OCU日本国召喚 (Bu3og)
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第1話

西暦2096年 1月6日

-OCU 日本-

 

 新年を迎えてから数日。丁度0時0分になった瞬間。闇夜に包まれた一帯が眩い光に覆われた。

 大半の人々は就寝していたため気付くことはなかったが、仕事などで起きていた人はその現象を眺めることとなった。

 

「何だ何だっ!?」

「日防軍の演習か?」

「イルミネーションにしてはえらい大規模だな」

 

 暢気な人々は空を見上げて事態を見守った。

 

 数分後、闇夜を照らす光は静かに、そして何事もなかったように消え去った。

 

 異変に気が付いたのは夜を徹して仕事をしていた人々だった。

 外国との通信が一斉に途切れたのだ。それぞれ契約している通信会社に問い合わせたところ、予想以上の事態が起きていた。

 どの通信会社も、衛星や海底ケーブルを介した外国との通信が全て取れないというのだ。通信会社は鋭意調査中だが、通信が何時頃回復するか未定だった。

 

 永田町の首相官邸では緊急事態会合(国家安全保障会議)…NSCが招集され、首相。官房長官。防衛大臣。外務大臣の4名と国交大臣が指定され、出席していた。

 最初に口を開いたのは首相の枢木だった。

 

「緊急で集まったのは他でもない。凡そ1時間前、おそらく午前零時をもって国外との通信障害が生じている。原因はひとまず横に置き、行動と優先順位を取り決めたい」

 

 枢木の言葉に4人が頷いた。

 

「防衛大臣に聞きたいのだが、零時のタイミングで生じた閃光は核攻撃か?」

「何かしらの攻撃の可能性はあります。しかし、核攻撃の可能性は低いかと思われます。国内の日防軍基地において放射線量の測定を命じましたが、速報で届いている分ではどの地点でも放射線量が高いところは確認されていません」

「そもそも、何処か被害が生じている所はあるのか?」

「速報分では目立った被害は生じていません。念のため、国内の各部隊に非常招集を命じています」

「わかった。それでいい。では外務大臣。他国が我が国に対して何かしらの軍事的行動をとる旨を聞いているか?」

「事前通告も事後宣言も報告されていません。さらに悪いことですが、連絡を取った在外大使館との通信が1つも取れません」

「大使館すべてだとっ!?」

「そうです……といっても、OCU加盟国とUSNだけですが。他の大使館についても状況をまとめている最中です」

「……わかった。そのまま続けてくれ」

「総理。今起きている問題がわが国だけなのか、OCU各国やそれ以外の国家においても同様なのか……。情報がまとまるのはかなり先でしょう」

「……明日の昼に現状を国会や国民に報告する必要がある。情報を可能な限りまとめてくれ官房長官」

「わかりました」

 

 丑三つ時。緊急事態会合は解散した。

 

 その日の昼時、再度NSCが招集された。前の5人を含め、さらに総務大臣と経済産業大臣が参加していた。

 今度は官房長官が口を開いた。

 

「現状我が国の状態は昼に説明した通りです。ただし、それ以上の問題も噴出しています」

「現状でも国籍関係なく全ての人工衛星と通信不能。外国との海底ケーブルはおそらくすべて断線。領海外を航行していた船舶と複数の通信手段を用いても連絡が取れません」

「石油をはじめ、輸入に頼る品目の供給の遅れ……。いえ、入ってこないと考えた方がよろしいでしょう」

「総理。状況が状況です。特災時物資統制法と特災時配給法を稼働させましょう。時間は稼げます」

「そうだな。急ぎ国会での議決を図ろう」

「総理。防衛省の報告がまとまりました」

「聞きたくはないが。教えてくれ」

「はい。他国に展開。もしくは排他的経済水域外で活動する全部隊と完全に通信途絶を確認しました」

「……日防軍全体でどれだけの戦力だ?」

「まず海上部隊ですが、戦闘艦103隻のうち18隻が他国に展開。もしくは駐留していたため、ほぼ損失状態です。ただし、OCU加盟国向けに国内の造船所にて24隻が建造中です。人員の補填さえどうにかなれば戦力回復は比較的容易です。次に航空部隊ですが、作戦稼働機約900機のうち60機弱が他国に駐留していたので、こちらも全損となります。ただ、順次新造機を供給しているので、緊急予算を組めば2年程度で補填は可能です。最後に陸上部隊ですが、海空部隊同様。総戦力14個師団5個旅団のうち、国外展開していた4個師団相当の戦力を損失しました。こちらは重装備もそうですが将官級をはじめ末端の人員を含んでいるため、損失がとても大きく。緊急予算を組んでも戦力回復は最短で4年程度かかります」

「……ハフマン紛争より酷くないか?」

「仰る通りです総理。市ヶ谷の国防省はお通夜状態です。……国内に残存している部隊ですが、緊急招集は完了。全力発揮可能状態です」

「日防軍に関しては……財務省をどうにか説得しよう」

「ありがとうございます」

「ところで、周辺の他国軍の動きはどうだ?」

「ーー正直申しますと、とてつもなく静かという状態です」

「静か、というのは?」

「いつもならどこかしらの警戒レーダーが他国軍艦や航空機を捕捉するのですが、現状1つも確認できません」

「1つもかね?」

「年末年始なので活動が低調ではあります。しかし、それを差し引いても何も捕捉していないという状態です」

「総理。動きがないのは大規模作戦の兆候かもしれません。日防軍は現状即応待機を維持するということでよろしいですか?」

「そうだな……1週間ほど待機を継続してくれ。あと、哨戒機による本土周辺の哨戒任務も実施してほしい」

「わかりました。準備が整い次第実施します」

「頼んだ。国交大臣。国内の状態はどうだ?」

「状況が状況なのでかなりの混乱が生じていますが、この状態が続けば治安の悪化は明確かと思います」

「治安の悪化程度ならまだいいが……」

「公安の要監視対象に関してですが、こちらは組織内部でかなり混乱しているようです」

「すぐに行動を起こす様子はないか?」

「おそらくですが、能動的な活動は困難な状況かと……」

「それは本当かね?」

「推測を含みますが、パトロンとの連絡が途切れたので、支援を受けられず活動の低下。状況次第では組織が瓦解するかと思われます」

「自暴自棄になって動く可能性は?」

「もちろん可能性としてありますので、監視を強化する予定です」

「わかった。各省庁は事態に備えて連絡を密にするように」

 

 こうして、この日のNSCは解散した。

 

――――――翌日

 

「――国民の皆さん。昨日から起きている異常事態ですが、現在内閣及び各省で状況把握に努めております。ただ、悲しいことに今後他国との貿易が停止する可能性が高く、断腸の思いでありますが、ここに内閣として特殊災害事態を発令し、物資統制法及び配給法を稼働させることで内閣は一致しました。

全国の国民並びに外国から来られている市民の皆様にも苦しい状態でありますが、どうかご理解とご協力のほどよろしくお願いいたします……」

 

 謎の発光現象から2日目。前日の会見からさらに事態を重く見た内閣の決定に殆どの国民は理解を示した。




用語解説

『OCU』…オシアナ共同連合
東南アジアを中心に、日本やオーストラリアが加わった国家共同体。
地球圏において西太平洋域を領域としているが、加盟国間に経済格差があり、度々独立紛争が生じている。軍事面においては、USNと2度のハフマン紛争を行ったことにより、純軍事力において1、2を争っている。

『USN』…ニューコンチネンタル合衆国
南北中アメリカ大陸(一部除く)を領域とする国家共同体。

『日防軍』…日本国防軍
FM世界2046年に自衛隊から改名。本土防衛型から広域防衛型に体制に移行させる。なお、階級は諸外国と同様(1佐なら大佐等)である。

『特殊災害事態』
独自の用語。非常事態宣言だけでは国家の状態に応じて組織運用の優先順位が変わることが指摘された。その齟齬をなるべく減らすため国家の状態を『平時』『災時』『戦時』『特災時』と規定している。

お詫び
作中の名称が設定資料と違っていたので修正しました。


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第2話

中央暦1693年 1月15日

-ロデニウス大陸北東海域-

 

 真っ白な雲が浮かぶ青空に1匹と一人が空を飛んでいた。

 竜騎士マールパティマはワイバーンに跨って洋上において哨戒任務に就いていた。

 

(……船も怪獣もいない。今日も異常はなさそうだな)

 

 マールパティマはクワ・トイネ公国軍に属している竜騎士だ。

 

 最近。クワ・トイネは国境を接しているロウリア王国からの侵攻に備えていた。

 ロウリア王国はロデニウス大陸の西半分を有する大国だ。ただ、その国是として人間至上主義を掲げており、亜人や獣人を公然と差別……否。排斥しようとしている。

 クワ・トイネ。そして隣国であるクイラ王国は人間もいるが、亜人や獣人も国民として受け入れており、国是の違いからロウリアとの外交関係は常に険悪な状態にあった。

 それが表立って軍事的緊張につながったのは、現ロウリア王国国王がロデニウス大陸統一を掲げてからだ。

 国是の違いから対立は避けられないと両国は判断し、国境付近の防衛線強化や警戒網構築を図っているのである。

 

 マールパティマはその警戒網構築の一環として洋上における哨戒任務に励んでいるということである。

 マールパティマの視線が前を向いたとき、芥子粒のようなものを見つけた。

 視力に自信があるマールパティマはそれが何なのか把握しようとしたが、記憶の中で特徴が一致するものはなかった。

 その芥子粒が徐々に近づいてくると、その形にマールパティマは驚愕した。

 

「何だ? あれは……」

 

 マールパティマが見たそれは、翼はあっても羽ばたいておらず、ウーという甲高い音と共に近づいてきたのだ。

 ロウリアのものかわからないが、規則に則りマールパティマは魔導通信機を起動させ、現状を報告した。

 

「マールパティマからマイハーク司令部。不明騎が北東から接近中。直ちに監視する」

≪マイハーク司令部からマールパティマ。不明騎の国籍は確認できるか?≫

「現在確認中」

 

 マールパティマは不明騎の周りに国籍が確認できるものがないか観察した。

 不明騎は陶器のような光沢を持っていながら、それとは違う素材でできているようだった。

 観察していると、不明騎はこちらを避けるように大きく旋回を始めた。

 羽の先端あたりに赤い円が目立つように描かれていた。

 

「マールパティマからマイハーク司令部。赤い円が描かれている」

≪赤い円? 確認する。そのまま監視を継続せよ。応援を派遣する≫

 

 不明騎は旋回した後、大陸の沿岸を沿うように飛行を続けた。

 不明騎の体は大きさの割に羽は細く異常なまでに横へ長かった。しかし、それだけ横に長いからなのか、速度はワイバーンと大して差はなく。追跡は対して苦労しなかった。

 追跡を続けている、魔導通信機に通信が入った。

 

≪第6飛竜隊リーダーからマールパティマ。現在位置を報告せよ≫

「マールパティマから第6飛竜隊リーダー。不明騎は大陸に沿ってマイハーク方向へ飛行中」

≪第6飛竜隊リーダーからマールパティマ。不明騎に対して警告を行う≫

「マールパティマから第6飛竜隊。了解した」

 

 追跡を続けていると、不明騎の遥か前方に第6飛竜隊のワイバーンが見えてきた。

 

≪第6飛竜隊各騎。不明騎に対して警告を行う! 導力火炎弾用意っ!!≫

 

 一度当たれば歩兵の戦列を吹き飛ばすほどの破壊力を有する導力火炎弾が11騎のワイバーンそれぞれの口先に生成された。

 

 ワイバーンの口から発射されるという瞬間。不明騎は攻撃されるのを恐れるように沖合へと針路を変更し、逃げるように去っていった。

 マールパティマと第6飛竜隊は追撃しようとするが、不明騎は速度を上げたため、最終的に北東へと消えていった。

 

「……いったいなんだったんだ?」

 

 マールパティマと第6飛竜隊の一同は不明騎が見えなくなると基地へと針路を向けた。

 

≪マイハーク司令部から第6飛竜隊各騎。直ちにマイハーク基地へ帰投し、司令部へ出頭せよ≫

 

 マールパティマは一抹の不安を抱えながら帰投した。

 

 同時刻。クワ・トイネの経済都市マイハーク。そこの城塞の上には防衛騎士団が臨戦態勢を整えて整列していた。

 衛兵の1人は第6飛竜隊の飛んでいった先を単眼鏡で見張っていた士官が報告した。

 

「ーーイーネ団長。不明騎は針路を変更して、北東へと向かったようです」

「そうですか。他に不明騎の報告はありますか?」

「現在のところ、あの一騎以外報告はありません」

「今回は何事もなかったということですか……。伝令! 騎士団は防衛体制を解除。警戒体制に移行します。各隊隊長に伝えてください」

「わかりました」

 

 不明騎発見からマイハーク市内は慌ただしかったが、騎士団が順次撤収したため市内は次第に平穏な状態へと戻っていった。

 

 港で働いてる港湾職員と船員が先ほどのことを話していた。

 

「何だったんだろうな。あれは」

「さぁな。ロウリアの新しいワイバーンだったのかもしれないな」

「今回は何事もなかったが、これからもあんなことが続いたら、船を出せやしねぇ」

「まったくだ」

 

 マイハーク内の市民は空に現れた不明騎に不安を抱きつつも、その話題でもちきりとなった。




用語解説はありません


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第3話

中央暦1693年 1月17日

-OCU日本 首相官邸-

 

「ーーでは、報告を聞こうか」

 

 謎の閃光から10日。首相官邸の一室で首相と防衛大臣。外務大臣。国交大臣。官房長官の5人が日防軍士官から報告を受けていた。

 

「わかりました。こちらをご覧ください」

 

 日防軍士官は大型ディスプレイに日本を中心とする地図を表示した。

 

「哨戒機が持ち帰った地形観測データを統合した我が国周辺の地形図です」

 

 ディスプレイに表示された地図には、択捉島より北の千島列島。サハリン島は無くなり、北東4000km辺りに謎の円環状の島が鎮座している。ユーラシア大陸は無くなり、代わりに別の島と大陸が現れた。南西方面は台湾島。フィリピンが無くなり、こちらも大陸が出現していた。

 

「……地形が大きく変わっているな」

「しかし、もし地形を大きく変える程の地殻変動ならば、閃光ではなく大規模な地震や津波が発生してもおかしくありません」

「当時や今のところ、それらの兆候は?」

「微弱な地震は観測できますが、地殻変動が起きるほどではありません。津波に関しても沿岸の観測状態から発生していません」

「ならば、これは地殻変動ではなく何と言えばよいのだ?」

「それに関してですが、併せて別の報告が上がっています」

 

 ディスプレイには、南と北東の大陸と島で確認された建物や港、そこに住む人々が順次映し出された。

 

「……映画を撮るための大規模なセットか何かか?」

「お言葉ですが、映画のセットではありません」

「つまり、あの中世みたいな風景がこれらの地域における文明水準ということなのか?」

「おそらくそうなります」

 

 5人は一度発するべき言葉に迷った。

 沈黙した室内で日防軍士官が口を開いた。

 

「多分に推測を含みますが、おそらく地球に異変が起きたのではなく。我々がこの謎の世界に転移したのではないかと思われます」

「……つまり。SF小説にあるようなブラックホールかワームホールに吸い込まれたというのか?」

「詳細は分かりませんが、それらは文科省に任せるとして、幸いなのは中国もザーフトラも存在しないということです」

「ならば、部隊の即応待機は順次解除しても問題ないでしょう」

「不幸中の幸いと言うべきか、塞翁が馬と捉えるべきか、何にしても、周辺地域の脅威は劇的に低下したわけだ。招集した部隊は順次平時体制に移行させることとしよう」

「わかりました」

 

 日防軍士官の一人が敬礼した後退出した。

 

「総理。そうなると現状軍事的脅威が無いのなら、優先すべきは国内経済に必要な資源の確保です」

「確かにそうだが、この世界……仮に異世界Xと呼称して。そこにある国々とは交易どころか国交すら存在しない」

「そうです。なので、迅速に周辺国との国交を開き、貿易協定を締結するために交渉団を派遣しましょう」

「加藤大臣。交渉団だけでは現地で問題があった場合。対処に限界が生じる可能性があります。あまり好ましくはないですが、ここは日防軍を同行させてはどうでしょうか?」

「いや、それなら日防軍巡洋艦で交渉団を現地まで行くのはどうでしょうか? 動力源が原子炉ですから、ある程度遠方でも長期行動が可能です」

「……それはもはや砲艦外交ではないか?」

「国内状況を考えれば、悠長に構えることはできません」

「ーー仕方あるまい。接触した際の交渉は平穏かつ穏便に行うよう準備を行うように」

「直ちに準備します」

「防衛大臣。派遣できる巡洋艦を用意してくれ」

「わかりました」

 

 枢木の指示に外務省と防衛省は迅速に交渉派遣団を編成しはじめた。

 編成が完了した派遣団は、順次未知の大陸へと出港していった。

 

中央暦1693年 1月22日

-クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ-

 

 クワ・トイネは政治部会の真っ最中だった。これは国の大臣や上級官僚が集まって話し合う重要な場である。首相のカナタのほか、各局大臣が出席している。

 内政のことなら各大臣に対して指示、伝達すればことは済む。だがここ最近はロウリアとの戦争になった場合の防衛体制に関する案件が毎回出てくる状態だ。

 しかし、今回は北東海域から現れた不明騎に関する報告が届いており、そのため情報分析部長が臨時で参加している。

 首相のカナタは報告書を読み進めていくと、軍務卿へと質問した。

 

「ーー不明騎は何もせず北東海域へと引き上げていったわけだが、軍務卿。どう見る?」

「正直、魔写の1つでもあれば何かわかるでしょうが、現状では接触した飛竜隊の報告しかありません。それだけではロウリアの新型ワイバーンなのか、それともそれ以外の国のワイバーンなのかも判断できません。軍として有効な対処案はありません」

「まぁ、相手が攻撃的でないことが救いでしょう。情報分析部長は何かわかりましたか?」

「申し訳ありません。こちらも分析を続けていますが、何もわかっていない状況です。ただ、不明騎は『羽ばたいていない』ことと独特な音が聞こえていたという報告があります。推測ですが、ムーにて使われている飛行機械に類似したものと推測しています」

「飛行機械。そんなものを使う国が近くにいるというのは由々しき事態だ。軍は引き続き警戒態勢を維持していただきーー」

「失礼しますっ!」

 

 カナタが話を続けようとすると、軍務卿の部下が入ってきた。

 

「おい。重要な話をしている最中だぞ。緊急でない限り――」

「マイハークの第2艦隊司令部より至急との報告が入りました」

「……何の報告だ?」

 

 政治部会参加者の視線は報告に上がった士官に集中した。

 

「マイハーク北東海域を哨戒していた軍船ピーマより『未確認の大型船を発見。これより臨検を実施する』と報告が入りました」

「……その大型船の国籍は分かったのか?」

「今のところ不明です。船首に掲げている旗は白地に赤丸と聞いています」

「白地に赤丸。1週間前の不明騎も目立つような赤丸が描かれていたな。何か関係でもあるのか……。第2艦隊司令部にくれぐれも相手を刺激しないよう慎重に臨検するよう伝えたまえ」

「急ぎ伝えます」

 

 伝令の士官は足早に政治部会を後にした。

 




用語解説

『ザーフトラ』…ザーフトラ共和国
 強化されたロシア連邦的な国家。登場なし。

修正。
7/15
書籍版の世界地図を基に、各地域の距離等を修正しました。


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第4話

同日

-ロデニウス大陸マイハーク港 沖合60km付近-

 

 時を同じくして。軍船『ピーマ』はマイハークの北東方面を訓練と哨戒を兼ねて航行していた。

 船長のミドリはマイハーク北東に現れた不明騎のことは知らなかった。それでも、ピーマの1km先に浮かぶ大型船を眺めていたミドリの感情は驚愕と恐怖に支配されていた。

 自身の乗る軍船はたった20m程度の帆船だ。そして、視線の先にいる灰色の船は200mを超える巨体なのだ。その巨体の中に何人の水兵がいるかもわからないが、ピーマより圧倒的に多いだろうという想像は難しくない。さらに、船体の材料が何なのかわからないが、その巨体を生かしてラムアタック(衝角突撃)されれば間違いなく沈められる。ミドリは他の部下の手前、平静を保っていたが、内心不安で押し潰されそうな気分だった。

 

「副船長。あの船はパーパルディアの軍船なのか?」

「船長。確かに私はパーパルディア皇国へ研修に行ったことはありますが、あの国の主力は魔導戦列艦と言われる大型の帆船です。目の前の船に比べれば我々の軍船に似ています」

「そうなのか? なら、他の文明圏国家の新型船か?」

「ミリシアルやムーならあのような軍船があるかもしれませが、付近の国家であのような軍船を保有しているという話は聞いたことがありません」

「……あれがロウリアの新型船なら大変なことになるな。通信士。これから対象の船に臨検を行うが、艦隊司令部から何か通信は入ったか?」

「先ほど入りました。第2艦隊司令部から“相手を下手に刺激しないよう慎重に臨検せよ”とのことです」

「わかった。副船長。臨検班の準備は大丈夫か?」

「準備はできております」

「臨検には私も同行する。私に何かあったときは迷わず逃げたまえ。いいな?」

「……わかりました」

 

 2人のやり取りが終わると、船長と臨検班を乗せた小舟はゆっくりと灰色の船へと向かっていった。

 

 

 視点を変えて日本国防軍海上部隊所属。巡洋艦『茶臼(ちゃうす)』の艦橋では複数の乗員が帆船に視線を向けていた。

 茶臼は沖縄の南西に現れた大陸の調査任務に赴き、大陸からの使者と思われる帆船と接触を果たしたというわけである。

 

「艦長。前方の帆船から小型ボートがこちらに向かってきます。いかがいたしますか?」

 

 航海長の報告に茶臼艦長の伊野瀬は双眼鏡を覗き込みながら考えた。

 

「戦うため……ではないだろう。何かしらの下調べといったところか?」

「それなら、本艦に乗艦させますか?」

「そうだな。お客さん(外務省特使)も加えて話し合いの場を設けよう。航海長。準備してくれ」

「わかりました」

 

 艦長の指示の下。茶臼の右舷に舷梯が海面すれすれまで降ろされた。それを見ていたミドリは小舟を対象船の右舷梯へ進めるよう命令を出した。

 小舟が舷梯の傍まで近づくと、ミドリは改めてその船の巨体さを再認識した。

 ミドリと部下は茶臼乗員に案内された。案内されている間、ミドリは見るもの聞くものすべてに驚愕していた。

(船体の素材は鉄のようだ。だがこれだけの船体を鉄だけで作るにはどれだけ熟練の職人が必要なんだ? それ以前に鉄だけでどうやったら海の上に浮けるんだ? まるでわからん)

 ミドリ達一同は応接室に案内された。

 最初の一声を発したのは、部屋で待っていた伊野瀬だった。

 

「ようこそ『茶臼』へ。この艦の艦長を務めているOCU日本国防軍海上部隊所属の伊野瀬 賢です。どうぞお座りください」

「お招きいただき感謝いたします。私はクワ・トイネ海軍軍船『ピーマ』船長のミドリ・ヴェントレーです」

 

 ミドリは伊野瀬に促され椅子に腰を下ろした。

 降ろした先の椅子はまるで高級家具かと言わんばかりに柔らかな座り心地を感じた。もう少しこの座り心地を堪能したかったミドリだったが、自身の任務を思い出して伊野瀬に問いかけた。

 

「伊野瀬艦長。いきなりで申し訳ないが、そちらの船はあと十数km進むと我が国の領海へと侵入することになります。そちらの航行目的と目的地を教えていただいてもよろしいですか?」

「航行目的ですか? それなら、こちらの者にお聞きください」

 

 伊野瀬は横に座る灰色の服を着た男性に視線を移した。

 ミドリに視線を向けられた男性は静かに会釈して自己紹介を始めた。

 

「初めまして。日本国外務省の仲嶋 諒一です。特使として派遣されました」

「仲嶋殿……ふむ。それで、そちらの目的はなんでしょうか?」

「5日前。我が国の南西方面に出現した大陸を目指し、可能ならそこにあるであろう国家と国交を開き、通商条約を締結するためです。そして今回、あなた方と接触したというわけです」

 

 ミドリや部下は一様に首を傾げた。大陸の北東といえば小さな島があることは知っている。しかし、海流が荒く、並みの船では航行できるような海域ではなかったと記憶していた。

 まして、自分たちより技術が発達している国があるなど、噂ですら聞いたことがなかった。

 

「そうですか。国交の開設。いち船長である私では荷が重い案件です」

「それは承知です。なので、可能なら貴国の港までこの船の水先案内をしていただけませんか?」

「なるほど、案内ですか……。本国と連絡を取りたいので船に戻っても?」

「かまいません」

 

 仲嶋がそう言うと、ミドリ達は急いで『ピーマ』へと戻り、第2艦隊司令部へと事の顛末を報告した。

 

 政治部会は、日本側のあまりに穏便な要求に肩透かしを食らった。

 交渉の必要性とロウリアという目の前の問題がある。更なる負担を増やさないため、マイハークへの入港許可と日本国軍船を案内するよう指示を出した。

 この決断がロデニウス大陸全体に波及するとはこの時カナタをはじめクワ・トイネ首脳部は思いもしなかった。

 




用語解説

『特使』
 首相や大統領が相手国に対して、特別の任務を委ねて遣わす使者。現代だと国交がない場合に用いたり、親書を運ぶ場合に任命される。


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第5話

中央暦1693年 1月24日

-クワ・トイネ公国 マイハーク-

 

「大きいっ……!!」

「あんな船。見た事もねぇっ!」

「どこの国の船かしら?」

「白地に赤い円? 見た事ねぇな……」

 

 日防軍巡洋艦『茶臼』は軍船ピーマの案内の下、マイハーク港へと投錨した。

 茶臼の大きさにマイハークで働く多くの人間の注目の的となった。

 

 茶臼に乗っていた仲嶋らはマイハーク市庁舎の応接間へと案内された。

 応接間にはクワ・トイネの外務卿リンスイと数名の職員が交渉のために訪れていた。

 

「お初にお目にかかります。日本国外務省から派遣された仲嶋と申します。会談の場を設けていただきありがとうございます」

「クワ・トイネ公国で外務卿を勤めているリンスイと申します」

 

 お互いの自己紹介が済むと会談を始めた。

 

「早速ですが、我が国は貴国との国交締結及び通商条約を締結したいのです」

「国交締結に関しては歓迎いたします。しかし、通商条約とはどのような内容ですかな?」

「はい。食料をはじめ多くの鉱物資源を適正価格での輸入を希望しています」

「食料……。貴国はとても運がいい」

「運がいいとは?」

「我が国は豊穣の神に愛されており、ちょっとした平地でも種を撒けば作物が育つほど土壌が豊かなのです」

「それはそれは……本国に吉報を届けることができます」

「そうでしょうそうでしょう。他国へ多く輸出できるくらい作物も畜産も多く生産しております。それで、貴国はどれくらいの食料を望んでいるのですかな?」

「そうですね。多ければ多いほど喜ばしいですが、最低でも年間2000万tは必要になります」

「にっ……2000万tですとっ!」

 

 仲嶋の言葉にリンスイは耳を疑った。

 

「取り乱して申し訳ない。質問なのだが、貴国の人口はどれくらいなのだ?」

「人口ですか? 約1億になります」

「1億!? それはまた大国級の人口ですな……ハハハ」

 

 リンスイは1億という数を聞いて思考が少し混濁した。クワ・トイネはそれなりの国土を有しているが、人口はたった700万だ。隣国であるクイラは食糧事情が悪いため400万。ロウリアは人間(亜人は含まない)だけで3800万。ロデニウス大陸全体で日本の半分にも届かないのだ。それでも、食料生産量が取り柄のクワ・トイネだ。生産するだけなら何も問題はない。ただ、2000万tという膨大な量では別の問題が生じた。

 

「仲嶋殿。2000万tという量を輸出することは不可能ではないのだが、如何せんそれだけの量を運ぶ手段がわが国には存在しない。これに関してはどうすれば良いのだ?」

「なるほど。わが国には他国に対して政府開発援助という物があります。代金の前払いも兼ねて、港湾や輸送網の整備を請け負いましょう。貴国が単独でやるよりかなり大規模に開発ができると思います」

「そうですか。それはありがたい。では、通商条約として纏めるが、よろしいかな?」

「今後改訂や追加することが多いので、第一次条約としましょう」

 

 この数日後、正式に日本とクワ・トイネは国交を締結し、第一次通商条約も同時に調印。

 日本はクワ・トイネの外務局と商務局と折衝した上で港湾設備や交通網の開発。未開拓地の開墾と作物の生産体制も大馬力で実施していった。




用語解説ではなく余談みたいなもの。

本作中で食料輸入量2000万tという表記ですが、厚生労働省の資料では、輸入する食料品は肥料を含め3200万t。カロリーベースの食糧自給率が約38%です。純粋な食糧と肥料用を合わせると、凡そ5200万tが日本に必要な食糧総量です。
本作中では人口減による消費量の縮減。さらに生産能率の向上により必要な輸入量が減ったという設定です。


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第6話

中央暦1693年 1月24日

-ロウリア王国 王都北の港沖-

 

 ロデニウス大陸中央の沖合。ここでも日防軍巡洋艦『石鎚』(いしづち)と帆船が接触していた。『石鎚』もまた、他の巡洋艦と同様調査任務で派遣された艦だ。ただし、こちらはクワ・トイネのような穏便(日本側視点)な接触ではなく、手荒な歓迎を受けていた。

 

「ーー面舵30度」

「了解。おぉもか~じ」

 

 『石鎚』は艦長の指揮の下、相手の帆船と着かず離れずの距離を保って航行していた。

 

「こちらに交戦の意思はない。ただちに攻撃を中止せよっ!!」

「やかましいっ!! 戦う意思がないならさっさと降伏しろっ!!」

 

 艦橋横の見張り台では、拡声器を使って帆船の攻撃を止めようと呼びかけを続けていた。対して相手の帆船は戦う気満々であり、索付きの銛を何度も発射してきている。

 その様相を見ながら、『石鎚』艦長の新田は横でその様子を見ている外務省の河上に話しかけた。

 

「河上特使。確か接触できた国家と可能なら国交を結ぶ下準備と聞いておりますが、いかがしますか?」

「……大なり小なり話ができるなら交渉をする余地があるでしょうが、これでは交渉の席にも着けません。今回は一旦引き上げましょう」

「仕方ありません。日本へ戻りましょう」

 

 帆船の攻撃を巧みに回避する『石鎚』は日本に帰還する針路に変針すると大陸から遠ざかった。

 遠ざかっていく『石鎚』に帆船の船員は歓声を上げた。

 勝鬨を挙げる船員に反して、船長は相手を冷静に判断していた。

 

(……規則に従って追い払ったが、見た限り帆船じゃなかったな。パーパルディア皇国の新型ならこちらが攻撃したら問答無用で反撃しただろう。いったいどこの国の船だ?)

 

 考えに更けていると、魔導通信士が話しかけてきた。

 

「船長。先ほどの船に関して報告しますが、何か伝えることはありますか?」

「ん? ああ。“国籍不明の巨大船と接触。これを退散させたり”と海軍司令部に伝えてくれ」

「わかりました」

(まぁ。今度の大陸統一作戦の障害にはなるまいて……)

 

 3か月後、このとき追い払った『石鎚』の実力を体感することになるとは船長を含め誰1人知る由はなかった。

 

 

中央暦1693年 1月25日

-フェン王国 アマノキ-

 

 見る人が見れば日本の城郭と見間違えるような形状をしている。それがフェン王国の王宮『天ノ樹(アマノキ)城』である。

 天守閣には軍事や外交を司る武官(フェン王国では他国でいう大臣はすべて武官である)を集め、緊急会議を開いていた。

 最初に口を開いたのは剣王シハンである。

 

「皆の衆。よく集まった。今回は先日現れた一つ眼龍(日防軍の無人機)について話し合いたい」

「では、まずは東塔監視番長の私から。ことの始まりは10日前。雲よりかなり高い所を1つの龍が飛んでおりました」

 

 番長は幅がある巻物を部屋の中央に広げた。そこには異様に翼が細長く、眼球が顎下についている生き物風の墨絵が描かれていた。

 

「おぉ。これは見たこともない龍じゃな」

「ガハラ神国の風龍に比べ、胴は異様に短く翼が横に長いのか?」

「如何にも。さらに、この一つ眼龍を見つけた監視番の話曰く。翼は全く動いていなかったらしいのです」

「翼が動かない? これだけの翼を持っているのだ。たった一回でも羽搏けば長く飛べるのではないか?」

「私めも最初はそう思ったのですが、羽搏き一回もせずアマノキに近づいてはグルグルと旋回し、南東へ向かったとのことです」

「南東ということはロデニウス大陸か。このような龍か鳥がいるという話は聞いたことはありませんな」

「私もありません」

「しかし。その程度のことであるなら、さして重要なことではなのでは?」

「それは、そうなのですが……」

「そこからは、外務武官(=外務大臣)の私が話しましょう」

 

 外務武官は一度咳払いをすると話を始めた。

 

「実は、この一つ眼龍が去った後、ガハラ神国大使から緊急の会談がありました」

「ほぅ……。して、どのような内容だったのだ?」

「はい。あちらから『フェンは魔帝の兵器を掘り当てたのか?』と質問されたとのことです」

「魔帝の兵器? 王宮武士団はそのようなものを使っておったか?」

「陛下。お言葉ですが、王宮武士団にそのような兵器はありません」

「私もそのように伝えました。こちらもその一つ眼龍について知らないか伺ったのですが、大使曰く『天の浮舟の一種だと思われる』と返答されました」

「天の浮舟? 確か、第1文明圏が用いる物だったか?」

「そのように記憶していますが、わが国には第1文明圏の大使館はありませぬ故。確認は取れません」

「うぅむ。今回は民に何ら被害がなかったと安心してよいだろうが、外務武官。団長。一つ眼龍に関する情報を可能な限り集めるのだ」

「「御意っ!」」

 

 フェンは差し迫った脅威と別に未知に対する恐怖が圧し掛かった。

 




用語解説

『1つ眼龍』
 ワイバーンや竜がいる世界でRQ-1やMQ-1を前提知識無く見たらどう呼ぶか考えたらこうなんじゃないかという呼称。

訂正
誤字を訂正しました。ゲベック様。ありがとうございます。


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第7話





中央暦1939年 1月30日

-パーパルディア皇国 エストシラント-

 

 パーパルディア皇国。この世界においてその名を聞けば『第3文明圏最強の国』と言われる存在であり、列強の一角である。

 その列強国の首都エストシラントの港には百隻以上の戦列艦が鎮座している。

 いつもなら「我が皇国の戦列艦は世界一ィィィ!!」と答えるのだが、今回はどの水兵も港から1㎞離れた灰色の軍艦に目を奪われていた。

 投錨している灰色の軍艦はOCU日本軍艦の一隻である。

 水兵たちはそれぞれ思い思いのことを口にしていた。

 

「あれはミリシアルの軍艦か?」

「白地に赤い円。あんな国旗見たことないぞ」

「何処の軍艦なんだ? こちらより明らかに大きいぞ」

「何でもニホンとかいう国から来たらしいぞ」

「ニホン? 中央世界にそんな国あったか?」

「いや、何でも東の方から来たらしい」

「東? ここから東と言ったら小さな島しかないだろう」

「それ以上東となると、荒れた海が広がっていてまともに航行できないと聞いたが?」

「まぁあんなでかい船を持っているんだ。荒れた海を超えるのも難しくないんだろうよ」

「はぁ。ニホンとかいう国が敵じゃなければいいんだがなぁ……」

 

 水兵たちが話しているころ、同じ時に巡洋艦『愛鷹』の艦橋から岸壁を眺める目が複数あった。

 

「……凄い数の戦列艦だな。圧巻とは正にこのことを言うのだろうな」

「大航海時代全盛期のイギリスやスペインもこれだけの戦列艦を持っていたでしょうな」

「かもしれないな。しかし、所詮は帆船。この(愛鷹)に敵うことはあるまい」

「艦長。戦うことを前提にしないでください。聞く相手次第では艦を降ろされかねませんよ?」

「そうだな副長。今の話は秘密で頼む」

「はぁ……。わかりました」

 

 『愛鷹』艦長の牧田は艦の中へと戻っていった。

 『愛鷹』がここで投錨しているのは、外務省から特使である吉川達を護衛する為である。

 現在、吉川とパーパルディアの間で外交交渉が行われており、その結果を待っているのだ。

 

 パーパルディア皇国は外交において外務局が3種類存在する。それぞれ相手国の格によって対応する外務局が変化するからだ。

 列強と言われる国家を相手にする第1外務局。

 列強国に劣れど文明国を相手にする第2外務局。

 文明国に属さなさいという点で劣等と判断した相手に対応する第3外務局。

 パーパルディアは列強国の一角だ。もしパーパルディアと外交交渉をしようとするなら、ほぼ第3外務局が最初の相手となる。しかし、パーパルディア側は日本特使に対して普通ではありえない程慎重に対応していた。というのも、沖合で投錨する巡洋艦『愛鷹』が列強国で最も強力な神聖ミリシアル帝国の魔導戦艦と酷似していたからだ。

 ニホンという国名を聞いたとき、外務局の局員は「自分たちの知らない蛮族の国家なのだろう」と最初は考えた。しかし、エストシラント港に誘導された軍艦を見た職員は、一様に「ニホンはミリシアルの息がかかった国家ではないか?」という疑念が生じた。

 パーパルディアにとってミリシアルは大洋を挟んだ格上の国家であり、そして仮想敵国でもあるのだ。

 もしミリシアルの保護国もしくは衛星国の1つなら下手な行いがそのままミリシアルとの紛争に繋がりかねない。そう感じた外務局員は慎重にならざるを得なかった

 今回、第3外務局局長のカイオスと第2外務局局長のリウス。そして外務局監査室から派遣されたラキーネアの3人は補佐の局員とともに緊張した面持ちで吉川と応対していた。

 

「――では、貴国の仰ることが本当なら、凡そ2週間前にこの世界に国土ごと転移した国家であり、神聖ミリシアル帝国の保護は受けていないということですか?」

「そうです。我が国は独立国です。宗主国はなく、属国もありません」

「そうですか。とりあえず話は戻りますが、貴国は何のために我がパーパルディアを訪れたのですか?」

「……我が国と貴国の間で国交を交わし、そして可能な限り可及的速やかに通商条約。貿易条約を締結することです」

「通商条約ですか……。失礼ですが、貿易品目のリストはありますか?」

「こちらになります」

 

 3人は吉川が出した書類の厚さより、紙自身の品質に驚愕した。パーパルディア国内で流通する紙といえばザラっとした薄茶色の羊皮紙が主流だ。しかし、提供された紙は陶器のごとき白さと、繊維特有のザラザラがほとんど感じられなかった。

 ただ悲しいかな、3人はリストの内容が全く分からなかった。

 

「吉川特使。申し訳ないが、このリストは何語で書かれているのだ? 全く読めないのだが……」

「えっ!? すみません。てっきり言葉が通じるので、文字も大丈夫だと勘違いしてしまったようで……」

「リストは追々翻訳するとして、可及的速やかな通商条約の締結とおっしゃっていたが、優先すべき品目などがあるということですかな?」

「そうです。融通していただきたいのは食料です。我が国の生産量と備蓄だけでは、おそらく1年も持たないのです」

「ほう。食料ですか……。失礼。少し席を外しても?」

「はい。大丈夫です」

 

 3人は他の局員をおいて一旦応接室から退出すると、隣の会議室に入った。

 3人は各々座ると、ラキーネアが口を開いた。

 

「お二方。ニホンのこと。どう思う」

「嘘をついているとは思えません。ある種の必死さが窺えますので」

「私もリウス局長と同じ意見です」

「そうですか。私はニホンのことを皇帝に報告して、国交開設の承認を得ようと思います。異論はありますか?」

「異論はありませんが、皇帝陛下がニホンにどの程度理解を示すかという点で懸念があります」

「仕方ありますまい。皇帝陛下の心中は皇帝陛下しかわからないでしょう」

「私個人の考えですが、恐らくニホンは我が国を超える技術が多数あると見ています。通商条約を餌に技術開示を迫れば、断りずらいでしょう」

「確かに妙案です」

「国益の最大化を図るなら、相手の弱みは最大限に活かさないと」

「そうですな。しかし、ニホンの特使は如何いたしますか? 他の文明圏外国も交渉のために外務局へ訪れています。国家の格を見せつけるために一度返しますか?」

「そうですね。3か月後に再度来ていただきましょう。その間、国交締結の承認と通商条約の草案を外務局監査室で作成します」

「わかりました」

 

 ラキーネアは会釈すると会議室を後にした。

 カイオスとリウスは吉川が待つ応接室に戻り、3か月後に再度会談を行うことで合意した

 吉川は3か月後の会談を了承し、愛鷹へ戻っていった。

 

 吉川たちを回収した愛鷹は日本へと針路を向け、帰路に就いた。




余談みたいなもの。

日本「おっ! 大陸あるやんけ。ちょっと見てくるわ」
パ皇「知らん国やな、文明圏外? 船でかいな」
日本「国交と条約結ぼうず♪」
パ皇「ちょっち考えさせてクレメンス(ミ帝の手先じゃないよな?)」





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第8話

中央暦1639年 1月31日

-クワ・トイネ公国 マイハーク-

 

 日本とクワ・トイネの国交が樹立してから1週間。通商条約に基づく政府開発援助団の第1陣がマイハーク港横の海岸に到着した。

 

「ーーおいおい何だあれ?」

「煙…いや、海水が舞い上がっているのか?」

「船って言えるのか。あれ……」

 

 海岸の様子にマイハーク市民は日本の能力に驚愕していた。

 そこには作業用重機を積んだホバークッション艇が何度も往復していた。

 クワ・トイネ国内のインフラ事情。もとい港湾能力の低さに日本は絶望しながら必要とする水準に引き上げるためだ。

 浜に上がったホバークッション艇から作業用重機が降りてきた。

 作業用重機はクワ・トイネが指定した集合地点に移動。他の重機も集まっている。

 

 並んでいる重機の中に妙なものが混ざっていた。それは高さ4m。幅は3mほどある人型の作業用重機ヴァンダーヴァーゲン(WAW)である。

 

「あっ、あれはゴーレム?」

「日本はすごい魔導技術を持っているんだな」

「あれ? 日本に魔導はないと聞いているけど」

 

 マイハーク市民は日本のことを理性的だがよくわからない国家だと認識していた。だが、目の前に並んだ重機を見た途端。日本人の知らないところで“よくわからないすごい国家”に格上げされていた。

 

 日本から来たゼネコン社員の監督はマイハーク市民のことなど気にせずタブレットを眺めながら並んだ重機を数えている。

 

「これで第1陣分の重機は全部か?」

「そうです……と言っても、まずは住宅団地向けですが……。これでマイハーク中の宿屋を貸し切りすることはなくなるかと」

「貸し切りというかほとんど占拠に近かったがね」

 

 日本から来た作業員は笑い話で済んだが、宿屋の費用は全額経済産業省から提供されていたため、宿泊その他の費用合計の金額を見た会計担当者は一様に頭を抱えることとなった。

 

 

中央暦1639年 2月5日

-クイラ王国 首都バーダット-

 

 クイラ王国。ロデニウス大陸の南東域を領土とし、そのほとんどが砂漠で覆われている国家である。

 この国はクワ・トイネと長らく同盟関係にある。クワ・トイネは豊富な食糧の一部をクイラに渡す代わりに、クイラは肉体的に優れたドワーフや獣人を中心とする出稼ぎ労働者を多数派遣していた。

 首都バーダットの中央に構える王城『バーダット城』の一室ではクイラ王国の外務卿メツサルとリンスイが茶会を開いていた。

 

「お久しぶりですメツサル殿。ご壮健で何よりです」

「これはこれは。リンスイ殿もお元気そうで何よりです」

 

 2人の机にお茶とお茶菓子が運び込まれると、メツサルは話を始めた。

 

「そういえば、最近ニホンとの交易でマイハークや周辺がとても豊かになったと聞いています」

「豊か……ですか。ええまぁそうですね。ただ豊かになったという表現はかなり生ぬるい。たった2週間ですがマイハーク周辺だけでも恐ろしい発展ぶりですよ」

「ほぅ。恐ろしいほどとはどういうことですか?」

「えぇ。我が国の建材は木造か貴国から齎される石材が主流だったのだが、ニホンには鉄骨や“コンクリート”という素材を用いていとも簡単に大きい建物を建築していてな。しかも従来の建築物より頑丈ときている」

「そうですか。今度は私がそちらに訪れた方がよいでしょうな」

「それがよいでしょう。訪れるなら建築家を同伴されることをお勧めします」

「ではお言葉に甘えて、後日訪問させていただきましょう」

 

 2人はカップを戻すと本題に入った。

 

「それで、今回はどのような要件ですかなリンスイ殿」

「ええ。実は貴国と日本の国交締結を仲介するために馳せ参じた次第です」

「おぉそれは。先の話が本当なら我が国にとってもかなりの利益になりましょう」

「そうでしょう。じつはここにニホンから預かった親書がありましてな」

「そうですか。では拝見させていただきます」

 

 メツサルはリンスイから親書を受け取ると、内容をじっくり読み解いた。

 

「なるほど。国交締結と友好の証として通商条約の提案でありますか」

「然り」

「しかし、我が国は貴国と違ってニホンに魅力的なモノがあるとは思えませんが……」

「そこの細かいことはニホンが考えることです。ご心配なさらず」

「それはよかった。早速このことを国王陛下に報告して、ニホンの特使との会談を用意いたしましょう」

「よろしくお願いしますメツサル殿」

 

 2人の茶会が終わった2週間後。日本の外交派遣団を乗せた船がバーダット港の沖合に錨を降ろした。喫水の都合で入港ができず、使節団は客船に搭載されている小型艇で岸壁に降り立った。

 岸壁に降り立った派遣団には外交特使の他に他省の官僚と学者や技術者も同伴していた。

 小型艇から数人が降り立つと、上着を脱いで汗を拭った。

 

「クワ・トイネは温暖な気候なのに、こっちは完全に砂漠地帯だな」

「ええ。調査任務とはいえ、この日差しはなかなかきついですね」

 

 この5人は日本-クイラ通商条約に伴う地下資源調査の為に派遣された地質学者グループだった。

 港の突堤から見える景色は中世風の建物が通り沿いに並んでいた。 突堤から通り沿いに入ると数台の馬車が待機していた。乗り物が異国情緒なのに、横に控えている人物がスーツ姿ということもありある種風情というものとミスマッチしていた。しかし、地質学者たちからしたら、目印にもなっていたので5人はその馬車に向かった。

 

「お疲れ様です。経済産業省の相沢です。調査チームの代表はどなたですか?」

「私がこの調査チーム代表の永沢です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。今回皆様が宿泊する宿屋まで案内します。そちらの馬車に荷物をお載せください」

 

 5人が手早くキャリーケースや地質調査用の器材を馬車に積み込むと、相沢は移動を開始した。

 

「馬車に乗るというのは初体験だが、やっぱり揺れがひどいな」

「申し訳ありません。まだ車両類の搬入がされていませんので」

「いえいえそういうわけでは……。そういえば相沢さん。調査の移動も馬車を使うということですか?」

「近場での調査はそうですが、より内陸の調査となると移動が困難なので、日防軍の揚陸艦を用いて各種車両を輸送します」

「それはいつ届くのですか?」

「すでに防衛省と産業界の協力があるので、早ければ2週間後には届くかと」

「そうですか。わかりました」

 

 馬車の揺れを少しでも和らげようと6人は雑談していると日本政府の用意した宿屋に到着した。

 5人は手荷物を部屋に運び込み。器材の類は貸倉庫へと運び込んだ。

 荷物を運び終えた5人は宿屋内に設けられた酒場へと足を運び、空いているテーブル席に着いた。

 程なくして酒場のウェイトレスが5人に歩み寄った。

 

「申し訳ありません。お客様はニホンから来られた方ですか?」

 

 ウェイトレスに目を向けると、そこには顔と同じ長さの耳を垂らした犬顔の獣人(ラブラドールレトリーバー風)が立っていた。

 その顔を見た5人は一瞬硬直した。

 ウェイトレスは5人が硬直した顔に頭を傾げた。

 

「え? あぁそうです。日本から来ました」

「そうでしたか。お代は政府よりいただいてますのでお料理をお持ちいたします」

 

 そう言うと犬顔の獣人ウェイトレスは厨房へと消えていった。

 

「お代は政府が会計済みか。何か地場料理を堪能できると思ったのだが」

「まぁ。注文を聞かれても困りますよ。僕たちはここ(クイラ語)の言葉は読めませんから」

 

 調査チームの中で一番若い助手が注文が書かれた札(居酒屋で見る木札の列)を指した。

 札には彼らにとって理解できない文字で書かれていたからだ。

 クイラと正式に国交が結ばれ。文科省を中心に日本語・クイラ語の翻訳事業に着手した。。しかし、2週間という短時間ではまだまだ進んでいないに等しかった。

 

 それでもなお進めるのは、クイラの存在(地下資源)が日本にとって非常に重要であるという日本政府の考えからだった。




用語解説

『WAW』……ヴァンダーヴァーゲン
ザックリ言うとフロントミッション世界における人型車両のこと。かつては戦闘用もあったが、2090年代では、軍向けにWAPが普及しており、もっぱら重機の代わりとして流通している。


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第9話

中央暦1639年 3月10日

-OCU日本 永田町-

 

 異世界への転移から2か月。日本国の東京・永田町に置かれている内閣府では閣僚全員が集まって会議が開かれた。

 

「現状報告を始めます」

 

 音頭を取る官房長官は部下に指示を出すと室内は薄っすらと暗くなった。

 閣僚の席配置はコの字型になっており、空いたところに大型のディスプレイが置かれている。

 最初に口を開いたのは、国内の資源状態を総合的に把握する経済産業大臣だった。

 

「現在。外務省と防衛省。国交省の尽力により我が国周辺の地形把握。さらにそれらの土地に存在する国家との接触。さらには国交締結が順調に進んでおります。また、クワ・トイネ公国とクイラ王国とは通商条約も締結しており、国内で不足している食料や資源の輸入も順次始まっております」

 

 ディスプレイには転移直後から現在の食料と資源備蓄のグラフが表示されており、1年で食料や資源が切れる状態をほんの1週間程度引き延ばしたことを示していた。

 

「ただ、グラフを見てわかるように転移前の輸入量を補うにはまだまだ遠いのが実状です」

「つまり、現状物資統制法と配給法の解除はできないと?」

「そうです。せめて輸送量が現状の10倍まで増えないと、今年の年末に複数の自治体で停電が発生。さらに鉄道をはじめとする運輸業界が機能不全を起こし。それに伴う物資の配給や統制が効かず、餓死や凍死が発生する公算です」

「わかった。統制法と配給法は継続する方向でいこう」

「ありがとうございます」

「国交大臣。国内の船舶事情はどうなっている?」

「現在各造船会社に5000t級貨物船の建造を要請しています。しかし、就役しても乗員不足で海運の改善には少なく見積もっても1年程時間かかります」

「そうか。1年か……」

「仕方ありません。海運が3割まで落ち込んで、それでなお踏みとどまっている状態です。並みの国では経済が崩壊してもおかしくありません」

 

 2096年。日本では人口こそ1億まで減ったものの、国内の経済は横ばいから微増といった規模を維持していた。

 海洋国家である日本では輸出入停止により経済低下は確定であり、さらに物資不足からくる犯罪件数も時間とともに上昇傾向にあった。

 クワ・トイネとクイラとの海運は上昇傾向だが、国内経済の必要量にはまだ届いていないのだ。

 国家の司る立場からすれば、どの省庁も頭を抱える状態だった。

 沈黙が支配する室内で厚生労働大臣が発言を求めた。

 

「総理。現在クワ・トイネとクイラに派遣しているのはゼネコンと運輸業界の駐在員だけですが、現地に大規模な開拓団を派遣するのはどうでしょうか?」

「……どんなものだね」

「現状。我が国の経済活動は下降基調です。そのため労働人口に余剰が生まれています。ならば失業者対策も兼ねて現地での建設。農作業要員として送り込みましょう。副次効果として国内の配給量を少なからず減らすこともできます」

「それは……棄民ではないか?」

「もちろん送るだけ送って終わりなら棄民政策ですが、輸入量が必要水準まで回復するまでの期限付き政策です」

「……現地雇用労働者の割を食わないかね?」

「ーー現地からの報告ですが、クワ・トイネやクイラ国民に我が国の建設業務を担わせるには教育水準の問題から建設作業の遅延が生じているとのことです」

「そういうことなら。財務大臣」

「省に持ち帰って試算します」

「よろしい。では次の議題だが……」

 

 夜が更けこんでも、内閣府から明かりは消えなかった。

 

中央暦1639年 3月19日

-クイラ王国 バーダット近くの砂漠-

 

「班長。採掘塔の設置が完了しました」

「よし。掘削を始めるぞっ!」

 

 彼らはクイラに派遣された試料採取チームの1つだ。国土のほとんどが砂漠しか無いが、クイラ国内の地質学者曰く『燃える汚泥(石油)燃える空気(天然ガス)が時たま現れる』という話を聞けた。

 試料採取チームは噂があった場所に赴いた。

 

「どうだ?」

「正直驚きですね。石油だまりが下にあるのは確かです」

「埋蔵量はどうだ?」

「正確な量はわかりませんが、かなりの量になるのは確かかと」

「ここもか? ここら辺の地層はすごいな。掘ったら掘っただけ資源が湧いてくる。羨ましい限りだ」

「その上に住みたいかと聞かれたら、考えさせられますけどね」

 

 試料採掘チームはクイラ国内各所で試掘を実施した。その結果、クイラ国内には日本国に必要な資源が多く埋蔵されていることが判明した。

 

「だが、これでもっと忙しくなる」

「そうですね。砂だけの大地じゃなくて、埋蔵金が埋まっている一大地域ですからね」

 

 試料採取チームは次の採掘地点へと歩を進めた。

 

 クイラの資源調査チームからの報告に財界や産業界は大手を振って喜んだ。そして、クイラに対する投資とコンビナート開発計画が加速することとなる。

 また、国内で失業状態の社会人も一山当てようと開拓団の募集所へ訪れる人が増えたのだった。

 

 活気に沸く日本。投資によって日に日に豊かになっていくクワ・トイネとクイラを横目に、隣国であるロウリアで恐るべき計画が進んでいることに気づくことはなかった。

 

 

中央暦1639年 3月21日

-クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ-

 

 クワ・トイネと日本の国交が結ばれてから約2か月。公都クワ・トイネは日本との交易によって経済が上り調子だった。何せ、食料を作れば作るだけ日本が買い取ってくれるので、農家や商社は大いに喜んでいた。

 公都内の活気はまさに鰻登りだった。そんな街中で若い男が路地裏へと向かった。そして、そこには裏路地には似つかない小奇麗な中年が待っていた。

 

「……最近沸いてますね」

「あぁ。どこもかしこもニホンとの商売で繁盛してるよ」

「商人魂的にはその恩恵をうちにも分けてほしいものです」

 

 商人の正体はパーパルディア皇国の諜報局員。若い男はロウリア王国のスパイである。両者ともとある計画のため、クワ・トイネに潜入している。

 

「まぁ。例の計画がうまくいけば総取りなんじゃない?」

「計画といっても借金の手形を回収するという形ですから、出資先がちゃんと事業に成功してもらうことが前提ですよ」

「大変だねぇ。安い元手で大金を得ようとするのは」

「商売で利益を得ようと思ったら仕方のないことですよ。ただし、成功するようテコ入れはしますが……」

「なるほどねぇ。そうだ。これが今のクワ・トイネ軍の配置だ」

「そうですか」

 

 商人は封筒をすばやく確認すると、金貨数枚を男に渡した。

 

「これが今回の報酬です」

「へへっ。まいど」

 

 男は金貨を数えながら、商人に尋ねた。

 

「そういえば旦那。ニホンについて何か知っているかい?」

「いえ、上からは何も……」

「聞きたいんだけど、お宅の国はあんなのが走っているかい?」

 

 若い男が指したのは、日本がクワ・トイネに贈呈した自動車の一つだった。

 クワ・トイネにおける主たる交通手段は馬車である。それが、日本との通商条約によって多くのトラックがクワ・トイネ内で走るようになった。また、日本から有償無償で提供される自動車も少しずつだが目にする機会が増えている。

 

「……本国では見ないな」

あの形(セダンタイプ)のは大体政府のお偉いさんか、日本との商売で利益を得たやつだ。ニホン人が言うには、ジドウシャっていうらしいぜ」

「そのジドウシャがどうしたんだ?」

「あんな形だが、まず馬並みに足が速い。それでいて馬より頑丈ときている。ちなみに、マイハークでよく走っているのは馬車より何倍も大きいのに軍馬(騎馬用)並みに早くて荷馬車の何倍もモノを運べるんだ」

「……それは、いやな情報を聞いたな」

「まぁ。クワ・トイネはジドウシャを物凄い荷馬車程度にしか考えてないだろうけど、軍隊がそのすごさに気付くのも時間の問題だろうよ」

「……計画はすでに最終段階です。今更ジドウシャを導入しても戦力の引き上げは難しいですよ」

「確かにそうだな」

「しかし、ニホンについてはもっと知る必要があります。ニホンのネタも今後仕入れてください」

「その分報酬も弾んでくれよ」

「わかっています」

 

 こうしてクワ・トイネで暗躍する2人の会話は終わった。

 




用語解説


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第10話

中央暦1639年 3月29日

-クワ・トイネ公国 国境の町『ギム』-

 

 クワ・トイネの西部の町『ギム』。この町の数km先にロウリア王国との国境が存在している。そのため同町にはクワ・トイネ公国軍西部方面騎士団が置かれている。

 西方騎士団麾下の第3飛竜隊に属する竜騎士レギトンは、国境より東側をもう1騎の竜騎士ロンツと共に警戒任務に就いていた。

 

「……ロンツ。何か見えたか?」

≪今のところは……待ってください。レギトン。前方。左を見てください≫

「確認する……。ロウリアが何か設置しているのか?」

≪確認するために近づきますか?≫

「--いや。下手に国境を超えたら落とされかねない」

 

 レギトンは遠目に複数のワイバーンを確認した。

 現在飛んでいるのが2人の竜騎士以外いないことを覚えていたレギトンは遠くに見えるワイバーンはロウリア王国であると確信した。

 2人は国境を超えないルートを取りながらロウリア側を観察した。

 国境の先、約1km超えたところに大規模な野営地を設営していた。現状でも数万人規模なのに、さらに増築している様子も見て取れた。

 他に馬で牽引するバリスタや、ワイバーン用の発着場も確認した。

 

 2人はその光景を横目に、レギトンは飛竜隊本部に報告を始めた。

 

「レギトンからギム司令部。ポイントB-8地点の国境からロウリア側1kmの辺りで野営地を確認。規模はおそらく軍団級。バリスタ等の牽引兵器。複数のワイバーン及びワイバーン発着場を確認。野営地の更なる設営を図っている模様」

≪ギム司令部からレギトン。ロウリア軍の野営地で間違いないか?≫

「レギトンからギム司令部。野営地はロウリア領内にある」

≪ギム司令部からレギトン。野営地の件は了解した。そのまま哨戒飛行を継続せよ≫

「レギトン了解」

 

 2人は飛行を続けると、ロンツはレギトンに質問した。

 

≪レギトン。我々はロウリアと戦争になるんでしょうか?≫

 

 レギトンはバルターの質問に“戦争になるのはごめんだ”という意図を感じ取ったが、近頃の政治情勢を上官から口酸っぱく伝えられたレギトンは残酷な真実をバルターに伝えた。

 

「ロンツ。最近のロウリアの政治目標は知っているだろう?

“ロデニウス大陸を統一し、人間の楽園とする”って宣伝している。どう言い繕ってもうちら(クワ・トイネとクイラ)を攻める為だろうよ」

≪……≫

「戦争になって、真っ先に戦うのは俺たち国境の部隊だろうから。気持ちだけでも準備しておけよ」

≪わかりました≫

 

 2人の竜騎士はその後何事もなく哨戒飛行を終え、ギムに帰投した。

 

 

中央暦1639年 4月2日

-クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ-

 

「--軍務卿。この報告は事実なのですか?」

「残念ですが、事実であります首相」

 

 ギムの西方騎士団から齎された報告に、首相のカナタをはじめ政治部会は大いに荒れた。というのも、ロウリアとの国境に沿って複数箇所に大規模な野営地が設営されつつあるのだ。

 

「情報分析部長。ロウリアの国内状態はどうなっていますか?」

「……ロウリア国内の食料価格は最近高騰しており、木材や布類。武具や防具も多数が軍に納入されているのが確認されています。さらに、ロウリアの各都市に動員が発令され、多くの兵士が国境付近へ向かっています」

「外務卿。何かしらの脅しの可能性はありますか?」

「今のところ、在ロウリア大使から通達や連絡はありません」

「つまり、彼らは本気で開戦するということですか……」

「おそらく」

「……軍務卿。仮に戦争になったとして、防衛は可能ですか?」

 

 軍務卿はしばし考えこむと、質問に答えた。

 

「結論から申しますと、ギムをはじめとする国境付近の防衛は不可能です」

 

 カナタは軍務卿に質問を続けた。

 

「ーーでは、防衛が可能な土地はどこですか?」

「エジェイであればかなり長期間防衛が可能ですが、現在ロウリア軍の兵力は諜報の報告より総勢50万にまで膨らんでいると試算されています。これは我が方の10倍近くの数です。クイラに援軍を要請しても抗いきれないでしょう」

 

 戦えばほぼ敗北。そして戦争を回避できるだけの材料もないのだ。カナタは絶望的な現状に頭を抱えた。

 何も口をしないカナタに代わり、外務卿がカナタに話しかけた。

 

「首相。ここは日本に援軍を要請してはどうでしょうか?」

「日本にですか?」

「そうです。日本は人口1億人です。であるならそれ相応の兵力を有している可能性があります」

「確かにそうですが……軍事同盟を結んでいない相手に兵隊を派遣してくれるでしょうか?」

「国家存亡の危機です。一時的な支援だけでも打診しましょう」

「わかりました。外務卿。日本大使を私の執務室に呼んでください」

「わかりました。すぐ手配します」

 

 かくして1時間後。在クワ・トイネ日本大使である仲嶋とカナタの会談がセットされた。

 

「仲嶋大使。突然お呼びたてして申し訳ありません」

「何か緊急の案件と伺っております。それで、どのようなご用件でしょうか」

「失礼ですが、貴国は我が国の隣国であるロウリア王国はご存じですか?」

「ロウリア王国? 確かロデニウス大陸西方の国家だったと聞いております。何分。我が国と国交がありませんので……」

「その認識だけでも十分です」

 

 2人の会話が切れると、狙いすましたように給仕がお茶を持ってきた。

 用意されたお茶を一口飲むと、カナタは話し始めた。

 

「話は飛躍しますが、我が国とロウリアで戦争になる可能性が出てきました」

「戦争ですか……っ!? それはつまり、我が国に対する軍事支援の要請ということでよろしいでしょうか?」

「話が速くて助かります。お恥ずかしながら、現在把握しているロウリア軍はわが軍の10倍以上の規模となっており、防衛が困難であると試算しております」

「そうですか。喫緊の事態であるのは理解しました。直ちに本国へお伝えし、可能な限り早めに返答差し上げます」

「ありがとうございます」

 

 仲嶋はカナタの執務室から急いで大使館へ戻った。

 




9月3日に誤字を修正しました。
シーデンドルフ様。ゲベック様。ありがとうございます


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第11話

中央暦1639年 4月3日

-日本国 首相官邸-

 

 クワ・トイネから伝えられたロウリアと開戦する可能性と軍事支援要請を聞いた枢木は急いでNSCを招集した。常設メンバー(首相・官房長官・防衛大臣・外務大臣)の他、経産大臣を指定した。

 

「--クワ・トイネからの軍事支援要請だが、忌憚無き意見を求めたい」

 

 枢木の言葉に、まず外務大臣が答えた。

 

「総理。まず我が国とクワ・トイネの間に国交こそあれど、軍事的な条約や協定がありません。それに、仮に派遣しようとしても国会や世論の説得に時間がかかると思われます」

 

 外務大臣はOCU加盟国に対する支援ならいざ知れず、第3国となると軍の派遣に慎重となる。

 たいして、外務大臣の言葉に経産大臣が反論した。

 

「しかし、締結していないから軍事支援をしないというのはよい判断ではありません。クワ・トイネからの食料輸入が途絶えてしまいます。さらに、既に数万規模の邦人がインフラ整備、農地開拓団として派遣しています。邦人保護という点で日防軍派遣は妥当かと考えます」

「それはクワ・トイネが防衛に失敗した場合です。現状で負けが確定したわけではないでしょう?」

「それはそうですが、勝てる要素があるなら我が国に支援を要請はしないと思うのですが……」

 

 ここで一拍入ると、枢木が防衛大臣に質問した。

 

「防衛大臣。クワ・トイネはロウリアの侵攻を阻止できるかね?」

「ロウリアの戦争目的が不明瞭なので確証は持てませんが、兵力差10倍ではほぼ勝てないかと……」

「では逆に聞くが、ロウリアがクワ・トイネを征服するのにかかる時間は?」

「中世の軍隊なので、クワ・トイネ全土となると年単位でかかるでしょう。しかし、馬匹が移動手段なので、占領地における糧秣の調達が容易です。補給切れによる撤退は期待できません」

 

 枢木は考え込むと、防衛大臣に指示を出した。

 

「防衛大臣。派遣戦力の選定とロウリアに対する偵察を計画してくれ」

「わかりました。急ぎ準備します」

「官房長官。各政党と会議の場を設定してくれ。クワ・トイネに対して軍事支援を国会で採決することになる。根回しを頼みたい」

「わかりました」

「首相。ということは……」

「外務大臣。戦争が外交上非常に厄介なのは百も承知だ。だが、OCU設立からここ半世紀。最近だとハフマン紛争に参加したんだ。派兵すること自体珍しくない。それに……」

 

 枢木は一拍置くと、話を続けた。

 

「軍事は政治の延長だ。国家の危機に必要なら使うの(軍事介入)は致し方あるまい?」

「――わかりました。クワ・トイネとの安全保障条約を策定します」

「頼んだよ」

 

 会議の後、日本はクワ・トイネ救援のため準備を開始した。

 

 

中央暦1639年 4月4日

-クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ-

 

 午前の業務が落ち着く時間。仲嶋は先日の軍事支援に対する返答のため、カナタの執務室を訪れていた。

 

「――仲嶋大使。先日の軍事支援の件。本国はどのような回答を?」

「まず。我が国と貴国の関係ですが、同盟関係ではありません」

「そうですか」

 

 カナタは中嶋の言葉に、“日本は支援しない”という回答であると考えた。

 個々人の良心ならともかく、国家が国家を助けるというのは簡単ではない。まして、それが戦争となれば腰が重くなるのも仕方がない。

 カナタは仲嶋の言葉を逆の意味で聞いていると、仲嶋はさらに話を続けた。

 

「――よって、我が国は貴国との安全保障協定を提案します」

「アンゼンホショウ協定? 同盟と何が違うのですか?」

「……それについては、追って実務者会議で内容を詰める必要があるでしょう」

「そうですか」

「話を戻しますが、喫緊の事態が迫っているということもあり、我が国は貴国にいくつか要請があります」

 

 仲嶋はカナタの側近にクワ・トイネ語の要望書を渡した。

 

『日本国からクワ・トイネに対する要請一覧

 

:クワ・トイネ国内における日本国防軍部隊の入国。展開許可

:両軍の連絡室の設置

:ロウリア-クワ・トイネ国境上空の日本国籍航空機の飛行許可

:マイハーク近傍に4km×4kmの土地購入及び軍用施設の設営許可』

 

 カナタは日本の要望書の内容に困惑したが、軍事支援に対する対価ではなかったので胸を撫でお降ろした。

 

「要望書の件は分かりました。急ぎ担当部門に話は通しておきます」

「ありがとうございます」

 

 その後、日本はカナタの許可が降り次第、マイハーク近郊に野戦飛行場と駐屯地の設営を開始した。それと同時にロウリア軍の行動を確認するため、無人機の国境上空への派遣も開始された。

 

 

中央暦1639年 4月9日

-ロウリア王国 東方征伐軍野営地-

 

 ギムの町から国境を超えた数km先。ロウリア軍東方征伐軍は巨大な野営地を築いていた。

 

「第1。第2兵団は隊列を維持しながら前進っ!!」

「騎兵隊は全速前進で突撃っ!!」

「弓兵隊。魔導士団は前衛兵団の援護」

 

 作戦計画では、この軍がクワ・トイネ侵攻の主戦力となっている。

 軍の集結は完了している。特に、征伐軍先遣隊である東部諸侯団は命令に備えて訓練に勤しんでいる。

 

「第1兵団は前進を継続。第2兵団は~~」

「騎兵隊は敵側面へ移動っ!! そのまま~~」

 

 そんな訓練を東部諸侯団所属の魔導士ワッシューナは国境の先を睨んでいた。

 他所から見たらのほほんと散策しているように見えるが、ワッシューナ自身は国境を越えた先の状態を自らの目で確認しているのだ。

 ワッシューナは軍に属する魔導士団の一員ではなく、東部諸侯団団長のジェーンフィルア伯爵お抱えの専属魔導士だ。魔導の指導以外にも、軍略や政治において多くの助言を与える参謀的な役目も担っていた。

 

「……風は涼しいけど、湿度は低い。戦うのに申し分ないか?」

 

 少し高いところをワイバーンの編隊が通過していった。飛竜隊も作戦に向けて編隊飛行訓練を行っている。

 

「……あれ?」

 

 ワッシューナはワイバーンが見えるさらに遥か遠くに違和感を覚えた。

 

「……“光の精よ。遥かな先を我の前に映したまえ”」

 

 詠唱をしながら手をかざすと、直径1m大の魔法陣が現れた。

 ワッシューナが行った魔法は、単純に言うと魔法で作る望遠鏡である。

 展開した魔法陣越しに何千m先を観察すると、そこには明らかにワイバーンとは違う体躯の何かが飛んでいた。しかも、顎の下にある1つ目がこちらをじっと覗いているのを確認した。

 

「あれはなんだ? 翼があるからワイバーンの一種だと思うが、あんな種類見た事ないな。それより羽搏いていないしワイバーンなのか?」

 

 ワッシューナは謎の飛竜(日本のUAV)に意識を集中させるが、結局正体は分からず、軍議において報告する以上のことは思いつかなかった。

 

 対して、ロウリア軍の戦力配置を確認した日本は、クワ・トイネ派遣軍の編成を大馬力で開始した。




用語解説はありません


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第12話

中央暦1639年 4月10日

-ロウリア王国 王都ジン・ハーク-

 

 ロデニウス大陸の西側を国土とするロウリア王国。人口は3800万と多く。そのほとんどが人間である。

 ロウリアでいうところの亜人。この亜人には驚くことにエルフやドワーフも含まれているという徹底した人間至上主義の国家である。

 王都ジン・ハークは三重の城塞で囲まれた都市である。

 中央の城塞は、王国の最高権威であり権力者であるハーク・ロウリア34世の居城『ハーク城』が聳え立っている。

 

 ハーク城謁見の間。そこに大臣や将軍が整列していた。

 謁見の間は緊張に包まれている。

 

「陛下が入られますっ!」

 

 謁見の間のレッドカーペットを王冠を被った威厳あるハーク王がゆっくりと歩を進めた。

 ハーク王が玉座の前に立つと、侍従が用意したワインを受け取った。

 

「諸君。今宵この場に集まったこと、大義である」

 

 ハーク王の言葉が切れると、参列した大臣や将軍に給仕がワインを配り始めた。

 配り終えると、改めて演説が始まった。

 

「……諸君。今日この日君らにとって記念となる。何故なら、諸君らはロウリア国の大願(大陸統一)を達成した英達となるからだ。ここにいる者達は、皆それぞれ違う責務を存分に果たし、もって我がロウリア王国を支えてきた。我は諸君らの存在を大いに誇りに思う」

 

 ハーク王は一度言葉を切ると、続きを始めた。

 

「諸君っ! 此度の戦は今までと比べて難事となる。しかし、それだけの難事を超えてこそ偉大なる国家は誕生する。

諸君。一緒にロデニウス大陸統一を果たそうではないかっ!!」

 

 ハーク王がワインを高く掲げると、参列者もそれに合わせてワインを掲げ、称賛の言葉を挙げた。

 

「「「ロウリア王国万歳っ!!

ハーク・ロウリア34世万歳っ!!」」」

 

 一同はワインを一気に飲み干し、ハーク王は締めの言葉を発した。

 

「クワ・トイネ侵攻作戦を開始せよっ!!」

「「「はっ!!」」」

 

 参列者はそれを聞くと、各々の持ち場へと向かった。

 謁見の間から大臣や将軍が席を外すと、柱の陰から黒いローブを着た人物がハーク王の元に近づいた。

 本来ならいきなり王族に近づいたら侍従や護衛が割って入るのだが、ハーク王も護衛もローブの男がどういう立場なのか知っているため、割って入ることは出来なかった。

 

「……ハーク王。もし大陸統一を果たした暁には、例の約束。しっかり守っていただきますのでよろしくお願いします」

「念押しせずともわかっておる。今回の計画は貴国の支援あってこそだ。約束はしっかり果たそう」

「ふふふ……。それでは私めは失礼いたします」

 

 ハーク王は内心ローブの男を毛嫌いしているが、大陸統一計画におけるパトロンであるのも事実だ。だが、ローブの男は陰でロウリア王国を“遅れた国家”と口遊んでおり、ハーク王の神経を逆なでしていた。

 

(大陸統一を果たし、来る日にはフィルアデス大陸も手中に収めてくれるわっ!)

 

 ローブの男が去ると、ハーク王は不機嫌なまま浴場へと足を運ぶことを選んだ。

 

 

中央暦1639年 4月13日

-ロウリア王国 東方征伐軍野営地-

 

 ロウリア軍の野営地は熱気に包まれていた。各兵は休息を取りつつ装備の点検を実施している。

 野営地中央の指揮官テントに征伐軍指揮官や参謀が集合していた。

 ハーク王の『ロデニウス大陸統一令』が発令され、翌14日の作戦を前に最終軍議を執り行うためだ。

 

「……皆も知っての通り、ハーク王から作戦開始の命を受けた。よって作戦計画の最終確認を行う」

 

 討伐軍の総指揮を執る将軍パタジンが司会進行を開始した。

 

「わが軍の総数は現在50万。その内10万は防衛任務。海上侵攻に14万。残り26万が国境からクワ・トイネに侵攻する戦力となる」

 

 パタジンは卓に広げられたロデニウス大陸全体の地図に各軍の駒を指揮棒で説明した。

 

「パンドール将軍。貴殿が東方征伐軍の総指揮官を執る。作戦の確認を」

「わかりましたパタジン将軍」

 

 パンドールはパタジンに替り東方征伐軍の説明を開始した。

 

「全体の流れですが、まず東方征伐軍先遣隊『東部諸侯団』は明朝よりギムへ攻撃。迅速に制圧します。その後、クワ・トイネ要塞都市『エジェイ』に向け先遣隊を進軍。征伐軍本隊はそれを追う形で進みます。

『エジェイ』に敵の纏まった戦力が駐留していますが、全軍をぶつければ攻略は問題ないでしょう。

『エジェイ』攻略後ですが、征伐軍を沿岸(マイハーク)方面。中央(公都クワ・トイネ)方面。南方(クイラ対応)方面にそれぞれ再編し進軍します」

「軍を3つに分けて大丈夫なのかね?」

 

 パタジンはパンドールに質問した。

 

「クワ・トイネ軍の総数は5万。ワイバーンの数も我が方500騎に対してクワ・トイネは多く見積もっても100騎程度です。決戦でも、消耗戦でも多少の損耗はあるでしょうが、負けることはありますまい」

「クイラに対する備えはクワ・トイネ降伏後か?」

「予定ではそうですが、クイラはクワ・トイネに比べ人口に劣ります。さらに、糧秣のほとんどをクワ・トイネから仕入れているので、開戦した段階で物流が停滞すると思われます。クワ・トイネの制圧が思ったより容易なら、南方方面軍のみで侵攻することも可能でしょう」

「なるほど。しかし、戦は予定通りいかぬもの。予定通りクワ・トイネ降伏後にクイラ侵攻をする方向で考えよう」

「わかりました」

 

 パンドールが引くと、他の指揮官と比べ不気味さがあるアデムが前に出てきた。

 

「ご紹介に預かりました。この戦いで一番槍を務めさせていただく『東部諸侯団』のアデムです」

 

 アデムはロデニウス大陸の地図を下げると、ギム周辺の地図を広げ、自軍(ロウリア軍)敵軍(クワ・トイネ軍)の駒を並べた。

 

「斥候の報告から、ギム周辺のクワ・トイネ軍の規模は凡そ3000人。隷下の先発隊3万を以てすれば数日程度で落ちるでしょう。ワイバーンも20騎前後。征伐軍先発隊に150騎配備されているので、正攻法にて敵を攻め倒す予定です」

「うむ。貴官の指揮能力は理解している」

「そこでパタジン殿。ギムを攻略した後、部下に恩賞を与えたいと考えているのですが、どうでしょうか?」

 

 パタジンはアデムが何を言わんとしているかすぐに分かった。単純にギムで戦果漁りという名の略奪を欲しているのだ。

 パタジンとしては本隊の補給分は残すべきではと考えたが、そこはクワ・トイネの土地である。糧秣に困ることはないと判断し、アデムに回答した。

 

「そうだな。先発隊のみで攻略ができたのなら、ギムで得られる戦果は好きなようにしてよい」

「フフフッ。ありがとうございますパタジン殿。これで部下のやる気は鰻登りになるでしょう」

「アデム副将。吉報を待っているぞ」

 

 パタジンは答えたが、アデムをよく知る士官はその意味を違えなかった。

 大方ギム攻略で捕まえた亜人(軍人市民問わず)を好きなように弄んで嬲り殺しにするのだろうと察した。

 

「これで軍議は終わるが、他に何か報告することはあるか?」

 

 パタジンが軍議を終わらせようとすると、ワッシューナが手を挙げた。

 

「パタジン殿。1つよろしいでしょうか?」

「お主は?」

「東部諸侯団フロンチェス・ジェーンフィルア侯爵の下で魔導士を務めているルイナー・ワッシューナと申します。実は数日前気になることがあり、ご報告いたします」

 

 ワッシューナは机に謎の飛竜が描かれている魔写(写真)を広げた。

 広げられた謎の飛竜の姿に、一同は困惑した。

 

「魔導士ワッシューナよ。これは何かね?」

「数日前、国境の先。遥か高い蒼空を観察していたところ。魔写のような飛竜が飛んでいたのです」

「ふぅむ。このような形の飛竜は見た事も聞いたこともありませんな」

「そうですな」

「クワ・トイネの新型の飛竜でしょうか?」

「しかし、これには竜騎士が跨っているように見えませんが?」

「顎の下に大きく飛び出した1つ目。不気味な形をしていますねぇ」

「魔導士ワッシューナよ。この飛竜がギムに来たのか?」

 

 各々意見を言うと、パタジンがワッシューナに質問した。

 

「いえ、この時見たのは北から南の方へ飛んでいきました。数は1騎です」

「1騎程度なら、然したる脅威にはなるまい。アデムよ」

「何でしょうか?」

「ギムで戦う際。この飛竜が現れるかもしれぬ。攻略後に余すことなく報告せよ」

「わかりました」

「他に何かあるか? 無ければ明日からの作戦に備えよ。ロウリア王国と国王陛下に勝利を齎すのだっ!」

「「「はっ!!」」」

 

 こうして、ロウリア王国東方征伐軍の軍議は終了した。

 




大体愚痴のようなもの

提督業と独立傭兵業が忙しくて筆が進まない今日この頃(´д`)

9月18日
誤字を修正しました。ぴょんすけうさぎ様。ありがとうございます。


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第13話

中央暦1639年 4月14日

-クワ・トイネ公国 国境の町『ギム』-

 

 早朝。薄っすらと朝靄が漂う国境線付近。国境警備の物見櫓では歩哨がロウリア側を監視していた。

 

(寒いなぁ。早く交代が来てくれればいいんだけど……)

 

 見張っていると、国境側からザッザッっという音が耳に入り込んだ。

 

(……これは足音?)

 

 歩哨はじっと耳を澄ましたが、朝靄が晴れるとともにその正体に気付いた。先ほどの音は、膨大な数の歩兵が歩く音だったのだ。

 

「まさか……まずいっ!」

 

 歩哨はすぐさま警鐘を鳴らして詰所に非常事態を伝えた。

 詰所の兵士は警鐘の音を聞くと、先任の兵士が指示を出した。

 

「ロウリア軍の侵攻だっ!! 狼煙を挙げろっ!! ギムにこのことを知らせるのだっ!」

「はいっ!!」

 

 先任は物見櫓に登ると、ロウリア軍の全貌を確認した。

 

「――何という数だ……っ!!」

 

 朝靄が完全に晴れた平原から見える光景に先任も歩哨も絶句していた。そこには数万という数のロウリア軍が戦列を敷いて進んでいたからだ。

 

 

 西方騎士団司令部に緊急招集された騎士団長モイジをはじめ、各隊隊長が集まっていた。

 

「ロウリア軍の侵攻は確かなんだな?」

「はい。複数の監視詰所より同様の狼煙が上がっています」

 

 モイジは手持ちの戦力を確認した。

 歩兵2500。弓兵200。重装歩兵500。騎兵200。軽騎兵100。飛竜24騎。魔導士30人。

 ロウリア軍の規模は事前に哨戒していた飛竜隊の報告から数万規模であるのは確かだった。

 

「まともにぶつかってはどう戦っても勝てない。住民の避難はどうだ?」

「ある程度進んでいますが、今だ住民の3分の1が残っています」

「総司令部にこのことは伝えたか?」

「第一報で伝えました」

「……少なくとも、全住民が脱出するまで時間を稼ぐ必要がある、最前列に重装歩兵。その後方に歩兵を配置。弓兵と魔導士は歩兵戦列の後ろに展開。軽騎兵と騎兵は敵の騎兵に備えて後方で待機。飛竜隊は敵飛竜の接近に備えて上空にて待機せよっ!!」

「「「はっ!!」」」

 

 クワ・トイネ西方騎士団はロウリア軍の接近に備え、ギムの街から1km西方に陣を敷いた。

 

 ロウリア軍が越境してから約1時間。両軍はお互いを視認できるほどの距離まで接近していた。

 

 アデムは自陣を見渡せる丘の上から、クワ・トイネ軍とギムを観察した。

 

「フフン。敵はギムを守る形で布陣しましたか……」

 

 アデムは戦いの推移を予測しながら、伝令に伝えた。

 

「飛竜隊の半数を敵飛竜隊に対して攻撃させ、もう半分は敵歩兵を攻撃しなさい。騎兵は敵の両翼を包囲するように展開。歩兵隊は隊列を維持しながら前進っ!!」

 

 指示が下された各隊は行動を開始した。モイジも敵の動きに呼応して対応を指示した。そして、戦場の様子は数千m上空の無人観測機でも確認した。

 

 

中央暦1639年 4月14日

-OCU日本 国防省-

 

「――戦況はどうだね?」

「戦力差は歴然です。長くても2日。最悪今日中にギムは敵の手に落ちるかと思われます」

 

 東京都市ヶ谷にある国防省の庁舎に設置された情報処理センターでは、ロウリアとクワ・トイネ国境の上空を監視している無人機の通信映像が大型スクリーンに映されていた。

 

「安海少将。防衛大臣が到着しました」

「わかった。お通ししろ」

 

 日防軍士官は安海の指示された通り、防衛大臣の田澤を室内に案内した。

 

「ご苦労。どうだね安海少将」

「クワ・トイネ軍は劣勢です。計算では数日程度でギムはロウリア軍の手に落ちると思われます」

「侵攻してくるロウリア軍の規模はわかっているのか?」

「監視の結果。侵攻用に集結しているのは総勢26万。ギム侵攻には3万の兵が投入されています」

「航空戦力だけで片付く規模じゃないな」

「そうですね」

 

 安海は田沢の言葉を肯定した。

 

「大臣。統合軍参謀部の参集が完了しました」

「わかった。安海少将。大きな動きがあったら報告してくれ」

「わかりました」

 

 田澤は部下と共に情報センターを後にし、別フロアの会議室へと案内された。

 

「田澤大臣が入室されます」

 

 会議室前の士官が中にいる参謀達へ報告した。参謀総員が起立し、大臣に敬礼を送る。

 田澤は参謀たちに座るよう促すと、上座の椅子に案内された。

 

「三垣統合軍参謀長。まず内閣としてクワ・トイネに対する部隊の派遣が決定した」

「聞いております」

「そうか。それでだ。派遣は何時頃できそうだ?」

「クワ・トイネからの要請と部隊規模で変動します。それを吟味して案をいくつか策定しました」

「それなら、まず迅速に展開する案を説明してくれ」

「わかりました」

 

 会議室が一様に暗くなり、正面にスクリーンが表示された。

 スクリーンにはロデニウス大陸が表示されている。

 

「まず第一案ですが、海上部隊と水陸機動部隊によるロウリア王国強襲案です。王国の首都ジン・ハークの北部に港があり、まずここを水陸機動部隊によって強襲。制圧します。その後、一定規模の地上部隊を港にピストン輸送。態勢が整い次第ジン・ハークへ進撃します。作戦開始から終了まで最短で1ヵ月。最長で3ヵ月と見ています。クワ・トイネに対する救援ですが、主に航空部隊を派遣して対処する予定です」

「この案の利点は?」

「まずロウリア王国はクワ・トイネに対する侵攻と我が軍に対する防御という二正面作戦を強要出来ます。反面、クワ・トイネに対する救援が航空部隊だけなので、クワ・トイネとロウリアの戦力差では我が方が作戦を完遂する前にクワ・トイネの防衛線が崩壊する可能性があります」

「なるほど、第二案は?」

「第二案ですが、まず陸上部隊をクワ・トイネ軍に合流させ、敵侵攻軍を撃退。そのまま反転攻勢にでます。こちらの利点ですが、クワ・トイネ軍と合流することで防御態勢が盤石なることが挙げられます。ただ、クワ・トイネ国内のインフラが貧弱ですので、纏まった戦力の展開が困難なことが挙げられます。この案ですと、停戦まで最短4ヵ月。最悪1年は掛かる見込みです」

「我々は兎も角、外務省が喜びそうな案ではあるな……。他に案はあるのか?」

「第3案があるにはあります」

「説明を」

「わかりました。第3案ですが、第1案と第2案を同時並行で進める案です」

「何故それが第3案なんだ?」

「投入戦力が多いので、消費する物資や燃料が膨大になります。特に燃料に関してですが、物資統制法で備蓄は維持していますが、大規模な戦力投入となると現状の備蓄分では作戦完遂前に地上部隊及び航空部隊の燃料が不足する可能性が試算されています」

「しかし戦時物資統制法が……。あぁ。特災時物資統制法で民需分が統制されているのに、戦時統制でさらに絞られたら経産省と財界がキレかねんな」

「そうです」

「まぁ。3案とも内閣で提案してみる。内閣からより細かい要求が入ると思うが、派遣戦力の選定だけは進めてくれ」

「わかりました」

 

 田澤は防衛省から内閣府へと移動した。

 

 内閣府にはNSCのメンバーが集まっており、最後のメンバーが田澤だった。

 田澤が席に座ると、枢木が資料に目を通しながら質問した。

 

「――防衛大臣。日防軍の状態は?」

「現在派遣戦力を選定中です。あとは我々(=総理大臣)がどういう目標を設定するかどうかで、有効な戦略案を提示してくれます」

「そうか。外務大臣。クワ・トイネからは何と?」

「本格的な侵攻が始まったということもあり、可能な限り迅速な戦力派遣を希望しています。それに対して、部隊の選定と準備に時間がかかると回答しています」

「それでいい。それで各自に聞きたいが、この戦争目標を何処に置くべきか……」

 

 枢木の言葉に、田澤が反応した。

 

「最低限の目標はクワ・トイネに対する侵攻軍を壊滅させ、国境線まで戦線を戻す必要があります。そこから先は外交で解決するか、軍事的に解決するかで別れそうですが……」

「そうなると、クワ・トイネに対する派遣は必要になるな」

「はい」

「……仮にだが、日防軍がロウリア軍に敗北する可能性は?」

敵航空兵力(ワイバーン)魔導兵力(未知の技術)に対する懸念があります。さらに補給切れの状態で戦力差があれば敗北する可能性もあります。しかし、それだけの状況が生じない限り、我が方が勝利できます」

「よろしい。防衛大臣。この戦争における戦略案はあるかね?」

 

 田澤は枢木に統合軍参謀部から出された3案を説明した。

 

「軍事的合理性の第1案に外交重視の第2案。コストがかかる分両方の良いとこ取りな第3案か……」

 

 枢木は思考を一巡させると、田澤に答えを出した。

 

「まずはクワ・トイネ救援を優先したい。しかる後、停戦講和を図るためにロウリア王国に対する停戦交渉と進撃案を計画してくれ」

「指示しておきます」

 

 

 枢木の指示が入ると、クワ・トイネ-ロウリア国境以外にも、ロウリア王国沿岸や内陸に対する偵察と情報収集をはじめた。

 

 同日日没後、ギム陥落が無人機によって確認された。




用語解説

『軍事的合理性』
 戦争の勝利ではなく、自軍が敵軍を効率的に撃破するたの戦術的戦略的勝利だったり、作戦成功のためにどれだけ労力と損害を減らし、戦果拡大ができるかという性質。ただし、プロ特有の専門外に関する知識や知見不足で別の問題が生ずる。

『政治的要求』
 軍事的合理性と異なる性質。最たるものは占領地に対する死守命令や外交上の要求。損害が大きいパターンがあり、さらに職業軍人の考えから飛躍しているため、しばしば軍人側が政治不信に陥る案件になる。


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第14話

中央暦1639年 4月20日

-ロデニウス大陸 北方海域-

 

 日防軍はクワ・トイネからの軍事要請が入ってから派兵準備を行いつつ、最適な戦力投射を果たすべく哨戒機や無人機をロウリア王国の国境や沿岸へと展開させていた。

 

 ロデニウス大陸北方の海域。日防軍海上部隊所属の多用途哨戒機『UP-4』が飛行していた。

 

「……機長。ポイント4通過」

「了解。ポイント5に向かう……何か捕捉したか?」

「水上レーダーには何も映っていません」

FLIR(赤外線複合カメラ)には――機長。もう少し大陸寄りに針路を取れますか?」

「わかった。左旋回する」

 

 哨戒機は緩やかに左旋回すると、蒼海に多数の航跡を確認した。

 

「えらい数だな……。舛田(航空士)。相手の国籍は確認できたか?」

「――ロウリアの国旗を確認しました。東へ進んでいます」

「数は分かるか?」

「レーダーの映りが悪いので、正確な数は分かりません」

君塚(航空士)。司令部とHF通信を頼む」

「わかりました」

 

 君塚は哨戒機に積まれているHF無線機を起動させた。衛星があるならUHFを使ってカメラ映像も送れるのだが、転移によって全ての衛星が失われてから、長距離で安定して通信できるのはHF無線だけとなっている。

 

「機長。HF無線が繋がりました」

「那覇コントロール。こちらウィンドホバー43」

≪ウィンドホバー43。こちら那覇コントロール≫

「ロウリア国旗を掲げた大規模船団が東へ進んでいる。沖縄より南南西500海里の位置」

≪ウィンドホバー43。船団の数は分かるか?≫

「相手が木造船のためレーダーで捕捉困難。目視で1000や2000は確認できる」

≪那覇コントロール了解した。船団の監視を継続せよ≫

「ウィンドホバー43了解した」

 

 ウィンドホバー43はその後交代の無人機が来るまで船団を捕捉し続けた。

 

 

「……船長。見えたかね?」

「見えました提督。ワイバーンではないようです」

「ワイバーンでないのなら、あれは何だったのだ?」

「少なくとも、私は存じません」

「……そういえば、3か月前に巨大な鋼鉄船と接触した報告があったな」

「あぁ。ありましたな」

「あれと関りがあると思うか?」

「なんとも言えません。報告では“巨大な船を退散させた”という内容でしか記録されていませんので」

「より詳細を報告させる必要があるな」

「同感です」

「それにしても……」

 

 艦隊司令のシャークンは後ろを進む船団を眺めた。

 

「まさに壮観だな。これだけの船と兵がいれば、この作戦だけでクワ・トイネを征服できるのではないかね?」

「提督の仰る通りです。しかし、我々だけで征服してしまっては、他の指揮官に恨まれてしまいますよ」

 

 副官はにやけた顔でシャークンに答えた。

 

「フフン。確かにそうだな。ここはマイハーク制圧に注力しよう」

 

 4000隻を超える船団は5kt(時速約9km)で東へと進んだ。

 シャークンはクワ・トイネ程度の軍船程度なら圧勝できるだろうと考察した。しかし、この目論見が数日後に瓦解するとはこの時知る由もなかった。

 

 

中央暦1639年 4月20日

-OCU日本 防衛省-

 

「――沖縄海軍基地で臨時編成を実施。それを以て要撃する」

 

 防衛省の一室……海軍参謀長の岳田中将は他の艦隊司令や参謀に伝えた。

 事の始まりは同日午前に第4航空隊所属の哨戒機からの報告だった。

 “ロウリア軍の大船団を捕捉。船団は東に進行中”の報告は、クワ・トイネ向け部隊をマイハークへピストン輸送している日防軍海上部隊にとっては好ましくない報告となった。

 

「村河少将。沖縄海軍基地にいる部隊は?」

第22戦隊(第2艦隊第2戦隊)第33戦隊(第3艦隊第3戦隊)第96戦隊(地方隊第6戦隊)が待機しています」

「急ぎ各戦隊に出撃命令。艦隊司令部を編成する時間はない。最先任に指揮を取らせろ」

「沖縄海軍基地に伝えます」

 

 海軍参謀長の指示に従い、沖縄海軍基地に待機していた22戦隊。33戦隊。96戦隊から巡洋艦1隻。駆逐艦3隻。航洋哨戒艦(フリゲート)3隻。哨戒艦(コルベット)2隻の合計9隻による臨時艦隊が出港した。

 臨時艦隊司令は第33戦隊に籍を置く栗濱大佐が指定された。

 構成する戦力を以下に示す。

 

『緊急派遣艦隊』

 第33戦隊

 ↓→巡洋艦『茶臼』※旗艦

 ↓→駆逐艦『荒潮』

 ↓→フリゲート『真駒内』

 ↓

 第22戦隊

 ↓→駆逐艦『旗風』

 ↓→フリゲート『物部』『大栗』

 ↓

 第96戦隊

 ↓→駆逐艦『松風』

 ↓→コルベット『杉』『山茶花』

 

 CICでは栗濱が指揮下の艦艇情報を精査していた。

 

「まったく。まさかロウリアがここまで大規模な迂回機動を取るとは、やってくれる」

「しかし、第4航空隊の哨戒機には感謝しかありません。これだけの戦力を無視したら、クワ・トイネはほぼ敗北していた可能性が統合軍参謀部よりレポートが届いています」

「だろうな。4000隻を超えるガレオン船に10万以上の兵隊か……。これだけの規模はオーバーロード作戦(ノルマンディー上陸作戦)を除けば史上最大じゃないか?」

「栗濱指令。実は我が国ではかなり似通った作戦……戦役があります」

「太平洋戦争でこんな大規模な上陸作戦があったか?」

「いえ違います。日本史上における蒙古襲来……弘安の役に規模は匹敵します」

「……すまない、歴史は得意じゃなくてな」

「鎌倉時代の戦いですから、兵隊や船の数において現代より当時の方がインパクトがあります」

「だろうな。海が敵船で埋まりそうだ」

 

 栗濱と参謀は雑談を終えると、周辺海域の海図を睨みながら本題に入った。

 

「さて、ロウリア艦隊の戦力をどう見る。参謀」

「……数こそ多いですが、装備に大砲が確認できないので、古典的な敵船切込みが主流かと思います。バリスタなどに気を付ければ、1km程度の距離で応戦してもかなり余裕を持って戦えます」

「そうか。なら、奴らの目標はどこだと思う?」

「断定はできませんが、内陸寄りの公都(クワ・トイネ)より港を有するマイハークの可能性が高いと思われます」

「なるほど。合理的だな。仮にロウリア海軍の目標がマイハークだとして、到達するのは最短で何日だ?」

「……ロウリア艦隊の速度は凡そ5kt程度と報告が上がっています。風が味方すれば早くて10日程度で到達するかと」

「10日か。我々の足なら道中で要撃できるな」

 

 参謀は栗濱に肯定した。

 その時、通信士が栗濱に近づいた。

 

「栗濱司令。参謀部よりクワ・トイネ海軍士官の観戦武官受け入れ要請が入りました」

「観戦武官だと? これから奴ら(ロウリア艦隊)を沈めに行くっていうこの時にか?」

「何でも、クワ・トイネから“日本国の海軍力を見たい”という事らしく。参謀部は受け入れたそうです」

「……参謀。交戦前に武官受け入れは可能か?」

「相手の動きがこちらの予測通りなら十分時間はあります。しかし、武官をピックアップするためにマイハークへ寄る必要があります」

「わかった。マイハークへ針路修正するとして、到着はいつ頃になる?」

 

 参謀は素早く海図から必要な距離を算出した。

 

「今から巡航速度でマイハークに向かうと、明日の昼頃には到着します」

「よろしい。海軍参謀部に“艦隊はマイハークへ進路を変更する”と伝えてくれ」

「わかりました」

 

 こうして、臨時派遣艦隊は沖縄を出撃してから、南西からマイハークである南へと針路を向けた。

 

 

中央暦1639年 4月21日

-クワ・トイネ公国 マイハーク-

 

 マイハークの港には多数の帆船が繋がれている。いつもなら商船の荷役で活気に沸いているが、今回は事情が違っていた。

 クワ・トイネの国旗を掲げた軍用帆船が多く停泊しているのだ。

 クワ・トイネ海軍の水兵が切り込みようの縄梯子や弓矢、油入りの壺を軍船に積み込んでいる。

 その光景をクワ・トイネ海軍第2艦隊提督のパンカーレが眺めていた。

 

「うむ。兵の士気は上々だな」

 

 パンカーレは海軍軍人として戦場が与えられたことに喜びを感じていた。しかし、それ以上に憂鬱な気分がパンカーレの心を支配していた。

 

「並みの規模ならまだしも、4000を超える船団とは、ロウリアはどれだけ財を投じたのだ……」

 

 パンカーレは後ろに控える士官に聞こえるように愚痴を吐いた。

 

「心中お察しします。パンカーレ提督」

 

 パンカーレは控えている士官に向き直ると、参謀部からの辞令を伝えた。

 

「――ブルーアイ。日本国軍艦に観戦武官として乗り込み、日本国の海軍力をしかとその眼で確認せよ」

「お任せください提督」

 

 パンカーレはブルーアイに渋い顔を向けながら心の内を話始めた。

 

「まったく。援軍を派遣してくれるのは喜ばしいことだが、900でも90でもなくたった9隻しか艦艇を派遣せんとは……っ! ニホンはどれだけ戦う気がないのかっ!!」

「提督。少ない戦力でも迅速に我が国へ救援を派遣してくれたのです。私の前でならいざ知れず、あまり公に言わない方がよろしいかと」

「……わかっておる。だが、ロウリアは4000以上の軍船で攻めてきておるのだぞ? そこに観戦武官を派遣しろだなんて、上は何を考えているのかわからん」

「大丈夫です提督。私は士官学校での剣術教練で最高成績をたたき出しておりますので、白兵戦になれば一番生存する可能性があります」

「正直。本国の指示だから従わざる負えないが、貴官ほど前途有望な若者をよくわからん相手に預けるのは、老兵として心が痛む」

「……」

「あぁ。すまないなブルーアイ。老人の愚痴に付き合わせてしまったな。ニホンからの迎えがそろそろ来る頃だ。クワ・トイネ軍人として恥ずかしく無いよう心せよ」

「わかりました提督。失礼します」

 

 ブルーアイは執務室を後にすると、宿舎から荷物を手早くまとめ、日本が大馬力で建設している野戦飛行場に向かった。

 

 

「クワ・トイネ海軍のブルーアイさんですね。司令部より話は聞いております。迎えの航空機は後30分ほどで到着します。その間、こちらでお待ちください」

 

 ブルーアイは濃緑色のテントに案内された。道中。ダークオリーブや濃いレモン色のよくわからないモノが彼方此方で動き回っている。

 

 しばらく眺めていると、ゴ~という音とババババッという音が飛行場に近づいているのに気付いた。

 それとほぼ同時に、日防軍士官がブルーアイの元に訪れた。

 

「ブルーアイさんですか? まもなく迎えのヘリが到着します。準備をお願いします」

「わかりました」

 

 ブルーアイは日防軍士官の案内により、滑走路近くまで案内された。

 

「ブルーアイさん。こちらを装着してください」

 

 日防軍士官はブルーアイにある物を手渡した。

 

「すみません。こちらはなんでしょうか?」

「耳栓とライフジャケットになります。ヘリのエンジン音はかなりの轟音になります。ライフジャケットですが、洋上を飛行するということもあり、万が一着水した場合に備えて、体を浮かせるための装備になります」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 ブルーアイは耳栓とライフジャケットを手早く装備すると、ヘリが近くまでやってきた。

 日防軍士官の言ったとおりかなりの轟音であり、さらに吹き付ける風(ダウンウォッシュ)はワイバーンのそれより遙かに強力だった。

 

(これがヘリという日本の飛竜か。飛竜というより巨大なトンボのような形をしているな)

 

 ブルーアイが乗り込んだのを確認すると、ヘリはゆっくりと浮かび上がり、日本艦隊が待機しているマイハークの北方へと向かった。

 

 2時間ほどヘリに揺られていくと、沖合で待機している日本艦隊が見えてきた。

 

(お……大きいっ!! たった9隻と聞いたときは心配したが、1隻1隻が我々の軍船の何倍もある。これだけ大きいなら、乗っている水兵もかなりの数になるだろう)

 

 ブルーアイは見当違いの推測をしながら、ヘリは臨時艦隊旗艦『茶臼』へと着艦した。

 

 ヘリから降り、甲板で待機していた『茶臼』副長の後ろを歩きながらブルーアイは質問した。

 

「失礼ですが、この軍艦には何人の水平が乗り込んでいるのですか?」

「水兵? あぁ。この船の乗員数は500人程度です」

「ごっ、500人っ!?」

「えぇ。500人です」

 

 ブルーアイはこれだけの大きさの軍艦にたった500人しかいないことに驚いた。

 

「ロウリアは4000隻以上の軍艦を引き連れてやってくるのです。たった500人では、撃退はおろか自身を守るのもかなり大変ではないでしょうか?」

 

 ブルーアイの指摘に副長は違和感を感じつつも、自らの軍事常識がブルーアイには無いということに気付き、回答した。

 

「ブルーアイさん。本艦を含め、我が艦隊は敵艦に対して切り込みや白兵戦を仕掛ける予定はありません」

「えっ!? 日本ではどのように敵艦隊と戦うのですか?」

「それはまぁ……ロウリア艦隊と戦う時見ることができますので、詳細はその時にしましょう」

 

 ブルーアイと副長は話をしながら、会議室へと案内された。

 

 会議室には、艦隊司令の栗濱と艦長の伊野瀬が待っていた。

 

「『茶臼』へようこそ。ブルーアイさん。艦隊司令の栗濱です」

「『茶臼』艦長の伊野瀬です」

「クワ・トイネ第2艦隊作戦参謀のブルーアイです。今回はよろしくお願いします」

 

 3人は軽く挨拶すると、席に着いた。

 最初に口火を切ったのは栗濱だった。

 

「早速ですが、我が国の哨戒機がロウリア艦隊4400隻を捕捉しています。敵艦隊は大陸沿岸をおよそ5kt程の速度で進んでおり、現在位置はマイハークより西方700kmです。我が艦隊は夕方にマイハークを出港。早ければ明日の昼には接触できるでしょう」

「明日の昼頃ですかっ!?」

 

 ブルーアイは栗濱の言葉に驚愕した。ブルーアイの認識だと、700kmを帆船で進もうと思ったら、最低でも3日間はかかる距離だ。それを経った1日で相手を捕捉できると言うのだ。

 

「そうです。戦いまで時間はあります。今夜は食事をとって明日に備えてください」

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 話が終わると、ブルーアイは乗員に食堂へ案内され、夕食を取った。

 食事と聞いてブルーアイはビスケットと干し肉。エールを想像していたが、実際に出された食事は馴染みこそなかったものの、しっかり温食として調理されたものであり、ブルーアイは夕食に舌鼓を打ったのだった。

 

 食事に満足したブルーアイは居室に戻ると、寝具が吊床ではなくベッドであることに驚きながら横になると、ものの数分で睡魔に襲われ、眠りについた。




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第15話

中央暦1639年 4月22日

-ロデニウス大陸 北方海域-

 

 総員起こしのラッパを聞いたブルーアイは急いで身支度を整えて士官室へと向かった。

 ブルーアイの慌てようとは別に、落ちついて応対したのは艦長の伊野瀬だった。

 

「おはようございますブルーアイさん。昨日はよく眠れましたか?」

「おかげさまで、ぐっすり眠ることができました」

「それはよかった」

 

 士官室に栗濱が入り、雑談を交えながら朝食を手早く済ませると、航海長が資料を運んできた。

 

「栗濱司令。監視中の哨戒機からの最新情報です」

 

 広げられた資料にはロウリア艦隊の構成。陣形に針路が記載されていた。

 

「やはり、マイハークへ向かっているのは間違いないか」

「そのようです」

 

 机に広げられた写真には、海面を埋め尽くすほどのロウリア艦隊が映っていた。目の前に巨大な艦隊が迫っているという現実に、ブルーアイは愕然とした。

 対して、何の脅威も感じていないのか栗濱と伊野瀬は話を続けた。

 

「艦長。1000(午前10時0分)に哨戒ヘリを飛ばしてくれ。予測通りならロウリア艦隊は200km先にいる筈だ」

「わかりました。飛行隊長と各艦に伝えます」

 

 艦長が士官室を後にすると、別の日防軍士官がブルーアイを艦橋に案内した。

 

「こちらが我が艦の艦橋になります」

 

 艦橋からは艦の正面と側面が一望できる構造となっており、配置された乗員は舵輪を握る操舵手のほか、(しき)りに双眼鏡やガラス製の円盤(デジタルスコープ)を覗いていた。

 

「これは皆さん何を見ているのですか?」

「こちらのスコープですか? こちらは艦のレーダー……索敵情報を表示しています。我が艦の最大探知能力は、水上目標であれば70km。対空であれば500kmは発揮できます」

「70kmっ!? まったく想像できないのですけど……」

「そうですね。電波の性質を学べば理解はできると思います」

「そ。そうですか……」

「CICより報告。ダイアモンド5(有人哨戒ヘリ)がロウリア艦隊を捕捉。方位350°(正面=0°)。距離730(73km)!」

「「「ッ!!」」」

 

 電測員の報告が入ると、艦橋内の空気が一気に緊張した。

 

「――総員。戦闘配置っ!」

 

 艦長の号令が入ると、艦内にけたたましくブザーが鳴り響いた。

 乗員は慌ただしく装備を整え、配置に着いた。

 

「艦長。各部戦闘配置に就きました」

「よろしい。航海長。私はCICに降りる」

「わかりました」

 

 艦長が艦橋から降りると、

 ブルーアイはものの数分で配置に就いた日防軍将兵の錬度の高さに驚愕させられた。

 

「よく訓練されていますね」

「それが仕事ですから」

 

 

 戦闘態勢が整ってから約1時間。水平線に茶色い線が薄すらと浮かび上がってきた。

 

「CICより艦橋。敵艦隊との距離が150(15,000m)を切ったら方位275に変針。左砲戦を行う」

「艦橋了解」

 

 ブルーアイは聞き慣れない言葉を質問した。

 

「航海長。ホウセンとは何ですか?」

「それは……。本艦(茶臼)の艦首には160mm連装滑腔砲が2基装備されています。それを用いた戦い方が砲戦……砲撃戦です」

「よくわかりませんが、それだけでロウリア軍の帆船を破壊できるのですか?」

「相手は木造ですから、1発でも十分撃沈できると思います」

 

 ブルーアイは航海長の言っている意味がよく理解できなかった。第3文明圏外における水上戦と言えば、距離があるうちは火矢やバリスタを使い。近づいたら切り込んで白兵戦を仕掛けるというのが主流なのだ。

 対して日本は砲撃戦だけでロウリアの軍船を沈めるというのだ。

 

 ブルーアイが思考に耽っていると、茶臼は緩やかに左へと傾いた。

 知らないうちにロウリア艦隊との距離が15kmを切っていたようだ。

 

 茶臼が変針し終えると、航海長から説明された160mm連装滑空砲が稼働した。

 先端の細い筒が角度をつけたかと思うと、ピタッと静止した。

 ピーッという警報が鳴り始めると、ブルーアイは航海長ではなく、近くにいた乗員に質問した。

 

「すみません。あの筒(160mm砲)を相手に向けて、何が始まるのですか?」

「あぁ。ブルーアイさん。大きな音がなるので、心構えだけお願いします」

「心構え……ですか?」

 

 呆けると警報が鳴り響き、止まったかと思ったらマイクから音声が流れた。

 

≪撃ちぃ方ぁはじめっ!!≫

 

 声が聞こえなくなった瞬間。艦首の160mm連装滑腔砲が轟音を立てて火を噴いた。

 

 日本艦隊の最後尾。第96戦隊に属するコルベット『杉』の艦橋では茶臼の攻撃開始を受信した。

 茶臼と杉は目視で確認できる距離ではなかった。しかし、通常(現代海戦)なら1隻1隻の間隔が10km以上離れていることはざらだ。しかし、今回は近代的な砲撃戦を選択したため、茶臼は無理でもその後を進む駆逐艦やフリゲートを視認する程度の距離を維持していた。

 杉の艦橋で指揮を執る宇賀田は戦域チャートを眺めていた。

 

「……羨ましいな。我々も砲撃に参加したいものだ」

「仕方ありません艦長。本艦にある最大の火砲は35mm重機関砲だけです。せめて5km程度は距離を詰めないと届きませんよ」

「まぁいいさ。獲物があれだけとは限らないし、あれだけ的があれば後半戦は活躍できるだろうよ」

「そうですな。目の前の敵だけであればよいのですが……」

 

 茶臼が砲撃を始めると、後続の駆逐艦やフリゲートも砲撃を開始した。

 

 

 ロウリア艦隊からも、茶臼の砲撃ははっきりと見て取れた。

 

「なんだっ? 奴ら勝手に爆発しおったぞっ!?」

 

 シャークンは望遠鏡で日本艦隊を観察していると、先頭を進む最も大きな軍船が突如爆発(=発砲炎)したのだ。

 

「参謀。奴らはーー」

 

 シャークンは参謀に質問しようとしたが、空の方からヒューという音が聞こえてきた。

 音の正体を探ろうと耳を澄ませていると、後方を進んでいた軍船数隻が轟音と共に吹き飛んだ。

 

「なんだっ!? 何が起きたっ!?」

「提督。後方の軍船が沈められましたっ!」

「バカモンッ! 見ればわかるわっ!!」

 

 シャークンは再度日本艦隊に視線を移すと、後続の船も艦首辺りを爆発させている。しかも、その間隔はバリスタの発射速度より圧倒的に早く感じた。

 

「ギャアアァァァーー……」

「来るな来るな来るなっ!!」

「やってられるかっ! 俺は逃げるぜっ!!」

 

 轟音と水柱が生まれると、味方の軍船が1隻。また1隻と沈められていく。

 

「何なんだっ? これはいったい何だというのだっ!?」

 

 シャークンの乗る旗艦は辛うじて砲撃を免れているが、周辺で爆発が起きると、同じ数だけ味方が沈んでいった。

 何十と沈められても、相手の謎の攻撃に対応策は思いつかない。

 そこに、ハッと思い出したように参謀が口を開いた。

 

「提督。恐らくですが、これは魔導砲による砲撃ですっ!」

「何っ! 魔導砲だとっ?」

「はいっ! パーパルディア皇国の戦列艦は全てその魔導砲が装備されており、日本艦隊の攻撃はその魔導砲によく似ていますっ!」

「だが待て、我が方と日本艦隊とは15km近くも離れているんだぞっ!! パーパルディアの魔導砲もそれだけ遠距離から攻撃できるのか!?」

「いえ、私の記憶では戦列艦の砲撃は1km程度しかできないかと記憶しています」

「しかし、奴らはあれだけの距離から、我が方の軍船を次々と血祭りに揚げているぞっ!」

「それはそうですが……それより提督。相手の上空にはワイバーンの影も形もありません。東方征伐軍から飛竜隊の支援を受けましょう!!」

「背に腹は代えられんか……っ! 魔導通信士!! 東方征伐軍に我が艦隊の状況を報告し、飛竜隊の支援を行うよう要請っ! さらに、各軍船は敵の攻撃を回避できるよう最善を尽くすよう伝えるのだっ!!」

「了解しましたっーー東方征伐軍。こちら征伐艦隊っ!! 応答されたしっ!」

 

 シャークンは半ば狂乱状態で矢継ぎ早に指示を出した。勝てないと本能で分かっていても……。

 




兵器解説

『160mm連装滑腔砲』
 軍艦用の標準的な127mm砲より、さらに射程と破壊力を強化するために開発された艦砲。元々巡洋艦向けに203mm砲が計画されたが、コストの関係から陸軍で使う155mm砲の砲弾を使う方向で決定する。しかし、自走砲で使われる155mm砲では破壊力はともかく射程に大きく不満があった。そこで155mm榴弾の外側にAPDS弾のような装弾筒を被せるという案が提唱された。この装弾筒付155mm砲弾が160mm砲開発のきっかけとなり、発射試験の結果、威力不足が指摘されたがそれ以外は概ね良好な結果を出した。また、それ以上に野戦砲の砲弾を用いているということもあり、陸軍と海軍の補給上の融通ができるという点で財務省が高評価を示している。


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第16話

中央暦1639年 4月22日

-クワ・トイネ公国 ギム-

 

 国境に本陣を置いていた東方征伐軍はギムに本陣を構え直し、周辺の偵察と占領地域の拡大を繰り返していた。

 

「パンドール将軍。シャークン提督より魔信が届きましたっ!」

「ほぅ……。大方。クワ・トイネ艦隊と接触して蹴散らしたという報告であろう?」

「いえ、それが、“日本艦隊と接触。敵の圧倒的な魔導砲により我が艦隊劣勢なり。急ぎ飛竜隊の支援を乞う”との事です」

「何っ!? 劣勢だとっ! 4000隻を超える艦隊が劣勢とはどういうことだっ!?」

「申し訳ありません。詳細については不明です」

「まったく。日本艦隊がどんなものか知らんが、あれだけの規模の艦隊で劣勢になるとは……! 待機しているワイバーンの数は?」

「はっ! 400騎になります」

「よろしい。ならば300騎を艦隊の支援に向かわせるのだっ!!」

「急ぎ指示を伝えますっ!」

 

 ロウリア軍は東方征伐軍の指揮下にあるワイバーン400騎の内300騎を艦隊支援へと派遣した。

 

 

 砲撃を継続する茶臼のCIC内では、戦闘前の緊張感が時間とともに緩和しつつあった。というのも、相手は数こそ膨大だが古いタイプの帆船ということもあり、鴨撃ち状態なのだ。

 CICで砲撃の指揮を執る砲雷長が愚痴を言い始めた。

 

「……これでは、実弾を使う訓練だな」

「そうですな。致し方なしと言えば致し方ありませんが……」

 

 砲雷長はCICの最も大きなディスプレイを眺めた。茶臼の主砲である160mm連装滑空砲2基4門は一斉射ではなく、各砲門が時間をおいて逐次発射している。発射レートは5秒に1発という遅さだが、それでも装填から発射まで完全自動化されている速射砲だ。1時間近く砲撃を続けているおかげで600を超える敵船を沈めている。

 

「主砲の残弾は?」

「ーー我が艦の160mm砲は残り3割です。駆逐艦やフリゲートはもっと少ないかと」

「それなりに弾を消費したが、相手はまだ4分の3以上残ってやがる」

「近づいて機関砲とCIWSで攻撃しますか?」

「そうするしかあるまい。司令。敵艦隊との距離をーー」

「対空レーダーに感。方位215より敵味方不明航空機群が接近しつつあり」

 

 ディスプレイの中央に自艦隊が映っており、そこから南西方面辺りから接近する機影があった。

 

IFF(敵味方識別装置)打ちます……反応なし」

「……クワ・トイネのワイバーン?の可能性はないか?」

「方向からしてありえないかと考えます」

「よろしい。探知した航空機群を敵と断定し敵艦隊と距離を取る。艦隊針路330度」

「針路330度ようそろ」

 

 攻撃を止めた日本艦隊はロウリア艦隊から離れる方向に変針した。

 

 同じ頃。日本艦隊の圧倒的な攻撃を前に絶望していたシャークンは日本艦隊の動きを訝しんだ。なぜなら、圧倒的に優勢なのに離れていくからだ。

 

「日本艦隊めぇ。次は何をしようというのだ……」

 

 およそ4分の3にまで打ち減らされたロウリア艦隊だったが、攻撃が止まった今でも日本艦隊の動きを注視していた。

 

 日本艦隊と少し距離が離れると、魔導通信士がシャークンに報告した。

 

「提督。東方征伐軍よりワイバーン300騎を派遣した旨が先ほど魔信で届きました」

「何っ!? それは良い報せだ!」

 

 日本艦隊からの圧倒的な攻撃と機動力を前にシャークンは絶望していた。有効な策が思いつかないからだ。しかし、その絶望もワイバーンの来援によって打開できると判断した。

 

「諸君っ!! 我らが危機に友軍が答えてくれたぞっ! これぞ天啓!! この隙にマイハークへ向かうぞっ!!」

「「「おおぉぉぉ!!」」」

 

 ロウリア艦隊の指揮は絶望の淵から鯉が滝登りをするかの如く回復した。しかし、日本艦隊はロウリア艦隊の動きをほとんど把握していた。

 

 

「ーー敵艦隊。再度隊列を整えて北東に針路を向けています」

「この動き、不明航空群に合わせてきたな……」

「再度反転して、敵艦隊への攻撃を再開しますか?」

「いや、相手の足は遅い。不明航空群を撃退してからでも間に合うだろう。敵艦隊とは着かず離れずの距離と方向を維持する」

「わかりました。各艦には対空警戒を厳にするよう伝えます。後、間に合うかわかりませんが、沖縄の空軍に上空援護が可能か確認します」

「頼んだ」

 

 日本艦隊は迅速に、しかし冷静に戦闘態勢を維持した。

 

 ロウリア艦隊は日本の強力な攻撃を前に、戦意喪失した数十隻の軍船が離脱という名の脱走を始めている始末だった。しかし、なお2800隻以上は隊列を維持していた。

 その上空を300騎ものワイバーンが通過した。

 飛竜隊の指揮官であるアグラメウスは味方艦隊の惨状を確認しつつ、20km先にいる敵に目を向けた。

 

「ーーたった9隻でこれだけの艦隊に打撃を与えたか、しかし、所詮軍船。これだけのワイバーンを落とすのは不可能だっ!!」

 

 アグラメウスは勝利を確信していた。ワイバーンが地上。もしくは海上からの攻撃で落とされたことがないからだ(アグラメウスの記憶の中だけでだが……)

 的になるであろう軍船に近づいていくと、軍船から白い煙が何条と空へと伸びていった。

 

(あれは何だ? 狼煙か何かか? しかしすごい勢いで伸びていったな……)

 

 アグラメウスが考えるうちに、そこそこ離れていた味方ワイバーンがいきなり爆音と黒煙に包まれ、焼け焦げたワイバーンが落ちていった。

 

「何だっ!?」

≪第7飛竜隊のワイバーンがやられましたっ!≫

≪一体何なんだ?≫

≪攻撃っ? 攻撃なのか?≫

 

 飛竜隊全体に動揺が広がると、次々と味方の飛竜が謎の爆音に包まれていく。

 

「くそっ! こんな攻撃。聞いたことがないぞっ!!」

 

 アグラメウスは必死に相手の攻撃を見極めようとした。辛うじてわかるのは、とてつもない速度で矢のようなものが向かっていき、爆発するということだけだった。

 対処しようにも時間と共に味方ワイバーンは次々と落とされていく。

 

≪クソッ。一体何なんだっ!?≫

≪ダメだぁっ! こっちに来るぅぅっ!!≫

≪死にたくないっ! 死にたくなッーー≫

 

 アグラメウスのワイバーンに載せられている魔導通信機から味方の断末魔が次々と舞い込んできた。

 ものの十数分で300騎居たワイバーンは10騎以下にまで打ち減らされていた。

 

(クソッ! クソッ! クソッ! いったいどうすれば……!)

 

 自らの常識が容赦なく目の前で打ち砕かれていく光景に、アグラメウスは未だに考えがまとまらなかった。しかし、死神はとうとうアグラメウスに狙いをつけた。

 視界にちらっと入ったそれ(艦対空ミサイル)は、アグラメウスが叫ぶ間もなく炸裂し、痛みもなく意識を永遠に刈り取った。

 指揮官であるアグラメウスを失ったロウリア軍飛竜隊は、もはや烏合の衆同然となり、生き残ったのは隊列の最後尾を飛行し、戦意喪失して逃げ出した1騎だけだった。

 

 茶臼のレーダー上から航空脅威はなくなり、その光景は艦橋から眺めるブルーアイもしっかり確認した。

 軍船でワイバーンは落とせない。ブルーアイの中にある常識はミサイルがワイバーンに直撃するとともに爆散した。

 艦橋では乗員が淡々と作業していたが、ブルーアイだけは放心状態だった。

 

「……私は何を見たんだろうか? どう報告すれば……」

 

 ワイバーン300騎の()()を確認したのは、何もブルーアイだけではない。救援を頼んだシャークンも目の前で起きた現状に対して呆然としていた。

 

「300ものワイバーンをたった9隻の軍船だけで返り討ちだと? クワ・トイネはかの魔帝と同盟の契りでもしたというのか?」

 

 艦橋トップで力なく立っているシャークンをよそに、参謀は日本艦隊の動きを報告した。

 

「提督っ! 日本艦隊が我が艦隊に接近してきますっ!!」

 

 もはや絶望に染まったシャークンは日本艦隊に目を向ける以外できなかった。

 視線の先には、日本艦隊はその俊足でロウリア艦隊の1km先まで接近していた。

 

(あぁ神よ。どうか御慈悲をお与えください……)

 

 多くのロウリア水夫は呆然としていた。艦隊は半分以上残っている。しかし、たった9隻の日本艦隊を前に、戦意というものは無くなっていたのだ。

 

「提督っ!! ご指示をっ。 提督っ!!」

 

 参謀は職務を果たそうと、シャークンへと声をかけた。しかし、逃げることもできないと察したシャークンは、もはやどうすることもできないと諦めていた。

 

 日本艦隊は攻撃を再開した。以前のような爆発はではなく、代わりにブオオォォやドンッドンッという軽い太鼓のような音が戦場に鳴り響いた。

 日本の軍船から猛烈な速度で橙色の何かが飛んできて、それが当たった船は船体に多くの風穴を開けられたり、水兵に当たるとまるで爆発したように弾け、血肉を甲板にまき散らした。

 マストの根元で小さく爆発が起きると、マストは音を立てながら倒壊し、水夫を何人も下敷きにした。

 

「くそっ!! もうだめだっ!! 船を捨てろおおぉぉっ!!」

 

 参謀はシャークンの状態に絶望すると、最後の務めと言わんばかりに船を捨てるよう水夫に叫んだ。また、参謀も一目散に海へと飛び込んだ。

 

 船体に開けられた穴から海水が流れ込み、軍船は勢いよく傾いた。

 シャークンはこの時、甲板から海へ投げ出された。

 

 

「ーー敵船1撃沈。さらに1撃沈」

 

 ブルーアイはロウリア軍水兵に同情していた。目の前のもはや屠殺としか言えない行いに、敵兵であるという意識は消えていた。

 

≪茶臼より各艦へ攻撃中止。繰り返す。攻撃中止≫

 

 CICから突然の攻撃中止命令に一瞬艦橋は戸惑ったが、すぐ平静に戻った。

 

「敵艦隊反転……いえ、潰走状態です」

 

 レーダーの表示ではロウリア艦隊が日本艦隊から離れようと動いているのが見て取れた。

 

「我々は勝ったのですか?」

 

 ブルーアイは恐る恐る航海長に質問した。

 

「そうです。我々の勝利です」

 

 対して、航海長はさも当然のように電子海図を睨んでいる。

 

≪茶臼より22戦隊。96戦隊各艦は敵溺者の救助を実施せよ。33戦隊は周囲警戒となせ≫

 

 茶臼をはじめ、海戦に参加した9隻は銃砲弾が空になるほど攻撃を継続した。そのおかげで4400隻もの敵船の内、2900隻以上を撃沈した。まさに大勝利である。

 

 その後、日本艦隊は救助作業を行い。最終的に5000人以上のロウリア兵を救助し、捕虜にした。その中にはシャークンも混じっている。

 

 ブルーアイは寝室にて今回の海戦に関する報告書を書き下ろしていたが、どう書けばいいか頭を抱える羽目になった。

 

 

 ほぼ同時刻。ギムに本陣を置くロウリア東方征伐軍司令部は錯乱状態となっていた。

 300騎ものワイバーンを艦隊救援に差し向けたものの、断片的に入ってきた飛竜隊の魔信から聞こえてくるのは、日本艦隊の攻撃が苛烈を極めており、戦果らしい戦果を挙げず。1隻も破壊できないまま全滅したということだった。

 

「300騎ものワイバーンが何故? ニホンとは一体どんな奴らなのだ?」

 

 本陣天幕でパンドールは思考に耽っていたが、答えは出なかった。




用語解説

IFF……Identification Friend or Foe
 敵味方識別装置。ごく初期型はWW2大戦前に開発されている。当時の電波技術では周波数が同じだけで信号が混線することがざらだった。そこで質問波と応答波を用いて敵味方を判別していた。現代では電波技術と情報技術の発達により、信号内により細かい情報を載せることができるようになっている。
なお、IFFは主に軍用航空機で用いられることが多い。船舶や民間機ではAIS(自動識別装置)。陸上では同士討ちを防止するためCIP(戦闘識別パネル)というものがある。

近況報告的なもの
提督業もイベントが終わり、独立傭兵業も3周目を終えたので、執筆を再開しました。



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第17話

中央暦1639年 4月26日

-クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ-

 

「……ブルーアイ。この報告書の内容は真なのか?」

「閣下と主に誓って真実であります」

 

 クワ・トイネの政治部会は戦時に入ったということもあり、軍と政府上層部のみの部会がかなりの頻度で実施されている。

 そして、ロウリア艦隊がマイハークへ海上侵攻を画策しているという日本からの情報が入ったその直後。臨時部会を開いたがとてつもなく紛糾した。しかし、日本が苦も無くロウリア艦隊の撃退に成功したということは、マイハークもだがクワ・トイネという国家も救われたことを意味していた。

 

 政治部会の面々は日本艦隊の戦い方を知るため、出席という名の出頭を政治部会はブルーアイに命令したのである。ただ、直接の報告とは別に報告書の内容に軍上層部の面々は頭痛を覚えた。早い話が理解できないからだ。

 

「……では、日本艦隊は一切被害が無いのだな?」

「はい。ワイバーン300騎が来襲してきたときは肝を冷やしましたが、日本艦隊はまるでお遊戯のように撃滅した次第です」

「……日本が味方で本当によかった」

「同感です」

 

 カナタは自然と口を開いたが、気持ちを切り替えてブルーアイの言葉に耳を傾けつつ、報告書を読み進めた。

 

「ブルーアイ君。今後海上の戦いはおそらくないでしょうから、このまま引き続き日本艦隊の観戦武官をしてくれませんか?」

「引き続きですか?」

「そうです。おそらくですが、我が海軍は日本国防軍を参考に大きく変革すると私は考えています。貴方には海軍の未来のために日本海軍から多くの知見を学んでもらいたいのです。よろしいですか軍務卿」

「ーー首相の慧眼には適いませんな。私も同意見です。許可しましょう」

「ありがとうございます首相。その大命。しっかり果たします」

 

 ブルーアイはカナタに敬礼して政治部会を退席すると、カナタは別の懸念を質問し始めた。

 

「軍務卿。ギムを制圧したロウリア軍の動きはどうですか?」

「ギムの周りですか? 入っている報告ではギム周辺の制圧に勤しんでいると……」

「エジェイの防衛体制はどうですか?」

「エジェイ防衛騎士団は全兵力が招集済みです」

「……防衛は可能なのですか?」

「ロウリア軍主力がエジェイの攻略を目指しているなら、数か月から半年は耐えることができます。しかし、留意すべきことがあります」

「留意すべきこととは?」

「日本との軍連絡室にて出たのですが、ロウリア軍がエジェイを包囲に留め、公都や他の都市への迂回機動する可能性があると……」

「……現に大量の軍船を用いてマイハークへ攻撃しようとしたわけですからね。軍としての対策は?」

「正直申しますと、全軍のうち4割がエジェイに集結しており、それを包囲下に置かれたまま別の都市を攻撃されては、防衛不可能です」

「そこは……仕方ありませんね。そもそも戦力差が10倍近くありますから。日本の援護は当てにできますか?」

「そちらですが、マイハークに提供した土地を利用して巨大な飛行場のようなものを設営。多数の戦力を集めています」

「そうですか。どのような戦力を集めているのですか?」

「私も直接見ておりませんので説明できないのですが、警備を行う兵から金属を纏ったナニカらしいのです」

「金属を纏ったナニカですか……」

「どうも、形でいうなら鉄板を張り合わせた巨大な荷馬車とのことです」

「ああ。たしか条約で多数のバスとかトラックを供与してもらいましたね。軍用のものがあるのも、自然なことなのでしょう」

「おそらくは……。日本の連絡武官から5月中旬に救援部隊の第1陣が集結するとのことです」

「5月中旬……それまで我々だけでなんとか踏ん張らないといけませんね」

「軍としても、威信をかけて防衛に当たります」

 

 カナタと軍務卿の話はここで終わり、各々の職務へと戻った。

 

 

中央暦1639年 4月27日

-ロウリア王国 北の港-

 

 日本艦隊との戦いで大打撃を受けたロウリア艦隊は這う這うの体で港へと戻ってきた。

 出港したときは4000を超える陣容を誇った艦隊が、戻ってきた艦隊は1500を切っていた。

 

「……そんな馬鹿な」

「あれだけの艦隊をこんな状態にするなんて」

「いったい何があったんだ?」

 

 入港する軍船に港湾職員はそれぞれ口にした。

 

 軍船から降りてくる水兵は出港した時のような陽気さは無く、殆どがまるで悪夢を見たような一様に暗い表情を浮かべていた。

 とぼとぼ歩く水兵に親しい職員が声をかけた。

 

「いったいどうしちまったんだ? 海獣とでも出会ったのか?」

「……海獣? いや、あれは海獣なんて表現は生ぬるい。あんなのが戦いかと言われたそんなもんじゃない。あれは正に虐殺としか言えねぇヤバいもんだった」

「クワ・トイネがすごい魔導でも開発したのか?」

「魔導? あぁ。あれは確かに魔導だったんだろうな。俺たちが理解できないようなとんでもねぇ奴なんだろうよ」

「どんな魔導だったんだ? 詳しく教えてくれよ」

「すまねぇが気分が悪い。その話はまた今度でいいか?」

「そうか。すまないな。ゆっくり休んでくれ」

 

 肩を落としたロウリア軍水兵の歩みは、まるで野に幽霊が闊歩する様のようだった。

 

 同日。海軍司令部では戻ってきた軍船の船長や先任指揮官の報告書が山を築いていた。

 

「カンプ。戻ってきた船長の報告の内容はどうだ?」

「ホエイル提督。報告書類を何度読んでも理解なんてできません」

「だろうな。“巨大な軍船が火を挙げたと思ったら、味方が吹き飛んでいた”とか、“物凄い勢いで狼煙を挙げたと思ったら、巨大な矢のようなものが味方ワイバーンの近くで爆発した”とか。訳が分からん」

「はぁ……。荒唐無稽な内容ですが、艦隊を3000隻近くも沈めた相手です。無視はできません」

「これなら、台風や大波と遭遇して壊滅したと言われた方がまだ納得できるぞ」

「さらにはワイバーン300騎も失ってますから、言い訳も虚偽の報告もできません」

「まったく。王に直接報告せよと言われておるから、気が重いわい」

「それでも、残りの軍船はホエイル提督に全て委ねられる結果になりました。亡くなられたシャークン前提督に代わって指揮をお願いします」

「そうだな。現実を否定しても何もならんか……」

 

 数日間、海軍庁舎の執務室から灯りが切れることはなかった。




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第18話

中央暦1639年 4月30日

-クワ・トイネ公国 マイハーク日防軍基地-

 

 マイハーク市街から西へ1kmの位置。ここにはクワ・トイネから借用した日防軍の基地が設営されていた。

 基地といっても、設営許可が降りてから10日しか経過していない事もあり、野営テントが乱立する前線基地と呼称した方が適切な状態だった。それでも、最低限“航空陸戦群”1個大隊分(近接航空支援機48機)の運用ができる程度に野戦飛行場が整備されている。

 また、車両待機場には重工兵部隊向け作業用重機とは別に各種の装輪戦闘車や装輪自走砲が整列していた。出撃がいつかかってもいいように、何人もの整備員が車両の整備を行っている。

 そんな中、ひと際異質な存在を放っている物があった。見る人が見れば人型兵器とわかるが、マイハークの少なくない市民は以前に目にしていたゴーレムだと勘違いした。しかし、実際に基地内に置かれているのはヴァンダーパンツァー。略してヴァンツァーと言われる人型“戦闘”車両だ。全高約6m。前後約3m。幅約4m。重量は機種によって20tから40tとばらつきが存在する。

 長らく人型兵器の有効性や開発に関する議論があったが、一つの起点となったのは2020年代にECのシュネッケ社がWAPの前身であるWAWの試作1号機を完成させた時だ。

 ただ、開発初期の段階でWAWはあくまで作業用重機という位置付けだった。それが戦場投入されるきっかけとなったのは2030年代に起きたアフリカ紛争である。

 このとき投入されたWAWは『対機甲部隊用の切り札』という名目だったが、より正確にはWAWが戦場で使えるかどうか実地試験も兼ねる形の評価試験部隊であり、ECとOCUがアフリカの諸勢力へ試験部隊を派遣した。

 最終的にOCUから派遣されたWAW部隊がアフリカ紛争を沈静化させることに成功させた。余談だが、その部隊の1人がアフリカ再建運動を支援し、伝説として現地に残っている。

 結果的にWAW部隊は成功したかに見えたが、悲しいことにWAWをそのまま軍で使うには費用対効果の面で難しかった。しかし、時代がさらに進んだ2040年代。より軍用を意識したWAPが開発された。これにより各国で順次WAPを配備。2070年及び2090年のハフマン紛争で獅子奮迅の活躍を見せたのである。

 現在、日本国防軍に配備されているWAP乗員でこのハフマン紛争参加者は多くない。それでも、OCU陸防軍からフィードバックされる各種データを元に装備開発や乗員マニュアル。各種支援体制を日防軍は確立させている。

 閑話休題。

 

 今回クワ・トイネに派遣。編成された部隊『クワ・トイネ遠征派遣群』は大きく2つに分けられる。まずマイハーク基地の設営と保安。さらに市ヶ谷の国防省と連絡。調整と後方任務を請け負う『マイハーク基地隊』。もう一つは前線運用される『第21任務旅団』である。

 マイハーク基地に展開予定の戦力は以下のとおりである。

 

『クワ・トイネ遠征派遣群』

 ↓  ↓

 ↓ 『マイハーク基地隊』※マイハーク基地常駐

 ↓  ↓→第6師団第61後方通信中隊

 ↓  ↓→第6師団第61防空大隊/補給中隊

 ↓  ↓→航空陸戦群/第201連隊/第1大隊

 ↓  ↓→警備大隊※クワ・トイネ軍将兵を指揮下に含む

 ↓  →→基地設営隊

 ↓

『第21任務旅団』※機動運用部隊

 ↓→第6師団/第61機動連隊

 ↓ ↓→本部中隊※前線指揮中隊

 ↓ ↓

 ↓ ↓→第1機動大隊

 ↓ ↓  ↓→第1中隊

 ↓ ↓  ↓→第2中隊

 ↓ ↓  ↓→砲兵中隊

 ↓ ↓  →→防空中隊

 ↓ ↓

 ↓ ↓→第2機動大隊※上記と同じ

 ↓ ↓  

 ↓ ↓→第3機動大隊※上記と同じ

 ↓ ↓  

 ↓ ↓→機動砲兵大隊

 ↓ ↓  ↓→第1中隊

 ↓ ↓  ↓→第2中隊

 ↓ ↓  ↓→中距離誘導弾中隊

 ↓ ↓  →→防空中隊

 ↓ ↓

 ↓ →→整備中隊

 ↓

 ↓→第3師団/第31機動連隊/第3大隊防空中隊

 ↓

 ↓→第7師団/第72機動連隊/第2大隊防空中隊

 ↓

 ↓→第8師団/第81機動連隊/第1大隊防空中隊

 ↓

 ↓→第1師団/第11戦術機甲大隊

 ↓      ↓→第1WAP中隊

 ↓      ↓→第2WAP中隊

 ↓      ↓→戦車中隊

 ↓      →→中距離誘導弾中隊

 ↓

 →→第10師団/第101重工兵大隊

   ↓→第1中隊

   ↓→第2中隊

   ↓→機動中隊

   →→補給中隊

 

 派遣部隊に複数の防空中隊が編成されているが、これはロウリア軍のワイバーン対策である。『ロデニウス北方海戦』において299騎のワイバーンを撃墜したが、なおギム周辺に101騎のワイバーンが展開しているのを確認している。

 さらに、ギム侵攻時のワイバーンの戦闘様相から『ワイバーンは戦闘ヘリに近い能力がある』という考えに日本は至っている。

 であるなら、航空優勢を確保するために戦闘機隊の派遣が基本的な考えなのたが、ここで問題が起きた。

 国防空軍の主力戦闘機は第6世代及び第7世代戦闘機である。その性能は折り紙付きだが、それを下支えする航空基地が土を均して固めた程度の野戦飛行場ではデリケートすぎて運用できないのだ。

 マイハーク基地は日本国内基準の航空基地レベルまで設営するが、野戦飛行場状態の現段階では国防陸軍の航空陸戦群(近接航空支援部隊)をマイハーク基地に展開させ、不得手な防空支援をさせるのが限界だった。さらに言うと、展開完了済みの部隊はたった1個中隊16機だけである。残りの2個中隊も展開予定だが、補給事情のため未だ展開できていない。

 マイハーク基地の戦力が不十分ということで、基地からよく飛び立つのは航空陸戦群に編成されている無人観測機だけである。その任務もロウリア軍の監視という地味なものだった。

 

 基地内の待機場には日本本土から輸送された何種類もの車両が整列していた。しかし、現段階で基地に集まっているのは第1陣の3割である。

 派遣部隊の第1陣は最終的に戦闘用装輪車両が191台。戦車10両。支援車両144台。WAP36機が集結する予定だ。

 全体的に疎らと言える中。先行して到着した陸軍の暁が乗機の整備状態を確認するついでに基地の中を散策していた。

 そんな中、日防軍士官の一人が暁に近づいてきた。

 

「失礼します。暁大佐ですか?」

「そうだが。貴官は?」

「61連隊の日野大尉です。旅団長付補佐を勤めています」

「そうですか。第11戦術機甲大隊長の暁 廉也大佐だ。これからよろしく頼む」

「よろしくお願いします。大佐の戦場伝説は何度となく聞いております」

「戦場伝説とは?」

「はい。なんでも第2次ハフマン紛争初期にUSNに制圧されたフリーダムシティから敵WAPを破壊しつつ脱出したとか、機動遊撃戦で多くの敵戦力を撃退したとか、軍の極秘作戦に投入されたのが大佐の部隊だとか」

「はははっ! 噂が独り歩きしていますよ日野大尉。あの紛争で戦い抜いたのは事実ですが、単純に運よく生き残ったようなものです。伝説というのはキャニオンクロウに送る物ですよ日野大尉」

「しかし、我が軍の中でヴァンツァー乗り出身の大隊長は貴方だけです。噂の一部は本当ではないのですか?」

「いやいや、ヴァンツアーに20年間も乗ってますから、腕に自信はありますよ? ただ、軍での序列は長く働いていたら自然と上がるものです。日野大尉も旅団長付としてしっかり務めを果たせば、大佐も夢ではないですよ」

「そうですか? それならよいのですが……すみません。他にも職務がありますので、これにて失礼いたします」

 

 日野は敬礼した後、踵の向きを変えると暁から離れていった。

 

(極秘作戦って議員の別荘襲撃だよな。表向き“施設を占拠するUSN軍の撃退”って事になっているが、裏じゃぁ政治家がため込んでた国債を回収することが任務だったし、詳細は口外禁止だしな)

 

 暁は第二次ハフマン紛争のことを思い出しつつ、久々の戦場ということもあり気持ちが少なからず昂っていた。そんな気持ちをあまり表に出さず、基地の散策を続けた。

 




用語解説

『EC』
 現実より成功したEUが名称を変えてECに名称変更しました。作中登場なし。

『WAP』
 本編中でも解説してますが、さらに補足すると上半身。腕部(正確には肩から先)及び脚部(正確には腰から下)を別のメーカー品でも結合できる構造を有している。各ゲームでは『プレイヤーが考える強力な機体』を考えると思うが、ゲーム内には職種というものがあり、そこから外れる組み合わせはあまり使えない。

余談みたいなもの

『暁 廉也』
フロントミッションの漫画『DOG LIFE & DOG STYLE』及び『THE DRIVE』に出てくる数少ない日本人WAPパイロット。作中筆者が出したかったキャラである。
両作品で同じ名前の人物が登場するが、骨肉隆々な点以外あまり似ていない。それ以前に同一人物ではない(世界戦が違うという感じで筆者は認識しております)
キャラクターの性格は『THE DRIVE』を参考にしてます。


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第19話

中央暦1639年 5月2日

-クワ・トイネ公国 ギム‐エジェイ街道-

 

 ギムとエジェイは移動するための街道が整備されている。その街道からエジェイまで25kmの位置を東へ移動する集団がいた。

 彼らはギムから少し離れた位置で生活するエルフの集団だ。

 ギム陥落は即日でクワ・トイネ政府上層部に届いたが、このエルフの村に情報が届いたのはほんの数日前だった。

 他の国境近くの村や町の住民はギム陥落の一日二日で避難を開始している。しかし、この集団はエルフの古い慣習で生きていたため伝達が遅れ、避難開始が他と比べ大きく遅れてしまったのである。

 さらに言うと、この集団に若い男はほんの数人しかいない。開戦間近となりクワ・トイネ軍の動員令で招集されたからだ。

 集団のほとんどは子供や老人。若い人も女性ばかりだ。進む足はそこまで早くない。

 その光景を遠くから2つの騎馬が眺めていた。

 

「頭ぁ。獲物を見つけましたぜ!」

「あぁん? 確かに旨そうな獲物だ」

「ヤリますか?」

「何言ってやがる。持ちろんヤルとも」

 

 “赤目のジョーヴ”が率いるロウリア軍ホーク騎士団第15騎馬隊は角笛の音を轟かせると馬を走らせた。

 

 角笛の音は避難民の耳にも届いた。

 避難民の一人であるパルンはその音に振り返ると、音の正体を探った。

 

「ロウリア軍の騎馬隊だっ!! みんな走れっ!!」

 

 避難民の最後尾で警戒に当たっていた若い男性が叫んだ。

 パルンはその言葉に従って、妹であるアーシャの手を引いて走り始めた。

 

「アーシャ走れっ!! ロウリア軍が迫ってるっ!!」

「はぁ。はぁ……。待って……。待ってお兄ちゃんっ! 早いよっ!」

「そんなこと言ってたら、相手の騎馬に追いつかれちゃうぞっ!!」

 

 2人は……否。避難民は必死に走った。すぐ後ろに敵が。“死”が迫ってきているのだ。必死にならないわけがない。

 まして、相手は人間至上主義の兵隊だ。捕まればどうなるかわかったものではない。

 しかし、避難民の必死の努力をあざ笑うかのように第15騎馬隊100騎が迫ってきた。

 

「ヒャッハーーッ。覚悟しやがれっ!!」

「叫べ叫べっ!! あと少しだぞぉおお!!」

 

 蹄をたたく音と共に騎馬隊から下劣な言葉が聞こえてきた。

 彼らは所属こそ騎士団だが、元を辿れば山賊の集まりなのだ。品位の欠片など存在しない。

 ミーシャの手を引きながらパルンは祈った。

 

(怖い。怖い……っ! ボク達が何か悪いことをしたのっ!? 神様。せめて妹のミーシャだけでもどうか助けてくださいっ!!)

 

 後ろから迫りくる威圧に恐怖しながら、パルン達は必死に走った。

 

 

 騎馬隊隊長のジョーヴは獲物が必至な形相で逃げようとしている様子に昂った。

 ギムを落とした直後。嬲って良し、奪って良しというお達しがあり。ジョーヴは喜々と猫人の親子を虐殺した。

 あの時の昂揚感は未だにジョーヴの中で燻っていた。

 目の前の獲物に舌なめずりしながら、獲物から残り200mというところまで近づいた。

 

「獲物は好きにしていいぞっ!! 全騎突撃いいぃぃぃ!!」

 

 もはや万事休すという時。騎馬隊と避難民はブオオォォという妙な音が聞こえてきた。

 音に気づいた瞬間。騎馬隊に何百もの土埃が生まれた。

 土埃が通り過ぎた後、そこにあったのは土と血肉が混ざった騎馬隊の残骸だった。

 

「何だっ!?」

 

 ジョーヴが騎馬隊の動きを止めて上を見ると、轟音を立てながら過ぎ去っていくワイバーンのようなものが目に入った。

 

「あいつぁ何だ? クワ・トイネのワイバーンか?」

 

 足を止めた騎馬隊に別のソレが追撃をかけた。土埃が騎馬隊を通り過ぎると、そこにいた数十の馬と兵士はモノ言わぬ死体と化していた。

 

「頭っ!! 空飛ばれてちゃぁ手が出せね。ここは引き上げましょうぜっ!!」

「ちっ。運のいい奴らめっ! 引き上げるぞっ!!」

 

 角笛が鳴ると騎馬隊は急いで反転。離脱を図ろうとした。しかし、空を飛ぶソレは騎馬隊を逃がす気はなかった。

 空飛ぶソレは騎馬隊の上空を通り過ぎつつ、壺を細長くしたようなものを翼から切り離した。

 ジョーヴらは逃げの一手だったため、それが落ちてくることに気が付かなかった。

 細長い壺が地面に着いた瞬間。轟音と共に騎馬隊を爆炎で包み込んだ。

 ジョーヴも何が起きたかわからず、意識を焼き尽くされた。

 

 

「イーグルクロー5。ガンズガンズガンズ」

 

 ロウリア軍騎馬隊を攻撃しているのは、マイハークに拠点を置く航空陸戦群の軽攻撃機『AT-41』だった。

 最初は翼下に装備する7.62mmミニガンポッドで攻撃を図った。所詮中世の装備で固める騎馬隊である。音速の3倍で何百と飛んでくる7.62mm弾を防ぐことはできない。

 

「イーグルクロー6。ボムズアウェイ」

 

 潰走を図りつつ、固まっている騎馬には50kg爆弾を頭上から見舞った。

 地面に付いた爆弾は騎馬隊を何十と爆炎で吹き飛ばした。

 

 最初100騎いた第15騎馬隊は2機の軽攻撃機により、たった3騎にまで減らされた。

 その3騎は生き残るためにバラバラの方向に逃げ出した。

 

「イーグルクロー5からマイハークコントロール。複数の騎馬が分散して逃走を図っている。追撃するか?」

≪マイハークコントロールからイーグルクロー5。追撃の要無し。直ちに帰投せよ≫

「イーグルクロー5からマイハークコントロール。避難民の退避支援もいらないか?」

≪マイハークコントロールからイーグルクロー5。周辺の脅威なし。さらにエジェイより車両隊が向かっている≫

「イーグルクロー5了解。RTB(基地へ帰投する)

「イーグルクロー6。RTB」

 

 こうして、2機の軽攻撃機は北東へと飛んでいった。

 

 パルンをはじめ、避難民たちは一様にポカーンとなっていた。

 

「いったい何だったんじゃ?」

「クワ・トイネ軍はいつの間にあんなすごいワイバーンを準備したんだ?」

 

 避難民は騎馬隊に襲われる危険から解放されたものの、助けてくれたのが誰なのかわからず呆然としていた。

 

「皆の者。危機は去った。歩けるものはけが人に手を貸し、エジェイへ向かうぞ」

 

 エルフの村長が声をかけると、他にエルフもそれに倣って集まり、足を動かし始めた。

 

「あれは何だったんだろうか?」

「見た事はおろか、聞いたこともないのぉ。あんなもの」

 

 避難民は先ほど飛んでいったワイバーン?のことをそれぞれ話し合った。

 

「ねぇお兄ちゃん。お空に飛んでたの何だったの?」

「さぁ。何だったんだろうね。お兄ちゃんにもわからないや」

「そういえば、羽のところに赤い丸が描かれてたよ」

「へぇ。赤い丸ねぇ……」

 

 パルンは赤い丸と聞いて母から聞いた古い伝説を思い出した。

 

――遥か昔、魔王軍が攻めてきた。

 フィルアデス大陸の各種族は強力な魔王軍に対抗すべく『種族間連合』を組織して対抗した。しかし、魔王軍の力は凄まじく。戦ったら戦っただけ敗退し、種族に関わらず多くの戦士が殉死した。

 魔王軍はフィルアデス大陸からロデニウス大陸を渡り、侵略を続けた。

 種族間連合は『聖地リーン・ノウの森』と言われる所まで後退していた。

 エルフの信仰を受ける緑の神は創造主である太陽の神に救済を祈った。

 太陽の神はその祈りを聞き、使いを種族間連合の元に顕現させた。

 太陽神の使い達は凄まじい魔導を以て魔王軍をロデにウス大陸から追い落とし、さらにフィルアデス大陸北東端まで魔王軍を追撃。撃退したのだった。

 救われた種族間連合は使い達にお礼として金銀財宝を提供したが、使い達は受け取らず。役目を終えたとばかりに彼らの目の前から去って行った。

 去る時、使い達が使っていたワイバーンの内一つが動かなくなり、置いて行ってしまった。エルフたちはそのワイバーンに時空遅延式保管魔法を掛け、森の奥にある祠へと安置した。

 今でもそのワイバーンは保管されており、パルンたちも時たまその動かなくなったワイバーンに祈りを捧げている――。

 

「案外。あの空に飛んでいたのは、太陽神の使いなのかもね」

 

 パルンはアーシャに応えると、エジェイから延びる街道から猛烈な速度で濃い緑色の荷馬車の隊列が近づいてきた。

 

「なっ。何じゃあれはっ!?」

「またロウリア軍か!?」

「いや待て。クワ・トイネ軍の旗を掲げているぞっ!」

 

 避難民たちは初めて見た荷馬車に肝を冷やしたが、クワ・トイネ軍の旗を見て敵ではなく味方であることを確信し安堵した。

 

 謎の荷馬車が避難民近くで止まると、後ろの荷台からクワ・トイネ軍の兵士と斑服を着る汚らしい人(日防軍兵士)たちが降りてきた。

 

「リーンの村の方ですね。ロウリア軍の騎兵に襲撃されたと聞いてお迎えに上がりました。この荷馬車に乗ってくださいっ!」

 

 避難民はクワ・トイネ軍兵士の指示に従い、荷馬車へと乗り込んだ。

 荷馬車は10台しか無かったので、荷台はすし詰め状態になったが、無事エジェイへとたどり着くことが出来た。

 

 なお。この荷馬車の正体はクワ・トイネ軍の荷馬車ではなく、日防軍の車両隊である。

 元々、この車両隊はエジェイ近郊に日防軍向けの野営地を設置するために資材を運ぶ任務に就いていたのだが、無人観測機が避難民とロウリア軍騎兵隊を捕捉すると、資材を大急ぎで下ろして少数の歩兵だけを乗せて避難民の元へと急行したのである。

 車両隊の先頭と最後尾には護衛の軽装甲車が同伴しており、護衛班の班長はマイハーク基地へと通信を行った。

 

「エスコートホースからマイハークベース。対象の避難民収容完了。これよりエジェイへ向かう。送れ」

《マイハークベースからエスコートホース。エジェイに避難民を送ったら、燃料補給後、マイハークへ帰投せよ。送れ》

「エスコートホースからマイハークベース。燃料補給後、マイハークへ向かう。オーバー」

 

 班長の通信が終わると、機関銃に就いている兵士が班長に話しかけた。

 

「班長。こんなこと(避難民収容)ってこれからも起きるんすかね?」

「さぁな。少なくとも昨日から航空陸戦群が飛び上がっている。俺たちがドンパチするのはまだまだ先だろう」

 

 班長の言う昨日。つまり5月1日にマイハーク基地に展開する航空陸戦群の軽攻撃機が飛び始めた。その任務はギムを中心に活動する敵騎兵隊への攻撃だ。

 今回は偶然避難民がいたということもあり、そちらの保護を優先したが、他の箇所ではロウリア軍騎兵隊による襲撃が散発していた。

 マイハーク基地に展開している航空戦力は、無人観測機4機と軽攻撃機16機だけだった。そこで、事前に敵戦力を削ぐために2機単位で出撃を始めたのだ。

 イーグルクロー5と6による攻撃は今回が初めてだった。だが、別の小隊は攻撃を実施しており、既に敵騎兵隊3隊を撃破している。

 

 

同日

-クワ・トイネ公国 占拠中のギム-

 

 5月を境に複数の騎兵隊が壊滅的な被害を受け、生き残りがギムへと帰還した。

 パンドールは帰還した騎兵から“空から攻撃を受けた”という報告を受けていた。

 

「空からいきなり猛烈な魔導で攻撃を仕掛けてきて味方が吹き飛んだだと? まさか、エジェイの近くに日本軍が駐留し始めているというのか? いったいどうすれば……」

 

 パンドールはこう予想したが、実際にはエジェイに展開している日防軍戦闘部隊(輸送部隊は除く)は居なかった。しかし、先月にはシャークン提督の艦隊が壊滅しており、ここに来て騎兵隊が日本のワイバーン?から攻撃を受け始め、ほんの数騎を残して壊滅しているのだ。東方征伐軍全体で見れば十分許容範囲内だが、これからもこのようなことが続くのであれば、戦略全体を考え直さなければいけないとパンドールをはじめ征伐軍は考え始めていた。




用語解説的なもの

『AT-41』
某最低野郎ではありません。正確には『攻撃兼用練習機』です。なお機体形状はT-4中等練習機とSu-25を足して2で割ったような形状とご想像ください。

Q.原作だとコブラとチヌークなのに、作中では軽攻撃機にトラック? 装備弱体化してない?
A.作中経過時間が3週間なので、エジェイに警備部隊と物資搬入するのが限界です。


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第20話

中央暦1639年 5月5日

-OCU日本 国防省-

 

 日本国防軍の制服組最高指揮官の執務室に2人の士官が入ってきた。

 

「――失礼します。三垣統合軍参謀長」

「どうした安海少将。鞍田大佐」

「占拠されたギム周辺の敵軍ですが、先発隊と思しき集団が移動を開始しました」

「規模と向かっている先は?」

「規模は凡そ5万。恐らくですが、城塞都市エジェイへと向かっているかと思われます。到着予定時刻は5月8日の昼頃です」

「エジェイ周辺の我が軍の展開状態は?」

「21旅団の一部は既に到着しています。しかし、旅団総戦力の内、半分がまだ国内で輸送待ちです」

「……輸送計画と展開予定としては順調なのかね?」

「輸送及び展開は予定通り進んでおります」

「予定通りか……連絡室と外務省によるクワ・トイネとの折衝は上手くいっているのかね?」

「クワ・トイネ政府上層部とは上手くいっているようですが、エジェイのクワ・トイネ軍指揮官との調整に手間取っているようです」

「……その指揮官の素行調査(HUMINT)については別で考えるとして、今ある戦力だけでも進発はできないかね?」

「可能ですが、先ほども言ったように任務旅団の戦力が現状半分しか集結できておりません。それでもよろしいのですか?」

「……未だマイハーク入りしていない部隊の輸送計画は前倒しできないのかね?」

「海軍の第1。第2輸送隊(揚陸輸送艦部隊)の全艦が輸送任務に従事しています」

「なるほど、前倒ししようと思ったら、民間船を借りないといけないわけだ……」

「そうなります」

「……首相と経済産業大臣に現状を報告して、船を借りれないか頼んでみよう」

「よろしくお願いします」

 

 三垣は電話を取ると、急いで首相に状況を連絡した。

 首相も経済産業大臣も、国内の物資状況から民間船の軍事支援投入には否定的だったが、エジェイ敗北後のロウリア軍の戦略がクワ・トイネ敗北をほぼ確信させる事態となることが予想され、最終的に首相と経済産業大臣の連名で海運業界に高速カーフェリー数隻を海軍に貸与する方向で調整が行われた。

 

 

中央暦1639年 5月6日

-クワ・トイネ公国 城塞都市エジェイ-

 

 エジェイ。この都市はクワ・トイネ西部防衛の要である。

 二重の城壁が建築されており、城壁の高さは10mを超えている。所々に投石器やバリスタが配備されていおり、その戦闘力は計り知れないものが存在する。

 また、エジェイにはクワ・トイネ軍のほぼ半数に当たる3万の兵力が駐留しており、来る侵略に備えて多くの糧食や資材が貯蓄されている。

 エジェイ防衛騎士団の軍司令部では騎士団長のノウ将軍が大声で軍上層部の連絡士官に吠えていた。

 

「ーー反撃するならまだしも、エジェイ防衛だけなら現有兵力だけでも十分だというのが何故わからんのだっ!?」

「ですから、軍上層部としては、今後の作戦のために日本軍と連携する必要があると言っているのです」

「ふんっ! いきなり上層部は得体の知れない相手に救援を頼み込んで、そんなポッとで送り込まれて、それをいきなり頼れなぞっ。誰が考えるものかっ!!」

「兎にも角にも、首相から“日本軍に全面協力すること”と命令を受けておるのです、将軍の発言や行動で日本が撤兵するようなことになれば、国家存亡に関わりますよっ!?」

「あぁそうだ。だから他所の軍に頼るのは好ましくないという話なのだ。国防の本質を何と考えておるのだっ!!」

「いいですかっ!? 相手は我が方の10倍近くの兵力なんですよっ!? エジェイに我が全軍を集結させても抗し切れるわけないでしょうっ!!」

「数字でしか物事を図れんバカばかりが上層部を占めているのか? もうよいっ!! エジェイ防衛は駐留する騎士団のみで行う。良いなっ!!」

「~~後日軍務卿と首相の命令文をお持ちしますっ!」

「ーー精々私を納得させるしっかりしたものを拵えることだっ!」

 

 騒音のような口論はやっと終わった。

 21任務旅団長の河内は部屋の前でため息をついた。あんな持論を展開する人物に追加の情報提供や要請をしなければならないのかと。

 

「……廊下でもまずい言葉が聞こえてくるんだが、それでも行かないといけないのか?」

「河内旅団長。私も何度か折衝した身として言わせてください。ノウ将軍はある意味生粋の軍人です。感情の高ぶりはともかく、言っていることは正当です」

「現状が見えないという点では詭弁だがな」

 

 扉が乱暴に開かれ、部屋から出てきた連絡士官が河内達に気づかず、すごい剣幕で廊下を進んでいった。

 部屋の雰囲気は最悪だった。しかし、河内達は任務達成のためノウ将軍と連絡調整は必須なのだ。

 2人は意を決して入室した。

 河内達が部屋に入ると、腹の虫が治まっていないノウ将軍の代わりに、補佐官が空気を替えるため口を開いた。

 

「お疲れ様です守谷中佐っ!! ロウリア軍の動きはどうですか?」

「チェタレヴ参謀。今朝新しい情報を入手しました。その前に、本日は当方の上官をお連れしました」

「そうでしたっ! ノウ将軍。早朝に連絡があった日本国防軍の指揮官が参られました」

 

 ノウは河内を全く見ず、先ほどと打って変わって平静な声で話を始めた。しかし、目は明らかに激昂したままだった。

 

「……失礼だが、先ほどの話は聞かれたのですかな?」

「えぇまぁ……。ノウ将軍の声は戦場でもよく聞こえるでしょう。そのようなに猛将に率いられる兵はさぞ精鋭とお見受けします」

 

 河内は皮肉交じりの冗談で場を和ませようとしたが、頭に血が上っているノウには火に油を注ぐようなものだった。

 

「そうですか。聞こえていたなら当方の意思はわかるでしょう?

エジェイ防衛は騎士団のみで達成いたします。日本の方々は反撃の時までゆっくり戦力の滋養に努められよ」

 

 一見したところ、今後の反撃のために友軍の温存を図っているように聞こえるが、先ほどの口論があるため言葉通りに受け止めることができなかった。暗に邪魔をするなと言っているのだ。

 微妙な間が流れたが、守谷は早朝に入った情報をノウに提供するため、臆することなく口を開いた。

 

「……ノウ将軍。今朝ギムを占拠するロウリア軍の一部がエジェイへ進軍し始めました」

「……それは本当ですか? 守谷中佐」

「ギムを常時監視しています。間違いありません」

「……相手の兵力がどんなものか確認していますか?」

「騎兵は含まず、歩兵(弓兵や魔導士を含む)だけの戦力が5万です」

「そうですか。となるとロウリア軍先発隊がエジェイに達するのは3日乃至4日というところですかな」

「当方の参謀部もそのように試算しております」

「日防軍はエジェイにどれだけ集結しておりましたかな?」

「……現在1個大隊と2個中隊のみです。ノウ将軍」

「であるなら、議論の余地はありませぬ。先ほども申したように“戦力の滋養に努められよ”」

「……わかりました。戦力が整うまでエジェイ防衛には加勢いたしません。ただ、エジェイが危機に瀕したならばノウ将軍の許可なく参戦いたします。よろしいですか?」

「もちろんです。後、エジェイより離れた場所での活動は我々は関知いたしません」

「そうですか。それでは失礼いたしますノウ将軍」

「……何か伝えることがあるなら、またご訪問されよ」

 

 河内と守谷は何とも言えない感情を抱きながら部屋を後にし、野営地へと戻っていった。

 

 2人が部屋を後にすると、参謀の一人がノウ将軍に苦言を呈した。

 

「閣下。流石に救援に来た友軍相手にあのような言葉はまずいかと思いますが?」

「何を言っておる。奴等。5万もの敵兵が迫っているというのに、寄こした戦力がたった1000人程度しかおらんのだぞ? 本気で戦う意思があるのか疑わしいわっ!」

 

 ノウは日本の派遣戦力から援軍派遣が本気でないと誤認した。

 確かに、守谷が説明した1個大隊と2個中隊の合計人数は700人にも満たない。しかし、現代陸軍の戦力は人以外の装備が肝要なのである。

 

 

 野営テントまで戻った河内と守谷は、摩耗した精神を回復するためコーヒーを淹れた。

 

「はぁ……。守谷はあんな頑固者と話してたのか。油断した」

「まぁ。今回は虫の居所と間が悪かったですね……これからどうしますか?」

「戦力が集結するのは5月15日の予定だ。相手の方がエジェイに早く着く。大人しく野営地周辺の防御に徹しよう」

「わかりました」

 

 河内はノウとの調整不足から、両軍の有機的な連携は不可能と判断し、仕方なく残りの戦力が到着まで野営地防衛に専念することとした。

 

 

中央暦1639年 5月8日

-クワ・トイネ公国 エジェイ西の平野-

 

 空に雲一つない快晴の日。エジェイから西5kmの平野部にロウリア軍5万が到着した。

 現在ロウリア軍団を率いているのはジェーンフィルアである。

 隷下の工兵は指揮官用の野営テントを建てていたが、ジェーンフィルアは他の指揮官と参謀を参集して、屋外で軍議を開いていた。

 

「さて、道中特に抵抗もなくエジェイまで近づくことができたが、いざ現有戦力だけであの要塞を攻略するのは不可能だろうと思う。よって、ここは本隊の到着を待こととする。何か異論はないね?」

 

 参謀やワッシューナは同意したが、副将のアデムは違ったようだ。

 

「ジェーンフィルア侯爵。本隊到着まで何もしないということですか?」

「ワイバーンと騎兵隊がないでな、斥候を出すこともできん」

「それなら、少数の兵を夜間の内に城壁に近づけるのはどうでしょうか?」

「夜間にかね? 攻城兵はいるが、城壁から弓矢の攻撃を受けるのが関の山だと思うのだが?」

「そうではなく。弓の射程ギリギリまで近づいて、角笛を吹いたりドラを鳴らすのです」

「…そんなことをして何かになるのかね?」

「単純です、敵兵に我が軍が攻めて来るぞという法螺を吹くのです」

「つまり、エジェイの兵士に緊張を強いて心身を削る策ということなのだな?」

「そうです。逆にその法螺に我慢できず、城壁から打って出れば、数が多い我らが有利です。籠り続けても我が軍本隊の戦いが少しは楽になるかと存じます」

「よろしい。アデム。その策を採用しよう。よい成果を期待しておるぞ」

「フフフ。お任せください」

 

 その日の夜、アデムは早速ハラスメント部隊を編成。エジェイに対して襲撃を開始した。

 

「弱卒揃いの亜人どもめぇ!!」

「悔しかったらこっちにこいよぉ~!」

「てめぇらそれでも一端の兵隊かぁ!?」

 

 篝火を炊きながら、城壁の上から200m先でロウリア軍が罵詈雑言と太鼓。角笛でクワ・トイネ軍の気を引いた。

 

「攻撃の前触れか?」

「城壁の兵は何をやっておるっ!!」

「弓兵隊を回せ!」

 

 クワ・トイネ軍も士気が高く城壁の上から矢を放って対処した。

 

「おっと。矢が飛んできたぞっ!」

「言われた通り。ここは引き上げるぞっ!」

 

 矢が飛んでくると、ロウリア軍は蜘蛛の子を散らすように引き上げていった。

 

「隊長。ロウリア軍は引き上げましたっ!」

「恐れおののいて引いていったかっ!」

「隊長。今度は北西の壁にロウリア軍が現れましたっ!」

「まったくっ! 別の弓兵隊を行かせるのだっ」

 

 城壁近くでロウリア軍が騒ぎ、クワ・トイネ軍は弓兵隊を回し攻撃する。そのようなことが夜中複数個所で繰り返された。

 

 夜が明けると、ロウリア軍は運悪く戦死した味方の遺体を残し、何事もなかったようにエジェイの城壁から野営地へと引き上げていった。

 ノウも夜中の角笛やドラの音のせいで目を覚まし、ご機嫌斜めの状態で朝の軍議に参加していた。

 

「ーーというように、ロウリア軍は夜中城壁から少し離れたところから騒いで引き上げるということを繰り返しております」

「うぅむ。夜襲をするなら静かに攻撃するはず……ロウリア軍は何を考えておるのだ?」

「何かしらの下調べではないかと考えております」

「くそ。戦力差があるせいで打って出ることができん。小癪な奴らだ」

「城壁を守る兵には何と?」

「……通常より配する兵を増やし、夜襲に備えるよう伝えよ」

「わかりました」

 

 ノウは部下にそう指示を出したが、この判断。アデムの策にまんまと嵌ってしまったことを意味していた。

 夜間襲撃は1週間近く続いた。最初の一日二日なら何ともなかったが、3日目を過ぎたころからエジェイの兵士に影響が出始めた。

 夜直に立っていた兵も、昼間には攻撃に備えて防護柵の整備や武具や防具の手入れに勤しんでいるのだ。さらに夜直に立っていない兵も角笛やドラの音で目を覚まし、睡眠を妨害されていた。

 エジェイの兵は目に隈を作りながら昼間は作業を行い、夜間はロウリア軍の嫌がらせのせいで気が休まらない日が続く形となり、少しずつ士気が削がれていった。




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第21話

中央暦1639年 5月15日

-クワ・トイネ公国 エジェイ西の平野-

 

 ロウリア軍のハラスメント襲撃が始まって1週間が経過した。

 河内と守谷は21旅団が集結したことを報告するついでにロウリア軍の夜襲対策をを提示するが、ノウはその要請に対して頑迷だった。

 そんな暖簾に腕押しな日々が続いた昼頃。河内と守谷はエジェイ市内の様子を観察していた。

 

「……目に見えて疲れている兵士が増えているな」

「連日のロウリア軍の動きで睡眠不足や疲労が重なっているようです」

「数に任せて力押ししてくると思ったが、なかなか狡猾な奴もいる様だ」

「如何いたしますか? ノウ将軍は一向に我らの意見を聞き入れません」

「……仕方ない。エジェイ防衛とは関係ない所で動くとしよう」

「わかりました。他に何かありますか?」

「テントに各機動中隊隊長を集めてくれ。今夜からでも行動に移りたい」

「わかりました」

 

 その日の昼過ぎ。野営テントに機動中隊の中隊長を集めた。

 河内はエジェイの現状を伝達し、これから行う任務について説明した。

 

「ーーということもあり、ロウリア軍はエジェイのクワ・トイネ軍の士気を下げるためにハラスメント攻撃を繰り返している」

「なるほど、籠城している兵にとっては有効な策ですな」

「元の戦力差もあるから打って出ることもできない。ロウリア軍も考えたものだ」

「このままエジェイの状況を座視するわけにはいかない。そこで、我々は敵夜襲部隊に対する襲撃作戦を敢行する。何か異論がある者は?」

「「「ありません」」」

「よろしい。では概略を説明する」

 

 河内はエジェイ周辺の地図を表示した。地図にはクワ・トイネ軍の他、ロウリア軍野営陣地。日防軍21旅団野営地も記されている。

 

「ロウリア軍の夜襲だが、北門から南門の西に面する城壁に対して満遍なくハラスメント襲撃を実施している。しかし、ロウリア軍の野営陣地はエジェイから5km離れた位置だ。分散して移動しているのか、途中まで固まって移動しているかは不明だ。そこでマイハーク基地に連絡を取って201連隊(近接航空支援部隊)より無人機の支援を取り付けた。無人機で敵夜襲部隊を捕捉。可能なら包囲し攻撃を敢行。離脱する。何か質問は?」

「野営地より敵増援が来たらどうしますか?」

「規模によるが、基本的に離脱を優先する。無理に交戦する必要はない」

「河内旅団長。ワイバーンが出てくる可能性はありませんか?」

「ワイバーンに関してだが、あまり夜間は飛べないそうだ」

「夜間に飛べないのは本当ですか?」

「クワ・トイネでもワイバーンを使っているが、飛ばすのがかなり難しいとのことだ」

「根拠としては弱いですな」

「もちろん。襲撃を警戒するために対空車両は随伴させる。ワイバーンが現れたら迷わず叩き落せ」

「「「了解」」」

「他に質問はあるか?」

「旅団長。車両用はともかく、個人用の暗視装置が足りないと思われますが……」

「すまないが、それの到着を待つことはできない。最悪、視界確保が困難なら下車戦闘をする必要はない」

「わかりました。この作戦は今夜限りの作戦ですか?」

「相手が今後夜襲を断念するか弾の残量次第だ。最悪、毎日実施すると考えてくれ」

「わかりました」

「他に質問はないな? 今夜の作戦開始は1830からだ。各員準備を忘れるな。解散っ!」

 

 会議が終わると、各中隊の野営地に向かった。

 

 

 クワ・トイネの大地が朱に染まる時間。エジェイの上空に1機の無人機が進出していた。目がいい者は無人機を見ることができたが、殆どの人は航空迷彩の無人機を見つけることはできなかった。

 

≪……フィンガースコープからHQ21。通信テスト。送れ≫

「HQ21からフィンガースコープ。通信テスト良好。送れ」

≪フィンガースコープからHQ21。現在エジェイ上空5000mの位置。送れ≫

「HQ21からフィンガースコープ。現在位置を維持せよ。送れ」

≪フィンガースコープからHQ21。現在位置を維持する。オーバー≫

 

 無人観測機から送られてくる通信映像がテント内のディスプレイに映し出されている。

 そのディスプレイの他に、レーダー情報を処理するディスプレイが置かれており、そこにはエジェイ周辺に展開している各部隊がどこにいるかを示していた。どの部隊も、ロウリア軍から視認されないぎりぎりの位置まで接近している。

 

「各チーム。配置に着きました」

「よろしい。敵が出てくるのを待とう」

 

 河内が守谷に伝えると、半刻ほど時間が過ぎた。

 

 辺り一帯は完全に日が落ちた事で闇に包まれた。2つの月と星の明るさだけが、闇の中で天空と大地を分けている。

 

 展開した各チームの車両はライトを消して潜んでいた。ロウリア軍に存在を隠すためだ。

 車内のディスプレイは辺り一帯の闇ではなく、ナイトビジョンや赤外線カメラの映像が写されていた。

 APC以外の車両は、索敵兼戦闘用に複合カメラを搭載しており、車長はその映像を元に敵がやってくるであろう草原を観察していた。

 

 さらに半刻が過ぎると、司令部(21旅団司令部)から通信が入った。

 

≪HQ21から各中隊。穴倉(敵野営地)からキツネ(敵夜襲部隊)が出てきた。送れ≫

≪11中隊。了解≫

≪12中隊。了解≫

≪21中隊。了解≫

≪22中隊。了解≫

≪31中隊。了解≫

≪32中隊。了解≫

≪101中隊。了解≫

 

 各機動中隊は装輪兵員輸送車(以下APC)6両。機動火力車(以下MGV)2両。装輪戦闘車(以下MCV)2両。対空車両(以下SPAAGV)1両。偵察装甲車(以下RAV)2両。|戦闘救護車≪以下CRV≫1両。WAP2機で構成されている。

 今回参加した部隊は7個中隊。内3個中隊がエジェイの北門。4個中隊が南門辺りに待機していた。

 

≪HQ21より各中隊。状況1-B。繰り返す。状況1-B。作戦を開始せよ。オーバー≫

≪≪≪了解≫≫≫

 

 通信を受け取った各中隊は行動を開始した。ロウリア軍夜襲部隊は野営地からひと塊で前進しているようである。

 

≪HQ21より各中隊。キツネは火を焚かずに進んでいる。オーバー≫

 

 HQ21からの通信が切れると、各車両は状況に合わせた所定の位置へと移動を開始した。

 

 

 日本軍部隊の動きを知らず、いつも通りの夜襲のために進んでいるロウリア軍部隊。その数2000人。城壁から2kmの位置まで前進し、そこから500人単位で分散し城壁まで接近するのである。

 この行動ではぎりぎりまでクワ・トイネ軍に接近を露呈しないよう、あえて松明を灯さずに移動している。逃げるときは不便だが、その時は角笛の音を頼りに後退するのだ。

 アデム副将の策は並の軍人からすれば邪道卑劣と言われるような策だが、ならず者出身が多い夜襲部隊にとっては何とも思われていなかった。

 

「よぅし。城壁から1kmだ」

「静かに進め。バレたら死んだ間抜けの仲間入りだぞ♪」

 

 道を外れた草原では、緩やかな高低差と1mを超える草木もちらほら茂っている。

 夜襲部隊は、腰を低くしてゆっくり歩を進めた。

 その中で夜目が効く一人が、虚空の中を指差した。

 

「おい。何だありゃ?」

「ああん? どうした」

「いや。なんかあっちの方に荷馬車みてぇなのが見えてよ」

「荷馬車だと? 暗くて何も見えねぇ」

 

 必死に見たが、殆どの兵士は暗黒が続いている以外何も見えていない。

 じっと見ていると、暗闇の先から火の玉が途轍もない速度で飛んできた。

 

「何だっ!? 何が飛んできたっ!?」

「ぐっあ!!! いってぇぇ!!」

「こんな魔導。聞いたことーー」

 

 いきなりのことに何人もの兵士が火の玉の前に倒れた。

 運がいい者は1発であの世に逝ったが、悪い者は猛烈な痛みの中。絶命していった。

 もっと運がいい者は、何かが飛んでくるとわかった瞬間、背を低くしたり伏せたりした。だが、火の玉が飛んできた後に猛烈な速さで太鼓のような音が鳴り響いた。

 時には、強力な魔導攻撃が発動しているような爆発音がどこかしらで生まれ、それと共に何人もの兵士が吹き飛んだ。

 

「畜生っ! 四方八方から飛んでくるぞっ!!」

「戻ることも進むこともできない!!」

 

 夜襲部隊は謎の魔導攻撃で身動きが取れなくなった。

 凡そ戦いと呼べない光景は、ロウリア軍野営陣地の物見櫓からも見ることができた。

 夜直の隊長から至急ということでアデムは叩き起こされ、

 

「一体何があったのですかっ!?」

「わかりません。ただ、夜襲部隊が何か猛烈な魔導で攻撃を受けておりますっ!!」

「何かとは何ですか!? もっとしっかり報告しなさいっ!!」

「何というか、地面に流星が流れているのですっ!!」

「馬鹿のことを言うんじゃありませんっ!! まったくっ!!」

 

 アデムは着の身着のまま櫓へと上がり、野営地から3km先で起きている戦いを見ることができた。

 

 辺り一帯は暗いのに、まるで何千もの流星が地を這うように流れるのだ。そして、たまに流星が落ちたような爆発が起きている。もちろん、アデムはそんな魔導も魔法も知らない。

 

「当直隊長っ!! まさか、攻撃を受けているのは夜襲部隊ですかっ!?」

「おそらくですが。我が軍の夜襲部隊です。魔導士は同伴しておりませんので……」

「くそっ!! 直ちに引き上げさせなさい。角笛を吹くのですっ!!」

「わっ……わかりましたっ!!」

「あと、魔導兵団を集めなさい。」

 

 隊長の指示によってブオォーという音が響いた。

 

 この音を聞いた夜襲部隊の動きは早かった。死ぬ気で任務を達成する気はないからだ。

 

「おい。撤退の角笛だっ!! 引き上げるぞっ!!」

「畜生っ! 楽な任務じゃなかったのかよぉ!!」

 

 流星群のごとき攻撃はなおも続き、エジェイに近い兵士から流星に射抜かれていった。

 夜襲部隊の動きは無人観測機からも確認できた。

 

≪22中隊。攻撃しつつ前進する≫

≪101中隊から各中隊。ヴァンツァーを突っ込ませる。注意せよ≫

≪31中隊から32中隊へ。交互躍進する。掩護を求む≫

≪32中隊から31中隊。掩護了解≫

 

 HQ21の無線からは各中隊の行動が伝わってくる。レーダーディスプレイでは、敵夜襲部隊を半包囲しつつ徐々に接近する動きが映し出されていた。

 

≪フィンガースコープからHQ21。敵部隊の一部が反転、後退しつつあり。送れ≫

「HQ21からフィンガースコープ。了解した。オーバー」

「各中隊を戻しますか?」

「いや。ある程度追撃しよう。敵は多いからな」

「わかりましたーーHQ21から各中隊。敵は後退しつつあり。追撃に移れ。送れ」

≪≪≪了解≫≫≫

 

 各機動中隊は射撃をしつつ前進を始めた。敵兵からしたら何とか離れようと動いているのに、追撃してくるのだから恐怖でしかない。

 さらに恐ろしいのは、相手は松明を焚いていないのに凡その位置を特定して攻撃してくるのだ。いかに凄腕の弓使いでも松明すら焚いていない相手をどうやって攻撃しているのか、夜襲部隊もアルデもわからなかった。

 

 無人機からの情報を得ている河内達は、ロウリア軍野営地の大規模な動きを確認した。

 

「旅団長。敵野営地で動きあり。多数の兵が松明を焚きながら戦列を敷いています」

「……暗い中をあれだけ派手に攻撃したんだ。敵さんも応戦準備を整えているんだろう。潮時だな……各中隊に攻撃中止と帰投命令を出せ」

「了解ーーHQ21から各中隊。攻撃中止。攻撃中止」

 

 無線から各中隊に攻撃中止命令が伝達された。

 

 運よく生き残ったロウリア軍夜襲部隊は何とか野営地へと戻ってきた。その顔は、疲れと未知の恐怖で青くなっていた。

 そんな兵士たちの下にジェーンフィルアがやってきた。

 

「いったい何があったのだ? アデムは? 夜襲部隊の隊長は?」

「すみません。隊長は多分、敵の攻撃で死にました」

「何?」

 

 櫓の上から観察していたアデムはジューンフィルアの下に駆け寄った。

 

「申し訳ありません。櫓から見ていたのですが、夜襲部隊が敵の謎の攻撃を受けましたっ!」

「謎の攻撃とはなんだ?」

「未知の魔導攻撃です。まるで地面に流星群が這うような光景が広がり、夜襲部隊に降り注いだのです」

「よくわからんが、そんな魔導聞いたことがないな。ワッシューナはどこだ?」

「伯爵。ワッシューナはここに……」

「おおワッシューナよ。“地を這う流星群”。そんな魔導を聞いたことはあるか?」

「……この暗さです。ファイアボールによる攻撃だったのではないでしょうか?」

「夜襲部隊を襲った攻撃はそんな生易しい攻撃ではありませんでしたよ!? まさに流星群と見間違うほどの速さと数だったのですっ!!」

「しかし、私はその“地を這う流星群”を見ておりませんので、判断のしようがありません」

「えぇいっ! そんな曖昧な答えで、それでも魔導士ですか!?」

「よさぬかアデムっ! 夜襲部隊に被害が出たのは事実であろう? ここでワッシューナを問い詰めても何にもなるまい」

「~~仕方ありませんね……」

「兎に角。その流星群が我々に降り注ぐかもしれん。魔導士団は大変かもしれんが、夜通し防御魔法を展開するのだ」

「わかりました伯爵」

 

 この戦いにより、2000人の夜襲部隊で残ったのは300人程だった。また“地を這う流星群”を恐れて夜襲は以後実施しないことを決定した。




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第22話

中央暦1639年 5月16日

-クワ・トイネ公国 城塞都市エジェイ-

 

 先日15日の日防軍の夜間作戦は、翌日の朝においてノウは参謀の報告で初めて知ることとなった。

 

「……一体全体。どういうことか説明していただけますかな? 河内将軍」

「はて、何のことですかな?」

「昨晩。西の平原で戦っているところを我が軍の兵士が見ておるのです。我が軍は1人も城壁の外には出ておりません。それなら、外で戦っていたのはロウリア軍と貴国の軍隊ということになります。なぜ戦ったことを隠すのですかな?」

「隠しておりません。事後報告になってしまったのは申し訳ありませんが、今回の軍議で報告するつもりはありました」

「……私はあなた方に参戦要請をした覚えがないのですが?」

「そうは言われましても、本国から“クワ・トイネ軍と共同し、ロウリア軍を撃退せよ”という命令を受けております。今回はロウリア軍が我が方の陣地に接近してきたため、攻撃したのです」

「……それならば仕方ありません」

「そうだノウ将軍。先日やっと部隊の集結が完了しました。必要なら直ちにロウリア軍へ攻撃を実施できますが、如何いたしますか?」

「失礼ですが、兵は何人でしょうか?」

「そうですなぁ……。2千人(旅団総数1893人)といったところです」

「たった2千人程度ですか? 相手は5万に達する兵力。日本は戦う意思が低いように見受けられますが?」

「それはとんだ誤解です。兵士の数が少ないのはそれ以外で戦闘力を発揮することができるからです」

「ほう。では仮に明日決戦を挑んだとして、勝利することができるということですかな?」

「ええ。もちろんです」

「……いいでしょう。明日ロウリア軍に決戦を挑みます。よろしいでしょうか河内将軍?」

「大丈夫です。ではまず決戦前の配置ですがーー」

 

 ノウは日本の実力に疑心を抱きつつも、翌17日の決戦に向けて準備を始めた。

 

 

中央暦1639年 5月17日

-クワ・トイネ公国 エジェイ西・ロウリア軍野営地-

 

 翌朝。ジェーンフィルアはいつもより早い当直隊長の報告で目を覚ました。

 

「ジェーンフィルア伯爵っ! クワ・トイネ軍が城壁から出てきています」

「何っ!? それは本当か?」

「間違いありませんっ!!」

 

 ジェーンフィルアは大急ぎで軍装を整え、櫓の上に登った。

 そこから見えるのは、クワ・トイネ軍が戦列を敷いている光景だった。

 

「角笛を吹けっ!! 決戦の用意だっ!!」

 

 角笛の音がロウリア軍野営地に響くと、寝ていた兵士が飛び起き、軍装を整えて戦列を敷き始めた。

 ロウリア軍の動きはエジェイの城壁の上からも確認できた。

 城壁からはノウと参謀の他、河内と守屋を含む日防軍の指揮中隊も一緒に居た。

 

「ノウ将軍。予定通り相手も決戦準備に入りましたな」

「えぇ。では手筈通り、敵軍の準備が整ったら始めててください河内将軍」

「わかりました」

 

 クワ・トイネ軍の戦列が敷き終わってから半刻。ロウリア軍の戦列も準備が整った。

 その様子を確認した河内は、通信機を起動させた。

 

「コマンダーから砲兵隊。攻撃を始めろ。送れ」

≪砲兵隊からコマンダー。攻撃を開始する。オーバー≫

 

 エジェイから東に築かれた野営陣地では、10両の装輪自走砲が装備する155mm砲の仰角を上げていた。

 攻撃命令が届き、相手の戦列を再確認しつつ標的を選定した。

 

「各中隊。標的確認。攻撃開始っ!!」

 

 155mm砲25門が一斉に火を噴いた。

 

 

 戦列を敷いたロウリア軍はいつでも前進できる状態だったが、クワ・トイネ軍の動きを読めず、未だ野営地前に留まっていた。

 

「しかし、クワ・トイネ軍は何を考えておるのだ? 数が優位なようにも見えんが……」

 

 ジェーンフィルアがクワ・トイネ軍を観測していると、ヒューという風切り音が耳に入ってきた。

 ふと空を見上げると、戦列の最左右翼先端でいきなり爆発が起きた。

 

「何だっ!? 何かの魔導かっ!?」

 

 ロウリア軍の戦列に次々と爆発が起きた。爆発が起きると何十もの兵士が土塊と共に吹き飛んだ。

 

「ワッシューナよっ! あれは何かの魔法なのかっ!?」

「わっ。わかりません。私もこのような魔導は聞いたことも見た事もありませんっ!!」

「では、これはいったい何なのだっ!? どうすれば良いっ!?」

「このままでは謎の攻撃が続きます。軍を前進させましょう。敵味方入り混じった乱戦に持ち込めば、あの強力な魔導を使うのを躊躇するかと思われます」

「クソ……クワ・トイネがこんな魔導を開発していたとは……全軍前進せよっ!」

 

 角笛が吹くと、約5万の戦列は前進を始めた。それでも、謎の爆轟魔法?は継続され、多くの兵が戦死した。それでもロウリア兵は倒れた兵を鑑みず、ただひたすら前進した。

 

 

「敵軍。前進を始めました」

「コマンダーから砲兵隊。照準を修正しつつ射撃継続。送れ」

≪砲兵隊からコマンダー。照準を修正しつつ、砲撃を継続する。オーバー≫

 

 21旅団砲兵隊は、最初ロウリア軍の戦列先頭両端に狙いをつけていた。ロウリア軍が進むにつれて戦列中央両翼辺りにも照準を合わせて砲撃を継続した。

 

≪砲兵隊からコマンダー。残弾1割。繰り返す残弾1割。送れ≫

「コマンダーから砲兵隊。残弾1割了解。砲撃を停止せよ。送れ」

≪砲兵隊からコマンダー。砲撃を停止する。オーバー≫

 

 21旅団砲兵隊はロウリア軍が1kmほど進むと砲撃を終了した。

 

「コマンダーからハンマー及びアンヴィル。敵軍への攻撃を開始せよ。送れ」

≪ハンマーからコマンダー。前進する。オーバー≫

≪アンヴィルからコマンダー。攻撃を開始する。オーバー≫

 

 河内は砲撃を終わらせると、クワ・トイネ軍両翼に配置していた混成機動部隊を動かした。

 距離的にロウリア軍から見ることもできたが、クワ・トイネ軍と比べ迷彩による隠蔽が仕事をして、ジェーンフィルアはこの混成機動部隊を見つけることができなかった。

 

 クワ・トイネ軍の右翼側。そこにハンマーチームが待機しており、率いるのは暁だった。

 暁はマップに表示される敵戦力の位置を確認しつつ、

 

≪大佐。出番ですね≫

「そのようだな。ハンマーチーム各員。狩りの時間だ。我々日本軍の実力をたっぷり教えてやれっ! 前進っ!!」

 

 暁のWAPの他、ハンマーチームに配備されているWAPと装甲車群が一気に速度を上げ、ロウリア軍左翼へ襲い掛かった。

 

「おい? なんだあれっ!?」

「ゴーレムッ!? クワ・トイネ軍が!?」

「鉄の荷馬車だっ!! 何台も居るぞっ!!」

 

 ロウリア軍の視界に装甲車やWAPが入り込むと、それぞれが装備する火砲が動き出した。

 軽快な音から爆発的な音まで、膨大な数の炸裂弾がロウリア軍兵士に降り注いだ。唯でさえ密集隊形といこともあり、避ける間もなくロウリア兵は撃ち倒されていく。

 

「このままじゃ唯の的だっ!! 一気に走り抜けろっ!!」

「こうなったら自棄だっ!! うおぉぉぉーー!!」

「続けぇぇーー!!」

 

 ロウリア軍の一部勇敢な兵士は、ハンマーチームに肉薄するため遮二無二突撃を開始した。

 

≪敵兵。我が方に向け接近中≫

≪キルゾーンの隙間を抜けられますっ!!≫

 

 装甲車群やWAPは肉薄させまいと砲火を向けるが、何千もの兵士が一斉に突っ込まれては捌き切れなかった。

 

「ハンマーチーム全車停止。歩兵を展開させて援護させろっ!! 敵を肉薄させるなっ!!」

 

 暁はAPCやMCVの車内で待機している歩兵を展開するよう指示を出した。

 

「行け行けっ!!」

「しっかり狙えっ!! 敵は多いぞっ!!」

 

 歩兵が迅速に展開し、敵兵との距離が200mを切ると射撃を開始した。何とか生き残って突撃してきたロウリア兵も、砂糖が溶けるように減っていった。

 

「ちくしょぉっ!! こんなん戦いじゃねぇよっ!!」

「撤退だっ!! このままだと無駄死になるっ!!」

「撤退っ! 撤退っ!」

 

 日防軍の猛烈な鉄風雷火は5万近くいたロウリア軍を3万近くまで減らしていた。

 ロウリア軍は膨大な数の屍と強力無慈悲な魔導?を前に戦意を喪失し、残った兵士は我先にと自軍陣地へと逃げ始めた。

 

「ノウ将軍。大勢は決したかと」

「……そのようですな。では、わが軍も動きましょう」

「わかりました。コマンダーからハンマー及びアンヴィル。敵は敗走を始めた。追撃しつつ、ハンマーは敵野営地北側。アンヴィルは敵野営地南側に展開せよ。送れ」

≪ハンマー。了解。オーバー≫

≪アンヴィル。了解。オーバー≫

 

 エジェイ城壁の上で角笛が吹かれると、クワ・トイネ軍が前進を始めた。

 ロウリア軍の戦意はもはや無く。野営地に戻ってきた兵士を再度戦わせようとジェーンフィルアやアデムは檄を飛ばした。

 

「貴様らっ!! それでも栄えあるロウリア軍の戦士かっ!? 逃げずに戦えぇっ!!」

「逃げたら軍法会議ですよっ!? それでもいいのですかっ!!」

「ふざけるなっ! あんなのと戦えるかっ!!」

「俺は逃げるぜぇっ!! 命あっての物種だからなぁっ!!」

 

 ロウリア軍のうち魔導兵団は比較的後方で待機していたので戦意十分だが、それ以外の歩兵や特技兵。重装歩兵は度重なる攻撃で戦力を擦り減らされており、合計で1万を切っていた。

 もはや秩序というものがない状況にアデムは思案した。

 

(不味いですねぇ。まさかクワ・トイネ軍がここまで精強とはっ! ここは引くのが得策でしょう……)

 

 もはや勝てないと察したアデムはジェーンフィルアにバレないよう、馬に跨り急いで野営地からギムへと逃げ出した。

 ジェーンフィルアはアデムが逃げ出したことなど露知らず、ワッシューナに命じ魔導兵団による攻撃を始めようとしていた。

 この魔導兵団の攻撃準備が、ジェーンフィルアたちの運命を決定付けさせた。

 魔導兵団は何とか戦況を挽回するため、集合魔導術式を発動させた。その巨大かつ()()()魔法陣はエジェイの城壁から戦場を観察するノウ達の視界にも入った。

 

「まずいっ!! あれは恐らく対軍用の魔導術式だっ!!」

「対軍用の魔導術式とはなんですか?」

「個々の魔導士で発揮できる攻撃魔法はたかが知れる。それを複数の魔導士が同じ魔導を同時発動させ破壊力のある魔導を発現させるのだっ!! このまま魔導を発動させてしまっては戦況が覆るかもしれんっ!!」

「ノウ将軍。あの魔導が発動するまでどれくらいの時間がかかりますか?」

「ロウリア軍にどれだけの魔導士がいるかわからないが、あの魔法陣の大きさからだと、それなりに時間がかかる」

「では、まだ時間的に余裕はあるということですか?」

「確かにあるが、私は魔導士ではない。明確な時間は分からぬ」

「では、迅速に対処することにしましょう……コマンダーから砲兵隊。敵野営地を攻撃せよ。送れ」

≪砲兵隊からコマンダー。我残弾1割、なお攻撃するか? 送れ≫

「コマンダーから砲兵隊。残弾1割でも十分効果がある。敵野営地を攻撃せよ。送れ」

≪砲兵隊からコマンダー。敵野営地を攻撃する。オーバー≫

 

 河内の指示は迅速に21旅団の砲兵隊に伝わり、25門の装輪自走砲は敵野営地を狙い、砲撃を開始した。

 

 ロウリア軍の野営地ではワッシューナ達魔導兵団は必死に魔導術式を読んでいる最中、頭上からヒューという音が近づいてきた。

 

(不味いっ! これは敵の爆轟魔法の音っ!! だが、この魔導術が発動すれば……!!)

 

 魔導兵団は爆轟魔法が迫りながらも詠唱を続けた。しかし、魔導兵団の勇気と努力を嘲笑うかのように、155mm榴弾が降り注いだ。

 轟音と爆炎。ロウリア軍野営地は一気に地獄と化した。

 発動準備中の魔導術式は途切れ、野営地で籠っていた敵兵の多く……ジェーンフィルアやワッシューナはこの砲撃で体ごと現世から引き剥がされた。

 

≪砲兵隊からコマンダー。我残弾なし。繰り返す。我残弾無し。送れ≫

「コマンダーから砲兵隊。残弾なし了解。オーバー」

 

 敵野営地から濛々と黒煙が挙がった。

 

「コマンダーからハンマー及びアンヴィル。敵野営地へ突撃せよ。送れ」

≪ハンマーからコマンダー。敵野営地へ突撃する。オーバー≫

≪アンヴィルからコマンダー。敵野営地へ突撃する。オーバー≫

 

 ハンマーチームとアンヴィルチームに配備されているWAPが突撃すると、運よく生き残っていたロウリア軍兵士が弓矢や長槍で対抗しようとしたが、WAPの装甲と銃弾の前にして効果はなく、無残に散っていった。

 武器を捨て両手を挙げる兵士や膝をついて命乞いをする兵士ばかりが視界に入ると、暁は河内に通信を繋げた。

 

「ハンマーからコマンダー。敵野営地の制圧完了。送れ」

≪コマンダーからハンマー。抵抗勢力はないか? 送れ≫

「ハンマーからコマンダー。目の前にいる敵兵は慈悲を求めるやつばかりだ。武器持ちは確認できない。送れ」

≪ハンマーからコマンダー。後続部隊を待ち、周囲警戒とせよ。送れ≫

「ハンマーからコマンダー。後続を待ちつつ、周囲警戒を行う。オーバー」

 

 暁は通信機が切れているのを確認すると、コックピット内で首を鳴らしながら愚痴った。

 

「……あまり。面白くない戦いだったな」

 

 暁は歩兵やクワ・トイネ軍が野営地に来るまで、静かにWAP内で待機した。

 

 エジェイの城壁では河内とノウが話をしていた。

 

「ノウ将軍。敵野営地を制圧しました」

「……そうですか。まさか、勝てるとは思いませんでした」

「よかったではないですか。エジェイは救われたのですから」

≪アンヴィルからコマンダー。敗残兵がギム方面へ撤退している。追撃の要ありか? 送れ≫

「コマンダーからアンヴィル。追撃の必要はない。敵野営地で待機せよ。送れ」

≪アンヴィルからコマンダー。敵野営地で待機する。オーバー≫

「ノウ将軍。次はギム奪還です」

「えぇ。そうですね」

 

 ノウは目の前の戦闘が勝利したことに内心喜んでいない。なぜなら、戦果のほとんどが日防軍によって齎されたからだ。

 ノウの心には、河内と日本に感謝する気持ち以上に強大な力を持つ余所者に助けられるという屈折した考えが心に残った。




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第23話

中央暦1639年 5月18日

-クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ-

 

 エジェイ決戦の翌日。ロウリア軍先遣隊を撃退したと報告を受けた政治部会参加者は歓声を挙げていた。

 

「ーーまさか。先遣隊とはいえロウリア軍を撃退するとは」

「日本様様ですな。今晩はどんな安酒でも美酒とになるでしょう♪」

「エジェイから敵は撤退しました。次はギム奪還ですね」

 

 カナタは官僚や大臣の言葉に耳を傾けているが、内心戦争中であるということを鑑みて軽い檄を飛ばした。

 

「各自。エジェイでの戦いはまさに我が公国において分水嶺と言える戦いだったでしょう。しかし、ギムを奪還したからと言って戦争が終わるかは別の話です。各自、戦争勝利、及び将来停戦できる交渉材料の具体策を考えてください」

「「「はっ!! わかりました」」」

 

 政治部会参加者はカナタの言葉を聞いて浮かれていた自分たちを自省した。

 

 

同日

-ロウリア王国 王都ジン・ハーク-

 

「ーーいったいどういうことだっ!! パタジンッ!!」

 

 パリンッという音が玉座に響き渡った。パタジンの報告にハーク王はワイングラスを盛大に床へ叩きつけたからだ。

 

「もっ。申し訳ありません。目下情報を集めていますが、何分生還者も少なく、その情報も荒唐無稽なものが多いため、未だ正確な情報を集約している段階です」

「……して、これからどうするのだ?」

「……将校団と今後の予定を協議する必要がありますが、海軍は3分の1しか残っておりません。以後クワ・トイネの海上侵攻を警戒するに留めます。陸軍ですが国境とギムに20万とワイバーン101騎が残っています。いかに相手が強大でも、防御に徹すれば敵軍の侵攻は防げると判断します」

「防御に徹すれば……か。勘違いするでないぞパタジン。大陸統一が目的であって、敵の反攻を防げば終わりではないからな」

「ははぁ。肝に銘じております」

 

 ハーク王は荒々しく振り返ると、居室へと戻っていった。

 

 パタジンは将校団が待機している会議室へ戻ってきた。部屋には参謀と共に王国三大将軍のミミネルとスマークが待機していた。

 王の叱責を受けた後ということもあり、パタジンは気が進まなかったが、軍議を開くために招集した。

 

「諸君。由々しき事態だ。シャークン提督の艦隊は壊滅し、東方征伐軍26万の内6万が失われた。今後の戦略を見直さなければならない」

「パタジン殿。6万の兵が失われたのはいったい何が起きたのですか?」

「先日。エジェイから戻ってきたアルデ副将の話曰く、クワ・トイネ軍が強力な魔導を用いたり、ゴーレムや鉄の荷馬車で突撃してきたそうだ。パンドールからも、斥候に出ている騎兵隊がワイバーンのようなものに連日攻撃を受けているらしい」

「強力な魔導にゴーレム(WAP)鉄の荷馬車(装輪装甲車群)ワイバーン(軽攻撃機)? 侵攻前の情報収集からそのような装備をクワ・トイネ軍が配備しているという報告はありましたか?」

「そのような報告は入っていない」

「そうなれば、クワ・トイネに強力な軍事支援を行う国家が現れたということでしょうか?」

「しかし、ロデニウス大陸の近くでもっとも強力な国家はパーパルディア皇国です。我が国の支援をしながらクワ・トイネの支援もするでしょうか?」

「彼の国の国力は我が王国を圧倒するほどだ。するしないは別として、しようと思ったらできるだろう」

「たしかにそうですが……そういえば、魔信で“赤い丸”の国章が描かれていたと何度も報告が入っています」

「あぁ。確か4か月程前に哨戒中の軍船からそんな報告があったな。確かニホン……まて、その支援している国家がニホンなのか?」

「報告をまとめるなら、そういうことになるかと」

「……そうなると、我々は認識を改めなければならないな」

「それはつまり、ニホンは我が国を圧倒するだけの軍備があると?」

「既に18万もの兵力を失っているのだぞ? クワ・トイネ軍が一夜にして強力になったというより説得力がある」

「しかし、そうなるとニホンに対してどう戦いますか?」

「大軍はダメ、艦隊もダメ、ワイバーンもダメときた。さてどうしたものか……」

 

 その夜、何も決まらない会議だけが夜を徹して続けられた。

 

 

中央暦1639年 5月20日

-ロウリア王国 北の港-

 

「ーーそれで、お前は日本の戦いを見たんだな?」

「ええそうです。もはや次元が違うとはこのことでしょう」

 

 ロウリア王国北の港。多くの漁民や水兵が生活するこの町では、戦時中ということもあり、巡回の兵が多く歩き回っている。

 そんな街で庁舎の隣に建てられた一軒の建物に数人の異邦人が集まっていた。

 彼らはパーパルディア皇国の国家戦略局という機関に属する職員である。彼らの目的は、表向き『支援したロウリア王国における戦争観戦』が目当てであるが、実態は『戦争終了後の手形回収』である。

 そもそも、ロウリア王国が50万もの兵隊や500騎ものワイバーンを揃えることができたのは、この国家戦略局がパトロンとして出資したからだ。

 話を戻すと、パトロンとして出資した国家戦略局では『ロウリアは苦も無くクワ・トイネとクイラを併合する』と予想していた。しかし、日本がこの戦争に介入し始めてからロウリア軍勝利の予想は悉く外れ、それどころか1か月半で総戦力の20%を喪失しているという現状である。

 この職員の中で偶然日本の戦いを観戦した人物がいた。

 彼の名前はヴァルハル。シャークンの艦隊に同乗し、マイハーク陥落を眺める予定だった。その愉快な予定も日本艦隊に出会ったことによりご破算となった。そして、日本艦隊の絶望的な戦いを運よく見ることができた人物でもある。

 もう片方の人物はロウリア国内で情報収集をしている諜報員の一人だった。

 

「その、ニホン軍の戦い方や武器はどんなのだったんだ?」

「恐らくですが、内燃機関を用いた動力船です。さらに、船体は木製ではないのは確かです」

「木製ではない? ミリシアルの魔導戦艦みたいなものか?」

「そうです」

「俄かには信じられないな……せめて魔写の一つでもあれば納得できるんだが?」

「すいません。魔写は持って行ったのですが、撮影前にロウリア軍が敗走してしまい、撮影できませんでした」

「……それなら仕方ないか? しかし、本国は珍しいことに“ニホン”の情報を欲しがっている」

「はぁ。それは何故ですか?」

「私も又聞きだが、1月頃にエストシラントの沖合にニホンの軍艦が現れてらしい」

「そっ、それは本当ですかっ!!」

「まぁ。私はそのときエストシラントに居なかったから、先日帰国したとき同僚から聞いたんだ」

「まっ……まさか、本国はいつものように(蛮族相手の)交渉したのですか?」

「いや、確かその時は“ミリシアルが来た”という認識で第1外務局が相手をしたらしい」

「しかし、やってきたのは“ニホン”という知らない国家だったと……」

「そういうことだ。まぁ、やってきた船がヴァルハルの言うミリシアルの魔導戦艦もどきなら、いきなり蛮族相手みたいな交渉は控えたらしい」

「それならよかったですが……」

「ただ、本国でニホンの事を知らない奴は多い。この戦いで可能な限りニホン軍の情報を集めてくれ」

「わかりました。ビスキー監督官」

 

 ヴァルハルとビスキーは新たな資材を纏めると、それぞれ担当している場所へと歩み始めた。

 




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第24話

中央暦1639年 5月25日

-クワ・トイネ公国 マイハーク-

 

 マイハークは日本の支援によって現代建築が増えている。しかし、元のレンガ造りはまだまだ多い。そんな光景が広がっている中、町はずれのだだっ広いその土地だけはクワ・トイネでは見られない風景が広がっていた。

 

 辺りがまだ夜闇に包まれている時間。マイハーク航空基地には48機もの軽攻撃機が出撃を前に整列していた。

 同じ時間。パイロットたちはタワー横のテントに詰めていた。マイハーク基地は順次航空基地としての機能を拡充しているが、タワーとレーダー施設以外、なのだ。

 テント内にパイロット48名のほか、航空陸戦群第201連隊司令の桃井が音頭を取っていた。

 

「ーーよし。全員集まったな。ブリーフィングを開始する」

 

 スクリーン一面にギム周辺の航空写真が映し出された。

 

「約3週間。ギム周辺の敵騎兵隊に対する攻撃を実行してきた。だが、今回はギムに駐留する敵軍主力へ大隊全機を用いて攻撃を加える。何か質問は?」

「参加する戦力は我々だけですか?」

「いや。我々が攻撃を仕掛ける前に、空軍の戦闘機隊が航空優勢確保に動く。諸君らの攻撃はその後だ」

「司令。航空攻撃だけでは敵地上戦力に対する撃ち漏らしが生じると思うのですが、その場合補給後に再出撃ですか?」

「第2次攻撃は計画しているが、ギム制圧のために第21旅団とクワ・トイネ軍1万が展開する。多少打ち漏らしても、彼らが処理する手筈だ」

「わかりました」

「他に質問はないな? 既に空軍の戦闘機隊は出撃してる頃合いだ。各自遅れるなよっ!」

「「「了解っ!!」」」

 

 パイロット達は個人装備を整えるためにテントを後にした。

 装備を整えたパイロットは指定された機の点検を始めた。

 フィクションの世界だと、パイロットと搭乗機はセットのようなイメージがある。しかし、日防軍全体でそのような運用はしていない。

 パイロットや機体の消耗や運用に偏りを生じさせないためだ。

 

 日が差し始めると、離陸序列に則って整列しているAT-41のAPU(補助動力装置)が起動し始めた。

 48機ものAPU機動音はすさまじく、未だに寝ている市民を起こすには十分な轟音だった。

 

≪イーグルクロー1。イーグルクロー2。滑走路進入を許可する≫

≪イーグルクロー1。滑走路へ進入する≫

≪イーグルクロー2。滑走路へ進入する≫

 

 タワーの指示に従い、2機のAT-41が滑走路に入り、順次離陸していった。

 

≪ーーイーグルクロウ8。離陸を確認。ブルーガル1。ブルーガル2。滑走路進入を許可する……≫

 

 タワーの通信が忙しなく待機中の機体に伝わる。そして、最初の機が離陸してから30分後、最後の機体が滑走路へと進入した。

 

≪グレイカナリー7。グレイカナリー8。離陸を許可する≫

≪グレイカナリー7。離陸する≫

≪グレイカナリー8。離陸する≫

 

 順調な滑り出しで最後の2機が離陸した。

 空には46機の軽攻撃機が編隊を組んでおり、残りの2機が合流すると、700km先のギムへと針路を向けた。

 

 第201連隊第1大隊がマイハーク基地を発ってから10分。本土から飛んできた戦闘機隊とAWACSが近づいてきた。

 

≪こちら空中管制機“アルバトロス”。当作戦の管制全般を行う。符丁を読み上げた機は応答せよ。ヴァイオリン1……≫

 

『アルバトロス』は戦闘序列毎にコールサインを読み上げた。

 なお、今回参加した航空戦力は以下のとおりである。

 

『ギム攻撃任務航空群』※仮称

第21航空団『アルバトロス』

 ↓

 ↓→第3航空団

 ↓ ↓→第1飛行隊『ヴァイオリン』

 ↓ ↓→第2飛行隊『トランペッター』

 ↓

 第201連隊第1大隊

 ↓

 ↓→第1中隊

 ↓ ↓→第1飛行隊『イーグルクロー』

 ↓ ↓→第2飛行隊『ブルーガル』

 ↓

 ↓→第2中隊

 ↓ ↓→第1飛行隊『ファルコンエッジ』

 ↓ ↓→第2飛行隊『ジャックスパロウ』

 ↓

 →→第3中隊

 ↓→第1飛行隊『ハンマーホーク』

 ↓→第2飛行隊『グレイカナリー』

 

 現在ギムに向かっている航空戦力は空中管制機1機。戦闘機16機。軽攻撃機48機である。

 

≪アルバトロスから各機。ギム周辺の最新情報を伝える。ギム周辺には依然として敵軍が駐留しており、町を中心に防御陣形を展開している。

 まず戦闘機隊によって付近の敵航空戦力を排除する。航空優勢が確保され次第。航空陸戦群は敵地上戦力への攻撃を実施する≫

≪≪≪アイコピー≫≫≫

≪よろしい。作戦を開始する。ヴァイオリン及びトランペッターは増速し、ギム上空へ侵入せよ。航空陸戦群はギムの手前50km地点で待機せよ≫

≪ヴァイオリン1よりヴァイオリン各機。航空優勢を確保する≫

≪トランペッター1よりトランペッター各機。攻撃を許可≫

 

 戦闘機16機が一気に速度を上げて前に出た。

 最高速度1800km(約マッハ1.5)でかっ飛ばす『F-4C』戦闘機を前に、巡航速度600kmのAT-41をものの数秒で引き離していった。

 『F-4』はOCU加盟国向けではなく、日本国防空軍の前身である航空自衛隊が装備していたF-2の後継機として開発された第6世代戦闘機だ。

 なお、F-2と比べステルス性やネットワーク能力はもちろん高いのだが、それ以上に求められたのは第5世代機を圧倒する空対空戦闘能力と無人機共同戦能力だ。

 そのコンセプトの基。2030年代から研究を開始、2040年代に試験機による各種試験を実施。2060年代にF-4として誕生した。2096年の段階で現在国防空軍の数的主力を占めているのがF-4CとDである。さらに、性能向上型の配備も進められている。

 なお、さらに時代が進み、2060年代には第7世代戦闘機の概念が示されており、2090年の段階で先行量産型であるF-5AとBが飛行教導団と第1航空団に少数だが配備され始めている。

 今回投入されたのは有人で単座のF-4Cだけである。本来の運用なら無人機を引き連れるて出撃するのだが、参加した部隊の中に無人機はいない。

 観測用や哨戒用の無人機をガンガン飛ばしているのに、戦闘用はなぜ飛ばしていないのか? それには相応の理由がある。

 観測用や哨戒用の無人機であれば通信衛星がなくとも、ラジコンの要領で直接管制用の大型送受信機でも運用はできるのだ。だが、こと戦闘用となれば送受信に必要な通信量は必然的に膨大なものとなる。無人機管制レーダー車では、距離はともかく通信量の処理に限界があるため、衛星抜きでは管制できないのだ。

 なので、現状通信速度と容量を圧迫する戦闘用無人機はすべて本土の格納庫で眠っているのである。

 話を戦場に戻そう。16機の戦闘機はものの6分でギムを視界に納める距離に到達した。

 

 

 ギムに陣を敷くロウリア軍本隊は、妙な地響きが兵士やワイバーンに伝わると喧騒が陣地内で一気に広がった。そんな喧騒が広がれば、寝床が豪華な将軍クラスも出っ張ってくるというものだ。

 多くの兵士が何事か話しているさなか、パンドールは当直隊長を問いただした。

 

「隊長っ!! 一体何だ。この騒ぎはっ!?」

「はっ! 謎の地響きが兵たちに伝わり、動揺しておりますっ!」

「地響きだとっ!? クワ・トイネの大規模魔法の前兆か?」

「わっ、わかりませんっ!」

 

 ロウリア軍は超音速で飛来する戦闘機のソニックムーブがあまりに広い範囲で地面に響いているため勘違いしたのだ。

 慌てふためく兵士を横目に、見張りをしていた兵士が隊長の元へ駆け寄ってきた。

 

「隊長。北東の空から猛烈な速度で何かが飛んできますっ!!」

「何だとっ!? 待機中のワイバーンで迎撃するんだっ!!」

「わかりましたっ!!」

「これは敵襲だ。急いで笛を鳴らせっ!!」

「わっ。わかりました!!」

 

 ブオォーという角笛の音が鳴り響くと、テントから軍装を整えた兵士が次々と整列し始めた。

 20万もの兵力だ。戦闘態勢が整うまで纏まった時間が必要だった。

 その時間を稼ぐためワイバーンが何騎も飛び立った。もし、相手がクワ・トイネ軍なら適切な判断だった。しかし、実際に接近してきているのは日防軍なのだ。

 ワイバーンが飛び立つのは彼ら(戦闘機)の前に餌を蒔くに等しい行いだったのだ。

 

≪ヴァイオリン3。FOX1。FOX1≫

≪トランペッター6。FOX1。FOX1≫

 

 空を駆けたワイバーンが空対空ミサイルの爆炎に包まれた。しかも、1騎や2騎という数ではない。

 飛んだら飛んだだけ堕とされていく。

 

「ワイバーンが落ちたぞっ!!」

「遠くからバリスタの矢が飛んできたぞっ!」

「バリスタの弾が爆発するかっ!?」

「ホントだっ!! 俺は見たんだっ!!」

 

 下で並んでいるロウリア兵が空を見上げていると、ワイバーンを落とした存在が猛烈な速度で通過していった。

 戦闘機が通った後にソニックムーブと砂嵐が巻き起こった。ロウリア兵はそれが何なのか理解できない。

 

「何が飛んでいるっ!?」

「早いっ! ワイバーンの速度じゃないぞっ!?」

「ワイバーンはまだ上がらないのかっ!?」

 

 動けるワイバーンは大急ぎで空に上がろうとするが、先手を取られている段階で応戦することは困難だった。

 

「クソッ!! こんなの戦いじゃねぇっ!!」

「魔導士団は何をやっているっ!! 敵のワイバーンを攻撃せよっ!!」

 

 次々と味方のワイバーンを落とす敵ワイバーン(F-4C)に対して、5000人の兵力を誇る魔導士団が攻撃を開始する。

 地上から火の玉が空へと飛んでいった。見る人が見れば脅威を感じるのだが、戦闘機乗りから見れば見た目が派手な花火でしかない。

 

≪ヴァイオリン6からアルバトロス。地上から対空攻撃を確認≫

≪アルバトロスからヴァイオリン6。損害を報告せよ≫

≪ヴァイオリン6からアルバトロス。損害なし。見た目が派手なだけで弾速は遅い≫

≪了解した。アルバトロスから各機。聞いての通りだ。敵対空砲火に注意せよ≫

≪ヴァイオリン1。了解≫

≪トランペッター1。了解。そんな間抜けはいないと思うがな≫

 

 F-4とワイバーンの戦闘は一方的だった。空の彼方此方にワイバーンの命で咲いた黒い花が広がっていく。そして、地面にはワイバーンや竜騎士だった残骸が降り注いでくる。

 

「うわああぁぁぁっ!!」

「ひいいぃぃ……」

「あぁ……ワイバーンが……」

 

 戦列を敷いている歩兵のほぼ全員が空を見上げ、味方のワイバーンが次々と落ちていく様をただ見守ることしかできなかった。

 

 最初のワイバーンが堕とされてから10分。ロウリア軍のワイバーンは1騎も残らなかった。

 空の戦いをすべて見ていたパンドールはその光景に絶望していた。

 いくら20万の兵士が手元にあるからと言って、宝石に等しいワイバーンが一方的に落とされているのだ。士気を保つには無理があった。

 

「いったいどうすれば……」

 

 パンドールは呆然自失だった。そして、知らないうちに敵ワイバーン(F-4C)は消え去っていた。

 その代わり、別の敵ワイバーン(AT-41)編隊が飛んできた。先ほどより数が多い。

 

「今度は何だ? どう対処すれば……」

 

 パンドールは指揮官の責務として対処法を思いつこうとしたが、ワイバーンはダメ。魔法もダメ。バリスタや弓矢はあっても、あの速度で飛ぶ相手に効果的ではない。

 

 

 航空優勢を確保したギム上空に攻撃機隊が突入した。

 

≪アルバトロスから航空陸戦群。敵の戦列より最適な突入コースを算出した。各チームはコースに沿って攻撃を開始せよ。送れ≫

≪イーグルクロー。了解≫

≪ブルーガル。了解≫

≪ファルコンエッジ。了解≫

≪ジャックスパロウ。了解≫

≪ハンマーホーク。了解≫

≪グレイカナリー。了解≫

 

 航空陸戦群は中隊毎に分かれた。3個中隊のうち、1個中隊はロウリア軍左翼。別の1個中隊は右翼。残りの1個中隊は分散して戦列を包囲するように展開した。

 

「奴ら。こっちへ来るぞっ!!」

「重装歩兵は亀甲隊形っ!! 攻撃に備えよっ!!」

 

 大盾を装備した歩兵が戦列の端を囲うように展開し、大盾を隙間なく構えた。

 本来なら弓矢や投げ槍相手に有効な隊形だが、今回は相手が悪かった。

 

≪イーグルクロー3。ガンズガンズガンズ≫

≪ファルコンエッジ7。FOX4。FOX4≫

 

 軽攻撃機から7.62mm弾や70mmロケット弾の嵐が降り注いだ。

 密集隊形を敷くロウリア兵は的そのものである。

 さらに、近代現代戦で重要な塹壕や土嚢のような防御設備はない。そうなると、ロウリア兵に待ち受ける運命はどうなるのか? 

 それは以前攻撃された騎兵と同じである。

 被弾した兵士は盾や鎧の有無に関わらず銃弾が撃ち込まれ、ロケットの至近にいた兵士は原形が判らないほどの肉片へと変えられた。

 そんな光景は1つや2つではない。軽攻撃機が通過した戦列すべてで発生していた。

 

「うがっ!!」

「ひいぃ!!」

「どこに行きゃいいんだっ!!」

 

 地獄絵図と言えるそんな光景はギリギリ踏み止まっていたロウリア兵の士気を完全に叩き折った。

 攻撃を受けずとも、吹き飛ばされる戦友を前に考える事はどうやって生き残るかという生存本能だけだった。

 攻撃が続けられると、戦列後方の兵士は次々と持ち場を放棄し始めた。

 

「くそっ!! こんなの聞いてないぜっ!」

「逃げるなぁっ!! 持ち場を守れぇ!!」

「死ぬだけの戦いなんて真っ平ごめんだっ!!」

 

 隊長や指揮官は何とか戦列を維持しようと、最初に逃げ出した臆病者を容赦なく切り捨てた。しかし、崩壊した部隊を前に効果はなく、逆に隊長との反りが悪い兵士が隊長を襲って他の兵士が逃げやすくしてしまう始末だ。

 

「パンドール将軍。敵ワイバーンの攻撃は苛烈っ! 鎧どころか大盾も相手の攻撃を防げません。いくつかの戦列はすでに崩壊し始めていますっ!!」

「えぇい。このままでは手も足も出ずギムを放棄するしかないではないかっ!! それだけは断じて阻止せねばならんっ!!」

「しっ。しかしパンドール将軍。味方のワイバーンは既になく、魔導士の攻撃もまるで効果がありません。このまま戦い続けても勝機はありませんっ!!」

「馬鹿者っ!! 仮にギムを放棄して撤退したとして、相手が追撃してこないという保証がどこにあるっ!!」

「確かにありませんが、ここでギムを死守しても我が軍は壊滅してしまいます。どうかご決断をっ!!」

 

 パンドールは迷った。未だ緒戦と言える現状で敗退するなど、自らの軍歴と国王の名に傷を付けることに躊躇した。しかし、現段階で纏まった戦力が消失している。さらに、これだけの早さで戦力を喪失しては継戦どころではないのだ。

 指揮官としての責務と矜持が思考を巡る中、パンドールの考えは何とか纏まった。

 

「……ギムを放棄する。士気を保っている部隊を殿とし、本隊を後退させる!」

「わかりました」

 

 軽攻撃機の攻撃で崩れる戦列は、全体で見れば1割にも満たない規模だ。しかし、戦場に響き渡る轟音が少しづつ士気が残っている兵士にも伝搬していく。まして、戦いによって被害が増えているのならまだしも、ただ一方的に虐殺されるが如く被害が拡大している。

 唯一。戦列の中央で陣取っている軍団はパンドールの命令を受け取ると順次陣形を変更し始めた。

 隊列の変更は上空からよく見えていた。

 

≪ハンマーホーク3からアルバトロス。敵戦列に大きな動きあり。送れ≫

「アルバトロスからハンマーホーク3。詳細を求む。送れ」

≪ハンマーホーク3からアルバトロス。中央の敵を残して他の戦力が後退を始めている。送れ≫

「アルバトロスからハンマーホーク3。戦列から離れた敵歩兵が各方面へ逃亡している可能性はないか確認できるか? 送れ」

≪ハンマーホーク3からアルバトロス。逃亡兵の有無は不明。確認できない。送れ≫

「アルバトロスからハンマーホーク3。了解した。オーバー」

 

 桃井は数秒考えたが、すぐにクワ・トイネ遠征派遣群司令部へと通信を繋げた。

 

「アルバトロスからマイハークコントロール。敵軍に後退の兆候あり。追撃の有無について確認したい。送れ」

≪マイハークコントロールからアルバトロス。派遣群司令の君塚だ。追撃の有無だが、まずギムの奪還を優先せよ。敵が国境線の内側(クワ・トイネ側)にいるなら追撃せよ。送れ≫

≪アルバトロスからマイハークコントロール。了解した。オーバー≫

 

 桃井は司令部との通信を隷下航空隊へと切り替えた。

 

「アルバトロスからハンマーホーク及びグレイカナリー。別の敵戦列へ攻撃せよ。送れ」

≪ハンマーホーク1からアルバトロス。敵戦列を攻撃する。オーバー≫

≪グレイカナリー1からアルバトロス。攻撃を開始する。オーバー≫

 

 航空陸戦群の中で攻撃を控えていた第3中隊が動きだした。

 現状無事だった戦列中央にも軽攻撃機による被害が出始めた。

 

 戦列の中央で指揮しているパンドールは浴びせられる鉛玉の嵐や爆炎に包まれる味方の戦列に唖然とした。

 

「これが、アデムの言っていたことか……っ!!」

 

 パンドールは空を翔ける未知のワイバーン目を奪われていた。

 その未知のワイバーンの鳴き声(機銃の作動音)導力火炎弾(ロケット弾)が耳に届くと、目の前の兵士が何十何百と土と一緒に耕された。

 恐慌状態に陥った兵士は弓を弾いたり手元の石を投げたりして対抗しようとしたが、無意味だったのは言うまでもない。

 

 

≪イーグルクロー1からアルバトロス。我が隊残弾なし。繰り返す。我が隊残弾なし。送れ≫

 

 攻撃を始めて約30分。桃井のヘッドフォンに攻撃隊から通信が入ってきた。さらに、他の中隊からも同様の通信が矢継ぎ早に入ってきた。

 

≪ブルーガル1からアルバトロス。ブルーガル全機機銃もロケットも打ち尽くした。送れ≫

≪ファルコンエッジ1からアルバトロス。ファルコンエッジ隊も残弾無し。送れ≫

≪ジャックスパロウ1からアルバトロス。敵の規模に対して効果不十分。補給して再度の攻撃の要有り。送れ≫

 

 撃ち漏らしは予想の範囲通りだが、その規模は予想外だった。

 アルバトロスとは別にギムから5kmの離れた位置から無人観測機が展開していた。その無人機に映る映像では、未だ15万を超える敵兵が残っていた。

 この無人観測機の映像はアルバトロスに索敵情報こそ共有できるが、カメラ映像を共有できるシステムに対応していなかった。

 

「アルバトロスからマイハークコントロール。攻撃隊による攻撃完了。されど効果不十分につき再攻撃の要有り。送れ」

≪マイハークコントロールからアルバトロス。攻撃隊の補給は整えておく。攻撃隊は後退させろ。オーバー≫

「アルバトロスからマイハークコントロール。了解。オーバー」

 

 48機の軽攻撃機は編隊を組んでギムから離れていった。

 戦場上空に留まる桃井は地上に展開する21旅団に通信を繋いだ。

 

「アルバトロスからHQ21。攻撃隊は第2次攻撃のために撤収した。なお。敵の残存兵力は約15万。送れ」

≪HQ21からアルバトロス。第2次攻撃はいつごろか? 送れ≫

「アルバトロスからHQ21。早ければ2時間後。遅くとも3時間後である。送れ」

≪HQ21からアルバトロス。21旅団は引き続きギム周辺の警戒に当たる。送れ≫

「アルバトロスからHQ21。了解した。オーバー」

 

 空のいる桃井と旅団司令部にいる河内の会話は終了した。

 

 観測無人機から伝えられる敵兵の位置を確認しつつ、21旅団とクワ・トイネ軍はギムから脱走するロウリア兵を狩り続けた。

 

 ギムでの戦いが始まって3時間。21旅団の面々や同行するクワ・トイネ軍兵士は交替で休憩や食事を済ませた。そして、AWACSから旅団司令部に新たな通信が届いた。

 

≪アルバトロスからHQ21。第2次攻撃隊が到着した。21旅団は攻撃完了まで現在位置で待機せよ。送れ≫

「HQ21からアルバトロス。了解した。オーバー」

 

 河内をはじめ、旅団司令部の要員は前線指揮用装甲車(以下AFCV)内に居たが、ジェット機の通過するときの轟音が車内に響いた。

 

 21旅団の各員からギムを見ることは殆どできない。だが、無人観測機やAWACS、攻撃隊の通信からギムの敵兵が地獄に落ちるさまが十分に想像できた。

 第2次攻撃が始まって20分。ギムから何本もの黒煙が立ち上る様子を眺めていると、旅団司令部から命令が下った。

 

≪HQ21から各員。ギムに居座る敵残存戦力は壊滅した。クワ・トイネ軍と共にギムから2km地点まで前進せよ。オーバー≫

 

「聞いたな? ギムを奪還するぞっ! 中隊前進っ!」

 

 この通信を受け取った各中隊は前進を開始した。各中隊の後ろにはクワ・トイネ軍も続いている。

 

 進軍命令が下ってから2時間。時間は既に昼に差し掛かろうとしていた。

 日防軍で8kmを移動するだけなら30分で済むのだが、クワ・トイネ軍と共に進んでいるということもあり、彼らを無視して進軍することができないからだ。

 

 展開する日本・(クワ・トイネ)連合軍隊列中央。そこは21旅団でもっとも強力な戦力である11戦術機甲大隊が展開していた。

 暁はWAPのカメラに映るギムを観察していた。ギムの彼方此方では航空攻撃による黒煙が伸びていたり、撃ち落されたワイバーンの死骸が映っていた。

 

「ーーハンマー1からHQ21。ギムから2kmの地点まで接見した。送れ」

≪HQ21からハンマー1。そのまま待機せよ。送れ≫

「ーーハンマー1からHQ21。待機する。オーバー」

 

 到着次第突撃できると考えていた暁は、肩透かしを食らったものの指示に従い隷下の兵士に待機するよう指示を出した。

 

 数分後。他の大隊も2km地点に到達することを確認した旅団司令部は残っている敵戦列へ砲兵隊による準備砲撃を指示した。

 

 砲弾の風切り音。榴弾が爆ぜる炸裂音。時々人のような物が吹き飛ぶ様が暁の視界に入った。

 

(同情は湧かないし何の感慨深さも感じないが……。今回もまともな戦いにはならなさそうだな)

 

 一通り砲撃が終わると、旅団司令部から進撃命令が下った。

 

「ハンマー1から各車。進軍命令が下った。相互連携を密にしながらギムへ前進せよ。送れ」

 

 暁が駆るWAPのジェネレーターが強力な駆動音を奏でて動き出す。その横のWAPや戦車も併せて動き出す。

 その後ろに控えるクワ・トイネ軍の歩兵戦列も日防軍の後に続いた。

 

「うわっ!? なんだこれ?」

「酷い匂いだ!」

「ワイバーンのようだが? どうやったこんな風になるんだ?」

「ニホンはワイバーンをよく落とせるな。味方で本当に良かった……」

 

 進軍途中、落とされたワイバーンの亡骸や人の残骸を見たクワ・トイネ兵は口々に目の前の光景に驚愕していた。

 

「ハンマー1からHQ21。ギム市内へと突入する。送れ」

≪HQ21からハンマー1。残敵を掃討しつつ、市内を制圧せよ。送れ≫

「ハンマー1からHQ21。警戒しつつ、ギムを制圧する。オーバー」

 

 暁は僚機や随伴歩兵と共にギムへと突入した。辺りは崩れた建物とロウリア兵が散乱していた。

 

「くたばれクワ・トイネの亜人共っ!!」

「ーーファイアボールッ!!」

 

 町中を進んでいくと、死角から生き残っているロウリア兵が弓矢や魔法攻撃を仕掛けてきた。

 

「敵襲っ!」

「あの建物の裏だっ!!」

「攻撃するっ!! 射線上から退避しろっ!!」

 

 ギムの彼方此方で散発的な射撃音が轟いた。空爆と砲撃で目に見える戦列は吹き飛ばされたが、生き残りは一矢報いんと機を伺っていた。しかし、そんな伏撃に対応した装備てんこ盛りな日防軍の前には、正に“一矢分”が限界であり、それどころか、何倍もの擲弾や鉛玉が一斉に飛んでくる始末だった。

 

「建物の制圧完了」

「次はあの建物だ。行くぞっ!」

 

 ロウリア兵を排除しつつ、ギム市内を少しずつ奪還していった。

 

 AFCVに乗る河内は時折外の様子を確認しつつ、地図に書き加えられる報告に思考を傾けていた。

 

「……敵の抵抗は微弱と見ていいか?」

「そのようです。空爆と砲撃が思っていた以上に効果的だったようです」

「それもあるが、大きいのは敵主力が後退したことだな」

「はい」

 

 朝から無人観測機から見続けた結果、ギムに駐留していたロウリア軍20万の内、14万がギムから撤収していた。国境線を超えたことも確認している。

 

「河内団長。ギム中心の制圧完了。後は市内西部の制圧だけです」

「今日中には市内全域を制圧できるな」

「しかし、日が落ちるのは確実と思います」

「相手の状態からしてありえないが、手隙の部隊から国境方面を警戒させろ。力押しで夜襲をされては堪らん」

「わかりました」

 

 日が落ちてからも、ギム制圧戦は続いた。しかし、ただでさえ疲弊したロウリア兵の抵抗も空しく、日を跨ぐ前に最後の一兵が斃された。

 

「河内団長。ギム西部の敵を撃破。ギム全域の制圧が完了しました」

「時間は……もう2200を超えたか。国境方面に展開した部隊は?」

「……第1大隊と第2大隊が展開しています。他の部隊はクワ・トイネ軍と共にギム市内で待機しています」

「わかった。現状とギム制圧をマイハーク基地に伝えといてくれ」

「河内旅団長。タバコですか?」

「あぁそうだ。後、各中隊に交代で休息と整備をさせろ」

「わかりました。お気を付けください」

 

 河内がAFCVから出ると、松明と月明りで照らされ、燃えて崩れた建物と膨大な数の敵兵の死体が目に映った。

 夜警で見回る日防軍兵士は河内に気付くとお疲れ様ですと声をかけて見回りを続けた。

 

 河内は紫煙を燻らせながら、今後の動きを考えた。

 

「……とりあえず、相手に動きがあるまで様子見か」

 

 血と硝煙が混ざる風を感じながら、河内は翌朝を迎えた。




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第25話

中央暦1639年 5月26日

-OCU日本 内閣府-

 

「ーー総理。失礼します」

 

 早朝。枢木が内閣府に到着すると日防軍士官が報告に訪れた。

 

「クワ・トイネのギム奪還が完了したと昨晩に報告が入りました」

「そうか。作戦の第1段階は無事成功したということか」

「はい」

「前線の状態は?」

「現在統合軍参謀部の戦況レポート待ちですが、敵軍はこの1か月で20万近くの戦力を損失しています。即時再侵攻はかなり低いかと思われます」

「よろしい。クワ・トイネが停戦交渉の準備に入る。軍には交渉失敗に備えて次の策を考えてくれ」

「それは、ロウリア王国領に対する進攻計画という認識でよろしいでしょうか?」

「そうだ」

「わかりました。後日大臣経由でプランを提出します」

「頼んだ」

 

 総理が内閣府の一室に向かうと、日防軍士官は市ヶ谷の防衛省へと向かった。

 

 

同日

-OCU日本 防衛省-

 

「……ギム奪還は為したか」

 

 三垣は朝早くから各所の報告に目を通していた。その中に、クワ・トイネ遠征派遣群からの報告が含まれていた。

 三垣は受話器を取ると、参謀部へと電話を掛けた。

 

≪はい。参謀部総務室です≫

「三垣だ。今日の1300にクワ・トイネ救援に関する今後の方針を話し合いたい。参謀と参謀長を招集してくれ」

≪わかりました≫

 

 三垣は午前の仕事を捌きつつ、手早く食事を済ませると副官が呼ぶまで雑務に勤しんだ。

 書類を読んでいると、

 

「失礼します。参謀部の参集が完了しました」

「わかった。いこうか」

 

 三垣と副官は会議室に入ると、参謀たちが起立し敬礼を送った。

 三垣も返礼すると、いつもの席に座り話し始めた。

 

「……全員知っていると思うが、昨晩ロウリアに占領されていたギムが奪還された。その報を受け、外務省はクワ・トイネの外務局と共にロウリア王国との停戦交渉を開始する」

 

 参謀一同は頷いた。

 

「しかし、交渉中若しくは決裂した場合。ロウリア側が再侵攻してくる可能性がある。ただ、政府としては長期戦は避けたい構えだ。交渉決裂後、迅速にロウリア王国を降伏に追い込むための戦略を練り上げたい」

 

 三垣は一息入れるようにお茶を啜ると、話を続けた。

 

「それぞれ。意見を言ってくれ」

「参謀長。軍事的屈服か降伏を迫るなら、相手の首都……『王都ジン・ハーク』の攻略は必要です」

「そうなると。以前内閣に提案した『北の港強襲案』が使えるな」

「しかし、敵の数は現段階でも30万以上残っています。撃滅するか、遊兵化させる必要があるかと」

「……『第22任務旅団』の状態は?」

「編成は完了しました。出征の指示があればいつでも派遣できます。こちらが編成になります」

 

 参謀の一人がスクリーンに編成表を表示した。

 

『第22任務旅団』

 ↓→第4師団/第41機動連隊

 ↓ ↓→本部中隊※前線指揮中隊

 ↓ ↓

 ↓ ↓→第1機動大隊

 ↓ ↓  ↓→第1中隊

 ↓ ↓  ↓→第2中隊

 ↓ ↓  ↓→砲兵中隊

 ↓ ↓  ↓→防空中隊

 ↓ ↓

 ↓ ↓→第2機動大隊※上記と同じ

 ↓ ↓  

 ↓ ↓→第3機動大隊※上記と同じ

 ↓ ↓  

 ↓ ↓→機動砲兵大隊

 ↓ ↓  ↓→第1中隊

 ↓ ↓  ↓→第2中隊

 ↓ ↓  ↓→中距離誘導弾中隊

 ↓ ↓  ↓→防空中隊

 ↓ ↓

 ↓ ↓→整備中隊

 ↓

 ↓→第41重工兵大隊

 ↓ ↓→第1中隊

 ↓ ↓→第2中隊

 ↓ ↓→機動中隊

 ↓ ↓→補給中隊

 ↓

 ↓→第41機械化大隊

 ↓ ↓→第1中隊

 ↓ ↓→第2中隊

 ↓ ↓→第3中隊

 ↓ ↓→WAP中隊

 ↓

 ↓→第43機動連隊/整備中隊

 ↓

 ↓→第8師団/第81機動連隊/第1大隊防空中隊

  ※第21任務旅団より移管予定

 

「……大臣経由でクワ・トイネに派遣許可を取り付ける」

「よろしくお願いします」

「北の港強襲案だが、地形データの方はどうなっている」

「北の港及び南北100km四方の地図は既に作成済みです。さらに、24時間ごとに敵戦力の移動を監視できる体制も整えています」

「参加戦力の方は?」

「こちらになります」

 

 先ほどと同じように編成表を表示した。

 

『北の港強襲作戦計画・参加戦力』

陸軍

 ↓→第14師団/本部中隊

 ↓

 ↓→第14師団/第141水陸機動連隊/第1大隊

 ↓ ↓→第1中隊

 ↓ ↓→第2中隊

 ↓ ↓→航空打撃中隊

 ↓ ↓→航空偵察中隊※不参加

 ↓

 ↓→第3師団/第31水陸機動大隊※上記と同じ

 ↓

 ↓→第7師団/第71空中機動大隊

   ↓→第1中隊

   ↓→第2中隊

   ↓→第3中隊※不参加

   ↓→航空偵察中隊※不参加

 

海軍

 ↓→第21戦隊

 ↓ ↓→戦艦『磐城』

 ↓ ↓→駆逐艦『黒潮』『朧』

 ↓ ↓→フリゲート『小矢部』『亀島』

 ↓

 ↓→第91戦隊

 ↓ ↓→フリゲート『天塩』『新井田』

 ↓

 ↓→第1輸送隊

   ↓→揚陸艦『野間』『志摩』『薩摩』

 

空軍

第21航空団『ファイアバード』※空中管制機

 ↓

 ↓→第9航空団

 ↓ ↓→第1飛行隊『ヌート』

 ↓

 ↓→第41航空団『ライアー27』※無人航空機

 ↓

 ↓→第21航空団

   ↓→第2飛行隊『リオ1』『リオ2』※給油機

 

「投入する戦力に問題はないようだな。各自、いつでも命令が来てもいいように準備を頼む」

「「「わかりました」」」」

 

 会議が終わると、参謀たちは各々の部署に向かい次回の戦いの準備を始めた。

 

 

中央暦1639年 5月29日

-ロウリア王国 王都ジン・ハーク-

 

 夕日が強く差し込む時間。数人のクワ・トイネ外交官が王城を後にした。

 3日前にギムが陥落した後、クワ・トイネは迅速にロウリアに対して停戦交渉に入った。しかし、ロウリア側は多くの兵力を失いながらも継戦の意志は強く。1回目の交渉は不発に終わった。

 

 謁見の間にはハーク王と宰相のマオスが報告に訪れていた。

 

「ーー陛下。クワ・トイネに対して停戦の意思はないと伝えましたが、それでよろしかったのですか?」

「うむ。軍部から多くの兵力とギム喪失の報は受けたが、大陸統一という大願を前に停戦する理由はなかろう?」

「そうですが、パタジン殿から再侵攻は難しいと聞いております」

「確かにそうだ。だが、元来戦争とは攻めより守りの方が容易いものだ。クワ・トイネの人口では残った我が軍の兵力に対抗する軍を構築することはできまい?」

「確かにクワ・トイネだけならそうですが。ニホンについてはどう対処するのですか? わが軍の被害はほぼすべて彼の国が原因です」

 

 ハーク王は少しの時間黙すると、とある人物の名を出した。

 

「メイドよ。ヤミレイをここに」

「はい陛下」

 

 マオスはヤミレイは名前を聞いて納得した。ヤミレイは王宮に使える最も優れた魔導士なのだ。

 数分するとヤミレイが謁見の間に現れた。

 

「陛下。お召に上がり参上いたしました」

「おおヤミレイよ。ニホンに対する備えはどうか?」

「はい。その件ですが、パタジン殿の提案や確認できる報告を基に幾つかの装備や新魔術を開発しております」

「うむ。順調そうだな。マオスよ。確かにニホンが強いのは事実だ。だが、パタジンやヤミレイに指示を出して有効策を考えておる。マオスは宰相として内政に励むがよい」

「陛下がそこまで仰るなら。わかりました。命に従います」

 

 マオスはハーク王に一礼すると謁見の間を後にした。

 少しすると、ハーク王はヤミレイに再度質問した。

 

「……話を戻すがヤミレイよ。実際のところ新たな魔導や装備でニホンを退けられるのか?」

「それは、先ほど申した通りですが……」

「いやいや。マオスが居た手前。ああは言ったが、余として懸念がある。そこで先の質問なのだ」

「そういうことでしたか……。結論から申しますと、仮に新開発した装備や魔導を用いても、日本を退けるだけでも難儀なものになると思われます」

「……それは真か?」

「はい陛下。ニホンの行う魔導はとある伝承に出てくる記述と酷似しているのです」

「その伝承とは、まさか魔帝の伝承か?」

「そうです。飛竜をいともたやすく屠る“誘導魔光弾”の伝承が、まさにニホンが用いている空飛ぶ鏃(=対空ミサイル)とよく似ております」

「そうなると、我が王国はどう足掻いても大願を果たす処か、亜人共に膝を屈することとなるか……!」

「陛下。心中お察ししますが、このまま戦争を継続すれば我が王国は亡国と化しましょう」

「しかし、しかしっ! 大陸統一の大願を為すためにどれだけ“あの皇国”に借りたと思う!?」

「……申し訳ありません陛下。その点については存じ上げません」

「……15年分だ」

「陛下。今何と?」

「国家予算15年分に相当する武具や装備。ワイバーンに兵隊だ」

「……よく彼の皇国が貸してくれましたな」

「違うっ!! マオスと財務郷以外は知らぬが、現物を直接貸与されたのだっ!」

「陛下。それらの担保というのは一体?」

「……大陸統一を果たした後のクワ・トイネやクイラの土地や亜人奴隷売買。他にも農地や鉱山。港の各種権利だ」

「へっ、陛下。流石にそれは不味いのでは?」

「確かに。並みの国家であれば応じる気などなかった。しかし、相手はあの“パーパルディア皇国”だぞ? 仮にその提案を拒否したらすべて持っていかれたかもしれんぞ!?」

「陛下の胸中はさぞ苦悩させられたことと存じます」

「それに、それだけの借款を以てすれば大陸統一は十二分に果たせる筈だっだ。ニホンの存在がなければ、だがな……」

「しかし陛下。ならば何故クワ・トイネとの停戦を拒否したのですか?」

「そこだっ!! 確かにニホンの力は強大だと思う。しかし、ニホンは伝説の魔帝に比肩しないと余は考えておる」

「はぁ? 陛下。その心は?」

「仮にニホンが魔帝かそれに準ずるものなら、有無を言わせず我が国に侵攻してくるであろう。しかしそれがない。つまり、ニホンが派遣した兵力我が方に比べ少数であり、クワ・トイネに派遣した分が限界ではないかと余は読んでおる。そう考えれば、あの強さも説明できる」

「つまり、兵隊を揃えるのではなく。一兵の強さを極めたのがニホンの強さであると?」

「左様。故に今を凌げこの戦。逆転できると考えておる」

 

 ヤミレイは魔導の専門で軍略の類は専門外だ。しかし、50万の兵力が2か月も経たないうちに20万の兵力が損失した報告は知っていた。

 ハーク王のこの自信はどこから来るのだろうかと不審に感じたが、軍事に明るいわけでもないので、意見しなかった。

 

「陛下がそこまでお考えなら。このヤミレイ。最後の時(・・)までお遣い致しましょう」

「うむ。頼んだぞヤミレイよ」

 

 ハーク王の盲目的な自信に対して、ヤミレイは一抹の不安を抱えつつ。最悪の事態を想定しながら自室へと戻った。




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第26話

中央暦1639年 6月15日

-ロウリア王国 北の港-

 

 眩い光が港全体を照らした。

 港には千を超える船が繋がれており、水夫たちがそれぞれ作業を始めた。

 ひたすら索の補修をしている水夫に同僚が話しかけた。

 

「今日も一日平和だといいんだがな」

「ああそうだな。ハハハ……」

 

 この2人。もといこの帆船は2ヶ月前に生起した『ロデニウス北方海戦』の生き残りだ。

 いつもなら意気揚々と仕事をするのだが、海戦に敗北した後遺症はいまだに残っていた。

 

「ーーだめだな。上手く索が纏まらない」

「あぁ? 手伝ってやるからしっかりやれよ。甲板長にどやされるぞ?」

「そうれはそうなんだが……。あの甲板長を見ろよ」

 

 視線の先には、樽に座って水平線を静かに眺める甲板長だった。

 

「あの戦いからまだ立ち直ってないな」

「まぁ。ニホンの強さはマジモンだからなぁ……」

 

 2人は雑談しながら索の補修作業を続けていると、いきなり甲板長が立ち上がり叫び始めた。

 

「……ニホンの奴らだっ! 全員船を離れろっ!! 急げっ!!」

 

 甲板長はすごい形相で走り始めた。甲板長の言葉に何事かと船内や艦橋から船長や船員達がわらわらと集まってきた。

 

「甲板長っ! 何だ一体っ!!」

「ニホンの軍船だっ! 港の沖合までやってきやがったんだ!!」

「そんな馬鹿な話がーー」

 

 船長は単眼鏡を沖に向けて覗くと、その眼に正しくニホンの軍船が映っていた。

 

「ーー!! 日本の船がいるぞっ!! 総員直ちに退船しろっ!!」

 

 甲板長をはじめ、水兵達は大急ぎで下船し始めた。

 船長は最後の一人が降りるのを確認すると、大急ぎで船から離れた。

 

 港に係留されている殆どの軍船でも応戦するために出港せず、船から離れようと我先にと市内へ走っていく。

 

 大勢が一斉に港の岸壁から逃げているのだ。港の市民達も怪訝な視線を向けたり、走る水兵に質問している。

 

「おいおい。どうしたんだ? そんなすごい形相で走って」

「馬鹿野郎っ!! こんなところで足を止めてられるかっ!! 沖に日本の軍船が現れたんだ。この港を吹き飛ばす為だっ!!」

「いやいやっ!! お前軍人だろ? 戦わないのかっ!?」

「戦える相手じゃねぇんだっ!! お前も一緒に逃げるぞっ! 船から近いから吹き飛ばされるぞっ!!」

「はぁ? あっ。ちょっと。置いていくなぁっ~~!」

 

 水兵たちの濁流は市民へと伝播し、多くの人々が内陸へと避難し始めた。

 水兵たちが岸壁から逃げ出したころ、海軍司令部でもニホンの軍船の情報は既に把握していた。

 ホエイルは窓から見える喧騒を眺めながら、部下であるカンプから状況を聞いていた。

 

「ーーホエイル提督。岸壁の水兵たちは予定通り軍船から退避しました」

「そうか。予定通りか」

「予定もですが、水兵の必死な動きに釣られて市民も内陸へと向かっています」

「それは僥倖だ。戦の前に避難誘導をせずに済んだか」

「そうなります」

「よろしい。予定通り。港から内陸に繋がる街道にバリケードを構築。設置を完了した街道沿いの建物に弓兵を潜ませるのだ」

「了解しました」

 

 カンプが部屋を後にすると、ホエイルは独り言を漏らした。

 

「……別に水兵が陸で戦ってはいけないという道理もないからな。さて、ニホンは引っ掛かるかな?」

 

 ホエイルは先の海戦後。ニホンと真面に戦っては確実に負けると判断した。しかし、真面でない戦いなら勝てずとも負けない戦いはできるんではないかと考えた。

 とりあえずホエイルは生き残らからの報告を取りまとめ、ニホンの戦い方を分析した。

 最終的に『遠距離魔導主体で攻撃し、基本的に近づいてこない』という結論に至った。

 軍船を平然と遠距離で破壊する魔法の存在をホエイルは知らなかった。しかし、そこで思いついたのは『港に攻めてきたら、最初に軍船を狙うのではなかろうか?』ということである。

 ただ、流石に軍船を並べるだけでは欺瞞に引っかからないと考え、甲板長や船長級にだけ作戦の要点を伝えた。

 普段は船の整備や補修のために水夫が作業しており、出港していないことを除けば軍船の準備をしているようにしか見えない。

 それと並行して、敵陸戦隊が港に攻めてくる(・・・・・・・)ことを前提に、市内制圧に勤しむ敵を撃滅する案を考えたのだ。

 

 港の上空。ワイバーンでは届かない高さにそれは飛んでいた。

 

≪ーーライアー27からファイアバード。多数の市民が内陸へ向かっている。送れ≫

≪ファイアバードからライアー27。了解≫

 

 国防空軍の大型無人偵察機『QR-2』。搭載する複合カメラは港と市内全域を常に監視していた。

 無人機ドライバーから報告を受けたのは、この作戦の指揮を執る空中管制機だ。

 北の港は沖縄からでも900km離れている。攻撃作戦となれば、空中管制機による支援は必須なのだ。

 

≪ファイアバードから磐城。港への攻撃を開始せよ。オーバー≫

「磐城からファイアバード。攻撃を開始する。オーバー」

 

 港から10km。そこには日防海軍最強の軍艦がゆっくりと進んでいた。

 艦名は『磐城』。現代(未来?)に蘇った超弩級戦艦だ。

 艦首に510mm3連装滑腔砲を背負い式で2基。後部マストの後ろに第2砲塔と同じ高さで1基配置されている。

 その艦影は、見る人が見ればまさに戦艦『大和』を思い浮かべると思う。

 『大和』のように見えるその艦の艦橋では、艦隊司令の指原が港の情景を眺めていた。

 その横ではCICと連絡を取る艦長の中沢が報告した。

 

「司令。空中管制機より攻撃許可が下りました」

「よろしい。港へ攻撃を開始せよ」

「了解。CIC。砲撃用意。目標。敵港湾及び敵艦船」

≪CIC了解。目標。敵港湾及び敵艦船≫

 

 艦橋にCICの通信のやり取りを見学していた客人がいた。

 クワ・トイネから観戦武官として派遣されたブルーアイである。

 

「すみません艦長。港を砲撃するのは理解できるのですが、それでは水兵を揚陸することができないと思うのですが?」

 

 ブルーアイには揚陸戦の知識はない。ただ、港の造成は多大な労力を費やされる。それを日本は敵がいるという理由で叩き潰しているのだ。

 

「我が隊は確かに北の港を制圧目標にしていますが、揚陸部隊を展開させるのは東の海岸です」

「東の海岸? そこは砂浜が広がるだけで重要そうなものはなさそうですが?」

「砂浜が広がっていることが重要なんです」

 

 副長の言葉が終わると、艦橋内にけたたましくブザーが鳴り響いた。

 

≪撃ちぃ方ぁはじめぇっ!!≫

 

 CICからの放送が入ると同時に51cm3連装滑腔砲が雷鳴のごときの轟音を響かせながら火を噴いた。

 

 港では未だに数万単位の水夫が退避を続けている。そして、()()は落ちてきた。

 並んでいた軍船や岸壁沿いの建物がいきなり爆発した。それも1つや2つではない。見える範囲だけでも10や20は黒煙が伸びている。

 

「これは一体!?」

「いきなり爆発したぞっ!?」

「沖の船から攻撃を受けたんだっ!!」

「死にたくなけりゃぁ走れっ!!」

 

 退避命令が出てから水兵たちは慌てていたものの、規律を持った退避だった.。しかし、目の前で盛大な爆発がいくつも起きれば正常でいられるはずはなかった。

 さらに、港の軍船以外にも岸壁にほど近い建物や設備にも火の粉が舞った。

 

「クソッ! 港から市内に通じるバリケードが!」

「あんな攻撃の前には、急増のバリケードは意味がないぞ!」

「怖気づくな。ホエイル提督が計画した通りにバリケードを築くんだっ!」

 

 市内で迎撃する予定の兵士たちは、放棄予定の家屋から家具や丸太を持ち出してバリケードを築く。そして、その行動を遥か高空から観測する目があった。

 

≪ライアー27からファイアバード。多数の水兵が船舶及び岸壁付近から退避。さらに、岸壁付近の道という道にバリケードを構築している。送れ≫

「ファイアバードからライアー27。そのまま観測を継続せよ。送れ」

≪ライアー27からファイアバード。観測を継続する。オーバー≫

 

 空中管制機『ファイアバード』のモニターにライアー27から送られてくる市内の映像が流れる。

 戦域管制官である牛島は軽く思案に更けた。

 

(こちらの攻撃に対して要撃するのではなく、一心不乱に船を捨てて内陸に向かっている。しかも港に上陸することを勘案してバリケードを築いている。となると、付近の建物に伏兵がいると考えた方がいいな)

 

 牛島はインカムを起動させると上陸部隊中枢であるHQ14(第14師団指揮中隊)に通信を繋いだ。

 

「ファイアバードからHQ14。敵戦力が市街地戦を想定した準備を確認した。市内突入時に注意されたし。送れ」

≪HQ14からファイアバード。情報感謝する。オーバー≫

 

 揚陸艦3艦に便乗する上陸部隊はフェーズ2(上陸任務)に備えて最終準備に入っている。

 

 『磐城』の砲撃が港の軍船や岸壁に対して満遍なく砲撃を加える続けて1時間。フェーズ1(事前砲撃)終了の通信がファイアバードに届いた。

 

≪ファイアバードからHQ14。上陸任務を開始せよ。送れ≫

「HQ14からファイアバード。上陸作戦を開始する。送れ」

≪ファイアバードからHQ14。健闘を祈る。オーバー≫

 

 ファイアバードとの通信が切れると、上陸部隊指揮官の澤部(第14師団師団長)は麾下の部隊に命令した。

 

「各隊に伝達する。上陸任務の命令が発令された。出撃序列に従い、各隊行動を開始せよ!」

 

 揚陸艦『野間』と『志摩』から水陸両用部隊が発進した。

 低空に攻撃ヘリ。水上にはホバー脚のWAPと水陸両用ヴィークルが砂浜へと向かった。

 

 揚陸予定の砂浜にロウリア兵はおろか障害物の1つも置かれておらず、苦もなく上陸できた。

 WAPを操る児西は辺り一帯にセンサーを走らせる。しかし、敵兵の影はない。

 

「カットラス1からHQ14。A地点に到着。障害物及び抵抗なし。送れ」

≪HQ14からカットラス1。残りの部隊を揚陸させる。A地点の確保を継続せよ。オーバー≫

「カットラス1からHQ14。了解した。オーバー」

 

 児西が辺りを見回していると、第2中隊から通信が入った。

 

≪クロコダイル1からカットラス1。B地点の制圧完了。こちらに敵影はない。そちらはどうか? 送れ≫

「カットラス1からクロコダイル1。A地点でも敵影はいない。送れ」

≪クロコダイル1からカットラス1。残りの部隊を待たず、北の港に対する威力偵察を提案する。送れ≫

「カットラス1からクロコダイル1。提案については報告する。そのまま待機せよ。オーバー」

 

 児西は手持無沙汰を察して司令部に通信を繋いだ。

 

「カットラス1からHQ14。A地点及びB地点において敵影無し。北の港に対して威力偵察を提案する。送れ」

≪HQ14からカットラス1。威力偵察に関しては検討する。そのまま上陸地点の警戒を継続せよ。オーバー≫

「カットラス1からHQ14。了解。オーバー」

 

 司令部との通信を切ると、児西は周辺警戒に意識を戻した。

 

 

 ロウリア海軍司令部では、魔導通信士がホエイルに対して『ニホン軍が東の海岸に上陸!』という報告を届けていた。

 

「ニホンめぇ……! 港に来ると思ったら海岸を上陸地点として動いていたかっ! 海兵の配備はどうなっている?」

「東の海岸に一番近いのは市内東部に配した第4海兵団(5000人)です。迎撃に向かわせますか?」

「……仕方あるまい。戦力の逐次投入になるが第5と第6も後詰として向かわせるのだ。相手はまだ上陸した直後。時間を与えれば橋頭保を築かれる」

「わかりました。直ちに指示を出します」

 

 ホエイルはニホンの動きに苦々しく思ったが、現状指揮下の戦力は軍船を除けばほとんど残っている状態だ。

 陸上戦闘用に用意した3万の内半分を上陸してきたニホン軍に向かわせることを決断した。しかし、統制の取れる兵の動きは空の上から大いに目立った。

 

 

≪ライアー27からHQ14。敵戦力が上陸地点へと向かった。数は推定2万。送れ≫

「HQ14からライアー27。敵兵の接近了解した。オーバー」

 

 澤部はAFCVの中で上陸済みの戦力を手早く確認すると、手早く指示を出した。

 

「相手に騎兵はない。ヴァンツァーと攻撃ヘリで近づいてくる敵にをつるべ撃ちにしろ」

「わかりました」

 

 通信士は澤部の指示を手早く通信相手に伝達した。

 

 

≪HQ14からオールヴァンツァー及びオール攻撃ヘリ。敵部隊が上陸地点へと近づいている。接近される前に敵部隊迎撃。カットラス1は指揮を執れ。送れ≫

「カットラス1からHQ14。迎撃に向かう。オーバー」

≪クロコダイル1からHQ14。カットラスと合流する。オーバー≫

 

 HQ14からの命令に対応する部隊はそれぞれ上陸地点の東側に集まった。

 集まったのはWAP12機。攻撃ヘリ8機だ。数千の敵兵の前には心許ない数だが、上陸部隊が揃っていない現状では仕方のない状態だった。しかし、沖には心強い援軍が存在した。

 

≪磐城からHQ14。砲撃支援可能。要請の際、座標を指示されたし。送れ≫

≪HQ14から磐城。砲撃支援に感謝する。オーバー≫

≪HQ14から観測ヘリ。適宜磐城に砲撃座標を伝達せよ。オーバー≫

 

 両軍は港から東1km辺りを目指して動き出した。そして、圧倒的に機動力が優位な日防軍部隊が先に集結した。

 

「カットラスから全WAP。まだ手は出すな。敵が戦列を敷き次第。磐城による砲撃を実施する」

≪クロコダイル了解≫

≪ファルシオン了解≫

≪ホワイトチーク了解≫

 

 12機のヴァンツァーは緩やかに横隊を組んで敵が来るのを待ち構えた。

 児西をはじめ、日防軍側はロウリア軍が戦列をしっかり敷いて攻めてくると踏んでいたが、投入されている兵士は海戦を生き残った者達である。沖の軍船の存在を認知したうえで、密集隊形では一網打尽にされる事だけは確信していた。

 最初に到着した第4海兵団はニホンが爆轟魔法(≠砲撃)を使ってくることを想定して隊列を組み始めた。

 

「全隊。横隊を形成せよ。隣との間隔は広めに取るのだっ! 爆轟魔法の餌食になるぞ!」

 

 陸軍に比べれば錬度不足が否めない動きだったが、何とか形は整えた。

 

「全体前進っ! 敵は少数だっ! このまま雪崩れ込めっ!!」

「「「おおぉぉ~~!!」」」

 

 5000人のロウリア兵は前進を始めた。しかし、これを好機と見た日防軍は早速沖の『磐城』に指示を出した。

 

バット2(観測ヘリ)から磐城。砲撃を要請する。座標X-635。Z-013。送れ≫

≪磐城からバット2。座標X-635。Z-013。砲撃を行う。オーバー≫

 

 『磐城』の艦上に発砲炎が光ると、20秒もしないうちに榴弾の雨がロウリア兵の頭上に降り注いだ。

 

「うわあぁぁぁ!!」

「ニホン軍船からの砲撃だぁっ!!」

 

 爆炎が収まった。第4海兵団の一部は『磐城』のたった一斉射で全滅した。

 いくら榴弾対策で通常より間隔広めの戦列を敷いたものの。バンカーはおろか塹壕すら存在しない密集陣形は砲撃の的でしかない。

 第二射。第三射と撃ち込まれた第4海兵団は壊滅(7割死傷)し、部隊としての機能は喪失した。生き残った兵士は司令部の許可を得ずに市内へと撤退した。

 

≪バット2からHQ14。敵部隊は市内へ敗走した。送れ≫

≪HQ14からバット2。敵部隊の市内敗走了解。引き続き敵部隊に対する観測を継続せよ。送れ≫

≪バット2からHQ14。観測を継続する。オーバー≫

 

 市内突入前の障害はあっさりと粉砕され、現状攻略部隊は足並みをそろえて市内へ進むだけとなった。

 昼を過ぎて10時頃。移動速度が遅い水陸両用ビークルが全て砂浜へと上がり、水陸両用部隊の戦力が揃った。

 澤部は各中隊の集結が完了すると、北の港に対する進撃を開始した。

 

「HQ14から各中隊。北の港へ前進せよ。オーバー」

 

 多数のヴァンツァーやビークルの稼働音が辺りに轟いた。何も知らない人間からすると、まるで魔獣の群れが吼えているように聞こえるだろう。

 

 水陸両用部隊は市内へ近づくと外縁沿いの建物に攻撃を加えた。

 

「攻撃してきたぞっ!?」

「こっちの居場所がバレてるのか?」

「このままじゃ犬死だっ! 引き上げるぞ」

 

 この攻撃に驚いたのは何も知らないロウリア兵たちだ。

 彼らからしたら、建物内から奇襲するという考えは読まれていないと考えていたからだ。

 対して、日防軍からしたら市街地内で可能な限り抵抗してくるだろうという予想は最初から想定していた。

 市内に突入する前、ビークルに乗せている歩兵を下車させ、ヴァンツァーやビークルの死角を埋めるように展開させた。

 

「各班。ヴァンツァーに合わせて前進。怪しいところに擲弾を叩き込め!」

 

 ヴァンツァーがゆっくり市内へ入っていくと、近くの建物という建物から弓矢が飛んできた。

 

「死ねっ! 亜人共っ!!」

「ロウリア兵をなめるなっ!!」

 

 ヴァンツァーの装甲に鏃が擦れる音が何十も生まれる。しかし、銃弾はおろか機関砲弾くらいなら難なく弾くヴァンツァーの前に、弓矢程度の破壊力では塗装に傷を付けるのが関の山だった。

 

「ーーだめだ。近すぎる」

「任せろ。グレネードを使う」

 

 攻撃されたヴァンツァーはすぐさま対応しようとするが、建物との距離が近いため攻撃できない。代わりに随伴歩兵が対処する。

 

 ロウリア軍弓兵は次の矢を放とうと狙いを定めると、リンゴサイズの“何か”が放り込まれた。

 

「何だこれ?」

「油壷……にしてはすごく小さいし、火が付いtーー」

 

 ドンッという音を立てながらロウリア兵がいた部屋は吹き飛んだ。

 

「A班は現在地を警戒」

「B班は建物の制圧だ。GOGO!!」

 

 日防軍兵士は通過する建物に突入しては、待ち構えるロウリア兵を逆に排除しつつ、制圧目標の海軍司令部を目指した。

 

 

「ホエイル提督。ニホン軍の攻撃は強力であり、市内東部の兵団から多数の援軍要請が届いております」

「予想はしていたが、ここまでニホン軍が強力だとは……! 防衛線の現在位置はっ!?」

「最新の報告からすると、恐らく司令部から東へ2kmの所といったところです」

「敵の数は?」

「それは分かりません。街道に沿って敵はゴーレム(ヴァンツァー)鉄の荷馬車(AFV)を街道を進ませ、更に鉄の羽虫(攻撃ヘリ)を空に浮かべて進路上に待機している我が方の伏兵を排除しています」

「現有戦力で阻止は難しいか……」

「司令部防衛以外の兵団を回せば防衛できるかと……」

「だが、相手は強力な爆轟魔法(艦砲射撃)がある。兵力の集中は危険ではないか?」

「相手にその意図があるなら、司令部は既に残骸となっているでしょう。おそらくですが、ニホンは北の港を制圧目標としていると考えられます。なので、移動中の第5。第6を含め、市内西部の第3海兵団を回しても防衛は可能かと思います」

「背に腹は代えられんか……通信士に伝えろ。第3海兵団も東部に向かうよう指示を出すんだ」

「了解しました」

 

 ホエイルはニホン軍の進撃を何としても阻止したい構えであり、そのため現状動かせる総戦力約2万の兵力を東部へと移動させた。しかし、この動きに呼応して日防軍は反応した。

 

≪ライアー27からHQ14。ロウリア軍に動きあり。パターンA-2。繰り返す。パターンA-2。送れ≫

≪HQ14からライアー27。パターンA-2了解。送れ≫

 

 両用戦部隊は揚陸艦で待機させている空中機動大隊(ヘリボーン部隊)が動き出した。また、両用戦部隊の攻撃ヘリ中隊も補給のため揚陸艦へ戻っていた。

 

 市内東部において最終的に2万の兵力が合流したロウリア軍。対して、日防軍部隊は機甲戦力こそ投入しているが、兵員数は700人程度だ。

 両用戦部隊は制圧した建物の窓という窓に兵士がいつでも攻撃できるよう張り付いており、さらに街道にWAPや装甲車が鎮座している。対してロウリア側も遮二無二突撃することを諦め、ニホンの出方を窺っている。

 市内東部の戦闘は、散発的な銃撃音こそ響いてはいるものの、小康状態だった。

 

「HQ14からファイアバード。部隊全体で弾薬が不足している。補給は可能か? 送れ」

≪ファイアバードからHQ14。輸送ヘリが戻ってくるのは早くて1時間後。そちらへ回せるのは3時間後。送れ≫

「HQ14からファイアバード。了解。オーバー」

 

 両用戦部隊は小康状態の中。弾薬不足が目立ち始めた。

 並の戦いなら空中投下なり中継地点を介して補給を送るのだが、今回の作戦では両用戦部隊は敵を可能な限り引き付け、その隙にヘリボーン部隊は敵司令部を急襲。制圧するという流れなのだ。

 作戦自体は予定通りに推移している。しかし、兵力差に起因する弾薬の消耗速度は予定より多く。さらにロウリア側も地の利と工夫で最大限抵抗しており、小経状態と表現したが、正確には両用戦部隊も半包囲状態に陥っていた。

 

 AFCVの中では、ディスプレイに写る各隊の状態に澤部が頭を悩ましていた。

 

「……まずい。一気に攻められたら3時間も持たんぞ」

「戦線を後退させますか?」

「いや、今更後退したら相手の攻撃を誘発しかねない……ヴンツァーだけ後退させろ。ヘリボーンの急襲に合わせて突っ込ませる」

「わかりました」

 

 ヴァンツァーが封鎖している街道は別の装甲車が改めて封鎖した。

 

 再突入に備えて、ヴァンツァーの指揮は児西が一手に引き受けることとなった。そして、バックパックに収めていた予備弾をすぐ補充ができる箇所に移し替えた。

 

「カットラス1から全WAP。補充が済み次第指示あるまで休んでおけ。オーバー」

 

 他のヴァンツァーから返答が返ってくると、児西も操縦桿から手を放して少しだけ目を瞑った。

 

 

 ロウリア軍海軍司令部では、敵の攻勢が停滞しているという報告が入り。ホエイルをはじめ司令部要員は上機嫌だった。

 

「――ニホンの攻撃に肝を冷やしたが、地の利には勝てなかったようだな」

「そうですな」

「このまま徐々に圧力をかけて、敵を撃退しましょう」

 

 士気が少しだけ回復した海軍司令部だったが、窓から見える岸壁に目を向けた従兵が声を上げた。

 

「てっ、提督。沖合から鉄の羽虫が群れを成してこちらに近づいていますっ!?」

「何だとっ!?」

 

 ホエイルや他の参謀が窓の外を見上げた。視線の先には30機 鉄の羽虫の群れだった。大きさは小さいものもあれば、その何倍も大きく羽が多い物も含まれている。

 

「クソッ! 急いで東部に回した兵団を戻すんだっ!」

「しかし、それでは市内東部の防衛線が崩壊しますっ!」

「馬鹿者っ! ここを攻め落とされたら、勝てる戦も勝てぬぞっ! 第1兵団に司令部を絶対死守するよう厳命するのだっ!!」

「わかりました!」

 

 狂乱状態に陥るロウリア軍を横目に、ヘリボーン部隊は海軍司令部まで1kmという所まで近づいてきた。

 ロウリア兵が鉄の羽虫の攻撃に備えて戦列を整えていると、ブフォォという音が聞こえると、ゴーレムが猛烈な速度で現れた。

 

「馬鹿なっ!? ゴーレムが何でいきなり出てくるんだ!?」

「市内東部にいたんじゃないのかっ!?」

「ええぃっ!! 総員陣形を組めっ! 応戦用意っ!!」

 

 海軍司令部の眼前に展開する歩兵が亀甲体形で構えるが、ヴァンツァーが装備するマシンガンやバズーカが火を噴くと、何百という肉片が辺りにぶちまけられた。装甲車や陣地を破壊するための装備なのだ。歩兵が装備する盾では気休めにもならない。

 

「カットラス1から全WAP。周囲の敵を掃討しろ。オーバー」

 

 ヴァンツァーが確保した空間にタンデムローターの輸送ヘリコプターが着陸した。後部キャビンから歩兵と共に4輪バギー型の無人車両も降ろされる。

 中型輸送ヘリも司令部前の広場や屋根に歩兵が次々とラぺリング降下していく。

 

「第1中隊は敵司令部を制圧する。続けっ!!」

「第2中隊は周囲の制圧だ。行け行けっ!!」

 

 ヘリボーン部隊とヴァンツァー部隊は迅速に海軍司令部の周辺を制圧した。

 海軍司令部では、正に血戦といえる戦い(一方的ではあるが)が繰り広げられていた。

 

「提督っ!! 敵兵が司令部に侵入しましたっ!!」

「……総員。覚悟を決めろっ!! 敵兵の切込みに――」

 

 ホエイルが腰の剣に手を伸ばそうとした瞬間。軽い鐘の音が鳴ったかと思ったら眩い閃光と甲高い音が室内を包んだ。

 ホエイルは反射的に目を覆ったが、何人もの気配が部屋に雪崩れ込んでくることだけはわかった。

 

「クソッ!! 貴様ら何者だっーーガフッ!」

 

 ホエイルは咄嗟に入ってきた人間を問いただしたが、秒と掛からず棍棒のようなもの(小銃のストック)で倒されてしまった。

 

「クリア!」

 

 ホエイルは視力が回復すると、目の前でよくわからない筒(カービン銃)を装備する相手を問い質した。

 

「きっ、貴様ら。何者だっ!?」

「……我々は日本国防軍だ」

「そうか。貴様らがニホンか……」

「あんたが指揮官のようだな。降伏を要求する」

 

 ホエイルは悩んだ。ここで降伏すれば今まで自分たちがクワ・トイネにやってきたことが自身に帰ってくるのではないかと感じたからだ。市内東部では2万もの味方が戦っているが、かといって寡兵の日本相手に苦戦し、さらには司令部すら制圧される始末だ。

 ホエイルは致し方なく降伏を決断することにした。

 

「……わかった。直ちに降伏する」

「貴方の決断に感謝します。わが軍はハーグ陸戦条約に基づき、降伏した将兵の生命及び人道を保障します」

「よくわからないが、感謝する」

 

 

 市内東部では合流した海兵団がニホンの魔導攻撃から身を守るために建物陰で待機していた。

 物陰から相手を確認しようとすると、ほぼ確実にパーンという音が響く。そして、覗こうとした兵士は頭に風穴を開けられて絶命した。

 

「クソッ! 隠れてりゃぁ。あの魔導攻撃は受けないが、こっちも動けやしねぇ!」

「頭は出すなっ! やつらのクロスボウは恐ろしく早くて長いぞ」

 

 兵士たちは戦地で踏ん張っているが、それが勝利に近づいているという意識はなかった。

 ただニホン側が積極的ではないから生きているようなものなのだ。あの雷鳴か古龍のブレスが頭上に降り注げば、彼らが身を隠す建物など何の意味もない。

 海兵団団長は日本の次の攻撃を警戒して、護衛と共にバリケードの影から日本の動向を監視していた。

 

「団長。海軍司令部から魔導通信です」

「司令部からか……繋げ」

≪団長か? 海軍司令部のホエイルだ≫

「ホエイル提督。ニホン軍の攻撃は何とか防いでいます」

≪そのことだが……この話を聞いて混乱しないでほしい。

現在。海軍司令部はニホン軍によって制圧された≫

「そんな馬鹿なっ!!」

 

 ホエイルの言葉に団長は耳を疑った。混乱が兵士の間に広がったが、全員ホエイルの言葉の続きを静かに待った。

 

≪これを聞いている各海兵団に聞いてほしい。ニホン軍は我々に降伏を要求してきた。もし降伏を拒否した場合。全力を以て市内全域を破壊すると伝えてきた≫

「市内全域を? そんなの無理だっ!」

「古代龍でもないと、この街を焼くなんて不可能だっ!!」

「でも、港を破壊した奴らの攻撃は本物だ。戦い続けるのは得策じゃない」

≪栄えあるロウリア海軍将兵の諸君。我々は間違いなくロウリアの歴史に刻まれる戦いを演じた。しかし、此度は相手が悪かった。全将兵は白旗を掲揚し、近くのニホン軍へ投降せよ。これが私からの最後の命令である≫

 

 ホエイルの言葉を聞いたロウリア兵の中には、涙を流したり肩を落とすものが多くいた。

 

「おい。木の棒に適当な白い布を括りつけて持ってこい」

 

 団長は意を決してホエイルの指示に従うことにした。部下の一人が大急ぎで槍の穂先に無地の布を括り付けたものを用意した。

 

シーオーガ(ヘリボーン部隊)からHQ14。敵司令官を捕縛。降伏を受諾。送れ≫

「HQ14からシーオーガ。武器をわが軍の近くに集積。放棄させて司令部に集結させるよう伝達。送れ」

≪シーオーガからHQ14。武器をわが軍の近くに集積。放棄させて司令部に集結させるよう伝達了解。オーバー≫

 

 澤部は敵軍降伏の報せを聞くと、軽く気を緩めたが再度気を引き締めた。

 相手の常識は中世時代レベルだ。敵司令部が降伏しただけで前線部隊がそれに従うかどうかは別である。ただ、澤部の心配は最終的に杞憂で終わった。

 参謀が各中隊の通信を収集していくと、前線で戦っている敵軍指揮官が白旗を持って降伏の意思を伝えているという報告が集まった。

 また、敵軍指揮官の傍に控える通信兵(魔導通信士)から伝えられたのか、部下に武器の集積と司令部への移動を命じていた。

 

「HQ14から各中隊。投降してきた敵兵を敵司令部へ行くよう誘導せよ。送れ」

 

 各中隊から返事が返ってくると、街道を陣取っていた装甲車がゆっくり動き出した。

 ロウリア兵が何も問題を起こさず司令部へ向かうかどうか監視するためだ。

 

 多くの兵士が移動するのを澤部達は見守った。今のところ、ロウリア兵が暴徒化する気配はない。

 

 そろそろ日が落ちようという時。澤部達両用戦部隊の司令部面々はロウリア海軍司令部へ移動し、今後の占領計画を確認していた。

 

「司令。捕虜の住居分配が完了しました」

「そうか」

 

 澤部は接収した執務室から外を眺めた。港の沖合には揚陸艦と護衛のフリゲートが投錨していた。

 

「以外に早くに終わったな」

「えぇまぁ。市内の住民がほとんど居なくなっていたので、予定より占領と巡回が済みました」

 

 市内は現在いつものような賑わいはなく、街道の主要交差には装甲車が監視も兼ねて陣取っている。

 装甲車の銃座で待機する日防軍兵士が四方に目を光らせている。

 

「……住民がほとんどいなくなったな」

「あぁ。あの砲撃(艦砲射撃)で逃げ出したからな」

「けど、逃げ出してくれたおかげで混乱は最小限に抑えられた」

 

 正直。北の港を占領している日防軍の状態はあまり褒められた状態ではない。

 当たり前だが、両用戦部隊とヘリボーン部隊という機動重視の部隊のため弾薬をはじめとする各種物資が心許ないのだ。

 占領維持や巡回なら現状でも事足りる。しかし、ロウリア軍が本気で北の港奪還に動いたら、占領部隊だけで防衛は不可能なのだ。

 日防軍は占領部隊用の補給物資と共に『第22任務旅団』を北の港に送り込む予定だ。

 さらに、ジン・ハークには既に空軍の無人偵察機が常時監視している。

 強いて言うなら1週間は現有戦力で北の港を維持する必要があるのだ。

 

 戦いがひと段落し、敵地であることを認識しつつも

 

「もう日が落ちる。夜襲には警戒しろよ?」

「わかってる。交代時間は守ってくれよ?」

「つまらないからって寝落ちするなよっ!」

 

 日防軍兵士は夜通し市内の見張りを続けた。

 陥落した北の港と市内は朝方の喧騒が嘘のように静かな時間が流れていった。




解説はありません


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第27話

 投稿が遅れてしまい申し訳ございません(土下座
 熱意とインスピレーションが欠乏したため筆の速度がかなり落ちています。
 次回投稿も遅れると思います。
 見どころの少ない作品ですが、生暖かい目で見守ってください。


中央暦1639年 5月30日

-ロウリア王国 王都ジン・ハーク-

 

 北の港が陥落したという話が届いたその夜中。報告を受けたハーク王は薄暗い玉座で頭を抱えていた。

 

「クソッ!! ニホンがここまで動きが早いとは……!」

 

 パタジンも兵士からの報告を聞いてから。ハーク王の叱責を少しでも穏便にするため話すべきことを考えていた。

 

「へっ。陛下。落ち着いてください。北の港にいたのは主に海軍の水兵です。陸戦となれば不利になるのは致し方ありません」

「余はそんなことを気にしているのではないっ!! 北の港を占領されたことだっ!」

「しかし陛下。相手は日本軍です。直ちに奪還作戦を展開しても、返り討ちに遭う可能性が高いのです。どうかご理解を……」

「グゥ~~……」

 

 ハーク王は歯を食いしばりながら頭を抱えた。パタジンは背中に嫌な汗を流しながら意見を出した。

 

「……陛下。このようなことを言うのは心苦しいのですが、おそらくニホン軍は近いうちに我が国に対する本格的な進攻を始めると思われます」

「何故そう思うのだ?」

「はい。我が国がクワ・トイネに侵攻したのは2ヶ月程前です。しかし、ニホン軍はギムを奪還して次は北の港です。おそらくここジン・ハークを狙うためでしょう」

「しかし、ここは北の港と違って三重の城壁と10万の兵力がある。如何にニホン軍でもこの王都は堕とせまい?」

「陛下。無礼を承知で申し上げますが、ニホンは我が方の想像が及ばないような戦力を間違いなく有しています。戦えば戦うだけ戦死者が増えるだけです」

「亜人共に膝を屈しろというのかっ!?」

「軍部としてはニホンとの戦争継続は自殺行為という考えです。それでもなお大陸統一を目指しますか?」

「……」

 

 パタジンの言葉にハーク王は沈黙した。

 

「仮にだ。仮にニホンが攻めてこないと仮定して、我が方が反攻に出ることは可能か?」

「……陛下。50万の兵力と500騎のワイバーン。4400隻の軍船を用意するのに数年かかりました。それを上回る戦力となると数年どころか10年は必要ですな」

「ぐぬぅ~~……」

 

 ハーク王はパタジンの正論に頭を抱えるしかなかった。

 パタジンとしても、もはや打つ手なしと言うのが正直なところであり。クワ・トイネはともかくニホンに和平を乞えるなら乞いたいというのが正直なところだった。

 いつしか沈黙が支配した謁見の間では、ハーク王が絞り出すように口を開いた。

 

「ヤミレイを呼べ」

「かしこまりました」

 

 侍従がハーク王の命に従いヤミレイを呼びに行った。

 

「陛下。お召に上がり参上いたしました」

「ヤミレイよ。新開発の魔法はどうなっておる?」

 

 開幕の一言目にヤミレイは戸惑いながら返答した。

 

「……未だ完成の目途は立っておりません」

「何時だっ!? 何時その新魔法は完成するのだっ!!」

「陛下。失礼を承知で申し上げますが、ニホンに対して有効な魔法を開発せよと急かされましても、一朝一夕でできるものではありません」

「ニホンはとうとう我が領土へ侵攻し、北の港は奪われたのだっ! 悠長な事など言っておれんのだぞっ!?」

「そう申されましても……せめて、年単位の時間を頂きとうございます」

 

 ヤミレイの言葉にハーク王もパタジンも愕然とした。

 

「ヤミレイよ。年単位では遅いのだ。せめて半年。できれば一か月以内にどうにかならんのか?」

「どうにもなりませぬ」

 

 その後、ハーク王とパタジン。ヤミレイの間で喧々諤々の話し合いが行われたが、何も決まらず翌日に持ち越しとなった。

 

 

中央暦1639年 5月31日

-OCU日本 防衛省-

 

「ーー作戦の第1段階はなったか」

「そうなります」

 

 防衛省の一室。そこには防衛大臣の田澤と統合軍参謀長の三垣が話し合っていた。

 

「ところで田澤大臣。例の件ですが……」

「あぁ。衛星の件はまだどうにもなぁ。如何せん金はあっても資源の方が解決できてない」

「そうですか。仕方ありませんか……」

「衛星の必要性は各省認識はしている。だから早ければ来年。遅くとも3年後に衛星打ち上げはできる算段だ」

「それならよいのですが……」

「まぁ何だ。今までの便利な生活が一転不便な生活に戻ったことにしんどい思いをしているのは皆同じだ。特に、優れた装備があるからと予算や人員削減を要望される軍としては苦しい状況なのは理解している」

「それはもちろん軍としても重々理解しています。しかし……」

 

 三垣は手元の資料を持ち上げて数枚紙を捲った。

 

「この戦争の終結と共に各軍が保有する重装備の内1割をモスボール(保管)。2割は予備役ですか……」

「現代の兵器は金も資源も大量に食う。兵員を維持するためにはどうしても稼働戦力を減らすしか選択肢がない。数値しか見ない財務官僚は装備を解体する案すら提出してきた」

「モスボールならまあ。最悪有事には使えるので仕方ないと言えば仕方ないですが……」

「しかも、財務省は外務省を味方につけて“ザーフトラも中国もUSNも居ないのだから脅威とする外敵はいないですよね?”なんて言ってくる始末だ」

「大臣の心中お察しします」

「そういうことだ。この戦争が終わったら、内閣の決定事項として軍の大規模再編を実施してもらう」

「……わかりました。再編プランを検討します」

「頼んだよ」

 

 田澤と三垣は軽く雑談を挟んだ後、各々の職場へと戻っていった。

 

 

中央暦1639年 5月31日

-クワ・トイネ公国 国境の町『ギム』-

 

 焼け焦げた畑や穴だらけの住宅が痛々しく残っている国境の町。

 クワ・トイネの兵士が復興に勤しんでいるのと併せて、町西部では日(クワ・トイネの略字)連合部隊が警戒態勢を敷いている。

 さらに、町の東部に第21任務旅団の野営陣地が構築されている。

 

 旅団司令部を兼ねているテントでは、通信機材と書類に囲まれている河内達が仕事に励んでいた。

 

「旅団長。どうぞ」

「あぁ。ありがとう」

 

 河内は守谷が持ってきたコーヒーを受け取って一口飲んだ。

 

「ロウリア軍はどうだ? 動きそうか?」

「今のところ陣地構築や物資搬入。国境沿いの偵察活動は確認できますが、それ以上に大きな動きは確認できません」

「動きが少ないというのは現場的にうれしいが、次の行動のために準備しているということでもあるな」

「参謀部からジン・ハークをはじめ、ロウリアの主要都市で大きな動きは報告されていません」

「兵士も物資の流れも変わらないとなると、当分攻めてくることはないか?」

「攻めてこないのはいいのですが、緩慢な空気が増えつつあるのでいざという時好ましくないかと思います」

「同感だな。既に北の港も制圧したし、敵軍後方に対する偵察や襲撃も提案してみるか?」

「物資の集積状態から難しいと思いますが?」

「ーーそういうことなら、我々が適任だと思いますよ?」

 

 河内と守谷が話していると、立派な胸筋を張った暁が割って入ってきた。

 

「暁大佐か。適任とはどういうことかね?」

「そうですな。まずヴァンツァーのジェネレータは半永久機関です。戦闘ならともかく、移動する程度なら無補給で何日も活動可能です」

「確かにヴァンツァーの特性は知っているが、弾薬や食糧はどうするんだ?」

「運搬特化のランドセルがあるのでそれに積み込めるだけ積みます」

「……どうする守谷?」

「まだ停戦も休戦の話もありません。無人機と国境監視だけでは情報収集に限界があります。威力偵察を図りつつ、敵軍後方をかく乱するのは有効だと思います」

「……マイハーク経由で提案してみよう、何か必要なものはあるか?」

「もし可能なら、ラジオパック(WAP用大型通信機)レーダーパック(WAP用広域レーダー)を最低でも1セット。できれば3セット請求していただきたいのですが?」

「わかった。伝えておこう」

 

 河内はこの膠着状態に一石を投じる価値があるとして、WAPのみの威力偵察任務の計画を始めた。

 

 

中央暦1639年 7月10日

-クワ・トイネ公国 マイハーク日防軍基地-

 

 ロウリアと戦争が始まってから3ヶ月。マイハーク郊外の日防軍基地は小規模ながら立派な現代航空基地へと様変わりしていた。付帯施設も多くが鉄筋コンクリート製へと様変わりしていた。

 基地の出入口寄りに配置された司令部庁舎にはクワ・トイネ軍との連絡室兼合同司令部が置かれており、多くの資料が集積されている。

 今のところこれといった戦いが生じる可能性が低いため、軍務卿の指示の基。比較的若いエリート組が多く出入りしていた。

 マイハーク防衛騎士団団長であるイーネも後学のため足を運んでいた。

 

「……凄まじいですね。弓矢どころかバリスタや投石機の射程距離の上を行くのがニホン軍の砲兵隊なのですか……沿岸城塞に大砲を据え付けることができれば、マイハークの防備はすごく強力なものになりますね」

 

 イーネはバトルレポートに記されている日本の装備を調べていた。 如何せん、クワ・トイネの装備はロウリアと同じである。数的劣勢を覆すにもっとも手っ取り早いのは圧倒的に強力な装備を配備することだ。現に日本はその持ちうる装備で数量を圧倒するロウリア軍をほぼ一方的に撃退しているのだ。

 軍務卿も日本の軍事力を高く評価しており、戦後を見据えて日本の装備を購入できないか政治部会で話し合っているくらいだ。

 

「兵士の装備をすべてジドウショウジュウに置き換えるだけでも、数で勝るロウリア軍の撃退もかなり容易に……」

「何かお探しですか?」

「はい?」

 

 イーネが資料を読み更けていると、日防軍士官の一人が声をかけてきた。

 

「あぁえっと……日本軍の強さを秘密を調べているところです」

「強さの秘密ですか……。強さといっても時代や技術が進歩するにつれて基準が変わりますから、一概にこれが強力ということは言えません」

「確かにそうですね」

「それに、ここの資料はバトルレポートばかりでお望みの資料は無いかと思います」

「そうですか?」

「我が国には古い軍事書籍も一般でも手に入る書店がいくつもあるので、我が国に来る際にそちらを訪れるのもよいかと思います」

「ああ確かに。一度日本には訪れたいですね……」

 

 イーネが未知なる国ニッポンに思いを描きながら、そういえば相手の名前を聞いていないことに失念していた。

 

「すみません。貴方のお名前はなんですか?」

「ああっ!! これは失礼しました。日防統合軍参謀部の葛西と申します。貴方は確か……」

「マイハーク防衛騎士団のイーネと申します」

 

 イーネが答えた瞬間。昼を知らせる鐘が鳴り響いた。

 

「すみませんイーネさん。食事の時間になったようですので私はこれで失礼します」

「参考になる話をありがとうございます葛西さん」

 

 イーネは資料室を後にすると、職場であるマイハーク城塞へと戻った。




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第28話

 長らくお待たせしてしまい申し訳ありません(ジャンピング土下座
 個人的事情により今後週1での投稿は難しい状況ですが、可能な限り投稿頻度を落とさないようにしていこうと思います(願望
 このような面白みのない作品ですが、生暖かい目で見守ってください。


中央暦1639年 7月20日

-ロウリア王国 北の港-

 

(まさか。この俺が交渉団代表を務めることになるとは……。せめて一度でもニホン軍の力を見てみたかった)

 

 ロウリア軍の将軍。スマークが乗る馬車が進んでいるのはジン・ハークと北の港をつなぐ街道だ。

 事の発端はハーク王とパタジン。マオスとの会議だった。

 ハーク王は北の港が落ちてから、可能な限り迅速なる奪還を希望した。しかし、そこで待ったをかけたのがパタジンとマオスだ。

 マオスとパタジンはニホン軍を打ち破るのに“開戦前の5倍は必要”と提示したのだ。

 いつもならハーク王も2人の話を聞き入れなかっただろう。しかし、現段階で総戦力の半数を喪失しており、ニホンの軍事力の底が見えないことに頭を抱えていた。

 その状況で2人が提示したのは、ニホンが更に侵攻したらそれを防ぐこと不可能だということである。ハーク王は致し方なく。恥も外聞もなくニホンとの停戦を決断したのだ。

 その停戦交渉のため、スマークの代表とする停戦交渉団を派遣したということである。

 

 スマークが窓を眺めていると、門の手前まで何事もなく近づくことができた。

 こういう時、ロウリアなら問答無用で弓矢の雨を降らせて、逃げようが命乞いしようが容赦なく皆殺しにした後、金目になりそうなものを根こそぎ追剥してきた。

 

 馬車は北の門に隣接する市内の門の手前で停止した。

 当たり前だが、お互い交戦状態ということもあり馬車から離れた位置には鉄の荷馬車やバリスタモドキ(機関銃座)で狙われている。

 

 スマークは蛮族から手酷い歓迎を受けたことは何度もあるので、狙われる程度で怖気づくことはない。ただ、運悪く選ばれてしまった交渉団員は緊張と恐怖で顔を青くしていた。

 

(……仕方ない。ここは俺が出ていくとしよう)

「全員。私が指示するまで馬車を降りるなよ」

 

 スマークは交渉団員を馬車に残して降りると、多くの銃座から狙われていることを改めて認識した。

 構えている兵士の1人が大きな声で誰何した。

 

「こちらは日本国防軍である。そちらの国籍と名前。こちらへ訪れる理由を説明せよっ!!」

「私はロウリア王国軍のボニファス・スマークである。こちらには貴国との停戦交渉のために訪れたっ!! そちらの指揮官とお会いしたいっ!!」

 

 スマークの言葉を聞いた日防軍兵士は、傍らに控える通信兵に状況を伝えて対応した。

 

「その場で待機せよっ! 協議の準備を行うっ!!」

「感謝するっ!!」

 

 戦争中でありながら、穏便な対応を取るニホンにスマークはホッとした。

 

 30分ほどたったことろ、白旗を抱えたニホン軍の荷馬車(水陸両用戦闘車)が2台近づてきた。

 スマークが降りるのを確認した日防軍士官が話し始めた。

 

「日防軍の尾崎です。今回は停戦交渉のために訪れたと聞いていますが、よろしいですか?」

「そうだ」

「わかりました。馬車を前の車に合わせて移動させてください」

「わかった。おい。聞いた通りだ」

 

 スマークは御者に命ずると、1台の荷馬車は道からそれた位置に待機し、もう1台が反転してゆっくり動き出した。

 スマークの乗る馬車の前後に日防軍の荷馬車に挟まれる形で市内を移動した。

 

「……思ったより奇麗ですね」

「ん? あぁ、そうだな」

 

 市内の所々で戦闘の傷跡が建物に残っていた。人気も少なく、場所によっては有刺鉄線とバリケードで封鎖されているところもあった。

 しかし、残骸は少なく今進む街道もこれといって傷んでいる様子もなかった。

 交渉団は内容を再確認していると、馬車はロウリア海軍司令部へと到着した。

 いつもは国旗と海軍旗がはためく掲揚台には、白地に赤丸の旗が掲揚されていた。

 司令部の主が我々(ロウリア王国)からニホン軍へと移ったことを如実に示していた。

 

 交渉団は馬車から降りると、案内の日防軍兵士がやってきた。

 

「部屋までご案内します。こちらへどうぞ」

「ああ。ありがとう」

 

 敵国の将なのに、このような丁重な扱いを受けたこともしたこともなかったからだ。

 海軍司令部内を案内されている間、調度品が並べられていたであろう廊下を進み、2階の奥にある重厚感を放つ観音開きの扉の前へ案内された。扉の脇には警備兵が待機していた。

 

「交渉団の方が到着されました」

「お通ししろ」

 

 交渉団が部屋に案内されると、上座に澤部が待っていた。

 

「どうぞ。お座りください」

 

 交渉団は言われた通り、ソファーに掛けた。

 全員が着席すると、澤部は早速話を始めた。

 

「それでは、ご用件をお伺いしたいのですが?」

「我々ロウリア王国はニホンとの休戦を希望します」

「休戦ですか……。それは、この戦争全体ということでよろしいでしょうか?」

「そうです」

「……失礼ですが、我が国と休戦するということは、同盟国であるクワ・トイネ公国とも休戦することを意味します。その認識はありますか?」

「認識しております」

 

 澤部は交渉団員の言葉に少し考えた。元居た世界では戦場における停戦は軍人が権限を有している。しかし、戦争の休戦となるとどの規模や期間のものであれ、上層部と政府に話を通さなければいけないのだ。単純に言うと、澤部は隷下部隊に戦闘停止命令を出す権限はある。かといって他戦域の部隊に命令権は有していない。

 

「お話は分かりました。本国と連絡する必要があるので少し席を外させていただきます」

「わかりました」

 

 澤部は部屋に部下を残して、外においてあるに通信中継車へと向かった。

 

 通信中継車の横に建てられたテントの中に入ると、通信士に話しかけた。

 

「本国に会議の様子は中継できたか?」

「中継できました。参謀部からの提案で内閣と映像通信の接続準備中です」

「あぁ。面倒臭い案件が舞い込んできたな……」

 

 澤部は現在の状態に少し頭痛を覚えていた。というのも、彼の指揮する部隊は殴り込み専門の部隊なのだ。

 北の港を占領することは判っていた。しかし、マニュアルこそあるが占領業務は澤部の不得意なものだった。

 今のところロウリア兵が大人しいため、占領業務は滞りなく実施できている。ただ、増援として『第23任務旅団』が来る予定なのだが、港湾能力不足(砲撃跡地状態)と輸送船舶不足で両用戦部隊以外の日防軍は北の港に展開できていなかった。

 

 澤部はテントの外で煙草を吸っていると、通信士が中から現れた。

 

「司令。内閣との通信準備が整いました」

「わかった」

 

 通信士とテントに入ると、モニターの先に枢木総理。松河官房長官。田澤防衛大臣。加藤外務大臣の4人が映っていた。

 早速枢木が澤部に質問した。

 

≪澤部大佐。ロウリアから休戦を希望する交渉団が来ているということだが、本当かね?≫

「はい。現在臨時司令部で待機してもらっています」

≪まぁ妥当だろう。休戦条件は何か提示しているのか?≫

「特に条件は提示していませんが、我が国との休戦はクワ・トイネとの休戦であることも認識しています」

≪要求される条件がないなら、拒否する理由はありませんな≫

≪それはそうだが、我々だけが無条件に納得してもクワ・トイネが現状を受け入れるかどうかは別ではないか?≫

≪しかし総理。多数の戦力を損失したとはいえ、現状のロウリア軍ですらクワ・トイネ軍の撃破は十分可能な規模です≫

≪だが、これはあくまで休戦だ。講和のために交渉の糸口は確保した方がよいのではないか?≫

≪ここにクワ・トイネの大使がいれば、意見を聞けると思うのですが……≫

 

 画面先の4人は停戦するかどうか迷った。いや、それぞれ内心は停戦した方がよいという考えはあるのだ。ただ。『侵略されたクワ・トイネを支援する』という大義の元、日本は行動しているのだ。

 ここで2ヶ国だけで休戦を決めてしまえば、クワ・トイネに対する裏切りと勘違いされる危険があるのだ。

 枢木をはじめ、4人はいくら考えても明確な答えが出ずにいた。

 煮詰まったころ、田澤は澤部に問いかけた。

 

≪……大佐。最前線にいる身として、貴官の意見はどうだね?≫

 

 まぁ来るだろうなという考えを顔に出さず、意見を出した。

 

「私としては、一時的な休戦であれば賛成です」

≪それは何故かね?≫

「まず休戦自体についてですが、純粋に現在展開している戦力の限界があります。偵察の結果。ジン・ハークには10万の歩兵と100騎のワイバーンが控えています。麾下の戦力(3個大隊・約1100人)だけでは対応できません」

≪それならば、やはり相手方から休戦要求が来たのは好機でしょう。1週間後に再度会談することを前提に締結しましょう≫

≪いいでしょう。その1週間の間にクワ・トイネと今後を決めるということで≫

≪よろしい。澤部大佐。ロウリアには1週間後に再交渉の場を設けるという形で休戦に応じてください≫

「わかりました。そのように」

 

 通信が切れると、澤部は待たせている交渉団の元へと戻った。

 

「申し訳ありません。お待たせしました」

「そんなことはありません。それでですが、休戦の件はどうでしょうか」

「そうですな……再度確認しますが、前提として我が国との休戦はクワ・トイネとの休戦も意味します。それに異論はありますか?」

「異論はありません」

「わかりました。まず我が方としては1週間の休戦であれば応じることができます」

「1週間の休戦ですか?」

「そうです」

「そうなると、賠償金や領土の割譲などはその休戦を結ぶ上で要求しないということですか?」

「降伏を希望でしたらもちろん受け入れる用意はあります。しかし、戦後賠償については上層部が考えることです。私ではその内容を決める権限はありません」

「そうなのですか? 貴国は将軍の権限が低いようですが……」

「我が国には我が国の事情がありますので……それで、1週間のみの休戦について、何か聞きたいことはありますか?」

「……1週間後。休戦が切れた場合貴国はどう動くおつもりか?」

「ーーそちらのご想像にお任せします」

「……」

 

 スマークは澤部の抽象的な物言いに苛立ちを覚えたが、日本の提案を拒否するとどうなるかわかったものではないと考え、従うことにした。

 

「我々ロウリア王国は、日本が提案する“1週間の休戦”に同意します」

「貴国の理性的判断に感謝します。急ぎ正式な文書を用意します」

「わかりました」

 

 その後。澤部とスマークの連名による停戦協定が結ばれた。内容は以下の通りである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 『日本-ロウリア休戦協定(通称:サワベ=スマーク協定)

 

1:この協定は結ばれた時から7月27日23:59までの間。日本及びクワ・トイネとロウリア間の戦闘を停止する。

2:この協定が有効な間。自国及び占領地内での自軍の動きは特に制限しない

3:この条約締結による。占領地及び捕虜等の返還作業は実施しない

4:この協定を締結した両国は協定を遵守しなければならない

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「サワべ将軍。此度はありがとうございました」

「武人が交渉に来たのなら、それを迎え入れるのもまた武人の志と思います」

「そうですか……。では、また1週間後に」

「はい。お待ちしております」

 

 諸々の作業が終わった後、スマーク達ロウリア王国交渉団は北の港を後にした。

 馬車に揺られる中。スマークは離れ行く北の港を眺めた。

 北の港が日本の手に落ちてから2か月近く経つが、思ったより市街はそこまで荒れていなかった。

 

「……強さが増せば、それだけ理性も増すのだろうか? ニホンは不思議な国家だ」

 

 スマークたちは夕日が差す北の港に清閑を感じながら王都へ帰還した。

 

 

中央暦1639年 7月22日

-クワ・トイネ公国 マイハーク日防軍基地-

 

 鉄筋コンクリートで建造された日防軍基地庁舎の一室。そこには日防軍士官と共に普段訪れることのない仲嶋(大使)とクワ・トイネの外務卿とその部下たちが集まっていた。

 

 集まった中で外務卿が開口一番口を開いた。

 

「ーー多勢を寡兵で撃退する貴国にしては、つまらない選択ですな」

 

 外務卿の言葉は、侵略を受けているクワ・トイネの意思とは関係なく。日本とロウリアが停戦したことに不満を抱えていることの表れだった。

 

「不満があるのは重々承知しています。しかし、この休戦は条件こそないものの期限付きです。その程度であれば現場指揮官の権限範囲内です」

「それは理解しますが、せめて我が国の意見を受け入れるくらいはしてほしかったですな」

「理解しております。故に、この会談を設定したのです」

「フンッ! わかってますよ」

 

 外務卿は鼻息荒く捲し立てつつ、仲嶋の説明を待った。

 室内が薄暗くなりカーテンが閉じられると、スクリーンに映像がロデニウス大陸が映し出された。

 

「まず。現状ですが、ロウリア軍は侵攻初期と比較して兵力の半分以上を損失しました。ワイバーンは約400騎。軍船もほぼすべて損失しているので、額面以上の戦力を失ったとみていいでしょう」

 

 スクリーンにそれぞれの占領地と3ヶ国の戦力が表示された。

 

「推測ですが、ロウリアが最も恐れているのは我が国が大挙してロウリア国へ侵攻を始めることです」

「何故そう言い切れるのか?」

「休戦を申し出たのタイミングです。我が国が北の港を制圧して1か月半。ロウリア国内で戦力の補充を確認しましたが、戦略的再配置はありませんでした」

「……そうですか」

 

 外務卿は諜報員の情報からほぼ日本側と同じ結論に至っていた。

 日本の方は頻繁に無人機による情報収集に努めており、さらに夜間限定ではあるが『王都ジン・ハーク』にも偵察を実施している。

 読者の方から見ると“敵地上空に進入しても大丈夫なのか?”という疑問が生まれるかもしれないが、近代における“領空”や“防空識別圏”の概念こそないが、ワイバーンという航空兵力は存在するので『迎撃できない高高度を無害通過する』という形で偵察を繰り返している。

 

 外務卿は日本の活動のことなど露ほど知らず話を続けた。

 

「それで、今回の会談はこの戦争における講和案を纏めるということでよろしいですか?」

「その認識で合ってます。失礼ですが、貴国が望む講和条件はどういったものをお望みですか」

 

 外務卿は少し考えた後、質問に答えた。

 

「……第1に我が国の領土全域から撤退すること。第2に侵略によって生じた損害賠償。他にも細かいものはありますが、最低限この2つが必須の項目となります」

「その条件は理解できます。しかし、それはクワ・トイネ単独で達成可能ですか?」

 

 外務卿は何も反応しなかったが、内心突かれたくない核心を突かれたことに不快感を感じた。しかし、亡国を救ったのは紛れもなく目の前の大使が属している国家なのだ。

 理性を最大限働かせて腹の虫を抑えつつ、誠実な回答を伝えた。

 

「大使が懸念するように我が国単独ではどの条件も達成できないでしょう。日本の方はどのように考えておられるのですか?」

「貴国が提示した領土からの総撤退。損害賠償には同意します。我が国はロウリアに対して強く求める条件はありません」

「それは何故ですか?」

「我が国の参戦目的は貴国の防衛です。現状クワ・トイネ領土内からロウリア軍は既に駆逐し、ロウリア軍を国境線の向こうまで押し戻せました。これ以上。ロウリアと戦争を続ける理由はありません」

「そうなると。講和条件はほぼ我が国が提示する物に同意するということでしょうか?」

「はい」

「……我が国も、貴国と同様に戦争の長期化は望みません」

「それはよかった。その条件で次の会談に臨みましょう。次回の会談は7月27日の予定です。前日に北の港へ移動しますので、26日の朝にこちらへお越しください」

「わかった。首相に伝えておく」

「あぁ。申し遅れましたが、交渉団はあまり多人数でお越しになるのはお控えください」

「それも伝えておこう」

「カナタ首相によろしくお願いします」

 

 2ヶ国の会談は終了し、26日早朝。27日の講和会談に備えてクワ・トイネの交渉団が北の港入りした。




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