ソードアート・オンライン~赤腕の槍使い~ (G.S)
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SAO開始前・・・《変わらぬ日常》
第一話:プロローグ


SAO二期に影響を受けて書いてしまった…でも後悔は無い!
ちなみに話が全然進みません。区切りよく終わらせようと思ったらこうなりました。


「…以上でソードアートオンラインのチュートリアルを終了する。諸君らの奮闘を期待する」

 

紅いローブを纏ったGMを名乗る巨人のその宣言によって怒りと恐怖の声で周りが包まれた。

どうやら俺は面倒なことに巻き込まれてしまったようだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この俺、三ヶ島竜也は埼玉県にある安アパートに一人暮らしをしている高校2年生である。今日もいつも通り学校が終わると誰もいない部屋に帰り、シャワーを浴びる。そうすれば嫌でも自分の右腕に目が行ってしまう…肌色ではなくて真っ黒な人工物のような右腕に…

俺は数年前に事故で右腕を切断する事故にあった、それ以来右腕には全く動かない義手をつけている。早々にシャワーを出て、体を拭きスウェットに着替える、その後は夕飯の準備をする。夕飯の準備は簡単だ、やかんに火をつけて沸騰するまで待ちカップ麺にお湯を淹れる、そして数分待てば完成だ。食事を終わらせると今日の予習と復習を始める。そして朝早くからアルバイトがあるため早めに布団に入る。こうやって何も変わらない毎日が続くものだと思っていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しい義手ですか…」

 

 1ヶ月ぶりの病院で担当医に唐突に「新しい義手が完成したんだけど試してくれないか?」と言われた。なんでも義手自体に人工の神経があって脳からの指令で動かすことができるものらしい。

 

「そうそう!理論上は問題ないんだけどやっぱり人が使うと不具合とかがでると思うんだよね。だから実際に患者さんに使って貰て改良した方がいいんじゃないかなってことなんだけど…駄目かな?」

 

「駄目では無いですけどその義手のお金とか払えないですよ、俺学生ですし…」

 

そう答えると目を嬉々と輝かせながら医者は答えた。

 

「それなら問題ないよ!義手は勿論メンテナンスのお金も無料だよ。まあ、週に一回は病院に来てもらうことになるけど大丈夫かな?」

 

俺はそれにハイと答えた。数週間後新しい義手になったわけだが、早速俺は大きな問題に直面した。

 

 

 

「まさかこんなにも早く壁に当たるとはね…」

 

「そうですね…」

 

俺の右腕の感覚は数年前から途切れており義手を上手く動かすことが出来なかったのである。さすがに物を掴むのに1分以上かかってしまうのは無視できる問題では無かった。

 

「ふむ、改良点を探す段階までにはもう少し時間がかかりそうだけど…何か気づいたことはあるかな?」

 

そう言われてもこっちは動かすだけで精一杯なのだ、他に気をまわすような余裕は無い…しかし…

 

「やっぱり違和感が大きいと思います。動くっていっても自分の体の一部では無いので…そういうこともこの問題の原因だと思います」

 

そう答えると彼は暫し考えた後、あることを聞いてきた。

 

「ナーヴギアって知ってるかな?」

 

ナーヴギアとは脳からの信号で仮想世界の体の動かすことが出来るVRマシーンで、それを使えば仮想世界で違和感を感じずに右腕を動かすことが出来るのではという話であった。実際VRマシーンを使って患者の苦痛を和らげて治療するという研究も進んでいるらしい。

 

「まあ、リハビリを続けていけばそのうち問題なく動かすことが出来ると思うから焦らず頑張ろうか」

 

そう言って彼は話を終わらしたが、俺はさっきの話がずっと気になっていた。

このナーヴギアによって後にあのデスゲームに閉じ込められることになるとは俺はこれっぽちも考えていなかったのである。




仮想世界に入った俺はそこである人物にレクチャーを受けることになった、そしてとんでもない事実に遭遇したのであった!
次回「出会いとデスゲーム」にレディーゴーーー!


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鋼鉄の浮遊城・・・《彼の変化》
第二話:出会いとデスゲーム


ようやく二話目が完成しました。感想を書いてくださったりお気に入り登録をしてくださった方ありがとうございます。これからも暖かい目で見てください。
それではどうぞ!!


 次の日になると俺はナーヴギアについて自分で調べていた。

分かったことはナーヴギアの開発者が茅場晶彦という天才科学者であること、ナーヴギアに同封して販売されるVRMMOソードアートオンライン、そしてそれを購入するためには少なくとも2,3日は並ばなくてはいけないであろうということであった。そんな夜中に高校生がゲーム屋に並んでいたら警察に補導されるかもしれないが…

 

「まあ、きっと大丈夫だろう」

 

俺は顔立ちなどから常に実年齢より上に見られてきた。18 ,19に見られるだけならまだいいが、下手をすれば居酒屋の店員に「席空いてるから飲みに来てよ!」っと言われる始末…一体何歳に見えたのか教えて欲しいものだ…しかし、これでナーヴギアを購入するための目処は立った。後は大切に貯めてきた貯金で大きな買い物をするだけだ。学校には「熱があるので3日位休みます。」っとでも言っておけばいいだろう。

 

 

 

 そしてソードアートオンライン発売の3日前の夜、俺は近所にあるゲーム屋に並んでいた。

 

「思ったよりも人が多いな」

 

てっきり2,3番目位には並べるものだと考えていたが俺が来る前には既に5,6メートルの列が出来ていた。多くは社会人のようで仕事はどうしたんだと思ったがおそらく貴重な有給を使ったんだろうと勝手に結論づけた。これからもこの列は長くなるであろうがこの位置なら確実に購入することが出来るだろう。

 

 

 

 3日間にわたり並んだおかげでソードアートオンライン及びナーヴギアを購入出来た。ナーヴギアを初めての見たときはヘルメットみたいだとどうでもいい感想を持ったものだ。そして今日はソードアートオンラインの正式サービスが始まる日である。俺は家に帰るとシャワーを浴びて、スウェットに着替えた。そうしてナーヴギアを被ったまま布団に仰向けになった。

 

「リンク・スタート」

 

その言葉で俺の仮想世界に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に現れたのは自分の分身であるアバターの設定であった。名前や性別、顔や体格、髪の色をここで決めるのである。顔や体格はランダムにして、性別は男、髪の色は赤色にした。後は名前を決めるだけなのだが…

 

「名前どうするかな…」

 

ゲームで本名を使う人はまずいない、自分の名前などがネットで晒される危険性があるからだ。よって別の名前にする方がいいのだが結局思いつかなかった俺は

 

「竜也なんて名前の奴は沢山いるから大丈夫だよな…」

 

本名を使うことにした。名前のところにTatuyaと記入してOKを押すと目の前の景色が変わっていった。

 

 

 

 気がつくと草原に立っていた。俺は視線を右腕に向けて動かしてみる。右腕を動かすにはかなり意識しないといけないが義手のような違和感を感じることは無かった。内心ホットした。収穫が無かったら3日間も並んだことが無駄になるところであった。お金の方は返品すればいいだけなので特に気にしていない。

 

「そこの君!」

 

考えごとをしていた俺はおそらく数分その場で突っ立っていたのであろう。後ろから声をかけられたようなので振り返ってみるとそこには髪の色が青色でいかにも騎士のような見た目をしたアバターがいた。

 

「俺ですか?」

 

そうすると青い彼は頷いた。

 

「そこで立ち止まっているからもしかしたら何処に行って何をすればいいのか分からなくて迷っているんじゃないかと思って声かけたんだ!俺がレクチャーしようか?」

 

どうやら俺が初心者で何をすればいいのか分からないから突っ立っていたと勘違いしたらしい。そしてレクチャーするという言葉から判断するに

 

「βテスターですか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

βテスター、このソードアートオンラインのβ版という先行版をプレイすることが出来た人のことである。大勢の応募した人から抽選で1000人しか選ばれなかったので当選した人はかなりの幸運の持ち主だろう。まあ、宝くじに当選した人ほどではないと思うが…

 

「それでどうかな?」

 

俺がここに来た理由は右腕を正常に動かすためのリハビリであり戦闘を行うためではない、このまま右腕のリハビリをしようと考えていたし、あまり人に関わりたくないのでここはやんわりと断ろう。

 

「お言葉は嬉しいですけど「よし、じゃあ早速一番安くて性能のいい武器屋に行こうか!」おい!人の話を聞けよ!」

 

どうやら彼は久しぶりにこの世界に来て舞い上がっていて俺の話を聞いていないようだ。そのまま手を引っ張って町の裏道にあったひっそりと佇む武器屋に連れていかれた。

 

「こんな場所にあるんですね」

 

「まあ、普通は見つけられないよな。この場所が見つかった時にはもう4層の途中だったし、その頃にはここの武器よりも性能のいい武器をみんな持っていたから利用したことはないんだ。でもこの1層にあるクエスト以外で手に入る武器の中ではこれが一番だ」

 

「こんな場所にそんな武器屋を置くなんて…開発者は相当性格が悪い奴ですね」

 

「そうかもな。でも俺はそういうところもMMOの醍醐味だって思うぜ!さあ早く武器を買おう!」

 

ここまで来てしまったので仕方なくこのレクチャーを受けようと考えた俺は店の中に入った。店の中は片手剣や細剣、斧などが置いてあった。そのなかで俺はある武器に目がいった。

 

「槍か…」

 

おそらくは両手槍というものに分類されるものであった。リーチも長すぎず短すぎずちょうどいい感じだ。こういう槍を見ると昔じいさんの道場で稽古をつけて貰ったことを思い出す。右腕がああなってしまってからは結局辞めてしまったが…

 

「そっちはもう決まったかな?」

 

彼はもう武器を購入して店から出ていた。背中には片手剣がついていた。

 

「もうすぐ終わるよ」

 

あまりいい思い出はないが昔馴染んだものである武器を購入し店の外に出る。

 

「よし!次は防具を買ってフィールドに出ようか!」

 

その後、防具屋で俺は敏捷性重視のコートを彼はブレストアーマーと盾を購入した。そうして今はフィールドに出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いて!モーションを意識すれば後はシステムが当ててくれるから!」

 

「そのモーションが全然上手くいかないんだよ…」

 

現在猪と戦闘中なのだが俺は大苦戦を強いられていた。この猪名前は《フレイジーボア》というが攻撃は直線しかしないので回避も攻撃も容易いMobなのだが問題は俺にあった。ソードスキルというこの世界で必要不可欠なものにはモーションが大事なのだが俺は右腕に意識を持っていきすぎているのでモーションの方に意識がいかないようなのだ。さっきからやっているがソードスキルは2,3回ほどしか発動しなかった。

 

「モーションを意識、モーションを意識して…」

 

手に持った槍にソードスキル特有のライトエフェクトがかかった、どうやら今回は成功したらしい。槍が《フレイジーボア》の正面に突き刺さり《フレイジーボア》はポリゴン片となって消滅した。

 

「おめでとう!順調とは言えないけど少しは慣れたかな?」

 

青い彼はニコニコとしながら聞いてくる。

 

「まあ、多少は慣れましたけど、もっと分かりやすく教えてくれませんか。さすがに動きを溜めて相手に向かってズバーンじゃ分かりづらすぎだ…」

 

ゴメン、ゴメンと言って彼は苦笑いをした。どうやら人に教えるのは苦手なようだ。それならレクチャーなんてしなくてもいいのではと思うが、おそらくはお人好しなのだろう。

 

「それじゃ、次はアイツだな」

 

そして再び《フレイジーボア》に槍を向けて走る。モーションを意識してみたがライトエフェクトはかかっていない。今回は失敗のようだ。そのまま《フレイジーボア》の突進をかわせずに当たることを覚悟すると突然目の前に盾を持った人が入ってきた。彼は盾で突進を防ぐと片手剣のソードスキルを発動した。瞬間《フレイジーボア》はポリゴン片になって消滅した。

 

「さすがにそのHPで敵に挑むのは無鉄砲だろう…」

 

青い彼は呆れたように言った。

 

「そういえばHPって何処にあるんですか?」

 

俺は疑問を言うと、彼は驚いたような顔をして答えた。

 

「視界の左上、そこの名前の横にバーが出てるだろ?もしかして今まで気がつかなかったのか?」

 

視界の左上にはTatuyaという名前の横にバーが出ていた。

 

「バー赤いですね」

 

「それは危険域だよ。普通ならそうなる前にポーションとかで回復するよ。ハイ、ポーション」

 

彼から貰ったポーションを飲むとHPのバーが徐々に伸びていき色も赤色から黄色、そして緑色になった。

 

「ありがとうございます。でも別に助ける必要なんか無かったんじゃないですか?どうせ死んだってペナルティを受けて復活出来るんでしょう?」

 

そう言うと彼は笑いながら答えた。

 

「そうだけど、やっぱり目の前で仲間に死んでほしくないだろ?だから俺は自分の仲間ぐらいは必死に守りたいんだ!」

 

まあ、仲間を庇ってやられても復活出来るしな!っと言って彼はこの話を終わらした。

暫しの沈黙の流れていった。

 

「そういえば!」

 

っと急に大きな声を出した彼に俺は驚き顔を向けた。

 

「俺、君の名前知らないや。教えてくれないか?」

 

「タツヤだ」

 

「そうか!俺の名前はディアベル!遅くなったがよろしくなタツヤ!」

 

そう言ってディアベルは爽やかに笑った。釣られて久しぶりに俺も少し笑いながら答えた。

 

「ああ、よろし…ってなんだこれ!?」

 

突然俺たちの体は光だし急に消えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がついたらまるで瞬間移動のように広い場所にいた。確か町の広場だったか…周りを見ると他にも多くのプレイヤーが集まっているようで大きい広場なのにまるで満員電車のように人で混みあっており空は真っ赤に染まり恐ろしい雰囲気を醸し出していた。そして突然、赤いローブを着た巨人が現れた。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

 

 

 赤い巨人は茅場晶彦と名乗り、彼の言葉はプレイヤー達に恐怖を与えた。ログアウト不可能、ゲームでの死が現実の死となるデスゲーム、現在300名近くのプレイヤーが亡くなったこと、外からの救助は期待出来ないこと、そして脱出するには100層までたどり着きそこにいるボスを倒さなくてはいけないこと…つまり俺たちはこの世界に閉じ込められており現実に戻るには戦わなくてはいけないのだ。しかし俺の問題はそれだけでは無かった、それは茅場からの贈り物手鏡が原因であった。

 

「右腕が義手になってやがる…」

 

この手鏡というアイテム、アバターの姿を現実の自分に変えれるアイテムだったのだ。よって今の俺は黒い眼に短すぎず長すぎない黒の髪の毛に黒い右腕という現実の俺と同じになっている。幸いなことに義手には現実のような違和感を感じない。

 

「…以上でソードアートオンラインのチュートリアルを終了する。諸君らの健闘に期待する。」

 

茅場の宣言が終わると周りから悲鳴や怒声が起きた。

俺は面倒な事に巻き込まれたと思ったが同時にあることに気がついた。

 

「つまり俺はあの時命を助けて貰ったのか」

 

おそらくあそこでディアベルが守ってくれなければ俺のHPは0になり、現実世界の俺は脳を焼かれていただろう。

 

「デッカイ借りができちまったな」

 

命を救ってもらったのだ並大抵のことで返せる借りではない。きっと彼はこの世界の攻略に乗り出しただろう。それがβテスターとしての使命感か彼本来の人の良さから来るものなのかは分からないが。

俺が攻略に乗り出すために一番優先すべきことはまず常にソードスキルを出せるようにするだろう。このままでは当分戦力にはなり得ない。当面の目標を決めた俺は未だ大きな悲鳴が聞こえる広場から出ていった。

 

デスゲーム初日の出来事であった。

 

 

 

 




ディアベルさんの性格には作者の想像が大いに入っています。でも悪い人ではないと考えています。

期待が高まる第1層攻略会議、そしてついに初めてのフロアボス戦を挑む。
次回「攻略会議と獣の王」にレディーゴーーー!!!


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第三話:攻略会議と獣の王

感想を書いて下さった方やお気に入り登録をして下さった方ありがとうございます。
タイピングが遅すぎて全然書けない…みんな!オラにタイピングスキルを分けてくれ!
それでは第三話どうぞ!




 

「グオオオオオオオ!」

 

 デスゲームが始まってから1ヶ月後右腕を難なく動かせるようになった俺は第1層の迷宮区にいた。

俺の前には両手に斧を持ち頭部以外を武骨な甲冑で身に纏った二足歩行の狼のようなMob《コボルトトルーパー》が武器にライトエフェクトを纏わせて降り下ろしてきた。俺は横に跳んでそれを回避する。こいつの威力は脅威だが真正面にしか攻撃が来ないので容易に回避できる。ソードスキル後の硬直で動けないコボルトトルーパーの頭に槍単発攻撃《スティング》を当てるとポリゴン片となって消滅した。最初の頃はMobがソードスキルを使ってきたときは驚いたものだ。初めて会ったときは敏捷力をフルに使い全力で逃げたのを今でも覚えている。

それにしてもこの《コボルトトルーパー》という奴は個人的に気に入らない。俺の中ではコボルトは棍棒を持った狼男なのだ。こんな斧を持って甲冑を着た奴は断じてコボルトと認めない!

 

「っと、もうこんな時間か」

 

本日、第1層攻略会議が行われる、そこでディアベルを見つけて一応あの時の礼を言おうと思っていた。もちろんそれで借りを返せるとは考えていないが、それでも礼儀としてきちんとやらなくてはいけないことであると俺は考えている。ともかく今は急いで会議に行かなくては!俺は敏捷力を全開にして会議が行われるトールバーナに向かって走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい注目!みんな集まってくれてありがとう!俺はディアベル!職業は気持ち的にナイトやっています!」

 

 どうやら探す手間が省けたようだ…ディアベルは中央に立っていてここにいる全員に呼びかけていた。しかし、俺はあることに気づき驚いた。

 

「アイツ髪の毛青色なのかよ!」

 

そう彼の髪はあのアバターのような青色だったのだ。あの茅場によって全プレイヤーが現実の姿に変わっている。もちろん髪の色もだ。つまり彼は現実の姿もあの色だということ…

 

「髪の毛青色にするとかどんな勇者だよ…」

 

後にあれは髪染めアイテムというものを使用した結果であると知ったのだが、この時の俺は知るよしもなかった。

それからディアベルのパーティーがボスの部屋を発見したこと、そしてこの第1層のボスを無事に倒すことでこのゲームを終わらせることが出来るのだと示さなくてはいけないと言うと会場の士気は大いに高まった。これぐらい士気が高ければここにいる全員でフロアボスに立ち向かえるだろうと俺は考えていたがそこで予想外の乱入者が現れた。

 

 

 

「ワイはキバオウっていうもんや!」

 

 小柄ながらがっしりした体格でサボテンのような髪型をしたキバオウという人物はβテスターに謝罪と賠償を要求したのだ。

彼はβテスターが初心者を見捨て自身の強化に努めたばっかりに大勢の初心者が死んだのだと激怒しながら言った。

確かにβテスターが初心者を見捨てなければ助かった命もあったかもしれない。しかし、彼らだって自分の命が懸かっていたのだ。それなのに彼らに何の見返りも与えず初心者の面倒を見ろというのは酷な話ではないだろうか。誰もが自分の命が一番大切なのだ。その事を誰が責められようか?彼らに憎悪の矛先を向けるのはお門違いであろう。しかし、俺はそれを口にはしなかった。あんなに怒っている相手にこんなことを言っても逆効果だろうし、何より俺は口が悪いが達者ではない。俺が言ったとしてもさらに周りの空気が悪くなるだけであろう。なので誰かがこの空気を変えてくれるのを待っていると案外早く来てくれたようだ。

 

「発言いいか?」

 

その渋い声を発した人物は立ち上がりキバオウの前まで進んだ。キバオウは少し後ずさりをしたがそれも仕方ないだろう。その人物は180を越える身長にはち切れんばかりの筋肉を持つスキンヘッドの外国人だったのだ。ここからでも迫力が伝わるのにあんなに近くにいられたらどれほどのプレッシャーだろうか。おそらく子供なら泣き出すレベルだ。彼はエギルと名乗り懐からガイドブックを出した。あのガイドブックは村で無料配布していたものだ。俺も持っているしこいつのお陰でここまで無事に来れたようなものだ。これにはMobの攻撃パターン、使用してくるソードスキルやそれの対抗策にマップ情報、さらには性能のいい武器が手に入るクエストの詳細まで書いてあった。彼はこのガイドブックがβテスターによって書かれたものであると断言した。

 

「いいか、情報は有ったんだ!なのに2000人近くのプレイヤーが死んだ。それを踏まえて俺達がどうやって攻略に挑むのかがここで話し合われると思ったんだがな」

 

エギルの言葉でここでβテスターを非難するのは場違いであると思ったのだろう。キバオウは元々いた場所に座った。未だに不満そうな表情ではあったが。

その後、ボス攻略についての話し合いが行われた。ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルトロード》といい取り巻きには《ルインコボルト・センチネル》が3体現れること、コボルトロードはHPのバーが一段減るとセンチネルを3体出してくること、最後の一段が赤くなると元々の武器である斧とバックラーを捨ててタルワールという曲刀を使ってくることなどガイドブックの情報を整理しグループを決め役割を分担した。俺は後方からアタッカーのサポートを行うグループに決まった。それにしてもまたコボルトもどきかと俺は内心毒づいた。ボス戦は明日に行うことになり、それまでは各々自由行動となった。俺はディアベルのところに礼を言いにいこうと思ったがやめた。今のところ彼がβテスターだと知っているのは俺だけだろう。あんなβテスターと初心者との溝を深めるような発言があった後では礼なんか言っても要らぬ気を使わせるだけだ。礼を言うのはまた後でいいだろう。とにかく明日に向けて休むために俺は安い宿を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺から言えることは1つだ。勝とうぜ!」

 

「「「オオオオオオオオオオオ」」」

 

 あの後、安い宿を無事発見した俺はぐっすり眠り、ボス戦当日を迎えた。ボス部屋の前でのディアベルの言葉に全員の士気がさらに上がり、ボス部屋の扉を開いた。

真っ暗なボス部屋に灯りがつく。奥には膨れ上がった腹に大型の斧とバックラーを持った狼頭の巨人が居た。あれが《イルファング・ザ・コボルトロード》だろう。

 

「やっぱ全然コボルトらしくないな」

 

あんなに腹膨らませて図体がデカイやつのどこら辺にコボルト的要素があるのか、むしろあれはトロールだろ…茅場の奴には是非ともコボルトの定義について聞いてみたいものだ。

 

「グアアアアアアアアアアアアアア」

 

どうやら下らない事を考えるのも終わりのようだ。コボルトロードが吠えると全身を甲冑で覆い斧を持った《ルインコボルト・センチネル》が3体現れた。

 

「攻撃開始!」

 

ディアベルの指揮で《イルファング・ザ・コボルトロード》との戦闘が始まった。

 

戦いは順調に進んでいった。アタッカーのHPが黄色になると後方の部隊がスイッチで入り攻撃を防いで時間を稼ぎ、HPが回復したアタッカーがスイッチで入る。これを繰り返すことで大きな被害が出ることもなくボスのHPを削っていった。取り巻きのセンチネルの方も他の部隊がしっかりとやってくれているようだ。見るとセンチネルに反撃する暇を与えずボコっている2人組がいた。息がピッタリ過ぎて気持ち悪いぐらいだ。ついに最後の一段が赤くなるとボスは斧とバックラーを捨てて腰にあるものに手をかけた。あれがタルワールだろう。

 

「みんな下がれ!俺がやる!」

 

そう言いディアベルは1人でボスに突っ込んで行く。…何かがおかしい。あとは全員で攻撃すればやつのHPは数分もかからず0になるはずだ。ここでそんなことをするメリットはないはずだ…

 

「ダメだ!全力で後ろに飛べ!」

 

叫んだのはセンチネルと戦っていたコンビの片割れだった。

しかし、ディアベルは止まらずコボルトロードに突っ込んで行く。対してボスは飛び上がりフロア上空を駆け巡った。突然のボスの行動にディアベルは立ち止まってしまった。ボスはその隙を見逃さなかった。ボスは急降下しながらディアベルを斬りつけた。そしてボスの武器はライトエフェクトを纏っていた…

 

 

 

ディアベルside

 

LAボーナスを得るために1人でボスに止めをさそうとしたがこんな事になるとは…ボスの突然の行動に足を止めてしまった俺はボスの攻撃を受けた。HPはまだイエローゾーンになったばかりだがやつの武器がライトエフェクトを纏っているのを見て驚嘆した。あんなソードスキルは曲刀には無い!つまりこいつの武器はβ版から変更されていたのだ。ボスのライトエフェクトを纏った斬り上げが俺を襲った。

 

「ぐはぁぁ!」

 

この攻撃で俺はHPはレッドゾーンになった。俺はまだ生きていることにホッとしたが、ボスの武器が再びライトエフェクトを纏ったのを見た。

 

『馬鹿な!連続攻撃だと!』

 

最初に放ったソードスキルはこのソードスキルへの繋ぎだったのだ!きっとこのソードスキルで俺のHPは0になるだろう…

この世界から多くの人達を解放するには力が必要だったのだ!そのためにβ時代にLAを取るのが得意だったキリトさんに取り巻きの相手をさせてLAを狙ったがその結果がこれだ!きっとリーダーを失ったこの討伐隊は混乱し多くの犠牲を出して撤退することになるだろう…俺の勝手な行動のせいで…

 

『みんなすまない…!』

 

恐怖のあまり閉じていた目を開くと俺の目に映ったのはライトエフェクトを纏ったボスの武器ではなく後ろに飛ばされるボスの姿であった。

 

「何とか間に合ったか…」

 

赤色のコートに黒色の手袋を着け槍を持った彼はそう言ってこちらに走ってきた。

 

「危険域だろ。ポーションだ。さっさと飲んでくれ」

 

「ああ、助かる」

 

この光景にどこかデジャブを感じながらポーションを飲む。すると俺のHPはグリーンまで戻っていった。

 

「部隊が浮き足立ってるから早く指示を出して立て直してくれ。あんたはリーダーなんだろう?」

それまでの時間は稼いでやるからと言って彼はボスと向き合った。

 

 

 

 ギリギリ助けには間に合ったがこいつは困ったことになった。部隊が浮き足立ってることもあるが一番の問題はコボルト野郎のソードスキルが分からないことだ。さっきディアベルを攻撃した時に使った斬り上げのソードスキルは曲刀にはなかった。つまりあの武器はタルワールではないということだ。βテスト時から変更させることでこちらのミスリードを引き起こさせる…あの性格の悪い茅場らしい考えだ。つまり俺は部隊が立て直るまでこの未知のソードスキルを相手にしなくてはいけないのだ。

 

「グアアアアアアアアアアアアアア」

 

さっきの攻撃で攻撃目標を俺に変えたコボルト野郎は俺に突っ込んで来た。

 

俺は槍単発攻撃《スティング》を発動したが奴の武器で弾かれてしまった。そしてまた斬り上げのソードスキルを発動しようとしていた。

 

「クソ!」

 

このままではさっきのコンボを喰らうことになる。俺の防具は敏捷性重視で防御力は高くないのでただではすまないだろう。

 

「「はあああああああああ」」

 

しかし俺に攻撃は来なかった。先ほどセンチネル相手に無双していた2人組がボスを吹き飛ばしたのだ。

 

「あのスキルは刀スキルだ。全方位を囲むと厄介な全体攻撃をしてくるから囲まずに攻撃するぞ!」

 

そう言ったのは黒い髪の少年だ。おそらく彼はβテスターなのだろう。

 

「基本はセンチネルと一緒だ。やれるな?」

 

「大丈夫…」

 

「センチネルは知らないがアイツの攻撃よりも速く槍をぶちこめばいいんだろ?」

 

「よし!行くぞ!」

 

黒い彼の片手剣が攻撃を防ぐと細剣と槍がボスの体に叩き込まれてボスのHPが減る。さらに

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ボスの攻撃は武器や盾でしっかりと防御しろ!そうすればダメージも大きくない!」

 

立て直された部隊がボスへの攻撃を再会したことによりボスのHPはみるみる減っていく。そして

 

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

エギルが武器を弾き、空いた腹部に黒い彼がソードスキルを発動すると《イルファング・ザ・コボルトロード》はポリゴン片になって爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなが喜びの声を上げる中、俺は疲れて床に仰向けに倒れこんでいた。マジ疲れた、当分は休みたい気分だ。するとエギルがこちらに来て労いの言葉をかけてくれた。

 

「Congratulation!あんた見事だったぜ。よくやってくれた!」

 

「…どうも」

 

「何だ?あんた照れてんのか?」

 

「照れてねえよ!あんたの目は節穴か!」

 

ハハハハ!そうかそうか!とエギルは豪快に笑った。人をおちょくりやがって…いつか絶対にギャフンっと言わせてやる。

こんな風に決戦が終わった後の穏やか時間が過ぎると俺は思ったがそうはならなかった。

 

「おい!お前!なんでボスのスキルを黙っとたんや!」

 

大声を上げたのはキバオウであった。彼はボスに止めをさした黒色の少年に怒鳴っていた。

 

「お前が黙っとたせいでディアベルはんが危険な目に遭ってここにいる全員が死ぬところやったんや!」

 

おそらく彼が本当はボスの使うスキルを知っていたのに黙っていたのだと思ったのだろう。味方がやられれば自分への危険が増すだけなので冷静に考えればそんな自分の命を危険にさらすような行動をするはずがないと思うだろう。しかし、彼はリーダーであるディアベルが危険な目に遭ったためか、それとも憎きβテスターを見つけたためなのかは分からないが激昂していて冷静な状態ではなかったのだ。さらに

 

「アイツβテスターだ!」

 

「βテスターが俺たちを騙したんだ!」

 

さらに追い討ちをかけるような声に周りに動揺が生まれる。

マズイ…ガイドブックはβテスターに書かれたとここにいる全員が知っている。そのためβテスターが騙したのだと思っているのだろう。このままでは折角犠牲者0で攻略が成功したのにβテスターと初心者との溝で攻略が遅れるかもしれない。それだけならまだいいが最悪βテスター狩りなんてことも起きるかもしれない…エギルがなんとかこの雰囲気を変えようとしているが多勢に無勢だ。仕方ない…俺もなんとかしてみよう。

 

「おい!あんたらいいかげんに「フハハハハハハハハ!」は?」

 

急に大声で笑いだしたのは黒色の少年であった。

 

「βテスター?俺をあんな素人連中と一緒にしないでくれ。俺はβ時代に誰も行ったこともない階層まで1人で登り詰めた。ボスの刀スキルを知っていたのも上の階層で同じスキルを使うやつと何回も戦ったからだ。他にも色々知っているぜ。情報屋なんて目じゃないほどな!」

 

彼の言葉に周りがざわつく…チーターだ!とかβのチーターだからビーターだ!などの彼を罵る言葉がした。

 

「ビーターか…気に入ったよ。これからはβテスターごときと一緒にしないでくれよ?」

 

彼は左手でメニュー画面を操作すると黒色のコートを装備した。そしてさっきの相方…フードが取れていて女性だと初めて気づいたが…に一言二言を言って階段を上がっていった。

おそらく黒色の彼は初心者とβテスターの溝がこれ以上深まらないようにあんなことを言ったのだろう。わざわざ要らぬ苦労を背負いやがって…馬鹿野郎が…!

こうして第1層攻略は終わりを迎えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、あの時はありがとう。君が助けてくれなかったら俺は多分死んでいたよ…」

 

 ボス戦の後、俺たちは初勝利を祝って一層にある広い宿で飲んでいた。この世界ではお酒を飲んでも酔うことは出来ないのだが多くの人が酔っぱらいのようにワイワイ騒いでいた。おそらく初めての勝利に酔って気分が上がっているのだろう…俺はその空気に耐えられず外に出ていると後ろからディアベルに声をかけられた。

 

「別に…リーダーを守るのも俺らの仕事だろ?俺はただそれをしただけだ感謝なんてされる覚えはないよ。それとあんまり死ぬとかいう言葉を使うな。聞いてる方が憂鬱になる」

 

「ああ、すまない…」

 

どうやら彼はひどく落ち込んでいるようだ。確かにあの時のβテスターに対する憎悪に満ちた言葉や何もかも1人で全部背負ってしまった彼のことを思うと落ち込まれずにはいられないだろう。

 

「それにアンタは犠牲者無しでこの戦いを乗りきったんだ。もっと誇るべきじゃないか?」

 

「だが…」

 

「ああもう!アンタはリーダーなんだからもっと堂々としてろよ!確かにいいことばかりじゃなかったがいい結果を残せただろ?だからそんなに落ち込むんじゃねえよ」

 

ディアベルは少し驚いた顔をすると少しだけ明るい表情になった。

 

「君は言葉はキツいけど意外に人が良いんだな?」

 

「…討伐隊のリーダーなんてやってるお人好しに言われたく無いね」

 

そう言うとディアベルは声を出して笑った。

 

「じゃあ俺は疲れたから宿にいかせてもらうわ」

 

「ああ、そうか。そういえば君の名前を教えてくれないか?」

 

まあ今なら名前を明かしても特に問題無いだろう…

 

「タツヤだよ。タ・ツ・ヤ」

 

「タツヤってまさか君は…!」

 

じゃあな!借りは返したと言って俺は彼に背を向けて宿へと歩き出した。

 

 

 

 俺たちの戦いは始まったばかりでこれからも困難は続くだろう。

しかし、この戦いもいつか終わらせることが出来るだろう…俺は今だけはそう感じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タツヤが言っていたコボルトは女神転生シリーズで出てくるやつです。タツヤには女神転生シリーズやデビルサバイバーを小さい頃にやりこんでいたという裏設定があります。

順調に攻略が進んでいく中、俺はある問題に直面した。そして目の前に現れる謎の女性!いったい彼女は何者なのか…次回「走れタツヤ!!」にレディーゴーーー!
※次回はおふざけ回になります。


没ネタ集

「みんな下がれ!俺がやる!」

そう言って彼はなんと持っていた片手剣と盾を投げ捨てた。代わりに彼の両手には黄金色に輝くハンマーがあった。

「見せてやる!本当の勇気の力を!」

ディアベルはボスに向かって真っすぐに駆けた。そのあまりの迫力にボスは怯えているように見える…

「ゴォォォォォォォォォォルディオン!ハンマァァァァァァァァァ!!!!!!」

その叫びとともに黄金色の輝きを纏ったハンマーがボスに振り落とされボスの体が光に包まれた。

「光になれええええええええええええええ!!」

そうしてボスの体は消滅した。これが後に伝説となる勇者王ディアベルの誕生した瞬間であった…


中の人繋がりで書いてしまったがこれ以上は続きません。ごめんねディアベルさんm(__)m



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第四話:走れタツヤ!!

今回は少しおふざけがある回です。あと前回よりも短いです。
感想を下さったり、お気に入り登録をしてくださった方ありがとうございます。
それではどうぞ。


 第1層攻略が終わってから数ヵ月が経った。あれから攻略のペースも上がり最前線は11層となっている。攻略の指揮は《MTD》というギルドが取っている。当初はディアベルも所属していて彼が主に攻略の指揮を取っていたが、彼がβテスターだと周囲に判明すると自らギルドを出ていった。ディアベルは今は一緒に来てくれた仲間と建てた《青竜連合》というギルドで団長をやっている。攻略自体は順調とは言えずとも軌道に乗り始めたがここで問題が起こった。1つはここから先は何の情報も無いことである。βテスト時に辿り着いたのは10層までだったようでここからはガイドブックを当てに出来ないのである。βテスト時から変更点もあったが多くのプレイヤーがあのガイドブックに助けられていたのでこれは大きな痛手である。そしてもう1つは…

 

「武器替えなきゃな…」

 

現在の俺の武器は8層のクエストで手に入る《ナイトスピア》というものだが11層で使用するには威力が足りない。さっきもMobとの戦闘で大分時間をかけてしまった…早く武器を替えようとは思うがこの層にどんなクエストがあるのか俺は知らないし教えてくれるような仲のいい奴も残念ながらいない。ディアベルは団長としての仕事が忙しいと思うので却下だ。

 

「どこかにクエストの情報が転がってねえかな…」

 

「どうやらお困りのようだナ。おねーさんが助けてやろうカ?」

 

急に後ろから声が聞こえたので驚いて振り向くとフード付きのローブを着て顔に髭の様なものをつけている金髪の女性がいた。

 

「誰ですか?」

 

「俺っちはアルゴだヨ。それで何を教えて欲しいんダ?おねーさん物知りだから色々教えてやるヨ」

 

「それなら…」

 

俺は彼女にこの層で槍を入手出来るクエストとついでに防具についても聞いてみた。彼女はそれに丁寧にクエストの詳細まで答えてくれた。本当に助かった…俺は懇切丁寧に教えてくれる彼女に本当に感謝していたのだ…この時までは…

 

「本当に物知りなんだな。ありがとう助かったよ。じゃあ俺は行くわ」

 

「ニャハハハハハ!良いってことヨ!そうそう言い忘れてたことがあったヨ…」

 

彼女に背を向けて歩いていると言い忘れていたことがあると言ったので彼女に方に振り返る。

すると俺の目に見えたのはいい笑顔で指を3つ立てたアルゴの姿だった。

 

「…………」

 

「3000コルだヨ」

 

ものすごい嫌な予感がする。

 

「あれ?言っていなかったかナ?オイラは情報屋だゼ」

 

言ってねえよ!謀ったなアルゴ!謀ったな!という言葉を心の中で押さえつける。ここは冷静に…相手のペースに飲まれてはダメだ!落ち着け!落ち着け…俺!

 

「…知りませんでしたよ。そうだったんですか?」

 

「そうだヨ。まあ情報屋から情報を買ったんダ。当然コルは払ってもらうヨ」

 

「情報屋って知っていたら聞いてませんよ。騙されたんですから払いませんよ」

 

「まあ世の中騙された方が悪いってことデ。いい勉強させてもらったということでナ?」

 

こいつ開き直りやがった…!マズイ!口で勝てる気がしねえ…大人しく払おうにも現在500コルしかない俺には無理だ…!値段を下げるのも無理だろう…3000コルを500コルにまけてもらうなんて不可能だ。仕方ないここは…

 

『逃げよう!』

 

ステータスを敏捷力に7割も振っている俺だ。情報屋ということはLVはそこまで高くないだろう…全力で逃げてやる!

 

「分かりました…払いますよ」

 

「ニャハハハハハ!分かればよろしイ!」

 

向こうは俺が大人しく払うと思って油断している。今しかない!俺は敏捷力を全開にしてアルゴの横を走り抜けた。

数分走った後俺は町の裏道のような所で休んでいた。

全く…厄介な奴に会ったものだ。まあでも…

 

「もう撒けただろ「さっきぶりだナ、コルを払い忘れてるゾ」…は?!」

 

俺の前には先ほど撒いたはずのアルゴがいた。

馬鹿な!あり得ない!俺はもう一度全力で逃げた。

するとアルゴは俺の横にピッタリとくっついて走って来た。

ダメだ…!離せない…!

 

「ニャハハハハハ!オイラから逃げるには速さが足りないナ」

 

その言葉に俺の心は反応してしまった。速さが足りないだと…!俺が遅い?俺がslowly!冗談じゃねえ!こうなったら意地でもこいつから逃げてやる!走って、走って、走り続ける。こうなったら根比べだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局俺は奴から逃げることは叶わず捕まってしまった…

 

「さぁテ…払ってくれるんだロ?」

 

「えっと…あのですね…コルの方が足りない訳でですね…」

 

「でもあの時言っただロ。分かった払うっテ、おねーさんしっかり聞いていたヨ」

 

迂闊だった…確かにあの時逃げるためにそんなことを言ったので反論できない。彼女は俺がお金を持っていないと分かるとある提案をしてきた。

 

「ならオイラの仕事に手を貸してくれヨ。」

 

彼女の提案は自分の代わりにクエストの詳細を調べたり、依頼を受けて欲しいということだった。彼女1人では手が足りないこともあるらしい。面倒なことだが仕方ない。

 

「分かった…よろしく」

 

「ニャハハハハハ!よろしくなタツ坊」

 

「…?何で俺の名前を知っているんだ?言ってねえよな」

 

「そんなの決まっているじゃないカ。オイラは情報屋だゼ」

 

情報屋って怖いな…俺はそう感じた。それにしても…

 

「タツ坊って名前はよしてくれ…恥ずかしい」

 

「そうカ?オイラは結構気に入ったけどナ」

 

ニャハハハハハ!と笑って彼女はどこかに去っていった。

本当にすばしっこい奴だな…

そうして俺は不本意ながらたびたびアルゴのお使いに駆り出されることになるのだった…

 

 




速さが足りない!これを言いたかっただけです。次回は本編の方にいきます
居場所を失った少年は死に場所を求めた。その先にあるのは…
次回「クリスマスの夜に」にレディーゴーーー!!!


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第五話:クリスマスの夜に

感想を書いて下さったりお気に入り登録をして下さった方ありがとうございます。
それではどうぞ。



 現在俺は最前線から離れた27層の迷宮区の入り口前にいた。

ここにいるのはアルゴからのお使いが原因である。数日前にここに来たプレイヤー達が亡くなった。ここはトラップ多発地帯なのだがどうやら多くの中層プレイヤーはその事を知らなかったのだ。なのでアルゴは中層から下層のプレイヤーにそのことを伝えにいっている。俺の仕事は知らずに来てしまったプレイヤー達への注意喚起だ。どうやらまた人が来たようだ。数は5人。その内1人は知った顔であった。あの時自らをビーターであると言い最前線では多くのプレイヤー達から憎しみや妬みを向けられていた少年キリトであった。彼もこちらに気づいた様子で罰の悪そうな顔をして俺から目線を逸らした。どうやら知った顔に見られるのは都合が悪いらしい。仕方ない…

 

「あんたらここでは見ない顔だけど何しに来たんだ?」

 

こっちも他人のフリをしよう

 

「俺たちコルを稼ぎに一個下の階層から来たんです」

 

そう言ったのはマントを着た短剣使いであった。

 

「そうか、なら悪いが帰って来れ。ここはトラップ多発地帯で危険なんだ。攻略組ならともかくあんたらみたいのがトラップに引っ掛かったら危ない目に遭うぜ」

 

そう俺が言うと短剣使いはニコニコとしながら答えた。

 

「大丈夫ですよ。トラップに掛からなきゃいいだけなんでしょ?それに俺たち下の階層なら楽勝なんでトラップの1つや2つぐらいどうということはないっすよ。なあ、みんな?」

 

その言葉に周りからそうそう!とか楽勝楽勝!などの言葉が聞こえる。なんだ…この緊張感の欠片もないような連中は…トラップの危険性を全く知らないんじゃないか?トラップと聞いて1人だけ青い顔をしている奴がいるが…そいつはまっすぐに切り揃えた前髪に肩にかかるぐらいの後ろ髪、目元に泣き黒子がある少女であった。見た雰囲気は触れればすぐに壊れてしまいそうな…そんな危うさがある少女であった。

 

「あんたらはトラップの危険性を知らないからそんなこと言えるんだ。後ろの女を見ろよ。青い顔してるじゃないか。今日はとっとと帰りな」

 

「そうなのか?サチは行きたくないのか?」

 

「…大丈夫だよ。私はみんなに付いていくから」

 

「らしいですけど。もういいですか?早くしないとサプライズにならないんですよ」

 

お前らマジで気付かないのか?どっからどう聞いても今のはここにいる奴らに気を使って本心を隠していただろう。近くにいる方が見えないこともあるんだなと俺は感じた。そしてこうなってしまったら彼らは意地でもこの迷宮区に入ろうとするだろう。仕方ない…

 

「分かった…」

 

「そうですか。みんな行こう「ただし俺も付いていく。」…え?!」

 

ここで死んでもらうと俺が止められなかったから死んでしまったような気がするし、アルゴに何を言われるか分からねえ。面倒だがこいつらに付いていこう。さっきアルゴからのメッセージで俺の仕事は終わったようだから帰ろうと思っていたが…

 

「ほら、さっさと行くぞ。サプライズに間に合わないんだろ?」

 

こうなったらとっととコルを稼いでもらって早く帰って頂こう。そう言うと彼らは迷宮区に向けて歩き出した。俺は彼らの後ろをついていった。

 

 

 

 彼らは談笑しながら中を歩いていてまるでピクニックの様だと俺は感じた。

 

「なあ、あんた…」

 

声をかけて来たのはキリトであった。彼の声は前の方にいる他のメンバーには聞こえていない様だ。

 

「なんだ?知らない他人さん」

 

「…悪かったよ。それよりあんた怒っていないのか?」

 

「 俺のことを知らないフリしたことか?まあいい気分ではないが怒るほどのことではないよ。怒ると疲れるし…」

 

「違うよ。そのことじゃなくて…その…」

 

言いたくなければ言わなきゃいいのにと俺は思いながらも彼が言おうとしている言葉を口にする。

 

「勝手に最前線から抜けたこと、こんな中層でのんびりやっていること、それと彼らに嘘をつけ続けていること…こんなもんか?」

 

「…そうだ」

 

「別にいいんじゃないか」

 

キリトは驚いた顔をしていた。

 

「攻略組なんてやりたい奴が勝手にやっているだけだしな。やめた奴だって多くいる。あんたはその1人になっただけだ。」

 

それに…

 

「疲れたんだろ?あの殺伐とした居場所に。あんたは少しぐらい休んだって罰は当たらないと思うぜ。見つけたんだろ?自分の居場所を」

 

あいつらは緊張感がない連中だが暖かな雰囲気がある。それは自らをビーターだと言い周りからの視線に耐えてきた奴が求め続けていた暖かな居場所なのだろう。

 

「だから俺はわざわざあいつらに本当のことを言うつもりは無いよ」

 

「…ありがとう。あんた意外に優しいんだな。攻略中もずっと黙ったまんまだしあんま人と関わらないからもっと冷たい奴だと思ってたよ」

 

「優しいかどうかは疑問だがな…」

 

そうこう話をしているうちに隠し扉を見つけた俺たちは中に入っていった。部屋の中には宝箱が1つだけ置いてあって他には何も無かった。明らかに怪しい部屋であったが短剣使いはまだ開けられていない宝箱の中身を開けようとしたのだ。

 

「やめろ!開けるな!」

キリトの言葉も虚しく宝箱は開けられてしまった。すると部屋に大きな音が響き入口が閉まる。そして多くのMobが現れたのだ。

 

「やっぱりトラップかよ!」

 

俺はすぐさまストレージから転移結晶を取り出した。相手の数が多いうえにこっちはキリトと俺しか戦力的に期待できない。

ここは逃げるのが一番だ。どうやらあいつらも転移結晶を取り出した様だ。

しかしこの目論みはすぐに外れる。転移結晶が作動しなかったのだ。こんなトラップありかよ!俺はそう思ったがあの性格の悪い茅場のことを思い出す。本当に性格悪いぜあいつ…!

こうなったら…

 

「全員壁の隅に行け!攻撃しようなんて考えるなよ。ひたすら防御しろ!」

 

こいつら守りながら耐え続けるしかない。俺は右手の槍で槍範囲攻撃《サークル・エッジ》で群がってきた敵を吹き飛ばす。そうすると敵は俺に攻撃目標を定めてきた。そうして来る敵を《サークル・エッジ》で吹き飛ばし、それでも来た相手は左手の盾で防御して再び《サークル・エッジ》を発動する。キリトは必死の形相で群がる敵をなぎはらっている。その顔には絶対に仲間を殺させないという強い覚悟が見られた。

 

 

 

キリトside

 

 出てきた大量の敵を倒しきると音が鳴りやんだ、どうやらトラップはここまでらしい。でもそんなことよりも俺はみんなに本当のことを知られてしまったと思った。あんな立ち回りをしたのだ、おそらく俺がLvを偽っていたとみんな分かっただろう。そうなれば俺は拒絶される。やっと手に入った居場所を失うことに俺は恐怖したのだ。

 

「おい、そこの短剣使い」

 

そう声が聞こえた、声の主はタツヤだった。短剣使いとはダッカーのことだろう

 

「お、俺ですか?」

 

ダッカーがそう答えるとなんとタツヤはダッカーの胸ぐらを掴んでいたのだ。その顔は今まで見たことがないほど激昂していた。

 

「お前の軽率な行動のせいで全員が死ぬところだったんだぞ!お前1人が死ぬだけならどうでもいいがそれに全員を巻き込むな!死ぬなら1人で勝手に死にやがれ!分かったな?」

 

「え?!えっと…その…」

 

「分かったかって聞いてんだよ!」

 

「は、はい!すみませんでした!」

 

そのあまりの迫力に俺はびびってしまった。ダッカーも泣きそうな表情をしている。そういえば俺はあいつがこんなにも自分の感情を出したところを見たことがなかった。攻略のときのあいつは無表情で無愛想だったからだ。タツヤはまだ言い足りなさそうな顔をしていたが舌打ちをしてダッカーの胸ぐらから手を外した。タツヤの突然の行動には驚いたがそれよりも解決しなければいけないことがある

 

「みんな…話さなきゃいけないことがあるんだ。早くケイタのところに戻らないか?」

 

ケイタ達の前で正直に話そう。もしかしたらあいつらは笑って許してくれるかもしれない…望みは薄いとは分かっているがそんなことを考えなくては俺は耐えられなかったのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビーターのお前が僕らに関わる資格なんて無かったんだ!」

 

 キリトはギルドの全員に本当のことを話した。自分がLvを偽っていたこと、そしてビーターであることを…返ってきた言葉はギルドリーダーからの罵声であった。キリトはみんなごめんと言ってその場から去っていった。その背中は深い悲しみに満ちていた。

 

「でもさ…キリトが抜けた分の前衛はどうするんだ?」

 

そう言ったのはメイス使いだった。

 

「予定通りサチにやってもらうよ。やってくれるよなサチ…」

 

「え…うん。分かった…」

 

サチというのはあの少女らしい。彼女は一応承諾したがそれは無理をして言っているのだとすぐに分かった。彼女は戦闘に向いていない。それはさっきの戦いでの彼女の行動から分かった。彼女は敵が来るたびにきつく目を閉じて震えていたのだ。

怯えかたが異常だ。このままではいつか死んでしまうだろう。

まあ俺には関係無いことなのだが…少しぐらいは忠告してやろう。

 

「その女に前衛は務まらないと思うぜ。そもそもそいつは戦いに向いてないんだよ。生産系のスキルで後方支援をさせてた方がよっぽどマシだ」

 

そうするとギルドリーダーらしき少年は怒りながら言った。

 

「そんなこと言わなくてもいいじゃないですか!あなたには関係無いでしょ!サチなら大丈夫ですよ!なあサチ?」

 

そう言うとサチは戸惑った表情をしていた。おそらく彼女はあまり自己主張しない性格なのだろう。言いたいことを言えないでいるようだ。

 

「あんたはどうしたいんだ?」

 

「…私ですか?」

 

「そうだよ。ここにいる連中と一緒に戦いたいのか?それとももう二度と戦いたくないのか?どっちだ?」

 

「わ、私はその…」

 

「もしあんたが本心隠して無理しなくちゃいけないようなら悪いことは言わねえ…そんなギルドやめちまえ」

 

「!それだけは嫌です!」

 

「ならあんたはここにいる連中に自分の思いを伝えなきゃならないだろ!こいつらは言葉に出さないと分からねえぞ!」

 

「私は…」

 

そう言ってサチはギルドメンバーの方に面を向けた。

 

「私は戦いたくない!みんなには申し訳ないと思うけど駄目なの!目の前に敵が来ると怖くて何も出来ない!ごめん…ごめんねみんな…」

 

それは少女の心の叫びであった。そこまで言うとサチは泣き出してしまいギルドメンバーは困惑しているようだった。

ここまで言えたなら大丈夫だろう。少なくとも無理を強いるようなことはしないであろう。俺はその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から攻略でキリトの姿を見ることは無くなった。

どうやら無茶なLv上げを行っているらしい。彼の目的はおそらくクリスマスイベントボスのドロップアイテムであろう。

死者蘇生アイテム…どうやらそれがあるらしい。多くのプレイヤーがそれを手に入れるために必死にボスが現れる場所を探しているが未だに見つかっていない。だがキリトはそこを見つけて1人で挑むつもりなのだろう。そこまでして生き返らせたい人がいるのかそれともただ死に場所を求めているだけなのか…

どちらにしても馬鹿らしい。残念ながら俺は蘇生アイテムなんて無いと思っている。この世界で死ねば現実の俺達の脳は焼かれて死に至るのだ。そしてどんなことをしても死んだ奴は蘇らない。もしも…もしも本当に死んだ奴が生き返るのだとすれば俺は…そこまで考えて俺は絶対にあり得ないことだと結論づけた。

俺はこの件でキリトに関わるつもりは無かった。少なくともあの時までは…

アルゴからのメッセージで俺は20層にあるNPCのレストランにいた。今回の依頼はここに来る人物から受けることになっている。ちなみに誰が来るのかは俺も知らされていない。

 

「あの…タツヤですか?アルゴさんへの依頼の件で来たんですけど…」

 

どうやら依頼主が来たようだ振り返ると見たことのある奴がいた。

 

「あんたは…確か…」

 

「サチです。お久しぶりです。」

 

かつてキリトの所属していたギルドの少女サチであった。

 

 サチからの話というのはキリトの無茶を止めてほしいということだった。彼女はデスゲームが始まってから怖くて夜も眠れない日が続いたらしい。そんな中でキリトは彼女のことを守ってくれて眠れない夜も一緒にいてくれたそうだ。…女子と一緒に寝るなんて意外にキリトってスゴいことしてんだなとどうでもいい感想を抱いた。

 

「キリトは私に俺が守るから君は死なないって言ってくれたんです!その言葉が私とても嬉しくて…だから私キリトには生きてて欲しいんです。お願いします!キリトを止めてください」

 

彼女の思いは本物だ。しかし、ここまで聞いておいてこんなことは言い辛いが…

 

「…悪いが無理だと思うぜ。俺のLvじゃあいつは止められない。精々時間稼ぎぐらいだ」

 

それに…

 

「仮に止められたとしてもあいつは別の死に場所を求めるだけで根本的な解決にはならない。あいつの問題は心理的なものだからな」

 

「そ、そんな…」

 

彼女の表情は暗いものになり顔を下に向けていたが何かを思いついたのか急に顔を上げた。

 

「タツヤ!少し待ってて!」

 

「お、おう」

 

余りの迫力に俺はどもりながら答えるとサチはレストランから走って出ていった。数分後にサチは戻ってきて俺にあるものを渡した。

 

「記録結晶?」

 

「うん、この中に私からのメッセージが入っているからそれをキリトに渡して欲しいの。お願い」

 

分かったと言って俺はレストランから出ていった。

 

 

 

 そしてクリスマスの日キリトが向かった場所に俺も向かっていた。場所はアルゴから聞いたので間違いないだろう。アルゴの奴が今回はコルはいらないヨと言っていたのは驚いたが…おそらく奴もキリトのことが心配だったのだろう。あいつとは付き合いが長いと言っていたし…

 

「ちょっと、そこのお前さん」

 

声をかけてきたのは赤い武者鎧に無精髭を生やした男性であった。同じような様な格好をした連中が後ろにいたのでギルドメンバーか何かだろう。

 

「どうしたんですか?」

 

「お前さんここら辺で黒色の奴を見なかったか?」

 

コイツもしかしてキリトの知り合いか…

 

「黒色の奴…キリトのことか?」

 

「お前さんキリトの知り合いか!」

 

彼の名前はクラインといいキリトとは始まりの町からの知り合いらしい。話してみた感じは気さくなおじさんであった。おじさんというにはまだ若い気もするが…

一緒に奥に進んでいくとキリトがいた。その顔はまるで死人のようでクラインの叫びも耳に入っていなかった。するとおれたち以外にも誰かが来たようだ…あれは青竜連合か。

 

「さっさと行きなキリト。後が詰まっているようだ」

 

そう言うとキリトは黙ってさらに奥に入って行った。これから背教者ニコラスと1人で戦いにいくのだろう。さて青竜連合のみなさんがどう動くのか…

 

「全員ここで待機しろ!」

 

そう大声を上げたのは副団長のリンドであった。彼はこちらに歩いてきた。

 

「お前達の後でいいのか?」

 

「ああ、そうだ。それにしても驚いた…てっきり力ずくで俺らを押し退けてMobを独占するんじゃないかと思ったぜ。少なくとも俺だったらそうする」

 

「…団長の意向だ。レアアイテムを巡ってのプレイヤー同士のトラブルは極力避けるようにと言われている」

 

「ああ、成る程…」

 

自分がレアアイテムで痛い目にあったからな。そういうところに慎重になるのだろう。その後は特に会話も無く時間が過ぎていった。どのくらい経ったのだろうか、ようやくキリトが戻ってきた。未だに死んだような顔をして…

アイテムは偽物だったのだろう。奴はクラインにドロップしたアイテムを渡して去っていった。クラインのお前だけは何があっても生きろよ!という言葉が虚しく響いた。本当にコイツはいい奴だと思う。他人のために涙を流すなんてそうそう出来ることではない。サチやクラインの思いを無駄にしないために俺は奴を追いかけた。奴は周りには木しかない場所に座り込んでいた。

 

「キリト…1つ聞いてもいいか?」

 

「何だよ。ほっといてくれ…」

 

「お前は何がしたかったんだ?」

 

その問いにキリトは答えた。

 

「…俺は死者蘇生アイテムで死んだ奴を生き返らせようと思って…」

 

「誰を生き返らせたかったんだ?お前はただ死にたかっただけだろ!知らない赤の他人のために命を投げ捨てたかっただけだ!」

 

「…そうだよ!俺は死にたかったんだ!どこにも居場所がないのにはもう耐えられないんだ!早く死なせてくれよ!」

 

その言葉に俺の中にある感情が爆発した。俺はキリトの胸ぐらを掴み叫んでいた。

 

「死にたいだと…ふざけてんじゃねえぞ!命ってのは一度失ったらもう二度と戻ってこないんだ!自分から死に場所を求めるなんてお前はお前のことを思ってくれている奴らに対して何にも感じねえのか!」

 

そう言って俺は右手でキリトの顔を殴る。すると俺のカーソルは緑からオレンジになった。このカーソルになると町に入れなくなったりして面倒なのだが今はどうでもいい!

 

「居場所がないって言ってたな…さっきのクライン見たか?お前のことを本当に心配してくれていた。クラインだけじゃないサチやアルゴやエギルだってお前のことを心配してくれている。そういう奴らのことも居場所って言うんじゃないか?お前が!自分がビーターだから居場所なんて出来っこないて決めつけてただけで本当は居場所あったんだよ。これの中身見てもう一度自分で考えな」

 

そう言って俺はサチから預かった記憶結晶を投げ渡した。

 

「何だよこれ…」

 

「プレゼントだよ。送り主は匿名希望。中身は開けてからのお楽しみだ。じゃあな!それ開けて自分と向き合いな!」

 

そうすれば自分がどれ程他人に思われているのか分かるのだから…

 

 

 

 サチからのメッセージがどのような内容だったのかは分からないが効果はあったようだ。次に俺がキリトに会った時、あいつには以前のような悲壮感は全く無かった。

 

 

 

 あの時サチがキリトに救われたようにキリトもサチに救われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。今回はタツヤがキレてばっかりの話でした。
友達を失った少女は取り戻すための冒険に出る。はたして彼女は友達を取り戻すことが出来るのか…
次回「竜使いの少女とレッドプレイヤー」にレディーゴーーー!!


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第六話:竜使いの少女とレッドプレイヤー

やっと完成しました。感想を書いて下さったり、お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
それではどうぞ


 俺は今NPCのレストランで人を待っていた。

どうやらここまで走って来たようだ。

 

「遅れちゃったかな?ごめんね」

 

「俺も今来たばかりだから気にするな」

 

俺の待ち人とは月夜の黒猫団所属の少女サチであった。彼女は現在ギルドの後方支援を行っており道具作成や裁縫、鍛治にさらには料理という支援系のスキルを上げているらしい。別に料理スキルなんて上げる必要無いんじゃないか?と尋ねた時にはみんなが喜んで食べてくれるのが嬉しいと答えていた。後方支援になってからは纏っている雰囲気も明るくなり以前のような脆さは成りを潜めている。あとよく笑うようになった。

 

「それで今回も同じか?」

 

「うん。キリトにこれを渡して欲しいの。お願い」

 

そう言って渡されたのは黒色のジャケットのような上着であった。サチはキリトのために服やポーション等を作るようになった。しかしキリトは直接会うのが気まずいらしく俺に仲介を頼んできたのだ。それからというもの俺はサチから預かった荷物をキリトに受け渡す宅急便紛いのことをしている。

 

「確かに受け取った。そう言えばあいつらは元気か?」

 

「他のみんなは元気だよ。でもタツヤのことはやっぱり少し苦手みたい」

 

「まあ、あんだけキツイこと言っちまったしな…苦手意識持たねえ方がおかしいよな」

 

あの時、間違ったことをしたつもりは無い。しかし、もっと穏便にやれたのではないかと俺は少しは後悔しているのだ。

 

「うん。でもあれはタツヤが親切心からやってくれたってことはみんな分かっているから。感謝はしているんだよ」

 

「…親切なんかじゃねえよ。ただ感情のままにやっちまっただけだ」

 

「でも人のために感情を出せるっていうのはスゴくいいことだと思うよ。ありがとうねタツヤ」

 

そう面と向かって感謝されるとむず痒い気持ちになった。その後はとりとめのない雑談をした。そう言えば彼女と話していて気付いたことがある。彼女と話しているとこっちまで穏やかで心地よくなれるのだ。彼女にはこの殺伐とした世界でも相手を癒すことが出来る力があるのだろう。それはまるで夜を照らす月の光のようで…本当に彼女のような人に好意を持たれているキリトが羨ましいと思う。

 

「…っともうこんな時間だね。じゃあ私はギルドホームに戻るね。今日はありがとう」

 

「どうも。気を付けて帰れよ」

 

「うん。じゃあねタツヤ…あ!忘れてた!」

 

そう言って彼女はストレージから出した物を俺に渡してきた。

それは赤色のYシャツだった。

 

「これは…!」

 

「いつものお礼だよ。赤好きだと思ったんだけど…気に入らなかった?」

 

「…いやスゲー嬉しい。ありがとうサチ」

 

「どういたしまして。よかった気に入って貰えて。じゃあ行くね」

 

そう言うと彼女はレストランから出ていった。

さて、これをキリトの奴に直ぐにでも届けないとな。キリトの居場所をフレンドリストで見てみると意外な場所にいた。

 

「47層《フローリア》?確か《フラワーガーデン》だったよな…あいつ何でこんなところにいるんだ?」

 

47層は周りを花に囲まれた綺麗な場所であったがこれといったクエストも素材も無い階層であった。キリトの奴がこの層に来る理由なんて何にも思い浮かばないのだが…まあいい早くサチからの贈り物をあいつに渡そう俺は47層に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトは転移門の近くにいた。しかし、小学生ぐらいのツインテールの女の子が一緒にいたのだ。…女の子だ…それも小学生…一体キリトは何をやっているのだか…キリトの奴はこっちに気付いて無いようだ。

 

「ようキリト。何やっているんだ?」

 

俺はキリトに声をかけた。

 

 

 

シリカside

 

「ようキリト。何やっているんだ?」

 

 ピナを生き返らせるために必要な《プリウマの花》を一緒に取りに行ってくれると言ってくださったキリトさんと話していると声をかけられました。どうやらキリトさんの知り合いのようです。

 

「何でお前がいるんだよ。タツヤ」

 

「いつものお前宛の贈り物だよ」

 

どうやらタツヤさんという人らしいです。真っ赤なプレートアーマーに真っ赤な盾、そして真っ赤な髪をオールバックみたいにしている槍を持った人です。その赤色の所と槍を持っている所で昨日喧嘩をしてしまったロザリアさんを思い出して嫌な気分になりました。

 

「そうならメッセージぐらい寄越せよ。驚いただろ」

 

「あ…悪い完全に忘れてたわ…」

 

でもどうやらあんまり怖い人では無さそうです。その後はキリトさんがタツヤさんから何かを受け取って少し話していました。

 

「…で結局お前は何でこんなところにいるんだ?まさか女の子と一緒に花を見に来ただけなんて言わないよな」

 

「違うよ!そこの彼女シリカから依頼を受けたんだよ」

 

キリトさんがそう言うとタツヤさんは私の方に目を向けました。とにかく自己紹介をしないといけませんね。

 

「初めまして!シリカです!」

 

 

 

 

タツヤside

 

 どうやらキリトは彼女からの依頼でここに来たらしい。

彼女の名前はシリカといい中層では有名らしい。元気な女の子というのが第一印象だ。彼女はここにあるアイテムを取りに安全マージンから出てきたらしい。そのアイテムは使い魔蘇生アイテムらしいのだが…

 

「あのさ…使い魔って何?」

 

俺がそう言うとキリトやシリカは驚いた顔をした。使い魔ってそんなに有名なのか?

 

「えっと、使い魔というのはですね…」

 

使い魔というのは稀に起こるテイムイベントでテイムに成功したMobのことらしい。使い魔にはサポート系のスキルを覚えているものが多いらしい。しかし…

 

「なあ、そこまでする必要あるか?」

 

「?どういうことですか?」

 

「そんな危険を冒してまで復活させる必要は無いんじゃないかってことだよ。キリトが付いているからって絶対安全な訳じゃ無い。所詮使い魔なんてデータなんだから命を危険に曝すまでのことは無いんじゃないか?」

 

人の命がたかがデータのために失われるなんてことは馬鹿げている…俺はそう考えている。しかし…

 

「ピナは…ピナはただのデータじゃありません。1人で心細かった私の隣にいつもいてくれた…大事な…大事な友達なんです…」

 

シリカは顔を下に向けたままそう言った。その声は涙声であった。…あれ?俺もしかして女の子泣かしているのか?そう思うと凄い罪悪感が…これまでお節介で何度か相手に厳しいことを言ったことはあるがさすがに小学生ぐらいの女の子にあれはやり過ぎたか…

 

「…悪い。少し言い過ぎた。お詫びに俺も付いて行ってもいいか?」

 

そう言うとシリカは顔を上げて驚いたようだ。

 

「いいんですか?」

 

「お詫びだからな。戦力は多い方がいいだろ?なあキリト?」

 

「…ああ、確かにそうだな。じゃあ行こうか」

 

そう言って俺達は森の奥へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて!見ないで助けて下さい!」

 

「「ごめん。無理」」

 

 現在シリカは見た目がグロテスクな植物型Mobによって吊し上げられていた。この森のMobは大抵植物型なのだがかなり見た目が悪い。俺はどうして植物をこんなグロテスクな見た目にするのか理解できない。それはともかく…目を閉じて戦えって…残念ながら俺はアムロやカミーユのようなニュータイプではないので相手の気配を感じとることなんて出来ない。キリトの方も同じようなのでなるべく上の方に見ずにとっとと倒すしかない。キリトがシリカを吊し上げている蔓を斬る。その後俺が敵の胴体に向けて槍単発重攻撃《デス・スティンガー》を発動すると敵はポリゴン片になった。キリトの方を見ると奴がシリカに所謂お姫様抱っこしていた。

 

「見ましたか?」

 

「「…見てないです」」

 

「やっぱり見られたんですね…」

 

正直言うと少し見えてしまったのだが言わない方が本人のためであろう。しかし俺達の嘘はシリカにはバレてしまったようだ。もう少し上手く嘘をつけるようにした方がいいかもしれないなんてことを考えてしまった。その後はシリカのLv上げのために俺達はサポートに回った。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

シリカの短剣二連攻撃《ラピット・バイト》で植物型Mobがポリゴン片になって消滅した。彼女の戦い方は短剣による敏捷力を活かしたヒットアンドアウェイ戦法である。本来ならこれに使い魔によるサポートが入るのだ。確かに彼女の能力は中層ではトップクラスであろう。ただし1人での戦闘は不慣れそうで少し危なっかしいが…

ある程度まで進むと時間がいいので休憩することになった。

 

「それにしてもお前は本当にお節介だな。わざわざ自分の利益にならないことをするなんてな」

 

俺がそう言うとキリトの顔は少し曇った。

 

「シリカが困ってたってのもあるんだけど…他にも理由があるんだ…」

 

「?何だよ他の理由って」

 

「俺妹がいるんだ。シリカ見てると思い出しちゃってさ…贖罪なのかもしれない」

 

…妹…

 

「…贖罪ってお前何かしたのか?」

 

「…ああ。本当は妹じゃなくて従妹なんだ。俺の両親赤ん坊の頃に死んじゃって母親の妹さんが俺を引き取ってくれた。引き取られたの赤ん坊の頃だったから俺の両親はその人達だと思ってたんだ。でも自分が本当の子供じゃないと分かったら急に距離置いちゃってさ。両親も妹も全然悪く無いのにな…妹と距離置いちゃったことをシリカに話したらいつか絶対に仲直り出来ます!って言われたんだ…だからかな」

 

…いつか絶対仲直り出来るか…

 

「なあ、タツヤ…本当に仲直り出来るかな…?」

 

「…難しいんじゃないか」

 

俺がそう言うとキリトは少し驚いた。おそらく肯定してくれると思ったのだろう。

 

「人と人の関係は壊れてしまったら元通りにはならないんだ。壊れた物を接着剤でくっつけたって元通りにならないのと同じだよ。何処か歪でぎこちなくなってしまう…」

 

そう…どんなに昔仲がよくても…一回壊れてしまったら元には戻らない。

 

「…そっか…」

 

そう言ってキリトの顔はさらに曇ってしまった。しかし…

 

「そんな事はありません!」

 

突然の大声に俺はビックリしてしまった。声の主はシリカであった。

 

「キリトさんは絶対に仲直り出来ます!だってキリトさんはスゴくいい人ですから!」

 

そう言うとキリトは少し驚いた顔をしてありがとうシリカと言った。

 

「タツヤさんだってその誰かと絶対に仲直り出来ます!」

 

「その言葉は嬉しいけど一体何の根拠があるんだ?それにさっき言ったろ?一度壊れた関係は元通りにならないって」

 

「確かに元の関係に戻ることなんて出来ないのかもしれません「なら」でも!新しい関係を築くことは出来ると思います!」

 

新しい関係…?

 

「きっとタツヤさんなら前よりもいい関係になれます!だってタツヤさんずっとその事後悔しているんですよね?だったら大丈夫です!」

 

…前よりもいい関係か…考えたことも無かったな…昔の俺なら出来るわけないって言うかもしれない…けど…

 

「ありがとうシリカ。向こうに戻ったらやってみるよ」

 

今は少しだけ…ほんの少しだけ出来るかもしれないと思える…

以前の誰とも関わろうとしなかった俺では絶対に思えなかった。けれどこの世界で様々な人と出会うことで俺も少しずつ変わっているのだと今さらながら思う。

 

「はい!頑張ってください!」

 

「…まあ期待はしないでくれ」

 

その後、無事に使い魔蘇生アイテムを手に入れた俺達は町に戻ってから使い魔を蘇生させることにして町へと向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なあ、タツヤ』

 

町に戻る道中でキリトに急に小声で声をかけられた。俺たちの前方にいるシリカには聞かせたくない内容らしい。

『何だよ。もしかしてこの後何かあるのか?…でもそれならシリカにも言った方がいいんじゃないか?』

 

『シリカには言いたく無いんだよ。ショック受けると思うし…俺が受けた依頼の話したよな?』

 

『シリカから使い魔蘇生アイテムを一緒に取りに行って欲しいって依頼だろ?それがどうしたんだ?』

 

『実はそれとは別の依頼も受けているんだよ』

 

そう言うとキリトの顔は強張った。

 

『依頼主はとある中層ギルドのギルドマスター。依頼内容は自分のギルドメンバーを殺した連中を黒鉄宮の監獄に入れて欲しいってことだ』

 

『殺した連中って…まさかオレンジギルドか?』

 

『ああそうだ。そしてその連中は次の目標を決めた。それがシリカだ』

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

あまりのことに驚いて大声を出してしまった。シリカは目を大きく開いてこっちを見ている。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いやいやいや!何でもない!何でもないから大丈夫だ」

 

明らかに怪しい答え方であったがシリカの方は気付かなかったようだ。おそらく頭の中はピナのことで一杯なのだろう。

 

『どういうことだキリト?何で彼女が狙われるんだ?』

 

『奴らは殺された人が持っているアイテムを取っていく。おそらくコルに替えるんだろう。そしてシリカは今使い魔蘇生アイテムを持っているからな。市場に出回ってない分高く売れるんだろう』

 

『なるほど…にしても何で連中はシリカがそれを持っているって知っているんだ?』

 

『昨日宿でシリカと話していた時盗み聞きした奴がいた。おそらくそいつだろう。元々シリカはマークされてたみたいだけどな…』

 

『?元々マークされてたってどういうことだ?』

 

『昨日シリカと一緒のパーティーにいた奴でそのオレンジギルドのリーダーがいたんだ。おそらくシリカがある程度アイテムやコルを手に入れた時点で殺すつもりだったんだろう』

 

『胸糞悪いな…』

 

『同感だよ…』

 

この世界で心から嫌悪する奴らなんて初めてかもしれない…

 

『つまりこれからオレンジギルドからの攻撃があるってことだな?』

 

『ああそうだ』

 

『ならそれこそシリカに伝えるべきだろ?というかお前オレンジの連中が来るって最初から知ってたんなら蘇生アイテム取りに行く前にその事を言えよ』

 

『いや…そうなんだけどさ…』

 

『…もしかしてお前シリカを餌に使ったな』

 

そう言うとキリトは気まずそうに黙ってしまった。確かに餌を使って誘き出してから一網打尽にした方が手っ取り早くて確実ではあるが…

 

『取り敢えず言うにしろ言わないにしろシリカには謝っとけよ』

 

『…分かった』

 

会話が終わる頃にはかなり町に近づいていた。

 

 

 

「おい!そこに隠れている奴出て来いよ!」

 

どうやら連中のご登場らしい

 

「あたいの隠蔽を見破るなんて、なかなか高い索敵スキルを持っているみたいだね」

 

「ロ、ロザリアさん何でここに?」

 

どうやら奴が連中の親玉らしい。赤い髪をカールさせて槍を持った女性であった。なんか俺とかぶっているような…髪の色とか武器の種類とか…

 

「無事に《プネウマの花》を取って来たみたいね。じゃあそれを大人しく渡しなさい」

 

「そうはさせないぜ。オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダーのロザリアさん」

 

「へぇ、あたしのことを知っているなんてねぇ」

 

そう言って嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「あんたらこの前《シルバーフラッグス》ってギルドを襲ったな。リーダー以外が全滅した」

 

「ああ、あのボロイ連中ね。それがどうしたんだい?」

 

「俺はそのリーダーから依頼を受けたんだ。黒鉄宮の監獄に入れてくれってな。分かるか…!仇を討ってくれって言わなかったそいつの気持ちが…!」

 

「さあね。本気になって馬鹿みたい。大体この世界で死んだら現実で死ぬなんてどうやって分かるのさ?」

 

…つまりこいつらは人を殺したなんて微塵も考えて無いってことか…本当に腹立たしい奴らだな…!

 

「悪いキリト。俺もう限界だわ。こいつらと話しても無駄だよ。ほら?かかって来いよ。どうせみんな殺すつもりだったんだろう?」

 

「…っ!舐めやがって…!あんたら!さっさと殺ちまいな!」

 

俺の挑発に額に青筋を立てたロザリオは自分の部下に俺を殺すように命令した。前方に3人、斧使い、片手剣使いに短剣使い…俺は飛び上がって槍単発重攻撃《アース・バウンド》を発動する。このソードスキルは直接当たらなくても近くにいる相手にダメージを与えることが出来るので多数の相手をするときによく使う。突撃してきた3人のHPは一気にレッドゾーンまで落ちた。

 

「まだ生きてるのか?ゴキブリ並みの生命力だな」

 

そう言って近づくと飛ばされた3人は怯えた顔でこっちを見てきた。

 

「お、落ち着け!どうせこいつはオレンジしか攻撃できない!」

 

そう言ったのはカーソルがグリーンのプレイヤーだった。俺はそいつの目の前まで行き槍三連撃攻撃《トライ・スパロー》を発動する。すると俺のカーソルはグリーンからオレンジになった。

 

「ま、マジかよ…!あいつカーソルがグリーンでも攻撃したぞ!」

 

さっき攻撃した奴のHPはイエローゾーンになっていた。まあそんなに威力が高いソードスキルじゃないからこんなもんだろう。さらに周りの怯えて動けない連中に槍範囲攻撃《サークル・エッジ》を発動してHPを削る。そうなるとここにいる連中のHPはイエローやレッドになった。…1人を除いて…その1人のロザリオは俺の行動に怯えきってしまってその場に立ち尽くしていたので俺はゆっくりと近づいていった。

 

「ま、待ちな!あんたあたしを殺すつもりなのかい…?」

 

「どうだろうな。運がよければ生き残るかもな?それにあんたが言ったんだぜ、この世界で死んだからって現実で死ぬなんてことは分からないってよ。」

 

「そ、それは…」

 

「喜べよ。無事に現実に帰れるかもしれないんだぜ?むしろ感謝して欲しいくらいだ。ああ心配しなくてもお仲間さんも後で纏めて送ってやるよ」

 

「や、やめて…」

 

「無事向こうに戻れたら教えてくれよ。まあ無事に戻れたらの話だけどな…」

 

そう言って槍単発重攻撃《デス・スティンガー》を発動しようとモーションに入る。

 

「じゃあな!オバサン」

 

「イヤーーー!!」

 

そうして俺のソードスキルは発動…しなかった。何故なら俺の右手と槍は中を舞って下に落ちたからだ。そして俺の右手は下に落ちると同時にポリゴン片になって消滅した。

 

「おい!やり過ぎた!」

 

俺を止めたのはキリトであった。

 

「こいつは黒鉄宮の監獄にセットしてある回廊結晶だ。こいつに殺されたくなければ早く入れ」

 

そう言うと連中は我先にと入っていった。そしてこの場には俺、キリトそしてシリカしかいなくなった。シリカは俺の方を見て少し怯えているようだった。まあ仕方ないか…

 

「じゃあ俺はカルマ浄化クエスト受けてくるから道中気を付けて帰れよ」

 

そう言って俺は背を向けて歩き出す。

 

「タツヤさん!今日はありがとうございました!また会いましょうね!」

 

後ろからシリカに声をかけられた。背を向けたまま手を振ってそれを返す。

今日は気分が悪いから明日からやろうと俺は考えてカーソルがオレンジでも休める場所を探すのであった。

 

 




次の話は現実世界での話になります。
兄のお見舞いに訪れた桐ケ谷直葉はある少女と出会う
次回「病院での出会い」にレディーゴーー!!!


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第七話:病院での出会い

感想を書いて下さったり、お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
今回はいつもより短いです。
それではどうぞ。


 私桐ケ谷直葉はお兄ちゃんである桐ケ谷和人のお見舞いに来ていた。お兄ちゃんは茅場晶彦という人が起こした事件…通称SAO事件により意識が目覚めない状態であった。

 

「お兄ちゃん…こんなに痩せ細ちゃって…早く起きてよ」

 

この病院でも多くの人が亡くなった。亡くなった人の家族の大きな泣き声が聞こえるたびに私のお兄ちゃんもいつかそうなってしまうかもしれないという不安が頭をよぎった。それから数十分ぐらい病室に置いてある椅子に座っていたがお兄ちゃんが起きる気配は無かった 。もうそろそろ帰らないとお母さんが心配するだろう。

 

「じゃあ私もう行くね。また明日も来るから」

 

そうお兄ちゃんに言って私は病室から出ると足元に何かが当たった感触がした。

 

「?缶コーヒー?」

 

足元に当たったのは缶コーヒーだった。

 

「ごめんなさい!大丈夫でしたか?」

 

そう言ったのは車椅子に乗った髪の毛が黒色で瞳も黒色の私より少し年上ぐらいの女の人だった。多分お兄ちゃんと同じくらいの歳だ。

 

「うん、大丈夫。はい。これあなたのだよね?」

 

そう言って彼女に缶コーヒーを手渡す。

 

「ありがとう!あなたは誰かのお見舞いに来たの?」

 

「あ、はい。お兄ちゃんのお見舞いに…あなたは検査ですか?」

 

そう言うと彼女は首を横に振った。

 

「いいえ。私も兄のお見舞いよ。これは兄の好物なの」

 

そう言って手にある缶コーヒーを見せる。

 

「そうでしたか。お兄さんご病気なのですか?」

 

言った後に少し聞き過ぎてしまったかもしれないと後悔したが彼女の方は気にしていないようでホッとする。

 

「違うの。兄はちょっと事件に巻き込まれちゃって目が覚めないのよ。SAO事件って知ってる?一時期ニュースでよく流れていたでしょ」

 

この人も家族をあの事件に巻き込まれたんだ…

 

「はい。私のお兄ちゃんもその事件に巻き込まれているので…」

 

「そうだったの…ごめんなさい。あまり人には言いたくなかったわよね」

 

そう言ってその人は頭を下げた。

 

「気にしていないから大丈夫です。だから頭を上げてください」

 

「…ありがとうね。」

 

そう言って彼女は微笑んだ。その笑顔は女の私でも見惚れるような笑顔だった。よく見てみると綺麗な人だ。水に濡れたような長い黒髪にすらりとした手足、瞳は吸い込まれそうな黒色で…なんか緊張してきた…

 

「?どうしたの?もしかして具合が悪いの?」

 

どうやら思ったより長く考え込んでいたらしい。心配そうな目でこっちを見ている。

 

「だ、大丈夫です。そういえばお兄さん飲めないのにどうして缶コーヒー買ったんですか?」

 

緊張して話を変えようとしてみたがよく思ったら配慮に欠けた質問だったかもしれない…しかし彼女は特に気にした様子もなく答えてくれた。

 

「これはね兄さんの病室に置いておくの。兄さんが起きた時にすぐに渡せるようにね。でも病室を出る前には私が全部飲んじゃうの。おかげでこの缶コーヒー気に入っちゃった」

 

「…仲良いんですね」

 

ふと出た私の言葉に彼女は少しだけ悲しそうな顔をした。

 

「…そうでもないわ。昔はすごく仲が良かったのだけど急に距離を置かれてしまってね。どうにかして元の仲のいい兄弟に戻ろうとしたのだけど駄目だったわ。両親が亡くなってしばらくすると家を出ていってしまうし…」

 

「そうだったんですか…ん?ご両親が亡くなったって…ごめんなさい。思い出したく無かったですよね」

 

「いいえ。気にしなくてもいいわ。あなたはお兄さんとは仲が良かったの?」

 

「…いいえ、私も同じ感じです。急にお兄ちゃんとの関係がぎくしゃくしてしまって…」

 

「そうなの…なら戻って来たら一緒に仲直りしましょうよ!そして今までの分甘えちゃいましょ!」

 

そう言って彼女は元気に笑った。彼女の言葉と笑顔に私も笑顔になった。

 

「そうですね!戻って来たら楽しみです」

 

「ええ!私もよ」

 

そして私たちはお互いに笑った。よく考えると病院に来て笑ったのは今日が初めてかもしれない。

 

「良かった。あなた病室出てからさっきまで暗い顔していたから心配だったの。やっぱり笑顔の方がずっと可愛いわ」

 

「気を使わせちゃったみたいですね。ありがとうございます…って!私が可愛い?!」

 

心配してくれたことよりも後半の言葉に驚いた。か、可愛いなんて初めて言われたかも。

 

「ええ、あなたは自分が思っているよりもずっと可愛らしい女の子よ。そういえばあなた時間大丈夫かしら?あまり遅いとご両親が心配しないかしら?」

 

時計を見ると病室を出てから30分以上経っていた。だいぶ長話をしてしまったようだ。

 

「もうこんな時間!ごめんなさい引き止めちゃって。あなたはまだお見舞いにも行ってないのに」

 

「いいえ。引き止めたのは私の方だからあなたが謝ることはないわ。私もあなたと話せてすごく楽しかったし」

 

「私もあなたと話して楽しかったです。今日はありがとうございました。また会えるといいですね」

 

「そうね。また会いましょう。」

 

「それじゃ…あ!私桐ケ谷直葉って言います」

 

「直葉ちゃんね。そういえば私あなたに名前言ってなかったわね」

 

そう言って彼女は車椅子に座りながら佇まいを正してお辞儀をした。

 

「初めまして。紗夜。三ケ島紗夜です。」

 

これが後に私の親友となる三ケ島紗夜との初めての出会いであった。

 

 

 

 




74層攻略に向けて武器と防具の整備に行こうとしたタツヤはアルゴからのお使いで始まりの町に行くことになる。
次回「武器と防具と鼠のお使い」にレディーゴーー!!


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第八話:武器と防具と鼠のお使い

今回はいつもより長いです。書いた後に分ければよかったかなっと思いました。
感想を書いて下さったり、お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
それではどうぞ。


 現在の最前線は74層でボスの部屋はまだ見つかっていない。

なので今日はキリトのオススメの武器屋と馴染みの防具屋に行きその後は宿で休もうと思っていたのだが…

 

『タツ坊仕事だヨ。始まりの町の教会まで来てくレ』

 

なんてメッセージをアルゴから貰ってしまった。厄介事の臭いがプンプンするが無視するわけにもいけない。

 

「武器と防具の用事が終わったら行くか。急ぎの用では無いだろうし」

 

先に武器屋に行こうと思い俺は48層リンダースへと向かった。

 

 

 リンダースは牧歌的な雰囲気が漂う場所である。

水車や川の流れなどテレビで見た一昔前のヨーロッパの田舎町を思い出させる。このアインクラッドには様々な特色のある街があるが俺はここが一番気に入っている。

 

「キリトの話だとここら辺だが…あれか?」

 

俺の目の前には1つ店があった。おそらくこの店がキリトが腕の良い鍛冶屋がいると言っていた店なのだろう。

 

「いらっしゃいませ!リズベット武具店へようこそ!」

 

客を出迎えたのはピンク色の髪にエプロンドレスを着た少女であった。

 

「キリトからの紹介で来たんだけど。ここってオーダーメイドってやってくれるのか?」

 

「キリトからの紹介って…あんたがタツヤね。キリトに言われた通りの見た目ね」

 

キリト俺のことちゃんと紹介していたんだな…少しだけ見直した。

 

「髪が赤くて無愛想で目付きが悪い…言われた通りの風貌ね」

 

「あいつ…!もっとマシな説明無かったのかよ!」

 

キリトの意地の悪い笑みが頭に浮かんでくる…覚えてやがれ!

 

「それでオーダーメイドしてくれてるのか?」

 

「…出来るけど結構高いわよ」

 

「大丈夫だ。それなりに資金の準備は出来ているからな。」

 

そう言うと彼女は胸を叩いて答えた。

 

「ならドーンと任せなさい!武器の種類とステータスはどうするの?」

 

「耐久力重視で頼む。武器はランスで」

 

エクストラスキル…ランス。槍の発生系スキルだ。ランスの強みは高い攻撃力と耐久力、そして盾の中で防御力と耐久力が一番高いタワーシールドを装備出来ることだ 。その分攻撃速度は遅いが現在壁プレイヤーである俺には関係無い。

 

「分かった。インゴットは持ってるの?」

 

「持ってないよ。あと完成するまで時間ってどれくらいかかるんだ?オーダーメイドとか初めてだから気になってな」

 

「そうね…今ちょっと予約があるから明日の昼ぐらいには出来るわ。その時間に取りに来て。コルもその時頂くわ」

 

「分かった。それと…これは武器とは関係無い質問なんだけどいいか?」

 

俺はこの店に入った時に感じた疑問を彼女にぶつけてみることにした。

 

「?いいけど何かしら?」

 

そう言って彼女はカウンターに置いてあった紅茶もどきを飲んだ。

 

「あんたとキリトの関係って何なんだ?」

 

「ぶはぁぁぁぁぁ!?」

 

予想通りの反応に笑ってしまいそうになるのを堪える。つまりはそういうことなのだろう。どうやらキリトには女性を魅了する何かがあるらしい。サチにシリカ、そして最近では血盟騎士団副団長のアスナと彼が落としてきた女性は数知れない。俺が把握していないだけでさらに多くいるだろう。このリズベットもその1人なのだろう。

 

「あ、あ、あ、あんた!急に何を言うのよ!」

 

「悪い、悪い。さっき言ったことは忘れてくれ」

 

それにしてもキリトはなぜ美少女達にこんなにも好意を抱かれるのか…最近俺はキリトが何かしろのフェロモンを出しているのではないのかと本気で考えている。そんなフェロモンがあれば世の男達が欲しがるであろうが…

 

「そう言えばあんたここに店構えて長いのか?」

 

「そうでもないわ。でもこの店を買うのには苦労したわ~」

 

ホームでさえ買うのに何百万コルもするのだ。店なんていくらするのか…それを1人で貯めるなんて並大抵の努力ではない。少なくとも俺には無理だ。

 

「へぇ~。ちなみにいくらしたんだ?」

 

その後リズベットから聞いた金額で俺にはここでの生活は無理だと確信したのだ。

 

 

「へぇ~。あんたもこの町気に入ってんの?」

 

「あぁ、こういうのどかな所が好きなんだよ。っともうこんな時間か…」

 

このリズベットという少女はさばさばとしていて話しやすいのでだいぶ会話が弾んでしまったようだ。

 

「悪いけどもう行くわ。明日の昼には来るから」

 

「分かった。また来るときはお得意様価格でメンテしてあげるわ」

 

「おう。その時はよろしくな」

 

そう言って店から出る。次は防具屋だな。

 

 

 俺の馴染みの防具屋《プトレマイオス》には1人しかいなかった。店主は留守のようだ。

 

「あれ?タツヤじゃん!久しぶり」

 

そう言ったのは茶色の髪を短めのポニーテールにした中学生くらいの少女

 

「久しぶりだなパステル。店主は留守か?」

 

《パステル》は4ヶ月ほど前にここの店主に弟子入りした少女だ。

元々は中層でソロ活動していたらしいが、あることが切っ掛けで戦闘から遠ざかり生産職になったらしい。

 

「うん。素材を取りに下の階層に。急ぎの用ならメッセージ送ろっか?」

 

「いや別に大丈夫だ。ここで帰ってくるまで待ってるよ…っとサンキュー」

 

そう言って渡されたコーヒーもどきを飲む。うん…苦い。

 

「悪いけどミルクとか砂糖みたいなやつあるか?このままだと苦すぎて飲めねえんだけど」

 

「あるけどそんなに苦いかな?これが苦かったらブラックとか絶対飲めないよ」

 

「そんなの飲めなくていいんだよ」

 

俺はコーヒーは微糖派だからな。ブラックなんて飲めなくていい。…あぁ、缶コーヒー飲みたい。

 

「パステル!帰ったぞ!」

店の奥から声が聞こえた。店主が帰ってきたようだ。

 

「お帰り親方!目付きの悪いのが来てるよ」

 

「おい!なんだよその呼び方!」

 

こいつら俺のことをそんなふうに呼んでいたのかよ…!俺ってそんなに目付き悪いか?…まぁ、いつも無愛想だから仕方無いか…

 

「よう!タツヤ!弟子が失礼したようだな。パステル!本人の前では言うなって言っただろ!失礼だ」

 

「ご、ごめん親方。つい口が滑っちゃって…」

 

俺の目の前にいるこの厳つい20代後半から30代前半の黒い短髪の男性《バルトス》がこの店の店主である。それより本人の前で言うなって本人がいない所では言ってるって自白しているようなもんだぞ…

 

「それで今回は何だ?防具のメンテナンスか?それとも新調しに来たのか?」

 

「両方だよ。どちらも急ぎじゃないからゆっくりやってくれ」

 

「分かった。新調する方のステータスはいつも通りか?」

 

「あぁ。いつも通り耐久力重視で。重さは気にしなくていい」

 

「分かった。3日後ぐらいに来てくれ」

 

「了解した。じゃあ「おいタツヤ」…急に何だよ「すまねえな」」

 

店主の顔は曇っていた。本当にどうしたんだ?

 

「本当は俺達みたいな大人が最前線で戦うべきなのにお前らみたいなガキに攻略を任せちまってる。俺が今やってることなんて安全な場所でお前らに防具を売ることだけだ…大人として情けないな…」

 

このおっさんは…そんなこと気にしていたのかよ。全く…そんなこと気にしなくてもいいのにな。

 

「あんたが前線行ったら誰が俺たちの防具作ってくれるんだよ。防具無しで戦えってか?…あんたらがいなけりゃ俺たちはとっくに死んでるよ。あんたらのおかげで俺たちは今日まで生きてこれたんだ」

 

俺がそう言うとは驚いた顔をされた。

 

「なんだお前?もしかして励ましてくれてるのか?」

 

「…事実を言っただけだ。それにボス戦に挑む人数は限られてんだ、あんたに来られても困るんだよ。適材適所ってやつだ。あんたはここで防具作ってる方がずっと合ってるよ」

 

「つまり俺は俺がやれることをやれってことか…よし!パステル!今すぐ素材を取りに行くぞ!」

 

「りょーかい親方。待ててねタツヤ!絶対にあっと驚く最高の物作ってあげるから」

 

そう言って2人共店から出ていってしまった。

 

「さて俺も帰る「タツヤ!」…次は何だよ?」

 

「あまり無茶はするなよ。お前はなんやかんやで人のことばっかり気にかけちまうからな。少しは自分の心配しやがれ」

 

「そうそう。意外にあんたのことを心配する人もいるんだからね。用事無くてもたまには遊びに来なよ。コーヒーぐらいは出してあげる」

 

それは俺を気遣ってくれる言葉であった。

 

「…善処しておくよ。じゃあ行くから」

 

そう言って店を出る。全くあんたら人が良すぎるんだよ。

用事も終わったし次は鼠からのお使いに行くか…まあ十中八九厄介事だろうが仕方無い。俺は1層始まりの町に向かった。

 

 始まりの町…全プレイヤーにとって嫌でも記憶に焼き付いている場所だ。確か2000人ほどのプレイヤーがここにいるはずなのだが…

 

「おかしいな…誰もいない」

 

今目の前にいるのはNPCばかりでプレイヤーは1人もいないのだ。さすがに2000人ものプレイヤーが一斉に部屋に閉じこもるなんてことは異常だ。どうしてこんなことになっているのか理由が気になったが…

 

「まぁ、俺が考えても分かるわけねえか」

 

ともかく教会を探さないと…というか教会なんてこの町にあったか?俺は歩き回って教会を探すことにした。

 

 

「あんたら税金を滞納しているからよ。装備やらアイテム全部ここに置いてきな」

 

 ここにいる連中が外に出ない理由が分かった気がする…俺の目の前にはシスターの様な服を着て眼鏡をかけた女性が同じ装備をした3人のプレイヤーに囲まれていた。あの装備は軍のプレイヤーか?アインクラッド解放軍通称軍…以前はMTDというギルドであり攻略組の指揮を取っていたが25層フロアボス戦で大打撃を受けて以降はオレンジプレイヤーの捕縛・監視などをやっているらしい。それより俺が言えたことではないが取り立て方がチンピラみたいだな…まぁ、ようやく人が見つかったんだ。こいつらに道聞けばいいか…

 

「なあ、ちょっと道聞きたいんだけどいいか?」

 

「アーン?ここらでは見たことねえ奴だな。こっちは今忙しいんだよ。自分で探しな」

 

…イラっとする言い方だがここでキレるのはよくない。落ち着け、落ち着け。よし!女性の方に聞いてみよう。

 

「なあ、そこのあんた。教会までの道を教えてくれないか?」

 

「えぇ、構いませんが…」

 

よし!これで無事に教会まで行けそうだ。シスターみたいな服を着ているからもしかしたら住んでいる人かもしれないな。

 

「おい!そこの保母さんにはたっぷりと払って貰わないと困るんだよ。税金払うのは義務だからよ」

 

そう言ったのは3人の中でもリーダーらしき人物?だった。装備が同じで判別出来ないが…隊長機と量産機の違いぐらいの判別出来る特徴が欲しいな。

 

「いくらなんだよ?」

 

「「…へぇ?」」

 

「だからいくらなんだって聞いてんだよ」

 

そう言うとリーダーらしき人物は渋々といった感じで答えた。

 

「…10万コルだ」

 

「そう。なら…」

 

そう言って10万コルを出してリーダーらしき人物に渡す。

 

「これでもう用は済んだだろ?さっさと他の場所に行きな」

 

そう言って手で人を払うような仕草をする。

 

「…貴様!我ら軍を馬鹿にしているのか!」

 

「違うよ。馬鹿にしてないからしっかり払ったんだろ?こっちは急いでんだよ」

 

どうやら怒らせてしまったらしい。本当に気が短いなこいつ。

 

「いいだろう…!後悔させてやる!」

 

そう言うとメニューを開いて操作し始めた。すると俺の方に何かが送られてきた。

 

『デュエル申請を受諾しますか?』

 

決闘か…全く面倒な事になったものだ。

 

「どうした?まさかあそこまで喧嘩売ってきて今さら怖じ気付いたのか?」

なんだこいつ…えらく自信満々だな …もしかしてこいつは軍の中でもトッププレイヤーなのか?決闘で負け知らずなスペシャルな奴なのか?…用心に越したことは無いな。油断せずにいこう。俺は決闘申請にOKと押す。すると頭上にタイマーが出てきた。このタイマーが0になったら決闘が始まる。現在メインのランスはリズベットの所にメンテに出しているのでサブの槍を出す。とある事情で槍を大量に持っていることが幸いしたな。体術スキルを持ってない俺では素手で戦うなんて出来ないからな。次は相手を観察する…武器は片手剣、重武装だからそこまで速くは無いだろう。おそらくリーチの差を埋めるためにフェイントをかけてくるはず…相手の動きに気を付けないと。

そしてタイマーが0になる。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

向こうはこちらに向けて剣を構えて走って来た。あれは突進系のソードスキルの《レイジスパイク》か?突っ込んだとしてもリーチの差で先制攻撃が出来ないことは向こうも分かるだろう。つまりあれはフェイントだ!俺はそう思って相手の動きをさらに注意深く観察する。向こうの動きに変化は無い…ギリギリまで手を隠すつもりか?さらに待っても向こうの動きに変化は無い。仕方無い揺さぶりをかけるか…俺は槍単発攻撃《スティング》を発動する。これで向こうも何かしらの反応をしてくるはず…!

 

「ぐへぇぇぇぇぇ!!」

 

しかし現実はそうはならなかった。俺のソードスキルが相手に普通に当たり、俺の頭上にはWinnerという表示された。

…あれ?俺勝ったの?

 

「つ、次はこうはいかねえ。覚えてろ!」

 

そう言ってリーダーらしき男は走り去り、残った2人も後を追いかけて行った…なんだこの茶番は…

 

「あの…助けて頂きありがとうございます。お金まで払って貰って…」

 

声をかけてきたのは先ほど囲まれていた女性であった。

 

「それより教会までの道を教えてくれないか?」

 

「はい。私教会に住んでいるのでご案内しますね」

 

「…驚いた。あんた本当にシスターだったんだな」

 

「いいえ。シスターではないですよ。ちなみにどのような用件で?」

 

「ある奴から依頼受けたんだよ。アルゴって知ってるよな?」

 

そう言うと彼女は驚いた顔をした。

 

「!アルゴさんの言っていた方でしたか。アルゴさんに依頼したのは私です。すみません」

 

そう言って彼女は頭を下げた。年上の女性に頭を下げられるなんて事に慣れていない俺は困惑してしまった。

 

「あ、頭を上げてください。全然大丈夫ですから。ちなみに依頼の内容は?」

 

「それは教会に着いてからお話しますね。もう見えてきましたよ」

 

彼女の言う通り目の前には教会があった。…こんなところにあったのか気が付かなかった。

 

 

「みんなただいま」

 

「「「「おかえりなさい。サーシャ先生」」」」

 

中に入ると大勢の元気な子供達の声が聞こえた。

 

「ねえサーシャ先生。そのお兄さん誰?」

 

「その人はねアルゴさんが紹介してくれた人よ」

 

彼女がそう言うと子供達の目が俺に向かう。一斉に向けられるその視線に俺は一歩下がってしまう。

 

「スゲー!兄ちゃん攻略組なの?」

 

「攻略組には爽やかな騎士様がいるって本当なの?」

 

「ねえねえ!血盟騎士団の副団長さんって本当に美人なの?」

 

「お、おい。そんなに質問されても答えられないって…」

 

なんだ?最近の子供はこんなにパワフルなのか?圧倒されて何も出来ないんだが…

 

「こらみんな!…ごめんなさいここを訪れる人があまりいないので興奮しちゃってるみたいで…みんなちょっと待っててね。…それではこちらに来てください」

 

そしてサーシャさんに付いて行くとある部屋に連れていかれた

 

 

「よウ!久しぶりだなタツ坊」

 

部屋の中には案の定アルゴがいた。

 

「あぁ。それで依頼内容を確認したいのだが…」

 

「そうだナ。まあ簡単に言うと用心棒ダ」

 

?用心棒だと?確かに軍の徴税はあるが用心棒がいるほどのことがあるのか?

 

「ここの年長の子供達の中には日々の食費を稼ごうとする子達がいるんですけど…心配で…」

 

「確かにフィールドに出れば危険なんてどこでもありますからね」

 

モンスターなども脅威ではあるが最も気を付けるべきはオレンジプレイヤーであろう。ここが軍のお膝元であろうとあいつらはどこからでも他のプレイヤーを狙っているのだから…

 

「だとしてもなんで俺なんだ?他の中層プレイヤーでもよかったんじゃないか?」

 

「それがそうもいかないんだナ。ラフィン・コフィン討伐戦の結果は知っているだロ?」

 

「あぁ、双方に犠牲を出したがリーダーのPoHを含め数名が逃亡したんだろ。まさか…!」

 

「そいつらの何人かがここら辺にいるって噂が流れているんダ。用心に越したことは無いだロ?」

 

確かにあいつらの相手は中層の奴らにはキツイだろう。攻略組のギルドは最前線のことばかりで下の階層まで手が回らない。軍の連中も滅多にフィールドに出ないみたいだから当てに出来ないか…仕方無い。

 

「…分かった。ただ俺1人でラフコフの相手は難しい。攻略組は無理だとしても準攻略組レベルのギルドの力は欲しいぞ。当てはあるのか?」

 

「まあナ。元々タツ坊の役目はそいつらが来るまでの繋ぎダ」

 

「了解。なるべく早く頼むぜ」

 

それにしても…

 

「それにしてもここってどうしてこんなに子供が多いんだ?」

 

「それは私が子供達を集めたからです」

 

答えたのはサーシャさんだった。

 

「デスゲームが始まってから最初は攻略に行こうとしたんですけどこの町で怯えてる子供達がほっとけなくて…それからはこの町を廻って見かけた子供達を保護していたんです」

 

「たった1人で子供達を!?」

 

素直に感心してしまった。あのデスゲームが始まったばかりの時に子供達を心配して保護しようだなんて…普通はそこまで気を回すことなんて出来ない。

 

「えぇ。でもそんなに大したことではありませんよ。子供達との生活も気に入ってますし」

 

「いいや、スゲー立派ですよ。あんたがいたからここの子供達が生きているんです。俺なんかよりもずっと誇れることをしたんです」

 

俺がやっていることなんてレベルと装備さえあれば誰でも出来る。でもこれはサーシャさんにしか出来ないことなのだから。

 

「…ありがとうございます」

 

そう微笑んでお礼を言われた俺は照れ臭くなった。

 

「ニャハハハ!タツ坊が照れてるヨ」

 

「照れてねえよ!人をからかうのもいい加減にしやがれ!…ではサーシャさん、何かあったらメッセージください。すぐには無理ですがなるべく早く向かいますから。でも子供達には無茶をしないように言い聞かせといてください」

 

「はい、分かりました。お願いしますね」

 

それから部屋を出ると再び子供達からの質問攻めにあったが、サーシャさんのお陰で俺は無事に教会から出ることが出来たのである。さて、もう用事も無いし宿で寝るか…

 

 

次の日

 

『防具が完成したんで取りに来てくれ』

 

俺は《バルトス》からのメッセージを貰って《プトレマイオス》に来ていた。中に入るとカウンターの席に座りながらこくこくと船を漕いでいる《パステル》がいた。

 

「眠そうだな。店主はどこにいるんだ?」

 

「…あぁ、タツヤおはよう。親方は一睡もせずに作ってたからもう寝ちゃったよ」

 

一睡もせずにってあのおっさん無理しやがって…!

 

「でも防具はこっちにあるから安心して。うちの店で最高傑作の物が出来たから」

 

完成した防具を見る。盾の方は以前使ってた物よりも大きく重い赤色の盾名前は《スカーレットアイギス》、防具の方も以前使っていた物より一回り小さいが一目でかなりの防御力があるであろうと分かるフルプレートアーマー名前は《クリムゾンナイツアーマー》か…

 

「スゲーの出来たじゃん。流石だな」

 

そう言ってコルを渡す。

 

「まあね。ふぁ~。じゃあ私もう限界だから…おや…すみ…」

 

そう言ってカウンターに突っ伏せてしまったパステル。まあ一緒になって手伝ってたんだろう。俺は店にある毛布をパステルにかけた。

 

「…ありがとうな。ゆっくり休めよ」

 

誰に聞こえる訳でもなくそう呟いて店を出た。

 

 

「はい!言われてた物出来たわよ」

 

 俺の目の前にはリズベットに頼んだオーダーメイドの物とメンテを受けた物の2つがあった。メンテを受けた物を持ってみる。…うん。耐久値は戻っているがやはり物足りない感じはするな

 

「さあさあ早く早く次、次」

 

リズベットに急かされてオーダーメイドの方を持ってみる。

 

「!なんだこれ!スゲー重い!」

 

持った瞬間にずっしりとくる重さ。これまで使ってた武器は紙だったんじゃないかと本気で疑ってしまいそうな重みがこの武器にはあった。

 

「でしょ!私も作ったとき重すぎて腰が抜けちゃうかと思ったわよ。名前は《ロイヤルエリシオン》よ。満足していただいたかしら?」

 

「おう!攻撃力も耐久力もダンチだ。俺がこれまで使ってたのって武器じゃ無かったんだな!」

 

「ははは…。それは言い過ぎじゃない?」

 

リズベットの呆れたような笑い声も気にならないほどに興奮していた俺だがすぐに自分がガキみたいにはしゃいでいるのだと気付く。…恥ずかしい…穴があったら入りたい。

 

「あんたあんなにはしゃぐのね。意外だったわ」

 

「頼むから忘れてくれ。今日の俺はちょっとおかしかったんだよ」

 

「忘れてあげない。昨日人をからかった罰よ」

 

ちくしょう…こんな事になるならあんなことするんじゃ無かったぜ。こういうのを因果応報って言うんだろうな…肝に銘じて置こう。

 

「そんなことよりいくらするんだ?」

 

「そうね…素材はこっちで用意したし結構時間かかったから…」

 

リズベットに提示されたコルを払うと俺は一文無しになったのだった。お金はよく考えて使わないとな…俺はコルを稼ぐためにフィールドへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回武器や防具の説明が少なかったのでここで補足します。
《スカーレットアイギス》:見た目はシュミットさんが持っていたタワーシールドを赤くして縁を黒色にしたイメージです。

《クリムゾンナイツアーマー》:赤いフルプレートアーマー。デジモンセイバーズに出てきたクレニアムモンの鎧を赤色にしたイメージです。※髑髏はついていません

《ロイヤルエリシオン》:赤と黒のランス。デジモンテイマーズのデュークモンの槍グラムの銀色の部分を赤色に赤い部分を黒色にしたイメージです。

では次回予告です。
74層の森で手に入れた食材を売りに来たタツヤは意外な人物に会う。
次回「煮込まれうさぎと手料理」にレディーゴーー!!


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第九話:煮込まれウサギと手料理

感想を書いて下さったり、お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
それではどうぞ


 74層のフィールドにいた俺はあるMobがドロップしたアイテムをどうしようか考えていた。このフィールドでソードスキルの特訓をしていた俺はウサギ型のMobを発見した。スゴイ速度で逃げたそいつを仕留めたのだが…

 

「ラグー・ラビットの肉って…ウサギの肉なんていらねえんだよ」

 

膨大な経験値かレアアイテムが手に入ると思っていた俺は残念な気持ちになった。すぐ逃げるタイプのMobってそうじゃねえの?メタルスライムとか。それよりウサギの肉かよ…今までフレイジーボアの肉等の食材アイテムを手に入れたことはあったが使わずに売ってきた俺にはこいつの使い道は1つしか考えられなかった。

 

「売ろう。こんなアイテム持ってたって何の役にも立たねえよ」

 

まぁ、エギルのところにでも売りに行こう。どうせ大した価値の無いアイテムだからどこで売っても同じだろう…俺はエギルの店に向かった。

 

 50層アルゲード…まぁ賑やかな町だ。ここにある店に入ると店主のエギルと常連のキリト、そして《血盟騎士団副団長》アスナと知らない奴がいた。制服で血盟騎士団のメンバーだとは分かるがやっぱ知らないやつ奴だ。

 

「よう!キリトに血盟騎士団副団長の閃光様までいるなんてな。店の前の貼り紙に『現在血盟騎士団副団長様がご来店されてます』って書いておけよ。きっと客来るぜエギル」

 

「そんなことしたら野次馬が来るだけだろ?儲けが出ないんならやらねえよ」

 

我ながらいいアイデアだと思ったのだが却下されてしまった。

 

「私がどこにいようと貴方には関係ありません。タツヤさん」

 

俺を睨み付けているのは血盟騎士団副団長アスナと知らないやつ奴だ。どうやら俺は彼女に嫌われているようだ。まぁ理由は自分の言動を振り返って見れば見当がつく。俺は協調性があまり無いからな…ボス戦の時ならともかく普段は口を開けば相手を怒らせるような言動しかしない。攻略組の協調性を重視する連中からすれば俺は厄介者なんだろう。

 

「それで今日は何の用で来たんだ?タツヤ」

 

空気が少し悪くなったのを感じてエギルが俺に聞いてきた。

 

「アイテムを売りに来たんだよ。最近じゃいらないアイテムばっかり溜まりやがる。ここからここまで全部売るよ。いくらだ?」

 

「そうだな…」

 

そう言ってアイテムを見ていくエギル。しかしエギルの目があるところで止まった。

 

「お前これラグー・ラビットの肉じゃねえか!」

 

「「何だって(ですって)!」」

 

「え?これそんなにスゴイの?」

 

3人のあまりのリアクションに若干引いてしまう。副団長様のあんな顔なんて滅多に見れないであろう。

 

「ラグー・ラビットはS級食材なんだ!滅多にお目にかかれない代物だぞ!」

 

「へ、へぇ~」

 

ウサギの肉がS級なのかよ!開発者馬鹿なんじゃねえの?と思った俺はきっと悪くないだろう。

 

「キリトだけじゃなくてお前も手に入れるとはな…今日はラグー・ラビットのバーゲンセールか?」

 

「いや知らねえよ。それでいくらなんだ?早くこっちはコルが欲しいんだよ」

 

そう言うとエギルは考え込んでしまった。ものすごく悩んでいるようだ。

 

「じゃあ俺は帰るわ。アスナ今のうちに行こうぜ」

 

「えぇ…」

 

「そうだ!!」

 

あまりの声に驚いてしまった。エギル!お前の声は響くんだよ!心臓に悪いだろうが!…まぁここに心臓は無いんだけどな

 

「キリトお前俺には大分世話になっているよな?」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

エギルは笑顔で話しているがあまりの迫力にキリトが後ずさる。普通笑顔とは相手を安心させたりする効果があるのだがこいつの場合は例外だ。

 

「ちょうど俺腹減っててよ。S級食材を使った料理を食ってみたいだが」

 

「いや~アスナが半分も食べるからお前の分は無いと思うんだけど…」

 

「いいや。肉は2つもあるからよ。俺達の分もあるはずだぜ」

 

エギル…お前どんだけウサギの肉食いたいんだよ。

 

「ということでお前は俺にラグー・ラビットの肉を使った料理を提供してもいいと思うんだけどな~。まさか1人だけで美味しい思いしようなんて考えてねえよな?」

 

「…悪いアスナ、人数増えるけど大丈夫か?」

 

「えぇ!?…うん。大丈夫だけど…」

 

エギルの懇願という名の脅迫にキリトは屈したようだ。まあ、俺も金入るし別にいいんだけどな。

 

「じゃあエギル、こいついくらで買い取って「何言ってんだ?お前も食いに来るんだろ?」はあぁぁ!?」

 

この強面店主は何を言ってんだ?

 

「今コルがピンチなんだよ!どうでもいいから買い取れよ!」

 

「いいか!コルはいつでも稼ぐことが出来る。でもな!S級食材はいつ手に入るんか分からないんだぞ!このチャンスを逃す手は無いんだよ」

 

S級食材について熱く語る雑貨屋店主。しかし俺が行くってお前が言ってから一気に副団長様の機嫌が悪くなっているぞ、あと隣の知らないやつ奴も。怖いんだけど!

 

「いいって俺は!大体料理なんて腹に入れば全部同じだって…」

 

「つまりそれは私の料理がそこらのNPCの料理と同じってことですか?」

 

…あれ?もしかして今地雷踏んじまったのか?さっきなんかと比べようが無いほどに副団長様が不機嫌になってしまった…ヤバイ!これはマジでヤバイ!フロアボスより怖いんだけど!

 

「そこまで言うのなら見せてあげます…!私の料理はNPCの料理などとは比べることも恐れ多いほど格が違うと!」

 

そこには後ろから炎が出ているのではないかと思えるほど熱くなっている副団長様がいた。…なんか今日1日でこいつを見る目が変わった気がする。つかお前ら料理で熱くなりすぎだろ…

その後俺は店を閉じたエギルと共に副団長様のホームに行くことになったのだが…

 

「アスナ様!こんな素性の知れぬ輩をホームに誘うなどやめてください!」

 

声を荒げて叫んだのはあの時店にいた知らない奴だった。本当に誰だコイツ?ボス戦にいたっけ?

 

「問題ありません。ともかく今日は帰りなさい。副団長として命じます」

 

知らない奴はまだ何か言いたそうな顔をしていたが何も言わずにその場を去った。

 

 副団長様のホームは綺麗に片付いていて可愛らしい小物類等があるなど意外に女の子らしい部屋であった。そのホームで彼女は白色のエプロンをしてキッチンで何かをしていた。そこには攻略の鬼と呼ばれる凛々しくて恐ろしいほど強い副団長様はいなく、料理が好きなだけの普通の少女がいた。

彼女はアイテムから本日のメインディッシュであるラグー・ラビットの肉を取り出した。…明らかにウサギの質量を越えた大きさの肉であったが…

 

「この世界の料理って簡略され過ぎてるからつまらないわ」

 

「確かにな。もうちょっと手間暇かけないと作った気にならないよな」

 

「そうか?料理なんてそんなもんだろ?」

 

「そんなわけ無いだろ。毎日カップ麺食ってた訳じゃないんだし」

 

「…」

 

「「「嘘だろ(でしょ)…」」」

 

なんだよお前ら!そんな信じられないような物を見る目で俺を見るなよ!

 

「べ、別にカップ麺だけじゃねえし。スーパーでサラダとか買ってたし」

 

こう見えても健康には気を付けていたからな。しかし彼らの眼差しは変わらず、エギルが呆れたように口を開いた。

 

「そういう意味じゃねえよ。たまには美味しいもの食べたいとか思わなかったのか?」

 

「別に…あんなのはただの栄養補給だよ。美味しいとかはどうでもいい」

 

そう…ここ数年何を食べても美味しいなんて思わなかった。あの狭い安アパートで1人で食う飯なんかに味なんて感じなかった。

ただ食べないと動けなくなるから食べていただけ…

 

「そんなことを言う貴方を美味しい!って感動させてあげるわ!覚悟して待ってなさい!」

そう言って彼女はキッチンに戻っていった。今は副菜を作っているようだ。

 

「あいつって普段はあんな感じなのか?キリト」

 

「まあな、意外だろ?」

 

「ああ、まあな…」

 

攻略の鬼みたいな人物だと思っていたのでもっと殺伐とした印象を持っていたのだが、意外に普通の人物であったので驚いた。…少しぐらいならボス戦でサポートをしてもいいかなっと柄でも無いことを考えてしまった。

 

「はい!出来たわよ!」

 

そう言って目の前に本日のメインのシチューと副菜が出される

シチューの蓋を開けた瞬間に温かな湯気が部屋中に広がる。その匂いに早くも3人の目が輝く。

 

「「「いただきます!」」」

 

「…いただきます」

 

食事の前の挨拶なんて何年ぶりだろうか…まずはメインのシチューを一口食べる。噛めば噛むほど肉汁が出てその濃厚な味が舌と喉を通り過ぎる。

 

「!…うまい!」

 

素直にそう感じてしまった。料理の味を感じることなんて久しぶりな気がする。

 

「なんだこれは!スゲーうまいぞ!」

 

「流石S級食材は格が違うな!」

 

「すごい美味しいわ!」

 

他の3人もこの味を絶賛していた。それからは次々とシチューが彼らの胃袋の中に消えていった。

 

「あ~美味しかった。私これまで生きてきてよかった~」

 

「流石はS級食材だな!他の肉とは全然違ったな!」

 

「まあこれもアスナが料理スキルをコンプリートしてたからだな。お前らアスナに感謝しろよ。特にお前だキリト」

 

「確かに美味しかったな…」

 

確かに美味かったがそれはS級食材を使っていたからとか料理スキルがコンプリートしていたからではない。それはきっと…

 

「みんなで食べたからあんなに美味しかったんだよな…」

 

どんな美味しい料理を食べたとしてもきっと1人で食べていたら何にも感じなかった。キリトにエギル…ついでにアスナと食べたからあんなに美味しいと感じたのであろう。

 

「「「………」」」

 

どうやら俺の独り言は大きかったらしい。周りの視線が一気に向けられた。俺は自分が言っていたことを思い出し、すごく恥ずかしくなった。きっと顔は真っ赤であろう。

 

「ははは!タツヤお前良いこと言うじゃねえか!お前のそういうところいいと思うぜ!」

 

「貴方がそんなこと言うなんて…意外だわ」

 

「確かにお前にその言葉は似合わないよな」

 

三者三様の言葉が聞こえてくるがそれどころではない!あんな言葉を言ったことを記憶から抹消したいくらいだ…頭をガーン!とやれば記憶が消えるかも…そんな思考になりそうだったのを止める。とにかく口止めしなくては!

 

「お前ら絶対に、絶対にさっき俺が言ったことを忘れろよ!」

 

「「「どうしようかな~」」」

 

「忘れろよ!」

 

「「「でも…」」」

 

「わ・す・れ・ろ・よ」

 

「「「…はい」」」

 

俺の懇願を奴らは聞いてくれたようだ。よし!口止め成功!内心ガッツポーズをとってしまった。

 

それからはアスナが入れた紅茶を飲みながら穏やかな時間が流れた。

 

 

「キリト君!あ、あのさ…」

 

「どうしたんだ?アスナ」

 

急に声を上げたアスナに驚くキリト。しかしキリトの疑問にえっと…その…などしか返せないアスナ、おそらく俺たちにはあまり聞かれたくない要件なのだろう。

 

「おいエギル。もうそろそろ客が来る時間じゃないか?」

 

「まだ大丈夫だよ。それよりアスナ悪いが紅茶をもう一杯もらっていいか?」

 

だ・か・ら・俺たちはお邪魔なんだよ。俺はエギルの襟首を掴んで扉に向かう。現実では絶対に不可能であるが筋力値さえあれば可能な行為である。

 

「あぁ!あと一杯!あと一杯だけ飲ませてくれーー!!」

 

「さっさと行くぞエギル!…あとアスナご馳走さま。美味かったよ。この恩はいつか返すわ」

 

そう言って俺はアスナのホームを出てエギルの店に戻ったのだ。

 

 

 アスナside

 

私はキリト君と組んで明日64層の迷宮区に行こうと考えていたのだが言い出せないでいた。

 

「おいエギル。もうそろそろ客が来る時間じゃないか?」

 

タツヤさんはそう言ってエギルさんの襟首を掴んで扉に向かった。後ろから聞こえる野太い悲鳴は無視しているようだ。

 

「アスナご馳走さま。美味かったよ。この恩はいつか返すわ」

 

そう言って彼らは出ていった。本当に今日は珍しい事ばかり起きるわ…

 

「意外だったろ?」

 

キリト君が急に聞いてきた。おそらくはさっきのことだろう。

 

「えぇ…まあ」

 

「さっきタツヤも同じことを言ってたよ。アスナの意外な面を見たって」

 

そうだったんだ…料理に集中してて全然気付かなかった。

 

「でも彼のことやっぱりあまり好きにはなれないわ。口は悪いし、協調性無いし…」

 

「まあそこは否定はしないけどさ。あいつああ見えて面倒見良かったりするんだよ。でもあの見た目と口調だから結構親しい奴しか分からないんだよな」

 

「…キリト君たちに接するみたいな感じで私たちにも接してくれればいいのに。そうすれば少しは他の人と友好的な関係を築き上げれると思うのに…」

 

ボス戦での彼は壁プレイヤーとしての役割を十分に果たしているのだがその言動のせいで血盟騎士団の中ではあまりいい印象を持たれていない。…青竜連合の人達とはなんやかんやで仲良くやっているのだからこっちとも仲良くやって欲しいのだけど…

「まぁ、あいつ自分から人と関わろうとすることなんて滅多に無いからな」

 

…それは君に対しても言えることだけどね。意外に似ているのかも。

 

「でもアスナに対しては少しは心を許したみたいだな」

 

「え!嘘!あれで?」

 

「あいつさっき呼び方変わってただろ?副団長様からアスナって」

 

「…確かに」

 

そういえばそうだった気がする。あまりにも小さい変化だったから分からなかった。

 

「何かあったら相談してみろよ。きっとなんやかんやで相談に乗ってくれるぜ」

 

「…そうかな?」

 

相談に乗ってくれるあの人が想像つかないんだけど…

 

「そういえばさっきアスナ何か言おうとしてただろ?」

 

「あぁ!えっとね…」

 

さっきは他の人がいて言えなかったけど今は二人きりだから言えるわ。もしかしたら彼は私が他の人がいると言いづらいのだと思ってエギルさんを連れて帰ってくれたのでは…まさかね。そんなわけ無いか。

 

「久しぶりに私とコンビ組みましょ!」

 

ともかく今はこの鈍感な人に振り向いて貰うために頑張らないとね。私はパーティー申請を彼に突き付けるのだった…

 

 

 




急に始まる74層ボス戦、みんなを守るためにキリトとタツヤの隠していたスキルがボスに牙を剥く!
次回「ユニークスキルとエクストラスキル」にレディーゴーー!!


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第十話:ユニークスキルとエクストラスキル

お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
それではどうぞ


 昨日アスナからご馳走をいただいた俺は74層迷宮区の前にいた。以前の俺はソロで迷宮区に入って行くことも頻繁にあったが50層以降はそんなことも無くなった。理由としてはソロでは非効率的であると考えたからだ。アイテムの消費も多いし出費が増えるだけだ。だいたい壁プレイヤーがソロで迷宮区に潜っていても進めるところなんてたかが知れてる。しかしキリトはいまだにソロで迷宮区を潜っているらしい。…最近俺の中ではあいつは人外認定を受けている。ちなみにもう1人の人外認定は《血盟騎士団》団長ヒースクリフだ。どんなに周りが疲労困憊の状態でもあいつだけはピンピンしている。HPが黄色になったことが一度も無いなんて噂があるほどだ。残念なことに人外ではない俺は一緒にパーティーを組めそうな奴を待っているのだ。

どうやら前から人が来たようだ。人数は2人だからパーティーに入れてもらえるだろう。…あれ?アスナとキリトじゃね?

 

「タツヤ!こんなところで何してるんだ?」

 

「見れば分かるだろ。一緒に行ける奴探してんだよ」

 

「こんにちはタツヤさん」

 

「ああ、どうも。昨日は世話になったな」

 

俺がそう言うとまるで信じられない物を見たかのように目を丸くするアスナ。あんたの中では俺はどんだけ礼儀知らずな人間なんだよ!流石に世話になったら礼ぐらいはするぞ俺は!

 

「ならまだ組むパーティー決まってないんだろ?俺たちと組まないか?」

 

「ならお言葉に甘え…!わ、悪いなキリト。そういえば俺用事あったのを忘れてたよ」

 

なんで俺が断ったかって?後ろのアスナが怖いからだよ!フロアボス戦に挑む時よりも怖い顔してるんだけど!どんだけキリトと一緒にいたいんだよあんたは!

 

「?そうなのか?用事あるなら仕方ないな…アスナ行こうぜ」

 

「うん!行こうキリト君!」

 

そう言って仲良く2人で迷宮区に入っていく。…マジ怖かった。あれはトラウマになるレベルだよ…少ししたら宿に帰ろ。今の迷宮区には入りたくない…しばらくすると…

 

 

「おいおい!こんなところで何やってるんだタツヤ!」

 

 声をかけてきたのは気さくなおっさんクラインだった。後ろにはギルド《風林火山》のメンバーを連れている。みんな揃って赤色の武者甲冑だがそれが妙に似合っている。

 

「もしかしてまたパーティー募集しているのか?なら俺たちとパーティー組もうぜ!」

 

「あ…いや…えっと…」

 

「?どうしたんだ?」

 

い、言えね…この先には鬼のアスナがいるから入らない方がいいなんて言えね…

 

「き、今日は日が悪いから入らない方がいいぞ…」

 

「?何だよ日が悪いって?あ!お前なんか俺たちに隠し事してるだろ?」

 

「え、えっと…」

 

「どうなんだ?」

 

「…分かった。話すよ」

 

クラインの真剣な眼差しに負けた俺はクラインたちにキリトとアスナが一緒に入っていったことを伝えた。

 

「あんにゃろ~キリト!羨ましいことしやがって!俺なんか女性プレイヤーと組んだことすら無いのに!こうなったら…お前ら行くぞ!キリトの奴だけにいい思いをさせるな!」

 

「「「「「おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」

 

「いや…マジでやめといた方がいいって…」

 

なぜか嫉妬に燃えるクライン一同に連れてかれて俺は結局迷宮区に入ることになった。…出会ったらアスナに何って言われるか…

 

 

「キシャーー!!」

 

 《リザードマンロード》の曲刀スキルを盾で防ぎそのままランス単発重攻撃《グランド・ブリッツ》を発動する。するとリザードマンロードはポリゴン片になり消滅した。やはりこの防具と武器は良い物だ…これであと10年は戦える!…10年も戦ったら俺は29歳のおっさんになっているがな…

 

「やっぱりお前筋良いよな。どうだ?ソロなんかやめちまって俺らのギルドに入らないか?」

 

「お誘いは嬉しいが今は遠慮しておくよ。まあそのうちギルドに入ろうとは考えているからもしかしたら入るかもな」

 

実際ソロはもうキツイからな。ここらが限界かもしれない。

 

「マジか!ちなみに候補としては俺らは何番ぐらいよ?」

 

「…2番目ぐらいかな」

 

「ほぉ~。ちなみに1番はどこよ?やっぱり《血盟騎士団》か?」

 

「そんなわけないだろ。あそこにいる連中がどんだけ俺のこと嫌っているか分かるだろ?入ろうとしても満場一致で不採用だよ」

 

「そうか?じゃあどこなんだよ?」

 

まぁ…こいつらには言っても大丈夫だろう。他言しないだろうし…

 

「…《青竜連合》だよ。あそこの団長から勧誘されてんだよ。周りの奴もそこまで俺に嫌悪感抱いてないらしいし。…それにあそこの団長には恩もあるしな…」

 

そう言うと顎を擦りながら考えているような素振りを見せるクライン

 

「お前なんで《青竜連合》とは仲良く出来るのに《血盟騎士団》とは仲良く出来ねえのかな?」

 

「…別に《血盟騎士団》のメンバーが嫌いなわけじゃねえよ。俺たち攻略組トップギルドなんだからお前ら言うこと聞けよ!みたいなあの空気が苦手なんだよ」

 

攻略の指揮をとっていたのはアスナだったから…俺がアスナのことが苦手だったのはそこら辺が原因であろう。今思うとあいつも大分無理してたんだなと思うが…

 

「あれは!…おうキリト!なーに羨ましいことやってるんだ?」

 

話ながら歩いていると前方に休憩中のキリトとアスナを発見したクラインがキリトに詰め寄る。その目には嫉妬の炎が宿っていた。

 

「こんにちはクラインさん」

 

「こ、こ、こ、こ、こんにちはであります!アスナさん!本日はお日柄も良く…」

 

しかしアスナの満面の笑みにノックアウトのクライン。もはやキリトのことは眼中に無いようだ。つか迷宮区の中でお日柄とか関係ないだろう…

 

「あれ?用事は終わったのか?」

 

「…あぁ終わったよ」

 

こいつはこいつで的外れな質問してくるし…鈍感な奴め! この様子ではアスナの努力はあまり効き目が無かったようだ。…ここまでくるとアスナが可哀想に思える…

 

「!アスナ!プレイヤー反応だ!」

 

キリトの声に反応すると目の前には疲労困憊といった状態で歩いている集団が見えた。…あれは《軍》のプレイヤーか?なんでこんな最前線に?

 

 

「私はコーバッツ中佐だ。君たちはここから先を攻略しているのかね?」

 

 軍の連中のリーダーはコーバッツと名乗った。声の感じからして30歳代前後の男性だろう。なんか堅物って感じだな。

 

「ああ」

 

「ならマップデータを提供してもらおう」

 

その言葉に周りの奴が驚く。人が足で稼いだマップデータを無料で寄越せと言っているのだ。驚くのも無理はない。

 

「おいてめえら!マッピングする苦労が分かってんのか?」

 

怒鳴り声を上げたのはクラインであった。至極当たり前の反応だったが…

 

「我々は全プレイヤーの解放のために戦っている!協力するのは諸君らの義務である」

 

なんだこいつら?人に喧嘩売ってんのか?俺たちが協力するのが当たり前みたいな言い方しやがって…そういうのがムカつくんだよ。

 

「あんたらさ「いいよ2人共」…はぁ~」

 

俺の言葉を妨げたのはキリトだった。お前気前良すぎだろ。

 

「どうせ町に戻ったら公表するつもりだったしな。マップ情報で儲ける気は無い」

 

そう言ってキリトはコーバッツにマップ情報を渡した。コーバッツは形だけの礼を言って連中を連れて奥へと進んだ。

 

 

「なあ。あいつら追わないか?」

 

言葉を発したのはキリトだった。あの疲れきった連中がボスに挑もうとすると考えたのだろう。

 

「私は構わないわ」

 

「俺たちも別にいいぜ。あいつらムカつく野郎だけどやっぱ心配だもんな」

 

このお人好し連中が…

 

「…勝手にしな。そもそも俺はクラインのパーティーにいるんだ。俺に拒否権なんて無いよ」

 

あいつらはムカつくが嫌いでは無いからな…あの時のコーバッツの言葉には嘘は無かった。おそらく本気でプレイヤーの解放を思っているのだろう。些かやり方は強引であるが…

 

「…おまえやっぱり素直じゃねえよな」

 

うるせえ!余計なお世話だ!クラインにそう言って俺たちは彼らを追いかけたのだ。

 

 

「うああああああああ」

 

このまま何も無ければよかったのだがそうはいかなかったようだ。どうやらあの連中はボス戦に挑んだらしい。野太い悲鳴が向こうから聞こえる…

 

「…ッチ!キリト、アスナ、クライン先に行け!早くしねえとヤベエぞ!」

 

敏捷力にステータスをほとんど振っていない俺では走っても間に合わないだろう。俺は敏捷力特化のアスナにバランス良くステータスを振っているキリトとクラインを先に行かせることにした。間に合えよ…!

 

 

「ギャオオォォォォォ!!!」

 

 俺の目の前には山羊の頭に蛇の尻尾、手に斬馬刀のような大剣を持ち分厚い筋肉に覆われたボスがいた。名前は《グリーム・アイズ》か…最初はバフォメットみたいだと思ったが俺の知っているバフォメットはあんなに筋肉マッチョじゃない!そんな文句は心に留めておき周りを見る…HPは危険域だがどうやら軍の連中は無事のようだ。

 

「おい!早く逃げろよ!」

 

「だ、駄目だ!まだ味方があそこに…」

 

どうやら逃げ遅れた連中がいるようだ。キリトたちは攻撃することでボスの憎悪値をこっちに向けようとするが未だにボスの攻撃は軍の奴らに向いている。逃げ遅れた奴らは恐怖で床に座り込んでいるようだ。

 

「あいつらは何とかするからさっさと転移結晶で逃げろ!」

 

ここにいられても邪魔なんだよ。こいつらはレベル的には問題無いかもしれないがボスの攻撃に怖じ気づいてしまっている。正直戦力にはならない。

 

「ここは結晶無効化エリアだ!転移結晶は使えない。それに…」

 

…それに?

 

「それに私は軍の中佐だ!部下を置いて行くことなど出来ない!」

 

彼の目からはここから絶対に退かないという強い意志が見られた。きっと何を言っても退かないだろう。全く…頑固な奴め…

 

「俺が敵の攻撃を引き付ける。そしたら部下を連れて行け。後は勝手にしな。それと後であいつらに謝っとけよ。あんたらがこんなヘマやらかさなきゃもっと安全に挑めたんだからな」

 

「…分かった。協力感謝する」

 

さてと、こいつはスキル値がまだ十分じゃないから実戦にはまだ早いのだが…仕方ない。

 

「あと俺から離れとけ。あのボス俺のところに走って来るだろうからな…おい!キリト!アスナ!クライン!少しの間ボスの足を止めてくれ!」

 

そう言って俺はスキル欄を操作した。

 

キリトside

 

「………クッ!」

 

 俺たちは現在74層ボスの《グリーム・アイズ》の攻撃をずっと防いでいた。俺たちが防がないとボスの攻撃は軍の奴らを襲うだろう。タツヤは足止めしてくれと言ったが正直キツイ…!相手の攻撃を防ぎ続けてもこちらが疲弊するばかりだ。

「よし!もう大丈夫だ!あいつを仰け反らせたらボスの正面から離れろ!」

 

その言葉が聞こえると俺はボスの大剣を剣でパリングしてボスを仰け反らせてボスの正面から離れる。

すると俺の目にはライトエフェクトを纏った何かが高速でボスの頭に突き刺さりボスが吹き飛ぶ姿が映ったのだ…

 

 

 さて…憎悪値を稼ぐためには攻撃を与えなくてはいけないが生半可な攻撃ではこっちにボスの注意を引くことは出来ない。相手に大ダメージを与える…それが一番手っ取り早い方法だ。その点ではこのスキルはかなり優秀であろう。

エクストラスキル《槍投げ》…俺が発動したのは槍投げ上位攻撃《デコンポーズ・ブラスター》現在使える中で最大威力のソードスキルである。槍投げスキルの利点は高い攻撃力と遠距離から攻撃が出来ること、そして頭部等の敏捷力が高くないと届かない位置に容易く攻撃が出来ることである。もちろんデメリットはあるが…1つは当たった槍はもの凄い速さで耐久力を失い消滅すること。そしてもう1つは…

 

「ギャオオオォォォォォォ!!」

 

「おいタツヤ!何突っ立っているんだよ!早く盾装備しねえとマズイぞ!」

 

スキルのモーションや硬直が長いことである。お陰で今ボスが全速力でこっちに向かっているのに突っ立っているという可笑しな光景になってる。距離は離れているので大丈夫であろうが…

 

「ギャオオオオォォォォォォォ!!!」

 

スキル発動から10秒経過…やっぱりボスの立て直しが速いか?

吹っ飛んだから大分時間は稼げると思ったんだけどな…

 

「ギャオオオオオオォォォォォォォォ!!!!」

 

スキル発動から12秒経過…もの凄い形相でボスがこっちに向かっている…ちょっとマズイかな?思ったより足速いんだな~なんて冷静に考えている俺がいる。

 

「ギャオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!」

 

ボスが後3秒位でこっちに来るであろう距離にいる。マズイ!本当にマズイって!早く!Hurry!Hurry!Hurry!Hurry!!!

…よし!硬直が解けた!俺はメニューを操作して《スカーレットアイギス》と《ロイヤルエリシオン》を装備した。ホッとすると目の前にはボスの大剣が!慌てて盾で防ぐ。…ッチ!重たい!

あいつらこんなのを防いでいたのか?やっぱりスゲエな…

でも後はあいつらが攻撃して俺が防ぐそれで終わりだと思っていたのだが…

 

「なんで壁プレイヤーがこんなに少ねえんだよ!!」

 

普通のボス戦ならこれの2,3倍の壁プレイヤーがいるのだがここにいる壁プレイヤーは俺と風林火山の3,4人だけだ…正直少な過ぎる!

 

「…クソ!」

 

ボスの怒濤の攻撃で仰け反った俺はボスに胴体を晒す、そしてボスの大剣はライトエフェクトを纏っていた。防具はあるが大ダメージを受けるのは間違いない!

 

「「「おおおおおおおおォォォォォォォォ!!!」」」

 

しかしボスの攻撃は当たらなかった。目の前の重装備を身に纏った3人のプレイヤーが盾で防いだのだ。…そいつらは軍の連中であった。

 

「呆れたぜ…勝手にしろとは言ったがまさか戦闘に参加するなんてな」

 

「我々もあいつには借りがある。それにここまで来て逃げるなど出来ない。我々は《アインクラッド解放軍》の軍人なのだ!」

 

戦力にはならないと思ったが案外そんなことは無かったようだ。彼らの目には覇気が宿りその姿は頼もしい戦士であった。

 

「壁役は我々が引き受ける。全員行くぞ!!」

 

その声と共にボスに向かっていく屈強な軍人達…頼もしい限りだ。さて…そろそろ引導を渡してやるぜ!

 

 

「なんだこのボス!急に硬くなりやがって…!」

 

 このまま無事に終わると誰もが思ったがそうはならなかったよ

うだ。最後のHPが赤色になると急にボスが雄叫びを上げてステータスを上昇させたのだ。あと一歩で倒せるのに…!

槍投げスキルを使えば倒せると思われるが生憎さっき槍を使い果たしてしまった。

 

「アスナ!クライン!タツヤ!10秒持ち堪えてくれ!」

 

…?キリトの奴何をするつもりだ?まあ持ち堪えてやるがな。

俺はボスの振り下ろしをランスを振り上げ弾く。すると…

 

「スイッチ!」

 

気合いの入った声でキリトが前に出た。その手には何故か二本の剣が握られていた。さらに驚くべきことに二本の剣はそれぞれライトエフェクトを纏っていたのだ。通常この世界では二本の剣を持っても意味は無い。持っていてもソードスキルを使うことが出来ないからである。しかし目の前のキリトの剣は二本ともライトエフェクトを纏っている。つまりこれは…

 

『…俺と同じエクストラスキルか…』

 

キリトの怒濤の連続攻撃によってボスのHPが減少していく。しかしボスの方も負けじと大剣による攻撃でキリトのHPを急激に減らしていく。助けに入りたいがあまりにも激しい戦いに入り込む余地が無い。そしてお互い一撃で勝負が決まるところまでHPが減った。

 

「おおおおおおおお!!!」

 

「ギャオオオオオオォォォォォォォォ!!!」

 

ボスの剣とキリトの剣が同時に出される。しかしキリトはボスの剣を紙一重で避けて無防備な胴体に突き立てる。するとボスはポリゴン片になり消滅した。

 

雌雄を決したのはキリトであった。

 

 

 




キリトの出番を増やすためにグリームさんには頑張って貰いました!ちなみにエクストラスキル《槍投げ》は勝手に作者が考えました。ちなみにエクストラスキルです!ユニークではありません!

74層ボス戦を終えたタツヤは翌日キリトとアスナに血盟騎士団本部へと連れて行かれるのであった…
次回「聖騎士と決闘観戦」にレディーゴーーー!!!

ちなみに感想募集しています!


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第十一話:聖騎士と決闘観戦

お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
夏休みが終わるまでにはALO編に行きたいと思っているこの頃です。ちょっと難しいとは思いますが…
それではどうぞ。


 キリトがグリーム・アイズを倒したことによって上空にCongratulationsという文字が浮かび上がる。

しかしキリトはその場で倒れこんでしまった。おそらく疲労がピークに達していたのであろう。アスナは倒れこんだキリトの元へ走っていった。

 

「キリト君!キリト君!」

 

アスナは目尻に涙を溜めたままキリトに呼びかける。しばらくするとキリトは起き上がった。

 

「馬鹿!無茶して!」

 

そう言ってキリトに抱き付くアスナ…えっと…俺帰った方が良いのかな?なんか二人だけの甘~い空間を生み出しているんだけど…

しかしコーバッツが俺たちの前に来たことで空気が変わる。

 

「我々は傲慢だったのかもしれない。君たちが来てくれなかったら我々は全滅していただろう…感謝する。そして勝手な行動を取ってしまったことを許してほしい…申し訳なかった!」

 

そう言ってコーバッツは頭を下げた。それに倣って軍の全員が頭を下げる。年上に頭を下げられるってなんか変な気分だからやめて欲しいんだけど…

 

「あ、頭を上げてくれよ…!確かに勝手な行動かもしれねえがそこまでする必要は無いって!」

 

「だが…」

 

「本当にやめてくれって!俺らそういうのに慣れてないんだよ!」

 

クラインがコーバッツ達にそう言うと渋々顔を上げてくれた。ナイス!クライン!俺は心の中でクラインに親指を立てた

 

「そういえば…お前らあれなんだよ?あんなスキル見たことねえぞ!」

 

話題を変えるためにクラインは俺とキリトのさっきのスキルについて聞いてきた。まあ別に俺は答えても困らないが…

 

「エクストラスキル《槍投げ》だ。出現条件はおそらく《槍スキル》と《投剣スキル》のスキル値をある程度まで上げること。少なくとも800以上はいるな」

 

そう言うとクラインは厳しい顔をしてしまった。

 

「そうなると習得するのは難しいな。今さら《槍スキル》を上げるなんて出来ねえし。…つかお前《投剣スキル》なんて上げてたのかよ…」

 

「Mobの憎悪値を上げるためにな…それ以外では役に立たねえよあんなスキル」

 

《投剣スキル》は誰でも習得出来るスキルである。このスキルは遠距離からでも攻撃出来るという利点があるが使う奴はほとんどいない。それは威力が小さくてせいぜい相手の注意を引くことしか出来ないからだ。壁プレイヤーでも使う奴はほとんどいないだろう。

 

「タツヤは分かったとしても…キリト!お前のスキルは何なんだよ?」

 

するとキリトは渋々と口を開いた。

 

「エクストラスキル《二刀流》だよ…出現条件は分からない…」

 

その言葉に全員が驚く。エクストラスキルにはそれぞれ出現条件がある。クラインが使用する《刀スキル》は《曲刀スキル》のスキル値を上げることが条件であるように。つまり出現条件が分からないということは…

 

『ユニークスキルか…』

 

「情報屋の情報にも載っていねえし…お前だけしか持ってねえってことはユニークスキルじゃねえか?!」

 

これまで判明しているユニークスキルは1つだけ…《血盟騎士団》団長ヒースクリフの持つ《神聖剣》である。このスキルの詳細は不明だが壁プレイヤーの防御を越える防御力があることだけは分かっている。かつて奴はこのスキルを使って一人でボスの攻撃を防ぎきったこともある。今でもあいつの人外ぶりを思い出す

 

「まあネットゲーマーは執念深いからな…俺は人間出来ているから大丈夫だが。それに…」

 

そう言って未だに抱き合っているキリトとアスナをニヤついた顔で見るクライン。

 

「苦労も修行の内だと思って…頑張りたまえ若者よ」

 

「…勝手なことを」

 

妙に年寄り臭い台詞を吐いた後クラインは俺の方に歩いてきた。

 

「俺らは上の階層のアクティベートしてくるけどお前はどうする?」

 

「俺は遠慮しておくよ。ちょっと気になることもあるし…」

 

「そうか。じゃあ行ってくるからな…おい!その…キリトよ」

 

「?」

 

「お前が軍の連中を助けに行ったときよ…」

 

「何だよ?」

 

キリトを呼んだクラインはキリトに背中を向けて目を擦りながら言った。おそらく泣いているのだろう。

 

「俺はなんつうか嬉しかったよ…そんだけだ。またな!」

 

そう言ってクライン達は上の階層に上っていった。自分のためではなく他人のために涙を流せる…それはこの男の美点だと俺は思う。まあそれは置いておいて…俺はコーバッツの元に向かった。

 

「コーバッツさん。あんたらこれからどうするんだ?」

 

「…我々はこれから本部に戻りサブマスターに今回の結果を報告する。残念ながら我々にはボス戦は厳しいようだ…」

 

今回は運が良かったようなものだからな…正直ボス戦に慣れていない奴らに来られても困る。…ん?サブマスター?

 

「ギルドマスターじゃなくてサブマスターなのか?」

 

「ああ。我々はサブマスターのキバオウの指示でここに来たのだ」

 

サブマスターってそんなに権力大きいのか?まあそんなことよりも俺にはこいつらには聞きたいことがあるのだ。

 

「話は変わるんだけどさ…始まりの町でのあの横柄な態度って何なの?あれもギルドの方針なのか?」

もしギルドが許可してあんなことをやっているのなら正直そんなギルド無い方がいい。

 

「ギルドの方から始まりの町に住んでいるプレイヤーから徴税をするように指示を受けたがあのやり方は我々の勝手な行動だ。ギルドに非は無い」

 

表情から嘘か本当かどうかは分からない。まあ自分のギルドを悪く言うような人間では無いだろうし…

 

「…そうか。なら命を助けて貰った礼として一つ頼まれてくれるか?」

 

「可能な範囲であればいいが…何だ?」

 

「あの徴税ってのを止めてくれるように進言してくれねえか?あんた中佐ってことはそれなりに高い地位にいるんだろ?」

 

俺は言えるような立場じゃねえからな。こういうのは身内のそれなりの立場の奴が進言した方がまだ聞き入られる可能性がある。

 

「!そ、それは…!」

 

「それにあんたらも徴税なんて意味無いって思ってんだろ?あそこにいる奴らがそんなにコル持っている訳ねえしな。」

 

「だが…!」

 

「一回進言してくれるだけでいいんだ。頼まれてくれるか?」

 

正直期待は出来ないが、もしかしたらその進言に感化される奴が出てくるかもしれない…全くもって他力本願であるがギルド内の問題に他人が口を挟むのは筋違いであろう。可能性は少ないがこうする以外に俺にはいい考えは思い付かなかった。

 

「…分かった。だが結果は期待しないで欲しい」

 

「ああ、了解した。じゃあ俺は帰るからあんたらも気を付けて帰れよ。せっかく犠牲者ゼロでボス戦を終えたんだからな」

 

「ああ。君も気を付けて帰りたまえ。お前ら!本部に帰投するぞ!」

 

そう言ってコーバッツは部下を連れて帰っていった。

俺も用事は終わったし帰るか…勿体無いけど転移結晶使おう。

俺は転移結晶で迷宮区から帰った。ちなみにキリトとアスナは未だに抱き合ったままであった。…正直俺以外の男性陣が見たら嫉妬に狂って斬りかかるんじゃないか?まあ俺には関係ないことだが…

こうして74層ボス戦は無事に終わり、これで明日からは75層の攻略が始まるだけだと俺は思っていた。

少なくとも次の朝の新聞のことを知るまでは…

 

 

『タツヤ!新聞見たか?』

 

 昨日の戦闘での疲れで遅くまでぐっすり宿のベットで眠っていた俺はキリトからのメッセージで起こされた。まだ頭がボーッとする…

 

『見てねえよ。新聞がどうかしたか?』

 

『マズイって!とにかく新聞見てみろ!』

 

新聞なんか取ってないからな…仕方無い下に買いに行くか?

階段を降りてくとカウンターにいた4人ぐらいの集団にガン見された…寝惚けてて変な顔してんのか?彼らの手には新聞が握られていた。ちょうど良い。こいつらに新聞借りよう…

 

「あのさ…悪いんだけどその新聞読み終わったら貸してくれないか?」

 

「あ、あんた《赤壁》のタツヤか?」

 

《赤壁》…《黒の剣士》キリトや《閃光》アスナのように有名なプレイヤーには二つ名がつくことがある。なんで俺にもそんな名前がついてしまったのか…大体《赤壁》って何だよ。俺は別に連環の計をやったり風の向きを変えたりは出来ねえぞ。前のやつの方がまだいい。なんだっけ…《紅の風》?…やっぱりどっちもどっちだな。

そもそも俺の二つ名はキリトやアスナと比べて大分マイナーなはずだ。どうしてそんなのを知っているのか…

 

「そうだけど…」

 

すると集団の一人が周りに聞こえるぐらい大きな声で叫んだ。

 

「み、みんな!こいつ《赤壁》のタツヤだぞ!」

 

「「「「「何ーーー!!!」」」」」

 

そいつの言葉で一階にいた奴らの目が俺に向く。え?俺なんかしたっけ?なんか奴らの目が怖いんだけど…よし!逃げよう!

俺は全力で階段を上り部屋へ入ろうとする。部屋の中はシステム的な保護がされているので他人が勝手に入ることは出来ない。

 

「「「「「待ちやがれ!!!」」」」」

 

後ろから怖い声が聞こえるが無視する。ここに攻略組の連中がいなくてよかった…もしいたらすぐに捕まっていただろう。

なんとか部屋に戻ってドアを閉める。これで誰も入って来れなくなった。怖くてドアを開けることは出来ないが…おそらく俺が追いかけられたのはキリトの言った新聞が原因であろう。

新聞に何が書かれていたのか気になった俺は誰かに聞こうと思ったが…

 

「キリトは無理だな…」

 

あのメッセージを見る感じキリトは切羽詰まって説明出来ないだろう。俺のフレンドの中で普通に教えてくれそうな奴は…

 

「あいつしかいないな…」

 

俺はある人物にメッセージを送ることにした。

 

『悪いなサチ。今大丈夫か?』

 

しばらくするとサチからの返事が返ってきた。

 

『昨日は大変だったみたいだね。新聞読んだよ。それでどうしたの?』

 

『その新聞の内容教えてくれないか?追いかけられて見れなかったんだ』

 

『それは大変だったね。えっとね…軍の大部隊を壊滅させた青い悪魔。それを撃破した《黒の剣士》の50連撃、それとボスに風穴を空けた《赤壁》の一撃だって…』

 

「あの鼠野郎…なんて誇張してくれたんだ…」

 

サチからのメッセージを見て溜め息が出てしまった。この新聞を作った鼠は今頃大笑いしていることだろう。こっちの苦労も知らずに…

 

『ありがとうサチ。助かった』

 

『どういたしまして。でも、もうこんな無理しちゃダメだよ。キリトにも伝えといてね』

 

『分かった。あの鈍感野郎にも伝えておくよ』

 

『うん。お願いね』

 

サチとのやり取りを終えた俺はベットに上で横になる。さて…これからどうするかな?ここに長居は出来ないので奴らにバレずにここから出るためには転移結晶を使ってどっか別の階層に行くしかない。…まさか町の中で転移結晶を使うなんてな…

俺がそう考えているとメッセージが来た。送り主はキリトだった。

 

『《血盟騎士団》本部まで来てくれ。ヒースクリフが呼んでる』

 

…マジかよ。絶対行きたくないんだけどあんな息詰まる場所。

 

『やだ。なんで俺が行かなきゃならないんだ?』

 

そうメッセージを送るとすぐに返事が返ってきた。

 

『頼む。とにかく早く来てくれ』

 

…仕方ねえ。行かなかったら《血盟騎士団》の団員の俺に対する風当たりが強くなるしな…出来ればこれ以上は嫌われたくはない。

 

「転移!《グランザム》!」

 

俺は転移結晶を使って血盟騎士団の本部がある《グランザム》に向かった。

 

 

 55層《グランザム》にある《血盟騎士団》本部…今さらながらデカイな…建物というよりも要塞のようだ。

入り口前にいた団員に話すと団長室に案内された。しかしここの連中が俺を見るなり睨み付けてきたのはあまりいいものではなかった。だから来たくなかったんだよ…

 

「団長はこの部屋に居られる」

 

「ああ。案内ご苦労さん」

 

俺がそう言うと案内してくれた団員は何も言わずに戻っていった。さすがにここまで嫌われているとはな…まあいい。とっとと団長の用事を終わらせてこんな場所からおさらばしよう。

俺はドアをノックした。

 

「タツヤだけど入っていいか?」

 

「ああ。入ってくれたまえ」

 

部屋の中には《血盟騎士団》団長ヒースクリフと副団長アスナ、さらに《血盟騎士団》の幹部連中とキリトがいた。

 

「それで急に呼び出して何なんだよ?こう見えて今日は用事があってさ。早く要件言ってくれねえか?」

 

俺がそう言うと幹部連中の眉間に皺がよる。そんなに怒らなくてもいいじゃねえか。口が悪いのは仕方無いんだよ。

 

「ああ…では単刀直入に言う。キリト君、タツヤ君私のギルドに入りたまえ」

 

…一体このおっさんは何を言っているのだろうか?人を見る目は確かなのだろうか?

 

「俺は断る」

 

「ほう?理由を聞かせてもらってもいいかな?」

 

「あんたら知ってんだろ?俺集団行動とか苦手なんだよ。ここの連中と仲良く出来そうに無いしな」

 

実際今も幹部連中から凄い睨まれている。まあアスナほど怖くは無いがな…眼力鍛えた方がいいんじゃないか?

 

「つまり君は自分自身の個人的な理由で入りたくないと…そんな勝ってな理由が通じると思っているのかね?」

 

「いいや。そんなわけ無いだろ」

 

さすがにそんな子供みたいな理由で入らないわけではない。俺が入りたくない一番の理由は…

 

「一番の理由は別のギルドに入りたいからだよ。随分前からそこから勧誘されてんだ。それなのにこんな所に呼ばれて…いい迷惑だ」

 

それに…

 

「大体あんたのギルドにどんだけ戦力集中させるつもりだよ。そんなに集中させたら周りから不満が出るのは考えるまでも無いだろ。あんた他のギルドと上手くやっていこうって気はねえのか?」

 

今でさえ戦力が他より大きいのにこれにユニークスキル持ちを1人と習得した奴が1人しかいないエクストラスキル持ちを1人加入させたらさすがに他のギルドも文句言いたくなるだろう。

 

「そんなことは関係無い。《血盟騎士団》は攻略組最高戦力なのだ。我々が直々に勧誘しているのだから貴様が入るのは当然のことだ」

 

そう言ったのは幹部連中の1人だ 。名前は…え~と……忘れた。

それにあんたらみたいな連中が嫌いなんだよ。従って当然みたいな考えの連中が…!

 

「とにかく俺は入るギルドを変えるつもりはないよ。悪いが諦めてくれ」

 

それに…

 

「どうせ俺なんかついでだろ?本命はキリトの方じゃねえのか?」

 

スキルの使い勝手でいえば明らかに《二刀流》の方に軍配が上がる。俺のスキルなんか槍が切れたら使えなくなるしな…

 

「そうでもないよ。私は君の能力を高く評価している。そこのキリト君と同じくらいにはね。どうかね?1つ提案があるのだが」

 

「…聞くだけは聞いてやる」

 

「そこのキリト君と同じくデュエルで決着をつけるのはどうかね?私が負ければ諦めよう。だが君が負ければ《血盟騎士団》に入るというのは」

 

デュエルで決めるっていつの時代の話だよ。つかキリトよくそんな提案受け入れたな。こっちには何のメリットもねえじゃねえか。

 

「ちなみにキリト君には勝ったらうちの副団長を連れて行くことを約束している」

 

アスナあんた景品扱い受けてるけどいいのかよ…

 

「それで俺が勝ったら何をくれるんだ?」

 

受けるつもりはないが一応聞いてみよう。

 

「そうだね…こちらが持っているレアアイテムの一部とコルそれに…」

 

そこで一旦話を止めたヒースクリフは澄ました笑顔で口を開いた

 

「アインクラッド最強プレイヤーの称号…というのはどうかね?」

 

…なるほどなかなか良い報酬だな。しかし…

 

「遠慮する。コルもアイテムも今はそれほど必要じゃねえからな。もちろんタダでくれるってことならありがたく貰うぜ」

 

「最強プレイヤーの称号はいらないと?」

 

「それこそ一番どうでもいい。誰が最強とか決めても意味無いだろ?だってこの世界では相手はプレイヤーじゃなくてボスなんだ。誰が最強でも全員で協力してボス戦に挑むことには変わり無い」

 

誰が最強か…それは話の種にはなるが正直それだけだ。最強になったからといってボス戦が有利になるわけでもあるまいし…

それにデュエルでの強さは対人戦での強さでありボス戦での強さとはイコールにならないのだ。

 

「そうか…そこまで言うのなら仕方あるまい。君のことは諦めよう」

 

「どうも」

 

よし!もうこれで帰っていいだろう!ようやくこんな所から出れるぜ…

 

「じゃあ俺への要件は終わったということでいいな?」

 

「ああ。時間を取らせてしまって悪かったね」

 

俺は部屋から出ていきこんな息苦しい建物から速歩きで出たのであった。

 

 

 次の日75層にある決闘会場には人が溢れかえっていた。ここにいる人の目的は《黒の剣士》ことキリトとアインクラッド最強と言われる《聖騎士》ことヒースクリフのデュエルを観戦することである。まあどっちが勝つかを賭けている連中もいたが…

 

「おい!タツヤこっちこっち!」

 

そう言って俺を呼んだのはクラインであった。その隣にはエギルもいる。

 

「エギルは今日は店休みなのか?」

 

「ああ!だがさっきここでガッポリ稼がせて貰ったからな!デュエル様様だぜ!」

 

エギルは先程まで飲み物や食べ物を売っていたようだ。相変わらず商売根性頼もしいことで…

 

「隣座らせて貰うわよ」

 

そう言って俺の隣の席に座ったのはリズベットであった。

 

「久しぶりだなリズベット。これ終わったら武器のメンテやってもらっていいか?」

 

「ええ!任せなさい!まあキリトが先だけどね」

 

そう言って真剣な表情で決闘場を見るリズベット。

 

「あの、もしかしてタツヤさんですか?」

 

急に後ろから声をかけられたので振りかえると俺の真上の段に小柄でツインテールの少女が青色のふわふわしている小さな竜のようなモンスターと一緒にいた。

 

「シリカちゃん…だよな。」

 

「はい!お久しぶりです」

声をかけた人物はシリカであった。ということは…

 

「その隣にいるのが使い魔の…」

 

「はい!ピナです!ピナ挨拶して」

 

シリカがそう言うとピナはシリカの元を離れてなぜか俺の膝に降りてきた。え?俺どうすればいいの?

 

「良かったですね。ピナはタツヤさんのこと気に入ったみたいです。撫でてあげてください」

 

「ああ…こんな感じでいいか?」

 

そう言って俺は恐る恐るピナを触る…あれ?スゲー気持ちいい。この柔らかな感触は癖になりそうだ。それから俺はピナの背中や腹などを撫で続けたが残念ながらしばらくするとピナはシリカの元に戻ってしまった。

 

「そ、そんな落ち込まないでください!またいつでも触れますから!」

 

そしてシリカに慰められる俺…つか俺ってそんなに顔に出やすいか?

 

「そんなに表情に出ているか?」

 

「普段は分かりづらいけどね。今はすごく残念そうな顔しているよ」

 

そう言ったのはなぜか俺の前の段に座っていた《月夜の黒猫団》のサチであった。

 

「驚いたぜ…何でここにキリトの関係者がこんなに集中しているんだ?つか他のギルドメンバーはどうしたんだよサチ?」

 

「ケイタ達は向こうにいるよ。やっぱりタツヤのことはまだ苦手みたい」

 

確かに少し離れた所にギルドメンバーはいた。しかし俺と目が遭うなり目を逸らされるのは正直心に来るものがある…やっぱあの時はやり過ぎたかな?今更ながら少し反省をする。

 

「みんな!デュエル始まるみたいだぜ!」

 

そう大声を上げたのはクラインだった。

決闘場にはキリトとヒースクリフが出てきてデュエル申請を行い受諾する。すると上空にタイマーが現れる。そして会場はざわついた。

 

「キリトー!頼んだぜ!俺はお前に賭けたからな!」

 

キリトに向かって喝を入れるクライン。おそらくはキリトにかなりのコルを賭けたのだろう。

 

「キリトさん頑張ってください!」

 

「キリト!頑張って!」

 

「キリト!負けたら承知しないわよ!」

 

そして女性陣からの応援の声が上がる。隣のクラインは羨ましそうな顔をしていたが。

 

「やっぱ勝つのはどっちかしらね?」

 

急に質問してきたのはリズベットであった。

 

「やっぱりキリトさんですよね」

 

「キリの字のあのスキルはスゲーからな!ヒースクリフにも勝てるんじゃねえか?」

 

みんなの中ではキリトが優勢のようだ。まあここにいる連中はキリトの知り合いばっかりだからな。キリトに勝って欲しいのだろう。

 

「…試合の展開にもよるが七三ぐらいでヒースクリフが勝つだろうな」

 

俺がそう言うと周りの連中が一斉に俺の方に向く。

 

「?どうしてだよ?お前だってキリトのあのスキルを直接見ただろ?」

 

「あのスキルの利点は連続攻撃により大ダメージを与えることだ。でもあんな速度でソードスキルなんて発動してたら途中でガス欠になるだろ?キリトに勝機があるとすれば一気に勝負を決めてあいつの防御を突破するしかないだろうな。長期戦なんかになったら確実に負けるよ」

 

実際あいつはあの技を使い終わった後倒れたしな。馬鹿みたいに集中力がいるのだろう。

 

「ふ~ん。ちなみにあんたとヒースクリフがデュエルしたら勝率はどれくらいよ?あんたも珍しいスキル持ってんでしょ?」

 

質問してきたのはリズベットであった。

…まあ癪だが正直に答えよう。

 

「十中八九で俺が負けるよ。大体俺のスキルは対人戦に向いて無いんだよ。相手はこっちが武器を変える時間をくれると思うか?」

 

「まあ。そんな奴はいないでしょうね」

 

これがデュエルを受けなかったもう一つの理由である。奴に勝てる未来が想像出来ないのだ。こちらがどんな手を使っても奴はその澄ました表情を変えずに俺に勝利するだろう。全く…とんだ化け物だ。

 

 

 そんなことを考えているとタイマーが0になりデュエルが始まった。

まずはキリトの挨拶代わりの攻撃。しかしヒースクリフはそれを盾で防御する。そこから先はキリトの猛攻をヒースクリフが盾と剣で防ぐ試合となった。しかしキリトの攻撃の隙を突いてヒースクリフは盾でキリトを吹き飛ばしたのだ。しかも…

 

『?キリトのHPが減ってる!?あの盾には攻撃判定があるのか!』

 

通常盾で叩こうが殴ろうが相手にダメージを与えることは出来ない。盾は武器ではなく防具だとシステムによって定められているからだ。つまりこれがユニークスキル《神聖剣》の能力の一部であろう。盾にも付く攻撃判定に圧倒的防御力…なんてスキルだよ。これがエクストラスキルならな…そんな今さら考えても仕方無いことを考えてしまった。

しかしこの盾での一撃でキリトの闘志にさらに火が付く。そこからは再びキリトの怒濤のラッシュをヒースクリフが盾と剣防ぎ続ける試合になった。

 

「やっぱりキリトは凄いわね。もう攻撃が目で見えないんだけど」

 

リズベットの言葉に同意する。もうレベルが違い過ぎるんだが…そしてキリトが勝負を決めようとする。その技は74層のボスを倒した技と同じであった。

ヒースクリフはそれを盾で防ぎ続けるがついに耐えきれなくなり盾を弾かれる。これで後はキリトの攻撃が奴に刺さりデュエルはキリトの勝利で終わると誰もが思ったのだが…

 

「な…!」

 

俺が見たのはさっき弾かれたであろう盾をあり得ない速さで構え直したヒースクリフがキリトの攻撃を防ぎきった瞬間であった。キリトは大技を出した後の長い硬直で動きが止まったところを剣で斬られる。するとデュエルが終わりヒースクリフの頭上にWinnerという文字が現れた。

キリトが負けたことはこの際どうでもいい!それよりもさっきのヒースクリフは何なんだ?あの構え直した速さは明らかに異常だった。もしかしてあれは…

 

『神聖剣の能力か!』

 

全くなんてスキルだよ。常に鉄壁の盾で防御出来るってことか…まあ真実は違ったのだがその時の俺はその考えに少しも疑問を感じていなかったのだ。

 

 

「クソー!!キリトの奴に賭けたコルがパーだぜ!コンチクショウ!」

 

 デュエルが終わるなり叫んだのはクラインだった。そういえばキリトに賭けてたんだよな。

 

「まあまあ。やけ酒には付き合ってやるから」

 

そう言ってクラインを宥めるエギル。さて…そろそろ俺も帰るか。今回は収穫もあったことだし…

 

「じゃあ俺はもう帰る「ピナどうしたの?その紙?」あ!!」

 

ピナが口にくわえていた紙に驚く俺。それは俺が買った賭けの券であった。いつの間に取ったんだあいつ!

 

「おい!それ賭けの奴じゃねえか!お前のなのかタツヤ?」

 

「そ、そうだよ。早く返せって…」

 

そう言って手を伸ばしてピナからクラインが取った賭けの券を取ろうとしたら後ろから羽交い締めにされた。

 

「クライン!今のうちに中身見ちゃいなさい!」

 

「あ!てめえ離せよ!」

 

俺を羽交い締めしたリズベットの言葉でクラインが券の中身を見ようとする。さすがマスターメイサー!攻略組でもないのに大した筋力値だ…なんて言っている場合じゃねえ!誰かあいつを止めてくれ!サチも微笑ましいものを見ているような表情でこっちを見ずにクライン止めてくれよ!

 

「何々…ヒースクリフに50万コル!?お前そんなに賭けたのかよ!」

 

あーあ。見られちまった。ここから先は大体予想がつくな…

 

「よし!今日はみんなで飲みに行こうぜ!キリト残念会ってことでな!ちなみにお前の奢りなタツヤ」

 

そう言ってテンションが上がるクライン。

 

「それもそうね…キリトのこと信用せずにヒースクリフに賭けるからこんなことになるのよ。自業自得だわ」

 

「えっと…ご馳走になりますタツヤさん」

 

「ありがとうねタツヤ。なら私は黒猫団のみんなも呼んでくるから…」

 

全員行く気満々だし…するとエギルが俺に近づいて来た。

 

「おいタツヤ…」

 

「何だよ?」

 

するとエギルはニカっと効果音が付きそうなほど笑顔で言った

 

「ゴチになるぜ!!」

 

「…は~あ」

 

ちなみにこの一夜の飲み会で俺の賭けで儲けたコルはスッカラカンになってしまったのは言うまでも無い…

もう二度とギャンブルなんてやらねえ…!俺は心にそう誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 




始まりの町の教会にてタツヤはキリトとアスナそして謎の少女に会う。
次回「結婚と謎の少女」にレディーゴーーー!!!

ちなみに感想募集しています。お願いします。


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第十二話:結婚と謎の少女

お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
そして遅くなりましてスミマセンでしたm(__)m
再試やらなんやらで時間が取れませんでした。このままでは夏休み中にALO編まで辿り着けるかどうか…今回段落をいつもより開けました。以前のが何か読みにくく感じたので…
それではどうぞ



 あの決闘後キリトは血盟騎士団に入団したが一日も経たない内に辞めてしまったらしい。何があったのか気になったがキリトの様子からあまり触れて欲しく無い話題なのだと分かったので聞いていない。

 

 

 

 キリトが血盟騎士団を辞めてから数日後、俺の元にメッセージが届いた。送り主はキリトであった。

 

『…あいつからメッセージが来るときはろくでもない要件に違いない。』

 

前回の件でそんな偏見を抱いた俺だが結局メッセージを読んでしまった。

 

『タツヤ急な話なんだけど。俺とアスナ結婚したんだ。それで知り合いだけでパーティーしようって話なんだけど明日大丈夫か?』

 

「…なんだ結婚パーティーの誘いかよ。面倒ごとじゃなくてよかった…」

 

また厄介事かと思った俺は安心する。それにしても結婚パーティーか……

 

「……って結婚!?」

 

い、いつの間にそんな急展開が起きたんだ。てか結婚って早すぎだろ!お前ら何歳だよ!…俺よりは年下だよな?

 

「つか結婚パーティーなんかやったら修羅場にならないか?」

 

おそらくはキリト達は他の連中も呼ぶだろう。クラインにエギル、そしてサチやシリカ、リズベットといったキリトに好意を向ける連中も…そいつらが結婚なんて先駆けをしたアスナにどんな反応をするのか…普段は温厚な奴らだが正直どうなるかは分からない。友情に亀裂が入ってしまうかも…

本音を言えばそんな修羅場になる可能性があるパーティーには行きたくないが…

 

「まあ、お祝いぐらいはしてやらなきゃな…」

 

こんな世界だからこそせめて俺たちぐらいは祝ってやらないと…今まで苦労してきた分くらいは良い思いをしたっていいはずだ。

 

「さて…結婚祝いには何がいいだろうか?」

 

生憎結婚祝いなんて送ったことが一度も無い俺は知り合いに聞きに行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで結婚祝いって何を送ればいいんだ?」

 

「そうだな…」

 

 俺が相談した相手防具屋《プトレマイオス》の《バルトス》はその綺麗に整えた顎髭を擦りながら答えた。

 

「俺は親友の結婚祝いにデパートの結婚祝いギフトてのを買ったが…ここにはそんなの無いからな。調理器具はどうだ?」

 

「あいつが持ってない調理器具なんて考え付かないんだが…」

 

実際あいつの部屋には調理器具がたくさん置いてあったからな。持っていない調理器具なんて無いのではないだろうか。持っていってもあいつらは嫌な顔はしないと思うがどうせ送るなら喜んで貰いたい。

 

「なら食器なんてどうだ?食器なら多くてもそんなに困らないだろ?」

 

「確かにそうだな。…でも結婚祝いが食器だけなんてちょっと安くねえか?」

 

俺がそう言うとバルトスは呆れたような表情になった。そして俺を諭すように口を開いた。

 

「あのな、こういうのは金額より気持ちが大事なんだよ。どんなに高価な物でも相手のことを考えていない贈り物は相手を困らせるだけだ。お前が考えて一番良いと思った贈り物なら相手も喜んで使ってくれるだろうさ」

 

…さすが大人の男だ。人生の場数が俺なんかとは比べようが無い。驚くべき説得力だぜ。

 

「…そうだな。ちなみに良い食器を売っている場所って知ってるか?」

 

「ああ。50層にいる知り合いがやっている雑貨屋がある。そいつには一応伝えておくから行って来い」

 

「助かる。それで場所は…」

 

俺は店から出て店主から聞いた場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ!小さい店だけどゆっくりしてってね」

 

 そう優しく微笑んで言ったのはこの雑貨屋の店主《サクラ》さん…黒髪を背中まで伸ばした20歳前半位の女性である。バルトスとは飲み仲間らしいが正直この人とあの厳ついおっさんが一緒に飲んでいるところなんて想像つかないのだが…

 

「知り合いの結婚祝いなのよね?なら大皿かペアの小皿がいいと思うわ」

 

「そうですね。じゃあちょっと見させて貰っていいですか?」

 

俺がそう言うと店の端の方に連れて行かれる。そこには数こそ多くはないが様々な種類の皿が置いてあった。

どれも形はシンプルであるが綺麗な色で彩られていている。結構迷うな…あいつらにはどれがいいだろうか?

考えていると唐突にサクラさんが口を開いた。

 

「でも結婚か~。やっぱり憧れるわね」

 

「そんなもんですか?」

 

「えぇ、やっぱり女の夢だもの」

 

彼女も結婚に憧れる年頃なのだろう。こんな事件に巻き込まれなければ今頃はお見合いでもして彼氏の1人位出来ていたのかもしれないな。…話が逸れてしまった。今はあいつらへの贈り物を探している最中だった…

 

「…これとかいいかも」

 

俺の目に入ったのは白色の模様が描かれた黒色の小皿と黒色の模様が描かれた白色の小皿であった。あの模様は確か…唐草模様だったか?おそらくはペアの小皿だろう。

 

「それでいいのね?」

 

「えぇ、これが一番あいつらっぽいので…」

 

俺の中ではキリトは黒色でアスナは白色のイメージがある。…まあ、完全に服装のせいだとは思うが。でもこの皿はあいつらにピッタリだと思う。ここを紹介してくれたバルトスに改めて礼を言わなくてはな。

そんな事を考えているとサクラさんがニコニコとこっちを見ている…いったいどうしたのだろうか?

 

「あの…どうかしましたか?」

 

「ううん。あなた凄い真剣な目で商品を見てたからその人達のこと大事に思っているんだな~って思って」

 

俺はそんな目をしていたのだろうか?自分では全く気が付かなかったが。大事に思っているか…あの頃の俺では絶対にそんな思いを抱くことは出来なかっただろう。…やはり俺は変わったのだろうか?あの頃の俺から…

 

「…まあそれなりには。知り合いですから」

 

「ふ~ん。やっぱりあの人が言った通りの子ね」

 

あの人とはおそらくバルトスであろう。いったいこの人に何を吹き込んだのか?…碌でも無いこと吹き込んでんじゃねえだろうな?

 

「あいつは何て言ってましたか?」

 

「そうね…口が悪くて無愛想…だけど自分よりも他人のことを思いやれる優しい奴だって」

 

「あのおっさん…何言ってんだか…」

 

バルトスが吹き込んだ内容に頭が痛くなる。あのおっさんこんなこと他の奴にも吹き込んで無いだろうな…後で問いただしてやる!…大体俺は自分より他人を思いやっているわけではない、自分なんかよりも優先するべき奴らがいるだけのことだ。

 

「それともう一つ…もう少し自分のことを大切にして欲しいって。あまり心配させてはいけないわよ」

 

あのおっさん…柄でも無いこと言いやがって。どうやら思ったより心配をかけさせてしまったらしい。ますますあのおっさんには頭が上がりそうに無いな…

 

「…善処しときます」

 

「よろしい!って言いたいけどあまり期待できそうには無い答え方ね」

 

そう言って困ったような表情で考え込んでしまった。しばらくすると何かを思いついたようで俺にある提案をしてきた。

 

「なら私と約束してくれる?無茶をしないで…とは言わないわ。でも無事に戻って来て。このお皿の代金は現実の方で頂くわ」

 

「え?でも…」

 

「反論は聞きません。絶対にお代は頂くからね」

 

最初は気付かなかったがなかなか強情な人だ。全く…なんで一回しか会ったことのない人間にそこまで出来るのか?

 

「…分かりました」

 

「よろしい!お姉さんとの約束よ!」

 

俺がそう言うと最初に会った時よりも笑顔で彼女はそう言った。向こうの提案を聞いたんだ。こっちだって1つぐらい聞いてもいいだろう。俺は先ほど感じた疑問を彼女に聞いてみることにした。

 

「1つ聞いてもいいですか?」

 

「えぇ、いいわよ」

 

「なんでそこまで俺のこと気にかけてくれるんですか?俺達さっき会ったばかりですし、お互いのことほとんど知らないんですよ」

 

俺がそう言うと少し考えるような素振りをしてから答えてくれた。

 

「ほっとけないって思ったからかな…」

 

「…?ほっとけない?」

 

「うん。最初はねバルトスから頼まれたの、ほっとくと一人でどっかに消えちゃいそうな危なっかしい奴だから出来れば気にかけてくれって」

 

「あのおっさんそんなことも言ってたのかよ…」

 

一体どう見たら俺がそんな人間に見えるだろか?あのおっさんは少しばかり心配性過ぎだ…

 

「でも最初はそんなに気にかけるつもりは無かったの。いくら彼の頼みでも一回来るだけのお客さんにそこまでする必要なんて無いと思ったし、それに出来ればって言ってたから…」

 

冷たい人間よね…そう言ってサクラさんは俯いてしまった。でも確かに次に会う機会の無い人間のことなんて普通は気にしない。何度も顔を合わせているのに未だに攻略組全員の名前覚えて無い俺と比べればサクラさんはそれほど冷たくはないであろう。

 

「でもあなたを見たとき一目でほっとけないと思ったの。強がりで憎まれ口ばかり叩くけど繊細で人に心配ばかりかける。そうね…例えるなら出来の悪い弟がいればこんな感じなのかな~」

 

「そ、そうですか」

 

弟にしては大きいとは思うけどね…と彼女は言った。しかし出来の悪い弟って…言った本人に悪気は無いと思うが、せめて出来の悪いって所は抜いてくれよと思った俺は決して悪くはないであろう。

 

「だから絶対さっきの約束守ってね。無事に現実で会えることを楽しみにしているから」

 

年長者特有の綺麗な笑顔でそう言うサクラさん。俺はその笑顔を向けられて急に恥ずかしくなってしまう。…やっぱり年上の女性の笑顔は苦手だ。向けられただけで顔が沸騰しそうな程熱くなって平常心でいられなくなってしまう。

 

「え、ええ。じゃ、じゃあ俺ちょっと用事があるんで、今日はありがとうございました」

 

そう言ってそそくさと俺は店から出ていく。これ以上ここにいたらテンパって何かやらかしてしまうかもしれない。

 

「ちょっと待って!お皿忘れているわよ!」

 

しかしその言葉で俺は再び顔を真っ赤にして店の中に戻っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょー!何でキリトの奴ばっかりモテモテなんだよ!俺も出会いが欲しい~!!」

 

「まあまあ。祝いの席でそんなこと言うなって」

 

 22層のキリトとアスナのホームには思った通りの人がいた。クラインは酒を飲みながら愚痴りそれをエギルが宥めている。そしてクライン…あんたのそういうところが原因だと思うぞ。普段の頼れる兄貴肌はどこに行ってしまったのか…彼の結婚までの道のりはまだ遠い。まぁ、俺が言えたことではないが…

 

「アスナ(さん)おめでとう(ございます)!!」

 

「ありがとう!リズ!サチさん!シリカちゃん!」

 

意外だったのは女子陣であった。修羅場にはならずに和気あいあいとした空気が流れている。彼女たちはキリトのことは諦めたのか、それとも現実での第2ラウンドに賭けているのかは俺には分からないが、どっちにしろピリピリした空気よりはこっちの方がいい。アスナもいい友達を持ったんだな…そんな柄でも無いことを考えてしまった。

どうやら今はこれまでキリトが行ってきた無茶についての話題で盛り上がっているようだ。キリトは気まずそうな表情をしている。あ、こっちに来た。

 

「よう!新婚ホヤホヤの片割れ」

 

「まさかこんなパーティーになるとは…もっと静かで穏やかなものになると思ったのに…」

 

そんなパーティーにするなら完全にお前らの人選ミスだよ。この面子でそんなパーティーが出来るわけないだろう。

 

「オイ!キリト!お前あんな美人な奥さん作ったうえにあんな可愛い子たちと知り合いなんて!その女運少し寄越しやがれ!」

 

「や、やめろクライン!首が…首が絞まってる…エギル…助けてくれ…」

 

そして酔っぱらったクラインに絡まれるキリト。首にクラインの腕が見事に極まっていて苦しそうだ。まあこの世界では窒息なんてことは無いがそこは気分の問題であろう。

 

「悪いなキリト…今日のそいつは誰の手にも負えない…」

 

「じゃあ…タツヤ…頼む…」

 

確かに今日のクラインを相手にするのは骨が折れそうだ。それに…

 

「悪いけどお前の自業自得だ…諦めな」

 

「そ、そんな…」

 

クラインの言葉はこのアインクラッドに暮らす男性プレイヤーの総意であろう。唯でさえ女性の割合が少ないこの世界でこれほどの女子を侍らす…これを知った男性プレイヤーは怒り狂ってキリトを襲うのではないだろうか。

まあクラインの奴もある程度やったら気が晴れるだろう。

 

 

 そんな賑やかな時間は刻々と過ぎていきパーティーもお開きになった。

各々自分のホームに帰っていく中、俺は結婚祝いの品をキリトとアスナに渡していた。他の奴らは俺が到着するよりも前に渡していたらしい。

 

「これ結婚祝いの品…」

 

「「あ、ありがとう」」

 

二人そろって驚いた顔で俺を見てくる。まさか結婚祝いを持って来ないような非常識な奴だと思ってたのか?

さすがにそこまで非常識だと思われていると些か傷つくな…

 

「綺麗なお皿…ありがとう」

 

そう微笑むアスナ。どうやら気に入って貰えたらしい。良かった、良かった。

 

「あとさ…その…」

 

「?どうしたんだタツヤ?」

 

少し待ってろよキリト!こんな恥ずかしい台詞言うのには心の準備がいるんだよ!落ち着け、落ち着け……

よし!準備完了!

 

「俺が言えたことでは無いけど、末永くお幸せに」

 

俺の言葉に二人とも固まってしまった。…やっぱり言わなかった方が良かったかな?あーあ、スゲー恥ずかしい!

 

「「…ありがとう」」

 

しかし彼らは嬉しそうな表情で俺に感謝の言葉を返してくれた。あいつらのそんな表情を見ると言って良かったと思える。じゃあとっとと二人きりにしてやろう。

 

「じゃあ俺帰るわ」

 

そう言って俺は転移門に向けて歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大変です!《ミナ》と《ギン》と《ケイン》が私がいない間に狩りに行ったらしくて今捜している最中なんですけど見つからなくて…お願いします!助けてください!』

 

「あいつら…!勝手に狩りに行くなとあれほど…!」

 

 そんなパーティーから数日経った日75層のフィールドにいた俺はサーシャさんからのメッセージを貰って転移門に向かって走っていた。あの餓鬼共…!後できつく言っとかないとな!

始まりの町といっても広い。とにかく最初は教会に行き詳しく話を聞いてからどこを捜せばいいか考えよう…

ようやく転移門が見えてきた…

 

「転移!《始まりの町》!」

 

そう唱えると俺の周りが光り、始まりの町に着く。すると俺はサーシャさんがいる教会に向けて走り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言わして貰うと俺の出る幕は無かったようだ。狩りに出かけて行ったという子供たちは無事に戻って来ていた。俺はその子供たちに怒ろうと思っていたのだが、サーシャさんに怒鳴られて泣きそうになっている姿を見て止めることにした。あれに俺まで入ったら大泣きしてしまいそうだ、それはさすがに大人げないと思う。それにしても…普段温厚な人ほど怒らせたら怖いというのは本当らしい。

そんなことを思っていたのだが、俺は教会にはいるはずのない二人組の姿を見て驚いた。まあ向こうも俺がこんな所にいることに驚いているようだが…

 

「…何でキリトとアスナがここにいるんだ?」

 

その二人組とは新婚ホヤホヤのキリトとアスナであった。

どうやら子供たちは狩りに行こうとしたら運悪く《軍》の徴税部隊に見つかってしまったらしく、その時に偶々こいつらが助けてくれたらしい。その後こいつらは教会に用があったらしくそのままついて来たようだ。

 

「あぁ、それはこの子の事を聞こうと思って…」

 

そう言ってキリトは背中で眠っている子供をこちらに見せた。長い黒髪に前髪は眉毛の辺りで真っすぐ切られている少女であった。おそらく8歳か9歳位だろう。その子のことでこの教会を訪ねたってことは…

 

「その子は迷子か…」

 

「あぁ、22層の森で見つけたんだ。近くには誰もいなかったから始まりの町で子供たちを保護している人がいるって話を聞いて、その人ならこの子のことを知っているかもしれないと思ったんだけど…」

 

どうやらその言い方では収穫は無かったらしい。サーシャさんが知らないということは少なくともこの町にいた子供では無いのだろう…しかしそれだけでは情報不足だ。この情報だけで保護者を見つけるのはどこかの高校生探偵や探偵王子でない限り不可能だ。

そんなことを考えていると女の子の目が覚めたようだ。

 

「ママー、パパー、ここ何処?」

 

「……お前ら…迷子の子供にそんな風に呼ばせているのか?」

 

「「ち、違うって(わ)」」

 

もしそうなら少しあいつらと距離を取りたいところだったがどうやら違ったらしい。…良かった、あいつら結婚の次は子供が欲しくて迷子の子にそんなことさせているのだと思ったぜ。

 

「記憶喪失?」

 

「あぁ、俺たちは森で見つけたこの子をホームに連れて行ったんだけど、この子は起きた時には何も覚えていなかったんだ。記憶があれば保護者のことを聞けるだろ?ママとパパというのは俺たちの事を好きに呼んでくれって言ったらそうなったんだよ」

 

確かにそうだ…直接本人に保護者のことを聞ければこんな所まで来る必要なんて無いからな。記憶喪失の少女か…ほっとけないが手がかりが少なすぎるな…そんなことを考えていると偶然その少女と目が合った。するとその子は泣き出しそうな目でこちらを見てきた。え?!俺ってそんなに怖い顔してたのか?さすがに何もしてないのにそんなに怯えられるのは…ちょっとへこむ。しかしそんな少女の隣にいた鬼嫁さんはこちらをもの凄い形相で睨みつけてきた。あんたの今の顔の方が絶対俺なんかより怖いから!!その子泣いちゃうよ!なんて思った俺は決して間違っていないだろう。

 

「ちょっとタツヤさん!どうしてユイちゃん泣かそうとするの!!」

 

「え?!ち、ちょっと待てって!今のは不可抗力だろ!」

 

問答無用とばかりに愛用のレイピアの切っ先をこちらに向けるアスナ。圏内だから大丈夫だって?怖いもんは怖いんだよ!!俺はキリトに助けを求めるがニヤニヤとした表情をこちらに向けるだけで動く気配は無い。

あいつ!他人事だと思って!しかしどんどん近づいていく切っ先に俺はドアまで追いつめられる…絶対絶命!

そんな俺に意外な所から助けが来た。

 

コンコンコン

 

そんな音がドアから聞こえる、どうやら来客らしい。誰かは知らないが助かった…これでアスナの攻撃から逃げれる!俺は勢い良くドアを開ける。するとそこには銀色の髪をポニーテールにした背の高い女性がいた。しかし俺は彼女の服装の方に目が行った。あの特徴的な緑色の制服は…

 

『軍の奴か…』

 

なぜ軍の奴が一人でこんな所に来るのか予想はつかないが厄介事の臭いがする。こういう時の俺の勘は大体当たるのだ。

 

「初めまして《ユリエール》と申します。ここに軍の徴税部隊を退けたお二人がいると聞いたのですが」

 

そう言うとアスナが前に出てきた。

 

「昨日の件で抗議に来たんですか?」

 

するとユリエールさんは首を横に振った。

 

「とんでもありません。むしろ良くやってくれたとお礼を言いたいところです」

 

…オイオイ、自分の所のギルドの奴が酷い目に合ったのにそれでいいのかよ…そんな事を思ってしまった。

するとユリエールさんは真剣な表情で口を開いた。

 

「本日はお二人にお願いがあり来ました」

 

…やはり厄介事のようだ。記憶喪失の少女に軍のプレイヤーからのお願い…こいつらの苦労は途絶えそうにないなと俺は感じたのであった。

 

 

 




ユリエールからの依頼で謎の地下ダンジョンの中を進むタツヤ達。しかしそこには恐るべき真実が存在していたのだ!そして謎の少女《ユイ》の正体が明かされる。
次回「親と子」にレディーゴーーー!!!


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第十三話:親と子

お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
それではどうぞ


 ユリエールさんからのお願いとは第一層の地下ダンジョンの奥に取り残された軍のギルドマスター《シンカー》を助けて欲しいということであった。シンカーを取り残したのは軍のサブマスター《キバオウ》で彼が現在の軍の指揮を執っているとのことだ。まさか内部分裂が起きるなんて…そんなことをしている場合じゃねえだろう!今は75層のボス戦に向けて全員が準備しなくてはいけないのに何余計なことしてるんだよ…!もはや怒りを通り越して呆れてきたぜ…

 

「シンカーは人が好過ぎたのです…!彼は丸腰で話し合おうというキバオウの言葉を信じて一人高難易度ダンジョンに取り残されて…!」

 

シンカーさん…あんた人が好過ぎだろ。丸腰で話し合おうって言われてその通りに来るなんて…どうせアイテムストレージの中なんて相手に見えないんだから転移結晶ぐらい持ってけば良かったのにな。ちょっと馬鹿正直過ぎではないだろうか?

…まあ、俺が捻くれているんだと言われてしまえばそれまでなのだが…

 

「私一人ではシンカーの元まで辿り着くことは出来ませんでした…お願いします!シンカーを助けるのに手を貸して下さい!」

 

悲痛な表情でキリトとアスナに頭を下げるユリエールさん、おそらく彼女にとってこのシンカーという人物は特別な存在なのだろう。たかがギルドマスターのためだけにここまでやれるとは思えない。

しかし、残念ながらキリトとアスナは迷っているようだ。確かにそうなっても仕方無い…ユリエールさんに手を貸してやりたいが残念ながらこちらにはなんのメリットも無い。その上もしかしたらこの人の話は嘘で目的は先ほどの報復だという可能性も無いわけでは無いのだ。この依頼を受けることにマイナス面はあってもプラス面は無い…さてこいつらはどうするか…

 

「大丈夫だよママ。この人嘘言ってないよ」

 

意外な事に口を開いたのは記憶喪失の少女《ユイ》であった。その言葉を聞いてキリトがアスナに口を開いた。

 

「疑って後悔するよりは信じて後悔しようぜ。何とか成るさ」

 

「あいかわらず暢気な人ね。ユリエールさん微力ながらお手伝いさせて頂きます」

 

その言葉に目元に涙を溜めながらユリエールは頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「いいえ、大事な人を助けたいという気持ちは私にも分かりますから」

 

どうやらあいつらは行くことに決めたようだ、相変わらずのお人好しだな。

 

「それに攻略組が3人もいるから問題無いです。絶対にシンカーさんを助けましょう!」

 

確かに攻略組が3人もいるんだ、大体のダンジョンなら楽勝だろう…?3人?

 

「おいキリト、もしかして俺も数に入れてんのか?」

 

「え?当たり前だろ」

 

何当たり前の事言ってんだよという雰囲気でこちらを見るキリトとアスナ…いや!おかしいだろ!何で俺が行く前提で話してるんだよ!残念ながら俺はこいつらほどお人好しじゃねえよ。

 

「お前らな…そこに行って俺に何のメリットがあるんだよ?悪いけどお前らと違ってタダでそんなことする気は無えぞ」

 

するとこの人でなし!という目で俺を見る二人…いや、これは正常な意見だぜ?お前らが異常なだけだ。

 

「…分かりました。それではキリトさん、アスナさんお願いします。ではご案内「あ、ちょっと待った」?何ですか?」

 

忘れてた、忘れてた…軍の奴に会ったら聞きたいことがあったんだった…

 

「ユリエールさんはコーバッツって奴を知っていますか?」

 

そうコーバッツの事だ…あいつにこの町での徴税を止めるように進言して欲しいと頼んだが本当にやってくれたのか気になったのだ。未だに軍による徴税が続いているので彼の進言は聞き入られなかったのか?それとも進言自体をしなかったのか?あいつは義理堅い性格だからおそらくは前者だとは思うが…

 

「コーバッツですか?…彼は軍を辞めさせられました」

 

ユリエールさんの話ではコーバッツは何度も何度も徴税を止めるように進言したのだが聞き入られず、さらにはサブマスターのキバオウの逆鱗に触れてギルドを辞めさせられたという事だ。あのおっさん…一回進言するだけでいいって言ったのに…律儀というか何というか。今度会ったら謝っておこう。

さらに驚くべきことにその件でシンカーがキバオウと話し合うことになりシンカーは置き去りにされたということだ。…この事件が起きた原因は俺にもあるってことか…

 

「…状況が変わりました。雀の涙程度ですがお手伝いします」

 

そうして俺たちはユリエールさんに連れられて地下ダンジョンへと向かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういう訳で俺は現在地下ダンジョンにいる。キリトの話ではβテスト時点ではこんなダンジョンは無かったらしく、ある程度、階層が進むと開放される隠しダンジョンでは?という話だ。ユリエールさんの話ではダンジョンには60層程度のモンスターが出るらしいが、正直戦力が過多ではないだろうか?

だが問題は…

 

「がんばれー!パパー!」

 

後ろの方でアスナと一緒にいる少女《ユイ》であった。

当初の予定ではサーシャさん達と一緒に教会で待って貰うはずだったのだが、ユイ本人が絶対に付いて行くと主張し、梃子でも意見を変えないので仕方なく連れて来ているのだ。

…正直、こんな所に連れて来るべきではないのだが…終わった事は仕方ないか。

 

「スミマセン。ほとんど何もしなくて」

 

「気になさらないで下さい。あれはもう病気ですから」

 

ユリエールさんの言葉にアスナが答える。前方ではキリトがカエル型のMobを相手に無双していた。確かにあれは病気だな…嬉々とした表情で相手を斬っているってなかなか恐ろしいよな…まあそれだけではないと思うが…

一番の原因は自分をパパと呼ぶユイの前で良い格好をしたいというところだろう。お前は娘の運動会で張り切る父親か!…そういえばあの人もそうだったな…インドア派なのに頑張って次の日には筋肉痛になって妹と一緒に湿布貼ったっけ…なんで今更両親のことを思い出してしまうのか…あいつらに毒されたかな?

 

「いや~、倒した倒した」

 

爽やかな笑顔でキリトはこちらに歩いて来た。どうやら全部倒しきったようだ。60層のMobとはいえあんな短時間で全滅させるなんて…やはりあいつは人外だな。

 

「あ、そうそう。帰ったらこれ料理してくれよ。きっと美味いぜ」

 

そう言ってアイテムストレージの中からグロテスクな肉の塊…おそらくはさっき倒したカエルの肉であろう…をアスナの前に出した。

 

「いやーーーーー!!!」

 

そう言ってアスナはその肉を思いっ切り後ろに投げる。すると肉はポリゴン片になって消えた。

…まあ普通あんなグロイ物を目の前に出されたらそうするよな…

 

「何すんだよアスナ!!それなら…」

 

そう言って両手に収まらないほどの肉をアスナの前に見せるキリト、そして悲鳴を上げながらそれを次々と後ろに投げ続けるアスナ。お前ら…ここダンジョンだぞ…何夫婦漫才やってんだか…まあ、あいつららしいといえばそうなのだが。

 

「フフフ」

 

その光景がよほど可笑しかったのだろう、さっきまで厳しい顔をしていたユリエールさんは初めて笑った。

 

「お姉ちゃん初めて笑った!」

 

そう言って嬉しそうな顔をするユイ。ユリエールさんは一瞬驚いた顔をした後すぐに微笑んだ。シンカーさんの事で余裕が無かったのだろう…少しは気持ちが落ち着いたようで良かったな…

 

 

 

 暫らくすると大分奥まで辿り着いた…もうそろそろシンカーさんがいる場所に着くだろう。

するとキリトの《索敵》スキルにプレイヤー反応があった。どうやら安全エリアにシンカーさんはいるようだ。キリトの言葉にユリエールさんは安全エリアまで一人で走って行ってしまった。

 

「ユリエール!」

 

「シンカー!」

 

これで後は全員転移結晶で帰って終わり…そんなことを考えていたのだが…

 

「来ちゃダメだ!その通路には…」

 

その言葉を聞いてキリトが走り出す。ユリエールさんを抱えたまま地面に剣を立ててブレーキをかけると…その数歩先には巨大な刃が地面に突き刺さっていた。危なかった…あのままにしてたらユリエールさんは真っ二つになっていただろう。キリトはその刃を突き刺した奴を追いかけて俺もそれに続いた。

俺たちの目の前にいる相手は髑髏の顔に赤い目、ボロボロのローブを羽織身の丈ほどもある鎌を持った死神のような姿をしていた…名前は《フェイタルサイズ》か…俺がキリトの隣に行くと同時にアスナが来た。ユイはユリエールさんと一緒に安全エリアに行ったようだ。あそこなら一応は安心だろう。

 

「アスナ、タツヤ、今すぐユリエールさん達と一緒に転移結晶で脱出しろ!俺の識別スキルでもデータが見えない、おそらくは90層クラスの敵だ。俺が時間を稼ぐ!」

 

おいおい…いきなり難易度上がり過ぎだろ。なんでこんな何にも無いダンジョンでそんな強いの出すんだよ。馬鹿なのか茅場の奴は…

それにキリト…そんなお願い聞いてくれると思ったのなら大間違いだ…特にお前の奥さんは…

 

「そんな事私がさせると思うの?ユイを頼みます!三人で早く脱出して下さい!」

 

すると三人分の転移結晶を出すユリエールさん…これで後はこいつを適当に撒いて逃げるだけだ。さて…俺も行くか…

 

「なんで攻撃役が時間稼ぎするんだよ。どう考えても壁役の仕事だろ?お前なんか危なっかしくて任せられるか」

 

俺は前に出て何時でもあいつの攻撃を防げるように準備をする。まずは鎌による斬り下ろし…確かに速いが軌道が単純だ、これなら十分防げる…!俺は《スカーレットアイギス》を前に構えてその攻撃を受け止めようとしたが…

 

「な…!!」

 

余りの衝撃に俺は後ろに吹き飛ばされた、HPも二割ほど削られている。馬鹿な…あの74層のフロアボスの猛攻にも耐えきったコレでも止められないなんて…あいつは化け物か…!

キリトとアスナも二人がかりで止めに入るが吹き飛ばされる。そのHPは半分を切っていた…つまり後一撃でも食らえばあいつらはさっき投げてた肉の塊のように消滅してしまうということだ。…そんなことさせるかよ!

 

「っく…!」

 

あいつらに止めを刺そうとする鎌を全力で防ぐ…しかし先ほどと同じように吹き飛ばされてしまう。これじゃ持たない…一体どうすれば…!

 

「馬鹿!ユイ逃げろ!」

 

俺がそんなことを考えているとキリトが叫ぶ…目の前にはなんとユイがまるで散歩でもしているかのような軽い足取りでこっちに歩いて来て死神の前に止まった。

なんて事だ!!このままでは奴の凶刃が碌な防具を装備していない彼女を真っ二つにするだろう…

キリトやアスナも逃げるようユイに向かって叫んでいるが…

 

「大丈夫だよ。パパ、ママ」

 

その言葉は妙に落ち着いていて…それでいて先ほど見せた年相応の幼さというものは微塵も無かった。

そして死神の凶刃が振り下ろされた時、信じられないことが起きた。

その凶刃はユイの数歩先ほどにある紫色の障壁に弾かれたのだ。そしてその頭上には…

 

『破壊不能オブジェクト…だと!』

 

この世界では建物や壁など耐久値が存在しない破壊不能オブジェクトというものがある。しかしそれがプレイヤーに付与などされるはずが無い。一体何がどうなっているのか…正直頭がパンクしそうだ…

するとさらにユイは空中に浮かびその手に巨大な炎の剣を出現させる。そしてそれを死神に向かって振り下ろす…死神も鎌で防御するがその剣はそれを容易く破る。そして死神は炎に包まれて消滅した。

 

「パパ、ママ、全部思い出したよ」

 

その表情はまるで悲しいのに無理して笑おうとしているような痛々しい笑顔であった。

 

 

 

 ユイの話は俺たちを驚かせるには十分な内容であった。自分はプレイヤーのカウンセリングを行うプログラムであること。この世界の中枢《カーディナル》からプレイヤーとの接触を禁じられモニタリングだけしていたがエラーを蓄積して記憶が無くなったこと。他の人とは異なる精神状態を持つキリトとアスナに会いたくてフィールドを彷徨っていたこと…他にも色々言っていたがこのパンク寸前の脳みそで理解出来たのはそれぐらいだった。

映画や小説のようなSFの世界でのみの登場すると思われていた人と同じ感情を持つアンドロイドやAI…それを完成させた茅場を初めて俺は歴史に残る偉大な科学者だと思った…まあ性格は最悪だが…

 

「私ずっとお二人に会いたかった…可笑しいですよね?私はただのプログラムなのに…」

 

この話を聞いてからのキリトとアスナは大分ショックを受けているようだ。…無理もあるまい。あんなに自分たちをパパ、ママと言って慕ってくれた子が実はプログラムでしたなんて言われてもそう簡単には受け止められないであろう。

 

「私は異物としてカーディナルに処分されるでしょう。キリトさん、アスナさん今までありがとうございました」

 

「嫌だよユイちゃん…!消えるなんて…絶対に嫌!」

 

涙ぐみながら言葉を出すアスナ。しかしそのアスナの悲痛な言葉にもユイは表情を変えずに淡々と答えた。

 

「気にしないで下さいアスナさん。私は所詮プログラム…偽物なんですか「ふざけんな!!!」」

 

自分は偽物だから…その言葉は俺を怒らせるのに十分なものであった。

 

「お前が偽物だったならあの眩しい程の親子の絆は何だってんだよ!あれも偽物だったって否定するのかよ!」

 

「それは…」

 

「パパママ呼ばわりした挙句に勝手に消えるとかふざけんなよ!こいつらがどんな思いでお前といたか考えなくても分かるだろ!少しは親孝行しやがれ!」

 

「でも…」

 

「…いなくなってからじゃ何もかも遅いんだよ…その時に後悔したって…もう手遅れなんだよ…」

 

かつての俺は両親からの絆というものが消えて無くなった思い込み、勝手に距離を置いてしまった。本当は在ったのに…変わったのは両親ではなく俺だったのに…その事を知ったのは両親が亡くなってから数日のことだった。その時俺は死ぬほど後悔をしたが、そんな事をしても意味は無かった…生きている内に伝えるべきだったのだ…自分の思いを…そんな後悔をこいつらにはして欲しく無い。

 

「ユイちゃんは私たちの娘だよ」

 

「ユイは偽物なんかじゃない。だから自分の望みを言葉に出来るはずだ…言ってごらん。ユイの望みは何だい?」

 

キリトとアスナのまるで自分の子供に話しかけるような言葉に目に涙を溜めながら手を伸ばして答えた。

 

「私は…私はずっと一緒にいたいです。パパ、ママ」

 

その言葉を言い終わると同時にアスナはユイを離さないように強く抱きしめて、その上からキリトもユイを抱きしめた。

しかし、現実は非情である。ユイの体は少しずつ光になって消えていく…アスナの行かないで!という言葉すら無視して着実にユイはこの世界から消されようとしていた…

 

「カーディナル!…いや茅場!そう何時もお前の思い通りになると思うなよ…!」

 

そう言ってキリトは黒色の四角い奴…確かコンソールがどうとか言ってたやつ…を操作する

 

「今ならユイをシステムから切り離せるかもしれない…いや!絶対にやって見せる!!」

 

そう言ってもの凄い速さでキーボードを押し始めた。

 

「ダメ!早く逃げないと…」

 

ユイの言葉を聞いて後ろを振り返ると後ろには先程よりも小柄な死神が3体…おそらくは《カーディナル》とやらが俺たちを排除するために出したのだろう…が安全エリアに入ろうとしていた。

 

「キリト!後ろの敵は俺が止める、お前はユイを助けるのに集中しろ!」

 

そう言って死神共の方へ走り出す。一体一体は先程の死神よりも弱いがそれでも俺が勝てる相手ではない。俺のHPはどんどん削られる。でも…

 

『諦めてたまるか…!』

 

ここで諦めたらユイが死ぬなんていうクソみたいな結果になっちまう。そんなことは絶対にあってはならない!俺の命に代えても阻止してやる…!

 

「タツヤ!ユイは助けた!早く逃げるぞ!」

 

キリトの言葉を聞いて俺はほくそ笑んだ…お前らの思い通りにはならなかったな、ざまあ見やがれ…俺はキリトがスイッチに入ってくれた隙を見て転移結晶でこのダンジョンから脱出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺たちは現在《始まりの町》にある噴水がある場所にいる。シンカーさんが戻った《アインクラッド解放軍》は解散して規模を小さくしてまた新しく作り直すそうだ。まああれだけ大きかったからあんないざこざが起きたってのもあるからな。これでこの《始まりの町》にも平和が訪れるであろう。

キリトから聞いた話ではユイは今アスナが着けているペンダントに付いている結晶になっているらしい。今は無理でも絶対にユイに会えるようにすることが現実に帰ってからのキリトの目標らしい。

 

「ありがとうタツヤ。お前がいなかったらユイを助けられなかったよ」

 

唐突にキリトがそんな事を言った。俺のおかげか…

 

「ちげえよ…俺なんかいなくても結果は変わらなかっただろうさ…」

 

「?どうしてそう思うの?」

 

アスナの疑問に俺は答えようとする…が上手く言えそうに無いな…

 

「《カーディナル》ってのはさ…お前らがユイを助けるわけないって思ってたんだと思うんだよな…プログラムにそこまでする人間なんていないって決めつけてよ…でもお前らはユイを助けようとした。そんな不測の事態が起きたからあいつはあの死神野郎を出したんだよ」

 

もし絶対にユイを排除しようとしていたなら問答無用で俺たちをどっかに強制的に転移させることが出来たはずだ…カーディナルならそれぐらい楽勝であろう。でもそうしなかったということはキリト達がユイを見捨てると考えていたからであろう。

 

「この世界の全てを司る《カーディナル》様もお前たちの行動までは予測できなかったってことだよ」

 

「?つまりどういう事なんだよ?」

 

つまり俺が言いたいことは…その…

 

「…《カーディナル》はお前たちの家族愛に負けたってことだよ…」

 

俺がそう言うと二人とも一瞬呆けたような顔をした後クスクスと笑いだした。確かに我ながら恥ずかしい事を言ったと思うが仕方ねえだろ!それしか思いつかなかったんだから…

 

「…お前らに真面目に答えた俺が馬鹿だったよ」

 

そう不貞腐れたような顔で言うと未だに笑いながら謝ってくる二人。

俺はそいつらを無視して転移門へと歩き出したのだった。

 

 

 

 親と子…その絆は確かに見ることは出来ないが感じることは出来る。そしてその絆は奇跡を起こすこともあるかもしれない…俺はそう感じたのであった。




この調子でいけば夏休みまでにALOまで行けそうです!…多分
第75層ボスへと挑む戦士たち…その先にあるものは!?
次回「骸の刈り手と絶体絶命」にレディーゴーーー!!!


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第十四話:骸の刈り手と絶体絶命

お気に入り登録がこんなにも…ありがとう!そしてありがとう!
それではどうぞ


 ユイの正体とこの世界を司る《カーディナル》について知ったあの日から数日が経とうとした

攻略組のあるパーティーが75層のフロアボスの扉を発見、その次の日には結晶無効化エリアを想定して万全の態勢での偵察が行われたが…

 

「まさか全滅するとはな…」

 

偵察に入った部隊が危険になったらすぐさまボスフロアの外で待機している部隊が救援に入る手はずだった…ただの結晶無効化エリアならそれで済むはずだったのだが、偵察部隊が入ったら扉が閉まったというのだ。

押しても引いても、《鍵開け》スキルを用いても扉はビクともせず、開いた時にはプレイヤーは一人もいなかったという事だ。黒鉄宮の名前にラインが引かれていたので脱出出来たわけではない…彼らはこの世界からも現実からも退場したということだ。

これまでの戦いではプレイヤーの安全のための偵察が重要であった。偵察での情報から対策を建てて最小限の犠牲で攻略を進めて来たのだ…俺だって情報無しでの戦いは74層が初めてだったしな…

それが急に出たとこ勝負なんかにされて…

それに今回はそれだけではない。75層のボスという点も問題だ。25層に50層…クオーターポイントと呼ばれる層のボスはこれまでのボスとは一線を越える強さであった。今回もこれまでのボスとは比べようの無い程の強さを持ったボスが現れるだろう。

圧倒的な力を持ったボス、情報無し、脱出不可能…俺たちの心を折るには十分なほどのトリプル攻撃だ…それでも…

 

「やらなきゃいけないんだよな…」

 

ここで止まってしまったら俺たちが現実に帰れるのは大幅に遅れてしまうだろう。さらに今回のボス戦で全滅したらもはや攻略は諦めることになることになるかもしれない。どっかの誰かさんは攻略組は全プレイヤーの期待を背負っていると言っていたが改めてそれを実感している…正直そんな責任は重たいがな…

そして、これ以上攻略を遅らせて士気が低下することを懸念した血盟騎士団団長《ヒースクリフ》は早急に討伐隊を結成しボス戦に挑むことを提案し他の有力ギルドもそれに賛同した。ボス戦は明日…それまでにやれることはやらないとな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺は現在《プトレマイオス》にて防具を整備して貰っていた。バルトスは今は工房に籠もっているので、ここには俺とパステルしかいない。

 

「ボス戦明日なんだっけ?」

 

「そうだけど…急にどうしたんだ?」

 

コイツとはそれほど長い付き合いでは無いが、なんとなく今日はいつもと違うと感じた。一体どうしたのだろうか?

 

「そのボス戦って入ったらボスを倒すまで出られないだよね?」

 

「ああ、そうだよ」

 

俺がそう言うと口を閉ざしてしまった。しかし、しばらくすると顔を俯かせたまま口を開いた。

 

「タツヤはさ…怖くないの?正直な話死んじゃう可能性の方が高いんだよ…」

 

なるほど…俺のことを心配してくれているのか…別にお前が気にすることでも無いのにな。

すると彼女はさらに口を開いた…その内容は俺が初めて聞く彼女自身の話であった。

 

「私、ここに来る前は中層をソロで活動してたんだ。このゲームが始まった時はそりゃ怖いと思ったけど無理しなければ危険な目に遭わなかったし、このまま誰かが100層までクリアーしてくれればいいやって思ったの…」

 

それは多くの中層プレイヤーが考えているであろう事だった…もちろん攻略組になるべく必死に頑張っている奴もいるがそれは比較的少数の人間であろう。

 

「ある日にあるパーティーに誘われて私ついていったんだ。普通に狩りしてコル分けて…それで終わりだと思ったんだ…」

 

そこまで言うとパステルの表情がより一層曇った。

 

「帰る最中になったら突然私も含めてパーティーの一人以外が全員倒れたの、私たち麻痺状態になっていて…そしたらゾロゾロとカーソルがオレンジの人が出て来て…」

 

グリーンのプレイヤーがフィールドに餌を誘き出して、オレンジの連中が直接手を出す…それはかつてキリトと共に関わったオレンジギルドの連中と同じ手口であった。…キリトの奴がオレンジの常套手段って言ってたからあいつらがやったとは限らないが…

 

「目の前でパーティー組んだ人が一人…また一人って消えちゃって…その時に初めて私死ぬかもしれないって思って…そしたらすごく怖くなって…」

 

「おい、無理すんなよ…」

 

その時のことを思い出して泣き出しそうな顔になってしまった。無理して話す必要は無いと思い俺がそう言ったが大丈夫と力無く言って話を続けた。

 

「ついに私の番になって…ワーワー泣き叫んでも向こうは手を止めるどころかひどく歪んだ満面の笑みで私を刺し続けたんだ…HPが赤色になった時には私は声も出なくなってこのままこいつらの手にかかって死んじゃうんだと思った…でも…」

 

「そこでおっさんが助けに来てくれたんだな」

 

うんと言って彼女は口を閉ざしてしてしまった。

まさかそんな事があったとはな…俺がパステルと出会ったのは今から半年ほど前の事であった。

俺が数日振りにこの店に来たときに店の中に店主のバルトスと彼女がいたのだが、彼女は俺の顔を見るなり酷く怯えながら悲鳴を上げたのだ。いきなりそんな事をされた経験の無い俺は困惑してその場で狼狽えていたのが、バルトスに連れられて店から出たのであった。その時に少しの間彼女をそっとして欲しいと言われたのだが…確かにそんな事があったすぐ後なら知らない奴には恐怖を抱いてしまうだろう。

 

「親方は、怖くてフィールドに出たくなかった私に『ならここで仕事を手伝わないか?』って言ってくれたんだ。見ず知らずの私にそんな事を言ってくれたことがとても嬉しくて…ここで暮らしていてようやく私は立ち直ったんだ。…でも、やっぱり死ぬのは怖い…もう一度聞くけどタツヤは怖くないの?」

 

「…もちろん怖いさ」

 

俺の言葉に彼女は驚いたようだ…俺のことを死ぬのが怖くない向こう見ずな奴だと思っていたのか?…この世界はそんな奴が生き残れるような優しいものじゃないことぐらい分かると思うけどな。確かに死ぬのは怖い…でも…

 

「でも、俺には現実でやりたいことがある。これ以上この世界に長居はしたくない」

 

現実に帰ったらあいつに謝って、両親の墓参り行って、祖父ちゃんと祖母ちゃんに心配かけてゴメンって謝って…帰ったら忙しそうだな。こんなことを思えるようになった俺はこの世界に来る前よりは少しはまともな人間になれたのであろう。…その点だけで言えば俺はあの茅場にお礼を言いたいと思う…まあ絶対に言わないが…

 

「久しぶりに見たらいい事言うじゃねえか。何かあったのか?」

 

俺がそう言うと奥の方から声が聞こえた。声の主はバルトスであった。

 

「ああ、まあ色々とな…」

 

「そんな事を考えられるなら安心だ。パステルもそんな心配しなくてもいいぞ。俺たちが作った最高の防具があいつを守ってくれるんだからな」

 

「…そうだよね親方。タツヤ!帰って来た何か奢ってよ!」

 

「…普通逆じゃねえのか?」

 

至極当然の俺の疑問は店主の笑い声に打ち消されてしまった。

 

「ハハハハハ!!そいつを心配させた罰だと思いな!残念ながらここにお前の味方はいないぞ」

 

「理不尽な…分かったよ。その代わり馬鹿みたいに高いところは無しだぞ」

 

俺の言葉を聞いて拳を高く揚げてよっしゃーっと叫ぶパステル。…まあ心配させたのは事実だしな、ある程度の物なら奢ってもいいだろう。

 

「それより整備はもう終わったんだよな。随分早かったな」

 

「まあな。急ピッチで終わらしてやったから今日はとっとと休みな」

 

明日の事をおっさんなりに気を使ってくれたんだな。確かに今日十分な休息を取ることは明日の戦いに向けての大事な準備の一つであろう。ここから出たらすぐに宿で寝るか…

 

「それじゃあ「コルはいらねえよ」…何でだよ」

 

「コルは明日の戦いが終わってから頂くぜ。もし払わなかったら地獄の底まで取りに行くからな」

 

これはおっさんの願掛けのようなものだろう。どことなく雑貨屋店主《サクラ》を思い出す。あの人の場合は現実世界での支払いになっているが…全く俺はどんだけの奴らに心配をかければ気が済むんだろうな?その心配をかけられている事が…不謹慎な話ではあるが少し嬉しかった。

 

「精々地獄に行かないように生き残るさ。じゃあな」

 

俺はそう言って店から出て宿に直行した、その日の夜は驚くほどぐっすりと眠れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあった次の日、俺は75層《コリニア》の転移門広場にいた。ここにいる連中が今回のボス戦に挑む連中だ。時間はまだあるのでもう少しは増えると思うが…

 

「やあタツヤ!久しぶりだな!」

 

爽やかな声が後ろから聞こえたので振り返るとそこには予想通り爽やかな笑顔の青髪の騎士ディアベルがいた。周りには青竜連合が誇る精鋭もいる。

 

「73層のボス戦以来だからそこまで久しぶりでは無いがな…」

 

「気持ちの問題だよ」

 

そう言って笑った彼であったが、その笑みはどこかぎこちなかった。

 

「あんまり無理しないほうがいいぞ」

 

「やっぱり気づかれたか…」

 

そう言って力無く笑った。まあこんな時に部下の前で弱音を吐いたって指揮を下げるだけだからな。嫌でも普段通りに振る舞わないといけなかったのだろう。

 

「今回の偵察隊には俺のところからも5人が行ったんだ。でも俺は彼らを死にに行かせてしまった…そう思うと自信が無くなって…ダメだよな弱音ばかり吐いて…」

 

そう言って苦しい表情してしまう。かなり自分を追い詰つめているようだ…

 

「弱音ぐらいいんじゃないか?俺はあんたのギルドに所属している訳じゃねえしな」

 

俺がそう言うとディアベルは驚いた顔をした。

 

「それにあそこにいる連中はあんただからこれまで付いて来たんだよ。どっかの誰かみたいに常に冷静沈着なんてらしくないことはしない方がいい」

 

ディアベルの表情から察するにどうやら図星だったようだ。どっかの誰かとは勿論ヒースクリフの事である。

同じ攻略組の巨大ギルドとして意識しているのであろう。確かに常に冷静な方が頼もしく感じるのかもしれない、だがギルドのリーダーに求められるのがそれだけだとは思わない。風林火山のクラインがいい例だ。冷静沈着とは遠くかけ離れた人間だがあの慕われ具合から彼が立派なリーダーであることは疑いようが無い。

青竜連合の奴らだってあんたの人柄に付いていっているのだから。

 

「…ありがとう。少しは気が楽になったよ。所でギルドの話だけどさ…」

 

「ああ、こいつが終わったら入る事を検討するよ」

 

「本当か!みんな!タツヤがギルドに入るってさ!」

 

ディアベルの声で青竜連合の奴らが一斉にこっちに来る

 

「ようやく決めやがったかコイツ!」

 

「久しぶりの新団員だ!今日は飲むぜ!」

 

「よろしくな!目付き悪いの」

 

お祭りのように騒ぎだした青竜連合の精鋭達。なんで俺なんかをこんな歓迎ムードで迎えてくれるのか…つか最後の奴!目付き悪いって言うな!

正直雰囲気を和らげるための出汁に使われた気分ではあるがこの程度の事で雰囲気が良くなるならそれでもいいか…

 

「となると俺たち壁隊に入ることになるだろう。その時にはよろしく」

 

俺にそう言ったのは柔道部のような体格に短い黒髪をツンツンに立てた男性…青竜連合が誇る最強の盾シュミットさんであった。ヒースクリフ?あいつは例外だよ。

 

「こちらこそ。精々足引っ張らないように頑張りますよ」

 

「ああ、こっちもビシバシ鍛えるから頑張ってくれ」

 

そう言っていい笑顔をするシュミットさん。青竜連合式壁プレイヤー訓練がどんなものかは分からないが、あの笑顔を見る限り楽しいものでは無いようだ。この世界に筋肉痛なんて無くてよかった…俺は心底そう感じたのであった。

 

 

 しばらくすると転移門から今回の討伐戦に参加するプレイヤーが次々と現れた。その中にはクライン率いる風林火山のメンバーやエギル、それにキリトとアスナがいた。

 

『あいつらも災難だな。折角の休みだったのに…』

 

休暇の最中であったのにこんな事のせいで呼び出されるなんてな…俺個人の考えならもう少し夫婦水入らずしてもいいと思うのだが、正直あいつら無しでは勝てないであろう。《黒の剣士》と《閃光》はそれほどの力を持っているのだ。そしてもう一人…

 

「皆、今日は集まってくれて感謝する。それでは行こうか」

 

聖騎士ヒースクリフ…コイツの強さは規格外だ。コイツ無しでは壁が崩壊する可能性が高い。久しぶりの出陣だ…聖騎士殿には頑張って貰おう。

 

「コリドー・オープン」

 

その言葉と共に回廊結晶が起動する。俺たちはその中に入って行ったのであった。

 

 

 

 回廊結晶がセットしてあったボス部屋の前に辿り着いたが、正直薄気味悪いな…まあこの先何が起こるのか分からないっていう不安のせいだと思うが…

 

「それでは諸君、解放の日のために!」

 

「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」

 

ヒースクリフの言葉に周りから大きな声が起こる。本当にあのおっさんはぶれないな…いつも堂々としていて…

俺には真似出来そうに無い。周りの連中はいつ戦闘が始まってもいいように武器を構える。

 

「戦闘開始!」

 

その言葉に続いて全員がボスフロアに入り扉が閉まる。ついにボスとご対面だと思っていたのだが…

 

『おかしい…ボスがいない』

 

ボスは一向に現れなくて出てくる気配さえ無い。周りは気味が悪い程静かで逆にそれが俺の恐怖を煽っている…昔のホラー映画の演出のようだ。

 

「上よ!」

 

アスナの声に従い天井を見上げると骸骨の頭部に骨だけの百足のような胴体、そして両方の手に鎌を持ったモンスターがいた。…名前は《スカル・リーパー》か…本当にホラー映画のような登場をしやがって。

 

「固まるな!距離を取れ!」

 

《スカル・リーパー》はそのまま俺たちが固まっている場所に急降下している。ヒースクリフの声にほとんどの奴は反応して各々散開したが逃げ遅れた奴が二名…おそらくあいつの姿にビビッてしまったのだろう。

 

「こっちだ!走れ!」

 

キリトの言葉に二人はようやく走るが間に合わないだろう。おそらくボスの攻撃が直撃する…しかしどっから見てもあの鎌による攻撃は下手をしたら一発で死ぬレベルの攻撃力を秘めているだろう。開始早々にやらせるかよ!

てめえの奇襲なんて返り討ちにしてやる!早速俺は本日一本目の槍を消費する。

《槍投げ》単発攻撃《ラッピド・ファイア》…その名の通りソードスキル立ち上げのための動作が最短である技だ。…硬直時間はそれなりに長いが…そして俺が投げた槍は直線を描き…

 

「カァァァァァァァァ!!」

 

なんと運の良いことに奴の赤い目に直撃した。そこが奴のクリティカルポイント…まあ目が弱点じゃない奴なんていないと思うが…だったらしく、態勢を崩した奴は床と衝突した。

 

「!全員ボスを囲め!」

 

流石ヒースクリフ…咄嗟に起きた出来事を冷静に分析してすぐに指示を出した。その指示に従って、未だに硬直している俺以外の連中が全員ボスを囲んで攻撃を開始した。しかし、ボスもあの巨体からは考えられない程の速さで態勢を直し、俺目掛けて突っ込んで来た。

 

「!ッち…!」

 

ボスの鎌による攻撃を防ぐ、しかし俺は今更ながらある事実に気づいた。

 

「コイツは鎌が二つあるんだった…」

 

ボスの鎌が次から次へと俺を襲い反撃をする隙すら与えてくれない。盾越しでもダメージは俺に蓄積してHPは既に黄色を迎えている。

 

「ふん!」

 

しかしその猛攻は俺とボスの間に入ったヒースクリフによって防がれた。あの攻撃を弾くなんてどんな化け物だよ…まあお陰で助かったのだが…俺はポーションを取り出して飲む。すると俺のHPはゆっくりと上昇していきついには最大値まで達する。さて…戦いは始まったばかりだ。俺はボスに向かって走った。

 

 

 

 突然のアクシデントで先制攻撃に成功した俺たちであったが時間が経つにつれて旗色が悪くなってきた。

 

パリーン

 

また一人ボスの鎌の犠牲になってしまった。

このボスは防御力もさることながら最大の問題点はその攻撃力の高さであった。特にあの鎌による攻撃…あれこそが先ほど攻略組のトッププレイヤーをたった一撃で葬ったものである。しかも奴はそれを二つも持っている。それに側面から攻撃しても見た目に合わずちょこまかと動く上に側面の足にも攻撃判定があるので攻撃を当てづらい。正直俺たちは攻めあぐねてた。せめて鎌が一本ならここまで攻めづらくなることはないはずだ。それに俺には奴の腕を一本消せれる技がある。しかし…そいつは相手に当てるのが困難な技だ。

 

「せめてあいつに近づけたら…!」

 

しかし、鎌の猛攻を凌いで正面から懐に入るのはたかが壁プレイヤーの俺には不可能だ。

今も正面に立っているが防ぐだけで精一杯だ。そんな時に千載一遇のチャンスが来た。

 

「行きたまえ。タツヤ君」

 

難なく二つの鎌をヒースクリフは盾で受け止めて俺に声をかけた。奴の懐はがら空きで隙だらけ…こいつを使うなら今しかない!俺は槍を取り出した。これで槍は全部切れた…でもこいつを決めれば俺たちは有利になる。絶対に外さねえ…!

全速力で走って右足を前に左足を後ろに…所定のモーションを行うとライトエフェクトを纏った槍が相手の腕の付け根に刺さる。だがまだ終わりじゃない…ライトエフェクトを纏ったままの槍をそのまま射出する。

《槍投げスキル》最上位技の一つ《アージェント・フィアー》…この技の特徴は《槍投げスキル》で最短の射程距離を持つことと

高速回転する槍が対象の耐久値を削る事である。

思った通りライトエフェクトを纏って回転する槍がボスを削り硬いものをドリルで削る音がする。そして…

 

パリーン

 

ボスの腕は床に落ちて消滅する。これで奴の脅威は半減した。

 

「全員ボスの腕が再生する前に叩くぞ!」

 

ヒースクリフの言葉を聞いてここにいる全員がボスへと苛烈に攻めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおお!!」

 

「はあああああああ!!」

 

 キリトの《二刀流》のソードスキルとアスナの細剣最上位技の一つ《フラッシング・ペネトレイター》がボスに突き刺さりボスが仰け反る。

 

「おりゃーーーー!!」

 

「うらあああああ!!」

 

そしてクラインの《刀スキル》による連続攻撃とエギルの地面を揺らすような斧の一撃が叩き込まれる。

 

「はあああああああ!」

 

「うおおおおおおお!!」

 

ディアベルの《片手剣》最上位技の一つ《ベルセルク・カリヴァー》と青竜連合の攻撃プレイヤーによる様々なソードスキルについにボスは態勢を大きく崩した。

 

「全員突撃!」

 

そんなチャンスを逃すわけなくヒースクリフの号令で壁プレイヤーも含めて全員がボスに突撃する。

 

「カアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

しかしボスは態勢が崩れても片方の鎌を振り上げて俺たちに下ろそうとする。俺は頭上にある巨大な鎌に気付いたが前にいる血盟騎士団の二人は気付いて無いようだ。

 

「お前ら上だ!」

 

しかし、俺の言葉は間に合わず鎌は降り下ろされる 。

俺が駆け付けた時には片方剣を持った一人は既にポリゴン片になり。もう一人の槍を持った奴も回復が間に合わない手遅れな状態であった。

 

「なん…で…」

 

それが奴の最後の言葉であった。その言葉を言い終わると同時に彼は先ほどの奴と同じようにポリゴン片になり消滅した。その場には彼の得物の槍だけがポツンと残っていた。

やっぱり目の前で誰かが死ぬことは慣れそうに無いな。コイツの顔と最後の言葉は忘れそうに無さそうだ…

 

 

 

パリーン

 

これまでとは違うそんな大きな音がした。音が起きた方に向くとその場にはボスは既にいなく青色の光の粒だけが残っていた。

こうして少なく無い犠牲を出して75層ボス戦は終わったのであった。

 

 




「アージェントフィアー!!」これは簡単に説明するとドリル+パイルバンカーみたいな感じですね。ゼロ距離でないと発動出来ない結構シビアな判定です。なぜ槍投げなのにこんな技があるのか…ゼロ距離射撃って男のロマンやん(笑)
ちなみに技名はとある騎士王デジモンから取りました。作者は意外に好きなのですが、あまり人気が無いようで…それでは次回予告です。
多大な犠牲を出した75層ボス戦、しかし戦いはまだ終わっていなかった。そしてついに茅場の正体が判明する。次回「最後の決戦と世界の終わり」にレディーゴーーー!!!


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第十五話:最後の決戦と世界の終わり

お気に入り登録してくださった方々ありがとうございます。
ついにSAO編完結です!
それではどうぞ


 ついに75層ボススカルリーパーは倒された。だが、この結果は手放しで喜べるようなものでは無かった。攻略組のトッププレイヤーから余りにも多くの死者を出してしまった。幸いな事に知り合いから死者が出てないが彼らの分の戦力を埋めるためには一体どれ程の時間がかかるのだろうか。…結局ボスに挑もうがいまいが多くの時間が余計にかかることは変わらなかったのかもしれない…それでもあいつらが命を散らして戦ったことには意味があったのだと思いたい…

 

「何人殺られた?」

 

「12人死んだ…」

 

クラインの問いにキリトが答える。途中から余裕が無くて数えていなかったがそんなにも殺られていたとは…こんなに犠牲を出して俺たちはあと25層も進めるのだろうか?益々嫌気がする。周りの奴も俺と同じように思ったのか顔を俯かせて暗い表情をしている。

…唯一人をヒースクリフを除いて…奴の方を見ると周りが疲れで座り込んでいる中いつも通り堂々と立っている。あそこまでくると嫌味に感じる…HPもギリギリ安全域の緑のまんまだし…あの一度もHPが黄色になったことが無いって噂は本当なんじゃないか?そんな事を思ってしまった。ふとキリトの方を見ると…

 

「?何やってんだあいつ?」

 

キリトは剣を構えて立ち上がりヒースクリフの方を睨み付けた。すると片方剣突進技ヴォパールストライクを発動しながらヒースクリフの方に走って行ったのだ。

 

「馬鹿!何やって…」

 

そんなことを口に出す前にそれに気付いたヒースクリフが盾で防ごうとしたがキリトの剣はその軌道を巧みに変えてヒースクリフに直撃するはずだった…

 

「!何…!」

 

しかし、キリトの剣がヒースクリフに当たることは無かった。それはヒースクリフの前に出た紫色の障壁が剣を防いだからである。

それは以前会った少女ユイと同じシステム的不死であった。これがプレイヤーに付与されることなどあり得ない。

 

「やっぱりそうか…コイツのHPはどんなことがあっても黄色にならないようシステム的に保護されているんだ」

 

つまりそれは……どういうことだ?あいつがユイと同じプログラムって事なのか?駄目だ…全然分からねえ。あいつの正体に見当がついているのはキリトだけであろう。

 

「この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった…あの男はどこで俺たちを観察し世界を調整しているのだろうってな…」

 

まさかヒースクリフの正体は…

 

「でも俺は単純な心理を忘れていたよ。どんな子供でも知っている事さ…他人のRPGを傍らで見ている事ほどつまらないことは無い…」

 

この世界を作った元凶…

 

「そうだろ、茅場晶彦」

 

その言葉に周りがざわつく。自分たちのリーダーがラスボスだとキリトは言っているのだ。しかしキリトの言葉にも奴は全く動じず平然と答えた。

 

「なぜ気付いたのか…参考までに教えて貰えるかな?」

 

その言葉は否定では無く肯定であった。つまり奴は本当にあの茅場だという事…

 

「最初におかしいと思ったのはデュエルの時だ。最後の一瞬だけあんた速過ぎたぜ」

 

そんな時からキリトは奴を疑っていたのか…しかしそれだけであんな行動を取るとは…いくらなんでも短絡的ではないだろうか?今回は結果オーライであったわけだがもし違っていたらどうするつもりだったのだろうか?

…まさか何も考えて無かったわけではないよな…

 

「…やはりそうか。君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまったよ」

 

それから奴は辺りを見回してキリトの方に向いた。

 

「確かに私は茅場晶彦だ」

 

その言葉にここにいる全プレイヤーが驚嘆する。

 

「付け加えれば100層で君たちを待ち受ける最後のボスだ」

 

「…趣味が良いとは言えないぜ」

 

最強の味方が最後のボスになる…RPGではよくある展開らしいがどうやら俺はそういう展開が嫌いのようだ。

今の俺は腸が煮え返るような怒りを感じている。

それから奴は自分の思い描いていたシナリオをすらすらと話始めた。《二刀流スキル》は全プレイヤー中で最高の反応速度を持つプレイヤーに与えられること、そのスキルを持ったプレイヤーが魔王に対する勇者の役割を持つこと…ムカついてほとんど聞いていなかったが大体がこんな内容であった。つまり俺たちはこれまであいつの掌の中で踊ってただけだということだ。それが無性に腹が立つ…!今すぐあいつに一発ブチ込みたい気分だが生憎ここからは遠い、それに槍も全部切れてしまった。しかし…

 

『あれは…』

 

俺は前方にあるものに気づきそれを手にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトside

 

 ヒースクリフの正体が茅場晶彦だという事とそいつの言葉はここにいる人間全員にとって大きなショックを与えた。特に奴を尊敬して入った血盟騎士団のプレイヤーにとっては受け入れがたいことであろう。

 

「よくも…よくも俺たちの忠誠を…希望を…よくも、よくも!よくもーー!!」

 

片手剣を持ったプレイヤーが叫びながら飛び上がり奴を斬ろうとする。しかしヒースクリフはそいつを見向きもせず左手で何かを操作しようとして…

 

カーーーーーーーン!!!

 

横から聞こえた轟音にさすがのヒースクリフも手を止めた。そこには紫色の障壁に止められた槍が突き刺さっていた。

 

「もう槍は切れていると思ったのだがね」

 

「そうかよ…俺はあんたが串刺しになってくれなくて残念だよ…」

 

ヒースクリフの視線の先には槍を投げた張本人タツヤがいた。タツヤはヒースクリフを睨み付けていた。

 

「それで何かな?まさか全プレイヤーの怒りを代表して私を殺そうとしたのかね?」

 

「あんた自分が何したのか自覚無いの?あんたへの怒りがこんなので帳消しになるわけねえだろ」

 

「確かにそうだ…」

 

この世界に囚われた人にそれを現実で待ち続ける人、それにこの世界で亡くなった人にそれを悲しむ人…茅場晶彦に恨みを持つ人は数えきれない程多いであろう。…俺もその一人だしな…

 

「こいつは俺の分と…あんたを信じて戦い散った部下の分だよ」

 

その言葉を聞くと奴は自分を突き刺そうとした槍を見て、どこか納得した表情をした。

 

「成る程…この槍は《ジーン》君の物であったか…君は彼が死んだことでドロップしたこの槍を使用した訳だね?」

 

「ああ、そうだよ。それで…自分を信じて戦って散った部下に何か言う事は無いの?」

 

すると奴は少し考える素振りをしてその質問に答えた。

 

「彼の死は誠に残念であった…」

 

「そういう言葉はそれらしい表情で言うものだぜ。あんたの表情バグってんじゃねえのか?」

 

その言葉に奴の顔が険しくなる。どうやら先ほどの言葉の中に奴の気に触れる様な言葉があったようだ。

…どこかはさっぱり分からないが…

 

「…そんなに私を挑発して…君は私と戦いたいのかね?」

 

「まさか。あんたと戦うならここにいる連中であんたをタコ殴りだよ。ラスボスなんだからそれぐらいいいだろ?」

 

すると奴は微笑んで答えた。

 

「それは出来ないなタツヤ君。私は最上階で君たちを待たなくてはいけない。ここで私と戦う権利があるのは…」

 

そう言って奴は左手でメニューを操作する。すると俺以外の人が床に崩れ落ちた。俺は咄嗟に倒れ込もうするアスナを抱き締めた。アスナの頭上には麻痺状態のアイコンが…

 

「勇者の役目を持ったキリト君…君だよ」

 

奴との一対一の勝負…これに勝てばアスナをこの世界から解放してあげられる。それなら俺がやることは決まっている。俺は…

 

『奴を殺す…!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タツヤside

 

 

 

 俺たちを麻痺状態にして動きを封じた奴はキリトに一対一の決闘を申し込んだ。ここでキリトが奴を倒せば俺たちはこの世界から解放される。しかし…

 

「駄目だ!あいつには勝てない!」

 

あいつはこの世界を作った張本人だ。この世界の事を奴は全て知っている。お前の切り札の二刀流だって奴が作ったんだ…そんな奴に一人で勝てるわけがない!そんな勝負受けるな!

しかし…

 

「分かった…」

 

「キリト君!」

 

俺の思いはキリトの野郎には届かなかった。アスナの悲痛言葉にもあいつの決意は変わらなかった。

クラインやエギルも呼びかけるがそれでもあいつは止まらなかった。

 

「エギル、クライン…今までサンキュー」

 

その言葉は今まで世話になった奴への遺言のように俺は感じて…あいつは自分の命を犠牲にしてでも奴を倒すつもりなのか!…馬鹿野郎!お前が死んで俺たちが助かったって誰もそんなの喜ぶ訳ねえだろう!お前が死んだらこの世界でも現実でもお前の帰りを待っている奴らはどうすればいいんだよ!

 

「一つ頼みがある…簡単に負けるつもりは無いがもし俺が死んだら…しばらくでいい…アスナが自殺出来ない様計らって欲しい」

 

「よかろう」

 

 

 

 そしてキリトとヒースクリフの殺し合いが始まった。

キリトはソードスキルを使わずに剣を振るう。システムによるアシスト無しであそこまで二つの剣を使いこなしているのはこれまでの戦いの恩恵であろう。しかし…

 

「駄目だ…!全部盾で防がれてる…!」

 

そのキリトの猛攻を奴は容易く盾で防ぎ反撃まで行う…それによりキリトのHPは少しずつ減っていく、ヒースクリフにはまだ一撃も当たってない…そのまま戦闘は続くが依然として状況はキリトが不利のままだ…それに焦ったのであろうキリトは二つの剣にライトエフェクトを纏わせて奴に攻撃をしたのだ。

 

「馬鹿!そんなことをしたら…!」

 

以前の決闘の時は奴の盾を突破出来たが今回もそうなるとは限らない、その上ソードスキル後の長い硬直は相手に隙を見せることになる。リスクが高すぎる…!

しかし一度発動したソードスキルは最後まで止まらない。そのまま奴に猛攻をかけるキリトであったが…

 

パリーン

 

何かが砕ける音がした。砕けたのはヒースクリフの盾ではなくキリトの片方の白い剣であった。キリトの攻撃は奴の防御を超えることは出来なかったのであった。そして硬直で動けないキリトに…

 

「さらばだ。キリト君」

 

そう言ってライトエフェクトを纏った剣による一撃を放つ。それを動けないキリトが避けられるはずがなくそのまま剣はあいつの体を…

 

「な…!なんで!」

 

しかし奴の剣はキリトに当たらなかった。それはキリトの前に麻痺状態で動けないはずのアスナが飛び出しその一撃を代わりに受けたからである。

奴の攻撃を受けたアスナをキリトは抱き締める。そしてアスナの体はこの世界で死んだ奴と同じようにポリゴン片になって消えた。なんでこんな事に…!ちくしょう!ちくしょう!俺は怒りで拳を床に叩き付けようとしたが俺の体は一ミリも動かなかった。なんで…なんで…なんでこんな時に動けないんだよ!

 

 

 

 そこからの戦いは痛々しくて見てられ無かった…アスナの細剣を持ちキリトはふらふろとしながらで剣を振るう…そんな剣が奴に当たるわけなく奴は剣を弾くとその剣は宙に舞った。そんなやる気を全く感じさせないキリトに興が削がれたヒースクリフはキリトに剣を突き刺し…そしてHPは減少していきあいつの体はポリゴン片になって消滅すると思われた。しかし…そうはならなかった。驚くべきことにキリトはHPが0なのに体を保っていたのだ。

 

「はああああああああ!!!」

 

キリトは叫びながら奴にアスナの細剣を突き刺した。そして…

 

パリーン

 

二人の体はガラスのように砕け散った。それはキリトが自分を犠牲にしてあいつを葬ったということだ…

 

『全プレイヤーのみなさんにお伝えします。ゲームはクリアされました。現在ゲームは強制管理モードで…』

 

そんな無機質な声が上から聞こえる。これで俺たちは帰れる…そのことを手放しで喜んでいただろう…こんな結果に終わらなければ…

 

「ちくしょう!なんで死んじまったんだよ!キリト!」

 

クラインの涙声だけが静かなボス部屋に虚しく響く。周りの奴も黙り込んでしまっている。…本当に…本当に…

 

『馬鹿野郎が…!』

 

そして俺は転移時と同じような光に包まれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと俺の視界は真っ暗で頭に何か重いものが載っているような感じがした。筋力が低下しているのだろう…上手く動かせない腕を使ってそれをどける…すると目の前には真っ白な天井に真っ白な壁…ここは病院であろう。

俺の左腕には点滴が刺さっており、右腕は…無機質な黒色の義手であった…

現実に帰って来て真っ先に俺が感じたのはようやく帰って来れたという喜びなどでは無く…あいつらを犠牲にして自分が助かったことへの罪悪感であった。

こうしてアインクラッドでの俺の物語は終わりを迎えたのであった…

 

 

 

 

 

 




勝ったッ!アインクラッド編完!
ついに終わりました。飽き性の私がよくここまで続けられたと本気で驚いています。
次回からはゆっくりまったり更新となるかもしれません。
それでは次回予告です。
現実へと戻ったタツヤは思いもしない人物に再会する…
次回『再会』にレディーゴーーー!!!


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妖精の幻想郷・・・《彼女との出会い》
第十六話:再会


お気に入り登録や評価をつけて下さった方々ありがとうございます。
ついにALO編に突入!意外に早く書けました。
それではどうぞ。


 俺が現実に帰って来たあの日…病院は一気に騒がしくなった。

無理も無い…今まで長い間昏睡状態であった6000人もの人が一斉に目覚めたのだ、家族に連絡をしたり先生を呼んだり…やることが沢山あるのだろう。

そんな事を考えているとナースの人から俺の家族が既に来ていることを教えて貰った。

そしてついに家族との対面の時が来た…

 

「おかえり。兄さん」

 

そう言ったのは黒髪を肩甲骨まで伸ばして車椅子に座っている俺の妹の三ケ島紗夜であった。俺が今まで距離を置いてきたたった一人の妹…

こいつには謝っても許されないような事をしてしまった…そんな妹と会わせる顔が無くて俺は祖父の家を出て一人暮らしを始めたのだ…

でも俺はあの世界で決めたんだ…こいつに許して貰えるまで謝り続けると…

 

「紗、夜…」

 

「?何?兄さん」

 

俺の言葉に彼女は首を傾げる。ここまで言えたんだ…今なら謝れるだろう…!しかし…

 

「…悪いけどもう疲れたから寝るよ」

 

結局俺はあの世界で自分で決めた事をやり遂げることは出来なかった…彼女の顔を直視した瞬間に俺にはそんな事をする度胸が無くなってしまったのだ。

彼女が悪いわけでは無い…悪いのは結局臆病で自分勝手で…そんな情けない俺自身なのだ。

あの世界で出会った奴らのおかげで少しは変われたと俺は思っていた…でも実際は何も変わっていなかったのだ…

 

「…そう…じゃあまた今度来るわ。お休み」

 

そう言って彼女は病室から出てしまった。

 

「…悪かったな、わざわざ来て貰ったのに…」

 

俺の言葉に彼女を連れて来た俺の祖父…橘菊次郎は無言で頷いて同じように病院から出て行った…

それから病室には他の被害者の家族が来ていてお互いに抱き合ったり再会に涙したりしていた。俺がこんな人間で無ければ…こんな事が出来たのかもしれない…そんな考えが頭をよぎった。まあ俺には叶うはずの無い事だったのだと諦めよう…俺は病室のベットに横になり眠りについた。

 

 

 

 次の日に俺は検査を受けることになった。どうやらあの世界から帰って来た奴は全員その検査を受けているらしい…表面に現れていないだけでどこかしろ異常が出ている可能性を考慮しているのだろう…

その検査が終わるとリハビリが毎日のように始まった…正直2年間も動かしていない衰えている筋肉を急に動かすのは中々にしんどかった…最初の頃は支えが無いと立てないし、ペンの一本すら持てなかったほどだ。

ちなみに…幸いな事に俺の右腕の義手には衰える筋肉という物が存在しないので不自由無く動かせている。あの世界に行った当初の目的はどうやら果たせたようだ…

俺の家族は毎日のようにお見舞いに来てくれたが未だに俺から話しかけたことは無い…それどころか最近は寝たふりをして彼らが何もせずに帰るのを待っているという最低な行動をしている…我ながら情けない人間だ…

しかし、そんな何も変わらない毎日はある日唐突に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前もしかしてタツヤか?」

 

 リハビリの休憩中に待合室でぼんやりしていると突然声をかけられた。

振り返るとそこには黒髪のどこかで見たことがあるような青年がいた。もしかしてこいつは…

 

「お前…キリトか?」

 

「そうだよ!髪が黒いから別人かと思ったぜ」

 

あの世界で茅場晶彦を道連れにして共に死んだはずのキリトであった。

 

 

 

 キリト…本名は桐ケ谷和人というらしい…からの話では何で自分が生きているのかは本人も分からないらしい…それは最早奇跡という言葉でしか表せないのではないだろうか…そしてキリトの口からは驚くべき事実が聞かされた…

 

「アスナが目覚めない?」

 

「ああ、彼女は生きているんだけど意識が戻らないんだ…総務省の菊岡って人から聞いたんだけど他にも300人近いプレイヤーが目覚めてないらしい…」

 

アスナが生きているという事実にも驚いたが、まだ目覚めて無い奴がいるだと…?一体何があったんだ?

考えられるとすれば茅場の企みがまだ続いているという事だがそれなら他の奴を解放した意味が分からない。

色々と考えてみるがいい考えは思い浮かばなかった…まあ俺如きが考えた程度のものならすぐに原因は分かるはずだしな…

 

「お兄ちゃーん!…いたいた!勝手にいなくなったら困るよ!」

 

「悪い悪いスグ。知り合いに会ってさ…」

 

その声にキリトは反応して申し訳なさそうに手を合わせる。そこには黒髪のボブカットに勝ち気な瞳をした小柄な少女がいた。おそらく彼女が以前キリトがシリカに話していた妹さんだろう…兄妹仲がよろしいようで…お前はしっかり仲直り出来たんだな…それに比べて俺は…

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

「ああ、何でもないよ」

 

どうやら俺の表情の変化に彼女は気付いたようだ。心配そうな声で聞いてきた…

 

「タツヤ紹介するよ。こいつは妹の直葉だ」

 

「初めまして。桐ケ谷直葉です」

 

そう言ってご丁寧にお辞儀をするキリトの妹さん…俺も自己紹介をしなくちゃいけないよね…

 

「三ケ島竜也だ…初めまして」

 

そう言うと彼女は驚いた顔をして俺に質問をした。

 

「もしかして…紗夜ちゃんのお兄さんですか?」

 

!俺はその言葉に驚いた。なんであいつの事を知っているんだ…!あいつと知り合いなのか?

 

「あ、ああ…」

 

「やっぱりそうですか。私が行くといつも寝ているって愚痴ってましたよ。今度は起きてて下さいね」

 

俺は動揺で口がどもってしまった。どうやら彼女はあいつの友達のようだ…

あいつの話をこれ以上聞きたくなくて俺はこの場から逃げ出そうとした…

 

「あ!そうだ…」

 

だが途中で俺はある事に気付いて立ち止まる、そして病衣からボールペンとメモを取り出して、そのメモに自分の電話番号とメールアドレスを書いてそれをキリトに渡した。

 

「?これは?」

 

「俺の連絡先だ。あの世界では世話になったからな…何か俺に出来ることがあったら遠慮無く連絡してくれ」

 

世話になったどころの話では無い…あいつがいなければ俺は未だにあの世界に囚われていて下手をしたら死んでいたかもしれない…あいつには返せ切れない程の恩がある…ならば少しぐらいは奴の手助けをしたいと思ったのだ。

 

「分かった。その時は頼りにしてるぜ」

 

「あまり期待はしないで欲しいけどな…」

 

そう言って俺はキリトと別れたのであった。

 

 

 

 俺が目覚めてから二か月後、ようやくリハビリも終わり無事退院した俺はついにあのアパートに帰って来た。しかしさらなる問題が俺の前に立ちはだかったのだ…

 

「あ、あと一ヶ月でここから出てってくれって…」

 

「仕方無いだろ?契約書に書いてあるんだから」

 

俺は以前このアパートの一室を借りていたのだが、あの世界に囚われていたためその契約期限があと一ヶ月の所まで迫っていたのだ。

 

「そんな事言われても…」

 

「…何?おたく契約を蔑ろにする気なの?それならすぐ出てって貰うよ」

 

さらに俺の必死の弁明を行うが、結局大家さんには聞き入られなかった。…はぁ。新しいアパートは探さなきゃならないし、バイト先は解雇されるし…踏んだり蹴ったりというのはこういう事を言うのだろう…今日はろくでも無い日だ…

 

 

 そんな時に携帯電話にメールが来る…宛先はキリトからであった…

 

「?どうしたんだ?」

 

あの時キリトにいつでも手伝うと言ったが奴からの連絡は一度も無かった…それなのにどうして…とにかく内容を見よう。俺はメールを開いた。

 

『タツヤ!急で悪いけど明日の朝10時に東京都台東区御徒町にあるダイシーカフェって店に来てくれ!』

 

東京都台東区というとここからは少し遠いな…電車と徒歩で20分というところか…それにしても…何故喫茶店なんだ?話をするならどこでもいいだろうに…まあ断る理由は無いが…

 

『分かった』

 

俺はそう一言書いてあいつに返信したのだ。

 

 

 

 

 そして現在俺は東京都台東区御徒町にあるキリトの言っていたダイシーカフェに来ていた。木造の喫茶店で看板には流暢な文字で《Dicey Cafe》と店の名前が書かれていてどこか大人な雰囲気が漂う店であった。周囲の所狭しと建物が並んだ感じはどこか《アルゲード》を思い出させる。現在の時間は9時40分…少し早く着いしまった俺は先に店に入ることにした。

 

「いらっしゃい!久しぶりだな!」

 

そんな迫力のある低温ボイスが聞こえた。そこにはバーテン服を着てグラスを磨いている、はち切れんばかりの筋肉を持つ黒人店主…阿漕な商売人エギルがいた。

 

「まさかカフェの店主だとは…てっきりあんたの仕事はプロレスラーだと思ってたよ」

 

「ハハハハハ!お前も相変わらずだな!ほい、水だ」

 

「…サンキュー」

 

口を開けて豪快に笑うエギル…つかそこまで笑うことはねえだろ…何がそんなに面白かったんだ?

俺はエギルから渡された水を一口飲む…うん、美味い…やはりこういう店は水なんかにも気を使うのだろうか…

そんな疑問が浮かんだ。それから久しぶりの談笑をしているとキリトが扉を開けて入って来た。

 

「悪い…少し遅れたか?」

 

「いや十分早いぜ。キリト」

 

キリトの問いにエギルが答える…実際俺が少し早く来すぎただけだしな…キリトが言った時間にはまだ全然時間に余裕がある。キリトはカウンターの椅子に座ると真剣な表情になってエギルに対して口を開いた。

 

「それでエギル…あの写真は一体何なんだ?」

 

「?写真?」

 

「何だ?お前何にも聞いて無いのか?」

 

「ああ…」

 

マジかよ…という顔で俺を見るエギル。こいつには恩があるんだ、それだけでこいつを手伝う理由は十分だよ…

すると俺たちの前に一枚の写真を出したのだが…

 

「?どこの写真だよ」

 

そこには見たことの無い景色が写っていた。青空に巨大な鳥籠のような物の中に人間の女性のような人がいた。少なくとも現実で取った写真とは思えない。

 

「それを拡大した写真がこれだ」

 

そう言って出された写真には鳥籠の中の女性を拡大したものが写っていた。…栗色の髪にあの特徴的な髪型は…

 

「…アスナにそっくりだな…」

 

かつてキリトを庇い命を散らしたアスナにそっくりだったのであった。

 

「それでエギル…これは一体どこの写真なんだ?」

 

するとエギルはこちらにゲームのパッケージのような物を滑らせてキリトの質問に答えた。

 

「アルブヘイム・オンライン…妖精の国だ」

 

 

 

 

 それは新しい戦いの始まりであり、同時に俺と彼女が出会うきっかけとなるのであった…

 

 




今回はいつもより文字数が少なくてスミマセンm(__)m
次回はついにヒロインが登場します!
妖精の国に行くことを決めたタツヤは再び仮想世界に足を踏み入れる。
そしてシルフ領《スイルベーン》でキリトと合流するのであった。
次回「火妖精と風妖精の五傑」にレディーゴーーー!!!


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第十七話:火妖精と風妖精の五傑

お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
いよいよヒロインが登場か?
それではどうぞ


 アルブヘイム・オンライン…エギルの話ではこのゲームにはレベルという物が無く、スキルの熟練度だけが上がっていくが戦闘はプレイヤーの運動能力に依存するらしい…それにしても…

 

「あんな事件があったのによくVRMMOなんてまた作れたな」

 

あんな事件…SAO事件のせいでVRMMOという画期的なゲームは安全性に疑問が生まれて衰退する物だと思っていたが、そうはならなかったのは正直意外であった。エギルの話では《ナーブギア》の後継機には《アミュスフィア》というセキュリティーの強化版が開発されたらしい。なんというか…お前らそれでいいのかよ…そんな事を思ってしまった…

 

「まあ俺もそう思ったがこいつが今大人気らしい。理由は…翔べるからだそうだ」

 

へぇ~翔べる…ね…

 

「妖精だから羽がある…フライトエンジンっていうのを搭載していて慣れると自由に翔ぶことが出来るらしい。まあ高度制限があるらしいがな」

 

キリトは翔べるという言葉に食い付いて他にも色々聞いていたが、その言葉は途中から俺の頭の中を通り過ぎた。

空を自由に翔ぶ…それは多くの人が一度は持った夢であろう…俺もそんな夢を持ったことが一度や二度はある。

おそらく誰もが一度は抱く夢ではないだろうか…しかし…それは叶うことが無い夢である。人間には自由に空を翔ぶ機能なんて存在しないからだ。…成る程、人気がある理由が分かった気がする。

絶対に現実では体験することが出来ない自分の手で翔ぶということが味わえるのだ…人気が出ない方がおかしいのではないだろうか?

 

「それでここはどこなんだよ?」

 

キリトの声で俺の思考は中断された。このゲームのどこの写真なのか…確かにそれが一番重要な点であろう。

 

「このゲームの中の世界樹という所だ。ここにある城に九種族のうちどの種族が先に着けるかを競っているんだと…高度制限のせいで翔んで行くことは出来ないし、そこに辿り着くためのクエストが馬鹿みたいな難易度らしい」

 

するとキリトは少し考えて口を開く、何を言うつもりなのかは表情から容易に想像できた。

 

「エギル、このソフト貰っていくぞ」

 

「行くつもりなのか?」

 

そう言うと思っていた…キリトの奴はアスナの事を助けたいと思っている。もし手がかりがあるとすれば、奴は例えそれがどれ程小さい物でも迷わずに行くだろう…キリトとはそういう人間なのだ…どこまでも真っすぐで諦めるってことを知らなくて…本当に眩しい奴だよ…

さて…なら俺がやることはもう決まっているな…

 

「つまり俺はお前と協力してアスナの所まで行く、もしくはお前だけでもアスナの所に行かせればいいんだな?」

 

「ああ。頼む」

 

どっちにしろ俺には拒否するって選択肢は無いがな…こいつには恩があるし、これぐらいの事ならいつでもやってやるよ…!

後々考えると…本当は恩があるからという理由で俺はこんな事を引き受けた訳では無かったのであろう…俺はこんな惨めな現実を見たくなくて…それで仮想世界に逃げようなんて考えたのだ。あの世界なら俺は少しは真面な人間でいれると思って…

なんてことは無い…俺はただ逃避したかっただけなのだ…

 

「じゃあなエギル。俺は今からソフトと《アミュスフィア》を買いに行くよ」

 

「待て。タツヤ」

 

正直金額的にはかなり厳しいが…奨学金を使えばなんとかなるだろう…本当はそんなことはやってはいけないが…俺はそう考えながら店から出ようとしたがエギルに止められる。

 

「《ナーブギア》で動くぞ。《アミュスフィア》はあれのセキュリティー強化版でしかないからな」

 

そうか…それならなんとかなるかな…正直奨学金を使うのはさすがに気が引けるからな…

 

「教えてくれてサンキュー。まあ…精神衛生上は絶対に使いたくねえけどな!」

 

俺の言葉にエギルは苦笑で返した。俺は近場のゲーム屋でソフトを買うために帰宅したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が疲労の状態でアパートに帰って来たのは夜の8時を越えた頃であった。

つか…いくらなんでも人気過ぎだろ…!なんでどこの店も置いてねえんだよ!俺は近場のゲーム屋に探しに行ったのだが見つからず、他の店に行っても見つからずを繰り返した。…結局見つかったのは11件目の店に行った時であった。

 

「さて…やるか…」

 

俺は最初にソフトを入れる。そして鞄の中に入れっぱであった《ナーブギア》を取り出した。気分がいいものでは無いが今はしょうがない…始める前に携帯電話を見るとメールの受信が一件…宛先は思った通りキリトからであった…

 

『協力者を見つけた。シルフ領の《スイルベーン》にある中央の高い塔の前で待っててくれ』

 

了解…!不謹慎な話だが…今の方が俺は活き活きしている…なにかしろやることがあればそれ以外の事からは目を背ける事が出来るからな…

 

「リンクスタート!」

 

かつてのSAOの時と同じように俺は仮想世界へと入って行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

『アルブヘイム・オンラインにようこそ。最初に性別とキャラクターのネームを入力して下さい』

 

 俺の前にはキーボードのような物が出た。性別は…勿論男で、名前は…あの世界にいた時と同じ名前にしよう…少しでもあの時の俺になれるように…名前にはTatuyaと記入した。

 

『それでは九の種族から一つ選んで下さい』

 

九種族から一種族を選ぶことになるが俺はどの種族にするかをあらかじめ決めていた。候補は三つ…シルフにノーム、そしてサラマンダーである。どちらも接近戦に向いている種族という特徴がある。いきなり魔法なんて使いこなせるとは思っていないからな…そしてその中から俺が選んだのは…

 

「やっぱサラマンダーだよな…」

 

結局俺はサラマンダーを選んだのであった。やはり俺は赤色というものが好きなようだ。

 

「それでは火妖精領のホームタウンに転送します。幸運をお祈りします」

 

その言葉と共に俺の体は光りだしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が消えると俺はどこかの町の上空を落下していた…って大丈夫なのかよ!このままだと地面に衝突するんだけど!しかし俺の体は地面まで数メートルという所で速度がゆっくりとなり無事足から着地することに成功した。

サラマンダー領はいかにも砂漠の町という感じであった。辺りを砂に囲まれ、建物もそれと同じような色合いの物が多い。あることが気になった俺は自分の姿を確認してみた…

 

「まあ、余計な心配だったよな…」

 

俺の心配事とは自分のアバターのことに関してであった。…別に容姿が気になったわけではない。ただ右腕がどうなっているのかを確認しようと思ったのだが俺の心配は杞憂であったようだ。…まあ、あの時が異常だっただけだしな。次は装備を整えよう…そう思って俺は所持金を確認したのだが…

 

「なんだよこの数字は!」

 

俺の有り金…この世界ではユルドと言うらしいが…が余りにも多すぎたのだ。えっと…一、十、百、千、万、十万…とにかく多い。初めてやったゲームとは思えない…

もしかして…!俺は自分のスキルの熟練度を確認してみるとそこには予想通りの結果が出ていた。

 

「あの世界と同じだ…」

 

俺がいたSAOの世界と全く同じであったのだ…投剣スキルと槍スキルの熟練度が最も高く、次にランスのスキルが高い…意外な事実であったが都合がいい。正直最初から育ててたらどれ程の時間をかければ世界樹に辿り着くか分からなかったからな…時間短縮出来て万々歳だ。

しかし、アイテムの方はバグっているようなので全部捨てた…使えない物は持たない主義だからな…

そうして俺はこの豊富な資金で装備を購入だけだったのだが…

 

「…金が切れた」

 

ランスに盾…そこまでは買えたのだがここで余計な物を買ってしまったのがダメだった。投剣を50本も衝動買いした俺は当初買う予定であったフルプレートアーマーを買うことが出来なかったのだ。

 

「…無いものは仕方ないよな…」

 

結局俺はそれを諦めて赤色の軽鎧とその上に羽織る同色のコートを買うことにしたのであった。お金は考えて使おう…俺はこの言葉を心に刻んだのであった…

そうして俺はこの町から出てシルフ領スイルベーンに向かおうとしたのだが生憎どの方向に行けばいいのか分からないので近くにいる人に聞いてみることにした。

 

「すみません」

 

「ん?俺?」

 

その人は赤色の兜に鎧、それと盾とランスを持った男性であった。他にも同じような格好の人をチラチラ見たのでおそらくはサラマンダーの中ではメジャーな装備なのだろう…

 

「シルフ領のスイルベーンって所に行きたいんですけど…」

 

「ああ。この先の森を東に行くと着くよ。でも気を付けた方がいいよ、あの森に冗談みたいに強いスプリガンがいて仲間やられちゃってさ~。俺逃げて来たんだよね」

 

そう言って彼は笑った。正直な話余り笑えるような内容ではないがそういうのが日常茶飯事なのだろう…中々にスリリングなゲームだな…

 

「そうですか。気を付けます」

 

「あ!ちょっと待って君!」

 

そのまま歩こうとすると声をかけられた。

 

「君ここからは翔んで行かないと結構時間かかるよ?」

 

「でも翔ぶの練習する時間も無いので…」

 

キリトは既にこのゲームを始めて協力者まで手に入れたのだ、俺のせいでこれ以上時間を無駄にしたくはない。

 

「それでも補助コントローラーぐらいは使えないと」

 

「?補助コントローラー?」

 

「そうそう。左手を立てて握ってみると出てくるから」

 

言われた通りにやってみると俺の左手にはコントローラーのような物が現れた。

 

「前に倒すと上昇、後ろに倒すと下降、左右で旋回だから」

 

前で上昇、後ろで下降、左右で旋回…よし!覚えた!

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして。初心者に教えるのも先輩としての役目だからね~。まあ気を付けて行きなよ」

 

俺はその人の言葉に気を付けますと返してスイルベーンのある方向へと翔び立ったのであった。

 

 

 

 そして俺は現在現在コントローラーを使って森の上を翔んでいた。やはり気持ちいいな…次はこれを使わずに翔んでみたい…そんな事を考えていると前に三人組の集団が…あの色はシルフか?丁度いい。こいつらに道が合っているか聞いてみよう。

 

「おーい!あんたら!」

 

「?サラマンダー?モーティマの使者か?」

 

俺の声を聞いて立ち止まった三人組。その中でリーダーらしき人物が口を開いた。?使者って何の事だ?

 

「いや、違うけど…」

 

「…ではサラマンダー風情が何の用だ?」

 

俺の返答にリーダーらしき人物は一気に不機嫌になる。…俺なんか気に触るような事言ったかな?さすがに分からないが…

 

「道聞きたいんだけど…」

 

俺の言葉に三人は小声で相談し始めた。しばらくすると話は終わったようで俺の方に顔を向けた。その目は獲物を見つけた獣のようにギラギラしていて…なんか嫌な予感がするんだけど…

 

「丁度鬱憤が溜まっていてな…悪いが貴様にはここで死んでもらう…!」

 

そう言ってリーダーらしき人物が何かを唱え残りの二人が突っ込んで来た。俺はギリギリその突撃を避ける。

 

「っチ!速いな…!」

 

さすがは九種族最速のシルフ…まだ翔ぶことに慣れていない俺にはかわすのが精一杯であった。さらに…

 

「うおっと!危ねえな!」

 

リーダーらしき人物からの魔法攻撃…数発の風の刃が俺を襲う。完璧に避けきることは出来ず俺はダメージを食らってしまった。HPは残り8割ぐらいか…

 

「ほう。なかなか素早いな…獲物が手こずらせてくれないと狩りはつまらないからな。精々俺たちを楽しませてくれよ」

 

そいつは楽しそうに笑った。

さっきから狩りとか獲物とか…俺は狐じゃねえよ!本当に腹が立つな…寄って集って初心者狩りなんて…

…もうキレた!

 

『返り討ちにしてやる…!』

 

 

 

 

 まずはこの状況を変えるために俺は森の中へと入って行った。

 

「あいつ…!逃げるつもりか!」

 

そう言って二人は俺を追いかけて森の中へ入る。…これで奴らの高速飛行は封じた…こんな木が生い茂っている中でそんな飛行をする奴はいないだろう…馬鹿め!お前らは誘い込まれているんだよ!

 

「クソ!あいつどこにいやがる!」

 

そう言って辺りを見回す二人組…まあこっちからはお前らが丸見えだけどな。ちなみに俺は今樹の葉っぱの中に隠れている。さすがにそんな所にいるとは奴らは考えていないようだ。

 

「二手に分かれて探すぞ!俺はあっちに行くからお前はそっちに行け」

 

「分かった」

 

そう言って二手に分かれるシルフのプレイヤー…予想通りの展開過ぎて怖いぜ…そう思いながら俺は狙いを定める…まずは一人め!

 

「なっ!?」

 

俺に気付いたようだがもう遅い…!高所からの急降下で勢いの乗ったランスで頭から串刺しにする。…我ながら中々恐ろしい図になってしまったが奴らの自業自得であろう…

しばらく刺し続けているとそのプレイヤーは緑色の炎になってしまった…成る程死んだらこうなるのか…残りは二人…合流される前に一人やらないと…俺は先ほど向こう側に行ったプレイヤーを探すことにした。

 

『いたいた…!』

 

もう一人は地面に降りて辺りを見回しながらウロウロしていた。こちらには気付いていないようだ…こういう場合は奇襲をして一撃で仕留めるのが一番ベストだな…反対側を向いた瞬間に突撃しよう。

 

「な!馬鹿な!」

 

奴は俺を見て驚く…それは俺が全速力で翔びながら突っ込んでいる…所謂低空飛行をしているからだ。こんな森でそんな速度で翔ぶ奴なんていないと思ったのだろう。しかし…残念ながらこの場所はそんなに入り組んで無いから変な所に衝突することは無い。こんな場所でウロウロしてるなんて…少し危機管理能力に異常があるんじゃないか?俺は奴にランスを突き刺したまま翔び続ける…しばらくするとHPが無くなった奴はさっきの奴と同じように緑色の炎になった。これで後はあのリーダーの野郎だけだな…俺は森の上へと翔んでいった。

 

 

 

「私の部下はどうした?」

 

「知らねえな。今頃は緑色の炎になってプカプカしてるんじゃないのか?」

 

 俺の言葉に奴は驚いたようだ。自分たちが狩る側から急に狩られる側になったのだ…それは確かに驚くのも仕方ない事であろう…まあ、ざまあみやがれ!

 

「ありえん!貴様のような初心者に…」

 

「今度から喧嘩吹っ掛ける相手は選ぶんだな。それでどうすんの?俺と戦うのか?」

 

こんな挑発をした俺であるが正直こいつには勝てないであろう…装備がさっきの奴らと随分違うし何より空は奴のフィールドだ。先ほどの森に誘い込む作戦も使えないとなると俺に勝ち目は無い…しかしここで強気な態度でいかないと相手はこっちに勝ち目が無いと考えて攻撃してくるだろう…こっちはまだ戦えるという姿勢を見せる事が大事なのだ…さて、奴は思った通りに動いてくれるかな…

 

「…次は必ず殺す…!覚えていろ!」

 

そう言って奴はもの凄い速さで逃げて行った。…助かった…俺の思った通りになってよかったぜ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あんな襲撃があった後、俺はようやくスイルベーンに着いた…この町は今は日中ということもあって全体的に明るい街だ。サラマンダー領のあの町もあれはあれで個人的には結構気に入っているのだが、多くの人はこちらの町を選ぶだろう…そう良い町だ…町はね…

 

「なんか周りの視線が痛いんだけど…」

 

現在俺は町にいるシルフからもの凄い敵意を向けられている。…俺こいつらに何もしてないよな?流石にこんな大人数にあんな視線を向けられたらちょっと怖いんだけど…

そんな事で肩身の狭いままキリトに言われた塔に向かうと前には誰かを待っている様子のスプリガンとシルフの二人組がいた…どうやらあいつらを待たせてしまったようだ…

 

「悪いキリト…で合ってるよな」

 

「遅いぞタツヤ。何してたんだよ?」

 

「…まあ色々と…」

 

主にソフトを探し回ったり、どっかのシルフの集団リンチに遭ったり…本当に散々な目に遭ったな…

 

「そ、そうか…」

 

どうやら俺の表情からこれまでの苦労を察してくれたようだ…引きつった笑みで俺に言葉を返してくれた。

さて…これからの計画について話合わないとな…気持ちを切り替えよう…あ!その前に…

 

「あんたが協力者か?悪いな付き合って貰って…」

 

俺たちに協力なんてしてくれる物好きな奴に挨拶しないとな。キリトの隣には協力者であろう緑色のいかにも妖精のような服を着た金髪をポニーテールにした女の子がいた。その少女は俺の姿を見るなり腰の長刀に手をかけたのであった。…ってオイ、オイ、オイ、オイ!!!

 

「サ、サラマンダー!」

 

「待て待て待て待てーーー!!リーファ落ち着けって!こいつは大丈夫だから!」

 

キリトの説得と俺が両手を上げて降参の意を示したことによって彼女はその手を戻した…助かった…さすがにここまで来てサラマンダー領からやり直したくは無いからな…それにしても…

 

「な、なんだよ…?」

 

「…いや、お前はいつも通りだな~って思って」

 

「…なんか俺馬鹿にされてるような…」

 

協力者が女の子って…お前またやっちまったのかよ…まさかこの世界でもキリトの被害者が出るとは…。少しはその女運をクラインにやったらどうだ?…これはアスナも苦労するな…

 

「ご、ごめんなさい。サラマンダーとはちょっとあって…いきなり攻撃するような事を…」

 

「…ああ、大丈夫。気にしてねえよ…」

 

この世界に来てからいつでもプレイヤーに襲われる覚悟は出来ていた。…主にどっかのシルフやシルフやシルフのおかげで…意外に根に持っているんだな俺…

 

「でも…」

 

「気にしてねえって言っただろ?あんたは結果的には攻撃しなかったんだから謝る必要は無いよ」

 

「…ありがとう」

 

感謝の言葉と共に彼女は明るく微笑む、その眩しい笑顔に俺は目を逸らして無言で頷く事しか出来なかった…やはり俺はこういうタイプの笑顔は少し苦手なようだ…

 

「そういえばまだ自己紹介してなかったよね?私はリーファ。よろしくね」

 

「タツヤだ。よろしく」

 

自己紹介の後、俺たちはこの塔のてっぺんまで昇ることになった。なんでも高い所から翔ぶことで飛行距離を伸ばせるらしく多くのシルフがここを利用するということだ。楽しそうに俺たちの手を引っぱって行くリーファ…なんというか元気な奴だな…そんなことを考えてしまった。

 

「リーファ!」

 

もうすぐでそこまで辿り着くというところでリーファを呼ぶ声がした。俺たちが声を発した方向に振り返ると…

そこにはあの森で俺を襲った三人組のシルフがいたのであった…

 




このALO編では多くの所でオリジナル展開となる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
世界樹を目指すためにタツヤ達はルグルー回廊に入るのだが…
次回「挑発と落とし穴」にレディーゴーーー!!!


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第十八話:挑発と落とし穴

お気に入り登録や評価をしてくださった方々ありがとうございます。
だいぶ時間がかかってしまいました。
やっぱりヒロインとの絡みって難しいですね。結構苦戦中です。
それではどうぞ


「…こんにちは。シグルド」

 

「パーティーから抜ける気なのか?リーファ」

 

 どうやらリーファは俺を襲った連中のリーダー…名前をシグルドと言うらしい…と知り合いのようだ。まあ、彼女の表情を見れば好ましい相手では無いようだが…

つかシグルドって…シグルド …通称ジークフリート…バルムンクやグラムのような名剣やグラニという名馬を持ち悪竜ファフニールを打ち倒しその血を浴びたことで不死身の体となった北欧神話の英雄である。よくもまあそんな大層な名前を付けれたなと悪い意味で感心してしまった。

 

「うん…まあね」

 

「残りのメンバーに迷惑がかかるとは思わないのか?」

 

その言葉にリーファは少し不機嫌そうになる。

 

「…いつでもパーティーから抜けていいって約束だったでしょ?」

 

「だがお前は俺のパーティーの一員として名が通っている。勝手に抜けられたらこちらの面子に関わる」

 

はあ?何言ってんだこいつ?約束しといて自分の都合でダメだとか…あんた自分勝手過ぎじゃねえのか?っと言いたい気持ちを抑える。ここで俺が話したらますますややこしくなるだけだしな…まあこんな距離でも俺に気付いて無いあいつらにその目は飾りか?って聞いてみたいが…そいつも今はやめておこう。

しかしこの会話に一言言わずにはいられない奴が一人…

 

「仲間はアイテムじゃないぜ…」

 

「ん?何だと?」

 

困った人…主に女の子…に手を貸さずにはいられない男…キリトであった。キリトは堂々とシグルドの前まで歩くと再び口を開く。

 

「他のプレイヤーをあんたの大事な剣や鎧みたいに装備にロックしておくことは出来ないって言ったんだよ」

 

「…貴様」

 

キリトマジカッケー!…でもそれ相手を完全に怒らせる言葉だから。なんでこんなところでトラブル起こすかな… シグルドは剣に手をかけ今にも飛び掛からんとする。

 

「屑漁りのスプリガン風情がつけあがるな!どうせ領地を追放されたレネゲイドだろうが!」

 

レネゲイド…文脈から察するに領地に戻れなくなったプレイヤーのことを言うのだろう…俺勝手に領地出てったけど大丈夫かな?…なんだか少し心配になってきた…

 

「失礼な事言わないで!キリト君は私の新しいパートナーよ!それとタツヤ君も」

 

あ!待てリーファ!…しかし俺の心の声がリーファに届くわけ無く奴らの視線は俺の方へ…

奴らはあり得ない物を見たかのような驚いた表情をした後にその顔に怒りの感情を表した。

 

「!貴様はあの時のサラマンダー!」

 

「え?何?あなた達知り合いなの?」

 

そんな良いものでは無いがな。いうならば加害者と被害者の関係だ…勿論、被害者はこちらだ。

 

「そんな奴らと組むとは…!リーファ!貴様シルフを裏切るつもりか!」

 

シグルドの言葉にさすがにリーファも驚く。いきなり裏切り者呼ばわりされたのだ、そんな反応をしても仕方無い事であろう。

 

「そ、そんな気は…」

 

「黙れこの売国奴が!貴様のような奴が俺達と同じ種族だとは虫唾が走るわ!」

 

先ほどのシグルドの罵声に段々と表情を曇らせるリーファ…仕方無い、大体は俺とあいつらの因縁のせいでこんなややこしい事になってしまったのだ。怒りの矛先を元に戻してやろう…

 

「あんたら寄って集って弱い者イジメしか出来ないのかよ?情けねえ奴らだな。そんな奴がパーティーのリーダーなんて笑えるぜ」

 

「何だと!」

 

どうやら奴らの注意はリーファから俺に向いたようだ。壁プレイヤーとしての経験がこんな所で役に立つとはな…ヘイト値の操作はお手の元だぜ…!まあ、こんなMobよりも扱いやすい連中はそうそういないけどな…

 

「大体、自分の都合ばかり相手に押し付けて聞く耳持たずとかいくらなんでも自分勝って過ぎだろ。約束ぐらい守るって今時幼稚園児でも知ってるぜ。あんた常識無いの?」

 

「!貴様!今すぐその首斬り落としてやる!」

 

そう言って剣を抜いて俺の目の前に切っ先を向けてくる…しかし残念ながらこいつは攻撃できない…なぜなら…

 

「そうか…あんた無抵抗の人間をこんな衆人観衆の多い所で殺すっていうのか?」

 

そう周りにいる他のシルフプレイヤーのせいである。こういう面子がどうこう言う人間はプライドが無駄に高いからな…少なくともこんな人が多い所でそんな一方的な虐めみたいなことはしないであろう。

奴はやはり周りの目が気になるようで剣を戻した。

 

「せいぜいフィールドでは逃げ隠れするんだな」

 

「ご忠告どうも。あんたらも俺ばかりに気を取られて後ろから刺されないように気を付けるんだな」

 

俺の言葉に奴は舌打ちをして取り巻きと一緒に帰って行った。

 

 

 

「ごめんね。変な事に巻き込んじゃって…」

 

 奴らの姿が見えなくなると同時にリーファが口を開いた。それは謝罪の言葉であった。こんな事になったのは自分のせいだと思っているのだろう。全く…

 

「…寧ろ巻き込んだのは俺の方だよ。俺がいなけりゃあんな事にはならなかっただろうさ」

 

それに…

 

「謝るなら俺の方だ。俺のせいでリーファに変な疑いがかけらたんだからな…悪い」

 

「そ、そんなこと…」

 

「これでこの話は終わりだ。もう気にするな」

 

これ以上この話をするとますます彼女が責任を感じそうなので強引に終わらせた。その後俺たちは終始無言のままリーファに頂上へと連れて行かれたのであった。

 

 

 

 

「「…すげー」」

 

 塔の頂上に辿り着くと我ながらそんな単純な言葉しか出なかった。俺たちの前には青い空と緑の草原が見渡す限り広がっていて…俺の言葉では表現出来ないほど美しい景色が広がっていたのだ。

俺たちの言葉にリーファは満足そうな顔をした。どうやら思った通りの反応だったらしい。

 

「空が近い。手が届きそうだ…」

 

キリトの言葉に同意する。現実でも高い建物はいくらでもあるがここまで空を近くに感じる事は無かった。

…なんだか不思議な景色だな

 

「でしょ。この空を見てると小っちゃく見えるよね。色んな事が…」

 

そう言って彼女は空に手を伸ばす…

 

「…なんでああやって縛ったり縛られたりしたがるのかな?…せっかく羽があるのに…」

 

おそらく先ほどのシグルドの事であろう…どうしてか…きっとそれは人間だからであろう。羽が生えたからってそんなすぐに変われる訳では無い。どうしてもそうなりたくなければ人と関わるのをやめるしかない。

 

「複雑ですね。人間は…人を求める心をあんなややこしく表現する心理は理解出来ません」

 

そんな女の子の声が聞こえた。…え?ここには俺たち以外いないはずなんだけど。声の主はキリトの胸ポケットから出て来た。

 

「お久しぶりですね」

 

声の主の姿を見て俺は驚いた。あの時よりもはるかに小さいが、その姿はかつてアインクラッドで出会ったキリトとアスナの娘…ユイであった。

 

 

 

 

「久しぶりユイちゃん。…あの時は悪かったな。いきなり怒鳴って…」

 

あの時とはあの第一層の地下ダンジョンの事である。あの時は感情に任せて彼女を怒鳴りつけてしまったからな…今思い返すと中々に罪悪感が湧き上がる…後々になって自分の行動を反省する事が俺には多いようだ。

しかし、俺の言葉にユイは首を振った…

 

「いいえ、私が今ここにいるのはあなたが私の心に訴えかけてくれたお陰です。私は偽物では無いって…パパとママの本物の娘なんだって言ってくれました。だから…」

 

ありがとうございます…そう言って彼女は明るく笑った。その笑みを見て俺は…俺なんかでもこの少女を救えたんだと思った。その事実がただ嬉しくて…俺は久方ぶりに心から微笑んだ。

 

「…どういたしまして」

 

ただ…キリトとリーファが俺の方を見てあり得ない物を見るかのような視線を向けているのを見て一気に恥ずかしさが湧き上がる…な、なんか話題を変えないと…!

 

「そ、そういえばさっきの話って何だっけ?ほら、人を求める心がどうこうって言うやつ」

 

「?先ほどの話ですね?縛ったり縛られたりするのはその人を求める行為だと考えます。ただ私にはそんなややかしい表現をするのが理解出来ません。そうですね…」

 

幾ばくか冷静さを取り戻した俺はユイの意見について少し考えてみる。…成る程…そういう捉え方も出来るのか…確か彼女は元々はカウンセリングを行うプログラムだったんだっけ?その年不相応の鋭い意見に素直に感心してしまった。ただ…

 

「私なら…こうします。とてもシンプルで明確です」

 

と言ってキリトの頬にキスをしたのを見てその行動は人間には容易には出来ないと率直な感想を抱いてしまった。彼女にはまだ学ぶべき事が多いようだ。

 

 

 

 

「リーファちゃ~ん、ひどいよ~!!」

 

 急に後ろから声が聞こえたので振り向くと緑色のおかっぱヘアーをした気の弱そうな少年がこちらに走って来た。

 

「ゴメン。レコンの事忘れてた」

 

その言葉にシルフの少年…レコンはがっくりと肩を落とす。先ほどのシグルドとは違いリーファの友好的な知り合いのようだ。

 

「私はパーティー抜けちゃったけどあんたはどうするの?」

 

その言葉にレコンは短剣を上に掲げて自信満々に答えた。

 

「決まっているよ。この剣はリーファちゃんだけに捧げているんだから」

 

今時そんな恥ずかしいセリフを真面目に言えるような奴は隣の黒ずくめだけだと思っていたがそうでは無かったようだ。…まあ、短剣という所が些かカッコ付かないと思ったが…

 

「え~別にいらない」

 

しかしリーファの返事にレコンは再びがっくりと肩を落とす…なんというか反応が面白い奴だな。きっとこのやり取りが日常茶飯事なのだろう。

 

「まあ、そういうわけだから…でも今ちょっと調べてる事があってさ…それが終わったら追いかけるよ。キリトさん、それと…『タツヤだ』タツヤさん…彼女トラブルに突っ込む癖があるので気を付けて下さい」

 

レコンはそのまま俺たちに背を向けて向こうに歩いて行った。

俺はここから翔び立つために左手を握り補助コントローラーを出した。しかし…

 

「「え!?自力で翔ぼうよ」」

 

そうこの二人…まさかのキリトも補助コントローラー無しでの飛行をマスターしていたのだ。なんというか…流石のセンスだなキリトは…正直な事を言えば俺だってコントローラー無しで翔びたいが…

 

「今更練習する時間も惜しいし、俺はこいつでいいよ」

 

そう…今回の目的は俺が翔べるようになる事では無い。出来るだけ早く世界樹辿り着き、アスナを助けるための手がかりを探す…これが一番重要な事なのだ。しかし…

 

「ダメだよ!せっかく翔べるんだもん。勿体無いよ!」

 

その言葉を発したのはリーファであった。どうやら彼女は翔ぶという行為に魅せられているようでお節介を焼いてくれたようだ。

 

「でも俺たちはなるべく早く世界樹に行きたいんだ。俺に割く時間なんて無いよ」

 

するとリーファはしばらく考えた後何か名案を思い付いたらしく口を開いた。

 

「ならこの後休憩する時に私が翔び方教えてあげる!それなら時間が無駄にならないでしょ?」

 

「でもそれだとリーファに迷惑がかかるだろ?」

 

確かにそれだと時間はそれほど無駄にならないが休憩中なのにリーファの手を煩わせてしまうことになる。そこまで迷惑をかけてしまったら流石に悪いと思ったのだが…

 

「私がやりたいからやるだけだし迷惑なんて思わないわ。その代わりスパルタでいくから覚悟しててね」

 

「…そこまで言うならお願いするよ」

 

結局リーファの断固とした態度に屈した俺はリーファから直々に教えて貰うことになった。

十分後、俺たちは近くのフィールドで休憩することになった。

 

 

 

「さて、これから翔び方のレクチャーをするわ!絶対にこの休憩時間中に翔べるようにするから頑張りましょ!大丈夫!私に名案があるから」

 

 そして現在俺はリーファからレクチャーを受けているが…正直不安だ。キリトの話ではマスターするのに二十分程はかかったらしく、しかも失敗するたびにどこかに衝突していたらしい。

一体十分程の時間でどう出来るというのか…

 

「まず後ろを向いて羽を出して」

 

俺は言われた通りにした。するとリーファの手が俺の肩甲骨付近に添えられる。

 

「ここから仮想の骨と筋肉が伸びてるイメージをして」

 

「仮想の骨と筋肉…」

 

カサカサカサ…俺の羽が動く音がする。成る程…羽はこうやって動かすのか。

 

「そうそうそんな感じ。そのイメージをもっと強くして!」

 

さらに意識を羽に向けるともっと大きな音が聞こえる…これでなんとか羽は動かせそうだ。さて…

 

「なあこの後は『じゃあ行くよ!せーの!』ってうおおおおお!!!」

 

この後に何をすれば良いのか聞こうと思ったらリーファに体を押される…そのまま俺は様々な所に当たりながら翔び続けた。

…リーファの名案とはとにかく失敗でもいいので数をこなす事であった。…それは転けた分だけ自転車が上達するのと同じように…正直それは誰でも思い付く考えだとは思ったが、それでも効果はあったようだ…

 

 

 

 

「は…ははははは!スゲー!俺翔んでるよ!」

 

「凄い!凄い!中々飲み込みがいいね」

 

リーファの猛特訓のお陰で俺はコントローラー無しでも翔べるようになったのだ。最初はリーファに文句の一つも言おうかと思ったが、そんな事はどうでもよく感じてしまった。こんなに翔ぶことが楽しいとは…リーファには感謝しないとな…

 

「よし!じゃあ一回の飛行であの湖まで行くよ!」

 

俺たちは湖に向けて翔び出したのであった…

 

 

 

「はああああ!」

 

キリトの身の丈程もある剣で二体の羽の生えた紫色のトカゲのようなMobがポリゴン片となり消滅する。

 

「だあああ!」

 

負けじと俺もランスでMobを一体串刺しにして消滅させる。もう一体のMobは逃げ出したが…

 

「~~~~!」

 

リーファの魔法による攻撃…無数の風の刃がそいつを貫き止めを刺した。

やっぱり魔法って便利だよな…今度どんな魔法が使えるのか調べておこう。そんな戦闘を何度か終えた後、俺たちは森の中に降りて行った。

 

 

 

 森に降りると俺は肩を回す。この世界では肩が凝るなんて事は無いのだが反射的にやってしまった。

 

「ここからは空の旅は終わりで歩いて行くから」

 

リーファの話ではここにある山が飛行限界高度よりも高いので洞窟を抜けるしか道が無いそうだ。なんというか…面倒だな。なんで飛行限界高度なんて作ったのか…開発者の意図が分からない。

 

「じゃあローテアウトしようか?」

 

「「?ローテアウト?」」

 

「えっとね…ローテアウトっていうのは…」

 

ローテアウトとは簡単に言うと交代でログアウト休憩することでその間は他の人が空のアバターを守る事らしい。そういうことなら…

 

「なら、先俺からでいいか?」

 

「うん。別にいいよ」

 

生憎こっちはゲーム屋を梯子してたせいで朝しか食べて無いのだ。さすがに腹が減っているだろう。

俺はメニューを開いてログアウトボタンを押したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナーヴギアを頭から外すとそこにはあの世界での綺麗な景色とは似ても似つかない殺風景な俺の部屋が視界に映った。まずはとっとと飯を食おう…俺はコンビニへと向かった。

 

 

 

リーファside

 

 タツヤ君がログアウトした事でここにはキリト君に私、そしてユイちゃんだけになった。

 

「あいつもしかして飯食って無かったのかな?」

 

急にキリト君が口を開いた…ご飯を食べてない?

 

「ねえ、どういうこと?」

 

「?ああ、あいつ飯食べる時間すら削ってログインしそうだなって思って…」

 

VRMMO中毒者の中には食事や睡眠時間すら削ってやる人がいるという話を聞いた事がある。彼もそうなのかと思ったが違ったらしい。

 

「この世界に誘ったのは俺なんだけど…あいつ自分も大変だろうに付き合ってくれたんだ。あいつは俺に恩があるって言ってたけど、俺も大分あいつに恩があるんだ。もう少し自分の心配をして欲しいよな…」

 

それは友人を心配するような顔であった。

 

「確かに自分の事は省みないところがあるよね」

 

シグルドの時だってそうだ…わざわざあいつに挑発して私を庇ってくれた。無愛想だけど会ってそんなに経ってない私の事を気にかけてくれた…

 

「でもあいつは知り合いじゃ無い奴には結構無関心だからな…あいつはリーファの事を結構気に入ってるみたいだな」

 

私の事を気に入ってる?その言葉がなぜか心に引っ掛かった…一体私のどこを気に入ったのか…今度時間がある時に聞いてみよう。正直に答えてくれるかどうかは分からないけど…

 

「何話してたんだ?」

 

声の主はタツヤ君だった。思ったより早かったけどちゃんとご飯食べたのかな?私はそんな心配をしたのであった。

 

 

 

 

コンビニで適当な飯を買い帰宅して、食事を済ませた俺は再びログインした。

 

「じゃあ次は私ね。二十分ぐらいで戻るからその間よろしくね」

 

そう言ってリーファはログアウトした。さて…

 

「おい。今のうちに作戦を確認するぞ」

 

「?作戦?」

 

オイオイオイオイ…まさかノープランじゃないよな…

 

「どうやってグランドクエストをクリアするかって事だよ」

 

「え?そんなの俺が前衛でお前が防御するんだろ?」

 

…ダメだこりゃ…俺は溜め息が出そうになった。そんな御粗末な作戦で本当にやれると思っているのか?

 

「…そんなんで行けるなら今頃誰か辿り着いてるよ」

 

そう…たった三人で行けるならどこかの大規模パーティーがとっくにクリアしているだろう。問題はこれまで多くのパーティーが挑んでもクリアには至らなかった事である。何かしらの要因があるに違いない…そういえば…

 

「お前はグランドクエストの内容って知ってるか?」

 

俺はグランドクエストの事を何も知らなかったな…一体その馬鹿なクエストはどんな内容なんだ?

 

「ああ、ガーディアンを倒して上に辿り着くクエストらしい。一体一体はそんな強くないけど数が滅茶苦茶らしい…」

 

数の暴力か…確かに厄介だな。戦いは数だよ!そんな事を言ってた奴がいたが本当にその通りだと思う。

どんな強い奴でも物量作戦で消耗させれば最後には負けてしまう。なんだかフロアボスの気分が味わえそうだ…まあそんなの味わいたく無いけどな…

 

「それで上に辿り着いて妖精王オベイロンに最初に会った種族に飛行制限が無くなるらしい」

 

成る程…それだと別種族同士の同盟とかは無理そうだな。変な所で根回しがいいようで…そこまでしてクリアさせたくない理由は何なのか?益々怪しいな…

それにしても妖精王オベイロンか…中々懐かしい名前を聞いたな…。?あれ?

 

「なあオベイロンだけなのか?ティターニアは?」

 

あの二体でセットだと思っていた俺はキリトに聞いたが返って来たのは予想外の言葉であった…

 

「?何だよティターニアって?」

 

「はあああああああ?!」

 

何で知らねえんだよ!って顔でキリトを見ると何で知ってんだよ!って顔で返される…仕方無い…

 

「いいかキリト!ティターニアっていうのはな…」

 

分かりやすく俺が教えてやろう!

 

 

 

キリトに話した事は基本的な事だった…ティターニアはシェイクスピアの戯曲の登場人物であり妖精王オベイロンの妃であること、連れ去った子供をめぐって関係の無い妖精や人も巻き込んでしまう事…俺も随分前に読んだから詳しい所は覚えていないが大体は合っているだろう。その話を聞いたキリトは…

 

「妖精って思ったよりえげつないな…」

 

「俺もそう思うよ」

 

キリトの感想は当然の事であろう。記憶を奪ったり子供を連れ去ったり入れ替えたりさらには人を殺したり…正直悪戯なんて可愛い物では無い。しかし、時には家事を手伝ったり農作業の手伝いをする…無邪気で自由気儘な生き物…それが妖精なのだ。

 

「話が逸れたな…話を戻すとクエストをクリアするためにはこちらも数で勝負するしか無いって俺は考えている」

 

なるべく大規模パーティーで攻めて相手の戦力を分断させる…ガーディアンがどの程度の強さかは分からないが10体、20体位ならキリトはどうにか出来るだろう。…俺には厳しいかもしれないが…

 

「つまりパーティーを募集するか、どこかのパーティーに入れて貰えって事だよな?でも俺たちみたいのに付いて来る奴も、入れてくれる奴もいないんじゃないか?」

 

「そうなんだよな…」

 

確かに俺たちのような新入りにそんな事をしてくれるような奴はいない。しかし、これが俺が考える中で最も確実な方法なのだ…もっと良い方法が思い付けばいいのだが俺には無理そうだ。

 

「ともかく今はそういうパーティーが有ったら何がなんでも入れさせて貰えって事を覚えていてくれ。…少なくとも一人で突っ込むなんて事はすんなよ」

 

「!わ、分かってるよそんな事は!」

 

オイ!今絶対動揺しただろ。図星かよ…

こいつは少し無鉄砲な所があるからな、誰かがしっかり見るなり釘を刺すなりしないと勝手に行きそうだ。

全く…困った奴だな…

 

「ただいま!」

 

するとリーファがログインしてきた、もうそんなに時間が経っていたか…仕方無いが話はここで終わりだな。結局分かったことは現状打つ手が無いという事だけ…気が重いな…

 

「じゃあ後はよろしくな」

 

そう言ってキリトはログアウトしたのであった。

 

 

 

 

 キリトがログアウトしたことでここにいるのはリーファと俺…そしてユイだけになった。

リーファはユイが勝手に動いたことに驚いていたが…

 

「そう言えばあなたはなんでパパって呼ぶの?もしかしてそういう設定にしてるの?」

 

唐突なリーファの疑問にユイは当時の事を思い出しながら答えた。

 

「パパは私を助けてくれたんです。俺の子供だって言ってくれて…だからパパはパパなんです」

 

「そ、そう…パパの事好きなの?」

 

リーファはあまり分かってはいない様子であったが再びユイに疑問をぶつけた。しかし…

 

「リーファさん。好きってどういう事なんでしょう?」

 

その言葉にリーファはひどく混乱したようだ。目に見えて動揺している。

 

「いつでも一緒にいたい…一緒にいるとドキドキワクワクする…そんな感じ?」

 

リーファの言葉を聞いた後、ユイはこちらにその純粋無垢な瞳を向けてくる…あれ?これってもしかして…

 

「タツヤさんはどう思いますか?」

 

まさかのカミングアウトかよ!一瞬誤魔化そうかと思ったがあの純粋な目を見てるとそんな事をしてはいけないような気がする…どうやら腹を括るしか無いようだ。生憎そういう事とは無縁でいた俺であったが少し考えてみよう…

 

「…俺は一緒にいると心地良いって感じる事だと思う。心地良さっていうのはつまり…なんていうか…その……。…悪い…上手い言葉が見つからないわ…」

 

どうやら俺には難しすぎる問題だったようだ。そもそもそんな事をこれまで考えたことすらない俺にはどう足掻いても答えることは出来なかったのであろう。

 

「いいえ。成る程…好きというのは人それぞれ様々な物があるのですね。人の数だけ答えがある…中々興味深いです」

 

俺の解答にもユイは満足してくれたようだ。しばらくするとキリトが思ったよりも早くログインした。どうやら家族の人が夕飯を作ってくれたらしい。

 

「よし!じゃあ行こうか」

 

リーファに続いて俺たちは洞窟の中に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 ルグルー回廊…如何にも洞窟のような感じで辺りは暗く道は狭くゴツゴツしている。普通ならこんな視界不良の所を進むにはかなりの時間を有するはずだがスプリガンの暗視能力をプレイヤーに付加する魔法のおかげでだいぶ早いペースで進めている。…戦闘では役に立たないしょぼい魔法だと言われてキリトは落ち込んでいたが。しばらく歩くとユイが口を開いた。

 

「!接近するプレイヤー反応です!」

 

ユイの大声で俺とキリトは急いで隠れようとするが生憎こんな狭い洞窟には隠れる場所は無い。しかし、リーファはこんな状況でも冷静でいた。

 

「~~~~~!!」

 

リーファの隠蔽魔法によって周囲と同じような壁が現れる。これを使って隠れるのであろう。しかし…

 

「ほら!タツヤ君も早く!」

 

「いや…俺はちょっと…」

 

俺たちが隠れるスペースが余りにも小さいのである。三人も入るためにはかなり密着しないと無理であろう…流石に俺にそんな事は出来ない。そんな事が平然と出来るのはそこにいるキリトだけであろう。

 

「なに言ってるの!隠れないとダメでしょ!」

 

「ま、待って!手を引っ張らないでくれ!」

 

しかしリーファは俺の手を引っ張ってその狭いスペースに連れて行こうとする。俺は抵抗して近くの岩を掴んだ。

 

ガチャ……ドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

そんな音が聞こえた直後に大きな揺れが起きた。

 

「な、なにこれ?」

 

俺にも分からないが正直ろくでも無い事に違いない…こういう時の俺の勘は大体当たるのだ。しかし…

 

「?揺れが止んだな」

 

「そうだね…」

 

しばらくすると何事も無かったかのように揺れがぴたりと止んだのであった。…どうやら何も無かったようだ…

 

「何だったんださっきのは?」

 

そう言ってキリトも驚いた表情でこちらに走って来た。俺にも分からないが…まあ何も起こらなくて良かったな…

 

ペキ

 

そんな何かにヒビが入ったような音が周囲から聞こえた。音の発生源は俺たちの足元からだった。ゆっくり下を向くとそこには…全面に無数のヒビが入った岩の床が…あれ?もしかして…

 

「「「うああああああーーー!!!」」」

 

俺の想像通りにそのまま床が崩れて俺たちはまっ逆さまに落ちて行ったのであった。

 




ということでオリジナル展開です。残念ながらジータクスと愉快な仲間たちもキリト君ビーストモードの出番もありません。期待していた方々申し訳ありません。
ついに作者が出したくてしょうがなかった奴らを出せる時が…

最難関ダンジョン《ヨツンヘイム》に落ちてしまったタツヤ達、そこでタツヤは驚愕の存在に出会う
次回「霜の妖精と長腕の魔神」にレディーゴーーー!!!


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第十九話:霜の妖精と長腕の魔神

感想やお気に入り登録、評価をして下さった方々ありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。
そして遂に作者が出したくてしょうがなかった彼らの出番が…
それではどうぞ


 俺たちはルグルー回廊からまっ逆さまに落ちて行った。暗い場所を抜けるとそこには全面真っ白な雪景色が広がっていた。

 

「がふっ!」

 

そして俺はそんな普段出さないような奇声を出して地面に衝突したのであった。

 

「っ!痛ててて…」

 

この世界では痛みは感じないのだか反射的にそんな言葉が出てしまった。辺りを見回すとどこまであるのか分からない程の雪景色が眼前に広がっていた、全面真っ白というのもここの距離感を狂わせている要因であろう。ここでキリトとリーファを探すのは一苦労しそうだな。雪の中に埋まっていたら流石に見つけられないな…まずは近くにいるか確認しよう。

 

「キリトーー!リーファーー!…いないか…」

 

どうやら近くにはいないようだ…さて先ずはあいつらを探すか…俺は手を地面から外そうとしたのだが…

 

「な、な、な、な…」

 

手を外そうと地面を見るとそこには顔を真っ赤にして口を金魚のようにパクパクさせた仰向け状態のリーファがいた。どうやら彼女の上に俺が落ちたみたいだ。…ってそんな事はどうでもいい!問題は端から見たら俺は彼女を押し倒しているように見えるわけで…段々俺の顔も赤くなってきて…と、とにかく!今俺がやらなきゃいけない事は…

 

「わ、わわわわわわわわ悪いリーファ!マジごめん!」

 

全速力で彼女から離れる事であり、必死に彼女に赦しを乞う事である。…男のプライド?そんな役に立たない物は捨ててやる!

 

「べ、別に気にして無いから大丈夫…」

 

リーファはどうやら許してくれたようだ。…良かった。最悪斬られる覚悟は出来ていたからな。

さて…後はキリトを探すだけだな。その前に…

 

「はい」

 

「あ、ありがとう」

 

リーファに手を貸して起こさせる。それにしても…時間が経って冷静に考えるとここは一体どこなのだろう?俺たちは上から落ちたので地下だということは分かるが…

このゲームを長いことやっているリーファなら分かるかもしれないな。聞いてみるか…

 

「なあ、ここって『ヨツンヘイム…』え?」

 

俺がこの場所をリーファに聞こうとしたら、リーファが呟いた。リーファはひどく驚いた表情で再び口を開いた。

 

「ヨツンヘイム…最近アップデートされた最難関ダンジョンで強力な邪神がウヨウヨ出てくるの!私も初めて来たけど何でこんな所に…」

 

そう言って頭を抱えるリーファ…遠回りどころの話ではない。最難関ダンジョンをたった三人で脱出しろなんて…元々順調に行けるなんて思っていなかったが、流石にこれはな…まあ、今回の件は…

 

「悪い…俺のせいだな…」

 

完全に俺が原因であろう…俺が余計な所に触ったせいで…何が足を引っ張らないだ…十分足を引っ張っているじゃないか…我ながら自分が嫌になる…

 

「そんなことはないよ!誰もあんな所にトラップがあるなんて思わないし、そんな噂も聞いた事無かったし」

 

「でも…」

 

「ああもう!もうこの話はお仕舞い!早くキリト君探そ!」

 

そう言ってずんずん前を歩いて行くリーファ。どうやら気を使わせてしまったらしい。彼女がいてくれて助かったな…一人だったらきっと俺はずっとネガティブな思考を続けていただろう。…感謝しないとな。俺はリーファの後に付いて行った。

 

 

 

 

『それにしてもヨツンヘイムか…』

 

 このゲームは中々にファンタジー色が強いよな。ヨツンヘイム…北欧神話において神々の国に敵対する巨人族が住む国である。…流石にロキとかは出ないよな?出たらどうしよう…勝てる気がしないんだけど…

 

「あ、いたいた!キリトくーん!」

 

考え事をしていたらリーファがキリトを見つけたようだ。一面真っ白の中にポツンと真っ黒な奴が立っている。

 

「リーファにタツヤ!無事だったんだな!」

 

「ああ、まあな」

 

どうやらキリトは特には何も無かったらしい。三人揃って悪運がいいと言うか何と言うか…ともかく…

 

「問題はここからどうやって出るかだよな…」

 

自分から入った訳では無いので出口が分からない…こんな場所に長いするのは時間の無駄だし、先ほどリーファが言ってた邪神に遭遇したら正直勝ち目は無い。だからといってこんな右も左も同じような景色の場所で出口を探すのは困難だし…八方塞がりだな。

 

「ユイ、ここ周辺のマップ情報が分かるか?」

 

「少し待って下さい。…ここから北の方角に出口らしき物があります!」

 

ユイは現在ナビゲーションピクシーという存在で周囲のマップ情報を得ることが出来るらしい。こんな誰も知らない場所では大いに助かる能力だ。俺たちは北へ向けて歩き出したのであった。

 

 

 

 

「!Mobの反応です!数は…50体です!」

 

しばらく歩き続けるとユイが大声で叫んだ。その内容に俺は驚嘆した。確かにリーファはウヨウヨいると言ってたがいくらなんでも多すぎだ!たった三人じゃ出口まで辿り着けないぞ!しかし、その後のユイの言葉はさらに俺たちを驚かせた。

 

「これは…Mob同士で戦っています!」

 

どういうわけだ?何で互いに戦っているんだ?こんな訳の分からない所には正直近づかない方がいいのだが…

 

「タツヤ!行くぞ!どうせそこを通らないと出口には行けないんだ!」

 

そう、その場所は出口に辿り着くための一本道にあったのだ。他の道を迂回しても行くことが出来ないのでは仕方無い…俺たちはその訳の分からない場所に行くことになった。

 

 

 

 

ウオオオオオオオオ!!!

 

ヒーホーーーー!!

 

 俺たちがその場所に近づいていくとMob同士の雄叫びのような声が段々大きく明瞭になった…?あれ?ヒーホー?

 

「なあキリトさっき『ヒーホー』って聞こえたよな」

 

「ああ、そうだけど…」

 

キリトにも聞こえていたようだ…その声に俺は心当たりがあった。もしかしたらあいつかもしれない…!確証は無いが…

 

「悪い!先行くわ!」

 

「あ!待てよタツヤ!」

 

キリトの制止を無視して走り出す。段々と声は大きくなり、遂に奴らの姿が視界に映った。

見間違える訳が無い…そこには青色の頭巾を被った雪だるまのような愛くるしい姿のMob達が…それは俺が昔嵌まった某ゲームのマスコット的存在…妖精ジャックフロストであった。

 

 

 

 

 ジャックフロスト…冬に現れ春になると溶けてしまう霜の妖精だ。怒らせると相手を凍死させてしまうような気性の荒い面もある。そいつが今俺の前にいる…見た目だけで全然違うかもしれないという考えが浮かんだが奴らの頭上に《ジャックフロスト》と出ているのを見て本物だと確信した。

そしてそいつらが戦っている相手は…

 

「な、何こいつ?」

 

「で、でかいぞ!」

 

俺に追いついたキリトとリーファが第一声に発したのがそんな言葉であった。そいつは10メートル程の大きさで背中に槍を担ぎ、左の腰に剣を差した人型のMobであった。リーファ達は驚いているがおそらく驚いている理由が俺とは違うだろう。俺が驚いている理由はそいつに既視感があるからだ。金色の甲冑に緑と赤のマント、そして五つに穂先が分かれた槍に異様な右腕…そいつは…

 

「…ルーグ」

 

先ほどのジャックフロストと同じゲームに出てくる魔神ルーグにそっくりだったのであった。

 

 

 

 ルーグ…アイルランド語で《輝ける者》という意味の名を持つケルト神話の神である。医術、魔術、音楽などありとあらゆる技能に優れており魔剣フラガラッハと魔槍ブリューナクを持ちその魔槍を振るう姿から長腕のルーグとも呼ばれた…ちなみにかの有名なクーフーリンの父親だ。

頭上には《魔神ルーグ》と出ており、先ほどから魔法で作り出した巨大な火の玉をジャックフロスト達に投げつけている。一方的な虐殺…そういう言葉がしっくり来る光景であった。正直見ていて気持ちの良い物では無い…しかし、彼らには悪いがこのまま俺たちの囮になって貰おう…そう思ってこのままここを通り過ぎようとした時であった…

 

「ねえ…」

 

「?どうしたんだリーファ?」

 

声を上げたのはリーファであった。彼女は辛そうな表情をしていた一体どうしたのだろうか?

 

「あの子たち助けようよ」

 

それは意外な言葉であった。彼女自身たった三人でなんとか出来る相手では無いと知っているはずだ、それなのに彼女はあいつを倒そうと言っているのだ。いくらなんでも無謀だ…

 

「リーファ…君の気持ちは分かるけどあいつはこんな人数で戦えるような相手じゃない。ここは彼らに注意が向いている間に通った方がいい」

 

キリトも俺と同じ考えであった。しかし、キリトの説得にも彼女は聞く耳を持たなかった。

 

「確かにそうだけど…あんなのかわいそうじゃない!キリト君もタツヤ君も何も思わないの?」

 

その言葉に俺とキリトは顔を逸らした。勿論思う所はある…あんな一方的に虐殺されているというのもあるが俺にとっては子供の頃から愛着を持った奴だ、今すぐにでも助けに行きたいという感情はある。…しかし、それではダメなのだ…! 俺たちの目的は世界樹まで辿り着く事である。そのためならどんな事でもやれるが、あいつと戦う事は無駄な事だ。感情にままに動く事は正しい事だ…誰かがそんな事を言っていたが、目的のためには自分の感情を押し殺さないといけない事も多々あるのだ。しかし彼女はそんな考えを否定した…

 

「私は嫌だ!自分の心に嘘をついてまでやる事なんて意味無いもん!」

 

…彼女の事を我が儘な人間だと非難する人間もいるだろう。しかし、俺はその真っ直ぐさを羨ましく思った。それはいつまでも逃げ続けている俺にはあまりにも眩しくて…

 

「もういい。私一人で行くから」

 

そう言って彼女はあの燃え盛る戦場へと走って行ってしまった。

 

「なあタツヤ『俺たちも行くぞ』え?」

 

俺の言葉にキリトは心底驚いた顔をした。

 

「この先リーファの案内無しで俺たちが世界樹まで行けると思うか?非常に不本意だが彼女と一緒にあいつを倒さないとな」

 

「…お前ってやっぱり素直じゃないよな」

 

キリトの言葉に俺はうるせえっと返事をしてあの戦場へと走り出したのであった。

 

 

 

 

 思った通りリーファは苦戦中であった。直撃は一発も受けていないが攻撃の余波で所々ダメージを受けているようだ。しかし、たった一人でここまで持ち堪えているのは素直に感心してしまった。まあかなり疲労しているようだったが…

 

「はあああああ!」

 

キリトの剣が魔神の足に突き刺さる…しかし、大したダメージを与えることは出来なかった。やはり固いな…大規模パーティーで挑んでようやく倒せるかどうかという強さであろう。

そして奴はキリトには目も向けずその右手に炎の塊を作り出し、目の前のリーファに目掛けて投げつけた。

 

「うらあああ!」

 

俺はリーファを横に突き飛ばしてその火の塊を盾で防ぐ、しかしその余波で生じた爆炎が俺を襲った。

 

「タ、タツヤ君!」

 

リーファの叫びが聞こえる、おそらくリーファの場合は全力で避けていたのだろう。盾で防いだとしてもあの爆炎に巻き込まれたらひと溜まりもないと思ったのだろう。しかし…

 

「こんなの楽勝だし…」

 

爆炎の中から無事に出てきた俺を見てリーファは驚いたが、すぐに答えは分かったようだ…

 

「そっか…サラマンダーの特性…」

 

このゲームでは種族ごとに得意な属性がある。サラマンダーは火属性、シルフは風属性のように…そして得意な属性には耐性がついているのだ。よって火属性の魔法でサラマンダーを攻撃してもダメージは半減する。

それに今俺が着ているこの真っ赤なコート《コート・オブ・レッドサン》には火属性のダメージを三割減らすスキルがついている。中々いい値段であったが買ったかいがあったようだ。

無論、無傷では無いが十分に耐える事は出来る後は…

 

「リーファにキリト!こいつは俺が押さえるから二人で攻撃しろ!」

 

あの二人に任せるしか無い…俺は次に来る攻撃に備えて盾を構え直した。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「く、くそ…」

 

 

 戦闘が始まって数十分…俺たちは大苦戦の真っ最中であった。…迂闊だった。そう言わざるを得ない状況だ。相手の事を侮っていた。

 

「…チ!キリトまた来るぞ!」

 

相手の剣による正面からの攻撃をキリトは剣で防いだが衝撃で吹き飛ばされた。

 

「何だよあのチート武器は…!」

 

キリトの怒りの籠った言葉に同意したいが生憎そんな余裕は俺には無い。キリトを襲った剣はそのまま鞘の中に戻っていった。魔剣フラガラッハ…伝承では斬れぬ物は無く、ルーグの意思で自在に動くといわれている。しかし、まさか本当にそんな能力があるとは…開発者の奴らは何を考えているんだ?馬鹿なのか?

そんな事を考えていると目の前のルーグは背中の槍に手を掛けた…マズイ!

 

「全員俺の後ろに行け!」

 

瞬間、雷が落ちたような音と共に衝撃が俺にやって来て後ろまで吹き飛ばされる。そして俺に衝撃を与えた原因である槍は奴の手に戻って行った。魔槍ブリューナク…投げれば稲妻となり投げた後は自ずと戻る相手を死に至らしめる灼熱の槍…ルーグはこの槍で自分の祖父であり見たものを殺す魔眼を持つバロールを倒したのだ。フラガラッハといいこいつといい…こんなチート武器を二つも持たせて運営は何がしたいんだよ!絶体絶命…そんな言葉がしっくり来る状況だ…

しかも…そんな状況なのは俺たちだけじゃない…

 

ヒーホーーーーー!!パリーーン

 

この戦いが始まってからずっと逃げ回っているジャックフロスト…こいつらからも犠牲者は続々出ている。

全く…数分前の自分を責めたい気分だ。こんな戦いをする事自体が愚かだったのだ。正直俺は限界であった。しかし…

 

「はぁ…はぁ…絶対に諦めないもん…!」

 

「はぁ…はぁ…ここまで来たら勝とうぜ…!」

 

未だに闘志を失っていないのが二人…リーファとキリトであった。…流石にあいつらがまだ諦めて無いのに俺だけ音をあげるのはカッコつかないよな…なら…!

 

「そう言ってるわりには疲れてるんじゃねえのか?」

 

虚勢でもいい…精一杯の強がりを見せてやろう。

 

 

結局はどれだけ俺たちが強がっても状況が良くなることは無かった。奴の攻撃は益々苛烈になりその矛先は再びジャックフロスト達に向けられた。奴が火の玉を投げようとしている場所にはまるで兄弟のように抱き合っている二体のジャックフロストが…

 

「ダメーーーー!」

 

叫びながらそいつらの前に立ち攻撃を受けようとするリーファ…あの攻撃を受けたらリーファはひとたまりもないだろう。そんな事…!

 

『そんな事させるかよ!』

 

リーファの前に躍り出て盾を構えて火の塊を受け止める。先ほどからの攻撃で耐久値が削られている俺の盾に罅が入っていき、そして…

 

パリーーン

 

俺の盾は粉々に砕け散りポリゴン片となった。これでまともに相手の攻撃を防ぐ事は出来ない…しかし、これでよかったのだ。リーファを守れないのならこんなのはゴミ屑と一緒だ…盾とは誰かを守るためにあるのだから…まあ状況はさらに悪くなったがな…俺は心の中で自嘲した。

盾も無くなりさらに敗色濃厚となると思われた、しかしこのリーファの突然の行動によって勝機が生まれたのであった。

 

 

 

 

ヒーホーーーー!!

 

 リーファが助けた二体のジャックフロストが声を上げる。すると先ほどまで逃げ回っていたジャックフロスト達の動きが止まった。そして…

 

ヒーーーーホーーーーーー!!!!!

 

なんとルーグの方に向かい攻撃を開始し始めたのだ。

 

「え?どういう事?」

 

さすがのリーファも困惑を隠し切れないようだ。だが正直俺に聞かれても困る、俺だって混乱しているのだ。さっきまで逃げ回っていたジャックフロスト達が何故今になってルーグに攻撃し始めたのか…さっぱり分からん。しかし、俺たちの疑問に答えてくれる奴がいた。

 

「もしかして、イベントなんじゃないか?」

 

イベントか…あの世界でも様々なイベントがあったらしいが生憎俺はそういうのに遭遇しなかった。おそらくイベントが起きた理由は…

 

「ジャックフロストを庇ったからか…」

 

俺たちはジャックフロスト達を守ることよりもどうやってルーグを倒すのかばかり考えていた。成る程…そういう事ならあの馬鹿みたいな強さも納得出来る。きっとイベントが起きないと倒せないように調整されているのだろう。

 

ヒーーホーーーーーー!!!!!

 

ジャックフロスト達がルーグを囲み巨大な氷柱を出してぶつける。無数の氷柱がルーグに直撃して徐々に凍りついていく…そして遂に全身が凍りつき動きが完全に止まった。

 

「今だ!」

 

キリトの叫びで俺たちは奴に総攻撃を開始した。

 

 

 

 

「やああああああ!」

 

「はああああああ!」

 

「たああああああ!」

 

ヒーーホーーーーーー! !!!!

 

 リーファとキリトの剣、俺のランス、フロスト達の氷柱が奴に突き刺さる。奴のHPは徐々に減っていき遂に残り数ドットのところまで来た。

 

ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

しかし、奴はギリギリでその氷結状態から回復する。…未だ下半身は凍りついたままだが奴は背中の槍に手を掛けて俺たちに降り下ろした。

俺はランスを横に構えてなんとか防ぐ。しかし奴はそのまま俺を押し潰そうとする…だが…

 

 

「はああああああああああああ!!」

 

「やああああああああああああ!!」

 

残念ながらこいつで終いだ…!キリトの斬り降ろし、そしてリーファの長刀が奴の体に突き刺さった。そして…

 

ウオオオオォォォォォォ…

 

魔神は断末魔を上げながらその巨体を真っ白な雪に沈めたのであった…

 




はい!ジャックフロスト君とルーグ君に出て貰いました!
作者は妖精といわれると一番最初に彼が浮かびます。あの可愛らしい姿…家に一体欲しいです(笑)
ちなみに元々この小説を作ったのもジャックフロストをALOに出したかったのが一番の理由だったりします(笑)
そしてルーグ…こいつは作者のお気に入り悪魔の一つです!私の文章力ではどんな見た目か分からなかった方々はぜひ女神転生やデビルサバイバー2でどんな見た目なのか調べて見て下さい!
これからもちょくちょく女神転生シリーズの悪魔を出すかもしれません…タグにクロスオーバーとか加えた方がいいのでしょうか?
ちなみにルーグは倒れました…そう倒れはしました…
それでは次回予告です!
無事《ヨツンヘイム》を脱出したタツヤ達、しかしリーファに届いたメッセージでサラマンダーがシルフとケットシーの同盟会議を襲撃しようとしている事を知って…
次回「魔槍と裏切り」にレディーゴーーー!!!


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第二十話:魔槍と裏切り

大変遅くなりました。
お気に入り登録や感想を書いて頂いた方々ありがとうございます。
ちなみに少しタグを追加しました。
それではどうぞ


 魔神ルーグはその巨体を雪の上に沈めた…今さらよくもあんな奴を相手にしていたものだと思ってしまう。緊張が解けた俺はそのまま背中から雪にダイブする。はぁ~久しぶりに疲れた…。周りを見るとキリトとリーファも疲れた様子で座り込んでいた。まあ…でも…

 

「俺たち守れたんだよな…」

 

「ああ、そうだな…」

 

「本当に良かった…」

 

キリトとリーファの顔は満足気であった。

…勿論全員助けれた訳ではない。数体のジャックフロストはその体を消滅させてしまった…それでも今ここにいるこいつらは助けれたのだ、それを誇らしく思う。

…?消滅?俺の中で何かが引っ掛かった。何かがおかしい…

 

「?どうしたのタツヤ君?」

 

リーファの言葉に返事も返さず俺は周りを見る…すると俺の目はある一点で止まった。そこには未だ体を雪に沈めたままの魔神ルーグが…

 

『な?!まさか…!』

 

そうだ!この世界では亡骸なんて残らない!Mobは倒されると同時にその体を消滅させるのだから…!つまり…

 

「気をつけろ!まだ終わってねえ!」

 

こいつはまだ死んでいない…!俺の叫びと同時に魔神はその巨体をゆっくりと起こし始めた…

 

「う、嘘…!」

 

「こ、こいつは不死身なのか!?」

 

二人の顔は絶望に染まる…あの時、リーファの一撃があいつのHPを全て削ったのを俺たちは確かに見た。もしHPが0になっても倒せないのなら…それは不死身…絶対に倒せないという事だ。一難去ってまた一難…いや、まだ一難など去っていなかったのだ…!

奴はどんどん俺たちとの距離を詰めてくる。キリトとリーファも立ち上がって武器を構え直した。

そしてルーグは俺たちの目の前で止まり、静かにこちらを見下ろした。俺たちの間に緊張が走る。しかし…

 

『勇敢な妖精たちよ…見事であった』

 

「「「しゃ、喋った!!!」」」

 

え?なにこれ?これもなんかのイベントなのか?戦闘が始まるのかと思いきや急に喋りだしたルーグに俺は混乱してしまった。

 

『我は光なる者…光明神ルーグ…』

 

そう言うとルーグの頭上に出ていた名前が魔神ルーグから光明神ルーグに変わった。名前が変わるとは…中々に面白い仕様だ。

 

『…よくぞ我を悪しき呪縛から解放からしてくれた…そなたらには感謝している』

 

そう言うと視線を俺たちから後ろにいるジャックフロスト達に向ける。

 

『そして雪の妖精たちよ…そなたらの同胞を殺めた罪を赦して欲しい』

 

そう言い終わると再び視線をこちらに向けた。

 

『それでは勇敢なる妖精よ…そなたらに我が力の片鱗を与えよう』

 

そう言って俺たちの前に右手をかざす。すると…

 

「あれ?私?」

 

どうやらリーファの方に報酬はいったようだ…なんだかフロアボスのラストアタックを思い出すな…

 

『その力をどう使うのかはそなた次第だ…それでは再び会える時を楽しみにしよう…去らばだ!勇敢なる妖精たちよ…』

 

そう言ってルーグは踵を返して何処かに行ってしまった。何て言うか… 強烈な奴だったな…

 

 

 

「そういえばリーファは一体何を貰ったんだ?」

 

「えっとね…」

 

奴の姿が見えなくなるとキリトがリーファに近づいて尋ねるとリーファはメニューを開いて確認した。俺も気になって近づいて行く。まあある程度は予想出来るがな…我が力の片鱗って言ってたからおそらくは奴が使用していた武器であろう。つまり《魔剣フラガラッハ》か《魔槍ブリューナク》のどっちらかだろう。それらがどの程度のステータスかは知らないがかなり期待してもいいだろう。…フラガラッハなら片手剣使いのリーファにとっては良いと思うのだが…

 

「《魔槍ブリューナク》だって…」

 

…どうやら違ったようだ 。なんていうか…残念だったな…あんなに苦労して手に入れたのが自分は使えないレア武器だったなんて正直笑えない。まあ彼女はレア武器欲しさに戦った訳では無いから気にしないと思うが、それでもな…

まあ、でも…

 

「良かったな。そいつを売って装備を新調出来るんじゃないか?」

 

このレア武器を高く売れば良いと俺は考えた。誰も持っていない武器だ、かなりの高値で売れるだろう。…こんな武器を売るなんて罰当たりだと言う奴もいるかもしれないが…

 

『これをどう使うかはお前次第って言ってたしな…』

 

ルーグは最後に…その力をどう使うのかはそなた次第だ…と言っていた。つまり…これを売ったお金で新しい装備を買っても良いってことだろ?どうせそんな使えないのを持っていたってストレージの無駄だ。しかし、俺の言葉を聞いてリーファは考え込んでしまった…あれ?駄目だった?だとしたら俺が言える事は一つだけだな…

 

「まあ、リーファの好きなようにすればいいんじゃないんか?」

 

結局はそうなのだ。アイテムは取った人の物だからな…どう使うのかはその人の勝手だ…そう思うとさっきの俺の言葉は要らぬお節介だったな。その後もリーファはしばらく考え込んでしまった。

 

「そうだ!」

 

そう言って手を叩くリーファ…どうやら何か良い案を思い付いたようだ。彼女はこちらを向いてメニュー画面を操作し始めた。すると…

 

『リーファからトレード申請が来ています』

 

俺のところにトレード申請が来たのであった。

 

「…リーファ」

 

「どう?結構良い案だと思うけど?」

 

リーファの自信満々の顔を俺はジト目で見る。確かに好きなようにしろとは言ったがこれはな…

 

「お前な…せめてもう少しマシな使い方しろよ …」

 

「?どうして?タツヤ君槍スキル高いでしょ?」

 

確かに俺の槍スキルはかなり高い…おそらくはその槍も使えるだろう。しかしそういう問題ではない…

 

「俺なんかに渡してもお前にはなんの得にもならないだろ?どうせなら自分にとって有益な使い方にしろよ」

 

「これは私が手に入れた物だからどう使うのかは私の勝手でしょ?それに…」

 

そこで一旦言葉を止めて、リーファはその真っすぐな眼差しをこちらにしっかりと向けて再び口を開いた。

 

「あの時タツヤ君が助けてくれなかったらこれは手に入らなかったし、あの子達も助けられなかった…だからこれはそのお礼!」

 

そう言って微笑むリーファ…前々から感じていたが彼女は中々頑固な性質であるようだ。

 

「…ならありがたく使わせて貰うよ…」

 

リーファの笑顔から顔を逸らしてそう言った俺はトレード申請を受理する。すると《魔槍ブリューナク》は俺のアイテムストレージの中に入っていった。そして俺はストレージの中からそいつを取り出して見てみた。

 

『やっぱり良い槍だな…』

 

魔槍ブリューナクは全体が黒色で穂と柄の間に赤色の宝石のような物が埋め込まれている槍であった。豪華な装飾が付いている訳でもないが、一目でこの槍が只者では無いと俺は感じてしまった。正直俺にこんな大層な武器を持つ資格があるとは思えないのだが…出来るだけ期待に応えてやろう。

次に俺はこの槍のステータスを確認する…今まで使ってきた槍とは雲泥の差だな…?エクストラ効果?

 

「どうしたんだ?難しい顔をして」

 

「ああ、エクストラ効果ってのがついてたんだけどさ…俺には扱い切れないなって思って…」

 

キリトは俺の顔を見て尋ねてきた。この槍に付いていたエクストラ効果は使う人が使えばかなりの戦力増加になるとは思うのだが、俺には使えなさそうな物であったのだ…まあ当分はエクストラ効果無しでやるしかないな…

 

「ともかく先を急ごう」

 

キリトの言葉で俺たちは出口に向けて歩き出した。っとその前に…

 

「じゃあな。もう襲われるんじゃねえぞ」

 

俺は後ろにいるジャックフロスト達に別れを告げる。するとジャックフロストの頭上に『?』マークが…つまり何かのクエストが発生したという事だ。俺はクエストを受理してメニュー画面を開いてどんなクエストか確認した。

 

「『雪の妖精王への謁見』か…一体どんな奴なんだろうな?」

 

「そうだね…この子達の王様ってどんなのかな?」

 

「……」

 

俺のクエスト名を見たキリトとリーファは疑問の声を上げるが俺はその妖精王がどんなのなのか知っているため口を閉じる。…おそらくあの金髪王冠杖持ち巨大ジャックフロストだろう。…あれは別に神話や伝承に出てくる奴ではないのだが…出して大丈夫なのか?…俺は少しばかり心配になった。

 

「じゃあ行くぞ」

 

「え?クエストは?」

 

俺の言葉にリーファが尋ねてくる。まあ普通ならこのままクエストをクリアしたいところだが…

 

「俺たちの目的は世界樹まで行く事なんだ。残念だけどそのクエストに挑んでる時間は無い…ここで大分時間もかかってしまったしな…」

 

「そ、そんな…」

 

俺たちの目的はあくまで世界樹攻略なのだ…これ以上の無駄な時間を使うのは惜しい。しかし、俺の言葉にリーファは顔を俯かせてしまった。まあ、彼女は彼らの事を気に入ってたみたいだからな…別れるのが寂しいのだろう…

 

「…別に一生会えなくなるわけじゃねえんだ。クエストは受理したままだからいつでも受けれるし…リーファの都合が良ければこれが終わってからでも一緒に行ってやるよ」

 

「本当!」

 

「?!ほ、本当、本当だから…頼むから少し離れてくれ」

 

俺の言葉にリーファは喜んで俺に詰め寄って来る…あと数㎝で顔と顔がくっつきそうな距離とこちらを見つめる大きな瞳に俺は赤面しながらそう返す事しか出来なかった。俺の言葉にリーファも自分がどれほど密着していたのか気付いて赤面しながら俺からすごい勢いで離れていった。ビックリした…キリトとは違い女性経験が皆無な俺はあれほど女の子に密着されたことはないのだ。正直心臓に悪い…多分今も顔は真っ赤であろう。

 

「と、とにかく早く出口に向かおうぜ!」

 

「そ、そうね!そうしましょう!」

 

「?どうしたんだ二人とも?」

 

俺は明らかに動揺しながらも先を急ぐ事を提案する。キリトはこちらを不思議そうな目で見ていたがお前には一生分からないだろうさ…そうして俺たちは出口に向けて歩き出したのだが…

 

 

 

「なあ?付いて来てるよな?」

 

「ああ、付いて来てるな…」

 

 キリトの言葉に俺はそう返した。俺たちの後に先ほどからジャックフロスト達が付いて来ているのだ。俺たちの後ろをテトテトと歩いて来る姿はとても可愛らしいく、一昔のゲームを思い出してしまった。

向こうは攻撃してくる気配も無いようなので俺たちは特に気に掛けることなくそのまま歩き続けた。

 

 

 

 

 そして俺たちはその出口らしき場所に着いたのだが…

 

「そんな…」

 

そんな落ち込んだ声をリーファが発したがそれには同意する…俺たちの目の前には高くそびえている螺旋階段があり、おそらくあれを昇ればこのダンジョンから脱けれるのだろう。しかし、その階段は最初の数十メートルがすっぽりと抜けているのであった…これじゃ上まで昇れないな…仕方無いが他の出口を探すしかないとおそらく誰もが思ったのだが…

 

ヒーーホーーーー!!!

 

「すげえ…」

 

俺たちの後ろに付いて来たジャックフロスト達が口から氷結系のブレスを吐く…すると俺たちの前に氷の階段が出来たのだ。これで階段を昇ることが出来る…全く…ジャックフロスト様々だな…

 

「じゃあな。また来るから待っててくれ」

 

俺がそう言うと奴らはヒーホーー!と言って手を振ってきた。…全く可愛い奴らだ…

そして俺たちは階段を昇り、この《ヨツンヘイム》から脱け出せたのであった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか《ヨツンヘイム》を脱出した俺たちはリーファが言っていた《ルグルー》という中立地帯にいた。洞窟内という事で周囲は夜のように暗いが建物の明かりが眩しい町だ…

だいぶ予定より時間がかかってしまったが収穫はあったので別にいいかな?俺がそんな事を考えていると…

 

「あれ?レコンからメッセージが来てる…」

 

リーファが立ち止まり呟いた。レコンとは彼女の友達のあの気弱そうな少年だったよな…そう言えば何か調べたい事があるって言ってたけど一体何を調べていたのだろうか?少しばかり気になった…

 

「やっぱり、思った通りだった、気をつけて、s…?sってどういう意味?」

 

リーファは俺たちに聞いてみるがさっぱり分からない。ただ…

 

「何か慌ててて途中のまま送ったんじゃないか?他にはメッセージ来てないのか?」

 

メッセージを書いている最中に何かトラブルがあって途中のまま送信してしまったのか、間違えて途中のメッセージを送ったのか…おそらくはどちらかだろう。後者なら別にいいが前者の場合は彼がトラブルに巻き込まれてしまった可能性が高いな…もしかしたら彼が調べていた物と関係しているかもしれない…

 

「もう一件来てる…!ゴメン!キリト君、タツヤ君私行かないと!」

 

リーファはメッセージを見ると目を見開きひどく驚いた表情になった。そして突然大声で俺たちにそんな事を言ったのだ。こんなに切羽詰まった彼女は初めて見た。つまり彼女がそれほどまで驚くような内容だったって事だろう…

 

「メッセージには何が書いてあったんだ?」

 

「『ゴメン、途中でサラマンダーに襲われた、気をつけて、サラマンダーがシルフとケットシーの会談を襲おうとしてる』…だから…道案内はここまでしか出来なくなっちゃたから…ごめんなさい」

 

そう言って俺たちに頭を下げるリーファ…思ったよりも緊急を要する事態のようだ…領主二人を奇襲するつもりだとは…なら…

 

「それなら早く行って伝えた方がいいな…」

 

「そうなの。だから『行くぞキリト』え?」

 

俺の言葉にリーファは目を丸くして驚いた。全く…何で一人で行こうとするのかな?彼女は…

 

「ここから先、世界樹までどう行けばいいか分からないからな…リーファがいないと困るんだよ」

 

すると彼女は…

 

「でもこれはシルフの問題なの。キリト君ならともかく君はサラマンダーでしょ?私に協力したら二度と自分の領地に帰れなくなるかもしれないんだよ!」

 

それはこちらを思っての言葉であった。俺たちには迷惑を掛けたくないと思ったのだろう。しかし…

 

「悪いけど領地とか種族とかはどうでもいいんだよ…俺たちの目的はあくまで世界樹に行く事なんだ。そのためにはこのままリーファと一緒にパーティー組むことが一番の近道なんだよ」

 

それに…

 

「こっちの厄介事に付き合って貰ったんだ、リーファの厄介事に少しぐらいは付き合ってやるよ」

 

「でも…」

 

リーファは俺たちを巻き込んでしまう事に罪悪感を感じているのだろう。俺の言葉に迷っているようだ。

そして、ここでキリトが俺の前に出て口を開いた…

 

「俺たちはリーファの事が好きなんだ。だからリーファの手助けをしたいと思っている。…だから厄介事なんて思ってないし自分たちの意志でやるんだ」

 

さすがキリト…女の子の説得にこいつほど適した奴はいないな。まあ、好きって言葉を女の子にそう易々使うものではないと思ってしまったが…だからアスナが苦労するんだよ。キリトの言葉にリーファは少し迷ったがすぐにその表情を真剣なものに変えた。

 

「分かった。付いて来て」

 

 

 

 そして現在、俺たちはルグルー回廊を全速力で走りながら話している。こういう時アバターは疲れないから便利だよな…

 

「場所はここから少し離れた蝶の谷、襲撃は四十分後…サラマンダーは大部隊で一網打尽にするつもりだわ…」

 

「領主を討ち取ってサラマンダーにはどんな得があるんだ?」

 

キリトの問いにリーファが答えた。

 

「領主館に蓄積されてる資金の三割入手出来る事と十日間、町を占領して税金を自由にかけれるの…」

 

成る程…それで得た多大な資金を用いてサラマンダーは万全の体制でグランドクエストに挑む算段なのだろう…

 

「間に合いそうなのか?」

 

俺の言葉にリーファは微妙な表情をした。

 

「ギリギリ…かな?正直分からないけど間に合わなかった場合はシルフとケットシーの領主だけでも逃がさないと…最悪私を犠牲にしてもね…」

 

その言葉を聞いて俺は少しばかり不機嫌になる。簡単に犠牲になるとか言いやがって…お前がいなきゃ俺たちは駄目なんだよ…

 

「リーファ…次、俺の前で犠牲とか言ったら怒るからな」

 

「ご、ごめん」

 

俺の言葉にリーファは素直に謝った。リーファも反省しているようだし…まあ許してやろう。

 

「!みんな出口だ!」

 

前を見ると俺たちの前には光が射し込んでいる場所が。もうすぐで出口に辿り着くだろう。

 

「よし!翔ぶぞ!」

 

キリトの言葉と同時に俺たちは翔び出したのであった。

 

 

 

 会談が行われる蝶の谷までは翔んでも少し時間がかかるらしい。このままだと最悪の事態になりそうだな…そんな事を考えているとある疑問が沸いた。

 

「なあ、リーファ。サラマンダーの戦力ってどのくらいなんだ?」

 

俺の言葉にリーファは翔びながら答えた。

 

「そうね…少なくとも五十、六十ぐらいはいるかも。それに…」

 

そこで一旦言葉を止めて再び口を開いた。

 

「サラマンダー…いやALO最強のプレイヤーのユージーン将軍もいるはずよ…」

 

「…マジかよ」

 

この世界最強のプレイヤーかよ…俺の中ではリーファの強さはかなり上位に位置している。…勿論キリトやアスナと比べれば見劣りするかもしれないがあいつらは人外だからな…。そんなリーファよりも強い奴とは一体どれだけヤバイ奴なのだろうか?…正直会いたくないな…

 

「ちなみにユージーン将軍にはモーティマって兄がいて領主をやってるの。タツヤ君サラマンダーだから知ってるでしょ?」

 

「ああ…悪い。領主の名前なんて知らなかったよ。けど…」

 

「けど?」

 

先程のリーファの話の中である言葉が気になった…

それは…

 

「その名前を最近どこかで聞いた気がするんだよな…」

 

モーティマという言葉が何故か初耳ではない気がしたのだ。残念ながらどこで誰から聞いたのかまでは定かではないが必ず俺はその名前を聞いたのだ。なんかモヤモヤする…

 

「自分の領主だし、領内で誰かが話しているのを聞いたんじゃないか?」

 

「…そうかもな。悪い何でもなかったよ」

 

キリトのもっともらしい意見に俺は結局そうだったのだと結論付けてしまった。

…あと十分程後に俺はあの時の自分の浅はかさを後悔することになるのだが俺はそんな事とは露も知らないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐで合流するよ」

 

「「?合流?」」

 

 蝶の谷に向けて翔んでいる最中にリーファが言った一言に俺たちは首を傾げる。一体誰と合流するんだ?俺たちの言葉にリーファは申し訳なさそうに口を開いた。

 

「ごめん言い忘れてた。レコンからこの近くにある塔で一回合流することになっているの」

 

「まあ数は少しでも多い方がいいからな…その塔って目の前にある白いのだよな?」

 

「うん。そう」

 

俺たちの前には白色の高い塔があり、そこで合流することになっているらしい。よく見ると塔の近くに緑色の装備をしたプレイヤーがこっちに手を振っていた。しかし…

 

「あれ?レコンじゃない?」

 

そう、明らかにレコンとは違うプレイヤーだったのだ。羽の色からシルフなのは間違いないが…レコンの協力者だろうか?

 

「あれは…《タルカス》かな?ほらシグルドのパーティーにいた…」

 

言われてみればいたかもしれないな…あまり思い出したくない事だから忘れてた。それにしてもあいつらと協力するのか…正直ギクシャクしそうだな。俺のそんな考えを読んだのかリーファは苦笑しながら俺に言った。

 

「大丈夫だって。シルフの命運がかかっているんだから君を攻撃したりはしないって」

 

「まあ、そうだよな…」

 

前はともかく今は協力関係にあるのだ、こっちとしても昔の事をいつまでも引きずっているのはあまりにも子供ではないだろうか?そう…いくらあいつらに一方的に襲われたとしても…あれ?

 

「どうしたんだタツヤ?」

 

俺の顔を見てキリトが呟いた…だが俺はそれに答える余裕が無かった。俺の頭の中にはある疑問が生まれた。なんで俺はあいつらに襲われたんだ?確か…あいつらに道聞こうとしたんだよな?そしたらあいつらがなにか言って…そうだ!あいつら俺が使者か?って聞いたんだ!

使者、サラマンダー、シルフ、モーティマ、そしてシグルド…それらのキーワードから俺はある結論に達した。あの塔に近づいたら駄目だ!しかし俺たちの前にいるリーファは手を振りながらさらにあの塔に近づいて行く…マズイ!

 

「リーファーー!そのまま突っ走れーー!」

 

「え?どうしたの?」

 

俺はそう叫んでみたがリーファはこちらを向いて止まってしまった。もう間に合わない!そう思った俺は全速力で翔んでリーファを抱きかかえた。

 

「え?何?何?何なの?!」

 

リーファは突然の事に赤面しながら騒ぎ出すが生憎それに答える余裕は今の俺には無かった。

リーファを抱きかかえたまま空中で回転して俺は背中を地面の方に向ける。すると…

 

バーーーーン!!!

 

 

瞬間背中に大きな爆発が直撃した。攻撃は下からでサラマンダーの火属性魔法…だけじゃない!

 

『シルフの風属性魔法もかよ…!』

 

それは俺の背中に深々と突き刺さっている風の刃であった。成る程…火属性魔法の中に風属性魔法を忍ばせてくるとは…やってくれるな!

そのまま俺はリーファから手を離して地面に落下していくのだが…

 

「タツヤ君!」

 

地面と接触する前にリーファが手を掴んでくれたおかげで俺はなんとか不時着に成功して二人揃って地面を転がった。

 

「大丈夫だった?」

 

「まあなんとかな…キリトは?」

 

「キリト君には先に蝶の谷に行くように伝えておいたよ」

 

ナイス判断だ!…俺は心の中でリーファに指を立てた。こいつらの目的はおそらく俺たちの足止めだろう。つまりサラマンダーは会談場所にまだ着いていない。それなら急げばギリギリ間に合うかもしれないからな…キリトだけでも先に行かせたのは正しい判断だ。…欲を言えば領主と面識があるリーファに行って欲しかったが…もう過ぎた話だ。

俺たちは倒れた体を起こして正面を向く。すると俺たちの目の前には十人近くのサラマンダーがいたのだ。

 

「な、なんでここにサラマンダーが!?」

 

リーファは驚きに満ちた声を上げるが、残念な事に俺はどうしてこうなったのか知っている…本当に残念ながら…な…

 

「俺たちは嵌められたって事だよリーファ。あのメッセージで俺たちがここに来るように仕向けて待ち伏せしてたんだ…そうだろ?三人もいたのに一人に負けて無様に帰ってったシルフのリーダーさんよ!」

 

そう言うと樹の陰に隠れていたプレイヤーが姿を現す。その姿を見てリーファは有り得ない物を見たかのような表情になった。

 

「相変わらずの減らず口だな…貴様は…!」

 

それはシルフの五傑の一人でリーファが元いたパーティーのリーダーのシグルドであった。

 

 

 

 




ルーグ「…おれはしょうきにもどった!」
こういう事ですね、別に裏切ったりはしません。
そしてピクミ〇のように後ろを付いて来るジャックフロスト達が可愛いと思ったのは私だけでは無いはずです!(笑)これからもジャックフロストの活躍に期待して下さい!(笑)
ちなみに《魔槍ブリューナク》のデザインはデビルサバイバー2の魔神ルーグが背中に担いでいる槍と同じです。そしてそのエクストラ効果とは?!別に龍脈の力を解放したり、ルーグを憑依してルーグタツヤになったりはしませんよ(笑)
そしてまさかの登場シグルド!これには作者の「あれ?あいつ出番少なすぎじゃね?」という考えの元、彼にも見せ場を作ってあげようと思ったのでちょっと強引ですが出て貰いました。
それでは次回予告です。
シグルドに嵌められて交戦するリーファとタツヤ、しかし敵は万全の態勢で来ており…
次回「エンジェルフォール」にレディーゴーーー!!!


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第二十一話:エンジェルフォール

遅くなりまして申し訳ありません!これからも投稿が遅れると思いますが何卒ご了承下さい。
そしてお気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
それではどうぞ


「相変わらずの減らず口だな…貴様は…!」

 

 俺とリーファの前には十人近くのサラマンダーにかつてのリーファのパーティーリーダー…シグルドがいる。リーファはシグルドの姿を見て何が起きたのか分からないような表情になっている。

 

「タツヤ君嵌められたってどういうこと?それにメッセージはレコンからだったって事は…まさか…」

 

リーファは信じられないような表情になる。あのメッセージはレコンから来たものだ…おそらくレコンが裏切ったのが信じられないのだろう。まあ…

 

「それは無いな」

 

それは有り得ない。これと言った理由は無いがそんな大それた事を出来るような奴じゃ無さそうだし、何よりも彼はリーファを騙すなんて事は出来ないだろう。

 

「レコンはおそらくシグルドが内通してることに薄々気付いてたんだよ。あいつの言ってた調べ物ってのがこの事だろうよ」

 

「え?でもあれは確実にレコンからのメッセージだったよ」

 

リーファの疑問は当然の事であろう。しかし俺はその手口に心当たりがあった。

 

「おそらく麻痺させてから動かないレコンのアバターを動かしてメッセージを送ったんだろう」

 

それはあの世界でオレンジプレイヤーが使う常套手段であった。その手口でストレージのアイテムを奪ったり、倫理コードを解除したりしていたらしい。…今思い出しても吐き気がするがな…!

 

「レコンは内通している現場を見てリーファにメッセージを送ろうとしたが途中で気付かれてしまった。内容が途中のままだったから気になったリーファに現実で連絡を取られたら終わりだと思ったんだろう…だからわざわざレコンの真似してメッセージを送ったんだろ?」

 

俺の言葉に奴は拍手で応じた。どうやら正解だったようだ。…まあ当たっても全然嬉しくは無いが…

 

「中々頭の回転が速いようだな」

 

「あんたなんかに褒められても全然嬉しくないけどな」

 

「あなた…!本当にシルフを裏切ったのね!」

 

シグルドのこの言葉でようやく状況を呑み込めたリーファはシグルドに睨み付けた。…俺も同じように睨み付ける。こいつが裏切った事は確実だが一つ分からない事がある。それは…

 

「シグルド!何でシルフを裏切ったの?!」

 

奴には裏切る理由が無かったからだ…正確に言えばシルフとケットシーのどちらもサラマンダーに手を貸す事にメリットが無いのだ。

このゲームの最終目標は《妖精王オベイロン》の下に辿り着き自分の種族を飛行高度制限の無い《アルフ》に転生させて貰うことだ。勿論そんな事はどうでもいいと考えている奴もいるかもしれないが…ここで重要な点は自分達の種族しか《アルフ》になれないという所である。

九つの種族がたった一つの椅子を巡って争うのだ…ここがこのグランドクエスト攻略において最大の難点であろう。つまり他の種族同士が協力してクリアするという事が出来ないのだ。お互いが《アルフ》の座を巡って敵対関係にあるため一種族だけのパーティーしか組めないのだ…そう考えると今回の会談は異例の事態であろう。元々友好関係にあったのか、それともこのままでは埒が明かないと思っての苦渋の選択だったのか…話が逸れてしまったがつまり簡単に言うとこういう事だ。…もしサラマンダーがこの作戦を成功させて世界樹を攻略したとする…サラマンダー達は念願の《アルフ》になれるがサラマンダーと組んでいるだけのシルフのシグルドは《アルフ》になれないのだ。

もし奴の目的が別の事…例えば領主の座を奪うことだとする。だとしても自分の領地の資金を奪われる上に税金までかけられる…明らかにデメリットの方が大きい。

他にも色々考えてみたがやはり奴が裏切る理由が俺には分からなかった。一体何故…?

 

「フフフフフフ…良いだろう…冥土の土産に教えてやろう!」

 

…今時冥土の土産なんて言葉はB級映画でも使わないぞ。…少しばかり古臭過ぎではないだろうか?まあともかく理由を教えてくれるのだ…黙って聞いてやろう。俺は奴の話を黙って聞き続けたのであった…

 

 

 

 シグルドは自分の勝利を確信しているのだろう…聞いてもいないのにべらべら喋ってくれた。

現在のシルフがサラマンダーに後れを取っていることに苛立ちを感じていた事、近々導入されるという転生システムを使ってサラマンダーに転生し、重要な役職を得るためにモーティマの誘いに乗った事…他にも色々これからの展望のようなものを話していたが聞く必要も無いし、興味も無いのであまり覚えていない。

 

「あなた…そんな事のためにサクヤを売ったの?!」

 

リーファの怒りの声にもどこ吹く風の様子のシグルド…サクヤとはシルフの領主であろう。するとシグルドはこちらに向かって口を開いた。

 

「貴様…タツヤと言ったか…貴様に良い話があるのだが聞きたいか?」

 

「…聞きたくない。あんたの話はもう飽きたよ」

 

すると奴は嫌な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「まあ、そう言うな。貴様らの目的は分かっている…グランドクエストに挑みたいのだろ?」

 

!何でこいつそれを知っているんだ!俺の表情が予想通りだったのだろう…シグルドはさらに笑みを深くして口を開いた。

 

「貴様らの動きはトレース魔法で監視していた。ルグルー回廊に入っていったからな、世界樹を目指している事は簡単に分かった」

 

…成る程、トレース魔法か…トレース魔法とは使い魔を使って相手を追跡する魔法だ。熟練度が高ければ高いほど相手との距離が遠くなり気付く事はほとんど出来ないらしい。…まあ、全てリーファの受けおりなのだが…

 

「そこで貴様に提案だ。我々の仲間になれ。そうすれば近い内に行われるグランドクエスト攻略に貴様を加えてやろう。あのスプリガンもどうだ?腕は立つらしいからな」

 

それは勧誘であった、奴の表情から本気なのかは分からないが…以前キリトにはパーティーに入れて貰えるならどんな手でも使えと言ったことがある。そのチャンスが巡って来たのだ。確かにあまり信用出来ないかもしれない。…だが、たった三人で行くよりはクリアする可能性は高い。

 

「…それで俺は何をすればいいんだ?」

 

「簡単な事だ。俺たちの奇襲を邪魔する者たちを排除してくれればいい。例えば…そこにいるシルフとかな」

 

そう言ってリーファを見るシグルド…つまりリーファをここで殺せと言っているのだ。その言葉にリーファは一瞬驚いて、すぐに顔を俯かせてしまった。

 

「あんたが裏切らないなんて保証はどこにあるんだ?」

 

「ここにいるサラマンダー達が証人だ。それにモーティマ殿の許可も得ている。さあ!たった三人でクエストに挑むか我々の傘下に入るかどちらかを選べ!もっとも…どちらが最善の選択なのかは火を見るより明らかだがな」

 

確かに普通ならどちらを選ぶかは迷いようが無い…

目的の為なら何でもする…それが現在の俺の考えだ。それにこれは所詮ゲームだ、リーファを殺したからといって現実のリーファが死ぬわけでは無い…

 

『悪い…リーファ』

 

俺は武器を構えたままリーファに近づいて行った…

 

 

 

「…悪いリーファ…恨んでくれ」

 

 俺の言葉にリーファは首を横に振った。

 

「ううん。あなた達は世界樹に行くのが目的だったんだからこうなるのは仕方無いよ…」

 

そう言いつつも悲しそうな表情なのは、ほんの少しでも俺に期待していたからだろうか。…だけどこうする事が一番の近道なのだ…俺はゆっくりとランスを振りかざして…

 

『本当にそれでいいのか?』

 

そんな声が聞こえた気がした。ここでそんな事をいう奴はいないからきっと心の声のような物であろう。おそらく俺の心の中で葛藤が起きているのだろう…

 

『ハッ!情けねえなお前は』

 

…仕方無いだろ。これがキリトの目的に辿り着くのに一番近い道なんだ。

 

『キリトの目的だ?ならお前がここに来た目的は何なんだよ?』

 

俺の目的?…そんな物は無い。ただのキリトの手伝いだ。

 

『違うだろ?お前は現実が嫌になったんだ、自分の感情から屁理屈並べて逃げ続ける現実の自分が…だからこの世界に逃げて来たんだ』

 

…そうかもしれない。キリトの誘いなんてただの口実だ、俺は自分の感情のままにいられた仮想世界に逃げたかったのだ。

 

『逃げ込んだ先でも自分の感情を誤魔化してるんじゃ意味ねえな。…お前は自分の心に嘘を付きたくなかったんだろ?ならやる事ははっきりしてるじゃねえか』

 

そうだな…俺は思い切り頭上に揚げたランスを振り下ろした…

 

 

 

「?どういうつもりだ?」

 

 シグルドは先ほどの笑みを完全に消して俺に尋ねてきた。奴がそんな風に尋ねた事…それはリーファがいる場所とは見当違いの場所に降り下ろされた俺のランスの事であろう。

 

「え?どういうこと?」

 

リーファも何が起きたのか分からないようで混乱しながら尋ねてきた。しかし、俺はそれに答えず…

 

「ははははは…悪いキリト…俺はどうやら自分勝手な人間みたいだ…」

 

呟いて…笑った。何時だって俺はそうだった…他人のためにやった事なんて一つも無い。俺がそうしたいから…俺の行動理由はそれしかなかった。それならやることは単純であろう…俺は武器を奴…シグルドに向けた。

 

「?!貴様!せっかくのチャンスを棒にふるつもりか!」

 

「チャンス?…ああそうだったな…すげーチャンスだった…」

 

シグルドは俺に叫びながら聞いてくる。…確かに良い話だったな…後でキリトに謝らないと…せっかくのチャンスをドブに捨てちまったって…まあ、あいつは笑って許してくれそうだが…

 

「だけどお前を信じろってのは無理な話だぜ。どこに平気な顔で裏切る奴を信じる奴がいるんだ?あんた馬鹿か?」

 

俺の言葉に奴は顔を怒りの表情で歪ませた。…相変わらず考えている事が顔に出やすい奴だな…

 

「それに…感情のままに動く事は正しい人間の生き方だってのが俺の持論でな。誰でもお前みたいなへっぽこ裏切り野郎よりはリーファみたいな奴に付いて行こうとするだろ?」

 

まあ、その持論は現在思い付いたのだが…わざわざ言う必要は無いだろう。俺の言葉にシグルドは堪忍袋の緒が切れたらしく大声で叫んだ。

 

「…貴様…!必ず後悔させてやる!サラマンダー!奴らを必ず殺すぞ!」

 

額に青筋を立てて怒り心頭のシグルドの号令でさっきまで傍観していたサラマンダー達が一斉に武器を構える。それなりに訓練を受けた部隊のようだな…だが…

 

「ハッ!返り討ちにしてやるぜ」

 

「うん!さあ!デスペナルティが怖くない人からかかって来なさい!」

 

こうして…俺たち二人の戦いが始まったのであった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「A隊突撃!C隊は回復魔法、B隊は魔法攻撃用意!」

 

 シグルドの号令で三人のランスを持ったサラマンダーが真っすぐ突っ込んで来た…一人目を躱すと、二人目のランスが俺の目の前に現れるがギリギリ受け止める事に成功しいわゆる鍔迫り合いの状態になる。しかし、相手はもう一人いる…もう一人が俺を後ろから突き刺そうとして…

 

「はああああああ!!」

 

リーファの長刀によって防がれる…そのままリーファは怒涛の勢いで攻めていき相手は防戦一方になる。リーファばっかりにいい格好はさせられないよな…!俺は鍔迫り合いの状態から体をずらして力を一気に緩める…すると相手は体勢を崩した。そのがら空きの体にランスを突き刺す…俺の攻撃を受けて後ろに下がった相手に追い打ちをかけようとして…

 

「ッチ!」

 

相手の魔法攻撃が俺の前を通った事でそれは中断された…俺がランスで突き刺した相手も回復魔法によってHPが戻ってしまった。

 

『このままじゃジリ貧だな…』

 

前衛に後衛、さらには回復役…誰でも思いつくような戦い方だが中々に厄介だ。このままでは俺とリーファでも消耗して殺られてしまうだろう。何とかしないと…

 

「タツヤ君!私に作戦があるんだけど…」

 

現状勝ち目の無い状況で、俺はリーファのその言葉を聞くことにした…

 

 

 

 リーファの作戦とは至極単純であった。この部隊を指揮しているシグルドをまず叩き、その後にリーダーがいなくなって浮足立っているサラマンダー達を撃破する…確かに俺たちがとれる作戦はこれしかないだろう。しかし…

 

『問題はシグルドを一対一の状況に引っ張り出すことだよな…』

 

この作戦が成功するかどうかはどれだけ早くシグルドを倒せるかにかかっている。そのためには仲間の援護が無い状態にあいつを引きずり込むのが一番だ。…しかし、あの男はああ見えて戦いにおいてはかなり慎重で必ず自分が勝てると思った時にしか自ら手を出さないタイプの人間だ。奴を一対一の状況に引きずり込むには…

 

「俺が他の連中を引き付ける…その間にリーファが倒してくれ」

 

これしか無いだろう…俺はサラマンダーだからあいつらの魔法を食らっても一撃で死ぬことなんてないだろう…しかし、リーファは俺の意見に異議を唱えた…

 

「タツヤ君…あなた自分が一番危険な役目を引き受けようとしてるでしょ?」

 

「そ、そんな事は無い…よ…」

 

リーファはジト目でこちらを見てくる…なんとか否定の言葉は出せたが我ながら嘘がひどく下手だな…そんな事を思ってしまった。ただ…

 

「でもリーファ…この作戦ではお前が一番重要だ。おそらく気を引けたとしても遅くて数分…早ければ数十秒かもしれない…お前の腕を見込んで言っているんだ…やってくれるか?」

 

これは俺の本心だ…空中戦において俺はリーファの足下にも及ばないだろう。なるべく早く倒すためには強い方が行くのがベストであろう。俺の言葉にリーファは少し驚いた顔をした後、溜息をつきながら答えた。

 

「はぁ~。なんか上手い具合に言い包められたような気がしないことも無いけど…分かったわ!あいつなんてパパッと倒してあげる!」

 

彼女は笑顔で自信満々に言う…なら俺もやらないとな…

 

「期待してるよ…それまでの時間稼ぎは出来るだけやってやる。三秒後に俺があいつらに突っ込むから同時にシグルドの所に行ってくれ…一、二、三!」

 

俺は全力であいつらに突っ込んで行ったのであった…

 

 

 

リーファside

 

 タツヤ君がサラマンダー達に突っ込んで行くのと同時に私は少し離れた所にいるシグルドの目の前まで翔んで行った。

 

「久しぶりだなリーファ」

 

「ええ。もう二度と見たくない顔だけどね」

 

私の前でシグルドは笑みを浮かべていた。それは自分の勝利を確信しているような笑みで…少し私の気に障った。

 

「一応聞いてあげる…サクヤに何か言いたい事は無いの?」

 

「無いな。あの女がもっとしっかりとシルフを率いていればあんなサラマンダーに遅れは取らなかったのだからな…自業自得だ」

 

自業自得ですって!サクヤは何時でも領主としての仕事をこなしていた。あなたみたいな立場の人がしっかりとサポートしてあげないといけないのに全部サクヤのせいにして…!私は切っ先をシグルドに向けて口を開いた。

 

「ならあなたがここで倒されるのも自業自得ね?」

 

「お前が?私を倒す?…フハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

武器を向けられているにもかかわらず急に高笑いをするシグルド…その不気味さに私は少し恐怖を感じてしまった。

 

「な、何がおかしいの!」

 

「ハハハハハハ…俺を倒すとは笑わせてくれる。お前らは圧倒的な戦力に為す術もなく殺されるのだ。あのサラマンダーもどれだけ持ち堪えられるか…」

 

確かにこいつの言うとおりだ…私たちが勝てる見込みなんて本当は無いのかもしれない。でも…

 

「大丈夫よ。あなたなんて瞬殺してあげるから」

 

タツヤ君は私を信用してあんな役目を引き受けてくれたのだ…その信用には応えたい。それに…

 

『私を助けてくれたもんね…』

 

あの《ヨツンヘイム》での《魔神ルーグ》との戦いの時、そして今も私を守るために戦ってくれている…少しぐらいは恩返しがしたい…私はそのままシグルドに斬りかかった。

 

「やああああああ!」

 

「ック…!」

 

私の渾身の上段からの斬り下ろしを奴は右手の片手剣で受け止める。これなら勝てる…!私はそう感じた。

シルフの五傑なんて呼ばれていた彼だがここ最近は碌に戦った事が無かったのだろう…明らかに剣が鈍い…!

そのまま私は怒涛の攻撃を繰り返し、シグルドは防戦一方になる。しかしそんな私の背後から火の玉が飛来して来た。

 

『マズイ…!もう気付かれている…!』

 

彼が注意を引いていたサラマンダーのメイジ隊の数人がこちらに気付いて攻撃して来たのだ。むしろよくこれまで気付かれなかったものだと思う…タツヤ君はしっかりやってくれたようだ。私は後ろから来た火の玉を上昇することで避けた。それからは防戦一方だった…次から次へと来る火の玉を躱し続け、シグルドの攻撃を剣で受け止める事しか出来なかった。さらに…

 

「リーファー!覚悟ー!」

 

「しまった!」

 

突如現れたシルフの《タルカス》がこちらに剣を構えたまま突進して来たのだ。完全に忘れてた!今まで出て来なかったからてっきりキリト君を追いかけたものだと…しかしそんな私の心中を相手が察してくれるわけが無くそのまま剣が私の肩に突き刺さる…

 

「…っく!」

 

ダメージを受けた事で肩に不快感を感じて顔をしかめる…でも、タダでは終わらせない…!私は目の前にいるタルカスに向けて思いっ切り剣を振り下ろした。

 

「ぎゃあーー!!」

 

そんな声を出しながらタルカスはリメンライトになった。しかし、私は先程まで戦っていたシグルドから目を離してしまったのだ。

 

「ふん!」

 

「きゃあ!」

 

私はいつの間にか背後にいたシグルドの攻撃を背中に受けてしまった。しかし、そのまま彼は追撃せずに距離を取った。

 

『…?どういうこと?』

 

あの場合はそのまま追撃するのがセオリーの筈…勘が鈍っているシグルドでもそれぐらいは分かるだろう。それなのに何故?

その後のシグルド行動はおかしかった…こちらが攻撃してきても積極的に反撃せず防御するだけ…そんなシグルドを私はとにかく攻撃し続けた、そしてついに私の斬り上げがあいつの剣を弾いた。

 

『…今だ!』

 

このチャンスを逃さない…!私は渾身の突きを奴の喉元目掛けて放ち…その時私が一瞬見たシグルドの表情は…なんと笑っていたのだ。そして…

 

「え!なんで?」

 

私の剣は奴に届かず、そのまま私の体は地面に急降下していった…なんで!?まだ時間は大丈夫の筈なのに!私の頭の中は疑問で一杯になる。しかし…

 

「死ね!リーファ!」

 

シグルドのその言葉で私の意識は元に戻った。しかし、この自由落下を続ける体ではあいつの剣を躱す事も受け止める事も出来ない…私は目を閉じてこんな所で死んでしまう事を悟り…

 

「リーファーーーー!!!」

 

後ろから聞こえた大きな叫び声で後ろを振り返るのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーファがシグルドの元に行ってから俺はひたすら翔び廻っていた。次々と襲いかかるランスや火の玉を躱しつつ、相手の注意がこちらに向くようにちょっかいをかける…こんな事を数分続けているが未だにリーファとシグルドの決着はついていないようだ…

 

『やはり腐ってもシルフの五傑か…』

 

あの男…シグルドはシルフの五傑の一人らしい。シルフの五傑とは…つまりは四天王のようなものだろう。…ちなみにリーファもその一人だ。このまま戦闘が長引けばリーファが不利になる…そしてそんな俺の不安は的中した。

 

「あ!待ちやがれ!」

 

シグルドの方に二人のメイジが行ってしまった…。慌てて追いかけようとするが、ランスを持ったサラマンダー達が俺の前に立ち塞がる。なんとか突破を試みようとするが三人による波状攻撃を防ぐだけで精一杯になり出来ない…

 

『悪いリーファ…!なんとか一人でやってくれ…!』

 

俺は心の中でリーファに謝った。

 

 

 

 それから数分後…俺は未だにサラマンダー達の攻撃に晒されていた。今リーファは大丈夫か?そんな疑問が頭をよぎりリーファの方向に目を向けると…

 

『な?!』

 

なんとリーファは落下している最中だったのだ。馬鹿な!あのリーファが飛行限界時間を間違える訳が無い…!しかし、現実として彼女の羽は消えており、そんな状態のリーファにシグルドは止めを刺そうとする…

 

『やらせるか…!』

 

俺は全力でサラマンダー達の中を突っ切る…。少しダメージを食らってしまったがそんなの後回しだ!とにかく今はリーファを助けないと…!

 

「リーファーーーー!!!」

 

俺は叫びながらリーファの所に全力で翔んでいくが間に合わない…。考えろ!この状況でどうすれば彼女を助けられるか考えないと…俺はふと右手のランスに目を向けた…

 

『これしか無い!』

 

俺は右手のランスを躊躇う事無くシグルド目掛けて思いっ切り投げた…

 

「何?!」

 

シグルドは俺の予想外の行動に驚いて動きを止めてしまった…。そして俺のランスは途中で失速して地面に落ちていく。それにシグルドはしまった!という顔をする。…これこそが俺の狙い…シグルドの動きを封じてその隙にリーファを助ける…。そもそもランスとは槍とは違って投げれるように作られた物では無い、あんな重い物を投げれば途中で落下するのはよく考えれば分かる事だが奴はまんまと引っ掛かってくれた。

成功するかどうかは正直賭けであったがその賭けには勝ったようだ。そしてそのままリーファを連れて地面に降りた…

 

 

 

 

「それにしてもリーファ…なんで途中で翔べなくなったんだ?さすがに飛行時間を間違えた訳じゃねえだろ?」

 

「…分からない。時間は大丈夫の筈だったのに急に羽が消えちゃったの…」

 

 俺たちは現在森の中にいた。シグルドやサラマンダー達はここにはいなく少しばかり休憩しているところだ。それにしてもいきなり翔べなくなるとは…一体どういう事なんだ?俺の中で疑問が浮かんだがそれに答えてくれる奴が目の前に降りてきた。

 

「どうだリーファ?急に翔べなくなった感想は?」

 

「あなた…!一体何をしたの?」

 

リーファの問いにシグルドはよくぞ聞いてくれた!といわんばかりの笑顔で答えた。その左手には豪華な装飾がされた片手剣が握られていた…

 

「これはな…モーティマ殿から頂いた《魔剣エンジェルフォール》だ。この剣にはエクストラ効果があってな…斬った相手を翔べないように出来るのだ!」

 

な、なんだよそれは…!そんなのチートじゃねえか!…この世界で翔べないということは大きなデメリットだ。

翔べない奴は翔んでる奴に攻撃を与える術も、攻撃を防ぐ術も無いのだ。マズイな…俺はどうしようかと考えていると急にリーファに声をかけられる。

 

「ねえタツヤ君…」

 

「なんだリーファ?」

 

俺の言葉にリーファは悲しそうな表情で無理に笑いながら答えた。

 

「私の事はいいから会談に行って」

 

それは自分を見捨ててくれというお願いであった。…俺は突然、彼女の口からそんな言葉が出た事に驚いて言葉が出なかった。

 

「大丈夫…時間稼ぎくらいは出来るから」

 

「いや…そういう問題じゃなくて…」

 

もしリーファが一人で残ったとしよう…必ずリーファは負けてしまうだろう。翔べない相手を倒すなんて奴らにとっては朝飯前だ。

 

「俺も残るよ。流石に今のリーファを一人に出来ない『嫌なの!!』…」

 

俺の声をリーファの大声が遮った。そのまま彼女は俺の方に顔を向けて口を開いた。

 

「今の私…足を引っ張っている。そんな足手まといのせいでタツヤ君が死ぬのは嫌なの!」

 

リーファの心の叫び…俺に死んで欲しく無いというものだった。正直な事を言えば…リーファの気持ちは嬉しかった。だが…

 

「ふざけんなよ馬鹿!」

 

そんな言葉を俺が聞き入れる筈がない。俺はリーファに対して怒鳴ってしまった。

 

「足でまといがなんだってんだ!俺はここに残る…反論は聞かない!」

 

「な、なんでそこまで頑なに…」

 

リーファの問いに無言で返す。先程も言ったがこの世界で死んだからといって現実の自分が死ぬわけではない。それでも…

 

『リーファが死ぬのは嫌なんだ…!』

 

これまでも死んで欲しく無いと思った奴はいるがほとんどは世話になった奴や知り合いだ。死んだら目覚めが悪いから…だから死んで欲しく無いと思ったのだ。しかし、今回は違う…。一体どうしてそんな事を思ったのかは全く見当もつかないが、その気持ちだけは本当なんだ。

俺は先ほど捨てたランスの替わりに投剣とリーファから貰った《魔槍ブリューナク》を装備した。

 

「リーファはここで待ってろ」

 

あいつらは俺が倒す…!俺は槍を構えて奴らの方に翔び出した。

 

 その行為がただの無謀だと知りながらも…

 

 

 

 




はい!シグルドにチート武器を持たせてみました。
この武器の効果はシグルドが言った通りです。『そんなんチートや!チーターや!』ってキバオウ君に言われてしまいそうですね(笑)
それでは次回予告です。
無謀にもたった一人で戦いに挑むタツヤ、しかしシグルド達の攻撃に為す術も無く危機に陥る。その時リーファは…
次回『無謀な戦と提案』にレディーゴーーー!!!


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第二十二話:無謀な戦と提案

次回予告とタイトルが違う?ナ、ナンノコトカサッパリダナ…
ごめんなさい!冗談です!当初予定していたところまで書くと長くなりそうだったので勝手ながら短くしてしまいました。申し訳ございませんm(__)m
ちなみに感想募集しています。
それではどうぞ。


 一人で全員を相手にするのは不可能だ。…狙うはシグルドの首一つ!俺はシグルド目掛けて突っ込んだ…

 

「奴を近づかせるな!距離を取りつつ戦え!」

 

シグルドの号令でサラマンダー達は後ろに下がりながら魔法で攻撃してくる。目の前に迫る大小様々な火の玉を旋回する事で躱す。

 

『全く近づけない…!』

 

内心舌打ちをするがこんな事は分かりきっていた事だ。

たった一人でこんな状況を変える可能性があるとしたら…

 

『これしか無いな…』

 

俺は右手に持った《魔槍ブリューナク》を見る。こいつのエクストラ効果…それならこの状況をひっくり返す事も可能かもしれない。しかし…

 

『リスクが高すぎる…!』

 

以前このエクストラ効果を見てキリトに俺では扱い切れないと言ったことがあるがその通りだ…こいつの効果は始めたばかりの初心者が使えるようなものではない。最悪の場合…俺だけが被害を被るだけだ。

絶体絶命…だな。ここまで絶望的だと笑えてくるぜ…。勿論、俺は負け戦が好きなわけではない、負けると分かっている戦いなんて正直退屈窮まり無い。だが…

 

『見捨てるよりはマシ…だな』

 

リーファを見捨てて逃げるよりは大分マシだと思ったのだ。この選択に後悔は無い、ただ…俺の力不足でリーファが死んでしまう事が悔しかった。キリトなら…ここにいるのがもしあいつならもっと上手くやれただろうか?唐突にそんな疑問が浮かんだ。まあ、たらればの話をしても意味が無いか…。俺が今やることはただ一つ…あのシグルドの野郎にこの槍を届かせる事だけだ…!俺は再びシグルド目掛けて突っ込んだ…

 

 

 

 俺の突撃を邪魔するため再び襲いかかる火の玉を今度は旋回せずに突っ込みながら避ける…勿論全てかわせる訳では無く数発が掠り体に不快感が走る。しかし…

 

『ようやく近づけた…!』

 

ようやく奴らとの距離を詰める事が出来た…!このまま俺はシグルド目掛けて突きをお見舞いしてやろうとして…

 

「させん!」

 

「ッチ!」

 

横からランスを持ったサラマンダーに邪魔をされる。まあ…予想はしていたがシグルドに攻撃を当てるのは困難なようだ。さらに俺がシグルドの前にいるということは周りをサラマンダー達に囲まれているということであり…

 

「総攻撃!」

 

「やっぱそうなるよな!」

 

サラマンダー達のランスが右から左から、上から下からと様々な方向から俺を攻める…そんな攻撃を完璧に捌ける訳が無く所々ダメージを負ってしまう。…空中戦ってのも厄介だな…そんな事を考えてしまった。

そして俺に対する一方的な蹂躙が始まった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーファside

 

 タツヤ君が一人で行ってしまってから私は何も出来ないでいた。彼は私に隠れるように言ったけど正直一人で戦えるような相手ではない。…確かに彼の戦闘センスはかなりのものだ、この世界で一対一で彼に勝てる人はそうはいないであろう。それでも…あんなに敵の援護がある状態では彼だって勝てない。今だって三人のランスを何とか捌いてシグルドの攻撃に当たらないようにしているだけで精一杯な状態なのだ。今すぐ助けに行きたい…でも…

 

『今の私には何も出来ない…』

 

今の私では彼と一緒に戦うことは出来ない。もしここで私が出たとしても彼の足でまといになるだけだ…そんな事は私が一番分かっている。それでも…

 

『黙って見ているのだけは嫌だ!』

 

このまま指を咥えて彼が倒されるのを見るだけなのは嫌なのだ!何か考えないと…この状況を変えるために私が出来る事を……そういえば…私はある事を思い出した…

 

『あの槍のエクストラ効果…!あれなら…!』

 

《魔槍ブリューナク》のエクストラ効果の一つ…それと今までのシグルドの行動…これらを上手く使えばこの状況を引っくり返せるかもしれない…それなら私がやることは決まっている。私は彼を助けるための行動を開始した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?一方的にいたぶられる気分は?」

 

 シグルドは嫌な笑みを浮かべながら尋ねてくる…が、俺にはそれに答える余裕は無い。あらゆる所からダメージエフェクトが出ており全身が不快感を感じている。

 

「これで終わりだ!」

 

そう言いながら剣を突き出してくるシグルド…普段なら容易く躱せるその攻撃も疲労困憊状態の俺には全く避ける事は出来ない。そのまま奴の剣は俺に近付いていき…

 

「…ック!」

 

奴の剣は俺の体に突き刺さる事は無かった。代わりに奴の腕には光っている細長い針のような物が刺さっていたのだ。あれは…シルフの風魔法!つまりこれはリーファからの援護か…。馬鹿野郎!隠れていろと言ったのに!

 

「…やはり貴様から殺してやろう…リーファ!」

 

止めを刺すのを邪魔されただけではなくダメージも受けてしまった…それは奴のちっぽけなプライドを傷つけるのには十分過ぎる威力だったのだろう。奴は額に青筋を浮かばせながら叫んだ。

 

「サラマンダー!まずは全員であの女を血祭りに上げるぞ!」

 

その号令でサラマンダーが全員リーファに向かって行く…あの馬鹿は何やってんだよ!俺はリーファの方を見ると…

 

「え?」

 

そんな間抜けな声が出てしまったが俺の反応は至極当然であろう…リーファはなんと微笑んでいたのだ…迫り来る敵など見向きもせずにその双眼で俺を見ていたのだ。それはまるで何かを俺に伝えようとしているようで…

 

『そうか!』

 

リーファのこの行動は自己犠牲なんかでは無い!これは勝利への一手だ!リーファが作り出してくれたチャンス…必ずやってやる!

 

「~~~~!」

 

俺は右手を前に出して最近覚えたばかりの呪文を唱える…あの世界では魔法なんてものは存在していなかったので俺の魔法の熟練度は0だ。そんな熟練度でも使える初歩的な魔法…俺はそれを放った。

 

「な!?」

 

シグルドの驚きに満ちた声…それもそのはずシグルドの前には人の2,3倍の大きさの火の玉が迫っているからだ。これこそが《魔槍ブリューナク》のエクストラ効果の一つ…魔法攻撃の威力にブーストをかける効果だ。本来なら上級魔法の威力をブーストさせて一撃必殺のような魔法を放つためにあるのだと思うが、魔法スキルを上げていない俺ではそんな魔法は使えない。しかし…

 

「ぐあっ!は、羽が!」

 

俺の魔法が直撃したシグルドは炎に包まれたまま落下していく…奴は火属性魔法特有の状態異常《火傷》を負ったようだ。状態異常《火傷》…これには相手に継続ダメージを与える効果があるが俺たちの狙いはそこには無い、俺たちの狙いはその羽だ!状態異常《火傷》には羽が再生するまでの間、飛行が出来なくなるという効果がある。つまりあいつはしばらく翔べないということであり、リーファと同じ条件になる。地上に落ちたシグルドにリーファが斬りかかる。さらにここで予想外な事が起きた…

 

「何をしとるんだ貴様ら!早く助けろ!」

 

シグルドの叫びでハッとした様子で奴の近くに集まるサラマンダー達…しかし下は森の中なので必然的に高度が下がり地上からの攻撃でも届く範囲にいる。それは地上にいるリーファでも奴らに攻撃出来ると言うことであり…

 

『もしかしてここまで考えていたのか?』

 

ふとそんな疑問が生まれた…もし狙ってこんな事をしたのであれば彼女はとんでもない策士だ…そんな事を考えながら俺はリーファの隣に降りていった。

 

 

 

 

「全く…無茶をする…」

 

「…タツヤ君には言われたく無いけどね」

 

 俺の非難めいた言葉にリーファは苦笑いをして返す。…まあ、確かに無茶をやったという自覚はあるが、お互い様であろう。

 

「この状況は予想通りか?」

 

「うん。シグルドって自分本位な奴でいつも私たちに殿をさせていたから…ここまでいくのは予想外だったけどね。私の作戦どうよ?」

 

なるほど…これまでパーティーを組んできたリーファだからこそ思いついた作戦だったのか。…良かったリーファが実は全て計算しているような腹黒な人間じゃないと分かって…もし口に出していたら彼女に怒られそうだな。しかし今回は上手くいったが、彼女の作戦には重要な欠点があったのだ。これからは無謀な作戦を建てないように俺は彼女に忠告をすることにした。

 

「あのな…そもそも俺がお前の考えに気付かなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

この作戦は前提として俺がリーファの意図に気付く必要がある…だが今回は偶々気付いたようなものだ…もし俺が気付かなかったらリーファは今頃殺られていただろう。

 

「大丈夫よ。だって…」

 

俺の問いにリーファは顔をこちらに向けずに微笑みながら答えた。

 

「あなたの事を信じてたから」

 

…その言葉は予想外であった。彼女は俺なんかを信じてくれたのだ…その気持ちは正直嬉しかった。だが、彼女のためにも俺は苦言を一つ二つ言う必要があると感じた。

 

「は~あ……。お前な…俺は一度は裏切ろうとした人間だぞ。そんな相手を容易く信用するな。少なくとも俺はな…」

 

これは忠告だ…俺は残念ながら人の期待に応えられるような人間ではない。今回は偶々こういう結果になっただけ…それが現時点での俺の考えだ。しかし俺の言葉には耳を貸さず彼女は答えた。

 

「ううん。多分これからもあなたを信じると思うよ。だってあなたの事が好きだもん」

 

「な?!」

 

いきなりそんな言葉を言われて俺は動揺してしまう。顔は真っ赤になり口を金魚みたいにパクパクさせる。し、仕方無えだろ!いきなり好きなんて言われたら誰だってそうなるだろ!…一体俺は誰に弁明しているのだろうか?ふとそんな疑問が湧いてしまった。動揺のし過ぎで頭がパンクしてしまいそうになる俺。だが…

 

「もちろん友達としてね」

 

「はぁ~。……」

 

その言葉でさっきの動揺から一変、溜息をついて頭を抱えてしまう…。考えればそうだって分かっただろうになんであんなに動揺してしまったのか?数秒前の俺の頭を殴りたい気分だ。…それにしても彼女には簡単に人に好きって言うなと忠告する必要があるようだ。幾ばくか冷静になった俺は正面を向く…そこには三人のサラマンダーがシグルドを守るように囲んでいた。…おそらくシグルドが回復するまで積極的に攻撃してこないであろう。なら…

 

「リーファ。何をするかは分かっているよな?」

 

「勿論。先に取り巻きを倒すのよね」

 

…どうやら俺の言おうとしている事が分かったらしい。彼女はいつの間にエスパーになったのだろうか…という冗談はさて置き。俺の作戦は彼女の言った通りである…シグルドの戦力をなるべく多く削る…少なくともメイジ隊は壊滅させたい。そんな事が出来るとすればこのチャンスに賭けるしかないであろう。

 

「リーファ。上にいるメイジ隊は俺がやる、ここにいる奴らの相手をしてくれるか?」

 

「うん。でも私一人に任せて大丈夫?」

 

リーファの若干不安そうな問い…意趣返しも含めて俺が言える事は一つだけだ

 

「リーファを信用してるよ」

 

その言葉に彼女は一瞬呆けた顔をした後、すぐに嬉しそうな顔になる。

 

「任せて!剣の腕ならここにいる誰にも劣ってないわ!」

 

頼もしい限りだ…俺は振り返らずに翔んで行く。彼女なら大丈夫とどこか確信を持って…

 

 

 

 サラマンダーのメイジ隊は上空で待機していた。まあ、あんな地上でごちゃごちゃしていたら魔法で援護なんて出来ないからな。どうやらこちらに気付いたようだ…

 

「爆裂魔法用意!」

 

メイジ隊のリーダーらしき人物の号令で一斉に呪文を唱えるメイジ隊の面々。だが…

 

「遅い!」

 

こちらに気付くのが少し遅かったな…俺の一突きがメイジ隊の前列にいたサラマンダーの胴体に刺さり、赤色のリメンライトになる。…やはり防御力は高くないようだ…

 

「さ、散開して攻撃だ!」

 

リーダーらしき男の声で散らばるメイジの連中…固まっていたら格好の的になると思ったのだろう。仕方無いが一人一人潰すしかないようだ。まずは頭を潰すのがベストだな…俺は槍を構えてリーダーらしき男に突っ込んで行く。

 

「く、来るな!」

 

俺の姿を見て、ちょこまかと逃げ出すリーダーらしき男…正直弱い者虐めみたいな気がしないこともないが、二人相手に十人で挑んで来ているのだからお互い様であろう。そして…

 

「ぎゃああああ!」

 

俺の槍が無防備な背中に突き刺さり、その姿をリメンライトに変える。後は逃げ惑うサラマンダーを一人ずつ倒すだけだな…少し余裕が出来た俺は地上で三人を相手しているリーファに目を向ける…

 

「すげー…」

 

リーファはたった一人で三人を手玉に取っていた。ランスによる突きを長刀で捌き、受け流し、軌道をずらし、隙があれば果敢に攻める…お手本のような鋭くも美しい剣捌きに見惚れてしまいそうになる。あの剣捌きは…

 

「まるで剣道みたいだな…」

 

彼女の剣捌きに体捌き…どれも俺が祖父の道場で何度も見てきたものに似ていたのであった。本人に自覚は無いかもしれないが染み付いた動きとは自然に出てくるものなのだ。つまり…あの動きは彼女が剣道をやっている、もしくは経験者であるという事だ。

剣道経験者か…ちょっと試してみるか…この時俺の中で少しばかりの好奇心が生まれる。さっきまで一人でボコボコにされていたのだ、多少の憂さ晴らしぐらいしてもいいだろう…あいつらを使って…

ともかくリーファにだけ良い格好はさせられない…俺は逃げ惑う残りの連中を狩りつくすための行動を開始する。

 

 

 

…とは言ってもバラバラに散らばっている敵を倒すというのは中々に骨が折れる作業だ。地道に一人ずつ倒すしか無いからな…それにあいつらも隙を見て魔法で攻撃してくるからな。だから…

 

「おらよ!」

 

詠唱中の奴に向かって投剣を投げる…すると俺が投げた投剣は奴らに当たり詠唱が中断された。以前俺はクラインに投剣スキルなんて攻撃の役に立たないと言ったことがあるがそれは対Mob戦での話だ、対プレイヤー戦においてこのスキルはかなり有効である。このスキルだけで牽制に妨害行為、さらには誘導までこなせるのだ。プレイヤー同士の戦いにおいて必要なのは強さでも速さでも無い、どれだけ自分の手札を持っているかであると俺は考えている。…器用貧乏と言われればそれまでではあるが…

 

「だあああああ!」

 

ともかくそれはさて置き…こいつで終わりだ…俺の突きが最後に残ったサラマンダーのメイジの頭に突き刺さりそのままリメンライトになる。…ようやく全てのメイジ隊を倒した俺はリーファの元に降りて行った。

 

 

 

「悪い。時間がかかった」

 

「ううん。思ったより早かったね」

 

まだ余裕というリーファの表情に安心する。どうやらあの後もあの数相手に互角でやりあっていたらしい。…リーファが翔べれたらこんな戦いすぐに終わっただろうにと思ってしまった。そう思うと癪ではあるがあのシグルドの判断は正しかったのだろう。そういえば…

 

「なあリーファ、一つ聞いてもいいか?」

 

「?何?」

 

俺の問いにリーファは驚いた顔をしてこちらを見た。

 

「リーファって剣道やっているのか?」

 

その言葉にリーファは一瞬驚いた顔をした後すぐに不機嫌な表情をする。…あれ?俺なんか聞いたらいけないような事を聞いたのか?女の子の扱いとは難しいものだ…などという柄でも無い事を思ってしまった。

 

「…タツヤ君。リアルの詮索は御法度だよ」

 

え?そうなのか?…どうも俺はこういうゲームのマナーとかがあまり分からないようだ。…そういえばキリトがそんなことを言ってたような…言って無かったような…

 

「はぁ~、まあいっか。うん、子供の頃からやってるよ」

 

…そうか。そいつは良い事を聞いたな…!

 

「なあリーファ…」

 

一つ提案があるんだが…無表情のままそう言った俺であるが、この時の俺はこれから生涯で初めて行おうとする事に内心ワクワクしていたのであった…

 

 




本当に申し訳ありませんでした!m(__)m
次回予告はもう少し考えてから書くことにします。そういえば…戦闘だけで一話以上使ったのは今回が初めてのような…
それでは次回予告です!
共闘してサラマンダーを倒したタツヤとリーファ、ついにシグルドとの決着の時が…
次回「炎と風の双武」にレディーゴーーー!!!


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第二十三話:炎と風の双武

感想、お気に入り登録して下さった方々ありがとうございます。
ちなみにタイトルを変えました。みなさんご指摘の通りあのランサー兄貴と被るというのが一番の理由です。誠に残念ながら今作品はランサー兄貴とは全く関係ございません。ランサー兄貴の登場にご期待して下さった方々…申し訳ございませんでした。m(__)m
それではどうぞ。

感想募集しています。


 俺の提案とは簡単な話個々で当たるのではなく二人同時に奴らに当たろうということであった。

 

「でも、出来るかな?」

 

リーファの至極当然な疑問…二人同時に戦うということはお互いの呼吸が合うことが必要となる。もしそうでなければお互いがお互いを邪魔することになるからだ。だが…

 

「大丈夫だ。問題無い」

 

先程のリーファの戦いを見て分かった…彼女の動きになら俺は合わせることが出来る筈だ。こんな所で長年の経験が活きるなんて全く思わなかったが…

 

「そうなの?」

 

「ああ、俺がリーファの動きに合わせるから頼んだぞ」

 

「うん!分かった!」

 

その言葉と共に彼女は剣を構えて駆け出した。

 

 

 

 

「せいやああああ!」

 

 リーファの上段からの斬り下ろし。…しかしこれは相手の盾で防がれ、そいつの後ろから二人のサラマンダーが翔び上がり彼女にランスを突き立てようとする。だから…

 

「おらよ!」

翔び上がって薙ぎ払い二人を横に飛ばす…さらに

 

「らあっ!」

 

「お、俺を踏み台にした!」

 

盾を構えているサラマンダーの頭を踏みつけて後ろを取る。そして依然としてリーファの剣を受け止めているそいつをそのまま後ろから槍で突き刺した。

 

「ッぐ…!」

 

後ろから突き刺されたことによる不快感で声を上げるサラマンダー…しかしまだHPは残っている。見た目通りかなり丈夫なようだ、さらに先ほど飛ばした二人のサラマンダーが俺に向かってくる。左右からの同時攻撃…どうやっても躱すことも防ぐことも出来ないこの攻撃…俺は右からの攻撃だけを防ぐ…

 

「はあああああ!」

 

そして左からの攻撃は俺に当たらず、俺と奴との間に入ったリーファによって防がれる。

やっぱり思った通りだ…彼女の動きが読める…!俺は内心自分の考えが当たった事に喜んでいた。

 

 

 

 

 かつて俺は祖父の道場に通っていた。俺の祖父はかなり変わった人で剣道に柔道、合気道など様々な武術を究めた人であった。…今更ながらとんでもない人だな…。それはさておき、ともかく俺はそんな祖父の道場に通っていた訳だ。…別に武術に興味があった訳では無い、ただ当時家族となるべく距離を取りたかった俺にとって一番手っ取り早い手段が祖父の道場であっただけの話だ。と、まあそんな動機で俺は比較的やっている人が少なかった槍術をすることにしたのだが、やってみると中々楽しいものですっかり嵌まってしまったのであった。もっと強くなりたい…いつしかそんな事を考えるようになった。今ではこんなチンピラを絵に描いたような俺であるが当時は真面目に稽古に励み、同年代の中では一番強かったのだ。…まあ、十数人の中で一番と言っても凄みに欠けるのだが。

だが俺は全国大会などの試合ではいつも決勝戦まで辿り着けなかった。簡単な話…俺には素質が無かったのだ。体力も反応速度も並み程度の俺には全国の猛者に匹敵するだけの素質が無かったのだ。今の俺ならそこで諦めていたかもしれないが、当時の俺は負けず嫌いだったのだろう…彼らに対する対抗策を考え続けた結果がこれだ。

 

つまりは先読み…相手を観察することで次の動きを予想する。キリトやアスナのような特別な才能ではない…観察と経験による唯の予測だ。こと剣道に関しては祖父の道場のおかげで経験値が多いのだ、ある程度の予測は可能だ。

 

 

 

 

「やああああ!」

 

「だああああ!」

 

 リーファの剣、俺の槍を奴らは代わる代わる盾で防ぐ。やはり中々に手強い奴らだ…個々の強さもだが三人による絶妙なコンビネーションに後一歩の所で攻めあぐねている。なら…

 

「おらああああ!」

 

穂先を上段に構えたまま突っ込む…相手は正面から受けようと盾を構えた。後一歩で槍が届く距離の所で俺は右足を軸にして半時計回りをする…

 

「な?!」

 

回転した勢いで相手の足元を掬い、転倒したそいつを踏みつける。俺の目の前には何が起きたか分からず驚いた表情のサラマンダーが二人…

 

「だああああ!」

 

頭、首、胴体に三連続の突きと体重を乗せた一突き…それはあの世界で俺がよく使っていた槍三連続攻撃《トライ・スパロー》と槍単重攻撃《デス・スティンガー》であった。勿論この世界にソードスキルなんてものは存在せず、システムアシストによる威力も速さも無い…だが槍術の動きと同様、俺の体に染み付いた動きである。さらにソードスキル特有の硬直時間も無いので連続で放つ事が出来るのだ。しかしそれでもまだHPは残っているようで倒しきる事は出来なかった。だが…

 

「はあああああ!」

 

仰け反ったそいつの喉元にリーファの剣が突き刺さる…するとそいつは赤色のリメンライトに姿を変えた。そのまま追撃せずに後ろに下がる。

 

「ナイスサポート、リーファ」

 

「どういたしまして」

 

そう言って微笑むリーファ…さすがに今のをフォローしてくれると予想できなかった。俺の先読みは見える範囲しか正確には分からない、見えないところは勘で予想するしかないのだ。

 

「それにしても…あなたって結構乱暴な戦い方するのね?」

 

「はははは…」

 

まあ、確かに倒れた相手を踏みつけて動きを封じるなんて武術をやっていた奴の戦い方じゃねえよな…先ほどの戦い方を思い出して苦笑いが出てしまう。爺ちゃんが知ったら怒鳴られるかもな…そんな事より…俺は残る二人目掛けて突っ込んだ。

 

 

 

 

 俺は上段の突きを奴は盾を上げることで防ぐ。すると空いた胴に向かって体を沈めて駆けるリーファ。そして…

 

「せいやあああ!」

 

斬り抜けの要領で相手を胴体から真っ二つにした。真っ二つにされたそれはすぐさまリメントライトになる。そして彼女は素早く残るもう一人のサラマンダーに斬りかかった…サラマンダーは盾でそれを防ぐが…

 

『右ががら空きなんだよ!』

 

盾を持っている左側ばかりに気を取られて右側がお留守だ…俺は奴の空いた右側に槍を叩き込もうとする。こちらに気付いたそいつはランスで俺を突き刺そうと構えたが…

 

「やあーー!」

 

リーファの剣がそのランスを上に弾く…そのまま俺の槍は奴の空いた胴体目掛けて放たれて後ろに飛ぶ。そして…

 

「「はあああああああ!」」

 

お互いに武器を構えたまま同時に突っ込んだ。俺の槍とリーファの剣に胴体を貫かれた残る最後のサラマンダーはすぐさまリメンライトになった。

それにしても…恐るべきは彼女の能力だ。当初の予定では俺が彼女の動きに合わせる筈だったのだが、今は彼女の方も俺の動きに合わせている。才能…それだけではない、長年の血の滲むような努力が彼女にこれほどの能力を与えているのだ。自分の唯一の特技を易々と奪われたことに悔しく感じる一方でそんな彼女と共に戦えることを嬉しく思った。

それにリーファが隣にいて一緒に戦ってくれる…背中を預けれる奴がいることがこれほど頼もしいとは…。キリトとアスナがいつもコンビを組んでいた気持ちが分かる気がする。戦闘中にこれほどの安心感を俺は未だかつて味わったことが無いのだから…。不謹慎な話かもしれないがこの時間が永遠に続けば良いのにと俺は今思っていた。

まあ…

 

『残念ながらもう終わりだが…』

 

残るはシグルドのみ…俺とリーファは奴目掛けて駆け出した。

 

 

 

 

「はああああ!」

 

「おらあああ!」

 

 奴はリーファの剣を左に差してあった片手剣で防ぐが、俺の槍が左肩を貫く。しかし奴は走る不快感に耐えながらすごい勢いで上空へと翔んでいった。どうやら羽が再生したらしい…

 

「…ッチ!あいつ…!上に逃げやがった!」

 

まあ、それが正しい判断なのだが思わず舌打ちをしてしまった。それにしても…なんであいつは左の剣を防御に使わずにわざわざ別の剣に持ち変えたんだ?あんな無駄なことをしなければ俺の槍だって防げただろうに…。!もしかして…

 

「リーファ、もしかしたら翔べるかもしれないぜ」

 

「?どういうこと?」

 

俺の言葉にリーファは聞き返してきた。

 

「あいつ咄嗟にあの剣を庇ったんだ。もしかしたらあの剣を壊したら効果が切れるんじゃないか?」

 

それに…

 

「あの剣を庇ったって事は耐久値は高く無いはずだ。そもそもああいう無駄に装飾が多い武器は耐久値が高くないって相場が決まっているんだ」

 

つまりあの馬鹿みたいな剣を叩き折ればリーファは翔べれる可能性があるという事だ。もしリーファが戻らなかったとしてもあの効果はかなり厄介だからな…十分に壊す意味はある。しかし、リーファは考え込んでしまった。

 

「そうか…でも壊すのは難しいかな」

 

「?何でだよ?戦闘中は無理かもしれないがあいつを倒した後にドロップしたあれを叩き割ればいいんじゃねえのか?」

 

俺の考えにリーファは呆れたように頭に手を置いてしまった。

 

「…タツヤ君。倒してアイテムがドロップしなかったらどうするの?」

 

「?…あ!忘れてた…」

 

この世界ではアイテムドロップというのは一定の確率でしか起きずさらにドロップするアイテムもランダムなのだ。思い返せばさっきの奴らからアイテムは落ちなかった…倒せばアイテムが落ちるものだとつい勘違いをしてしまった。リーファの方を見ればあなたって偶に抜けているよねと言われる始末…面目無い…

だがそれなら確かに奴の武器を壊すのは困難だ…残念ながら俺の武器である槍は武器を破壊するのには適していない、武器を破壊するにはそれなりの重さがいるのだ。

リーファの剣ならあいつを叩き割るのに十分な重さがあると思うのだが空に逃げた奴には届かない。奴もわざわざ二対一という不利な状況になる地上に降りてくる筈がない…

 

『どうするか…』

 

周りを観察しながら考える…周りにはそれなりに高い樹木が生い茂っているがシグルドの場所までは高度が足りない。なら俺がリーファの剣を借りて叩き割る…駄目だ慣れない武器で勝てるような相手ではない。再び周りを見回すと少し離れた所に高い白い塔が…

 

「なあリーファ、今いい考えが浮かんだんだけど…」

 

俺の考えを聞いた後のリーファのあり得ない物を見たかのような表情はおそらく当分は忘れないであろう。

 

 

 

 

「よう。たった二人倒すのに大分時間かかってるんじゃねえか?」

 

 今俺はリーファに回復魔法をかけて貰って、上空に翔んでシグルドと対峙している。シグルドは自信満々に答えた。

 

「だが結局勝つのはこの俺だ」

 

…あんた自信満々に言ってるけどたった二人にあんなに被害を出して果たして勝ちと言えるのか?…こちらの領主が聞いたら卒倒しそうな負け戦だと思うがな。

ともかく…

 

「こっちはこれでも結構忙しくてさ…悪いけどとっととケリを付けるぞ」

 

「フン!減らず口を…!」

 

その言葉と共にお互い武器を構えて空を走る…

 

「だああああ!」

 

「ふん!」

 

槍を突き出すがシグルドはそれを体を捻って躱す…そのまま奴は俺の後ろに回り込み斬りかかろうとする…なら…

 

「おらあ!」

 

「ッチ…!」

 

突き出した槍を体を回転させて百八十度回す…遠心力の乗ったそれを奴は右の剣で防いだ。そのまま奴に三連続の突きを放つ…

 

「ッぐ…!」

 

頭と首は剣で防いだが胴体に槍が突き刺さった。向こうは接近して左の魔剣を振り落ろす…俺はそれを槍の柄で防いだ。そして…

 

「おらよ!」

 

奴の腹目掛けて蹴りを放つ…奴が怯んで後ろに下がった所に槍を一突きする。しかし…

 

「ふん!」

 

奴はすぐさま上昇して槍を躱し、下降する勢いで俺を斬りつけた。

 

「ッチ…!」

 

奴の剣は俺の腕を掠めた…一瞬あの剣の効果が現れることを懸念したが、あいつの様子から察するにあの剣の効果は掠った程度では効果が無いようだ。ただ…

 

『思ったよりやるな…!』

 

あの時だって部下がやられたらすぐ逃げたからてっきり部下がいないと何も出来ない奴かと思ったがそうではないようだ。やはりシルフの五傑の名は伊達では無いようだな…

 

「なんだお前…結構やるな。指揮するよりかはこっちの方がお似合いなんじゃねえのか?」

 

「…強がりを言えるのも今のうちだ…貴様疲れているのではないか?」

 

「はあ?疲れてるのはてめえの方だろ?」

 

と強がっては見るが正直なところは大分疲れている。こっちはさっきまでずっと戦っていたのだ、流石に集中力なんかは切れかかっている。それでもここでくたばる訳にはいかないのだ…俺は再び奴目掛けて突っ込んだ。

 

「はああああああああ!」

 

「む!」

 

俺の連続突きを奴は剣で防いだり、躱したりする。やはり戦い辛いか…槍自体は問題無い、問題は槍を使っての空中戦に俺が慣れていないことである。槍の突きには踏み込みが必要不可欠なのだ、足場が無い空中では思ったようなスピードが出ない。さらに…

 

『ッチ!またかよ…!』

 

俺の視界から一瞬奴の姿が消える…奴はただ上昇しただけなのだが、それでも死角に入られるのはかなり厄介だ。なんとなくでしか相手が攻撃してくる場所が分からない。地上戦ならこうはならないのだが…未だに三次元的な動きには慣れないな…

ともかく今後の課題が見つかった所で俺は横にずれる。すると俺のすぐ側を奴の剣が通り過ぎた…

 

「おらあ!」

 

俺が振り落とした槍を奴は横にかわした。奴はそのまま突っ込んで来る。こちらは槍を短く持ち直し薙ぎ払いを行うが奴は少し体勢を変える事でそれを躱した。マズイ!

 

「ふん!ふん!ふん!」

 

「ッく…!」

 

奴の連続斬りを柄を盾にすることで防ぐ。槍はリーチの長さ故に近距離戦は苦手なのだ。まさかここまで接近されるとは…少し油断したか。

 

「どうした!さっきまでの!勢いは!」

 

「…ッチ!調子に乗りやがって…!」

 

とはいえここまで距離を詰められたら槍では対応し辛い。先程の蹴りも考えたがこの状態でそれは相手に隙を与えるだけだ。せめて相手の剣より速い一撃を出せれば……速い剣?

 

『そうか!』

 

あったじゃねえか最速の一撃!正直使う機会なんて無いと思っていたが…。チャンスは一瞬…奴の剣が大振りになった時…

 

「ふん!」

 

奴が剣を頭上に上げたこの時しかない!俺は手を柄から外して穂の近くを持つ。そして一直線にその穂先を突き出した。

 

「ぬあ!?」

 

細剣の初級ソードスキル《リニアー》…かの閃光アスナの十八番だ。何度もボス戦で見てきたからこそ真似が出来た。…アスナの技を使ったって言ったら後でキリトに何か言われるかもしれない…そんな考えがふと浮かんだ。

勿論彼女程の威力もスピードも出すことは出来ないが、それでも奴を怯ませて俺が体勢を戻すには十分だ。そのまま後ろに下がって距離を取りつつなぎ払いを行い、奴は再び上昇することでそれをかわそうとする。だがそいつは読めていたぜ…!

俺は素早く槍を手元に戻して上昇した奴の元に槍を突き出した。

 

「ッぐ…!貴様…!」

 

顔を狙ったその突きを奴は慌てて躱そうとして胴体に突き刺さる…その不快感に奴は顔を歪めて大きく距離を取った。

 

…さてもうそろそろいい頃合いの筈だ。俺は奴を睨み付けたまま口を開いた。

 

「ここいらで決着を着けようか」

 

槍を構えたままシグルドに対して提案する。奴は剣を構えてその提案に応えた。

 

「…いいだろう」

 

互いに走る緊張感…まるで試合のような雰囲気にどこか懐かしさを感じる。そして…

 

「せやああああああああああああ!!!」

 

「死ねーーーーーーーーーーーー!!!」

 

真っ直ぐ相手に突っ込みながら槍を前に突き出す俺、シグルドも同じように剣を前に突き出して突っ込む…互いに距離が近づいていき、遂に互いの距離がゼロになった。

 

「ッく…!」

 

結果は相討ち…俺の槍は奴の右肩に貫き、奴の剣は俺の右脇腹に深々と突き刺さり不快感が走る。

奴は肩を貫かれた不快感で顔を歪めたが、その不快感でさえ勝利への確信によって上書きされる…シグルドは高笑いをした。

 

「フハハハハハハハハ!どうだ!貴様も終わりだ!たかが蜥蜴風情が俺に勝とうなど百万年早いわ!このまま地べたを走り回る事しか出来ない貴様らを嬲り殺しにしてやる!」

 

シグルドの勝利を確信したような宣言…だが…

 

「フフフ…」

 

「な、何がおかしい?」

 

急に笑い出した俺に戸惑うシグルド。ああ、本当に笑えてくるぜ…

 

「いや…おめでたい頭だと思ってな」

 

「…こんな時でもさすがの減らず口だな。このまま貴様が翔べなくなるのを待つだけで俺の勝ちは決まるのだ」

 

「いいや、俺の勝ちだよ。お前はそんな弱っちい剣じゃなくてもう一つの剣を使うべきだったんだよ」

 

さっさと俺を殺せば勝てたかもしれないのにな…わざわざそんな武器を使うから負けるんだよ。

 

「?何を言ってるんだ貴様は?」

 

シグルドは訳が分からない顔をして尋ねてくる。…どうせ間に合わねえし教えてやろう。

 

「お前だって知ってる簡単な話だ…」

 

そう言って俺は奴に不敵な笑みを見せる。

 

「二人が一人に負ける訳が無えんだよ…!」

 

その言葉と共に俺は視線だけを上に向ける。するとそこには陽の光を背負って上から急降下するリーファの姿が…その眩しさに思わず目を細める。

 

「お前の敗因はこの場にいる最高戦力を見誤った事だ。お前でも、ましてや俺でも無い…」

 

彼女を戦力外と見た時点でお前の敗北は決まっていたのだ。

 

「はああああああああああ!」

 

「な、何?!」

 

上からの声でようやくシグルドは気づいたようだ。なんとかしてこの場から離れようとするが…

 

「は、離せ! 」

 

右手を槍から外し奴の手首をしっかりと両手で掴むことで剣を引き抜こうとする奴の動きを封じる。奴は空いている右手でこちらを殴り顔や腹に不快感が走るが俺は意地でもその手を離さない。

そして…

 

「せいやあああああああああああああ!」

 

リーファの渾身の一撃がシグルドの剣に当たり甲高い音が起きる。剣が当たった場所に少し罅が入り次第に大きくなる。そして…

 

パリーン

 

奴の剣は木っ端微塵になった。しかし…

 

 

 

 

「マジかよ!」

 

 剣を叩き割ったリーファはそのまま重力に従い落ちて行ったのだ。このままではすごい勢いで地面に衝突する…!

 

「リーファーーーー!」

 

俺はとにかくなんとかしようと思い、下に向かって翔んだ。落ちる速度よりも速く…!そんな事をしたら俺が凄い勢いで地面に衝突することは分かっている。それでも…!

 

「間に合えーーーー!」

 

俺は叫びながらリーファの左手を掴んだ。

 

「どうした?翔べないのか?」

 

「うん。羽は出てるんだけど…」

 

確かに羽は出ていることからあの効果が切れているのは間違いないだろう…問題はおそらく心理的なものだ。初めて落下したという事実が彼女に恐怖心を植え付けていつものように翔べなくしているのだ。

なら…俺は羽を動かして落下するスピードを落とす。これで地面に落下するまでの時間は稼げた。

 

「時間は稼ぐ…!ゆっくり焦らずにいつも通りにやるんだ!」

 

「でも!もし失敗したら…」

 

「失敗したっていいんだよ!…最悪の場合は俺がリーファの下敷きになるから安心しろ」

 

その言葉に彼女は目を閉じて集中する…地面に近づいていくにつれて羽を擦るような音が次第に大きくなる。そして…

 

「や、やったー!」

 

ついに俺たちの体は上昇した。これはつまりリーファが再び翔べるようになったということであり…彼女の顔を見ると眩い程の笑顔であった。あぁ、やはり…

 

『この方が彼女らしい…』

 

さっきのような暗い表情は彼女には似合わない…そんな事を考えてしまった。…我ながらなんてことを考えているんだ俺は!笑顔が似合うだなんてまるで告白の台詞じゃねえかよ!なんだか急に恥ずかしくなってきた…

 

「?どうしたの?」

 

「!な、何でも無い!それより早くあいつを倒すぞ!」

 

リーファに急に声をかけられた俺は慌てて誤魔化して奴がいる場所へと上昇した。

 

 

 

 

「さて…これで晴れて二対一になった訳だが…」

 

「降参するなら今のうちよ?」

 

 俺たちの言葉に無言のまま顔を俯けるシグルド。さて…奴はどう動くか…。しばらくすると…

 

「よくも…」

 

「ん?」

 

小さな声で言ってきたので聞き返す。顔を上げた奴の表情は怒りに満ちていた。

 

「よくも俺の邪魔をしてくれたな貴様ら!ここでぶっ殺してやる!」

 

そう言って突進してくるシグルド…だが怒りに任せて振り回す剣など動きを読むのは容易い。奴の剣をかわして槍の一撃をお見舞いする。しかし奴は俺たちの攻撃を気にもかけずひたすら剣を振り回した。

なんという執着心だ…ある意味感心するな…。そんな事を考えていると俺の目の前に剣を構えたシグルドが…

「墜ちろ!蚊トンボ!」

 

奴の怒り狂った剣を上昇することでかわす。俺の目の前には奴の無防備な背中が…

 

「てめえが…」

 

「ッぐ…!」

 

俺は奴の背中に槍を突き刺したまま下に向かって翔ぶ。そして…

 

「墜ちろ!」

 

至近距離で火属性魔法を放ち、俺と奴は巨大な爆炎に包み込まれた。しかし、こちらはサラマンダー…無傷とはいかないがなんとか無事だ。対するシグルドは羽を燃やしながら墜ちていった。これですぐには翔べない…

 

「よし!行くぞリーファ!」

 

「え?シグルドは?」

 

「あんなんほっとけば良いんだよ。それより早く会談に向かうぞ」

 

「え?ちょ、ちょっと待って!引っ張らないでよ!」

 

あれから大分時間が経ってしまった…一刻も早く会談に向かわなければいけないのだ。これ以上あいつの相手をするのは時間が勿体無いのでこの辺で勘弁してやろう…俺は戸惑っているリーファの手を引いて翔んで行った。

 

 

 

 

 そして現在俺たちは会談に向かうべく翔んでいる最中だ。さすがにあのシグルドも追いかけて来て無いようだ。そんな事で会談に向かっている途中でリーファが急に口を開いた。

 

「ありがとうね」

 

「ん?何がだよ?」

 

「私を助けてくれて…本当にありがとう」

 

こちらの目を見てそう言うリーファ。そう面を向かって言われるとかなり恥ずかしい…俺は彼女から目を逸らして照れ隠しで口を開いた。

 

「…別に…俺一人だったら殺られていたからお互い様だ。リーファが考え無しで俺を助けに来てくれたお陰だよ」

 

そう言うと彼女はあからさまに不機嫌そうな顔をしてジト目でこちらを睨み付ける。

 

「ちょっと…私が考え無しってどういうことよ」

 

どうやら少し口が過ぎたらしい…余計な一言が多いのが俺の短所だ。…まあ、俺の短所など両手の指の数では全然足りないが…。とにかく謝らなければ…

 

「わ、悪い。つい口が…」

 

あ…ミスった…失言本日二回目…彼女の表情は先程の表情から一変、明らかに怒っていますという風に顔を真っ赤にして俺に対して怒鳴った。

 

「私の事ずっとそんな風に思ってたの!タツヤ君ひどい!サイテー!もう口聞いてあげない!」

 

そう言って顔をぷいと逸らすリーファ…急にそんな態度になってしまった彼女に俺は焦ってとにかく謝った。

 

「わ、悪かったって!本当にすまないって思ってるから!本当だって!」

 

「…ぷ…あはははははは!」

 

俺の尋常じゃない焦り方が可笑しかったのだろう…リーファはお腹を抱えて声を上げて笑い出した。そんな彼女を見て俺も声を上げて笑った。

 

それは久しぶりに出した大きな笑い声であった。

 

 

 




まさかの主人公の特技が発覚!さすがに特技の一つや二つ無いとパッとしませんからね(笑)
ちなみにこの能力…きちんと弱点はあります。自分の見た範囲でしか分からないことと彼の身体能力がそんなに高くないので分かっていても対処できない攻撃なんかがある訳です!
それでは次回予告です…
次回「シグルド、暁に死す」にレディーゴーーーー!!!!
スミマセン冗談です(笑)
次回「同盟会談の結末」にレディーゴーーーー!!!!


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第二十四話:同盟会談の結末

お待たせいたしました。
お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
ちなみに感想募集しています。
それではどうぞ。


 互いに笑いながら翔ぶこと数分…《蝶の谷》にかなり近付いた事で俺たちの表情が引き締まる。そしてついに《蝶の谷》が見える所まで来たのだが…

 

「そんな…」

 

「間に合わなかったか…!」

 

そこには赤色の大軍…同盟を襲撃するために来たサラマンダーの大部隊が空中にいたのだ。キリトは間に合わなかったのか…!遠くから正確な数は分からないが十、二十なんて数では無い、下手をしたら五十人位いるかもしれない…。残念ながらシグルドの目的は果たされたようだ…。こんな大部隊が攻めて来たらこの場のシルフとケットシー、キリトもひとたまりも無い…。この場合俺たちが出来る事は…

 

「リーファ…最悪領主だけでも逃がすぞ」

 

俺たちがサラマンダーを足止めし領主だけでも逃がす…そうすれば奴等は目的を果たせなくなる。領主さえ無事ならなんとかなるだろう。…二度と同盟は組めないかもしれないが…

 

「うん。じゃあ飛ばすよ!」

 

俺たちはさらにスピードを上げて蝶の谷に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺たちは臨戦体勢で《蝶の谷》に着いたのだが…

 

「「…え?何これ?」」

 

二人して開口一番でそんな言葉を呟いてしまったが俺たちの反応も仕方無いだろう。なぜなら…

 

「すげーよスプリガンの兄ちゃん!」

 

「まさか将軍を倒しちまうなんてな!」

 

「スゴイね君!どう?これから少しお茶でもしない?」

 

「彼が困っているだろ?止めておけアリシャ」

 

「久方ぶりに血が煮えたぎるような戦いだった。貴様とは是非とも再び剣を交えたいな」

 

俺たちの目の前にはまるでお祭りのように拍手をしたり、大声で騒いでいるシルフ、ケットシーそしてサラマンダーが…

え?何?あれっていつ戦いが始まっても可笑しくない一触即発の事態じゃなかったのか?本当にこいつら襲撃に来たのか?そんな疑問を持ってしまった。

そしてその中心には黒色のコートを来たスプリガン…シルフ、ケットシー、サラマンダー達と談笑しているキリトがいた。

 

「よう!遅かったなタツヤにリーファ!」

 

清々しい笑みを浮かべながらキリトがこちらに来た。…確信した…こんな意味不明な状況になったのはこいつの仕業だ。一体何をしたのか…

 

「楽しそうで良かったな。それで…一体何をしたんだ?」

 

「ああ、実は…」

 

どうやらキリトが来ていた時点でサラマンダー達はすでにこの場所に来ていて戦闘が始まる一歩手前だったらしい。それでキリトは彼らとシルフ・ケットシーの間に入って自分はスプリガン・ウンディーネ同盟の大使でありここを襲撃することは四種族に喧嘩を売る行為であると大ボラを吹いたのだ。結局サラマンダーのリーダー…ALO最強のプレイヤーのユージーンとの一騎討ちになって辛くも勝利したのだ。まあ…

 

「「お前(あなた)馬鹿なのか(なの)?」」

 

「っぐ…!」

 

そんな感想を抱いてしまった。大体どこにウンディーネがいるんだ?嘘を付くならもっとまともな嘘にしろよ…まあ結果オーライだからいいか…

そんな事を考えていると俺の前に赤色の髪をトサカのように立てたサラマンダーが来た。

 

「やあ君!まさかあのスプリガンの知り合いなんてな」

 

「…誰ですか?」

 

俺にサラマンダーの知り合いなんていなかったはずなのだが…。俺の言葉に彼はどこか納得した表情で口を開いた。

 

「ほら、道教えてあげただろ?あの時は兜を付けてたから分からないのも仕方無いけど」

 

「ああ、あの時の…」

 

サラマンダー領で翔び方や《スイルベーン》までの道を教えてくれた親切な人だったようだ。

 

「あの時はどうも」

 

「いや、それはいいんだけど。ついさっき君宛に伝言を預かっちゃってさ」

 

「伝言?誰からですか?」

 

「あの人からだよ」

 

そう言って指を指したのは先程キリトと談笑していた明らかに強者の風格を備えたサラマンダーであった。もしかして…

 

「あの人…ユージーン将軍からだよ」

 

「…俺領地追放されるんですか?」

 

今回の襲撃を妨害したキリトと組んでいる時点でいわば俺はサラマンダーの裏切り者だ。残念だが領地には二度と戻れないだろう…。シグルド達もおそらく領地を追放されるから仲良く……出来そうに無いな。きっとこのクエストが終わったら俺は一人でぶらぶらする事になるだろうな…。しかし俺の考えはすぐさま否定された。

 

「?何言ってんの?違う違う 」

 

「…え?」

 

てっきりそうなるものだと思っていた俺は内心ほっとする…ペナルティー位はあって当然だろうに随分寛大な処置だなと思ってしまった。

 

「『あのスプリガンの連れという事はそれなりに強いと見た。領地に帰り次第俺に会いに来い、お前の処遇はその時に判断する』ってさ良かったね」

 

…訂正。死刑宣告が先伸ばしになっただけであった。つまりはあの将軍と決闘して勝てば今回の事は水に流すと言っているのだ。…勝てる訳ねえだろ!あの人外キリトですら苦戦した相手だぞ!

…ああ…レネゲイドになっちまうんだな俺は…なんか笑えてきたな。

 

「大丈夫かな君?」

 

「ははは…大丈夫ですよ。もう手遅れなんで…」

 

俺がそう言うと彼はまあ頑張ってと言ってくれた。…その気遣いが逆に痛い…

 

「じゃあ伝えたから…まあ、戻れた時はよろしく」

 

そう言って彼はユージーンの元に戻って行った。なんというか…良い人だったな。まあ…俺が領地に帰れる確率は絶望的であるが…レネゲイドでもやっていける所を真面目に探してみようなどと考えてしまった。

 

 

 

 

「それでは約束通り俺たちは退こう。全員領地に帰還するぞ!」

 

 ユージーンの号令でサラマンダー達は《蝶の谷》を後にした。おそらくこのまま真っ直ぐ領地に帰るのだろう…

一段落付いた事で緊張感が切れた俺は一息つく…

 

「助けに来てくれてありがとうリーファ。それに君も」

 

「どういたしましてサクヤ」

 

「どうも…」

 

そう声を掛けてきたのはシルフの領主であった。名前はサクヤと言うらしい…。緑色の長い髪に腰に刀を差して胸元を強調させるような着物を着た女性だ。…話し方からしておそらく年上だと思う。

その言葉に一応返事を返しておく。

 

「それにしても何故リーファ達は遅れて来たのだ?」

 

「ああ!忘れてた!サクヤ実は…」

 

サクヤの疑問にリーファが答えてくれた。シグルドが裏でサラマンダーと繋がっていた事、そのシグルドに邪魔をされて来るのが遅れた事…それを聞いて彼女は深い溜め息を付いた。

 

「はあ~。まさかシグルドが裏切り者だったとは…前から上昇指向が強い奴だとは知っていたのだが…」

 

「そんな奴なら尚更しっかり見てないと駄目だろ?こんな状況になったのはあんたの責任でもあるんじゃないか?」

 

そもそも彼女がしっかりとあのシグルドを見ていればこんな状況にはならなかったのだ。部下の責任は上司の責任とも言うし…。しかし…

 

「タツヤ君言い過ぎだよ!」

 

俺の非難に応えたのは目の前のサクヤではなく隣にいたリーファであった。リーファはすごい剣幕でこちらに詰め寄って来た。

 

「サクヤはね!たった一人で領主の仕事をこなしていて大変だったの!いくらタツヤ君でも彼女の事を悪く言うのは許さないよ!」

 

「ああ…えっと…その…少し言い過ぎた…悪い」

 

そんな剣幕で責められてしまったら俺に出来る事など一つしか無い…俺はサクヤに対して謝罪した。しかし彼女はこちらに手を向けて口を開いた。

 

「ありがとうリーファ。だが彼の言う通り私の監督不行き届きだよ。君たちには迷惑を掛けてしまったな。」

 

それにしても…と彼女は話を続ける。

 

「シグルド達をたった二人で退けるとはな…リーファの実力は前から知っていたが君の実力も中々のようだ」

 

「そうそう!タツヤ君すごく強いんだよ!」

 

「あそこのキリトの足元には及ばないがな…」

 

「ほう…」

 

そう言ってこちらを品定めするかのように見てくるサクヤ…そんなにまじまじと見られると正直恥ずかしいのだが…俺は彼女から目を逸らした。すると彼女は再び口を開いた。

 

「リーファがそこまで言うなら実力は確かなのだろう。どうかな?シルフ領に来ないか?」

 

「…俺はサラマンダーですよ。そんなのを雇ったら困るんじゃないですか?」

 

現在サラマンダーとシルフの仲はお世辞にも良いとは言えない…初めて訪れた時のあの敵意が混ざった視線は今でも覚えている。残念ながらわざわざそんな視線を受けたくないのだが…

 

「その辺は気にしなくてもいいさ。私は領主だからな…皆にはちゃんと説明する」

 

まあ、確かに領主だから他種族を雇うというある程度の無茶も出来るとは思うが…

 

「…なんでそこまでするんですか?」

 

彼女がそこまでして俺を…因縁のあるサラマンダーを勧誘する理由が分からないかった俺は素直に聞いてみると彼女は俺の疑問に答えてくれた。

 

「あれでもシグルドは腕が立つ男でね…こちらとしては戦力が欲しいのさ」

 

確かにあいつがシルフを抜ける事は戦力ダウンに繋がるだろう。あんな平気で人を裏切る奴だが強さ的にはかなり上位にいると俺は考えている。だが…

 

「それならキリトを勧誘すればいいんじゃないんですか?」

 

別に俺である必要は無い。それこそキリトの方が適任ではないだろうか?あいつは女性のお願いに弱そうだし…

 

「確かに戦力的には彼を勧誘出来れば一番いいのだが、正直どんな行動をするか分からない危うさがあるからな…」

 

それでも戦力としては欲しいがね…と続けるサクヤさん。…確かにあいつは突拍子も無いことをするからな、完全に御する事はあの鬼嫁アスナでも不可能であろう。彼女の人を見る目は確かなようだ。まあ例外はあると思うが…

 

「ならそれこそ俺はやめておいた方がいい。自分で言うのもなんだが信用出来るような人間じゃねえからな」

 

俺は人の期待に応えられるような人間ではないのだ、今だってサラマンダーを裏切っているようなものだしな。しかし…

 

「そんな事無いよ!」

 

俺の言葉を否定する声が聞こえた。声の発生源…リーファはさらに言葉を続ける…

 

「確かにタツヤ君はぶっきらぼうで、ガサツで怒りぽくって端から見たらチンピラ見たいに見えるかもしれないけど…」

 

「………」

 

…なあリーファ、ここって俺が怒るところで合ってるのか?そんなに言われたら流石の俺でも傷付くのだが…

堂々とし過ぎて逆に怒り辛いし…間違って無いところが余計に性質が悪い。

 

「でも!優しいし、頼りになるし、一度決めた事はしっかりやる人だもん!だから私はタツヤ君は信用出来る人だと思うよ!」

 

それは違うリーファ…本当の俺は自分勝手で優柔不断で逃げているばかりの人間なんだ。でも…

 

「…ありがとう。リーファ」

 

そんな人間では無いなんて事は俺が一番分かっている。例え嘘だとしても俺には勿体無い言葉だ…だがそれでもそんな言葉を俺にかけてくれることが嬉しかったのだ。

するとクスクスと笑い出すサクヤさん…一体どうしたのだろうか?

 

「いや、すまない…つい可笑しくて。なるほど…ますます気に入ったよ」

 

そう言ってこちらに近付いて来るサクヤさん。そして…

 

「な?!」

 

俺は驚いた声を出してしまった。それもその筈…なんとサクヤさんが俺の腕を取り体を密着させたからだ。え?!なんでこうなった?こういうのはキリトの役目だろ!

 

「どうかな?私の下で働かないか?」

 

「あ、あ、あ、あ、あ…え、え、え、えっと…」

 

そう言ってその豊満な胸を俺の腕に押し付けるサクヤさん。その柔らかな感触が俺の腕に伝わって…落ち着くんだ俺!落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け…

って落ち着けるかーーーー!!!

 

「ちょっとサクヤ!タツヤ君困ってるでしょ!」

 

動揺し過ぎて可笑しな事になっている俺に助け船に入るリーファ。マジサンキュー!だが…

 

「そうかな?彼も満更ではないようだが…」

 

その言葉で一気に不機嫌な顔になりジト目で睨んでくるリーファ…

 

「ふ~ん…。そうなんだ…タツヤ君って色仕掛けにコロッとやられちゃうような人なんだ…」

 

そう言ってぷいと顔を逸らしてしまうリーファ…そんなリーファに視線で助けを求めるがそれは無視されてしまう…どうすればいいのか分からずあたふたしていると再びサクヤさんはクスクスと笑って俺を離してくれた…

…今分かった。俺はからかわれたのだ。ジト目で睨み付けると彼女は笑いながら謝罪した。

 

「すまない、すまない。初心な反応が楽しくてな…つい悪ふざけをしてしまった。だからリーファもそんなにムスッとするな」

 

そう言われてリーファもからかわれた事に気付いたのであろう。俺と同じようにジト目で彼女を睨み付ける。

だが彼女はそれすらも面白いのかさらにクスクスと笑い始めた。…年上特有の余裕というやつだろうか?まあ…

 

「リーファ行こう。悪いけどこれ以上からかわれたくない…」

 

残念だが俺は人にからかわれて喜ぶような人間ではないのだ。…それにあの人は少し苦手だ。悪い人ではないのだろうが雰囲気というかなんというか…説明は出来ないがともかく苦手なのだ。俺はリーファにそう提案するとそうだねと言ってついて来てくれた。そして未だにケットシー領主…アリシャ・ルーさんと話しているキリトの元に向かった。

 

 

 

 

「ば、馬鹿な…」

 

 しばらくアリシャさん達と話しているとそんな声が後ろから聞こえた。振り返るとそこにはシルフの裏切り者…シグルドの姿が…。自分の領主が殺られているの確認するために羽が再生したらすぐに翔んで来たのだろう…その顔は驚愕に満ちていた。

 

「やあシグルド、リーファから聞いたぞ今回の件はお前の仕業のようだな」

 

シルフ領主…サクヤが口を開いた。まるで朝の挨拶のような気軽さだが、逆にそれが恐怖心を煽る…

 

「ま、待ってくれサクヤ!」

 

「なんだ弁明したいのか?聞くだけは聞いてやろう。まあ、お前の処遇はもう決まっているのだがな」

 

そう言うと黙ってしまうシグルド…考えなくても自分が領地が追放される事は分かるのであろう。ここに来た以上は逃げる事は不可能だろうし…奴は顔を俯けたままゆっくりと歩き出した。そして…

 

「サクヤーー!死ねーーーーー!」

 

「「「「「な?!」」」」」

 

なんと奴は剣を抜いて叫びながら自分の領主目掛けて走り出したのだ!…その完全に予想外な行動に俺たちは反応が遅れてしまった。

マズイ!サクヤさんもあまりに予想外だったのか動いていない!そのまま奴の剣が彼女の眼前まで迫る。そして…

 

「…え?」

 

奴はそんな間抜けな声を出した。それもその筈…奴の剣は彼女を斬らず右腕と共に足元に転がっているからだ。そして首元にはサクヤの刀が突き付けられていた…

つまり彼女はシグルドの右腕を斬り落としてそのまま奴の首に刀を突き付けたのだ。簡単な話だが問題はそこでは無い。

 

『なんて速さだよ…』

 

彼女はあの一瞬で抜刀して奴の右腕を斬り落とし首元に突き付けたのだ。人間技じゃねえ…。刀の軌道なんて俺にはほとんど見えなかったぞ。

そのサクヤは剣呑な視線でシグルドを射抜き首元を刀でペチペチ叩いている。…怖い、マジ怖いんだけど!これ程の恐怖はかの《魔人アスナ》を怒らした時以来な気がする…

 

「まさかお前がそんな肝の据わった男だったとはな、少しばかりお前の評価を上げないとなシグルド」

 

「あ、あ、あ、あ」

 

サクヤの言葉に口をパクパクさせるシグルド…その気持ちは分かる。あんな怖いのが目の前にいたら誰だってああなるだろう…まるで蛇に睨まれた蛙…いや、そんな生易しいものではない、あれは魔王に睨まれたスライム…絶対服従の道しか残されていない。シグルドの運命は決まってしまったようだ…

 

「こんな事をしなければ領地を追放するだけで済ましたのだが…どうやらそれだけでは足りないようだな」

 

「ま、ま、ま、待ってくれ!俺は…」

 

「問答無用!」

 

そう言って一切の躊躇も無くシグルドをバラバラにするサクヤ。それに満足したのか彼女はまるで血を払うように刀を振った後ゆっくりと鞘に戻した。

 

「見苦しいところを見せてしまったな…すまなかった」

 

そう言って頭を下げるサクヤ。しかし周りの奴は先ほどの行為に唖然としてしまって何にも反応が出来ないようだ。…キリトが冷や汗を流していたのはおそらくあの奥さんの事を思い出したからであろう。あいつも大変だったんだな…

 

 

 

 

「それよりもサクヤちゃん。助けて貰ったんだからお礼しないトー」

 

「そうだな…君たちには何か礼をしたいのだが…」

 

 この空気を変えるためなのかアリシャさんが口を開き、サクヤさんがそれに同意した。

しかしお礼と言われてもな…別に欲しい物は今は特に無いし、そもそも何か見返りが欲しくてやった訳では無いのだが…おそらくキリトも同じような事を考えているとリーファが口を開いた。

 

「サクヤ、この同盟って世界樹攻略が目的なんだよね?」

 

「まあ…究極的にはな」

 

リーファの言葉で俺はこの会談の目的を思い出した。あったじゃねえか欲しい物!隣のキリトもそれに気付いたようだ。捨てる神あれば拾う神ありってのはこういう事を言うんだな!…あの場合、捨てたのは俺なのだが…

 

「その世界樹攻略に俺たちも入れてくれないか?」

 

「構わないよ」

 

その言葉に内心喜ぶキリト。…だがなキリト、まだ第一関門を通っただけだぞ。最低条件はまだ満たしていない…

 

「ちなみに準備にはどれくらいかかるんだ?」

 

この会談は世界樹攻略の際には協力しましょうというものだ。まだ両陣営共準備が出来ていないと考えるのが普通であろう。

 

「う~ん…。全員の装備を整えるのにはまだユルドが足りないからネー。まだ数週間はかかるかな?」

 

数週間か…長いな。だが現状では一番確実な方法がこれなのだ。キリトには我慢して貰うしかあるまい。しかし、キリトはメニューを操作し何かを取り出してそれをアリシャさんに渡した。あれもしや…

 

「!スゴイよ!十万ミスリルユルド貨がこんなにも!」

 

「これは…!一等地にちょっとした城が建つぞ!」

 

マジかよ!お前なんでそんなに持ってんだよ!俺は叫びそうになるのを必死で堪えた。つか本当になんでそんなに持ってたんだ?俺なんかここ来てすぐに使い切ちまったぞ!

 

「俺には必要無いから使ってくれ」

 

流石キリト…太っ腹だ。今度なんか奢って貰うかな?そんな事を考えてしまった。

 

「これだけあれば目標金額まであと少しだヨー。急いで準備するネー」

 

良かった…これで思ったよりも早く攻略に行けそうだ。こちらとしても時間はあまりかからない方が良いしな。

 

「良かったね。タツヤ君」

 

そう言ってくれたのはリーファであった。別に早く行けたところで彼女には何の得も損も無いのだが…本当に良い奴だよな彼女…

 

「キリト君も良かった…ね…」

 

急に言い淀んだリーファに疑問を感じキリトの方を向くと…

 

「君、ケットシー領で傭兵やらない?今なら三食おやつに昼寝付きだヨー」

 

「個人的に君に興味もあることだし…どうかな?《スイルベーン》で酒でも…」

 

キリトは領主二人を侍らせていた。

…正確には違うのだろうが端から見たら同じことだ。二人の領主はその体をキリトの腕に密着させており…両手に華…ふとそんな言葉が頭を過った

これをかの魔人アスナが見たら……俺はそこで思考を止めた。…わざわざトラウマになりそうな事は考え無い方がいい。キリトは意外にも困った顔をして助けを求めていたが、あれの矛先がこちらに向くのを避けたいので悪いが無視させて貰った。

しばらくするとリーファが止めに入り二人の領主は満足したのか部下たちと一緒に帰って行った。

 

 

 その後怒っているユイをキリトが必死に宥めていたのは…まあ、当然の結果であろう。

 




シグルドを強化したら領主であるサクヤさんも強くなってしまいました(笑)
あの見た目で強く無い筈がない!というのが作者の意見です(笑)
それでは次回予告です
《アルン高原》にある小さな村に降りたタツヤ達。その村は不気味な程静まり返っており…
次回「謎の村と再び…」にレディーゴーーー!!!


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第二十五話:謎の村と再び…

お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
ちなみに主人公のアパートを東京から埼玉県に変更しました。
お待たせいたしました、それではどうぞ。

ちなみに感想募集しています。


 無事にシルフとケットシーの同盟会談が終わり、現在俺たちはアルン高原を翔んでいる。これといった敵もいなく途中休憩を挟みながら順調に世界樹までの道を進んでいる。

キリトは今日中に世界樹付近の都市アルンまで着きたいようだがこの感じなら可能であろう…ほぼ徹夜ではあるが。

 

「次は…あの村で休憩しないか?」

 

キリトの言葉で下を向くと前方に小さな村があった。…初めて建物らしきものを見たな…

これまで休憩と言ってもフィールドのど真ん中で休んでいただけだったのだ。村ならNPCの店でアイテムを買えるだろうし…悪くは無いな

俺たちはキリトの言葉に従い降りて行った。

 

 

 

 近づかなければ分からなかったが村には霧が深く掛かっていた。最初に見た感想は不気味の一言であった。

 

「なんだか不気味だね」

 

リーファのその言葉に頷く事で肯定する。しかし、俺はそんな事よりもある事が気になった…

 

「誰もいない…」

 

プレイヤーが一人もいないのはまだ分かる…問題はNPCの姿すら見られないことだ。あの世界でも様々な村があったが無人の村なんてものは無かった。クエスト関連のNPCなり少なくとも何かしろのNPCはいたのだ。

流石にみんな揃って家の中に引き込もっている訳じゃねえだろうし…怪し過ぎる。

 

「なあ怪し過ぎないか?」

 

「ああ」

 

「いくらなんでもそうだよね…」

 

俺の言葉にリーファとキリトも同意してくれた。どことなくホラー映画に出てくるゴーストタウンのような…人が一人もいないところとか、霧が深いところとか…結構共通点が多いな。まあホラー映画の展開でいうなら俺たちは一人ずつ消されてしまうのだが…

 

「散らばらずに固まって行動した方が良さそうだな…特にキリト、勝手に動くなよ」

 

「俺だけかよ!」

 

キリトの予想通りの反応に少し笑いながら俺たちは固まってこの村を散策することにした。

 

 

 

 

 結局三人揃って村の中を見て回っているが何も起こらなかった。残るは建物の中か…俺は手近な民家らしきもののドアに手をかけた。

 

「…開けるぞ」

 

二人が頷いて了承した事を確認して俺はゆっくりとドアを開ける。ギギギという音を出しながら中を確認すると…

 

「何も無いな…」

 

「そうだね…」

 

中はもぬけの殻であった。その事に二人は安心しているようだが俺は内心冷や汗が止まらなかった。これは…非常にマズイ事になった。

 

「?どうしたのタツヤ君?」

 

リーファは俺の様子がおかしい事に気付いていたようで尋ねてきた、俺は焦ってそれに答える。

 

「どうしたもこうしたもねえよ!お前ら気付かないのか?」

 

「気付くって?」

 

「何に?」

 

二人揃って頭に疑問符を浮かべている。マジで気付かないのか?おかし過ぎるだろ!

 

「なんで部屋の中に何も置いてないんだよ!」

 

「「……あ!!」」

 

部屋の中には何も無かったのだ…テーブルや机などNPCの家なら置いてあるであろう当然の物が一つも無い。つまりこの民家らしきものには最初から誰も住んでいなかったのだ。ここは形だけのハリボテの村…その事実に気付いてキリトとリーファの顔は一瞬で青褪めた。とにかく…

 

「全力でこの村から出るぞ!」

 

その言葉を合図に三人揃ってドアを開けて村の出口目掛けて走り出した。

 

 

 

 そして現在俺たちは全速力で出口目掛けて走っている。

なんでこんな場所にトラップがあるんだよ!マジこんなところで死ぬとか冗談じゃねえぞ!ここまで来たのが無駄足になっちまうじゃねえか!そんな事を考えながら走っているとキリトが声を掛けてきた。

 

「なあタツヤ、やっぱりトラップだよな?」

 

「ああ、おそらくな」

 

走りながらキリトの言葉に返事をする。俺の考えではキリトの予想通りこの村はトラップだ。どういう類いのなのかは分からないが…

 

「ちなみにキリト、どんなトラップだと思う?こういうゲームはお前の方が知ってるだろ?」

 

俺の疑問にキリトは少し考えた後、口を開いた。

 

「Mobが大量に出てくるとか、高難易度ボスが出てくる…後は村ごと消滅で全滅バットエンドとかかな…」

 

「最後の奴だけは勘弁だな…」

 

なんだよその開始早々メギドラオンで終了オチみたいなのは!訳も分からず領地からやり直しなんてふざけんなよ!

ともかく今は走るしか無い!俺たちはさらに足を速く進めた。

 

 

 

 

 そして俺たちの目の前に出口が見えるところまで来たのだが…

 

「な、何?今の音」

 

「遅かったか…」

 

底震えするような大きな音が周りから聞こえたのだ…音がどこから出たのかは分からないがかなり近くから聞こえている。こんなところで厄介なのに捕まっちまうなんてな!

 

「キリト、リーファ注意しろ!どうやら出ましのようだ」

 

その言葉と共に俺は槍を構える…キリトとリーファも互いに武器を構えて背中合わせになるように集まった。

さて…どこから来る?右か?左か?まさか…!

 

『上か!』

 

あのスカルリーパーを思い出して、上を見るとそこには霧に覆われた空が…!

……あれ?いないな…そんな事を考えていると…

 

「きゃあ!」

 

「うおおお!?」

 

俺たちの足下の地面が割れてそこから大きな口を開けた巨大なミミズのような化け物が…成る程…ホラー映画じゃなくてモンスターパニック映画だったのか…って何落ち着いてんだよ俺!

しかしそのまま逃げる事も出来ず俺たちはそいつに飲み込まれてしまった…

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「ああ…なんとかな…」

 

「うん。でも体がベトベト…」

 

 あのまま飲み込まれてバッドエンドという展開に俺たちはならずなんとか生きている。まあ、奴の体内にいたせいで粘液らしきものがベトベトしていてかなり気持ち悪いが…特に女の子のリーファにとってはかなり耐え難いものであろう。残念ながらどうしようも無いがな…

それにしても…

 

「また《ヨツンヘイム》に来ちまうなんてな…」

 

そう…俺たちは再び邪神が蔓延る最難関ダンジョン《ヨツンヘイム》に来てしまったのだ。おそらくあのミミズはこのダンジョンにプレイヤーを送る役目だったのだろう…全くいい迷惑だよ。

 

「ともかく歩かないか?」

 

確かにともかく移動しないとな…キリトのその言葉に従い俺たちは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 そして現在俺たちはこの広いダンジョンを歩き回っているのだが…

 

「出口見えないね…」

 

リーファの呟きに俺たちは無言で頷いた。どこを捜しても出口らしきものが見当たらないのだ。ユイのおかげで未だに邪神には遭遇していないが、ユイの力を持ってしても出口は分からないらしい…こんなところで時間を無駄にしたくはないのだが…

それに…

 

「リーファ大丈夫か?」

 

「ううん…すごい気持ち悪い…」

 

俺の問いにリーファは力無く答えた。先ほどからずっとこんな感じだ…リーファは体中にべっとりと粘りつく粘液のせいで気分が優れないようだ。…正直な話俺だって今すぐシャワーを浴びたい気分だ。まあこの世界にシャワーなんて無いがな…

タオルがあれば彼女に貸す事も出来るのだが、生憎そんなものはないので我慢して貰うしかあるまい。俺たちは最悪な気分のまま再び歩こうとしたのだが…

 

「!前方にMobの反応…かなり近いです!」

 

な!その言葉に俺たちは驚いた。こんな状態であんな化け物と殺り合わなきゃいけねえのかよ!間違い無く俺たちの方が殺られるぞ!以前戦った魔神ルーグを思い出す…あの化け物染みた強さ…あの時勝てたのはただ運が良かっただけだ。…もう二度と戦いたくない相手だ。

しかしここまで近付かれたら戦うしか道は無い…俺たちは武器を構えて敵に備えたのだが…

 

「あいつは…」

 

「あの子だよね…」

 

俺たちの目の前に現れたのは青色の頭巾に雪だるまのような小さな体…あの時共に戦った《妖精ジャックフロスト》だったのだ。

 

 

 

 

「まさかまた会えるなんてね」

 

 そう言ってジャックフロストを抱っこするリーファ…その顔はすごく嬉しそうだ。ジャックフロストも満更では無さそうな顔をしているように見える…

彼女はあいつの事を気に入っているみたいだし、思ったより早く再開出来たようで良かったな。

それにしても一体だけなんだな他の奴らとはぐれたのかそれとも…

そこで思考を止めた。俺が考えても仕方ねえしな…ふとジャックフロストの方を向くと…

 

「うん?どうしたの?」

 

ジャックフロストはリーファと向き合っていた。頭に疑問符を浮かべるリーファ、もしかして…

 

「リーファ!今すぐそいつから手を離せ!」

 

「え?うわああああ!!」

 

俺の忠告は遅かったようで彼女…リーファはまるで雪だるまのようになってしまった。

ジャックフロスト…怒らせると人間を凍死させる妖精…しかし怒らなくても気紛れで人を氷付けにする事があるらしい…

 

「オイ!何とかしないと!」

 

「ああ、ちょっと待ってろよ!」

 

そう言って氷を溶かすために焦って火属性の初級魔法を唱える…そして唱え終わると同時に俺はある事に気付いた…

 

『そういえば《魔槍ブリューナク》のエクストラ効果が…』

 

しかしもう唱え終わった魔法は放たれるしかない。そして…

 

「なんじゃこりゃーーーーーーー!!!」

 

威力がブーストされた事によって生じた爆炎に巻き込まれたキリトによる絶叫…マジでスマン…弁明のしようが無い。どうやら俺は焦ると色々とやらかすらしい…

そして…

 

「アァツッーーーー!!!」

 

そう言って地面を転がるリーファ…彼女には本当に謝らないとな…一頻り転がり終わると彼女は顔を真っ赤にしてこちらにドスドスと詰め寄って来た。…ああ、やっぱり怒ってる…

 

「ちょっとタツヤ君!あなた加減ってものを…」

 

「わ、悪いリーファ…ついやっちまった…」

 

怒っているリーファに俺は苦笑いをして赦しを乞う。しかし俺はある事に気付いた…

 

「なあリーファ、気持ち悪いのはもう大丈夫なのか?」

 

「はぁ?…あれ?ベトベトが取れてる…」

 

どうやら先程のあれで彼女に不快な思いをさせていた粘液が取れたようだ。正直予想外な事であったが、まあ結果オーライという事かな?リーファは清々しい笑顔で俺に告げた。

 

「まあ、今の私は機嫌が良いからさっきの事は許してあげるね」

 

「サンキュー、リーファ」

 

リーファが笑って許してくれた事に感謝しつつ、俺は先程爆炎に巻き込まれたキリトを探した。すると…

 

「なんだ…大丈夫そうだな」

 

「オイ!これのどこが大丈夫なんだよ!」

 

キリトは髪をアフロのように爆発させながらも生きていた。所々焦げているが大丈夫であろう…キリトだし。

 

「なんかお前…俺の扱い酷くないか?」

 

「そんなことは無い。妥当な判断だ」

 

そんなふざけたやり取りをしているとリーファがやって来た。そしてキリトを見るなり大爆笑したのだ。

 

「あははははははは!何その髪?面白過ぎだよ!」

 

リーファの言葉を聞いてよく見てみる…確かに中々面白い格好だ。ただでさえ真っ黒なのに所々焦げているせいで全身が真っ黒に見える。かの有名なススワタリのようで…

 

「確かに笑えるな…」

 

「でしょ!」

 

リーファの言葉に同意する、なんだか無性に笑えてきたな…俺は必死で笑いを堪えてみるがどうやら限界のようだ。

 

「…ぷ…あはははは!悪いけど我慢出来ねえわ!あはははは!」

 

腹を抱えて笑う俺…リーファの方を見ると彼女は目に涙を溜めながら笑っていた。

一頻り笑って冷静になった俺たちはいじけているキリトに謝る事にした。

 

「ごめんねキリト君、あまりにも可笑しくて…」

 

「悪かったな…少し笑い過ぎた」

 

「いや、それはいいんだけどさ…」

 

そう言って俺とリーファの顔を見るキリト…

 

「随分と仲が良いいよな」

 

キリトの言葉を頭の中で反復させる。…仲が良いか…彼女と会ったのはほんの数時間前だ。たった数時間で俺がそこまで親密な仲になれる訳は無いと思うのだが…。まあ、言われて悪い気はしないが…今の俺とリーファの関係は気の合う相棒というのが一番しっくりくる。例えるならキリトとアスナのような……あ…あいつら夫婦だわ、じゃあ違うか…そんな事を考えながらリーファの方を見ると顔を真っ赤にさせて口をアワアワさせていた。…一体どうしたのだろうか?

 

「なあリーファ、どうし『な、なななな何でもないから!』そ、そうか…」

 

様子がおかしいと思ったので聞いてみようとしたらすごい勢いで否定された。なんかよく分からないがおそらくは大した事が無い話なのだろう。俺たちは再び歩き始めた。

 

 

 

 

リーファside

 

 キリト君に言われた言葉がまだ頭の中に残っている。仲が良い…きっとキリト君は友達としてという意味で言ってタツヤ君もそう解釈したんだと思う。でも私は違った…仲が良いっていうのをその…男女の仲と勘違いしてしまってだからあんなにあたふたしてしまったのだ。

タツヤ君と一緒にいるとドキドキする…いつも私の味方でいてくれて、頼りになって…あのシグルドと一緒に戦っている時も私は内心すごく楽しくてワクワクしていたのだ。ずっと一緒にいたい…今もそう感じている…

 

「聞いてるかリーファ?」

 

「!う、うん。どうしたのキリト君?」

 

どうやら考え事をしていてキリト君の声に気付かなかったようだ。キリト君は呆れた表情でこちらを見ている。

 

「あのな…さっきから何度も話し掛けてたんだけど」

 

「ご、ごめん。ちょっと考え事を…」

 

えへへへ…と笑いながらそう言うとキリト君は近付いて小声で話した。

 

「なあ…リーファ一つ聞きたいんだけどいいか?」

 

「?うん。別に良いよ」

 

聞きたい事って何なのかな?私が少し気になっていると…

 

「リーファってタツヤの事が好きなのか?」

 

…そんな爆弾発言をしてくれました。私の顔は段々と真っ赤になって自分でも驚く程の大声を出してしまった。

 

「キ、キキキキキリト君!何言ってんの!」

 

「?違うのか?」

 

私たちより前にいたタツヤ君が振り返って尋ねてきたのを何でも無いよと言って返す。

キリト君は腕を組んでおっかしいな…と言っている。

 

「てっきりそうだと思ったんだけどな…」

 

「ち、違うよ…あはは…」

 

言葉ではなんとか否定して見せたものの私は今まで味わった事が無いほど動揺していた。あ、危なかった…鈍感なキリト君じゃ無かったらバレてたかもしれない…

でも本当の気持ちはどうなのかな?私が好きな人はお兄ちゃんだった。あの世界に囚われていたお兄ちゃんのお見舞いにずっと行って、お母さんからお兄ちゃんが本当は従兄だという事を教えて貰ってから私の中で恋心が生まれた。お兄ちゃんが帰って来たときはすごく嬉しかった。でも…お兄ちゃんにはすでに好きな人がいたのだ。

…もしかしたらタツヤ君を好きになる事でその事を早く忘れようとしているのかもしれない。それなら…

 

『なんて最低なんだ私…』

 

自分の行動に嫌気がさす…彼を使ってお兄ちゃんへの気持ちを忘れようとするなんて彼にとってはいい迷惑だ。

 

「まあ確かにあいつ愛想無いもんな。それに、ここだけの話…あいつ毎日カップ麺で料理出来ないらしいからな」

 

「しっかり聞こえてるぞキリト」

 

自己嫌悪に陥っている私にキリト君は小声で話してきたが振り返らずにそう返すタツヤ君…今までの会話を彼が黙って聞いている筈が無いので偶々さっきのカップ麺云々の話が聞こえたようだ。…良かった…私はホッとする。

彼はさらに言葉を続けた。

 

「大体俺は料理が出来ないんじゃなくてやらないだけだ。そこを勘違いするなよキリト」

 

大体愛想云々をてめえには言われたく無えよと付け加えて会話を終わらせたタツヤ君。

しばらく歩いているとユイちゃんが大声を上げた。

 

「前方にMobの反応です!こちらに近づいています!」

 

その言葉に三人の間に緊張が走る…マズイ!早く隠れないと!しかしそんな考えもユイちゃんが次に発した言葉によって掻き消されてしまった。

 

「これは…!Mobはお互いを攻撃し合っています!」

 

 

 

 

 

 ユイの言った事を確認するため俺たちはそのMobがいる場所が見える所に移動した。目の前には剣を持った四本腕三面の巨大人型邪神とクラゲと象を足したような巨大な邪神が戦っていたのだ。Mob同士の戦いって言ってたからてっきりあの時みたいに小さい奴を大きい奴が一方的に…みたいのかと思っていたがそうではなかったようだ。

しかし…状況はどっからどう見ても象モドキの劣勢であった。人型邪神に剣で斬られる度に悲痛な鳴き声を出している姿は正直見るに堪えない…リーファの方を見ると明らかに辛そうな表情をしていた。

 

「ねえあの『あいつを助けるか?』え?」

 

俺の言葉を聞いてリーファは驚いた顔をした。そんなに驚く事か?

 

「あのな…これでもパ-ティー組んでんだ、リーファが考えている事は大抵予想がつく。一方的にやられているのを見てるだけってのもあれだしな…キリトもそれでいいだろ?」

 

「ああ」

 

さて…キリトの了承を得た事でどうすればいいかを考えてみる…攻撃すれば相手の注意はこちらに向くけどそこからはどうしようもない。なんかフラグらしきものも無いし…、一番良いのはあの象モドキが怒りのスーパーモードになってあの人型を倒してくれる事なのだがあの感じだと難しそうだな…そんな風に色々考えていると…

 

「あれ?どこ行くの?」

 

ジャックフロストがリーファの腕から離れて走り出したのだ。そのままテトテト走って行き、未だに攻撃している人型邪神の目の前で止まった。そして…

 

『ヒーホーーー!!』

 

氷柱の塊をそいつの顔目掛けて撃ち出した…攻撃を食らった事により人型のヘイト値はジャックフロストに向く。そしてジャックフロストはそのままこちらに戻って来た。

…?戻って来た?

 

「何してくれるんだよーーー!!!」

 

『ヒーホ~~~♪』

 

ジャックフロストがこっちに走って来た事により人型邪神がこっちに走って来たのだ…マジ何してくれるんだよ!俺たちを殺したいのか?怒りの籠もった視線でフロストを見ると楽しそうに走っていた…こいつ鬼ごっこか何かと勘違いしてないか?

しかし奴との距離は段々近付いて行く…そもそも歩幅が違い過ぎるのでこうなるのは当然の結果であろう。とにかく逃げなくては!

 

「のあぁぁぁ!」

しかし後ろばかりに気を取られていたのは良くなかった、俺は目の前にある断崖絶壁に気付かずそのまま斜面を転がって行く…目の前には巨大な湖が…このままだと池ポチャする羽目になるだろう。しかし…

 

『ヒーホーーーー!!』

 

フロストが吐く息によって湖が凍っていく…勿論全部ではないがそれでも俺が湖に落ちる事は無くなった…ナイス!俺は心の中で奴に親指を立てた。そのまま氷の床を転がって着地する。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

「きゃああああああああ!」

 

キリトとリーファも何とか着地出来たようだ。奴の姿は見当たらない、ここまでは流石に追って来ないか…

 

『おおおおおおおおおおお!!』

 

「ま、まじかよ…」

 

しかし俺の期待は悪い意味で裏切られてしまった…上を見上げるとそこには…奇声を出しながらこちらに落ちようとしている邪神が…奴が落下しようとしている場所には未だに倒れたままのキリトとリーファの姿があった…殺らせるかよ!

 

「~~~~!」

 

火属性魔法を放ち奴の落下地点をずらす…一つ目の火の玉が奴の顔に当たり体勢を大きく崩し、残りの火の玉が奴の体を少し後ろ飛ばした。そして…

 

ガッシャーーーーン!

 

奴はキリトとリーファがいる位置から少し離れた所に背中から落っこちた。氷の床は奴の重量に耐えきれず大きな音を立てて割れてしまい、奴の体は湖に沈んでいく。

 

「おい!今のうちに逃げ……」

 

奴が浮かんでくる前に逃げる事を伝えようとした俺であったが目の前の現象に驚いて途中で言葉を止めてしまった。

そこには先程俺たちが助けようとした象型の邪神が湖に飛び込もうとしていたのであった。

 

 

 

 

 結論から言うと奴に止めを刺したのは飛び込んだ象型邪神であった。どうやら水中戦が得意だったようで先程の苦戦が嘘のように一瞬で奴を葬ってしまった。

それにしても、よく見ると…

 

「「こいつ(この子)可愛いな(ね)」」

 

「え?!」

 

キリトの驚きに満ちた声が聞こえた。え?普通に可愛いじゃん。しかしキリトには良さが分からなかったようで…

 

「絶対キモいって!」

 

「キモく無いよ!」

 

「何でこいつの良さが分からねえかな?」

 

俺は未だにこいつの良さが分からないキリトを諭す事にした。

 

「よく見てみろキリト、こいつアノマロカリスに似てないか?」

 

「…アノマロカリスって可愛いのか?」

 

アノマロカリス…カンブリア期最大最強の捕食者である。だがキリトは未だにこいつの良さを納得していないようだ。…何でマジでこいつの良さが分からねえかな?俺的にはお前の全身真っ黒装備の方が意味分からねえのだが…。すると…

 

「そうだ!この子に名前つけようよ!」

 

リーファがそう提案した。確かに名前が無いと不便だしな…何が良いかな…そんな事を考えているとキリトが口を開いた。

 

「そうだな…ゾウクラ『『却下!!』』そ、そうですか…」

 

キリトが付けようとした名前を二人して却下した。こいつ…もう少し良い名前付けようぜ。だと言っても俺も良い名前が浮かばないが…そもそもアバター名を本名にしている奴にネーミングセンスなんてものは一欠片も無いのだ。なら…

 

「助けるのを決めたのはリーファなんだから自分で決めればいいんじゃないか?」

 

「え?!私?」

 

リーファは最初は驚いたもの、すぐに真剣な表情で考え始めた。…下手をしたら戦闘中よりも集中しているかもしれない。しばらくするとパッと表情が明るくなった、どうやら名前が思い付いたようだ。

 

「そうだ!トンキー!トンキーってどう?」

 

トンキーね…

 

「いいんじゃね?キリトのゾウクラゲよりかはマシだろ?」

 

「まあ確かにな…」

 

「よろしくねトンキー!!」

 

そう言ってトンキーの鼻に抱きつくリーファ…トンキーも嬉しそうに鳴いている。するとトンキーはその頭をこちらに向けて下げた。

 

「乗れってことかな?」

 

そう言ってトンキーの頭をよじ登るリーファ、背中まで登りきるとこちらに向けて手を振りながら大声を出した。

 

「キリト君とタツヤ君も乗ろうよ!早く早く!」

 

その言葉に従って最初にキリトが登り終えて、次に俺が登る。

 

「うわああ!」

 

しかし後一歩で背中に着く所で動き出したトンキーによって俺はバランスを崩し背中から地面に落ちそうになり…

 

「タツヤ君!」

 

リーファが俺の右手を掴んだ事でなんとか踏みとどまった。あ、危なかった…

 

「サ、サンキュー」

 

「どういたしまして」

 

そう言ってリーファは俺の腕を引っ張り、俺は無事背中に辿り着いた。いつの間にかジャックフロストが乗っていたのは驚いたが…お前いつからそこにいたんだよ…

 

「みんな乗ったね!行くよトンキー!」

 

「おいおい…」

 

「マジかよ…」

 

そして現在目の前で起きている状況に俺とキリトは驚愕した。リーファが指をビシッと前に突き立てながら発した言葉でトンキーは鳴き声を出しながら移動し始めたのだ。え?こいつ乗り物だったのか?

こうして謎の動物…トンキーとの旅が始まったのであった。

 

 

 

 

 




アニメの方はキャリバー編が始まりましたね。早く書きたい!と思っています!…当分先の話ですが…
トンキーに乗って世界樹の真下付近まで辿り着いたタツヤ達、しかしそこでウンディーネの邪神狩りパーティーに遭遇してしまい…
次回「トンキーとアルン」にレディーゴーーー!!!


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第二十六話:トンキーとアルン

あ…ありのままに起こった事を話すぜ!前回の投稿からいきなりお気に入り登録とか評価数とかUA数が増えやがった…何を言ってるのか分からねえと思うが俺も何が起きたのか分からねえ……と前置きはここまでにして…
みなさんありがとうございます!感謝感激雨嵐です!
そして更新が遅くなり申し訳ありませんでしたーーー!!m(__)m
それではどうぞ!


 現在俺たちはリーファによってトンキーと名付けられたMobの背中の上にいる。正直歩かなくていいのは楽だが一体こいつはどこに向かっているのだろうか?疑問に思たがこいつが答えてくれる訳は無いのでここは大人しくしているしかないか…そう思っていたのだが…

 

「のわあ!」

 

「きゃあ!」

 

「うおっ!」

 

突然三人纏めて背中から落とされた、着地を取れずそのまま変な声を出しながら地面に落下する。

そして俺たちを背中から落としたトンキーはその場で体を下ろして…

 

「ね、眠ってるのかな?」

 

「多分な…」

 

眼を閉じて眠ってしまったのだ。一向に起きる気配は無く爆睡している。…疲れて寝てしまったのか?ちなみにあのジャックフロストは落とされた後眠っているトンキーの周りを走り回っている。それはともかく…

 

「どうする?早くこの場から離れるか?」

 

俺の問いに二人は考え込んでしまった。あの時は勢いでトンキーに乗ってしまったが正直こいつが出口まで運んでくれるなんて保障は無い。現に今こいつは寝ている訳だし…。だが…

 

「トンキーが起きるまで待とうよ」

 

リーファのその言葉にキリトも頷く。…まあ、こうなる事は予想していたがな…個人的な事を言えば一刻も早くこんな意味の分からない場所からおさらばしたいところだが、この頑固者二人は言うことを聞かないだろうし…。まあ、ここから宛も無くさまよっても、ここで時間潰しても同じか…俺は仕方無くそう考えここで休もうとして…

 

 

「!前方にプレイヤー反応です!」

 

ユイのその言葉で中断された。前を向くと…そこには二十人近くの青色の髪をした集団…ウンディーネのパーティーがこちらを見ていたのだ。

 

 

 

 

 ウンディーネのパーティーは邪神狩りに来たらしく彼らは攻撃する気が無いならトンキーを寄越してくれとこちらに言ってきたのだ。彼らにとってはただじっとしているだけのこいつは格好の獲物なのであろう。

 

「マナー違反を承知でお願いするわ。この邪神は私たちに譲って」

 

「おいおい…そんな理屈通る訳ねえかだろ?俺たちだってここでだらだら遊んでいる訳じゃないんだ」

 

「頼む…こいつは俺たちの友達なんだ。見逃してくれないか?」

 

「狩れる獲物は狩るのが普通だろ?あんたらとそいつに何があったのかは知らねえけどそんな獲物を見逃したらここまで来た労力が無駄になっちまうんだよ」

 

リーファとキリトの言葉に反論するウンディーネ達…確かにこんな理屈が通る筈が無い。俺たちにとってトンキーがどんな存在であろうと彼らには関係無いことだ。

仕方無い…俺は駄目元で交渉することにした。

 

「ならこうしないか?あんたらの内の誰かと一対一のデュエルをする。あんたらが勝ったらこいつは譲る、負けたら大人しく引くってのは?」

 

俺の言葉にそのパーティーのリーダーらしき男はこちらを睨み付けて答えた。

 

「…断る。俺たちがそこまでする理由が無い」

 

「まあそうだよな…」

 

当然ながら却下されてしまった。向こうがデュエルで決着を付けていいってのならこっちには最強の切り札キリトがいたのだが…。向こうも馬鹿じゃねえよな…結局話は平行線になってしまった。

 

「…十秒数える間にそこから離れてくれ」

 

痺れを切らして詠唱を開始するウンディーネ達…やはり交渉決裂か…そもそも交渉なんてものではなく、ただの懇願であったわけだが…

ここは大人しくこいつから離れた方がいいな。だが…

 

『あの顔を見ると言い辛いよな…』

 

リーファの悲痛な表情…あれを見るとトンキーを見捨てようなんて言い辛くなる。

全く…いつから俺はそんな女の子に甘いような人間になってしまったのだろうか?そんなものはキリトにくれてやればいいのに…まあ、なっちまったものは仕方無いか…

まずは最初が肝心だ。敵を騙すならまず味方から…俺はなるべく平静を装って口を開いた。

 

「…分かった。キリト、リーファ離れるぞ」

 

「…うん」

 

リーファは辛そうな表情をしながらキリトは無言トンキーから離れて俺に付いてきた。俺は歩きながら前方のウンディーネ達に口を開いた。

 

「悪いけどそこ通して貰えないか?」

 

そう言うと向こうのパーティーはわざわざ真ん中を開けてくれた。サンキューと言いながらそこを通り過ぎる…後ろを振り返ると奴らは全員トンキーの方を向いてこちらに背中を見せていた。…計画通り…!内心ほくそ笑みながら手近にいたメイジ目掛けて槍を突き刺した。

 

「なっ?!」

 

攻撃を受けた事により驚くウンディーネ…だがまだ終わりじゃねえよ!素早く槍を引き抜き今度は横一文字に斬り裂く、そして止めにそいつの頭目掛けて槍を突き出した。するとそいつは青色のリメンライトになる…その光景を見てウンディーネ達は素早く俺から距離を取りこちらを睨み付けた。

 

「…どういうつもりだ?」

 

リーダーらしき男が威圧感たっぷりで聞いてくる。周りの奴らもかなり警戒しているようだ。

 

「どういうつもりってこういう事だよ。あんたらが大人しく退いてくれたらこんな事をするつもりは無かったんだけどな」

 

「お前!俺たちを騙したのか!」

 

向こうは怒りをあらわにしながら大声を出す。それにしても騙したね…

 

「騙したなんて人聞きの悪い…俺は別にあんたらにあいつを譲るなんて一言も言ってねえぞ。勝手にあんたらがそう解釈しただけだろ?」

 

そう…俺らは彼らに対して何も言ってない。俺たちがトンキーから離れた事によって勝手に向こうが勘違いしただけ…まあただの屁理屈だが…

 

「…っチ!メイジ隊後退!奴の動きに注意しろ!」

 

そう言って俺の一挙一動を見逃さないように凝視しながら後退していくメイジ達…だが俺だけに注意していて大丈夫か?他の奴らの事を忘れてねえか?

 

「うわあああ!」

 

案の定他の場所から悲鳴が上がる。そこには後ろから斬り裂かれてリメンライトになったウンディーネと剣を構え直したキリトとリーファがいた。ほら、思った通り…こんなチャンスをそいつらが逃すわけがねえだろ?これで後は二十二人位か…今のうちに倒せる奴は倒した方が良いと思い目の前の敵に槍を振り下ろすが後ろに下がって躱される。追撃をしようとするがその間に入った青色の装備をした盾持ちに防がれた…やっぱ立て直すのが速いな…!

キリトとリーファもさらに攻撃することは不可能だったようで素早くこっちに戻って来た。

 

「よう、これでいいだろ?」

 

こいつらに聞かずに勝手にやってしまったが、どうせこいつらもほかっとけば同じような事をしただろうし特に何も言わないだろ。しかし…

 

「「お前(あなた)卑怯過ぎだろ(だよ)!!」」

 

「え?なんで俺責められてるの?」

 

返ってきた言葉はまさかの非難であった。え?本当になんで俺が悪者みたいに言われなきゃいけないんだ?それにほら、兵は詭道なりっていうじゃん。相手を騙すのだって立派な作戦だよ?こんな数に正攻法で勝てるなんて思わねえしな。だがこのままだと更に何か言われそうだな…話題を変えなくては…

 

「ともかくだ。こっちは剣士を相手するからお前らでメイジの連中を叩け」

 

一番厄介な状況はサポート役のメイジ隊と攻撃兼防御役のアタッカー連中が合流することだ。こうなってしまったら俺たちに勝ち目は無い。まだ隊列が整りきっていない今しかチャンスは無い。しかし…

 

「ダメ!危険過ぎるよ!」

 

俺の提案に異議を唱えたのはリーファであった。おそらくまた俺が一番キツイ役目をするつもりだと思っているのだろう。否定はしないが、この役目に一番適しているのはこの中では俺なのだ…彼女を説得するために俺は不敵な笑みを浮かべ口を開く。

 

「大丈夫だ。これでもぼちぼち強いんだよ俺は」

 

それに…

 

「『剣の三倍の優位性』って言ってな、剣で槍に勝つには三倍の強さがいるんだぜ?そこのキリトならともかく他の奴にはそうそう負けねえよ」

 

俺がそう言うと彼女は好戦的な笑みを浮かべながら俺に答えた。

 

「ほぉ~。つまりタツヤ君は私に勝てるって言ってるのね?」

 

…どうやら彼女の闘争心に火を点してしまったらしい。彼女負けず嫌いだからな…少し言い過ぎたかな?

 

「いいわ。いつか勝負しましょ?ALO古参プレイヤーの実力見せてあげるわ!」

 

それはデュエルのお誘いであった。好戦的な彼女らしい提案だ。まあ…

 

「…別にいいぜ」

 

断る理由は無いけどな。あの世界では戦いを楽しむ余裕なんて無かったし…リーファとなら気分良く戦える気がするしな。

 

「そんじゃ…六十秒ぐらいは持たせるからその間に倒しきってくれよ?」

「「いや、無理だから!!」」

 

…二人にツッコまれてしまった。そんぐらいの気持ちでやってくれという意味だったのだが…

ともかく俺は敵陣のど真ん中目掛けて走り出した。

 

 

 

 

 俺がやることは実は簡単だ。剣士連中とメイジ達が合流しないように部隊を掻き乱す…つまりは撹乱だ。走っては攻撃し走っては攻撃しを繰り返すことでアタッカーの連中をこっちに集中させる。勿論…

 

「おらおらおら!そんなもんか?そのレア装備はただの飾りかよ!」

 

「っチ…!調子に乗りやがってーー!」

 

槍を振り回しながら相手を挑発することも忘れずに、人間ってのは怒ると冷静な判断が出来なくなり極端に視野が狭くなる…怒りで我を忘れるとはこういう事だ。お陰でこっちは十人近くに囲まれているにも関わらずなんとか無傷で済んでいる。…今はだが…

正直これ以上の戦いは難しいかもしれない。時間が経てば経つほど状況は俺たちの不利になっていく…このままでは向こうが合流するのも遅くはないであろう。

だが…

 

『俺が諦めちゃカッコつかないよな…!』

 

リーファにキリトはまだ頑張っているのだ。年長者の俺が諦めたら流石にカッコつかない。そんな少しばかりのプライドを守るために俺は再び眼前の敵目掛けて槍を叩き込むのであった。

 

 

 

 

 戦闘から二分経過…結果として合流されるという最悪な状況になってしまった。元々こうなることは予想していた…例え俺たちがどれほど強くてもたった三人では二十人近くの人数に勝てる筈が無いのだ。大軍こそ最高の策…どんな策すらも数の前では無意味なのだから。

つまりこんな戦いはやる前から結果は決まっていたのだ。

…だがこいつらとならそんな負け戦に挑んでもいいと思えるのは何故だろうか?

 

「はあ…はあ…やっぱり駄目か…!」

 

「諦めたらダメだよ!私たちが諦めたらトンキーを誰が守るの?」

 

キリトの言葉にリーファが答える。だが状況が最悪なのは変わらない…キリトやリーファも長時間の戦闘で疲れきっているし、俺の方もメイジの援護ありのアタッカーと一人で戦い続けるのは限界だ。このままでは俺たちは全滅し、奴らは動けないトンキーを一方的に攻撃するであろう。

…たった一つ…たった一つだけこの状況を覆せる方法がある。まだ一度も使って無い《魔槍ブリューナク》のエクストラ効果…こいつを使えばここにいる奴ら全員を一瞬で倒せるだろう…しかし、こいつを使えば俺は戦えなくなってしまう、ここにいるキリトやリーファも……。やはり八方塞がりだな…

 

「きゃあ!」

 

俺がそんな事を考えていると少し離れた所から小さな悲鳴が上がった。あの声はリーファか?そこには攻撃魔法の余波で飛ばされたのであろう地面に横たわるリーファと彼女に止めを刺そうとしているウンディーネの剣士が…

 

「やらせるかよ!」

 

すぐさま倒れたリーファの元に走って行く…目の前には俺の進行を邪魔しようと待ち構える盾持ち剣士が二人、だが…

 

「そんなもんでーー!」

 

俺は勢いを全く緩めずに走り続ける…そしてそのまま盾に向かって体当たりをした。

 

「なっ?!」

 

まさか槍ではなくタックルが来るとは予想出来なかった盾持ち達はバランスを崩す…それによって生まれた隙間に俺は体をねじ込ませて盾を突破した。

通り過ぎる瞬間に脇腹を斬られたがそんな事はどうでもいい!俺の目の前には今にもリーファに振り落とされようとする剣が……この距離は槍の射程外だ、普通なら間に合わない。だから…

 

「届きやがれーーー!!」

 

走りながら槍を持った右腕を弓のように絞りそいつ目掛けて放つ…俺が投げた槍は真っ直ぐ飛んで行き、そして…

 

「っぐ!な、何?!」

 

奴の背中に突き刺さった。自分の身に起きたことが理解出来ず後ろを振り向くウンディーネ…俺はそいつの背中に刺さったままの槍を掴みそのまま捩じ込んだ。

 

「沈めーーーー!」

 

「ぐあああ!」

 

そしてHPが無くなったそいつはリメンライトになった。俺は未だに地面に倒れているリーファに声を掛ける。

 

「リーファ、大丈夫…っぐは!」

 

「タ、タツヤ君!」

 

しかし俺の声は後ろからの衝撃で止められた。俺の背中には氷の槍がいくつも刺さっていたのだ。おそらくメイジ隊の魔法攻撃であろう。HPを確認すると残り数ドット位しか残っていない。ドジっちまったな…最初の脱落者は俺か…。リーファの方を見るとまるで有り得ないものを見たかのような驚愕の表情を浮かべていた。

 

「ダメだよ!逃げて!」

 

急に大声を出したリーファに驚きながらも後ろを振り向く…すると俺の目には有り得ないものが映っていたのだ。

 

「なっ?!なんでお前が!」

 

俺の後ろには両手を広げて俺たちに背中を向けている雪だるま…妖精ジャックフロストがいたのだ。その姿は俺たちを守ろうとしているようで…ダメだ…そんな事をしたらお前が死んじまう。それにお前が盾になっても奴らの魔法は防げない…無駄死にする必要なんてない…!

しかしすでにメイジ連中の詠唱が終わっている。もう間に合わない…せめてリーファだけでも生き残らせなくてはと思い俺は彼女の上に覆い被さった。そして…

 

「メイジ隊!魔法攻撃発射!!」

 

その号令とともに無数の氷の槍が俺たち目掛けて振りかかり、辺りは爆音に包まれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトside

 

 結局メイジ隊とアタッカーの合流を防げなかった俺は苦境に立たされていた。次から次へと攻めてくる敵に俺の疲労はピークに達していた。それに…

 

「はああああ!」

 

「…っぐ!」

 

「下がって回復しろ!」

 

さっきからこれのループだ…俺がどれだけ攻撃してもその度に回復して戻ってくる。…まるでフロアボスの気分になったみたいだ…

そんな不毛な戦いを続けていると突然爆音が響いた。この音は魔法攻撃か!

 

「…!しまった!」

 

あの音はタツヤとリーファが攻撃された事を示していた。あんな威力の魔法攻撃をまともに食らったらひとたまりも無い!俺は二人の無事を祈りながらその方向を見ると…

 

「な、何なんだあれは…!」

 

そこには俺たちが会った邪神を越える大きさの赤い目をした真っ黒な何かがいたのだった。

 

 

 

 

「…あれ?俺生きてる?」

 

 あの爆音が止んだ後、目を開けると広がっていたのはサラマンダー領の砂漠の町ではなく一面真っ白な雪景色ヨツンヘイムであった。

あまりにも予想外な出来事に我ながらすっとんきょんな声を出してしまった。

 

「タツヤ君…重い…」

 

「?…ああ!悪いリーファ!」

 

そういえば彼女の上に覆い被さったままであったのを思い出して慌てて離れる。彼女の方を見れば少し顔を赤くしていた。…やっぱり流石にあの距離は恥ずかしかったよな…俺だってあんなにリーファと密着していたのだと考えると……っとそこで思考を止めた。このまま考え続けたらきっと恥ずかしくて戦闘どころでは無くなる。そんな葛藤をすること数秒…少しばかり冷静になった頭で今の状況を考えてみる。…リーファはともかく俺も助かった…あいつらの魔法が外れた可能性は…まず無い、あんな全体攻撃なら動かない俺たちを外す方が難しいだろう。となると俺たちの盾になってくれたジャックフロストのお陰か?そ、そうだ!

 

「リーファ!あいつはどうなったんだ?」

 

おそらく俺たちを庇ってくれたのであろう勇敢な妖精がどうなってしまったのかをリーファに尋ねる。もしかしたら…と最悪な場合が浮かんでしまった。

 

「えっと…あそこ?」

 

そう言って何やらあまり状況が飲み込めていないようなリーファが指を指した方向を見るとそこには確かにジャックフロストらしきものがいた。…ただ違うのところは青かった頭巾は紫色になり、その白い体は真っ黒になっていること…そして数十メートルを優に越す大きさになっていることだ。あのリーファが抱っこ出来たサイズからは想像も出来ない大きさだ。

それでもその姿には見覚えがあった。忘れる訳が無い…あいつは…

 

「《じゃあくフロスト》…」

 

 

 

 

 《じゃあくフロスト》…ジャックフロストの人気があまりにも高かったため作られた派生系の一つだ。悪魔としての鍛練を怠らなかったジャックフロストのみがこれになれるらしい…悪魔としての鍛練とは何なのかは少しばかり気になるが、それはさておき…どうやら攻撃が当たる前にジャックフロストが《じゃあくフロスト》になり防いでくれたようだ。

そして《じゃあくフロスト》は先ほどからウンディーネのパーティーと交戦しているのだが…

 

『ヒ~ホ~~~』

 

「な、何なんだこいつは?全員距離を取れ!」

 

ウンディーネのパーティーは突然現れたこいつに動揺しているようだ。確かにあんなデカイのがいきなり出てきたら誰でも驚くよな、あの小さい雪だるまとこいつが同じ奴だとは思わないだろうし…

するとかなり後ろまで下がったウンディーネ達は隊列を組み直し叫んだ。

 

「メイジ隊!魔法攻撃開始!」

 

その言葉と共に詠唱を開始するメイジ達、そいつらを守るように前には盾持ちの連中が固まっている。

そしてメイジの魔法攻撃が放たれた。

 

『ヒ~ホ~~~~~~』

 

《じゃあくフロスト》はそれを腕を交差させることで防いだ。なんて滅茶苦茶な奴だよ…と思ってしまった。

そのまま前に進んでいく《じゃあくフロスト》…ウンディーネ達は二回目の攻撃を開始するために再び詠唱を開始する。

すると《じゃあくフロスト》は拳を高く上に掲げて…

 

「ヒ~~ホ~~~~~~~!!!」

 

思いっきり地面に叩きつけた。すると地面から無数の氷柱が隆起してウンディーネ目掛けて走っていく。

 

「っち!退避!退避!」

 

リーダーらしき男の号令で何人かは回避に成功したようだが、残りの連中は巨大な氷柱の餌食になり貫かれた。その場所には十数個のリメンライトだけが浮かんでいた。

 

「クソ!何でこうなるんだよ!全員撤退!撤退だ!」

 

その言葉を聞いて他のウンディーネ達もすぐさま撤退を開始する。鮮やかな撤退だ…戦いにおいて一番難しいのは撤退することだと昔の人は言ったらしいがそれなら彼らの戦いは見事としか言いようが無い。よくあんな連中を相手に生き残れたよな…そんな感慨に浸っているとリーファがこちらに向けて走って来た。

 

「タツヤ君助けてくれてありがとう」

 

「どういたしまして。まあパーティーだから助けるのは普通だけどな」

 

どうやらわざわざお礼を言いに来たらしい。律儀な彼女らしいな…すると今度は俺を諭すような表情で見てきた。

 

「でも…もう少し自分の事も考えようね。あのままだったらタツヤ君死んじゃってたんだよ?」

 

「…悪い、もう少し周りを見て行動するよ」

 

年下であろうリーファに諭されるというのも変な感じではあるが…素直にその忠告を受け取っておいた。

次に彼女はウンディーネを撃退してくれた《じゃあくフロスト》の前に走って行った。

 

「君もありがとうね!」

 

そう言ってじゃあくフロストに抱きつくリーファ…しかし大きさが違いすぎるためにまるで巨大な樹にしがみついているようにしか見えない。だが…

 

「ヒ~~ホ~~~~~♪」

 

抱きつかれているじゃあくフロストは満更でも無いようだ…よく見るとどこか照れているようにも見える。

それからキリトとも合流し、…キリトはこいつがあの雪だるまだと知るとかなり驚いていたが…トンキーが起きるのを近くで待ち続けた。

 

 

 

 

「まだかなトンキー…」

 

「もうそろそろじゃね?」

 

 そんなこんなで十分経過…未だにトンキーは身動き一つもせずに眠り続けている。もう少しで起きるとは思うのだが…。ちなみに《じゃあくフロスト》はあれからしばらくするとどこかに行ってしまった。おそらく自分の居場所に戻ったのであろう…そんな事を考えているとトンキーに動きが表れた、突然大きな鳴き声を上げたのだ。

そして…

 

「な、何だこれは?!」

 

「眩しい…!」

 

トンキーが甲高い声で鳴き声を上げるとその体がライトエフェクトに包まれた。するとトンキーはその姿を変化させた。丸っこい体はスポーツカーのように滑らかなフォルムになり左右にいくつもの羽を広げている姿は先ほどの姿からはかなりかけ離れているがどことなくトンキーの面影がある。するとトンキーは俺たちの前まで移動して…

 

「うわああ!」

 

「のわああ!」

 

「またかよ!」

 

俺たちをその長い鼻で掴み再び背中に下ろし、そしてその羽を広げて翔び立ったのであった。

 

 

 

 

 そのままトンキーに乗り空の旅をすること数分…俺たちの目の前には上から突き出ている巨大な樹の根っこのようなものが見えた、しかもその根っこの先端には黄金に輝く何かが突き刺さっていたのだ。

 

「あの光ってるのって何だ?」

 

「聖剣エクスカリバーだよ。ALO最強の武器」

 

俺の疑問にリーファが答えてくれた。…正直あまり欲しいとは思わないな、手に入れるためのクエストの難易度が半端じゃ無さそうだし何より俺には使い道が無い。労力と報酬が俺にとって合わないのならわざわざ手に入れるつもりはない。だが…

 

「何!最強の武器!」

 

…そういえばいたよこういう武器を欲しがりそうな奴が…キリトは叫びながらその聖剣を穴が空きそうなほど凝視している。こいつたった一つのレア武器とかには目が無いからな…主にフロアボスのLAボーナスとか…

 

「キリト…残念ながらそいつは次回に持ち越しだ。もっと数揃えて行かないとクリア出来るわけねえだろ?」

 

「わ、分かってるって!」

 

…そういえば言いながらもすごく残念そうな表情をしているのは一体どういうことなのかを尋ねようと思ったが止めておいた。…全く…未練たらたらじゃねえかよ。

そのまま進んでいくとトンキーはその根っこ付近で上昇し俺たちを地上へと続く道に運んでくれた。俺たちはそこに着くとトンキーの背中からゆっくりと下りる。

本当に助かった…こいつがいなければ永遠にあの氷の世界をさまよっていたかもしれないな…

 

「サンキュー、トンキー」

 

俺は心からの感謝の言葉を送る…今度はリーファが笑顔でトンキーに近付いて口を開いた。

 

「また会おうねトンキー!」

 

そう言ってその大きな鼻を撫でるリーファ…トンキーも嬉しそうな鳴き声を上げる。そのままトンキーは何処かへ翔んで行った。…またこいつの世話になるかもなという俺の予感が現実になるのはこれから約十ヶ月後の大晦日であったのをこの時の俺が知るよしも無かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが《アルン》…」

 

 そのまま地上に繋がる階段を昇ること数分…俺たちは世界樹の下に広がる町《アルン》に辿り着いた。周囲の無数の建物の灯りが夜の町を幻想的に照らしている綺麗な町である。

そして俺たちの目の前には天までそびえ立つ巨大な樹《世界樹》が見えた。俺たちの目標地点…ようやくここまで来れた…長い、長い旅だった…とても一日の出来事だとは信じられない。それはともかく…

 

「ふああ~~………眠いな…」

 

「もう夜中だもんね」

 

もうすぐで午前四時か…いつの間にか次の日に突入していたらしい。夜更かしなんて久しぶりだな…そんな事を考えていると急にアナウンスの声が流れた。

 

『本日午前四時から午後三時まで、定期メンテナンスのためサーバーがクローズされます。プレイヤーの皆さまは十分前までにログアウトをお願いします。繰り返します、本日ーーー』

 

…定期メンテナンスね…まあ、ここいらで一休憩しなきゃいけなかったから丁度いいか…

 

「とっとと宿で落ちようぜ。早くしねえとメンテの時間になりそうだ」

 

「そうだね…キリト君は宿代大丈夫?」

 

そういえばこいつは領主たちに大盤振る舞いしたんだよな、流石に宿代ぐらいは残っていると思うが…するとキリトは難しいのは顔をして口を開いた。

 

「…ユイ、ここで一番安い宿ってどこにある?」

 

「パパ、すぐそこに激安のところがあります!」

 

「よし!みんな行くぞ!」

 

「…そんなに金無かったのかよ…」

 

そうして俺たちはユイのマップ情報を駆使して探し当てた激安の宿に行くことにしたのであった。

 

 

 

 

「まさかあそこまで安いとはな…」

 

「本当だね」

 

 俺が呟いた言葉に苦笑して返してくれるリーファ。部屋はベットが置いてあるだけの質素な作りなのだがとにかく安かったのだ。

安すぎて逆に不安になる…現実だったらいわくつき物件とか不良物件とか思われても仕方無いレベルの値段だぞ…

 

「それじゃあメンテナンスが終了したらまたここに来てくれるか?」

 

「ああ」

 

「うん。いいよ」

 

キリトの言葉に二人して答える。メンテナンス終了が明日の十五時だから…まあそんぐらいにログインすればいいか…。おそらくキリトの事だ、グランドクエストを確認するために世界樹の真下まで行くつもりなのだろう。流石に三人で攻略なんて馬鹿な事は言わねえだろうしな…

 

「それじゃあ明日もよろしくな」

 

そう言ってキリトはメニューを操作してログアウトした。さて…もうかなり遅いしとっとと上がることにしよう。

 

「それじゃあ俺も落ちるから…リーファもあまり夜更かし『ちょっといいかな?…』?どうしたんだ?」

 

さっさとログアウトしようとメニューを操作すると突然リーファに声を掛けられる。その表情は少しばかり曇っていた。

 

「タツヤ君たちはグランドクエスト攻略のために冒険してたんだよね?」

 

「ああ、そうだよ」

 

彼女には俺たちの目的は話していた筈なのだが…一体どうしたのだろうか?

その言葉を聞いて彼女はさっきよりも表情を曇らして言い難そうに口を開いた。

 

「…このグランドクエストが終わってもまた一緒に冒険出来るのかな?」

 

…そういう事か…グランドクエスト攻略ってのは俺たちのいわばゴールみたいなものだ。そのゴールが近付いて来た事で俺たちともう一緒にいることが出来ないかもしれないという不安が浮かんだのだろう。

…正直な事を言えば分からない。キリトはともかく俺は一人暮らしで時間的余裕だってそんなに無い。実質的に高校を中退している俺は就職だって難しいだろうしこの先どうするべきかを今すぐにも考えなければいけないのだ。…まあ俺の将来なんてろくなものではないだろうが…

ともかく俺がこの世界に戻って来れる見込みは分からないのだ。それでも…

 

「…リーファが望むならな」

 

そんな言葉が出てしまった。彼女がそんな悲しそうな表情をするぐらいなら例え嘘だとしても構わない…俺はそんな事を思ったのだ。全く…俺はいつからこんな他人に甘い人間になっちまったんだろうな?現実世界の俺が見たらきっと笑っちまう…

すると彼女の表情はパッと明るくなった。

 

「本当に本当?約束してくれる?」

 

「…ああ、約束する」

 

リーファの言葉にそう返す。約束なんてどの口がほざくんだ?などと内心自嘲している俺がいるがそれを表には出さない、そんな事は彼女が知らなくてもいい事だ。

しかし…

 

『約束よ!兄さん』

 

『…ああ、約束する』

 

…一瞬即視感に襲われた。俺は目を擦ってもう一度彼女を見る…しかしそこにいたのは当然ながら黒髪黒眼の少女ではなく金髪緑眼の少女リーファであった。

 

「?どうしたのタツヤ君?」

 

俺の様子が少しおかしい事に気付いたリーファが尋ねてくる。俺はなんとか平静を装いながらそれに答えた。

 

「…何でもねえよ。じゃあな、また明日」

 

そう言って俺はそそくさとメニュー画面のログアウトボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界に戻った俺はナーヴギアを頭から外してベットから上半身だけを起こし、先ほどの事を思い出した。

…分かっている…何であんな昔の事を思い出してしまったのか。あの眩しい笑顔がそっくりだったのだ…俺の妹の紗夜に…。

なんとも情けない人間だな…向き合うこともせず、逃げることも出来ずにあんな思い出に浸ることしか出来ない…本当にどうしようもない人間だ。

そんな自己嫌悪に陥りながら俺はその体をベットに沈めたのであった。




意外!それは《じゃあくフロスト》ッ!
これで主なフロスト系は残り一体…全員出すつもりで頑張ります!
ちなみに出て来た理由はあれです…ジャックフロストはワープ進化したんですよ!(笑)
成長期から究極体になった感じで(笑)
それでは次回予告です!
定期メンテナンス終了の時間までを潰すために食材を買いにいくタツヤ、その帰り道に偶然ある人物を見かけて…
次回「決戦前の出会い」にレディーゴーーー!!!


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第二十七話:決戦前の出会い

感想、お気に入り登録して下さった方々ありがとうございます。
最近更新速度が遅れてしまいまして申し訳ありませんm(__)m
今回主人公が普段の三倍増しで陰鬱になっております、ご了承下さいませ。
それではどうぞ


 現在午前七時、俺は熟睡することなく朝の寒さで起きてしまった。仕方ないので俺は重たい体を起こしてシャワーを浴びる。

 

「さて…後の時間をどう潰すか…」

 

シャワーを浴びて少しすっきりした頭でこれからの事を考える…本日ALOは午後三時までメンテナンスなのでALOにはまだ入る事は出来ない。つまり三時になるまで俺は暇だという事であり、何をするか…

 

「とにかく何か食わないとな」

 

そういえばまだ朝食を食べていなかった事を思い出した。俺は冷蔵庫の中を確認するが…

 

「あ…」

 

冷蔵庫の中身は空であった。そういえば帰って来てから何も買っていなかったのだと今さらになって思い出した。まずは近場のスーパーに買いに行くか…俺はいつものように手袋をはめて、ジャージの上に上着を羽織り外に出掛ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 二十分ほどの時間を歩いて目的のスーパーに入る。そしてスーパーの中で適当なカップ麺を何種類かかごの中に入れていく。これで当分は食い物に困らないだろう…

 

「よう!メイジンじゃねえか!」

 

そんな事を考えていると急に肩を叩かれ後ろから声を掛けられた。…俺のことをメイジンなんて呼ぶ奴は一人しかいない…俺は後ろを振り返る。

 

「…ああ、二年ぶりだよな。…つかよく気付いたな?背格好なんかは前会った時より大分変わったんだと思ったんだが…」

俺の後ろにいたのは予想通りの人物…170㎝の俺を遥かに越える身長、強面の顔に傷が付いている絶対に堅気には見えない…だが実際はただの子煩悩で愛妻家な模型店経営者の土須薫《通称ドズル中将》がいた。

…このおっさんは父親の知り合いだ。俺がまだ家族と仲が良かった頃、父親の趣味である某機動戦士のプラモデルをやりたいと言ったところ連れていかれたのが彼の店であった。当時の俺はこの店主の人相にビビっていたのだが中々気さくな人柄に俺はかなり早く心を許したのだ。当時学校で友達が出来なかった俺にとっては年の離れた友達みたいな人である。

 

「ははははは!俺から見たら身長なんかみんな同じに見えるわ!」

 

豪快に笑いながら答える中将…確かに210㎝を越えるあんたから見たらみんな同じ身長に見えるんだろうな。

あれ?そう言えば…

 

「あんた何でここにいるんだ?あんたの店ここから遠いだろ?」

 

確か埼玉じゃなくて神奈川の方にあった筈だ。わざわざ電車に乗ってこんな何の特徴も無いスーパーに買い物に来るわけがないし…俺の疑問に中将は答えてくれた。

 

「ここには知り合いの見舞いに来たんだよ。そしたらカミさんにお使い頼まれてな…お前はここら辺に住んでるんだな?」

 

「ああ…それはともかくメイジンは止めてくれよ。恥ずかしいたらありゃしねえぜ」

 

俺の渾名…メイジンというのはそのアニメに出てきた俺と同じ名前の登場人物から付けられたものだ。当時はその名前をえらく気に入っていたのだが、今となってはかなり恥ずかしい。

 

「そうか?前は気に入ってたのに…お前も変わっちまったな…」

 

…変わっちまったか…

 

「…ああ、変わっちまったよ…あの頃とは何もかも…」

 

俺が最後に彼と会ったのは約四年前…俺の両親が亡くなる数日前だ。あの頃から…いや、それよりも前から俺は変わってしまったのであろう。

 

「…悪い。あんまり思い出したくなかったよな…」

 

「…別に、もう終わった事だ。あんたが気にする事じゃねえよ」

 

顔を曇らせて謝る中将に俺はなるべく平静を装って答える…そう何もかも終わった事だ…二度と元には戻らない。それから俺たちの間に沈黙が続く…沈黙に耐えかねて先に口を開いたのは中将であった。

 

「ところで急な話なんだが、うちでバイトをやらないか?」

 

…本当に唐突だな…つかバイトって…

 

「あんたの店にバイトなんか要らないだろ?」

 

確か中将の店はそんなに大きくなくて、美人な奥さんと二人で切り盛りしていた筈だ。バイトなんて雇う必要が無いと思うのだが…

 

「ああ、実はな…」

 

どうやら中将はこれからの売上のためにも店で子供達にプラモデルの作り方を教えたいのだが、そのためには一人では厳しいので、もう一人を探していたところ偶然俺を見つけたらしい。

確かに作り方が分からなければプラモデルなんて買おうと思わねえし…新しい客を呼ぶためには悪くない戦略だな…

だが…

 

「そもそも最近のガキなんかプラモやらねえだろ?客層変えた方がいいんじゃねえか?」

 

残念ながら今日様々な娯楽が溢れている時代にわざわざプラモデルを選ぶ奴なんてもはや絶滅危惧種だと俺は考えている。…まあ…かつて俺はその絶滅危惧種だったのだが…

 

「それもそうなんだけどよ…」

 

そう言って恥ずかしそうに頬を掻き出す中将…正直あんたにその仕草は似合わないよ…

 

「子供達にもこいつの良さを知って欲しいんだよ…」

 

…そういえばあんたはそういう人間だったな、昔から変わらず…勿論良い意味でだが…

丁度バイトを探していた俺にとってはいい話かもしれない、少なくとも以前のバイト先よりは伸び伸びやれそうだ。だが…

 

「そうか…でももう作る気は無いんだ、その話は断らせて貰うよ。…悪いな…」

 

「…やっぱあの事を気にしているのか?」

 

気にしている、か…きっとそうなのだろう。あれをやると父親の事を思い出してしまう…そうなると再び喪失感と罪悪感押し潰されるのを分かっているからやりたくないのだろう…まあ、そんな事を伝える必要は無いが…

 

「…そうじゃねえよ、今は気分が乗らないんだ。あんただってよく言ってただろ?『所詮はただの遊び。やめても構わない』、ってさ」

 

この言葉はそのアニメである人が主人公に対して言った台詞だ、中将もよく引用していた。その言葉を聞いて中将は真面目な顔で口を開いた。

 

「竜也、肝心なところを忘れているぞ」

 

「?肝心なところ、って何だよ?」

 

「『遊びだからこそ本気になれる』、だ」

 

そう言って中将は微笑んだ…彼はさらに言葉を続ける。

 

「あの時の本気はまだお前の中に残っていると俺は信じてる。それとな…お前があいつらの事を引きずっているのは分かるが…お前にそんなに辛い思いをして欲しくないってあいつは思っている筈だぞ。……子供の幸せを望まない親なんていないんだからな」

 

子供の幸せを望まない親はいない…俺がもう少し早くそんな単純な事実に気付いていればこんな事にはならなかったかもしれないな…もう手遅れだが…

 

「…そうかもな」

 

でも例え両親か許してくれてもきっと…俺自身が自分の事を許せないんだ。だってあいつから両親を奪ったのは俺だから…自分を許しちまったらあいつの憎しみは一体どこに向かえばいいんだ?

 

「今が辛いならそれも仕方無い。でもいつかそれを乗り越えて純粋にプラモ作りを楽しみたいと思ったらいつでも電話してこい」

 

そう言ってその場を後にする中将…いつかそんな日が来るのかを疑問に思いながら俺はレジへと向かったのであった。

 

 

 

 

 レジで会計を終えてスーパーから出た俺は現在帰り道の公園のベンチに座ってボーッと考え事をしていた。

ここ最近は何故だかよく家族の事を思い出す…思い出す度に辛い思いをするのに何でそんな事をするのだろうか?

正直な話、俺は家族の事をなるべく思い出さないように生きてきた。…楽しい思い出はたくさんある、それでもそれを思い出すと結局最後に残るのは自分が家族に対して行ってしまった事への罪悪感ともう二度と手に入る事が無いのだという虚しさだけなのだから…そんなものを味わいたくない俺はその思い出に蓋をしてきたのだ。

そうやって過去からも家族からも目を背けていた俺であったが、あの世界に囚われて様々な人に会う事でたった一人の家族にもう一度会いたい、会って謝って昔のような兄弟に戻りたいという気持ちが芽生えた。俺はその一心で槍を振るい続けたのだ。…結局仲直りなど夢のまた夢だったのだが…

 

あの世界に行けて、俺は変われたのだと思っていたがそんな事は無かったのだ。あの世界に囚われる前の俺と今の俺に違いがあるとすれば、それは得難き友人を得たという一点だけ…俺自身には何の変化も訪れていない…

…何を今さら、そんな事は元より分かっていた事だ。だって俺はそういう人間なのだから…昔も今も変わらず、な…そんな結論に至った俺は時計を確認した。十一時十五分、か…俺は寒さに耐えかねてベンチから腰を上げて…

 

「「あ…」」

 

偶然正面の人と目が会った。ベージュの帽子に赤色のマフラーとコートを着た少女…しかも見知った顔であった。

 

「こんな場所に何か用か?」

 

普段の俺ならそのまま素通りしていたであろうがおもわず声を掛けてしまった。

それは…彼女の表情があまりにも辛そうなのを我慢しているように見えたからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、えっと…その…少し休憩を…」

 

「…そっか」

 

 慌てて誤魔化す彼女…確か桐ケ谷直葉だったか?に対して俺はそう返す。そのまま彼女はベンチに座り、俺はその近くに立った。

さて…勢いで声を掛けてしまった事を俺はさっそく後悔してしまった。よく考えれば彼女との接点と言えば病院で一回会った事のみ、さらには彼女の事はキリトの妹であり、あいつの友達であるという事しか知らない。

長い沈黙が続く…それに耐えかねて俺は公園内の自販機に足を向けた。

 

「飲み物を買ってくる、何がいい?」

 

「え?そ、そんな悪いですよ」

 

最初は彼女は遠慮していたのだが、無言のまま自販機の前で止まっている俺に折れたようでお茶を頼んだ、俺もついでに缶コーヒーを買う。

 

「はい、お茶」

 

「ありがとうございます」

 

彼女がペットボトルのお茶を飲むのを見て俺もいつものように缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲む。久しぶりの缶コーヒーの味は少し苦く感じた。

 

「変わった開け方するんですね」

 

「あぁ…そういえばそうだな」

 

唐突な彼女の言葉で自分がどんな事をしていたのか思い出した。左手の親指と中指で缶を支えて人差し指でプルタブを開ける…つまりは左手だけで缶コーヒーを開けたのである。長い間左手だけだったからな…缶コーヒーを開ける、卵を割る等大抵の事は左手だけで出来る。

…まあどうでもいい特技の一つだ。

 

「それで…えっと…紗夜ちゃんのお兄さんはどうしてここに?」

 

「…竜也だ。ただの買い物帰りだよ」

 

紗夜の名前を聞いただけで俺の心にチクリと何かが刺さる。それを誤魔化すために俺はぶっきらぼうに彼女に答えた。

 

「ちなみに何であんたはここに?あんたの家はここら辺じゃねえだろ?」

 

俺が再び問いかけると彼女はぎこちない笑みをこちらに向けた。

 

「私、今日お兄ちゃんと一緒にお見舞いに行ったんです」

 

「お見舞い?…あぁ、アスナのか」

 

一瞬お見舞いと聞いて誰のか分からなかったが、あいつがお見舞いに行く相手は彼女以外にあり得ない事を思い出す。そのまま彼女は話を続けた。

 

「はい。アスナさん凄い美人で、アスナさんを見ているお兄ちゃんを見て本当にあの人の事が好きなんだと思って…」

 

どうやら彼女はキリトをアスナの病室に一人置いてここに来たらしい。ただ…俺にはなんで彼女がそんなに辛そうな顔をしているのかが分からなかった。この話の中には彼女にそんな表情をさせている要因は無いと思ったのだが…

 

「あの…竜也さんはアスナさんのお知り合いなんですよね?」

 

「…知り合いかと言われるとちょっと微妙だけどな」

 

今さら考えると俺と彼女の関係は何だろうか。友好関係…というほど仲が良いわけではない。ただキリトの側には大体彼女がいたから話す機会があった程度だ。その時の俺は彼女に苦手意識を持っていたしな…その苦手意識が払拭されたのは随分後の話だ…

 

「アスナさんってどういう人だったんですか?」

 

彼女は真剣な眼をして俺に尋ねてくる。その眼差しに俺も適当にはぐらかしてはいけないと感じた。

ーーー俺の中でのアスナは…

 

「すげー怖い奴だったよ…」

 

彼女は俺の言葉に一瞬何を言われたのか分からなかったかのような顔をする。俺はそのまま話を続ける。

 

「なんていうか…オーラが出ていた、かな?うん、正直怖かった」

 

俺の中での彼女の印象はそんな感じだ、常にピリピリしていて堅物、そしてとにかく怖かった…主にキリト関連で…得物のレイピアの先を向けられた時はマジで死ぬかと思った。

でも…

 

「でも…いい奴だったよ。明るくて、素直で…それに美人だったしな」

 

俺の言葉に彼女は更に表情を曇らせる…そろそろ本題に入ってもいい頃合いだろう。

 

「それで…何でそんな辛気臭い顔をしてるんだ?」

 

「…やっぱり分かりますか?」

 

彼女は一瞬驚いた顔をした後そう言いながらこちらにぎこちない笑みを向ける。

 

「えっと…竜也さんは私の事をどこまで知ってますか?」

 

「どこまで、って…キリ…和人の妹であいつの友達、それと…」

 

血縁上は従兄妹同士…その言葉を聞いて彼女は一瞬驚いた後再び表情を曇らせてしまった。

 

「驚いた…お兄ちゃんその事話してたんですね?」

 

「偶々だよ。偶然話を聞いちまっただけだ」

 

その話はシリカと一緒にフラワーガーデンに行った時に道中キリトが話していた。おそらくキリトの方は忘れているんじゃないんだろうか?

 

「私がそれをお兄ちゃんがSAOに囚われている時にお母さんから聞いたんです。急にお兄ちゃんが私と距離を取ったのはそれが原因なんだって思って…」

 

キリトがそれを知ったのはおそらく小学生の頃だろう、その歳の餓鬼にとって自分を育ててくれた人が本当の親ではないという事実はどれほどショックな事だろうか?

生憎俺にはその辛さは分からない、だって俺はそんな事は元々知ってたから…

 

「私…お兄ちゃんの事何にも知らなかったんです。お兄ちゃんがどんなに一人で辛い思いをしていたのか…それを知って、私は毎日お兄ちゃんのお見舞いに行ったんです」

 

きっと彼女は後悔していたのであろう…自分がもう少し歩みかけていたらこんな事にはならなかったのだろうと思って…

 

「あの世界からお兄ちゃんが帰って来た時はすごく嬉しくて…お兄ちゃんの膝の上で泣いちゃいました」

 

そう言う彼女の表情は先ほどのぎこちない笑みではなく本当に心から喜んでいる笑顔であった。

……羨ましい…そんな事を思ってしまった。俺が望んでいた事をキリトは意図も簡単にやってしまったのだから…

もしも彼女が許してくれたなら俺にこんな笑みを向けてくれたのかもしれないな…叶わない事だろうが。

……あれ?

 

「お兄ちゃん、あの世界から帰って来たらすごく優しくなってて…」

 

「あの…そろそろ本題に入ってくれないか?」

 

今さっき気付いたのだが俺は彼女が何でそんな辛そうなのかを聞いていた筈が、いつの間にか彼女とキリトの話に切り替わって…いや、そう言えば最初からそんな話だったわ。きっと彼女のそれを説明するのに必要な話なのだろうがこのままだと終わりそうに無いので話を折らせて貰った。

 

「ご、ごめんなさい。つい…」

 

「別にいいんだけどさ…それで?」

 

俺がそう言うと彼女は躊躇いながらもゆっくりと口を開いた。

 

「その…私、お兄ちゃんが好きだったんです」

 

「…まあ、兄妹なら普通なんじゃねえの?」

 

俺だって昔は妹の事が好きでよく一緒に遊んでたし、仲が良いなら好きなのは当然ではないだろう?

 

「えっと、そういう好きじゃなくて…その…異性としての好きの方で…」

 

「…ああ、そっちね」

 

どうやら彼女がキリトに対して持っていたのは兄妹愛ではなく恋心であったようだ。

……え?

 

『はああああああああああ?!』

 

柄でも無くそんな大声を出しそうになるのを必死に止める。え?どういう事?彼女はキリトの妹で…正確には義妹なんだけど…でも彼女は兄であるキリトの事が好きで…

全く…あいつの周りは女性関係のトラブルばかりだな。いつか誰かに刺されるんじゃないか?と少しばかり友人の将来に不安を覚えた。

 

「でも…お兄ちゃんにはもうアスナさんがいたんです。あの世界で結婚までした恋人の…」

 

そう言って彼女は一気に表情を曇らせてしまった。…つまり彼女の初恋は終わってしまったのだ、告白する時間すら与えられずに…きっと彼女はその想いをずっと胸に閉まってきたのであろう。

 

「でも…もう良いんです。私には他に好きな人が出来たから…」

 

ならどうして彼女はそんな悲しそうな顔をしているのだろうか?それは彼女が未だにそれを引きずっているからで…

生憎俺は人を好きになった事は無いが、彼女が別の人を好きになることでキリトへの恋心を忘れようとしている事ぐらいは分かる。だが…

 

「…そうか」

 

俺はそう言う事しか出来なかった。思いを伝えた時点で拒絶されるのは分かっているのだから…それならそんなのは心に閉まっている方がよっぽどマシだ。…他人に拒絶されるくらいなら一人で我慢する方が遥かに耐えれる事なのだから…

 

 

 

 

「それにしても驚きました、竜也さんって聞き上手なんですね」

 

「黙ってただけで聞き上手扱いされるなんてな…」

 

 彼女の呟きに俺はそう皮肉気に答える。実際俺がしていた事といえば彼女が喋っているのをほぼ黙って聞いていただけだ、こんなんで聞き上手扱いされるなら案山子でも出来るに違いない。

 

「それでもです。おかげで少しだけスッキリしました、ありがとうございます」

 

そう言いながらも彼女の表情は先程と同じように曇っているように見える。きっと気分が晴れたといっても微々たるものなのだろう。まあ…俺にはこの程度の事しか出来ないのだが…

 

「じゃあ、俺は帰るわ。最近は寒いからよ、風邪引かないうちに帰りな」

 

「あ!ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

そう言って俺はその場を後にしようとするが、彼女に呼び止められて立ち止まる。彼女はどこか決意した様子で俺を真っすぐ見つめた。

 

「…どうして紗夜ちゃんを避けているんですか?」

 

その真っすぐな言葉は俺の心にグサリと突き刺ささる、俺はそれを悟られないように彼女から目を逸らした。

 

「彼女、ずっとあなたの帰りを待ってたんですよ」

 

「…あいつから俺の事はどんだけ聞いてる?」

 

俺の唐突な問いに彼女は一つずつ思い出しながら、ゆっくりと答えた。

 

「えっと…歳が三歳離れている、昔は仲が良かった、缶コーヒーが好き、高校生になると同時に家を出ちゃった事と、それと…」

 

そこまで話して彼女は言い淀んでしまった。おそらく最後の一つは…

 

「本当は血が繋がっていない事、か?」

 

俺の言葉に彼女は無言で頷いた。そう…俺と彼女は本当の兄妹ではない、ちなみに彼女のように従兄妹同士でも無く言うならば血縁上は全くの赤の他人だ。

…だがそんな事はどうでもいい。どうやらあの事までは話していないようだ…他人に言えるような内容じゃねえしな。

それにしても…

 

『あいつ話し過ぎだろ…』

 

他人に対して自分たちの情報を話し過ぎではないだろうか?まあそれだけ彼女の事を信頼しているという事だろうが…

 

「…別にあんたには関係ねえだろ?誰もがあんたらみたいに仲直り出来る訳じゃねえんだ」

 

そんな彼女に俺はぶっきらぼうに答える。そう…俺はあいつにひどい事をしてしまった、きっと何をしても許されるようなものではないのだ。

…キリトのように仲直りがしたい、という気持ちは勿論ある。でもきっとそんな事は不可能だから…それなら今のような気持ち悪い関係の方がマシだと思えるから…そうやって俺は彼女と向き合う事から逃げ続けているのだ。

 

「…じゃあな」

 

俺の言葉に黙り込んでしまった彼女をその場に残して背を向けて歩き出す。これ以上ここにいたくない…その気持ちが俺の中を占めていた。

 

去り際に一瞬振り返った時に見た彼女の表情は、依然としてどんよりと曇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま真っすぐアパートに帰った俺はベットの上に仰向けに寝転がっていた。キリトとの約束の時間まであと約十分程…あと何日ぐらいでシルフ・ケットシー両名の準備が整うかは分からないがおそらく数日はかかるのではないだろうか、と予想を立てる。

それに問題はそれだけではない、今まで一度たりともクリアされたことの無いこのグランドクエスト…一体どれ程の障害が立ち塞がるのか実際には分からないのだ。本当にこの戦力でクリア出来るのか…正直不安だらけだが俺が悲観的になったところで仕方無い、と結論付ける。

考え事をしている間にメンテの時間が終わったようだ、寝転んだまま俺は枕元に置いてあったナーヴギアを手に取り頭に被せる。

 

「リンクスタート」

 

そして俺はあの妖精の世界に翔び立ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると昨日泊まった宿の中であった。どうやらキリトはまだ来ていないようだな。今日はグランドクエスト攻略のための準備をするか…そう思っていると静かな部屋の中に人がいることに気付いた。

金髪をポニーテールにした緑色の服を纏った女の子…間違いなくリーファだ。

 

「なんだいたのかよ。声掛けてくれないと分からない…ってどうしたんだリーファ?」

 

俺はリーファに問い掛ける…それは彼女の瞳から雫が…つまり涙が零れていたからだ。

 

「タツヤ君、私失恋しちゃった」

 

いつものような明るさは無く弱々しい口調でそう言い、涙を払い気丈に振る舞うリーファ…その姿はあまりにも痛々しかった。

…俺には正直彼女がどれ程辛い気持ちなのかなんて分からない。それでも…

 

「…辛いなら我慢するなよ」

 

自然とそんな言葉が出てしまった。その辛さが耐えられないようなものなら、誰かに訴えかける事で楽になれるものなら言ってしまえばいいのだから。

俺の言葉に彼女はその瞳に再び涙を溜めて俺の胸に飛び込んで来た。

 

「う、う…うわーーーん!!」

 

流石に胸に飛びついて来るとは予想できなくて一瞬驚いたが、彼女の瞳から決壊したダムのように流れる涙と泣き声にそんな感情は消えてしまった。

彼女の嗚咽だけが静かな部屋に響く…

きっと本当の俺には彼女を慰める資格なんて無いのかもしれない。でも、それでも、この瞬間だけは、俺の胸で泣きじゃくり弱弱しく映る彼女を、躊躇いながらも優しく抱きしめるのであった。




うん、大胆だね(笑)書きながらそんな事を考えてしまいました。
これで二人の距離が急接近…するかもしれません。

そしてまさかの趣味発覚!ちなみに模型店店主の人はドズ・カオルと呼びます。見た目はみなさんお察しの通り”やらせはせんぞー”さんです(笑)
これでオリジナルキャラクターはほぼ出し切りました。残るは中将の美人な奥さんと娘さんだけです(笑)
そう言えばオリキャラ紹介とかもやった方がいいのでしょうか?当分先の話ですが…

それでは次回予告です
世界樹に向けて歩き出すタツヤ達、しかしキリトが一人でグランドクエストに挑んでしまって…
次回「クエスト失敗と驚愕の事実」にレディーゴーーー!!!


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第二十八話:クエスト失敗と驚愕の事実

お気に入り登録、感想を書いて下さった方々ありがとうございます。
今回はいつもより少し短いです。
それではどうぞ。


 リーファを抱きしめる事数分、俺たちは当然ながら羞恥で顔を真っ赤にしてお互いを直視出来ないでいた。今更ながら何をやってんだよ、俺は…下手をしたらセクハラで訴えられても仕方無いレベルだぞ、あれは。

ともかくこの気まずい沈黙を破るために俺はリーファと向き合った。

 

「あ、えっと、抱き付いたりして…その…悪い」

 

「え?!う、ううん。私こそ急にあんな事をしてしまってごめんなさい。…迷惑だったよね?」

 

彼女は自信無さそうに問いかける。俺は普段通りにそれに答えた。

 

「…別に気にしてねえよ。迷惑なら俺だって掛けてるからな、お互い様だ」

 

「…やっぱり優しいね、タツヤ君は」

 

優しい、か…生憎俺は自分が優しい人間なんて思った事は無いのだが…ただその言葉とこちらに向ける笑顔が照れ臭くて、それを誤魔化すために俺は口を開いた。

 

「ハッ!俺なんかが優しいなら世の中神様仏様だらけだぜ」

 

俺のぶっきらぼうな言葉に彼女は苦笑しながら答えた。

 

「でも、いつも一言多いよね?」

 

「…ほっとけ」

 

図星を付かれた俺は彼女から目を逸らして呟く。彼女の声色が俺を責めるようなものではなく、どこか嬉しそうなのが余計に気恥ずかしい気分にさせる。

 

「それで、今日はもう上がるか?」

 

いくら泣いてスッキリしたといっても万全ではないだろう、どうせ今日出来る事なんて特には無いのだから無理をせずに休んだ方が良いと思いそう彼女に言ったのだが、彼女は首を横に振った。

 

「ううん、大丈夫。ここまで来たら乗りかかった船だから最後まで付き合うわ」

 

「そうか…」

 

個人的には休んで欲しかったのだが、これ以上言っても頑固な彼女は聞かないだろう。

なんていうか…律儀だよな彼女、そんな感想を持ってしまった。

 

「じゃあ最後までよろしくな」

 

「うん!よろしく!」

 

そう言ってお互い笑い合う…静かな部屋に心地良い、穏やかな時間が流れた。

 

 

 

 

「あれ?早いな二人とも」

 

 しばらく笑い合っていると部屋の中から別の声が聞こえた。声の主キリトがベッドから立ち上がりこちらに歩いてくる。

…今の時間は十五時二十分、俺は遅刻してきた奴に皮肉をたっぷり込めて口を開いた。

 

「早いってお前…俺たちなんやかんやで二十分ぐらい待ってたんだけどな。メンテが終わったらすぐに入ろう、って言ったのは何処のどいつだったかな?」

 

「わ、悪かったよ…」

 

俺の皮肉にキリトは気まずそうに顔を逸らす。どうせ遅れた理由はアスナの所にギリギリまでいたからだろう…お前の妹から裏を取れてるしな。まあ、どうせやることなんか無いからいいか…

 

「それで今日はどうするつもりなんだ?」

 

俺の問いにキリトは先程の表情から一変、真面目な表情になり答えた。

 

「ああ、一応グランドクエストの確認に世界樹まで行くつもりだ」

 

まあ予想通りだな、流石に三人でクエストに行こうなんて馬鹿げた事は言わねえか…と内心ホッとする。

「じゃあ行くか?どうせ武器の耐久値だって回復しないといけないしな」

 

ここまでの長旅と戦闘で武器もボロボロだろう、クエストクリアのためにも必要な事は早く済ました方が良いしな。俺は二人が頷くのを確認して宿から出たのであった。

 

 

 

 

 世界樹のお膝元アルン、夜だったからあまり気にならなかったが中々活気に溢れた町だ。武器の回復を手近な鍛冶屋で済ました後、俺たちはゆっくりと世界樹に繋がる階段を上って行く。

 

「後は何か買うもんあるか?」

 

「そうだね…ポーション類いは買ったし、防具も装備も整えたからもう無いと思うよ」

 

俺の呟きにリーファが答える。仕方無い話だが待つだけというのは正直なところ暇だ…まあ昨日のハードスケジュールの息抜きって考えればいいか、と自分を納得させる。

 

「!パパ!上空にママの反応があります!」

 

「なっ!?」

 

しかし、そんな息抜きもユイの突然の叫びに終わりを迎える。ユイの話が本当ならこの上空…つまり世界樹にアスナが囚われているという事だ。

瞬間、俺の横を突風が過ぎ去る…予想通り上空には黒い影キリトが翔んでいた。

 

「え?!ちょ、ちょっとキリト君!」

 

慌てて羽を出して追いかけるリーファの後ろに俺も付いて行く。前方のキリトはものすごい速さで上昇していくが途中で大きな壁にぶつかったように仰け反った。おそらく高度限界という奴だろう。

 

「クソ!クソ!クソ!」

 

何度も頂上に行こうとその障壁に挑むキリト…しかしそんなので障壁を破れる筈が無く、先程から全て弾かれている。キリトの鬼のような形相を見てリーファは口元を手で抑えながら叫びそうなのを我慢している。

俺は未だに無意味な体当たりを繰り返している馬鹿の肩を引っ張った。

 

「おい、落ち着けよ。ここからテッペンに行くことは出来ないって分かっただろ?」

 

俺の言葉にキリトはようやく立ち止まった。

 

「…ああ、そうだな。少し熱くなり過ぎた」

 

そう呟いて世界樹の上を睨み付けるキリト…どうやら少しは冷静になってくれたらしい。

 

「なあ、あれって何だ?」

 

唐突にキリトが上を見ながら俺に尋ねてくる。俺がそこを見ると、そこにはこちらに向かって日の光を反射しながらゆっくりと落ちてくる何かがあった。

 

 

 

 

キリトが見た物はカードキーらしきものであった。ユイの話ではこれはシステム管理用のアクセスコードらしい…そんな物が落ちて来るなど偶然とは思えない。こいつはきっと…

キリトも俺と同じ結論に達したらしい。厳しい表情のままリーファに尋ねる。

 

「リーファ、クエストは世界樹に行けばクエストを受けれるんだよな」

 

やはり…!この馬鹿は今クエストに挑むつもりなのだ。

…出来るわけが無い、俺はキリトを止めるべく叫んだ。

 

「無理に決まってんだろ!冷静になりやがれ!今はシルフ・ケットシー連合の準備が出来るまで待つんだよ!」

 

「俺たちが手をこまねいている間にも彼女は日に日に弱っていくんだ!こんな所で立ち止まっていられる訳が無いだろ!」

しかし、俺の言葉はキリトには聞き入れられなかった。こんな時に頑固になりやがって…!俺は内心舌打ちをする。さらにキリトはリーファを見て口を開いた。

 

「リーファ、ありがとう。君はここから来ないでくれ、これは俺の問題だから」

 

「キ、キリト君…」

 

キリトの言葉に困惑するリーファ、次に俺の方を向いた。

 

「タツヤは一緒に来てくれるか?」

 

「…お前には協力するって言ったけどな、こっちは自殺行為をするつもりは無い。本当に待てないのか?」

 

「ああ」

 

俺の言葉に力強く答えるキリト、その瞳には一片の迷いも無かった。全く…

 

「…勝手にしやがれ」

 

そう言って奴から目を逸らす、するとキリトは悪い、と呟いて何処かに翔んで行ってしまった。

 

 

 

 

 

「…戻ろう、リーファ」

 

「え?で、でもキリト君が…」

 

「あんな馬鹿はほっとけば良いんだよ」

 

 俺は苛立ちながらそう答える。あんな奴はもう一度領地からやり直して頭を冷やしとけってんだ。

しかし、リーファはある一点を見つめたまま動かない、おそらくその視線の先にグランドクエストを受ける場所があるのだろう。

しばらくするとリーファはその瞳をこちらに向けて戸惑いながらも口を開いた。

 

「…私、キリト君を追いかける」

 

「あのな…リーファが一人でいっても何も変わらないだろ?それにあんな勝手な奴に付き合う必要なんて無いよ」

 

「それでも!あんなキリト君を放って置けないよ!タツヤ君はここで待ってて!」

 

そう言うや俺の静止も聞かずに羽を出して全速力で翔ぶリーファ、そのせいでこの場には俺しかいなくなってしまった訳で…

 

「ーーーああもう!どいつもこいつも!」

 

結局二人をほっとけ無かった俺は頭を掻きむしり、一人怒鳴り声を上げてリーファの後を追いかけるのであった。

 

 あいつら…!後で説教してやる!

 

 

 

 

 

 世界樹の前の巨大な白色の扉は開きっぱなしになっていた。リーファはもう入ってしまったのだろう…俺は急いでその中に入って行く。

 

「何だよ、これは…」

 

入るや早々そんな言葉を呟いてしまった。

世界樹の中はドーム状になっており上からの眩い光が中を照らしていた。上までかなりの高さがあり翔んでいくにしてもかなり掛かりそうだ。しかし問題はそこではなく…

 

「なんて数だよ…」

 

白色の鎧に羽を生やしたガーディアンが上空を埋め尽くしていることだ。人型にもかかわらず無機物のような雰囲気を醸し出すそれは、まるで一つの巨大な壁のように侵入者を入らせまいと蠢いている。

数が多いと聞いたが、まさかこれほどとは…

しかしその場には似つかわしくない緑の影が見えた事で俺の思考は中断される。

緑の影リーファは何かを大事そうに抱えながら迫り来るガーディアンの刃をかわしてこちらに向かって翔んで来た。

 

「タ、タツヤ君!どうして?!」

 

「説明は後!キリトの野郎は?」

 

俺の言葉に彼女は自分の抱えた手を一度見て叫んだ。

 

「ゴメン、間に合わなかった」

 

どうやらキリトは殺られてしまったらしい、リーファが大事そうに抱えているのがそのリメンライトであろう。

あいつ…!勝手に行ったあげくにこれかよ!少しは周りの事も考えやがれ!と憤慨するのを我慢して俺はリーファに呼び掛ける。

 

「そのまま真っ直ぐ出口に向かえ!そのガーディアンは俺が足止めする!」

 

「分かった!」

 

リーファはそのまま俺の横を突っ切る、俺の目の前には剣を振りかぶる二体のガーディアンが…

 

「遅えんだよ!」

 

俺は奴らのガラ空きな胴体を横一文字に斬りつける、思ったより深く斬りつけれたようで奴らはすぐさま白い煙を上げて消滅した。

やっぱり一体一体は強くない、問題はこの量だな… こいつは手強い相手になりそうだ。

 

「…!おっと!危ねえな!」

 

そんな事を考えていると突然何か光る物が飛んで来たので槍で払う、飛んで来たであろう方向を見るとこちらに向けて数十体のガーディアンが弓を構えていた。

 

「…え?マジ?」

 

体から出る筈が無い冷や汗を感じながら急いで出口に向かって全力で翔んだ。

しかしどんなに速く翔んだとしても絶対に間に合わない…出口に辿り着く前に俺は黒髭もビックリのサボテン野郎になるだろう。

かわすという選択肢も残念ながら無い、あんな弾幕をかわせるような奴はただのニュータイプだ。

だがここで死ぬ訳にはいかないのだ…!俺は一か八かの賭けに出ることにした。

 

『こいつでどうだ!』

 

俺は槍の柄の真ん中を両手で持ち回転させ、そのまま奴らと向き合い後ろに下がりながら翔んだ。

こいつは俺が以前見ていたアニメでやっていた方法だ。武器を高速で回転させることで擬似的な盾を作り相手の遠距離攻撃を弾く…アニメの中では手首を高速回転させていたのだがそれは人間には不可能だ。

そして視界を覆う程の矢が俺を襲う…

 

「ッチ!やっぱ全部は無理か!」

 

高速回転する槍が当たった矢を出鱈目に弾き飛ばすが俺の体に不快感が走る、不快感の発生源である足を見ると二、三本の矢が突き刺さっていた。

やはり槍が届かない範囲は防御出来ないか…まあサボテンになるよりは遥かにマシだが…

その後も俺の槍がカバー出来ない場所にどんどん突き刺さる…気付けば俺のHPは真っ赤に染まっていた。

出口まであと三十メートル、か…このままだと出口に着く前にHPが無くなっちまう…

あいつらが俺に標準を定めている事を利用するしかない…俺は出口目掛けてーーーではなく地面目掛けて降下した。奴らは俺の動きを見て標準を出口から反対方向の地面に向ける。

 

『かかった…!』

 

俺は地面に足をつく寸前で急停止して後ろ向きのまま全力で出口目掛けて…いわばホバー移動をするように翔んで行く。迫り来る矢を床を滑るように躱し、後ろ向きのまま倒れるように出口にダイブする…俺がドームから出ると同時に巨大な扉は独りでに閉じた。

 

 

 

 

「痛つつつつつ…」

 

 そして現在俺は地面に勢いよくダイブして後頭部を思い切りぶつけてしまった事により地面を転がりながら頭を擦っている。実際は痛みでは無く不快感なのだが反射的にやってしまうのはおそらく長年の経験であろう。

それにしても…なんとか助かったな、と一安心する。

 

「タツヤ君!大丈夫?」

 

「ああ、なんとかな…」

 

心配そうにこちらに来たリーファにそう答える。辺りを見回すと少し離れた所に黒色のリメンライトが浮かんでいた、リーファが救出したキリトのものだ。

 

「今、回復魔法を掛けるね」

 

そう言って彼女がスペルを唱えると淡い光が俺を包み込む、HPは緩やかに上昇していき赤から黄色にそして緑になってゲージ一杯になった。

 

「助かったよ」

 

「ううん、こちらこそゴメンなさい。勝手に飛び出したあげく結局迷惑掛けちゃった」

 

そう言って頭を下げるリーファ、…本当に素直だよな、彼女は。反省している彼女を見ると俺の怒る気なんてものは失せてしまった。

まあ、そもそもの原因にしっかりと灸を添える事にするかと結論付け…あれ?

 

『結局キリト領地からやり直しじゃねえか!』

 

このゲームでは殺られるとリメンライトになりしばらく時間が経つと勝手に領地に戻されるのだ。それを防ぐためには蘇生魔法を掛ける必要があるのだが、高度な回復魔法はウンディーネしか修得出来ない。

つまり俺たちが助けようと助けまいとあいつが領地からやり直す事には変わらない訳で…俺たちの苦労って一体…

しかし、リーファは急いでメニュー画面を操作し、青い小瓶を出してキリトのリメンライトの元に駆けた。

 

「これで…」

 

そう言って小瓶からのピンク色の液体をリメンライトに掛ける…するとリメンライトから紫色の煙が立ち昇りそこからキリトが現れた。

…なるほど、蘇生アイテムか。ショップで売って無かったのを考えるとかなり貴重な物なのだろう。

…後であの馬鹿に請求しとけよって伝えておこう…

 

「ありがとう、リーファ」

 

キリトはリーファに感謝して歩き出す…その行き先にはあの巨大な扉が…そろそろ堪忍袋の緒が切れかかってきた俺はキリトの肩を力一杯掴んだ。

 

「…離してくれ」

 

こちらを振り向きながらキリトが呟く、その目には邪魔をするなら斬り捨てる、という意志が見られた。俺はそんな目を無視して問い掛ける。

 

「またあんな無意味な事をするつもりか?人に迷惑まで掛けて…お前があんな馬鹿な事をするたびにクエストクリアから遠ざかるのが分からないのか?」

 

この世界にはデスペナルティというものが存在し、熟練度が何パーセントか減少するのだ。つまり復活出来なければ前よりも弱くなりクエストクリアはより困難になるのだ。無意味どころかマイナスにしかならない…

しかしキリトは唇を噛み締め俺を睨み付けた。

 

「だけど行かなくちゃ…!あそこに行かないと何も終わらないし、始まらない…!一刻も早くアスナに会わなきゃいけないんだ!離せよ!」

 

そう怒鳴り散らして再び扉に向けて歩き出そうとするキリト…

もう限界だ…!堪忍袋の緒が切れたぞ!俺は怒りのままキリトの胸ぐらを掴み、殴ろうとして…

 

「ちょ、ちょっと待って…今何って…」

 

寸前で拳を止める。声の主のリーファはその瞳を大きく開き口元を手で隠していた。

その様子はまるで何か信じられないものを聞いてしまったようで…

 

「アスナ…俺が探している人の名前だ」

 

リーファの動揺を気にも掛けずキリトは答えた。

その言葉を聞いて彼女はさらに困惑する…

 

「え?だ、だってその人は…」

 

まるで荒波に襲われた船のように彼女の緑色の瞳が揺れ動く…それはまるで彼女の心を表しているようだ。

そしてその瞳がキリトの前で止まり…

 

「お兄ちゃん…なの?」

 

リーファのその言葉は俺の怒りやキリトのアスナへの思いなどを吹き飛ばすには十分過ぎるものであった。

 




ログアウトしてしまったリーファを追いかけるキリト、一人残されたタツヤは過去の記憶を思い出す、それは苦く苦く辛い記憶…

次回「過去」にレディーゴーーー!!!


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第二十九話:過去

感想、お気に入り登録して下さった方々ありがとうございます。
そして更新が遅くなりまして申し訳ございませんでしたm(__)m
そして大変お待たせいたしました。
それではどうぞ


「お兄ちゃん…なの?」

 

 その言葉に俺たちの動きは完全に止まる、最初に動いたのはキリトであった。彼はその目を見開いて驚いた表情で口を開く。

 

「スグ…直葉なのか?」

 

キリトの言葉にリーファの表情が一層陰るを見せる…それはつまりリーファは本当にキリトの妹の桐ケ谷直葉だということだ。

まさかこんな偶然があろうとは…何万分の一の可能性しかないだろうに…

そのリーファは顔を両手で隠して俯きながら苦しそうに呟く。

 

「なんで…ひどいよ…あんまりだよこんなの…」

 

「あ!スグ!」

 

キリトの声も無視してログアウトしてしまったリーファ…この場には俺とキリトだけが残ってしまった。

 

「悪いタツヤ、少し待ってくれ」

 

「…ああ」

 

キリトは素早くメニューを操作してログアウトした。おそらく今頃は彼女と話し合っているのだろう。…だがおそらくこの件は一筋縄にはいかないだろう…正直二人が心配だ。

たった一人の兄であるキリトがあんな目に逢ったにもかかわらず再び仮想世界足を踏み入れている…それは二年間もの間あれほど心配してきた家族の一人である彼女にとっては受け入れがたい事であろう。

それだけじゃない、一番の問題は彼女が未だに兄に恋焦がれている事だ。

今日彼女から直接聞いた話が本当なら彼女はまだキリトに対しての恋心を捨てきれていない、彼女の無理矢理抑圧された感情が爆発してしまえばもう二度と元の関係には戻れない…

 

『なんというか…』

 

神様って奴がいるとしたらとびっきりな根性悪であろう。やるせないな…俺なんかでは出来る事が無いのは分かるがそれでもやるせない気持ちになる、兄妹の仲が崩れるかもしれないのを黙って待つしかないというのは…

家族に兄妹、か…俺にとっては耳が痛い言葉だ。ふと思い出すのは俺が今まで歩んできた人生…苦く苦く、辛い記憶だ…

 

 

 

 

 

 俺は愛知県のある家庭で生まれた。両親は同じ会社で働いており、共働きではあったが俺はそんな両親の愛情に恵まれて幸せな人生を送っていた。

当時の俺はこれといった特徴の無い人間であった、ただ人一倍遊び、笑い、泣く普通の子供…だがそれで充分だったのだ、それで充分幸せだと感じていたし、その幸せが永遠に続く事を疑いもしなかったのだ。

 

 

 

 転機が訪れたのは俺が五歳の頃、両親が会社帰りに交通事故に遭い亡くなった事だ。

当時の俺には両親の死とはあまりにも重すぎて一晩中泣き続けた、しかし…

 

『本当に迷惑ばかり掛けやがってこの恥さらしが!』

 

『私たちの言うことに従っていればこんな事にはならなかったのよ!』

 

『ようやく死んだか、精々するわ!』

 

彼らは違った。祖父母たちは両親の死を悲しむどころかその遺体に罵詈雑言を吐く…その時には知らなかったのだが俺の両親は駆け落ちで結婚していたのだ。だからお互い両親とは険悪だったらしい。

それでも俺は信じられ無かった、だって彼らは両親の家族だったのに、娘や息子が死んで悲しまない人間なんていない筈なのに…この時、幼かった俺は初めて人の黒い感情を見たのであった。

だが本当の問題はこれからであった。

 

『それで、あれは誰が引き取るの?』

 

彼らにとっては勝手に生まれた餓鬼…そんな厄介者の俺を引き取るのは当然ながらどちらとも嫌だったらしく毎晩毎晩まるで責任の擦り付け合いのように誰が引き取るのかを議論していた。無論、俺の目の前でだ…

 

『そうか、俺はいらない人間なんだ…』

 

俺が抱いたのはそんな傍観にも似た感情…孤独になってしまった自分を見てくれない祖父母への怒りや憎しみや、居場所が無くなってしまったことへの絶望感なんてものはもはや溢れて来なかった。

だって仕方無いのだから…彼らにとって俺は何の利益にもならない厄介者であり、そんな奴の面倒を見てくれる人間も、愛情を向けてくれる人間もいない…この時から俺の年相応の無邪気さは消えて行った。穴が空いてしまった器には何も入らないように、ポッカリと穴が空いてしまった俺の心は何にも感じない…

世界から色が消えていく…祖父母達の会話をどこか他人事のように聞いている俺がいた。勝手にすればいい、どうとでもなればいい、自分の人生の筈なのにそんな自暴自棄な感情だけが俺の中を占めていたのだ。

今思えばきっとそれが一番楽な生き方だと思ったのだろう、心を無にして流れに任せて全てを他人事のように思えばもう二度と傷付く事は無いのだから…

なんて下らない考えだろうかーーー孤独に耐えれないから心を空っぽにする…きっと本当は逆にすべきだったんだ、両親が亡くなったのが、誰も慰めてくれないのが悲しいという感情を人並みに受け入れていつか乗り越える…そうすればいつか元の自分に戻れた筈なのにーーー結局俺は自分で辛い道を選んでしまったのだ、誰も信じない、暗い暗い道を…

結局話し合いは平行線を辿る、何日も話し合われた結果俺は孤児院に行く筈であった。

 

『その子は私が育てます!』

 

その部屋に凛としたそんな声が響き渡るまでは…

 

 

 

 

 声の主は俺の母親の姉だと名乗った。俺の母が亡くなった事を聞いてはるばる東京からここまでやって来たらしい、俺は母に姉がいたことなど知らなかったのだが正直どうでもいいと思った、俺の引き取り手が知らない他人から叔母を名乗る人に変わっただけの話だ。

彼女はそのまま俺の手を引いて新幹線に乗り、俺は東京にある彼女の賃貸マンションに連れて行かれた。

 

『ただいまー』

 

『…お邪魔します』

 

彼女の連れ行かれるまま中に入る。ここが俺の新しい家、か…普通なら新しい場所への期待やら不安を感じるべきなのだろうが何も感じない。

今はただ自分一人では生活なんて出来ないのを知っているから、この人に付いていくだけだ…孤児院よりは良い生活条件であろう。

 

『お腹減ってる?何か作ろうか?』

 

家に帰って来るなり青色のエプロンをつけて優しい声色でそう聞いてくる叔母さん、朝から何も食べていない俺は頷いた。

 

『そんなに緊張しなくてもいいのよ。ここはあなたの家なんだから』

 

彼女は苦笑しながら呟き野菜を切り始めた。初めて来た場所やら知らない人との共同生活に緊張しているのだと思っているのであろう、全くの検討違いであるが。

俺には気になっている事が一つあった、それは彼女が俺を引き取る理由ーーー俺みたいな厄介者をわざわざ育てる訳が分からなかった。

正直な話、俺を引き取る事に対するメリットは皆無だ。何かしらメリットがあればあの祖父母たちでさえ引き取るだろうしーーーまあデメリットとメリットを計算して俺を引き取らなかったというのも考えられない事も無いが、つまり俺を引き取る事によって生じるのはデメリットの方が多い筈、というのが今の俺だ。だからこそ彼女がいきなり現れて俺を引き取るなんて言った時は少しばかり驚いたのだ、だが一つだけ分かる事がある。

 

『どうせ碌な理由じゃないに決まってる』

 

こんな利用価値が無い人間を引き取る理由なんてどうせ下らない理由だ、正直俺なんかを利用する奴なんて見る目が無いとしか言い様が無いが…そんな理由ではあるが知っておいて損が無いであろう。

…個人的な興味などでは無い、これからの身の振り方を考える上での足しには少しぐらいはなるであろうという子供なりに考えた結果だ、そんな事を考えながら早々に食事を終え、この日の俺は布団の中で意識を落としたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『おはよう!よく眠れた?』

 

 次の日の朝、リビングに出るとスーツをビシッと着込んだ叔母さんに声を掛けられた。どうやら今から仕事に行くようだ。

 

『今日はちょっと帰るのが遅くなるから、お昼ご飯は冷蔵庫に入ってるのをレンジでチンしてね』

 

使い方分かる?と聞いてくる叔母さん、そんな物は今時三歳児でも使える…俺は無言で頷くと彼女はそそくさと玄関まで小走りをして靴を履く。

 

『それじゃ、いってきます!』

 

こちらを向いて朗らかに手を振る叔母さん、ここはいってらっしゃい、と言うところだとは思うのだが俺は無言で手を振り返す。すると叔母さんは一瞬残念そうな表情を見せた後、先ほどの笑顔のまま玄関を出て行った。

叔母さんがいなくなったことで一気に静かになる部屋…誰もいなくなった部屋で俺はモヤモヤした感情を落ち着かせるために布団に潜り込む。

一晩考えたが結局あの叔母さんが俺を引き取った理由はやはり分からなかった。はっきり言って気持ち悪い…こんなんだったらあの祖父母みたいにはっきり言ってくれた方が百倍気分がいいのに。

…もういい、考えても無駄だ。俺は思考を止めて布団の中で意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が叔母さんに引き取られて早三ヶ月…結局彼女が俺を引き取った理由は分からなかった。分かった事といえば彼女が根っからの仕事人間であることだけだ。毎日朝早くに出かけ夜遅くに帰る…一人での食事も何度も味わった。

…本当になんで俺を引き取ったのだろう?もう直接聞いてやろうか、と考えた事も数え切れないほどあるがその度に自制してきた。どうせ適当にはぐらかされるだけだ、それなら聞く必要が無いし、聞きたくもない…いつしか彼女が俺を引き取った理由すらどうでもよくなった。

この三ヶ月…当然ながら俺に変化など訪れなかった。幼稚園にも通い始めた訳だが、こんな人間に友達なんて出来る訳が無くーーー最早作る必要も無いのだが、ずっと一人で何をするわけでもなくボーっとする毎日…辛くも無く、楽しくも無いくだらない日々を俺は過ごしていた。

だが、俺のそんな生活が少し変わり始めたのもこの時期だったのだ。

 

 

 

 

 切っ掛けは俺がよく分からない病気に掛かった事であった。

いつものように幼稚園行くと急に意識が混濁してぶっ倒れたのだ。朝から少しダルかったのは認めるがよもや倒れるとは思わなかった俺は必死に起き上がろうとするも力が入らない。ついには押し寄せた体中の痛みと嘔吐感に体力を削られて意識を手放してしまった。

気が付くと俺は丸二日病院で眠っていた…後から聞いた話ではどうやら俺はかなり危険な状態だったらしい。少し時間が遅ければ命を落としていたかもしれないと、当時の俺は正直どうでもよかった。だって当時の俺は本当には生きていなかったのだから…全てを受け入れるという事は自分の意志が無いという事だ。そんな空っぽな人間は生きる屍と同じ…だから死んでいようがいまいがどうせろくな人間になりはしない。

きっとあの時死んだとしても自分の人生はこんなものなのだと俺は普通に受け入れていたであろう。

だから、何故か俺の横にいた叔母さんが泣きながら俺を抱き締めた理由を知ることが出来なかった。

 

『おはよう!よく眠れた?』

 

無事退院して帰宅した次の日の朝、いつものようにリビングに出るとこれまたいつものように朝の挨拶をする叔母さんがいた。ただいつもと違うところは身に纏っているのがスーツではなく水色のパジャマであった点だ。

…今日は仕事が休みなのだろうか?

 

『珍しいね、今日は仕事休みなの?』

 

俺の言葉に叔母さんは目を真ん丸にして驚いた。…そういえば自分から話掛けたことなんて初めてかもしれない…初めての話題がこれなのはあれだが…

 

『ううん。叔母さん会社辞めたの』

 

と、気軽に言う叔母さん。有り得ない…彼女がどれほど仕事に情熱を掛けてきたのかを俺は知っている。今までの努力や時間を費やして築き上げた物を全部捨てるなんて…

 

『昨日辞表を出してきたの。子供を養うのって生半可な覚悟じゃ出来ないって事を実感したわ』

 

感慨深そうに呟く叔母さん、つまり俺のために仕事を辞めたと言っているのだ。…なんでそこまでするんだこの人は…俺を引き取った理由が今まで築き上げた物を犠牲にしてもお釣りが出るようなものだろうか?

 

『なんで…』

 

『ん?』

 

もう限界だった。今までの溜めてきた彼女への疑いが爆発する。

 

『なんでそこまでするんだよ!俺なんかを引き取って何がしたいんだよ、あんたは!』

 

俺は彼女を睨み付けながら叫ぶ…穴が空いてしまった空っぽな心から何故だか感情が溢れて来る。

 

『言えよ!言ってくれよ!なんで…なんで言わないんだよ!』

 

利用するために俺を引き取ったのだと、何か意図があって俺に優しくするのだと…そう言ってくれればあんたも他の連中と同じなんだと俺は納得出来る、人間とはそんなものだと安心出来るのだから。

俺の声を聞いて彼女は一瞬悲しそうな表情で俺を見詰めると椅子から立ち上がりゆっくりと歩いて来た。

そしてーーー

 

『え?』

 

俺を優しく抱き締めた。かかんだ彼女の腕が俺の背中に回り彼女の胸と俺の額がくっつく。

 

『一人ぼっちで辛かったのよね』

 

優しい声色で呟やかれた言葉…俺が求めていた答えとは違う筈なのに…何故だか満たされる。

 

『本当は最初に言わなければいけなかったわよね…ごめんなさい』

 

そう呟いてさっきよりも力強く抱き締められる。俺の鼻腔に石鹸の香りが広がっていく…

しかし次に彼女は全くの予想外な言葉を発した。

 

『実は私ね、前にあなたと会ったことがあるの』

 

『…え?い、いつ?』

 

『あなたが小さい頃…確か一歳もいってない時よ。妹は両親とは仲が悪かったのだけど私とはちょこちょこ連絡を取り合っていたの』

 

そう言って懐かしそうに目を閉じる…その表情はどことなく嬉しそうだ。

 

『抱っこした時ね、私の頬をペチペチ叩いて笑い声を上げるあなたが本当に可愛くてーーー初めて子供が欲しいって思ったの』

 

いい相手との出会いはまだ無いんだけどね、と彼女は少しおちゃらける。

 

『でも、あなたと会ったのはそれ一回限り、その後は仕事が忙しくなっちゃってあまり連絡を取れなかったし、妹もそれを知ってたからあまり連絡して来なかったわ。…そしたら訃報が届いたの、妹が亡くなっちゃったって』

 

そう言って一旦俺の背中から手を外し俺を見詰める…

 

『あなた、表情には出してなかったけど泣いていたわ。それなのにあの馬鹿親たちはどっちが引き取るかばかり話し合っててあなたを気にも掛けていなかった。それを見て思わず叫んじゃったわ『私が育てます!』ってね』

 

そう言って再び俺を抱き締める…強く、強く、そして優しく…

 

『あなたには周りが全員敵に見えたんでしょ?どこにも居場所なんてなくて、誰も信じれなくて…自分を抑えて生きてきた』

 

でも大丈夫、と彼女は囁く。

 

『だってあなたの居場所はここにあるーーーいいえ、居場所にしてみせる。まだ全然頼りなくて信用出来ないかもしれないけど見てて、きっと後悔はさせないから』

 

そう言って彼女は微笑む…その言葉と笑顔に俺の目から何かが溢れて来る。段々とその勢いは強くなり視界はぼやけ、ついに俺は嗚咽を上げて彼女に抱き付いた。まるで子供のように泣いて、泣いて、泣いて…泣き疲れた俺は彼女の胸の中で眠ってしまったのであった。

 

 

 

 

 朝、目覚めると俺は布団の中にいた。疲れて寝てしまった俺を彼女が布団の中に入れてくれたようだ。部屋の扉を開けてリビングに出ると、昨日と同じように彼女が座っていた。スーツを着ているところから察するに…

 

『仕事探しにいくの?』

 

『うん。流石に無職のままじゃ生活出来ないしね、九時半位にここを出るわ。それよりもお腹減ったでしょ?』

 

すると俺の腹がキューと鳴り出したので慌てて押さえる。その様子を見て彼女がクスクスと笑い、俺は恥ずかしくなって真っ赤になった顔を伏せた。

 

『ご飯とパンのどっちにする?』

 

『…ご飯で』

 

ちょっと待ってね、と言って彼女を台所に行く。俺は椅子に座ると数分も経たずに目の前にご飯と味噌汁に焼き鮭が置かれる。

 

『いただきます』

 

手を合わせて箸を動かす。……美味しいと感じる。俺は箸をどんどん走らせてついにはものの数分程で完食してしまった。

 

『ごちそうさま』

 

『お粗末様でした』

 

そう言ってニコニコと俺を見詰める。何がそんなに面白かったのだろうか?

 

『どうかしたの?』

 

『ううん。初めてそんなに食べてくれたな~、って思っただけ』

 

言われてみればそうだな…こんなに食べたのは両親が死んでから初めてだ。

 

『それじゃ、叔母さん出かけるから。お昼には帰れると思うから待っててね』

 

そう言って彼女は玄関まで走り靴を履く…現在九時二十五分、もう行く時間だ。俺は彼女の後ろを付いていった。そして…

 

『いってらしゃい、お母さん』

 

自然とそんな言葉が溢れた。それを聞いて彼女は一瞬驚いた後すぐに満面の笑みで答えた。

 

『うん!行ってきます!』

 

これがーーー俺と叔母さんが初めて親子になれた瞬間であった。

 

 

 

 

 それからというもの、俺の性格もすっかり変わるーーー事は無かった。未だに他人は信用出来ないし、人と距離を取った付き合いも治ることはなく、今まで通り幼稚園では孤立している。

それでも…

 

『ただいま』

 

『おかえりなさい、竜也』

 

それでもいいんだと思う。だって俺の居場所はここにあるのだからーーー俺が求めていたぬくもりはここにあるのだから。これからどんな事があったとしてもこの帰る場所がある限り俺は生きていけるのだから…

この時の俺は十分過ぎるほど幸せであった。自らの手でその幸せを壊してしまうなんて考えもしなかったのだ…

 

 

 

 

『ただいまー』

 

『おかえり、母さん』

 

 数年後、大学時代の友達の伝でなんとか仕事を見つけた母さんがいつものように帰って来た。しかし、他の足音が二つ…お客さんも来ているようだ。

 

『竜也、紹介するね。こちらは私の同僚の三ヶ島隆道さんよ』

 

『こんにちは、三ヶ島隆道です』

 

母さんが紹介した人はスーツを着た男性であった。髪は眉毛にかからない程度の黒髪で同色の瞳、整っているのだがこれといった特徴が無い容姿…平凡という言葉をそのまま人の形にしたような印象であった。

彼は膝立ちをして俺と視線を合わせる。

 

『…こんにちは』

 

『よろしく、それでこっちが…』

 

その言葉と共に一人の女の子が前に出てくる。

…一瞬、眩しさに目を疑う。水に濡れたような黒髪に吸い込まれるような黒い瞳、それとは対照的な粉雪のような白い肌、幼いながらも気品を漂わせるその容姿はまるでこの世ざるもののようであった。

だが…俺が眩しいと思ったのは彼女の容姿では無い、まるでこの世の中は幸せで満ち溢れていると信じて疑わないような屈託の無いあの笑顔だ。…俺には二度とは手に入れる事が出来ないそれはあまりにも眩しかった。

 

『初めまして』

 

そう言ってその少女は行儀よくお辞儀をする。

 

『紗夜。三ヶ島紗夜です』

 

それが後に俺の妹となりーーー決して許されない傷を与えてしまった彼女、三ヶ島紗夜との初めての出会いであった。

 

 




新しい家族との出会い、暮らし、全てが幸福だと感じていた。これはそんな彼の過去…
次回「結末」にレディーゴーーー!!!


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第三十話:結末

え~最初に謝らせて頂きます。

本当に申し訳ありませんでしたー!!m(__)m
ちょっと最近忙しくて全然時間が取れなかった訳でして…
マジお前何週間更新してないんだよ!って自分でも思ってまして…
長らくお待たせしてスミマセンでしたー!!

とにかくこれで過去編も終了です。次の話はなるべく早く作ります!

それではどうぞ



 彼女、三ヶ島紗夜は父親である三ヶ島隆道と二人で暮らしていた、母親は彼女が産まれてすぐに病気で亡くなったらしく男手一つで育てられたそうだ。

 

『ねえねえ、好きな食べ物は何?』

 

『えっと、特には…』

 

『そうなの!?私はねーー』

 

母さんと三ヶ島さんが部屋で話している間、俺たちはリビングでずっと話していた。正確には彼女の質問に俺がずっと答えていただけなのだが…それでもなんとか会話になっている。

 

それにしても…よく喋る娘だ、さっきから休む暇も無く俺に話し掛けてくる、まるでマシンガンのようだ…正直こっちはあまり人と話した事が最近無いからすごく疲れる、主に精神的に。そんな俺の様子を察したのだろうか、彼女は身を乗り出してこちらに尋ねてくる。

 

『もしかして、お話するのは嫌い?』

 

『え?!いや、えっと…』

 

『全然恥ずかしがる事では無いわ。誰だって苦手な事があるのだもの』

 

そう言って微笑む彼女、その声色は俺を軽蔑するものではなく、どこか俺の答えを期待しているようなものであった。

 

『…少し苦手』

 

正確には会話をする事が苦手なのではなく知らない他人が苦手なのだが…まあ同じ事だろう。俺がそう言うと彼女はパーっと表情を明るくしてこちらを見詰めてくる。

 

『良かった!このまま話してたら私、あなたに嫌な思いをさせるところだったわ』

 

すると彼女は無言のまま楽しそうに足をぶらぶらさせ鼻唄まで歌っている。何故だが分からないがご機嫌のようだ

 

だが赤の他人が苦手な俺には彼女が提供してくれたこの空間は居心地が良かった。彼女の小鳥のさえずりのようなハミングだけがリビングに広がる…家族の前以外でこんなにも穏やかな気持ちになったのは初めてかもしれない。

 

そんな心地良い気分に浸る事数分、ガチャリと部屋の扉が開く音がした。

 

『紗夜ー、帰るよ』

 

『あっ!もうお話終わったの?』

 

そう言って部屋から出て来る三ヶ島さん、どうやら話は終わったようだ。その声を聞いて、彼女は父親の元に駆け寄りその脚にしがみついた。

 

そのまま玄関に向かう二人、俺たちも見送るために二人に付いて行く。

 

『今日はありがとうございました』

 

『いえいえ、いつでも来てください』

 

そう言って微笑む母さん、三ヶ島さんも微笑を浮かべてそれでは、と言い玄関のドアを開ける。彼女、紗夜は一緒に出て行く直前でクルリと百八十度回ってこちらに向き直した。

 

『それではさようなら、また遊びましょうね』

 

丁寧にお辞儀をして朗らかに微笑む彼女、数秒の後、その言葉が自分に向けられたものだと理解した俺は慣れない言葉を発した。

 

『うん…また』

 

彼女は再びお辞儀をすると父親の手を掴む、そのまま二人は帰って行った。

 

『ーーさて、ちょっと遅くなっちゃったけどご飯にしよ?』

 

二人の姿が見えなくなる頃を見計らって母さんが聞いてくる、確かにもういい時間だ。俺は母さんの手伝いをするために一緒にキッチンへと向かった。

 

 

 

 それからというもの三ヶ島親子は頻繁に家を訪れた。家の中でお互い少し話すだけの時もあれば、一緒に出掛けたり買い物に行ったりする時もあった。

 

お互い楽しそうに談笑する二人を見ていれば俺でも気づく。あの人は母さんが好きなのであろう、そして母さんも…

 

『ねえねえ、竜也君』

 

『どうしたの?』

 

とはいえ俺も最近は彼女、紗夜とばかり話をしている。同じ小学校の同級生とは適当な返事しか出来ない俺ではあるが家族を除けば彼女とは会話を成り立たせることが出来るのだ。おそらく彼女独特の雰囲気に毒気を抜かれてしまったのだろう。

 

『あの二人って、絶対両思いよね?』

 

目を輝かせながら俺に尋ねてくる彼女、年頃故かこういう話題には興味津々のようだ。

 

『多分ね』

 

『あら?意外、竜也君も気付いてたんだ』

 

俺の返答に彼女は心底驚いているようだ、どうやら彼女の中では俺はそんな事も分からないような鈍感人間だと思われていたらしい。その彼女の評価に少しばかり不満を持った俺は不貞腐れるように彼女に聞いた。

 

『…なんだよ、気付いたら悪いのかよ?』

 

『いいえ、そんな事は無いわ。だからそんな膨れっ面しないで』

 

そう言ってクスクスと笑い俺の頬を突っつく彼女、情けない話ではあるのだがこれがいつもの光景だ。彼女がからかい俺がいじける…最初の頃は俺も抵抗を見せていたのだが、最近はなされるがままになっている。

 

別に相手にするのが面倒臭い訳では無い、不思議な話ではあるがむしろ彼女との会話を楽しんでいる自分がいるのだ。

 

『でも、もし二人が結婚したら私たち兄妹になるのよね…。竜也君の事をお兄ちゃんって言わなきゃいけないのかしら?』

 

どうやら彼女の頭の中ではもう結婚の所までいっているようだ、生憎そこまで行くにはもう暫らく時間が掛かると思うのだが…。しかし、よく考えれば確かに二人が結婚したら紗夜とは兄妹になるんだよな。彼女にお兄ちゃんと言われる自分を想像してみる。想像して、想像して、想像して…

 

『…想像出来ない』

 

全くといってもいいほど、イメージが湧かなかった。そもそもお兄ちゃんなんて言われる柄では無いと自負しているし、お兄ちゃん、と言ってくる紗夜なんか想像出来ない。

 

視線だけを彼女の方に向けるとどうやら俺の返答に満足しているようだ、口元を手で隠しながら肩を上下させている。

 

『フフフ、私もよ。でもーーー』

 

そう言って俺と向き合う紗夜、その目にあるのはそんな未来に対する期待…

 

『きっと良い兄妹になれるーーーいいえ、兄妹だけでは無いわ、きっと良い家族になれる。私たち四人ならね』

 

『家族…』

 

その言葉は俺にとっては特別なものだ、一度失いようやく手に入れたもの…絶対に俺が手放したくないゆういつのもの…きっと家族が増えるという事は喜ばしい事なのだと思う。でも…正直言うと不安になる。

 

確かに紗夜とその父親の隆道さんは良い人だ、だが家族となったら果たして俺は彼女たちと上手くやっていけるのだろうか?もし上手くやれなくて孤立してしまったら…俺の中にあったのは自分の居場所が無くなってしまうかもしれないという不安に恐怖…

 

『大丈夫よ』

 

『えっ?』

 

彼女の掌が俺の両手を包み、優しく囁きかける。

 

『家族なんてすぐになれる訳では無いわ。少しずつ、ゆっくり、ゆっーくり時間を掛けて築き上げていくものなの』

 

『築き上げていくもの…』

 

俺は噛み締めるように彼女の言葉を反復させる。

 

人付き合いが苦手な俺の手を彼女が引っ張って、それを二人が微笑ましいものを見るかのように見ててーーーゆっくりと四人で家族になっていく…そんな未来を想像して少しだけ気が楽になった気がする。

 

焦る必要なんて無い、迷惑を掛けながらでもゆっくりとしっかりと歩み寄る、そうすればあの人たちは俺の手を引っ張ってくれる。あの時だって同じだったじゃないか…

 

『…ありがとう』

 

『フフフ、どういたしまして』

 

俺の感謝の言葉に当然の事をしたかのように返す紗夜、彼女のお陰で…少しだけ新しく家族が増えることを待ち遠しく思えたのだ。

 

 

 

 

 

『ねえ、竜也』

 

『何、母さん?』

 

 そんな事があった次の日、いつものように二人で夕飯をとっていると母さんが箸を止めて唐突に尋ねてくる。彼女は一瞬言ようか言うまいか迷った後、真剣な目で俺を見詰めながら口を開いた。

 

『お父さん、欲しくない?』

 

『…』

 

あまりにも直球過ぎる言葉に絶句してしまった。

 

そんな気はしてたけどさ、もうちょっとオブラートに包んだ言い方をしてもいいと思うんだけど…しかし、彼女はそれに気付いていないようで俺の言葉を待ち続けている。俺はお茶を一口飲んで自分を落ち着かせて口を開いた。

 

『隆道さんの事?』

 

『えっ?!イヤイヤイヤイヤイヤイヤ、べ、別に彼の事じゃないから!』

 

顔を真っ赤にして手をブンブン振りながら否定する母さん、明らかに動揺している。反対に俺は冷静に話を続ける。

 

『…良いと思うよ。僕、あの人好きだし』

 

『ほ、本当?…って違うから!隆道さんの事じゃないって言ってるでしょ!』

 

俺の言葉に一瞬呆気に取られた表情をした後すぐに顔を真っ赤にしてテーブル越しに俺に詰め寄る。コロコロと表情が変わって…なんだか面白い。 だがこれ以上やると彼女がいじけてしまうので名残惜しいがここら辺にしておこう、と少しばかり意地の悪い思考を働かせる。

 

『でも……本当にいいの?無理してない?』

 

心配するような母さんの声…母さんは俺の性格を知っている、だから俺が無理をしていると思ったのだろう。確かに不安が無いわけではない、それでも…

 

『家族が増えるのは楽しいと思うから…』

 

俺らしくないその言葉に母さんは微笑ましいものを見るかのような表情になった。

 

『そっか…よっし!お母さん頑張るね!』

 

そう言って腕捲りするような素振りを見せる母さん…こういう歳不相応な仕草を見るとこっちが微笑ましい気分になってしまう、そんな事を知ったらきっと母さんは羞恥で顔を真っ赤にして大声を上げると思うけど…

 

この日以降、母さんの隆道さんに対するアピールは苛烈となり、二人はめでたく結婚する事となったのだ。

 

 

 

 

『着いたよー』

 

 車の中でうたた寝をしていた俺は父さんこと隆道さんの声で目が覚めた。

 

二人が結婚するにあたり俺と母さんは東京都にある父さんの家…正確には父さんの叔父さんの家らしいのだが…で暮らすことになりさっきまでその道中だったのだ。新居に対するワクワクした気持ちと少しばかりの不安を抑えながら俺は車から出てその家を見る。

 

『…広い』

 

『そうね…』

 

そんな陳腐な言葉しか出なかった。庭付きの木造の二階建て…少し離れたところにある小屋もこの家の物だろうか?今まで一軒家というものに住んでいなかった俺にとってそれは凄く大きく思えた。

 

『おう、ようやく来たか』

 

そんな事を考えていると急に声を掛けられてハッと驚く。声のした方向を向くと鍛えられた体に禿げ頭なお爺さんがこちらを向いてニッと歯を見せていた。

 

…あまりの迫力に慌てて母さんの後ろに隠れる。

 

『…叔父さん。いきなり驚かすような事は止めてください、て何回も言いましたよね?』

 

『おう?おお、スマンスマン』

 

呆れるような父さんの声に全く反省の様子を見せずに平謝りする禿げたお爺さん…どうやらこの人が父さんの叔父さんのようだ。

 

『おう坊主、ワシがこいつの叔父の橘菊次郎だ。一応お前の大叔父?って事になるのか?まあ好きに呼びな』

 

そう言って先ほどと同じ迫力のある笑みを浮かべるお爺さん、この人の笑顔に慣れるのにはまだ時間が掛かりそうだ、と一人結論付ける。

 

そのままお爺さんに付いて行き中に入って行く。家の中も外観通りの木造の日本邸宅であった、趣のあるその廊下を奥へと歩いて行くと台所に行き着くとそこには一人の年配の女性が野菜を切っていた。

 

『初めまして。竜也君よね、私は橘雪江って言います。よろしくね』

 

こちらに気づいて手を止めて微笑むお婆さん、優しそうで穏やかで…失礼かもしれないが先ほどの爺さんとはエライ違いだ。正直もっと豪胆なお婆さんだろうと思っていた…

 

『もうそろそろご飯が出来るからリビングで待ってて』

 

すると再び手際よく野菜を切るお婆さん、その言葉に従い俺たちはリビングの椅子で座った。

 

『出来たわよー』

 

しばらくして、お婆さんが持って来たのはご飯に味噌汁、葉野菜のサラダに鯖の味噌煮…色鮮やかな野菜や香ばしい味噌の香りが食欲をそそる。

 

『いただきます』

 

全員揃ったところで食事が始まった。まずは一口…俺は鯖の味噌煮を箸で摘まみ口の中に入れた。

 

『!……美味しい!』

 

咀嚼して、味わって…そんな単純な言葉しか出なかったがお婆さんはその言葉で満足したようだ、嬉しそうに顔を綻ばせている。

 

『そんなに美味しかった?』

 

お婆さんの嬉しそうな問いかけに俺は正直に答えた。

 

『うん!母さんのご飯よりもずっと美味しい!』

 

『ちょ、ちょっと!酷くないそれ?!』

 

そんなコントのようなやり取りに周りからワッと笑い声が上がる。そんな笑い声を聞いて俺も可笑しくてクスクスと笑いだした。

 

食卓が大音量の笑い声に包まれる中…俺の不安はすっかり消えていた、何も心配する必要は無い、だってここはこんなにも暖かいのだから。今はーーただこの幸せを噛み締めよう。

 

そんな事を考えながら俺は再び箸を動かすのであった。

 

 

 

 

 それからは幸せな毎日だった。六人一緒にどこかに行ったり遊んだり、母さんが婆ちゃんに料理を教えて貰っているのを隣で眺めたり、運動会ではしゃいで筋肉痛で動けなくなった父さんに紗夜と二人で湿布を貼ったり…とにかく楽しい毎日であった。

 

俺が父さんが子供のように夢中になって作っていたプラモデルに興味を持ち、中将にあったのもこの頃であった。

 

幸せな日々…ずっと続いて欲しいと心から願った日常は些細な事で崩れてしまった。何者でもない俺の手によって…

 

『お前、親と血が繋がって無いんだってな』

 

切っ掛けは同級生からのそんな言葉であった。

 

どこでそんな事を知ったのか…今となっては分からないしどうでもいい話だ。おそらく相手は軽い気持ちで聞いたのだろう。俺も表面上は何事も無いかのように装いそいつを睨み付けるだけで止めておいた。

 

だけど本当は怖かったのだ…俺が出来るだけ目を逸らしてきた事実…その事実は何があっても所詮俺は彼らの子供ではないと突きつけられているようで…いつか両親が俺を置いていってしまうのかもしれないという焦りと恐怖が俺を蝕んでいった。

 

『おかえり兄さん、どうしたの?顔色が悪くない?』

 

『…何でもないよ』

 

彼女、紗夜の存在も俺のそんな拍車を掛けていた。彼女は父さんの連れ子…つまり二人にとって半分は血の繋がった娘なのだ、どちらを優先するかなど火を見るより明らかだろう。

 

…分かっている、俺は彼女に嫉妬していたのだ。俺が持っていない物を持っている彼女に、俺の居場所を奪ってしまうかもしれない彼女に…俺の中に渦巻いていたのはそんな黒い感情だった。

 

それでも…俺は彼女を嫌いにはなれなかったのだ。彼女だけではない両親の事も…だって俺にとっては居場所をくれたたった一人の親で妹なのだ、嫌いになれる筈がない。それでも俺の黒い感情は止まらない訳で…様々な感情が渦巻いていき俺が取った行動はーーー家族と距離を取ることだった。相手を傷つけないように、そして自分を傷つけないように…

 

そのためなら何でもやった…特に仲の良いわけでもない同級生どうしの慣れない遊びにも興じ…結局それは二三回で断念したのだが…爺ちゃんの道場や中将の店に入り浸り出したのもこの頃だ。

 

俺の変化に勿論両親は気づきなんとかしようとしたが、俺は聞く耳を持たず、彼らはどうすればいいのか分からず手をこまねいている様子だった。

 

「ねえ兄さん…ちょっといい?」

 

ただ一人…紗夜だけはそんな俺との距離を埋めようと自ら歩み寄った。何度も、何度も…

 

部屋に入って来たそんな彼女を一瞥して俺は呟く。

 

「…ノックぐらいしろよ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

そう謝り顔を俯かせシュンとする紗夜、俺はこういう顔をして欲しくないから距離を取っているのに…これじゃあ意味が無いじゃないか、と内心舌打ちをする。

 

「それで…何?」

 

「え、えっとね…」

 

俺の問いかけに彼女は言い淀む…まあ彼女が何しに来たのかはその手に持っている物を見れば予想がつく。

 

彼女が持っているのは長方形の箱だった。パッケージには背景の宇宙を背負った姿、飛行機の羽のようなバックパックを装着した左肩に獅子とユリの花がマーキングされた鮮やかな桃色の全身が特徴的なロボット…俺が作っているプラモデルの箱だ。

 

「これ買ったんだけど作り方が分からなくて…教えてくれない?」

 

つまりはそういう事である。彼女はこの現状をなんとかするための突破口としてわざわざあれを買ってきたのだ。

 

彼女らしい健気な行為…そんな彼女の優しさがーー今の俺には苛立たしく感じた。

 

「…説明書通りにやれば出来る。塗装したいならそこの工具を使えばいいから」

 

そうぶっきらぼうに返して俺は部屋から出ていこうとする、しかし彼女はそんな俺の手を掴んだ。

 

「兄さん…何でみんなから遠ざかろうとするの?みんな心配してるよ」

 

「…別に、ただの反抗期だよ」

 

彼女を睨みつけながらそう答える。しかし彼女はそんな答えに当然ながら満足しなかった。

 

「私も!お父さんもお母さんも!兄さんと前みたいに一緒にいたいの!何かしたのなら謝るから…!だから…」

 

彼女はその両目で俺を見詰め手を更に強く握り、懇願するように叫んだ。両親が言いたくても言えなかった事を彼女は俺に言ってみせたのだ。

 

もしーーこの時俺が自分の胸の内を彼女に打ち明けていれば、俺たちは元の仲の良い幸せな家族に戻れたのかもしれない。

 

だけど…

 

「うるせえ!離せよ!」

 

イライラした俺は衝動的に彼女の手をひっぱたいてしまった。しまった!と自分の行動を後悔してももう遅く彼女はその綺麗な瞳から涙を一筋流して悲しそうに呟く。

 

「ごめん、なさい…」

 

そして彼女は走って俺の部屋から出て行ってしまった。

 

「クソ…!何やってんだよ俺は…!」

 

俺は誰もいない部屋で苛立たしく呟いた。結局俺は彼女を傷つけてしまった…本当に何やってんだよ、これじゃあ本末転倒じゃねえか…!そんな浅はかな自分に嫌気がさして俺はベッドの中に潜り込む。

 

「…俺、どうすればいいのかな…」

 

そんな弱々しい俺の呟きに答えてくれる人は誰もいなかった。

 

その日から彼女が俺に構ってくる事は無くなった。お互いに不干渉…どこか気持ち悪い関係が一年もの間続いた。

 

そう、一年後だ…一年後には俺と家族のこんな関係も終わりを迎える。想像もしなかった最悪な形で…

 

 

 

 

 それは春の季節であった、今日は平日で学校に行かなければいけない筈なのだが、この三人にほぼ強制的に車に乗せられ連れていかれたのだ。何処に行くのかは全く聞かされていない、着いてからのお楽しみ…というやつだろう。だが…

 

『(三人で行けばいいのに…)』

 

行くなら仲良く三人で何処となりとも行けばいいじゃないか、こんな無愛想な奴をわざわざ連れてって空気を悪くする必要はない。大体何で今更こんな事をするんだ?

 

そんな事を考えながら車窓から外の景色をぼんやりと見る、俺の気分とは対照的な晴れ渡る青空…人に喧嘩を売っているのか?と恨み言の一つでも言いたくなる。

 

しばらくすると外の景色が変わった、快晴な青空から薄暗いコンクリートの壁へと…どうやらトンネルの中に入ったようだ。その後は何の変てつも無いコンクリの壁を眺め続けた。

 

そしてーーーその時は訪れてしまった。

 

最初に起きたのは大きな揺れ…車内にいても感じるほどの大きな揺れの中、父さんは速度を落としてなんとかハンドルを操作し道の左端に車を停めた。

 

『みんな大丈夫か?!』

 

『うん。なんとか大丈夫みたい』

 

切羽詰まった父さんの声に母さんが答える、四人とも特には怪我をしていないようだ。しかし、まだ続く地震に

揺れる地面、崩れるトンネル、そして落下してくる無数の瓦礫ーーー

 

『『危ない!!』』

 

俺が最後に見たのは驚愕と決死の表情で叫び、後部座席に身を乗り出す二人の姿ーーー

 

そこで俺の意識は途絶えてしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら真っ白な天井に消毒液の臭いーー俺は病室のベッドの上にいた。口には呼吸器がつけられており左手には点滴が刺さっている、どうやらなんとか助かり病院に搬送されたようだ。

 

体が重すぎるので顔だけを動かしてみた。

 

何の変てつも無い普通の病室…頭や左手には包帯が巻かれておりどれ程の怪我を負っていたのかが想像出来る、次に反対側を向くと窓から光が射し込んでいた。あまりにも眩しくて目を細めてしまう。

 

最後に視線を下げるとそこにはーー袖口から消えている俺の右腕がーーー

 

『!~ーーー!!』

 

その意味を理解してあまりの衝撃に叫びそうになるが呼吸器がつけられているせいで上手く声が出ない、さっきまで重たくて一ミリも動かせなかった筈の体を恐怖のあまり動かしベッドの上でジタバタさせる。

 

『先生!患者が暴れてます!』

 

『早く鎮静剤を!』

 

騒ぎを聞きつけて先生らしき人物とナースが駆けつけて来た。暴れ続けている俺はそのままナースに押さえつけられて身動きを取れなくなる。

 

しばらくそれに抵抗していたのだが急に体から力が抜けてしまい、重たくなった瞼に逆らう事も出来ずに眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 病室に射し込む陽の光に目を覚まし、緩慢な動作で再び右側を覗くーーするとやはりそこにはかつてあった筈の俺の右腕は消えていた。

 

『やっぱり無くなったんだ…』

 

呼吸器はもう取り外されているようで小さく呟く、最初は驚いて取り乱してしまったが流石に二度目になれば心の準備が出来ている訳で声を上げる事も無かった。

 

おそらくあの事故で縫合するのが不可能なほどに右腕が潰れてしまったのだろう、と予想する。本当によく生きていたものだと自分の悪運の凄さにある意味感心してしまった。

 

『起きてたのか?』

 

そんな下らない事を考えていると横から声を掛けられた、俺にとっては祖父代わりの人物、橘菊次郎である。

 

『ああ、まあな。爺ちゃんも元気そうで』

 

俺の言葉に彼は無言で頷く、その表情には影が差していた。

 

『?どうしたんだよ、辛気臭い顔してさ』

 

『…ああ、何でも無い。もう少し落ち着いたら話す』

 

そう呟いて彼は病室から出て行ってしまった。先ほどの意味深な言葉が気になったが爺さんは出ていってしまったので聞くことは出来ない、仕方無いので俺は再び眠る事にした。

 

俺がその言葉の意味を知るのはその数日後の事であった。

 

 

 

 数日後、一応怪我が治ったであろう俺は精密検査を受けるために病院の待合室に座っている。待ち時間がかなり長いらしく俺は待合室に置いてあるテレビで普段は見ないであろうニュース番組を見ていた。

 

『次のニュースです。一週間前に起きた地震によるトンネルでの落盤事故による犠牲者はーーー』

 

ニュースキャスターが告げているのは俺が味わったあの事故のニュースであった。今でもあの事を思い出す、迫りくる瓦礫に押し潰されるのではないかという恐怖…初めて命の危機を味わった瞬間であった。

 

ニュースキャスターは慣れたようすで淡々と事故の内容を話す、何人死者が出たのかとか怪我人は何人だとか新たに発見された犠牲者の数やらなどそんな内容であった。

 

そして最後に映されたのは今までで分かっている範囲での死亡者の名前…

 

『え…』

 

だが、その名前を見て俺は目を見開く…呼吸は荒くなり足下が覚束無くなる。

だって、そこにあったのは…

 

『な、んで…』

 

母さんと父さん…二人の名前が載っていたのだから。

 

 

 

 

 あの後急に気分が悪くなった俺は検査を取り止めベッドに戻ることになった。急遽来てくれた隣で座っている爺さんに俺は尋ねる。

 

『…話ってあの事だったんだ…』

 

『あの時伝えるのはお前にとっては酷だと思ってな、黙ってて悪かった』

 

『別に謝ることじゃないよ、あの時言わなかったのは正しかった』

 

俺が最後に見たのはあの二人が俺たちに覆い被ろうとしている姿ーーー俺が生き残って彼らが死んだって事は彼らが自分の命を賭けてまで俺たちの命を救ったって事だ。

 

『馬鹿な奴ら…』

 

ふと、そんな言葉が出てしまった。俺みたいな血の繋がっていない人間なんか無視して紗夜だけを助ければ良かったのに…

 

たった一人残された彼女には彼らが必要だったのに…

 

そんな事を思っているとパチンっという音と共に頬に衝撃が走り、遅れて頬がじんじんと痛み出す。つまりは爺さんに叩かれたという事だ。

きっと俺の二人を侮辱するような言葉に怒ったのだろう。

 

『お前は…なんて馬鹿な奴なんだ…』

 

しかし俺の予想は外れた。爺さんの表情は怒りに満ちたものではなく、俺を憐れむようなものであった。

 

『お前はあいつらが何処に行こうとしていたのか知ってたか?』

 

爺さんの質問の意図が理解出来なかった、が素直に首を横に振って答える。すると爺さんはさらに言葉を続けた。

 

『そこはなーーー』

 

爺さんが言ったその名前には覚えがあった。小さい頃、俺を産んでくれた両親がよく連れてってくれた遊園地…

その名前を聞いてーーようやく俺は理解した、あの時二人が俺を連れて行ったのは…

 

『(俺のため… )』

 

『あいつらはーーどうしてお前が距離を取ったのか気づいていた、血が繋がっていない事を気にしているとな』

 

ある日爺さんが夜中に起きると母さんと父さんがその事で話し合っていたらしい。どうすれば以前のような関係に戻れるのかを話し合って、話し合って…その結果今回の行動だったのだ。

 

あの二人は俺との距離をなんとかしたくてーーあんな場所まで行こうとしたのだ。俺なんかのために…

 

『本当に…馬鹿だ…』

 

それは俺なんかを最期まで家族と思ってくれた両親に対しての言葉だったのか、はたまたそんな家族の気持ちに気づかず勝手に被害者面していた自分に対しての言葉だったのか…おそらくはその両方だろう。

 

そんな俺を爺さんは悲しそうな目で見ていた。

 

『…悪い、爺さん。疲れたから出てってくれ』

 

『…分かった』

 

爺さんは何か言いたそうな顔をしていたが、おそらく俺の顔を見て言っても無駄だと思ったのだろう…そのまま病室から出て行く。

 

『満足するまでやりな 』

 

最後にそう呟いて彼はドアを閉じる、一人きりの寂しい病室…だが今の俺にとっては寧ろ好都合だ。誰にもこんな情けない姿を見せたくないのだから…

 

『ァァァァああああああああーーーーー』

 

そして俺は泣いた。子供のように、叫ぶように泣き続けた…ごめんなさい、ごめんなさいと謝るように…。

だがもう謝る事も赦しを乞う事も出来ない…だってあの俺を愛してくれた両親はもうこの世にはいないのだから。その事実が悲しくてーー俺は更に泣き続けた。

泣き続けて、泣き続けて、泣き続けて…涙が枯れてしまって…

 

それでも…俺の心にぽっかりと空いてしまった穴は消える事がなかったのであった。

 

 

 

 

 数日後なんとか体の方は回復した俺は現在爺さんと共にある病室の前にいた…紗夜の病室だ。

彼女もあの事故で足を複雑骨折する重傷を負い未だに立てないらしい。そしてこの先も立てるのかはまだ分からない、と…

 

『入るぞ、紗夜』

 

一言言って入っていく爺さんに付いて行き病室に入る。そこにはベッドから体を起こし陽の光に照らされながら外の景色をボーっと見ている紗夜がいた。その彼女らしからぬ行為に、一瞬誰なのか分からなくなった。

 

『あっ!お爺ちゃんと兄さんも来たんだ』

 

先ほどまでの壊れてしまいそうな儚さは一瞬で消え去り笑顔で俺たちを迎える紗夜、俺たちに心配を掛けないように普段通り振る舞おうとするその姿はーーあまりにも痛々しく映った。おそらく彼女も知っているのだろう…両親が死んでしまった事を…だからあんなにも悲しげな表情をしていたのだ。

 

…彼女を守らなければ…俺の中から湧き上がったのはそんな感情であった。俺が死なせてしまった両親の分まで彼女を助ける…それが俺が彼らに出来るゆういつの贖罪で、俺の義務なのだから。

 

先ずは彼女に謝ろう、そう思って口を開こうとしてーー

 

『?どうしたの?兄さん』

 

ーーふと、そんな資格が俺にあるのかと自分に尋ねてみた。俺のせいで両親は死んでしまった、そんな元凶が彼女を支える?今さら兄貴面?そんなのはムシがよすぎるのではないだろうか…彼女の事は爺さんや婆さんが支えてくれる、あの二人ならーー俺なんかよりもずっと紗夜の事を支えてくれるだろう。

 

やはり俺は彼女から離れた方が良い、そして二度と会わない方が…そう決意すると俺の行動は速かった、俺は彼女に背を向けて走って病室から出て行く。

 

『?!おい!竜也!』

 

後ろから爺さんの呼び止める声が聞こえるが無視して走る。行く場所なんて無い、それでも…一秒でも早く彼女から逃げたくてーー俺はとにかく走り続けた。

 

…今思えば俺はただ怖かっただけなのだろう、彼女から拒絶されるのが…たった一人の妹に面と向かってそれを言われれるのが…だから言い訳を並べて彼女から逃げ出したのだ。

 

退院してからあの家に戻っても俺の行動は変わらず…なるべく彼女の目に触れないように暮らしてきた。

 

それから二年後、つまり俺が高校生になる時ーーー俺は家から出ることを決めたのだ。

 

 

 

 

 

『じゃあ行くわ。今まで世話になったな』

 

『…ああ、体には気をつけろよ』

 

 今日から俺は埼玉県にあるアパートで一人暮らしをすることになる、俺が玄関から出ていこうとすると後ろから爺さんの声がしたので振り向く。爺さんと婆さんは最後まで俺たちの仲をなんとかしようとしてくれた、だから正直二人には悪い事をしてしまったと今更ながら少しばかり罪悪感が沸く。

 

『ああ、でも気をつけるのは爺さんの方だろ?もう歳なんだからさ、体を考えな』

 

その罪悪感を誤魔化すようにぶっきらぼうに忠告をしてみる。まあ、どうせこの現役バリバリな爺さんは聞かないとは思うが…

 

『そうだな…考えておく』

 

しかし、意外にも返ってきたのは前向きな返答であった。俺があまりにもすっときょんな表情をしていたからだろうか、爺さんはニッと歯を見せながら悪戯っ子のように笑う。

 

『なに、孫の忠告ぐらいはしっかり聞いてやろうと思ってな』

 

その言葉に一気に目頭が熱くなるーーこの爺さんは未だにこんな俺の事を家族だと思ってくれているのだ。爺さんだけじゃない、俺に握り飯を持たせてくれた婆さんも…その優しさは嬉しかった。もっとここにいたい…そんな事を思ってしまうほどに。

 

それでも…

 

『……じゃあな』

 

俺はここにいてはいけない…その決意が鈍らない内に俺はそそくさと爺さんの家を後にした。決して振り返らないで逃げるように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから先は……まあご想像の通りだ。

俺はまるで生き亡霊のような日々を送り、偶然デスゲームなんてものに巻き込まれて、しぶとく生き残り、そしてーー現在に至る。

 

……我ながら下らない人生だ、と自虐的な笑みを浮かべてしまった。

 

「なに辛気臭い顔をしてるんだ、タツヤ」

 

……どうやら考え事をし過ぎたらしい、声がした方を振り向くとそこには予想通りの人物がいた。

 

「ああ……つか、辛気臭い面なんてお互い様だろ」

 

黒のコートに大剣を背負ったスプリガンーーキリトだ。彼は苦笑しながら呟く。

 

「…やっぱ、そう見えるか?」

 

「ああ」

 

その辛そうな表情を見れば大方話し合いがどうなったのかは誰でも分かる、彼女との関係が壊れてしまったことぐらいは…そのキリトは悲しそうな表情のまま呟いた。

 

「一応現実の方では言ったんだけど…リーファが来たら北側のテラスで待っている、って伝えてくれ」

 

そう言って歩き出すキリト…しかし、急にその足を止めて振り向かずに呟いた。

 

「……なあタツヤ、正直俺はまだ迷っているんだ、リーファ…いやスグの事を…。どうすれば…どうしたらいいと思う?」

 

誰でも良かったのか、それとも俺だから聞いてきたのかは分からないが藁にもすがるような思いで尋ねるキリト、だがその悲痛な問いかけに対する俺の答えはーー

 

「……わっかんねえよ」

 

俺の言葉が意外だったのかキリトは何も言わなかった、それを尻目に俺は更に言葉を続ける。

 

「生憎、兄貴らしい事なんて一度もやった事が無いんだ。助言なんて出来ないし……聞くだけ無駄だ」

 

突き放すような冷たい言葉…だが、これでいいのだ。実際に俺が言える事なんて何にも無いし、役に立たない助言なんてあいつは求めていないのだから…

 

「…そうか、悪かったな」

 

そう言って重々しく歩き出すキリト…その背中はまるで泣いているように見えた。

 

「おい、キリト」

 

だからだろうか…あいつを呼び止めてしまったのは。

 

確かに…俺には仲直りの方法なんて思いつかない、こんな事を言ってもあいつには何の足しにもならないであろう。だからーーこれはただの感想だ…

 

「あの時…お前たち二人はどこから見ても仲の良い普通の兄弟だったよ。憎らしいほどな…」

 

そんな何の役にも立たない言葉…しかしその言葉を聞いて奴のーーキリトの雰囲気が変わった…のだと思う。

 

先ほどと同じように迷っている筈なのだが、その背中が少しだけ……ほんの少しだけ前向きに見えたのだ。

 

「じゃあ、よろしくな」

 

さっきよりも力強く、そう言ってキリトは翔び出した。

 

「……頑張れよ、キリト。お前は…俺なんかとは違うんだから」

 

そんな俺の…祈りのような呟きは、誰にも聞かれる事無く空へと消えていった。




はい!本当に遅くなり申し訳ありませんでしたー!
次からは遅くなりそうだったら活動報告の方に書きます!

ちなみに紗夜が持って来たプラモデル…あの描写で分かった方がいるのでしょうか?少しばかり心配です。

それでは次回予告です
兄と向き合う事を恐れるリーファ、彼女はそんな兄から逃げようとして……
次回『兄と妹』にレディーゴーーーーー!!!

ところで話は変わるのですが…ようやくアニメのSAOを今までのところ全部見終わる事が出来まして一言…

ユウキまじ可愛い!!!

以上後書きでした。





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第三十一話:兄と妹

お気に入り登録して下さったり、感想を下さった方々ありがとうございます。
ちなみにタグをまた追加しました。これでいつか来るであろうバイトの話を執筆本能の赴くままにやれます!!(笑)
そして約一週間振りの投稿お待たせいたしました。これからも遅れるとは思いますが何卒ご了承下さい。
それではどうぞ


 キリトを見送った後特にやる事が無い俺はただひたすらボーっとしていた。何気なく上を見上げるとそこには俺たちの目的である世界樹が…絶対無敵の堅牢な城塞の如き障害…もしかしたら一生掛かっても突破する事なんて無理なのかもしれない。

 

だがそんなものよりも…キリトには立ち向かうべきものがあるのだ。そいつの困難さと比べたらあそこで待ち構えている有象無象のガーディアン共なんぞ取るに足らない雑魚…少なくとも俺はそう信じて疑わない。

 

それでもキリトはその困難な道を選んだのだ…拒絶されるかもしれない、二度と兄と思われなくなるかもしれない…そんな恐怖にあいつは耐えて、たった一人の妹と向き合うという険しい茨の道を…

 

「やっぱあいつは強いな…」

 

自然とそんな言葉を呟いてしまった。きっとあいつの強さは剣の腕だとか反応速度なんてものでは無い、迷いながらでも傷付きながらでも歩こうとする、どんな困難にも逃げずに立ち向かって行く…そういう真っ直ぐな心こそがあいつの一番の武器なのだ。

 

だからこそ彼は多くの人を惹き付けたのだろう…女性は強い人に惹かれるなんて話を聞いた事があるが、彼女たちはキリトのそういう心の強さに惹かれていたのだろう…俺は改めてキリトの強さを再認識したのだ。いつも逃げてばかりの半端者の俺では決して手に入れる事が出来ない強さを…

 

いつか俺もその強さを………

 

「………って、無理だよな」

 

絶対に届かないものに思いを馳せる…きっとこれほど無駄な事は無いだろう。俺らしくないそんな考えに自嘲的な笑みを浮かべてしまった。

 

 

 

 

「タツヤ君もいたんだ…」

 

 そんなどうしようもない事を考えていると誰かに声を掛けられた。綺麗な金髪をポニーテールにしたシルフの少女ーーリーファだ。しかし普段の明るい声も快活な雰囲気も見る影も無いほどにどんよりとした空気を纏っている。

 

「ああ、ログアウトするのも面倒だったしな」

 

「そっか、あのさ…」

 

彼女は言おうか言うまいか悩み、戸惑いながらも俺に尋ねてきた。

 

「タツヤ君ってもしかして紗夜ちゃんのお兄さんの…」

 

「…そうだ。あんたの友達の三ヶ島紗夜の……一応兄の三ヶ島竜也だ」

 

今更兄貴なんて語る資格は無いが…と付け加えておく。

その言葉に彼女はそうですか…と言い一層表情を暗くしてさらに話を続けた。

 

「私…お兄ちゃんに酷い事言っちゃったんです。お兄ちゃんが好きだって、本当の兄妹じゃないって知ってたって、それにお兄ちゃんの事を………兄妹じゃなければ良かったのにって…」

その言葉はキリトにとってどれほど悲しい言葉だったのだろうか…謂わばそれは兄妹にとっては死刑宣告にも等しい言葉だ。生憎俺はそんな言葉さえ言われた事は無い…正確には言われないように逃げ続けている訳であるのだが……。

 

そんな彼女の告白を俺は黙って聞き続けた。

 

「だから、もう私キリト君…お兄ちゃんの前には現れない。ごめんなさい」

 

そう言って階段をゆっくりと降りて行くリーファ、しかしその半ば程で彼女はこちらを振り向きながら意外そうな顔をして俺に聞いてきた。

 

「…止めないんだね」

 

「俺なんかが止めたって意味が無いだろ?それに……逃げる事に関しては俺が言えた義理じゃない」

 

「うん。タツヤ君の気持ち、少しだけ分かった気がする…」

 

そう言って力無く笑うリーファ、おそらくその笑みは情けない自分に対する自虐的なものであろう。

 

一度止めた足を再び動かし階段を降りて行くリーファ…このまま行けば彼女の姿は見えなくなるだろう。それでも俺に彼女を止めるすべは無いし止めるつもりも無かった。

 

しかしーー最後の段を降りきると彼女は再びこちらを向き悲しそうに口を開いたのだ。

 

「こんな私の話を聞いてくれてありがとう。じゃあね」

 

目に涙を溜めながら無理矢理笑おうとする彼女のその姿を見てーーーこれでいいのか?と思ってしまった。彼女が一生後悔するような選択を黙って見ているだけーー彼女にそんな辛いだけの重荷を背負わせてしまっていいのかと………

 

「待て!リーファ!」

気づいたら俺はリーファ目掛けて翔び出していた。

 

 

 

 リーファの前に降り立つ、すると彼女はその瞳を見開かせて驚いた表情で俺を見てきた。彼女は何が起きているのか分からない様子だったが俺のしようとする事に気付いたのだろう。心底嫌そうな顔をして俺を睨みつける。

 

「……止めないって言ったよね。今更何?」

 

「……気が変わった。それだけだ」

 

そんなリーファの非難染みた問いかけに素直にそれでいて言葉少なく俺は答えた。俺のその身勝手な言葉に彼女は嫌悪感を全く隠さずに告げる。

 

「……勝手だね」

 

「ああ、俺は勝手な人間だよ」

 

よく考えれば本当に勝手過ぎる野郎だ…キリトに頼まれた訳でも無い。俺がやりたいからやっているだけ…自分本意で他人の都合なんて全く気にしないなんて反吐が出る。自分の独り善がりな考えに他人を巻き込むなんてーーあのクソGM(茅場)とやってる事が同じだ、と自己嫌悪に陥るのをなんとか奮い立たして彼女を見詰める。

 

「勝手で承知で言わして貰うけど、本当にそれでいいのかよ?」

 

「いいも悪いも…そうするしか私には思いつかなかったの…」

 

そう乱雑に答えた彼女はどこか悲しく辛そうで…そんな彼女に俺はただ感じた事を告げる。

 

「違うな。本当は何をするのか分かっているんだ、ただ逃げる方が楽だからそうしてるだけだろ?」

 

俺と同じように…逃げるっていう選択肢は一見一番楽に見える。実際そうなのだが、一度こいつを選んでしまうとずっとそれを選び続ける事になるのだ。そして逃げた先にはーーはっきり言って良い事なんて何も無い。残るものは後悔と自己嫌悪……それは日に日に大きくなり自分を押し潰そうとする。そしてーー

 

『何も感じなくなる…』

 

いつしかその思いさえを背負う事、見る事からすら逃げる事になる。そうすればもうお終いだ…人らしいものを持ち合わせていない空っぽの人間の出来上がりだ、俺のように……

 

「逃げるなんて選択肢はいつでも出来る。だからさ……」

 

「うるさい!」

 

その言葉を聞いて彼女の心に火がつく、彼女は叫ぶように怒り出す。

 

「うるさい!!あなたなんかに言われる筋合いなんて無い!いつまでも紗夜ちゃんと向き合わず逃げ続けているあなたなんかに!」

 

「……そうだな」

 

「あっ!……ご、ごめんなさい。あなたにも酷い事を…やっぱり私…」

 

怒りのままに叫ぶリーファ……その実に的を得た言葉に当然ながら俺は苦い顔をする。そんな俺の反応を見て彼女は自分が言ってしまった事を理解したのだろう…つまりはキリトと同じ相手を傷つける言葉を言ってしまった、と。彼女は口元を手で隠し肩を震わし、そしてここから一目散に逃げ出そうと翅を広げ翔び立とうとする。

 

もういいんじゃないか?今にも翔び出そうとする彼女を見てふとそんな思いが沸き上がった。もう十分やった…その結果、彼女が選んだ道なら俺が介入する余地なんて無いのではないか?それを選んで彼女が後悔する事になっても俺には全く関係無いのだから……

 

俺だって彼女と同じ選択をするのだろうから……

 

「逃げんな!」

 

それでもーー俺はそんな内から沸き上がる声を無視して彼女の手を掴み下に引きずり落とした。

 

「離して!もう私は…!」

 

こちらを向かずに涙ぐみながら叫ぶリーファ、逃げたくて、逃げたくて仕方が無いその姿にーー俺の怒りは頂点に達した。

 

「ーーふざけんな!」

 

俺のそんな怒声に彼女は一瞬肩をビクッとさせた、そんな彼女に俺はさらに怒りのままに叫ぶ。

 

「酷い事を言ったって後悔しているなら…!しっかりと謝れよ!今ならまだ間に合うだろ!」

 

そうーー今ならまだ間に合うのだ。キリトが彼女を待ち続けている今ならーー

しかし俺の言葉を聞いて涙を流しながら叫ぶ、まるで自分の罪を告発するように…

 

「でも私は…!お兄ちゃんに酷い事をしてしまったの!だからもう二度と兄妹には戻れない!何より…!あんな酷い事をしてお兄ちゃんに会わせる顔が無いの!」

 

彼女の心の叫び…その言葉を聞いてーー変な話だが俺は安心した。やはり彼女は自分を責めているのだ。キリトに酷い事を言ってしまった自分を…

 

本当に…

 

「馬鹿だなリーファは…」

 

自分でも驚くほど穏やかな声で囁き彼女を抱き締めた。リーファはあまりの出来事に思考が追いついていないようでされるがままになっている。

 

「妹がそんな事を気にするなよ。妹の我儘聞くのが兄貴の役目なんだからさ…」

 

きっと…俺が兄妹について人に語るのはこいつで最後だ。だから今だけはーーー俺の思いを言ってもいいだろう、と自分を納得させる。

 

「兄貴なんて…どいつもこいつも不器用で自分勝手で人の話なんて聞きやしないんだ」

 

でもな…と彼女の目を見て続ける。

 

「いつだって…兄貴は妹の味方なんだよ。だから……きっと大丈夫だ」

 

何の根拠も無い、俺が言っても説得力に欠ける陳腐な言葉だ。現にここにいる俺はそんな人間ではないのだから。

 

それでも俺はーー兄貴とはそういうものだと信じている。

 

「キリトは…お前の兄貴はお前と向き合うために行ったんだ。そいつに応えてやってくれねえか?」

 

そんな俺の言葉に彼女は一瞬だけ明るい表情になった後すぐに表情を暗くして泣きながら、吐き出すように呟いた。

 

「でも…!私また…!お兄ちゃんに酷い事を言ってしまうかもしれない…!」

 

「別にいいじゃねえか…」

 

「えっ?」

 

彼女の最も懸念している悩みに俺はあっけらかんと答える。あまりに意外だったのだろう、彼女は涙を止めて口をあんぐりと開けながら俺の顔を見ている。

 

「言っただろ妹のならどんな我儘でも聞くのが兄貴の務め、てさ。それにリーファは今までずっと我慢してきたんだ、あいつに文句を言う資格は無いよ」

 

そう言って彼女の頭を撫でる、サラサラとした触り心地をどこか懐かしく感じている俺がいて…そういえば昔はあいつによくやってあげたな、と少し感慨にふけてしまった。

 

「だから……行ってやってくれ。お前の兄貴が待ってる」

 

そう言って彼女の体から手を離す、すると彼女は袖で目をゴシゴシと拭いて笑う。その笑顔は先ほどまでの無理をした作り笑いなどではなく華のように眩しい笑顔であった。

 

「うん!行って来るね!」

 

元気に翅を広げ翔び立つリーファ。彼女はそのままキリトが待っている場所に行こうーーとはせず急に翅を止めてこちらを振り向いた。

 

「やっぱりタツヤ君って…」

 

「?何だ?」

 

「ううん。後で話すね」

彼女はどこか嬉しそうな表情で俺に何かを言おうとするが結局話してくれなかった。少しばかり不満ではあったが頑固な彼女は梃子でも動かないだろう、と早々に諦める。

 

そんな俺を尻目に彼女は凄い勢いで翔んで行ってしまった。リーファ()を待つキリト()の元へと…

 

それにしても…

 

「何が逃げるな、だよ…」

 

彼女が言った通りいつも逃げているのは俺なのに…そんな俺が人様に逃げるな、だなんて…可笑しい過ぎて必死に笑いを噛み殺そうとする。

 

「ククククク…あーあ、マジで傑作だぜ」

 

だが結局堪えきれず笑いが溢れてしまった。言ってる事とやってる事が矛盾してるってのはこういう事を言うのだろう…今更ながら自分に嫌気がさしてくる。

 

……いつから俺はこんな人に説教を垂れるような奴になってしまったのだろうか。少なくともあの頃はこんな人間ではなかった、他人には不干渉…関心など全く無く、少なくとも感情を動かされる事なんて無かった。それが幸か不幸かは分からないが…

 

「本当に、どうかしてる…」

 

そんな弱々しい声は眩いばかりの青空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

リーファside

 

 私が北側のテラスに辿り着くとそこにはお兄ちゃんが待っていた。その目に覚悟を秘めさせて…

 

「来てくれてありがとう、スグ」

 

「ううん、遅れてごめん」

 

私の言葉にお兄ちゃんは勇気を振り絞って声を出そうとする。

 

「あのさスグ『お兄ちゃん』」

 

だけど私はお兄ちゃんの言葉を遮り剣を抜いた、そしてその切っ先をお兄ちゃんに向ける。

 

「剣を抜いて。兄妹喧嘩しよう」

 

これが私が考え抜いて出した答えだ。どんな言葉を言えば良いのか分からない…それでも剣でならお兄ちゃんと真正面から語り合う事が……ううん、全力でぶつかる事がきっと出来る。

 

「スグ…お前…」

 

少し驚いた表情を見せるお兄ちゃんに私は微笑みかける。

 

「想いは全部、この剣に乗せるから」

 

その言葉を聞いてお兄ちゃんは一瞬呆気に取られた後真剣な眼差しで私を見詰め背中から身の丈を越えるような大きさの大剣を抜いた。

 

「いいぜ、来いスグ!」

 

そうしてお互い武器を構える。私は剣を上段に構え切っ先を向け、お兄ちゃんは姿勢を低くして半身になり剣を後ろの手に構えた。まるであの時二人でやった剣道の試合のように…

 

そしてーー私たちの初めての兄妹喧嘩が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「せやああぁぁぁ!!」

 

「おおおおぉぉぉ!!」

 

 私の首もと目掛けた一閃…それをお兄ちゃんは体を捻ってかわす、そのままお兄ちゃんは剣の重さを生かして半回転しながらの斬り払いを行う。それを私は後ろに跳んでかわし、もう一度仕掛ける。

 

「ーーーック!」

 

私の全力の突きをお兄ちゃんは顔をそらして躱そうとする、が躱し切れずに頬に一本の線が入る。しかしお兄ちゃんも負けてはいなかった。

 

「はああぁぁぁ!!」

 

「ーーーック!」

 

お兄ちゃんはその不釣り合いな程の大きな剣をまるで自分の身体の一部のように扱う……どこからそんな力が出てくるのか、鋭く重い連撃を次から次へと私にぶつける。なんとか躱したり剣で受け流したりするがそれでもHPは少しずつそれでも確実に減っていく。

 

『それなら…』

 

このままだと駄目だ…!全力でお兄ちゃんとぶつかるためには私の十八番の空中戦しかない!!そう思った私は翅を広げて翔び立つ。お兄ちゃんも私の我が儘に付き合ってくれるように翔んでくれた。

 

再び交差する剣撃、走る火花……喧嘩はより一層激しくなる。そして私の高高度からの剣をお兄ちゃんが剣で迎え撃ちいわゆる鍔迫り合いの状態になった所で高まった私の感情は啖をきったように溢れ出てきた。

 

「勝手だよ……」

 

「?スグ…」

 

「お兄ちゃんはいつも勝手だよ!従兄妹同士だって知った時だって!SAOに囚われた時だって!」

 

感情と共に言葉が次から次へと流れ出てくる。まるで子供が癇癪を起こしたように……

 

「勝手に恋人まで作ってくるし、その上その人を助けるためにまたあんな事があった仮想世界に入ってくるし!何で一言言ってくれなかったの!勝手過ぎるよ!」

 

「スグ……」

 

違う!私が本当に言いたいのはそんな言葉じゃない!そうは思っても溢れ出てくるのはお兄ちゃんに対する怒りの言葉ばかり……そんな子供染みた言葉と共に目から涙も流れてくる。

 

「やああああぁぁぁぁぁ!!」

 

そんな絶叫を上げながら大振りの斬り下ろし…対するお兄ちゃんは反射的に横に凪ぎ払いを行おうとする。私の見立てではきっとお兄ちゃんの剣の方が先に私の体に入るだろう……そして私のHPはゼロになる。

 

結局私はお兄ちゃんに言いたい事を言えなかった…酷い事を言ってごめんなさいっていう簡単な言葉さえ言えなかったのだ。せっかく背中まで押して貰ったというのに……

 

『ごめんねお兄ちゃん、タツヤ君』

 

心の中で彼らに謝罪してこれから起こるであろう事を想像して目を閉じる。

 

しかし…

 

『………あれ?』

 

いつまで経っても来るはずの衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けるとそこにはーーー私の剣が深々と肩に刺さっているお兄ちゃんがいたのだ。

 

「な、なんで斬らなかったの?」

 

あのまま剣を振るえば私を斬れた筈なのに…そんな私の戸惑い染みた問いかけにお兄ちゃんは不快感に顔をしかめながらそれでも笑いながら語りかける。

 

「途中までは本気で斬るつもりだったんだけどさ…やっぱリーファを…妹を斬るなんて出来なかったんだ、お兄ちゃんとしてな」

 

それに……そう微笑みながら私の瞳から溢れ出てくる涙を払う。

 

「泣いてる妹を慰めるのはお兄ちゃんの務めだからな……」

 

ーーその言葉に私はまた泣きそうになる。悲しくてじゃない、あんな酷い事を言った私をまだ妹だと思ってくれている事実が嬉しくて、嬉しくてーーだから泣きそうになってしまったのだ。

 

「馬鹿だよ…お兄ちゃんは…」

 

「妹を斬るのが利口ってのなら、俺は馬鹿のままでいいよ」

 

そうやって笑うお兄ちゃんはどこか誇らしげだった。

 

ーー今なら私は言えるかもしれない。そう確信した私は、しっかりとお兄ちゃんの目を見て口を開く。言いたくて言いたくて仕方が無かった事を……

 

「お兄ちゃん…いっぱい酷い事言って…ごめんなさい…」

 

途切れ途切れの言葉…それでもお兄ちゃんは私を優しく抱き締めてくれた。

 

「俺だってスグに酷い事してきたんだ。謝るなら俺の方だよ、スグ」

 

そう諭すように言うお兄ちゃん、すると真っ直ぐ私の目を見る。まるで何かを決意するように……

 

「なあスグ」

 

「何?お兄ちゃん」

 

「あの告白の返事してもいいか?」

 

そう言うと私の肩を掴みながら真剣な眼差しで申し訳なさそうにゆっくりと口を開いた。

 

「俺はやっぱりスグの事は妹としか思えないんだ。妹としてのスグが好きだから…ごめん」

 

それは私の事を恋愛対象としては見てくれないという事で…つまり私は振られてしまったのだ。

 

それでも…

 

「分かった。正直に言ってくれてありがとう」

 

自然と微笑んでしまった。

 

奇妙な話…振られてしまった筈なのだが、不思議と悲しい気持ちにはならなかった。むしろ今は憑き物が取れたような清々しい気分だ。

 

それはきっとお兄ちゃんが真正面からはっきりと言ってくれたお陰だと思う。それに…

 

「あの人のお陰…かな?」

 

「?何か言ったか?スグ」

 

「ううん。何でもない」

 

きっとあの赤い人のお陰だ。ぶっきらぼうで口が悪くて…それでもしっかりと私を見てくれて背中を押してくれたお節介な人。きっと私はあの人の事が……

 

そこまで考えて思考を止めた。ともかく今はーーこの幸せに浸ろう。逃げていたら味わえなかったであろうこの温もりに……。そして私はお兄ちゃんの腰に手を回して胸に顔を埋める…お兄ちゃんはそれに答えて優しくそれでいて強く抱き締める。

 

きっとこの時初めてーー私とお兄ちゃんは本当の兄妹に戻れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界樹の前で待ち続ける事、数十分…向こう側から黒と緑の人影が仲良く手を繋ぎながら歩いて来た。まあキリトとリーファであるのだが…

 

「おう、早かったな」

 

「待たせたな、タツヤ」

 

「遅れてごめんね、タツヤ君」

 

そんな二人に俺は向き合い口を開くと二人していい笑顔で答える。

 

「仲直り…出来たんだな」

 

俺の問いに二人は顔を見合わせて同時に答えた。

 

「ああ(うん!)」

 

二人の満面の笑み…眩しいほどのそれを見てーー俺はまた彼女(紗夜)の顔を思い出してしまった。

 

『そっか…』

 

そこで俺はようやく気づいたのだ。今まで思い出さないようにしてきた彼女の事を何でここ最近は思い出してばかりいるのか…俺はてっきりあいつらの抱えている問題が少しばかり俺のと似てたからーーだから思い出してしまったのだと思っていた。

 

でも…本当は違ったのだ。

 

俺はーー明るいものを見すぎたのだ、こいつらと関わっていくうちに……。だからもしかしたら俺も出来るんじゃないか?こいつらみたいになれるんじゃないか?なんていう甘い夢を抱いてしまったのだ。馬鹿みたいな話だ……どんなに眩しくて綺麗なものを見たからって俺自身に変化が起きた訳ではないというのに…

 

叶う筈の無い願いを抱いてーーでも結局叶う事なく自分の惨めさを思い知る…そんなのはもう御免だ。そんな希望は持ちたくない。

 

だから…もう明るいものは何も見ない事にしよう、こいつらと関わるのはーーこれで最後だ。

 

そんな覚悟を内に秘めながら俺の最後の戦いへと赴くのであった。

 

 




はい!お待たせしました。残念ながらこれからも忙しいのでノロノロ更新になってしまうかもしれません。スミマセンm(__)m

それでは次回予告です。
最後の戦いに挑むタツヤ……果たしてタツヤ達は迫り来るガーディアンの群れを突破できるのか?
次回『再戦!グランドクエスト!』にレディーゴーーーーーー!!!

ちなみにどうでもいい話ですが作者の懸念事項が一つだけ………

みなさん、前回登場したガンプラの正体は分かりましたか?

以上後書きでした。


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第三十二話:再戦!グランドクエスト

感想を書いて下さったり、お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
前回の投稿でリーファちゃんを応援して下さる声が多数あり嬉しい限りです。これからも彼女の応援を宜しくお願いします。

お待たせいたしました。それではどうぞ


 俺が勝手にそんな事を考えているとは露知らず、話はこのグランドクエストをどうするかとなった。ユイの話では出現数は異常だがキリトのスキル熟練度なら瞬間的な突破は可能では?という事だ。

 

選択肢は二つ…シルフ・ケットシー連合が合流するまで待つか、このまま三人で挑むか、である。

 

普通に考えれば答えは前者だ。あのクエストの異常さは身を知った今…少なくとも十倍の戦力は欲しい。

 

だが…

 

「何だか時間が無い気がするんだ。だからみんな頼む、力を貸してくれ」

 

そう言って頭を下げるキリト、どうやらキリトは嫌な予感がするらしく今すぐにも行きたいらしい。シルフ・ケットシー連合の到着すら待てないようだ。

「うん。お兄ちゃんの頼みだし、私もアスナさんに会いたいしね」

 

そんなキリトの懇願に元気に答えたのはリーファだ。少し前の暗い表情がまるで嘘のように迷いが吹っ切れた表情で答える。こういう明るい表情の方が実に彼女らしいと思う。俺には眩し過ぎて毒々しいが……。

 

そんな彼女の眩しさに内心目を瞑りながら、俺もキリトの案に答えた。

 

「いいぜ、それならとっとこ行くか?」

 

俺が出したのは肯定の言葉…しかしキリトとリーファの二人は驚いた表情で俺を見てきた。正確には驚いた、というよりも有り得ないものを見たかのような表情であったのだが……

 

「な、なんだよ…」

 

「いや…」

 

「意外だな~、て…」

 

居心地の悪い視線に堪えかねて尋ねる。どうやら二人して俺がそんな馬鹿げた提案を受け入れる訳が無いと思ったらしい。

 

そりゃー…

 

「俺だって止めれるなら止めるさ。でも仕方無いだろ?何言っても突っ込む馬鹿と突貫娘がいるんだ、そんな奴らと組んだ時点でもう諦める事にしたんだよ」

 

「と、突貫娘って……」

 

「ば、馬鹿とはなんだ馬鹿とは!!」

 

俺の言葉に苦笑いするリーファに心外そうな顔をするキリト、まあリーファも怒ってこないって事は自分でも心当たりがあるという事だろう。ちなみにキリト、お前は紛うことなき馬鹿だよ、羨ましいぐらいにな……

 

「でも……ありがとな、タツヤ」

 

「はっ!てめえが人に感謝するとか止めてくれよ。何かの前触れか?」

 

「ちょ、ちょっと!お前は俺をどんな奴だと思ってんだよ!?」

 

「……聞かない方がいい」

 

「お、おい!ふざけんのもいい加減にーー」

 

俺の軽口にムキになって返すキリト、こうやってこいつとふざけあうのも最後だと思うと中々感慨深いものがある。最後くらい弄り倒してもいいかな、とやられるキリトにとっては傍迷惑な考えが浮かんだ。

 

そんなこんなでキリトを弄り続ける事数分…げっそりとした彼は仕切り直しとばかりにゴホン、と一度咳払いをし真剣な表情で俺とリーファに向き合う。

 

「それじゃあ俺とタツヤが前衛で斬り込む、リーファは後方でヒールをしてくれ」

 

「ちょっと待てキリト」

 

キリトが提案したのは前衛と後衛を分けて攻めるというセオリー通りの作戦であった。一見すれば一番ベストに見えるセオリー通りの……だが俺はその作戦に異議を唱えた。

 

「お前は脳筋馬鹿二人の回復をリーファ一人に全部任せるつもりなのか?」

 

「えっ?あっ!」

 

ようやく気付いたかこの馬鹿は…そう、もしキリトの言う通りにした場合たった一人で二人分の回復をしなければならないリーファにかかる負担は計り知れない。MP的な意味でも、二人分のHPを把握し続けなくてはいけない点でもだ。せめてもう一人回復役がいればキリトの言う通りの作戦でもよかったのだが……

 

これが一つ目の理由である。

 

そしてもう一つは…

 

「それにリーファは空中戦のプロだ、そんな戦力を後方待機なんてさせる余裕は俺たちには無い」

 

つまり彼女の戦力的な意味合いである、残念ながら彼女のような貴重な戦力を後方で遊ばせておくほど無駄な事は無いと考えている。実際彼女の剣の腕と機動力は頼りになるしな。

 

「という事で期待してるぜ。悪いが馬車馬の如く働いてくれ」

 

「うん!それだけタツヤ君が私の事を信頼してくれてるって事だもんね?」

「あ、ああ……」

 

俺的には彼女に大変な役目を押し付けてしまったつもりだったのだが、そう良い笑顔で嬉しそうに言われると少しばかり気恥ずかしいような変な気分になる。こういう純粋な笑顔は…やはり苦手だ。

 

「……仲が良さそうだな」

 

そんな俺たちを見てどうしてか不機嫌そうに俺を睨み付けるキリト…訳が分からない、お前は一体何が気に入らないのだ?という疑問が湧く。まあどうせ大した理由ではないだろうが……

 

「それで、作戦はどうするの?」

 

そう俺に聞いてきたのはリーファだ、たった三人でこの無理難題クエストに挑むための策を彼女は期待しているようだ。残念ながら彼女の期待には答えられない訳だが…

 

「なるべく離れず、臨機応変に戦え…そんだけだ」

 

「タツヤ君…いくらなんでもそれは…」

 

「…アバウト過ぎだろ」

 

俺の単純な答えに頭を抱えて呆れる二人…言っちゃ悪いが俺にこの状況を一転させる作戦なんかを考えろってのが無理な話だ。俺は策士になった覚えはねえ、そういうのはお前の愛しの副団長様にでも聞いてくれ。

 

「大体作戦ってのは、事前の準備とこちらにある程度の数が揃っている事が最低条件なんだ。なに一つ満たしてねえのに突っ込むってなったら作戦なんかあって無いようなもんなんだよ」

 

どこかの馬鹿のせいでな、とその馬鹿の方を見るとあからさまに目をそらした。リーファはそんな馬鹿を見て渇いた笑声を上げる。

 

「さて…目的は頂上に辿り着く事だ、三人とも行けるのがベストだが最悪キリト一人だけでも届ける。いわば俺とリーファの役割は露払いだ。キリトに寄って集る蝿を叩き落とせ」

 

「は、蝿って…」

 

「そんぐらい気楽に行こうって話だよ、リーファ」

 

まあ実際に蝿みたいな連中だとは思うが…数の多さとかウザさとかまさにそっくりではないだろうか。そんなどうでもいい思考に陥っている俺を尻目にリーファは元気良くよし!、と言って俺たちを見渡す。

 

「それじゃあ、みんないくよ!」

 

その言葉と共にリーファは手を前に出す。キリトがその手の上に自分の手を重ね、ユイがその上にちょこんと両手をおいた。

 

「…ったく、いつからここは体育会系のノリになったんだよ」

 

そんな俺の皮肉めいた言葉にも耳を傾けずこちらを見詰める三人、その無言の視線に屈して渋々俺はユイの小さな手の上に掌を重ねる。

 

「よし!いくぞ!!」

 

「「「「おおーーー!!!!」」」」

 

「なんだかんだでしっかりやってくれるんだね」

 

「……うるせえ」

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在俺たちは世界樹の目の前にいた。

 

あの後三人で一応の作戦を考え方針が決まり、そのための準備も終わった所でここまで翔んで来た。

 

準備は万端だ。出来る範囲で、という最後に頼り無い言葉が付け加えられるが……

 

まあそんなどうしようもない事はさておき、クエストを受理するとすぐさま扉がゆっくりと開く。あの時は扉が開けっぱだったのでそのまま入れたが、実際は俺らに威圧感たっぷりで尋ねてくるデカイ石像の大層な話を聞かなければいけないらしく……正直面倒だった。

 

大体小難しい話は苦手なんだよ俺は、シンプルに頂上まで頑張って行ってらっしゃーいぐらい言えねえのかよ、気が利かねえ奴らだ。まあ気が利く連中ならこんな馬鹿クエストなんて作らないだろうが……

 

「タツヤ君どうしたの?」

 

「ーーいや、なんでもない」

 

どうやら思考に没頭し過ぎたようだ、不思議そうな顔をしているリーファを尻目に俺も一緒に世界樹の中に入ろうとする。

 

一歩一歩ゆっくりと歩いて行き三人揃って中に入る。入ると同時に張り詰めた空気と緊張感が漂い、その瞬間に先ほどと同じようにガーディアンが次から次へと湧き出て来た。まるで巣から出て来た蟻だ、という感想はさておき…

 

「いいか!無理に倒す必要はねえ!大事なのはとにかく速く上に行くことだ、雑魚は捨て置け!」

 

「うん、分かってる」

 

「よし、行くぞ!!」

 

二人の頼もしい言葉が聞こえた傍から俺の目の前に三体のガーディアンが突っ込んで来る。真正面から来た一体目の頭を貫きそのまま横に一閃して二体目を斬りつける。そして横から来た奴を左手で殴り飛ばした。

 

普通ならこんな事は起きない……体術スキルを取っているならともかく何も無い状態で相手を殴ってもあそこまで相手を飛ばすことは不可能だ。

 

もちろん種はある……俺の左手を覆っているこいつーー真ん中に黒曜石のような丸い石が埋め込まれている赤銅色の籠手のような装備…こいつが俺の新兵器ーー《フィールド・バンカー》…名前と見た目から勘違いするかもしれないがれっきとした小盾(スモールシールド)だ。これは槍を振り回すのに邪魔にならないような盾を探していた所偶然見つけたものだ。迷わず買ってしまったが買った後にある欠陥に気づいたのは…まああれだ、運が悪かったって事で。実際大した欠陥じゃなかったからよしとしよう。

 

ちなみに盾でどんだけ相手を思いっきり殴ろうが相手はノックダウンするだけでHPは一ドットも減らない。所詮盾は盾なのだ、まあ今回はその方が都合がいいのだが……

 

それはこのクエストの特異的な点にある。

 

このクエストのミソはガーディアン共は減ることが無く永久にPOPし続けるという点だ。つまりどれだけ必死になって減らしても向こうの頭数は一向に減ってくれない…それならわざわざ倒す必要は無い。このクエストの成功はどれだけ速く上に辿り着けるかにかかっているのだ。

 

だからこそーー最小限の時間のロスで相手を捌き続ける事が出来る盾はこの場においては武器よりも役に立つのだ。

 

それでも……

 

「状況は最悪だがな…」

 

そもそもこの勝負は部が悪過ぎるのだ。数の問題は仕方ないとしても、このフィールドは……

 

この世界樹の内部は高いドーム状になっている。俺たち挑戦者は当然の事ながら一番低い位置からスタートをして上を目指す。さてここで問題を一つ。上から攻撃する方と下で迎え撃つ方……果たしてどちらの方が有利だろうか?考えるまでも無く前者だ、迎え撃つ方は必ずと言ってもいいほど後手に回る。昔から城攻めする側の方が守る側よりも被害が出るのはそういう事だ。

 

それでも着々と上に進んで行く。時には片方の身を守りながら時には共に相手に向かって剣を振るい、HPが危険になれば詠唱中のリーファを二人で守り、そうして三人でお互いをカバーし合っていく。それにしても、リーファの時も感じたが連携プレイとは中々に奥が深い……まあ、もう経験する事は無いと思うが……

 

そんな思考に陥っているとこっちに向かって来る蝿が一匹…ちょっとばかし悪戯心的なものが働いた俺はそいつを突き刺すーーー事はせず四肢を斬り落とすだけに留める。そしてーー

 

「悪いがーー盾になって貰うぜ」

 

そいつの首元を掴んで敵に見せつけるように晒した。こっちに突っ込んで来ようとするガーディアンの前にそのジタバタも出来ない憐れなお仲間さんの体を人質のように向ける。

 

その瞬間ーー俺に真っ直ぐ突っ込んで来る筈だったガーディアンは一瞬動きを止め、胴体に大穴を開けられて消滅した。

 

内心予想通りの結果にほくそ笑む。あの世界で学んだMobの行動パターンの一つーーどんな状況になっても同士討ちをしない事だ。どんな混戦状態になろうが奴らは味方だけは攻撃しないように設定されている。そんな奴らの目の前に急にお仲間を置けば…一瞬ではあるが動きが止まるのだ。

 

まあ絶対なるという確信があったわけではないし、勿論の事ながら味方ごと俺を斬る可能性もあった。それでも賭けには勝った。最後の舞台でここまで運が味方してくれるとは……なんともまあ、滑稽で皮肉なものだろうか?あまりの可笑しさに俺は戦闘中にもかかわらず堪らず爆笑する。

 

「アハハハ、なんと他愛無い!鎧袖一触(がいしゅういっしょく)とはこの事か!!ハハハハハハハハ!!!」

 

「お兄ちゃん、タツヤ君が壊れた…」

 

「あ、あいつ…こんな性格だったっけ?」

 

まるで悪役のように高笑いしながら敵を薙ぎ払う俺を見て顔をひきつらせるキリトとリーファ。確かに彼らの言う通り全く俺らしくない言動と行動だ。それでも、今だかつて味わった事が無いほどの興奮と高揚感に俺の心は満たされていた。

 

まさか槍を振るうのがここまで愉しいとは!きっとこの時の俺はもう最後だからと開き直っていたのだろう。キリトには悪いが俺にとってこいつは所詮遊びなのだ、最後の遊び……だからこそこの瞬間だけは、醜い自分の事なんざ全て忘れて全力で楽しむのだ。この世界に心残りなんて一つも残さないように……

 

そうして俺は立ち塞がるガーディアン共を嬉々と串刺しにしていくのであった。

 

 

 

 

そこから先はーー地獄のような光景だった、相手にとって、ではあるが。ガーディアン達は無残に斬り、突かれ、次々消滅していく。俺たちの上昇速度は留まる事を知らず、というよりはむしろ最初よりも速度を上げていく。どんどん奴らの群れを突破して行き……

 

そしてーーようやく頂上が見えてきた。

 

勿論だからといって安心は出来ない、そこにいるガーディアンの数は先ほどの比では無くそれが狭い所に固まっている様はまるで巨大な壁のようだ。それでも……

 

「「「おおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

俺たちは雄たけびを上げながら得物の先を奴らに向けて突撃する。ここまで来れた…あと一歩だ、そう自分に言い聞かせて全力で。しかし…

 

「こいつら……!!」

 

「これは…!」

 

「かってえな、オイ!!」

 

思いっきり弾かれた。こいつらの数に物を言わせた防御に俺たちの攻撃は届かず、俺たちは後ろに飛ばされた。硬いとかじゃねえ、こいつは最早無理難題レベル…まあ最初から向こうさんにクリアさせる気が無い事は分かっていたが……

 

それでも諦めるつもりは微塵も無い、物理が駄目なら……

 

「キリト!リーファ!少しの間援護してくれ!」

 

そう言うやいなやすぐさまスペルを綴る……現在撃てる中で最高の魔法をこの槍のエクストラ効果で放つ。唱え終わると同時に数多の火矢が奴らを射ぬかんと飛んでいく。

 

「ーーッチ!駄目かよ!!」

 

それでも奴らを突破するには足りない。確かに眼前に佇むガーディアンの何十体かは倒せた、しかし倒した先から増えていくのではいくらやったってこの壁に穴なんて空きやしない。まるで焼け石に水ーー与えているのは水ではなく火なのだが……なんていうどうでもいい考えすら浮かんできた。

 

ともかくこの状況は…

 

「マズイよな……」

 

上から次々とこちらに突っ込んでくるガーディアン共を捌きながら苦々しく呟いた。

 

これじゃあいくら時間が掛かっても突破なんて不可能だ。そして突破が不可能という事は俺たちは嬲り殺しにされる…という意味だ。誰がどう見たって勝利は絶望的…と思われる。

 

だが現状を打破する一手はーー実はある。《魔槍ブリューナク》のエクストラ効果……完全に一か八かの賭けになるしこれを使ってしまえば俺は完全に戦力外通告を受ける事になるから最後まで取って置きたかったのだが……まあここがその最後って事だな。

 

そう結論付けた俺はその最後の一手を発動しようとしてーー

 

「「「「「オオオオオォォォォォォォ!!!!」」」」」

突如下から沸き起こった鬨の声に驚き手を止めるのであった。

 

 

 

 

下を覗くとそこには銀色の鎧を身に纏い緑色の翅をはためかせた数十人ものプレイヤーがいた。あれはーーシルフの連中か?!

 

「すまない、遅れてしまった」

 

「サクヤ!来てくれたんだ!!」

 

大声を上げたのはシルフ領主サクヤさん、おそらくは急ピッチで準備をしてこの部隊を連れて来たのだろう。見るからに熟練だと分かるプレイヤー達だ、まあ全員同じ兜を被っていて顔は分からないのだが……

 

しかし、そんな屈強な戦士達の中に失礼ながら場違いな知り合いが一人いた。緑色のおかっぱ頭に気弱そうな雰囲気を纏っている少年、確か名前はーー

 

「コレン、だったっけ?」

 

「違います、レコンですよ!誰なんですか、コレンって!!」

 

俺の言葉に捲し立てる勢いで答えるコレン軍曹ーーではなくレコン。そんなレコンに気づいたリーファは驚いた表情で尋ねる。

 

「レコン!あんたどうしてここに?」

 

「サラマンダーとシグルドの仲間から全力で逃げて来たんだよ。それとここに来たのは勿論、僕の剣はリーファちゃんに捧げているからだよ」

 

「あんた、こんな時でもよくそんな事を……天才的に馬鹿ね」

 

「ちょっと!酷いよ、リーファちゃ~ん」

 

そんな二人のコントのようなやり取りに思わず笑みが溢れる。なんというか…見ているこっちが微笑ましくなるような不思議な光景だ。きっと本来の俺はそんな光景を外からーーそれこそ向こう岸から他人事のように眺めているだけで十分だったのだろう。全く…不相応な望みなんて持つものでは無いな。まあ俺の事はどうでもいいので置いておいて……

 

「それにしてもこんなに早くシルフの部隊が来てくれるとは…」

 

「シルフだけじゃないヨー」

 

「うおっ?!ビックリした…。いつからいたんですか、って何ですかソイツは……」

 

一人言の筈であった俺の呟きにこの場に似合わないそんな暢気な声で答えたのはケットシー領主のアリシャ・ルーさん、驚いて思わず振り返ると、彼女は爛々とした赤い目に漆黒の鱗…巨大な翼を持ったドラゴンに跨がっていたのだ。えっ?何このそこらのボスより威圧感たっぷりな奴らは?!

 

「ケットシーの飛竜(ドラグーン)部隊…本当にあったんだ……」

 

「そう!虎の子の飛竜部隊だヨー!」

 

リーファの呟きにまるで大事に隠してきた宝物を見せるかのようにニンマリと笑うアリシャさん。そのまま彼女はケットシーの戦士たちに号令を掛ける。

 

「飛竜隊、ブレス攻撃用ーー意!!」

 

その言葉と共に横一列に並んだ飛竜の口から今にも解き放たれんとする炎が…その様子を見て、負けじとサクヤさんも扇子を振り上げ凛とした声を張り上げる。

 

「シルフ隊、エクストラアタック用ーー意!! 」

 

その号令と共にシルフの剣士たちはその剣を頭上に掲げる。

 

「ファイヤブレス、撃てーーー!!!」

 

「フェンリルストーム、放てーーー!!!」

 

その言葉と共に必殺の攻撃が放たれる。飛竜の口から出される灼熱の息吹きは容易くガーディアンの群れを焼き払い、剣から放出された何十もの鮮やかな雷は一体、一体を確実に射ぬいていく。

 

一気に体勢を崩すガーディアン達…その様子を見てサクヤさんは声高らかに宣言する。

 

「全軍、突撃!!!」

 

「オオオオオオォォォォォォ!!!」

 

突然の援軍、戦場は混沌となりガーディアン共の注意は一気に分散される。流れは来た……後はただ駆け抜けるのみ!

 

「行くぞ、キリト!今しかねえ!!」

 

「ああ!二人とも、援護は任せた!!」

 

言葉少なく駆け出す。上へ上へ、ひたすら上を目指す……立ち塞がる蝿共を力づくで捩じ伏せて。

 

「ーーーーくっ!!」

 

「スグ!!」

 

「行って!お兄ちゃん!!」

 

だが途中のガーディアン達の突撃でリーファは墜ちていく。助けようと引き返そうとするキリト、だが彼女は傷つきながらも先に行け、と声を張り上げる。

 

そんな彼女の思いを背負って俺たちは更に上を目指す。しかし、眼前には未だ増え続けるガーディアン共が…

 

「オオオオォォォォーーーって何すんだよ、タツヤ?!」

 

「バーカ、攻撃役(アタッカー)壁役(タンク)より前に出るんじゃねえよ」

 

先行しようとするキリト…だがそいつを押し退けて俺は前に出た。全く……ここでお前が特攻してどうするんだよ、そういうのは俺みたいな脇役の仕事だ。

 

そして俺は奴らの群れのど真ん中目掛けて突貫した。槍を振り回し、貫き、ダメージなど考えずにひたすら前にーー邪魔する蝿共を蹴散らして突き進む。

 

しかし限界は訪れる…十体ものガーディアンが一気に俺の身体に剣を突き刺した事によって俺の体は地面に墜ちて行く。道は切り開けなかった……しかし俺の中にあったのは突破出来なかった悔しさではなく満足感だった。

 

「行って来い!キリト!!」

 

ここから先は俺みたいな端役の出番ではないのだ。後は繋いだ、最後は主人公らしく決めてくれよ、キリト。

 

「オオオオォォォォォォォォォ!!!!」

 

そしてキリトは剣を天に掲げて立ち塞がるガーディアン共を蹂躙しながら真っ直ぐ突き進んでいく。

 

高く、高く……キリトは登り詰める。ここにいる全員の想いを乗せて…。何者もそれを阻む事は叶わずあいつは誰も未だ達した事が無い頂上へ辿り着くーーー筈であった。

 

だが次の瞬間。俺が見たのはーーー突如現れた真っ黒な穴から出現した巨大な刃にキリトが袈裟斬りされる姿であった。




無事クリアだと思いましたか?ところがぎっちょん!!!!

それとテンション高い時の主人公は書いていて楽しいです(笑)ちなみにうちの主人公、テンションが上がり過ぎるとガンダムのライバルキャラやら悪役の台詞を叫ぶという悪癖があったりなかったり(笑)

そしてここまで引っ張りまくっている《魔槍ブリューナク》のエクストラ効果。それが明らかになる日は果たして来るのでしょうか?最悪このまま御蔵入りという可能性も(笑)

それでは次回予告です。
タツヤ達の前に立ちはだかるのはこれまでのガーディアンとは明らかに一線を越す相手、最強の相手を前に彼らはどう立ち向かうのか!!
次回『ラストバトル』にレディーゴーーーーー!!!


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第三十三話:ラストバトル

大変お待たせいたしました。
感想やお気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。
申し訳ありませんが次回の投稿はテスト明けの一か月後になりそうです。

それではどうぞ


 あの時…あのまま迫り来る無数のガーディアンを突破したキリトが世界樹の上に辿り着くーーー筈だった。

 

しかし、突如虚空から現れた巨大な腕がキリトを斬り裂きそれを妨げた。訳も分からず唖然とする俺たち…そんな俺たちの気も知らず、その刃は後ろに吹き飛んだキリトに再び迫ろうとする。

 

「お兄ちゃん!」

 

最初に動いたのはリーファであった。斬られたキリトの元に駆けてその腕を防ごうとする。だがーー

 

「きゃああああ!」

 

そいつは剣諸ともリーファの体を吹き飛ばした。再び巨大な剣がまるで死神のような鎌のように二人に襲い掛かる…

 

「させるかよ!」

 

俺は一旦槍を背中に仕舞い二人の手を掴んでその凶刃をかわした。しかし、さらに襲い掛かる凶刃…ともかく距離を取らないと、俺は二人の手を引っ張り下がる。すると虚空が広がり中から何かが出て来た。

 

それは奇妙な存在であった。大きさは十五メートル程、異常に長い手足に突起物のように飛び出た肩、装飾華美かつ豪華絢爛な剣と黄金の兜、それに鎧を身に着けた中世の鎧の騎士とエイリアンを合わせたような外見のモンスター。神々しさ、というよりは痛々しいほどの成金趣味な印象を見ている者に与えるであろう。

 

一目見てヤバイ相手だと分かる敵。だがーー

 

『わざわざ馬鹿正直に相手する必要は無えよな!』

 

俺たちの目的は上に辿り着くことだ。こんな図体がデカイ奴なんて無視して進めばいい。俺は上空目掛けて翔んでいくが奴は標的を俺に変えてその長い腕を振るう…

 

だがーー

 

『動きがバレバレだぜ…!』

 

動きは速いが躱せない事は無い!俺は翔びながらその腕を躱し続けた。そして上に辿り着く一歩手前でーーー

 

『ーーーッチ!マジかよ…!』

 

思いっきり弾かれた、おそらくはあいつを倒さないと上に行けない仕組みなのだろう。全く…!誰だよ出て来るのが雑魚ガーディアンだけって言った奴は!とキレるのを我慢してこいつと向き合う。

 

正直かなり厳しい相手だ。下を見るとシルフケットシー連合はまだ雑魚ガーディアン達と戦っている。援護は望めないか…つまりキリト、リーファと俺の三人でこいつを倒さないといけないという事だ。

 

正直分が悪いが、やらなきゃここまで来た意味が無くなる。おそらく俺たちが世界樹に挑めるのは今回が最初で最後だろう。それに…

 

『きっとこれがーーー俺が出来る最後の戦い…』

 

最後くらいは全力を出さないとカッコつかないだろう。

 

「キリト、リーファ、とっととこのデカ物を倒すぞ」

 

「ああ!こんな所で時間なんて潰せるか!」

 

「うん!行くよ!」

 

そして俺の最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 先ずはリーファとキリトが突っ込む、すると奴はそいつを迎え討とうと両腕の剣を降り下ろした。

 

「ーークッ!」

 

「ーーこんのっ!」

 

そんな重たい双戟を二人は受け止める。得物同士が火花を散らす音が鳴り出す。しかし段々と圧され始める、それもその筈あの巨体から出る力は半端ではないのだから。それでもーー

 

『サンキュー』

 

こいつらのお陰で隙は出来た。俺は死角である背中から奴を突き刺さそうとする、狙いはあいつの頭…一番ダメージを与えれるであろう場所だ。そこ目掛けて翔び出そうとしてーー

 

「ーーーチッ!嘘だろ!?」

 

俺は驚愕の声を上げた。それは俺の体が突然打ち上げられたからだ、腹に走る不快感…それを味わって俺は自分がこいつに蹴り上げられたのだと理解した。ふざけた野郎だ、ムカつく程にな…!

 

「うお?!」

 

「きゃあーー!」

 

流石の二人もこれ以上あの剣を受け止め続けるのは不可能だったようで吹き飛ばされる。よく耐えてくれたと称賛したい所なのだが生憎そんな余裕はここにいる誰にも無かった。強過ぎだろ……!!

 

それに先制攻撃は失敗してしまった、状況は最悪だ。それでもーー

 

「まだだ!」

 

当たらないなら当てるまで攻めるまで…俺たち三人は再びこいつに飛び込んでいく。奴の周りを飛び回る事で翻弄してなんとか隙を作ろうとする。

 

するとーー

 

「畜生!なんだよ、その動きは!!」

 

奴はその体を独楽のように高速回転させた。まるで鎌鼬のように近づく相手を斬り刻もうとするそれを防ぎきる術などはなく慌てて距離を取る。動きが普通の敵と違い過ぎる、トリッキーというよりは最早あれは滅茶苦茶だ。さらに俺たちを追いかけるように回転し続ける巨体が俺たちに迫り来る。

 

だがーー

 

「キリト、リーファ、悪いけどそのまま逃げ回ってくれ。出来るだけ相手を動かないようにな」

 

二人は無言で頷き翔んで行く。そんな二人を尻目に俺は上昇して独楽野郎よりがいる位置より高度が高くなる。

 

こいつの死角…それは、回転する事で防御も攻撃も出来なくなる場所…すなわち中央だ。まさに台風の目のようなそこ目掛けて俺は急降下する。二人に注意がいっている奴はそんな俺の攻撃に気づかず俺の槍が深々と脳天に突き刺さるーーと思っていた。

 

「なっ?!馬鹿な!!」

 

しかし現実はそうはならず俺のスピードが乗った渾身の一突きは奴の兜に弾かれた。そこにあるのは掠り傷程度のダメージエフェクトのみ…攻撃を受けたそいつは俺の攻撃なんぞに蚊に刺された程度も感じていない顔をしていたのだ。

 

『こいつは長丁場になりそうだ……』

 

これから起こるであろう戦いの困難さを感じて、俺は内心溜息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦い続ける事数十分、俺たちは未だにこいつに決定打を与える事が出来なかった。攻撃を与える事自体難しいし、何よりこいつの硬さがそれを邪魔をする。

 

少しずつ、本当に少しずつだが相手のHPを削っていく。まるで岩盤を紙ヤスリで削っていくようなそれに内心うんざりする。気が遠くなるような作業だ、まあそんな馬鹿げた作業なんてある筈が無いとは思うが……

 

「ほら、もう一度行くよ!」

 

「分かってるって。あんまり飛ばすなよ?」

 

そんな気を吹き飛ばすように渇を入れるリーファに俺はおちょくるように返し、二人であいつに突っ込む。すると奴は回し蹴りをするような動作に入った。

 

「?どういう事?」

 

リーファも当然のながら奴の行動に違和感を感じる。それもその筈どう考えてもこの距離からでは奴の蹴りは当たらないのだ。それこそ脚が伸びでもしない限り、ではあるが……

 

二人して注意深く奴の動きを一挙一動凝視するが変化は見られない。つまり奴はただ当たらない回し蹴りをするだけだという事……そんなあり得ない行動に俺の直感は凄まじく警鈴を鳴らした。

 

「伏せろ、リーファ!」

 

「えっ?!ちょ、ちょっとタツヤ君!!」

 

彼女の襟首を掴んで奴の蹴りの軌道の延長から体をずらす。俺も同じように体を反らしてギリギリ軌道上に立たないようにした。

 

瞬間ーーー俺の眼前を高熱の粒子の束が通り過ぎた。

 

有り得ない……最初に感じたのはそんな感想だった。だって俺はこいつを知っていたのだ。実際に目にした事は無いがテレビの中では幾度となく見てきたのだ、間違える筈が無い。あれはーーー

 

「ーーービームサーベルかよ」

 

奴の両脚の先端からは眩い閃光が刀身のように形作っていた。間違いない、あれは昔見てたアニメに幾度となく出て来たビームサーベルだ。いつからここは妖精と魔法の世界から宇宙世紀に突入したんだ?という当然の疑問が湧いたが、まるで何かを放出するような構えを取るそいつの姿にそんな疑問も一瞬で消えた。

 

「避けーーー防御しろ!!」

 

慌てて二人に危険を伝えようとしたが遅すぎた、まるで全身に砲身が付いているかのように奴の体から飛び出したビームが俺たちを蜂の巣にしようとする。

 

嵐のように吹き荒れるビームの弾幕をかわしきる術などはなく俺は盾で叩き落とし、キリトはその大剣を自身の前に出して防ぐ。

 

「ーーーック!!」

 

「クソ、が!!」

 

それでも全てを防ぎきる事は叶わず防御の合間を縫ってビームが俺たちを貫いていく。奴の体からは依然として火が噴いており、俺たちは防戦一方になる。

 

だから俺たちは一つ忘れている事に気がつかなかった、自分たちの事で一杯一杯になっていて彼女の事を忘れていたのだ。

 

「きゃあーーー!!」

 

「マズ、リーファ!!」

 

リーファの叫び声に俺はようやく気づいた。俺には盾がキリトには大剣があってあの弾幕から身を守る事が出来る、だがリーファには防ぐ術が一つも無いのだ。だからといってこんな網のように張り巡らされた弾幕ではいくら空中戦の得意な彼女でも防ぐ事は出来ない。

 

案の定俺が見たのはビームで貫かれた箇所からダメージエフェクトが出ておりその華奢な身体を地面に向かって真っ逆さまに墜ちているリーファの姿であった。

 

「キリト、時間を稼いでくれ!」

 

「分かった、頼んだぞ!!」

 

あの厄介なデカ物の相手をキリトに任せて俺は一目散に現在落下中のリーファの元に駆けつける。

 

間に合え、間に合え、間に合え……!!

 

「大丈夫か?」

 

よし、間に合った!俺は所々ダメージエフェクトが上がっている彼女の右手を掴みながら尋ねる。

 

「うん。翅が少しやられちゃったけど、なんとか」

 

「タツヤ、リーファ、気をつけろ!!」

 

リーファが一応無事だった事にホッと一安心するも束の間、キリトの切羽詰まった声に反応すると、そこには胴体からこちらに向けてビームを放つ奴の姿があった。

 

放たれたのは先ほどのような糸のように細いビームではなく濁流のような極太のビーム……そいつが俺たちを飲み込もうとしていた。

 

「間に合わない!タツヤ君逃げて!!」

 

悲痛なリーファの声、現在翔べない彼女ではあの攻撃はかわせないし、俺もリーファを抱えたまま避ける事は不可能だ。彼女の言う通り俺だけでも逃げる方がベストなのかもしれない……

 

でもなーー

 

「悪いけど、逃げるって俺が一番嫌いな言葉なんだよな」

 

せめてこの世界では逃げずに戦う。そう俺は決めたのだ…俺は彼女の前に立ち左腕の小盾を構えて押し寄せる光の濁流を受け止めようとする。

 

「おおおおォォォォ!!!」

 

二人して光に飲まれていく……雄叫びを上げて必死に耐えてみても体中からダメージエフェクトが上がりHPは凄い勢いで減少していく。体から悲鳴が上がる、それでも俺はそんな声を無視してひたすら耐え続けた。

 

ようやく眩しいばかりの閃光が止む、HPは半分ほど無くなっているがなんとか無事だ。振り返ると後ろのリーファも無事のようでホッとする。良かった……

 

ちなみになんとか俺たちは無事生きている訳ではあるが、このビームの威力が見た目の割りに低いとかではない、実際まともに受けていたら俺たちのHPは一瞬で消えていただろう。やっぱ……

 

「流石にミノフスキー粒子じゃなかったか……」

 

どうやらこんなビームでも一応魔法扱いらしい、というのは俺が無事なのは明らかに左腕に装着されているこの小盾の特徴にある、と簡単に予想出来るからだ。

 

この盾の特徴……それは魔法に対する高い防御力だ。魔法威力を半分以上カット出来るという正に魔法に対する最高の盾だ。だからこそ俺はこの盾には欠陥があると思っていた、ガーディアンには魔法を使ってくる奴なんて一体もいなかったからだ。

 

なんというか……この盾といいこの槍といい、ここに来てからの自分の悪運の強さには正直驚いている。少し引くぐらいだが…

 

「もう翔べるか、リーファ?」

 

「うん、大丈夫。ごめん守って貰っちゃって…」

 

「気にすんな。俺が勝手に防いだだけの話だ」

 

申し訳なさそうな彼女に俺はそう返す。実際彼女は俺に逃げろ、と言ってくれたのだ。そんな彼女の言葉を無視して自分勝手に彼女を守っただけの話だ、責められる事はあっても謝られる事は無い。そんな事よりも……

 

「……見えたか、リーファ?」

 

「うん。見えたよ」

 

どうやらリーファにも見えたらしい、ビームを射ち終わった後の奴の胴体の中が……

 

「黒い球体が入ってたよね?」

 

「ああ、間違いない」

 

そう……奴の開いた胴体から一瞬だけではあるが確かに黒い丸い物が見えた。おそらくは、あれこそが奴のただ一つの弱点……

 

「でもあんな所狙えないよ、どうするの?」

 

リーファの当然ながらの疑問…彼女の言う通りあそこを狙って攻撃するのはほぼ不可能だ。あんなビームを掻い潜って懐に入るなんて至難の技だし胴体が開いているのはあのビームを射った後の一瞬だけ。親切なのか不親切なのか……このゲームを作った奴の性格の悪さが痛いほど分かる敵さんだ、と少しばかり憂鬱な気分になる自分に鞭を打ち取り敢えずの打開案を考えてみる。

 

「……ともかく時間を稼ぐ、かな」

 

確かに時間は惜しいし、早く進まないとこっちが不利になる事は分かっている。それでもこの未知数な化け物と戦うには圧倒的に情報が足りない、攻撃パターンやらを把握して対策を建てないと返り討ちに遭うだけだ。

 

なるべく早くこいつの突破口を探さないと……

 

「つう事で頼んだぞ、リーファ。一番速いお前が頼りだ」

 

「え?!で、でも、さっきのたくさん出るビームが来たら私でも避けれないよ」

 

「そんなん言われなくても分かるさ」

 

リーファの意見の通りだ…奴の体から出るあの散弾のようなビームは絶対に避けれない、こんな狭いフィールドであんな馬鹿みたいな数の弾なんてかわせる訳がないのだ。だからーー

 

「俺がリーファの盾になる。そうすれば出来るだろ?」

 

すると彼女は申し訳なさそうに顔を沈めてか細く鳴いた。

 

「でもそれじゃ私はただの足手まといじゃ……」

 

「はあ?何言ってんだ?」

 

「だってそうでしょ!私をカバーするよりタツヤ君一人の方がずっと動きやすいじゃん!!」

 

そんな自分の無力さを噛み締めるような彼女の表情を見てーーー俺はようやく気づいた。つまり彼女は勘違いをしているのだ、と。まあ今回の非は間違いなく俺にあるのだが……

 

「あー、わりい。言葉足らずだったわ」

 

「……えっ?どういう事?」

 

「生憎俺ってお前らみたいな反射神経ないんだわ、だから盾で防ぐしか出来ない。でも盾だって耐久値があるからこのまま受け続けたら最悪壊れちまうだろ?だからーー」

 

そして俺は彼女の目を見て告げる。

 

「つまりは俺の翅になって欲しい」

 

「は、翅?」

 

「例え話だよ。簡単に言うと俺をなるべくあれに当てないように誘導して欲しいって話だ。やってくれるな?」

 

その言葉を聞いて彼女は堂々と胸を張って俺に宣言した。

 

「うん、分かったわ!大丈夫、タツヤ君には指一本触れさせないから!!」

 

「ほぉ~~、そいつは頼もしいな」

 

彼女らしい自信に満ちた言葉に思わず口元が綻んでしまう、自分で言うのもあれだが正直かなりの無茶ぶりだ。俺みたいな足手まといを連れて彼女がいつも通りの動きが出来るかなんて分からないし、俺の方もその動きに完璧に合わせて彼女を守りきる事が出来るのかなんて不確かだ。

 

それでも彼女の表情から不安は微塵も感じられない。それだけ自信があるという事だ。その自信が彼女の実力から来るものなのか、それとも俺と一緒だからなのか……後者を思いつくのは少し自惚れが過ぎるだろう、きっと前者に違いない。

 

「そんじゃ、エスコートよろしく」

 

普通ならエスコートするのは男の方の役目ではあるとは思うのだが……適材適所という奴だ。そして俺は彼女の前に右手を差し出す。その手を彼女は嬉しそうな笑顔をこちらに向けて握る。

 

「うん!行くよーー!!」

 

そしてトップスピードで翔び出した彼女に連れられる、というよりは引き摺られるような形で俺も続いた。風のように速い彼女に引っ張られる事で彼女のスピードを体験するわけではあるが…まるでジェットコースターに乗っている気分だ、リーファの全力の飛行にまるで脳内を揺さぶられるような感触を味わう。

 

これを一言で表すなら……

 

『殺人的な加速だ!!』

 

うん、一番これがしっくり来るであろう。まさにこの状況に見事にマッチしている、ここが仮想世界でなければどこかの上級大尉のように吐血でもしていたか体がGに耐えきれずに粉々になっていたに違いない。とまあ俺の下らない考えはさて置き……

 

『よくこんなのをかわせるよな』

 

彼女の動きに素直に感心してしまう。出鱈目に飛んでくる無数のビームを避け続けるなんて至難の技だ、少なくとも俺は絶対に無理だと自信を持って言える。胸を張るような言葉ではないのはさておき…つまりは彼女の反射神経はキリトに匹敵するのではないだろうか?という事だ。

 

兄妹揃ってこんな反射神経とは……こいつらの家は一体どんな訓練を積ませたのだ?と率直な疑問を感じた。彼らの反射神経にはどこぞのパイロット育成機関もビックリであろう、と軽口はここまでにして彼女に迫って来る弾を防ごうとする。

 

「あらよ、っと」

 

そんな気の抜けるような声を発しながら俺はこちらに向かって来るビームを叩き落としていく。リーファがほとんど躱してくれるお陰で俺の仕事はかなり楽だ。少しばかり余裕が出来た俺は彼女に話掛ける。

 

「この調子で頼むぜ、リーファ」

 

「任せて!!」

 

そんな彼女の頼もしい言葉を受けて俺たちは再び空を駆け抜けるのであった。

 

 

 

 

 

 時間を掛けてこいつの動きを見極めて分かった事は三つ。一つはこいつの全身からのビームは奴の周囲数十メートルの距離に入るとひっきりなしに射ってくる事、弾切れはなく死角も存在しない。二つ目は腹部からのあの巨大なビーム、あのビームは奴の散弾ビームの範囲外の止まっている対象に向かって射ってくる事。三つ目は極太ビームを射っている時、あの散弾ビームが正面だけは止む事だ。

 

つまり突破口は正面だけ……正面から先ほどの弱点と思わしき場所に攻撃を当てるしかこいつを倒す道はない。勿論何度も攻撃は出来ない、一回やれたらいい方であろう。

 

チャンスは一回だけ……一撃必殺の技をぶち込むしか勝機は無い。だがそのためにはもう少し頭数がいる。俺たちと同レベルかそれ以上のプレイヤーが……

 

「はあああぁぁぁ!!」

 

そんな声に反応してーーというのは些か都合が良過ぎる考えとは思うが人影が一つ現れる。緑色の長髪を靡かせ着物を羽織った女性サクヤさんだ。彼女は素早い動きで奴の懐に入り込むと視認するのも難しいような高速の太刀を浴びさせる。

 

「………思ったより硬いな。ルー、頼んだ」

 

「はいはーい。サクヤちゃん、任せてね」

 

彼女は手応えの無さに少し顔を顰めながら、ここまで来たもう一人の人物アリシャ・ルーさんに呼びかける。彼女はまるで乗っている飛竜を自分の手足のように動かして縦横無尽に飛び回りながら奴目掛けて灼熱のブレスを撃ち放つ。

 

「……あれ?あんまり効いてないみたいだよ?」

 

「サクヤにアリシャさんまで?!下の方は大丈夫なんですか?」

 

気の抜けるような暢気な言葉ではあるが声色が少しばかり焦っているように聞こえる。そんな突如乱入して来た彼女たちにリーファは驚きながらも尋ねる。すると二人は余裕たっぷりな表情で答えた。

 

「大丈夫だ。優秀な副官に任せて来たからな、あのガーディアン達ぐらいならなんとかなるさ」

 

「そうそう。それよりこっちの方が厄介そうだからね。君たちを助けに来たんだよ」

 

そんな二人の心意気と救援に両手を上げて喜びたいところではあるが、残念ながらそんな余裕はここにいる誰にも無い事は分かっている。それでもようやく駒は揃った、こいつを滅ぼすための現状最高の駒だ。

 

「キリト、リーファ、サクヤさんにアリシャさん」

 

「ん?どうしたの、タツヤ君?」

 

俺の呼びかけに全員の視線が俺に集まる。そんな視線を受けながら俺は意を決して彼女たちに現状を打開出来うるであろう可能性がある作戦を提案する。

 

「すまねえ……皆の命をくれ」

 

さあ、引導を渡してやるぜ!金ピカ野郎!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が四人に伝えたのは《魔槍ブリューナク》のエクストラ効果とこいつにわざとビームを射たしてその隙に俺が突っ込んで奴に止めを刺す、という単純な作戦であった。危険な賭けではあるのだが現状それ以外に手が無いということもあり四人共了承してくれた。

 

「さて、始めるか」

 

誰に言うまでもなく独り呟き俺はスペルを唱える。魔法を放つためのものではなくこいつの力を解放するための呪文……

 

しばらく唱え続けていると右手の槍に変化が起きる。ゆらゆらと陽炎のように燃え上がり、少しずつその姿が霞んでいく。しかし唱え終わると同時に変化が起きる、先ほどまでの幽鬼のような静かな炎は荒々しく全てを燃やし尽くそうとする爆炎の槍となる。

 

こいつが《魔槍ブリューナク》の最後のエクストラ効果……あの《魔神ルーグ》の必殺の一撃と同じものをたった一度だけ放つ、という効果だ。そいつの威力はこの身で経験済み、あれを直接食らえばどんな敵でもタダではすまない。倒せるかどうかは半々ではあるが、現状で最も威力のある攻撃には違いない。しかし放った瞬間に武器の耐久値が急激に減少し壊れるという文字通り最後の一撃……

 

制限時間は発動してからの三分間。その間にあいつにこいつを叩き込まなければこいつの効果は切れて槍は消滅する…勝利は俺の手に掛かっているという事だ。責任重大ではあるが……

 

「最後のお仕事だ。頑張ってくれよ、相棒」

 

そんな重たい責任を紛らわすためにここまで一緒に戦ってきた俺の片割れに小さな声で語りかけた。

 

こいつとの付き合いはそれこそ二日程度という短い間ではあったが中身の濃い二日間であった。俺には過ぎた武器ではあったがこいつのお陰で俺みたいな奴でもここまで来れたのだ。もうお別れだが最後まで一緒に戦ってくれ、と労いの言葉と喝を込める。

 

「今だ、タツヤ!! 」

 

「応よ!」

 

キリトの合図に従い盾を前に出しながら全力で翔び出す。つまりは囮役の四人の後ろで俺がスタンバイしてビーム発射と同時に俺が最高速度で前に行くのだ。

 

押し寄せる極太ビームを盾で押し返しながら前に翔んで行く。しかしーー

 

『ーーチッ!パワーが足りない』

 

こいつのビームを押し出して奴の弱点に辿り着くにはこのボロボロな翅の推進力では圧倒的に足りなかった。ビームが止む頃には俺はまだ半分の距離も進めていなかったのだ。もっと速くだ、もっと速く動かさないとこいつは突破出来ない。

 

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

雄叫びを上げながら再び突撃するが結果は変わらず俺は途中までしか行けない。盾の耐久値だってもう限界だ、それこそ後一発受ければ壊れてしまうだろう。だけど次こそは……!

 

具体的な解決方法も浮かばないまま猪のように突っ込む。そのままあのビームと衝突する一歩手前という所でーー

 

「なっ………?!リーファ?どうして?だっておま『どうして、じゃないよ!人には散々考えて動け的な事言っといて自分だって考え無しじゃん!!』」

 

腕をリーファに掴まれてそのビームを避けさせられた。囮役の彼女がここにいる筈が無いのに、と疑問の声を上げるが捲くし立てるような彼女の怒声にそんな声も消される。そんな彼女に俺は言い訳をするように返した。

 

「しゃ、しゃあねえだろ?他に手が無かったんだし……」

 

俺のそんな言葉に彼女は眉間を手で押さえながらはあ~と溜め息を一つ溢す。

 

「あのね…それを無謀っていうの。あなたらしく少しはなんか作戦考えなさいよ」

 

「それじゃあ、リーファには何か作戦あるのかよ?」

 

呆れたような彼女に俺はムスッとしながら返す。どっちにしろ俺に特攻以外の選択肢は残されていないのだ、失礼ながら彼女にそんな知恵が回ると思えない事から編み出した意地の悪い問いかけであったのだが。そんな事はどこ吹く風、彼女はニヤリと笑みを浮かべる

 

「ええ、勿論」

 

「………へぇっ?」

 

あまりの予想外な返答で目を真ん丸にする俺。そんな面白い俺の顔を見て、彼女はしてやったり、と満足げに微笑むのであった。

 

 

 

 

 リーファからの提案は二人分の出力で奴のビームを突破するという力押しの戦法であった。一人で無理ならさらにもう一人増やすという単純ではあるが誰も思いつかないであろう作戦……

 

『二人ならいけるよ!』

 

そんな彼女の自信満々な言葉に思わず『青臭くね?』と言ってしまった俺は悪くないであろう。まあ拗ねた彼女を宥めるのは中々骨の折れるものではあったが……

 

それでも彼女の言葉に何故か俺は安心する。人の精神状態は伝染するらしいが、それなら彼女はこんな不確かな状況でも自分の勝利を微塵も疑ってないという事だろう。本当に頼もしい限りだ。

 

「タツヤ、今だ!!」

 

聞こえたのはキリトの声。こいつが本当のラストチャンス……失敗は許されない。

 

だけど不思議と不安は無かった。俺のすぐ傍には彼女がいるから、彼女の存在が不安なんて吹き飛ばしてくれるのだ。だから絶対に行ける。俺の中には根拠の無い確信が生まれていた。

 

「よし!行くぞ、リーファ!!」

 

「うん!行くよ!!」

 

そして二人一緒に正面から光の渦に翔び込んだ。

 

「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

二人して喉が裂けそうになるほどの烈声を上げながら翅を全力ではためかせて前へ進む。攻撃の余波で傷つく体を気にもかけず、翅が引き千切れそうになっても更に速く動かし前へ突き進む。盾はついに耐久値を全て削られ消えたが、それでも左腕を盾にして進んで行く。

 

衝撃に耐えられず消滅する左手、近づいていく距離……そして奴まであと十数メートルという所でビームが止んだ。

 

「そんな!?ダメなの?」

 

「いや、まだだ!!」

 

そう叫んで俺は奴に向かって突貫する。この距離だとどんなに速く翔んでも奴に接近するのは不可能だ。

 

だけどーー

 

「ここは…俺の距離だ!」

 

俺は自らの得物を空いている胴体目掛けて投げた。槍は矢のように真っ直ぐ飛んでいき、吸い込まれるように奴の弱点であろう黒い球体に突き刺さる。

 

その瞬間ドーンという爆発が起きた。爆発という一言では済まないような轟音に爆炎…周囲数十メートル近くを覆うようなそれに当然ながら俺も巻き込まれる。全身を焼き尽くそうとする爆発の余波を肌で感じて俺はこいつの威力が予想以上であった事に驚く。

 

そして期待する。こんなヤバイのを食らったら流石に(やっこ)さんも死んだだろう、と……

 

だが眼前を炎で包まれている俺の視界には粉々になったであろう奴の姿は見えなかったのであった。

 

 

 

キリトside

 

 俺がさっき見たのはタツヤが投げた槍が奴の胴体の中に入っていき同時に物凄い爆発が起きる瞬間であった。未だ広がり続ける爆炎からは何も現れない。タツヤの姿も、直撃を食らった奴の姿もだ……

 

「やってくれたか?」

 

「……」

 

サクヤさんの問いかけに無言で答える。分からない、まだ分からないが……妙な胸騒ぎがする。SAOでの二年間の経験で培った第六感めいたものが俺に警笛を鳴らす。まだ終わっていないのではないのだろうか、と……

 

「ーーークソっ!」

 

「そ、そんな……」

 

最悪の予想が的中し、爆炎から現れたのは先ほどの巨大な黄金騎士であった。左腕と右脚は付け根から千切れており全身のあらゆる箇所からダメージエフェクトが上がっており明らかに瀕死の状態だ。

 

それでも奴はまだ生きている。その事実は俺たちに絶望感を与えるには十分過ぎるものであった。もうさっきと同じ手は使えない、こいつを倒す事は出来ない……ここにいる全員がそう感じていたであろう。

 

「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

その爆炎から出て来た一人の人間以外は………

 

 

 

 

 まさかまだしぶとく生きてやがるとは………全く念には念をって言葉の通りだ、と俺は目の前にいる金ピカ騎士野郎を睨みつけながら心の中で呟きながら突っ込んで行く。

 

だが目の前のこいつは突撃する俺の姿に驚く事なく佇んでいる。確かに普通に考えれば武器が無い奴が突っ込んで来たところで何も怖くない、《体術スキル》を取っていなければどうやっても素手で相手にダメージを与える事なんて不可能だからだ。

 

普通ならばーーであるが………

 

実は四人に伝えていない事が一つだけある。それは一撃で倒せなかった場合の話だ。あの四人には倒せなかったら次回に持ち越しなんておどけてみたが勿論本心ではない、絶対に今日この時にキリトを送り届ける……そのためにはあいつを完璧に葬むる必要があった。

 

つまり俺は保険を用意していたのだ、まあ保険というほど立派なものではないが…………

 

俺の保険とはこの右手だ。まるで紅蓮を纏ったように赤々と燃え盛る右拳…火属性魔法《エクスプロード・マグナム》…魔法とは基本遠距離攻撃をするものであるこの世界において異端である相手に接触する事で発動する爆裂魔法だ。

 

そんな魔法を俺はブリューナクを投げる前に発動していたのだ。《魔槍ブリューナク》のエクストラ効果である魔法威力のブースト…威力を増大させたこの一撃を満身創痍のあいつに叩き込んでーー今度こそぶちのめす……!!そんな意思を拳に込めて俺は駆け出した。

 

体を低くして拳を腰に構えながら弾丸のように翔び続ける。目指すは閉じようとしている胴体内部の黒い球体……

 

しかし俺の意図をようやく理解したのであろう…奴は右腕をこちらに振り回す。ただ弱っているからだろうか、奴の動きに先ほどまでの鋭い洗練されたものはなく軌道も予想しやすいものであったから容易く避けて前に進もうとした。

 

だが…………奴はそれで十分だったのだ。この場を守りきり俺らに絶望感を与えるにはそれだけで十分だったのだ。

 

「なっ!?は、翅が!!」

 

何故ならーーーー俺の体はゆっくりと仮想の重力に従い墜ちて行っているからだ。つまり気づかぬ内に俺の翅の限界が来てしまっていたのだ。これまでの体を省みない戦いで翅はボロボロとなり消耗しついには飛行出来なくなってしまったのであった。心なしかあいつの無機質な能面が『ざまあみろ、お前なんかが俺に勝てる訳ねえだろ』と嘲笑っているように見えた。

 

ああ…なんていう情けない最後か……と俺は自分の無力さに嫌気が差す。手筈まで整えて貰ってこのざまとは…情けないを通り越して笑えてくるぜ。

 

いや、俺は元々無力だった。無力で無価値で無意味…仮想世界(こちら)の俺も結局は同じだったのだ、現実世界(あちら)の俺と…

 

レア装備で身を固めてもどんなに策を労しても中身が空っぽな俺では他人に何かを与えてやれるなんて出来る訳がなかったのだ。悪い……キリト、結局俺じゃあお前の助けにはなれなかった…内心俺に終始明るいものを見せてくれた恩人に謝罪しながら俺はゆっくりと流れに任せて墜ちて行く。

 

いくら足掻こうと今さら…残念ながら当然の結果だったのだと俺は諦めており、ここにいる全員が諦めているものだと思っていた。

 

だが俺は失念していたのだ、俺なんかを信じていつも無茶ぶりに答えてくれる彼女の存在を。

 

「諦めるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そんな俺を叱りつけるような声が聞こえるまでは……

 

 

 

 

 

「り、リーファ?!」

 

「そうだよ、あなたの翅のご到着ってね」

 

 俺を叱りつけた声の主リーファはこっちに翔んでくるや否や俺の右腕を掴む。すると次の瞬間には先ほどの穏やかな表情から一変、ムスッとした表情で俺を睨みつける。

 

「全く……私たち今までずっとコンビ組んでるんだよ、勝手に一人で突っ走らないで。大丈夫。どんなに困難な状況も私たち二人なら出来るよ、これまでだってそうだったでしょ?」

 

そう笑顔で彼女は俺を諭す。その言葉と笑顔は俺の心をまるで静まりかえった炎が再び再燃するように奮い立たせた。彼女の言う通り諦めるのにはまだ早過ぎる、彼女という最後の手はまだ残されているのだから………

 

まあ年下に諭されるというのも変な気分ではあるが……うん、悪くない。最後に貴重な経験をさせて貰った事に感謝しつつ俺はいつものように軽口を叩く。

 

「そうだな。そんじゃ俺をあいつの所まで届けてくれ、速達でな」

 

「うん!振り落とされないように気をつけてね?」

 

彼女は華のような笑顔のまましっかりと俺の右腕を掴み全力で翔び出す。彼女らしく真っ直ぐ…ただ真っ直ぐに、最短距離の一直線をまるでロケットのように翔んで行く。(やっこ)さんも迎撃しようと手を振りかざすがそんな鈍い動きで全速力の彼女を捉える事など不可能だ、気づいた頃には俺はすでにそいつの急所のあと約十数メートルという位置に届いていた。

 

「!!またあれ?!」

 

だが奴も殺られまいと全身からビームを出そうとする動作に入る、こんな至近距離で受ければたちまち俺たちの体は虫食いだらけになるだろう。どちらが先か………おそらくはあいつの方が先になるだろう。だからーー

 

「俺を飛ばせ!早く!!」

 

「え?!わ、分かった」

 

戸惑いながらも彼女は短いスペルを唱える、風属性魔法《エアーショット》…前方に風の塊を飛ばす初級魔法だ。そいつを背中に受けて俺は奴の弱点目掛けて飛び込む。当然ながらビームの雨に晒されるが、(リーファ)が背中を押してくれるから留まる事無く俺は進み続ける。

 

「お届け物だぜ、鉄仮面」

 

そして全身穴だらけの満身創痍で奴の胴体にしがみつきこいつに話し掛ける。色んな意味でお届け物であろう、死への片道切符ではあるが。それにしてもこいつもこんな半端者に倒されるとは……少しばかり同情してしまう。まあ…………

 

「残念だが、さようならだ」

 

どこぞの双子の悪役の台詞で死刑宣告をしてそのまま拳でその黒い球体を貫く、元々先ほどの攻撃で元々ガタが来ていたのであろう、硝子のように容易く貫通しピキピキと罅が入った。

 

そして次の瞬間。俺は爆発に巻き込まれる、両腕ともすでに無くなっており今度こそ流れに任せて地面に墜ちて行く……俺が最後に見たのは崩れ落ちる金ピカ野郎の姿と全速力で上昇するキリトの姿……

 

「全員、撤退!撤退だ!!」

 

さらにこれ以上ここにいても被害が増えるだけだと判断したサクヤさんによる撤退命令に従いシルフ、ケットシーの両名がこの場を離脱する。ようやく長い長い戦いが全て終わったのだと俺は感じた。

 

それにしてもーーー

 

「随分はしゃいじまったな……」

 

落下しながら満足げに呟いた。こんなにはしゃいだのは何時以来だろうか?もう思い出すのも難しいぐらい昔の事かもしれない。楽しくて、嬉しくて、眩しくて、暖かくて……すごく貴重な経験を味わらせて貰った。もう二度と味わう事が出来ないであろう素晴らしい日々であった。本当に感謝の言葉しか思い浮かばない……

 

だが楽しい時間とは早く終わるもの……もうこんな明るい場所とはおさらばの時間のようだ。ほら、丁度いい具合に俺の目の前に二体の雑魚ガーディアンが来た、どうやらこいつらが俺に引導を渡してくれるらしい。

 

こんな雑魚に殺られるとは………なんともまあ締まらない終わり方ではあるが実に俺らしい。あいつらにお別れの言葉を言えないのが心残りではあるが、まあいいだろう。数日も経てば俺の事なんぞきっと忘れてくれる。

 

目を閉じて自分の終わりを受け入れる…このまま無抵抗な俺の体をこいつらの剣が貫き、俺はこの世界から解放されるのだ。

 

「ごほっ!!」

 

行き成りもの凄い勢いで襟首を掴まれ自然落下のコースから外されなければ………ではあるが。

 

行き成りの事で首が絞まったかのような感覚に陥った俺はくぐもった情けない声を上げながらそんな乱暴な事をした奴を見上げる。するとそこにはーー予想通りリーファがいた。どうやらわざわざ俺を助けに来てくれたようだ。

 

だがーー

 

『これはちょっと……面倒な事になったかな?』

 

彼女のその雰囲気になんというか……どこぞの閃光様のバーサーカーモードに匹敵するものが見えた俺は、これから起こるであろう説教の数々に憂鬱な気分になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界樹から出ると同時に彼女の説教は始まった。『なんで勝手な事ばかりするの?』とか『最後のあれとか全然私たち聞いてないんだけど』などありがたい小言を貰う事数分、最後は『心配したんだから……』と涙ぐむ彼女に抱きつかれることで説教は終わりを迎えた。どうやら心配を掛け過ぎたらしい、そんな彼女の優しさに少しばかり微笑ましい気分になりながら彼女の髪を撫でる。

 

「心配してくれてありがとな」

 

そう言いながら撫で続けると彼女はくすぐったそうに目を細める。が、しばらくするとどこか物憂げな表情で上を見上げた。その視線の先には世界樹の頂上がある。

 

「お兄ちゃん、大丈夫かな?」

 

彼女は兄を心配する妹の声で呟く、彼女も一人で行かせてしまったのは不安になるようだ。暗い表情の彼女に俺は出来るだけ普段通りあっけらかんと答える。

 

「安心しな。あいつは危なっかしいけどこういう時には誰よりも頼りになる奴だ」

 

「うん。そうだね」

 

俺の言葉に彼女は先ほどとは一変穏やかな表情になり頷いた。これで心配はいらないだろう、後はお邪魔虫が退散してハッピーエンドだ。予定ではサラマンダー領で独り寂しくログアウトするつもりだったのだが……まあどこでやっても同じか、と自分を納得させる。

 

「じゃあなリーファ、俺はもう帰るから」

 

「ちょっと待ってタツヤ君」

 

だがメニューを開いてログアウトボタンを押すだけの所で彼女に呼び止められる。この数秒後、俺は反射的に手を止めてしまった自分を殴りたいような気分に陥る事となるのだ。

 

それは彼女の目にまるで絶対に逃さないという強い意志を感じてしまったからだ。彼女はそんな強い意志をその青い眼に秘めさせて告げる。

 

「お願い、私と戦って」

 

そのあまりに突拍子な言葉に俺の思考はしばらくフリーズするのであった。

 




ラストバトルと言ったな……あれは嘘だ(笑)

今回出て来たオリジナルの敵さんですが流石の傲慢、慢心、変態なゲ・須郷さんでもいざって時の保険ぐらい用意しろよ……と思って出しました。

まあ、戦闘方法はちょっとやり過ぎた感がありましたかね?

でも当初の予定のファンネル、隠し腕装備と分離機能をつきと比べればいくらかマシ(笑)になったのではないでしょうか?

ちなみ他にも実はあの盾はスタービルドストライクのアブソーブシールドでビーム吸収してからのRGシステムでビルドナックルをさせるつもりだったり、敵に突っ込む時に『ユニヴァァァァァァァァァス!!』と叫ばせるつもりだったり、止めの時には『爆熱!ゴッドォォォフィンガー!!』と叫ばせるつもりだったのですが……キャラが違う!!!(笑)という事で諦めてしまいました。

それでは次回予告です。
突然のリーファからの挑戦状、その意味とは?そして彼はその戦いの先に何を見るのか?
次回『決闘!リーファVSタツヤ』にレディーゴーーーーー!!!!


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第三十四話:決闘!リーファVSタツヤ

お気に入り登録や感想を書いて下さった方々ありがとうございます。

本当は一か月後に投稿する予定だったのですが『試験勉強なんてやってられるか!!』と現実逃避しました(笑)

お待たせいたしました。それではどうぞ。




 決闘して欲しい…いきなりそんな事を彼女リーファに言われた俺は当然ながら驚いた。そりゃそうさ、こんな疲弊した状態で決闘なんて正気の沙汰じゃないし、そもそも決闘する意図が分からない。大体……

 

「武器が無い奴がどう戦えっていうんだ?」

 

「……えっ?あーー、えっと、それは…………」

 

俺の言葉に彼女は困ったように目を泳がす。俺の今までの得物《魔槍ブリューナク》は先ほどの戦いで壊してしまった。残念ながら俺に予備の槍なんて存在しない、つまりもしこのまま決闘するのなら俺は素手で彼女に挑まなくてはいけないのだ。未だどうすればいいのか分からず困惑するリーファ。しかしそんな彼女に助け船を出す人が現れた。

 

「ほら、これでいいのか?」

 

そんな言葉が聞こえるや否や俺の目の前に何故か緑色の槍が差し出される。俺はその槍を持って来た人を目を細めていぶしかげに見る。

 

「何で槍なんか持ってんですか?」

 

俺の問いかけに槍を目の前まで持って来た女性サクヤさんは大人の余裕を漂わせながら俺に答えた。

 

「偶々ストレージに入っていただけだよ。大丈夫。さっきの君の槍ほどではないがそれも業物だ、十分に使えるだろう」

 

そういう訳では無く俺が言いたかった事はなんで赤の他人に武器なんて渡すんですか?という事だったのだが、どうせ上手い具合にはぐらかされるだけだ、と早々に諦める。はあ~、相変わらず食えない人だ…………

 

そんな内心溜息をついた俺は彼女に再び視線を合わせる。その真剣な瞳は『早く戦おう』と語り掛けていた。だけど正直もう現実に戻りたかった俺は彼女に反論する。

 

「なあ、別に今じゃなくても良くねえか?」

 

俺の至極当然な主張。しかし彼女は首を横に振ってNoと答える。

 

「ダメ。今じゃないと絶対にダメなの」

 

その眼に宿すのは強固な意思…そんな眼を見てしまったらただ事ではないのは一目瞭然だ。それにそんなに真剣な表情をされては黙って立ち去る事なんて出来ない。

 

「なんで今じゃないとダメなんだ?」

 

「だってタツヤ君、もうここに来ないつもりでしょ?」

 

その言葉にーー俺は思わず目を丸くする。図星だった。あの戦いの前から誰にも言わず決めていた事を彼女は意図も容易く言い当てたのだ。そんなあり得ない事実に動揺しつつもなるべくいつもの俺らしく返そうとする。

 

「はあ?何言ってん『とぼけないで』…………」

 

だがそんな俺の言葉を彼女の鋭い一言は一蹴した。どうやら誤魔化しは効かないようだ、俺を見詰める彼女の真剣な瞳がそれを物語っている。俺は両手を上げて降参のポーズを取り、おちゃらけながら問いかけた。

 

「そうだよ。よく分かったな。もしかしてリーファってエスパーか何かか?」

 

「分かるわよ。あなたとここまでずっと組んで来たんだもん。あなたが考えている事ぐらい分かるわ」

 

ずっと、か…………それこそ二日間程度の付き合いしかないだろうにという事はさて置き。ここまでで分かった事はこれ以上このふざけた口調は止めるべきだ、という事ぐらいだ。彼女の意図は分からないがそれぐらい真摯に彼女と向き合わなければならない事であるのは彼女の様子から明白、俺は彼女の目をしっかり見る。

 

「それで……何で勝負なの?」

 

俺は彼女に尋ねる。すると彼女はこちらをきつく睨みつけながら答えた。俺にとって最悪の答えを……

 

「私が勝ったら、一つお願いをしたいの」

 

ああ、そうか……、俺はようやく彼女の意図を理解した。彼女のお願いなんて簡単に予想がつく。つまりは紗夜()と仲直りをして欲しいという事だ。自分という前例があるから尚一層その気持ちが大きくなってしまったのだろう。

 

だがそれは出来ないのだ。俺と彼女の状況はあまりにも違う……別に彼女とキリトの溝が浅かったと言いたい訳では無い。彼らの溝は深く埋めるのは困難であり、彼女がそれを成し遂げた事を否定するつもりは毛頭無いのだ。

 

ただーー俺と彼女の溝の深さの違い……いや、最早溝を通り越して穴だ。どんなに埋めようとしてもスッポリ抜けてしまうように絶対に埋まりはしない。きっと最初はそうでは無かった、確かに深い溝ではあっただろうがそれでも辛うじて溝だったのだ。可能性は低くても埋める事が出来たかもしれない溝……しかし時間が経つと共にそれは広がり、深まりーーついには底なしの穴になってしまった。もう手遅れだ。万が一の可能性さえ存在しない。

 

「嫌だね。大体その勝負、俺に何の得があるってんだ?」

 

「私が負けたら……あなたのお願いを何でも聞くわ。それでお相子でしょ?」

 

「付き合ってられない。何がお相子だよ。悪いけど、こっちとらリーファにお願いしたい事なんざ一つも無いんだ」

 

そもそも、もう会わないと決めた相手に何をお願いするというのだ?俺の事を忘れないでくれ、とかか?

 

ーー馬鹿らしい、寧ろ俺の事なんざとっとと忘れて金輪際思い出さないで欲しいものだ。その方が彼女のためであろう。

 

「大体、人様の家庭事情に口出しするなんて図々しいんじゃねえのか?お前にそんな義理なんざ無いだろ?」

 

もうこれでこの話は終わりとばかりに俺は彼女に止めを刺す。流石にこれで彼女も黙ってくれるだろうと俺は期待したのだが……現実は上手くいかないものだ。

 

「……確かに義理なんて無いよ。でもあなたにはもう後悔なんかして欲しく無いの。だってーー」

 

そして彼女は意を決してその言葉を口にする。自分の心情を、これまで自分の胸に積み重なってきた想いを。

 

「あなたの事が好きだもん!!」

 

そんな突然の愛の告白に、サクヤさんやアリシャさん、周りのシルフ・ケットシーの戦士たちは目を真ん丸にして驚き固まる。端から見たらまさに時が止まったように見えるだろう。

 

一方、俺はその言葉を受けて冷静に、無感情に考える。…………取るに足らない世迷い言だ。彼女には少しばかり心苦しいが真実を突きつけてやろう。

 

「あのな、お前は好きって感情を勘違いしているんだ。率直に言っちまえば、キリトへの好意を代わりに俺に向けちまっている。謂わば俺は取っ替えの利く代価品だよ」

 

代価品というよりは劣化品の方が正しいのだがそれはさて置き、おそらく彼女にとって相手は誰でも良かったのだ。俺が選ばれたのはただ彼女の近くにたまたまいただけの話……それによって起きてしまった不幸だ。だから彼女の想いはただの勘違い…………

 

「違う!!!」

 

だが彼女はそんな俺の言葉を強く否定する。そして、まるで剣のように鋭い眼光で俺を睨みつけた。

 

「お兄ちゃんの代わりなんかじゃない!私はあなただからいいの!!あなただから好きになったの!!!」

 

捲し立てるような勢いで放たれた彼女の言葉に流石の俺も絶句してしまう。どうやら俺を好きになったという気持ちに嘘偽りは無いと思い込んでいるらしい。

 

どうやら俺は気づかぬ内に彼女にそれほどの想いを募らせてしまっていたようだ。全く……そういうのはそれこそキリトの役目だろうに…………

 

……仕方無い。彼女にそんな気持ちを抱かしてしまった責任はきちんと取るべきだろう。

 

「それでもやっぱ、お前の恋は間違ってるんだよ」

 

彼女の誤解を解くーーという方法ではあるが。

 

俺の冷淡な声に彼女は顔をしかめた。そして自分の想いを否定された彼女は噛みつくように反論しようとする。

 

「間違ってなーー」

 

「いや、間違ってる。そもそもお前が好きって言う相手なんざ端からいないんだ」

 

仮に……それこそ仮にだ。彼女が本当に俺の事が好きなのだと仮定しよう。だけど彼女が好意を抱いたのは俺では無い、そいつはタツヤというもうここにはいない人間だ。

 

「お前が好意を持っていたのはお前とこれまで一緒に戦ってたタツヤって人間なんだ。だが俺はそいつとは違う。お前だって見ただろ?情けなくて、自分勝手で無様で退屈で救いようがない最低最悪の屑野郎…………あれが本物の俺だ」

 

きっとタツヤという奴はそれこそ燃え尽きてしまったのだろう。キリトを送るため自らの命を燃やし、灰になって跡形も無く消えてしまったのだ。だからタツヤ()竜也()は全くの別者…………

 

「……じゃあ、あの時のあなたは何だったの?」

 

「さあな…………」

 

彼女の疑問に俺は曖昧に返す。……確かに何だったのだろう。俺にも皆目検討がつかないが、きっと俺は夢を見たかったんだ。あの頃の人らしい俺に憧れ続けていて……だからこの世界で必死にタツヤ()を演じていただけなのだろう。

 

なんて事は無い。俺は仮面を被っていただけの憐れな道化師だった。なんともつまらない結論だ。

 

「つまりお前は俺に幻想を抱いてたんだよ。もうそろそろ夢から醒めるべきじゃないのか?ついでに俺の事なんか記憶の中から消去しとけ」

 

恋に恋する時間は終わりだ、と残酷にも彼女に告げる。

 

大丈夫、真っ直ぐで優しくてちょっと男勝りなところもあるが可愛らしい彼女のような女の子をほっとく男なんてそうはいない。きっとすぐにでもいい相手が見つかるだろう。

 

だからこそ、俺なんて男に勘違いであれ一度でも惚れてしまったという汚点なんざとっとと消した方が彼女のためだ。

 

そう……俺は染み、真っ白なシーツを汚す染みだ。消えて無くなればいい。

 

しかしそんな俺の意思とは裏腹に彼女はまるで出来の悪い生徒に教える教師のように穏やかに語りかける。

 

「あなたは、やっぱり何も分かってないよ」

 

分かってないのはお前の方だ、と内心彼女に舌打ちをする。どこまでおめでたい奴なんだお前は、あんな俺を見ながらまだそれでも信じているのか?おめでたいを通り越して苛立たしい。

 

もうこれ以上話を続ける訳にはいかない。俺は彼女に乱雑に吐き捨てた。

 

「じゃあこう言えばいいか?お前が嫌いだ。二度と顔なんぞ見たくない。とっとと目の前から消えてくれ」

 

完全な拒絶の言葉ーー酷い人間だと思うが今さら何を、だ。これまでの行動を振り返れば俺が血も涙も無い人でなしであることは明白……善人ぶる必要なんて欠片も無い。

 

ーーもうこれで全て済んだ。後は彼女から怒鳴り声なり罵声なり貰って幻滅してくれれば万事解決だ。

 

しかし彼女は依然変わらず俺を見据える。まるで俺の心の中を覗き込んでいるように……

 

「…………それがあなたの本心なら、今すぐにでもいなくなるわよ」

 

彼女が言ったのはただそれだけの短い言葉。それでも、いやそれだからこそ彼女の鋭い真っ直ぐな言葉は俺の心にグサリと突き刺さる。

 

彼女の事が嫌い?二度と顔を見たくない?本当か?ーーーそんな訳がないだろ!だって彼女と一緒にいた時間はあんなにも楽しくて、嬉しくて、輝いていたのだ!嫌いになれる筈が無い!!

 

でも、でもーーこれ以上俺はそんな明るい陽だまりの中にいる訳にはいかないのだ!

 

「あなたはあの優しいままのタツヤ君だって、私信じてる」

 

何で、何でそこまで真っ直ぐに俺を信じられるんだ!そんなに信じられたらーー本当にそんな気になっちまうだろうが!!俺だって少しはマトモな人間なんだって、あいつに赦して貰えるんじゃないかって希望を持っちまうだろうが!!!俺は心の中で暴れ続ける自分を抑えつけ、泣き叫びたい衝動を必死に我慢しようとする。

 

クソ!クソ!クソ!クソ!なんで……なんで俺はこんなにも苦しいんだ!!なんで泣きそうになるんだよ!!

 

昔よりも弱くなってしまった自分。こういう自分の弱さを痛感するたびに俺はいつも思う、やはり俺は暖かい場所に居すぎたんだ、と……

 

最初は偶々だった。偶然他人と関わってしまったばかりに俺はそんな暖かい場所に連れ出されてしまったのだ。最初の頃は面倒だ、厄介だぐらいにしか考えていなかったし煩わしいとさえ思っていた。しかし何時からだろうか……俺は自分から陽だまりの中に入って行くようになっていた。

 

何時死ぬかなんて誰にも分からない世界……死が誰の身近にもあった世界。そんな世界だから俺は暖かい場所を無意識に求めていたのだろう、まるで夜の灯に蛾が誘われるように。死ぬ前ぐらいは良い思い出で満たされたいと思っていたのかもしれない…………

 

そんな幸せを俺は二年間もの間享受してきた。その内に俺の心は脆く弱くなってしまったのだ。

 

だけどもうそんな時間は終わりだ。弱い自分では独りで生きるなんて出来ない。だからーーそんな自分とは決別するのだ。

 

そのためにはーー俺は彼女を冷たく睨みつける。彼女が俺をそんな夢に縛りつけようと言うのなら…………彼女は俺の敵だ。慈悲も容赦もしない。完膚無きまでに彼女を打ち倒そう。

 

「いいぜ、とっとと始めよう」

 

そして俺は彼女に宣告する。大丈夫、どうせ勝つのは俺だ。万が一にも彼女に勝機は無い。俺の中にあったのは自信ではなく確信。機械のように淡々と彼女のHPを削るだけの楽な作業だ、間違えようが無い。最後(結末)は分かり切っている。

 

ようやくーー夢から醒めれる。俺は心の中で掠れた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

リーファside

 

 

 

 

 ようやく決闘を受けてくれる気になったタツヤ君。だけど私を見る目はどこか冷たく、敵意に満ちているのにどこか空虚でーー私の知っているあのタツヤ君とはまるで違っていた。

 

例えるなら人形。姿形は私たちと何も変わらない筈なのに、空っぽで血の通っていないような……そんな冷たい瞳だ。私は初めて見る彼のその瞳に背筋が凍りつくような恐怖を感じた。本当は私が感じていたタツヤ君なんていなくてこれが彼の本性なのだと……そう感じてしまいそうなほど

 

でもーーその瞳の奥に私は泣いている彼を見たのだ。泣きたくて泣きたくて仕方無いのに、心を閉ざして必死にやせ我慢をしている彼の姿を……

 

彼が頑なに妹を拒んでいる理由は分からない。もしかしたら彼が胸に溜め込んできた想いは私なんかが思いもよらないほど暗く重い物なのかもしれない。

 

それでもーー逃げるのはだけは間違っている。だって逃げていたら何も手に入らないから。幸せも温もりも、いい事も悪い事も何にも手に入らないから。

 

だから彼には彼女と向き合って欲しい。彼女のために、そして何より彼自身のためにも。きっと彼は余計なお節介だと、ほっといてくれと言うかもしれない。それでもーー

 

『好きな人には幸せになって欲しいからーー』

 

だから私が彼の背中を押してあげるんだ。彼が私の背中を押してくれたように。だからーー

 

『絶対にーーーー負けない!!』

 

私は強く剣を握り、彼の目を見据えるのだった。

 

 

 

 

 

「とっとと始めよう」

 

 そう言って俺は武器を構えて穂先を彼女に向ける。対照的に彼女は武器に手を掛けてはいるが真っすぐ見詰めるだけだ。そんな彼女に俺は苛立ちながら言う。

 

「おい、早く武器を構えろよ」

 

「私は全力でやりたいの。あなたの左手が元に戻るまで待ってあげる。ついでにHPも全回復して」

 

ああ、そうか。どうやら彼女は律儀にも俺の左手が部位欠損状態から回復するまで待ってくれるらしい。ここで拒否しても頑固な彼女は聞かないだろう。面倒ではあるが彼女の言葉に従おう。

 

そしてようやく治った俺の左手の部位欠損状態。ついでに俺はストレージからポーションを取りだし一気にそれを飲み干す。ゆっくりと回復していくHP、準備は整った。お互いに武器を構えて睨み合う。リーファは真っ直ぐな瞳に強い意志を覗かせて、対する俺はどこを見ているのか分からないような空虚な目で。

 

開戦の合図はリーファの袈裟斬りだった。トップスピードで放たれたそれを槍を手元に戻して防いだ後にお返しにと胴体目掛けて一突き。だが彼女はその軌道を剣でずらすとそのまま滑り込みながら胴斬りを行う。それを横に跳んでかわし、槍を横に振るい彼女の喉元を斬り裂こうとする。

 

「はあああ!!」

 

しかし彼女はしゃがんで難なくそれを躱す。そして切っ先を俺に向けながら突っ込んで来た。だがーー

 

「えっ?!ーーーかはっ!」

 

彼女の驚愕の声。それは彼女が俺に辿り着く前に地面に倒れた事によって起きたものだ。

 

簡単な話、俺が槍で足払いをしたのだ。さっきの薙ぎ払いはこれを行うためのフェイント。彼女が突っ込んで来る事は分かり切っていたためにやった事だ。そして俺の目の前には無防備にも仰向けに倒れ込んでいる彼女の姿があった。

 

そんな彼女をほっとく理由などなく、俺は槍を頭上高くまで上げる。そして未だ動けない彼女の腹部目掛けて無慈悲にも思いっきり降り落とした。

 

「ごほっ!!」

 

ハンマーのように重たい衝撃に目を見開きくぐもった苦痛の声を上げる彼女。そんな彼女を一瞥する事なく俺は二発目に入ろうとする。しかし彼女も黙ってそんな事を許すような人間ではない、彼女は仰向けの状態から翅を出して後ろ向きに翔ぶ事によってそれを避けた。

 

離れる距離に訪れる静寂……それに堪えかねて性懲りも無く彼女は再び俺に突っ込んで来る。

 

案の定彼女は俺の思った通りに動く。突き、胴斬り、袈裟斬り。突きをを体をずらして躱し、胴斬りと袈裟斬りを槍を盾にして防ぐ。

 

そして次に放たれるのは彼女渾身の最速の頭を狙った斬り下ろし。当たれば致命傷になるだろう。あくまで当たればーーの話だが。

 

「う、嘘?!」

 

だがそんなものは当たる筈が無い。分かりきった攻撃なんていくらでも対処が出来る。俺はただ彼女がそれを放つ前にその軌道を読み取りそこに槍を沿えただけの事。だが彼女は目を見開いて驚嘆している。自分の最高の一撃がいとも簡単に防がれたのだ、動揺するのは当たり前だ。

 

何で俺が彼女の攻撃を正確に読む事が出来るのか。それはこれまでの経験と勘とーーーこれまで一緒に組んで来た事に由来する。彼女と組み過ぎたばかりに容易に先読み出来てしまうのだ。だから俺は絶対に負けない。後出しじゃんけんで負ける人間がいないように。

 

そのまま彼女は俺から大きく距離を取り、こちらを睨みつける。だがその様子に先ほどまでの気合いは見られない。彼女も俺に自分の攻撃が通用しない事を悟ったのだろう。俺はとっとと諦めてくれないものかと彼女に視線を送る。

 

「まだまだ!!」

 

しかし彼女はまだ諦めるつもりはないらしい。先ほど喪失した筈の気合もよく見れば戻っている。タフな奴だ……ウザい程にな。こういうのは精神的動揺とかに強い部類の人間に違いない。

 

仕方ない……俺は彼女目掛けて走り出し、始めて自分から仕掛ける事にした。

 

「ーーくっ!!」

 

突きの連続。突然、俺から攻めた事に驚いた彼女は防戦一方になった。流石の彼女でも何度何度もしつこく自分に迫り来る穂先を躱し切る事など出来ず肩や脚などを貫かれる。

 

このままでは嬲り殺しだ、そう感じた彼女は翅を広げて戦いの場を地上から空へと変えようとする。おそらくは自分の有利な場所で俺と戦いたいのだろう。つまりは俺が彼女に誘いに乗る事を祈っての行動ーー

 

「えっ?!きゃああぁぁぁぁ!!」

 

だがーーそんな彼女の意思を無視して俺は彼女を撃ち落とした。放たれた火球は翅を焼き、そのまま彼女は地面へと落下する。これで彼女は数分は翔べない。俺は彼女が落下するであろう場所に走り止めを刺そうとする。ただ墜ちる事しか出来ない彼女には避ける術などなくこのまま串刺しにして終わりになる筈だ。

 

だけど彼女はーーそんな俺の突きを剣で弾いてみせた。

 

馬鹿なっ!最初に感じたのはそんな驚きだった。だって俺の槍に完璧にタイミングを合わせるなんて……

 

「言ったでしょ…!あなたの事なんて簡単に分かるって!!」

 

そう自信満々に告げるリーファ。その様子は嘘をついているようには思えなくてーーー。落ち着け、あんなのはただのまぐれだ。偶々彼女の剣と俺の槍が当たってしまっただけの事。もうこんな事は二度と起きない。そう自分に言い聞かせて俺は再び攻める。薙ぎ払いーーと見せかけての振り落とし。こういうフェイントに弱い、ましてや疲弊し切っている彼女では避ける事も防ぐ事も出来ないであろう一撃。

 

それでもーー彼女はあっさりとそれを防いだ。力を込めて押しても彼女はビクともしない。一体どこにそんな力があるのか……。ここまでの戦いで彼女にそんな余力が残されている訳が無いのに……

 

「どうしたの?さっきまでの勢いが無くなってるよ?」

 

「…………うるせえ」

 

こちらに不敵な笑みを浮かべる彼女を睨みつけながら苛立たしく吐き捨てた。そして彼女を押し潰すために俺は全体重を槍に込める。彼女の剣の上に俺の槍が乗っかっているという状況や体格差から俺が圧倒できる筈なのだ!筈なのに……!!

 

『なんで少しも動かないんだよ!!!』

 

彼女はあの体勢から一ミリも動いていない。俺の全力に彼女は耐え続けているのだ。有り得ない!有り得ない!有り得ない!!この馬鹿力が…………!!!

 

そんな俺の動揺など露知らず彼女は俺に問い掛ける。全く持ってこの場に関係が無いであろう事を……

 

「何でそこまで自分を追い込むの?」

 

その言葉に俺は何も返さない。追い込む?意味が分からない。俺はただ逃げているだけだ、追い込んでなどーー

 

「すごく苦しいのに我慢なんかして、心を閉ざしてーーどっからどう見ても追い込んでるよ!!」

 

違う!俺は苦しくなんか無い!!そんなものは持ち合わせていない!!俺は何にも感じない、感じる必要も無いのだ!!!知ったような口で……!!!俺の頭は怒りで一杯一杯になる。

 

「自分を追い込まないで!辛いなら私があなた支えるから!だからーー」

 

「黙れぇぇぇぇぇ!!!!」

 

その言葉が限界だった。怒り心頭の俺は大声で叫びながら彼女を槍で突き飛ばし睨みつける。仮面は剥がれ、その目からは彼女に対する憎悪の感情が滲み出ていた。

 

「何が支えるだ!冗談も大概にしろ!!大体お前みたいな奴に俺の気持ちなんかが分かってたまるか!!!」

 

ああそうだ。彼女みたいな眩しい人間が俺みたいな奴を理解出来る筈が無い。彼女のような真っ直ぐな人間には俺みたいな臆病者の気持ちなんてーー

 

「分かるよ。私だって逃げようとしたんだから」

 

しかし彼女は俺にそう返す。そしてポツリとそれでいて俺に聞こえるように呟いた。

 

「お兄ちゃんに好意を伝えたらこの関係が壊れちゃうんじゃないかって怖くてずっとこの感情から目を背けてきた。だけど私ずっと辛かった、自分に嘘をつき続ける事が……」

 

でもね、そう言って彼女は俺に優しく語り掛ける。その表情はどこか少し明るかった。

 

「そんな我慢もついに限界が来ちゃってお兄ちゃんに酷い事を言っちゃった。それでもね、今なら言って良かったと思うの。だってそのお陰で私はお兄ちゃんと元に戻れた」

 

そして彼女は強く俺を見詰め返す。真っ直ぐ透き通るような瞳で俺を見詰める。

 

「だからあなたにも正直になって欲しい。あなたの本心から彼女と向き合って欲しいの」

 

その言葉はスッと俺の心に入り込む。そう……本当は俺だって紗夜と向き合いたかったのだ。向き合って謝って昔みたいな兄妹に戻りたかったのだ。彼女の言葉に俺がこんなに動揺してしまうのは彼女が俺の本当の願いを知っているからなんだ……

 

「あなたはきっと人一倍臆病なだけ。もし一人で進むのが難しいなら私も手伝ってあげるから」

 

その上彼女はそんな俺の願いを手伝ってくれると言う。こんな俺の願いを、だ。嘘偽りの無い真っ直ぐな彼女の言葉。ああーーなんて優しい言葉なのだろうか…………

 

「…………ありがとう、リーファ」

 

「タツヤ君…………」

 

俺は心から彼女に感謝する。いくら感謝してもしきれないほど彼女には感謝している。きっと俺という人間の人生はリーファという心優しい少女に会えただけでも幸福だったのだろう。相変わらず、俺は人の縁には恵まれているらしい。今も昔も変わらず…………

 

きっとこれは、神様が俺なんかにくれたささやかな贈り物なのだ、と俺はどこぞにいるかは知らない神様って奴に感謝する。----本当に、ありがとうございます。

 

「でも、もう俺は戻れないんだ。ごめん」

 

「タツヤ君!!」

 

でももう俺は戻れない。時間が戻らないように彼女との間の絆も戻りはしない。昔読んだ小説に出て来たサラマンダー(山椒魚)のように自分の殻という穴倉に籠もり続けてきた俺ではもう何も明るい物は手に入らないのだ。

 

だからーー俺は再び仮面をつけよう。自分の感情を誤魔化し自分を偽り……独り悲しく生き続けよう。俺にはそんな道しか残されていないのだから。

 

そして俺は未だこちらに悲痛な表情を向ける彼女に槍を向けて走り出した。

 

 

 

 

リーファside

 

 彼が強がっているだけだと確信した私。だからこそ彼に色々と揺さぶりを掛けた。彼の想いを吐き出させるためにわざわざ彼の攻撃に耐えてみせたり、彼に真実を突きつけたのだ。その度に少しずつ彼の心の鎧が剥がれて行っく。だから私は『やっぱりあなたと彼は同じなんだ』と思えて内心嬉しかった。それで一時は彼を救えたんだと思ったんだ…………

 

だけどーー駄目だった。彼はまた仮面を被り直してしまった。深く、深く…もう二度と外さないように。そのまま彼は無感情を貼りつけたまま槍を振るう。その槍戟を私は受けるだけで精一杯になる。彼が強いからとかじゃなくて、彼の姿を見ていたら悲しくて戦う気なんて無くなってしまったのだ。

 

そのまま私は攻撃する事無く彼の攻撃を受け続ける。傷は増えていき、戦意を喪失した私は遂に剣を構える事さえ出来なくなり手をおろす。そして最後に私はーーー胸を貫かれた。

 

減少していくHPを見てこれで終わってしまったのだと思った。結局私には彼を助ける事なんて出来なかった。自分の無力さが悔しくて悔しくて……私は涙が出そうになるのを堪えたくて顔を俯かせる。風前の灯火のHP、どう頑張っても私にはもう無理だと思った。

 

そんな時、彼の声が聞こえた。掠れるようなか細い声だったけどはっきり聞こえたのだ。

 

「---------」

 

その言葉はーー私が無くしてしまった闘志を奮い立たせるにはあまりにも十分なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやくーー終わった、俺はそう確信した。槍に貫かれているリーファは抵抗せず諦めたように顔俯かせている。これで彼女のHPはすぐにも無くなり俺の勝ちだ。俺は独り寂しく安堵した。

 

確定した勝利、変わらない結末……だからだろうか、最後にどうしても俺は彼女に言いたい事があった。それは俺が彼女に贈る最後の本心からの言葉ーー

 

「…………ありがとう。さようなら」

 

たった一言、それだけを伝えたかった。彼女に贈る手向けの言葉。だけど俺は気づかなかったのだ。その言葉がーー彼女の闘志に再び火を灯すなんていう事は…………

 

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

顔を上げた彼女の顔にあったのは不屈の意志。彼女は喉が千切れんばかりの雄叫びを上げなから一歩一歩と前に進む。突然の事に俺は慌てるが今更足掻いたところで同じだ。貫通継続ダメージによる敗北から槍で貫かれての終わりに変わるだけ……結果に何も変化は訪れない。だから俺は槍を引き抜こうとしてーーーーー

 

『なっ?!こいつ……!!』

 

引き抜く事は叶わなかった。俺の槍はピクリとも動きはしない……彼女がそいつを強く握り締めているせいで、だ。彼女は不快感に顔を歪めながらもその槍から手を外そうとしない。まるで絶対に逃がさないとでも言っているように……

 

その間にも彼女は俺に近づいて来る。緩慢に、それでいて力強く……一歩、一歩と近づいて来る。俺はそれを黙って見ている事しか出来なかった。

 

そして結末はあっさり訪れる。最初は右腕が斬り裂かれた。次には胴体が切断され俺の体は戦う事も逃げる事も出来ずに宙を舞う。

 

自分が想い描いたのとは全く異なる結末、有り得ない終わり方、絶対に勝てる筈の戦いでの敗北。それでも、彼女に負けた理由なんて俺が一番分かっている。至極当然な理由だ。

 

彼女は全力だった。全身全霊で俺と向き合っていた。端から逃げているだけの俺が勝てる道理なんて無かったのだ。それこそ最初から勝敗は決まっていたのだろう。

 

つまりーーー

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

『この戦いに向ける覚悟の違い、か……』

 

そうして眼前に迫り来るのは鋭い刃。彼女の意志を具現させたかのようなその真っ直ぐで綺麗な太刀筋に、俺はあっさりと敗北を認めるのだった。

 




これを書いていて思った事を一つ、『あれ?主人公ってリーファだっけ?(笑)』

という事で今回はリーファが大活躍でした!そして彼女の説得(物理)も発動です。大丈夫、タツヤはこれからが本気ですから(笑)

それでは次回予告です。

決闘に負けタツヤはリーファからのお願いを聞く事となる。そして現実ではキリトとアスナに迫り来る魔の手がーー

次回「押される背中と現実での戦い」にレディーゴーーーーー!!!!


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第三十五話:押される背中と現実での戦い

えーっと大変お待たせいたしまして本当にスミマセンでしたm(__)m

いや本当に一ヶ月近く何してたんだよ!!と言われても仕方無いと思いますが……はっきり言いますとテストが終わってゲームしていました。

いやー、ここ数週間で欲しいゲームが立て続けに出てまして……本当にスミマセンm(__)m

ちなみに本文の最後らへんにちょっとしたオマケをつけさして貰いました。本編とは全く関係ないただのネタなので無視して頂いても構いません。

お待たせいたしました。それではどうぞ。


 あの後HPがゼロになった俺はリメンライトになり、サクヤさんがすぐ掛けてくれた魔法によって蘇生し地面に横たわっている。俺の眼の前には清々しいばかりの青空が広がっていた。

 

「立てる?」

 

そんな俺を覗き込み手を差し出すリーファ。背景である晴天すら霞む程の晴れやかな笑顔をこちらに向ける彼女の姿はあまりにも綺麗で、俺は自然に彼女の手を掴んでいた。

 

「………なんだよ、ボロボロじゃねえか」

 

今頃になって彼女に負けたという事実が悔しくなった彼女に起こして貰うと同時に吐き出したのはそんな言葉だった。まあ、実際彼女の体にはあちこちからダメージエフェクトが出ており無傷な所は見当たらないのだから、百パーセント強がりという訳では無いのだが……

 

そんな負け犬の遠吠えのような俺の虚勢に彼女は笑わずにあっけからんと答える。

 

「仕方無いよ」

 

清々しく、それでいて堂々と……

 

「本気で分かり会おうと思ったら傷つけるのも、傷つけられるのも、ね?」

 

相手と向き合うために傷つく事も、傷つける事も躊躇せず本気でぶつかる。その真っ直ぐな強さに……俺は心からの尊敬と憧れを抱いた。

 

「それじゃ、約束を聞いて貰うね」

 

「…………ああ」

 

だがそれとこれは別の話だ。憧れを抱いたからって俺が変わる訳でも俺がしてしまった事が帳消しになる訳でも無い。今更こんな事を言うのも卑怯だとは思うのだが彼女のお願いは聞けない、だって俺が彼女に赦して貰うのはどう考えても無理なのだから…………

 

だから俺はさながら死刑宣告を受ける罪人のような気持ちで彼女の言葉を待ち―――

 

「もう少し我が儘になってもいいんじゃない?」

 

――予想外の言葉に思わず首を傾げた。

 

俺の反応が可笑しかったからだろうか、彼女は優しく微笑みながら言葉を続ける。

 

「難しい事は考えずに自分がやりたい事をやって欲しいって事」

 

「俺の……やりたい事…………」

 

「紗夜ちゃんと仲直りしたいって思ってるんでしょ?」

 

実に的を射た彼女の言葉に思わず俺は思わず目を見張る。

 

「あんなに必死に私とお兄ちゃんを仲直りさせようとしてくれたんだもん。本当は仲直りしたい事ぐらい簡単に分かるよ」

 

そう自信満々に言い放つリーファ。成るほど……俺は自分からサインを送っていたって事か。まあ、そのサインに気づくだけならともかくここまでやるのはおそらく彼女ぐらいだが…………

 

そんな俺の考えなど露知らず、彼女はクスクスと笑う。

 

「タツヤ君、意外に考えている事がすぐ出るよね」

 

「悪かったな、分かり易い性格で」

 

彼女のからかうような言葉に俺は顔を逸らし不貞腐れたように返す。そんな俺を無言で優しく見詰めるリーファ、その姿は俺の答えを待っているような感じであった。

 

「…………無理だよ」

 

だから俺は正直に本心を打ち明ける。彼女にここまでして貰ったのになんとも情けない答えだが、それでも出来ないのだ。だって―――

 

「俺はあいつにやっちゃいけねえ事をしたんだ。今更謝ってもあいつは赦してはくれないよ」

 

俺がしてしまった事は到底赦されるものではない。あいつから両親を奪ってしまった事も、あいつを長い間独りにさせてしまった事も……絶対に赦していいものでは無いのだ。

 

「そうかもね。でもタツヤ君、私に言った事覚えてる?」

 

彼女に言った事……あまりにも多すぎてどれか分からない俺は首を振る。

 

「言ってたよね。妹の味方じゃない兄なんていないって」

 

その言葉には覚えがあった。キリトから逃げようとした彼女に送った言葉……それがどうかしたのか?という視線を送ると彼女は胸を張って答える。

 

「知ってた?お兄ちゃんが嫌いな妹なんていないんだよ?」

 

寸分も疑っていないような彼女の言葉。その言葉は俺の心にスッと入って行く。…………少しだけ希望が見えるような力強い言葉だ。だけどそれでも俺は前には進めない。だって――

 

「だけど……もし赦してくれなかったらどうするんだ?赦して貰えなかったら俺は…………」

 

俺は本当に独りになってしまう……彼女の拒絶の言葉が俺にとっては何よりも一番怖い。彼女に拒絶されてしまったら俺の居場所など何処にも残らないのだから……

 

すると彼女は……

 

「仕方ないよ」

 

とただ一言。余りに素っ気ない言葉に俺は一瞬思考を停止させた後、捲くし立てるような勢いで彼女に詰め寄る。

 

「は、はあ?!おい!俺は真剣に聞いてんだよ!!」

 

「赦して貰えなかったら赦して貰うまで謝る。何度も謝って謝って謝る。今までずっと悲しい思いをさせてきたんだもん、それぐらいやって当たり前でしょ?」

 

さも当然の事を教えるように俺を諭すリーファ。自分が悪いと思っているのなら謝り続ける。それが俺の責任だ、と…………確かにその通りだ。

 

「後先考えずにがむしゃらにやってみたら?」

 

「お前みたいに、か?」

 

「はははは……やっぱりタツヤ君私の事そんな風に思ってたんだ……」

 

どこか苦笑しながらも肯定するリーファ。後先考えずに……そもそも俺が考えたところで先の事なんて分からないのかもしれない。現に俺は彼女に負けた、これは紛れも無い事実だ。俺が分かる事なんて精々どちらの確立が大きいかぐらいだったのだろう。可能性はゼロではないかもしれない。

 

そんな風に考えれるのはきっと今目の前で微笑んでいる彼女のお陰だろう。俺と真正面から向かい合って手を引いてくれた……それが俺にとっては一番必要だったのだ。

 

「ほら頑張ろ?なんなら私も手伝うから」

 

「…………ありがとう」

 

そんな優しい彼女の言葉に感謝しながら俺は彼女の瞳を見つめながら答えた。

 

「手伝ってくれるって言ってくれた事は嬉しい。でもさこれは俺とあいつの問題なんだ。だからリーファの手を借りるってのはやっぱ違うと思うんだ」

 

そう。これは俺と紗夜の問題……俺が、俺自身が自分一人で向き合わなきゃならない。それが俺の責任であり、やりたい事でありーーー俺の意地だ。すると彼女は残念そうに、だけど何処か嬉しそうな表情で俺を見つめて口を開く。

 

「うん、そうだよね。私が手を借すのはお門違い――」

 

「でもさ、やっぱりあいつと向き合うのは怖いんだ。だからさ…………」

 

「…………ん?」

 

だけどそんな彼女の言葉を遮り俺は右手を前に出す。それを不思議そうに見つめるリーファ。そんな彼女に俺は厚かましくお願いする。

 

「…………少し、勇気を分けて欲しい」

 

顔を横に逸らし掠れるような声で呟く。自分の問題だからと言った傍からこれとは勝手過ぎるかもしれないがもう一押し欲しいのだ。我ながら情けない事この上ないが……

 

そんな情けない俺の姿を見ても彼女は少しも笑いもせず答える。

 

「喜んで」

 

そして彼女はこちらに一歩近づいて――

 

「なっ?!おい、リーファ!」

 

「これで勇気分けれたでしょ?」

 

困ったような俺の声に何でも無いように返すリーファ。彼女は俺の右手を握るのではなくその手を俺の背中を回す――つまり俺は現在彼女に抱き締められているのだ。

 

柔らかい感触とか女の子に抱き締められた事とかそんな事よりも、この状況があまりにも予想外で意味が分からなくて俺は顔を真っ赤にして狼狽する。

 

「お、おい!ちょっとこれはやり過ぎだって―――」

 

「大丈夫だよ」

 

だが戸惑っている俺とは反対に彼女は穏やかに耳元で囁く。まるで子供をあやすように……

 

「大丈夫。だってあなたは優しいもん。優しい優しい、妹が好きなお兄ちゃんだもん。絶対また仲の良い兄妹に戻れる、私が保証する」

 

その優しい声色に気がつけば俺の動揺も顔の赤みも消えていた。きっとこれは彼女なりの精一杯のエールなのだ、ならば俺は素直にその激励を受け取るべきであろう。俺は彼女を抱き締め返した。

 

それにしても――やっぱ彼女には一生敵わない気がする。まあ……そんなのも悪くは無いかな、と彼女を抱き締めながららしくない事を考える。

 

「「ゴホン!」」

 

一体どのくらい抱き締め合っていたのだろうか?永遠に続くかに思われたそんな抱擁を破ったのは二人分の咳払いであった。それのお陰でようやく今の状況を把握した俺たちは慌ててお互い距離を取り、声の方を振り向くとシルフ・ケットシーの両領主が何とも言えない表情でこちらを見ていた。

 

「あーー、お熱いところ悪いのだが……」

 

「ガールフレンドのいない人の事も考えて欲しいねーーー」

 

そう言って目配せをした方向を見るとそこには俺たちを睨みつけている数十人のシルフ・ケットシーの戦士達がいた。まあ、兜を被っているから正確には睨みつけているかどうかは分からないのだが、明らかに雰囲気がそんな感じだ。まあそりゃ目の前であんな事をされたら気分が良くなる方が有り得ない、よな……

 

「タ、タタタタタタツヤさん!!」

 

「お、おう!ど、どうしたんだレコン?」

 

そんな殺気立った群衆の中から物凄い勢いで俺に詰め寄って来たのはあの気弱そうな少年レコンであった。だが普段のあの自信の無さそうな表情とは異なり正に鬼気迫っている表情に思わず一歩後ずさり声も上擦る。

 

「どういう事何ですか?何でこんな事になっているんですか?何が起きたんですか?なんでリーファちゃんに抱き締められていたんですか?なんでリーファを抱き締めていたんですか?いつの間にリーファちゃんとそんな関係になっちゃったんですか?なんで――」

 

「お、おい。落ち着けって」

 

「問答無用!この、泥棒猫ぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

まるでマシンガンのような口撃に流石にどう返せば良いのか分からなくて冷静になるように促してみたが意味はなかったようだ。つか泥棒猫って……その台詞は男が使うものではないだろうに…………

 

「はいはい。レコン、大人しくしててね」

 

「痛っ!うぅ~、酷いよリーファちゃ~ん」

 

そんなレコンを冷静にさせたのはリーファの脳天目掛けたチョップだった。見事に入ったそれの痛みでレコンは頭を押さえて悶絶している。つか容赦無いな、リーファは……

 

そんな躊躇無くレコンに鉄槌を下したリーファは俺の方を向いて嬉しそうに笑顔を向けながら口を開く。

 

「ほら、早く行ってあげて。紗夜ちゃんが待ってる」

 

最後に一言俺にそう告げて、彼女はあの群衆に向かって行く。どうやら俺を早く現実に行かせるために殿を買ってくれたらしい。相変わらず人が良いようで……

 

そんな彼女の好意に甘んじて俺は彼女に背を向ける。後ろで質問責めに遭うであろう彼女の苦労に心の中で合掌しながら……

 

「ありがとな」

 

そして最後に彼女に聞こえないように一人言を呟き、俺はメニュー画面を開いてログアウトボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 現実に戻った俺はナーブギアを脱ぎ捨ててすぐさま携帯電話を手にした。登録されている数が少ないアドレス帳から彼女の名前を探し文字を打つ。数分後に文字を打ち終えて文面を確認するのだが―――

 

「…………もう少し気の利いた文章作れよな」

 

自分が打った文面を見ながら俺は苦笑してしまった。そこには『大事な話があるんだけど明日って大丈夫か?』という至極簡潔な内容が書いてある。もう少し気の利いた言葉を思いつけばいいのだが残念ながらこれが俺の限界である、俺は強張り力が入った指で送信ボタンを押した。先ずは一歩……そう自分に言い聞かせて俺は携帯電話を握り締めながら布団に倒れ込む。

 

その胸に不安と期待を抱きながら……

 

 

 

 

 返事は数分程で来た。『分かった。明日の十時頃に家で待ってる』というこちらも簡素な内容だ。そういえばお喋りな彼女だが昔からこういう文章とかは分かりやすく簡潔な奴しか送って来なかった、という懐かしい事を思い出す。

 

そのメールに『分かった。ありがとう』と返信して俺は再び布団に転がった。第一関門は突破した、後は俺次第だ。それでも正直言うと不安なのが自分でも分かる。不安で不安で自分が押し潰されそうになっているのだ……

 

やっぱり今でも俺はあいつと向き合うのは怖いと感じている。怖くて怖くて仕方無いのだ…………

 

それでも俺は一人ではないから、彼女が俺の背中を押してくれるから……だから俺は妹と正面から向き合える。だから今度こそ――俺は逃げない、と心に決めたのだ。

 

どのような結末になったとしても後悔は無いかどうかは正直まだ分からないが…………

 

「?紗夜からか?」

 

そんな思考を遮ったのはマナーモードに設定していた携帯電話のバイブ音だった。てっきりさっきのメールの返信かと思った俺は携帯電話を開いて確認する。

 

「キリト?なんでこんな夜遅くに?」

 

だが送信者は予想外の人物キリトであった。ともかく何か用事があったのだろうと結論を出して通話ボタンを押す。

 

「もしもし、どうし――」

 

「夜分遅くにすみません。竜也さんですか?」

 

「はぁ?えっ?!リーファ?」

 

だが連絡の主はリーファことキリトの妹の桐ヶ谷直葉であった。

 

 

 

 

 彼女の話ではキリトはこっちに帰って来るやすぐさまタクシーに電話してアスナが眠る病院まで走らせたらしい。その際に忘れていたのかそれとも時間が勿体無かったのかは分からないが携帯電話を置いていった、と…

 

「はぁ~~。あいつ…………」

 

「お兄ちゃんらしい、ですけどね」

 

リーファは苦笑しているが俺はキリキリと痛む眉間に指を当ててしまう。どうやら妹に心配を掛けてしまう癖は直ってないらしい。少なくとも携帯電話ぐらい持ってけよ、あの馬鹿は……。

 

「それで俺にわざわざ報告してくれたのか?」

 

「えっ?あ、違うんです。その……」

 

俺の疑問に彼女は言い淀む、おそらく言い辛い事なのだろう。だから俺は彼女がやってくれたように優しく少し背中を押してやる。

 

「……言ってみな」

 

その言葉を聞いて、彼女は少し躊躇いながらも不安そうに言葉を発した。

 

「あの、お兄ちゃんの所に行ってくれませんか?」

 

「?どうしてだ?アスナに会いに行っただけだろ?何も心配いらねえよ」

 

キリトの奴はとにかく早くアスナに会いたい気持ちが一杯でそんな行動をしただけ……あいつが彼女の元に赴いたって事は無事に解決したという事だろう。そんな俺の至極当然な言葉に彼女は勇気を振り絞って答えた。

 

「…嫌な予感がするんです」

 

「?嫌な予感?」

 

「えっと…具体的に何が起きるとかじゃなくて胸騒ぎがするんです。うまく説明出来ないんですけど…」

 

そこまで言って彼女は黙ってしまった。予感がするなんて正直冗談みたいな話だ、世迷い言とか言われても仕方無いかもしれない。

 

それでも――

 

「……そっか、それなら仕方ねえか」

 

「はい………………えっ?」

 

俺の意外な言葉に彼女は心底驚いたようだ、電話の向こう側で目をまん丸にしているであろう彼女を想像して笑みが浮かべてしまう。

 

確かに彼女の思い違いであるかもしれない、それでもその程度の事で彼女の不安が消せるなら安いものだろう。そう思えるぐらいには俺は彼女に対して恩もあるし大事に思っている。

 

「いいぜ、行ってやるよ。実際に何かあれば大変だし何もなければ妹に心配を掛けるなってどついてやるよ」

 

そうおどけるように言うと彼女は安心したようにクスクスと笑った。

 

「竜也さん、やっぱりお人好しですよね」

 

「それはお前だけには言われたくないね」

 

そんなやり取りが面白可笑しくてお互いに吹き出してしまう。明日挑むのは俺の生涯で最も困難なものである筈なのになんとも緊張感が無いものだが――――まあ気負い過ぎるよりはマシかと自分に言い聞かせる。

 

大体俺のネガティブ思考が良い方に働いた事なんてこれっぽちも無いし、自分が出来ると思っていない事をどうしてやれるだろうか?楽観的とまではいかなくても前向きになるべきだ。まあそれを教えてくれたのは電話の向こう側にいる彼女なのだが…………本当に世話になりっぱなしだな、彼女には。

 

互いに笑い終えた後、そんな恩人である彼女に俺は一つだけ助言をしてやる。

 

「それと、お前は兄貴に少しばかり甘過ぎるからな、偶にはキツイ灸を据えてやりな」

 

「あははは。そうですね。それじゃあ帰って来るまで竹刀を持って玄関で待ってますね」

 

「それはちょっと………………」

 

流石にやり過ぎだと思ったが…………まあいいか。被害を受けるのは俺じゃなくてキリトだし、と他人事を決め込だ。大体彼女に心配を掛けたのは事実だし妹に頭が上がらないのは全国の兄貴の共通点ではないだろうか?

 

「それで病院って何処なの?」

 

そして彼女から聞いた病院の名前が意外にも近くの病院だと分かった俺は着ていたジャージの上にジャンバーを羽織りアパートを飛び出した。

 

 

 

 

「ぜぇーぜぇー……」

 

 そして目的の病院に辿り着いた俺は両手を膝につけて絶賛息切れをしていた。

 

こうなったのは雪が積もっていたためここまで走って来た事が原因であった。勿論ジョギング程度の速さで走っていたのだがリハビリしたての俺の体には酷なものだったようだ、汗がだらだら出て全身が悲鳴を上げている。

 

「はあーはあー……ちょっとマジで……はあーはあー……運動しとこ……」

 

荒れた呼吸を整えながら俺は独り事を呟いた。今後の事も考えて運動をした方が良いかもしれない、と辺りを見渡すと車ばかりで人は見当たらなかった。まだ来ていないのか、それとももうとっくに着いてしまって今頃アスナの病室に行ってしまったのか…………まあ後者なら御の字であろう。

 

「まあ……もう少し待つか」

 

そう結論付けて俺は一人寒空の中あの馬鹿を待ち続けるのであった。

 

 

 

 

 しばらくすると病院の近くに一台のタクシーが止まり中から人が出てきた。全身真っ黒な服装のキリトだ。

 

「え?なんでお前がいるんだ?」

 

そんなすっとんきょうな声を出して驚くキリトにイラッとするのを全く隠さずに俺は近付く。

 

「直葉から電話があったんだよ。お前が慌てて出てって心配だから行ってくれって」

 

そして目の前に立つと俺は溜息混じりに言葉を発した。

 

「…………ったく、妹に心配を掛けたらダメだってお前は学習しなかったのか?」

 

「ああ…そうだな。悪い…」

 

「謝るのは俺じゃないだろ?帰ったらしっかりと妹に謝りな」

 

あぁそうだな、と答えるキリト。そんなキリトに俺はなんとなく先ほど知った残念なお知らせを届ける。

 

「ちなみに帰ったらお前の妹からの竹刀付きのお説教が待ってるらしいから」

 

「はははは。冗談だろ?」

 

「………………」

 

「……マジ?」

 

俺の無言の肯定にキリトの顔が一瞬で真っ青になる。おそらくは竹刀を持ちながら玄関前で仁王立ちしている彼女の姿を想像したのだろう。俺も一瞬だけそれを想像して――――うん、止めよう。わざわざトラウマになりそうな事を増やす必要はない。

 

そしてこれ以上こんな寒い場所で話込むのも無意味なので俺は未だ顔を青くしているキリトに乱雑に言い捨てる。

 

「まあ、説教されるのは後だ。とっとと愛しの奥さんの所に行きやがれ」

 

その言葉でようやくキリトは正気に戻った。俺に一言サンキューと告げて彼は病院の入口に足を向ける。

 

これで一件落着。特に問題も起こらず、このまま俺は何事も無くアパートに戻りキリトはアスナとの再開を果たす――――筈であった。

 

俺たちの真横から耳を突くような轟音が聞こえなければ…

 

二人して反射的に音がした方向を振り向くとこちらに向かって一台の車が爆走していた。明らかに俺たち目掛けて突っ込んで来ている。咄嗟にキリトを突き飛ばす事には成功したが、俺には横から襲い来る鉄の塊を避ける術は無かった。

 

瞬間。俺の体は横から来た衝撃によってまるで棒切れのように吹き飛ばされた。

 

 

 

 

キリトside

 

 世界樹の上でアスナと三百人ものSAOプレイヤーを拉致監禁していた元凶を倒した俺は急いでアスナのいる病院に向かった。一刻もアスナの元に駆け付けたかったからだ。彼女の無事な姿を見るまでは俺の不安は消えないし彼女が目を覚まして一番最初に会う人は俺であって欲しいと思ったからだ。

 

だが病院先で俺目掛けて突っ込んで来た車にタツヤが轢かれた――あまりに突然の事に一瞬思考が停止してしまったがすぐさま大声で呼ぶ。

 

「おい!タツヤ!大丈夫か!」

 

だが返事は無かった。体は全く動いておらず腕はあらぬ方向に曲がっている。頭から血が出てない事がゆういつの救いか……ただ気絶しているだけだと信じたい。

 

「命拾いしたね……キリト君」

 

その聞き覚えのある声にすぐさま反応してそいつを睨みつける。そこには思い出したくも無い人物…三百人ものSAOプレイヤーを、そしてアスナを監禁していた妖精王オベイロンこと須郷信之がいた。

 

「それにしても……君のせいで無関係な人間を轢いてしまったじゃないか。どうしてくれるんだい?」

 

よく見れば俺が突き刺した右目は充血して変な風に引きつっている。ペインアブソーバーをゼロにしたら実際の体にも影響が出ると言っていたがおそらくはその影響だろう。そんな事よりも……!

 

「須郷……!貴様……!!」

 

奴に最大限の憎悪を含めた視線を送るが奴はそんなものに気を掛けず俺に近づいて行く。一刻も早く動かなければいけないのは分かっている筈なのに恐怖で体が言う事を聞かない。

 

「なんだい?そんな怖い顔をして。怒りたいのはこっちの方だよ。君のせいで僕の計画が台無しじゃないか」

 

そう言って近づいてくる須郷。その顔には怒りと憎しみと殺意と狂気が滲み出ていた。

 

「よくも、よくも、よくも、よくも、よくもぉぉぉぉぉ!!!」

 

狂ったように叫びながら首を絞めてくる須郷…ジタバタと抵抗しても奴はどこからそんな力が出てくるのか疑問に思うほどの万力で絞め続ける。呼吸が苦しくなった俺は段々意識が朦朧としてきて…

 

「―――ぐへぇっ!!」

 

「ぼさっとすんな!!」

 

急にに首を締める力が無くなり地面にそのまま転ぶように地面を駆ける。

 

「ゴホォゴホォ!!…はーはー」

 

「全く…人の忠告を聞かねえからこうなるんだよ」

 

そう苛立たしくぼやくのは予想通りの人物…タツヤであった。どうやら須郷の目に雪玉を投げて俺を助けてくれたらしい。さっきまではただ意識を失っていただけで全身掠り傷だらけだが特に大きな怪我をしていないようで――

 

「って、そんなわけないだろ!!」

 

「うおっ!!耳元で叫ぶなよ!うるせえだろ!」

 

タツヤはキンキンしている耳を押さえながら俺を睨みつける。

 

「お前なんでそんな平気なんだよ!?つか痛くないのかよ!?」

 

「痛いに決まってんだろ。分かりきってる事を聞くんじゃねえよ、こっちはムシャクシャしてるんだから」

 

そう苛立たしく吐き捨てるように答える。おそらくは本当に痛いのだろうが……いやいやいや!そんな痛いで済む訳無いだろ!!だって――

 

「お前……右腕完全に折れてるだろ!」

 

タツヤの右腕は完全に逆方向に曲がっているのだ。完全に骨折したレベルの怪我の筈だがそんな事は少しも気にしてない、普通は立ち上がれないほどの激痛が走ると思うのだけど…

 

「あーーー、こっちなら大丈夫だ」

 

そんな俺にタツヤは何処かバツの悪そうな顔をしながらも平然と答えた。どうやら本当に右腕は痛まないらしい……。あれか?アドレナリンとかそういう何かなのか?

 

「つか、それより……」

 

そんな俺の思考を気にも掛けずタツヤは未だに顔を押さえて悶絶している須郷を睨みつける。そして――――

 

「あの変態イカれ眼鏡はお前の友達か?」

 

……そんな場違いな事を聞いてきた。いや、分かってる。これはあいつなりの感情の抑え方だ、こうやってあいつは冷静になろうと試みているのだ。分かってはいるけど……

 

「それなら是非とも紹介して欲しいね、今すぐ警察に突き出してやるからよ……!」

 

結局青筋を立てて怒りを顕にしてしまった。こいつ沸点低いから――いや沸点関係無く誰だってこれはキレるよな。うん、これに怒らない奴がいたらそいつは仏様になれるに違いない。

 

そんな沸点の低い知り合いに俺は言葉短く告げる。

 

「……長くなるから省くけど、あいつが三百人ものSAOプレイヤーを監禁していた張本人だ」

 

まあかなり話を省略したが大体はこれで伝わっただろう。するとタツヤは『へぇー、あいつが、ね……』と一言言うと奴に近づいて行く。

 

「行きな、キリト」

 

そう言って奴と俺の間に入るタツヤ。そこには絶対に退かないという意思が出ていた。

 

「馬鹿!何やってんだ!早く逃げろ」

 

だが俺はそんなタツヤに大声を上げて止めようとする。大体ここでお前が体を張る必要は無い。一刻も早くここから逃げて警察にでも連絡してくれれば――

 

しかし俺の思いとは裏腹にタツヤは俺に背を向けて正面の須郷を睨みつけたまま口を開いた。

 

「確かにそうだな。お前の言う通り逃げて警察にでも電話するのが一番正しいのかもな」

 

でもさ――そう言って彼は俺の方に顔だけを向けた。

 

「逃げるって選択は当分選ばない事にしたんだ」

 

「…………いや、訳が分かんねえだけど」

 

「気にすんな。ただのゲン担ぎだ」

 

どうしてか嬉しそうに、それでいて誇らしげに語るタツヤ。そのまま奴に視線を戻して後ろにいる俺に告げる。

 

「という事で、早くアスナの所に行ってやれ。あっ!そうそう。アスナの無事確認したらすぐにサツ呼べよ!絶対に呼べよ!!」

 

そして俺目掛けて自分の携帯電話を投げるタツヤ。緩やかな軌道を描くそれを両手でキャッチして俺はタツヤに答えた。

 

「分かった!じゃあ頼んだぞ!」

 

そう言って俺は振り返らずに走る。彼女に会うために、彼女にもう一度出会うために――

 

『待っててくれ。アスナ!!』

 

愛しの彼女の名前を叫びながら俺は彼女の病室まで駆け抜けるのだった。

 

 

 

 

 何故俺が今なんとか無事に立っているか――それはまあ不幸中の幸いという奴だろう。

 

あの時確かに俺は車の直撃を受けた。ただ車が直に当たった場所は俺の右腕だったのだ。流石の最新鋭の義手も車の衝撃には耐えられなかったようで折れたがそのお陰でその衝撃が上手く逃げてくれたらしい。おそらく義手が無ければ重傷、最悪死んでいたかもしれない。本当に運が良いのか悪いのか……

 

それよりも――目の前にいるこいつをどうするかっと俺は考える。さて……キリトには見栄を張ってしまったが正直状況はあまり良く無い。こっちは完全に右腕がイカレてしまった、つまり片腕だけであのイカれ畜生を相手しなければいけないという事だ。普通なら勝ち目が無い筈だが……

 

『俺はあくまで時間稼ぎ…』

 

そもそも勝利条件が違う、キリトがもうそろそろ呼んでくれるであろう警察がここに到着した時点でこいつの負けは明白だ。餅は餅屋って言うし、犯罪者は警察に任せておけばいい。

 

だから俺は適当にこいつの注意を引き付けながら逃げ回ればいい、そんな楽観的に考えていた時があった。

 

「お前も僕の邪魔をするというのかぁぁぁ!!ぶっ殺してやる!!」

 

そう絶叫を上げながら奴が懐からナイフを取り出すまでは……

 

「……………………へぇ?」

 

あまりの衝撃に間抜けみたいな声を出してしまう。俺にそんな声を上げさせた元凶は奇声を発しながらこちらに突っ込んで――ってオイオイオイオイ!!!

 

「うおお!!!」

 

「何で避けるんだよクソ餓鬼がぁぁぁぁ!!」

 

避けるわ、馬鹿が!!というツッコミが喉元まで出かかったがなんとか堪えた。刃物持って来るなんて正気じゃねえぞ!!つか、こいつ馬鹿なの?銃刀法違反って言葉知らないのかよ?!と心の中では様々な突っ込みが出るがそんなものを言っている余裕は無かった。だって俺は丸腰!向こうは凶器持ちだよ?!

 

そんなイカレ変態犯罪者は再び俺目掛けてナイフを出鱈目に振り回す。

 

「ヒャハハハハハハハ!!さっきまでの威勢はどっかにいったんだい?糞餓鬼がぁぁぁ!!」

 

『ああもう!!最悪つーか、絶体絶命じゃねえか』

 

狂った叫び声と共にどんどん体に小さな切り傷が増えていく。このままではいつか俺の体にあのナイフが突き刺さり奴はキリトの元に向かうだろう。それだけは何としても避けなくては、最悪相討ち覚悟で――

 

『何言ってんだよ、俺は』

 

そこまで考えて思考を止めた。明日は大事な先約が入ってるのだ。こんな変態野郎に割いてやる時間なんざ一秒たりとも無い。

 

だから俺は必死に考える。こいつを倒すための手段を――

 

『武器がいるな……』

 

そう武器だ。木の棒でもバールでも鉄パイプでも何でもいい。ナイフよりリーチが長くて一発で奴を戦闘不能に出来る武器……俺は辺りを見渡すが残念ながら病院にそんな凶器は置いて無かった。辺りにあるのは数台の車に真っ白な雪、どこにも武器なんて――

 

『…………あった!!』

 

だけど俺は予想外の場所にそれを発見した。近くにあるからこそ分からなくなるってこういう事を言うのだろう。

 

チャンスは一回……相手の脳天目掛けて一撃振り落とすしかない。俺は奴に背中を見せて全速力で後ろに逃げた後、初めて自分から奴目掛けて走り出した。

 

「ヒャハハハハ!!何だい?頭でもおかしくなったのか?」

それはお前にだけは言われたくない、という言葉を飲み込んで俺は走り続ける。近づいていく距離、奴はヘラヘラ笑いながらこちらにナイフを見せつけるように突き出している。

 

そして奴まで後五十センチという距離まで近づいた。奴はナイフをこちらに向けたまま直立不動。そんな奴の目の前で、俺は――――右腕を掴み抜き取った。

 

「へぇっ?!」

 

奴の予想通りの間抜け面にざまぁないぜ、と内心笑う。俺が見つけた武器とは則ち――この右手の義手だ。先ずは抜刀するような要領で手の甲を打ちナイフを吹き飛ばす。そして――――

 

「はああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そのまま奴の頭上に高くまで振り上げた得物を俺は脳天目掛けて一直線に落とした。

 

メキッという骨が砕けたようなヤバイ音が聞こえた。俺の一撃をもろに食らったイカレ眼鏡そのままはガクンと両膝を地面に付けて顔から地面にダイブしたまま動かなくなる。

 

「た、助かった…………」

 

一安心した俺はヘナヘナと地面に座り込んだ。良かった……これで一件落着だ。座りながら荒れた呼吸を整えながらそうして俺はキリトの元に向かおうとして病院の入口まで歩いて行く。

 

すると半ば程の所であろうか?ふとある事が気になり後ろのそいつを見る。

 

『…………あれ?こいつ生きてるのか?』

 

あの音は正直かなりヤバかった。骨が砕けるような肉が潰れるような……そんな音だ。ちなみに俺の得物の真っ黒な義手には真っ赤な血糊がベタリとくっついていて――――

 

…………あれ?これってもしかして撲殺?で、でも正当防衛……いや、もしかして過剰防衛?じゃ、じゃあ俺って警察のお厄介に……そんな結論に辿り着いた俺は冷や汗をダラダラと流す。

 

なぁぁぁにやってんのぉぉぉぉ!!!ヤバイ!マジヤバイって!明日大事な日なのに警察に捕まりました~とかマジ洒落にならねえから!!どうする俺!どうすんの、俺!!今の俺は数枚のカードを持った自分が幻視出来るほどテンパっていた。と、とにかく―――

 

「おーい、生きてる?生きてますかー?」

 

俺は死んでいないかを確認するためにそいつに声を掛けながらゆっくりと近づく。さっきまで自分を殺そうとした相手の無事を確認するなんて滑稽な話ではあるが流石の俺も前科持ちにはなりたくないのだ、細心の注意を払って慎重に近づいて行く。

 

応答は無い。タダノシカバネノヨウダという不吉極まりない言葉を振り払い俺は歩き続ける。そして遂に奴の頭の位置に到着した。

 

ゴクリと唾を飲み込み意を決して髪の毛を掴んで奴の顔を上げる。するとそこには――頭頂部から血を出して顔面が真っ赤に染まった何かがいた。……自分でやっといてこんな事を言うのも可笑しな事だが…………これは酷い。やった奴の顔を見てみたい。まあ俺だけど……

 

それでも――

 

「良かった……一応生きて『何をしてくれるんだクソが』うおわっ!!ビ、ビックリした……」

 

奴の生存に安心するのも束の間、俺は目を覚ましたそいつの顔を再び地面に叩きつけ雪の中に埋める。やり過ぎだって?マジ怖かったんだよ、あいつの顔が!!もう鬼の形相とかそういう次元じゃねえ、小さい子が見たら一生のトラウマものだよ、本当!!

 

まあ、それはともかく……

 

「うん。こいつは大丈夫そうだな」

 

幸か不幸かどうやらそいつは全然生きているらしい。未だにジタバタしているそいつを押さえつけながら俺は感じる。則ち、心配して損した、と。どうやら生命力はゴキブリ並にあるらしい……

 

ともかくこんな危険人物を野放しに出来るはずも無くそのまま背中に跨がり顔を雪に沈めたまま動きを封じる。これで数分は何とかなるだろう。もうじきキリトが呼んでくれた警察も来てくれるだろうし…………

 

そして不本意にも俺は寒空の中、男二人きりで警察の到着を待ち続ける事となる。

 

その頃、キリトは病室にてアスナと熱い抱擁とキスをかわしており、俺の事など忘却の彼方にあった事をこの時の俺が知る由は無かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ《エクスカリバーはエクスカリバーだけど…………》

 

「システムコマンド!エクスカリバーをジェネレート!!」

 

管理者権限を手に入れたキリトの言葉と共に目の前に降り立ったのは台座に刺さったままの神々しい輝きを放つ黄金の剣であった。

 

「よく来たな。若者達よ」

 

「け、剣が喋った!?」

 

「挨拶が遅れたな。私がエクスカリバーーである!」

 

だが突如喋り出した剣から発せられた光が辺りを閃光弾のような光が覆い尽くす。その光が止むと目の前に現れたのは――――大きさが六十センチ程の長いシルクハットを被りステッキを持った変な生物だった。

 

「えっと……お前がエクスカリバーなのか?」

 

「では聞くが。そういう君は何者なのだ?」

 

「俺はキリ――」

 

「私の伝説は十二世紀から始まった」

 

「いや!人の話聞けよ!!」

 

何なんだこのヘンテコな奴は……人に名前を聞いといて全く聞くつもりがないし服は着てるのにズボンは穿いてないし――そのままその変な奴は俺の両手に何枚もの書類のようなものを置いた。

 

「私の職人になるにあたり守って貰いたい千の項目がある。しっかり目を通して置くように」

 

「いや!職人って何だよ!!」

 

「ヴァカめ!!これだから田舎者は」

 

「誰が田舎者だ!誰が!!」

 

もう嫌だこいつ……なんでこんな剣が出て来るんだよ、本当。もう疲れたよ、アスナ…………

 

そんな俺の心中の苦労を全く意に介せず目の前のヘンテコ生物は俺に告げる。

 

「四百五十二番目の私の五時間に及ぶ朗読会には是非参加願いたい。では!!」

 

そしてそいつは黄金の剣の姿に戻る。そして歌うように言葉を紡いだ。

 

「君は、手に入れる!勝利と、栄光を!そして世界を統べ、勇者として君臨するであろう。さあ行こう、共に!」

 

そして俺はその輝かしい最強の剣を両手で受け止め片手で持ち、そして――――――台座へと戻した。

 

「うぜぇーーー!!」

 

そんな絶叫が世界樹の頂上に広がったのであった。




前書きでも言いましたが、本当に遅くなってしまい申し訳ありませんでした。次回は一週間後には投稿したいです。

そして最後に出たあれはアニメを見ていて思い付いたネタです。須郷の中の人とどっかの死神の武器職人が主人公のアニメに出て来たムーミンそっくりのエクスカリバーの中の人が同じだったために思い付いてしまった下らないネタです。

オベイロンさんが『エクスカリバーをジェネレイト!!』って言ってたのを見て『お前がエクスカリバーじゃねえかよ!!』と当時テレビの前で一人突っ込んでいました(笑)

それでは次回予告です。

長い……長い回り道だった。色んな人に迷惑を掛けて支えられて……それでようやくここに来れた。家族が待つ場所へと………………

次回『向き合う者……』にレディーゴーーー!!!


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第三十六話:向き合う者……

本当に今までお待たせしてスミマセンでしたm(__)m

いやほんとスミマセン。ALOの最後まで書こうと思ったらすごくすごーく長くなってしまいまして……なんと合計二万五千字以上!!書いてる本人が一番ビックリです(笑)

それでは大変長らくお待たせしました。どうぞ!!


 警察が到着したのはその三十分後の事であった。

 

当然ながら俺は事情聴取を受ける事になったのだが、現場の状況などから早々に俺はただの被害者である事が判明し、一応の証言を取られた後すぐさま解放された。正直言うと事情聴取で大分時間が取られると思った俺は安心していた。これで約束の時間に間に合う、と…………

 

「それで――これはどういう事なのかな?」

 

「あははは…………えっと、ですね……」

 

目の前に終始ニコニコしている俺の担当医がいなければ――の話ではあるが。

 

事情聴取の後パトカーで乗せられて連れて行かれたのはなんと俺の担当医がいる病院だったのだ。どうやら警察の人が親切心で俺を馴染みの医者の所に届けてくれたらしい。まあ……正直ありがた迷惑だったと言わして貰おう。そのお陰で俺は初めてこの担当医に恐怖を感じている訳だし……

 

ちなみにこの医者、別にどこかの副団長様のように後ろに禍々しいオーラが出ているとか、昨日のイカレ変態のように狂っている雰囲気を醸し出している訳でも無い。

 

ただ笑顔なのだ。まるで顔面に貼りつけたように変化の無い笑顔―――最早それは無表情と何も変わらない。その笑顔のプレッシャーが俺にこれまで味わった事の無い種類の恐怖を与えている。

 

そんな恐怖を振り撒いている主治医に俺はなんとか笑顔を作って弁明をする。まあ当然ながらぎこちない引きつった笑みであるわけだが……

 

「車に……跳ねられまして…………」

 

「うん、知ってるよ。それで?」

 

あ、駄目だこりゃ……と早々に俺は諦めてしまった。釈明とか弁明とか今のこの人には全く効果が無い……だから俺は大人しくこの主治医の小言を聞く事にした。

 

「それで何でこんなに滅茶苦茶になるのかな?」

 

ニコニコしながら俺に尋ねる主治医、尋ねている筈なのに答え辛い雰囲気を作り出している事に彼は気づいていないのだろうか?

 

「ほら?ここなんて力づくで抜いた後みたいになってるよ?最近の車はスゴいね~。一体どうやったら車が義手を引っ張るの―――」

 

「すいません。俺がやりました。ごめんなさい」

 

もーーー限界だ!これ以上彼の小言を聞いていたら俺の精神がイカれる!!俺は小言を言い続ける担当医に謝罪の言葉を並べた。非常に情けないかもしれないけど、この永遠の小言地獄を受けてたらマジで俺の精神が崩壊するから!!

 

俺の謝罪に彼は溜め息をつきカルテに目を移す、どうやら少しは気が晴れたらしい。つか晴れて貰わないと凄く困るのだが……

 

「それと今日から二日間ぐらい入院して貰うから」

 

「はぁ!?きょ、今日から!!」

 

だが内心ホッとするのも束の間その医者の言葉に俺は驚愕の声を出す。その声に彼は溜め息をついて呆れた表情でこちらを見た。

 

「君、車に轢かれたんだよ?怪我もそうだけど何より義手の接合部分がおかしくなっているかもしれない。検査入院は当たり前でしょ?」

 

…………確かにこの人の言う通りだ。それに俺は患者で彼は医者、素直に従うべきなのだろう。それでも――

 

「すみません。検査入院は明日からにしてください。お願いします」

 

俺は頭を下げて懇願する。例えどんな事があったとしても今日という日だけは駄目なのだ、今日を逃せばきっと俺の決心は揺らいでしまう……そしたらもう二度と彼女に向き合えない。だから今日だけは――俺は頭を上げて担当医の目をしっかりと見つめる。

 

「無理を言っているのは百も承知です。でも今日は、今日だけは大事な日なんです。検査入院でも手術でも何でも受けますから今日だけは帰らして下さい。お願いします」

 

もう一度頭を下げる俺。これでもし俺の要求が通らなければ力づくでもここから出るつもりだ。そんな俺の必死のお願いに彼は――――

 

「いやー、何か正直意外だったよ」

 

と一言。意味が分からないですけど、という視線を送ると彼は嬉しそうに苦笑しながら答えた。

 

「いや、正直君が自分の意見をここまではっきり言ってくれるなんて思わなくてね。ちょっと言い方は悪いかもしれないけどイエスマンみたいな人だと思ってたよ」

 

…………確かにこの人に自分の意見をしっかり言ったのは初めてだった。義手の事だって俺は正直どうでもいいと思っていた。向こうがやりたいのなら勝手にやればいいんじゃないんですか?と自分の事の筈なのにまるで他人事のように考えていたのだ。

 

「いが……」

 

「うん?」

 

「いや、何でも無いです」

 

意外にも患者の事見てたんですね、と言いそうになるのを慌てて誤魔化した。そんな事を言ったら間違い無く色々と長くなる。だから俺は『それでは』と一言言い、診察室から出ようとして――

 

「ちょっと待ってくれ」

 

と静止を掛けられた。振り返ると同時にこちらに向けて穏やかな視線を送っている担当医が口を開く。

 

「僕に三十分だけくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院を出た俺はアパートに戻り着替えてからあの懐かしの家へと向かっていた。

 

残念ながら彼女との約束の時間には間に合いそうになかったので『悪い。一時間ぐらい遅れる』というメールを送ると五分後ぐらいに『分かった。ちょっと用事があるから先に上がってて』と返信が来た。どうやらまだアウトでは無いらしい、と一安心する。まあ時間に遅れるなんて初っ端から最悪ではあると思う、が……

 

ふと自分の右腕を見てみた。そこにあったのは肩先から何も無い本来の俺の腕ではなく真っ黒な人工物――つまりは義手なのだが、あの自由に動かせる最新式の義手ではなく以前使っていた全く動かすことが出来ないお飾りの義手である。

 

あの医者が俺を呼び止めたのはこいつを付けるためであった。『代わりにこれを付けなさい』と言われて無理やり付けさせられた物……別に付けなくても構わなかったのだが、あの医者が頑なに付けさせようとするので早々に折れてしまった。

 

そんなつい先ほどの事を思い出しながら俺は歩き目に入る風景を眺める。何年も通った事が無い道……それなのに、俺の記憶に焼きついている鮮明な記憶…………

 

もしかしたら俺の時間はあの時から全く進んでいなかったのかもしれない。あのアパートにいる時も学校で退屈な授業を受けている時も片時も忘れた事が無かった光景――忘れようと思って俺は家を出た筈なのに俺の中にはいつもそれがしこりのように残っていた。きっとそれは―本当は俺が一番覚えていたかったからなのだ。

 

四年間もの間俺の中の時計は止まったままだった……そんな今更な事実に気づいた俺はようやく目的の場所に着いた。木造二階建ての一軒家……俺が――俺の家族が暮らしていた家だ。

 

「まさかこれを使う日が来るなんてな」

 

そう呟いて俺はポケットから鍵を取り出す。この家を出る前に爺さんから渡された家の鍵(家族の証)…………二度と使う事は無いだろうと思っていたそれを俺は鍵穴に差し込み回した。

 

ガチャリ、と音が鳴った。ドアノブを回すと扉が開き一歩足を進めると目の前には玄関が現れる。

 

四年振りに見た玄関……木製の靴棚も床のフローリングも少し色褪せた壁紙も――そこからの展望は昔から何一つ変わっていなかった。それはまるでいつものように優しく出迎えてくれているようで――――

 

「――――あれ?何、で……」

 

ふと眼頭が熱くなった。懐かしいかったからなのか、それともようやくここに戻って来れたからなのか……理由なんて分からないがともかく俺は顔を上げて乱暴に目をゴシゴシと擦る。だってこれから会う大事な人に、泣きっ面なんていう情けない姿を俺は見せたくないのだ。幸いにも何とか泣き留まった俺はそのまま真っ直ぐに進んで和室に入った。

 

そこに入った理由は単純な話……仏壇が置いてあるからだ。当初の予定では紗夜に会ってからここに来る予定だったのだが、どうせなら早い内に来た方が良いだろう。だって今日は遅くなりそうだから…………

 

そのまま畳の上に座り手を合わせる。

 

「ただいま。父さん、母さん」

 

写真の向こう側の二人は微笑んでいた。いつも俺達に見せてくれていた笑顔…………

 

「今まで一回も来なくて、親不孝な息子でごめんなさい」

 

最初に出たのは謝罪の言葉であった。数えられないくらいの迷惑を掛けてしまったのに結局謝る事が出来なかったから…………。

 

亡くなってしまった人とはもう話す事は出来ない。だから当然ながら彼らの返答を――思いを聞くことは俺には一生出来ないのだ。

 

それでも俺は謝りたかった。四年もの間ずっと胸に溜め込んできたこの思いを伝えたかったのだ。

 

その後も頭の中では色々と伝えたい事が浮かんで来るが上手く言葉が出ない。自分が口下手だという事もあるがそれ以上に、これ以上何か言ってしまうとさっきまでの涙がぶり返しそうだから……最後に一番伝えたかった事を言う事で今日は終わりとさせて貰おうと思う。

 

「俺の家族でいてくれて――――ありがとう」

 

最後の言葉はやっぱりこれでいいと思う。俺が一番彼らに伝えたかったのはこんな俺を育てて、家族として一緒にいてくれて大事な事をたくさん教えてくれた事に対する感謝の気持ちだから…………

 

「ただいまー」

 

伝え終えた俺が立ち上がろうとするのと時を同じくして玄関の方から明るい声が聞こえた。どうやら待ち人が来たようだ。まあ元を辿れば待たせたのは俺の方ではあるのだが……

 

俺はそのままゆっくりと声の元に向かう。

 

「……おかえり」

 

「……ただいま」

 

そこには車椅子に乗ったままの俺のたった一人の妹――三ヶ島紗夜がいた。

 

 

 

 

 

 

 話をする場所として彼女に連れられた場所は家のリビング。俺は彼女に促されるままに椅子に座った。

 

「お茶用意するからちょっと待っててね」

 

「いや、俺がやるって……」

 

「いいから。兄さんは座って待ってて」

 

俺が座るや否や台所に向かおうとする紗夜。慌てて立ち上がりそれを引き留めようとしたが強く止められてしまったので大人しく椅子に座る。

 

台所に向かっている彼女の後ろ姿を見送りながら俺は彼女の強引さを思い出していた。昔からやると言ったら誰が何を言っても聞かなかった。大抵――というかほとんどこちらが折れていた気がする。

 

そんな懐かしい思い出に浸りながらふと時計を見てみる。紗夜が台所に向かってからもう五分以上経っていた。

 

『…………遅いな』

 

「お待たせー」

 

台所からここまでそんなに距離は離れていない、二分も掛からないだろうに……流石に遅すぎると思った俺は様子を見に行こうと椅子から立ち上がろうとする。だがその矢先に間延びした声と共に彼女は現れた。

 

自らの両足で立ちながら。

 

「――――――おい、紗夜!お前……!!」

 

「どう?驚いたでしょ?リハビリのお陰で少しぐらいなら歩けるようになったの」

 

そう自慢気に話ながら彼女はゆっくりとこちらに向かっている。だがその脚はまるで産まれたての小鹿のように震えており無理をしているのだと一目で分かった。だから俺はすぐさま彼女の元に駆けつけようとする。

 

「お、おい!無理するなって!!そこで待って――」

 

「座ってて、兄さん」

 

だが彼女は俺を静止した。

 

「お願い」

 

口調こそ穏やかではあるが強い意思を含んだ言葉……そんな風に言われてしまっては彼女を止める事など俺には出来ない。だからといって黙ってそんな彼女を見る事も出来無い俺は腰立ちのまま待ち続ける事となった。

 

「ふぅー。…………疲れたー」

 

しばらくすると彼女は無事一人でテーブルに辿り着いた。テーブルにお盆を置くとゆっくりと慎重に椅子に腰を下ろして一息をつきこちらを見つめる。

 

「ば……」

 

「ん?」

 

「馬鹿野郎!!」

 

そんな彼女に俺が開口一番で発したのは”頑張ったな”とか”凄いな”等の労いの言葉などではなく怒声であった。感情が爆発した俺は普段からは考えられないほど怒鳴り散らしてしまう。

 

「何で本調子でも無いのにこんな事するんだよ!もし転んで大怪我でもしたらせっかくここまで回復したのにまた一からやり直さなきゃいけないんだぞ!!それにお前が怪我したら爺さんや婆さんも心配するだろ!あの二人の事も考えろ!!…………悪い、怒鳴っちまった。ゴメン…………」

 

言いたい事を全部言い終わると幾ばくか気持ちが落ち着き冷静になる。まあ冷静になってみると自分が彼女に対してどんな事を言ってしまったのかを思い返す訳で…………

 

…………本当に何やってんだよ、と俺は自己嫌悪に陥る。いつもそうだ。感情のままに相手を傷つけるような言葉を出す事しか出来ない。本当は優しい言葉を一番に掛けなきゃいけないのに…………そんな自分につくづく嫌気が差す。

 

「なんで謝るの?兄さんは心配してくれただけでしょ?」

 

「いや、だって……」

 

「はい。この話は終わりそれよりも――」

 

そこまで口にすると彼女の雰囲気が変わる。普段の優しいものから真っ直ぐで真剣なものへと――

 

「大事な話って何?」

 

その彼女の真剣な表情と瞳を見て俺は確信する。彼女は俺が何をしにここに来たのか分かっているのだ。俺が話す事も、それに対する答えも既に…………

 

それでも一方的に告げるのではなく俺にそれを言う機会を与えてくれたのは彼女の優しさだろう。だから俺はそんな彼女の優しさに甘んじさせて貰う事にする。

 

「すまなかった。お前から両親を奪って、今までずっと独りにして……本当にすまなかった。謝っても赦される事じゃ無いってのは分かってるけど謝らせてくれ」

 

彼女に頭を下げて謝る。彼女と元の関係に戻るために俺が出来る事はこれしかないからだ。

 

「顔を上げて、兄さん」

 

その言葉に従い顔を上げると紗夜はこちらに笑みを浮かべていた。いつも家族に見せていた笑顔を……

 

そのまま彼女はまるで生徒に教える先生のように語り掛ける。

 

「まず一つ言わせて貰うと、母さんと父さんが死んでしまったのが自分のせいだと思っているなら思い違いだわ」

 

「でも……俺があんなんじゃなければ…………」

 

「でも、じゃない。あれは不幸な事故だった。それにあの二人だって兄さんにそんな責任を望んでいないわ」

 

「…………恨んでないのか、俺を?」

 

まるで俺には罪が無いと言っているような言葉に俺は思わず彼女に聞いてしまった。ずっと懸念してきた事を……

 

その問い掛けに、彼女は一瞬の躊躇いもせずに答えた。

 

「恨んでるわ」

 

即答だった。彼女の顔は先ほどの穏やかな表情とは異なり心の内が全く読めない無表情となる。

 

「ずっと私を独りにしたんだもの。二人が亡くなって悲しくて心細かった時に一番近くにいて欲しかったのに逆に離れていった。何年も何年も……。恨みたくなるのは当然でしょ?」

 

「…………ごめん」

 

そんな彼女の言葉に俺は謝る事しか出来ない、ただ謝る事しか出来ないのだ。俺がしてしまった事の取り返しは最早つかないのだから…………

 

「でもね――」

 

そう言って彼女は先ほどの無表情から一変、穏やかな慈愛の表情を浮かべる。

 

「それ以上に兄さんが戻って来てくれた事が嬉しいの」

 

真っ直ぐ俺の眼を見て彼女はハッキリと言ってくれた。恨んでもいるが俺が戻って来てくれて嬉しい、と……その言葉を聞けただけでもここに来た意味があったのだと俺は確信を持てた。本当にこの場所に来れて良かったと……

 

そんな俺の様子を知ってか否か、彼女は更に俺に言葉を掛ける。

 

「ねえ、兄さんはあの事をどこまで覚えてる?」

 

穏やかな表情のまま尋ねる紗夜。あの事……とはおそらく父さんと母さんが亡くなったあの事故の事だろう。思い返すも辛い記憶だが正直に答える。

 

「……母さんと父さんが俺らに覆い被さる所まで。その後はもう病院のベットで寝てた」

 

「……やっぱりそうよね」

 

どこか納得した表情で呟く紗夜。その言葉に少し違和感を感じていると彼女は俺に驚愕の事実を口にした。

 

「実は私覚えているの。あの車の中の事を」

 

それは初耳だった。てっきり彼女も俺と同じように病院のベットで目覚めたものだろうと思っていたから……

 

俺が知らないそのまま彼女はあの時何を見たのかを語り出した。

 

「目を覚ました時には車――というよりはぺしゃんこだったから廃車ね、その中にいたの」

 

彼女のその時の光景を思い出しているのだろう――口をきつく締めて少し体も震えている。明らかに体はそんな悲惨な記憶を思い出す事を拒んでいる。

 

だけどそれでも彼女は止まらない。その恐怖を振り払って彼女は俺に告げる。彼女が見た事実(真実)を……

 

「起きた時には足が凄く痛くて痛くて……でもそれを我慢して目の前の光景を見たの。そこにいたのはこっちに身の乗り出して血塗れの父さんと母さん。それとーーーーー」

 

私に倒れるように覆い被さってに右腕が潰れた兄さんだった…………数秒、数分――それとも数時間だろうか?その言葉を反嚼して理解するのに俺は永遠とも思える時間を有した。俺が?紗夜の上に?覆い被さっていた?…………有り得ない。だって俺にはそんな事をした覚えは全く無いのだ。そんな見に覚えが全く無い彼女の話に戸惑いながら俺は尋ねる。

 

「ぐ、偶然……じゃないのか?」

 

「いいえ、偶然じゃない。ちなみにその前の事も覚えているわよ。兄さん、父さん母さんと一緒に”危ない”って叫びながら私の体に覆い被さったの。てっきり兄さん私の事が嫌いだと思っていたからその時は凄くビックリしてたわ。……だからよく覚えている」

 

噛み締めるように彼女は言った。絶対にそうだという確信に満ちた力強い言葉……

 

残念ながら俺にはその時の記憶は無い。俺が彼女にした行為が彼女だけでも助かって欲しいと思ってからなのか、死ぬ恐怖を少しでも軽くしてあげようと思ってからなのか、はたまた別の何かか……生憎今の俺には見当もつかない。

 

それでも――きっとそこにあったのは彼女に対する愛情だったのだ。最低な兄貴()が初めて(紗夜)にしてやれた兄貴らしい事…………

 

「兄さんのお陰で私は今生きている。こうやって歩いたりお喋りしたり、笑う事も出来るの。だから兄さん――――」

 

そして彼女は俺の義手を両手で握る。俺が彼女の命の代わりとして失った――と言われた右手を労わるように優しく握り締めた。

 

「私を守ってくれて――――ありがとう」

 

気がつけば俺の眼からは涙が流れていた。悲しかった訳じゃない、こんな最低な俺でも兄貴らしい事をしてやれたという事実が嬉しくて嬉しくて――嬉しよぎて涙が出てしまったのだ。

 

久方ぶりに流した涙。止める術なんて知らなくて俺は手で顔を覆い声を押し殺すことしか出来なかった。

 

その間彼女は俺の右手を両手で握り締める。体からは(熱いもの)が流れていくのに、俺の心は懐かしくて暖かい――――ずっと求めていたぬくもりに満たされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末を話すと、俺はその日のうちにあの埼玉のアパートを出てこの家に戻る事となった。爺さんと婆さんに今まで迷惑を掛けた事を謝罪し頭を下げると二人共昔と同じように『おかえり』と一言だけくれた事は凄く嬉しかった。

 

余談ではあるが三百人ものSAOプレイヤーを監禁し、俺をナイフで刺そうとした人物、す…………なんとかは当初は犯行を否認。まあそれでも殺人未遂や銃刀法違反など余罪のお陰で奴を長い間拘束する事ができ、ついには部下がゲロった事で容疑を認めたらしい。

 

そいつが主任を務めておりALOの運営管理をしていたレクトプログレスは解散っとここまで聞けば何も問題無し、万事解決だと思われるかもしれない。

 

だが当然の事ながらこれで全部が上手く終わった訳では無い……この事件が生み出した傷跡はあまりにも大きく深かった。

 

この凶悪な事件によってこのゲームのジャンルに対する案全性に再び疑念の声が上がる。そりゃそうだ、今度こそ絶対に安全という謳い文句だったのにこんな事が起きていたなんて事が分かったら当然っていや当然だ。

 

その他のVRMMOもALOと同じく運営中止、壊滅的なダメージを負った事で最早VRMMOというジャンルのゲーム自体が衰退して消えていくものだと誰もが思った。

 

だがそんな時に救世主が現れた。

 

《ザ・シード》と呼ばれるプログラム……無料でダウンロードをする事が出来るそれはVRMMOというゲームを誰でも作る事を可能とした。こいつのお陰でVRMMOというジャンルは消失の一途を辿る事無く、寧ろ以前よりも爆発的な人気を獲得している。

 

とまあそんな事があったわけだが生憎俺にとっては蚊帳の外の出来事……所謂神のみぞ知るって奴だ。俺個人としてはそんな遠くの大きな流れに思いを馳せるだけで精一杯である。それに――――

 

――――俺の居場所はここにある。ずっと求めていた居場所にようやく戻って来れた俺はこの先迷う事はあっても再びこの場所に戻れるだろう。

 

そんな世界で俺は生き続ける。平和で平凡で退屈で――――それ故に満ち足りていると感じる人生を…………

 

 

 

 

 

 

「ハァ……」

 

午後一時、深い溜め息を一つついて俺は教室の扉を開けた。

 

今俺がいる場所はSAO帰還者のための学校だ。SAO事件に巻き込まれてしまった奴らの中には俺も含めて当時学生だった者も多くいた。当然ながら以前通っていた学校にはもう席は無く編入するのも難しい……よって政府が作ったこの学校に通っている訳だ。

 

一応はあの事件の被害者に対する保障……という名目で建てられた学校ではあるが、本音としてはあんな血生臭い世界で二年間も暮らした奴らを一ヶ所に管理したいという所だろう。……言いにくい話だがあの世界では人殺しなどの犯罪行為に進んで手を染めた奴もいたのだし…………

 

ちなみに俺はさっきまで先生の所に分からない所を聞いてた。現在俺は大学受験資格を得るためのカリキュラムを受けている訳だが、高校二年生で学歴も知識も止まっている俺では高三の内容など一回授業を受けただけで理解出来る筈がなく、俺は先生の元に赴くしか無かったのである。

だけど正直職員室は苦手だ。ここの教員は良い意味で先生っぽくないような人だらけだがそれでもあの空気は落ち着かず息が詰まる。もう二度と入りたくはないのだがどうせ俺はまたお世話になるだろう……そう考えると再び溜め息が零れてしまう。

 

「やあ!終わったかい、竜也?」

 

そんな俺の陰鬱な気分など何のその。教室でわざわざ俺を待ってくれた友人は手を振りながらその爽やかな笑顔をこちらに向けた。

 

「ああ……一応な。あんたはいいよな。俺もあと一年早く生まれてりゃ勉強でこんな苦労しなかっただろうに……」

 

その爽やか系の甘いマスクも親しみやすい人柄も何も変わらない……精々変わった所といえば髪が青ではなく黒色の点ぐらいであろう。その友人《ディアベル》こと浪川翔吾に俺はウンザリとした声色で答えと彼はその俺の愚痴に『ははは…………』という似つかわしくない渇いた笑い声を零した。

 

「まあ、それよりも早く飯を食いに行こうぜ」

 

「そうだな」

 

その言葉を合図に俺たちは二人してカフェテリアへと向かった。

 

 

 

 

 

カフェテリアに着くや『俺飯買ってくるから席取っといてくれ』とお願いされた俺は歩きながら席を探していた。今の時間は昼休みを十分ほどよぎた所……正直席はほとんど埋まっている。これだったらあいつを先に行かしときゃ良かったかな、と俺は今更ながら後悔した。俺だけなら教室内で食えるし……

 

だが意外にも丁度二つ席が空いている場所を発見、ついでに俺は知り合いも見つけてしまった。窓から外をイチゴオーレを音を出しながら凄い勢いで飲む――というよりは吸っているそばかすのついた童顔の少女。それに諌めるような視線を送っているツインテールの小柄な少女にそんな二人を見て苦笑いをしている泣き黒子が特徴の青みがかった黒髪の少女。丁度いい具合に席が二つ空いているのを確認した俺は一番近くにいる泣き黒子の少女に声を掛ける。

 

「ここ空いてるか、サチ?」

 

俺に声を掛けられた少女、あの世界で《月夜の黒猫団》というギルドに所属していた紅一点サチは唇を尖らせムスっとした表情で俺を見る。

 

「…………竜也、ここではアバターネームは禁止だよ」

 

「ああ、悪い悪い。つい癖でさ」

 

「もう仕方無いな……どうぞ」

 

サンキューと一言言って俺は彼女の言葉に従い隣の席に座る。ちなみに彼女の本名は立花美幸と言う。ゆっくりと椅子に座る俺ーーそれと同時に彼女の向かい側にいたツインテールの少女は箸を一旦止めてペコリとお辞儀をしてきた。

 

「お久しぶりです、竜也さん」

 

「あぁ、久しぶりシ――珪子」

 

ご丁寧に挨拶をしてくれたSAOでビーストテイマーとして名を馳せていた《シリカ》本名、綾野珪子に俺は軽く返事をする。

 

ちなみに依然として知り合い三号は窓をジーっと見ている。未だに俺が来た事に気づかないそんな知り合いに少しばかりイラっとした俺はそんな知り合いに声を掛けた。

 

「店主さんよ、人がイチャイチャしてるのを見ながら飲むイチゴオーレはそんなに旨いのか?」

 

「ん?何だ、あんたいたのね」

 

「何だとは何だ。相変わらず失礼な奴だな、将来のためにもその言葉使いは治した方がいいんじゃないか?」

 

「うっさいわね。余計なお世話よ」

 

《リズベット》篠崎里香は不機嫌そうにこちらを一瞥すると再び視線を窓の外に戻した。ちなみにこの店主、俺より二つか三つは年が下な筈なのだがまさかのタメ口である。歳上に対する言動がなってないとは思うのだが、それでも相手に不快感を与えないのは彼女のそのサバサバした性格のお陰であろう。こういうのを何て言うんだっけ――姉御肌って奴か?友達としては非常に付き合い安い奴だと思う。残念ながらモテないとは思うが……

 

俺がそんな失礼な事を考えているとは全く知らない彼女は空のイチゴオーレから口を外して視線は変わらず向こうに向けたままある疑問を口にした。

 

「て言うかあんたも知ってたんだ。ここから何が見えるのか」

 

ここから何が見えるか…………まあ想像するまでも無く分かると思うがキリトとアスナの二人だ。今頃ベンチに座って談笑しながらアスナが作ってきたランチをキリトが食べているのだろう。相変わらず仲が良いようで……

 

「あぁ……。つか有名だぜ、この学校のテラスからは胸焼けするぐらい熱々バカップルのイチャイチャが丸見えだ、て。どこからはっきり見えるのかは流石に知らなかったけど、お前がガン見してたら流石に気づくよ」

 

気づいていないのは本人達だけだ、と付け加えるとリズベットは堪えきれずお腹を抱えてケラケラと笑いだし、シリカはクスクスと小さく笑い。サチは声を上げずに苦笑いという三者三様の反応を示す。

 

そんな風に今現在話題に上がっているとは露知らず今頃はベンチに座って仲むつましくアスナお手製の弁当を食べているであろうバカップル……そんな姿を容易に想像出来てしまうのには呆れてしまう。ここから丸見えならあそこからも丸見えの筈だから普通なら分かるだろうに……二人して脳内ピンク色のお花畑だから気が抜けているのだろうか?まあ気を抜きたくなる気持ちも分からんではないが……

 

「あーーあもう、本当にあの二人は所構わずイチャイチャしちゃって。ここ学校なのよ、場所を考えなさいって」

 

「いや、そいつの原因はお前らにもあると思うぜ。全く人が好よぎるっていうのも考えものだな」

 

「本当ですよ。里香さんは甘過ぎます」

 

「うっ!し、仕方無いでしょ!あんな事があったんだから…………」

 

笑い終えると同時にリズベットが発した『TPOを弁えなさいよ!!』的な不満。だがその原因に見当がついている俺は思わず呆れたようなツッコミを入れるとシリカもそれに便乗する。

 

ちなみに原因というのはこの三人が勝手に交わした《一ヶ月休戦協定》なるものだ。アスナがどんな目に遭っていたのかを知ったこの三人は一ヶ月間だけあの二人を温かく見守ろう的な協定を結んだのだ。

 

つまりあの二人だけの甘い空気を生み出しているのはこの三人がそれを容認している事に起因していると言ってもよ言ではないだろう。少なくともお前が文句を言える立場ではないのは明らかだ。

 

まあ……もしこの協定が無ければおそらくキリトはアスナを含めて四人とイチャイチャする事となり周りから羨望と妬みの視線が送られるだけの話だ。被害を受けるのはキリトだけなので俺には全く無関係な話ではあるのだが……正直知り合いの女の子の修羅場的な展開を見るのは気持ちの良いものではないのでホッとしている。

 

と俺は下らない考え事を一旦止めて目の前に弁当箱を出した。

 

「…………あんた、何で弁当をここで食べるのよ?」

 

「うるさいな。別に俺がどこで食おうが構わないだろ?」

 

「いや、そうなんだろうけど…………」

 

「おーい。こっちだ」

 

未だに何か言いたげそうなリズベッド。そんな彼女をほっといて、俺はキョロキョロと周囲を見回している連れのディアベルに声を掛けた。彼は俺の姿を確認するとこちらに歩を進めて目の前の席に座る。

 

「サンキュー」

 

「じゃあとっとと食べるか」

 

弁当箱を開けると目の前に現れたのは艶々の白いご飯に玉子焼きにから揚げ、それに色鮮やかなミニトマトとレタスのサラダ。婆ちゃんが作ってくれた弁当だ。流石美味そうである、まあ実際美味いのだけど。

 

「いただきます」

 

朝早くから弁当を作ってくれた婆さんに感謝しつつ俺は玉子焼きを啄み咀嚼する。うん、やっぱり美味い。俺がどれだけ頑張ったとしてもこの境地には辿り着けないだろう。ここまで達するのに何十年と血と汗を流したのであろう婆ちゃん、その努力には心の底から脱帽する。

 

「ほんと美味そうに食べるわね~、あんた」

 

「美味そう、じゃなくて美味いんだよ」

 

「うわ即答……」

 

当然だ。婆さんの飯は俺が味わってきた中で最高だからな。身内贔屓?勿論入っているに決まっている。だがそれを除いても婆ちゃんの料理は本当に美味いと俺は確信している。そしてその昼のお楽しみを邪魔する者には容赦無く制裁を加える、例えばこちらに箸を伸ばそうとしている目の前の騎士様……とかな。

 

「イタっ!」

 

「イタっ、じゃねえよ。人の飯を取ってはいけないってあんた分かっているだろ?そんなに欲しいならあんたのカツ丼寄越しな」

 

そんな不届き者の手を俺は箸ではたき落とす。行儀が悪いかもしれないが知った事ではない、領地に入られたからには迎撃するのが当然だ。そして報復とばかりに奴のカツ丼に箸を伸ばすとすぐさま制された。その手に握られているのは一対の(得物)……向こうは徹底抗戦の構えだ。俺は叫ばずにはいられない……また戦争がしたいのか!あんたは!

 

「やらせるか!」

 

「えぇい!小癪な!!」

 

交差する箸と箸(剣と剣)、火花散る視線、そして――――呆れる周りの女子達。だがこれは女子には分からない男の世界だ。昼飯という互いの譲れない物を賭けた本気の勝負……俺の弁当……やらせはせん!やらせはせんぞ!!

 

「それよりもみんなは今日のオフ会には行くの?」

 

この不毛な争いを止めようとそんな言葉を発するサチ。その言葉を皮切りに俺たちの話題は本日行われるオフ会へと向くのであった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 カランというベルの小気味良い音と共にバリトンボイスのエギルの声。店の扉の前には面食らったキリトとアスナ、そしてキリトの妹である直葉がいた。ここはエギルが経営するダイシーカフェ、この時間帯は通常店はガラガラである筈なのだが中には二十人近くの老若男女が飲み物片手にひしめきあっている。

 

ちなみに本人談だとあと数時間後に来るという夜の客も今日だけは来ない。それもその筈、本日この場所はオフ会の会場……つまりは貸切なのだ。普通店の予約なんて何ヵ月も前に予約しなければ絶対に無理なのだろうがそこは店主の力で何とかしてくれた、まさにエギル様々である。

 

「……おい。俺達は時間に遅れたつもりは無いぞ」

 

いち速く我に返ったキリトは周りに恨みがましい視線を送る、それは自分たち以外のオフ会に参加するメンバーが既に全員揃っているからだ。おそらくみんなより遅い時間を知らされて騙されたと感じているのだろう。まあ俺から言わせれば今日のメインはお前なんだからその好意に素直に甘えとけって話だ。

 

「主役は遅れて登場するものだからね。あんたらには少し遅い時間を伝えといたの」

 

そのままリズベットがキリトの手を引っ張る。連れていかれた場所は壇上。言われるがままにキリトがそこに立つと周りの視線が一気にそこに集まる。

 

「えー、それでは皆さん御唱和下さい。せーーのーー」

 

「キリト、SAOクリアおめでとう!!!」

 

こうして俺達の馬鹿騒ぎが始まった。

 

 

 

 

「いたいた」

 

 カウンターの席で飲み物を飲んでいる三人を発見した。お酒をゴクゴク飲んでいる短髪のおっさんとコクコクと上品に飲んでいる女性、それと間に挟まれるかんじでグレープジュースを飲んでいるポニーテールの少女。俺はおっさんの隣の席に座り見知った三人に声を掛けた。

 

「久しぶりだなバルトスにパステル。サクヤさんもお久しぶりです」

 

「お久しぶり、タツヤ君」

 

「久しぶりー、というか何でサクヤさんだけ敬語なのよ」

 

俺の声に答えたのはアインクラッド五十層で雑貨屋を営んでいたサクヤさんと防具屋《プトレマイオス》の助手だったパステルだ。ちなみにパステル、年上に敬語を使うのは社会常識だ。お前は年下だしバルトスのおっさんには敬語なんて必要ないだろ?つまりそういう事だ。

 

ちなみにこの三人に声を掛けたのは挨拶のためだけではなかったりする。そのもう一つの要件のために俺は隣で酒を飲み続けるおっさんに声を掛けた。

 

「なあバルトス、あんたの店って中古車の販売してたよな」

 

俺の言葉に一旦酒を飲む手を止めて『へぇっ?ああ……そうだが』と答えるバルトス。その顔はまるで鳩が豆鉄砲を喰らったみたいになっている。

 

そう実はこのおっさん、自動車修理工場の頭である。初めて聞いた時は少し驚いたが、油塗れの作業着を着て工具を持ったこのおっさんの姿を一瞬で想像してしまいその姿がしっくりきてしまった。そしてこのバルトスが経営する工場では自動車の修理だけではなく中古車の販売も行っているのだ。まあ、バルトスのあの顔は何で知ってるんだ?というよりも何でそんな事を聞いたんだ?と言ってるようだが……

 

当然そんな事を聞くという事はあんたの店で車を買いたいって主張しているも同じだ。俺が車を欲しがる理由に見当つかないのだろう。まあ俺も自分のためだけに中古でも車を買おうなんて気にはならない、俺のためならな。

 

「安い中古の車ってあるか?障害者用の車椅子乗せれるくらい大きい奴」

 

俺が車を欲しがっていた理由とはそれ――つまり紗夜の足が欲しかったのだ。一応自力で歩けるようにはなった彼女だがまだ長距離の移動は体に負担が大きく車椅子が欠かせない。当然ながら行動範囲にこれまでと差異は無い訳で…………別に彼女がそれで構わないのならいいのだがもしどこかに行きたいのなら連れて行ってやりたいと俺は思ったのだ。

 

ならわざわざ買わなくても爺さんの車を使えばいいじゃないのか?と言われるかもしれないがそれは出来ないのだ、法的に。というのもこの便利な義手があるとはいえ依然俺の扱いは障害者……この義手が普及して法制度が変えられるまで俺は一般車両には乗れないのだ。

 

「ふむ…………」

 

俺の言葉に顎鬚を触りながら思い出すように考え込むバルトス。考える事数秒後に彼は口を開いた。

 

「一台デカイのがある。今度うちに見に来い」

 

「サンキュー、おっさん」

 

だがビタ一文もまけないぞ、と釘を刺される。ぐぅ!中々痛い所を突いてくる。正直に言うと期待していたが……仕方ない、腹を括ろう。…………ロ、ローンなら大丈夫かな?後、出世払い……今度聞いてみよう。そんな内心ビクビクしている俺に声を掛けたのは背中からひょっこり現れたパステルだった。

 

「あっ!そう言えばタツヤ忘れて無いよね、ご飯奢る約束」

 

「あぁ、覚えているよ。」

 

それはあの七五層フロアボスと戦う前日に約束した事だ、しっかりと覚えている。勿論約束通り彼女には何か奢るつもりだ。あまりにも高い物でなければ……ではあるが。

 

「私ね、ちょっと気になるお店があるんだ~」

 

パステルが出した店の名前は聞いた事があった。テレビでも報道されていてここらでかなり有名な洋食屋の筈だ。……ってあれ?

 

「お前……まさかあの特盛スペシャルセットって奴を頼む訳じゃねえよな」

 

その店の一押しは特盛スペシャルセットという名前から分かるような値段も量もボリューミーな奴だった筈……テレビの画面に所狭しと巨大な皿が並ぶ様子はかなり圧巻だった、同時に『絶対に食べれないだろうな、これ……』という感想も。

 

そんな俺の問いかけにパステルは――

 

「えっ?当然そうに決まってんじゃん」

 

と、さも当然のように良い笑顔で返す。清々しいまでの態度に俺は悟りの境地に達する事無く大声を張り上げる。

 

「おまっ!一つ五千円のセットを頼むとかその歳で贅沢言うんじゃねえよ!」

 

「え~、いいじゃん。こんな時じゃないと食べる機会が無いも~ん」

 

「いいじゃん、じゃねえよ!ぜってーあれだけは奢らねえからな、絶対だぞ!」

 

「うわー!タツヤの野郎が約束破ったー。店主助けてー」

 

そんな感じでまるで子供のようにじゃれ合う二人。互いに歳不相応な幼稚な応酬に間に挟まれているおっさんは堪らず爆笑する。

 

「タツヤ君、やっぱり良い顔するようになったよね」

 

「えっ?!え、えっと……あ、ありがとうございます……」

 

急に声を掛けられて振り向くと隣の席にサクラさんが座っていた。その言葉にどう返せばいいのかは全く分からないが至近距離で綺麗な笑みを向けられたらそんな答えにならない曖昧な返事を返す事しか俺には出来ない。どぎまぎしている俺が可笑しいのだろう後ろの二人の笑い声が聞こえる。

 

「あっ…そう言えばあの時の代金ってどうすればいいですか?」

 

「あの時?あっ、お皿の事かしら?」

 

その居た堪れない空気を変えるために何とか話題を作る。人差し指を頬に乗せながらどうしようかしら……と悩んでいるサクラさん。数秒ほど考えていると急に閃いたという感じで掌をパンっと叩くとグラスを手渡してきた。

 

「それじゃ、一杯貰おうかしら?」

 

「いやでもここの飲代ってタダじゃ……」

 

「いいからいいから」

 

それで納得するなら……俺はカウンターでグラスを磨いているエギルにウイスキー1つと注文する。はいよ、と目の前にボトルを差し出すエギル。それの蓋を開けてグラスの中にそれを注ぎ返すと彼女は空っぽの俺のグラスを見る。

 

「タツヤ君もどう?」

 

「あ、いえ俺まだ十九なんで」

 

「そうなんだ。じゃあまだ飲めないわね、残念」

 

琥珀色の液体を飲みながら上品に微笑むサクラさん。何だろう……お酒に凄い慣れてる感じがする。バルトスの豪快な飲みっぷりも慣れてるって感じだけどそれとは違う。何というか……嗜むっていうのはこういう事なんだと思う。もし飲む機会があれば彼女のように飲みたいものだと二十歳の自分に思いを馳せる。

 

「えっ?!お前まだ十九だったのか?」

 

「うっそだー。絶対結婚適齢期過ぎてるでしょ?」

 

だがそんな時に限ってどうでもいい事に反応する奴が二人。お前らぁぁぁぁ……!そんな地の底から響くような声を出しながら俺は奴ら睨みつける。老け顔はこれでも気にしてんだよ!てか結婚適齢期って三十超えてるじゃねえか!そんな射抜くような視線を向けても悪びれる様子も無くヘラヘラと笑っている二人。何かスゲーイラつく!!

 

でも……きっと今の俺がいるのはこいつらのお陰なんだと思う。戦闘以外では極力人を避けていた俺。そんな俺に世話を焼き気に掛けてくれたお節介な人達……いつしかあの人達の居場所があの世界での俺の憩い場になっていた。

 

「何ニヤついてんだ?」

 

「……別に何でもねえよ」

 

ありがとう……と心の中で言わして貰う。本人の前で絶対言えないけど。

 

 

 

 

 

 

 あの後歳上二人と歳下一人に弄られてグロッキー状態の俺は店の隅の方に向かっていた。というのは俺の探し人がそこにいるだろうと思ったからだ。案の上そこにいた予想通りの人物は思った通りに一人でチビチビとオレンジジュースを飲んでいた。

 

「隣いいか?」

 

「えっ?は、はい。どうぞ……」

 

俺はそこにいた人物――桐ケ谷直葉に声を掛けて隣に座る。隣に座ると同時にざわつき始める心……それを落ち着かせるためにグラスに残っていた飲み物を飲み干して隣の彼女に顔を向けた。

 

「久しぶりだな」

 

彼女は一旦飲み物を口から外して言葉を返す。

 

「そうですね。タツヤさんはALOが運営再開した後、一度もログインしませんでしたからね」

 

彼女の言葉に『あぁ、そうだな』と俺は返した。そう……彼女の言う通り運営会社が代わり再開したALOに俺は一度もログインをしていないのだ。ここにいる連中のほとんどがやっているのにも関わらず、だ。その理由はご存じの通り――

 

「まあやる事が多くて忙しくてな、家の事とか色々」

 

家の事――つまり紗夜や爺ちゃん、婆ちゃんの事だ。今まで迷惑を掛けてしまった分の埋め合わせ――といえば聞こえはいいが別段俺は特別な事は何もしていない。飯を食べたり買い物に付き合ったり、彼らが知らない俺の話を彼らにしたり、逆に俺の知らない話を聞いたり……そうそうあの紗夜がプラモデルを作っているのを知った時はひどく驚いた。彼女の部屋に大事に飾られているそれらを見た時には”丁寧に作り込まれている”という嬉しい気持ちと、”俺も負けてられない”という対抗心に火が付いたものだ。

 

俺が送ったのはただあの独りでいた頃よりも騒がしく慌ただしい毎日。まあ――

 

「まあ……楽しかったけどさ」

 

「紗夜ちゃんと仲直り出来たんですよね?」

 

「お陰様で、な」

 

俺の言葉に嬉しそうに表情を明るくする直葉、だがその表情は一瞬で曇ってしまいある一点を見つめる。その視線の先にいたのは色んな奴に絡まれているキリト(兄貴)。だけど俺には彼女はキリトではなくどこか遠くを見ているに思えた。

 

「悪いな」

 

「え?」

 

「みんな良い奴なんだけどやっぱり久しぶりだからあの世界での思い出話に花を咲かせちまうんだよ。…………つまらないか?」

 

「いいえ!そんな事は無いですけど、ただ……」

 

「ただ?」

 

「…………私何か場違いじゃ無いですか?」

 

苦笑混じりにそう呟く直葉。はっきり言えば彼女の言い分は分からんでもない、SAOという世界にはいなかった彼女……ここにいる奴らとの接点もほとんど無いのだろう。それでも――

 

「あっ!」

 

俺は右手を彼女の頭の上に乗せる。突然の事に直葉は驚いて声を零すが、そんな驚いている彼女を他所に俺はそのまま髪をワシャワシャと撫で回した。

 

「お前がいなけりゃこのオフ会は開けなかった。お前のお陰でみんながこうやって集まれたんだ、寧ろ胸を張るべきじゃねえのか?」

 

この言葉は嘘偽りの無い本心だ。彼女――リーファの協力が無ければキリトはアスナを助け出す事が出来なかった……アスナが未だ目覚めなければみんなでこんなパーティーを開いてワイワイガヤガヤしようなんて誰も考えなかっただろう。彼女のお陰……紛うことなき事実だ。

 

まあ、それに――――

 

「少なくとも俺はお前が来てくれて嬉しいと思ってる」

 

「…………ありがとうございます」

 

彼女のお礼に『気にすんな』とそっけなく返す。すると彼女は今ふと思い出したかのように呟いた。

 

「タツヤさんの手って暖かいですよね」

 

「暖かい?こいつは義手だぜ、体温なんか無い筈だが……」

 

この義手が相手に与えるものは無機物特有の冷たさ。それと相反する”暖かさ”というものは触れる見ている人にも与える事は無い筈のだが……。それでも、と彼女は言う。

 

「それでも暖かいんです。……私、タツヤさんのその掌好きですよ」

 

「そっか………………ありがとう」

 

その真っ直ぐな好意がくすぐったくて……俺は尻すぼみに感謝の言葉を言いながら彼女から顔を逸らしてしまう。横目で彼女の方をチラリと見ると自分の発言の大胆さに今更気づいたようだ……顔を見られないように慌ててそっぽを向いた。彼女的にはそれで隠したつもりなのかもしれないが、真っ赤になっている耳のせいで全く持って誤魔化せていない。おそらくは顔はリンゴのように真っ赤になっているのだろう、俺と同じように……

 

沈黙が流れる…………それでも居心地の悪いものではなく、内側から暖まるような、永遠に味わいたいと思えるような…………そんな朝日のような静けさだ。自分からこの空気を壊す必要なんかないのだろう……でも――

 

「なあ……」

 

「はい?」

 

「何かあったか?」

 

俺はそんな空気を自ら壊しに掛かる、というのも俺が彼女の元に来たのは世話になった礼――もあるが一番の理由はこの店に入った瞬間から気になっていた彼女らしからぬ暗い表情だ。 困ったような笑顔……あの時と同じように俺はそんな彼女にお節介を掛けたくなったのだ。

 

「なんでそう思ったんですか?」

 

俺の問いに肩をビクッとさせて聞き返す直葉。そんな彼女に俺は普段通りの口調で答える。

 

「見くびって貰ったら困るな、こんなんでも俺はお前より人生の先輩だ。…………言ってみな」

 

最後だけ安心させるような声色で促す、隣の彼女は俺の言葉を聞いて話すか話さまいか、まだ迷っているようだ。

 

さて……彼女の悩みを聞き出すにはもう一押し必要だろう。ぶっちゃけると彼女の悩みについて俺は大方の予想はついている――が、俺がそれを言ってしまうよりも彼女自身の口から言って貰った方がずっと本人のためだ。彼女が正直に自分の悩みを打ち明けてくれる――それが何よりも一番良いだろう、我慢強い彼女にそうさせるのは非常に困難な話だとは思うが……

 

ともかく俺は、隣の彼女に視線を落としながら更に後押しの言葉を掛けようとする。

 

「もし何か『おーいタツヤ、あんたもこっち来なさいよー』…………ハァ……」

 

だがそんな時に限ってお邪魔虫――失敬俺の名前を呼ぶ声が向こうから……思わず溜め息を出してしまったのも仕方無い事だ。

 

ちなみに声の主であるリズベットはものすごい朗らかな笑顔でこちらに向けて勢いよくブンブン手を振っている。その隣には困った顔をしているキリト達が…………絵面だけ見れば飲み会で新入社員にうざ絡みをしている会社の上司みたいだ。…………本人の前では絶対に言わないが、実におっさん臭い。

 

……ちなみにあそこにいるリズベットの顔がどこか真っ赤になっているように見えるのは――俺の目の錯覚だろう。うん、そうに違いない。ここにいる良識的な大人が未成年に飲酒をさせるなんて有り得ないだろう、と俺は暫しの現実逃避を行う。

 

「…………リズさん、呼んでますよ 」

 

リーファの言葉で現実に戻された俺はもう一度同じ場所を見る。そこには未だこちらに手を振り続けるリズベット。だが俺は奴らの元を訪れる事はしない、酔っ払いの相手なんて御免だし今は目の前の方が先決だ。リズベットの奴はぶー垂れるであろうが知った事ではない。

 

そして俺は再び彼女に向き合い同じ言葉を掛けようとする。

 

「なあ、もし何かあるな――」

 

「行って下さい、タツヤさん」

 

だが彼女はそれを許さなかった。だからといって俺はすぐさま引く事はせず

 

「いや、でも――」

 

「私は大丈夫ですから」

 

こちらに笑顔を向ける直葉…その笑顔は以前ALOで見たようなあからさまに強がっている笑顔だ。でもこれ以上俺が何を言っても強情な彼女はおそらく大丈夫の一点張り…………その光景は想像に難くない。

 

仕方無い……非常に不本意ではあるが彼女の言葉に従うしかない、適当にあれを捌いた後にでも彼女の所に行けばいいだろうし…………俺は壁に預けた背中をのっそりと起こしてあいつらの元へと向かう。

 

「やっと来たわね!早くこっち来なさい!」

 

「そんなに大声出さなくても聞こえ――ってお前、酒クサッ!!」

 

大声を上げるリズベット、アルコールの臭いに顔を顰める俺、そんな俺に”嗚呼、次の犠牲者が……”的な憐みの視線を送る周りの奴ら…………結局オフ会が終わるまであいつらに捕まってしまった俺は彼女に再び話掛ける事無く家へと帰るのであった。

 

 

 

 

 

リーファside

 

 あのオフ会が終わり家に帰った私はALOにダイブし空を翔んでいた。目的なんて無い、ただこのどうしようも無い想いを忘れたくてなったのだ。この世界で翔んでいる時だけは嫌な事を忘れられるから……

 

お兄ちゃんに連れられたオフ会で私が感じたのはみんなとの距離感だった。SAOという私の知らない世界を共有しているお兄ちゃん達…………ただそれだけの事の筈なのに私にはみんなが凄く遠くの存在に見えてしまったのだ。――――まるで目の前にあって夜を照らしているあの月のように…………

 

だから私はあの月を目指して翔んで行く。高く高く――私はひたすら上昇する。お兄ちゃんやみんな、それにあの人に届くように――――そう祈りながら…………

 

だけど私の目の前に現れたのは限界高度という無慈悲な四文字。その警告に従って翅が動かなくなった私の身体は地面に向けて真っ逆さまに墜ちていく。

 

猛スピードに墜ちて行く身体に反してゆっくりと流れる私の思考……まるで走馬灯のように頭を()ぎるのはどうしてか楽しい思い出…………お兄ちゃんやあの人と一緒に味わった楽しい楽しい冒険の数々だ。

 

一緒に翔んだ、一緒に戦った、一緒に笑った…………それらは考えるまでもなく私の胸に大事に秘めている輝かしい思い出だ。だけどそんな楽しい記憶を思い浮かべても私のこの孤独感は和らぐことはない、寧ろより一層私を蝕んでいく。

 

だってこんなに思い出があるのに――――私じゃあそこまで行けない。みんなの場所はあまりにも遠すぎる――――

 

きっとこの想いを口に出来たらこの辛さも少しは楽になるのかもしれない、けどそれは出来ない。彼らを困らせるような事をしたくないのだ。

 

もう……考えるのは止めよう。だって私にはどうしようも無いのだ、どうしたってあの人達には追いつけない。そして私は現実を受け入れるように瞼を閉じて――――

 

「――ったく。気になって来てみたら案の定って奴だな」

 

だけど背中に軽い衝撃を受けた私の身体は墜落を免れた。背中越しから伝わるのは硬い感触……つまり私は誰か受け止められたという事だ。一体誰が?そんな疑問を抱いた私が後ろを振り向くと、そこには予想通り――なのだけど全く予想していなかった顔があった。

 

「タツヤ……さん?」

 

「さっきぶりだなリーファ」

 

そこにいたのはタツヤ君。だけどその姿を見て私は思わず驚きの声を上げてしまった。

 

サラマンダーの特徴である燃えるような真っ赤な髪に同色の瞳――そこまでなら何も変わらない、問題は他の場所――眉間に刻まれた皺とか常時不機嫌そうに見える鋭い瞳。そして何よりも目を引くのは、墨のように真っ黒な右腕……

 

彼の姿は私とALOで冒険した時のそれとは違い、現実の容姿そっくりだったのだ。

 

 

 

 

 

「なんで……?」

 

 私が零した疑問の声……それは彼のアバターが現実と寸分違わないものになっていた事に対するものだ。勿論SAO帰還者のプレイヤーが容姿を引き継げるようになった事は知っている、リズさんやシリカちゃん、クラインさんやエギルさん等は容姿を引き継いでALOをプレイしている人は多くいるのだ。お兄ちゃんは違うけど……

 

それでもタツヤさんはてっきりその大多数じゃないと思っていた。その一番の理由が――彼の右腕だ。他人のそれとは違うものは嫌でも人目を集めてしまう……だから目立ちたがり屋ではない彼はてっきり違うのだと思ったのだ。

 

「あぁ、これね……」

 

視線から私が言わんとしている事を察したのであろうタツヤさんはその疑問に答えてくれた。その自分の右手を見つめながら……

 

「自分で言うのも可笑しな話だけど俺は自分が嫌いだったんだ。情けなくて惨めで臆病で……誇れるものなんて何一つ無いって思ってたんだ……」

 

思い出すように呟くタツヤさん。その独白が気分の良いものではない事はその内容や彼の苦虫を潰したような表情から明らかだ。でもそこまで言うと彼は口元をフっと緩めて柔和な笑みを浮かべる。

 

「でもそんな俺でも少しだけ、ほんの少しだけマトモな奴なんだって思えたんだ。こいつはその証…………みたいなもんだな」

 

最後にそう言って優しい目をする彼の表情はどこか誇らしげだった。

 

彼と紗夜ちゃんとの間に何があったのかは知らない。何に彼が苦悩していたのか、どうして長い間仲違いしたままだったのか、どうやって仲直りしたのか……私は全くしらない。きっと知っているのは当人だけだと思う。

 

それでもきっとあの右手がその切っ掛けになったんだという事は私でも分かった。あの手のお陰であの人達は昔みたいな仲の良い兄妹に戻れたのだ、と。今のタツヤ君の姿はあの時私が後押ししたのは間違いじゃなかったんだって実感出来たようで凄い嬉しかった。

 

でも正直言うと寂しい。あの時一緒に冒険したタツヤ君がいなくなったみたいで……

 

「それでもここにいるのはお前と一緒に冒険をした奴だ。お前が直葉と同じように何も変わらない」

 

唐突に呟かれた言葉……それはまるで私の心の声に答えているようだった。えっ?!もしかして口から出てた?思わず口を手で覆い隠すと彼は違うよ、と言う。

 

「忘れたか?俺とコンビ組んでくれたのはリーファだろ?相棒の考えていることぐらい分からないとな。ついでにさん付けは止めてくれ、何か変な感じがする」

 

そのまま右手で私の頭を撫でるタツヤ。髪越しに伝わる彼の手の感触がどこかこそばゆくて心地良い。そんな浮ついた気分だからだろうか、私は彼に一つ提案をしてみた。

 

「ねえ、タツヤ君踊ろっか」

 

「踊る?生憎ダンスなんてやった事ねえぜ」

 

「大丈夫だって!私が手取り足取り教えてあげるから」

 

私の言葉に目を丸くするタツヤ君、そんな彼に私は両手を掴んで促す。

 

この踊る、というのは最近開発した高等テクニックだ。ホバリングしたまま横移動するのだが実際上昇や下降するのではなく位置を保ちながらも翅を動かすというこの技術は中々難しかったりする。けどきっとタツヤ君なら大丈夫だろう、意外に器用だし……

 

「それじゃ――」

 

「悪いけどちょっと待ってくれないか」

 

そう言って私を静止し手を離すタツヤ君。気持ちを落ち着かせるように深呼吸を不自然なほど繰り返す彼は明らかに挙動不審だ。一体どうしたのだろうか?

 

その後もゆっくりとした深呼吸を続ける。そして五回目の深呼吸を終えた所で彼は舞踏会で女性にダンスを申し込む紳士のように前に手を差し出した。

 

「一緒に踊ってくれませんか、お嬢さん」

 

「…………プッ、アハハハハハ!タツヤ君面白過ぎだよ」

 

彼渾身のキザな台詞……それは謀らずも私のツボにクリーンヒットした。

 

だって、あのタツヤ君が、あんな台詞を、吐くなんて……駄目だ、思い返すとまた笑ってしまう。特に動作が意外に様になっていた所がより一層私の笑いを誘う。

 

私の反応が相当不服だったのだろう、目の前の彼は『あーあ、言わなきゃ良かった』と若干不貞腐れたようにそっぽを向く。そんな彼にゴメン、と言うと『まあしゃあねえか……』と諦めたような返事を返された、やっぱり自分でも似合わないとは思っていたらしい。私は気を取り直すように再び彼の手を掴みリードする。

 

右へ左へとホバリングする。最初こそ慣れていない彼の動きはぎこちないものだったが次第にこちらに動きを合わせるようになる。どうやらもうコツを掴んでしまったようだ。

 

「なるほど……姿勢を真っ直ぐにして翅を同じリズムで小刻みに動かし続ければいいのか」

 

「そうそう!上手い、上手い!それじゃ本番いくよ?」

 

私はストレージから小瓶を出して蓋を開ける。中から出たのは星屑のような光りの粒と優雅な楽器の音、それらがキラキラと私達を彩っていく。

 

大きく小さく、また大きくとステップを踏み淡い光に照らされながら……さながらここは二人だけの舞台だ。その手から伝わる熱に思わず頬が緩んでしまいそうになる。

 

こんな時間がずっと続けば良いのに……そう思っても終わりは訪れる。暫らくするとアイテムの効果が切れて静寂が私たちを包む。正直言えば名残惜しい気分だがそれでも私の気持ちはさっきよりは幾分か晴れやかになっていた。

 

「ありがとね、少しは気が晴れたかも」

 

「そっか、それなら良かった」

 

「うん、だから私今日はもう帰るね」

 

きっとお兄ちゃん達との距離感は一生埋まらないのだと思う。でももうそれでもいい……目の前にいるこの人のお陰で少しは気を紛らせる事が出来た、それにどうしようも無い事をグダグダ言うのも私らしくない。そして私はメニューを開きログアウトしようとする。

 

「あのー、タツヤ君?」

 

だけどそれは叶わない、というのも未だに私の両手を彼が握っているからだ。痛くはないのだけれど自力でほどく事は出来ないという絶妙な力加減で私の手を掴み続けるタツヤ君。視線を送っても彼は一向に力を緩める気配が無かった。

 

「――と言いたい所なんだけど悪いな。今日はもうちょっと付き合いな」

 

「えっ?ちょ、ちょっと!」

 

掴んだ私の手を強引に引っ張りながらものすごいスピードで翔んで行く。一体どこに?そんな疑問を抱きながらも私は為されるがままについて行くと数十秒程翔んだところで急停止した。

 

「ここは……世界樹?」

 

連れて行かれた場所は大陸中心部の巨大な樹、世界樹だった。一体何故?さっきとは違う疑問を抱いた私は未だ手を握ったままの彼に問い掛ける。

 

「どうしてここに?」

 

「まあ、そんな慌てんなって…………もうそろそろだな」

 

答えになってない返事を返されるまま指で示された方向を見る。そこにあったのは丸い月、私が向かおうとしていて無惨にも敗北した場所だ。先までと何も変わらな――

 

「――――えっ?う、嘘……」

 

だが突如鳴り響く鐘の音。それと同時に月が欠けた。月食――じゃない!丸い月とは全く異なるひし形の巨大なシルエット、それが月を隠し月食が起きたかのように見せていたのだ。月を隠した巨大な物体……それが突然黄金のような光を発し、その姿が露わになる。

 

「あれってまさか……」

 

その姿は城だった、巨大な巨大な鋼鉄の城……。全く初めて見たものの筈なのに私はそれを見て一瞬でそれが何か分かってしまった。

 

あれは――あの巨大な城は――――お兄ちゃん達を二年間もの間閉じ込めた――

 

浮遊城アインクラッド……

 

 

 

 

 

 眩いばかりの輝きと共に現れたのは《浮遊城アインクラッド》。あのSAOというデスゲームの舞台だった場所だ。キリトの話では電脳世界に転がっていたありとあらゆるデータをかき集めてこの城を再現したらしい。

 

正直良い思い出ばかりでは無かった。自分が死にそうな目に遭った事も何度もあるし、それ以上に他人が死ぬ所を何度も見たのだ。もう一度あのデスゲームに行きたいと思うか?と聞かれれば迷わずNOと答えるだろう。

 

それでもあの世界での二年間もの時間は無駄では無かった。今の俺を構成している大事な――とても大事な経験(思い出)だ。

 

「お前の気持ちは分からなくもないよ、リーファ。自分だけ知らない世界っていうのはどうしようもない距離感を生んじまうもんだしな」

 

だが過去は変わらない。どんなに後悔しても思いを馳せても起きてしまった事は取り返しがつかないようにどう足掻いても彼女はSAO時代の記憶を得る事が出来ないのだ。だけど――

 

「だけどその距離感を埋めれるくらい楽しい思い出を……共有出来る思い出を作ればいい。みんなと一緒に」

 

「みんな?」

 

聞き返すリーファの声と同時――丁度良いタイミングで後ろからおーい!という声が起こる。そこにいたのはクラインやエギル、リズベットやシリカ等さっきまでオフ会にいた連中だ。他にもシルフやケットシー、それにサラマンダーといったALOを生きる人達。皆々我先にへとあの城へ向かって翔んで行く姿を見て餓鬼だな……という感想を抱く。まあ俺も大概だけどな。

 

「あいつら筋金入りのお人好し共だからさ、どんだけ掛かってもリーファの事を待ってくれるよ」

 

あいつらとの冒険……それはきっと彼女の心の距離を埋めてくれるだろう。かつて俺とキリトが彼女と心を交わす事が出来たように。それにリーファは知らないかもしれないが、あそこにいる連中はみんなリーファの事を仲間だと思っている。不安がる事は無いみんなお前の味方だ。

 

「それでも不安なら俺がお前の手を引っ張ってやる。どこまで一緒に、な」

 

次々とあの城に向かって行く奴らを見送りながら俺は彼女に宣言する。それに安心したような笑みで返すリーファ。

 

すると目の前に黒い影と水色の影……キリトとウンディーネを選んだアスナだ。こちらを振り向いたアスナが目の前に手を差し出す。

 

「ほら、行こ?リーファちゃん」

 

差し出されるアスナの手、それを掴もうと手を伸ばしたリーファの手を俺は先に掴む事で制した。

 

「悪いな、ちょっと野暮用があってさ。先行っててくれ」

 

驚いた表情で俺を見つめる三人。我が儘かもしれないがちょっとした大事な野暮用を済ましたいのだ。そのためにはこのタイミングを置いて他には無いと思う。

 

「野暮用って何だよ」

 

「大した事無いよ。すぐ追い付くからさ。な?」

 

訳が分からないという顔で俺をまじまじと見るキリト。実際にはかなり大した事なのだがそれを言ってしまうといくらこの鈍感朴念人フラグ建設者でも分かってしまう。そうなれば俺はこいつに八つ裂きにされてしまうだろう、わりと冗談抜きで。

 

そんな朴念人キリトに行こっか?と腕を引っ張り促すアスナ。そのムカつくほどニヤついた笑みから察するに俺の行為に賛同してくれるそうだ。キリトには分からないように口パクで頑張って、と伝えて来た。余計なお世話だ。

 

「それで野暮用って何?」

 

そう振り返りながら尋ねてくるリーファ。眩い光に照らされながらエメラルド色の瞳でこちらを見つめる彼女の姿に一層俺の胸は高鳴るが、今はそれよりも大事な事がある。今まで保留してきた返事を返さなくてはいけないのだ。

 

「あん時の返事……」

 

「あん時?」

 

「…………告白された時の」

 

その言葉に顔を真っ赤にするリーファ、その姿を見ているこっちまで恥ずかしくなりそうだ。

 

正直言えばリーファは大衆の前で告白したのだからこれ以上恥ずかしがる事なんて無いと思うのだが……まああの時は勢いに任せた感じだったからあまり気にしてなかったのだと思う。

 

「自分で言うのもおかしな話だけどさ、俺って相当メンドイ男だと思う」

 

この自己評価は間違っていない。臆病で嫉妬深くて情けなくて……悪い所を上げれば限りが無い重い男、そう……俺は重い男だ。実の所、俺は未だに両親が亡くなったのは自分の所為だと思っている。妹にあれほど散々言われたにも関わらずだ。きっと紗夜(あいつ)が知ったら怒るか『しょうがないな』と呆れるに違いない。それでもこれはきっと俺が一生胸に抱えていかなければならない罪なのだ。罰ではなく罪、誰かに与えられるものではなく自ら課し背負っていくもの。

 

そんな重たい奴が彼女のように明るく元気で優しい少女とは釣り合わないのかもしれない。それでも――

 

「でもきっとお前に相応しい男になってみせる。だからその……」

 

バクバクと鳴り続ける心臓、激しくなる動悸、そして”俺なんかが想いを告げてもいいのか?”という自念……それらを振り切り俺は重たい口を開ける。

 

「…………隣で見守ってくれると嬉しい」

 

目をパチクリとしてこちらを見つめたまま固まるリーファ。再起動した彼女は

 

「つ、つまり……いいって事?」

 

それに頷いて返す。すると彼女はパッと表情を明るくして俺に突撃するように抱きついてきた。

 

「ぐふ!」

 

腹部に走る重たい衝撃……七種族随一を誇るシルフの飛行速度で放たれたそれの威力に俺は何とか持ち堪えた。い、息苦しい……抱き締めるというよりはまるで締め上げているようで呼吸が苦しくなるが、それよりも密着したその身体から伝わる喜びの感情に思わず頬が緩みそうになる。

 

「本当?本当だよね?良かった……」

 

「まあ俺がリーファに愛想尽かされなければの話だけどな」

 

もし彼女が俺以外の男に好きになればその時は潔く諦めるつもりだ。俺には勿体無い程良い女だった、愛想尽かされた俺が悪いってな。そんな俺の返事にあっけからんとした感じで彼女は笑う。

 

「そっかそれなら大丈夫だよ。だって私あなたの事大好きだもん、きっとずっとね」

 

自信を持ってそう言う彼女……その言葉に俺は唖然としてしまう。だけど嫌な気分じゃない、むしろ嬉しい……俺はより一層彼女に惹かれてしまいそうだ。本当に……良い女の子だと思う。

 

「お前、やっぱ兄貴に似てるな」

 

「……そうかな?」

 

ああそっくりだ、人誑しな所が特に。そんな内心には流石に気づいていないであろうリーファは未だよく分かっていない顔で『うーん』と唸っている。まあ今は分からなくてもいいさ、どうせ何れ自分の魅力に気づくのだろうし……

 

そんな唸っている彼女の手を俺は決して離さないように掴んだ。

 

「ほら、行くぜ?あいつらが待ってる」

 

「――――うん!!」

 

そして俺たちは翔んで行く。俺は彼女の、彼女は俺の掌をしっかりと握り締めながら……

 

 

 

 

 こうして俺が主題となる物語は終わりを迎えた。ここから先はありふれた――――本当にありふれた、一人の少女に恋し続ける男の日常(物語)だ。ただ普通に生き、彼女といるだけで幸せだと感じるようなそんな凡庸過ぎる物語……

 

それでも宜しければこの物語の行く末を見守って欲しい。平凡な物語、例えそれが脚光を浴びなくてもその物語はしっかりと続いていくのだろうから……

 




よぉぉぉぉやくここまで書いたぜ!!(笑)

元々ALO編の最後までは一通りのシナリオは考えていたのですが、如何せん私に文章力が無いのでこんなに時間ばかり掛かってしまいました(笑)今まで読んで頂き本当にありがとうございます。

あ、ちなみにまだ終わりませんよ。はい、ちゃんと続きます。GGOとかマザーズロザリオとかもちゃんとやります。

最後にもう一つ報告を……実は今回から次回予告がありません!!それでは!!



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束の間の平穏・・・《彼の求めていたもの》
第三十七話:サラマンダーVSサラマンダー


感想、評価、お気に入り登録をして下さった方々ありがとうございます。

授業にレポートにバイトと段々と執筆に掛ける時間が減っていく毎日……悲しいけど俺、大学生なのよね(笑)

今回久しぶりの戦闘回なので正直ビクビクしてます。

お待たせしました。それではどうぞ


「…………ハァ」

 

「もう、そんなに溜め息ばかりついて……こっちまで気が重くなるじゃん」

 

 晴れ晴れとした青空――そんな清々しい空に似つかわしく無い大の大人の溜め息が虚しく響く。その何度目かの溜め息を隣で聞いている少女リーファの表情はどこか呆れ顔だ。

 

現在俺とリーファはサラマンダー領の首都に向かうためその境界にある森の上空を翔んでいた。何故サラマンダー領の首都に行くのか?その理由はサラマンダーのユージン将軍に会いに行くためだ。正確には決闘だが…………

 

事の発端は数ヶ月前、グランドクエスト攻略のために世界樹に行こうとした時に起きたシルフ・ケットシー同盟会議をサラマンダーの部隊が襲撃しようとした事件から始まる。

 

まあ詳細は省くが結局はキリトが間に合い襲撃は失敗、シルフ・ケットシーの両領主共無事助かり万々歳な結果に終わったのだがそれはさておき、重要な所はその場所で俺はサラマンダーの将軍さんに顔を覚えられてしまった、という事だ。

 

サラマンダーに喧嘩を売るような行為……当然ながら何かしろのお咎め、例えば領地追放とかがあると思っていたのだがでその場ではお咎め無し、代わりに後日将軍と決闘しその結果で処分を決めると言われてしまった、と…………

 

ハァ……空はこんなにも晴れやかなのに――――――俺の未来はお先真っ暗……溜息が出てしまうのも仕方ない事だろう。

 

「大丈夫!お兄ちゃんが勝てたんだからタツヤ君も何とかなるって!!」

 

そんなやる前から無気力状態の俺にエールを送るリーファ。…………その気持ちは凄くありがたいが、むしろ今の俺には逆効果だ。つまりキリトレベルじゃないと勝てないと言っているようなものじゃないか……。俺をあの人外と一緒にして欲しくない、残念ながら俺は真人間(まにんげん)だ。

 

ちなみにその人外キリトはユージン将軍について『いや~、本気出さなきゃ絶対負けてたよ。タツヤ、ドンマイ』と悪気も無く俺に言いやがった。他人事だと思いやがって……あん時の顔は今思い出してもマジムカつく……!!………………ハァ。

 

「もうっ、そんなに行くのが嫌なら行かなきゃいいのに…………」

 

頬を膨らませながら呟いた彼女の言葉は最もだった。別に向こうは何時とは言っていないし最悪レネゲイドにされたって中立地帯でやっていけない事は無いのだ。不便だけど……

 

だけどそれは出来ないというかしたくない。約束は破りたくないというのが一つ、もう一つは――――

 

「…………カッコつかねえじゃん」

 

「ん?今何か言った?」

 

「別に……何でもねえよ」

 

まあ一番の理由がこれだと思う。領地から追い出されたなんて男としてカッコ悪いじゃないか。別にリーファは気にしないとは思うがそういう問題じゃない、なんというか……自分が言うのも可笑しい話だけど男ってそういうもんなんだと思う。好きな奴の前では見栄っ張りでカッコつけたがる……

 

それに戦いもせずに諦めるなんて情けなさ過ぎだろ?例え望みが薄くても、だが…………

 

…………ハァ、やっぱり憂鬱だ。ユージン将軍はALO最強と謳われた男、本人の実力もさることながらエセルアルシフトという武器や盾を透過する伝説級武器《魔剣グラム》を持っている。云うならば鬼に金棒だ。

 

つまり今から赴く戦いはかなり勝機の薄い戦い……薄いという事は勝機があるのでは?と言われるかもしれないが最早ボールでゲルググに勝つぐらいの可能性だ。……なあ、やる気も失せるだろ?

 

「ねえ。戦う前からそんなネガティブだったら絶対に勝てないよ。いつも通りのタツヤ君でいないと」

 

リーファのありがたいお言葉。長年剣道をやっているだけあってその言葉の持つ説得力は絶大だ。……だが、だからといって自分でモチベーションを上げるというのは中々難しい。それに残念ながらそもそもポジティブな思考というのはあまり持ち合わせていないのだ、俺は。

 

「じゃあさ、勝ったら何かご褒美くれよ」

 

「えっ……ご、ご褒美?」

 

―――――――だからだろうか。思わずそんな無理なお願いをしてしまったのは……。俺の言葉にすっとんきょうな反応をするリーファ、それを気に掛けずに話を続ける。

 

「何でもいいよ。飯奢ってくれるとかクエスト付き合ってくれるとか何でも」

 

自分のモチベーションを上げようと適当に出てしまった言葉。言ってしまってから俺らしくないなんて自嘲してみるももう遅い。そんな突拍子も無い言葉を投げかけられたリーファは腕を組みながらう~んと唸りながら顔を俯かせる。

 

…………俺の戯言にそんな本気で悩んでくれている彼女の姿を見て思わず溜息が出てしまいそうになる。彼女に対してではなく自分に対してだが…………。ハァ、何やってんだよ俺は。リーファを困らせて本当に情けない…………どうやら流石にネガティブになりすぎたらしい。彼女の言う通りこんなんじゃ誰にも勝てない。

 

「…………悪い、今の言葉は忘れてくれ」

 

そう彼女に告げて俺は気を取り直すように両手で頬をパンパン叩く。よし!さっきよりは大分マシになった気がする!

 

「飛ばすか」

 

「えっ?!う、うん……」

 

そのまま陰鬱な気分を吹っ切るように全速力で空を駆けリーファもそれに続く。頭の中を下らない戯言から戦闘用へと切り替えて――――俺の思考はどうやってあの将軍さんに勝ってやるか――その一点に向けられていた。

 

だからだろう――俺の隣を翔んでいる彼女の顔が僅かに赤く染まっているのに気づかなかったのは…………

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで俺達の目の前には砂漠の町、サラマンダー領の首都が見えて来た。決闘の場所として指定された中央の広場には多くの人が集まっているのが遠巻きにも分かる。ユージン将軍の戦いぶりを見に来たのか、それともそんな彼に挑もうとする愚か者を嘲笑いに来たのか……どちらにせよ暢気な奴らだ、こっちの気苦労を察してとっとと退散して欲しいものだ。そんな観衆をなるべく気にかけず中央に降り立つ。

 

「ふん、早かったな」

 

「えぇ、まあ……」

 

到着早々そう鼻を鳴らして俺を見据えるのはサラマンダー領主モーティマの弟であり俺の決闘の相手――ユージン将軍だ。静かだが威圧感がたっぷり込められた言葉を聞いて身体がピリピリする。

 

これがALO最強と謳われた男の迫力……気をしっかり持たないとと呑み込まれてしまいそうな――そんな覇気を身に纏った男だ。その姿はまるで武士(もののふ)……つかこの人の兄貴のモーティマって一体どんなヤバイ人なんだろうか?ふとそんな疑問が沸いてしまった。

 

「来て早々で悪いがギャラリーが待ちくたびれてしまうのでな、始めるか?」

 

「すみません。その事で将軍に頼みというか提案があるんですが」

 

今にも剣を抜こうと柄に手を掛けるユージン将軍。それを俺は待ったと静止を掛ける。

 

「この決闘……半損決着にしませんか?」

 

「……何故だ?」

 

その提案に怪訝そうに俺を睨みつけるユージン将軍。俺はそれに最もらしい理由で答えた。

 

「いや……どちらともデスペナは惜しいですし、全損だと終わるまでに時間が掛かる。それに実力が見たいっていうなら別に半損でも構わないんじゃないですか?」

 

とまあ口では色々言ってみたが一番の理由はこのルールが俺にとって一番勝てる確率があるからだ。もしこの提案が拒まれたら俺の勝率はグーんと下がる、つか絶対に負ける。

 

「…………いいだろう。では始めるか?」

 

その言葉を聞いてホッとする。良かった……これで少しは希望が見えてきた。だがそんな安堵も束の間、将軍が抜いた剣を見て思わず息を飲んでしまう。

 

《魔剣グラム》幾人ものプレイヤーを斬り裂いてきたであろうその刀身は鮮血を連想させるように真っ赤に染まっていた。強面将軍さんとの相乗効果でその迫力は絶大だ。

 

対する俺も自らの得物を背中から抜く。幅広大型な三角形の穂先、それがルビーのように真っ赤な光沢を放っている長槍《カーネリアン・ピアース》リズベットの作品だ。それを右手でクルクルと回し感触を確かめる。うん今日もよく手に馴染む、武器の調子は万全だ。

 

だがそんな一人満足している俺とは対照的に目の前の将軍は不機嫌そうに顔を歪める。その瞳は俺――ではなく正確には右手の槍を一点に見つめていた。

 

「?前の槍はどうした?」

 

前の槍?その言葉の意味が分からず首を傾げながら考える。前の前の前の…………あ、そういえば初めて会った時この人見てたんだっけブリューナク、今思い出した。まあ、ありのままの事実を言うしかないよな……

 

「……壊れました」

 

「壊れた、だと?」

 

信じられない、という顔を一瞬するも今度はその表情が変わる。その顔色にあるのは興味が無くなったという失望……こちらを見向きもせずに心底つまらなそうに口を開く。

 

「ふん、ならば貴様は今万全ではないという事か?全力の貴様とやり合いたいというのにつまら――」

 

「おい、将軍さん。今の言葉は聞き捨てならねえな」

 

その傲慢な言動に思わず荒っぽく反論する。別に俺の事をつまらないと言った事に怒っている訳じゃない。俺の怒りの原因は今の俺を万全じゃない……この槍を劣っているとほざいた事だ。

 

「こいつは俺が今まで使ってきた中で最高の槍だ。それが前より弱いだ?ふざけんじゃねえよ」

 

この槍を俺にくれたのはリーファだ。俺が長い間留守にしていた間にリズベットに頼んで作って貰っていたらしい。フィールドを駆け巡り貴重な素材を集めて……そんな彼女の努力と時間、想いが込もったのがこの槍だ。こいつに勝るものがあってたまるか!そんな俺の反論にユージン将軍はさっきまでの興味が失せたような表情を一変させる。

 

「ほう……では貴様は俺に勝つつもりなのか?」

 

「当たり前だろ。誰がやられに来るってんだ?あんたのその澄まし顔をグツグツのシチューにしてやるよ」

 

「そこまで大口を叩くとは気に入ったぞ、小僧。精々俺を楽しませろ」

 

「あんたこそ、精々負けた時の言い訳でも考えてな」

 

そんな挑発染みた言葉を目の前の将軍さんに投げ掛けながら俺はメニューを開けてもう一つの得物を取り出した。

 

「…………何のつもりだ?」

 

静かだが怒りの込もった声……それに全く悪びれずに俺は答える。

 

「何のつもりって、これが俺の武器ですよ」

 

「…………二刀流の真似事か?」

 

そう呟かれた声はどこか憎々し気だ。まあその理由は分かっている、云わばこいつは古傷を抉るようなもんだしな。

 

というのも実はこの将軍さん、実は二刀流を使ったキリトに負けたのだ。防御を透過する《エセリアルシフト》というスキルを二つの刃で防ぎさらに連撃で畳み込まれて敗北したらしい。それで今の俺は二刀流ならぬ二槍流……よもや同じ手で勝利するつもりなのか?とあの将軍さんは考えているのだろう。

 

ちなみにこの槍の名前は《ソルジャー・ジャベリン》。アインクラッド第一層の草原地帯で大量にPOPする《ゴブリンナイツ・ソルジャー》という甲冑を着たゴブリン型Mobを倒すと高確率でドロップする一メートル程の長さの短槍だ。これと言った特徴の無い武器……当然ながら右手の槍と比べるとその性能は数段も劣る。何故こんな安物の槍なのか?それは追々説明しようと思う。

 

「貴様は全力で叩き潰してやる」

 

俺の態度が余程気に入らなかったのだろう。殺意にも似た敵意を身に纏い上空に上がるユージン将軍。それに倣い俺も同じ高度まで上昇しそんな将軍に決闘申請を送る。

 

刻々とカウントダウンが始まる。俺とユージン将軍――両者とも睨み合い緊張が走る。残り十秒……お互い不動の姿勢から臨戦態勢へと移行する、俺は槍を前に出し身体を低く、対する将軍さんは剣を中段に構えて……

 

5、4、3、2、1……そしてカウントがゼロ――――合図が鳴るその瞬間、俺達は得物を手に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

リーファside

 

 タツヤ君とユージン将軍二人の間に出ていたタイマーがゼロになると同時に二人は駆け出した。タツヤ君が槍を突き出すとそれを身体を捻りかわしながら横一閃に斬り裂こうとするユージン将軍。それをバックで避けると同時に手早く戻した槍を再び突き出すタツヤ君……戦いは互いに一歩も譲らない一進一退の攻防だ。

 

「やあ、久しぶりだね~シルフのお嬢さん」

 

そんな決闘を一挙一動見逃さないように見ていると突然声を掛けられた。赤い髪をトサカのように逆立てたサラマンダー……そのフランクに話し掛けてきたサラマンダーさんに私は恐る恐る尋ねてみる。

 

「えっと…………失礼ですけど誰ですか?」

 

そう知らない人なのだ。そもそもサラマンダーの知り合いなんて今戦っているタツヤ君にクラインさん、それにそのギルド風林火山のメンバーだけだ。だからこの人は知らない筈なのだけど……

 

私の問いかけに彼は『またか……』と落ち込んだように顔を沈める。その姿を見ていると特に何をしたわけではないのだけど罪悪感が湧いてしまう。

 

「ほら、これで分かるかい?」

 

そう言ってそのサラマンダーさんはあるアイテムを取り出した。サラマンダー領で一般的に入手しやすい重戦士用の兜……

 

「…………あッ!あなたは」

 

それを一目見て私は思い出した。朱色の兜に気の抜けるように間延びした声、この人は――――

 

「ランス隊隊長カゲムネ!!」

 

「そうそうそう!名前まで覚えてくれているなんて光栄だね~」

 

私の言葉に嬉しそうに頷く見知らぬサラマンダーもといカゲムネさん。彼はサラマンダーの中でも有名人だ。

 

今となっては昔の話だがまだシルフとサラマンダーの間にいざこざがあった頃、何人ものシルフを狩っていたシルフ狩りの名人……私も一度だけ会った事があるけど兜を被っていなかったら全く気がつかなかった。というより何で話し掛けられたんだろう?そんな疑問を感じていると――――

 

「いや~君の連れ強いね~」

 

……突然そんな事を言われた。いきなりそんな事を言う意図は全く見当がつかないけど……好きな人を褒められるというのは悪い気分じゃない。自分の事を褒められているようで思わず顔がニヤけてしまいそうになる。

 

「ええ、タツヤ君は強いわよ」

 

「そうだろうね。でも彼、負けるよ」

 

「……どうしてそんな事分かるんですか?」

 

どこか確信めいた彼の言葉に思わず睨みつけてしまう。すると彼はさも当然だろと答えた。

 

「君だって知ってるだろ?ジンさんはALO最強のプレイヤー……まああのスプリガンに一回負けちゃったけどそれからジンさんは打倒スプリガンの剣士って張り切っちゃてさ~。だから今のジンさんはあの時よりも強いよ」

 

「でも――」

 

「それに……彼は将軍だからね。ほら?見て見な、あれを」

 

将軍だから……つまりサラマンダーの将軍として他のサラマンダーには負けられないと言っているのだ。

 

彼の示した方向を見ればそこにいたのはタツヤ君とユージン将軍、だけどその優劣は先ほどとは違い歴然だった。次から次へと大剣とは思えない速度で放たれる斬撃に防戦――いや躱す事しか出来ないタツヤ君……遠目からなのにその表情は私には苦しげに見えた。

 

「ようやくエンジン掛かったみたいだね、ジンさん」

 

嬉しそうに笑うカゲムネさん。最初の応酬の時は全然本気じゃなかったの!私は今戦っている相手の底の見えない強さに戦慄した。

 

……前の私ならもう諦めていただろう、それほどまでに相手を信じる事なんて出来なかっただろう…………でも――今は違う!私は彼が勝つって信じているのだ!!私は二人の戦いを一瞬も見逃さないように見続ける。彼が勝利するその瞬間を逃さないように。

 

頑張って、タツヤ君――――私は祈るように胸の前で手をぎゅっと握った。

 

 

 

 

 

 

 

 一方的……現状を表すのにこれほど適した言葉は無いだろう。最初こそ互角の戦いを演じていたがエンジンが入ったかのように猛攻を仕掛けてくるユージン将軍に俺は防戦一方になっていた。

 

「どうした!!所詮は口だけかッ!!」

 

横一閃、上段斬り下ろし、袈裟斬りと三連撃を繰り出すユージン将軍。それを後ろに退がりお返しとばかりに槍を薙ぎ払うが空気を斬り裂く音がするだけ、ユージン将軍は飛び上がりぐるりと一回転しながらの体重を乗せた重たい斬撃を浴びせようとする。

 

慌てて俺は左右の槍を頭の上で交差させて防ごうとする―――が、将軍さんの剣はその防御をすり抜けて俺を吹き飛ばした。

 

「ハッ!そんな付け焼き刃な二刀流で俺の攻撃を防げると思っていたのかッ!!」

 

怒りにも似た感情で吠えるユージン将軍。チッ!やはりあの武器が厄介過ぎるな……!!俺は今の状況を生み出している元凶を苛立ちながら睨みつけた。

 

魔剣グラム……非実態化する事で防御を無視する魔剣だ。キリト曰く二つの武器を使えば何とか防げるらしいがその判定はかなりシビアだ。現に俺は防げ無かった……今更ながらあの人外のアドバイスは当てにならない事を思い知る。

 

つかマジ武器が二つって使い難いんだな、うん。やっぱり慣れない事はしないに限る。まあ今回に限りは使う理由があったのだが……

 

「死ねぇぇぇ!!」

 

そのまま剣を前に突出しながら俺にただ真っ直ぐ突っ込んで来るユージン将軍。どうやらもうこの戦いに終止符を打ちたいらしい。せっかちな御仁だ、予想通りにな……!

 

(やっこ)さんの気が短い事――そしてつまらない相手に対してはとっととケリをつけようと突っ込んで来る事は想定済みだ。見せてやるよ!あの世界で二年以上生き延びてきた俺の実力をッ!!俺は右手の槍を引き絞る……すると穂先が青い光を纏った。

 

「ぬぉッ!」

 

ソードスキル……浮遊城アインクラッドと同時にALOにアップデートされたSAOの遺産だ。勿論ALOプレイヤー全員が使えるがこっちとら二年半も世話になってきたんだ。どのモーションがどのソードスキルなのかも、ソードスキルに自分の動きを合わせてブーストさせる術も全部覚えている。

 

んで今発動したのは槍単発攻撃《スティング》。システムアシストと俺の動きによってブーストされた高速の一突きは真っ直ぐに将軍の右肩を射貫き攻撃を中断させる。そして初級ソードスキルの硬直は短い……次いで俺はソードスキルの勢いを生かしたまま肉薄し腹に蹴りを放つ、さながらどこぞの紅い彗星のように。

 

「ぐほッ!」

 

蹴りを喰らいくぐもった声を出しながら後ろに吹き飛んで行くユージン将軍。そいつをトップスピードで追い駆けながら身体を竜巻のように回転させると穂先を緑色の風が包み込む。上位ソードスキルのみに付加された《地水火風闇聖》の六つの魔法属性のうちの一つ風属性のソードスキルだ。それを未だ吹っ飛んでいる将軍さんの脳天目掛けて叩き落とした。

 

「ちょいさぁ!!」

 

槍上位攻撃《ライジング・シュトゥルウム》旋風を纏った鋭い一撃をユージン将軍は剣を盾にして防ごうとする。一瞬の鍔迫り合い……だがシステムのアシストを受けたそれををソードスキル以外で防げる筈もない、風の槍は簡単にその剣を打ち破り将軍の身体に赤いラインを刻むと同時に吹き飛ばした。

 

上位スキルの硬直が長い、その間に体勢を立て直す将軍。硬直が解けると同時にその将軍目指して槍を腰の位置に溜め込んだまま駆け出す。槍突撃技《アクセル・ドライブ》だ。

 

「なめるなぁぁ!!」

 

それに対して将軍が放ったのは両手剣上段突進技《アバランシュ》、突撃技には突撃技という算段らしい。この場合お互いの武器が打ち合えば重量に勝る両手剣が競り勝つ。まあそれを見越してのチョイスなのだろう。

 

システムのブーストが掛かった突進は数十メートルはある筈の距離をたった二三秒程度の距離にしてしまう。そしてこの状況――奴が大技を発動してくれるというこの状況は俺が望んでいた最大のチャンスでもあった。

 

先ずはあの攻撃を避ける事からだ、槍の軌道を少し上に逸らす。すると俺の身体は槍に導かれるように斜め上へ昇り将軍の剣は空振りに終わる。ソードスキルのブーストを利用した緊急回避だ。ソードスキルにはこういう使い方もあるのだよ!!と誰に言うでも無く内心で叫ぶ。

 

「ほぅ……」

 

俺の技に感嘆の声を零すユージン将軍、だがその表情は冷静だ。まあ上位ソードスキルの硬直が長いっていってもこの距離――大体八十メートルを詰めるにはギリギリ足りない。だが――いやだからこそ俺は奴を見据えながら左の槍を引き絞る。すると槍全体が青い光に包まれた。

 

…………ソードスキルがアップデートされたと言われても全部という訳ではない。キリトの二刀流やヒースクリフの神聖剣のようなユニークスキルは当然の事ながら外されている。

 

逆に言うとそれ以外の片手剣や槍、曲刀などのソードスキルや刀やランスなどのエクストラスキルは全て導入されているのだ。そう――全てのエクストラスキルも、だ…………

 

(ジャベリン)は……こう使う!!」

 

青い光を纏う槍――――それを俺は放った。槍は空を切り音を立て矢のように真っ直ぐと飛ぶとユージン将軍に突き刺さる。

 

槍投げスキル……かつて俺がSAOで偶然手に入れてしまったエクストラスキルだ。高い攻撃力に引き換え硬直が長く使う度に武器を一つ台無しにしなければいけないというまさにハイリスク・ハイリターンなスキル……左手の安物はこのために用意してきた使い捨てだ。

 

だが正直自分のスキル欄にこれがあった時は驚いた。エクストラスキルと言えばエクストラスキルだがこんな入手が面倒なスキルを持っているのはきっと俺ぐらいだからな。

 

「ぐぬおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

放たれた槍の勢いはまだ止まらない……彗星のような光の尾を引きながら急降下を続け、ついにはユージン将軍諸共地面に激突した。その周囲を砂塵が舞う。

 

その光景を見て下からは『槍を投げたぞ!』とか『何だあれは?!』とか『将軍がやられた?!』とか様々な声が飛ぶが俺にはそんな言葉を律儀に聞く余裕なんて欠片も無かった。

 

あいつ……!あのギリギリで避けやがった……!!

 

正確には致命傷を避けたというのが正しい。あの一瞬、ソードスキル発動後の硬直からいち速く立ち直った将軍さんは身体を横にずらしたのだ。そのお陰で奴のど真ん中を貫く筈だった槍は奴の脇腹に突き刺さっただけ……あの一撃で決める筈がこんな事になるとは…………えぇい!サラマンダーの将軍は化け物か!!

 

「…………危なかったな」

 

土煙から現れたのは予想通りユージン将軍。首をコキコキと鳴らしながら生き生きとした表情で上空にいるこちらを睨みつける。その瞳に宿るのは獰猛な獣のような意志……目の前の獲物を全力で狩り取ってやると言っているようだった。

 

――――チッ!どうやら俺はこのおっさんを本気にさせてしまったようだ。奴に付け入る隙があるとすれば強者ゆえの慢心と搦め手に弱い点……それを何とか利用して勝利を手に入れようとしていたのだが奴の警戒心はこれでマックスになってしまった。もう同じ手は通用しない……最大にして最高のチャンスを逃してしまった俺は思わず舌打ちを零す。

 

「オラァァッ!!」

 

だが俺はめげずに地面に足をつけこちらを睨みつける将軍さんに二本目の槍を放り投げる。真っ直ぐな軌道を描き高速で将軍に迫る青い槍……だがそれは将軍さんが翅を広げ上へと翔んでいったため地面に突き刺さると同時にポリゴン片となり消滅した。ジャベリンを躱したユージン将軍はそのまま距離を縮めながら俺の周りを旋回する、それはさながら獲物を狙う鳥のようだ。

 

「まだまだ!」

 

俺はストレージから槍を取り出しそんな鳥目掛けて本日三本目の槍を撃ち放つ。視認する事さえ難しいような一撃……だがそれを将軍は意図も容易く躱した、その顔に笑みを浮かべながら。

 

「どうやら貴様のそれは真っ直ぐにしか飛ばないようだな。軌道が分かってしまえば回避も容易い。それに――」

 

そのまま両手剣を振り上げながら真っ直ぐ最短距離を突っ走る。勢いよく振り下ろされた剣先はソードスキル発動後の硬直で動けない俺の胴体を斬り裂く。

 

「クッ……!」

 

「硬直が長いな。その技はそうは使えまい」

 

チッ!やっぱ気づかれたか!!槍投げスキルの決定的な弱点……それはスキル発動後の硬直の長さと槍が真っ直ぐにしか飛ばないという事だ。そして真っ直ぐにしか飛ばない物を三次元的な動きをするのに当てるというのは非常に難しい……つまりこのスキルは俺の強みでもあり弱点でもあるのだ。

 

そんな簡単な事は戦闘が長引けばいずれ相手に気づかれるのは分かっていた。だからとっととケリをつけるつもりだったのだが……本当に上手くいかないものだと俺は思わずにはいられなかった。

 

だがそれを取ってしまえば俺なんかただ槍をぶん回すしか取り柄が無い男だ。性懲りも無くさっきと同じモーションに入るとさっきと同じ青い光は穂先に宿った。

 

だが今度はじっくりと狙いを定めて……奴を引き付けて引き付けて引き付けて――絶対に躱せないであろう至近距離まで引き付ける。旋回しながら近づいて来るユージン将軍の動きから目を離さず注意深く観察する。

 

十メートル……躱される、まだ駄目だ。五メートル……もう少し引き付けて、四メートル、三メートル、二メートル、そして剣を振り下ろそうとする一メートル!今だ!俺は溜めて来た槍を放つ。

 

「かかったな!!」

 

だがもう俺の正面に将軍さんはいなかった、槍の動きを見て一瞬で上昇したのだ。発動したソードスキルは止まらない、俺の槍も例に洩れずそのまま何も無い空へと放たれ――

 

「なっ?!」

 

――る事は無かった。俺の槍は突如軌道を変え滑空しながら剣を振り下ろそうとした将軍の顎を直撃、そのまま上へと打ち上げる。

 

《アッパー・ブライス》……槍でサマーソルトのような軌道を描くように振り上げるという槍の初級ソードスキルだ。そう……俺は槍投げスキルを放つように見せかけて槍スキルを放ったのだ。実は槍投げスキルと槍スキルのモーションは似た物が多い、勿論似て非なるものではあるのだがそれを初見で判断するのは至難の業だ。更に俺は槍投げスキルを全て左の槍で行ってきた、左の槍は全て投擲用だと相手に思い込ませるためだ。その作戦は見事に成功、そして――――

 

「これが本命よ!!」

 

次いで俺は右手の槍の穂先に炎を灯す。槍単重攻撃《デス・スティンガー》だ。穂先の周りを台風のように回転する爆炎……そいつを将軍へと突きつける。

 

「こいつで……(しま)いだ!」

 

「ぐッ!ウオオオォォォッ!!」

渾身の一撃はノックバックしたままのユージン将軍の胴体に突き刺さった。これで後はこいつを押し込めば勝てる……!漸く俺は自分の勝利を確信した。

 

だが突如将軍さんの獣のような咆哮と共に俺の目の前に炎の壁が現れる。その壁は急速に膨れ上がり爆発、俺は思いっきり吹き飛ばされてしまった。

 

なッ?!何だよこれは!聞いてねえぞ、キリト!!

 

だがしかし起きてしまったものは仕方が無い。戦いにおいて予想外とはいつでも起こり得るもの。奴が攻めるとすればこの灰色の煙に身を潜めて最高速度での突撃……それしかない。

 

ならば俺がやる事は簡単だ、奴が煙の中から出た瞬間を狙う。俺は神経を尖らし注意深く目の前に広がっていく煙を見渡す。どこだ……どこだ……どこにいる…………妙にスローに見える景色を睨みつけながら俺は右手の槍にピンク色の光を灯し奴がいる場所を探し出す。

 

その時、視界の右端にキラリと光る剣先が見えた。

 

「そこッ!!」

 

光を宿した槍は真っ直ぐ目標に向かって飛んでいく。よし!遂に仕留めた!!俺は勝利を確信する。

 

「なっ?!グッ!」

 

しかしその槍は命中せずに止まる事無く彼方へと飛んでいく。躱された訳じゃない、有り得ない事に奴は――――端からそこにはいなかったのだ。

 

馬鹿な?!一体どういう事……そんな俺の頭に湧いた疑問に答えてくれたのは奴ではなく腹部に走る衝撃と朱色の剣だった。

 

魔剣グラム……あの将軍さんの愛剣だ。その剣だけが俺の腹に深々と刺さっていた。つまりあのおっさんは攻撃される事を見越して剣を囮に俺のミスを誘ったのだ。

 

チッ!見た目の割りに小賢しい真似をしやがるじゃねえか!!

 

「残念だったな、小僧!!」

 

スキル発動後の硬直で全く動けず降下していく俺の耳に聞こえたのは将軍さんの勝利を確信した喜びの声……落下する俺目掛けて全速力で突っ込みその剣を身体に捩じ込ませる。

 

「ぐッ!」

 

腹部に不快感が走る……HPバーを確認すればもう六割という所まで来ていた。剣が突き刺さり落下していく身体、すぐ目の前にいる将軍さんの顔には絶対の自信が満ちていた。

 

もう十分やった、ALO最強にここまで戦えたら最早勲章ものだろう。誰も文句は言うまい、もうここらで諦めても――――と言いたい所だが――

 

「まだ、だ……」

 

「ん?」

 

「まだ終わらんよ!!」

 

こんな所で――リーファのいる前で負ける訳にはいかねぇんだよ!!俺は掌をユージン将軍の前に翳す。するとその掌から極小の火球が発生し将軍の顔に襲い掛かる。

 

「クソッ!目潰しか!!」

 

火属性初級魔法《クラスター・フレア》火属性魔法の中で最も詠唱時間が短いがそのあまりの火力の低さと有効射程距離の短さ故に滅多に使われる事が無い魔法だ。それこそ掠り傷にもならないであろう攻撃……だが突如将軍さんは顔に飛んできた火の粉に思わず怯み反射的に俺から離れてしまう。

 

今がチャンスだ!このまま反撃……と言いたい所だがそうはいかない。どうやらさっきの攻撃で翅まで貫かれてしまったらしい、俺の身体はなす術もなく自由落下していき遂には背中が地面に激突する。

 

グフッ……!!背中を強打して走る猛烈な不快感に悶えたくなるのだが――残念ながらそうは問屋が卸してくれない。横たわる俺の視界には日輪を背負いながらこちらに向かってもの凄い速さで突っ込んで来るユージン将軍が映っているからだ。頭上にまで剣を掲げ今にも降り下ろさんとしている。

 

「オラァァァァァァァ!!」

 

獣のような烈声を上げながら突進してくるユージン将軍、だがそれに対して俺は抵抗せずに仰向けのまま見つめ続け時を待つ事しか出来ない。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

そして将軍は《魔剣グラム》を振り下ろす。その真っ赤な刀身は俺の眼前まで迫り来り――突然ピタリと止まった。

 

その顔に浮かんでいたのは驚愕……ありえないとでも言いたいように目を大きく見開いている将軍さんに俺はしてやったりと笑みを浮かばせる。どうやら漸く仕掛けが効いてくれたらしい、全く冷や冷やさせてくれるぜ……!

 

「…………フッ、俺の負けか」

 

俺の笑みの意味を悟ったのだろう、どこか満足した将軍の声と同時に目の前に”Winner”という文字が表示される。決闘の勝者は俺、将軍の背中にはさっき俺が投げた愛槍が突き刺さっていた。

 

《シャイニング・エッジ》投げた槍がブーメランのように回転しながら手元に戻って来るという投げ槍スキルらしからぬ技だ。こいつを使ったのはついさっき……あの煙に向かって投げた時だ。全くもって何処まで飛んでいくのかと思ったが……結果的には戻って来たので良しとしよう。

 

決闘が終わると同時に巻き起こる歓声……だが疲労困憊状態の俺にはその声に答えるなんて疲れる事はしたくない。正直言わして貰えばこのまま寝たいぐらいだ。

 

だがそういう訳にもいかない。というのも俺の目の前には地面に横たわる俺を見下ろし続けるユージン将軍がいるからだ。その手には俺に勝利をもたらした真っ赤な槍が握られている。

 

さて……もうそろそろ起きないとわざわざ待ってくれているあの人に失礼だろう、槍も返して貰わないといけないしな……俺はゆっくりと身体を起こす。立ち上がると同時に槍を投げて渡してくれたユージン将軍……その顔はいつものように厳ついままだがどこか嬉しそうに見えた。

 

「見事な戦いだった。貴様とはもう一度剣を交えたいな」

 

「ハハハ…………暫くは勘弁して下さいよ、将軍さん」

 

こっちとらあんたと違って戦闘狂(バトルジャンキー)では無いのだ、もうこんなどっと疲れる戦いは当分――少なくとも後二三ヶ月は遠慮したい……そんな俺の心労など知らない将軍さんはあの決闘の最中に湧いた疑問を聞いて来た。

 

「しかし解せぬな」

 

「ん?何がですか?」

 

「あの技……貴様は俺の攻撃を予測していての事だろう?何故あんなやられるリスクの高い方法を選んだ?」

 

あの技……というのは《シャイニング・エッジ》の事だろう。つまりあの剣を囮にする事が分かっていたなら、そんなリスクを負わなくても倒す事が出来たのでは無いのか?と言っているのだ。

 

どうやら相当買い被られているようだ……すぐさま俺は訂正をさせて貰う。

 

「ハハハ……まさか、あんなの予測出来る訳ないでしょ?あの攻撃は流石に予想外でしたよ」

 

そもそもあの攻撃が分かっていたなら迷わず避けていただろう。そしてわざわざ武器を投げて無手状態の将軍を追い掛け回して槍を突き刺す……その方が圧倒的に勝率が高いし何より楽チンだ。

 

「では何故……」

 

と俺の答えに当然ながら再び疑問を持つユージン将軍。……どうしようか。別に言っても構わないのだが、なんというか……少し恥ずかしい。本音を言えば答えたくない質問だ。だが目の前の将軍は『答えるまではここから一歩も出さんぞ』的なオーラを醸し出している。仕方ないので俺はそっぽを向きながら掠れるような声で渋々答えた。

 

「……こいつを壊したく無かったんですよ」

 

「ん?……ああ、そう言うことか」

 

俺の言葉を聞いて納得したようにフッと笑うユージン将軍、その視線の先には俺の手に握られた紅い槍があった。

 

《カーネリアン・ピアース》……リーファからの贈り物である俺の愛槍だ。俺があの時あのソードスキルを使った理由はただ一つリーファから貰ったこの槍を失いたく無かったのだ。

 

《シャイニング・エッジ》には他の槍投げスキルとは異なる点が二つある。一つは槍が自分の手元に戻ってくる事、もう一つは耐久値にもよるのだが槍が無くならない事だ。つまり俺はあの時勝負云々より咄嗟に自分の武器を選んだという事だ。

 

「大事にしているのだな、その武器を」

 

「……えぇ、まあ」

 

大切な人からのプレゼントですから……なんて言葉は飲み込む。そんな小っ恥ずかしい事をこんな大勢の前で言えるほど俺の肝は座っていない。まあ大勢じゃなければ言えるのか?という事はさておき……

 

「約束だ、あの件は不問としよう」

 

「ああ……ありがとうございます」

 

将軍さんの言葉でどうして決闘をしていたのかを今更ながら思い出した。そういえばレネゲイド云々で戦ってたんだよな俺、今の今まですっかり忘れていたぜ。まあ色々それどころじゃなかったしな……

 

「その代わり貴様にまた再戦を申し込みたいのだが……」

 

「…………いやマジで当分は勘弁してくれよ……」

 

そんな情けない声と同時に周りからワッと笑い声が上がる、こうして俺とユージン将軍との決闘は幕を閉じた。だが結論を言わして貰えば俺は将軍さんのお眼鏡に掛かってしまった訳で……素直にレネゲイドにならなくて良かったとは喜べなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう!頑張ったね、タツヤ君!」

 

「ありがとう、リーファ。まあ目つけられちまったみたいだけどな……」

 

「ほら、そこは武の誉れ……みたいなもの?って思えばいいじゃない!」

 

 帰路に着く途中で俺に労いの言葉を掛けてくれるリーファ。その言葉はとても嬉しいし、せっかくの二人きりなので色々話したいのは山々なのだが生憎今日はすぐにでも帰りたい気分だ。それほどまでにあの将軍との勝負は疲れるものだったのだ、肉体的にも精神的にも…………

 

「今日はもう疲れたよね、早くいつもの宿に戻ろっか?」

 

そんな俺の心情を思いやってくれての事だろう……彼女は優しくそう提案してくれた。気を遣わせてしまった事に申し訳無いと思いつつも『あぁ……』と言葉少なく返事をして彼女の好意に甘えさせて貰う。そのまま俺たちはスイルベーンにあるいつもの宿に向かおうとしていた。

 

「あっ?!」

 

「ん?どうしたんだリーファ?」

 

だが突如大声を上げて止まるリーファ。俺もその声を聞いて彼女の一歩前で静止し振り返りながら尋ねてみる。すると彼女はそのエメラルド色の瞳を大きく開いて答えた。

 

「……忘れ物しちゃった」

 

全く予想していなかった言葉に俺は思わず首を傾げてしまいようになる。忘れ物ぐらいでそんな大声を出す必要なんかないと思うのだが……。つか……意外におちょこちょいなんだな、なんていう感想を抱きつつも俺は彼女に告げる。

 

「ここで待ってるから取りに行きな」

 

「うん!」

 

俺の言葉に元気良く返事をするリーファ。それを見送りながら俺は振り返ったままの頭を正面に戻そうとする。

 

だが――この時の俺は全く気づかなかったのだ。そもそも付き添いだけで来た彼女に忘れるような物なんて何一つ無かった事に…………

 

俺が彼女の見るために振り向いた顔を戻した――その瞬間、頬に柔らかいものが落ちた。

 

思わず感触があった右側に目を向けるとそこにいたのはリーファ。だけど頬を僅かに朱色に染めて微笑む彼女には歳下とは思えない色っぽさが滲み出ていた。

 

「勝利のご褒美、だよ」

 

腕を後ろに組み可愛らしく小首を傾げながらそんな事を言うリーファ。その姿は俺には悪戯好きな妖精のようにも、男を魅了する小悪魔のようにも見えてしまって――――――俺の思考は何処か銀河系の彼方へと飛んでいってしまった。

 

そのまま彼女は何も言わずに俺の前を翔び去っていく。一人取り残された俺は呆けたまま空中で静止し続けていたが彼女の姿が見えなくなって漸く自分が彼女に何をされたのかを理解する訳で……

 

そろそろと指で頬をなぞってみた。そこにはまだあの柔らかい感触が残っていて俺の顔と身体はかあっと熱くなるのであった。




タツヤ「ジャベリンは……こう使う!!」

ユージン将軍「なァァァァにがジャベリンよォォォォ」

ガンダムならこうなっていたに違いない(笑)という悪ふざけはさておき、みなさん大変お待たせいたしましたm(__)m

いや~本当に忙しい!学年上がれば暇になるって言った奴はきっと嘘吐きですね(笑)

そしてジャベリン復活!!エクストラスキルですよ~ってしつこいぐらい言っていたのはこの時のためだったりします。やっぱ槍は投げるものですよね!!

ちなみにあの後、スイルベーンで顔面からスライディング着地をしたタツヤの姿が見られたとか見られていないとか……(笑)

次回の話はリーファがタツヤに槍をプレゼントした時の話になると思います。どうぞごゆるりとお待ち下さい。





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