Fate/Steins;Gate (アンリマユ)
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運命の歯車は回りだす

更新遅いくせに何執筆作品増やしてんだ? とお思いですよね?
はい、わかってます。でも、劇場版のシュタゲ見たら書きたくなってしまったんです。許してください。
あ、あと、あらすじ観た感じコメディっぽいですけど、内容は結構シリアスです。……たぶん。


「くっ……!」

 

振るわれるハルバートを、全身黒ずくめの男は身を屈めてギリギリの所でかわす。

 

人造人間(ホムンクルス)……人間大の大きさに人間を越えた腕力だと? 何がフラスコの中も小人だ、過去に行ってパラケルススに文句を言いたいっ!」

 

またもハルバートをギリギリの所でかわす。

どうやら喋っている余裕はないらしい。一人、二人ならば倒す自信はあるが、十数人ものホムンクルスに襲われては勝てる自信がない。

 

「……?」

 

しかし、突如ホムンクルスの動きが止まった。

 

「おい……何をしている」

 

ふと見ると、白き少女が怪力ホムンクルス共に捕まり、ホムンクルスに命令を下した人物である老人の眼下に連れて行かれている。

 

「なに、貴様の様な名も無き英霊ではアインツベルンの悲願を達成できそうもない。が、他の者に聖杯を譲るのもどうかと思うてな。ならば、器を破壊するしかあるまい? そして、出来そこないの英霊を召喚したこの者の罰にもなろう」

 

フッ、出来そこないの英霊とは言ってくれる。

そもそも前提が間違いだ。俺は英霊になろうと思ってなったわけではないし、平和よりも望んだものは狂気と混沌だ。

確かに偉業を成し遂げたという点では、英霊足りえるのかもしれない。俺のしたことで救われた者も、少なからずいただろうからな。

でも、俺が救いたかったのはそんな見ず知らずの誰かではなく、一番大切な存在である あいつ だったんだ。

だから、俺には英霊としての誇りはおろか、自身の矜持すら持ち合わせてはいない。

そうだ、何を避けていたんだろう? さっさとハルバートの一撃を受けて消滅しておけばよかったんだ。

 

「……だ。……いやだ。……い、やだよ。死にたくない」

 

身体の力を抜いた時、聞こえた声。

 

「助けて、よ」

 

首から上だけ俺の方へ振り返り、少女は助けを乞う。

あと数秒もしないうちにホムンクルスの持つハルバートは振り下ろされ、その頭蓋を砕くだろう。

それで終わりだ。マスターを失った俺は世界から消滅する。

だというのに───ッ!

 

「死にたくない、よ……バーサーカー」

 

寂しげな表情で俺を見る少女が、あの頃をフラッシュバックさせる。

何度も体験した■■■の死を。俺が救えなかった あいつ の死を。

無情にもハルバートは振り下ろされ、その雪のように白かった髪は赤く染まっていく。

 

「……キョー……マ」

 

 

「───ッ!!」

 

その瞬間、俺は自身の宝具を発動させていた。

 

 

 

 

 

 

 

何もない世界。虚無の世界。そんな中、一人漂う男がいた。

男は何もない世界で、様々な出来事を想いだす。

 

《ゴメン。ずっと気づいてあげられなくて》

 

そう言って、悲しそうな顔をする少女がいた。

そんなことはない。何度も繰り返す世界で、お前は俺に気づき死にかけていた心に再び命を与えてくれた。

結果的に言えば、未来は変えられなかった。でも、お前と過ごした時間はとても幸せだった。

 

《あなたはね、私の王子様なんだよ。これからも、あなたを好きでいていいんだよね?》

 

そう言って、頬を赤らめた少女がいた。

誰も死ぬことはなかったけれど仲間たちとの絆は無くなってしまった。

それでも俺が幸せを感じられたのは、君のおかげだ。好きでいてくれてありがとう。

 

《■■■ちゃん、とても嬉しそうでした》

 

そう言って、涙を必死に抑える少年……いや、少女がいた。

自分が守ってあげなければいけないと思っていたが、少女はとても強かった。

自分の罪を正面から受け止めている彼女を見て、俺も少女と共にその世界を生き抜くことができた。

 

《■■くん……元気で》

 

そう言って、目に涙を溜めてはにかんだ女性がいた。

誰も味方がいなかった世界で、唯一俺を支えてくれた人。

彼女との思い出がない俺を、彼女は変わらず支えてくれた。おかげで俺は救われた。

 

《うまく思い出せないんだけど、なんだかもう一人すごく大切なお友達がいた気がするんだー。『あなたは幸せになりなさい』って言葉が、ずーっと耳に残ってるんだー》

 

そう言って、寂しそうに空へと手を伸ばす少女がいた。

そうだ。あいつのおかげで、君を助けることができた。だから二度とこの手は離さない。

人質としてではなく、かけがえのない人として、俺は君を守っていく。

 

《さよなら。私も■■のことが―――》

 

ああ。俺もお前の事が好きだったよ……。

 

「!?」

 

その時、今までとは違う、自分のものではない情報が頭の中へと入りこんでくる。

 

「聖杯……マスター……? まさか、そんなことが」

 

彼の脳へと送られてきたものは、聖杯を求め魔術師と共に命を懸ける戦争『聖杯戦争』の情報だった。

それは生前彼の右腕だった友人がよくやっているようなゲームの世界の話そのもの。

しかし、情報が入ると同時に理解もしていた。これが真実だということも、今の自分がどういう存在かということも。

聞こえてくるのは自分を呼ぶ声。それにつられて体が引っ張られる感覚。

 

「ふん。面倒なことこの上ないな。召喚者には悪いが、俺は早々に退場させてもらうとしよう」

 

強烈な光。肌に突き刺さるような冷気を感じつつ目を凝らすと、目の前には雪のような白い少女がいた。

そして、少女の周りにはこの場を取り囲むように同じ顔をした人形のような女性たちと、怒りにその表情を鬼のようにする老人が一人。

 

「貴様がこの俺の召喚者か……?」

 

俺は目の前の少女に声をかける。

辺り一面は石で造られた壁や床。明かりも電気などではなく蝋燭だ。まるで映画などで出てくる古城の地下室を連想させる。

そして、足元には巨大な石の塊。おそらくこれを触媒としてどこぞの英霊を呼ぼうとして失敗したのだろう。

 

「うそ……失敗? 貴方……ヘラクレスじゃ……ない?」

 

「ヘラクレス……?」

 

なるほど。ということは目の前の石の塊は、かの有名なヘラクレスを祀る神殿の支柱となっているといわれている斧剣か。まさかこの目で御目にかかれるとはな。

 

「よく聞け、少女よ。我が名は鳳凰院凶真。ヘラクレスのような英霊ではなく、この世を狂気と混沌に導く反英霊だ……ん、メールだと?」

 

淡々と少女に真実を告げる中、ポケットに入っている携帯が鳴った。

 

「!!」

 

「きゃっ!?」

 

メールの文章を見た瞬間、俺は少女を担ぎ走り出した。

なぜなら、送られてきたメールの内容は。

 

   ───少女を救え、離脱しろ

 

という未来から過去へのメール。Dメールだった。

 

一番近くの壁に近づき、振りかぶった拳に渾身の力を込める。本来の力ではこんな石壁壊すことなどできない。

だが、幸いといっていいのか英霊としてのこの肉体は俺の身体能力が最も高かった世界線、ラウンダーの統括 鳳凰院凶真だった時のもの。

そして、割り当てられたクラスは狂戦士(バーサーカー)。狂化されたこの身ならば石壁に人一人通れるくらいの穴をあけることなら可能!

 

「うぉぉぉおお!」

 

渾身の力で殴った壁は見事穴が開く。殴った右手に激痛が走るが、それを無視して全力で走り続けた。

雪が積もっていて走りにくい道を抜け、車道に出てなおも走る。走り続けて一時間、空き家を見つけたのでその中へ逃げ込んだ。

 

「……ちっ、電気は通っていないか」

 

電機は通っていないようだったが、幸いな事に空は晴れていて月が出ているので、何も見えないということはなかった。

周囲に人の気配がないことを確認し、椅子で呆然としている少女へ声をかける。

 

「おい」

 

「……失敗した……これじゃ、もう」

 

少女の目には光がなく、ずっと何かを呟いている。

 

「おい、貴様の名前は何という」

 

「……イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

少女は一瞬こちらを見た後視線を落とし、ぼそっと呟いた。

その態度に苛立ちを覚えながらも、俺は言葉をつづけた。

 

「そうか、ではイリヤスフィール。悪いが俺は聖杯なんぞに興味はない。早々に還らせてもらうぞ、後は自分でなんとかするんだな」

 

「……そう」

 

またも小さく呟くイリヤスフィール。

いったいなんなんだ? 聖杯戦争に参加しようとしたということは、叶えたい望みがあったはずだ。

その為にはこの俺、サーヴァントが必要不可欠。だというのにこいつはまるで他人事のよう。

 

「なぁ、お前は聖杯戦争に参加するつもりだったのだろう? その為のサーヴァントが参加を拒否しているのに止めようとはしないのか?」

 

そのことに疑問を持った凶真は、ついその理由を問いただしてしまった。

 

「なんでそんなことを聞くの。還りたければ還ればいいじゃない」

 

「ああ。そうさせてもらうさ。だが少女よ、そんなに擦れていてはこの先の人生、生きていくのが大変だぞ」

 

「私にこの先なんてない……」

 

「なに?」

 

「もう、無意味なのに……なんで、なんで貴方は私を助けたのよっ!」

 

凶真の問いが触れてはいけないモノに触れてしまったのか、少女は感情を吹き出す。

涙を流しながら、凶真の黒いコートを掴み捲し立てる。

 

「私は勝つ為に聖杯戦争に参加した! 勝たなきゃいけなかったの! 勝たなきゃ、戦えなきゃ……生きてる、意味がないの……!」

 

「ふざけるな!」

 

戦えないなら生きてる意味がない。そう言いながら嗚呼を漏らす少女。

まだ十かそこらにしか見えない少女の言葉に、今度は凶真が激怒した。

 

「戦えなければ、生きる意味がないだと!? 世の中には生きたくても生きられないやつがいるんだぞ! 救いたくても、救えないやつがいるんだぞ……っ! それなのに貴様は!」

 

「貴方に何がわかるのよ! 私はアインツベルンの悲願を達成する為に育てられてきた。悲願を達成できれば自由になれると信じて! それなのに召喚は失敗。貴方みたいな弱いサーヴァントを召喚してしまった……役立たずの私はきっと、お爺様に殺されるわ。たとえ今逃げ延びられたとしても、いつかは見つかって殺される……私の死という運命は、変えられないの」

 

絶望に染まった瞳。俺はこの目を知っている。

何をしても抗えない現実を知っている目だ。全てを諦めてしまっている目だ。

どれだけ辛い思いをすれば、こんな小さな少女がこんな目をするようになってしまうのだろう?

だが、俺はそれを認めてやるわけにはいかない。

Dメールが届いたということは、未来において鳳凰院凶真はこの少女を救うと決めたということだ。ならば、救ってみせようではないか。

 

「イリヤスフィール。俺の知り合いにとても強い奴がいた。絶望的な世界を変える為に、僅かな希望を求めて運命に抗い、味方が誰もいない世界で一人孤独に戦った戦士が」

 

思い出すのはくせっ毛の両側を三つ編みにして、ジャージとスパッツで自転車に乗る戦士の姿。

単身タイムマシンに乗り込んで、まったく知らない世界でもたくましく生き抜き、俺たちに希望を残してくれたバイト戦士の姿。

 

「その戦士の強い意志で、運命が変わる世界があった」

 

「私には無理よ……」

 

それでも少女に凶真の言葉は届かない。なら、選択は一つしかない。

 

「気が変わった。俺は聖杯戦争に参加するぞ」

 

「そう。でも悪いけど、私は……っ!」

 

尚も諦めの言葉を出すイリヤスフィールの胸元をつかみあげ、強引に引き寄せる。

 

「貴様の意思など関係ない。今日から貴様はこの鳳凰院凶真の人質だ。自ら死を望むことは許さんし、誰かに殺されることも許さん。貴様の生殺与奪は俺が決める」

 

その言葉に、僅かではあるがイリヤの瞳に光が差した。

 

「人……質?」

 

「そうだ、我が名は鳳凰院凶真。狂戦士(バーサーカー)のクラスにしてこの世を狂気と混沌に誘う者。この戦いに勝利するなどたやすいことだ」

 

この人は何を言っているんだろう? イリヤスフィールの頭には疑問が浮かぶばかり。

けれども、彼の言葉は力強くまるで本当に聖杯戦争に勝利してしまいそうな錯覚を覚える。

 

「あえてもう一度名乗ろう。我が名は鳳凰院凶真! 聖杯は、我が手の中に!!」

 

高らかに勝利を謳う漆黒のその姿。イリヤスフィールには見覚えがあった。それはいつかわからないけれど。

でも、この男の言葉は信じられる気がした。

 

「本……当?」

 

「ああ、本当だ。だから、安心して俺の人質でいろ。イリヤスフィール」

 

男の言葉がひとつ、またひとつと少女の身体に染み込んでいく。その度に、灰色だった世界が彩られていく。

絶望に染められていた少女の瞳は、いつの間にか綺麗な赤い瞳に変わっていた。

 

「……うん……うん。よろしくね、バーサーカー。ううん、キョーマ!」

 

こうして、白き少女と異端の英霊の運命の輪は回り始めた。

 

 

 

 




はい。この鳳凰院さんシュタインズゲート世界線以外のすべての記憶をもっています。ちなみに、狂戦士のクラスで召喚された為、現在は暗黒次元のハイド世界線の岡部倫太郎をイメージして書いております。今後はどうなるかわかりませんがねニヤリ。

それではまた次回!


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狂戦士VS槍兵

「タイムマシンは、SERNが回収する」  

 

突如部屋に入ってきた仮面で顔を隠した男4人を従える黒いライダースーツの女は銃を構えてそう呟く。

そして、部屋の奥にには4人の男女が手を上げて固まっている。

 

「岡部倫太郎、橋田至、牧瀬紅莉栖は、一緒に来てもらう。 椎名まゆりは、必要ない」

 

椎名まゆりと呼ばれた少女に向けられる銃口。

 

「やめろ……やめてくれ……」

 

白衣を着た青年が必死に懇願するも、女は無慈悲に銃の引き金を引いた。

パンッ と乾いた音が部屋に響く。続いてどさりとナニカが床に落ちる音。

そう、たった今椎名まゆりと呼ばれた少女はに射殺され、地面に力なく倒れたのだ。

 

「なんだよ……なんなんだよこれ!」

 

青年は少女を抱きしめ叫ぶ。その瞬間部屋の扉が開き、ジャージを着た少女が4人の男を制圧しライダースーツの女と対峙する。睨みあう2人。そんな中、ジャージの少女は言った。

 

「42……ブラウン管……点灯済み」

 

黒いライダースーツの女は訝しそうにジャージの少女を見るが、部屋にいた白衣の青年と白衣の少女だけはそれが何を意味するのか気づいたのか、危険を顧みず奥の部屋へと駆け込む。

その部屋で青年はヘッドホンを装着し、少女はパソコンを起動する。

 

「俺が跳ぶ!」

 

「でもまだテストもしてないのに、きゃっ!」

 

少女が青年を制止しようと呼びかけた瞬間、少女は背後から銃で撃たれてしまう。

だが、残る力を振り絞り少女はパソコンのEnterキーを押し、マシンは作動する。

 

「跳べよぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

 

瞬間───世界は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ヤ……リヤ! ……おい、イリヤスフィール!」

 

「はいっ!?」

 

俺の呼び声でイリヤは飛び起きる。現時刻は午前11時47分。

慣れない日々で疲れているだろうから多少の寝坊は大目に見ようと思ったが、いくらなんでももう昼だ。今日は用事もあるのだしそろそろ起きてもらいたい。

 

「目が覚めたか? だったらさっさと朝食の準備をしろ。今日はお前が当番の日……どうした」

 

元から白いその肌をさらに蒼白にして、イリヤは震えている。

疲れからくる寝坊かと思ったのだが、もしかしたら体調が悪いのかもしれない。

 

「体調が悪いのなら俺が変わってやってもいいが?」

 

「キョーマ……あ、だ、大丈夫! ちょっと嫌な夢を見ただけだから」

 

そういって台所へ向かうイリヤの足取りはしっかりしていた。どうやら本当に悪い夢を見ていただけのようだ。

 

「……慣れない生活では無理もないか」

 

俺は台所で小さな体を忙しく動かすイリヤを見ながら今日までの一ヶ月間の事を思い返す。

俺がアインツベルンの城で召喚された日。なんとかイリヤを連れ逃亡に成功した俺は驚愕した。なんと、イリヤが俺を召喚したのはドイツだったからだ。

俺はなんとか宝具である未来ガジェットを駆使し日本への密入国を成功。したはいいのだが、金も家もない俺たちではどうにもできず、仕方なく空き家での生活を余儀なくされた。

しかし、なかなかどうしてサーヴァントとしてのこの身は便利で、戦闘面では他の英霊の足元にも及ばないが、保有しているスキルが潜伏に適しているのもが多かった。

まず第一に固有スキル『孤独の観測者』これは俺の生前での幾度となく行われたタイムリープで鍛えられた精神がもととなったスキルで、狂化への耐性を高めてくれるものらしい。そのおかげでバーサーカーのクラスで呼ばれたにもかかわらず、自我を失わずに済んでいる。

そして第二に『陣地作成』のスキル。これは本来キャスターのサーヴァントが保有している場合が多いらしいのだが、低ランクではあるが俺も所有しているらしい。これのおかげで、空き家は我が未来ガジェット研究所を再現することに成功した。そこら辺の車からバッテリーも頂戴したため、多少なり電気も使えるし、俺もバイトを始めた為なんとか生活はできている。まさか英霊になってまでバイトをするとは思わなかった。

が、あれから一ヶ月。まだ子供のイリヤには大変な事ばかりだろう。疲れてもおかしくはない。

 

「……もう聖杯戦争も始まる。本格的に居住地を考えなければな」

 

「キョーマ、ごはんできたよー」

 

「ああ、今いく」

 

いつの間にか料理を終わらせていたイリヤは、テーブルにならべ食べる準備を整えていた。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

「いただきます」

 

炊き立てのご飯と玉子焼きを口の中に放りこむ。見た目が悪いし、多少焦げてはいるが初めの頃に比べればかなり美味しくなっている。

ここに住み始めた当初は俺もイリヤも料理ができず、お互い言何度も言い合いをした挙句、まるで電話レンジ(仮)でゲル化したような料理を2人で食べたものだ。

だが今では文句の一つも言わず、俺とイリヤは交代で料理を作っている。

 

「そうだイリヤ」

 

「なに?」

 

「お前の言っていた少年。衛宮士郎の住所がわかったぞ」

 

「そう……」

 

最初、俺は何故イリヤが衛宮士郎という少年を探しているのかわからなかった。

聞けば衛宮士郎という少年はイリヤの父衛宮切嗣前回の聖杯戦争に参加した際、救い養子にした子供らしい。

なるほど、辛い日々を送った自分を放っておいて切嗣と暮らしていたことが憎くて復讐の為に探している。確かにそれなら理解できる話だ。だが……。

 

「やっと会えるのね私の───弟に」

 

笑顔で喜ぶイリヤ。そう、イリヤは復讐がしたかったのではなく、純粋にまだ見ぬ弟に会いたかったのだ。

俺はそのことが腑に落ちず、一度イリヤに聞いたことがある「衛宮士郎が憎くないのか?」と。だがイリヤから返ってきたのは「うん……ずっと迎えにこないキリツグを恨んでいたこともあるし、あのままだったら私はシロウを恨んでいたわ。でも、あまり思い出せないのだけれど誰かに言われた気がするの。切嗣は必死に君を救い出そうとしていると。君には義理の弟がいると」という答えだった。そして、その時にその誰かにもらったメダルのようなモノを見ていると、黒く染まってしまいそうな心に僅かな希望が持てたのだと。

 

「それはいいが、やはりその誰かというのは思い出せないのか?」

 

「うん。あの時はなんとか心を保つので精一杯だったから」

 

イリヤはポケットから取り出したメダルのようなものを見つめる。

サビと擦れで大まかにメダルのようなものという事しかわからないそれでは、それが誰だったのか探すことも難しいだろう。

 

「まぁいい。今日バイトが終わったらその衛宮士郎の家に行くから、俺が帰るまでに準備しておけよ」

 

「わかったわ。いってらっしゃい、キョーマ」

 

イリヤの声に片手を上げて答え、バイト先へ向かった。

 

 

 

 

日は落ちて辺りが暗くなった頃、バイトから帰宅した俺はイリヤに未来ガジェット研究所に認識阻害の魔術を掛けてもらい、衛宮士郎の家を目指した。

 

「ねぇ、キョーマ。あの空家を残しておく必要あるの?」

 

「空き家ではなくラボといえ。まぁ、衛宮士郎がどんな人物かわからないから、家に泊めてもらえるかわからないし、後に必要になるかもしれない俺の宝具の発動条件でもあるからな」

 

「どんな宝具?」

 

「今はまだ知る必要はない」

 

むー っと頬を膨らませるイリヤをなだめつつ、歩くこと数十分。大きな和式の家が見えてきた。

 

「ここ?」

 

「ああ、そうだ。いいな、打ち合わせ通りに行くぞ」

 

門をくぐり、玄関の戸を叩く。

すると、はーい という声をほどなくして、赤毛の少年が出てきた。

 

「えっと、どちら様でしょうか?」

 

「はじめまして、岡部倫太郎といいます。そして、こちらはイリヤスフィール」

 

「ごきげんよう。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです」

 

「は、はぁ?」

 

戸惑う衛宮士郎に俺は生前の名前を名乗り、衛宮切嗣の知り合いだと説明する。

以前切嗣の仕事を手伝ったことがあり、この場所を聞いていたということ。そして、実は切嗣には妻がいてその子供がイリヤであり、士郎にとって義理の姉に当たること。

今はイリヤの家が遺産問題などでもめていて家に居づらく、しばらく止めてほしいという旨を伝えた。

すると士郎は快く承諾してくれて、居間でお茶を出してくれた。

 

「えっと、お口に合うかわからないですけどお茶です。あ、イリヤ……スフィールさんは紅茶とかの方がよかったですか?」

 

「ありがとう、だいじょうぶよ。それとそんなかしこまらないでイリヤでいいわよシロウ。なんならお姉ちゃんでも」

 

「あ、う。いや、それはちょっと恥ずかしいんで、イリヤで」

 

俺はお茶お飲みながら、2人のぎこちない様子を眺める。

最初はうまくいくか不安だったが、イリヤの顔を見て安心した。先ほどから終始ニコニコしていて楽しそうだ。

ここで暮らせば、ラボで暮らしていた時に比べ格段に精神も安らぐだろう。

と、その時ガラスが割れたような音が室内に響く。それと同時に衛宮士郎は慌てだし、イリヤの顔も真剣な魔術師のものへと変わった。

 

「今のは魔術的な警報……シロウ、あなたも魔術師だったのね」

 

「なんでイリヤがそれを……! って今はそんな場合じゃない。あいつが追ってきたんだ!」

 

「あいつとは誰だ?」

 

衛宮士郎が魔術師だったことにも驚いたが、士郎の取り乱し様はただ事ではない。

 

「岡部さん、イリヤ! とりあえず外……に!?」

 

俺たちに注意を促す士郎の胸に突如刺された深紅の槍。

的確に心臓の位置を捕らえた槍に、士郎は大量に吐血しその場に崩れ落ちた。

 

「シロウ!!」

 

「サーヴァント!」

 

まだ姿は見えないが、こんな事ができるのはサーヴァント以外ありえない。

倒れる士郎に駆け寄ろうとするイリヤを強引に抱きかかえ、俺はガラスを蹴破り広い中庭へと出た。

 

「離してキョーマ! シロウが!」

 

「落ち着け! まだ方法はある! 今はそれよりもこの場から生き延びることだ!」

 

「よぉ、まさかサーヴァントとマスターがいるとは思わなかったぜ」

 

部屋から深紅の槍を携え現れたのは青き鎧に身を包んだ獣のような眼光の槍兵。

三騎士のサーヴァント ランサーだった。

 

「ちったぁ楽しませてくれよ!」

 

掛け声とともに弾ける槍兵。その弾丸のような槍が右肩を貫いた。

肩から全身に走る激痛に、その場に倒れこむ。

 

「が、がぁああああ!」

 

「はっ、キョーマ!」

 

俺の苦痛の叫び声でイリヤは我に返り、急いで治癒の魔術を発動させるも、肩の傷は一向に治る気配がない。

 

「これは、呪詛!? だめ、私じゃ治せない!」

 

「おいおい、もう終わりかよ? ったくつまんねぇな」

 

ランサーは心底がっかりした様子で槍を肩に担ぐ。その様子は明らかに止めを刺すつもりがない。

 

「どういう事だランサー……何故止めを刺そうとしない?」

 

「はっ、刺したいのは山々なんだがマスターの命令でな。初見の戦闘では全力が出せない。だからこそ、一度目は見逃して二度目に全力で死合いがしたかったんだが……お前相手じゃその必要もなさそうだ」

 

先ほどとは打って変わって殺気を滲みだすランサー。なるほど、こんなに弱い英霊と全力の勝負などできるわけがないと判断したわけか。確かに俺は人間にならば負けないだろうが、サーヴァント相手に格闘戦で勝てる気はしない。

しかし、ランサーはこの鳳凰院凶真を甘く見すぎだ。

黒いコートのポケットから取り出した携帯に文章を打ち込む。その行為が何かわからずランサーは一度訝しんだ後、再度槍を構える。だが、もう遅い!

 

「ランサー貴様は情報を喋りすぎだ」

 

メールに打ち込んだ文章は。

 

     呪詛の槍に気をつけろ ランサーは全力が出せない 全力でいけ

 

ランサーの槍が俺の胸を貫く前に、俺は宝具を発動させた。

 

過去へ示す助言(Dメール)

 

瞬間、世界は歪みそしてまた収束する。

先ほどまであった肩の激痛は無くなり、体にあるのは多少の切り傷。倒れていたはずの身体はしっかりと地に足をついて立っている。そして、目の前には槍を構えたランサーが。つまり、過去改変(・・・・)は成功した。

 

「ほう? 俺の槍をよくここまで捌いた。あまり強くはねぇが、戦い慣れてはいるな。隙をつくのが上手い……お前、アサシンか?」

 

「クッ、暗殺者風情と同じにしてもらっては困るな」

 

俺は笑いを押し殺し、冷淡に冷たく言い放った。

 

「我が名は鳳凰院凶真。バーサーカーのクラスを与えられし者だ」

 

「貴様正気か。サーヴァントが真名を明かすとは」

 

「我が真名を明かしたところで、この鳳凰院凶真に弱点など存在しない」

 

何せ、未来の英霊なのだから。とは言わずに不敵に笑う。

その堂々とした姿が気に入ったのか、ランサーは高らかに笑いあげ、心底愉快気に言った。

 

「なるほどなるほど。いや、なかなかどうして面白いサーヴァントだ。いいぜ、なら俺も名乗ろう。我が名はクーフーリン。騎士として、貴殿と正々堂々戦うと誓おう」

 

クーフーリン。ケルト神話の光の神子。ということはあの真紅の槍は魔槍ゲイボルクか。

ふん。楽しそうなところ悪いが、俺は正々堂々と戦う気はない。なんとかこの場を生き延びる活路を見出さなくてはならない。

ランサーの槍を捌きつつ、Dメールを送ること数十回。致命傷を受ける度にDメールを送り過去の俺にランサーの攻撃のタイミングを伝え回避を試みるが、数合打ち合うとすぐにまた致命傷を受けてしまう。

つまり、俺では何度繰り返しても現時点でランサーから逃げることは敵わないという事。世界はそこに収束してしまうことになる。

ならばどうする?

 

「戦いの最中に考え事とは余裕だなぁ!」

 

「しまっ、がぁっ!?」

 

思考中による一瞬の油断で俺は思い蹴りを鳩尾に受ける。その一撃は軽々と俺の身体を吹き飛ばし、中庭の隅にあった土蔵扉を破壊し中へと追いつめられた。

そんな俺を追ってイリヤも土蔵へ来るが、それでは逃げ場が無くなる。

イリヤを外へ連れ出そうとした時にはもう遅く、土蔵の入り口にはランサーが立っていた。

 

「よく耐えた方だが、しまいだぜ。まだ、七騎サーヴァントはそろってねぇが、お前はここで脱落だ」

 

深々と胸に突き刺さる深紅の魔槍。身体を巡る魔力の薄れ具合から、俺は消えることを実感した。

また『過去へ示す助言(Dメール)』を使うか? いや、それは無意味だ。決定的な何かがない限り意味のないことを繰り返すことになる。

あれだけカッコつけておいて、これで詰み、か。

 

「ん」

 

諦めかけた俺の頬に、暖かな液体が落ちてくる。

目を開けば、そこには大量の涙を流すイリヤの顔。無駄だろうにイリヤは俺に治癒の魔術を掛け続けている。

 

「キョーマ! しっかりしてキョーマ! 私は人質だって言ったじゃない、聖杯を手にする事なんて造作もないって言ったじゃない!」

 

ああ。そうだ、俺は何を諦めていたんだ。

俺は鳳凰院凶真だ。フェニックスの鳳凰に院、凶悪なる真実で鳳凰院凶真だぞ。この程度で諦めたりなどするものか!

タイムリミットは体が完全に消えるまでの数秒間、それまでに何としても打開策を見つけなければならない。

Dメールを一定回数送るという条件と、未来ガジェット研究所の存在という条件を満たした今ならあの(・・)宝具の使用が可能だ。後はランサーの打開策さえ見つかれば……!

その時、俺は確かに見た。俺から流れた血液に僅かに反応した魔法陣を。

 

「イ、リヤ。時間がない……から、簡潔に答えて……くれ」

 

「キョ、キョーマ!」

 

「ここに……ある魔法陣、そして、この土蔵という空間でサーヴァントの召喚は可能……か?」

 

「え、う、うん。たぶんできるけど、いくら私でも触媒もない状態で、二体目のサーヴァントの召喚は……!」

 

イリヤはまだ何か言っているが、聞きたいことは聞けた。

この場でのサーヴァントが召喚が可能という事と、ランサーの言った「まだ七騎サーヴァントはそろってない」という言葉。それが本当ならば、賭けに出る価値は十分ある。

一騎()では勝てなくとも、サーヴァントが二騎いればランサーを撃退できるかもしれない。

イリヤは自分にはサーヴァントの更なる召喚は無理だといった。だが、生憎ここには魔術師がもう一人いる。

 

「いでよ、神をも冒涜せし我が宝具よ!」

 

虚空に手を伸ばし、叫ぶとその手にはヘッドホンのような物が現れる。

それを見たランサーは表情を変え、止めを刺しに来るがもう遅い。条件は整った。

俺は素早くヘッドホンを装着し、携帯の連絡先を未来ガジェット研究所にある宝具『電話レンジ(仮)』へと設定する。生前はパソコンで時間軸を設定しなければならなかったが、宝具として昇華されたこれ(・・)は俺の任意で設定が可能となる。

その偉大なる宝具は、この世界でいえば限りなく魔法に近い奇跡。神をも冒涜する12番目の理論。

 

「発動せよ! 『神を冒涜せし理論(タイムリープマシン)』!!!」

 

強烈なスパークと共に世界は歪む。襲いかかる頭痛と地に足がついていないかのような感覚。

その全てが消えた瞬間。俺は───死んだはずの衛宮士郎と泣いていたはずのイリヤが楽しく会話をする、衛宮邸の居間でお茶を飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……いまさらながら、オカリンに戦わせるのって難しいです。まぁ、がんばります。
えーちなみに、後に質問がくるかもしれないので先に書いておきますが、宝具おかげで多少Dメールやタイムリープマシンの使用が簡略化されています。なお、Dメールの文字数制限は無しにしてあります。未来オカリンはDメールで動画が送れますから、文字数も増えても平気なのでは?という考えです。
最後に、正義の味方にやさしい世界ともどもよろしくお願いします。

それではまた次回!!


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七騎目のサーヴァント

今回の話、アニメのFateを見始めた方にはネタバレになってしまう部分があるので、嫌な方はお引き返しください。
原作を知っている。もしくはネタバレも構わないという方は、そのままお読み下さい。


光の入らない暗い地下室。数々の機材が積まれる中、よれよれの白衣を着た一人の男がカメラに向かって語り続ける。

表情は無表情なれど、その声色には相手を気遣うような優しさが感じられる。

それから数分男は話し続け、最後に微かに笑みを零した。

 

「では、健闘を祈る。エル・プサイ・コングルゥ」

 

男は満足げにカメラの電源を切る。そして、あらかじめ準備しておいた機械の電源を入れ、ついさっき撮った動画をどこかへと送る。

送信完了の文字を確認し、一息つこうとしたその瞬間、周囲の機材に剣の雨が降り注ぎ破壊される。白衣の男はさして驚いた様子もなく、つまらなさ気に振返った。そこには、赤い外套を羽織った男が立っている。

 

「遅かったな。もっと早く来るものだと思っていたが」

 

「出来ればそうしたかったのだがね。何故かいろいろとトラブルに巻き込まれて、ここに来るのが遅れてしまったのだよ」

 

白衣の男はその言葉に何か納得をし、侵入者を馬鹿にするように嗤った。それは当然だと。

先ほど録画した映像は、過去の自分に向けてのメッセージ。自分はそれを既に受け取ったという事実がある。

ならば、目の前の男がどれ程の手練れだろうと、どれ程の策を弄そうと、世界はそこへ収束する。

 

「これは、運命石の扉(シュタインズゲート)の選択だ」

 

「ふん、またそれか。何度貴様を止めようとしても、奇跡的な事故やトラブルが起きて逃げられ。遂にタイムマシンは完成されてしまったが……ここまでだ」

 

赤い外套の男の手には、いつの間にか時代錯誤な西洋の剣が握られている。

あの剣は後数分もしない内に自分の命を奪うだろう。だが、もとより白衣の男は自分がこの日に死ぬ事を知っている。それは、数々の世界線で変わることのない世界の選定。故に後悔も恐怖もなかった。あるのは満足感だけだ。

 

「……恨んでもらって構わない。さらばだ、革命軍「ワルキューレ」リーダー 岡部倫太郎。いや───鳳凰院凶真」

 

こうして、岡部倫太郎は生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

状況を整理する。

俺はランサーのサーヴァントに敗れる瞬間、タイムリープをして記憶を過去へ飛ばした。

目の前に楽しそうに話すイリヤと衛宮士郎がいることから、成功したことは間違いない。

だが、話の内容からするにランサーが現れるまで残り2分弱といったところ。贅沢をいえば、もう少し前に戻りたかったが、何分時間がなかった。早々に準備をするとしよう。

 

「ねぇ、キョーマ。あなた何したの? 急に魔力を持っていかれたのだけれど」

 

「宝具を使った。説明は後だ、今は俺の指示に従え!」

 

不審に思うイリヤと、魔力という言葉に動揺する衛宮士郎を強引に中庭へと移動させる。

その瞬間、聞き覚えのあるガラスが割れたような音が家の中から響く。

 

「ちっ、来たか! イリヤ、俺が宝具を発動した瞬間、宝具内に魔力遮断の結界を!」

 

「う、うん!」

 

俺の焦りにただ事ではないと察したのか、イリヤは何も追求せず了承した。

 

「現れよFG(未来ガジェット)7号 攻殻機動迷彩ボール2nd EDITION Ver3.15」

 

現れた球体は俺たちを包み込み、中庭からその姿を消失させた。否、視えなくさせた。

魔力の遮断結界を施したかいもあって、現れたランサーは微動だにせず注意深く中庭を睨んでいる。

その姿にイリヤは魔術師のものへと思考を切り替え、士郎は驚愕した。

 

「覚えがあるな士郎。アレはお前を追ってきたものだ」

 

「……はい。アイツは学校で俺を襲ってきた奴です」

 

士郎の返答に頷くと、小声でイリヤと士郎に現在の状況を説明しながら土蔵へと向かう。

 

「いいか。いくら姿が見えなくなっているとはいえ、土蔵の扉を開ければランサーに居場所がばれる。俺が時間稼ぎをするからなるべく早くサーヴァントを召喚してくれ」

 

「わかりました」

 

「うん……キョーマ」

 

土蔵の前まで着いたところで、イリヤがコートの裾を握る。

 

「死なないでね」

 

「ふん、俺を誰だと思っている」

 

黒いコートを翻し、攻殻機動迷彩ボールを消す。背後からは土蔵の扉を開ける音。

我が小さき主を護る為、狂気の扉を開けるとしよう。

 

「よぉ、マスターごと姿を消すとは大した魔術だ。で、素直に姿を現したってことは、諦めたってことでいいんだな?」

 

「ふん。愚かだなランサーのサーヴァント。勝機を前にして逃げるこの鳳凰院凶真ではないし、先ほどのあれは魔術ではなく科学だ」

 

「科学? はっ、まぁいい。どんな術であれ、戦うってのはいい選択だ。せいぜい楽しませてくれよっ!」

 

10メートルもの距離を一瞬で0にするランサーの刺突。それを避けることは岡部倫太郎には不可能。

故に───槍を掴んで受け止める。

 

「なにっ!?」

 

ランサーの驚愕をよそに、凶真の身体からは黒い魔力が吹き上がり、その瞳は深紅に染まる。

 

「■■■ーーーー!!!」

 

狂化。孤独の観測者の効力を自ら抑え、本来のバーサーカーとしての能力を使う。

理性的な動きは出来ずとも、筋力は向上し、傷どころか死をも恐れず戦い続けることができる。

本来ならば本物の英霊相手では愚作ともいうべき作戦だが、時間稼ぎという点でいえば十分に活躍できる。

僅かとはいえ、英霊相手に肉体的に近づくことができるのだから。

 

「なるほど、バーサーカーのサーヴァントか。面白い!」

 

獣のような眼光を光らせ、ランサーの槍は速度を増す。

まるで弾丸のような槍の刺突を凶真は拳で弾くが、その拳は裂けて血が吹き出し、狂化して尚ランサーのサーヴァントには届かない。

 

「■■~~~~~!!」

 

その身を全身血に染めながらも、決して手を止めない凶真。

だが、その奮闘もついに終わりを遂げる。一際速度を上げたランサーの槍が、凶真の足を穿つ。

 

「終いだ」

 

足を穿たれ立ち上がれなくなっても手を伸ばす。自我はなくとも己の主を護る為。

そんな凶真に下された死刑宣告は。

 

「《狂化を解いて避けなさい! バーサーカー!》」

 

イリヤの令呪によって、阻止された。

しかし、それはほんの一時凌ぎ。再び向けられた槍は再度凶真を襲い────

 

「感謝しますバーサーカー。貴方のおかげで、マスターは私を召喚することができた」

 

突如現れた金髪の騎士の、視えない何かによって止められた。

正気に戻ったことで全身に痛みが走るが、口からは思わず笑みがこぼれる。

何故? 何故だと? これが笑わずにいられようか。空いているサーヴァントが残り一枠だというから、アサシンやキャスターなど、三騎士以外の直接戦闘が苦手なサーヴァントが余っていると思っていたが違った。

まったく、残り物には福があるとはよく言ったものだ。この俺でもわかるほどの高貴な雰囲気。溢れ出る威圧感。まさか余っていたサーヴァントの枠が……。

 

「気をつけろ、セイバー(・・・・)。そいつはアイルランドの英雄クーフーリン。奴の魔槍ゲイボルクは、一撃で心臓を穿つ」

 

俺の発言に驚きを隠せないセイバーとランサー。当然だ、この世界線でランサーは俺に真名を名乗ってはいないのだから。

自らの身命を看破されたランサーは静かに怒りを溜め、セイバーは感心したように頷く。

 

「助言に感謝を。ここは引き受けます。貴方は早急に傷の手当てを」

 

「まさか、真名まで見抜かれるとはな。どうやら甘く見過ぎたらしい」

 

戦闘を開始するセイバーとランサー。それをきかっけに、イリヤと士郎は俺を連れて再び土蔵の中へと戻った。

 

「キョーマ大丈夫!?」

 

「ああ、悪いな。令呪を使わせて」

 

謝る俺に泣きながら治癒の魔術を掛けてくれる。ランサーの槍による傷に効果は薄くとも、狂化によって傷んだ体は治癒の魔術を受け付け、体がだいぶ楽になった。

完治とは言わないが、体が自由に動かせるようになった頃、セイバーが土蔵へと顔を出す。

 

「無事ですか、マスター。それに、バーサーカーとイリヤスフィール」

 

「問題ない」

 

セイバーに軽く応え、現状を説明する。最初こそ多少の警戒心を持っていたセイバーだが、説明が終わる頃には警戒心はだいぶ解かれ、士郎を救った礼にと俺の傷が癒えるまで休戦してくれることになった。

ふと、そこでセイバーの表情が変わる。いや、セイバーだけではない。俺とイリヤも気づいた。

 

「行くか」

 

「ええ。セイバーフォローお願いできるかしら」

 

「お任せを」

 

意味の分かっていない士郎をよそに、俺、イリヤ、セイバー衛宮邸の前の道へと移動する。

そこにいたのは赤いコートを着たマスターと思われる少女と。

 

「貴様は!?」

 

「……こんなところで会うとは、数奇な運命もあったものだな」

 

赤い外套を纏った騎士だった。

 

「知っているのですか、バーサーカー」

 

「ああ。生前、俺の命を奪った男だ」

 

俺の言葉に驚愕するセイバーとイリヤ。それを好機と見た赤い騎士は白と黒の中華剣で襲いかかってくる。

 

「余計な事を喋られる前に退場してもらう」

 

本日何度目になるかわからない死の宣告は。またもセイバーの剣によって弾かれた。

 

「どけセイバー!」

 

「断る。バーサーカーには恩があります」

 

激しくぶつかり合う剣と剣。赤いサーヴァントはセイバーの苛烈な剣に耐えきれず、その身に一撃を受け膝をつく。

俺もイリヤもセイバーも勝利を確信した。しかし、誰も予想しなかった展開でこの騒動は収まる。

 

「やめろ! セイバー!」

 

赤い騎士を下げた少女にセイバーが斬りかかった瞬間、衛宮士郎が令呪を使ってセイバーを止めたのだ。

それからはもうセイバーは士郎に怒るわ、結果的に助かった少女 遠坂凛は士郎の同級生でこれまたセイバーを止めた士郎に説教するわの大騒ぎ。とりあえず、士郎に聖杯戦争について説明する為この場は一時休戦となった。

そして現在。屋根の上で赤い騎士 アーチャーのサーヴァントと共に周囲の警戒に当たっている。

アーチャーは千里眼による目視で。俺は宝具FG2号機タケコプカメラー2nd EDITION Ver1.14自立発電型浮遊監視カメラで。

 

「エミヤ……いや、アーチャー。貴様、凛に素性を隠しているようだな」

 

「こちらにも事情があってな。休戦中とはいえ、余計な事を凛に吹き込むというのであればこの場でその首を撥ねさせてもらう」

 

その眼は、たとえ凛やセイバーを敵に回そうと実行すると物語っている。

アーチャーがなぜ自分の素用を隠そうとするのかは不明だが、士郎と同じ性である事と何か関係しているのかもしれない。気にはなるが、今そんなことでもめ事を起こして退場するわけにはいかない。

 

「安心しろ。俺はイリヤを勝利させること以外に興味はない」

 

「賢明な答えだな。それならば、今はまだお前は私の敵にはなりえない」

 

それから一時間。無言のまま過ぎた時間は、イリヤから降りて来いという念話で終わりを告げた。

どうやら、話し合いで今夜は休戦。士郎にマスターとして管理役に報告させる為、言峰教会へ行くとのこと。

だが、俺は言峰教会への同行を拒否し、イリヤと衛宮邸で留守番する旨を伝える。

 

「あの神父は信用できない。悪いが、アイツに合うのは二度と御免だな」

 

日本へ来て数日後、イリヤと共に参戦の報告をしに行って会った言峰綺礼に俺は悍ましさを覚えた。

何かをされたわけではない。しかし、濁ったその眼は記憶に残る300人委員会の屑共の目よりもさらに淀んだ深い闇。アレは決して信用できない人種だと。

イリヤは士郎に同行できない事を渋ったが、言峰綺礼を知る凛は納得してくれた。

 

「ねぇ、キョーマ。さっき言ってたアーチャーが俺の命を奪ったって、どういう事?」

 

「そのままの意味だ。生前の俺の最後は、奴の剣によって終えた」

 

ざっとその時の経緯を話す。相容れぬ理想を持った二人は幾度となく相まみえ、一人は逃げ続け、一人は追い続けた。その果てに、追ってきた者が逃げていた者を遂に追いつめた。ただそれだけの事。

 

「じゃあ、アーチャーの正体は……」

 

「ああ。俺と同じ、未来の英霊だ。凛には隠しているみたいだけどな」

 

「なんで?」

 

「さあな。だが、余計なことを話せば、奴は俺やセイバーを同時に相手にしてでも敵対してくるだろうな」

 

そんなことが可能なのか。とイリヤは言う。

本来ならば不可能だろう。ただでさえ、こちらはサーヴァントが二騎いるのだ。

しかし、俺はやつの事を知っている。奴は戦闘のプロだ。どんな策を弄そうと、どんな人数で迎え撃とうと、そのこと如くを卓越された技能で看破していく。

先ほどの戦闘を見る限り、剣技ではセイバーが圧倒的に有利だ。狂化すれば、俺でも身体能力的には勝ることができるだろう。だが、勝てるとは思えない。負けないだろうが勝てない。それが俺が奴に持つ印象。勝率が未知である以上、迂闊に敵に回すわけにはいかない相手なのだ。

 

「わかった。それじゃ、当面はシロウとセイバーと組んで、アーチャーは敵に回さない方針でいきましょう」

 

「それが妥当だろうな」

 

暫くすると、士郎とセイバーが帰宅してきたので改めて自己紹介することにする。

まずはイリヤ。アインツベルンのマスターだが、現在はアインツベルンから離れ聖杯戦争に参加している事。

そして、士郎の義理の姉だという事。

 

「我が名は鳳凰院凶真。バーサーカーのクラスを与えられた未来の英霊だ」

 

「未来ですか」

 

興味深そうに言うセイバーに、アーチャーの件も正体を含め説明する。

 

「では、アーチャーも未来の英霊という事ですか?」

 

「いや、それはどうだろうな? イリヤから聞いたんだが、英霊は守護者として様々な時代に召喚されるのだろう? 生前の俺の偉業はその守護者とやらが現れてもおかしくないものだからな」

 

なるほど。と納得するセイバー。危ない危ない。隠しておくつもりが、思わず口を滑らせてしまった。

実際は生前の俺があったアイツは確かにあの時代の人間だったが、なかなかに信憑性のある嘘がつけた。

次いで自己紹介をしたのは家主の衛宮士郎。そして、そのサーヴァント セイバー。真名は名乗らず自身がセイバーだという事しか明かさなかった彼女だが、イリヤがあっさりとその正体をアーサー王だと口にしてしまう。

 

「なっ!? イリヤスフィール。では貴女は、アイリスフィールとキリツグの娘のイリヤスフィールだというのですか!」

 

「ええ、その通りよ。でもまさか、セイバーが前回の聖杯戦争の記憶を引き継いで召喚されるとは思わなかったわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 爺さん、切嗣がマスターでセイバーの元マスター!?」

 

驚愕する士郎に、イリヤとセイバー両名からの主観で切嗣が語られる。父としての切嗣、マスターとしての切嗣。

その事実を知った士郎は動揺し、一人になりたいと土蔵へ向かった。

無理もないだろう。イリヤから語られたのは優しい父としての切嗣だったが、セイバーから聞かされた切嗣は、残虐な魔術師そのものだったのだから。

 

「でも、私も信じられないわ。あれだけ聖杯を欲していた切嗣が聖杯を破壊するなんて」

 

「ですが事実です。イリヤスフィール貴女は……キリツグの娘である貴女は何の為に聖杯を欲するのですか。もし、キリツグの意思を継いで聖杯を破壊するというのなら……」

 

セイバーはその先を口にしない。おそらく、イリヤの母アイリスフィールに対する負い目もあるのだろう。

だが、ここで聖杯を破壊するといえば、次に会う時は敵同士。今後協力関係を結ぶことはできない。

 

「アインツベルンから逃げた私には、もはやアインツベルンの悲願は聖杯を得る目的にはならないわ。でも、キリツグが聖杯を破壊した理由は気になる。だから、知る為に聖杯を求めるわ」

 

そう答えたイリヤにセイバーは「破壊が目的ではないのなら」と、俺の傷が癒えるまでの協力関係を了承してくれた。

その後、イリヤは眠気に勝てず寝てしまったので勝手に客間に布団をひいて寝かさせてもらった。

セイバーは士郎が戻るまで起きていると居間でお茶を飲んでいる。そして俺は……。

 

「士郎、少しいいか」

 

「岡部さん……」

 

「俺の事は凶真と呼べ。で、衛宮士郎。お前はいつまでそうしているつもりだ」

 

「……わかりません」

 

自分にとって正義の味方だった切嗣のもう一つの顔。それを知って、自分でも何を信じていいのかわからないと。士郎はそう言った。

 

「ふん。何を信じていいかわからないだと? そんなものは決まっている。お前の知る、お前の信じた切嗣を信じればいい」

 

イリヤの知る切嗣はイリヤの主観。セイバーの知る切嗣はセイバーの主観。

見る人によって人は善人にも悪人にも見える。ならばどうするか。簡単だ、自分の主観を信じればいい。

 

「俺は世界中の人に悪だといわれても、たった一つの己の気持ちを信じて生き抜いた」

 

管理社会(ディストピア)の世界では悪だといわれても、俺はたった一人を救う為に戦い続けた。

それを悪いと思ったことも、後悔したことも無い。

 

「俺のマスターはセイバーの知る切嗣の話を聞いてなお、知る為に聖杯戦争を勝ち抜くと決めたぞ」

 

「イリヤが……」

 

「お前はどうする。そのまま迷い、立ち止まるか。それとも、前へと足を進めるか」

 

「俺は……」

 

言うべきことを言い終えた俺は土蔵を後にして客間へ向かう。

少々お節介が過ぎた。士郎がどうなろうと俺の知ったことではない。

知ったことではないのだが……。

 

「せっかくできたイリヤの家族だからな……」

 

目の前には安らかに寝息を立てる小さき少女。

士郎はどうなろうとかまわないが、それでイリヤが悲しむというのなら話は別だ。

俺はもう決めてしまったのだ。絶望にその身を落とした少女に、この世界には希望があると証明すると。運命には抗えると。

本人を前にしたら絶対に照れくさくて言えないが、ここに誓おう。

 

「お前の未来は必ず俺が手に入れてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで3話目終了です。いやーこちらの作品は正義の味方にやさしい世界とはガラリと変えた文章で進めているだけあってとても大変です……。まぁ、私の文章力では大して差を作ることはできないのですが、主にシリアスなこちらは台詞量を極力少なめにするよう心がけております。
更新に時間はかかってしまうでしょうが、これからもよろしくお願いします!

ちなみに、未来ガジェットのverは基本適当です。宝具として使用しやすくする為に都合よくバージョンアップされています。

それでは、また次回!


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柳洞寺の門番

 

「頑張って! オカリンおじさん!」

 

周囲を機会に囲まれた小さな空間。その中に迷彩服を着た少女と、白衣を血に染めた青年が座っていた。

その空間では重力が増しているのか2人の身体は軋み、少女は気遣わしげに青年を見つめる。

今2人は大きな役目を終え、世界線を越えようとしている。そこは、世界線収束範囲(アトラクタフィールド)の影響を受けない世界線。

少女にはわかっていた。そこに到達したら、きっとこの世界線の未来から来た自分は消える。

 

「おじさん。一緒に『シュタインズゲート』に辿り着いたことをお祝いすることはできないはずだから、ここでお礼を言っておくよ」

 

シートベルトで固定されたからだから体から精一杯手を伸ばし、少女は青年の手を握る。

 

「ありがと、おじさん……死なないで。生きて。でさ、きっと、7年後に会おうね!」

 

腹部に傷を追っている青年は痛みで声が出せなかったので、やせ我慢をしながら不敵に笑い、返事の代わりに握られた手を力強く握り返す。「絶対に生き抜いて、お前と会う」と想いをこめて。

 

「うん!」

 

青年の思いを汲み取った少女は目の端に涙を浮かべながらも笑顔で頷く。

それと同時に光の粒子が宙を舞い、視界は白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

───現在、衛宮家の朝食時の空気は殺伐としていた。

理由は簡単。俺の目の前で食事をする女性2人。士郎の姉的存在であり学校の教師の藤村大河と、士郎の妹分であり後輩の間桐桜がやってきたからに他ならない。

今朝士郎が朝食の準備を終えた頃にやってきた2人は、当然ながら見知らぬ人物である俺やイリヤに驚き士郎に説明を求めた。

まぁ、俺たちはまだよかったのだ。切嗣の知り合いだと説明したし、イリヤは見た目まだ幼い少女である上に保護者である俺がついている。大河が生前の切嗣の人となりを知っていたこともあり、あまり騒ぎにならずに済んだ。

だが、問題はセイバーだった。セイバーのことも俺が保護者ということで説明すればよかったのだが、その前にセイバーは俺とは別に切嗣の知り合いだと説明してしまい、あまつさえ士郎をマスターと呼んでしまった為、一波乱あったのだ。

一応俺と士郎の説明と説得によりセイバーの滞在も認められたのだが、おかげで朝食はせっかくのご飯が不味くなるような雰囲気となっている。

イリヤはイリヤでその空気が嫌だったのか、自分の分の朝食を早々と済ませ散歩に出かけてしまった。

俺も一緒に行こうと思ったのだが士郎の縋るような顔に出遅れてしまい、今はテレビニュースを見ながら茶を飲みつつ食卓を囲んでいる。

 

「バーサー……キョウマ、お醤油を取ってください」

 

「……ほら」

 

「感謝します」

 

そんな中、場の空気を一切読まず食事を楽しんでいるのはこの空気を生み出す発端となったセイバーのみ。

殺伐とした空間は大河が職員会議、桜が弓道部の朝練の時間で家を出るまで続いた。これでようやく一息つけると思ったのもつかの間、今度は士郎が一人で学校に行こうとするのに対し、セイバーが抗議し口論を始める。

またも士郎は縋るようにこちらを見たものの、そう何度も助けてやる気はない。せいぜい苦労するがいい。

 

「……さて、どうするか」

 

俺は静かに思案する為、道場へと移って冬木市周辺の描かれた地図を広げる。

現在確認できているサーヴァントは俺を含め4体。まだ姿を確認できていないのはライダー、アサシン、キャスターだ。俺とセイバーが手を組んでいることを知っている凛は迂闊に攻め込んではこないだろうし、彼女の性格なら誰かと共闘もあまり考えられない。ここは保留でいいだろう。

ランサーもあの様子ではマスターはかなり慎重な性格。戦うとすれば万全の準備が整ってから。となれば動き出すのは聖杯戦争の後半あたり。

 

「となると、当面の敵はライダー、アサシン、キャスターだが……」

 

地図に書かれた印を眺める。これは事前にイリヤに冬木市の魔力の溜まりやすい場所を印付けてもらったもの。

この中で唯一居場所を推理できるサーヴァントはキャスターだ。

魔術師(キャスター)というくらいだからおそらく肉弾戦よりも戦略戦。魔術による遠距離攻撃や特殊な方法を使った戦闘を主としているはずだ。

 

「もし俺がキャスターの立場だったらどうする……?」

 

どんな偉大な魔術師といえど、三騎士の様に対魔力、抗魔力の高い相手ではロクな魔術は通じない。

ならまず力を溜めるはずだ。迅速かつ効率的に、そして目立たないように。

地形的に有利で魔力が溜まりやすく、それでいて魔術師がいては場違いなところほどいい。

その条件にあてはまるところ。それは───

 

「───柳洞寺」

 

「まったく、シロウはいったい何を考えて……キョウマ? 何をしているのですか?」

 

と、そこへ士郎との口論に根負けしたセイバーが来たので、意見を聞くために今の推理を話す。

すると、セイバーは感心したように頷いた。

 

「なるほど。確かに柳洞寺は霊地ですから、キャスターがいるとすれば絶好の場所でしょう」

 

セイバーの話では柳洞寺は霊地であり、冬木市に蜘蛛の巣のように広がる霊脈の交わる地点らしい。

ということは、僅かな魔力でも冬木全体の把握などができる。戦闘でもしようものなら、手に取るように力量がばれてしまうだろう。

 

「これで6割方キャスターは柳洞寺にいると推測できるが、まだ決め手には弱いな」

 

なにか決定的な事件でもあればさらに信憑性は増すのだが、朝食時に点けられていたテレビで柳洞寺関連のニュースなど無かった。やっていたのは殺人事件のニュースとガス漏れで大量の被害者が出た事件のニュース……ガス漏れ事件? 大量の被害者?

 

「なぁセイバー。確認したいんだが、サーヴァントは一般人から魔力を集めたりできるものか?」

 

セイバーは俺の言葉を聞くと顎に手を当てて難しい顔をする。

 

「そうですね。私たちは魔力を糧にしている身ですから、一般人の精気を魔力として取り込むことは可能です」

 

私は絶対にそんなことはしませんが。とセイバーは付け加える。そんなものは俺だって御免こうむる。

だが今の話でキャスターが柳洞寺にいることは9割方確信した。

その後セイバーと話し合い、イリヤと士郎の帰宅後、柳洞寺へ偵察に向かうことになった。

 

「ただいまー」

 

「おかえり」

 

「お帰りなさい。イリヤスフィール」

 

戸棚を勝手に漁って見つけた茶菓子を食べ、茶を飲みつつ居間にいるとイリヤが帰ってきた。

イリヤにも茶を入れつつ先ほどの推理を話すと、イリヤは頷いた。

 

「うん、私も同じ意見よ。商店街くらいまで歩いてみたけど、どうも意図的に霊脈から魔力を収集しているみたいなの」

 

「決まりだな。悪いが俺は魔術に対する対策が全くないから戦闘はセイバーに頼ることになってしまうが……」

 

「問題ありません。キャスターの相手は私が。キョウマはイリヤスフィールとシロウの護衛をお願いします」

 

これで方針は決まった。あとは士郎が帰ってくるのを待つのみだ。だが士郎は日が落ちても帰ってこなかった。

大河と桜から今日は晩御飯を食べにいけないと連絡があった為、学校の用事で遅れているということはないだろう。

何かあったのかと思い、皆で探しに行こうとした時、「ただいまー」とのんきな声と共に士郎が帰ってきた。

 

「シロウ! 学校が終わったらまっすぐ帰ると約束したはずです! それを貴方は───っ!」

 

「まて、セイバー」

 

今朝のリプレイの様にシロウに説教を始めたセイバーを止める。

何故なら、隠すように下げられた士郎の腕に包帯が巻かれているのが見えたから。

 

「何があった?」

 

「えーと、実は……」

 

士郎が言うには、サーヴァントも連れずに学校へ来たことで凛の怒りを買い襲われ、その際にサーヴァントの襲撃を受けたらしい。サーヴァントのクラスはライダー。マスターは士郎と同じクラスの間桐慎二という青年。学校には結界の基点が作られており、近いうちに発動する可能性があるとのこと。

 

「……」

 

「イリヤ?」

 

一瞬、ライダーのマスターの名前が出たときイリヤの眉が動いたが、なんでもないと首を振った。

気にはなるが、まずは目の前の問題に集中するとしよう。

 

「ライダーか……」

 

「どうしますかキョウマ。 結界が張られているというのなら、キャスターの前にライダーを倒すのが先決なのでは?」

 

「いや、わざわざマスターが名乗り出たということは、よほどの馬鹿か戦っても勝てる自信があるかだ。キャスターとライダー。同じく能力がわからない二名なら、相性と奇襲ができるという点でキャスターの方がいいだろう」

 

「なるほど。わかりました」

 

それから俺達は士郎に昼間に話したことを説明し、柳洞寺へと向かった。

長い石の階段を上がり、あと少しで門へと着こうかという時、セイバーが手で制する。

 

「何者です」

 

「この門の門番を任されし者。アサシンのサーヴァント───佐々木小次郎」

 

「……っ! コジロウと言いましたね。私の名前は───」

 

一瞬の迷いの後、真名を名乗ろうとしたセイバーを今度は俺が手で止める。

武士道精神に騎士道精神で応えるというのは素晴らしいことだ、好感が持てる。だが、こと聖杯戦争においてそれは致命的だ。なら、真名を名乗ることに何の問題のない俺がここは引き受けるのが当然だろう。

 

「我が名は鳳凰院凶真! 狂戦士のサーヴァントにして、聖杯を手にする者」

 

「ほぅ、名乗り返してもらえるとは思わなんだ。して鳳凰院とやら、何用でこの寺に参った? まさかこんな時間に参拝などというわけでもあるまい?」

 

「ひとつ問いたい。貴様が門番を務めるその門の向こうにいるのはキャスターのサーヴァントで間違いないか?」

 

「なるほど、女狐が目当てであったか。相違ない、この奥にはキャスターのサーヴァントが構えている」

 

すんなり聞き出せたことには驚いたが、聞きたいことは聞き出せた。セイバーに戦闘をすべて任せるのも一つの手だが、この侍は強いというのが俺でもわかる。

それに、ここで時間を食ってはキャスターへの奇襲の意味がなくなってしまう。ならば、ここは俺が引き受けて、早々にセイバーをキャスターのもとへ進ませるべきだろう。

 

「聞こえたなセイバー。ここは俺が引き受ける。士郎を連れてキャスターのところへ行け」

 

「ですがキョウマ、アサシンは間違いなく強い! 負傷している貴方では……」

 

セイバーは俺の傷を心配しているようだが、いくらなんでも俺を甘く見過ぎだ。

 

「馬鹿者。俺は鳳凰院凶真だぞ。足止め程度造作もない……が、そう思うならなるべく早くキャスターを倒してき戻ってきてくれ」

 

最後に付け足した言葉にセイバーは一瞬ぽかんと呆け、次いで小さく笑う。

頷いたセイバーは、士郎の手を引いて石の階段を駆けあがった。

 

「御武運を」

 

「行かせると思うのか?」

 

煌めく剣閃。いつの間にか抜かれていたアサシンの長刀はセイバーの首に向かって走り、急遽道筋を変えて飛んできた弾丸を払い落とす。

アサシンの眼下には拳銃を構え不敵に笑う凶真の姿。その姿を、忌々しくも楽しげに眺める。

 

「種子島か。そのような玩具と相見えるのは初めてだな」

 

「そうか。なら、もっと面白い玩具(ガジェット)を見せてやろう。いでよ! FG(未来ガジェット)6号機

サイリウム・セーバー!」

 

振るわれた赤く発光する棒にあわせてアサシンは刀を振るう。鍔迫り合いになると思っていたアサシンは一歩踏み込もうとしたが、思った以上の手ごたえの無さと共に真っ二つになったサイリウム・セーバーに一瞬隙を作ってしまい、中に入った血糊をもろに両の目へと受けてしまう。

 

「くっ!? 目潰しか!」

 

そこへ叩き込まれる凶真の連蹴り。闇雲に刀を振っても無意味と感じたアサシンは体を固め、血糊を拭うまで凶真の蹴りを受け続ける。

ようやく血糊を拭ったアサシンは刀を振るうが、ぼやけた視界では距離感がつかめず刀は空を切る。

しかし、流石は佐々木小次郎と言ったところか。そんな状態でさえ直ぐに距離感を把握し、避けきれずに凶真は胸辺りを薄く斬られ血飛沫が舞う。

 

「っ! まったく英雄って奴らは出鱈目だな!」

 

「出鱈目、とは心外だな。己が得物の長さぐらい把握していて当然であろう? 後は僅かに見えるこの目とそなたの気配を辿ればこれこの通り、刃も届くというもの」

 

言うが早いか奔る剣閃。ランサー戦での傷が癒えていない体では躱しきれず、否たとえ万全であっても躱しきれぬほどの剣速に刻まれていく身体。

長刀だというのに速すぎて懐に入ることすら出来ず防戦一方になる。

 

「……(くそっ! 満足に足止めもできないか!)」

 

アサシンの体捌きと剣の腕。おそらく狂化したとしても軽くいなされ返り討ちに合うだけだ。

とはいえ、現状では一瞬でも隙を見せた瞬間こちらの首が刎ねられる。体力切れ=死となる。

 

「ほう? 女狐のめ、思いのほか苦戦していると見える」

 

アサシンは手を止め、愉快気に寺の方を眺める。

先ほどから聞こえてくる爆発音。キャスターの魔術のようだが、アサシンの言葉が本当ならば優勢なのはセイバーたちのはず。ならもう少し時間を稼げば……!

 

「ふむ。そなたとの死合いもなかなかに愉快ではあるが、些かもの足りんな。早々に終わらせて、セイバーにでも相手をしてもらうとするか」

 

「なに?」

 

アサシンは一度刀を掃うと、背を向けるように肩口に構えた。

その異様な威圧感に、凶真は思わず冷や汗が流れる。

 

「愉しませてくれた礼だ。我が秘剣によって散るがよい、鳳凰院。秘剣───燕返し」

 

「!?」

 

悪寒と共に世界が歪む。それは凶真の魔眼運命探知(リーディング・シュタイナー)が発動したことを意味する。

しかし、凶真はDメールを使用していない。凶真の魔眼運命探知(リーディング・シュタイナー)が捉えたのは世界線の変動ではなく、アサシンの刀身の歪み。とっさに凶真はFG4号機モアッド・スネークを発動させつつ階段を転げ落ちることを覚悟して跳んだ。

 

「がぁぁ……ぁ!」

 

「次から次に面妖な玩具を使う」

 

足場の悪さと突如現れた大量の白い蒸気に視界を奪われ目標を見失ったアサシンは僅かに手元を狂わせ、その刃が凶真を絶命させることは敵わなかった。が、必殺剣を交わされて尚アサシンは愉快気に笑う。こんな相手は初めてだと。

 

「別世界線の、刀身が……現れた、だと!?」

 

対する凶真はかろうじて3本の刀身の直撃を避けることに成功したとはいえ、全身は石段に叩きつけられ、右腕に至っては皮一枚のところでくっついているだけの状態である。これ以上の戦闘は不可能だろう。

 

「キョーマ!」

 

「離れていろ!!」

 

無事な左腕でイリヤを庇いつつ、思考を加速させる。どうすれば逃げられる。

だが、考えれば考えるほどに逃げられないという事実だけが見えてくる。おまけに血を流し過ぎたせいで意識が朦朧としてきた。

まずい、と思った瞬間。目の前で起こった光景に一瞬で意識が引き戻される。

 

「女狐め……無粋な真似を」

 

「士郎! 何があった!」

 

驚くのも当然。一段ずつ止めを刺しに降りてきた来ていたアサシンは急に歩みを止めて刀を仕舞い、その頭上から、血だらけの士郎が落ちてきたのだ。

 

「セ、セイバー……」

 

「喋らないでシロウ!」

 

イリヤはすぐに士郎へ駆け寄り治癒の魔術を掛ける。

俺は士郎の言葉に嫌な予感がし、霞む目を凝らしてアサシンの奥にある門を見た。

そこに立っていたのは───

 

「セイバー……」

 

彼女の表情は大量の汗を掻きながらも明らかに怒っていた。それは誰かに対するモノではなく、自分に対して。

セイバーの身体には時折紫電が走り、動く体を必死に押しとどめようとして見える。

そこから推測できるのは、どうやったかはわからないが、キャスターがセイバーを奪ったという事。

 

「すみ、ませんっ、キョウマ。シロウを……っ!」

 

歯を食いしばった為かセイバーの唇からは血が滴る。

その思いにこたえてやりたいが、イリヤすら助ける算段がなかった俺に士郎まで守ることは……。

 

《おじさん……死なないで。生きて》

 

「───っ!」

 

声が聞こえ、思わず周囲を見渡すが誰もいない。

 

「幻聴? いや、でも確かに声が……鈴羽?」

 

危機的状況だというのに思わず気を抜いてしまう。力なく座り込む自分。周囲に血だまりができるほどの出血。

そして聞こえた鈴羽の声。そう、あれは確かあの時の……!

そこで閃いた。成功する可能性は低いが、もしかすると逃げられるかもしれない。

 

「っ……悪いなアサシン。そろそろ、御暇させてもらうぞ」

 

「邪魔が入ったのでそうしてやりたいのは山々だがな、どうやらキャスターのやつはお前を逃がす気がないらしい」

 

見ればアサシンの身体にも紫電が走っている。どうやら令呪で俺達を逃がさないよう命令されたらしい。

 

「ふっ、いや。逃げさせてもらうさっ!」

 

叫ぶと同時に俺は左腕でイリヤと士郎を抱えて石段を跳ぶ。

全身に痛みが走るが、お構いなしに肺一杯に空気を吸い込んで高らかに謳う。

 

「出でよ! 我が生涯の最高傑作! C204(タイムマシン)!」

 

声と共に凶真たちの落下地点の空間が歪み、人工衛星ににたタイムマシンが現れる。

タイムマシンはその入り口を開き凶真たちを飲み込むと、空間の歪みと共に完全に存在が消えた。

 

「……見事。再び相まみえる日を楽しみにしておくぞ、鳳凰院」

 

刀を鞘に納め背負い直すと、アサシンは風と共に霊体化し姿を消す。

 

「っ……キョウマ、シロウをお願いします」

 

セイバーは凶真達が逃げたことを確認すると安心したように息を吐き、力なくその場に崩れ落ちた。

 

 

 

衛宮邸の庭。空間の歪みと共にタイムマシンは現れ、幻の様に掻き消えるとその中からイリヤと血だらけで気絶している士郎、重傷だがかろうじて意識のある凶真が放り出された。

 

「きゃっ! ちょっとキョーマ、貴方いったい何を……!?」

 

「上手くいったな……悪いな、流石に限界だ……」

 

大量の冷や汗を掻き顔面蒼白の凶真はその場に崩れ落ちる。

柳洞寺の時点で止血だけはできていた士郎はとりあえず置いておき、イリヤは凶真へ駆け寄り容体を確認する。

傷が深すぎる。息をしていない。魔力の枯渇が激しい。存在感がない。

 

「……うそ」

 

確認出来た容体は全てもう手遅れだと物語っている。今はまだ形を保っているが、いつ肉体の崩壊が始まってもおかしくない。

そう言っているうちに、凶真の肉体の崩壊が始まる。その体は淡く輝く粒子となって散りはじめ……。

 

「させない! 絶対に死なせたりなんてさせないんだから!」

 

イリヤの身体の令呪が光る。

 

「令呪をもって命ずる! 《肉体を修復しなさい!》」

 

発光と共に令呪が一画光を失い、膨大な魔力が凶真の中に注がれる。

しかし、スピードが緩やかになっただけで崩壊は止まらない。令呪の力をもってしても止められないほど肉体の損傷が激しいのだ。

 

「やだ、やだよキョーマ! 死なないで。生きて」

 

再び発光する最後の令呪。強大な想いの込められたその命令は、一度目よりもより強大な魔力となって凶真に注がれた。

 

「《ずっと、一緒にいてよ!!》」

 

イリヤの絶叫の後、庭は静寂に包まれる。

最後の令呪が輝きを失うのと同時に、凶真の肉体の崩壊は止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで4話終了です。今回で一気に話が動きました。最後の令呪も早くも使ってしまいましたね……。
これからどう進めていこう……などと悩みつつ、まったり書いていきたいと思います。
あ、ついでにもう一つの執筆作品「正義の味方にやさしい世界」のスピンオフ「一振りの剣は花を護る」という短編小説を投稿したので良ければ読んでみてください!

それではまた次回!


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狂気のマッドサイエンティスト

手から伝わってくる生暖かい液体の感触。抱きつくような形で俺によりかかる女性 牧瀬紅莉栖。

 

「紅莉栖……紅莉栖!?」

 

「フ、ハハハハ! 馬鹿どもが! お前らには相応しい末路だ」

 

近くにいた中年の男は、嗤いながら落ちていた論文の袋を拾うとその場を走り去っていった。

 

「ごめん……なさい。巻きこんじゃって……」

 

絞り出す様に声を出す紅莉栖。俺は彼女を支え、ゆっくりとしゃがみこむ。

 

「どうして……」

 

「父親だから…パパに認められたくて……それだけで……」

 

どんなに暴言を吐かれ蔑まれようと、酷い目を受けようと。紅莉栖は父親が好きだった。

だから、その父親に殺されかけて尚、父を護る為にとっさに体が動いた。父の代わりに自らが俺のナイフに刺されてしまった。

 

「怖いよ……私、死にたくない」

 

苦しげに涙を浮かべ、紅莉栖はまるで生にしがみ付くかのように俺の腕を強く握る。

しかし、出血が止まることはなく、血溜まりは広がっていく。

 

「死にたくない……死に……」

 

俺の腕を握っていた紅莉栖の手から力が失われ、だらりと落ちる。ハッとなって紅莉栖の胸に耳を当てる。

だが、紅莉栖の心臓はその鼓動を完全に停止いていた。

 

「紅莉栖……? 紅莉栖……! あぁ…ぁぁ…ぁぁあああああああああああああああああああ!!!」

 

俺は紅莉栖を抱きしめ、何もかもを吐き出すかのように絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……なんで今さらあの日の夢を」

 

重い瞼を開けつつ、さっきまで見ていた夢に顔を顰める。やけに重い体に鞭を打ち、布団から這い出た。

 

「ああ、そうか……」

 

そこで自分が何故あの時の夢を見てしまったのかに思い当たる。

昨日最後に見たセイバーの顔。守りたかったはずの人を自ら傷つけてしまった後悔と憤怒。何より自分が許せないという気持ちが理解できてしまった。だから、同じ思いを体験したあの時の夢を見てしまったのだろう。

 

「……待て。あれからどうなった!?」

 

「お目覚め? バーサーカー」

 

昨日の出来事が鮮明に思い出され慌てて部屋を出ようとした瞬間、同じタイミングで部屋を訪ねてきた人物に多々良を踏んだ。そこに立っていたのは───

 

「───凛。何故お前がここにいる!?」

 

「あら、何故ここにいるとはご挨拶ね。貴方のマスターの命の恩人に向かって」

 

「なに? どういうことだ」

 

俺は凛から全ての顛末を聞いた。魔力も枯渇し、令呪も全て使い果たしたイリヤが凛に助けを求めに来たこと。

その後、凛は衛宮邸の庭で倒れていた俺と士郎、疲れ果てて意識を失ったイリヤの治療し、泊まり込んで容態を見ていてくれたことを。

 

「そうか……悪いな。感謝する」

 

「で、私も昨日柳洞寺で何があったか知りたいんだけど?」

 

「わかった。だが、アサシンの相手をしていた俺は全てを知っているわけではない。イリヤと士郎が起きてから、全ての情報と纏めようと思うが構わないか?」

 

「OK、その方が効率もいいしね。じゃ、居間で待ちましょう」

 

程なくして、目を覚ましたイリヤと士郎は居間へ集合する。士郎は全員分のお茶を入れようと席を立つが、その時我が物顔でアーチャーが台所から全員分のお茶を用意して現れ、一悶着あったがようやく落ち着いて話せる状況になった……のはいいのだが。

 

「イリヤ、何故お前は俺の脚に座る」

 

「……いいでしょ別に」

 

いや、別に大した重さでもないし構いはしないのだが、真面目な話をしようとしているのに胡坐を掻いた脚の上に少女を座らせたままというのは絵的にどうなんだろうか? そして凛、そのにやけた笑みをやめろ。

 

「まぁいい。では状況を整理するぞ。まず俺からだが……」

 

俺はアサシンとの戦闘を事細かに、そして傷だらけの士郎と操られたセイバーが現れ逃げた事を説明する。

 

「ちょっと待って。アサシンの刀が三本同時に存在したって? 三連撃じゃなくて?」

 

「ああ」

 

「そう言い切れる根拠は?」

 

「我が魔眼運命探知(リーディング・シュタイナー)は異なる世界線を観測する魔眼だ。それはお前たち魔術師の言う並行世界も例外なく観測する。俺の魔眼は燕返しが放たれる瞬間間違いなく三本同時にアサシンの刀身がこの世界に存在しているのを観測した」

 

俺の言葉に対しイリヤも同じだと賛同し、更にあれは魔術でなく純粋な剣技であり、魔術師には防ぐのはおろか、発動前に感知することも不可能に近いと付け加えた為、凛は頭を抱える。

 

「……いいわ。じゃ次衛宮君。柳洞寺でいったい何があったか。そして、どうやってセイバーは奪われたのかできる限り鮮明に話して」

 

「わかった」

 

士郎の話ではキャスターのサーヴァントは最初自分たちと手を組まないかと持ちかけてきたらしい。既にイリヤと協力関係にあった士郎はそれを拒み、戦闘が始まった。

しかし、対魔力の高いセイバーはキャスターの魔術をものともせず一気に追いつめる。そのまま止めを刺そうとした瞬間、イレギュラーは起きた。

 

「葛木が現れたんだ」

 

「葛木って……まさか、葛木先生!?」

 

「ああ……葛木がキャスターのマスターだったんだ」

 

葛木という名前が出て驚く凛。凛が言うには葛木は士郎と凛の通う高校の教師で、魔術師でも何でもないはずだという。

 

「葛木のやつ妙な動きで一瞬でセイバーを沈黙させて……」

 

今度は凛だけでなく俺も驚いた。セイバーを沈黙させるというだけでも驚くべきことだが、それが生身の人間のしたことだというなら驚愕せずにはいられない。

そして、士郎の必死の抵抗虚しく、キャスターは手にした短剣をセイバーに突き刺し士郎とセイバーの契約が破棄されセイバーはキャスターに奪われてしまったらしい。

 

「そこからは岡……凶真さんも知ってると思うけど、セイバーが抵抗してくれたおかげでなんとか致命傷は避けられた」

 

「はぁ……葛木の強さもだけど、契約を破る短剣か。おそらくキャスターの宝具なんでしょうけど、なんて出鱈目な能力よ」

 

確かに。サーヴァントを圧倒するマスターに、契約を破棄する術を持つキャスター。これほど厄介な敵はいない。

せめてキャスターの真名がわかればそこから弱点を突くこともできそうなものだが、契約破りの短剣なぞが出てくる神話があっただろうか?

 

「士郎、他になにかキャスターについて気付いたことはないか? 使っていた魔術とか、口調とか、見た目からわかるものでもいい」

 

「えっと……見た目はローブを被ってて性別が女だってことくらいしかわからない。魔術に関しては魔力の砲撃と、骨の兵士を操ってた。あ! あと、俺が言った魔女って言葉に対してかなり怒ってたみたいだ」

 

短剣、女性、魔力の砲撃、骨の兵士、魔女。その単語が当てはまる神話を頭の中で検索する。

ローブを羽織っていると言うことは、西洋圏の英雄である可能性が高い。そして、女性で魔力の扱いに長けている。町全体に魔力を張り巡らせ、魔力砲を放ち、傀儡も使える。それほどの魔術師はおそらくかなり古い、神代の魔術師。

だいぶ絞れてきた。残るワードは短剣、骨の兵士、魔女。

 

「……そうか、キャスターの正体はコルキスの女王メディアだ」

 

「「えっ?」」

 

かつて、古代ギリシャにて裏切りの魔女と呼ばれた悲劇の女王。彼女は魔術に長け、竜の骨から竜牙兵という骨の兵士を召喚し操ったといわれる。その物語の中で随所に出てくる短剣。それが裏切りの魔女の神性を具現化した魔術兵装になったとすれば、キャスターの宝具の説明もつく。

 

「おそらく、バーサーカーの推理はあたりだろう」

 

その時、今まで霊体化し黙っていたアーチャーは実体化して何かの欠片を机の上に置いた。

 

「アーチャーこれは?」

 

「以前凛と共にガス漏れ事件の現場を調査した時に戦った骨共の残骸だ。これは竜の骨で間違いない」

 

「ちょっと! なんでそんな大事なこと黙ってたのよ!?」

 

「仕方なかろう? これだけではキャスターの正体に当たりをつけるには弱すぎる。何より、君はそこの小僧とのいざこざもあってイライラしてたからな。私としては、とても話しかけられる状況ではなかったのでね」

 

アーチャーは言いたいことは言ったと皮肉げな笑みを浮かべると、再び霊体化した。

さて、これでキャスターの正体は判明した。あとは対策を立てれば、セイバー奪還のチャンスもあるかもしれない。

だが、そう簡単に女王メディアの弱点となりうるモノを用意できるだろうか?

 

「あら、バサーカー。それは心配ないわよ」

 

「どういう事だ凛?」

 

凛は腕を組み、右手の人差し指を立てると微笑を浮かべ説明を始める。

現時点での問題はキャスターの弱点を手に入れることではなく、キャスターを倒す事。注意するのは葛木と契約破りの短剣。

 

「貴方たちの敗因は折角のチームを分担して挑んでしまった事」

 

つまり、始めから1体のサーヴァントに2体のサーヴァントで挑めばよかったのだ。

アサシンと戦う際は凶真が燕返しを観測し、アーチャーが阻止するという戦法をとればそこまで苦戦はしないだろう。キャスターとの戦闘に対しても、おそらくセイバーが葛木に敗れたのはイレギュラーだったから。はなから葛木が強敵という認識を持って臨めば、狂化もある凶真ならば人間の葛木を抑えることは十分可能。その隙にアーチャーが弓を主体として中距離、遠距離でキャスターに挑めば十分勝機がある。令呪に抵抗しているセイバーが戦闘に参加してくる可能性は少ないが、もし完全にキャスターの支配下になっているのであれば葛木の相手を凶真が、セイバーの相手をアーチャーが、そして、キャスターの相手を凛とイリヤでする。

サーヴァント相手に凛とイリヤで太刀打ちができるのかと思ったが、凛には秘策があるらしく、キャスター相手ならばなんとかなるらしい。

 

「で、バーサーカー。身体の調子はどう? 理想を言えば早ければ早いほどいいから、今夜にでもキャスターの所へ行きたいんだけど」

 

拳を握り、体の調子を確かめる。

ランサーから受けた傷は完治してはいないが、表面上は傷がふさがっている。多少魔力が少ないのが気になるが、夜までには回復するだろう。

 

「問題ない。万全とは言えないが戦闘に支障はほぼない」

 

「じゃ、解散ね。今夜0時に迎えに来るからそのつもりで」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

とんとんと話を進め、帰ろうとする凛を士郎が止めた。まぁ、士郎の性格を考えれば当然予想できたことだ。

それは凛も同じだったのか、特に驚く様子もなく冷たい視線を士郎に向ける。

 

「俺も行く」

 

「駄目よ。貴方は家で待ってなさい」

 

「それはできない! セイバーは俺のせいであんな目に遭ったんだ。だから、俺が助けないと!」

 

士郎の言葉に凛の視線は更に冷たく、鋭くなった。

そして、凛や士郎は気づいてないだろうが、霊体化しているアーチャーもその眼光の鋭さを増している。まるで、憎き仇でも見るかのように。

 

「そう。じゃあはっきり言ってあげる。足手まといよ衛宮君」

 

凛として言い放つ凛の姿に、思わず俺は感心した。その一切の甘えもない魔術師然とした姿。

高校生の彼女がこれだけの立ち振る舞いができるようになるのに、いったいどれだけの苦労をしたのか。

 

「サーヴァントのいないマスターは大人しくしてなさい。でないと貴方、死ぬわよ」

 

有無を言わせぬ凛の言葉にも、決して士郎は引かない。言葉で言ってわからぬなら、残るは実力行使のみ。凛の魔術刻印が光を灯す。魔術師として、凛は士郎をねじ伏せ昏倒させるだろう。それは凛にとっても当たり前のこと。

だが魔術師ではなく、人としての遠坂凛はその行為に多少の負い目を感じてしまうだろう。

なら、ここでその役目を担うのは大人である俺の役目だろう。

 

「いいかげんにしろ」

 

「がっ!?」

 

俺の拳が士郎の鳩尾に深く突き刺さり、士郎はその場にうずくまる。その士郎の髪を掴み、顔を上げさせた。

 

「イリヤ」

 

「ええ」

 

多少眉間に皺を寄せたものの、俺の言わんとすることを理解したイリヤは表情を戻し士郎と目線を合わせた。

途端、目が虚ろになり、体の力が抜けていく士郎。そんな士郎の胸倉を掴み、意識がなくなる前にどうしても言いたかった言葉を投げつける。

 

「大切な人を自らの手で傷つけたセイバーの気持ちを考えろ───この愚か者」

 

 

 

 

その後、士郎を部屋に寝かせ凛たちが帰宅した後、中庭の真ん中で空を見上げているとイリヤがやってきた。

 

「休んでいなくていいのか」

 

「……うん、いい。キョーマといる」

 

「そうか」

 

やはりイリヤの様子がおかしい。凛がいた時はまだ普段通りに振る舞っているようではあったが、帰っていこう俺の傍を離れようとしない。

そのことを訪ねようと思ったのだが、その前にイリヤの方が口を開いた。

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 

それは、何に対してのことだろうか。

俺の身体に対してのことか、それとも凛の考えたキャスター討伐についてのことか、あるいはその両方か。

 

「もう、私の令呪ないんだよ」

 

その言葉には、もう助けられないというニュアンスが含まれていた。

俺は一度消滅しかけている。それを、イリヤが2つの令呪を使い強制的に繋ぎとめた。

 

「それでも、キョーマは私の傍にいてくれるの?」

 

マスターとして助けることができなくても、それでも自分を守ってくれるのかと。自分の傍にてくれるのかと。

自分のサーヴァントでいてくれるのかと。小さな勇気を振り絞り、目に涙を溜めて問いかける。

 

「私は怖い。キャスターの宝具で契約が破られるんじゃないか。アサシンに倒されて消滅するんじゃないか。令呪のないマスターを見捨てるんじゃないか。って」

 

溜まった涙は溢れ出し頬を伝う。その体は小刻みに震え、小さな白い手は赤くなるほど強くスカートを握りしめる。

 

───ああ、そんなことを怖がっていたのか。

 

無理もないのかもしれない。たった一人、味方もなく城へ幽閉されて過ごした日々。

やっと見つけた自分と共にいてくれる存在(サーヴァント)の消滅の危機。

どんなに大人びていても、その小さき体には重すぎるほどの負担がかかっていたのだろう。

 

───どうすればいい?

 

そんな言葉が頭に浮かぶ。

無論俺にイリヤを裏切るつもりは毛頭ない。だが、言葉にしたところで彼女は安心できるだろうか? 笑顔を見せてくれるだろうか?

いや、今の俺には彼女を笑わせることなどできないだろう。ただの鳳凰院凶真にはそれだけの力はない。

ならばどうすればいい。

自身に問いかけると、思い出されるのはラボメンたちとの日々。あの頃はみんなが笑っていた。

 

───そうか。

 

令呪という契約がないなら、ラボメンという絆で繋がればいいじゃないか。

狂戦士の鳳凰院凶真に力がないなら、あの頃の鳳凰院凶真になればいい。仲間を絶対に見捨てず、仲間の為なら世界の理相手だろうと戦う狂気のマッドサイエンティスト。

 

───そう、我が名は狂気のマッドサイエンティスト 鳳凰院凶真!

 

決意と共に吹き荒れる魔力の風。その風はイリヤの涙をやさしく吹き飛ばし、その眼に驚愕の色を見せる。

イリヤの目の前で凶真の黒衣は見る見るうちに白く染まり、白衣へと変わる。

 

「フゥーーーーハハハハハ! なぁーにをブァカな事を言っているイリヤスフィール! この鳳凰院凶真、そのようなつまらぬ理由で貴様と共にいたわけではぬぁーい!」

 

「キョ、キョーマ?」

 

突然のことにオロオロしだすイリヤをよそに凶真は突然優しい顔になると、目線を合わせるように片膝をつき、イリヤに小さなピンバッジを渡す。そこには歯車のような模様と、その端にOSHMKUFAI2010と書かれている。

 

「いいかイリヤ。それは我が未来ガジェット研究所のラボラトリーメンバー、ラボメンの証だ。ラボメンの絆はサーヴァント契約よりも、令呪よりももっと強い。そして、俺は何があってもラボメンを守る」

 

暫く呆けていたイリヤだが、俺の言わんとしている事を理解したのかその目を細め涙を流す。だが、その涙は先ほどの涙とは違う意味を持っていた。

 

「うん……うんっ!」

 

「今日からお前はラボメン№009 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだ!!」

 

 




更新が遅くて本当に申し訳ありません。今後も不定期になるとは思いますが、なにとぞよろしくお願いします。

というわけで、5話にしてようやくあのオカリンが帰ってまいりました。
次回はいよいよVSキャスター編です。乞うご期待!


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