TS転生ド田舎ネクロマンサー聖女 (どくいも)
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第1章 開拓村と死霊術師
プロローグ 死霊術とは


端的に言えば、死霊術ことネクロマンシーは不人気魔術である。

 

火の魔法なら、戦闘ではもちろん役に立つし、見た目もカッコいい。

水の魔法なら、速度こそ問題視されるが、それ以上の利便性が感じられる。

なんなら、普通の召喚術ならば、見た目カワイイ獣からかっこいい竜まで呼び出すことができる。

 

だが、死霊術はひたすらに不便だ。

呼び出される死霊は意思を持っているがゆえに制御は困難。

死霊は存在自体が不吉とされ、召喚するだけで周りから忌避される。

さらには、極めると死霊から情報を抜けるため悪人からも嫌われるときたもんだ。

それが、死霊術と呼ばれる技術だ。

 

だからこそ、自分がこんな技術をわざわざ学んでいるのは単純に適性があったからにすぎない。

 

もちろん、長いことこのネクロマンシーについて学んで、鍛えた愛着こそある。

が、それでももし過去の自分にであったのなら、才能があっても別の魔術を学べとアドバイスするつもりだ。

それこそそこそこの才能でも、普通の魔術を学んだほうがいいよと。

 

★☆★☆

 

「じゃぁ、やっぱり君がこの開拓団に参加した理由も、故郷で差別されたからとか?

 ネクロマンサー故の迫害とか、ネクロマンサーでも生きやすい街づくりとか、そういうののため?」

 

「いや、自分の場合は、両親がダブル不倫しててさ。

 しかも、痴情のもつれで両親が死んだからねぇ。

 いろんな意味で、王都にいにくくなったのが原因だね」

 

「えぇ~……」

 

質問した彼は、自分の回答に対して微妙な表情をする。

いや、そんな顔をしたくなる気持ちはわかる。

だって前振りとしてネクロマンサーとしての苦労やらを話した後だ。

その結末が、痴情のもつれなんて、おもわず文句の一つも言いたくなるだろう。

 

「でも、そんなこと言って便利なこともあるんでしょう?」

 

「まぁ、こうやって旅の途中で馬が死んでも、疑似的に蘇生できるところとか?

 もっとも、インスタントな蘇生だから、到着後成仏させるつもりだけど」

 

「はえ~」

 

ぱかりぱかりと、夜の街道を馬でかける。

視界は最悪、道はデコボコ。

その上、足である馬はすでに死んでおり、血と腐敗の匂いがわずかに漂う。

もっとも季節は夏に近いため、この屍馬(ゾンビホース)の冷たい肌触り自体はいうほど苦痛でもないが、それでもなお、乗り心地がいいとは口が裂けても言えない。

それでも、長旅を徒歩で行くよりは数百倍マシだといえるだろう。

 

「ところで、視界のほうは大丈夫か?

 こっちは、魔力感知で大丈夫だけどそちらは?」

 

「わ、私は生まれつき夜目が利くので……」

 

「もちろん僕も大丈夫さ!

 アルダート流剣術は、夜の戦闘にもばっちり対応してる!

 流石に死んでいる馬に乗っての戦闘はやったことがないけど、それでもおおよそ問題ないさ!」

 

今回の旅の道連れは、偶然同じ馬車に乗り合わせた冒険者であるが、どうやら彼らはそれなりにできるほうの冒険者であったらしい。

まぁ、でなきゃお値段中グレードの馬車という冒険者にとっては絶妙に高い値段の馬車に乗ってないか。

 

「前方にグールの群れが居るっぽいけどどうする?

 迂回する?それとも突っ込む?

 数は……まぁ、10はいない程度だけど。」

 

「なら蹴散らしていこうよ!

 ここで放置したらもしかしたら、見知らぬ人を襲っちゃうかも知れないだろう?

 なら、ボクが軽ーく蹴散らしてくるよ」

 

「な、なら私も行きます!

 わ、私ならちゃんとグールの事が見えますし……。

 流石に一人で行かせるわけには……」

 

まじで?こいつらお人よし過ぎだろ。

グールとか、一般冒険者にとって、倒すだけ収支がマイナスになるクソ魔物代表と聞いていたのだが。

個人的には、この2人が反対すると思って聞いたのだが、どうやら自分の予想は外れてしまったらしい。

流石に3人中2人が戦うと宣言している中、自分だけが戦わないというわけにもいかず。

せめてもの抵抗というわけではないが、後ろからの援護に努めると宣言する。

 

「というわけで、行ってこいトガちゃん」

 

「……ゔ」

 

前衛タイプ故に突っ込んでいく剣士一人と自分の使役霊である鎧霊をグールの群れに突っ込ませる。

自分の使役している鎧霊は、元々はそこそこ強かった騎士。

本人は自身の性別すら忘れてしまったそうだが、それでもメイスや鎧による戦い方を忘れておらず、グールに取りつかれる前に、その手に持つ鈍器で次々と引きつぶしていった。

 

「よいしょー!」

 

そして、前線に突っ込んでいった剣士のほうも、無理なくグールの首と腕を両断。

横切るついでにその体を切り刻む様は、まるで舞踏のようであった。

 

「はわ、はわわわ……」

 

なお、自称夜目が利く娘は、そこまでだ。

弓で援護をしようとしているらしいが、未だまともに矢を放てていない。

一応視界が利くのはほんとうらしいが、乱戦での弓の扱いはやったことがないようだ。

おそらくは、元狩人かな?

狩人上がりの冒険者は珍しいものでもないし、今回の行先的には需要があるのだろう。

 

「おつかれちゃーん!

 ……それじゃぁ、さっそく埋葬を……ってなにやってるの!?

 さすがに死体漁りはだめだよ!」

 

「死体漁りじゃない。

 単なる解呪作業だ」

 

戦闘があっさり終わりはしたものの、戦闘後に鎧霊にグールの体を漁らせていたのに仲間からひと言注意が走る。

が、これは遺品漁りではないし、解呪後に埋葬はするがゆえにここでもめ事は勘弁してほしい。

 

「え~っと、それは?」

 

「これはグールの魔石。

 死霊が土塊や死体から甦るときに核になる部分。

 陰の魔力の結晶だな」

 

討伐したグールの体から取り出した、魔石を屍馬達に向かって投げつける。

すると、その屍馬はまるで氷をかみ砕くかのようにそのグールの魔石をかみ砕き、飲み込んだ。

 

「う、うええぇぇ!馬が石を食べた!?

 あれ、大丈夫なの!?」

 

「大丈夫大丈夫。

 あれは魔力の塊でそこまで硬いものでもないし。

 死霊にとっての餌みたいなものだからな。

 これで、もう少し魔力を節約して移動できそうだからな」

 

自分の中に残された魔力と、屍馬に残った魔力量を確認する。

うむうむ、これならもう少し速度を出して移動しても大丈夫そうだな。

途中で襲撃さえなければ、明後日になる前には目的地に到着できそうだ。

 

「え!?この屍馬って、アンデッドらしく疲れない無限のスタミナを持っているとかじゃないの!?」

 

「お前はアンデッドを何だと思ってる」

 

かくして我々は、そのグールたちを埋葬後、再び屍馬に乗り、旅の歩みを進めた。

もっとも、私の予想に反して、途中で狼の群れやゴブリンと遭遇し、さらに到着が遅れることになるのだが……またそれは別のお話である。



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第1話 死体を量産するだけの簡単なお仕事

端的に言うのなら、私はこの世界ではそこまで面白みのない家庭に生まれた。

 

生まれは王都で、父は代筆屋。

母はそんな父を支えるのを生きがいにしており、家事はおざなり。

そんな家庭だからだろう、親子愛や子育てに関しては結構おざなりであったが、それでも虐待や家庭崩壊は起こさない。

その程度のごく普通の家庭であった。

 

そんな私が、ネクロマンシーを学ぶことになったのは、端的に言えばスカウトであった。

生まれつきわるくない量の魔力と死霊に対する耐性に陰の魔力への適応力、以上の3つのネクロマンシーに対する才能があったため、先達であるネクロマンサーの先輩に目を付けられてしまったからだ。

両親に対しても、魔導学校の推薦枠で入学できるということを餌にあっさりとネクロマンシーを学ぶことを認められてしまった。

 

だが、ネクロマンシーを学ぶ中で、一つだけ厄介であったのは、それは修行の一環で、前世の記憶を強く取り戻すというものがあったことだ。

大抵のネクロマンサーの場合は、前世がそもそも人ではないものの場合が多く、それを行っても自我に対してそこまで影響がないそうだが、残念ながら私の前世はこの世界から見て異世界のいわゆる現代日本、しかも男性という状態だ。

修業をすればするほど、今の体の性である女性の体には強い違和感がわき、自分の性について悩むようになるのは必然の流れであった。

 

かくして私は、魔導学校を卒業するころには前世の記憶を完全に取り戻してしまい、同時に性の違和感も最高潮に。

ついでに、両親そろって不倫をしていたことに気が付き、親に対する愛もかなり薄くなる事態。

トドメに自分を推薦したはずのネクロマンサーの師匠も、不老不死を目指して勝手に吸血鬼化し、教会のエクソシスターにぶち殺されるという事件まで発生したわけだ。

両親の不倫のせいで、王都に戻って仕事をするわけにもいかず、かといって学園では師匠のせいで居続けにくい。

だからこそ私は、新天地で一から死霊術師としてスタートするなんて、頭がわいた選択肢を取ってしまったわけだ。

 

☆★☆★

 

「でも、よく考えればもう少しいい選択肢あったよねって。

 せめて、普通の街の魔導士ギルドに行くとかさ」

 

「まぁまぁ、いまさらそんなことを言ってもしょうがないじゃないか!」

 

屍馬に乗って早3日目。

道中で破壊された馬車や無数の亡骸、さらには無数の魔物や蛮族に遭遇。

まだ、新天地へとついてすらいないのに、すでに新生活へは不安しかない。

 

「それに、僕としても君みたいな凄腕で善人な冒険者仲間ができそうでうれしいけどな~」

 

「は、はい!は、はじめはとっても不気味でしたが……。

 ご飯の時にスパイスも分けてくれましたし、イオさんはとってもいい人です!」

 

なお、この同行者2人の個人的評価はまだ保留というのが本音だ。

前者に関しては、身なりの良さと強さからしてあまりにも元の経歴が不明過ぎるし、後者に関してはそれで善人判定はがばがばすぎないか?ちょっとこっちが見ていて不安になるぞ。

 

「まだ私は冒険者になるとは決めたわけじゃないからね。

 どちらかといえば、工房とか魔術師ギルドとかそっち希望かな」

「えー」

「えー」

「えーじゃないよ。

 こちとら魔導学校出身者ぞ?

 なのに冒険者になるとか、結構無茶な気がするんだ」

 

そんな毒にも薬にもならない会話を続けたのち、私達はようやく目的地付近まで到着したのであった。

 

「それじゃぁ、ちょっと手持ちの使役霊を先行させて、村の様子確認しておくね。

 村の様子によっては、徒歩で行ったほうがいいかもしれないし」

 

周りに見守られながら、外套の下から水晶筒を取り出す。

その筒の蓋を開放すると、中からブワッと冷気と共に霊が伸び出し、目的の方まで飛行していった。

 

「へ〜、死霊術師ってそんなこともできるんだ!

 なんかもうちょっと、陰険で悪いことしてるイメージしかなかったけど」

 

失礼な!と言いたかったが、まぁ、大体事実なので何も言い返せない。

死霊術師である自分からしても、もし野良で死霊術師を見かけたら、疑うことから始めるし。

それから数刻後、屍馬をどう埋葬するかどうかについて談話する中、埋葬する直前に帰ってきた浮遊霊から情報を抜き出すが……。

 

「あ~、どうやら目的地の開拓地がちょうど今盗賊に襲われているっぽいな。

 どうやらこれは慎重に立ち回ったほうが……って、あ」

 

自分がうっかり、情報を口から滑らせてしまったせいか、横にいた剣士はすぐさま屍馬にまたがる。

そして、自分が止める間もなく、その屍馬に乗って件の開拓村に向かって、全力で突撃しに行ってしまったのであった。

 

 

「はあああぁあああああ!!!

 この悪党どもめぇえええ!!!」

 

「ひ、ひええぇええ!!

 あの剣士激つええぇええ!!!」

 

「馬鹿!おめぇら怯むな!

 数ではこちらが上回っているんだ!

 やっちまえぇ!」

 

屍馬にまたがり、なんとか彼に遅れて開拓村まで到着することができた。

が、到着した時にはすでに、戦況は大乱戦。

互いが互いに血で血を洗う大激戦を繰り広げていた。

 

「い、今のうちに武器を入れ替えろぉ!

 追加の矢を持って来い!

 お前らココが踏ん張りどころだ!」

 

「こい!悪党ども!

 アルダート流馬上戦闘術の神髄を見せてやる!」

 

多くの村人が入り代わり立ち代わり、戦線を支える。

それを先ほど横にいた剣士が屍馬に乗ったまま敵陣を荒しサポートする。

正直、人間同士の血みどろの争いにそこまで慣れてない身としては、いろいろときついのが本音だ。

 

「お前らぁ!たかが騎兵一人にそこまでやられて悔しくないのか!!

 さっさと殺せぇ!」

 

まぁでも、幸か不幸か襲っている側の賊は明らかに戦闘慣れしているため、そういう意味では、こちらが襲われた場合に反撃しても罪悪感が薄いという面はある。

でも、戦闘慣れしてる賊とか、あんまり戦いたくない相手ではあるが。

 

「ひぃぃ!あの騎兵の馬、全然死なねぇ!?

 いったいどうなってるんだ??」

 

「矢も当てた、剣で切った。

 馬鎧もねぇ、なのになんで、なんで怯まねぇんだ……ぐばぁぁぁ!」

 

そりゃまぁ、屍馬ですし。

五感は薄くなっているが、魔力感知の六感はするどい。

痛覚は鈍く、力は強大。

なによりも、魔力が尽きなければ実質不死身。

その上、周りに死者が生まれれば、そこから生じた陰の魔力を吸収できるようにしているため、少なくとも戦場ではそう簡単にやられないだろう。

 

「わ、私も援護しに行きます!

 これだけ数がいるなら、私だって……!」

 

横にいる狩人ちゃんも、そこそこやる気のようで、弓を携えて援護を始めた。

なお、数日前には乱戦での弓使いがそこまでであった狩人ちゃんだが、この数日で成長できたらしい。

賊相手に見事なヘッドショットを決め始め、見ているこちらが怖くなってきた。

 

「あぁ!ようやく来てくれたんだ!

 イオちゃん、ベネちゃん!援護を頼むよ!」

 

おい馬鹿、こっそり援護するつもりなのに、こっちに呼びかけるのはやめろ。

こちらのそんな願いをよそに、村人だけではなく、賊の視線までこちらに向けられる。

剣士も自分の失言に気が付いたのか、焦りの表情を見せる。

それもそうだ、戦線は無数の人員、片や非戦闘員が多いが数は互角の前線。

片や見た目は女2人と鎧一つの後詰め部隊。

狙うならどちらを狙うだろうか?

 

「遊撃隊!残ってるやつらは後ろの奴らを狙え!

 女だからって楽しみ過ぎるなよぉ」

 

「ひゃっは~!!」

「げっへっへ、こりゃついてるぜ!」

「おっぱいおっぱい!」

 

まぁでも賊がある程度理知的であったおかげか、前線にいる賊がすべて来るなんて事態はなかったのが救いか。

数は3人、しかも丁寧にすべてが正面から。

これならどうとでもなるのが本音だ。

 

「はぁあああ!!」

「あげひっ」

 

狩人ちゃんことベネちゃんが、正面から頭を射抜いて1人。

 

「……ゔ」

「っ、こいつ、つええぇぞ!」

 

鎧霊のトガちゃんで足止め成功してもう一人。

 

「……よっし、それじゃぁ、ドーン」

 

そして、もう一人は私の役割というわけだ。

かくして私は、人差し指と中指を銃身に見立てて、そこから魔力の弾を放つ。

 

「っけ!どんな魔法か知らんが、そんな遅い球が俺にあたるわけが……なにぃぃ!」

 

残念、その弾はただの魔力弾ではない。

その魔力弾の正体は、先ほど斥候にも使った浮遊霊。

それに魔力と使命を与えて放ったものなので、高い追尾性を有している。

 

「あれ?何とも……いぎ!

 あぎゃ、あああああああああ!!

 肉体が、俺の体が裂ける!あぎ、やめ、がぁあああ!!!」

 

そして、自分の放った魔力弾の浮遊霊の使命は、相手の肉体の一部に取りついて、適当に暴れまくれというものだ。

おそらく今の彼の体では、内臓や筋肉、そして骨などが入り代わり立ち代わり、彼の意思に反して、勝手に暴れ、そして自壊しているのだろう。

 

「う~ん、これだから死霊術師は嫌われるんだろうね。

 それじゃ、お休み」

「かぺっ」

 

糞尿や涙をまき散らしながら暴れるその賊に向けて追加の魔力弾でとどめを刺す。

もっとも、後々の事を考えてこいつは殺さず、気絶程度にとどめておいた。

 

「援護は……どうやら必要ないみたいだね」

 

こちら側に来た遊撃部隊は、すでにトガちゃんとベネちゃんで全員始末済み。

前線に関しても、すでに遊撃部隊が欠けてしまったことにより、戦況は逆転。

少なくとも屍馬に乗った剣士に対するまともな対処ができていない時点で、お話にすらなっていない。

 

「野郎ども!!これはもう無理だ!

 急いで撤退……ぐはぁ!」

「敵将!!討ち取ったり~~!!」

 

頭を失ったことで、賊たちが去っていく。

その賊の頭を切り落としながら、誇らしくこちらへと生首を持ってくる彼を見つつ、何とも言えない気持ちになるのでした。



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第2話 新人冒険者(強制)

開拓村・ギャレン

 

最近ブレイ王国へと編入されたばかりのイラダ地方。

王命により順次開拓開発が行われている()()()()()()地域にある村である。

ギャレン村はどうやらできてからまだほとんど時間がたっていないらしく、冒険者ギルドや魔導士ギルドなどは存在せず、宿屋も酒場と一体化したものが一つだけ。

 

(思った以上に、できたばかりの村みたいだな)

 

これは自分の率直に思った感想だ。

別にこれは、馬鹿にしているとかそういうわけではなく、単純な事実としての感想である。

先の盗賊の襲撃もそうだし、そもそも村にまともに警備員がいないとか、そういうレベル。

幸い、避難所にもなる教会があるが、どう見ても魔法的な守りは期待できそうもない。

 

「おお!それじゃぁ、君たちがこの村に来てくれた冒険者であったか!

 いやぁ、まさか本当に来てくれる人がいるとは!」

 

そう言って自分たちを受け入れてくれたのは、シルグレットという男であった。

この酒場の店主にして、この街のまとめ役のような男、なのだろう。

現在は包帯でぐるぐる巻きであり、地味に痛々しい姿ではあるが、それでも本来ベッドで寝てろと言いたくなるのに、こちらを出迎えてくれた心意気は酌んでやるべきだろう。

 

「本来なら、少しめんどくさい質疑をするところだが、君たちはこの村を救ってくれた恩人だからな。

 死人は出ているから派手にとはいかないが、それでも歓迎会くらいはしたいからな。

 軽い自己紹介だけはしてくれ」

 

どうやら、剣士君が真っ先に村を救いに行ったのは彼らにそれなりにいい印象を与えたようだ。

これなら、どうやら問題なくこの村にいることができそうだなと思い、どう自己紹介をしようかと考える。

ともすればやはり魔導学校からの応募できたというのが一番丸い所だろう。

そうして自分が口を開ける前に、件の剣士君は声を大にして言うのであった。

 

「僕の名前は、ヴァルター!

 名もなきアルバート流戦闘術をそれなりに修めし者で、この地に伝説を作りに来たよ!

 こっちの娘はベネディクト。

 夜目の利く狩人で、鍛えれば一流の弓の使い手になれるだろうね。

 そして、こっちの娘はイオ!

 なんとこの娘は凄腕の死霊術師で、死んだ馬すら一流戦馬としてよみがえらせる凄腕のネクロマンサーだよ!」

 

色々と台無しな紹介をしてくれやがったこいつを、グーで殴ったのは許されると思う。

 

 

自己紹介後は微妙な空気とはなったが、それでもどうやらこの村の人材不足は非常に重たい物らしい。

それでも自分を含む3人はこの村の冒険者として受け入れられることとなった。

その日は、そこそこ豪華な食事の後、その宿で一夜を明かすことになる。

 

「というわけで、何か仕事はない?」

「おうおう!そういうと思ってたくさん仕事は用意してあるぜ!」

 

そして翌日、そこにはやる気満々な剣士君ことヴァルターが酒場の店主に仕事の有無を尋ねていた。

 

「は~、ついて翌日なのによくそんなすぐに仕事をする気になれるね」

「え?」

「いや、私はあんまりやる気ないよ?

 だって、昨日の今日で、あんまり魔力回復していないし」

 

背中をグイーっと伸ばしつつ、店主にチップを渡し、食事を受け取る。

 

「はわ、はわわわわ……」

「……おい嬢ちゃん、さすがにこのクソ田舎でいちいち飯にチップはいらねぇよ。

 しかもこれ銀貨じゃねぇか。

 もう少し考えて金使えや」

 

なお、その言葉とともに同じ分の価値の銅貨と両替してくれる店主。

う~ん、この店主やりおるな。

 

「ああ、嬢ちゃんは魔術師だったな。

 なら、そこまで魔力をつかわないであろう依頼を見繕ってやろうか?」

 

「いや、そもそも私そこそこの貯金を持ってきたから、すぐに仕事をする必要は……」

 

「昨日の襲撃で死者が無数に出て人材が足りてないんだ。

 仕事なら腐るほどあるからな」

 

そういいながら、店主が料理とともにとある紙束を持ってくる。

するとそこには無数の冒険者向けの仕事が書かれていた。

 

「いや、そもそも自分は冒険者よりも、学園魔導士としての募集で……」

「仕事が腐るほどあるんだ」

 

「あの、そもそも自分は死霊術師だから、あんまり動くと不審がられて……」

「仕事が腐るほどあるんだ」

 

「……それにね?死霊術師としても、基本死霊術師は準備が大事な魔術だからね?

 まずは冒険者をやるにしても、そうでないにしても、準備が必要で……」

「仕事が、腐るほど、あるんだ」

 

「えっとその……」

「あるんだ」

 

「あ る ん だ」

「……はい」

 

かくして、酒場の店主の圧倒的威圧感により、村について翌日すぐに冒険者として仕事をさせられてしまうのであった。

 



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第3話 新人冒険者の友

『あの盗賊達を倒せるお前たちにこんな依頼を頼むのもあれだが、まぁ、まだこの辺に来たばかりで、地形もよくわかってないだろ?

 だから、少し探索のついでに偵察をしてきてくれるとありがたい』

 

そうして、シルグレッドから紹介された依頼は、ゴブリンの巣の探索依頼であった。

ゴブリン、それは小柄の魔物であり、姿は小型の亜人。

人の子供ほどの身長しかなく、知能は低く、性格は粗暴、力も弱い。

しかし、そのほぼ雄しかいないという特性と他種族に依存するものの圧倒的繁殖能力と成長速度はそれなり以上に厄介であり、少なくとも人種族や他獣からも大いに嫌われている。

そういう、所謂べたべたな人類の敵対種ともいえる魔物である。

シルグレッドの話によれば、この村の街道の近くにゴブリンの巣穴があり、彼らはめったに人を襲うことはないが、それでも時々女子供やけが人など弱そうな獲物を発見すると襲うことがあるそうだ。

 

『そういうわけで、この村ではその街道には子供は通ってはいけないことになってるな。

 一応この村で人間の被害者は出てねぇが、何匹か家畜がいなくなってるから、それの原因がゴブリンかもしれねぇって話は出ている。

 もちろん、昨日の活躍ぶりを見るに、アンタらがゴブリン程度に後れを取るとは思えないし、巣ごとつぶせるなら、つぶしてもらってかまわん。

 しかし、油断だけはするなよ』

 

かくして、我々三人は簡単な支度をして、ゴブリンの巣の偵察とやらの任務に行く事になった。

偵察といってもあくまで場所確認であり、近くで馬車の破片と人がさらわれた痕跡があったら村に知らせに帰る。

その程度の任務のはずであった。

 

「ふ~ん、であれが件のゴブリンというわけか」

 

現在は私たちがいるのは、街道を少し外れた森の中。

持参してきた望遠鏡(自作)の先には洞窟の入り口を守るゴブリンの姿がいた。

 

「生きてるゴブリンをじっくり見るのは初めてだけど、なんというか思ったより普通の顔してるね。

 武器は木の棒……というよりは木の枝か。

 あんなので武器になるのかな?」

 

「よくわからないけど、素手よりはまし?って程度じゃない?

 それよりもその魔法の筒貸して!

 僕もそれで、ゴブリンたちを見てみたい!」

 

「はいはい、一応魔法付きの貴重品だから、あんまり雑に扱わないでね?」

 

嬉しそうに、望遠鏡をのぞくヴァルターを尻目に考える。

自分はそこまでゴブリンについて詳しくはないし、実際、今回の旅の途中の遭遇戦でも特に苦労した覚えはなかった。

が、それでも木の枝とは言え武器を持てるほどの知能を持つ野性の敵性動物とは、それなりに危険な存在ではなかろうか?

 

「……まずいですね」

 

そして、それは実際にまずい存在であったようだ。

 

「私のお母さんが言ってました、ゴブリンの群れの強さは下っ端の頭の良さで決まるって。

 入り口に見張りを付け始めたら要注意、武器を持ち始めたら危険。

 人から奪えばもうおしまい。

 そんな風に教わりました」

 

望遠鏡も使わず遠くのゴブリンの巣をにらみつけるベネ曰く、今目の前にあるゴブリンの巣はそれなりにやばいかもしれない存在だそうだ。

ゴブリンという頭も体も弱い魔物でありながら、すでに目の前にあるゴブリンたちは見張りを付けるだけの知能と、ぼろ枝という武器を持てるだけの知能も持ってしまっているのだ。

 

「ふむふむ、ベネちゃんは賢いねぇ。

 お礼になでなでしてあげよう」

 

「えへへ~♪そ、そんなぁ。

 ただ少し、私のお母さんが元凄腕の狩人ってだけで……。

 ~~~♪」

 

撫でられてうれしそうに喉を鳴らすベネちゃんを尻目に考える。

ともすれば、あとはこのことを村に報告すれば依頼完了というわけだが、そうなれば後はこのゴブリンの巣の討伐には討伐隊が結成されることになるだろう。

 

「……でもそれってまた結局、僕たちが討伐する流れになるんじゃない?」

 

「まぁね」

 

「二度手間じゃない?」

 

「まぁな」

 

まぁ、ヴァルターの言いたいことはわかる。

確かに、もし自分たちがこのゴブリンの巣についての報告に戻るとすると、真っ先に討伐隊に組み込まれるのは恐らく自分達であろう。

 

「だったらさぁ、戻る前に僕らがここで倒したほうが村のためにならない?」

 

「何を言ってんだお前は」

 

思わず真顔でそう返事をする。

そもそも偵察任務はきちんと報連相するからこそ偵察任務なのだ。

ゴブリンの危険度をきっちりと相談する、その上で討伐すべき人員をそろえて、討伐しに行く。

そうしなければ、万が一自分たちがゴブリンにやられてしまった場合に、本当にゴブリンにやられたのか、そもそも道中で何かあったのかなどが分からなくなるからだ。

 

「でも、シルグレッドさんは巣を破壊できるなら、してもいいって言ってたよ?

 つまりは、あの人は僕らがゴブリンの巣を壊滅させた場合も考慮しているってことでしょ?」

 

しかし、それでもヴァルターの言い分もわからないでもない。

そもそも件の依頼主自体は、倒せるなら倒してもいいと言っている点が問題なのだ。

だからまぁ、ヴァルターの言い分も実は一理あるし、おそらく件のシルグレッドの視点では自分たちの実力はゴブリンのそれよりは確実に上だと判断で来ているのだ。

 

「わ、私も巣の討伐に賛成です!

 ゴブリンの巣は潰せるうちに潰しておいたほうがいいって、ほんの数日変わるだけでその強さがすごく変わるって、お母さんが言ってました。

 今ならまだ、単なる木の棒なので……きっと問題なく倒せると思います」

 

そして、残念ながら今のPTで一番ゴブリンについて詳しいと思われるベネちゃんもそれに賛成してしまった。

しからば、2対1でゴブリンの巣討伐賛成派のほうが上回ってしまった。

 

「あ~、でもイオちゃんは確か魔力が足りないんだっけ?

 ならイオちゃんだけでも先に帰って、報告してくれる?

 この程度のゴブリンの群れ、僕達2人で十分だからさ」

 

「ふふふ、昨日はそこまで活躍できませんでしたからね!

 大丈夫です、ここは私たちに任せて先に帰っていてください!

 後で合流しますので♪」

 

そして、あまりにも見事な死亡フラグを立てる2人を見てしまい、流石に見捨てるわけにもいかず。

仕方なく一緒にゴブリン討伐に加わることにしたのであった。

 

 

 

そして、ゴブリンの巣

 

「……そして、予想通り、特異個体がいる、と」

 

「んもおぉぉぉぉ!!

 がらだがうごきにぐいよぉぉぉぉ」

 

「ヴァー君、頑張ってください!」

 

ゴブリンの巣の奥、そこで現在われわれはこのゴブリンの巣のボスと対決していた。

といっても、基本的にゴブリンの武器は、木の棒か素手でありこん棒以下。

ゴブリンの爪も犬猫以下なため、こちらの外套や厚手の服を切り裂けるほどではない。

具体的に言えば、本来狩人であり、別に近接戦闘が得意ではないベネちゃんですら、その手に持つマチェットで野良ゴブリン相手に無双できている程度には余裕だ。

ヴァルターに関しては言わずもがな、もはや鎧袖一触であり、本来ならば片手にたいまつを握りながらでも、彼一人でこのゴブリンの巣穴を攻略できたであろう。

 

「げぎっ!げぎぎぎぎっっ!」

 

もっとも、それはこの巣穴のボスである、魔法を使うゴブリン。

ゴブリンシャーマンがいなければの話だ。

ゴブリンをはじめとする一部の魔物は、人間が生まれつき魔法や神聖魔法が使える個体がいるように、ゴブリンもまた生まれつき魔法が使える個体がいたりするそうだ。

そして、この巣の最奥にいたこのゴブリンも、そんな魔法を使える稀有なゴブリンらしい。

使える魔法は恐らく、【麻痺(パラライズ)】の一種。

意気揚々と戦闘に赴いたヴァルターがその魔法の餌食となり、目に見えて動きが鈍くなっているのがよくわかる。

まぁ、完全に動きを封じられる強い麻痺魔法でなかったのは幸いだが、それでも戦力ダウンしてしまっているようだ。

 

「げぎゅ、げぎゅぎゅしーしし!」

 

そして、このゴブリンシャーマンが地味にむかつくところは、こいつはなぜか一発目はヴァルターに向けて麻痺魔法を放ったくせに、二発目以降はずっとこっちを狙っているということだ。

 

「だから効かんて」

「ぎぃ~!!!ぎぃ~!!」

 

自分の魔法があっさり無効化されたからか怒るゴブリンシャーマン。

こちとら魔導学校出身故、野良の魔法使いの呪いなんぞにかかる事はない。

既にこのゴブリンから放たれた魔法を2度3度と無効化しているため、ゴブリンシャーマンの魔力も目に見えて減っている。

でも言いたいのはなんで私ばかり狙うんだということだ。

3人いるんだから、私じゃなくてベネちゃん狙えよ、と。

いや、ベネちゃんが狙われたら流石に庇うけど。

3人中2人麻痺は色々と怖いし。

 

「どいうが、めっじゃ、おっぱい狙われでるね」

「いうなよ」

「ゴブリンは、家畜や人種を襲って、繁殖するので……。

 その、きっと、イオさんはその、ゴブリンたちにとって魅力的な方なんだと思いますよ?」

「ゴブリンは、おづっばい好きだっだ?」

「その情報はいらなかったかなぁって」

 

件のゴブリンシャーマンのびっくりするほど欲情に満ちた目に、思わずため息が出る。

そういえば、魔導学園での魔物学で、陰の魔力にあふれる死霊術師をはじめとする呪術師は、魔物から友好や性欲の対象で見られやすい傾向にあると習った気がする。

つまりここで私たちが、負けてしまうと、ベネちゃんは普通に殺される可能性があるのに、自分は薄い本みたいな目になる可能性があるわけだ。

 

「……さすがに、それは御免被るよ」

 

私は放出する魔力量を増やし、操っているゴブリンゾンビへ送る魔力量を増やす。

なお、このゴブリンゾンビは、この巣にいた奴を蘇生させて操っているものだ。

このゴブリンゾンビ、単純な腕力に関しては生前よりやや強い程度だが、すでに死んでいるためゴブリン同士の取っ組み合いでは基本的に負けることはない。

ゴブリンゾンビでゴブリンを足止めし、その間にベネちゃんがその手に持つマチェットでゴブリンの頭を叩き潰すという作業を繰り返していた。

そうして、麻痺しながらもそこそこは動けるヴァルターとゴブリンゾンビとベネちゃんのおかげで巣にいるゴブリンはほとんど駆除成功。

 

「よし!痺れが取れた!

 それじゃぁ喰らえぇ!」

「ぎびぃぃぃぃ!!」

 

そして、最終的には魔法の効果が切れたヴァルターの本気の剣により、あっさりゴブリンシャーマンはなます切り、ゴブリンの巣の壊滅に成功してしまったのでした。

 

 

 

「というわけで、厄介な魔法使いはいたけど、無事にゴブリンの巣を駆除してきました~♪」

 

「おお!まさかゴブリンシャーマンまでいたとは…。

 しかし、それでも討伐成功するとは、さすがだな!!」

 

かくして、偵察という名のゴブリンの駆除任務は無事に成功。

報告前に討伐してしまったことについては特にとがめられず。

逆に報酬を割り増ししてもらえたのは、シルグレッドの気が優しいからか、それとも相手がゴブリンだからか。

おそらくは両方だろう。

 

「まぁまぁ、僕たちならちょっと変わったゴブリン程度ちょちょいのちょいだし?

 ちょっと魔法使われたときは焦ったけど、まぁでもその程度だったね」

 

なお、ヴァルターはさも問題ないようにいているが、正直ベネとコイツの2人だけで突っ込んでいった場合、本当に無事かどうかは怪しかったのではと少し思ってしまう。

麻痺呪文を初手に食らっていたし、ベネもあくまでゴブリンゾンビのサポートがあってでの戦果だし。

それほどまでにゴブリンの数の脅威とは面倒くさかったのが本音だ。

今回は、ゴブリンゾンビを使うことで数の脅威にも何とか対抗できたが…それでも、ゴブリンが厄介であることは間違いなかった。

まぁ、それでもこの2人には自分が知らない奥の手を持っている可能性も十分にあるので、それを使えばゴブリンを何とか出来たといわれれば、何とも言えないのが。

 

「うむうむ、これならこれからも君たちにはより多くの、より困難な依頼を回しても大丈夫そうだな」

「うん!もちろんさ!

 僕ら相手ではゴブリンの1つや2つ程度問題ないからね!」

「というわけで、こことこことここにもゴブリンの巣がある。

 もちろん、全てを倒してくれとは言わないし、あくまで偵察と言う体だが……余裕があれば頼むぞ」

 

もっとも、自分たちがゴブリンの真の数の脅威を知るのは、ここからであった。

 

 

 

 

 



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第4話 呪術【毒風】(量産品)

ゴブリンの巣連続偵察から早十数日。

ヴァルター君たちは連日ゴブリン偵察期間を続けているが、自分は早々にそのスケジュールから脱落することとなった。

そもそもこちらは死霊術師、毎日複数のゴブリンの巣へ出かけるほどの体力もないしやる気もない。

だからこそ、こちらはこのゴブリンの巣の偵察ではない別のベクトルで、この村の一員として働くことになる。

それこそ、死霊術師として、だ。

 

「だからこそ私は、ヴァル達と違って、別に朝早く起きる必要はないし、ここ数日毎日酒場でゆっくりしているように見えるけど、ちゃんと働いてはいるんだよ。

 いいね?」

 

「流石にずるい!!!」

 

そのセリフとともに、思わずヴァルターがこちらを恨めしそうな目で見てくる。

 

「というか、そんなに嫌なら、断ったり、別の仕事したら?

 さすがにこの辺の仕事でゴブリンの偵察以外の仕事がないようには見えないけど」

 

「僕だってできればそうしたいけど……シルグレッドさん曰く、ボクができる中で、今一番優先度が高い依頼はあれなんだそうだよ」

 

「まじかぁ」

 

料理を運んできてくれたシルグレッドに本当に他のもっと優先するべき仕事がないかどうかを尋ねると、どうやら今はゴブリンの巣偵察が一番優先すべき仕事ではあるようだ。

 

「ご丁寧にこの辺の街道の近くにはゴブリンの巣が複数あるからな。

 定期的に偵察できていないと、まともに定期便すら運航できないんだ。

 ゴブリンの巣を定期的に偵察できていないとそれだけで、この辺の流通が止まってしまうし、村の外に出て仕事をする奴がまともに仕事することができねぇんだ」

 

シルグレッド曰く、確かにゴブリンは冒険者でもある私たちにとってはそこまで脅威でもないが、それでも村の人々から見れば、それなり以上に恐ろしい存在であることは間違いないようだ。

それこそ、馬車の馬が襲われたりすればそれだけで定期便が止まってしまうし、木こりや山菜採りが油断しているときに襲われてしまうと、それなり以上の被害が出る。

そういう存在だそうだ。

 

「でもそれって、クマや猿とかの獣と同レベルの脅威じゃない?」

 

「いや、全然違うよ。

 というかゴブリンの繁殖力マジやばい。

 半端ない」

 

げんなりした顔をするヴァルター曰く、ゴブリンの巣は本当にすぐ湧いてくるとのこと。

それこそ、先日自分たちが壊滅させたはずのあのゴブリンの巣も、数日後にはすぐ別のゴブリンが棲み着いていたそうだ。

 

「いやね、はじめシルグレッドさんが壊滅できるならしてもいいみたいな投げやりな理由なのもよくわかったよ。

 一応、初めの一回ゴブリンシャーマン討伐代をくれただけでも温情だったんだなって今なら思うよ」

 

確かに、このゴブリンの繁殖速度を考えると、いちいちゴブリンの討伐依頼を出せないのはもちろん。

討伐ごとに報酬を払っていたら、あっという間にこの村が破産してしまうだろう。

 

「そんなに繁殖できるほどゴブリンのお相手っているの?

 あいつら基本的に雄しかいないし、この村からさらわれた人はいないって聞いてたんだけど」

 

「まぁ、そこは家畜や狼、鹿なんかの獣相手でも繁殖できるらしいからな。

 あとは、野良のスライムとか」

 

「なにそのすごいシュールな光景」

 

「スライムや鹿相手に腰を振るゴブリンとか、絶対見たくない光景だね」

 

「いや、この村に住むのならそのうちいやでも見るようになるぞ?

 むしろ今のうちに慣れておけ」

 

野性の獣や魔物相手に腰を振るゴブリンが村の風物詩とか、あまりに地獄すぎない?

 

「こちらとしても、本当はもっとゴブリン討伐の依頼を積極的に出したいんだが……

 残念ながら、この村にいる冒険者はお前らだけだからな。

 一応、村付きの冒険者はもう3人いたが、1人は死んで、1人は別の村に。

 もう一人は現在村長とともに遠征中だ」

 

シルグレットは、ヴァルター達に少し食事のおまけを出しつつそう答える。

 

「つまり、僕はこんなゴブリンの巣偵察みたいな地味~な仕事を、次の冒険者が来るまでやらされるってこと!?」

 

「……街道の安全が確保されたら、きっともう少しだけ冒険者が来るようになる。

 そしたら、もう少しお前らにふさわしい仕事を紹介できるはずだ」

 

「それっていつの話だよ~!!」

 

そんな泣き言をいうヴァルターを尻目に、こちらは悠々と酒とつまみをあおる。

お、この鹿肉おいしいね。

ベネちゃん曰く、彼女が偵察任務の途中に獲ってきてくれたそうだ。

う~んさすが元狩人、こちらにグイっと顔を寄せてきたので、首元をなでて褒め散らかしてあげた。

 

「イオちゃん、ベネちゃん!

 君達からも言ってくれよ!!

 このままじゃ、僕らが永遠にゴブリンの見張り係を任命されちゃうよ!?」

 

ヴァルターは、涙目でこちらに助けを求めてくるが、残念ながらゴブリンの偵察依頼しかやっていないのは彼だけなのでこちら的にはなにも共感できなかったりする。

ベネちゃんは、見張り依頼に並行して、野性の動物狩り依頼をやっているらしく、それなりの収入が入っているらしい。

そして、こちらは魔導学校出身の死霊術師だ。

むしろインドアのほうが効率的にお金を稼げるのが本音だ。

 

「と、いうわけでこれが今の私の小遣い稼ぎだよ」

 

そういって、懐から一つの内職の成果物を取り出す。

 

「えっとこれは……巻物かな?

 いわゆるスクロールとか……あぁ、これがいわゆる魔法の巻物ってやつかな!?」

 

「正解」

 

そうだ、それは巻物である。

もっともそれは、一度開封すればそこから魔法が発動する、魔法の力が込められた巻物ではあるが。

 

「一流の魔導士じゃなきゃできないって聞いてたんだけど、流石学園の魔導士。

 こういうこともできるんだね!」

 

ヴァルターがこちらに感心しつつ褒めてくれる。

そして、じろじろと巻物を観察する。

 

「でもこれ、魔法の巻物にしてはちょっと、触り心地というか、紙質悪くない?

 こんなど田舎に紙があること自体が驚きなんだけど」

 

「まぁ、それは紙というよりは皮。

 ぶっちゃけ、先日駆除したゴブリンの皮を使った、いうなれば【小鬼皮紙】だからな」

 

ヴァルターのその巻物を見る眼が少し、微妙なものになる。

 

「……あ~、そういえば、先日ゴブリンの死体を回収していたねぇ。

 でも、ゴブリンの皮でできた巻物とか、あんまり聞いたことないけど、紙の質としてはどうなの?」

 

「三流以下。

 少なくとも聖の魔術や普通の魔術の巻物には絶対に適さないだろうね」

 

「ですよね~」

 

そもそもゴブリンは最弱レベルの魔物の一種だ。

それでもその肉には毒があり、その皮に触れ続ければ、耐性がない人はすぐにかぶれてしまう。

当然そんなゴブリンから作れる道具なんて、まともに使えないし、食用にも当然向かない。

 

「でも、最低限の死霊系に属する陰の魔力をつかう魔法や呪いを封じることぐらいは出来るからね。

 こうしてシルグレットに、買い取ってもらって、当面の宿代を稼いでいるというわけだ」

 

「ところで、この巻物にはどんな魔法が込められてるの?」

 

「広範囲に、陰の魔力でできた毒をばらまく【毒風】って魔法」

 

「……」

 

ヴァルターがさらに微妙な顔で、その手に持つ巻物を見る。

まぁ言いたい事はわかる。

一応その【毒風】は、死霊というか呪術魔法の初歩魔法故、基本的には一般人が吸っても即死しない程度の威力しかでない、名前ほど危険な魔法ではなかったりする。

だからこそ、この魔法の用途としては盗賊を一時的に退けたり、ゴブリンや獣を追い散らかす防衛用魔法としては、それなりに最適な魔法だったりするのだ。

 

「でも、悪用しようとしたら、畑の作物をすべて枯らすとか。

 家畜をすべて病死させられる趣味の悪い魔法であることは認めるけど」

 

「シルグレットさん、よくこれ買い取ろうと思いましたね」

 

「今この村に、戦える奴がほとんどいないからな。

 村の守衛も基本かかしみたいなものだから、少しでも戦力強化してやった方がいいだろ」

 

どうやらシルグレットは、死霊魔術を好印象とはいかないが、それでもそれだけで差別するほどではないバランス感覚の持ち手の様だ。

そのおかげで、ここ数日は先日全滅させたゴブリンの死体を巻物に変換することで、なんとか宿からほとんど外出せずに生活費を稼ぐことができている。

 

「だが、うちの宿でこんな呪物を作るような作業を連日続けてほしくないのが、本音だがな」

 

「こちらも同じこと思ってるから。

 さっさと、家を紹介してよ。

 そもそもの募集要項に、魔導学園出身者は家付き待遇ってあった気がするんだけど?」

 

「……それについては本当にすまん」

 

一瞬文句を言ったが、シルグレットが済まなそうな顔でこちらに謝罪してくる。

でもまぁ、先日の盗賊騒ぎやそもそもここに来る途中荷馬車が破壊されて、屍馬でこなければならなくなる状態。

その上、ほとんどの村人が相部屋ならぬ相家状態になっているのだ。

そんな治安や状態が最低なのをわかりきっているなかで、一戸建てを求めるのは酷であろう。

 

「しかし、それでも後10日もすれば、木こりたちによる大型伐採が終わるからな。

 そうすればこの村にも木材が届いて、すぐにでも君たちに家が紹介できる」

 

「依頼は、依頼は!?」

 

「……いくらかの街道が整備されるついでに、ゴブリンの巣のそのものの埋め立てができれば、ゴブリン偵察依頼も消えるだろう」

 

「いったね!その言葉信じてるよ!」

 

かくして、これからさらに数日、ヴァルターはゴブリンの巣偵察任務をしつつ、こちらはゴブリンの死体を巻物へと変換しつつ。

ゆっくりと自分たちの拠点ができるまで、のんびりと待つことにしたのでしたとさ。

 

 

 

なお、数日後。

 

「すまん、街道の近くにすむゴブリンが活発期に入ったみたいでな。

 いつもよりも積極的に人を襲うせいで、せっかく伐採した木材が運び出せないでいる。

 すまんが、自宅や次の冒険者はもうちょっと待ってくれないか?」

 

「とりあえず、顔面殴らせて☆」

 

予定はさらに延びてしまい、ゴブリンの巣偵察依頼の数が増え、ヴァルターの我慢の限界が来た模様。

さもあらん。



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第5話 ろくでもない秘策

この世界において『宗教』とは、こちらの世界以上の意味を持つ概念である。

なぜならばこの世界においては、【神】という名の超常的存在が自らの意思を持って、人知を超えた力で、こちらに干渉してくるからである。

聖神なら人々に加護と力を与え、邪神なら災いと呪いを与える。

そのため、この世界では人々を守護する神を祈ること自体が人間の力となり、もっとも簡単に力を得ることができる方法なのである。

そして、当然そんな神をたたえるための施設である『教会』も当然人々に直接的な恩恵を授ける。

そんな『教会』の恩恵の一つに、周囲の『魔物』を寄せ付けにくくなるというものがある。

これはそもそもこの世界における魔物が、人類へ害を及ぼすために作られたための存在であり、教会が讃える神々もこれを敵視しているからである。

だからこそ、どんな僻地の村でも『教会』があるだけで、一定以上の信頼がおけるものであり、そこに司祭なり神職がいれば倍ドンというわけだ。

 

「でもまぁ、ここは村の端っこだからなぁ」

 

もっとも現在自分がいるのは少々村の中心から外れた場所。

すなわち村の教会から離れた場所であり、同時に多くの魔物や賊に襲われやすい、そんな立地である。

まぁそれでもここは牧場であるため、その家畜臭などの関係で村の中心から外れてある必要があり、いろんな意味で仕方ない場所といえるかもしれない。

だが、当然襲う側にとってはそんな事情など知ったものではなく、当然単純に獲物が多く襲いやすいという認識になるわけで。

 

ともすれば、当然繁殖期にあたるゴブリンも、この牧場へやってくるのも当然の流れであり……。

 

「もぉぉぉぉぉ♥」

「ぐぎがぁぁあああ!!!」

 

「うあああぁぁあ!!お、おらのジェニファーがぁああ!!!」

 

なんと、そこにはゴブリンに性的に襲われる牝牛の姿が!!!

 

 

◆◇◆◇

 

 

「も、もぉぉぉ……」

 

「じぇ、ジェニファー、ジェニファー……!!

 おらが、弱かったばかりにぃ…」

 

「はいはい、まだ陰気や呪いが付いてるかもしれないから触らないでね~」

 

そうして、牝牛相手に性的な意味で国士無双していたゴブリンを無事討伐。

現在、ゴブリンに襲われていた家畜を診察中である。

まぁ、酪農専門家ではないため、魔物からの性的虐待が原因で感染する家畜の病気なんかは当然知らない。

が、それでもこちとら魔導学園の魔術師であるし、最低限の魔物についての知識もある。

そのため、最低限であり、同時に最悪を感知することぐらいはできるのだ。

 

「……ん~、やっぱり、中に出されているな。

 このままだと、ゴブリンの精……体液で、この牝牛の中にいる胎児が死ぬか魔物化するね」

 

「そ、そんな!」

 

「というわけで、ちゃちゃっと、ゴブリンの体液だけを死滅させるよ」

 

牧場主が不安そうに見つめる中、魔力感知と呪術を併用しながら雌牛の体内に、呪いを浸透させる。

標的はゴブリンの体液と呪いのみ、牝牛自身や中にいる幼い命の魔力は浸食しないように。

確かにゴブリンをはじめとする魔物は、陰の魔力を基にする呪術には最低限の耐性があるが、それでも自分の魔法を無効化できるほどではない。

 

「というわけで、治療完了。

 あとは、浅い所でもいいからある程度ゴブ液掻き出して、そのあとたっぷり休養させれば大丈夫だから」

 

「あ、ありがとうござぇます!

 ありがとうござぇます!」

 

かくして、頭を下げてお礼を言う牧場主を尻目に、ゴブリンの死体と牧場主からのお土産を持ち帰りながら、その場を後にするのであった。

 

 

 

「というわけで、今回の村の警備依頼では、牧場でゴブリンと戦闘した感じだね。

 そっちは?」

 

「こっちも、ゴブリン退治~。

 といってもゴブリンの巣の監視だけど。

 流石に繁殖期のゴブリンの巣に突っ込みたくない」

 

さて、そんなこんなで牧場のゴブリン退治から数刻後。

現在私たちは宿屋でもある酒場でヴァルター達とのんびり、食事を共にしていた。

会話内容は当然、今日互いに行った依頼について。

もっとも、その内容が大分偏っているのは確かだが。

 

「それにしたって、繁殖期?だかは、知らないけど、ちょっとゴブリンの数増えすぎじゃない?

 むしろ、これ絶対他の地域からも流入しているでしょ!

 どうなってるの!?」

 

「そうはいってもな、この辺ではいつもそうなんだから仕方ないだろ。

 巣に最適な洞窟が複数ある上に、獲物である獣もそこそこいる。

 それでも、他地域から流入しているのも間違いないと思うがね」

 

ヴァルターがゴブリン被害や依頼の多さに思わず文句を言うが、それをさらっと受け流すシルグレット。

まぁ、実際に文句を言ってもゴブリン依頼の数が減らないのは事実であろうし、シルグレットの受け流しもさもあらんといった所だ。

 

「まぁまぁ、で、でもこんなゴブリン依頼ラッシュも、他の冒険者さんが来れば多少はマシになるんですよね?」

 

「そうだそうだ!

 で、結局件の新しい冒険者はいつ来るんだい?

 そろそろ僕もまともな依頼や休日が欲しいよ!」

 

「……すまないが、それはちょっとわかりかねる」

 

「はぁ~~~!?!?」

 

怒るヴァルターに、気まずそうに目をそらすシルグレット。

 

「君はさぁ!

 この間の新居の件もそうだし、新武装の件もそう!

 その上、新任の冒険者すら入れられない??

 いつになったら、まともに物が仕入れられるんだい?」

 

「そ、それは仕方がないだろ。

 新しい冒険者が来るための街道も、ゴブリンの巣の横にあるんだから。

 せめて繁殖期を過ぎてからでなければ、安全に呼び出すことすらできん」

 

「ゴブリンの繁殖期ごときで馬車を止めるなよ!!

 村の人も、そのせいでピリピリしてるんだよ?

 それに、冒険者が乗った馬車ならゴブリン程度どうにかできるだろ!」

 

「俺だってそう思うが仕方ないだろ!!

 向こうがそう言ってるんだから!」

 

シルグレットとヴァルターの間に何となく流れるいやな雰囲気。

まぁ、でもお互い口で言い合ってるだけで、殴り合いにもなっていないし、物を投げつけてもいないため、それなりに理性的ではあるのだろう。

それにしても、このチーズ旨いな。

件の牧場主からジェニファーを助けたお礼にと渡されたが、これなら依頼内容外とはいえ、あの牛の治療をした価値があったというものだ。

 

「でもまじめに、今のところ冒険者の募集要項の内容がほとんど守られていないのは、真面目にどうかと思うよ」

 

「うぐ」

 

「だよね~。

 自称腕のいい鍛冶屋も、家や鍜治場がないからまともに活動できていないし。

 教会も中にいる聖職者や村長は別の村に行ってここにはいない。

 その上、家や依頼の優遇とやらも、まだ契約が履行されていないし」

 

「うぐぐぐぐ」

 

「……というか、真面目に考えれるなら、私達はこの村にとどまる必要はないですよね?

 ここから徒歩で数日かかるとはいえ、他にも開拓村はありますし。

 ゴブリンの巣の繁殖期程度で流通が止まる村なら、別の村での活動を視野に入れていいかもしれませんね」

 

自分の発言にヴァルターの追撃、さらにはベネちゃんのトドメにより、涙目になるシルグレット。

 

「そういえば、村の人に聞いたんですけど、ここから街道に沿って東に行けば、別の開拓村があるそうですよ」

 

「ああ、僕も聞いたよ~。

 たしか、もう村周りに防壁もできている立派な村、いやもう町なんだっけ?

 そろそろ僕もな~、ちゃんとしたところで剣を研いでほしいから、潮時かなぁ~」

 

シルグレットのしょんぼり顔をよそに、村人から集めた情報をもとに、どこの街に行くか雑談し始める2人。

まぁ、確かに2人の気持ちもわかる。

自分も履行されない様々な利権や特典よりも、多少遠くても別の村に行って新しく冒険者として再スタートするのも、イイかもと思えてきている。

 

「……う~~ん、でも私としては、この程度の村だからスルーされてるけど、死霊術師だからなぁ。

 ヘタに大きな村に行くと面倒ごとがなぁ」

「あ~」

「あ~」

 

同情してくれる仲間の2人と、ちょっとだけほっとした顔をするシルグレット。

もっとも、自分は一応死霊術以外も使える上、魔導学園に戻りさえすれば生活できないわけでもない。

まぁ、しかし後者は恥の上塗りになるからまずやらないが。

 

「でもまぁ、こんな状態だと、まともにこの村にいる理由がないのも確かだよね。

 私はよくても、ヴァルターやベネちゃんは、かわいそうだし」

 

「う、うぐ!

 お、俺もできるなら何とかしたいが……

 いかんせん、人手とゴブリンの巣がな。

 ……せめて、ゴブリンの巣穴になるあの洞窟を埋め立てることができれば……」

 

依頼書などとにらめっこしながら、うんうんと悩むシルグレット。

そんなシルグレットに苛立ちと同情を混ぜた視線を送る両名。

聞けばゴブリンの繁殖期もいつ終わるかもわからないとのこと。

ならば、この状況を打開するには多少強引な手段をとるべきなのかもしれない。

 

「……ねぇ、シルグレットさん。

 ちょっと強引な方法だけど、この状況を何とか出来るかもしれない方法がある!

 ……と言ったらどうする?」

 

「……聞かせてくれ。

 どうせこのままじゃ、この村が四方から隔離されて死んじまうんだ。

 こうなりゃ、邪神でも悪魔でも、何なら屍鬼に手でも借りてやる!」

 

かくして、自分はシルグレットにその作戦を伝える。

その作戦を聞いたシルグレットは当然はじめは苦々しい顔をしたが、作戦を行うにきちんと作戦で出た被害に責任を負う事と村から逃げ出さないことを条件に、その作戦を実行することを許可されたのでしたとさ。

 

 



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第6話 ゾンビを量産するだけの簡単なお仕事

―――開拓村ギャレン近辺、小洞窟『盗賊のトランク』。

 

かつてはこの村の周囲に住むとある大盗賊団が戦利品をしまうためにそう名付けられたらしい。

しかし、その洞窟は現在、繁殖期になったゴブリンが住み着いており、彼らは日夜周囲の動物を捕まえ、繁殖活動にいそしんでいた。

 

「げぎ、げぎぎぎぎぎ!」

 

そして、『盗賊のトランク』に住み着いているゴブリンの群れのリーダー。

少し体格が大きく、衣装もゴブリンとは思えないほど整ったそれは、通称【ゴブリン・プリースト】と呼ばれる特別なゴブリンだ。

通常のゴブリンよりも、力と頭脳ともに高水準。

何よりもこのゴブリンプリーストは……。

 

『……ほう、私の声が聞こえるのか。

 ならば、加護《チカラ》をくれてやろう……!』

 

()()()を聴くことができるのだ。

それは断片的な声であり、いつも聞くことができるものでもない。

そして、その神も、人を守護する神とは別物であり、とても危険で恐ろしい。

いわゆる人族から【邪神】とも称される存在だ。

邪神は人族を嫌っており、そのために魔物を生み出し、そして魔物に力を与える。

このゴブリンプリーストはそんな邪神から力を与えられた選ばれた存在……というほどは珍しくはないが、それでも並のゴブリンを凌駕する存在である。

こうしてこのゴブリンプリーストは並のゴブリンを超える力を手に入れ、そして邪神が望むべき行動をする。

 

「お願い……やめ……ああぁぁぁ!!!」

 

そして、そこにいる人族の番もその成果であった。

すでにオスのほうは彼らの餌になり、メスのほうは苗床に。

順調にその群れの数を増やすことに成功していた。

 

通常、このようにゴブリンの数が増えると、周囲に歩き回っている冒険者にその数の増加を感知されるのが常ではある。

が、このゴブリンプリーストは、()()()自分の巣の見張りを()()()()()()()()()()()()()()()()配置することで、自らの巣がまるで弱小のゴブリンの巣であるかのよう擬態していたのであった。

実際このゴブリンプリーストの策略により、この巣に偶然やってきたはぐれの人族(いわゆる盗賊)を一組捕まえることに成功している。

 

かくして、この普通よりもはるかに賢いゴブリンプリーストは夢想する。

この巣が自分たちの仲間でいっぱいになるころになったら、大掛かりな狩りをしようと。

近くに住む人族の巣に集団で狩りに出かけようと。

大丈夫だ、すでにいい母体から生まれた精鋭の子供がおり、彼らも順調に育っている。

更には自分たちには邪神の加護がついているのだ!

 

さぁ!邪神と己が力のために、あの人間たちを狩りつくし、食べつくし、増やしつくそうではないか!!

 

 

◆◇◆◇

 

 

「はい頑張って、トガちゃん」

 

そんな、そんな、なぜ。

 

「うわぁ、思ったよりも数が多い……しかも前よりも、魔力の質が高い。

 ああ、これが、人間から生まれたゴブリンってやつか」

 

俺の、俺たちの群れが。

 

「やっぱり、トガちゃん連れてきて正解だったな。

 純呪術だけだと、絶対に苦労しただろうし」

 

やわ肉、メスのくせに、孕ませろ、喰わせろ。

 

「……っと!

 う~ん、陰系統の神術か。

 ……あんまり、喧嘩売りたくない相手だけど、しかたないな」

 

俺の夢、使命、神の加護。

 

「……う゛!」

 

呪い、金属、鉄の塊、あ。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「繁殖期ってこんなにすごいのかぁ。

 思った以上でしんどかったな」

 

「が」

 

場所はゴブリンの巣、時間はシルグレットに作戦提案した翌日。

さっそく私は作戦の一環でゴブリンの巣の掃除へ直接自分とその配下を連れてやってきたわけだ。

当初は所詮ゴブリンであり、一人でも無問題。

さらに今回は、【鎧霊】であるトガちゃんまで連れてきている。

だから、まず問題は発生しないだろうという余裕の心構えであったが、その予想は裏切られることになってしまった。

 

「数も数だけど、ゴブリンにしてはどいつもこいつも体格もいいな。

 魔力耐性もある、そして何よりも繁殖力とその悲惨さ。

 ……いや、やっぱりこいつらは放置しちゃいけない存在だね」

 

無数に製造したゴブリンの死体を、先ほど作ったゴブリンゾンビに集めさせ、一息を吐く。

実際今回対峙したゴブリン達は、どいつもこいつも自分の予想以上の強さであった。

どれもが並の獣以上の知恵があり、それなのにこの暗闇の洞窟でそれなり以上に動け、最低限以上の腕力を持つ。

その上、魔法を使えるものや特別な武術、さらには変わった身体的特徴を持つゴブリンまでいる始末だ。

 

「実際に人間の被害者も出ているっぽいしな。

 ……まぁ、村から被害は出てないから、多分盗賊か何かなんだろうけど」

 

ずるずると運ばれていく人間の男女の死体をみてため息をつく。

はじめはこれから先のこの村の風評のためにも、この計画を行うかどうか悩みはした。

が、それでも、この状況を見るに、どうやらこの作戦決行は正解だったようだ。

もしほかの巣も、この巣と同じ数と質のゴブリンがいたのなら、それは大変なことだろう。

それこそもしこれらのゴブリンが一斉にあの開拓村へと襲い掛かったら、たとえ自分や仲間がどんなに強くとも、村の人間は守り切れないのは目に見えている。

だからこそ、今回の計画でこのゴブリン問題にはきちんととどめを刺さねばならない。

 

「さて、それじゃぁ、さっそく始めますか」

 

かくして、私は大きく深呼吸をする。

集められた総勢15のゴブリンの死体と2人の人間の死体。

それらを綺麗に仕分け、あるいは絞り出し、整理。

その血を持って、洞窟の大広間を染め、その骨を使って部屋を飾り付け、中央に肉を配置する。

 

部屋の中央に無数の死体とともに立ち

 

陰の魔力を集め、霊魂を縛り、言葉を紡ぐ。

 

「我、冥府の理に触るる者。

 冒涜に溺れ、禁忌を犯す者」

 

その言葉に、意味はなく、覚悟に価値はない。

 

「霊を縛り、魂を迷わせる。

 死肉を喰らい、命で遊ぶ」

 

倫理は狂い、誇りなどない。

 

「しかし、それでも我は求める。

 畏怖と恐怖を以って、今世界に悲劇を生まん!」

 

だが、それでも敬意をもって!

 

部屋の魔力が竜巻のようにうねりあがり、血は輝き、死肉が躍る!

 

無数の殺した霊魂たちが悲鳴を上げ、思念と怨嗟が弾け回る!

 

「―――そう、これは最良の結果を求めんがため」

 

誰よりも強欲に、誰よりもどん欲に。

 

無数の呪いの声が過ぎ去った果てに、部屋の中央には鈍い魔力の光とともに、それが出来上がった。

 

「……というわけで、おはよう我が新たなる召使《シモベ》。

 その見た目と強さ、名付けるなら……【ゴブリン・ゾンビ戦長《ウォーチーフ》】といった所か」

 

こうして、無数のゴブリンと人間の遺体から、新たな腐肉化け物がこの世界に生まれたのでした。

 

 

 

「よし、あとはこれを3回繰り返すだけだな!」

 

「ぎゃぎゃ!」

 

「う゛」

 

なお、こんな作業を後3回も繰り返す模様。

さもあらん。

 

 

 



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第7話 吉報

というわけで、件のゴブリンの巣完全制圧作戦から早数日。

すでにこの村にゴブリンが来ることはほとんどなくなった。

もちろんそれは、村の外の牧場や畑のゴブリン被害もなくなり、村の見回り以外では平和そのもの。

あれ以降何度か元々ゴブリンの巣であった洞窟の跡地に、何度か確認依頼が行われたが、その洞窟には当然ゴブリンがやってきた痕跡こそあっても、そこに住み着くことはなし。

すでにこの村ではゴブリンの繁殖期の脅威はなくなり、村の街道を襲う目下の脅威はひと段落。

これならば、すぐにでもこの村周辺の交通問題は解決するだろう。

 

「なのにな~~んで、まだ私たちの家の建築が始まってないんですかねぇ?」

 

「そりゃお前、あの方法ですぐに交通問題再開は厳しいだろうよ」

 

さて、そんなこんなで現在場所はシルグレットの酒場兼宿屋。

そこで私は、シルグレットと談笑を繰り広げていた。

 

「洞窟からゴブリンは消えた。

 新しいゴブリンもほぼやってくることはない!

 ならもう、少なくともゴブリン被害という面で、交通量の削減に対しては文句は出ないんじゃないの?」

 

「言いたいことはわかるぞ?

 でも、その肝心の解決方法がなぁ……」

 

シルグレットが頭をポリポリとかきながら答える。

 

「でも、この作戦はそっちも合意したじゃん。

 私はやるべきことはやってんだから、後はそっちの交渉の問題でしょ?」

 

「だからってお前、【村の周りにあったゴブリンの巣は危険だから、全部ゴブリンゾンビの巣に変えました!】

 【このゴブリンゾンビは人間を襲わない、安全なゴブリンゾンビです。】

 【だから安心して、村に来てくださいね!】って言って、村人はまだしも、村の外にいる商人が信じてくれると思うか?」

 

「ははっ、ワロス」

 

「いや、意味は分かるがなんだその言い方は」

 

頬杖を突きながら、愚痴をこぼすシルグレット。

そう、今回私が行った対無限湧きゴブリン対策とは、件の【ゴブリンの巣】になっていた4つの洞窟を、全て【ゴブリンゾンビの巣】へと変えることであった。

 

「まぁ、安心してよ。

 あそこに配置したゴブリンゾンビは基本、人間を襲わない様に設定したから。

 もし新しいゴブリンがあそこに侵入したら、襲い返して同じゾンビに。

 人間が迷い込んだら、基本無害だけど、奥地に入ろうとしたら追い返すように。

 そういう風な設定をしているよ」

 

「……アンデッドには、動力や魔力が必要と聞いたが……」

 

「それに関しては、基本新しく侵入したゴブリンを餌にする感じだね。

 あとはあの4つの洞窟はゴブリンが集まりやすいだけあって自然と陰の魔力も集まりやすいから、魔法陣で補助すれば年単位で放置可能。

 少なくとも、悪意を持った第三者が侵入と改変しようとしない限り、安全ではあると思うよ」

 

「そうなんだよなぁ。

 話を聞く限り、安全ではあるんだよなぁ。

 話を聞く限りは……」

 

ため息をつくシルグレットをわき目に、こちらはこの辺でとれた薬草ときのこで作ったお茶に酒を混ぜたものを飲む。

薬草茶特有の風味と酒の香りが喉を通り抜ける、しゅんと体が整うようないい味だ。

 

まぁ、シルグレットの苦悩はわからないでもない。

そう、確かにこの作戦は今現状の状態さえ見れば安全ではある。

ゴブリンの巣からゴブリンは消え、新しいゴブリンがそこに入ればすべて糧となる。

だが、この作戦の問題は、この作戦の根幹を担っているのが、私だという点だ。

具体的に言えば、この村に来てまだ半年もたっていない新参者が、邪法を持ってこれを行ったという事だ。

 

「でも、この村の人たちは結構あっさり信用してくれたよね」

 

「それはお前らがこの村に来た時に、あの盗賊どもをぶち殺してくれたからな。

 日頃の行動や依頼態度も悪くない。

 村の奴らからの評判はかなりいいぞ。

 特にあの戦馬は、墓が建てられてるくらいだからな」

 

シルグレットからの評判を聞いて、やや背中がこそばゆくなる感覚を味わう。

なお、あの時ヴァルターを乗せて活躍した屍馬は役目を終えてすでに成仏済みだ。

成仏させる際にはヴァルター含め多くの村人がめちゃくちゃ惜しんでくれたが、基本即興のゾンビゆえ魔力をかなり喰うし、あくまで蘇生も村に着くまでという条件であった。

でも、どうやらあの馬は今なお強い人気があるようで、未だあの馬の墓に毎日新しい花が供えられていたりする。

 

「実際にあの盗賊騒動は、村の存亡の危機だったからな。

 もしあの時お前たちが来てくれなかったら、多分この村の奴らは全員死んでいたと思うぜ」

 

「笑顔でいうこっちゃないよ」

 

「次いでいえば、今なおその危機は続いているからな。

 今お前らがこの村から出て行ったら、数日後には普通に滅んでいると思うぞ」

 

笑顔で言う事ではない。

というか、元々の村の守りはどうなってるんだと訪ねてみた。

 

「それに関しては、一応この村には元騎士である村長とそのおつきの聖職者がいたんだが、残念ながら今は別の村に出張でな。

 正直事情が事情故、いつ帰ってくるかもわからないんだ」

 

「なんというかそれは、ご愁傷様だね」

 

聞くところによると、どうやらこの地域一帯を支配する領主からの呼び出し故、村長達は逆らえなかったとのことだ。

そんなこんなで、この村の物流などについていくらか話すも、まぁ返事はぼちぼちといった所。

以前よりはよくなっているのはわかるが、今すぐ劇的によくなるなどということはなさそうだ。

 

「だが、そんなお前らに少しだけ朗報があってな。

 実は、この近くにはいくつか似たような開拓村があるだろ?

 その中のストロング村っていう村があるんだ」

 

「ずいぶんと強そうな名前だね」

 

「まぁ、滅びかけの村だがね」

 

「おい」

 

シルグレットが皿を磨きながら説明を続ける。

どうやら彼曰く、そのストロング村はこの地域でもかなり初期にできた開拓村だそうだ。

大きさはそこそこあり、人口もぼちぼち。

しかし立地や交通の便により、最近ではどんどん衰退。

特に、近くに盗賊のアジトができたことにより、最近では村長も逃げ出し、冒険者も退去済み。

いまにも滅ぶ一歩手前の村というのにふさわしい場所だそうだ。

 

「だからこそ、今その村はこの村以上に戦力を欲しているらしい。

 が、残念ながら、この地では信用できる冒険者がすぐに来てくれるほど、甘くないからな。

 ならせめて、道具は揃えたい。

 そう言ってきた訳だ」

 

そう言ってシルグレットが取り出したのは、ここ最近自分が作った魔法の巻物。

つまりは、ゴブリンの死体を使って作った【毒風】の魔法が込められた巻物であった。

 

「そうだ、ストロング村はどうやら、本当に入用らしくてな。

 内容としては、こちらの魔法の巻物を目当てに交易を一刻も早く再開したいとのことだ。

 どうやら、事態はかなり切羽詰まってるらしく、ゴブリンの巣が無力化できたと言ったら、すぐさまこの話を持ってきたぞ」

 

「なるほど、つまりはゴブリンの巣の脅威を撤去した現在。

 今すぐすべての交易を再開させるのは難しくても、一部なら可能。

 そして、そうやって実績や信頼度を稼いでいけば……ってわけね」

 

「話が早くて助かる」

 

笑顔でシルグレットは返事を返した。

 

「それに、ストロング村は特産物として綿花があるからな。

 お前らも新しい服が欲しいだろ?」

 

「おお!それは幸い!

 裸で魔道具作成の作業するのは嫌だったんだよ!」

 

「あ、あれって死霊術の儀式とかではなかったのか」

 

「そんなわけあるか。

 服に死臭が付くのが嫌だからだよ」

 

なお、一度どうせ作業中に、自分以外部屋に来る人いないだろと思ったら、ヴァルターに部屋の突撃をされたことがある。

彼にはフライング土下座で謝られたし、場合によっては責任を取るとか言われたが、流石に笑って許すことにした。

こちとら将来は、超可愛ケモミミ美少女と結婚する予定なんだ。

この世界の宗教的には、条件付きで同性婚も合法だし、いけるいける。

 

「というわけで、今から数日後にはストロング村から使いが来るはずだからな!

 その時にいくらかの布や糸と巻物を交換する流れになると思う」

 

「そして、その時その使いが無事にこの村につけば、この街道の安全性も証明される。

 私の死霊術師としての安全性と名声も広まると」

 

「さらに言えば、この村自体の安全性も証明されるからな。

 ……まぁ、外部から見ると下手したら死霊術師に支配された村と取られてもおかしくない状態だからな」

 

う~~ん、なんという風評被害。

せいぜい村に来て、まだちょっとしかたっていない死霊術師が偶然襲われていた村の窮地を救ったから、周りから信頼され、さらには偶然発生したゴブリンの繁殖期も、自分の配下のゾンビを無数に配置することで、なんとか村に平和を取り戻してくれただけじゃないか!

 

「……うん。

 これ、どう見ても外部から見たらびっくりするほど怪しい村だよね」

 

「村の中に教会があってよかったとこれほどまで思ったことはないな。

 もっとも、中にいるべきはずの聖職者は村長と一緒に外出中だが」

 

「ダメじゃん」

 

なお、一瞬担当者が留守の間、教会の管理を手伝おうかと口に出そうと思ったが、

死霊術師である自分がそれをやると怪しさが倍増するだけなので、やめておいた。

 

「まぁ、結局のところ、村の信用も、これからの流通も。

 件のゴブリンゾンビの巣が安全ならば、問題ないというわけだ。

 ……で、本当に件のゴブリンゾンビの巣は問題ないんだよな?

 間違って近隣の人間を襲ったりはしないよな?」

 

「大丈夫大丈夫。人間()襲わないよ。

 ……まぁ、それ以上に全く問題がないとは言わないけど」

 

「そういう含みのある言い方やめてくれ。

 もうすでに、作戦実行して取り返しのつかない状態なんだから」

 

「作物が疫病にかかりやすくなるし、虫害の頻度が上がるし。

 周囲の野生動物が病気にかかりやすくなるから、疫病発生率頻度があがるし。

 環境が荒れるせいで、神からの愛も薄れて、災害発生率が上がるともいわれているし。

 まぁ、もっとも私の魔術の腕では、そんな事故が起きるほどへたっぴではないけど」

 

「……相変わらず、聞けば聞くほど、死霊術とは最低の魔法だな」

 

「否定はしない」

 

だがまぁ、これらは一応事実な上に事前に確認も取ったことなのでしかたなし。

それに、発情期のゴブリンが周囲に過ごしているのはそれ以上の災害だから、いろんな意味でセーフなはず。

 

「ともかく、今俺にできるのは、件のストロング村からの使者が無事にこの村につくことを祈ることだけだ。

 それとお前は、毒風の巻物の在庫作成を頼んだぞ」

 

「は~い」

 

かくして、これから数日、私は再び毒風の巻物を作成しつつ、村の人々と遊びながらゆっくりと来るべき日を待つのでした。

 

 

★☆★☆

 

 

そして、数日後。

 

「う、うう……」

 

なんとそこには、全身ボロボロになって命からがらの姿でこの村にやってきたストロング村からの使いの姿が!

 

「とりあえず、生き埋めにしてこなかったことにする?」

 

「馬鹿野郎!とりあえずさっさと治療するぞ!!

 誰か、治療の心得は!」

 

「あ、私、簡単な回復魔法なら使えますよ。

 魔導学校出身なので」

 

「……」

 

なぜか胡散臭いものを見る眼でこちらを見られた。

いいじゃろ、別に死霊術師が回復魔法を使っても。

 

 



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第8話 血の病

さて、件のけが人をとりあえず清潔で安全な場所へと移動させるため。

彼を教会へと運び、回復魔法をかける流れとなった。

本当は嫌だが、それでも発見者兼魔導士としては、この人を見捨てるわけにもいかず。

いくつかの霊薬や薬草などと併用してこのけが人を治療することになった。

 

「……いや、おまえ、あの()()使うのに教会に入って大丈夫なのか?」

 

「大丈夫に決まってるだろ。

 まぁ当然いつもの魔術はうまく使えないし、使う気もないけど」

 

そうして、さっそく彼に詠唱とともに、自分の体内の魔力を切り替える。

陰の魔力を陽の魔力へと変換し、聖句とともに祈りを捧げる。

すると、教会全体の魔力が呼応し、彼の体へと神聖なる奇跡が発現する。

 

「いや、お前これ、詳しくはないが信仰系の魔法だろ!?

 おまえ、神官だったのか!?」

 

横でこの様子を見ていたシルグレットが驚きの声を上げる。

 

「いや?

 でも死霊術師的には、覚えている人はそれなりに多いよ。

 使えたほうが外から文句を言われにくいし」

 

「お、おお、そ、そうなのか」

 

驚きと感心の声を上げながら、シルグレットはこちらの奇跡の光と患者の様子をじっくりと観察する。

 

「……にしても、意外と回復速度は遅いんだな。

 もっとこう、ぱっと傷をふさげないのか?」

 

「私は本職の聖職者じゃないし信仰神の教会でもないから、仕方ないでしょ。

 文句を言うくらいなら、さっさとそこの布と薬草を貸して。

 とりあえず傷口をふさぐから」

 

「お、おう!すまん」

 

自分の声を受けて、シルグレットは急いでこちらにその治療道具を渡してくれた。

清潔な水で傷口を洗い流し、霊薬をふりかけ、薬草で覆い、綺麗な布で傷口をふさぐ。

仕上げとばかりに、奇跡を発動させ、治癒速度を促進させる。

一応これだけすれば、よっぽどのことがない限り死にはしないだろうが、なぜか患者の様子がおかしい。

むしろ魔力や体力が、どんどん低下しているのが分かる。

これはもしや……

 

「……はぁ、はぁ、ここは……!!」

 

「お、おお!き、気が付いたかエドガー!

 ここはギャレン村だ。

 こんなに怪我をして!いったい何があったんだ!?」

 

苦悶の声を上げつつ、顔を上げようとしたその患者にシルグレットが声をかける。

 

「すまん、本当はここに来るべきではなかったんだが……。

 それでもこれだけは伝えなきゃいけなく……。

 シルグレット!ストロング村はもうだめだ!

 あそこはもう盗賊によって滅ぼされてしまった!ほとんどの村人は殺されてしまったんだ!」

 

「な、なんだとぉ!?」

 

シルグレットは驚きの声を上げる。

しかし、そんなシルグレットの様子を無視して、その患者はさらに言葉を続ける。

 

「そして、私も何とか逃げ出そうとしたんだが……。

 途中で、あいつに襲われ……うぐ!!」

 

苦しそうにうめくエドガーに、シルグレットは不安げに声をかける。

そして、その時エドガーの身に変化が訪れた。

 

「お、おい、どうしたエドガー?」

 

突然エドガーの全身からあふれ出す陰の魔力、跳ね飛ぶ体に、ちぎれる布。

まるで逆再生のようにふさがる傷と、その逆に出血がます傷が混在する。

その肌や肉が若返り、あるいはしわがれ、新生と老化を繰り返す。

 

「うぎ、うぎ、あがががが!」

 

肌の色が変わり、周囲に冷気が溢れる。

彼の口が大きく開かれ、犬歯が伸び、そして、文字通りの意味で、眼の色が変化する。

 

「あ、あ、ああ……」

 

そうして、重症なはずなのに、全身から血を流しているのに立ち上がったそのエドガー()()()()ものは、ゆっくりとこちらを見やる。

そして、その鋭い牙をこちらへと突き立てようとして……。

 

 

 

「ホーリー☆ボルト★パンチ」

 

「ぐぎゃああぁあああ!!!!」

 

「え、えどがぁあああああ!!!!」

 

そして、その不埒者の顔面に向かって、全力で拳を叩きこむのであった。

 

「安心して、峰パンチだよ」

 

「拳に峰もくそもねぇよ!

 それよりもおま、今の一撃雷が出ていたよな??

 どう考えても、やり過ぎじゃねぇか!?」

 

なお、今回この元エドガーを殴ったのはいいが、今の私はただの可愛い女死霊術師故力なんぞカスみたいなものだ。

だからこそ、陽の魔力とちょっとした電気の魔法で威力を底上げしていたわけが、おかげでそこそこの威力は出てくれたようだ。

 

「大丈夫大丈夫、一応聖なる一撃だから。

 邪悪な者以外は死んでいないはずから」

 

「ぜんっぜん!信用できないんだが!?

 見ろよこの悲惨な姿を!?

 全身黒焦げになってるじゃねぇか!これ、本当に生きているんだよな?」

 

もっとも、予想よりもちょっと威力が高かったのが本音ではある。

おそらく原因は、ここが教会内部、しかも神罰系の神を祭っている教会だったからだろう。

不浄なものの存在を神は許しはしない、はっきりわかんだね。

 

「それに、相手は【吸血鬼】なんだから。

 このぐらいはしなきゃ、無効化できないだろ」

 

「……!!」

 

その言葉にシルグレットはびくりと体の動きを止める。

 

「つまり、このエドガーの急変は……」

 

おそらく彼も、この急変とその原因に心当たりがあったのだろう。

真剣な表情でこちらをゆっくりと見やる。

 

「おそらく、吸血鬼になりかけて、その上回復とはいえ、神聖魔術を喰らったからだろうね。

 体内の陰の魔力が一気に削られ、吸血鬼として活性化。

 そして、こちらの体に宿る血と魔力を求めて……という感じだろうね」

 

「……」

 

吸血鬼。

それはこの世界でも有名な魔物の一つ。

闇に堕ちた人間がなる姿といわれ、人の生き血を求め、それをすすり、仮初の不死と力を得る。

様々な特徴を持つとされるが、その有名な特徴の一つとして、噛みついた相手への魅了や眷属化などがある。

 

「つまりこいつは、もう吸血鬼になって手遅れだったってことか……」

 

「……」

 

シルグレットは倒れ伏す、エドガーの体に触れる。

 

「わかっていたさ、こいつがすでに化け物になってるとは。

 手遅れだっていうのは。

 この辺じゃ、この程度の悲劇は全然珍しくもない……」

 

「……」

 

シルグレットの声が震え、拳を強く握っている。

 

「だが、だが、だが……!!

 なぜ、なぜこいつがこんな目に……!!

 神様、どうしてだよぉ!」

 

そうして教会の中ながら、シルグレットは世の理不尽とこの悲劇について叫び声をあげるのであった。

 

 

 

「いや、まだその男の治療中だから早くどいてね?

 でないと、治せるものも治せないから」

 

「え、あ、はい」

 

なお、混乱しているシルグレットは放置して、治療は続行。

黒焦げと吸血鬼化、どちらの症状も直すのにはそれなり以上に苦労はした。

が、それでも、とりあえずは、小康状態までもっていくことには成功したのでした。

 



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第9話 恐るべき吸血鬼とその対策

さて、エドガーの治療から早数刻後。

すでにストロング村の壊滅と彼を治療したという事実は、おおむね村中に広まっていた。

それはつまり、自分以外の2人の冒険者もこの事態について耳にしたということだ。

 

「っく!まさか、隣町でそんな悲劇が起きていたなんて……!!

 それも気づかず、普通の見回りをしていたこのヴァルター、一生の不覚!」

 

特にヴァルターに関しては、この事実を聞いた時の雰囲気は明らかに気分が高揚しているのが眼に見えた。

 

「街を壊滅させるほどの不浄の集団!

 踏み散らされる弱者と民!

 そして、それを引き起こした吸血鬼という名の悪の総大将!

 これはいけない、本当にいけない!」

 

その口調や動作はいちいち芝居がかっており、声が大きい。

 

「だからこそ!冒険者である僕たちがこの後するべきは、件の村に潜む、吸血鬼の討伐!

 そうだろう?」

 

そして、ヴァルターは強い意志でこちらへと視線を向け。

手を伸ばしてきたのであった。

 

 

 

 

「いや、流石に隣村に危険な化け物がいる状態で、この村を空にするわけにいかなくない?」

 

「ですよね~」

 

 

★☆★☆

 

 

というわけで、当然そんな事件の後も、いや、そんな事件があったからこそ自分たちは相も変わらず、村の周辺の見回り任務である。

 

「え~っと、この草でいいのかぁ?」

 

「あ、あの、それは普通に毒草です…。

 しかも、冗談では済まない物なので……」

 

もっとも、今回の警戒任務はただの見回りなだけではなく【薬草採取】を兼ねたもの。

先日の治療で大量に消費した薬草の補充である。

特に今は、吸血鬼化の特効薬にもなりえる薬草ができるだけ多く必要故、見つけ次第回収していきたい。

 

「ところでこの毒草って、洒落にならないってどのくらいやばいの?」

 

「え~っと、その、その暗黒草は、確か食べると魂と脳が穢されて……。

 周囲の人間を所かまわず、殺したくなる。

 そんな毒草であったと記憶します」

 

それにしても、やはり異世界というか、自然に生えている毒草も薬草も基本的に効果がえげつないものが多い。

これは恐らく、魔法やら奇跡を使える人間や魔物相手にも効果があるように、植物側も進化している結果なのだろう。

が、それにしたって限度があると思う。

 

「暗黒草は、周囲に闇の魔力が満ちると生えやすくなると聞いた事がりますので……。

 やっぱり、この辺は闇の魔力や魔物がわきやすいそんな土地なのだと思います」

 

「そうなの?」

 

「はい!でもそれだから、ゴブリンが頻繁に発生して……。

 あれ?でもそうなると、なんでこの辺にはゴブリン以外の魔物が……」

 

ぶつぶつと考え込み始めるベネちゃん。

しかし、それでも彼女の熟考を待ってくれるほど、この地は優しくなかった。

 

「……考えているところ悪いけど、どうやらお客さんみたいだよ。

 数は正面4、側面3、くるよ」

 

そして、うっそうと茂る草木をかき分けて、自分たちの眼の前にはやけに目が赤い狼の群れが現れた。

 

「ふん!いまさらただの獣程度、僕たちの敵ではない!

 ……今なら、見逃してあげるから、逃げてもいいんだよ?」

 

ヴァルターが剣を掲げ、その狼たちに向けて威嚇をする。

が、残念ながら、その威嚇はこの飢えた獣には効果がなかったらしい。

そうして、その無数の狼は、その口から大量のよだれをまき散らしながら、こちらへと飛び掛かってきたのであった。

 

 

 

「めっちゃつよくない?」

 

なお、結果は辛勝だった模様。

原因としてはどう考えても前衛不足。

特に今回自分は鎧霊を連れてこなかったし、戦闘中に死んだ狼をゾンビにするには少々戦況が忙しすぎた。

だからこそ、ヴァルターは今回の戦闘では一人でパーティの壁役と前線攻撃役のどちらも担当。

そのせいで正面から来た狼の群れをその一身で全て受け止める流れになってしまった。

 

「この狼たち、ちょっとタフ過ぎだったよね。

 まさか、頭に矢を受けてなおこちらを襲い掛かってくるって……これ本当に狼?」

 

全身に無数の切り傷を負ったヴァルターが、肩で息をしながらそう愚痴をこぼす。

 

「それにしてもおかしいです。

 普通は、群れの仲間が1匹や2匹やられたら、すぐに逃げるはずなのに……。

 いったいこれは……」

 

ベネちゃんも、困惑気味にそうつぶやく。

おそらくは、狩人の彼女からして、野生の獣がその生存本能に反した行動をしながらこちらに襲い掛かってきたことに疑問を持っているのだろう。

 

「……おそらく、原因はこれだろうね」

 

しかし、その原因について、自分は何となく察していた。

 

「……これは?」

 

「この魔力を帯びた牙と眼。

 おそらくは、【吸血鬼の眷属】の一種だろうね。

 要するに、吸血鬼による人為的な獣の魔物化の一種だよ」

 

そういいながら、私はその狼の死骸の口を開き、その瞼を開口させる。

するとそこには真紅の魔力に染まった瞳と、魔石と化した牙があった。

 

「え!?そ、それじゃぁ、ヴァルターさんは……」

 

「あああぁぁ!そういえば僕噛まれちゃったよ!?

 ぼ、僕も吸血鬼になっちゃう……ってこと!?」

 

前線を張っていたせいで、眷属狼によって傷つけられたヴァルターが焦った口調で言う。

 

「いや、それに関しては眷属程度の魔力だとそこまでの被害は出ないよ。

 でも、野生の陰の魔力が多い狼だと、それ以外の病気のほうが怖いけど」

 

「ひえっ」

 

「まぁ、私が病気や呪いの解呪魔法使えるから問題はないけど。

 ほら、こっちきて、治療してあげるから」

 

「イオちゃん、天使!女神!

 結婚して」

 

「しない」

 

アホなことを叫ぶヴァルターに向けて、解呪の魔法を使う。

本当は、アホなことを言うヴァルターにちょっとだけ痛い目をとか思わないでもなかったが、前線を張ってもらったわけだし、その辺はスルーする。

それに、異世界の狂犬病とか、文字通り本当に狼化することもあるからな。

 

「そ、それにしても、ここに吸血鬼の眷属?

 というのがいるということは……」

 

「まぁ、この近くに【吸血鬼】が来ている。

 そう言う事だろうな」

 

自分の言葉に、パーティ全員に緊張が走る。

 

「……つまりは、僕たちが攻め込むまでもなく、向こうから来てくれたってことだよね」

 

「まぁね。

 時期からして十中八九ストロング村を襲った奴らだろう。

 とりあえず、この事実を伝えに戻るとするか」

 

かくして、薬草採取を早々に打ち切り、素早く村へと帰還。

近くに吸血鬼が迫っていることを伝え、村人たちとともに吸血鬼に対する備えを開始するのでした。

 

 

☆★☆★

 

 

なお、次の日。

 

「あ」

「……ん?どうした」

「ごめん、これ、吸血鬼たち倒しちゃったかも」

「は?」

 

なんとそこには、ゴブリンゾンビの巣に勝手に突っ込んで、ひき肉にされた吸血鬼の姿があったとさ。



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第10話 不幸なすれ違い

その名もない吸血鬼は、まだ生まれて間もない若い吸血鬼であった。

自分と同じく生まれたばかりの仲間を連れて、新しい獲物を求めて移動する。

かつての自らの記憶をもとに、移動し隣村へとやってきた。

そんな吸血鬼たちである。

 

『……っち、どぶくせぇ神の匂いがするな。

 これは……昼間から攻めるのは難しそうだ』

 

吸血鬼になってから、以前より鋭くなった五感に頼り、獲物がいる場所とその守りの強さを確認する。

おそらく、今から自分たちが攻め入ろうとしている村には、神の家である【教会】がある。

なればこそ、そこには十中八九聖職者がいるだろう。

そして、聖職者の使う神聖呪文は吸血鬼にとっては特効であるのは、生前から十分理解していた。

だからこそ、彼らは今すぐその村を襲うのはあきらめて、少し策を練ることにした。

 

『しかたねぇ。ここは夜になるまで身をひそめることにするか』

 

そう、それは夜襲。

神の奇跡が弱くなり、陰の魔力にあふれる時間。

さらには、吸血鬼になった自分達ならば、人間よりも五感が優れ夜目が利くし、鼻も利く。

更には夜ともなれば皆それぞれの家で寝ているだろうから、隠れ家もわかりやすいといいところずくめだ。

寝ている隙に襲い掛かれば、どのような人間も隙だらけであり、このような開拓村では教会以外では、吸血鬼対策の罠なんてしかけられるほどの裕福さもない。

だからこそ、基本的に夜になるまで待ってから襲い掛かればそれだけで勝てるのは自明の理であった。

 

『だからこそ、今のうちにたっぷり休んでおかねばな。

 ……ちょうどいい、休憩所もあることだし』

 

そうして、彼らはちょうど都合よく見つけたその洞窟へと侵入するのであった。

そう、吸血鬼にとって過ごしやすい、【陰の魔力】あふれるその洞窟へと……。

 

 

―――そう、それが罠であるなどとは、気付かずに。

 

 

「ぎぃ!ぎぃ、ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」

 

「な、なんだこいつら!

 なぜ、こいつらは急に……ぐあぁっ!!」

 

洞窟に無数の叫び声と殴打音が響く。

血飛沫が舞い、礫が飛び、鈍い粘着音が響き渡る。

 

「………」

 

「くそがよぉ!

 せめて、せめて、何かしゃべりやがれ!」

 

洞窟内で遭遇したのは無数のゴブリン。

いや、正確にはゴブリンの()()()()()

大きさや体こそはゴブリンではあるが、その腕力はゴブリン以上。

なにより、リーダーと思わしき一匹以外は、まるで死んだように静かに、黙々とこちらに襲い掛かってきた。

 

「……」

 

「……いや、本当に死んでいるんだなぁ!

 くそがよぉ!」

 

おもむろに、足元に落ちている石をそのゴブリンモドキの頭部に向かって投げ飛ばす。

すると当然その吸血鬼の腕力で投げられた投石は、ゴブリンモドキの額に着弾、その頭に穴をあける。

が、ふつうなれば致命傷であるはずなのに、そのゴブリンモドキは倒れず、身じろぎすらせず。

一部の隙すら生み出すことができなかった。

 

「あぐ……やめ……

 喰うな、喰うな、あああぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

「……」

 

なお、目の前にいるゴブリンモドキの危険度を理解できず正面から突っ込んだ同胞の一人は、複数のゴブリンモドキにとびかかられて、相打ち気味にその足を引き裂かれた。

そして、その動きが封じられた隙に、無数のゴブリンモドキに今なお生きたままその身を喰われていた。

 

「……う……あ……」

 

「ぎりるぅ……ぐるるるる」

 

もう一人の同胞は、群れのボスを倒せばと、その飛行能力と高速移動で巣の最奥へと移動。

ゴブリンモドキの中でも一番強そうなものへと突っ込み、正面から撃破された。

飛行中にはたき落されたことにより、その体を強く洞窟の壁に強打。

そして、まともに体を再生することすらできず、今なお魔力を吸われ続けていた。

 

「はぁ……はぁ……畜生め……!!」

 

そして、自分は今現在複数のゴブリンモドキに囲まれて、袋叩きにされていた。

無数の投石に、毒を含んだ吐瀉物に体液。

半端に鋭い爪と、汚物に満ちた牙。

そして、吸血鬼である自分達以上の再生力と回復力。

 

「クソがよぉ……!!

 これが、これがゴブリンゾンビだっていうのか?

 ただの、ただのゴブリンでできたゾンビがここまでになるのかよぉ!」

 

そして、こんなゴブリンモドキの正体を、うすうすながら彼は理解してしまった。

魔物であれ人であり、死後に起こりうる邪悪な蘇り。

生者を憎み、同胞へと引き摺り込もうとするもの、それがゾンビの正体だ。

 

「たすけ……ああ……いやだ……」

 

まともに動くことすらできなくなった同胞をわき目に彼は考える。

おそらくはゴブリンゾンビは、1匹や2匹程度なら何とかなるのが本音だ。

いや、より正確に言えば、今の10以上に囲まれている状態でも、これが只のゴブリンゾンビであるのならば、勝つのはまだしも、逃げることぐらいは可能であっただろう。

 

「クソ……クソぉぉぉ!!!

 何をやってやがる!【血袋】共!!

 脳なしなのはいいが、せめて俺様の役に立ちやがれぇええ!!!!」

 

「……」

 

しかし、それでもそうはならなかった。

そもそも、彼らはこの洞窟の侵入に対して最低限の警戒はしていた。

それゆえに、この洞窟に入る前に、罠の有無を確認するため、持ち運び用の餌でもある【血袋】を突入させたくらいだ。

しかし、それは無意味であった。

潜入させた洗脳済み血袋を洞窟にはなっても、このゴブリンゾンビはほとんど反応すらしなかったのに、いざ吸血鬼たちが侵入したその瞬間に活性化。

そのせいで彼らは、血袋から血を補給することすらできずにこのゴブリンゾンビとの戦闘を開始することに。

そして、不幸なことにこの吸血鬼達は、この血袋を【主人】から譲渡される際に【無下にしてはいけない】という契約で縛られているため、捨て置くことすらできなかった。

こうして彼らは、血を使った多くの呪術すらほとんどできず、もちろんすでに死者であるゴブリンゾンビに吸血することもできず。

そんな状態でたかが血袋ごときのために、このゴブリンゾンビの巣に挑み、2回目の死を迎えそうになっていた。

 

「……」

「あ」

 

そんな無数の後悔と怨嗟に飲まれた、彼の隙をついたのだろう。

一匹のゴブリンゾンビが、音もなくその最後の吸血鬼へと飛びつき、その喉首をかみちぎった。

吸血鬼なのに、その首からは無数の出血が起き、逆にその血を啜られることになる。

 

(……ああ、これは……もう……)

 

すでに魔力が尽きかけており、まともに抵抗することすらできず。

その肉は貪られ、骨が剥き出し、その血すら吸い尽くされる。

もはやまともに意識が保てない状態になった、彼の最期の目に映ったのはその【血袋】達。

自分たちが取り戻そうとした、所詮は餌に過ぎないはずの、それでも食い尽くせなかった、その小さな宝物。

 

(ああ……そういえば……そうだった)

 

だからこそ、彼は思い出した。

吸血鬼から再び死者へと戻る死の瞬間。

なぜ自分が吸血鬼になったのか、そして、なぜ自分が主人からその血袋をいただくことになったのか。

 

(ああ、我が娘よ……。

 せめて、息災に……)

 

かくして彼は、無数のゴブリンゾンビに貪られながら、最期に神に祈るのであった。

彼の視界に最期まで映る、洗脳されながらもこちらを涙で見送る、その娘の未来の安寧を……。

 

 

☆★☆★

 

 

ゴブリンゾンビによる吸血鬼たちの捕食から一晩後。

件の洞窟にて。

 

「はい。

 あなたがこのゴブリンさんたちの主人さんですね?」

 

「ええ、ええ、別に恨んでおりませんよ。

 ええ、あなたのおかげで私だけではなく、私のお父さんも吸血鬼の呪縛から解放されました」

 

「だからええ、全然、恨んでおりませんよ」

 

「そうです、目の前で父がこの獣の餌食にされる姿を見せつけられても」

 

「誇り高き父の、優しき父の末路が。

 腐肉と化したゴブリンの餌となり。

 最後はクソになるなんて最低な末路でも」

 

「ええ、ええ」

 

「まったく、まったく、恨んでおりません」

 

「ええ」

 

「感謝しかありませんよ」

 

かくして、洞窟に到着し、吸血鬼を討伐しただけではなく、吸血鬼にとらわれた子供たちも救えたのに。

なぜか、洞窟内に漂う雰囲気は最悪なのでしたとさ。

 

 

 



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第11話 最良の交渉術

――端的に言って、死霊術師にとって、逆恨みは割と慣れっこなことである。

 

そもそもの死霊術という魔術そのものが、周囲の神の加護を薄くすると知られており。

そのせいで、死霊術師が存在するというだけで、ありとあらゆる不幸が死霊術のせいにされるのは、良くある話だからだ。

 

例えば、ある日お腹を壊したときや、怪我の治りが遅いとき。

親や子が流行り病で亡くなったときや、いつもよりも狩りの調子がうまくいかなかったとき。

農家が麦の収穫量が低いときや、旅の途中で野生のゴブリンに襲われたとき。

何なら地震や台風、悪性ダンジョン出没といった大災害まで。

 

ありとあらゆる不幸を、感情のはけ口として、死霊術師のせいにするのは、ある意味では人間が感情を持つ生き物である限り、避けられない問題なのだ。

 

「ま、これに関してはお互い不幸だったね」

 

「……」

 

だからこそ、今回の救出劇。

そこで起きた()()()悲劇により、目の前にいる少女が、私を逆恨みをすることになってしまった。

が、その事に関して、私はそこまでイラつきはしなかったし、むしろ同情すらしているのだ。

幼いのに肉親を失った悲しさや、それにまつわる悲劇。

それらは、幼い少女が一晩で飲み込めるようなものではないだろうし、見当違いとはいえ、自分に負の感情をぶつけてしまうのは仕方がないことだと思う。

 

「でも、君は生き残ったんだよ!

 君のお父さんの勇気と献身のおかげで!

 だからこそ、その思いを無駄にしないためにも!

 そして、その勇者である君のお父さんを供養しなきゃいけない、そうだろ?」

 

「……」

 

「……え、えっと、その。

 ここはゾンビさん達がいるとはいえ、まだまだ危険ですので。

 あの……避難を……」

 

「……もう私はほっといてください。

 私はこの先、生き残っても邪魔になるだけです。

 それに、お父さんがいない世界なんて、もう、私には……」

 

でもさすがに、父の死に方が悪かったからと言って、拗ねてこちらの言う事を無視するのはどうかと思う。

ヴァルターやベネちゃんは、そんな彼女を真剣に心配しており、そのために一緒に来るように声をかけ、その心を解きほぐそうとしている。

が、結果は無駄。

彼女の受けた心理的ショックと頑固さは、相当のもののようだ。

 

「でもま、だからと言って放置するわけにもいかないんだよね。

 ()()な冒険者として」

 

「……!!」

 

ならば仕方なしと、右手にわかりやすく紫電状に魔力を溜めて、頑固な彼女に見せつける。

今まで怒りと悲しみを混ぜたかのような彼女の顔に、ようやく変化が現れる。

 

「……そうだよ、こちとら死霊術師。

 子供を見殺しにしたなんて、報告をしたら、それだけで悪評はうなぎのぼり。

 だから、たとえ無茶をしても、あなたには私達についてきてもらうよ」

 

「……っ!!」

 

悪評が付きやすい死霊術師。

だからこそ、我々()()な死霊術師は、過程よりも結果を重視するのだ。

圧倒的な成功を以って、死霊術という最低な過程を肯定する。

それがネクロマンサーという魔術師の生き方なのだ。

 

「まぁ、今回のこれは、あなたが私たちの言う事を素直に聞かなかったから。

 だから、あなたにはこの罰を受けてもらう!」

 

「………!!」

 

そして、おびえた表情でこちらを見る彼女の目の前で、私はその右手にため込んだ魔力と魔術を開放し、死霊術師の禁忌を犯す。

 

 

 

「というわけで、私たちの代わりに、説得のほうをお願いしますよ。

 お父さん」

 

『あ、あれ?私は確か吸血鬼になって……。

 あれ?何で体が透けて、え、え?』

 

「ぱ、パパァァァァァァ!!!!!!!!!」

 

かくして、私はこのわからずやの説得のため、昨晩死んだばかりの彼女の父の霊魂を【幽霊】として召喚。

彼女の死んだ父の幽霊に、彼女の説得を任せるのでした。

 

☆★☆★

 

「やだぁあああ!!パパがいなきゃ次の村いかないぃぃぃ!!

 パパも一緒についてきてよぉぉ!!」

 

『う、う~ん。パパもそうしてやりたいのも山々なんだが……

 でも、パパはもう死んじゃってるからなぁ。

 というか、もうちょっと反抗期じゃなかったか?』

 

「だって、それはパパが、ママがいながら他の女性とも付き合っていたから。

 しかも、それが実は村公認だったとか、年頃の娘にはめっちゃきつかったんだけど」

 

『ごめんなさい』

 

思ったより難航している交霊術による説得を尻目に、私は残る2人の元吸血鬼も降霊。

その霊魂相手に、面談、あるいは被害者たちの最期の会話という名の説得をさせることにしたのだ。

 

「で、君のほうはいいの?」

 

『あ、俺は大丈夫っす。

 連れてきた子供たちと俺は、あんまりつながりないんっすよね。

 俺が、死ぬ前の契約であの子たちを保護した理由も、どうせ死ぬならって、かっこつけたかっただけっすし』

 

むしろそっちの方がかっこいいのでは?

ともかく、幸いにも降霊させた幽霊のうち一体は、どうやら被害者の子供たちとはそこまで深い関係ではなかったらしい。

おかげで彼相手には、存分に村で起こった出来事について、事情聴取を行うことができた。

 

「つまりはまだ、村に生き残りが残っているかもと」

 

『まぁ、可能性としては?

 そもそも吸血鬼って同族の血はそこまで沢山は飲めないらしいっす。

 そのせいで、未だ生きた人間が【血袋】っていう餌扱いであの村には生きたままとらえられてるのは覚えてるっす。

 たしか、餌用の部屋に女と子供ばかり集められていたはずっす!』

 

そして、彼から聞くにどうやらストロング村がほとんど絶滅したのは間違いないが、それでも未だ生き残りはいるそうだ。

もっともそれは、あくまで吸血鬼の餌として、人の尊厳とやらが捨てられた状態での生存であるため、無事であるとは言い難いが……。

それでも、まったく希望がないわけではなさそうだ。

 

『やっぱり、俺としてはできれば俺たちの村と人質解放。

 それと死んでしまった村のみんなの供養してほしいんっすが……お願いできるっすか?』

 

「今すぐとはいかないけど、前向きに検討はする。

 そもそも隣村だから、放置するわけにもいかないし」

 

『おお!ありがたいっす!

 ありがとうっす!』

 

「でもその時は、君に道案内とかの協力してもらうけど……。

 それで構わないよね?」

 

『あ!もちろん構わないっす!

 ……あ~、でも、ちょっと聞きたいことが……』

 

その幽霊は、最初は力強く返事をしたが、何かを思い出したのか頬をかきつつ、こちらに質問をした。

 

『あの……確か死霊術師に使役される幽霊って、確か死後、天の国じゃなくて、地獄に堕ちるって聞いたんっすが、あれってホントっすか?

 いやまぁ、子供たちや他の村のみんなの供養をできるんなら、その位の我慢できるんっすが……』

 

「あぁ、それに関しては安心して。

 こちとら、聖職者との兼業死霊術師だから。

 事が終わったら、君の供養や葬式はちゃんとやるつもりだよ。

 それに、君達が吸血鬼になったことによる魂の汚れはすでに洗浄済みだし。

 ほら、これが証拠の聖印、少なくとも君たちを地獄行きには絶対にしないから」

 

なお、この世界において、死霊やらゾンビになることは、基本的にあまりよくないこととされている。

それこそ長く魂が死霊を続けていると、魂が汚れ、精神が損耗。

更には悪逆にまで染まった死霊の魂は、天の国には行けず、邪神の下へとひきつけられやすくなるとされているのだ。

 

『え、あ、おぉ~!!

 ほ、本当っすか姐御!いや~~よかった~~!!死んだ後吸血鬼になって神様の事けっこう罵倒しちゃったんすよね~!!

 だから本当に感謝っす!むしろ一生ついていくっす!』

 

「いや、そこは頃合いを見て成仏してもらうつもりだから。

 一生はむしろ困る」

 

まぁ、でも一応こちとら魔導学園出身の善良な死霊術師なのだ。

きちんと手懐けた魂もキャッチ&リリースの精神は忘れずに。

あくまで善良な人間の魂の力を借りるときは、一時的を心掛けて!

え?ゴブリンの魂?魔物の魂は邪神の下に行かないように、存分に使いつぶす所存です。

 

「まぁ、そういうわけで、次に君たちの村に行くその時まで君には休んでいてもらうよ。

 というわけで、この中に入って、休んどいてくれ」

 

『えっと、これは?』

 

「封魂筒。まぁ、ちょっとした死霊用の持ち運び棺桶みたいなもんだから」

 

この協力的な死霊を持ち運びの筒の中へと回収し、一息つく。

そして、自分がこの死霊との交渉を行った頃合いに、ちょうどほかのメンツの交渉もひと段落したようだ。

一組は幽霊として蘇った家族との最後の別れ話を済ませ、もう一組の子供たちはヴァルター達の熱い説得により、大分正気を取り戻していた。

そして最後の、やけにこちらを敵視していたあの女の子と彼女の父との会話も終わったようだ。

彼女は相変わらず、こちらを見る眼はややきついが、それでもだいぶ正気が戻っているのが眼に見えてわかる。

 

「……というわけで、非常~~に不本意ですが、あなた達のおかげで、お父さんとも会話できました。

 そして、私達が真にあなた達に救われたことに一応の心の区切りができました」

 

「だから、改めてお礼を言います。

 お姉さん達、こんな私達を助けてくれて、ありがとうございます!」

 

彼女は頭を下げてこちらに礼を言い、その横で彼女の父である霊がうんうんとうなずいている。

 

「で、も!

 私個人としては、まだまだ納得できていません!

 そもそも、なんで私とお父さんがこんな目に遭うのか!

 そして、これでお父さんとお別れにならなきゃいけないということが……」

 

「だから、誠に勝手ながら!そこの死霊術師のお姉さんにお願いがあります!

 どうか私に死霊術を教えてください!

 私はまだ、お父さんと別れたくない!

 だからそのために、どうか私の魔法の師匠になってください!」

 

かくしてその少女は、洞窟の床に頭を擦り付けて、私にそう宣言するのであった。

 

 

 

「いや、普通に私利私欲による、身内の蘇生や降霊とか。

 一般善性死霊術師の倫理的に、タブー中のタブーだからね?

 というわけで、動機が不純すぎるため、弟子入りは不可です」

 

「ええええぇぇぇえええ!!!!」

 

なお、当然その弟子入り願いは、当然却下。

おかげで、その少女を洞窟から出すために、またひと悶着あったのであったとさ。

 



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第12話 拠点

泣く子と何とかには勝てぬと古来より言われているが、それでも死霊術師倫理の方が大切なわけで。

さらに言えば、この手の弟子入りやお願いも死霊術師にとっては珍しくないのも事実だ。

 

「とりあえず、いったん保留で。

 村の交通が再開して、王都にある魔導学校と教会に許可証が取れたら、教えてあげてもいい。

 それでいいね?」

 

「ヴァイ……」

 

と言うわけで、善良な死霊術師お得意の【教会が許可したら許してやるよ!】という定型文で弟子入り志願の子供をなんとか誤魔化し。

彼女らを連れて村に戻るのであった。

 

 

 

「で、ストロング村の様子とそこにいる脅威がわかったけど、これからどうする?」

 

「無茶を承知で聞くが、お前ら3人……いや、村の守りを考えて、全員は無理か。

 というわけで、お前らのうちだれか1人だけストロング村にいって、そこにいるだろう吸血鬼を被害なく無理なく倒せたりしないか?」

 

「ははは、無茶を言うな」

 

「まぁ、だよな」

 

村へ戻りすぐさまにシルグレットへと事の次第を報連相。

なお、連れてきた子供は村の安全のために、一旦シルグレットの宿の個室にまとめて預ける形となった。

 

「とりあえず、ストロング村の事だが……まぁ、いったん保留だな」

 

「ですよね」

 

『えぇぇ!そんなぁ、イオ姐御にシルグレットの旦那!

 あそこには救助を待つ子供たちがいるんっすよ!?

 どうにかならないっすか!?』

 

状況説明のために呼び出した元吸血鬼の一般浮遊霊が、抗議の声を上げる。

が、無理なものは無理だ。

そもそもがこの村には、現在まともな戦力が3人しかおらず。

その上、他の村と円滑に交流できているともいえず。

さらには、村長すらいない始末なのだ。

 

「でもまぁ、気休めになるかどうかはわからんが、一応ストロング村が壊滅したこと自体はほかの村に連絡済みみたいだからな。

 おそらくは、この村に来たエドガーのように運よく今回の災害から逃げだせたストロング村の住人は何人かいるのだろう」

 

『あ、エドガー!アイツ生きてたんっすか!』

 

どうやら彼はエドガーと知り合いの様だ。

知り合いが生きていたことにほっと安堵の溜息をついた。

 

「だからこそ、今回の事件は、大都市のギルドに話が伝わるだろうし、そうなれば、ほかの村も今回の事件を無視できないはずだ。

 多分、遠くない未来にどこかの冒険者ギルドから冒険者が派遣されて、ストロング村の子供の救出をしてくれるはずだ」

 

シルグレットはそのように話を締めくくった。

一瞬シルグレットになぜそんなことまで知っているかと聞けば、今回の件で、この村にも他の村からの連絡係がやってきたからとのことだ。

 

「あれ?つまり、他の村の連絡員がこの村に来たってことは……」

 

「ああ、そうだ、この村に続く街道の安全性がかなりの確率で証明されたってことだな。

 だから、これからはようやくほかの村との交易も再開できそうでな。

 俺も空いてる部屋の掃除をし直さなきゃならん」

 

その言葉に思わずこちらはガッツポーズをする。

これでようやく、村の中の物々交換と森の散策だけで、生活する原始時代みたいな生活も終わるのだ。

そのおかげで村人とは仲良くなれたが、それでもそんな冒険者や魔道士というよりは、地元の便利屋みたいな仕事を続けるのはちょっとね。

 

『う~~、さ、流石にそれはちょっと気が長すぎないっすか?

 それに今この時間にも、あの子たちは……』

 

「まぁまぁ、そこは近々いい感じに、子供たちの様子だけでも見に行けるようにしてあげるから」

 

『さ、流石姐御!!

 聞いたっすよ!!よ、よろしく頼むっす!』

 

なお、この一般浮遊霊を少しでも安心させるべく、簡単口約束をした。

浮遊霊はただでさえ闇堕ちしやすい死霊。

ましてやコイツは意志が強いから、下手に暴走すれば、めんどくさくなるのが眼に見えているからだ。

もっとも、危うくなったら強制成仏させる事もできる為、無視しても問題ないといえば問題もないのだが。

 

「が、それもこれも、あくまで私専用の工房があればすぐにできることなんだけどな~。

 そこのところどう思う?シルグレットさん」

 

「まったく、いちいちわざとらしく言いやがって……」

 

シルグレットはやれやれという声とともに、こちらに1本の鍵束を投げ渡してきた。

 

「お前らにはたくさん世話になったからな。

 とりあえずというやつだが、工房付きの一軒家。

 きっちり用意してやったぜ」

 

こうして、私はようやく、自分専用の魔導工房を手に入れることができたのでした。

 

 

☆★☆★

 

 

なお、それから数刻後。

 

「おお~~!!なかなかに大きな部屋!

 へ~、かまどと暖炉別にあるんだ!

 かなり本格的じゃん」

 

「でもベッドが2つしかないですね……

 これはどうしましょうか?」

 

「あ、なら僕は自分のハンモックがあるから、ベッドは君たちで使ってよ!

 それとも、僕と一緒に寝てくれたりする?」

 

件の紹介された家は、別に新築ではない中古物件。

その上、一時的とはいえ、ヴァルターとベネちゃんと同居。

 

「と、いうわけで!

 さっそく掃除させていただきますからね!

 あと、洗濯物があったらこの籠に入れておいてください」

 

更には、クソめんどくさい子供メイド付きと言う条件であった。

 

「なんでここにいるの?」

 

「それは私が、あなた達の恩返しとこの村での冒険者活動をサポートするためです!

 だから決して、決して死霊術を盗み見ておぼえようとか、そういう不純な理由じゃないですからね!」

 

かくして、先の弟子入り未遂の少女は非常に不本意ながら、この家に住み込み、これからしばらく顔を合わせることになるのでしたとさ。

 

「……めんどくさいから、お父さん霊強制成仏させようかなぁ」

 

「……!?!?」



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第13話 ヤングケアラー

『まさかこれが、契約の家だとか言わないよね?』

 

『あ、ああ。それに関しては今新しい家をたくさん建築中だからな。

 その間にずっと宿暮らしだと困るだろ?

 だから、その間のつなぎとしてここに住んでほしい』

 

かくして、ようやく、仮とはいえ一軒家を手に入れた今日この頃。

間取りとしては、おそらくもともと複数人で過ごす用の家であり、一人で過ごすには少し大きすぎる、そんな家。

だからこそ、まぁこの村の住居が不足している現在、ヴァルターやベネちゃんと同居になるのも半歩譲ってまだ許そう。

 

「でも、流石に何もできない子を雇うほどの余裕はねぇ……?

 それに、明らかに邪悪な死霊術師になりたいっていう娘を家に住まわせるのは……ちょっとね」

 

「大丈夫です!

 お姉さん方の迷惑にならないように、その辺の分別はちゃんとついています!

 それに、家事やお手伝いなどについてはきっちりできるつもりです!

 邪魔になるようなことはしません!」

 

えぇ~?本当でござるか~?

かくしてなぜか押し付けられたのは、先日死霊術を学びたいと言ったあの少女。

その自信過剰ぶりと先の痴態を顧みるに、この少女の言葉からは不安しか感じられず。

そもそも、非合法に死霊術を学びたいという相手を、死霊術師の家に預けること自体がかなりの問題があるようにしか感じられなかった。

 

「でも冷静に考えてください。

 今お父さんの魂を預かっているのはお姉さんなのでしょう?

 なら、順当に考えて、私を預かるのがお姉さんになるのは至極当然の流れでは?」

 

「別に、霊魂に人権はないし。

 あくまで元君のお父さんであって、今は私の使役霊だからね」

 

「……!!つまり、お姉さんも私のお父さんとエッチするつもりなんですか!?

 あの泥棒猫達みたいに、あの泥棒猫達みたいに!!」

 

余りにも不敬なため、魔力弾を一発額に飛ばす。

少女が頭を押さえて悶絶しているが、これでも死霊術師としては甘過ぎるくらいの対応だろう。

 

「ま、まぁまぁ君としても色々言いたいことはあるけど、まずは様子見からしてみないか?

 何事も頭っから否定するのはよくないよ」

 

「そ、そうですよ!

 それにもし本当にそれでも役に立たず、わがまましか言わなかったら。

 その時こそ、だれも異論なく彼女を追い出すことができますから。

 ね、ね?」

 

若干優しい擁護をするヴァルターと、地味にひどいことを言うベネちゃん。

かくして二人の温かい擁護により、一時的にこの少女を家事手伝いとして認め、この家での生活が始まったのであった。

 

☆★☆★

 

なお、それから数日後。

 

「はい!皆さん、ご飯の準備ができましたよ~。

 今回は、山菜とキノコ、それに山鼠のスープです!」

 

「あ、ヴァルターさん、剣の手入れなら終わりましたよ。

 油と血は落として、簡単な研ぎ直しもしておきました」

 

「あ、あのウサギの皮なら、すでになめし終わりましたよ。

 どうしますか?近所の人と物々交換しますか?

 それとも、何か新しいお召し物でも作りますか?」

 

なんと、そこには自分たちの予想の数十倍は有能であった、女の子の姿が

 

「さ、さすがに死霊術を学びたいとはいえ、頑張りすぎじゃない?

 まだまだ小さいんだからもう少し、手を抜いてもいいんだよ?」

 

「?いえ、これぐらい普通では……?」

 

まさか、この娘……素!?

 

「だって、みなさん冒険者は基本的に戦うのがお仕事です。

 ならば、それのサポートをする私は、それ以外の雑事はできるだけ全部やるべきですので、これぐらいは通常業務です」

 

「村の安全が、あなた達三人にかかっているのは十分に理解しているつもりです!

 ならばこそ、シルグレットさんからお手伝いを頼まれた私はちゃんと」

 

流石にまだまだ小さいのにこの娘ガンギマリ過ぎである。

おまえさぁ、あの流れで言ったらどう考えてもクソガキ化や役に立たないのが普通だろ?

何普通に頑張っちゃっているの!?

 

「というか、アリスちゃんすごいねぇ。

 普通剣の手入れとか、そういうのはわかんないと思うんだけど」

 

「はい!そこはお父さんがストロング村での用心棒兼冒険者だったので!

 病気のお母さんと私を、支えてくれたお父さんを少しでも支えるべく覚えました」

 

ヴァルターに褒められてちょっと上機嫌なアリス。

それにしても、この死霊術師希望少女は、予想以上に有能で健気な答えをする。

幽体のままこの子の父親を呼び出して、それとなくこうなった原因を尋ねてみた。

 

『いやまぁ、私の娘は、幼いころから妻が病弱気味だったので。

 幼いながら、早い段階で家事や病人の介護、なんなら私の冒険の準備や後片づけも手伝ってくれたんですよ』

 

それ一見健気でいい娘みたいに聞こえるけど、場所が場所なら虐待だからな?

この幼い娘がクソ田舎で母親の介護と家事、さらには冒険者のサポートまでやるって大分重労働では?

 

「いやいや、別に慣れればなんてことありませんよ?

 それに、今のお手伝いは元々村にいた時よりはやることの量自体は減ってますし。

 それにどんなに忙しくても、お父さんやお姉さん方みたいな冒険者とは違い、危険はないので。

 これくらいやるのは当たり前でしょう」

 

やばい、この娘の中で冒険者の持ち上げっぷりがやばい。

なんか偉そうな子供だとは思っていたのに、行動だけ見るとそれ以上にやる気な娘だ。

流石に誰かストッパーはいないかと、他の二人にそれとなく視線を向けてみるが……。

 

「まぁ、本人がやる気なら止めないほうがいいと思うな。

 それに、こういう徳を積んでいたほうが、神様からも評価されるだろうしさ」

 

「ま、まぁ、イオさんが優しいのはわかりますが……。

 それでも、将来のためにこういうことに慣れていった方がいいと思いますよ?

 アリスちゃん自身も、親が亡くなったことを考えると、普通に大人扱いしたほうが彼女自身のためですし。

 そもそもここを追い出されたら、あとは野垂れ死ぬか、娼婦になるだけだと思うので……」

 

っく!この2人も甘ちゃんのように見えて、価値観中世だ!

いやさ、まぁ確かに彼女は孤児だし、そういう意味では無理にでも大人にならなきゃいけないのはわかるけど、もう少し手心とか、せめて、子供らしく過ごさせてあげたいというか……。

 

「そもそも、あなたは死霊術を学びたいとか言ってたけど、この忙しさでどうやって学ぶつもり?

 そんな時間あると思う?」

 

「大丈夫です!

 その時は、髪の毛や廃材を燃やしてでも、冬季や夜間に練習するつもりですので!」

 

冬季はともかく、夜間は寝ろや。

 

「大丈夫です!

 こう見えても、夜更かしや徹夜は、慣れっこですので!

 お母さんが病気で一晩中介護した時とか、お父さんが他の女の家に泊まって帰ってこなかったときとか!

 夜なべ作業には慣れっこなので」

 

笑顔で答えるアリスに、思わず引きつりそうになるこちらの顔。

おもわず、自分の横に浮遊している彼女の父親の霊を思いっきりにらみつけてしまうのでした。

 

 

☆★☆★

 

そして、さらに数日後

 

「……というわけで、こちらとしては非常~~~~~に不本意ながら、あなたに最低限の魔術を教えようと思います。

 もっとも、教える内容は死霊術師の前段階、『呪術』や『基礎魔術』、さらには『信仰魔法』が中心だけどね。

 これなら教会やら学園の許可なしでも大丈夫だから」

 

「……はい!」

 

「というわけで、我が弟子となった魔術師見習いアリス。

 君に第一の修業内容、いや、修業する上で絶対に守るべきことを話す」

 

「……!!」

 

「毎日、きちんと、寝ろ」

 

「……え?」

 

「いいから、寝ろ。

 まだまだ成長期だから、寝ろ。

 魔術師になりたいなら、寝ろ。

 死霊術師でも、聖職者でも、冒険者でもなんでもいいから、特別なことがない限り、毎日十分に睡眠はとって、いいね?」

 

「い、いや、それだと皆さんのお手伝いが……。

 それにお父さんを蘇生させるためにも、一刻も早く死霊術を……」

 

「だめ、魔術師は将来どんなタイプにしろ、寝なきゃ効率よく魔力が回復しない。

 だから、私の弟子となり、魔術師を志すなら毎日睡眠時間はきちんと確保してもらう。

 でなければ、貴様の父の魂を握りつぶすぞ。いいな?」

 

「ひゃ、ひゃいいぃぃぃ!」

 

かくして、私としては非常に不本意ながら、彼女の部分的な弟子入りを許可。

そのおかげで、このアリス嬢もちゃんとみんなと同じ時間には布団に入るようになったのでしたとさ。

 

 



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第14話 或いはある中堅冒険者の日常

アリスを弟子に取ってから早数日。

良くも悪くも、この開拓村にはつかの間の平和が訪れていた。

もっとも、それは冒険者不足や新しい孤児などの複数の問題を抱えながらではあるが、それでも間違いなくここ数日は平和な日であったといえるだろう。

 

☆★☆★

 

「師匠~師匠~!!

 そろそろ起きてください」

 

かんかんと鉄なべを叩く音が響く。

木べらと鉄なべの最悪のコラボレーションがこちらの耳奥に響き渡る。

流石に、これ以上騒音を続けられるのも嫌なので返事をする。

 

「あ~、聞こえてる聞こえてる。

 というかそんなに音をならすな!

 近所迷惑だろ!」

 

「近所迷惑じゃありません!

 そろそろお昼ですよ!

 むしろ、そこまで寝続けている師匠のほうが問題ですよ!」

 

実に生意気な弟子のセリフを聞き流しつつ、のそのそと地下室から1階の食卓へといどうする。

 

「今日は、パンとそれとスープとアリ肉!

 ……う~ん、ちょっとはずれ」

 

凡そ聞く人が聞けば怒られそうなセリフを吐きながら、温めなおした食事を食べる。

なお、アリ肉は文字通り蟻の肉である。

もっともこのアリとは、【ダイヤ・アント】と呼ばれるこの世界特有の巨大アリ。

尻尾に針を持たないが、強靭な顎をもち、そこそこ硬めの外殻をもつ、そこそこめんどくさい害獣の一種である。

もっとも、大きさはウサギほどでありながら、動きはウサギよりもはるかに遅い。

一応可食部もそこそこあるが、基本的に味は獣肉程ではない。

脚はまぁそこそこ食えるが、胴体部分は喰えたもんじゃない。

もっとわかりやすく言え?おいしくないカニとタヌキを混ぜ合わせた、そんな感じである。

 

「ふい~!!ただいま~!!」

 

そんな自分の食事中に、陽気に帰ってきたのはヴァルター。

どうやら、依頼帰りなのか武器を帯刀しており、軽鎧も着ていた。

 

「おかえり、で、今日の依頼は?」

 

「今日も相変わらずの村や街道の見回り~。

 まぁ、でも今回も相変わらずの旅商人の軽い見送りや木こり小屋までの送迎くらいもあるから、以前ほど虚無には感じないけどね?」

 

そんな風にいくつかの情報をヴァルターと交換しながら、食事を食べ進める。

なお、こいつは任務帰りなことをいいことにこちらの皿からさらっと、アリ肉をかすめ取ろうとしたが、一応は止めておいた。

 

「え~、でも蟻肉、そこまで好きじゃないんでしょ?」

 

「好きじゃないけど、貴重な栄養だからね。

 喰わなきゃやっていけないでしょ」

 

文句を言いたげなヴァルターの様子を見つつ、パパっと食事を終わらせる。

そうして、食事を終えた後、掃除し終わった外套を羽織り、香水を吹き付ける。

最低限の外行きの準備を整える。

 

「う~~ん、イオはやっぱりおしゃれだね!

 こんな田舎で誰も見てないだろうにさぁ」

 

「こんな田舎だからこそ、でしょ。

 それにこちとら、死霊術師だからね。

 匂いには気を付けないと、いやな噂が立ちかねないよ」

 

そんな軽口をたたきつつ、ヴァルターがいくらかこちらの身支度を手伝ってくれた。

そして、ヴァルターと洗濯中のアリスに見守られながら、さっそく仕事のために出かけたのであった。

 

 

 

「で、結局新しい冒険者は来たんだよね?

 ……別に、頭を下げろとは言ってないんだよ。

 成果さえ見せてくれたらそれでいいから」

 

こちらの質問に対して、見事な土下座を披露するシルグレット。

 

「……すまん、あともう少ししたら、この村の村長とそのお付きの武芸者も帰ってくるから。

 そうしたら、もう少しこの村にも余裕ができて、村長の命令として正式にまた冒険者の募集をかけることができるはずなんだ……!!」

 

「そのセリフ、三日前も聞いたよ?

 私としてはそこまで気にしてはいないけど、ヴァルターがかなり気にしてるっぽいからね?

 多分、私かベネちゃんどちらかいなければすぐにでもこの村から出ていってるよ。

 確実に」

 

「だよな~……」

 

頭を抱えて、悩みぬくシルグレット。

もっとも、今回の一件は彼が悪いというよりはその上である村長やその周辺の動きがとろすぎるという点にあり、彼自身が悪いとも言えないのもわかる。

が、それでもこちらとしては彼に訴えなければそこ以外どこにも訴えることができず、もしくはおとなしくこの村から出ていくという最終手段に出るしかないのだ。

 

「……まぁ、私としては、最近はこの村に旅商や近隣村からの使者が来てくれたから、まぁぎりぎりいてもいいって気持ちではあるよ。

 貸してくれた物件はそこそこに過ごしやすいし、この辺で採れる薬草や鉱石は、私の使う魔術に有用なものが多いからね」

 

自分のセリフに、ほっとした顔をするシルグレット。

まぁ、最近はただでさえ吸血鬼やら新しく来た孤児やらで彼が忙しいのは知っている。

だからまぁ、少しくらい優しくしても罰は当たらないだろう。

 

「それと、はい。

 これが今回の分のスクロール。皮はゴブリンと鹿。

 内容は相変わらずの【毒の風】が8枚。

 あと新しくこれも用意してみた」

 

「これは……?」

 

じろじろと自分の渡した新商品を観察するシルグレット。

なお、その新商品の外見は、単純に言えば趣味の悪い短めな骨。

呪いで死んだ鹿の大腿骨をベースに、いくつかのゴブリンの骨や呪詛で塗り固めた小型の杖だ。

 

「シンプルに【魔法の杖】だね。

 これを使って、魔法を唱えるといつもよりもちょっとだけ軽い魔力で魔術を使えるようになる。

 もっとも、素材と製法の関係で、基本的に呪術や死霊術特化で、これで神聖術を使おうとすると、すぐに使い物ならなくなるけど」

 

「いや!こんなものどうしろってんだよ!」

 

ですよね~。

思わず頭を抱えるシルグレットの様子を見つつ、少しだけ日頃のうっぷんが晴れる。

実は、これらの杖は、アリスが仮とはいえ弟子入りするのなら必要だろうと、呪術修行用のために適当に作った杖の失敗品である。

一応どれも、死霊術や呪術のサポート機能はあるが、それ以外のサブ機能が気に食わないため、処分に困っていたのが本音だ。

 

「この辺に死霊術師はおろか、魔術師もレアみたいだからね。

 誰かに譲るにしても、欲しがる人もなし。

 だからせっかくだし、格安でも買い取ってくれるところに押し付けようかなって」

 

「てめぇ、こっちの足元を見やがって!

 うぅ……畜生……お代は、現物でいいな?」

 

いやな顔をしつつ、それらの道具を引き取ってくれるシルグレット。

うむうむ、これで余らせてあった無駄な杖を処分できて、余は満足じゃ。

 

「一応、おまけ機能に、その杖には周囲の陰の魔力を吸い取り、音に変えられる地味な効果を付けておいたから。

 だからそういう意味では、持っているだけでかる~い呪術耐性が付くし、病や呪いの軽減機能もある。

 だから、いうほど非魔術師にとっても無駄にはならないはずだよ」

 

「はじめっから、そっちの用途を教えてくれ」

 

かくして、シルグレットにその杖に仕様を説明後、いくらかの布や毛皮などの物品とそれらを交換。

その後、シルグレットから新しい仕事を受注して、さっそく仕事場に向かうのでしたとさ。

 

 

 

「は~い、喉の奥見せて~。

 うん、腫れてはないね。

 魔力は……ぼちぼち減ってる、多分病気じゃなく呪術の一種かな」

 

「え、えっとそれって大丈夫なんすか?」

 

「大丈夫大丈夫。こんなの只の風邪……っていうには、ちょっと不謹慎かな。

 とりあえず、解呪の呪術と魔力を注ぐから、後ろから触らせてね~……。

 はい、おわり!」

 

「おお、おお?おおおお!!

 こりゃすごい!

 首回りの痛みが、ぱっと消えた!」

 

「陰の魔力とはいえ、活力呪文だからね。

 それにあくまで、今回は解呪がメインだから。

 痛みが取れたのをわかりやすくしただけ、だから無茶しない、いいね?」

 

「おう!ありがとうよ!司祭代理様!」

 

そして、時間が経過して、午後のお昼過ぎ。

現在自分がしているお仕事は、教会での聖職者代理である。

死霊術師が、教会で仕事をするとかいろいろ不敬すぎるし、そもそもここの神は自分の仕えているのとは別の神だから、色々と居心地が悪いのが本音だ。

が、それでもこうして、治療や祈りのためにこの教会へ訪れる人が多いため、善神の聖印持ちならばどうかお願いといわれてしまい、まぁしぶしぶこの仕事を引き受けているわけだ。

件の村長についていったとかいう、この教会担当の聖職者、マジで早く帰ってこい。

わずかに感じる神の威光の魔力が、全身をちくちくするんじゃ。

 

「で、次は……ああ、あなたですか」

 

「え、ええ、そうです。

 すいません」

 

そうやって、無数の来訪者のなか、最後にこわごわと現れたのは一人の男。

先日のストロング村の被害者であり、一番初めにその異変をこの村に伝えた、エドガーであった。

 

「で、吸血鬼化のほうは……。

 ま~だ、治らないかぁ」

 

「ええ、まだ牙も長いままですので。

 一応、吸血しないと耐えられないとかもなく、普通の食事もできますが……。

 それでも、完全に治ってないのは自分でも何となくわかります」

 

落ち込んでいるエドガーからいくらかの問診を繰り返し、その後触診や魔診を始める。

幸い、エドガーは体温も存在しているし、魔力にも陽の魔力と陰の魔力どちらも存在している、

その魂も一応は人間のまま、ひどい汚れは払えているし、そもそも彼が教会で平然と会話できている時点で、彼が吸血鬼でないのは明らかだ。

 

「でもまぁ……体のほうは、少し手遅れかもね」

 

「あ……」

 

そして、彼の前で、自分の指先を少し切り、そこから鮮血を流してみる。

すると、彼の眼がその血を凝視し、意識が宙に浮く。

息が荒くなり、舌を出し、飢えた犬のごとき形相でその滴る血をじっと見つめていた。

 

「はい、終わり。

 終了」

 

「あ……!す、す、す、すいません!

 い、いけないとわかっているんですが、その……」

 

「大丈夫大丈夫、こればっかりはエドガーさんは悪くないから。

 それに、治療しきれなかった自分の責任でもあるし」

 

自分の指先を治療しつつ、エドガーの様子を改めて観察する。

どうやら彼は、自分が全力で治療したはいいものの、残念ながらその吸血鬼化を完全に止めることはできなかったらしい。

具体的に言えば、その魔力の割合が陰の魔力へと大きく偏り、その肉体はかなり吸血鬼寄りになっていた。

 

「これは、ヴァンパイアハーフ……ダンピールかな?

 普通は、死ぬか人間に戻るかだから、初めて見たけど」

 

「え、えっとそれって……大丈夫なんですか?」

 

「人と神により」

 

「いや、人によりって……」

 

涙目でこちらを見るエドガーに、いくつかの言葉で言いくるめる。

しかしながら、これに関しては仕方ないのだ。

そもそもヴァンパイアハーフ自体がかなりレアもの過ぎて、陰の魔術や吸血鬼についてそれなり以上に詳しいと自負している私でも、手の出しようがないのだ。

一応、王都や聖都の大聖堂クラスなら何とかなるとも思うが、それだってあくまで推測である。

 

「……一応、今のところ健康上は問題ないから。

 経過観察していきましょう。

 どうしても気になるのなら、一応王都への紹介状くらいは書いてあげるから」

 

「ううぅ……ありがとうございます」

 

もっとも、今は王都行きの馬車はほっぼほぼ全滅しているがな!

そんな悲しい真実を告げず、しょんぼりしているエドガーを口八丁で慰めるのでしたとさ。

 

 

 

そして、その日の夕方。

午後の見回り依頼から帰還し、ついでに鹿1匹丸ごと仕留めて帰ってきたベネちゃんと合流。

アリスに鹿肉を渡し、調理してもらい、それとベネちゃんがシカ肉を宿屋に分けるついでに分けてもらったパンやスープで夕餉にした。

日が暮れて、月が天に昇れば、すっかり辺りは闇に包まれる。

当然電気も電灯もないド田舎異世界であるので、基本的な家は日が暮れたらすぐ寝るのが定石だ。

しかしながら、こちとら死霊術師ゆえ、むしろ夜になってからが本番。

もっとも、夜の見回りは、鎧霊であるトガちゃんに任せて、こっちは家で作業がメイン。

ついでに、アリスの簡単な修行もこの時間に行うことにする。

 

「はい、全然光ってないよ~。

 もっと腹の底から魔力を抽出して、自分の中の魔力を感知して」

 

「んぎ~!ふぎ~!

 んぎぎぎぎぎぎ!!」

 

かくして、自分の目の前には自作の呪術練習用の杖を握りしめながらうねるアリスの姿があった。

なお、現在の修業は呪術修行の第2段階。

【自分の中の陰の魔力を放出しよう!】というものである。

 

「とりあえず、アリスは魔力感知は()()()はできるみたいだからね。

 本当はもっと段階を踏んだ方がいいんだけど、今回は特別だからね」

 

「ふぅ~……ふぅ~……!!」

 

「力んでも魔力が出ないと関係ないよ~。

 それだと只疲れるだけだね」

 

そして、現在アリスに握らせているのは魔法の杖は、お昼シルグレットに押し付けたものの完成品。

もっとも、こちらの杖は先端に陰の魔石と蛍の使役霊を装着させるので、陰の魔力を込めるとうっすら光るという便利機能が備え付けられていたりする。

 

「とりあえず、今のアリスの魔力ならもっと明るく、もっと長い時間光を維持できるはずだからね。

 とりあえず、目標はその状態で本を読める程度にならないと、次の段階は厳しいかな?」

 

「うぐぅ、ふぐぅ……!!」

 

もっともアリス自体は、おそらくは呪術師としてはわからないが、魔術師としての才能はそれなり以上にあるのだろう。

魔力の感知も数日で最低ラインは覚えることができたし、この魔力放出も、すごく未熟ながら、魔力の移動自体は起きているのだ。

これなら、1年もすればなんちゃって呪術師やワンちゃん聖職者見習いあたりにも問題なくなれるだろう。

 

「それじゃ、私は夜のお仕事があるからね~。

 ほどほどに疲れたら、ちゃんとベッドで寝てね」

 

「ふぃ~~!!!!」

 

かくして、私は地下室にこもり死霊術師としての作業を開始するのであった。

もっとも、その作業もアリスが床に倒れた音で中断。

そんな無茶する弟子を床から拾い上げ、無理やりベッドへと放り込むのでした。

 

 

 

 



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第2章 神様と死霊術師
第15話 不道徳者


「悪は消滅すべきです!!!」

 

クソめんどくさいことになった。

それが私の何よりの思いであった。

本当なら今日も目出度い日になるはずだった。

村全体からも、安堵の声が聞こえ、あのシルグレットもようやくかとつぶやいていたのが印象的であった。

しかしそれがまさかこんなことになるとは……。

 

「いいですか!?

 つまり、そこにいる男……いや、そこにいる化け物はすでに人間ではないのです!

 悪に侵され、血に狂い、神に反逆する。

 天をゆがめし、邪悪の権化なのです!」

 

「……!!」

 

「ま、まってください!

 エドガーさんは、エドガーおじさんはまだ誰も襲っていません!

 それなのに、それなのにその言い草はおかしくないですか!?」

 

半吸血鬼となり、存在自体を否定されるエドガーに、それをかばうストロング村出身の子供たち。

 

「はぁ、どうやらこの子たちは吸血鬼の魅了にやられてしまったようですねぇ……。

 まったく、これほど多くの人たちが騙されるとは嘆かわしい。

 やはり吸血鬼は邪悪な存在、未熟とはいえ滅ぼさねばなりませんね」

 

そして、そんな話題の中心であり、今にもエドガーやストロング村の人々を目の敵にするのは、このギャレン村の教会の正式な司祭。

純白の法衣と巨大な法帽、さらに重厚感と威圧感あふれる杖をもっている女。

 

「そう!このすべての善なる神の主神にして、太陽神様の謙虚なる信徒、オッタビィア・ディ・ディンカの名において!

 その邪悪なる者に裁きの鉄槌を下さねばなりません!」

 

その村の正式な聖職者である彼女は高らかにそう叫び、吸血鬼の被害者である彼らを高らかに威圧した。

 

「で、でもあなたが聖職者だっていうのなら、こっちだって聖職者はいるんだから!

 このイオさんは、この村を何回も救ったし、その上、今なお多くの村人を治療してきた。

 そんな人が大丈夫って言ってるんだから、問題ないに決まってるんだよ!

 や~~い!!このインチキ聖職者!!!」

 

「はぁ!!なんですかこの不敬なガキは!?

 私は太陽神様に認められた司祭ですよ!!

 それに……私以外に聖職者がいるとは、それは本当ですか?」

 

ゲッと思い、なんとか訂正させようとするが時すでに遅く。

子供たちはこちらの方を指さし、件の女司祭はこちらを親の仇のようににらみつけてきた。

 

(……めんどくさいことになったなぁ)

 

こちらを強くにらみつける件の女司祭を見ながら、私は一人溜息を吐くのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

さて、時間はさかのぼり先日の朝ごろ。

その日は珍しく早朝からシルグレットのもとに依頼の品を納品をして、その日の午後はそこそこのんびりしようとしていた。

 

『おおお!来たかイオ!

 お前にいいニュースだ!』

 

そしかし、そんな中シルグレットから知らされたのが、村長とそのお付きの帰還の報告についてであった。

今までさんざん焦らされたり、思わせぶりな発言が多い中、はじめはその発言にそこまで信用はしていなかった。

が、どうやら話しているうちに、彼らが本当にもうすぐに戻ってくること。

さらには、すでに斥候役がすでにこの村に戻ってきていることを聞き、どうやらシルグレットの発言が嘘でないことを確信。

かくして、その日は本当は休むつもりであったが、予定を変更。

翌日にでも来るであろう、件の村長及びそのお付きの出迎えとあいさつの準備をする流れとなった。

 

「まぁ、私個人としては村の危機をずっと無視して今更?感がしなくもないけど。

 こういうのは、初対面の印象が大事だからね。

 しかも、噂を聞くに、村長は一応は貴族出身とのことだし」

 

「ふ~ん?イオでもそういうのを気にしちゃうんだ」

 

「いや、こちとら公認死霊術師だからね?

 そういうのに気にしていかないと、めんどくさいことになるんだよ」

 

なお、なぜかヴァルターからの視線がややきつい。

いやさ、確かに君はどう考えてもそっち関係の関係者な見た目しているけど、口に出していないのは君自身だからな?

言えば敬うよ?

 

「ふ~ん、つまり、帰ってくるであろう没落貴族に毒を盛ればいいんですね!

 ここに、風邪に見せかけて違和感なく体調を崩させる秘伝の毒が……」

 

「ベネちゃん!?!?」

 

「ははは、冗談ですよ冗談!

 でも、村の危機の時に、村にいなかった村長なんて歓迎する必要があるんですか?」

 

そして、それ以上になぜか闇をあふれ出しているベネちゃん。

いや、ベネちゃんの言いたいことももっともであり、さらには彼女自身貴族などに思うところがあるらしいのはわかった。

が、流石にそれはやり過ぎだと説得し、ことを穏便に済ませるように約束させることに成功。

 

そんなやや胃が痛くなるやり取りを幾回か繰り返したのち、翌日には村長をはじめとする一団がこの開拓村に帰還。

数は10にも満たぬが、馬が数匹おり、軽鎧持ちや槍持ちもちらほら。

或る者は泣いて喜んだり、或る者は泣いて悲しんだり。

純粋に疲れを見せるものなど、その様子は様々であった。

 

「お初お目にかかります。

 私の名前は、イオ。

 王都の魔導学園から件の公募により、この村の発展のお手伝いをできればと思いやってまいりました」

 

「うむ、よろしく頼むぞ!

 ……とはいっても、おぬしは一応枠としては冒険者ゆえ、すぐさま優遇や直属にしたりなどはできんが……。

 それでも、学園の魔導士が来てくれるとは有り難い!

 これからも、よろしく頼むぞ」

 

あいさつに関しては可もなく不可もなく。

あくまで出迎えの歓待のついでにちょろっと顔見せしただけなので、詳しいことはわからず。

が、それでもとんでもない悪徳貴族とかではなさそうで、そこは何よりである。

それに、生命力にもあふれているため、おそらくはそれなり以上には戦えるタイプなのだろう。

 

「ねぇ、イオ!どうやらあの人はシルグレットと話があるみたいだし、僕らはこの辺で席をはずそうか!」

 

「そ、そうですよ、イオさん。

 それにあの人どう見ても、イオさんの胸元をがっつり見てましたよね?

 どう考えても、あのまま関わるとめんどくさいことになりますよ。

 も、もう少し、自分を大切にしてください!」

 

もっとも、仲間2人の制止もあり、その日は村長にそれ以上接触することはできなかった。

それでも、おおむね歓待のほうはうまくいったようで、ちらりと横目で見たシルグレットもいい笑顔をしていたのが印象的であった。

かくして、この村に多くの戦闘のできる若者が戻ってきて、この村担当の聖職者も帰還。

こうして、私は安堵の息を漏らすとともに、次の日から好転するであろう村の治安問題に安堵の息を漏らし、その日は眠りにつくのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

「よくなると思ったんだけどなぁ……」

 

「何よそ見をしているんですか!!

 ちゃんと、こちらの眼を見て話しなさい!」

 

かくして現在は、村の教会にて。

そこでやかましくしゃべる、村長のお付き兼この村のお付きの司祭であるオッタビィア女史にやかましく問い詰められているのが現状だ。

 

「まぁ、あなたが太陽神の信徒だから、吸血鬼やアンデッド、魔物とかに関してはことさら厳しくなるのはわかるよ?

 でもさすがに、完全に吸血鬼化していない人を、異端判定して殺すのはちょっと時期尚早じゃない?」

 

そして、現在話題となっているのは、先日助けたエドガーの処遇についてである。

ご存じの通り、エドガーは先日ストロング村から何とか逃げ延びたものの、半端に吸血鬼化してしまったかわいそうな人だ。

そして、現在彼はその治療の経過観察中なわけで、今日も教会に早期回復の祈りと自分への面会のために教会へと出向いたそうだ。

 

「なにをいうんですか!

 そもそも吸血鬼化は基本死ぬか治るかのどちらかと聞きましてよ?

 それなのに、半端に吸血鬼化して止まるなんて、それこそ彼が異端で汚れた血であることは確定!

 なればこそ、今すぐに処分するのが神のため人のためというものです!」

 

が、どうやら太陽神の信徒である彼女としては、そんな半端ながらも吸血鬼化した彼がこの村に存在していること自体が我慢ならなかったらしい。

こんな真昼間から、彼を処刑すると騒ぎだしたからさぁ大変というのが今現在の流れであった。

 

「というか、あなたも自称聖職者だそうですが……。

 ならばあなたは、どの神を信仰しておいでで?

 まさか、神の名も知らぬとは言わせませんよ?」

 

「それに関して言えば、私は冒険神セブンとその兄弟神を信奉させていただいております」

 

まぁ、実際はその兄弟神のほうを強く信奉しているのだが、そっちは中立神の要素が強い。

わざわざ、ここでいう必要はないだろう。

 

「……ふむ、まぁ、この開拓村に来るような方が信奉するのなら相応の神といえるでしょうね。

 それにしても、自分の主神だけではなく、その兄弟神にも信仰を公言するとは、まぁ、流石学園の魔導士……と言ってはおきましょうか」

 

そして、自分の推測はそこそこ当たったようだ。

冒険神の信徒であることを口に出すと、彼女のこちらに対する態度は若干軟化したのがわかった。

 

「しかし!それならなおのこと分るでしょう!

 私の信仰する太陽神はすべての善神の中で、最も高貴なる存在!

 なればこそ神の信徒として、私の啓示はあなたの推測を上回るということを!!

 わかったら、おとなしくしていてください!」

 

が、残念ながら彼女の彼を処刑する意思はずいぶんと硬いようだ。

その上、彼女は太陽神というこの世界でも一番大きな宗教を信仰しているため、やけにそのことを主張して、強引に意見を押し付けようとしてくる。

これはなかなかに、めんどくさいことになったと悩んでいる間に、それは起こってしまった。

 

「なぁにが、太陽神の信徒様だ!

 何が聖職者だ!肝心な時に村から逃げていたくせに、偉そうなこと言ってるでねぇ」

 

あ、おいばかやめろ。

自分たちの背後にいた人物の口から、発せられたその言葉を制止しようとしたが、時すでに遅く。

 

「はぁああああ!!?!?

 そんなものは、この地の領主様に呼び出されていたから仕方がないでしょう!?

 それに今回の呼び出しは、この地を攻める蛮族の撃退ですよ!?

 我らに守られていた事すら気付かず、文句ばかり言うとはやはり貧民、考えることが卑しくてたまりませんわ!」

 

「な~~にが、貧民だ!何が呼び出しだ!

 実際にこの村に吸血鬼や盗賊が来た時には何もせず、この村の若くて戦える男だけ無理やり引き抜いて行って、帰ってきたら敬えだと??

 それに聞いたところ、戦ったのはあくまで村のみんなで、お前は後ろでふんぞり返ってるだけだったそうじゃねぇか!

 この悪徳司祭め!!」

 

騒ぎと聞きつけ、集まった村人がまた一人批判の声を上げ、女司祭がそれに乗ってしまい、議論は大きく波及し。

 

「……っうう!!不敬不敬ですわ!!!

 太陽神とその敬虔な信者である私を、侮辱しましたね!?!?!」

 

「ああああ、したさしたさ、そもそも俺のオカンや子供が死んだのが神の導きだぁ!?

 お前らが見捨てたくせに、よくそんなこと言えたなぁ!!」

 

終いには村から多くの村人が集まり、大論争を繰り広げる。

神の家でもある教会でこんなことが起きていること自体かなりグレーだと思うので、何とか止めようとするが、当然この雰囲気の中でそんなこと上手くいくわけもなかった。

 

「というか、そもそもお前程度のけちでブサイクな女はなぁ!

 このイオさんに比べりゃ、数百倍も劣る紛い物の聖職者なんだよ!

 わかったら、とっととあきらめて帰りやがれ」

 

そして、勝手に人を論争の旗印にする始末だ。

流石にこれは、下手をすれば血が流れると思い、止めようとするが当然どちらも聞く耳を持たない。

 

「は~~??冒険神の司祭よりも、太陽神の司祭である私の方が偉いのですよ?

 それに彼女が一体何をしたというのですか!

 どうせ、教会の結界の強化すらできていないのだから、まともな信仰呪文なんて使えないのでしょう?」

 

「何言ってるんだ!

 イオさんは村に来た盗賊を倒して返り討ちにしてくれたんだぞ!

 しかも、かっこいい死霊術?というのを使ってな!」

 

「はぁ!?!?」

 

おいばかやめろ。

 

「イオさんは、おらのところの牛の治療もしてくれたぞ!

 しかも、ゴブリンによる孕ませの被害を、呪術?とやらも使って、すぐに治してくれただ!」

 

「確かゴブリンの巣を、全部ゾンビに変えることで、村の街道の安全も保ってくれたのよね。

 初めは怖かったけど、慣れると普通に安心できるわ」

 

「俺はどっちの奇跡による治療も受けたが、確かにオッタビィア様のほうがすぐにケガを治してくれたが……。

 治療後の調子の良さは断然イオ様のほうが上だな!爽快感が違う」

 

「はぁぁああああああ!?!?」

 

すると出るわ出るわ。

自分をほめているのだかよくわからない、微妙な賞賛?もどきの数々。

一応彼らとしては、自分に助けられたことを感謝して褒めているのだろう。

が、残念ながら、そのために使った技術が『死霊術』や『呪術』であり、神聖術はほとんど使っていない。

そのせいで、この太陽神司祭のこちらを見る眼がどんどん怒気に包まれたものへと変化。

これはいけないと、なんとか彼らを制止しようとしたが……。

 

「ふっふっふ……。

 私は疑問だったんですよ、なぜこんな汚れたものが村人全員から受け入れられたのか?

 つまり、これは、呪術による洗脳、いや、死霊術師による罠、だということですね?」

 

太陽神司祭殿はどうやらとんでもない勘違いをしているようで、こちらに向かって、怨敵を見るような眼で見つめてきた。

彼女の中で高まる陽の魔力と、教会から漏れ出す無数の聖の魔力。

魔力が使えぬものでも感じるであろうほどの、神聖術の前兆が起きていた。

 

「ちょ、おま、まって!!」

 

このままではおそらく、()()()()()が起きてしまうと、彼女を制止しようとしたが、残念ながらすでにもう術は発動してしまっていた。

 

「お黙りなさい!!!

 神の信徒を驕る邪悪なる者!!!

 最高位神聖魔法!!『聖罰(ジャッジメント)』」

 

「……っ、うぐうううぅう!!」

 

その瞬間!教会の天井を貫くかのように、天から降り注ぐ電光。

大きさこそは、せいぜい手槍程度のものではあるが、威力はそれなり。

全身に()()()()の痛みと痺れが走る。

体内の陰の魔力が悲鳴を上げ、身に着けたうちのいくつかの『守護霊』に痛みと罰がいかぬように保護するが、被害は完全に抑えられず。

痛みを伴う、無理な魔力放出を強いられてしまった。

 

「はっはっは!これが神の怒りですわ!

 太陽神の威光に……ってあれ?」

 

そう、これだけで済めばどれだけよかったことか?

 

「あれ?巨大な火柱が……。

 あじゃ、あ、あがあぁあああ!!!!!!!

 うぐわぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

かくして、不当に聖罰(ジャッジメント)なんて高位な神聖魔法を間違った対象に使った罰により、当然この太陽神司祭は自分以上の罰を受けることに。

自分の電光とは比べ物にならないほどのごん太レーザーが天空より降り注ぎ、彼女を焼却。

自分とは比べ物にならないほどの時間、じっくりと神罰にローストされた後、ほぼほぼ黒焦げ真っ裸の姿で教会のど真ん中に倒れ伏してしまうのでしたとさ。

 

 

 



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第16話 聖痕&聖罰

「……はぁ、最悪」

 

誰にも聞こえないように、しかしはっきり口に出しながら愚痴をこぼす。

現在自分がいる場所は相も変わらず教会の中。

先ほどの騒動で、大きく散らかってしまった教会内部を掃除しながら、はぁと溜息をもらす。

 

「にしてもまさか、本当に【聖罰】ブッパするとは……

 あいつは何を考えてるんだ」

 

ぐちぐちと文句を言いながら、箒で床を掃く。

そんな自分の様子を遠巻きから、何人かの村人が恐る恐る眺めているのが分かる。

その視線にやや苛立ちを覚えながら先ほど受けた呪い……いや、神聖魔術を思い出す。

 

聖罰(ジャッジメント)】。

それは、数ある神聖魔術の中でも珍しい【対人戦】に特化した神聖術だ。

そもそもこの世界における神聖術は、邪神や魔物の脅威から、神が人間を守るための奇跡であり、そのため大抵の奇跡は【対魔物】や【対邪神】用の物が多い。

だからこそ、神聖術におけるタブーの一つに、神聖術を使った殺人や傷害というものがある。

神聖術自体も回復や身体強化はあっても、直接人間を傷つける奇跡というものは、数えるほどしかない。

しかし、それでもこの【聖罰(ジャッジメント)】は神聖術の中でも数少ない【直接人間を傷つけうる】神聖呪文の1つであり、その効果も只人を傷つけるだけのものではない。

 

「えっと、その……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫。

 ちょっと神様から御注意を受けただけだからね」

 

こちらを心配そうに見つめてきた子供にそれをさりげなく見せる程度にする。

それは【聖痕(スティグマ)】。

こちらの顔につけられた、小さくもはっきりとした傷跡は、今もなおこちらにチクチクと痛みを与え付けてくる。

そうだ、対人用神聖術である聖罰の効果は、唯々悪人を痛めつけるだけではなく、相手にそれ相応の罰を与える奇跡なのだ。

その中でも最も一般的なのがこの聖痕であり、回復の神聖術でも自然治癒でも治せぬこの傷跡の呪い(祝福)は、まさしく神からの罰というのにふさわしいのであろう。

 

「で、でも本当に大丈夫ですか?

 痛くないですか?薬草を持ってきましょうか?」

 

「大丈夫大丈夫、この聖痕も日常生活をするのなら何の問題もないタイプだから」

 

「何か含みがある言い方だけど……それなら冒険では?」

 

「うん、死霊術を使うたびに、消費魔力がちょっとだけ増えて、ついでに痛みも少し出る」

 

「くそじゃん」

 

神の家でクソなんて言うんじゃありません!

それに代わりとはいえ、神聖魔術での消費魔力は軽減とわずかな高揚感が発生するなんちゃってバフがあるし。

心配して駆けつけてくれたヴァルター達にそれとなく、聖痕の被害と効果の説明をする。

そうだ、この聖痕はただの傷跡ではなく、その人の罪に応じたデバフとバフを与える奇跡でもある。

今回の自分にかけられたのは恐らく、神聖魔術適性へのバフと死霊術魔術適性へのデバフ。

それと、周りからのこちらへの視線や心配がやけに多いことから【注目】や【魅了】辺りの効果も含んでいるのだろう。

 

「それに、この聖痕は普通の手段じゃ治らないけど……治す方法自体はあるからね。

 だからまぁ、そこまで心配しなくてもいいよ」

 

「本当?本当ですか?

 無理してませんか?」

 

「というか、今しがた攻撃されたばかりなんでしょ?

 代わりの僕が掃除するから、君はそこでゆっくり休んでいてよ」

 

聖痕効果のせいで、ベネちゃんやヴァルターがいつもより過剰に心配してくれる。

それ自体はうれしいけど、そんなにべったりされるといろいろと申し訳なくなるのが本音。

いや、本当に大したことないから、本当に。

 

「……それに、()()に比べれば私は()()だから」

 

「ああ……」

 

その言葉とともに、ヴァルター達が視線をそっちへと向ける。

そこは教会の中心、本来ならばもっとも教会の中でも魔力が集まり、神聖であるはずの場所。

今そこには無数の陽の魔力が集められており……。

 

 

 

「あ、何かと思えば、こんなところにゴミがありますな」

 

「うわぁ!こんなところに巨大な生ごみが!

 こんなものを置いていたら、教会が汚れてしまう!

 ほら、さっさと出て行け!!」

 

「くせぇええええ!!なんだこの鼻が曲がりそうなほどの異臭はぁ!

 これほどの悪臭、今まで生きてきて嗅いだことすらねぇぜ!

 イオ司祭、こんな生きたヘドロ、さっさと外につまみ出し……いや、捨てることの許可を下さい!!

 むしろ今ここで殺してやるのが慈悲では?」

 

「うぐ、あぐ、あがががががが!!」

 

そこには、顔面だけではなく全身に無数のごん太聖痕をつけられ、村人全員から侮蔑されている件の女司祭の姿が!

 

「……さすがに、このままだと死者が出るかもしれないから、流石に止めてくるね」

 

「えっ、あんな生きたヘドロにまで優しいとか、流石イオ……。

 まさか、聖女では?」

 

おい馬鹿やめろ。

 

 

☆★☆★

 

 

さて、そんな教会での騒動からしばらく後。

さすがに、このオッタビィア司祭をこのままにしておくわけにもいかず。

特にこのオッタビィア女史は先日帰ってきたばかりの村長のお付きであったとも聴く。

だからこそ、今回起こった事態を説明するためにこうしてわざわざ村長の家にやってきたというわけだ。

 

「うわ、なんだその粗大ごみ!?

 あ、いえすいま……いや、すまんかったな。

 オッタビィアさ……オ豚か、なんの様で…何の用だ?」

 

「うげぇえええ!!な、なんだその本能で分かる下人は!!

 いますすぐ叩きだして……あ、いや、司祭、様?

 いやでも、流石に偽物だよな!?そうだと言ってくれ!!」

 

もっとも、この全身聖痕まみれオッタビィアのせいで、門番や衛兵に何度も止められそうになったりしたのはご愛敬。

 

「何か話があると聞いたが……とりあえず、その汚物を部屋からたたき出してから話をしないか?

 ……てえ?ん~……あ~……。

 いや、やっぱり、叩き出すべきだろ」

 

更には村長と会談を開始するまでに、無数の障害も発生したが、それでも何とか会談までこぎつけることに成功したのであった。

 

「……というわけで、これが今回あったことの全てです」

 

「……」

 

村長の家の談話室。

そこで私とヴァルター達、さらには村長とオッタビィアが今回の事についての報告を行った。

一応村長は、それなりにできた人物らしく、テーブルの上には人数分のお茶…ではなく、それに1つ引いた数が用意され、こちらの話についても真摯に聞いてくれた。

 

「そんなことがあったとは。

 今回の件は、これの上司である俺の責任でもある。

 本当に済まなかった」

 

「いえ、別に村長様は悪くありませんよ。

 そう簡単に頭を下げないでください」

 

さらには、非があるとわかれば、貴族と思われるのに、こちらに向かって頭を下げてくる。

 

「いやいや、そうでなくともな。

 お前たちの活躍は、村の人々やシルグレットからきちんと聞いたからな。

 聞いたところ、俺達の村を何度も助けてくれたそうじゃないか!

 なら、それに対してきっちり礼をしたいと思っていたんだ」

 

その上、自分だけではなく、村の人々ともそれなりに友好関係を築けていたようだ。

 

「それに俺たちがこの村に、帰還するのが遅れてそのせいで、村のみんなに負担を強いたのは事実だ。

 ゴブリンごときで帰るのが遅れたり、領主への援軍要請が無駄に多く来て逃れられなかったり……。

 どこかの、汚豚が、俺たちがこの村に帰還するのを、いろいろと妨害してくれたからな!!!!」

 

そして、村長自身この村に帰還することが遅れたことに対して申し訳なく思っていることも判明した。

大概貴族であるならば、この村やその人々に対してそこまで思い入れがなさそうではあるが、この村長はいい意味でそこまで貴族らしくないようだ。

いい意味で人情味にあふれているいい村長といえるだろう。

 

「そ、そんなひどいですルドー様!

 私は、ルドー様の身の安全を思って……」

 

「誰がしゃべっていいといった?

 豚は豚らしく鳴くだけにしろ」

 

「そ!それはあまりにも……!!

 ぶ、ぶひぃ」

 

「……っち。

 わかればいい、わかれば」

 

反論しようとしたが、その衛兵の殺気と村長の手に持つ剣がわずかに動いたゆえに、すぐに黙るオッタビィア。

ここまでの流れを見るに、ルドー村長の怒りとオッタビィアの関係がそれとなく見えてきた。

 

「つまりは、今回村長様方は、できるだけ早く村には戻りたくはあった。

 けどそれが遅れたのは、オッタビィア司祭が絡んでいたと。

 その、オッタビィア司祭がルドー村長を個人的に安全に扱いたいとか、そういうお考えのもとで」

 

自分のセリフにオッタビィアが無言のまま全力で首を上下させる。

 

「そんなわけあるか、そいつの元々の派手な法衣や衣装を見ただろう?

 おそらくは、太陽教側からのテコ入れや優待を受けていた。

 そのせいでコイツは、村に戻るのを嫌がり、虚偽報告を捏造してまで俺達が帰るのを遅らせやがったからな」

 

オッタビィアが涙を流しながら顔を伏せる。

どうやらこの問題は思った以上に根が深い問題なようだ。

流石にこれ以上、この問題を深堀するべきではないだろと判断し、さっそく次の話題に移ることにする。

 

「まぁ、だが非じょ~~~~うに不本意だが、それでもこいつはこの村の司祭……いや、司祭だよな?

 今はクソほど全身に謎の魔術痕、いや、聖痕がついているからな。

 こいつは、うちの村で司祭を続けることができるか?」

 

「も、もちろんです!

 私めは聖痕がついたとはいえ、太陽神の司さ……ずぅ!いえ、信徒です!

 だから、教会に入れずとも、多少の奇跡を使うことは……」

 

「お前には聞いてない」

 

ルドー村長からの暴力的なまでの殺気に、オッタビィアは再び黙る。

そして、双方こちらに目配せをしてきたことから、おそらく自分が説明したほうがいいのだろう。

 

「彼女につけられた【聖痕】はかなり、強力なものです。

 数が多すぎて、全容は把握しておりません。

 が、おそらく一番強い祝福は【侮蔑】の聖痕でしょうね」

 

「【侮蔑】?」

 

「【侮蔑】は、多くの人から見下され、嫌われやすくなる祝福の一種です。

 確か、自惚れが過ぎた聖職者へ神が与える罰だと聞いた事がありますね」

 

「……祝福というよりは、悪質な呪いにしか聞こえんが……」

 

「言いたいことはわかりますが、一応は聖痕なので。

 神聖学では、神に近づきすぎた聖女が人の世に紛れ込めるように生まれた、歴史ある神聖な聖痕とはされていますね。

 それに、これほど見下されても【魔物】として扱われなかったり、敵視ではないため、危機感からの殺害は起こりにくいなどの神聖な効果もあったりはします」

 

自分の説明に、周りにいる人々はやや引いた顔でその話を聞いていた。

いや、言いたいことはわかるよ?

でも、一応この世界の宗教や神様的にはそれなりに慈悲のある対応らしい。

それに、普通の【侮蔑】の聖痕はここまで効果が大きいものではないらしいし。

 

「しかし、そうなると神から見てもコイツの罪は妥当というわけだな。

 つまりは、こいつはすでに司祭ではない、ただの罪人ということでいいのか?

 村の総意で処刑するべきか?」

 

ルドー村長はさらっと鬼畜な提案をして来る。

オッタビィア女史が無言ながらも、涙目でこちらに助けを求める。

いや、お前が原因なんだからなと思いながらも、流石に今死なれるとまずいためフォローを入れておくことにする。

 

「大丈夫です、こんな状態でも彼女はきちんと神聖術を使うことができます。

 それに、とあることをすれば、彼女につけられた侮蔑の聖痕も多少は治すことができます」

 

そして、これは同時に私の聖痕の治療にもつながること。

故にできればすぐにでも、実行してもらわなければならないこと。

 

「そう、この村にもう一つ教会を。

 しかしそれは太陽神のではなく、【冒険神セブン】と【冥府神デス】。

 その二柱の共同教会をこの地に建ててほしいのです」

 

そう、それが聖痕を通じて、神々から私に押し付けられた【試練《クエスト》】。

地味ながらも、開拓地に対しては非常に厳しい条件の試練であった。

 

 

 

 

 

「う~む、言いたいことはわかるがその汚豚のために、そこまでするには費用がなぁ。

 それなら、そいつを処刑したほうが早くはないか?

 村の評判的にも」

 

「……!!!!!!!」

 

「あ、一応その二柱は私の信仰神でもあるのでどうかお願いします」

 

「な、なら、しょうがないにゃぁ……」

 

なお、決め手は胸元と私の聖痕。

さすがに、お願いし方があれだったせいで、横にいたヴァルターにちょっとにらまれてしまった。

さもあらん。

 

 

 



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第17話 建築

自分の努力もあり、兄弟神教会の設立は比較的速やかに始まった。

理由としては、村長の帰還によって、街道の安全性が証明されたこと。

村の若い男という名の衛兵が戻ってきたことにより、ヴァルターとベネちゃんという正規の冒険者が冒険者らしい活動ができるようになったこと。

 

『この私の名にかけても!速やかに件の教会を建設することを誓おうぞ!』

 

なによりも、腐っても貴族である村長のルドーがこの件に関しては積極的に協力してくれたからだ。

彼の協力により、他の村から教会を建築するための大工が呼ばれ、村に来る早馬の量が増えた。

単純に教会の建築というだけではなく、村の状況そのものもだいぶ改善されたのが眼に見えてわかる状態となった。

 

『今までこの手の作業は、オッタビィ……汚豚とシルグレットに任せていたからな。

 しかし、それでも今回は俺自ら出向いて報酬を払って、頼んでいる!

 だから、効果は抜群だろうな』

 

さすがにちょっとこれは動いてくれすぎでは?

仮にも貴族であるのにこの村長、フットワークが軽すぎである。

村長は、街道の安全性の証明ができて一石二鳥だろうと笑って言っていたがそれにしたって、期待やら信頼が重すぎてお腹が痛くなってくくる。

 

『せめてもの、お返しにもう少し色気のある服に変えたほうがいいかなぁ?』

 

『多分、それやり過ぎると村長の肉便器ルートになっちゃうけど、それでもいいのかい?』

 

流石にそれはご勘弁願いたいため、なればこそせめて建築の手伝いをすることで少しでも負担を減らす方向へと協力することにする。

 

「とりあえず、この図面通りにお願いします。

 あ、すいません、やっぱりこっちで。

 はい、はい、こっちの通りに」

 

そうして現在は建設真っ最中。

無数の大工が建材を選別に、石や木が順番に運び込まれていく。

地面がならされていき、建物の下地が出来上がっていく。

 

「それじゃぁ土台となる教会用の聖域結界を作りますので。

 少し離れていてくださいね~」

 

事前に準備した聖別した魔石や鉱石を配置し、祈りと魔力を込める。

すると、教会の建築予定地周辺が明らかに空気が変わり、雰囲気が変わる。

神聖さを感じるとともにどこか気持ちが高揚する、同時に恐怖も感じられる。

これを教会から感じられる気配としてふさわしいかと聞かれるとやや疑問ではある。

がそれでも、この教会が『冒険』と『死』をつかさどる神の家となることを考えれば、おおよそ間違いでもないのだろう。

 

「おおおぉぉぉ!まさか、教会建築用の結界神聖術……あるとは聞いておりましたが、まさか本当にこの眼で見れるとは!」

 

「それに、この教会の図面や装飾品を用意したのも、イオ司祭が行ったとか。

 うむむ、まさか、イオ司祭がここまで高名で信仰深い御方だったとは……、さすがだぁ!」

 

いや、やめてください。

そんな風にあがめないでください。

大工たちからの感心の声を聴きつつ、顔面が熱くなるのを感じる。

 

「い、いや、今回はあくまで『聖痕』の影響で、こういう術を使えと言われたり、教会の図面を教えられただけだからね?

 別に、私自身はそこまですごい司祭でもなんでもないからね?」

 

だからこそ私は、そんな誤解を解くためにも、大工たちに今回の自分の力の元手をきちんと説明した。

そうなのだ、今回の教会の図面や結界術が優れているのは、私の司祭としての腕はあんまり関係ないのだ。

一応結界を作る術自体は知っているが、日頃だと、これほどの精度で、神聖魔力を集めることなんてできないし、それに合わせた建物の図面なんてかけるわけもない。

なら、なんでそんなことができるかといえば、ひとえにそれは『聖痕』の影響だ。

この『聖痕』のせいで、夜寝るたびに夢の中で教会の図面や建てるときの作法、なんならこの周囲で一番建築に適した建材まで伝えてくるのだ。

だからこそ、今回はここまでできるわけで、日頃の自分ではまず不可能。

おそらく聖痕がなくなれば、このやけに高い神聖呪文への適性も戻ってくれるだろうし、そうなれば自分は元の回復魔法が苦手な死霊術師に戻るだろう、そうハッキリと彼らに伝えたのであった。

 

「つまり、これは神様の声をもとに作られた、神図面……だってこと!?」

 

「ふおおぉぉぉ!そんな栄えある建築に関われるなんて!

 それに、神の声を聞こえるのになお謙虚さを忘れないとは……さすがイオ様だぁ!」

 

やめてくれ。そういう風に褒めるのはやめてくれ。

自分がこの兄弟神の信仰を始めたのは、ただの死霊術を使っても怒られないためのカモフラージュのためだから。

それなのに、信心深いとか崇高とか言われると、真面目な神の信徒たちに申し訳なさすぎて、胃が痛くなってくる。

 

「でも、イオがそのセブン様とデス様の正式な司祭の資格を持っているのは確かなんでしょ?」

 

「……うん」

 

「聖印の輪の数は」

 

「……3つです」

 

「一般人が取れる中では最高峰の司祭資格を持っていると」

 

「さ、流石にそれで、信心深くないというのは無理があると思いますよ?

 とりあえず、拝んどいていいですか?」

 

苦笑しながらこちらを見るヴァルターと、こちらに軽く手を合わせてくるベネちゃん。

やめてくれ、自分が司祭資格を高めにとったのは、あくまで死霊術を使う際に教会からにらまれなくするためだけなんだ。

特に自分は、学園時代に師匠が吸血鬼化したせいで、疑惑を少しでも晴らすために取っただけで、それ以上の意味はないから。

 

「で、習得方法は?」

 

「強敵の討伐実績と、教会の高位司祭たちによる面談と推薦、後はペーパー試験とかかな」

 

「真面目に取ってきたと」

 

間違ってないけど、そんな当たり前なことを声を大にして言うのはやめてくれない?

自分としてはあくまでこんな僻地に来たのは、この片田舎でほのぼの魔術師スローライフを過ごすためなのだ。

それなのにこういうこちらを持ちあげる発言が続いてしまえば、どう考えてもこの教会の責任者とかそういうめんどくさいものに指名される未来が眼に見えてしまっている。

それに、司祭資格を取る方法なんて、基本的に真面目にやる以外の方法なんてないだろ!

 

「それに比べて、オッタビィア様……いや、汚豚はルドー様に嘆願して、一輪司祭に無理やりしてもらったとか」

 

「しかも、先日汚豚が遠征で教会にい続けたのも、司祭の輪の数を少しでも上げるためとか。

 しかも、あのやけに派手な装備や法衣も、教会に多くの金を寄付して譲ってもらったものだとか。

 やはり、太陽神の司祭は権威ばかりでダメだな。

 やっぱり時代は、冒険神様よ!」

 

なお、その例外が近くにいた模様。

 

「さすがに、それは例外中の例外だからね?

 普通の司祭は長年教会に勤めるとか、他の高位司祭に行いから認められるとか。

 そっちの方が一般的だからね?」

 

「でも、我々としては身近にいた聖職者があの豚しかいませんでしたので……」

 

「そもそもオラとしては、太陽神がスゲーことは知ってたけど。

 冒険神とか冥府神?っていうのは知らなかったべ。

 なら、イオ司祭様と豚の仕える神ではどっちがいいか?

 それでしか判断できねぇべさ」

 

う~~ん、この田舎特有の閉鎖感。

というかこのままだと、オッタビィア嬢のせいでこの地ではアンチ太陽神教になりかねないし、そうなると今よりももっとやばくなるのが眼に見えている。

 

「仕方ないなぁ……。

 なら、太陽神とか司祭とかについて、ここで軽く話しますので。

 よろしければ、聞いていってくださいね?」

 

かくして、この地でのカルト発祥を止めるため、さらには太陽神への誤解を止めるため。

さらには、自分への高まりすぎた期待値を少しでも下げるために、彼らに対してそれとなく、この世界における教会や神について、彼らに説いていくことにしたのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

なお、数日後。

兄弟神教会建築予定地にて。

 

「あ!今日もイオ様のありがたいお話が聞けるんだ!

 行かなきゃ!」

 

「こんなところで、神の奇跡を伝えてくださるとは……。

 ありがたやありがたや」

 

「いや~、イオ様の話はわかりやすいし、面白くていい!

 あの豚だと、基本的に威張るばっかりで内容がまるでなかったからな!」

 

「やっぱり、あいつはただの背信者だったのでは?」

 

「見てみてイオ様!

 わたしも、奇跡使えるようになった~!」

 

なんとそこには、こちらの話を聞きにやってきた無数の村人の姿が!

 

「おかしい……!!

 どうしてこうなった……!!」

 

「いや、そりゃ毎日毎日、神の話とか教会の話を無料で聞かせてくるとなればね」

 

「こ、この村では、ただでさえ娯楽が少ないですし……。

 なにより、イオさんの話は面白いですからね!」

 

かくして、この日からしばらく、教会の建築が終わる日まで、このありがたいお話とやらは定期的に続けざるを得なくなるのでしたとさ。

 



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第18話 イオ司祭の大変ありがたいお話

こうして始まってしまった、教会建設まで連日のお話会という名のミサの時間。

自由な時間や昼寝が大好きな私としては、今すぐにでも、お断りしたいのが本音ではある。

が、そうもいかないのが聖職者兼死霊術師のつらいところ。

なぜなら今でこそこの聖痕のおかげで、やや好印象にみられてはいるが、それでも死霊術師はそれだけで悪評がたまりやすい存在なのだ。

もちろん連日の行いのおかげで、数日休んだり、ミサを完全中止にしただけでは完全に村から排斥されるとまではいかないだろうが、いい印象を与えないのは確か。

その上聖痕のせいで、今の私には神の強力な監視までついているのだ。

 

「だからこそ、私としてはさっさと教会建築を終えてもらって。

 いい感じに聖痕を除去した後に、力を失ったとか言ってミサを中止に。

 再び、元の田舎魔術師スローライフへと戻りたいんだ」

 

「は、はぁ」

 

「今の状態だと、こういうベネちゃんと一緒に採集系依頼でお出かけするのも今の私にとっては結構な癒しになるんだ~。

 やっぱり私には教会の司祭とか、そういうのは向いてないって!

 それならまだ、冒険者や山師のほうがまだ精神的に楽!」

 

「は、はぁ」

 

「あ、道順に関してはおおよそ死霊の斥候行かせているから、多分問題ないからね。

 目的地に関しても、きちんと神託と斥候の両方で確認済みだし。

 依頼自体はすぐに終わると思うよ」

 

「は、はぁ」

 

村から少し外れた森の中、ベネちゃんと獣道を歩きつつ、そんなことを話す。

ここのところ、聖職者として行動が多すぎたため元々はそこまで好きでもなかった冒険者活動ですら癒しを感じているが本音だ。

 

「……え、えっと、そのちょっといいですか?」

 

「うん?なんだいベネちゃん?」

 

「い、イオさんは、自分が教会の司祭に向いてない、そう思われているんですよね?」

 

「いや、まぁそりゃそうでしょ。

 死霊術師だし、俗物だし、神への信仰心とかもだいぶ怪しいし。

 今でも隙あれば、どうやって、ミサを中止にするのか考えてるのが日常だし」

 

「それで、今やっていることは……?」

 

「え?明日のミサで使うための素材集め。

 そろそろ、みんなも話だけでは飽きるだろうから、レクリエーションも必要かなって」

 

なぜか、ジト目でこちらの方を見るベネちゃん。

いや、今何かおかしなことを言ったか?

 

「あ!報酬のほうはきちんとあるから安心してね!

 ちゃんと村長やシルグレットと交渉して、村の方からもある程度予算を出してくれることになったから!」

 

「それに、最近は連日のお話会のおかげで、寄付も奉納もそこそこ集まっているんだ。

 もっとも、それは、ほとんどは神様への贈り物になるけど、神聖な宗教活動のためならば、多少勝手に使用することは認められているからね。

 報酬が少なくて嫌になるのは、私達は嫌というほど体験しているからねぇ。

 そこからも追加報酬を出すから、心配しないでね!」

 

なぜか、自分の発言に溜息を吐くベネちゃん。

何か失言をしたかと焦ったが、それでもその後採集場所に到着後、無事目的のものを入手することに成功。

やっぱり自分は司祭よりは冒険者寄りだな。

そう思いながら、帰路につき、自宅に戻ってから翌日のミサの準備をするのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

「と、いうわけで今日は教会の建築もお休みだからね~。

 今日はみんなで、神様の加護のついたお守り(チャーム)を作ってみようか!」

 

「「「「は~~~い!!」」」」

 

かくして下準備をした翌日、今日も相変わらずの説法会である。

もっとも、今日はただの説法ではなく、聖なるお守りを作るという聞くだけでは済まない内容。

だからこそ今回は好き嫌いが分かれるだろうと思い、いつもよりは参加者が減る予想ではあったが……。

なんかむしろいつもよりも多くない?

仕事とか大丈夫なの?

 

「大丈夫でさぁ。

 今日のためにちゃんと仕事は早く終わらせてきたさぁ」

 

「それに今回のミサでは参加するだけで、ありがたいお守りをもらえるだなんて……。

 イオ様から祝福されるお守りなんて、それこそ素晴らしいものに違いありませんから!」

 

重い……あまりにも期待が重い!

期待してもらっているところ悪いが、今回作るお守りの効果なんて、せいぜいちょっとだけ風邪をひきにくくなるとか、死んだときアンデッドになりにくいとか。

それに少しだけ奇跡を覚えやすくなるとかその程度の効能しかないので割と期待が重すぎる気がする。

 

「むしろ、それはできすぎでは?」

 

「つまり、最近奇跡に目覚めたアンヌみたいに、なれるかもしれないってこと!?

 あの、慢性の虚弱体質が治って、むしろ病気を治すことができるようになったアンヌみたいに!?」

 

「とりあえず、お守りを100ほど作らせてください」

 

畜生、村人の一人に大成功した子がいるせいで、半端に期待が高まりすぎている。

一人大成功した例がいるせいで、みんなワンチャンあるかもみたいな願望が透けて見える。

あんまり、こういうのはよくないんだけどな~と思いつつも、事前準備はきっちりしたので、ここで中止する気もない。

 

「今回は事前に七大善神と冥府神のお守り用の素材を集めてまいりましたし、寄付していただいた布と紐があります。

 だからこれで、各々一番信仰したい神、またはその加護が欲しい神のチャームを作っていきましょうね」

 

「え!好きな神様を選んでいいの!?」

 

「ええ、もちろんです。

 以前のミサで皆さんも各々の神について、興味や信仰を持たれたと思うので。

 大丈夫ですよ、それぞれの素材はすでに聖別を済ませているので、後は信仰心さえあればきちんとチャームとして機能しますよ」

 

もっとも、そのせいで事前準備やら素材集めがそれなりに大変であり、それを口実に費用やら時間をたっぷり稼がせてもらったけどな!

それに、七大善神のお守り全部作れるとは言ったけど、まぁ効能はどれもあんまり強くない的な意味で似たりよったりだし。

そういう意味ではあんまりどれを選んでも関係ないかもしれない。

 

「じゃぁ私、魔導神にする!私将来は魔法使いになりたいの!

 確か月の女神さまで、どんな魔法も使えるんでしょ?」

 

「なら、おらは水神様だべ。

 そろそろ、うちのおっかぁがお産だからなぁ。

 無事で健康な子を産んでほしいんだべ」

 

でもまぁ、こういうのってテンション上がるよね!

自分もかつて、初めて教会に連れていかれた時、多くの神の像の前でテンションが上がったものだ。

まぁ、こちとら死霊術師ゆえ、冥府神を信仰するしかなかったから、自由に選べる村のみんなが少しだけ羨ましかったり。

 

「ね~ね~、イオ司祭様~。

 水神様や魔導神様は何となく効能が分かるけど、その他の……。

 特に太陽神様と冒険神様、それと冥府神様のお守りにはどういう効果があるの?」

 

「太陽神様のは、基本的にはありとあらゆる効能があるかな?

 しいてあげるなら、健康とか豊作とかが有名だね。

 とりあえず、この村には太陽神様の教会がありますので、迷ったらこの神様のチャームを作るのもいいでしょう」

 

誰のせいかとは言わないが、最近この村では太陽神の信仰が下がっているため、少しでも太陽神を上げておかないとね。

個人的には、きちんと教会担当司祭にその辺フォローしてほしいので、早く善行なりクエストなりを達成して、さっさと村の教会付き司祭として復帰してほしいのが本音だ。

 

「冒険神様も、この開拓地的にはほぼほぼ万能神様かな?

 未知や危険に挑むとき、大怪我をしたときにほんの少しだけ天の導きがあるといわれているね。

 ……ああ、あと賭け事の神様でもあるね、一部では需要が高いチャームであったりもします」

 

自分の発言を聞いてか、何人かの悪そうな顔をした大人達がこそこそと冒険神のお守りを作り始めた。

お前ら色々と現金だな。

ついでとばかりに、旅商人さん、商品価値があるからって、勝手に複数つくろうとしないでね?

一人一個までだし、あんまりひどいとたたき出すぞ。

 

「それで、冥府神は?」

 

「呪術と一部神聖術耐性、さらには怨敵への復讐祈願」

 

「え」

 

「呪術と一部神聖術耐性、さらには怨敵への復讐祈願」

 

「えぇ……」

 

質問してきた人が思わずすっごく微妙な表情をしているのが分かる。

いやでもマジでそうなんだからそうだとしか言いようがないのだ。

一応より詳しく言えば、冥府神は死と冥府をつかさどる神ゆえに、一部墓守などに信仰され、加護としては亡霊やゾンビの呪いや病気に強い耐性を持てたり、一部【聖罰】などの信仰呪文に対して強い耐性を持つことができる。

実際、私が、先日オッタビィアからの【聖罰】に対して、自分自身だけではなく、自分の使役霊も守れたのは、間違いなく冥府神の加護のおかげだ。

 

「……でもまぁ、それでもあんまり普通の人が日常的に信仰するには……。

 すこ~し、人を選ぶ信仰ですね」

 

え?自分の信仰神なのにその言い草はいいのかって?

しょうがないだろ、これが真実なんだから。

 

「つまり、冥府神のお守りを持てば、あのにっくき●●●へ復讐できるかもってこと!?」

 

「つまりこの神様を信仰すれば、イオ様と同じ死霊術師になれるかも……ってこと」

 

「……」

 

なんかそれでも、一部の村人が冥府神のチャームを作り始めているし。

笑いながらや憧れを持って作る人はまだいい。

でも、ストロング村の生き残りの子の一部が、無言で冥府神のお守りを作っている姿はこう……普通に怖いから、マジでなんとかしてください。

しかしながら、それでもおおむね今回のチャーム作成のミサはおおむね平和に進行。

これで、聖痕からの連日の神託押し付けも少しは軽くなるだろう。

 

 

 

「っふ!ならば俺はここで合体チャーム発動!

 勇神と太陽神のチャーム素材を合体させることにより!

 一つで二つの効果をする、最強のお守りを作成する!」

 

「す、すげぇええ!!!かっこいい!!!」

 

「なにあれなにあれ!

 私もあれやってみたい!」

 

でもね、村長。

なんで、あなたまでこのお守り作成会に参加してるの?

しかも、わざわざ祝福の仕方がめんどくさくなる配合やめろ。

 

「でも、勇神と太陽神は相性がいいから、できなくはないはずだろ?

 くくくくく、双方と相性のいい素材も俺自身が持ち込みでもってきているからな!

 通常よりも強力で且つ、作りやすいはずだ」

 

「やべぇ!流石村長!

 できることも学も違う!」

 

「ずりーぞ!村長!

 っく!そんなかっこいいチャームを見せられたら……俺達まで作りたくなってしまうじゃないか!」

 

「はっはっはっは!

 悔しかったらお前らも、貴族になるか冒険者、もしくは聖職者になってみろ!

 複合チャームの組み合わせは、専用素材や学が必要だからなぁ!

 もしすごいチャームを作れたら、俺の家で衛兵や下働きとして雇ってもいいぞ!」

 

村長の発言に、一部やる気を出す人や対抗心を燃やす人が現れる。

かくして、村人に向かって謎にマウントを取る村長を見つつ、なぜ今回のミサに対して、村長がことさらに支援してくれたのかを、何となく察したのでした。

 

 



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第19話 関係ないけど、身嗜みを整えるために、一緒に洗い合いもry

「は~い!というわけで、皆さんお疲れさまでした~!

 というわけで、お守り完成を記念して、ちょっとした炊き出しも準備しましたよ~!」

 

「狐とキノコのスープです!

 狐はベネさんが、キノコはイオ司祭が準備してくれました~!」

 

さて、ミサとチャーム作成も一段落、思ったよりも時間が遅くなってしまった。

流石にこの後のお守りに奇跡の力を与える祈祷の時間を含めると、帰ってから料理を作るのも大変であろう。

というわけで、事前にシルグレットにもしもの時にと頼んでおいたが、どうやら今回は正解だったようだ。

 

「ふはぁ~おいしい~!」

 

「ん!骨のだしに塩、それにこれは……辛子茸とルマ茸か!

 結構珍しいはずのキノコなのに、こりゃぁごちそうだな!」

 

おいそうに食べている住人をみつつ、どうやらこれらのキノコの品質に問題がなさそうなのを確認。

これなら今度から教会や個人として販売していくのに問題なさそうで何よりである。

 

「っふ!事前にこっそり持ってきておいた保存用のかた~い黒パンでも!

 このスープに浸してからやわらかくすれば……うまい!!」

 

「あぁ!村長ずっけぇ!

 事前に炊き出しがあるのを知ってたんだな!」

 

「ふははははは!これが村長特権だ!元騎士の力だ!

 お前らも悔しかったら、武功の1つでもあげるんだな!」

 

そして、またしょうもないところで子供相手にマウントを取っている村長。

色々突っ込みどころがあるがそれでもなお、なぜ今回のミサに参加したのかを聞いておく。

 

「ああ、それに関しては村のみんなと交流を深めるためと……。

 それと、今回どうしてもお前に頼みたいことがあったからだな」

 

貴族とは思えぬ、がつがつとした食事の摂り方をしながら、村長はこちらに話しかけてくる。

 

「それは今ここで話しても大丈夫な類の話ですか?」

 

「ん~、それに関しては大丈夫なんだが……。

 その……」

 

自分の発言に、村長は気まずそうに視線をそらす。

そして、そのまま視線を炊き出しの鍋のある方へと向け……。

 

 

 

「あ、あの、私にも一杯……」

 

「く、くせぇええ!!こんなところになんでお前が来るんだよぉ!

 お前は仮とはいえ、太陽神の司祭なんだろ?

 さっさと帰りやがれ!」

 

「司祭の癖に他の神のミサに、飯の時だけ参加するとか、恥とかそういう思いはないんか?」

 

「いや、その……おいしそうな匂いだったので……」

 

「卑しい……卑しすぎる。

 こんなのでも司祭になれるとかマジかよ……」

 

「汚豚に絶望しました。

 太陽神の信徒やめます」

 

なんと、そこには炊き出しだけもらおうとして、村人から総批難されているオッタビィア嬢の姿が!

 

「とりあえず、あいつ……いや、あの()()を、見れる程度まで戻してくれると助かる。

 でないと、このままではアイツが死ぬか、もしくは太陽神教会がつぶれてしまうからな」

 

かくして、私は溜息を吐きつつ、村人から総叩きにされて涙目にされている太陽神司祭を回収するのでした。

 

 

☆★☆★

 

 

ギャレン村太陽神教会在住、太陽神司祭オッタビィア・ディ・ヴァンサン。

彼女が初めて自意識を持った時は、すでに彼女は孤児であった。

地方の田舎都市にて、差別をされながら、日々人目を避けながら生きてきた。

飢えもしたし、奪いもした。

それにより恨みを買い、棒叩きにされることもしばしば。

自他ともに認める卑しい生まれであった。

そんな彼女にとっての初の転機は、とある貴族の子息の目に留まったことであった。

 

『盗みをしなければ生きていけない?

 ならば俺についてこい!俺の部下になったら、そんなことをせずとも生きていけるはず!

 そして、俺とともに陽の道を歩もうじゃないか!』

 

彼の名はルドー。

騎士上がりの貴族であるルノー家の次男であり、名もなき獣である自分を拾ってくれた優しい王子様であった。

彼のおかげで彼女は心を知り、礼節を知り、そして、名前ももらった。

彼女は獣から人へと生まれ変わったのだ。

だからこそ、彼女は彼への恩を返すために、あるいは無学な自分でも少しでも役に立つために、日々できることをしようとした。

少しでも彼の顔を汚さぬように礼節を積み、神への祈りを捧げ、礼儀作法を覚えた。

自分の地位を失わぬように、周囲の貴族や家内には失礼のない様に過ごす術を学んだ。

そして、そんな努力が実ったのだろう。

 

『おぉぉ!?それは……奇跡!?まさか、神から奇跡を授かったのか!』

 

彼女の人生の第二の転換期は、神により与えられたのであった。

限られた謙虚な信者にしか目覚めぬはずのその祈りと信仰心は、奇跡という証拠を以て、証明されることになった。

そこからの彼女の人生は上り調子であった。

洗礼名をもらうことで、ただの拾い子から、貴族の家付き聖職者としてランクアップし、その地位によりとある商家から養子として迎え入れられることにもなった。

残念ながら、彼女にはルノー家へ迎え入れられる妻としては格も生まれも足りないが、それでも彼の横に立つのには申し分ない程度にはなれたと胸を張って言えるようになった。

その時彼女はすべてが上手くいくと思っていた。

日々強くなる司祭としての力や、改善されていく周囲との関係性。

自分がかつての名もなき乞食ではなく、最高神により保証された高貴なる血を持つ一族へと近づいていく実感を得ていた。

だからこそ、次の人生の転換期は、彼女にとって計り知れないほどショックなものであった。

 

『とうとうルノー家に対しても、イラダ地方の開拓及び居住区の建設指令が王より発せられた。

 現在まで多くの貴族や騎士の子息が挑戦し、そのほとんどが失敗しているが……それでも、王命は絶対だ。

 やり遂げねばならんだろう』

 

そう、それは開拓指令。

王国が近年ようやく獲得したのに、一向に開拓が進まぬ土地。

呪われ、血に濡れ、魔に魅入られた地方イラダ。

そこを開拓するため、あるいはその地の呪いが溢れぬ様に、開拓者という名の生贄を選ぶ命令が、このルノー家へにも下ってしまったのだ。

 

『なら、その王命には俺が行くことにする。

 兄貴は当然家を継がないといけないし、弟に関しては体が虚弱だからな。

 なら俺が行くしかないだろう』

 

『え、えっとその、普通の家では代理人をつかって、その方に開拓を頼むのが常です。

 だから、わざわざルドー様自らがそこに出向く必要は……』

 

『いや、最近は代理人を使用することの多さに王が苛立っておられると聞く。

 特に騎士上がりの貴族の場合は、それを理由に家が取り潰された場合もあるそうだ。

 なればこそ、今回は俺が行く。

 いや、行かねばならないのだ!』

 

そして、3回目の人生の転換期。

それこそが彼女の恩人であるルドーが、開拓村へ出向することを決めたことであった。

そうして、彼女は悩んだ。

確かにルドーは彼女の恩人ではある。

拾ってもらった恩もあるし、あこがれや恋に似た感情もある。

しかしながら、それは自分の命を賭けるのに足るものなのか?

今の彼女は、すでにルドーやルノー家を頼らずともどうにかできるだけの立場にいた。

貴族付の商人の養子であり、太陽神の正当な聖職者としての立場をもった。

更には貴族間との豊富なコネクションなどもあった。

しかし、結局彼女は、悩みぬいた末に、ルドーについていくことにした。

自身の借りた恩を返すため、あるいは太陽神の信者としての正義感。

さらには、ここで日和ることにより、周囲から失望される事を恐れて、彼女はルドーのお付きの聖職者としてこの開拓事業に協力することにした。

 

『……こうなれば、確実にルドー様だけでも生存させなければ』

 

しかし、それでも彼女の目的は、別にあった。

新しく開拓を成功させると息巻いている彼女の恩人や知り合いを尻目に、ただただルドーの生存のみを考え、いかにこの開拓業を安全に失敗させるかを考えていた。

そう、なぜなら、今回彼女がこの開拓事業に参加したのは、村長であり恩人である、ルドーの身の安全を確保させる、そのためだけなのだから……。

 

 

 

「それなのにぃ、私はすっごく頑張ったのにぃ!

 よりにもよって、ルドー様に嫌われちゃうなんてぇえええ!!!

 うわぁああああああああん!!!」

 

「はいはい、泣け泣け。

 とりあえず人払いは済ませているから」

 

かくして現在自分たちがいるのは、太陽神の教会の一室。

そこで、泣きじゃくるオッタビィア嬢を全力で慰めていた。

 

「わだくじだってぇ、心が痛まないわけではなかったんですよ?

 でもぉ、ルドー様を死なせないためには、ごうするじかながったんですよぉ!」

 

そうして、彼女を慰めつつ聞くと次から次へと、無数の悪事を露呈していく。

例えば今回の村長の遠征がやけに帰ってくるのが遅かった理由とか、ゴブリンごときで交通が止まった理由とか。

そもそも領主からの命令で、村の防衛を担当していた若い男をほとんど連れて行った理由とか。

そのほとんどの原因が、このオッタビィア嬢にあったのだ。

 

「だって、だって、仕方ないでしょう!

 万が一それでルドー様が大怪我でもしたら……。

 そもそも、ルドー様はこんな危険な場所にいるべき御方じゃないんですよぉ!

 それなのに、なんで……どうして……」

 

それでも不幸中の幸いとか、最後の良心のおかげか、彼女は直接この村に害を与えることだけはしなかったようだ。

具体的には、この村に到着したときの盗賊騒ぎとか、ゴブリンの発生そのものには彼女は関わっていないとのこと。

よかった、そこまでやっていたら、マジものの縛り首になるところだったぞ?

自分もここまで知り合った相手が処刑台に行くのはさすがに心が痛い。

 

「そもそもぉ!あなたも、少しは……いや、ほんのちょびっとは責任があるんですよ!

 私が、こんな風になったのはあなたが少しくらい関係がありましてよ」

 

「そうだね。

 初めに出会った時、ちゃんと自分が三輪司祭だって自己紹介したほうがよかったかもしれないからね。

 正直ちょっと聖職者マウントになりかねないから、抑えていたんだけど……。

 今回に関してはむしろ逆効果だったね、ごめんね?」

 

「ごめんなさいすいません。

 悪いのは私なんです、だから見捨てないで謝らないでごめんなさいごめんなさい」

 

びっくりするほど腰低いな!

おそらく今回の件で、彼女は想像以上に心が折れてしまったのだろう。

流石にこのままでは不憫なので、大丈夫であると安心させるためにもそっと彼女を抱きしめて、頭をなでた。

 

「うぅ、うぅ……。

 元凶で憎いはずなのに……。

 彼女も私のことを嫌ってもおかしくないのに……。

 すごく優しい……好き……」

 

どうやら、ある程度正気に戻ってくれたようだ。

というか、彼女も結構ふくよかな女性であるため、元男の自分としては結構役得感が強い、もうけもうけ。

 

「ところでイオさ……イオ司祭様は、どうして私の事を嫌わないのですか?

 聖痕の影響で、この村のみんなは、そして、あのルドー様ですら私を嫌っているのに……」

 

「それに関しては、私が冥府神の司祭でもあるからかな?

 冥府神の加護は一部の神聖術の影響を無理なくはねのけることができるからね。

 例えば、それが聖痕だとしても……ね」

 

「はえー、冥府神にそのような加護が……」

 

なお、冥府神の加護の効果は、このようにかな~り限定的で使いにくいのが本音だ。

一応、より詳しく言うのなら、冥府神の加護により、魂に干渉する奇跡や呪いが普通の聖職者よりもさらに効きにくくなるというものがあるのだ。

一見この加護はクソ強く聞こえるが、その実、そんな呪いや奇跡に遭遇することはかなりまれである。

それに、聖職者なら、大なり小なり神からの加護をもらう上で魂の保護効果は付与されていたりするのだ。

だからこそ、こんな事態でもない限り、基本的にこの効果は蛇足。

一般人的には信仰するうま味の薄い神様であることには間違いないのだろう。

 

「つまりは、あくまでイオ司祭様が私を優しくしてくれているのは、冥府神の加護のおかげで……」

 

「いや?どうやらオッタビィアちゃんは根はいい娘みたいだからね。

 あなたが優しい娘なのはわかっているし、個人的に応援したいと思っているよ」

 

「……~~~っっっ!!!」

 

自分の言葉を聞くや否や、改めてこちらを強く抱きしめてくるオッタビィア嬢。

流石にちょろすぎでは?と思う反面、この田舎という閉鎖空間で自分以外味方がいなくなってしまったら、こうもなるかという嫌な納得感がある。

一瞬このまま自分にドロドロに依存させて、エッチな関係にでもなってやろうかという変な野心が生まれかけたが、流石にそれは良心でなんとか収める。

太陽神の聖痕という名の見張りもこわいし。

 

「それに、オッタビィアちゃんはルドー村長が君を見捨てたみたいに言っていたけど……。

 どうやら、あの人はまだ君を完全には見捨てていないとは思うよ?

 ちょうど、さっきのミサ終わりにルドー村長にあなたの事を頼まれたから」

 

「え、えぇ!そ、それは本当ですか!

 よ、よかった、とうとう名前すら呼ばれず、家からも追い出されてしまい……。

 完全に見捨てられたと思いましたが……本当によかった」

 

もっとも、あくまで村長のオッタビィア嬢に対する言い方は、あのごみをいい感じに処分とか。

やっかいな浮浪者に、あとくされなく見えなくしてくれとかそんなニュアンスを感じなくもなかったが。

それは言わぬが花だろう。

 

「それに、オッタビィアちゃんはまだ神に見捨てられていないみたいだからね!

 だからこそ、これからしばらくちゃんと品行方正に過ごせば、その聖痕の導きに従い、正しく贖罪すれば、すぐにでも元通りに!

 つまりは聖痕を治すことができるはずだよ」

 

「そ、それは本当ですか!?

 毎日太陽神への祈りを続けても、懺悔を続けても一向に減らなかったこの聖痕を!

 このような地獄から、脱出する方法があるのですか!?」

 

オッタビィア嬢がすがるような眼でこちらを見つめてくる。

その眼は潤み、頬は赤くなっており、強い期待と哀愁が見え隠れしている。

そんな彼女の様子に、少々あきれ果てつつも、彼女の顔を見つつ、こう宣言するのであった。

 

 

 

「というわけで、聖痕を治すための第一歩として。

 とりあえず、働こうか」

 

「……え」

 

さもあらん。

 



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第20話 冒険聖職者とは

さて、翌日。

ぐずるオッタビィアをなんとか説得し、引きずるように酒場へ連行。

あきれ顔のシルグレットを尻目に、なんとかその手続きを終えることができた。

 

「……というわけで、オッタビィア。

 今日からお前もめでたくギャレン村の冒険者の仲間入りというわけだ。

 一応、今はまだだが、近い内にギャレン村の冒険者達には専用の冒険者の証を配布する予定だからな」

 

「おぉ~!村付きとはいえ冒険者の証ができるのはめでたいねぇ!」

 

「それに関しては、交通量と治安の問題だな。

 最近は交通量が増えてきたおかげで、外部の人間も増えてきたからな。

 さらには盗賊の類も増えてきたから、武器を持っている場合にどっちがどっちだか、区別をつけられるようにしといたほうがいいだろ」

 

う~ん、前半はありがたいニュースだけど、後半はちょっと怖いニュースである。

そもそも最初にこの村に来た時にいた盗賊団も、結局は行方知れずであるし、生きているならばそんなに遠くに行ってなさそうである。

さらには、あの盗賊たちはただの野盗にしては結構いい武器を持っていたので、正直あのレベルの戦闘集団がこの村の周囲で野放しになっていることを考えるとなかなかに怖い話だ。

今度暇なときにでも、浮遊霊に捜索でもさせてみるか?

まぁ、残念ながら連日のミサのせいで暇な日なんてめったにないわけだが。

 

「う、うう、ううううう!

 そもそも私は、あくまで教会内部での祈りを持って、神にお仕えする司祭であって……。

 い、いえ、決して冒険者のまねごともできないわけではないですが……」

 

そして未だ冒険者になったことを悩み続けているオッタビィア。

 

「そ、そうです!

 冒険者司祭なら、あくまで回復や結界の奇跡をするだけの依頼なら私でも問題なく…」

 

「いや、流石にその手の依頼は信用第一だからな。

 村内部ならわざわざ冒険者としてのお前に頼まないし、今のお前にそういうのを頼みたい奴はほとんどいないぞ」

 

「まぁ、他の村にまで行くタイプならなくもないだろうけど、今のオッタビィアちゃんだとね……。

 多分、聖痕のせいで行った時点で門前払いされるだろうけど、それでもいいの?」

 

残酷な現実に思わず頭を抱えるオッタビィア。

 

「ところで、イオ。

 お前にその手の依頼は……」

 

「えぇ!依頼で合法的にミサをお休みにしていいだって!?」

 

「すまん、やっぱり何でもない」

 

このクソ店主め。

というか、村の利益的には一回外で祈祷の類をするよりも、村内部のミサのほうが村的には利益が上とか、どういう判断だよ。

え?村にくる商人も楽しみにしているし、リクエストも来てるだって?しらんがな。

 

「うう、うううう!そ、そうです!

 そもそも今の私は聖痕のせいで最下層の乞食時代に戻っているのです!

 そもそも冒険者になっても、だれも私に依頼なんかしないに決まっています!」

 

「そうなるとやっぱり、私にとっての神の恩赦を受ける最適解は、祈るです!

 だから、連日すべてを捨てて祈りを続ければ……!!」

 

そしてこちらもこちらで、大変な問題児である。

というか、この娘はどうやら、あの聖罰で自爆した日から、自分の聖痕を解除するために行っていることがひたすらに祈ることだけだったそうだ。

しかも、その間教会に信者がやってきても、全て締め出し祈りと懺悔を繰り返し続けていたとか。

いや、それじゃ聖痕も減らんやろ。

 

「それに、今回の依頼に関してはオッタビィアちゃんでも絶対に断られないし、むしろオッタビィアちゃんに指名依頼だから。

 その点は安心してよ」

 

「な、なんでそう言えるのですか!?

 どうせ太陽神の司祭であると知ってもこの私の状況を見れば、断られるにききまって……」

 

「なぜなら、この依頼の依頼主は私だからね。

 オッタビィアちゃんの状況はよくわかってるから、その点は安心して?」

 

「ふぇ?」

 

「というわけで、さっそくオッタビィアちゃんの冒険者としての初めての依頼。

 【獣道の警備依頼】、やってみようか」

 

かくして、呆けた顔をするオッタビィア嬢を引きずり出しながら、さっそく彼女に冒険者としての準備をさせるのでしたとさ。

 

 

★☆★☆

 

 

「はい!というわけで、これが笛ね。

 危ない魔物や獣が来たときはこれを吹いてね」

 

「もちろんこの道は、これから先多くの人が通ることになるから、倒せるなら倒してもいいけど……。

 でも無理は禁物だよ」

 

かくして、依頼日当日。

オッタビィアは村からそこそこ近い獣道にいた。

今回の依頼内容は、この獣道の警備、この道には多くの子供や村人が通過するため、その間にこの道に魔物や危険な生き物が現れないかを見張るというのが彼女の任務であった。

 

「というわけで、今から私は今日のミサという名の遠足、いや、油陽草狩りの引率があるから。

 ここからは見守れないけど、敬虔で優秀な神の信徒であるオッタビィアちゃんなら、無理なく達成できるはずだよ」

 

「……はい」

 

「それに、この依頼をきっちり達成できれば、その聖痕も絶対に減らすことができるから!

 それは三輪の司祭である私が保証するから、がんばってね!

 応援しているよ!」

 

「……はい!」

 

かくしてオッタビィアの冒険者としての初の依頼はこうして始まった。

天気は憎いほどの晴天であり、実に遠足日和だ。

依頼内容としては、村人達が油陽草の群生地に行き来するまでの間、その道のりの中で指定された区間を行ったり来たりして、その安全性を確認することであった。

幸い、道に関しては獣道も最低限踏み固められており、道に迷うことは恐らくない。

件の神罰のせいで焼け落ちてしまったはずの聖職者としての装備も、依頼主であるイオが用意してくれた。(しかも、虫除けの加護付きで!)

本来は不本意であるはずの冒険者としての第一歩ではあるが、太陽神の信徒的には悪くない日といえるだろう。

 

「……本当に、こんな身の上でもなければ、悪くない日だったんでしょうけどね」

 

このような快晴の日には、様々な思い出が彼女の脳内をよぎった。

かつての乞食であり、飢え苦しんだ日々から、ルドーに拾われ、獣から人となった日。

更には神の声を聞いた日など、彼女の人生の転機となる日はいつも見上げてしまう程の快晴であった。

 

「そういえば、幼いころのルドー様はいつも晴れの日には、冒険のために私を連れだしていましたね。

 ……ふふふっ」

 

時々、道を通ってくる村人を遠巻きに見守りながら、彼女はルドーに拾われた当時の幼き頃の日々を思い出していた。

当時はルドーと彼女自身はもっと親しく、冒険という名の森の中の散策も楽しく行っていたはずであった。

しかし、それが変わったのはいつごろからだろうか?

神の声を聴き、自分がそれが天職だと悟ったときからか?

ルドーの直接隣にいるのではなく、学や礼節を学ぶことで役立つことを選んでしまった時からか?

ルドーのためと言いながら、ルドー個人よりもルノー家の事情を優先させることが多くなってからか?

 

「ああっ……だからこそ、ルドー様は……あそこまで、私を……」

 

そして、そのようにわが身を顧みたからこそ、彼女は気が付いてしまったのであった。

なぜ、ルドーが聖痕込みであっても、あそこまで自分を嫌ってしまったのか。

そう、シルグレットなどのかつての知り合いだと聖痕の影響下でも最低限の対応はしてくれたのに、なぜルドーが彼女に対して厳しい姿勢をとるようになってしまったのか。

 

「私は、知らず知らずのうちに……あの方も裏切っていたのですね」

 

その言葉を吐露するとともに、彼女の体についた聖痕の1つがほんのり薄くなるのを感じた。

初めて自分の懺悔が意味を成し、神に届いた気がした。

この聖刻が消えたら、いや、この依頼が終わった後でもいい、一度きちんとルドー様に謝ろう。

言い訳ではなく、聖職者としてではなく、自分自身の言葉で。

 

……しかし、そんな彼女の決意を邪魔するかの如く、それは現れた。

 

「……っ!なに!?

 何者です!出てきなさい!」

 

森の奥の方でわずかにうごめく影に、オッタビィアは素早く反応し、声を上げる。

イオに用意してもらった太陽神の魔除けを握りしめながら、物音がする方をにらみつけた。

すると、彼女の声が聞こえてか、その物影はゆっくりとその全容を現してきた。

それは一種の植物の球根に似た姿でありながら、植物ではありえないほど運動性を発揮し。

無数の植物性の根や蔦をうねらせ、こちらに向かって移動してきた。

 

「う!あ、あの姿は……【イビル・ローパー】!

 こんなところにも、生息していたのですか!」

 

そう、その現れた化け物の名前は【イビル・ローパー】。

植物質の魔物の一種であり、邪神によってつくられた恐るべき知性なき化け物。

見た目は巨大な植物球に似ていながら、その本質は邪悪。

人間や陽の魔力に依存する生物に積極的に襲い掛かり、その蔦をもって獲物を絞め殺す。

移動こそ遅いがその触手のスピードと力はかなりの物。

待ち伏せを得意とし、ただの植物と勘違いして近づいた人間や獣を襲い、その死骸を栄養とするかなり邪悪な魔物だ。

 

「うぐ……」

 

その魔物を見た瞬間、彼女の脳裏に、無数の悪夢がよみがえった。

彼女がまだ孤児であったころ、知り合いの乞食がこの魔物に睡眠中に襲われ、絞殺されていた思い出。

ルドーとの冒険で、茂みに隠れていたこの魔物に襲われ、危うく死にかけた思い出。

 

「……っふ、っふ、落ち着きなさい。落ち着きなさい私。

 とりあえず、とりあえずは、まずは笛を……」

 

様々なトラウマから、顔を青くしつつ、彼女は急いで笛を吹く。

すると、笛からかん高い山鳥に似た透き通った音が周囲に鳴り響き、魔物の襲来を四方に伝えることに成功した。

 

「あとは、あとは、あの魔物が去ってくれれば……」

 

魔除けを握る彼女の手により多くの汗が噴き出す。

件の魔物の一挙手一投足を見逃さないように、彼女はその魔物の姿を凝視し続けていた。

魔物は危険な存在である、できるならばさっさと消えてくれ、自分の視界から消えてくれとオッタビィアは祈るようにイビル・ローパーをにらみつけ続けた。

 

「……っ!!なぜ、なぜこちらに近づいてくるんですか!!」

 

しかし、彼女の願いとは裏腹に、イビル・ローパーはゆっくりと、しかし確実に彼女の方へと近づいていた。

 

「誰か助けに……いや、そうじゃない、そうじゃないですよ私」

 

無数のトラウマと恐怖に悩む中。

彼女は今の状態を打開する手段を知っていた。

 

「でも……あの奇跡は、まだほとんど使ったことはないのに……!!」

 

そう、オッタビィアは一応は魔物を倒すための神聖呪文を。

光の矢を以て、魔物を貫く聖なる奇跡を授かってはいた。

しかし、今まで冒険者でもなく、冒険すらほとんどしたことがない彼女は、その奇跡を正しく使える気がしなかった。

 

(ましてや今の私は、【聖痕】付きだから、神は太陽神様は、本当にこんな私でも力を貸してくれるのでしょうか?

 もし、もし今ここで見捨てられたら……私は……!!)

 

その瞬間彼女の脳裏によみがえる、先日の【聖罰】での失態。

悪でないものを悪と裁き、そのせいで神により罰を受けたあの一撃。

あの全身を焼きつくす痛みと、心を壊すかのようなプレッシャー。

そのような奇跡をおこなうことによる失態と代償を思い出し、その目の前に迫る魔物相手にすら奇跡を使うのを躊躇してしまっていた。

 

「あっ……!!」

 

彼女がそんな葛藤をしている隙に、すでに件の魔物は彼女へと十分に近づいた。

そして、イビル・ローパーはさっそく自分の射程に入ってくれた無防備な獲物に向かって、その触手による強烈な一撃を放ち……。

 

「……あれ?」

 

そして、その一撃はあっさりと弾かれた。

彼女は、覚悟していた衝撃が全然やってこないことを不思議に思い、恐る恐る目を開ける。

するとそこには、虫除け加護などと称されていたはずの自分の外套が聖なる光を放ちながら、その魔物の一撃をはじいていたのが分かった。

 

「あ、そうでした、そうでしたね……」

 

かくして、オッタビィアはようやく自覚した。

今の自分は確かに自分の傲慢と失態により、ありとあらゆるものを失った。

しかし、それでもすべてを失ったわけではないと。

自分にも依頼を回してくれたシルグレットをはじめとする一部の村人や、過保護なまでにこちらに気を回してくれるイオ司祭。

 

「……そして、何よりも今の私は太陽神の正当なる信徒!!!!

 イビル・ローパー程度の雑魚魔物なんて物の数ではありませんわ!!」

 

なによりも、この状態になってもなお自分を見捨てない、太陽神の加護が自分にはついている!!

魔力を高め、心に灯をともし、信仰を掲げることで、周囲の陽の魔力が高まるのを感じる。

自分の内なる魔力だけではない、周囲の空間のありとあらゆるものに、何よりも天から降り注ぐ驚くほどの太陽光すべてに太陽神の威光と加護を、彼女は感じることができた。

 

「邪悪なる者よ!滅びなさい!

 【聖光の一撃(ホーリー・ショット)】」

 

かくして、彼女の放った低位の退魔の奇跡は、低位とは思えぬほどの巨大な光の矢となり、目標へ着弾。

強大すぎるほどの陽光の爆発を引き起こしながら、塵一つ残さずイビル・ローパーを吹き飛ばすのであった。

 

 

 

「おまたせ、まった?」

 

彼女の祈りを以て、魔物を倒して数分後。

発見時に鳴らした笛の音を聞きつけたイオが、その場にやってきた。

 

「あら、イオ司祭。

 全然? お早いお着きで。

 ……しかし、折角呼んでおいて悪いですが、件の魔物は放置すると危険と判断したので、私の方で倒しておきましたわ」

 

そして、オッタビィアのほうは先ほどまでの動揺は、どこへやら。

まるで余裕を持って魔物を倒したかのような様子で、イオを出迎えたのであった。

 

「それにしてもイオ司祭……。

 このお貸しいただいている外套ですが、すこし守りの力が強すぎでは?

 魔物の攻撃を緩和するのではなく、ほぼ完全に防ぐだなんて。

 ちょっと、いっぱしの初心者冒険者にはすぎたものだと思いますよ?」

 

「いや?その外套自体に仕込んだ奇跡自体はそこまですごいものでもないよ。

 ……ただ、その外套に仕込まれた奇跡は、着ている人の【神聖】が高ければ高いほど効能が高くなるような仕組みだからね。

 それが強力だと感じたのは、オッタビィアちゃんの信仰心と太陽神の加護の強さが原因だね」

 

「えへ、えへへ、そ、そうでしたか!

 な、なら仕方ありませんね!」

 

イオの言葉を受け取り、嬉しそうにするオッタビィア。

今の彼女には依頼前に感じたような、迷いは感じられず。

まるで太陽のような笑顔を浮かべる。

 

「流石に時間も時間だし、魔物も出たからね。

 さっそく今からみんなが野草狩りから帰還するけど……。

 オッタビィアちゃんのほうは大丈夫?」

 

「もちろんです!

 私も見習いとはいえ冒険者司祭!

 しっかり、この依頼を達成してみせましょう!」

 

かくして、彼女は初の単独魔物撃破という実績により、聖痕を減らしつつ高らかにそう宣言するのでしたとさ。

 

 

 

 

 

なお、それから数刻後。

 

「む!新しい影?

 どんな魔物だか知りませんが、喰らいなさい!!

 聖光の一撃(ホーリー・ショット)!!

 ……って、あれ?」

 

初の魔物退治と聖痕減少により調子に乗った彼女を罰するかのように、野生の豚が登場。

魔物でもない相手に、神聖攻撃魔法を放っても効果はなく、威力もでず。

無駄にその野生の豚を怒らせてしまう。

かくして、オッタビィアはその後怒れる野豚相手にぼこぼこにされたことにより、大怪我で無事教会に運ばれることになるのでしたとさ。

 

「すいませんイオ司祭。

 聖痕は減ったのですが、代わりに生傷が増えてしまったのですが……」

 

「それに関しては、回復の奇跡でなんとかなるから、我慢しなさい」

 

さもあらん。

 

 

 

 

 

 

 



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第21話 錬菌術

「というわけで、我が弟子アリスよ。

 悲報です、お金が足りません」

 

「はぁ」

 

オッタビィアが冒険者を始めてから幾日か。

ようやく、オッタビィア嬢の聖痕も減少の兆しがみられ、見習い冒険者として殻が取れてきた今日この頃。

私はアリス相手に修行の成果を確認しながら、そう話を続けた。

 

「いや、でも、師匠。

 師匠はこのところ、すごく沢山働いてますし……。

 それなのに、お金が足りないっておかしくありませんか?」

 

「いいですか、我が弟子アリス。

 一ついいことを教えましょう」

 

「はぁ」

 

「基本的に、開拓地の聖職者は真面目にやればやるほど……。

 儲からなくなるのです」

 

そうなのだ。

少なくとも本来開拓地の聖職者とは、儲からないものなのだ。

なぜなら、聖職者の基本的な収入源は、寄付であるのは向こうの世界でもこっちの世界でも変わらない。

が、開拓地だとそもそも全員が貧困層ゆえに寄付を募ろうにも、そもそもの村人が金を持っていないのだ。

 

「それに最近私がメインにやっている仕事はミサと教会の建築指南。

 本当に一銭にもならない作業だからね。

 逆にミサなんて、準備とかで収支が毎回マイナスになるし」

 

「いや、それは師匠が遠足やら旬の小物づくりなんかの指南を始めるからでは?」

 

「それにオッタビィア嬢の装備品やらの準備費用もかかったし」

 

「流石にそれは、無駄遣いが過ぎると思いますよ。

 師匠可哀そう、おのれ汚豚」

 

我が弟子とはいえオッタビィアへの当たりが強すぎる。

 

「それにしては師匠、毎回毎回ミサのたびに大分散財しているように見えますが。

 お金がないって本当ですか?」

 

「本当本当。

 ただちょっと、ミサやらオッタビィア関連では村長から無担保無利子でお金を借りられたり、教会の建設費や運営費って名目で出してもらってるから」

 

「ああ……なるほどです」

 

「ねぇアリス?なんで、私の胸を見ながら納得するのカナ?」

 

アリスが気まずそうに眼をそらすが、我が弟子ながらゲスな勘繰りはやめてほしい。

そもそも自分は死霊術的にも聖職者的にも純潔は保っているし、元男の意識が強いため、男相手にそういうことをする気にはならない。

え?でも、必要性があれば色仕掛け程度はするんだろって?

それは、話が別。

 

「というわけで、アリスもそろそろ魔術の基礎である、魔力の放出と感知ができるようになったからね。

 なればこそ、そろそろ私の金策の手伝い……ごほん。

 次の呪術を覚えさせてもいいかなって」

 

「今金策って言いませんでしたか?」

 

「大丈夫大丈夫。

 あくまで金策にもなる呪術だから。

 ただちょっと練習がてらに、金策が絡んでくるだけだから」

 

アリスが胡散臭そうな顔でこちらを見る。

が、しかしそれでもアリスがそもそも死霊術を学びたいなら、自分に従うしかなく。

さらには、将来の金稼ぎにもつながると伝えれば、最終的にアリスは師匠である自分の言う事をきっちり聞くのでしたとさ。

 

 

☆★☆★

 

 

そうして場所はかわって、元ゴブリンの洞窟、現ゴブリンゾンビの洞窟。

この太陽光が入らず、陽の魔力が枯渇し、陰の魔力溢れる魔の洞窟。

その一室にて、私はアリスに向かって、指導をしていた。

 

「我が弟子アリスよ。

 そもそも魔力には極性があるのは覚えている?」

 

「えっと、確か……陽の魔力と陰の魔力でしたっけ?」

 

「そうだね、全ての魔力にはある程度極性があってね。

 空気に熱い寒いがあるように、魔力にも陽の状態と陰の状態というものがあるんだ」

 

そして、それを実演するかのように私は手のひらから魔力を放出させる。

右手からは陽の魔力を、左手からは陰の魔力を放出させた。

 

「そして、普通の人間はどちらかといえば陽の魔力によっており、そもそも地上にいる生き物の多くは、どちらかといえば陽の魔力のほうと相性がいいのも覚えているよね?」

 

「はい! たしか、それは我々人間や全ての生き物は、全ての父である『善神』が作り上げたから、でしたっけ?」

 

「まぁ、それに関してはあくまで聖典の教えではそうってだけだからね。

 話半分に覚えておく程度でいいよ」

 

「いや、師匠も一応は聖職者で……

 やっぱり何でもありません」

 

呆れた顔をするアリスを無視して話を進める。

 

「でも、この地上には陽の魔力でなく陰の魔力と相性のいい生き物がいる。

 ……それはなんだか、わかるか?」

 

「はい!それは魔物などの邪神の化身や、アンデッドなどの世界の理に反する物。

 そして、一部の小動物や虫、植物……たしか、ネズミやハエ、後はナメクジにカビとかもでしたっけ?」

 

「はい!正解。

 アリスちゃんは、相変わらず勉強熱心だねぇ」

 

「……!!ふふん!これぐらい当然です!」

 

嬉しそうに、胸をはるアリス。

いい子イイ子と頭をなでると、口ではやめてと言いながらも強く抵抗しない姿が、実に微笑ましい。

 

「だが、実はアリスちゃんには教えていなかったけど……。

 陰の魔力を運用するにあたって、多くの魔術師、いや呪術師は理解していないだろうけど、実は陰の魔力とすごく相性のいい生き物がいるのを知っているかい?」

 

そして私は、ここにある生肉を一つ取り上げて陰の魔力とちょっとした呪術を発動させる。

すると、膨大な陰の魔力と呪術による生体活性により、手に持つ生肉は突然溶け出し、黒ずみ、そして、異臭を放つようになった。

 

「そう、それが【菌】。

 人の眼には見えぬほど小さな生き物であり、生物ピラミッドの最下層。

 そして、この術こそ、そんな小さな生き物である【菌】を活性化させる呪術。

 それがこの【腐敗】だ」

 

手に持ったその元生肉を手放し、アリスの目の前に置く。

 

「これは……肉が、腐っている?

 えっと、でもその呪術の腐敗って、たしか悪性の呪いの一種であって……。

 その、菌?とはどういう関係が……」

 

「う~ん、まぁそこなんだよね。

 そもそも、この呪術の【腐敗】自体が、陰の魔力で陽寄りの生物の細胞を自壊させながら、陰の魔力に耐性がある菌を活性化させる術ではあるんだけど……。

 でも、腐敗の魔術自体は、別にそんなこと知らなくても割と簡単に発動させられるからなぁ」

 

もっとも、この世界において【菌】という概念はあまりメジャーではないし、なんなら魔導学園においても、【菌】の存在は割と懐疑的にみられていた。

なぜなら、この世界においては目に見えない病気や腐敗の原因存在として、菌だけではなく【精霊】やら【亡霊】もいるからだ。

それに、この世界の魔術は術式と魔力の量さえ正しければ、割と簡単に発動してしまうのだ。

たとえ実在しておらずとも、だ。

そのせいで顕微鏡魔法をつくっても、人によって見たいものが見えるため、人により見えるものが違うし。

この手の魔法のがばがば感マジでどうにかならんか。

 

「まぁ、そういうことはいいんだよ。

 でも、今からアリスちゃんには、この【腐敗】の呪術を覚えてもらうけど……。

 アリスちゃんにはただ漠然と物を【腐敗】させるんじゃなくて、きちんと【菌】という小さな生物が【対象を分解することで腐敗という現象を引き起こしている】そういうイメージをきっちり持ってもらうことが大事なんだ」

 

「は、はぁ」

 

アリスは困惑しながらも、こちらの意見をしっかりと飲み込んでくれた。

うむうむ、こういう時に疑問を持ちながらも、素直に言う事を聞いてくれるのはアリスちゃんの数多い美点の一つだ。

 

「し、しかし、師匠。一つだけ聞いていいでしょうか?

 師匠の話を聞くに、腐敗の魔法はその【菌】について理解してなくても発動できるのでしょう?

 ならなぜ、その【菌】について理解する必要があるのでしょうか?」

 

「うん!いい質問だね!

 ……でもまぁ、話が長くなるからその話は今度ね」

 

「えぇ~…」

 

自分の返事に不満そうな顔をするアリスちゃん。

いやでも仕方ないじゃん、流石にここでこれと神聖魔術や呪術による殺菌を組み合わせると、高速発酵できて高速酒造できるとか、それで醤油やら酢やらの調味料を量産しやすくなるとかの説明には時間が足りない。

便利っちゃ便利だが、あれは菌の概念が薄いアリスちゃんではただ水や豆を腐敗させるだけで終わってしまいそうなので、また今度だ。

 

「というわけで、はい。

 今回のアリスちゃんが、腐敗の呪術をかける練習をするのは……これ!」

 

そうして、アリスちゃんの前には一つの木片。

中が痛んでいたり、湿気過ぎていたりして、木材として使用できなかった巨大な木材の破片であったりする。

 

「えっとこれは……この木片に腐敗の魔術をかければいいんですか?」

 

「もちろんそうだけど、実はこの木片には、事前に少しだけ仕掛けをしていてね。

 というわけで、さっそくこの木片に腐敗の呪術を使ってみて!

 術式と、魔力は今渡した横で教えるから」

 

不思議な顔をしつつ、アリスは魔力感知を使用して、こちらの魔力の動きをまねつつ、彼女自身が練りこんだ陰の魔力をその木片に向かって、呪術としてはなった。

 

「……って、あ!

 これは……きのこ?」

 

「そう!これはただの木片じゃない。

 事前に茸の胞子と水をたっぷり振りかけた菌床なんだよ!」

 

自分の呪術によって、誕生したキノコを見ながら、キャッキャと喜ぶアリス。

なお、実はこのキノコもこの世界における陰の魔力と相性のいい生き物の一つであったりする。

まぁ、キノコは菌要素強いし、さらには太陽光という名の暴力的な陽の魔力がなくても育つから、さもありなんといった所か。

 

「というわけで、今からアリスにはこの事前に用意した無数の菌床、いや木片に順番に腐敗の呪術をかけて行ってもらう。

 そして、このきのこはアリスの腐敗の魔術が上手であればあるほど、立派に育つから、頑張って大きなキノコを作れるように頑張れるように!」

 

「はい!!」

 

初めての実践的な呪術練習だからだろう、アリスは嬉しそうに返事をし、さっそくその無数の菌床に向かって、腐敗の呪術をかけ始めた。

こちらもそんなアリスの様子を尻目に、村長や村人たちと協力して集めた生魚と大量の塩を使い、さっそく作業に取り掛かる。

川魚で魚醤を作るのは、慣れている私でもそうとう難しいけど、最近家のレシピがワンパターンだからな。

ここでアミノ酸成分の多い調味料を作っておかねばならない。

 

そして、ふと、そんな腐敗の呪術の練習中なアリスがつぶやいた。

 

「ところで師匠、今私が育てているこのきのこ。

 これって、辛子茸ではないですか?」

 

「そうだね」

 

「……たしか、辛子茸って、結構な辛味があって大人の男性に大人気で……。

 場所によっては高く売れるとか、同じ高さの積み上げた金貨と同等の価値とか」

 

「そうだね」

 

「……これ以外にも、魔術師のお供のルマ茸や、薬にも毒にもなる笑茸。

 キノコって、結構なお値段の珍味も多いですよね」

 

「そうだね」

 

「……もしかして、呪術師ってすごく儲かる!?」

 

「ははは、アリスちゃんは面白いことを言うなぁ」

 

「あ、ああ、やっぱりそんなわけないですよね。

 そんな簡単に、お金が稼げるわけが……」

 

「呪術師なら、相手を呪い殺したほうがもっと効率よく稼げるからね。

 それと、一部の闇市場では人間の体から生えたキノコほど、高値で取引されたりもするよ」

 

「ぴえっ」

 

思わず、顔を青くするアリスを尻目に、呪術の練習は続いていく。

かくして、その日はアリスが魔力不足で倒れるまで修業は続けられましたとさ。

そして、翌日。

 

「へ~、このソース、初めて食べるけどおいしいね!

 これは?」

 

「……多分しょっつるじゃなくて、ナンプラー」

 

私の作った魚醤は、残念ながら目的の味にならなかったのでしたとさ。

 

 

 

 



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第22話 夜鷹の群れ

金の力は偉大である。

 

先日から始めたアリスの修業という名のキノコ養殖により、結構な数手に入れた資金源。

それにより、当然自分の懐はそれなりに温かくなることになり、食卓や衣服、さらには時間にもそれなりに余裕ができることになった。

 

「ところでこれって、いろんな意味で大丈夫?

 こんなクソ田舎で一人だけ儲けを出して、村人から晒上げられたりしない?」

 

「いやおまえ、連日のミサの後に別口で働いているのに、それで文句を言う奴なんているわけがないだろ。

 むしろ最近だと、感謝している奴のほうが多いぞ」

 

「そうなの?」

 

村の情報に詳しいシルグレットに詳細を尋ねると、どうやら最近この村は小規模ながらかなりの好景気とのことだ。

具体的には、自分が希少なキノコの売買やらミサをやるおかげで、この村には頻繁に旅商が来るように。

そして、その旅商がこの地にやってきて、宿屋酒場などで散財することによって、地元に還元。

かくして、このギャレン村全体がそれなりに裕福になってきているそうだ。

 

「だよねぇ。最近だと護衛依頼も増えて、報酬もかなりいいし。

 やっと鍛冶屋やらもできてきたし!

 ようやく、ただの集落から、街になったって感じがするよね!」

 

村に来た当初は不満ばかりであったヴァルターも、最近では上機嫌なことも多くなった。

ベネちゃんも、毛皮などがいい値段で取引されるし、買いたいものがあったら数日我慢すればすぐに買いに行けるようになった現状に、それなりに満足しているそうだ。

 

「それに村長の話では我が村にもとうとうギルドがやってくるからな!」

 

「おお!ギルドとは目出度い!で、何ギルド?魔導士ギルド?それとも商人系ギルド?」

 

「娼婦ギルド」

 

「……はい」

 

「娼婦ギルド」

 

「いや、二回言わなくてもいいよ」

 

まぁ、ある意味では当然の流れともいえる。

金がある、物流のおかげで安定した食事もある、医療施設である教会が1個半もある。

ならば、今一番この街に求められているのはそういう需要であるのは間違いない。

 

「それに、街に娼館があるかないかで、わりと冒険者の来る来ないも関係するからな。

 度々お前たちも新しい冒険者が来てくれって言ってただろ?

 なら、その第一歩としてこれは大事なことなんだ。

 だから決して卑しい思いや他意があるわけじゃないんだ」

 

「別に早口で言わなくてもわかるから、安心して」

 

「というか、村の男性陣は賛成するだろうけど、よく村の女性人や子供が反対しなかったね」

 

「それに関しては、昔オッタビィアが反対していたっていったら、一発だったぜ」

 

こんなことに利用されるとは、可哀そうなオッタビィア。

ひとえに、てめぇの過去の驕り高ぶりのせいだが。

 

「もっとも、向こうも初めは様子見程度らしいからな。

 あくまで数人のプロの娼婦がこの村に在住するって話だ。

 だからまぁ、彼女達がこの村に来たら、仲良くしてやってくれ」

 

 

 

「この、存在が営業妨害がぁあああ!!!!」

 

「えぇ~……」

 

かくして、娼婦ギルドから娼婦がやってきて数日後。

なぜか、私は件の娼婦から目の敵にされてしまった。

個人的には、性的な意味では男よりも女が好きなため、彼女たちとは肉体関係とまではいかずとも、仲良くはなりたかった。

それなのになぜ……。

 

「それは、アンタがあんまりにもスタイルが良すぎるし、声も雰囲気もドエロすぎるせいだよ!!!

 くっそ!!お前のせいで、こちとら商売あがったりなんだ!

 もうちょっと、その色気を抑えろよ!」

 

「いや、そんなこと言われましても…」

 

今現在、自分に向かってそのように文句を言っているのは当然娼婦。

娼婦ギルドからやってきた自称ベテラン娼婦であり、且つ娼婦たちのまとめ役の女傑ともいうべき女性であった。

 

「でも、ブロンさんもとってもかわいく、美しいじゃないですか!」

 

「そうだろう、そうだろう!」

 

「ただちょっと、ブロンの体格と容姿では……。

 イオさんの説法の後に、色々と溜まった人が求めている需要とは別方面で……」

 

「うがぁああ!!!!」

 

しかし、残念ながら、件の娼婦リーダーことブロンさんはツルペタストンといった体形であったのだ。

見た目的には完全に子供とか、まぁ美しいけどお人形さんみたいとか、そういう誉め言葉が似合いそうな女性。

それゆえに、この村で大人の快楽を求めて娼婦を買う人には、いろんな意味で向いてなさそうな娼婦であった。

 

「というか、ブロンさん……ブロンちゃんは何歳?

 大丈夫?実はお偉いさんの娘で、身分を偽って娼婦をしてるとかそういう流れじゃない?」

 

「あほか!こちとら、生まれついての娼婦だ!

 それに年齢も、ゆうに25を超えてるわ!」

 

「にしては見た目が若すぎるよね。

 大丈夫?飴ちゃんいる?」

 

「馬鹿にするな!

 見た目が幼いのは、ちょっと魔族の血が混ざってるからだ!

 別にそれぐらい珍しいことでもないだろ!」

 

自分の仲間や周りにいるガヤから、子ども扱いされて威嚇するかのように怒るブロン嬢。

もっとも、彼女が怒っても、顔がいいうえに、見た目が幼いせいで、恐ろしさは微塵も感じず。

むしろ、愛らしさを感じるのは、いろんな意味で才能ある娼婦ではあるのだろうが。

 

「お前らからも何とか言ってやれ!」

 

ブロンは、彼女の同僚である他の娼婦へと助けと援護を求める。

 

「うわぁ~、すごいおっぱい!

 ちょっと触っていいですか?」

 

「これは……植物系の油に、焼いた香木。

 さらにはマニ茸とラベンダーの香り?

 いい香油使ってるわね~」

 

「あ~!おまえらな~!」

 

が、そんな彼女の同僚の娼婦は、今現在私相手に全力で取り巻き中であった。

こちらとしても、勝手に触られたり、匂いを嗅がれたりするのは思うところがないわけでもないが、普通にかわいい娘相手だから無問題です。

 

「え~?でもリーダー。

 どう考えても、開拓地に飛ばされる程度の私達じゃ勝ち目はありませんよこの人」

 

「そうですよ!だからせめてここは、イイ感じに仲良くなって!

 病除けの祈祷や加護をちゃんと分けてもらって!

 あ、あとできれば、司祭様が今使ってる香油、少しでいいから分けてほしいな~って!

 あ、お値段ならちゃんと払うよ?」

 

「うぐ、うぐぐぐぐぐ!」

 

なお、ブロンとは違い、この残り2人の娼婦は片方は胸こそないが、身長はそこそこあるスレンダータイプであり、もう一人は結構スタイルがいい娼婦である。

だからこそ、彼女たちは旅商や村の若者相手にそこそこ客をとれているそうで、危機感とか対抗心はないそうだ。

いや、娼婦相手に対抗心持たれても……その、困る。

 

「まぁ、まぁ、ブロンちゃん。

 そもそも私は死霊術師であると同時に兄弟神の司祭でもあります。

 それにこれからは同じ村の仲間になるんでしょう?

 だから、これから仲良くしていきましょうね~」

 

「んぎぃぃ!!

 勝手に頭をなでるな!」

 

あ~、かわいい。

この娘、かわいい。

頭を撫でられるのを嫌がりながらも、こちらを気遣ってうまく払いのけられない性根の優しさが、こっちの荒れた心によくしみる。

自分よりも年上だそうだが、これほどかわいいなら関係ないよね!

なぜか、我が弟子アリスや最近冒険神の信徒として目覚めた子がこちらの方をにらんでいるが、今回はスルーで!

 

「こ、今回はこの辺にしといてやるが……。

 だが!そこの魔性おっぱい!

 お前の天下も間もなく終わるぞ!」

 

いや、誰が魔性おっぱいやねん。

まぁ、ブロンちゃんはかわいい故、その程度の暴言は許しちゃうが。

 

「実は、お前の圧倒的戦力差を見て、それをギルド本部に連絡したからな!

 ギルド本部の威厳をかけて、新たなおっぱい娼婦がこの村にやってくる!

 その時がお前のバスト天下の最後だ!

 覚悟するがいい!!!」

 

高笑いするブロン、あきれ顔の娼婦と女性陣、そして、沸き立つ村の男性陣。

かくして、そのバカ騒ぎに苦笑しつつ、私はゆっくりとアリスたちを慰めに行くのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

なお、それからしばらく後。

 

「すまない、本部から依頼した娼婦たちが、この村に来る途中で盗賊につかまってしまったそうだ。

 悪いけど、誰か助けに行ってくれないか?」

 

かくして、私達は久しぶりに村から出ての依頼を行うことになるのでしたとさ。

 

 

 



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第23話 憑依術(入門編)

開拓村バルカン。

 

そこはギャレン村の北部にある少し開けた丘にある開拓村である。

林業畜産業が盛んであり、周囲の村との関係はそこそこ。

何よりここには名馬を複数有しており、それらの種や子を販売することにより、このイラダ地方の開拓村の運送事情に、陰ながら大きく貢献している。

さらには、この村には幾人かの馬に乗れる冒険者と守衛がおり、それにより小さめの開拓村でありながら、安定した繁栄と防衛を行える。

そんな村であった、いや、()()()()()

 

「いや、やめ……ああああぁぁぁぁ!」

 

村にある小屋の一室から、若い女性の悲鳴がこだまする。

ぎしぎしとした物音と、粘着音。

その後響き渡る殴打音と叫び声。

凡そ中で行われているのは、逢引ではなく()()()()()()()()であるのがよくわかる。

 

「いいかい?じいさん。

 俺たちは決してお前らを全滅させたいわけじゃないんだ」

 

一人の男が剣を握り、老年の男を脅した。

 

「貴様ら、貴様らはこのバルカン村に何の用だ!

 お前らに、お前らのような卑劣な賊に渡すものなどない!」

 

老年の男が力強くそう叫ぶ。

その言葉に苛立ったのか、その剣を握った男は舌打ちをしながら、その剣を振るう。

そして、その剣が振るわれるのは、当然その老人相手……ではなく、その男の横に倒れ伏していた傷だらけの男であった。

 

「ぐ、ぐあああぁあああ!!!」

 

「……っ!アンドレ!!!」

 

「爺さん、言葉には気をつけな。

 でないと、この未来ある若者がただの屍になっちまうからな!」

 

その男は、その老人が押し黙ったのを見ると、満足してその剣を鞘に納める。

 

「分かればいい、分かれば。

 なにせ、俺たちは、賊は賊でも只の賊じゃねぇ!

 正義の賊だからなぁ!」

 

「そうやって、濡れた犬のようにおとなしくしていれば、殺しまではしねぇよ」

 

「それと、ちょっとだけ飯や馬、それと女子供を差し出すだけで勘弁してやる。

 ずいぶんと優しいだろう?

 泣いて喜んでくれてもいいんだぜ!」

 

その言葉と共にその賊たちは大いに笑い、あるいはふんぞり返る。

老人を含め、村の人々が押し黙るのとは対照的に、賊は非常に上機嫌で宴すら始めている。

 

「ところで頭。

 取るものは取ったし、さっさと帰らんのですか?」

 

「いや、まだだ。

 どうやら、団長はしばらくはここで宿泊して、追加の獲物を仕留めろとのことだ。

 だから、その間はこの村でたっぷり()()()()()を受けねばならないなぁ」

 

「ひゃっはー!!流石団長様だぁ!

 話が分かるぅ!」

 

「おうおう、お前らも死にたくなかったら、きっちりおとなしく、そして派手に俺様達を歓迎しろよなぁ!

 それで勘弁してやる。感謝しろよ? この王国民めが!」

 

多くの賊が嘲笑い、周囲が下種な声で充満する。

老人を含め、身動きをとれぬバルカン村の多くの村人がその光景を歯痒そうにそれを見守るしかなかった。

 

 

 

 

……だからであろう、彼らにとって、それは幻聴か何かだと思ったのは自然な流れであろう。

 

『おう、馬借のじいさん久しぶり!

 この近くまで救援に来たっすから、もう安心するッスよ!』

 

まさか、ネズミの姿をしたなにかが、突然自分の知り合いを名乗り、それが助けに来た救援だなんて。

どうやったら、信じられるであろうか?

 

☆★☆★

 

「ふむふむ、人質に関しては一か所にまとめられているから基本問題ないと」

 

「あ、あの、攫われた娼婦たちは、暴行を受けながらも、生きてはいるそうです。

 そ、そして、今も複数の男に抱かれ続けてるそうです。

 これは、あまり遅すぎると手遅れになるかも知れません」

 

「見張りの時間は……おっけ、休憩時間にいい感じに誘惑してくれるのね。

 それはありがたいね」

 

「夜襲?それに関しては、大丈夫だよ!

 基本、僕らはみんな夜目が利くからね!」

 

「あの、も、問題は相手の盗賊が夜目が利くかどうかですが……。

 え?気の察知は、性交中は無理と、な、なるほどです!」

 

「一応、保険としてリーダーには、ネズミを使って呪術をかけることにするか。

 腹痛か下痢辺りで十分かな?」

 

「おっけい!作戦は決まったね!

 それじゃぁ、いくよ!ベネちゃん!イオ!

 さっそく、救出作戦開始だ!」

 

☆★☆★

 

なお、奇襲作戦は地味に失敗した模様。

原因は、野盗の一人に、かなり夜襲に敏感なものがいたようで、そいつが酒を飲んでの睡眠中でなお、遠方の物音に気が付き起床。

周囲の賊を叩き起こし、最低限の防衛体制をとったからだ。

 

「ありがとうございます!

 おかげで我らは救われました!」

 

「このお礼はなんと言ったらいいか……」

 

まぁ、それでも救出作戦自体は成功したわけで。

バルカン村にいるほとんどの人は、救い、解放することはできた。

この村や娼婦ギルドの追加娼婦を襲った不埒者たちをすべて捕まえることはできた。

 

「ああ、どうして、どうして、アンドレ……」

 

「マーチン、ワナー……おまえら、殺しても死なないようなやつだったくせに……

 偉く静かじゃないか」

 

しかし、この村の守衛や娼婦の護衛をしていた冒険者たちのほとんどが襲撃に気が付くと同時に、素早く賊にとどめを刺されてしまった。

まぁ、でもそんな悠長なことをしているせいで、肝心のこちらの夜襲を防ぐことには失敗し、こうして一人残らず生きたまま、お縄についてしまったわけだが。

 

「死ね!!死ね!!!死ね!!!

 今すぐ死ね、苦しんで死ね!!毒を喰って死ね!」

 

「おいおい、すぐに死ぬなよ?まだ指は残ってるんだ。

 ……おい、だれか、水……いや、肥溜めから糞尿すくってこい。

 気絶したコイツにぶっかけるぞ」

 

訂正、そろそろ死にそう。

まぁ、この村の人々や娼婦含めた旅商の人からしたら、命の恩人を殺した憎しみの対象だからね。

こうなるのもさもあらんといった所か。

 

「とりあえず、お互いにわかることを話していこうか」

 

「は、はい!」

 

かくして、バルカン村の村長と自分たちの状況確認をする。

とはいっても、こちらの事情としては、実にシンプル。

ギャレン村に来るはずであった娼婦が、途中で盗賊に襲われたという情報を聞いたので、それを救いに来た。

するとその賊及び娼婦はまだ村にいたので、ネズミに使役霊を憑依させて情報収集を行った後、救出したというだけの話である。

 

「ああ、となるとあなた様方が、ギャレン村に新しく来たという。

 あの噂の凄腕の冒険者と旅司祭の方で……」

 

「いや、司祭はあくまでサブだよ?

 本業は魔術師だからね?」

 

「えぇ!それでは、治療の奇跡や葬儀に関しては……」

 

「いや、それはするよ?

 一応は司祭としての技能も奇跡も、神から授かっているし」

 

おい、村長、なんだやっぱり司祭じゃないかみたいな安堵の視線は。

いやさ、流石にこのままだと、最後に一人残った村の守衛も死んじゃうから治療もする。

死者を放置するとアンデッド化してより厄介なことになるから、葬儀もする。

でも、自分はあくまで司祭やら神職技能を持っているだけの、ただの死霊術師だからね?

まぁ、初見の信用度に関わるから、死霊術師とは自己紹介しないけど。

せめて、ネズミを使ったんだから魔術師扱いしてくれ。

 

「では、今度はわしらの方の事情を……といってもほとんど見た通りですが」

 

「ああ、あなただったのね!

 噂のすごいエロい女司祭様は!

 これなら納得……私からも説明するわ」

 

かくして、老年の男性であるバルカン村村長と救出した娼婦から、今回村で起きたことについて話を聞いた。

流れとしてはどうやらこの娼婦ギルドからの追加人員である娼婦は、他の旅商達との相乗りで、隊商の一員という形で、王都方面からこのイラダ地方へとやってきたらしい。

当然隊商クラスで移動になると、冒険者の護衛もついているし、おそらくは問題ない旅になる。

そして、近くにある大きめの地方都市を経由し、この村を経由した後、ギャレン村へとやってこようとしたのだが……。

 

「その時に、この盗賊団に襲われたというわけよ。

 今ここにいる盗賊団は、10人前後だけど、私たちを襲った時はもっと数がいたわね」

 

「そして、この卑劣で残虐な盗賊どもは、商人たちを脅して、旅商のふりをして、わしらの村に接近。

 油断をさそい、そのままこの村まで襲ったというわけですじゃ」

 

う~ん、普通に卑劣。

というか、隊商クラスを襲って、そのまま乗っ取れる実力をもっていること。

さらには、油断を誘った後の夜襲にあそこまで対応できるとか、こいつら只の盗賊にしては強すぎるだろ。

 

「それに関しては、僕らが初めてギャレン村に着いた時の盗賊たちもそうだよね。

 あいつら、装備こそ貧相だけど、動きも統率されていたし、どう見ても訓練している動きだったよ」

 

どうやら、こいつらは思った以上に厄介な裏がありそうだと嫌な予感がむんむんする。

しかしながら、この場でそれ以上探るわけにもいかず。

悶々とした不安を抱えながら、被害者の治療と、殺されてしまった勇敢な勇者たちの葬儀を行うのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

かくして、バルカン村での後処理から数日後。

葬儀やら治療、さらにはバルカン村の圧倒的戦力不足などにより、ギャレン村への帰還に少しばかりてこずっている間。

とうとう自分たちが懸念していた事態が発生してしまったのであった。

 

「すまん!お前たちが遠征に出かけた数日後に、ギャレン村が盗賊団に襲われた!

 できればすぐに戻ってきてくれ!」

 

かくして、私達はバルカン村からのお礼もそこそこに、急いで村へと戻ることになるのでしたとさ。



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第24話 イオ司祭のありがたい告解の儀

――思ったよりも被害は少なかった。

 

襲われた当時、村にいた冒険者は初心者が一人だけだが、守衛は複数。

更には彼らは仮とはいえ実戦経験を積んだ守衛故、ある意味ではその被害の少なさは、当然の流れとは言えた。

しかし、その被害の少なさは、戦力面という言葉以上に、【教会】と【オッタビィア】、さらには【アリス】の努力のおかげであった。

 

『私の信仰する神ではありませんが、ここならば……はぁ!』

 

まず一つ目の教会については、文字通り神の家として、そして、村人の避難場所として。

教会に刻まれた強力な結界は、陽の存在である人間を直接傷つける能力こそ持っていないが、それでもその効力は確かなものであった。

それゆえ、信仰心の篤い司祭や信徒が、この教会を中心に結界の奇跡を行えば、それだけで悪意ある人間の侵入や攻撃を防げるほどであった。

 

『師匠から預かった薬とスクロールはまだ予備があります!

 それに、援護ぐらいなら……はぁ!』

 

そして、イオの弟子であり、見習い呪術師であるアリス。

彼女もまた、このギャレン村防衛戦において大活躍をした人材であった。

幼いながらも、無数のマジックアイテムにより援護を受けた彼女は、すでに一人の戦闘呪術師に足るだけの実力を持っていた。

 

『うぐ、なんだこれは……うごごごごご!』

 

『目が鼻が、うわぁああああ!!』

 

特に、連日修業という名の金策で使わされていた『腐敗』いや『菌活性化』の呪術の効力は甚大。

たとえ遠方の相手でも、敵味方入り乱れての混戦であっても、相手の身のみを狙って耐えがたい腹痛や嘔吐に下痢を引き起こす。

さらにひどい場合は、全身の粘膜という粘膜から、突然カビやキノコが生えるという実にえげつない呪文になっていた。

 

『イタァイ!

 だが、こんな体とはいえ、娘はやらせんぞ?』

 

そして、そんなアリスに飛んでくる無数の飛び道具は、お守りとしてつけたアリスの父である守護霊入りの藁人形が気合で防いでくれた。

これ以外にも、陰ながら戦えるシルグレットや自ら前線に立った村長、新人の見習い聖職者など。

数々の村人の活躍により、ギャレン村は襲われた盗賊の規模に比べれば、ずっと軽い被害で済んだのであった。

 

――しかし、それでも被害が全くなかったわけではない。

 

例えば、ルドー村長。

 

「……くそ、ここまで腕を落としたつもりはなかったんだがなぁ」

 

彼は前線に立ったことで、足に賊からの一撃をもらってしまった。

神聖魔術による治療は済んでいるため、足そのものを失うことはなかったが、それでもしばらくは安静にしたほうがよさそうなほどの大怪我であったようだ。

 

「……おらの、おらのサラザーが……」

 

「くっそ、まだ直したばかりなのに……ひでぇこととしやがる」

 

例えば村そのもの。

村の多くの建物や家畜など。

戦闘や強盗により、その多くが破損し、あるいは盗られてしまった。

 

「……うげぇ、うえっっぷ……

 はぁ、はぁ……」

 

〈す、すまない、私が憑いていながら……。

 で、でも止められなかったんだ、許してくれとは言わないが、わかってくれ〉

 

例えば、最後まで全力まで頑張ったアリス。

彼女はいくら道具や魔法薬を使ったとはいえ、呪術という人間との相性がよろしくない呪文を、限界まで行使したのだ。

現在は彼女自身も、その腸内菌含む身体中の菌のバランスが乱れに乱れまくり、高熱や吐き気、何なら吐血まで起こしている。

他の村人や同郷の村の子供を助けるためとはいえ、やり過ぎと言わざるをえない。

 

「……俺たちはいい。

 それよりアイツを見てやってくれ」

 

「あいつは俺達や他の村の奴らを助けるために、びっくりするほど無茶をしたから……」

 

例えば村の守衛や若者たち。

彼らは、正面から盗賊と戦い、その多くが只ではすんでいなかった。

一応、彼らも五体こそ満足ではあるが、その傷は深く、奇跡を受けてなおその痛々しい傷跡が全身に残っていた。

 

「……あら、おかえりなさい。

 そして、すいませんでした。

 うまく守り切れませんでした……」

 

そして、この村に残った聖職者であり太陽神の司祭でもある、オッタビィア。

彼女の痛々しさは、おそらくすべての村人の中で、最も悲惨であるのは間違いなかった。

元々全身が聖痕に侵されていた彼女であるが、今はその代わりに無数の殴打痕や裂傷痕が全身を埋め尽くしている。

もちろんそれは、単純な傷というわけではなく、手足の付け根や指の隙間など動きを封じるためにやられたと思わしき、残虐性溢れる傷が数多くみられた。

 

「ええ、少しでも逃げる人々を回収するために、村中を駆け回りましたからね。

 ……もっとも、未熟な私では、結界を張ってなおその上からいくらか攻撃されてしまいましたので……

 おのれの信心の浅さを恨むしかありませんね」

 

一応今回の功績か、善行からか、彼女の全身にあったはずの聖痕はその数をぐっと減らし、半分以下になっている。

聖痕の影響も薄れ、彼女に向けられる侮蔑の目はぐっと減ることになったが、その事実が彼女にとって救いになっているかどうかは、疑問なところだ。

 

「それに……なによりも、私はまだ()()()()()()

 あの人やあの子たちに比べれば……」

 

なによりも、ここまでしてなお、村人の中から死者は出てしまった。

それは、村はずれに住んでいる一家の大黒柱やその家の子、たまたま遠出していた老人など。

彼らは、不幸にも教会に避難する前に盗賊により殺されてしまった。

さらには、村にいた幾人かの女子供は盗賊襲撃後から姿が見えず、一部の村人の証言からは恐らく、彼らは盗賊により()()()()であろうことが分かっていた。

 

「……ああ、ああ!

 もちろん、これは、絶対に許せんことだ」

 

故に、このギャレン村の村長であり代表者であるルドーは非常に怒り狂っていた。

 

「ピズ、あの爺さんは最近は冒険神のお守りのせいで、賭け事にドはまりした実にしょうもない爺さんだった。

 ナーク、あの人は息子が最近お前のおかげで、神の信仰に目覚めたって喜んでいたんだよ。

 その子であるシャドは、神の教えよりは、俺と一緒に最強のお守りづくりにハマって、最強チャームバトルをしているってだけのオチだったんだけどな」

 

それは自分の怪我でもなく、プライドのためではなく。

 

「だが、どいつもこいつも、盗賊どもにみんなみんな殺された。

 俺の村の仲間を、友を、ごみのように切り捨てやがった。

 それでなお、女子供の誘拐までしやがるとは……これが許せるわけがあるか?」

 

仲間のため、部下のため。

 

「だからこそ、このような悲劇を二度と起こさないためにも。

 この盗賊どもの根城を、【根絶やし】にするぞ。

 それでいいな?」

 

かくして、この日をもって、ギャレン村による盗賊撲滅作戦が開始されたのであった。

 

☆★☆★

 

場所は変わって、村長の家。

村にあるほかの家に比べてもやや大きめにとっているこの家には、実はいくつかの秘密があり、その一つとして地下牢というものがある。

 

「……いや、どうしてこんなものが?」

 

「ああ、ここに家を建てるにあたって、実は基盤となる廃屋があってな。

 その廃屋をそのままリフォームしたら、地下牢付きだった。

 それだけの話だ」

 

村長に言われるがままに彼の後ろへとついていき、彼と一緒に村長の家の地下牢に。

 

「げっへっへ、このまま殺されるか、掘られるかと思ったぜ!

 どうやら、そっちの趣味ではなくてなによりだ」

 

その牢のなかには盗賊であろう、複数の男達がいた。

全身にいくらかの傷と、最低限の治療を施され、鎖や縄を使い、そこに拘束されていた。

 

「おい、お前ら……。

 いやダニ以下のごみである貴様らに聞く。

 あの手際の良さ、兵としての統率。

 貴様ら、おそらくかなりでかい盗賊団だな?

 後ろにいるのは誰だ?」

 

「はっはっは!何のことだかわからねぇなぁ?

 俺たちがでかい?そんなのお前らが弱すぎるだけだろ!」

 

「バルカン村の襲撃とこの村へのほぼ同時襲撃。

 さらには、先日の俺や守衛が村から抜けた瞬間にこの村を襲う手際の良さ。

 恐らく偶然ではない、この近くに根城があるのだろう。

 貴様らはどこに潜んでいる?」

 

「ばかだなぁ、そんなの偶然に決まっているだろ。

 おそらくお前らはよっぽど、日頃の行いが悪いんだろうな!」

 

「きっと、神様もさっさと死ねと言ってるんだろうよ!

 教会を建てても、その血と品性の低さはごまかせないんだろうな」

 

村長であるルドーが、その男に尋問をするも当然望んだ回答は得られず。

苛立ちを覚えたルドーが、その手に持つ剣で、鞘が付いたまま頭部を殴打するが、結果は変わらず。

むしろこちらに不敵な笑みを浮かべてしゃべる始末。

 

「ひっひっひ、やはり王国の騎士様は下賤な腕でいらっしゃる。

 無抵抗な下民をいたぶり、知らぬことを尋問するとは。

 生まれが知れるというものだ」

 

「……黙れ」

 

「それに、そっちで見ているねーちゃんはなんだ?

 聖職者がいるとは聞いていたが、ただの娼婦か愛人の間違いではないか?

 ああ、そうか、もしくは俺たちのために娼婦を呼んでくれたのか?

 それなら納得だ、もしその体を存分に味わわせてくれるのなら、思わず口の一つや二つ、滑らせてやるかもしれないからなぁ!」

 

「黙れと言っている!!」

 

ルドーが怒りのあまり、もう一発鞘付きの剣で殴るが、結果は変わらず。

むしろ、挑発が成功したとばかりに嘲笑を浮かべる始末。

しかし、一通り怒りを吐き出し、すっきりとしたルドーは落ち着きを取り戻し、こちらにこう話しかけた。

 

「おい、イオ。

 貴様は確か、死霊術師でもある……それで間違いないか?」

 

「……はい」

 

「死者を操り、その亡霊を従え、冒涜することもできる。

 それで相違ないな」

 

「……一応は」

 

「ならば、今から俺はこいつらを殺す。

 村を襲い、そして、民を殺した罪をその身で償わせる。

 その後その死体を、この無法者の亡霊を操り、その身で償わせることはできるか?」

 

ルドーはその鞘から剣を抜き、周りに見せつるようにそう高らかに宣言する。

盗賊たちも死の気配を感じ取り、ごくりとつばを飲み込む。

そうだ、これは死霊術師を運用する上では一番よく考える戦法。

敵兵を殺し、その敵兵をアンデッドとして、自分の傀儡にする。

死霊術師が忌み嫌われ、多くの人々から忌避される理由の一つといえるだろう。

 

 

 

「……ごめんなさい。村長。

 それは無理です」

 

しかし、だからこそ、それは私にとってはそれは無理なことであった。

 

「……その理由は?」

 

「それは、単純に私に死霊術師としての、いえ、冥府神によって認められた死霊術師の規則によるものです。

 私が冥府神によって死霊術師として認められているのは、あくまで私の使う死霊術が、【善ある霊との合意】によりなされるものだからなのです」

 

そうだ、確かに村長の言う死霊術の使い方はできないわけでもない。

しかしそれは、あくまで【神の目が届いていない場合】にのみ許される邪法の一種なのだ。

冥府神曰く、【死んだ人々の魂を裁く】のはあくまで神の領域の御業であり。

死の神の信者である自分が、死んだ霊魂に対して死霊術を使うのが許されるのは、あくまで【無念を晴らす手伝い】や【その身にたまった罪をそぎ落とす】事のみなのだ。

 

「だからこそ、彼らは子殺しをした悪党とはいえ、それは人々同士の争い。

 神の定める法では、本人の意に反して、彼らを死霊の傀儡にすることはできないのです」

 

「……たとえそれは、この村の最高権力者である俺がやれと言っても、か?」

 

「すくなくとも、今は神の敬虔な信者故」

 

ルドーがこちらを強くにらみつけるが、それに対抗するかのように、こちらは顔に刻まれた聖痕を見せつける。

おそらく、神もうっすらと事態を把握しているのか、その聖痕はうっすらと輝き、主張しているのが分かる。

ルドーは苦々しく、こぶしを握り、盗賊は自らの死の危機が去ったのを悟ったのか、ほっと息をなでおろした。

 

「はぁはぁ!残念だったな!村長さんよぉ!

 神様はどうやらどっちが悪いかはしっかりと分かっているようだ!

 それじゃぁ、アンタはどうやって俺達から情報を聞き出すつもりだい?」

 

「……無論、神の許す方法で」

 

「ぎゃっはっは!!つまりは説法かぁ!?

 確かこの村ではアンタのありがた~いお話が聞けるんだったなぁ!

 それじゃぁ、その説法とやらを聞かせてもらおうかぁ?

 もちろん、その肉体をたっぷり使ってなぁ!」

 

そして、村長の策が失敗したと悟ると、再び活気を取り戻す盗賊一同。

彼らは声を上げてわめき、こちらを挑発してくる。

村長がさらに怒り、このままだと取り返しがつかないことになるのが目に見えている。

 

「少し黙っていてくださいねっと」

 

「……んぴゅ!?」

 

「………って、おま!おま!おまぇええええええええ!!」

 

というわけで、このくっそ五月蠅い盗賊を静かにするためにも、無理やりその盗賊の頭を抱え込むことにした。

胸元にうずもれた盗賊が焦りながらも静かになる。

なお、村長が今度は別の意味で怒り始めたが、流石にそろそろ落ち着いてほしい。

 

「そもそも私は、聖職者でもあり死霊術師です。

 つまりは、基本的に正当防衛以外での殺人は禁止されているのです」

 

「もちろん例外はいくつもありますし、その抜け穴をつくのは得意ですが……。

 それでも、このような場で死の司祭に、死者を侮辱するような真似を強要する」

 

「確かに村の仲間が殺され、さらわれた無念はわかります。

 しかし、それでも私にも困難なことがある、そのことはご理解いただけると助かります」

 

おそらく、ルドー村長もある程度頭が冷静になったのだろう。

彼も自身が手に持つ剣と、握りしめすぎて手のひらから滲んだ血に気が付いた。

 

「……ああ、すまなかったなイオ司祭。

 少々こちらも頭に血が昇り過ぎていたようだ」

 

ゆっくりと深呼吸をして、ルドーはこちらに向かってそう謝ってきた。

 

「ええ、大丈夫です。

 気にしていませんよ。

 あなたの怒りはよくわかりますので……」

 

こちらもルドーの落ち着きに賛同するかのように、ゆっくりと返事を返すのであった。

 

 

 

 

 

「それに、ルドー村長。

 あなたは誤解していますよ。

 なぜ、あなたは私が【()()()()()()()()()()()()()使()()()()()】。

 そう思ったのですか」

 

「え」

 

「……!!」

 

そして、その空気がさらに一変した。

 

「ええ、ええ、そうです。

 そもそも死霊術の極意は、【魂を操る術】。

 もちろんそれは、肉体を持たぬ魂のほうがたやすいですが……なぜ生きたままの人間には使えない、そんな風に思うのですか?」

 

胸の中で押さえていた盗賊が、自らの危機を悟ったのか、暴れ出そうとする。

しかし、すでに彼の頭はこちらの両腕ですっかり拘束済みだ。

逃げ場などない。

 

「それは……大丈夫なのか?」

 

「ええ、もちろん!

 死霊術で人を操ることは、王国や学園では、()()()()固く禁じられております。

 ……しかし、実はこの術を生きた人間相手に使うことは、冥府神からはそこまで強く禁じられていないんですよ。

 なぜならこれは、【生きている人間同士のもめごと】故、冥府神の領域ではないからです」

 

自分の中の陰の魔力がバチバチと周囲に弾ける。

自分の怒りと無念、それと冷徹さが入り混じり。

周囲にいた他の盗賊たちも、恐怖の悲鳴を上げる。

 

「しかし、残念ながら【生きた人の体】に【魂操術】は非常に相性が悪い故……。

 情報一つ引き出すためにも、【ものすごい痛みが発生してしまう】のが欠点といえるでしょうね。

 しかたないですよね、入れ物を無視して、無理やり中身だけを操ろうとするんですもの。

 それはそれは、【死すら生ぬるい痛み】が発生するといいます」

 

「もちろん!私は慈悲深き、冥府の神の司祭。

 決してあなた達は殺しません。

 ええ、死にたくても死なせませんよ。

 【回復と癒しの祈祷】がありますので、死に逃げなんて決して許しませんよ」

 

自分の胸元にいたその盗賊が、拘束されてなお、こちらの拘束を脱しようと全力で暴れ始める。

おそらく、それは単純な恐怖だけではなく、自分の胸に押さえられていることによる【窒息】が発生していたのだろう。

いや、自分が彼を締め付けている時間を考えれば、肺の中から酸素がなくなっていてもおかしくはない。

しかし、それでも彼は死ぬことはないし、死なせはしない。

なぜなら、自分が彼に【回復の奇跡】を行使しているから。

彼は私の胸に抱かれている限り、決して酸欠で死ぬことはないだろう。

たとえ、彼がどんなに苦しくても、どんなに死にたくとも、だ。

 

「お、おい!おい!

 俺は情報をしゃべる全部言う!

 だから、だから、その術はやめてくれ!」

 

捕まっている囚人盗賊の一人が、こちらに向かって命乞いをし始める。

もっとも、殺しもしないのに命乞いとはおかしな話だが。

 

「いえ、それは結構です。

 嘘をつかれても困りますし、本音ならちゃんとあなたの【魂】から聞き出しますので」

 

そして、当然その嘆願はきっぱりと切り捨てる。

自分の発言に対し、捕まってる盗賊たちから無数の罵倒や助けを求める声がする。

しかしそれはきっぱりと無視して、こちらに驚きと困惑の表情を向ける村長に向かって声をかける。

 

「もっとも、この秘術は、この人の世では当然禁忌の類。

 ゆえに、ルドー様の許可と許しがなければ行うつもりがありませんが……。

 いかがしましょうか?」

 

自分の問いかけに関して、あっけにとられた表情をした後。

村長は笑顔で、こちらにこう返すのであった。

 

「もちろん、こいつらはこの村を荒らした無法者だ。

 俺も見て見ぬふりをするから、存分に聞き出してくれ」

 

「了解です、ルドー様」

 

かくして、この後しばらく、村長の家の地下から無数の悲鳴と命乞い。

さらには、この世のものとは思えない叫び声が村中に響き渡ったそうな。

 

 

……でも結論としては、やっぱり生きた人間相手に死霊術なんて使うもんじゃないね。

魔力も喰うし、後味悪いし、何よりも反動で腕が痛い。

禁術にされるのも、さもありなんというわけだ。



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第25話 ろくでもない秘策2

「というわけで、件の盗賊団の居場所が分かったよ」

 

酒場で待機していた、冒険者仲間や守衛たちがおおっと沸きたつ。

怒りと喜びが混じった、危険な空気が酒場全体に蔓延する。

先日の楽しい尋問の後。

盗賊の捕虜たちは、実に親切にこちらに向かって情報を提供してくれた。

 

「もちろん!どこに潜んでいるかも、わかったし。

 何故、こんな時期に盗賊達がこちらを攻めてきたかの理由もばっちり!

 ……その上で聞くけど、みんなはいい情報と悪い情報、どっちから聞きたい?」

 

「う~ん僕としては、イイ情報から知りたいかな?

 悪い情報については、大体予想がついているからね」

 

この中では比較的落ち着いている方のヴァルターが、軽口に乗ってくれる。

この張りつめた空気に、一滴の落ち着きと遊び心を戻してくれたのは、こちらとしてもありがたい限りだ。

 

「まず、いい情報だけど……。

 いなくなった女子供は、基本的に生きているとは思われるよ。

 どうやら、あの盗賊団は人売りもやっているらしくてね。

 だから、その商品である女子供を殺す理由はないし、むしろ生きていなければならない。

 という話だそうだ」

 

おお、という歓喜の声が上がる。

盗賊団への怒りのみではない、優しさと勇気を伴ったやる気の咆哮を放つ。

 

「で、でも、そもそもこの辺での、女子供の誘拐なんて儲かるのでしょうか?

 そ、その、イオさんを疑うわけじゃないですが……ど、どうかんがえても、こんな僻地でそんなことをするなんて、不自然な気が……」

 

ベネちゃんが、不安そうな声を上げるが、幸か不幸か、件の盗賊がこの地に住み、女子供の人さらいをするにはそれなりの理由があるのだ。

 

「それに関しては、安心していいよ。

 何よりもこの地には、強さや利便性なんて関係なく、生きた人間を欲しがる奴がいるじゃないか。

 ……そう、ストロング村とかに、ね」

 

その瞬間、酒場内にはっとした驚きに包まれた。

そうだ、この盗賊団が交易相手としていたのは、件の【吸血鬼】であったのだ。

人の血を啜り、超常の力を以て、人々を魔に堕とす。

最も邪悪な魔の眷属として知られる存在で、それが件の盗賊との取引相手であったのだ。

ついでに、そもそもの先のストロング村の壊滅もこの盗賊団と吸血鬼が協力し合って引き起こした物だそうだ。

 

「そもそも今回、あの盗賊団が無茶をしてまでこの村を襲ったのは、納期が近かったというのが理由らしいからね」

 

「はっ!卑しい盗人のくせに納期とは!

 実にまめな奴だ。

 なら、二度とそんな納期を気にしなくていいようにしてやるか!」

 

おそらく、ストロング村に知り合いがいたのであろう。

件の吸血鬼と盗賊双方に強い恨みを持つ守衛を中心とした村人たちが、殺気立つ。

文字通り気力は十分なようだ。

 

「さて、ここからは少し悪い情報だね。

 件の盗賊団は、元傭兵……いや、騎士団モドキといった所かな?

 だからこそ彼らはそれなり以上に、戦うことができる。

 まぁ、この辺は恐らくみんなも知っていたと思うけど」

 

それに関しては周囲からやはりという声しか出なかった。

そもそも、今回の襲撃といい前回の襲撃といい、あまりにも盗賊側の襲撃ができすぎていたからだ。

こちらの油断をついた機の見極め、半端な守衛や防衛側を殲滅できるほどの攻撃力、略奪や撤退の手慣れぶりなど。

何よりも、相手の装備は盗賊というにはあまりにも整いすぎていた。

はじめは、冒険者崩れとも思っていたが、それにしては統率が取れすぎている。

だからこそ、件の相手がただの無法者の集まりでないことは、みんな何となく悟っていたのであった。

 

「奴らの根城は、それなりに攻めにくい場所にあるよ。

 周囲を崖に囲まれて、防衛装置もきちんと配備されている。

 弓兵もいるし、アジトには全身金属の鎧や戦馬までいるみたいだね」

 

その言葉に、守衛の何人かは苦虫をかみ殺したような顔をする。

少なくとも全身鎧は、この世界に於いてそれなり以上に優秀な装備の一つである。

魔法や呪術には効果が薄いとは言われているが、そんなものは使えなければ関係ない。その上、並の魔法使いでは金属の鎧を貫通できるほどの魔法を使えないのが常だ。

機動力が弱いという欠点も、戦馬に乗れば解消できる。

おおよそ、正面からまともに戦いたくない相手と言えよう。

 

「その上、相手には魔導士もどきであり、死霊術師未満ではあるが……。

 どうやら、【呪術師】がいるみたいだからね。

 油断は禁物だよ」

 

自分の言葉に何人かは、ポカンとした顔をし、もう何人かはさっと青い顔をした。

 

「【呪術師】っていうと……たしか、死霊術師の前段階、みたいのだっけ?」

 

「たしか、魔導士の一種だけど、なんか使いにくいとか、不浄とか言われている奴らだよな」

 

「いやいや、不浄とはさすがに失礼だろ。

 それに、最近イオ様の家でお世話になっているアリスちゃんだって呪術師見習いらしいじゃないか!」

 

「あぁ~!そういえばそうだね!

 それに、今回の防衛戦でもアリスちゃんにはすごくお世話になったし……って、あ」

 

「そういえば、アリスちゃんって呪術師見習いなのに……めちゃくちゃ強くなかったか?」

 

「そうだな。少なくとも守られた状態で後方という条件でも、何人もの盗賊を無力化や足止めができていたし……。

 あれより強くしたのが、敵にいると?」

 

アリスの活躍のおかげか、アリスの活躍のせいか。

酒場の雰囲気が一段階重いものになる。

 

「ああ、先に言っておくけど、おそらく向こうの残存人数は、こちらの人数よりも多いよ」

 

「……つまりは、相手のほうが兵力が多く、さらにはアリスちゃん以上の呪術師がいる可能性があり、それを守る全身鎧の騎兵がいるかもと」

 

「いやいやいや、いやいやいやいや!

 さすがにこれは、ただの村の守衛が攻め切れる戦力差じゃなくね?」

 

「ヴァルターのアニキぃ!」

 

「一応、全身鎧の騎士と戦うのは無理なくできるだろうけど……。

 矢の援護や呪術師の援護つきだと、どこまで有効かはちょっと怪しいかな?」

 

「えっと、ベネディクトさんは……」

 

「そ、その、矢の援護は任せてください!」

 

「あ、はい。

 ありがとうございます」

 

まぁ、呪術師の腕前に関しては、どうやら非正規の呪術師だから多分アリス以下ではあると思うが、その辺は自分の推察なので口には出さず。

逆にそれ以上の可能性も十分あるわけだし。

仇は取りたいし、攫われた人々は救いたい。

それでも、あまりにも目標達成は困難そうであり、酒場にいる人の何人かが、困ったような視線をこちらに向けてくる。

 

「……でも、大丈夫だ。

 今回の盗賊討伐作戦、きちんと策はある」

 

おおっと、酒場のみんなが歓喜の声を上げる。

皆、死霊術師である自分に向けて、無垢な喜びと希望の視線を向けてくるのに、少し変な笑いが出そうになる。

が、そこはぐっと抑えて、言葉を続ける。

 

「でも、今回行う作戦は、時間もないから急造だし、物資もないから派手で楽な作戦はできない」

 

「だからこそ、この討伐及び救出作戦には村のみんなの協力が必須だし……。

 おそらく、激闘は避けられない」

 

「しかし、それでもなお!

 村のみんなを救いたい、平和をその手で取り戻したい!

 そして、こんな私でも信用してもいい!

 そう思う人は、是非私の策に協力してくれると嬉しい!」

 

自分の言葉に呼応して、酒場全体から大きな雄たけびが上がる。

それは、単純な守衛だけではなく、非戦闘員からも、村人全員がその手を挙げてくれた。

日頃の行いといえばいいのか、村人の純粋さといえばいいのかは怪しいところではある。

が、それでも今のこの場において、自分を信用してくれ希望を託してくれるのはこの上なくありがたかった。

 

「それじゃぁ、さっそく盗賊討伐及び村人救出作戦……開始するか!」

 



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第26話 女騎士盗賊の後悔

 

―――はじめは純粋に防衛のためであった。

 

故郷を奪われ、領主からも見捨てられ。

祖国からも敵国からも攻められる。

そんな状況を何とかするために、私は自警団に入ったつもりであった。

 

―――しかし、その目的が変わったのはいつからだろうか?

 

敬愛する父が、帝国の部隊に殺されてからだろうか?

愛を誓った恋人が、王国の冒険者に殺されてからだろうか?

守るべき兄弟が、飢餓により死亡した時からだろうか?

 

帝国の弱卒に、復讐を誓った時からだろうか?

王国の冒険者を追剝することに、充実感を覚えてからだろうか?

弱き女子供を、かの君に騙して献上することに、躊躇を覚えなくなってからだろうか?

 

結局このことに答えは出ず。

私は一生この後悔を抱えながら、生きていくのだろう。

 

……いつか殺される、その日まで……

 

★☆★☆

 

「お、親分!

 お目覚めですか?」

 

「……ああ、まぁ。

 相変わらず最低な目覚めだが」

 

ギャレン村から少し離れた渓谷。

森の奥深くにある、三方を崖に囲まれた天然の要塞。

そこに彼彼女ら元【ライオット自警団】、現【大ヴォラル盗賊団・ライオン隊】が存在していた。

 

「う~ん、せっかく久々の襲撃が成功した後なのに。

 親分は相変わらず不機嫌っすね!」

 

「仕方ねぇだろ!親分には竿がねぇんだから」

 

「そうだそうだ! 俺達と違って、溜まっても出すことができねぇからな!」

 

ゲハゲハと下品な笑いが周囲をこだまする。

その裏で、女のうめき声と肉を打ち合う音がいくつかの方向から聞こえる。

我が部下達ながら、実に下品で品性のない輩である。

 

「おい、お前たち分かっているとは思うが……」

 

「ええ、もちろん。

 当然、処女には手を出してねぇっす。

 やってるのは、男か人妻だけ、そこは守りやす」

 

自信満々にそう答える部下を尻目に、思わずため息を吐く。

内心、また誰かがガキの一人でも殺していたら、見せしめに粛清できるのにと思わないでもなかった。

が、それでもこれ以上部下が減り、またしょうもないやつらを引き入れなければならなくなる方が、めんどくさいなと考えを改めた。

 

「……」

 

「ボス、お悩みですか?」

 

お楽しみを得た後の、自分の古くからの知り合いの部下が、こちらへとやってきた。

かつてはただの雑貨屋の倅であったこいつは、今ではすっかり下種な山賊の一人だ。

 

「ずいぶんとお楽しみだったなと。

 ……昔のお前とは、大違いで」

 

「っは、せっかくの盗賊なんだから楽しまなくちゃ損でしょう?

 それに、腐り具合で言ったらあなたもどっこいでしょう、元純白の女騎士様?」

 

嫌味ったらしくそう自分に告げてくるその部下に、はぁと溜息を吐く。

 

「おまえ、その首を切られたいのか?」

 

「切りたいなら好きに切ればいいでしょう。

 あなたにはそれができるだけの地位と価値があるでしょう?」

 

「お前にだってあるじゃないか。

 この不良呪術師めが」

 

「ははは、どこかの村のガキにすら負ける程度の、にわか呪術師ですがね」

 

そのように冷笑する部下を見つつ、彼女は改めて過去を思い返していた。

そうだ、自分たちはかつては帝国の民として、この地に住んでいたのだ。

何も知らず、開拓民の一人として、父からは当時の帝王の命でこの地に送られたと言っていた。

……しかし、それが崩れたのは、今から十年以上も前。

【魔王討伐】という共通の目的により、王国と帝国は手を結び、互いに協力して魔王を打ち倒した。

そして、その友好の証として、表面上は【無人の地】とされるこのイラダ地方を王国に引き渡した。

しかし、無人のはずのこの地に、帝国の民である自分たちが残っているのは、帝国王国どちらにとっても都合が悪いものであった。

それゆえに自分たちは、全てから見放された。

以上が、この数十年で彼女がようやくわかった、自らの身に起きた悲劇の原因であった。

 

「……昔は、よかったな」

 

「それは、お互いまだイゴウ村の子供だった時の事ですか?」

 

「それもある。

 だがそれ以降の、村が滅ぼされてなお、村のみんながいた時。

 私達が自警団を立ち上げた時。

 ……少なくとも、今でない、全ての過去だな」

 

「おっしゃる通りで」

 

薄暗い空を見つつ、思わずため息が漏れる。

あの時はよかった、父からの教えである防衛術を広め、この地を守る英雄として生きていくつもりであった。

正義を掲げ、弱者をまもる、真の騎士になれるつもりでいた。

それが今では、神の教えに反し、蛮族を指揮し、吸血鬼に弱き子を捧げる物語に出てくる悪党そのものだ。

 

「やけに暗い顔をしていますが……。

 やっぱり、この間の襲撃の失敗が原因ですか?」

 

「……まぁな、あの村に関しては、2回目でもあるからな。

 これは、流石に危ういかな、と」

 

かくして、彼女は先日のギャレン村の襲撃を思い出す。

1回目の失敗から警戒して、2回目は冒険者がいない時を狙ったが……。

それでもなお、あの村の防衛力はかなりの物であった。

数こそ少ないが、そこそこ戦える守衛に、常識的でありながら、戦える強い村長。

なにより、霊的に強い防御力を持つ教会が2つもあり、それに付随する聖職者も、こちらを遠距離から攻撃できる呪術師までいるのだ。

おおよそ、つい最近まで廃村同然であった開拓村とは思えないほどの充実ぶりだ。

 

「……これは、年貢の納め時かもね」

 

「いやいや、縁起でもないことを言わないでくださいよ?

 それに今の私達には、あの吸血鬼に、帝国の貴族、どちらもついてるんですよ?

 その我々が、まさか、そんなことがあるわけないでしょう」

 

大げさに手を広げながら、まるでやられる前の三流悪党のようなセリフ言う。

そんな元雑貨屋の倅に思わず、彼女は苦笑してしまった。

おそらく、今回ばかりは彼も相当に危機感を感じているのだろう。

堅固な天然の檻に、無数の装備、さらには長年の勘と経験をもってしても、今回のギャレン村の襲撃失敗は恐らく致命傷になるであろうことは、何となく彼女たちは察していた。

そして、近い未来自分たちに向けて、報復が来るであろうことも、だ。

 

「今度は、たった3人で小隊を全滅させたあの冒険者達もいる、と」

 

「……おそらくは、しかも、呪術師や魔術師、いや、あのゴブリンゾンビを作った死霊術師もやってくるでしょうね」

 

余りの困難さに頭がくらくらする。

おそらく、向こうが本気を出せば、こちらを全員()()()()()()末路にすることも可能なのだろう。

 

「……救援については?」

 

「一応、金銭と文を渡して、2、3は派遣したが……。

 まぁ、多分すぐには来ないだろうな」

 

「なら、まだやりようがあるか」

 

幸いにも、こちらには吸血鬼への献上品である奴らの村の女子供がいる。

だからこそ、奴らにもし仮にこの場所がばれても、大岩を落としたり、病魔を蔓延させるような大規模でえげつない作戦は使えないだろう。

なればこそ、確かに一見こちらの方が戦況は不利に見えるが、時間を稼げ、人質も地の理もあるこちらも決して不利なだけとはいえず。

むしろ時間を稼げば、吸血鬼の君の援助を受けることもできそうだ。

 

「ならま、時間を稼げるだけ稼いで……本隊か、吸血鬼の援助でも待つことにしますか」

 

「それに、もしかしたら部下がここの場所について、口を開かないかもしれませんからね!」

 

「ははは、それはさすがに楽観視しすぎだ!」

 

かくして彼ら彼女らは、そう遠くない未来にやってくるであろう、絶望の未来を待ち構えるとしたとさ。

 

 

 



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第27話 憑依術(応用編)

──その日は、どんよりとした天気であった。

 

盗賊達のうち、一番初めにその異変に気がついたのは、当然見張り……ではなく、盗賊団唯一の魔法使いである呪術師であった。

 

「……空気が澱んでいる。

 遠くから複数の人の気配もする。

 おそらく、件の死霊術師とやらが来ているに違いない」

 

気がついた理由は、この呪術師は、呪術としての基礎である【魔力感知】をつかえたから。

この呪術師は、残念ながら正規の呪術師としての教育を受けていないが故、複雑な呪術は使えない。

が、それでも、だからこそ、基礎である魔力感知にはそれなり以上の自信があった。

 

「……ついに来たか。

 ……で、襲撃者は?

 件の飢狼は、何匹ぐらいだ?

 武器はなんだ、馬に乗ってるやつは?」

 

元純白の女騎士が、呪術師に魔力で感知した結果を尋ねる。

 

「……そこまではわからん。

 どうやら、何かしらの呪術で妨害されているみたいだ。

 無数の薄い陰の魔力反応……そうか!これは魔石か!

 魔石を持った村人が、遠方をうろうろしてやがるな」

 

しかし、それで分かった結果はそれだけ。

 

「一応、もう少し向こうが近づけば、敵の本隊がどこから襲ってくるかや、いつ襲ってくるかはわかると思う。

 が、それ以上は無理だ。

 それに……、どうやら、斥候の質は向こうの方が上みたいだ」

 

その言葉と共に、呪術師は空に向かって、魔力の弾を放つ。

 

「……今のは?」

 

「おそらく、件の死霊術師が放った、斥候もどきの浮遊霊だな。

 普通の剣や矢などの物理攻撃は効果が薄く、魔力や奇跡、もしくは銀の武器やマジックアイテムでもないと効果が薄いめんどくさいアンデッドだ」

 

呪術師の説明に、件の元女騎士は渋い顔をする。

浮遊霊の使役霊。

死霊術師がよく使う手駒の1つと知識では知っていたが、それと本当に相対することになるとは。

一応彼女の持つ武器は、マジックアイテムであるし、部下の何人かは魔法の効果を持った武器を持っている奴もいる。

しかし、それでもなお実体のない化け物相手に、どこまで自分の武器が有効かと聞かれれば、疑問を抱かざるを得ない。

 

「安心しろ、あの手の浮遊霊は、物理的な肉体がないせいか、魔力による攻撃に弱いからな。

 幸い、あの程度の霊なら、俺の魔力弾ではあっさりと倒せる」

 

手からうっすらと魔力を放出させながらそのように言う呪術師。

その様子に苦笑しながらも、頼もしさを感じる元女騎士。

 

「が、おそらく、あの浮遊霊を通して、こちらの情報は抜かれているだろうから……」

 

「ああ、そうだな。

 おい、おまえら、肉盾のほうを準備しておけ。

 矢除けくらいにはなるだろう」

 

かくして、盗賊達は無数の捕虜を檻から出しつつ、襲撃者がやってくるのを待ち構えるのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

「で、やってきたのが、あれと」

 

襲撃者を待ち構えること、数刻。

彼らの前にやってきたのは、幾人かの人影であった。

数は6、そして何より彼らは、件のギャレン村襲撃時に向こう側に捕虜として捕まったはずの盗賊の仲間であった。

 

「……となると、あいつらは死霊、それともゾンビか?

 おい!」

 

「……いや、あいつらは生きているな。

 ちゃんと、陽の魔力を感じるし……しかも、手土産付きみたいだ」

 

呪術師に魔力感知を使って、件の戻ってきた仲間たちを確認させる。

すると、どうやら戻ってきたその仲間たちは、まだ人間ではあったようだ。

彼らとしては、死霊術師につかまったがゆえに、ゾンビやグールにでもなって自分たちを襲いに来たのかと思ったが、それはなさそうだ。

 

「ハンドサイン……OK!

 あいつら、どうやら偽物ってわけじゃないみたいです!」

 

「なら、普通にアイツらは脱出できた可能性が?

 しかも、その手には赤子まで捕まえてきたみたいだぜ!

 これは、さっさと迎え入れてやんなきゃ!」

 

「馬鹿野郎、サブリーダーが周りに敵がいるって言ってただろ!

 どう考えてもあれは罠だ!

 矢で射って殺しておくぞ!」

 

「ばかやろう!仲間を殺すあほがいるか!

 あいつらが、村の奴らの隙をついて、なんとか戻ってきた可能性もあるだろ!」

 

謎に戻ってきた仲間に対して、もめにもめる盗賊達。

仲間思いな盗賊は、素直に戻ってきた彼らを引き入れて、さっさと治療や情報共有をしてやりたい。

しかし、冷徹な盗賊は、このような怪しい状況で戻ってきた元仲間など、さっさと殺すべきだと主張する。

かくして、元女騎士は呪術師へと視線を向けるが、彼は渋顔をして首を横に振る。

 

「……残念ながら、周囲に満ちる魔石による呪術妨害のせいで、あいつらの詳しい状態は、魔力感知でもわからんぞ。

 ……一応、陰の魔力を帯びてはいるが、陽の魔力も感じるから、死んでいないのはわかるけどな」

 

かくして、その元女騎士は考える。

状況的には100%今戻ってきている仲間は、罠に違いない。

しかしながら、すでにこの戻ってきている仲間の存在はほかの仲間に気付かれてしまったし、呪術師も彼らを黒と断定できない。

むしろこのように悩ませること自体が罠なのでは?

時間稼ぎをして、その隙に何かをする。

そういう作戦の可能性もなくもないのだ。

 

「……よし、それじゃぁ、おい。

 おい、おまえ。

 今からアイツに接触してこい。

 ついで、キスの1つでもしてやれ」

 

「……はい」

 

かくして、彼女がとった作戦は、人質を使う事。

自分たちが捕まえたギャレン村からの人質に迎えさせ、その安全性を確かめるというものだ。

これでもし、件の仲間がゾンビ的な何かであったら、その人質を襲うだろうし、もしそうでないなら、普通の出迎えになるというものだ。

 

「……よくお戻りになられました」

 

「……ひひっ」

 

そうして、もし何かあったときに両方無理なく処分できるように弓兵に狙いを定めさせておいたが、何も問題は起きず。

仲間を迎えに行った、元人妻現未亡人の捕虜がその仲間に性的接触含む出迎えをさせるが、暴れたり、呪いで苦しむ様子もない。

 

「……おい!もういいだろう?

 さっさと中に入れてやってくれよ!」

 

「いやいやまだわからんぞ!

 奴らはもしかしたら、捕虜ごと俺達を殺す作戦かもしれねぇじゃねぇか!

 やっぱり、アジトに入れる前に全員射殺しておくべきだって!」

 

さらには、安全確認したせいで、出迎えないという選択肢も取りにくくなり、内部の亀裂が広まっていく。

流石に、こんな状況で内部分裂している訳にもいかず、仕方なくその問題ないと思われる解放された仲間を迎え入れる。

 

「……はぁ、はぁ」

 

「お、おい!本当に大丈夫か?

 な、なにか、やっぱり問題あるんじゃねぇか?」

 

しかし、その戻ってきた仲間は、明らかに問題があった。

彼らは一様に、額にひどい量の汗をかき、手足は震え、息は荒く、眼はぎらぎらと輝いている。

ここに戻ってくるまでに、全身に怪我をしているため、その影響かとも思ったが、どうやらそれだけではなさそうだ。

 

「も、もしや悪性の呪いか!?

 お、おい!本当に大丈夫か!?」

 

「病や疾病の呪い?ま、まさか、ここには無数の捕虜がいるんだぞ?

 まさか、人質もろともか!?」

 

焦る盗賊達に、頭を悩ませる頭領。

残念ながら、彼女ではこの状況が只の時間稼ぎの策なのかどうかもわからず、かといって切り捨てることもできず。

捕虜に世話をさせて様子見?

しかし、もしこいつらが単純に裏切り者であった場合、それはそれでめんどくさいのが本音。

やはり殺しておくべきだったと、後悔はするが中に入れてしまった以上、後悔はすでに遅い。

 

「仕方ありません、ここは私が直接見て、彼らの身の安全を確認しましょう」

 

「お、おい!」

 

「安心してください。

 もし彼らが何かしらの呪術による伝染性の呪いを持っていても、私なら多少は抵抗ができますので」

 

そうして、最終的に頼るのは、この盗賊団唯一の魔術師でもある呪術師。

彼に件の様子のおかしい、戻ってきた仲間を見てもらうことになる。

 

「……やはり、こいつは普通に生きてはいるな。

 陽の魔力があり、陰の魔力もある」

 

そうして、呪術師の彼はゆっくりと、その容疑者である仲間に近づいていく。

 

「しかし、それでも……魔力による感知がしにくい。

 これは、呪術による感知妨害?

 直接触れなければ、詳しい様子は探れない、か」

 

「……よし、この距離なら、大丈夫だ、それじゃぁさっそくコイツの魂の状態を探って……!!!」

 

そして、それが()()()()()()であった。

 

「……これは罠だ!!!

 みんな、逃げ……っが!!!」

 

呪術師が近づいた瞬間、突然駆け出す、元仲間。

獣よりも早く、呪術師へと突撃し、彼を押し倒す!

 

「っち!!……っな!!!」

 

もちろん、元女騎士はその可能性も考えており、素早く呪術師へととびかかったその元仲間の腕を切り落とす。

が、なぜか切り落としたはずの腕は物理法則に反して繋がったままであり、追撃の斬撃を加えるが、その体からほとんど血はもれず。

超常的な力が、彼の身に起こっているのは明らかであった。

 

「ぐ、ぐあああぁああああ!!!」

 

「……!!」

 

そして、その元仲間はそのまま呪術師を押し倒し、まるで獣のように呪術師の肩を嚙み千切る。

その様子に猛烈にいやな予感がし、元女騎士は元仲間の首を切り落とす。

 

「……はぁ、はぁ」

 

「お、おい、だ、大丈夫か!?」

 

そして、元女騎士は目の前の血飛沫すら目にくれず、急いで呪術師に話しかける。

が、呪術師の様子は明らかにおかしく、息が荒く、眼が血走り、ひどい汗をかいている。

 

「くそ、くそぉ!

 やられた、やられた!

 この呪術は……いや、この死霊術は!?」

 

「お、おい!だ、だいじょうぶなのか!?

 お、お前まで死んだら、私は、私は」

 

元女騎士は、すがるようにその呪術師へと話しかける。

しかし、残念ながら彼女にとっての希望はすぐに打ち砕かれることになる。

 

「俺には呪術抵抗力があるから大丈夫だが、お前はそうはいかない!

 だから、だからこそ、お前だけは絶対に()()()()()()()()()

 いいか!これはもう殺しても無意味だ、すでに()()()()()()()!」

 

「お、おい、それはどういう意味だ?」

 

「……あぶない!うしろぉ!」

 

その言葉と共に、強力な衝撃が彼女の背後から襲い掛かる。

するとそこには、先ほど彼女が首を落としたはずの死体がいた。

 

「こ、これはまさか、グール!?

 こんなすぐに!?お、おい、いったいどういうことで……」

 

つい先ほど殺したばかりの部下が、グール化して襲ってくる。

この異常事態に、困惑し、彼女は自分の頼れる参謀へと視線を向ける。

 

「……ひぎっ!?

 はがっ、おごぉおおおぉぉ!?!?」

 

……しかし、彼女はそちらの方に視線を向けたことを後悔した。

そこにいたのは、まるで陸に打ち上げられた魚のように床でのたうち、跳ねまわる呪術師の姿であり。

その顔は苦悶にみち、歯を食いしばり、全身から汁という汁を漏らしている。

 

「う、うわぁあああ!!!こっちに来た!!」

 

「きゃぁあああ!!!!……って、あれ?」

 

そして、この悲劇が起きているのはこの場だけではなかった。

今しがた自分が斬った元仲間だけではなく、他の元仲間も、まるで獣のように他の仲間へと襲い掛かる。

しかし、それはなぜか、捕虜には襲い掛からず、野盗にだけ襲い掛かり。

まるで恨みを晴らすかのように、残虐に相手をかみちぎる。

 

「……うぐ、あ、ああああああ!!!!」

 

そして、その悲劇はこれだけで止まらず。

なぜかその野獣と化した元仲間に噛まれたものは、同じように暴走し。

その狂人に襲われた仲間はさらなる狂人へと変貌する。

 

「なんで、なんで死なねぇんだよぉぉぉ!!!」

 

そして、その狂人に弓矢や毒は通用せず。

 

「に、にげ、ロ……いま……う、ぢ……」

 

人質や肉盾を理解するだけの頭はあり、肉盾のみを避けてこちらに攻撃してくる。

 

「いったい、いったい何が起きているんだ……?」

 

かくして、その元女騎士は混乱し、呆然とする。

周囲に蔓延する狂気、逃げ惑う人質、仲間が仲間に襲い掛かる地獄のような光景が目の前で繰り広げられる。

魔術を理解しない彼女に唯一残された手段として、その長年の相棒でもある呪術師へと一途の望みをかけて、視線を向けるが……。

 

「……げひっ!」

 

そこにいたのは、他の元仲間同様に、完全に狂気に飲み込まれてしまった()呪術師の姿であった。



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第28話 これはクリーンで神聖なゾンビですよ!

――冥府神の信徒にとって、死霊術とは一種の儀式なのである。

 

そもそもこの世界において、神と霊魂、さらには死の国が実在している。

だからこそ、通常の人間が死亡した場合はほどなくして昇天するのが一般的。

そうでない状態、すなわち死んだ人間の魂が現世に残っていることは一種の異常事態なのだ。

そして、人の霊魂が成仏しない理由は呪いだったり、邪神の罠であったりするが、そんな霊魂が現世にとどまる一番多い理由は、未練なのだ。

故に、冥府神の信徒である死霊術師は、そんな彼らに魔力を貸し与えることで、使役霊として行使しながら、彼らの未練を晴らす手助けをする。

そう、つまりは【鎮魂】。

故に、世間一般の認識とは異なり、冥府神の信徒の行う死霊術は、神聖で慈悲深い。

まさしく、聖職者の行うべき清い神事というわけなのだ。

 

 

「だから、私が操っている死霊が盗賊のアジトを燃やすのも、とっても神聖。

 さらには、あそこで盗賊の死体がひとりでに動き出し、別の盗賊の頭にかぶりついてるのも、とってもホーリーでありがたい光景というわけなんだよ!」

 

「いや、流石にその言い分は無理があると思うんだ」

 

「っく、どうしてわかってくれないんだ!

 これは、盗賊という社会悪をやっつけつつ、無数の未練ある霊魂の未練を晴らす素晴らしい術なのに……」

 

「と、とりあえず、もう少し見た目をかわいくしたらまだ……。

 あ、火が燃え移った」

 

さて、現在私達がいるのは、盗賊のアジトから少し離れた茂みの中。

そこで村の自警団及びヴァルター達と一緒に、待機中。

みんな、盗賊のアジトに安全に突入できる機会をうかがっている最中だ。

 

「にしてもやるねぇ、やっぱりやばかったね。

 あの盗賊達、数も余裕で30超えているし。

 普通に魔法の武器持ちもいるし」

 

「あいつら、俺達よりもいい武器や防衛施設を持ってやがるぜ?

 これは絶対に許せんよなぁ!?!?」

 

遠くから盗賊の様子を見ている、村の守衛たちが怒りながらそういう。

なお、今回行った私たちの盗賊の根城攻略法は実にシンプル。

捕まえた元彼らの仲間である盗賊達にちょっとした細工を施し、彼らのアジトへと返す。

そして、内部にしっかりともぐりこんだと同時に暴れてもらい、ついでに人質もいい感じに逃げ出せるように誘導してもらうといったものだ。

 

「まぁ、でもきちんと作戦が通用したようでよかったよ」

 

「通用したというか、通用しすぎというか」

 

まぁ、色々穴の多い作戦であったが、今のところ経過は順調なようだ。

無数にいた盗賊の見張りや弓兵は、内部の混乱で機能しておらず。

危険視していた呪術師もこちらの死霊術を見破ることはできず。

なんなら、彼自身すでに手遅れになっているようだ。

魔力を探ると、彼自身もすでに生きた屍、いや、生きた操り人形状態になっているのを感知できた。

 

「にしても、この呪い、いや死霊術って、本当に大丈夫なの?

 敵味方の区別とか、それに、冥府神の司祭的に。

 要するにこれって、感染するゾンビってことでいいんだよね?」

 

「いや、見た目だけはそうだけど、この術は別にゾンビを作る術じゃないぞ。

 正確には【未練のある浮遊霊】を【生きたままの人間に憑依させ操る】。

 そういう死霊術の延長だから」

 

「え?そうなの?」

 

自分の言葉に、ヴァルターは驚きの声を上げる。

そうだ、今回自分が行った死霊術は、一見パンデミック映画に出てくるゾンビを量産する術に見えるが、そうではない。

今回使った死霊術は、この盗賊団に襲われ殺された【無数の未練ある者の霊】を呼び出し、それを【捕まえた盗賊達の体に強制的に憑り付かせ、操る】という呪術なのだ。

一見噛みつきでゾンビが増えているように見えるが、あくまで相手の体に憑り付かせた使役霊が相手の体に移り変わったから起こる現象だ。

別にゾンビウィルスや寄生虫の仕業というわけではない。

 

「あいつらはな~、相当の人間を殺していたからな。

 協力してくれる未練ある亡霊を集めるのはすごく簡単だったよ。

 むしろ、数を絞るのが大変だったくらい」

 

なお、今回の作戦では、その辺を軽く探しただけでも、30人以上の亡霊がこの作戦に協力してくれ、人間以外の霊まで参加してくれた。

その数、なんと100以上であり、そのため、今回の鉄砲玉という名の返還捕虜6人には、一人当たり20の盗賊達に恨みがある亡霊の魂をその身に詰めこむ羽目になった。

当然本人の意に反する悪霊、いや、使役霊の憑依は依り代にそれなり以上の苦痛が発生する。

その苦痛の割合は、憑依している霊が多ければ多いほど強くなるのは、まぁ言わずともわかるだろう。

 

「でも、代わりにあの元捕虜たちは死んだら、すぐに成仏できるようにしておいたからね。

 少なくとも、怪しまれずにアジトに戻れたらもう尋問もしないし、死後アンデッド化もしないと約束したら、喜んで体を明け渡してくれたよ」

 

「それって、一般的に言ってただの脅しなのでは?」

 

まぁ、件の捕虜君たちも、体に20以上の亡霊に憑依され、体を操られるときの苦痛よりも、【尋問】のほうがつらかったって言ってたし。

多くの人々を殺した悪人なのに、死後魂が冒涜されないで死ねるようにしたことを考えれば、これは十分慈悲深い行い。

さらに、この作戦の過程で、多くの盗賊に恨みがある未練ある魂が、その未練という名のストレスを発散しているため、慈悲深い+慈悲深いですごく慈悲深い。

実に聖職者的行いだといえるのではなかろうか?

 

「それにほら、先の襲撃で亡くなったサラザーさんも、今はこうして無事にストレス発散中だからさ」

 

「う……あ……、すぐえ……だ……ずぐ、え、だ………!!

 ばにあっだ、ま……に、あ゛……っだ!!」

 

「あ、あああ!!

 そのくせ、その口調、お父さん、お父さんなの!!

 私は、私は……」

 

なお、そんな話をしている最中に、盗賊のアジトからそんなうごく屍が、いくらかの人質や捕虜を引率しながらこちらへと戻ってきた。

どうやら、今あの体に憑依している亡霊軍は、家族を盗賊にさらわれて救えなかった未練ある魂の群れらしい。

でも、全身ボロボロで頭が欠けた盗賊の死体が、捕虜である人質を庇い避難させている姿はとってもシュールである。

 

「いや、理屈ではわかる。理屈ではわかるが……。

 でも、この光景が、神聖とか、慈悲深いとか。

 ボクの脳が理解を拒むというか……うん」

 

頭を抱えるヴァルターに、周りにいる何人かが苦笑しながら同意する。

まぁ、いくら賊とはいえ、ホラー映画みたいな死に方をするさまを見せつけられて、思うところが出るのはわかる。

 

「でもま、ほら、いつまでも呆けているわけにもいかないみたいだよ」

 

「……!!

 そうだね、どうやら、本命の登場、といった所かな?」

 

自分たちが盗賊のアジトの崩壊を眺めている中、その騒乱の中心から突如一つの影が飛び出してくる。

それは、馬に乗り、空を駆け。

全身金属鎧を身にまとい、その手にはうっすら光る魔法の剣を持ち。

何よりもその眼がらんらんと輝き、怒りに燃えていることが分かった。

 

「貴様らぁあああ!!!!

 よくも我が同胞たちを!!!!

 王国の蛆虫共が!!!!

 もう手加減はせん、ここで全員ひねりつぶし、あの村にいる人間ごと血祭りにあげてやるわぁああ!!!!!」

 

「どうやら、悪の親玉登場ってね!

 それじゃぁいざ尋常に、勝負!」

 

かくして我々は、満を持して登場したその盗賊団の親玉と、最後の決闘を開始!

 

 

 

「えいえい、怒った?

 怒った?」

 

「みんな、投石の手を止めるな~!

 ここが正念場だ!!」

 

「とりあえず、馬から射止めますね」

 

「なら、足止めは僕の役割か」

 

「き、貴様ら~~~!!!!」

 

もっとも、すでに向こうは盗賊の頭領以外はほぼ全滅状態。

逆にこちらは、ほぼ全員無事な状態なうえに、私を含め遠距離攻撃できる人員が複数。

最終的には、まるで文明人にやられるサルのように、遠距離からの攻撃が複数直撃。

その珍しい全身鎧の騎馬持ち女頭領は、あっさりと捕縛、その後処刑されることになるのでしたとさ。

 



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第29話 新人冒険者達

盗賊団壊滅作戦から早数日。

作戦の後処理は滞りなく行われた。

攫われていた人質の治療や世話、盗賊がため込んでいた盗品や戦利品の仕分けや処分から。

盗賊の処刑や、被害者の葬式まで。

そこそこにいいことも悪いこともあったが、それでもギャレン村やその周辺にとって今回の盗賊討伐は非常に有益なものになったのは間違いない。

 

「というわけで、ようやくお前らにちゃんとした報酬が支払えるってわけだ!」

 

さらに言えば、冒険者である私達にもそれなり以上に報酬が支払われることになり。

無駄に銀の皿や魔法の武器まで、もらえることになった。

 

「私としては、それよりも家の拡張を頼みたいんだけど」

 

「おう!それに関しては、この辺を支配していた盗賊団が滅んだからな。

 誰かさんの妨害もない今なら、ちょっとした誘致ですぐに近くの村から大工を呼び寄せることぐらいできるだろうな」

 

やったぜ!

どうやら、件の盗賊団が滅んだことで、この周辺そのものの治安がさらに向上。

村から村への行き来がしやすくなり、さらには王都や地方大都市などの他都市からの人材を呼び寄せやすくなったからとのことだそうだ。

 

「そして、目下の目標であった、冒険者の数を増やす目標もとうとう達成できたぞ!」

 

おお!それは目出度い!

でも、冒険者なんて所詮半分はならず者だから、どんな人が来るかいろんな意味で不安ではある。

シルグレットの話によると、すでに新しい冒険者はこの宿にいるそうなので、さっそく挨拶をしに行くことにした。

 

「あ、こんにちわ司祭様。

 新しく冒険者になったアヤです」

「……ロシ」

「クロだ」

「ヨークですよ~よろしくお願いします~」

 

そしての冒険者ではあるが、こちらを見ると素直に挨拶してくれた。

何人か口数の少ない人もいるが、それでも名前を名乗ることぐらいはするし、何よりも初手セクハラをしてこないため、個人的に印象は悪くない。

 

「えっと得意なことや、使える得物?

 ……あっ!私は馬に乗れます!」

「……ナイフ」

「喧嘩は得意だぞ!」

「一応、斧槍ですかね~。

 もっとも最近だと数えるほどしか、使っていませんが~」

 

うんうん、自己紹介も約半数は冒険者としてちょっとどうなの?という特技ではある。

が、それでも最低限の自己紹介をしてくれるのは、うれしい限りだ。

そして、最後に一番気になることを聞いた。

 

「で、それぞれ、年齢は何歳かな?」

 

「え、えっと10歳です!」

「……14」

「数とか数えられないから知らない!」

「36です~」

 

「シルグレット、正座」

 

「はい……」

 

さもあらん。

 

☆★☆★

 

「は~い、というわけで、これから君たちには、このゴブリンゾンビの洞窟でお掃除の仕事をしてもらいま~す」

 

さて、場所は変わってゴブリンゾンビの洞窟。

現在そこで私は新人冒険者に向けて、今からそこでやってもらう仕事について説明していた。

 

「とりあえず、ここのラインからここのラインまで書かれた場所はこの箒で掃除をしておいてね。

 それと並行して、蝙蝠やネズミ、それと虫の駆除もお願いしたい。

 ただし、この洞窟で取れた動物や虫を食べるのはNGだからね。

 陰の魔力で雑菌……そう、虫やら病に侵されているのが多いから、食べるとお腹を壊すよ」

 

なお、件の新しい冒険者は基本的に今回の盗賊討伐の際に救出された捕虜の一部であったりする。

というのも、捕虜である彼らは多くは女子供であるのに、盗賊騒ぎのせいでその親や旦那は死亡済み。

更には身内まで死んでいる人もおり、引き取る場所も身内も、仕事もないといった状態であったのだ。

だからこそ、シルグレットはとりあえず手に仕事をというわけで冒険者を紹介したらしい。

 

「まぁ、本当ならこの村に住む冒険者的には、森の散策や隊商の護衛辺りの仕事をできるようになってほしいけど……。

 正直、冒険者見習いの君たちに、そういう役割を求めるのは酷だからね。

 まずは私から、こういう雑用依頼を多めに出すから、それでお金を貯めて、その間に装備やら、戦い方を学んでほしい。

 そして、最終的に立派な冒険者になるのもよし、諦めて別の仕事に就くのもよしというわけだ」

 

まぁ、シルグレット的に交通の便がかなり安定してきたので、この村にも奴隷商という名の口利き屋がやってくるそうだ。

なので、そこで身売りをしてもらい、ここではないどこかの村で、養子入りやら嫁入り婿入り。

ここではないどこかで、幸せになってもらうルートが丸いとは言っていたが、それは言わないでもいいだろう。

 

「ほ~、良かった。

 これなら、私でもお手伝いできそうです!」

 

「うふふ、良かったねアヤちゃん。

 わたしも、これなら身売りしなくても最低限生きていけそうだわ~。

 まぁ、私くらいのおばさんを買ってくれる人もいないと思うけどね」

 

なお、ヨークやアヤといった新人女性冒険者達からは安堵と感謝の声が上がった。

それはそうだ、そもそも彼女らはなりたくて冒険者になったわけではないのだ。

それに、アヤは馬を扱えるそうなので、馬を貸せば簡単な荷運びの仕事もできるだろう。

将来的には、運び屋系の冒険者としてそれなりに大成できるかもしれない。

あとヨークさん、あなたの美貌と体なら、個人的には全然問題なしです。

むしろ精神年齢的にも割とストライクなんだよなぁ、同性を言い訳に手を出しちゃダメ?ダメっすか、そうですか。

 

「……地味」

 

「そうだ!俺はこの地方にいる盗賊や悪党をすべて退治するために冒険者になったんだ!

 それなのに、こんな地味な仕事で足を止めているわけにはいかないんだよ!」

 

それとは逆に、不満そうなのは男性新人冒険者軍。

まぁ、彼らの言う事もわからないでもない。

せっかく冒険者になったのに、一番初めにやらされる仕事が、洞窟にいる掃除と害虫害獣駆除なんて、華がないにもほどがある。

 

「……まぁいいたいことはわかる。

 それじゃぁ、代わりに薬草拾いにでも……いや、やっぱだめだな。

 野良ゴブリンやローパーがいるかもしれないし。

 普通に、子供だと死んじゃうからね」

 

「……」

 

「は~??別にゴブリンくらいやれるし!

 それに、ローパーって確か、動きが遅いんだろ?

 それなら石を投げつけるだけで勝てるだろ! 」

 

もっとも、彼らが本当の意味で冒険者を名乗るには、彼らはあまりにも未熟すぎた。

そもそも、ゴブリンならやれるといいながら、その体格や武器からして、どう見てもゴブリン相手に返り討ちになるのは目に見えているし、待ち伏せする植物魔物であるローパーに投石で対応と言ってる時点で、考えが浅すぎる。

ここは、少し手荒な方法でわからせる必要があるなと思い、少し死霊術を発動させることにした。

 

「いいよ、わかったよ。

 それじゃぁ今から君たちには、最弱クラスの戦闘相手を用意するから。

 まずはコイツに勝てたら、シルグレットに頼んで、森の散策依頼ぐらいなら、許可を出してもらうようにするよ」

 

「……!!」

 

「へへっ、そう来なくっちゃ」

 

自分の発言に、やる気を出す新人少年冒険者陣。

もっとも、自分としても彼らの無力さを効率的にわからせるための戦闘なので、強力なアンデッドを呼び出すつもりはない。

彼らに目に見えてわかりやすく、無力感を与え、且つ自分にとってもローコスト。

ちょうど先ほどそのための、素材を手に入れたばかりだと思い出し、それに向かって魔力を込める。

するとその遺体に込められた迷える魂も呼び起こされ、仮初の命を持って起き上がる。

 

「……というわけで、いけ、【骨鼠(スケルトンラット)】。

 奴らに身の程をわからせろ」

 

「……っむ」

 

「ゴブリンでもなく、ただのネズミ?

 そんなのに僕らが負けるわけないだろぉぉぉ!!!」

 

こうして、この2人の新人少年冒険者は、そのやや大きめな骨のドブネズミに向かって、突撃するのであった。

 

 

 

「……で、まだやる?」

 

「……ひっく、ひっく」

 

なお、結果は当然少年冒険者たちの惨敗。

少年冒険者は、全身擦り傷やあざまみれになっていた。

 

「で、どうだった?

 これが、アンデッドの中でも最弱クラスのスケルトン。

 その中でも一番弱いとされる骨鼠(スケルトンラット)だよ」

 

もっとも、今回ここまでできたのはあくまで私が自分で操縦したうえで、魔力を十分に補給したからだが……それは言わないでいいだろう。

それに、今回の骨鼠(スケルトンラット)は自分が呼び出したもののため、清潔であるが、もしこれが野性の骨鼠(スケルトンラット)なら、それこそ傷口から無数の毒や呪いに伝染病を感染し、明日の朝日が拝めなくなっている。

だからまぁ、脅威度で言えばどっこいどっこいだろうし。

 

「ご、ごめんなさい。

 もうわがまま言いません。

 だから、()()()するのはやめて下さい」

 

泣きながら謝る少年冒険者たち。

なお、耳をかじられたり、ナイフを持っていながら暴れた自傷ダメージのせいで、ズボンに血と小水による染みができているのは、見ないふりをすべきだろう。

 

「わかればいいんだよわかれば。

 それに、君達はまだ成長期だから」

 

「……ん」

 

「ちょっと訓練やら経験を積めば、すぐにこの程度の相手は倒せるようになるから!

 だから、ちゃんと今は簡単な依頼から、そして装備を整えてから森に挑むようにするんだよ?

 いいね?」

 

「……はい!」

 

こうして、新人年少冒険者は、骨鼠(スケルトンラット)のわからせにより、無事素直に。

新人冒険者による無謀な冒険を未然に防ぐのには成功したのでしたとさ。

 

「……とりあえず、戦力になる冒険者が来るのは、まだまだ先になりそうだなぁ」

 

「あ!それなら私も、そのネズミさん退治に挑戦してみてもいいですか~?」

 

「え?」

 

それはそうと、ヨークさんが骨鼠(スケルトンラット)と戦ってもらったところ、彼女は一撃で骨鼠(スケルトンラット)を粉砕。

 

「えへへ~、私はもともと傭兵をやっていたんですよ~。

 一応家庭に入って引退していたんですが……旦那も殺されちゃいましたからね。

 この機会に冒険者デビューしちゃおうと思ったんです☆」

 

「あ、はい、そうですか」

 

「あ、でも私も新人冒険者と同じ対応でお願いしま~す☆

 なんだかんだ、私も冒険者としては新人で間違いありませんし……。

 この子たちを放置するとすぐに死んじゃいそうですからね!」

 

そして、思わぬ所からすごい人材が出てきていたことに驚愕。

やっぱり、思ったよりも冒険者の質は上がっているかもしれないと、考えを改めるのであった。

 

 

 

 



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第3章 吸血鬼と死霊術師
第30話 風雲吸血城


何はともあれ、盗賊討伐により受けられる恩恵は非常に大きかった。

それは単純な私個人の利益という話だけではなく、村全体の利益になり、さらにはこの周囲全ての利益になる。

イラダ地方全体の利益……とまではいわないが、それでもギャレン村周辺にある村々全てに恩恵がある程度には影響が大きく。

地方都市にもその知らせが届く程度には大きな出来事であったとのことだ。

そんな飛ぶ鳥も落とす勢いで発達しているギャレン村(やや町)とその周辺ではあるが、当然まだ大きな問題が残っている。

 

――そう、それが吸血鬼問題。

 

ギャレン村の近くにありながら、近日起きた中では盗賊の襲撃以上の犠牲者を出している恐るべき事件。

先日の盗賊の騒ぎも元をたどればこの吸血鬼が関連している。

実際ストロング村まるごと、この吸血鬼の餌食となり、今なおその脅威は続いているとなれば、この問題がいかに大きな問題かわかるだろう。

特にこれから先ギャレン村の規模を大きくしていくことを考えるなら、徒歩でも数日で行き来できる場所にそんな危険な場所があるのが事実ならば、おちおちまともに遠出することすらできない。

だからこそ、この吸血鬼を仕留めなければ、ギャレン村の発展に未来はなく、この地域すべてがこの吸血鬼の脅威にさらされ続けることは必定。

 

それゆえ、村長がこの吸血鬼退治の依頼を自分たちに出すのは自然な流れであったといえるだろう。

 

☆★☆★

 

「【聖光の一撃(ホーリー・ショット)】」

 

さて、場所は変わって、ストロング村近く。

元々は綿花畑が多い過疎化が進んでいた、実に牧歌的な村であったそうだが、それは昔の話。

綿花畑はすでになく、かわりに無数の芋畑。

そして、無数の蝙蝠と人間の奴隷。

冒涜的に魔改造された教会に、小さな城モドキ。

さらには、無数の死霊術と吸血鬼の固有魔術を使用した特別な配下が出迎えてくれる実にクソみたいな場所になっていた。

 

「……グギ!」

 

『……ガガ!!』

 

吸血鬼の配下である『鎧霊』がこちらの『鎧霊』を襲う。

物理的轟音と共に、陰の魔力と魔力が空中ではじけ飛ぶ。

 

「……じ、が」

 

『………ギギギギ!!』

 

もっとも、こちらの鎧霊であるトガちゃんは、それなり以上に厳選した魂を使用した鎧霊だ。

吸血鬼の配下が、野良で動かす鎧霊モドキでは足止めにすらならん。

 

「お~い!そっちの始末が終わったら、こっちも手伝ってよ~!

 というか、こいつ明らかに僕と相性が悪く……。

 んにゃあぁあああ!!!!ぼくの剣がぁあああ!!!」

 

なお、横を見るとヴァルターが別の吸血鬼の配下の相手にそれなりに苦労しているようだ。

見た目は巨大なスライムだが、その全身は赤黒く、流動的かつ非生物的な動きでヴァルターを翻弄していた。

 

「うわぁ、ブラッドゴーレムの一種かな?ブラッドスライムとか、そういうのか。

 とりあえず、【聖光の一撃(ホーリー・ショット)】【聖光の一撃(ホーリー・ショット)】」

 

実にレアな魔物に一種の感動を覚えながら、神聖呪文をぶつけて撃退する。

しかしながら、ヴァルターの剣技を無効化しながら、対魔物用の神聖呪文でも倒すのに二発もかかったことを考えると、これはかなり強い魔物だったのかもしれない。

しかし、そんな強い魔物を倒しても、吸血鬼からの攻勢は止まる様子を見せない。

 

「ま、また来ました!

 蝙蝠の群れです!」

 

上空を見張るベネちゃんが声を上げる。

すると、村の中央にある小さな城の方面から、無数に飛んでくる吸血鬼の群れ。

それらは、わずかな陰の魔力で呪いを込めながら、こちらへと集団で襲い掛かろうとしてきた。

 

「とりあえず、私が足止めするから、その間にお願い!

 ふぅぅぅ……!!【連鎖する電弧(アーク・ボンド)】」

 

大きく息を吸い、体内にある魔力を大幅に減らして、その呪文を放つ。

すると、巨大な電気の網がその蝙蝠の群れにぶつかり、泥と肉が焼き焦げる匂いが周囲に充満する。

 

「……っ!!倒しきれない……!」

 

しかし、それでもこの電撃の呪文では蝙蝠を倒しきるには至らなかった。

蝙蝠は、陰の魔力に親和性の高い生物。

それゆえに、生物故の神聖呪文にも、陰の魔力の親和性による呪術にも抵抗力があるため、それ以外の呪文で仕留める必要がある。

が、どうやら私のなれない電気呪文では、そこまでの威力は発揮できないようだ。

 

「大丈夫です!

 ここまで減らしてくれれば……それぇ!!!」

 

「……キィイイイイイイイイ!!?!?」

 

蝙蝠の群れの中に潜んでいた、群れの中でもひときわに大きい蝙蝠がベネちゃんにより狙撃された。

すると、その巨大蝙蝠が気味の悪い悲鳴とともに絶命、蝙蝠の群れそのものが四散することになった。

 

「相変わらず、この蝙蝠の群れは本当にきついねぇ。

 たしか、普通の蝙蝠に吸血鬼化した蝙蝠が混じっているんだっけ?

 こんなことなら、全身鎧を持ってくるんだった」

 

「まぁまぁ、その反省は次回に生かそう。

 それに、そろそろ彼も戻ってきたみたいだし。」

 

そのように、無数の吸血鬼の配下相手に連戦を続けている間に、ようやく自分たちが待っていたその人物がこちらへ戻ってきた。

 

『ひ、ひぃひぃ、な、何とか生きて戻ってきたっすよ!

 何回かマジで捕まりそうになったっすが……。

 と、とりあえず、村の様子や捕虜の場所はばっちり記憶できたっす!』

 

かくして、私たちは、この吸血鬼によって占拠された村から最低限の情報を収集し、逃げるようにストロング村を後にするのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

「と、いうわけで、件の吸血鬼の根城は、私達だけだと攻略不可能なことだけはわかったよ」

 

「まじか」

 

そして、場所は戻って、ギャレン村の村長の家。

そこで今回のストロング村の偵察という名の、吸血鬼への威力偵察結果を村長へと伝えるのであった。

 

「ヴァルターに、ベネディクト、それに君の3人そろっても勝てないとは……。

 正直、件の盗賊団をほぼ無傷で壊滅させた君達なら、噂の吸血鬼も無理なく倒せると思っていたんだが……」

 

「流石にそれは買いかぶりすぎです。

 件の吸血鬼は、吸血鬼歴50年を超えるそこそこ大物な吸血鬼。

 それが数か月以上拠点準備をした上で、こちらが攻める側なんだから、なおさらですよ」

 

自分のセリフに、ルドー村長は頭を悩ませる。

なお、件の吸血鬼がそれなり以上に強力であろうことは、盗賊達への尋問によってわかっていたことではあった。

どうやら件の吸血鬼はそれなりに古くからこの地に住んでおり、彼らが生まれる前からこの地で、一部地域の人々を支配、あるいは捕食してきたそうだ。

 

「吸血した相手を吸血鬼に変えられる疑似繁殖に、死霊術。

 そしてなにより、あそこは村全体が『死霊術用の結界』になっているみたいだからね。

 だからこそ、基本的にあのストロング村を攻略するためには、まずはその結界を何とかする必要があると思うよ」

 

お茶請けの焼き菓子を食べながら、自分はルドー村長にそう告げる。

なお、死霊術用の結界とは、まぁ単純に自分の配下の死霊を強化したり制御したり、あるいは死霊の一種である吸血鬼なら自己強化にも使える結界の事だ。

分かりやすく言えば、自分がゴブリンゾンビの洞窟で使っているものを、ちょっと豪華にしたものだ。

 

「ならば、どうすれば、この吸血鬼を討伐することができると思う?」

 

「囲んで棒で殴る」

 

「……」

 

「囲んで棒で殴る」

 

ルドーがこちらにすごく困ったものを見る目で見つめてくる。

まぁ一応、もう少し手順を言うのなら、誰かが吸血鬼の配下を足止めしているうちに、もう一方が吸血鬼本体を足止め。

さらには、もう一部隊は結界の核の破壊をするという手順はあるが、結局はその作戦を行うには人数が必要になるのは明白なのだ。

それにもし相手が人質を肉盾にすることを考えれば、事前に人質を救うためにさらなる人員が必要であるし、人質の中には呪印がつけられている人もいるそうだ。

 

「一応、補足しますと、この村に建つ兄弟神の教会が完成さえすれば、私につけられた聖痕の制約がなくなりますので、もうちょっと楽に攻略できるとは思いますが……。

 それでも、人数が必要なのは変わりませんしね」

 

「……ゴブリンゾンビや吸血鬼被害者の亡霊による、人海戦術とかは?」

 

「すくなくとも、向こうも死霊術の覚えがあるみたいなので……。

 制御を奪われることを考えるとちょっと使う気にはなれませんね」

 

そうしていくつかの情報を提供した結果、ルドー村長はこの吸血鬼討伐に対して、一つの結論を出す。

 

「ならば仕方ない、ここは、他の村と協力して、『吸血鬼討伐隊包囲網』を作成することにするか」

 

こうして、ギャレン村とその周囲の開拓村により、対吸血鬼部隊が編成されることになったのでしたとさ。

 



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第31話 恐るべき吸血鬼の知略

ルドー発案のギャレン村周囲の村々による『吸血鬼討伐隊包囲網』。

この一見実現困難に思われた提案は、思ったよりも順調に進んだらしい。

それは、先の盗賊退治の実績や吸血鬼という種への恐怖心。

さらには、彼らの村の家族がそこにとらわれているかもしれないなどの複合的な理由で実現するに至った。

ともすれば、さっそくその吸血鬼討伐隊という名の村々の腕自慢連合軍が集まることになった。

 

「これだけいれば、あの吸血鬼もひとたまりもないだろ!」

 

そんな実にフラグ的な言葉を吐いたうえで、連合軍第一回の吸血鬼討伐作戦。

 

「うわぁああああ!!つ、強すぎる!

 呪いが、体が!うぎゃあぁああ!!!」

 

「聖職者が一人しか来ていないって!

 どう考えても無理ゲーだろこれ!」

 

1回目は当たり前のように失敗した。

まぁ、これは各々の村から派遣された戦力が、ただの力自慢程度しかおらず。

吸血鬼の呪術に対抗できる人材もほとんどいなかったため、やられるのもさもあらんといった所であった。

むしろ、怪我人は出ても、死者や攫われた人が一人も出なかったことを考えると、できすぎな結果といえるかもしれない。

そして2回目の作戦は、各々の村がもう少し気を引き締めて行うことになった。

 

「あが!あががががが……」

「うえっ!広範囲の麻痺呪文持ちのアンデッド!?

 撤退撤退!こんなの勝てるわけがないよ」

 

そして、彼らの決心むなしく、残念ながら2回目も当然失敗。

理由としては、件の吸血鬼の配下に、簡易ながら、こちらの動きを封じる呪術を有する配下が複数現れたからだ。

呪術や魔法の呪いに対抗するには、基本的にはそれ以上の魔法や呪術で対抗するしかない。

だからこそ、この連合軍での吸血鬼討伐に必要なものは自然と分かることになった。

 

「というわけで、件の吸血鬼の根城は、討伐隊全員に何らかの対魔装備を携帯すれば、おそらく無理なく攻略できるであろうことがなんとなくわかりました」

 

そう!幸いにも件の量産型の吸血鬼の配下たちは、魔法による搦め手は強いものの、単純な力という点ではそこまでではない。

だからこそ、連合軍の個々人の装備や呪術対策の質さえ上がれば、この脅威を何とか出来るであろうという結論に至ったのであった。

 

「ははは、全員に呪術対策の魔法の装備?無茶を言う」

 

「魔法の装備とか、そう簡単に手に入らないからこそ、魔法の装備なんだよなぁ」

 

だがまぁ、残念ながら、話はそう簡単にはいかず。

王都や地方の大都市ならいざ知らず、こんな開拓地ではそもそもの魔法の装備自体が貴重なのだ。

 

「とりあえず、うちは別の村から呪術対策の装備を仕入れてくれる商人を呼んでおく」

 

「ならこちらは、新しい聖職者の確保だな。

 幸いうちの村は、冒険神の神殿とそれなりに親しいからな。

 吸血鬼の詳しい情報を送れば、一人二人奇跡持ちの聖職者を派遣してくれるだろ」

 

「なら、わしらは領主様にこの話を伝えることにしよう。

 領主様の部隊ならば、対魔装備もできておるだろうし、思ったよりも相手が強いからの。

 税を納めておるんじゃから、こういう機会にでも働いてもらわんとの」

 

かくして、連合軍に集まった村の代表が、吸血鬼の呪術に対抗できる策を準備することになるのでしたとさ。

 

「じゃぁ私達は、とりあえず、呪術対策の装備を量産することにします」

「おう!流石我が村の代表の聖職者!

 料金や材料はこちらで用意するから、よろしく頼むぞ」

 

「「「おい、ちょっとまて」」」

 

さもあらん。

 

 

☆★☆★

 

 

「は~~い、というわけで、今日は以前作った神様のお守り(チャーム)

 それをちょっと手を込んで作って、呪術対策のお守り(チャーム)の作り方を教えますね~」

 

「「「は~い」」」

 

そうして、久々に大々的に行われる教会予定地(9割完成)で行われるミサの時間である。

最近は、盗賊退治やら吸血鬼討伐があったせいで、ミサの時間も簡単な話で終わる物を中心にしていた。

が、それでも今回は大義名分もあるため、久々の大規模なミサのため、心なしか村の人々もうれしそうである。

 

「なお!今回作ったお守り(チャーム)の中で、出来がいいものは、ルドー村長や他の村の人々が購入してくれるそうです!

 なので、もしこの機会にお小遣いが欲しい人は、丁寧に、且つ美しく作ってみてもいいかもしれませんね」

 

自分のセリフに、参加者の何人かの目の色が変わる。

なお、この村に来た当初は村内部での金銭の価値はそこまで大きくなかった。

が、最近はこの村にも商人が頻繁に来るようになったため村内部での金銭の価値が爆上がり、そのため、最近は金を稼ぎたいと思う村人も結構多かったりする。

 

「みんな、がんばれ~♪」

「一番おしゃれなのをプレゼントしてくれたら、サービスしてあ・げ・る♥」

 

それよりも、この村にも娼婦がいるからのほうが理由として大きいかも。

彼女たちもなんだかんだ言って、娼館ギルドからのエリート娼婦故、その美貌やらスタイルはかなりのもの。

さらには最近は予約が必要なほど人気らしいので、そのためならさもありなんといった所だ。

 

「っむ?ここは……こうだな!」

 

「おお~!流石ブロンちゃん!

 手先が器用!」

 

「ふふふ!そうだろうそうだろう!

 こういうのも娼婦には必須の技能だからな!」

 

え?件の娼婦のまとめ役の娘の人気はどうかって?

彼女なら子供グループに混じって、一緒にお守り(チャーム)作ってくれてるよ。

かわいいね♪

 

「ふふふ、今の私たちは娼婦ギルドの一員とはいえ、この村の一員でもあるつもりだ!

 この間の襲撃から守ってもらった恩もあるし、この村の一員としてきっちり働きたいという思いもあるからな!

 礼はいらんぞ?」

 

別にそういう意味の視線ではなかったのだが、彼女自身が満足しているのならそれでいいのだろう。

それに彼女もきちんとこの街で生活できているので、ちゃんと彼女を買っている村人もいるはず……いるよな?

いや、いるのか?

なんか、村長からの依頼で書類仕事の手伝いやらそっちで稼いでいるって話も聞いているから、ちょっぴり怪しいかもと思わないでもない。

 

「太陽神と冥府神の呪い除けのお守り……。

 つまり、これを合わせれば光と闇が交わり最強と言う事か?」

 

「やはり天才か……!?」

 

なお、今回のミサにはほかの村から来た義勇兵も参加していたりする。

おまえら、仕事はいいのかと思わないでもないが、今は吸血鬼退治の準備中ゆえ仕方ないのだろう。

 

「それに、俺たちは件の盗賊団が滅んだせいで、仕事が一気に減ったからな!

 村に戻っても仕事がねぇのよ」

 

「俺は、ゼンリ村の村付き冒険者だからな~。

 ゼンリ村には教会がないから……。

 吸血鬼云々を抜きにしても、日用にも耐病や耐呪の装備が欲しかったところなんだ」

 

他の村から来た義勇兵なのに、そんなに緩くていいのかと思わないでもない。

が、それでもフラストレーションがたまって、下手に暴れられるよりは百倍マシなため、笑顔で受け入れることにする。

 

「へ~、アンヌちゃん小さいのに、すでに神様から奇跡を授かったんだね!

 ……ねぇ、ちょっとこの後私のお部屋でお話しない?

 おいしいお菓子もあるから」

 

「おう、何うちの村から、人材引き抜こうとしてるんだ。

 殺すぞ」

 

「うぅ~!!少しくらい、いいじゃないですかルドー様!!

 聖職者が2人いて、強い冒険者も複数!

 それだけそろってるんだったら、見習い聖職者の一人くらい紹介してくれてもいいじゃないですかぁ!」

 

まぁ、それでもなぜか有能村民に目をつけたり、引き抜こうとしたりするたびに、ルドー村長と他の村の代表がにらみ合い、ひどい場合は殴り合いのけんかになることはあるのだが。

自分? 当然下種なものから真面目なものまで引き抜きを受けましたが?

いや、まぁゴブリンゾンビの洞窟の件があるから、まだこの村から離れる気はないけど。

 

「うおおおぉぉぉ!!!ルドー村長とイシ村長がガチの殴り合いの喧嘩を始めたぞぉぉ!!」

 

「いいな~、ギャレン村は。

 ここで怪我しても、司祭が2人もいるんだろ?

 なら万が一もないんだもんなぁ」

 

「とりあえず、今日はルドー村長が勝つ方に俺は賭けるぜ!」

 

こうして、連合軍という名の各村々の勇士と交流を深めながらも、吸血鬼を倒すという一つの目的の下、それなりに平和に日々を過ごすのでしたとさ。

 

 

☆★☆★

 

 

そして、十数日後。

対吸血鬼義勇軍は、無事に一通り耐呪装備をそろえることに成功。

さらには、この地を治める領主も、件の吸血鬼の危険性を理解し、兵を派遣してくれた。

兵同士の連携もできたし、ミサを通して、吸血鬼とその配下の危険性についてもそれなり以上に説明できたとは思う。

 

「……だからこそ、()()()()()()()()()()

 私はそう考えています」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、前回といいその前といい、件の吸血鬼はこちらを本気で殺しに来ていませんでした。

 その上で、向こうは恐らく蝙蝠などを操れる技量の持ち主なので、こちらの動きをある程度読んでいるはず。

 それゆえに、向こうはこちらが呪い対策をしていることを理解している可能性が高いと思われます」

 

「そう、このままだと向こうは負けるかもしれない。

 だからこそ、もし相手がまともな知能を持つ吸血鬼なら、絶対に何かして来るに決まっているはずです」

 

自分の発言に、各村の代表者がごくりと息をのむ。

 

「……それは、どんな作戦だと思う?」

 

「流石にそこまでは。

 でも、おそらくはこちらの予想を裏切るような作戦のはずです。

 例えば、ここにいる人の家族の墓を暴き、その死体を手駒として使ってくる、攫った餌である人々を肉盾に使う。

 さらにはここにいる誰かがすでに吸血鬼の従者かもしれない、などなど。

 予想できるだけ、たくさんの策があります」

 

自分があげた吸血鬼が仕掛けてくるであろう作戦に、村の代表の人たちは嫌な顔をする。

しかし、このような作戦でもなお、最悪からほど遠く、おそらく件の吸血鬼が賢いのなら、よりいやらしい作戦を実行するのは間違いないだろう。

 

「だからこそ、明日の第3回吸血鬼討伐作戦では決して慢心せず。

 何が起きても、動揺せぬようにお願いします」

 

そうして私たちは、来るべき恐ろしき吸血鬼の策謀に対して、万全の準備と多大な覚悟と共に。

第3回討伐作戦へと挑むのでしたとさ。

 

 

 

 

「というわけで、我が主はあなた達の勇気と力を称して、停戦と和平、さらには人質返還を申し出ます」

 

「え」

 

「もちろん、この提案を受けてくれた場合、こちらでお預かりした人々は時間がたち次第順番に返還していきましょう。

 それにそれ相応の賠償金も払うつもりです。

 ……どうしますか?」

 

「え」

 

さもあらん。

 



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第32話 停戦期間

――結論だけ言うと、講和は受理されてしまった。

 

正確に言えば、一時的な停戦や捕虜送還の契約みたいなものであるがそんなものは些細な問題である。

もちろん、これに関しては当初は大いに荒れた。

すぐにでも家族や子供を取り返したい派、そもそも吸血鬼が約束を守るわけがない派。

人質が返ってくるなら無茶をしたくない派、そもそも自分の命を大切にしたい派。

などなど、連合軍内でもそれ相応の様々な意見が出ていたり、議論になったのは違いない。

しかし、それでもこの講和は割とあっさりと受理されることになってしまった。

 

『うむ、貴殿がそういうならその話を受けることにしよう。

 反論は許さん』

 

なぜなら、この連合内で最も社会的地位が高い『領主からの派遣された軍隊』と『その隊長』がいたからだ。

その領主から派遣された軍隊長は、その連合軍内で最も高い戦力を有していながら、同時に、領主から授かった代行状までもってきていたのだ。

それゆえに、この領主代行は連合軍の中で最もこの吸血鬼問題とは程遠い位置にありながら、最も発言権が強いという奇妙な状態に。

 

『案ずるな、件の講和条件に関しては、貴殿らが納得する形で終わらせようぞ。

 ……こちらも、軍隊故な、無用な部下の出血は減らせるなら減らしたいからな』

 

それでも、不幸中の幸いなのは、件の隊長がそれなりに優秀であり、少なくとも状況自体は理解していたことだ。

こうして、連合軍は折角準備をしたのに、再びその吸血鬼相手ににらみ合いを続けさせられることになるのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

「……はい、今回も特に罠や呪いはなし!

 しいて言うなら、この人も少し栄養状態が偏っているかな?

 とりあえずはホウレン草……はこの世界にないんだよなぁ」

 

かくして、時間は吸血鬼による講和作戦から十数日後。

私は対吸血鬼用の交渉及び前線基地にて、吸血鬼側から返還された捕虜の身体検査を行っていた。

 

「確か、スピニッチの余りが……いやまぁ、今回もレバーでいいか。

 とりあえず、後でレバーの炒め物を差し入れるから、それを待っていてね」

 

「は、はい!わ、わかりました司祭様!」

 

もっとも、この捕虜の診療はすでに何回か行っているが、今回も含め、基本的に捕虜は問題なし。

呪いの類はないし、吸血鬼化もされていない。

さらには、軽い病気にかかっていることはあっても、重篤な病ややばい伝染病はむしろあらかじめ治してから返還してきているという好待遇っぷりだ。

おいおい、肺炎まで治療した形跡があるぞこの野郎、吸血鬼とは思えないそのマメさ、マジでなんなんだよ。

 

「お疲れ様です。兄弟神高司祭。

 念のため、こちらで軽い浄化の奇跡も使っておきますので」

 

領主からの部隊お付きの聖職者に作業の引継ぎを済ませて、こちらも休憩に入ることにする。

もっとも今回は休憩というよりは、炊事の手伝いもする気だが。

どうやら前線では、香辛料に飢えているらしく毎回、辛子茸の差し入れが本当に喜ばれる。

この前線基地が、今はわりと空気が寒いのも関係しているのだろう。

 

「お疲れ様です。イオ兄弟神高司祭殿」

 

「お疲れ様です。副隊長様。

 それで、件の吸血鬼の様子は」

 

「相変わらず、不気味なほど静かですよ。

 ……餌である人質も増えている様子はありませんし、新たな吸血鬼を増やしている様子もない」

 

自分の仕事が終わったと同時に、こちらに向かって話しかけてきた、最近仲良くなったこの前線基地の副隊長と少々の状況確認がてらの会話を楽しむ。

 

「結局今のところ、表面上は件の吸血鬼はおとなしくしているのですね」

 

「ええ、人質を使った罠もないし、今のところの上納金も問題なし。

 さらには、餌である人質にも、吸血やいくらかの労働を強いていた以外は、大々的な悪事は行っている様子もありませんでした」

 

そして、2人で改めて、今回の吸血鬼と領主軍の間で行われた講和の条件について確認し合う。

吸血鬼と領主代行の間で行われた講和の条件として、吸血鬼側がすべきことは『これ以上イラダ地方では人を攫わない』上で『毎日に一人ずつ捕虜を返還する』『いくらかの賠償金を人間側に払う』というもの。

そして、こちらの連合軍側は、『今すぐに旧ストロング村への侵攻や攻撃を行わない』『見張る兵の数をある程度厳選する』というもの。

 

「いやまぁさぁ、確かにこの条件は一見するとありがたくはあるのはわかるよ?

 一応は捕虜は帰ってくるし、兵を減らせというのも、多くの兵は村の兼業冒険者や衛兵だから、あんまり長いこと故郷を離れるわけにもいかないし」

 

「まぁ、我が部隊としても、金銭収入を得つつ、安全に仕事と成果どちらも手に入れられる。

 そのことに対して吸血鬼に感謝している不埒者がいるくらいですからな」

 

そして、今のところこの講和条件は双方きっちり守られていたのであった。

なぜなら、この講和条件は少なくとも表面上は双方にとってそれなりにありがたいものであったからだ。

連合軍からしてみれば、戦をせずに人質が返還され、人的被害を最低限に抑えつつ、各所に金銭やら人手が戻ってくる。

吸血鬼側も、目の前でちらつかされる武力や出血を抑えることができる。

双方にとって、それなりに益のある、少なくとも表面上はそう映る講和条件であった。

 

「……でも、この講和条件ってどう見ても時間稼ぎだよね」

 

「まぁ、でしょうな」

 

副隊長と共に、吸血鬼の根城のほうを確認する。

するとそこからは、明らかに以前よりも強い陰の魔力と、微量に漏れる神気も感じることができた。

 

「おそらくは単純な戦力強化……とかではないな。

 多分、『結界の強化』や『改良』とかそういうのだと思うよ」

 

「うううむ、私としては、神の気のほうが気になるところですね。

 冒涜された教会があると聞かされていたので、おそらくは邪教徒であることはわかっていたが……。

 これは素直に、撤退してくれるわけではなさそうだな」

 

講和条件の後、明らかに何かの準備をしている吸血鬼に思わず2人で溜息を吐く。

 

「件の吸血鬼には死霊術の心得があるとのことだ。

 このような準備期間を与えれば……どんな恐ろしいアンデッドができるか、考えたくもないな」

 

「私個人としては、それよりも呪術師としてもそれなりに腕があることの方が気になりますがね。

 この魔力量なら、おそらく危険な疫病や感染性の呪術を周辺にばらまくことも不可能ではないと思いますよ。

 その方が、即効性は薄いですが、時間稼ぎと考えれば有効ですから」

 

「……」

 

「さらにいえば、もし向こうが何もしなくとも、これほどの陰の魔力の高まりがあるのなら……。

 近い内に、そこらじゅうの無縁仏が勝手にアンデッド化して生きた人間を求めて、この基地へと押し寄せてくるのが、日常になると思いますよ」

 

「正直、聞いてちょっと後悔しているよ」

 

「でしょうね」

 

自分の発言に副隊長は、やや引き気味の笑いを浮かべる。

でもまぁ、大体これは事実ゆえに仕方ない。

そもそも吸血鬼の行っている陰の魔力による結界は、基本的に人類種にとっては有害な物なのだ。

それこそ、ゴブリンゾンビの洞窟でさえ、小さく、日陰の場所で、丁寧に作って、ようやく周囲への悪影響を最低限に収めることができるのだ。

それなのに、こんな大々的な規模で、しかも割と雑に、陽の魔力溢れる外界まで影響を及ぼすように陰の魔力の結界を張れば、周囲の環境への悪影響は免れないだろう。

 

「……でも、手段がないわけでもありません」

 

「おお!なんと!それはどんな方法で!?」

 

副隊長はうれしそうな顔を浮かべながら、こちらにその手段を尋ねる。

 

「実はあとひと月もしないうちに、ギャレン村で兄弟神の教会ができるのはご存じでしょうか?」

 

「おお!それは目出度い!

 うむ、それに確か、教会は神聖呪文や神の影響、司祭の奇跡の力を高めると聞く!

 つまり、そこで何かしらの祈祷やら奇跡を行えば……」

 

「そうですね。

 教会一つをそのまま『捧げもの』にして、『使い切り』。

 あの吸血鬼の根城、いや、あの悪しき土地そのものに攻撃系奇跡をたたきつける。

 そうすれば、あの吸血鬼とその配下、さらにその結界にも効率的にダメージを与えることができるでしょう」

 

「ちょっとまて」

 

自分の発言を、副隊長に真顔で止められてしまった。

いやでも仕方ないだろう、すでに件の吸血鬼の結界やその根城の強度は並の神聖呪文では対応できないレベルまで上がってしまっているのだ。

なればこそ、それに対抗するにはそれ相応の【捧げもの】をする必要があるのは明白である。

まぁ、そのために教会そのものを捧げるのはどうなんだっていうのや、ここ数か月以上の苦労やらミサをした上での完成なのにもったいなさすぎではと思うかもしれない。

が、それでも将来の吸血鬼の脅威を考えるとそのくらいのことをする価値はあるだろう。

 

「まぁ、幸い聖痕も教会自体を完成させれば消えるもの。

 そもそもなぜ神様が、わざわざこのタイミングで私にこの地に教会を建てろと啓示をしたかを考えれば、これもそれほどおかしい物でもないでしょう」

 

「……言いたいことはわかるが、それをなすときはきちんとこちらに相談……。

 いや、その前にルドー村長殿ときっちり相談し合ってからにしてくださいよ?

 一応は、村のシンボルや公共物にもなるのですから、そういうのを善行のためとはいえ、勝手に消費すれば問題になるのは目に見えておりますから」

 

ですよね~。

まぁ、その副隊長の言う事ももっともであり、流石にここ数か月以上の村人の苦労を考えるとあまりに忍びないし、流石に教会ブッパはいろんな意味でリスクが高すぎる。

 

「まぁ、あくまでこの話は最悪の事態を想定した場合ですよ。

 それに、件の吸血鬼が人質を返還する少し前位にどこか別の土地へと逃げ出す可能性もありますし」

 

「それはそれで問題だがな」

 

「あ、それと今日も炊事場を借りますよ。

 明らかに血が足りなくなった捕虜の方々と、ここを見張ってくださる皆さんに軽い料理を作っておきたいので」

 

「おお!それはありがたい!

 ……ふふっ、今回もあのキノコを持ってきてくださったか!

 これは楽しみだな」

 

こうして、いざというときの最悪を想定しながら、対吸血鬼前線とギャレン村。

双方を行き来する生活が続いているのでした。

 

 

☆★☆★

 

 

なお、この話をしてから数日後。

また対吸血鬼前線基地にて。

 

「と、いうわけで、すまないがイオ高司祭。

 実は、あなたにどうしても会いたいという方が……」

 

「ん?誰でしょうか?

 捕虜の親戚、それとも何かの呪いにかかった人でしょうか?」

 

「……いや、その、件の吸血鬼」

 

「え」

 

「吸血鬼」

 

さもあらん。

 



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第33話 吸血姫との対話

端的にいうのなら、会いたくないというのが本音であった。

邪悪の化身、邪神の眷属。

少なくとも好ましくない存在であるし、更に言えば今の自分は聖痕という神の見張り付き。

そんな状態で殴りにくい相手に会うのはめんどくさいの一言。

さらには、もし自分が神の命で即座に殴れと言われたら、連合軍の講和条約に泥を塗ることになるため、神と連合軍、どちらのメンツを取るのかという実にめんどくさい事態になるからだ。

一瞬いないふりをしようとした、腹痛で帰ると言おうともした。

 

「しかしながら、向こうは面会すれば、保有している捕虜を4分の1。

 更には条件によっては、半数以上返してもいいと言っている。

 だからせめて、面会だけでもしていただけると、この先の作戦がぐっと楽になるんですが……」

 

が、残念ながら、向こうもこちらのそんな行動を読んでいたらしく。

話を聞かずに帰るだけでは、連合軍の面子を地味に潰してしまう形に誘導。

かくして、非常に不本意ながら、私は件の吸血鬼と面会することになった。

 

「おお!これがキノコ茶ですか~!

 マナの回復を確保しながら、最低限の味も持っているとか……。

 うんうん、これが最低限?ほんとうですか!?

 いやいや、普通においしいでしょう!」

 

かくして、現在私がいるのは、ストロング村でも前線基地でもない、その間に建てられた急造の天幕。

そこで、私は件の吸血鬼と屈辱の面談中というわけだ。

だが、今コイツが飲んでいるキノコ茶は、元をたどれば、私が持ってきたものだったりする。

件の中隊長が、隊付き聖職者の疲労を見かねて、私に頼んだものであったりしたのだ。

それなのに、そういう顔見知りではなくこの突然こちら面会の約束を横やりで入れてきたくせに、容赦なくそういう贈り物だけ持っていくとか、実に盗人猛々しい。

びっくりするほど卑しいといえるだろう。

 

「ねぇねぇ、これ以外にも確か辛茸やシイタケのスープもこの後つくる予定だったんでしょう!?

 そっちはどんな感じなんですか?」

 

「……で、用件は?」

 

「それにこのキノコは、いわゆる呪術系呪文で作ってるんでしょ?

 一部呪術師は、こういうキノコやらカビやらを呪術呪文で増やせる秘伝を持っているとは聞いた事があったけど……。

 噂に聞く、洞窟の工房が関係してるの?

 どんな呪術だか教えてよ!」

 

「で、用件は?」

 

「……ちょっとくらい、会話を楽しもうとか。

 そう言うのはないわけ?」

 

「今の私は、()()がついてますので」

 

「んんぅ~!いくら聖痕でも、吸血鬼と会話するくらいは問題ないでしょう!」

 

さて、自分の目の前でやけにテンションの高い吸血鬼。

見た目は若い女性、むしろ幼いといってもいいかもしれない見た目であった。

肌は色白で瞳は赤く、鋭い犬歯が目を引く。

しかしそれでも、その顔や表情に威圧感は薄く、高貴さよりも素朴さを感じる。

だからこそ、黒と白をベースにしたドレスは少々アンバランスさと言わざる得なかった。

 

「やっぱり意外だった?

 この地を騒がせ、民をむさぼる恐るべき吸血鬼がこんなかわいい女の子だったって事実は」

 

「……別に、可能性としては十分あり得るなと。

 それに吸血鬼にとっては、姿を変えるなんて、造作もないことでしょう」

 

「あら失礼ね!

 こう見えても、これは本物の私の姿よ!

 だからこそ、いもくさ~い顔も、あなたみたいに大きくない胸も。

 全部ぜ~んぶ、変化なしの、私の生まれついての体ってわけ!」

 

「50年間以上、その若さを保つために、多くの血を吸っているのに?」

 

「それはまぁ、私って吸血鬼だし?

 今の姿でも、それなりに抑えている方よ。

 本気なら、17や20歳くらいの見た目にしているもの」

 

件の吸血鬼は舌をぺろりと出して、こちらから視線を外しながらそういう。

おもわず、聖呪文の一発でもぶち込んでやろうかと思ったが、彼女の胸元にある()()をみて、それをぐっと抑える。

 

「あら、やっぱりこれが気になる?」

 

「いえ、別に」

 

「いやいや~、別に遠慮しなくていいのよ~?

 私だってわかるんだから!

 そう!私ももちろん聖職者よ!

 私の祭る神は、【月の女神】にして【魔導神】こと【ニーラ】様!」

 

「……」

 

「賛否両論はあるけど、一応王国的には、【善神】の一種でしょ?

 なら、同じ聖職者として、いや、呪術系聖職者として、仲良くできると思わない?」

 

「いや、まったく」

 

「ひどい!?」

 

自分の言葉に、落ち込む吸血鬼。

一応、魔導神ニーラは王国においては七大善神の一柱であるのは事実だし、彼女の聖印は偽物でない、本物。

しかも、教会から贈られるものではない、神から授かった本物の聖印だというのも、魔力で感知するだけで分かってしまった。

おそらくだが、自分がもしここで神聖呪文を放っても、彼女相手にはそこまで効果がなく、下手をすればいつぞやのオッタビィアみたいな事態になりかねないだろう。

 

「ふふふ、この聖印はね~。

 私が生前から、吸血鬼になった後も信仰を忘れなかったから、魔導神様から授かったものなのよ!

 今だって、定期的に奉納や祈りは毎日欠かしていないし、人間への吸血衝動も、()()()()()抑えているのも、すべては信仰のためというわけよ。

 ある意味では、私とあなたは似た者同士ってわけ!」

 

小さな胸を張りつつ、ニコニコとこちらに聞きもしない信仰話について語る吸血鬼。

しかしながら、それでは一向に話が進まないし、このままでは交渉すらままならないため、話を先に進めるように催促することにした。

 

「えっと、あなたを呼んだ目的は、その……。

 よかったら、あなたも私と一緒に吸血鬼にならないか?

 そういう、お誘いなんだけど……だめ?」

 

「だめですね」

 

「べ、別にあなたを従者にするとか、傀儡にして村を壊滅させるとかそう言うのはしないから!

 それに吸血鬼になると、体力がつくし、魔力量も増大!

 今なら魔導神への紹介状まで書いてあげる!」

 

「お話になりません。

 お引き取りください」

 

「まだまだほかにもメリット一杯あるのよ!

 そ、そうだ!例えば、蚊やヒルにやられにくくなるとか!」

 

「いや、それは微妙過ぎませんか?」

 

かくして、吸血鬼側から提示されるさまざまな吸血鬼になることへのメリット。

しかしながら、基本それらはこちらにとってどうでもいいものであり、少なくとも知り合いの信頼を裏切り、人間を捨てるほどのものではなかったのは確かだ。

 

「それに、今なら、私の方から人間の領主様と吸血鬼の領主。

 どっちにも、紹介状を書いてあげるわよ。

 何なら最近は、私達の陣営の吸血鬼の爵位は結構空いているからねえ!

 入るなら、今しかないわよ!」

 

「いや、ちょっとまて」

 

しかし、それでもその中には少々聞き流すにはおかしいメリットがあったのは確かだ。

だからこそ、私は吸血鬼になることに対して興味はないが、少しその話について良く聞くことにした。

 

「別におかしなことではないでしょう?

 そもそもこの地において、吸血鬼と人間は古くから、ある種の盟約関係にあるのよ。

 まぁ、最近は魔王騒ぎやら王国と帝国の騒ぎで多少仲は悪くなっているけど……。

 それも、すぐによくなるでしょう」

 

彼女はそういいながら、改めてキノコ茶を一口飲む。

 

「この地はそれこそ私が生まれる前から、非常に陰の魔力がたまりやすい土地であった。

 だからこそ、人間という餌がいないと生きていけない吸血鬼と力の弱い人間が、この地で双方が生きるのには双方の協力が必要であったというわけよ」

 

「協力?家畜と牧場の関係では?」

 

「それを言ったら国家と民、いや、神と人の関係も一緒でしょ?

 ようは加減よ加減」

 

魔導神の信徒としてどうなのかと思ったが、彼女が熱心な信者であり、それと同時に本気でそう思っているから問題ないのだろう。

いろんな意味で。

 

「あと、吸血鬼は別に、人間の血を吸わなくても生きてはいけるだろ。

 肉体構造的に」

 

「何馬鹿なこと言ってるの。

 あなたは、人が冷水と粥だけで生きていけると思う?

 少なくとも、吸血鬼として生きていたら、人間の血なしで命をつなぐことは、本能的に無理なことよ。

 神の加護を受けてなお、吸血衝動が完全にはなくならない程度には」

 

彼女は首にかけられた聖印をこちらに見せつけながらそういった。

彼女曰く、だからこそこの地に住まう吸血鬼の貴族は少なくとも、無駄に人を殺すことは少ないそうだ。

それは自分の貴重な餌を守るため、あるいはこの地に住む吸血貴族としてのプライド、あるいは吸血主の命令的にそうなっているそうだ。

 

「なら、うちの街に襲い掛かったあの盗賊団と、今いる村についてはどう説明するつもりだ?

 ストロング村の生き残りいわく、盗賊と協力して一方的に襲ったと聞いたんだが」

 

「それに関してはねぇ……。

 そもそもあなた達の言う盗賊って、彼女たちのほうが先にこの地に住んでいたのよ?

 だからこそ彼女から見れば、あなた達のほうが侵略者であり、彼女たちがまだ村人である時代から契約していた私としては、ある程度彼女たちを守る義務があったのよ。

 それこそ、直接あなた達を殺すことは厳しいけど、あの娘たちを守るという言い訳で、略奪や村占拠の手伝いができちゃう程度には」

 

「だからこそ、事前にあなた達王国の開拓団が、もっと私達と密約してくれれば……。

 なんなら、今あなた達が言う盗賊団とも和解する道も……。

 いや、それは無理ね、あの娘たちは復讐と血の味に酔っていたし。

 それこそ、殺戮を楽しむ程度には」

 

実にひどい話である。

 

「ところで、領主云々は……」

 

「それに関してはそのままの意味よ。

 あなた達は確か王国からの民でしょ?

 なら、私達の同胞の一人が、あなた達の言う領主様の客将をやっているわね。

 まぁある意味では当然の流れよね。

 この地をまともに開拓及び生存するなら、私達吸血鬼の協力は絶対に必要だもの」

 

「……本当に必要か?

 単にお前たちが妨害して協力せざるをえなくしているんじゃ?」

 

「もちろん、それも否定しないわ。

 同盟者でもない見知らぬ人間が自分の庭に入ったら攻撃を仕掛ける。

 それはあなたたち人間も一緒でしょう?」

 

まぁそれは道理ではある。

要するに彼女たちが言うには、そもそもこの地に住む吸血鬼や先日返り討ちにした彼の盗賊団は、王国開拓前からこの地に住む人たちだったそうだ。

だからこそ、それを侵略しに来た王国はある意味では敵ではあるが、同時に将来の同盟相手候補でもある。

それに実際、今この地を治めている王国からの開拓団の代表はすでに吸血貴族と盟約済み。

それゆえに、件の領主はこの地でそれなりの大都市を築くことに成功しているし、なんならいくつかの伝手も持っているそうだ。

 

「だからこそ、貴女が吸血鬼になっても、完全に王国というコミュニティから外れることはないと思うわよ?

 むしろ、地位だけ見ればより高く、重役に!

 なんなら、貴族代理として、開拓地の1つでも貰ってみる?

 実際私たちの同胞でも、開拓村を経営している仲間もいるらしいわよ!」

 

「そんな事実、知りとうなかった」

 

いろんな意味で頭が痛くなる事実のオンパレードではあるが……。

それでも結局自分の返答はかわらず。

 

「そもそも、冥府神は吸血鬼の存在をそこまで認めていないので。

 冒険神も、同様……いや、それ以上にアンデッドの存在は許していないからな」

 

「でも、あなたレベルで神に好かれていたら、問題ないと思うんだけど……。

 あなたなら、吸血に狂うほど理性を失わないでしょうし、信心も深い。

 なんなら、吸血鬼としての才能はかなり高いと思うわよ?

 陰と陽の魔力、どちらにも高い適性を持つことが、吸血鬼として優れた才を持つのには必須だからね!」

 

「……とにかく、お断りさせていただきます」

 

「永遠の命とか、美貌、いらない?」

 

「どっちも自力で習得しますので。

 少なくとも、太陽光で焼かれる程度の仮初の永遠は嫌なので」

 

「うぐ、それを言われちゃうとねぇ。

 しかも村の農家の娘の私と違って、それぐらいできそうだし。

 ……はぁ、ほんと太陽神嫌い。

 早く魔導神が天下を取ってくれないかしら」

 

「うちの村に太陽神の教会あるんですけど」

 

「しってる。

 だから言ってるの」

 

そんなこんなで、この後思ったよりは会話は弾むことになる。

が、結局この交渉は決裂することになった。

 

「ですよね~。

 まぁ、残念だけどこうなるのはわかっていたわ」

 

「ともすれば、やっぱり件の人質解放はなしですか?」

 

「いえ、それなら、こちらのもうちょっと簡単な条件を飲んでくれたら、私の今持っている捕虜の半分、いや、それ以上を返還してもいいわよ?」

 

「……その条件は?」

 

「あなたの血、いえ、正確に言えば高い陰の魔力の適性を持ちながら、聖職者である者の血。

 それを一度でいいから飲んでみたいという願いね」

 

彼女の願いを聞き、思わずため息が出てしまう。

そして、その条件に少し思考を巡らせた後、私は彼女の言う条件を了承したのであった。

 

「あら、流石聖職者様……。

 と言いたいけど、先輩呪術師としていうけど、流石に少し不用心すぎない?

 血液は、呪術魔法の導線としてはかなり強力なのよ?

 それに私の吸血魔法を組み合わせれば……ふふふ、間違ってあなたを傀儡にしちゃうかもしれないわよ」

 

吸血鬼である彼女はわずかな笑みを浮かべながら、そう自分に忠告してくれた。

おそらくそれは、ある程度の良心から出た言葉なのだろう。

しかし、少なくともそれは私にとって不要なものであった。

 

「心配してくださり、ありがとうございます。

 が、残念ながら、()()()()()()()()では私の対吸血鬼呪術を突破できないと思いますよ。

 それより、あなたは私の血を入れることに対して用心するべきです。

 私の血を飲んでしまう、その危険性をきちんと理解すべきです」

 

その言葉と共に、ナイフで自分の指先をわずかに切る。

すると、指先から赤い滴が漏れ、辺りに血の匂いが漂う。

 

「……っ!言うじゃない。

 ふふ、それならその生意気な小娘の血、しっかり味わわせてもらよ?」

 

彼女はわずかな笑みと喉を鳴らしながら、こちらへと近づく。

 

「ああ、それと先に言っておくと、吸血魔法の1つ、吸血による【快楽】を増加させる魔法があるの。

 もちろん、出血や吸血による痛みや悪寒を防ぐためだけど……せいぜい狂わないでね?」

 

「ええ、もちろん承知の上です。

 そちらこそ、呪術師であり聖職者である私の血を飲む。

 その意味を十分に理解してから、お飲みください。

 ……もちろん、事前の契約分しか渡しませんので、お覚悟を」

 

かくして彼女は、私の指先をしゃぶり始めたのであった。

 

☆★☆★

 

「……」

 

「……え?」

 

「え、ちょ、まって、え、え?」

 

「……え、え?え?え?え?」

 

「……」

 

「はい、半分」

 

「え!!!!え、え、え?もう半分?まって、まって、まって!?」

 

「……おい」

 

「まって!まって!まだもうちょっと、もうちょっと味わいたいから!!」

 

「勝手に人に傷口に唾液を流し込んで、吸血量ごまかそうとするのやめてくれない?

 今すぐこの献血やめてもいいんだぞ?」

 

「んあぁ!い、いやそうじゃなくて、あの、ちょっと良く味わおうとしただけで……」

 

「……」

 

「ああ!ゆ、っ指ひっこめないで!

 傷口ふさがないで!!」

 

「契約違反だから、もう帰るね」

 

「ごめんなさいごめんなさい!

 ちょっと出来心だったんです!だからだからまって!」

 

「まってまって、帰る捕虜もっと増やすから!

 あ!お金、それとも財宝!?

 なんでも渡すから待って、待って!!」

 

「待ってぇえええ!!!

 うわぁああああああああああん!!!!」

 

☆★☆★

 

かくして献血後。

 

「というわけで、そっちの契約違反分含めて、捕虜は4分の3は今すぐに開放してね。

 それと今日はもう帰るから」

 

「え!あ、あの、その……。

 ね、ねぇ!やっぱり、私の捕虜、いや恋人でも奴隷でも、なんなら主人でもいいから、私のものになってくれない?

 あの、あなたの血を飲んだせいで、以降どんな血を飲んでも納得できなくなりそうなんだけど……」

 

「それはしらん。

 せいぜい、狂いすぎるなよ」

 

かくして、【聖職者】でありながら【陰魔力の親和性の高い】【魔力が多い】【純潔】という、いろんな意味で吸血鬼にとって役満過ぎる血を飲んだことで、無事この吸血鬼は暴走。

幸か不幸か、こちらを襲い掛かるほどの暴走はしなかったが、それでも存分にその理性を破壊しつくし、こちらの有利な条件で交渉を終えることに成功したのでしたとさ。

 

 

 



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第34話 先手必勝

吸血鬼への献血をし終わった後の事。

あの後どうやら予想以上に大量の捕虜が返還されたことにより、前線の兵たちから多大な感謝と心配をされつつ、その日のうちに私はギャレン村へと戻ることにした。

約1日かけて帰宅後、変化はすぐに現れた。

 

「師匠~、またあれが来てますよ」

 

帰宅の次の日から、毎朝来る窓際のカラス。

その足には手紙がつけられており、いやいやながらもそれを読み広げる。

 

『拝啓・愛しの闇の聖女様へ

 今宵もいいお日柄であり、絶好の散歩月寄りです。

 よろしければ、またともに茶会を……』

 

とりあえずは、呪詛などの類はそこまで強力でないことを確認し奇跡で無効化する。

そして、こちらに何か物言いたげなカラスのために、虫を一匹投げつけてひらひらと帰還させる。

偶然その日は納品依頼があったため、いくらかのスクロールを持ちつつ、酒場へと向かおうとする。

 

「師匠、今度は別の生き物が」

 

すると今度は家の前には3匹の黒猫が陣取っており、またそれぞれ首輪に手紙やら魔石がつけられている。

それらに周囲に影響を及ぼす類の呪術だけ取り除き、さっさと元の主の下へと返す。

その後当然、宿屋であるシルグレットのところへ。

 

「……なぁ、アンタ相手の謎の人物からの依頼が来ているんだが」

 

「いや、こんな小さな村で謎の依頼人とか、流石に無理がない?」

 

「いやそうは言うがなぁ、この依頼では多数の前金やら仲介料が渡されたから……。

 とりあえず、伝えるだけは伝えたほうがいいかなと」

 

当然、その依頼を受けることはなく納品だけでその日の依頼は終わらせる。

そして午後に入り、ミサの時間。

 

「イオ様~!ここ数日、村の周りでフクロウやら蝙蝠の群れを見るんですけど……

 これって、何かの前触れでしょうか?」

 

「イオ先生~!あそこにミミズクがいますけど大丈夫ですか?」

 

そんなレアな動物のお客さんを無視しつつ、その日のミサも滞りなく終了。

 

「師匠、誰かはわかりませんが、師匠宛てに御荷物が届いているそうです」

 

なお、おくりびと不明なお届け物の内容は純粋な呪術用の素材や花、それと肉類の乾物にイモであった。

そんな風に、あの日以降明らかに変わってしまった日常を過ごしながら、私はこう思うのであった。

 

「思ったよりも、あの吸血鬼。

 ちゃんと自制できているな」

 

「えええぇぇぇぇぇ……」

 

 

☆★☆★

 

 

「……というわけで、私としては、もっとあの吸血鬼が自我を失ったり。

 獣性をむき出しにしたり、頭ゆるゆるになると思っていたんだ」

 

「いやいやいや、件の吸血鬼。

 どう考えても師匠にアプローチし過ぎでしょう」

 

「そんなことないよ。

 すくなくとも、使い魔を使って、言葉を使ってアプローチしようとしている時点でかなり理性的だよ。

 血に狂った吸血鬼にしてはね」

 

ところ変わって、自宅の地下工房。

そこで私はアリスへの簡単な呪術指導ついでに、吸血鬼についての愚痴をこぼしていた。

一応件の吸血鬼はアリスにとって父親の仇でもあり、より詳細を知りたがっていたため始まった件の吸血鬼についての説明会。

が、どうやらアリス的には、この吸血鬼の恐ろしさより、残念さのほうが目についてしまったようだ。

 

「いやまぁ、私的には父を殺した相手なので、恨みたいのは山々なんですが……」

 

『まぁ、私の仇を取りたいのはわかるが、無茶はしないでくれよ?』

 

「肝心の父が、この様子なので、なんか恨むに恨み切れないんですよねぇ」

 

アリスは彼女に肩に乗った小さな藁人形を見ながらそうつぶやいた。

まぁ、今の彼女にとって仇云々の話は、彼女の父がすぐ横で話しているため、その復讐への情熱はそこそこ止まりになってしまっているのだろう。

それもどうかと思うが、復讐で盲目になられるよりは扱いやすいため、今回ばかりは何も言わないでおく。

 

「それよりも師匠的には、件の吸血鬼がもっと狂うとは……。

 これ以上どのようになると想像していたのですか?」

 

「まぁ、単純に今はストロング村に引きこもっているけど、そこから抜け出すことだね。

 例えば、血に飢えて村を抜け出し、まっすぐ私を襲うとか。

 そもそもあの手紙や贈り物に罠を仕掛けるとか、その手の直接的アプローチをして来ると思ってたんだよ」

 

「それはもはや、アプローチというよりは襲撃やら奇襲では?」

 

「だって、吸血鬼だよ?

 それぐらいする方が普通でしょ」

 

「……そういえば、そうですね」

 

アリスちゃんが頭を抱えながらそう言った。

そもそも私が、件の吸血鬼を強くしてしまう可能性があるのに、わざわざ血を飲ませたのも、それ狙いな所があったのだ。

今現在ストロング村に潜む吸血鬼が脅威な理由。

それはその守りの強固さにあるのだ。

人質である無数の奴隷に、そこそこ強いアンデッドの数々。

さらには、結界や冒涜の教会などなど、あの吸血鬼があの地に住み着いていることで発生している強みが数多くあるのだ。

だからこそ、自分はあの吸血鬼に自分の血を飲ませることにより、彼女の暴走を誘発。

その結果、狂気やら独占欲やらで奴隷や自分の拠点をなげうって、こちらに襲い掛かってくれることを期待したのだが……当てが外れたようだ。

 

「むしろ、自分の血を飲ませちゃったことで、一時的にだけどちょっとだけパワーアップさせちゃったからな。

 その点だけは本当に失敗だったかもしれないな」

 

「パワーアップってどのくらいですか?」

 

「いやまぁ、そこまで?

 せいぜい、一般人の生き血の200人分くらい」

 

ぎょっとした顔でこちらを見つめてくるアリス。

数字だけで聞くと一見かなりの強化に聞こえるが、そもそも件の吸血鬼は無数の奴隷を保有していたのだ。

やろうと思えば、奴隷を使い、数週間で同じだけの力を得ようと思えば得られたはず。

なので、意外とこの数字はそこまで大事でもなかったりする。

むしろ、自分の血を飲んで以降、しばらく『普通の奴隷の血』を飲めなくなることを考えれば、デメリットともいえるだろう。

 

「いわく、この血を飲んで以降はしばらく一般の血なんて、臭くて飲めたもんじゃなくなるらしいから。

 長期的に見ればデメリットだよデメリット」

 

「はぇ~、そんなことが……」

 

「でも、まぁいやな予感がするのは事実だし、やっぱり教会が完成し次第、吹っ飛ばすのが吉かな。

 いろんな意味で」

 

だから、我が弟子よ。

あいかわらず、こちらをすごい目で見るのはやめろ。

でもこれは仕方ないことなのだ。

そもそも、件の吸血鬼の目的や意識を聞いてしまったからこそ、なぜ彼女があそこまであの地にこだわるのか、その部分が大いに疑問だからだ。

一応初めのころ占拠したのは件の盗賊団との盟約だったと考えれば、そこまで違和感がない。

が、今はすでに件の盗賊は滅んでいる上、わざわざ仲間がいると言っているはずの領主の兵相手に、にらみ合いを続けてまであの地にい続ける理由がこちらにはさっぱりなのだ。

それこそ、こちらの血の誘惑を跳ねのけるほどなのだ。

きっと、ろくでもないことに違いないという確信があった。

 

「というわけで、近々そのことについてルドー村長について説明しに行くつもりだけど……。

 あんまりうまくいく気がしないなぁ……」

 

「う~~ん、師匠の考えすぎって言いたいですけど……。

 やっぱり、私の故郷の村を滅ぼしたって考えると、可能性としてはありえそうなんですよねぇ」

 

「あ、後我が弟子アリスよ。

 あなたも、陰の魔力適性と純潔や魔力量などの条件がいいから。

 ワンチャン、吸血鬼に襲われやすくなるだろうからね、気を付けるんだよ」

 

「え」

 

さもあらん。

 

 

☆★☆★

 

そして、その後数日後。

あと数日で、兄弟神の教会が完成する日になり、その報告がやってくることになった。

 

 

「す、すいません!イオ司祭今すぐ対吸血鬼前線基地へと来てください!」

 

「あ、あの吸血鬼が!

 吸血鬼のクレイが、大魔術を使用!

 それによって、対吸血鬼前線基地とそこに居た部隊に大損害発生!」

 

「詳しくは、現場に向かいながら説明しますので!

 今すぐに旧ストロング村まで来てください!」

 

かくして私達は、秘儀教会ブッパをする前に、吸血鬼側に先手を打たれてしまったのでしたとさ。

 



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第35話 血の誘惑

伝令にたたき起こされ、幾人かの仲間と共に準備をし、回復魔法と併用して、馬に乗り続けること早丸1日。

私は再び、ストロング村前にある前線基地近くへと来ていた。

 

「こりゃひどいね」

 

双眼鏡を覗きながら、ヴァルターの口から言葉が漏れる。

先に言っておくと、私は吸血鬼騒動についてはそこそこ詳しい自負がある。

吸血鬼化した師匠の討伐やら、そのための研修やら。

とにかくそういう、ごたごたを解消するために吸血鬼を相手にしたことやそれらの事件に直面したことは初めてではない。

 

「吸血鬼ってやつはどいつもこいつもこうなのかい?」

 

「もちろんそんなわけないよ」

 

此方に疑問を投げかけてきたヴァルターに、私はそう返答した。

かくして私たちの視線のはるか先にいたのは、元前線にいた領主の騎士団()()()()者たちだ。

そこで繰り広げられていたのは、或る者は血を浴びて、或る者は犯し犯され、或る者は狂気に踊り、或る者は唯々叫んでいる。

人と魔がまじりあい、狂乱の宴を行う。

まさしくサバトという名にふさわしい光景が、そこには広がっていたのであった。

 

「つまりは、無差別な吸血鬼化テロというわけか。

 なかなかに地獄みたいな光景だねこれは」

 

「え、えっと、その、……吸血鬼って太陽の光に弱いのでは?

 太陽神の加護で」

 

「一応はね。

 でもまだ彼らは生まれてから数日しかたってない、新生児みたいなもんだよ?

 さすがにまだ吸血鬼としては完成もしてないから、弱体化することはあってもすぐに太陽光で死ぬっていうのはないよ」

 

「な、なるほど」

 

自分の説明にベネちゃんが、こくこくとうなずく。

 

「にしても、見れば見るだけ違和感がある光景だな。

 ……これはやっぱり、件の吸血鬼の言う自称人間の守護者っていうのも、あながち間違いじゃないのかもね」

 

「は?し、司祭殿は何を言ってるのですか!?

 我らの隊があのようなことをされて……!!」

 

「だって、あの赤ちゃん吸血鬼と化した君の同胞達は、未だ誰も【人殺し】をしてないみたい。

 少なくとも吸血鬼の新生児があんなにいたら、普通ならもうあそこの人間は大体吸い殺されているはずだからね」

 

自分の発言に、領主軍の生き残りはぎょっとした顔をする。

それ以外の自分の連れてきた仲間たちも、各々が苦々しい顔をしており、おおむね今の事態がろくでもない事態だとは理解してくれているようだ。

 

「それじゃぁ、イオはどうするつもりだい?

 あの吸血鬼と化した元領主軍に対して、慈悲の昇天を目指す?

 それとも尻尾を巻いて逃げ出す?

 ……正直、あそこにいる吸血鬼は元軍人だから、かなり戦闘力高そうで、あんまり戦いたくないって気持ちもあるんだけど」

 

「もちろん!謙虚な神の信徒として、彼らの悪行を止める義務が私にあります!

 ……という冗談はさておき、流石に村の近くにあんな狂乱の吸血鬼集団を放っておくわけにはいかないでしょ。

 村の安全を考えて」

 

「……勝てるのかい?」

 

「それに関しては、彼らが【吸血鬼化】してくれたから、なんとかね。

 もし理性ある人間のままだったら無理だけど……。

 まぁ、あんな血に酔う程度の新生児にはまず負けないよ」

 

自分の発言に、各々が覚悟を決めたのか装備を整える。

 

「今回は一応生け捕りを目指すけど、吸血鬼は生命力は強いから多少手荒にやっても大丈夫だからね。

 それに、手足の1本や2本くらいなら……まぁ、許容範囲ってことで」

 

そして私は改めて皆に作戦を告げる。

 

「というわけで、囮は私が行く。

 だからまぁ、私が死なないようにサポートお願いね!」

 

「もちろん!地獄の底までお付き合いするよ!

 聖女様っと!」

 

 

☆★☆★

 

 

「やだ、いや……いやなのにぃぃぃぃ!!」

 

「う……あぁ……!!」

 

無数の人間(エモノ)の叫びが周辺をこだまする。

元々基地であった天幕が燃え、焚火となり。

元同胞《生き残り》と同胞《吸血鬼》が入り乱れ、狂宴を楽しむ。

或る者は拷問し、或る者は純粋に食事を楽しみ、或る者は色に溺れ、或る者は暴れ狂っていた。

 

――そして、彼はそれらのうち全てをやっていた。

 

「た、たい、……ちょう、めを、さまし……ぐああぁぁあああ!!!」

 

元自分の副官が、悲鳴の声を上げる。

 

「いや、なんで、どうして……ああぁぁぁぁ♪」

 

元隊の聖職者である自分の部下であった、彼女が悲鳴と嬌声を上げる。

そうだ、彼彼女らはもともと彼の部下であった。

領主の兵団の1つである、【導きの巻貝隊】。

この部隊の隊長であった男は今は吸血鬼と化し、かつての部下を襲っていた。

 

「どう……して……」

 

副隊長であった男が、元隊長である吸血鬼を見つめる。

その視線に元隊長は怒りと喜びが入り混じった感情が沸き立つのを感じた。

そうだ、人間であったころ、彼は自分の部下である副隊長とその聖職者の事を好ましく思っていた。

部下として、人として、友人として、ありとあらゆる面で。

 

――だからこそ、2人が付き合うと聞いた時は、わずかな胸の痛みを感じながらも、祝福しようと思った。

彼女へのわずかな恋心と、そんな彼女の心を射止めた彼へのわずかな嫉妬心を抑えて。

 

「でも今は……永遠の命を手に入れた我には関係ないなぁ!!!!!

 定命の者の細かい悩みなど……我には不要なのだ!!」

 

しかし、今の彼は違った。

隊の隊長であり、責任ある人間であった頃の彼とは違う。

超常の力を手に入れ、永遠の命となり、人を超えた今の彼には、かつての自分とは変わったことを確信していた。

だからこそ、その高揚感と本能に従うままに、彼は自分の悩みの元にすぐに襲い掛かり、それを是正すべく行動したのであった。

 

「な、なぜ……ぐああぁあああ!!」

 

それ故に彼が吸血鬼化して一番最初にやったのは、元親友であり部下であった副隊長の拷問と吸血。

 

「いや、やだ、いやなのにぃぃぃぃ♪♪」

 

それと、片思いであり自分の密かな思い人であった聖職者への強姦と吸血であった。

幸いにも、自分以外にも吸血鬼化した隊の仲間は多く、あっさり決着はついた。

それぞれ目覚めた力の度合いも、能力にも差はあったが、それでもこの陰の魔力に満ちた空気に酔い、血を求めるのには違いなかった。

残念ながら、【人間を直接殺す】ことは禁じられていたが、それ以外のありとあらゆることはできた。

 

特に今の彼は、その聖職者を犯し、それを元副官に見せつけることに執着していた。

この女は自分のものだと、双方にわからせるため。

吸血により【快楽の吸血】と【吸血鬼化の呪術】を併用して。

 

「う……ああ……♪」

 

もっとも、彼自身まだまだ吸血鬼としては生まれたてであり、彼女をすぐに吸血鬼にすることはできなかった。

だが、それでも男として吸血鬼として、徐々に彼女を自分の物にしていく感覚は、何物にも代え難い快楽であった。

元々はそこまで旨くなかった彼女の血も、徐々に自分好みに染まっていくその時間すら愛しい。

人間の時ではできなかった、禁忌の快楽。

願わくは無限にそれを続けたいとも思う程であった。

 

「……あ?」

 

――だからこそ、まさか、それ以上の欲求が出てくるなんて、予想だにしなかった。

 

そう、それは一筋の芳香。

吸血鬼となり鋭くなった五感で感じる、ほんのりと漂う血の匂いであった。

 

「……まぁ、そろそろ休憩も必要か」

 

そのように彼は自分に言い訳して、その胸の中にいた執着すべきその女をあっさりと手放し、ふらふらとその匂いの元へと向かった。

ふと周りの吸血鬼の同胞を見ると彼らも、同じらしい。

自分の向かう方向へと歩いているのが分かる。

 

そして、近づけば近づくほど、彼らにはその匂いの正体が分かった。

それは、血。

しかもただの血ではなく、極上の、生まれて今まで自分が飲んできた血とは段違いの。

人のころでは、そんなものがあるなどと想像できないほどの強力な匂いに、彼らの思考は支配されてしまった。

だからこそ、彼らは歩きから走りに、そして、滑空や全力疾走になるまでにそこまで時間はかからず。

そして、その匂いの元を見つけた時、すでにまともに思考すらできず、本能のままにその()へと飛びかかるのでしたとさ。

 

 



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第36話 油と重油ぐらい違う

端的に言うなら、これは魅了《チャーム》系の呪術である。

まぁ、呪術といっても、魅了《チャーム》そのものは、単に薬学的な呪術や源魔法に分類され、あんまり陰の魔力に関係ないタイプの原始的な魔法である。

が、それでも今行っている呪術が呪術として成り立っている最大の要因は、これが対吸血鬼特化であるということだ。

吸血鬼にとって、非常においしいらしい私の血を空気中に散布し、魔力と簡単な風魔法でくるくると相性のいい菌と共に周囲に散布する。

すると、呪術により活性化した菌類がいい感じに私の血をさらにおいしく分解、あるいは発酵してくれるらしく、ただでさえ吸血鬼を狂わせる私の血がさらにおいしく。

そこに、ちょっとした魂操作やら魅了呪術を混ぜれば、あっという間に吸血鬼おびき寄せ呪術が完成というわけである。

 

「でもまぁ、この呪術を使うと、結構出血する必要があるからね。

 しかも、今回は万全を期して多めに散布したから……。

 あ~、貧血で気が遠くなる~」

 

「ちょ!い、今はそんな暢気なこと言ってる場合じゃないよ!」

 

なお、そんなこんなで今現在自分たちがいるのは、前線基地から少し離れた場所。

そこで、結界を張りながら呪術を使い、吸血鬼をおびき寄せるという作戦を行っていた。

今私が維持している結界は対吸血鬼用でありながら、単なる行動阻害と侵入妨害を行う程度の結界だ。

これは、あんまり強い結界だと、そもそも吸血鬼を呼び寄せることもできないし、殺してしまうかもしれない。

かといって弱すぎると、一瞬で私たちは血袋奴隷になってしまう。

だからこそ、この結界は元領主兵団を生かさず殺さず集めるための、絶妙な威力と防御力を維持する必要があるんだが……。

 

「あ゛~、血が足りない頭にはつらい……。

 魔力維持と防御維持が……」

 

「が、頑張ってください!

 わ、私も何とか援護しますから!」

 

そんなこと言いながら、ベネちゃんがこん棒で吸血鬼を殴り倒す。

どうやらベネちゃんは、最近近接戦もできるように鍛え始めたようだ。

でもそれでこん棒を選択するのは、いろんな意味でどうなんだ?

 

「それよりも……そろそろ吸血鬼化した隊員は全員集まった?」

 

「はい!お、おそらくこれで全員すでにこの中にいます!

 だから、だから……!!」

 

結界内で暴れまくる吸血鬼の動きを何とか凌ぎながらも、結界内部にいる吸血鬼の数を数え終わった伝令が準備ができたことを伝えてくる。

なれば、もう足止めはいらない。

ここにすべての被害者である吸血鬼の新生児達が集まっているのなら、ここで一網打尽にすれば騒動は収まる。

 

「というわけで、後はお願いね。

 ()()()()()()ちゃん」

 

「……はい!」

 

そうだ、今回はそもそもチーム戦なのだ。

今回の騒動を聞いた時に、事前に彼女の力が必要と確信し連れてきたのもこの時のため。

この世界においても、吸血鬼は太陽光に弱い。

なぜならそれは、太陽神の神気が、吸血鬼の存在そのものを排斥するから。

それゆえに今この場において、もっとも強いのは太陽神の司祭たる彼女であり……。

 

「さぁ!神の威光をその目に焼き付けなさい!!!

 【聖光《ホーリー・ライト》】!!」

 

たとえ、ただの光を放つ魔法であっても、吸血鬼に対する必殺の一撃となりうるのであった。

 

 

 

 

「目が、目が、目がぁあああ!!!!!!」

 

「う、うわぁあああ!!!お日様の香りだぁああ!!!!

 うげろぉぉぉぉ!!!」

 

「な!なんだこのくっさいゲロ以下の太陽の匂いは!!

 か、嗅ぎたくないのに、で、でもおいしい血の香りのせいで、鼻をふさげなくて゛……おろろろろろろ!」

 

「あれ?ここは冥府?天国と地獄が行ったり来たり……」

 

「というか、あの女くっせ!!!全身太陽神の匂いくせぇええ!!!!

 にがからい? 腐った油の匂い? なんでもいい、早くその匂いを止めてくれ!!

 でないと俺は……うえぇぇぇぇ!!ぶぼらぁぁぁぁあ!!」

 

まぁ、でも必殺の一撃というのはあくまで比喩表現であり、実際はもっとひどいものである。

具体的には、吸血鬼の新生児にとって、太陽神の神気や光は致死性はなくても、忌避し無力化には十分すぎる威力の物であり。

その結果が、この様な一面吸血鬼のゲロまみれという地獄絵図が出来上がってしまったわけである。

 

「さすがだね!オッタビィア!

 嫌われることに関しては超一流!」

 

「太陽神のにおいだけではなく、聖痕のせいとはいえ、オッタビィアさんの匂い……いえ、雰囲気のキツさは強烈ですからね。

 五感や第六感の鋭い吸血鬼にとっては、さぞつらいのでしょうね」

 

「……あの、ちょっと泣いていいですか」

 

最近はマシにはなったものの、まだ若干聖痕の悪影響が残っているオッタビィア。

今回の吸血鬼退治でさらに聖痕が減ってくれるとは思うが、それでもまだ結構村人から避けられ気味であったりする。

 

「よしよし、オッタビアちゃんはよくやったよ。

 えらいえらい」

 

「うう、イオさん、イオママ……」

 

なお、協力してくれはしたものの、心の傷や吸血鬼が飛び交う恐怖は相当だったようで頭を撫でて慰めてあげる。

自分からしたら、性格にやや難はあるけど十分可愛いし役得、向こうも喜んでるし役得。

まさにWIN-WINの行動である。

 

「うわぁあああ!!!極上の餌にゲロ臭が移るぅう!!!!

 や、やめろぉおおおお!!」

 

「殺す、殺す、コロスゥウウ!!!」

 

もっとも、この光景は自分の匂いや血を求めてここまで突撃してきた吸血鬼共にとっては許しがたいものであったらしい。

太陽神の光にやられて、余力が残っている吸血鬼が悶えうごめこうとしているのが見て取れた。

かくして、私達はその後もオッタビィアの協力のもとに吸血鬼たちを無力化。

最終的には、その新生児吸血鬼たちを縄で縛り上げ、順番に治療していくのでしたとさ。



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第37話 吸血姫の最後()

さて、そんなこんなで無事吸血鬼もどき共の鎮圧は無事に終わったわけだが、今回の騒動はそこが終着点というわけではない。

 

「うう……あ」

 

「いてぇよぉ……いてぇよぉ……」

 

「お願い!!もっと私の血を吸ってよぉ!!

 あはは、あはははははは!」

 

元対吸血鬼用の前線基地。

そこには当然無数の吸血被害者という名の死にかけがいるわけだ。

もちろんその被害者も襲われた吸血鬼によって症状が違う。

ある人は純粋に死にかけていたり、ある人は心に傷を負っていたり。

中には吸血による快楽により、一種の吸血中毒に陥っている人や、吸血鬼になりかかっている人もいた。

 

「どうして……どうして俺は……」

 

「げははははは、あーっはっはっは!」

 

「離せ定命の者よ!我に逆らうとどうなるかわかっているのか!」

 

もちろん、生きたまま捕縛した吸血鬼側も症状は様々。

純粋に正気に戻って絶望しているもの。

唯々血に酔い続け、混乱しているもの。

なかには、すでに吸血鬼として確固たる個を確立してしまっているものなど。

こちらも、なかなかに混沌を極めていた。

 

「で、この人達、いやこの吸血鬼たちはすぐに治療できるの?

 噂によると、以前エドガーさん辺りを治療して、半端に失敗したって聞いたけど」

 

「失敗したっていうな。

 まぁ、でも常識的に考えて、この量の吸血鬼やけが人を、私一人で一気に治療できると思う?」

 

「……やっぱり、厳しい?」

 

「まぁ、そりゃね」

 

不安げにこちらを見るヴァルターに、私はきっぱりと告げた。

 

「一応怪我人に関しては、治癒の奇跡が使えるオッタビィアちゃんがいるから、ある程度何とでもなるよ。

 でもまぁ、吸血鬼化に関してはあれだよ。

 単純に、薬が足りない」

 

そもそも吸血鬼化はかなり治療が大変な症状だ。

単純な奇跡などの神聖魔法によるものだけでは治療できず、専門家が呪術なども併用して、薬草などの複数の薬を使用してようやくなんとかできる症状なのだ。

 

「今回に関して言えば、最低限月光草辺りの薬草は必須だね」

 

「月光草とか、並の薬よりも高いじゃん。

 たしか、高級食材。

 まずいけど」

 

「そ、それに採取しに行くにしても、季節も合いませんし……。

 せめて、症状を抑える薬とかないんですか?」

 

「その症状を抑える吸血鬼化抑止薬に必要なのが、月光草」

 

思わず頭を抱える領主軍の生き残り一行。

彼らは救いを求めて、自分とは別の聖職者であるオッタビィアのほうへと視線を向ける。

 

「一応、太陽神様からは、吸血鬼をどうにかできる奇跡をいただいております」

 

「おお!それはつまり……!!」

 

「はい!私の太陽神様より授かった奇跡を使えば、複数の吸血鬼相手と言えど、一撃で神の下へ届けることができるでしょう!」

 

が、残念ながら、そこに救いはなかった。

 

「……いや、それって普通に殺すっていうのでは?」

 

「そもそも、吸血鬼となり、人の血を吸ってしまった時点で人としては死んだも同然でしょう?

 まぁ、今回はイオマ、イオさんがまだ治せると言っているので我慢しますが。

 本来はすでに血の味を覚えた吸血鬼なんて、早々に滅ぼすべき存在ですよ」

 

オッタビィアの余りの言い草に対して、兵団の生き残りが涙目になる。

が、残念ながら王国の一般教会においては、自分よりもオッタビィアの意見のほうが主流である。

そもそも吸血鬼化の治療自体が一部の神官や魔導士でもなきゃ不可能であり、それに反して吸血鬼の繁殖速度のほうが上なので、ある意味では仕方ないことだろう。

 

「とりあえず、少しでも吸血鬼化を抑えるために、神聖結界を準備しておくから。

 一応衰弱死の危険性はあるけど……この辺は空気中の陰の魔力が驚くほど濃いから、まぁ4日に1回外で呼吸させれば問題は起きないでしょう」

 

まぁ、それでもできる限り何とかしなければならないのが、聖痕付きのつらい所。

もっとも、吸血鬼云々に関しては、冥府神様的にはまぁ助けてやってもいいかな程度っぽいので、気が楽といえば楽であるのが救いか。

 

「それに、怪我人とは別に……こっちのほうも見なければいけないからな」

 

そして、自分が視線を向けるのは無数の女子供たち。

そう、今回の騒動で解放された、件の吸血鬼の保持していた捕虜たちだ。

 

「それで、あなた達はあの吸血鬼につかまっていた捕虜だけど、今はもう解放されている。

 ……ということでいいんだよね?」

 

「はいそうです。

 一応中には、管理のためにエリザ様により吸血鬼にされたままの者も何人かいますが……。

 ここにいるのが、エリザ様がとらえていた残り全ての捕虜のはずです」

 

そのやけに肌の色が白い捕虜の言葉を聞き、元ストロング村のほうに視線を向ける。

するとそこには廃墟同然の村ではない、よりひどい光景。

地面が大いに荒れ、地面からは魔力蒸気が噴き出し、いくつかの地割れが発生している。

当然廃屋もそのほとんどが倒壊し、冒涜の教会も、小さな吸血鬼の城モドキも消失。

その代わりにそびえたつのは、遠目からでもわかるほど強大な魔力を放つ【塔】であった。

 

猛烈な悪寒を感じつつ、改めてその捕虜の少女に視線をやる。

すると彼女は、おずおずとこちらに一枚の封筒を渡してくる。

 

「それと、これがエリザ様の……。

 我が主であった吸血鬼様が、あなたに最後に渡してほしいとおっしゃっていた()()()になります。

 どうか、ご迷惑でなければお手にとって、主様の最後の言葉を、読んでやってください」

 

捕虜の言葉に周りがわずかに動揺をする中、私は静かにその封を開けるのでした。

 

 

☆★☆★

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

●愛しの闇の聖女様へ

 

イオちゃん、君がこの手紙を読んでる時、既に私は死んでいる事だろう。

時間がないため手短に言うが、残念ながら君たち領主軍と私の契約は破られてしまった。

おそらくは日々増大していく私の領地での陰の魔力の高まりに、領主軍達が耐えられなかったのだろう。

残る人質が十数人になった時点で、彼らは私の領地に攻め入ってきた。

だからこそ、私は私の計画を早める必要があったし、そのせいで(おそらく)多大な被害を出してしまったことを謝りたいと思う。

 

しかし、それでも誤解してほしくないのは私は人間を恨んでいないということだ。

私は彼らが私を攻め入る理由がよくわかるし、それだけのことをした自覚がある。

しかし、それでも今回の一連の事件は私、いや、このイラダ地方に住むすべての非邪神陣営にとって必要なことであったのだ。

 

そう、そのために私が行ったこと、それがこの【ダンジョン】の作成だ。

しかも、邪神の物でもない【月の女神のダンジョン作成】。

それが、我が神と我が血の親から命じられた指令であったのだ。

 

おそらく、魔導士であるイオちゃんならわかっていると思うが、通常ダンジョンとは、危険なものだ。

邪神の物なら、その入り口から無数の魔の物や呪いが周囲にあふれ出し、太陽神の物なら、周囲の魔物の活性化と弱体化、どちらも引き起こす。

凡そその地で生きる者にとってろくでもないものであり、害悪的なものだ。

 

そして、イラダ地方が呪われた地と呼ばれているのは、この地の陰の魔力が特別に濃いことにより、【邪神ダンジョン】が定期的に自然発生することにあるのだ。

 

だからこそ私は、この周辺で大規模な結界を作り、ダンジョンの発生自体を抑えることはできずとも、その方向性を変えることに尽力したわけだ。

 

結果が上手くいったかどうかはわからない。

なぜならこの秘術は非常に高度で困難なものであり、そのためには私自身を贄にしなければならないからだ。

 

だからこそ、許してとはいわないが、せめて憶えていてほしい。

ここに一人の人間を想い、そのために尽力した吸血鬼がいたことを。

 

そして、願わくはこの地に、人類と吸血鬼が共存できる、明るい未来があらんことを。

 

〇あなたの愛しの夜の眷属より。

 

PS・すでに役割を終えたために、協力してもらっていた人々とわずかな部下をそちらに引き渡します。

なかには、吸血鬼化しているものがいますが、あくまで私が無理やり吸血鬼化させた被害者であり、私とは何の関係もありません。

暴れないように軽い命令もしているため、大事に扱っていただけると幸いです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

☆★☆★

 

 

 

 

 

遺書朗読後、すぐ後。

 

「で、そうやって、遺書を作成しながら、のこのこ生き残っている吸血鬼がここにいると」

 

「んにゃあぁああ!!!!」

 

なんと、そこにはアームロックを決められている一匹の吸血鬼の姿が!

 

「べ、別に私はただの、捕虜の一人で、え、エリザ様とは何の関係も……いだだだだだ!!!」

 

「え?その子が件の吸血鬼なの?

 見た目ちっこい女の子だけど」

 

なお、その光景を見ながらヴァルターが質問を投げかけてきた。

 

「うん。この子が件の吸血鬼。

 見た目も多少変わってるし、何より魔力や体も変わってるけど、こいつが今回の元凶で間違いないよ」

 

「にゃ、にゃんでそんな風に断定して……。

 そ、そもそも、体が違うならそれは別人なのでは!?

 そうです!私はセイダ!どこにでもいるごく一般的な元農家の娘の吸血鬼で、あの強く美しく賢いエイダ様とは何の関係も……」

 

「……死霊術師が、魂の形で相手を見間違えると思うか?」

 

「……う゛」

 

「さらに言うと、以前私の血をあなたに飲ませたでしょ?

 あれって、マーカーの役割もしているから。

 なんでこんな狡いことをした?」

 

自分のセリフに、やや苦い笑みを浮かべながらアームロックを決められていたその吸血少女は小さな声でこういうのであった。

 

「……何も知らないただの農民の吸血鬼に戻って、捕虜の一員になれば、ワンチャンあなたに合法的に近寄れるかな~って。

 そして、悲劇の吸血少女枠で、アリスちゃんみたいにイオちゃんの弟子になれば、合法吸血も夢ではなく………いだ、いだだだだだ!!!!」

 

「とりあえず、オッタビィアちゃん。

 聖光お願い」

 

「はい、了解しました」

 

「ちょ!おま、やめ……んぎゃああああああああ!!!!!!!!」

 

かくして、この前線基地内に、巨大すぎる吸血鬼の悲鳴が木霊したのでしたとさ。

 

 

 

 



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第38話 ダンジョンとは

ともすれば、ダンジョンである。

この世界におけるダンジョンとは一種の災害と認識されている。

魔力の高まりとともに空間を割くように現れる、この世界特有の自然現象であり、一説によれば邪神がこの世界を作る際に仕込んだ厄災であるとされている。

周囲の地形を破壊しながら発生し、周囲の魔力に多大な影響を与え、さらに内部からは無数の魔物や呪いを散布したりする。

そしてダンジョンによる災害を根本的に解決するには、内部に入ってその核となるものを破壊する必要があるが、当然それはかなり困難。

内部には無数の魔物や罠、そして財宝などがひしめいている。

ダンジョン発生は邪神による地上世界の侵攻であるとか、ダンジョンこそが魔物の生まれ故郷であるとか言われているが、その真相は不明である。

ともかく、放置すればろくでもないのに、無力化するにも危険な場所。

おおむねそんな認識である。

 

「ん、この先も魔力気配なし。

 先に進もう」

 

というわけで、現在我々はダンジョンの中へとやってきている。

内装に関しては、一言でいうなら古城。

石畳風の壁や床に、冷光の放つランプが点々と置かれている。

かなり、ユーザーフレンドリーなダンジョンといえるだろう。

 

「空気はきれいで、視界は良好。

 ……ダンジョンは初めてですが、ダンジョンとはこういうものなのでしょうか?」

 

ベネちゃんが鼻をすんすんと鳴らしながら、そうつぶやく。

 

「それはもちろん!このダンジョンは、私が信仰する月の女神であるニーラ様が作ったダンジョンだからよ!

 ニーラ様は人間にも一部の善なる魔物にも優しい良識ある神様だからね!

 私達に対して酷いことをするわけがないわ!」

 

そして、それに対して、件の犯人ならぬ犯鬼であるエイダが胸を張りながらそう答えた。

その自信満々な顔に思わず、聖光をぶち込んでやろうと思ったが、流石にダンジョン内で魔力を無駄に消費するわけにもいかず、ぐっと我慢。

なお、彼女はこのダンジョンに侵入する際の囮役兼案内人として連れてきたが、いろんな意味で失敗だったかもしれない。

 

「ふふふ~、もちろんこのダンジョンは普通のダンジョンより安全なだけじゃないわよ?

 月の女神さまはどこぞの神と違って、非常に慈悲深い神様だからね!

 この中は陽の魔力だけではなく陰の魔力にもあふれながら、その呪いは致死的なものではない。

 入るだけで人だけではなく、私のような吸血鬼もその恵みを受けることができるのよ!

 おかげで、先のうんこ太陽神官のくそ光で汚れた体が回復しているのがわかるわ~」

 

というのも、このダンジョンでは吸血鬼であるエイダの体力を回復させる効果もあるらしいからだ。

もちろん、このダンジョンに入る前から、その程度のリスクは考えていたので、大慌てするほどではない。

が、それでも思うところがないといえば嘘になる。

なのでちょっと、彼女に巻いている聖魔術付きの縄を少しだけ強めに発動させることにした。

 

「いた、いたたた!

 あ、愛の鞭が痛い!」

 

それに対するコイツの反応がこれである。

もちろん、この攻撃により、こいつはある程度痛めつけられているため、そこそこに魔力が消費されているはずだ。

が、それでもこの反応では効いているんだかいないんだか、よくわからないというのが本音だ。

というか愛の鞭ってなんだよ、別に愛はないよ。

 

「えへへ~、そう言っちゃってぇ♪

 そうやって私を殺さずに弱らせる程度で、解決するってことは脈ありってことでしょ?

 も~、イオちゃんってば、慈悲深い、好き♪」

 

でもなぜだか、この吸血鬼は依然テンションは高いまま。

おそらくだがこれは、いまだ自分の血と魔力に酔っているのが半分、そしてもう半分は、直前に受けたオッタビィアの太陽神の神気と侮蔑の聖痕の二重拷問聖光とのギャップのせいなのだろう。

なお、残念ながら、オッタビィアは今回のダンジョン探索に関してはお留守番だ。

あのなりかけ吸血鬼たちを見張り、結界を維持する人が必要故、致し方なしだ。

 

「どうする、処する?処する?

 というか腕の一本ぐらい、切っておいたほうがいいと思うんだ」

 

「い、いやそれはさすがに……」

 

「そ、そうですよ!ヴァルターさん!イオさん!

 腕一本とか生ぬるい!

 ここは両腕と鼻、それと牙と髪の毛辺りも追加しておきましょう!」

 

「やだ、二人とも過激」

 

なお、仲間である二人は依然吸血鬼に対して厳しい模様。

いやまぁ、普通の人から見て彼女のやらかしを考えるといろいろと仕方ないことであるし、処刑されていないこと自体が奇跡ではある。

が、それでも一応は魔導神の司祭でもあるし、彼女の言う事が本当ならばそれなりに善行もしているため、私としてはまぁ処刑まではしなくていいかなと思ってしまっているのが本音だ。

 

「安心してね、イオ。

 こいつが何かしたら、とりあえず僕が何も言わずにそいつの首を撥ねておいてあげるから」

 

「きゃ~、こわ~い!

 イオちゃん守って~♪」

 

「……」

 

「ベネちゃん、視線が怖い。

 というか、明らかに殺気が漏れるレベルだから落ち着いて」

 

かくして、空気が最悪ではあったが、なんとか4人でダンジョン内を探索していくのであった。

 

 

そうして、何匹かの蝙蝠の群れやら馬鹿でかいウサギの魔物を倒した果て。

ようやく私たちはそれを発見したのであった。

 

「よし!ようやく、ようやくあったよ!

 月光草!しかも複数!」

 

「おお~!季節外れだから、どうかと思いましたが……。

 やはり、ダンジョンは常識とは違う!

 こういうこともあるんですね」

 

そうだ。そもそも今回私達がなぜ、こんな危険を冒してまでダンジョンに潜ったのかといえば、この月光草を探しに来たからだ。

この月光草は、吸血鬼化を抑える薬に必須な薬草の一種であり、同時に名前の通り月の女神である魔導神ニーラと非常に関わりが深いとされている。

だからこそ、このダンジョンが真に魔導神のダンジョンならば、中には月光草の1本や2本は生えているかもと思ったが……どうやら、正解だったようだ。

 

「でも、思ったよりも数は少ないけど、これで足りる?」

 

「いや流石にこれだけだと無理」

 

もっとも問題は、見つかった月光草はせいぜい10本前後しかなかったということだ。

一応この数の月光草があれば、1人や2人程度の吸血鬼化ぐらいなら無理なく治療できるが、残念ながら今回の被害者は軽く10は超えている。

この数の月光草では足りない。

しかし、これ以上このダンジョンを探索するには時間をかけすぎているため、戻らなければならない。

これはトリアージをしなければならないのかなんて考えていると、エイダはこちらを向きながらこんなことを言った。

 

「ね~、ね~、イオちゃん?

 私は吸血鬼であるとともに同時に、月の女神さまの司祭でもあるんだよ?

 つまりは、多少の豊饒の祈り……特に、月の女神様に関する月光草をこのダンジョン内で増やすことくらいなら、できなくもないんだよ?」

 

「……それは本当か!!」

 

エイダのセリフに、驚きの声を上げるヴァルター。

 

「で、も、そのためにはね~。

 ちょ~っと私の魔力とか、血が足りなくてね~。

 あ~!どこかに、汚れなくある程度闇と光が両立している、そんな乙女の血がないかな~!?な~!?」

 

が、世の中そんな簡単な話があるわけもなく。

エイダは明らかにわざとらしい声を上げながら、こちらに視線を向けてくる。

余りのわざとらしさにため息が漏れ、ヴァルターは思わずその手が剣に伸びかかっていた。

 

(……う~ん、ここは素直に血を渡してもいい気がしなくもないけど……。

 これで調子に乗られてもなぁ)

 

まぁ、確かにここでエイダに血を渡して、ことをすぐに進めさせるのは簡単だ。

おそらく彼女もこんなところで裏切るほど馬鹿ではないだろうし、約束は守ってくれるはずだ。

が、それと同時にこんなに迷惑かけた元凶の言う事を素直に聞くこと自体、非常に思うところがある。

その上、今回のようなことで気軽に血を渡したら、おそらく事あるごとに血を要求するようになるのが眼に見えている。

 

なので、その間の策をとることにした。

 

「というわけで、えい」

 

「……ふひょ!?」

 

「あ~~~~!!!?!?」

 

まずはエイダをそのまま胸元に抱き寄せる。

幸い、今のエイダの身長はやや小さめであり、力も弱まってるらしく、あっさり彼女を胸元に抱き寄せることに成功する。

 

「ま、まさかこれは噂に聞く、母乳と血の成分は似ている理論!?

 な、なら安心してイオちゃん!ちゃんとこういうときも想定して、私は豊乳の奇跡も授かっていて……」

 

「そんなわけあるか、というかそれやったらさすがの私も怒る」

 

「ごめんなさい」

 

どうやら、私の本気が通じたらしく、おとなしく黙るエイダ。

そのエイダを忌々しげに見るヴァルター、こちらと見比べて、自身の胸をペタペタと触るベネちゃん。

大丈夫だよベネちゃん、例え年少のアリスちゃんに負けているほどのエンジェルバストでも、需要はあるはずだから。

 

「というわけで、血ではないけど、エイダちゃんには魔力を効率的に分けてあげるよ」

 

「おお!それはつまり……」

 

「まぁ、無理やりだけどね!!!」

 

「……ぴぎぃ!?!?」

 

そうして、自分の胸元に手繰り寄せたエイダに向けて、死霊術を発動する。

自分の中の陰の魔力を【魂操術】と共にエイダに向けて注入する。

魂操術は相手を魂から無理やり操る呪文だ。

もちろん、体や脳、心に反して相手を操るため当然痛みは伴う。

 

――が、今回は前回と違うのが、この術を使用している相手が、いわゆる肉体的には半分死んでいる吸血鬼だということだ。

 

だからこそ、陰の魔力を注入しても、体自体に支障は出ず、むしろその逆であり……。

 

「あばばばばば!いだ、いだいののぎもじいいぃぃぃいいいいい!!!

 ばばばばばばば!にゃ、にゃんで!?でも、においが、魔力が!?

 あははははははばばばばばば!」

 

「ほ~ら、早く従え、従え♪

 なんなら、一生私に仕えるって言ってくれてもいいんだぞ?」

 

「や、やだぁあ!!!い、いくらイオちゃんでも……んにゃぁああ!♪!♪!

 だめ!ようやく血のつながりから解放されたのに……。

 やだー!!!魂が服従する服従しちゃう!!

 イオちゃんの命令にしか、したがえなくなるぅぅぅ♪♪」

 

かくして、エイダは私の魔力と術により、痛みと快楽の板挟みに。

結局、魔力を注入し終えるころには、それなりにおとなしくすることに成功したのでしたとさ。

 

――なお、唯一の懸念点であった、魂操術で操った上でのエイダの奇跡の使用に支障や、こちらの聖痕への被害については、今回全く問題なかったとだけ言っておこう。

どうやら、月の女神様も冥府神様も今回ばかりはこちらに味方してくれたようだ。

 

「うう……今度は脅迫とかじゃなく、ちゃんと友情をはぐくんでから、血をお願いすることにします」

 

「いや、そこはあきらめてよ」

 

さもあらん。

 

 

 

 



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第39話 吸血貴との盟約(※領主視点)

イラダ地方の領主、ロイ・アレクサンドリア。

王国の侯爵出身であり、アレクサンドリア家の次男。

直接アレクサンドリア家の爵位をついだわけではないが、彼自身のイラダ地方での開拓功績により、爵位を継承。

魔の土地といわれるイラダ地方でありながら、その圧倒的カリスマと武力、そして豊富な知識により、すでに王国からも認められる程の地方都市をいくつかこの地に建設するのに成功。

(重複)

数多の吸血鬼共をなぎ倒し、魔王軍の残党も手なずけ、危険な自然現象にも対応する。

噂では、現国王や国教の大司祭からの信頼も厚い。

もちろん、王都や王宮内では無数のやっかみも浴びるが、それ以上に、魔の土地で生き延び支配する、彼の功績と実積には誰もが口を閉ざし、ひれ伏すしかない。

 

圧倒的猛者にして強者。

それがこの、ロイ・アレクサンドリアという男の王都内での評判であった。

 

 

 

「というわけで、領主様の肝いりである【導きの巻貝隊】は実質壊滅しました。

 報告は以上になります」

 

「ぎゃああぁあああ!!!!」

 

そして、そんな噂の名領主は今現在彼の持つ屋敷において、驚く度に悲鳴を上げていた。

もはや、常備薬となった胃薬を喉に流し込み、追加の護符を全身に貼りつけ、体を縮こまらせながら、彼の執事から追加の報告を聞く。

 

「なお、死者は出ていませんが、吸血鬼化症状は隊の約3割がかかっており、軽度の物を合わせると半数が吸血鬼化しているといっても過言ではありません」

 

「たしか、あの隊には戦神の司祭がいたはずだが……」

 

「どうやら彼女も普通に、吸血鬼化の被害にあっているらしいですね」

 

顔面を青くする領主を尻目に執事はどんどん報告を続けていく。

向かわせた先の被害状況に、その実態、ダンジョンの発生など、それらの報告のどれをとってもロイにとっては凶報であり、彼の胃壁を削るには十分すぎる威力があった。

 

「……たしか、【導きの巻貝隊】には、王都からの、しかも他貴族からのご子息もいたよな」

 

「ですね、有名どころですと伯爵家の次男坊が、それに騎士のご子息も複数所属していますね。

 件の開拓事業も、侯爵の下でなら安全だろうという親心でしょうな」

 

「……ぐはぁ!!」

 

思わず、口から血が漏れるロイ侯爵。

 

「……これ、俺、処刑されてもおかしくないよな?

 というか、確かあの隊にいた聖職者は教会から特に大事にしろって言われた子だし。

 伯爵家とか確か、かなり歴史ある名家だった覚えがあるぞ?まじで」

 

「まぁまぁ、流石に今回ばかりは大丈夫でしょう。

 それに単純な爵位なら、ロイ様のほうが上でしょう」

 

「ばかやろう!!こんな開拓地で、他貴族の恨みを買うとか!?

 ただでさえ、七光りなのに成り上がりなせいで、各方面に恨みしか買ってない俺が、暗殺者を送られないわけないだろ!」

 

「大丈夫ですよ、ロイ様。

 せいぜい、支援が悪くなったり、教会から批判されたり、行く先々で盗賊に襲われるようになる程度ですよ、おそらく」

 

「全然!!大丈夫じゃねぇからなそれ!」

 

ロイは手に持つコップを投げつけそうになったが、それをぐっと抑えた。

 

「幸い、いいニュースもあります。

 実は件の【導きの巻貝隊】に死者そのものは出ていません。

 それに吸血鬼化についても、現地で治療しているため、ある程度は何とかなるかもしれません」

 

「え!?それはいわゆる大司祭の、命を犠牲にする【大奇跡】を発動させたとかか!?」

 

「いえ、どうやら普通に薬と奇跡を併用した治療術の一種だそうです。

 偶然現地にいた、聖職者が行ってくれたそうです」

 

「よかった!これなら何とか、首の皮がつながりそうだ!

 というか、こんな場所に来る聖職者とは、なかなかに覚悟決まっているなそいつ」

 

「ええ、報告によると三輪級の聖職者であり、群がる吸血鬼を一網打尽にしながら、同時に治療もでき、吸血鬼の行う呪術についても詳しい。

 更には容姿端麗で、慈悲深く、勇気もある、そんな女聖職者だそうです」

 

「流石にそれは、盛りすぎでは?

 どう考えても、幻覚か罠の類だろそれ」

 

どう考えても、頭おかしい報告に対して思わず突っ込みを入れてしまうロイ。

 

「いや、どうやら、この話は必ずしも間違いじゃないそうで。

 一応、三輪聖職者が偽装でないか、王都の大教会に対して確認を取りましたが、それらしい聖職者の証言が取れましたね」

 

「ほう」

 

「名前は、イオ・ダークネス。冒険神の信徒であり、魔導学園出身の聖職者だそうです」

 

「ほ~、魔導学園出身で聖職者とはこれはまた、ずいぶんとエリート出身だな。

 冒険神というところは少し気になるが……研究者や教師、宮廷魔導士でもやっていたほうがよさそうな人材だな」

 

「そして、若くして、教会での早期の研修で、無数の吸血鬼討伐や人命救助に努める。

 その功績を認められ、大教会より司祭資格をもらうだけではなく、神より聖騎士(パラディン)の称号を授かり、彼女の姓もその時にもらったものだそうです」

 

「ちょっとまって?」

 

「実際に彼女にはいくつかの逸話があり、他司祭と共に吸血鬼狩りの一環とはいえ、王宮に潜入。

 そこで火を放ったやら、皇太子相手に説法をしたとか。

 さらには、魔導学園に入ったのも効率的に吸血鬼に対抗するために死霊術を学ぶため。

 ああ、それと魔導学園でも幼少のころから、熱心に新しい呪術や魔術を開発していたとのことです」

 

「つまりは、幼いころから吸血鬼をぶっ殺すために存在したエリミネーター……ってこと!?」

 

「いえ、彼女が王都でした最後の行動記録が、邪竜討伐なので、おそらくは吸血鬼だけではなく、邪神陣営全てを滅したいと思われているのでしょう。

 熱心な冒険神聖職者らしい方だと思われますね」

 

「ちょっと、何言ってるか分かりかねるんだが」

 

ロイは、今度は別種類の胃薬を喉の奥に押し込んだ。

 

「……とりあえず、今のところ直ちに害はないのだろうから、そいつに関しては放置で」

 

「いいんですか?

 それより彼女をここに招集するのはどうでしょうか?

 おそらく、彼女なら、ロイ様が現在抱えている問題の半分くらいは解決できると思いますが」

 

「どう考えても、狂信者みたいなやつに自分から突撃するとか、ないだろ。

 それよりも、新しく発生した件のダンジョンとやらについての解決法を考える必要があるな」

 

「わかりました、では……」

 

「ああ、これから俺は少し案を考えるから、貴様はこの部屋から出ていけ。

 ああ、晩飯は今日も大量の肉を頼むぞ」

 

その言葉と共に引き下がる執事。

そして執務室にロイ一人だけになり、周囲に人目がないことを確認して彼は声を上げる。

 

「……シューテ」

 

「はいはい!今日も私の助けが必要かい?」

 

その言葉と共に、部屋の物陰から一人の人物が現れる。

青白い肌に赤い目、何よりもその鋭い犬歯。

 

「……お前の話では、件の吸血鬼は人道派で、放置しても問題ないと聞いたが、どうなっている?」

 

「いやいや!それは早計だよ、ロイ坊や。

 確かに、エイダは生粋の善神派閥出身の吸血鬼であり、彼女自身は血の契約により、むやみに人間を傷つけることはできないのは確かだ。

 が、彼女個人が人間をどう思っているかは別話だし、自己防衛の延長程度なら、おそらく彼女でも無理なくできるというわけさ」

 

「……っ!」

 

「それよりも、私だって君に聞きたいことがあるんだが。

 君は先ほどまで、件の騎士団がやられたこと、その何を恐れていたんだ?

 君はこの地で最も偉い人間なのだろ?

 あの程度の人間など切り捨てても何の問題もないだろう?」

 

「……」

 

「王都からの呪いが怖い?

 他の人間のひがみが嫌だ?

 それならば、今すぐにでも君は吸血鬼になるべき、いやなろう!

 そうなれば君はあの忌々しい王国という檻から解放され、我ら高潔にして神聖なる夜の眷属になることができる!」

 

「……」

 

「それに、君は忘れてはならないのは……。

 あくまで、私が君に協力してるのは【保留】しているからだけだ。

 君が我が眷属になるまでの、わずかな猶予。

 人間としての未練をなくすために、最後の仕事を終えるまでだ。

 最終的に吸血鬼になることを忘れてはいないよね」

 

「……もちろんだ」

 

「よろしい!

 ならば、今日もさっそく君の相談に乗ってあげることにしよう。

 この地に住む人間と吸血鬼、互いにとってよりよい未来を作るための、ね」

 

それから数日後、領主から王都や各開拓村に、ダンジョン出現及びその周囲の開拓指令が発令されることになるのだが。

またそれは、別のお話である。

 

 



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第4章 師弟関係と死霊術師
第40話 兄弟子


――ともするなら、このままだと過労死してしまいそうなのは、目に見えていた。

 

ギャレン村の防衛。

新教会の建設や結界構築。

ミサの準備に、ゴブリン洞窟の整備。

金策に、アリスの育成、さらには死者の手向け。

その上今回は、騎士団の吸血鬼化治療とダンジョン対策までしなければならないのだ。

 

「体が足りない……。

 それに、魔力まで足りないぃぃ……!!」

 

「え~っと、何か手伝えることある?」

 

ヴァルターが心配そうに、こちらを見てくれるが奇跡も魔法も使えない彼に出番はなく。

 

「とりあえず、残念ですが彼らは手遅れなので……。

 生きているイオさんをここまで苦労させるなら、おとなしく彼らを成仏させたほうがよろしいのでは?」

 

微妙に役立ちそうなオッタビィアは、残念ながら信仰する神の違いにより、吸血鬼の治療そのものに懐疑的。

まぁ、これに関しては王国での吸血鬼の扱いが、基本即処刑であるため、国教的にも仕方ないといえるだろう。

 

「おかしい、私は田舎で死霊術師スローライフをするはずなのに……。

 この労働環境を何とかしなければ!」

 

というわけで、こんなブラックを超えて深淵色の労働環境を何とかするために策を練るのは当然の流れ。

とくに、吸血鬼の治療を言い訳にすれば騎士団を通して、この地の領主にもある程度要望を通すことができることを知り。

さらにはこの地の領主様が、王都から人材を派遣させると確約してくれたため、多少のずるもすることもできるわけだ。

 

「……ふん」

 

というわけで、さっそくそんな伝手を使って、魔導学生時代の知り合いを呼び出す。

そいつは黒いマントに、鋭い目つき、ギラギラした瞳の目立つ人相の悪い初老の男。

 

「……この俺を呼ぶという意味が分かっているのか?

 この女郎」

 

その男はこちらに向かって、にらみつけながらそのように話しかけてくる。

 

「もちろんですよ、デンツさん。

 いえ、()()()、久しぶりですね」

 

そうだ、この老け気味の男性こそ、かつて同じ魔導学園の学友であり、同じ師匠の下で切磋琢磨した仲間であるデンツ・ダーカ。

王国で貴族の家に生まれながら、魔導学園にて自分と同じ死霊術を学んでいた、なかなかの変人な魔導士といえるだろう。

 

「今回はどうしても、デンツさんの手を借りたくて。

 それに、デンツさんも吸血鬼やダンジョンについて研究したいって言ってたでしょう?

 ならちょうど、喜んでくれるかなって」

 

「だが、お前と違って俺は真の死霊術師だからな?

 甘ちゃんのおめぇと違って、この地に地獄を創り出すつもりだが……。

 ここにいる奴らは、その覚悟はできているんだろうな?」

 

デンツはその言葉と共に、周囲にいる人々をじろりとにらみつける。

 

「安心してください、その点についてはきちんと事前に、解説しておきました。

 それに、吸血鬼化を効率よく止められるために、死霊術も奇跡もどちらも使える。そんなすごい死霊術師であるデンツさんのすごさは、行動し始めればすぐにみんなに伝わりますから!」

 

不安げな視線を向ける周囲の人々に、言い聞かせるように声を上げて反論する。

自分の言葉に満足したのか、くつくつと笑いながらデンツ兄弟子はこちらに向き直ってこういう。

 

「口ではお前らはどうとでもいえるがな?

 実際のところ、本当に俺の言う事を聞くか、信用しているかなんて、実際に見てみなきゃわからないだろ?」

 

「……」

 

「そして、それは妹弟子イオ、お前もそれに含まれていることを忘れるな!

 くくく、貴様は学園時代から実に生意気な奴であったからな……。

 そんなことを言って、いつでも俺の裏を、いや全ての裏をかこうとする悪人であった!

 なればこそ、俺は油断せず、貴様に耐えがたい命令を下してやる!」

 

そして、王都でも有数の暗黒死霊術師であるデンツ兄弟子は、こちらの肩を掴みながら、高らかにこう叫んだのであった!

 

 

「と、いうわけで、イオ。

 お前が今一番最初にすることは、他者の治療でも俺の出迎えでもない。

 今すぐに寝ることだ。

 すぐ寝ろ、直ちに寝ろ」

 

「え!

 で、でも、まだまだ今日の分の治療薬の予備と、いざというときの祈祷。

 あ!それに寝るなら引き継ぎの準備も……」

 

「そんな言い訳はどうでもいい!!

 それよりも、まだ若いのにそんなバカみてぇな無茶しやがって!!!

 おめぇも一流の死霊術師ならちゃんと寝ろ!!!

 兄弟子の言葉を信用できないってのか!!!」

 

「い、いやもう、私は前世合わせたら十分大人ですし……。

 なら、このくらいは無茶でもなんでもないってわかっていて……」

 

「がたがた言い訳してんじゃねぇ!!!

 おらぁ!必殺睡眠呪!!!」

 

「かぽぉ!!」

 

かくして私は、卑劣な兄弟子の、顎に向けた右ストレートによりあっさり意識を失い。

結果的に、2日以上強制的にベッド送りにされてしまったのでしたとさ。

 

 

☆★☆★

 

 

兄弟子がこの旧ストロング村跡地兼元前線基地に来てから早数日。

私は兄弟子であるデンツと共に、久々の大規模な死霊術を行使していた。

 

「おらっ!第2部隊と第4部隊!

 てめぇらは、改めてそこの廃屋を引っぺがしてこい!

 第6部隊、お前らはさっさと次の家を建てやがれ」

 

デンツが操っているのは大量の【スケルトン】。

骨の中に死霊を宿したアンデッドで、力は弱いが、その手先の器用さと軽快さ。

なによりも、その消費魔力の燃費の良さがダントツ、そんなアンデッドである。

 

「あ~、デンツさん。

 こっちは【アース・グール】の群れと【インフェルノ】の群れの準備ができましたよ」

 

「よ~し!相変わらず、そのクソ魔力量と操作の速さだけは認めてやる!

それじゃぁ、さっそくこの図面通りに死霊どもを配置しやがれ!」

 

デンツの言葉に従い、土や泥に憑依させた死霊たちを骨組みや柱にまとわりつかせ、そのまま成仏させることで家として固定。

そんな泥や土でできた家モドキの壁や天井を、火の亡霊であるインフェルノで焼き固める。

 

「よし!とりあず、これで簡易の家は数を揃えることができたな!

 ……本来ならこんな陰の魔力にあふれる家なんざ、売り物にすらならん欠陥住宅だが……。

 まぁ、この地にダンジョンがある時点で今更だろ」

 

かくして、デンツさんと私の共同作業により、この旧ストロング村の復興は急速に進んでいた。

方法としては単純に、大量のアンデッドの使役による人海戦術だ。

今回この地にやってくるにあたって、デンツさんはあらかじめ馬車に大量の骨と魔石、さらには豊富な使役霊を持ってきてくれたのだ。

 

そして、それらの資材や死霊を使い、無数の工兵のスケルトンで開拓を進めたり、ある程度憑依慣れした死霊で、邪魔な廃屋や石材そのものに憑依させて整地をしたり。

見る人が見れば、無数のポルターガイストと歩き回るスケルトンの群れで卒倒不可避な光景だが、それでも作業効率がいいのは確かだ。

 

「え、えっと、今回使用した魔石の分の代金は、魔導学園に置いておいた私の私物から払うので……」

 

「馬鹿野郎。妹弟子から金をとるやつがどこにいる。

 それに料金は事前に教会と領主様からもらってるから気にすんな」

 

内心、これだけの規模の大仕事を兄弟子に頼んだことへの料金が怖かったが、どうやらその心配はする必要がなさそうだ。

思わずほっと息をつく。

 

「それよりお前、こんな辺境に来たのに、まともに使役霊や守護霊を増やしてねぇな?

 噂だと盗賊団一つ潰したんだろ?

 なら、そいつらを適当に言い訳して、傀儡にすりゃよかったじゃねぇか」

 

「い、いや、今の私は聖痕つきですし……。

 それに、基本的に冥府神の神官である私は、人間の霊は成仏させるのが教えですので……」

 

「かぁ~っ!!これだから、お前は!

 俺達が司祭資格を取ったのは、死霊術研究の自由を手に入れるためだって忘れやがって!

 あくまで教会関連の仕事はほどほどで済ませる。

 それができんから、こんな面倒なことにまきこまれるんだ」

 

「いやほんと、面目ない」

 

作業をしながらも、兄弟子であるデンツから無数の小言を受けてしまう。

いやまぁ、色々とありがたいが、同時に煩わしく感じてしまうのはやはり図星だからだろうか?

 

「それに、どうやら、貴様は新たに弟子を取ったと聞いたからな!

 貴様が弟子を取るようになったのは意外だったがな」

 

「いや、別に正規の弟子というわけでは……っは!」

 

そして、その時私はひらめいたのであった。

私としては、あくまでアリスちゃんは、仮の呪術のための弟子である。

でも自分ならいざ知らず、この兄弟子なら、イイ感じにアリスちゃんの死霊術習得をあきらめさせたり、もしくは正しい方向にアリスちゃんを導けるのではなかろうか?

 

「ねぇねぇ!デンツさん!

 実はそんな新しくできた弟子について、相談があるんですけど!」

 

「だめだ」

 

「え」

 

「だから、自分で取った弟子の癖に、それを押し付けるのは許さんといったのだ。

 それに俺のような深淵の死霊術師が、まともに弟子をとれると思うか?」

 

「いやいや、どう見てもデンツさんのほうが、私よりは向いている気が……」

 

「ともかく、俺は貴様の弟子を引き取りはせん!!

 一度弟子として受け入れたのなら、最後まで面倒を見ろ!

 中途半端は許さん!」

 

「……は~い」

 

かくして、兄弟子に叱られつつ、周りにやや引かれながらも、ダンジョン周りにドンドン建物を建築させていくのでしたとさ。

 



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第41話 血の治療

――吸血鬼とは、魂と魔力に呪いを受けた人間である。

 

人の枠から離れることにより、高い再生力と不老、さらには吸血という祝福を得る。

その代わりに血への強い欲求と、太陽光や神聖術に弱い弱点、さらには生殖能力を失うという罪を背負う。

それが吸血鬼という存在であり、この世界でももっとも有名な呪いの1つである。

 

「つまり、君たちは吸血鬼化の治療をあきらめると、遠からず種なしになるけどいいですか?」

 

「早く、早く治療してください!イオ司祭!!

 俺は童貞のまま死にたくねぇ!」

 

というわけで、あの日以降行っている元兵士団の吸血鬼治療であるが、これは結構めんどくさい呪術であったりする。

というのも、吸血鬼化の治療には、【変質してしまった魂への干渉】が必須であり、そのため魔法が、死霊術に属する【魂操術】であるからだ。

 

「はい、それじゃぁ、さっそく診察しますから、お薬飲んでくださいね~」

 

「は、はい!」

 

月光草などの無数の生薬による飲み薬により、体の魔力調整や血の暴走の呪い及び魂変質の抑制、さらには精神や肉体の五感を鈍らせる。

不安げな表情でこちらを見る吸血鬼なりかけ兵士の胸にそっと手を当てて、その魔力と魂の状態を確認する。

 

「……はい、前よりも少しだけ吸血鬼化は収まっていますね。

 それに、精巣も無事ですよ」

 

「ほぉおお、よ、よかった!

 な、なら早く治してくれ!」

 

「まぁまぁ、焦らないで。

 それじゃぁ治療を開始しますね」

 

そうして、その兵士の魔力を呪術で操りながら、魂にも死霊術で干渉する。

そうしてその兵士の魂にまとわりついた呪いをはがし、変形した魂の回復を促す。

血に着いた呪いも、フィルターにかけるかの様に浄化していき、人間の肉体へと戻していく。

魂と魔力、肉体と精神は常に相互に干渉し合い、補完していく。

なので、魂と魔力を治せば、自然と肉体も回復していき、逆に魂と魔力が呪われると、心と体も病んでいくというわけだ。

 

「……よし、今日の治療はここまで。

 まだ、完全に治ってはいないけど、数回治療すれば完全に治療する」

 

「うう、もっとぱぱっと治せないんですか?」

 

「まぁ、治療開始が遅いし、術者も少ないからねぇ」

 

もっとも、この治療法は見ての通り、魔力感知や魂感知、奇跡に呪術に死霊術全てを使う実に贅沢な大魔術だ。

まぁ、それでももし患者が一人ならば、こちらの魔力量的に強引な呪術と奇跡の併用ですぐにでも治すことはできるかもしれない。

が、今回は大量の患者がいる上に、ダンジョンの影響で吸血鬼化がかなり進行してしまっている。

だからこそ、今回の治療は時間がかかることも事前にわかっていたし、その症状の進行を遅れさせるために兄弟子の招集なんて、奥義も使ったわけだ。

 

「それでも前よりは、治療者が増えたわけだし!

 これなら時間をかけてたら、全員無理なく治ると思うよ♪」

 

「は、はぁ、あの方ですか……」

 

自分のセリフと共に、自分の治療を受けている兵士の一人がちらりと窓の外を観察する。

 

 

 

「ぐあああああぁああ!!血を吸わせろおおおおおおぉおおお!!」

 

「甘い!!!」

 

「ペガ!!」

 

なんと、そこには無数の吸血鬼もどき相手に素手で戦闘を繰り広げている兄弟子の姿が!

 

「ふん!

 貴様らは、人間を超えたやら、定命でなくなったなどと偉ぶっているが、所詮は生まれたての吸血鬼なんぞ、素手で殴ればやられる程度の雑魚に過ぎん!

 奇跡に弱い、呪術にも弱い、さらには太陽光で皮膚が焼けてしまう!

 そんな弱点だらけの体で、何を誇る!」

 

「だまれ、だまれ、黙れぇええええ!!!!」

 

「なら武器を使ってみるか?

 魔法か?それとも神に祈ってみるか?

 もちろん、それらを使うのも構わん。

 が、それをした時点で貴様らは吸血鬼としての種の誇りを失い、人という種への回帰になることを忘れるな!」

 

「貴様ぁああああ!!!!!」

 

なお、そんな兄弟子の近接戦は、素手とはいえ、神聖術と呪術による肉体強化、さらには戦闘用の使役霊を肉体憑依などの複数の魔術を併用している。

更には万が一の時を考えて、素人目には感知しにくい力場状のスピリットを体に巻き付けて、見えない鎧みたいな面白いこともやっている。

だから見た目ほど、無謀な挑戦というわけではないが、私からしてはよくやるなぁというのが本音であった。

 

「あの……なんであの人は、治療の前に素手でアイツらを殴ってるんですか?」

 

「いや、一応あれも吸血鬼化の治療の一環ではあるから。

 デンツさん特製の吸血鬼化治療術だから」

 

「は、はぁ」

 

汗をかきながらその兵士はこちらを見つめるが、大丈夫、君の感覚は正常だ。

でもデンツさん曰く、「魂と魔力が、精神や肉体に干渉するなら、その逆も然り!」という理論で、吸血鬼としてのプライドや心をぼこぼこにへし折ることで、効率的に患者の脱吸血鬼化を行うという治療法らしい。

個人的には、そんなことをするのなら、同じ魔力をつかって、普通に治療したほうが魔力効率やら治療効率がいいのではと思っている。

が、兄弟子曰く、実際にやってみなきゃわからんだろうとのことだし、私と兄弟子では得意な死霊術のジャンルが違うため、まぁ方向性の違いという奴だろう。

 

「あ、でも、あなたは大丈夫だよ。

 少なくとも、あの療法は、吸血鬼に未練有る人への治療法らしいから。

 だから、あなたが、吸血鬼や血への欲求が強くならない限り、あの治療法を受けることはないかな」

 

だからこそ、現在は私は治りかけや積極的に治療を受ける気がある人を中心に治療し、デンツさんは心まで吸血鬼化してしまったやや手遅れ気味の患者を担当している。

正直、個人的にはより危険な患者を任せていることに申し訳なさしか感じないが、それを口に出すと、顔面にチョップを受けてしまった。

兄弟子、死霊術師なだけあって、男女平等が過ぎるぞ。

 

「……吸血鬼って思ったよりも弱いんですね」

 

「まぁ、少なくとも、なり立てならね」

 

そうして、黄昏る患者を尻目に、私は無数に宙を舞う新米吸血鬼たちに溜息を吐くのでした。

 

 

 

 

 

 



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第42話 宴~昼~

吸血鬼治療を開始してから早十数日。

ある程度、吸血鬼化が治った人がいたり、治らなかった人がいたり。

さらには、旧ストロング村、現ニューストロング村はぽつぽつと領主側で呼び寄せた人材が集まってきており。

少なくとも、治療のためにずっと定住する必要性は薄れたというわけだ。

 

「というわけで、戻ってきたぞ!ギャレン村、いやギャレン町!」

 

「もぉおおおおお!!!遅かったですよ師匠!!!

 すっかり忘れてしまったかと思いましたよ!」

 

ここしばらく、吸血鬼治療のため家に帰れなかったため、数日ぶりの愛弟子との再会である。

なお、久しぶりといっても、どちらかといえばこちらの村とあちらの村を何度も行ったり来たりを繰り返しているのがここ数日の日常であったため、久しぶり感はあまりない。

が、それでも弟子であるアリスはそれなりに、ぷりぷり怒りながらも、こちらに抱き着いてきた。

 

「まぁまぁ、でもヴァルターやベネちゃんあたりは基本的にはこっちにいたでしょう?

 なら、そんなに文句を言うほどでもないでしょ。

 それに、デンツさんを通して、ちゃんと呪術用の教本も渡したから勉強のほうも問題ないでしょう?」

 

「む~!そういうのじゃありません!

 師匠は私にとっての師匠なんです!

 勝手にいなくなってもらっては困ります!」

 

何この娘、かわいい。

 

「それに師匠が来てくれないと、お父さんに魔力を注げる人がいなくなっちゃうじゃないですか!

 ほら早く!お父さん入り藁人形に魔力を注いでください!」

 

ですよね~。

スマホバッテリー扱いであることに、ちょっとだけ寂しさを感じつつ、師弟の再会を楽しむ。

一応簡単な修行の成果の確認もしたがおおむね問題なし。

呪術師としてもキノコ栽培屋としても、それなり以上に頑張れているようだ。

 

「私がいない間、村の治安は大丈夫だった?」

 

「新米冒険者たちやヴァルターさんたちがいるので、基本的には無問題です!

 それに、村の皆さん曰く、ダンジョンができてから、この辺で出てくる魔物の数がかなり減ったそうなので。

 その上、他の村からの移民も結構増えてきたそうなので、近々村の規模そのものをもっと大きくする!

 なんて噂も聞きました」

 

実に景気のいい話である。

これなら私はこの村で冒険者として頑張らなくて済むという事だろうか?

 

「つまりは、師匠は司祭一本で頑張ると?」

 

「いやいやいや、私死霊術師。

 というか、アリスちゃんは私の弟子なんだから、それくらい理解してるよね?」

 

「まぁ、一応は。

 でも師匠って、あんまり死霊術使ってませんよね?」

 

「正論言うのやめてくれない?」

 

楽しい師弟の会話を繰り広げた後、アリスに新たな課題を渡して、家を後にする。

その後は、シルグレットのいる酒場やルドー村長の家にも今回あったことについて報告。

そして、最後に、今回一番の注目地点、建設の終えた兄弟神の教会へとやってきたのであった。

 

「おおおおお!おかえりなさいイオ司祭!

 さぁさぁ、すでに内装も完成しております!

 なんなら、家具も搬入済みですよ」

 

「魔力ガラスに、いくつかの魔石!

 あくまで最低限といった所ですが、それでも図面通りの物はできているはずです」

 

多くの大工たちに急かされながら、出来上がった兄弟神の教会内部へと入る。

するとそこには、荘厳な気配を漂わせる無数の装飾を施された建物が出来上がっていた。

壁や天井には、魔術と魔石によりやや色のついたガラス状の構造物が天窓に張られており、不気味さの中にもうっすら華やかさを感じられる。

多くの派手な石膏が見るものに勇気を与えるが、教会内部の神聖さとわずかな影の魔力の肌寒さが、同時に危険さを感じさせる。

そして、至る所にある力ある聖印に、辺りにあふれる魔力、さらには結界にもなる無数の幾何学模様が、ここが神の庇護下にある生きた教会だと、まざまざとこちらに伝えてきた。

 

「いやぁ、俺は大工としては未熟だが、これが本物の教会だっていうのは、はっきりと確信が持てるな!」

 

「んだんだ、おらもこの教会の建築を手伝い始めてから、腹痛がなくなって……こりゃぁ本当にすごい教会だって胸張って言えるさ」

 

「俺なんか、この教会の建築を頑張ってから、明らかに大工としての腕がよくなってよぉ!

 今までは大工の見習い程度のつもりだったが、今ならそんじょそこらの大工程度には負けない自信があるぜ!」

 

建築に関わった人たちがぞろぞろと現れ、皆でこの教会のすばらしさをたたえ、あるいは誇っていく。

ある人は笑顔で、ある人は声を高く出し、或る人は歓喜で泣いている人もいる。

件の吸血鬼騒動の時にサクリファイスしようとも考えたこの教会だが、このような村人の反応を見るに、そうしなくてよかったなという安堵感が胸に広がった。

 

「あぁ!イオ司祭!

 帰ってきてたんですか~!おかえりなさい!!」

 

「イオ司祭様!おかえりなさい!

 今日のためにイオ様と神様のために、編み物つくってきました!」

 

大工だけではなく、村のいたるところから人が集まってきた。

 

「ふふふ、流石イオ様と神様が図面を作ってくださった教会だぁ。

 これほどの、素晴らしい教会は王都でもそうはあるまい」

 

「んだんだ」

「完成した本物の教会がこれほど素晴らしいとは、多くの人が神をたたえる理由がよくわかる」

「っぱ、兄弟神様だよな!」

「感動しました、冒険神様信仰します!」

 

そして彼らも、自分との再会を祝い、あるいは教会の出来をほめていく。

 

「……だがしかし!その教会は、まだ未完成だぞ?」

 

「なにっ!その声は!?」

 

しかし、そんな多くの村人たちの賛同の中、一人だけ、その意見に異を唱えるものが!

 

「あ、あんたは……クソ怪しい自称イオ司祭の兄弟子!!」

 

「そう!我が名は、闇の死霊術師にして、兄弟神司祭!

 深淵のデンツとは、俺の事よ!!」

 

そう、それは自分の兄弟子のデンツ、やけにテンション高目にこちらへとやってきたのであった。

 

「あ、デンツさん、お疲れ様です」

 

「あ、ほんとにイオさんの知り合いだったんですね、良かった」

 

「くくくくく、畑に防虫の呪いをかけていたらいろいろと遅れてしまってな。

 ふふふ、このダークネクロマンサーである、俺様の手を借りるとは……。

 もっと安くて手軽な、この地に合わせた防虫の呪術を開発するべきだな」

 

「まぁ、でもどちらかといえばやっぱり感があるよな……」

 

どうやらデンツさんは、自分の手紙と領主からの紹介状で、この村で自分が紹介するより先に行動してもらっていたが、どうやらそれなり以上には馴染んでくれたようだ。

というか、子供から外套引っ張られているし、威厳とかそう言うのを気にしたほうがいいと思うの。

 

「ところで、あんた。

 さっきこの教会が未完成とか言っていたが……それはどういう意味だ」

 

「ふふふふ、そうだ。

 なに、その言葉はそのままの意味だ。

 貴様らはその教会を完成形だと思っているが、まだ決定的に足りないものがある!」

 

「それは信仰心とか、信者とか、そういうのですか?」

 

「それはもちろんそうだが、それよりももっと大事なものを忘れている!!

 それがなくてはこの教会は、いくら素晴らしくても神の家とはいえんし、神に愛されることもない!!

 そんな大事なものを、貴様らは忘れている!!」

 

デンツの力強い発言に、思わず村人は息をのむ。

 

「な、なぁ!イオ司祭!

 あんたからも言ってくれ、この教会は完璧で、足りないものはないって」

 

「いえ、残念ですが、デンツさんの言う通り。

 図面通りにできていますが、この教会にはまだ足りないものがあります」

 

「そ、そんな!」

 

デンツさんの発言に、自分が補足を入れると、村人が困惑の感情が噴き出す。

それは、苦労して作った故の努力や、この教会を見てなお足りないものがあるという深淵さへの恐怖、あるいは絶望などだろう。

そして、多くの村人が息をのむ中、デンツさんはこう高らかに宣言した。

 

「そう、だからこそ、この教会に足りないもの、それは……

 

 

 新 築 祝 い」

 

「「「「えええぇぇ……」」」」

 

そして、その空気は無事壊された。

 

「い、いや、その新築祝いって、いやまぁそりゃ大切だけどさぁ。

 そんな荘厳に言う程でも……」

 

「馬鹿野郎!教会の新築祝いをただの新築祝いと思うな!

 確かにここは、建築初めや途中に、きちんと教典的、魔術的儀式で清め払いはできているみたいだが、それはあくまで儀式としてのものだ!」

 

「これほどの教会ができたのなら、それにふさわしい新築祝い、いや、そのために街村を上げて祝わなければ、めんどくさいことになるぞ!

 とくに神なんぞ、傲慢で身勝手な野郎どもなんだ、自分が図面を渡した建物が完成したのに、祭の1つや2つしないと、めんどくさい拗ね方やしょうもない天罰を受ける可能性があるぞ!!」

 

「な、なるほど」

「い、言われてみれば確かに……!!」

 

デンツさんの発言に、村の人々はどうやら彼がふざけて言っているわけではないと、納得がいったようだ、

そして、彼らはそれと同時に急いで、祭りの準備に取り掛かることにした。

 

「そ、それじゃぁ、やっぱり、今から村のみんなを集めて……。

 りょ、料理や鍋も用意したほうがいいべか?」

 

「それよりも、これを村長とシルグレットに伝えるんが先では……」

 

「ふん!安心しろ!

 この事は、村長殿と酒場の主には伝えてある!

 それに、祭りのための料理には……こいつを使う!!」

 

デンツがそういうとともに、彼の背後から一つの荷馬車が現れる。

皆何事かと、その荷馬車の荷台を見ると、皆がその荷物にぎょっとした。

 

「な!こ、こいつは、【二頭の巨夜梟(ツーヘッド・ナイトオウル)】!!

 この辺で一番やばい魔獣の一種じゃねぇか!?」

 

「その巨体で音もなく空を飛び、暗闇で獲物を襲う夜の魔獣。

 人間こそめったに襲わないけど、一口で馬や牛を丸のみにして喰う正真正銘の怪物とか……」

 

「ま、まさか、あんた、こいつを……!?」

 

「そうだ!兄弟神の教会の新築祝いなら、やはり危険な魔物や魔獣を奉納するに限る!!

 それにこいつは、冥府神の象徴ともいえる梟、それが呪われ、魔獣となったものだ!

 ともすれば、冒険神とも冥府神、どちら相手にもふさわしい奉納品といえるだろう」

 

デンツはそう言いながら、村人に荷台からその大の大人10人もある巨大な化け梟を降ろさせる。

村の人々が、忙し気に肉をそぎ、羽根を毟る作業を開始した。

 

「ふっふっふ、作業はきちんとこの教会近くでしろよ?

 そしてある程度解体が終わったら、そいつや俺に知らせろ」

 

「魔獣肉は呪われている故、常人では食うのには向かないが……この教会なら、その呪肉も浄化できるし、神への奉納も同時にできる!

 神への新築の祭の開始のための知らせにもなるからなぁ!」

 

デンツさんが、高らかに村人に命令をしながら、こちらへと視線を向ける。

そして、おそらく、デンツさんとしては、こちらをある程度気遣ってくれたゆえの発言ではあろう。

 

「しかし、デンツ兄弟子。

 ……まさか、私が真に新築のための祭りを忘れていた。

 そんなことがあると思いますか?」

 

「……!!

 ま、まさか貴様!!」

 

「そう!私も準備していたんですよ!

 この日のために!!」

 

そのセリフと共に、合図を送り、こちらも荷台に来てもらう。

突然現れた2つ目の荷台に、村人は慌てながら、荷台の中身を確認してくれる。

 

「な、なんだこの巨大な鉄塊は!?」

 

「おおおぉぉ……み、見ているだけで背筋が冷えるような……」

 

「これは、盾?

 い、いやこれは……鎧!?」

 

その荷台から現れたのは、巨大すぎる鎧。

もっともその鎧は巨大すぎて、常人ではとても着ることのできないサイズであり、持ち上げるのも一苦労。

その上、呪いや闇の魔力まみれという、封印をしてなお、見るだけで背筋が凍る呪われた一品である。

 

「ま、まさかイオ、貴様!?」

 

「そう!デンツさんが、今日のために供物を用意するのは知っていたからね!

 そして、冒険神贔屓のデンツさんなら、どちらかといえば食べられる魔獣をチョイスするに決まっている!

 だからこそ、私は食べれず、かつその巨大梟《ナイトオウル》よりも目立つ供物を探し出したんだよ!」

 

「っく!しかし、こんな獲物いったいどこで……っは!まさか!」

 

「そう!そのまさか!

 この巨大な鎧は、ストロング村にできたダンジョン。

 その隠し部屋の大広間にいた【鎧霊】のボスそのものだよ!」

 

「おまえなぁああ!!!

 あのダンジョンは危険度は低そうだが、奥地は別だと何度も言っただろう!

 それなのに、何勝手に潜ってるんだ!

 そんな暇があったら、寝ろ!?」

 

「甘い、甘いぞ!デンツさん!

 このイオ、兄弟子の言う事をまともに聞くと思うな!

 ……でも、流石に、このオーク超えてオーガサイズの【鎧霊】はちょっと死を覚悟したよ。

 思ったよりもあのダンジョンは、やばそうってことはわかった」

 

「当り前だ!この不良妹弟子め!

 貴様は報告を書くがてら、さっさと疲れを癒しておれ!」

 

「え、でも、流石に教会の責任者の自分抜きで祭りの準備を進めるのは……」

 

「い・い・か・ら・休みやがれぇぇぇ!!」

 

「あっぶっ!!」

 

かくして、兄弟子からの左フックを躱しながらも、周りから促されることもあり、新築の祝祭まで強制的に休まされることになるのでしたとさ。

畜生、ちょっとデンツさんを驚かせようと思っただけなのに……。

やっぱりダンジョンは悪、はっきりわかんだね。

 



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第43話 宴~夜~

――ともすれば、はじめは普通の祭であった。

 

「この教会とその祭神様、さらにはイオ様に乾杯!」

 

「う~ん、このお肉おいしい!

 初めは、浄化したとはいえ魔獣の肉なんてどうかと思ったが……これほどうまいとは!」

 

その祭は、始まりが遅いがゆえに夕方あたりから始まったものだが、その活気はかなりの物であった。

周囲には無数の焚火に照らされ、その光が教会を照らす。

皆が皆多くの食材や道具を持ち込みながらも、笑顔は途切れず。

純粋な神への祈りやただの食事につられた我欲でもない。

好奇心や自愛による参加や、魔獣や巨大鎧への興味、さらには歌や踊りを楽しみたいから、などなど。

参加者の様子はまさに十人十色といった所だ。

 

「この鎧スゲー!

 こんな大きい鎧なんて誰が着れるんだ?」

 

「ふ~む、このクラスの呪物をまさか一日も経たずに浄化できるとは……

 これは、司祭の腕前はもちろん、この教会は相当な力を持っていそうだな」

 

なお、参加者自体も純粋に村人だけというわけではなく、いつもの旅商人や流れの冒険者。

さらには、ストロング村の再開発のための増加人員や滅びた近隣開拓村からの流民など。

祭りの参加者も、相当な種類の人がこの祭りに参加することになった。

 

しかし、そんな事情や出身は違う人々とはいえど、その人々の顔はどれも一様に笑顔であった。

祭の責任者として、教会の建設に携わった者として、これほどうれしいものはない。

 

「は~い、それじゃぁ今から酒を配りますよ~!

 基本は一人一杯まで!

 喧嘩はご法度だよ!」

 

「うおおおぉぉぉ!!!ただ酒だぁああ!!!

 イオ様最高!!冥府神様最高!!」

 

なお、せっかくの機会なので、自分で作った酒を祭事と称して、教会公認で浄化作業をしたり。

それを祭りごとと称してふるまって、試飲させる程度はセーフであろう。

 

「おお、冥府神の加護付きの酒とはこれは珍しい。

 ……うん!普通においしい!」

 

「うん、冥府神の酒って言うから、飲むと大変なことになるかもと思ったが……。

 普通に度数の濃いめの、いい酒だな」

 

「というか、水がほとんど混ぜられてないだけで、十分うまい」

 

なお、酒の感想はこんな感じであり、味も何もあったもんじゃない。

実に酒の奢りがいのないやつらである。

 

「へ、へへ!とってもおいしいでひゅ!

 私、こんなおいしいお酒は初めてです!これだけで信仰に目覚めちゃいそう!

 と、いうわけで、もう一杯お酒をいただけたりは……」

 

「あ、ベネちゃんはだめ。

 この後のこともあるから」

 

いや、ごめんて。

この祝祭が終わったら、もう少し飲ませてあげるから。

だから、上目遣いの涙目はやめて、色々とくるものがあるから

 

「というか、イオも焦らさずに僕らにこの建築祝いの祭りがあることを、教えてくれたらよかったのに!

 そしたら、僕らももうちょっといろいろと準備できたかもしれないのに」

 

「それに関しては、わざとだよ。

 あんまりこの祭りや教会の存在を周囲に知らせたくなかったからね」

 

「え~?

 こんな目出たい事なのに~?」

 

寂しそうに空になったカップを見つけるベネちゃんを他所に、ヴァルターは不思議そうにそう尋ねてきた。

まぁ確かに、これは一見ただ目出度いだけのお祝い事に見えるだろう。

行えば、教会としての完成度が高まるし、村人含む周囲の住人からの評判もあがる。

出費に関しては、今回は半分は村長が出してくれているし、そこまで深く考える必要はない。

 

「でもさ~、ここの教会の完成度が高まると……ねぇ?」

 

「え、なにその含みのある言い方は」

 

「いやいや、これはあくまで私の予想であって、杞憂かもしれないけど。

 最近の吸血鬼騒動やらダンジョン騒動を考えると、可能性は高いかなぁって」

 

そもそも私としては、ここまで人が集まらず、あくまで静かに建築祝いの祭りをしたかったのだが、この盛り上がりっぷりからして、もうそれは諦めている。

派手にやるならせめて、村人全員参加を義務付けて開催したぐらいだ。

幸い、今この場において、旅人含め、ほぼ全員このギャレン村にいる人が集まってくれたし、これなら、最悪の事態に陥っても大丈夫だろう。

 

「も~!何か知ってるならそんなにもったいぶらずに教えてよ~?

 僕たちは仲間だろう!!」

 

ヴァルターが、こちらに距離を詰めながらそう言ってくる。

というか酒を飲んでいるせいか、何時もよりも距離感が近いな。

できれば、君もあんまり酒を飲んでほしくはなかったけど、こればっかりは仕方ないかな。

 

「……残念ながら、その予想は的中した様だぞ」

 

そのセリフと共に人込みをかき分けて、デンツ兄弟子がこちらへとやってきた。

表情は真剣であり、その手には杖を持っている。

どうやら、事態は思ったより厄介な方向に転がってしまったようだ。

 

「やっぱり、来ちゃいましたか?」

 

「まぁ、俺にとっては予想通りだがな。

 これほどの祭りを、冥府神だけではなく、冒険神や太陽神の前でやるのだ。

 なればこそ、こうなるのは必然といえるだろう」

 

それとともに感じる強大な、陰の魔力。

そしてそれは自然的なものではなく、強烈な激情と悪意を秘めたものであり、確かな目的をもってこちらへと向かってきた。

 

「……!!まさか、これは……!!」

 

「皆さん!急いで、教会の中やその周辺まで下がってください!

 オッタビィアちゃんは結界の強化を!

 ベネちゃんは誘導の手伝いを!」

 

ヴァルターに酔い覚ましの水を渡しつつ、村人各々に指示を出していく。

どうやら、皆も空気が変わったことを感知したのか、先日の盗賊騒ぎの教訓か。

素早く避難のために行動を開始してくれた。

これなら、無理なく相手を迎えうてるだろう。

 

「つまり、これは……!」

 

「そうだね!

 教会の建築を快く思わない……敵襲ってことだよ!!

 ヴァルター、ベネちゃん、構えて……くるよ!!」

 

 

「ルオオオオォォォォォ

 偽りの神を讃える、汚物共めがぁあああ!!!!

 この吸血鬼竜【ドラゴン・ブラッド】様が、龍神様に代わって、裁きを下してやるうぅぅぅ」

 

そうして、祭りを楽しんでいた私たちの元に現れたのは、人語を話すそこそこ大きな【飛竜】の姿であった!!

 

 

★☆★☆

 

 

――もちろん、一般的に考えて、龍種とは凶暴な生命である。

 

硬い鱗に高い魔法耐性。

鋭い爪と牙に、疾風のごとく飛ぶ翼。

高い生命力や豊富な魔力なんかも総合すれば、その強さは言わずもがな。

この世界において、全ての生命体の頂点に立つ存在。

そんなのが自らの意思を持って、邪神の加護を持ち、こちらに襲い掛かってくるのだ。

おそらく、もしここがただの開拓村なら、コイツの存在だけで、この村は滅んでいただろうに違いない。

 

「でもさすがに、完成した教会と司祭相手に、吸血鬼がほぼ単騎特攻は無謀を超えて、自殺行為だよね」

 

「だろうな」

 

「おのれ、おのれ、おのれえぇえええええええ!!!!」

 

というわけで現在私たちパーティはデンツ兄弟子と協力して、この吸血鬼竜とやらと防衛及び、抗戦中である。

 

「えぇぇい!!うっとおしい!!

 燃え尽きろぉ!!!」

 

その吸血鬼竜がその口を開けるとともに、放たれるは漆黒の炎。

闇の魔力と邪神の加護により、まるでタールの様にまとわりつき、水でも消えぬ強い可燃性を持ちながら、毒の煙を発する。

そんな地味ながらも強力な、呪いの火炎ブレスである。

 

「「「神々よ、我らを守りたまえ!!!」」」

 

しかし、そんな厄介な炎も教会内部にいれば何のその。

オッタビィアやデンツとともに、守りの奇跡を唱えれば、あっさりとその炎は弾かれ、消えるかのように浄化されてしまう。

 

「そら、隙ができたぞ!

 あわせろ、妹弟子」

 

「そっちこそ、ヘマしないでくださいね!!」

 

そして、ブレスを吐き終わった隙をつき、私とデンツでその死霊術を行使する。

 

「奔れ!!双頭巨梟霊(ツイン・ダークオウル・ガイスト)

 

空中で呆けているその吸血鬼竜に向かって、霊体でできた巨大な梟が音もなく接近し、その頭上を取る。

 

「トガちゃん!全力で振り切れぇええ!!!」

 

「……ぎ!!」

 

そして、その巨大な梟の霊体に乗ってた、()()()()()()がその手に持つ、巨大すぎる槍を振り下ろす。

ブレスを吐いたスキを突いたとしても、その吸血鬼竜の体は固い。当然、まともな攻撃では、かすり傷すら与えられないだろう。

 

「ぐるおおおぉぉぉぉ!!!!!」

 

しかし、残念ながら、その一撃はただの一撃ではない。

オーガほどの大きさの鎧から繰り広げられる、大の大人2人がかりでも運びきれぬほどの巨槍の一撃は、それが生命体ならば、まともに耐えられるわけもない。

かくして、その一撃を受けたその吸血鬼竜は、惨めな悲鳴を上げながら、空中から叩き落される。

 

「……ぐおおぉぉおおおお!!!」

 

しかしながら、その生命力の高さは本物のようだ。

体を切り裂かれ、骨を砕かれ、血が止めどなく流れているにも変わらず、意識は健在であり、意識は失わず。

地面にぶつかる直前に、空中で姿勢を立て直したのはさすがだといえるだろう。

 

「おい、イオ。

 今ので首を切り落とすことはできなかったのか?

 そうすればもう少し楽になったと思うんだが」

 

「無茶言わないでくださいよ。

 それなら、もう少し兄弟子の操る梟をいい感じの軌道で動かしてください」

 

なお、現在我々が、この吸血鬼竜に対抗している作戦は基本的には籠城戦である。

教会の発する神気やら神託により、こちらに特攻してきた邪神の使いである吸血鬼竜。

それに対して、教会の周辺へと避難して、結界に入りながら相手する。

幸い、この吸血鬼竜は生命力こそすごいものの、攻撃力はそこまでではないため、結界内部にいれば基本的に安全であるし、時間に関して言えば、こいつが吸血鬼なせいで一晩乗り切れば太陽光で焼け死ぬのが眼に見えている。

時間を稼いで、ここに縛り付ければ、それだけで勝てる試合なのだ。

 

「おのれ、おのれ、おのれぇえええ!!!!

 そのような玩具でぇえええ!!!」

 

そんな吸血鬼竜をこの場に縛り付ける&隙あらば倒すための時間稼ぎ役は、兄弟子と私の操る使役霊。

兄弟子の操る【双頭巨梟霊(ツイン・ダークオウル・ガイスト)】である巨大な鳥の亡霊に、先日入手したばかりの巨大鎧に【鎧霊】であるトガちゃんを憑依させ、騎乗させた異色のコラボレーションである。

 

「くくく、いうなれば、冥府の騎兵……。

 いや、闇鳥の騎士とでも名付けるか?」

 

「普通に、梟の死騎兵でいいでしょう」

 

まぁ、はじめはこんな即興死霊術なんてうまくいくのかなと不安に思ったが、思ったよりも何とかなっているといった所か。

兄弟子の即興死霊手なずけもさすがだが、それ以上に驚くのはトガちゃんの順応能力の高さだ。

まさか、新しい体という名の巨大鎧に入れられて、さらには巨大梟での騎乗戦闘なんて難しいオーダーにあっさりこたえられるとは。

やっぱり、この子、神様に聖霊認定されるだけあるわ。

 

「おのれ、おのれ、おのれぇええええ!!!

 もう少し、もう少し時間さえあればぁああ!!!」

 

「ああ、その気持ちわかるぞ。

 俺も、こんな霊体ではなく、呪詛で強化したスケルトン形態で挑みたかったからな」

 

「あ、それなら私もわかります。

 この鎧も数日前に手に入れたばかりだからなぁ、せめてルーン文字やら呪詛を刻んだ状態で挑みたかったなぁ」

 

「ぬぅううううう!!!」

 

こんな状態でも、目の前の吸血竜の闘気はまだ薄れておらず、こちらに対して殺意や敵意を向けてくる。

まぁ、下手に殺意が薄れて、全力で逃げられたり、嫌がらせ全力になられても困るため、煽れるところは煽っていきたいのだが。

 

「というかこいつ、龍種にしては弱いな。

 まぁ、俺は竜とは戦ったことないが……意外とこんなもんなのか?」

 

「いや、それに関しては、こいつがあくまで弱すぎるだけだと思いますよ?

 本物の竜と戦った時は、パーティ戦でも拠点ありでも、もっと苦労しましたし。

 多分コイツは、あくまで【竜に変身しただけの吸血鬼】ってだけでしょ」

 

「……!!!殺す、コロス!!殺してやるうぅううう!!!!!」

 

そして、今のところ、この挑発は成功しているようだ。

更には自分の適当に言った予測はどうやら図星なようで、目の前にいる竜もどきの攻撃はより苛烈になった。

 

「……でも、それで教会の結界に向けて攻撃するところがなぁ。

 やっぱりおつむは、トカゲ並みか」

 

「それ、本物の竜に聞かれたら怒られますよ」

 

「かぺっ!!」

 

再び、教会(というか教会内部にいる自分達)に向けて攻撃しようとした吸血竜が、死霊騎士の攻撃を受けて、怯ませられる。

これなら思ったよりも、仕事が早く終わりそうだ。

 

「っく、というか我が部下共はいったい何をしている!?」

 

「あ!それならもう僕が狩り終わってるよ~♪

 というわけで、ここからは僕も参加したいけどいいかな?」

 

「無茶をしなければ」

 

「な、なにぃ!?」

 

どうやら別部隊を展開していたらしい、この吸血鬼竜の部下の魔物も無事討伐できたようだ。

ともすれば、時間稼ぎに徹する必要もなさそうだ。

 

「よし!それじゃぁ、せっかくだし仕留めるか!」

 

「定命の雑魚ごときがぁあああ!!!

 調子に乗る……ぐあああぁあああああ!!!」

 

そうして、反撃の体勢に入った瞬間に、吸血鬼竜の眼に無数の矢が突き刺さる。

当然、偽物とはいえ、通常の龍種ではその眼球ですら丈夫であり、ただの矢では弾かれるのが常である。

 

「効きました!

 私の酒の恨み!!!!!

 私の酒杯のために死んでください!!!」

 

「太陽神様、教敵を打ち砕く神聖な一撃を。

 邪悪を祓う、正義の一撃を与え給え!」

 

もっともそれが、弓の名手による、聖別された矢ならば話は別だ。

 

 

 

「おのれおのれ!!

 我が、この吸血貴族たる我が!!!

 魔王軍大幹部まで上り詰めたのにぃいい!!!!」

 

かくして、この吸血鬼竜は、最後に特大な不吉なことを言いながらも、神聖術と物理攻撃の波状攻撃により、無事滅ぼされるのでしたとさ。

 

 

 

「……やっぱり死骸は、吸血鬼、それと竜骨が2本だけかぁ」

 

「やっぱりというか、苦労のわりにといった感じだな」

 

さもあらん。

 



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第44話 宴~翌日~

『我が神から、ここを壊せと神託が下った。

 所詮片田舎の小教会ごとき、我の力で一ひねりだと思っていた。

 今は後悔しかない』

 

さて、件の吸血鬼竜を討伐後、当然のごとく吸血鬼に操魂術を行使し、容疑者に事情聴取を開始する。

残念ながら、魂そのものは、こいつの邪神信仰が重かったせいか、魂一本釣りとまではいかなかったが、残留思念程度は引き起こすことには成功。

それにより、今回の事件の背景をこの残留思念から聞き出したというわけだ。

 

「つまり、おまえは、邪神から教会ができたから潰せっていう神託だけで、ここに特攻しに来た愚かな吸血鬼だと」

 

「所詮、魔王軍や邪神に首を垂れる弱者だな。

 数十年生きた吸血鬼と言えど、心まで闇に染まってしまえばこうなってしまうといういい例だな」

 

なお、事情聴取の結果、この吸血鬼の年齢は大体吸血鬼歴30前後だという事が分かった。

(吸血鬼の中では)若くして強大な力を持ち、邪神の加護により強大な力を手に入れて、魔王軍でもそれなりの地位にいたとかなんとか。

 

「でも魔王ってすでに滅んでいるんでしょ?

 なら、その称号もあってないようなもんだよね」

 

『違う違う!我らは未だ滅びず!

 魔王が死んでも、我らという軍勢は未だ……』

 

「つまりは、魔王軍の残党と」

 

例えるなら、経営者を失った店で、人材不足から役員にのしあがったみたいなものか。

それなら、10人以下の少数非精鋭でここに攻め入ったのも、戦い方がやけにお粗末なのも納得いくというものだ。

 

『いうて、これは俺様が弱いのではなくお前らがおかしいだけだからな?

 なんで、開拓地のド田舎に、このレベルの司祭と教会があるんだよ。

 ここよりでかい開拓村なんぞ、いくらでも滅ぼしてきたが、ここまで強力な教会は、先の大戦でもほとんど見なかったレベルだぞ』

 

まぁ、言うて神築ですし、さもあらんといった所か。

それと、どうやら今回の祭りの参加者に、こいつに村を滅ぼされた被害者がいたらしく、こいつの遺灰にむけて全力で罵倒やら慰み者にしている途中である。

へ~、開拓団一つブレスで焼き払ったんだ。

めっちゃ邪悪やん。

 

『おのれ忌々しい!!!!

 この偽りの教会さえ潰せれば、我が龍神様から新たな竜骨を授かれたというのに!?

 脆弱で卑怯な人間どもに呪いあれ!!

 それを庇護する、偽りの神々も……ぎゃあぁああああ!!!』

 

「はいはい、これ以上は危険だから浄化しちゃいましょうね~」

 

「うむ、わずかだが邪神の気配もしていたからな。

 やはり邪神官クラスともなれば、残留思念と言えどあまり長時間使役するのは危険だな。

 邪神側からの干渉を防ぐには、もう少し準備が欲しかったな」

 

でもまぁ、今回の事件では大きな裏はなく、ただの勘違いした雑魚狩りのプロが、逆に狩り返された。

それだけの話だと分かれば、十分な収穫といえるだろう。

 

「これなら、また明日以降ストロング村に戻っても大丈夫そうだね」

 

「だな、あまり長時間患者たちを任せるわけにもいかんからな」

 

「「「いやいやいや!ちょっとまって!?」」」

 

なお、どうやら話はそれで済まなさそうな模様。

 

「流石にあのレベルの化け物が再びこの村に襲いに来たら、ワシらだけではどうにもできないからな!?」

 

「故郷の敵を討ってくれて、助かりましたが……。

 せめて、こう、周囲の安全が確保できるまで……」

 

「なぁ、もう少しだけこの村に残り続けることはできないか?

 正直、あのレベルの敵がもう一回ここに来たら、お前らなしだと厳しいのが本音だ。

 せめて、数日混乱が収まるまで、な?」

 

どうやら、今回こちらに襲撃してきたこの吸血鬼竜は、そのビジュアルと戦闘の派手さから、予想以上に村人たちに不安を与えてしまったらしい。

まぁ、確かにコイツは、もし教会がなければこの村の人がほとんど死んでいただろう強さだったが、それでもまぁあっさりと倒せたから問題ない気もする。

 

「でも、君たちがこの村から出て行った瞬間、このレベルの敵がまたここに来たら?」

 

「……神の加護さえあれば」

 

「それ遠まわしに、無理って言ってるよね?

 というか、今回はコイツを無理なく倒したけど、こいつが魔王大幹部なら、こいつの知り合いとか仲間が追撃に来る可能性もあるんじゃない?」

 

「そ、そうですよぉ!

 今回は教会があったから、大丈夫だと言ったら、もし敵がイオさんの移動中に襲撃してきたら、どうするつもりですか!?

 イオさんの身の安全も考えて、しばらくはこの教会で身の安全を固めるべきです!」

 

どうやら自分たちの言い分は、村の人やヴァルター達には通用せず。

村の安全だけではなく、こちらの身の安全まで気を遣ってくれている発言も多く、正直バッサリと切り捨てるには、心苦しいのも本音だ。

しかしそれでも、ストロング村にいる治療待ちの吸血鬼たちは、時間をかければかけるほど治療困難になってゆく。

此方としても、できる限り治療のために早く戻りたいのが本音なのだ。

 

「そもそも、こんな事件を起こす可能性の高い吸血鬼は、治療云々の前にさっさと殺すべきでは?」

 

「そうよそうよ!今村にいるエドガーさんみたいなダンピールだったら、神に認められた種族だから問題ないけど、ただの吸血鬼は基本的に害悪なんでしょ?

 せめて、この街に自力で移動できる程度の自制心のない吸血鬼なんてもうさっさと滅ぼすべきよ!」

 

「やはり、太陽神の聖典は正しかった。

 イオ様たちは素晴らしいけど、優しすぎるからなぁ。

 ここはストロング村を焼き討ちしてでも、情勢の安定化を……!!」

 

まぁ、それでもこのままでは意見は平行線であるし。

さらに言えば、一部の吸血鬼に恨みのある村人や疎開民が過激な思考に移行しつつある。

正直、親兄弟の恨みとして吸血鬼を憎んでいるものもいる中で、あまり彼らを庇いすぎる発言をすると、周りにいらない被害が出る可能性がある。

 

「ま、まぁまぁ!と、とりあえずこの議論の続きは、一旦寝て起きてから!

 特に今回は、教会の新築祝いなんだからね!」

 

「そうだな、そもそも今回の騒動はある意味では、冒険神の導きによるものだとも考えられる。

 ともすれば、その試練を乗り越えた我々には、それなりに恩恵も授けられるはずだ」

 

ゆえに、その日は(もはや早朝ではあるが)いったんその協議を打ち切ることにして、教会の新築祝いを続けるとともに、神への祈りを通して、結論を後回しにするのでした。

 

(まったく、神様が本当に見ているのなら、せめてこの問題を何とかしてほしいよ。

 まったく)」

 

 

 

☆★☆★

 

 

 

――なお、翌朝。

 

 

「で、これはなに?」

 

「……ワープポータルだね。

 数ある聖具のなかでも、えげつない現世利益の1つ」

 

かくして、神からの新築祝いという名の、討伐祝いの贈り物により、ストロング村とギャレン村の交通問題が、一瞬で解決することになったのでしたとさ。

さもあらん。



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第45話 引っ越し祝い

――この世界において、【奇跡】は【魔術】より先に来たものとされている。

 

神聖魔術や神からの授かり物など、多々呼び名のある、神に祈ることで精神力と引き換えに超常現象を起こすその御業。

それは、人々に降りかかる邪神の被害を少しでも抑えるために、神より分け与えられたものであり、人が邪神によって滅ぼされないための慈悲の力とされている。

それゆえに、基本的に奇跡魔法は、『邪神の呪いや病の退散』や『邪神の眷属である魔物の退治』を目的としている。

だからこそ、奇跡魔法は、基本的には『対魔』特攻であるか、『癒し』や『守り』に優れている。

が、逆に『対人戦』を想定したものは『魔術』に一歩劣ることが多い。

 

そして、この根源は神より与えられる聖具やら恩寵も大体似たようなものであり、神の奇跡として譲渡されるものは、どこまで行っても基本的には対邪のための物。

効果は使いにくくても、悪用しにくいものが送られるのが世の常というわけなのである。

 

「うおおぉぉぉ!すごい!

 このポータルとかいうの、本当に一瞬でストロング村に行くことができるよ!」

 

それなのに、な~んでこのポータルは、こんなに簡単に使用できるんですかねぇ?

さて、現在私たちがやっているのは件の神より与えられた聖具であるワープポータルの安全やら性能のチェックだ。

そして、このポータルについて今のところ分かったのは、このポータルが数あるワープポータルの中でもかなり使い勝手がよさそうなものだということだ。

 

「大きな荷運びこそ制限されているけど、人材の移動は低コスト、いや実質無料で可能。

 移動のタイムラグはほぼなく、魔の者以外は基本人や生命体なら無理なく通すことができる。

 そして、移動制限や開放の設定はかなり自由度が高い、と」

 

「移動先については()()()()()は、ストロング村に立てた治療所という名の兄弟神の祠限定だな。

 ……しかしこれは、兄弟神の祠さえ建てれば、新しく行ける先が増えるのではないか?

 う~む、興味深い」

 

予想以上の利便性というか、いくらでも悪用できそうなポータルの仕組みに思わず頭が痛くなる思いがする。

一応、ポータルについては最低限の緘口令を出してもらったが、このポータルが教会のど真ん中に出現したことや、無数の村外部の人があの祭りに参加したり吸血鬼竜襲撃の見物人になっていたことを考えると、おそらくはあんまり意味はないだろう。

さらに言えば、自分がこれからギャレン村とストロング村の行き来をしまくることを考えると、例え万全に秘密にしても、遠からずこのポータルの存在はばれることになるだろう。

 

「まぁ、だからこそ、このポータルができたら、まず初めはあれをやらなきゃな」

 

「あれ?」

 

「ストロング村へのあいさつ」

 

 

★☆★☆

 

 

「つまり、イオちゃんが実質私の幼馴染になる……ってこと!?」

 

「そんなわけあるか」

 

「いでっ!!」

 

というわけでやってきたのは、ストロング村の月の女神のダンジョン真横にある教会。

そこに住むすべての元凶の吸血鬼、エイダへのあいさつという名の警告であった。

 

「あ、聖痕取れたのおめでとう!

 変な魔術祝福、残されてるけど、デメリットはなくなったみたいだし」

 

「ありがとう、て、そうじゃない。

 というわけで、先日吸血鬼のドラゴンみたいなのを倒したら、この近くにワープ・ポータルができたから。

 まぁ、吸血鬼である貴方はあのポータルに入れないと思うけど、それでも悪用されたら困るからね」

 

「だから、あなたはできるだけあのポータルについて外部への言及禁止。

 それと、悪用の禁止もしておきたいんだけど、いいかな?」

 

なお、口調こそお願い形式ではあるが、これは命令である。

特にこいつは、吸血鬼としては弱体化しているが、それ以上に魔術師や聖職者としてもかなりの腕を持っている。

だからこそ、催眠の魔法やら単純な話術、さらには吸血鬼の人脈やらを利用した場合、ダンジョンポータルに干渉することは容易いだろう。

最悪、ダンジョンや患者である吸血鬼たちに、多少の被害が出ることを覚悟して、殺してでも口封じをする必要があるかもしれない程度にはだ。

 

「もっちもちの了解よ!

 えへへ♪もちろん私とあなたの仲じゃない!

 あ、それじゃぁ口頭だけにする?それとも神の名に宣言する?

 それとも、血、血を使った契約魔法、やっちゃう?」

 

もっとも、自分の覚悟に反して、エイダはこれをあっさりと了承してくれた。

 

「にしても、あの竜カブレ死んだか~。

 ざまぁああああああああああああああああああああああああwwwwないわね。

 まぁ、元人間なのに、反人類派に属したうえに、邪竜を信仰をするような馬鹿だから、しょうがない。

 むしろ、ここで死んでくれて流石私のマイハニーって感じ」

 

「……というか、むしろ、太陽神やその信徒でなくて、最後にイオちゃんに殺されるとかずるくね?

 太陽神なら、魂グズグズで尊厳破壊必至になってくれるはずだったのに。

 くっそ、あいつ最後まで悪運だけはいいな。

 は~くそ」

 

さらに、件の襲撃に対してはこんな反応を示すくらいだ。

お前には、同族の情とかないんかと言いたい。

 

「知り合いといえば知り合いだけど……あくまで名前を知っていて、敵対派閥にいるということ程度なのよね。

 むしろ、私の上司や知り合い、部下を殺したり洗脳したりしたから、基本恨みしかないわよ?」

 

吸血鬼界隈せちがれぇなぁ。

というか、吸血鬼にも派閥争いとかあるのか。

 

「そりゃもちろん。

 そもそもこの地域の吸血鬼貴族は、今は人類友好派閥が最大派閥だけど、その次に多いのが魔王軍信者の派閥だからね。

むしろ、先の魔王復活の際は、そっちの方が多かったと思うわよ?

 中庸派閥の多さ的に」

 

つまりは、外部から見れば吸血鬼は魔王軍と人類派閥を、行ったり来たりしている蝙蝠野郎だと。

 

「あ、あくまで私は今も昔も人類派閥一筋よ?

 私の親も人類友好派閥だし。

 私とあなたはずっと友好でお友達♪」

 

「ただし、太陽神官は?」

 

「それに関しては、太陽神が私達を見敵必殺するのが悪い。

 まぁ、それでも向こうから襲われない限りは、襲わないし。

 貴方との約束があるから、殺しはしないつもりよ、殺しは」

 

なお、自分がエイダと、彼女を生かしておく上で行った約束は単純に人殺しの禁止というものである。

それ以外にも、不要な外出の禁止やダンジョンの管理・報告義務などもつけたが……それもどこまで有効やら。

 

「安心しなさいよ~♪

 わたしは本当に、人類も吸血鬼の赤ちゃんも、ちゃ~んと守っていくつもりがあるのよ?

 それに、このストロング村の開発や防衛、ダンジョンの管理もしてるんだから!

 こう見ても尽くすタイプなのよ?」

 

まぁそれでも、こいつには無数の吸血鬼に加えダンジョンをも誕生させた罪こそあるが、それ以上の善行をしているのも確かなのだ。

そもそも、本来ならばダンジョン自体が、発生しただけで、薄い本に出てくるような悪意しかないゴブリンや善人だけを拷問死させるデーモンといった、最低最悪な魔物を周囲にあふれる程発生させる代物なのだ。

それを、過程での被害こそ甚大とはいえ死者は出ていない上、ダンジョンそのものも安全な物に変質させたのだ。

これは、正直、人類からしてみればかなりの善行ではあるのには違いなく、それで今なおダンジョンの管理や被害者のケアをしてはいると考えれば、流石腐っても善神の信徒というところなのだろう。

 

「だからね~、そろそろイオちゃんも少しデレてくれていいと思うのよ♪

 ほ、ほら、例えば、少しだけ献血してくれるとか……」

 

「はい、髪一本」

 

「…………いやったぁああああ!!!!!!!!!!!!!!!!

 イオちゃんがデレたぁあああ!!!!!

 いやっほぉおおおおおおお!!!!!!!!」

 

なお、お礼の代わりに雑に髪の毛を一本だけ渡すということをしたが、予想以上に喜ばれてビビった。

というか、髪の毛一本でそこまで喜ぶなよ。

え?呪術師的には許可ありで髪の毛一本貰うことの大事さ分かるだろって?

いやまぁそりゃそうだけど。

 

かくしてこの日から、ストロング村とギャレン村の交通事情は激変。

更には、吸血鬼治療や冒険者の事情も激変するのだが……またそれは別の話である。

 

 



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第46話 退職&入職

結果だけ見れば、概ね全てがよくなったといえるだろう。

ポータルが贈与されたことにより、この村からストロング村に行きやすくなったことは、すなわちあの周辺の地区への移動のしやすさが増したことでもあり。

ともすれば、あの危ないんだか危なくないんだかよくわからない月女神のダンジョンにも新米冒険者達を送れるわけで。

そうなれば、吸血鬼化治療に必要な月光草採取やダンジョンの見回りなどの雑務をこちらがする必要がなくなるわけだ。

それ以外にも、ポータルという爆弾的存在により、魔導学院にそれとなく情報を流すことにより、この村に来る技能持ち人員の底上げも可能に。

まぁ、どれもがすぐにというわけではないが、確実にこちらにかかる負担は前よりは少なくなり。

ようやく、私も自分のための時間、すなわち死霊術師としての時間をとれるというわけである。

 

特に今回は、聖痕という特大死霊術デバフが取れた上、おそらく聖痕とともに付与していたであろう神の見張りも薄れたのを何となく感じることができた。

そうだ!今なら多少は無茶な死霊術や違法な死霊術もできちゃうかもしれないというわけだ!

特に最近は鎧霊であるトガちゃんの鎧も、出来合いの物や持ち込みの物をそのまま使用していたことが多かった。

だからこそ、彼女には万全の力を発揮させられなかっただろうし、そろそろ改めてトガちゃん用の魔導鎧を用意してもいいかもしれない。

ああ!もちろん最近増えていた旧ストロング村や盗賊団に殺された亡霊たちにも、何ができるか確認しなきゃね!

 

「というわけで、ようやく私の死霊術師としてのほのぼのスローライフが始まるってわけ!」

 

 

 

『あ、おいらは、ストロング村の知り合いの子供が救われたのを確認したし。

 遺品も整理してくれたから、もう未練なく成仏するつもりっす。

 ここまで面倒見てくれてありがとうございやした!!!

 大感謝っす!』

 

『あ、それなら私も。

 イオ様、残った私たちの子をお願いします』

 

『俺もな~、あの盗賊どもをぶっ殺せた時点でもうすっきりしたかなって。

 あとは成仏させてくれれば文句はねぇや』

 

なお、それと同時に、大体の問題を解決したせいで、今回新しく手に入れたはずの使役霊はほとんど未練がなくなってしまったわけで。

せっかくいくらかの技能持ちの霊に目を付けていたのに、実にいい笑顔で成仏の道へと進んでいってしまうのであった。

 

畜生め!!!!

 

☆★☆★

 

かくして、場所は兄弟神の教会近くの空き地。

そこに、ダンジョンから持ってきた岩に清浄の魔法をかけて、準備を整える。

 

「と、いうわけで、ここが君たちのお墓、いわゆる共同墓地ね。

 本当は一人一人ちゃんとしたお墓を用意してあげたかったけど、まぁ、流石に敷地と墓石の数の問題でね。

 名前はちゃんと職人さんに刻んでもらったし、だから、君達でもこの墓石で魂を落ち着けたら、順番に成仏できるはず……」

 

『お~、天の国への道が見える~行ってきま~す』

『う……あああ……!!』

『今までありがとうっす~!

 それじゃぁ、逝ってきま~す』

 

はえーよ、ちょっとくらい未練とか無いのかないのかよ。

いやまぁ、この世界は半端に未練を残して死後もこの世界にとどまり続けると、ろくでもないアンデッドにしかならないから正解といえば正解なのだが。

せめて、一人くらい現世にとどまって、何か成し遂げてから死にたいとか、残したいものがあるとかないの?

 

『いや、自分すでに冥府神の声が聞こえていて……今のうちに冥府に来てくれたら仕事を紹介できるって言われていて』

 

『あ、私も似たようなものなので。

 早く成仏したら、娘に神聖魔術の奇跡を与えてくれるって言っていたから!

 なら、早いところ成仏しなきゃねって』

 

『はじめは未練があったけど……すでに元カノが結婚していたって知ったから……むしろ、半端に残り続けちゃうと心が荒みます』

 

『というか、今ならイオ司祭に使役されているからいいけど、フリーになったり、吸血鬼に使役されると一気に闇落ち不可避だから……。

 神様の推薦があるうちに成仏したいなって』

 

『それな』

 

は~、この使役し甲斐のない亡霊共め!

中には大工やら釣り人やら、馬借などのスキル持ちの亡霊も多くいたため、さっぱり成仏されると惜しい気持ちもある。

が、それでも未練のない亡霊を縛り続けることほど悪いこともないので、涙を呑んで冥府や天の国へと送り出していくことにした。

 

『……我らのために、泣いてくださってくれてありがとうございます』

 

『うう、イオ司祭……最後までお世話になりましちゃ!』

 

『っく!こんな死してなお、最後まで我らを思ってくださるなんて、我ら一生の悔いなし!

 イオ司祭とギャレン村の人々に幸あれ!!』

 

うわぁあああん!!レア技能亡霊~!

せめて、一人くらい残ってくれてもいいじゃないかさ~!

まぁ、それを口に出したら、冥府神司祭として失格なので口には出さないが。

それでも、視界が潤んじゃう。

死霊術師だもん。

 

『う~ん、こういうの見ると私もな~、今のうちに成仏したほうがいいかもとか思っちゃうな~』

 

「お、お父さん!!」

 

『あぁ、安心しろ。

 パパはまだ成仏しないぞ?

 少なくともアリスが結婚するまでは』

 

そして、愛弟子とそのパパ霊コンビよ。

そのセリフはいろいろとまずいぞ、少なくともアリスの行き遅れフラグ的に。

まぁ、まともな結婚をあきらめている自分ほどではないが。

 

「ふん、まったくお前は相変わらず甘ちゃんだな。

 成仏させるのが惜しければ、契約なりなんなりで縛ればいいものを。

 そんなんだから、お主のまともな使役霊は一向に増えないのだ」

 

そして、持ち霊たっぷりの兄弟子は、こちらの内心を見透かしながらそう言ってくる。

でも、兄弟子、その手段はよっぽど実家が太いとか、特別な家庭事情でもないとできませんよ。

 

「しかし、それでもまぁ、雑に使える使役霊が増えただけまだよかったではないか。

 それに、そこそこ有能そうではないか」

 

「あぁ~、あいつかぁ……」

 

そうして自分は、しぶしぶその自分の持ち霊のいる方向へと視線を向ける。

 

『あああぁああ!!なんで、なんで私は天の国に行けないのよぉ!!!』

 

『冥府でもなんでもいい!!さっさと私を楽にさせなさいよ!

 もう十分地獄は見たでしょ?』

 

『え?流石に余罪が多すぎて、冥府ですらお断り?

 折角だから、使役霊として、罪を浄化しろ……ですってぇ!?』

 

『いやよいやよ!

 人のために働くのはまだしも、こんな王国民の利益や私達を殺した奴の言いなりになりたくは……ぎゃああぁあああ!!!!!』

 

かくして、死してなお天罰を喰らったことで、霊体そのものに聖痕の付けられた亡霊。

いつぞやの女盗賊と女騎士の合いの子的な何かが、自分の使役霊にさせられてしまったのであったとさ。

 

『っく、こんな恥辱を受けるくらいなら、ころせ!!』

 

「いや、あなたはもう死んでいるでしょう」

 

「……クーリングオフしたい」

 

さもあらん。

 



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第47話 偏に教育に悪い

「というわけで、今日からあなたの名前はクッコロ!

 よろしくね!」

 

『ふざけんな!そんなふざけた名前など……んがぁあああ!!!

 ほわ、ほわ、おほおおおおぉぉぉぉぉ♡♡』

 

『わたひのなまへは、くっおほぉ♪ですふぅぅ♡

 よろひくお願いひまひゅうぅぅぅぅぅ♪♪』

 

というわけで、死霊術師とし新しく加わった元女騎士系女盗賊。

罪霊故に名前も剝奪され、元の地位も失う。

まぁ、かわいそうと思わないわけではないが、それでも記憶や人格まではそこまで剥奪されていないわけで。

さらには、真に彼女に同情するのならば、それこそ彼女の罪を軽くさせるべくできるだけたっぷり働かせてやるべきなのだろう。

 

「で、クッコロ、元罪深き女盗賊よ。

 結局お前は何ができるんだ?」

 

『ひゃ、ひゃぃぃ……♡

 わ、わらひは、馬に乗ってぇ、戦うことができまふぅ♡

 もちろん馬以外にも、亜竜や陸鳥もぉ、あ!男に乗ってだまし討ちなんかもできまふぅぅ♪♪

 あはははははは!あへへへへへ♪♪』

 

う~ん、なんというブラックジョーク。

霊体なのに、全身から汁という汁を出しながら、下ネタ混じりに特技を報告してくる女騎士亡霊という実にひどい見た目にうんざりしつつ、操魂術による手綱は外さないでおく。

 

「……師匠、師匠って、やっぱりそういう趣味なんですか?」

 

「そういう趣味があるのは否定しないけど。

 私がこんなマニアックな光景を見たいがために、こんなことしていると思う?」

 

「ごめんなさい、師匠」

 

分かればよろしい。

一般的に本人の意に反する操魂をする場合、ある程度の副作用というか、痛みやらなんやらが生じたり、または()()()生じさせて操りやすくするのが一般的ではある。

で、その時に相手の魂の性質を見抜き、またはその用途に合わせてどんなふうに操るか、どうすれば効率的に操れるかが操魂術の腕前が問われるところではあるのだ。

そして、今回の女騎士モドキであるクッコロはどうやら生前に戦闘訓練を受けていたせいで、痛みやストレスに対してはそれなり以上の耐性やら、むしろ痛みを受けすぎると強く反発する性格であるとわかった。

 

「だからこそ、その逆に快楽や誘惑に耐える訓練は、特にされてないみたいでな。

 そういう方向で操れば、少ない魔力でも、こんな風に簡単に操れちゃうわけだ」

 

空中で頬を染めながら腰を怪しげにくねらせている変質者霊は無視して、あくまで授業の一環であるかのようにアリスにそう説明した。

 

「……というか、まぁ、堕落して盗賊始めるような性格の霊が、快楽に弱くないわけないですよね」

 

「それな」

 

アリスちゃんも目の前にいる変質者亡霊が、あくまで効率化のためだとわかってくれたようでなにより。

まぁ、快楽による操魂制御を生きた人間に対して使うのは、陰の魔力由来の術ゆえに使うのが困難なのがまだ救いといえるだろう。

 

『う~ん、こわい。

 しかし、それでも心さえ強ければ問題ないのだろう?

 なら私には効かないだろうから無問題だな!』

 

「あ、お父さんは絶対気を付けてくださいね?

 というか、元々村で複数の女性とそういうことしているお父さんこそ、この術で一発だと思うので。

 あの花びら大回転?とやらをしている姿、正直私嫌いなんですよね」

 

『!!!?!?!?』

 

どうやら、弟子とその保護者の間で絆破壊が起きたようだが、流石に家庭事情に深くかかわる気もないので今回はスルー。

というわけで、アリスに死霊術の恐ろしさの教材として、軽い資料になってもらった後に、さっそくこのクッコロをどのように運用するかについて考えることにした。

 

「で、どうすればいいと思う?

 実際に殺し合ったんでしょ?

 この人の強さはどのくらいだった?」

 

「えっと、その……それはそこにかつてのあの盗賊の亡霊がいるってことでいいの?」

 

というわけでまず初めに聞きに行ったのは、ヴァルター。

一応ヴァルターはコイツを正面から倒したがゆえに、こいつの戦闘力について詳しいだろう

 

「まぁ、あくまで結構強い方って印象かな?

 あの時は、半分くらい怒りで剣にしろ槍にしろどっちも鈍っていたけど、それでもその殺意や刃速はかなりの物。

 とりあえず、並の守衛程度相手なら問題なく無双できるんじゃないかな?」

 

「特に、騎乗での戦いのうまさはかなりのものだね!

 なんなら、並の騎士相手でも無理なく打ち倒せるくらいなんじゃないかな?」

 

「え?僕やトガちゃん相手?

 ははは、まぁ、足止めくらいにはなるんじゃないかな」

 

う~ん、このなかなかの自信っぷり。

とはいうものの、実際ヴァルターの剣士としての強さは折り紙付きであり、少なくともこの村に来てから、まともに打ち合いで負けた光景など見たこともない。

 

「でもまぁ、僕やトガちゃんとも流派の違う剣だったからね!

 実際模擬戦もしたほうが、イオちゃんもわかりやすいだろうし、実際今ここで一戦やってみるかい?」

 

提案はありがたいけど、流石に今回それは遠慮しておく。

流石にまだ制御が甘いせいで、万が一の殺さないような手加減は、機械的な動きのくそ雑魚か、アヘ顔絶頂剣のどちらかという実にひどい状態になりかねない。

まぁ、それでも死霊術の危険性を周知させておくのなら、ある意味では好都合かもしれないが、それでも流石にこの危険性は方向性が違いすぎるだろう。

 

「とりあえず、対人戦だとぼちぼちよさげだということはわかった。

 でも、対獣や対魔は?」

 

「さぁ、流石にそこまではわからないけど……さすがにあれぐらいの腕があって、全く歯が立たないってことはないんじゃないかな?」

 

まぁ、それはそうだろう。

 

「で、どうなの?」

 

『はぁ!な、なぜ私が貴様にそんなことを言う必要が……。

 あっ、あっ、あーあーあー♡♡

 で、できまひゅ、やりまひゅうぅぅぅ♪♪やらへてくだはぁぁい♡♡

 だから、もっと、もっとご褒美をぉぉぉ♡♡』

 

できるようだ。

でもまぁ、本人申告ほど信用できないものはないため、適当な依頼でたしかめる必要があるだろう。

というわけで、さっそく私はこの新人ならぬ新霊の強さを確認するために、久々に酒場に冒険者のための依頼を受注しに行くのでしたとさ。



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第48話 迫りくる牙

――ともすれば、それはフラグであったのだろう。

 

司祭になったから。

村の英雄になったから。

強大な吸血鬼に認められたから。

 

ダンジョンで成果を上げたから。

産業が上手くいったから。

弟子をいい感じに誘導できたから。

 

魔王軍の大幹部を倒せたから。

神からのクエストを完遂したから。

自分の要塞となる教会や工房の確保に成功したから。

 

そういう立て続けの無数の成功体験により、最近の私は調子に乗っていたことは認めよう。

強大な敵も準備すれば突破できるものであり、あるいは()()()()()()問題なかったかもしれない。

慎重さは大事だが、()()()はそれを凌駕するほどの成果を発揮し、悩むよりも手足を動かしたほうが良い。

 

そんな、死霊術師として、いや、学術系魔術師としては最低の思考を持ってしまったが故の悲劇だ。

 

『むぅ?その依頼か?

 確かに手頃といえば手ごろだが……。

 詳細があまりわかっていないからな。

 受ける奴がほとんどいないんだ』

 

シルグレットの酒場にて、ちょうどいい腕試しの依頼としてもらったのは少し遠出の探索依頼であった。

最近はギャレン村周辺も安全になったため、さらなる開拓を進めたいが、未だに未開な土地がある。

そのために、そんな未開の地で下見と地図作成をするという内容であった。

 

『まぁ、俺としては受けてくれる方がありがたいが……。

 本当にいいのか?今回はほぼお前ひとりなんだろう?

 それに本当に腕試しなら、例のダンジョンにでも行けばいいじゃないか』

 

もちろん、周りの人々もやんわりとは警告はしてくれた。

今回は日が悪いから、いつもの仲間がいないから。

行かない理由も受けない理由も多くあっただろう。

 

『いやぁ、今ダンジョンは新人がいっぱい挑戦しているんでしょう?

 なら私みたいなのが行って、狩場を荒らすみたいなマネをするのはね。

 それに、アリスちゃんもついていくのなら、ダンジョン以外の場所がいいって言っているし』

 

 

しかし、それでも私はその依頼を受けることにしてまった。

あくまで、軽い依頼だから、最近調子がいいから。

そんなあやふやな自信で、あまり準備もせずにその任務へと挑戦してしまったのであった。

 

★☆★☆

 

その任務は初めは実に順調であった。

その場所は一山超えた先にはあるものの、そこまで遠い場所でもなく。

地形の関係で入りにくいし、脱出もしにくい。

ロープを使わなければ移動しにくく、移動には難儀する、そんな場所であった。

 

「おおっ、こんなところに集落……いや、廃村か」

 

「おそらく、自分たちが来る前にあった開拓村か隠れ里的な何かでしょう。

 あ!いくつか鉄製の鍋やらが残ってます!持って帰りましょう」

 

そして、私達はそんな場所で、未発見の廃村を見つけたり……。

 

「うおっ、これは……ダンジョン?

 入口は小さいけど……足跡からは多分森蟻あたりかな?

 まぁ、見張りもいないから、後回しでもいいか」

 

「いやいやいや、そんな雑にスルーしてもいいんですか?」

 

「今はアリスちゃんと自分の2人だけだからね。

 安全性を取って、仕方なし」

 

ちょっとした将来の脅威も発見したりした。

 

「あ!これは、森豆ですよ!

 無事に実ってるなんて珍しい!」

 

「それにあれはアケビですね!

 甘くておいしいので、鹿やら猪がすぐに食べちゃうんですが……こんなにたくさんあるなんて!」

 

そして、豊かな森の実りもみつかった。

移動こそ困難であったが、それでも地図は確実に埋まっていき、目印となる地形やその地の特徴を書きんでいく。

 

「ふぅ、ふぅ!移動やらは大変ですが、それでも収穫があるっていいですね!

 それに、予備の鉄鍋が手に入ったので、これで調合の自主練もできるはず!」

 

初めての本格的な冒険と、その成果にややテンションの高いアリス。

しかし、残念ながらこちらはそれどころではなかった。

 

「……土地のわりに陰の魔力があまりに少なすぎる。

 しかも、廃村なのに死体がなく、この辺に亡霊がほとんどいなさすぎる。

 あれは単に、村から無事に脱出したからだと思ったけど……。

 これはもしかしてまずいか?」

 

地面にそっと手を降ろし、第六感を広げる。

できるだけ、周囲を刺激しないように広げたそのわずかな感覚でさえ、この地が不自然であることをこちらに告げてきた。

 

『……大型の肉食哺乳類の跡はなく、それなのにシカやイノシシの気配はない……。

 イオ殿、もしかしたらこれはまずいかもしれん』

 

今回もアリスについてきている、アリスパパ入りの藁人形がこちらの意見に同意してくれる。

 

『……』

 

「そういえば、お前は昔からこの辺に住んでいるんだよな?

 ならこの元凶について何か知っているか?」

 

『……ふん、心当たりならいくつかある。

 が、不確定なことを言うわけにはいかん。

 それにできるならお前らには情報を与えたくは……んぴぃ♡』

 

そして、今回のクエストにつれてきたクッコロにも、何か心当たり自体はあるようだ。

もっとも、今は少しでも魔力が惜しい上に、もしも自分の予想が正しければ、彼女を死霊術で尋問すること自体、よろしくないことになるかもしれないと思い、その場では深く探りを入れなかった。

 

「アリス、どうやらここはやばい場所かもしれないから。

 早く逃げるよ」

 

「え?」

 

此方の真剣な表情に気が付いたのか、アリスは不思議そうな顔でこちらの表情をうかがう。

そんなアリスをよそに、手早く地図をしまい、騎乗用の死霊を呼び出す。

イラダ地方に来てから久々の、陰の魔力の不足と素材となる土がほとんど骨組みとして役に立たないことにいら立ちを感じながら、その中身がスカスカの屍馬に跨る。

が、どうやら、これは悪手であり、これが最悪の事態を引き起こしてしまったと気が付いてしまった。

 

「……!!」

 

突如、周囲から発せられる無数の獣の叫び。

それは、やや甲高くもあるが、鳥とも獣とも違う叫び声であり。

がさがさと音と共に、周囲の木々をかき分けながら、こちらに急接近しているのが分かる。

 

『……いかん!これは、思ったよりも……』

 

「……っちぃ!やっぱりそうか!」

 

「え、え?い、一体なにが、どうしたんですか師匠!?

 何が起きているのパパ!?」

 

アリスがこちらの腰に抱き着きながらも、不安げにそう声をかけてくる。

しかし、すでに今は返事をする余裕すらなく、逃走のための最短経路を探ろうとする。

……が、それでも、不幸とは重なるものだ。

 

「……っが!」

 

「え、えぇ!み、道が崩れてます!

 で、でも、ここは迂回すれば問題なくて……」

 

なんと、今まで来た道の1つが崩れていたのだ。

それもつい数分前に通ったばかりの、平時なら問題ないような、この道が通れずとも少し前に戻って小さな回り道をすれば問題ない、そんな程度の小道。

 

『……残念ながら、追いつかれるぞ』

 

「そうだね、今ようやく魔力感知でも察知できたよ。

 ……くっそ、まさか感知範囲でこっちが負けるとは……」

 

その猛烈な速度で近づいてきたのは、巨大な物影。

巨大な牙に、鋭い爪。

鋭くも無機質な眼光と、恐ろしいうなり声。

前世では何回もその姿を見たことがあるはずなのに、この世界に来てから初めて見たその生き物は、大きな叫び声と共にその存在をあらわにしたのであった。

 

「恐竜……いや、こっちの世界風に言えば亜竜か。

 まったく、とんでもない野生動物がいたもんだよ」

 

そうして、その前世では太古の神秘であったその古代生物は、その口から涎を垂らしながらこちらに大口を開けて突っ込んできたのであった。



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第49話 餓食竜

――餓食竜 バグキオス

 

この世界にいる亜竜と呼ばれる恐竜の一種であり、巨大な体と硬い鱗をもつ。

分かりやすく言えば、二足歩行する中型の恐竜といった所だろうか?

大きさはクマよりは大きいが、20mを超える様な超大型の恐竜ほどではない。

もう少し言えば、少し前に戦った吸血鬼竜よりも小さく、空も飛べないといえば、その脅威度が分かりやすいだろうか?

 

――しかし、だからと言って、こいつが弱いわけでは決してない。

 

「っちぃ!くらえ、『悪霊弾』!!」

 

目の前に現れた、その亜竜に向けて懐から取り出した管に入った悪霊を呼び出し、それを魔力と共に、その恐竜に向けて発射する。

 

――ぐぎゃああぁあああ!!

 

しかし、残念ながら、自分の放ったその悪霊入りの魔力弾はその恐竜の鱗にあっさりと弾かれる。

そして、まるで何もなかったかのようにその弾幕を無視して、こちらに突っ込んでくる。

 

「ぐぅぅ、やっぱり効かない!

 ならば、いでよグール共……んぅぅぅ!!!」

 

弾幕が効かないならば、肉盾を用意する。

そう思い、今度は自分の使役霊たちに魔力と土塊で体を与えようとするが、それもあまりうまくいかず。

そもそもこの辺の土には、陰の魔力だけではなく、その依り代となるのにふさわしい大型動物の死骸すら存在せず。

そのせいで、中身がスカスカのほぼ土塊に魔力と霊を混ぜただけの簡易のグールしか創造することができなかった。

 

――ぐるるるるる!!

 

そして、そんなグール共では、当然この巨大な暴力である恐竜相手にまともに対抗できるわけもなく。

体格と力の差からあっさりと丸のみにされ、次から次へと丸のみにされてしまった。

 

「物理がダメなら、せめて呪術で……

 【操魂術・痛】!!」

 

それでも、そのグールたちはデコイ程度には役に立ってくれたため、その間にこの亜竜に有効な手段を探るべく。

今度は操魂術による魂の操作や肉体の痛みによる怯みを狙う。

 

「師匠!援護します!!!

 【腐敗】」

 

そして、アリスも見ているだけではいけないと気が付いたのだろう。

かつて無数の盗賊どもを跳ね除けた、菌の成長促進の呪術を亜竜に向けて放ってくれた。

 

――ぐるぐぁぁああああ!!!

 

「……っん!これは、弾かれ……。

 いや、痛みに気付いてない?まじか!?」

 

「んにゃぁ!!は、発動しているのに……。

 全然効いている様子がありません師匠!」

 

『う、う~ん、一応ここから見るに、亜竜の口内に少しだけキノコが生えたり、鱗がくすんだりしているけど……。

 あの巨体だと、ほぼ関係ないのだろうな、うん。』

 

が、残念ながらどちらも効果はないようだ。

アリスの腐敗に関しては、相手が巨体すぎる上に、その生命力の強さゆえ。

操魂術に関しては、そもそも距離が開いた相手に通じる術でもない上に、痛みを与える方の副次効果も効いている様子はない。どうやら、亜竜とは痛みに鈍い生き物のようだ。

常人なら、微弱であっても暴れ回るような魂と肉体が乖離する痛みも、亜竜の間ではないも同然の痛みらしい。

 

――ぐるるる?

 

「やっば、ならば……

 【操魂術・色】!!」

 

ならばと毛色を変えて、痛みではなく快楽方向で目の前にいる亜竜を制御する術を発動する。

此方ももちろん本来なら、生きている生き物に発動する術ではないし、遠距離故に効果は薄いはずだが……。

 

――くるるるる……。

 

どうやら、こちらの方はまだ効果があったようだ。

目の前でグールの踊り食いを続けて、今なおこちらに突っ込まんとばかりしていたその亜竜は、まるで恍惚としたかのように動きを止めたのであった。

 

「よーしよーし、これなら多少は意味があるな。

 というわけで、頼むぞ!トガちゃん!!」

 

『……っぎ!』

 

もちろん、そのようやく生まれた貴重な隙をついて、今自分の持っている使役霊の中でも、もっとも強力な霊であるトガちゃんを()()()()()を込めて、呼び起こし、剣を持たせて、その動かない亜竜に向かって走らせる。

 

おそらくもしこれが、自分とこの亜竜のタイマンであるのならば、これで勝負をつけることができたであろう。

 

―――るおおおぉぉぉ!!!

 

しかし、相手は()()いたのだ。

 

「くっそ、もう追いついてきたのか!!

 トガちゃん!」

 

『……ぎぃ!!』

 

動けなくなっている亜竜に、トドメを刺そうと突っ込んだトガちゃんに向けて、横から飛び出してきた別の亜竜がそれを阻止する。

むしろ、逆に仮初の体に詰められたトガちゃんを丸のみにせんと、彼女を追いかける始末だ。

そうして、そんなに時間をかけていると、他の群れの仲間も集まってくるわけで……。

 

――クルルル…。

――グルルルル……!!

 

3匹目と4匹目の亜竜までもが、この場に集まってきてしまった。

すでに、こちらはトガちゃんの制御に足止めのグールの増産、1匹目の亜竜の足止めのための操魂術で手いっぱいなのだ。

これ以上の術の同時使用は不可能である。

 

「し、師匠……」

 

このままでは絶体絶命。

アリスが不安そうな表情でこちらのローブの裾を握りしめてくる。

間近に迫る圧倒的な暴力と死の恐怖、久しぶりに血の気の引く思いがする。

 

「……安心しろ、アリス。

 手段ならまだある」

 

「……。」

 

「それに、少なくともこれだけ相手していると、こいつらについて、わかったことがあるからな」

 

「……ほんとうですか!」

 

「ああ、もちろん……というわけで、戻れ!

 トガちゃん!そして、グール共!!」

 

そのセリフと共に、足止め用のグールとトガちゃんを素早く管の中に戻す。

そして、そのままにもう一つの、今回の目的である霊を呼び起こす。

 

「というわけで、いけぇええ!!

 クッコロ、フルパワーわぁああああ!!!!!」

 

『な、え、おおおおおおぉぉおお!!!!』

 

その言葉と共に、今回連れてきたもう一人の期待の新人である使役霊、クッコロを鎧霊として呼び起こす。

依り代は、土塊だけではなく、魔石や彼女の遺骨の一部を使った贅沢仕様!

さらには、肉や骨、魔力回路など細かい部分もイメージ。

 

『こ、この体は……もしや生前通り。

 い、いやそれ以上の強さを感じるぞ!!』

 

かくして、目の前に現れたのは、かつての人だったときのクッコロの姿。

やや顔色は悪いが、それでも人としての肌や肉に骨、さらには武器すら持った人だったときの彼女に限りなく近い、クッコロの姿であった。

 

「冥府神の司祭にして、貴様の主である我が命じる。

 亡霊クッコロ、その身が尽きるまで、あの亜竜どもを狩り続けよ」

 

『はっはっは!力が、感覚が、魔力が漲るぅぅ!!!

 今の私ならだれにも負けないぞぉおお!!!!』

 

――ぎゃぁぎゃあ!

――ぐるるるる!!

 

膨大な魔力により蘇り、声を大にして叫ぶクッコロ。

彼女の異変やその身に秘められた膨大な魔力に気が付いた亜竜たち。

当然、亜竜の狙いはクッコロのほうへと変わり、彼女の方へと突進。

クッコロもその亜竜たちを迎え撃たんとばかりに、その亜竜の群れの中に突撃するのでしたとさ。

 

 

☆★☆★

 

なお、両者の決着はすぐであった。

 

――ぐるあ。

――ぐるるる。

 

『うぎゃああぁあああ!!!

 亜竜つえええぇええ!!というか、人間一人で亜竜に勝てるわけがないだろ馬鹿野郎!

 あ!やめ、腕を食べないるな!武器が握れなくなっちゃうだろ!』

 

なんと、そこには複数の亜竜から全身丸かじりにされるクッコロの姿が!

 

「えっと、あれはいいんですか?」

 

「うん、まぁ、所詮あれは足止めだし。

 ほら、クッコロにつけた【無限再生】で時間が稼げている間に、さっさと逃げるよ」

 

かくして、クッコロに注ぎ込んだ膨大な魔力による無限生肉作戦により、その恐竜どもから、いったん逃げることについては成功したのでしたとさ。

 

『そっちはだめぇぇ!!というかおほぉ♡

 なんで、痛いはずなのに気持ちいいのぉぉぉぉ♡♡』

 

「……師匠……」

 

「いや、流石に殿させるのに、痛いだけだと可哀そうかなって。

 ちょっと痛みを快楽に変更しただけだから」

 

さもあらん。

 

 

 

 



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第50話 即物的な聖なる誓い

――Q・か弱い女の子供を引き連れて、まともに魔術をつかえない状態で、恐竜の巣から逃げきることができますか?

 

A・普通に考えて無理。

 

 

「ほら、いったん水出したから。

 息を整えて、ゆっくり飲んで」

 

「はぁ、はぁ、す、すいません師匠……。

 私が未熟なばかりに……」

 

「はいはい、謝るのはいいから。

 それよりもこぼさずに飲んでね」

 

というわけで、現在私たちがいるのは先ほどの恐竜が集っていた場所から少し離れた場所にある、小さめな洞窟。

そこの入り口付近にて、全力疾走したことにより息を上げてしまったアリスのために一息をついているところだ。

はじめての冒険に死の恐怖、呪術という力を手に入れてもなお超えられぬ壁。

おそらく、今の彼女は信じられないほどの心理的ストレスが溜まっているだろう。

 

「わ、わっぷ……!!」

 

「はい、いい娘、いい娘~♪

 大丈夫、大丈夫だからね」

 

なので、彼女を強く胸元に抱き留めることにする。

残念ながら、現在は安心のための呪術は使えないが、それでも聖痕跡と香水の力を使えば、荒れ狂う幼娘の心を落ち着かせることぐらいはできるはずだ。

 

「う……あ……♪

 おっぱ……おパ……♡」

 

なんか、調子に乗って胸も揉みに来てるが、それでも先ほどまでは冷え切っていた彼女の指先が、こちらの胸を触る程度で活力が戻ってきているのだ。

まぁ、なんかいけないものに目覚めさせている気がしなくもないが、それでも活力が戻ったのならなによりだ。

 

「ふぅ、ありがとうございます!イオ師匠。

 おかげでなんとか、平常心を取り戻せました!」

 

うんうん!どうやら元気になったようで何よりだ。

だから、いったん私の胸からその手を離そうか?

 

「それに、よく考えたら、すでにあの亜竜たちからは結構距離を離していますからね!

 なら、もう、あの亜竜たちの脅威はすでに去ったはずです!」

 

アリスが元気そうにそう声を上げる。

どうやら、彼女が再び冒険者としての心を取り戻せたようで何よりだ。

しかし、それでも残念なことに彼女のその発言には重大な間違いが含まれていた。

 

「残念ながら、あの亜竜の脅威はまだ去っていないよ?

 というか、あんなのはただの時間稼ぎだから。

 私の予想なら、そろそろクッコロの無限再生も時間切れになっていて、そろそろあの亜竜たちも私たちの追跡を再開しているはずだよ」

 

「えぇぇ……」

 

自分の発言にアリスが涙目になってしまった。

 

『そうだぞ?のんびりしている暇はないぞ?

 我が娘アリスよ、亜竜は優れた嗅覚と聴力を持っていると聞く。

 逃げたこちらの匂いをたどってくれば、我らに追いつくのも時間の問題だろう』

 

「ああ、それとあの亜竜はおそらく【魔力感知】もできるっぽいよ。

 あの亜竜達と戦ってわかったのは、あいつらは【高い魔力】を発する物や、高位の魔術を行使するたびに、その魔力の高い物を優先して襲い掛かってくるってこと。

 だから、探知みたいな広範囲魔術や、大型の死霊召喚みたいな高位の魔術なんて使ったら、即座に場所がばれちゃうよ」

 

『ほ~!そうなのか。

 私はアイツの異名で、【邪教徒殺し(カルト・キラー)】なんて言われ方があると聞いていたが……。

 どうやら、その異名もおおむね間違いではないようだな』

 

「まぁ、見たところ、邪教徒(カルト)どころか、どんな動物も土塊グールすらペロリなんだけどね。

 この周辺に動物の死体や骨1つ残っていない理由がよくわかるよ」

 

アリスの父の亡霊と合わせて、少しずつ件の亜竜の情報についてまとめていく。

そのおかげで、ここまでくる道のりのやけに綺麗すぎる森の様子や、悪霊一匹見かけない不気味すぎる空間の正体をようやく把握することができた。

この現象は、おそらく、この辺の森がすべてあの亜竜のテリトリーだからというものだ。

あの亜竜がこの森に発生する大型動物の死骸をことごとく土ごと丸呑みにしてしまうせいで、悪霊が発生する依り代となる陰の魔力が込められた土や生き物の骨が森の中に残らないからなのだろう。

 

『う~んなんという環境に優しい亜竜なんだ!

 まさに戦神の使いの名にふさわしいな!』

 

「私は善神の司祭なのに、容赦なく襲われるんですけどね」

 

『それは君が、死霊術師だからじゃないかな?

 それに、全身柔らかくておいしそうだし』

 

「いや~ん♪なんというセクハラ!

 さすがに、愛弟子の親御さんと言えど、成仏させますよ?」

 

『おっと、そんなすごい奇跡魔法を使ったら、それで亜竜が寄ってきちゃうじゃないか!

 せっかく逃げてきたのに、本末転倒だぞ?』

 

「おお!それは失敬」

 

「『HAHAHAHAHA!』」

 

「わ、笑っている場合じゃないでしょう!?」

 

そんな風にアリスの父の霊と、仲良く情報整理をしていたが、どうやらアリスには不評だったようだ。

でもアリスちゃん、突っ込みを言い訳に、さりげなくこっちにパイタッチするの、地味にセクハラでは?

しかしながら、こんな主従あわせて愉快な光景だが、実際の今の状況はなかなかに絶望的である。

体は疲労困憊、魔力は先ほどの無限再生囮用のクッコロを出したことで、すでに半分以下。

魔力触媒をはじめとする、事前準備も当然お粗末。

その上、愛弟子のアリスはおっぱい星人ときたもんだ。

 

「そ、それは関係ないでしょうそれは!」

 

『そうだぞ、おっぱいは男も女も好きだからな。

 だろう!我が娘アリスよ』

 

「ぺっ」

 

『娘が冷たい!』

 

しかしながら、それでも希望がないわけでもない。

アリスは未熟ながら呪術師ではあるし、幸いこの地は陰の魔力が薄いため、大規模な奇跡でもなければ、奇跡魔法を使用してもあの亜竜たちにはばれないだろう。

それに……。

 

「ねぇ、アリスパパ。

 アリスパパはあの亜竜について詳しいけど、もしかして……」

 

『ああ、一度あいつらを狩ったことはある。

 もちろんその時の数は一匹だが……、死なないならいくらでもやりようはあるさ』

 

人形の中に宿りながら、それでも狩人としての特有のオーラを発しながら、そう力強く宣言する。

 

「クッコロ」

 

『……ふん。今回は残念ながら後れを取ったが……。

 あいつらは、何回か私たちのアジトに襲撃して来たことがあるからな。

 準備さえできれば、きちんと倒すことができる』

 

死に戻りが終わったであろう彼女も、呼び寄せると未だその瞳には強い反逆と復讐に燃える意思を感じる。

どうやら彼女の闘志は十分なようだ。

そうだ、どのみちここから村に戻るには、途中で山を登るなどをしなければならず、遭遇は必然。

ならば、未だ余裕のあるうちに、あいつら全員を迎え撃つべきなのだ。

 

「……というわけで、我が弟子アリスよ。

 ……ここを生き残るために、冥府神のパラディンにならない?」

 

「ふえ??」

 

そのことを告げた時の、アリスの小さく口を開けた、きょとんとした顔が印象的であった。

 

★☆★☆

 

洞窟の入り口からこぼれる光が、辺りを照らす。

周囲の粉塵やほこりが、洞窟内の静かな陰の魔力と太陽光からの暖かい陽の魔力と入り混じり、きらきらと周囲で瞬いた。

 

「……はい、これでアリスちゃんは、冥府神様の信徒の仲間入りしたはずだよ。

 おめでとう」

 

「え、えっと、本当にこれで問題ないんですか?」

 

その光の魔法陣の中心にいたアリスが、おどおどとした声でこちらに尋ねてくる。

おそらく彼女は未だ実感がないだろうし、確かにこれで何かアリス自身が変わったかと言われれば怪しいところはある。

 

「安心していいよ、これはただの【洗礼】だから。

 アリスちゃんが、死霊術師としても、冥府神様に文句を言われない。

 そういうおまじないみたいなものだから」

 

「は、はぁ……」

 

自分の言葉を聞き、アリスは不思議そうな様子で自分の五体を確認する。

そうだ、今回自分が行った奇跡【洗礼】の効果は、簡単に言えば、アリスを冥府神の信徒として、入信させる。

そういう効果を持った奇跡である。

もっとも、この場合の入信させるとはあくまで、役所の仮届みたいなものであるし、洗礼されたからと言って、何か強制力のある儀式ではなかったり。

むしろ、アリスを信徒として冥府神の信徒として勝手に認めた私が、アリスの行動に色々と責任を負わなくなきゃいけなくなるという実にめんどくさい奇跡であったりする。

 

「でもまぁ、これがあれば、アリスちゃんが死霊術を使っても、【私と冥府神様が許す限り】は、世間的には問題がなくなるというわけだよ。

 ……少なくとも、善神の教えとしては、ね」

 

「……!!」

 

自分の言葉に、アリスはわずかにつばを飲み込む。

今まで彼女が欲していた父を蘇生するための死者蘇生。

それがついに、現実のものとして、手に届く範囲に近づいたという実感がわいてきた。

 

「……いや、いまさらになって父を完全蘇生したいなんて、思いませんが」

 

『あ、アリスちゃん!?』

 

「いやだって、よく考えたら割とセクハラ親父ですし、最近はギャレン村に馴染んできましたし、そんなことしなくても師匠のおかげで父と話すことができますし。

 なら、いまさら、父を違法に蘇生して、余計なリスクは負いたくないなぁと」

 

『ですよね~。

 まぁ、パパもいまさらそんなことされても困る』

 

まぁ、今のアリスちゃんなら、死霊術を教えても悪用しないだろうという合理的な判断の下での洗礼だ。

しかしそれでも、今のアリスちゃんなら、いやアリスちゃんだからこそ、できることがある。

 

「というわけで、アリスちゃん。

 死霊術のファーストレッスンだ。

 さっそく君のお父さんを、使役霊として蘇生させよう」

 

「……!!」

 

アリスが驚いた顔をする。

 

「え、えっと、それは可能なんですか!?

 そ、それに、まだ私、呪術は学んでいても、死霊術は全然……」

 

「安心して、アリスちゃんに渡しているアリスちゃんのパパが入っている藁人形は、すでに陰の魔力を込めるだけで不死者として蘇生できるようにしてある」

 

そう、実は日ごろからアリスにつけているアリスのお父さん入り藁人形は、一見簡易のものに見えて、死霊術の触媒としてはかなりのものだ。

その体には、無数の触媒や彼の遺骨が使われ、更には、無数の死霊術式を仕込んである。

 

「う、うう!で、でも、今はまさに危険な状況なんでしょう!?

 あの亜竜達を何とかしなきゃいけないんでしょう!?

 な、なら、私がパパを蘇生させるんじゃなくて、師匠がパパを蘇らせた方が…」

 

もじもじとしながら、アリスはこちらに向かって言い訳をする。

確かにアリスの言う事は一見もっともではある。

しかし、死霊術師としては、つながりが深い霊のほうがより万全な状態で呼び出すことができるし、アリスという血縁者自体が父を呼び出すための強力な触媒になりうるのだ。

おそらく、今の地上で魔力量や死霊制御云々の話を抜きにすれば、もっとも彼女の父を蘇生させる適性を持っているのはアリスだといえるだろう。

 

「それに、死霊術、いや魔術において大事なのはそのイメージだ。

 アリスちゃんの考えるパパは、あの亜竜達に負けるような弱い存在かい?」

 

それに、なによりも、死霊術師が一から蘇生するために、最も重要なのは完璧なイメージだ。

陰の魔力という不安定な土台で肉体を作りながら、それでも人としての形を保ち、人の魂が宿るにふさわしい器を用意する。

今この状況で、アリスの父というイメージを完璧に作り出せる存在が、彼女以外にいるだろうか?

 

「え、え、え~……。

 お父さんが本当に強いかに関しては、少し微妙かもしれません。

 お父さんはエッチだし、女性に弱いし、吸血鬼に人質を取られただけで降伏しちゃいますし」

 

『うぐっ』

 

「……でも、そうでない相手には。

 獣やただの盗賊相手には、お父さんは絶対に負けません!

 それこそ、師匠たちレベルの相手でも」

 

『……!!』

 

アリスが、自分の父の霊が詰まったその藁人形をまっすぐ見つめながら、そう宣言する。

その眼には強い意志と確固たる信頼が。

残されてなお父を信じる娘の想いと、死してなお娘を思う父の想いが交差する。

2人の覚悟が決まったのを確信し、私はアリスの肩に手をかける。

 

「それじゃぁアリスちゃん、さっそくお父さんに魔力を分けてあげようか。

 安心して、導線や注ぎ方は私がサポートするから。

 アリスちゃんは、ただ私の魔力を感じながら、お父さんの姿をイメージすればいい。

 ……そう、絶対に負けない、アリスちゃんのパパの姿を」

 

かくして、アリスは目をつぶり、その人形に向かって魔力が注がれる。

すると、ふわりと人形が宙を浮かび、陽と陰の魔力が宙に交じり合う。

土塊が浮かび上がり、魔力が形を作る。

泥水が血となり汗となり、石灰が骨膜になり、石英は眼球に。

まるで出来損ないの人体模型が、無から組み上がるかのように一人の男が製造されていき、その形を作る。

そして、仕上げとばかりに、その裸体の男に、土塊と思い出でできた鎧と剣が装着され、ゆっくりと彼が眼を開ける。

 

「……あ」

 

「……はは、久しぶり、というのはおかしいかなアリス。

 久しぶりのお父さんだ」

 

かくして、非常に危機的な状態であるのにもかかわらず。

アリスは涙を浮かべながら、仮初とはいえ、蘇った父に抱き着きに行くのでしたとさ。

 

 

☆★☆★

 

 

なお、数刻後。

 

「というわけで、今から早速あのバグキオスを狩りに行くわけだが……。

 まぁ、流石に正面からでは分が悪いし、色々と策を練ってから狩りに行こうと思う」

 

「え~」

「え~」

「っへ」

 

「いやいや、流石にみんなにそんな顔されても、パパ一人で亜竜の群れを同時に相手をするのは無理だ!

 でも、イオさんやクッコロさん、さらにはアリスの協力さえあれば、多分、おそらく。

 ……まぁ、悪くない確率でなんとかなるかもしれない、と私は思うわけだ」

 

「まぁ、道理ではありますね」

「パパ、情けな~い」

「っけ、勝手に頭数に入れやがって」

 

「というわけで、亜竜の群れ討伐作戦、その1。

 まずは、奴らの鼻をごまかすため、そこで見つけた奴らの糞を全身に塗りたくってもらう。

 安心しろ、あいつらの胃腸は強いからな、糞はほとんど消化され切ってるから、ほとんど無臭だぞ!

 すくなくとも、人間には、な」

 

「うわっ」

「パパ、いきなり女の子にうんこ被れとか、サイテー」

「……おい、やっぱりこいつの言う事信じなくてもいいか?

 というか、いっぺん殴らせろ」

 

「し、しかたないだろ!

 こ、これ、わりと鼻が利く獣相手にはそこそこ有効なんだから!

 そ、そんな目で見ないで!ねぇ、これ本当に俺が悪いの!?」

 

なお、アリスパパの言うとおり、本当にバグキオスのウンチはほとんど無臭で、土と太陽の匂いしかしませんでしたとさ。

さもあらん。

 

 

 



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第51話 私の考えた最強にかっこいいパパ

――彼は、実は自分が人として凡才であると自覚していた。

 

男としては身長は低めで、筋肉はつきにくい。

脚の短さから足もそこまで早くはなく、かといって身軽さを生かすにも、反射神経の鈍さが足を引っ張る。

小賢しさを生かすには学が足りず、装備で補うには金も足りない。

魔力なんて感じたこともなく、誇れるものは強すぎる精力と風邪しらずの健康位であった。

 

しかし、そんな彼が小村とはいえ、ストロング村一の冒険者になれたのは、単純に悪運と根気、それと愛のおかげであった。

病弱な妻やその友人、そして愛する娘を、他の村の男に触らせないために。

たとえ、それが命の危機であっても、自分より強大な敵であっても。

彼はあきらめず、どんな困難からでも勝機を見出していたのであった。

 

『それがまさか、こんなことになるとはなぁ』

 

彼は苦笑しながら、自らの体の動きを確認する。

武器に関しては、残念ながら土塊ゆえに、以前自分が使っていたものよりは脆そうではある。

が、それでも力と体の軽さは昔以上で、かつては覚悟を決めなければできなかった、木から木への跳躍も何のこともなく行える。

素手で石を砕け、眼や耳が生前よりもよく。

それなのにまるでそれが当然の様に馴染んでいるこの体は、アリスの考えていた『強い父』としての自分の姿だと思うと、少しこそばゆく感じるのが本音だ。

 

『……こっちは準備できた、貴様は?』

 

そう言いながら彼の下にやってきたのは一人の女の不死者。

かつて自分の住む村を滅ぼし、最後のトドメとなる吸血鬼を手引きした盗賊団の一隊の女頭領。

恨むだけの動機もあるし、憎しみを抱く理由もある、そんな女。

しかし、自分の最愛の娘は生き残ったし、自分の守りたいかつての愛人は無事、さらには、自分と彼女には当時は直接面識がなかったため、残念ながらいまいち恨みを抱けないというのが本音だ。

 

『……ふん、貴様なんだその眼は?

 縛られている身でもなければ、貴様のような軟弱な男など分からせてやったものを。

 運がよかったな』

 

訂正、恨みとかそう言うのはないかもしれないが、それはそうと分からせてやりたい。

具体的に言えば、その体を無茶苦茶にしてやりたい。

あんなに無数に喘いで、何回もこちらを挑発しやがってるくせに、立場というものをわからせてやろうか?

 

『で、貴様の言う策は、本当に効果があるののだろうな?

 ……わたしも、あいつを幾度か相手したことはあるが……あんな弱点など聞いた事がないぞ?』

 

『安心しろ、それに関してはわが身をもって実証済みだ。

 まぁ、討伐した数こそ1匹だけだが、それでも生態がそこまで変わることはないだろうな』

 

どうやら彼女は辺境に住む盗賊団であったがゆえに、何回か集落をあの亜竜に攻められた経験があったそうだ。

しかしそれはあくまで立地や堀などを利用した拠点防衛であり、一対一の経験はないとのこと。

ならば、直接狩りに行く経験は自分のほうが上なのだろう。

 

『もっとも、複数匹を同時に狩るのは初めてだが……。

 ここまで娘に期待されているんだからな。

 いっちょ、パパのすごいところをあいつらに見せてやらないと』

 

かくして、彼は作戦を開始すべく、彼が娘によって渡された強力な匂いと魔力を発する【匂い玉】を炸裂させるのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

―――ぎる、ぎる、ぎるるるるる!!

 

無数の亜竜が大地を走る。

強烈な匂い、それに魔力の残り香を感知してその下に向かって走っていた。

 

『おうおう!相変わらず、すごいスピードとパワーだな!

 おい、まだ無事か?』

 

『残念ながらまだ無事だな!

 おいそれより早く援護をしろ!』

 

そして、追いかけられるのは2人の人影。

クッコロとアリスの父の不死者。

事前に作ってもらった、キノコや腐敗の魔術で作った匂いの元と魔力の元を使いながら、木から木へと飛び移るかのように移動する。

 

『それより、そろそろ追いつかれるぞ!

 次の奴を頼む』

 

クッコロがわざとその移動速度を落とし、亜竜達の目の前へ移動する。

その匂いの元となるものを持ちながら、しかし、それでもギリギリ攻撃が届かない場所へと移動しようとする。

 

――ぐごごごごご!!

 

が、残念ながら、事前に場所こそ厳選しているものの、相手は強靭で巨大な体で亜竜。

木や岩陰に隠れた程度で、安全など確保できるわけもなく。

地面や樹上に隠れたとしても、地面ならば掘り起こされ、樹上ならば叩き落とされるのが常だ。

 

『……だが、その一瞬のスキが欲しかった!!』

 

しかし、それでもその隠れた獲物を引きずり出すために、その亜竜達は、一瞬の隙を生み出すことになる。

そして、そんな隙をついて、彼はその手に握る矢を放つ。

その鋭い矢はその亜竜の鼻先までまっすぐ飛び、そのままその恐竜の鼻腔を貫いた。

 

―――ぐるおおぉぉ!!!

 

『……ヒュー!やるなぁ!

 まさに百発百中とはこの事だな!』

 

鼻腔を矢に貫かれた亜竜が、のけぞり、のたうち回る。

その様子に、クッコロは思わず称賛の声を上げる。

 

『……!!いいから、さっさと移動するぞ!

 また怪我をしているじゃないか!』

 

『なんだ、貴様。お互い死なない身であるのに、私を心配してくれるのか?

 この程度の傷などすぐに回復する』

 

クッコロが亜竜の群れの突進の余波で全身に少なくない傷ができていた。

が、それもすぐに逆戻りの様に治癒し、再び移動を再開した。

 

『で、さて、これで6匹目。

 鼻がつぶれていない亜竜は1匹だな?』

 

『……いや、これで7匹目だ』

 

そうして、彼は鼻が無事である最後の一匹に向けて、走りながら、後ろに向かって矢を放つ。

困難な姿勢に移動しながら、さらには鼻腔とはいえ、竜の肉質を貫かねばならないという非常に難しい条件であるのに、彼の矢はまっすぐ目標へと飛翔し、その役割を果たすことになった。

 

――ぎゃあおおおおおぉぉ!!!!

 

『……おまえ、本当にすごいな。

 というか、お前の矢があって、なんで私たちの先行隊による襲撃が成功したんだよ』

 

『あほか、今こんなことができるのは、あくまで【アリスの考えた父の姿】だからだ。

 本来の俺の体でこんなことができるわけがないだろ』

 

クッコロの畏怖と尊敬の入り混じった目に、思わず笑い声をあげつつ、改めて彼らは自分の射った亜竜の様子を確認した。

そしてわかるのは、その恐竜たちの恐るべき食欲。既に全員主要な五感である嗅覚が潰されているはずなのに、なおも諦めること無く彼らを狙っているのだ。

【毒入りの矢】で鼻を貫かれたことで、嗅覚による追跡ができず、狙いこそあやふやになっているが、それでもなお亜竜達は彼らを丸のみにしようとしてきた。

 

『だが、これならおそらく……!!

 来い!!』

 

そして、作戦の最終段階として、彼はイオから託された最後の1つの不死者仲間を呼び出す。

そして、それは小さな浮遊霊。

ふわふわと宙を舞い、彼らの前を先導した。

 

『よし、よし、よし!

 こい、こい、こい!』

 

『……っぐ!魔力が尽きてきた……

 おい!貴様、私を置いて先に……きゃぁ!』

 

『馬鹿野郎!ここで足を止めたら、作戦が破綻するだろ!

 黙って、おとなしくしてろ』

 

『ひゃ、ひゃいぃぃ……♪』

 

かくして、彼らは鼻の潰された亜竜を引き連れて森を走る。

匂いではなく、音と魔力を頼りに、目の前の獲物を追う亜竜達。

途中、魔力が足りなくなったクッコロを彼が背負うというハプニングがあったが、今の彼の肉体と反射神経は、彼女を支えながらでもなお亜竜の群れから逃げきれるだけの力があった。

 

――そうして彼らが、そのすべての亜竜達を引き連れて、やってきたその場所は……。

 

 

 

 

 

 

『それじゃ、飛ぶぞ!

 口を閉じろぉぉ!!!!』

 

『~~~~~っっ!!』

 

――ぎゃ、ぎゃ、ぐがぁあああ!!!!!!

 

そうして、彼らはその亜竜達を引き連れたまま、高い崖から飛び降り。

鼻をつぶされ、魔力と音のみを頼りに全力で追いかけていたせいで、亜竜は獲物と共に崖から真っ逆さま。

 

――ぐぎ、ぐぎぎぎぎ……!!

 

『お前も俺達と一緒に……堕ちるんだよおおぉぉぉ!!!』

 

――ぎぎゃあぁあああああああ!!!!!

 

1匹だけ、崖のぎりぎりで足を止めるも、不死者である彼の残された体内の魔力を込めた矢が発射。

その一撃を足に撃たれ、毒と魔力の爆発により、最後の一匹も無事に無事谷底へと吸い込まれていくのでした。

 

 

 

 

 



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第52話 おだいじん

「……こうして、私達とお父さんの活躍により、無事に恐るべき亜竜達は、谷底へ真っ逆さま!

 まぁ、それでも運よく数匹は生き残っていましたが、一匹でも欠ければ、あとは私たち死霊術師の土俵。

 師匠が見事のその亜竜の死体を操り、同士討ち。

 恐るべき聖獣と言えども、私達の前では敵なしだったというわけです!」

 

「「「おぉ~!」」」

 

というわけで、時間はあれから早数日後。

現在私たちはあの亜竜の巣窟から無事に脱出し、ギャレン村へと戻ってきていた。

なお、あの森に関しては基本、亜竜達のテリトリーであったおかげか、亜竜達さえ攻略すれば、後はほとんど強敵のいない実に平和な場所であったと言えよう。

 

「ふふふ、やっぱりこう見ると私が冒険者としても一歩先を行っちゃったみたいですね!

 すいませんね!やっぱり親と師匠が違うんで!」

 

「てめ~!そんなこと言いながら、どうせ師匠におんぶにだっこだったくせに~!!」

 

「はぁ!? 師匠が最強なのは認めますが、今回は私も大活躍でしたよ!?

 お父さんを最強の不死者として蘇生し、あの恐るべき亜竜達をバッタバッタとなぎ倒していく!

 あの姿を見せられないのは残念だな~」

 

そして、現在私たちがいるのはシルグレットの酒場。

事前に伝書鳩ならぬ伝書霊を飛ばしていたため、そこまで問題にはならなかったが、やはり亜竜の体やその素材を複数匹分持ち帰るともなると、それなりに騒ぎになる。

というわけで、現在は宴を開きながら、報告会兼アリスによる冒険発表会が行われていた。

 

「……直接見たわけじゃないのか、なら眉唾だね」

 

「はぁあああ!!!!???

 私のお父さんなら、正面からでもあの程度の亜竜を倒せますよ!

 ね!お父さん!!」

 

『ははは、我が娘アリスよ。

 ……さすがに無茶ぶりはやめてくれ』

 

もっとも、アリスが一番話しているのは、彼女と同じ村出身である大半が孤児で構成された愉快な新人冒険者パーティ相手。

やはり同郷の出身として、それなりに話しやすいのであろう。

 

「それにみてください!!!

 今回私はこれをもらったんですよ!」

 

「おおおぉぉ!!こ、これは、卵!?

 もしや!?」

 

「そう!これはあの亜竜達の巣にあった卵です!」

 

「……やっぱりおいしいの?」

 

「な!ば、馬鹿なことを言わないでください!

 ほら、耳を当てて!」

 

「……あ!ちょっぴりだけ音が聞こえる!?

 これってもしや!?」

 

今回の報酬の一部として、亜竜の卵の一つがアリスの手に渡った。それを誇らしげに見せびらかすアリスに対し、皆で驚いたり喜んだりしている。

ある意味では年相応のアリスの姿がそこにはあり、実に微笑ましい光景といえるだろう。

 

「というわけで、この亜竜の素材や卵、さらには地図にはない廃村周囲の情報。

 いくらで買い取る?」

 

「……ふ、ふぇぇぇ、お、お財布、こ、壊れちゃうよぉ……」

 

そんなしょうもないネタをやってもびた一文負けんぞシルグレットよ。

まぁ、そんな風にアリスちゃんたちが微笑ましい会話を繰り広げているのを背景に、こちらも微笑ましい金銭交渉をしようではないか!

 

「正直、亜竜の素材やらなんやらは俺も欲しい!!!!

 あの頭部を額縁に飾って、酒場や宿の飾りとして活用したい!

 でも、ただの酒場兼宿屋の店主に、そんな金はないんだ……ないんだ」

 

悲しそうに首を垂れるシルグレット。

うんうん、わかるよ。男なら亜竜の剥製とか飾って、どや顔したいもんね。

 

「でも、まぁないもんはしょうがないから、こ、今回は涙を呑んで諦める……うぐああぁああ!!!あ、あぎらめ゛る!!が!!!

 それでも、今回の開拓情報の地図情報や周辺情報はちゃんと適正な値段で買い取らせてもらうぞ。

 特に廃村の周辺は」

 

というわけで、シルグレットには今回わかった廃村やその周辺情報について話すことにした。

え、あそこを安全な場所として、開拓を進める予定?まじで?

 

「そりゃ、強力なモンスターが存在せず、廃村とはいえ、近くに綺麗な水源や廃畑なども残っている。

 その上、周囲に盗賊団や吸血鬼もいないとくれば、開拓団としては喉から手が出るほど欲しい土地だろうよ」

 

う~ん、いわれてみればそうなんだが、直前まで戦神の聖獣である亜竜が暴れ回っていた場所なのに、そこに移住させられるとは何とも難儀な話である。

いや、むしろもともと聖獣が保護していた土地と考えれば、プラス要因なのかもしれないが。

 

「で、今回持ち帰ってきた亜竜の素材については……どうするつもりだ?」

 

「それに関しては、いくらかは死霊術の素材にするつもりだけど、半分くらいは売り払うつもりだよ。

 幸い、どこかの吸血鬼やら最近増えた旅商やらで買い手は多いだろうし」

 

「だろうな」

 

そうだ、最近ではこの村にもダンジョンで発見されたアイテムや素材狙いで、そこそこ商人が在住しているし、何なら各ギルドもこの村には注目しているとのことだ。

亜竜の素材に関してはもちろんだが、それ以上にストロング村にある安全性が保障されている善神のダンジョンにすぐ行けるというのが大きいのだ。

善神のダンジョン自体はまぁ珍しさで言うとそこそこ程度ではあるが、それでも件のダンジョンは、10層以上あるのは確実であり、それほど深い善神のダンジョンは珍しいため、王都や魔導学園でも話題になっているそうな。

 

「亜竜の剥製はいろいろ惜しいが、それでもこの立地ならそれ以上のものが手に入る可能性もあるからな。

 それこそ前みたいにドラゴンが飛翔してくるかもしれないし」

 

「私としては来てほしくないかな」

 

「おやおや、ギャレン村の聖女とあろう人が、実に弱気な発言だな」

 

「ははは。

 ……冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ?」

 

「え?今俺そんな悪いこと言ったか!?」

 

悪いか悪くないかで言えば、悪いし、村の酒場とかいう耳が多い所でそんなこと言われると、営業妨害以外の何物でもない。

こちとら本業は死霊術師だし、野生の恐竜とはいえ聖獣を殺したばかりなのに、聖女とかいわれると宗教的に面倒くさくなるからだ。

戦神の教徒相手に喧嘩とか売りたくないし。

 

「俺としてはむしろ、戦いの中で敗れたのなら本望だとは思うがな」

 

う~んこの頭戦神の信徒並みの感想よ。

なお、勇神と戦神は一応は同一の神であるため、領主であるルドーも今回は彼の信仰する神の聖獣をやられたというのに、むしろ誇らしげだったのは、信じる神の違いなのかもしれない。

まぁ、もしかしたら、亜竜の素材を使ったお守りだと戦神の加護性能が格段にアップするからという、実に現金な理由かもしれないが。

 

「でもまぁ、今回の探索では、わが身の未熟さをいやという程痛感したからさ。

 ここは一度、原点に返って死霊術師としてちゃんと準備してから、冒険に挑もうと思うよ」

 

今回の冒険は、結果的にはうまくいったが、それでももう少しきちんと準備しておけば、もっと楽に行ったのは間違いない。

それこそ、いつもの仲間とともに冒険すれば、事前に準備をすれば。

そして、もう少し死霊術師として、強い死霊を召喚できる準備をしていれば、などだ。

 

「というわけで、ここのところ少し働いてばかりで、自己鍛錬が少なかったからね。

 ちょうどいい素材も手に入ったし、しばらくは自己強化に努めるさ」

 

「……それ以上強くなってどうするんだ?」

 

かくして、シルグレットの何とも言えない視線を尻目に、報酬を受け取り、私はアリスを引き連れて、酒場を後にするのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

なお、翌日。

 

「というわけでぇ!今から死霊術師としてのパワーアップのために、自作のアンデッドを作ろうと思います!」

 

「わーい!!」

 

「今回作るのは、この度討伐できた亜竜の群れ!

 彼らの遺体を使った、ドラゴングールやドラゴンスケルトンを作りたいと思います!」

 

「わ、わ~い?」

 

「もっとも、この亜竜の遺体にただただ霊を憑依させるだけでは、そこまで強いアンデッドは作れないため、この死体を加工して、グールやスケルトンの依り代にする必要があるんですね」

 

「……わ、わ~い……」

 

「というわけで、今回加工素材として使うのは、この卵」

 

「……」

 

「この亜竜の卵は、この亜竜の遺体とは親子関係にあるため、親和性は抜群!

 さらに、この卵を親である竜の目の前で殺すことにより、聖獣であろうと怒りにより陰の魔力との親和性が増し、効果が倍!」

 

「……」

 

「さらには、その卵をつぶすのに、この親竜の骨を使った槌を使えば、神からの義罰と背信により、さらに死霊術の相性もアップ!

 最終的に、子竜の卵で親の竜の骨の加工を行うことで、アリスちゃんのような初心者でも、手ごろながら強力なドラゴンスケルトンを作成することが可能に……」

 

「ヤダ―!!!!!!

 私はこの卵を育てます!!!!!育てるんです!!!!

 壊しちゃダメ―!!!!!」

 

「え?でもアリスちゃんは死霊術師として強くなるんでしょ?

 なら、これくらいはできるように……」

 

「キシャ―――!!!!」

 

アリスと一緒に仲良く、死霊術師としてのレベルアップをしようとするも、まず第一歩目から困難に直撃。

亜竜の卵を抱えて、こちらを威嚇するアリスをどうなだめるか四苦八苦するのでした。



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第53話 もっと嫌がると思っていました

さて、自分の至らなさから、弟子であるアリスを死霊術師にしてしまい早数日。

さっそく私は弟子に、ゾンビやスケルトンの依り代の作成方法を教えていた。

 

「い、今までいろいろと教え渋っていた気がするのに、急に本格的ですね!」

 

「それはね、基本的に死霊術者は、すぐ死ぬか諦めるか、人でなしのどれかになるからね。

 せめて、死なない様にするのが師匠である私の役割だから」

 

「えぇ~……」

 

アリスちゃんがすごく何か言いたげな眼でこちらを見てくるが、これはスルー。

というのも、死霊術師というのは基本的に邪悪な職業である。

だからこそ、なり立てというのはそれこそ、失敗しやすいのみならず正義の味方に最も目を付けられやすい時期でもあり、そのせいで大半の人は挫折するのが常だ。

そして、もし一番大変なその時期を生き残っても、死霊術師として大成するというのはあんまりよくないことであるのには違いなく、そもそも偉大な死霊術師とは=魂を操るやべぇ奴であるので、それだけで立派な世間の爪弾き者。

それこそ、今の自分のような司祭資格や師匠のような特権階級出身でもなければ、表世界で生きられないのが常なのだ。

 

「まぁ、本当ならアリスちゃんには死霊術より先に神聖魔術を会得してもらって、その後おまけで死霊術を学んでもらいたかったんだけど……。

 アリスちゃん、神聖魔術の才能ないからなぁ」

 

「えっと、その、神に好かれるかどうかなんてそんなに簡単にわかるものなんですか?」

 

「まぁ、それに関してはね、死霊術で魂や魔力の感知が得意になると、自然と感じ取れるようになるから」

 

なお、これに関しては神に好かれるというよりも単純に神聖魔術の適性云々の話だ。

体からあふれる陽の魔力の量とか、放出しやすさとか純度とか、そういうのの総合評価。

だから、別にアリスちゃんが、不敬者だとか背徳者とか、そもそも聖職者としての適性が低いとかそう言う話では……。

 

――じゅぎぃぃぃぃ!!

 

「っと、ネズミの首絞めはこんな感じでいいですね。

 あ、暴れないでください!綺麗に首を引っこ抜けないでしょ!」

 

「う~ん、力任せに呪詛を刻もうとすると、ネズミの体がボロボロになってしまうし、かといって呪詛を刻まずにゾンビ化させても、あんまり強い鼠ゾンビはできないし……」

 

「あぁ! 相手が小さすぎたせいで、頭が潰れちゃいました!

 でも、お腹の子は無事ですし、これは師匠の言っていた血縁を混ぜたゾンビの作成もできそうですね!」

 

ないはず、なんだけどなぁ……。

 

「アリスちゃん、さすがに手慣れすぎでは?

 もう少し、ネズミをゾンビに使う忌避感とかは……」

 

やだ、この娘、めちゃくちゃ容赦ない……!!

はじめは亜竜の卵の件もあり、ネズミのゾンビの依り代作成も絶対難航すると思ったのに、このありさまである。

いやまぁ、よく考えたら動物の皮なめしとか捕まえたウサギの解体とかやってるから血に対する忌避感とかはないんだろうけどさぁ。

 

「?何を言ってるんですか?ネズミは悪しき害獣ですよ?

 食物を荒らし、病魔を蔓延させる、邪神の手先。

 むしろ、積極的に殺していくべきものですよね!」

 

う、う~ん、この一点の曇無き眼よ。

アリスちゃんパパにそれとなく視線を向けると、むしろ彼は誇らしげにしていた。

亜竜の卵も、ネズミの子供も、同じ赤ちゃんには違いないだろうが!

……いや、ちがうか。

 

「ふふふ♪むしろ、犬猫や家畜、鳥の餌以外でもこの汚物共を有効に活用できるなんて!

 やっぱり死霊術って思ったよりもちゃんとした魔術なんですね!」

 

「まぁ、でも呪術の中には陰の魔力と相性のいいネズミを操り、周囲一帯に疫病を蔓延させる呪術も存在するけどね」

 

「……どんな魔術も、使い様によっては悪の魔術になる。

 そう言う話ですね!」

 

色々と都合のいい解釈をする我が弟子に少し、心強さすら感じる。

聞くところかつてのアリスちゃんのお母さんは、それはそれは病弱な人だったそうで、ネズミの媒介する熱や病気、さらには齧られたせいで炎症を起こしたりもしたそうだ。

そりゃまぁ、殺意も出るか。

 

「あ!そうです、こういう時こそ呪詛と組み合わせるのがいいのでは!?

 ネズミに生存ぎりぎりの肉体を維持しながら、魂を堕落させる!

 とりあえず、適当に一匹やってみていいですか?」

 

そして、アリスちゃんは只言われたとおりにゾンビを作るのではなく、質問を交えながらもその先を目指そうとする。

動機や行動こそ邪悪だが、それでもそのハングリー精神と熱意はなかなかのものだ。

これなら、そう遠くない日には、アリスちゃんはそれなりの、ちゃんとしたネズミのゾンビを一人で完成させることができるだろう。

 

「でもまぁ、まだ合格には程遠いけどな!」

 

「ちゅ、ちゅーわんがぁぁああ!!!」

 

というわけで、さっそくアリスが提示してきた完成品第一号のネズミゾンビを握り潰すことにした。

するとそのゾンビネズミは、ただ潰れるのではなく、まるで焼け付くかのように炭化し、その魂も浄化。

あっさりとその機能を失ってしまった。

 

「初めてにしてはよくできているけど、それでも実践レベルからは程遠い。

 もう少し、魔力と呪詛の込め方を頑張ろうか!」

 

実際アリスの作ったネズミのゾンビは、初心者の初めてにしてはよくできてはいた。

少なくともゾンビとしての再生力や超パワーなどは備えていた。

が、それでもこの程度の出来で満足されても困るため、容赦なくダメ出ししていく事にした。

 

「い、今師匠、死霊術や奇跡を使わず、触っただけでこのネズミゾンビを成仏させませんでしたか!?」

 

「おお!よく気が付いたね!アリスちゃんに勉学ポイント+2点!」

 

「わーい!って、ちがう!?

 今の何をやったんですか!?」

 

何をやったんだって言われても、ただ少し聖痕の力を解放しながら触れただけだが?

という冗談はさておき、今回アリスが作ったゾンビの最大の欠点、それは体の物理的な頑丈さこそそこそこあるが、まだまだ制御も作りも未熟すぎて、ちょっとした魔力混じりの刺激で壊れてしまうと言うところだ。

それこそ、奇跡未満の純度の高い陽の魔力をぶつければ、このように一瞬で崩れてしまう程度には。

 

「だから、このゾンビだとよくある三流死霊術師程度の出来だね。

 太陽光で成仏したり、教会には入れない、その程度のゾンビでしかないよ。

 死霊術師を襲ってくる相手の半分は、奇跡なんかの陽の魔力で攻撃してくるはずだからね」

 

「う~ん、まだまだ問題ありということですか。

 ところで、前提として、神聖魔術に強いゾンビを作るのは、色々と聖職者的にセーフなんですか?」

 

「アリスちゃんは闇落ちしないいい娘なので、問題ないと判断しました」

 

「わ~い!」

 

なお、これはある意味では悪堕ちしたら自分がぶっ殺しに行くという宣言でもあるのだが、それを気付いてないのか純粋に喜ぶアリスちゃん。

まぁ、でも彼女ならおそらく、そう簡単に悪の道に落ちることはないだろう。

 

「……っは!ネズミを殺す呪詛ネズミを作れば、効率的にネズミを減らせるのでは?」

 

『そこは普通に、猫のゾンビとかじゃダメなのか?』

 

「猫はネズミを食べてる、かわいくて頼もしい動物なのにそんなひどいことできません!

 でも、ネズミの死骸をつぎはぎにして、猫の形にすれば、多少はかわいくなるかもしれませんね!

 やってみましょう!」

 

無数のネズミの死体を笑顔で量産するアリスちゃんの鬼畜さには、少し頭がいたくなる。

かくして、そんなやばいアリスちゃんを尻目に、こちらも自分用の亜竜の卵と亜竜の骨を取り出し、さっそく加工へと移るのでしたとさ。



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第54話 風呂

さて、こんな風に死体や腐肉いじりをする昨今。

当然、こんな作業をすれば体に血や腐肉が付き、それが陰の魔力で腐敗が進めば臭くなるのは自明の理だ。

 

「うう、師匠~爪の間に腐肉が~」

 

「はいはい、ちゃんと手を洗ってくださいね~。

 放置すると病気になっちゃうから」

 

「はぁいぃ……」

 

アリスは物憂げな顔をしながら、石鹸と風と水の魔法の力により汚れを軽く吹き飛ばす。

というわけで基本的には、死霊術におけるゾンビ作成作業はすごく汚れる。

鮮度の高い死体でも古い死体でも等しく臭くなる。

古い死体は当然土やら腐肉やらで臭くなるし、鮮度がいいと内臓やら血やらで匂いがひどくなるのだ。

 

特にお腹の中に、糞尿やらが残っていると、最悪。

どんな状態の腐肉であれ、陰の魔力を込める関係上菌の活性化やら腐敗やネクローシスが進行し、匂いと死体の鮮度は刻一刻と悪くなるばかりだ。

基本的に、死霊術師にとって必要不可欠な作業ではあるが、それでもこの不快感は何度やっても慣れない。

この苦労をした上で、これらの作業により神様から嫌われるっていうんだから、死霊術のコスパの悪さは最悪と言えるだろう。

 

「それでも、師匠はこの作業をしていても臭くないのはずるいと思います!!」

 

「これに関しては、風魔法や電撃魔法のちょっとした応用だからね。

 防虫と消臭、さらには防呪を兼ねたパーフェクトなオリジナル防御魔術!

 これだけは師匠や兄弟子も、思わずこちらに頭を下げて教えを請うてきたものよ!」

 

アリスちゃんがキラキラした目でこちらを見てくる。

ふふふ、この魔術は魔導学園の死霊術師教室時代には、神と崇められた最強魔術の一種だからな!

まあ、まだこの魔術も全然完璧でないし、そもそも私自身の水の魔法の才能のなさ故、極めることもできなさそうなのはいろいろと残念だが。

 

「そもそも、アリスちゃんには魔力量も風や電気の魔法の適性も足りないから、まだまだ先のお話だけどね」

 

「そんな〜」

 

「それに、今のうちにはあれがあるから!

 ほら、アリスちゃん、一緒に行くよ〜」

 

「……!!はーい♪」

 

かくして私とアリスちゃんは今日の作業を一段落させ、その作業部屋を後にするのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

さて、ここで改めて説明するが、実は現在の私の家は以前よりもかなり広くなっていたりする。

というのも、以前はただヴァルターとベネちゃん3人でのルームシェアをしている少し大きめの民家ではあったが、結局その後もこの家に居続けることを決意。

ともすれば、この家を増築していくことになったのは自然の流れといえるだろう。

そして、増築に関しては兄弟子がこの村に来てくれたことで、兄弟子のお得意の土木スケルトンたちが鬼のように役立ってくれるわけで。

あんまり正規の手段としてはよろしくないし、村の中でやると疫病が不安にもなるが、そこは冥府神の信徒とその教会が近くにあるが故、浄化も比較的簡単に。

かくして、この家は以前とは比べ物にならないほど大きく、また便利な家になっている。

 

――そして、その中でもっとも私が満足しているのがこれだ。

 

「ふぃ~♪

 あぁ~、いいお湯だぁ」

 

「……ししょ~、ちょっとその言い方ははしたないですよ~……」

 

というわけで、現在私が満喫しているのが、この新しくこの家に備え付けられたお風呂。

サイズ的には2~3人用の木製、ヒノキと言いたいが異世界の木材であるためヒノキっぽいがヒノキではないガルバとかいう木材でできている。

なお、この世界における全身つかるタイプのお風呂は、あんまりメジャーではないが無くはない程度の文化である。

王都ではサウナ屋のほうが多いが、銭湯や水神教会名物香草風呂みたいのもあったりする。

まぁ、それでも場所によっては水や薪が貴重であるのは間違いないし、ここギャレン村でもつい先日までは大量の薪も水も結構貴重であったため、こういう贅沢は不可能であった。

 

「でもやっぱり、教会を建てるとこの辺での浄化作業がぐっと楽になっていいわ~。

 特に井戸とかになると、一生ものの話になってくるから、浄化に手を抜きたくなかったからねぇ」

 

しかし、その問題も現在は解決済み。

具体的に言えば、新しくできた教会と土木用のスケルトンのマンパワーを併用すれば、アンデッド達に新しく井戸を掘らせることも可能になったのだ。

おかげで、わざわざ川まで移動したり、水路頼りにせずとも安定した水が手に入れられるようになり、最近ではこのような贅沢も気兼ねなくやれちゃったりする。

少し前までは、桶に入れたお湯で体を拭き合っていたものだが、やっぱりこれを体感しちゃうと、体を拭くだけでは満足できなくなるよね!

 

「いや~、肩の荷が取れる思いだわ~」

 

「……師匠の場合、本当に肩の荷が重いですからね」

 

おいおい弟子よ、視線が明らかに胸元に行きまくってるぞ。

 

「そちらへ行っていいですか?」

 

「いやまぁ、かまわないけど……」

 

「~~~♪」

 

そうして、自分の足の間に陣取り座るアリス。

ニコニコのこちらに笑顔を向ける様は、懐いてくれてうれしいと思う反面、なんか視線がこちらの胸元に行きまくっていることに、一抹の不安を感じさせる。

いろんな意味で将来が不安になるが……まぁ、もしそうなったらその時はその時だろう。

 

「ふぅ~……」

 

「~~♪♪」

 

そんな漠然とした不安を無視するために、再び自分はこのお湯を満喫することに全力を尽くすことにした。

指先まであったまる四肢、潤う肌、火照る体温。

時々手慰みにアリスの頭をくりくりと撫でると嬉しそうにコロコロと笑う実に和やかな雰囲気が流れる。

 

「……あ~、やっぱり私も土木用のスケルトンが欲しいな~……」

 

「スケルトンですか~、以前は便利そうって感想しか出ませんでしたが……。

 いまなら、作るの大変な割に弱いのってどうかと思いますよ~……」

 

「いやいや、あれはあれで優れたアンデッドだよ~…。

 魔力消費量が少ないし、折り畳みも簡単だし、力も魔力を与えればぼちぼち便利だし~。

 戦闘に向かないだけで、あれば便利だよ~…」

 

「師匠はそんなスケルトンを作って何するんですか~?」

 

「……ガーデニングとか、洞窟の整理とか~?」

 

「それなら、最近増えた冒険者見習いの人たちや日雇いの人を使えばいいのでは~?」

 

「あ~、アリスちゃん賢いね~。

 なでなでしてあげる~」

 

「わ~い♪」

 

このように風呂の中で毒にも薬にもならない会話を師弟で行い続ける。

なお、撫でられついでにアリスが何故か顔をこちらの胸にわざと接触させてきたのだが、やっぱり将来いろんな意味で問題になりそうな娘である。

 

「ヴぁ~……」

 

「はいはい、そんなアホなことやるから。

 ほらもうお風呂あがりなさい、これ以上はのぼせちゃうでしょ~」

 

「え~……。

 師匠と一緒にお風呂あがりた~い」

 

う~ん、この。

なお、このセリフは一見ただカワイイ弟子ムーブに見せかけて、お風呂上がりの体を拭き合おうとするのに全力を尽くしているだけだ。

拭くのも拭かれるのも好きなのは、いろんな意味で将来が不安ですよ、師匠としては。

 

「……そっか~、本当はこの後氷室にある氷菓子を食べてもいいって言おうと……」

 

「あ!それじゃぁ私が先に上がっておきますね!

 では!」

 

う~ん、この色々と現金すぎる弟子よ。

いやまぁ、風呂上がりのアイスはおいしいから仕方ないとはいえ、そこまであっさり見捨てられると寂しいと思わないでもない。

でもまぁ、これで早速お楽しみができるというものよ!

 

「というわけで、てててて~ん!

 電気印の魔法の杖~♪」

 

かくして取り出したるは一本の魔法の杖。

といっても、魔法の杖としての効果はかなり雑なもの。

単純に電気属性にした魔石を、ある程度指向性を持たせたうえで、防水加工のみ施した杖に装着しただけのものである。

 

「でも、これさえあれば……あばばばば♪」

 

というわけで、さっそくその杖に魔力を込めて放電させる。

すると今までの只の温かいだけのお風呂が、あっという間に電気風呂へと早変わりした。

 

「あ~、これこれ、きくきく♪

 次は肩も……おお゛~♪」

 

その電気の杖を使い、肩や背中に押し当てることで全身のこりをそれとなく癒していく。

少し爺臭いかもと思うが、それでも気持ちいいものは気持ちいいがゆえに、この娯楽を妥協する気は一切ない。

なんなら、顔面に押し当てて、眼球や顔の筋肉のマッサージも併用してみる。

 

「まぁ、でもこれは電気耐性が強い自分がやってるからいいけど、アリスちゃんと一緒だと加減しなきゃいけないからねぇ」

 

なお、アリスちゃんを早めにお風呂から出させたのもこの電気風呂をやるためである。

もしアリスちゃんがいたら、別に死んだり怪我はしないだろうけど、全力で痺れてしまうぐらいの威力はあるが故、ある意味ではおひとり様限定のお楽しみなのだ。

 

……まぁ、だからこそ油断していたのだろう。

 

「よ~し、今度は太もものマッサージを……」

 

「師匠~!氷菓子持ってきました!

 一緒にお風呂で食べま……あ」

 

「あ」

 

自分のほうを向いて固まるアリスと私。

赤面している自分の顔、だらけ切った四肢、さらには一本の魔法の杖が太ももの間に挟まっていたが故……。

 

「し、師匠がエッチなことしてる~~!?!?!」

 

「な!お、おばか!これはちがう……って、あ」

 

「あ……あばばばばばば!!」

 

「あ、アリス―!!!!」

 

かくして、誤解を止めようと近づいたはいいものの、自分は電気風呂中だったが故、無事アリスは感電。

アリスの誤解やら痺れを解くのに、それなりに苦労する羽目になったのでした。

 

 



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第5章 奴隷と死霊術師
第55話 合法奴隷


「というわけで、奴隷を雇いましょう」

 

ある朝、部屋でお茶を飲んでいると、アリスちゃんがそんなことを言ってきた。

 

「どうした?おっぱいが好きすぎて、そっちの道に行きついてしまったか?」

 

『うちの娘がすいません。

 でも、お父さんとしては、そういう癖も受け入れる準備はできています』

 

「流石に怒りますよ?

 特にお父さん、もう一回メイド服を着たいですか?」

 

すると、なぜか静かになるアリスパパの霊。

いったいこの親子に何があったのか色々と気になるような、いややっぱりどうでもいいな。

 

「いえ、それがですね、最近この家が大きくなったじゃないですか。

 それに師匠の本格的な死霊術の修業が始まったので、あんまり掃除や家事に手が回っていないなぁと」

 

言われてみれば、もっともな理由である。

たしかに、ここ最近、単純な倉庫としての役割や家の機能拡張のために、急激な増築や改築は繰り返しはしたが、肝心の人員はそこまで増えてはいない。

いや、時々雑務用の初心者冒険者や兄弟子、そして雑務用のスピリットやポルターガイスト辺りを闊歩させたことはあるが所詮はその程度。

家の大きさに対して、家事を担当する人員が圧倒的に不足しているのだ。

 

「一応、臨時で且つ信頼のおける知り合いの冒険者に頼んだり、お父さんに手伝ってもらったりして何とかしましたが……、それでも流石にこれはもう限界です。

 新しい家政婦やら仲間が必要ですよ」

 

「まぁそうだね。

 でもそれなら普通の家政婦とかを雇うのは……」

 

「……師匠、一応ここ死霊術師の工房ですよね?

 それなのに普通の家政婦さんを雇っていいのですか?」

 

言われてみればそうである。

こちとら、何があるかわからない冒険者でもあるのに、冥府神の信徒であり、かつ、死霊術師でもあるため、いろいろと危ない身の上なのだ。

さらに言えば、一応自分はそこまで気にしないが、一般的に魔術師はある程度研究を守秘するのが常だ。

自分だって知られたくない研究成果の一つや二つあったりはする。

そういうのを考えれば、普通のいつでもやめられるような家政婦や非正規よりは、長期雇用や終身雇用を目指して雇ったり、契約系の奇跡で縛っても問題ない奴隷辺りを購入する流れになるのは理解できる。

でも、アリスちゃんが奴隷にこだわるのは別の理由があるのではと思ってしまうのは、こちらの心が汚れているからだろうか?

 

『それとね、アリス。お父さん聞きたいんだ。

 死霊術でお父さんを蘇生して、家事を手伝わせるのはまぁ気にしないけど、なんでこの間、元妻の姿(※ただし巨乳)みたいなニッチな姿にしたんだい?

 流石に精神ダメージがひどいんだけど』

 

それはそうと、アリスのお父さん、色々とかわいそうすぎない?

アリスちゃんは家族愛がすごいはずなのに、愛すべき父親にそういうことをするのは、いろいろと不安になってくるんだけど。

何か正当な理由でもあるのだろうか?

 

「それは、お父さんが蘇ったのをいいことに、買い物ついでという名目で、かつての愛人さんのところへとデートしに行ったからですよ?

 というか、向こうは再婚を目指しているって知っているのに、あいさつしに行ったのはいろいろとドン引きです」

 

う~ん、流石にこれはちょっとアリスパパは擁護できないかな。

まぁ、そういう火遊びを防ぐのが理由であるのなら、さすがにちょっと姿を変えてやりたくなる気持ちはわかる。

が、それでもお母さんの姿を選択するのは……いや、きっちり双方姿をイメージできて、かつ、人形姿でもやり始めた疑惑を持っている人だから、それぐらいの姿に変えないと不安なのだろう。

しかしそれでも、アリスパパ自身が人目に出たくないようにするためとはいえ、元嫁という名のアリスちゃんのお母さんの姿を改変して蘇生するのは、やめてあげてほしい。

でないと、下手したらお父さんの魂にまで悪影響が出て、そっちの姿で固定になるかもしれないぞ?

 

「……!!」

 

なお、自分のその発言を聞いたアリスは、眼を見開いて反応した。

もっともそれは忌避感によるものではなく、まるで何かいいことを聞いたかのような邪悪な笑みを浮かべており……。

 

『はいやめ!これ以上この話はやめよう!』

 

「そうだね!アリスちゃん!

 というわけで早速奴隷を雇いに行こうね!!

 アリスちゃん好みのおっぱいの大きい娘を探そう」

 

「な!だ、だから!別に私はおっぱいは好きじゃありませんよ!」

 

かくして、我々はアリスちゃんが悪の死霊術師に堕ちる前に、なんとか話題変換に成功。

そのまま、なし崩しにアリスと共に買い物へと出かけるのでしたとさ。

 

★☆★☆

 

「おお、おお!これはこれはイオ様ではないですか!

 こんなむさ苦しいところへようこそいらっしゃいませ。

 ほれ、そこの!急いでお茶の準備を……」

 

「わ〜!本物のイオ様だ〜!

 安産のお守りちょうだ〜い!」

 

「こら!卑しい真似をするな!

 …まったく、いやイオ様、本当に失礼いたしました」

 

そうして私達が現在いるのは、最近この村によく来るようになった奴隷商の下である。

尤も奴隷商人と言っても、この国において奴隷商のグレードはそれこそピンキリ。

ただの有料の人材紹介に過ぎないものから、クッコロのような元人攫いと吸血鬼への餌集め係、さらには隠れ死霊術師に新鮮な肉を供給するような邪悪な集団まで様々である。

 

「ああ、もちろんわかっているとは思いますが、うちは……」

 

「死霊術の素材やら信仰の強制はNG。

 できる限りの衣食住の保証。

 そう言う話でしょう?わかってるよ」

 

そして、この奴隷商はそんな奴隷商人の中でもかなりクリーンな人。

なんなら、きちんとした冒険神の信徒でもあり、毎日祈りを欠かさないし、一部奇跡も使える。

奴隷商というよりは、廃村や王都から借金や孤児などで余った人材を開拓地に送り付ける、そんな人だったりする。

 

「では、本日はどのようなご用件で?

 もしかして、私兵や弟子をお求めで!?

 それなら、今は特別に生まれつき魔力量が多い子や、純粋な元盗賊。

 さらには中立神より奇跡を授かっている娘がいますが!」

 

そして、そんな彼だからだろう。

彼の手元にいる奴隷たちは基本的にどれも高品質であり、一定以上の素質持ちが多い。

なお、彼はここ以外にも他村の村長や冒険者の宿、さらには領主とも面会予定があるとか。

う~ん、なかなかやりおるな。

 

「いや、今回は普通に家事手伝いだね。

 広い家でも物怖じせず、少なくとも最低限の家事や意思疎通ができる人。

 あ、それと魔力感知や放出なんかもできればうれしいかな?」

 

「失礼ですが、魔力感知や放出ができるなら、この地域では普通に魔導士扱いになるかと思われますよ」

 

「まぁ、だよな」

 

アリスちゃんが物覚えがいいから忘れがちだが、魔法使いというのはそこそこに貴重な存在である。

それこそ、基礎中の基礎である魔力の感知や魔力放出ができるだけで、宿屋で魔法使いですと言っても詐欺ではない程度に。

実際この村でも魔力を扱える人は数えるほどしかいないし、それが実戦レベルともなればさらに貴重だったりはする。

 

「でもまぁ、魔力云々の扱い方や感知については、魔道具を適当に貸し与えれば、大体半年もすれば覚えられるでしょ。

 だからそっちに関しては、あんまり気にしなくていいか」

 

「それは、内弟子を取るのとは違うんですか?」

 

違うのだ!!

とはいっても、ある意味では初期のアリスちゃんと同じような扱いになるわけで。

アリスちゃんはあくまで自主的に魔法の勉強をしていたためこのような形になったが、実際真面目に学ぶ気がないのなら魔道具の貸し出しをする気もない。

それにあくまで家事手伝いがメインだから、死霊術を覚えてしまったがために、後はある程度極めるしか生存ルートの残っていないアリスちゃんは別として、そこまで真面目に魔法を教えるつもりもないしね。

 

「ふむ、なかなかよさそうな条件ですが……」

 

「でも、この後他のお得意様のところに出かけたりもするんでしょ?

 なら、それ用の奴隷はそっちに回してあげて」

 

「了解です。

 それでは、気立てのいい子を中心に、ご紹介させていただきますね」

 

そうして、奴隷商が声をかけると、馬車の中から2人の子供が出てくる。

ちょっと年齢が若くてぎょっとはしたが、それでもどうやら彼女らが奴隷商一押しらしい。

 

「ええ、彼女らは若いですが、すでにこちらで教育し終えている雑務奴隷です。

 文字も読めますし、買い物程度の計算はできます。

 約束を守る契約魔法も結んでおりますし、最低限の家事はしっかり教育済みです」

 

「まぁ、年齢こそ少々若いですが……残念ながら、体つきがいい娘やベテランの類はほかに先約がありますので」

 

なるほど、彼女らは品質にこそ問題ないが見た目のせいで舐められる、そういう雑務用奴隷というわけか。

それに、聞いたところもう少し年齢が上の奴隷は、すでにほかのお得意様から予約済みらしいので、あまり深く追求するのもことだ。

というわけで面接代わりに、いくつかの質問を行ってみる。

へ~、君達元商人の家出身なのか。

え?伝説の武器の仕入れに失敗したせいで、貴族に家をつぶされた?

借金代わりにこうして親から親戚、そして奴隷商に売られてしまったと。

なんというか、せちがれぇなぁ。

 

「うん、OKOKこの子達ならいろいろと問題なさそうだね。

 とりあえずは、一旦この子たちを雇うことにするよ」

 

「毎度アリです。

 ……あ、チップのほうは結構です。

 というか、教会でお世話になっているのに、ここで多めにもらうなんて、とても申し訳なさすぎますよ!」

 

残念ながら、彼に対して多めの料金を払うのは断られてしまった。

でもまぁ、奴隷を守りながらこんなくそ危険地帯を行き来してくれる気合の入った奴隷商故に、彼には多少サービスしてもぜひ生き残ってほしいのは、私の嘘偽りない本音だ。

 

「でも、流石にあの家に追加の家政婦が2人だけではいろいろと足りないと思うのですが。

 もう一人くらい紹介できる奴隷はいませんか?」

 

「あぁ、すいませんが残りは基本的にどの子も先約がある子ばかりでして……。

 あ~、でもあれなら……いや、万が一があったらいやだからなぁ」

 

そして、雑務用のメイドとは言え、流石に子供二人だけでは物足りないために、もう一人紹介してもらうことになった。

が、どうやらそいつは、この比較的善良な奴隷商が出し渋るレベルの人材らしい。

しかし、それでも見てみなきゃわからないと思い、その人材を見せてもらうことにした。

 

「……」

 

なんと、そこには最低限の治療だけを施された、傷だらけの子供以上淑女以下ぐらいの死んだ目をした女奴隷の姿が!!

 

「……えっと、その子は……」

 

「誤解しないで言っておきますと、彼女が傷だらけなのは基本的に自業自得です。

 なぜなら、彼女はここに来る途中に、こちらの馬車を襲った盗賊団の一員です。

 一応護衛の冒険者がいましたので、ギリギリ人死こそ出ませんでしたが、怪我人や馬を殺されるくらいはされましたからね」

 

「一応、コイツ自身の強さは並程度ですし、私の奇跡で怯む程度のごみでしたが、それでも、仲間と一緒に積極的にこっちに襲いかかる悪意は本物でしたよ。

 そのくせに、仲間が殺されたとたん真っ先に逃げようとしたのもコイツですし、追いついた瞬間命乞いもしました」

 

「契約系奇跡で聖痕をばっちり刻ませてもらいましたので、一応、行動や言動は完全制御済みです。

 背後関係も特にない、正真正銘のただのクズであることも判明しています。

 最低限の言葉は話せますし、家事も一通りできますが、それでも、こいつを家事奴隷として雇うのは、正直色んな意味でお勧めできかねますね」

 

 

まぁ、それはそうだろうな。

というか、話を聞くと戦闘奴隷とかそう言うので売り払えば?と思わないでもないが、それにしては強さがいまいちらしい。

 

「……というか娘、よく見ると獣人だね。

 えっと……猿の獣人ってことでいいのかな?」

 

「……リスだ!!」

 

おお! どうやら、意識はちゃんとあるししゃべれるのは事実のようだ。

にしても、長い尻尾や三角形の獣耳から、アイアイとかそう言うのだと思ったが、どうやら読みは外れてしまったらしい。

 

「おい、そこの乳袋。

 私は確かに捕まった、ただの奴隷だ。

 しかし! それだけで我が獣人の誇りを完全に失ったと思ったら大間違いだ!

 我らは獣人!只人よりも優れた身体能力と五感を持つ、選ばれた種族で……ぴゅい!?」

 

そして、一度口を開けばやけに口が悪いこと悪いこと。

獣人という種族に誇りを持っているらしく、色々と言動がめんどくさそう。

さらには、強いとか言ってるくせに、奴隷商の馬車を襲ってあっさり返り討ちにあっている事実を考慮すると……まぁ、正直強さもそこまでではないんだろう。

ここまで見せてもらってわかることは、正直彼女の存在自体余りものの厄介娘であり、普通に考えるなら、彼女を雑務奴隷として購入するメリットはないということだ。

 

「いがが……ごごごご……」

 

「あぁ、こいつは元邪神の崇拝者なので、奇跡魔法もよく効きますよ。

 契約聖痕を付けた時に、主人の命令に逆らえなくはしてますが……それでもこの契約聖痕も万能ではないし、その上奴隷としての性能も費用対効果が見込める程とは言い難い。

 外れ奴隷の名にふさわしいやつですよ」

 

聞けば聞くほど面倒くさいし、そもそも元犯罪者の奴隷故に、もしもの時は最後まで責任を持たなければならないのだろう。

そういう意味でも、今回はこの奴隷とはご縁がなかったとスルーしたいのが本音ではある。

が、それでも少しだけ()()()()()()があった。

 

「あ、そいつに関しては、最悪死霊術の素材にされても結構です。

 むしろその方が、皆さん喜ばれると思いますよ」

 

「お、おい!貴様、それでは約束がちが……ぴぎ!?」

 

「黙れ、貴様の命の保証はあくまで次に売り渡すまで限定だといっただろう。

 強盗なのに、ここまで生かしてもらっただけでありがたく思え」

 

おそらく、ここで彼女を見捨てると今後二度と彼女に会えないかもしれない。

そのため、私はしぶしぶ、店主やアリスパパの反対を押し切り、初めの2人に加えて、この札付き獣人奴隷も購入するのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

そして、その日の夜。

我が家の居間にて。

 

「というわけで、ベネちゃん。

 この子たちが新しくこの家でお世話になる家政婦兼奴隷たちで「ね、ねぇさん!?ねぇさんじゃないか、なんでここに!?」」

 

「……人違いです」

 

「い、いや!その愛称に、見た目、どう見てもねぇさんじゃないか!?

 ほら、私だよ私、マートだよマート!

 ベネ姉さんの愛しの妹のマートだよ」

 

「いえ、知りませんね。

 私に妹はいませんし、人違いでしょう」

 

「そ、そんなひどい!

 で、でもここに姉さんがいるなら話は早い!

 お願い姉さん! このただでさえ汚れた只人、その上カルトの死霊術師とか言う邪悪な売女に嵌められたんだ!

 だから、さっさとこいつを殺して……ぶへぇ!?」

 

「全然知りませんね。

 とりあえず、その小汚い口を閉じてください。

 獣臭過ぎて、鼻が曲がりそうですよ」

 

「ちょ!や、やめてねぇさ……ぐべぇ!?

 ね、ねぇさんも誇り高い獣人の血が流れているなら……ごぼぉ!?

 は、話を聞いて、んげふぅ!?」

 

淡々と新しく雇ったはずの獣人奴隷に、殴る蹴るの大暴力を働くベネちゃん。

恐怖する新人子供奴隷2人。

そして、今まで一緒に過ごしてきたはずなのに、見たことのない行動を繰り広げるベネちゃんに困惑する私含めたこの家の一同。

 

「……魂や魔力の波長が似ていたから、もしかしたらと思って連れてきたけど……。

 どうやら、いらないおせっかいだったかなぁ……」

 

「すくなくとも、仲のいい姉妹関係ってわけじゃなさそうだね」

 

そんな光景をヴァルターと共に見ながら思わずそう口から洩れてしまう。

なお、今回自分がなぜ問題があるとわかってあの奴隷を雇ったかといえば、それは単純にこの獣人がベネちゃんの血縁関係ではないかと思ったからだ。

魂の波長や魔力の質、種族こそ人間であるベネちゃんと獣人である新人奴隷と違いはあるが、魔力や魂からは確かに血のつながりを感じられた。

なので、あのまま奴隷として転売されると殺されてしまうかもしれないので、保護代わりに買い取ったわけだが、どうやら今回に限ってはいろいろと失敗であったようだ。

 

「で、でも、あれに関しては母さんがいけなかったんだよ!

 それに母さんも、混沌神様やあの人に忠誠を誓えば……って、あ」

 

「……」

 

「あ、あれはまずい、流石に止めなきゃ」

 

口論の末、今までおろおろしているかおっとりした姿しか見たことのなかったベネちゃんが、両手で獣人奴隷の首を絞めてしまった。

流石にこれはまずいと判断し、ヴァルターと二人でなんとかベネちゃんの暴走を止めるのでした。

 



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第56話 ベネディクト

さて、ベネちゃんによる新人奴隷殺害未遂から数刻後。

新人獣人メイドはいったんアリスパパに見張りを任せつつ部屋に隔離しつつ、アリスに新人奴隷の世話を任せ。

そして、ヴァルターと私で改めてベネちゃんから事情をうかがうことにした。

 

「あ、あのイオさん!

 その今回は……私の妹を、マートを助けてくださいましてありがとうございます!

 お、おかげで、唯一の心残りであった最後の肉親と会うことができました……!」

 

「え?あの子を雇う?

 も、もちろん歓迎ですし、感謝です!」

 

もっとも、妹から引きはがした瞬間、ベネちゃんはある意味では元通りに戻ってしまうわけで。

その状態で彼女の妹とのことについて尋ねても、『こちらが知るベネちゃんの姿』、つまり演技した上での返答しか得られず、表面上の事しか聞き出せなかった。

ある意味では、彼女は『こちらが知る彼女の姿』の域を出ない様に、つまりは演技したうえでの返答しか得られなかった。

 

「というわけで、ベネちゃんの本音を聞きたいんだけどどうすればいい?」

 

「ん~、まぁ、僕としてはそこまで聞く必要ある?とも思うけど。

 イオが知りたいのなら、協力するのもやぶさかではない!」

 

というわけで、なんとかベネちゃんの本音を聞き出すべく、作戦を考える。

もっとも、仲間だし、彼女が本音を言わないのもこちらを思いやっての事であろうし。

かくして、合法的かつ彼女に嫌われない様に彼女から本音を聞き出す方法を実行することにした。

 

「は~い、というわけで、ほら、飲んで飲んで♪

 ちょうど新しくできたお酒の試飲をしてほしかったんだ~」

 

「え、えへへ♪」

 

というわけで、今回取った方法はすごくシンプルに。

ベネちゃんはお酒が好き、さらに酒を飲ませれば多少ガードが緩くなる。

つまりは、イイ感じに本音を漏らすくらいまで、酒を飲ませようというのが今回の作戦である。

 

「ほらほら、お代わりもあるぞ~!」

 

「わ、わ♪

 こ、こんなに飲んでいいんですか?

 お、お代はいくらですか?」

 

すると、ベネちゃんは酒を飲むこと飲むこと。

蟒蛇やら鯨飲なんて言葉がぴったりなほど、彼女の体内に酒がスポンジのように吸収されていった。

 

「お代は気にしなくていいよ!

 それに、この間のドラゴン狩りの時のお礼やら、今までの冒険でもいっぱい無茶をさせてきちゃったからねぇ?

 それなのに裏方みたいなことをさせることが多くて……」

 

「そ、そんな!

 私はイオちゃんやヴァルターさんたちと一緒に冒険できるだけでどれだけ幸せか……!!

 むしろ、私の方こそお礼が言いたいくらいですよ!」

 

なかなかうれしいこと言ってくれるベネちゃん。

もっとも、それでも彼女の酒を飲むスピードは一向に収まらず。

というかすでに、彼女が飲んだ酒が質量保存の法則に反し始めたところだ。

 

「(どうやら、ベネちゃんは、魔力や気で体を強化して、高速で酒を分解しつつ、水分も蒸散させているみたいだね)」

 

「(うん、ここのところ僕の気功術を教えて、それを今実践しているみたいだからね。

 ……そのせいで、彼女の衣服が汗で濡れて、男である僕がいちゃいけない場面になってきていると思うんだけど。

 逃げていい?)」

 

「(だ・め☆)」

 

ベネちゃんがある意味では戦闘の時以上にその体を強化しており。

発汗速度や代謝速度が上昇しているのが、見て取れる。

更に魔力感知でも彼女の体内の魔力回路がぐるぐると躍動しているのが、見て取れるぐらいだ。

 

「え、えっと、やっぱり、流石に飲み過ぎですか?

 ならばお開きに……」

 

「ま、まっさか~♪

 あまりにも、幸せそうにお酒を飲むから、製造者としてもうれしくてね!

 ほら、今度はこっちの樽のお酒を飲んで」

 

「わ~~い♪」

 

ちぃ!逃がすか!それに、ここまで来て諦められるか!

此方にはまだ3つの酒樽が残っているのだ、いくらファンタジー酒豪であるベネちゃんと言えどこの酒の量の前では、ひとたまりもない!

そんないろいろな意味で、フラグを立てつつ、私は不安そうなヴァルターの視線を無視しつつ、嬉しそうに酒を飲むベネちゃんの杯に、追加の酒を投入するのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

「え、えへへ~!ごちそうさまでした♪」

 

「ぜ、ぜ、ぜ、全滅だと……!!

 酒樽4つでも足りんというのか……!!」

 

「おいしいお酒をごちそうしてくれたお礼に、これは私が個人的に買ってきたお酒!

 この機に開けちゃいましょう♪」

 

「さ、さらにセルフ追加だとぉぉ!?」

 

☆★☆★

 

というわけで、もはや無限地獄になりつつあった酒盛りではあったが、それでもどうやらベネちゃんの酒分解速度もきちんと限界があったようだ。

酒樽2つ目くらいから、いつものおどおどした口調が薄れ、3つ目くらいからはむしろ陽気に。

 

「あ~♪イオちゃん、好き好き♪

 ほんとに大好きで~す♡

 あぁ~、イオちゃんと一緒におしゃけ飲めて幸せ~♪」

 

そして、酒樽が5つ目を超えた現在は、完全に愉快で陽気な絡み上戸、いや笑い上戸なのだろうか?

永遠に告白されながら、酔ったベネちゃんに引っ付かれるというなかなか意味不明な状態になっている。

 

「え、えっと、そのベネちゃん?

 さすがに、引っ付きすぎて……んぴゃぁ!」

 

「はう~♪イオちゃんのお汗、最高!!!

 程よい塩味と、イオちゃんの優しさで、酒が進む!おいしい!!」

 

そして、その絡み酒はただこちらに引っ付くにはとどまらず、こちらへと物理的に引っ付いてきて。

さらには、こちらの肌や耳をなめたり、甘噛みしたり、なかなかのやりたい放題。

いつもの、引っ込み思案はどこへやらといった所だ。

 

「はぅ~、本当はヴァルターくんのお塩とも舐め比べたかった……。

 仲間汁と仲間汁のミックス塩……絶対最高の酒のつまみになるとおもったのになぁ」

 

「んみゃぁ♪ み、耳をしゃぶりながらしゃべるのはやめて!」

 

なお、ヴァルターの奴はベネちゃんが絡み上戸になり始めた時点で、逃げやがったよ。

酔った年頃の娘に間違いを犯させないように配慮できる、実に紳士的ないい男だといえるだろう。

よくも私を一人置いて逃げやがったな、絶対に許早苗!!

 

「うゆ~♪イオちゃんホント好き♪

 お肌すべすべもちもち~♪皮脂もいい匂い♪

 香油も……うん!ちゃんと私の嫌いじゃないものを選んでくれる、その優しさ!!

 イオちゃん、イオちゃ~ん、い、いや!これはもしや、イオ……お姉ちゃん!?

 イオちゃんさんは、私のお姉ちゃんだった……?」

 

なんか現在進行形でいろいろと、今まで積み上げてきた彼女の尊厳が大放出しているが、これも酒の力故、仕方ないのだろう。

しかしながら、流石にこれほどの酔いならば、彼女と彼女の妹との関係性を聞けるだろう。

そう判断して、私は彼女にそのことをそれとなく聞こうと試みた。

 

「あ、うん!いいよ、それじゃぁあいつについてのこと、話すよ」

 

そして、あっさりとその試みは彼女にばれてしまい、同時にあっさりと話すことを了承してくれた。

 

「いやまぁ、あいつ……私の妹マートについてはあんまり楽しい話じゃないからねぇ?

 で・も♪そもそもこんなに酔った私に付き合ってくれるほどやさしいイオお姉ちゃんなら、問題ないかなぁって!

 あいつについて話しても、まぁ受け止めてくれるかなって!」

 

「なんだかんだ言って、私も仲間に秘密にするのは嫌だったし♪

 むしろ聞いてほしいなって!」

 

酒の入った杯を片手に、そう宣言するベネちゃん。

苦笑しながらも、そのように話す彼女のそれは、単純な酔いだけではない、理性の光も感じられた。

おそらく、この言葉もきちんと彼女の本音なのだろう。

なので、私は気兼ねなく彼女と妹の関係を聞くことにした。

 

「……とはいっても、別に初めに言ったことも嘘じゃないのよ?

 私はアイツを救ってくれた、イオちゃんには感謝しているよ。

 なんだかんだ言って、私に残された唯一の家族だし、まあ、思うところはなくはないけど?

 それでも、生きていて多少ほっとしたし、死んだら悲しむ、その程度の情はあるよ」

 

「そもそも私はもともと不義の子だったからね。

 帝国のど田舎領主、その愛人であったのが私のお母さんなんだ~」

 

なるほど。

ところで、あの妹さんが獣人だということは……。

 

「あ、うん。

 獣人なのはお母さんだね。

 母さんもリスの獣人で、普段は森守をやっていたよ。

 あ、それと帝国は王国よりも異種族差別が少ないとはいえ、地元はそれなりに、保守的だったから。

 母さんは正妻にも側室にもなれなかったけど、夫婦間はそれなりに良好だったんだよ~」

 

そんな風に、ベネちゃんのかつての家族関係やその仲の良さを聞きながら、双方酒を飲み進めていく。

どうやらベネちゃんの家族仲が、かつてはよかったのは、本当らしい。

その話をするごとに、たとえ妹の事であっても、まるで幸せをかみしめるかのように過去の幸せの思い出を話してくれた。

 

「……でも、そんな幸せを全部否定したのが、あのクソ妹なんだ」

 

そして、その幸せな空気の話は、あっさりと崩されることになった。

 

「そうだよ、あのクソ妹は、父が他に正妻がいるから、母さんが側室にすらなれないから。

 自分が貴族の仲間入りできないからって、全てに対して、文句を言い出したんだ」

 

ベネちゃんの笑顔は崩れ、声に怒気が混ざり始める。

 

「父の黙認という名の愛を否定して、糺弾し。

 母の優しさを弱さと断定して、嘲笑い。

 私たちの血がひたすらに尊いと驕り高ぶる。

 ……まさに、反吐が出るような所業だよ」

 

先ほどまでの陽気な笑い声は鳴りを潜め、代わりに妹への悪意と殺意が喉から溢れていた。

 

「もちろん、イオちゃんは優しいから、所詮は子供の戯言。

 一過性の間違い、過ちが起きても、取り戻せるっていうと思うよ?

 ……でも、一生治らない馬鹿は存在するし、取り戻せない失敗もある」

 

「そうだ、あいつは私たちの幸せな家庭を、母や父を全部否定したんだ。

 その上で、『邪教』や『魔王』を讃える『獣人の群れ』。

 そこへと接触を図り……そして、全てを破壊したんだ」

 

そして、彼女は力強く拳を床にたたきつける。

その拳はあっさりと、床を貫き、家全体に揺れが走るほど。

もちろん、彼女にそれほどのパワーがあったのも驚きだが、それ以上に彼女が物に当たったと言う事実に驚きが隠せなかった。

いや、これは恐らく、自分の怒りが制御できないほど苛立っているという事なのであろう。

 

「そうだ、あいつはある日から突然邪教を崇拝する獣人軍団に、入れ込むようになったんだ。

 その後、彼らと協力して、母に会いに来る父を襲撃、そのせいで母は父に会えなくなった」

 

「それだけならまだしも、父に会えなくなった母にアイツは何をしたと思う?

 『なら新しい男を紹介するよ!』……ばかじゃねぇの!?」

 

「今でも思い出すよ、部屋に押し入る無数の見知らぬ荒くれの男獣人。

 荒らされる家、それを笑顔で見るアイツ。

 家を追われ、父を襲った一味扱いで領内の騎士団にも襲われ。

 ああ、そうさ、最後はあの獣人の獣に、汚される母を見てアイツがなんて言ったかわかるか?

 『よかったね』だぞ?……がぁあああああああ!!!!!」

 

手に持つ杯を握りつぶし、手のひらから血がこぼれる。

その出血すら気にせず、彼女の怒号は上げ続けた。

 

「……ああ、母さんは死んだよ。獣人と邪教に存分に汚された果てに。

 心も壊され、体も尊厳も壊され、命まで奪われて。

 ……すべてを、全てを殺したかった、恨みたかった」

 

「……でも、それでも、お母さんはさ、母さんは最後にこう言ったんだ。

 『マートを、妹を許してあげて』……無理だよ。

 私には、母さんの幸せを、父さんとの絆を、あの家全てを壊したあいつを許すなんて……」

 

「でもね、それでも私はお姉ちゃんだから、あの娘を許してあげなきゃいけないの。

 だって、それが、母さんが私に残してくれた最後の約束だから。

 だから、だから、イオちゃんがアイツを連れてきた時、ああって思ったんだ」

 

「これは私たちへのご褒美なんだ、おかげで、母さんの遺言を守れるようになったんだ。

 これは私たちへの罪なんだ、おかげで、母さんを見殺しにした私の罪から逃れることができないんだなって」

 

「……ねぇ、教えて?イオちゃん。

 私はこれを感謝すればいいの?それとも恨めばいいの?

 こんな運命を仕込んだ神様を、慈悲と厳しさを押し付けてくる神様を」

 

「でも、もしこれが神様が仕組んだことなら、これだけは言わせてほしいの。

 ……どうか、神様、私達をほうっておいてください。

 そして、返して、私の幸せを、私の家族を、私の仲間を……。

 それとも私は……幸せになっちゃいけないの?」

 

涙ながらにこちらにそう語る彼女に対して、私ができることは、唯々抱きしめて慰める。

それだけであった。

 

 

 

 



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第57話 破るのは理性で我慢しました

結局あの後も飲み会は少し続くことにはなるが、少しだけ雰囲気は変わっていた。

なにせ、ベネちゃんは告発の後、明らかにテンションが下がっていたからだ。

 

「うう、うう、わ、私にはあんな妹と同じ、汚れた獣人の血が流れてるんですぅ。

 人間なのに、人間じゃない、獣以下の存在なんですぅ……」

 

そう言いながら、ちびちびと舐めるように杯の酒を味わっていく。

先ほどまでの様子を笑い上戸だとすれば、今は泣き上戸。

それほどまでに今のベネちゃんは、しょんぼりしていた。

 

「生まれながらにして罪だから……。

 獣人なんて、生きているだけで罪な存在なんですぅ」

 

色々と獣人差別やら、やばい発言を繰り返しているベネちゃん。

彼女の過去を考えれば仕方ないが、それでもその発言はいろいろと危険球だぞ?

なお、王国において獣人は、差別こそされるが、存在が罪とまではいかなかったりする。

まぁ、それでも獣人は差別されている過去を持つものが多いせいで、それなりに反体制やらに回ったり、悪神側を信仰するものも少なくないのが事実だ。

え?それは別に獣人に限らないだろって?普通の人間でもエルフでもドワーフでも邪神を信仰する奴はするだろうって?

それは、そう。

 

「それに、これを見過ごす神ってなんですか!

 獣人の薄汚い血なら潰えたほうがいいって話?

 なら、そもそも産まないでくださいよ!? 私だって、信者になるとは言いませんが、邪神の一つも崇めたくなる気持ちもわかりましたよ!」

 

そして、私の前で神様批判や邪神信仰は色々とやめてね?

まぁ、不幸な人は世界そのものを恨むし、そうすれば邪神信仰の基本である、人類への裏切りを対価に、膨大な力を授けてくれる流れにすがりたくなる気持ちもわかる。

 

「……うう、それにようやく神様をちょっとは見直したときに、あのクソうんこがまた私の下に流れて来るなんて……。

 やっぱり、神様っているんだなぁって、そして、神様もクソなんだなって……」

 

それでも、これほどまでに親しくなったベネちゃんが悪堕ちされると困るため、私は彼女を励ますことにした。

そっと彼女の肩に手を回し、包み込むように抱きしめる。

 

「ダメですよ、イオちゃん。

 私は汚れた卑しい獣なんですよ?

 ……それなのに、それなのに……」

 

ダウナーになっているベネちゃんも、流石にこちらの気遣いに気が付いたのか、徐々に声に活気が戻ってくる。

その眼に活力が戻ってくる。

 

「……そうです!今の私には仲間がいるんです!

 辛いこともあった、悲しいこともあった!

 でも、それでも、得るものもあったし、信じた意味はあった!」

 

「暖かい家、安定した資金!

 親切な隣人に、幸せな日々!」

 

「そして……こんな私でも受け入れてくれる最高の仲間!

 かっこかわいいヴァルターさんに、ふかふかのイオさん!

 私、本当に今まで生きていてよかった!」

 

うんうん!そうだね、私もベネちゃんみたいな可愛い仲間ができてうれしいよ。

でもね、ベネちゃんのパワーで抱き着かれると、マジで私動けないんだ。

というか、ベネちゃん細身なのにめっちゃパワーあるなと思ったけど、これが恐らく獣人の血というやつなのだろう。

 

「~~~♪♪

 いいにおい~~えへへ~~♪♪」

 

そして、こっちに懐いてくれるかのように、全身をなめてくるのも獣人の……。

いや、これはきっと彼女自身の性癖だろう。

でないと獣人全体が、ペロリストというやばい事実になりそうだし。

 

「……って、んにゃ!」

 

「あ~~、ここいいです。

 私、ここに住む!」

 

そして、ベネちゃんの絡み上戸はより深いものとなり、はじめは皮膚、次は脇、今はおっぱいの下あたりにその顔を埋めていた。

しかもその過程で衣服も剥ぎ取られてしまったし。

ベネちゃんも半裸だし。

 

「……さすがに、いい時間だし、そろそろ飲み会お開きにする?」

 

「や!もう少しこの時間続けるの!」

 

「ははは、でもさすがに、お酒もほとんどなくて……。

 せ、せめて、お水を持ってくるからそこで待っていて」

 

「むむ~!そんな意地悪なことを言う悪い口はそこか~?

 ちゅ~~♡」

 

「!!!!???!?!?」

 

かくして、この世界に来てからの、初めてのキスの味は酒の味であったとさ。

 

 

☆★☆★

 

そして、翌日。

 

「……ご、ごめんなひゃい……」

 

なんとそこには、床に頭を押し付けんばかりに謝るベネちゃんの姿が!

 

「わ、私みたいな貧相で、卑しい血の女が。

 イオさんみたいな、聖女扱いされてる人にあんな、あんなことをするなんて……。

 も、もはや、腹を切って詫びるしか……」

 

「はいはい、ベネちゃんもそんなこと言わないの」

 

「は、はううぅぅ」

 

なお、ベネちゃんは基本的に飲んだ後も記憶が残る体質だったらしく、どうやら昨夜の痴態は彼女はばっちり覚えていたらしく。

うむうむ、これはいろんな意味でありがたいな。

でないと、こうしてなんでべたべたで朝風呂を浴びなければならなくなった理由を誤解しないでもらえるのだから。

 

「それに、ベネちゃんも自分の血が卑しいとかそう言う事は言わないの。

 そもそも、ベネちゃんの血がどうとか、私達がそんなことを気にするタイプに見える?」

 

「……場合によっては?司祭ですし」

 

「いやまぁ、そりゃそうだけどさぁ」

 

ベネちゃんのあまりにもあっけらかんとした本音に、思わず苦笑してしまう。

しかし、彼女がこうして素直に自分の思っていてくれたことを口に出してくれるのは、彼女が私達に十分馴染んでくれた証だろう。

 

「……でも!おかげで私も安心することができました!

 妹の事で、色々と不安にさせてしまいましたが、おかげで、私はもう大丈夫です!

 これからも不束者ですがよろしくお願いしますね」

 

「うんうん、こちらこそよろしくね」

 

かくして、改めて彼女との間の絆を再確認し、とりあえず二人で朝風呂を堪能しに行くのでした。

 

 

☆★☆★

 

 

なお、その後。

ベネちゃんの妹、マートへの事情聴取。

 

「はっ!!私が高貴な血の理由?

 そんなの、人間の貴族の血と獣人のエリートの血、さらには神に愛されし精神をもっているからに決まっているだろう!」

 

「確かに今の私は苦境に立たされているが、それでもなおこれは私の覇道の一部に過ぎない。

 見てろよそこの堕肉!私につけられた楔が外れたら、真っ先に貴様から殺してやる!」

 

「いや、お前だけではない!

 お前の家族も、この村の住人も全員だ!」

 

「家族?当然愛しているに決まっているだろう!

 もっとも、私の母は、自分の誇り高い獣人の血を受け入れられなかったうえに、神の愛すらわからない馬鹿な人であったが、それでも親は親だからな。

 早く亡くなってしまったが、今は我が神のもとで、きっちり反省しているだろうな」

 

「父?あいつは最低だ。

 力や地位があるのは認めるが、それでも人間の癖に、我が母を誑かし、手籠めにしたことだけはゆるせんな。

 まぁ、それでも我らを産んだということだけで、地獄行き程度で許してやるが」

 

「だから、おねえちゃん!

 そんなところに突っ立てないで、さっさとそいつらを血祭りにあげてよ!

 いまなら、まだ神様も許してくれるはずだよ?

 だから、早くその女やそっちのガキ、いやこんな偽神くさい村なんて滅ぼして、ね?」

 

流石にこれは見過ごせないなと思い、自分が彼女に注意しようとしたが、それよりも先にベネちゃんがその妹をわからせるのであった。

 



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第58話 獣人

というわけで、マートの躾である。

獣人、奴隷、呪われた聖痕付き。

様々な要素こそあるが、それでも彼女の躾というのは非常に困難であった。

一瞬、そもそも躾なんてしなくてもいいのでは?と思うかもしれないが、そんなことはない。

なぜなら、この彼女にかけられた隷属の聖痕は、一応自由意志を奪って操ることこそできはするが、それは基本的に魔力消費が必要だ。

しかも、その状態では基本的に命令の融通は利かないし、下手したら事故が起きるためあまり使う気も起きない。

それに、まぁ人格面は怪しくはあるが、それでもベネちゃんの妹なため、あまりひどいことをする気にもなれない。

だからこそ、なんとか彼女をある程度自分からこちらの言う事を聞かせ、きちんとした娘へと更生させる必要があるわけだ。

 

「というわけで、手始めに鼻っ柱をへし折ってみよう!」

 

そうして、最初にやったのは戦闘訓練である。

改築によりそれなりに大きくなった中庭。

そこで自称高貴な血やら獣人のエリートなら何とか出来るだろというわけで、ヴァルターの組手の相手をしてもらったわけだが……。

 

「んびゅ!」

 

「……ん~、まぁこんなもんでしょ」

 

当然ながらこの戦いはヴァルターの圧勝であった。

一応ヴァルター側は木刀であり、マート側は木刀ならぬ木ナイフという違いはあったが、それでもその差は歴然であった。

構えや動き、その技の鋭さ、どれをとってもヴァルターのほうが上であり、その力量の差は武術素人の自分の目から見ても明らかであった。

 

「さすが!ヴァルター、かっこいい!!

 そして、マートもよく頑張りました」

 

「へへ~、まぁ褒められてうれしいけど?

 もっと強い相手じゃないと張り合いがないかなぁ」

 

「……ぐぎぎぎ!も、もう一回だ!!

 もう一回やらせろ!!」

 

お互いの健闘をほめると、ヴァルターは嬉しそうにしながらも複雑そうな顔をし、マートは悔しそうに、再戦を申し込んでいた。

 

「で、結局ヴァルター的に見て、この娘の強さはどのくらい?」

 

「初心者冒険者以上、熟練盗賊以下。

 肉体的素質は感じるけど、技術やらなんやら全てがなっていない感じだね。

 まぁ、鍛えればそれなりに物になりそうだけどね」

 

新しく入った双子の奴隷から、タオルを受け取りつつヴァルターはそう言った。

ヴァルター曰く、この周辺地域の同条件での単純な近接戦闘力評価は、彼自身が一番上、その次がトガちゃん、その次にクッコロ。

その下に熟練冒険者や地域全体に遍在する強めの盗賊などがおり、そこからさらに下ってこの娘、といった程度の強さだそうだ。

 

「まぁ、そもそもこれはあくまで正面から同じ武器を持って、同じ耐久力だったらのお話だから。

 トガちゃんとかは、アンデッドゆえの強い不死性がネックだし、クッコロも馬上戦闘なら話が変わってくるかもしれない。

 それに、ボクだってまだ奥の手はあるんだからね!」

 

そう言いながら、胸を張るヴァルターの様子に、心強さよりも微笑ましさを感じるのは彼の人柄からだろうか?

まぁ、彼だって無数の人間を一瞬で葬り去った実績がある。口調こそ穏やかではあるが、敵対者にとってはガチで恐ろしい事実である。

 

「それに~?どうやら、彼女もまだまだ奥の手があるみたいだからね」

 

「……そうだ!貴様、よくわかっているではないか!

 そう、私は選ばれし真の獣人、その真の力が発揮できれば、貴様らこそ……」

 

「それじゃぁ、見せて」

 

「え」

 

「お互い最後まですっきりやりたいでしょ?

 だからその真の力とやらを見せてよ!」

 

ヴァルターがはっきりとマートに向かって言う。

そして、恐る恐る彼女はこちらの顔色を窺ってくるので、私もはっきりこう宣言した。

 

「いいよ、全力でやっても。

 まぁ、どちらかが互いを殺しそうなら何とか止めるけど。

 そうでないなら、治せるからね、全力でやってもいいよ」

 

自分たちの間に不思議な静寂が訪れる。

おそらく、その奥の手を知っているのか、ベネちゃんが不安げながらも力強い瞳でヴァルターを見つめ、静かに手を組む。

そうして、マートは静かに笑い始め、そして、高らかに声を上げてこう宣言した。

 

「はは、ははは、はははははは!

 言ったな、言ったなぁ!いいだろう!ならば貴様らに見せてやる!!

 獣人の真の力を、恐るべき、狂える獣人、その真の本性を!!」

 

彼女がそういうと、その言葉と共に、彼女の輪郭に変化が現れる。

口角が伸び、頭蓋が変形する。

全身の体毛がざわざわと伸びていき、その爪や牙が伸びていく。

その身から陰の魔力があふれ出し、その邪悪な気配に、こちらの聖痕の残滓もわずかにうずく。

マートの全身の隷属の聖印が赤く光り警告を発し、何よりも彼女の額には邪神の邪印がはっきりと浮き出していた。

 

「ぐぎぎ、ぎるぎるぎる!

 きゅきゅきゅきゅきゅ!!!!!」

 

かくして、その場にいたのは一匹の巨大な獣であった。

獣人というにはそれはあまりにも獣寄りであり、獣というには、あまりにも邪悪過ぎた。

その眼にはいくらかの知性が垣間見えるが、理性はなく、それでいて獣が持ち得ぬ邪悪さと残虐さが見られた。

獣に持ちえぬ邪悪さや残虐さがみられていた。

 

「……わ~お、これは思ったよりもやばいのがきたね」

 

「……っ!!」

 

化け物に変形してしまったマートを、やや焦りながら観察するヴァルター。

その様子を悲しげな眼で見るベネちゃん。

 

「アルティメットモフモフ……!!」

 

なんか別の感想が出てくる我が脳みそ。

いや、仕方ないやん。あれすごい毛量なんやぞ?絶対現代人が見たら顔を埋めたくなること必至やぞ?

おもわず、触っていい?って言いたいけど、今はタイミングが悪そうなので後にしよう。

 

「くくく、こ、ここまで来たらもう私でもこの体を制御できん!!!

 壊し、暴れ、全てを葬る!!

 はは、はははは! あの襲撃の際にも解放しなかった、いや、私自身恐れていた力を!!

 見せてしまったからには、もう止めることはできん!!」

 

「そう!この【邪獣人(ランカスロープ)】の呪い、その真価を!」

 

邪獣人(ランカスロープ)

たしか、話にだけは聞いた事がある、邪悪で危険な獣人種。

ただ人より身体能力が高いだけではなく、文字通り邪神の加護を生まれながらに授かっている獣人であるとか。

そして、この獣人の何よりの特徴は、【獣化】とよばれる理性を犠牲にその身体能力を大きく上げる能力と、【獣化の呪い】という感染性の呪いをその身に宿していることにある。

 

「え~っと、つまりマートちゃんは……」

 

「そう!我が母は、我らと同じ邪獣人(ランカスロープ)!!

 この呪いを持ちながら、人として生きることを望んだ臆病者だ」

 

「そして、我らの教団は、この力を使い、全ての人類を邪獣人(ランカスロープ)に!

 この世界全てを我が神様の名のもとに、獣人の国に、獣人の世界へと染め上げるのだ!」

 

究極毛玉と化したマートが陰の魔力とモフモフを揺らしながらそう高らかに宣言する。

 

「そして、我が姉よ!この血を、この呪いを受け入れろ!!

 なぜこの神の祝福に身を任せないのだ!

 この祝福を、この新たな誕生を世に広げぬ!

 人ではなく獣人の世界を、邪獣人(ランカスロープ)の世界を共に作るべきだ!」

 

「……あなたは、母さんの遺言を忘れたの!?」

 

「あれは我が母が間違っているのだ!!

 なぜ、獣人の中でも特に優れた我らが、牙も爪もない人間ごときに頭を下げねばならんのだ!!

 臆病者は黙っていろ!」

 

ベネちゃんとマートが口論を繰り広げ、束の間空気が一触即発になる。

しかし、一番初めに動いたのはこの2人のどちらでもなかった。

 

「……っ!!貴様?」

 

それは小石。

その巨獣と化したマートに対して、ヴァルターが投石。

しかも、わざと鼻先をかすめるように投げ、直撃しないぎりぎりのコースでだ。

 

「ねぇねぇ?よそ見はひどいんじゃない?

 一応は模擬戦だよ?相手はボク!その辺、わかってる?」

 

「……貴様、この姿を見て、なお、そのような戯言を言うつもりか?

 すでにこれは試合ではなく、殺し合いに……」

 

木刀を構えながら、不敵に挑発するヴァルターに向かって、マートは忌々しげに、力強くにらみつける。

 

「いや?これは、まだただの模擬戦だよ?

 なにせ、君ごときが、ボクの体を傷つけられるとは思わないからね」

 

しかし、それでもなおヴァルターの余裕は崩れず。

片手で手招きしながら、こう宣言した。

 

「それより、さっさと始めようよ!

 ボクは試合でも死合でも構わないからさ!」

 

「さっきからうだうだ言って、一向にこちらに攻めてこないじゃないか。

 それともなんだい?そんな恰好、そんな図体をして……怖いのか?」

 

「……っっ!!!言ったな貴様!

 覚悟しろぉおお!!!!!」

 

かくして、邪獣と化したマートと今なお木刀を振るうヴァルター、両者による模擬戦の第二幕が開始されたのでした。

 

 

 

なお、結果。

 

「きゅ~~」

 

「はぁ、はぁ!ぜ、ぜんぜん!超全然余裕だったし!!!

 これぐらい楽勝に勝てると思っていたし!」

 

なんとそこには、無事とは言わないが、汗だくだくながらも無事に無傷で勝利したヴァルターの姿が!

 

「おつかれ~、呪いや怪我に関しては……。

 まぁ大丈夫みたいだね」

 

「と、当然だし?

 彼女からの攻撃は傷一つ受けていなくて……がほっげほっ!!」

 

渡された水を、咽ながら飲むヴァルター。

一応本人は無傷と言ってるが、その服はぼろぼろであるし、靴だってこの一戦だけで穴あきだ。

何よりも10本以上あったはずの木刀のストックがこの一戦だけでなくなったといえば、この戦いの激しさがよくわかるというものだろう。

 

「え、えっとその、お風呂沸きましたけど……」

 

「うお~!あ、ありがとう!

 ……ありゃ?」

 

さらには、模擬戦が終わったことで気が抜けたのか、ぺたんと腰を落としてしまいその他に倒れ伏してしまった。

 

「ヴァ、ヴァルターさん!?」

 

「あ~、はいはい、私が持っていくよ~。

 ベネちゃんは、妹さんをお願い」

 

「ひゃ、ひゃいい……」

 

一応彼を運ぶついでに、魔力的診察を行ってみたが、どうやら本当に呪いの類は受けていないようだ。

ほっと一安心しながらも、彼の頭をこちらの膝の上に乗っける。

 

「……お疲れさん。

 かっこよかったよ」

 

「へ、へへ、へへへへ!

 でしょ~?せっかくだし、無傷非殺でクリアしたんだから、特別の報酬に、勝利の女神のキスぐらいしてほしいかな~なんて……」

 

「つまりは、ベネちゃんのキスと?」

 

「え~、いや~、それもうれしいけど、そうじゃなくて……」

 

「はいはい、でもさすがにそれはちょっとな~。

 そんなに私も安い女じゃないしね」

 

「ですよね~……ははは」

 

純粋ながらも、少し落ち込むヴァルター。

しかしながら、ここまで頑張った彼にはしかるべきご褒美があるべきだし、それが男を見せたのならなおさら。

さらに言えば、ここでもしマジで無報酬だと、彼が落ち込むだけではなく、ベネちゃんがヴァルターに代わりの報酬をとか言いだして、最悪ヴァルターとベネちゃんが恋人関係に、なんてクソめんどくさいことが起きるかもしれない。

 

「だから、はい!

 今回はこれだけっと」

 

「……!!!!!!????!?!?」

 

自分がご褒美を上げた瞬間、ヴァルターはどこにそんな体力が残っていたのか、その場から跳ね上がる。

そして、額を押さえながらこちらの唇をじっと見てくる。

 

「あ、一応それはただのご褒美じゃなくて、【祝福】系の奇跡もおまけしておいたから」

 

「あ!え、そ、そうじゃなくて……」

 

「対呪、対邪悪だけではなく、運命力のアップなんかの効果もあるから!

 まぁ効果は数日だろうけど、賭け事を楽しむのもありかもね~」

 

「こ、効果なしでもいいから、もう一回、もう一回!!!!!!」

 

かくして、模擬戦の後なのにやけに元気になったヴァルターを尻目に、今後のマートの扱いについて、思案するのであった。



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第59話 餌付け

「で、どうする?

 ヴァルターの次は私が行ってみる?

 ちょうど最近、改造ドラゴンゾンビモドキが完成したから、ちょっと試運転してみたいんだけど!」

 

「……っふん!

 運がよかったな!今は邪獣化は神力が足りなくて使えないみたいだ!」

 

「……主人としての命令でも」

 

「いや、マジで無茶を言うな。

 あんなもの、めったに使えないから奥の手なんだよ!

 普通なら、新月か満月の夜にしか使えない!」

 

というわけであの模擬戦からしばらく後。

現在は、自宅の一室(急造したマート専用の部屋)で改めてマートと面談中だ。

そして、話を聞いていく中で分かったことは、どうやらあのすごいモフモフ形態は邪獣人(ランカスロープ)と言えども早々にできるものではない、奥義的な物らしい。

 

「あの時のだって、隷属の邪印で貴様と繋がっていたから何とかできただけだ。

 この邪印の力と、さらに私が信仰する情動神様から授かった加護の力だな。

 この加護の力さえ使えれば、ある程度好きな時に発動できるが、それでもせいぜい月に1回ぐらいだ」

 

「……そっかぁ」

 

「いや、なんでお前はそんなに残念そうなんだよ。

 そこは喜ぶところだろ」

 

くっそ、個人的には診察と銘打ってあのモフモフを好きな時に堪能できると思ったのに!!

それが混乱邪神の力+回数制限付きだったとは!

これでは、おそらくモフりたいという名目だけで変身してもらうのはいろんな意味で困難だろう。

 

「それにお前、この様子を見てなおもう一回やれっていうのか?」

 

「あ~、それってやっぱりヴァルター君の攻撃が原因ではない感じ?」

 

「そうだ。

 そもそも邪獣化はそれなりに体に負担がかかる奥義だからな。

 あいつにぼこぼこにされたとはいえ、それだけなら獣人の回復力でなんとかなる。

 が、邪獣化の反動はそれ以上に重いのだ」

 

「ふ~~ん」

 

なお、現在マートはベッドの上で横たわりながらこの面談を行っている。

彼女の病態としては、いくつかの模擬戦による打撲痕や擦り傷、魔力不足、さらには圧倒的な栄養不足に水分不足であった。

そして、こんな状態になりながら、彼女は邪神信仰をしている+邪獣人としての特性か、【奇跡】による回復魔術がびっくりするほど効果が薄いのだ。

 

「……どうだぁ?

 この呪われた、恐ろしき邪獣人の血に恐れおののいたか?

 くくくく、今から後悔してももう遅い!貴様はすでに我が呪縛に……んぎゅ!」

 

「はいはい、それほどしゃべる元気があるなら、問題なさそうではあるけどね。

 味はどう?」

 

「……悔しいけどおいしい」

 

だからこそ今こうして、実際に飯を食わせて体力を戻させているわけだ。

地味に大食いであったベネちゃんの妹でもあるし、それなりの量を持ってきたが、どうやら正解であったようだ。

内容としては、一応は麦たっぷりのおかゆに肉と芋と野菜を加えたもの、それに塩とスパイス、さらに酒で味付けをしたものだ。

 

「……というか、こんなに塩や香辛料使ったら誰でもうまいもの作れるだろ。

 なんだよ、流石に無駄遣いしすぎだ。

 この飯だけで、私の値段超えてんじゃねぇの」

 

「まぁね。

 というか、君はほぼ投げ売りみたいな値段だったし」

 

「ば~~か、金銭感覚ぶっ壊れてるんじゃねぇの?

 それともなんだ?こんなうまい飯おごれば、私の怒りが収まるとでも……」

 

「いや? 別に君に怒られても怖くないし。

 模擬戦、やる?」

 

「……治ったら憶えてろよ」

 

どうやら、ヴァルターによる躾も隷属の聖痕の効果もばっちり発動しているようだ。

暴れなくて何よりである。

 

「ほら、それじゃぁ食事の続きだから。

 口を開けて、ほら、あ~ん」

 

「……」

 

「あ~~ん」

 

「……あ~ん」

 

匙に粥を乗っけて、彼女の口に運ぶとパクパクと食事を食べていく。

粥粥粥、時々肉とイモ。

表情こそぶっきらぼうであるが、肉の破片を運ぶごとに、頭部の耳がピコピコ動き、鼻がピスピスとなっている。

こっちが、肉を取ろうかイモにするか迷うたびに、そわそわと尻尾が揺れ、肉をとると尻尾がピンと張り、芋を選ぶと尻尾がへにゃりとする。

なんだこいつ、存在が可愛いかよ。

 

「……」

 

「……おい、なにしてるんだ?」

 

「なにって、ただ撫でているだけだが?」

 

思わず、友人の妹と分かっているのに、自然と頭部にあるケモミミに向けて手が伸びてしまった。

が、まぁ私は彼女の主人であるし、ある意味では診察みたいなものなので、おそらくはセーフなのだろう。

……っく!まだ軽く体を水で拭いた程度なせいか、あんまり毛並みがふわふわしてない!!

これは後でお風呂送りですね、間違いない。

 

「……お前人間だろ、邪獣人(ランカスロープ)の呪いを知らないのか?」

 

「知ってるし、理解したうえでやってる」

 

「……もしや、邪獣人になりたいのか?」

 

「いや別に?

 でも、絶対なりたくないほどでもない」

 

「……そうか」

 

もっとも、撫でられている側のマートは、その手を押しのけるでもなく、意外にも素直に撫でられを受け入れてくれた。

やっぱり、獣人故、やや毛深いのかな?

まぁ、それよりも全身のムダ毛処理をしてないからなのだろうが、それでも、毛というよりは毛皮みたいな部位もあるし、やっぱり、ある程度の肉体構造が違うのだろう。

そもそも変形できるから、そんなの些細な問題だろうが。

 

「……あっ」

 

「ん?どうした?」

 

「……なんでもない」

 

く!こいつ、視線こそこっちからそらしたくせに、撫でるのを止めた瞬間、しっぽと耳がへにゃっとなりやがったぞ!

なんだこいつ、性格がどぶの癖に、獣人ってアドバンテージだけで、こちらを的確に攻めてきやがって!

 

「ま、まぁ!ともかく、この様子だと数日もすれば体力は戻るはずだからね。

 そしたら、きちんとこの家での家事仕事やらをやってもらうよ」

 

「……それ、大丈夫か?

 私、邪獣人だぞ?しかも、神の力により呪いの力は強化されている」

 

「あ~、そういえばそうだね。

 ……でもまぁ、大丈夫でしょ。

 少なくともこの家に関しては、神聖術でも呪術でも強化しているし」

 

「それは本当に大丈夫なのか?」

 

「すくなくとも、日常的に一般人が触れれば即死するような死霊術の実験を行っているけど、この家の人にも、外部にも犠牲者は出てないし」

 

「それはそれで大丈夫なのか?別の意味で」

 

ややドン引きした顔でこちらを見るマート。

でもしょうがないだろ、バグキオスの親子改造ゾンビなんてその位の術を使わないとうまく制御できないんだから。

え?なら、そんなもの作るなって?それはそう。

 

「と、いうわけで!

 体が治り次第、色々お手伝いのほど頼むぞ!

 ベネちゃんの妹さん!」

 

「……マートだ」

 

「ん?」

 

「だから、お姉ちゃんの妹でもなく、獣人とかあれとかそれでもない。

 私の名はマートだと言ってるんだ」

 

「うん!それじゃぁよろしくねマートちゃん!」

 

かくして、正式にはやや先ではあるが、彼女がこの家で働くことが決まったのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

なお、数日後。

 

「うえっ!?」

 

「うお!食器が砕けた!?」

 

「んぴゅ!?」

 

「え?床掃除したら、床に穴が開いた?」

 

「うわぁああ!!!」

 

「うおっ!水、水!

 このままだと火事になるぞ!?」

 

どうやらマートちゃんは、別に家事とかそういうことはほとんどやったことがなく。

挑戦する家事のことごとくで失敗。

邪獣化以上の損害を効率的に与えてきたのでしたとさ。

 

「まさか、ドジっ子メイドだったとは」

 

「う、うちの妹がすいません……」

 

さもあらん。

 



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第60話 ケモミミメイドご奉仕プラン

まぁ、結局のところ、新人メイドマートはいろんな意味でメイド向きの人材ではなかった。

彼女自身が不器用であるし、清潔に対する意識は薄く、料理にこだわりが薄い。

その上今まで、教団で祭り上げられたり、盗賊団として参加することはあっても雑用を任されたことがない。

そもそも家事や雑務の経験自体が圧倒的に不足していたのだ。

 

「……仕方ないだろ。

 私の持つ邪獣人の加護は、低位でも発熱や下痢に、混乱に凶暴化。

 重症だと、獣化に発狂。

 最悪、魔物化もあり得る呪い…いや、祝福だからな」

 

「無論、身体共に適性さえあれば、獣人に、さらに良ければ邪獣人になれる。

 とはいえ、素質持ちすらある程度限られて、成りたいものはさらに一握りだ」

 

マートの作った見た目がちょっと残念な目玉焼き料理を食べながら、彼女の言い訳を聞く。

 

「だからこそ、私は選ばれた存在故に料理やら家事やらはしない。

 この祝福を無為にばらまくことは、母からも禁止されていたし、私とて、この祝福によって死ぬ人を無為に増やすつもりはない」

 

「……もっとも、どこぞの変態はそんな私に。

 選ばれし存在に、わざわざ給仕のまねごとをさせて、愉悦しているようだが」

 

彼女がじっと睨みつけながら、嫌みを言う。

ともあれ邪獣人の呪いは思ったよりも、厄介なものであったようだ。

彼女曰く、邪獣人の呪いは吸血鬼のそれとは違い、本人が制御できないくせに、それなり以上の感染力と致死性を持っているらしい。

一応、彼女の体から伸びようとする呪いと無数の謎の菌の気配が見え隠れするため、彼女の邪獣人化の呪いがどのような物かも感覚的には理解できている。

これが真実なら、かつての彼女は結構やばい存在であったのだろう。

 

「まぁ、でも安心して。

 この家ならもちろん、どうやら隷属の聖印でも、基本的に今の君の邪獣人の呪いは抑えられているよ。

 少なくとも、周囲に無為に感染させることは不可能だと思うよ」

 

「……」

 

「だから、適性や経験不足は仕方ないにしても、家事については少しずつでも覚えていってもらうからね。

 どじっ娘メイドは今はまだかわいいから許すけど、数か月もしたら、普通の家事くらいはできるようになってもらうつもりだからね。

 覚悟しておくように」

 

「……へ~い」

 

口でこそ不服そうに言ってるが、地味にピコピコ跳ねている尻尾や耳が彼女がそこまで嫌がっていないのが眼に見えてわかる。

なんだよそのあざとい耳と尻尾は、もう少し本音を隠す努力をしてもらいたい、襲うぞ。

 

「……それよりも、そろそろ料理の味が薄くなってきたな~

 あぁ~、おいしさが足りないな~」

 

「……っ!おい、本当にそれ、やんなきゃいけないのかよ!

 別にこれ必要ないだろ!」

 

自分の意図していることに気が付いたのか、耳がピンと張り、頬を染めるマート。

しかしながら、これは事前に約束していたことであるし、何より彼女が残念ながら料理を焦がしてしまった負い目がある。

それゆえに彼女は、恥ずかしがりながらも、その行動をとってくれた。

 

「……お、おいしくな~れ♪

 おいしくな~れ♪もえもえきゅん♡」

 

FOOOOOoooooo!!!!

生意気獣人メイドのおいしくなぁれサービス入りましたぁ!

 

「……おい!!こんなこと邪獣人である私にさせて何の意味があるんだよ!

 料理に邪獣人の呪いがかかっていいのか!

 というか呪いかかってるだろ!それ!」

 

尻尾をぴんと張りながら、マートがぷりぷりと怒る様子を見つつ、彼女の不揃いな料理を食べる。

正直、彼女の朝食はまだまだあんまりおいしくないし、焦げている部分も多い。

けど、それでも目の前に作った娘がいて、それが奴隷でメイドで、しかも赤面になりながらも逆らえずサービスしてくれるって、それは最高の調味料だなって。

 

「うんうん!

 おいしいおいしい!

 マートちゃんは将来、凄腕の料理人になれるかもねぇ」

 

「……見え見えの世辞はやめろ。

 ったく、本当にうまそうに喰いやがって、邪獣人になっても知らないぞ」

 

こんな状態でも料理をほめられてうれしいのか、しっぽはくるくると回って喜びを表現している。

それと全然関係ないけど、今日の遅めの朝食は私とマートの2人だけだ。

さすがに、やばい奴相手とはいえ、仲間の妹にご奉仕プレイを強要させて楽しんでいるのを、ヴァルターやベネちゃんにばれるのは、心苦しいを超えて恥辱すぎる。

 

「はいはい!それじゃぁ次はあ~んでもしてみる?

 あ、セリフはご主人様、私を食べてにゃん♪でお願い」

 

「お、おまえ!それマジで言ってるのかよ!!

 というかニャンってなんだよ!?」

 

「え?だめ?」

 

「だ、だ、だ、ダメダメに決まってる!

 というかどういう願いだよ!」

 

「……隷属の聖印の効果使おうかな」

 

「!!!?!?!?」

 

かくして、マートちゃんの愉快な光景を全力で楽しみつつも、彼女の手料理を堪能。

途中でアリスが乱入してくるまで、存分にそのマートとの主従の戯れを楽しむのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

なお、その日以降もマートのメイド修業は日々続き、その結果彼女の家事適性に一つの光明が見られる。

 

「というか、マートちゃんは邪獣人だけあって、陰魔力への抵抗力がかなり高いね。

 なら、ちょっぴり呪術を学ばない?」

 

「!!!?!?!?」

 

「……!!つまりは、私の妹弟子ってことですね!

 私があなたのお姉ちゃんです!アリス姉と呼んでもいいんですよ?」

 

「なんでだよ!」

 

さもあらん。

 



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第61話 姉妹の絆

さて、半ば思い付きで始めたマートの呪術修行。

これは思ったよりも順調に進んでいた。

 

「う、うわぁああ!!」

 

魔力放出の修行である、練習用の発光の魔法の杖を用いた発光修行では、彼女のあまりの魔力放出量により、魔法の杖を破壊。

強い光を放った後に、魔法の杖が内部から破裂するように壊れてしまったほどだ。

 

「お~、すご~……。

 じゃない!えっとその、大丈夫?

 多分素材が素材だから、ケガはないと思うけど?」

 

ほぼ初見から発光を成功させるだけではなく、まさかの杖を破壊できるレベルの魔力を放出したことに驚きつつ、足早に彼女の下へ駆け寄る。

なにせこいつは、奇跡魔法の効きが悪いからな。

まぁ、それでも自然回復速度は速いから、そこまで問題ないだろうが。

 

「あ、え、えっと、その、わ、わりぃ!

 あの、お前から渡された魔法の杖を壊しちまった!

 あ、あの、これの弁償とかは……」

 

「え?そんなもんはどうでもいい。

 それよりもお前の体のほうが大事だ。

 ほれ、回復するから受け入れろ」

 

「あ……え……あはは、そうか、そうだよな」

 

杖の木片や骨片が、彼女の体に刺さっていないか不安であったが、どうやら怪我はしていないようで一安心である。

一応一度に大量の魔力放出をしたが故、生命力やら体調を維持するために魔力が消費され、体に疲労がたまっているが、その程度。

外傷はないようで何よりだ。

 

「はい、これ、魔力回復用のポーションね。

 味のほうは、保証しないけど、残さず飲んで……」

 

「いや、まずくないぞ。

 ごちそうさま」

 

「はやっ!」

 

う~ん、一応は人間の味覚的にはそこまでおいしくない成分でできているのだが、どうやら邪獣人である彼女の味覚は別物なようだ。

そこそこ貴重品な薬故に、間違ってがぶ飲みしない様に、うまくもまずくも無くしているのだが、どうやら再検証の必要があるようだ。

 

「おぉ~!妹弟子があっさり発光をクリアしましたか!

 で、も! すでに私はその先の先! なんと、死霊召喚まで行っているのです!

 ふふふふ、それに杖を破壊できたのはさすがですが、発光を長く安定的に維持するのはより困難!

 ふふふ、姉弟子の座はまだまだ渡しませんよ」

 

「うぐぐぐぐ!こんなちみっこの癖に!」

 

「ちみっこ言うな!」

 

かくして、アリスとマートのじゃれ合いを尻目に、私は彼女のために次の試験用の題材を準備するのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

「え、えっと、その……大丈夫ですか?」

 

さて、そんな風にマートに呪術修行を行ってから、さらに数日後。

ベネちゃんから、改めて話があると、それとなく呼び出されていた。

 

「えっと、マートちゃんの様子?

 まぁ、基本は見た通り、どことも問題を起こしていないし、呪術修行も基本的に問題なし。

 家事に関しては……まぁ、普通の家事は適性が薄いからね。

 時々練習こそさせてはいるけど、基本的には本人が得意なことをさせている感じかな」

 

「え、えっと、あの娘の得意なこととは……?」

 

「革のなめしとか、後は呪術や死霊術の素材の調合とか。

 まぁ、細かい作業は無理でも、大雑把なことならわりとって感じだね」

 

かくして、ベネちゃんに現在のマートの待遇を順番に説明していく。

内心、彼女の妹に危ない陰魔力作業やら、呪術を学ばせていることについて文句を言われるかもと思ったが、どうやらそうではないようだ。

 

「え、えっと、その……それに関してはむしろ感謝していて……。

 あの娘があんなにう、うれしそうで、元気そうだから……」

 

「む、むしろ、イオちゃんには感謝してるんだよ?

 私だけじゃなくて、あの娘にも優しくしてくれて……。

 獣人の、特に邪獣人の血が流れてるのに、以前と変わらず優しくしてくれるなんて……」

 

ベネちゃんがおずおずとこちらにお礼を言ってきた。

 

「いやいや、むしろお礼を言いたいのはこちらの方だよ。

 妹を奴隷という形でしか救えなかったし、そんな私でもベネちゃんは笑って許してくれたからね!

 むしろ、マートちゃんを奴隷として雇ってるこんな死霊術師の私でもベネちゃんは許してくれるのかなって」

 

「そんな!私は全然気にしていないよ!

 む、むしろ、マートに関してはもっと厳しくても……」

 

「まぁ、ベネちゃんは優しいからね。そう言ってくれるとは思ったよ。

 でもまぁ、あんまりベネちゃんの好意に甘えすぎるのも問題だからね。

 マートちゃんについては、それなりに節度を持って接していくつもりだよ」

 

マート相手にケモミミ萌え萌えメイドやらせて何を言ってるんだと思うかもしれないが、それでもそれ以上はしていないからセーフ。

お互いの合意の上であり、それ以上のことは起きていないから問題ないはずだ。

 

「……む~」

 

しかしながら、それでも何やらベネちゃんは不服顔。

もしや、こっそり、マート用に獣人ブラッシングブラシを作ったことか?

それとも、体の清潔さを言い訳に、お風呂で丸洗いしたことがばれたか?

 

「え、えっと、その……あの娘の世話を焼いてくれるのもうれしいけど……。

 あ、あの、もう少しイオちゃんの本来のお仕事を……」

 

「あ~、最近ミサやら司祭としての仕事は兄弟子に任せがちではあったなぁ。

 兄弟子も知り合いを引っ張ってきてくれたから、教会の仕事が減ったとはいえ、時々は顔を出したほうが……」

 

「ん~~!」

 

どうやら自分の発言は何か間違っていたらしい。

ベネちゃんは膨れ顔でこちらを見やり、怖くない顔で睨みつけてくる。

そんな光景に微笑ましさと、申し訳なさを感じつつ、どうしようかと悩む。

が、その時先に行動を起こしたのはベネちゃんの側であった。

 

「これはあんまりやりたくなかったけど……ん!!」

 

少しベネちゃんが気合を入れると、すると、そこには頭部から突然ケモミミをはやしたベネちゃんの姿が!

 

「え、え、ええぇ!!!

 そ、それ……ほんもの!?」

 

「ふ、ふふ!じ、実は本物で~す!

 お母さんの遺言で、人前では見せちゃダメって言ってたけど……。

 信頼できる伴侶……こほん!仲間相手なら、OKっていってたから!」

 

「……」

 

「で、ど、どうです?

 そ、その……触ってみる?

 ちゃんといつも洗ってるから、ふわふわだよ?」

 

「……いいの?」

 

「も、もちろん!

 で、でも、代わりに、優しくしてね?」

 

実は獣人化もできたという驚愕な真実よりも、ケモミミに肉球という実にご都合主義な外観に感動。

そして、それを容赦なく見せつけてきたベネちゃん。

かくして、この後は先ほどまでの不機嫌も忘れて、ベネちゃん相手に全力でなでなで。

そしてそれは、ヴァルターが来るまで続けられ、3人で秘密を共有することになり、その時にはすっかりベネちゃんのご機嫌も治ることになっていたのでしたとさ。

 

☆★☆★

 

なお、それから数日後。

 

「……ここに怪しい獣人とそれを匿うカルトがあるときいた!

 おとなしく、その霊地及び不当に占拠された教会を明け渡してもらおうか!」

 

「え、だれこいつら」

 

「マジで誰だ」

 

なんと、このギャレン村にクソ怪しいカルティストの群れがやってきて、急にこちらを糾弾し始めてくるのでした。

いや、マジで誰だよコイツら。

 

 



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第62話 カルト

「というわけで、この家に住む司祭は死霊術師なのだ!

 村の者たちも、これでこいつが偽物の司祭だとわかっただろう!」

 

「いや、そんなものとうに知ってるし」

 

「おめぇら今更何を言ってるんだ?」

 

「な、なん……だと……!?」

 

さて、家の前に謎の集団がわいてからしばらく。

彼らはこちらの家の前でわめき始め、わざわざ金をばらまいて、この家や教会を糾弾しに来た。

具体的には、この家は死霊術師に占拠されているとか、獣人の気配がするとか。

まぁ、あることあること言いまくって、批難してきた。

ちくしょう、大体は事実ゆえになんも言い返せねぇ。

 

「でも偽司祭って、流石にそれはねぇべ。

 確か、噂に聞くに冥府神様は有名じゃねぇけど、きちんと神様なんだべ?

 なら、何の問題もねぇべ」

 

「う……ぐ!

 し、しかし、冥府神は善神ではなく、すなわち怪しい神の一種といっても……」

 

「でもそれ言ったらあそこは、兄弟神様、すなわち冒険神様の神殿でもあるんだぞ。

 冒険神様は基本どこでも善神なんだろ、それに文句をつけるのはおかしくないか?」

 

「な!なぜこんなど田舎の貧民ごときが……!!

 ぐ、ぐぅ、だ、だがそんなもの詭弁だ!

 所詮冒険神なんぞ、弱小神に過ぎないではないか!!

 善神というには格が低すぎる!!」

 

でもまぁ、残念ながらいくら私が死霊術師であっても、マイナー神の司祭であっても、私が本物の司祭であるのには変わりないわけで。

さらに言えば、何も知らない無知な人ならそれで騙されるだろうが、残念ながらこちとら日ごろから村人と交流しているし、ミサによりこちらの世界の宗教について教化済みだ。

口論の勢いと強い口調で押し切ろうとしていたらしいが、どう考えてもそれは分が悪いぞ。

 

「というか、見た目いい格好している上に、結構高等な法衣着ているけど、その割に簡易の聖印すらないね。

 信仰している神は何?」

 

「き、貴様のような邪教徒に、伝える言葉はない!!」

 

そして、見た目や装備にかけられた奇跡こそ本物ではあるが、それでも自分の信仰を公表しない上に、言動が怪しすぎる。

なによりも本物の奇跡の力を授けられておきながら、聖印の一つもない装備というのはさすがに不気味すぎるのだ。

 

「え?それっておかしくねぇべさ?

 自分の信仰する神を明らかにしないって、どう考えてもやべぇ奴らだべ!!」

 

「蛮神?混乱神?それとも混沌……!!ぎ、偽証神か!?」

 

「な!!き、貴様ぁ!?我らの信仰を疑うのか!!」

 

「なら信仰を言えよ」

 

「うぐ……」

 

どんどん彼らの言動からはぼろが出てきて、その怪しげなカルト集団に向けられる視線は、不信から敵意へと変わっていく。

 

「そ、それならばこの光を見よ!

 奇跡【聖光】!この聖なる輝きを見れば愚かで無知なものでも、どちらが真実かわかるはずで……」

 

「はい、聖光」

 

「なにぃ!?」

 

「い、インチキだ!そ、そんなの魔道具を使って再現しているに決まっていて……!?」

 

「いや、それはそっちの方だろ」

 

そして、それは多少の奇跡を使った所で、焼け石に水であった。

 

「だ、だが!それでも貴様が、獣人、その中でも特に邪悪な邪獣人を匿っているということは既にお見通しだ!!

 

 貴様がどのような邪悪な企みを練っているか知らんが、これは明らかに善神様達への背信行為だ!!

 貴様のような邪悪な悪人の企みは、決して見逃せん!」

 

しかしながら、それでも疑問なのが、なぜこいつらがここまでこちらの状況を掴んでいるかということだ。

正直、この家の魔術的防御はかな~り緩いとはいえ、それでもここまでこちらの状況がばれているのはいろいろと想定外だ。

それこそ、大教会の大司祭クラスが本気で探りにでも来なければ、ここまでこちらの情報を掴めないとは思うが……。

まさかねぇ?

 

この騒ぎをどうしようかと考えていると、こことは別の場所で騒ぎの音がした。

何事かと思えば、それはあの教会の方面からである。やがて、巨大な炸裂音と共に複数のカルト信者が吹き飛び、そして兄弟子デンツが堂々と現れた。

 

「ぐはぁ!?」

 

「ふん、まさか白昼堂々我らの教会に強盗しようとする輩がいるとはな。

 冒険者が集まる中、なかなかの根性だとほめてやる」

 

状況を見るに、どうやら今回の糾弾はこちらの家だけではなく、教会にも並行して行われ、さらには武力行使も起こりかけていたようだ。

 

「だ、だまれぇ!この邪神官に愚衆共め!

 我ら正義の使徒が、邪教からその教会を解放しようと……がぺっ!?」

 

「狙いは何だ、聖具か?聖地か?それとも……抜け穴(ポータル)か?」

 

「あ~……そういえばそれがあったか」

 

一瞬何のことかと思ったが、それならいろいろと納得である。

そもそも転送聖具(ポータル)はこの地上においてかなりレアな聖具である。

それこそ、たとえ聖職者であっても、王族貴族であっても、多少の強引な手段を使ってでも手に入れたくなるのは道理だ。

それこそ、こんなクッソ怪しい集団を使うことになっても。

 

「どうやら、このままではらちが明かないようだな!

 こうなれば、無理にでもわからせてやる!」

 

「ふん!正しき神の正体すらわからぬ、貧民どもめ!

 邪獣人がいかに恐ろしい物か、被害が出る前に、ここで終わらせる!」

 

なお、件のカルト集団も、もはや言葉は不要と武器を持ち始める。

 

「どうやら化けの皮がはがれたようだな!

 ここで仕留めてやる!」

 

「……やはり敵か。

 安心しろ、死んでも再利用してやる」

 

そして、その怒りは残念ながらこちらの村人も同じで、さらには兄弟子もノリノリな始末だ。

え?マジでこれは本当にここで人間同士殺し合いをする流れか?

さすがに、こんな白昼堂々殺し合いはまずいと思ったが、すでに時は遅く。

 

「……我らの神よ!かの邪悪なる者たちに聖なる罰を……」

 

「……っち!!冒険神よ、この怪しげで邪悪なる者どもに、正当なる裁きを……」

 

って、げっ!!

その奇跡はさすがにまずい!?

ぼさっと見ている間に状況は一気に悪くなってしまった。

カルトが奇跡の行使を目論み、兄弟子が対抗して同じ奇跡を行使しようとしたのだ。カルトは周囲の村人全員を奇跡の効果範囲に入れているし、対抗する兄弟子は、そもそも適性が怪しい。

このままでは、どう考えても村人か兄弟子のどちらかが犠牲になる。そうなれば、話はより面倒になることは避けられないだろう。

ならばせめて、最も被害の少ない方法で。そう考えた私は、誰よりも早く、ある奇跡を行使することにした。

 

「すべての善神よ!わが神よ、我、ここを収め裁きを欲する者なり!!

 道を違える人々に神の恩寵を、そして優しき導を与え給え!!

 ……すぅうぅぅううう!!!最上級神聖呪文【聖罰(ジャッジメント)】!!!!」

 

だからこそ、私は、この集団の中でいち早く、この奇跡を発動させることにした。

そう、攻性対人神聖呪文【聖罰(ジャッジメント)】。

膨大な魔力と強い祈りで発動できる奇跡であり、効果は対象及び自身の神への視察要請及び、それに基づいた神の裁き。

そして、以前自分がオッタビィア嬢からくらった忌々しい奇跡そのものである。

 

「……つぐぅぅぅぅ!!!」

 

そして、そんな奇跡を唱えると、当然その効果は自分にも及ぶわけで。

天上から注ぐ8種の光の柱が、この身を責め立てる。

以前の聖罰の雷の、8倍とはいかないが、それでも数倍以上の苦痛と痺れがこちらの全身を貫く。

さらに言えば、今回は自分が奇跡を発動させたがゆえに、魔力の消費も膨大で、余剰魔力を身体の防御に回すこともできない。

全身が火あぶりに遭うような、強力な鉄板に挟まれるかのような痛みがこちらの身を支配する。

 

「……っはっはっは!やはり偽司祭だったな!

 では早速……って、あれ?

 ……ぎゃぁあああああああああ!!!!!!!」

 

「う、うわぁああ!!!!!!色が、光が!?」

「か、かみ!?な、なぜ我らも……がぁああああああ!!!!!」

「ひ!?く、くるな、あああぁああああああああ!!!!???」

 

そして、この痛みは、自分だけではない。

自分同様に天上から注いだ7つの光が、そのカルト達にも容赦なく天罰を与えていた。

さらに言うと、おそらくその罰は自分のものよりも大きいのだろう、ある者は、全身が赤く火傷の様に皮膚が焼けただれ、ある者は痛みですぐに気絶し。

ある者は泡を吹いて奇声を上げ、あるものは永遠に自分の信じる神に許しを請うていた。

 

なにより特徴的なのは、そのカルトの持つ装備や武器がその聖罰により一瞬で灰や光の粒子と化し、あっという間に全身ひん剥かれてしまったという点だ。

そしてもう一つ彼らは、特大の罪を背負うことになる。

 

「いぎ、やめ……ぎぃああああああ!!!」

「ひ!?な、なぜ、これは、大司教の名で……あああぁあああ!!」

「おご、あががががあ!!!!」

 

そう、それこそが【聖痕】。

しかもそれは、以前の私が受けたような浅くて不安定なものでもなく、オッタビィアのような全身に浮かび上がる無数の小さな聖痕群でもない。

 

「あああぁあああああ!!!」

 

そう、それは巨大で深い【聖痕】。

おおよそ、皮を超え、肉にまで達するほどの深さであり、遠目からでもはっきりとわかるほどの特大な聖痕。

肉体だけではなく、魔力回路、さらには魂にすらべっとりと聖痕が付いているのを、第六感がはっきりと伝えてきた。

 

「ひ、ひぃ、ひぃひぃ!!!

 だ、だから俺は嫌だって言ったんだあぁああ!!!!」

 

「な、何が偽司祭だぁああ!!!

 うわぁあああああん!!!??」

 

そして、そうなると当然このカルトのうちほとんどは、四方八方に逃げ惑うことになる。

ある者は泣きながら、ある者は混乱しながら。

おおよそ、神が慈悲と裁きを与えたとは思えない、実にむごい光景が目の前には広がっていた。

 

「あ~……やっちまった」

 

目の前で広がる、あまりの神の裁きに思わず、頭を抱えてしまう。

ぱっと見だが、あの聖痕はかなり深い。

今世を謙虚に生きるぐらいでは到底解けないだろう。

伝説の聖女の祈りを受けるか、魔王でも討伐するか。それを要するほど深くくっきりとした罪の痕を彼らは付けられてしまったのだ。

兄弟子の死霊術師引退の危機やら、村人が聖痕を付けられたり最悪命を失ってしまう可能性やらを考え、ためらう猶予は無かった。

それらを未然に防ぐため、教会の魔力すらブッパする程の本気で放ったわけだが、正直やり過ぎた感は否めない。

 

「それにこれもなぁ……」

 

そして、自分の右手の甲をじっと見つめる。

するとそこには以前のものよりもなお深い罪の痕、懐かしさすら感じる【聖痕】がそこにはあった。

ハロークソみたいな神様の監視の目、そして、ふぁっきん神のノルマ。

今回のカルマは何?できるだけ軽いのをお願いします。

 

「き、貴様貴様貴様ぁ!

 よ、よくも、神に、大司祭様に選ばれた我らをぉぉ!!!」

 

無数の逃げまとうカルトと、自分の手に甲に浮かぶ聖痕に、憂鬱になっている中。

カルトの中でリーダー格の男は、聖痕を付けられてなお唯一威勢を失わず、こちらへと啖呵を切ってきた。

 

「我は認めん、認めんぞぉ!?

 貴様がいかに神々に求められようと、どのようなペテンをしていようとも!?

 邪獣人を匿う、邪悪な人間を許してはおけん!!」

 

「そうだ、今は退いてやるが……。

 貴様は遠からず知ることになるだろう!!

 邪獣人の恐ろしさを!貴様がどのような恐ろしき化け物を匿い、過ちを犯しているか!!!

 強引にでも、わからせてやるからなぁああ!!!!!!!」

 

かくして、そのカルトのリーダー格の男は、呪詛たっぷりの捨て台詞を吐きつつ、その場を後に。

 

「……せめて、これ以上の厄介ごとは勘弁してくれ」

 

「いや、それは無理だろ。

 というか厄介ごとが嫌なら、自分からそんなもん唱えるな。

 折角俺が唱えようと思ったのに、まったく」

 

かくして、兄弟子に支えられながらゆっくりと立ち上がり、周囲から心配そうに駆け寄ってくる村人たちを、なんとかなだめるのであった。

 



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第63話 禁止令

――そう、それはわかり切っていたことだ。

 

あのカルト騒ぎから、早数日。

私は自らが行ってしまった行いの罪深さをはっきりと、認識させられていた。

 

そうだ、そもそも聖罰とはそう簡単に願ってはいけない奇跡なのだ。

膨大な魔力を対価とするとはいえ、それだけで天上の存在である神の手を煩わらせることの罪深さを。

奇跡という人が魔物に対抗するために下されたすべを、人間同士のいざこざで使うことの愚かさを。

さらには、死霊術師という人の道を外れた外道がこの奇跡に頼る事への危うさを。

 

だからこそ、今自分はこのような罰を受けているのだ。

そう、これが私の聖痕による今回の(カルマ)

 

我が右腕につけられた【聖痕(スティグマ)】、その呪いにより私は……。

 

 

 

 

 

「う、ううわぁあああああんん!」

 

「い、いや、そんなに泣かなくても……」

 

「だって、せっかくのせっかくのモフモフタイムがぁああ!!!」

 

そう!なんと、我が右手に宿った【聖痕】の効能は強力な【浄化】。

そのせいで、ここ最近の日課であったマートへのなでなでモフモフが封印されてしまったのだ!!!

これを悲劇と言わず、なんというのか!!

 

「い、いや、別に触れただけで即死するわけでもないし、多少触るくらいなら別に構わないが……」

 

自分の余りのへこみっぷりにマートが助け船を出してくれる。

が残念ながらその行為に甘えるわけにはいかない。

 

「や、それに関してはマートちゃんは邪神の眷属でもあるでしょ?

 それなのに、この右手で触れたら、マートちゃんの皮膚やら毛並みが傷付いちゃうから」

 

証明とばかりに、彼女から抜け落ちた獣毛を右手で拾い上げると、それがさらさらと崩れ舞い散る。

 

「折角最近は、その毛並みもよくなったし。

 それでマートちゃんを傷つけちゃって嫌われると嫌だからね。

 今回は見るだけで我慢しておくさ」

 

「……ふん」

 

尻尾をぺしぺしと叩きつけるように動かして、彼女の不満げな様子がよくわかる。

だがまぁ、これはいろいろと仕方がないことではあるのだ。

そもそも、邪獣人自体が教会的にもアウト寄りな生き物であるのには違いない。

さらには、今回の聖罰でもらったペナルティがこのような、邪獣人と接触する際に問題が発生するような内容なのも、おそらく神様的に、必要以上のマートとの接触を戒める警告みたいなものなのだろう。

 

「それに、マートちゃんも流石に今の私だと聖痕が強すぎるせいで、マートちゃんの信仰する神様からも文句が出ちゃうでしょ?」

 

「……まぁ、おそらく?

 もっとも、情動神様は、本能にさえ従えば、別に相手が善神の信徒でもなんでも気になさらない神様ではあるけどな」

 

マート曰く、彼女が信仰する邪神こと情動神(善神風に言えば、混乱神)はあくまで、全ての情動や本能に対する肯定という面が強いため、別に人間や善神への敵意が濃い邪神ではなく。

そのため、今のように善神の使徒である自分と仲良くするのも、まぁ、よくはないが、一線を弁えればセーフだったりするとのことだ。

 

「だから、さっさとその呪いの証を取っちまえ。

 お前もそれが付いたままだと不便なんだろ?」

 

「呪いの証とかいうなや。

 ただ少し、デフォルトで右手が浄化の力に溢れすぎて、右手で死霊術が使えなかったり、そもそも死霊術や呪術のためのアイテム加工の作成難易度が上がったり。

 逆に、右手から神聖ビームを放てるようになっちゃったけど、一応は聖痕なんだ。

 呪いとかそう言うのじゃないんだ」

 

「いや、死霊術師相手にそれを付けるとか。

 どう考えても嫌がらせ以外の何もんでもないだろ」

 

ですよね。

どう考えても、今回の聖痕が七大善神の複合聖痕であるうえ、この効果から察するに、どうやら善神様的には自分に死霊術を続けてほしくないようだ。

っく!おのれ七大善神め!ただちょっと、善神のお気に入りの聖獣の魂と体を親子複合ゾンビに改造しただけなのに、こんな罰を与えるなんて……!!

うん、よくこの程度の罰で済んだな自分。

善神様の慈悲をありがたく受け取っておきます、はい。

 

「この右手も適当にグローブでもすればある程度周囲への影響は薄められるし。

 それに、ベネちゃんの方なら問題なく……いや、うん、なんでもないよ」

 

それに最近はベネちゃんの方も、ケモミミを触らせてくれるし、彼女の方なら自分の右手で触れても問題なかったりするからね!

もっともそれをベネちゃんの妹であるマートの前でいうのはあまりにも空気が読めていないため、ぐっと口を抑える。

 

「……」

 

もっとも、どうやら、直接口に出さなくても自分が不埒な考えをしたことはばれてしまったようで、マートはジト目でこちらを見つめてくる。

 

「……左手」

 

「え?」

 

「だから、左手なら、聖痕がないから、こちらをなでても問題ないんだろ?

 ちょうど、耳と尻尾がかゆかったから、毛繕いが必要なんだ。

 だから、その……と、特別にお前の左手で、私に奉仕する許可をやろう!」

 

「つまり、それは利き手でなくても撫でていいってことで、OK?」

 

「……ふん!」

 

かくして、恥ずかし気に顔を背けるも、そっとこちらに頭を下げて近づいてきたマートに、胸のときめきを感じながら、左手のみで存分にクシャらせてもらうのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

「で、本当に大丈夫なのか?」

 

「ん~、まぁ、体調的には大丈夫だよ。

 それにむしろ、今回の聖痕は恩恵も大きいからね、ほら、神聖ビーム」

 

「うおちゃぁ!」

 

かくして場所は、シルグレットの酒場。

そこで私はシルグレット及び村長であるルドー相手に、今回の事の経緯と顛末を説明していた。

 

「要するに、意味不明なカルトがこの村にやってきて、勝手に喧嘩を売って、こちらにクソみたいな迷惑をかけて逃げて行ったと。

 ……つまり、新しい賞金首候補というわけだな」

 

「懸賞金は、とりあえず、一人当たり金貨一枚でいいかな」

 

「流石にそれはやり過ぎでは?」

 

なお、今回の事の経緯を説明すると、静かながらもシルグレットとルドー、双方はそれなりに激怒しているようで。

件のカルト集団を容赦なく賞金首にすると即決。

なんなら、自分が死者を出さないように頑張ったのにもかかわらず、殺すことも厭わないとお考えの様だ。

誰も死んでいないのに、それは流石にやり過ぎでは?

 

「でも冷静に考えてみろ、今のお前は、この村で一番の聖職者、つまり村の顔役の一人だ。

 この村が発展できて、周囲の村からも信頼されているのはお前たちのおかげと言っても良い。

 ……だが、やつらはそんなお前の顔に泥を塗りやがった。

 危害を加え風評をばらまき、その上、重い後遺症を残すような事態を引き起こした。

 ならもうこれは殺されても文句言えねぇよな?」

 

「流石にそれは言い過ぎでは……?」

 

正直大事に思ってもらえるのはうれしいが、そのせいでほかの人が死ぬのはちょっとだけ気が重いのが本音だ。

 

「でも、甘い対応をするのも問題だぞ?

 でないと、最悪見逃したアイツらが、正面から勝てないけど殺されはしないと高をくくって、今度は村の女子供を中心に狙う可能性が高くなると言ったら?」

 

「う~ん、なら、やっぱりコロスしかないかぁ」

 

「分かってくれたようで何より」

 

でもまぁ、よく考えたら、あいつら未遂とはいえ村の人に危害を加えようとしていたからな。

自分への被害は別にして、流石に普通の村人が被害にあう可能性が高いと考えれば、賞金首行きも妥当ではあるか。

 

「安心しろ、一応は懸賞金を安くしておくし、自首を認める感じにもしておくから。

 奴ら自ら罪を償うとこちらに頭を下げたら、手配書の取りやめくらいはしてやる」

 

「まぁ、その辺が落としどころか」

 

その後今回起こった事件の落とし所について、改めてルドーと話し合い、件のカルト対策を立てた。

結論としては、無理に追跡はしないが要警戒態勢で、さらには周囲の村々に今回の出来事を流布するという流れに落ち着いた。

 

「ところで、その右手に付いた聖痕の効果については分かったが……。

 今回も、何かしらの試練を達成すればその聖痕を消すことができるって認識でいいんだよな?」

 

ルドーがまじまじとこちらの胸元と手元を見つめてくる。

いや、右手の聖痕を見るのはいいけど、そのついでとばかりに胸元を見てくるスケベ視線にはいろんな意味で流石だと言わざるを得ない。

 

「そうですね。

 まぁ今回のクエストも聖痕の強さの割にはそこそこ簡単なクエストですので、思ったよりはすぐできそうではありますよ」

 

「ふむ、よかった。

 オッタビィアといい、村の顔役の聖職者がいつまでも聖痕付きなのは流石にいろいろと問題があるからな。

 それで今回の聖痕は、どんな試練を課せられたのだ?」

 

ルドーがこちらに投げつけてきたその疑問に、私はきっちりこう答えた。

 

「大丈夫ですよ。今回も前回と同じクエスト。

 すなわち、教会を新しく建築する、それだけのクエストです。

 ……ただし、今回は七大善神、全員分の教会を建てる必要がありますが」

 

「Oh……」

 

なお、当然ながら、教会を建てるのに死霊術師の使い魔は使えないわけで。

ともすれば、それ相応の大工が必要になるわけで。

 

「……とりあえず私の方で、知り合いの王都の聖職者に、イイ感じの職人を何人か紹介してもらうことにします」

 

「……うむ、こちらもできるだけ大工をかき集めるが、そもそも今は大工はどこも手いっぱいだからな。

 あんまり期待するな」

 

かくして、前回以上にハードな現場になることを覚悟しつつ、神々によって課せられた試練という名の建築依頼に取り掛かることになるのでしたとさ。

 



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第64話 新人冒険者の物語 (上)

ギャレン村は、今イラダ地方で最もホットな開拓地であった。

そこそこ安全な行路に、珍しい特産物。

血沸き肉躍る冒険譚に、多くの悲哀や感動の物語。

多くの聖職者による天啓や占い師による吉縁。

さらには、無数の儲け話やそれに紐づいた安全なダンジョンの噂ともくれば、自然に多くの人々が集まることになり。

ギャレン村だけではなく、その周囲の村々にも多くの難民や冒険者が集まることになり、自然とその規模と大きくなり。

さらには、あの腰が重かった魔導ギルドや王都の教会、さらには商人ギルドまでようやく動き始めたと来れば、数々の噂は一気に真実味を帯びることに。

かくして、ギャレン村とその周辺は、今までにない速度で発展。

 

そして、元々新人に過ぎなかったギャレン村在住新人冒険者たちも、はじき出されるかのように、その位を上げることになるのであった。

 

☆★☆★

 

「というわけで、ひじょ~~~~に不本意だが、これで今日からお前らも、正式なこの村付き冒険者として認めることにする。

 とりあえず、おめでとさん」

 

「いよっしゃ~~~!!!!」

 

かくして、ギャレン村で一番大規模な冒険者用酒場【レギュラー】にて。

あの新人冒険者群である、チーム名【新緑の聖牙】の冒険者たちは何とかその実力と仕事ぶりが評価され。

いわゆる、新人以上の冒険者として、認められることになった。

もっともこれは強さというよりは、あくまで信用度によるものであり、強さで見れば、まだまだ新人に毛が生えた程度に過ぎないが。

 

「そしてこれが、お前らに贈るこの酒場でそれなり以上の冒険者である証だ。

 ほれ、大切にしろよ」

 

「やった~!!」

「おぉ……これが」

 

そうして、シルグレットから彼らに渡されたのは指輪であった。

きちんとした装飾の施された鉄製であり、内側にはそれぞれの名前が刻印されている。

なによりも特徴的なのは、この指輪には美しく光る宝石が埋め込まれていることだ。

 

「おぉ~……宝石付きなんて……!

 これって売ったらいくらするかなぁ!?」

 

「売るなよ、殺すぞ」

 

「……ふわっ!?

 こ、これ、ほんのりと魔法が込められてませんか!?」

 

「おう!よく気が付いたな。

 実はこの指輪には、簡単な認証の魔法が込められているからな。

 いろんな意味で偽証防止になる、これだけでもお前ら以上の価値があるそんなレベルの指輪なんだぜ?」

 

「ははは、シルグレットさんも面白い冗談を言うなぁ!」

 

「……冗談だと思うか?」

 

「……え?もしかして、本当なんですか?」

 

そんな新しくもらった一人前冒険者の証にキャッキャと喜ぶ新人冒険者一行と、野次るシルグレット。

しかし、そんな中でも新緑の聖牙唯一の年長でもあるヨークは、その指輪を見ながら、静かに口を開く。

 

「……鉄製、銀装飾、刻印有、魔法付きで、石は……トルマリンですか。

 冒険者用の物とは思えない、随分と豪勢な作りですね~」

 

「だろ?特に魔法に関しては、あの天才聖……魔導士イオが掛けてくれたものだからな」

 

「正直、盗賊あたりだと、これ目当てで私達を襲ってきそうですね~」

 

「冒険者なら、そんな襲撃者でも撃退してもらわなきゃ困るからな。

 それ込みでの高級仕様だ」

 

「……この子たちの実力、わかっていますか?」

 

「そこは、あんたの実力込みでだ。

 元傭兵団副団長、兜割のヨーク殿」

 

はぁとヨークが溜息を吐きながら、その指輪を受け取る。

彼女としては、自分はあくまでお守り程度であり、彼彼女らがそれなりに安定したら、パーティを抜けるつもりであったのだが、どうやらまだそれは許されないようだ。

 

「……にしても、この指輪、いったいどこのだれが作ったんですか?

 特に魔法付きの宝石なんて、どう考えても採算が合わないでしょう」

 

「それに関しては、まぁ、安定のイオ様頼りだ。

 宝石の識別魔法や宝石そのもの、ついでに指輪の簡単な設計図もあの人が鍛冶屋と相談して作ってくれたものだな」

 

「ま~~た、彼女に頼っているんですか?

 そろそろ、彼女に恩返ししないと」

 

「ふふふ、こっちとしても、あいつには恩返しをしたいし、そろそろ借りは返したいとは思っているんだ!

 でも、そのたびに、それ以上の恩を彼女からもらってしまってな……。

 なんかもう、一生頭が上がらない気がするぞ」

 

頭を抱えるシルグレットに、溜息を吐くヨーク。

本来なら、村長に次ぐこの村で2番目に偉いまとめ役でもあるはずのシルグレットの余りの情けなさに、思わず変な笑いがこみ上がってくる。

しかし同時に、それは自分もかと思い改める。

なぜなら、彼女もイオに多大にお世話になっているからだ。【新緑の聖牙】のメンバーとして、簡単な依頼を回してもらったり、新人たちの戦闘訓練や魔導訓練なんかも行ってもらったり。

さらには、彼女個人としても、教会で古傷の治療なんかもしてもらった。

そこに、ギャレン村の村人として受けたその他の恩を追加すれば、もうなんか一生分の恩を受けているといっても過言ではないのだろうか?

 

「まぁ、安心しろヨーク。

 そもそもこの村において、基本的にアイツに借りを持っていない奴なんていないからな。

 それこそ、貧民から新人、古参まで全員だ」

 

「……ですよね~」

 

いろんな意味でどうしようもない村の状況に、シルグレットと二人合わせて、思わず乾いた笑いを浮かべてしまう。

 

「だからこそ、今度の新教会建設に関しては、まぁ少しでも恩を返せればって感じだが……。

 あれもそもそも、あいつが村の人たちを庇ったがためにできた問題だからなぁ」

 

「たしか、怪しげなカルトが村の人々を襲おうとしたんでしたっけ?

 ……本当、私がその場にいなくて残念でしたね~」

 

手に持つハルバートをすりすりと撫でるヨークの様子に、頼もしさと恐怖、どちらも感じ、思わず冷や汗をかくシルグレット。

 

「ところで~、結局件のカルトについて、何かわかったこととかあるんですか?」

 

「今のところ詳細は不明だが……。

 いくらかわかったのは、首都にいるこのイラダ地方の領主様がなにか裏で企んでいるらしいってのが一つ。

 それと、以前この村やストロング村を襲った【大ヴォラル盗賊団】も関与していそうだってことくらいかな」

 

その瞬間、ヨークの眼の色が変わり、酒場の床の一部が砕けた。

ヨークの脳裏に、つい先日殺されたばかりの彼女の旦那の死に顔と、その元凶である盗賊どものゲスな笑い顔が浮かんだ。

 

「……ちょっと、用事を思い出したので、残党狩りをやってきます」

 

「ちょ!ま、まてまて。

 それに関しては、ちゃんと別の荒くれ系冒険者に賞金付きで頼んでいるからな?

 お前らは信用が必要な、もっと別の依頼をやってくれ、な、な?」

 

かくして、今にもカルトの残党を殺しに行きそうなヨークを、何とかパーティメンバー及びシルグレットで引き留めるのでした。

 

☆★☆★

 

そうして、場所は変わって、ストロング村。

 

「ふゎああああああ!

 ほ、本当に一瞬でついた!」

 

「流石イオ様の魔法付き指輪!

 私達だけでもポータルを使えるなんて……感激です!」

 

【新緑の聖牙】は、兄弟神の教会にあるポータルを使ってギャレン村からストロング村まで、一瞬で移動してきた。

なお、本来なら件のポータルは、イオや彼女の兄弟子にその仲間、さらにはルドー村長などのごく一部の人以外には起動することが許されていない。

が、どうやら今回貰った冒険者の証の指輪は、ポータルの使用許可証を兼ねているらしい。

 

「そして今日の任務は……ダンジョン内での月光草に、薬草、魔石。

 さらには、一部石材の確保か」

 

「最近はイオさんの教会の建築ラッシュのおかげで、この手の資材はいくらでも必要らしいですからね。

 それに、新しい司祭がいっぱいこの村にも来ていますし……。

 他冒険者さんの治療用にも必要なのかも」

 

「……ん、それより、はやく」

 

かくして、かれらは準備もそこそこに、ストロング村にあるダンジョンへと突入していくのだった。

 

 

 

 



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第65話 新人冒険者の物語 (下)

旧ストロング村のダンジョン【月女神の恩寵】。

そこは、この大陸でもかなり珍しい超大型の善神によるダンジョンである。

構造としては石造りの塔であり、内装もそれに伴ったもの。

もっともそれはあくまで第1層だけであり、第2層や3層ともなると、その内装はより神聖な神殿の様になっていたり、なんなら草原の様になっていたり、天井に月が浮かんでいるなんて話も流れてきた。

 

――もっとも、そんな話は彼らには関係なく、まだまだ新人冒険者に過ぎない【新緑の聖牙】は、今日も第1層で探索をしていた。

 

「でりゃあぁあああ!!!」

 

年齢不詳ながらも、暫定【新緑の聖牙】のリーダーであるクロが前線で剣を振るう。

まだまだ剣速はおそく、大きな剣を振り回せるような力もない。

それゆえに、鋭い斬撃とはとても言えないが、それでも剣先が大きくぶれない程度には振りなれた一撃であった。

 

「ぐごごごご……」

 

相対するは、ゾンビ。

とはいっても、その体はぼろぼろであり、さらには陰の魔力が薄いダンジョンで発生したがゆえに、動きは遅い。

そのため、クロの剣による一撃であっさりと両断とまではいかないものの、その姿勢を崩すことぐらいは成功していた。

 

「……ん」

 

そして、そこに、シロによるさらなる一撃が加えられ、そのゾンビの動きは完全に停止し、ゾンビの行動が攻撃から再生へと移行する。

 

「いまだ!やれ、アヤ!!」

 

「はい!チャージ終わりました!

 それじゃぁ……いけぇえええ!!!」

 

しかし、そんな再生の隙をついて、アヤは彼女の手に持つ杖に込めた力を開放する。

解き放たれた『魔力の矢』は、狙い過たずゾンビに直撃。

物理攻撃には強い耐性を持つゾンビも、この魔力の一撃により、体内の魔力の流れが乱れて暴走。

音もなくその場に崩れ落ち、その身のほとんどを塵へと変換させていくのだった。

 

「あら~、どうやら私の出番はなかったみたいですね~。

 みんな強くなったようで何よりです~」

 

「それよりドロップは……よっしゃぁ!魔石ゲット!!

 これで依頼達成だな!」

 

塵になったゾンビがいた場所に転がり落ちたその魔石を拾い、クロはそれを鞄に詰めた。

 

「にしても、アヤも魔法使いとしての行動が、すっかり板についてきたじゃないか!」

 

「……ん、隙が多いけど、最近は発動も早くなったし、威力も十分。

 すっかり、立派な魔法使い」

 

「そんなぁ!私なんて、まだまだですよ!

 あくまで私が、魔法使いのまねごとが出来ているのは、この杖のおかげだから……」

 

シロとクロの誉め言葉に対して、アヤは恥ずかし気に杖を握りつつ、そう答える。

一見謙遜のように聞こえるこの言葉は残念ながら、ある意味では事実だ。

なぜなら、アヤが魔法を使えるのは、あくまでこの杖に『魔法の矢』の呪文が込められているからだ。

他に実戦で使える域にある魔法は無く、杖に込められた魔法に頼り切っていると言われれば否定できない。

 

「でも、アヤは最近努力しているし、ミサも頻繁に参加してるんだろ?

 ならきっと覚えられるはずだ!」

 

「……アヤ、修業、すごく頑張ってる。

 魔術のミサも、遠足のミサも、全部参加してる。

 修行も夜遅くまでやっている、真面目」

 

しかし、そんな気落ち気味のアヤを、クロとシロは全力で褒めた。

 

「ほら、ヨークさんからも言ってあげて」

 

そして、ヨークも2人に促されて口を開いた。

 

「ね~、アヤちゃん?今のアヤちゃんって、かな~り強いから、そんなに焦らなくていいと思うわよ~」

 

「でも……」

 

「たとえ杖の力でも~、何回でも魔法を使えるって、すご~く貴重だからね~。

 今だって、お化けみたいな、実体のない敵が来ても安心なのはアヤちゃんのおかげよ~?

 だから、そんなに焦らないで、ね?」

 

「……はい!」

 

パーティの最年長であるヨークに励まされたことにより、ある程度アヤは落ち着きを取り戻した。

しかし、ヨーク個人としては、別の意味でこの状況に思うところがないわけではない。

というのも、アヤがこの魔法の杖をもらってからまだ半年もたっていないのに、すでに戦力となる程度には育っているからだ。

かつてヨークは傭兵団に努めており、そこには少数ながら魔法使いも在籍していたが、少なくともアヤは、あの攻撃魔法の威力や精度だけで見れば、すでにかつて仲間であった魔法使いの腕を超えていた。

 

「(……おそらくは……あの杖が原因なのでしょうねぇ)」

 

ヨークはアヤの持つ杖をじっと見つめる。

実はアヤの持つ杖は、アヤがシルグレットから、親の遺産を叩いて買う際に、事情を聴いたイオがアヤのために調節してからその杖を渡したという経緯があるのだ。

だからこそなのだろう、(事前に彼女がある程度修行していたとはいえ)彼女がその杖をもらってから、『魔法の矢』の呪文は、一度たりとも失敗していないし、使えば使うほどその精度はどんどん上がっていた。

それが、杖だけの力なのか、彼女と杖の相性の良さか、またはアヤの才能ゆえかはわからない。

が、それでもおそらく、彼女と杖の関係を知れば、よくないことを考える層が一定以上いるだろうことは確実だ。

それこそ単純に杖を盗まれるだけならまだしも、その出所を聞かれたり、あるいは彼女ごと誘拐されたり。

さらには、つい先日あったカルト襲撃の時の様に、アヤを人質に取って、イオ相手に無茶な要求を突きつけるなんて事態に発展する可能性もあるのだ。

 

「とりあえず、アヤちゃんは、もう少し自分に自信をもって!

 杖のおかげじゃなくて、アヤちゃん自身の努力の成果!

 それに悩むくらいなら、ちゃんと毎日魔法の修業もすること、いいわね?」

 

「……はい!」

 

だからこそ、せめて、アヤ経由で厄介ごとが起きないように、日頃からきっちり魔法使いとして努力させよう。

だからせめて、厄介ごとは……と思いつつも、指輪にはめられた冒険者の証を見て、まぁ、無駄だろうなぁと苦笑をするのでした。

 

 

 

なお、ダンジョンの帰り道。

 

「指輪をよこせぇええええ!!!」

 

「うわぁあああああ!」

 

当然のように、どでかい聖痕の刻まれた不審者に襲われかけ、それを撃退するはめになるのであった。

 

 

☆★☆★

 

 

「というわけで、あの不審者さんは、無事に守衛に届けたので、後日ルドー様から懸賞金が届くと思いますよ~」

 

「わ、わ~い?」

 

さて、ダンジョンの採取依頼だけではなく、ダンジョンに逃げ込んでいたカルトの残党を討伐し終えた【新緑の聖牙】。

なお、旦那の仇と関連のある盗賊団関係者であり恩人の敵でもある賞金首を倒せ、さらには金も手に入れられてほくほくなヨーク。

しかし、それとは対照的に、悪人とはいえ人間相手にハルバートで切り付け、あるいは殴りつけもし、それでもギリギリのところで殺さない調整をしたヨークに、若年層は少し引き気味であった。

 

「と、とりあえず、ヨークさんもあの悪い人と戦って、疲れたでしょう?

 いったん教会で回復しようよ!」

 

「え~?問題ないですよ?

 むしろ、いいこととうれしいことをしたから、今日はおいしいご飯が食べられそうで……」

 

「そ、そうだぞ!

 それにもしかしたら、あいつらが怪しい術とかで呪いとか使ってるかもしれないじゃないか!」

 

「ん~、そういえばそうですね~!

 それじゃぁ、教会にでもお邪魔しますか~!」

 

かくして、血濡れなのに笑顔なヨークを落ち着かせるために、教会へと行くことを決めた【新緑の聖牙】。

もっとも今日は兄弟神の方の教会はイオもデンツもいないらしく、何人かの新任兄弟神の見習い聖職者たちがわちゃわちゃと頑張っているが忙しそうなため、今回はいくのを取りやめ。

代わりというとあれだが、今回は太陽神の教会のほうに向かうことにした。

 

「っく!!!!この不道徳者め!!!!

 この件は、大司祭様にきっちりと報告するからな!」

 

「ええ、ええ。勝手に伝えられても構いません。

 なんなら、破門にでもしますか?

 それとも、聖罰の奇跡をなされても、私としては一向にかまいませんよ」

 

「……っち!!!この汚れた聖痕持ちのくせに!

 せいぜい、天罰を受けるがいいわ!」

 

しかし、どうやら太陽神教会も何事かあったようだ。

何人かの厳かな格好をした聖職者が、ぞろぞろと太陽神教会から出ていく。

恰好や聖印からしておそらく太陽神の聖職者なのだろうが、それが悪態を吐きながら太陽神の教会から出ていっていた。

 

「……ったく!わざわざあんなことのために来るなんて……って、あぁ。

 【新緑の聖牙】の皆さんですね、祈りですか寄付ですか?

 まぁ、どちらにしてもようこそいらっしゃいました」

 

そうして、教会の中から顔を出してきたのは、当然このギャレン村の太陽神教会担当の司祭、オッタビィアであった。

 

「オッタビィアさん、こんにちわ」

「ん」

「強欲司祭おっす。

 今日は、安い方の浄化をお願い」

 

「強欲とは何ですか!

 これはちゃんと、王都の教会により決められた適正な値段です!

 それにあなた達はきちんと儲けてるんだから、ちゃんと高い方にしなさいよ、まったく」

 

こうして、太陽神教会にて簡単な呪いや怪我の有無の鑑定後、問題ないとはわかったが、それでも浄化と回復の奇跡を受ける。

体の汚れとだるさが取れ、魔障も払われて、体に力が戻ってくるのを感じた。

 

「はい、これが今回の寄付金です」

 

「うんうん!ちゃんと信心が深いようで何よりです。

 なんなら、お茶菓子でも食べていきますか?

 安物ですが」

 

「いや、今日はこの後『レギュラー』に行くからいいかな?

 それより、さっきの人たちは何者なの?何か言い合っていたみたいだけど……」

 

「あ~、あれですか」

 

クロからの質問に、頬をポリポリとかきながら、オッタビィアは気まずそうに答える。

 

「実はあの人は、自称地方都市にある太陽神神殿からの使いだったんですよ。<