キルアが斬る! (コウモリ)
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プロローグ

その石造りの街は行き交う人々で賑わっていた。遠方から来た者、この街に住んでいる者、様々な人間で溢れかえっている。

ここは帝都。千年栄えたという歴史ある大国。

そこは一見、華やかに見えるが、その実、様々な思惑が入り混ぜになっており、ただの大都市というわけではないのが、そこにいる人々を見ると察せられる。見る者が見れば一筋縄ではいかない、そんな雰囲気が街中から漂っていた。

 

 

「ここが帝都か」

 

だが、そんな様相を気にする素振りもない銀髪の少年が、そう言って街を見回していた。

 

「うわ~、大きい街だねえお兄ちゃん!」

 

彼の側にいるオリエンタルな格好をした中性的な顔立ちの子供が銀髪の少年へ向けて言う。

すると、銀髪の少年はその子の肩を抱き寄せ、より二人の距離を縮めさせた。

 

「大きい街だから迷子にならないようにお兄ちゃんにくっついてな」

「うん!」

 

二人は顔を見合わせた後、まるで恋人同士のように仲良く寄り添い、帝都の中を歩いていく。

一見、ただの子供だけの旅行者である二人。この物騒なご時世には危険とも思われる行為であるが、二人にはそんな憂いや不安など全く無く、純粋に帝都の観光を楽しんでいるようであった。

まるで何が来ようとも問題ではない、問題にさえしないかのように。

それもその筈。彼らは普通の子供たちでは無いからだ。

 

銀髪の少年の名前はキルア=ゾルディック。世界でも名前が通っている有名な暗殺一家の三男で、彼自身もまた幼い年齢ながら優秀な暗殺者であった。

今は家を出て、隣にいる“妹”であるアルカ=ゾルディックを連れ、世界を旅して回っていた。

ここ帝都へ訪れたのも特に目的があったわけではない。ただ、宛てもない旅の途中。それだけであった。

 

「…しっかし、思ってたよりもクソ田舎だな。まさか携帯電話が通じないなんて」

 

そう言ってキルアは圏外となっている自身のカブトムシの形をした携帯電話を睨み付けていた。いくら睨み付けたところで電波が良くなるわけでもない。周辺に基地局が無いのだから、そもそも電波の良くなりようが無いのだ。

 

「…ま、いっか。別に誰かと連絡するわけじゃねーし、する必要も無いしな」

 

そう割り切ると、キルアは携帯電話をしまった。

 

「よっし。じゃ、取り敢えず街を見て回ろうぜ!」

「うん!」

 

笑顔で同意するアルカを連れ、キルアは街の中を歩き出す。ここまで歴史ある街並みはとても珍しく、アルカにとっては何もかもが新鮮であった。かつて仕事であちこちへ行っていたキルアでさえ興味深そうに周囲を見回している。こうして見れば、二人は何処にでもいる幼い兄弟にしか見えない。気が付くとぼちぼち日も傾いて辺りにはすっかり夕闇の気が舞い降りていた。

 

「もうこんな時間か…。そろそろ宿探さねえとな」

 

周囲には人気があまりない。どうやら、物珍しさに気を取られて知らず知らず裏路地の方まで来てしまっていたようだ。先の方を見てもホテルや宿場の類いは無さそうであった。宿を取るには大通りの方まで戻らねばならない。

 

「行くぞアルカ」

「はーい」

 

二人は来た道を戻ろうとした。

 

「痛っ!」

 

と、その時、キルアの肩が前方の男の腰の部分へ当たってしまった。引き返そうとして視線を後方へ向けていた為、前方不注意になっていたようだ。

 

「あ、ゴメン」

 

自身に非があったのでキルアはそう言って謝意を示した。しかし、相手の男は突然その場に踞る。

 

「イテェェェェェェ!」

 

突如喚き出すと、男の連れ二人が口を開いた。

 

「あ~あ、こりゃ骨やっちまったな」

「てめえ何してくれんだ、このクソガキ!」

 

恫喝の声が夕方の街に響き渡る。すると、踞っていた男が徐に立ち上がった。

 

「イテテテテ…こりゃ慰謝料貰わねえとなぁ」

「……ハァ?」

 

男の言い分にキルアは耳を疑う。いや、これは言い分というレベルではなく、明らかな言い掛かりであった。所謂、当たり屋という奴である。

 

「…おいおいマジかよ」

 

キルアは思わず呟いた。こんな前時代的なタカりをしかも子供相手にやるような人間がいたとは。レアな生き物を見た気分であった。流石に言葉を失ってしまうキルア。それが怯えて声も出ないという風に男たちの目には映ったのだろう。男たちは高らかに笑い始めた。

 

「ヒャーハッハッハ!ビビっちゃってんの僕ゥ?」

「オラァ!とっとと両親連れて来いやァ!」

「ついでに慰謝料もたらふくなあ!」

 

馬鹿馬鹿しい…とキルアは男たちを無視して行くことにした。この手の輩は相手にするだけ時間の無駄だろう。アルカの手を引いてくるりと背を向ける。その行動が男たちの逆鱗に触れた。

 

「あぁ!?てめえ、何シカトこいてやがるんだぁ!?」

「逃がさねえぞ!」

 

男の一人が乱暴に引き止めようとアルカの肩へ手を伸ばす。

 

「ガキが調子に乗ってんじゃ…」

「あ?」

 

その瞬間、アルカの肩を掴もうとした男は言葉を失い、全身から大量の冷や汗をかき始める。キルアは首だけ男たちの方へ向けて睨み付けていた。それだけで男の体がまるで金縛りにでもあったかのように動かなくなる。それは他の二人も同様であった。

 

「な、なっ……?」

「その汚い手を今すぐどけろ。そうしたら苦しまずに殺してやるよ」

 

キルアは多少の怒気を含ませながら言った。その冷たく鋭い眼光がまるでナイフのように男たちをズタズタに引き裂いていくようでキルアたちより一回りも大きい体躯の男たちは恐怖に後ずさり始めていた。

だが、子供にビビらされて堪るかという下らないプライドが男たちの足を止めてしまった。

 

「な、ななな、舐めてんじゃねえぞ!!」

「ぶ、ぶっ殺してやる!!」

 

そう言いながら男たちは次々と武器を取り出した。刃渡りの長いナイフや手斧のようなもの。何れにせよ子供へ向けるものでは決してない。

 

「へ、へへ…、ガキが…。散々いたぶり回した後で奴隷として売ってやる!!」

 

男たちはそれぞれ武器を手にしたことで幾分か平静を取り戻していた。

 

「…言ったよな?殺すって?」

 

そんな状況でもキルアは動揺一つせず、冷ややかな視線を男たちへ向けていた。男たちはせせら笑う。

 

「てめえ、今どんな状況だか分かっ…」

「あっそ。じゃ、死ね」

 

次の瞬間、男たちの首が宙に舞った。

 

「へ…?」

 

数秒もしない内にボトボトっと鈍い音を立てて男たちの首が地面に落ちていく。自身に何が起きたのか理解出来ない男たち。あまりにあっさり首と胴が離れてしまったので、死んだことさえ気付いておらず、自分たちの肉体が糸の切れた操り人形の如く崩れ落ちていく様子が目に入った。

 

「う…うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

その昔、戦時下において敵兵に捕らわれたとある小隊があった。敵兵は捕虜にはせず全員殺すつもりであったが、小隊のリーダーはこう言った。

 

「殺すならまず隊長である私からだ。首を切り落として殺せ。だが、一つだけ提案がある。もしも私が首を切り落とされた後、その首を脇に抱え全力で走ったら走った距離分だけ部下を生かしたまま解放してくれ」

 

敵兵たちは笑いながら承諾した。やれるものならやってみろと。

かくしてそのリーダーの男は敵兵によって無惨にも首を切り落とされた。だが、驚くべきはその後であった。リーダーの男は首のない胴体で立ち上がると落ちている自分の首を抱えて全力で走り出したのだ。距離にして数メートル程度走った後、男は完全に絶命し倒れた。その後、彼の部下が解放されたかは定かではない。

 

 

暫くの絶叫の後で、首だけとなった男たちは完全に沈黙した。目は光を失い、ピクリとも動かなくなる。

 

「あ~あ、下らねえことに時間使っちまったぜ。…んじゃ、行くぞアルカ」

「うん!」

 

たった今、三つの命を奪ったばかりだというのに、そんな感慨などは欠片もなくキルアとアルカは和気藹々とその場を去って行った。

それが彼らの日常であり、歩んできた道なのだ。

そんな彼らを遠くから見つめる影があった。

 

「…あの子らは一体?」

 

その影もまた長居は無用とこの場を去る。

 

後に残った三つの死体は帝都の警備兵に発見され、処理された。

これがキルアたちの帝都での物語の始まりであったことを今の彼らは知る由もなかった。



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第1話 ①

感想ありがとうございます。
書かれた感想は全て読まさせてもらってます。
引き続きご意見ご感想よろしくお願いいたします。


「ほう…中々に興味深い話だな」

 

眼帯の女はそう言うと煙草に火を点けて咥え、義手の上に手を置いた。その義手はまるで工業用の機械であるかのように大きく、ただ腕の代わりをするだけのものにしては武骨過ぎていた。

 

「ボス。私はこの目で見たんだ。タツミよりも小さい子供が屈強な男…それも三人掛かりだったのを一瞬で殺ったのをさ」

 

豊満な胸を持った金髪の女が今も信じられないという表情で言った。

ボスと呼ばれた眼帯の女はふうっと紫煙を吐き出す。

 

「…だが、レオーネ。年端もいかぬような子供が自身よりも圧倒的に体格で勝るような相手を殺したところで、それ自体は別に珍しいことじゃないだろ?」

「私が驚いたのは、そのスピードだよ。あれは人間業じゃなかった」

「レオーネ程の実力者にそう言わせるとはな」

 

眼帯の女は半ば感心したように言った。

 

「…まさか、帝具使いか?」

「そういう風には見えなかった…けど、そうじゃないと辻褄が合わないレベルだったね。寧ろ、今はそうであって欲しいとさえ思い始めてるくらいだ」

 

レオーネと呼ばれた金髪の女がそう言うと眼帯の女は苦笑する。

 

「…で、お前はその子をどうしたいんだ?」

「出来ることならウチらの仲間にしたい」

「そうか。だが、果たして、その子は我々の仲間になってくれるのかな?」

「仲間になってくれたら凄く心強いんだけどな」

「私もそう思う。が、私は話を聞いただけだからな。この目で見るまではこれ以上何も言えないな」

 

眼帯の女は再び煙草の煙を吐くと、より真剣な表情に変わった。

 

「…話は変わるが、例の話、今夜決行するぞ」

「お!遂に裏が取れたんですか?」

「ああ。間違いない。証拠も上がった」

「よっしゃ!そんなら是非とも私に行かせて下さいよ!」

 

レオーネの主張に対して、眼帯の女は首を降った。

 

「いや、今回はアカメとタツミに行かせるつもりだ」

「あの二人に?」

「ああ。タツミはもっと経験を積ませないとな。それにアイツとアカメはいいコンビになりそうだと思わないか?」

「確かに…」

「だろ?」

 

二人は顔を見合わせ、そして破顔した。

 

 

キルアとアルカが大通りまで戻る頃には、外はすっかり暗闇に支配されていた。キルアよりも幼いアルカは眠気眼をしきりに擦っている。

 

「大丈夫か、アルカ?」

「うん…zzz」

「こりゃ、早く宿取んねーとな」

 

うつらうつらとしているアルカの肩を抱きながらキルアは宿を探す。と、少し先にそれっぽい看板を発見した。安っぽそうな所ではあったが、アルカがこんな状態なので十分に宿の吟味をする時間もなく、キルアは仕方なくそこへ入ることに決めた。

 

「いらっしゃい」

 

扉を開けると、嗄れた声の老人がキルアたちを迎えた。老人は子供だけで入ってきたことに気がつくと、目に見えて怪訝な表情になる。

 

「坊やたち、両親はどうした?まさか子供だけで宿泊か?」

「ああ。取り敢えずこれで部屋用意してくれよ」

 

そう言ってキルアは大きな袋を老人に手渡した。中には大量のお金が入っている。既に持ち金をこの国の通過へ換金していたのであった。

 

「ほっ!?こ、これは…?」

「まさか足りないなんて言わないよな?」

「ひ、ひまふぐ用意ひまふ!」

 

余りの額に老人は入れ歯を外しながら部屋の用意へ走った。待つこと数分、老人が戻ってくる。

 

「さ、ささ!こちらへ坊っちゃん殿!」

「ん、ご苦労」

 

キルアたちは老人に案内され奥の部屋へ通される。部屋の中はベッドが二つあるだけで、他に何もない質素なものであった。外観からあまり期待はしていなかったが、実際に部屋に入れられると、少なからず後悔が生まれてくる。

 

「お兄ちゃん…zzz」

 

アルカがもう限界みたいなので、キルアは仕方なくベッドに寝かせることにした。着の身着のままで寝間着にも変えていないが、気持ち良さそうに寝ているアルカを見ると無理矢理起こす気にはならない。たまに甘やかし過ぎだと反省する時もあるが、それだけアルカのことが可愛いのだ。とある事情で長い間記憶から消された最愛の“妹”のことをキルアは特に大事にしたいと思っていた。

 

「ハハ、もう寝てら。一日中歩いたから疲れたんだろーな」

 

キルアはアルカの頭を撫でながら独り言ちる。この幸せそうな顔を何時までも守り抜く。その為ならキルアは鬼にも悪魔にでもなる覚悟が出来ていた。

 

「アルカ…、お兄ちゃんがずっと守ってやるからな」

「zzz…えへへ、お兄ちゃん大好き…」

「…ああ、俺もだ」

 

キルアはそう言ってフッと笑った。

 

 

 

「チッ、ガキ二人か」

 

野太い声が残念そうに言う。

 

「し、しかしすんごく金持ってたぞ…?」

 

嗄れた声が答えた。

 

「どっかの金持ちのご子息…ってところか。まあ、いい。ガキはガキで需要があるからなあ」

「へへへ…旦那あ、分け前はいつもの通りくれるんですよねえ?」

「こんだけ貰っておいて分け前まで貰うつもりか。この強欲ジジイが」

「へっへっへ…」

「しっかし、アレだな。てめえの宿に泊まった客を人買いに売る店主がいるかね?」

「へっへっへ、ここにおりますぜ旦那あ」

「救いようのねえクズだな、てめえは!」

「ひっひっひ、旦那ほどじゃないですよ」

「言うねえ、ガッハッハッハ」

 

下品な笑い声が闇に響く。時刻は間もなく深夜を迎えようとしていた。



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第1話 ②

「ここだタツミ」

 

闇夜の中、裏路地の近くにある一軒の宿屋の前で黒髪の少女が一緒にいた少年へそう告げる。タツミと呼ばれた少年はコクりと頷いた。と、二人は素早く裏口へ回り、宿屋への出入口への扉の前に立つ。

 

「標的は中にいる筈だ。取り引きが行われるのは毎週この時間だそうだからな」

 

黒髪の少女が小言でそう言うとタツミは「ああ」と答えた。彼は何処か険しい表情をしている。

 

「…しっかし、許せねえ!宿泊客を騙して人買いに売るなんて、その宿屋の店主卑怯過ぎんだろ!」

 

タツミは語気を強めて言った。思わず拳を握る力も強くなる。

 

「あまり大きな声を出すな。誰に聞かれているか分からない」

「あ、ああ。ごめん。アカメ」

 

タツミはアカメと呼ぶ黒髪の少女へ謝る。少々不満げな表情を浮かべはしたが、彼女の言うことももっともなので手で口を押さえる仕草をした。

 

「中の様子はどうだ?」

 

アカメが尋ねる。タツミは、扉に耳をくっつけ、中の様子を伺った。

 

「…今のところ何も動きは無いみたいだな」

「そうか。じゃあ行くぞタツミ。音を立てるな」

「ああ、分かった」

 

タツミはゆっくり慎重に扉を開いた。鍵は掛かっていないみたいだ。不用心なのか、バレるなどと微塵にも思っていないのか。何にせよ中へ入るのには好都合であった。

 

「…そう言えば、ボスは大分前からこの件について調べてたみたいだけど、そいつらも帝国と何か関係があるのか?」

 

タツミがふと思い浮かんだ疑問を口にする。すると、アカメが小声で答えた。

 

「…人身売買で儲けた金は帝国に入っているそうだ。だから、この流れを断ち切るだけでも帝国には少なからずダメージを与えることになる」

「なるほどな」

 

タツミは納得する。宿の中は暗かったが、奥の方に僅かな明かりが見える。誰かが宿泊しているのか、はたまた悪党どもがそこに屯しているのか。

 

と、その時であった。

 

 

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 

 

「!?」

「な、何だ!?」

 

何者かの叫び声。奥の方の部屋からである。

 

「行くぞタツミ!」

「あ、ああ!」

 

二人は忍び込んでることも忘れ、奥の方の部屋へと走り出した。

 

 

 

「もしもし…」

 

年老いた宿屋の主人が扉をコンコンと叩いてきた。こんな時間に何か用事でもあるのだろうか。まだ寝ていなかったとはいえ、わざわざ店の人間が来訪してくる時間ではない。

 

「何?」

 

キルアは素っ気無く答えた。すると扉の向こうから小声で返事が来る。

 

「坊ちゃん方。サービスでお飲み物でも如何ですか?」

「飲み物か…」

 

そう言えばとキルアは喉が渇いていることに気が付いた。

 

「ちょうどいいや。貰うよ」

「へえ」

 

キルアから許可を得たので、老人は扉を開けて部屋の中へ入る。手には二つのカップを持っていた。

 

「おや?お連れ様はもう眠っておられましたか」

 

ベッドで寝ているアルカを見て老人はにっこりと微笑む。

 

「では、坊ちゃんだけに…。当店特製のドリンクでございます」

「ありがと」

 

キルアは老人からカップを受け取ると、口をつけて一気に中の飲み物を喉の奥へ流し込んだ。

 

「…プハー。変わった味だけど結構イケるな、コレ」

「へえ、有難うございます」

 

 

 

(…ククク、それは一口で竜すらグッスリの強力な睡眠薬入りのドリンクさあ)

 

老人は内心ほくそ笑む。

彼は密かにこうして自分の宿屋へ泊まった客を特製のドリンクで眠らせ、その間に人買いへ売っていたのだ。

そして本日はその取り引きの日。既に人買いの商人たちへ渡す分は確保していたのだが、取り引きの時間前に新たな客を迎えることとなった。当初は子供だけだったので面倒だと思ったが、意外と金を持っていたこと。そして、子供とは言え商品に変わりはないと思い直してこうして泊めたのである。

 

(ほらほら、子供は早く寝るんだよ。次に目が覚めた時は二人とも…くぷぷ)

 

「もう一つ頂戴」

「え?」

 

(…ん?どういうことだ?入れた睡眠薬の量が少なかったのか?)

 

老人が戸惑っていると、目の前の少年はもう一つのカップを取って、これまたゴクリと一気飲みした。

 

「…プハー。もっと無いの?」

「ええっ!?」

 

(あ…有り得ん!!一杯ならず二杯も飲んでピンピンしているなど…!!)

 

 

 

「ん?何驚いてんの?」

 

完全に狼狽する老人の様子を見てキルアは尋ねる。心なしかその表情には笑みが浮かんでいた。

 

「い、いや…その…」

 

老人は返答に詰まっている。と、キルアはわざとらしく手をポンと叩いて見せた。

 

「ああ、そうだ。言うの忘れてたけどさ。俺、毒の類とか効かないんだよね」

「へっ…?」

「だからさ、睡眠薬とか全然平気なんだよね」

 

キルアはさも当然のような表情でそう言ってのける。その言葉に老人は言葉を失い驚きの表情を隠せないでいた。暫しの沈黙。場に不穏な空気が流れる。

 

「でさあ…」

 

先に口を開いたのはキルアの方であった。その顔に一切の笑みは無い。ただ冷たく、まるでゴミを見るような目で老人を見つめている。

 

「何でこんなもん飲ませようとしたの?」

「へ?」

 

この時、老人は全身が恐怖に支配されていた。目の前にいるのはただの子供。そうと分かっていても、その底暗く禍々しいような目に見つめられると冷や汗と震えが止まらない。

 

「え、えっと…そ、その……」

「俺だけなら別にいいよ。どうせ効かないし。でもさあ…」

 

キルアは徐に老人の腕を掴んだ。

 

「アルカに手を出そうとしやがって…。楽に死ねると思ってんじゃねーぞ?」

 

そう言ってキルアは手に力を込めた。ベキベキっと乾いた樹木が折れるような音が辺りに響く。細く枯れ木のような老人の腕はキルアの手の中で簡単に潰れてしまっていた。

 

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 

老人はあまりの痛みに叫び声を上げた。

 

「どうした!?」

 

その時、屈強な男たちが数名部屋へ流れ込んで来た。近くの部屋にでも潜んでいたのだろうか。老人が這々の体で男たちの元へ助けを求める。

 

「ひぃ、ひぃ…だ、旦那あ。た、助け…」

「てめえ、勝手に喋ってんじゃねーよ」

 

キルアは闖入してきた男たちを気にも留めず、そう冷たく言い放つと右手で素早く老人の喉を抉った。老人の喉から噴水のように血が飛び出してくる。

 

「ぐぁっ!?ぐぁっ、ガポッ、ビュー」

 

老人の口の中には血が溢れ、抉れた喉からは空気が漏れていた。最早、まともな言葉を発せる状態ではない。

 

「な、な、何だてめえは!?」

 

男たちの中ので老人から「旦那」と呼ばれていたリーダー格っぽいヒゲ面の男が目の前の光景を見ながら怒鳴る。

 

「てめーらこそ誰だ?そこのジジイの仲間か?」

「こ、このクソガキがあ!ぶっ殺して…」

「みたいだな。じゃ、死ね」

 

キルアはヒゲ面の男が皆まで言う前にその肩へ飛び乗ると、首を360°まるでハンドルでも回すかのように捻った。メキメキと鈍い音を立てながらヒゲ面の男の首はその可動領域を簡単に超える。次の瞬間、男はそのまま呆気なく倒れた。

 

「…次はてめーか?それとも、てめーか?」

 

男の肩から床へ着地すると、キルアは残った男たちへ目を向けた。その瞬間、男たちは次々と戦意を失い、後ずさっていく。相手がただの子供ではない、まとも対峙してはいけないと本能が叫んだのだろう。

 

「う、うわあああああああ!!」

 

一人の男が端を発して叫ぶと、他の男たちも次々と恐怖で叫びだす。

 

「に、逃げろおおおおおお!!」

「助けてえええええええ!!」

「ぐあああああああああああああ!!」

 

それを切っ掛けに男たちは走り去ろうとする。しかし、キルアは逃すつもりは無かった。一瞬の内に逃げる男たちを追い抜き、目の前に立つ。

 

「…ほら、返すぜ」

 

キルアはそう言って男たちへ何かを投げ渡した。男たちは思わずその何かを受け取る。血塗れの肉塊のようなもので、それは手の中でビクビクと動いていた。

 

「あ、ああ、あああ…」

 

それが自分たちの心臓であることに気が付いた時には、男たちは絶命していた。キルアはあの一瞬で男たちの心臓を抜き取っていたのだ。

 

「…やっぱまだまだ親父みたいに上手くはいかねーな」

 

僅かに手に付着した血を見ながらキルアは呟く。

 

「さて、と。おいジジイ。まだ生きてんだろ?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

老人は口から大量の血液を吐き出しながら逃げ惑う。キルアはゆっくりと老人の元へ近付いた。

 

「ぼ、ぼだぶべぇぼ…」

「ああ?何言ってんのかわかんねーよ」

「ぼ、ぼだあ…!」

「…てめーがやろうとしたことはなあ。万死に値すんだよ。あの世で後悔してろ」

 

そう言ってキルアは素手で老人の首を捻切った。老人は絶命し、周辺には血が飛び散る。ここまで二分も経っていないほんの僅かな間の出来事であった。

 

「あーあ。こっから出ねーとな」

 

キルアはそう言うと騒ぎの間もぐっすりと眠っていたアルカの元へ向かった。

 

「動くな!」

 

その時、キルアの背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには黒髪の少女が刀をこちらへ向けて立っているのが見えた。



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第1話 ③

「な、何だこりゃ!?」

 

部屋に入るなり、タツミはその光景に目を覆いそうになる。ただの死体ならば見たことが無いわけではない。だが、目の前の死体はただの死体では決して無かった。恐らく自身の心臓を持ったまま絶命している者たち。首を一周回されたまま絶命している男。首を捻り取られて絶命している老人。とてもまともな光景ではない。

何よりも一番驚かされたのは、その地獄絵図の中、涼しげな顔で立っていたのが、自身よりも幼い外見の年端もいかなそうな少年だったことであった。

 

「お前が…やったのか?」

 

思わずタツミは銀髪の少年へ問いかける。少年の返答を待つ間もなく、アカメが刀…一斬必殺「村雨」を抜き、構えた。

 

「動くな!」

 

刀の刃先を少年へ向け、アカメが言い放つ。彼女にしては仕掛けが早過ぎるとタツミは思った。

アカメが持つ刀はただの刀ではない。帝具と呼ばれる異質な武器である。その刃をあんな子供に向けるなど、普通ではない。

 

「お、おい、アカメ。相手は子供じゃ…」

「ただの子供がこの惨状の中で平然としていられると思うか?」

「それは…」

 

普通に考えれば、アカメの言う通りではある。仮に巻き込まれただけだったとしても、ただの子供がこの状況で泣いたり、恐怖に怯えもせずにいられるなど、とてもではないが考えられない。しかし、タツミはこんな子供がこの惨状の当事者であるとも考えたくはなかった。

 

「本当に…お前がやったのか?」

 

タツミは再度、銀髪の少年へ問い掛けた。相変わらず少年からの返答はない。

その間もアカメは村雨を構え、少年の様子を伺っている。一つタツミが気になったのはアカメの様子であった。元々、相手が誰であろうとも油断を見せるようなタイプでは無かったが、それにしても些か慎重過ぎるように見える。構えてさえいない一見無防備な少年を前に、余裕が全く無い。

 

(…どうしたんだ?子供相手に何をそんな警戒して…まさか!)

 

タツミは改めて少年を真正面から見据える。

 

(こいつが…それだけの相手ってことなのか!?)

 

 

 

(面倒臭そうな奴が現れたな)

 

キルアは新たに部屋へ現れた二人を見て、そう思った。

 

(後ろの男はそうでもないけど、あの女の方は結構鍛え込まれてるみたいだな。それに…)

 

キルアは体内に流れる生命エネルギー、つまりオーラを発すると、それを目に集中させた。これは、オーラを一点に集め増幅する能力…即ち「念」の応用技の一つ「凝」である。オーラを目に集めることで相手の隠しているオーラを見ることが出来るのだ。熟練の念の使い手であれば、敵と相対した時には自然とこの「凝」を使って、相手の力量を測るのは日常である。

 

(あの女が持ってる刀から得体の知れないオーラが見える。あれは注意しねーとな)

 

目の前の黒髪の少女がこちらへ向けている刀からは並みではないレベルのオーラが迸っていた。

念とは、キルアのように意識して操ることの出来る者もいれば、無意識で念を放つ者もいる。特に芸術家や作家などのクリエイターで天才と呼ばれるような人物にはそういった者が多い。そして、そういった者たちが作り上げたものには少なからずオーラが宿るのだ。目の前の黒髪の少女が持っている刀も恐らくその類のものであろう。少女自体からはオーラをあまり感じない。念使い同士が対峙してオーラを出さないのは、舐めているか自殺行為に等しいので、彼女自身は念を使えない可能性が高いだろう。

 

(…こっちにはアルカもいるし、迂闊に手は出せねーな)

 

キルアは自然と後ろで安らかな寝息を立てている“妹”の前に盾になるように移動する。アルカもゾルディック家の子供ではあるが、とある特殊な事情でずっと閉じ込められて生きてきた。故に、キルアと同じような訓練などは受けておらず、殆ど普通の子供と相違が無い。戦闘になった時にアルカに攻撃がいくようなことがあれば、それが致命傷となってしまう可能性が非常に高いのだ。先程の男たちのように圧倒的に格下相手ならば例え後手に回ったとしても何とでもなるが、目の前の二人はそうもいかなさそうである。慎重に慎重を重ねるのがキルアの性分であった。

 

「アンタたち何なの?そいつらの仲間?」

 

今度はキルアが尋ねる。単純な疑問であったが、言葉を用いて相手の油断や隙を誘う意図もあった。黒髪の少女の方は何も答なかったが、後ろの男の方がその質問に答えた。

 

「俺たちはそいつらの仲間じゃない。お前こそ何者なんだ?そいつらを殺ったのはお前なのか!?」

 

向こうからの三度目の質問 。この状況を見れば、凡そ検討はつくだろうが、キルアは敢えて惚けることにした。

 

「いや…俺たちが来た時にはこのオッサンらは既に死んでたんだ。ほら、きっとアイツらに殺られたんだよ。ええと、確か…」

 

キルアは街中でチラリと見た手配書を思い出した。

 

「そうそうナイトレイド!そいつらが殺ったんじゃね?」

「…!」

 

目の前の二人は「ナイトレイド」という言葉にピクリと反応した。その様子を見てキルアはニヤリと笑った。

 

「へー、アンタたちがナイトレイドだったんだ?」

「…だったらどうする?」

 

黒髪の少女があっさり肯定した。

 

(口から出まかせでも言ってみるもんだな)

 

キルアが街中で見た手配書は男のものであった。手配書には夜中に人を殺す集団とだけあったので、目の前の二人が男たちの仲間で無いのならば、もしやと思い言ってみたのである。

 

(取り敢えずこの二人がコイツらの用心棒の類じゃないことは分かったな。さて、どうすっか?)

 

仮に目の前の二人がキルアたちを眠らせて拉致しようとした連中の仲間であったならば、後々報復される可能性も考えてここで始末しておくのが確実であった。

しかし、そうでないのであれば、後は向こうの出方次第ではある。キルアだってアルカがいる以上は出来れば戦いを避けたいのだ。相変わらず黒髪の少女はこちらを警戒しているようだが、そもそも戦う理由はもう無い。

 

「…なあ、取り引きしないか?」

 

キルアは二人へそう取り引きを持ちかけてみた。

 

「取り引き…だと?」

「ああ。俺たちは何も見なかった。だからアンタたちも何も見なかった。それで手打ちにしようぜ?」

「…………」

「俺たちはただ観光しに来ただけでそれ以上は何もするつもりはないよ。コイツらだって、襲って来たから返り討ちにしただけだしさ」

「自分がやったと認めるのか?」

「え?だって最初からそう思っていたんじゃないの?つーか、俺以外に犯人いないだろ?この状況でさ」

「本当にお前が…」

 

男の方が信じられないという表情でこちらを見る。どうやら、あの男の方はあまりこういった仕事に慣れてはいないようだ。新入りか下っ端なのだろう。

 

「…お前は危険だ。ここでお前を野放しにするのは良くない。そんな気がする。だから、お前とは取り引きはしない」

 

黒髪の少女はそうキッパリと言い放った。それを聞いてキルアは少しカチンと来る。

 

「へー…。アンタらだけで俺を止められると思ってんの?」

「…!」

 

キルアが発した殺気に黒髪の少女は思わず距離を取り直した。先程よりも両者の間が離れている。

 

「…やはり、お前は危険だ。ここで、斬る!」

「あっそ。…上等だ。返り討ちにしてやるよ」

 

キルアはこの日、初めて構えを見せる。結局、戦うことになってしまったが、どの道このまま見逃してくれる雰囲気では無かった。ならば、力ずくで押し通るしかない。

 

「すぐに片付けてやるよ」

 

そう言って最初に動いたのはキルアの方であった。



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第1話 ④

先に動いたキルアは移動速度に緩急をつけながら黒髪の少女の元へ近付いていく。これは「肢曲」と呼ばれる歩行術であり、速度に差をつけることで相手には自身の姿が幾つも重なった残像のように見えるのだ。

 

「!?」

 

案の定、黒髪の少女は面を食らったような表情になる。その隙をキルアは逃さない。すぐに間合いへ入ると、右腕を相手の心臓の部分へ向けて伸ばした。

 

「くっ!?」

 

黒髪の少女も瞬時に反応し、持っている刀で心臓の部分を覆い隠す。キルアは構わず、その刀をもへし折る勢いで貫手を放った。

 

「!?」

 

指先が刀に触れるか触れないかのところで、キルアは突然悪寒を感じて素早く後方へ飛び退いた。

あの刀に下手に触れるのは危険。

そうキルアの頭の中で警告音が鳴ったのだ。

 

(何か知らねーが、あの刀はヤバイ。俺のこういう直感、外れたことねーからな)

 

かつて、キルアは兄イルミの手により頭の中に洗脳の為の針を埋め込まれ、少しでも格上の相手とは真っ当に戦うことが出来ない状態にされていた。例え格下相手でも何か隠し持っているんじゃないか、こういうことをされたら不味い、といった思考が脳内を支配し、積極的に動けないことさえあった。その原因となった針を抜いた今は、格上相手でもその頃より大胆に戦うことが出来る様になったが、だからと言って元々備わっていた根本の慎重さを無くしてはいない。今、こうして下がったのは、その慎重さによるものであった。

 

(…さて、どうする?「神速」を使えば、あの刀を振られる前にあの女を殺ることは出来ると思うけど、こんな田舎じゃ満足に充電も出来ねーだろーしなあ)

 

キルアの念能力は自身のオーラを電気に変換するもので、それを用いて様々な技を使うことが出来る。

「神速(カンムル)」もその一種で、体内のオーラを電気に変え、全身の神経に作用させることで超人的な動きを可能とする技である。ただでさえ人間離れした運動能力を持つキルアの動きが更に強化されるのだから強力なことこの上ない。弱点があるとすれば、この技を使うと体内の電気を大量に消耗することだろう。いくら体内のオーラを電気に変えるといっても無尽蔵というわけにはいかず、足りない部分は外部から充電する必要がある。普段はコンセントなどから電気を引っ張ってきて体内へ流し込む(通常の人間にはこの時点で拷問に等しいが、キルアは幼少の頃から拷問の特訓の為に慣らされていたので 耐えることが出来る)のだが、生憎とこの辺にそういったものは見当たらない。

一応、予備の為にスタンガンを胸に忍ばせてはいるものの、これだと量が少ない為に能力の使用回数がかなり限られてしまうのだ。

 

(こっちの能力を見せるのもあまり得策じゃねーしな)

 

念能力者同士の戦いにおいて、能力を知られることは対策を立てられてしまうなど殆どの場合マイナスに働く。中には知られても問題無い程に応用が利く能力やそもそも戦闘に使わない能力などもあるが、基本的に誰もが自分の能力に関しては秘匿する場合が多い。

慎重なキルアは勿論、能力をなるべくなら見せたくはない、『切り札は先に見せるな、見せるなら更に奥の手を持て』というタイプである。能力を使うのであれば、確実に相手を仕留められる場合か相手に能力がバレても問題ない場合が望ましいと考えている。ただし、これはあくまで充電が何時でも好きなだけ行うことが出来る状態の話であって、今はそうではない。そういう意味でも能力の無駄遣いはなるべく避けるべきである。

 

(ま、能力使わなくても何とかなるだろ)

 

先程のやり取りで、素の状態での実力は自分の方が上であると確信したキルアは念能力を使わず攻めることに決める。しかし、あの得体の知れぬ刀に対しての警戒を怠ることは決して無かった。

 

 

一方。

 

 

(何なんだこいつ…!!)

 

アカメは戦慄していた。

目の前の少年が分身したかと思ったら、一瞬の内に懐へ潜り込まれ、自身の心臓を貫かんばかりの貫手を放ってきたのだ。何とか村雨で心臓をガードすることが出来たが、一瞬でも遅ければ確実にやられていただろう。

 

(こいつの動き…。間違いない。きっと私と同じだ)

 

アカメは幼少の頃から暗殺者として育てられていた。だから、目の前の少年も自身と似たような出自なのだろうということはその一連の動きから察せられた。それだけに、アカメはこの攻防だけで相手との歴然とした力の差を理解してしまった。信じられないことだが、実力は目の前の少年の方が圧倒的に上である。自身も相当訓練してきたという自負があるだけに、ショックも小さくは無かった。

唯一、相手に対してアドバンテージがあるとすれば、それはこの一斬必殺「村雨」だけであろう。この刀は帝具と呼ばれる超兵器の一つで、斬った相手の傷口へ呪毒を流し込み、即座に死に至らしめる力を持つ。その性質故に取り扱いも非常に難しい刀であった。かすり傷程度でも効果は発揮されるので、アカメの技量と合わせ、とても強力な武器であると言える。

相手が一旦距離を取ったり、こうして様子見したりしているのも、恐らくは村雨を警戒している為であろう。そうでなければ、タツミ共々既に殺られていたかも知れない。初めてこの刀を見てその行動が取れる時点で目の前の少年はやはり只者ではないとアカメは改めて思わされた。

 

(…くっ、踏み込めない!)

 

少年には一切の隙が無い。正確には攻め入る余地はあるのだが、それすらこちらを誘い込む為の罠にしか感じられない。村雨を持つ手が小さくカタカタと震え、一歩を踏み出すことさえ躊躇われた。かつて、ここまでの相手がいただろうか。見た目に騙されてはいけない。相手はただの子供ではなく格上の実力者なのだ。

 

(…な、何だ?何が起きてるんだ?)

 

タツミは唖然とした様子で二者の攻防を見ていた。いや、正確には何が起きたかすら把握出来ていない。ただ、本能的に理解していたのは、アカメが押されていること、そしてあの少年が自分たちより遥かに格上の存在であるということであった。

 

(くっ…!)

 

タツミは何も出来ない自分に対して歯噛みする。アカメは自身が出会って来た中でも最強と言っていい存在であった。年齢も近いということもあって、彼女の強さに対して少なからずの嫉妬心やそれ故の反発などもあったりしたが、同時にその強さへの憧れもあった。そんな彼女を自分たちよりも年下であろう幼い子供が強さで圧倒的に上回っているなどと考えたくも無かった。しかし、現実はその通りであり、アカメを救う為加勢に行くことさえ、彼女の足手まといにしかならず、彼女を危険に晒しかねないという状況に体がまるで金縛りにあったように動かないでいた。或いはあの少年に対して恐怖を抱いていたのかも知れない。何れにせよタツミは何も出来ない自分に悔しさしか感じられなかった。

 

何時しか互いに膠着状態となる。片や慎重に慎重を重ねて。片や実力差に躊躇いを感じて。双方、動けずにいた。時間で言えば五分も経ってはいなかっただろうが、体感ではもっと長い時間が経っているように思えた。

その膠着は意外な形で解かれる。

 

 

「貴様ら!ここで何をやっている!?」

 

 

突如、部屋の中へ数名の男たちが雪崩れ込んできた。見た目は先程の連中とは異なっていて、きちんとした鎧などを着ている。ナイトレイドの仲間という感じでもなく、この国の兵士か何かだと思われる。夜遅くとは言え、悲鳴なども上がっていたので近所の人が通報したのかも知れない。

先程の連中やあの二人のようなアウトロー相手ならともかく、公僕を相手にするのはそれこそ得策では無い。キルアは兵士たちの姿を視認すると同時に振り返ると、眠っているアルカを強引に抱き抱えた。

 

「おい!そこの子供動くな!」

「やなこった」

 

キルアは兵士の男にそう言い返すと、オーラを足へ集中させる。そして、近くの壁に思い切り蹴りを放った。すると、壁は大きく破壊されて、そこが外への出入り口となる。

 

「なっ!?」

 

呆気に取られる兵士たち。それを尻目にキルアはアルカを抱き抱えたまま夜の街へと消えていった。

 

 

「お、追え追え!!あのガキどもを追うんだ!!」

「隊長!この女、ナイトレイドです!」

「何ぃ!?」

 

兵士たちは部屋の中のもう片方の存在に気がつく。

 

「…ここは退くぞ」

 

アカメはそう言って、部屋の明かりを破壊すると、少年が作った出入り口の方へ向かって走った。いくら相手が帝国の兵士とはいえ、ただ任務に忠実なだけの者たちを無闇矢鱈に殺すわけにはいかない。それはナイトレイドの矜持に反することである。

 

「ま、待てって!」

 

タツミはアカメの後を追い掛けていく。少年がいなくなったことで動かなくなった体が自由を取り戻したようであった。

 

「くそ!何も見えん!!」

「何処だ!ナイトレイド!!」

 

暗闇の中、兵士たちが声を上げる。

惨劇の舞台となった宿屋には最早彼らしかいなくなっていた。



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第2話 ①

「そうか…」

 

アカメからの報告を受けて、ナイトレイドのボスであるナジェンダは呟くようにそう答えた。義手である右手を擦りながら複雑な表情でアカメとタツミのことを見ている。

 

「任務を…果たせなかった」

 

アカメはそう言うと無念そうに俯く。

 

「…で、でも結果として、こちらの目的は果たせたわけだし、結果オーライって奴じゃないですかね?」

 

タツミがフォローのつもりでそう言うと、ナジェンダは首を横に振った。

 

「確かに、結果だけ見れば標的は皆死んだ。我々の目的は達せられている。…でも、それが素性の分からぬ者の手によるものであるというのは少々いただけないな」

「それってどういう…。悪い奴が死んだんだから、それでいいじゃないですか。誰が殺ったかなんてどうだって…」

 

と、その時、タツミの後頭部に痛みと衝撃が走った。誰かに後ろから殴られたらしい。

 

「痛っ!」

 

振り向くと、そこには髪型をリーゼントに決めた大柄な男が立っていた。タツミが「兄貴」と慕うブラートである。

 

「兄貴!一体、何を…」

「お前はそんな志で戦っていたのか?」

 

ブラートは決して怒鳴るような感じではなく、落ち着いた声音でタツミのことを窘める。すると、ナジェンダがブラートの言葉に続けて口を開いた。

 

「…タツミ、我々の最終的な目的は悪党共の抹殺じゃない。この国をあの大臣の手から救い出し、本当の意味で自由と平和を取り戻すことだ。ナイトレイドのやっていることというのは、そのいち手段に過ぎない。無論、肯定されるようなやり方ではない。だからこそ、その意思の無い者の手で標的が討たれるというのはあまり望ましいことではないんだ。お前が思っているよりもこのことは重大なんだよ」

「俺たちは所詮は卑怯で外道な人殺し集団…。俺たちもそのことは自覚している。いや、しなければならない。だがな、その根底にある思いって奴まで忘れちまったら、本当の意味で外道になっちまうのさ。だから、俺たちは俺たちの確固たる意思を持って標的を殺さなければならない。殺しに行って、どこの馬の骨とも知れぬ奴に先を越され、それでも標的は死んだんだからそれで任務完了ってのはちょっと違うな」

「…………」

 

タツミは何も言い返せなかった。

ナイトレイドは帝国に対しての暗殺集団。外道な人殺し。それ以上でもそれ以下でもない。いくら方便を重ねようが自分たちのしていることはただの殺害行為でしかない。故に道端で報復を受けて野垂れ死んだとしても、それを甘んじて受けなければならぬ、そんな存在である。だが、だからと言って理由もなく相手を殺すような本当の意味での屑ではいけないのだ。

外道な人殺し集団。だからこそ、ナイトレイドが帝国の悪を討たねばならぬ。そういった思いをナイトレイドのメンバーは少なからず抱いているのである。

 

(俺、ナイトレイドのこと全然理解してないんだな)

 

タツミは改めて今、自分が身を置く組織について考える。タツミが任務で人を殺したことは一度や二度ではない。それでも、それは正義の為だと思っていた。いや、思い込んでいた。

しかし、それはあくまで小さな自己満足。自身の行為を正当化する為の言い訳でしか無かった。

この国の未来の為、そんな風に思ったことは実際には一度も無かったかも知れない。だから、悪人さえ死ねばそれでいい、といった浅い考えに至ってしまうのだろう。つくづく自身の志の低さと認識の甘さを思い知らされる。タツミは少し落ち込みながらも無言のまま先程の失言を反省していた。

 

「タツミ、気を落としちゃダメですよ」

 

タツミにそう声を掛けたのは眼鏡を掛けた女性であった。肩を落とすタツミへ優しげに微笑みかける。

 

「タツミはまだナイトレイドに入ったばかりなのですから、これから一つずつ積み重ねていけばいいんですよ」

「シェーレ…」

 

彼女の、シェーレのその包み込むような母性溢れる言葉にタツミは頑張ろうという気持ちになった。

 

「有り難うシェーレ。俺、頑張るよ」

「その意気ですよタツミ」

 

シェーレは満面の笑顔でタツミのことを応援する。

それをツインテールの少女があまり快く思っていなさそうな表情で見つめていた。

 

「ったく、シェーレはタツミのこと甘やかし過ぎ!」

「そう…でしょうか?」

「そう!そんな甘っちょろい考えの奴は放っておいて勝手に悩ませておけばいーの!」

「はあ。マインがそう言うのでしたら…」

 

シェーレはツインテールの少女、マインの言葉に取り敢えず頷いてみせた。すかさずタツミが突っ込む。

 

「いやいや!そこ、頷くところじゃ無いから!」

「アンタは黙ってなさい!」

「はあ…。私はどうしたらいいんでしょうか…?」

 

その様子をやれやれといった感じで見つめていたナジェンダであったが、煙草を一本咥えて火を点けると表情を一変させる。

 

「…それにしても気になるのはその主犯の少年だ」

 

ナジェンダが懸念していたのはアカメの報告の中で聞いた銀髪の少年のことであった。

 

「アカメから聞いた容姿の情報から推測するに、恐らく、夕方頃レオーネが言っていた少年と同一人物だろうな」

「…………」

 

レオーネはナジェンダから視線を送られても何も答えなかった。先程から少し難しそうな顔で黙り込んでいる。

 

「姐さん…?」

 

レオーネのことを心配して緑髪の少年が彼女のことを呼ぶ。それでもレオーネが何も言わないので緑髪の少年は肩をすくめた。

 

「ラバック、こういう時はそれこそ放っておいた方がいい。レオーネなりに考えているんだろうしな」

 

ブラートがそう言うと、緑髪の少年、ラバックはコクリと頷いた。

 

「…しかし、この二人を相手に圧倒するなんてな。何者なんだその少年は?」

「…確か、観光に来た。とか言っていたな」

 

ブラートの疑問へアカメが答えた。

 

「観光、ねえ。この帝都へ観光に来るなんざ相当な物好きか、事情をよく知らない田舎者或いは余所者だろうな」

「何れにせよ、その少年がまだ帝都にいるのならば、任務の最中にまた出くわすこともあるかも知れないな」

 

ナジェンダはそう言うと煙草の煙を吐いた。

 

「アカメ以上の戦闘力を持つ子供…それも敵か味方か分からない、か。…厄介だな。何か対策を立てる必要がありそうだ」

「へー。どんな対策立てんの?」

 

その瞬間、この場にいた者たちに緊張が走った。一斉に、声のした方を振り返る。

 

「面白そうな話をしてんじゃん」

 

そこに立っていたのは、眠る子供を大事そうに抱える銀髪の少年であった。



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第2話 ②

帝都から少し離れた山中にあるナイトレイドのアジト。この場所は今、かつてない緊張に包まれていた。たった一人の少年の存在によって。

 

 

(何故、ここにいる!?)

 

それが目の前の銀髪の少年に対するナイトレイドのメンバー共通の率直な感想であった。特にそう思っていたのはアカメとタツミであろう。二人は少年があの現場からいち早く立ち去ったのをその目で見たのだから。

 

「何で俺たちがここにいるのか不思議って感じの表情だな」

 

銀髪の少年が口を開き、皆の心を読んだかのように言った。ただ立っているだけなのに、少年からとてつもない威圧感を感じる。間違いなくこの場の空気は目の前のたった一人の少年によって支配されていた。

 

「お、おま…っ」

 

ナイトレイドのメンバーで一番最初に口を開いたのはタツミであった。迂闊なのか恐れ知らずなのか。何れにせよ、その言葉で場が膠着するのを避けられた。

 

「お前、どうやってここに…!?」

「別に難しいことは何もしてないぜ?アンタとそこの黒髪の女の後を尾けたんだよ」

 

少年は何食わぬ顔であっけらかんとタツミの質問に答えた。あまりにも単純明快な答え。故にアカメもタツミも信じられないという表情になる。

このアジトを敵に知られることは絶対にあってはならない。だから、ここへ戻る時は誰もが慎重になる。仮に敵にアジトの場所を知られてしまった時は、あらゆる手を尽くしてそいつを始末する程である。そのくらい神経質になっている中、一切の気配を感じさせずに二人を尾けてきたというのだ。特にアカメ程の実力者が全く気付かなかったなど、今までに無いことであった。

 

「信じられん…」

 

ブラートが思わずそう声を漏らす。まだ、迷った末にここに行き着いたと言われた方が納得は出来た。それだけこの少年の言ったことは異常なのである。

 

「信じられん…って、実際に俺たちがここにいるのが何よりの証拠、だろ?」

 

銀髪の少年は自身の二倍近くの身長はあろうかと思われるブラートに対し、臆する様子もなく言った。

 

「…アンタ、何が目的なワケ?」

 

マインが尋ねる。その手は彼女の帝具、浪漫砲台・パンプキンに掛けられていた。返答次第では子供相手でも容赦はしない、といった様子である。

 

「目的って、そんなの決まってんだろ?」

 

そんなピリピリした空気の中、少年は表情を一切変えることなく言い放った。

 

「お前ら全員殺す為」

 

その瞬間、全員が完全に戦闘態勢に入った。タツミ以外は自身の帝具をそれぞれ構える。

一方、少年はナイトレイドの殺気に気圧されることなく、その様子をただじっと見つめていた。少しして、突然プッと吹き出す。

 

「…なーんてな。ウソウソ。んなことするワケねーじゃん」

 

少年はそう言うと朗らかに笑ってみせた。無邪気に笑うその姿は初めて年相応に見える。

しかし、冗談と言われたところで「ハイ、そうですか」というわけにはいかない。アカメたちは戦闘態勢を解くことなく少年と対峙し続けている。

 

「アンタねえ…ふざけんじゃないわよ!」

 

マインが沸き上がる怒りをそのまま言葉にして、目の前の少年へぶつけた。

 

「ワリィ、ワリィ。可愛い子供のジョークと思って許してくれない?」

 

対して、少年は悪びれる様子もなくそう答えた。明らかな平謝りである。当然、それで場が収まる程、ナイトレイドは甘くない。

 

「少年…答えろ。一体、何が目的だ?」

 

今度はブラートが尋ねる。緊張した面持ちで、少年の真意を何とか探ろうとしていた。元帝国の軍人であり、様々な修羅場をくぐり抜けてきた有能なこの男でさえ、目の前の少年に言い知れぬ不安を抱かざるを得ないでいる。

 

「まあ、一言で言うなら、ここに泊めろ。かな?」

 

少年はブラートの問いに即答する。こんなところにまで乗り込んできておいてその要求。この場にいる誰もがその言葉を信じようとはしなかった。

 

「ハァ?何それ?またウソついてるワケ?」

 

返す刀でマインが言った。他の者たちもマインと同じ気持ちで少年のことを見つめている。少年はポーカーフェイスに徹しているのか、表情からはその真意が全く読み取れない。

 

「いや、これはマジ」

 

少年からの返答は早かった。

 

「あの後、街中に警備兵が徘徊し始めてさ。他の宿探せる状態じゃ無かったんだよね。夜中に子供だけで彷徨いてっと絶対に怪しまれるし、取り敢えずほとぼりが覚めるまでってことで街を出たんだよ」

「その後、アカメとタツミを尾けたのか?」

「うん。たまたま見かけたからさ。バレないようにこそっとね」

 

(いや、違うな。たまたまな筈がない。恐らく、私とタツミを何処かで監視してたんだろう)

 

ブラートと会話する少年を見ながら、アカメはそう考える。あの後、アカメとタツミは一旦二手に分かれて追っ手を撹乱するように仕向けた。帝国の警備兵はあの少年の言う通り街中を徘徊していた。思っていたよりも向こうの配備が早かったが、これも日々ナイトレイドが任務をこなしている結果の産物だろう。少しの間、街中を逃げ回ってから頃合いを見てタツミと合流し、アジトへと帰ったのである。撒くようにして動き回っていた為、追跡する者だけでなく、周囲にも気を遣っていたのだから、偶然見掛けて追って来たと言うのであれば、少なからずこちらもそれに気付いている筈なのだ。

尤も、バレずにこそっと尾いてきたなどと簡単に言ってのけて、実際にこうしてアジトにまで現れた少年だから、本当に偶然見掛けたという可能性もある。だが、そんな偶然よりも尾行目的で最初から自分たちをマーキングしていたと考えた方が、まだ納得出来る答えであった。

何れにせよ、少年がただ宿泊したいというだけなら、帝都から十キロ以上も離れたこんな山中まで尾いてくるわけがない。何か別の目的があるのだろうと、アカメを始めとしてこの場にいる者たちは考えていた。

そんな彼らの考えを少年は見抜いているのかいないのか、話を続ける。

 

「俺だけなら野宿って手もあったけど、アルカがいるからさ…」

 

そう言って少年は自身が抱き抱えているアルカと呼ぶ子供を見つめた。当の本人はこんな雰囲気の中でも寝息を立ててぐっすりと眠っている。いい夢でも見ているのか幸せそうに笑っていた。

 

「だからさ。取り敢えずここに泊めてくんない?金なら払うし」

「分かった。ゆっくり泊まっていきなさい 。…とでも言うと思っているのか?悪いが、いくら子供だからって素性も分からない者をここに泊めることは出来ない。その意図が読めないならば尚更だ」

 

ナジェンダが努めて平静を装いながら少年のお願いを一蹴する。しかし、それでも少年は動じる素振りさえ見せない。

 

「あっそ。じゃあ、ここのことバラすよ?」

 

それどころか、少年はあろうことに脅迫までしてきた。今まで椅子に座っていたナジェンダが思わず立ち上がる。

 

「何?」

「ここ、どう見ても秘密のアジトだろ?だったら、誰にもバラされたくないよな?」

 

一切の躊躇を感じさせぬ眼差し。このまま帰せば、この少年は間違いなくアジトのことを誰かに告げるだろう。帝国側にアジトの場所を知られるのは非常に不味い。最悪、ナイトレイドだけでなく、革命軍にまで被害が及ぶ可能性もある。

 

「一晩でいいからさ。俺たちを泊めてくれさえすれば、ここのこともアンタたちのことも誰にも言わないよ」

 

少年は止めとばかりにそう言い放った。

ナジェンダは決断を迫られる。この少年の要求を呑むか、呑まないか。

呑まない場合はこの少年を黙って帰すわけにはいかない。ナイトレイド全員で始末に当たらねばならないだろう。問題なのは倫理的なことよりも少年の実力である。アカメをも圧倒したというその強さ。話で聞くだけではいまいち理解し難いものであったが、こうして実際に対峙することで、そのレベルの違いを今もひしひしと肌で感じている。なるほど、この少年であれば、アカメやタツミに気配さえ感じさせずに尾行することも可能であろう。ナジェンダは少年からそれだけのものを感じ取っていた。少年は恐らくその実力の半分も出してはいないだろう。それでこれなのだから、本気になられたらどうなるか。ナイトレイド全員で掛かっても勝てる画が浮かばない。

 

(…面白い)

 

この時、ナジェンダは意外にもわくわくしていた。少年はアカメよりもタツミよりも遥かに幼いのにこのレベルである。交渉の仕方など胆力も半端なものではなく、逸材の一言ではとても収まらない。レオーネが言っていたように、もしもこの少年がナイトレイドに加わったらどうなるのだろうか?あの“エスデス”でさえ、恐れるに足らないのではないだろうか。

 

ゾクリ。

 

捕らぬ狸の皮算用ではある。だが、自然とナジェンダの顔には笑みが浮かんでいた。

 

「…分かった。そちらの要求は飲もう。ここの宿泊施設を使うといい」

 

ナジェンダが了承すると、他の者たちは意外そうな顔で彼女のことを見る。ナイトレイドのボスともあろう者が、只者では無いとは言え、子供に屈したのだ。その事実は決して小さくはない。

 

「オーケイ。取引成立だな」

 

少年が特に喜ぶ感じでもなく言った。まるで、こうなることが予め分かっていたかのようである。

 

「…なあ、少年。こちらからも一つ提案があるんだが」

「ん?」

 

少し間を置いてから、今度はナジェンダが少年へ提案を持ち掛けた。

 

「宿を貸すんだ。そっちが呑むか呑まないかは別にしても、こちらからも何か条件を出す権利くらいはあると思うが、どうだ?」

「…ま、確かにそっちの言うことも一理あるな」

 

そう言って少年は納得する。

 

「で、いくら欲しいの?」

「私は金が欲しいとは一言も言ってないが?」

「まあ、改めて切り出したんだからそうだろーな。で、そっちの要求は何?」

 

ナジェンダは一呼吸置く。そして、少年の目を真っ直ぐ見据えながら、力強く言った。

 

「…ナイトレイドに入ってくれないか?」



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第2話 ③

「いやだね」

 

キルアは即答した。

眼帯の女はキルアへ向けてナイトレイドという組織のことについて、何が目的で何をする組織なのかを聞いてもいないのに教えてきた。掻い摘んで説明すれば、今の帝国はとある大臣のせいで腐敗し切っていて、それを討つ為の革命軍が組織されており、ナイトレイドとはその革命軍に属する暗殺部隊なのだそうだ。ナイトレイドの主な任務は大臣に与する者や帝都に蔓延る悪人、屑共を消すことだという。

そんな説明が一通り終わったところでキルアは目の前の眼帯の女から出された「ナイトレイドの一員になってくれないか?」という要請を一蹴したのであった。

眼帯の女は特にガッカリしたような素振りは見せず寧ろ「そうだろうな」という表情でフッと笑う。

 

「ダメ元で言ってはみたのだが、やはりダメだったか。少年のような逸材が我が組織に入れば大きな戦力になると思ったんだがな」

「たりめーだろ。取り引き自体はさっきので終了してるんだぜ?聞くだけ聞いてやったけど、話になんないね。まあ、そうでなくても最初から入るつもりねーけどな」

「最初からとはな…。何がいけなかったのか、参考まで教えてくれないか?」

「別にいいけど。まあ、理由は大きく分けると三つだな」

 

そう言うとキルアは指を三本立てて見せた。

 

「一つは俺たちがあくまでここに観光で来ているってこと。長居するつもりもないし、ぶっちゃけこの国がどうなろうが知ったことじゃないのが本音だね」

 

キルアのこの発言に周囲の空気が僅かに張り詰めたのを感じる。彼らも彼らなりにこの国を少なからず案じているということなのだろう。眼帯の女も複雑そうな表情を浮かべている。

 

「冷たいな…。まあ、こちらが一方的に勧誘したのだから無理も無い話だが」

「次の理由だけど、そもそも俺が相応しくないよ。アンタらの仲間としてさ」

「何故だ?素質なら十分過ぎるくらいだと思うが?」

「だって、アンタらその大臣側を含むこの国の悪人や屑を殺るのが目的なんだろ?だったら、俺はアンタらに殺られる側の人間だぜ?どっちかと言われればな」

「確かに普通の出自では無いのだろうが…だとしても、そこまで自分のことを言い切るのか?」

「俺さ。ワケあって物心ついた時から人殺しまくってるんだよね。数も百や千じゃきかないくらい。その中には何の罪も無い子供や赤ん坊、老人だって含まれてる。それに、むしゃくしゃしたって理由だけで殺しちゃったこともあるしな」

 

平然とそう言ってのけるキルア。それが嘘や出任せじゃないということ、更にそのことに対して一切の躊躇や後悔を感じていないのだということを周囲の者たちは直感的に理解したのだろう。敵愾心のようなものが強まるのをキルアは感じた。

 

「殺られた相手から見たら俺なんかタチの悪い通り魔みたいなもんだぜ?な、相応しく無いだろ?」

「…………」

 

流石に眼帯の女も言葉を失う。気を取り直す為か、煙草を一吸いした。

 

「…ああ、すまない。話を続けてくれ」

「んじゃ、三つ目だけど、アンタらに協力するメリットが俺たちに何一つない。デメリットなら今思い付くだけでも百個くらい言えそうだけどな。それに、アルカを危険に晒したくもねーし」

「逆に聞くが、メリットがあったら我々に協力してくれるのか?」

「こっちが協力したくなるようなメリットがあったらな。まあ、よっぽどじゃないと協力なんかしないだろうけど」

「例えば、金銭とか物品とかか?」

「話になんないね」

 

キルアがキッパリと言い切る。ここまで言われると、流石に眼帯の女も半ば勧誘を諦めたような表情になっていた。

 

「あ。それともう一つ」

「三つじゃないのかよ!」

 

キルアがそう言うと、タツミと呼ばれていた少年が即座にツッコミを入れた。キルアは構わずに続ける。

 

「まあ、これが最大の理由なんだけどさ…」

「最大の理由か…。是非とも聞かせて貰いたいな」

「アンタら全員、弱いから」

 

たった一言。

これで場の空気が一変した。

 

「弱い…ですって!?」

 

ツインテールの少女が真っ先に突っ掛かってきた。彼女以外のメンバーも面と向かって弱いと言われ、何か言いたそうな形相でキルアのことを見ている。

しかし、キルアは動じることなく当たり前のように話を続ける。

 

「俺、元プロだから分かるんだよね。アンタら暗殺者としては下の下だよ。そこの黒髪の女は少しマシかも知んないけど。さっきのメリットが無いって話にも通じるんだけどさ。普通に戦うならともかく、こと暗殺に関しては自分よりも弱い連中とつるんだって仕事の足引っ張られるだけだしね」

「だから、我々の仲間にはならないと?」

「仮にやるとしても一人でやった方が大分マシだろうな。まあ、もう暗殺なんてやりたかねーから、どの道アンタらには協力しないよ」

 

キルアはそう言うと、もうこの話は終了と言わんばかりに手をパンと叩いた。

 

「…で、寝る所は何処?そろそろアルカをちゃんと寝かしてやんねーと。俺もねみーし」

「あ、ああ…。シェーレ、案内してやってくれ」

「…あ、はい」

 

シェーレと呼ばれた女性がキルアの元へ歩き出す。

 

「行きましょ」

「ああ。案内、よろしく頼むぜ」

 

そう言ってこの場を去ろうとするキルアの背中に向けて、眼帯の女が声を掛けた。

 

「…ところで少年。名前をまだ聞いていなかったな。よければ聞かせて貰ってもいいか?」

「ん?別にいいけど」

 

キルアは立ち止まり振り返る。

 

「俺の名はキルア=ゾルディック。で、こっちはアルカ=ゾルディック」

 

そう言って少年はシェーレと一緒に部屋から出て行った。

 

 

ナジェンダは今しがた聞いた名前を頭の中で反芻する。そして、あることを思い出した。

 

「ゾルディック…。!!まさか」

「ボス、知ってるんですか?」

 

レオーネが尋ねるとナジェンダは力強く頷いた。

 

「あの少年は、ゾルディック家だ」

「ゾル…何ですかそれ?」

「伝説の暗殺者一家…幼い子供から、年寄りまで等しく皆一流の暗殺者だという最凶最悪の家族だそうだ」

「な、何ですかそれ!?」

 

タツミが冗談でも聞いているかのような顔をして言った。タツミ以外にも何人か同じ反応をしている。

 

「お前たちが知らないのも無理はない。ゾルディック家については、元々が胡散臭い話だったし、彼らからの万が一の暗殺を恐れた大臣が秘匿したせいで一部の人間にしか知られていないからな。実際、私でさえその存在を全く信じてはいなかった」

「あの少年が本当にゾルディック家ならば、あの年齢にしてあの圧倒的な威圧感を放っていたことにも説明はつくな。まあ、俺は今でも半信半疑だが」

 

ブラートが腕を組みながら言った。

 

「ゾルディック家…」

「ん?アカメ、どうかしたのか?」

「いや、何でもない。…タツミは今の話、信じるか?」

「兄貴と一緒で半信半疑だな。何にせよ、あのキルアって奴が只者じゃないってのは間違いないし、油断出来ないな」

「そう、だな」

 

(まさか、ゾルディック家の人間だったとはな)

 

ナジェンダは少年の一挙手一投足を思い出す。暗殺者特有の冷たさを持ちつつも、まるで舞のような美しさを放っていた。それは怪しく誘う華蟷螂の如く、下手をすればこちらにも牙が向きかねない危うきもの。

 

(あの少年…キルアは偶然帝都を訪れた。そう、偶然だ。そして、我々と出会った。果たしてこの出会いには一体どういう意味があるのだろうか?)

 

ナジェンダは思考の海へ沈む。その答えを誰も知る筈もなく、長い夜は終わりを迎えつつあった。



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第2.5話

十二支ん。

前ハンター協会会長アイザック=ネテロ自らが選んだ側近であり、その名の通り、子から戌までの十二人のメンバーで構成されている。その活動規模は、ネテロの遊び相手から国の有事に携わることまで広い。ネテロの死後、会長選挙を経て子と亥が脱退するも、新たに二名の若者を加え、今に至る。

 

 

「帝国…?」

 

犬のような顔をした丸眼鏡の女性、十二支んの戌であるチードル=ヨークシャーは今しがた聞いた言葉を繰り返す。

 

「…ああ、例の勢力を伸ばしつつある非加盟国ね。それがどうかしたの?」

「近々、動くかも知れん」

 

牛のような格好をした男、十二支んの丑であるミザイストム=ナナが顎髭に手を置きながら言った。その表情は決して明るくは無い。

 

「その表情…動くって、つまり侵攻及び侵略行為って意味かしら?」

 

そうチードルが尋ねるとミザイストムは無言でコクっと頷いた。

 

「あくまで現地の者の情報から推測する限りは…だがな」

「そう…」

「確定事項では無いが、用心しておくに越したことはないだろうな」

「ハァ…」

 

チードルは溜め息と同時に眉を顰める。

 

「暗黒大陸のことで忙しい時に…」

「こんな時だからこそ…じゃないのか?世界中の話題が暗黒大陸一色で何処もゴタゴタしている今こそチャンスと思っても不思議ではないからな」

「ハァ…」

 

チードルはまたも溜め息を吐いた。

現在、十二支んはある重大なミッションの真っ最中であった。近代五大陸、通称V5より下されたその内容は、新興国家カキンと共に暗黒大陸への進出を明言したビヨンド=ネテロの捕獲というものである。

V5からすれば、暗黒大陸への渡航禁止という国際的ルールを非加盟の新興国家という立場を利用して破られ、暗黒大陸への進出が強行された上にそれが成功などということになってしまえば面子が立たなくなる。一度そうなってしまえば、法を破ってでも暗黒大陸へ挑戦する人間が爆発的に増えてしまうのは確実であろう。暗黒大陸は人類に革新的な恵みをもたらす何かが存在する代わりに人類を絶滅させかねない災厄がそこら中に潜んでいる危険な地。万が一無謀な冒険者がその災厄を持ち帰りでもすれば、この世界が滅ぶことなど簡単である。だからこそV5は暗黒大陸という存在自体をタブーとし、渡航を厳しく規制しているのである。だが、カキンが世界中に暗黒大陸の存在とその恩恵をアピールしてしまい、更に悪いことに民衆からの支持を得てしまった。カキンが非加盟の新興国家ということもあって、国際的な立場からカキンの暗黒大陸進出を食い止めることは難しい。故に今回の暗黒大陸進出のキーマン的存在であるビヨンドを捕らえ、その上でV5主導の元、暗黒大陸の調査を行うということで面目を保つというのがV5の狙いであった。

実はビヨンドは既に捕らえている。いや、正確には自らハンター協会へ出頭してきたといった方が正しいか。何れにせよミッションの一つはクリアしたも同然なのだが、それが新たな問題と懸念を生み出し、十二支んは今、全力でその対応に当たっているのである。なお、ビヨンドは名前の通りネテロの息子であり、その姿立ち振舞いは生前のそれに酷似していた。それはネテロ直々から「息子と名乗る者が現れたら狩り(ハント)せよ」との勅命を受けた十二支んの誰もが心を揺るがしそうになる程に。誰も直接口にはしないが、このビヨンドに心酔し、裏切る者が出るのではないか、或いは既に裏切り者がいるのではないかと互いに心の何処かでは疑っていた。

 

「…私が会長に就任してから、立て続けに色々起こり過ぎね。まるで何処かの誰かさんが謀ったみたい」

 

チードルは不機嫌そうな顔で言った。

 

「で、その件にパリストンが関わっている可能性は?」

「ゼロとは言い切れないが、可能性は低いだろうな。奴が色々と暗躍していたのは周知の事実だが、あの国にまで手を伸ばしていたなら流石に十二支んの誰かが気付くだろう。奴が今まで巧妙に動けたのは奴の手の届く範囲であるからこそだったからな」

「ええ、私もそう思うわ。でも…」

 

 

(チードルさん。あなたの協会がつまらなかったら、本気で遊びますからね?)

 

 

チードルの脳裏に浮かんだのは、そう言って寂しそうな目を向ける元ハンター協会副会長で元十二支んの子、パリストン=ヒルの顔であった。

彼女はパリストンのことが大嫌いであった。全てを見透かしたかのように動き、実際に全てを見透かしていて、こちらのやることの斜め上を当然のように行く頭脳。勝てる勝負で素直に勝とうとせず、敢えて自分が不利になるようなことさえ平気でしてしまうその度量。ただ、自分が楽しめればいいという自分勝手にも程があるエゴイズム。そして、そんな面が大好きだったネテロに何処か似ているというのが、チードルは何よりも気に入らなかった。そして、そんな男のことをネテロが特に気に入っていたという事実も。

パリストンは今、ビヨンドのところにいる。ビヨンドと共に暗黒大陸を目指す同士の中にしれっと混ざっていた。恐らくは、ずっと前…ネテロ会長が存命時からその計画は動いていたのだろう。ネテロ会長の死は絶好のタイミングだったというわけだ。

 

(でも、何処かであの男が関わっているんじゃないか。そう思ってしまう自分がいる)

 

「…あまりパリストンのことを意識し過ぎるなチードル」

 

ミザイストムが忠告する。

 

「無論、全く気にしないというのも危険だが、奴とて万能ではないし、出来ることにも限りがある。それに奴だって暗黒大陸が一筋縄でいくようなところでないことは重々承知している筈だ。その上で挑む以上はそこに注力せざるを得ないだろうし、その状況下でわざわざ帝国にまで手を伸ばすリスクを犯すとは思えん」

「…そうね。それにパリストンが関わっていなかったとしても厄介なことに変わりは無いわ」

「ああ」

 

ミザイストムが同調するように頷く。

 

「帝国も帝国で暗黒大陸と似たようなもので、長らくV5と不干渉だったが、ここに来て牙を向けてくるというのならば、連中も見過ごすわけにはいかないだろうな。近く、V5から帝国の調査依頼が来ると見た方がいい」

「…正直、頭が痛いわね。ただでさえ暗黒大陸の件で人材が不足しているっていうのに」

「変われるものなら変わってやりたいがな」

 

ミザイストムは一瞬、複雑そうな顔をする。彼自身、会長という立場に興味が無いわけではなかった。だが、まだ心身共にその器で無いことも理解していた。チードルは年下の後輩ではあるが、今の自分よりも会長に相応しい能力と責任感を持っているとミザイストムは思っている。だから、今は彼女を支えることに全力を尽くそうと考え、行動しているのだ。

 

「…お前のことは俺たち十二支んが全力でサポートする。だから、お前はお前の成すべきことをするんだ。今はそれが何よりもベストだろう」

「…ええ。有難う。有り難く頼らせて貰うわ」

 

チードルは少しだけ表情を柔らかくした。

 

 

「ん?お前らってそんな仲良かったか?」

 

突如、二人に誰かが話し掛けてきた。声のした方を見ると、そこには小柄で目付きの悪い縞々模様の男が立っていた。

彼は十二支んの寅、カンザイである。

 

「さっきから俺に分かんねえことを二人でペチャクチャと…デキてんのか?」

「小学生かお前は」

「そんなことより資料の一つくらいちゃんと読みなさい → 寅」

 

二人で一斉に突っ込む。

それを意に介さず、カンザイは再び口を開いた。

 

「大体、帝国って何だ?初めて聞いたぞ」

 

カンザイのこの発言にチードルとミザイストムは頭を抱えた。このカンザイという男は国語と算数が苦手なのである。

 

「…逆に聞きたいんだが、お前が知っているものって何なんだ?そこそこの付き合いだが、お前から何かを教えて貰ったことが一度も無かったと思うんだが」

「…一度しか言わないからよく聞きなさい? → 寅。帝国とは歴史ある大国でありながら、長きに渡ってV5と国交を断ち、独自の文化を築いてきた陸の孤島。そこが侵略してくるかもしれないって話です」

「んだと!?で、その帝国って強いのか?」

「国の規模は大きいけれども先の事情から武力の面では先進国に大分劣るでしょうね」

「何だ。じゃあ、別に気に病む必要ねえだろ。襲って来たら返り討ちにしてやりゃいい」

「…ことはそう単純では無いんだがな」

 

今度はミザイストムが大きく溜め息を吐いた。

一方、チードルはカンザイの為に説明を続ける。

 

「いい? → 寅。今は暗黒大陸へ向かうに当たって大事な時期です。万全を期してもなお足りないのに余計な騒動はなるべく避けるのが最善。そうでなくても国同士の争いは避けなければならない事態の一つ。国と国の争いは喧嘩とは大きく違います。例え相手が武力的に劣っていたとしても、双方少なくないダメージを受けることは必至。何れにしても、そうなることは今この状況では大変望ましくないと言えます」

「……つまり、どういうことだ?」

「…あなた、本当にどうやってハンターになって、どうやって十二支んになったの? → バカ 」

「あぁ!?」

「…そもそも、まだ可能性の段階の話だ。だから、まず我々がすることは帝国に侵略の意思があるのかどうかを探ることだな」

「まどろっこしいな!んなもん、直接聞きゃいいだろ!?」

「下手に刺激したら、それこそ帝国が侵略を始める口実にされる危険性がある。悪いのは仕掛けてきたそちらだ、とか言ってな」

「そうか。よく分かんねえが、面倒臭いんだな」

「…それに帝国には帝具と呼ばれる超兵器があるという。何にせよ舐めて掛かるべきではないな」

「ま、その帝具ってので襲って来たら俺様が返り討ちにしてやるから安心しておけ」

 

そう言ってカンザイは笑いながらこの場を去っていった。その背中を見送りながら、チードルとミザイストムは二人同時に溜め息を吐く。

 

「…カンザイを見ていると何か悩むのが馬鹿らしく思えてくるわ」

「全くだな」

 

(とは言え、考えないわけにもいかないんだがな)

 

ミザイストムはチラッと時計を見やる。

 

(そろそろ、か。クラピカに例の件の話を聞かねばな)

 

「…用事があるのでこれで失礼する。先程も言った通り、全力でお前をサポートするつもりだ。少なくとも俺はな」

「有難うミザイストム」

「……」

 

ミザイストムは無言で手を挙げてチードルの感謝に応える。

 

それから帝国の話が再び十二支んの間で交わされるのは、そう遠くない未来のことであった。



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第3話 ①

「…ということでいいんだな?大臣?」

「はい、陛下」

 

純真無垢な瞳を向ける幼き皇帝の問いに、下卑た笑みを浮かべながら大臣オネストが答えた。

その様子を一人の男が絶望的な表情で見つめていた。

 

「そ、そんな!!どうか…、どうか御慈悲を皇帝!!」

「連れていけ」

 

無慈悲な大臣の言葉。男は最後の抵抗とばかりに声を張り上げる。

 

「皇帝陛下!!あなたは大臣に騙されているんだ!!どうか、どうかその目をお覚ましに…」

「早く連れていけ」

「陛下ぁぁぁーーーーーーーー!!」

 

悲痛な叫び声を上げながら、男は屈強な兵士たちに両腕から持ち抱えられ、謁見の間から連れ出されていく。その様子を大臣は手に持った肉に齧り付きながらニヤニヤと眺めていた。男がいなくなるのを確認すると、皇帝は大臣の方へ顔を向けてニッコリと笑う。

 

「これでまたも我が国は平和になったな」

「ええ左様で。流石は陛下の御判断です」

「褒めるようなことではない。民の上に立つ者として当然のことだ」

「これはこれは。御無礼を申し上げまして大変失礼いたしました」

「よい。大臣のおかげで逆賊の企みは事前に阻止された。大臣はこの国に必要な人間だ。これからも頼むぞ!」

「ハハ!及ばずながら!!」

 

この一連のやり取りを一部の側近たちは苦々しげに見つめていた。彼らは知っている。ああして皇帝の右腕ぶっている男がその裏でどれだけ残虐な行いや汚いことをしてきたか。表情には出さないが、大臣に対しての不信感を内に募らせている。

先程連れていかれた男もそんな側近の一人であった。国を憂い、自らを顧みず大臣の非道を告発したのである。しかし、結果は見ての通り。必死の告発は証拠なき誹謗と見なされ、大臣への背信は国家への反逆と彼は極刑を言い渡されたのであった。

 

(あの大臣を何とかしなければこの国に未来は無い)

 

それがこの国の良識ある者たちの共通する見解であった。だが、その術も力もない彼らはただ顛末を見守ることしか出来ないでいた。明日は我が身と震えながら。

 

 

(全く、これだから先の見えない馬鹿共は…)

 

一方で大臣はそんな彼らの胸中などあっさりと見透かしていて、憤りと軽い落胆を覚えていた。

 

(揃いも揃って…その頭は飾りか?今のままでは、帝国など簡単に淘汰されてしまう。それ程迄に他国が力をつけているというのに、まだそんな甘い考えでいるのか?)

 

やれやれとばかりに大臣は肩をすくめる。

 

(連中はあらゆる手を尽くして我が国土を奪いに来る。和平だなんだと表向きは甘言たらしてな。連中にくれてやるものなど塵一つ無いが、野蛮な連中のことだ。帝国をただ古いだけの国と高を括って、今度は力ずくで来るだろう。そう遠くない未来にな!)

 

大臣は苛立たしさを隠そうともせず、荒々しく肉に齧り付く。

 

(だが、間もなく…、間もなく完成するのだ。連中との軍事力の差を埋めることの出来る兵器がな。ククク…)

 

クチャクチャと口内の肉を噛み締めながら、大臣は僅かに口角を持ち上げた。

 

(アレさえ完成して量産が行われれば、戦争になっても最後に勝つのは帝国だ。勝った暁には無能な連中は帝国を非難するだろう。が、愚民共の支持などいらん。全世界を治めるのが帝国だという事実、それさえあればな。我が帝国が世界地図を塗り替えてやる)

 

「どうした大臣?何か嬉しいことでもあったのか?」

「…いえいえ、これからあるのですよ陛下。近い将来、必ず」

「そうか。大臣が言うのだから間違いないだろうな。ならば期待しよう」

「ええ。是非とも御期待下され陛下」

 

(それまでは大人しく言うことを聞いていて下さいよ陛下…)

 

大臣は目だけは笑わずに幼い皇帝を見下ろした。

 

(クックック、あの男は素晴らしいものをくれたよ。アレと帝具の力を組み合わせれば、恐れるものは何もない。力を貸してくれたあの男に報いる為にも、是非ともアレは綺麗に咲かせてやらんとな。クックック…)

 

ゴクリ、と大臣は満足そうに口の中のものを飲み込む。まるでこれから世界をも飲み込むんだと言わんばかりであった。

 

「…ところで大臣。聞きたいことがあるのだけど」

「はい、陛下。何で御座いましょう?私めに答えられることでしたら何でもお答えしますよ?」

「うむ。この間、誰かが話しているのを聞いたのだけど…」

「はい」

「暗黒大陸って知っているか?」

「…………」

 

大臣の動きが一瞬止まる。

 

「申し訳ございません陛下。そのような名前は初めて聞きました」

「そうか。大臣が知らないなら大したことでは無いのだろうな」

「ええ、その通りで」

 

(チッ、誰が溢したかは知らんが、余計なことを…。後で問い詰めて処罰だな)

 

大臣は心の中で舌打ちする。

 

(…暗黒大陸なんぞに興味でも持たれたらたまったもんじゃない。あんなものに手を出すのは愚かな連中だけでいいのだ。あー、怖い怖い)

 

大臣は誰にも見られぬように身震いするような仕草をした。

 

(…まあ、連中は暗黒大陸にお熱のようだからな。その間にこちらは準備を整えさせて貰うとしようか。その為にも邪魔な革命軍とナイトレイドの連中を何とかしないとな。やれやれ、邪魔物ばかり多くて困るわい)

 

「どうした大臣?そのような顔をして…疲れたのか?」

「…いえいえ。そんなことはございませんよ」

「そうか…。大臣はこの国の要。大臣にはいつも元気でいてもらわないとな」

「ご安心を陛下。こう見えても私めは健康体でございます。そう易々とは倒れませぬ」

「そうか!」

「ええ、そうでございますとも」

 

二人は顔を見合わせて笑った。その光景が微笑ましいものに見えないのは言うまでも無い。



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第3話 ②

「いただきまーす」

「いただきます!」

 

キルアとアルカは両手を合わせてそう言うと、目の前に用意されていた食事に箸をつけた。

 

「パクパク…美味しいね、お兄ちゃん!」

「ムグムグ…ああ、なかなかイケるな」

 

二人はそう言うと顔を見合わせながら笑った。これだけ見ていれば、本当に何の変哲も無い年相応の仲の良い兄弟である。

 

「まだまだありますから、いっぱい食べてくださいね」

 

眼鏡の女性、シェーレがにこやかに微笑みながら言った。その口振りから食事の用意をしたのは彼女のように思えるが、実のところ彼女は一切何もしていない。食事の用意をしたのはキッチンの方でこちらをチラチラ見ている茶髪の少年、タツミであった。

 

「じゃ、遠慮なく。お代わり頂戴」

「あたしも~」

「あ、私もいいですか?タツミ」

「…………」

 

タツミは何か言いたげな表情のまま三人へご飯をよそってあげる。そのすぐ側でタツミと同様に食事の用意をしていた黒髪の少女、アカメが大きな皿を持ってきた。皿の上には巨大な魚の丸焼きのようなものが乗っている。

 

「タツミ、ちょっとそこを退いてくれないか?」

「…………」

「タツミ、聞いているのか?」

「…あのさあ」

 

タツミはご飯をよそう手を止めた。

 

「何でコイツらに飯食わしてんのさ!?」

 

タツミはそう言ってしゃもじをキルアたちへ向けた。その行動を見てアカメが眉を八の字にする。

 

「タツミ!しゃもじを人に向けるな!行儀が悪いぞ!」

「いや、そうじゃなくてさ…」

「タツミ、マナーが悪いですよ」

「いや、シェーレまで…」

 

双方、それも味方から攻められて狼狽えるタツミ。

 

「そうだよ。俺たちお客様なんだぜ?丁重に扱えよな」

 

キルアがさも当然のような顔で言うと、タツミは「お前が言うな」と言いたげにわなわなと震えていた。

 

「あー、疲れた疲れたー」

 

そう言って食事場に入って来たのはツインテールの少女、マインであった。朝の訓練を終えた後の様で、彼女の言う通り顔に多少の疲れが見える。

マインはキルアの顔を見るなり、露骨に嫌そうな顔をした。どうやら彼女は自分の気持ちに素直な性格と見える。

 

「アンタ…!!」

「あ、ツインテの女」

「人を髪型で呼ぶな!!…アンタらここを出ていったんじゃ無かったの?」

「おいおい、食事くらいそんな険悪なの止めようぜ?」

「五月蝿いわね!いいから答えなさい!」

「お兄ちゃんをいじめちゃダメよう」

 

そう言って二人の間に入ったのはアルカであった。幼い瞳でマインのことをじっと見つめている。

 

「アルカ、お兄ちゃんは大丈夫だ」

 

キルアは優しくそう言うと、愛おしそうにアルカの頭を撫でる。それがとても心地いいのか、アルカは幸せそうな顔でキルアの方へ顔を向けた。

キルアはアルカを撫でながらマインへ向き直る。

 

「…俺もそうするつもりだったんだけどさ。飯くらい食ってけって言うから、せっかくだしそうさせて貰ったんだよ」

「誰がそんなこと言ったわけ?」

 

マインが問い質す。すると、シェーレが躊躇なく手を挙げた。

 

「私ですが…いけなかったでしょうか?」

「シェーレ…」

 

マインがジト目で見つめる。

 

「こいつが昨日何言ったか分かってんの?私たちを馬鹿にしたのよ!?」

「はぁ…そう言えばそうだったような気がします」

 

シェーレはそう言うと、人差し指を顎に当てながら首を傾げてみせた。そんな彼女を見て、マインは一気に肩の力が抜けていくのを感じた。

 

「…何かカッとなった私が間抜けみたいだからもういいわ」

「はあ…」

「タツミー!早くご飯よそってー!」

 

マインはドカッと席に座ると、そう言ってタツミを呼んだ。タツミはまだ何か言いたげにキルアたちのことを見つめていたが、少ししてからマインの分の料理を取りにキッチンへ戻っていった。

 

「…………」

 

食事が運び込まれるまでの間、マインはキルアとアルカのことを改めて見つめていた。キルアからは、昨日のような威圧的なオーラは感じられない。寧ろ、今なら難なく倒すことが出来るのでは?というくらいに、隙だらけである。こうして見れば、見た目通りの幼い兄弟なのだが、マインはどうしても昨日のキルアの姿を忘れられないでいた。彼女がナイトレイドに入って暗殺稼業を始めてからそれなりの年月が経っているが、キルア程圧倒的な相手は初めてであった。しかも、それが幼い子供であったのだから、彼女の積み重ね、築き上げてきたプライドが一瞬で粉々にされたかのようでショックも大きい。

 

(何なのよ…本当に)

 

自身に渦巻く感情を一言で表すならこれ以上の言葉はない。

そんなこんなで気が付くとタツミが食事を用意していてくれたようで、目の前に料理と食器が並べられている。

 

(フン!どうせもうすぐいなくなるんだから少しの辛抱よ!)

 

マインは気に入らないといった感じでプイッとキルアから目を背けると、一先ずは食事とばかりに箸を手に取り目の前の料理を口へ運び始めた。

 

 

「ごちそーさま」

「ごちそうさま!」

 

一通り食事を終えたキルアとアルカは先程と同じ様に二人で手を合わせて言った。

 

「いやー、食った食った!」

「お腹いっぱいだね。お兄ちゃん」

 

満足そうな顔で二人は顔を見合わせる。基本的には庶民的な料理ではあったが、取れたての食材をそのまま料理したかのような新鮮さで中々に美味であった。昨夜のこともあったので、最初は毒でも入っているのではとキルアも警戒はしていたが、特にそんなことはなく、普通におもてなしをしてくれたのは意外であった。

 

「ねえねえお兄ちゃんお兄ちゃん」

 

食後、少しして食器などが下げられる中、アルカがキルアの袖を掴んだ。こういう時は大抵遊んで欲しいというサインである。時々キルアより大人な態度をすることもあるが、アルカはやはり年相応の子供である。

 

「ん?何だ?」

 

キルアが尋ねるとアルカは満面の笑みで答えた。

 

「死んで!」

 

アルカは指をピストルの形にしてキルアへ向ける。その瞬間、和やかだった場の空気が緊張に包まれた。皆の動きが止まる。

 

「…ああ、いいぜ」

 

キルアは一切の躊躇なく言った。アルカは嬉しそうに指のピストルの照準をキルアの眉間へ向ける。思わずタツミは食器を洗う手を止め、二人の元へ駆け寄ろうとした。

 

「お、おい!おま…」

「BAN!」

 

タツミが止める間もなくアルカは口でそう言ってピストルを撃つ真似をする。と、次の瞬間キルアの首から上が消えた。頭部を失ったキルアの体は呆気なくバタンと後ろへ倒れる。

 

「!?」

 

タツミたちはその光景を信じられないといった表情で見つめる。自分たちを圧倒した少年がそんなあっさりと。それも彼が深く愛していた“妹”の手でやられるなど、想像だにしなかった。

 

「あはははは!」

 

場が静寂に包まれる中、アルカはとても楽しそうに笑い声を上げていた。



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第3話 ③

「よーっす!」

 

空腹ながらも、そう元気よく食事場へ入って来たのはレオーネであった。いつも通りの朝食を取りに来た彼女が目撃したのは異様な光景であった。昨日、自身が見掛け、それから一日も経たぬ内にアジトにまで侵入し、ナイトレイドのメンバーを驚愕させ、自らをキルアと名乗った少年。そんな彼が首無しの死体となって目の前に転がっていたのだ。そして、その近くには彼が大事そうに抱えていた子供が無邪気に笑いながら亡骸を見下ろしている。全身が総毛立つのをレオーネは感じた。

 

「…………」

 

あまりに突然のこと過ぎて、タツミたちはリアクションを取るのに遅れてしまっていた。こんな展開は誰一人として予想だにしていなかったからである。数秒後、一番最初に動き始めたのはアカメであった。

 

「…やはりお前たちは危険!!」

 

アカメは身構えた。それを切っ掛けに他の者たちも一人ずつ動き始める。来たばかりのレオーネもまた同様であった。場の空気が明らかにざわめく。

と、その時であった。

 

「お兄ちゃん。起きて起きて!」

 

周囲を意に介さず、アルカが首の無いキルアの体を揺すり始めた。すると、それまでピクリとも動かなかったキルアの体が唐突にムクリと起き上がる。

それを見て、タツミたちは再び目を丸くする。

 

「うわ!!し、死体が動いた!!」

 

驚きのあまり、思わず声を上げてしまうタツミ。タツミでなくとも皆同じ様なリアクションである。

キルアの首無し死体はそそくさと上着の襟に手を掛けると、それを一気に下へ引っ張った。すると、傷一つ無いキルアの首がパッと現れる。

 

「ばぁ!」

「わーい。お兄ちゃん上手上手ー!」

 

舌を出しておどけて見せるキルアとそれをとても喜ぶアルカ。

 

「へ?へぇ~…?」

 

キルアが生きていたことにタツミは腰を抜かしそうになる。他の者も呆気に取られた表情で、アカメもどうしたらいいか分からないといった様子であった。やがて、キルアがただ死んだフリをしていただけだということに気が付くと、皆は徐々に平静さを取り戻していく。

 

「ま、紛らわしいな!!」

 

少ししてタツミが言った。よくよく考えれば、こんないきなり兄弟で殺し合いを始めるなんて普通は有り得ないのだ。それでも本当にあのアルカという子がキルアを殺したと思ってしまったのは、やはりキルアが只者では無いからなのだろう。結果だけ見れば、この場の全員がキルアの死んだフリに騙されたのだから。

 

「ちょ、ちょっと!ビックリさせんじゃないわよ!!」

「あ~。ビックリしましたあ~」

「一体、何がどうなってんだあ?」

 

マイン、シェーレ、レオーネの三人が口を揃えて言う。タツミ同様にキルアの巧妙な死体のフリに騙されたことにそれぞれ怒り、安堵、動揺を感じたようだ。

だが、アカメだけは他の者たちとは少し違っていた。何も言葉を発せず、真剣な表情でキルアのことを凝視している。

 

(あそこまで完全に気配を消せるのか…?)

 

アカメはこれまでに何人もの死体をその目で見てきた。だから、本当に死んだ者と死んだフリをした者の区別くらいはつくと自負していた。

だが、キルアが倒れた時は、それがフリであったことに全く気が付かず、あのアルカという子供が本当に殺したのだと思ってしまった。そのくらいキルアの体に生気を感じなかったのである。逆に言えば、あの一瞬でキルアは全ての気配を遮断したのだ。これは最早、遊びという範疇を超えている。キルアという人間はその一挙手一投足まで人間離れしているのだと改めて思わされた。

 

一方で、そんな風に驚愕する面々を気にする素振りすらなく、キルアとアルカは互いに楽しそうに笑い合う。二人にとって先程の行為はあくまで他愛のない遊びなのだ。

こうして、朝食の時間も一筋縄ではいかない内に終わっていくのであった。

 

 

「…んじゃ。飯、美味かったよ」

「バイバーイ!」

 

キルアとアルカは手を振ってナイトレイドのアジトを後にする。見送りをしてくれたのは、アカメ、タツミ、シェーレ、レオーネの四人であった。監視の意味もあったのだろうが、それでも二人はそう言って一宿一飯の謝意を示した。

 

「楽しかったね。お兄ちゃん」

「ああ」

 

アルカは無邪気に笑う。当人は殆ど眠っていたので、昨晩の出来事を知らない。知る必要も無いのでキルアは何も教えなかった。アルカにとってナイトレイドのアジトは山中にあるちょっと変わった宿くらいの認識なのであった。

 

「シェーレも一緒に遊んでくれて楽しかった!」

「良かったな」

 

キルアはアルカの頭を優しく撫でた。アルカからシェーレの名を聞いて、キルアはふと先程のことを思い出した。それは朝食を終えた二人がいよいよアジトから出て行こうとした時のことであった。

 

 

「あ。二人とも」

 

シェーレがキルアとアルカの背中にそう声を掛ける。

 

「ん?何?」

「あの…、また何時でも来てくださいね」

「…ここ、秘密のアジトなんだよな?」

「ええ、そうですけど…」

「アンタ、変わってるな」

「はい。よく言われます」

 

シェーレはクスッと笑った。ともすれば自虐的に見えなくも無いのだが 、彼女の笑顔にはあまりそれを感じなかった。

 

「…ま、気が向いたらな」

「はい。何時でも待ってますね」

「あ…それとさ」

「はい?」

「…アルカと遊んでくれてありがとな」

 

キルアは少し恥ずかしそうにボソッと言った。シェーレはただニコっと微笑み返すだけであった。

 

 

(本当に変な奴だったな)

 

キルアはシェーレの顔を思い浮かべる。思えば、キルアはあれだけ最悪な第一印象を与えているのに、彼女だけはまるで身内のように二人のことを扱ってくれた。朝食に誘ってくれたのも彼女である。短い時間ではあるが、アルカとも遊んでくれた。

 

(お袋って、本当はあんなものなのかな?)

 

キルアはそんなことをふと思った。無論、キルアがまだまだ幼いとは言え、彼の母親とシェーレでは大分年齢が異なる。それでもそう感じたのは、彼女がそれだけ母性に溢れた女性であったからだろう。

キルアにとっての母キキョウは自身の理想を押し付けてくるうざったい存在であった。夫シルバに似ているキルアを溺愛し、一流の暗殺者に育てようと徹底的に教育してきた。彼女の愛はシェーレの包み込むようなそれとは異なっていて、とても暴力的であり、キルアはそれを鬱陶しいと思うことの方が多かった。それは、最終的には彼女の顔をナイフで滅多刺しにして家を飛び出したくらいである。キキョウはそのことさえキルアの成長と歓喜していたそうだが、そういうところがキルアは苦手であった。

シェーレに母親を感じたのは、そんな実母とは対局な存在だったからかも知れない。

 

(…ま、もう会うことは無いだろうけどな)

 

キルアはそれ以降はナイトレイドのアジトを振り返ることなく、アルカと二人寄り添いながら山を降りていった。

この時、キルアは思いもしなかった。自分たちが再びナイトレイドと関わることになろうとは。



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第4話 ①

「…ここ、何処だ?」

 

街へ戻ったキルアとアルカ。二人は今、帝都の片隅で地図と睨めっこをしていた。縦にしたり横にしたり、地図の向きを色々と変えてみるが、自分たちが今何処にいるのか把握出来ない。

 

「…ん?これ、よく見たら道とか適当じゃん!くっそー、騙された!」

 

キルアはふとした違和感から地図が偽物だということに気が付く。

 

「チッ、安物の地図だったからなあ。俺としたことが…」

「もー、しっかりしてよ。お兄ちゃん!」

「ああ、悪ぃ悪ぃ」

 

キルアはこの地図はもう役に立たないと判断してくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。改めて、何処へ向かえばいいかを考える。見た感じ、このまま進んでも裏通りの方へ行くだけだろう。

 

「…仕方ねー。来た道戻るとすっか」

 

取り敢えず大通りに出れば何とかなるだろうと考え、キルアは渋々来た道を戻ろうとする。だが、行きと帰りでは道の印象が大分異なるのか、歩いても歩いても今一自分たちがどの辺にいるのか分かりかねた。また、似たような道が多いのもキルアを迷わせる。ここから大通りはまだ見えない。

 

「案内板とかねーのかよ」

 

周辺を探すが、その様なものは見当たらなかった。気が付くと、二人は大通りとは逆に裏通りの方へ行っているように見える。

 

「おいおいマジでここ何処だよ?」

 

ゴールの見えない散策にキルアは少しずつ焦りを感じ始めていた。

 

ナイトレイドのアジトから立ち去った後、キルアたちは再び街の観光へと戻っていた。まだこの国へ来て一日も経っていないのだから、見てない場所もたくさんある。特にこの国は広く、昨日見て回った場所などほんの一部といったところであった。全部見て回るには少なくとも一週間は掛かるかも知れない。

キルアが初日に手に入れた地図は怪しい露店で入手したものであった。アルカが止める中、面白そうだからと購入したのだが、途中まではちゃんとしていたのに以降は適当、という露店の胡散臭さそのままの地図にキルアは翻弄されてしまっていた。仕事で来たのならばこんなものに騙されることはないのだが、完全に観光気分だったのが裏目に出た形である。

 

「…今何処にいんだ?」

 

キルアは若干途方に暮れつつあった。いっそのこと建物の屋根まで上れば街の全体図も見渡せそうなものだが、それは流石に悪目立ちしてしまうので止めた。

 

「ったく、無駄に広いんだよこの国はよ」

 

キルアは忌々しげに愚痴った。元々、栄えた国の城下町というのは侵入者に易々と入り込まれない為に複雑に入り組んだ造りをしていることが多いのだが、この帝都もその例に漏れなかったようだ。流石は千年の歴史を持つ大国である。誤った地図を頭の中に叩き込んでしまっていたキルアには余計複雑に思えた。段々と周囲に人がいなくなってくると同時にキルアの焦りも強まっていく。自分一人ならともかく、アルカを連れているのだから多少なりともプレッシャーがあったのかも知れない。

 

「どうしました?」

 

そんな折、一人の少女が二人へ声を掛けてきた。見ると、少女は軽鎧のようなものを着ていて、犬のような生物を連れている。服装は昨晩チラッと見た帝都の警備兵に似ているような気がした。

 

「もしかして、迷いました?」

「…おねーさん、誰?」

「私はセリュー・ユビキタス。怪しい者ではありません!帝都警備隊の者です!」

 

そう言ってセリューと名乗った少女はビシッと敬礼してみせた。

 

「わー、犬だー」

 

アルカが彼女の連れていた犬らしき生物に興味を示した。犬…というにはちょっと特殊な外見をしているように思える。

 

「あ。触っちゃダメですよ。コロは私以外には懐かないですから、噛まれちゃったら大変です」

「はーい」

 

アルカは残念そうな顔でコロと呼ばれた犬らしき生物に触るのを断念する。セリューはその様子を少し申し訳無さそうに見ていた。

 

「ところで君たち。見たところ迷子のようですね?」

 

セリューはキルアに向けて言った。二人を比較してキルアの方が年長だと判断したからであろう。

 

「お困りのようでしたら私が一緒に君たちのお父さんとお母さんを捜しましょうか?」

「そんなことより大通りまで案内してくれない?そうしたら後は自分たちで出来るし」

「はあ…そう言うのならそれでいいですけど」

 

セリューは少し訝しげにキルアたちを見たが、すぐに気を取り直すと二人を先導するように歩き始めた。キルアはアルカの手を引いて彼女についていく。少し歩いた後、セリューは二人へ話し掛けてきた。

 

「見たところ、帝都に住んでるわけじゃないみたいですが、君たちは外から来たんですか?」

「ああ。ちょっと観光でね」

「観光、ですか。ご両親と一緒にですか?」

「いや、二人だけだよ」

「へぇー。子供だけで帝都まで来たんですか?」

 

セリューは感心したかのように言った。子供だけで帝都に来ること自体は珍しいことではない。地方から難民の子供が流れ着くこともあるからだ。しかし、観光目的となると少し話が違う。帝都周辺には危険な生物も潜んでいる。彼らがそれらを意にした様子も無さそうなので、二人は街と街を繋ぐ馬車でも乗り継いで来たのだろう。ということは、そこそこ裕福な家庭なのかも知れない、と彼女は思った。

 

「それはそれはとても大変だったでしょう。でも、子供だけでこんなところに来ちゃダメですよ。一歩間違えれば危険な裏通りに入ってしまいますからね」

「そういうのを何とかすんのがアンタらの仕事じゃないの?」

「アハハ、耳が痛いですね」

 

困ったような顔でセリューは笑った。

 

「でも、何れ帝都に蔓延る悪は全て駆逐されますよ。絶対正義の名の下に!」

「へー。すごい自信じゃん」

「はい。お父さんに誓いましたから!」

 

セリューはグッと拳に力を入れる。

 

「…私のお父さんも帝都警備隊だったんです。正義を絵に描いたような人で、今でも私の憧れなんですよ?」

 

そう語る彼女の表情は何処か寂しげであった。恐らく彼女の父親に何かあったのだろうが、別に興味も無かったのでキルアは特に詮索はしなかった。

 

「ゆ、許してくれぇ~」

 

と、そろそろ疎らに人も見えてきた頃、何やら悲壮な声が聞こえてきた。見ると、一人の男が帝都の警備兵に連れられているようである。

 

「俺が何をしたって言うんだ!?ちょっと酔った勢いで大臣の悪口を言っただけじゃないか!!」

「いいから来い!」

「た、助けてぇ~!!」

 

男の叫びも空しく、誰も目を合わせようともしない。そのまま男は警備兵に引っ張られて行ってしまった。

 

「あのオッサン何かしたの?」

 

キルアが尋ねると、セリューは顔色一つ変えずに答えた。

 

「国家反逆罪ですよ。当然の結果ですね」

「国家反逆罪…って、あのオッサンどうなるワケ?」

「当然、極刑は免れないでしょうね。まあ、悪人には相応しい末路ですよ」

 

そう言う彼女の顔は何処か嬉しそうに見えた。

 

「…おねーさん嬉しそうだね」

「ええ。正義の執行を目の当たりにするのは何時でも気持ちのいいものですから」

 

さも当然といった様子でセリューは答えた。

 

「私たちがいれば、何れはこの帝都から悪人なんて一人残らずいなくなります。正義は必ず勝つんです!必ず!」

 

そう言うセリューの目はキラキラと輝いていた。それを見たキルアは彼女に対する不信感を増す。正義を口にする彼女が妄信的に見えたからだ。

 

「…あのさあ、水を差すようで悪いんだけどさあ」

「はい、何でしょう?」

「正義に絶対なんか無いと思うぜ?」

「はい…?」

 

セリューの顔から一瞬笑みが消えた。

 

「それ、どういう意味ですか?」

「だって正義ってさ、立場や思想、時代や世相によって変わるもんだろ?要するに曖昧なもんじゃん」

「…………」

「アンタにとっての正義が俺からしたら悪になるかも知んねーし、その逆だって十分有り得るワケでさ。そんなもんを絶対視するなんてかなり危険な思考だと思うぜ?まだ金目的で動いてるって方がまともだよ」

 

キルアがそう言うと、セリューは明らかに気分を害したといったような表情になる。それに呼応してか、彼女が連れていたコロも二人へ敵意のようなものを向けてきた。

 

「…ここを真っ直ぐ行くと大通りに出ます」

 

セリューは先の方を指差しながら、感情を押し殺したかのような声で言った。その佇まいは先程までの明るい少女とは別人のようであった。或いは、こちらが本性なのか。

 

「連れてってくれるんじゃなかったのかよ?」

 

キルアがそう質すものの、セリューは無視してコロを連れて行ってしまう。仕方無い、とキルアはアルカを連れてセリューが示した方へ足を進めた。

彼女の言ったことは嘘では無かったようで、歩くごとに大通りのものと思われる喧騒が耳に入ってきた。このまま行けば大通りに出られるだろう。

と、その時であった。

 

「!?」

 

キルアは咄嗟に身構える。

この街に来て、初めて感じた、この街には無いだろうと思っていたもの。それが今、すぐ近くにいるという確かな感覚。

 

オーラ。

 

(間違いない…念を使う奴がいる!それも、すぐ側に!)

 

キルアはすぐさまアルカを庇いながら戦闘体勢に入った。何者かは知らないが、危害を加えようというのであれば容赦なく殺す。そんな雰囲気を読み取ったのか、オーラの主はすんなりとキルアたちの前に現れた。

 

「そんなに殺気だたないでくれないか?君たちに危害を加えるつもりはない」

 

そう言ったのは痩せ型の男であった。



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第4話 ②

今回登場するのは原作にはいないオリジナルキャラとなっております。
ご了承下さると助かります。


キルアたちの前に姿を現した痩せ型の男は手を挙げて無害であるというアピールをする。

 

「この通りだ。俺は君たちの敵じゃない」

「それ、信じろって言うの?無理だね」

 

キルアは即答する。

 

「大体、敵じゃない。なんて、まんま敵の言う台詞じゃん」

「参ったな…」

 

痩せ型の男は頭の後ろをポリポリと掻いた。その表情からは本当にこちらへの敵意も危害を加えるつもりも無いように見える。しかし、慎重なキルアはその程度じゃ警戒心を解くようなことは無かった。

 

「…いや、このくらい慎重だからこそ、か」

 

それを見てとった男はそう呟くと、納得したように頷いた。そして、もう一度話し掛けてくる。

 

「…もう一度だけ言う。俺は君たちの敵じゃないし、君たちに危害を加えるつもりもない。それを証明する手段は無いが、取り敢えず話だけでも聞いて欲しい」

「そうやって話をするのが念能力発動の条件かも知んねーのに、ハイそうですか。って聞くわけねーだろ。大体、おめー誰だよ?」

「いやはや。本当に慎重なんだな、君は。恐れ入ったよ」

 

痩せ型の男は困り果てたといった様子で言った。だが、キルアの言うことも尤もなのである。念を使う者は、その人間の性質や性格などによって様々な能力になる。キルアが自身のオーラを電気に変えるのもその数多ある能力の一つでしかない。使う人間によっては、鎖を具現化したり、人を操ったりすることだって出来る。念能力には無限の可能性があるのだ。そして、念能力にはもう一つの特性がある。それは、制約。念能力の発動などに条件を設けることで、威力を莫大に増幅することが可能なのだ。キルアの友人であるクラピカはこれを用いることでその時点では格上であった相手と同等以上に戦うことが出来た。だが、制約には大きなリスクが伴う。発動条件であれば、それをクリアする前に相手にやられてしまうかも知れないし、禁止条項であれば、それを破ってしまった時の反動で命を落とすこともある。クラピカはとあるルールを破ると死ぬという制約を自らに課した。故にそれだけの力を得たのだ。制約はその条件が厳しくなればなる程に能力の上昇が大きくなっていく。高位の念能力を使う人間は必然とその制約を自らに課している場合が多い。

目の前の男もその可能性がある以上、余計なことをさせるのは命取りになる。だが、相手の正体も目的も分からない内に殺ってしまうのは逆にリスクが高い。キルアは相手を探りつつ、何時でも動けるように身構えていた。

 

「すまないが、何者かという問いについては答えることは出来ない。目的についても同様だ」

「あっそ。じゃ、死ぬ?」

「そ、それも困る。今、ここで無意味に死ぬわけにはいかないんだ。…何とか上手い折衷案は無いだろうか?」

「そんなものは無いね。信用して欲しければ、全部話せ。嘘偽り無くな」

 

キルアは冷たく言い放つ。痩せ型の男は観念したかのように大きく息を吐いた。

 

「…仕方無い。全てを話すわけにはいかないが、ある程度の情報は開示するとしよう。取り敢えずはそれでいいか?」

「それを判断するのはアンタじゃないけどね」

「やれやれ…、手厳しいな」

 

痩せ型の男は苦笑した。

 

「…それじゃあ話すが、まず君たち…というか君に接触したのは、君がプロのハンターだったからだ。そうだろ、キルア=ゾルディック君?」

「…俺のこと知ってんだ?それも、プロのハンターってことまで」

「ああ。知っている。何故知っているか…までは、まだ答えることは出来ないがね」

「で、俺がプロのハンターだったからって、何で接触してきたんだよ?」

「…プロのハンターならば一緒に仕事が出来るかも知れないと考えたからだ」

 

痩せ型の男は真剣な表情でキルアのことを見つめる。

 

「あまり詳しくは言えないが、俺はこの国の調査を行っている」

「調査?」

「…この国はV5に加盟していない独立国家だ。詳細な動きは中々伝わってこない。だからこそ、それを把握しておく必要がある」

「アンタはその調査員ってワケか。アンタ、もしかしてハンター協会の人間か?」

「ああ」

「随分とあっさり認めるんだな?」

「まあ、帝国を調査する必要があるのは何処か。そして、その場合は誰に依頼をするかを考えれば自然とそこに行き着くからな。そこを秘匿する意味は殆ど無いだろ?それに、逆に言えばここまで明かすことを覚悟しているということでもある。その意図は是非とも汲み取って欲しい」

「で、俺に何して欲しいワケ?」

「ああ。仕事、というのはその調査の手伝いだ。君をプロのハンターと見込んで依頼したい」

「…もしも断ったらどうすんの?俺たちはあくまで観光でこの国に来てるワケでさ。長居するつもり無いんだよね」

「別にどうもしないさ。俺は君たちのことを忘れるから、君たちも俺のことを忘れてくれればいい。それに仕事もそんな長期に渡るものじゃあない。二週間程度でいいんだ」

「二週間?随分短いんだな」

「…実は近く極秘裏でこの国へ視察が来る。その時に調査員の増員も予定されているから、それまでの臨時手伝いでいい」

「何で臨時の手伝いがいるんだよ?今まで一人でやってきてたみたいだし、わざわざ俺に声掛ける必要無いんじゃないの?」

「…実は、これまた近い内にエスデスが帝国へ召集されるらしい」

 

痩せ型の男は深刻そうな表情を浮かべた。

 

「エスデスという人物は相当な実力者だ。並みの戦力じゃない。それが帝国に加わるのだから、今まで通りバレずに調査するのが難しくなりそうなんだ」

「で、俺の手を借りたいってワケか」

「ああ。とは言え、調査のメインは俺がやる。君は俺の補佐というか、仕事の分担を頼みたいんだ」

「で、俺に何かメリットあんの?」

「報酬、か。単純に金銭では君は動かないんじゃないか?」

「時と場合にもよるけど、今は金じゃ動かないね」

 

キルアはキッパリと言った。実際問題、キルアたちは現状金に困ってはいないのでそこに特別メリットは見い出せないのは確かである。

 

「…そうか。そうだな。例えばこういうのはどうだろうか?」

 

痩せ型の男はチラッとキルアの背後にいるアルカをチラッと見ると、そっとキルアに耳打ちした。と、キルアの表情が変わる。

 

「…それ、マジ?」

「ああ、善処しよう」

「…………」

 

キルアは考え込む。背後のアルカをチラッと見た後、コクリと頷いた。

 

「…悪くないな。分かった。その依頼受けてやるよ」

 

キルアは決断した。それを聞いて安堵したのか、痩せ型の男は初めて笑顔を見せる。

 

「良かった。君がいれば百人力だよ。…じゃあ、自己紹介をしよう。俺の名はカガリ。カガリ=レン=ラクターダノ。カガリでいい。ハンター協会からの依頼でこの国の調査及び報告を行っている。これからよろしくな」

 

そう言ってカガリと名乗った痩せ型の男は手をキルアへと差し出した。キルアはそれを握る。

 

「カガリ、ね。俺のことは知ってんだろ?」

「ああ。針人間事件を通して君のことは知っている。そして、後ろの子も恐らく何らかの形でその事件に関わってるんだろ?君のその常に庇っている様子を見て何となく気付いたのだが」

「それはノーコメントだね」

「肯定…と、受け止めさせてもらうよ。ああ、安心してくれ。これ以上の詮索はしない。さっきも言ったが、ここで無意味に命を落とすわけにはいかないからな」

 

そう言ってカガリは冗談っぽく笑う。尤も、本当に余計な詮索をすれば、冗談でなく消されてしまいそうだと内心ヒヤヒヤであったが。

 

「…早速、本題に入るとしよう。まず、仕事についてだが、その前にこの国の情勢については知っているか?」

「まあ、ある程度は。でも、詳しくは知んないよ」

「そうか。では今、帝国軍と革命軍が争ってることは知っているか?」

「まあ、その程度は(そういや、そんなこと言ってたな。あのナジェンダって女)」

「その二つの軍に潜伏して情報を得るのが、今までの俺の仕事だ。そして、君にやって貰いたいことについてだが、それはナイトレイドの監視だ」

「ナイトレイド…だって?」

 

キルアは丁度彼らのことを思い出したところであった。同時に随分と懐かしい名前を聞いたものだと思ったが、実際は彼らと別れて半日も経ってはいない。

 

「この国を騒がせてる暗殺集団だ。名前くらいは聞いたことあるだろ?」

「…まあね」

 

聞いたことがあるどころか、今朝まで一緒にいたのであるが、キルアはそのことを言わなかった。

 

「ナイトレイドは革命軍側の組織なんだが、俺は一つの軍と捉えている。そのくらいの実績を残しているからな」

「その口振りだと、ナイトレイドも調査対象だったの?」

「ああ。一応な。だが、先のエスデスの件で、これからは帝国軍と革命軍の二つに専念しないと下手すりゃ足下掬われかねないと俺は感じていた。だから、君に声を掛けたんだ」

「なるほどね。俺をナイトレイドに専念させることで、仕事がし易くなるわけだ」

「そういうことだ。理解してくれて助かるよ」

 

カガリはニヤリと笑った。

 

「自慢じゃないが、俺は戦闘能力は下の下だ。プロハンターでも無いしな。ぶっちゃけると、真正面からならこの国の警備兵相手にも勝てないかも知れない。だから、捕まって拷問…なんてことになったら、あっさりと情報を漏洩するのは間違いないと思う」

「…本当に自慢じゃねーな」

「自分を弁えてる、と解釈してくれたら助かる。尤も、捕まったらすぐに死ねるよう色々仕込んではいるがね」

「悪いけど、アンタ本当に死ぬ勇気あんの?」

 

キルアが尋ねると、カガリは即座に首を縦に振った。

 

「ハッキリ言って、それはある。死ぬこと自体はそれほど危惧してはいないんだ。だが、拷問は本気でヤバイ。死ぬことより辛いことの代表格みたいなものだからな」

(俺は別に平気だけどね)

 

幼い頃から拷問に耐える訓練をしてきたキルアには無縁の話であった。

 

「ところで、一つ気になってたんだけどさ」

「ん?何だ?」

「さっき報告って言ってたけど、どうやって協会と連絡取ってるワケ?ここ、ネットも電話も繋がんねーだろ?」

「ああ、それなら簡単だ。協会とは俺の念能力で連絡を取り合っている」

 

そう言うと、カガリはオーラを体に纏わせ始めた。

 

「…見せてやるよ。俺の念能力をな」

 

その瞬間、周囲の空気が変わるのをキルアは感じた。



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第4話 ③

念能力を見せる。

 

そう言ってカガリが集中を始めると、周囲がざわついてきたと同時に多数の気配を感じた。どうやら人の気配では無いようである。

 

「…これが、俺の念能力だ」

 

カガリがそう言うと同時にキルアたちの耳に声が聞こえてきた。

 

「…ュウ」

「!!」

 

僅かに聞こえた声。その声の方へ目を向けると、薄暗い路地に二対の小さな光が見えた。それらはこちらへと近付いてくるとその正体をキルアたちへ晒した。

 

「…ね、ネズミ?」

 

キルアたちがそれらの正体を知ると同時に、大小様々なネズミがこちらへと近付いてくる。気が付くと、周囲がネズミの大群に囲まれていた。

 

「どうだ?俺の“ハメルンの笛吹き男(パイドパイパー)”は?」

 

カガリは自慢げに言った。ネズミたちはカガリの元に集まり、中には体によじ上るものもいる。

 

「へぇー」

「わー、ネズミさんがいっぱいだー」

 

キルアは特に何の感慨も無かったが、アルカはそう言って喜んでいた。

 

「カガリって操作系の能力者なのか?」

「ああ、俺はこうしてありとあらゆるネズミを操ることが出来る」

 

カガリはネズミの一匹を手に取り、指で優しく背中を撫でる。

 

「…俺は昔からネズミが好きでな。ペットにもしていた。だからか、親も含めて周りからは変な奴と思われてたよ。まあ、気にはしなかったがな。その好きが講じて、こうして能力にまでなった」

「そのネズミたちを連絡に使ってんのか?」

「いや、こいつらはあくまで潜入捜査用さ。数が多いから万が一見つかって駆除されても誰かは俺の元へ辿り着ける。まあ、そもそもネズミが探ってるなんて発想にはいかないだろうけどな。個人的にはあまり犠牲にするような使い方をしたくはないのだが仕事だからな…」

 

カガリはそう言うと溜め息を吐いた。

 

「…こういう言い方すると気を悪くさせちゃうかも知んないけどさ。そのネズミを大量に使い捨てれば、今まで通りでもカガリのことがバレることは無いんじゃないの?」

 

キルアが尋ねると、カガリは首を横に振った。

 

「残念だが、ことはそう上手くは運ばない。何故なら俺の能力には幾つかの制約をつけているからな」

「…まあ、確かに制約でもつけないとアンタくらいの能力者がこんなに沢山のネズミを操るなんて出来ないだろうしな」

「いちいち手厳しいね。まあ、事実なんで反論の余地も無いが」

 

カガリは自嘲気味に笑った。

 

「…まず、一つ目に一度に動かせるネズミの数だ。正確には、命令だけどな。例えば、情報収集の出来るネズミは五匹程度に限定している。高度な命令を聞かせられるネズミはあまり多くないんだ」

「ん?だったら、何でコイツらは集まってきたんだ?」

「それは俺のオーラがこいつらを引き寄せるフェロモンになってるからだ。簡単な命令でならこいつら全員動かすことは可能だ。だが、誰にも見つからず且つ正確な情報を得るような高度なことをさせるのは不可能だ」

「たった五匹で帝国や革命軍に潜入させてんのか。そんな少なくて大丈夫なのかよ?」

「いや、情報収集役として動かせるのが五匹ってだけで、実際はもっと多くのネズミを潜入させてる。そいつらは伝達係で、情報収集を行ったネズミから得た情報を俺の元へ運ぶのが主な役割だ。ちなみに俺はネズミの言葉が分かるので伝達係のネズミが戻って来さえすればすぐに情報を得られる」

「(ネズミの言葉ってマジかよ)…今の話からすると情報収集役のネズミはずっと潜入したまんまってことか」

「ああ。勿論リスクはある。例えば情報収集役のネズミが全てやられたら一切の情報を得ることは出来ない。逆に一匹でも伝達係へ辿り着ければ、ほぼ確実に情報を持ち帰ることは出来る。…まあ、とは言え、ネズミはネズミだ。いくら念で操ってるとはいえ、耐久力も普通だし今までにも不慮の事故で何匹か死んでる。流石に情報収集役が全滅したってことは無いが、そういうリスクもあるということは認識しておいて欲しい」

「情報収集役がやられたらどうすんの?」

「別のネズミにその役割を与える。だが、その為には俺が情報収集役のネズミがやられたことに気が付かなきゃならない。だから、大体二時間置きに伝達係のネズミの何匹かに情報収集役のネズミが無事かどうかを俺に伝えるよう命令してある。死んだという報告を受けたら新しいネズミに情報収集の役割を与えるのさ」

「なるほどな」

「で、二つ目の制約だが、ネズミを攻撃に使用することは出来ない。これはさっき言った俺の戦闘能力は下の下って部分にも通じることだが、制約にすることで能力の底上げになっている。まあ、ネズミで攻撃するのは俺個人としては気が進まないことなんでさほど気にしてはいないけどな」

「でも、念使えるんだったら、別に能力使わなくてもそこらの奴に負けたりしねーだろ?」

「街の喧嘩程度ならそうかもな。だが、こと戦闘となるとそうはいかない。俺は念能力もそうだが、人生自体もサポートに特化した生き方をしてきた。そんな人間がいくら念を使えても戦うことに特化した相手には敵わない。例え相手が念を使えなくてもな」

「アンタ随分自分を下に見てるっつーか、卑下してるんだな」

「そうやって今まで生き抜いて来たからな。そうそう変えられるもんじゃないよ」

「…ま、いいけどね。別に」

 

そうは言ったが、キルアはカガリに何処と無く昔の自分を見たような気がしていた。言われるがまま、暗殺者として育ち、暗殺者として生きてきたかつての自分を。

カガリは話を続けた。

 

「…三つ目だが、命令を下すには直接俺が触れなくてはならない。補充の際に情報収集役が死んだことを俺が知らなくてはならないのはこれが理由だ」

「なるほどね。ってことは離れた安全な場所でぬくぬくと…ってわけにはいかねーのか。確かにそういう制約なら、調査する対象を絞らねーときちーな」

「理解してくれると助かるよ。そして最後に能力の効果範囲。およそ十キロ圏内ってところだ。そこから離れたネズミは呼ぶことも出来ない。さっき集まってきたのは全部その範囲内にいたネズミさ。命令を下したネズミならば効果範囲外でもちゃんと命令をこなしてはくれるが、そうでないならこちらから操作することは出来ない」

「つまり、十キロ圏内に自分が命令出来るネズミを配置するか、十キロ圏内に戻って来るように命令しておかなきゃなんないってことか」

「そうだ。我ながら面倒臭い制約を付けたものだと思うよ」

「自分で言うかね、それ?」

 

キルアが突っ込む。

 

「…で、肝心の協会との連絡はどうすんの?」

「それにはこいつらを使う」

 

そう言ってカガリは懐に手を入れた。そうして取り出したのは二匹の通常サイズよりも明らかに大きいネズミであった。

 

「グリーとグラー。俺の親友たちさ」

「…そいつらが何か特別なのか?今のところ普通より大きいネズミにしか見えないけど」

「こいつらはモグラネズミって言ってな、名前の通りモグラみたいに土を掘って地中を進むんだ。更にこいつらは普通のネズミよりも知能も身体能力も遥かに高い。特筆するのはそのスピードさ。地中を掘りながら軽自動車並みの速度を出せる。スタミナも申し分なく、一日も経たずに国境を越えられるのさ」

「へー。このネズミがねえ」

「こいつらの一番優れているところは何と言っても危機察知能力。全身の感覚をフル活用して外敵の存在にいち早く気付き回避する。だから、長旅でも不慮の事故に遭うことはほぼ無いと言っていい」

「そのネズミが凄いのは分かったけどさ、どうやって協会の人間に情報伝えてんだよ?まさか、協会にもネズミの言葉が分かる奴がいるなんて言わないよな?」

「流石にそれはない。グリーとグラーには文字を書くこととモールス信号を覚えさせてる。どちらかの方法で協会の人間に伝えてるのさ」

「まあ、そうだろうな」

「…ここまで俺の能力について明かしたんだ。それだけ君のことを信頼しているのだということを理解して欲しい」

 

カガリは真面目な顔で言った。念能力者が自身の能力について誰かに話すのは相当なリスクが生じる。それはキルアも重々承知していた。

 

「…いいのか?俺、アンタのこと売るかも知んないぜ?」

「君はプロだろ?それも、名前だけじゃない本物のプロだ。そんな君が一度契約した相手を裏切るようなアマチュアのような真似などしないと俺は信じてるよ」

「ま、だといいけどな」

 

フッとキルアは小さく笑った。

 

こうしてキルアはカガリという男の依頼を受けることとなった。二度と会うことは無いだろうと思っていたナイトレイドとの再会。ようやく知ることとなる帝国の闇。それらが来るのはもう間もなくであった。



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第5話 ①

「確か、この辺か…」

 

キルアはメモを見ながら呟いた。周囲は既に闇に落ちており、子供だけで徘徊するには不都合な時間帯。キルアは出来得る限り誰にも見つからぬようぬ気配を絶ちながら街中を歩いていた。元々、気配を経つことに関してはプロフェッショナルのキルアであったから造作も無いことであったが、かと言って一切の油断は無い。キルアは日常的に暗殺稼業に身を置いていたことから、それが所作の一つ一つに現れる。例えば、足音。キルアは普段から足音を立てずに歩いている。これは癖のようなもので、本人も意識せずにやってしまうことだから止めようとしても中々止めることが出来ない。逆に言えば、そんなキルアを足音から探るのはほぼ不可能なのだ。つくづく、彼はエリートの暗殺者なのだと周囲には思い知らされる。

キルアが今何処へ向かっているかというと、カガリと別れた後に彼から教わったとある場所に向かっているのである。

 

(今夜、ここにナイトレイドが現れる筈だ。彼らと接触するならチャンスだな)

 

そう言って彼から手渡されたメモは、騙されて買わされた地図に比べると道や地形まで正確であった。如何にあの地図が酷かったのかを思い出してキルアは少しムカッとする。

 

(…ま、こんなのが無くても俺は既にアイツらのアジトを知ってるんだけどね。尤も、今も拠点を変えて無けりゃ、だけど)

 

本当にプロフェッショナルな集団ならば、キルアに忍び込まれた時点で敵と繋がってる可能性を考慮してアジトの場所を移すのが定石だろう。それと同時に少人数とはいえ、あれだけの設備の整った拠点がそういくつもあるわけがないという考えもある。例のアジトは忍ぶには目立ち過ぎるくらいの施設であった。もっと質素なアジトがいくつか存在すると仮定しても、出来る限り設備の充実したあの場所からの移動は避けたいと考えてもおかしくはない。故に彼らが今もその場所にいるかは五分五分であった。で、あるならば、ほぼ確実に出会えるであろうカガリの教えてくれた場所の方が再び彼らと接触出来る可能性が高いとキルアは考えた。

 

カガリとは何かあれば連絡を取るということでそのまま別れた。彼が何処に潜伏しているかを教えては貰えなかったが、そもそも一緒に行動する理由も無いので、聞こうともしなかった。

キルアの居場所については、グリーとグラーの両方にキルアの匂いを覚えさせることで何時でも二匹を向かわせることが出来るらしい。今日のところはカガリから教えて貰った情報からナイトレイドと再度接触して、彼らと行動を共にするよう持っていくことにした方がいいだろう。

 

 

「zzzzzzzzz…」

 

時刻は深夜近く、アルカは例の如くキルアの背中で眠っている。キルアはアルカを起こさぬよう出来るだけ揺らさないように歩いていた。

アルカはよく眠る。アルカの起きている時間は、実はそれ程長くは無いのだ。

 

「ムニャムニャ…お兄ちゃん大好き…」

「…幸せそうな顔して、どんな夢見てんだ?」

 

アルカの寝顔を見て、キルアは自然と優しい顔になる。それと同時に、少し申し訳無いような気分にもなっていた。

思えば、今回の件はアルカを無視して進めてしまった感がある。それだけカガリの出した条件が魅力的であったし、間接的にアルカに関わってくることなのだが、肝心の本人の意思はどうだったのだろうか。あの後、アルカは仕事の件については「一緒に遊ぶ時間、減っちゃうね」と残念そうであったが、反対はしなかった。寧ろ「お仕事してるカッコいいお兄ちゃんが見られて嬉しい」とまで言ってはいたが、それをそのまま受け止めてもいいものか。

子供離れした身体能力と思考をするキルアもそういった部分はまだ未成熟で年相応な思春期の子供であった。尤も、彼程特殊な環境下で育ったのならば、そういった感情を持てるのもある意味では奇跡なのかも知れない。

 

(…そういや、アイツは元気にしてっかな?)

 

静かな夜道を歩いていて、ふとキルアはとある人物のことを思い出していた。それは、闇でしか無かった自分に光をもたらしてくれた存在。今でも大事な掛け替えの無い友だち。

 

(…何だろうな。アイツのことを考えると、時々何かこう切ないっつーか、胸を締め付けられそうになる)

 

その彼のことを思い浮かべながら、キルアは寂しそうな表情をしている自分に気が付く。それはキルアが他人には滅多に見せない表情の一つであった。

 

(…とと、いけね。今はアイツのことより仕事のことだ。ええと、道は間違ってねーよな?)

 

キルアは再びメモに目を落とす。道は間違ってはいないようで、そろそろナイトレイドが今夜標的にしているという相手の場所に着きそうであった。

周囲の闇は思っていたよりも深い。街中なのに灯りが少ないような気がする。闇に乗じて…とまではいかなくても、月明かりがやけに映えるような暗さであった。

 

(ん?)

 

キルアの視線の先に誰かが立っていた。ナイトレイドの誰かではない。月明かりに照らされたシルエットからするとキルアと同じくらいの子供のようである。

 

「!!」

 

その淡い光の中でキルアは見てしまった。ここにはいない筈の人物をその目でハッキリと。

 

「嘘…だろ?」

 

思わずキルアは目を見開く。そして、その者の名前を口にした。

 

 

「…………ゴン!」



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第5話 ②

ゴン=フリークス。

キルアの親友の少年。

二人が初めて出会ったのは約一年前のハンター試験会場であった。田舎出身の馬鹿がつくほど純朴そうな少年。それがキルアのゴンに対する率直な第一印象であった。だが、二三言葉を交わし、彼の行動を見るにつれ、その印象は大きく変わっていった。

一見、お人好しにも見えるが、時に見せる徹底的な容赦の無さ。決して勉強が出来るわけでは無いが、それでも時に見せる常人では思い付かないような飛び抜けた発想力。そして、何処までも純粋な心…それは正義とか悪とかそういうのさえどうでも良く、自分が凄いと思ったものを素直に凄いと言える程で光にも闇にも染まらない常にフラットな純粋さであった。

 

「ゴンと友だちになりたい」

 

そんなゴンを見ていて、何時しかキルアはそう思うようになっていった。

ゴンとはククルーマウンテンで再会して以降はずっと一緒にいた。天空闘技場で念を覚えた時も、ゴンの生まれ故郷であるクジラ島へ帰った時も、ゴンの父親であるジンの手掛かりを求めてヨークシンへ行った時も、そのジンが作ったグリードアイランドで冒険した時も、カイトと共にNGLへ調査をしに行った時も、キメラアント討伐の時も、ずっと一緒であった。純粋が故に危なっかしくもあるゴンをフォローし、共に歩いてきたのだ。ゴンがとある事情で死にかけた時には、大事なアルカを危険に晒してでも助けに行ったくらいである。

時には、大事に思うあまり自ら離れようと思ったこともあった。まだ兄イルミの洗脳の針が脳に埋め込まれていた頃で、強者に立ち向かうことが出来ない自分が、強者相手でも戦わなければならない時は臆すことのないゴンと一緒にいることは出来ないとそう考えたからである。自分がゴンの足を引っ張ったり、ゴンを見殺しにしてしまうかも知れないということが耐えられなかったのだ。でも、それはキルアがイルミの洗脳から抜け出し、強者相手でも立ち向かえる強さを持ったことで解決した。これからもずっと一緒にいられるのだと、キルアはそう思っていた。

 

だが…。

 

(いいよね。キルアは。…“関係無い”から!!)

 

ゴンの昔の知り合いで恩人であるカイトを壊し、自らの操り人形のようにしたキメラアントのネフェルピトー。そいつと対峙したゴンは怒りに我を忘れ、冷静になれと言ったキルアへ向けてそう言った。いつもの暴走。本気じゃない。そうとは分かっていても、その言葉はキルアの心に深く突き刺さった。後にゴン本人から謝罪を受けた後でも、それが心の何処かに引っ掛かっていた。それは、今もである。

 

「ゴン…」

 

そんなゴンが、何故ここにいるのか。ゴンは笑顔でこちらを見ている。キルアの足は自然と彼の元へと向かっていた。

 

 

 

(ククク、愉快愉快)

 

首斬りザンク。

そう呼ばれ、帝都の住民から恐れられている辻斬りがいた。かつて、ザンクは監獄の役人であった。毎日、毎日、来る日も来る日も罪人の首を斬っていた。それが彼の仕事であったからだ。やがて、それは仕事ではなく、彼の趣味となり性癖にまでなっていた。物足りなくなったザンクはとうとう仕事以外でも人の首を斬り始めた。それは最早ただの殺戮。夜毎に一人、また一人と彼の手に掛かり、罪無き人々が無惨に殺されていった。ある日、監獄の署長はその事実に気付く。彼は帝具使いであった。署長はザンクを問い質そうとした。いざとなれば帝具を持つ自分が有利である。その油断が大きな隙を生み、彼は逆にザンクに殺されてしまった。ザンクは署長の持っていた帝具を我が物とすると、そのまま行方を眩ましてしまった。それ故か、帝国ではザンクの討伐隊まで結成されている。

 

それ程までの凶悪犯が、今宵帝都へと戻って来ていたのであった。無論、人の首を斬る為に。

 

(い~い子たちだ~)

 

ザンクの目の前には二人の子供がいた。片方の子供はもう片方の背で眠っているが、もう片方の子供はこちらを信じられないという目で見つめている。それも、その筈。ザンクが署長から奪った帝具、五視万能「スペクテッド」の力で幻を見せているからだ。この瞳の形をした帝具は額に装着して使用するもので、名前の通り五つの力を持つ。それは、相手の表情から心を読み取る「洞視」、相手の筋肉から一瞬先の動きを見切る「未来視」、遥か遠くを見渡せる「遠視」、どんなガードさえも見透す「透視」、そして対象に幻覚を見せる「幻視」。この「幻視」の力を今、使用してるのである。目の前の子供には自分が一番大事に思っている人物が見えているのだろう。恐らくは父親か母親か。

 

(一番大事な人間に殺された時、一体どんな絶望的な表情をするのか…ククク、それを思うと今から愉快で堪らないねえ)

 

ザンクはペロリと舌舐めずりをした。子供を殺すのも乙なものだ。その未成熟な柔らかい肉は大人のそれとはまた違った味わいがある。ザンクは早く首を斬りたいと、はやる気持ちを抑える。子供はゆっくりとこちらへ近付いてくる。もう間もなく手の届く範囲内だ。

 

(さあ、抱き締めてあげよう!そして貰うぞ、お前の首を!)

 

ザンクが自身の得物に手を伸ばそうとした。

 

その時であった。

 

「…………へ?」

 

目の前の子供が消えた。同時にこめかみへ衝撃と肩に何かが乗っかかったような感触と重み。首が何かに固定されたように動かない。ザンクは目だけを動かし肩に乗ったものの正体を何とか確認しようとする。そして僅かにその正体を見た。

 

「お、お前はっ!?」

「…………」

 

肩の上から無言でザンクを見下ろしていたのは、先程ゆっくりとこちらへ向かっていた子供であった。

 

 

「てめー…」

 

キルアの頭の中は言い知れぬ怒りに満ち満ちていた。

 

「な…何、で…?」

 

ゴンがそう言っているように聞こえる。それが更にキルアの怒りの炎に油を注いでいた。

 

「ゴンがなあ…ゴンがこんなところにいるわけねえだろーがッッ!!」

 

ゴンの姿をしたそいつがゴンでは無いことは一目瞭然であった。キルアはこめかみに突き刺した指を更に奥へ突っ込んでいく。指先が頭蓋骨を貫通し、僅かに脳へ触れていた。その恐怖で相手が暴れないようにもう片方の手でしっかりと顔の位置を固定する。

 

「助…け……」

 

気が付くと、ゴンだった何かは中年くらいの男に変わっていた。術が解けたのだろう。蚊の鳴くような声で、そうキルアへ助けを求める。だが、そんなことはキルアには関係無かった。偽物とはいえ、自身の手をゴンに向けさせられたのだから。

 

「てめーは殺す」

「…解放してくれるのか?この数多の死者から届く怨嗟の声から?」

「てめーに安らぎなんかねーよ」

 

そう言うとキルアは男の首を可動限界ギリギリまで捻り上げた。骨が有り得ないほど大きく鳴る。それはまるで周囲に響き渡る程であった。

 

「が……、ぐぁ……」

「死ぬまで苦しませてやるよ。生まれてきたことを後悔し、二度と人間に生まれ変わりたいと思えねーくらいにな」

「死な…せ……て……」

「…嫌だね」

 

 

 

「これは…」

「う…、オェ…!」

 

人斬りザンクを討滅せよ。そう任務を受けたアカメとタツミが目にしたものは、人斬りザンクだと思わしき死体であった。思わしき、というのは死体が殆ど原型をとどめていなかったからだ。あまりの惨状に死体を見るのが初めてではないタツミも吐き気を止められなかった。

 

「一体、誰がこんな…」

 

思い当たる節はあった。昨日、アジトに侵入してきた銀髪の少年。しかし、その姿も気配も周囲には欠片も無かったのであった。



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第5話 ③

ザンクを惨殺した後、キルアはその場を去り、そこから一番近くにあった宿屋に入った。激情の中でも返り血が衣服につくような素人のようなことは無かったので金さえ渡せば子供だけの不審な客でも店主は空いてる部屋へ案内してくれた。室内は整っていて適当に選んだ割にはなかなか悪くない宿屋のようであった。少なくとも初日に泊まった宿屋に比べれば大分マシである。

 

「…ちっ」

 

部屋に入り、アルカをベッドに寝かし付けると、キルアは壁を背に座り込み、大きな音を立てて舌打ちする。先程の自分はあまりに冷静さに欠いていた。殺すだけならあそこまで惨たらしくする必要など無かったのだ。完全な憂さ晴らしである。だが、それでも自分を止められなかった。それはやはりゴンを利用されたからだろう。(実際のところザンクはゴンのことを知らないので、それはキルアの勘違いなのだが)

 

「…ゴン」

 

思えば、自分が冷静になれるのもこうして取り乱すのも、ゴン絡みでのことが多かった。ゴン以外ではアルカくらいしかそんな人物はいない。父親と祖父は尊敬しているし大好きでもあるが、ここまで感情的になれるかと聞かれたら即答は出来ないだろう。全身を襲う苛立ちの中、改めてゴンが自分の中でとても大きい存在だということを思い知らされた。

 

「…結局、奴らと会うチャンスを逃しちまったな」

 

当初の目的はナイトレイドのメンバーと再会することだったが、今の状態で彼らに出会ったら、八つ当たりで一人か二人は殺してしまいそうだったので、キルアは彼らとの対面を避ける為にあの場所を立ち去ったのであった。あの場所こそ今夜ナイトレイドが仕事をするとカガリから聞かされていた場所だったのだ。今、冷静に考えれば、彼らの仕事とはキルアが殺したあの男に関するものだったのだろう。そう言えば闇に紛れて悪を討つなどと宣う悪の集団…のように手配書には書かれていたように記憶している。あの男は彼らにとっての悪ということなのだろう。では、その悪を惨たらしく殺した自分は何なのだろうか。

 

「…やっぱり俺はアイツらとは違うんだな」

 

そう呟くキルアの脳裏にはナイトレイドのメンバーが浮かんでいた。彼らは皆、信念を持っていた。直接この目で見たからよく分かる。それは、キルアとは決して交わらないものだろう。

 

「…………」

 

キルアは部屋の明かりを点けていなかった。夜も遅いし、すぐに眠りにつきたかったからである。しかし、頭も体も先程のことで嫌に興奮している。まだ、当分は眠れそうにない。

 

「ュ……」

 

そんな折、キルアの耳にネズミの声が聞こえてきた。視線を向けると、そこには一回り大きいネズミが一匹。グリー、或いはグラーであった。彼…若しくは彼女はキルアの姿を見とめるなり壁をコツコツと規則正しく叩き始める。キルアはすぐにピンと来た。モールス信号である。

 

“周りに誰もいないか?イエスなら今から三十秒以内にグリーを撫でろ”

 

凡そ、そんな内容であった。

 

(つーか、コイツはグリーだったのか…)

 

キルアは目を閉じ、周囲の気配を探る。少なくとも誰かがこの部屋を覗いたり聞き耳を立ててているような気配は無かったので、キルアはグリーの頭を撫でた。トゲトゲとした毛が手の平に刺さる。

次の瞬間、グリーからオーラが発せられるのをキルアは感じた。と、グリーがすくっと二本足で立ち上がる。

 

「よう。首尾はどうだ?」

 

グリーの口が動き、カガリの声で話し始めた。まるでカートゥーン番組を見ているようである。尤も、そんな可愛らしいものでも無かったが。

 

「カガリ…か?」

「ああ。俺だ」

「…これもアンタの能力なのか?」

「まあな。ある条件を満たすとこうしてグリーかグラーを通して会話が出来るようになる。まあ、トランシーバーみたいなものだと思ってくれ。電話と違って盗聴される危険性も少ないぞ。尤も、俺の力だと俺がここに留まる限りはこの街の中まででしか会話は出来ないがな」

「こんな能力隠してたのか。もしも周りに誰かいたらどうするつもりだったんだ?」

「その時は違う方法を取るつもりだった。…実のところお前に話してない能力はまだいくつかあるんだ。まあ、お前だって俺に能力のことは話してないんだから、そこはお互い様ってところで」

「…まあ、確かに協会との連絡係なんて任務を受けてる奴が裏切るかもしんねー奴に自分の能力を全部話すような真似はしないよな」

「そこまでお前を信頼していないわけじゃないが、念の為にな。お前も念能力者なら分かるだろう?」

「まあね」

 

カガリと話す内にキルアの苛立ちは段々と収まってきていた。面と向かって話していないというのもあるのだろう。先程に比べ、キルアはかなり冷静さを取り戻していた。

 

「…で、ナイトレイドと無事接触出来たか?」

「悪ぃ。ちょっと事情があって会えなかった」

「そうか…。まあ、そういうこともあるだろうさ。次に出現する場所が分かったらコイツらを派遣して教えるよ。お前の匂いを覚えさせたから街中何処にいてもお前の元へ辿り着ける筈だ」

「ああ、分かった。でも、いいのか?コイツら協会との連絡用なんだろ?」

「その辺はこっちで上手く調整するさ。お前が思っているよりもグリーとグラーを自由に動かせる時間は多いから、お前が気にすることじゃないよ」

「分かった。そうするよ」

「こっちは今のところ何も無い。嵐の前の静けさってのはこういうことを言うのかね?」

「その嵐が起きる前に何とかすんのがアンタらの仕事だろ?」

「…だな。それじゃあ切るぞ」

「ああ」

 

カガリが言い終えると同時にグリーはまるで憑き物でも落ちたかのように四つん這いとなった。そして、自身が任務を終えたのだと分かるとそのまま夜闇の中へ消えていった。

カガリとの会話で今、自分がすべきことを思い出したキルアは先程までの激情を振り切るかのように頭を振った。そして、パチンと両の頬を叩くとベッドの上に移動する。

 

(…取り敢えず、今寝れる内に寝ておくべきだな)

 

そう考え直し、シーツをかけて眠りにつく。あの短い会話で心が大分落ち着いたのか、今ならばすぐに眠れそうであった。

 

(…明日、カガリからの連絡が無ければ、直接奴らのアジトへ行くとすっか。無駄足になんなきゃいーけどな)

 

キルアはチラリとアルカを見る。相変わらず幸せそうな寝顔であった。

 

(…悪ぃなアルカ。この仕事が終わったら、またお前だけのお兄ちゃんになってやるからな)

 

謝罪するように視線を向けた後、キルアは目を閉じる。その日、キルアは特に夢を見なかった。



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第6話 ①

アカメたちからの報告を受けたナジェンダはまたも頭を抱える。暗殺対象であった人斬りザンクの惨殺。犯人は不明とのことだが、何となく検討はついていた。恐らくはあのキルアという少年だろう。

 

(…驚くべきは、帝具使いである奴をそこまで圧倒した点。か)

 

ナジェンダはチラリとアカメたちが回収してきた帝具、五視万能「スペクテッド」へ視線を移す。

 

(この帝具は、ある意味ではただ強力なだけの帝具よりも厄介だ。正直なところ、ザンク自体は大した相手でも無いが、この帝具の使われ方によっては苦戦は必至。少なくとも、我々の足元を掬うには十分だったろう。それをいくら実力があったとしても、恐らく帝具の存在さえもよくは知らないと思われる少年が初見で破るなど有り得るのか?)

 

無論、ザンクが帝具を使用する前に殺られた。という可能性もある。だが、ザンクの手口を調べるに奴が殺人を行う際に帝具の力を使用していることはまず間違い無い。例え子供相手でも容赦はしなかったであろう。

 

“帝具を使われた上で帝具使いを圧倒した。”

 

理由をつけて相手を下に見積もるよりも、そう考えた方が再度対峙した際には良いだろう。次、目の前にキルアが現れた時、こちらと敵対しないとは言い切れないからだ。何しろ彼はイレギュラーなのだから。

 

(…つくづく厄介な存在ではあるな。だが、だからこそ魅力的であるとも言える)

 

ナジェンダは目前に立ったキルアのことを思い出す。あの目、そしてあの身のこなし。間違いなく彼はこちら側の住人だろう。ただ、その闇の深さは自分たちの比ではない。オパールかブラックオニキスのように妖しくもこちらを吸い寄せる闇の色。アカメでさえあそこまで深い闇では無かった。幼いのにここまでとは流石は噂に聞くゾルディック家の一人だとナジェンダは感心する。

 

(こちらもスケジュールを早める必要があるな…。早めの増員も考えねばならないかも知れん)

 

キルア=ゾルディックという不確定要素は現状はナイトレイド、ひいては革命軍に対して有利に動いている。ならば、攻勢に出るのも今の内と考えるのはごく自然な思考であった。何時、彼が利敵行動に出るのか分からないのだから。

 

(…エスデスが何時、帝国に呼び戻されるかも分からないからな)

 

帝国の将軍であり、ナジェンダのかつての同僚であったエスデス。彼女も帝具使いであるが、ナジェンダの知る限りでは彼女こそ最強の帝具使いと言っても過言ではない。扱う帝具が強力なのは言うまでもないが、彼女自身の実力も並外れているのだ。それは側にいて強烈な寒気を感じる程に。彼女一人でこの戦況が大きく変わってしまうことは間違い無いだろう。現在は北方の異民族制圧に駆り出されているが、彼女だったらこちらの予測よりも早くそれを終えてもおかしくはない。北方の異民族には北の勇者と呼ばれる猛者がいるらしいが、楽観は出来ない。時間はもうあまり無いのだ。

 

(出来ることは可能な限り迅速に…。この時流を見誤ると、その代償は我々の命かも知れん。大袈裟では無くな)

 

このナジェンダの判断は凡そ正しい。そう、凡そは。

 

 

 

「…ここなら誰もいない、か」

 

キルアは周囲に誰もいないことを確認して路地裏へ入った。なお、アルカも一緒である。そして、服の中から一匹のネズミ…アルカ曰くグラーだそうだが、彼女を取り出すと、その頭を三回撫でた。すると、グラーからオーラが放たれて、彼女の口から例によってカガリの声が出て来る。

 

「…よお。元気か?子供は元気が一番だからな」

「余計なことは言わなくていーよ」

 

キルアは少し冷たくあしらう。それもその筈で、今朝宿から出たキルアたちが朝食を取りに近くの大衆食堂へ入ってすぐにグラーがやって来たのだ。食事を邪魔されたようでキルアは少し不機嫌であった。

 

「で、用件は何?」

「相変わらずドライな奴だな、お前は。ナイトレイドの情報が掴めたぞ」

 

これはキルアにとって朗報であった。昼まで特に連絡が無ければ、直接ナイトレイドのアジトへ向かおうと思っていたところだったからだ。

 

「へー、昨日の今日で随分と早く分かるもんなんだな」

「革命軍とナイトレイドはほぼ連動しているからな。彼らの任務だけならば、革命軍を張っていればある程度は掴むことは可能だ。勿論、彼らが独断で動いている時や彼らの詳細な動きはこちらからは掴めないし、だからこそお前に依頼したわけなんだが」

「分かってるって。今度はちゃんと潜入するよ」

「頼むぞ?」

「…ところで、昨日の今日でまた任務ってのは行動が早くないか?少なくとも俺が帝都へ来てからは毎日だぜ?ナイトレイドってそんな毎日毎日標的殺しに行ってんの?」

「偶々だろ。と、言いたいところだが、スケジュールを急いでいる感があるのは否めないな。革命軍でもその傾向がある。恐らくはエスデスが帝国軍へ戻って来ることを懸念してるんだろうな」

「前から気になってたんだけど、そのエスデスって奴はそんなヤバイの?」

 

キルアがそう尋ねると、カガリが少し沈黙した後に答えた。

 

「…かなり、な」

「でも、念は使えないんだろ?」

「念が使えなくても、それを補って余りある武器を持っているからな。帝具って知ってるか?」

「いや、知らない」

 

それらしきものを見たことはある、とはキルアは言わなかった。カガリはこちらをかなり信用しているようだが、キルアはカガリのことをそこまで信用してはいないからだ。こちらから提供する情報は少なくし、相手の情報を多く引き出す。駆け引きとしては常套のやり取りである。

また、帝具についてもあくまでそれ“らしき”ものであって、確信があるわけではない。具体的には、アカメという黒髪の少女が持っていた触れたらヤバそうな刀、昨夜キルアにゴンの幻を見せた男が額に付けていたスコープのようなもの。並々ならぬオーラを放っていたそれらが“帝具”である可能性は非常に高い。

 

「…んで、その帝具がどうかしたの?」

「ああ、帝具ってのは特殊な能力を持つ武具のことでな。まあ、俺たちの念のようなものだと考えればいい。尤も使い手を念ほど限定はしないみたいだがな」

「つまり、誰が持っても同じ能力を使うことが出来るってワケか」

「ああ。だから、強力な能力の帝具を強力な人間が持ってしまったら手がつけられないってわけさ」

「…それがエスデスってことか」

「その通りだ。氷の力を使うということは分かっているのだが、その具体的な能力については分かっていない。一説に奴は数十万人の民族を一瞬で滅ぼしたこともあるそうだ。少なくともそれだけの力を持つ人物なわけだから、帝国軍へ戻られる前に革命軍もナイトレイドも何とかしようと考えるのは自然だろうな」

「なるほど、ね」

 

キルアの頭の中にエスデスという名前が要注意人物としてインプットされる。帝具とやらの詳細が分からない以上、油断ならない相手だろう。

 

「…話を元に戻すぞ。ナイトレイドは今夜、二ヶ所を襲撃する予定だそうだ。詳細な場所については会話が終わった後にグラーに地図を書かせるからそれを見ておけ」

「オッケー」

「それじゃあな。また今夜連絡する」

 

そう言い終えた後、例の如くグラーは四つん這いになり、また「チュウチュウ」としか言わなくなった。そして、身に付けていた小さなペンを口に咥え、これまた身に付けていたメモ用紙(丸めてある)を広げて器用に地図を書き始めた。

 

「わーすごいすごい」

 

それを見て無邪気に喜ぶアルカ。キルアはアルカの頭を何度も撫でてあげた。無論、グラーに触れていない方の手で。

 

(さて、ちゃんと仕事するとすっか)

 

昨夜のことを反省し、プロのハンターとして受けた依頼を果たす。その顔はかつて暗殺者として仕事をしていた時とは違う、爽やかなプロの顔であった。



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第6話 ②

セリュー・ユビキタスは帝都の警備兵である。絶対正義の名の下、帝都を揺るがす悪を成敗するのが彼女の仕事であり、また生きる意味でもあった。まだうら若き乙女である彼女がそうなったのはひとえに父親の影響が大きい。彼女の父親も元帝都の警備兵であった。実力者であり人格者でもあった彼女の父は誰からも慕われる好人物で、セリューもまたそんな父のことを尊敬し、家族としても深く愛していた。正に、誰に誇れる存在とは彼のことを言うのだろう。

しかし、彼は死んだ。賊の卑劣な手により殺されてしまったのだ。セリューは深く悲しんだ。それはただ最愛の父が死んだという理由だけではない。彼女の父が、そしてセリューが信じた正義が賊如きに脆くも破れ去ったということ。その事実が何よりも彼女の心に深く闇を落とす。やがて、セリューは誓う。自身の正義を持って、この世の悪全てを滅ぼすと。それが最愛の父に対する最大の供養であり、ひいては父を殺した者への復讐となる。自分の信じた正義こそ絶対なのだと全ての人間に証明するのだ。

皮肉にも、そう誓った時のセリューの表情は父を殺した賊と同じ狂気に満ちていた。そのことを彼女は知らない。

 

 

(…見ぃつけた!)

 

セリューは木の上から、逃げるように走り去る二人の少女を見つける。ツインテールの少女とメガネの女の二人。メガネの方は手配書に載っている顔であった。そのことからセリューは彼女たちがナイトレイドであるという確信を得ていた。気配を消し、闇に隠れているので向こうに自身の存在を悟られてはいないようだ。

セリューはチラッとコロを見た。コロは生物型の帝具で犬のような形をしている。この手の帝具は、通常の帝具よりも使い手選ぶのだが、コロは運良くセリューに懐いてくれた。日々、悪人の抹殺の為に鍛えている自分にとって、コロの存在は正に鬼に金棒。ナイトレイドだろうが、帝具使いだろうが、今の自分には負ける気がしない。セリューはほくそ笑んだ。

 

(正義の…執行!)

 

タイミングを見計らい、木の上から二人へ飛び掛かる。奇襲のつもりだったが、向こうもやはり伊達に悪事を重ねてきてはいない。攻撃に移った際の殺気でこちらの存在に気付き、交わされてしまった。

 

(チッ、悪人どもが…。大人しくやられてくれればいいものを)

 

セリューは舌打ちすると、改めて二人の少女へ向き直り構える。と同時に敵も双方ともに武器を構えた。ツインテールの少女は大砲のように大きな銃。メガネの女は巨大な鋏。どちらも帝具に間違いないだろう。ふとセリューは帝具使い同士が戦うとどちらか一方が必ず死ぬという話を思い出した。

 

(…面白い!死ぬのは悪人である貴様らだナイトレイド!!)

 

セリューはニヤリと笑うと即座に持っていた笛を吹いた。これは、緊急時などに兵を召集する為のものである。これで、間も無く警備兵たちがここへやって来るだろう。

 

「…他の警備兵たちが来る前にコイツを!」

 

ツインテールの少女の方が最初に動いた。銃の照準をセリューの頭部へ向けた。確実に殺すつもりらしい。

 

「コロ!!」

 

セリューがそう叫ぶと、コロが一瞬で化け物へと変貌する。その姿は熊よりも巨大で、厳つく禍々しいものであった。コロはご主人様を守る為、素早くセリューの前へ立ち、彼女の盾になる。

 

「生物型の帝具!?でも…!!」

 

ツインテールの少女は引き金を引いた。

 

「まとめて倒す!!」

 

意気込んで放った砲撃ではあるが、それはコロの肉体を貫くことは無かった。そして、砲撃を受けたコロの肉体は瞬時に修復される。

 

「くっ!?」

「コロ!やれ!!」

 

セリューの命令と同時にコロがツインテールの少女へ襲い掛かる。ツインテールの少女は見た目によらず動けるようだが、帝具であるコロに敵う筈もない。もう一人のメガネの女も応戦するが、状況は改善していない模様だ。二人の帝具使いを相手にコロは圧倒的な力の差を持ってどんどん追い詰めていく。それを見てセリューは言い知れぬ喜びを感じていた。自身の正義で悪が押されている。これを喜ばずにいられようか。そして、セリューもまた二人の首を取ろうと戦いの和の中へ入ろうとしていた。

 

「ナイトレイドォォォォーーーーー!!」

 

セリューの咆哮が辺りに響き渡る。今の彼女は獲物を見つけた獰猛な獣そのものであった。

 

 

 

(不味い!このままじゃ!!)

 

戦いの中、マインは焦りを募らせる。生物型の帝具を使う目の前の女は直前に笛を吹いていた。あれはもしかしなくとも他の警備兵を呼び寄せる為のものだろう。そう遠くない内に敵の援軍がこの場へやって来る。たかだか雑兵くらい普段ならば相手では無いが、帝具使いとの交戦中というこの状況下では不利以外の何者でもない。それにナイトレイドの中で顔の割れていない自分がここで手配書に載ってしまうのも大きなマイナスとなる。防ぐ為には目撃者全員を消すことだが、それはナイトレイドの本意ではない。

 

(最善なのは、この女をさっさと倒してこの場を去ること。だけど…)

 

想定以上に相手は強い。特にこの生物型の帝具は今まで相手にしてきた連中とは桁違いの強さである。生物型の帝具はコアを潰さない限りはその脅威的な修復力で死ぬことのない厄介な相手である。マインの帝具、浪漫砲台「パンプキン」は、ピンチになればなるほどその威力を増すという兵器だが、現状もかなりのピンチであるにも関わらず、それを打破するに至ってはいない。それだけ相手が強いということなのだろう。

 

「…………!!」コクッ

 

シェーレがアイコンタクトをこちらへ送って来た。どうやら彼女は使い手の方を狙うつもりのようだ。この手の帝具のもう一つの対処法としては、使い手を先に潰すというものがある。マインは無言で頷くとシェーレの為に相手の隙を作り出すことに専念し始めた。足止めの為に「パンプキン」を連射する。しかし、威嚇の為の低威力な砲撃ではなかなか相手の動きを止められない。寧ろ、それをいいことに敵の帝具が強引にこちらへ向かって来た。

 

(どんだけ頑丈なのよコイツ!!)

 

「マイン!」

 

シェーレの呼ぶ声。気が付くと敵の帝具が目の前にいた。

 

「しまっ…」

 

重い衝撃。それは、マインが敵の帝具の一撃をまともに受けてしまったということであった。彼女の体がまるで人形のように地面を転がっていく。

 

「ガハッ!」

 

マインは口内が塩と鉄の味でいっぱいになると同時に口から血を吐き出す。そして、激しい痛みが彼女の全身を襲った。どうやら骨を何本かやられたらしい。

 

「グルルルルル…」

 

敵の帝具は間髪入れずにマインの元へ近付いてくる。このまま止めを刺すつもりなのだろう。体を動かすことの出来ない彼女にとっては絶望的な展開である。この時、マインの脳裏には何故かタツミの顔が浮かんでいた。

 

(何で…こんな時にアイツの顔なんて…!!)

 

自然とマインの目には涙が溢れてくる。やがて彼女の視界には敵の帝具の顔が入ってきた。獲物を前に舌舐めずりをしている。強者の余裕であった。そして徐にマインへ向けて手を伸ばしてくる。

 

(死にたく…ない!!)

 

マインは自身を襲ってくるだろう衝撃を覚悟し、目を閉じた。

しかし、覚悟していたその衝撃はやって来る気配もない。

 

「…………え?」

「マイン……」

 

か細いシェーレの声。薄っすらとマインは閉じた目を開けていく。視界に最初に飛び込んで来たのは、敵の帝具に掴まえられてしまったシェーレの姿であった。巨大な手でしっかりと握り締められている。考えずともシェーレが自らの代わりになったのだとマインは理解した。

 

「シェーレ!!」

「マイン…逃げて」

 

今にも消え入りそうな声であった。もしかすると掴まれた際に内臓を潰されてしまったのかもしれない。助けなければと思うのだが、体が言うことを聞いてくれない。

 

「動…け!動いて…よ!ここで動けなかったらシェーレが…」

「無様だな悪人」

 

と、マインの前に使い手の女が立ちはだかる。自身の勝利を確信し、嘲笑うかのようにマインを見下ろしていた。

 

「どき…なさいよアンタ!」

「…セリュー・ユビキタス」

「な…に…?」

「お前ら悪人どもを滅ぼす名だ。よく覚えておけ」

「くっ…!」

 

今度こそやられる。マインがそう思ったその瞬間であった。

 

 

「グゥアアアアアアアア!!」

 

突如、敵の帝具の叫び声が聞こえた。使い手の女も何事かと後ろを振り返る。すると、シェーレを捕らえていた化け物の腕が宙に浮かび上がっているのが目に飛び込んできた。地面へ落ちると同時にシェーレが敵の帝具から解放される。

 

「シェーレ!」

 

シェーレは何者かに抱き抱えられていた。よく見ると小柄で、子どものようであった。

 

「…………!あ、アンタ!?」

 

マインが見たもの。それは、ついこの間ナイトレイドのアジトへ侵入してきた小生意気な銀髪の少年の姿であった。

 



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第6話 ③

シェーレの頭のネジは外れている。

 

生まれつき物忘れがとても多かった彼女は、どんな簡単な仕事でもミスばかり繰り返し、まともに働くことさえも儘ならなかった。家事さえも全く出来ない彼女は家族からもお荷物扱いをされていた。一人ではとても生きてはいけないだろうと悲観されることさえあったくらいである。シェーレ自身もそのことを自覚してはいたが、それでも生きていく為には例え怒鳴られようが馬鹿にされようが足掻かなければならなかった。あまりの無能ぶりに誰からも疎まれる彼女には家にも仕事場にも居場所と呼べるようなものは無かった。

そんな彼女にも親友と呼べる存在はいた。彼女はシェーレの極度の物忘れに呆れつつも、公私共にきちんと支えてくれる素晴らしい女性であった。シェーレが不手際で仕事をクビになった時には、一緒に辞めて新たな仕事を探してきてくれる程である。暗殺者となる前のシェーレにとって親友が大事な存在であったのは確かなのだが、それでも何処か自分と彼女が違うという違和感のようなものをシェーレはかねてから抱いていた。

ある日のこと、親友が以前付き合っていた男が二人の前に現れた。粗暴で柄の悪い男は別れられた腹いせに親友を襲い殺そうとしたのである。たまたま一緒に居合わせていたシェーレは親友を救う為、咄嗟にその場にあった包丁で男を殺害した。その時の彼女は自分でも驚く程に冷静であった。後悔も恐れもなく、ただ自分が人を殺したという事実を自然と淡々と受け入れ、的確に事後処理を行っていた。その時、普段のミスばかりしている彼女は何処にもいなかったのである。シェーレのその姿に、親友は男に襲われた時よりも恐怖していたという。

その事件から数日後、男が殺されたことを知った仲間たちが報復の為に再び親友へと襲い掛かってきた。この時、シェーレは一緒では無かった為、親友は呆気なく殺されてしまう。更に悪いことに男の仲間たちは主犯がシェーレであることを突き止め、遂には見せしめとして彼女の家族をも皆殺しにしてしまったのであった。それらを知った時、シェーレが感じたのは怒りでも悲しみでもなかった。

 

(次に狙われるのは…きっと私)

 

シェーレはその日から護身用に包丁を携帯し始める。常に周囲に気を配り、何時襲われても対処出来るように心掛けていた。

かくして、男の仲間たちはシェーレの前に現れた。白昼堂々、武器を手にした屈強な男たちが一人のか弱き女性を囲む。普通ならば即通報ものだが、シェーレが当時住んでいた帝都の下町はそんなに優しい場所では無かった。誰もが見て見ぬフリをし、中には遠くから面白そうに見ている者さえいたくらいである。数の有利からか、男たちは自分たちの勝利を一切疑わず、どうせ殺すならその前に遊んでやろうかと算段する余裕さえあるようであった。

そんな中でもシェーレは冷静であった。男たちの隙をついて、包丁で目の前にいたリーダー格の首を掻っ切る。正確無比な一撃は目の前の男の命をあっという間に奪った。突然のことに動揺する他の男たち。シェーレはその隙を見逃さない。続いて側にいた男二人の首を同時に切り裂く。突き刺さないのは包丁が体から抜けなくなることを懸念してのことであった。囲んでいた男たちの半分近くが数瞬の内に肉塊と化すと流石に残った男たちも黙ってはいない。それぞれが持っていた武器でシェーレを殺そうと動いた。だが、シェーレは慌てることなく一人、また一人と手にした包丁で返り討ちにしていく。ただの料理包丁がまるで妖刀であるかのように魂を吸い取っていった。その最中、シェーレは薄々と気付いてはいた自身の才能を確信する。そして、これこそ何も出来ない自分に唯一出来ることなのだと、喜びさえ覚えていた。

気が付くと、シェーレを囲んでいた男たちは一人残らず絶命し、当の彼女は返り血こそ体に浴びていても傷一つ負っていないという異様な光景になっていた。見物人はその光景に恐れおののき、次は自分が殺されるかも知れぬと我先にその場から逃げ去っていく。シェーレはその様子をまるで他人事のように見ていたが、より大きな騒ぎとなる前に現場から去っていった。無表情で歩くシェーレ。家族、そして親友の仇を取った彼女の胸中に去来したのは喜びでも虚しさでも無く、ただの“無”であった。

その日を境にシェーレは人知れず悪を狩り始める。手配書に載った罪人、自身の目で見つけた悪人などを夜闇に紛れて手当たり次第に始末していった。正義の為でもなく、自己満足を得る為でもなく、彼女にはそれしか出来なかったから。自身の才能を活かす道がそれしか無かったのである。この時の彼女は半ば自暴自棄であったかも知れない。命の捨て方に戸惑っている。そんな風にも見えた。彼女がナイトレイドへスカウトされたのはそんな時であった。特に断る理由も無かったのでシェーレは彼らの申し出をすんなりと快諾する。ここに、ナイトレイドのシェーレが誕生したのであった。

ナイトレイドのボス、ナジェンダはシェーレに何でも切り裂く大きな鋏の帝具、万物両断「エクスタス」を与えた。彼女はそれを使って今度はナイトレイドとして悪人を始末するようになる。最初はいつもと変わらないと思っていた。しかし、ナイトレイドには特異な彼女の才能を活かす場とその才能を認めてくれる人間がいる。その環境が彼女を少しずつ前向きに変えていった。やがて、ナイトレイドには同士が増えていった。彼らと話したり、一緒に戦ったりするにつれ、シェーレは何時の間にか笑顔でいることが多い自分に気が付く。ここにいるのは多かれ少なかれ彼女と同種の人間なのだ。ここでは家族や親友の前で感じていた孤独を感じることは無い。それが彼女の失われつつあった感情を取り戻すことになったのだ。

 

(ここが…私が居てもいい場所。私の居るべき場所)

 

ようやく彼女に本当の意味での仲間と居場所が出来た瞬間であった。

シェーレはナイトレイドが大好きであった。何だかんだ理由をつけても自分たちの行っていることが結局はただの殺人であることは分かっている。それは一人で行動していた時も同様であった。しかし、ナイトレイドにはその汚名を一緒に被ってくれる同志がいる。ずっと心の何処かで孤独を感じていた彼女にとって、それがどんなに大きなことだったかは想像に難くない。ナイトレイドの仲間は何よりも大切なものとシェーレは思っていた。

だから、シェーレは身を挺してマインを庇ったのだ。ようやく手に入れることの出来た仲間を失うよりも、自身を犠牲にすることの方が何と楽なことか。敵の帝具に捕まって肋骨が折れ、内蔵に損傷を受けても、マインを救えたことでシェーレは痛みなどまるで感じなかった。

 

(マインは…絶対に殺させません!)

 

自分の命を使うのであればここだ。薄れ行く意識の中、シェーレはそう思って万物両断「エクスタス」の奥の手を使おうとした。

その時、彼女の体がふわりと軽くなる。先程までの強い圧迫感も消えていた。靄のかかった視界に薄っすらと見えたのはあの少年であった。何処かナイトレイドへ拾われる前の自分に似ている気がした銀髪の少年。名前は確か…。

 

「キル…ア……?」

 

 

(間一髪、だね)

 

キルアは着地すると抱えていたシェーレを地面へ下ろす。

 

「どうして…ここに?」

 

シェーレが僅かに口を動かす。弱々しい感じだが、致命傷には至っていないようだ。

 

「ん、たまたま通りすがり」

 

キルアがそう言うと、シェーレは微笑んだ。

 

「アンタ…」

 

もう一人、マインがこちらを信じられないといった表情で見つめていた。彼女の方がシェーレよりも重傷のようだ。

 

「…アルカ。二人をちょっと見ててくれるか?」

「うん」

 

キルアにおんぶされていたアルカは地面へスタッと降りると、心配そうな顔でシェーレとマインの顔を覗き込んだ。それをチラッと見やると、キルアはすぐにセリューの方へ向き直る。

 

「お前は…あの時の!」

 

セリューはキルアが先日道を案内した少年だと気付いた。思わぬ邪魔が入ったこととコロの腕が簡単に千切れ飛んだことに思わず歯噛みする。

 

「…悪人に手を貸すんですか?」

「悪人?それ、どう見ても今のてめーのことだろ?」

「ああ!?」

 

自身を悪と呼ばれ、セリューは逆上する。尤も、これはそれを狙っての挑発であったが、相手が案外あっさりと乗ってきたのでキルアは拍子抜けした。

 

「おいおい。図星だからって逆ギレすんなよ。みっともねーなー」

 

更に追い討ちを掛けるキルア。逆上した相手ほど手玉に取りやすい相手はいない。既にこの場はキルアに支配されつつあった。

 

「…コロ」

「グルルル…」

 

コロと呼ばれた化け物が瞬時にセリューの側に近寄る。キルアが手刀で切り落とした腕は既に再生されていた。

 

「…子供と言えども悪人に手を貸すなら容赦はしない。それにお前は私を悪と言った。絶対に許さない!やれ、コロ!」

「グォォ…」

「よっ、と」

 

セリューの命令でコロが動くよりも先にキルアの強力な飛び蹴りが炸裂した。足先がコロの顔面へめり込むと、その勢いのままコロは数十メートルも後方へ吹っ飛んでいった。あまりの早業にセリューも呆気に取られた表情となる。

 

「え…?そんな…、コロ!」

「なーんだ。別に大したことないな。てめーの飼い犬はよ。これならウチのミケのがずっとやべーんじゃねーの?」

 

そう言ってキルアは飛んでいったコロへ目を向けた。と、コロがよろめきながらも立ち上がっているのが見える。

 

「へー、あれで立ち上がれるんだ」

「油断しないで…」

 

そう声を掛けてきたのは、アルカによって身を起こされたマインであった。

 

「そいつは生物型の帝具よ…。体の何処かにあるコアを狙うか、使い手を何とかしない限りは死なないわ」

 

マインが必死にキルアへ情報を伝える。悔しいが、この場を何とか出来るのは今はキルアしかいない。何故、こちらの味方をしているのか彼女には分からないが、シェーレと二人で生きて戻るにはキルアに頼るしかないと考えたのだ。

 

「…ふーん。なるほどね。オーケー。サンキューな」

 

キルアはマインへ謝意を述べる。手っ取り早いのは目の前の使い手を殺ること。そう考えたキルアはセリューへ視線を向けた。同時にセリューも構える。

 

「無駄な抵抗だね」

 

キルアはすかさず肢曲を繰り出すと、緩急をつけた動きでセリューを幻惑させる。気が付いた時にはセリューの懐に入っていた。

 

「なっ!?」

「ほらよ!」

 

キルアは両の掌に念を集中させるとそれを高圧電流に変化させてセリューの胴体へ叩き付けるように放った。これは「雷掌(イズツシ)」という技である。

 

「コハッ!」

 

声にならない声を上げてセリューは膝をついた。

 

(電流!?何故…?何処に隠し持って…!?)

 

セリューはすぐに視線をキルアへ戻した。キルアは追撃せずに悠然と彼女を見下ろしている。

 

(余裕か?…クククククク)

 

セリューは思わず吹き出しそうになった。強力な一撃を与え、すぐには反撃して来ないだろうと高をくくっているのだろう。その身体能力の高さには驚かされたが、所詮は子供。詰めが甘い。

 

(その生意気な面に風穴を開けてやるよ!)

 

セリューの体内には武器が仕込んである。恩人であり師の知り合いであるDr.スタイリッシュにより改造手術を受けたからだ。その師オーガはナイトレイドに殺された。これはその弔い合戦でもあるのだ。

 

(死ね!ナイトレイドに与する悪人が!!)

 

セリューは口を大きく開け、中に仕込んだ銃口をキルアの額へ向けた。そして、躊躇うことなく引き金を引く。激しい銃声と発砲の衝撃は…全く訪れなかった。

 

(…………え?何で?)

 

頭が真っ白になるセリュー。その様子を見ていたキルアがニヤリと口角を持ち上げる。

 

「…アンタさあ、体の中に何か仕込んでんだろ?」

「!?」

 

何故、気付かれた。そうとでも言いたげにセリューは口をパクパクと動かす。キルアはやれやれと肩をすくめてみせた。

 

「だってアンタ、歩いてる時の体の重心があからさまにおかしかったぜ?んなもん体に武器か何か仕込んでますって宣伝してるようなもんじゃん」

「そんな…まさか、初めて出会った時から見抜いて…?」

「知ってるか?精密機械ってのはさ、本当に繊細でちょっとした電流で動かなくなることもあるんだぜ?ウチの豚兄貴も自作PC組み立ててる時にたまたま静電気が発生して全部おしゃかになっちまった、なんてことがあったらしーしな」

「まさ…か…」

「てめーの体の機械、全部おしゃかにしてやったよ。二度と動かねーようにな」

 

残酷な現実を告げるキルア。恩人から貰った奥の手さえ使用不能となったセリューは絶望でボロボロと涙を流し、人目も憚らず失禁していた。



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第6話 ④

「どう…して……?」

 

セリューはガクガクと震える声で呟く。

 

「正義が…。正義が、悪に屈するなんて……」

「あのさあ…」

 

キルアが面倒臭そうに口を開いた。

 

「前にも似たようなこと言ったと思うけどさ。正義とか悪とか、あくまで概念であって、定義じゃねーんだよ。言ってみりゃ自己満だな」

「…………」

「要するに、てめーは自己満で今まで人殺して来たんだよ。てめーの言う悪と何か違うのか?」

「ああ……」

 

キルアの言葉にセリューは心が完全に折れてしまった。正義という大義名分を持ってセリューは多くの人間を死に追いやってきた。(そのことをキルアが知っていたかは定かでは無いが、そうでなくとも想像するのは容易い)。その全てが否定されたのである。自身の正当性を示そうにも体は全く動かない。生殺与奪は明らかにキルアの方へある。

 

「グォォ!!」

 

と、その時、コロが物凄い勢いでキルアへ襲い掛かってきた。主人のピンチを救おうと必死なのだろう。コロの牙がキルアの目前へ迫る。

 

 

ズブッ。

 

 

セリューは額へ強い衝撃を感じた。見ると、キルアの指が額へ深々と突き刺さっている。それは頭蓋骨を突き破っており、脳に直接触れられているのがセリューには嫌でも感じられた。同時に強烈な吐き気と目眩が誘発される。

 

「動くな」

 

キルアが冷たい口調で言い放つ。

 

「動くと殺す。余計なことを言っても殺す。今から俺の言うこと以外のことを実行しようとしたらその時点で殺す」

 

キルアのセリューを見る目。まるで、これから害虫を殺すかのように慈悲も憐れみも一切感じられない。これは交渉の類ではない。完全なる命令。逆らうことは許されない。

コロは大きな口を開けたまま静止していた。動けば自身の主人が殺されると本能で悟ったのだろう。それを見て取ったキルアはセリューに要求を告げる。

 

「あのクソ犬を完全に止めろ。二度と動かすな」

「…………!!」

 

コロを止めなければ死ぬ。それは間違いない。だが、コロを止めたところで無事では済まないだろうという確信がセリューにはあった。その中で彼女は決断する。迷いは一切無かった。

 

 

「コロ!!こいつを殺…」

「あっそ。じゃ、死ね」

 

全てを言い終わらぬ内にセリューの脳はキルアの指に貫かれた。更には強い電流で脳細胞の全てが焼き尽くされる。父親への敬愛、悪人に対する怒りと復讐心、帝国への忠誠…その全てが頭の中から消え去り。

全てを失ったまま、セリューは絶命した。

 

「キャィーン!」

 

主人の死と同時にコロは前のめりに倒れた。そして、主人の亡骸を求めてバタバタと手を動かす。

 

「クーンクーン……」

 

やがて、ゼンマイの切れた人形のようにコロは動かなくなった。この時を持って、コロは帝具・魔獣変化「ヘカトンケイル」へと戻ったのである。

キルアはその様子を何の感慨も無く見つめた後、興味を抱くことさえ無いかのように背を向けた。

 

「…待たせたな、アルカ」

 

先程までの冷酷な表情から一転。アルカの前でキルアは優しいお兄ちゃんの顔になった。

 

「お兄ちゃん、カッコ良かった!」

「ありがとな」

 

キルアはアルカを抱き締めると、その頭を優しく撫でる。

 

「ちゃんとお兄ちゃんの言い付けを守って偉いぞアルカ」

「わーい」

「…………」

 

マインは二人の様子を何か見てはいけないものを目撃しているかのような目で見ていた。つい先程まで敵を圧倒した時の怖気のようなものは鳴りを潜め、急に普通の人になったみたいである。

 

「おい、お前ら動けるか?」

 

キルアが声を掛けてきた。

 

「馬鹿にしないで。このくらい…」

「私は…肋骨をやられましたが何とか動けます」

 

マインとシェーレは現在の自分たちの状態を報告した。自力で立ったシェーレはともかく、立ち上がろうとしていてそれが出来ないマインが重体なのは見て取れた。

 

「もうすぐここに奴らの仲間が来る…か」

 

キルアはチラッとセリューの遺体を見た。先程聞こえた音は兵たちを呼び寄せるものだろうというのは簡単に予想出来る。キルア一人でアルカを含む三人を運ぶことはキルアの筋力なら可能だが、追っ手がいるとなると少し厳しいかも知れない。リスクは確実に減らした方がいい、とキルアは考えた。

 

「…おし。ちょっと待ってな。アルカ、またそいつらを見てろ」

「うん!」

「!?アンタ、何を…」

「大丈夫。殺さねーから」

 

そう言ってキルアはこちらへ向かって来ている多数の足音がする方へと、まるで散歩でも行くかのような様子で歩き出した。

 

 

あの夜、出動していた帝都警備兵の一人はその時のことをこう振り返る。

 

「一人、また一人と失神していったんだ…。何が起きてたのかさっぱり分からない。気付いた時には首に軽い衝撃が来て、次に目が覚めた時にはベッドの上だったよ…。あの場にいた全員が俺と同じ状態だったらしい。ありゃあ、きっと妖怪か何かの仕業だ。人間業じゃねえよ!」

 

無論、妖怪の仕業ではなく、キルアがやったことであるのは言うまでもない。帝都警備兵数十名を全員、自身の姿を見られずに失神させる。キルアには造作もないことであった。実際、キルアは二度目のハンター試験において、自分以外の参加者百数名を短時間で全員気絶させたことがある。そのくらいの人数で強敵もいないのであれば、念を使わずとも失神させることは可能なのだ。

当然、リスクもあった。セリュークラスの相手が残った警備兵の中に一人でもいれば、こんな簡単にはいかなかったかも知れない。実際、キルアもいきなり正面から迎え撃たずに最初は物陰から敵の様子を伺っていた。そして、瞬時の内に敵がただの雑兵と見抜くと、行動に移したのだ。

 

 

「終わったぜ」

 

キルアはひとっ風呂でも浴びて来たかのような手軽い感じで戻って来た。時間もそれ程掛かってはおらず、ほんの五分程度である。追っ手の気配が何も無いことから考えると、本当に一人で何とかしたのだろう。マインとシェーレは驚嘆を禁じ得なかった。

 

「んじゃ、行こうぜ」

 

キルアはさも当たり前のように言った。

 

「行こうぜ…って、アンタまさか…」

「入ってやるよ。ナイトレイドによ」

「!!」

 

予想だにしない言葉。これだけの戦力が仲間に加わる。本来ならば喜ばしいことだろう。それなのにマインは心の何処かで不安を抱えていた。

その不安はある意味で正しい。



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第7話 ①

キルアは再びナイトレイドのアジトへとやって来ていた。今度は後を尾けたのではなく、案内を伴ってのことなので以前と状況は異なる。

案の定、アジトの場所は変えられていた。同じ山中ではあるが、以前よりももっと奥の方に設置された施設を使用しているようだ。

 

「遅かったじゃ……え!?」

 

敷地内へ立ち入って、最初にキルアを出迎えたのはタツミであった。様子から察するに雑用でもこなしていたのだろう。タツミは満身創痍のマインとシェーレ、そしてその二人を連れているキルアを見て驚きの声を上げる。無理もない。彼にとって仲間がこの様な状態で帰還することと、以前アジトへ潜入してきた謎の少年が再び現れたこと。これがセットでやって来たのだ 。彼でなくとも多少の驚きは見せるだろう。

 

「よ!」

 

キルアはそんなタツミの驚きを余所に軽い感じで挨拶をした。

 

「よ!…………じゃ、ねーよ!何でお前がここに!?」

「俺、今日からナイトレイドに入るよ」

「ハァ!?それはどういう…」

「んなことより、この二人を医者に見せなくていいの?」

「!!そ、そうだ!!」

 

キルアの指摘にタツミは慌ててアジトの中へと急ぐ。すると、三分もしない内に他の仲間たちが現れた。見ると、彼らのリーダーであるナジェンダの姿がない。恐らく何処かへ出ているのだろう。

 

「お前は…」

 

ガタイのいいリーゼントの男、ブラートがキルアの顔を見るなり怪訝な表情になる。その背後では金髪の女レオーネと黒髪の少女アカメがそれぞれマインとシェーレを運び込んでいた。二人が無事にアジトの中へ入るのを見届けると、ブラートは再びキルアへ視線を戻す。

 

「…タツミから聞いたぞ。どういう風の吹き回しだ?ナイトレイドに入るというのは?…確か、言っていたよな?俺たちと組むつもりは無い。メリットが何処にも無いと」

「俺なりにこの国の未来を憂いてさ。…ってのじゃ、納得出来ない?」

「出来ないな」

 

ブラートはキッパリと言った。

 

「何を考えているか分からない味方ってのは、時に強い敵よりも脅威となる。ボスはお前のことを気に入ってるみたいだが、俺はそうは思っていない。それにお前が帝国のスパイという可能性もゼロではないしな」

(まあ、半分は当たりなんだけどね)

 

帝国ではないが、スパイには違いない。と、キルアは心の中で苦笑する。

 

「帝国のスパイだったらコイツをアンタらには渡さないと思うけどね。例え、取り入る為でもさ」

 

そう言ってキルアはブラートへ何かを手渡した。それは帝具・魔獣変化「ヘカトンケイル」であった。

 

「!!これは…」

「そいつの使い手は殺したぜ?」

「!!」

 

ブラートは改めて魔獣変化「ヘカトンケイル」を見る。完全に眠っているということは、現在の使い手がいないということである。少なくとも、目の前のキルアが使い手では無いことは明白だ。また、仮にこの帝具の使い手が元々いなかったとしても、敵にみすみす帝具を渡すなど戦略的には有り得ないことである。単純に相手の戦力増強に繋がるし、後で取り返すにしても解析されて対処法を知られでもしたらマイナスにしかならないからだ。それに帝国は一つでも多くの帝具を集めようとしている。キルアの言う通り、例え取り入る為だとしても敵に渡すなどという手段を用いるとは考え難い。そもそもキルアが帝国のスパイならば、とっくに帝国へナイトレイドの情報は渡されていると考えるべきで、そういうことならば、こんな回りくどいことをせずとも自国の軍を直接送り込めばいいのだ。いくらナイトレイドが実力者の集まりでも一国の軍隊相手にどうこう出来る程では流石にない。総力戦ともなれば帝国だっていくつもの帝具を所持しているのだから、ナイトレイドが優位ということは決して無いのだ。あの大臣であったならば、間違いなくその方法を取るだろう、と元帝国軍人であったブラートは考え直す。

 

「…確かに、お前が帝国のスパイという可能性は低そうだな」

「だろ?」

「だからと言って、仲間に入れるかどうかは、また別の話だ」

「見た目と違って慎重だな、アンタ」

 

キルアはそれも想定内だという風に笑ってみせる。

 

「あの二人…」

「?」

「俺がいなかったら死んでたぜ?」

「…恩を売っているつもりか?」

「それもあるけどさ。たった一人の敵相手にそれだけ苦戦するようじゃ先が思いやられるってもんじゃない?人員なんていくらあっても足りないだろ?」

「…………」

 

痛いところをついてくるものだとブラートは思った。

帝具使い同士の戦いは常に誰かが死ぬ危険性を孕んでいる。それが何時こちらの番になるのか分かったものではない。明日は我が身かも知れないのだ。それはナイトレイドの帝具使いは全員覚悟しているが、だからと言って戦力が減っていいということでは決して無い。現状でも戦力は十分でなく、即戦力は何時でも欲しいのである。帝具使いではないタツミをスカウトしたのもそんな事情が多少は含まれていた。

無論、だからと言って誰でもいいというわけではない。タツミには鍛えれば伸びるであろう素質と純粋に正義と悪を見つめられる心があった。彼ならば決して間違った方へは行かないだろうという確信を一目で感じることが出来たのだ。

それに対して、キルアはどうだろうか。その実力は申し分無い。しかも、それが完成しきったものではなく、まだ伸びる余地のある発展途上だというのだから文句のつけようもない。確実に大きな戦力となってくれるだろう。だが、その心に関しては全くと言っていい程見定めることが出来ないでいた。決して短くない人生の中で様々な人間を見てきたブラートでさえ、キルアのような人間はこれまでに見たことが無かった。これからも見ることは無いだろうと思えるくらいに特殊な存在である。流石は噂に聞くゾルディック家の人間。ブラートにはキルアが靄の掛かっているように見えていた。朧気で掴み所が無い。下手をすればこちらが取り込まれるかも知れない。果たして、このような存在をナイトレイドの一員として迎えてしまっても良いものか。

 

「いいじゃないか。ブラート」

 

そんなブラートの思案を断ち切るかのように、この場へナジェンダが現れた。ちょうど外出から戻って来たようである。

 

「ようこそナイトレイドへ、少年」

「ボス!」

「ブラート、今は一人でも戦力が必要だ」

「しかし…!」

「…エスデスが来る」

「!?」

 

エスデスの名を聞いてブラートは大きく表情を変えた。

 

「…分かるだろ?戦力が必要な理由が」

「…予定していたよりもかなり早いですね」

「北の勇者が想像以上に期待外れだったのか、帝国側に急ぐ理由が出来たのか…。何れにせよ、奴は速やかに任務を終えて間もなく帝国へと戻る。革命軍からの情報だ。間違いないだろう」

 

その話を聞いて、キルアには帝国がエスデスを早く呼びつけた理由に見当がついていた。カガリから聞いた視察の話。恐らくはV5によるものだろうか。まさか、いきなり正面衝突するつもりでは無いだろうが、戦力を十分整えておくことにこしたことは無いということなのだろう。

 

「で、俺は今日からナイトレイドの一員ってことでいいのか?」

 

キルアが尋ねると、ナジェンダは大きく頷いた。

 

「ああ。歓迎しよう」

「ま、大船に乗ったつもりでいーぜ?俺がこういうことに手を貸すなんて滅多にねーんだからさ」

「言うな。期待しているぞ。…ところで、前から気にはなっていたが、その子は?確か、兄弟と言っていたな」

 

ナジェンダはキルアの背後へ視線を向けた。

 

「…ああ。アルカは普通の子供だよ。戦闘能力は殆ど無いと言っていい」

「そうか。流石に上手い話はそうそう無いか」

「期待に沿えなくて悪かったな。ちなみに危険に晒させるつもりもねーから」

「ああ。分かった。なるべく配慮するように心掛けよう」

「そうしてくれっと少し助かる」

 

そう言うキルアの表情は何処か優しげであった。アルカが如何にキルアの中で大きい存在なのかを裏付けるようである。

 

「…タツミ、ラバック!」

「はい!」

「は、はい!」

 

ナジェンダが呼ぶと、茶髪の少年タツミと緑髪の少年ラバックがすぐに返事をする。

 

「…彼らを案内してやれ」

「はい!ナジェンダさん!俺が連れて行きます!」

 

ラバックが率先して返事をすると、我先にとキルアたちをアジトの中へ連れて行く。一方でタツミは何処か乗り気では無さそうであった。無理もない。キルアには散々なことを言われたのだ。蟠りもあるのだろう。ちなみに、ラバックも当然キルアに対して蟠りはあったが、彼はナジェンダの好感を上げる為にそれを呑み込んだのであった。

何か波乱を感じさせる。見る人間が見れば、そんな一幕であった。

 

 

「ボス。俺は反対ですよ」

 

キルアの姿が見えなくなってから、ブラートは改めてナジェンダへ告げる。

 

「あの少年はハッキリ言って得体の知れない劇薬です。ナイトレイドにとって猛毒になるかも知れません」

「…かもな。だが、劇薬はあくまで薬だ。それもとびきり強力な…な」

 

ナジェンダは煙草に火を点け咥える。

 

「ブラート…。事態はそれだけ逼迫しているんだ。エスデスへ対抗するには今のままでは戦力が足りなさ過ぎる。本部へ援軍を要請しに行ったのもその為だ」

「……………………」

「理解してくれるな?」

「…分かりました。完全には納得していませんが、エスデスが相手ともなれば、ボスの判断は決して間違ってはいないですから」

「お前ならそう言ってくれると思ったよブラート」

 

ナジェンダは何処か申し訳なさそうな表情をした。

 

「…別にお前たちのことを頼りないと思っている訳じゃないんだ。ただ、敵がそれだけ強大だということ。備えというのはいくらしてもし足りないということはないからな」

「分かってますよ、ボス。俺たちのことを誰よりも心配してくれてるって。そんなボスだからこそ俺たちはついていってるんです」

「…そう言ってくれると救われるな」

 

ナジェンダはふーっと煙を吐き出した。

 

(…当然、彼の本当の目的も気にはなってはいる。それとなく探らねばな。彼を見誤れば、払う代償はそれこそ命かも知れないのだからな)

 

ナジェンダはフッと笑った。

 

(…何時かも似たようなことを考えてたな。それだけ、考えねばならないことが多いということか。やれやれ…、何時になったらそんなことを考えなくとも良い時代が来るのだろうか)

 

ナジェンダは僅かに肩を竦めた。

 

(…平和まではまだまだ遠いな)



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第7話 ②

「…連中のアジトへの潜入には成功したぜ」

 

キルアはグリーを通してこちらへ連絡を取ってきているカガリへそう報告した。

 

「そうか。ということは今お前がいる場所がアジト、或いはアジト周辺ってことだな?」

「ああ。…つーか、ネズ公を唐突に寄越すの今後は止めろよな。室内や他の奴らの前だと、明らかに怪しいだろ?」

「それは大丈夫だ。お前があのアルカって子以外と一緒にいる時は声を掛けるなと命令してある。それに条件を発動しなければただのネズミだ。これで連絡を取り合ってるとは普通は思わないだろうさ」

「アンタ、仮にも調査員なら、ありとあらゆる可能性を考えておけよ。もしかしたらそう考える奴がいるかも知んねーだろ」

「…確かに、少し迂闊だったな。以後、気を付けるよ」

「ガキに説教されてんじゃねーよ」

「全くだな」

 

グリーの向こうでカガリの笑い声が聞こえる。

 

「…それにしても、随分とあっさり仲間に入れたな」

「ああ。最初こそ渋られたけど、ボスって奴の鶴の一声でな。俺も拍子抜けだったよ」

(ま、俺が殺った宿屋のジジイや正義女が帝国に与する連中だったってのが大きいんだろーな。ここまであからさまな敵対行動を取ってたら、少なくとも俺が帝国の人間ってことは考え難いし。恐らく、あのボスの女は敵の敵は味方っていう考え方なんだろ)

 

キルアはそう分析する。ただ、少なくともあのブラートという男はキルアのことを最後まで訝しんでいたので、ナイトレイドがボスのイエスマンだらけというわけでは無さそうだ。

 

「仲間に入ることは出来てもイコール信頼されてるってわけじゃねーからな。実はさっきまで尾行されてたし」

 

あのアカメという黒髪の少女だっただろうか。気配を絶ち、キルアの監視をしているようであった。だが、いくら彼女が優秀な戦士だとしても、プロのハンターであり暗殺者としても熟練とも言えるキルアには絶を使えない彼女の存在を察知することは可能であった。

 

「ああ、一応言っておくけど、尾行は隙をついて撒いてやったから、そいつにこの会話を聞かれてるってことはないと思うよ。周囲に気配もねーしな」

「まあ、そのつもりでこちらも会話しているからな。…ところで、今後の連絡についてはどうする?尾行は何時でも撒けるとしてもだ。そう何度も尾行を撒いてたら逆に怪しまれるだろ?」

「だな。…取り敢えず昼間は監視の目もあるから、朝か夜だな。出来れば夜中が望ましい」

「夜は仕事じゃないのか?ナイトレイドと言うくらいだしな」

「だからだよ。仕事中なら俺だけを気にするわけにはいかねーだろ?それに、理由つければ単独行動を自然に取ることも可能だしな。先行する。とか言ってな」

「なるほど」

 

カガリは納得した。

 

「じゃあ、今後はなるべく深夜帯に連絡を取るようにするよ」

「そうしてくれると有り難いね。で、そっちは何かあった?つーか、あったから連絡を取ったんだろ?」

「ああ…」

 

心なしか、カガリの声が曇ったように感じられた。

 

「とうとうエスデスが来たよ。それも、つい先程…な」

 

 

「エスデス。北の制圧を完了し、只今帰還いたしました!」

 

帝都の中心、宮殿内の謁見の間。幼き皇帝の前で跪き、そう告げたのは白い軍服に身を包んだ青い長髪の女性であった。

 

「エスデス将軍!」

 

大臣オネストが彼女の名を呼ぶ。エスデスは即座に「ハッ!」と答えた。軍人らしくハッキリとした力強い声であった。

 

「此度の北の制圧、正に見事であった!それも、当初の予定よりも早く制圧するとは。文句のつけようもない」

「有り難き御言葉、痛み入ります」

「褒美として黄金一万を進呈しよう」

「重ね重ね、有り難うございます。黄金の方は北へ残してきた兵たちにでも送らさせて頂きます。彼らも喜ぶでしょう」

「そうかそうか」

(…相変わらず欲の無い女だ)

 

大臣は心の中で呟いた。

 

「…戻って来たばかりで申し訳無いが、新しい任務がある。…さ、皇帝陛下」

「うむ!」

 

大臣に促され、幼い皇帝はコホンと軽く咳払いをした。

 

「エスデス将軍。そなたには帝国に仇なす悪人どもの討伐を命じたい」

「ハッ!」

「賊は勿論だが、それ以上に厄介なナイトレイドとその一味。これらをそなたの手で打ち倒して欲しい!…ということで良かったか?大臣?」

「はい。問題ございません。…どうだ、エスデス将軍。やってくれるか?」

「仰せのままに。…一つだけよろしいでしょうか、皇帝陛下?」

「うむ。何だ?言ってみろ」

「噂によると、ナイトレイドには帝具使いがいると聞いております。ただの賊であればものの数ではありませんが、相手が帝具使いであるならば話は別。私といえども苦戦は免れぬでしょう」

(よく言うわ。そんなこと、微塵も思っていないくせに)

 

自信に満ち満ちた表情を崩さないエスデスの顔を見ながら大臣は思った。

 

「…そこで提案なのですが、敵の帝具使いに対抗する為に特殊部隊を結成したいのです。私を含む帝具使いのみで結成された部隊を」

(何ぃ!?)

 

エスデスの提案に思わず大臣は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

(ただでさえ、帝具と帝具使いは貴重な存在なのに、それで部隊を作った上に自分の支配下に置かせろ。だと?…前言撤回。とんだ強欲女だコイツは!!)

 

帝具は全部で四十八個存在すると言われている。あくまで前の皇帝の言葉通りなら…であるが、実際はそれより多いかも知れないし、少ないかも知れない。その実態を全て把握している人間はあまりいないのである。当然、帝国で全てを管理しているというわけではないし、実際に所持している数も多いわけではない。更に帝具だけあってもそれを使うことが出来る者がいなければ意味を為さず、そういった人材も十分では無いのが現状である。

 

「え、エスデス将軍。確か、そなたには三獣士とかいう部下がいたのではないかな?全員帝具使いであったと記憶しているが?」

「はい。しかし、それだけでは足りぬのです。それはそちらがよく存じ上げているのでは?」

「ぬ?」

「話に聞いたところによると帝国の帝具使いが一人殺された上に帝具まで奪われた、と。これはそのナイトレイドの仕業では無いのですか?」

(…痛いところをついてきおる)

 

帝都警備兵のセリュー・ユビキタスという帝具使いがナイトレイド討伐に出て返り討ちにあったという報告を受けたのはつい先程のことであった。耳の早い奴だと大臣はエスデスを見やる。

 

「帝具使い同士の戦いの決着には必ずどちらかに死人が出る。それが必然のルールです。で、あれば、駒は多いに超したことは無いでしょう。備えあれば憂いなし、という奴ですよ大臣」

(フン、部下を駒扱いか。部下に優しいんだか、厳しいんだか。まあ、その一点に関しては、こちらとしても同意見だがな)

「…部隊の件についてはなるべくそちらの意見に沿うように善処しよう」

「そうして頂けますと助かります」

 

エスデスは満足げにニッコリと笑った。

 

「将軍には苦労をかけることになるな…」

 

皇帝がポツリと呟いた。

 

「大臣、将軍には金だけではなく別の褒美も与えたいのだが、どう思う?」

「んむ?」

(全く、何を言っているのだこの皇帝は。今の要求でさえ、黄金一万以上の価値はあろうに、その上更に褒美とな?)

「…御意のままに」

 

大臣は溜め息混じりに言った。

 

「うむ。では、将軍。何か望むものはあるか?何でもよいぞ!」

「望むもの、ですか。生憎とこれ以上の地位や金品などには興味ございませんので…。そうですね。敢えて言わせて頂くのならば…」

「おお、何だ?」

「恋を…。恋をしたいと思っております」

「恋……?」

 

あまりに予想だにしなかった返答に皇帝は一瞬固まる。それは大臣も同様であったようで、謁見の間中ムシャムシャと口に入れていた握り寿司を思わず床へ落としていた。

 

「こ、恋……か」

 

皇帝は虚空を見上げながら反芻するように言葉を繰り返す。そして、ようやく理解が追い付いて来たのか、エスデスへと視線を戻した。

 

「そ、そうか!将軍も年頃の女性であったな!独り身だし、そのようなことを考えても不思議ではないな!」

「し、しかし将軍には、慕ってくれる者が周囲にそれこそ山のようにおるのでは無いか?」

「あれはペットです」

 

エスデスはキッパリと言い切った。

 

「ふむ。では、誰かを将軍の恋人として斡旋するとしよう。ちなみに、この大臣などはどうだ?とても有能な男だぞ?」

「へ、陛下!?」

 

皇帝の言葉に大臣は思わず取り乱す。

 

(じょ、冗談では無いぞ!!万が一にもあの女の恋人なんぞになってしまったら命がいくつあっても足らんわ!!)

 

「…皇帝陛下。お言葉ですが、大臣殿は高血圧で明日をも知れぬ命。恋人にするには健康面での不安が大き過ぎます」

「失礼な!これでも一応健康体だわ!」

「…何れにせよ、大臣殿は私の理想とする恋人には遠いものと思われます」

「言うてくれるわ。…では、将軍はどのようなのが好みなのだ?」

 

大臣からの問い。それに対して、エスデスは懐から取り出した紙を大臣へ渡した。

 

「…これは?」

「私の思う理想の恋人の条件となっております。もしも該当する者がいたならば教えて下さると有り難いです」

「ふむ。後で読ませて貰おう」

「…それではこれにて失礼いたします」

 

エスデスはビシッと敬礼した後、謁見の間を出た。

 

「…おお。そうでした」

 

唐突に大臣はポンとわざとらしく手を叩いて見せた。

 

「皇帝陛下。用事を思い出しましたので少しの間失礼をさせて頂きます」

「おお。構わないぞ。大臣の用事なのだから、とても大事なことなのだろう?」

「ええ。すぐに戻って来ます故、御心配なさらずに」

「分かった!」

 

幼き皇帝は満面の笑みで大臣を送り出した。

 

(…やれやれ。エスデスを戻したのはいいが、まだまだやらなくてはならぬことが多い。本当に忙しいことだ)

 

そう心の中で愚痴る大臣の顔はいやに嬉しそうであった。

 

「…おお。いたいた。おおい将軍!」

「ん?」

 

大臣に呼び止められたエスデスはピタリと足を止める。

 

「大臣殿。如何なされましたか?」

「少し話を…歩きながらでいい」

「分かりました」

 

と、二人は歩幅を合わせて再び歩き出した。

 

「例の特殊部隊の件についてだが…」

 

少し距離を進んでから、大臣が先に口を開いた。ヒソヒソと小声である。

 

「そなたの言う通りの人員は揃えよう。その代わりと言ってはなんだが、一つ個人的なことで頼まれて欲しいことがあるのだが…」

「…消して欲しい人間でもいるのでしょうか?」

「察しの早い人間は大好きだぞ。実は一人邪魔な奴がいてな…。誰に聞かれるかも分からんので詳細は後で話す」

「分かりました。後で私から大臣殿の私室へ伺いましょう」

「そうしてくれると助かる」

 

大臣は自身の要求を告げ終えたので、ホッと胸を撫で下ろした。

 

(貴重な帝具と帝具使いをくれてやるんだ。このくらいは聞いて貰わんとな)

 

「…しかし妙なことです」

 

エスデスはそうポツリと呟いた。

 

「ん?」

「…私が闘争と殺戮以外に興味が湧くなんて。自分でも戸惑っています」

「…ああ、そのことか。男が女を欲するように、女が男を欲するのは至極当然。何もおかしいことなどない。将軍の場合は、寧ろその気になるのが遅いくらいだ」

(まあ、貴様には恋などという言葉は全くもって似合っとらんがな)

 

大臣の心の中の皮肉に気付いた様子もなく、エスデスはほうっと溜め息を吐いた。

 

「なるほど…これも本能の為せる業ということですか。まあ、今は賊狩りに専念するとしましょう」

 

 

チュチュ…。

 

 

「ん?ネズミか?」

 

大臣は何処からか聞こえた鳴き声に反応する。

 

「…最近、やけに見掛ける気がするな。今度、一斉駆除でもしておくか」

「…………………」

 

一方、エスデスは鳴き声の主を視線の中に捉えていた。

 

(…先程からの視線。まさか、な)

 

そう思いつつもエスデスの視線は一匹のネズミから離れずにいた。



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第7話 ③

「…………」

「…………」

 

カタカタと揺れる馬車の中は無言であった。神妙な顔つきの初老の男とそれに寄り添う様に側へ座る少女。二人は目的地までの間、談笑したりなどはせず、ただただ周囲に気を配り、神経をすり減らしていた。

 

「……物騒になったものだ」

 

初老の男の方が不意にそう呟く。その声には怒りにも似た感情が込められていた。

 

「たかだか帝国までの道中…それも舗装された道でおいてここまで賊を警戒せねばならぬとはな」

 

初老の男は握り締めていた拳をグッと更に固く握る。

 

「…それもこれもあの男のせいだ」

「父上…」

 

少女の方が初老の男の言葉にそう口を開く。どうやら二人は父と娘の関係の様であった。

 

「…心中、察します」

「あのオネストがこのままのさばっていては、皇帝…ひいては帝国全体が駄目になってしまうであろう。それだけは、私の目の黒い内は決して許すわけにはいかぬのだ。このままのうのうと隠居生活など、とても耐えられん」

「はい。だからこそ隠居の身から、こうして再び帝国という魔窟へ戻ろうと決心されたのでしょう?元大臣としても、そして父としても尊敬に値すると私は思います」

「…………」

 

娘の言葉に、初老の男は目を閉じ、深く息を吐く。これからの厳しい戦いへの覚悟を決めるかのようであった。

初老の男の名はチョウリ。元帝国大臣である。人格者であり、民のことを第一に慮る良識派の男であったが、それが故にオネスト一派とは真っ向から対立していた。やがて、激化する争いの最中、命の危険を感じ取ったチョウリはそれから逃れる為に已む無く隠居という道を取ったのであった。

しかし、僻地で聞く帝国の噂は想像以上に酷いものであった。心優しいチョウリは、我が身可愛さで民を見捨てたことを深く深く後悔していた。そして、とうとう自らが立たねばと、今は遥か遠くの帝国へと馬車を走らせたのである。

 

「…お前には苦労をかけるな。スピア。こうして護衛まで買って出てもらって」

「…そんなことはありませんよ。私が皇拳寺槍術を学んだのは今この時こうして父上…いえ、お父さんを護るためだったのですから。寧ろ、ようやく本懐を遂げたとも言えます」

 

スピアと呼ばれた少女はそう言って笑って見せた。

 

「…全く、私の娘にしては出来すぎだな。しかし、勇まし過ぎるとも言える。これでは嫁の貰い手がいないだろうに」

「…それはそれですよ。鋭意努力しております」

「生きている内に早く孫の顔が見たいものだ。……むっ?」

 

突如、ガタンと大きく揺れて馬車が止まった。この止まり方は、突然何かが馬車の進行を妨げたが故のものだろう。

 

「賊か!?」

「出ます!!」

 

言うと同時にスピアは素早く馬車を飛び出すと、槍を構えた。

 

「何者だ!?」

「何者…と聞かれて素直に答える馬鹿はいないよねえ」

 

そう答えたのは小柄な少年であった。賊にしては何処と無く品のある顔立ちである。

 

「お?なかなかやりそうな女じゃないか。これは、いい経験値になりそうだな」

 

少年の側にいた大柄な男が言った。少年が小柄なせいか対比で男はより巨体に見える。巨大な斧のような武器を片手で持っているのがスピアの目に入った。見た目通り、力は並みのレベルでは無いだろうということが伺える。

 

「……失礼する」

 

一言、それだけ告げたのは壮年の男であった。紳士的な佇まいからは想像もつかないくらいの殺気を放っている。間違いなく目の前の三人の中でこの男が一番強いとスピアは直感した。

 

「あれは……!?」

 

チラッと馬車から外を覗いたチョウリは、よく知る人物を目にした。それは三人の真ん中に立つ壮年の男であった。

 

「リヴァ…!?何故、あやつが!?」

 

リヴァという男は、かつて帝国の兵士であった。信念を持ち、実力も高かったのだが、オネストへ賄賂を贈らなかったという理由で出世の道を絶たれ、終いには投獄されてしまったという。直接の面識こそ少なかったが、チョウリはリヴァという男を何れ帝国の未来を背負える男と買っていた。自身が隠居した矢先にまさかそんなことになろうとは思ってもいなかっただけに、リヴァに対しては済まないという思いもあった。帝国へ戻った暁には自身の手元へ置いておきたいと思った人物の一人である。

 

(…何故、あやつがこのようなことを?)

 

リヴァの姿を見てチョウリは確信する。これは賊や物盗りの類いではなく、明確な殺意を持った自身への刺客であると。

だが、そうであるならば何故、リヴァがそれに荷担しているのであろうか?自身を消そうと考える人間など、どう考えても現大臣のオネストかそれに与する者以外に有り得ない。そのオネストに嫌われ、また反オネスト派だったリヴァが、このような命令を下されるとも、引き受けるとも思えない。それとも、自身が帝国を離れている間に彼の信念をも曲げるようなことでもあったのだろうか。

少なくとも、そんなリヴァが目の前に立ちはだかるということは、ただでここを通ることは出来ないだろう。チョウリは愛娘へと視線を向ける。

 

(…スピア。無茶をするな。お前の目の前に立っているのはただの賊ではないのだ)

 

(…分かっています。お父さん)

 

スピアは、背後から感じる父の視線に心の中でそう答えた。

 

(真ん中の男は明らかに別格。連れのあの二人もそれに準じる強さがあると見るべき。このまま真正面からやり合えば、やられるのは確実にこちら。これだけ実力差があるならば、数の有利などあったものじゃない)

 

護衛としてスピア以外にも何人か兵を連れてはいるが、この分なら戦力としては期待出来ないだろう。

 

(…ここは撤退すべきね。今、一番しなくてはならないのは敵を倒すことではなく、生き延びること!)

 

死ねば全てが終わる。

 

スピアは他の護衛たちに目で合図をした。すると、彼らはコクリと頷いて瞬時に散開する。これは敵を攪乱する為であった。一瞬でも隙を作れれば、その間に全力で逃げる算段である。言わば囮作戦であった。元より護衛を受けた者たちは皆が命を捨てる覚悟であった。それだけチョウリが慕われていたということだろう。動き出したタイミングは申し分無い。作戦の出だしは上手くいった。と、スピアは思った。

 

だが。

 

「うおらあああああああ!!!!」

 

大柄な男は大きく振りかぶると、手に持っていた巨大な斧を軽々と投げた。男の手を離れた斧は一瞬の内に散開した護衛たちを真っ二つに切断する。スピアが気が付いた時には、自分以外の護衛たちが肉塊と化していた。

 

「なっ…!?」

「おいおい、下らない真似すんじゃねえよ。真正面から俺と戦おうぜ?」

 

大柄な男はパシッと斧をキャッチすると、ニヤニヤと笑いながらスピアへ話し掛けた。斧は弧を描き、ブーメランのように男の元へ戻ったらしい。

 

「そんなっ…!有り得ない!」

 

だが、現実として自分と父チョウリ以外は全滅し、隙を作るどころか完全に詰みの一歩手前。スピアは完全に見誤っていた。あの壮年の男にさえ気を付ければ何とかなるだろうと。真に気を付けるべきは一人だけでは無かったのだ。

 

「どうした?掛かって来いよ!」

「ダイダラ~、このお姉さん完全に戦意喪失しちゃったみたいだよ~?」

「何?この程度でか?」

 

ダイダラと呼ばれた大柄な男は残念そうにスピアを見た。

 

「…どうも見込み違いだったようだな。いい経験値になると思ったんだが」

「ダイダラはいつもそれだね」

 

スピアには目の前の二人の会話がまるで遠い別世界の出来事のように感じられた。最早、打つ手が無い。

 

(かくなる…上は……!)

 

スピアは覚悟すると、歯がへし折れそうになるくらい強く食い縛ると、ダイダラと呼ばれた大柄な男へ槍の切っ先を向けて勢い良く飛び出した。渾身の一撃である。

 

「お父さん!!この隙に逃げ…………」

「そいやあああああ!」

 

 

ズサッ

 

 

ダイダラの一振りによって、全てを言い終える前にスピアの体は両断された。

 

「スピアああああああああああああああ!!」

 

愛娘の惨劇を目の当たりにし、チョウリは思わず馬車から飛び出していた。と、その目の前に小柄な少年が立ち塞がる。

 

「やあ♪」

「どけ!小僧!!」

「嫌だ」

 

小柄な少年は返す刀でそう言うと、チョウリの手をザクッと切り落とした。

 

「ぐああああああああ!!」

「せっかくあのお姉さんが逃げろって言ったのに何で逃げないかなあ?……あ!」

 

小柄な少年は思い出したかのように馬車の前方へ視線を移した。

 

「そっかー。御者が死んでたら逃げられないよねー」

 

御者は体の上半分が綺麗に無くなっていた。どうやら先程のダイダラの投げた斧はここまで飛んで来ていたらしい。

 

「さあて、とっとと殺しちゃおっかなーっと」

「少し待て、ニャウ」

 

そう声を掛けたのは壮年の男…リヴァであった。

 

「ぐぐぐ……貴様ぁ………」

「お久し振りです、チョウリ殿…とは言っても私のことを覚えておいでかどうか…」

「覚えて…おるぞ。何故、こんな…真似を……」

「これが今の私の仕事だからですよ」

「オネストの…軍門に降ったか貴様…!」

「…それは少し違います」

「どういう…………」

 

ザシュッ

 

「………………………」

「チョウリ殿、元帝国大臣として、最低限の敬意は払わさせて頂きました」

 

リヴァはそう言うと、チョウリの死体の側で跪き、胸に手を当てた。

 

「あーあ。リヴァに取られちゃったなあ~」

「…………ー」

「ん?」

 

小柄な少年は僅かに聞こえる呼吸音に耳ざとく気付いた。見ると上半身だけのスピアの肩が僅かに上下しているのが目に入る。

 

「へー、お姉さんしぶといねー」

「…………お父さん」

「お姉さん、よく見たら綺麗な顔してるね。…………剥がしたいなあ」

 

小柄な少年は最後にボソッとそう呟くとニヤリと笑う。虫の息のスピアにはもう為す術は無かった。



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第8話 ①

「元帝国大臣のチョウリが殺された…」

 

神妙な面持ちでナジェンダが告げた。そのニュースに、ナイトレイドのメンバーはナジェンダ同様に表情を曇らせる者、イマイチピンと来ていない者とに分かれていた。

キルアは当然、後者である。

 

「そのチョウリって何者なわけ?」

 

キルアは率直な疑問をぶつける。その背後で密かにタツミもキルアと同調していた。

 

「…チョウリ殿は腐った帝国において数少ない良識派で、まず第一に民を思いやる善良な人間だった」

「そんな人が殺された…って、それ明らかに大臣の差し金じゃないですか!」

 

タツミがそう言うと、ナジェンダはコクッと頷いた。

 

「惜しい人間を亡くしたということもそうだが、それよりも厄介なのがコレだ」

 

ナジェンダは何やら一枚の紙を一枚取り出す。それは、ナイトレイドのマークが入ったものであった。

 

「それ、ウチのマークですよね?それがどうしたんですか?」

「…革命軍によると、これが現場に落ちていたそうだ」

「!!」

 

今のナジェンダの言葉に、今度はナイトレイドのメンバー全員が同時に反応する。

 

「それって…でも、そんなあからさまなもの、普通は偽者の仕業だと思うんじゃ…?」

 

タツミがそう言うと、ナジェンダは首を振る。

 

「普通ならば…な。だが、残念ながら普通ではないんだ。殺害には帝具が使われていた」

「!?」

「お前たちも知っての通り 、帝具使いは数が限られている。革命軍の中には我々の仕業だと疑う者も出て来ているようだ」

「そんな…」

「まんまとナイトレイドの仕業にされてるってことかよ!」

「…………」

 

皆が一様に多少なりとも不快感を示す。

 

「…つーかさあ」

 

キルアが口を開いた。

 

「そんくらいで疑われる程度の関係だったら、ちょっと革命軍との同盟を考え直した方がいいんじゃないの?」

「ハァ?アンタ何言ってんの?」

 

マインが突っ掛かる。昨日の今日ということで、あちらこちらに包帯を巻いていたが、どうやら動けるまで回復したようだ。

 

「何言ってんの、はてめーだよ。ツインテ女」

 

キルアが反論する。

 

「…あのなあ。新入りが言うようなことじゃねーと思うけどさ。今の俺らの立場を本当の意味で理解してんのか?」

「…どういう意味だ?」

 

タツミが尋ねた。キルアはやれやれと肩をすくめる。

 

「革命軍にとっての俺たちって何?って話だよ。こんなあからさまな偽装工作で疑うレベルの関係性だったら、仮に大臣ぶっ殺して全て解決した時に革命軍がどう出るかって、考えたことあんの?」

「…どう出るって言うんだよ?」

「いいか?平和になった時、連中にとって俺らの存在は百パー邪魔になる。当然だよ。俺らは手配書レベルの暗殺集団なんだから。それと繋がりがあったなんて、当然バレたくは無いよな?だったら、その後どうするのが一番手っ取り早いと思う?」

「!!お前、まさか…」

「…俺が革命軍のリーダーなら真っ先にナイトレイドを消すね。終戦のどさくさに紛れて跡形も無くさ」

 

キルアのこの発言に場の空気が変わる。メンバーに多少なりとも動揺が走っていた。その中でナジェンダただ一人が不動であった。キルアが言った可能性を予め想定していたからであろう。

 

「…ああ、言っておくけど俺は別に革命軍を疑えって言ってるわけじゃないぜ?そういう可能性も考慮して動かねーと、何時足元を掬われるか分かんない立場に俺たちはいるってこと。革命軍が俺らを疑う以上はそれを覚悟した上で行動しねーとって話だよ。なあ、ボスさんよ?」

 

キルアはナジェンダへ視線を移した。ナジェンダは煙草を一本咥える。

 

「…無論、その可能性を無視していた訳じゃない。そうならないことが理想だが、もしもそうなった時でも出来得る限りの手は打ってるつもりだ」

「そ…。ま、そう言うんなら何かしら考えてんだろーな」

(どっちみち俺には関係ねーしな)

 

冷たい話だが、キルアがナイトレイドにいるのはあくまで仕事である。ここに骨を埋めるつもりも、ましてや心中するつもりもない。いざとなったらあっさりと見捨てるつもりであった。それでも敢えてこうして問題提起しているのは、深入りしてみせることでそういう考えを感じさせないことや、わざと憎まれ口を叩くことで悪感情を植え付けさせ、キルアが裏切っても後腐れなくさせるなど様々な思惑があったのだ。そこまで配慮をしているということは、ある意味ではキルアは甘いのかも知れない。

 

 

「なあ…」

 

タツミが口を開いた。

 

「だったら、尚更誤解を解いて悪評を広めさせない方がいいんじゃないのか?いい印象を持って貰った方が革命軍だって俺たちをそんな消そうとか思わないと思うし」

「とっくに国の要人や関係者を何人も手に掛けてんのに、今更汚名返上したって無意味だろ。どの道、俺らは臭い存在に変わりねーよ。尤も、それも覚悟の上で行動してると思ってたけどな」

「…………」

 

タツミは今更ながらに自らの立場を思い知る。大臣さえ倒せば平和になり、全てが上手くいく。無条件でそう思っていた。だから、同胞である革命軍に討たれる可能性までは考慮してはいなかった。

それは、他の仲間たちもそうであった。言われてみれば、革命軍がずっと自分たちの仲間でいてくれる保障は無いのだ。そういう覚悟も無いままいきなり背中から刺されれば、如何にナイトレイドが手練れ揃いでもあっさりとやられてしまうことは想像に難くない。

 

「……そうならない為にも、今は仕事の話だ」

 

ずんと重くなった空気を変えるかのようにナジェンダが口を開いた。

 

「その偽者から予告状が来た。疑われている我々としてはこれを見過ごすことは出来ない」

「予告状…!」

「…予告状には殺害予定時刻と具体名は書かれて無かったが、良識派の文官を殺すとあった。その時間に外出予定のある文官は二人。これらを隠れて警護しつつ、現れた偽者を討つ。これが今回の任務だ」

「では、二つの部隊に分かれるということでしょうか?」

 

シェーレが尋ねた。彼女もマイン同様に満身創痍であるが、会議に参加していた。

 

「いや、三つだ」

「三つ?」

「…実はエスデスがとうとう帝国へ戻って来た」

「!!」

 

エスデスのことを知っているであろうブラートは、ナジェンダのその言葉に少し緊張を見せる。一方で、キルアはカガリより既にその情報を得てはいたが、特に感じることも無かったのでノーリアクションであった。

 

「もう一つの部隊にはエスデスの様子を見て貰いたい」

「ハイ、ハーイ!それ、あたしがやる!」

 

真っ先に手を挙げたのはレオーネであった。

 

「…いいのか、レオーネ?」

 

ナジェンダはレオーネの顔を心配そうに見つめる。

 

「大丈夫 、大丈夫!」

 

レオーネは笑顔で自信満々に胸を張ってみせた。

 

「噂のエスデスってのをこの目で見れるんだろ?だったら願ったり叶ったりだね。それにさ…」

 

レオーネの目が一瞬、鋭くなる。

 

「チャンスがあったら、いいんだよね?殺っちゃっても」

「……ああ。チャンスがあれば、な」

「よっしゃ!」

 

レオーネはガッツポーズを取った。相当な自信があるのだろうか。

 

「無理だけはするなよレオーネ」

「分かってるってボス」

「あ。俺も行きたい」

 

キルアもそう主張する。エスデスを一目見ておくのはこの先の為にもなる。また、カガリやナジェンダらが畏れるエスデスとやらに興味があるのも事実であった。

 

「いや、キルアにはブラート、タツミと共に竜船へ行って貰いたい」

 

ナジェンダがそう言ってキルアの主張を蹴った。

 

「あれ?挙手制じゃないんだ?」

 

キルアが不満げに言った。

 

「竜船はその名の通り、竜のように大きい船だ。可能ならば、なるべくそこに人数を割きたい。分かってくれるか?」

「…ま、いいけどね」

 

主義主張への個人的な反論はともかく、ボスからの特に理不尽でも間違ってもいない命令に逆らうと、後々に支障が出て来そうだ。と、キルアは渋々納得した。

 

「もう一人の文官はアカメとラバックで頼む」

「はい、ナジェンダさん!…お前と組むのは久々だな。よろしく頼むぜアカメ」

「ああ」

 

ラバックとアカメは互いに頷き合った。

 

「マインとシェーレはとにかく体を休めろ。万全にして、何時でも動けるように回復しておけ」

「はい!」

「はい!」

 

マインとシェーレは包帯姿のまま答えた。この状態だと彼女たちが任務に参加するのは難しいだろう。待機命令は妥当であると言えた。

 

(…取り敢えずキルアをこっちの命令に従えさせたか。悪いが、お前の主張を軽はずみに尊重は出来ない。何が目的か、まだ分かっていないものでな)

 

ナジェンダはそう心の中で呟くと、キルアへ視線を移しながら煙草の煙を吐いた。

 

「…これ以上、優秀な人材が失われてしまうのはこの国の未来にとっても大きなマイナスだ。革命軍の信頼を取り戻す為にも、偽者の好きにさせるな!必ず討ち取れ!……では行け!!」

「ハイ!」

 

キルアを除く全員が声を揃えた。

 

 

 



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第8話 ②

「で…………っけ~~~~~~~~~!!」

 

タツミが思わずそう口にする程、竜船は巨大な船であった。全長で数千メートルはあろうか。船首には名前の通り竜を模した装飾が施され、見る者に荘厳な印象を与えている。

 

「さっすが帝都一の巨大豪華客船だなあ」

 

タツミ、ブラート、そしてキルアの三人はこの竜船で要人警護の任に就いていた。無論、表向きは客の一人ということになっている。

 

「料理も豪華だなあ~」

 

船上では早くも軽い立食パーティーが行われていて、並べられたテーブルの上には見たこともないような様々な料理が並ばれている。そのどれもが高級感に満ちており、普通に暮らしていたら一般市民が目にすらしないようなものばかりであった。また、乗船している客もこれまた豪奢な装いに身を包み、一見して金持ちだと分かるような人で埋め尽くされている。田舎出身のタツミにとっては、この光景があまりに新鮮過ぎて思わず任務のことも忘れてしまいそうな程、釘付けにされていた。

 

「コラ!タツミ!ここには観光に来たんじゃないぞ」

 

ポカッと一発小突かれてタツミはハッと我に返る。

 

「あ、アニキ!」

「全く…手配書に載ってない奴はいい気なもんだ。俺はこうして透明化していないと船内を歩くことさえ出来ないのだがな」

 

そう言うブラートの姿は誰の目にも見えていなかった。これはブラートの帝具、悪鬼纏身「インクルシオ」の力によるものであった。インクルシオは凶暴な超級危険種タイラントを素材として作られており、並みの兵器では貫けぬ極めて高い防御力と気候や周囲の環境に左右されない汎用力を併せ持つ優れた鎧の帝具であった。また、装着者の成長により進化していくという特性も持ち合わせている。反面、掛かる負担は並大抵ではなく、時には装着者を死に至らしめる程であり、他の帝具と同様に取り扱いの難しいものであった。

 

「しっかし、アニキのその能力すっげーな。透明になれたらどんな敵でも楽勝じゃん!」

「そんなことは無いぞタツミ。姿は消せても気配までは消せない。未熟な奴がこの力を使ったところで相手が達人級ならば、すぐにこちらの居場所はバレてしまう。まあ、未熟な奴はそもそもこのインクルシオを装着することなど出来はしないがな。それに…」

「それに?」

「…いや、何でもない」

(…恐らく、俺にはもうこれ以上インクルシオの性能を引き出すことは出来ないだろうな。悔しいが、俺自身の成長の限界がもうそこまで来ているようだ)

 

ブラートは人知れず歯噛みする。

 

「…気を引きしめておけタツミ。敵はすぐそこに潜んでいるのかも知れないんだからな」

「分かったよアニキ!」

 

タツミは言われた通り、何時でも戦闘態勢に入れるように気合いを入れ直す。こういう素直なところがブラートはいたく気に入っていた。

 

(タツミはいずれ俺をも超えてくれるだろう。…意思を継いでくれる人間がいるってのはいいものだな。本当の意味で戦いに命を懸けることが出来る。まあ、死ぬ気は無いし、まだまだ超えられてはやらんがな)

 

まるで巣立つ子供を見る親のような目でブラートはタツミを見ていた。

 

「…ところで、キルアはどうした?一緒じゃなかったのか?」

「あー、アイツならトイレとか言ってたな。…そういや、トイレにしては遅いなアイツ」

「そうか…」

 

ブラートは顔を顰めた。キルアの所在が知れぬこともそうだが、それよりも嫌に耳に入って来る音楽に対して真っ先に不快感を覚えた。

 

(…何だ、この笛の音は?笛の音にしては響き渡り過ぎる。それに聞いていると段々と力が抜けていくような感覚もある。……まさか!?)

 

ブラートはある可能性を思い付く。そして、その考えは間違ってはいなかった。

 

 

 

~♪

 

エスデス直属の部下、三獣士が一人、ニャウ。彼は自身の帝具、軍楽夢想「スクリーム」を吹き鳴らしていた。スクリームはその音を聴いた者の感情を自在に操作することが出来る笛の帝具である。ターゲットやその護衛の戦意を失わせ、暗殺の仕事をやりやすくしようと、ニャウはこうして薄暗い船床で積み荷に腰を掛けながら一人寂しく演奏会を開いていたのだ。

 

 

「あっれ~?おかしいな~?」

「……?」

 

子供の声が聞こえた。無論、その程度のことで演奏を止めたりはしないが、こんな用でも無ければ誰も立ち入らないような場所に子供が一人で来るのは珍しい。大方、貴族の客が連れてきた子供が迷子にでもなったのだろう。ニャウの視界に子供の姿が入ってくる。薄っすらと銀色の髪が見えた。

 

「ねえねえお兄さん。甲板ってどっちだっけ?」

 

子供が話し掛けてきた。十二~三歳くらいだろうか。如何に子供と言えど、姿を見られたからには始末せねばならない。ニャウはスクリームを吹きながらもやれやれと面倒臭そうな顔をしていた。取り敢えず息の根でも止めてやろうかと思って立ち上がろうとする。

 

その瞬間であった。

 

「グァッ!?」

 

突如、ニャウの首とスクリームを持つ手に強い圧迫感が襲った。見ると、銀髪の少年が片手でニャウの首を絞め、もう片方の手でスクリームを持つ手を押さえ込んでいた。結果的にニャウは銀髪の少年に積み荷から立ち上がる僅か一瞬、その隙をつかれた形になる。とても子供の力とは思えず、振り払うことが出来ない。

 

「がっ………ぐ…ぐ」

「…アンタ馬鹿だろ?不自然にデカイ笛の音とか、何かの能力ってバレバレじゃん。音を辿れば居場所だって分かるしさ」

「お、おま…え……なんで……?」

 

スクリームの笛の演奏を聞いて、何故無事でいられるのか?多少なりとも弱体化は免れない筈。と、ニャウが不思議がると、少年はニャウの利き手を持つ手に力を込めた。それによりニャウの腕は簡単に粉砕されてしまう。

 

「いだああああああッ……」

「これで武器は持てねーな…」

 

少年はニャウの使えなくなった腕を解放すると、その手を自身の耳に突っ込んだ。すると、少年の耳から丸めた布のようなものが出て来る。よく見るとテーブルクロスの切れ端のようなもので、唾か何かで少し湿らせているようだ。

 

「布…?まさか、それで栓を?」

「たりめーだろ。不自然な音色が聞こえたら少しでも耳を塞ぐのは戦闘の常識だぜ?」

 

少年はそう言ってのける。明らかに場数が違う。ただの少年では決して無い。ニャウはすぐに目の前の少年がナイトレイドの一員だという可能性に思い当たった。だが、だとすれば想像していたよりも強い。いや、強過ぎると言っていい。

 

「お前が、例の偽者か?」

 

少年が尋ねる。

 

「…いや、あの女から聞いた現場の状況から考えると、てめえ一人の犯行とは思えねーな。一人か二人、仲間がいるな?答えろ」

「…だ、だれが、こたえ…………」

「あっそ。じゃ、死ぬ?」

 

銀髪の少年は更に力を強めた。骨が軋み、その音が聞こえそうになる。

 

「ぐああああああ!い、言う!言うからたすけ……」

「無駄口叩くな。言うなら十秒以内に言え。じゃなきゃこのまま首を捻じ切る」

「二人!僕以外に二人いる!」

「帝具使いか?」

「そ、そうだ!!」

「能力は?」

「そ、それは……」

ギリリリ

「ひ、一人は水を操る力で、もう一人は斧を使う…は、離して……」

「その斧の能力は?」

「な、投げれば何処までも相手を追跡する…!」

「オーケイ」

 

銀髪の少年はそう言うとニャウを拘束する力を弱めた。今の内だと、ニャウは少年へ反撃を試みようとした。今、ここでこの少年を殺せば秘密は漏れない。

だが。

 

ブチッ

 

「……………!?」

 

ニャウは一瞬何が起きたか分からなかった。だが、口の中に溢れてくる大量の鉄と塩の味に気が付いた瞬間、立ってすらいられぬ程の激痛がニャウを襲った。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「…………」

 

少年はニヤリと笑いながらジャリジャリと音のする右手をゆっくりと開いて見せる。すると、そこには手の平いっぱいの歯が入っていた。

 

「知ってる?吹奏楽器って歯が意外と重要なんだよね。歯並び一つで上手く吹けなくなる。…これでてめえは二度とその笛を吹けなくなった」

 

少年は床へポトポトと歯を落としていく。ニャウはそれを求めるかのように手を伸ばした。その手が少年によって踏まれる。

 

「いひゃい!」

 

歯が無くなり、空気の抜けた声でニャウは悲痛な叫びを上げた。

 

「…最期に何か言うことはあるか?」

 

少年が顔を近付け、そう尋ねてきた。ニャウは死を覚悟する。まさか、奥の手を出すどころか、まともに戦うことさえなく死ぬだなんて。この時、ニャウの脳裏には今まで自分が顔を剥いできた女性たちの姿が浮かんでいた。彼女たちは死ぬ間際、こんな恐怖を抱いていたのだろうか。

 

(……まだまだ、いっぱいいっぱい女の顔を剥ぎ取ってやりたかった)

 

ニャウの目には悔し涙が浮かぶ。と、次の瞬間、ニャウの首がスパッと切断された。

 

 

薄闇の中、銀髪の少年…キルアが呟いた。

 

「あ、そっか。歯がねーから何も喋らんねーよな」

 

竜船に鳴り響いた不自然な笛の音は二度と流れることは無くなった。



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第8話 ③

「あ~あ。こっちは外れかな~」

 

ラバックが欠伸混じりに言った。要人警護の任務とは言え、まさか警護対象に側へ張り付くわけにもいかないので、ラバックとアカメは遠くから警護対象を見守り、異変があったら急行するという方法を取っていた。アカメと違いラバックは手配書に載ってはいないが、敵が帝具使いであることを考えればバラバラに行動するのは得策とは言えない。その為、こうして二人は一緒に行動しているのだ。

 

「油断するなラバック」

 

アカメが忠告する。

 

「敵が何処に潜んでいるのかもまだ分からないのだぞ?」

「…とは言え、周囲に張った罠のどれにも反応は無いし、仮にそれらを上手く潜り抜けたとしても、殺るチャンス自体は今までにいくらでもあった。だろ?」

 

そう言ってラバックは手にした糸の帝具、千変万化「クローステール」を見る。この糸は超級危険種の体毛から作られており、丈夫で伸縮性も高い。並みの相手であれば、絞め殺したり時には切断することも可能である。また、これを張り巡らせることで、侵入者を察知するセンサーとして使うことも出来るのだ。名前の通り、様々な用途に応用出来る汎用性の非常に高い帝具であった。

 

「…確かに、殺気を全くと言っていい程感じないのも事実だな」

 

アカメもその一点には同調した。無論、警戒は一切解いていないが。

 

「って、ことは、敵は竜船の方か?…タツミは大丈夫かね?」

 

ラバックはふと同世代の仲間のことを気にかけた。レオーネやらシェーレやら、自身が敬愛するナジェンダにさえも気に入られてるということで最初は何処となく気に入ってなかったが、同じメンバーとして過ごす内にそれなりに親近感や友情のようなものを感じてもいた。ラバックの目から見てもタツミには確かな素質はある。だが、それでもまだ実力的にはナイトレイドの中では下だし、帝具も持ってはいない。ナイトレイドを騙る偽者は複数人の帝具使いであると見られているので、もし敵が全員竜船にいるのであれば、ブラートがいても無事でいられるかどうか。

 

(それと、あのキルアってガキ…)

 

ラバックはついこの間ナイトレイド入りした銀髪の少年のことを思い出す。

 

(…得体が知れないってのは、ああいうのを言うんだろうな。子供に化けた物の怪って言われても納得だぜ)

 

あの年齢では有り得ぬ程の所作の一つ一つ。普段から足音を全く立てずに歩いたり、いくらでも対応可能な素人ならひょいと騙されそうなわざとらしい隙を常に作っていたり、尋常ではない。ラバックもナイトレイドに身を置いてそれなりに時間は経っているので、その凄さが嫌でも理解出来てしまう。

 

(…妹の方は普通みたいだけどな)

 

ラバックは次にキルアが連れて来たアルカという“妹”について思い浮かべる。

 

(兄妹の割にあのキルアってのにあまり似てなくて、礼儀正しいし可愛いし黒髪だし…………お、俺は別にロリコンってわけじゃねーぞ!って、誰に言い訳してんだ俺は?)

 

ラバックはわしゃわしゃと緑色の髪を掻きむしる。

 

「どうした?」

「な、何でもねえ!」

 

(…と、とにかくだ!タツミ、死ぬなよ!)

 

 

 

「おい、ニャウ!どうした!?」

 

エスデス直属の部下、三獣士が一人、ダイダラ。ニャウの吹く笛の音が突然途絶えたことを不審に思い、様子を見に彼の待機場所であった船床までやって来たのであった。

 

「ニャウ!返事しろ!」

 

ダイダラは声を張り上げるも、当のニャウからの返答は無い。

 

「まさか…やられちまったのか!?」

 

ニャウは何処か軽い人物ではあったが、任務をサボるような人間ではない。こんな中途半端なところで帝具による演奏を止めるなど只事ではないとダイダラは直感する。エスデス将軍の元、共に任務をこなしてきたのでニャウの実力はよく分かっているつもりであった。自身のように常に真正面から戦うタイプでは無かったが、決して肉弾戦に弱いわけではなく、そこいらの連中相手に簡単に殺られるようなタマではない。だからこそ、この事態は異常であると言えるのだ。ダイダラは緊張し、周囲を警戒する。誰かがいるような気配は今のところ感じられない。

暫く明かりの無い船床を歩いていると、足の先に何かがぶつかる感触があった。ダイダラは目を凝らして足元をじっと見つめる。すると、見覚えのある服が目に飛び込んできた。

 

「ニャウ!!」

 

ダイダラは急いで床へ仰向けに倒れていたニャウの体を起こそうとする。が、その重量に僅かな違和感を覚えた。

 

「…お前、こんなに軽かったか?」

 

そう言ってニャウの頭部へ目を向けたダイダラは思わず目を見開いた。そこにある筈のものが無かったのだ。

 

「にゃ、ニャウ!?」

「…てめーもすぐにアイツのところへ送ってやるよ」

「!?」

 

背後から突如聞こえてきた声。振り向くと、銀色の髪の少年が笑っていた。

 

 

 

「笛の音が…止んだ?」

 

ブラートは今まで不快に感じていた音色が急に聞こえなくなったことを不思議がる。笛の音が止んでも、萎えた戦意はあまり戻っていないようで、まだ完全に力を出せる状態ではない。透明化も何時の間にか解けてしまっていた。今、敵に襲われると苦戦は必至であろう。ブラートでさえこの状態なのだから、タツミはもっと辛い筈である。現にタツミは船の手すりに掴まって立っているのがやっとという感じであった。

 

「大丈夫か、タツ…」

 

ブラートはタツミへ声を掛けようとする。と、その時視線の向こうに信じられないものを見た。それは、こんなところには決していないであろうと思っていた人物。

 

「…!?あ、貴方は!?」

「久し振りだな、ブラート…」

 

そう口を開き、こちらへ向かってゆっくりと歩を進めてくる壮年の男。それは、かつてブラートが帝国兵時代の上司であったリヴァであった。



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第8話 ④

「貴方が…何故ここに…?」

 

ブラートは目の前の壮年の男…リヴァへと問い掛ける。自身の知るリヴァという人物は、こんな場所にはいない筈であった。大臣へ賄賂を贈らなかったという下らない理由で干され、終いには左遷に近い扱いを受けたと聞いていた。それが、何故、今、この場所に。

 

「本当に久方振りだな、ブラート。以前と比べて、また腕を上げたのでは無いか?鎧越しからでもそれが伝わってくるぞ」

「……リヴァ将軍」

 

思わずブラートはかつて毎日のように呼んでいた名前を呟いた。それに対して、リヴァは首を横に振って答える。

 

「…今はもう将軍ではない」

「…確かに貴方はもう帝国の将軍ではない。あの憎き大臣の手によって全てを奪われた。それでも貴方は…」

「違う。そうじゃない。今の私はただの下僕なのだ」

「え…?」

 

ブラートの戸惑い。リヴァはただ無言で頷く。

 

「…そう、今の私はエスデス様の忠実なる下僕なのだよブラート」

 

信じられない言葉を耳にしてブラートは言葉を失った。この瞬間、ブラートは理解する。目の前にいる男がただ懐かしさだけで声を掛けてきた訳ではないと。明確な敵意を持って自身の目の前に立っているということを。

 

「何故…ですか?何故、貴方のような人が帝国の、それもよりにもよってあのエスデスの…」

「知った風な口を聞くなブラートッッ!!」

 

静かな口調であったリヴァが突然声を張り上げた。

 

「あの方は私に全てを与えて下さったのだ。再び生きて戦う意味を、そして理由を!!」

 

そう激白するリヴァの目は本気であった。一点の曇りもない。寧ろ、狂信的とも言える。

 

「私は帝国に忠誠を誓ったのではない。エスデス様に忠誠を誓ったのだ。あの御方を愚弄するのであれば、貴様であっても容赦はせぬぞブラート!」

(…何ということだ。よりにもよって最悪な人間が敵に回ってしまった)

 

ブラートは思わず歯噛みする。かつての上司であるリヴァはブラートの動きや癖なども理解している。それだけでも単純に厄介な相手なのだが、何より人材的にも純粋に国を思う誠実な将軍が、洗脳などの類いではなく、自らの意思で敵側に付いたというのが痛い。リヴァは間違いなく、帝国を大臣の手から取り戻した暁には、その未来を担える人材の一人であったからだ。

 

「…例え、貴方と言えども、敵として現れたならば…斬る!!」

 

苦渋の表情で槍を構えるブラート。肉体は本調子ではなく、更に相手が相手。苦戦は免れない。そう思った矢先であった。

 

「いぃぃやあああああああああ!!」

 

雄叫びを挙げながらタツミがリヴァに向かって剣を振るった。ブラート同様に本調子でなく、先程までフラついていたとは思えぬ程の鋭い一撃であった。残念ながら、その斬撃は紙一重で交わされてしまう。

 

「くっ!」

「ほう……?」

 

リヴァの目が一瞬変わった。

 

「ふん!」

「うわあ!!」

 

リヴァは避け様に回し蹴りを放ち、タツミをブラートの方へ蹴り飛ばした。飛ばされたタツミはブラートにキャッチされて事なきを得る。

 

「つっ…!」

「タツミ!大丈夫か!?」

「アニキは下がってろ…」

「!?」

 

タツミからの言葉にブラートは脳天へ強い衝撃を受ける。タツミはフラつく体を剣で支えながら再び立ち上がった。

 

「…よく分かんねえけど、アニキはアイツと知り合いなんだろ?だったら、アニキはアイツと戦っちゃダメだ!」

「タツミ…」

 

ブラートは突然、自身で自身の顔面を殴り付けた。

 

「アニキ!?」

「へっ、目が覚めたぜタツミ。有難うよ。だがな…」

 

ブラートは改めて槍を構える。今度の構えは心なしか先程よりも洗練されているように見えた。

 

「このブラート。まだまだお前に心配される程、落ちぶれちゃいないぜ!!」

「アニキ…」

「下がってな、タツミ。奴は十中八九帝具使いだ。帝具を持たないお前じゃ分が悪い」

「…分かった」

 

一緒に戦いたいという思いは勿論あったが、それ以上にブラートの邪魔をしたくないと思ったタツミは素直に後退した。

 

「…吹っ切れたな、ブラート」

 

リヴァは二人の様子を見てそう言った。そして、視線をタツミの方へ向ける。

 

「…実にいい目をしている。動きはまだ粗削りだが、決して悪くはない。正に、磨けば光るダイヤの原石だな」

「へ…?」

 

突然、敵から褒められて戸惑うタツミ。

 

「…だが、先程の攻撃はなっていなかったな。雄叫びを上げてしまっては敵に奇襲を掛ける意味が無くなってしまう。反省すべき点だぞ少年よ」

「す、すみません…」

 

窘められ、タツミは思わず反射的に謝ってしまう。それを見てリヴァはまたもフッと笑った。

 

「良き弟子を持ったな。ブラートよ」

「…当たり前だ。自慢の弟分だからな」

「アニキ…」

「…だからこそ惜しい。そんな逸材をこの手で摘み取らねばならぬとはな」

 

そう言ってリヴァは白い手袋を外した。すると、指には一際目立つ指輪が装着されていた。

 

「…これは我が帝具、水龍憑依『ブラックマリン』。様々な液体を操ることが出来る」

「…凄そうな帝具だ」

 

ゴクリとタツミは唾を飲み込んだ。

 

「フフフ、少年よ。エスデス様はもっと凄いぞ。私は周囲に水などの液体が無ければこの帝具を使うことは出来ないが、エスデス様は無から氷を作り出せる。時と場所を選ばない」

「何だって!?」

「…生憎とここは船の上。水分には事欠かぬ!」

 

リヴァはそう言った直後に強く念じ始めた。すると、タツミとブラートを囲むように四方から水で出来た槍が出現する。

 

「さあ、言葉を交わすのはこれで終わりだ。これからは帝具使い同士の闘争。生き残るのは、どちらか一人!!」

「それはアンタじゃない!!俺たちだ!!」

 

ブラートは高く飛び上がると、華麗な槍さばきで水の槍を一瞬の内に破壊した。そして、そのまま空中で態勢を整えると槍の切っ先をリヴァへ向けて急降下する。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「来い!!ブラートォォォォォォォォォ!!」

 

 

 

「…チッ、仕留め損なっちまった」

 

キルアは残念そうに呟いた。確かに相手の心臓を貫いたと思ったが、間一髪で避けられてしまった。こんなミスをするなど、いつもの自分らしくない。

 

(妙に体が動きにくいな…。さっきの奴の笛のせいか?)

 

不自然な音色が聞こえた瞬間に近くにあったテーブルクロスを千切り、それを唾で湿らせて耳栓の代わりにしたが、それでも僅かに漏れた音がじわじわとキルアに効いてしまっていたのだろう。だからか、何時もより動きが鈍くなってしまっていた。笛の主は奇襲で痛め付けたので難なく倒せたが、この巨体の男はそうはいかなかったようである。また、男も見た目よりは俊敏のようだ。

 

「ぐっ…てめえがニャウを殺ったのか?このクソガキが!!」

 

男は胸を押さえながら吐き叫んだ。そして、薄闇にも目が慣れてきたのか、動かないキルアを視界に捉えてニヤッと口の端を持ち上げる。

 

「…くくっ、どうやらニャウの笛が効いてきたようだな。でなければ、俺をとっくに殺れてたろうにな」

「…………」

「貴様にチャンスはもう無い。ここからは俺の一方的なターンだ!」

「あ?」

「ニャウを殺した貴様の経験値、このダイダラ様がたっぷりと頂かせて貰うぜえ!!」

「……てめえ、何勘違いしてんだ?」

 

キルアはドスを利かせた声で言った。

 

「俺が弱ったって、てめえが強くなったわけじゃねーだろ。この雑魚が」

「抜かせ!!」

 

巨体の男…ダイダラは素早く手にした帝具、二挺大斧「ベルヴァーク」をキルアへ向けて投げ飛ばした。「ベルヴァーク」は見た目の通り巨大な斧の帝具で扱うには相応の筋力を必要とする。しかし、その攻撃力は並大抵のものではない。更にこのベルヴァークは一度投擲すると敵をぶった斬るまで追跡するのだ。

 

「先に言っておくが、逃げても無駄だぞ!」

「とっくにネタは割れてんだよ!」

 

そう言うと、キルアは避ける素振りも見せずにでんと構えて待ち構える

 

「最早敵わねえと諦めたか!」

「ちげーよ」

 

キルアは両手を前に出し、勢い良く向かってくるベルヴァークを受け止めようとしていた。

 

「馬鹿が!!そのまま真っ二つになってしまえ」

「ッ!!」

 

重い衝撃音が辺りに響く。それは決して大きい音では無かったが、確かに耳に入る程であった。

 

「なっ!?」

 

ダイダラは目の前の光景に開いた口が塞がらないでいた。渾身のベルヴァークの投擲、それもこんな至近距離でおいて、自身の半分くらいの身の丈の子供が一歩も後ずさることなく受け止めていたからである。

 

「どう?御自慢の一投を止めてやったけどさ?」

「そ、そんな馬鹿な…!!」

(あ、有り得ん!!どんなに鍛え抜いた巨漢であろうが、この距離、そしてあのスピードのベルヴァークを受け止めれば、勢いのまま腕もろとも体が両断されてしまう筈。それをこんなガキが…)

「鍛え方がちげーんだよ。ま、レイザーの球に比べれば遅いね」

 

キルアはニヤリと笑った。彼がこうしてベルヴァークを受け止められたのは巧みなオーラの操作によるものである。ベルヴァークを掴む腕と手、踏ん張る為の足へと絶妙な量のオーラを集めたのだ。足へのオーラが足りなければ吹き飛ばされてしまっただろうし、腕と手へのオーラが足りなければ受け止めるどころか体から離れることになっていたであろう。キルアの天才的なセンスが成せる技であった。

 

「どうせ追い掛けてくるなら、こうして受け止めた方がリスクはあってもマシってね」

「ぐ、…ぐぐ…」

 

万策尽きたダイダラは呆然と立ち尽くす。キルアはベルヴァークを左手に持ったままつかつかとダイダラへ近付いていった。

 

「…本調子じゃないならそのつもりで動く。今度はしくじらねーよ」

「あ、ああ…」

 

次の瞬間、キルアの右腕がダイダラの心臓を完全に貫く。そこでダイダラの意識は途絶え、二度と目覚めることは無かった。

 

 



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第8話 ⑤

(何なんだ…アイツは!?)

 

エスデスの監視と調査を自ら請け負ったレオーネは、とある茶屋でのんびりとお茶している標的を屋根の上から見ていた。死角の上、遠く離れている筈なのに、まるで今にも背後から襲い掛かってきそうなイメージが頭から離れない。レオーネはエスデスの所作の一つ一つに全身が総毛立つのを感じた。野生の勘が彼女に伝える。“アレには手を出すな”と。

 

(隙あらば…と思ってたけど、実物を見たらとてもそんな風には思えない!)

 

一分の隙も無い。というわけではない。寧ろ、エスデスは完全に隙だらけであった。だが、それが自らを誘い込む罠でしかないということがよく分かる程に敵の発するオーラのようなものが絶大であった。これは帝具、百獣王化「ライオネル」の使い手である彼女だからこそ察知出来たもので、下手な実力者ならばホイホイと釣られてそのままエスデスに狩られてしまっていたかも知れない。レオーネの帝具、ライオネルはベルト型の帝具で身に付けて使用すると装着者を獣のように変貌させることが可能となっている。獣化した装着者は身体能力に加え五感まで強化され、正に野生の獣の如き力を手に入れることが可能となる。数ある帝具の中でも特殊な存在であった。

 

(ライオネルによって強化された野生の危険察知能力、これが無かったらあたしは無策で突っ込んでたかも知れない…。ここは悔しいけど退くべきだね!)

 

レオーネは軽く舌打ちすると、全速力でその場から去っていった。

 

(…アンタの強さは覚えた!今はまだ敵わなくても、何れ必ず倒す!狩人はアンタだけじゃないんだ!)

 

 

「…ふむ。釣られなかったか」

 

エスデスは運ばれてきた団子を手に取り、周囲から自身を監視する視線が無くなったことを確認するとそれを口の中へ運んだ。

 

(相当慎重なのか、臆病風に吹かれたのか…。何れにせよ、ここで撤退を選択出来るのであれば、相応の実力者なのだろうな。例のナイトレイドか…?まあ、これ以上、この場からいなくなった人間のことを考えても仕方無いな)

 

「ん、これはなかなか美味だな」

 

エスデスは程よく上品な甘さの団子に舌鼓を打つ。

 

(…アイツらに是非とも食べさせてやりたいものだ。帰って来たら連れて行ってやるとしよう)

 

 

 

(…恐らくもうあの二人は生きてはいまい)

 

リヴァはブラートからの攻撃を捌きながらそう考えていた。本来であれば、三人で共に戦う予定だったからであった。例え相手がたった一人でも、いやたった一人だからこそ数の有利というものは活きてくる。これを卑劣などと宣う者は実戦というものをまるで理解していない。実戦は試合や稽古ではないのだ。殺るか殺られるか、その二択しかない。そうであるならば、より生存の可能性が高い戦略を取るのが当たり前。批判される謂われなど全く無い。ダーティーファイトに徹することこそ戦場においては重要なことなのだ。

当初の作戦では、ニャウが船床よりスクリームで相手の戦意を奪い、弱ったところをダイダラと二人で襲い一人ずつ確実に仕留めていくという実にシンプルなものであった。だが、現実はニャウのスクリームの音色は突然途絶え、様子を見に行ったダイダラは何時まで経っても戻って来ない。あの二人に限って敵の返り討ちにあったなど考えたくないことではあるが、未だに何の連絡も無いことを鑑みれば、最早無事ではない可能性が非常に高いと言えるだろう。当初の計画は破綻してしまったと言えるが、だからといって引き下がるわけにはいかない。この命に代えても敵を討たねばという悲壮な決意でリヴァはブラートたちの前に現れたのだった。

 

「す、すげえ…」

 

タツミが思わず唸る程、二人の攻防はレベルが高いものであった。思えば、タツミが帝具使い同士の本気の戦いをその目でまともに見るのはこれが初めてであった。本当は隙あらばブラートの加勢をとも思ったが、これでは自身が入る隙を見つけるどころか、目で追うのがやっとである。タツミは改めて、帝具使いとそうでない者との明確な差を思い知るのであった。

 

(アニキ…!)

 

「ハァッ!!」

「くっ!?」

 

ブラートとリヴァは一旦、互いに距離を取った。どちらもかなり消耗しているの見て取れる。決着はそう遠くないとタツミが思ったその時であった。

 

「お?まだやってんじゃん」

 

そう言ってキルアがこの場へ現れた。

 

「お前!?今まで何処に!?」

「トイレって言ったじゃん。いやー手強かったぜ?」

「お前、いい加減に…」

「ほらよ、お土産」

「えっ?」

 

タツミはキルアが投げたものを受け取ろうとして即座に手を引っ込めた。何故ならば、身の丈の半分程もある斧が飛んで来たからだ。

 

「う、うわっ!!」

「…!?それは!?」

 

キルアのお土産を見て、リヴァは思わず目を見開く。その斧は自身がよく知るものであったからだ。

 

「こんなのもあるぜ?」

 

キルアは立て続けにタツミに向けて何かを投げ渡す。それは変わったデザインの笛であった。

キルアが持ってきたものは、間違いなく帝具、ベルヴァークとスクリームであった。

 

「ダイダラ……!ニャウ……!」

 

リヴァは確信する。二人はもうこの世にはいないのだと。

 

「…小僧、貴様が殺ったのか?」

「ああ。思ってたよりは苦戦したぜ?本当ならもっと早く終わると思ってたからな」

「…………」

 

平然とした顔でそう言うキルアをタツミは恐ろしいものを見るような目で見ていた。帝具使い同士の次元の違う戦いを今さっき見たばかりだからこそ、帝具を持たぬ自身よりも年下のこの少年が、あの壮年の男と同程度の実力はあろうかと思われる仲間を二人も片付けていたというのだ。しかも、キルアの様子を見るに余力はまだまだ残っているように思える。

 

(こいつ…一体何者なんだ!?)

 

初めて出会った時から抱いていた今更な疑問。タツミにはキルアが同じ世界の住人とはとても思えなかった。

 

「…ああ。俺に構わず続けろよ」

「何?」

「いくら俺だって一騎討ちの間に入るような不粋なことはしねーよ」

 

キルアはそう言ってタツミの隣に立った。勿論、これは建前であり方便である。キルア程のプロであれば、例え真剣勝負の真っ只中でも平気な顔で乱入して敵を討っていたであろう。実際のところは、ブラートの実力をその目で見ようという腹積もりであった。

これまでに何度か帝具使いと戦ったキルアであったが、その使い手自体の実力はさておいても、帝具自体の能力には驚かされることも無くは無かった。ゴンの幻を見せられた時は、それの使われ方によっては足元を掬われかねなかったし、今も笛の音で調子を崩されたりと、その特殊性には目を見張るものがある。その帝具を全身に纏うブラートの動向に興味が湧くのも当然であった。万が一ナイトレイドが敵に回った時に対処出来るように研究の意味も含め、キルアは高みの見物と洒落込む。

そんな視線を受けながらもブラートは次の一撃で決めようと今までに無いくらいに集中を高める。最早、彼の肉体は限界であり、これが最後の攻撃になると踏んだからである。それはリヴァも同様であった。帝具による水撃は肉体への負担が少なくはない。更にダイダラやニャウが早々にやられてしまった為にずっと一人でブラートと戦っていたことも影響し、体力は残り少ない状態であった。耳からはどくどくと血が吹き出ている。

互いに次の攻撃は外せない。決着は間も無くである。

 

「…………」

「…………」

 

二人は沈黙する。タツミにはこの一分一秒が通常よりもずっと長く感じられた。タツミでさえそうなのだから、向かい合う二人はもっとであろう。

 

「ハアアアア!!」

「ハアアアア!!」

 

二人は同時に仕掛けた。リヴァは瞬時に巻き上げた複数の水柱を龍のような形にする。

 

「我が最大の奥義を味わうがいい!!」

 

そう叫ぶと四方八方からの渾身の水撃をブラートに向かって放った。一方で、ブラートはインクルシオを纏った拳を前に突き出してのシンプルな突撃であった。

 

「水龍天征!!!死ね!ブラートォォォォ!!」

 

リヴァの放った水撃はブラートの体を飲み込んでいく。

 

「やったかッッ!?」

「…そういう台詞を吐いた時にはなあ」

 

すると、突然水が破裂したように飛び散り、中からブラートが勢い良く飛び出した。

 

「大抵は殺ってねえんだよ!!」

「耐え抜いたのか!?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ぐはっ!?」

 

次の瞬間、ブラートのインクルシオを纏った拳がリヴァの体を貫いた。

 

「ブラー……ト……」

「…あばよ、リヴァ将軍。アンタは俺が尊敬する数少ない人間だったぜ」

 

ブラートはそう胸の内を告げると、リヴァの体に刺さったままの拳を抜いた。リヴァは、血を大量に流しながら甲板に前のめりで倒れる。そのままリヴァはぐったりと動かなくなった。

 

「やった!アニキ!」

 

タツミがそう歓喜の声を上げるとブラートはガッツポーズでそれに答えた。全身がズタボロになってはいるが、ブラートがこの戦いに勝利したのだ。

 

「へっ…ちょっとばかし、疲れた…な」

 

ブラートは立っているのがやっと、といったところか。いつの間にかインクルシオは解除され生身を晒していた。敵は間違いなく強敵であった。

 

(さあ、帰ろう。皆のところへ…)

 

「アニキ!!」

 

タツミの呼ぶ声。その何処か鬼気迫る声に気が付いた時には、ブラートの右腕と左足を何かが貫いていた。

 

「な……に……?」

「…敵が死んだことをちゃんと確かめずに背を向けるとは、迂闊だったなブラート!」

「リ…ヴァ……!」

 

リヴァは胸の中央から滝のような出血をしながらも自らの足で立ち、手を前に突き出していた。その指先から滴り落ちる血を見てブラートは気が付いた。

 

「そうか…血もまた液体!」

「これぞ奥の手、血刀殺!!」

 

リヴァは流れ出た血液をまるで刃のように変化させ、ブラートの腕と足を貫いたのであった。その目はブラートただ一人を見据えていた。よく見ると首に何かが突き刺さっている。

 

「…特製のドーピングだ。この一撃を放つだけの力を得る為に打った。文字通り最期の一撃だ。フッ、これで貴様だけでも道連れにすることが出来る」

「何…!?」

「この薬は筋力増強剤であると同時に猛毒でもある。今、それが貴様の肉体を猛スピードで…」

 

ザシュッ

 

「!?」

「なっ!?」

「ぐっ!?」

「……………」

 

目にも止まらぬ速さとはこのことを言うのだろう。気が付いた時には、キルアがブラートの右腕と左足を切断していた。

 

「で、猛スピードで何?」

「毒が…回る前に…だと!?」

「悪ぃけど、オッサン一人で死ねよ。往生際が悪いのはみっともないぜ?」

「く…クソォォォォ!!」

 

リヴァは咆哮し、崩れ落ちた。

 

(エスデス様…申し訳ございません。我々は……)

 

大量の自らの血の中、リヴァは眠るように死んでいった。その最期の表情は怒りと後悔と悲しみに満ちていた。



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第8話 ⑥

死闘を終えた竜船の船上。乗客たちは皆、眠るようにぐったりとしている。ニャウのスクリームによる影響だろう。それは、ニャウが死に、悪魔の演奏が終了しても変化は無かった。効果が完全に抜けるにはまだ時間が必要なようだ。幸い、乗客たちに死傷者はいないようである。護衛対象であった文官も眠りこけてはいるが、目立った外傷などもなく五体満足であった。これを持って、キルアたち三人は文官の護衛とナイトレイドの名を騙る偽者の始末の任務を完遂したと言える。ただし、こちらは全員が五体満足でというわけにはいかなかった。

 

「くっ…!」

 

片腕と片足を失ったブラートは上手く立てずにその場に尻餅をつく。痛みこそ尋常ではなかったが、切断面からの出血は思っていたよりも無く、何とか意識を保つことが出来ていた。

切り口をよく見ると焦げ跡のようなのが見られ、それで出血が抑えられているようである。キルアはブラートの腕と足を切断する際に手に電気を発生させて、切ると同時に切り口を焼いたのであった。

 

「悪かったな、オッサン。咄嗟のこととは言え、無断でオッサンの腕と足を切り離しちまってさ」

 

キルアが少しだけ申し訳無さそうに言った。常に悪びれない様子の彼がそんな表情をするのは意外だったのか、ブラートは痛みも忘れてポカンとする。

 

「…いや、お前の判断は正しかった。あの場で瞬時にこの選択をして即行動に移せる人間なんてそうはいない。今、俺がこうして生きていられるのはお前のお陰だ。キルア」

「…言っておくけど、俺は医者じゃねーからな。後でちゃんと診察して貰えよ?毒だって少しは回ってるかも知んねーしさ」

「ああ。分かってる。…タツミ、肩を貸してくれ」

「あ、うん。分かったよアニキ」

 

タツミはすぐにブラートの左側に回り、肩を抱いて起こす。倒したと思ったリヴァが起き上がり、ブラートを襲った時は最悪の状況が頭の中に思い浮かんでしまったが、こうして直に触れて確かな鼓動を感じると、痛ましい姿ではあるが、ブラートが死ななくて良かったとタツミは涙ぐんでいた。

 

「おい、タツミ。泣くなよ。男だろ?」

「だって…俺、アニキが生きてて嬉しくて……」

「…確かに生き残りはしたけどな」

 

ブラートは失くなった自身の右腕と左足を一瞥する。

 

(この体じゃ、もう前線で戦うのは無理だな…)

 

片腕だけならともかく、片足を失ったのは大きい。体術にせよ剣術にせよ、下半身の力を十分に使えなければ個人としての戦力は激減してしまう。仮にどれだけ性能の良い義足にしたところで、元通りの力で…というのは望み薄であろう。これでは、今後激化が予想される戦いにおいて皆と共に戦うことなど出来はしない。

 

(…どうやら決断の時、だな)

 

ブラートは思わず寂しそうな表情をしてしまうが、それをタツミには見られたくないと顔を伏せた。少しして頭の中を切り換えると、いつものように威勢のいい大きな声で言った。

 

「さあ!帰るぞお前ら!!帝具の回収も忘れるなよ!!」

 

 

 

「帰って来ない、か…」

 

エスデスは何時まで経っても戻って来ない三獣士たちを思って呟いた。失敗したにせよ、連絡一つ寄越さないということは、最早生存してはいないのだろう。

 

(ニャウ、ダイダラ、リヴァ…)

 

心の中で彼ら一人一人の名前を呼ぶ。

 

「…ナイトレイド、それ程までの存在か」

 

エスデスは軽く舌打ちした。三獣士には、まだまだこれからも働いて貰わねばならなかった。あれだけ優秀な人材はそうは見つからないであろう。そして、彼らがやられてしまったのであれば、当然彼らが持っていた帝具も敵の手に渡ってしまった可能性が高い。

 

「おやおや、エスデス将軍。如何なされましたかな?」

 

そう声を掛けてきたのはオネスト大臣であった。彼がこうして慇懃無礼な物言いをする時は、自身が優位に立っている時である。さしずめ、三獣士が任務に失敗したことに勘づいたのだろう。とは言え、ただ嫌みを言う為だけにわざわざ人へ会いに行く程大臣も暇ではない。何かしら用件があるのだろうとエスデスは思った。

 

「…何か用でしょうか?まさか、私の顔を見に来たというわけではないのでしょう?」

「うむ。例の件ですが、ようやっと将軍のお眼鏡に適いそうな人材が集まりましたよ。近い内に帝都へ呼び寄せましょう」

「そうですか。それは朗報です。楽しみですね」

 

大臣の口から発せられたのは明るいニュースであった。例の帝具使いによる特殊部隊の件である。三獣士を失ったのは大きいが、これでその穴埋めは出来るとエスデスは考えた。部下をある程度大事には思っているが、何時までも死んだ者に縛られてはいけないというのも将軍としての務めである。失った戦力よりも、これから得るであろう戦力へとエスデスは頭を切り換えた。

 

(お前たち…敵は必ず私が取ってやる。だから、安らかに眠れ)

 

それが彼女が亡くなった部下たちへ告げる最後の言葉であった。

 

 

「…ところで、大臣。越権行為は承知の上で一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「?何でしょうか?」

「何か、我々に隠していることなどありませんか?」

 

エスデスのその言葉に大臣の表情が僅かに固まる。

 

「ほう…何故そう思うのですか?」

「勘…今はそうとだけ言っておきましょうか」

「…でしたら将軍の勘は外れですな」

 

そう言うと、大臣はほっほっほと笑った。

 

「…そうですか。ならば、忘れて下さい」

「ええ、聞かなかったことにして差し上げますよ」

「…………」

(…この大臣が皇帝、ひいては国を裏切るなど無いとは思うが、その行動については注意しておいた方がいいだろうな)

 

エスデスがそう思う一方。

 

(…例の兵器の件、まだこの女に話す段階では無い。少なくとも今度の視察が終わるまでは、な)

 

大臣の思惑。

エスデスの懸念。

帝都の闇は、より濃さを増したかのように蠢いているのであった。

 

 

 

ところ変わって、ナイトレイドのアジト。日も落ち、残った者たちは、早めの夕食を取っていた。

 

「あーん」

「…………」

「あーん、するの!」

「あ、あーん…」

 

利き腕を使えないマインは恥ずかしそうに口を開けて、アルカが差し出したスプーンから口の中へと食べ物を受け取っていた。

 

「はい、あーん」

「ねえ、私一人で食べられるからさ。その…」

「ダメです。さっきから食べ物いっぱい溢してます!」

 

一回り近くは年下であろうアルカに窘められるマイン。実際、利き腕では無い方で食事を取ろうとして、マインの目の前は酷い惨状となっていた。見かねたアルカがこうして「あーん」を提案したのである。

 

「モグモグ…うう、恥ずかしい。あまり人に見られたく無い姿だわ…」

「特にタツミに、ですか?」

 

シェーレのその一言に、マインは思い切り取り乱す。

 

「ちょ、シェーレ!?な、何をワケの分かんないことを言ってるのよ!?」

「そうですか?マインのタツミを見る目、段々変わってきてると思ったのですけど…」

 

シェーレは頬に指を当てながら首を傾げた。ちなみに彼女は利き腕が無事だったので自ら食事を口に運んでいる。普段はポーッとしている彼女であるが、そういった人の些細な変化を見抜けるのは、天性の暗殺者としての素質が成せる技であった。

 

「アイツのことなんか全っ然、何とも思っていないんだからねっ!」

「そうなんですか?」

「そ・う・よ!!」

「あーん」

 

興奮するマインをよそにアルカは再びスプーンを差し出した。

 

「……あーん」

 

少し間を置くと、自分が何でこんなムキになっているのかとマインは顔を真っ赤にする。

 

(…本当に何でアイツのことなんか意識してんだろ私。あー、あー、何か腹立つーーーー!!)

 

そんな折であった。

 

「ただいまーーー!」

「帰ったぞ」

 

勢いよくドアが開かれ、任務を終えたラバックとアカメが入って来た。二人は「あーん」をしている最中のマインを丁度目撃した。

 

「がっ!?」

「ま、マイン、お前…」

「…まるで子供みたいだな」

「ムキーーーーーー!!」

「アルカ、こっちへ来た方がいいですよ」

「うん」

 

恥ずかしさのあまり、暴れるマイン。タツミたちが戻って来るまで、この騒動は続いたという。

 

 



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第9話 ①

「体の調子はどうだ?ブラート」

「医者にも診て貰いましたし、体調自体は悪くないんですがね」

 

心配そうに覗き込むナジェンダに対して、ブラートはいつも通りの声音で答えた。血色も良く、毒の影響も殆ど無い様子である。それでも何処か浮かない表情なのは、失ったものの大きさを改めて感じているからであった。

 

「…やはり、腕と足を失ったのは辛いですね」

「腕だけを失ったのならば私みたいに義手にすれば何とかなるが、足までも失うとなるとな…」

「ええ、以前と同じようには戦えないでしょうね。特にインクルシオは万全の状態でも体に掛かる負担が大きいですから」

 

ブラートは残念そうに言った。

 

「…ま、幸い頭は働きますんでね。作戦とかそっち方面ではまだまだ働かせて貰いますよ」

「ああ。お前は今でも貴重な戦力だ。少なくとも私は…いや、皆もそう思っている筈だ」

「そう言って貰えると救われますよ」

「しかし、最初にお前のその姿を見た時は流石に私も驚いたぞ」

「楽しそうな夕食が一気にシーンとなりましたからね。その後も医者を呼んだり、てんやわんやでしたよ」

 

ブラートはまるで他人事のように笑ってみせた。

 

「ま、痛ましい姿かも知れませんが、お陰で命だけは助かりましたよ。こいつだけは代えがきかないですからね」

「キルアの判断…か」

 

ナジェンダはポツリと呟いた。

 

「大きな借りが出来たな」

「返せるかどうかは分からないですがね」

「…………」

(…本当に大きな借りが出来てしまったな。タツミやブラートから聞いた話からすれば、キルアがいなければほぼ確実に三人の帝具使いとの交戦になっていた。仮にそうなっていたならば数の有利でブラートはおろかタツミまでもがその戦いで命を落としていたかも知れない。それに、この間の件もそうだ。キルアが助けに入らなければシェーレかマイン、或いは二人共が敵の帝具使いに殺られてしまっていただろう。彼の存在が今のナイトレイドにとって大き過ぎるものになっている。これは期待以上…いや、想定外と言った方がいいかも知れないな)

 

ナジェンダは深く息を吐く。一応、ブラートに配慮して煙草は吸っていなかった。

 

(…あまりキルアに依存しない方がいいだろうな。彼に頼り過ぎれば、取り返しのつかないことになりかねない。…とは言え、彼が作り出してくれた好機は是非とも利用したいところだ)

 

打算と懸念。二つが入り交じり、複雑な表情のナジェンダ。そのことは一先ず置いておいて、今はブラートのことと頭を切り換える。

 

「…ところで、インクルシオはどうするんだ?お前が使わないのであれば、何時までも遊ばせておく訳にもいかないから革命軍へ送ることになるが…」

「そのことについてですが、一つ提案があります」

 

ブラートは先程とは一転して清々しい表情に変わった。どうやら、その件については当人の中で前から決めていたようであった。

 

「提案?」

「ええ、実は…」

 

自らの考えをナジェンダに話すブラート。その表情に一切の迷いは無かった。

 

 

 

「俺が…アニキの?」

 

タツミは一人呼び出され、その先でナジェンダから告げられた言葉に驚きを隠せないでいた。彼の視線の先に立つナジェンダは黙ってコクリと頷く。

 

「…ブラートたっての願いだ。叶えてやってくれタツミ」

「でも、俺がインクルシオを使うだなんて…」

「嫌なのか?」

「そ、そんなことは!…ただ、俺はまだ未熟だし、アニキみたいにインクルシオを扱える自信が…」

「馬鹿野郎!」

 

殴られる。と、思わず反射的に目を閉じるタツミ。しかし、頭部への衝撃はやって来なかった。ゆっくり目を開くと、目の前には車椅子に乗ったブラートが不動のままそこにいた。先程の言葉とは裏腹にその表情は怒っているというわけではなく、ただ真っ直ぐな目をタツミへ向けている。

 

「アニキ…」

「タツミ、自信を持て。その素養、今までの経験値、インクルシオを使うに十分だ。お前はお前が思うよりもずっと強い。それに、俺の為にリヴァへ向かって行ってくれただろ?」

「で、でも…」

「それに、インクルシオを俺のように扱う必要は無いぞ、タツミ」

「え?」

「インクルシオはお前の使いたいように使え。その方が、よりインクルシオの力を引き出すことが出来る筈だ。成長し切って伸びしろの無い俺なんかよりもずっとな」

「俺なりの…使い方……」

「さあ、俺に見せてくれタツミ。インクルシオを纏ったお前の勇姿を!」

 

ブラートの言葉を受け、思わず全身を震わすタツミ。感激、恐怖、喚起、様々な感情が綯い交ぜになった武者震いであった。

それを見たブラートはフッと笑った後、車椅子を漕いでタツミの前へ行き、インクルシオの鍵を手渡す。タツミは深呼吸を一回した後、覚悟を決めてインクルシオの名を叫んだ。

 

「来ぉぉぉい!インクルシオオオオオオオオ!!」

 

すると、瞬時にタツミの肉体をインクルシオが覆っていった。その姿はブラートが装着していた時よりも明らかに進化していた。

 

「おお!?」

「…………」

(流石だぜ、タツミ。俺の想像以上だ。これならば何も思い残すことなくお前に全てを託せる…!今後は全力でお前をサポートするからな!!)

 

ブラートは最愛の後継者を目の前にして満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

「タツミがインクルシオを…ってマジかよ!?」

 

その話を聞いてラバックは大きなリアクションを取って驚いた。タツミはインクルシオの鍵を見せながら自慢気な顔をする。

 

「ああ。アニキから託されたんだ!これでもう俺も皆には遅れを取らないぜ!」

「調子に乗るなタツミ!」

 

ボカッと今度はタツミの頭部への衝撃と懐かしい痛みが訪れる。

 

「あ、アニキィ~…」

「自分でも言ってただろ?お前はまだまだ未熟。いくら帝具を手にしたからって慢心は感心しないな」

 

ブラートの正論にタツミも反省する。

 

「ごめん…アニキ」

「自信を持つのはいい。だが、それを誰かに言うようではまだまだだな」

「…精進するよ、アニキ」

「…それにしても、タツミが帝具をねえ。それもブラートのを」

 

マインが意外そうな顔で言った。

 

「正直、最初仲間になった時は、すぐにおっ死んじゃうかと思ったわよ」

「何ですと!?」

「でも、タツミはこう見えて初見でアカメとやり合って生き残れたからねえ。お姉さんはここまで来れるって信じてたよ!」

 

そう言ってレオーネはタツミの肩を抱いた。

 

「そうですね。それにタツミは訓練も頑張ってますしね」

 

シェーレもタツミを援護する。

 

「フッ、素質のない奴だったら最初からナイトレイドに入れてはいない」

 

ナジェンダも自分の判断は正しかった…と自分で自分を褒めるように言った。

 

「くっ…どうしてタツミはこんな年上にモテるんだ!?」

 

その様子を見たラバックが恨めしそうにタツミを見る。そんなラバックをやれやれと見つめるのは先程までパートナーだったアカメであった。

ブラートの件は暗いニュースであったが、それでも生きていたからこそ、こうして和気藹々と話が出来るのであった。その立役者であるキルアは誰と会話する訳でもなく、アルカと二人で遊んでいる。必要以上にナイトレイドに深入りしないのは、後々の為。その喋りかけるなオーラをナイトレイドの皆も感じているのか、互いに微妙な距離を空けたままであった。

 

 

「…ここで、皆に発表がある」

 

夜も更け、皆もそろそろ眠りに付こうかというタイミングでナジェンダがそう切り出した。キルアを含めた一同は、ナジェンダの話に耳を傾けようと一斉に彼女の顔を見る。

 

「何だい、ボス。改まって?」

 

レオーネが尋ねると、ナジェンダは一呼吸置いてから話を始めた。

 

「結論から先に言おう。近々、ナイトレイドに追加のメンバーがやって来る」

「!?」

 

一部を除いて、皆が驚きの表情を見せた。ナジェンダは構わずに話を続ける。

 

「…今後、戦いは激化の一途を辿るだろう。ブラートの件もある。戦力は多いに越したことはない」

「急…だな」

「別に急ということは無いぞタツミ。実は以前から本部にそういった要請はしていた。その結果、このタイミングで増援が決定した。それだけの話だ」

「新しいメンバーというのは帝具使いなのか?」

 

アカメが尋ねるとナジェンダはコクリと頷いた。

 

「可愛い女の子かなあ…」

 

ラバックがそう呟くと、すかさずブラートの拳骨が飛んで来た。

 

「…発表したいことというのは以上だ。もう遅いのに呼び止めてしまって済まない。皆、今日は疲れただろうからゆっくり休んでくれ。解散!」

 

ナジェンダの発表。追加メンバーはどういった人物なのか、上手くやれるだろうか。そんな各々の思いを胸に皆はそれぞれ寝床へと向かうのであった。

 

 

 

「なあ」

 

自分の寝床へ戻ろうとしたレオーネは突如、キルアに声を掛けられた。どうやら彼女が一人になるタイミングを狙っていたようである。

 

「ちょっとお姉さんに聞きたいことがあるんだけどさ…」

「レオーネ」

「…?」

「あたしはお姉さんって名前じゃない。レオーネだ」

 

レオーネがそう言うとキルアは明らかに面倒臭そうな顔をする。

 

「んなこと、別にいーじゃん」

「いや、良くない」

 

レオーネは少し強めの口調で言った。

 

「キルアさ。明らかにウチらと距離取ってるよね?」

「こう見えて俺って人見知りなんだよね。そこんところ勘弁してくれる?」

「茶化さない!」

 

レオーネは気付くと語気を強めていた。何故、自分がこの一回りも年下であろう少年に対して、こんなムキになってしまうのか。初めて街で彼を見掛けた時は、純粋にその強さに惹かれた。だから、ボスであるナジェンダに推薦もした。しかし、いざ関わってみると、この少年はとんだ危険物であることを彼女は理解した。彼…キルアはあまりに人間として違い過ぎるのである。この第一印象とのギャップが自分の中で彼に対して複雑な感情を抱かせているのかも知れない。

 

「…何もウチらと仲良くしろって言ってるわけじゃないよ。ただ、ナイトレイドはチームなんだ。それだけは分かって欲しい」

 

それは、キルアの加入を薦めた身として、レオーネの偽らざる本心であった。

しかし、キルアは彼女の言葉に落胆したような表情を浮かべていた。

 

「ハァ…。あのさ、最初に会った時に言ったよな?」

「?」

「俺とアンタらでは実力が違い過ぎるんだよ。下手に合わせてたらろくなことになんねーぜ?」

「またそんなことを…」

「事実だろ?じゃあ、逆に聞くけど、アンタらは俺について来れるワケ?本気を出した俺にさ」

「それは……」

 

そんなことは出来ないと理解しているからこそ、レオーネは逆に即答出来なかった。彼女はキルアと一緒に行動をしたことは無いが、彼が本気を出してはいないことくらいは分かっている。それは他の仲間たちも同様だろう。それでも彼は帝具使いを何人も葬り去っているのだ。そんなキルアの本気など想像してもし切れない。

 

「俺の本気について来れるのはアイツだけだ…」ボソッ

 

ふと聞こえたキルアの呟き。その瞬間だけ、キルアの顔が寂しそうに見えた。

 

「……分かったか?アンタの言ってることってのはな、かけっこでゴール直前に皆を並ばせて一斉にゴールしましょ…ってのと一緒。俺とアンタらはチームにはなり得ねーんだよ。チームとしてやりたかったら、相応の力を身に付けるか、実力以外のことで俺に並ぶかするんだな」

「…………」

 

レオーネは何も言い返せなかった。キルアの言っていることはプロフェッショナルとして概ね正しい。ナイトレイドはプロフェッショナルの集団なのだからキルアの言うことが間違っている筈が無いのだ。

それでも、レオーネの中には何処かやるせない思いが溢れてくる。それのやり場は今のところ何処にもない。

 

「……で、話戻すけどさ」

 

キルアは何食わぬ顔でそう言った。先程まで落胆していたような表情をしていたのが嘘のようである。

 

「アンタ、エスデスっての見たんだろ?」

「……ああ」

「どうだった?」

「……化け物だったよ」

(アンタみたいにね)

 

レオーネはその言葉を心の中で付け加える。

 

「ふーん」

 

キルアは納得したのかそう言って踵を返した。レオーネの表情からエスデスの強さを悟ったとでも言うのだろうか。

 

「……ま、アンタがそんなビビるくらいなら、それなりの相手なんだろーな。参考になったよ。ありがとね。レオーネ」

「!!」

 

不意に名前を呼ばれ、驚くレオーネ。だが、何故か嬉しさも何も感じなかった。



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第9話 ②

「ここかあ…」

 

純朴そうな青年が希望溢れる眼差しでとある部屋の前に立っていた。

彼の名はウェイブ。つい先日までは帝国海軍の軍人であったが、この度帝国の特殊警察から彼に招集が掛かったのである。これは異例の抜擢であり、一兵卒である彼にとってはまたとないチャンスであった。ウェイブは二つ返事でこれを受けると、あれよあれよという間にその日がやって来たのである。今、彼の目の前にある部屋はその集合場所として指定された部屋であった。

 

「時間はきっちり集合時間の五分前。場所は…ここで合ってるよな?」

 

ウェイブはそーっとドアを開けて中を覗き込んだ。見ると、広い部屋の中で真っ先に覆面の怪しい男が目に入る。どう見てもごろつきか殺人鬼にしか見えない。と、ウェイブはすかさずドアを閉めた。

 

(…あれ?ここって、特殊警察に選ばれた人間の来るところだよな?)

 

ウェイブは部屋のプレートと集合場所の書かれた地図を見比べた。

 

「…部屋はここに違いないみたいだけど」

 

ウェイブはもう一度ドアを開けた。すると、やはり覆面の怪しい男がそこに立っていた。しかも、今度はその覆面男と目があってしまう。

 

(あ、ヤバ……)

 

動揺からドアを閉めるタイミングを逸してしまうと、覆面男がウェイブの方へと歩いてくる。覆面男は全身がトーストを張り付けたかのようにパンパンな筋肉に覆われており、身長もウェイブより高かった為、近付いてくる毎に圧が襲う。

 

(ヤバい!何か知らないけど何かされる!!)

 

ウェイブは全身から滝のような汗を流しながら硬直した。ついに覆面男が目の前に立つ。間近で見ると、なおそのヤバさが伝わってくる。一応、軍人として腕に覚えのあるウェイブであったが、目の前の覆面男には思わず恐怖心を抱いてしまった。覆面男はじっとウェイブの顔を見つめる。

 

(ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!)

 

心の中で絶叫を上げるウェイブ。卒倒しそうな緊張感の中、とうとう覆面男がもごもごと口の部分を動かし始めた。そして、遂にその口から第一声が放たれる。

 

「……も、もしかして、君も特殊警察へ招集されたの…かい?」

 

覆面男は見た目とは裏腹に丁寧で人の良さそうな声音であった。そのギャップにウェイブは思わず腰を抜かしそうになる。

 

「は、はい?」

「あ、ち、違った?」

「あ、い、いえ、そうです…けど」

「あー、やっぱりそうだ」

 

覆面男は少しだけ嬉しそうな声色になった。

 

「と、取り敢えず、こんなところじゃ何だから、部屋へ、は、入ります?」

「あ、は、入ります」

 

覆面男に促され、ウェイブはおずおずと部屋の中へと入った。広い部屋の中には、覆面男以外にも何人かいて、よく見ると女の子もいた。自身より年下で、妹と言って差し支えないくらいの少女である。彼女はこちらへは目もくれずお菓子をポリポリと食べていた。

 

「や、やあ…」

 

ウェイブが声を掛けると少女は僅かに反応を見せる。

 

「あげない」

 

少女はお菓子の入った袋を手元へ引き寄せながら言った。変な子だなとウェイブは思った。

 

「やあ」

 

そうウェイブへ声を掛けてきたのは白衣姿のダンディな男性であった。医者か、科学者か、何れにせよようやくまともそうな人物が登場してウェイブはホッと胸を撫で下ろす。

 

「こ、こんにちは。帝国海軍から来たウェイブと言います。あなたは…」

「あら?なかなか、イケメンじゃない」

「!?」

「田舎者っぽいけど、そこがまた可愛いわん。アタシは、Dr.スタイリッシュ。よろしくねん」

 

白衣の男は女性のような口調でそう言ってウェイブの全身を嘗め回すように見た。もしかしなくても、彼はオカマであろう。

 

(…おいおい、まともな奴はいないのか?)

 

ウェイブは特殊警察への転属を少し後悔し始める。

 

「こんにちは」

 

そんなウェイブへ最後の一人が声を掛けてきた。ハンサムな青年である。

 

「私はランと言います」

「あ、ウェイブです。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

ランと名乗った青年はそう言うと、ニコッと笑った。その整った表情には男でも惚れてしまいそうであった。特にウェイブにとってはようやく出会えたまともな人物ということもあり、思わずランの手を取り、握手していた。

 

「み、皆さん。お茶が入りましたよ」

 

覆面男がそう言ってお茶を配り始めた。ウェイブへと手渡すときに、また覆面の口がもごもごと動く。

 

「あ。ご、ごめんなさい。名乗るのが遅くなってしまって…。元焼却部隊のボルスと言います。その、私、とても人見知りで、緊張していて、今も頭が真っ白で…」

 

しどろもどろになる覆面男を見て、ウェイブは彼が見た目程悪い人間では無いんだなと思い始めた。

 

「あ…。こ、こちらこそ名乗るのが遅れてすみません。元帝国海軍のウェイブです。今後ともよろしくお願いします」

「こ、こちらこそだよ。う、ウェイブくん?」

「ウェイブ、でいいですよ。同僚だし、ボルスさんの方が年上…でしょう?」

「そんな!呼び捨てなんて出来ないよ。君こそ、私のことは呼び捨てで構わないよ?」

「ハハ。じゃあ、くん付けでいいです。その代わり俺もさん付けで呼ばせて貰いますね?」

「ウェイブくん…。うん、有り難うね」

 

覆面男…ボルスはそう言うとウェイブの差し出した手を握り返し、謝意を示した。

 

(…そう言えば、あの子だけまだ名前を聞いてなかったな)

 

そう思ってウェイブが先程の少女の方へ体を向けようとしたその時、急に部屋のドアが開き、仮面を着けた人物が勢いよく入って来た。そして、その勢いのままドアの付近にいたウェイブ目掛けて手刀を放つ。

 

「なっ!?」

 

ウェイブは咄嗟に腕で防御したが、防御を貫通したかのような衝撃に顔を歪めた。

 

「ほう…?やるな」

 

仮面の人物はそんなウェイブを値踏みするかのように見た。そして、すぐさま標的を別の人間へ定め、駆け出す。侵入した賊にしては不自然な動きに見えたが、その疑問を考える暇もなく仮面の人物の襲撃は続く。

と、その時、今まで机に突っ伏してお菓子を貪っていた少女が一瞬で表情を変え、持っていた刀を抜いて仮面の人物へ迷いなく振るった。その動きは洗練されていて無駄が無く、美しいとさえ思う程で、ウェイブは思わず見惚れてしまっていた。

直後、真一文字に仮面が割れる。

 

「…フッ、いい動きだ」

 

その人物はニヤッと笑っていた。その顔を見てウェイブは驚きを見せる。何故ならば、よく知る人物であったからだ。

 

「あ、あなたは……エスデス将軍!」

「ほう?君と会ったことはあったかな?」

「直接の面識は無くとも、帝国の軍に所属していれば、将軍のことを知らぬ人間などいません!」

 

そう言ってウェイブは敬礼をした。他の者たちも彼に続き、刀を振るった少女もそれに倣った。

 

「ふむ。皆、実にいい顔をしているな」

 

エスデスは満足そうな顔でウェイブたちを見回した。

 

「私が部屋に入った瞬間、咄嗟の事態にも関わらず、全員が瞬時に戦闘態勢へと切り替わり、対処した。見事だ。まずは合格としようか。だが…」

 

エスデスは刀の少女へ視線を向ける。

 

「刃を向けるならば、首を切り落とすつもりでやるんだったな。あれでは反撃を受ける恐れがある。油断は大敵だぞ?」

「…首を切り落とすつもりだったんだけどね」

 

少女がそうボソッと呟いたのをウェイブは聞いてしまった。末恐ろしい子だなとウェイブは思った。

 

「…さて、改めてお前たちを特殊警察イェーガーズに任命する」

「ハッ!!」

 

ウェイブたちは全員が同時に返事をする。ほぼ初対面だと言うのに、まるで旧来から一緒であったかのようであった。

その様子を見て、エスデスは嬉しそうに口角を持ち上げた。

 

「うむ。お前たちはきっといいチームになるだろうな。……本来であれば、もう一人見込みのある者が帝国警備兵にいたのだが、生憎と招集を掛ける前に賊に討たれて戦死してしまった。目下の敵はそれだけ強いということを肝に命じておいて欲しい」

 

エスデスがそう言うと、Dr.スタイリッシュが少し寂しげな表情になったのをウェイブは見逃さなかった。その戦死した人物は彼の知り合いか何かだったのだろうか。何れにせよ、敵は許し難い存在であることに違いないとウェイブは気を引き締める。

 

「私からお前たちに言うことはたった一つだけだ。…無駄死にだけはするな。死ぬなら相手も道連れにしろ。そのくらいの覚悟で任務にあたって欲しい。以上だ!」

「ハッ!!」

 

この日は互いの顔合わせだけで訓練なども無く終了した。だが、それでここが楽な現場だとは誰も思わず、皆がそれぞれ言い知れぬ緊張感を抱いていた。

 

「…ねえ」

「え?」

 

ウェイブが与えられた自室へ向かおうとした時、刀の少女が声を掛けてきた。彼女にとって自分なんか眼中に無いのだろうと思ってたウェイブには意外な出来事であった。

 

「…………」

 

声を掛けてきたのに、少女は無言であった。

 

「な、何かな?」

 

ウェイブが尋ねる。それでも即座に返答は無かった。

暫く、ウェイブの顔をじっと見つめた後にたった一言。

 

「……クロメ」

「え?」

「私の名前。名乗ってなかったよね?」

「あ、ああ。俺はウェイブ」

「よろしくね、ウェイブ」

 

それだけ言うとクロメは踵を返した。

本当に不思議な子だな、とウェイブは思った。だが、そこに戸惑いはあれど不快感などは一切無く、彼女と共に戦うんだという期待感がウェイブの胸一杯に広がっていた。

 

チュウチュウ

 

「ん?ネズミ?」

 

ウェイブは鳴き声のした方へ視線を向ける。声の正体は何処にも見当たらなかった。

 

「……こんな立派な所にもいるもんだな、ネズミって」

 

それだけ言うと、気にも止めずにウェイブは自室へ向かう足を進め始めた。

 

 

「…………いよいよ、か」

 

部屋の中の様子をネズミを通して監視していたカガリは、そう独りごちる。

 

「エスデスが本格的に動き出したのなら、最悪の事態も想定しないとな。…早く視察が来て欲しいものだ」

 

報告へ来たネズミを撫でてやりながら愚痴るカガリ。早速この情報をキルアへ送ろうと念を込める。

 

(……しかし、何だこの嫌な予感は?チッ、俺のこういうのは悪い意味で外れたことがないんだよなあ)

 

 

カガリが虫の知らせを感じていたその頃。

 

「……ふむ」

 

エスデスは、自室で一枚の紙を難しそうな表情で見つめていた。

 

「今回は見送ったが…」

 

エスデスは温くなった紅茶を一口含む。

 

「この私を一瞬とは言え、眼力だけで怯ませたあの男…やはり惜しいな」

 

そう言って手にしていた紙を机の上に置く。

 

「今のメンバーに不満は無いが…戦力はいくらあってもいいからな」

 

薄明かりの中、ニヤリと笑うエスデス。

 

(それに、大臣への牽制にもなるからな)

 

エスデスはカップに残った紅茶をくっと飲み干すと、部屋の明かりを消した。



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第9話 ③

昼下がりの帝都は何時ものように賑わいを見せている。特に今日の賑わいは一際大きく感じられた。何故ならば、帝都の中心で武大会が開催されていたからである。血気盛んな出場者や彼らの熱い戦いを見ようという客で街中がごった返していた。

 

「勝者、タツミ!」

「よっしゃ!」

 

勝ち名乗りを受け、子供のように無邪気な顔で喜ぶタツミ。彼は、この武大会へと参加していたのであった。いくら手配書が出回っていないとはいえ、仮にもナイトレイドである彼がこのような目立つ行動に出ているのには理由がある。

一つは単純な腕試し。ナイトレイドの一員として鍛え、今では帝具をも手にした彼が、生き死にとは別に他人と競い合い、自身がどれくらい強くなったのかを確かめたいと思うのは戦士として自然な感情であった。特に帝都中から我こそはという人間が集まってくるこの武大会はその格好の場である。タツミの性格からして、気合いが入らないわけがない。

そして、もう一つの理由はこの武大会の主催者にあった。その人物は、エスデス。ナイトレイドにとって目下の敵である。竜船でタツミたちを襲ったナイトレイドを騙っていた連中もそのエスデスの直属の部下と名乗っていた。彼らは結果的にブラートを再起不能へと追い込む程の強敵であった。それよりも更に強いとされるエスデス。それが、今この場にいる。

 

「…………」

 

タツミはなるべく意識はせずに周囲を見回す。チラッと視界に入ったのは、特別なゲストなどを招く貴賓席の存在。ここからではよく見えないが、エスデスがいるとすればあの場所だろう。彼女が何故、急にこんな大会を開催したかその意図は分からないが、敵情視察のチャンスでもあるとタツミは考え、参加を志願したのであった。

 

(…あまり見ると、不審に思われるかな?)

 

タツミは演技が上手い方ではない。だから、なるべく自然体でいるように努めていた。

 

(次は決勝か…。あまり目立ちたくは無いけど、わざと負けるのも違うと思うし難しいな…)

 

決勝戦をどう戦うか、タツミが思案していた一方で、キルアはラバックと一緒に客席にいた。

 

「ま、このままなら普通にアイツが優勝だろうな」

 

キルアが欠伸混じりで言う。あまり面白そうでは無い様子だ。ラバックがポツリと尋ねた。

 

「…なあ、何でお前は出なかったんだ?お前の実力なら優勝間違いないだろ?」

「は?何で?」

 

即答であった。

 

「こちらからわざわざ敵に姿を見せるとか常識的にあり得ねーし」

「…お前ならそう言うと思ったよ」

「ま、仮に俺が出てたとしたら片手だけで全部終わらせるけどね」

 

ラバックには、それが冗談に聞こえなかった。確かにキルアであれば、この程度の相手は余裕であろう。実質、帝具使いを何人もその手で倒しているのだから。

 

「…お?勝ったなアイツ。優勝じゃん」

 

舞台上では、タツミが決勝戦の相手に完全勝利し、ガッツポーズを決めているのが見えた。

 

「…タツミはどんどん強くなっていってるな。出会った頃とは大違いだ」

「そう?」

「今では帝具まで持ってるしな」

「ふーん」

 

二人でそんな会話をしていると優勝したタツミの元へ長身の女性が歩いていくのが見えた。

 

「!!」

 

瞬間、キルアは思わず視線を彼女へ向ける。

 

(なるほど、あの女がエスデスか)

 

キルアは一目でそれを確信した。

 

(…念使いじゃないのは、絶を全く使って無いことから間違いないだろうけど、それにしても奴の身体中から迸るオーラの量が桁外れだ。帝具から放たれるオーラに似ていることから考えっと、奴の帝具は体内にあるってことか?)

 

凝を使って敵を見ながらキルアはそう考えていた。

 

「あ!タツミが!!」

 

エスデスと思わしき女は一瞬でタツミを失神させると、そのまま肩に担いでスタスタと去って行ってしまう。一連の行動があまりに鮮やかすぎて、ラバックは助けに入ることさえ出来なかった。

 

「まさか…タツミがナイトレイドだってバレたのか?」

「いや、それはねーと思うぜ?もしバレてたら、直前までアイツと一緒にいた俺たちがこうしてスルーされるなんて有り得ないからな」

「じゃあ何で?」

「さあな」

「…取り敢えず、ボスに報告だ!戻るぞ!」

「先に行っててよ。俺は少しアイツらの足取りを追うから」

「!?おま…、いや…」

 

仲間意識から一瞬、キルアを止めようとしたが、結局ラバックは押し黙ってしまった。

 

「…先に行ってるからな」

「ああ」

 

そう言ってラバックは会場から出て、アジトへと戻って行った。

一方、残ったキルアはエスデスたちの後を追…わないで、足元のネズミを拾い上げて、急いで会場から出た。そして、人目につかない路地へ回ると、ネズミを何度も撫でる。

 

「……出たか」

 

カガリの声。

 

「そっちはどうだ?」

「ああ。エスデスって奴の部下ってのと戦った。少し手こずったけど、まあ倒せたよ」

「倒せた…って、エスデスの部下って言ったら、まさか三獣士のことか?」

「そういや、名前とか聞くの忘れてたな」

「驚いたな…」

(三獣士を退けるとはな…流石はプロハンターだ)

「で、そっちは?何かあったから連絡寄越したんだろ?」

「ああ」

 

カガリはコクリと頷く。実際にその姿は見えないが、そうと分かる間であった。

 

「エスデスはどうやら新しい部隊を結成したらしい。名前は特殊警察イェーガーズ」

「イェーガーズ…ねえ」

「全員が帝具使いのようだ」

「ふーん」

「…リアクション薄いな」

「だって、そのエスデスの部下で帝具使いって、船でやった連中と何か違うわけ?」

「まあ、それを言われたらそうなんだが…」

「話ってそれだけ?」

「…これは、あくまで俺の直感なんだが」

「?」

「……嫌な予感がする」

 

シンプルな忠告。その言葉の重みをキルアは何処と無く感じ取っていた。

 

「…ああ、分かったよ」

「気を付けろよ?お前にそんな心配は無用かも知れんが、現在のパートナーとして、年長者として忠告だけはさせて貰ったぞ」

「ま、無理はしねーから安心しろ。それよりアンタのが心配だよ。弱いんだろ、アンタ?」

「フッ、そうだったな。人の心配を出来るほど俺は強くは無かったな」

「アンタこそ死ぬなよ。例の件もあるしな」

「ああ。また、何かあったら連絡する」

「あ、それとナイトレイドの一人がエスデスに拉致られたから、可能だったらそっちで見てくんね?タツミとかいう名前だったと思うけど」

「ああ。そいつに関しても何かあったら連絡する。じゃあな」

 

直後、ネズミは憑き物が落ちたかのようになり、キルアの手から逃げて行った。

 

(嫌な予感、ねえ)

 

プロだからこそ、そういった直感は信頼に値する。カガリはハンターではなくても間違いなくプロフェッショナルである。そのカガリが言うのだから、気に止める価値はあるだろう。

 

「…取り敢えずアジトに帰るか」

 

キルアは踵を返した。

 

 

 

「……ふう」

 

一人の男が暗い廃墟の中で椅子に腰掛けていた。

 

「……ああ、あの人は間違いなく私の女王になってくれる方だった」

 

男はまるでオペラ劇のように感情を込めて言う。周囲に人の気配はまるでない。

 

「エスデス様…何故私をお選びにならなかったのか。帝具とやらを持っていないからですか?」

 

男の一人芝居は続く。

 

「…主亡き私に再び手を差し出して下さいませ、エスデス様」

 

その時、陽の光が廃墟の中へと差し込んだ。男の周囲には、あちこちを食い千切られた死体が幾つも転がっている。

 

「我が女王!」

 

男の口回りは紅色に染まっていた。



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第9話 ④

(あの子……)

 

Dr.スタイリッシュは最初から不審に思っていた。

エスデスが連れてきた少年。名をタツミと言ったか。見込みがあるということだったが、彼の中ではタツミに対して強い違和感があった。

 

(私たちに心を全く許していないようね)

 

無理矢理連れてこられたのだから多少の警戒心は仕方がない。だが、それにしては接し方が慎重過ぎるように思う。クロメに関しては探るような質問もしていた。

他の仲間たちはあまり彼に疑念を抱いてはいないようだが、自身が疑い過ぎなのだろうか。

 

(オーガ、セリュー…………)

 

知り合い、それもそこそこの付き合いだった者たちが僅かな期間で二人も殺された。目下の敵ナイトレイドに、である。そのことが、彼にとって小さくない出来事であったのは確かであった。

他者を実験体としか見られない彼にとって、オーガは唯一と言っていい話せる知人であった。

セリューに関しては、それこそ当初はいい実験体以外の何者でも無かったが、健気に改造を繰り返しては嬉しそうに報告する彼女に対して、僅かながら親心のようなものが芽生えてきてる自分に驚いたものであった。

二人の存在は実験と研究に狂い、人間らしさを失いつつあった彼にとっての一匙のオアシスだったのかも知れない。

それが突然一気に奪われたのだから、色々と過敏になっていてもおかしくはない。Dr.スタイリッシュは自身に沸いてくるその感覚を信じることにした。

 

(あの子は、注意した方がいいかもね)

 

Dr.スタイリッシュの直感。

結論から言えば、それは正しかった。

そのことが分かる時は意外と早く訪れる。それは、賊の討伐任務にタツミを同行させた時であった。

他の者が任務に集中する中、Dr.スタイリッシュだけはタツミの動向を逐一チェックしていた。そして知ることになる。タツミが実は帝具使いであったこと。そして、どさくさに紛れてナイトレイドの一員と合流したこと。

 

(やって…くれるじゃない)

 

Dr.スタイリッシュは怒りに身を震わす。相手がただのスパイか何かならともかく、自身の友人たちを奪ったナイトレイドであったのだ。その怒りは計り知れない。

だが、同時に憎き連中を一網打尽にするチャンスでもある。こういう時の為に彼は自らの私兵を密かに連れていた。自身の手で強化改造を行った強力な手駒たちである。その内の一人、嗅覚を強化させた通称・鼻。彼の鋭敏な嗅覚で僅かに残ったタツミの匂いを追跡する。

そして、見つけた。ナイトレイドのアジトを。

 

(……クックック。見つけたわよ。ナイトレイド。全員殺した後、あなたたち全員この手で実験台にしてあげるわ!)

 

復讐、憤怒、欲望、様々な思惑からDr.スタイリッシュはアジトの場所などをすぐにエスデスへ報告はせず、援軍も呼ばなかった。

それは、今宵彼にとって一番のミステイクであった。

 

 

 

エスデスにさらわれたタツミが戻ってきたのは、ほぼ翌日のことである。自力で逃げ出したところを探しに出ていたアカメに保護され、アジトへと帰還した。

アジトでは軽いタツミの帰還パーティーが催される。手のこもった食事や酒がテーブルに並べられ、それぞれがタツミの無事を祝った。

その最中、タツミから連れ去られた理由がナイトレイドであることがバレたからではなく、単に恋人を探していたというエスデスに見初められたからであったということが話された。思わず拍子抜けしてしまいそうになるような理由であったが、そのお陰でエスデスがイェーガーズという組織を作っていたこと、あわよくばタツミをそこへ引き入れようとしていたことなどが分かった。

だが、キルアにとってその辺りの情報は既にカガリから得ていたので、新たな収穫は特に無かったと言える。

 

「そう言えば、ボスは?」

 

タツミが尋ねた。ナジェンダの不在は別段珍しいことでは無いが、仲間がさらわれたという状況下において、わざわざ出て行くというのはちょっとやそっとの用事で無いことは想像に難くない。

 

「革命軍の所だそうだ。もうすぐ帰って来る筈なんだがな」

 

ブラートが答えた。このタイミングで革命軍へ…と、なれば用件は限られる。例の増員の件だろう。どんな人物が来るのかと各自想像の翼を広げている内に夜は更けた。宴も酣となり、ナジェンダが帰ってくるのは明日になるだろうと、それぞれ就寝の為に自室へと戻っていく。

 

事件が起きたのは、そんな折りであった。

 

最初の犠牲者はレオーネであった。酔いを覚ましに外へ出たところを何者かに襲われる。ここがアジトであることから、完全な油断であった。

 

「カハッ!?」

 

鋭利なナイフがレオーネの首へ突き刺さり、鮮血が飛び散る。そのままレオーネは倒れ、動かなくなった。

 

「まず…一人」

 

黒い影がのそりと動き、素早くその場を立ち去っていった。

これが今宵巻き起こる闘争の開始の合図であることをナイトレイドのメンバーは知る由も無かった。

 

ただ、一人を除いて。

 

「へ?」

 

黒い影、その正体であるトローマは急に世界が百八十度回転したことに戸惑いを覚える。

 

「…へー、まだ生きてんだ」

 

感心したような声。トローマの背後に立つキルアのものであった。

 

「なっ!?貴様、何時の間……」

 

全てを言い終える前にトローマの首は胴体を離れ、キルアの手で握り潰された。

 

 

「…悪ぃな。助け損ねちまった」

 

キルアは倒れたレオーネに視線を向けながら言った。レオーネは仰向けに倒れたままである。

 

「ま、お姉さんの敵は取ってやるから、あの世から見てろよな」

「……………………じゃない」

「ん?」

 

「お姉さん…じゃ、ない!アタシの名前はレオーネ!だって言ってるだろ!」

 

と、その時、死んだと思われたレオーネが突然ガバッと起き上がってきた。その目は生気に満ちていて、つい先程に明らかな致命傷を受けたとはとても思えない。

 

「うっそ…。死んだんじゃないの?」

「幽霊でもゾンビでも無いよ!」

 

そう言ってレオーネは、首に刺さったナイフを抜いた。暫くすると傷口がどんどん塞がっていく。これには流石のキルアも驚きを隠せなかった。

 

「…驚いたな。すげー回復力じゃん」

「これがアタシの奥の手。あまり見せたく無かったけどね。それに…」

 

レオーネは拳をパキパキと鳴らした。

 

「アイツはアタシの手でやりたかったのにぃ!!」

 

レオーネは悔しそうにキルアを睨み付けた。どうも彼女は、やられたらやり返したいタイプらしい。

 

「わ、悪ぃ悪ぃ。次は譲るから勘弁してよ?」

「絶対だかんね!?」

(…面倒臭い女だな)

 

キルアは心の中で呟いた。

 

「…で、コイツ一体何者なの?」

 

レオーネはトローマの首の無い死体を見て尋ねた。

 

「…まさか、帝国からの刺客?どうやってここが分かったんだ?」

「十中八九、アイツを追ってきたんだろーな」

「タツミを?いくらタツミだって、後を尾けられてたら気付くと思うけどな」

「俺は気付かれなかったぜ?」

「…………」

 

レオーネは思わず閉口する。キルアが初めてナイトレイドのアジトに来た時は、アカメとタツミに一切気付かれずに尾行して来たのであった。

しかし、タツミもあれから相当腕を上げている。生半可な相手じゃタツミに気付かれずに尾行するなど出来ないだろう。

つまりは…。

 

「…それなりの相手ってことか」

「ま、俺にとっては大したことねーけどな」

「言うねえ」

(確かに敵じゃないんだろうけどさ…)

 

レオーネはキルアには負けぬと、アジトへ向けて走った。キルアは無言でその後を追う。

 

 

狂乱の夜は、まだ始まったばかりであった。



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