。長州が負けを認め、謝罪恭順を誓わせられようとしている。高杉らの嘆願は退けられ、彼らを庇護して来た家老達が死によって、戦を治めようとしていた時分であった。

 

「世子様」

「誰か」

「不寝の番の者は寝ちょります」

「長州のもんか。幕府の刺客ではないのだな」

「枕元に立つ亡霊とお思いくださったら、間違いじゃなか」

「では亡霊よ。いや鬼だろう、その能面は。雷面か? 名のある作と見る――ああ、用件は?」

「言伝はもう用をなさんもんちゃ、ご無事に萩に引き返せてもうて、よかったとです」

「敬わんでよか。今の私は無位無官の身じゃ。我らの決起は最悪の結果となった。すまんの、攘夷はもう、この藩では出来ん。我らはもう負けた。徳川に、薩摩に、朝廷にじゃ」

「……この国に攘夷ができんことは身に沁みて分かちょります。朝廷は結局長州の心を分かっちくれなんちゃ。長州のことを考える殿上人なんち、幻想じゃ。やつら、生き残る為には蝙蝠になります。信用なんちしちゃあ、ならんのですよ。でも僕は攘夷はまだ出来ると考えてます。

僕以外にも、自分達はまだ攘夷が出来る思うちょる連中は万といます!」

「……で、何しに来たが? 攘夷は藩ではせんと言ったじゃろうが」

「僕らに戦場くだされ! 同じ日本人ではなく、西洋人を斬れる戦場、僕らにくだされ!」

「……長崎の隠れキリシタンからの情報ちゃ。西洋の妖術使いどもが冬木ちゅう地でなんぞ、儀式をするらしい。それ、とめてくれもうせ。船を使いたかったら、名前を使ってかまわん」

「――それは、真ですか?」

「真じゃ。私が嘘をついてどうする? 山口で燻ってる者のうち、攘夷の決意硬き者、連れて行き申せ」

「その命、しかと賜りました。では。失礼もうしつかわせんば」

 

 亡霊は名乗らず消えた。藩世継ぎ、毛利定弘は身を起こし、周囲を見回す。

 

「霊にしては圧が強すぎる。なんだったのだ、あの鬼面は。まぁよい、成仏してくれよ」

 

 なんまいだぶ、と緊張感から解き放たれた青年はつい口にする。

鬼が誰かなど皆目見当もつかず、さりとて、欠片も興味がなかった。

自分はただ『明治』の世で、華族として上手く生き切りたいだけの凡人なのだから。

もう一度念仏を唱えて、一晩経てば、夢枕のコトはすっかりおぼろげになっているだろう。

貴人とは、そういう情のない者がなるモノなのかもしれない。鬼面がそれを知らないのは幸福なコトなのだろう。鬼はただ、この世に心残りを残したくないだけの男なのだから。

藩世子は寝入る前、親戚に張り付けられた番子を叩き起こし、一筆を預けるコトを決めた。

さて、幕府に接収されるのが悔しいから、良い船を家臣に持っていてもらうか――と、筆を執る。

囚われの身でも、味方がいるのが上流の特権というモノなのだろう。この時彼は他藩に身柄を押さえられていた。敗戦処理の一環である。だが貴人の扱いを受け、親戚の家に泊っている程度の感覚であった。幕府を潰す……この戦は彼にとってその予行練習に過ぎない。

 

 

 侍二人が出会おうとしている。そのサーヴァント達はすれ違ってはいるが、残り三組になるまで彼らは相反する立ち位置の人間であれど、敵として対面するコトはなかった。

だが、彼らは知っている。

 

誰がフランスから届くはずの聖遺物を盗んだのか。

誰が同郷の志士達を無残に殺したのか。

 

物と命、奪われたモノへの思い入れは両者ともに、さほどなかった。

命が安い時代である。だが、未来ある人材を長州が失うのが慙愧に堪えない男である。

 

 召喚したのが槍兵でなくとも構わなかった。

むしろ、暗殺者の位が振り分けられ良かったと、口にする機会があれば言える男である。

だが、今は亡き弟が選んだ英霊であった。それを奪われたのだ。

 

 両者の胸の内に、その喪失が何かしこりのようなモノを残す。端的に言おう。

 

 『気に喰わないし、許すコトは出来ない』

 

 両者ともに、そういう気持ちを抱き続けてきた。

そんな二人の下に、翡翠で創られた鳥が舞い降りる。

その鳥たちはある場所を告げ、一方は斬られ、もう片方は叩き落とされた。

二組の主従が死合う場所に向けて、移動を開始する。

それを邪魔する者は誰もいない。間桐の長も静かに見守るのみである。

 

 そして彼らは辿り着く。

――遠坂邸。聖杯が降臨するコトになる霊地――

 杯は満たされずとも、時は満ちた。今宵、この聖杯戦争はここに終る。



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対峙

 

 

 僕は分かっちょった。

 

「久坂君達は優秀だ。だが本当に国を変えるコトが出来るのは■■君のような男だろう」

 

 先生は皆の前でそう言った。松陰先生はよくそういうコトをする。高杉には久坂より劣っているように感じるくらい久坂を誉め、久坂には事実を告げてはいるが、人を動かすのは高杉のような男だと、刺さる一言を送っていた。僕には本当の意図は分からない。実行力を持つ男になれと言われたのか、皆が尻込みする時でさえ、先生に忠実な駒となるように動かされたのか。

先生とのたった一月で、僕はそういう男になった。元からそうだった? いや、親父様が死んで僕は家のコトしか考えてなかった。攘夷、萩を出る、藩を異国と戦えるようにする、攘夷の勅を頂く為に上京する。長州ではなく、日の元の為に活動する男になるなど思いもしなかった。

 あの時の四人はもう高杉しか残っていない。京でヤツ以外、皆死んだ。池田屋で一人。蛤御門で二人。ここにおるのは一匹の鬼じゃ。攘夷の熱で焼け残った男の夢の欠片でしかない。

 だが、僕には責任がある。それは長州を朝敵にしたコトではない。家のコトでもない。

朝敵となったからには家名は継がぬほうがよい。弟は別家を立てるか、どこぞを継ぐかするだろう。

そして後に、家名の名誉を回復してくれると信じちょる。長州は勝つ。

 僕が持つ責任とはあの蔵しか世界を知らぬ、餓鬼の如く痩せ細り、符と鎖で繋がれていた子。

今は僕の女を人に溶け込ませるコトだろう。ランサーの触媒として用いた指輪は妖術を祓う効能を持っちょった。あれを手に入れるんに、藩士が犠牲になったんは慙愧に耐えんものがあったけども、病的な有り様からどんどん健常に変わる様は快なりと、戦って死ぬだけでない意味を彼らにやれた気になった。本当は藩の為の攘夷で死にたかったろうに。だけど、先生がしたように、日本全部に意味を与える戦いをしちゅる自負はある。だけんど、西洋人の儀式を潰して、サーヴァントちゅう大量に人死が叶う武器が手に入るコトになっても、日本は救われん。

認識……意識……心――魂から、夷国から国を守る、攘夷ちゅう志を根付かせるには、聖杯を使うゆうは手っとり早く、効果が出る。でも、僕はやらん。あくまでも『おまけ』じゃ。

攘夷は人が為す。たぶん高杉あたりがようやっと重い腰をあげる。時が来たっち、言い訳して。

そしたらいつか、本当の意味で外国と戦って勝てる国に、なる。

 だから、魔でありながら人に戻りつつある女に、外に出した女に子を産ませ、その子が強い男で、百年を経るくらいに家が続いて、ただの人間として死ぬるようなれば、万歳じゃ。

勝たにゃあならん、そん願いは僕が戦って勝ちとる。

 

 ――来い、敵よ。敵よ、来い――

 

 先の世を創るは長州地侍の子よ。西洋に屈し、志を失った旗本連中では断じてない。

 

 

「仁王立ちしているな、マスターの姿は当然ない。サーコートを羽織るとこを見るとお前と同年代の英霊なのかもしれぬ。回教がどこまで勢力を伸ばしていたかは俺は知らぬが、すれ違っているかも、だ。……それで、聖杯から与えらし認識と今、目の前のほとんど裸の女は差異はないのか?」

「……主よ。そう言いたくなるのも分かるが、私もそれは同様ではないか?」

「お前は違うだろう。布擦れを抑える為の絹が張り着いたような姿ではあるが、闇に溶け込むように肌は極力見せていない。腹は寒そうだがな」

「砂漠の夜はもっと寒いぞ、主よ。この国の陽は随分と優しいから、夜でもこの程度なのだ」

「うれしいコトを言ってくれる。そうか、砂漠は寒いのだな」

 

 満月の下で、彼らは太陽の暖かさの話をする。だが、本題は仕留める相手について、である。

 

「聖杯の知識に依るなら、彼女はよく分からない子、というコトになってしまう。フランクの騎士を詠う物語のなかに出る彼女は男を追い駆ける女傑ではあるのだろう。だが、光の槍の逸話はないし、盾の話もなきに等しい。敵が持っていた物ではあるのだが、彼女は担い手か?」

「宝具を使った痕跡ならあったろう。光に関する何かをランサーは使う。だが、お前は影ではない。光に掻き消されるほどの軟な幻でもなし……宝具は眩しいだろうが、俺達の計略には関係なかろう」

「主よ。やはり令呪は温存したほうがよいのでは? あと一人。戦いもせず残っている」

 

 忠言に、夜空へと問いかけるよう視線を差し向ける武士は、決めた。

 

「予定通りだ。あの男を始末して、ランサーを追う。宝具を解いた時に隙は生まれぬのだな?」

「彼女は速いが対応は容易い。本当に戦うのだな? 私はそちらが心配だ」

「言うな。あの男、どう見ても人を外れだしている。ようやく現れたのかもしれぬ。対等の敵が」

「その考えが危険だ。魔に犯された者の変質は決して何かと比べてはならぬ。先入観とそれはなる」

「自らさえも指標にするなと言うか。なら、多くの者は強さを何に問うべきなのか」

「主も神に問うて見ればいい。それでも答えは見つからないかもしれないが」

「老いを答えにはしたくないものだ。老いてもなお、剣に厳しく在れるとは思えぬから」

「ふふっ」

「今、笑ったのか? お前が?」

「主なら厳しく在れるかもしれませぬ。無念なり、その姿を見れぬとは」

「聖杯に願ってみるか?」

「ご冗談を。私は他のハサン達が惑わぬよう、彼らが聖杯で願いを叶えぬ為、今に来たのです」

「――そうか。

 なら、聖杯はもう我らに必要ないのかもしれぬな。少なくとも、願いを叶える為には」

 

 その会話を切欠に、彼らは少し大胆にいくコトとする。

 餌は立派なほど惜しいが、釣れぬは損という話を二人はした。

つまり、餌とは聖杯のコトを指す。葛野帯刀は敵と一人で戦いたかった。

その為に彼は聖杯という手札を『きる』コトに決めたのだった。

 

 

 杯は投げられた。黄金が舞う。地に降りる魂の受け皿が、その大きさからは想像できない音がする。硬質だが、冬の少し湿った地面に音が吸われた柔らかくもある金属の反響。

それはアサシンによる投擲であった。まずは彼女が姿を現す。手には投擲剣を、だが戦意をというのを感じさせない立ち姿だった。暗殺者がその身を晒す不備を示すかのようでもあり、逆に隠れる必要がないとでも語りはしないが、その姿が意志を表しているようでもある。

 彼女が月下に照らされるに遅れて、その主も遠坂邸跡地に踏み入れる。人払い程度の結界は残っているのか、僅かな心理的抵抗を払いのける心構えで、正面を見据えた。

――敵がいる。相手は立ち上がり、そのサーヴァント横並びになる位置に歩みを進めている。

いや、その三歩前にまで歩を進めた。こちらの意図を汲んだのか、それとも従者に守られる気がないのか、そもそもそのような意識を持たないのか、鬼面の武士は堂々立つ。

ランサーはそんなマスターの『旦那様』を揺れる瞳に映していた。彼女には既に二つの令呪が使われていた。一つ、『旦さんの命令に従うコト』。二つ、『旦さんの盾となり、矛となるコト』。

どちらも令呪により強制されているが、彼女も騎士である。出会いこそ酷い現場でのものだったが、これまで体に強制力が働くような場面はなかった。二個目の令呪で僅かに能力の底上げもなされている気がするブラダマンテであった。セイバーに力負けしたのを愚痴った際に、彼女のマスターすらりと、自分が出来るコトを二人の為に、令呪でそう英霊に願ったのだった。だから、ランサーはいつも以上に全力だった。相手が仕掛けたら、誰よりも即応出来るように。

 

「こりゃあ、聖杯じゃろ? なんのつもりじゃ、お手前は」

「見ての通りの扱いよ。もう拙者には必要ない故、欲しければ拾うがよろしい」

 

 沈黙が両者に落ちる。大気を震わすのは言葉だけでないモノが混じり始める。

 

「拾えとはおぬし、それは勝負せんいうコトか? なら、そんサーヴァント自害させえ」

「勝負はする。言うなれば先払いよ。今、そちらは逃げてもよい。聖杯をもったお主を狩るだけである」

「――狩る、だと? 僕はあんたを武士と見て、同輩と思うて接した。狩るというのは、些か礼を失しておるちゃないか? それに逃げるだと? そがん言われて背を見せて去れると、そう思うがか、あんたは」

「思わん。武士ならこの挑戦受けるが必定。逃げるは戦国の負け犬か、そも武士でない者のみ」

「それが分かっちゅうってコトは、逃がさんようしちゅうコトか。僕は逃げん。

 ――そいじゃ、やるか」

「……いや。始まっている」

 

 

『異想追憶《ザバーニヤ》』

 

 何処からかその声が聞こえた。その瞬間、ランサーの瞳に映るアサシンが散逸した。

その瞬間、彼女は動く。マスターを守る為に。だが気付く。足先に力が入らない。違う。

――消えている。体はマスターの方へ流れている。だが、着地は出来そうにない。武器を持つ手もなくなってゆく。既に宝具を持つ左腕は拳が消えている。残った親指だけで、槍を掬いあげるように放った。羽織っていただけのサーコートが風に流れて消え行く。既に体のほとんどが煙に変換されるようにほどけ、煙のような帯を残して世界に融けてゆく。

 

「――使ってください!!」

 

 痛みはない。何が起きているかも考えるまでもなく、ランサーはそれだけを言い残した。

行動こそ彼女の本質。マスターの大事な人を守るのが、ランサーの優先順位第一位。ロジェロに再び出逢う為に、彼女は聖杯の導きに従う。だけど、再会出来ずとも彼女は召喚者の願いの為に戦う騎士である。

ブラダマンデは知っている。マスターの旦那様には壊れぬ武器が必要なのだと――

 

「確かに、受け取った」

 

 放り投げられ、縦回転していた槍を彼が受け取ったのを見て、彼女は笑う。

ずっと変なお面を被っていて、素顔を見たコトがなくとも分かるコトはある。

マスターが彼を愛しているコト。そして、彼がかなり動けるヒトであるコト。

そう。自分たちのいた時代の人間と変わらぬぐらい、強い男なのだというコトが。

でも、湧き上がる悔しさは抑えられないブラダマンデである。アサシンに負の感情が沸く。

体が消えてからも意識が残るなんて、なんて恐ろしい宝具なのかと。

生前にどういう逸話があったかは彼女は知らない。

でも、思う。これは戦い自体を戒める宝具であると――

 

 

「これで手はほぼ尽した。ここで死合うのはお前と俺だけになった」

 

 令呪が新に二画欠けた右手を鬼面へ見えるように翳し、その手で総髪の中を梳く。

軽く首を傾げるようにして、アサシンのマスターは告げる。

 

「差しの勝負から逃げたいか?」

「逃げる、じゃと? 逃げる訳がなか」

「そうだろうとも。逃げる理由はない。いざ、俺と果たし合おうぞ」

「よいよ、やしすんなっちゃ《もう、ずるするなよ》」

「はっ! 何言ってるか分からん。やはりお国が違うのはな」

「真の攘夷をするには国の境を失くさにゃいかんちっ、先生は言うとった。全ては異国に幕府が日本の代表やと思わせた徳川が悪い。これは高杉か久坂か、どっちかが言うとった。けんど久坂は死んで、高杉達がこれをやる。だから心配せんでええよ、国はきっと一つになるっち」

「……言葉が一つになる訳ではないだろうがな。標準時のように標準語が出来ればいいのだが」

「標準時? そんながあるがか?」

「ある。

だがこれはエゲレスが世界の中心にあるという考えに基ずくものだ。日の元言葉はどうなるか?」

「長州が政をする国家が出来るはずじゃ。けんど、場所は萩では無理かの。京から遠い」

「統一政府が出来るとすれば江戸にだ。それに馬関は少々手狭なり。港は横浜が妥当よ」

「……あんたも先生の本を読んだがね」

「敵の思想の根っこを理解せんと、戦には勝てん。吉田松陰は思想家なり、稀代のな」

「あんたを殺す理由が出来てよかった。あんた危険じゃ。幕府に残しちゃいかん」

「幕府の者と分かるか?」

「――分かる。出来のいい旗本の匂いが香っちょる」

「これは――くくっ。あんまり笑わせるな。気が失せるだろうが」

「たしかに。なら、辞世の句は必要なかね」

「当然。では、やるか」

 

 対話が終った。あとは刀で語る時間である。

 

 

 始まった。



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暗闘

 

 

「おおっ! でるんじゃなぁ。……なんち、吸われとうがね」

 

 魔力。精神力とも置き換えていいだろう、それを神経から汲み上げられる感触。

槍から溢れんばかりの光を放出させた鬼面が笑う。彼は『槍』の穂先のイメージが出来たのか、光は求められた細さに収束していく。短刀と同程度の刀身では間合いが掴みかねたのか、何度か両手の中で握りを確かめていた。元はランサーの得物だ。見てはいたが、使い心地など知るよしもないのだからしょうがいないコトである。

 

「どれだけの魔力を……化外の鬼は初めてみるが、宝具も担えるとはな」

「鬼か。やっぱり僕は成っとたんじゃの。顔に憑かれてから潰れた片目も見えるんじゃから、人間ではなか」

「かもな」

 

 互いの擦り足が進行方向正面に、時間と共に前進する。

葛野帯刀がその腰の得物に添えた手で、ゆっくりと刀身を晒す。

 雪が、降り始めた。

剃りの強い刃渡りは約二尺七寸。近現代の勤王刀も同程度の長さではあるが、趣きが違う。

より正確には、刀が纏う年輪とでもいうべき気配が、か。強い霊力を感じさせる。

それだけの何かが一振りに積み重なって、そこにある。時代を経た古刀である。

 

「……やし《ズル》しやってからに」

 

 自分が西洋の槍を使っているコトと、相手が由来あるだろう名刀を握っているコト。

その差がどこか悔しく、少年のような感想を面の内から漏らす攘夷志士が一人いた。

彼は腰を落とす。先に敵を間合いにいれるのは自分だと分かり切っているからだ。

鬼面は動く。まだ早い。だが、得物がただの槍ではない。――突く!

 

「それは面倒だ」

 

 槍の間合いに飛び込む間合いさえも、伸縮する光槍は潰す。

細かく、相手の逃げ道を常に潰すように一方的に突く。突き続ける。

ただの人間なら息切れは必死の槍の空間がそこにある。

だが、鬼面は呼吸を止めるまでもなく、ただ肉体に沁み込ませた動作を繰り返す。

休憩しない。休みを相手にも自分にも与えない。

刀振るう侍の体捌きにも隙が生まれる。鬼はただそこを咎めた。

 

「っ――、ちっ!」

 

 舌打ちで、器用に姿勢を低くした態勢で、侍は後ろに飛んだ。

総髪がほどける。後ろ髪が光に持っていかれた。狙われたのは首。

攻めは止むコトなく続く。着地と同時、前へ。ようやく深く踏み込めた。

光の刃のない、内側だがそこは安全圏ではなかった。柄も武器の一部である。

横に振るわれる槍に体が押される。

半端ではない剛腕。神の血を流し込められた体でも耐えがたい。地に足が着く前に。

吹き飛ばされる。

 

「がっ、ほぉあっ――」

 

 樹で止まる。そして気付く。相手の立ち位置に。

 

「どうした? そっから誘ちょいて、そんなもんか?」

 

 互いの中心にあった聖杯は動いていない。無呼吸で攻められていた。だが、鬼の足運びは地に脚が生えたかのように、微動だにしていなかった。それは踏み込んでいないというコト。

それは更に槍は冴えわたり、速くなるというコトに他ならない。

 

「こんのか? ならこっからいくっち。死なんで、な!」

 

 刀身のみの刃が投擲される。アサシンの短刀とは違い満月に反射し、眩しいほどに美しい刃。

だが、見当違いの方向だ。自分に刺さらない軌道。自分を越すまでは相手の体と同じ視野に捕えていた刃を見切る。槍を突き出す相手が寸前に迫っている。だが、直感する。

 

「うっ、おおぁあああああ!!」

 

 裂帛の気合を込めた振り降ろし、に見せた防御。左手のみで刀を振り上げ、『後ろ』から戻る美しい死のカタチをした格の高い槍の切先を弾いた。同時に右手で脇差しを鞘ごと正面から迫る光にぶち当てる。鞘が砕け、短刀が焼ける。だが、相手に隙を生みだした。

一瞬だ。一瞬の隙であった。左手のみの振り降ろし。それは荒々しくも鋭い。

踏み出す一歩は大きく、鬼を完全に間合いに捕えていた。そこは槍ではなく剣の間。

 

――届いた。

 

「――」

 

 歯を砕くような音をさせて、攘夷志士は数歩下がった。

堪えている、痛みを。予想外の反撃ではあった。だが、深手ではない。けれども、これは――

 

「お前は本当の鬼なのだな。この刀はそういうモノなのだ。体で理解したろ?」

「利・く・ちゃっ! 末から痛みに犯されゆうもんじゃぞ、それ」

「まだ余裕そうだな」

「おまんこそ、攻めんでよかか? この趣向は長くは保つもんじゃなか」

「どうかな? その為の令呪だ。宝具の効果を強めたかもしれんぞ?」

「まぁええ。長引くのはこっちが有利じゃ。そっちはもう息切れ激しか」

「大分息は戻った。休ませてもらったよ。この会話で」

「そうか。なら、逝け――」

 

 無言ににて、裂帛の踏み込みは同時。

鬼は気付く。相手が早くなっているコトに。自分が遅くなっているコトに。

違う。これは集中している。こんなにも深く、命の取り合いはまっこと不思議ぞ。

相手の上体が消える。いや、これは――下!

 

「ずっ!」

 

 低い姿勢からの蹴り上げ。腰を落とした自分よりも、槍を潜るようにして。

どれだけの脱力。抜けるか、ここで。顎に草履を喰らいながら、槍も戻す。

体に引きつけた柄を基点にその場で一回転する。相手は正面。薙ぐ。

腰元を狙ったそれを幕府の犬は狙ったように避け、跳ぶ。

鬼は相手の横一文字を槍を振った方向に倒れるほどの勢いで飛び、回避した。

立つ。斜め後ろ。従三位の槍を呼ぶ。刀身が来るのを察した侍はそれを弾くので、鬼に太刀を振るえなかった。だが、距離を詰められる。やはり踏み込みが速い。

振り返り刀身を光の槍で受け止める。やはり、焼けていない。熱でいつか限界は来るだろうが、今ではない。宝具と打ち合えるほどの力ある刀。英霊の一振りか――!

 

「――驚いた。それ、箱根から盗んだか?」

「いや、将軍家からの贈り物だ」

「君、なにしたんじゃ」

「鬼退治」

「ははっ、ふざけとる。まぁええ。僕を倒せるか?」

「やるとも。俺は桃太郎侍だぞ」

「やっぱし、ふざけとるな、おまん」

 

 光と刃が交差する。空気を裂く音。低音で、ぶつかり合う音が重なって、響く。

 

「我流か!?」

「だったら?」

「自由じゃの!」

 

 鍔迫り合いの後、離れる。刀の速度がやはり上がっている。自分が遅くなってはいないコトを鬼は体で分かっている。人間だった時よりも、自分の思うままに体は運べている。

なれど、相手を叩き伏せるには至っていない。その差はなんだ。届く時に届かず。その訳は。

何を見落としている? 袴で足運びは隠れている。上体の動きは、起こりは、剣の引きは?

何故――いや、よくない。考えて戦う余裕など今までなかったろうに!

 

「懐紙?!」

 

 ――壁がある。崩れない。っ、奴は妖術師。強化しているのか。どれだけ出来る?

どこから来る? 来る!

 

「せこか。でんも正面から来るのは好きじゃ」

「対応するか。踏み込みが浅くなった」

「外法に頼ろうとするからじゃ。踏み込みちゅうのは意地を込めんとの?」

「そんなコト考えたコトもない。参考にしよう」

「君はここで死ぬる。覚えんでよかっちゃ」

「……長州言葉は分からん。こっちは体が熱いんだ、よっ!」

 

 力点を器用に移し、流れの作用する箇所を我流の男は変えた。槍を支点に回る。

肘打ち。顎に入る。相手の側面に踏み込む。左が無防備――

 

「――っ、なんちゃらぁ!!」

 

 鬼も回る。顔を弾かれた方向に一回転。血をまき散らしながらも、槍で薙ぎ掃う。

彼の腕と、敵の体が同時に飛んだ。

 

 

 舞う自らの左腕に執着するコトなく、別方向に飛ばした侍を追う。

助走のない一歩が既に人間のモノでなく、転がりながら立ち上がろうとする相手に槍を突き立てんと、右腕を振るう。刀で軌道を逸らされる。そのまま脚に振るわれる一刀を後ろに下がるコトで避け、槍を軽く放りながら穂先の位置を下に向ける。そのまま何度も地面へ突き立てる。

相手は避けた。土に汚れ、石に削られながら、内臓を痛め吐血しながらも、四肢で大地を弾き跳躍。光刃を伸ばすも鋼に弾かれ、着地される。侍の呼吸は荒い。呼気と体からの蒸気で肌が薄紅に見えるほどに発熱している様は赤鬼のようでもある。

 

「君も鬼じゃったか。ええんち。二匹の鬼が競っちゅうは意地ぞ」

「……そう、だな。どっちが正しいじゃなく、どっちが、強いか。だが――」

「辛そうじゃのう。だけんど僕は腕一本ないき。許せや」

「――っ、余裕そうで大変結構。ふっ…ふっ、俺も、大分、落ち着いた」

「嘘が下手じゃ。それに体を強うするのは大変そうじゃの。まだ――壊れてくれるな」

 

 膝立ちから、右手を添えて左腕だけの刺突。鬼は受けずともの気魄で踏み込む。

右腕を相手のいる地点へと全力で振るう。槍を投擲す。左足一本。だが浮き上がるような後退。

光の着弾点は盛大に爆ぜた。鬼は槍を悠々と拾う。獲物の侍は突きの勢いのまま、前方に抜けていた。だが、爆撃の余波は背中にもろに浴びるコトに。厚い生地を裂き、地肌が見える裂傷を幕府側の武士に負わせていた。

 

「血が止まらんちゃ」

「化外の鬼は所詮、人が鬼に成ったモノ。生粋の鬼ではないのだろう。力は得ても、命の元まではそう、変わらんのではないか。よかったな。傷は癒えぬぞ。ここまま楽に死ぬるがいい」

「ばか言え。決着ば着けんちっ、気持ち悪かぁね。殺ったる。おまんこそ、死ね」

「そうだな。勝ってから死ぬとしよう」

「僕は勝ってからも、生きる。一度死んだ身じゃ、でないと損じゃろ」

「そうか。では――」

 

 示現流の如く。

一太刀に全てを乗せるのを叶える為、上段に振りかぶるように葛野帯刀は構えた。

彼は我流である。人以外を斬ってきたから、勤王志士とは斬り結んだ経験は少ない。

だが相手が化生であれ、人であれ、彼は無敗の者だった。生涯の闘争全てに生き残った。

だからここにいる。だから、差しでの勝負に賭けた。自らの全て、晒せる相手であると。

 

 柳生も宝蔵院も、どちらも人を活かす流派である。鬼になった長州人はどちらも自分に必要と思ってその門を潜った。己が強すぎるのを知っていた。だが、修めて分かったのはどちらも人を壊す業である。だから己を誰かと比べない。それはつまらないコトだからだ。

けれど、どうやら眼の前の役人は己と剣を重ねても、壊れない人物であると分かった。

現にこうして命の瀬戸際という所に二人で立っているのだから、これは――楽しい。

 

――そう、楽しいのだ。戦うというコトは。二人にとって、無上の喜びである。

 

 鬼は構えた。腕一本。突くと言うよりは、刺すというような握り。

光刃も穂先に現していない。短槍といった長さである。

それを見て侍が握りの位置を、眼を過ぎる場所に下げた瞬間だった。

音があったのか、両者にも分からない。極限の集中。同時に動く。肩口からの振り降ろし。

相手を袈裟から斬り貫けようと全身を使った一太刀。だが、どこか、中途半端でもあった。

鬼を頭から膝まで一刀に両断するつもりだった。その後悔が痛みと共にやってきた。

槍ではなかった。高貴さの宿る刃先。従三位の日本号。日の本の支配者に最高権力者から送られた槍。来るとは考えていた。鬼はそう単純な男だと思ってもいない。勝つコトを考え続ける。

だが考えより先に、行動している男。日本号を呼ぶコトさえ本人は思っていない。だが確実に隙が生める手を視線で到達点を指定した。脚。どこでもよかった。侍の態勢は崩れる。

袈裟斬りは止まらなかった。鬼の鎖骨を断じ、胸骨を滑るように浸透する。

太刀は腹から抜けた。鬼は槍兵の槍で真っ直ぐに突いた。それだけでいいコトが分かっていた。

心の臓を貫く位置に穂先は置いていたのだから。

 

 ――けれども、光刃は敵の命脈を絶ってはいなかった。貫いたのは――

 

「マス、ター?」

「ランサー?!」

 

 自らの従者を彼女自身の槍で貫く異常事態。光解《ほど》ける彼女を見た。致命的な隙だった。

背後から暗殺者の短刀が延髄を抉る。二人は敵主従の倒れる音を聞いた。

半身を敵であった鬼の血潮に濡れながら、自らの従者に侍は告げる。

 

「俺は負けていたな、アサシン。無念だ。満足のいく勝負であったのに……」

「マスター、私を罵ってくれていい。煙でランサーの判断を誤らせたが、命に反したのだから」

「それはいい。おい、留めはいるか?」

「――何?」

 

 神経をやられても、頭から上はまだ生きていた鬼が視線で言う。

 

『やれ』

 

 首が転がる。鬼は哂い、死んでいく。

 

「マスター」

「なんだアサシン」

 

 一気に腐敗するかのように崩れた亡き殻へ、懐紙を火種に隠滅の焔を放った。

 

「あれを」

「あっ」

 

 鬼と刃を交えていた場所。そこにあったのは『聖杯だった』ものである。

 

「終ったな、聖杯戦争。いや、キャスターが残っているが」

 

 聖杯は破片となって散っていた。破片が突き刺さっているのではと、葛野は背を掻く。

周囲の土砂に完全な形で埋まってる、という希望を抱けないぐらい完全に四散していた。

無常の風が吹く。死臭と火と血の匂いが寒空へと昇っていく。

 

「アサシン」

「なんだ、マスター?」

「これ、手当出来るか?」

「ふっ。そういうお願いをされるのは初めてではないか?」

「いや、痛いぞこれ」

「ふふっ」

「笑うな」

 

 遠坂邸での決闘は終った。聖杯は降臨せず、孔を世界に穿つコトはなかった。

 

――葛野帯刀の聖杯戦争はここで終わる、はずだった。



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結末

 

 

 遠坂邸を下り、陣屋を目指そうとする葛野帯刀の前に一人の少女が現れた。

年の頃は十四のあたり。もっと幼くも、それよりか年嵩にも見れる背格好であった。

彼女は言う。

 

「兄君を殺したのはあなたですか?」と。

 

 葛野は答えた。

 

「その者の名は」

「遠坂継人」

 

 葛野は迷った。遠坂とは戦っていない。だが禍根を絶つ為にこの者を殺すかどうかを。

 

「いや。その者、俺の知るところではない。そこを退け」

 

 正面に立つ少女に冷たく言い放ち、歩みを進めた。

 

「聖杯はどうなりました? 一等の霊地を空にしておいたのです。使ったのでしょう?」

「聖杯など知らん。なんだそれは。もう一度言う。そこを退け」

「何を願ったのですか? 貴方はお役人でしょう? この国の為に使いましたか?」

「知らん」

 

 脚を引きながらも、彼は歩みを進めた。聖杯戦争は頓挫したのだ。遠坂は地主であろうが、侍に何か言える立場の人間ではない。まして女当主など話にもならぬ。そう彼は思って――

 

「……この世の善の為に聖杯は使われるべきなのですよ? なのに貴方は。武士なのにお前は!」

 

 葛野は一歩踏み出そうとし、足が利かないコトに驚いた。そうか怪我をしていたか。

 

『死ね』

 

 そう言う前に少女の一工程の魔術は終っていた。ここは遠坂の領域である。

遠坂の当主の一撃は、葛野の左胸を突いた。即死ではなかった。だが、呪いは深い。

 

「待て、アサシン」

 

 彼女を殺そうとした自らの従者を崩れ落ちながら、彼は止めた。

アサシンが自らを守れなかったなど、彼にはどうでもいいコトである。だからそうした。

 

「サーヴァント! ランサーではないのですか?! そんな……」

「見事な一撃だった。だが――もう一度だけ言うぞ、そこを退け」

 

 口から溢れだした紅い一筋の流れ。それを気だるげに拭いながら、彼はアサシンに眼で言う。

肩を貸せと。通じたのか、彼女は背負うのと同じぐらい深く、体を差し入れた。

そして跳び、少女の前から姿を消す。残された遠坂の後継は振り返らず、追うコトもなかった。

雪の降る、静かな夜だった。

 

 

「アサシン」

 

 アサシンは急いだ。主を休めなければならない。それだけを考えていた。

 

「アサシン。もういい」

 

 まだ大きな筋道にも出ていない。だが、ありふれた家屋が少し見え始めた辺りであった。

道端の小さな祠の道祖神には、何も供えられてはいない。その隙間に葛野は腰をかける。

地域の小さな神を背に、彼は己が出来ず、アサシンにやってほしいコトを告げた。

 

「最後の令呪を、使おうか」

「罰を受け入れましょう。この首、差し出しましょうぞ」

「いや、それはいい。まだ、サーヴァントが、残っているだろう。その始末、しなければ、な」

 

 瞼を閉じ、祈るように告げる。

 

「令呪を以って、命ずる。キャスターを始末し、見たいものを、見るといい」

 

 最後の令呪がその甲から消えていく。

 

「これでしばらく、好きに出来るだろう。なぁ、最後に回したのは、間違いだったか?」

 

 彼らは声の大きい外国人が屋敷からまるで出てこないコトを掴んでいた。

だが、瑠璃色の鳥が運んできた知らせを優先し、このような結末になっている。

 

「これを陣屋に。それからこれは……お前が、どうするか決めてくれ」

 

 腰の佩刀と回収した聖杯の全欠片を包んだ物を、アサシンに託すと、彼は大きく息を吐く。

 

「もう行け」

「主殿」

「行けと言った」

「はっ。だが一つだけ。見事に戦いましたな。魔術師たちは何の成果も得ずに終わりましたぞ」

「二つ、じゃないか」

「……では」

「ああ――」

 

 葛野帯刀は無腰は落ち着かないなと、空を見上げた。

火照った体には一か所、刺すような寒さを感じるが、雪で概ね心地がよい。

雪でよかった。これは積もる。雪で死体が隠れるかもしれぬ。誰かを驚かせてしまうやも。

……雪で、よくないじゃないか。だが、夜明けを見れないのは残念だ。雪化粧は美しかろうに。

 眠くなってきた。そろ、そろ、意識を、落とそうか。

……眠い、な。なぁ――

 

 

 葛野帯刀について残る記録は少ない。外国奉行に列なった著名な自分たちの私文書に時折名前が現れる謎の人物といった男である。彼は旗本株を買って武士になった人間だが、その生まれを誰も疑わなかったくらいに侍ではあった。彼についての最後の記録は1865年にとある貿易商が書き残している。当時攘夷派、主に薩摩による異人襲撃に対処する警護役の一人としてカドノの名前がある。どういう訳か、彼らは気が合った。邸宅に招かれた話が残っている。彼曰く『夢が幻でなく、存在が伝説ではない発見があった。人生を賭ける価値が私の夢にはある』。商人は夢の為に全財産を賭けるほどの物を見せられた。だが、譲ってはくれなかったと愚痴が残されている。それがより自分に火をつけたとも。少なくともその年、彼は横浜にいた。

 

 

「貴方が私の死ですか」

「お前の主はどこだ?」

「腹が減ったと、出て行かれました。あの方は幸運ですね……」

「死は平等に訪れる。今ではなかったというだけだ。……寝屋のみの結界か。懸命だな」

「いいえ。私たちに戦う意思はなかった。一つ、提案があるのですが、聞いていただけますか?」

「聞こう」

「死ぬのは怖いですが、抵抗はいたしません。ですので、マスターを生かして欲しいのです」

「聞き届けよう。では、寝台から自ら降りろ」

「はい」

 

 御簾から女の頭が出た瞬間、首が転がった。

キャスターは世界に還っていく。壊れた聖杯に魂は回収されない。

座の彼女はこの聖杯戦争の記録を読むだろう。また召喚されてもよいと思うだろうか?

それは、キャスターにしか分からない。だが、彼女の残した物語はさらに鮮明となる。

重しの置かれた原稿が、陽光に照らされている。それは海を越えるだろう。

彼女のマスターは生き残ったのだから。

 

 

 キャスターのマスターの話をしよう。彼はその後、イギリスに帰る。そしてその足で親友だった男の下へ、原稿を突き出しに行った。親友は言った。『相変わらず酷い字だ』と。だが、内容の話がしたいと、家に招き入れた。その数ヶ月後、キャスターの主は銃の暴発事故で死ぬ。

即死であった。死後勝手に宗派を変えた妻によるものだとか、家を継ぐために甥がやったなど、噂が流れたが、結局のところは分からない。だが、友情は回復した。それこそが彼の聖杯戦争で得たかったモノだった。親友は後世に『千夜一夜物語』の素晴しい訳者として知られる人物である。二人の冒険も有名だが、英国に与えた影響はその文章のほうが大きいだろう。

中東への憧れ、秘された富への欲望、神秘のベールに包まれたそれらをかの国の人々は求めた。

現代にまで延々と続く悲劇の始まりとも、言えるかもしれないが。

 

◇ ――とある男の手記

 

 あの戦いに勝者はいたのか。聖杯戦争の真実を知らない外来のマスター達はそれぞれの願いの為に冬木の地に赴いた。葛野帯刀は建前は幕府の為、本心は弟の為に戦った。アンドレア・ジグマリエは家名に相応しい魔術師である証明の為に、家族であるというコトを自身に認めさせる為に戦い、それは叶わなかった。キャスターのマスターは聖杯戦争の勝者ではなかったかもしれないが、生き残り目的を果たした点で、成功者と呼べるだろう。御三家は失敗した。彼らは次回の聖杯戦争を待ちつつ、研鑽を続ける。それは必勝を期す策を練る期間となる。

その策がうまく成就するとは限らないが。彼らにとっての勝利とは魔法による世界平和。それを記憶から忘却すれば、当事者やその子孫たちに真の勝利はないのかもしれない。

 

 だがランサーのマスターは、彼女は愛する男を失った。それは全てを失うコトに等しい。

だが男の血によって彼女は人間性を獲得した。まるで足りなかった知を補うように、成長した。

彼女は人であり、魔である。だから分かったのだろう。これまで『全て』を失ってはいたが、これからの『全て』は得ていたコトを。彼女は長崎の邪教とされた集落に落ち延びる。彼女はそこで文字と独特の宗教観を学び、愛した者の郷里へ向かった。頼ったのは彼の妹。そこである男の目にとまり、彼の愛人のひとりとなる。だが、その実体は護衛であった。その男が国内にいる間、彼女は完璧な防人であった。だがその後、男が死ぬと彼女は忘れられた存在となる。

愛した男の妹の夫は、彼女に戸籍と家を与えた。その男は覚えていた。坂本竜馬が化物を連れていたコトを。女の名と竜を合わせた家名とした。生まれた子は人であった。彼女が真性の鬼でなかったからか、混血ではなかった。しかし、魔術回路を備えていた。彼女は子に聖杯戦争について記した本を想い出として残した。子は魔術を使う母を恐れ、本を倉に封じ、忘れた。

だが、その血は次の代へと受け継がれたのだった。彼女は人として老いて死に、埋葬された。それは彼女を愛した男が望んだコトであった。

 

 二度目の聖杯戦争に勝者はいたのだろうか……それは『いた』と言っていいのだろう。

国という大きな視野で見れば、幕府あるいは後の政府と言える長州は自国の霊脈を使った魔術儀式を阻止出来たと言ってよいだろうし、小さな個人という視点で見れば幾人かは目的を果たし、生還さえしているのだから。

 およそ六十年後の昨今。再び聖杯戦争が起きる時、御三家以外の参戦者の顔ぶれはその時代を生きる者たちがその刃を交える時までは決定しないだろう。あるいは三度目の正直すらないのかもしれない。少なくとも、冬木の聖杯戦争は海を越えて知られるコトとなった。きっと面白い顔ぶれと戦いになるに違いない。そうだろう、■さん。僕は今、探偵をしているよ。

 

 

 1865年、横浜。睦月の頃。

 

「そうですか、本国へ帰られますか」

「ええ。手紙で兄がうるさく早く戻れと催促が。同じ内容の手紙を何通も送ってくるのですよ?」

「それだけ心配なのでしょう。でも、手紙でうるさいだなんて……面白いお兄さんね」

「比喩ではありません。兄は口ではあまり喋らぬ方なのに、手紙だと活き活きとしだすのです。

普段と違って無理して偉ぶったりせず、すごく誠実な筆跡なのですよ?」

「それなのにうるさいと?」

「そうなのです。余計なコトを書いてしまった私がいけないのでしょうけど……」

 

 二人の淑女が小さな庭先でティーカップを傾けている。

一人はアンドレア・ジグマリエ。彼女は素晴しい体の線を布の中に全て収めつつ、手首から手足まで絹に覆われた洋服を纏っていた。どこからどう見ても貞淑な家庭の妻女にしか見えない格好は、男装だった聖杯戦争時とは全く別人になってしまったようにも見える。

 

「でも、寂しくなるわね。もしかしたらあなたも、ずっと日本にいてくれるかも、って思っていたのに。だって、あなたは――」

「ジュリア! 私はスラーに帰ります。もうあの若白髪のコトは知りません。栄養失調で野垂れ死ねばいいのです。もう全てグラバー商会の方々が悪いんだ。やつら金儲けのコトしか――」

「アン。口が悪くなっていますよ。でも、そうね。彼らはここでも戦争で儲けようとしている。

清でやったコトが上手くいかないからと手を変えて、武器と黄金を交換しようとしているもの」

 

 横浜の風景に随分と軍船が増えたと公使付きの翻訳官の妻は嘆く。自身もその恩恵に預かっていると前置きして、彼女は言う。

 

「ここは元々のどかな農村だったのよ? それを数年で石畳の、私たちに都合のいい環境へと変えてしまった。私はお父様達とは違って、この国の方々に教えを説こうだなんて思えないわ。出来るコトと言えば、自分の手の届く範囲で、教えを広められる場所が造れたらとは思うけど」

「学校ですか。立派な夢だと思いますよ」

「そうね。でもこの国では難しいわ。だって、寺子屋があるのですもの。この国の子供たちは皆字が読めるのよ? 私達の国では言葉と共に教えを擦り込んでるでしょう? だから、ほんとに難しいの。どうすればいいと思う?」

「ジュリア。あなたの情熱的かつ現実的なところは魅力だけど、自分の信じる教えを洗脳と同じにするのはどうなのかな?」

「だって、神は私達を救わないわよ? 私達の神話も自分たちがひどい生物だってずっと語ってきたじゃない? これをどうして押し付けられるのか、男の人の気がしれないわ」

「つまり、またお父上か旦那様と喧嘩でもしたかい?」

「聞いてくれる、アン?」

 

 逃がさないつもり満々じゃないかと、アンドレアは微笑んだ。彼女はその年の七月、日本を去った。翌年、彼女は本国にて結婚する。それと同時にジグマリエであるコトを終えた。

彼女の兄はそれを祝福したが、生涯その結婚相手を憎んだと言う。相手は日本人であった。

 

 



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material

 

・アンドレア・ジグマリエ

 

男装の麗人。髪は魔術で短く見せていた。

ロンドンの貧民街の生まれ。母が死んで、兄が現れた。泥ひばりを経て貴族の一員となったから、家族の一員であるコトに対する義務を果たすという、こだわりが強い。テムズ川の屑漁りにて社会の底をよく学んだ。ゴミ、死体、浮浪児、下水に住み付く者――皆、弱い者から奪う。弱ければ奪われる、強い者ほど奪う――そういう考えだったのだが、十年以上兄と共にいて、認識は変わる。

ヴィクトリア朝において今日のノブレス・オブリージュを実践する男の家は外に知られるコトないまま、実家に彼の考える最高の労働環境を設定し、家中の忠誠を一身に集めていた。その家で彼女は姫だったのだから、甘くもなろう。だが、彼女の向上心はその環境でも衰えなかった。

聖杯戦争への参戦理由は兄に認められるコト。彼女の兄は間桐からの招待を袖にしようとしたが、彼女が目敏くその招待状を回収した。手紙が届いた時の兄の変化が少女に焼きついていたと言える。

容姿は長い黒髪を腰の辺りで一纏めにしている。黒髪は遺伝で、シェークスピアより後の時代にジグマリエに時折現れる特徴。なんでも予言や心を見通す魔女がいたとかいないとか。瞳は蒼。身長は170cm、体重55kg。イメージカラーは青藍。趣味チェス・将棋。苦手なもの、不意打ち。

天敵は攘夷志士。

 

・アルフレド・ジグマリエ

 

転生者その一。ややメタボ気味の御当主様。シスコンだが、妹のやるコトには口出ししない男。

ロンドンの環境改善にはまるで労力を使うコトはないが、実家の労働環境には全力を尽くす。

自身と同い年のハウスキーパー(メイドではない)と共に人員の削減に取り込む。彼曰く、屋敷が若返ったとのコト。下男を全て首にし、当時男性の半分以下から20分の一だった給料を年功序列制に改革した(屋敷のなかだけ)。東インド会社の船主の一人で、大株主。王家に仕えているが、次代とは接点さえないようにしている。ドイツから来た女王の夫には気に入られており、彼の死に際して前当主を暗殺。家と魔術刻印を継承した。妹の為に中東方面の発掘のパトロンをしており、様々な魔術的遺産を英国に持ちかえっていた。だが、彼女はそれを断った。その事体を悲しむコトはなかったが、賢王ギルガメッシュなら確実に生還させてくれるだろう目論見は崩れる。それが問題であった。源流刻印の半分を妹に譲るも、自身からそれを引き剥がす作業に幼馴染のハウスキーパーを手伝わせ、どん引きされる。彼女との間に婚外子がいるが、魔術師にするのは両方が反対なので、分家か、妹が継いでくれるコトを望んでいた。だが後にその願いは崩れる。呪いの大家なのに、生涯誰かを呪ったコトのない男だった。むしろ、呪いを逸らすコトが本分だと自負していたほど。

だが、息子は魔導に、学ぶのを禁止されればされるほどにのめり込み、後の時計塔に入学を許される。妹の結婚相手には会いたくなかったが、家族になるのを認める為に、生涯一度だけ面談した。

 

・エルネスティーネ・フォン・アインツベルン

 

ユスティーツァと同じ雛型で造られたホムンクルス。聖杯の運び手として何ら不足ない性能である。

だが、それだけとも言える存在。自分たち全ての初代と言える冬の聖女と同等の奇跡はそも求められていないが、それだけ自分たち以上にただの物であるアハト翁に対する負の感情は絶大。

共に冬木に来た二人の同朋に対しても、自分以下の存在として重要視はしていなかった。彼女の世界は狭く、それだけだったのだ。だが、自らの命が奪われようとして、奪われなかったコトでそれは一変した。それまでの世界を失い、視界が広がったのだ。彼女は冬木、長崎、大阪を経て、葛野の里の跡地に流れ着く。そこで葛野の弟に対面し、衝撃の未来を告げられる。アインツベルンは二千年代に魔法へ到達すると。そこで彼女の聖杯戦争は終っていた。聖杯は葛野に渡り、里で終戦を迎える。彼女はその後、明治・大正・昭和を生きる。帝都で聖杯戦争があったなら、彼女の影あり。

召喚したのはアーチャー・パリス。トロイ戦争後期の英雄然とした姿の青年として現界していた。

黄金のリンゴは宝具になく、相手の急所を必ず貫く弓が宝具。その際、弱点が判明していれば、効果に特攻が乗り、必殺と言える威力を発揮する。エルネスティーネは令呪にて宝具を援護した。

弱点らしい弱点のないバーサーカーを敗退させる活躍をしたのだった。葛野は里に戻らなかった。

 

・乙骨

鎖国交渉団の髪結い係。西洋文化に造指が深い。隠れ西洋魔術師。現代に写真が残る。帰国後は同じ団の先輩の娘を嫁に貰う。苗字が違う息子が有名。

 

・葛野帯刀《カドノタイト》

 

剣の鬼であり、上昇志向の鬼。己が何処まで行けるのか、強迫観念に駆られるままに生きていた男。

過去の全てを葬ったつもりでいたが、ある日、弟から手紙が届く。病に倒れたとのコト。だが違う。

弟が負の遺産を全て結局受け継いだ、それが表出しただけのコト。里を焼いた日に、こうなるコトが分かっていた。神代に生まれたそうあれとデザインされた人間でない限り、命を蝕む遺産。

血族のものでさえ、保菌するのを忌むような力。受け継いだなら最後、人間性が失われいく宝具だ。

神の力とはそういうモノ。だが、母から弟が受け継いだコトで呪いから解き放たれたつもりになっていた。だが、それをどうにか出来ると弟が言う。それが聖杯戦争であった。弟を救う為、戦う。

幸いにして、猶予はある。その為に彼は外への通行切符を求めた。それが外国奉行に属するコト。

彼は出世を重ねた。そしてフランスにて英霊の触媒を手に入れる筋道をつけ、帰国。万事上手く運ぶはずだった。だが輸送船が襲われ、触媒は奪われた。しかしそれがアサシンとの縁を結ぶ。

佩刀は源氏所縁の古刀。すでに積み重ねられた年輪は宝具の域にある。真作であるかは不明だが、ランサーの光の槍と打ち合えるほどの業物。身長165cm(当時としては長身、ヴィクトリア朝イギリスの平均身長ほどはある)、体重50kg(当時としてはあるほう、侍はガリガリだった)。

イメージカラーは灰色。趣味、剣術・将棋。苦手な物・扱いの難しいモノ全般。天敵は弟(女)。

 

・キャスターのマスター

 

世界最大のヴィクトリア湖を再発見した冒険家。相方は途中で体調を崩し、探検から脱落した。

結果――発見の報告書を甥が上げ、親友だった相方との関係は壊れる。その修復の為に、異文化への探求心の強い彼への土産話として、聖杯戦争へ参加。シェヘラザードは召喚出来なくて当然と考えていたが、彼女を引き当ててしまう。最後、アサシンが彼の下に訪れるコトはなかった。

 

・ジュリア・ブラウン

神父の娘。美しいピアノを弾く。夫亡き後は横須賀のキリスト教会に尽す。横浜の長老格にもなる。

 

・ジョン・ラウダー

長崎領事館に務める通訳官。その後、横浜領事となる。後に弁護人に転職し、日本に骨をうずめる。

 

・すみ

 幕末、二度に渡りフランスに渡航したすごい女性。現代にも写真が残る。

 

・世子様

藩世継ぎ。聖杯戦争時は他藩に身柄を押さえられていた。転生者その三。世の流れに乗るのに必死。

 

・遠坂継人

 

遠坂の三代目になるはずだった男。二代目である祖母に反発し、出奔歴がある。結局遠坂の魔導は妹が継ぎ、表向きの当主を自身がやるコトで手打ちとした。その祖母が死に、妹に結婚相手を見つけ、自らの役割は終わったとし、聖杯の儀式に参加を決める。彼は京までは上らずとも、長州や薩摩を知っている。大地主として、そこまで世相に疎い男ではなかった。むしろ鋭過ぎるほどに時勢を読めている男であった。未だ邪教認定であったキリシタンに土地を提供したのも彼である。冬木は貿易港でもあり、宝石の目利きは妹よりも彼のほうが上であった。だが商人としての才は恵まれど、魔術師としては三代を数える程度の家でしかなく、魔術を継ぐコトにさえ疑問を感じてならない男でもあった。苗字帯刀が許されながらも武士ではなく、そのコトに強いコンプレックスを抱いていた。妹が用意した触媒を空っぽだと見抜いており、土地を提供した宗派と敵対する伝道師に触媒を送られる。その際、死の宣告を受けながらも、どこか当然と受け取り、悲観するコトは一切なかった。召喚したマルタとの関係は良好で、腕相撲で手を組んだ瞬間その強さを察し、びびり散らかす。ランサー組に襲撃されたのは彼女に料理を振る舞われている際だった。結局、彼は一口も食すコトなく敗退する。屋敷の消失は釜の残り火のせいにされた。次代の遠坂は家のレンガを間桐同様に耐火性のあるレンガを輸入するコトとなる。間桐の後継ぎとは親友であった。

 

・間桐新

 

間桐の二代目として、なんら過不足のない男。マキリの修行という名の拷問に耐え、狂わない超人。

心は死なず、眼が死んでいる男。彼の翅刃虫はゾウケン同様、サーヴァントをも殺し得る。マキリの源流刻印以外の魔術刻印は移植されていた。ゾウケンの日本の霊地巡りに同行し、各地の地理に詳しい。その眼で幕末を見てきた男と言っていい青年。マキリに冬木の地が合わないのは魔導に深く耽溺している存在なら分かり切った結論であったから、ゾウケンは日本全国の霊脈を辿り、本拠地を移すコトを考えていた。だが、聖杯への執着と、冬木以下の霊地にはマキリは根付けないという結論を出そうとしていた頃に彼は生まれた。母はその旅で訪れた名家から金で下げ渡された存在であり、彼を生んだ後自ら命を絶った。遠坂の当主とは物心ついた時からの友。だからこそ、妹に魔術を継がせると言った彼に激怒したコトもあった。だがそれは勘違いだと後に知る。自身の魔導と遠坂の魔導は違う、と。冗談か本気か(おそらく本気)、妹を嫁にやると言われた時は切なさの後、彼女の幸せの為に、痛切な後悔を抱きながらも親友をマジ殴りした。彼が感情を顕わにするのは親友の妹の話だけなので、継人はいじりの定番にしていた。召喚したのはセイバー・フェルグス。

米国へのアイルランド移民の放出品にあった美術品が触媒。あくまで主従の関係はドライだったが、セイバーからは気に入られていた。だがその彼を自ら背中から刺す決断を彼はするコトになる。

 

・横山殿

フランスのマルセイユに墓のある珍しい日本人。エジプトから体調を崩していた。浄眼に目覚めていた。交渉団では葛野、乙骨の上役であった。正義感の強い男。

 

・ランサーのマスター

 

『雨』と呼ばれる女。ランサーを単純な六ボウ星の陣で呼び出すほどの魔力を持つ。鬼である。

だが鬼種としての血が流れている訳でなく、幻想種としての鬼の流れを汲む者でもない。

化外の鬼という、呪いにより魔術回路のあった捨て子が変質した人造の鬼である。人に力を被せるほどの面師たちの作品に常に見つめられるコトでまず精神を壊し、血や肉のみを与えるコトで人間性を剥奪する儀式を蔵に葬られた者が成るまで続け、鬼と為す。その犠牲者である。だが、面達に憐れまれ、心は幼子のまま、精神の底に封じられていた。蔵で出遭った時に会話していたのは、最初の数言は彼女で、その後は鬼女の面が代わりに話していた。地下が崩落するまでに教育替わりの脳への焼き付きを行った後、彼らは眠りについた。自分を外に連れだした男に一目惚れした女は、行く先々で言葉を吸収し、口調が定まらないコトとなる。京、長州、長崎、冬木と旅をした彼女は旅する生活を愛するコトに。それは愛した男が死んだ後に侍る男の側にいる時も変わらず、全国を漫遊する生き方を好んだ。だが、男が年老い外遊に彼女を連れていかなくなった時、その生活は終る。男は占領地で死んだ。息子が一人いたが、育てたのは愛した男の家族であった。その為、息子には絶望的に嫌悪されていた。傍から見て愛人のような生き方が、彼には我慢ならなかったのだ。

時を経る事に鬼であるコトは薄れたが、その美しさに陰りはなかった。だが、老いてもいた。その心は人であった。誰にももう愛されぬコトを覚った彼女は自ら――それもまた人としての死である。

 

髪の色は普段は金色。黒、茶、白など変幻自在である。瞳も赫が通常。だが、人に紛れる時は黒となる。身長140~180。体重50kg。趣味・和歌。苦手なモノ・新しい価値観。天敵・侍。

 

・ランサーのマスターの男・鬼面

 

松陰門下、四天王が一人。蛤御門で死んだはずの男は生きていた。彼は宝蔵院流と柳生の一流派を修めた武芸者でもあった。対人、対人外との戦いを師匠に見込まれ、習得していた(胤舜の追加した裏も幕末まで存在したと仮定)。京の御摂家の屋敷で死ぬ運命だったが、片目を貫かれながらも、辿り着いたのは呪術によって鬼の生みだされる場所であった。鬼神系の能面、獅子に似た黄金の面に憑かれ、生きながらえた。憑依された時に閉じられていた魔術回路が一斉に開き、実質ショック死に追い込まれるも耐え、女と血を交わすコトでその力を定着させ化外の鬼となる。痩せながらも鋼のようだった肉体は膨れ上がり、鬼の力を発揮しても壊れない巌のような肉体となる。得物として、秀吉がかつて所有した『日本号』を所持していた。従三位という本来人に与えれる位を天子様から授けられたからか、宝具化していないのにも関わらず、意志のようなモノを持つに至っている。

柄が経年劣化していたのか、セイバーとの戦闘で折れてしまっても、刃に心が宿っていたからか、担い手に命じ、魔力を喰らい飛ぶ『魔刃』となった。既に人として死に、鬼に寄り過ぎていた為に敗れる。身長165cm、60kg。イメージは顔だけ黄金騎士。趣味は畑仕事。苦手なモノ・槍。

天敵・ランサー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・後の聖杯戦争でライダーのマスターとなる者

 

葛野帯刀の弟だった男。彼の弟だった時、身体は女性だが心は男であった。それが里を滅ぼす悲劇を招くコトとなる。葛野の家は古くは遺跡盗掘者の家系であった。四神を奉じた一族の墓所から大陸より伝わりし、神の血に取り憑かれた血族。盗掘者も優秀な魔術回路を持っていた為に、内側から外に行かないようにしていた思想魔術の結界は破られるコトなった。初代は有能な男で、神の血により拡張された魔術回路を用いて里に結界を張った。マナの薄れゆく現代に自身を基盤に魔力の濃い里を生みだしたである。最初は神の血を分散させる目的で一族を増やしていたが、時代を経るにつれ、魔術回路を備えた人間が減っていく。結果、血族同士の婚姻が重なり、本家は父と子二人となった。当主は神の血を他人に定着させる術式を持っており、里の者に回路があるなら与えられ、それが里の一員である証であった。だが、里の魔術回路を持たない者の割合が高まり、本家に神の血が集中する時代となった。本家の魔術回路も衰退が始まり、仮の器として妻を犠牲にする選択せざるを得なくなり、孤児でありながらも素晴しい回路を備えた当主の妻は子の為に自ら植物人間となるコトを選んだ。次代にそれを繰り返そうとして連れて来られたのが、弟たる妹であった。

だが、悲劇は繰り返す。結局、父は子の為に彼女を器とし、すれ違いから里は兄妹に滅ぼされた。

神の血の受け皿となった弟は、強大な魔術を行使出来る代わりに、いずれ人間性が失われる運命にあった。それを回避する手立て(方便)として兄に、聖杯戦争への参加を弟は望んだのである。その結末は本編の通りです。弟はFate/stay night原理主義者であり、言峰の嘘(聖杯は霊体であるサーヴァントしか運べない)などを伝え、聖杯を得てもすぐに戻れないようにしたが、サーヴァントは土地に縛られる存在ではなく。無限転生者そのⅡ。三度の転生を経て、生まれるか否かを選べるほどには転生法を確立した。

 




Thank YOU for Your Reading !!

最後まで読んでくれた方に厚く御礼申し上げます。
二次創作を久しぶりにやってみて、やはり原作の素晴らしさが分かるってものです。
特にType-moonの世界のフォーマットは二十年以上の積み重ねにてより深く広くなっているコトを痛感させられます。
こんな拙い文を書いてる自分には才能がないから、オリジナルに向き合う体力もなく、現行のFGOに挑戦する気概もなく、それでも第二次聖杯戦争というロマン溢れる幕末期の物語なら書けそうだと、筆を執る気力が湧きました。
それも今回で完結の運びとさせていただきます。御三家が招待した外来の魔術師四人に裏切られる物語を書きたかったのですが、そもそもアインツベルンやマキリが招待する魔術師ってどのぐらいの強者だ?というのが想定できず、結局本来の設定で守れたところは参加者が全滅する(軍隊での判定)を辛うじて達成できたくらいです。

でも、チラシの裏で連載していたこの物語を最後まで読んでくれた方がいたのは、本当にうれしいコトでした。ありがとう――
これにて偉大な先輩方の寛容の上での執筆活動を終了したいと思います。

さらば、ハーメルン。これで完全に読専になれるってもんさ!

――ああ。なれるなら、素晴らしい一話を書ける筆者になりたかった~


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