GOD EATER:救雷の神鳴 (ひょうたんふくろう)
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1 目覚め

 

 一番最初に思ったのは、「あ、なんかちょっと猛烈にコンビニで立ち食いしたいな」……なんて、そんなありふれたことだった。

 

 ちょっとしたホットスナックか、あるいはアイスにでもするか。割とがっつりと食べたい気分で、いっそのことを本能の赴くままに好きなものを全部買っちゃえ……とぼんやり思ったところで、私は非常に重大なことに気付いてしまった。

 

 うん、周りにコンビニが無い──コンビニどころか、無事な建物が無い。瓦礫や残骸ばかりで見るからに荒廃している。

 

 そしてお金がない──お金どころか財布も服も靴も無くて、完全な全裸である。

 

 もっと酷いことに──記憶もない。自分が誰なのか、どうしてここにいるのか、そう言った一切合切が分からない。

 

 ──ルゥゥ……。

 

 で、だ。

 

 全裸で記憶がないだけなら、酒を飲みすぎてやらかしたんだろうって言えないこともない。ここが見るからに廃墟であることを鑑みれば、なにかヤバい組織に拉致られて金も服も巻き上げられた挙句、ヤバい場所に捨てられた……なんて見方もできないことはないだろう。

 

 しかし、幸か不幸か……その可能性は一切ないと断言することができてしまった。

 

 ──ルゥゥ……?

 

 自分の喉元から聞こえてきた、野太く重厚な割にはどことなく情けなさを孕んだ獣の鳴き声。

 

 そう、私は……人間ですらなくなってしまっていた。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 日もとっぷりと暮れたところで、改めて今日の出来事を振り返ってみようと思う。

 

 結論から言うと──どうやらここは、ゴッドイーターの世界であるらしい。

 

 ゴッドイーター。すごくざっくり言えば、アラガミという事実上不死の化け物が蔓延る荒廃した近未来で、アラガミに唯一武力で対抗できる存在──ゴッドイーターが活躍する姿を描いたいわゆるハンティングゲームだ。

 

 世界観の設定的にはもはや人類滅亡まで秒読みで、一部の特権階級を除けば天災の被災者か外国のスラムかといった暮らしぶりであり、住む場所にも食べるものにも困っている。そこらに蔓延るアラガミは極めて凶暴で凶悪であり、毎日元気に人類をぱっくりむしゃむしゃと貪っている。今日を生き延びても明日また生き延びられるかは誰にもわからない。アラガミに唯一対抗できるゴッドイーターも絶対数が少ないから、もはや焼け石に水状態。

 

 正直明るい未来なんてまるで想像ができないけれど……ゲームの雰囲気としては比較的明るい方で、設定程の悲惨さはあまり感じなかったりする。

 

 プレイヤーの分身たる主人公は立ちふさがるアラガミをバッタバッタとなぎ倒し、金も素材もカンストレベルで稼いでいた。天災級のアラガミをソロのノーダメで何百匹の単位で狩り、技の練習台としてアラガミの大群を鼻歌交じりでなぎ倒すこともあった。アラガミからみればまさしく死神の如き存在と言って良いだろう。

 

 どこも食料や資材が足りないという割には、歓迎会をやったりファッションに気を使う余裕があったり……と、これはゴッドイーターという特権階級であることも関係しているのであろうが、ともかく悲惨な設定をうっかり忘れてしまうほどには、ゲーム上では和やかで明るい雰囲気であった。

 

 尤も、それはあくまで熟練のプレイヤーの話であって、(アラガミが)神速、(アラガミが)連撃、(アラガミの)狩りはここまで進化した──と揶揄される程度には難しいゲームだったっけ。最初の方はあまりにもアラガミ側が理不尽すぎて、投げ出す人も多かったという話も聞く。 

 

 少し脱線してしまったが、私がここをゴッドイーターの世界だと判断したのにはいくつか理由がある。普通だったらゲームの世界(?)に入り込んでしまうだなんてそんな荒唐無稽な話は信じないが、証拠がいくつもでてきてしまってはしょうがない。

 

 まず一つ。この瓦礫だらけの荒廃した廃墟……ここが、黎明の亡都とそっくりであったこと。画面の向こうで何度も見た景色とそっくりで、周囲を探索すればするほどその判断が間違っていないことを裏付けてくる。

 

 次に……私自身のこの姿。うん、人間じゃあないってのは最初からわかりきっていたけれど、私ってばアラガミだったんだよね。

 

 喉から漏れる獣の声と明らかに高い視点から、かなりでっかい生き物だろうなとは思っていたけれど……あの大きな湖面に映った自分の姿を見た時、正直自分で自分にビビったもの。

 

 ガルム……いいや、マルドゥークの変異種っていうのが一番近いだろうか? 少なくともベースの骨格はガルム神属だ。

 

 前脚には真っ白のごっついガントレットがあって、首元から肩回りを覆うふっかふかでふっわふわな真っ白のファーと、全身を包む白い毛皮がある。背中にはヴァジュラ種のマントとよく似た青いマントがあるほか、キュウビのそれを彷彿とさせる扇状の大きな尻尾が一本。

 

 そして……狼の顔に、仮面が付いている。額には、青い一本角が生えていた。

 

 湖面にこの姿が映った時、正直死んだと思った。見るからに凶悪そうな化け物で、腕の一振りだけでぶっ殺されると思った。頭の中でいろんな考えが巡る割には体の方は硬直して動けず……湖面に映るそいつが自分自身だと気づくまで、だいぶ時間がかかったような気がする。

 

 そもそもとして、まるで当たり前のように四足歩行をしていたことに疑問を抱くべきだったかもしれない。今更ながら、あまりにも自然に……普通に人間として二足歩行しているのと何ら変わらない気分だった。そういう意味では、おそらく私はすっかりこのアラガミの体に適応してしまっているのだろう。

 

 ともあれ、それが自分の姿だと気づいてからは早かった。

 

 マルドゥークによく似たこの姿に、黎明の亡都そっくりのこの光景。まさかまさかと思いつつ空を見上げてみれば──そこには、緑色に輝く月がある。

 

 そう、緑化した月。ゴッドイーターの無印あるいはバーストのエンディングにて緑化してしまったあの月だ。証拠が三つも揃ってしまったのだから、もはや全てを受け入れるほかない。

 

 ──ルゥゥゥー……ッ!

 

 あの時思わずしてしまった遠吠え。いったいどうしてそんなことをしてしまったのか──今でも、よくわからない。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 さて。

 

 アラガミになってしまったものはしょうがないとして、考えるべきはこれからのことだ。

 

 文字通りの弱肉強食なこの世界において、私がするべきことは……まずは、身の安全の確保、ひいては自分の実力の把握だろう。最低限、どの程度のことまでになら対応できるのかって所くらいはわかっておきたい。

 

 日中からずっと地味に気になっているこの空腹感。これを紛らわすためには、捕食活動をしなきゃいけないのだろう。飢餓感──我を忘れて本能で行動してしまいそうになるほどのものじゃなかったのは一安心といったところ。体はアラガミでも心は人間だもの、よだれダラダラな獣になっちゃうのはプライド的に許せない。

 

 で、アラガミである私のご飯と言えば、人間──ではなく、アラガミだ。元の意識が人間だからか、人間を食べようとはまるで思えない。消去法的にアラガミしか食べるものが無いとも言う。世界観的には鉄だろうがマグマだろうが何でも食べられるだろうけど、正直アレらにあまり食欲が刺激されないんだよね。

 

 そして、アラガミを捕食するには……喧嘩を売っていい相手とそうでない相手を見極める必要がある。どんなアラガミなら倒せるのか、どんなアラガミなら逃げるべきなのか、逃げるとしてどれだけの速さで逃げられるのか、スタミナはどれだけ持つのか……などなど、考えなくっちゃいけないことは結構多い。生き死にがかかっているというのなら、なおさら。

 

 まぁ、腐ってもマルドゥークの変異種(仮)だ。中型アラガミくらいまでなら倒せるとは思うけれども……なんせ、元は喧嘩の一つもしたことがない一般人である。身体的なスペックで勝っていても複数匹に囲まれてボコられたら普通に死ぬと思うし。ピルグリム、マジで大変だったからな……。

 

 ともあれ、「やりたいこと」を考えるのはそのあとだ。まずは確実に今日を生き抜く術を身につける。この世界でどういう風に過ごすのかはまだわからないけれども、いずれにせよ強い力を身につけなくっちゃいけない。それもなるべく早く、出来るだけ安全に。

 

 ──ルゥゥ……。

 

 ひとまず今日は……空きっ腹のまま、我慢することにしよう。夜目はけっこう利きそうとはいえ、夜中に行動するのはいささか避けたいところ。幸いにして、アラガミに「住」はいらないし、手前味噌ながら私の尻尾はふっかふか。こんなさびれた廃墟であっても寝床としては十分だ。

 

 ──明日は、おなかいっぱいご飯が食べられますように。



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2 ザイゴート:あまりおいしくなかった

 

 結論から言おう。私ってばけっこう強いかもしれない。

 

 起きたのは日の出とほぼ同時。自身がアラガミであるという事実を再認識した私は、大きく一声鳴いてから外へと繰り出した。

 

 準備運動がてら、そこらを思いきり駆け回ってみる。想像以上に体が思い通りに動く上、四足歩行特有の視界の揺れも気にならない。その速さもパワフルさも驚異的。なんなら垂直壁走りに近いことまでできた。正直な所、あまりにも爽快に動けるものだからご飯のことも忘れかけていたような気がする。

 

 ただまぁ、それだけ激しく動き回っていれば、その物音を聞きつける輩も出てくるわけで。

 

 ふと気づけば、遠目になにやらふよふよと浮いている黒い卵のようなもの──否、こちらに向かって飛んでくるザイゴートが見えた。やっぱりゲームの中と同じ姿で、大きな目玉がチャーミング……なわけがない。現実仕様(?)でかなりリアルになっており、ちょっとしたホラーといっても良いくらい。

 

 ただ、最初の標的としては悪くない感じ。小型アラガミ──いわゆるザコ敵で、耐久力は最低レベル。どんな攻撃もよく通るし、体力もほとんどない。遠距離攻撃とそれに付随する状態異常効果が厄介だけれども、タイマンであれば被弾の可能性も大きく減る。

 

 実際、そのザイゴートは弱かった。なにをトチ狂ったか、大きく口を開いてそのまま突っ込んできたわけだけれども、前脚で打ち払ったらそのまま弾けちゃったんだよね。

 

 いやもう、自分でもびっくりだった。正直そこまで力を入れたつもりはなかったのに、文字通り割れた卵みたいになっちゃったんだもの。目玉は潰れてぺちゃんこのペラペラになってたし、人の顔っぽい上顎の部分も原形をとどめていない。かろうじて無事だったのは下顎についている舌の部分──人の足っぽくみえる砲台の部分だけで、可食部と言えるのはそこしかない。

 

 初めてのお食事は、実に味気なかった。食べられる部分が少なかったのもそうだし、なにより味がほとんどしない。味の無いイカをかみしめているような感じで虚しかった。前脚に付いた血のほうがまだ味が有って満足感があった気がする。

 

 さすがに潰れた目玉まで口に入れるのはなんかヤだな──なんて思っていたところで、もう一匹ザイゴートがやってきた。たぶん、仲間の断末魔(?)を聞いてやってきたのだろう。あいつらはそういうやつだ。

 

 で、今度はこっちから飛び掛かってやった。イメージ的にはパン食い競争のアレみたいな感じ。せっかく大きなお口と鋭い牙があるんだもの、使ってあげなきゃもったいないし。

 

 結果として、ザイゴートは私の口の中で思いっきり破裂した。硬い殻がパキっと割れたかと思った瞬間、風船みたいに中に溜まっていた空気(?)が弾けたんだよね。

 

 そしてやっぱりそんなに美味しくない。最初こそ半熟の目玉焼きを潰したみたいで期待が持てたんだけど、肝心の中身に味がほとんどない。妙に水っぽいというか、なんとなく病院食を食べているような心持ちになる。

 

 あと、変な薄い膜みたいなのが口に残って大層不快。砕けた殻のほうがまだカリカリ感があってマシ。思うに、ザイゴートは浮遊している関係上、中身はスカスカで見た目ほど食べられるところはないのだろう。味がしない理由はわからん。

 

 そんな感じでザイゴートを食べた後は再び移動。この時になって「そういやザイゴートって毒があったっけ」と思い出す。ただ、ぽんぽんの調子は至って快調で、早く次の飯を寄越せと元気いっぱい。アラガミの胃袋は尋常じゃなく強いんだと思うことにした。

 

 次に見つけた標的はオウガテイル。こちらは三匹ほど連れ立って歩いていた。ザイゴートよりかは食べ応えがありそうだったのと、こいつもまた小型アラガミに分類されるタイプ。肩慣らしにはちょうど良い。

 

 そう思っていたんだけど……実際は、肩慣らしにすらならなかった。

 

 最初の一匹目は、飛び掛かった時にそのまま前脚で潰された。

 二匹目は、尻尾でばんっ! ってやったら吹っ飛んで動かなくなった。

 三匹目は……知らない間にくたばっていた。体が半分凹んでいたから、一連の動きに巻き込まれて押しつぶされたんだろう。

 

 味はやっぱりあんまりよろしくない。ザイゴートよりかは可食部が多く、食べ応え的な意味では見た目通りと言ったところ。あんなナリをしている割には歯ごたえが無く、ふやけたジャーキーを食べているような感じ。全体的に味が薄い。

 

 あとやっぱり水っぽい感じがしたのはなぜだろう? 私の舌がおかしいのか、それともこれこそがアラガミの味なのか。他のアラガミも食べて見ないとわからない。

 

 ザイゴート、オウガテイルと続けて味気の無い食事になってしまったせいで、その後も地味な空腹感は続く。なんとなく我慢すれば我慢できてしまう程度の空腹感というのが妙に厄介。目の前を蚊が飛んでいるかのような煩わしさというか、痒い所を掻いているはずなのになんか場所が違って上手く掻けない時みたいというか……言葉にするのが難しい。

 

 その後も何度かオウガテイルとザイゴートに遭遇するも、結果はほぼ同じ。どいつもこいつもちょっと前脚で振り払っただけで動かなくなった。味気なさも同様。空腹感も満たされず。

 

 アラガミがあれだけ食欲旺盛なのも、もしかしたら舌のほうに根本的な問題があるのかもしれない。食べても食べても空腹感が紛れない理由が「味がしないから」だとしたら、これだけ悲惨なことはない。

 

 ただ、収穫がないわけでもなかった。あれはたしか五匹ほどの群れのオウガテイルに突っ込んだ時のことだったけれども、そのうちの一匹が果敢にも私に反撃してきたんだよね。

 

 だけれども、私はいたって無傷。思いっきり後ろ足を噛みつかれたのにそのことに気付きすらしなかった。「あ、なんかひっついてるかも」ってくらいで、痛みとかは一切なし。

 

 自分で自分の体に爪を突き付けた時はきちんと痛みを感じたから、痛覚が無いってわけじゃない。でもって、オウガテイルは小型アラガミとはいえその攻撃力は案外馬鹿にならない。つまりこの場合、私の防御力が凄まじく高いということなのだろう。

 

 その後、何度か攻撃をわざと食らって見たりしたけれども、やはりダメージはまるでなかった。ザイゴートの遠距離攻撃はそよ風みたいなものだったし、オウガテイルの尻尾アタックも赤ちゃんにぺちぺち叩かれているのとさほど変わらない。

 

 さすがは新種のアラガミというべきか。強靭すぎる自分の体に自分でびっくりしちゃうじゃんね。

 

 ちなみに、移動途中で何度かコクーンメイデンとも戦った。色合い的には通常種で、そして割とマジに何の脈絡もなく唐突に地面から生えていてけっこうシュール。そういうものとはいえ、目が合っちゃったときなんか奇妙な笑いが込み上げてきたっけ。

 

 知っての通り、コクーンメイデンは動かないアラガミだ。その代わり、地味に命中率の高い遠距離攻撃と、正直あんまり役に立っていない緊急手段的な近距離攻撃を持つ。

 

 遠距離攻撃──オラクルレーザーについてはやっぱり私には効果なし。毛皮が普通に弾いてくれた。というかそもそもとして、あの程度の速度なら私なら余裕をもって避けることができる。試しに何度か食らってあげたのは、単純に確認をしたかったからというだけでしかない。

 

 味の方はイマイチ。水っぽさはオウガテイルとかよりはマシとはいえ、歯ごたえも味もしないというか……。可食部が少なくて満足感が得られない。味のしない小魚を延々としがんでいるような感じで、なんだかとても虚しい気分になったのを覚えている。

 

 結局そんな感じで、今日は一日ずっと小型アラガミを貪っていた。悲しいことに数だけはたくさんいるものだから、食べるものに困るってことだけはない。なんだかんだでそれぞれ数十匹単位で食べた気がする。それでなお、私のおなかの虫はうるさく騒ぎ立てているけれども。

 

 一応、今は近くにアラガミの気配はない。食べ尽くした──とは思えないが、ひとまずは一掃できたと言って良いのだろう。どうせまたすぐ湧いてくるとは言え、明日はもっと遠くに足を延ばしてみたい所存。もっと言えば、食べ応えのある……少しでも味の濃いアラガミを食べてみたい。

 

 やっぱりそれなりに強いアラガミじゃないとダメなのだろうか。人類がギリギリ生きていられる程度には、ヤバいアラガミの数も少ないように思える。あるいは本当にヤバいアラガミはゴッドイーターが率先して狩っているのだろうか?

 

 まぁいい。なんだかんだで悪い滑り出しでなかったのは事実。飢える心配だけはないのだから、ひとまずはそれでよしとしよう。

 

 ──明日は、もっとたくさん美味しいものを食べられますように。



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3 グボロの舌がおいしい

 

 本日もまた、この空腹感を紛らわすために色々なことを行った。結構な収穫があったので、備忘も兼ねて改めて思い返しておこう。

 

 この周辺のアラガミは食べ尽くしたので、新たな獲物を求めてとりあえず西へ。相も変わらずあたりは荒廃しており、人の住んでいる痕跡などはまるでない。時折見かける人工物は軒並みぶっ壊れていて原形をとどめておらず、なんというか物悲しい気分になったっけ。

 

 そんな物思いに更けながらも、そこらにうじゃうじゃいる小型アラガミをおやつがわりにむしゃむしゃして。なんだかちょっぴり喉が渇いたので適当な水辺でもなかろうか──と辺りを探索していたところで、そいつを見つけた。

 

 厳めしい顔つきをした一頭身の魚……つまりは、グボロ・グボロだ。

 

 初となる中型アラガミとの接触。都合のいいことに、グボロ・グボロは中型の中でも弱い部類で動きもあまり速くない。群れられたら厄介だけれども、そんなのどのアラガミにも言えるわけで。腕試しとしては実に理想的だったと言える。

 

 そんなわけで、真正面から挑みにかかる。こちらに気付いた瞬間、グボロ・グボロはその頭の砲身から圧縮された水球を撃ちだしてきた。

 

 ……が、今の私の目には止まって見える。ぴょんって跳んだら普通に飛び越えられた。

 

 で、そのまま横ビレを爪で切りつけたら、それはもう面白いくらいにスパッと切り落とすことができた。

 

 いやまぁ、確かに鋭い爪だとは思っていたし、グボロ・グボロは元々結構柔らかいアラガミだ。それなり以上のダメージが入ると思ってはいたけれど……結合崩壊ならぬ、ヒレ切断までしてしまうとは。この辺はやっぱりリアル準拠ってところなのだろう。

 

 元々こちらの方が圧倒的にスペック有利だったのに対し、ヒレ切断という不可逆な重傷を負ってしまってはグボロ・グボロに勝ち目はない。そもそもあいつ、懐に潜られた段階で負けは確定しているようなもの。多少無理して連打すればすぐダウンしてハメられちゃうもんな……。

 

 ともあれ、その後は恙なく戦闘終了。見事な三枚おろしこそ無理だったけれども、小型アラガミの時とは違って押しつぶすことなく仕留めることができた。ここはまあ、腐っても中型アラガミの耐久力の成せる業か。

 

 ちょっと失敗だったのは、まさしくグボロの活け造り(?)を食べようとしたその瞬間。ケツをぺしんと誰かにビンタされてマジでビビった。

 

 正確には、どこかに潜んでいた二匹目のグボロ・グボロが私の尻に水球をブチ当てたってだけなんだけれども。よりにもよってあの大きな尻尾を掻い潜って尻にあてるとか、あのグボロさてはけっこう強かったな?

 

 幸い、ダメージ自体はほとんどなし。先ほどの通り、せいぜいがケツを叩かれた程度の痛みでしかない。弱点(?)に対する不意打ちの全力攻撃でさえあの程度なのだから、今の私の防御力は私が想像している以上のものがあるのかもしれない。

 

 さて、ここからの話なのだけれども……いきなりのことに多少なりともビビった私は、視界の向こうにグボロを確認した瞬間、ほとんど反射的に目の前をこのガントレットで薙ぎ払ってしまった。

 

 おそらく、本能的な行動なのだろう。冷静になって考えれば、私とグボロまでは数十メートルの距離がある。いくら図体がデカいとはいえ、目の前を前脚で振り払ったところで空ぶるだけだ。

 

 ただ、実際は……私の腕の動きに合わせて雷の衝撃波(?)が発生して、そのままグボロに直撃したんだよね。

 

 自分で言うのも何だけれども、結構な電気量だったのだろう。その雷の衝撃波に触れた瞬間、悲鳴すら上げずにグボロはぴーんと反り立つようにして体を硬直させた。で、気付けばそのままぐしゃりと崩れ落ちて、もう二度と動くことは無かった。

 

 近づいてよくよく観察してみれば、表面がぶすぶすと焦げて炭化していた。ついでに体全体がどろどろしてきているというか、崩壊し掛けている。オラクル細胞の結合が切れたのだろう。もしかすると、高電圧によって生じた電熱による火傷を、まだギリギリ活性状態にあるオラクル細胞が修復しようとしてケロイドになっていたのかもしれない。

 

 もったいないのですぐさま食べてみた。どうしてなかなか、結構おいしかった。

 

 まず、見た目に反して水っぽさはほとんど感じない。ぷりぷりしていて食べ応え……というか食感が良い。熱を通したってのも大きいだろうけれども、そもそもとして肉質(?)が小型のものと全然違う。

 

 あとやっぱりすっげえ魚っぽい……けど、ほのかに爬虫類っぽい特有の後味というか、ぶっちゃけるとワニっぽい風味がした。なんだろ、半生のおさしみにワニらしさを付け加えた感じっていうの? 人間の食べるもので例えることが上手くできない、そんなグボロらしい不思議な味だったよ。

 

 もう一匹の活け造りにしたほうも流れでそのまま食べる。こちらは魚らしさが強く、ワニらしさはあまり感じず。やっぱり水っぽさはほとんど感じず、真っ当な食べ物みたいでとても嬉しい。胴体の可食部こそ少なかったものの、そもそもがそこそこデカいからボリュームも悪くない。

 

 意外なことに、一番おいしかったのがグボロの舌。弾力が内臓とは段違いで噛み応えが良い。一方で一番美味しくなかったのは頭の角みたいなアレ。味気ないウエハースみたいで食べていて面白くない。まあ、コクーンメイデンよりかは美味しかったけれど。

 

 久しぶりの真っ当な食事ということで、時間をかけて丁寧に食べた。満足感は期待以上。ただ、それなりに食べたと思ったのに空腹感は変わらず。食事中こそよかったものの、食べ終わって幾許もしないうちにはおなかが鳴りそうになった。

 

 私は元来、こんな大食いキャラではない。つまりは、この空腹感はアラガミである以上一生付き合っていかなきゃいけない持病みたいなものなのだろう。

 

 ともあれこれにて、グボロ程度であれば楽勝で倒せることが判明した。ついでに、私には雷を操る力があることもわかった。

 

 このカミナリの力、何気に結構便利というか応用性が高い。発電器官はやはりというか背中の青いマントで、これはヴァジュラのそれと同じ類のものなのだろう。ふん、と軽く気合を入れるだけでビリビリパワーが背中に集まるのがすぐにわかった。

 

 それと同時に、頭の青い一本角にもビリビリパワーが集っていたりも。なんかちょっとカッコイイと思ってしまったのはここだけの秘密だ。

 

 この雷の力は、ほぼ私の思い通りに操ることができた。ヴァジュラのように雷球を展開して発射したり、レーザーのように径を絞って発射してみたり。さっき咄嗟にやったような感じで衝撃波として飛ばすこともできれば、ビリビリパワーをガントレットに込めて直接殴り掛かることもできる。

 

 そしてマルドゥークとしての炎の攻撃を、雷の技として扱うこともできた。こうなるともう、マルドゥークの荷電性堕天種と言ってもいいくらい。

 

 というか、電熱が強すぎて普通にグボロの残骸燃やせたし。これ、ちゃんと練習すれば炎の技としても使えそう。……いや、そもそも電熱で発火点になってしまうほど強力な電撃を与えたら、その段階で勝負着いちゃってるか?

 

 ここまでを総合して考えると、私の能力はマルドゥーク+ヴァジュラって感じ。覚えたてでここまでできるのだから、練習を重ねればもっといろんなことができるようになるだろう。最初は雷属性を弱点にしているアラガミって意外と少ないんだよな……なんて思ったりもしたけれど、こうしてリアル仕様で考えれば、雷のパワーってすっごく凄い。

 

 あと、一番びっくりしたのが電撃を使っている時の私の姿だ。角とマントが青白く発光しているのが凄くカッコイイ……のは当然として、静電気(?)のせいで魅惑のふかふかもふもふ毛皮がぶわっと広がってなんとも誘惑的なフォルムになっている。尻尾なんか普段より四割り増しくらいの大きさのシルエットになっていて、思わず飛びつきたくなっちゃうほど。

 

 あとさりげなく、体全体に青白いラインみたいなのが走っていた。オラクルパワー的な何かだろう。カッコいいから特に気にしないことにする。暗い夜道でも足元を照らせてとっても便利。やったね。

 

 だいたいこんなものだろう。早いところ、この新しい能力を試して見たくてしょうがない。人間の時はとてもじゃないけどここまでスッキリ爽快なことなんてできなかったし、やっぱり力ってのはパワーだ。あって困るものじゃないし、強ければその分自分のワガママを押し通すこともできる。弱肉強食のこの世界であるなら、なおさら。

 

 ──明日もたくさん、美味しいものが食べられますように。



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4 ヴァジュラうめえ

 

 今日もまた、振り返りとして日中にあったことを整理していこうと思う。

 

 昨日のグボロ・グボロに味を占めた私は、中型以上のアラガミを見つけるべく再び移動を開始した。小型アラガミなんて食べても大して腹の足しにはならないので、今日はあくまで目の前に立ちふさがるものだけを始末することとする。移動のついでだし、少しでも邪魔なアラガミを減らしておいた方が人類への貢献になると思った次第。

 

 今更ながら、既に体の動かし方にもすっかり慣れたようで、パワーもスピードも一日目より上がっていることが実感できた。ついでに五感もばっちりだし、雷の能力も扱いが上手くなったように思う。

 

 雷を纏ってダッシュするだけで、特に何もせずとも小型アラガミがバタバタ倒れていくんだもん。もう小型については完全に敵ではない。

 

 ぼちぼちしたところででっかいサル──コンゴウを発見。しかもただのコンゴウじゃなくて極地適応型とか寒冷地適応型とか呼ばれる、堕天種のほうね。

 

 このコンゴウ堕天、ゲームの設定どおり実に聴覚が優れているらしかった。かなり早い段階で私が接近していることに気付き、そして体を大きく膨らませて背中のパイプ状の器官から氷塊を噴出してきたのを覚えている。

 

 たしかアレ、大気中の水分を凝固させて打ち出している……と、そんな設定だったような気がするけれども、「瞬時に」ってレベルをはるかに超えていた。いやもうマジで一瞬ででっかい氷を撃ちだしているの。体の中に隠してあった氷を撃ちだしたって言ってくれた方がまだ納得できるくらい。完全に物理法則を超えていたように見えたっけ。

 

 ただまぁ、これもやっぱりゲームで何度も見た予備動作だ。あんなに露骨な動きをしたらこっちだっていくらでも対応ができるし、この体のスペックであれば見てから避けるのも楽勝。あくびをしていたって避けられると言って良い。

 

 とはいえ、念のためにあえて攻撃を食らっておく。ドン、と体に何かが当たった感覚こそあれど、これと言ってダメージらしいダメージは受けず。

 

 思っていたよりも全然氷の冷たさを感じなかったってことは、私は氷属性に対する耐性があるってことなのだろう。ま、単純に毛皮がふかふかもふもふしていて寒さに強いだけなのかもしれないけど。

 

 改めて自分のたくましさを確認したところで今度はこちらから攻勢に入る。大地を駆けながら同時並行でガントレットを赤熱化。超高圧の電圧により電熱で疑似的な火属性を再現するという、かなり無駄やロスが多い技だけれども、どうしてなかなかカッコ良さだけは悪くなかったのではないかと思う。

 

 結論から言うと、赤熱化ガントレットの一撃だけでそのコンゴウは動かなくなった。奴には火属性が効くとはいえ、やはりアラガミとしての基礎スペックが大きくかけ離れているのだろう。速さと体重が乗った一撃を真正面から叩き込まれたら、そりゃコンゴウ程度なら耐えられるはずもないわな。

 

 ……ここしばらく、ほとんどすべてのアラガミが全部一撃で終わっている。一撃で仕留めきれなかったとしても、瀕死の重傷でもはや活動限界まで秒読みって感じだ。大型アラガミとしての面目は保たれていると信じたい。

 

 ともかく、大して労力を割くことも無くコンゴウ堕天の討伐完了。味は結構いい感じ。ほどほどの噛み応えと、なにより水っぽさを全然感じない。ようやくまともに食べ物を食べている実感ができたと言えよう。ほぼ全身が可食部だったこともあって、ボリュームもなかなか悪くなかったように思える。

 

 一番美味しかったのは、やはりコアだろうか。明らかに旨味の密度というか、口に含んだ時の満足感が他の部位と比べて段違いだった。やっぱりコアはオラクル細胞が濃縮されているとかそういう感じのアレがあるのだろうか?

 

 食後にて、自分の真っ白な魅惑のボディがだいぶ薄汚れていることに気付く。今までさんざん食い散らかしてきたせいで、色々諸々汚れが飛び散ってしまっていたらしい。さすがに心までケダモノになるつもりはなかったので、ここらでひとつ、体を綺麗にしてみようと試みる。

 

 設定的には、アラガミは体のどこからでもモノを食べることができたはず。故に、この身にこびりついた汚れも「喰らう」ことで落とすことができる……ものの、それはなんかヤだ。同様の理由で、獣らしくペロペロと毛づくろいするのも憚られる。

 

 そんなわけで、汚れを全部電撃で焼き払ってしまおうと思い当たる。全部炭……灰にしてしまえば動いているうちにカラダから落ちるのは確定的に明らか。これなら見えない所や手(?)の届かないところまで綺麗にできるしね。

 

 さっそく、ヴァジュラの電気のドームみたいなアレができないか試みることに。アレをやれば全身満遍なく電撃を纏えるのでイメージ的にまさにぴったり。

 

 さっそくやってみよう……と、背中のビリビリパワーを周囲に展開したところで。

 

 デカい何かがこちらに近づいてきているのが本能で感じ取れた。

 

 巨大な咆哮と共に物陰から飛び込んできたのは──厳めしい兜を冠し、背中に赤いマントをたなびかせたでっかい虎、すなわちヴァジュラ。ヴァジュラのことを考えていたから出てきちゃったのだろうか。ある種の運命さえも感じてしまうほどのタイミングの良さだったと言えよう。

 

 目と目があっちまったからにはしょうがない。合図も無しに始まったタイマンガチバトル。大型アラガミと戦うのは今回が初めてなので、自然と気も引き締まるというもの。私の方が少し大きかったとはいえ、体格もそれほど変わらなかったしね。

 

 ただ、少しばかり残念なことに……このヴァジュラも、まるで相手にならなかった。私ってば強すぎるかもしれない。

 

 酷く悲しいことに、ヴァジュラの最大の武器である電撃が私には効かない。元々雷を操るアラガミなのだ、そのアラガミが電撃にやられてどうするんだって話である。

 

 科学的に言うのなら、私のこの体は絶縁性が非常に高いってことなのだろう。いくらヴァジュラが電撃を打ち込んできても、まるで何も感じなかった。曲がりなりにも電撃に耐えているんだからそれなりに発熱もしているんだろうな……と思ったものの、それらしい温もりも感じず。ほんのりと、カイロ程度にあったかくなっていたくらいか?

 

 ヴァジュラほどの高電圧でも問題のない絶縁性。焼損すらしないってことは、難燃性の素材なのだろう。つまり火にも強い。

 

 ふかふか毛皮の特性である冷気に強いというのも合わせれば、【火】、【氷】、【雷】の属性攻撃に対する耐性があると言える。もしかしなくてもつよつよアラガミなのでは?

 

 ……まぁ、いくら耐性が多かったところで、そもそもそんな複数属性を同時に使う神機使いなんていないんだけどさ。ちゃんと相手に合わせた神機を選んで出撃するし、複数が相手で弱点属性がばらばらの時は、無属性の高威力の神機にする……というか、熟練であればあるほど応用性と汎用性の高い無属性神機を愛用する傾向が強かったし。

 

 その後はなんとなく取っ組み合い(?)でじゃれあい、そして私の勝利。力比べをしたくてあえて全身を使ってみたわけだけれども、やはり基礎的な身体能力は私のほうがずっと上であった。あれだけの図体を誇るヴァジュラであっても、子猫ちゃんと遊んでいるのと何ら変わらないレベル。

 

 でもって、私の電撃は普通にヴァジュラに効いた。あいつも雷を操るアラガミで雷耐性は高かったはずなのに。やつの絶縁性を上回るレベルの電圧だったのか、それとも電撃にはかろうじて耐えていたけど電熱によってやられたのか。いずれにせよ、表面が黒焦げになっていたから調べる手段もない。

 

 そしてお待ちかねの実食タイムだけれども……これが、今までで一番素晴らしかった。

 

 久々に食べた肉らしい肉。はっきりとわかる味に、顎を使って食べてるんだって実感できる噛み応え。匂いが少々クセのある感じだったけれども、慣れれば全然気にならない……というか、むしろ生き物を食べてるって感じがして病みつきになってしまいそう。

 

 何より、デカい。可食部がいっぱい。部位もいっぱいで味のバリエーションも豊か。わぁい。

 

 コア以外では、一番おいしかったのは大胸筋(?)の部分。あれだけデカい体を支えているだけあって、よく発達していて食べ応えも十分。ぶちぶちって筋繊維をかみ切る瞬間が特に最高。熱もしっかり通っていてお肉の匂いが良い感じ。肉汁は少なかった……脂身はほぼ無かったけど、その分さっぱりしていていくらでもいけちゃう。

 

 欲を言うなら、塩か醤油が欲しかった。いやむしろあれはタレでいくのが“答え”か?

 

 それ以外では、尻尾の食感が面白かったような? なんかちょっと不思議な弾力があって、ふにっとしているようなぷちっとしているような、柔らかいんだけどちょっとだけ噛み応えがあるという、珍味的な美味しさがあった。

 

 この世界に生れ落ちて初めてのご馳走だった故に、結構な時間をかけて味わっていたように思う。気づけばもはや食べる気にもならない残骸だけしか残っていなくて、周りが結構スプラッタな感じになっていたっけ。

 

 ここまでの経験から、どうやらアラガミの美味しさとは強さとほぼ直結しているような節が見受けられる。水っぽさについてはアラガミの防御力……つまりは、オラクル細胞の結び付きの強さから感じられるものだろうか。なんだかんだで、防御力があってタフなアラガミほど食べ物っぽい感じがしたもんね。

 

 ……ということは、アラガミの強さが美味しさに関わっているんじゃなくて、アラガミのオラクル反応の強さが美味しさに関わっているということか? それなら、コアが一番おいしかったということにも説明がつくし。まぁ、オラクル反応の強さはそのままアラガミの強さみたいなものだし、そう大して違いはないか。

 

 だいたいこんなものだろうか。日中は結構な満足感でいっぱいだったけれども、やっぱり今は空腹感が私を苛んでいる。電撃も使えるし体も普通に動くから、体の燃費が悪いってわけではなく、単純にアラガミとしての特性なのだろう。好きなだけ一杯食べることができる体なのだ……と前向きにとらえておくことにする。

 

 しかしまぁ、大型アラガミですら余裕で仕留めることができるとは。いくら相手がヴァジュラ──この極東ではこいつをソロで倒せてようやく一人前と言われる相手とはいえ、それでも一般的に見ればこいつが一匹現れただけで支部全体が大騒ぎになるような相手だ。

 

 もしかしなくとも、よほどの相手でもない限り、私が後れを取ることなんてないのだろう。それすなわち、この世界で文字通り好きに生きることができるということを示している。

 

 やりたいこと。今一番やりたいのは、もっと美味しいご飯を食べたいというその一点だ。ヴァジュラであの美味しさだったのだから、ピターやハガンコンゴウとかだったらもっと美味しいに決まっている。セクメトとか、なんか焼き鳥みたいな味がしそうじゃん?

 

 私にも適用されるのかどうかはわからないが、アラガミは喰らえば喰らうほど強くなると言われている。美味しいものを食べ続ければ、より安全かつ確実に美味しいものを食べられるようになっていく。ついでに人類の驚異も排除できるとか、やらない理由がない。最高では?

 

 おまけに今日のヴァジュラとの戦いの前に感じたアレ──今思い返してみれば、ユーバーセンスの一種だろう。周囲に展開した電気がレーダーとなって、感知圏内のアラガミの存在を教えてくれるってやつのはず。

 

 わざわざあんな高出力でやらずとも、それに特化させたよわよわ電気で広範囲に展開することができれば、もっと良いレーダーになりそう。そうすれば、もっとたくさんアラガミを見つけて頂きますが出来そう。夢が広がるじゃんね。

 

 このあたりにしておこう。この空腹感とは一生付き合っていかなきゃいけないとはいえ、どうしてなかなか希望も持ててきた。何も考えずにただ食べているだけでいい生活って最高。

 

 ──明日も、もーっと美味しいものをおなか一杯食べられますように。



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5 極東の神機使いたち

 

「──よしっ! 今日もばっちり!」

 

 お気に入りの赤いバンダナをくるりと頭に巻いて、そして桜田チハルは鏡の前でにこっと笑った。

 

 十三歳の時にこの極東支部にゴッドイーターとして配属されてから早二年。配属当初はいつ死んでもおかしくないこの仕事に毎日泣きそうになっていたチハルだが、今やすっかりそれにも慣れて、こうして毎朝お気に入りのバンダナの具合をチェックできるくらいには成長している。

 

 ゴッドイーターのキャリアで二年というのは、ある種のラインと言ってもいい。順当に問題なく成長していれば、ちょうどこのくらいから一人前扱いされて一人での仕事も増えてくる。まだまだお世話しないといけない新入りから、ようやっと仕事仲間として頼りにされるような──そんなラインだ。

 

 もっと現実的に言いかえるなら、成長する前に退職(・・)する人間と、真っ当に使い物になる人間の見極めができるのが、この二年という数字である。

 

「うーん……やっぱりこの腕輪は邪魔だよなあ。せめて、もうちょっと小さくできると良いんだけど」

 

 仮に腕輪が小さくなったところで、ファッションに気を使えるほどの余裕はチハルにはない。世間一般からしてみれば稼いでいる方だが、それでも裕福とは言えないのが現状だ。だからチハルは、手軽で簡単、そしてバリエーションも豊富でいろんな使い方が出来るバンダナが好きなのである。

 

「先輩たちはすごいよねえ……あんなに可愛いカッコして戦ってるんだもん。やっぱりお給料もすごいんだろうなあ」

 

 いつか自分もそんな風に成れるのかな──なんて考えて、チハルはぶんぶんと頭を振る。どう考えても、あんなに派手で露出の多い格好をするのなんて絶対無理だ。心情的にもそうだし、なによりああいった格好をするにはチハルの体付きは少々(・・)貧弱すぎる。

 

「……まだ成長期だもん。それにきっと、あんな服着てるのは……そうだよ、普通の服だと腕輪が通らないからだって」

 

 どこにもいない誰かに向かって言い訳をして、チハルは自室を出た。神機使い専用のこの居住区フロアからエレベーターをいくつかと長い通路をいくつか経由すれば、目の前に広がるのは──神機使いやオペレーター、その他フェンリル関係者で賑わうエントランスである。

 

「あっ、キョウヤくん! おはよう!」

 

「よぉ、チハル……今日は赤いバンダナか。お前、それ好きだよなあ」

 

「お気に入りだからね! ……ねね、そろそろキョウヤくんもバンダナやってみない? このバンダナ、今日のミッションの時に着けてればきっと似合うと思うんだあ」

 

 布教用の青いバンダナを手にして、そしてチハルはじりじりと相棒──片桐キョウヤへと迫る。チハルより二つ年上なこの男は、チハルと同期入隊のため、なんだかんだで行動を共にすることが多くなり……こうして今も、一緒にミッションに赴く仲なのである。

 

 ちなみに、片桐キョウヤという少年はちょっぴり大人っぽく、そして悪ぶるタイプの人間だ。チハルがお近づきの印で渡したバンダナも、「そんなの子供っぽくてダサいのは俺には似合わない」とばっさりと否定したという過去を持っていたりする。

 

「あー、そのことなんだけどな」

 

「ぬ?」

 

 だから、今回も憎まれ口を叩きながらバンダナを拒否するんだろうな……なんて思っていたチハルの考えは、意外な一言で否定されることとなった。

 

「わり、しばらくミッション行けなくなっちまったんだ」

 

「ええっ!?」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「今日は一緒にミッション行くって言ったじゃんっ!」

 

 キョウヤがミッションにいけなくなってしまった理由。理由は実に、単純であった。

 

「しょうがないだろ、神機が整備中なんだから」

 

 神機使いの唯一にして最大の武器──神機。アラガミに対して唯一対抗できるこの武器がなければ、ゴッドイーターとしての仕事を果たせるはずもない。それはもう、チハルが泣こうが喚こうが変わらない事実で、太陽が東から昇って西に沈むのと同じくらい当然のことだ。

 

 問題なのは、そうなってしまった理由の方だ。

 

「……昨日、一人で小型アラガミの討伐ミッション受けたんだって?」

 

「まぁ、そういうふうに捉えられないこともないな」

 

「……ミッション終了後、すぐに帰投しないで寄り道したんだって?」

 

「聞いていたよりもずっとアラガミが少なくてな。どうにもおかしかったから、ちょいとそこらを見回りしていたら……ザイゴートの群れがいてなあ。人々の平和を守る神機使いとして、放っておくわけにはいかないだろ?」

 

「……“ちょいとそこら”なのに、20kmは離れているみたいですけど?」

 

「……あっはっは」

 

「撃ちたかっただけじゃん! この銃撃狂(トリガーハッピー)!」

 

「しょうがないだろ! 撃てると思ってたのに全然撃てなかったんだから! 神機使いがアラガミ倒して何が悪い!?」

 

 キョウヤの反論に、チハルはぐ、と奥歯をかみしめた。

 

 この片桐キョウヤという男は、いわゆるトリガーハッピーと呼ばれる類の人間であった。銃を撃つのが何よりも好きで、そのためにならなんだってするし、逆に銃撃ができないとどんどん不機嫌になって、どうにかして銃を撃とうと無茶なミッションの予定を組んだりする。

 

 今回の件は、フラストレーションの溜まったキョウヤが、その不満をぶつけるようにアラガミを撃っていたために……通常のオーバーホールでは対応できないほど神機を酷使してしまったというのがその真相であった。

 

「もういいよ、わかったよ……キョウヤくんはそういう人だったよね。私との約束なんかよりも銃の方が大好きな人だもんね……」

 

 ただまぁ、アラガミを排除していたというのは間違いないわけで。そういう意味ではキョウヤの行いは至極真っ当であり、むしろゴッドイーターとしては模範的とすらいえる。チハルに責められる謂れはないと言って良い。

 

「バンダナ娘がいっちょまえに膨れやがって……。だいたい、それを言うのならお前だってバンダナ(ハッピー)だろうが。実益を兼ねない分、よっぽどタチが悪いぞ」

 

「バンダナの良さが分からないキョウヤくんのセンスが終わってるだけですぅー。……ふんだ、キョウヤくんなんてリッカさんに怒られちゃえばいいんだ」

 

「安心しろ、チハル。すでにこってり絞られた」

 

「それ自慢げに言って良いことじゃないからね……?」

 

 はぁ、とため息を吐いたチハルはこれからのことを考える。キョウヤと一緒にミッションに行くことはできずとも、それ以外にもやれることは腐るほどある。防衛任務の手伝いでもいいし、適当にフリーミッションをこなすのもいいだろう。

 

 あるいは、誰も受けずに残ったミッションを片付けるのもいいかもしれない。そう考えたチハルは、何かいいミッションが無いかオペレーターの所へ確認に向かおうとして──。

 

 

「──納得できませんっ!」

 

「ぬ?」

 

 

 聞き覚えのある大きな声。つられてそちらを見てみれば。

 

「あいつが居なくったって問題ないじゃないですか! 私一人でやれますからっ!」

 

「うーん……そうは言ってもなあ」

 

 困ったように笑う人の良さそうな少年と、不満そうな顔を隠そうともしない少女──チハルの年下なのにチハルより背が高い──が、ミッションの受注処理をするカウンターの所で何やら話しこんでいる。いや、より正確には少女の方が少年の方に食って掛かっていると言った方が良いだろう。少年の方は、そんな少女をなんとか宥めすかそうとしているのが見て取れた。

 

「何度も言ってるだろ? 元々このミッションは三人で受けるつもりだったんだ。欠員が出た以上、予定変更になるのはしょうがないことだろ」

 

「だから、それが納得いかないって言ってるんです! これくらいのミッションだったらあいつがいなくても……! 私一人でも十分だし、二人もいれば余裕じゃないですか!」

 

「確かに、二人もいれば問題ないと思うけどさ。万全を期すとなるともう一人欲しいんだよ」

 

「でも──!」

 

 なお食い下がる少女に、その少年は意志の籠った口調ではっきりと告げた。

 

「隊長としての、俺の判断だ。……いいな、エリナ」

 

 極東支部第一部隊隊長の藤木コウタと、その第一部隊に所属するエリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。コウタのほうはチハルの先輩で、エリナのほうはチハルの後輩にあたる人物だ。所属部隊が違うから常日頃から一緒に活動するわけじゃないが、ただでさえ人手不足な職場である都合上、一緒に仕事をした回数は決して少なくない。

 

「……なんか、あったのかな?」

 

「どうだろうなあ。あの娘がキャンキャン騒いでいるのはそう珍しくはない事だが……いや、待てよ」

 

 エリナは比較的最近配属された神機使いである。故に歴戦の猛者であるコウタ──第一部隊の隊長の元で指導を受けているわけだが、コウタの元で指導を受けている神機使いはもう一人いる。

 

 その「もう一人」とエリナはすさまじく相性が悪い。いや、そいつ自身はエリナのことを妹のように思っているのだが、エリナの方がそいつを毛嫌いしているのだ。エリナがそいつに食って掛かって癇癪気味に喚き散らすのなんて、もはや日常茶飯事と言ってもいい。

 

 故に、エリナが騒いでいるときは大体そいつのせいなのだが……今回についてはエリナの不機嫌である元凶のそいつが、どこにも見当たらない。

 

「そう言えばいないね──エミールくん」

 

「エミールぅ……?」

 

 チハルのつぶやきに、ぎぎぎ、と油の切れた機械のようにエリナが振り返った。

 

 そして……天啓を得たとばかりに、ぱあっと明るい笑みを浮かべた。

 

「チハルさん! ちょっとお時間、よろしいですか?」

 

「お、おう……」

 

 さっきまでの不機嫌そうな顔が嘘であったかのような満面の笑み。こんな素敵な笑顔ができるのなら、あんな風に眉間にしわを寄せるなんてやめた方が良いのにな……なんて思いながら、チハルはエリナの元へと歩を進める。

 

「どうしたの、エリナちゃん。何か困りごと?」

 

「ええ、それはもう! あのバカがやらかしてくれまして! 今日は大事なミッションに行くって予定だったのに、腹痛で出撃できないとか直前になって言い出してきたんです!」

 

「腹痛なんていつだって突発的なもんだろ。気をつけようも無いし、むしろ出撃前で良かったじゃねえか」

 

「そういうことじゃないんですっ! キョウヤさんは黙っててくださいっ!」

 

「すまん、キョウヤ……こら、エリナ! ちゃんと先輩や年上に対する敬意は持てって何度も言ってるだろ」

 

「ううん、いいんだよエリナちゃん。キョウヤくんなんてキョウヤくんだもん」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ?」

 

「気を付けられる要因で、突発的でもない理由でミッションをドタキャンした悪い子?」

 

「ははは、何も言い返せねぇや」

 

 大して気にした様子も見せずにへらへらと笑うキョウヤと、がっくりとうなだれながらため息を吐くコウタ。当のエリナはそんな二人の事なんてまるで気づいていないかのように、チハルに問いかけた。

 

「チハルさん……私と一緒に、ミッションに行ってくれませんか?」

 

 チハルが返事をする前に、エリナはコウタに向かってちょっぴり悔しそうな口調で語りだす。

 

「問題なのは人数が足りないこと、なんですよね? まだまだ経験の浅い私一人じゃ不安だから……だから、何があってもフォローできるように人が欲しいんですよね? 別に、あいつである必要性は無いんですよね?」

 

「う……いや、その」

 

「いいんです。今の私じゃ実力が足りないって……隊長がそう判断するってことは、きっとその通りなんですから。……だったらなおさら、同じ新入りのあいつよりもチハルさんに同行してもらったほうが安心でしょう?」

 

「……」

 

 うーん、とコウタは心の中だけで考えを巡らせた。

 

 エリナの言っていることは概ね間違っていない。まだエリナ一人で仕事をさせるのは心もとないし、そして万が一を考えるともう一人頭数を増やしておきたいのは紛れもない事実。その「もう一人」が神機使いとして一人前のキャリアを持つチハルであれば、エミールを連れていくよりも万全な体制となるだろう。

 

 ただ、エリナとエミールの親交を深めて、部隊としての連携を取れるようにしておきたかったという面もある。というかむしろ、今の現状を考えるとそっちの方がメインだ。

 

「まぁ、処理しなきゃいけないミッションなのは間違いないんだよな……」

 

 ミッションはこなさなきゃいけない。

 エミールは腹痛で出撃できない。

 二人での出撃は少々の不安が付きまとうのでやりたくない。

 最悪一人でも問題なくこなせるが、そんなことしたらこの後輩は間違いなくブチ切れるだろう。

 

 となれば、隊長としてのコウタの選択はもはや決まったようなものだった。

 

「……チハルが良ければ、一緒に受けてくれないか? もちろん、断ってくれてもいい。キョウヤとの予定もあるだろうし」

 

「チハルさん……!」

 

 第一部隊隊長からの直々のお願い。可愛い後輩から向けられる、うるうると潤んだ瞳。この時のエリナは、自分より背が低いチハルを上目遣いで見つめるという謎の高等技術を披露していた。

 

「──いいよ! 可愛い後輩の頼みだし、コウタさんは同じバンダナ仲間だからね!」

 

「……あ、ありがとうございますっ!」

 

 手を取り合ってきゃっきゃと笑いあう二人。そんな二人に妹の姿を重ねながら、なんとか無事に物事が進めることができてコウタは胸をなでおろした。その隣では、今日の予定をすっぽかしてしまったことを有耶無耶にできたキョウヤも安堵の息を吐いている。

 

「では、チハルさんもミッションの出撃メンバーにアサインしますね」

 

 そしてこの場にいたもう一人、カウンターの中で事の顛末を見守っていたオペレーター──竹田ヒバリは、ミッション出撃情報にチハルのコードネームを入力しながら、ちょっぴり不安そうにコウタに小さな声で問いかけた。

 

「ところでコウタさん……実は、その」

 

「ああ……これも例の件の可能性が高いって話っすよね。それも込みでちょうどいいって考えてたんで大丈夫です」

 

「承知しました。では……出撃は予定通り三十分後になります。手続きはこちらの方で済ませておきますので、コウタさん、エリナさん、チハルさんは出撃準備を整えた後にゲートのほうまでお願いします」

 

 いつも通りのスムーズな処理。ここまでくればもう、後は携行品の確認などを済ませてゲートの前に行くだけだ。神機については整備班が保管庫から持ち出して現地への移動手段──トラックかヘリコプターであることが多い──に積んでくれるので、チハルたちですることは特にない。

 

「あ……そう言えば」

 

 ここにきてようやく。チハルは、出撃するうえで最も大事なことを聞いていないことに気付いた。

 

「今更ですけど、何のミッションなんですか?」

 

「ああ、そう言えば言ってなかったな」

 

 隊長(コウタ)一人でも問題なく対応できる。

 新人(エリナ)一人に任せるのはまだ難しい。

 

 そして、隊長と新人の二人で挑むのは万が一を考えるとちょっと不安が残る……そんなミッションは、チハルにとってある種の懐かしさを覚えるものであった。

 

 

 

「ヴァジュラの単体討伐だよ」

 

「一人前になるための、“トーリューモン”ってやつです!」

 

 

 

 雷を操る大型アラガミ──ヴァジュラ。この極東支部においては単独討伐を以て一人前と認められるそのアラガミは、他の支部ではほぼ総力戦を以て対処にあたらないと甚大な被害が発生するという強力なアラガミであった。




【NORN】

◇桜田チハル
 桜田チハル(15)
 2072年フェンリル極東支部入隊。現在の階級は上等兵。
 出生:3月24日 身長:144cm

 座学、戦闘能力、戦術知識の全てにおいて平均程度の能力を持つ、一般的な神機使い。欠点らしい欠点が無く、得意/不得意に関係なくどんな任務でも参加できるが、際立って高い能力も無いため、専門的な能力を必要とする高難度任務への参加が課題となっている。本人の性格として面倒見がよく、周囲へのサポートも積極的なため、あらゆる状況に対応できる万能サポーターか、教導部隊としての活躍を期待されている。
 非常に小柄な体格で子供と間違われることが多いため、同行者は常に注意し適宜フォローすること。特に、フェンリルに倫理道徳に反した児童強制労働の疑いをかけられた場合は必ずその場にて確実に訂正を行うこと。
 片桐キョウヤと同期入隊であり、彼とのミッション同行回数が最も多いほか、彼と出撃したミッションの成功率はほぼ100%となっている。
 神機:バスターブレード・ブラスト(第二世代)


◇片桐キョウヤ
 片桐キョウヤ(17)
 2072年フェンリル極東支部入隊。現在の階級は上等兵。
 出生:1月11日 身長:178cm

 銃の扱いに長け、狙撃訓練で非常に高いスコアを記録するほど技術力もあるが、本人の気質として銃弾を乱射することを好むため、特に近接戦闘をメインとする同行者は注意されたし。瞬間的な火力は目を見張るものがあるため、特別な事情が無い場合、彼に合わせた作戦を立案することが推奨されている。単純な戦闘能力だけを見れば既に曹長以上の実力があると言われているが、部隊運用を考えた時の柔軟性に著しく欠けることが課題となっている。
 第二世代の神機使いだが近接戦闘はほとんど行わず、銃撃ばかり行って神機を消耗させるため、整備班から何度か厳重な注意をされている。また、一般市民の前で彼の銃撃戦闘は極力見せないように同行者は注意すること。
 桜田チハルと同期入隊であり、彼女とのミッション同行回数が最も多いほか、彼女と出撃したミッションの成功率はほぼ100%となっている。
 神機:ショートブレード・アサルト(第二世代)


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6 ヴァジュラ討伐ミッション(ミッションコード:7404NS085)

 

 ──アアアアアッ!!

 

 ヴァジュラの出没が予測されたポイントまで、あとおよそ2km。そんな場所でエリナたちは小型アラガミの群れに襲われた。

 

「援護する! チハルは前へ! エリナはチハルの死角を埋めて!」

 

「あいあい!」

 

「は……はいっ!」

 

 チハルが駆けだすのに一瞬遅れて、エリナも走り出す。ヒリヒリとした戦場の空気が肌を焼き、未だに慣れない特有の緊張感がエリナの体を包み込んだ。

 

 敵の総数は……わからない。わからないけど、目の前にしかいないことだけは確か。今だってほら、後ろから撃ちだされたオラクル弾が自分たちに飛び掛かろうとしていたそいつらを軽快に吹っ飛ばしている。

 

 もうコレ、援護ってレベルを超えているんじゃないかな──だなんて、エリナはぼんやりとそう思った。

 

「よいしょぉーっ!」

 

 轟と風を切る音。ほんの一拍ほどそれに遅れて、何か柔らかいものを叩き潰した音と、奇妙な甲高い断末魔がほぼ同時にエリナの耳に飛び込んできた。

 

 ──ガァァァァッ!!

 

「吠えるねえ、ワンちゃん!」

 

 オウガテイル。小型アラガミに分類されるとはいえ、それでも2mほどの体長をもつ凶暴なアラガミだ。その大きく発達した顎と鋭い牙による一撃は見た目通りの破壊力があるし、大きな尻尾から繰り出される強力な一撃は、生半可なガードだと盾ごと吹っ飛ばされるほど重い。

 

 自分の身長は、この極東に住んでいる人──日本人の同年代で見れば平均的だというのがエリナの認識だ。高いわけではないが、決して低いわけでもない。だから、オウガテイルと真正面から対峙した時に、その凶悪な相貌を見上げることになってしまうのも、別におかしい話ではない。

 

 だけれども。

 

「おす、わりっ!」

 

 ──すごい、なあ。

 

 自分より年上の、されど自分よりも明らかに頭半分は小さい──十歳かそこらの身長しかないチハルが、自分の身の丈を超えるほど巨大な刀身を玩具のように振り回してオウガテイルを屠っているのは、何度見ても目を疑うような光景だった。

 

「エリナちゃんっ! 自分のタイミングで好きにやっちゃってっ!」

 

「は……はいっ!」

 

 まだ残っているオウガテイルは全部で三匹。その三匹を同時に相手取りながらも、チハルは一切引けていない。それどころか、呆然としている自分に気を使う余裕さえ見せている。

 

 今だってほら、そのバスターブレードを思いきり叩きつけてオウガテイルを怯ませている。神機使いに年齢は関係ないし、偏食因子が投与されている以上、見た目以上のパワーを持っているのは不思議でも何でもない話なのだが、それにしたって信じがたい光景だとエリナは改めて思った。

 

「ええいっ!」

 

「いいよぉ、その調子っ!」

 

 なんだかちょっぴり悔しくなったエリナは、その気持ちをぶつけるように神機──オスカーと名付けたチャージスピアを振るう。未だに技術面では実戦レベルに一歩届いていないと言われているエリナだが、怯んでほぼ動けない(マト)への攻撃を外すほど耄碌はしていない。

 

 訓練室のシミュレーションでは決して得られない、ぐにゅりとした特有の手ごたえ。未だに慣れないその感触に少しばかり顔をしかめながら、エリナは素早く次の獲物を見定める。

 

 ──残るは二匹。二匹ともチハルが相手取っている。ならば自分がやるべきは。

 

「こっちは、私が!」

 

 横からちょっかいをかけるように、チャージスピアによる鋭い一撃をオウガテイルに叩き込む。生憎すんでのところで急所から外されてしまったが、それなり以上のダメージを与えることはできたのだろう。先ほどまでチハルに向けられていたその凶悪な眼には、今はエリナだけしか映っていない。

 

「私だって……! 私だって、華麗に戦えるんだからッ!」

 

 突き、突き、薙ぎ払い。

 

 チャージスピア特有の長いリーチと機動力を活かした、ヒット&アウェイによる堅実な戦い。今のエリナにできるのは、そんな基本に忠実なスタイルだけだ。

 

 まだ導入段階で実戦データを集積中であるこの武器は、他の武器と違って今までに蓄積されたノウハウが無い。故に実戦における最適な使い方なんてものはまだ誰も知らず、初心者がいきなり手を出すには少々敷居が高い武器だと言って良い。

 

 しかしエリナは、設計思想に基づいて作成された戦闘スタイルのシミュレーション映像──その華麗な動きに一目ぼれした。だから自分が一番にこの武器を究めてやると誓ったし、無理を押し通して極東では初めてとなるそのテスターに志願したのだ。

 

「これで、おしまいっ!」

 

 避けては突いて、避けては突いて。

 

 何度目になるかもわからないそんな攻防の後、とうとうエリナは全力の一撃を放つ。

 

 たたらを踏んで崩れた体勢に放った、渾身の一撃。見逃すにはあまりにも大きすぎるその隙は、誰がどう見ても勝利の確信を抱くほど致命的なものだ。

 

「いっけぇぇーっ!!」

 

 それに──何故だか、体が凄く軽い。体の奥底から力が湧いてきて、今ならどんなことだってできそうな気分。

 

 そんな風に、調子に乗っていたのがいけなかったのだろうか。

 

 ──ガァッ!!

 

「──え」

 

 全力で放ったはずの一撃が、空を切る。

 

 真正面に捉えていたはずのオウガテイルが、どこにもいない。

 

 いや。

 

 正面じゃない──真上にいる。

 

「うそ、やば──」 

 

 ──アレはたたらを踏んでいたのではなくて、尻尾を使って大きく飛び上がろうとしていた。そう気づいた時には、その巨大で凶悪な大顎が面前に迫り、太陽をすっかり覆い隠してエリナを飲みこもうとしていた。

 

 

 

「させねえよ」

 

 

 

 ──ギャアアアアア!?

 

 ぎゅ、と目を瞑るよりも前に。

 

 横合いから飛んできた強力なオラクル弾が、そのオウガテイルを吹っ飛ばしていた。

 

「大丈夫か、エリナ?」

 

「隊長……」

 

 ぴくぴくと痙攣して倒れ伏すオウガテイルに銃口を向けたまま、コウタはエリナに優しく手を差し出す。この時になってようやく、エリナは自分が腰を抜かして座り込んでいることに気付いた。

 

「最後はちょっと惜しかったけど、なかなかいい動きだったと思うぞ」

 

「……でも、隊長がいなかったらきっと今頃」

 

「何言ってんだ、お前はまだまだ新人で、でもってこれも俺の仕事の一つだ。それに……もし俺が居なくても、その時はチハルがどうにかしてた」

 

「あ」

 

 すっかり戦闘に集中していて気づかなかったが、すでにチハルはもう一匹のオウガテイルを片付けている。いつのまにやら神機を銃形態に切り替えていて、コウタと同じように油断なくオウガテイルに銃口を合わせていた。

 

 きっと……というか間違いなく、チハル自身は素早くあのオウガテイルを片付けて、何かあった時にいつでも割って入れるようにしていたのだろう。

 

 そう──自分が一人でこのオウガテイルを相手取っていたわけじゃない。こんな小型のアラガミ一匹でさえも、先輩たちのお膳立てがたくさんあって、それでなお自分一人じゃ仕留めきれなかったのだ。

 

「……っ!」

 

 堪らなく悔しくて、エリナは奥歯をかみしめた。何に対して悔しいのかなんて自分にもわからない。でも、そうでもしないとこの目の奥に感じる熱いものが、止めどなくあふれ出てきてしまいそうなのだ。

 

「え、エリナちゃん? その、私が言うのも何だけど……入ったばかりなのにすっごく動けていると思うよ? 私が入ったばかりの頃なんて、右往左往して先輩の邪魔にしかなってなかったんだから!」

 

「いきなり完璧に仕事するなんて無理だし、俺だって新人の内はこうやって先輩に迷惑かけまくってたからさ。お前もこれを糧に強くなって……んで、同じように後輩を助けてやってくれよ」

 

「……迷惑どころか、完全にお荷物ですよね、私」

 

「や、だからそんなことは……」

 

「……チハルさん、隊長に戦闘中に回収したオラクルのアンプル渡してましたよね。それに最後の瞬間……ううん、途中から、私を神機連結開放(リンクバースト)してくれてましたよね」

 

「よ、よく見てるね……」

 

「……第二世代の神機使いの、基本ですから」

 

 第一世代の銃型神機使いは、その弾薬ともいえるオラクルエネルギーを単独で回収することができない。故に携行品としてオラクルアンプルを持参するか、あるいは同行した剣型神機使いがアラガミから回収したオラクルを受け渡してもらう必要がある。当然、準備するのも難しく使ったらなくなってしまう携行品での回収よりも、仲間の神機使いがオラクルを受け渡すほうが推奨されている。

 

 歴戦の猛者で隊長とはいえ、コウタはそんな第一世代の銃型神機使いだ。だから本来は、エリナの方から積極的にコウタへオラクルを受け渡さなければいけなかった。

 

 加えて第二世代の神機使いだけができることとして、神機の連結開放がある。これをすれば部隊としての総合的な戦闘能力が跳ね上がるため、第二世代神機がある程度普及してきた今となっては、なるべく早くの神機連結開放を行うことはマニュアルにも載るほど定石として知れ渡っている。

 

 なのにエリナは自分の事しか頭になくて、そんな基本すらできなかった。

 

 ヴァジュラをひとりで倒して一人前になるどころか……そんな、神機使いとしての最低限すらまともにできなかったのだ。

 

「は、はは……ダメだなあ、私。チハルさんみたいに、なれる気がしないや……」

 

「な、なあチハル……! なんかエリナのやつすげーネガティブ入っちゃったんだけどどうすりゃいいんだ……!? 俺、こういうのよくわかんないんだよ……!」

 

「んー……まぁ、ありきたりなことしかできないけど……」

 

 いつもとは様子の違う落ち込み方に若干狼狽えるコウタ。こういうのはむしろ年の近い同性の方が──いいや、実力がありすぎるコウタよりも自分の方が良いだろうと思い至ったチハルは、念のためもう一度オウガテイルの死体に視線を向けてから──。

 

「大丈夫だよ、エリナちゃん」

 

「チハルさん……!?」

 

 泣きじゃくる子供をあやすように、慈愛の笑みを浮かべてエリナを優しく抱きしめた。

 

「大丈夫。エリナちゃんはよくやってるよ。まだ配属されて間もないのに、オウガテイルとやりあえているってだけでもすごいことなんだから。他所の支部だったら、オウガテイルの単独討伐が一人前の証だからね?」

 

「で、でも……! 私、戦闘の基礎でさえ……!」

 

「んーん。私だってそれをできるようになったのはつい最近。それが出来て初めて中堅の神機使いって言えるレベルだよ。……いきなりエリナちゃんがそこまでできちゃったら、先輩としての立つ瀬が無くなって困っちゃうなあ」

 

「チハル、さん……」

 

「あとね、ナイショだけど……」

 

「……?」

 

「──私、初めてミッションに出撃した時はちょっとその……チビっちゃったんだよね」

 

「え、ええ!?」

 

「ちなみにキョウヤくんは盛大に漏らしてたからね? もう、ズボンがびっちゃびちゃ!」

 

 チハルの腕の中で、エリナが真っ赤になって動揺している。先ほどまでの陰鬱な雰囲気が嘘であるかのように……というか、知ってしまった衝撃の事実に情報の処理が追い付いていないのだろう。

 

「わ、わわ、わわわ……!?」

 

「……ふふっ。私が言ったってこと、内緒だからね?」

 

 優しく摩られる背中と頭。耳元でささやかれた信じがたい事実。すでにエリナの頭の中からは先ほどの事なんてすっかり吹き飛んでいる。

 

「大丈夫。大丈夫だよ、エリナちゃん。お世辞でも何でもなく、エリナちゃんはよくやっていると思う。それでなお不安だっていうのなら……いくらでも訓練に付き合ってあげるし、強くなるためのとっておきの秘密を教えてあげる」

 

「ひ、秘密……? 本当にそんなの、あるんですか……? ……あ」

 

 最後にもう一度優しく抱きしめて、チハルはエリナから体を引き離した。ほんのちょっぴり名残惜しそうな顔をしているエリナを見て、これで本当におしまいと言わんばかりに、愛おしそうにその頭をなでる。

 

 そして。

 

「──はい、これ!」

 

「……え」

 

 チハルは懐から取り出したオレンジ色のバンダナを、エリナに手渡した。

 

「え……これって」

 

「ふふふ! 良い色合いでしょ! いつものその帽子も可愛いけれど、エリナちゃんの髪ならこのバンダナが似合うだろうなって、ずっと思ってたんだ!」

 

「いや、あの」

 

「──めっちゃ強くて頼りになるコウタさんはバンダナをつけてる。ここまではいい?」

 

「あ、はい」

 

「そして、私もバンダナを着けている……ここまでも、いいよね?」

 

「……」

 

「──つまり! 強い人はみんなバンダナをつけてるってこと! だからエリナちゃんも、バンダナをつければきっとすぐに強くなるよ!」

 

 いや、そうはならんだろ──と、黙って事の成り行きを見守っていたコウタは心の中でツッコミをいれる。なんだかとってもいい感じに収まりそうな雰囲気だったのに、結局はこのバンダナ大好き少女による布教活動でしかなかった。陰鬱な雰囲気はすっかりなくなったとはいえ、どうしていい雰囲気のままで終わってくれなかったのかと、そう思わずにいられない。

 

「……なんだろ、悩んでいたのが一気に馬鹿らしくなってきちゃった」

 

「でしょう? バンダナがあれば気分もアガるもんね! 早速効果ありってわけだよ!」

 

「……ふふっ、そうかもですね!」

 

 とはいえ、エリナの表情が元に戻ったのは紛れもない事実。自分一人だったらこうも上手く立ち直らせることはきっとできなかっただろう……なんて思いながら、コウタは神機を担ぎ直した。

 

「よっしゃ、なんか上手くまとまったことだし仕事に戻るぞ。ヴァジュラの出現予測ポイントまでそう遠くない。しっかり気を引き締めていかないとな」

 

「「了解!」」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 そうして、ヴァジュラ討伐ミッションを再開したエリナたちだっが──結論から言えば、【ヴァジュラの討伐】という目的を達成することはできなかった。

 

 

「ひでーな、こいつは……」

 

「な……なに、これ」

 

「何をどうやったら、こうなるの……?」

 

 

 ──討伐対象であるヴァジュラは、既に物言わぬ残骸と化していたのだ。




 ミッションコードは独自解釈となります。
 さすがに毎回ゲームのようなオシャレな作戦名があるとも思えないので、ここでは通常業務(?)の範疇であるミッションはあっさりとした名前とし、コードによって識別している……としています。


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7 執務室にて

 

「さて……それじゃ改めて、報告を聞かせてもらおうか」

 

 極東支部──アナグラにおいて、一番偉い人である支部長。その支部長の執務室にチハルたち四人は招かれていた。

 

 目の前にいるのは、インバネスコートを羽織り、チェーン付きの眼鏡をかけた初老の男性。キツネを彷彿とさせる細い目にいつだって崩れない張り付けたような胡散臭い笑みがなんとも警戒心を掻き立てるが、このちょっぴり怪しい男性こそが、チハルたちの実質的なトップ……すなわち、支部長であるペイラー・榊その人であった。

 

また(・・)、討伐対象のアラガミが既に討伐されていた……いいや、殺されていたと一次報告では聞いているが」

 

 その細い目がほんの少しだけ開いたような気がして、自然とチハルの背筋が伸びていく。良い人だということはわかっているのだが、その胡散臭い笑みと一番偉いというその肩書から、チハルは榊のことがちょっぴりだけ苦手であった。

 

「ええ。俺とエリナ、チハルの三人で現場に行ったら……その時はもう、見事にバラバラになっていました。そりゃもう、目も当てられないほどでしたよ」

 

「ふぅむ。まぁ、なんだかんだと言っても普通のヴァジュラだ。それを成すことができるアラガミは決していないわけではない」

 

「え……」

 

 チハルもエリナも、ぴしりと表情が固まった。

 

 そう──チハルたちが現場で見たヴァジュラは、いいや、ヴァジュラだったものは思わず顔をしかめたくなるほど酷い有様だったのだ。仮にも大型アラガミであるあのヴァジュラが、まるでボロ雑巾か何かのような状態で、腕も、足も、発電器官であるマントも、無事であるところなんてどこにもない程痛めつけられていたのだ。

 

 手足はバラバラで、おなかはぐちゃぐちゃに食いちぎられていて。ぽきりと折られた大きな首は、明後日の方向を向いていて。何にも映していない虚ろな瞳は一個だけしか無くて、頭の半分は思い出したくないほど陥没していて。

 

 熟練の神機使いであってもあんな風にヴァジュラを痛めつけることなんて出来はしない。あんなことができるのだとしたら、ヴァジュラよりもずっと大きく、ずっと力の強いアラガミでしかありえない。

 

 でも、そんなアラガミなんて存在しない。存在しないからこそ、奇妙な事件としてこうして支部長の執務室まで呼び出された……と、そう思っていたのに。

 

「い……いるんです、か? アラガミを、あんな惨たらしいモノ(・・)にできちゃうアラガミが」

 

「……あまりにも危険すぎて、一般の神機使いには公開されていないアラガミがいる。それこそ、第一部隊の精鋭がチームを組んで対応する相手だ。キミたちが知らないのも無理はない」

 

「そんな……」

 

「──しかし、どうもこいつは不可解な点がある。……ヒバリくん?」

 

 神機使いとしてではなく、オペレーターとしてミッションに参加していたヒバリ。榊に促されたヒバリは、まるで準備してあったかのようにすらすらと話し出した。

 

「はい……あの時、周囲にはそれらしいオラクル反応はありませんでした。もしそれ(・・)がヴァジュラを倒してすぐに逃げ去ったとしても……コウタさんたちの報告と照らし合わせると、レーダーに映っていないとおかしいです」

 

 ヴァジュラを甚振ることができるほどの強力なアラガミであれば、絶対にレーダーに反応がある。これが貧弱な小型アラガミならまだしも、強力なアラガミであればあるほどそのオラクル反応は強いのだから、捉え逃すなんてことはほぼあり得ないと言って良い。

 

 つまり、あの場にはそんな強力なアラガミなんていなかったということになる。

 

「ど……どういうことなんですか? 強大なアラガミがいなかったって言うのなら、あのヴァジュラはいったいどうして……」

 

「そのヒントを探るっていうのが、今回のミッションのもう一つの目的だったんだよ」

 

「え……」

 

 なんでもない事のように、コウタは告げた。

 

「実は、最近こういう事例が多発していてさ。現場に到着したら、見るも無残な残骸だけしか残っていなかったってことが……この数か月で、数十件も」

 

「中型以上のアラガミだけでそれだけの件数です。比較的脅威度が低く、レーダーでの捕捉をしていない小型アラガミも含めれば、おそらくもっと……」

 

「あ……そう言えばキョウヤくんも、アラガミがいなかったって言っていたっけ。……でも、どうして今回のミッションもそうだってわかったんですか?」

 

「実はですね──」

 

 モニターに映されたこのアナグラ周辺の地図。ミッションで出撃するたびに確認するものだから、もうチハルもすっかり見慣れたものだ。

 

「最初の報告があった時の場所がここ。次の報告がここで……その次が、ここ。このように時系列順にその場所を並べていくと……」

 

「少しずつ移動している、の……?」

 

「はい。だから、次にこれが起きるポイントを大まかにですが予想することが出来ました。これがいろんな場所で散発的に起きていることか、あるいは一か所だけで起きていることならレーダー不良の可能性も考えられたのですが」

 

「どう見ても、何かがアラガミを喰い漁りながら移動しているようにしか思えない……」

 

 明らかに指向性のあるその動き。だからこそ、オペレーターとしてミッションの管理をしているヒバリが真っ先に疑いを持ち、上層部と一部の神機使いの間でこの件は共有されていた。

 

 ただの偶然である可能性も捨てきれないから一部のみにしか情報は共有されていなかったが、今回の件で確定的になったと言ってもいい。

 

「あの、コウタさん」

 

「どした、チハル?」

 

「……その、何か凄く凶暴なアラガミが本当にいるとして。そんな疑いがある場所に……中堅(わたし)はともかく、どうして新人(エリナちゃん)まで連れて行ったんですか?」

 

「あー……それなんだけどさあ」

 

 奥歯に物が挟まったかのような、なんとも言えないスッキリしない顔。

 

「人的被害、一切出てないんだよ……」

 

「……えっ?」

 

「チハルもなんとなくわかると思うんだけどさ。この手の異変が起きた時って、それに応じて何かしらの被害が出るだろ? 神機使いが襲われたとか、物資の輸送隊が襲われたとか……あるいはもっと単純に、ヤバいアラガミの報告例が増えただとか。でもそういうの、一切ないんだ」

 

「それどころか、ここ最近のアラガミによる被害は明らかに減っています。大型アラガミの出現自体も、はっきりとデータに出てくるレベルで減っていますね」

 

「んんん……?」

 

 ぴこん、とモニターに映し出された映像が切り替わる。チハルはあんまり学がある方ではないが、そんなチハルでさえもはっきりわかるほど、何かを示したその棒グラフはある一時期から明確な減少傾向を示していた。

 

「えっと、えっと……つまり、どういうこと?」

 

「つまりだね──レーダーに反応しない強大なアラガミが、非常に積極的にアラガミだけを狩っている可能性があるのだよ。そしてそのうえで、どういうわけか我々人間の活動圏内に入らないようにしているらしい」

 

 チハルの疑問に簡潔に答えた榊は、まるで夢を語る少年のような弾む声で言葉を紡いでいく。

 

「実に、実に興味深いことだ。人間の活動圏内に入り込むことなんて造作もない移動力があるのになぜかそうしない。強力な力を持つのに、アラガミだけを襲っている。意図的に我々から姿を隠して行動している節さえ見受けられるということは、知能も高いのだろう」

 

 チハルの知っている──世間一般の認識としてのアラガミは。

 

 その本能のまま人間を襲うし、人間の領域を容赦なく侵してくる。まるで自身がこの世界の頂点であるかのようにこの荒廃した大地を闊歩し、知性も悪意も一切なく人類を滅亡へと導いている。

 

「故に私は、ある一つの可能性を考えている。希望を見出していると言ってもいい。それ即ち──」

 

「ま、まさか……人を助けてくれるアラガミってことですか? 私たちとおしゃべりができて、分かり合えるアラガミってことですか……!?」

 

「ふむ。おしゃべりができるかはまだ(・・)わからないが……何らかの形で意思の疎通ができる、人と共存できるアラガミなんじゃないかと……私はそう、思っているよ」

 

 どこまでも穏やかに、榊はゆったりと笑っていた。なぜだかチハルには、榊のその笑みに……もう二度と帰れない故郷や会えない人を偲んでいるような、そんな何かが含まれているように思えてならなかった。

 

 ──もう少し、チハルが冷静に周りを見ることができていれば。意味ありげに目を見開いて驚いているコウタとヒバリに気付くことができただろう。

 

「……そんなアラガミ、いるわけないじゃん」

 

「……ははは、そうかもね。確かに私は科学者として少々ロマンチストだと、旧友にも指摘されたことがある」

 

 不貞腐れたようにつぶやかれたエリナの言葉。それに気分を害した様子もなく、榊はにこりと笑ったまま再びチハルたちに問いかけた。

 

「故に、私は知りたい。そのアラガミがどんな形態をしているのか……現場を見てきたキミたちの生の声を聞きたいというわけだ」

 

 長くなったが、つまりはこれこそがチハルたちがここに呼び出された理由なのだろう。

 

「あー……神機で付けられたような感じの傷はなかったっす。噛み痕っぽいのはありましたけど、捕喰形態で付けられたような感じじゃない……もっとでっかい何かが、無理やり引きちぎったような感じでしたね」

 

「……アラガミの話してるのに、なんで神機使いに付けられる傷の確認してるの? そんなの当たり前じゃん」

 

「……いろいろあるの、大人には!」

 

 どういうわけか、エリナの機嫌はあまりよろしくないらしい。なんとなくあまり長引かせないほうが良いと察したチハルは、あの時見た光景をなるべく詳細に思い起こそうと、自らの記憶を呼び起こしていく。

 

「すごく、すごく大きくて力の強いアラガミだと思います。首は綺麗に折れていたし、ぺしゃんこになって押し潰れていたところもありましたから。……あ、あと鋭い爪もあるかも。背中の所とか、ざっくり切れていたし」

 

「そうか……ありがとう、他に何か気づいたことはあるかね?」

 

 なんだかちょっぴり残念そうな顔をしていたような──なんて思いつつ、チハルはさらに言葉を続けていく。

 

「あと、えーっと……あちこち焼け焦げた痕があったから、火属性のアラガミかも」

 

「あ、それはちょっと怪しいかもしれない。あの焦げ方は、燃えたっていうよりかは内側からやられてる感じっぽかったし。なんとなく雷属性っぽい感じがするんだよなー」

 

「えー? 確かにそういう風にも見えたけど……でも、ヴァジュラですよ? ヴァジュラが雷でやられるとは思えないし、火属性のアラガミだとすればあっさりヴァジュラを倒せる辻褄も合うと思うんですけど……」

 

「そーなんだよなぁ……けど、火属性のアラガミが戦ったならもっと周りにも焼け焦げた痕ができるはずだろ? それに、地面が燃えた痕跡が一切なかったんだよな」

 

「あ……確かに、言われてみれば」

 

 そうして、半ばブレインストーミング的に気づいたことを出し合って。これ以上の情報はどう頑張っても出せそうにないと断言できる頃には、決して少なくない時間が経っていた。

 

「ふむふむ、ありがとう。やはりというか、今までの情報をまとめると既存のアラガミではなさそうだね。引き続き、調査依頼を出すかもしれないが……今日ここで知り得たことは、全体への告示があるまでは他言無用で頼むよ」

 

 ミッションは成功扱いになるから心配しなくていい──なんて、榊はにこりと笑いながら告げて。

 

 チハルたちは、支部長執務室を後にすることとなった。



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8 広がる違和感

 

「今日も頑張ったね!」

 

「うう……でも、やっぱりまだまだ全然だった……! また今度、もう一回付き合ってもらえますか!?」

 

「うんうん、全然おっけー! ……だけど、頑張り過ぎも良くないからね? 休む時は何も考えず、ちゃんと休まないとだよ!」

 

 榊に例のミッションの報告をしてから約一週間後。実地訓練としてエリナと一緒に小型アラガミの討伐を行ったチハルは、アナグラのとある飲食スペース──ラウンジへと訪れていた。

 

 暖かなオレンジ色のライトに照らされたその空間には、個別のカウンター席や豪華なソファが設けられている。おまけにビリヤード台やピアノまで設置されているものだから、何も知らない人間が見れば高級バーか何かのように思えるかもしれない。

 

 そんな落ち着いたオシャレな高級感漂うラウンジだが──実際は、このアナグラみんなの憩いのスポットとして使われていた。任務後の神機使いや休憩中のオペレーターが訪れることはしょっちゅうだし、無礼講な歓送迎会が開かれることも多い。良い意味で、その高級感を気にせずゆったりと休めるスペースなのだ。

 

「よぉ、おつかれさん」

 

「……ぬ?」

 

 ただ、今日は少しばかり様子が違う。

 

 カウンターの中にエプロン姿の少女──ムツミがいるのはいい。彼女は弱冠九歳にして調理師免許を取得し、このラウンジを取り仕切っているラウンジの主だ。年端も行かない子供でありながらその実力に疑いはなく、そして三角巾……広義でのバンダナ着用者とあって、チハルも日頃から仲良くさせてもらっている間柄である。

 

 カウンター席の所に黒のライダースジャケットを着た神機使い──真壁ハルオミがいるのも不思議な話じゃない。グラスを片手に座っているその姿はびっくりするくらいキマっていて、この場の雰囲気とよく馴染んでいる。アナグラの中でラウンジの似合う神機使いトップ3に入るだろうとチハルはひそかに睨んでいるくらいだ。

 

 問題なのは、カウンターの中にいるもう一人のほうだ。

 

「……なにやってんの、キョウヤくん」

 

「見ての通り、ウェイターだが?」

 

 本来であれば、休憩中の神機使いとしてカウンターに座っているはずのキョウヤが。なぜだか、そんな神機使いをもてなすウェイターとしてカウンターの中に立っていた。

 

「未だに神機がメンテ中なのは知ってるだろ? やることも無くて暇だったところで、ムツミちゃんが凄まじい量の食材をひとりで運び出そうとしているのを見かけてな……」

 

「そ、その……! 最初は断ったんですけど、気にしなくていいっていってくれて……! 食材の運び出しの後も、いろいろ手伝ってくれたんです!」

 

「たまにはこういう形で人類に貢献するのも悪くはないだろ? ハルさんやほかの神機使いのみんなからの有意義な話も聞けるし」

 

「ふぅん……」

 

 勝手知ったるなんとやら。チハルはまるでそれが当然であるかのようにキョウヤの目の前のカウンター席……ハルオミの隣の席に座り、そしてエリナをちょいちょいと招く。先輩らしく奢りでジュースを頼んでから、へらへらと笑うキョウヤの顔をじとっとした目で見つめた。

 

「……お手伝いと称して、つまみ食いいっぱいしたでしょ?」

 

「失敬な。つまみ食いなんてするわけないだろ。……ムツミちゃん公認で【味見】はしたけど」

 

「「……」」

 

 へらへらと笑うキョウヤ。

 はぁ、とため息を吐くチハル。

 ムツミはぽかんと口を開けていて、エリナはとんでもないダメ人間を見てしまったかのような顔でキョウヤを見ていた。

 

「やっぱり。どうせそんなこったろうと思ったよ……」

 

「神機使いたるもの、いつだって【喰らう】ことに真摯であるべきだろ。それに今回はちゃんと合法だぜ?」

 

「……さっき、リッカさんのところに神機預けてきたんだけどね。キョウヤくんにちゃんと反省しろって強く言っといてって言われたの。『あいつは神機の使い方が極端すぎる! なんで毎回銃身ばっかりこんなボロボロなのさ!』ってリッカさんすっごく怒ってた。反省してないようなら、強硬手段も辞さないって」

 

「俺の奢りにするから、【味見】以外のところをなるべく好意的にリッカさんに伝えておいてくれ」

 

 とん、との目の前に出されたジュース。ちらりとキョウヤを見上げてみれば、それはもう胡散臭い感じのウィンクが返ってきた。反省していないのは疑いようもなく、そして悲しいことに、これこそが片桐キョウヤという人間であることをチハルは誰よりもよく知ってしまっている。

 

「どーせキョウヤくんに何言ってもわかんないもんね……いいよ、これで手打ちにしてあげる」

 

「ありがとうチハル、銃の次くらいに愛してる」

 

「けっ」

 

 追加で別の物も頼んでやろうか……なんて思いつつ、チハルはそのグラスに口をつける。ミッションが終わってからのこの一杯は格別で、それだけでもう幸せな気分になるほどだった。

 

「はは、前々から思っていたが──仲いいな、お前たちは」

 

「ハルさん……いえ、どっちかっていうと手のかかる弟って感じですよ」

 

 チハルたちのやり取りと穏やかに笑いながら見ていたハルオミは、片手に持っていたグラスをカウンターにことりと置く。

 

 そして、いつになく真剣な様子でチハルに問いかけてきた。

 

「──なあ、ちょいとマジな話をしたいんだが」

 

「マジな話、ですか?」

 

「ああ。どうもここ最近、妙なアラガミがこの付近をうろついているようでな」

 

「「……」」

 

 この付近をうろついている、妙なアラガミ。チハルとエリナの頭に同時によぎったのは、榊の執務室で聞いた話だ。ついでに言うと、それは告示があるまで内緒にしなきゃいけない……簡易的なものとはいえ、緘口令が敷かれたものでもある。

 

「ここ最近討伐対象のアラガミが既に討伐……いいや、喰い荒らされているってことが多くてな。最初は偶然だと思っていたんだが、ちょっと気になって聞き込みをしたら、同じようなことを体験したやつがあまりにも多かったんだ」

 

「……」

 

「で、いろんな可能性を考えて聞き込みしてたんだが──妙な雄叫びが聞こえただとか、見慣れない戦闘の痕跡があっただとか、ここ数日でぽつぽつとそんな話が増えてきてな。直接かかわりがあるかはわからんが、今までは無かったはずの妙な違和感や形跡が増えているってのはマジらしい」

 

「俺もハルさんからこの前のザイゴート討伐の話を詳しく聞かれたんだけどさあ。確かによく考えてみれば、普段はあんなとこでザイゴートなんて見かけたことないなって。アラガミなんてどこで湧いてくるかわかったもんじゃないから、気にも留めてなかったんだけど」

 

「そんなわけで、チハルたちも何かそう言った違和感とかがあれば教えてほしいんだが……どうだ?」

 

 もしかして──いいや、もしかしなくとも。ハルオミが話しているこの件は、榊が話していたものと全く同じことなのだろう。どうやらエリナもチハルと同じくその確信を抱いたようで、「どうしましょう?」……と言わんばかりの不安そうな顔でチハルを見つめている。

 

「ああ、マジな話とは言ったがそこまで気を張る必要はなくて、雑談レベルでいいんだ。ヴァジュラをどつきまわしているアラガミを見ただとか、グボロ・グボロの丸焼きを食べているアラガミを見ただとか、そんな荒唐無稽な話も結構あるからな」

 

「……もしかして、その噂を集めるためにラウンジにいたんですか?」

 

「まぁな。それだけ気になる……というか二日前に、ウチの隊員(カノン)が遠目にその姿を見たんだよ」

 

「えっ!?」

 

「本当に一瞬だけしか見られなかったそうだが、めちゃくちゃ凶暴で強そうなアラガミだったらしい。話を総合すると最近出現が確認されたガルムに似ているようなんだが……」

 

 ごくりと、誰かの喉が鳴った。

 

「カノンは白いアラガミだったと言っていた。だがガルムの体色は白じゃない。堕天種か、接触禁忌種の可能性がある」

 

 榊とハルオミは全く同じことについて話をしている。ただしハルオミの話はもっと具体的で……そして、チハルが話を聞いた一週間前よりもその頻度(・・)が格段に上がっているらしい。少なくとも、神機使いたちの間でそこそこの噂になる程度には、それ(・・)は近づいてきているのだろう。

 

「ま、アラガミの性質を考えればちょっとした異形みたいのはそう珍しくない。レーダーにも反応はなかったし、見間違えの可能性もあるだろう。ただ──」

 

 遠いどこかを見つめながら、ハルオミは言った。

 

「もし本当に未知のアラガミだったとしたら……かなり危険な奴だろう。落ち着くまでは、お前たちも普段以上に注意するようにしてくれ」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 今日の獲物。グボロ・グボロが三匹、シユウが四匹、ヴァジュラが二匹にボルグ・カムランの赤い方の堕天種が一匹。

 

 ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)を覚えてから、狩りの効率が格段に良くなった。中型以上のアラガミを一日で十匹も食べられたのは、何気に新記録である。

 

 自分でもびっくりだけど、ちょいと気合を入れ直すだけでこの電気の知覚範囲は半径100mの単位で広げることができる。さすがにどんなアラガミがどんな風に群れているかまではわからないけれども、どれくらいの大きさのアラガミがどのあたりにいるのか、くらいまではばっちりだ。背後に潜まれても「近づいてくる」ことはわかるわけで、文字通りのレーダーだと言って良い。

 

 なんかコレ、ちょーっと練習を頑張ればレーダーの知覚だけで戦闘もできそうな気がする。範囲を絞って精度を上げて、三次元的な動きにも対応できるようにすれば出来ないこともなさそう。オラクル細胞ってすげえなあ。

 

 そうそう、レーダーと言えば。活動範囲を広げた影響か、はたまたアラガミがいる場所をピンポイントで見つけることができるようになったからか、私史上初となるゴッドイーターとの邂逅を果たしてしまった。

 

 いやま、邂逅と言っても遠目にチラッと見ただけなんだけれども。なーんか向こうの方でアラガミが暴れてんな……と思って顔を向けたら、その足元でゴッドイーターがちょこまか動いてたんだよね。少し苦戦していたけれども、何とか倒せたのを見た時は年甲斐もなく(?)ホッとしちゃったっていう。

 

 んで、最初のその邂逅(?)を果たしてからは、今まで人間と会わなかったのが嘘だったかのようにゴッドイーターたちを見かけるようになった。というかたぶん、私とゴッドイーターとでターゲットがブッキングしている可能性があるかもわからん。

 

 よく考えてみれば、強いアラガミ……討伐しないとヤバいアラガミであれば当然ゴッドイーターが派遣されるわけで。私自身がこの空腹感を少しでも紛らわそうと強くて大きなアラガミを捕喰している限り、カチあってしまうのもそう不思議な話じゃない。

 

 ただ、彼らと私とでは機動力に差がありすぎる。彼らがアナグラでミッションとして受注してからこのフィールドにやってくるまでに、私のほうが先にさっさと倒してしまうことの方がきっと多いだろう。遠目で何度か見かけたゴッドイーターたちはきっと、そんな感じでやって来た者がほとんどだと思う。

 

 ……あらやだ、どうしましょう。割と調子に乗って気分よく遠吠えとかしちゃったんだけど。誰もいない夜道でノリノリで鼻歌を歌っていたら実はすぐ近くに人がいたことに気付いちゃったみたいな気分。ちょう恥ずかしい。

 

 さて、マジな話をすれば、遠目とはいえ実際に姿を見られているであろうと言うことと……なにより、レーダーがあるから私のことはすでにアナグラには把握されていることだろう。自慢じゃないが私は結構強いアラガミだ。そのオラクル反応も強いわけで、レーダーで捉えられないはずがない。

 

 ……まぁ、実際のシナリオだとレーダーに写っていなかったアラガミが乱入してきたり、めちゃくちゃ近づいてきてからレーダーに反応したりってのがしょっちゅうだったけどさ。シナリオやゲーム上しょうがないとはいえ、私の中でのレーダーは大事な時に限ってポンコツになるイメージしかない。

 

 ともあれ、お互いがお互いを認知しているこの現状、ちょーっと考えないといけないことが出てきてしまう。

 

 そう──彼らは、私をどんなアラガミだと認識しているのだろうかってところだ。

 

 私自身は人を襲ったことがないし、襲うつもりもない。できることなら助けたいし、積極的な手助けもやぶさかではない。あくまで結果としてそうなっているだけとはいえ、この周辺のヤバそうなアラガミを積極的に狩っている……つまりはゴッドイーターと同じことをやっている同業者、すなわち味方と捉えることもできる。

 

 だけど向こうからしてみれば、どこまで言っても私はアラガミだ。それも他のアラガミを平気でぶっ殺せるレベルともなれば、その動向を全力で監視しなきゃいけない対象だろう。未知の新型アラガミともなれば余計にぴりぴりしているに違いない。

 

 で、だ。

 

 そんなヤバそうなアラガミが近くをうろついているのだとしたら……ミッション討伐対象に指定されていてもおかしくない。今は被害が出ていなくとも、被害が出る前に何とかしようと考えるのが普通だろう。

 

 これが地味に厄介だ。私自身に敵対する意思がなくても、言葉が通じない。このおっかない見た目である以上、向こうは先手必勝で問答無用で襲ってくるだろう。私だったら絶対そうする。

 

 これがもし、シオちゃんのような人型のアラガミだったら……いや、人型アラガミだなんて贅沢は言わずとも、サリエルとかツクヨミとか、まだしも人に近い造形のアラガミだったらチャンスはあったかもだけど……バカでかいオオカミと対話ができるとは誰も思わない。

 

 一応、普通のゴッドイーターにやられるってことはないだろう。この極東ではヴァジュラをソロ討伐できて一人前って話だけれども、言ってしまえばその程度の実力しかない。ヴァジュラをおやつにできる私であれば、片手であしらえる程度のものだ。

 

 ただ、それはあくまで一般的なゴッドイーターの話であるわけで。もしここにソーマやリンドウさんが入ってきたとなれば……私でも、ちょっとわからない。

 

 何よりヤバいのは、GEBの主人公……つまりは神薙ユウくんないしはプレイヤーの存在。あいつだけはマジでヤバい。

 

 いいか、主人公補正ってレベルじゃないからなあいつ。シナリオ設定的に見ても無茶苦茶すぎるミッションを……第一種接触禁忌種の同時討伐をソロで余裕でこなしているんだもん。設定的にはその出現は天災級の被害となるウロヴォロスをコンビニに寄るくらいの気軽さで何百体と討伐しているし。

 

 その無双っぷりは枚挙にいとまがないけれども、とにかくあいつはヤバい。もしあいつが全力でこちらを殺りにきたら、普通に喰われる可能性がある。というか、無事でいられる確証がまるでない。

 

 まぁ、月が緑ってことは今はGE2の時代……彼は、クレイドルとして世界を飛び回っているはずだ。そうであると信じるほかない。

 

 とりあえず、榊博士の存在に期待するとしよう。あの人ロマンチストだし、普通に聡明な人間だ。私が人を襲わないアラガミだってことくらい、きっと既に見抜いているはず。特徴的な行動をする新型アラガミが出現したとなれば、まずは対話……平和的な接触を計画するはず。

 

 そうだといいな。

 

 そうであってくださいお願いしますマジで。

 

 ……ふう。これくらいにしておこう。とりあえず今のところは明確にゴッドイーターに襲われたわけじゃないし、様子見ないしは放置するしかないだろう。このまま何となく今の関係を続けてもいいし、もしダメそうなら……死なない程度に返り討ちにするしかないのかなあ。

 

 まあいいや。難しいことは未来の私に任せよう。あんまり頭を使うとおなかも空いちゃうしね。

 

 ──明日は、もっともっと食べられますように。



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9 胸騒ぎ

 

「──今日は一緒にミッションに行くって話じゃなかったか?」

 

「あ、あはは……」

 

 朝。ようやっと神機の修理も終わり、今日こそは不貞腐れた相棒のご機嫌を取ることが叶いそうだ──とエントランスへと訪れたキョウヤが目にしたのは、申し訳なさそうに頭を下げるチハルの姿であった。

 

「おーおー、このバンダナ娘がよぉ。自分で言った約束も守れないほど頭バンダナになっちまったのかぁ?」

 

「むー……キョウヤくんには言われたくないもん……」

 

 冗談は置いておくとして。今日もいつものお気に入りの赤いバンダナでばっちりキメたチハルの隣には……いかにも初々しい感じの新人神機使いが二人ほどいる。まだまだぎこちなさが残っているというか、こうしてチハルと「いつものやりとり」をしている自分を見て、妙に緊張感を抱いていることが見て取れた。

 

 長年この仕事をしているとなんとなくわかるようになるのだが……キョウヤには、今日一緒に行くはずだったミッションについてこれる実力がこの二人にあるとはとても思えなかった。

 

 そんな二人がチハルと一緒にいると言うことは、キョウヤとの約束の方がすっぽかされたということにほかならないというわけだ。

 

「……で? 今日は一体何だってんだ?」

 

「その、ね? この前エリナちゃんとの訓練に付き合ってから、ちょくちょくそう言う機会が増えてね? 私自身楽しかったってのもあるけど、上からもそっち方面で信頼されてるみたいで……今朝来たら、できればこの二人の実地訓練に付き合ってほしいって指名が……」

 

 ちら、とチハルが目配せをすると、ハッと慌てたようにその二人は名乗り出た。

 

「じ、自分は榎本ケイイチと言います! 17歳です! オウガテイルはソロで倒せますが、シユウはソロだと厳しいです! どっちかというと剣で切り結ぶ方が得意です!」

 

「わ、私は松宮レイナです! 16歳で、ザイゴートを銃で撃退するのは褒められたことがあります! コンゴウは苦手です!」

 

「ふむ」

 

 やはりというか、二人ともこの極東における一人前のレベルには達していない。まったく使えないってわけではないけれど、引率してやらないとまだまだ不安が残るほどのルーキーだ。第二世代の神機使いなので、これからの活躍に期待する……といったところだろう。

 

 ちょっと気になるところがあるとすれば。

 

「なぁ、お前さんたち」

 

「な、なんでしょう?」

 

 ──なんか、特徴が無いパッとしない奴らだなあ。

 

 そんな人として最低すぎる言葉を心の中だけで呟いてから、キョウヤはずっと気になっていたことを告げた。

 

「どーせチハルから何か言われたんだろうが、バンダナなんて付ける必要ないぞ」

 

「「えっ」」

 

 ぴしりと固まる新人二人。明後日の方向を見て口笛を吹くチハル。

 

 ケイイチの額には鉢巻のように紫のバンダナが巻かれていて、レイナの頭にはベアバンドのようなオシャレなアレンジで緑のバンダナが巻かれていた。

 

「これって……臨時で組んだ部隊において、隊員の識別を容易にするための簡略的なシンボルだって……」

 

「同じ道具を身につけることで連帯感を出して、チームとしての動きを円滑にする効果があるって……」

 

「引率役の立場を利用してバンダナ布教してるだけじゃねえか……」

 

「い、いいじゃん……全くの嘘ってわけじゃないもん……!」

 

 まだまだ現場を知らず、先輩たちから知識を吸収する必要がある新人。そんな新人を実戦を通して導いていく引率役。新人に仕事を教えるのが楽しいという言葉も嘘ではないのだろうが、それ以上にその立場を使ってバンダナ布教をしたいというのがチハルの本音なのだろう。

 

「まったく……それで? 今日はどいつをぶっ殺しに行くんだ?」

 

「グボロ・グボロの単体討伐! ヴァジュラよりかは弱いし、二人の相手にはぴったりかなって!」

 

「ほお、グボロ。悪くないな」

 

 本来予定していたミッションは中止になってしまったとはいえ、それでもアラガミを撃ちに行けることには違いない。お守りをしなきゃいけないために自由に動くことはできないかもしれないが、たまには制限プレイとしてサポートに特化した銃撃を楽しむのも悪くはないのかもしれない。

 

「よっしゃ、じゃあ雷のバレットを多めに持ってくか。ちと歯ごたえは足りないが、あいつもアレでなかなか撃ちがいがあってスッキリするんだよな」

 

 そんなキョウヤの考えは、にっこりと笑ったチハルに否定された。

 

「──あ、キョウヤくんは来ちゃダメだよ?」

 

「なぬ!?」

 

「言ったじゃん。この二人のための実地訓練だって。キョウヤくんが一緒だと……二人を無視して好き勝手撃つでしょ? そんなの二人の訓練にならないじゃん」

 

「いや、さすがにそんなこと……」

 

「撃つでしょ?」

 

「そんなわけ……」

 

「撃つよね?」

 

「………………撃つかも」

 

 ほら、やっぱり──とチハルはえへんと胸を張る。

 

「それともなに? キョウヤくんがこの青いバンダナ着けてくれるって言うならついてきてもいいけど?」

 

「絶対やだ」

 

「二人とも、よく見てね。こーやって人の好意を無碍にしたり、連携を高めるために行うことを拒否するのは部隊として一番やっちゃいけないことだからね」

 

 そうしてチハルは、キョウヤのことなんて気にもしていないとばかりにミッションの手続きを進めていく。本当にいいんですか──と苦笑しながら最終確認をしてくるヒバリに対し、それはもう見事な笑顔で問題ないと答えていた。

 

「そ、それでは……今回のミッションはチハルさん、ケイイチさん、レイナさんの三人での出撃となります。十五分後に出撃ゲートまで集合してくださ──」

 

「──あ! チハルさん!」

 

 ヒバリの声をかき消すような大きな声。今度は一体何なんだ……と思ってキョウヤが振り向いてみれば、そこにはある意味予想通り、第一部隊の面々……具体的には、エリナとコウタ、そしてエミールがいた。

 

「もしかしてこれから新人指導のミッションですか? うう、一緒に行きたかったですぅ……!」

 

「ごめんねー! 今日はこの二人にしっかり教えてあげなきゃなの! また今度一緒に行こうね!」

 

「絶対、約束ですからね!」

 

「もちろん! ……あ、あとね、ミッション終わったらムツミちゃんのところでご飯しよ! 実はね、カノンさんとお茶会しようって約束もしているの!」

 

 今日も……というかいつだって。キョウヤの目の前にいるこの頭二つほど小さい少女は、殊更に明るくて周りに元気を振りまいている。このあとに化け物退治という命のやり取りが控えているというのに、それを感じさせないほどの無邪気さだ。

 

 実際、緊張でガチガチだった新人二人は、チハルとエリナのやり取りを見て自然と肩の力が抜けてきている。ケイイチのほうは何か微笑ましいものを見ているかのようにくすくすと笑っているし、レイナに至っては「私もご一緒して良いやつかな……」なんて呟く余裕さえ生まれている。

 

「だからキョウヤくんも! 今日は寄り道しないですぐ帰ってくるんだからねっ!」

 

「へいへい。分かったからさっさと行けっての」

 

「もぉーっ! 『行ってらっしゃい』くらい素直に言ってくれてもいいじゃんっ!」

 

 ぷくっと頬を膨らませたまま、チハルがキョウヤに背を向ける。新人二人に声をかけ、出撃ゲートに向かって歩き出して──

 

 

 

「──っ!?」

 

 

 

「え……どしたの、キョウヤくん?」

 

 ──なぜだかキョウヤは、チハルの腕を掴んでいた。

 

「あ……いや……」

 

「……そんなに、一緒に行きたかったの?」

 

「……んなわけあるか。それより、ハンカチちゃんと持ったか? 携帯食料(レーション)と回復錠は……」

 

「日帰りだし、レーションは要らないよ? だいたいそんなの持ってった試しないじゃん……あ、カノンさんから貰ったお菓子はあるけど」

 

「……それもそうだな」

 

 日帰りであればわざわざ荷物となるようなレーションはもっていかない。複数日かかるミッションであっても、食料は移動のための車やヘリに搭載するから自前で持ち込む必要はない。無論、ミッションの合間の休憩用に嗜好品としての食料を持ち込むことはあるが、それにあのあまりおいしくもないレーションを選ぶ人はいない。

 

 実際、キョウヤだって今までに一度たりともレーションは持ち込んだことがない。持ち込む必要性を感じたことは、一度も無かった。

 

「じゃ、私もう行くからね?」

 

 そう言って、チハルは新人二人を伴って出撃ゲートの向こうへと消えていく。

 

「なんか悪いな、キョウヤ」

 

「……コウタさん」

 

 自分でもよくわからないもやもやに襲われたまま呆然としていたキョウヤに声をかけたのは、これまでの成り行きを見守っていたコウタだった。

 

「最近、ウチのエリナも含めてチハルが新人の面倒をよく見てくれるからさ。そういう中堅は貴重だし、元より人手不足だ。だからついつい教官たちもチハルを頼っちゃって……」

 

「ああ……確かに討伐報酬が稼ぎにくいから、進んでやろうとするやつはあんまりいないっすよね。でもまあ、あいつはマジに楽しんでますから。世話好きというか、見た目があんなナリなせいか、先輩風吹かせるのが堪らなく嬉しいんですよ」

 

「……よく見てるんだな?」

 

「妹みたいなものなので」

 

 そっちのほうがダメな弟じゃないの──というエリナからの無言の追及を、キョウヤはいつも通りのへらへらとした笑みで受け流した。 

 

「でもま、そう言ってもらえると助かるよ……本当は隊長(おれ)の仕事でもあるし、お前との先約をダメにしちゃったのも申し訳なかったから」

 

 約束したのは間違いないが、別段それほど重要なものでもない。たった一人の同期入隊同士、気兼ねなくつるんで稼ごうか……というそれだけのことだ。新人指導のほうがよっぽど有意義で、人類のためになる立派な仕事だろう。

 

 問題があるとすれば。

 

「どうすっかな……ヒマになっちまった」

 

「じゃ、俺達と行くか? チハルじゃないけど、今日()二人の実地訓練なんだよね」

 

「ふむ」

 

 困ったように笑うコウタ。その後ろでいつも通りの自信満々な笑みを浮かべるエミールと、そんなエミールをギロっと睨みつけているエリナ。

 

 いろんな意味で不安要素を抱えている前衛二人に、隊長格と言えど後衛が一人。万全を期すなら、もう一人ほど後衛を──それも、出来得ることなら前衛として動くこともできる第二世代の神機使いがいるのが理想的だろう。

 

 つまり、今この瞬間においてはキョウヤが適任というわけだ。

 

「お供させてください。……ただ、出来れば近場が嬉しいです」

 

「サンキュ! ……近場ってのは、さっきのお茶会のためか?」

 

 当然の疑問。別段隠すことでもないので、キョウヤは嘘偽りなく本当のことを告げた。

 

「ええ。……実は、ささやかながらチハル(あいつ)の入隊二周年の記念のお祝いをしようかなって」

 

「マジ!? なんだよ、なんでそーゆー大事なことを早く言わないんだよ!?」

 

「いや……元々はカノンさんが女子会したいって話をしていて、それに俺が乗っかる形なんですよ」

 

「いやいや、言い訳になってないからな!?」

 

 言ってくれたら一緒に準備ができたのに、とコウタは笑いながら悔しがる。

 

「万が一にも準備が終わる前に帰投することがないように、一緒にミッションに行って適宜時間稼ぎをする……ってのが今日の本当の目的だったんですよね」

 

「おお……! なんかすっげえ本格的じゃん……!」

 

「まぁ、企画は全部カノンさん任せなんですけど。俺はその分、料理やお菓子の金を稼ぐのを頑張る感じだったんです」

 

「むっ……キョウヤくん、たしかキミ、少し前に神機を酷使していなかったかね? それはもしかして、その資金を稼ぐために頑張りすぎてしまったということかい?」

 

「……幸か不幸か、そのおかげでリッカさんと話を詰めるのも不自然に思われなかったな。まぁ、八割方説教だったけど」

 

「おお……なんと美しく気高き精神……! これが騎士道ならぬ、極東に伝わる武士道というものか……!」

 

 本音半分、建前半分。あの時神機を酷使してまでアラガミを狩ってしまったのは、ひとえに今日この日のための資金を稼ぐためだ。目的地に討伐対象のアラガミがいなかった時は、キョウヤは冗談でも何でもなく肝を冷やしている。

 

「うっわ、マジでなんかワクワクしてきたな……! なぁその女子会、俺も出て良いやつかな!? チハルの入隊記念だっていうなら、男が参加しても大丈夫だよな!? もちろん、記念品は準備するし参加費も払うから!」

 

「それはまあ、問題ないと思いますけど……困ったことが一つあって」

 

「うん?」

 

「……お祝いの記念品、まだ決まってないんですよね。ムツミちゃんに色々聞いてみたんですけど、いまいちしっくりくるものが無くて……なんだよ?」

 

「べっつにー?」

 

 からかいがいのあるおもちゃを見つけたかのような。あるいは、とてもいじらしい弟を見るかのような。なんだか妙ににやにやとした笑みを浮かべながらエリナがこちらを見ているのに気づいて、キョウヤは思わず、突かなくてもいい藪を突いてしまった。

 

「ただ、普段はあんな態度なのに、ちゃんとチハルさんのこと見てるんだなーって」

 

「うっせ」

 

「なんかいいなあ、そういうの……でも、キョウヤさんも同期入隊なんだからお祝いされる側なんじゃないの?」

 

「いーんだよ、俺は。そんなの気にする年じゃないし」

 

「……ふふっ。じゃあ私からキョウヤさんへのお祝いとして一つアドバイスを。チハルさんへのお祝いなら……キョウヤさんがバンダナ付けてあげるのが一番喜ぶんじゃないんですか?」

 

「そうとしか思えないから困ってるんだよ……」

 

「はは……! じゃあ、ミッションはさっさと片付けて記念品探しをしないとだな……!」

 

 そうしてコウタは、近場で手ごろな討伐対象がいないかヒバリに問いかける。あっという間に討伐対象が決まって、そしてキョウヤもその参加メンバーにアサインされた。今のキョウヤであれば楽勝で片づけられる程度の難易度だから、おそらくかなり早い時間に帰投することができるだろう。

 

「……」

 

 不安になることなんて何もない。最悪、良いものが見つからなかったらバンダナをつければいい。そうしてあげても良いと思えるくらいには、キョウヤはチハルのことを憎からず思っている。

 

 そのはずなのに。

 

「…………」

 

「キョウヤ? おい、どうした?」

 

「いえ──なんでも、ないです」

 

 最後に見た、チハルの後ろ姿。

 

 何故だかキョウヤの胸の中に、例えようのない不安と嫌な予感が渦巻いていた。




 レーションとか持って行ったことないし、使ったこともないっていう。


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10 新人指導実地訓練(ミッションコード:7404FE043)

 

『──目標の周囲に小型アラ…ミの反応あり。数は…四つ。オウ…テイルだと推測さ…ます』

 

「うん、だいじょーぶ……こっちも見えてる。一匹だけ堕天種が混じってるかな?」

 

 インカムから聞こえてきたオペレーターからの通信と、すぐ隣から聞こえてきたベテランの先輩──チハルの声。相も変わらず通信音声はノイズ交じりで少々聞き取り辛かったが、今のケイイチにはそんなことを気にする余裕はあまりなかった。

 

「んー……どうしよっか。最悪グボロ・グボロだけやっつければいいんだけど」

 

 やや下の方向から聞こえてきた、幼げな女の子の声。まるで今日のランチを決めるかのような気軽さに思えるのは、決して気のせいじゃない。ケイイチよりもはるかに身長が低く、どう見ても守られる側であるこのバンダナ姿の少女は、ケイイチなんかよりもはるかに腕の立つ中堅の神機使いだ。

 

 未だに現場に慣れず、そしてこの状況における選択肢としては「逃げる」しかないケイイチやレイナとは違い、この先輩は「グボロ・グボロだけ始末する」、「オウガテイルごと始末する」の少なくとも二つの選択肢を有している。それもたった一人でそれを成すことができるというから驚きで、ついでに言えばこの極東支部に所属する神機使いであればそれがスタンダートだ。

 

「ケイイチ、レイナちゃん。二人の考えを聞かせてほしいな」

 

 命令でもなく、かといって丸投げでもない。唯々純粋に、その考えを知りたいだけ。こういう場なら隊長の命令に従うのが普通だというのに、この先輩はそれをしない。

 

 命令してくれた方がやりやすかったかもと思う自分と、ちゃんと教え導こうとしてくれているんだと思う自分。まさか年下の女の子相手にこんな気持ちになるなんて……と思いながら、ケイイチは学ぶ側の人間として、精いっぱいの判断をした。

 

「オウガテイルを放置するってのは無いっす。万が一の事故が怖いし……そうでなくとも、アラガミを放置して良いとは思えない」

 

「わ、私も……。ここはなんとか分断して、一匹ずつ各個撃破したほうがいいかなって……」

 

「ん、おっけー」

 

 にこりと笑ったチハルが神機を構え直す。その身の丈をはるかに超えたバスターブレードだ。チハルの身長が身長だから、物自体は標準サイズでも余計にその大きさが際立ってしまうのである。

 

「二人とも、良い回答だよ! ……でもね、この状況だとちょーっと厳しいかな? それに今日は二人でグボロ・グボロを討伐するために来たんだから、余計な体力は使いたくないよね?」

 

「う……では、どうしましょう?」

 

「──二人はグボロ・グボロに集中して。他のは全部、私が引き受けるから」

 

「「えっ」」

 

「だいじょぶ、問題ない」

 

 オウガテイル一匹なら、ケイイチは一人で倒すことができる。二匹同時となるとちょっと不安で、三匹ともなれば手は出せない。レイナもそれは同様で、もっと言えば──いくら引き付けてくれる人間がいるとはいえ、中型のアラガミと同時に相手にしたくはない。

 

 少なくとも、綿密な作戦を立ててじっくり攻める必要がある。そうじゃないと死ぬ。

 

 だけど、チハルは問題ないと言い切ったのだ。

 

「それじゃあ、行くよぉーっ!」

 

「ひゃん!?」

 

「うぉ!?」

 

 ぱしんと尻を叩かれて、ケイイチとレイナは走り出した。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ──ォォォォォ!

 

 

 ああ、でけェなぁ……と、ケイイチはスローになった時間の中でぼんやりと思った。

 

 グボロ・グボロの口はとにかくデカい。体の半分ほどの大きさはあるんじゃないかと思う。その面構えは凶悪で、鋭い牙もびっしりだ。正直、自分が神機使いとしてこいつの正面に立っていることがケイイチは今でも信じられない。

 

「っしゃオラァ!」

 

 攻撃をかわしながら、すれ違うようにして神機でグボロ・グボロの胴体を切りつける。ただ、思っていたよりも全然手ごたえはない。ダメージ自体は入っているのだろうが、切られた当人はまるでそのことなど気づいていないとばかりに平然としていた。

 

「チッ……!」

 

 訓練のホログラム演習では何度も戦った相手だが、やはり現実はそううまくはいかないらしい。

 

「どうしたケイイチぃ! 腰が引けてるぞぉ!」

 

「いや、そんなこと言ったって──!?」

 

 ずん、と腹の底に響くような爆発音。それとほぼ同時に響いたグボロ・グボロの苦悶の悲鳴。あの巨体が大きくのけぞり、そして肉が焦げる嫌な匂いがケイイチの鼻を衝く。

 

「ほら! 足は止めない!」

 

「は、はい!」

 

 気づけば、チハルの神機が銃形態になっていて──そして、グボロ・グボロの砲塔を見事に撃ち抜いていた。バチバチと余韻のように紫電が迸っているところを見るに、きっと雷属性のオラクル弾で銃撃したのだろう。

 

「ロングでこの子と戦うなら、胴体じゃなくて胸ビレか尾ビレ!」

 

「っす!」

 

 グボロ・グボロはアレで結構動きが早い。そうでなくとも、そうやすやすと後ろを取らせてくれるアラガミなんているわけがない。

 

 しかし──こうして怯んでいる今なら。むき出しとなってるその弱点に攻撃を叩きこむのは容易なことだ。

 

「おらあっ!」

 

 

 ──ギャアアアアア!?

 

 

 耳をつんざくような咆哮。確かに感じた手ごたえ。

 

 今度は言われた通り、ケイイチはすぐにその場から転がるようにして距離を取る。

 

「レイナちゃんはショートだから顔面か胴体! でも初心者が正面に立つのはやめた方が良い!」

 

「じゃ、じゃあどうすれば……!?」

 

「撃っちゃえ!」

 

 まるでお手本を示すかのように行われる銃撃。先ほどの銃撃と違うのは、爆発性のオラクル弾ではなく貫通性能を上げたオラクル弾──威力は最低レベルのものだ──を使っている所だろう。それは的確にグボロ・グボロの背ビレと胴体を打ち抜いていく。

 

「ケイイチはとにかく足で稼いで切り結ぶ! その間にレイナちゃんが銃撃! 怯んで大きな隙が出来たら弱点に攻撃を叩きこむ! まずはこれで動いて、慣れてきたら役割をスイッチして!」

 

 戦いやすいな、とケイイチは肌に感じていた。銃の援護があるからグボロ・グボロはこちらの攻撃に集中しきれていないし、上手い具合に隙ができるものだから弱点に攻撃するのだって簡単だ。時折大技が来そうになった時も、余裕を持って対処できている。

 

 やりやすいな、とレイナもその事実を実感していた。前衛が注意を引き付けてくれているから銃撃に集中できるし、たまにこちらに注意が向けられた時は、ここぞとばかりに前衛が神機を叩きこんでくれている。その隙に位置取りを整えれば、また同じように銃撃するという永久機関が完成してしまう。

 

 何より……本当にヤバいときは、チハルがサポートに入ってくれる。

 

「攻撃と防御のメリハリをつけること! 安全第一! 無理に攻撃しようとするのが一番よくないからねっ!」

 

「「はいっ!!」

 

 ケイイチの見立てが間違っていなければ──この自分より年下の小さな先輩は、複数匹のオウガテイルを相手取りながら、グボロ・グボロの牽制をしていた。剣形態と銃形態を巧みに切り替えて、ほんのわずかなスキを見つけて実例を以て銃撃のお手本を見せていた。

 

 そしてすでに、とっくの昔にオウガテイルを始末している。複数匹を相手取っていたというのに……新入りのサポートをしながらだというのに、余裕を持って対処している。

 

(これが極東か……!)

 

 正直なところを言えば。

 

 二年後に同じことをできる自信が、今のケイイチには全くない。

 

「おらああっ!!」

 

 裂帛の気合と共に、ケイイチはグボロ・グボロを切りつける。その小さくて大きな背中に少しでも早く追いつけるように、今この瞬間を全力で生き抜けようと決めたのだ。

 

「いいよぉいいよぉ、その調子!」

 

「あざっす!」

 

 切って、切って、避けて。

 

 撃って、撃って、また切って。

 

 途中何度か危ないところはあったものの、概ね問題なく戦えていたとケイイチは思っている。レイナとのコンビネーションも悪くなかったし、途中からは相手の動きをじっくり観察する余裕も出てきた。今まで意図的に狙ったことは無かったけれど、これならいけるかも──なんて、あえて結合崩壊を狙ってみたりもした。

 

「そろそろ止めだっ! 合わせてくれ、レイナ!」

 

「うん!」

 

 だから。

 

 すっかり忘れ去っていた──本来なら常に注意を払っていなきゃいけないそれから警告が発せられた時、ケイイチは一瞬動きが止まってしまったのだ。

 

 

 

『──緊急…態! 複数の大…アラガ…の反応が…ちらに向…ってい…す!』

 

 

 

「え……?」

 

 何が何だか、わからなかった。

 

 目の前にいるのは、もはや虫の息同然のグボロ・グボロだけ。あと一太刀でも浴びせればケリがつくような状況の中で、いったいどうしてオペレーターがあんなにも切羽詰まった様子で叫んでいたのか。

 

『…アラ……対…危険……!』

 

 激しいノイズ。何を言っているのかさっぱりわからない。何かを必死に伝えようとしているのは間違いないのに、肝心のそれが全く伝わらない。

 

「うん? なんだこれ、故障か?」

 

「うーん……? 私のもノイズで全然聞こえない……あっちの通信機器の調子が悪いのかも」

 

「……まあいいか。早いところあいつの止めを刺さな──」

 

 

 

『……げて!』

 

 

 

 次の瞬間。

 

 ケイイチの腹部にとんでもなく強い衝撃が加わり──そして、ケイイチの目の前が盛大に爆発した。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「がっはァ……!?」

 

 何が何だか、わからなかった。

 

 目がチカチカしてよく見えないし、耳はじんじんと痺れて頭が痛い。とんでもない熱気が頬を撫でたせいで肌がぴりぴりしているし、なによりもおなかが凄まじく痛い。

 

「くっそ……!?」

 

 とりあえず、生きてはいる。腕輪も無事で神機も手放していない。

 

 ただ──シールドの展開は間に合わずに、モロに攻撃を受けてしまった。いや、間に合わなかったのではなくそもそも認知が出来ていなかった。攻撃を受けたその瞬間まで……いいや、今この瞬間も、何があったかまるで分かっていない。

 

「ばかっ! さっさと立ってっ!」

 

「う……!?」

 

 ぐ、と無理やり腕を掴まれて引っ張り立たされて。この時になってようやく、ケイイチは自分が無様に地面に転がっていることに気付いた。

 

「チハル、さん……?」

 

「構えてっ! シユウがいる!」

 

 炎と煙のその向こう。ついさっきまでケイイチが立っていたその場所の向こうに、有翼の異形──シユウが立っていた。

 

「そうか……! さっきのはシユウの攻撃か……!」

 

 シユウ。中型のアラガミに分類されるとはいえ、その翼手を用いた独特な肉弾戦は非常に強力であり、飛行能力も有するというなかなか厄介な相手である。中型のために有効部位(マト)は小さく、翼も下半身も硬質で攻撃が通りにくいという、攻守ともに隙の無い存在だ。

 

 その上さらに……掌に超高温のオラクルを集中させて打ち出すという飛び道具も有している。

 

「あのシユウの攻撃が直撃してたら、ケイイチはいまこうして喋っていられないよ」

 

「え……」

 

「さ、さっき……! あいつの炎の球がぶつかる直前に、チハルさんが突き飛ばしたんだよ……!」

 

 だから、この程度で済んだ。それを理解してしまい、ケイイチの背筋に滝のように冷や汗が流れた。

 

「で、でもたかがシユウだ……! 予定外だけど、三人でかかれば!」

 

「……」

 

「……チハル、さん?」

 

 自分はまだ一人じゃシユウは倒せない。でも、複数人であれば倒したことがある。そして、この中堅の先輩であればシユウの単独討伐程度、それこそ朝飯前で処理することができる。であれば、例えイレギュラーなこの状況下においても心配することなんて何もない。

 

 そのはずなのに。

 

「……ダメ、すぐ撤退するよ」

 

「な、なんで……?」

 

 シユウに神機の銃口を合わせたまま、チハルは絞り出すようにつぶやく。

 

 ──その額には、玉のような汗がにじみ出ていた。

 

「さっきの通信は……複数の大型のアラガミ反応って言ってたんだよ」

 

「っ!?」

 

 気づいた。

 

 気づいてしまった。

 

 目の前にいるシユウとは別に……あっちの方に、別のシユウがいる。

 

 そればかりか。

 

「う、嘘……そんな、コンゴウまで……!?」

 

 妙に殺気立っているコンゴウが、よりにもよって二匹もいる。今までそんな気配なんてなかったはずなのに、もはや戦闘は避けられないほどの距離だ。

 

「こ、こんな……中型のアラガミが四体も……!?」

 

 一体でさえキツい。二体はもっとキツい。三体ともなればもはや未知の領域だ。

 

 ただ、それでも。頼りになる先輩がいれば勝てないまでも撤退くらいならできるだろう。逃げに徹すれば、なんとかならないこともないだろう──というのがケイイチの認識だ。

 

 でも、四体はない。そんなの、あっちゃいけない。

 

 しかも、絶望はそれだけにとどまらない。

 

「ケイイチ、レイナちゃん。……こいつら、普通の中型アラガミと思わないほうが良い」

 

「え……」

 

「あの攻撃の威力……大型と間違われるほどにオラクル反応が強い。たぶんだけど、ミッションランク4以上に相当する個体だよ」

 

「それ、って……」

 

 新入りがどうにかできるレベルじゃない。複数人の中堅以上の神機使いが隊を組んで、作戦を立ててようやく討伐できるレベルだ。ましてや、新入りのサポートをしながら相手をするだなんて正気の沙汰とは思えないと言われてもおかしくない。

 

「……ダメだ、通信は完全に死んでる」

 

「そんな……じゃあ、救援要請も送れないってことですか……!?」

 

「大丈夫。大丈夫だからね、レイナちゃん。強い個体って言ったって、所詮はシユウとコンゴウだもん。スタングレネードを使って訓練通りやれば大丈夫だから」

 

 ──正直なところを言えば。

 

 チハルは、この段階ならまだギリギリ何とかなると思っていた。

 

 シユウ二体程度であれば、新人二人を抱えていても何とか倒せそうだと思っていた。

 

 コンゴウが二体追加された段階で、戦うという判断はなくなった。でも、逃げに徹すれば何とかなると思っていた。

 

 そう、ここは極東。最もアラガミが凶悪で、最もアラガミの多いアラガミの楽園だ。そんな極東で二年間も仕事をしていれば、この程度のピンチなんていくらでも体験してきている。これよりももっと酷い状況だったことはいくらでもあるし、それでもチハルはなんとかかんとか生き延びてきている。

 

 チハルは自分の実力をよく理解している。中堅として確実に仕事はこなせるけれど、決して第一部隊のような戦闘のプロほどの実力はない。だからこそ、戦場で生き延びることに関しては人一倍敏感になって、その感覚を磨くようにしてきた。そうして今日この日まで、実際に生き延びてきた。

 

 だから。

 

「は、ははは……」

 

 シユウの後ろの、さらにその向こう。

 

 ちょっと高台になっているところに──赤いマントをたなびかせる虎の姿を見てしまって。

 

 ずっと警戒していたコンゴウのそのさらに向こうから、黄金の体を持つ騎士の蠍が二体もやってくることに気付いてしまって。

 

「そりゃそうだよね……複数の大型って言ってたじゃん……」

 

 シユウが二体。

 コンゴウが二体。

 ヴァジュラが一体。

 それに加えて──ボルグ・カムランの荷電性堕天種が二体。

 

 たとえこの場に新人──ケイイチとレイナがいなかったとしても。

 たとえこの場に相棒──キョウヤがいたとしても。

 

 ──何がどう転んでも逃げることすらできない絶望を目の前にして、今日こそが自分の最期の日だと理解した。



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11 『逃げてぇッ!!』

 

「嘘、だろ……」

 

 右手前方にシユウが二体。左手前方にコンゴウが二体。それだけでも絶望的だというのに、その上さらに……ヴァジュラが一体に、ボルグ・カムランが二体。おまけとばかりにそのボルグ・カムランは荷電性の堕天種と来た。

 

「……ははっ」

 

 自分の口から漏れ出た乾いた笑い声。人間、本当に絶望するとそんな声が出ると言うことを、ケイイチは初めて知ってしまった。

 

 ボルグ・カムラン。神機使いの座学で聞いたことはあるが、実物を見るのはケイイチはこれが初めてだ。

 

 非常に硬質で一部の攻撃以外は一切弾いてしまう強力な盾に、鎧と表現される全身の甲殻。太く長い尾は単純に振り回すだけでも驚異的だというのに、その先端には鋭い針が付いていて、生半可な神機のシールドなんて易々と貫く威力があるという。

 

 それだけでも泣きたくなってくるというのに、雷の力を操る堕天種と来た。通常種でさえ新人が対処するような相手じゃないし、堕天種ともなればベテランが複数人で挑んでようやく対処するような相手である。

 

 そんなのが、二体もいる。

 

「ど、どうするんですかチハルさん……!」

 

 我ながら情けないとは思いつつも、ケイイチは声の震えを止めることができなかった。この小さな先輩に、縋るように問いかけることしかできなかった。

 

「どうもこうも……やるしかないでしょ」

 

 ガチャ、とチハルは銃形態の神機を構えた。

 

 ──もう、ヴァジュラもボルグ・カムランもすぐ目の前だ。

 

「ヴァジュラとボルグ・カムランも──私がなんとかする」

 

「チハルさんッ!?」

 

 止める間もなく。

 

 どこにそんな力があったのか信じられないくらいほどのスピードで、チハルがアラガミたちのど真ん中に突っ込んでいく。

 

「あああああッ!」

 

 ──ギャアアアア!?

 

 コンゴウの顔面への銃撃。奴らが怯んで動きを止めたところで、今度はシユウへ銃撃。側方から襲い来るヴァジュラの雷を纏った爪の一撃を、まるで見ていたかのように飛んで避け、いつのまにやら剣形態に戻していた神機をその後ろ脚に叩きつける。

 

「こンのぉ!」

 

 足は止めない。止まらない。

 

 ヴァジュラの振りむきに合わせてその背後を取ったチハルは、捕喰形態(プレデターフォーム)にした神機でヴァジュラの尾の付け根を思いきり食いちぎった。

 

 ──ガアアアッ!?

 

「っ!?」

 

 凄まじい悲鳴。半ば千切れかけた尾っぽから崩壊したオラクル細胞がぼたぼたと零れ落ち、地面を染めていく。

 

「神機、開放ぉっ!」

 

 アラガミの細胞を取り込み、チハルの中のオラクル細胞と神機が活性化する。ただでさえ力強く素早かったチハルの動きが、より一層顕著なものとなった。勢いに乗ったチハルはその勢いのまま、鬼神の如き気迫を纏ってヴァジュラを滅多打ちにしていく。

 

 ──キァァァァ!

 

「危ないっ!」

 

 後ろに迫っていたボルグ・カムラン。体全身で回転することで行われる、太い尾による薙ぎ払い。あの巨体から放たれる遠心力が乗った一撃は、今回はさらに雷というオマケもついている。

 

「うううううっ!」

 

 ギャリリリ、と酷く耳障りな金属音。さっきまで完全に無防備なところを狙われたはずのチハルだったが、目にもとまらぬ早業でシールドを展開してその重い一撃を防いでいる。

 

 俗にいう、ジャストガード。ほんの一瞬、タイミングよく敵の攻撃に合わせてシールドを展開することでその威力を大幅に削ぐという、一部の熟練の神機使いだけが使える技術。

 

「なめ、んなあーっ!!」

 

 攻撃をきっちり防いだチハルは、その鬱憤を晴らすかのようにボルグ・カムランの盾にバスターブレードを叩きつけた。

 

(すげえ……!)

 

 七対一という絶望的な状況。だというのに、チハルは一人でアラガミと切り結んでいる。全身のオラクル細胞を活性化させ、人の領域を超えて神機を振るっている。

 

「受け取ってっ!」

 

「!」

 

 射出された特殊なオラクル。ケイイチとレイナの全身を包む熱い感覚。ドクドクと心臓が早鐘を打ち、それに呼応するように神機と連結している腕輪が脈動するのをケイイチは確かに感じ取った。

 

神機連結開放(リンクバースト)……!」

 

「それもリミッター限界の……レベル3! そっか、これなら……!」

 

 神機開放し、全ての能力が向上しているチハル。この段階でも七体を相手にすることができているのなら。

 

 いくら新人とはいえ──そこに、レベル3の神機連結開放によって大幅な能力向上を受けている神機使いが二人も手助けに入ったのなら。

 

 もしかして、もしかすると。

 

「行ける……! これなら勝て──」

 

 

 

「逃げてぇッ!!」

 

 

 

 ケイイチの希望をかき消したのは。

 

 他でもないチハルの──悲鳴にも似た叫び声であった。

 

「ここは私が引き受けるから! 二人は早く──逃げて!」

 

 冗談でも何でもない。泣きそうなほどの必死の形相で、チハルは心の底から叫んでいた。

 

「い、嫌ですっ! 先輩を置いて逃げるなんて、そんなの……!」

 

「ばかっ! 通信機器が壊れてるんだよ!? 二人以外に誰がこの情報をアナグラに伝えるの!? 二人が伝えなきゃ、もっと多くの人が犠牲になるんだよ!?」

 

「だったら! 三人で戦って勝てばいい! 今の俺達ならきっと──!」

 

「ばかやろぉッ!!」

 

 それは、チハルが初めて誰かにぶつけた罵声であり──そして、心の底からの懇願であった。

 

 

 

「──私じゃ守れないって言ってるのぉッ!!」

 

 

 

 悲しいことに、ケイイチにはそれが真実であると分かってしまった。

 

 あの、小さな体でアラガミをバッタバッタとなぎ倒していた先輩が。

 

 今この瞬間でさえも、信じられない身体能力を以てアラガミの攻撃を捌いている先輩が。

 

 誰よりも頼りになって、小さいのにとても大きな背中を持つ先輩が。

 

 ──限界ギリギリの、紙一枚の厚さも無い薄氷の上で踏ん張っている。全力で食らいついて、それでなおこの一瞬の均衡をなんとか作り出しているのに過ぎないということに。

 

「そん、な……」

 

 ちら、と隣を見れば。

 

 同じく今の状況を理解してしまったレイナが、すっかり戦意を喪失して呆然としてた。

 

「何をぼさっとしてるの!? 今の二人なら逃げられるからっ! 早く、持ちこたえている間に逃げてよぉッ!」

 

 先輩(チハル)が全力を出しても時間稼ぎしかできない相手なのに、新人である自分たちがどうにかできるはずもない。

 

 むしろ、レイナの方が普通の反応なのじゃないか──と、こんな時だというのにケイイチはそんなことを思った。

 

「ケイイチぃ! しっかりしなさいっ! あなた、男の子でしょ! 男の子なら、女の子の手ぇ引いて守り通すんだよ!」

 

 チハルの体に、細かい傷が増えている。アラガミの集中砲火を受けているのだから、当然の話だ。むしろ、七体に囲まれてまだなおその程度で済んでいるのは奇跡と言ってもいい。

 

「くっそ……!」

 

 レイナを連れて逃げるべきか。

 それとも──助けに入るべきか。

 

 自分が加勢したところでどうにもならないことは、ケイイチが一番よく分かっている。正直言って足手まとい以外の何者でもない。だったらむしろ、何もせずに物陰に潜んでいたほうがまだしも戦闘に貢献できることだろう。

 

 でも、もしかしたら。加勢はできなくても、囮にはなれるかもしれない。チハル一人で戦うよりも、もう少し時間を稼げるかもしれない。その間にレイナがアナグラまで……いいや、通信機器を搭載しているヘリまで戻ってくれれば、救援を要請できるかもしれない。

 

「ふふ……ケイイチにしか頼めないんだよ。ううん、ケイイチは優しいから、こう言わないとダメかな?」

 

「え──それって、まさか……!?」

 

 そんなケイイチの考えを見透かしたかのように。

 

 チハルは儚く笑って……懐から取り出した挑発フェロモンのアンプルを、パキっと握りつぶした。

 

 

 

「──命令ぇッ!! お願いだから──逃げてッ!」

 

 

 

「……っ!!」

 

「あっ!? やだ! 放してよ!」

 

 レイナの腕をひっつかみ、ケイイチは全力をもってその場を離脱する。

 

 シユウも、コンゴウも、ヴァジュラも、ボルグ・カムランも。さながら光に導かれて群がる虫のようにチハルへと突っ込んでいく。チハルの事しか目に映っていないかのように──その挑発フェロモンに惹かれて、本能のままに雄叫びを挙げている。

 

 

 ──ありがとね……カッコいい先輩のままで、いさせてくれて。

 

 

 土煙の向こうから、そんな声が聞こえた気がして。

 

「いや! いやいやいやぁっ!」

 

 泣き叫ぶレイナの腕をしっかりつかんで、必死に走って。

 

「放して! チハルさん! チハルさん!」

 

 自身が泣きそうになりながらも、それでも初めての命令(・・)を完遂しようとして。

 

「チハル、さん……!」

 

 そうやって、ただただ何も考えずに走って走って、走りぬいて。

 

 

 

 ──ルゥゥゥゥッ!!

 

「……くそぉぁああああッ!!」

 

 

 

 はるか背後から聞こえてきた落雷のような爆音と、凶悪な雄叫び。

 

 ヘリとの合流ポイントにまで届いてきた戦闘音と、その戦闘が今なお続いているというその事実。

 

 そして──行きと帰りのヘリの乗員数が違うというその現実に、ケイイチは自身の拳を地面に叩きつけた。 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「なるほど、紅茶か……! その手があったか……!」

 

 ミッションも無事終了し、アナグラへと帰投する車の中で。未だにチハルに送る記念品を決めかねていたキョウヤは、エミールが出した妙案にすっかり感心していた。

 

「確かに程よくオシャレだし、女子ってそういうの好きそうなイメージがあるな……!」

 

「ほかならぬキミの頼みだ、僕の秘蔵の紅茶を分けてあげるのもやぶさかではない……が、あくまで最終手段にしてくれたまえよ? キミ自身が選んだものの方が、チハルくんも喜ぶだろうし」

 

「なぁに、それこそ気持ちの問題だろ? 大事なのは出所じゃなくて、贈ったっていう事実そのものだ。それに最悪の場合は……」

 

「ふむ?」

 

「──腹ァくくってバンダナ着けてやる」

 

「うっわ……」

 

 キョウヤの隣に座ったエリナが、何かとんでもないクズ男をみるかのような顔つきになっていた。というか、文字通りドン引きしているのだろう。普段は空気を読めないエミールも、今回ばかりは表情が固まっているところにその心の内が見て取れた。

 

「キョウヤぁ、紅茶はあくまで保険にしてちゃんと選んでやれよ? そうじゃないと俺が紅茶にできないじゃん」

 

「うっわ……先輩まで……」

 

「しょ、しょうがねえだろ。急に記念品選べって言われても良いのなんて思いつかないんだし……」

 

 ミッション後の、なんてことのない雑談。とりとめのない話をしている間にはアナグラに到着して、四人は車庫から専用通路を通ってエントランスへと向かっていく。

 

「お茶会の段取りはカノンが整えてるんだっけ?」

 

「ええ。リッカさんやヒバリさん……それにムツミちゃんほか、時間の都合がついた人には片っ端から声をかけたと言ってました。今頃はもう、ラウンジに軽食の準備ができているはずですよ」

 

 だから、あとは軽くシャワーでも浴びてラウンジに集合すればいい。そこでゆったりとチハルが帰投するのを待って、みんなでお祝いすればいい。

 

 そうやって今日という一日を労って、また明日も頑張ればいい。

 

 そう思っていたのに。

 

「……ん?」

 

 エントランスに入った瞬間に覚えた、奇妙な違和感。

 

 なんだか妙に、空気がぴりぴりとしている。緊張感が走っていると言っても良い。いつもの賑やかな喧騒は無く、その代わりに──どこか不安を掻き立てるような、有体に言って不穏な空気が流れている。

 

「……なんか、あったのか?」

 

 別段、こういう空気になるのは珍しい事じゃない。こんな仕事をしている以上、そういう(・・・・)ことになるのは不思議でも何でもない。

 

「──キョウヤ、さんっ!」

 

「お前……ケイイチ?」

 

 だけれども。

 

「おかえりなさい、キョウヤさん。……それと、落ち着いて聞いてくださいね」

 

「ヒバリ、さん? いったいどうし……待て、ケイイチもレイナもなんでそんなボロボロなんだ? というか、そもそもとして……」

 

 まさか、自分がその当事者になるなんて、キョウヤは想像すらしていなかった。

 

「チハルはどうした?」

 

 

 

「チハルさんは──MIA(作戦行動中行方不明)となりました」




 挑発フェロモン、使ったことないっていう。


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12 MIA

 

「は……MIA……?」

 

 耳に飛び込んできたその単語が信じられなくて、キョウヤは呆然としてその言葉を繰り返した。

 

「じょ、冗談キツいっすよヒバリさん……あ、アレですか? 俺も入隊二周年だから……サプライズのドッキリってやつですか?」

 

「……キョウヤ、さん」

 

 悲しそうに目を伏せたまま、ヒバリは再び事実だけを告げた。

 

「違います──本日発令された新人指導のミッションにて、チハルさんがMIAとなりました」

 

「……嘘、だろ」

 

 最初はタチの悪い冗談だと思っていた──いいや、そうであってほしいと願っていたキョウヤであっても。ヒバリのこの表情と、なによりこのアナグラの特有の雰囲気を見てしまえば、それが嘘でも何でもないということがわかってしまう。

 

「ど……どういうことだよ!? たかがグボロ一匹にあいつが手こずるはずないだろ!?」

 

「強い通信障害が発生していたため詳細は分かりませんが……作戦エリアに想定外のアラガミが複数侵入したようです」

 

「はぁ? そんなの、よくあることじゃ──」

 

「シユウとコンゴウがそれぞれ二体、ヴァジュラが一体、荷電性ボルグ・カムランが二体……そのすべてがミッションランク6相当と思われる上位個体であると推測されています」

 

「「!?」」

 

 キョウヤだけでなく、一緒に話を聞いていたコウタたちまでもが息をのんだ。

 

「ランク6って……そんなの、ベテラン勢や隊長格が部隊を組んでようやくやりあえる相手だぞ……!?」

 

「一体だけでも損傷なしに倒すのは難しいのに……なんで、そんなのが同時に」

 

 ランク6相当のアラガミ。今のキョウヤじゃどう頑張っても勝てっこない。相手が一体だけであるなら、部隊を組んで挑めば何とかなるかもしれないが……少なくとも、新人を連れた状態で、それも複数を同時に相手取るなんて正気の沙汰ではない。たとえ逃げに徹したとしても、どうしようもない。

 

「……加えて、未知のアラガミの乱入まで推察されています」

 

「そんな……」

 

 もう、キョウヤにはヒバリの声は聞こえていない。誰かのつぶやきもすべて、ノイズとして響くだけだ。

 

「……」

 

 どう考えても絶望的な状況。しかしそんな中で、少し不可解な点がある。

 

「なぁ……ケイイチ、レイナ」

 

「「っ!」」

 

 低く、重く、おどろおどろしい声。ヒバリやエリナまでもがびくっと震えたことに、キョウヤは気づいていない。

 

「そんなにヤバい相手がいたってのに……お前らは、どうやって」

 

 中堅のチハルじゃどうにもならない相手がいたというのに。いったいどうして、新人二人は多少の負傷を負いながらも無事にアナグラへ戻れているのか。

 

「そ、れは……」

 

「チハ、ルさんが……足止め、を……! 自分が囮になるから、情報を持ち帰れ、と……!」

 

「──あァ!?」

 

 アナグラに大きく響いた、獣の如き怒声。

 

 気づけばキョウヤはケイイチの胸倉を抉るように掴み、万力の如き力で締め上げていた。

 

「てめェらあいつを見捨てて逃げたのか!?」

 

「……っ!!」

 

「目ェ逸らすんじゃねえ! てめえ、もう一回言ってみ──!?」

 

 空気を切り裂く鋭い音。それとほぼ同時に、目の前がチカチカするほどの衝撃がキョウヤを襲った。

 

 

 

「──バカ野郎」

 

 

 

 目の前に広がる無骨な配管や配線──すなわち、アナグラの天井。尻と背中に強烈な痛み。そしてそれ以上に、ジンジンと熱を持ったように痛む頬。

 

 この時になってようやく、キョウヤは自身があおむけになって倒れていることに──誰かに殴り倒されたことに気付いた。

 

「落ち着け……ってのは無理な話だろうが。……あいつらが、望んでそうしたように見えるか?」

 

「ハル、さん……」

 

 腕を取られて、無理やり立たされて。

 

 改めて、二人の顔をよく見てみれば。

 

「……っ!」

 

 二人とも、泣いている。

 

 歯を食いしばって……自らの無力を呪うようにして泣いている。悔しさと後悔と、何もできない自分に底知れない怒りを抱きながら、泣く資格なんてないと自分を責め立てながら、涙を止められずにいる。

 

「あの二人は、あの娘が生かしたんだ。あの娘が頑張ったから、あの二人が今ここに居るんだ。だから……あの娘の覚悟を、お前が否定しないでやってくれ」

 

「……すみま、せん。今のは俺が……完全に、俺が悪かった」

 

「言う相手を間違えてるぜ?」

 

「……すまん、二人とも。俺が……俺が悪かった」

 

 ふるふると首を横に振るケイイチとレイナ。その姿を見て、キョウヤの心に例えようのない罪悪感が生まれた。

 

「いえ……っ! 俺が、もっと強ければ……! チハルさんに、あんな選択をさせずに……!」

 

「わ、わたっ! わたしも……っ! 何も、何もできなかった……っ!」

 

「あー、待て待て待て。まぁなんだ、俺が言うのもおかしな話だが……お互いここはいったん水に流してくれ。それよりも今はもっと大事なことがあるだろう?」

 

 わざとらしくキョウヤたちの間に割って入り、殊更に大きな声を上げて。ハルオミは、キョウヤに言い聞かせるようにして語り掛けた。

 

「さっきヒバリが言った通り、想定外の強力なアラガミが徘徊している。だから──」

 

「そうだ、救援! 今すぐ助けに行かないと──!」

 

「落ち着け。……お前は連れていけない」

 

「なんで!?」

 

「言ったろ、強力なアラガミだって。……桜田チハルの救援任務はミッションランク7と判断された。今のお前の階級じゃミッションに参加できない」

 

「そんな……!」

 

 今のキョウヤの階級では、ソロで参加できるのがランク3までで、部隊として参加できるのがランク5までとなっている。もちろん非常事態においてはそんな制限なんて関係なしに駆り出されることもあるのだが、ともかく今この瞬間においては「チハルの救出に向かえない」というその事実だけが全てだ。

 

「今アナグラにいて参加資格があるのは俺とコウタしかいない。でもって、俺もコウタも遠距離攻撃がメインだ。そうでなくとも、二人で七体が居座る現場に向かうことはできない」

 

 ハルオミとコウタ。二人ともこの極東でキャリアを積んだ隊長格という、申し分のない実力を持っている。しかし、それほどまでに実力のある人間でなければこのミッションに参加できないということであり、そして当然のことながら、そんな実力者がそう何人もいるわけがない。

 

 加えて言えば、コウタは旧型神機使い──銃撃しかできない。ハルオミは第二世代神機使いだが、銃型の旧型神機から乗り換えたこともあり、戦法としては銃撃がメインだ。相手が一体や二体ならともかく、複数体との乱戦が想定される中で、切り結ぶ前衛が不足しているというのは致命的である。

 

「じゃあどうするんです……!? まさか、見捨てるってわけじゃないですよね……!?」

 

「それこそまさかだ。……そもそも、なんで俺達がこのエントランスに集まっていたと思う?」

 

「え……」

 

「──不幸中の幸いってわけじゃないが。今まさに、このミッションへの参加資格がある神機使いがこのアナグラに向かっている所だ。それも歴代神機使いでも五本の指に入るほどの実力者が二人もな」

 

「あ……! まさか、それって……!」

 

 何かに気付いたように声を上げたコウタ。まさにその瞬間、タイミングを見計らったかのように──専用通路のゲートが開く。

 

 

「──よう、なんだか大変なことになっているらしいな?」

 

「……緊急事態なんだろ、さっさと行くぞ」

 

 

 コウタと同じ、オリーブの葉をくわえたフェンリルのエムブレムを背負った白金の上着。

 

 飄々とした雰囲気の男は右腕に金のガントレットを装着していて、そして寡黙な雰囲気の褐色肌の男は、上着とよく似たプラチナブロンドの髪をしていた。

 

「リンドウさん! ソーマも! 帰ってきたんだ!」

 

 元第一部隊隊長、現クレイドル所属──雨宮リンドウ。

 元第一部隊、現クレイドル所属の【始まりのゴッドイーター】──ソーマ・シックザール。

 

 最も長いキャリアを持ちながら、今なお最前線で戦い続ける歴代でも最高峰の実力を持つ神機使いが、キョウヤの前に立っていた。




 ハルさんが第一世代の神機から乗り換えて第二世代の神機になったのはNORNにも記載されていますが、そもそもその第一世代の神機が剣だったのか銃だったのかは探しても見つかりませんでした。

 2071年1月に「フェンリル極東支部において初の新型神機使い」である主人公が入隊していますが、同年8月以降(?)にて、グラスゴー支部のケイトさんが殉職した際にハルさんはバスターブレードを使っています。この時すでにケイトさんは第二世代神機使いなので、ハルさんも新型神機である可能性はなくはないです。

 ゲームにおいてやたらとクリティカルのスナイプをしてくれるイメージが強かったので、ここでは元々銃型神機(スナイパー)を使っていたとしています。


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13 桜田チハル救出任務(ミッションコード:7404NR001)

 

「……なるほどな」

 

 桜田チハルらがアラガミに急襲されたエリアへと向かう道すがら。ハルオミから事の詳細を聞いたリンドウは、眉間に寄りそうになる皺をどうにか抑え込みながら、小さく頷いた。

 

 自分、ソーマ、コウタ、ハルオミ。神機を携えて走っている全員が少尉以上の階級で、そしてソーマ以外は隊長経験者でもある。この極東においてもここまでガチガチの部隊編成による出撃はかなり珍しく、それがこのミッションの難易度を物語っていた。

 

「ちょっと補給のために寄るだけのつもりだったんだが……極東(こっち)のアラガミは厄介ごとばかり持ってくるなあ」

 

 なんだかんだで、件の七体のアラガミを倒すだけならなんとかなるだろ──というのが、今のところのリンドウの見解だ。このメンバーであれば多少の被害は出つつも問題なく討伐できると思っているし、多少の取り逃しの可能性こそあれど、少なくともミイラ取りがミイラになるような事態にだけはならないという確信がある。

 

 もし、ここにあいつもいたなら確実に全部ぶっ殺せるだろうな……なんて思いながら、リンドウはあまり口に出したくないことを口にした。

 

「なあ、コウタ」

 

「はい?」

 

「桜田チハルってのは……バンダナの女の子か?」

 

「……そうです」

 

「……そうか」

 

 桜田チハル。何かの資料でチラッと名前を見た記憶があるのはもちろん、以前何かの用事でアナグラに戻った時に、やたらと周りにバンダナを勧めている少女がいたのをリンドウは覚えている。年の割には小柄で、そして凄まじき熱意で自分にまでバンダナを勧めてきたものだから、妙に印象に残っていたのだ。

 

「あの子の階級は」

 

「上等兵です。……ちょうどこの前入隊から二年経って、今日はお祝いにみんなでお茶会をしようって」

 

「……」

 

 キャリア二年。つまりは今年で三年目。階級の上り方はいたって普通で、特別な才覚があるとは思えない。良くも悪くも一般的な中堅神機使いで、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。

 

 ハッキリ言って……チハルの実力では、どう考えても状況を打破できるとは思えないというのがリンドウの本音だった。

 

「良いやつなんですよ、チハルは。明るくて面倒見が良くて、後輩たちにも慕われていて……。うちのエリナも、チハルと一緒に実地訓練に行くことが多くて。なんかもう、俺よりチハルに懐いている節すらあって」

 

「……」

 

「……自分を囮に二人を逃がしたって聞いた時。変な話だけど……ああ、チハルらしいなって思ったんですよね」

 

 新人二人を逃すために、アラガミの群れの中に単身で突っ込んで。二人が逃げられる可能性を少しでも高めるために、神機連結開放をしたうえで自らに挑発フェロモンまで使用して。その前提条件におけるほぼ最適な行動を、チハルは見事に実行している。

 

 シユウ二体にコンゴウ二体。極東の神機使い基準で考えても、一般的な上等兵が一人でこれを相手どるのは実力的にかなり厳しい。そこにヴァジュラや荷電性ボルグ・カムランまで混じったうえ、そのすべてが上位個体だというのならば。

 

 正直言って……新人二人を生きて返せただけでも奇跡的な話だろう。

 

 

『チハルさんらが襲撃されたエリアまで、あとおよそ300m。周囲に大きなアラガミの反応はありませんが、より一層の警戒をお願いします』

 

 

「りょーかい」

 

 アラガミの反応がない。普段ならば良いことなのだが、今この場においては良いことなのかわからない。

 

「……さっき、通信障害が起きたせいでアラガミの接近に気付くのが遅れたって言ってなかったか? この辺りで無線通信が途絶えたって話だったが」

 

「ん……確かに今は普通に聞こえるね。一応警戒したほうがいいのかな」

 

「どうだろうな……おいソーマ、念のため──」

 

「既にやってる」

 

 走りながら、ソーマはチハルへの無線通信を試みていたらしい。というか、だからこそ通信障害の話題を出したのだろう。そして悲しいことに、ある意味予想通り……チハルへの通信は繋がらず、耳に届くのはノイズ音だけであるらしかった。

 

「……整備班にゃ悪いが、レーダーも無線も肝心な時にポンコツになるからな」

 

「……」

 

 通信状況は良好。しかしそれでも通信は繋がらない。

 

 大きなアラガミ反応はレーダー上では確認されていない。現地にいる自分たちからして見ても、周囲は静かなままで、何かが潜んでいる気配はまるでない。

 

 

(……慣れねえよなあ)

 

 

『襲撃されたエリアまであと150m。そろそろ目視できる範囲に入ります』

 

 

 インカムから聞こえてきたのとほぼ同時に、目の前が開けて。

 

 そしてリンドウは──事の顛末を悟ってしまった。

 

「……」

 

 黒焦げになった地面。抉られたように裂けた壁。何百発ものミサイルで爆撃されたかのようにデコボコとなった──いいや、クレーター状になってしまったその大地。

 

 そして、見慣れているはずなのにまるで見覚えが無い形となった──とある金属塊。

 

 

『……チハルさんのオラクル反応は、レーダー上からは完全に消失しています。現場の方はいかがでしょうか』

 

 

 誰かが膝をつく音。誰かが息をのむ音。すぐ隣から、忌々しそうな舌打ちの音。

 

 嫌なことばかり、慣れちまったな──なんて思いながら、リンドウはインカムに手を当てた。

 

「──こちらリンドウ。桜田チハルの神機を発見した。これより回収に入る」

 

『え……』

 

「周囲にアラガミの姿はない。直接ヘリを飛ばしてくれても大丈夫そうだ」

 

『え……神機を、って……チハルさんを、ですよね……?』

 

「……いいや、見つかったのは神機だけだ」

 

 気を付けて見なければただのガラクタにしか思えない──神機使いであってもそう思えてしまうほど、原型を留めずにひしゃげた神機。リンドウたちの目の前にあるのはそれだけで、それ以外には何もない。

 

 そう、何もないのだ。

 

 

「──神機だけしか、残っていない」



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14 新人指導実地訓練:死亡事故に関する報告書

 

【新人指導実地訓練:死亡事故に関する報告書】

 

 本報告書は、2074年4月に発行されたミッション(新人指導実地訓練/ミッションコード:7404FE043)および当該ミッションにおける死亡事故について報告するものである。

 

◇対象ミッション

 新人指導実地訓練

 

◇ミッションコード

 7404FE043

 

◇ミッション開始日(事故発生日)

 2074年4月11日

 

◇ミッション参加者

・桜田チハル上等兵

・榎本ケイイチ(新兵)

・松宮レイナ(新兵)

 

◇ミッション目的

 グボロ・グボロの単体討伐を通した新人指導(実地訓練)。

 

◇被害内容

 桜田チハル上等兵の殉職。(神機回収済み。遺体および腕輪は未発見)

 

◇被害原因

・作戦行動想定外の複数の大型アラガミの乱入。

・レーダーおよび通信機器の不良によるアラガミ接近への対処の遅れ。

 

 

【経緯】

 

◇ミッション発行

 榎本ケイイチおよび松宮レイナは神機使いとしてのキャリアが半年未満の新兵であった。中型以上のアラガミとの戦闘経験に乏しく、また多人数での討伐経験しかなかったため、個人ないしは少人数での討伐経験を積ませるべく、教育プログラムに則りグボロ・グボロの単体討伐を行うことになった。この時、引率役として選ばれたのが桜田チハル上等兵である。

 当時、桜田チハルは第一部隊のエリナ・デア=フォーゲルヴァイデを始めとした新人指導および引率に力を入れており、また火急のミッションも発令されていなかったため、彼女は指導要請を快諾。2074年4月11日の0834にフリーの教育用ミッションとして7404FE043が発行。桜田チハルを臨時部隊のリーダーとし、同日0900に三名を乗せたヘリコプターがアナグラより飛び立った。

 なお、このミッションには桜田チハルの同期である片桐キョウヤ上等兵も参加を希望したが、ミッションの目的および片桐キョウヤの戦闘時の行動傾向から、桜田チハルにより参加を拒否されている。

 

◇作戦行動中

 1030にヘリコプターが作戦エリアに到着。神機使い三名はヘリコプターより降下し、討伐対象のいるエリアへ徒歩での移動を開始する。この時、ややノイズ交じりであったものの、通信機器は問題なく作動していたことがわかっている。

 1123頃、三名は目的地に到着。討伐対象であるグボロ・グボロのほかにオウガテイルが三体、オウガテイル堕天種が一体確認された。現場の状況より、桜田チハルはオウガテイルを含めたアラガミの殲滅を指示。新兵二人にグボロ・グボロを任せ、自身はオウガテイルと戦闘を開始した。この時既に通信障害が発生しており、本来の約50%程度の時間しか通信は成立していなかったが、戦闘を開始した三人はこのことに気付いていなかった。

 

◇通信障害の発生

 オウガテイルはすべて討伐され、新兵二人は桜田チハルのサポートを受けながらグボロ・グボロと戦闘を行っていた。戦闘は大きなトラブルが起きることなく進んでいたが、通信状況はさらに悪化し、本部からは現場の状況がごく瞬間的にしか把握することができない状態であった。

 1159頃、瞬間的に復活したレーダーが大型のアラガミ反応を捕捉。後にランク6相当の個体と判別されるシユウ二体、コンゴウ二体、ヴァジュラ一体、荷電性ボルグ・カムラン二体の合計七体のアラガミが桜田チハルらが戦闘を行っている領域に近づきつつあった。

 1205頃、作戦エリアに上述のアラガミが侵入。この段階でレーダーおよび無線通信はほぼ断絶され、現場の状況はほとんど把握できなくなった。

 

◇アラガミの乱入

 グボロ・グボロを討伐寸前まで追い込んだところで、上述の七体のアラガミが戦闘に乱入。この時、僅かにつながった通信およびシユウの発したオラクル弾の威力から、桜田チハルは目の前の個体がランク4以上に相当する個体であると推察したという。

 アラガミに囲まれつつある中、桜田チハルは新兵二人を下がらせて自らはアラガミに突撃。七体全てに攻撃を仕掛けて注意を引き付け、捕喰により神機を開放。取得したアラガミバレットを榎本ケイイチおよび松宮レイナに射出し、両名を神機連結開放状態(レベル3)とした。

 その後、桜田チハルは榎本ケイイチに撤退を指示。自身はアラガミの群れの中で挑発フェロモンを使用して囮となった。これらの行動により二人の撤退を確実なものとし、今回の事変に関する情報を確実に作戦本部に伝えようとした。

 彼女の決死の行動により、榎本ケイイチと松宮レイナは軽傷を負いながらも合流ポイントに到着。移送班が操縦するヘリコプターにより回収された。

 なお、この時ヘリコプターの操縦士および榎本ケイイチの両名が未確認のアラガミの雄叫びを耳にしている。

 

◇救援部隊の派遣

 1254頃、榎本ケイイチからの報告を受け、作戦本部が状況の詳細を知ることになる。桜田チハル上等兵との通信は途絶えたままでその状況も確認できなかったことから、彼女はMIA(作戦行動中行方不明)と認定された。彼女の救出任務はランク7相当とされ、その時点で参加資格があり、すぐに出撃できるのは真壁ハルオミ少尉のみであったため、早急なる救援部隊の派遣は叶わなかった。

 1413頃、榎本ケイイチおよび松宮レイナがアナグラに帰還。精神的動揺が見られたものの軽傷であったため、聞き取り調査を実施。

 1428頃、別任務に出ていた藤木コウタ少尉が帰投。またほぼ同時刻にクレイドルとして別任務中の雨宮リンドウ少尉、ソーマ・シックザール少尉が補給のために帰投。桜田チハル救出任務(ミッションコード:7404NR001)が発令され、雨宮リンドウ、ソーマ・シックザール、藤木コウタ、真壁ハルオミの四名からなる救援部隊が現地に向かった。

 

◇桜田チハルのKIA認定

 1530頃、救援部隊四名が降下ポイントに到着。その後、1601頃に桜田チハルが最後に確認されたポイントに到着。現場は酷く荒れており、問題となった七体のアラガミの姿は既になかった。

 現場からは、桜田チハルの物と思われる原形を留めていないほど破損した神機と、彼女が愛用していた赤いバンダナ、および少量の血痕が発見された。その後、周囲を探索するもそれ以上の痕跡は見つからず、彼女のオラクル反応も完全に消失していたことから、救出任務を一時的に打ち切り、同日の2023に救援部隊はアナグラに帰投した。

 翌日4月12日の0900にて、現場より回収された神機が桜田チハルの物と断定された。同じく血痕も桜田チハルの物と断定されたことから、同時刻を以て桜田チハルをKIA(作戦行動中死亡)へ更新。桜田チハル上等兵を二階級特進で少尉とし、救出任務は救出対象の死亡という形での終了となった。

 

 なお、現場遺留品である彼女のバンダナは、発見者である藤木コウタより片桐キョウヤに手渡された。

 

 

【通信障害について】

 今回の死亡事故の直接的な原因は【作戦エリアへのアラガミの乱入】、【ミッション受注者の能力を超えたアラガミとの戦闘】の二点であるが、全体への影響度が大きい間接要因として、通信障害が挙げられる。

 当時、現地と作戦本部の双方向通信が不可能となっており、当初はなんらかの設備的要因に起因していると思われたが、その後のチェックでは不具合は確認されていない。また、当日も現地にいた人間同士(榎本ケイイチと松宮レイナ)での通信は成立していたほか、救援部隊が現地に赴いた際は問題なく本部と通信ができていることが確認されている。

 通信障害が起きていなければ今回の事故は防げた可能性が高いため、早急な調査および原因究明が急務となっている。

 

【乱入したアラガミについて】

 救援部隊の現地調査において、問題の七体のアラガミの戦闘の痕跡が確認されている。その後の追加調査で各アラガミのオラクル細胞片が現場より確認されたが、その七体がどういう状況にあるのかは今も不明のままである。

 なお、現場確認を実施した雨宮リンドウらからは、戦闘の痕跡から七体のうちの大半は既に死んでいる可能性が高いと報告がされている。

 

 

【再発防止対策】

 

◇暫定対策

 ・任務内容に関わらず、一定数のスタングレネードを持ち込むこと。

 ・任務内容に関わらず、曹長以上の神機使いをアサインすること。

 ・調査が完了するまで、作戦行動範囲を一時的に縮小します。

 

◇恒久対策

 以下について、検討中。

 

 ・複数の大型アラガミに包囲された場合における対処マニュアルの更新。

 ・通信障害発生時の行動方針についてのマニュアル化。

 

 その他、原因調査と並行し、その結果を適宜フィードバックさせながら根本的対策を検討します。

 




【NORN:データベース更新】

◇桜田チハル
 桜田チハル(享年15)
 故人。2072年フェンリル極東支部入隊。2074年、指導役として参加した新人指導実地訓練にてMIA(作戦行動中行方不明)と認定され、その後KIA(作戦行動中死亡)に更新。最終階級は少尉(上等兵からの二階級特進)。
 神機使いとしては負傷率・損害率の低さが特に優れており、周りへのサポートも積極的で特に後輩神機使いたちから慕われていた。明るくて面倒見がよく、積極的に新人指導(実地訓練)に協力するため、教官からの指名で指導役として訓練にアサインされることも多かった。
 神機使いだけでなくオペレーターや整備班、その他アナグラに所属する職員とも多くの交流があったため、彼女の死はアナグラに大きな悲しみをもたらした。
 神機:バスターブレード・ブラスト(第二世代)


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15 急雷の神明


【急雷】 突然鳴り出したかみなり。

【神明】 超自然的な存在。神。




 

 

 ──時は少し、遡る。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「──くぅっ!」

 

 振り下ろされるヴァジュラの剛腕。咄嗟に展開したシールドに体を隠し、歯を食いしばってチハルは衝撃に耐えた。

 

 神機開放した状態であってもこの重い手ごたえ。向上しているはずの身体能力なのに、まるでその効果を実感できない。神機開放してようやくなんとかギリギリ保てている──いいや、保てているかどうかすら怪しいこの状態。

 

「ふぅ……っ! ふぅ……っ!」

 

 冗談でも何でもなく。

 

 目の前にいるアラガミのうち一体でもその気になったのなら、三十秒と持たずに自分は死んでいるという自覚がある。今この瞬間チハルが生きているのは、ただ単にアラガミに“遊ばれて”いるからに他ならない。

 

「キョウヤくんに、約束守れなくてごめんねって言っておいて……って、もう聞こえないか」

 

 ケイイチもレイナも、しっかりと戦闘区域から離脱してくれた。無事にヘリの合流ポイントに辿り着けたかはわからないが、少なくとも目の前にいる連中は自分がこうして引き付けている。

 

 それだけで──チハルは、先輩としての仕事をやり通せたということになる。

 

 

 ──シャァァァァッ!

 

 

「っ!?」

 

 横合いから迫ってきた太い尾──いや、尾針。

 

 視認した瞬間、ほぼ反射的にシールドを構えた……はずだったのに。

 

「きゃっ!?」

 

 咄嗟に手放した神機。本来、神機使いが戦場で神機を手放すなどあってはならないことだ。それすなわち死を意味するし、座学の二番目に教わることが【絶対に神機を手放すな】であるくらいに重要なことである。

 

 それでなお、神機使いとしてそれなりに経験を積んでいるチハルが神機を手放したのは。

 

「……うそ、でしょ?」

 

 がしゃん、と大きな音を立てて落ちたそれ。もはや神機であったとは思えないくらいにひしゃげていて、とても使い物になるとは思えない。展開していたシールドの所は大きく凹んで一部が砕けているし、変形機構も当然オシャカになっている……つまりは、剣としても銃としても使えない。ありていに言って、ただのガラクタになり果てている。

 

 たった一撃を受けただけでコレだ。もしあのまま、神機を手放さずにいつも通り踏ん張っていたら。

 

 まず間違いなく、チハルの腕ごと“持って”いかれていたことだろう。

 

 加えて、もっと悪いことに。

 

「……いたっ!?」

 

 中途半端に攻撃を受け流そうとした弊害か、足に変な負荷がかかったらしい。右足が何だか変な方向に曲がった気がするし、なんだか少しずつ熱を持ったかのように痛み出している。感覚的に骨折はしていないだろうが──ちょっと痛めた、で済むようなものではないだろう。

 

 

 ──オオオオオッ!

 

「あ」

 

 

 呆然としていた一瞬の隙。そして、体に染みついていたシールド展開の動き。加えて極度の緊張と疲労。諸々の要因が重なって──飛び込んできたシユウへの対処に、チハルはワンテンポ遅れてしまった。

 

「……っ!」

 

 ふおん、と頭上から聞こえてきた空を切り裂く音。何とかギリギリ、チハルは伏せることでシユウの滑空攻撃を避けて見せた。本来だったらそのまますっぱりと首をすっ飛ばされていたかもしれないが──ここにきて、コンプレックスである子供体型がチハルに味方した。

 

 とはいえ。

 

 完全に避けられたかと言われると、そうでもなく。

 

「う、わー……」

 

 何かがはらりと、頭から飛んで行って。妙な解放感と共に、そこに触れてみれば。

 

 ──目をそむけたくなるほど鮮やかな赤が、チハルの指先をべっとりと濡らした。

 

「……ここまで、かなあ」

 

 神機は壊れた。相手はいまだ健在。インカムもいつの間にか無くなっていて、足を負傷。

 

「頑張ったよね、わたし」

 

 攻撃はできない。防御もできない。通信もできない。足でかき回すこともできない。ついでにいきなり体が重くなった──神機開放も解除された。

 

「……あはは」

 

 精も根も尽き果てて……なんだかとっても可笑しくなったチハルは、乾いた笑みを浮かべながらぺたんとその場に腰を落とした。

 

 

 ──オオオオオ!

 

「……一回くらい、キョウヤくんのバンダナ姿見たかったな」

 

 コンゴウ二匹が、ゆっくりとこちらに近づいている。

 

 

 

 ──シャアアアア!

 

「あーあ……せめて、明日がよかったなあ。みんなと一緒に、お茶会したかったなあ」

 

 シユウ二匹が、ゆっくりとこちらに近づいている。

 

 

 

 ──シィィィィ!

 

「痛くないと、いいなあ……酷い姿、見られたくないなあ……」

 

 ボルグ・カムランがゆっくりとこちらに近づいてきている。

 

 

 

 ──ガアアアアア!

 

「ばいばーい……それと、ごめんね」

 

 鋭い牙を覗かせたヴァジュラが、ゆっくりとこちらに近づいてきて。

 

 

 

 

 ──ルゥゥゥゥッッ!!

 

 

 

 

 ──その厳めしい頭が、白く巨大なガントレットにごしゃりと押しつぶされた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 さて。

 

 さてさてさて。

 

 色々諸々気になることはあれど、ちょいとひとまず状況を整理してみましょう。

 

 いつも通り、ビリビリパワーを使って美味しそうなアラガミさんを探そう……というのが今日の予定。で、いつも通り美味しそうなアラガミさんを手当たり次第に喰い漁っていた……というのがさっきまでの所。

 

 そんな私の目の前で、ゴッドイーターの腕輪をつけた女の子がへたり込んでいる。

 

 ……いや、薄々そうじゃないかとは思っていた。なーんか向こうでドンパチやってんな、またゴッドイーターとアラガミがバチバチにやりあってんな、とは思っていた。で、あわよくば加勢という名のおこぼれにあずかれないかしらん、とは思っていた。

 

 でもまさか、こんな小さな女の子一人が戦っているとは思わないじゃん? 思わず二度見しちゃったよね。

 

 しかしまあ、なんでこんな小さな子がゴッドイーターなんてやっているのだろう? 見たところ小学生……いいや、小柄なだけの中学生と信じたい。

 

 いくら深刻な人手不足とはいえ、そこまでフェンリルは腐っていないと信じさせてほしい。いくらクソッタレな職場とはいえ、そこら辺の倫理観はまだまとも……まともだよね?

 

「……」

 

 あらまぁ、呆然として女の子がしちゃいけないはしたない顔をしていますわよ。ぽかんと開いたお口と真ん丸おめめがとってもキュート。なんだか妙に庇護欲が刺激されるんだけれども……これが母性ってやつかしらん?

 

 んー……見た感じは一般神機使いっぽい。複数の大型アラガミ相手に一人で戦っているから、神薙ユウくんに相当する主人公かと思ったけれど、どうもそういうわけではなさそうだ。

 

 その証拠に、主要キャラにしては服装が常識的で肌の露出も常識の範囲内。何より、キャラエディットでこんな小さな子は作れなかったし。

 

 ……ただ、小さい子供にしてはなんだか妙というか。妙に甘い匂いがするというか、大人っぽい色気(?)のようなものを感じるというか。

 

 あらやだ、もしかしてこの子ったらお化粧か香水でもしているのかしら? 女の子はみんなそう言うのに興味津津とはいえ、おませさんなのね。それとも、最近の子供が進んでいるってだけかしらん?

 

 

 ──ギャアアアア!?

 

 

 おっと。

 

 コンゴウ如きが感動の対面(?)を邪魔してくるとは。雷に弱いアラガミのくせに見るからにビリビリな私にケンカを売ってくるなんて何を考えているのやら。背後から襲いかかれば大丈夫……だなんて考えは、ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)を持つ私には通用しないっていう。

 

 で──すぐさま逃げ出そうとしたシユウくんはまだ賢い。判断としては間違っていないと思う。

 

 だけれども。

 

 

 ──アアアアアア!?

 

 

 逃がすわけないんだよなあ。雷の電熱……つまり火みたいなもんだからさぞかし辛かろう。元より鳥にはかみなりと相場が決まっている。せめて、背中を見せずに逃げ出せばまだ可能性はあったというのに。あれじゃ雷を落としてくださいと言っているようなものだ。

 

 

 ──シィィ……!

 

 

 一番強そうな黄色のボルグ・カムランは、やっぱ強そうなだけあってきっちりこっちの警戒をしている。何度か戦ったからわかるけど、あの特有の音は奴らの威嚇音だ。たぶん甲殻の隙間辺りから出してるんだろう。知らないけれど。

 

 残念ながら、こいつに雷はあんまり効かない。この場から動かず雷だけで倒す……なんてつよつよアラガミムーヴもこいつら相手にはできない。

 

 ただ、やりようはいくらでもあるわけで。

 

 

 ──ルゥゥゥゥッッ!!

 

 

 おもっくそ吠えてビビらせてから、そのまま突っ込む。

 

 奴が構えた大きな盾に、ガントレットをそのまま叩き込む。

 

 たったそれだけで両腕ごと盾が粉々になって、丈夫で鋭い爪が奴の胴体にそのまま突き刺さって。

 

 ──で、見事に真っ二つ。腰(?)の一番細いところで両断。無駄にくびれて細っこいから、あそこに大きな負荷がかかると折れちゃうんだよね。元よりあの巨体だし、割と耐荷重としてはギリギリなウィークポイントなのだろう。

 

 なんとなくの推測だけれども。腰があんなに細くて弱いからこそ、前脚が盾として発達したのかもしれない。杖代わりにもなるし、上半身への攻撃を防ぐことで腰の負担も減る。ついでに下半身(?)にある長すぎる尾に対してのバランスもとれる。知らないけれど。

 

 

 ──シィィ……!

 

 

 ああ、そうそう。

 

 なんだかんだで、真っ二つにしても普通にアラガミは生きている。しばらくは動けると言ったほうが正しいかもわからん。こいつはサソリの姿をしているだけに、余計にその傾向が強いのだろう。

 

 だから、ちゃんと潰す。頭を潰して、胸を潰して、足も潰して、尾っぽはしっかり引きちぎって。

 

 幸いにして、私の体ならいかにボルグ・カムランと言えどその程度はたやすい。ましてや横たわってまともに動けないような相手であればなおさら。やはり巨体即ち重さとはパワーですわよ。

 

 

 ──……。

 

 

 さすがにここまでやれば、もう大丈夫。ちょっと残念なことに、ボルグ・カムランは殻ばっかりで可食部は少ないから、バラしたところで個別に部位を楽しんだり味比べをする……と言ったことはできない。せいぜいが尻尾のところくらいだろうか? 胴体は噛み応えは良いんだけど喉に引っ掛かるんだよなあ……。

 

 

 ──シャアアアアア!

 

 

 二匹目は普通に喰い千切る。可食部は少ないボルグ・カムランであっても、顎のトレーニングとしては最適だ。腕で押さえつけつつ、一本一本節の所からパキっと噛み砕いていくのがツウの楽しみ方と言ったところ。どこから食べるか、どこを最後に残すのかでその人の性格が出てくる……かもしれない。

 

 何気に、ほんのちょっぴり口の中がピリピリするような気がするのは、こいつが荷電性だからだろうか? 味なのか電気なのか、そこのところがよくわからん。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「あ……ああ……」

 

 ──さて、それでは改めて。

 

 私の目の前にいる、腰を抜かした(?)女の子。何やら頭から血を流していてなんとも痛々しい……けれども、致命傷って感じはしない。ちょっとカスって切り傷を負ったって所だろう。そうじゃなきゃ普通に死んでいる。

 

 でもって、この子の神機は……ああ、ダメだありゃ。なんだかとっても前衛アートなテイストに仕上がっちゃってる。無事なところが見つからないというか、コレ初見で神機だと分かる人いるのかな?

 

「う、うう……」

 

 どーすっかな、しかし。

 

 神機がぶっ壊れている以上一人で帰るのはまず無理だろう。よく見れば足もケガしているっぽいし、それが無かったとしても今のこの子に一人でアナグラまで帰る気力があるとは思えない。そしてもちろんのこと、こんなアナグラから遠く離れたところで放置されたら、遠からずこの子はアラガミに食われることだろう。

 

 見捨てるのは当然無しだから……ここで救援が来るのを一緒に待つか? いやでも、そもそも救援なんてくるのか? あんまり気は進まないけど、最悪の場合は背中に乗せてアナグラまで走ればいいか? 

 

 良い機会だし、これを機に人間側と協力体制を敷けたらいいなあ。迷子の神機使いを送り届けたっていうのなら、普通に良いアラガミとして認定してくれたりしないかしら? 前例がないとはいえ、榊博士ならその辺の融通を聞かせてくれたりとか……うん?

 

「ううう……うわぁぁん……!」

 

 えっ。

 

「やだあ……! もうやだあ……!」

 

 待って。

 

 ちょっと待って、マジで待って。

 

「おかあさあああん……! おかあさあああん……!」

 

 ねえ待ってよ、何で泣いてるのよねえ。

 

「美味しくないってばぁぁぁ……! わたし、美味しくないからぁあああ……!!」

 

 うん、知ってるよ。というか食べる気ないよ。襲おうとか全然思ってないし、攻撃しようともしてないよ……? 優しげな瞳で見つめているだけじゃない……!

 

「おかあさああん……! おか、おかあさぁああん……!」

 

 ねえこういうのホント困るのよ。この年になるとこういうのにホントに弱いんだよ。やめてほしいのよ本当にマジで。なんかこっちまでつられてすげえ悲しい気分になってくるのよ……!

 

「やだよう……! 助けてよう、おかあさあん……!」

 

 ああもう、子供みたいに泣きじゃくっちゃって……! 女の子の泣き顔にも子供の泣き顔にも弱いんだよ私は……!

 

 くそう、人間の姿だったら抱きしめるなり頭をなでるなりでどうにかできるのに……! こんな姿じゃどうしようも──この姿のせいじゃねえか! そらこんなデカくておっかないオオカミがじっと見つめてたら喰われると思うわ!

 

「ぐす……っ! ひっく……っ!」

 

 あーもう、涙でべしょべしょ……これ、わんわんみたいに顔を舐めたらたぶんそのまま気絶しちゃうだろうな……純粋に恐怖でしかないよ、この見た目だと。

 

 というか、ちょっと待て。

 

 ──なんか、妙にビリビリパワーのユーバーセンス(仮)に反応が多くない? 結構な数の中型以上のアラガミがここに近寄ってきてない? いくらドンパチしていたとはいえ、嗅ぎつけるのが妙に早いような。

 

 コンゴウかザイゴート……違うな、この感じ。もっとデカい奴だ。聴覚の良い大型となるとクアトリガ……いや、待て。

 

 まさか、この子。

 

「やあ……っ! いやあ……っ!」

 

 ──この甘い匂い、挑発フェロモンじゃねコレ? 初めて嗅ぐ匂いだし、服に染みついているし……このご時世、こんな甘い匂いがするお菓子なんてそうそう食べられるわけが無いし。

 

 ゲームで使ったことないから気が付かなかったけど……まさかこの子、自分に挑発フェロモンを使って囮になってたっていうの?

 

「食べない、でぇ……っ!!」

 

 ──食べるものか。こんなにも勇敢なお嬢さんを、いったいどうして食べると言うのか。

 

 元より、子供を守るのは大人の役目だ。例えこの娘がゴッドイーターと言えど、その事実は変わらない。ましてや今のこの娘は神機を失っている。であれば、疑いようもなく守られるべき人間だ。

 

「ひゃっ!?」

 

 慎重に首の後ろをくわえて、なるべく優しく背中に乗せる。ちょっと服の後ろのところが傷んじゃっただろうけど、この際気にしない。

 

「な、なんなのもぉ……!」

 

 ああ、泣かないでほしい。あとできれば、しっかり捉まっていてほしい。

 

 さしあたっては──すぐにこの場を離れて、挑発フェロモンをどうにかしないと。

 

 

 ルゥゥゥゥ──!

 

 

 この娘は絶対に……生きて、アナグラに帰さなくては。




【蛇足】

 個人的な意見ですが、死に際のセリフってその人の個性とか生き様が出ると思うんですよね。

「相棒の晴れ姿(?)を見たかった」
 ⇒率直な願望。まだ余裕がある。
「せめて明日がよかった。みんなと一緒にお茶会をしたかった」
 ⇒率直な欲望。まだ余裕がある。
「痛くないといいな。酷い姿、見れたくないな」
 ⇒女の子らしい感性。そりゃまあ無残な遺体とか見られたくないですよね。
「ばいばい。ごめんね」
 ⇒なんだかんだでちょっとヒロイックに浸っている。まだ余裕がある。

「おかあさん、おかあさん」
「やだよう、助けてよう、おかあさん」
⇒本当に死を目前にして幼児退行。


 自分で書いていてあれですけど、こういう毅然として最期を受け入れようとしていた人とか勇敢な人が、本当のギリギリになって「おかあさん」って泣いて助けを求めるシチュエーションにすごい弱いんです。

何ですかね、「おかあさん」ってつい口走るところに本能的あるいは原始的ともとれる心揺さぶれる何かを感じずにはいられないというか。仮に本当にお母さんが来たところでどうにもならないことなんてわかっているのに、それでも生物として、かつて絶対的に守ってくれた存在に助けを求めずにはいられないその姿にこう……言葉にできない何かを突き付けられると言いますか。昔はそうでもなかったのに、なんかこう胸がぎゅっと苦しくなってこっちの方が泣きそうになるというか……。それが女子供なら、なおさらの話です。

 だから救います。故に救います。そのためだけにこの話を書いているといっても過言じゃありません。もっともっと、純粋に救われる話が増えることを心から願っております。


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16 みずあび/神機だったモノ

 

「きゃ……!」

 

 さて、そんなわけでやって来たのは黎明の亡都。より正確に言えば、ゲームの時のフィールドではなく、そう呼ばれているであろう廃墟一帯だけれども。人間が付けた名前にアラガミである私がこだわる必要はないのでこの際気にしないことにする。

 

 辺りはすっかり暗くなっている。この娘を助けたのは確かお昼過ぎだったとはいえ、結構な距離を走ったのはもちろん、群がってくるアラガミ共を始末するのにちょっと手間取っちゃったんだよね。小型なんかはそのまま体当たりすれば押し潰れてくれたんだけど、中型以上ともなるとそういうわけにもいかないし。

 

「うう……やっと、止まった……!」

 

 何より、背中のこの娘の存在が大きい。私があまりに全力を出すとこの子が耐えられないし、必然的にビリビリパワーを用いた能力にも制限がかかってしまう。口や爪から電撃を飛ばすくらいならまだしも、雷を纏った全力タックルとかできないし。

 

 そんなわけで、アラガミとしての能力も身体的能力も制限しつつ襲い来るアラガミをなるべく優しく丁寧に返り討ちにして……ってしている間にはこんな時間になっちゃったってわけよ。

 

「ここは……どこだろ……?」

 

 私の背中にぎゅっとしがみついたまま、あの娘が小さく呟いている。一応、私の体の青いマントと一本角は、ビリビリパワーに関する器官だから微妙に青白く発光しているとはいえ……さすがに、周囲を照らせるほどじゃない。暗闇で目印にはなるだろうけど、結局はそれだけ。

 

「……水の音?」

 

 あらまあ、うちの娘ってば賢いじゃない! こんなに賢い娘だなんて、ママってば鼻ならぬ角が高くて嬉しいわ!

 

「川……じゃない、よね」

 

 冗談はともかくとして。

 

 人間の目じゃあまり様子は伺えないだろうけれども、アラガミの私の目にはばっちりとそれが──池とも湖ともとれる、ともかく水辺が映っている。わざわざここまでやってきたのは、比較的安全そうな水場があって、雨風もしのげる廃墟もあるからだ。

 

「わ」

 

 じゃぶ、じゃぶと大きく音を立てて水の中に入る。日が落ちているから、結構水はちべたい。私がマジの火のアラガミだったら、こいつをお湯にすることができたのに……と、思わずにいられない。

 

「つめたっ!?」

 

 そうして、水の中に伏せるようにしてあの娘を水に触れさせる。万が一にも溺れることのないよう、かなり浅めの所でだ。尾っぽと体で丸いクッションになるように体を曲げれば──うん、まぁなんとかなってるだろう。

 

「ね、ねえ……」

 

 

 ──ルゥゥ?

 

 

 ねえ、と言われても口が無いから返事はできない。だから代わりに、敵意なんてありませんよ感を醸し出しつつ小さく鳴いてみた。

 

「この子……アラガミ、だよね? ねえあなた、いったいどうして……なんで、私をここに?」

 

 あなたが生きるためには、水が必要だからです。

 こびりついて固まった血が、見ていて不憫だから落としてほしいんです。

 あと足のケガの応急手当もしてほしいんです。

 

 ああ、話せないというのが酷くもどかしい。

 

「お願い、もうちょっとだけそのままでいてね……」

 

 ええ、どうぞどうぞ。ゆっくり待ちますよう。

 

「お水ぅ……生き返るぅ……!」

 

 すっげえごくごく飲んでる。よっぽどお喉乾いていたのね。ごっきゅごっきゅって音がこっちまで聞こえますわ。

 

 あんまり綺麗なお水じゃないかもだけど、その辺どうなんだろ? ゴッドイーターだし、おなかとか壊さないのかな?

 

「いっつつ……うう、染みるなあ。あんまり深くはなさそうだけど……」

 

 ちゃぷちゃぷ、ちゃぷちゃぷと脇腹(?)のあたりで音が。どうも頭の切り傷(?)以外にもあちこちをケガしているらしい。そういやゴッドイーターの回復力って普通の人間とはあんまり変わらないんだっけ?

 

「足は……ダメ、か。折れてないだけ、運が良かったかな」

 

 重めの捻挫ってところだろうか? ……捻挫って冷やせばいいんだっけ? それとも温めてマッサージとかするのが良いんだっけ?

 

「……随分と大人しいような。この子、水辺に暮らすアラガミなのかな……?」

 

 いや、違うんですよ。

 

 というか、わざわざ全身で水の中に入ったのは。

 

「きゃ!?」

 

 

 ──ルゥ。

 

 

 ざばりと軽く尻尾を持ち上げ、じゃれるようにしてこの娘に水をかける。私自身はじゃれただけのつもりであっても、サイズ差がサイズ差だ。この娘からしてみれば、滝行……とまではいかないまでも、それなりの衝撃だったことだろう。

 

「ごほ……っ! な、なんなの……? いきなりどうしたの……?」

 

 そーれ、もう一発。

 

「わぷ」

 

 頭からぐっしょり。全身ずぶぬれ。土埃や乾いた血の大半はこれで洗い流せたというのに。

 

「もう……まさか、じゃれてるの……?」

 

 ──くせえ(・・・)。全然挑発フェロモンの匂いが落ちない。どうやら、ちょっと水で流した程度じゃ落ちない程度には強力なものらしい。

 

 この挑発フェロモンが落ちない限り、この娘をアナグラに帰すことはできない。この挑発フェロモンが落ち切るまでは、私が守り通さねばならない。

 

 二日か、あるいは三日か。水じゃ落ちない以上、自然に無くなるのを待つほかないだろう。

 

「ぬ?」

 

 

 ──ルゥゥ。

 

 

 とりあえず、今日の水浴びはここまでだ。こんな時間にずっと水の中に居たら風邪ひいちゃうしね。

 

「……降りろ、ってこと?」

 

 陸に上がって、そのまま伏せて。意味ありげに尻尾でびったんびったん地面を叩いて促したら、向こうの方も察してくれた。

 

 幸いなことに、私自身に対する警戒心はかなり無くなっているらしい。いくらかの戸惑いこそ見られるものの、最初にギャン泣きされたときのような恐怖の感情はもうほとんど感じられない。

 

「あ……どこいく……おぉ!?」

 

 失礼。私イヌ科(?)ゆえ、風呂上がり(?)は体をぶるんぶるんさせないといけないんですの。そうじゃないとみすぼらしい野良犬同然の見た目のままになってしまいますの。

 

「ごーかいだねえ……あっという間に水気が切れとる……」

 

 いやいや、まさかこれで終わりとは思うまいね?

 

「ん……今度は光ってる……?」

 

 全身にビリビリパワーを充填。ただし、放出はせずにそのまま溜め続ける。こうすることでどんどん体に電熱をためて……ほら、すっかりぽっかぽかのふっかふか。水気が飛んで乾燥したどころか、首元のファーも毛皮も布団乾燥機にかけたかのような仕上がりになっている。

 

 んで、このぬくぬくでふわふわな尾っぽを使えば。

 

「わふ」

 

 小娘一人の全身を包むくらい、わけないことよ。

 

「わ、わわ……! くすぐったいのに、あったかくてふわふわ……!」

 

 女の子は体冷やしちゃいけないからね、ちゃんと全身しっかり拭いて、体をあっためておかないと。これが野郎だったら、ここまでのサービスはしなかったっていう。

 

 ……それはそれとして、火の準備もしておきたいところ。やっぱり焚火は必要だろう。問題なのは、ここらには都合の良い薪が無いって所だ。生木なら見つからないこともないけど煙が凄そうだし……いや、超高電圧で一瞬で炭化させれば木炭が作れたりする……のか?

 

「もぉ……! やめてってばあ……!」

 

 まぁ、水さえあればどうにかなるはず。食事はなんとかおいおい考えるほかな──そういや、腕輪に偏食因子を投与しないとダメじゃなかったっけ? アレ、リミットってどれくらいだった?

 

 たしか、GEBの時にカノンちゃんとブレ公が一瞬MIAになってたはず。バーストの追加シナリオの所だったはずだから、リンドウさんの探索任務の所だっけ? カノンちゃんがエイジスで保護されたってのだけは印象に強く残ってる……なんでエイジスで見つかったんだろね? あそこ、行こうと思っていける所じゃないしなんだかんだで管理されてるんじゃないの?

 

 ともかく、あのときはそれなりに探索に時間をかけていたはず。具体的な日付自体は出ていなかったけど、二日や三日ってことはないだろう。おそらくは一週間程度くらいなら、偏食因子を投与せずともゴッドイーターは活動できる……たぶん。きっと。

 

 だから、ひとまずはそこがリミットだ。それまでにフェロモンが落ちなかったら、リスクを冒してでもアナグラに届けないとね。

 

 ……サバイバルミッションの時って携帯型の偏食因子を持ち込んでるんだっけ? いや、どのみちこの様子だと持ち合わせてないだろう。無いものねだりしてもしょうがねえや。

 

「ん……! もう、だいじょうぶ!」

 

 ぺんぺん、と尾っぽを優しく叩かれる。叩かれるというか、抱き着かれたというべきか。

 

 うん、やっぱり女の子は綺麗かつ清潔にしていないと彼氏ができない──と、うちの娘をどこの誰かもわからん馬の骨には渡せない。せめて、私より強い奴でないと。

 

「……これから、どうすればいいのかな」

 

 どうするって、そりゃあ。

 

 今日に限って言えば、後はもう寝るだけ……の、その前に。

 

 

 ──ルゥゥ。

 

 

 その傷、なんとかしてみるかあ?

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「……こ、れは」

 

 作業台に置かれたその金属塊を見て、楠リッカは思わず息をのんだ。

 

「ひどい……ぐっちゃぐちゃ……」

 

 金属塊。そう、金属塊としか形容できないそれは、先日回収されたばかりの桜田チハルの神機だ。よく見れば持ち手があることもわかるし、銃身も刃も、シールドだってあることがわかる。だから、物そのものは別段特別でも何でもない。

 

 だけれども──整備班として神機に精通している自分でさえ、よく見ないとそれが神機であるとわからないというのはリッカには初めての経験だった。

 

「こんな……一体どうしたら、神機がこんな風になるの……」

 

 用途が用途だから、神機は丈夫に作られている。もちろん、戦闘中に破損すること自体は珍しくないし、そうでなくても定期的なメンテナンスが必要になる代物だ。そういう意味では、いかに頑丈な神機と言えど壊れることに不思議は無いし、事実としてリッカは今までに何度も神機を修理・点検してきている。

 

 しかしながら、ここまで破損した神機というのは見たことがない。剣は折れ、銃は曲がり、盾は砕けて……そして、全体としてひしゃげている。無事なところを探すほうが難しく、もはや神機であると表現することすら憚られるような状態だ。

 

「……」

 

 長年神機の整備をしてきたリッカには、神機の状態を見るだけで使い手のことがある程度わかる。剣を主体に戦う神機使いであれば刃の部分の消耗が激しいし、まだ実戦慣れしていない新型神機使いの場合、変形機構の消耗が妙に激しかったり部分的な劣化が目立ったりする。

 

 そして、神機に付いた傷を見れば……その傷が、仲間を庇って受けた傷なのか、ビビッて逃げて受けた傷なのかがわかる。

 

「チハルちゃん……」

 

 そんな、リッカの視点でこの神機を評価するならば。

 

「……最後まで、頑張ったんだね」

 

 ──判断ができないほど、損傷が激しい。だけれども、誰かを助けた結果こんな状態になってしまったのだという強い確信があった。

 

「お茶会、楽しみにしてたんだよ……キョウヤのやつがさ、柄にもなく張り切っちゃって。照れ隠ししながら、チハルちゃんのために頑張って準備してて、さ」

 

 キョウヤが無茶して資金を稼ごうと神機を酷使して。特大級の雷を落としつつ、説教をして。説教の休憩中に、お茶会の段取りを相談して。一方で、計画がバレないようにチハル本人にはキョウヤへの更なる説教を頼んで。

 

 そんななんてことの無い思い出が、なぜだかリッカの頭を埋め尽くしていく。

 

「どうして……チハルちゃんみたいな人から、いなくなっちゃうんだろ……」

 

 何度も行ったチハルの神機のメンテナンス。ここ一年ほどで、チハルの神機には誰かを庇って受けた傷が増えていた。一方で神機そのものの消耗や負荷はメンテの度に減っていて、どんどん神機の使い方が上手くなっていることが見て取れた。

 

 

「……リッカさん?」

 

「ん……」

 

 

 整備室の入口。

 

 いつのまにやら、そこに二つの人影があった。

 

「コウタくん……に、ヒバリも。どうしたの?」

 

「や……俺は普通に、任務帰りで神機を預けに」

 

「私は……その、ちょっと、眠れなかったので」

 

「……そっか」

 

 リッカが見ていたものに気付いたのだろう。二人とも、無言のままその神機の成れ果ての前へとやってきて、リッカと肩を並べた。

 

「……俺、最初これが神機だって気づかなかった。神機がこんなふうになるだなんて、知らなかった」

 

「……私もだよ。こんなの、初めて見た」

 

「ねえリッカさん……なんとか、せめて神機だけでも綺麗に直せないのかな?」

 

「私も、そう思ったんだけどね」

 

 使い手を失った神機は、新たな神機使いが見つかるまで神機保管庫に保管される。こういう理由(・・・・・・)で使い手を失った神機の場合、神機そのものの修理を伴うケースが多い。当然、その修理もリッカの仕事の一つではあるのだが。

 

「剣も、銃も、盾も全部ダメになってる……全交換が必要っていうか、交換しようにもこの状態じゃ分解すらできない」

 

「……」

 

「だから、物理的に切り離して貴重な部位だけを……アーティフィシャルCNSだけを摘出するかたちになる、かな」

 

「それって……」

 

 神機を直すというのではなく。廃棄するそれから、使えるものだけを抜き取っているだけに過ぎない。

 

「……アーティフィシャルCNSは、神機の心臓部(コア)と言える大事な部位だから」

 

「そう、ですね……」

 

 だから、形は変われどチハルの想いも受け継がれている。

 

 そうであると、信じるしかない。

 

 そうじゃないと、やってられない。

 

「……慣れたと思ったんだけどな、こういうの。……やっぱ、辛いや」

 

「慣れるもんじゃないよ。慣れなくてもいいんだよ。それに……女の子たち(わたしたち)ほどじゃないにせよ、コウタくんも話す機会は多かったんでしょ?」

 

「うん。うちのエリナの面倒をよく見てもらってたから、その関係で……あと」

 

「うん?」

 

「……俺の妹も、チハルと同じくらいだから。どうしても、さ」

 

「そっか……」

 

 無言。なんだかとても居た堪れなくなったので、リッカは気になっていたもう一つのことを切り出した。

 

「ところで……ヒバリでもコウタくんでも、知っていたらでいいんだけどさ。……あれからキョウヤ、どうしている?」

 

 チハルと最も仲が良かったキョウヤ。それが友情なのか恋人的なものなのか、はたまた家族のようなものなのかはリッカには結局わからなかったが……ともかくとして、そんなキョウヤの姿をリッカは見ていない。

 

「……ずっと、部屋に籠ってるよ。最後に会ったのは……チハルの遺留品のバンダナを渡した時、かな」

 

「ご飯もろくに食べていないみたいです……。ムツミちゃんが毎回届けに行ってるんですが、全く手を付けてないか、ほとんど減ってないトレーを持ち帰るばかりで……」

 

 

 ──そう言えば、ご飯もいつも一緒に食べていたっけ。

 

 

 ちょっと騒々しい……それでも、賑やかで穏やかな食卓。ぷんぷんと頬を膨らませるチハルに、へらへらとそれを笑って受け流すキョウヤ。

 

 そんな光景はもう二度と見られないことに気付いて、リッカの頬に一粒の涙が流れた。




 「俺の妹もチハルと同じくらい」とコウタのセリフがありますが、コウタの妹(ノゾミちゃん)の年齢、どこにも見つからなかったっていう……。
 (年齢的に)同じくらい、あるいは(体格的に)同じくらいの都合の良い方で脳内補完お願いします。


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17 ちりょう/繋がらない通信

 

「え……ちょっと、どうしたの……!?」

 

 なんとかかんとか、不格好ながらも焚火を作って。ホッと安心したように火を見つめて腰を下ろすこの娘のことを、改めてじっと見てみる。

 

 全身に細かい擦り傷。額というか、側頭部のあたりにちょっと目立つ切り傷。加えて、未だ腫れが引いていない右足首。

 

 普通に生活する分なら問題ないけれど、かといって放置するのは憚られる程度の傷。こいつをそのままにするってのは、さすがにちょっと忍びない。

 

「だ、大丈夫だよね……? わ、わたし、美味しくないからね……?」

 

 うん、まあそりゃこんなデカいオオカミっぽいアラガミにじっと見つめられたらビビるわな。もし逆の立場だったらチビっていたかもわからん。

 

「まさか、血の匂いで興奮しているとかそういうの……ないよね? ここに連れてきたのも、綺麗に洗ってから食べるためとか……」

 

 ないない。しいて言うなら、足も腰も……というか全体的に細っこくて心配している感じ。この娘ったらちゃんと食べているのかしら? 成長期なんだからその辺しっかりしてくれないとママ困っちゃうっていう。

 

「……どこ見てるの? ……足?」

 

 うん、足。

 

 見ていて一番痛ましいのはやっぱりそこだ。本人はけっこうケロリとしているけれど、歩くときはひょこひょこしていてぎこちないし、未だに痛みは引いてないと思われる。

 

 早急なる応急処置……ないしは、治せるものなら治したいところ。

 

「きゃ」

 

 角に気をつけつつ、鼻面を押し当ててみる。やはり、消毒液の匂いはしない──応急処置キットの類は持ち合わせていないのだろう。回復錠やアンプルの類もなさそうだ。全部使いきっちゃったのかな。

 

「うーん……人懐っこい、とは思うんだけど……」

 

 ゴッドイーターにおいての回復手段は、持ち込みアイテム以外では回復弾が挙げられる。乱戦中に致命的な一撃を受けて吹っ飛ばされてもう終わりだ……と思ったところで、サクヤさんの神業のような回復レーザーで九死に一生を得るというのはあの時代の人間なら誰もが経験していることだ。回復量自体は回復錠には及ばないけれど、重要度としては勝るとも劣らない。

 

 今更ながら、地面に触れる前に回復すれば大丈夫ってどういう理屈だろうね?

 

 まぁそれはともかくとして。この回復弾、回復手段としては致命的なことに【自身が発射した回復弾で自身の回復をすることはできない】という特性がある。アラガミの死体蹴りをすればいくらでもOPが回収できてしまうから、事実上の無限回復を防ぐためにメタ的な意味でそういう特性となったのだろう。

 

 設定的な意味では特に語られていなかったはずだからよくわからん。回復するのに自分のオラクルを使ったら意味がないとかそんな感じだろうか?

 

 ともあれ、そう言った理由のため今回においては回復弾による治療は見込めない。神機も無いし、他の神機使いがいるわけでもない。仮にバレットだけあったとしても、これじゃどうしようもない。

 

 だけれども。

 

「……なんかまた、光ってる?」

 

 ものすごく限定的で特殊なパターンとして……アラガミが神機使いを回復させたケースも確認されている。シオちゃんが腕輪を失ったリンドウさんの治療をしていたこともあったし、もっと身近な例としてはニュクス・アルヴァの回復弾とかもそうだ。ニュクスの場合、味方のアラガミに放った回復弾を横取りする形ではあるけれども、「回復した」という事実は変わらない。

 

 何が言いたいかって、つまり。

 

「なんだろ、じんわりとあったかいような……えっ」

 

 オラクルを用いた回復とは、回復オラクルを他者から分け与えられること。そこにアラガミも人も関係ない。別の供給源からオラクルを貰うことさえできれば、理屈は不明ながらもそれは【回復】と成り得るのだ。

 

「な、治って来てる……? まさか、回復弾……?」

 

 ニュクスにできるんだから私に出来ない道理は無かろう……と思っていたとはいえ、実際上手くいって一安心。さすがにきちんと調整された回復弾や回復錠には及ばないものの、応急処置としては十二分だろう。オラクルのコントロールを練習すれば、もっと回復量をあげることもできるようになるやも。

 

「回復弾をアラガミが使えるの……? でもこれ、回復弾の形はしてない……よね?」

 

 なんかこう、緑色っぽい色合いをした雷。バチバチ迸っているというよりかは、ぼんやりと輝くランプのような優しい光。あえて名付けるとしたら、癒しの雷と言ったところだろうか。

 

 きっと、アラガミならみんな大なり小なり似たようなことはできるのだろう。オラクルの扱いに(たぶん)長けているニュクスは回復弾として扱えるレベルであるってのと、あと単純に、普通のアラガミに「他者にオラクルを分け与える」という考えがないだけだ。

 

「ありがとう……! あなた、すごいんだね……!」

 

 わしわし、と顎の下を撫でられる。正直もっとがっつりやってくれないと体格差ゆえにあんまり意味がないけれど……どうしてなかなか、悪くない気分だ。

 

「その、ついでと言ったらなんだけど……もうひとつ、お願い聞いてくれるかな?」

 

 おん?

 

「明日でいいの。私を……アナグラまで、連れて行ってくれる?」

 

 あちゃあ。それ以外のお願いだったら聞いてあげられたのに。よりにもよってそれかあ。

 

 私だって、出来ることならそうしたいけれども。挑発フェロモンがまだ残ってますよ、って伝えられないのが本当にもどかしい。

 

 ──ルゥゥ。

 

「あー……やっぱ、言葉が通じるわけないか。……はは、何やってるんだろう私」

 

 通じてはいるんだよなあ。けれど、それを伝える手段がない。まさか向こうも、本気でこっちが言葉を理解しているとは思っていないだろうし。せいぜいが、賢くて人懐こいペット扱いだろう。

 

 ──ルゥ。

 

「……ありがと」

 

 尻尾でこの娘の体を包む。ついでに自身も丸まって、全身のふかふかでこの娘を包み込んだ。傍から見れば、丸っこい毛玉に埋もれているように思えることだろう。

 

「ふふ……あったかくてふわふわ。アナグラのベッドよりずっと気持ちいいや」

 

 そうでしょうそうでしょう。ママの自慢のダイナマイトワガママボディですもの。

 

「今日はこのまま、寝ちゃっていいかな……」

 

 そうしなさい。きっと疲れているだろうから。ママがいる限り、そこらの雑魚アラガミなんて蹴散らしてあげちゃいますわよ。

 

「……あの二人、無事にアナグラに帰れたかな」

 

 あ、やっぱり誰かを逃がしていたのね。

 

「……うう」

 

 あー待って待って、その声ちょっとホントやめて。マジで心がチクチクしちゃうから。

 

「おかあさぁああん……! キョウヤくぅん……!」

 

 おい誰だキョウヤって。聞いてないぞそんな男。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「おかえりなさい、って……言いたかったな」

 

 目に涙をいっぱいに浮かべて、千倉ムツミはポツリと呟いた。

 

「チハルさんは、いつも……いつも、元気いっぱいに挨拶してくれて。私の料理を、美味しかったーって言ってくれるんです」

 

 ラウンジ。いつもはそこで笑顔でみんなを迎えるはずのムツミが、悲しそうに目を伏せている。声はいくらか震えていて、表情を見なくてもどんな顔をしているのかがありありと想像できるほどであった。

 

「……ごめんなさい。辛気臭くて、気がめいっちゃいますよね」

 

「いえ……」

 

 無理矢理に作られた、その痛々しい笑顔を見て、竹田ヒバリは心の中で自分のことを罵った。

 

 いくら大人っぽくて、そしてこのラウンジを取り仕切っていると言えど、ムツミはまだたったの九歳だ。本当だったらわんわんと泣き叫んでいるのが普通で、そして気を使ってフォローすべきはどう考えても大人である自分の役割である。

 

 それがわかっているのに……どうしても、ヒバリには気の利いた言葉の一つも思い浮かばなかった。

 

「えっと……お茶会のために準備したミルクがあるので、ホットミルクにしましょうか」

 

「ありがとう……ムツミちゃんも、一緒に飲みませんか?」

 

「え……」

 

「今日はもう、店仕舞いでしょう? ……もちろん、私の奢りですから」

 

 夜。子供が起きているにしてはちょっと遅い時間。普段なら、この時間でもぽつりぽつりと人の入りがあるというのに、なぜだか今日は、このラウンジにはヒバリとムツミの二人しかいない。

 

「ねえ、ムツミちゃん」

 

「なんでしょう?」

 

 差し出されたホットミルクを一口飲んでから。カウンターの中ではなく、自分の隣に座ってきたムツミにヒバリは問いかけた。

 

「……こういう時くらい、泣いても良いと思いますよ」

 

「……」

 

「他に誰もいませんし……二人だけの、秘密ですから」

 

「……っ!」

 

 その言葉がきっかけだったのか。あるいは単純に、時間の問題だったのか。

 

 子供らしい丸くて大きな目からはポロポロと涙が止めどなく溢れ続け、彼女のエプロンに小さな染みを作り続けていた。

 

「チハルさんは……っ! 今度、新しい三角巾の巻き方を教えてくれるって……っ! 可愛いバンダナもあるし、かわいいアレンジも、きっと似合うからって……っ!」

 

「……」

 

「わ、わたっ! 私っ! すっごく、すっごく楽しみにしていて……っ!」

 

「……」

 

「お洋服も……! おさがりでよければ上げるよって……! ちょうど着れなくなっちゃった奴があるから、ちょっと手直しすればきっと大丈夫だって……!」

 

「……」

 

「それなのに……! なのに、どうしてチハルさんが……!」

 

 ラウンジに小さく響く嗚咽。気丈に振舞っていたはずのムツミが人前で見せた初めての涙。流れる涙は止まることを知らず、そしてやっぱり、ヒバリにはこの涙を止めるための言葉を紡ぐことができなかった。

 

「……」

 

「うあああ……ん!」

 

 だから……ヒバリは、そっとムツミの頭を抱きとめた。ただただ無言でムツミを抱きしめた。耳の後ろから聞こえてくる嗚咽が小さくなるまで頭を撫でて、体温を伝えて安心させようとした。

 

 そうすることしか、できなかった。

 

「ヒバリさん……わたし」

 

「はい」

 

 ぎゅ、と強く抱きしめられて。ヒバリもまた、応えるように抱きしめ返した。

 

「わたし……チハルさんのこと、お姉ちゃんみたいだなって……思ってたんです」

 

「……」

 

「もしお姉ちゃんが居たらこんな感じなのかなって……チハルさんがお姉ちゃんだったらよかったのにって……」

 

「……」

 

「お姉ちゃんって呼んでもいいですかって……聞こうと、思って……っ!」

 

 言葉にならない言葉。これから二度と、決して紡がれることのない思い。チハルがそれにどう答えるのかなんて想像しなくてもわかっているのに、しかしその誰にでもわかる簡単な予想は、もう絶対に現実にはならない。

 

「会いたいよう……! もう一度、お話ししたいよう……!」

 

「……っ!」

 

 ほんのささやかな、悲痛なる願い。いつもだったらそれはオペレーターしてのヒバリの役割で、要請に則って指定先の対応チャンネルにつなぐだけですぐに叶えられることだ。

 

 今だって、耳元のデバイスを指先で少し操作すれば、チハルとの通信が──あれからどうしても設定変更できずにそのままであったチハルとのチャンネルにつなぐことができる。

 

 だけれども。

 

 あれから何度も何度も、繰り返しているのに。

 

 

 

 ──なんで、応答してくれないんですか。

 

 

 

 聞こえるのは、ノイズ音だけ。改めて突き付けられたその事実に、ヒバリの目から涙があふれた。




 サクヤさんの回復レーザーには本当にお世話になりました。何度助けてもらったかわかりません。この場を借りて御礼申し上げます。


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18 ふかふか/『助けて、おかあさん』

 

「……ん、ぅ」

 

 何かふわふわで暖かなものの中で、桜田チハルは目を覚ました。

 

 どういうわけか、全身がすごくあったかい。ふかふかでふわふわしていて、まるで上等なベッドで寝ているかのよう。どこか懐かしさを覚える穏やかな匂いと、お母さんに抱きしめられているかのような絶対的な安心感。天国と言われても信じられるくらいに……チハルは心地よさに包まれていた。

 

 できればこのまま眠っていたい、というのがチハルの本心だった。自室のベッドは古くてスプリングが全然効いていないし、こんなにふかふかもしていない。一方でこのふかふかはこの前訪れた支部長の執務室のソファよりもふかふかだというのだから、まず間違いなくこの極東で一番ふかふかだと言っても良いだろう。

 

 一日くらい、お寝坊さんになっても許されるかな……なんて、すっかり安心しきったチハルが考えたところで。

 

「……っ!?」

 

 ようやく、チハルの頭が現実を認識し始めた。

 

「……あ」

 

 アナグラの自室ではない。自室どころか……建物の中ですらない野外。

 

 

 ──ルゥゥ?

 

 

「……っ」

 

 そう、チハルは。

 

 チハルを助けてくれた、この真っ白なアラガミの尻尾に埋もれて眠っていたのだ。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「お、おはよー……」

 

 ふかふかでふわふわなそれ──そのアラガミの尻尾から体を離して、チハルは改めてその様子をじっくりと観察した。

 

 体付きとしては、ヴァジュラ神属と似ている感じがする。大きさとしては、ヴァジュラよりも二回りくらいは大きいくらい。すごく白くてふわふわもこもこしているから、実際よりもだいぶ大きめに感じているような気がしないこともない。

 

「……」

 

 ──ルゥ?

 

 堪らなくなって、抱き着いてみれば。

 

 その白くふかふかな体にチハルの体が沈んでいく。傍から見れば、飲み込まれているようにも見えるかもしれない。チハルの体格が小さいということもあるのだろうが、それにしたってこのアラガミは、今までに類を見ないほどふかふかな体をしているのは間違いなかった。

 

「……うへへ」

 

 チハルにとっては嬉しい誤算。どうやらこのアラガミはチハルを襲う気がまるでないらしい。少なくとも、こうしてされるがままにされていても動じない程度には落ち着きがあり、大人しい性格をしているらしかった。

 

「やっぱりあなたは、良いアラガミ……なんだよね?」

 

 凶悪そうなオオカミの顔に、禍々しい仮面。見た目はとってもおっかなく、チハルが今まで見てきたどんなアラガミよりも迫力がある。冗談でも何でもなく、その瞳に見つめられた時にチハルは死を覚悟している。

 

 だけれども。

 

「あ……あはは! ちょ、くすぐったいってばぁ……!」

 

 その凶悪な相貌とは対照的に、そのアラガミは子犬がじゃれつくようにしてチハルの体に鼻面をこすりつけていた。

 

「ほーらほら……ここかな? ここがいいのかな?」

 

 ──ルゥゥ……。

 

 チハルが顎の下をわしわしと掻いてあげると、そのアラガミは満足そうに喉を鳴らす。仮面の下の表情なんて見えないはずなのに、なぜだかチハルには、このアラガミが安心しきったように緩んだ表情をしているのが確信できた。

 

「ねえ……あなたは」

 

 あの時。どういうわけか、この白いアラガミはアラガミの群れに襲われたチハルを助けてくれた。

 

 ──縄張りを荒らされて怒ったから?

 

 それはない。だってあのあと、ここまで移動してきているのだから。

 

 ──単純にご飯のため?

 

 それもない。だってそのあと、捕食行動なんてしていないのだから。

 

「私を……助けてくれたんだよね」

 

 そうとしか考えられない。そうでなければ、チハルはあの場で食われていたことだろう。あるいは、戦闘に巻き込まれて死んでいたはずだ。あの大乱戦の中、チハルが無事でいられたのは……このアラガミが、チハルを守るように戦っていたからにほかならない。

 

「……ありがとね」

 

 その上さらに、このアラガミはチハルの治療さえも行っている。神機使いたちが用いる回復弾とよく似たそれを使って、チハルの傷を見事に癒して見せたのだ。さすがに本物の回復弾ほどの効果は無かったものの、【アラガミが人間の治療を行う】ことがどれだけ異例なことなのかは、チハルもわかるつもりだった。

 

 ここまで状況証拠が揃ってしまえば、このアラガミがチハルを助けようとしているのは明確だろう。【アラガミは人類の敵だ】という常識も、このアラガミに関しては適用されないということになる。

 

「……ねえ」

 

 ──ルゥ?

 

 だから。

 

 どうせ一度は捨てた命で、あまりにも都合の良すぎるこの現実でもあるのだから。

 

 ここは一つ、賭けてもいいのではないか──と、チハルは考えた。

 

「昨日の夜も言ったかもだけど……また、私をあなたの背中に乗せてくれる? 私、アナグラに帰りたいの」

 

 仮面越しの、凶悪な眼がチハルをじーっと見つめて。

 

「ぐぇ」

 

 ──チハルの後ろ首を甘噛みして、そしてぽすんと背中に乗せた。

 

「そう! そうなの! えらいぞぉ!」

 

 ──ルゥゥ!

 

「よーし! それじゃあ、出発……って!?」

 

 背中に乗るところまでは良かった。ぽんぽんと体を叩いて、出発の合図を聞き入れてくれたのもよかった。

 

「違うってば! そっちじゃなくって、あっち!」

 

 だけれども……そのアラガミが走り出したのは、アナグラとは全く別の方向。わざわざ綺麗にターンして、どんどんアナグラから離れる方向へ……すごいスピードで駆けていく。

 

「ダメっ! 止まってってばぁ!」

 

 ──ルゥゥ……!

 

 チハルがどんなに合図を送ってもそのアラガミは止まらない。

 

 ──やっぱり言葉は通じないかあ。

 

 その背中に必死にしがみつきながら、チハルが自らの考えが少々甘かったことを悟った。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「よう、ヒバリ」

 

「……リンドウさん?」

 

 夜。誰もいないラウンジでぼんやりとマグカップを持っていたヒバリは、後ろからかけられた声にのろのろと振り返った。

 

「何やってんだ、こんな遅くまで……子供がこんな時間まで起きているのは感心しないぜ?」

 

「ふふ……私、もう子供じゃないですよ? ついこの前に二十歳になったんですから」

 

 ちょうど任務が終わって、寝る前の一杯でも楽しみに来たのだろう。リンドウはごくごく当たり前のようにカウンターの中に入って、お気に入りであろうそのボトルを慣れた手つきで引っ張り出す。ムツミ以外でこうもカウンターの中に精通している人間を、ヒバリはリンドウ以外に知らなかった。

 

「……無断で持ち出すのは感心しませんね。ムツミちゃんに言いつけちゃいますよ?」

 

「そのムツミちゃんがいないんだからしょうがないだろ……あとで俺の給料から天引きしといてくれよ」

 

「管轄が異なるので、そういった経理処理は承りかねます……というか、システム権限上できないです」

 

「マジかよ。全部お前が管理してるもんだと思ってた」

 

 ボトルと一緒にグラスも持ち出して、リンドウはヒバリの隣に座る。きゅぽんとコルクが外されると、なんとも言えないお酒特有の芳香が広がった。

 

「開けちゃった……」

 

「心配すんな、後でちゃんと払うから」

 

 とくとく、とグラスに酒が注がれる音がラウンジに小さく響く。さすがというべきか、グラスを片手にするリンドウはヒバリから見てもなかなか雰囲気があるというか、その姿がサマになっていた。

 

「せっかくだから夜のデートとしゃれこもうぜ? こういう雰囲気でおしゃべりするってのも悪くないだろ?」

 

「リンドウさんったら……サクヤさんに言いつけますよ?」

 

「おう、言ってみろ……今のお前を放っておいたら、そっちの方がよっぽどブチ切れられるだろうしな」

 

「え」

 

 先ほどまでとは明らかに違う、真剣さを孕んだ声。リンドウはまっすぐ真正面を見据えたまま、グラスを静かに傾けた。

 

「お前……全然寝られてないだろ」

 

「……」

 

「自分じゃ気づいていないだろうが、酷い顔だぞ」

 

 リンドウはヒバリのことをちらりとも見ていない。まるで旧友と話しているかのように、顔なんて合わせなくても分かっているかのように、ともすればそっけないとも思われる態度で……ただただその言葉を紡いでいる。

 

 ──それが、今のヒバリにはとてもありがたかった。

 

「大体の想像はつくし、慣れるはずもないだろうが……それにしたってその顔は」

 

 リンドウとヒバリの付き合いはそこそこ長い。なんだかんだでもう七年ほどになる。その間、今回のようにヒバリが落ち込むこと──具体的には、見知った神機使いが殉職してしまうことは決して少なくなかったが、ここまで酷い顔をしているヒバリを見るのはリンドウでさえも初めてだった。

 

「……バレちゃいましたか。お化粧で、隠していたつもりだったんですけど」

 

「流石にこんな時間にもなれば、化粧も崩れるだろ」

 

「……デリカシーの欠片もありませんね」

 

「だろ? だから……そんな人間になら、愚痴でも何でも言ったって良いと思うぜ」

 

 相変わらずまっすぐ前を向いて、ヒバリの方をまるで見ようともせずに。リンドウは、ゆっくりとそのグラスを傾けた。

 

「……」

 

「……」

 

 無言。耳が痛くなるほどの無言。

 

 とくとく──と、リンドウが二杯目をグラスに注ぎ始めたところで、ヒバリは静かに語りだした。

 

「……聞こえ、ちゃったんです」

 

「……」

 

「すぐ切れちゃったし、すごく小さかったし……ノイズが酷かったし、たぶんきっと、気のせいかもしれないんですけど」

 

 小さく、カタカタとヒバリが震えている。体も震えているし、声も震えている。

 

「あの時一瞬だけ、通信が復活して……聞こえちゃったんです」

 

「……何が、聞こえたんだ?」

 

 その言葉を聞いて。

 

 リンドウは、自分がとんでもない失敗をしたことを理解した。

 

 

 

 

「『おかあさん』……って、チハルさんの声が」

 

 

 

 

 ガツンと頭をぶん殴られたかのような衝撃。グラスを傾けていた手がぴたりと止まり、心地よく喉を焼いていたはずのそれが、酷く悍ましいもののように変質していく。

 

「『おかあさん、おかあさん』って……チハルさんが、泣いてたんです」

 

「……そ、れは」

 

「『助けて、おかあさん』……って、泣いてたんですよ……」

 

 桜田チハルは、明るい少女だったとリンドウは記憶している。話を聞く限りでは、面倒見が良いムードメーカーでもあったという。そして、その上で……先輩として、自らを囮として後輩を逃すという、勇気ある最期であったと聞いている。

 

 そんな、勇敢な神機使いが。

 

 最期は、どこにでもいる少女として死んでいった。

 

 そのあまりにも生々しい死にゆく声を、このオペレーターは聞いてしまったのだ。

 

「変な話ですけど……一次報告を聞いて、チハルさんらしいなって思ったんです。チハルさんなら、そうするだろうなって。……でも、やっぱり。すごく、すごく怖かったんだなって……」

 

「……」

 

「そりゃそうですよね。死にたい人なんているわけないですもの。いくら神機使いといっても、チハルさんはまだ十五歳の、私より年下の女の子、なんですから……」

 

「……」

 

「あはは……おかしい、ですよね。こんなの、別に初めてじゃないのに。なのに私、新人みたいに震えちゃって……」

 

「……」

 

「どうして、あの時だけ聞こえちゃったのかなあ……っ!」

 

 もう、リンドウは何て声を掛ければよいのかわからなかった。覆しようのないその事実を、どう受け入れればいいのかわからなかった。無駄に年だけを重ねている自分を、アラガミを屠ることばかりに長けて気の利いた言葉の一つもかけて上げられない自分を、あまりにも無力でどうしようもない自分を、思いきり殴り倒したくなった。

 

「……聞こえるん、ですよ」

 

 ぽた、ぽたと雫が机を打つ音が少しだけ収まって。

 

 嗚咽交じりのその小さな声は、容赦のない現実を突きつけた。

 

「眠ろうと思って、目を瞑ると……チハルさんの声が。暗闇の向こうから、『助けて、おかあさん』、『痛いよ、おかあさん』……って」

 

「……」

 

「……そんなわけ、ないのに」

 

 だから、眠れない。だから、こんな夜遅い時間なのに一人でラウンジにいる。だから、こんなにも酷い顔をしている。

 

 そしておそらく……このオペレーターの性格を考えるならば。

 

 こうして誰かに打ち明けたのも、これが初めてなのだろう。今までずっと自分一人で抱え込んでいたであろうことは、想像するまでもない事だった。

 

「そうだな……俺から言えるのは、三つだ」

 

 せっかくその理由がわかっても、リンドウにはどうすることもできない。涙の一つも止めてあげることができないし、慰めの言葉もかけてあげることができない。

 

 ──あまりいい方法じゃないんだが。

 

 だから……リンドウは、素直にそれの力を頼ることにした。

 

「──まずは泣け。思いっきり泣け。声が枯れるまで泣け」

 

「……」

 

「泣いてダメなら飲め」

 

「……えっ」

 

「そんで寝ろ。ぐっすり眠って……明日の自分に任せちまえ」

 

 ぐ、とリンドウはグラスに残っていたそれを一息で呷った。

 

「眠れないってのなら、朝までいくらでも付き合ってやる」

 

「……」

 

「そうでもないと、(サクヤ)が酒を許してくれないんだ。だから、俺の口実になってくれよ」

 

 結局、人の心を癒せるのは時間でしかない。リンドウにできるのは、その間の心の苦痛を少しでも和らがせることだけだ。

 

「リンドウさん……」

 

 リンドウの言いたいことが、わかったのだろう。

 

 ヒバリは、未だ涙の痕が残る顔で弱弱しく笑った。

 

 

 

「……それ、三つじゃなくて四つでは?」

 

「……それもそうだな」




 ヒバリさん、かなり大人っぽくてデキるおねーさんみたいな雰囲気醸し出していますし、事実としてオペレーターのリーダー格みたいなところありますが、何気にアナグラのメンバーの中では下から数えたほうが早いくらいに若いです。

 GE2開始直前時点にて、ヒバリさん(20歳)より年下のネームドのゴッドイーターはアリサちゃん(18歳)、コウタくん(18歳)、エリナちゃん(14歳)しかいないです。アリサちゃんはあの性格ですし、エリナちゃんはまだ配属されたばかりなので、【それなりに付き合いが長い、普通の年下の女の子のゴッドイーター】の殉職は今回が初めてだった……とここではしています。

 ビールは配給だって? ……配給対象外の、逆に現ナマでしか買えない高級なお酒だったということでお願いします。


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19 ごはん/『ぶっ殺してやるッ!!』

 

「うわあ……」

 

 その白いアラガミの背中にしがみつきながら、桜田チハルはあんぐりと口を開けた。

 

 ──ルゥゥッ!

 

 アラガミというのは、人類の敵だ。例えそれが小型アラガミであろうと、神機使い以外では対抗する術が全くない。出来てもせいぜいが時間稼ぎ程度で、防壁の中にたった一体だけアラガミが侵入しただけでも、その地区すべてが廃墟になってしまう……なんてことも、決して珍しくない。

 

 そのはずなのに。

 

 ──ギャアアアア!?

 ──キィィィィ!?

 ──シャァァァァ!?

 

「……うぇっぷ」

 

 蹂躙。その二文字以外にいったいどうやって、この状況を表現すればいいのだろうか。

 

 この真っ白なアラガミは、チハルを背に乗せて走っている。文字通り、目の前に立ちふさがるものすべてを蹴散らして。

 

 ──オウガテイルの群れは、そのまま体当たりで蹴散らしてバラバラにした。

 ──ザイゴートの群れは、電撃を飛ばして黒焦げにした。

 ──コクーンメイデンなんて、路傍の小石にみたいに蹴り飛ばされてぐちゃぐちゃになっていた。

 

「も、もう……獲物とすら認識してない……」

 

 激しく動く背中と、神機使いであっても顔をしかめたくなるほどにスプラッタなそれ。爽やかな風が常に顔に当たっているはずなのに、チハルの胸はどんどんとむかむかとしてきて、喉の奥から変に酸っぱい何かがこみ上げてきそうになる。

 

 果たして、今日だけでいったいどれほどのアラガミを始末したのか。五十を超えてから、チハルは数えるのをあきらめている。

 

「ちょ、ごめ……おねがい、どこかで止まってぇ……!」

 

 ──ルゥ?

 

 チハルの必死なお願いが効いたのだろうか。やがてその白いアラガミは、やっぱりどこかの水辺でぴたりと足を止めた。おまけにチハルが背中から降りやすいように地に伏せて、さらにはそのふかふかで大きな尻尾で降りる時の補助までするという、まさに至れり尽くせりな状態である。

 

「うーん……気持ちは伝わってる、はずなんだけどなあ……」

 

 こうして定期的に休憩として水場に寄ってくれる。アラガミと戦う時は──まだ大型アラガミとは戦っていないが、チハルが振り落とされないように注意して戦ってくれる。電撃を使う時も全身での発電は行わないところを鑑みるに、チハルを守る対象として認識している……すなわち、すこぶる賢いのは間違いない。

 

 神機を失ったチハルにとって、このアラガミは生き残るための唯一の生命線だ。このアラガミが居なければ……このアラガミが守ってくれなければ、チハルはとっくに死んでいる。そういう意味では、今のこの状況はチハルにとってかなり都合が良いと言っていい。

 

 唯一、問題があるとすれば──あれから一向に、このアラガミがアナグラへ向かおうとしないことだろう。【休憩】、【休憩終わり】の大きく二つは伝わってくれるのに、どういうわけか一番肝心なそれだけがどうにも伝わってくれないのだ。

 

 ──ルゥゥ……。

 

「……匂いを嗅ぐの、好きなのかなあ?」

 

 すんすん、すんすんとそのアラガミはチハルの体に鼻面を押し当てる。休憩の度にこうするものだから、チハルもすっかりそれに慣れてしまった。

 

「見た目はおっかないのに、あなたは随分と甘えん坊なんだね……あ」

 

 きゅるる、と小さく騒ぐチハルの腹の虫。ある程度落ち着いてきたところで、どうやら体が正常な反応を示しだしてきたらしい。

 

「そう言えば、昨日から何も食べてない……キョウヤくんの言う通り、レーション持ってくればよかった」

 

 戦場でご飯なんて食べる余裕はないから、チハルはレーションを携行したことは一度も無い。先輩の神機使いでさえ、持ち込んでいるところを見たことが無い。

 

「……あっ!?」

 

 それでも、ダメもとでポケットをまさぐって……そして、チハルは気づいた。

 

「カノンさんのクッキー!」

 

 任務前に、カノンから貰ったおやつ。ちょっと作り過ぎちゃったので、よかったらどうぞ──と笑顔で渡されたそれ。甘味なんて滅多に食べられないこのご時世においては文字通りのご馳走で、こんな素敵な先輩になりたいとチハルは秘かに憧れを抱いたものだ。

 

「よかった、防水仕様のポケットで……!」

 

 可愛らしい包み紙を開けて。

 

 そしてチハルは、絶望した。

 

「……うわー」

 

 美味しそうな、クッキーだったもの。いや、クッキーであることには間違いないのだが。

 

「バッキバキに砕けてる……もう、ほとんど原型が残ってない……」

 

 複数のアラガミ相手に大立ち回りをした。そしてついさっきまで、大きく揺れる背中に乗っていた。ここまでやっていたのなら、ポケットの中のクッキーが砕けてしまうのも無理はない。それはチハルもわかっているのだが、理性と感情はまた別の話である。

 

「まぁ、食べられるだけありがたいや……うん?」

 

 ──ルゥゥ……?

 

 先輩(カノン)に感謝を捧げながら、その小さな破片を口に入れようとしたチハルを。

 

 大きな白いアラガミが、じいっと見つめている。

 

「……あなたも、クッキー食べたいの?」

 

 ──……。

 

 返事はない。

 

 ただ、じーっとその可愛らしい包み紙を見つめている。

 

「……そうだね、助けてくれたお礼をしないとだもんね。もうほとんど粉だけど……半分こにしようか」

 

 体感として、粉になったクッキーを食べたところでおなかは膨れない。下手に口に入れる分、余計におなかが空くことにもなるかもしれない。加えて、あくまで嗜好品だ。ほんの一口か二口分程度上げたところで、大して変わらないだろう。

 

 そう考えたチハルは、まだしも原型が残っている欠片をいくつか口に放り込んでから、白いアラガミの口元へその手を伸ばした。

 

「ほら、あー……あっ」

 

 ──ルゥ!

 

「あー……包み紙ごと食べちゃった……」

 

 口の中に入れてあげようと思ったら、なんかそのまま包装ごと食べられてしまった。元よりアラガミなんて悪食の雑食極まりない存在ではあるが、なんとなくチハルの中の良心がちくりと疼く。

 

「この子もお菓子、好きなのかなあ……そんな偏食傾向のあるアラガミなんて、聞いたことないけど……」

 

 誰もいないからいいよね──と、チハルはぺろりと指を舐める。ちょっぴりはしたないが、ここに居るのは自分のほかにはこの白いアラガミだけだ。恥も外聞もあったものじゃない。

 

「あー……そっか、レーションがあんなにガチガチで硬いのって……持ち運びの時に割れないようにするためだったんだ……」

 

 わかってしまった衝撃の事実。あんなにも硬くてパサパサしていて美味しくないレーションであっても、今この瞬間においては恋しくなってくるというから人体というものは不思議である。少なくとも、今この瞬間ほどレーションが食べたくなったことは、神機使いになる前を含めてもチハルの記憶にはない。

 

「おなかすいたなぁ……きゃっ!?」

 

 ──ルゥ!

 

 ゆっくりと立ち上がったその白いアラガミが、チハルの後ろ首を優しく噛んでぽん、とその背中に乗せる。

 

 そして、大きく吠えてから颯爽と走りだした。

 

「もぉ……! 乗せる時は一声かけてってばぁ……!」

 

 ベストのポジションをさぐりつつ、チハルはぺんぺんとその背中を叩く。果たして意図が通じたのかはわからないが、白いアラガミはいつもと変わらない様子で小さく吠えた。

 

「今度はどこに連れてってくれるのかな……」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「ここは……あ!」

 

 ──ルゥっ!

 

 それから約二時間後。丘を走り、崩壊した道路を走り、山を登って、そこから下の景色を見渡したところで。

 

 チハルの視界の端に、光を鈍く反射する人工物が映った。

 

「トレーラー? ん……随分前に事故ったやつかな……?」

 

 山間の崖の下に遺棄された、フェンリルマークのついたトレーラー。車体の一部が大きくひしゃげているところを見るに、道中でアラガミに襲われて転落したといったところだろう。

 

 すでに全体が草木で覆われつつあるところを鑑みると、場所が場所なだけに回収作業もままならずに放置されたのであろうことが見て取れた。

 

「まさか、人はいないだろうけど……ああ!?」

 

 チハルにとって、良い意味で予想外だったのは。

 

「保存食……まだ食べられそうなのが、けっこうある……!」

 

 風雨にさらされ痛み始めてきているコンテナの中に、まだ未開封の保存食が積み込まれている。破損して中身が漏れ出ているものもあるが、それでも無事なものの方がずっと多い。

 

 パッと見ただけで、ジャイアントコーンのシリアルバーに配給でもよく見かけるガチガチに硬いレーションもある。もっと探せば、クッキーやチョコレートと言った嗜好品でさえも見つかりそうな雰囲気があった。

 

「……もしかして、私のご飯を探してくれたの? あのクッキーから、同じような匂いの物を探った……とか?」

 

 横転したトレーラーに寄り添うように伏せ、チハルを見守るその白いアラガミ。そう言えば、なんかやたらと匂いを嗅いでいたな──と思い出したチハルは、信じられないと思いながらも呟かずにはいられなかった。

 

「あなた……実は、キョウヤくんよりも賢かったりしない?」

 

 ──ルゥ!

 

 答える者は、どこにもいない。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ──藤木コウタは、困り果てていた。

 

「うう……っ! うわああ……っ!」

 

 胸部に感じる、ほのかな圧迫感。首の下の方から聞こえる、女の子の泣き声。

 

 もっと言えば……触れる髪の毛がくすぐったくて、そしてなんだか胸のあたりがしっとりと濡れているような気がする。

 

 そう……藤木コウタは、女の子に抱き着かれている。それは妹でもなければ、ましてや母でもない誰かだ。おまけにこれでもかというほどの全力で──正直に言うと爪が食い込んでちょっと痛い──抱き着かれているというのだから、男冥利に尽きるというものだろう。

 

「うわああ……んっ!」

 

「あー、その」

 

 だけれども、ちっともそんな気分にならない。なれるはずがない。

 

「うぁぁあん……!」

 

 コウタの胸に縋りついて、ポロポロとずっと涙を流し続けるエリナ。決して自分の弱いところを見せようとせず、誰かに頼ることを苦手とするあのエリナが……恥も外聞もかなぐり捨てて、子供のように泣いている。

 

「するって……! お茶会するって、約束したじゃないですか……っ!」

 

「……」

 

「かわいいバンダナのアレンジ教えてくれるって、言ってくれたじゃないですか……っ!」

 

「……」

 

「一緒にまた、訓練してくれるって……っ!」

 

 言葉にならない言葉。涙と共に零れ落ちるのは、そんななんてことのない小さな約束。日常の、何気ない会話の中で交わしたありきたりなものだというのに……だからこそ、その一つ一つがどうしようもない程重くのしかかってくる。

 

「エリナ……」

 

「バカエミールっ! こっち見るなっ!」

 

 エリナはあまり感情のコントロールに長けている方ではない……というのがコウタの認識だ。同じ年の頃の自分と比べて明らかに賢く聡明ではあるのだが、それはそれとして熱くなりやすいというか、良くも悪くも影響を受けやすい方だと思っている。

 

 しかしそれを抜きにしても、今のエリナは感情的になりすぎていた。

 

 ──そりゃ、そうだよな……。

 

 なんて言葉をかけて良いのかコウタにはさっぱりわからない。その気持ちが分かってしまうだけに……加えて、泣いても喚いてもどうしようもないことを理解してしまっているからこそ、かける言葉が見つからない。

 

 なんだかやるせなくなって、コウタはエリナの肩を優しく叩いた。

 

「なんで、ですか……!」

 

 真っすぐ見上げてきた、涙にぬれた瞳。今にも零れ落ちそうなその瞳には、強い悲しみの光が宿っている。

 

「なんで……どうして!? どうして、私の周りばかり……! なんでなんですか!?」

 

「ちょ、エリ──」

 

「お兄ちゃんだって! あんなに強かったのに! あんなにすごかったのに! いつも通りに出撃して……それが、最後の姿だったっ!」

 

「……ッ!」

 

「チハルさんも、お兄ちゃんと同じ……! お別れだって言えない……! もう二度と、あの笑顔が見られない……!」

 

「……」

 

「嘘つき……! 二人とも、嘘つきだよ……! なんで、どうして……!!」

 

 言ったところでどうしようもない。何度問いかけても、誰もそれに答えてくれない。

 

 そんなの、エリナ自身も心の奥底ではわかっているのだろう。だけれども、止めることなんてできるはずがなかった。

 

「それにチハルさんは……! 帰って来る(・・・・・)こともできなかった……!」

 

「……」

 

「ひどいよ……どうして、そんな……!」

 

 エリナの兄──エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。約三年前にこの極東で殉職した神機使いだ。彼もチハルと同様に任務中にアラガミに襲われて殉職したわけだが、チハルと異なり、同行してた神機使いによりそのアラガミは速やかに駆逐されている。

 

 少し言いかえるのならば。エリックは神機使いとして殉職し、そして無言の帰宅をすることができた(・・・・・・・・)

 

 しかし、チハルの場合は。

 

 壊れた神機と、ボロボロのバンダナしか残されていなかった。

 

 それ以外の物は、一切なかったのだ。

 

「あんまりだよ……! チハルさんが、かわいそうだよ……!」

 

 殉職した神機使いの遺体が、無事に戻ってくることなんてありえない。見るも無残に喰い散らかされて、もはやそれが人の遺体であるかすらわからない状態であることも珍しくない。ただし、それでも……全く何も残らないということは滅多にない。大なり小なり、何かしら埋葬できるものが戻ってくるというのがよくあるパターンだ。

 

 だけれども、チハルはそれさえ無い。何も、何も残らなかったのだ。

 

「どうして……!? どうしてチハルさんなの……!? どうして良い人ばかり、こんな……!」

 

「──良いとか悪いとかは関係ない。どんな奴だろうとあっさり死ぬのがこの仕事だ」

 

 後ろから静かに呟かれた声。コウタが止める間もなく、その声の主はただ淡々と事実を告げた。

 

「それが嫌だと言うなら、今すぐ神機を置け。こんなクソッタレな仕事はやめて、普通に生きろ」

 

「おま、ソーマ!?」

 

 全く表情を変えずに言い切ったソーマ。泣きじゃくるエリナに対して優しい言葉をかけるわけでもなく、かといってそっとしておくわけでもなく、いつも通りの様子を崩さない。あまりの態度にコウタがぱくぱくと言葉にならない言葉を発していても、全く動じていなかった。

 

「新兵だろうとベテランだろうと死ぬ。今日雑談して笑いあっていた奴が、明日には喰い荒らされて帰ってこない……そんな話は珍しくも無い」

 

「あなたは、チハルさんが──!」

 

「だから、関係ない。俺もお前も(・・・・・)、明日には死んでるかもしれない。それだけの話だ」

 

「……っ!」

 

「どれだけ強くなっても、死ぬときは死ぬ。どれだけ努力しても、報われないかもしれない。……俺達がいるのは、そう言う場所だ」

 

「……」

 

「もう一度言う。この現実が受け入れられないのなら……神機使いなんて」

 

「──嫌ですっ!」

 

 ソーマが言い切る前に。

 

 エリナは、ソーマの顔を真正面から睨みつけながら言い切った。

 

「誰が諦めるものか……! 絶対、絶対チハルさんの仇を取ってやるッ! たとえ今は無理でも……!」

 

 エリナの瞳には、涙と共に新たな強い光が輝いていた。とてもこの年の少女が持つとは思えないほどの、力強い意志が宿っていた。

 

 ただめそめそと泣いていただけの少女のはずなのに。自分でもわからないほどの強い激情が、心に誓いを立てさせたのだ。

 

 

「いつか必ず強くなって──アラガミなんて一匹残らずぶっ殺してやるッ!!」




 配属されたばかりで親しい先輩が殉職したとあって、エリナちゃんの情緒はだいぶ不安定になっています。彼女の場合、経歴が経歴なのでふさぎ込むよりかは外部に悲しみをぶつけるタイプだと思うのですが、あまり似つかわしくない強い口調であるのはそれだけ感情が昂っていたから……ということでお願いします。


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20 じゅうりん/先輩たちの見栄

 

「……やっぱりキミ、本当に賢いよね?」

 

 ──ルゥ!

 

 ひとまずの食事を終えたチハルは、その白いアラガミの背に揺られながらぼんやりと呟いた。

 

 おなかを空かせたチハルのために、食べられそうなものを見つけてくれた……ここまでならまぁ、信じられた。いや、アラガミがそんなことをしてくれるという段階ですでに眉唾なところがあるが、全く想像できないわけでもない話ではあるだろう。

 

 チハルの想像を超えたのは、その後のことだ。

 

「……それ、動かせるんだね?」

 

 ──ルゥゥ。

 

 おなかいっぱいになったチハルに対して出てきた問題。目の前にたくさんの食料はあれど、これを持ち運ぶことが叶わない。せいぜいがポケットに入れられるくらいの量しか運べず、そしてここで沢山食べ溜めしておく……なんて都合のいい芸当が出来るわけもない。

 

 どうしたものかと頭を悩ませていたチハルだったが、そんなチハルの問題をこのアラガミは一気に解決して見せたのだ。

 

「ボックスごと回収してマントで押さえつけておく……そりゃ、できないことはないんだろうけどさ」

 

 食料が詰まった、段ボール箱大のそのボックス。そいつを背中にひょいと乗せて、落ちないように青いマントで押さえつける。この白いアラガミがやったのは言って見ればそれだけの話だが、いったい誰がアラガミがそんなことをしてくれるだなんて想像するだろうか。

 

「まぁ、ご飯の心配が無くなったのは良いことかあ……」

 

 食料がぎっしり詰まった箱が四つ。これだけあれば、少なくとも二週間は困らないだろう。さすがにいつまでもこうして外を放浪するつもりはチハルにはないが、当面の心配がなくなったことで気持ちが軽くなったのは紛れもない事実であった。

 

「これで、あなたがアナグラに向かってくれれば言うことなしなんだけど……」

 

 いろんなお願いを聞いてくれるし、こちらに必要なものを察して自分から動いてくれるのに、どういうわけが一番大事なそれだけは叶えてくれない。簡単ではあるが意思疎通ができるのに、こんなにも切望していることが伝わってくれない。

 

 能力的に不可能ではないはず……と、チハルは考えている。これが弱いアラガミだったら移動に慎重になるのも理解できるのだが、このアラガミはすさまじく強い。七体もの上位個体のアラガミに同時に喧嘩を売って無傷で打ち倒しているのだから、この辺りで勝負になるアラガミなんていないと言って良いだろう。

 

 つまり、このアラガミはアナグラに向かう能力がありつつも、あえてそれを避けているということになる。

 

「なんだろ……神機使いに討伐されるかもって思ってるのかなあ……」

 

 ──ルゥゥ。

 

「それとも昔、神機使いに襲われてトラウマになってる……そんなわけないか」

 

 ──ルゥ。

 

「あなた強いもんね。それに、未発見のアラガミみたいだし」

 

 ──ルゥ!

 

「……ねえ。私がちゃんとあなたが良いアラガミだって説明してあげるからさ。お願いだから……アナグラに行かない? 大丈夫、みんな最初はびっくりしちゃうかもだけど……きっと、受け入れてくれるよ」

 

 ──ルゥゥ。

 

「ほら、あっちのほう」

 

 とんとん、とチハルは左手でその背中を叩く。このアラガミの賢さなら、これでチハルの意図していることは間違いなく伝わるだろう。そう確信できる程度には、チハルはこのアラガミのことを理解しつつある。

 

 けれども。

 

 ──ルゥッ!

 

「……ダメかあ」

 

 やっぱり、そっちの方向だけにはいかない。少し近づくことはあっても、ある一定以上の距離を必ず保っている。

 

「この子の気が変わるのを待つか……偵察用のヘリか何かに見つけてもらうしかないのかな……」

 

 大きく場所を離れてしまった以上、救援部隊に発見してもらうのはあまり期待できないだろう。加えて結構な速度で頻りに移動しているものだから、展開中の部隊に見つけてもらうのも現実的な話じゃない。

 

「これ、どう考えてもMIA扱い……下手するとKIA扱いになってるよね。捜索打ち切りの可能性もある……あっ」

 

 そんなことを、考えていたら。

 

 

 ──アアアアアッ!

 ──シャァァァァ!

 ──キィィィ!

 

 

 おどろおどろしい叫び声。気づけば、前方にアラガミの群れがいる。

 

 目視で確認できる範囲で……サリエル、アイテール、クアトリガ、テスカトリポカ……そしてヴァジュラとプリティヴィ・マータの合計六体。チハルの直感が正しければ、そのどれもがランク5以上はありそうな雰囲気を纏っている。

 

「接触禁忌種……こんなに集まっているのは初めて見たかも」

 

 アイテールはサリエル神属の、テスカトリポカはクアトリガ神属の、そしてプリティヴィ・マータはヴァジュラ神属の第二種接触禁忌種のアラガミだ。チハルもその存在こそ知っているものの、階級が足りないためにその討伐に参加したことは一度も無い。少なくとも曹長以上でもないとまともに相手にすることは不可能で、部隊を組んで綿密な作戦を立てて挑むべき相手である。

 

 そんな接触禁忌種が、同時に三体もいる。そもそもとして滅多に出現しないアラガミではあるが、どうやら互いに縄張り争いでもしているのか、三神属で対立しているような雰囲気を醸し出していた。

 

 ──ルゥっ!

 

「あ」

 

 神機があってもチハルじゃ太刀打ちできない相手ではある……のは当然として。

 

 その白いアラガミは、サリエルたちの知覚範囲外で足を止めて地面に伏せた。

 

「降りろ……ってことだよね?」

 

 ──ルゥ!

 

「……倒すの? 接触禁忌種が三体もいるけど……大丈夫なんだよね?」

 

 ──ルゥゥ!

 

「ふふっ……行ってらっしゃい、気を付けてね」

 

 ──ルゥゥッッ!!

 

 チハルが背中から降りた瞬間、その白い巨躯が疾風となって駆けていく。長い雄叫びに最初に気付いたのがクアトリガで、少し遅れてにらみ合いをしていたサリエルたちもこちらに振り向くのがチハルからも見て取れた。

 

 ──ギャアアアア!?

 

「うわー……」

 

 最初にやられたのが、サリエルだった。迎撃するために放ったレーザーを全て紙一重で躱され、そのまま飛び掛かられて成す術もなく地面に叩きつけられた。ガントレットによる重い一撃で頭を潰され、そのまま胸元を抉るように噛み千切られて。止めとばかりにその状態で電撃を叩きこまれて、ぴん、と指先まで体を硬直させた後はピクリとも動かなくなった。

 

 ──シィィィ!?

 

「うぉう……」

 

 次にやられたのが、クアトリガだった。サリエルの体ごと消し炭にするかのように放った何十発ものミサイルをそのまま受け止められて、排熱の隙をつかれて前面装甲を叩き潰された。その衝撃で左の前脚も砕けて、体が傾いたところでミサイルポッドも雷を纏った一撃でもぎ取られた。

 

「……あっ!?」

 

 さすがに、同族をやられて黙ってはいられなかったのだろう。

 

 テスカトリポカが巨大なトマホークミサイルを射出し……そして、最後の抵抗とばかりにクアトリガもまたボロボロになった前面装甲からトマホークミサイルを露出させる。

 

 加えて、上方に発生した特徴的な黒い渦。そこからは、全く別のトマホークミサイルが姿を覗かせている。

 

「……危ない!」

 

 ──が、しかし。

 

 チハルが叫ぶよりもずっと前に、その白いアラガミは離脱している。

 

 後ろから迫るトマホークミサイルはもちろん、上方にワープしていたミサイルも、クアトリガが自ら燃え上がり周囲を焼き尽くすこともわかっていたかのように、いつのまにやら安全な場所へと跳んでいた。

 

 ──ギャアアアア!?

 ──アアアアアア!?

 

 結果として。

 

 クアトリガが放ったミサイルはテスカトリポカへ。

 テスカトリポカが放った二発のミサイルは、クアトリガへ直撃することとなった。

 

「うそ……!? 全く見ていなかったのに、どうやって……!?」

 

 チハルが目を見開いている間にも、テスカトリポカが嬲り殺されて。その巻き添えを食らう形で、アイテールにも雷が直撃して。完全に死角からの不意打ちであったはずのマータの氷柱をこれまた完璧に避けてみせたその白いアラガミは、楽しくて楽しくて堪らないとばかりに雄叫びをあげる。

 

 ──ルゥゥゥァァァッ!!

 

 雷撃。大きな大きな衝撃音。目の前が真っ白になるほどの閃光に、一瞬だけ感じた新品の電子機械のような特有の匂い。

 

「……うっわあ」

 

 閃光に眩んだ目が、ようやっと元に戻って。

 

 チハルの目に映ったのは──死屍累々となったアラガミの亡骸のうえで、自慢げに遠吠えする白いアラガミの姿であった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「キミ……感知能力が凄く高いのかなあ? まるで相手の動きがわかっているかのようだったけど……」

 

 ──ルゥ!

 

 戦いの跡地。見るも無残な亡骸と化したアラガミたちとは対照的に、その白いアラガミは無邪気に尻尾をぶんぶんと振っている。未だぶすぶすと何かが焼け焦げたような嫌な匂いが立ち込めているものの、その尻尾の風圧により幾分かマシなものになっていた。

 

「あれだけいたアラガミをあっという間に倒しちゃうなんて……! あのプリティヴィ・マータをオマケみたいにあしらってたし……!」

 

 強いアラガミだとは思っていたものの、こうして本気(?)で戦う所を改めて見て、チハルはほうとため息を吐く。最初から最後まで危なっかしいところはまるで見受けられず、あれだけの数を相手にして終始余裕をもって戦っていたというのだから驚きだ。それも接触禁忌種を相手取っていたというのだから、もはや驚く以外の感情が出てこない。

 

「ああ、勿体ない……! あのコア全部回収したらすごい金額になるよ……!? 神機があればなあ……!」

 

 接触禁忌種のコアなんて、そうそうお目にかかれるものじゃない。上手く取り出せれば新しい神機を作れるかもしれないし、そうでないにせよ、何かしらの研究の役に立つことは間違いないだろう。神機以外にも有用なアラガミ素材はいくらでも取れるだろうし、文字通り、ここはあらゆる意味で宝の山と言って良い。

 

 ──ルゥゥ。

 

「あっ……そっか、あなたもご飯を食べないとだもんね」

 

 やっぱり、こういうところはアラガミっぽいよね──と、チハルはそのアラガミが食事(・・)をしている様子を見てぼんやりと考える。正直な所なかなかグロテスクな光景であまり直視はできないが、あまりにも美味しそうにその亡骸を貪る姿を見ると、少しだけ心が軽くなるから不思議なものであった。

 

「ね、ねえ……! その、コアはあなたが食べて良いからさ……! それ食べ終わったら、素材の回収に協力してくれないかな……?」

 

 ──ルゥ?

 

「あっちの体の一部とか、なんかこうコア以外でオラクル反応が強そうなやつとか……! 上位素材って全然出回らないってみんな言ってるし、捨てていくのはあまりにももったいないし……!」

 

 ──ルゥ。

 

「その、ね? 持っていけそうな分だけでいいの。私の神機は無いし、あなたのその爪と牙で上手く切り取ってほしいな……なんて」

 

 ──ルゥ!

 

 

 ──まさかこの子、ホントに言葉が分かってたりしないよね?

 

 

 その後、ほとんど指示通りにアラガミを解体する様子を見て、チハルは心の中で首を傾げた。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「お前なあ! 元気づけるにしてももっとこう……なあ!」

 

「“優しい”やり方じゃダメだったんだろうが」

 

 アナグラの、とある通路の休憩スペースにて。白金の上着を羽織った二人が、缶を片手に雑談していた。

 

 一人は、クレイドル兼第一部隊隊長の藤木コウタ。

 もう一人は、元第一部隊であるクレイドルのソーマ・シックザールである。

 

「……どうせお前、ああやって散々おっかないことを言ってビビらせて、エリナを危険なことから遠ざけたい……とか思ってたんだろ」

 

「……」

 

「どうすんだよ。絶対良くない方向へやる気出しちゃっただろアレ」

 

 図星だったのだろう。ソーマは柄にもなくさっと目をそらし……そして、言い訳するようにつぶやいた。

 

「……フォローは頼んだぞ、隊長さん?」

 

「おま……っ!」

 

 ソーマとコウタとでは、文字通り神機使いとしての年季が違う。いくらコウタがあの第一部隊の隊長とはいえ、そのキャリアはせいぜいが三年程度しかない。スピード出世であることには違いないが、十年も神機を振るっている大ベテラン(ソーマ)とはそもそもの戦闘経験に天と地ほどの差があると言って良い。

 

 だけれども──こと、この手の人間関係的な部分においては。自分の方がはるかに勝っているという確信をコウタは抱いた。

 

「はぁ……ま、そう言う風に人のことを思いやれるようになっただけ、マシなのかな。俺が入ったころのお前、めっちゃ冷たくて一匹狼ぶってたし」

 

「言ってろ」

 

 任務と任務の間の、僅かな休憩のひと時。ある程度のベテランともなれば、良くも悪くも非日常でクソッタレなこんな日常にも慣れてしまい、スイッチの切り替えもそれなりにちゃんとできるようになってくる。休める時はきっちり休まないと、それこそ次の仕事に差し支える──つまりは、自分の番(・・・・)になってしまいかねないというのを無意識的に理解しているのだ。

 

「チハルってやつは……随分と、ここに馴染んでいたんだな」

 

「あれ、あんまり一緒に仕事したことなかったんだっけ?」

 

「一回、バンダナを渡されたことがあるが……階級も部隊も違ったからな」

 

「ああ、それもそうか……チハルはお前と違って、入隊当初から明るくてムードメーカーなちっちゃいお姉ちゃんって感じだったんだよ」

 

「……」

 

「なんかちょっと珍しいな、お前がこういうこと気にするなんて」

 

 コウタの何気ない疑問。ソーマという人間は良くも悪くも口数が少なく、そう言ったことにあまりこだわる様子は見せない。心の中では誰よりも仲間のことを大切に思っているものの、ちょっぴり冷たすぎると誤解される程度にはいつも冷静沈着だ。

 

「……エリナもそうだが、みんな酷い顔だったから」

 

「……あの時も言ったけどさ。あの日……任務が終わったら、チハルの入隊二周年のお祝いのお茶会をやろうって。だから、余計に」

 

「そのお茶会って、準備をしたのは──」

 

 

 

「──私ですよ」

 

 

 

 カチューシャのように巻いた三つ編みとポニーテール。緑色のエプロン風のワンピース姿。

 

 通路の向こうからコウタたちに声をかけたのは……現第四部隊所属、元第二部隊防衛班所属の台場カノンであった。

 

 ちなみに、その後ろには第四部隊隊長であるハルオミもいる。

 

「おつかれさまです……ソーマさんたちも、周囲の偵察任務に行ってたんですか?」

 

「ああ。そう言うお前たちも……」

 

「お察しの通りさ。今のこの状況の中で、周囲の安全確認なんてできる人員は限られてるからな。……つくづく、防衛班の連中がサテライトの方に行っちまってるのが悔やまれるぜ」

 

 ちょうど、カノンたちも任務帰りなのだろう。自動販売機で同じように飲み物を買って休憩する動きを見せたので、ソーマもコウタも腰を上げて少しだけ横の位置にずれた。

 

「……ソーマさん? どうかしました?」

 

「いや……」

 

 ミッションカウンターに立つヒバリは、ソーマが見てわかるほどに酷い顔をしていた。神機を預けに行ったときのリッカも、今までにないほど暗い顔をしていた。泣いて取り乱していたエリナはもちろんのこと、ラウンジのムツミも必死に涙をこらえていた。

 

 それに比べて、ソーマの目の前にいるカノンは。

 

 ソーマが知っているカノンにしては、妙に落ち着いているように見えた。

 

「少し、意外に思っただけだ。……お前が一番、取り乱すと思っていた」

 

「おま……本当にデリカシーねえな」

 

「ふふ……いいんですよ、コウタくん。悲しいことは間違いないし……でも、私も結構、長いですから」

 

 こく、こくと喉を小さく動かして。

 

 ふう、と一息をついたカノンは、自分に言い聞かせるようにして呟いた。

 

「正直今も、泣き出したいです。でも……それでチハルちゃんが、いなくなってしまった人が喜ぶとは思えない」

 

「……」

 

「それに……先輩がしっかりしないといけないでしょう? 私がわんわん泣いてたら、エリナちゃんが泣けなくなっちゃいます」

 

「……」

 

「私の時もそうだったから……だから今度は、私が頑張る番。それだけの、話なんです」

 

 カノンのその言葉を、その通りに受け取る人間はここにはいない。誰がどう見てもカノンが無理しているのは明らかで、その弱弱しい笑みは見ていて痛々しいほどだ。 

 

 女の子同士、お祝いを企画する程度には仲が良かったのだ。気丈に振舞えと言うほうが、無理な話だろう。

 

「あー、お前の言葉を借りるわけじゃないが」

 

 動いたのは──この中ではあらゆる意味で一番人生経験を積んでいる、ハルオミだった。

 

「俺は年上でお前の上司。神機使いとしてのキャリアもはるかに上の先輩だよな?」

 

「え、ええ……」

 

「でもって、ソーマも同じく神機使いとしての大先輩なわけだ」

 

「そ、そうですけど……」

 

「で、コウタは……年下で後輩だけど、隊長格で頼れる男だ。付き合いも結構長いだろう?」

 

「ハルさん、なんか俺だけ扱いが雑じゃない……?」

 

「細かいことは良いんだよ……んん」

 

 わざとらしく咳払いをしてから。ハルオミは、きょとんとしているカノンに優しく語りかけた。

 

「──ここにはお前の“後輩”はいないよ。カッコつけなきゃいけない理由なんて、どこにもないんだ」

 

「……っ!」

 

 その言葉をきっかけにして。

 

 カノンの丸くて大きな目から、一粒、また一粒と大粒の涙が流れていく。

 

「うわぁぁぁん……っ!」

 

 通路に響く、嗚咽の声。あふれ出る涙がカノンの胸元に小さな染みを作り続けていく。

 

「なんとかなるって、思って、たんです……っ!」

 

 目をごしごしとこすっても。それでも涙は、止まらない。

 

「三年前……! あの時の私でさえ、生きて帰ってこれたんだから……! 私よりもしっかりしているチハルちゃんなら、絶対大丈夫だって……っ!」

 

「あ……」

 

 三年前。当時のカノンは、チハルと同じように──アラガミの襲撃から新人を庇い、一時的にMIAとなっている。最終的には全員無事に保護されたわけだが、シチュエーションだけを鑑みれば、状況は非常によく似ていたと言って良い。

 

 当時のカノンは神機使いになって二年目だった。そんなカノンが、第一種接触禁忌種のツクヨミから新人を逃し、そして自身も生還することができた。その時は同部隊の人間──ブレンダンも一緒だったとはいえ、【自分でさえもなんとかなった】というその成功経験は、不安に揺れるカノンの拠り所であったのだろう。

 

 しかし、今回は。当時のカノンよりも経験を積んでいるはずのチハルだったのに、このアナグラに帰ることは叶わなかった。新人二人を逃すところまではできても、チハル自身の姿はどこにもなく、原型をとどめないほど破壊された神機しか戻ってこなかった。

 

 それがどれだけカノンの心に暗い影を落としたのかは、もはや察するまでもない事だ。

 

「だって、だってぇ……! 今までなんとか、なってきたじゃないですかぁ……! リンドウさんだって、戻って来たじゃないですかぁ……!」

 

 曝け出すことができた本音。嘘偽りのない、心からの叫び。

 

 しかし、心情を吐露することはできても……結局は、それだけでしかない。ため込んでしまうよりかはマシだが、それ以上どうにもならないのだ。

 

「は、ハルさん……!」

 

「慌てんな、コウタ。……こういう時は、黙って傍にいるだけでいいんだよ」

 

「で、でも……」

 

「──そう言うお前こそ、無理してないか? ……この時間なんだ、他に通る人なんていないと思うぜ」

 

 コウタとは、あえて目を合わせずに。

 

 ハルオミはその缶に口をつけながら……どこにもいない誰かに語り掛けるようにして呟いた。

 

「……大丈夫、だよ。けど」

 

「うん?」

 

「よく考えてみれば……俺にとっても、この場には先輩しかいないって改めて気づいた」

 

「……」

 

「十分……いいや、五分だけ。忘れっぽく(・・・・・)なってくれないかな?」

 

「……おう。何なら胸も貸してやるよ」

 

 

 ──うわあああん……!

 ──ぐすっ……! うう……っ!

 

 

 その日、人知れず二つの嗚咽が響いていたことを。知っているのは彼らだけだ。





✕:感知能力が凄く高い。
〇:予備動作見たら自然と体が動く。

 尻尾アタックするボルグ・カムランに対してちゃんと右を向いてガードをするかどうかで「あ、初心者ではないのね」ってのが分かると思っています。

 プリティヴィ・マータって発音しにくいから、わたしの周りでは「マータ」、「ママジュラ」って呼ばれることが多かったですね。


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21 たいりょう/暗い部屋の中で

 

「今日も大量だねえ……」

 

 あれから、四日ほど経った今。私とこの女の子が何をしているかと言えば──相も変わらず、アラガミ☆グルメツアーを敢行している。

 

 この子の挑発フェロモンは未だに落ち切っていない。そして私のおなかはいつだって早く次の飯を寄越せとうるさく鳴いている。アナグラに向かうわけにはいかないし、そして私の食事をしなくっちゃいけないのであれば……アラガミ☆グルメツアーをするのも止む無しといったところ。

 

「あなた、強い強いとは思ってたけど……どんだけ強いのよ……」

 

 本日の成果。セクメトが三体にヴァジュラが二体、サリエルの堕天種が一体にヤクシャ・ラージャが一体……そして、ヤクシャがなんと五体も。合計十二体のアラガミに加えて、小型アラガミは数えきれないくらいに蹴散らしている。

 

 なんだかんだで結構おいしかったのはヤクシャだろうか。今までにない程可食部がたっぷりでなかなかの食べ応え。ジューシーかつ意外なほどにクリーミー。脂か脂肪かわからないけれども、見た目よりもはるかに大きな満足感があったと言えよう。一度にたくさん食べられるのもイイネ!

 

 もちろん、セクメトも素晴らしかった。接触禁忌種だけあって噛み応えが抜群。そしてなぜだか炭火焼と上等なブランデーを混ぜたお高いおフレンチの鶏肉みたいな味がしたのを覚えている。特に羽先が美味かった。頭の所は妙に口に残る感じだったのが微妙なマイナスポイント。あと可食部が少ないのはよろしくない。

 

 やはりというか、なんだかんだで接触禁忌種と遭遇することは滅多にない。私のビリビリパワーのユーバーセンス(仮)を使っても、引っ掛かるのはヴァジュラとかグボロとかのいわゆるよくいるタイプのアラガミばかり。ゲームの時にはあれだけ苦労させられたハガンコンゴウはまだ見たことも無いし、何気に結構気になっているウロボロス神属とかも見かけない。あいつ一番食べ応えありそうなのに。

 

 ちょいと話が反れたけれども、ともかくそんな感じで食事を楽しみつつ各地のアラガミを積極的に討伐している。最近はこの娘も慣れたもので、中型程度のアラガミが相手なら私の背の上に乗ったままであることも増えてきた。背中の上でお昼寝しているときさえある。うちの娘ってば適応力マジすげえ。

 

「うーん……あんまり危ないことはしたくないけど、せっかくならもっと強いアラガミと戦う所も見たいなあ」

 

 うん、それは私もマジでそう思う。感応種とまではいかなくとも、ハンニバル神属とかガルム神属とかと戦ってみたいところ。

 

 なにも、美味しそうだから……って理由だけじゃない。いやま、それも三割くらいはあるけれど、割ともっと切実な理由があったりする。

 

 そう──今の私は、かなり派手に動いている。強いアラガミを集中して狙っているんだから、フェンリルだって確実にその異変の動向を追おうとするだろう。で、さすがにここまでやったらレーダーで捕捉されていないわけがない。

 

 つまり、この娘が私と一緒に過ごしているということはフェンリルもすでに把握していることだろう。神機はなくとも腕輪はあるのだから、もうばっちりきっちり識別だってされているはずだ。

 

 つまるところ……レーダーで見られているうちに、人類貢献の実績づくりをしたいんだよね。私は危険なアラガミじゃないですよ、ちゃんと人間と一緒にアラガミを滅ぼす良いアラガミなんですよ……ってのを、この機会になるべくアピールしたいって寸法ですわよ。

 

 んで、そのアピールが上手くいけば。何も私がアナグラに向かわずとも、向こうの方からヘリとかで接触してくる可能性がグンと上がるってわけだ。

 

「うー……ちょっと欲張り過ぎたかなあ。もうコンテナいっぱいになっちゃったや。新しいコンテナ、都合よく落ちてないかなあ……」

 

 ……あと、なるべくこの娘に手土産を残したいといいますか。娘に嫁道具を持たせるママの気持ちってこんな感じなのかしらん?

 

「ね、ね。そろそろ休憩にしない? いい加減荷物の整理もしたいし……どうだろ?」

 

 ん、おっけー。

 

 

 ──ルゥゥ!

 

 

 一声鳴いて、そして私は走り出す。この辺の地理にもだいぶ明るくなってきたから、よく使う水場まで一直線で駆ける。荒廃していてまともに道路なんて使えないけれど、私のスペックならばそんなのお構いなしに進めるから本当に楽だ。

 

「むぅ……もう少し、素材の目利きについて勉強しておけば良かったや」

 

 水場について、今日の戦利品を広げて。

 

 なんとも可愛らしい感じで眉間に皺を寄せた──あんまりやり過ぎるとお嫁さんに行けなくなっちゃうからやめてほしいのだけれども、ともかくうちの娘がぼんやりと呟いた。

 

「たぶんコレ、【夜叉神酒】……のはず、なんだけど」

 

 アラガミ☆グルメツアーは、私とこの娘の両方にとってメリットがある行いだった。

 

 まず単純に、私はおなかを満たすため。そしてフェンリルに実績をアピールするため。そしてこの娘に手土産を持たせるため。

 

 この娘にとっては……コアを持ち帰りたいってのが本音だろう。だけど、神機が無いから摘出できないし、私としてもコアが一番美味しいからできればそこは食べさせてほしい。なにより、コアを処理しておかないとそこから再生しちゃうから……結果として、私が食べるのが最適解になっている。

 

 故に、この娘の希望で貴重な部位(そざい)だけを私が上手い具合にバラして摘出しているわけだけれども。

 

「……わからん」

 

 うん、わかんねえんだこれが。

 

「見たことないんだもん……名前だけじゃわかんないもん……だいたい神酒ってなんなのさ……!」

 

 この娘に言われた通りにアラガミをバラしてはいる。いるんだけど、それが本当に素材としての部位なのかがこの娘にも私にもわからない。アラガミの部位を示した解剖図なんてゲームの設定集にもなかったし、そもそもとして素材名から推測しようにもスタイリッシュすぎてさっぱりわからん。さすがにフレーバーテキストまでは覚えてないし、たぶん覚えていたところで結果は変わらなかったことだろう。

 

 というかマジで神酒ってなんなんだろね? レア素材でなかなか出ないってイメージだけは強いけど、アラガミのどこから獲れる液体なんだろ?

 

「どんな地形も突破できるおっきなトレーラーがあればなあ……この子に牽いてもらって全部運べるのに……」

 

 ホントそれ。私の背中に乗せられる量なんてたかが知れているから、オラクル反応がぎゅっと詰まっている……と思しきレア素材っぽいものしか獲得できない。その分私が食べられる取り分が増えるとはいえ、なーんかちょっと惜しいと思わないことも無い。

 

「……ま、成果があるだけ良いことだよね。こんな上物、なかなか手に入らないもん」

 

 うむ。前向きなのは良いことですわよ。ママ、あなたのそういう所大好きだわ。

 

 ……待てよ?

 

 よく考えて見りゃ、この中で一番の上物って私自身か? 未知のつよつよアラガミだし、【人間を餌として認識していない】というこの偏食傾向がきちんと偏食因子に現れているならば、神機の強化以外にもいろいろ使えるのでは?

 

 それが無くとも調べる価値自体はありそうだし……お別れの時は、私自身の毛とマントの切れ端も餞別で渡しておこうか。ちょっぴり痛いかもだけど、アラガミ的に再生するから大丈夫だし……ママ、あなたのためなら頑張っちゃうっていう。

 

「ん……今日はこんなもんかな? おいで、一緒に水浴びしよう?」

 

 ──ルゥ!

 

 最初の内はこっちから誘わないとやってくれなかった水浴びも、今では向こうから誘ってくれるようになった。どうも、私が殊更に水浴びが好きだと勘違いしている節があるけれども……まぁ、結果的には問題ない。

 

「ほーれほれほれ……ここかあ? ここが良いのかあ?」

 

 ──ルゥゥ。

 

 バシャバシャとお互いに水を掛け合って。なんだかんだでこの娘もすっかり水浴びを楽しんでいるのは嬉しいところ。やっぱこういう人間らしいスキンシップは大事にしていきたいよね。

 

「えへへ……よしよし。いいこ、いいこ」

 

 頭を撫でられたり顎の下をかかれるのも悪くない気分よ……おっと、忘れちゃいけない。

 

 ──ルゥ。

 

「んー……あなたは本当に甘えん坊だねえ。匂い嗅ぐのがそんなに好きかあ?」

 

 やーっぱまだなんか変な匂い残ってんな……。一日数回チェックしているのに、全然この挑発フェロモンが落ちた気配がしない。いや、初日に比べれば確かに薄くはなっているけど、妙にしぶといというか、最後の一押しが上手くいかない。

 

 これもしかして、専用の薬剤とか使わないと落ちないパターンか? ゲーム的にそういうのが無かっただけで、実際はきっちり効果を果たすために時間経過程度では落ちないほど強力だったりするのかも? まさかお湯で落ちるってこともないだろうし……。

 

 ああ、ゲームでの挑発フェロモンの効果時間ってどれくらいだったっけ? そのミッション中ずっとだったっけか? 使ったことないからわかんねえや。

 

 ──ルゥゥ……。

 

「本当に匂い嗅ぐのが好きだよねー……休憩の度にやってるよね?」

 

 ──ルゥ。

 

「……あっ?」

 

 おん?

 

「もしかして……挑発フェロモンが気になってるのかなあ。アレ、人間にはわからない匂いらしいし……」

 

 そう! それなの! だからあなたをアナグラに連れていけないの! 何も意地悪してたんじゃないのよ!

 

 ようやっとあなたと心を通い合わせることができて……ママは嬉しいわ!

 

「でもおかしいなあ……」

 

 うん?

 

「──あれ、効果時間って三十分も無かったはずだけど」

 

 ………………えっ?

 

「即効性がある代わりに、すぐ効果が無くなる……って触れ込みだったような」

 

 ……マジ? じゃあ、未だに少し感じるこの匂いは……まさか、これこそがヒトの匂いなのか? あの時すでにフェロモンは落ち切っていたのか、それとも私の鼻が利きすぎているだけか……。

 

 あるいはもっと単純に。挑発フェロモンの原料って、人間が体内で生成できる成分が由来だったりしない? だから、微かなそれを私が嗅ぎ取ってたりなんてオチが……。

 

 いやあり得るわコレ。どんなアラガミにも効く共通のフェロモンってことは、つまりはどんなアラガミも大好物な生き物──つまりは人間由来の何かが使われていても全然おかしくない。それによく考えたら、ずっと残り続けるフェロモンなんて危なっかしくて使えるわけがない。実運用を考えたら、使った瞬間はすぐに広がって、そしてすぐに消えるってのが理想だろう。

 

 ──ル、ルゥ……!

 

「ぬ?」

 

 ──ルゥゥ……!

 

「なんだあ、もっと撫ででほしいのかあ? ……この、愛いやつめ!」

 

 もしかして。

 

 というか、間違いなく。

 

 ──私ってば、無駄にこの娘を連れ回しているだけのヤバい奴だったの?

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ──ごめん。これだけしか、見つけてあげられなかった。

 

 

「……っ!」

 

 げっそりとやつれた顔。あまりにも濃すぎる目の下の隈。生気のまるでない死人のような顔に、一筋の涙が伝っていく。

 

 暗い、閉め切った部屋の中。ボロボロになった赤いバンダナをぎゅっと握り、キョウヤはベッドの上で全てを拒絶するように体を丸めていた。

 

 あの日。チハルを救出に行ったコウタたちが持ち帰ってきたのは、原形を留めていない神機と、チハルが愛用していたバンダナだけ。この段階ではまだMIA扱いではあったが、そのボロボロのバンダナが付きつけてくる事実はたった一つでしかない。

 

 そう、キョウヤは知っている。あの桜田チハルという少女はバンダナをこよなく愛していた。中でもこの赤いバンダナは特別思い入れがあるようで、着ける頻度は他の物よりもはるかに多かった。

 

 そんなチハルが──この大切なバンダナを、無くすはずがない。バンダナだけが戻ってくると言うことは、つまりはそういうことでしかないのだ。

 

「チハルぅ……!」

 

 頭の中に浮かぶ、入隊してからのやり取り。

 

 あの日、一緒に適合試験を受けて。お互い拷問のような痛みで涙が止まらなくて。それから一緒に座学を受けて、一緒にアラガミを討伐して。

 

「勝手に逝くんじゃ、ねえよ……!」

 

 最初は、同期入隊の小さな女の子という認識でしなかった。明らかに五つは年下だろうと思っていたのに、実はたった二歳しか違わないことに驚いて。誰彼構わずバンダナを布教するところは正直未だに理解しかねるものの、それでもやっぱり……気が合って。いつのまにやら、お互い下の名前で呼び合うようになって。

 

 初めて二人だけで大型アラガミを討伐した時は、ささやかながら夕餉を豪華にして祝いあった。上等兵に昇格した時も、同じようにして祝いあった。

 

 中堅神機使いとなって、別々で任務を受けることが増えてきた後も。必ず一日一回は顔を合わせて話をした。示し合わせるわけでもなく、自然にそうなっていた。お互い、無意識にそれが当たり前だと思っていたのかもしれない。

 

「あの時……いやな予感が、したんだ」

 

 気づけば、二人で一緒にいることが当たり前になっていた。自分がくだらないことでへらへらと笑って、チハルがくだらないことで口を膨らませて。そうして何気ない日常を過ごして、また明日が来て。

 

 それがずっと続くものだと、思っていたのに。

 

「あの時、引き留めていればよかったんだ……!」

 

 もう、キョウヤの隣にチハルはいない。

 

 その亡骸すら、どこにもない。

 

「頼むよ……お願いだよ、チハル……!」

 

 何度目かもわからない、嗚咽交じりの懇願。あの日からずっと、キョウヤは心の底から神に祈り、その言葉をずっとずっと呟いている。

 

「バンダナなんていくらでもつけてやるよ……なんなら、ペアルックでも何でもしてやるからさ……!」

 

 片桐キョウヤにとって、桜田チハルという少女はどういう存在か。

 

 彼自身、明確な答えは出せていない。恋人ではないが、普通の友達以上の存在であるのは間違いないし、戦友というのも当てはまるが、もっと家族に近い存在でもある。

 

 いずれにせよ、大切な存在であるのだけは間違いない。

 

「だから……帰って来てくれよ……! もう一度、お前に会いたいよ……!」

 

 赤茶色の染みが付いた、ボロボロの赤いバンダナ。

 

 ここにあるのはそれだけで、他には何もない。

 

 キョウヤの声にいつも応えてくれる少女は。この閉め切られた扉を勢いよく開けて、キョウヤを連れ出してくれる少女は。

 

「チハル……!」

 

 もう、どんなに願っても……応えてくれないのだ。





『だって挑発フェロモンなんてゲームじゃ使ったことなかったんだもん』

 ……それはそれとして、GEのアラガミ素材には不思議がいっぱいだと思います。名前からどの部位なのかわからないものも少なくないので、なんとなく雰囲気で何度もミッションを回って集めていたような。あと、意外と神酒に苦労した記憶よりも、油とか角とか針とか、若干マイナー気味(?)の素材が入手条件も含めてわかんなくて苦労したような……。


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22 青天の霹靂


【霹靂】 かみなり。いかずち。または雷が落ちたり激しく鳴ったりすること。

【青天の霹靂】 晴れた空に突然起こる雷。転じて、急に起きた大事件や大きな衝撃。


 

「ふぁぁ……よく寝たぁ……」

 

 はい、おはようございます。今日も清々しい朝ですね。

 

 この娘を拾ってから、ちょうど今日で五日といったところ。さすがに私の尻尾で起床するのも慣れたもので、うちの娘ってばすごくのんびりと朝の余韻を楽しんじゃっている。

 

 ここ一応野外なんだけど、嫁入り前の娘がこんなあられもないぼけーっとした顔晒しちゃっていていいのかしら?

 

「……よし!」

 

 顔をばしゃばしゃと洗ったところで、意識もしっかりしてきたのだろう。きりっ! っと気合を入れる姿が実に凛々しくてとってもステキ。私なんかはアラガミになってからはもう、起きたい時に起きて寝たい時に寝て食べたい時に食べる……だなんて自堕落(?)な生活を送っていたものだけれども、どうもうちの娘は生真面目な性格であるようだ。やっぱなんだかんだでフェンリルも軍隊に近しい組織だからかな?

 

「ふふっ……! キミは本当に甘えん坊だね……!」

 

 すんすん、と改めてこの娘を嗅いでみる──やっぱり、匂いはそのままだ。昨日とも一昨日とも変わっていない。

 

 挑発フェロモンが落ち切っていないから感じるのだと思っていたけれども……いつまで経っても感じると言うことはつまり、これこそが人間の匂いなのだろう。

 

 挑発フェロモンを使ったというその事実と、私の挑発フェロモンに対する理解不足、そして効きすぎる鼻のせいで、人間本来の匂いをずっと挑発フェロモンの残り香だと勘違いしていたってわけだ。ハイスペックすぎる体ってのも困りものですわっていう。

 

「ねえ……今日こそ、あっちの方に行ってみない?」

 

 私の背中に乗ったあの娘が、ぽんぽんと意味ありげに合図を送ってくる。言わずもがな、それが示しているのはアナグラの方向で……つまりは、何としてでも帰還したいという意思の表れに他ならない。

 

「はあ……どうせまた、無理だろうけど……」

 

 五日間。今の所この娘に変わった様子はないけれど、そろそろ偏食因子の投与リミットが来ていてもおかしくない。や、正確なリミットなんて私にはわからないし、他でもないゴッドイーターであるこの娘が全然気にしたそぶりを見せていないから、案外まだ大丈夫なのかもしれないけれども。

 

 ──ルゥゥ!

 

「よっし、しゅっぱー……えっ?」

 

 もう、挑発フェロモンを気にする必要はない。

 

 なんだかんだで、手土産もいっぱいあるし【危険なアラガミではない】という実績もできたことだろう。

 

 であれば……アナグラに向かわない道理はない。マジの偏食因子のタイムリミットが来る前に、動くべきだ。

 

「あれ……っ!? も、もしかしてアナグラに行ってくれるの? ようやく、私の言いたいことわかってくれたの!?」

 

 ──ルゥ!

 

 ごめんねえ。言いたいこと自体は最初から分かっていたのよ。意地悪をしていたわけでもないのよ。

 

 でもね、ママってばちょっと勘違いしちゃってたのよ。要らない気遣いしちゃってたみたい。

 

 頭の悪いママでごめんね。ちゃあんとあなたの願い通り、アナグラまで連れて行ってあげるからね。

 

「よーしよしよし、良い子だぞぉ!」

 

 ……冗談はともかくとして。やっぱりまぁ、こういう風に子供が笑っている姿はいいものよな。なんともまぁ嬉しそうにパンパン背中を叩いてくれちゃって。ちゃんとしっかり捉まってないと危ないっていう。

 

 ──ルゥゥ。

 

 さて。だいぶ名残惜しいけれども、そろそろマジにこの娘を引き渡すことについて考えよう。

 

 今いる場所は……蒼氷の峡谷付近。たしかここが群馬とか長野とかそっちのほうだったはず。少なくとも埼玉は超えていたような。

 

 んで、アナグラはそこからずっと南の海の方。神奈川県の藤沢市であった場所に存在している。これは公式が言っているから正確な場所として確定している。

 

 神奈川県藤沢市から埼玉を超えた群馬の方……と考えると、直線距離でざっくり150kmくらいの見積もりだろうか。現在地の正しいところがわからんけれど、まぁそんなに間違ってもいないだろう。

 

 改めて考えると、蒼氷の峡谷だけ妙に遠くない? 他のエリアって大体神奈川県内だったよね?

 

 ともあれ、150kmくらいであれば実はそんなに時間はかからない。人間が一日に歩ける距離は休憩とか諸々含めて30kmとは何かの本で見たけれども、私の脚力であればよわよわ人間さんたちよりもずっと距離を稼げるのは確定的に明らか。

 

 ぶっちゃけ、高速道路を使えば三時間もかからない距離だ。その高速道路も……というかまともな車道すらないこのクソッタレな世界では陸路でかかる時間の計算なんてほぼ無意味だけれども、私であれば関係ない。道も選ばず、ほぼ真っすぐそのままアナグラに向かうことができる。

 

「うっわぁ……! なんだろ、すっごいドキドキしてきた……! これ、この子の速さなら今日中にアナグラ着いちゃうんじゃないかな……!?」

 

 ──ルゥゥ!

 

 うん、たぶん普通に着くと思う。道の悪さやアラガミの対処、途中途中の休憩を鑑みても時速30km……つまりはママチャリの二倍の速さは固いだろう。それでさえ単純計算で五時間くらいで着く計算なのだから、朝のこの時間からまっすぐ向かえば、どんなに遅くとも夕方には着くんじゃね?

 

「そだ、今のうちに色々考えておかなきゃな……。この子の事、どうやって説明しよう……」

 

 あら。もしかして少し考える時間が必要だったりする?

 

 ……この娘との旅路をもう少し楽しみたいところだし、こっちも少しペース落とすか。それによく考えてみれば、強大なアラガミ反応がすげえ速さでアナグラに向かってくるって恐怖でしかないし。

 

「まさかいきなり攻撃されるってことは……無いと信じたいけどなあ。それに、さすがに中にまで入るのは無理だろうし」

 

 それな。現実的に考えると、ある程度距離があるところで迎えるってのが落としどころかね? あんまり防壁に近づきすぎると住民がパニックになるだろうし、フェンリルとしてもあまりいい気分はしないだろう。私が本当に安全かどうかすら、この段階では知りようが無いわけだし。

 

「誰にどう伝えるかも大事だよね……落ち着いて話し合いが出来そうな人を呼んでもらうのが一番なのかなあ」

 

 ──ルゥ?

 

 いるっけ、そんな人? 榊博士とかなら理解を示してくれそうだけど、さすがにあの人を現場に連れてくるのはリスクが高すぎる。榊博士以外に賢いタイプの人間がいるイメージが全然ないのが困るところ。

 

 ソーマさんなら少し可能性あるけど、あの人じっくり考える研究者っていうよりかはフィールドワーク主体なところあるし、そもそもが戦闘部隊なわけだし。あと、まだ時期的にアナグラにいるかどうかも怪しいところだ。

 

「……会いたいな、キョウヤくんに」

 

 おい待て誰だキョウヤって。

 

「……や、ダメだな。キョウヤくん、すぐ撃ってきそう」

 

 安心なさい。ママが全部雷で弾いてあげるから。あなたには指一本触れさせませんよう。

 

 ……マジでキョウヤって誰だ? そこんところ冗談抜きに気になるんだけど。

 

「うー……なんか、今の私ってすっごいボロボロじゃない? なんかこう……ザ・野生児って見た目してないかな……?」

 

 ──ルゥ!

 

 そんなことないわよ! あなたは可愛い可愛いママの娘よ!

 

 ……って言いたいところだけど。いや、普通に可愛いことには間違いないけれども。

 

 野生児というか、すーっかり野性味あふれる仕上がりになっちゃっているのもまた事実。一応水浴びで体は清潔にしているとはいえ、服はボロボロで変えられていないし、ドライヤーも使えていないから髪がボサボサというか、だいぶ傷んでいる感が否めない。

 

 さすがの私のふわふわあったか尻尾でも、髪の手入れまではできない。何と歯がゆいことか。ちくしょう。

 

「ああ……バンダナがあればなあ。あれなら髪をまとめられたのに」

 

 あら、いいわねバンダナって。きっとあなたに良く似合うと思うわ。ゲームでもそれっぽいのは何種類かあったし、コウタくんもGE2ではオシャレなバンダナしていたものね。

 

「……ね、今更なんだけどさ」

 

 おん?

 

「あなたと一緒にいると……髪がぶわってなるよね」

 

 えっ。

 

「最初はこーやって走っているから、風のせいだと思っていたけど……わ」

 

 ──ルゥ。

 

 止まる。

 

 いや、止まらざるを得なかったというか。

 

 今ここに来ての衝撃の新事実。うちの娘の髪がボサボサだと思ったら、どうやらそれは私のせいだったらしい。

 

 ……マジで? いやま、確かに今もボサボサのままだけれども。風とかないのにボサボサだけど。でもそれって、ろくに手入れができなかったのと……あと単純に、そういう髪質ってだけじゃなかったの?

 

「んー……やっぱり。少しずつ広がっている(・・・・・・)ような」

 

 わあ、ホントだ。なんだか少しずつ少しずつ、風も無いのに髪がふわって広がっているぞぉ。最近の人間さんってすごいのねえ。それとも神機使いとしてのオラクル細胞のせいかしら?

 

 ……いや、マジでなんだコレ? こんな現象聞いたことが無い……けど、この娘の口ぶりだとこれって私のせいだよね?

 

 おかしい。特にこれと言ってなにかをしているわけでは……アッ。

 

「あ……止まった」

 

 してたわ。めっちゃしてたわ。というか基本的に二十四時間、寝ている時もやるように習慣づけてたわ。

 

「わ、今度はぶわってなった……ふふっ、やっぱりあなただったんだね」

 

 ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)。常に展開しているこれのせいで、静電気的なアレで髪が広がったのだろう。もう無意識で展開できるようにしていたから全然気づかなかった……というか、私の毛皮や尻尾がふっかふかのもっふもふなのも、こいつの影響が少なからずあるのでは?

 

「ね、変なお願いかもなんだけどさ……アナグラに着くまでは、それ止めといてもらっても良いかな?」

 

 ──ルゥゥ。

 

 ごめんね、ホントに気が利かないママでごめんね。こんなのあなたも嬉しくないわよね。

 

 ……妙にふわってなりやすい髪質だなとは思っていた。アラガミの私にはわからないだけで、じめじめしてんのかなって思っていた。でもまさか、ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)のせいだとは思うわけないじゃん……!

 

「あ……ふふ、ありがと。キミはやっぱりいい子だねえ」

 

 さすがに女の子だし、見た目も整えておきたかろう。それに私自身、ウチの娘をボロボロなままアナグラに帰すのは気が引ける。

 

 ユーバーセンスって言ったって、正直そこまで必要性のあるものじゃない。あったら便利だけど、無くても十分活動できる。索敵だけなら視覚や嗅覚でも十分にできるし、接敵しても敵なしだから無くても何ら問題はない。

 

 ──ルゥゥ!

 

「よーし、じゃあ出発進行!」

 

 まぁ、一応?

 

 念のため、より警戒レベルを引き上げてちょーっとゆっくり進むとしましょうか。

 

 この娘もいろいろ考える時間が必要だろうし、アナグラもびっくりしちゃうかもだし、安全は命よりも大事ってそれ昔から言われているし。

 

「ああ……! 早くみんなに会いたいなあ……!」

 

 ごめんね。でも、これくらいは許してほしい。あなたと一緒に過ごせる時間をちょっぴりだけ増やさせてもらっても、罰はあたらない……よね?

 

 

 ──ルゥゥ!

 

 

 もし、罰を当てる神がいたとしたら。

 

 その時は、そいつをイタダキマスしてやるかあ。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「……う、そ」

 

 朝。暗い気持ちのままいつものカウンターへと着いたヒバリは、ディスプレイに表示されたそのアイコンを見て目を見開いた。

 

「チハルさんの、オラクル反応……!?」

 

 ディスプレイの端っこの方。このアナグラにて想定されている作戦エリアのほぼ境界ギリギリ。オペレーターとして全体の状況確認をするため、常に神機使いたちの居場所を表示している──普段は用事が無ければあまり見ないそのディスプレイの中に、あんなにも切望していたアイコンが確かに存在している。

 

 加えて言えば。

 

「生き、てる……?」

 

 オラクル反応。より具体的に言えば、腕輪の反応。

 

 あの日以来、ずっと途絶えたままだったのに……そこには偏食因子の投与限界時刻が示されていて、今なおその腕輪が正常に機能し続けていることを、チハルの生体反応(バイタル)に大きな異常がないことを示し続けている。

 

 そう──いつもと同じように、チハルが生きていることを示し続けている。

 

「まさか、そんな……」

 

 とうとう自分の精神がおかしくなってしまったのかと思った。

 現実じゃなくて、都合のいい幻覚を見てしまっているのかと思った。

 あるいはもっと単純に、まだ夢の中なのかもしれないと思った。

 

 しかし……眠そうに目をこすりながらエントランスにやってきたオペレーターたちや神機使いは紛れもなく現実のそれで、今まで止まっていたのかと錯覚するほど早鐘を打つ心臓が、ヒバリにこれが現実であると突きつけてくる。

 

「レーダーかシステムの不具合……」

 

 よくあることだ。整備班には悪いけれども、肝心な時に壊れるのがレーダーだ。

 

 だからヒバリは、いったん落ち着いて……もう一度、再スキャンをかけた。オペレーターのマニュアルにも【不具合が発生した時は再スキャンをしてください】と書かれているし、先輩オペレーターたちも【とりあえずなんかおかしかったら再スキャンだよね】と誰もが言っているのだから。

 

「……っ!!」

 

 ──再スキャンをしても、チハルの名前は確かにそこに在る。あの日と同じように、それが当然だとばかりに存在している。

 

「れ、レーダーそのものが壊れてる……?」

 

 そんなはずはない。

 

 だって、他のアラガミ反応はきっちり取れているし、サテライトで防衛任務についているタツミやジーナの名前も問題なく表示されている。

 

 それに……チハルのオラクル反応がある場所のすぐ近くに、大きなアラガミ反応がある。その部分だけレーダーがイカれているなんて可能性も、これでなくなった。

 

 つまり。

 

「これは……故障なんかじゃない!」

 

 何度も何度も目をこすって。それでも確かにそのアイコンがそこに在り、システムも正常であることを確認したヒバリは。

 

『──か、関係者各位に通達!』

 

 震える手でマイクをアナグラ全体放送のチャンネルへと切り替え、自分でも言葉にできない感情に突き動かされるまま、その事実を叫んだ。

 

 

『チハルさんのオラクル反応が確認されました! ──チハルさんが……生きてます!』





Q.オペレーターさんたちはどうやって神機使いのバイタルを把握しているんですか?

A.実は腕輪でそのあたりを全部チェックできるようになっています。

 腕輪って神機のアーティフィシャルCNSとの接続を行っているわけですし、少なからずコンピュータ制御がされていると思うんですよね。

 ほら、リンクバーストって神機の暴走を防ぐためにレベル3までのリミッタがかけられているじゃないですか。つまり何かしらの制御が入っているのはほぼ確定なんですよ。で、どこにそのあたりのセンサや制御機構が搭載されているかって言ったら……消去法的にも実運用的にも腕輪一択だと思うのです。

 ブンブン振り回したりアラガミの攻撃を受け止める神機そのものに精密な制御機構を組み込むなんて、あまりにも危険がアブなくてナンセンスなのは確定的に明らかですもの。それに、物理的に腕とくっついている腕輪に機能を盛り込んだ方が、紛失の危険性とか無くて便利じゃないですか。

 というかそもそもとして、腕輪ってターミナルへのアクセスキーとしても使われていますし。そんなわけで、コンピュータ/情報記録媒体が組み込まれているのは間違いないです。

 なので、神機使いの腕輪には偏食因子の投与および神機との接続以外にも、「バイタルチェック」、「位置情報確認(発信機/GPS機能)」、およびそれらに付随する諸機能を補佐するための「通信機能」……といった機能が搭載されているとここではしています。神機との接続機能がある超高性能なスマートウォッチみたいなものという認識です。

 ……と、ここまで書いて推敲をしたところで、GE公式ブログの方に

・正式名称「P53アームドインプラント」通称「腕輪」。
・ゴッドイーターはこの腕輪を通じて神機を操ることができ、同時に自身に移植されているオラクル細胞の制御も担っている。
・位置情報特定用のビーコン、ターミナル接続インタフェースなど様々な機能を持っている。
・ゴッドイーター本人にも知らされていない機能があるという噂があるが真偽は不明。

 ……と、思いっきりそのまんまなことが書かれていることに気付きました。長々と記載した推測はほぼ全部無駄足です。悔しいからそのまま載せます。ちくしょう。


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23 榊の推測

 

「──良い報せと悪い報せがある」

 

 身嗜みの一つも整えないまま、息を切らして執務室に駆け込んだキョウヤにかけられたのは……そんな、どこかで聞いたような言葉であった。

 

「んなことどうでもいい! それより、さっきの放送は──!」

 

 つい、ほんの数分前。眠るに眠れず夢か現かもわからないどこかを彷徨っていたキョウヤの意識を覚醒させたのは、「チハルが生きていた」というあまりにも衝撃的な内容の全体放送。最初は幻聴か何かかと思っていたキョウヤでも、何度も何度も繰り返し……その上、個別に名指しでの放送まで入れられ、自室の扉を激しく何度も叩かれもすれば、それが現実だと認めざるを得ない。

 

「チハルが、チハルが生きてるって本当なんだよな……!?」

 

 それこそ胸倉をつかむような勢いで、キョウヤは声の主──すなわち、この執務室の主であるペイラー・榊に詰め寄る。というか今この瞬間においては、キョウヤは自身の立場も目の前にいるこの人間がアナグラで一番偉い人であることもすっかり忘れ去っていた。

 

「正確には、生きている可能性が高いと表現するべきだろうね……気持ちはわかるが、まずは落ち着きなさい」

 

「これが落ち着いてなんていられるか! いいから早く──!」

 

「落ち着けって言ってるでしょ、このバカ!」

 

「がっ!?」

 

 スパン、と容赦なくキョウヤの頭を叩いたのは、キョウヤと同じくらいに息を切らしたエリナだった。

 

「ほんっとにもう! 先輩たちの前で恥ずかしい真似しないでくださいよ! ……というか、わざわざ教えてあげた私に何か言うことはないんですか!? しかもせっかく教えたのに、一人で勝手に走り出しちゃうし!」

 

「あ、ああ……その、すまん」

 

 ほんの少しだけ冷静になったキョウヤが、改めてこの執務室を見渡してみれば。

 

 ──コウタ、エミール、ハルオミ、カノン。今にも泣きだしそうなケイイチとレイナに、どういうわけかリンドウやソーマも揃っている。もっと言えば、神機使いではないヒバリや少し寝癖が残っているリッカも落ち着かない様子でソファに座っていた。

 

「──聞いているよ、キミがチハルくんと懇意にしていたということは。だからこそ……キミが来るまで、話を止めていたんだ」

 

 まだ比較的早い時間。そんな時間に、これだけの人数がこの執務室に集まっている。それにどれほど重大な意味があるのかが分からない人間は、ここにはいない。

 

 そのうえで……ペイラー・榊という人間は。ただの一介の神機使いでしかないキョウヤの到着を待っていてくれたのだ。

 

「さて。それじゃあ結論から話させてもらおうか」

 

 ディスプレイに映された、チハルの現在地を示すアイコン。そこにはいつも通り、バイタル状態と偏食因子の投与リミットが表示されている。

 

「つい先ほど、消失していたチハルくんのオラクル反応が確認された。腕輪の状態を鑑みるに……生存している可能性が非常に高い」

 

「……っ!!」

 

 とん、とキョウヤは膝から崩れ落ちる。その言葉があまりにも衝撃的すぎて、もはや自分がどんな格好をしているのかも、どんな表情をしているのかもわからない。

 

 唯一何となくわかったのは……誰かが、自分の肩を叩いてくれたというその事実だけだ。

 

「詳細は省くが、レーダーやシステムの故障の可能性というのは非常に低いだろう。そのうえで、厄介というか……相談すべきことがある」

 

 とんとん、と榊はチハルのアイコンのすぐ隣にある……赤く大きな反応を指で示した。

 

「彼女の腕輪の反応とほぼ重なるように、非常に大きなアラガミ反応がある。加えて、今までの波形パターンのどれにも合致しない反応、即ち未知のアラガミである可能性が高い。さらには」

 

 キョウヤに口を挟む暇を与えないまま、榊は言い切った。

 

「このアラガミの反応とチハルくんの反応は、どういうわけか連れ立って真っすぐこのアナグラを目指して移動している。このペースなら……おそらくだが、今日の1400にはここに到着することだろう」

 

 十四時。いまからおよそ六時間後。あれだけ会いたいと願っていた人に、何もせずとも六時間待つだけで会うことができる。それがキョウヤにもたらした衝撃がどれほどのものであったのか、おそらく正確に表現できる人間はここにはいない。

 

「……一応、聞いておきたいんだが」

 

「なんだね?」

 

 誰もが息を呑む中で、口を開いたのはソーマだった。

 

「レーダーを見る限り、その未知のアラガミの反応とチハルの反応はほぼ重なっているんだろう? それはつまり……」

 

「腕輪がアラガミの腹の中にあるんじゃないかと……そう言いたいのだね?」

 

 当然の帰結。行方不明になった神機使いの腕輪が見つかるのだとしたら、大体アラガミの腹の中だ。神機使いとアラガミが仲良くお散歩するだなんてことがあり得ない以上、ソーマの指摘は至極真っ当だと言える。

 

 しかし、榊はそれを笑って否定した。

 

「オラクル反応としてはもちろん、腕輪の反応として……チハルくんのバイタルが確認されている。かつてリンドウくんがMIAになった時、腕輪がアラガミの腹の中から見つかったわけだが、あの時は腕輪の反応はあってもバイタルは確認できていなかった。オラクル反応はあっても、腕輪のシステムとしては死んでいた。ところが今回は、ばっちり生きている」

 

「な、なあ……どういうことだ? 榊博士、俺にもわかるように言ってくれないか……?」

 

「単純に腕輪をつけていないだけなのか、それとも腕輪が壊れているのか。あるいは着用者が死んでいるのか……そのあたりは全部わかる仕組みになっている。そのうえで、今回についてはチハルくんが生きていると判断できるということだよ」

 

「おお……!」

 

「──それでも、腑に落ちないんだよなあ」

 

 次に声を上げたのは、リンドウだった。

 

「なんで今になって、腕輪の反応が出てきたんだ? 今まで確認していなかったわけじゃないだろ? だいたい、俺達が救出に行った時も……反応は完全に消失していたはずだぜ?」

 

 神機使いの所在の把握というのは非常に大事だ。故に、神機使いであるというだけでその行動はほぼ筒抜けになっているといっていい。ミッションで出撃中であるときはもちろん、休暇中であっても腕輪を通してその位置情報は常にフェンリルに把握されている。

 

 そんな中で……おまけに、救援対象の人物の腕輪の反応を見落とすなんてことはまずありえない。それがなかったとしても、今まで消えていたはずの反応がいきなり復活するというのはおかしな話である。

 

「これもまた、リンドウくんの時のケースじゃないが……より強いオラクル反応が近くにあると、それに腕輪の反応がかき消されてしまうことがある」

 

「俺の時は腕輪がアラガミの腹ン中にあったせいでレーダーで捉えづらかったんだろ? でも、今回はそうじゃないって話なわけだ」

 

 レーダーの挙動を見る限り、腕輪はアラガミの腹の中にある可能性が高い。

 しかし腕輪から送られてくる情報を見れば、チハルが生きているのはほぼ間違いない。

 

「あれから五日も経っている。この反応もチハルがロストした地点からずいぶん離れているじゃないか。普通に考えれば、アラガミに食われた腕輪の反応の可能性の方が高いと思うんだが」

 

 リンドウは、腕を組みながらその疑問を叩きつけた。

 

「榊博士。あんた──いったい何を、掴んでいる?」

 

 例えば、人を生きたまま捕まえて愛玩するアラガミだとか。例えば、生きた人に寄生するアラガミだとか。そんなアラガミがいたとすれば、この腕輪の反応も納得できる。このアナグラに向かっているのも、一体目(・・・)に飽きて二体目が欲しくなったからとでも考えれば、辻褄だけはあう。

 

 けれど──榊はそんな悪趣味なことを告げるような人間ではないと、リンドウは知っている。知っているからこそ、意味が分からない。

 

「──緘口令を敷かせてほしいのだけれどもね」

 

 榊は、ゆったりと笑って言った。

 

 

 

「おそらくこのアラガミは──非常に知能の高い、人間と共存し得るアラガミだよ」

 

 

 

 目を見開くソーマ。あんぐりと口を開けるリンドウ。コウタやヒバリ、リッカもそう言った感じの反応で、何も知らない(・・・・・・)エミールやエリナは、コウタたちがどうしてこんなにも大袈裟過ぎる反応をしているのかをみて訝しそうに首をかしげている。

 

「……おい、おっさん」

 

「ここ最近、討伐対象のアラガミが既に討伐されているという案件が多発していた。エリナくんたち一部の神機使いには話していたし、うっすら察している者もいたが……レーダーに映らない強大なアラガミの存在が、少し前から示唆されていたのだよ」

 

「……」

 

「この前の救出任務……ひいては、例の新人指導実地訓練は。そのアラガミの出現予測ポイントと被っていた」

 

「……えっ?」

 

「レーダーに映らないアラガミ。いきなり復活したチハルくんの反応。そしてそもそもとして……キミたちは、どうしてあの時通信障害が起きたと思う? いいや、あの通信障害そのものが何だかいつもと様子が違うというか、妙だと感じなかったかね?」

 

「ま、さか……」

 

「──気づいたようだね、ヒバリくん」

 

 榊博士に促されて。この中で唯一オペレーターとしての経験があるヒバリが、信じられないとばかりにその推測を口にした。

 

「そのアラガミは、レーダーに映らないんじゃなくて……いいえ、レーダーに映らないのはそうなんですけど、アラガミ自身がステルス状態にあるわけじゃなくて」

 

 ──いきなり発生した不可解な通信障害。

 ──レーダーに映らないアラガミ。

 ──そのアラガミはアラガミを喰い漁りながら移動しているように見える(・・・・・・)。なぜなら、そいつの周囲だけぽっかりと他のアラガミのオラクル反応が消えているから。

 

「強力な……いいえ、特殊な偏食場パルスを常に展開して、自身の周囲にジャミング領域を構築している……?」

 

 アラガミを喰い漁っているのは間違いないのだろう。しかし、普通に考えればあんなにも綺麗にアラガミを捕喰して移動することなんてできるわけがない。ある程度の喰い残し(・・・・)は少なからず生じるはずだし、他のエリアから移動してきたアラガミだっているはずである。

 

 つまり、オラクル反応が確認できなかったのはアラガミがいなかったからではない。そのアラガミも含めて、その周囲そのものがジャミングにより検知できなかったというだけだ。

 

「今までの通信障害もレーダーが壊れていたんじゃなくて……! 特殊なジャミングを受けていただけだったってことですか……!?」

 

「その可能性が非常に高いと私は思っている。その観点から記録を洗い出せば──」

 

「ほぼ、間違いないと思います……! ジャミング領域を展開したアラガミが移動した形跡として見たほうが、アラガミを喰い漁って移動していると見るよりもしっくりきます……!」

 

「どんなに調べても通信機器にもレーダーにも異常が無かったのも、これなら納得できるよ……」

 

 ヒバリとリッカがほうとため息をつく。その様子をいつも通りの細い目で見ていた榊は、畳みかけるようにして言葉を紡ぐ。

 

「おそらくこのアラガミは例の七体に襲われていたチハルくんを偶然助け、そして行動を共にすることになったのだろう。人を襲ったことはないアラガミであるし、非常に珍しいケースとはいえあり得ない話ではない(・・・・・・・・・・)

 

「……」

 

「ここで、ジャミング領域を展開するというその性質のせいでチハルくんの反応がロストしたように見えたわけだが……今朝になってそれが解除された。そのおかげで、チハルくんの生存が確認できた」

 

 誰かがごくりと、息を呑む。

 

「どうして解除したのかはわからない。チハルくんを今まで連れ出していた理由もわからない。しかし、ジャミングを解除したうえでアナグラに向かってきている……これに、非常に大きな意味がある」

 

「……面倒くせえ、結論だけ言ってくれ」

 

 部屋の中にいる大半の人間が、ソーマの言葉に心の中で同意した。

 

「つまりだね……このアラガミは、我々にその存在をアピールしているのだよ。レーダーで捉えられているということを自覚しているんだ。そして……おそらくだが、ある程度のところまでしか近づかないつもりなのだろう」

 

「……なぜだ? どうしてそんなことが言える?」

 

「このアラガミの機動力(あし)だったらね、ここまで真っすぐ三時間もかけずに来ることができるはずなんだ。なのに、すごくゆっくり……まるで、我々が対応する時間を与えるかのようなスピードで向かってきている」

 

「……」

 

「もし、これほどまでに強大なアラガミ反応が凄まじいスピードでここに向かってきているのだとしたら、今頃アナグラ全体が大騒ぎさ。けれど、そうはなっていない、このアラガミは、自分がどんな扱いを受け得るだろうことを既に理解している節がある。そうでなければわざわざこんな行動を取ったりはしないだろう?」

 

「……」

 

「すごく、すごく賢いと思わないかい?」

 

「アラガミが理解しているわけじゃない……ってツッコミ待ちか?」

 

 ソーマの言葉に、榊はにこりと笑った。

 

「その通り。知能が高いアラガミだったとして、そこまでこちらの内部事情を考慮できるはずがない。であれば、こうした行動は……同行しているチハルくんが指示して行わせているものと考えるべきだ。それ即ち、人間に対し友好的で、何らかの形である程度の意思疎通ができることを示している」

 

 これまでの状況証拠を全て合わせると、そういう結論に至る。この考えであれば、全ての話の説明がつく。アラガミがヒトを助けるだなんて荒唐無稽でとても信じられない話ではあるが、状況がその事実を突き付けてくる。

 

 随分と長くなったが、榊が言いたいのはそういうことであった。

 

「な、なあ榊博士……正直俺はもう、いっぱいいっぱいだ。そのアラガミの行動が何だとか、よくわかんねえんだけどよ……」

 

「うん?」

 

「チハルが生きてるのは……間違いないんだよな? 俺はこれから、何をすればいいんだ?」

 

 チハルが生きているのはほぼ確定。そしてそんなチハルは、未知のアラガミと共にこのアナグラへと向かってきている。

 

 そう──現状の把握はひとまず完了したが、その後のことが語られていない。もっと言えば、わざわざこの人数をこの執務室に集めた意味もまだわかっていない。

 

 キョウヤたちに残されている時間はあまり多くない。もし本当にそのアラガミがあと六時間程度でこちらに来るのだとしたら、今すぐにでも方針を決めて動き出す必要がある。

 

「それなんだけどね……非常に困ったことになっているんだ」

 

「困ったこと?」

 

「最初に言っただろう? 良い報せと悪い報せがあるって」

 

 ちら、と榊はヒバリへと目配せをした。

 

「ここ数日、例の事件の影響を考慮して一般神機使いの出撃はかなり制限されていた。遠出なんてもってのほか、異常がない事が確認されるまで基本的には近場のアラガミ討伐しか行っていなかった」

 

 それがこの辺り……と、ディスプレイに表示されたマップに色が付けられる。

 

「そして、例のアラガミの動向だが……理由は不明ながら、彼あるいは彼女はアナグラに近づかずここ数日間を過ごしていた。今までの行動傾向と実際のレーダーの観測記録から推察される行動エリアは……」

 

 だいたいこの辺り……と、ディスプレイには別の色で色が付けられる。

 

「……今まで、非表示にしていたんだがね」

 

「……げっ!?」

 

 神機使いの活動エリアと、そのアラガミの活動エリアに挟まれた空白のエリア。奇しくも、【防壁に近すぎず、かといって遠すぎもしない】……つまりは、チハルとの合流ポイントと成り得るだろうそのエリア一帯に。

 

「あ、アラガミのオラクル反応……!? それも、こんなにたくさん……!?」

 

「良くも悪くもお互いの活動範囲が偏った結果……出来てしまった安全地帯(・・・・)にアラガミが集まってしまった。実に自然なことではあるが、そこは奇しくも合流予定地点でもある」

 

 キョウヤたちからチハルたちの元へ向かうにしても。

 チハルたちがキョウヤたちの所へ来るにしても。

 

 どういう経路になるにしても──その膨大過ぎるアラガミの反応は、決して無視できない。

 

「チハルくんたちと合流するためには──どうにかして、このアラガミの群れを殲滅しなくちゃいけないんだ」




 榊博士って最初絶対こいつ裏切る奴か真の黒幕じゃんって思ってた。

 それはそれとして、GEにおいての「感応波」、「特殊な偏食場パルス」、「オラクル細胞」ってマジで何なんでしょうね……? 困ったときは大体この三つの単語を絡めれば何でも説明できちゃう気がします。

 よく考えてみたら第二世代神機使いで感応現象が起きる理由がよくわからんのですよね。投与されている偏食因子は第一世代と同じP53のはずですし、神機使いとしては使う神機が違うだけのはず……。その新型神機も銃と剣が両立しているだけなんだから、究極的にはメカ的要素が追加されている(神機を二個持ちしている)だけなのでは……? そもそも主人公とアリサ以外で感応現象やってる第二世代神機使いっていたっけ……?


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24 スプリング・フェスティバル(ミッションコード:7404NO003)

 

【スプリング・フェスティバル】

 

◇ミッションコード

 7404NO003

 

◇ミッション目的

 作戦エリア内のアラガミの掃討、および桜田チハルの保護。

 

◇ミッション概要

 現在KIA扱いとなっている桜田チハルのオラクル反応が確認された。彼女のオラクル反応は未知のアラガミのオラクル反応と共にこのアナグラに向かっているが、その進行ルート上にて複数の大型アラガミの反応が確認されている。迂回ルートも無く衝突は必至であるため、先んじて現地のアラガミを掃討することで彼女との合流および保護を確実なものとせよ。

 複数種類のアラガミとの戦闘が想定されているため、携行品および神機の整備状態に注意すること。また、本ミッションは三部隊合同ミッションとなる。

 

◇ミッション参加者

 

・雨宮1番隊

 雨宮リンドウ少尉

 ソーマ・シックザール少尉

 藤木コウタ少尉

 

・片桐2番隊

 片桐キョウヤ上等兵

 エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ(新兵)

 エミール・フォン・シュトラスブルク(新兵)

 

・真壁3番隊

 真壁ハルオミ少尉

 台場カノン上等兵

 榎本ケイイチ(新兵)

 松宮レイナ(新兵)

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 アナグラから北北西におよそ50kmの地点。あるいは、サテライト拠点から北北西に30kmの地点。それでも通じないなら……嘆きの平原と黎明の亡都とを結ぶ直線の真ん中あたり。そここそが今回のミッション──【スプリング・フェスティバル】における作戦エリアであり、そして今現在、キョウヤたちがトレーラーで向かっている場所でもある。

 

「ふー……」

 

 あと数時間。あと数時間でチハルと会えると思うと、キョウヤの体に言葉にできない緊張感のようなものが満ちていく。嬉しい気持ちがあるのはもちろん、実は何かの間違いではないのかという不安も拭いきれない。もどかしくて早く答えを知りたいと思いつつも、答えを知るのが酷く怖いという……今まで想像すらしたことのないその気持ちに、キョウヤの頭は逆に冷静になりつつあった。

 

「落ち着いているな、キョウヤ」

 

「そう言うお前こそ、いつもみたいに暑苦しくないな?」

 

「むっ……いや、正直に言うと少しばかり混乱しているというか、緊張しているのだよ。……だがもちろん、期待通りの活躍をすることだけは約束して見せよう」

 

 いつもなら鬱陶しいくらいに暑苦しいあのエミールが、静かに呼吸を整えている。今日は朝から衝撃的なことが多すぎて、頭の方が追い付いていないのだろう。キョウヤだって普段通りではないのだから、それはある意味では自然なことのようにも思えた。

 

「……エリナ、お前は?」

 

「……緊張してるけど、大丈夫」

 

 エミールの隣で、エリナもまた胸に手を当てて小さく息を整えている。口を開けばぎゃあぎゃあとエミールに噛みつくエリナだが、さすがに今はそんな気分じゃないらしい。普段からこれくらい素直で大人しければコウタさんの苦労も少ないだろうにな──と、キョウヤはぼんやりとそう思った。

 

「ねえ、キョウヤさん」

 

「なんだ?」

 

「チハルさんが生きてるって……信じて、いいんだよね?」

 

「……当然だろ。あの榊博士が言ってるんだ。あの人が生きてるって言ってるんだから間違いない。俺たちはそれを信じて、言われた通りアラガミをぶっ殺してりゃいいんだよ」

 

「そっか……そうだよ、ね」

 

 ふう、と大きく深呼吸。

 ぱしん、と何かが平手で打たれた音。

 

「……よし! 今は難しいこと考えない! チハルさんに会うことだけを考える!」

 

 キョウヤ、エミール、エリナ。それが今回の部隊のメンバーだ。言わずもがな、臨時で組んだ即席の部隊であり、その上この三人での仕事というのは初めてだったりする。

 

 もっと言えば──臨時とはいえ、キョウヤは部隊の隊長になったことは一度も無い。正真正銘、今回が初めてだった。

 

「ね、キョウヤさん……ううん、今は隊長って呼んだほうが良いのかな」

 

「あん?」

 

「正直私……さっき榊博士が言ってたこと、全然よくわからなかったんだけど」

 

「ああ……ぶっちゃけると、すっげー賢いアラガミがチハルをこっちまで連れてきてくれるから、合流ポイントにいる邪魔なアラガミをぶっ殺しておけってだけだ」

 

「特殊な偏食場パルスがどうだとか、腕輪の反応とか推測される行動エリアがどうだったとか……なんか、大事なこともっとたくさん言ってたじゃん……」

 

「良いんだよ、神機使いはアラガミをぶっ殺すのが仕事なんだから。そう言う難しいことは偉い人たちが考えりゃいいんだ。……マジな話すると、全部理解できてたのはコウタさんたちくらいだろ?」

 

「ウチの隊長がわかるわけないじゃん。アレ、わかってるふりしてそれっぽく頷いていただけだよ」

 

「嘘だろ……」

 

「難しい作戦の時はいつも、ヒバリさんに要約してもらってるし」

 

「……」

 

 キョウヤからみて、コウタという神機使いは一つの目標ですらあった。まだたった三年……自分より一年しかキャリアは違わないのに既に階級は少尉で、そしてこの世界で一番アラガミが暴れまわっている極東で精鋭の戦闘部隊である第一部隊の隊長を務めている。しかも、使っているのは旧式である第一世代の神機だ。

 

「……よし、一応もう一度確認しておくぞ」

 

 なんだか少し不安になったので、キョウヤは改めて今回の作戦を振り返ることにした。

 

「目的は大きく二つ。チハルの保護と、合流地点に群がっているアラガミの排除だ」

 

 ここまでは問題ない。エリナもエミールも、静かに頷いている。

 

「んで……部隊は全部で三つに分けられている。露払いとして最初に突っ込み、ある程度連中の勢いを削るのが俺達片桐2番隊。その後、別ルートから最奥まで食い破って実際にチハルたちを保護する雨宮1番隊。俺たちが広げた穴をさらに広げ、退路を確保しつつ取りこぼしを確実に始末するのが真壁3番隊だ」

 

 一部隊……すなわち、四人でどうにかするのは明らかに無理があるほど、そのアラガミ反応は多かった。正確な数は数えられていないが、中型以上のアラガミだけでも三十は下らないだろうという結構な大群である。もちろん、それらすべてと同時に戦うわけではないとはいえ、何の作戦も立てずに挑むのはあまりに無謀が過ぎるというものである。

 

 そこで考案されたのが、部隊を三つに分けたうえでの殲滅作戦だ。最初に活路を切り開く陽動部隊、実際にチハルたちを保護する主力部隊、そしてその二部隊を陰ながら支援する後援部隊。少々変則的ではあるが、少ない時間で考案された作戦のうち、最も理に適っていたのがこれだったのである。

 

 今回の部隊のメンバーも、その目的と本人たちの適正に合わせてアサインされたものだ。

 

「つまり、一番最初にアラガミに正義の鉄槌を下せるポジションということだな」

 

「ま、そういうことだ。とにかくひたすら目立って、少しでも奴らを消耗させるのが俺たちの役割だ。俺たちの頑張り次第でリンドウさんたちがどれだけ力を温存できるかが決まるわけだから、重要度はめちゃくちゃ高い。アラガミの数は三十は下らないって話だから、十体くらいを目標にしておきたいところだが……最悪、討伐そのものにこだわる必要はない」

 

「……でも、キョウヤさん」

 

「……なんだよ?」

 

「もし、出来るのであれば──もっともっとたくさん倒して。そのまま私たちがチハルさんを保護しに行ってもいいんだよね?」

 

「──そのつもりだよ、俺は」

 

 最初、キョウヤはこの作戦に反対した。いや、作戦そのものは別にどうでもよかったのだが、自分がチハルの保護に行けないことに不満を持った。だから、雨宮1番隊にしてくれと今までろくに下げたことのない頭を全力で下げたりもした。

 

 が、ペイラー・榊はいつも通りの笑顔でそれを却下した。件の新種のアラガミが危険な存在である可能性が捨てきれないから、それは精鋭であるリンドウたちに任せてほしいと有無を言わせぬ雰囲気で言い切ったのだ。

 

 さっきと言ってることが違うじゃねえか……とキョウヤが口にするよりも前に、コウタが凄く凄く申し訳なさそうな表情で「お願い」してきたから、本当にしょうがなくキョウヤは引き下がり、コウタの代わりにエリナたちを率いることを引き受けたのだ。

 

 もちろん、黙って引き下がるつもりは毛頭ないわけだが。

 

「榊博士も言ってただろ? 保護対象を抱えたままだと、掃討に参加するにせよ撤退するにせよだいぶ負担はデカいって。それなら……役目をきっちり果たしたうえで、向こうと合流できるのが理想だよな?」

 

「うむ! 誰かを助けることこそ騎士道なのだから、キミのその考えは実に素晴らしいものだと思う!」

 

 アラガミを殲滅する。チハルを保護する。究極的にはこれを達成できれば何でもいいのだ。役割を果たしたうえで想定以上に活躍してしまう分には、咎められる謂れは全くない。むしろ、褒めてもらえることだとキョウヤは思っている。

 

「今のうちに言っておこう。俺の戦い方はコウタさんと同じような感じだとイメージしてもらっていい。第二世代だが正直剣はほとんど使わん」

 

「であれば、アラガミの前には僕が立とう。キョウヤは安心して銃撃に専念したまえよ」

 

「おう。……ただし、俺はチハルと違ってサポートなんてしないからな。元より今回はお前らのための訓練なんかじゃないんだ。俺の指示には全面的に従うように」

 

「えー……そりゃ、従いますけど。なんかその言い方、ムカつくなぁ……」

 

「うっせ。俺がリーダーだってのを忘れんなよ? ……安心しろ、俺だって本気だ。単純に……それが一番上手くいくってだけの話だ」

 

「……ふぅん?」

 

「とりあえず、真っ先に俺を神機連結開放(リンクバースト)してくれ。あとは俺でどうにかする……と」

 

 トレーラーが止まる。目的地──正確には、トレーラーで近づける限界の場所まで到着したのだろう。ここからは徒歩で進んで、実際の作戦エリアへ侵入することになる。

 

「……」

 

「あ、それ……」

 

 トレーラーから降りる前に。キョウヤは懐から……かつてチハルに押し付けられた青いバンダナと、そしてあの日コウタから渡されたボロボロの赤いバンダナを取り出した。

 

「エリナ、ちょっとこいつを……そうだな、腕の所に結んでくれないか?」

 

「キョウヤさん……」

 

「別に、深い意味はないさ。それにこんなのダサくて俺には似合わない。だけど……あいつはバンダナが無いとギャーギャーうるさいからな。大事なものなら落とすんじゃねえぞって突き返してやらないといけねえんだ」

 

「……だったら、青いバンダナは必要なくないですか?」

 

「そっちはその……リッカさんとヒバリさんが、着けていけってうるさかっただけだ。それにケイイチとレイナのやつもバンダナ着けてたし」

 

「そういうことに、しておきますね。……ふふっ、私もバンダナ着けてくればよかったかも」

 

 左腕に結ばれた赤いバンダナ。

 額にぎゅっと結ばれた青いバンダナ。

 

 確かに感じるその感触をもう一度確かめてから、キョウヤは神機を取ってトレーラーから降りた。

 

 

 

「行くぞ──チハルを迎えに」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ──ほぼ同時刻。キョウヤたちとは数km離れた地点の上空にて。

 

「ふーむ……知能が高い、人と意志疎通ができるアラガミねえ……」

 

「それも、しばらく前からアラガミだけを積極的に狩っていて、人との接触を避けていた様子もあった……か」

 

「しかも今回……わざわざ俺をエリナたちとの部隊から外して、リンドウさんの部隊に入れたってことは……」

 

 ヘリコプターの中。白金の上着を羽織った三人の男たち──リンドウ、ソーマ、コウタが考えていることは全く同じものであった。

 

「……アレ(・・)なのかね、やっぱり」

 

「状況だけ見れば、あいつの時とそっくりだな」

 

「やー、俺も最初はそう思ったんだけどさ……でも、神機で付けたような傷は見つかってないんだよ」

 

 特異点。人型アラガミ。彼ら三人の頭に浮かぶのは、無邪気で純粋な笑みを浮かべる真っ白な少女の顔。

 

 プロペラの音がかなり大きいとはいえ、コックピットにはヘリの操縦士がいる。だから、彼らはあえてぼかした表現を用いて話していた。

 

「榊博士は暗に実力不足だから無理だって言ってたけど……実力だけなら、キョウヤがここに居ても問題ないと俺は思ってる。部隊運用を考えたら、むしろそっちの方が絶対に良い。なのに、あえてこのメンバーが主力部隊として保護に向かうのは」

 

「もしそう(・・)だったら、知っている俺達で上手く対応しろ……ってことなんだろうな。……いやあ、いつの間にかコウタもそーゆーこと考えられるようになったんだな」

 

「……実際、どうなんですかリンドウさん」

 

「俺に聞くなよ……と、言いたいが。少なくとも俺の時とは違うと思うぜ。俺の時はこう(・・)だったからな。腕輪を通してバイタルが確認できているんだから、可能性は低いだろ」

 

 わざとらしく持ち上げられた、金のガントレットが付いた右腕。その中身を知っている数少ない人間であるコウタは、小さくため息をついた。

 

「やっぱそうですよね……戦いの痕跡も、大型アラガミみたいなものだったし」

 

 逆にもし、本当に特異点の人型アラガミだったとしたらそれはそれで大変なことになってしまう。今も月が緑である以上、新たな特異点の出現は絶対にありえない……あり得てほしくないというのもコウタたちの本音ではあった。

 

「ま、なるようにしかならないさ。連れが何であろうと、俺達はあのお嬢ちゃんを助け出すだけ。やることは変わらねえよ」

 

 ミッション開始予定時刻まで、あと数分。

 

 いったいどんな存在と相見えることになるのか──今のコウタたちには、知る由もない。





・あのオシャレなミッション名って誰が考えているんだろうね?
・カノンちゃんの階級、調べても分かりませんでした。キャリア(4年)とNORNでの記述から、ここでは(限りなく曹長に近い)上等兵としています。

【蛇足】

◇ミッションコードの取番について
 「日常的な通常業務レベルのミッションまで毎回オシャレな名前なんて考えられないだろう」……ということで独自解釈で導入しているミッションコードですが、以下の法則で取番されています。

YY/MM/参加資格/ミッション種別/通し番号

【参加資格】
N:Nomination。特定の神機使いを対象に発行された指名制のミッション。
C:Conditions。何らかの参加条件があるミッション。
F:Free。階級さえ満たしていれば誰でも自由に参加できるフリーのミッション。

【ミッション種別】
S:Subdue。討伐ミッション。
E:Education。教育ミッション。
R:Rescue。救出ミッション。
G:Guard。護衛ミッション。
D:Defense。防衛ミッション。
P:Point or Patrol。偵察または巡回ミッション。
O:Other。その他のミッション。

☆例☆
7404NS085⇒2074年4月に発行された85番目の指名制討伐ミッション。
7404FE043⇒2074年4月に発行された43番目のフリーの教育ミッション。
7404NR001⇒2074年4月に発行された1番目の指名制救出ミッション。
7404NO003⇒2074年4月に発行された3番目の指名制その他のミッション。


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25 銃撃狂《トリガーハッピー》

 

『こちら、作戦本部のヒバリです。……聞こえますか、キョウヤさん?』

 

「ええ、問題ないっす。いつもよりきれいに聞こえるくらいですよ」

 

『よかったです……事前のブリーフィングの通り、例のアラガミが接近した場合、通信障害が発生する可能性が高いです。こちらでのナビゲーションが出来なくなる可能性もあるので』

 

「今のうちに叩き込める情報は叩き込んでおく……と」

 

 インカムから聞こえてきた音声。ノイズの一つも無くはっきり聞こえるのは、果たしていいことなのか悪いことなのか。

 

 件のアラガミは、自身を中心としたジャミング領域を構築する能力があるらしいと推察されている。どういうわけか今朝になってその能力を解除したからこそ、チハルの生存を知ることができたわけだが……今この瞬間においては、逆にしっかりジャミングしてくれている方がその接近を確信出来るのではとキョウヤは頭の片隅で考えた。

 

『もうそろそろ、最初のアラガミが視認できる頃合いのはずですが……いかがですか?』

 

「コンゴウが二体に小型が数体……予定通りっすね」

 

 はるか前方。事前にレーダーで感知していた通り、そこにはコンゴウが二体と何体かの小型アラガミがたむろしている。目視では確認できないものの、そう遠くない所にも似たようにアラガミが群れているのだろう。

 

 ここら一帯にそう言った感じでアラガミがいるのはわかっている。きっと一度戦闘を開始すれば、それを聞きつけて一斉に群がってくるのだろう。しかしながら、とてもそうとは信じられないほど辺りは妙に静まり返っていた。

 

『いいですか、キョウヤさん。キョウヤさんたちの役目は少しでもアラガミたちを疲弊させて後続のリンドウさんたちの負担を減らすことですが……だからといって、突っ込みすぎないようにしてくださいね』

 

「……わかってますって」

 

『……エリナさんもエミールさんも、前に出過ぎたり撤退の判断が甘かったりで少々の課題を抱えています。あの二人を止められるのは、今はキョウヤさんだけですので』

 

「だからその分、俺が冷静にならなきゃいけないってことですよね。……大丈夫、わかってます」

 

『……差し出がましい真似をしてしまい申し訳ありません。ですが、本当に気を付けてくださいね。……現在の地点からひたすら北北西に進んでください。無理そうなところで撤退。基本的にはそれだけなので……ご武運を』

 

 やっぱり、どう考えても釘を刺されている。さすがにそれに気付けないほどキョウヤはバカじゃない。

 

 新人の命を預からせることで、キョウヤが無理な行動をしないための枷としているのだろう。そうでなければいくら戦い方が似ているとはいえ、隊長経験のないキョウヤに通常のチームをバラしてまで新人二人を任せる理由がない。

 

「……信用無いんだね、キョウヤさん」

 

「普段チハルがあることないことぺちゃくちゃ喋りまくるからな……」

 

 がちゃ、とキョウヤは神機を構え直す。隣にいる二人もキョウヤの行動を見て覚悟が決まったのか、それぞれ無言で神機を構え直した。

 

 コンゴウは非常に耳の良いアラガミだ。こちらが戦闘態勢に入ればすぐにでも知覚してくることだろう。おしゃべりができるのもここまでで──そして、キョウヤはこれ以上無駄に時間を過ごすつもりは一切ない。

 

「帰ったら……今度こそ、みんなでお茶会するからな」

 

 決意。それだけ話せば、もう心残すことは何もない。

 

 あとはただ、目の前のアラガミをひたすらぶちのめしていくだけである。

 

 

「行くぜ」

 

 

 静かに呟かれたその言葉。

 

 それが、始まりの合図だった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ──行くぜ。

 

 その言葉と共に、エリナは走り出した。

 

 愛用の神機であるオスカー。今の所極東ではエリナ以外に使い手のいないこの神機は、チャージスピアと呼ばれるものである。

 

「神機……展開っ!」

 

 神経接続された腕輪からの指令に従い、エリナの神機の穂先が変形して二つに分かれ、禍々しいともとれる凶悪な刃が姿を覗かせる。神機変形に伴い活性化したオラクルがどくん、どくんと腕輪を通して脈動し、エリナに奇妙な高揚感をもたらした。

 

(まずはこれを、しっかり叩き込む!)

 

 今のエリナが出せる最高火力──チャージグライド。溜めに溜めたエネルギーを一気に開放し、衝撃波を伴う高速の突進突きを食らわせる必殺技。実はまだ実戦で自在に繰り出せるほどの技術は身についていないが、無防備な所に叩き込む最初の一撃であれば、問題なく行える──否、やってみせるという気概をエリナは持っている。

 

「ぬぅんッ!」

 

 隣から聞こえてきた、暑苦しい声。

 

 エミールがその神機──ブーストハンマーのブースト機構を起動させたのだろう。少々悔しいが、その威力には目を見張るものがあると言うことをエリナは良く知っている。ポール型神機として何度も一緒に訓練していたのもそうだし、聞かずともこのいけ好かない男は自分から語ってくるのだから。

 

 ただ、それがちょっと問題だった。

 

 

 ──アアアアアッ!!

 

 

 ブースターの音に気付いたのだろう。コンゴウが二体とも雄叫びを上げながらこちらを向き、そして近くにいたオウガテイルもこちらを向いて大きく口を開いている。

 

(……もうっ!)

 

 気づかれるのは想定内だ。ただ、思っていたよりもずいぶんと早い。

 

 エリナの中では、少なくともあともうちょっと……知覚範囲の限界ギリギリまでは近づける想定でいた。そこからであれば、チャージグライドによって確実に大きな一撃を与えられるはずだった。

 

 それができなかったのは、つまり。

 

(エミールのやつ……タイミング間違えてる!)

 

 エミールのブースト着火が思っていたよりずっと早かった。エリナの足についていこうと焦ったのか、それとも単純に緊張で間違えたのか。いずれにせよ、十分に近づく前に……アラガミにとって十分に余裕がある段階で気づかれてしまったのは確かだ。

 

 

 ──シュゥゥ……!

 

 

「っ!」

 

 前方。大きく威嚇していたはずのコンゴウの体が大きく膨らむ……否、その背中にあるパイプ状の器官が空気をため込んで膨らんでいる。特徴的な吸気音からしてもまず間違いないだろう。おそらくあと数秒の内には圧縮された空気が爆弾のように弾けて、指向性を持った真空波が撃ち出されることになるはずだ。

 

(どうする……!?)

 

 普通に走っても間に合わない。

 チャージグライドを今発動したら届くかもしれない……が、渾身の一撃とはならない。

 足を止めるのは愚の骨頂。無駄に敵に時間を与えるだけ。

 

 避けるか。あるいは、狙いを変えるか。

 

 一瞬のうちにいろんな考えが頭を巡り、そしてエリナの行動は──

 

 

「いいやッ! そのまま突っ込めッ!!」

 

「!?」

 

 

 すぐ後ろ。思っていた以上に近くから聞こえてきた声。

 

 

 ──ギャアアアア!?

 

 

 今まさに真空波を撃ちだそうとしていたコンゴウの体が、文字通り弾けた。

 

 

「いィィィィ……!」

 

 

 すぐ後ろ。あまり聞き覚えの無い奇妙な音。

 

 

 ──一般市民の前で彼の銃撃戦闘は極力見せないように同行者は注意すること。

 

 

 NORNのデータベースに記載されている、とある人物(・・・・・)についての注意書き。その本当の意味を、エリナはこの瞬間に理解した。

 

 

 

「ィやッはァァァァッッ!!」

 

 

 

「ひゃあっ!?」

 

 怒涛のように叩き込まれる銃撃。なんだかいろいろ心配になってくる軽快な叫びと共に、雨霰のようにオラクル弾が発射され、一瞬の静寂も許さないとばかりに銃声が戦場に響き渡っていく。

 

 何がヤバいって、まるで頭が狂れたかのような乱射であるはずなのに、そのどれもがピンポイントでアラガミの体を……否、弱点を捉えている所だろう。無茶苦茶に撃っているようにしか見えないのに、そのすべてが気味が悪い程に弱点に集中しているのだ。

 

「はっはァ! どうしたどうした、ブチ上げてくぞオラァァァ!」

 

「ひ、ひい……!?」

 

 弾丸をめちゃくちゃに顔面に叩き込まれたコンゴウが、どう、と地面に倒れ伏す。この時になってようやく、エリナは……コンゴウの背中のパイプ状の器官、その発射口の所に異常なほど銃撃の痕が集中していることに気付いた。

 

「ビビってんじゃねえぞ二人ともォ! 俺が全部撃っちまってもいいのかァ!?」

 

 ──狙ってた相手、あんたに取られたんですけど!

 

 そう言いたくなるのをぐっとこらえ、大人なエリナは狙いを変更する。この銃撃ですっかり委縮している小型よりも、仲間をやられて気が立っているもう一体のコンゴウを狙うほうが効率的だろう。

 

 というか、こうして考えている今この瞬間にも、貧弱な小型は一体、また一体とハチの巣にされている。

 

「そぅら走れ走れッ! 後ろは気にすんなッ!」

 

 援護射撃。おそらくそれは、そう呼ばれるものなのだろう。事実として、エリナやエミールに近づこうとしたアラガミには情け容赦なく銃弾がブチ込まれているし、その隙をついて神機を振るうだけなのだから、前に出ているエリナたちとしては実にやりやすいのは間違いない。

 

 もはや援護の領域を超えている節もあるが、行動自体は何の問題も無い。あらかじめ決めていた通り、エリナたちが前に出てキョウヤが撃つという……全くもってその通りに事が進んでいる。

 

 進んでは、いるのだが。

 

 

 ──ギャアアアア!?

 

「ふゥゥッ!!」

 

 ──オオオオッ!?

 

「へェェェェいッ!」

 

 ──ゴァァァ!?

 

「ひゃっはァァァッ!!」

 

 

 なんだこれは。

 

 自分は一体、何を見せつけられているのか。

 

 文字通り、狂喜乱舞しながら銃をぶっ放すこの男。これが本当に、今朝方まで死んだ顔をして部屋に引きこもっていた男なのか。というか何で、後ろから銃撃するとか言ってたくせに自分たちとほぼ変わらないくらい前に出てきているのか。

 

 エリナの頭は、混乱の極地に至ろうとしていた。

 

 ──オオオオッ!!

 ──シャアアアア!

 

「おッ!? 喜べお前らァ! 向こうの方からお代わりを持ってきてくれたぞッ!!」

 

 シユウとグボロ・グボロ、そしてヴァジュラテイル。特別感知能力が高いアラガミというわけではないはずだが、戦闘の気配を嗅ぎつけたのだろう。そりゃこんだけ騒げば当然だろうなと、エリナは心の中だけでため息をついた。

 

「いいねェ、いいねェ! ちゃんと役目を果たせている証拠だ! ……どうした、突っ込めッ! 好きなだけぶっ放して好きなだけ暴れてこいッ!!」

 

「や、そのつもりではあるのだが……!」

 

 珍しく。

 

 本当に珍しく、エミールが口ごもった。

 

「い、行って良いのか……!? その、この弾幕でどうやって突っ込めばいいのだ……!?」

 

 珍しく。

 

 本当に珍しく、エリナはエミールのその言葉に心から同意した。

 

「はっはァ! 心配すんな、当てやしねェよ!」

 

 事実として、一発たりとも誤射していない。一発たりとも狙いを外していないし、順調にアラガミを駆逐して前に進んでいる。まだそこまで敵の勢いも増えていないとはいえ、今のところは何の問題も起きていない。

 

 ──アアアア!?

 ──ガアァァァ!?

 

 周りをうろちょろしていたザイゴートが弾けて地面に落ちた。

 狙いをつけていたはずのコンゴウは、神機を叩き込める距離まで接近した段階で既に顔面がボコボコになっていた。

 

 そして今なおこの瞬間も、ちょっと信じられないくらいのオラクル弾が発射され続けている。

 

「こ、これは……!」

 

「す、すっごい弾幕……! 当たんない、とは言ってくれてるけど……!」

 

 ──めっちゃ怖い!

 

 大丈夫。大丈夫だとは信じているが、それはそれとしてめっちゃ怖い。それがエリナの、嘘偽りのない本音であった。

 

「ち、チハルさん……こんなのと普段組んでるの……!?」

 

「どういうことなのだ……!? この前一緒にミッションを受けた時は、彼は騎士道精神あふれる振る舞いだったはずだぞ……!?」

 

 思わず漏れ出た、二人のその言葉。

 

「ああん!? ンなの当たり前だろ!? あの時はお前たちの訓練だったんだから! それに──」

 

「それに?」

 

「──今日はこれでも普段の七割って所だ」

 

「「えっ」」

 

「そりゃそうだろ。チハルと違ってお前らの動きなんて読めないし、お前ら二人ともチハルよりデカいし。いつもより抑えておかないと誤射しまくるのは必然だ。……それより、リンクバーストはまだか?」

 

「「……」」

 

 リンクバーストして、本当に大丈夫なのか。エリナの頭にもエミールの頭にも同じ考えがよぎった。

 

 ──ギャアアアア!?

 ──イイイイイ!?

 

「ほら、早く。そろそろオラクルの残量キレそうなんだよ」

 

 ──オラクル切れるとテンション下がるんだ。というかこの人、このテンションでも銃撃するんだ。

 

 陽動という意味ではこれ以上に無いくらいに成功している。キョウヤという神機使いの実力が確かであることも理解した。

 

 そして──あのチハルがこの男のことをトリガーハッピーと評していた本当の意味も、エリナは理解してしまった。

 

 故に、不安でしかなかった。

 

「なんかドン引きした顔してるけどな、俺なんかまだまだ甘い方だぞ」

 

「えっ」

 

「お前の所の隊長は……コウタさんはもっとすごい。俺のこの戦い方はコウタさんに少しでも近づこうとしてできたものなんだぜ?」

 

「うそでしょ」

 

「嘘なもんか。第一部隊ってだけで既に化け物ぞろいなんだぜ──と」

 

「「!?」」

 

 ──ギャアアア!?

 

 特徴的な神機の変形音が複数回聞こえたと思ったら。なぜだか近くにいたはずのキョウヤが姿を消して──そして、少し離れたところでシユウの肩に乗っている。

 

「な、なに……!? 何が起きたの……!?」

 

「これくらいなら、第一部隊は平然とやってのけるぞ」

 

 滑空して突撃してきたシユウを、神機形態変更動作を利用した斬撃──俗に言う切り上げ変形で迎撃し、そのままその背中に飛び乗った。キョウヤがやってみせたのはそれだけのことだが、他の武器種に明るくない二人には、何が起きたのかすら理解できていない。

 

「すげえよなあ……コウタさんの火力は。同じアサルトなのに、俺のとは比べ物にならない」

 

 ──ガアアアア!?

 

「だから俺は、その火力を補うために……アラガミの弱点に、出来るだけタマをぶち込めるように努力してきた。まぁ、趣味と実益を兼ねていたわけだが、ついついテンションが上がるほど楽しいんだこれが」

 

「……」

 

「で、たまにはこういう銃撃もやるわけだ」

 

 ──ア。

 

 がちゃ、とその銃口が向けられたほぼその直後。

 

 断末魔を上げさせる間もなく……ゼロ距離で発射されたその弾丸が、シユウの頭を綺麗に弾き飛ばした。

 

「こんな工夫をしなきゃ俺はアラガミを倒せないが……第一部隊の人たちなら、この程度は一瞬で片づけられる。それだけの修羅場をくぐってきた猛者たちだよ。普段はお前らに合わせているだけだ」

 

「……」

 

「そんなドン引きした顔しないでやってくれよ。あの人たち、マジですごい人たちなんだから」

 

 そうじゃない。そっちじゃなくて、キョウヤ本人にドン引きしている。

 

 口からこぼれそうになった言葉を、エリナはかろうじて飲み込んだ。色々諸々言いたいことはたくさんあるのだが、今は作戦行動中なのだから。

 

「さ……いつまでもシケた面してないで、神機を構えろ。まだまだ全然暴れ足りないし」

 

「まだ、暴れ足りないの……? というか、もっと暴れるつもりなの……?」

 

「そりゃあ、そうだろ」

 

 慣れた手つきでバレットを切り替えたキョウヤは、見ていて薄気味悪い程の純粋な笑みを浮かべた。

 

「【スプリング・フェスティバル】……誰が考えたか知らんが、ずいぶんシャレた名前じゃないか。春を迎える祭りなんだから……もっともっと盛り上がって、これからやってくる春に対しての喜びと感謝を示すべき……違うか?」

 

「そ、そういうもんなの……?」

 

「ああ。でもって、招かれざる客は排除すべきで、俺達の役目は陽動と可能な限りの駆逐。つまりは──」

 

 Oアンプルを合計三本。ろくに手元も見ないで片手でそれを使って見せたキョウヤは、大きく大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「──祭りはまだまだこれからだッ!! 邪魔なモン全部蹴散らして、こっちから春を迎えに行くぞッ!!!」




  GE2で走りながらアサルトを撃てるようになって、連射弾導入により文字通り銃だけで戦えるようになって、本当にマジで嬉しかったです。

 ないぞうはかいだん も のうてんちょくげきだん も大好きですが、それよりもひたすら弾を連射して撃つのが大好きでした。GEBではラピッド縛りでいろんなアラガミを倒したっけ……。


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26 嵐の前の

 

 

 

『──祭りはまだまだこれからだッ!! 邪魔なモン全部蹴散らして、こっちから春を迎えに行くぞッ!!!』

 

 

 

「……極東の春祭りは、随分と過激なんだな」

 

「あ、あはは……」

 

 インカム越しに聞こえてきたその音声。つい数時間前まで死人のような顔色であった男が発したとは思えないその言葉に、ソーマはほんの小さな笑みを浮かべた。

 

 作戦開始から早数十分。今の所通信状態は良好で、どの部隊も順調に物事を進められている。毎回のようにイレギュラーが発生するこの極東においては、これはかなり良い傾向といってよかった。

 

「すげーなぁ……うっすらとだが、ここまで銃撃音が聞こえるような……気のせいか?」

 

「いいや、俺にも聞こえる」

 

 薄く遠く伸びていくような、特徴的な反響音。微かなものとはいえ、断続的に響くそれをソーマの耳は確かに捉えている。

 

 ソーマの記憶が正しければ、同じ作戦エリアとはいえキョウヤたちがいる所とはそれなりの距離があったはずなわけで、ここまで銃撃音が聞こえると言うことは……よほど盛大に銃をぶっ放しているということに他ならなかった。

 

「かつて、日本人は春祭り……【お花見】とやらで普段とは想像できないくらいに大騒ぎをしていたと、何かの文献で読んだことがあるが」

 

「らしいなあ。すっげー小さい頃、民営でやってたテレビジョン放送でそんなのを見た記憶があるが……しかしそれにしたって、あいつのあの変わりようは一体何なんだ?」

 

 リンドウもソーマも、アナグラに戻ってきたのは随分と久しぶりだ。そして部隊や階級が違うこともあって、キョウヤのことはほとんど知らない。

 

「あいつは……キョウヤは」

 

「ふむ」

 

 唯一その答えを知っている人間──コウタは、少々引き攣った顔でその疑問に答えた。

 

「ベクトルの違うカノンなんだよね……」

 

「「……」」

 

 台場カノン。今回のミッションにも参加している彼女は、神機──銃を持つと少々性格が変わる。極東の神機使いたちの間では常識であり、そして彼女と一緒に戦って物理的に酷い目に合う(・・・・・・・・・・)人間が多いことも、リンドウたちは良く知っていた。

 

「本人曰く、銃を持つとテンションが上る……って話なんだけど。でも、カノンと違って誤射率は低いし命中率もすごくいいんだ。ただひたすら、外聞がよくないだけで」

 

「そういやあ、我が姉上もすげえ唸り声上げながら銃ぶっ放していたな……気合入れて叫ぶってのが誤射率を減らす秘訣なのかね? 今度俺もやってみるかなあ」

 

「お前の場合、単純に気づかいが足りないだけだ。もっとサクヤを見習えよ」

 

「こいつぁ手厳しいや」

 

 ふう、とリンドウは大袈裟に肩をすくめて見せる。

 

 その足元には──すでに事切れた、クアトリガが横たわっている。ソーマの周囲にも、コウタの周囲にも、それぞれ別のアラガミの死体が山のように積みあがっていた。

 

「──あっちは陽動として十分な動きを果たしていると思う。通信を聞く限り、結構な量を引き付けているのは間違いない」

 

 休憩の時間は終わったということなのだろう。いきなり話を切り替えたリンドウからは、先ほどまでの緩い雰囲気は一切感じられない。当然、話を聞いている側であるソーマやコウタのほうも、はっきりと表情が切り替わっていた。

 

「だが……妙にこっちに残っている数が多い。ついでにオラクル反応の大きさの割に、妙に手ごわい感じがしたんだが……お前ら、どう感じた?」

 

 キョウヤたちはあくまで陽動部隊だ。リンドウたち主力部隊の力を温存させるために、有象無象を引き付ける役割を持っている。言いかえれば、キョウヤたちが引き受けるのはあくまで「そこそこ」レベルのアラガミたちであって、それなりに強いアラガミに関してはリンドウたちが引き受けることになっている。

 

 が、リンドウ個人の体感として……そういう事情を鑑みても、なんだか妙にアラガミが手ごわい気がしたのだ。

 

「んー……確かにちょっと、タフだった気がするかも。でも、程度問題でそこまで気にするようなものじゃない……ような?」

 

「こんなもんだろ。ただ、例のアラガミと俺達神機使いに狩られずにここまで逃げ込めるだけの実力を持ったアラガミとも言える。俺たちにとっては問題なくとも、他の連中にとっては」

 

「ふむふむ、なるほどね……」

 

 頼れる二人の仲間の意見を聞いて。ちょっぴりだけ思案したリンドウは、これからの方針について語りだした。

 

「思っていたよりも数が多いし、相手も強い。例のアラガミがこの作戦エリアに入れば通信障害も起きるだろうから、ここは万が一に備えて突破よりも殲滅を優先しようと思うが……どうだ?」

 

「異議なし! これだけドンパチやってれば、迎えに行かずとも向こうも気づくだろうし!」

 

「それが命令なら従うまでだ……が、妙に慎重だな?」

 

 今の所大きな問題は起きていない。キョウヤたちは想定より多くのアラガミを倒しているし、こちらで受け持つアラガミが多少手ごわいとはいえ、作戦変更を余儀なくされるほどでもない。この程度であれば極東なら日常茶飯事であるわけで、作戦全体としては実に順調に進んでいるといっていい。

 

「いやあ、考えすぎだとは思うんだが」

 

 ──それ故に。だからこそ、リンドウの心の中に一抹の不安があった。

 

「上手くいきすぎていて、逆に怖いんだよ」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

『大…の……ガミ……れま……!』

 

「む……!」

 

 それ(・・)に一番最初に気付いたのは、エミールだった。

 

 さっきまでは明瞭に聞こえていたはずの本部との通信音声にいきなりノイズがはしり……そして、次の瞬間には何も聞こえなくなってしまう。念のためこちらから通信を試みるも砂嵐の音がするばかりで、通信が繋がっている感じはまるでない。

 

 しかしそれでいて、すぐ近くにいるキョウヤやエリナたちとの通信は繋がる。つまり、通信機器そのものが壊れているわけじゃない。

 

 この特徴的な通信障害。それが意味することは、つまり。

 

「キョウヤ! エリナ! 通信障害が始まった──例のアラガミがすぐ近くに来ているようだぞ!」

 

「マジか!」

 

 チハルを連れたアラガミが、この作戦エリアに侵入した。通信が途絶える直前に少しだけ聞こえた音声の内容からも、ほぼ間違いないだろう。

 

「あのアラガミが警戒態勢に入るとジャミングの可能性が強くなる……って榊博士は言ってたけど! ほとんど予想通りの時間じゃん!」

 

「いいねェ! 予定通り進めてるって証拠じゃねェか!」

 

 わらわらと群がってくる小型アラガミを、キョウヤが銃撃し、エリナが薙ぎ払っている。あまりにもたくましすぎる仲間たちの雄姿に、エミールは一つの決断をした。

 

「騎士道ォォォォァァァ──ッ!!」

 

 ブースト着火──からの、インパクト。渾身の力で振るった正義の鉄槌は、悲鳴すら上げさせないままヴァジュラテイルの体の半分をぺちゃんこにする。

 

「キョウヤ! エリナ! ──いけ! 僕に構わず!」

 

「はァ!?」

 

 突然の叫び。二人が驚いた顔をするのも無理はなかった。

 

「何言ってるのさエミールっ!? 順調に進んでいるのに、分かれる理由なんて──!」

 

「大いにあるのだ!」

 

 ブースト着火──高速移動からの強打。大ぶりな重い一撃とは本来相容れないはずの高速戦闘。瞬間的な素早い動きで敵の懐に潜り込み、強烈な打撃を叩きこむというこの神機のコンセプトを、奇しくもエミールはこの乱戦で理解しつつある。

 

 だからこそ、今の現状がわかってしまったのだ。

 

「我がポラーシュターンの動きは! 瞬間的な加速で敵を翻弄し、絶大なる一撃を叩きこむというスタイルは実に騎士らしく素晴らしくあるのだが!」

 

 騎士なら普通剣か槍でしょ──というツッコミを、エリナはかろうじて抑え込んだ。

 

「速過ぎる故に、キョウヤとの連携には向いていない! 繊細なるステップで華麗に舞い、的確に弱点を突くキミの動きとも噛み合っていない! 少なくとも今この瞬間においては──単純に邪魔になってしまっているッ!」

 

 ブーストハンマーの最大の特徴。圧倒的な加速と破壊力。しかしなまじ加速がある分、誤射を恐れてキョウヤの援護射撃が控えめになってしまっているし、大ぶりなその一撃のせいで、エリナの動きも制限されている。

 

 最初の内はほとんど問題になっていなかった。しかし、エミールがブーストハンマーの扱いに慣れれば慣れるほど──その動きのキレが良くなれば良くなるほど、その問題は際立っていく。

 

 実際、最初の頃に比べると進行スペースは明らかに遅くなっている。本来は鈍重で、瞬間的な加速に秀でているが持久力に欠けるエミールだからこそ──自分が普通に二人の動きについていけてしまっているというその事実に気づいてしまったのだ。

 

「しかぁし! 一対多数の乱戦であれば──我がポラーシュターンがこれほど輝ける場所はないッ!!」

 

 思う存分動き回っても問題ない。だって周りには敵しかいないから。

 思う存分振り回しても良い。だって周りには敵しかいないから。

 

 そう──ブーストハンマーは味方と連携するよりもむしろ、一対多数の乱戦でこそ真価を発揮する武器だと、エミールは理解したのだ。

 

「キミたちの力は、こんなところで徒に消費されるべきではない! そして僕は、ここで残って戦ってこそより輝ける! ならば──迷う必要がどこにある!?」

 

「──わかった! ここは任せるぞ、エミール!」

 

「キョウヤさん!?」

 

「この付近にゃ小型しかいねェ! 今のエミールなら一人で何とか出来る……一人の方が戦いやすい!」

 

 加えて、もう一つ。

 

 通信障害が始まったからこそ生じた、部隊を分けるメリット。

 

「本部とも、リンドウさんやハルさんとも通信は繋がらない……が、俺達の間でなら通信は繋がる。つまり、比較的距離が近ければジャミングの影響はあまり受けない」

 

「あ──!」

 

「エミールがここに残れば、あいつを中継役としてリンドウさんたちとの通信ができる」

 

 キョウヤとリンドウたちの目的地は一緒である。そして、ハルオミたちは少し遅れてキョウヤたちの後を追っている。

 

 つまり……そう遠くないうちに、三つの部隊の距離は近づいていく。間に中継役をかませれば、このジャミング領域内でも擬似的な通信が可能となるのだ。

 

「俺達のペースは上がる。エミールも全力を発揮できる。でもって部隊間での通信もできるようになる……こいつが一番デカい」

 

「た、確かに……」

 

「だから──行くぞ。なぁに、ヤバくなったら引き返せばいい。それはそれで情報になるんだから……どう転んでも、悪いようにはならないさ」

 

 ちら、とキレた動きでハンマーを振るうエミールを一瞥してから。

 

 キョウヤとエリナは──再び前へと走り出した。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「あ……! なんかこの辺、ちょっと見覚えある……!」

 

 出発してから、早数時間。だいぶゆっくりめに移動しているとはいえ、いよいよもって本格的にアナグラに近づいてきているらしい。私の背中にいるあの娘が嬉しそうに声を上げている……のはいいんだけど、ママってばちょっと寂しくて泣いちゃいそう。なんかお盆最終日に帰ってきた娘を見送る気分……いいや、娘をお嫁に出す気分というか。

 

「なんかいろいろ難しいこと考えちゃったけど、今日はすっごい順調な道程だったよね……! このままトラブルなくアナグラまで着けちゃうかな……!」

 

 ほんとそれな。いつもはもうちょっとアラガミとかいるもんだけど。ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)を使っていないとはいえ、それにしたって妙に静まり返っているといえなくもない。おやつも食べられなくってママってばちょっと不満っていう。

 

 ……冗談はともかくとして。体感的には、日本地図で言う所の神奈川県内には入っているはずだろう。単純な移動時間で考えてもそうだし、ウチの娘も見覚えがあると言っている以上、この推測はほぼ間違っていないはず。

 

 となると、そろそろフェンリルとの接触があっても良い頃合いかしらん? たしか蒼氷の峡谷とアナグラの間にはサテライト拠点もあったはずだし、私の機動力を考えればあまりに近づけすぎるのもフェンリルとしては避けたいところだろう。もうお昼は過ぎている頃合いだし、急ごしらえであっても部隊を編成・派遣する時間は十分にあったはず。

 

 地味に気になるとすれば……これだけわざとらしくゆっくり移動している割に、ヘリの一つも飛んでいるところを見ないことだろうか。強大なアラガミ反応の近くまで飛ばしたくないと言われればそれまでだけど、今までの実績から鑑みて、それくらいは信じてくれてもいいんじゃないかと思わないことも無い。

 

「……ぬ?」

 

 おん?

 

「なんか……微妙に銃声が聞こえたような……? キョウヤくんの笑い声が聞こえたような……」

 

 うっそマジで? 全然そんなの聞こえなかったけど。

 

 ……マジでキョウヤって誰だ? ママ、ちょっとそこだけは真剣に聞いておきたいんだけど。

 

 口ぶりからして、幼馴染とか恋人とかの不思議絆パワーで危機を感じ取っちゃった疑惑がプンプンとするのだけれども。私の耳で捉えられてない音を人間が捉えられるわけないはずなのに。

 

 ろくでなしにウチの娘は任せられない。せめて私に一泡吹かせられる程度の実力は持っていてもらわないと困る。たとえ私に敵わなくとも、それくらいの気概は見せてもらわないと認めることはできない。

 

「ね、ね。ちょっとあっちの高台に寄ってみてくれない?」

 

 はいはい、わかりましたよう。ちょーっと待っててちょうだいね。

 

「ぬ……?」

 

 おん……?

 

「なにあれ……煙?」

 

 なんかこう、狼煙みたいに立ち上がっている煙。それも色がこう……なんていうか、黒っぽいような。明らかに燃やしちゃいけないヤバいものを燃やしているかのような色合いで、そんなのがぽつぽつと何か所かある。

 

 こいつぁ、もしかしてもしかすると。

 

 私たちを迎えに来た神機使いが、アラガミに絡まれている……って感じじゃない? いくらなんでも、この終末ディストピアでサバイバルキャンプを楽しんでるってわけじゃあないよね?

 

 ここはひとつ、ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)の出番と行きましょうか。嗅覚を使えないことも無いだろうけど、あんな体に悪そうな煙を嗅ぐのなんかヤだし。

 

 ──ルゥゥ。

 

「わ」

 

 ごめんね。あなたの髪がぶわってなっちゃうけれど……ママ、あなたの友達が傷つくのも困っちゃうのよ。大丈夫、あなたは髪がぼさぼさでもすっごく可愛いママの自慢の娘だ、から──

 

 えっ。

 

 ……マジ?

 

「どしたの? このぶわーってやつ……何、やってるの?」

 

 アラガミの反応がめっちゃいっぱい。ここらのアラガミが全部集まってんじゃねーかってくらいにいっぱい。中型以上っぽいものだけでも三十個以上はあるし、ウチの娘とよく似た大きさの反応……つまりは、神機使いと思しき反応もいくつかある。そこそこの規模の掃討作戦が展開されているのであろうことは間違いない。

 

 ただ、それ以上にヤバそうな……初めて感じるこの気配。大きさ的には人間っぽいのに、感触が人間っぽくないのが二つもある。どっちかっていうとアラガミ寄りに思えるんだけど、これってまさか。

 

 いいや、そいつはいいんだ。それは別にまあ、悪い事じゃない。

 

 

 

 だけど──私以上の速さで急接近しているこの気配は何だ?

 

 

 

 何でこいつは、まともな車道なんてないのにこの速度で真っすぐ動けるんだ?

 

 おまけに今まで感じたことが無いくらい強いオラクルの気配──ああ、そうか。

 

 ──ルゥゥ……ッ!

 

「きゃ」

 

 神機使いがドンパチやってれば、アラガミだって寄って来る。あるいはもしかすると、この付近にいるアラガミは、あいつから逃れて集まったのかもしれない。

 

 いずれにせよ。

 

「わぁっ!?」

 

 ──ルゥゥ!!

 

 この時期の極東のメンツじゃ、ちと厳しい相手だ。

 

「ど、どうしたの!? 何でいきなり……きゃぷ」

 

 ごめんねえ。舌を噛むといけないから……って、もう噛んでいるけれども。ともかくママは、急いであなたのお友達の所に行かないといけないの。

 

 あなたの友達なんだもの、もはやそれってウチの子同然ってことだし。なによりも……。

 

 こいつをどうにかすれば、正真正銘実績アピールになる。嫁入り娘に持たせる最後の手土産を、作らせてもらおうか。




 エミールのフェンリル入隊、2072年となっているものと2073年となっているものがありますが、エリナちゃんよりかは早くに入隊していたのは間違いないです。極東への転属が2074年であり、ブーストハンマーを使い始めたのも同じ時期、かつNORNなどでの説明からここではその階級を新兵としています。


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27 氷嵐

 

「──ん?」

 

 コウタがそれに気づけたのは、ほとんど偶然だった。

 

 アラガミに何度も何度も銃弾を叩きこんで。ずっとずっと走りながら、いろんなアラガミを撃ち落として。そこまで強くない相手──加えて言えば、久しぶりに実力的に対等な仲間と組んで仕事をしているだけあって、アラガミ討伐自体は実に順調だった。

 

 だけどやっぱり、数が多い。そして銃というのは、相手の弱点属性の弾を的確に打ち込んでこそ意味がある。だからコウタは、バレットを変更する時の癖でほぼ無意識的に周囲を見渡して……そして、視界の端に何かキラリと走る光に気付いたのだ。

 

「なんだ、今の……?」

 

 視界の端というか、空の方。気のせいかも知れないが……たしかに、何かが光ったような気がしたのである。

 

「なあソーマ、今ヘリコプター見えた? こっちまで近づいてくる予定だったっけ?」

 

 ヘリコプターか。あるいは飛行機か。あり得るとしたらそのうちのどちらかだろう。あんな風な直線的な動きをするものなんて、それくらいしかないのだから。

 

「……ヘリコプターだったら、良かったのにな」

 

「えっ」

 

 が、しかし。

 

 眉間に皺を寄せたソーマから返ってきたのは、そんな言葉だった。

 

「……リンドウ」

 

「あー、嫌な予感は当たるというか、見たくないものばかり見つけちまうというか」

 

 リンドウもまた、非常にシブい顔をしている。何かのっぴきならない事態になっているのは疑いようがなく、そして悲しいことに、この極東では割と日常茶飯事的なことであった。

 

「ちっくしょう、やっぱダメだこりゃ。本部ともキョウヤの所ともつながらない」

 

「え……リンドウさん、何か見えたんですか? 俺、なんか光るのがチラッと視界の端に映ったくらいなんですけど」

 

「微妙に縁があるヤツだからかな……普通に見えちまった。まったく、これだから極東は嫌になるぜ」

 

 神機を肩に担ぎ直したリンドウは、忌々しそうにその言葉を口にした。

 

「作戦変更だ。これから出来るだけ急いで、キョウヤたちと合流する。このままじゃ──あいつらが危ない。今のあいつらじゃ、アレは手に負えない」

 

「それって──」

 

「ミッション想定外のアラガミが作戦エリアに侵入した──ありゃ、カリギュラだな」

 

「カリギュラ……!?」

 

 カリギュラ。機械的な見た目をしたハンニバル神属の青いアラガミ。およそ生物のそれとは思えない鉤爪状のブレードのほかに、背中についたブースターによる飛翔能力すら兼ね備えた、非常に凶悪で手ごわいアラガミである。

 

 加えて言えば──カリギュラは第一種接触禁忌種でもある。非常に危険なため、通常の神機使いでは戦闘行為そのものを禁じられるほどのアラガミだ。

 

「こんだけドンパチやってるうえでより取り見取りの食べ放題なんだ、招かれざる客もやってきてもおかしくない……と」

 

 

 ──アアアアア!!

 ──シィィィイ!

 

 

 向こうの方からやってきた、アラガミのおかわり。どうやら彼らもその新たなる脅威を感じ取ったのだろう。先ほどまでとは明らかに様子が違う……端的に言えば、気が立って凶暴になっている。

 

「……大盛況だな」

 

「……嫌な祭りだ」

 

 お互い示し合わせたように舌打ちをして。援護射撃の発砲音が轟いたのを合図に、リンドウとソーマは走り出した。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「……あ!」

 

 前方から聞こえてきた戦闘音。本来聞こえないはずのその音が聞こえて……エリナは、ついつい声を上げてしまった。

 

 そう、本来であれば戦闘音なんてろくなものじゃない。それすなわち誰かがアラガミに襲われているか、あるいは神機使いがアラガミと戦っているかのどちらかだ。自分たちこそが最前線であることを鑑みるならば──良いところ、アラガミ同士の共食いってところだろう。

 

 しかし、今回に限って言えば。

 

「チハルさん……!?」

 

『会えたのかね!?』

 

 後方で戦っているエミールとはつながるが、本部とはつながらない通信──この、特有のジャミング状態。例のチハルと行動を共にしているアラガミが近くにいることはほぼ間違いなく、そしてエリナたちは本来の予定よりもはるかにスムーズにアラガミたちを食い破ることができている。

 

 つまり、もうそろそろ。

 

 チハルと合流できて、おかしくない頃合いだった。

 

「まだだけど……! なんか、前から戦闘音が聞こえてきてるっ!」

 

 自分たち以外に、前方に神機使いはいない。いるのだとしたら、おそらくこちらとの合流を目指しているであろうチハルだけ。そして前方から聞こえるのは、明らかに今までのアラガミとのそれとは違う戦闘音。

 

 ここまで証拠が揃ってしまえば。エリナの期待が最高潮に達するのも無理はない。

 

「チハルさんっ!」

 

 瓦礫の向こう、その曲がり角を超えて。

 

 そしてエリナは──見てしまった。

 

 

「──え」

 

 

 蒼い蒼い、引き込まれそうになるほど蒼く煌めく体。硬質的というか、まるで生物らしくない機械的な見た目をした異形の竜。なぜだか背中には大きな機械のようなものを背負っていて、その両腕には──信じられないほど巨大で鋭利な、何もかもを刈り取ってしまいそうなブレードがある。

 

 

 ──……。

 

「ひっ」

 

 そんなアラガミが、ゆっくりと振り向いた。意外と小さい赤い眼が確かにエリナを捉え、そしてブレードの端からはついさっきまで切り刻んでいたのであろうグボロ・グボロのオラクル片がびちゃびちゃと滴っている。

 

「な、なにこれ……これが、チハルさんと一緒にいるアラガミなの……?」

 

 そんなわけがない。

 

 そうであっていいはずがない。

 

 今、エリナの目の前にいるこのアラガミは──エリナの知っている通りのアラガミだ。食べることしか頭になくて、とにかく凶悪で、人間の事なんて餌としか認識していないようなやつだ。どう考えても、コレが人間を助けるだなんて絶対にあり得るはずがない。

 

 だって、ほら。

 

 ただ真っすぐ対峙しているだけなのに──エリナの体の震えが止まらない。何か恐ろしいものに心臓を鷲掴みされたかのようで、ぞくぞくと背筋に冷たいものが走って。全身に恐ろしい寒気……いいや悪寒がして、体中の毛穴という毛穴から冷や汗が滝のように流れている。

 

「動くなよエリナッ!」

 

 ──後ろからかけられた声。

 

 それが無ければ──エリナは、生物的な本能に従うまま目の前にいるコレに攻撃を仕掛けていたかもしれない。

 

 

 ──シャァァァ……!

 

 

「おいエミール聞こえるか!? カリギュラが出やがった(・・・・・・・・・・・)! リンドウさんたちに連絡してくれ! 頼むぞ!」

 

 一方的にそれだけ告げて。いつものへらへらした笑顔でも、銃を撃つときのトんだ笑顔でもないキョウヤが、実に似合わない真剣な顔をして神機を構えた。

 

 ──その銃口の先が、僅かに震えている。幸か不幸か、エリナにはそれが見えてしまった。

 

「キョウヤさん……あいつは……」

 

「カリギュラ。名前くらいは聞いたことあるだろ? ──ハンニバル神属第一種接触禁忌種の、本来だったら俺たちは近づくことさえ禁止されてる相手だ」

 

 ハンニバル神属。アラガミの中でもトップクラスに凶悪で手ごわい相手。そのうえよりにもよって、接触禁忌種。単体としてはエリナの想像し得る最悪の相手で、そして考えるまでも無く、今のエリナではどう頑張っても勝てるはずがない。

 

「ど、どうするんですか……」

 

「こいつは機動力がありすぎる。もしここで俺たちが引いたら、一人で戦っているエミールや後方のハルさんたちのところに行きかねない。チハルの状態だってわからないなかで、こいつを野放しにできるはずがない」

 

「じゃ、あ」

 

「リンドウさんたちが来るまで持ちこたえる。倒せなくとも、引き付けるだけならなんとかなる。あの人たちが来るまで持ちこたえられれば──俺たちの勝ちだ」

 

「リンドウさんたちなら勝てる……んですよね?」

 

「あの人たちでダメなら、どのみち全員ダメだからな」

 

 エリナには理解できなかった。

 

 いったいどうして、勝てるはずがない相手に銃口を向けられるのか。いったいどうして、そんな希望ともいえない小さな望みだけを頼りに命を賭けられるのか。

 

「俺が前に出て切り結ぶ。お前はなるべく後ろにいろ。本当に隙ができたと思った時だけ、銃で支援してくれ」

 

「なんで!? やるんだったら二人で一緒の方が──!」

 

「俺たち二人とも、あいつとは相性悪すぎるんだよ──いいか、あいつは刺激しちゃいけないアラガミなんだ」

 

 どんなアラガミでも気持ちよく銃撃をするために、キョウヤはアラガミの弱点については自主的にかなり調べ込んでいる。チハルとの用事も無く、銃撃訓練もできない時はターミナルのデータベースを黙々とあさることだって珍しくない。

 

 そんな中で知った、カリギュラの特徴。あらゆる意味でキョウヤにとって相性が悪すぎたために、殊更に印象に残っていたのだ。

 

「有効なのは頭と背中のブースター。背中は撃てないし、頭を撃つしかないが……あいつはすさまじく速い。マトとしても小さいから銃撃はかなり厳しい。加えて……あいつの頭は、撃っちゃいけない」

 

「なんで……弱点じゃ──!?」

 

 さすがに、そう長々と喋る余裕はなかったのだろう。

 

「あああああッ!!」

 

 ──シャァァァァッ!!

 

 エリナが呆けている間にもキョウヤは剣を構え、カリギュラに突っ込んでいく。

 

「こっちだクソ野郎ッ!!」

 

 やや大ぶりな……しかしそれでも、凄まじい速さのブレードの一撃。まともに食らったら神機でガードしてもただでは済みそうにないその攻撃を、キョウヤは紙一重の所で潜り込むようにして躱し、カリギュラに肉薄する。

 

 そのまま無防備な顔面に一撃を加える……ことはせず、すり抜けるようにしてその後ろ脚を切りつけ、そして遠すぎず近すぎない絶妙な位置で神機を構え直した。

 

 ──ウゥゥン……!

 

 特徴的な吸気音。エミールのブーストハンマーのそれに少し似ているが、何かが異なるその音は、カリギュラの背中から聞こえてきている。

 

 ──シャアアアアッ!

 

「食らうかよ!」

 

 カリギュラを中心に吹き荒れる冷気の風。いや、風なんて生易しいものじゃないだろう。そこそこ距離があるはずなのにエリナの方にまでその冷気が漂ってきている。南極の吹雪が暖かな春風に思えてしまいそうなほどその冷気の暴力はすさまじく、冗談でも何でもなく……その余波だけで、周囲が真っ白に凍り付いてしまっていた。

 

 加えて。

 

「危ない!?」

 

 一瞬真っ白になった視界。キョウヤは確かにその冷気を避けたが……ほんのわずかばかりとはいえ、そのアラガミから目を離してしまった。

 

 

 ──アアアアア!!

 

 

 離れて見ていたはずのエリナでさえ気づかなかった高速移動。背中のブースターの推進力を遺憾なく発揮したカリギュラは、冷気の嵐を避けた直後のキョウヤの背後を取っていた。

 

 もちろん、背後を取るだけで終わるはずがない。

 

 禍々しく煌めくそのブレードが、キョウヤの背中を捉えようとしている。

 

「おおおおッ!」

 

 キョウヤが振り向く。が、もう間に合わない──と思ったところで。

 

 まるで見えない糸に引っ張られるかのように、キョウヤの体がカリギュラから離れるように吹っ飛んでいく。

 

 ほんのちょっぴり。ブレードの切っ先が神機の銃口を掠めたのをエリナは確かに見た。

 

 ──シャアアア……!

 

「ふゥゥ……!」

 

 一回突撃して、一太刀浴びせて、また離脱した。

 

 たったそれだけのはずなのに……キョウヤの全身からは汗が噴き出ているし、エリナだったら気絶してしまいそうなほどの緊張感に満ちている。

 

「さっきの続きだが」

 

 カリギュラから決して目を離さないまま、キョウヤは告げた。

 

「頭を潰すと、これよりももっと速くなる」

 

「え……」

 

「ブースターを狙えりゃ一番いい。俺たちの神機であればそこしかない……が、ただでさえ速いのに後ろを取れると思うか?」

 

「無理……」

 

「だから俺が前に出る。確実に背中を攻撃できる時だけ攻撃してくれ。安心しろ、俺の神機は銃撃するために……守るよりも避けることに特化して調整してもらってる。さっきのドローバックショットもなかなかカッコ良かっただろ?」

 

 ──避けることに特化して、ドローバックショットという小手先の技を駆使して。それでようやく、本気でもないカリギュラの動きにギリギリ何とかついて行けているだけ。

 

 新兵と言えど座学の成績が優秀なエリナは、キョウヤの話の裏に隠されている本当の意味を、しっかり見抜いてしまった。

 

「な、なんか他に弱点は……! きっと、あいつにだって有効な戦術があるはず……!」

 

「無い。誰かが引き付けている間に残ったやつが後ろから全力を叩きこむ。カリギュラに有効なのはそれだけだ」

 

 あるいは、カリギュラの動きを圧倒する動きをするか、真正面から有無を言わせぬ火力を叩きこむか。それが出来る人間がいるとしたら、それこそ本当の化け物と言って良いだろう。

 

 というか、それ以前に。

 

「キョウヤさん……! 手ぇ……!」

 

「……ま、バレるよな」

 

 神機を握るキョウヤの手に、うっすらと白く霜が降りている。ぴしり、ぴしりとひび割れたそこからは赤い血がにじんでいて、肌全体が薄紫ともとれる奇妙な色に変色していた。

 

「ヤバい冷気を操るとは聞いていたが……まさか、ここまでとは」

 

 少し近づいただけで、手を負傷するレベルの冷気。この様子だと神機を持つのでさえもやっとで、まともに振るうのは難しいことだろう。

 

「まぁ、なんだ。最悪お前だけでも撤退しろ。というかその方が、俺も周りを気にしなくて良い分楽になるかもわからん」

 

「バカなこと言わないでくださいっ! だいたい──!?」

 

 

 ──ウウゥン……!!

 

 

 激しく渦巻く冷気。急激な温度変化によって生まれた激しい気流。冷たいを通り越してもはや痛みしか感じない風がエリナのスカートをはためかせ、キョウヤの靴に少しずつ霜を這わせている。

 

 ぴきり、ぴきりと何かがひび割れるような特徴的な音。気づけばカリギュラのその片腕に、ブレードとはまた別の氷の棘……否、槍が生み出されている。

 

 鋭く、長く、そして鋭利で──何かを串刺しにするにはもってこいの形状。それをどう使うかなんて、もはや想像するまでも無い。

 

 

 ──アアアア……ッ!!

 

 

「クソ……ッ! 全力出し過ぎだろ……ッ!」

 

 びりびりと轟く咆哮。

 荒れ狂う氷嵐を生み出す、背中のブースター。

 あまりにも巨大で悍ましい氷の槍。

 

 カリギュラの巨体が、ふわりと宙に浮く。極寒の冷気をその身にまとったまま、赤い眼がキョウヤを捉えた。ブースターの唸りはますます大きくなり、それに比例するかのように、氷の槍はどんどん鋭く、巨大になっていく。

 

 

 ──アアアアアアッ!!

 

 

 そして、誰もの予想通り。

 

 カリギュラは──その氷の槍を突き刺さんと、冷気を纏ったブースターを唸らせて突っ込んできた。

 

 

 

 防御するか?

 ──無理に決まっている。

 

 避けるか?

 ──あの速さじゃ無理だ。

 

 迎撃するか?

 ──こっちだけやられるのがオチだ。

 

 

 スローになった時間。かつてないほど高速で動く思考。面前に迫りくるその氷の化け物を前に、キョウヤの脳ミソはかつてない程のパフォーマンスで働いて。

 

 

 

「ガラじゃねえんだけどな、こういうの」

 

「え──」

 

 

 

 ──隣で呆然と立ち尽くしていたエリナを、安全な方へと突き飛ばした。

 

 

 

「キョウヤ、さ──!」

 

 目を見開いたエリナ。

 

 伸ばされた手。

 

 もう瞼を空けていられないほど冷たい空気。

 

 ──否でも感じる、ゾッとするほど冷たく煌めく氷の槍。

 

 

 ──最後にドタマ、ブチ抜いてみるか?

 

 

 半ば無意識的に神機の銃口を向けた時には、既に。

 

 ──ああ、ダメだこりゃ。

 

 もうどうしようもないほど近くに、その氷が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ルゥゥゥゥッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 なぜか、耳がじんじんと痺れている。くわんくわんと頭が揺れて……ついでに、目がチカチカする。

 

 なにか、強い光でも見たのだろうか。なにか、強い音でも聞いてしまったのだろうか。

 

 そう、例えば──雷のような。

 

「なん、だ……?」

 

 そもそもとして。

 

 なんで、こうして考えていられる? いったいどうして、体のどこにも痛みを感じない?

 

 あのカリギュラは……どうなった?

 

 

 

「……ヤく……! ……ゥ……ん!」

 

 

 

 少しずつ戻ってくる視界。少しずつ戻ってくる聴覚。

 

 ──なんだこの、白いでっかいの?

 

 なぜだか、キョウヤの目の前は真っ白だ。真っ白くて……なんだか妙にふわふわとしているものが目の前にある。もし両手が神機で塞がっていなければ、きっとキョウヤはこの白いふわふわに手を伸ばしていたことだろう。

 

 

 

「……ョウヤくん! キョ……ヤくん!」

 

 

 

「……え」

 

 だんだん意識がはっきりしてきて──そして、聞こえてしまった。

 

 ずっとずっと探していた、もう二度と聞こえないはずの声が。たしかに、自分を呼ぶその声が。

 

「あ、ああ……!」

 

 前ではない。だって前は真っ白のふかふかだから。

 

 横でもなければ後ろでもない。

 

 じゃあ、残るは。

 

 

 

 

 

「……ョウヤくんっ!」

 

 

 

 

 

 白い壁のその上。さんさんと降り注ぐ春の暖かい光を背景にして。

 

 ずっとずっと探していた、その小さなシルエットが──たしかに、そこに在る。

 

 

 

 

「──キョウヤくんっ!」

 

 

 

 

 白い壁からひらりと落ちてきた、小さなその身体。

 

 とても暖かで大切なそれを、キョウヤはしっかりと受け止めた。

 

 

 

「えへへ……ただいま、キョウヤくん!」

 

 

 

 キョウヤの腕の中。

 

 まっすぐキョウヤの顔を見上げて、満開の桜のようにチハルが笑っていた。





【蛇足】

 主人公さんの認識としては、月が緑で赤い雨にまだ遭遇していないことから、現在はGE2が始まる直前くらいだろうと思っています。この時期における極東のネームド神機使いはコウタ、ハルオミ、カノン、エミール、エリナの五名です(一瞬ソーマさんとリンドウさんの可能性を考慮していますが)。
 設定上、接触禁忌種に関しては超精鋭が部隊を組んでやっと相手が出来る……といったものであり、今回カリギュラの相手が出来そうなのはコウタとハルオミくらいです。故に、『設定上はめちゃくちゃヤバい相手にたった二人じゃさすがにちょっと厳しいだろう』……と判断していました。


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28 春雷

【春雷】 春に鳴る雷。または春の訪れあるいは冬の終わりを告げる雷。


 

「チハル……本当に、本当にチハルなんだよな……?」

 

 ボロボロになった服。酷い寝ぐせのようなクセが付いてしまっている髪。戦場だというのに神機を手にしておらず、そして何より──随分と久しぶりに見た、バンダナを着けていないその姿。

 

 人と触れた時だけに感じる特有の暖かさ。ちょっと心配になってくるほど軽く、少し力を入れればそのままへし折れてしまいそうなその華奢な体は……間違いなく、チハル本人のものだ。

 

 そう、あれほど会いたいと願っていたチハル。この腕の中にいるのは間違いなくチハルであるのに……どうしても、キョウヤはそれを確かめずにいられなかった。

 

「えへへ……うん、チハルだよ。バンダナは無くなっちゃったけど……」

 

 照れくさそうに、はにかみながら。本当に、心の底から嬉しそうに笑ったチハルは、感極まったかのようにキョウヤの頬へと手を伸ばして。

 

「……ぬ?」

 

「……あ?」

 

 その指先が触れた瞬間。

 

 キョウヤの目からも、チハルの目からも──ぽろぽろと、大粒の涙が流れ始めた。

 

「キョウヤぐううん……!」

 

「ばっ……おま、チハルぅ……!」

 

 嬉しいはずなのに、どういうわけか涙が止まらない。

 

 自然と頬が緩み、笑うのが止められないのに……同じくらいに、涙が止まらない。涙で視界が歪んで、もう一度会いたいと願っていたその顔が良く見えない。

 

「なんでだろ……! 全然涙が止まんないや……!」

 

「はは……! あはは……! ぶっさいくなツラしやがってよぉ……!」

 

「ふふ……っ! キョウヤくんこそ……! 全然似合ってないよ、そのバンダナぁ……! へたっぴすぎて、涙が出るほど可笑しいってばぁ……!」

 

 でも、そんなの全然気にならない。笑いながら軽口を言い合えるというその事実が、堪らなく嬉しい。お互い涙でぐしゃぐしゃで、目も真っ赤になってしまっているのに……眩しいくらいの笑顔であるのがその証拠だ。

 

「頭バンダナ娘が、心配かけさせやがってよぉ……! 寄り道しないで帰ってこいって言ったのは、お前じゃねえか……!」

 

「えへへ、ごめんね……! でも、ちゃんと帰ってきたんだよ……! そこは、褒めてくれてもいいじゃん……!」

 

「しょうがねえなあ……!」

 

 何で笑っているのかもわからない。何で涙が止まらないのかもわからない。

 

 だけど、今この瞬間が堪らなく心地よい。ずっとずっと、こうしておしゃべりしていたい。

 

 こうして──再び会えたというその事実が、堪らなく嬉しい。いや、嬉しいというよりも幸せで。もう、この気持ちをどう表現するべきなのか、チハルにもキョウヤにもまるで分らなかった。

 

 

 

 

 ──ルゥゥォァァァァッッ!!!

 

 

 

 

「「!?」」

 

 轟く雷鳴。ずん、と腹の芯まで響くような思い衝撃。何発もの雷が周囲に落ちて、そんな雷が可愛く思えるほどの悍ましい獣の雄叫びが、戦場の空気を切り裂いていく。

 

 

 

 ──ルゥゥァァ……ッ!!

 

 

 

 キョウヤたちの意識を戦場に引き戻したのは。

 

 今までに聞いたことが無いほど恐ろしげな、アラガミの雄叫びだった。

 

「そうだお前、この白いのは──!」

 

 一瞬で切り替わる意識。よくよく見れば、いつのまにやらキョウヤの目の前にできていたこの白い壁は──そう、まるで生き物のように見える。視界の端にはオオカミを連想させる肢体が映っているし、なにやらヴァジュラのそれによく似た青いマントのようなものまである。

 

 というか、この凄まじい雄叫びはこの白い壁から聞こえてきたのだ。状況的に考えても、これは間違いなく。

 

「──アラガミじゃねえか!」

 

 白い壁──アラガミの体。それも今までキョウヤが見たことのない種類のアラガミで、後ろ姿だけでしかないのに、凄まじく強そうでヤバそうな気配をひしひしと感じる。

 

「あっ、ごめんね? ……うん、偉いぞぉ!」

 

「おい、チハルっ!?」

 

 しかもあろうことか。

 

 まるでそれが当然だとばかりに……チハルが、そのアラガミに触れているではないか。

 

「ち、ちち、チハルさん……! こ、このアラガミは……!」

 

「あーっ! エリナちゃん! 久しぶりっ! ……って、どうしたの!? ボロボロじゃん!」

 

 キョウヤに突き飛ばされて難を逃れていたエリナ。彼女の位置からは、それ(・・)が全て見えてしまっているのだろう。チハルと会えたというその事実すら霞むほどのその光景に、声は震えているし頭の中はパニックになってしまっている。

 

 端的に言えば……今のエリナは、腰を抜かす一歩前である。足はがくがく震えているし、神機を支えにしてようやっと立てているといった有様であった。

 

「あ……そっか、そうだよね。確かにこの子……すっごくおっかない見た目しているもんね」

 

 ここでようやく、キョウヤは思い出した。

 

 チハルと再会できてすっかり忘れていたが──あのカリギュラはどうなったのか。そもそもどうして、こうして自分は無事でいられるのか。何で長々と話していたのに、あのカリギュラは大人しくしているのか。

 

「大丈夫。この子は……味方だよ」

 

 白い壁の、その向こう。

 

 

 ──ルゥゥ……ッ!!

 

 ──シャァァ……ッ!!

 

 顔の半分を潰されたカリギュラと、仮面をつけたオオカミのような白いアラガミが対峙していた。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ──アアアッ!!

 

 最初に動いたのは、カリギュラだった。

 

 獲物に止めを刺すところを邪魔されて、腹が立ったというのもあるだろう。渾身の一撃だったはずのそれを平然と止められてしまった……というのもあるだろう。あるいはもっと単純に、自分の目の前にいるというその事実が気に食わないというのもあるのだろう。

 

 だけど、それ以上に。

 

 カリギュラが持つ生物的な本能が、目の前にいるこいつはヤバいと告げていたのかもしれない。

 

 

 ──アアアッ!!

 

 

 鋭いブレードによる強力な一撃。どんな相手であっても例外なくズタズタにしてきたその一撃は。

 

 ──アアアアッ!?

 

 その白い体に届かない。届くよりも前に強力な雷撃がカリギュラの体を貫き、その動きを止めた。たった一発でしかないのに尋常ならざるダメージなうえ、体の一部がそのあまりの高電圧により赤熱して溶融しかけている。

 

 おまけに。

 

 ──ルゥッ!!

 

 何気なく振るわれた、ガントレットによる一撃。たったそれだけでカリギュラのブレードは粉々に砕け散り、そればかりか、ブレードが受けた衝撃に引っ張られてその巨躯が地面へと叩きつけられる。凍った大地に蜘蛛の巣状の大きな亀裂が走り、カリギュラを無様なオブジェとして大地に縫い留めていた。

 

 

 ──アアアアアアアッ!!

 

 

 ボロボロの全身。使い物にならなくなった左腕。しかしそれでも、カリギュラの戦意は失われない。怨嗟の籠った雄叫びをあげ、背中のブースターを起動させ──そして、荒れ狂う氷の嵐が白いアラガミごとカリギュラを包む。

 

 絶対零度にほど近いその冷気は、例えアラガミであろうと凍り付かせるほど強力なものだ。まともに食らえばあっという間に体中の水分が凝固し、全身にヒビが入って砕けてしまうことになりかねない。それは自然界の摂理として当然の話である。

 

 当然では、あるのだが。

 

 ──ルゥゥ……ッ!

 

 その白いアラガミは、氷の嵐を受けても平然としている。攻撃を食らったとすら思っていないらしい。ブースターの冷気ではなく、口からの吐息を直接叩きつけても……まるで、堪えた様子が無い。

 

 ブレードも、荒れ狂う吹雪も。数多の獲物を屠ってきた自慢の武器が二つとも通用しない。それは、カリギュラにとって初めての経験だった。

 

 

 ──ア、アア……ッ!!

 

 

 もし、ここで明確にこのカリギュラの反応を計測できていたとしたら。全身のオラクル反応が異常なほどに活性化してることがわかっただろう。今までにないほどブースターは大きな唸りを上げているし、その凶悪な相貌に宿る赤い眼には、禍々しい強い光が宿っている。

 

 ブースターに呼応するかのように形成される氷の槍。さっきよりも強く、鋭く、長く、丈夫に──二回りは大きいそれ。

 

 

 ──アアアアアッ!!

 

 

 出力過剰増加の余波で吹き荒れる氷の嵐。カリギュラの体は浮き上がり、そして。

 

 

 ──ルゥゥゥァァァッッ!!

 

 ──ア。

 

 

 雷と共に振り下ろされた脳天への一撃。

 

 自分が何をされたかもわからないまま、カリギュラの意識は消えてなくなった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「うわぁ……」

 

 あれだけ恐ろしく、あれだけ強かったはずのあのカリギュラが。

 

 エリナの目の前で──信じられないほど呆気なく、倒されていた。

 

 ──ルゥゥ……ッ!

 

 白いオオカミのような姿のアラガミ。何気なく振るったガントレットの一撃でカリギュラのブレードを粉々に砕き、ヴァジュラのように雷を操ってカリギュラを迎え撃ったそのアラガミは──まさしく雷のような素早さでカリギュラに飛び掛かり、見事にその頭を粉砕してみせたのだ。

 

「ち、チハルさん……あれ……」

 

「あ、あはは……美味しそうなご飯だから、ちょっと興奮しているみたい……?」

 

 カリギュラの首に噛みついて、なんかそこから電撃を浴びせまくっている。

 

 カリギュラの胸元を砕いて、そこからコアっぽいものをほじくり出している。

 

 止めとばかりにじゃれつくように何度も雷を落として、気の向くままに背中のブースターをバラしている。

 

 ──何度も何度も、執拗に。もはや原型が何であったのかわからなくなるほどに。大きな大きな口を使ってその躯を貪り食らい、二度と動き出さないように念入りに電撃を浴びせている。

 

 途中までは、電撃を浴びる度に痙攣するように体を硬直させていたカリギュラも。ここまで入念にバラバラにされてしまってはもう、ピクリとも動くことはできない。

 

 

 ──ルゥゥ……!

 

 

「よしよし、良い子!」

 

 そんな見るからに凶悪なアラガミに、この小さな先輩はまるで小さな子供を褒めるかのようにして接している。正直どこから見ても恐ろしい風貌でしかないのに、それが当然とばかりにそのアラガミの顎の下をわしわしと撫でていた。

 

「そういえば……今更だけど、どうしてキョウヤくんたちはここに?」

 

「いや……どうしても何も、お前を迎えに来たんだけど……」

 

「……えっ?」

 

「むしろ、俺らよりお前の方だよ! いったい何があったんだ!? それに……こいつは、このアラガミは!」

 

 ──ルゥ……?

 

 自分のことが呼ばれたのだと、わかったのだろう。そのアラガミがキョウヤの顔を見つめるのを、エリナははっきりと見た。

 

「……本当に、安全なんだろうな?」

 

「うー……どこから説明すればいいのやら……」

 

「意思の疎通ができるらしいってのは聞いているが……本当なのか? そもそもいったいどうして、お前がアラガミと行動している?」

 

「そうだねえ……まず、この子が味方なのは間違いないよ。……キョウヤくん、エリナちゃん。ちょーっとびっくりするかもだけど……動かないでね?」

 

 できればもう少し近づいて……とチハルに言われて、わけもわからず二人は言われた通りに距離を詰める。

 

「ね、あなた……私の足の時のアレ、やってくれる? 二人とも、怪我しているみたいなの」

 

 ──ルゥゥ!

 

 恐ろしい顔が、じろりとエリナたちを睨んで。

 

 そして──その白いアラガミは、バチバチと緑色の雷を纏い始めた。

 

「なっ……!?」

 

「攻撃……!?」

 

「ううん、落ち着いて──受け入れて」

 

 咄嗟に戦闘態勢を取ろうとする二人を、チハルは穏やかに笑いながらまとめて抱きすくめた。

 

「やっちゃって!」

 

 ──ルゥゥ……ッ!!

 

 雷が落ちたと思った、次の瞬間。

 

 あんなにもボロボロだったエリナたちの体の傷が──少しずつ、癒えていく。かなりゆっくりとしたペースではあるが、小さなかすり傷程度はもうすっかりなくなって、大きな切り傷なんかも明らかに状態が良くなっている。

 

「なんだ、これ……!?」

 

 冷気でやられたキョウヤの手。見るも無残な色合いだったその手には健康的な赤みが戻り、無数にあったはずの細かい出血もすっかり止まっている。

 

「私もよくわかんないんだけどね。回復弾みたいなもの……だと思う」

 

「アラガミが回復弾……? いや、使えること自体はあり得るかもしれないが……それを、俺達人間に?」

 

「うん。この子は間違いなく私たち人間を助けてくれる良いアラガミだよ……これでもまだ足りないなら、もっとはっきり証明してあげようかな?」

 

 チハルは知っている。ここにくるまでに、まだいくつかの場所で煙が上がっていたことを。つまりは……この付近で、まだ誰かが戦っていることを。

 

「まだミッションは終わってないんでしょ? 詳しい話は、みんなと合流してからのほうがいいよね」

 

 このアラガミのことを目に見える形で教えるためにも。それは、格好のチャンスであった。

 

 

 

「──乗って! この子の力、見せてあげるんだから!」




 銃撃戦闘にはあんまり向いていないけれど、戦っていて一番楽しいのがカリギュラな気がする。あと、カッシウスの紋章の属性攻撃は一つにして、代わりにふんばりとかスタミナ関連、あるいはスタン無効とかにしておいたほうがよりカリギュラ対策に特化したパーツって感じがすると思うの……。あいつで一番やべーの、頭破壊後の乱舞なんですもの。


【蛇足】

 春雷、スプリング・フェスティバル(春祭り)、千春、雷のアラガミ、氷のアラガミ(冬のアラガミ)……と、関連ワードがそういうことになっていますが、こんな感じの言葉遊び(?)が結構好きです。
 日本人神機使いの名前は必ず植物あるいは自然の文字が入る⇒この展開で雷と組ませるなら春しかない⇒じゃあミッション名はこうで、ボスはこうで……って感じで他の要素も決まっています。

 それはそれとして、台場カノンちゃんだけなぜ日本人神機使いの命名規則から外れているのやら……。


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29 白き雷神

 

「うっわ……すごい速さ……!」

 

「マジでお前の言うこと聞くんだな……」

 

「そうでしょそうでしょ! この子はすごいんだから!」

 

 さて。

 

 さてさて。

 

 さてさてさて。

 

 ようやっと、本当にようやっとウチの娘と神機使いの合流が叶ったわけですけれども。ウチの娘のとびっきりの笑顔を見られた上に、まさかの原作ネームドキャラ……エリナちゃんに会えたばかりか、そのエリナちゃんをこうして背中に乗せさせていただくという栄誉を賜っているわけですけれども。

 

「それよりキョウヤくん……その、バンダナって……」

 

「あー……いろいろあって、ゲン担ぎというか。『チハルちゃんを迎えに行くなら絶対着けてけ』ってヒバリさんとリッカさんがうるさかったってだけだ」

 

「……ほんとーかなぁ?」

 

「……なんだよ?」

 

「……んーん、なんでもない。……持ってきてくれて、ありがとね!」

 

「……おう」

 

 

 ああああああん、もう! これ! この感じ! 他人様の背中でなに人の娘とイチャついてんだよこの男はァ!!

 

 さっきだって! さっきだって! 人がせっかく身を挺してカリギュラの攻撃から庇ってやったのに! なんか人の後ろで感動の再会をずっと楽しんじゃってたし! 戦闘中だってのになんかもう若干のロマンスの空気も流れてたし! アレ絶対カリギュラも困ってたってマジで!

 

 いやもうマジで……あの時の二人、私がブチギレ雷を落とさなければいつまでも……いいや、それこそちゅーの一つでもしてたんじゃあるまいな? さすがにそれはまだ早いというか、ママは許しませんぞっていう。

 

 ……いやもう、思った以上に心にクるわコレ。なんかもう、ママやめてパパかいっそ子供を見守る長老ポジションにでも鞍替えしようかな……。

 

 ウチの娘のお名前が判明したのはすごく嬉しいのに、私といた時には見せていなかった声色ってだけでもうなんか泣きそうなんだけど。ママがこんなにも辛いだなんて、知らなかったよ……。

 

 というか、それ以前にさあ……。

 

 男を乗せるの、めっっっちゃ気分が下がるんだよ……。何が悲しくてむさ苦しい男なんて乗せなきゃいけないんだよ……。やらなきゃいけないのはわかってるんだけど、単純にやりたくねえんだよ……。

 

 ほら、アレだよ。電車で知らないおっさんが肩にもたれかかってくるのを三倍イヤにしたような気分なんだよ。我慢できないことはないんだけど、単純にすっげー嫌な気分になるんだよ。

 

「うっわ……普通に走っているだけで、小型が蹴散らされてく……ちょっと遠かろうと、雷で打ち抜いてる……」

 

「移動するだけでアラガミを倒せるってのか……。ヒバリさんたちが誤認したのも、この殲滅力ならわかる気がするぜ……」

 

 まぁいい。とにもかくにもこのエリアにいるアラガミを殲滅するのが先決だ。この娘──チハルちゃんが無事にアナグラに帰れるのにってのもそうだけど、今ここに居る神機使いが全員無事に戻れなくっちゃあ意味がない。あとついでに、全力で媚びを売っておかないと私が討伐対象にされかねないし。

 

「ね、ね。アナグラに行く前にこの辺りのアラガミを全部倒してほしいんだけど……わかる?」

 

 そりゃもう。あっちのほうですわよ……この感じ、何体かまだ残ってんな。

 

「……よし! じゃああっちの方、よろしくね!」

 

「……ハルさんがいる辺りと大体あってるな。というか、本当にこっちの言葉が分かってるみたいにお前の言うこと聞くんだな」

 

 わかってるみたい、じゃなくてわかってるんだもん。まぁ、意志の疎通ができる善良アラガミだって推測はできてたみたいだけど、さすがにそんなところまでわかるわけないか。

 

「なぁ、お前……」

 

 やだ。ちょっと話したくない。私と話したいならせめて【鬼神竜帝】でパーフェクト獲れるようになってから出直して来い。

 

「……なんか、無視されてる気がするんだが」

 

「ん……もしかして、知らない人だから緊張しているのかも。何かあったの?」

 

「お前が知ってるかどうかわかんねえんだけどさ。なんかこいつ、周囲にジャミング領域を展開しているんだよ。そのせいで全然通信が繋がらねえんだ……止められないか?」

 

「えっ」

 

 えっ。

 

「そうなの!? ……あーっ、だから腕輪を付けてるのに全然助けが来なかったのか!」

 

「ああ。反応が完全にロストしてたし、壊れた神機も見つかったから……だから俺たちはお前がKIAになったと判断したんだ。で、なぜか今朝になってジャミングが解けて腕輪の反応が復活したから、こうやって迎えに来れたんだよ」

 

 何それ怖い。私、知らない間に周囲にジャミング領域を展開していたらしい。そんな能力があるなんて初耳だし、そもそも特別なことなんてしてないんだけど。

 

「ぬ……? 今朝になってジャミングが解けた? 今もまだ、ジャミングは続いてる?」

 

「あ、ああ……。榊博士たちは、このアラガミの警戒態勢じゃないかって話していたが……お前なら、止められないか?」

 

 止めるも何も、私はそんなことなんてしてないっていう。やってもいないものを止めるとかこれいかに。

 

「ん……おっけー、聞いてみる」

 

 えっ。

 

「ねえ……この、ぶわーってなるやつ……止めてくれないかな?」

 

 アッ。

 

 今朝方解除されていた、今までずっと展開されていたジャミング領域って……ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)じゃねえか!

 

 

『……い! おい! 聞こえるかキョウヤ! 何でもいいから返事しろ!』

 

「……リンドウさん! 聞こえます、キョウヤです!」

 

 

 ユーバーセンス(仮)を解いた瞬間に通信繋がっちゃうしさあ……しかも相手、リンドウさんじゃねえかよ……!

 

『生きてるな!? こっちはエミールと合流した! カリギュラはどうなってる!?』

 

「あー、その……なんというか」

 

 言えるわけないよな。なんかすっげー賢い超絶イケメンアラガミに助けられて、そのままそのたくましい背中に乗って移動している……だなんて。アラガミがヒトを助けるだなんて実に信じがたい話だし、私だったら同じ報告を受けても絶対に信じない。例のヤバいアラガミ信仰のカルト集団だったのかって縁を切るレベル。

 

「カリギュラは倒せました。チハルとも合流しています。そして……例の、未知のアラガミとも接触したんですが」

 

『……マジか!? 今、どこにいる!?』

 

「そのアラガミの背中に乗って、俺、チハル、エリナの三人でハルさんの所の応援に行くところです。……もう、ジャミングも解いてもらいました。本部との通信も繋がるはずですし、ハルさんのところで合流しましょう。たぶん、説明するよりも見たほうが早いです」

 

『背中に乗って……おいおい、そっちのパターンかよ……!』

 

『……まぁ、無事なら何よりだ』

 

『俺達もすぐ行くからな! ……あ、出来ればチハルの声を聞かせてくれよ! ヒバリさんたちもきっと、聞きたがっているだろうから!』

 

 何やらワイワイと背中で通信が入り乱れている。上手い具合に報告・連絡ができた──つまりは、チハルちゃんの生存がアナグラにも正確に伝わったのだろう。ひとまずこれで一安心で……そして、私の身の振り方もそろそろ本格的に考える必要がある。

 

 榊博士は人型アラガミでないのに高度な知能を有する私を……どう扱うのやら。実験動物コースは御免だけれども、それなりの親密度は稼いでおきたいところ。色々諸々、この辺りの情勢も把握しておきたいところだ。

 

 何よりも。

 

 ──これ、私のせいで通信が出来なくて、そのせいで発見とか遅れたってオチだよね? なんか二次被害がいろいろ有りそうで怖いんだけど、許してくれる……よね?

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「──ケイイチ! レイナ! ……あとカノンも! もう無理して前に出る必要はないぞ! 応援が来てくれることになった!」

 

 いきなり復活した通信。怒涛のように押し寄せてくる信じがたい情報。もはや何が何だかまるで理解できなかったが、ハルオミは一番大事なことだけを部隊のメンバーに告げた。

 

「ハルさん! それって……!」

 

「ああ……だが、なかなか信じがたいことになってるみたいだ。……おっと、とりあえず」

 

 保護対象と無事に合流できた。しかも件のアラガミとキョウヤたちが行動を共にしていて、ジャミングの解除もしてくれた。しかもあろうことか、この作戦エリアにあの接触禁忌種のカリギュラが侵入していて──もう、倒されてしまったと言うではないか。

 

 ハルオミが知っている中で、カリギュラというのは最も手ごわいアラガミだ。そんなカリギュラをまるで片手間のように片付けることができるアラガミだなんて、いったいどんなアラガミだと言うのか。

 

 全く未知のアラガミであることは間違いないだろう。単純な強さだけで言えば、確実に接触禁忌種に指定されるはずだ。今のこの極東に所属している神機使いで、そのアラガミに対抗できるのが果たして何人いることか。

 

 いずれにせよ──そんなアラガミが味方というのであれば。これほど心強いことはない。

 

「──雷に気を付けろ、だとさ」

 

 まるで見計らったかのように。

 

 その戦場に……雷鳴がとどろいた。

 

 

 ──ルゥゥゥッッ!!

 

 

 閃光のように飛び込んできた、白い影。雄叫びと共に落とされた何十発もの雷。オウガテイルが黒焦げになり、ザイゴートが破裂して。かと思えば次の瞬間には、コンゴウが文字通り叩き潰されて、ガントレットの下でピクピクと痙攣している。

 

 

 ──ルァァァァッ!!

 

 

 グボロ・グボロの砲塔が食い千切られている。シユウの翼が食い千切られている。ボルグ・カムランの胴体が大きく凹み、全ての足が丁寧に切り取られている。

 

 ズタズタに切り裂かれ、雷で黒焦げにされ、そして無残に喰い荒らされるアラガミの死体の山。

 

「は、はは……冗談みたいな光景だな……」

 

 もし、その背中に──見覚えのある神機使いたちが乗っていなければ。ハルオミはきっと、自分の命と引き換えにしてもこのアラガミに攻撃をしていたかもしれない。

 

「──ハルさん!」

 

「……コウタか」

 

 遠くから……驚いた顔をして走って来る雨宮1番隊の面々。無線で連絡があった通り、そこには少々ボロボロになったエミールもいる。エミールを除けば全員ほどんど傷らしい傷も無い……それどころか、衣服ですら汚れていないのが、なんとも頼もしいところであった。

 

「な……なんだよ、あのアラガミ……!?」

 

「俺もさっき見たところなんだが……さすがの第一部隊でも、あんなの見るのは初めてかい?」

 

「う、うん。ちょっとイメージと違ったというか……さすがにアレを見るのは初めてかな……?」

 

 おや、とハルオミは心の中だけで首をひねる。別段なにもおかしいはずはないのに、コウタのそのものの言い方になんだか引っかかるところがある気がしたのだ。

 

「……白い大型アラガミ、か」

 

「背中に乗せて移動してる……っていうから大体の想像はできたが。……しかし、どーすっかなこいつは……」

 

 ソーマもリンドウも、驚いてはいる。驚いてはいるのだが……なんだかちょっと、想像と違う。人の言うことを聞く前代未聞のアラガミを目にしているはずなのに、なぜだか……そう、まるでもっと別の物を想像していたかのような、そんな驚き方だ。

 

「一応確認だが、そっちのエリアの殲滅は終わったんだよな?」

 

「おう。あとはこの辺しか残ってないってレーダーでも確認は取れている。どのみち保護対象(チハル)とは合流できたんだ、ここで撤退してもミッションとしては成功だろう。……ま、この様子を見れば」

 

「あと数分の内には殲滅も終わる……それどころか、俺達が助けに入るまでも無く自力で戻ってこれたんだろうな」

 

 もうすでに、カノンもケイイチもレイナも戦闘からは離脱してハルオミの方にまで引いてきている。自分たちが一緒になってアラガミと戦うよりも、あの白いアラガミが存分に暴れられるようにした方がいいと考えたのだろう。あるいは単純に、あんな地獄のような雷の嵐に巻き込まれたくないと思ったのかもしれない。

 

「……普通に元気そうにしてるな、チハルのやつ」

 

「元気そうというか……すっげー楽しそうにアラガミに指示送ってるね」

 

「エリナのやつは顔が青い……おいまさかあいつ、吐きそうになってないか?」

 

「なってるね……」

 

 背中に乗っている三人。先頭に座るチハルは楽しそうにそのアラガミの背中を叩き、真ん中に座るキョウヤは一番後ろに座るエリナの顔色を見て、非常に緊迫した表情となってしまっている。あのエリナがぎゅっとキョウヤの背中を必死に掴んでいるところに、どれだけ彼女の限界が差し迫っているのかが見て取れた。

 

「まぁともかく、これで無事にミッションは達成だ。あの様子ならチハルも問題なさそうだし、ひとまずは一安心って所だろうが……」

 

 これからのことをハルオミは考える。

 

「なあ、雨宮1番隊の隊長さんよ」

 

「なんだよ、その全力で責任を擦り付けようとする言い方は……」

 

 全くもってその通りなので、ハルオミはリンドウの言葉を笑って無視した。

 

「どうすんだ、この後?」

 

「それなんだよなあ……」

 

 人と意志の疎通ができるアラガミ。それも、こうも友好的なアラガミを放っておいていいわけがない。現に目の前で人間を背中に乗せてアラガミを蹂躙しているわけだし、それがなくとも──あの接触禁忌種であるカリギュラを簡単に倒すような相手だ。監視も付けずに野放しにするわけには絶対に行かない。

 

 しかしながら……そのまま連れ帰ってしまっていいものなのか。

 

「こっそり連れ帰るにも、あんだけデカいとな……絶対人の目についちまう」

 

「仮にこっそり入れたとしても、あんなにデカいのを匿える場所は無いですもんね……」

 

「……連れ帰るってのは確定事項なんだな?」

 

「あん? まあ、そりゃあ……もしここで討伐しろだなんて言われたら、あの嬢ちゃんがめっちゃ泣きそうだし。こっちの被害もデカくなりそうだ」

 

 ──倒せない、とは言わないんだな。

 

 さらっと言われたその言葉。冗談でも何でもないその言葉に、ハルオミは末恐ろしいものを感じずにはいられなかった。

 

「……榊のおっさんなら、討伐しろなんて絶対に言わない。他の連中がうるさく言ってきたとしても、俺達で黙らせればいいさ」

 

「……ま、そういうことならあのアラガミの処遇はそっちで考えてくれよ。正直もう、何も考えたくない気分だ」

 

 どこか懐かしそうにも見える表情でその白いアラガミを見つめるソーマを見て。ハルオミは、考えることを放棄した。

 

「あー……とりあえず、博士に報告だ。難しいことは全部あの人に任せよう。これからの指示は全部あの人に仰げばいい。詳細な報告書は……うん、コウタに書いてもらえばいいか」

 

「えっ!? 酷くないっすかリンドウさん!?」

 

「現第一部隊の隊長だろう? 隊長なんて役職はそんなもんだ。これも練習だ、諦めろ」

 

「えええ……雨宮1番隊の隊長はリンドウさんじゃないっすか……。報告書書かないなら、リンドウさんは何するんですか……」

 

「何って、そりゃあ……」

 

 死亡していると思われていた神機使いは生きていて、無事に合流を果たせたのだ。全員無事に、アナグラに帰ることができるのだ。であれば、考えなきゃいけないことはたくさんあるけれども……今はただ、その事実を、全員で喜ぶべきなのだ。

 

 

 ──ルゥゥゥ──ッッ!!

 

 

 アラガミの躯の山の上で、誇らしそうに雄たけびを上げる白いアラガミ。そしてその背中に乗っている神機使いたちを見て、リンドウは穏やかに笑った。

 

 

 

 

「──帰ったらお茶会するんだろ? 今度は迎える側として……精いっぱいの準備をしなくちゃな」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 2074年、四月。新人指導実地訓練での死亡事故をきっかけに始まった一連の騒動は、死亡扱いとなっていた神機使いの奇跡の生還と、その神機使いを助け保護していた白きアラガミの発見という形で幕を閉じる。

 

 前代未聞のその白きアラガミが、この極東にどんな影響をもたらすのか。

 

 それは──神のみぞ、知ることである。




 第一部、完結。

【おしらせ】

 ストックが尽きました。そしてお盆休みも終わりました。このメッセージが皆さんの目に触れているころには、わたしは既にしゃちくに戻っていることでしょう。

 とりあえずの一区切りがついたので、毎日更新は一旦ストップします。続きが溜まり次第適当なタイミングでぼちぼち投稿は再開しようと思いますが、第二部の開始までしばらくおまちください……。


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30 スプリング・フェスティバル:結果報告書

 

【スプリング・フェスティバル:結果報告書】

 

 本報告書は、2074年4月に発行されたミッション(スプリング・フェスティバル/ミッションコード:7404NO003)および当該ミッションにて確認された新種のアラガミについて報告するものである。

 

※支部長命令により、本報告書の閲覧には制限がかかっています! 閲覧権限の申請は別途申請フォームより行ってください。

 

 

◆目次◆

 

【概要】

 ◇対象ミッション

 ◇ミッションコード

 ◇ミッション開始日

 ◇ミッション参加者

 ◇ミッション目的

 ◇ミッション結果

【経緯】

 ◇ミッション発行

 ◇作戦行動中

 ◇カリギュラとの戦闘、および桜田チハルとの合流

 ◇ミッション完了

【桜田チハルの容態について】

【白いアラガミについて】

 ◇名称

 ◇外見的特徴

 ◇身体的能力

 ◇特筆的能力

  ・雷操作

  ・回復オラクル

  ・ジャミング領域

  ・嗅覚

 ◇耐性

 ◇その他特記事項など

【白いアラガミの今後の処遇について】

【関連書類・関連ミッション等】

 

◆本文◆

 

【概要】

 

◇対象ミッション

 スプリング・フェスティバル

 

◇ミッションコード

 7404NO003

 

◇ミッション開始日

 2074年4月16日

 

◇ミッション参加者

 

・雨宮1番隊

 雨宮リンドウ少尉

 ソーマ・シックザール少尉

 藤木コウタ少尉

 

・片桐2番隊

 片桐キョウヤ上等兵

 エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ(新兵)

 エミール・フォン・シュトラスブルク(新兵)

 

・真壁3番隊

 真壁ハルオミ少尉

 台場カノン上等兵

 榎本ケイイチ(新兵)

 松宮レイナ(新兵)

 

◇ミッション目的

 作戦エリア内のアラガミの掃討、および桜田チハルの保護。

 

◇ミッション結果

 成功。40体を超える中型以上のアラガミを討伐。また、新種の白いアラガミの発見(後述)。

 

 

【経緯】

 

◇ミッション発行

 2074年4月16日の朝、出勤したオペレーターの竹田ヒバリがレーダーマップ上にKIA認定とされた桜田チハル少尉の腕輪のオラクル反応が表示されていることを確認した。腕輪の反応はアナグラから北北西に約150km地点にあり、桜田チハルがロストしたとされる場所からは離れていたが、桜田チハルの反応にほぼ重なるようにして大きなアラガミ反応が確認できたことから通信機器の不良の可能性は限りなく低く、そして腕輪を通したバイタル情報が確認できたことから、桜田チハルが生存している可能性が非常に高いと判断された。

 桜田チハルの反応はアラガミ反応と共に時速30km弱の速度でアナグラに向かっており、同日1400頃にはアナグラに到着する見立てであったが、その進行ルート上(アナグラから北北西に約50kmの地点)に複数の大型以上のアラガミ反応があったため、当該エリアのアラガミの掃討および桜田チハルの保護を目的とした指名制のその他ミッションとして7404NO003が発行。三部隊(合計十名)が現地に派遣された。

 なお、ミッション発行時の段階にて、桜田チハルと動きを共にしているアラガミについては、【ジャミング領域の展開ができる人間に友好的な知能の高い新種のアラガミ】と推定されていた。

 

◇作戦行動中

 1210頃に各部隊が作戦エリアに到着。片桐2番隊が先陣を切り、それに続く形で真壁3番隊が作戦エリアに進行。また、別ルートから雨宮1番隊が作戦エリアに進行した。

 各部隊ともに順調にアラガミの討伐を行っていたが、1240頃に件の新種のアラガミの接近に起因すると思われる通信障害が発生。これにより各部隊間および本部との通信が取れなくなった。

 また、ほぼ同時刻に上空よりカリギュラが当該エリアへ侵入するのを、雨宮1番隊が目視にて確認。これを受け、雨宮1番隊は作戦目標を桜田チハルの保護からカリギュラの討伐へと変更。雨宮1番隊は片桐2番隊と合流すべく移動を開始した(片桐2番隊にはカリギュラとの戦闘資格を有する神機使いがいなかったため)。

 

◇カリギュラとの戦闘、および桜田チハルとの合流

 通信障害が発生したため、片桐2番隊はエミール・フォン・シュトラスブルクを通信中継役として後方に待機させ、片桐キョウヤ上等兵、エリナ・デア=フォーゲルヴァイデの二名が先行してアラガミ討伐を行っていた。アラガミ討伐は順調に進んでいたが、先行していた二名はカリギュラと遭遇。両名ともに接触禁忌種であるカリギュラとの戦闘資格は有していなかったが、そのまま戦闘に突入することとなった。

 片桐キョウヤは雨宮1番隊の応援が来るまでカリギュラをその場に留める方針で戦闘を開始。エリナ・デア=フォーゲルヴァイデを下がらせ、自身が囮になることでカリギュラの足止めを図るも負傷。戦闘継続は絶望的な状態となったが、桜田チハルを背中に乗せた白いアラガミが戦闘に乱入。結果として、カリギュラは白いアラガミによって討伐され、片桐2番隊と桜田チハルの合流は果たされた。

 なお、この際に桜田チハルの呼びかけにより、片桐2番隊の両名に対して白いアラガミが回復オラクルによる治療を行ったことが確認されている。

 

◇ミッション完了

 カリギュラ討伐後、桜田チハル、片桐キョウヤ、エリナ・デア=フォーゲルヴァイデの三名は白いアラガミの背に乗って移動を開始。アラガミと戦闘継続中であった真壁3番隊の応援へと向かった。この時、桜田チハルの呼びかけにより白いアラガミのジャミング領域が解除され、通信障害は解消し、全体の通信が復活した。エミール・フォン・シュトラスブルクと合流していた雨宮1番隊は片桐2番隊からの連絡を受け、目標をカリギュラ討伐から真壁3番隊の応援(合流)へと変更した。

 真壁3番隊と合流した桜田チハルらはそのまま戦闘を開始。残っていたアラガミのほぼすべてを白いアラガミが撃破した。

 その後、作戦エリア内のアラガミの掃討が確認されたため、これを以てミッション完了と判断。派遣された三部隊と保護対象であった桜田チハルは同日の1630にアナグラに帰投した。

 

【桜田チハルの容態について】

 行方不明になってから五日間ほど外部で過ごしていた桜田チハルであったが、ごく軽度の栄養失調および脱水の症状が見られたものの、全体としてケガはなく、意志も明瞭で大きな異常なし。アナグラに帰投後大事を取って点滴を受けた。全治一日と判断。

 なお、白いアラガミによる治療を受けたと本人より申請があったため、念のため定期的なメディカルチェックおよびメンタルケアを受けることを医師より指示されている。

 

【白いアラガミについて】

 新人指導実地訓練(ミッションコード:7404FE043)にて七体のアラガミに襲われた桜田チハルを助けたとされる白いアラガミ。その後、五日間にわたって桜田チハルを守るように行動を共にし、本ミッションにて桜田チハルと共にその姿を現した。

 本ミッション後に桜田チハルに付き添う形でアナグラへとやってきたが、ペイラー・榊支部長の手引きにより一時的にエイジス島へと移送された。なお、実態として拘束などの措置はとっておらず、あくまで桜田チハルの呼びかけおよび本アラガミの意志でエイジス島にいるだけであるため、ただ単にエイジス島に居着いているだけというのが正しい表現となる。

 

 その詳細は現在調査中であるが、人を襲わず、ある程度の意思の疎通ができるらしいことが確認されている。また、上記の本来のアラガミからは考えられない特徴より、単純な新種のアラガミというよりかは、かなり特異な変異種である可能性が高いと推測されている。

 

 以下は現在までの情報を暫定的にまとめたものである。あくまで状況証拠からの推測を羅列しただけに過ぎず、今後の調査結果次第では見解が変わり得ることに注意されたし。

 

◇名称

 未定。今後決定予定。

 

◇外見的特徴

 ガルム神属と思われる骨格。全体としてヴァジュラより二回りほど大きく、全身が非常に保温性の高い手触りの柔らかな白い毛皮で覆われている。両腕にはガルム神属特有のガントレットがあり、背中にはヴァジュラのマントとよく似た青いマントを有する。尾は扇状で横に広く、大きい。

 顔には目元を隠すような仮面があり、額からは青い角が生えている。相貌は非常に凶悪で恐ろしい。

 

◇身体的能力

 非常に優秀。瞬発力・持久力に優れ、その巨体に見合わない俊敏な動きを可能としている。膂力も高いらしく、ガントレットの一撃でカリギュラのブレードを破壊した姿が確認されている。また、大型アラガミが相手であっても飛び掛かり、無理やり押さえつけて行動を不能にする姿がしばしば確認されている。

 カリギュラやランク6相当の七体のアラガミを同時に撃破できること、および後述の能力を考慮すれば、総合的な戦闘能力は接触禁忌種と同等以上の非常に高いものと思われる。

 

◇特筆的能力

 

・雷操作

 雷属性のアラガミと推測され、自在に雷を操る姿が目撃されている。ヴァジュラと同程度、あるいはガルムが操る炎と同程度の操作能力があるらしい。出力は非常に高く、カリギュラの装甲が赤熱し溶融する程度の電圧を操れる。雷を操る際に額の角とマントが青白く発光していることから、この二つが発電に関わる器官だと思われる。

 また、体中に軽い電気を纏うことで毛皮をよりふかふかにし、ほどよく温めることもできるらしい。その肌触りは非常に素晴らしいとの報告も上がっている。

 

・回復オラクル

 神機使いが扱う回復弾と同じ性質を持つらしい緑色の雷を発射できる。詳細な効果検証は未実施だが、凍傷や軽度の擦過傷程度であればほぼ瞬時に回復できることが確認されているほか、雷という形態であることから、瞬時に広域に展開できることがわかっている。

 

・ジャミング領域

 特殊な偏食場パルスを展開することで、自身を中心とした半径数百メートルの範囲でジャミング領域を展開することができる。継続力は非常に高く、基本的にはずっと展開し続けられるらしい。このジャミング領域には、【ジャミング領域内であっても近距離であれば通信が成立する】という特徴がある。

 範囲、継続力ともに高く、ステルス的な用途としてアラガミがジャミングを用いるのは過去に例のないケースであるが、そもそもとしてこれほど強力なアラガミがなぜジャミング領域を展開する(自身の隠蔽行為をする)のかは不明である。

 

・嗅覚

 非常に高い嗅覚を有するらしく、これにより数km離れた廃棄トレーラーに積載されていた非常食を見つけたとのこと。戦闘時にも嗅覚を用いているらしく、視覚範囲外のアラガミの動きを捉えている節がしばしば見受けられた。

 

◇耐性

 【火】、【雷】、【氷】に耐性があるらしいことがわかっている。特に【氷】属性については、カリギュラの冷凍ブレスが直撃しても平然としているほど高い。

 

◇その他特記事項など

 

・アラガミとしては非常に高い知能があり、人とある程度の意思の疎通ができる。確認されている限り、【進め】、【待て】、【乗せて】、【降ろして】、【水浴び】、【進行方向指示】、【戦え】、【アラガミ解体指示】、【運んで】といった指示を聞き分けることができる。

 

・アラガミとしては異例なことに、人を襲おうとする傾向が無く、逆に人を救おうとする傾向があるらしい。一方でアラガミとしての捕喰本能は備えており、戦闘時には盛大にアラガミを喰い散らかす。特にコアの部分が好きらしい。挑発フェロモンを使用した桜田チハルを前にしても全く襲うそぶりを見せなかったことから、かなり特異な偏食因子(偏食傾向)があると推測される。

 

・非常に人懐こく、穏やかで大人しい性格をしているらしい。桜田チハルによると、顎の下を撫でられるのと人間の体の匂いを嗅ぐことが何よりも好きであるとのこと。彼女の所感として【甘えん坊の男の子みたい】といったコメントがある。また、数時間おきの水浴びを好む姿から、綺麗好きでもあるらしい。

 

・桜田チハルがこのアラガミと行動していた際、夜間は前述の雷操作によって暖かくふわふわになった尻尾をベッド代わりにして眠っていたらしい。このことから、【人間の睡眠の必要性】、【人間の睡眠に適した環境】、【人間に危害を与えないレベルでの雷操作】の理解があると思われる。

 

・桜田チハルの空腹を察し、前述のとおり嗅覚を用いて食料の捜索を行うほどの知能を見せた。今までの所、明確に嗅覚を用いた索敵を行うアラガミは確認されていないため、アラガミとして初の事例と考えられる。

 

・桜田チハルと行動を共にしていた際、神機を失った彼女に代わり、(彼女の指示に従って)アラガミの解体を行った。知能の高さはもちろん、手先の器用さもあると思われる。

 

・人見知り(?)であるらしく、現在の所桜田チハルの「おねがい」を優先して聞き入れる傾向を見せている。また、女性神機使いについては懐いている(?)様子を見せる一方で、男性神機使いについてはそっけないともとれる態度をとることが多い。評価サンプル数が少ないため、今後年齢やその他の要素を考慮して検証を行う予定である。

 

【白いアラガミの今後の処遇について】

 白いアラガミはエイジス島にて事実上の収容状態にある。今後の処遇についてペイラー・榊支部長が決定するまで、以下の体制を以ってあたることとする。

 

1. 常時三名以上の神機使いがエイジス島へ駐在し、白いアラガミの監視をする。なお、特別な理由がない限り、三名中一名は女性とする。

 

2. 白いアラガミがエイジス島から出るそぶりを見せた時は本部へ連絡すること。なお、この行動を止める必要はない(捕喰のための移動であり、そのうち戻ってきます)。戻ってきたら再び本部へ連絡すること。

 

3. エイジス島へアラガミが侵入した場合は指示がなくともこれの討伐にあたること。この時、可能であれば白いアラガミと協力して討伐することが望ましい。

 

4. 余計な混乱を避けるため、本アラガミについては緘口令を敷くものとする。関係者以外には本アラガミに関する一切の情報を漏らさないこと。万が一本アラガミの存在が露呈してしまった場合は【極秘開発中の生物型試作新型神機である】とし、速やかにペイラー・榊まで連絡すること。

 

【関連書類・関連ミッション等】

 

◇関連書類

 ・新人指導実地訓練:死亡事故に関する報告書

 

◇関連ミッション

 ・新人指導実地訓練(ミッションコード:7404FE043)

 ・桜田チハル救出任務(ミッションコード:7404NR001)

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「……ふぅ」

 

 電子メールで送られてきたその報告書を読んで、プラチナブロンドの髪の彼女は小さく息を吐いた。

 

「人と意志の疎通ができるアラガミ、かぁ……」

 

 脳裏に浮かぶ、無邪気な笑顔。しかしこの報告書を見れば、明らかにそれ(・・)との関連性は無いのだろう。彼女と違ってヒトの姿はしていないし、もしも何かしらの関連があるならば──おそらく、もっとはっきりとした形で連絡を寄越してくれるはずだ。

 

「ついこの前アナグラを離れたばかりのはずなのに……随分と、いろんなことがあったんですね」

 

 とはいえ、非常に興味深い案件であるのもまた事実。ヒトと意志の疎通ができるアラガミというだけでも驚くべきことなのに、それがガルム神属の大型アラガミともなれば、文字通りの前代未聞だ。ほとんど人間とのふれあいが無い中で人を保護している点も興味深いし、その強力なオラクル細胞をちょっと研究するだけで有用な研究成果はいくらでもでることだろう。

 

 なにより、挑発フェロモンの効果があっても人を襲わないという非常に稀有な偏食傾向。これだけでもう、一つの支部が数年分の予算を割いてでも研究するに値するほどの大きな発見だ。

 

「それにしても……ふふ、コウタらしい報告書ですね」

 

 小さくくすりと笑ってから。

 

 彼女は──呆れたように眉間に皺を寄せた。

 

「相変わらず文章が読みにくくてわかりにくい。内容が散らかっていて何を主体として言いたいのかわからない。もっと構成を見直したほうがいいですよコレ。白いアラガミの詳細については別個にまとめて関連書類として記載すべき……そうじゃないと調査進行によるリビジョンアップがこっちにも掛かって手間がかかるし、何よりも検索性があまりにも悪い。このレポート名じゃ後から探せないじゃないですか。余計な修飾や書くべきでない推測も多いし……なんか最後の方、疲れて投げやりになって来てません? 全体として、報告書の態が保たれていないし、そもそも報告書なのに作成者の名前が記載されてないってどういうことですか……」

 

 傍らにあったマグカップを手に取り、彼女は喉を潤す。何度も最初から読み直しては、出来の悪い生徒に指導するかのようにその問題点を虚空に向かって呟いた。

 

「……まぁ、以前に比べれば随分と良くなってますけど」

 

 彼女の記憶にあるコウタは、もっとちゃらんぽらんでいつだって能天気な人間だった。その明るさに救われたことは何度もあるが、それはそれとしてこの手の書類作成作業の能力は壊滅的だったと記憶している。

 

 それなのに……この、短い時間でこれだけの文章量のそこそこ読める(・・・・・・・)報告書を作成したのだ。もし一年前の自分がこれを見ても、絶対信じられなかっただろうと彼女はぼんやりと思った。

 

「それにこうして事前にチェックを頼んでくるあたり、成長してるんですよね……ふふっ、ホントはあんまり良くないんですけど」

 

 隊長としての自覚が出てきたのかな、いやいや、文章チェックという態で誰よりも素早く情報共有してくれたのかも……なんて思いつつ、彼女は指摘点をメールにまとめようとして。

 

「……ん?」

 

 そして、気付いてしまった。 

 

「嘘でしょ……リンドウさんもハルオミさんもこれで承認出してる……。これ、承認済みの正式な報告書じゃないですか」

 

 承認欄。作成者のところはもちろん、合同参加者としての部隊長の欄も既に埋まっている。

 

「どん引きです……絶対ろくに目を通さずに承認しましたね」

 

 パッと見ただけで、両手が必要なくらいには指摘事項があったのだ。自分の倍以上のキャリアを持つ二人が揃ってそれを見落とすとは考えられない──と、彼女は強い確信を抱いた。

 

 実際のところは、ちゃんと二人とも目を通したうえで承認をしている。なんだかんだで隊長である以上、最低限の仕事はきっちりこなしているのだ。ただ、二人ともこの手の作業に関してはいくらかおおらか(・・・・)であることと、彼女が人一倍この手のことに厳しいというだけの話である。

 

「いずれにせよ、一度アナグラに立ち寄って詳しい話を聞いてみたいですね」

 

 もちろん、彼女には今抱えている仕事がある。そちらを放り出すわけにはいかない。が、それを考慮してもこの白いアラガミにはあらゆる可能性がある。上手くいけば、彼女の仕事を大きく進める手がかりも得られるかもしれない。

 

「本格的に検討するのは次の報告書が回って来てからとして……それまでに、なんとか時間を作らなきゃ」

 

 彼女の頭の中で、アナグラへ帰るための算段がつけられていく。偶然にも、今は遠征中であったリンドウとソーマもアナグラにいるらしい。つまり、少し前までずっと一緒だった部隊の仲間の内、一時的に前線を退いているサクヤを含めた四人がアナグラに揃っているわけで。

 

 そこに彼女が加われば──六人中、五人が揃うことになる。

 

「あなたも……戻ってきてくれないかな」

 

 脳裏に浮かぶのは、クレイドルとして遠く離れた場所で活躍するその姿。

 

「……会いたい、なあ」

 

 CCに連なっている、彼の名前をそっと撫でてから。

 

 彼女は、彼から貰った赤いベレー帽を愛おしそうにぎゅっと抱きしめた。




【NORN:データベース更新】

◇桜田チハル
 桜田チハル(15)
 2072年フェンリル極東支部入隊。現在の階級は上等兵。
 出生:3月24日 身長:144cm

 2074年ミッション「新人指導実地訓練(ミッションコード:7404FE043)」にてMIA認定とされ、その後「桜田チハル救出任務(ミッションコード:7404NR001)」にてKIA認定となったが、同年の「スプリング・フェスティバル(ミッションコード:7404NO003)」にて生存が確認され、見事原隊復帰を果たした。生存が確認されたためKIA認定は取り消され、二階級特進も取り消しとなり階級は上等兵に戻った。
 神機が破損したため、現在は神機使いとしては休職中。定期的なメディカルチェックや簡単なメンタルケアを受けながら、新たに発見された新種のアラガミについての聞き取り調査、および研究・検証に協力している。現在の所、件のアラガミに対する知見が最も深いのは彼女であるため、今後しばらくはそちらの方向での活動がメインになると推測される。
 非常に小柄な体格で子供と間違われることが多いため、同行者は常に注意し適宜フォローすること。特に、フェンリルに倫理道徳に反した児童強制労働の疑いをかけられた場合は必ずその場にて確実に訂正を行うこと。
 片桐キョウヤと同期入隊であり、彼とのミッション同行回数が最も多いほか、彼と出撃したミッションの成功率はほぼ100%となっている。
 神機:バスターブレード・ブラスト(第二世代)





【蛇足】
 変則的ではありますが、忘れないうちに報告書だけ挙げておきます。本格的な再開準備はぼちぼち進めているので、毎日投稿は無理ですが完成次第適宜投稿していこうかと思います。


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31 急雷の神名


【急雷】 突然鳴り出したかみなり。

【神名】 神の名。じんみょう。



 

「よ、よし……ほら、来いよ」

 

「だいじょーぶ、怖くないから……」

 

 さて。

 

 さてさて。

 

 さてさてさて。

 

 私の目の前で、若干震えながら腕を開いている二人の神機使い。なんともまぁパッとしない雰囲気というか、支給された制服をそのまま着ているという神機使いにしては妙に地味で特徴のない出で立ち──あえて語るまでも無く、ネームドキャラじゃないモブの神機使いだろう。

 

 ついでに言うとバリバリの新人だ。雰囲気が初々しくて若々しいってのはもちろん、なんというかこう……特有のあどけなさがあるし。こういっちゃなんけど、頼りになるって感じは全然しない。

 

 ──ルゥゥ。

 

「……うぉ」

 

「きゃ……」

 

 何が言いたいかって、つまり。

 

「わ、分かってはいても結構怖いよな……」

 

「う、うん……甘えん坊なのは間違いないんだけど」

 

 

 ──この子たちも守るべきウチの子供であり、つまりは私がママである。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 チハルちゃんをこのアナグラへ届けてから早二週間。私はこの、エイジス島をねぐらとして生活を続けている。

 

 あの戦場にてまさかのリンドウさんらと合流できた後……流れるようにこのエイジスに連れてこられて、そしてチハルちゃんに『ここが新しいお家だからねっ!』って言われちゃったんだよね。

 

 いやはや、びっくりしたよね。実験室送りか、あるいは華麗にハンティングされちゃうかもってヒヤヒヤしていたのに、まさかエイジス島をそのままプレゼントしてくれるとは。今まで無職のホームレス(?)だったのに、一夜にして一国一城の主になっちゃったよ。

 

 まぁマジな話、曲がりなりにも私を収容できる場所がここしかなかったってのが大きいのだろう。エイジス島ならアナグラからの直通通路もあるし、おそらくは建設時に使ったのであろう資材搬入用(?)の大きな地下通路もある。

 

 フェンリル関係者がこっそり出入りするのに申し分なく、そして私自身もある程度自由に出入りができる──フェンリル側からしてみれば、通路さえ張っておけば私の所在もある程度分かるというのだから、これほど都合のいい場所はない。

 

 で、それからはずっと、食べては寝て、食べては寝ての生活を続けている。気が向いた時は外出して、そうじゃない時はここでお昼寝とかをして。あとはシフト制(?)でやってくる神機使いたちをウチの子認定して遊んだりとかも。

 

 まったく、実に自由にのびのびとやらせてもらっていると言わざるを得ない。あのドン引きするほど真っ黒なフェンリルとは思えない好待遇。逆になんか裏があるんじゃねーかって思っちゃうレベル。

 

「なんでこんなに匂いを嗅ぐのが好きなのかねえ……」

 

「ヒトの匂いを嗅ぐと安心するから……とか?」

 

 冗談は半分置いておくとして。もはや恒例行事であるかのように、私は彼ら──私の【監視】に来た神機使いの匂いを嗅いでいる。いや、正確に言えば嗅いでいるふりを強要されているというべきか。

 

 私にとっての誤算の一つ。どうやらチハルちゃん、私のことを甘えん坊の犬か何かだと思っていたらしい。監視に来た神機使いは全員がこうして私に匂いを嗅がせようとしてくる──それが友好の証であると思い込んでいる。まず間違いなく、挑発フェロモンチェックの時のアレを勘違いして報告したのだろう。

 

「…………毎回思うんだが、レイナの方ばっかり匂い嗅がれてないか?」

 

「ケイイチに限らず、男の人のはあんまり嗅がないみたいだよ? キョウヤさんの時はほぼ一瞬で終わってたもん」

 

 いいか、最初に言っておく。私には間違っても男の体の匂いを嗅ぐだなんて趣味はない。ただ、そうしないとウチの娘の立場が危うくなるから仕方なくやっているだけだ。それで向こうに信頼と安心感が生まれるというのなら、例え嫌であろうとやってみせるのがオトナってものよ。

 

「匂い嗅いでもらわないと人間認定されずに食べられるって話、マジなのかな……」

 

「キョウヤさんが大袈裟に言ってるだけだと思う……わぷ」

 

 ──ルゥゥ。

 

 女の子のほうを、尻尾でくるんでみる。ママの自慢のふかふか尻尾ですようっと。

 

「気持ちいい……」

 

「露骨だよなあ、ホント」

 

 何気に一番困っていること。どうにも情報の共有ができないというか、私からは彼らのおしゃべりからしか現状の把握ができない。いったい私はどういう扱いになっているのか、どういう認識をされているのか、そのあたりがさっぱりわからん。

 

 アナグラ側として大人しくしていてほしいのか、それともマジに自由気ままに出歩いていいのか、あるいはアラガミ討伐に協力してほしいのか。私個人としては普通に人類の味方としてアナグラに協力したいわけだけれども、どれが正解なのかが分からないせいで行動を決めあぐねている節がある。

 

 故に、こうしてなるべく多数の神機使いと戯れて人畜無害な素敵なイケメンママであることをアピールするほかない。なんだかんだで外に出るのも最低限の食事のためってのがメインだしね。

 

「もう少し仲良くなれたら、チハルさんみたいに背中に乗って一緒に戦ってくれたりとかしてくれるかな?」

 

「どうだろうな? レイナが乗るよりもチハルさんが乗ったほうが活躍できるだろうし……俺達が受けられるようなミッションじゃ、こいつの出番はないだろ」

 

 まぁ、榊博士が相手であるならば悪いことにはならないだろう。あの人ヒトとアラガミの共存を願っている節あるし、そう言う意味ではまさしく私は格好の研究対象であり希望の光でもある。自分で言うのも何だけど、ここまで人類に協力的なアラガミなんてそうそういないわけだし。

 

「そういや、ミッションで思い出したんだけど」

 

「うん?」

 

 問題があるとすれば。

 

 

 

「──赤い雨って知ってるか? なんか、最近こっちの方でも報告が増えてきたらしいぜ」

 

 

 

 月が緑で螺旋の樹が無く、そしてエリナちゃんが神機使いとなっている──つまりはGE2本編クリア前なのに、ゲームではまだ登場していないはずのリンドウさんとソーマが居たこと。

 

 私という異物が混入している時点でほぼ確定だったけれども──どうやらこの世界は、ゲームと異なるシナリオを描きつつあるらしい。少なくとも、私の知っている未来(シナリオ)を鵜呑みにはできないようだ。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽  

 

 

 

「やあ、体の調子はどうだね?」

 

 支部長執務室。いつぞやと同じくそこに呼び出されたチハルは、ふかふかのソファに座ったまま緊張で身体を固くした。

 

 目の前にいる榊は、胡散臭そうに見えるが誠実で信頼できる人間なのだろう。人を助けてくれるアラガミなどという、どう考えてもトチ狂ったとしか思えないチハルの話を信じてくれたばかりか、あの白いアラガミを討伐しようともせず、どういうわけか住む場所まで与えてくれたのだから。

 

 変に実験体扱いされるくらいなら、フェンリルに歯向かってでもあの子を逃がさないと──なんて秘かな覚悟を決めていたチハルにとって、それはまさしく最も理想的な展開だったと言って良い。

 

 そういう意味では、チハルの命の恩人を丁重に扱ってくれている榊もまた、恩人であるわけなのだが。

 

「もうすっかりだいじょうぶになりました……けど」

 

「ふむ! それは実に喜ばしい!」

 

 ──どう見ても、悪い人の笑顔にしか見えないんだよね。

 

 細い目をさらに細めてにっこりと笑う榊を見て、チハルの中でそんな思いが強くなっていく。

 

「体調も戻ったとなれば、本格的なヒアリングも問題なくこなせるというわけだね」

 

「それはまあ、そうですけども」

 

 ちら、とチハルは周囲を見る。

 

「……なんか、すっごく気まずいというか」

 

 ソーマ、リンドウ、そしてコウタ。チハルと同じくこの執務室に呼び出された神機使い。しかしただの上等兵でしかないチハルと違い、三人ともが少尉であるうえあの独立支援部隊クレイドルの所属でもある──つまりは、なんかすごくてめっちゃ偉い人というわけだ。

 

 もし、馴染み深く今も明るい笑みを浮かべているコウタが居なければ。チハルはきっと、もっとガチガチになってまともに受け答えはできなかったことだろう。

 

「コウタくんが書いてくれた報告書は見てくれたかい? あれはキミからの聞き取りの結果も反映されているわけだが、内容に間違いはないかな?」

 

「は、はい……というか、もうほとんど全部あそこに書かれているような」

 

「ふむふむ。では改めて……報告書にはあんまり書けないことについて聞かせてほしい」

 

 チハルが呼び出された理由。もはや疑うまでも無く、榊はチハルを助けてくれたあの白いアラガミについていろいろ知りたいのだろう。そこにクレイドルのメンバーまでいる理由まではわからないが、きっと偉い人たちには偉い人たちなりの理由があるのだろうとチハルは思うことにした。

 

「まず最初に……あのアラガミは、キミの言葉を認識していると思うかね?」

 

「……たぶん、してると思います。呼びかけには反応しているし、ある程度言うことも聞いてくれますから」

 

「では……他の人間が、あのアラガミに指示を送ったりすることはできると思うかい?」

 

「出来ると思います……けど、なんとなく、好き嫌いは激しいと思います。監視のためにエイジスにいったキョウヤくん、すごくそっけない態度とられたって言ってたし」

 

「なるほど……チハルくんから見てもそう言う印象があるわけか。では、次に」

 

 にこやかな表情を一切崩さないまま。榊は、さらっととんでもないことを口にした。

 

「チハルくんの主観で構わない。……あのアラガミに、明確な自我や意識があると思うかね? そう、それこそ……人間のような」

 

「……えっ?」

 

 自我、あるいは意識。普段気にすることなんてほとんどないが、それは人間であればだれでも持ち合わせているものだ。

 

 しかし、人間以外の生物の場合──果たして、明確な(・・・)自我や意識があると言えるのだろうか。怒りや喜び、感情があったとしても……おそらくそれは根源的な本能によるもので、複雑な情緒としてのそれを持ち合わせているのは、今の所人間だけしかいないはずである。

 

「私の印象ですけど……さすがに、人の意識みたいなものはないんじゃないかなって。もちろん、普通のアラガミみたいな感じじゃないですけど」

 

「言うなれば愛玩動物のそれに近いものというわけかい? 例えば……ラウンジで飼われているあのカピバラのような」

 

「です。……まあ、愛玩動物どころか普通の動物も、あのコ以外見たことないのであってるかわかんないですけど」

 

 チハルの中では、あの白いアラガミはどこまでも甘えん坊な小さな男の子というイメージしかない。休憩の度に甘えてきて、顎の下を撫でられるのが何よりも好きな、かわいい弟のような存在だ。ああも積極的にアラガミを狩ってくれたのも、顎の下を撫でてほしいからではないかと思ってさえいる。

 

「でも、一体なんでそんなことを……いくら賢いアラガミだからって、人みたいに意識があるだなんて」

 

「……順を追って説明しようか。いや、どれも相互に関わってくるから、明確な順番なんて付けられないのだがね」

 

 なぜだか一瞬開けられた間。知っている(・・・・・)人が見ればその違和感に気付けただろうが、何も知らないチハルに気付けるはずがなかった。

 

「あの報告書の中でまだわかっていないことがいくつかある。一つは【なぜあのアラガミはジャミングをしているのか】、そしてもう一つは……【そもそもどうしてキミを助けたのか】だ」

 

「……」

 

「後者については、正直どの考えも推測の域を出ない。ただの気まぐれなのかもしれないし、アラガミとしての性質という可能性もある。だからまずはジャミングの件から考察を重ねていくことにしたわけだが……時に、チハルくん」

 

「はい?」

 

「──ジャミングとは、何のために行うものだと思う?」

 

「何のため、って……」

 

 ジャミング。詳しい原理はよくわからないが、なんかレーダーが上手く機能しなくなるアレ。

 

「レーダーとか無線とか、相手の通信の妨害をするため……ですか?」

 

「その通り。かのアラガミは自身の周囲にジャミング領域を展開することで、疑似的なステルス状態となっていたわけだが……ここで一つ、疑問が出てくる」

 

「疑問?」

 

「なぜ、ステルス状態になる必要があったんだろうね?」

 

「……あ」

 

「あのアラガミが接触禁忌種すらあしらえるほど強力だというのは、チハルくんが一番知っているだろう?」

 

「たしかに……あの子の強さなら、逃げる必要も隠れる必要も無いような」

 

「だろう? 古来より、生物が擬態やその他手段により自身を隠蔽する理由は主に二つ……攻撃のためと逃げるためであるわけだが。下手な小細工なんていらないくらいにあのアラガミは強く、そしてあのアラガミを脅かせるアラガミもまた、今のところは存在しない。さらに言えば」

 

「……」

 

「現在の所、レーダーや電波、電気信号といったものを使って索敵をするアラガミは確認されていない」

 

 使う理由も無いのに備わっていて、する必要も無いのに展開しているジャミング領域。明らかに不自然極まりない話ではあるが、これはある前提──敵がアラガミであると限った場合の話である。

 

 そう。この世の中には、レーダーの類を使って索敵し、アラガミを脅かし得る……アラガミ以外の存在がいる。

 

「……まさか、神機使い(わたしたち)ですか? あの子がジャミングをしている理由って」

 

「おや。その口ぶりだと……気づいていたのかい?」

 

 ほんのすこしだけ、細められていたはずの榊の目が開かれる。

 

「あの子、すっごく良い子なのに……【アナグラに行って】ってお願いだけは、なぜかずっと聞いてくれなかったから。だから最初は、昔神機使いに虐められてトラウマになっちゃったのかなって思ってました」

 

「なるほど……いや、実は私が考えていたのもまさにそこでね。あれほど聞き分けの良いアラガミなのに、どうしてすぐに戻ってこないで傷ついたキミを連れ歩いていたのか。する必要も無いはずのジャミング能力と併せて考えると、その可能性が思い浮かんだわけで……そしてここからは、推測なわけだが」

 

「……」

 

「あれほどの高い知能だ。例えばだが……キミを連れ歩くことで、神機使いが安全であるかを確かめていたとか。あるいはキミを連れ歩く姿を我々に見せることで、敵意はないと示して攻撃されないようにしたとか」

 

「うーん……そこまで考えているようには、思えないですけど……」

 

「ははは、まあいずれにせよ推測の域を出ない話ばかりとなってしまう。故に……これもまた仮説で申し訳ないが、ジャミングとはあくまで副次効果的なもので、アレには別の理由や能力があるのではないかと、私はそう思っているよ」

 

 聞き分けは良いのになぜかアナグラだけには近づこうとしなかったこと。アラガミ相手では必要が無いはずのジャミング能力があって、対神機使いを想定しているならば辻褄だけはあうこと。ジャミング能力には我々が気づいていない本来の使い方があるかもしれないこと。

 

 現状から判断できるのは、今のところはこれくらいしかない。

 

「長くなったが……つまりジャミングについては、我々に対して何か思うところがあるのか、あるいは別の本来の使い方がある……という、二つの可能性があるわけだ」

 

 机の上に置かれているカップに口をつけて。そして榊は、再びその口を開いた。

 

「では次に、あのアラガミの偏食傾向についてだが……これがまた、実に興味深い結果が出てね」

 

「あっ……! それ、すごく気になってたんです!」

 

 偏食傾向。すごくざっくり言えば、何が好きで何が嫌いかという、食べ物の好みを表したもの。偏食因子に基づき定まるそれは、何でも喰らい尽くすというアラガミに対して唯一抵抗出来得る手段であり……たとえば、ある特定のアラガミが食べたがらない偏食因子を防壁に組み込むことで、【アラガミにも食い破られない壁】を作ることが出来たりする。

 

「人を食べないあの子の偏食因子なら……! きっと、すごくいろんなことに役立つんじゃありませんか!?」

 

「まさしくその通りだ。少しベクトルは違うが、ソーマくんたちはそんな今までにない偏食因子を探すことを任務としていたわけで……今回の報告は、果てしなく続くであろうその任務があっさりと片付く可能性を示していた」

 

「……示していた? ヒトを食べない偏食因子が……見つかったんじゃないんですか?」

 

「……見つからなかったんだよね」

 

 ぴこん、と榊の手によってモニターの電源が入れられる。そこには、顕微鏡か何かで拡大された細胞のようなものが映っていた。

 

「これは簡単な偏食傾向のテストを示したものでね。画面に映っているのは培養したヴァジュラ由来のオラクル細胞なんだが、ここにヒト由来の細胞を入れると……」

 

「……あっという間に取り込んだというか、食い破ったというか」

 

「次に、ヴァジュラの偏食傾向から割り出された、ヴァジュラが好まない偏食因子を組み込んだ細胞を入れると……」

 

「……その細胞だけ食べずに、他の所を食べだした」

 

「……で、同じことをあの白いアラガミ由来の細胞でやってみた結果がこれだ」

 

 画面の中で、先ほどと同じヒト由来細胞が投下される。

 

 しかし……どれだけ待っても、白いアラガミのその細胞はぴくりとも動かず、それを食べようとする気配は終ぞ訪れなかった。

 

「……あれ? ヒトの細胞食べてない……ですよね?」

 

「ああ。偏食傾向としては確かに人を好まない……人を襲わないのは間違いない。だけど、どれだけ探しても……それを決定づける偏食因子は、見つからなかった」

 

「えっ」

 

「少なくとも我々の現在の科学力においては、あれはごく普通の特別でも何でもないオラクル細胞と結論付けるほかない」

 

 偏食傾向として人を食べないのは間違いない。なのに、そのオラクル細胞からはどれだけ探してもそれを決定づける偏食因子は見つからなかった。

 

 それが意味することは、つまり。

 

「あのアラガミは──純粋な意志の力を以て、我々への捕喰衝動を抑えている可能性がある」

 

「うそぉ……」

 

「ただ、それもまた可能性の話で……実のところは、わけが分からないというのが本音かな」

 

 意志の力で抑えていたとして。いったいどうして、体から切り離されたオラクル細胞までもがヒトの細胞を食べようとする傾向を見せないのか。それは明らかに道理が合わないし、そもそもとして偏食傾向はあくまで好き嫌いを示すもの──つまりは、好まないだけであって食べられないというわけではない。

 

 なのに、この細胞は文字通り、一切ヒトの細胞を取り込もうとしないのだという。もはや、食べ物と認識すらしていないらしかった。

 

「実に研究のし甲斐があるが、調べれば調べるほどわけがわからない。実際問題として、我々はあの白いアラガミのこの後のことを考えないといけないわけだが……その根拠を示せない。こうなるともう、実績のあるチハルくんに色々頑張ってもらわざるを得ない」

 

「んんー……! なんかもう、すごくこんがらがって来ちゃったんですけど……ともかく、言われた通りに実験とかに協力すればいいってことですよね……?」

 

「まあ、そういうわけだ」

 

 どこか胡散臭くも見える笑みを浮かべた榊は、種明かしをするかのように言葉を紡ぐ。

 

「ちなみにだが。コウタくんがあのアラガミには意思が無いという考え……つまりはキミと同じ考えだ。理由としては行動があまりに本能的で人懐っこく見えるから。私とソーマくんがあのアラガミには明確な意思があるという考えで、理由は……キミを連れていた時の行動と、そして子供のような無邪気さは感じないから」

 

「……リンドウさんは?」

 

「よくわからんし、どっちのようにも思えるから【どちらでもない】派だな……まったく、榊博士の話は毎回長いし回りくどいから困るぜ」

 

 いい加減、我慢が出来なくなってきたのだろう。ぐうっと大きく伸びをしたリンドウは、はっきりと断言するかのように言った。

 

「つまるところ、調べれば調べるほどわけがわからんってのがあのアラガミだ。だけど、だからと言って放っておいていいわけがない。これからお前にはいろいろな調査に協力してもらうことになる。さしあたって──」

 

 あのアラガミに意思はあるのか。

 いったいどうして、アラガミなのに人間を助けるのか。

 なぜ、する必要のないジャミングをしているのか。

 

 この三つのうちの一つでも分かれば、それに連動するように他の二つの問題も解けるかもしれない。故に、様々なアプローチよりそれらの検証をする方向でこれからは動いていくらしい。

 

「細胞サンプルの採取とか、知能テストなんかもするだろうが……あのアラガミと一緒にアラガミ討伐に出かける機会も増えると思っている。つまり」

 

「私があの子の背中に乗って、一緒にアラガミを討伐する……ってことですよね」

 

「ああ。もちろん、他の神機使いも同行するわけだし、危険な目に合わせるつもりはないが……それでも、神機なしで戦場に立つことになる」

 

「大丈夫ですよ、それはもう経験済みなので!」

 

 現状、あのアラガミと最も心を通わせているのはチハルだ。そしてチハルには、例の五日間という実績もある。いろいろと不確定要素が多い中では、これ以上の適任がいるはずもない。

 

 ついでに言えば……チハルとしても、その要請に否はない。というかむしろ、何としてでも立候補したいくらいであった。

 

「いーい返事だ……で、大事なことが一つあってな」

 

「大事なこと、ですか?」

 

「あのアラガミの呼び名を決めないといけないんだ。さすがにいつまでも【白いアラガミ】って呼び続けるわけにもいかないしな」

 

 至極尤もな話。こうして多くの人間に知れ渡った以上、その呼び名が必要となるのは当然のことである。

 

「そんなわけで……チハル、あいつの名前を決めてくれないか?」

 

「え……私が決めちゃっていいんですか?」

 

「普通だったらフェンリルのお偉いさんが決めるんだけどな。だけど今回はあいつが反応してくれる名前じゃないと意味がないから……お前が付けちまえ」

 

「うー……実は、こっそり考えているのはあるんです。でも、ちゃんとした名前じゃないというか」

 

「十分だ。俺たちの呼びかけに反応してくれればいいだけだからな」

 

 正式な名前ではなく、あくまで愛称やニックネームのようなもの。しかしそれでも、【白いアラガミ】とずっと呼ばれるよりかははるかに良いのは誰の目にも明らかだろう。

 

 出会ってからずっと、二人きりだったために使う必要が無かったその名前。自分の心の中だけに秘めていたそれを、チハルは恥ずかしそうにはにかみながら口にした。

 

 

「──ルーちゃん! あの子の名前は、ルーちゃんです!」




20231209 誤記修正。「カルビ」はナナによって名付けられたので、この時点では名前はありませんでした。

 お久しぶりです。

 期間が空きすぎるのもよくないので、隔日を目標に一区切りがつくところまで更新する予定です。ストック作りきってから投稿したかったのですが、そんなこと言ってるといつまで経ってもできそうにないので……。



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32 知能確認訓練

 

「おいで、ルーちゃん!」

 

「こっち! こっちだノラミ!」

 

 さて。

 

 さてさて。

 

 さてさてさて。

 

 極東、エイジス島。いろんな意味で曰くがありまくるこの小さな島──今となっては私のお家であるこの島にて、腕を開いて必死に私に呼びかけている神機使いが二人。

 

 一人は私の娘……もとい、私と最も縁が深い神機使いであろうチハルちゃん。ここ最近全然姿を見なかったけれど、どうやらようやっとこうして外出(?)することも許されるようになったらしい。見る限り血色も良く、体に取り立てて異常なところは無さそうだ。素敵なバンダナでばっちりおめかししていて、ママもとってもほっこりするっていう。

 

 んで、もう一人もバンダナを着用した神機使い。それもびっくり、某所ではフラグブレイカーと名高いあのコウタくんだ。クレイドルのジャケットを羽織ったGE2時代の彼は、GEB時代の時よりもずいぶんたくましく、頼りがいのある立派な青年に成長している……のはいいとして。

 

「ほら、ルーちゃん! 久しぶりに顎の下をかいてあげるよっ!」

 

「お、俺だって! え、えーと……あ、頭をなでてやるから! だからほら、こっちに来るんだノラミ!」

 

 チハルちゃんが、満面の笑みを浮かべて腕を開いている。

 コウタが、腕を開いて必死になって私に呼びかけている。

 

 おそらく、というか間違いなく。これは例の誤解──【体の匂いを嗅がせることで友好的な存在であると示している】ってやつなのだろう。さすがに何度もやればそのくらい察しはつくし、別段それ自体はどうでもいいことなんだけど。

 

「ルーちゃん!」

「ノラミ!」

 

 ……まさかとは思うけど、これが私の名前になるのだろうか? アラガミの名前ってなんかこう……もっと、格式ばったちゃんとした名前が宛がわれるものだとばかり思っていたんだけど。こいつぁマジにただのデカい犬扱いされているんじゃねって思わないことも無い。

 

 ただまぁ、この二者択一なら、もはや考えるまでも無いわけで。

 

 

 ──ルゥ。

 

 

「あっ……!?」

「……よぉし! いい子だね、ルーちゃん!」

 

 のそのそと動いて、チハルちゃんの体に鼻を寄せる。ぱあっと太陽のように笑ったチハルちゃんが、慣れた手つきで私の顔を抱きすくめてきた。そのまま流れるように顎の下をわしわしわし──と、もはやプロと言っても差し支えないレベルの流麗なる動き。この安心感よな。

 

「ず、ずるいぞチハル! お前がそう言う風に呼びかけたら絶対そっちに行くに決まってるじゃないか!」

 

「えー? 納得できない、呼びかけに反応する名前にすべきだ……って言ったの、コウタさんじゃないですかあ」

 

「もっとフェアな条件でやるべき! そうだ、今度はチハルがノラミって呼びかけてくれ!」

 

 私の目の前でぎゃあぎゃあと騒ぐこの青年は、とてもじゃないけどあの第一部隊の隊長とは思えない……良い意味で、年相応に見える。たしかGE2で18歳のはずだから、私の感覚で言えば高校三年生男子ってところ。教室で友人たちとバカな話で盛り上がっているような年頃だ。

 

「もぉ……えっと、ノラミ?」

 

 ちょっと心苦しいけど、当然無視。

 

「…………ルー?」

 

 ──ルゥ。

 

 せっかく返事をしてあげたのに、コウタはがくりと肩を落とした。

 

「……バンダナだ。そうだ、きっとこいつはバンダナで個人を判別してるんだ。なあチハル、ちょっとバンダナ交換してやってみようぜ?」

 

「良いですけどぉ……」

 

 しゅるしゅるしゅる、と二人はバンダナを解き、そしてきゅきゅっと交換したそれを頭に巻きつける。蜘蛛の模様が入ったちょっとダークでオトナなバンダナも、ウチの娘にはよく似合っていて良いですわね。

 

「おいで、ノラミ?」

 

「……こっちこい、ルー」

 

 もちろん、ノラミの声だけ無視をする。いったいどうして、彼はここまで「ノラミ」という名前にこだわるのやら。シオちゃんの時もやたらとノラミって名前を付けたがっていたし……アレか、バガラリーに関する名前だったりするのかね?

 

「ちっくしょおお……! こんなにもノラミって感じの見た目をしているのに……!」

 

「うーん……ちょっとわかんない感覚だなあ……」

 

 さて。なんだかよくわからんけど、ひとまず私は【ルー】って名前になった。たぶん、鳴き声からあやかって名付けられたのだろう。なかなか呼びやすくて良い名前なんじゃないかと思う。

 

 で──当然のごとく、彼らもただ単純に私に会いに来たってわけじゃないだろう。第一部隊の隊長と、今の所私を唯一飼いならせる(?)チハルちゃんが連れ立ってやってきたのだから、その意味も推して知るべし、というやつだ。

 

 というか、そもそもとして。

 

「うっわー……! 話には聞いていたけど、本当に人の言葉を理解しているみたいだね……!」

 

「顔はちょっとおっかないですけど……ふふ、大人しそうないい子ですね」

 

 作業着姿のちっちゃいエンジニア──リッカさん。

 いつものオペレーターの制服ではなく、動きやすそうな制服(?)に身を包んだ──ヒバリさん。

 あとついでに、無言でじっとこっちを見ているソーマ。

 

 このエイジス島に、ゲームの中でしか見たことが無かった人たちが集っている。や、ソーマはこの前チラッと顔を合わせることはできたけれども、まさか非戦闘員であるリッカさんとヒバリさんに出会えるとは。

 

 ヒバリさんとはある意味じゃ一番会話するから必然的に親近感が爆上がりだし、そしてリッカさんとはGEBの病室でのイベントがヤバい。新人の頃、こっそりスタングレネードを横流ししてくれる茶目っ気も最高。最も会いたかった登場人物と言っても過言じゃない。

 

 そんな二人が目の前にいるんだぜ? そりゃテンションも上がりますわ。

 

「えっと……さっきの二人みたいに、腕を開いて受け入れる……だよね?」

 

「な、なんかちょっと恥ずかしい……かも」

 

 恥ずかしそうにはにかみながら、二人がそろって腕を広げる。

 

 文字通り、受け入れ態勢バッチリのばっちこいって感じだけど……畏れ多くも、いったいどこまで許されるのやら。匂いを嗅ぐのってだいぶアウトな感じがするし、それ以外の親愛の表現……ワンちゃんとして頬を舐めるというのもだいぶアウトだと言わざるを得ない。見るからに子供や男相手なら全然気にもならないのに、実に不思議なものだと思う。

 

 同性ならばセーフなのでは──と思ったけど、そもそもとして今の私が男なのか女なのかもようわからん。アラガミだから性別なんてあるわけないけど、人間としてのこの意識は男のものなのか、それとも女のものなのか。記憶が無いからさっぱりわかんねえや。

 

 ──まぁ、考えてもしょうがないことは考えないに限る。

 

「わ……!」

 

「お、思ったよりあったかい……!」

 

 そろりそろりと足を進めて、二人の傍らでしゃがみ込む。上手い具合に体をずらせば……ふっかふかの自慢のワガママダイナマイトボディで二人を包めるって寸法よ。チハルちゃんと行動していた時は、休憩時間にしょっちゅうこうやってソファ代わりになってあげていたっけ。

 

「すごいね、こいつは……! アナグラのベッドとは比較にならないくらいに柔らかい……!」

 

「あそこで一番豪華なソファでも、このふかふか具合には敵わないかも……!」

 

 そうでしょう、そうでしょう。いくらフェンリル関係者はそこそこの生活水準を保てるとは言え、こんな世紀末で高級な家具なんて望めるはずもない。ベッドがあるだけマシなこのクソッタレな極東において、私以上に快適なクッションなんて存在しないんじゃあるまいか。

 

 ……しかしまあ、リッカさんって実物(?)見ると思った以上に小さい気がする。体もほとんど私の白い毛皮の中に埋もれて、ぱっと見た感じ人がいるようにはとても思えない。

 

「……ヒバリ、どう思う?」

 

「うーん……明らかに普通のアラガミとは違うと思いますけど。でも、シオちゃんみたいな感じもしない……ような?」

 

 そう言えば、人型アラガミであるシオちゃんのことって、一部の人間以外には知られていないんだっけか。非戦闘員であるこの二人がやってきたのは、おそらく知性のある友好的なアラガミとの接触経験を買われてのものなのだろう。

 

「神機使いとじゃれて遊ぶって話は聞いてたけど……今のところは無邪気な子供って感じはしないね」

 

「どっちかっていうと落ち着きがあって大人しい感じがしますよね」

 

 あらやだ、意外と高評価。彼女らの中ではそれだけシオちゃんの印象が強かったのだろうか。

 

「ヒバリさーん? リッカさーん? ……もしかして、寝ちゃいました?」

 

「あはは、仕事が無ければこのまま寝ちゃってたかもね!」

 

 チハルちゃんの声を聞いて、リッカさんが私のおなかから体を離す。ヒバリさんは名残惜しそうにぎゅっと強く抱き着いてから、表情を引き締めてチハルちゃんの方へと向き直った。

 

「ひとまず、非戦闘員──神機使い以外の人間に対しても、友好的であることが立証されましたね」

 

「これだけ人慣れしているなら、実験や検証もスムーズに進みそうだよ!」

 

 それならよかった──と、チハルちゃんがにっこりと笑って。

 

 そして、史上初となる友好的なアラガミ(わたし)の本格的な調査が始まった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「お願い、ルーちゃん!」

 

 ──ルゥゥ。

 

 凶悪な面構えをした白い大きなアラガミが、小さな少女の一声に反応してゆっくりと身を伏せる。言葉を理解しているかどうかはわからないが、少なくともその意図を理解しているのは明確で、あえて語るまでも無く──普通のアラガミとしてはあり得ない行動だった。

 

「まずはまっすぐ20m走って、そのあと歩いて戻ってきてね!」

 

「はいっ! ……ルーちゃん、走って!」

 

 了承を示すかのように一声鳴いて、巨体に似合わぬ軽やかな足取りで颯爽と走って。ざっくり20m走ったところでチハルの指示通り足を止め、くるりと振り返ってゆったりと歩いて戻る。

 

 一番最初の課題は、これにて難なく合格だ。トラブルの一つも無い、実に模範的な動きと言っても良い。

 

「よしよし、じゃあ次は……正方形を描く感じで歩いてもらえる? 左回りで歩いた後は、今度は右回りで円を描く感じで戻ってきて!」

 

「はーい……ルーちゃん、まずはまっすぐあそこまで!」

 

 止まれ、曲がれ、進め、止まれ……とルーの背中に乗ったチハルが淀みなく指示を出していく。

 

「ちっくしょぉ……! いいなあ……!」

 

「まだ言ってるんですか、コウタさん……」

 

 自分の隣で本気で悔しがる姿がなんともおかしくて、ヒバリは小さく笑った。 

 

 ちょうどまさにヒバリたちの目の前で、チハルを背に乗せた白いアラガミ──ルーが、ゆったりと歩いている。チハルの指示に従って右へ左へ、加速し減速し、そして時折大きくジャンプ……と、まるで一心同体であるかのような動きだ。

 

 チハルがルーを上手く乗りこなせているのか。それとも、ルーのほうが聞き分けがいいだけなのか。いずれにせよ、ほとんど思い通りに動かせるというその事実は変わらない。

 

「だって……! いいじゃないですか、あの相棒みたいな感じ! 自分のつけた呼び名に反応してくれるとか、最高じゃないですか!」

 

「だからと言って、ノラミはねえだろ」

 

 ヒバリの心の中で思っていたことを、淡々とソーマが告げる。あまりにもストレートすぎる物言いにコウタは反論すらできず、そしてソーマはそんなコウタを無視して独り言を言うかのように呟いた。

 

「……少し、聞き分けが良すぎる気がする。意志の疎通ができたとして、どうしてあんなにもスムーズに動かせるんだ?」

 

「それは……」

 

 リッカの送る指示──訓練メニューに則り、ルーの背中に乗ったチハルが指示を送る。最初は単調で簡単だった指示も、今やジグザグに動け、ダッシュと急停止を繰り返せ……といったように複雑なものになっている。

 

 そんな複雑な指示を、この白いアラガミはこともなげにこなしている。余裕綽々というか、ゲーム感覚で軽々とこなしていると言っても良い。

 

「人慣れしているというのもそうですが、チハルさんとルーさんは五日間も一緒に行動していたわけですから。あのスタイルでアラガミとも戦っていたわけですし、そこまで不思議な話じゃないと思いますが……」

 

「……」

 

 たしかに少々、賢すぎるように見えないことも無い。判断力と反応性を確かめる項目……急な指示変更に対しても、ルーは問題なく対応できている。というかそもそもとして、もはや【伝えられた指示を理解する】、【指示を実行する】の能力については、この場の誰もが疑っていない。

 

「女子供の方が懐かれやすいって話だったか?」

 

「ええ。定性的なデータとなりますが、ルーさんの友愛行動は年齢や性別で明確に違いが出ることが分かっています。体の匂いを嗅ぐことが基本となりますが、男性ほどその時間は短く、女性はやや長め。また、出会った回数が多い場合……つまり友好度が高いと、体を寄せてきたり尻尾で包んできたりするみたいです」

 

 定量的なデータとしては示せないが、それは紛れもない事実だ。それがはっきりしたからこそ、非戦闘員であるリッカと自分がこうしてこの場にやってくることができたのだということも、ヒバリは理解している。

 

「あれ、そう考えると……ヒバリさんもリッカさんも、いきなり友好度高かったってことっすか?」

 

「そうなりますね。……ただ、最近はエリナさんやレイナさんも尻尾で包んでもらったり、体に触れさせたりしてもらえることが多いようですし、単純に人間に対する警戒度そのものが下がっているだけ、とも言えるかもしれません」

 

 一方で、男性神機使いにはそういったことはほとんどしないこともわかっている。接触回数としてはレイナと全く同じであるはずのケイイチに対しては、ルーは自分からそういったことは一切行っていないのだ。

 

「『俺が触れようとすると露骨にイヤそうな顔するんだよ』……なんて、キョウヤさんは言ってましたけれど」

 

「あー……そういや、背中に乗ろうとしたら思いっきり逃げられたってボヤいていたなあ。チハルが一緒の時は普通に乗せて貰えてたのに」

 

「男は乗せたがらない……か。そう言えば、いったいどうやって指示を伝えて……いや」

 

 言葉を一度区切ったソーマは、彼にしては珍しく──腕を大きく上げて、チハルたちに向かって手をひらひらと振った。

 

「……ソーマさん?」

 

「直接聞いた方が早いだろ」

 

 そんなソーマの意図は、しっかりと伝わったらしい。意外そうに目を見開いたチハルが、ルーをゆったりと歩かせてヒバリたちの元へとやってきた。

 

 ──ルゥ?

 

「そ、ソーマさん? どうしましたか?」

 

「……なあ、どうやってこいつに指示を送ってるんだ?」

 

「どうって……普通に言葉でお願いしているだけですけど……」

 

「言葉を発しないでも動いているように、俺には見えたが」

 

「あー……進むときは背中をぽんぽん叩いて、右に行きたい時は右の方を叩いて……って感じでお願いしたりもしてますね。この子はすごく賢いから、ある程度こっちの意図を汲み取ってくれるんです。例えば──」

 

 ──ルゥ?

 

「ルーちゃん、ジャンプ!」

 

 とんとん、とチハルが背中を叩いたその直後。

 

 ほんの少しだけ後ろに下がったルーが、チハルの指示通りにその場で高くジャンプした。

 

「こんな感じ、ですね。背中を叩くのは歩け、走れ、止まれ……の時なんですけど、今は目の前に皆さんがいるから、別の指示だと意図を汲み取ってくれたんです」

 

「それなら、別の誰かでも指示を送れるってことだよな?」

 

 こちらの意図を汲み取ってくれるほど賢いのであれば。チハルでなくとも、別の人間の指示であっても言うことを聞いてくれるのではないか。

 

 そう考えるのはごく自然なことであり──当然、そんなことを榊博士らが考えていないはずも無かった。

 

「別の人を背中に乗せた場合の確認訓練……本当はもうちょっと後にやるつもりだったけど、先にやっちゃおうか」

 

 手元の確認表に記入を行いながらリッカが呟く。訓練があまりにもスムーズに進みすぎたために、本来やるべき項目が既にあらかた終わってしまったらしい。確認する必要が感じられないほど良い結果を出している、というのもあるのだろう。

 

「えーと、まずはチハルちゃんと二人乗りでの確認だね。そうやって慣らしてから、今度は一人で──」

 

「いや、最初から一人でやってくれ。乗るのは……ヒバリだ」

 

「「えっ」」

 

 本来なら、安全を考慮して最初は神機使い──コウタかソーマが乗る予定のはずだった。神機使いであれば、不慮の事故で振り落とされたりしたとしても大したケガは負わないのだから、至極真っ当な話だろう。

 

 そこで十分に確認を取ってから、非戦闘員であるヒバリやリッカも乗れるかどうか確かめるという流れになっていた。当然、そんなのはソーマも承知していたはずなのに、事前のブリーフィングとは異なることを言い出したのだ。

 

「簡単に二つ三つ指示を出すくらいでいい。その後は……俺が乗る」

 

「ちょ、ちょっとどうしたのソーマくん? 何で急にそんな……」

 

「そうだぜソーマ! ここは予定通り、俺が……!」

 

「コウタ、ちょっと耳貸せ」

 

「あだっ!?」

 

 ぐい、とコウタの耳を引っ張って。

 

 ソーマはボソボソと──ほんの三歩の距離しか離れていないヒバリにも聞こえないほど小さな声で、コウタに何やら呟いた。

 

「……わかったか?」

 

「ええー……たしかにそうかもしれないけどさあ」

 

 不満そうな顔をしながらも、それでも納得はしたのだろう。わざとらしく耳をさすったコウタは、それ以上の文句の言葉は言わなかった。

 

「えっと……とりあえず、ヒバリさんを乗せればいい……んですよね?」

 

「ああ」

 

 チハルの指示に従い、ルーが伏せる。その上から手を差し伸べられてしまえば、ヒバリにはもう断るという選択肢はない。

 

「いけますか、ヒバリさん?」

 

「んぅ……っ! ちょ、ちょっと辛いかも……!」

 

 チハルが軽くひらりと飛び乗っていたために忘れていたが、伏せていたとしてもルーの背中はヒバリの目線よりさらに高い位置にある。事務職でインドアなヒバリからしてみれば、例え補助があったとしても乗り移るにはなかなか難儀する高さだ。

 

「ちょっとお尻押すよ、ヒバリ」

 

「きゃっ!?」

 

 意外なほど強くがっしりと引っ張ってくれる小さな手。

 遠慮の一切も無しに尻を押し出してくるたくましい手。

 

 そんな二つの補助があってようやっと、ヒバリはその白くふかふかな背中に乗ることができた。

 

「わ、わ……!?」

 

 いつもよりはるかに高い視界。座席はおろか、安全柵の一つも無い。ちょっとでも油断をしたらあっという間にこの背中から転げ落ちて……命の心配こそないかもしれないが、骨折の一つや二つは免れないことだろう。

 

「思いっきりしがみついちゃって大丈夫ですよ!」

 

 ヒバリを引っ張り上げたチハルは、ひらりと華麗な身のこなしでルーの背中から降りる。こうなるともう、正真正銘ヒバリは自身の力のみでこの大きなアラガミにしがみつかないといけない。

 

 ──ルゥゥ。

 

 なるほど、確かに賢くて大人しい性格をしているのだろう。結構派手に毛をひっつかんだのに身動ぎの一つもせず、このアラガミはヒバリの指示を待っている。

 

 背中の上は極上のカーペットのように柔らかくてふわふわで、そしてあったかい。人の目が無ければ、きっとヒバリは存分に抱き着いてこの心地よい感触を確かめていたに違いない。

 

「そ、その……! ここからいったい、どうすれば……!?」

 

「落ちないようにしっかり跨って、背中をぽんぽんって優しく叩きながら声をかけてあげてください!」

 

 最初の指示は【歩け】。最も基本的で、最も単純で、最も簡単な指示だ。この指示によりルーはゆっくりと……具体的には、人間が小走りするのと同じ程度の速さで歩いてくれる。

 

 この程度であれば、お互いに初めてであっても上手く意思疎通ができるのではないか。この賢いアラガミであれば、問題なくこなしてくれるのではないか。

 

 誰よりもこのアラガミのことを知っているチハルも、ついさっきまで間近で訓練状況を観察していたリッカも、そして──これからまさしく指示を行う張本人であるヒバリも、そう思っていた。

 

 なのに。

 

「──歩いて!」

 

 言われた通り、背中を優しく叩きながらかけた言葉。

 

 チハルがやっていたのと全く同じ──見様見真似ではあるが、そもそもとして特別でも何でもないその動きを、ヒバリは見事に再現して見せたのに。

 

 

 

 ──ル、ルゥウ……。

 

 

 

「……あれっ?」

 

 

 

 歩いている。

 

 進んではいる。

 

 それは間違いない、のだが──。

 

「えええ……? なんか、すっごくぎこちない……!」

 

「歩きづらそうというか、見るからに窮屈そうにしてる……?」

 

 すごく遅い。遅いというか、動きがぎくしゃくしている。乗っているヒバリでさえそう思うのだから、傍から見ている人からはもっと顕著に感じることだろう。

 

「わ、私何か間違えちゃいました……!?」

 

「そんなことないはず、だけどなあ……。チハルちゃんの時は、全く同じように指示してもっとスムーズに動いていたし……」

 

「おっかしーなぁ……指示自体は通じているみたいなのに……」

 

 首を傾げ、うんうんと頭を悩ませる二人に対して。

 

「うっそぉ……!? マジでそうなの……!?」

 

「……やはり、か」

 

 目を見開き、二人とは違う意味で驚愕しているのはコウタで……そして、得意そうに小さく笑っているのはソーマだった。

 

「どういうこと、ソーマくん? こうなるって……わかってたの?」

 

「簡単な推測だがな。上手く指示を聞き取れないか、あるいは聞き取れはするが判断に迷っているような素振りを見せるんじゃないかと思っていた。こいつの賢さなら、ぎこちなく歩き出すくらいはできるだろうと踏んだんだが……」

 

「それって……もしかして、この子の意思疎通のメカニズムがわかったってこと?」

 

「……さぁな」

 

 言葉とは裏腹に、ソーマの顔には好奇心にあふれた小さな笑みが浮かんでいる。

 

「だが、確信は深まった……面白いものを、見せてやる」

 

「あっ!?」

 

 言うや否や、ソーマは素早く駆けだして──タン、と軽快にルーの背中へと飛び乗った。

 

「邪魔するぜ」

 

「いえ……」

 

 ヒバリの目の前に、金色のクレイドルの紋章がある。ソーマの背中は思っていた以上に大きく、そして何とも言えない頼りがいがあった。

 

「肩でも腰でもどこでもいい、しっかり捉まってろ」

 

「え……? ソーマさん、いったい何を……!?」

 

 ヒバリに返事をするのさえ惜しむように。

 

 どことなく弾んだ声音で──ソーマは、高らかに叫んだ。

 

 

 

「──Loup, cours !」

 

 

 

 反射的に、ヒバリはソーマにしがみついた。

 

 ソーマが何やら命令したのは明確で、そしてあの前振りだ。きっと何かとんでもない指示をしたのではないかと、知らず知らずのうちに目をぎゅっと瞑っていた。

 

 なのに。

 

「……あれ?」

 

 待てども待てども、何も起こらない。

 

 先ほどのようなぎこちない体の揺れも……ましてや、軽快に風を切る音も、何も感じない。

 

「……ソーマ、さん?」

 

 おそるおそる、目を開いてみれば。

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 

 信じられないとばかりに目を見開いているソーマと、全く動かない白いアラガミ──そして、そんなソーマを見てコウタがおなかを抱えて笑っていた。




 あんまりそういうイメージないけど、リッカさん(21)の身長は150cm、つまり12歳の平均身長と同じくらいでめっちゃちっちゃいです。


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33 知能確認訓練結果:考察(前)

 

「ふむ……なるほど……」

 

 支部長執務室。この部屋の主である彼──ペイラー・榊は、件の白いアラガミについての調査報告書を確認して、独り言のようにつぶやいた。

 

「実に、実に興味深いね……!」

 

 知能テストはほぼ満点。というか、あまりにも聞き分けが良すぎて調査の必要を感じないレベルにまで到達している。こちらが出した指示についてはほぼ理解して実行して見せるばかりか、指示をしなくとも……ある程度の範囲において、自分で状況を理解、判断して行動しているというのは疑いようがない。

 

 アラガミがここまでの知能を有するなんて、文字通りの前代未聞である。ましてや、そんなアラガミが人間を襲うそぶりを一切見せず、友好的であるというのだ。

 

 これが一体どれだけの意味を持つのかなんて、もはや語るまでもないことだろう。

 

「ほぉ……こりゃまた随分と順調に調査が進んでいるみたいだな」

 

 ソファにどっかりと座り、大して面白くもなさそうに報告書を眺めているのは、クレイドル所属の雨宮リンドウだ。榊につきあって報告書を眺めるのにいい加減飽きてきたのだろう。こんなことをするよりも、むしろ現場でその様子を眺めている方が何倍も楽しそうだ──と、顔にありありと現れてしまっている。

 

「なあ、博士。俺がここに居る意味ってあるのか?」

 

「大いにあるとも。……というか、少しセンシティブな話をしたいからこそ、キミだけを呼んだのだよ」

 

「あん?」

 

「──順を追って説明しよう」

 

「結論から言ってほしいんだが」

 

 リンドウの愚痴っぽいつぶやきを聞かなかったことにして、榊はにっこりと笑みを浮かべたまま述べる。

 

「白いアラガミ──ルーくんに知能があることは疑いようがない。そしてまた、我々人間に対して非常に友好的であるのもまた事実。実際に彼、あるいは彼女を見ているキミからすれば周知の事実であるかもしれないが、今回の調査結果を以って、それを絶対の事実とする……その前提で聞いてもらいたいんだがね」

 

「……」

 

「彼女──シオくんと比べても、ルーくんは随分と聞き分けが良いと思わないかい?」

 

「それは……」

 

 榊の言葉に、リンドウの目つきが少しだけ変わった。

 

 シオ。三年前にこの極東に表れた人型のアラガミ。リンドウたちが知る中で、唯一人間に友好的で、そして人間と意志の疎通をすることができた特別なアラガミだ。

 

 彼女の存在を知っていたからこそ──人とアラガミが分かり合えるという前例を知っていたからこそ、今回の白いアラガミについてもそれなりの対応をすることが叶ったわけだが。

 

「まだ人間とのふれあいが無かった時の彼女は、こちらに敵意こそ示さなかったものの、取り立てて友好的な態度を示すということも無かった。言葉を聞き取ることはできても、理解はしていなかった……それに違いはないね?」

 

「今更そんな話か? ……確かに最初は友好的というよりかは、好奇心で近づいてきたって感じだったぜ。見た目は人間でも、言葉もまるで理解しちゃいなかった」

 

 そんなの、そっちの方がよっぽど詳しいだろう──と、リンドウは視線で榊に促す。

 

「彼女が言葉を覚えるまでにはそれなりに長い時間がかかった。いや、人間としての発達の過程という観点で見ればすさまじい速度ではあったが……あちこち齧ってしまったり、力加減がわからずに物を壊してしまうと言うことは珍しくなかった。しかし」

 

「──ルーは最初から、そのあたりもしっかり弁えているってか?」

 

「ああ、その通りだ。この報告書を見る限りでは、自分にどれだけの力があるのか、我々がどれだけ脆弱であるのかをきちんと認識し、そして明確に言葉を理解している節さえ見受けられる。少なくとも、出会ったばかりのシオくんよりかは知能があると考えて良い……時に、リンドウくん」

 

「なんだよ?」

 

「動物園、あるいは水族館は知ってるかね?」

 

 いきなり変わった話題。いや、変わったように思えるだけで、実際は大事な何かが絡んでいるのだろう。どうせ自分の頭ではこの胡散臭い博士の考えていることなんて一生理解できないんだろうな──なんて思いつつ、リンドウは面倒くさそうに告げた。

 

「そういうものが昔あったってのは聞いたことがある。俺も一回行ったことがあるらしいが……残念ながら、記憶はねえな」

 

 アラガミが大量発生し、人類が壊滅的なダメージを受けたのが2050年。当時、リンドウはたった五歳の幼気な子供だった。今ではすっかり信じられない話だが、ほんの少しとはいえ……リンドウは、アラガミが居ない平和な時代というのを経験しているのである。

 

 無論、もう二十年も前の子供の頃の時の話だ。リンドウ自身にはそこまではっきりとした記憶は残っていない。ただなんとなく、ぼんやりと思い出の切れ端が残っているくらいである。

 

「ふむ。では簡単に……動物園も水族館も、あらゆる地域から集めた生き物を飼育、展示する施設でね。研究施設であると同時に娯楽施設でもあり、休日なんかは特に家族連れで賑わったものだが、中には調教した生き物に芸をさせる、なんて展示もあったんだ」

 

「生き物に芸をさせる? そんなことができるのか?」

 

「出来るとも。それこそ、調教師という職業があったくらいでね。反復行動による学習やオペラント条件付け……ヒトならざる獣に対し、指示を伝える手法はノウハウとして構築されていたし、その原理やメカニズムも解明されていたんだ。そうでなくとも、はるか昔においては、人間と獣が協力して狩りを行ったりもしていたんだよ」

 

 犬、馬、鷹、イルカ。古来から人間と協力して生きてきた生き物はもちろん、ライオンやクマといった危険極まりない猛獣でさえも、かつての人類は調教し、手足のように──とまではいわないまでも、意のままに操ることができたのだという。

 

「……わかんねえな。アラガミとかつての時代の生き物は全くの別物だろ? かつての時代の生き物は調教できたとしても、アラガミもそうだとは思えないが……いや、事実として調教できているから、ルーは特別だって言いたいのか?」

 

「半分正解で、半分は外れだ……確かに生き物を調教する術は確立されていたんだけどね、だからといって全ての生き物に適用できるわけじゃない。適用できたとして、上手く心を通わせるには非常に長い訓練の時間が必要となる。つまり……」

 

「……ルーをアラガミではない、かつての生物と同じと見做したとしてもなお何かがおかしいってか」

 

「その通り」

 

 じゃあ最初からそう言ってくれよ──という言葉を、リンドウはぐっと飲みこむ。そもそもとして、一番最初に話していた「センシティブな話」にすら、まだ到達していないのだ。

 

「ではなぜ、こうまでスムーズに意志の伝達をできているのかを改めて考えてみる。この報告書の中で一番上手くルーくんを動かせていたのはチハルくんなわけだが、それ以外の人についてはどうだろう?」

 

「あー……ヒバリやリッカだとぎこちない動きで、コウタだとそれよりかはマシな動きらしいな」

 

 目の前に広がる報告書。つい先ほど上がって来たばかりのそれに書かれている事実を、リンドウは述べていく。

 

「あの嬢ちゃんが上手すぎるってだけで、十分な成果と言って良いんじゃないか? たとえぎこちなかろうと、初見の人間でそこまでしっかり動かせるってのは……かつての生物でもあり得ない話なんだろう?」

 

「まさしく。……さっきの話も、無駄じゃないってわかっただろう?」

 

「……あんた、人の心情を慮ることができたんだな?」

 

「そういうキミこそ、【慮る】なんて難しい言葉、よく知っていたね?」

 

 気心が知れた相手だからこそ叩ける軽口。ほんの少しだけその場の空気が軽くなって、そして榊は言葉を続けていく。

 

「アラガミならこちらの意志が伝わるはずもない。かつての生物なら、意志を伝えること自体は可能だが、それにはある程度の時間と技術がいる。しかしルーくんの場合は出会った直後にチハルくんの指示をかなりの精度で理解し、実行している……そのうえで、今回の調査結果を鑑みると」

 

「……生憎、俺にはそこまで回る頭はないんだ。いい加減、答えだけ言ってくれないか?」

 

 つまらないね、とさして残念でもなさそうに呟いた榊は、意外なことにもったいぶらずに一言で言い切った。

 

 

 

「──ルーくんは、感応現象で我々の意志を感じているのではないだろうか?」

 

 

 

「……それは」

 

 感応現象。新型神機使い同士が物理的接触をすることで発生すると言われている、未だに原因が解明されていない謎の現象。発生例自体が少なく、未だに研究が進んでいないために確たることはわからないが、発生するとお互いの記憶の共有がされるらしい(・・・)ということまではわかっている。

 

 そして……奇しくもリンドウは、かなり特殊なケースとはいえそんな感応現象を体感したことがある神機使いの一人であった。

 

「聞き分けが良いのは、言葉ではなく直接その意志を感じ取っているからではないだろうか? だからこそ、人と初めて会った──言葉も知らないうちに、チハルくんの指示を聞いてくれたのではないだろうか? 背中を叩くという同じ指示でも状況によって使い分けてくれるのは……もちろんルーくん自身の判断もあるのだろうが、感応現象によって直接その意志を読み取っているからではないだろうか?」

 

「……確かに、そうだとすれば辻褄は合う気がするな。感応現象は記憶や感情がたがいに伝わる現象だ。意志の伝達としてはこれ以上のものはない」

 

「そうだろう? 報告書にも記載されているが、ルーくんはこちらの意志を汲み取りすぎている(・・・・・・・・・)。【四角を描いて動け】、【ジグザグに動け】という課題に対し、あまりにも滑らかに動きすぎている。進め、止まれ、右に行け……というチハルくんが実際に行った複数の指示を理解して実行しているにしては、あまりにもラグが無い。であれば、直接その意味を理解していると捉えるべきだ」

 

 どんなに賢い生き物であったとしても、命令の数が多ければ多いほどそれを実行するのに時間がかかる。【四角を描いて動け】という指示は今までにしたことがないのだから、その意味をいきなり理解できるはずもない。

 

 そうであるのにほぼラグが無くスムーズに動けているというのは──乗り手が考えていたことそのものを、直接感じ取っているということにほかならない。

 

「チハルくんは第二世代の神機使いだ。この中では一番感応現象に敏感と言って良い。次いで、第一世代神機使いであるコウタくん。そして感応現象が起きにくい……というか、理論上起きないのがヒバリくんとリッカくんだ」

 

「……なるほどな。感応現象自体が未知の現象だが、オラクル細胞由来の現象であることには違いないんだ。元々ルー自体が特殊なアラガミなんだから、本来感応現象が起きないとされる第一世代の神機使い相手に特殊な感応現象が起きても不思議じゃないか」

 

「うむ。ヒバリくんやリッカくんの場合は……感応現象が起きなかったからこそ、戸惑っていたんだろうね。しかし【歩け】という指示そのものは何度も聞いて理解できているために、ぎこちなく動いていたというわけだ」

 

 そこについては、個体としての元々の賢さが関係しているのかもね──なんて、榊はゆったりと笑う。

 

 そして、表情をすっと引き締めた。

 

「……【感応現象で意思疎通を行っている】という仮説が正しいとして。ここでいくつかの疑問が生じてしまった」

 

「ああ、ソーマの件か。……えっと、何て読むんだ?」

 

「【Loup, cours!】……フランスの言葉だね。直訳すると、『オオカミ、走れ!』となるかな。いや、この場合は個体名としての【ルー】と捉えるべきか」

 

 あの嬢ちゃん、絶対フランス語とか知らないで名前つけてるはずだよな──と頭の片隅で考えながら、リンドウは続きを促した。

 

「感応現象で意思の疎通をしているのなら、呼びかける言葉自体は別に何でもいいはずなんだ。なのにどうして、ソーマくんの指示は受け付けなかったのだろう?」

 

「ふーむ……というか、わざわざこうしてフランス語を使ったってことは、この時点でソーマも感応現象で意思疎通をしていると確信したってことだよな? ならなおさら強くその意志を込めていただろうし」

 

「だろうね。本当なら、全く知らない言葉で命令してもきちんと伝わる……ってことを示したかったのだろう」

 

「だけど、そうはならなかった……なんでだ?」

 

「……一切の前提条件を無視して単純に考えるなら、【言ってる意味がわからなかったから】となるんだがね」

 

「……それって感応現象ではなく、言葉で理解しているってことだよな? じゃあ、ヒバリやリッカが上手く動かせなかったのは?」

 

「…………神機使いならまだしも、非戦闘員を背中に乗せて歩き回るのは危ないと思ったから? だからぎこちなく、ゆっくりと動くことしかできなかった……とか?」

 

「そんな……ここまで話してそりゃないだろ?」

 

「そうなんだけどね。だけど……たまたま偶然、図らずもソーマくんが示してくれたこの結果のために、一つの可能性が生まれてしまった」

 

 ふう、と一息ついてから。

 

 榊は、改めて語りだした。

 

「センシティブな話をしたい、とさっき言ったわけだが」

 

「ああ、そういやそうだったな」

 

 

 

 

 

「──ルーくんは、もしかするとアラガミ化した元人間ではないだろうか?」




 長くなったので2回に分けます。


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34 知能確認訓練結果:考察(後)

 

「──ルーくんは、もしかするとアラガミ化した元人間ではないだろうか?」

 

 

 

「……っ!?」

 

 何を言われたのか、一瞬リンドウは理解ができなかった。

 

 さっきまで自分たちは、ルーという非常に賢いアラガミについて話していたはずだ。そのアラガミが、どうやって意思の疎通をしているのかについて長々と話していたはずだ。実際の調査結果の報告書を読みながら、ああでもない、こうでもないと意見を交わしていたはずだ。

 

 なのにいったいどうして──そんな物騒な話が出てくるのか。

 

「ソーマくんの指示を理解できなかったのが、言語そのものが理解できなかったからだとして。つまりそれは、他の指示については言語を直接理解していたということになる。そうであれば、右に進め、左に進め、また右に進め……という【ジグザグに進め】という指示を、乗り手の指示ではなく、課題そのものを言語として理解していたためにスムーズにこなせたという説明も付く」

 

「だけどそれは、あり得ないって話だったよな? 言語を伝えることは可能でも、それには時間もかかるし技術がいる。それに、シオという前例もあるからって……」

 

「その通り──長い時間はかかるが(・・・・・・・・・)不可能ではない(・・・・・・・)。つまり、ルーくんは……チハルくんと出会った当初から、いいや、そのずっと前から言葉を知っていたということだ」

 

「おいおいおい、待ってくれよ……! あいつ自身、今回初めて見つかったアラガミだぜ? そんなアラガミが誰に言葉を教わるってんだ? まさかサテライトの連中が隠れてあのアラガミを飼いならしていたとでも言うのかい? それとも……フェンリルの上層部が極秘で研究していたサンプルだとか?」

 

「それこそまさかだよ。サテライトにそんなことができるはずもない。悲しいことに、フェンリルの件については否定ができないが……だとしたら、とっくにこのアナグラに強制介入されているはずさ」

 

「じゃあ、いったい──ああちくしょう、そういうことか! だから(・・・)俺と二人で話したかったってか!」

 

「そう……ルーくんが最初から言葉を知っていたのは、元々が人間、すなわちアラガミ化した元人間であるから。そしてアラガミ化して生きているのは──リンドウくん、キミしかいない」

 

 指示に対する聞き分けが良いのは、命令そのものを言葉としてはっきり理解しているから。そしてアラガミなのに言葉を認識し、理解できるのは……元々が人間だったから。だからこそ、人と触れあう前から人の言葉を理解し、そして友好的な態度を見せているのではないか。

 

 長くなったが、榊博士が言いたいのはそういうことであった。

 

「もちろん、アラガミ化して意識を保っていた人間は今までに存在しない。もっと言えば、ここ最近でアラガミ化してしまった人間も──少なくとも、このアナグラの管轄の中では存在しない。念のため本部のデータベースの確認もしてみたが、該当するものはなかった」

 

「なのにどうして、アラガミ化した元人間って可能性を疑った? たまたまソーマとは感応現象としての相性が悪かっただけって可能性もあるだろ? むしろ、元人間ってよりはそっちの方がよっぽど説明もつく」

 

「……チハルくんのオラクル反応が確認されたあの日。状況を説明する中で、キミたちの目の前で私はこう言ったね。……『わざわざゆっくりアナグラに向かってきているのは、同行しているチハルくんが指示をしているからだ』と」

 

「ああ、言ったな」

 

 あの日。ロストしていたチハルのオラクル反応が突如と復活して、そして大きなアラガミのオラクル反応と共にこのアナグラへと向かっている事実が判明して。推測されるアラガミの機動力の割には随分とゆっくりとした動きであることに対し、榊はたしかに、そう言ってのけた。

 

「だけど、実際のチハルくんのヒアリングでは……特に、そういった指示はしていないという話だった。あれは純粋に、ルーくん自身の意志にほかならない」

 

「……」

 

「ではなぜ? どうして? どうしてあの時だけ、ルーくんはゆっくりとこちらに向かってきたのだろう? いいや、それ以外にも……なぜあの日、ルーくんはジャミングを解除した? そもそもいったい……どうして、アラガミなのにチハルくんを助けた? シオくんの時とは違い、ルーくんと我々人間の姿形はあまりにも違いすぎているというのに!」

 

「……」

 

「そう……実に、実に都合が良すぎるのだ! まるで──我々の内部事情を知っているかのようではないか! そして我々の内部事情をこうも理解しているのは、神機使いを除いて存在しない!」

 

「……だから、アラガミ化した元人間だって考えたわけか」

 

 未だ燻り続けていた小さな謎。そして今回の報告例を以って──榊は、その結論に至ったのだ。

 

「本当に面倒くさい人だよなあ……! 最初からそう言ってくれれば、こっちだってそのつもりで話を聞いたんだが」

 

「だって……『聞き分けが良いのにソーマくんの指示を聞かなかったから、ルーくんは元人間です』といって、キミは聞く耳を持ってくれたのかい?」

 

「……」

 

 持つはずがない。そんな素っ頓狂なことを言われてはいそうですか──と黙って話を聞けるほど、リンドウは耄碌していない。いいや、たとえリンドウでなかろうとも、詳しい説明とその根拠を求めたことだろう。

 

「いきなりそんなこと言ったら、【順を追って説明してくれ】って言うだろう?」

 

「……」

 

「だから、言われる前に順を追って説明した──と、いうわけだ」

 

「……わかったよ、降参だ。俺が悪かった」

 

「別に、言い負かそうとしたわけではないのだが……」

 

「けっ」

 

 加えて言えば。人間がアラガミ化するというこの(くだり)そのものでさえ、共有できるのはごく一部の人間だけだ。

 

「さて。話は長くなったが……アラガミ化した時のこと、教えてくれるかい? 何か重要な手掛かりがつかめるんじゃないかと、結構期待しているんだ」

 

「センシティブな話ってのはそれか……嫌だっつっても、聞くんだろ?」

 

「本気で嫌というのなら、控えるつもりだけれど」

 

 お互い、長い付き合いである。もはやそんなの、答えるまでもなかった。

 

夢現(ゆめうつつ)の中……ってのが、一番しっくりくるのかな。言葉に出来ない熱く苦しい気持ちに包まれていて、目の前で何かが起きているのはわかっていても、自分の意志で動くってことはできなかった。ただ……アラガミになっているって自覚は無かったな」

 

「……黒いハンニバル(キミ)は、神機使いと遭遇しながらも、途中で戦闘から離脱したという記録もあるが。仲間を認識していたというわけではないのかね?」

 

「その辺はさっぱりだ。だが、仲間を守ろうとして、仲間を傷つけそうになって……必死にこらえて、逃げ出したってのはぼんやりと記憶にあるような? だけど、自分が自分だって認識もほとんど無かった気がするな……」

 

「ふーむ……僅かなりとも意識があったのは間違いなさそうだが。キミの主観で構わないのだが、ルーくんがアラガミ化した元人間だとして、今のルーくんに人間としての意識はあると思うかね?」

 

「可能性としては無くはない、と思う。だけど、アラガミ化しているのに関わらずあんなにも落ち着いて、あんな風に人間を助けたり言葉を理解したりってのは絶対に無理だ。個人的な意見としては、アラガミ化した元神機使いってのは無いと思うぜ。それに……」

 

「それに?」

 

 少しだけ思案してから、リンドウは小さく告げた。

 

「もし、人間としての意識があったとしたら──そんなクソみたいな現状に、堪えられるはずがない。真っ当な人間が、アラガミとの喰らい合いを常に強要される環境に放り込まれて精神を保てるはずがない」

 

「それは……」

 

「少なくとも俺ァ、人の意識を保ったままアラガミになっちまったとしても……アラガミを喰いたいとは思えねえだろうな。美味そうに見えないってのもそうだが、神機も使わず、この口でアレらを喰うのは……ヒトとして、強い忌避感がある」

 

「……」

 

それ(・・)をやっちまったら、もう──」

 

「正真正銘、人間ではなくただのアラガミというわけだね……いやはや、実に参考になる意見だよ」

 

 いつも通りの、どこか胡散臭い笑みを浮かべたまま榊は手元の端末に情報を入力していく。この話にいったいどれだけの有効性があるのかはリンドウにはさっぱりわからなかったが、榊としては随分満足する結果であったのだろう。 いつもよりほんの少しだけ、榊の口角が上がっている──ご機嫌であるように、リンドウには思えた。

 

「しかし……ふむ、自覚か」

 

「……そんなに気になる言葉か、それ?」

 

「うむ。キミはアラガミ化していた時のことを、夢現だとか自分が自分であるという認識がないという表現をしていたが……ルーくん自身は自分のことをどう思っているのだろうか」

 

「……」

 

「ルーくんがアラガミ化した元人間だとして。人間としての知識や知能を備えていても、人間としての自覚がない……そんな可能性はあり得るだろうか?」

 

「……どうだろうな。いや、なんでそう考えたんだ?」

 

「ルーくんはアラガミを食べるのを嫌厭していないように見える。キミの話を素直に受け取るならば、それはもうすでに人間としての精神は残っていないということだ。しかし、ルーくんはあまりにもアラガミとしては大人しくて人に友好的だ……つまり、人間寄りの性質であることは疑いようがない」

 

「……」

 

「であるならば……心は人間でありながら、自分のことを人間だと認識していないのかもしれない。もしかすると、アラガミとすら思っていないのかも」

 

「それはつまり、人間としての意識がないってことと同じじゃないのか?」

 

「……例えばリンドウくん、キミがアラガミ化したうえで明瞭な意識があったとしたら……どうする?」

 

「どうって、そりゃあ……」

 

 三年前のあの出来事をなんとなく思い出して。

 

 リンドウは、心の中に浮かんだことをそのまま口に出した。

 

「みんなに迷惑かけないように、どこか遠くへ行く……かな」

 

「それは、自分で自分を止められなくなることを危惧して、だろう? ルーくんのように完全に自身をコントロール出来ていたら、どう考える?」

 

「どうにかして、俺だってことをみんなに伝えようとする……?」

 

「だけど、ルーくんはそうしない。チハルくんを助けたり、我々のことを慮ったりすることはできるのに……その必要性は感じていないんだよ」

 

「だから、心は人間でも人間としての自覚が無い……ってか。自分が人間だという意識が無ければ、それを伝えようとすら思わないもんな」

 

「うむ。言うなれば──人間であった個人としての記憶、人間としての社会常識、そして生物としての人間というアイデンティティも含めた記憶喪失状態にあるとも言えるかもしれない」

 

 尤も、これらはすべて元人間であるという前提の話だけど──と、榊は少し疲れたように笑った。

 

「……確かめる方法はあるのか?」

 

「現状、限りなく難しいというほかないね。ルーくんの意識や自覚の有無、もっと言えば感応能力での意思疎通なのか言語での意思疎通なのかに関わらず、判断のしようがないんだよ」

 

「……」

 

「ルーくんが感応現象で我々の意志を理解している場合──例えば【人間ならば吠えろ】と伝えても、【意味はよくわからないが、そう期待されていると感じたから吠えた】という可能性が残る。そこに本当に意志の元の判断があったかの証明は、誰にもできない」

 

「……だな」

 

「ルーくんが言語で我々の意志を理解している場合は──【吠えろ】という意味が分からなかったから吠えない可能性がある。あるいはもっと単純に、【ホエロ】という合図を聞き入れただけなのか、意味を理解したうえで吠えたのか……明確に判断したのか、どう考えたのかの判別はつきようがない」

 

「ほかのパターンとかで考えても、いくらでも反論の余地があるってわけか?」

 

「うむ。ルーくんの学習能力の高さを考えれば、指示しているうちにその言葉の意味を理解するかもしれないし、言葉を理解していない状態でも、観察力の高さから【我々が喜ぶリアクション】を学んだ結果としてその行動を起こすという可能性も捨てきれない」

 

「……お手上げじゃねえか」

 

「それだけ意識や自覚の証明というのは難しい話なんだよ……というか、もはや倫理や哲学の領域にまで行ってしまうね」

 

 こうして言葉を交わすことができる我々個人のこの「意識」さえ、本当の意味で証明するのは非常に難しいことなんだよ──とゆったりと榊は笑う。いい加減口を動かすのにも疲れてきたのだろうか、大きく息を吐いてから乾いた喉を湿らすべくマグカップに口を付けた。

 

「少々長くなったが……どのみちまだまだ、検討の余地は残されている。キミがさっき言った通り、たまたまソーマくんとの相性が悪かっただけという可能性もある……というか、ルーくんが妙に人によって態度を変えることを考えると、そっちの可能性の方が強いくらいと言っても良い。アラガミ化した人間なんて、該当する人間がいない以上話が飛躍しすぎている……と言われれば、それまでだし」

 

 あまりにもあっけらかんとした榊のその物言いに、リンドウはがっくりと肩を落としそうになった。

 

「おいおい……今までの時間は何だったんだよ……」

 

「ははは、しかしそれでも可能性としては考えなきゃいけないからね。ルーくんにとっても、我々にとっても初めてなことばかりなんだ。注意をし過ぎると言うことは絶対に無いし、お互いの共存のためにできることは惜しむべきじゃないだろう? それに……」

 

「それに?」

 

「さっきキミも言っていた通り、第一世代の神機使いでは本来であれば感応現象は起きない。確認されている唯一の例外は……アラガミ化による浸喰を受けている場合、つまりはアラガミ化している場合だね」

 

「まさしく俺のことか……つまりなんだ、感応現象の場合であったとしても、アラガミ化した元人間の可能性は残り続けるってことだな」

 

「その通り。もちろん、表向きはそんなことは言えないけど……キミだけは、そういう可能性も含めてルーくんの観察をしてほしいんだ」

 

 確かにこれは、あの嬢ちゃんたちには話せないな──と、リンドウは心の中だけでため息を吐く。いくら荒唐無稽な可能性であっても、悲しいことに辻褄だけはあってしまうのだ。そして幸か不幸か、この極東では【想定外】の事態というのは別に珍しくもなんともなく、そもそもとしてあの白いアラガミ自体が想定外の塊である。

 

「りょーかい、その極秘任務、確かに承りましたよっと」

 

「記録に残せないから、形式的には個人的な“お願い”になるんだけどね……今度ビールの配給が来たら、私の分を融通してあげようか」

 

「そいつぁいいや、最高の報酬だね」

 

 話は終わりだとばかりにリンドウは立ち上がり、ぐうっと大きく伸びをする。やっぱりなんだかんだで、リンドウは現場向きの人間なのだ。みんなに内緒であれこれ頭を悩ませるよりも、現場で神機を振るうほうが何倍も性に合っているのである。

 

「たしか、今度は実地での戦闘訓練をするって話だったよな? 俺も一回、あいつには乗ってみたかったんだよ」

 

「うむ、よろしく頼むよ。キミの視点から見ても間違いなく安全だと分かったその時は……私もぜひとも、ルーくんと対面してみたいと思っている。それに近々──今回の疑問を一気に解決し得る可能性を持つ強力な助っ人が加わる予定だ。ますますルーくんの研究が捗りそうだよ」

 

「助っ人? いったい誰のことだ?」

 

 リンドウのその問いに、榊はにんまりと笑って答えた。

 

 

 

「チハルくんと同じ第二世代の神機使いである女性で──そしてこの極東にて、最も感応現象に関する実績データを作ってくれた人物さ」




 感応現象、GE2じゃ全然見なくなりましたね……。


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35 能力確認実地訓練

 

「それじゃあ今日は、実地訓練に行くからねっ!」

 

 ──ルゥ!

 

 あの何やら奇妙なIQテスト(?)てきな知能訓練から早二日。割と早い時間にこのエイジスにやってきたチハルちゃんは、私の顎の下をわしわしと撫でながら明るい笑顔で言い切った。

 

「うふふ……! いつかあなたにも、おっきなバンダナをあげたいな……! 首元にスカーフみたいに巻くと映えると思うんだよねえ……!」

 

 どうやらチハルちゃん、なかなかにオシャレさんであるらしい。この前は赤いバンダナをオーソドックスに頭に巻いていたのに、今日は……紫色のバンダナをまるでカチューシャみたいな感じで装備している。何をどうやっているのかようわからんけど、なかなかの腕前と言えよう。

 

「角とかなら小さいバンダナでもいけるだろうけど……戦ったらすぐに黒焦げになっちゃうだろうしなあ……」

 

 はっきり言って──チハルちゃんは、GOD EATERという一つの物語においてはいわゆるモブキャラであるのだろう。原作ゲームには存在しないし、第一部隊の面々のような際立った実力も無いと思う。そうでなければ、たかだかアラガミ七体程度に囲まれただけで死にそうになるはずがない。

 

 なにより、見た目がネームドキャラにしてはすんげえ地味だ。デザイン的な華が無い。

 

 だけれども……いいや、それゆえかバンダナにはこだわりがあるのだと思う。アリサちゃんやサクヤさんみたいな派手な服装ができない分、こういった小物で精いっぱいのオシャレを楽しんでいるのでなかろうか……とママは愚考する次第。

 

 ──ルゥゥ……。

 

「あは、どーしたの? 今日はいつになく甘えん坊だね!」

 

 ああ、こんなクソッタレな世界だもの。せめて出来る限りでのオシャレはさせてあげたいわ。古今東西、女の子は綺麗なおべべに憧れるって相場が決まっているもの。なのにバンダナだけで精いっぱいのオシャレを楽しむだなんて何ていじらしいのかしら。ママなんだか泣いちゃいそうっていう。

 

「…………ただ単純に、俺への当てつけじゃないのか?」

 

 で、だ。

 

 私の目の前にはウチの娘以外に──この、不機嫌そうなツラを隠そうとも知らない神機使いがる。

 

「んもう! そんなこと言ってるからキョウヤくんには懐かないんだよ!」

 

「いーや、割と最初からこいつは人によって態度変えてるぞ。報告書、見てないわけないよな?」

 

「……ルーちゃん、こーやってキョウヤくんが私を虐めるの」

 

「マジでやめろ、そういうの! こいつが本気にしたらどうするんだよ!?」

 

「本気にさせるようなこと、しなければいいんじゃない?」

 

 ねー、ってウチの娘が私に同意を求めてくる……のはともかくとして。この二人のやり取り、なんとういうかこう……本気で言いあっているわけじゃなくて、ちょっと特別な信頼関係があるというか、まるで幼馴染であるかのような気安さを感じるような。

 

 このキョウヤってやつも神機使いなわけだし、悪い相手じゃないのは間違いない。社会的地位があって身分も保証されており、稼ぎも悪くない。配給は優先的に受けられるだろうし、住む場所も安全な所であるはずだ。

 

 ウチの娘を任せるという意味では、悪くない……いいや、かなりの優良株のはずなのに。なんでこう、二人が仲良く話している姿を見るとこうも胸がざわつくのか。もしかして、世の中のパパさんはみんなこんな気持ちを味わっているのかな……。

 

「ま、いいや。それより早く出発しないと……ね、ルーちゃん!」

 

 ──ルゥゥ。

 

 チハルちゃんに声を掛けられ、そして私は身を伏せる。勝手知ったるなんとやら、チハルちゃんは華麗にぴょこんと私の背中に飛び乗った。神機は修理中とはいえ、さすがは神機使いの身体能力といったところ。ヒバリさんやリッカさんの時は乗るのに結構苦労したもんな……。

 

「……俺の時は、しっかり指示を口にしてもあんまり言うこと聞いてくれないんだけどな」

 

 続いて、キョウヤの方がひらりと私の背中に飛び乗った。神機を片手にしているのに随分と身軽な……なんだよこいつ、ショート、アサルト、バックラーの超軽量装備じゃねえか。さては回避特化の手数で勝負するタイプか?

 

「おい、もうちょっと詰めろよ」

 

「えー? あんまり離れると、キョウヤくんを背もたれにできないじゃん?」

 

「お前……」

 

「それにキョウヤくん神機持ってるし、けっこー不安定でしょ? 腰でも肩でも好きなところ掴みなよ。ほら、むしろキョウヤくんのほうが役得じゃん!」

 

「はっ! その貧相な体のいったいどこに掴まれるってい──」

 

「ルーちゃん、全力でGo!」

 

 ──ルゥゥッ!!

 

 私の背中の上で語り合う二人が、なんだかとってもとっても悔しく思えたので。

 

 憂さ晴らしの意味も兼ねて、私は全力で駆け出した。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「ひどい目にあった……」

 

「うわー、随分とグロッキーだね……話には聞いてたけど、ホントに嫌われてたんだ」

 

「笑い事じゃないっすよ、リッカさん……」

 

 さて、そんなわけでやってきたのは愚者の空母。より正確に言えば、ゲームでのステージにおける愚者の空母のその近辺。荒廃したこのクソッタレな世界特有の埃っぽさと、海辺の潮風の匂いがなんとも絶妙なアンマッチを醸し出している気がしなくもない。

 

 現地集合ってやつだろうか。リンドウさん、コウタ、そしてちょっと珍しいことにリッカさんが私達の到着を待っていた。どうやら今回は、神機使い四人、オブザーバー(?)一人、そして素敵なイケメンアラガミママ一匹でのミッションであるらしい。

 

「んじゃ、簡単にミッションのおさらいするね。今日はこのコ──ルーの実際の能力の確認のための実地訓練を行います。エイジスではできなかったいくつかの能力の確認と、後は実際にアラガミと戦って色々調べるって感じかな」

 

 なんか色々諸々説明があったけど、つまるところは私がやることはいつも通りだ。言われた通りの指示に従って、言われた通りにアラガミを食い殺すだけである。たったそれだけでフェンリル側から……というかアナグラの皆さんの信頼を勝ち取れるってんだから、これほど楽なことはない。

 

「チハルちゃんとキョウヤは基本的にペアで行動する……というか、ルーに乗りっぱなしね。リンドウさんとコウタくんが私の護衛兼観察係ってことで」

 

「そーゆーわけだ。ここらに大したアラガミがいないことはわかりきっているが、非戦闘員が二人もいるってことにゃ変わりない。各員、決して油断しないようにな」

 

 了解、とみんながリンドウさんの言葉に返事をして。

 

 そして、今日の訓練が始まった。

 

「じゃ、まずは──チハルちゃん、例のジャミングをお願いできる?」

 

「はいっ! ……ルーちゃん、いつものぶわーってやつ!」

 

 とんとん、私にまたがったチハルちゃんが踵で合図を送ってくる。はいはい、ママに任せなさい──っと。

 

「おお……」

 

「こりゃすげえな。レーダーが一瞬でポンコツになりやがった」

 

 ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)。私の感覚的には微弱な電気をレーダーのように展開することで疑似的なユーバーセンスみたいに扱える……というそれだけど、ゴッドイーターたちからしてみれば、謎のジャミング行為にほかならないという例のアレ。

 

 この人たち優しいから全然触れてこないけど、たぶんチハルちゃんの発見が遅れたのってこのユーバーセンス(仮)のせいなんだよな……。

 

「レーダーも無線も、軒並み全部ダメになってやがんな……こりゃ、通信関係は全滅かな」

 

「うーん……だけど、今ここに居る人たち同士でなら通信は繋がるのか。ただのジャミングってわけじゃないのは間違いないみたいけど」

 

 ああでもない、こうでもないとリッカさんが頭を悩ませている。私自身、ジャミングをしているつもりは一切ないから、こればっかりはどうしようもない。

 

 ……ああ、そうか。こんなのアナグラやエイジスみたいなところでやったら、一瞬でパソコンとかの大事なシステム関係が止まっちゃう可能性があるのか。現代日本でやったらマジで害獣認定されそうで怖いっていう。

 

「なんだチハル、お前、髪の毛すっげえ広がってるじゃん」

 

「そういうキョウヤくんこそ。……静電気みたいな感じだよね、コレ。ルーちゃんがふわふわなのも、これの影響が結構ありそうだし」

 

「何でこいつがジャミング領域を展開するのかは、お前でも分からないんだよな?」

 

「うん。割と最初からそうだったし、戦闘態勢か警戒態勢ってのは間違いないと思う……って、榊博士も言ってたんだけど」

 

 そう、まさにそれ。ジャミングではなくユーバーセンス(仮)による警戒態勢なのよ。だけれども、それを彼らが知る術はないし、そして私からそれを伝える術もない。ジャミングという明らかな事象がそこに在る以上、それに注目してしまうのもやむ無しってやつだわ。

 

「通信関係がオシャカになる以外は、周囲の人間にも乗ってる人間にも悪影響は無し……と。影響範囲は事前に確認されていた通り、数百メートルって感じだね。ジャミング領域の中心に近いと機械が壊れちゃうとか、そういう心配もなさそうだ」

 

 なら、次は──と、リッカさんは私の上にいる二人に声をかけた。

 

「二人とも、一回降りてくれる? ちょっとこいつを試したいんだ」

 

 すたっ、と綺麗に私から飛び降りた二人にリッカさんが手渡そうとしているのは……なんだこれ、なんかのお薬か? すっげー無骨なピルケースてきなものの中に、何やら怪しげな錠剤が入っている。

 

 はて、こんなアイテム原作ゲームにあったかしらん……?

 

「うわ……コレ見るの、すっごい久しぶりだな……」

 

「ん? チハル、知ってるのか?」

 

「神機使いの携行アイテムなんだから、ちゃんと覚えておかなきゃダメだよ? ……これ、アンチジャミング剤じゃん」

 

「あー……なんかあったな、そんなの」

 

 アンチジャミング剤。そう言えば、そんなアイテムもあった気がする……けど、使った記憶は一切ない。あの胡散臭いよろず屋のラインナップにあるのを見たくらいで、まだゲームのことを全然知らなかった新人時代(?)になんとなく買ったことがあるくらいだったっけか。

 

「ひどい言い草だね、まったく。このアンチジャミング剤だって、技術陣の努力の賜物だってのに」

 

「とはいってもリッカさん、俺、これを使ってるやつどころか買ってるやつも携行してるやつも見たことないっすけど。言われるまで存在を忘れていたくらいだし」

 

「ちなみに俺も、ぶっちゃけ何なのか気づかなかった!」

 

「もぉ……コウタくんは知ってなきゃダメでしょうに。……まさか、リンドウさんも」

 

「……年を取ると忘れっぽくなるから困るぜ」

 

 呆れたようにため息をつくリッカさん。キョウヤはへらへらと笑っていて、コウタは若干気まずそうに引きつった笑みを浮かべている。一方でリンドウさんはすまし顔──と、年季の違いが見て取れた。

 

「マジな話、誰も使ってないってのは事実だろ。新人ですら、座学で習ったことがあるってくらいで実物を見たことすらないんじゃないか?」

 

「まさかあ。いくらなんでもそんなことって……」

 

「じゃあお前、俺達神機使いをジャミング状態にしてくるアラガミってどいつなのか知ってるか?」

 

「え? そりゃあ、コクーンメイデンと……」

 

「と?」

 

「…………あれっ?」

 

「そういうこった」

 

 リンドウさんの指摘に、リッカさんがぴた、と動きを止めた。

 

 そう。それなりにゲームをやりこんだ私ですらほとんど使ったことが無く、そして品行方正で優等生なウチの娘にすら「久しぶりに見た」と言わせて見せたこのアンチジャミング剤。リンドウさんやコウタがその存在をすっかり忘れ去ってしまっていたのにも、実はかなり切実(?)な理由がある。

 

 うん、道具として非常に致命的なことに、使う機会がマジでねえんだよコレ。

 

「コクーンメイデンに後れを取る神機使いなんてそうそういない。そもそもとして、ジャミングに罹っちまうのはあいつらの毒針攻撃だけ……つまり、めちゃくちゃ隙のデカい近接攻撃だけだ。あんな攻撃に被弾するような神機使いなんて新人でもいるはずないさ」

 

「確かに。まあ、それでも乱戦の時なら被弾することもないわけじゃないっすけど……そんな乱戦だと、レーダーを見る余裕なんてないからジャミングになったことすら気付かないでしょうね」

 

「……」

 

 状態異常攻撃を仕掛けてくるコクーンメイデンが弱い。弱いうえに隙が大きすぎる近接攻撃で、攻撃そのものが当たらないからジャミング状態になるはずがない。乱戦の時なら被弾してジャミング状態になることもあるけれど、そもそもそんなときにレーダーを気にする余裕はないから、ジャミングになっていることすら気付かない。

 

 で、ジャミングを気にしなきゃいけない状態……レーダーを使って行動している時であるならば、そもそも攻撃に当たるはずがないという振出しに戻る。加えて言えば、ジャミングは放っておいても自然回復する状態異常で、ヴェノムやリークみたいに心身に異常が起きるってわけでもない。

 

「……昔からあって、ジャミングにしてくるアラガミもすごく身近なのに全然売れないのって」

 

「そもそも誰も必要としていないから、だな。……一応、コクーンメイデン以外のアラガミで言えばラーヴァナもジャミング攻撃をしてくるんだが」

 

「ラーヴァナは接触禁忌種で、戦うのはベテランばかりだしなあ。ベテランだったら多少レーダーが使えなくても普通に戦えるし、あいつの場合は毒の方がよっぽど厄介なんだよな……」

 

「そもそも、接敵しているのに目の前のアラガミではなくレーダーを気にする機会ってのがないっすもんね」

 

「……チハルちゃん、男どもがよってたかって私をいじめてくるんだけど」

 

「あ、あはは……」

 

 ともあれ、リッカさんが手にしているコレは紛れもなくアンチジャミング剤だ。その効能は文字通り、ジャミング状態を解除するものになるわけだけれども。

 

「あれ……そう言えば、なんでこのお薬でジャミングが治るんだろ……?」

 

 私の頭の中にふっと浮かんだ疑問。同じことに思い当たったのだろう、私の代わりにチハルちゃんがその疑問を投げかけてくれた。

 

「ジャミングって、あくまでレーダーが上手く映らなくなる現象です……よね? 異常なのは機械の方なのに、どうしてお薬で治るんですか?」

 

「んー……原理の説明をすると長くなるから省くけど、神機使いに支給されている通信機器って特別製でさ。簡単に言うと、腕輪を介して神機使いの感知能力を借りることで機能の底上げをしているんだよね」

 

「……むむ?」

 

「ジャミング攻撃を受けると、神機使いのオラクルバランスに一時的な変調が起きちゃうの。そのせいで感知能力が十全に働かなくなって、レーダーが上手く表示されない……つまり、ジャミング状態になっちゃうってわけ。アンチジャミング剤は、このオラクル不調を改善するためのものなんだ」

 

「……私、新人時代にジャミングになっちゃったことありますけど、別に体調不良とかは無かったような」

 

「それくらい微細な感覚を司る部分の不調ってことだよ。……【相手のオラクルバランスを崩す】というごくごく弱い効果が結果としてジャミング的な影響をもたらしているだけで、神機使いに起こるそれは電気機械的な意味でのジャミングじゃないんだ。体調不良をお薬で治すだけって考えれば、しっくりくるかな?」

 

「ああ、それならわかります!」

 

「ちなみに神機使いの感知能力をさらに強化・補助するように神機を調整して、これとレーダーを連携させるとユーバーセンスが使えるようになるんだよ。言い方を変えると、そこまでリソースを割かないとユーバーセンスは使えないんだ」

 

「なるほど……ユーバーセンスって便利なのにデフォルトで通信に搭載されていないのは、そう言う理由があったからなんですね」

 

 マジかよそれは初耳っていう。ゲームじゃそう言うもんだと思ってあんまり深く考えてなかったんだけど、裏(?)ではやっぱりちゃんとした理由や設定があったのね。

 

「でも、理屈は理解できましたけど、お薬飲んで機械が直るってのは感覚的に受け入れがたいなあ……!」

 

「あはは、まぁ気持ちはわかるけどね」

 

 そうして、チハルちゃんらはその小さなお薬をごくんと飲みこむ。錠剤をお水も無しに飲むなんて、お喉に詰まらせないのかちょっと心配ですわぁ……。

 

「……変わんねえな。無線もレーダーも上手く表示されないままだ」

 

「あー……やっぱりダメかあ」

 

 チハルちゃんはもちろん、コウタやリンドウさんもジャミング状態は解除されなかったらしい。そしてリッカさんは、さして残念という様子も見せずにその結果を記録している。先ほどの話から察するに、アンチジャミング剤でこのジャミングを解除できるとは最初から思っていなかったのだろう。

 

「アラガミ由来……ううん、オラクル由来のジャミングって意味では同じだけど、やっぱり規模も原理も違うみたいだね」

 

「規模と原理、ですか?」

 

「うん。コクーンメイデンのジャミングはあくまでオラクル変調を引き起こすだけだから、普通の機械はジャミングできないし、傷つけた対象にしか効果が無いんだけど……このコのジャミングはより工学的なそれに近いんだろうね。普通の機械もジャミングできるし、何より影響範囲が比べ物にならない」

 

 まだはっきりとしたことは言えないけれど、特殊な偏食場パルスが空間的に作用することでこのジャミングは引き起こされているらしい──と、リッカさんが手元の計器を眺めながら述べる。実際、私はビリビリパワーを周囲に展開しているわけなのだから、その推察は間違ってはいないのだろう。ただ単に、やっている私自身にも原理が分からないというだけだ。

 

「うーん! それでもやっぱり、このコがどうしてこんなことをしているのかはさっぱりわかんないや! コクーンメイデンは曲がりなりにも敵に対する武器になっているけど、別にそう言うわけでもなさそうだしなあ」

 

「となると……榊博士が言ってた通り、結果としてジャミングになっているだけで別の効果があるってことなのかな……。そういう意味では、コクーンメイデンと同じって言える……のかな?」

 

 ちなみに。

 

 念のためということで私にもアンチジャミング剤を与えられたけれども、ジャミング解除はできなかったし、正直全然食べた気がしなかった。爪の先よりちっちゃいし、歯ごたえや舌触りを楽しめるはずもない。そこらの岩でも齧っていたほうがまだ満足感があったんじゃね?




 ジャミング/アンチジャミングの原理とユーバーセンスの原理については独自解釈です。どんなに調べても、なんで錠剤でジャミングが治るのかはわからなかったよ……。


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36 ハガンコンゴウうめえ

 

 その後のことを述べて……いや、思い出していこうと思う。

 

 アンチジャミング剤の試食(?)をした後は、リッカさん主導のもと、私の素材を剥ぎ取ることに。こう見えて私は今までに発見例のない珍しいアラガミである上、非常に強力で特異な性質までもっていると来た。サンプルはいくらあっても足りない、というのが実情なのだろう。

 

 まずは毛。リンドウさんとキョウヤの神機によりほどほどに良い感じの所をカッティングする。ただの毛にいったいどれだけの有用性があるかはわからないけども、オラクル由来の繊維としてみればこれほど極上の物はないだろう。文字通り、神機でしか切ることができないのだから。

 

 ……あれっ、織ったり仕立てたりするのってどうやるんだ? まさかミシンみたいな神機があったりするのかね?

 

 ともあれ、どうせあとでいくらでも生えてくるってことで毛を切りまくる。アラガミを殺さずに素材だけ集めるだなんて、果たしていったい誰が想像したことだろうか。本来は命がけの作業であるはずなのに、そこには羊の毛刈りのごとくのどかな光景が広がっていたっけ。

 

 もちろん、不満がなかったわけじゃない。リンドウさんはあの通りの性格で、そしてキョウヤのやつは私に対するリスペクトがまるでない。せっかく大人しく毛を切らせてやっているというのに凄まじく適当というか大雑把で、見目を整えるという意識が酷く欠落している。

 

 私のキューティでエレガントなダイナマイトヒップが、見るも無残な十円ハゲみたいなケツに仕立て上げられたことに気付いた時はもう、マジでキョウヤのやつを噛み砕いてやろうかと思ったよね。

 

 『センス無さ過ぎ』、『可哀想だと思わないの!?』ってリッカさんとウチの娘が文句を言ってくれなければ、きっと私は千円カットで失敗したかのようなみすぼらしい姿を周りに晒す羽目になっていたことだろう。『別に誰も気にしねえよ』、『ムダ毛を処理してやってるだけだ』……って、あの二人は最後まで納得してなかったけどさ。

 

 とりあえず、なんとかそれなり程度にさっぱりした感じに切りそろえることだけはできた。切った毛は全部サンプル行き。もちろんふかふかボディは健在で、上等な毛布みたいな手触りもそのまんま。

 

 『もしちょっとでも余ったら、タオルバンダナにしてほしいです! 絶対すっごく良い奴になるはずですから!』ってチハルちゃんがすっげえ熱望していたっけ。ママてきには、娘のためなら百億万枚でもプレゼントしたい所存。それこそケツが全部丸ハゲになるのも厭わないっていう。

 

 その後は爪のカッティング。こいつもやっぱり貴重なアラガミ素材。私自身の図体が図体だから、爪の先だけといってもかなりのデカさ。こいつをリンドウさんの精密な神機捌きにより、爪切りよろしく切っていく……っていうアレね。

 

 『やべえ、腕ごとやっちゃいそう』ってリンドウさんがボソッと呟いた時はマジで肝が冷えるかと思った。思わず手を引っ込めそうになってしまった私をどうか許してほしい。

 

 なんだかんだでこちらもやっぱり恙なく完了。さすがに全部の爪を切ると私の戦闘能力が下がってしまうから、各手足(?)の薬指の爪だけを切ることとなった。親指や中指は当然として、一番端で一番小さい小指もやられちゃうとふんばりとかが全然効かなくなる予感がひしひしとしたんだよね。

 

 そうそう、貴重なサンプルとして私の血液も採取されることになった。『ごめんね、ちょっとだけ痛いかもだけど我慢してね……!』ってチハルちゃんが泣きそうな顔で言うから何かと思いきや、キョウヤのやつが割と遠慮なく私のケツに(神機で)噛みついて来たんだよね。

 

 とりあえず尻尾でぶっ飛ばしておいた。不意打ちでケツを噛みつかれたのだから、これくらいは許してほしいと思う。せめて一声かけてくれればなあ……。

 

 あえて語るまでも無く、本気でケツを食い千切ろうとしたわけではなく、ちょっと牙を突き立てて出血させるのが狙い。『キミの体に注射器が刺されば、こんなことせずに済んだんだけどね』ってリッカさんが言ってた。自分じゃまるで気づかなかったけど、既にリッカさんは注射器で私の血液を採取しようと試みていたらしい。

 

 が、神機でなければ傷がつかないこのカラダに注射針なんて刺さるはずも無く。私には針が刺さった(突き付けられた)ことすら気付かなかったって寸法よ。

 

 ちょっと困ったことが一つだけ。みんなして私のケツの傷口から血液を集めていたのはいいんだけど、私の回復力が高いせいかすぐに傷口が塞がっちゃったんだよね。『あらら……もう一回やってもらえる? 今度は結構、がっつり深めでよろしくね?』ってリッカさんがさらりと言って、キョウヤが『これ以上やったらマジでこいつに殺されるんでやりたくないっす』とかふざけたことを言っていたのを覚えている。

 

 まったく、あいつは人のことを何だと思っているのか。私以上に温厚で人に理解のあるアラガミなんて存在しないというのに。すこしはウチの娘のことを見習ってほしいものである。

 

 結局、500mlのペットボトル四、五本程度の血液を採取したと思う。『もう持ちきれないから、今日はこんなもんでいいか』ってリッカさんが言ってた。

 

 あとは……そう、牙と角。ただしこちらは次回に見送り。『マジな話、口の中のものを折り取ろうとして反撃しない生物っていないだろ? いくらこいつが賢くても、反射的に食い殺す可能性の方が高そうだが』……って、キョウヤがイモを引いたためである。

 

 ただ、さすがのチハルちゃんも今回ばかりは頷かざるを得ない感じだった。『…………もっとキョウヤくんとルーちゃんが仲良くなるか、神機が直ってから私が直接やるかのどっちかかな』とのこと。

 

 チハルちゃん自身は私の口に腕を突っ込む……いいや、それどころか頭を突っ込むことにも何の抵抗もないそうだけれど、他の人がそうするのはまだちょっと不安があるらしい。ママに対する解像度が高くてちょっと照れちゃうっていう。

 

 角もほぼ同じ理由。『ちょっと欠けたくらいならすぐ元に戻りそうだが、ハンニバルの逆鱗をブチ折るのと同じような感じがするんだよな……』とリンドウさんが言ったんだよね。

 

 ……アラガミ化していた時の事でも思い出したのだろうか? なんだか妙に生々しい(?)独白だったのを覚えている。

 

 『たしかに、見るからに高密度のオラクルで形成されている重要器官だもんね。激痛があるかもしれないし、さすがにこれは怒るかも』……ってリッカさんもフォロー(?)を入れていたっけ。

 

 素材採取自体はこんな感じ。本当だったら色々もっと採ってみたかったのだろうけれども、何分【生きたアラガミから素材を採取する】こと自体が初めてのことだ。ノウハウもない手探りの割にはよくできたと評価するべきだろう。これもひとえに私が大人しくて良い子だったから実現できたことである。

 

 なお、採取の時間のほとんどずっと、コウタは私の背中でその感触を存分に楽しんでいた。『俺の神機じゃ採取はできないからしょうがない』、『あったけえなあ……ノラミって感じの背中だ……』、『ほら、お前も本当はノラミの方が良いんだろ? ……遠慮なんてしなくて良いんだぜ?』ってずっとささやいてきたんだけど、あれはマジでどう反応するのが正解だったんだ?

 

 素材採取の後はリッカさん、リンドウさん、コウタと分かれ、チハルちゃん、キョウヤを背中に乗せてエイジスの外へ。あ、別れ際、リッカさんより『これ、ジャミング対策用の試作ルータね』……と、何やら妙な機械を受け取ったっけ。

 

 私のジャミングは近距離なら通信が成立するのだから、なんかこう上手く補佐するルータがあればジャミングの影響を無視できるんじゃないか……という実験をしたいらしい。ポケットWi-Fiてきなものだろうか?

 

 難しいことはよくわかんなかったので、その辺の実験は全部チハルちゃんらに任せた。私は言われた通りに走って、アラガミ☆グルメツアーを楽しんだ次第。今回はオウガテイルやコクーンメイデンなど、小型アラガミが多めのメニュー。強いアラガミほど質が良い(?)ため美味しいんだけど、ジャンクなものを後先考えず好きなだけ食べたくなる時ってあるよね? ……あるよね?

 

 最近ちょっと気づいたんだけど、もしかすると私、コクーンメイデンをしがむのが好きなのかもしれない。最初は歯ごたえも味もしなくて美味しくないと思ったんだけど、こう……何度もずっとしゃぶっているうちにほのかな旨味を感じられるようになってきたというか。アラガミの味に慣れただけかもわからんけど、コクーンメイデンの美味しさに目覚めた気がする。

 

 ……いや、どっちかっていうとビールの美味しさが初めて分かった時の気持ちに似ている……のか? 今まで美味しくないと思っていたものなのに、ある日ふと食べてみたら美味しく思えるようになったって言うアレ……なんて表現すればいいんだろ?

 

 まぁ、考えても仕方ないことは考えないに限るわ。

 

 ちなみに一番美味いのが荷電性コクーンメイデン。ちょっとぴりぴりするアクセントとほのかな電気の風味が実にいいネ!

 

 なお、私がおなかを満たしている最中も、背中の上の二人は何やらずっと作業をしていた。どうも、リッカさんから通信を貰って指示を受けていたらしい。『こんなに測定するのか……』、『え……なんでこんなに同じこと何回もやるの……?』ってキョウヤもチハルちゃんもげんなりしていたし、最後のほうはかなり集中力が切れていたのがはっきりとわかったっけ。

 

 実際、『ぶわーってやつ、よろしく』、『前の場所にもう一回戻ってくれる?』、『今度は止めて』……というのを、冗談抜きに五十回はセットで言われた気がする。ルータの能力や私のジャミング領域の影響範囲の測定でもしていたのだろうか。

 

 測定ばらつきや再現性の確認……ってことを考えると、むしろよくぞまぁ五十回程度で満足してくれたものだと思う。キョウヤは十回を超える前に飽きだして、『何でもいいから撃ちてェ』って神機に手をかけていた……というか何回か獲物を横取りされたのを覚えている。チハルちゃんの苦労がしのばれるというものよな。

 

 そんな感じで測定を繰り返していたところ、緊急入電が。なんかめっちゃ心臓に来る警告音(?)が鳴り響いたと思ったら、『ここから少し離れたエリアで、想定外のアラガミの侵入が確認されました!』……っていう、割とゲームでよく聞いたような感じのヒバリさんの声が聞こえてきたんだよね。

 

 その想定外のアラガミってのがまさかのハガンコンゴウ。当然のように複数体(三体)。そしてそんなハガンコンゴウに囲まれて(?)、潜伏して動けない状態になっているのはいわゆるモブの神機使いのみなさん。

 

 ハガンコンゴウ自体が強い部類のアラガミ……第二種接触禁忌種な上、複数体ともなればそりゃヤバい。あいつ硬いし攻撃範囲広いしすぐ気づくし群れるしで何気にかなり厄介なんだよね。ついでに弱点属性である神属性の神機って準備するの面倒だし。

 

 そんなの気軽にぶっ殺せるのなんて極東においても第一部隊くらいしかいない。当然、モブの神機使いじゃせいぜいが足止め程度……ってところだろう。

 

 『第二種接触禁忌種への対応が可能な神機使いを派遣する余裕はありません。周辺で対応が可能だと思われるのが、その……』と通信機器越しにヒバリさんが口ごもるのがわかった。『わかりました、すぐ向かいます』ってウチの娘ってばすごくあっさりOKを出した。『ルーちゃん、お願いできる?』って背中をぽんぽん。頼られるって最高ですわァ……!

 

 そんなわけで全力ダッシュ。『これ規定違反にはならないっすよね!?』、『フォローというか後始末とか、マジで頼みますよ!』ってキョウヤが通信機器越しになんかめっちゃいろいろ言っていたっけ。今になって思えば、チハルちゃんの階級じゃ能動的に接触禁忌種と戦うことは許されていないはずだし、トップシークレットな私を非関係者であるモブ神機使いに見せるのもそれなりに問題があったのだろう。

 

 だけどまあ、人命の前では些細な問題だ。それにどうせ、ヒバリさんの裏で榊博士が指示を出していたに決まっている。

 

 なんだかんだで二十分ほど全力疾走。『もうそろそろだよ!』って言われた頃合いにて、ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)を発動。『バカ野郎、ここでジャミングしてどうすんだよ!』ってキョウヤには強かに背中の毛を引っ張られたけど、ユーバーセンスなんだからしょうがねえっていう。

 

 発動してすぐに、初めて感じる強めのオラクル反応と、あとか弱いか弱いニンゲンさんのオラクル反応をそれぞれ三つずつ確認。なんか思いのほかアラガミと人間の距離が近くてマジビビった。

 

 とりあえずカッコよく雄叫び。ついでにちょっぴりの演出として雷も落としてみた。『いいねえ、やる気満々じゃん!』……と、チハルちゃんからは高評価だったのに、キョウヤからは『いきなり本部と連絡が途絶えたうえにヤバいアラガミの咆哮まで聞こえたら絶望以外の何者でもないだろうが! 常識考えろ!』……と、お叱りの言葉を頂いてしまった。たまに正論言ってくるから困るっていう。

 

 ともかく目論見通り、私の存在に気付いてすぐにハガンコンゴウがやってきた。相も変わらず見事なきんぴかボディ……なのはいいとして、普通のコンゴウの顔面にあたる位置に異形の顔が三つもめり込んでいるというなんとも食欲が失せる見た目。少しは食べる人のことを考えてもらいたいものである。

 

 さすがに接触禁忌種だけあってちょっとは賢い(?)らしく、連中は小手調べとばかりに雷球を発射してきやがった。当然私には効くはずも無く、そのまま突っ込んで飛び掛かる。ちょっぴり意外なことに、そこそこ真面目にガントレットを叩きつけたつもりだったのに一撃で仕留めることはできなかった。足の下でなんかもぞもぞ動いている感じがひしひし。

 

 まぁ、そのまま普通にぶちっと潰したけど。背中にチハルちゃんを載せていなければ、そのままじっくり電熱でウェルダンにしたかったものだ。

 

 一体目の惨状を見てなお、二体目と三体目は逃げ出さなかった。一体はローリングアタックをぶちかましてきて、もう一体はやっぱり放電攻撃をしてきたのを覚えている。

 

 当然、体格で勝る私にローリングアタックが効くはずも無いし、放電攻撃も言わずもがな。ただ、背中にいる二人のことを考えてローリングアタックについては念のため跳んで避ける。ちょうど空中で交差するように飛び交う感じって言えば伝わるだろうか。何気に結構スタイリッシュだったかもしれない。

 

 ちょっと意外だったのが、『ひゃっはァ!』って下品に叫びながらも、キョウヤが銃撃を成功させていたところだろう。アサルトの銃撃で威力自体は大したことなかったとはいえ、まさか空中で後ろから攻撃されるとは思ってもいなかったのか、ハガンコンゴウは勢い余って(?)だいぶ派手に地面に激突していたっけ。

 

 ……マジな話、あいつ結構銃撃上手い感じ? 跳んでる私の上からローリングアタック中のハガンコンゴウに銃撃するのってだいぶ難しくない? しかもあれ初めてのはずだよね?

 

 とりあえず、みすみす隙を見逃す道理はないのでその後は迅速に止め。ガントレットで押さえつけ、そのまま思いきり嚙り付いてやった。歯ごたえ抜群、そしてなぜか意外なほどにぷりぷりとしていて食感が非常に楽しい。味も結構濃いめで食欲も刺激されまくり。あの見ためからは想像できない美味しさだったと言えよう。

 

 ただ、羽衣の部分はイマイチ。元が通常のコンゴウのパイプ状器官と同じだからか、中はかなりスカスカで味気ない。いや、コクーンメイデンやザイゴートを食べているよりかは満足感はあったけど、変に期待していた分ガッカリ感もひとしおだったというべきか。

 

 『ご飯はまたあとで! 最後の一匹もよろしくね!』ってチハルちゃんに声を掛けられ、戦闘再開。どうやら私が食事を楽しんでいる間にも、奴は私に電撃で攻撃していたらしい。ついでに言えばキョウヤも私の背中からハガンコンゴウを撃ちまくっていたようだ。『ちくしょう、全然銃撃が通らねえ』って文句言ってた。

 

 せっかくなので、最後の一体は高温で仕留める。牙に思いっきり帯電させて食らいつくだけ。体格でも素早さでも勝る私が相手では、ハガンコンゴウじゃもはや成す術もない。体を貫かれながらもしばらくはピクピク動いていたけど、抵抗虚しく最後は見事なウェルダンとして美味しく再会することになった。

 

 まぁ、一直線上で私に目を付けられた段階であいつの運命は決まっていたようなものだ。例え電気を使っていなかったとしても、そのときはメニューが踊り食い(?)になったってだけの話である。オオカミさんの瞬発力と顎の強さは伊達じゃないっていう。

 

 そんな感じで戦闘終了。他の中型アラガミよりは楽しめたとはいえ、終わってみれば随分とあっけなかった。接触禁忌種にしては少々味気ない……と思ったけど、私との相性が最悪だってのも大きいのだろう。

 

 ハガンコンゴウの攻撃って究極的には電気と殴る蹴るしかないわけだから、電気が効かずに体格で劣る相手に対してはどうしようもないんだよね。

 

 その後は後処理タイム。隠れていたモブ神機使いのみなさんとは無事合流。さすがに私の姿にだいぶビビり散らかしていたけれども、ハガンコンゴウを無邪気に頬張る私の可愛い姿を見て、いくぶん安心してくれたっぽい。最後には観念して(?)、自ら腕を開いて私に体の匂いを嗅がせるって言うアレをしてくれたっけか。

 

 『災難だったとは思うが、フェンリルの闇を見てしまった以上はもう普通の生活には戻れないぞ』ってキョウヤが悪い顔してモブ神機使いたちを脅していた。『こいつのことを知っているのは一握りの人間だけだ。……わかってるよなあ?』と随分とビビらせていたのを覚えている。

 

 単純に、私の監視役(エイジス駐在員)を任せられる人間が増えたってだけの話なのに。可愛そうに、一番若い男の子は今にも泣きだしそうな顔をしていたっけ。

 

 一応、最後の報告の際にヒバリさんが色々話してくれていたっぽいから、誤解自体はないと思うんだけど。

 

 だいたいこんな感じだろうか。他にもいろいろ細かいやり取りはあったけど、その後は救援ヘリが来るまで待機して、そこでそのままチハルちゃんらと分かれてエイジスに戻った。あんまり人目に触れるわけにはいかないし、エイジスからアナグラまでの移動って、人の足だとそれなりにかかるからね。

 

 これからもきっと、こんな感じで緊急出動することも増えていくのだろう。そんな事態なんて起きないほうが好ましいとはいえ、無理やりポジティブに捉えるならばその分強くて美味しいアラガミと出会えるチャンスということでもある。正直実験に付き合うよりもこっちのほうが嬉しいや。

 

 まだまだ彼らとの交流は始まったばかりだけれども、悪くない滑り出しだと思う。願わくばこのまま、平穏かつ穏やかに楽しいアラガミグルメライフを楽しみたいものだ。

 

 ──明日もみんな安全に、おなかいっぱいご飯を食べられますように。



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37 ある神機使いの記憶

 

 ──さすがに、今回ばかりは無理だろうな。

 

 酷く荒い呼吸を必死に抑え込みながら、彼はぼんやりと思った。

 

 今日もいつも通り、任務に出かけるまではよかった。最近ようやく出撃制限も解除されて、そこそこ遠くまで出向けるようになったのだ。休養もそれなりに取れたし、ここらでひとつガッツリ稼いでやろう……なんて、意気込みだって十分だった。

 

 それなのに。

 

(くそ……っ! あいつら、あそこに陣取ってやがる……!)

 

(嘘でしょ……! もうホントやだぁ……!)

 

 自分の隣には、泣きそうな顔をして神機を握っている二人の後輩がいる。たしか、数か月前にようやく神機使いになってから一年を経過したばかりの、まだまだ新人と言っても良いくらいの若い二人だ。

 

 言いかえると──今この場で一番頼りになるのは、最も経験年数が多い自分ということになる。

 

(こうなったら、一か八かこっちから戦闘をしかけるしか……!)

 

(バカ、やめとけ。返り討ちにされるのがせいぜいだ。連絡は入れたんだから、このままジッと隠れるのが最善だって言っただろ)

 

 彼はほんの少しだけ体を動かし、本来であれば帰路となっていたそこを忌々しそうに見つめる。

 

 

 ──どう見ても、ハガンコンゴウだよなあ。

 

 

 筋骨隆々のたくましい金色の肉体と、背中に纏う羽衣。砕けた顔面からもがき苦しむように浮かんでいるのは、また別の人面。見ているだけで嫌悪感を抱かずにいられない容貌であるこのアラガミは、紛れもなくハガンコンゴウだ。

 

 もっと言えば、今の彼らではどう逆立ちしても倒せないほど強力なアラガミで──そんなアラガミが、都合三体も居座っている。

 

(なんで……どうして! どうして接触禁忌種なんてヤバいやつらが平然とそこらを歩き回ってるんですか!)

 

(観測班はなにをやってるんですか! 作戦エリアに入られてから警告されたってどうしようもないじゃないですか!)

 

(気持ちはわかるが、マジで落ち着け。極東(こっち)じゃそれが普通なんだから)

 

 後輩二人の気持ちは、彼には大いに理解できた。

 

 だって──順調に任務が進み、次の討伐目標がいるエリアへ進もうとした矢先に「ヤバいアラガミが近づいている、急いで逃げろ」と連絡されたって、どうしようもない。たまたま運よく廃墟の影に逃げ込めたからまだよかったものの、あと十秒でも判断が遅れれば、きっと今頃三人まとめて仲良くあいつらのおなかの中にいたことだろう。

 

 そもそもとして、彼は元々は別の支部で神機使いとなった身だ。その支部では期待の新人、エースなどと持て囃され、調子に乗って激戦区と名高いこの極東にやってきて──そして、自分が如何に世間を知らない人間であったのかを思い知らされたクチである。

 

 コンゴウをひとりで倒せることが自慢だったのに、この極東ではヴァジュラをひとりで倒せてようやく一人前なのだ。そして悲しいことに、それが罷り通ってしまうほど……この極東という地は、悍ましいまでのアラガミの脅威に晒されているのだ。

 

(いいか、接触禁忌種だろうがなんだろうがアラガミには変わりないんだ。見つからなければ襲われようがない。下手に動かず、気配を消すことだけに集中しろ)

 

(でも……!)

 

(あいつらが居なくなるって保証、どこにあるんですか……っ!)

 

 泣きそうな──というか、彼女の方は既に目からぽろぽろと涙をこぼしている。きっと、自分たちの力だけではどうしようもないことも、救援が来るまでにすさまじく長い時間がかかってしまうことも理解してしまっているのだろう。

 

 つまり──現状、助かる見込みがまるでないことがわかってしまっているのだ。

 

 ──どうするかな、これは。

 

 アナグラに連絡は入れてある。だからきっと、いつかは救援が来るのだろう。ハガンコンゴウは接触禁忌種とはいえ、それに対応できる神機使いもアナグラには存在している。そういう意味では、救援が来るまでジッと息を潜めて隠れるという彼らの判断は最善であると言って良い。

 

 問題なのは、救援がいつ来てくれるか──救援が来るまでに、彼らが隠れおおせるかというその一点だ。

 

(……)

 

 近くの作戦エリアには、神機使いはいなかったはず。となると、最速であっても救援が来てくれるのは数時間後となる。ハガンコンゴウの索敵方法は聴覚……つまり、日が暮れるまで耐えて、夜の闇に乗じて逃げ出すというのも難しい。そもそも三体もいる以上、日が暮れる前にいずれは彼らが潜んでいるこの場所を見つけてしまうことだろう。

 

 冷静に、合理的に考えて。

 

 彼らが助かる見込みは、ゼロに近い。

 

(まぁその、なんだ……)

 

 自分を勇気づけるように、彼は後輩二人に声をかけた。

 

(少し前にあったろ、KIAになったやつがひょっこり帰ってきたってのが)

 

 ほんの数週間前。やたらとバンダナを布教する一人の小さな神機使いがミッション中に行方不明になり──そして、見事に生還するというアナグラでもあまり聞かない奇跡が起きた。それも、部隊長クラスが相手取るような強力なアラガミに囲まれて、五日間も戦場を彷徨ったうえで生存したというのだから驚きだ。

 

(チハルさんの時は! 別種のアラガミ同士で共食いを始めた隙に逃げ出せたって話じゃないですか!)

 

(そりゃまあ、そうだけど。もしかしたらあのハガンコンゴウも、実はめちゃくちゃ仲が悪いかもしれないだろうが)

 

 涙をいっぱいに目を浮かべたまま、彼女は彼を睨みつけた。

 

(こんなときに……! そんなバカみたいな冗談言わないでくださいッ!!)

 

 こんなときだからこそ、冗談言ってるんだけどな──という言葉を、彼は心の中に仕舞い込む。少しでも勇気づけようと慣れないことをしたのに、完全に裏目に出てしまっているのは確認するまでもない。

 

(……)

 

 救援は絶望的。

 隠れ切るのも絶望的。

 そしてもちろん、自分たちで倒すというのも絶望的。

 

 ──やっぱり、今日がその日なのかねえ。

 

 今までに何度も、死にそうな目にあって来た。

 今までに何度も、今度こそ死ぬと思ってきた。

 

 だけど、今日は。

 

 今までに感じたことがないくらい、はっきりとした絶望を感じている。今までのそれが笑えてくるくらい、状況は最悪だ。自分でも不思議なことに、絶望や恐怖が振り切って……なんだか他人事のような、妙に冷静な気分になってさえいる。

 

(……)

 

 ちら、と彼は時計を見た。

 

 ──無理だな、これは。

 

 もうすでに、一時間くらいは経っているんじゃないか……と思っていたのに、まだほんの十分しか経っていない。こんなにもぴりぴりとひりつく緊張感の中に身を置いているからか、どうやら自分でも気づかないうちに精神的に参っているらしい。そうでなければ、こうも時間感覚が狂うだなんてありえないことだった。

 

 そこそこ経験のある彼でさえこうなのだ。隣にいる二人にとってはさらに酷いストレスとなっていることだろう。こうなるともう、冷静に──否、正気を保てる時間はそれほど多くない。いずれ、我慢が効かなくなってこの物陰から飛び出してしまうはずだ。

 

 ──最期の言葉くらいは、言わせてやれるかねえ。

 

 自分が奴らの目の前に出れば、少しばかりの時間は稼げるはず。それくらいであれば、最期の言葉をアナグラに伝えることもできるだろう。まだしも正気を保てている今であれば、きっとそれなりに満足できる言葉を残せるはずだ。

 

 そう思った彼は、ハガンコンゴウの聴覚に引っ掛からないように切っていた通信機器の電源を入れようとして──そして、気付いてしまった。

 

(あ……?)

 

(……なんすか、そのイヤなつぶやきは。これ以上最悪な事態とか、マジ勘弁してほしいんですけど)

 

 電源を付けてはいる。それは間違いない。

 

 なのになぜか──通信が繋がらない。どのチャンネルに併せても、まるで通信が成立しない。

 

 そう、これは……まるで。

 

(いや、大したことじゃないんだが、つうし──)

 

 

 

 ──ルゥゥゥァァアアアアッッ!!

 

 

 

「きゃっ!?」

 

「なんだっ!?」

 

 凄まじい雄叫び。それと同時に轟いた雷鳴。

 

「いってぇ……!? 耳がじんじんする……!」

 

 どん、どん、どどん──と、何発もの落雷。それもどうやら、かなり近くに落ちたらしい。地面から伝わるわずかばかりの振動に、特徴的な空気の震え……ついでに言えば、なんだか妙に焦げ臭い匂いもする。

 

 というか、それ以前に。

 

「なんだよ……ッ! なんなんだよッ! あんな化け物の雄叫び、聞いたことないぞ!?」

 

「もういやあ……! なんで私ばっかり、こんな……!」

 

 落雷とほぼ同時に聞こえたあの雄叫び。まず間違いなく、アラガミのものだろう。それも結構凶暴で、いかにもヤバそうな雄叫びだ。そこそこ離れているであろうと思われるのにここまでびりびりと空気を震わせるということは、それに見合った体格でもあると言うことになる。

 

 もっと合理的に突き詰めれば──この落雷もまた、そのアラガミの能力と考えるべきだろう。雨も降っていないのに局所的に雷が落ちるなんてこと、あり得ないのだから。

 

「ハガンコンゴウに! 雷の化け物! 一体俺たちが何をしたって言うんだ!」

 

「落ち着け、バカでかい声を出したらそれこそ気づかれちまう……考えろ、これはチャンスだ」

 

 自分に言い聞かせるようにして、彼はその言葉を口にした。

 

「ホレ見ろ、今の落雷で連中の注意は完全に逸れている。上手くいけばアラガミ同士で殺し合いをしてくれるかもしれない。それに……三体から逃げるよりかは、一体から逃げる方がいくらかマシだろ」

 

 上手くいけば、マジに生きて帰れるかもしれない。

 

 そう思って物陰から身を乗り出した考えは──あらゆる意味で、裏切られた。

 

 

 

 ──ルゥゥゥァァ!!

 

「行っけぇ、ルーちゃんッ!」

 

 

 

「……は?」

 

 視線の先に、ハガンコンゴウが三体いる……のは、いいとして。

 

 そのハガンコンゴウと向かい合っているアラガミは何だ?

 

 どうしてそのアラガミの背中に、神機使いが乗っている?

 

 

 ──ルゥゥゥゥ!!

 

 

 白く、大きな──狼のようなそのアラガミ。ハガンコンゴウが撃ちだした雷球を受けても怯んだ様子さえ見せず、ぴんぴんとしている。その巨躯とは似合わない俊敏さを以って大地を駆け、そして大きく飛び上がって──

 

「やっちゃえッ!」

 

 だん、と大地が震える。まるでコバエか何かを潰すかのように、その白いアラガミは自らのガントレットをハガンコンゴウに叩きつけていた。

 

「な……なんだよ、アレ……?」

 

「うそ……ハガンコンゴウが、たったの一撃で……?」

 

 その白いアラガミのガントレットの下で、ハガンコンゴウはまだなお生きている……が、ほとんど虫の息と言って良いだろう。あれほどの強固なアラガミ装甲を持ち、生半可な攻撃では傷をつけることさえできないというのに、胴体がまるごとぺしゃんこに潰れてしまっている。それも、たったの一撃でそうなったのだ。

 

 

 ──ルゥ。

 

 

「……あ」

 

 ぐしゃ、と頭を踏みつぶされて。

 

 そのハガンコンゴウは、とうとう完全に事切れた。

 

 

 ──アアアアア!!

 

 ──ガァァァア!

 

 

「!」

 

 すっかり忘れていた二体目と三体目。仲間の死をなんとも思っていないか、あるいは思っているからこそか。その場から逃げ出さず、仲間の遺骸ごと巻き込むようにしてその白いアラガミに攻撃を放っていた。

 

 

「ひゃっはァ! いいねェ、撃ちごたえがある的はァ!」

 

 ──ギャアアアア!?

 

 

 何が起きたか、彼にはあんまりよくわからなかった。

 

 ハガンコンゴウの体当たりをあの白いアラガミが跳んで避けたと思ったら……その背中に乗っていた神機使いが、空中にいるままハガンコンゴウを銃撃したのだ。その結果、ハガンコンゴウは勢い余って地面に激突し、そして次の瞬間には、白いアラガミの鋭い牙がその身体を貫いている。

 

「なんだよ……いったいどうなってんだよ……?」

 

「ハガンコンゴウが、まるで相手になってない……? ううん、そもそもなんであのアラガミ、神機使いを背中に乗せてるの……?」

 

 あれは、間違いなくアラガミだ。今だってほら、ハガンコンゴウの体をアラガミらしく貪っている。手を、足を、首をバラバラにして引きちぎり、そのはらわたをいかにも美味しそうに引きずり出して啜っている。口元はそのオラクル片で汚れていて、どう考えても話が通じるような存在には思えない。

 

 なのにどうして──さも当たり前のように、その背中に神機使いが二人も乗っているのか。

 

 というか、もしかするとこれは。

 

「まさか……これか? これが救援なのか?」

 

「「えっ」」

 

 ハガンコンゴウを倒してくれている──つまりは、自分たちの危機を今まさに救っている存在。直接戦っているのはアラガミの方とはいえ、彼らは間違いなく神機使いだ。

 

 ついでに言えば。

 

「あのちっちゃい嬢ちゃん……あの、バンダナは」

 

「あ……チハル、さん?」

 

「じゃああの野蛮な声は……キョウヤさん?」

 

 よくよく見れば、なんだかすごく見覚えのある二人。白いアラガミに乗って揚々と指示を送っているのは、ついさっき話題にしたばかりの、奇跡の生還を果たした神機使いにほかならない。

 

 

「ご飯はまたあとで! 最後の一匹もよろしくね!」

 

 ──ルゥ!

 

 

 バンダナ娘の指示に一声鳴いて。そしてその白いアラガミは、疾風と化してハガンコンゴウに飛び掛かる。

 

「……なんか、普通にアラガミに指示してませんか?」

 

「……してるな」

 

「それも、アラガミの食事を中断させるって……そんなの、できるんですか?」

 

「……できてるもんは、しょうがないだろ」

 

 もはや、目の前で行われているのは戦闘ですらない。戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的で、そしてあまりにも格が違いすぎる。既に最後の三体目も白いアラガミに食らいつかれ、ほとんど抵抗することも無く焼け焦げて……最後にぴん、と体を伸ばしてからだらりと力なく果てていた。

 

 ──ルゥゥ!

 

「えへへ、えらいぞルーちゃん!」

 

 そう、これは。

 

 戦闘ではなく──ただの食事でしかないのだ。

 

「どういうことなの……? 神機使いが、アラガミを乗りこなしているの……?」

 

「しかも、どう見たって結構慣れている……よな?」

 

「……」

 

 後輩二人は知らなくとも、彼は知っている。

 

 フェンリルという組織は、その実かなり真っ黒でヤバい組織だ。アラガミから人類を守る最後の砦、平和の守護者だ──なんて振舞っているが、裏ではとてもじゃないけど公表できないヤバいことを当然のようにしている。それなりに長い間この業界にいる人間であれば、直接それを見たことはなくとも信憑性が高い噂を三つや四つは聞いているし、公然の秘密として誰もがなんとなく感じ取っている。

 

 そんなフェンリルなのだ。実はこっそりアラガミを飼いならす手段を見つけていたりだとか、あるいは……完全に人間の制御下における、人工アラガミを製造していたとしても何ら不思議はない。というか三年前にも、この極東にて秘密裏に人工アラガミを製造していたとされるそれなりに根拠のある噂が出回っていたりする。

 

「ま、まぁでも……助けに来てくれたんだよな?」

 

「だ、だよね……」

 

 ──本当に助けにきてくれたんなら、いいんだが。

 

 KIAから奇跡の生存を果たした神機使い──その間の動向は一切不明。

 ハガンコンゴウを複数体相手取ってなお、余裕であしらえる未知のアラガミ。

 

 そんな怪しげな神機使いと強力なアラガミが、手慣れた様子で協力して戦っている。

 

 そして自分たちはいくらでも替えの利く人材で、これと言って重要なポストにいるわけでもない。

 

 その上で……今なお繋がらない、まるで意図的であるかのように使えなくなった通信。

 

 ──これ、本当に大丈夫な奴なのか?

 

 悲しいことに。

 

 彼がその考えをすぐに否定できない程度には、フェンリルは真っ黒な組織であった。

 

「えっとぉ……ルーちゃん、近くに神機使いがいるはずなんだけど……わかる?」

 

 ──ルゥ。

 

「……本当にわかってんのかこいつ? いいか、ご飯じゃなくて人間だぞ。間違ってもいきなり食らいついたりするんじゃねえぞ?」

 

「もぉーっ! 何でそんな言い方しかできないのさっ! そんなんだから嫌われるんだよっ!」

 

 ぎゃあぎゃあと喚きながらも……たしかに彼らは、こちらへと近づいてくる。どういうわけか、こちらの存在を感知することができるらしい。

 

「お……おーい! こっち! こっちだ!」

 

「た、助けに来てくれたんだよねっ!?」

 

 ──若いって、いいなあ。

 

 文字通り、九死に一生を得たとばかりに満面の笑みを浮かべて、後輩二人が表へと出ていく。

 

 こうなったらもう腹をくくるしかないと、彼は悲壮な覚悟を決めて二人の後に続いた。

 

「あーっ! よかった、無事だったんだあ!」

 

「なんだ、救援対象ってお前らだったのかよ……おい、まさかとは思うがチビってないだろうなあ?」

 

 ──ルゥゥ。

 

 今のところは普通。アラガミも大人しくて、そして目の前にいる彼らは彼が知っている通りの二人──つまりは、明るくて面倒見の良いバンダナ娘と、へらへらと悪ぶって笑う微笑ましい少年でしかない。

 

 少なくとも、フェンリル暗部のヤバいエージェントといった雰囲気はない。

 

 そうでありますようにと、彼は心の底から何かに祈った。

 

「……さて、お前ら。いろいろ言いたいことはあると思うが」

 

 意地悪そうにへらへらと笑ったキョウヤが、いかにも気安い感じで後輩二人の肩に腕を回す。

 

「……え?」

 

「ちょ……何するんですか?」

 

「災難だったとは思うが……フェンリルの闇を見てしまった以上は、もう普通の生活には戻れないぞ」

 

「「えっ」」

 

「こいつのことを知っているのは一握りの人間だけだ。……わかってるよなあ?」

 

「こぉら! 何でそんな脅かすようなこと言うのさ! キョウヤくんのばかっ!」

 

「いってぇ!?」

 

 ──そういやこいつら、こういうやつだったっけ。

 

 その様子を見て。

 

 彼は今度こそ、安堵の息を吐くことができた。




 『作戦エリアに入られてから警告されたってどうしようもないじゃないですか!』


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38 助っ人

 

「やっべ、迷った……!」

 

 アナグラ内、某所。支部長執務室に呼び出された榎本ケイイチは、変わり映えのしない連絡通路で途方に暮れていた。

 

「ちっくしょう……! 前から思ってたけど、造りが似すぎていてわかりづらいんだよ……!」

 

 アナグラという施設は非常に広く、大きい。そして軍事施設に近しい性質を持つため、飾り気はほとんどなく、とことんまで実用性や機能性を重視した造りになっている。その結果として……慣れない者からしてみれば、少々迷いやすい構造になっていることは疑いようがない。

 

 機械の工場みたいだよな、というのがケイイチが一番最初に抱いたアナグラの印象だった。天井にはむき出しのケーブルが這いまわっているし、連絡通路も一部がグレーチングになっていて、その隙間からはやっぱり何かの太いケーブルが伸びていることが確認できる。居住区フロアでさえこんな状態で、自室を貰える喜びに随分な水を差されたことを、ケイイチは今でも覚えている。

 

 ついでに言えば、窓がない。耳をすませばそこかしこからファンが回る特徴的な音が聞こえるのだが、奇妙な息苦しさを覚えずにはいられないほどだ。

 

「一回知ってる場所まで戻るべきか……?」

 

 居住区フロアからエントランスへの道──いつもの道であれば、迷うはずがない。エントランスから支部長執務室へと向かうだけならば、きっとなんとかなったことだろう。だけど今回はちょっと横着して、「せっかくだし普段使わない近道でも開拓してみるか」……なんて思ったのがいけなかった。

 

「よし、戻ろう」

 

 現在地がどこなのかはわからずとも、大きな通路に出ることさえできればエレベーターに乗れる。そしてエレベーターに乗ることさえできれば、エントランスに向かうことができる。エントランスに戻ることさえできれば、後はどうにでもなる……というのが、ケイイチが下した判断であった。

 

「時間は……よし、まだギリなんとかなりそうだ」

 

 ちら、と時計を確認して、そしてケイイチは小走りで通路を進んでいく。

 

 いくらなんでも、新兵である自分がこのアナグラで一番偉い人の呼び出しに遅刻することなど絶対に許されるはずがない──そんな風に考えていたのが、いけなかったのだろうか。

 

「……わっ」

 

「うぉぁっ!?」

 

 通路の曲がり角。ちょうど死角となっていたそこで──ケイイチは、誰かとぶつかりそうになってしまった。

 

「す、すみませ──!?」

 

「いえ、大丈夫です──が、そんな風に通路を走るのはあまり感心しませんね」

 

 驚異的な反射神経を以ってケイイチを躱した、見事なプラチナブロンドの髪のその女性はふわりと優しく微笑む。

 

 そのあまりの姿に、ケイイチは呆然……いいや、釘付けになってしまった。

 

「緊急事態、というわけではないのでしょう? それに神機使いも、時には市民の前に立って先導する立場になることもあります。神機の扱いだけでなく、それにふさわしい立ち居振る舞いと身嗜みを身につけるのも大事ですよ」

 

 ほら、襟元が乱れてますよ──と、その女性はごくごく自然な動きでケイイチの襟元を直す。当然と言えば当然なのだが、初対面にしてはいささか近すぎる距離。年頃の男子であるケイイチが真っ赤になってしまうのもしょうがないし……そうでなくとも、たいていの人間であれば動揺していたことだろう。

 

 もし、この場に別の誰かが居れば。

 

 ケイイチの乱れた襟元よりも、もっと気にするべき場所があるんじゃないかと突っ込んだはずだ。

 

「──これでよし、と。それでは、ごきげんよう」

 

 上品な、されど優しげな雰囲気を纏った彼女は、ケイイチと同じ赤い腕輪が嵌った右手をひらひらと振って、通路を歩いていく。

 

 その背中には──明らかにサイズの合わない白金のジャケットには、オリーブをくわえたフェンリルのエムブレムがあしらわれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──が、もちろん。ケイイチの目にはそんなの映ってすらいない。あらゆる意味ですさまじい衝撃から、未だに回復しきっていないというほうが正しいだろう。

 

「……あれ、ケイイチ? 通路の真ん中でなにやってるの?」

 

 それから、約三分後。同じように呼び出しされていたレイナがやってきて。

 

 ケイイチは、信じられないものを見たとばかりに呟いた。

 

「ヤバいぞ、レイナ。このアナグラに──ち、じゃない、露出狂がいるかもしれない」

 

「……えっ?」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「──紹介しよう。彼女はアリサ・イリーニチナ・アミエーラ少尉だ。元々は第一部隊所属で、ほんの少し前からクレイドルとしてサテライト拠点に関する仕事に就いていたわけなんだが……」

 

「この度の事案を受けて、急遽こちらに戻ることになりました。……まさか、ほんの数か月で戻ることになるとは思いませんでしたけれども」

 

 目の前で人当たりの良さそうな笑みを浮かべる、プラチナブロンドの髪の女性を見て。ついこの前配属されたばかりの新人神機使いであるケイイチは、あんぐりと口を開いた。

 

 ここはアナグラ、支部長執務室。【例の案件】の強力な助っ人が到着したから、顔合わせのために集合してほしい──なんて指示にホイホイ従ってやってきたケイイチが目にしたのは、つい先ほど通路でぶつかりかけた……自分とそう大して変わらない年頃の外国人の少女であった。

 

「え……あなた、が……?」

 

「ふふ。まさかこんな形で再会できるとは思いませんでしたよ。あなたも、関係者だったんですね」

 

 元第一部隊所属の、現クレイドル隊員。その肩書がどれだけ凄まじいものであるのかなんて、新人であるケイイチにすらわかる。極東所属の神機使いってだけで一騎当千の猛者であるのは周知の事実だし、その上さらに階級も少尉と来た。あらゆる意味で、ケイイチの想像をはるかにこえた天上の人間と言ってもいいくらいだろう。

 

 もし、自分に三年ほどのキャリアがあったとしても。これだけの活躍ができるとは、ケイイチにはとても思えない。

 

「久しぶりだなあ、アリサ! ……いや、やっぱそうでもないのかな? 正直次に会えるのは一年は先だと思ってたけど!」

 

「ふふ、そうですね。なんだかちょっと照れくさいというか、妙に気恥ずかしい気分ですよ」

 

 ただ、それ以上に。

 

 もっと根本的な所から、ケイイチは驚いているのだ。

 

 

(なんで、どうして──)

 

 

 同じクレイドルであるコウタとソーマが、アリサと笑って旧交を温めている。何てことのないごくごく普通の光景であるはずなのに、どうしてもそれがケイイチには信じられなかった。

 

 

(どうして……コウタさんたちは普通に喋っていられるんだ!?)

 

 

 この部屋の主であるペイラー・榊も、その様子を穏やかに笑って見つめている。普段は飄々としながらも、凄まじく頼りになる実力者……リンドウでさえも、どことなく嬉しそうな表情だ。

 

 そう。この場にいる誰もが、アリサについてなんとも思っていない(・・・・・・・・・・)。それがケイイチには、あまりにも奇妙で異様な光景に思えた。

 

(もしかして、俺がおかしいのか……?)

 

 ちら、とケイイチは隣にいる同期の神機使い──同じようにここに呼び出された、松宮レイナの横顔を伺ってみた。

 

「う、うそ……!?」

 

(……そうだよな!?)

 

 ある意味で、ケイイチ以上に動揺したレイナは……なんだか見ていて気の毒になってくるほどに顔を真っ赤にしていた。

 

 それもそうだろう。だって、この凄まじい肩書を持つ女性神機使いは──

 

「ケイイチぃ。男の子だからしょうがないかもだけど、あんまりジロジロ見んなよぉ?」

 

 ぺしん、と叩かれた尻。【例の案件】に関してもっとも重要な人物──チハルが、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 

「レイナ、お前もだ……いや、言いたいことはよーくわかる」

 

 とんとん、とレイナの肩を叩いたのは──チハルの相棒とでもいうべき銃撃狂のキョウヤだ。ケイイチから見れば信じられないほどの冷静っぷり……否、平常心を以ってアリサに釘付けになっていたレイナを諫めていた。

 

「い、いえ! やっぱりおかしいですよ! いったいどうしてあの人──!」

 

 我も忘れて、レイナが大きな声を出す。

 

 いいぞ言ってやれ、お前にしかできないことなんだ──と、ケイイチは心の底からレイナのことを応援した。

 

 

 

「おっ……おなか丸出しで、ファスナーも閉めずに素肌に直で上着着てるんですか!?」

 

 

 

 その反応が見たかったとばかりに、先輩二人は示し合わせたかのように笑って答えた。

 

 

 

「「極東では、これが普通だよ!」」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「まったく……ちょっと見ない間に、随分とお調子者になりましたね」

 

「ごめんなさぁい……!」

 

「いやもうホント、久しぶりにアリサさんに会えて浮かれてしまったと言いますか……」

 

「……まぁ、良しとしましょう。いろいろあったようですが、お二人とも、元気そうで何よりです」

 

 報告で聞いていたよりもずっと元気そうで明るい様子の二人をみて、アリサは内心でほっと安堵の息を吐いた。

 

 想定外のアラガミに襲われてKIAとなっていたチハルはもちろん、チハルの生存が確認されるまでの数日間、キョウヤの精神状態が酷く悪いものであったこともアリサは簡単にだが伝え聞いている。似たような経験を自分もしている分、もしかするとトラウマレベルのダメージを引きずっているのでないか……なんて懸念も抱いていたのだが、こうしてふざける余裕があるという事実そのものが、アリサの懸念を否定していた。

 

「でもでも、いったいどうしてアリサさんが戻ってこられたんですか? クレイドルの任務があるから、しばらく戻れないって話だったのに……」

 

「クレイドルの任務よりもずっと重大なことが、ここで起こったからですよ。……ここ最近の報告書はすべて目を通させてもらいました。チハルちゃんに何があったのかも、例の白いアラガミ──人と共存し得る可能性を持ったアラガミのことも、ね」

 

「……信じて、くれるんですか?」

 

 ちょっぴり不安そうに揺らめく後輩の瞳。なんだか堪らなく愛おしい気持ちになったアリサは、安心させるようにチハルに語り掛けた。

 

「ええ、もちろん。後輩の言うことを疑う先輩なんていませんから」

 

「そうそう。それにアリサには俺が報告書でばっちり説明しておいたしな!」

 

「……あなたの報告書には改善点が山ほどありましたけどね。まぁ、それは後でじっくり指導するとして」

 

「え」

 

「さしあたり──これからの調査内容について、簡単に共有しておきましょう」

 

 ぴこん、とアリサは手元の端末を操作する。それに呼応して、モニターには今までの調査結果の概要がずらりと表示された。

 

「まず、このアラガミのことを知っているのはこのアナグラでも一部の人間のみ。調査が進むまでは公的には秘匿するため、あんまり大っぴらな動きはできない……で、あっていますか?」

 

「うむ。そう言う事実もあって、信頼のおける(・・・・・・)キミに戻ってきてもらったと言うわけだよ」

 

 ほんの少しだけ別の意味が込められた言葉。それを正確に察したのは、アリサと同じクレイドルの上着を羽織った者たちだけだ。

 

 榊の言葉に満足そうにうなずいたアリサは、言葉を続けてく。

 

「これまでの調査から、この白いアラガミには非常に高度な知性と、人間に非常に友好的であるという特性があることがわかっているそうですね」

 

「ですです。正直な所、知能テストは全部余裕でクリアしちゃうせいで……成績が良すぎるせいで、逆に取っ掛かりがないかもってリッカさんが言ってました。どんな人の言うこともよく聞くし、ルーちゃんがアラガミだなんてとても信じられないくらいです」

 

「……やっぱり、もう名前はついているのか」

 

 少しだけ残念そうな表情を浮かべてから、アリサはさらにその次の話について踏み込んでいく。

 

「では、次に行うのは感応実験となります。……ちなみにチハルちゃんは、感応現象を体験したことはありますか?」

 

「いえ、一回もないです」

 

 感応現象。第二世代の神機使い同士が物理的に接触することで、記憶の共有がされるらしいとされている現象のことだ。

 

 ただ、現象そのものは確認されていても、詳しいメカニズムなどは未だに解明されておらず、そしてそう頻繁に起こるものでもない。事実として、チハルも座学でそれを習ったものの、体験したことは一度たりともなかった。

 

「あの、感応実験って具体的に何をするんですか? 私とアリサさんで……その、感応現象を起こすってことですか?」

 

「いいえ。神機使い(わたし)と白いアラガミで引き起こせないか試みます」

 

「え」

 

「上手くいけば、彼……あるいは彼女が、いったい何を考えて行動しているのかがわかるかもしれません」

 

 言わずもがな、神機使い同士でさえあまり報告例のない感応現象を、よもやアラガミと行おうとするなんて初の事例である。それがどれだけ無謀、あるいは奇妙な試みであるのかは、この場にいる全員が理解することができた。

 

「いやいや、アリサさん……そりゃ、理論上はできなくはないだろうけど。チハルはもちろん、俺もそこにいるケイイチやレイナも、あいつに触れたところで感応現象なんて起きませんでしたよ?」

 

「しかし報告書を見る限り、白いアラガミとあなたたちとで感応現象かそれに近しい現象が起きている可能性は高そうです。それに……どうも私、感応現象を引き起こしやすい体質みたいなんですよね。今までに何度も体験してますし」

 

「この極東において、アリサくんは感応現象のエキスパートの一人と言って良い。アリサくんとルーくんの接触によって何かが起きるのか、それとも何も起きないのか……どういう結果になるにせよ、貴重なデータとなるだろう。そもそも、今まで神機使いとアラガミとの間で感応現象が確認されていないのは、単純にそれに付き合ってくれるアラガミがいなかったからってだけなんだ。一研究者として、非常に興味深いと思っているよ」

 

 感応現象に対する感受性が高いアリサであれば、よりはっきりと白いアラガミ(ルー)の精神が理解できるのではないか。そうすれば、あの白いアラガミの秘密をまた一つ解明することができるのではないか。つまるところ、次の検証の要点はそこに尽きるのだ。

 

「大仰なことを言いましたが、やること自体は触れるだけですね。チハルちゃんはもちろん、他の皆さんにも改めて感応現象を起こせないか検証してもらいたいと思っています」

 

「まぁ、アリサさんが言うなら俺らとしては問題ないっすけど……しかし、感応現象ねぇ」

 

「……何すんだよぉ?」

 

「いや、ちょうどいいところにちょうどいい頭があったから」

 

 へらへらと笑ったキョウヤが、ぽんぽん、とチハルの頭に手を被せる。お返しだとばかりにチハルもキョウヤの尻をぺしんと叩くが──結局は、それだけだ。

 

チハル(こいつ)に触れることなんてしょっちゅうだけど、感応現象なんて起きたことねえんだよな……。人間同士でもできないのに、アラガミとだなんて本当にできるんすかね?」

 

「体感的な話になりますが、良くも悪くも精神的に不安定な時の方が発生しやすいですよ。あとは単純に、相性の問題もあると思いますけど」

 

「実は気づいていないだけで、既に感応現象が起きてる……とか?」

 

「白昼夢というか、明晰夢というか……はっきりとその光景が見えたうえで、時間がいきなり動き出したかのような感覚になりますから。自覚できないってことはないですね」

 

 ともあれ、実際に試してみるまでは議論のしようがない。この場ではそう結論付けたチハルたちは、感応現象についてはひとまずこれまでとし、改めてこれまでの検証結果をアリサに伝えることとなった。




【おなか丸出しで、ファスナーも閉めずに素肌に直で上着着てる】←婉曲表現


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39 新種のアラガミに関する諸調査(ミッションコード:7404NO007)

 

【新種のアラガミに関する諸調査】

 

◇ミッションコード

 7404NO007

 

◇ミッション目的

 作戦エリア内に出現するアラガミの種属調査および生態調査などの諸調査。

 

◇ミッション概要

 該当エリアにて、既存のデータベースに未登録であると思われるアラガミの目撃例が多発している。目撃回数の多さおよび事前調査より、新種のアラガミないしは特異な変異種が潜んでいる可能性が高いことが分かった。このアラガミの戦闘能力および生態は未知数であるため、神機使いによる生息調査を含めた諸調査を実施する。

 

 未知のアラガミとの戦闘も想定されるほか、神機使いには通常求められない専門知識及び能力を必要とする機会が想定されるため、本ミッションは別途定める参加資格を満たした神機使いのみ参加可能であるものとする。

 

◇ミッション参加者

 

 雨宮リンドウ少尉

 藤木コウタ少尉

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラ少尉

 片桐キョウヤ上等兵

 桜田チハル上等兵※

 

 ※神機使いではなく、オブザーバー(アシスタント)としての参加。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「おいで、ルーちゃん!」

 

 ──ルゥゥ!

 

 そして、翌日。

 

 チハル、キョウヤ、アリサ、コウタ、そしてリンドウの五人は前日のブリーフィング通り、感応実験を行うためエイジスへと訪れていた。

 

「……本当に人懐っこいというか、見事に手懐けているんですね」

 

 近づいてくる白い影。思ったよりもずっと大きいんだな──というのが、アリサがその白いアラガミに抱いた印象だ。報告書通り、ヴァジュラより二回りは大きいことだろう。その相貌も非常に凶悪で、生えそろった鋭い牙や爪だけを見れば、一般的なイメージ通りの凶暴なアラガミにしか見えない。

 

 一方で──まるでじゃれついているかのようにチハルにその鼻面を擦り寄せる姿は、三年前に出会ったアラガミの少女を彷彿とさせるほど無邪気なものだ。凶悪な姿とは正反対のその様子が妙にギャップがあって可愛らしいというか、白くふわふわな体であることも相まって、ぎゅっと抱き着きたくなってくるほどである。

 

「でも気を付けてくださいよ、アリサさん。あいつ、人によって露骨に態度変えますからね」

 

「それに……何度ノラミって呼んでもちっとも反応してくれないんだ。機嫌の良し悪しはだいぶあると思うよ」

 

「…………コメントは差し控えさせてもらいます」

 

 はぁ、とアリサは小さくため息を吐く。どう考えても隣にいる男たちの方に問題がある気がしたが、あえてそれを口に出さない程度には良識があるつもりだった。

 

「いーい? あっちのきれいなおねーさんはアリサさん! これから感応実験ってのをやるんだけど……もしかすると、ちょっとびっくりしちゃうかもしれない。だけど、危ないこととかじゃないからね?」

 

 ──ルゥ?

 

「ふつーにしてればおっけーだから! 実験が終わったら、また一緒にアラガミを食べに行こうね!」

 

 ──ルゥ!

 

 もはや本当に人の言葉を理解しているのではないか──と、そんな風に思わずにいられないほど、そのアラガミの聞き分けは良かった。チハルの言葉に反応して相槌を打っているように見えるし、そしてなにより、はっきりとアリサ(じぶん)のことを見て、認識しているように見える。

 

 ひょっとしたら。

 

 単純な理解力だけで言えば、コウタよりも高いのではないか。アリサの頭の中には一瞬だけ、そんなチームメイトに向けるにはあまりにもあんまりな考えがよぎってしまった。

 

「アリサさん? ……大丈夫ですか?」

 

「あ……は、はい」

 

「怖くなったら、いつでも言ってくださいね? ……ルーちゃん?」

 

 ──ルゥ。

 

 チハルの呼びかけで、その白いアラガミ──ルーが、のそのそとアリサに近づいてくる。その瞳は妙にキラキラと輝いており、好奇心や興味を持っているという印象をアリサに抱かせた。

 

 ──ルゥ!

 

「……わ」

 

 報告書の通り、腕を開いて待ち構えていたアリサであったが──次の瞬間、全身が暖かくやわらかな感覚に包まれる。

 

「おお……! いきなりの好待遇……! アリサさん、ルーちゃんに気に入られていますよ!」

 

「ずるい……! ずるいぞアリサ……! 俺、そこまでしてもらうのにめっちゃ時間かかったのに……!」

 

 白いふかふかの尻尾で全身を包まれたのだ──とアリサが気づいたのは、ちょっと遅れてからであった。思考が一瞬止まってしまうほどそれは心地よく、文字通り夢心地の気分だったのである。

 

 ましてや、アリサはかなり露出過多な格好をしている。素肌に直接その気持ちの良い毛皮が触れるものだから、他の人達よりもより一層その毛皮を楽しむことができていた。

 

「けっ。やっぱりこいつ、露骨に人によって態度変えやがる」

 

「妬み僻みはカッコ悪いよ、キョウヤくん。……それでアリサさん、感応現象はどうですか?」

 

「あ……ちょ、ちょっと待ってくださいね」

 

 すでに毛皮に触れている──が、触れているのはあくまでそのふわふわな毛皮だけ。これでは本当の意味での接触とは言い難く、そして都合のいいことに、少し手を伸ばせば届く距離に、興味深そうにこちらを覗き込んでくる白き狼の顔がある。

 

「それでは──行きます」

 

 自分に言い聞かせるように宣言して。

 

 そしてアリサは、チハルがやっていたのと同じように、その大きな顎の下にそっと触れた。

 

 

 

 

「──ッ!?」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

「……なんだ?」

 

 最初に異変に気付いたのは、キョウヤだった。

 

 ルーの顎の下に触れたアリサが、ぴたりとその動きを止めたのだ。そればかりか──目が虚ろで、まるで周りのことが見えていない。ブリーフィング中でさえ気を張ってわずかな隙すら見せまいとしていた人物が、曲がりなりにも防壁の外でこうも隙だらけになるだなんて、キョウヤにはちょっと信じられなかった。

 

「お。こいつぁ……もしかするとマジで成功したかもな」

 

「リンドウさん?」

 

「前に何回か見たことがあるんだ。心配しなくとも、すぐに──」

 

 リンドウの言葉が合図になったかのように。まるで自分がここに居ることに今はじめて気づいたとばかりに、アリサがはっと顔を上げて辺りを見渡す。

 

 どうやら、本当に感応現象を起こすことに成功したらしい。いや、キョウヤがそれを断定することはできないのだが、少なくともアリサとルーの間で何かがあったことだけは確かだった。

 

「どうだアリサ、何かわかったか?」

 

「…………」

 

「……アリサ?」

 

 が、しかし。

 

 肝心のアリサは……どういうわけか、リンドウの言葉に反応しない。

 

「……アリサ? なあ、どうしたんだ?」

 

「…………」

 

 リンドウどころか、コウタの声にも反応しない。聞こえていないのか、それとも聞こえていて無視をしているのか……どうにも、キョウヤにはそのあたりの判断がつかなかった。

 

「こ、コウタさん……これって感応現象の……?」

 

「いや……何か、何かがおかしい」

 

「……だな」

 

 少しばかり眉間に皺を寄せたリンドウが、ほんの少しだけ神機を構え直す。一方でコウタは、ほぼ無意識のうちに周囲に異常がないか──未知なるアラガミが潜んでいないか、索敵を行っていた。

 

「おいアリサ! 聞こえるか!?」

 

「…………」

 

 聞こえては、いたのだろう。

 

 リンドウの声に反応してアリサがこちらを向く……が、リンドウのことなんて全く目に入っていないことが、キョウヤにもはっきりとわかった。

 

「ちっ……トラウマか何かでも思い出しちまったのか……?」

 

「そう言えばアリサのやつ、若干不安定なとこあったよな……!」

 

 いざとなったら、力づくでもどうにかする。そんな気迫がリンドウからあふれ出し……そして、アリサがぴたりと動きを止めた。

 

 いや、より正確に言えば──それ(・・)を見つけたのだ。

 

「……アリサ、さん?」

 

「あ……あ、ああ……!」

 

 アリサの顔に──笑みが広がっていく。歓喜と慈愛と、そしてちょっぴりの悲哀がこもった複雑で繊細な笑みだ。その瞳には光が戻り……ずっとずっと待ち望んでいたものをようやく見つけたかのように、ゆったりと手を伸ばしている。

 

 どういうわけか。

 

 そんなアリサを見て、キョウヤは……離れて暮らす、母親のことを思い出した。

 

「アリサさん……?」

 

 アリサの視線の先。アリサがゆっくりと歩を進めているその先にいるのは──他でもない、チハルだ。

 

 一歩、二歩、三歩。最初はゆっくりだったその歩みも、やがてはどんどんと早くなり……ついには小走りとなって。

 

 

「……っ!」

「むぎゅ!?」

 

 

 そしてアリサは、もう絶対に離さないとばかりにチハルのことを強く抱きしめた。

 

「大丈夫……! もう、大丈夫だからね……!」

「むーっ!? むーっ!?」

 

 服が乱れるのなんてまるで気づいていないとばかりに、アリサはチハルの頭を抱きすくめる。

 

「もう、怖いことなんて何もないからね……! 大丈夫、心配することなんて何もないの……!」

「むぎゅ……」

 

 慈愛に満ち満ちた、聖母の如きその表情。アリサの頬には、一筋の涙が流れていた。 

 

 

 

 

「──これからはずーっと、ママが守ってあげるからね……! もう絶対、あなたをひとりになんてしないからね……!」



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40 感応実験結果:考察

 

 ──なんだかちょっと、おなかが空いたな。

 

 夢現(ゆめうつつ)のようなぼんやりとした気分。そんな中でアリサが感じたのは、人間の三大欲求の一つでもある本能染みた気持ちであった。

 

 そう、アリサは酷くおなかが減っていた。もし許されるのなら、内緒でこっそり配給のジャイアントコーンをこの場で食べてしまっていたことだろう。とにかく何でもいいから口に入れたくて、味なんてどうでもいいから食べられるものが欲しかった。

 

 一方で……少なくとも、そう言ったことを考えられる程度には余裕がある。おなかが空いて堪らないけれど、結局はそれだけ。飢えているだとか、飢餓感を覚えるだとか、そういった切羽詰まった感じではない。【空腹であること】と【飢えること】は全くの別物であることを、悲しいことにアリサは実際にその目で見てきてしまっている。

 

 例えるならそう……夜中にふと、おなかが空いて目覚めた感じ。おなかが空いてとてもじゃないけど眠れそうにないけれど、だからといって死にそうなほどではない。部屋を漁って目ぼしい食料が無ければ、我慢して朝日を昇るのを待てるような……そんな気持ちだ。

 

 ──なにか、無いかなあ。

 

 だから。

 

 だからアリサは、自分が今どこにいるかもわからないまま、辺りを探った。ジャイアントコーンでもいいし、この際だからあんまり美味しくない軍用レーションでも構わない。ムツミが作った夜食があれば最高だが、そこまで望むのは流石に贅沢が過ぎるだろう。

 

 ──あ。

 

 そんなことを考えていた。

 

 考えていた、のに。

 

 

 

 ──やだあ……! もうやだあ……!

 

 

 

 気づけばアリサは、戦場に立っていた。

 

 そして、そんなアリサの目の前に──泣きじゃくる、傷だらけの小さな女の子がいた。

 

 

 

 ──おかあさあああん……! おかあさあああん……!

 

 

 

 小さな、小さな女の子だった。少しでも触れたら粉々になってしまうのではないかと恐れてしまうほど、か弱い女の子だった。

 

 頭からは血が流れているし、足は見るも無残に腫れている。どこからどう見ても、痛々しくて哀れな女の子だった。

 

 

 

 ──おかあさああん……! おか、おかあさぁああん……!

 

 

 

 その女の子は、ずっとずっと泣いていた。アリサの目の前で、アリサに気付いていないかのように泣いていた。わんわんと大きな声を上げていて、その瞳からはポロポロと大粒の涙がこぼれていた。

 

 

 ──ッ!

 

 

 その泣き顔を見る度に。

 その頬に涙が伝う度に。

 

 アリサの胸は、きゅっと切ない気持ちで締め付けられた。悲しくて悲しくて堪らない気持ちになって、自分の事じゃないはずなのにわんわんと泣きだしたくなった。

 

 いや、ちょっと違う。

 

 アリサはこの時──出来ることなら、自分が代わってあげたいと思った。その女の子が泣く姿を見せつけられるくらいなら、自分が代わりにその苦痛を受け持ちたいと考えた。いったいどうしてそんなにも泣きじゃくっているのかなんて皆目見当もつかなかったが、とにかく一刻も早く、その娘を苛む何かを取り除いてあげたかった。

 

 そう、アリサは悲しかった。その娘が泣いているという事実そのものが悲しかった。それは心をズタズタに引き裂かれるよりもなお辛いことで、とてもじゃないけど耐えられそうにないものだった。

 

 もし、自分の身が八つ裂きにされることでその娘が泣き止んでくれるのだとしたら。

 

 アリサは、何の迷いも躊躇いも無く、喜んでその身を差し出したことだろう。

 

 

 

 ──やだよう……! 助けてよう、おかあさあん……!

 

 

 

 女の子が、泣いていた。

 

 だからアリサは、その娘を抱きしめようとした。

 

 それは至って当然のことで、考えるまでもない事だった。同時にまた、そうしなくてはならないという本能をさらに凌駕した使命感もあった。

 

 ──今すぐ抱きしめて、安心させてあげたい。

 ──あの娘が泣いていることに、堪えられない。

 ──たとえこの身が朽ちようとも、絶対にあの娘を守って見せる。

 

 この時のアリサの気持ちを言葉で表現したならば、きっとこんな感じだったのだろう。だけど、アリサには──自分の胸に渦巻く……いいや、全身に満ち満ちているこの気持ちが、一体何なのかさっぱりわからなかった。そもそもとして、考えるという発想そのものがナンセンスで、それは言葉では表現できない、生物としての根源的な本能だったのかもしれない。

 

 

 

 ──私が、守らなきゃ。私が、抱きしめなきゃ。

 

 

 

 ずっとずっと、耳に残っている泣き声。

 ずっとずっと、目に焼き付いている泣き顔。

 そして──切なく、もどかしく、この世が終わるかのような絶望感。

 

 何か大切なものが永久に失われてしまう前に。

 そのぬくもりが、永久に失われてしまう前に。

 

 アリサは、一生命としての使命を全うしなくてはいけなかった。

 

 

 ──あの娘は、どこ?

 

 

 気づけばアリサは、手を伸ばしていた。

 

 少し離れたところにあの娘がいる。涙がすっかり引っ込んでいることに、堪らなく嬉しい気持ちになった。

 

 

 ──いま、行くからね。

 

 

 そしてアリサは、全力でその娘を抱きしめていた。自分でも一切気づかぬまま、柔らかく、強く抱きしめていた。

 

 

 腕の中にあるこの温もりが愛おしい。

 ──大丈夫、もう大丈夫だからね。 

 

 とくんとくんと聞こえる心臓の鼓動が愛おしい。

 ──もう、怖いことなんて何もないからね。

 

 確かに感じるこの生命の息吹が──今ここに、その娘の存在を感じられることに、言葉にできないほどの喜びと幸福感が満ちていく。

 

 

 

 ──ああ、よかったあ。

 

 

 

 自分にこんな気持ちがあることを、アリサは初めて知った。

 

 

 ──これからはずーっと、(ママ)が守ってあげるからね。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「──なるほど、感応現象でそんな光景を目にしたのか」

 

 アナグラ、支部長執務室。何やら珍妙な空気が満ちるその空間の中で、唯一いつも通りの雰囲気を崩していない榊が、何か面白いおもちゃを見つけたかのような弾んだ声で呟いた。

 

 アリサ、コウタ、リンドウ、キョウヤに──そしてチハル。感応実験に参加した五人の神機使いと、オペレーターとしてモニタリングをしていたヒバリ。そして、この部屋の主である榊を含めた合計七人が、今ここに居る人間の全てだ。

 

「まさか本当にアラガミと感応現象を起こせるとは……! これはもう、ルーくんに明確な意思があると言ってもいいんじゃないのかな?」

 

 にこにことした、どことなく胡散臭い笑み。人によっては警戒心を掻き立てられてしまうそんな表情は、榊がこれ以上に無いほどご機嫌であることを示している。付き合いの長いリンドウであれば、そのわずかな表情の違いから「今日はいつになく機嫌が良いんだな」……と、察することができただろう。

 

 ただ、それ以上に。

 

「……」

「……」

「……」

 

 支部長執務室には、奇妙な空気が満ちていた。

 

「……」

「……」

 

 少し顔を赤らめ、気恥ずかしそうにもじもじと体をゆするチハル。

 そんなチハルにぴったりと寄り添い、やっぱり恥ずかしそうにしながらも──絶対に離さないとばかりに、チハルの肩を抱くアリサ。

 

 なにかとんでもなくヤバいものを見ているのではないか、本当に目の前の光景は現実なのかと唖然とした様子でそれを見守る男が三人。

 

「……あの、一応もう一回聞いておきたいんですけれども」

 

 なんとも困ったような笑みを浮かべて、ヒバリがその言葉を口にした。

 

「ルーさんと感応現象を試みたアリサさんが──いきなりチハルさんを抱きしめて、お母さんを名乗ったんですか?」

 

 改めて言葉にすると、なんともまあ奇妙というかおかしな出来事。それも、コウタのようなおちゃらけた人間がふざけてやったのならまだわかるが、アリサという真面目で堅物な人間がやったのだというから驚きだ。

 

 もちろん、女の子同士がふざけて抱き合うくらいであれば珍しい話でも何でもない。チハルだって、ムツミやカノンとはそうやってじゃれあって親交を温めることがある。

 

 しかしながら、いったいどうしてまじめに仕事をしている最中にそんなことを……おまけに、母親になりきるというトンチキなことをしでかすというのか。

 

「……イヤ、でしたか?」

 

 酷く不安そうな顔をしたアリサが、恐る恐る問いかける。

 

「聞かれてんぞ、チハル」

 

「……えっと、その」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめたチハルが、ごにょごにょと呟いた。

 

「あったかくて、やわらかくて」

 

「ほお」

 

「すっげー良い匂いしたあ……!」

 

「そりゃよかったな」

 

 恥ずかしいことは恥ずかしい。だけど、それ以上にとても幸せな気分になれたのだろう。ゆるゆると緩み切ったチハルの柔らかな表情を見れば、それはまるで疑いようのない事であった。

 

「でも、いったいどうしてそんなことを……?」

 

「……それが、その、さっきの話に繋がるのですが」

 

 見ていて気の毒になるほど顔を赤くしたアリサが、ぽつぽつと呟き出す。

 

「ルーさんに触れた瞬間、大きな記憶のようなものが流れ込んできました。……一番最初に感じたのが、空腹感です」

 

「ふむ。アラガミらしいと言えばアラガミらしいね」

 

「その次に……ボロボロの、傷だらけになったチハルさんが見えました」

 

「あいつはあの日、嬢ちゃんを助けた張本人だからな。その時の記憶が共有されたってことなんだろう」

 

「それで、その……気づいたら、抱きしめてました」

 

 そこがわからないんだよ、とこの部屋の中にいる大半の人間の気持ちが一致した。

 

「真面目な話……とにかくチハルさんを守らなきゃって気持ちでいっぱいだったんです。チハルさんが泣いている姿を見るのが悲しくて、どんな手段を使ってでも助けてあげなきゃって……そんな気持ちが止められなくて」

 

「それはつまり……庇護欲というものになるのかね?」

 

「……今となって思えば、そうかもしれません。ただ、どちらかというとこれは」

 

「……これは?」

 

 言葉をいったん区切ってから、アリサは恥ずかしそうにつぶやいた。

 

「……母性ってやつなのかも。本当にそうなのかはわからないし、単純に私が女だからそう感じただけかもしれませんが」

 

 泣いている女の子を見て、守りたいと思ってしまう。人間としてはそれはまともで真っ当な感性であり、庇護欲と表現できるものであるのだろう。母性とは母親が子供を守り育てようとする本能的な性質であるのだから、ある意味では同一のものと言えるのかもしれない。

 

 女性であるアリサが、そう言った気持ちを抱くことは別に不思議ではない。

 

 問題なのは、この気持ちが感応現象によって引き起こされたものであるということだ。

 

「……で、アリサはどうしてそんなにぴったりとチハルに寄り添ってんの? なんで、そんな風にチハルの肩を抱いているんだ?」

 

「……え? でもそうするのが……あれ?」

 

 少し冷淡で冷たく見えてしまうこともあるが、アリサが心優しい人間であることはこの場の誰もが知っている。だけれども、こんなふうにスキンシップを取ったりすることはないこともまた、この場にいる誰もが知っていた。

 

 アリサ自身、胸に満ちるこの気持ちも、自分がどうしてそんなことをしているのかもわかっていないが……結局のところ、「そうしている」という事実は変わらない。

 

「感応現象で感じた母性に、完全に引っ張られているようだね。ルーくんの心がそれほどまでに強いものであったのか、あるいは元々アリサくんの中にあった母性が強いものであるのか……」

 

「なんか意外だよなー。俺、アリサがあんな風に笑うのも、あんな風に泣くのも初めて見たもん」

 

「……私自身、ちょっと自分でも驚いてはいますが。でも、あんな風におかあさん、おかあさんって泣いている姿を見れば……誰だってそうなりますよ」

 

 アリサが言っていること自体は間違いない。大なり小なり、人間には慈愛の心というものが備わっている。例え行動に移さなかったとしても、心の中ではそういった気持ちが生まれることは疑いようがないだろう。

 

 今ここで一番重要なのは、そんな気持ちをアラガミが抱いていたという所だ。

 

「時にチハルくん。一応確認しておきたいんだが」

 

「なんでしょう?」

 

 次の話に行く前に。榊は、チハルに問いかけた。

 

「キミの母君は……存命だったよね? たしか、外部居住区にお住まいの一般人だったと記憶しているが」

 

「あ、はい……毎日メールでやりとりしていますよ? ……その、この前会いに行ったときは泣きながら神機使いをやめてくれーって言われちゃいましたけど……それが何か?」

 

「……念のための事実確認さ。ほぼあり得ないだろう可能性のいくつかが、これで確実に潰せたってだけだよ」

 

 例えば、キミと母君の親子の触れ合いをルーくんがどこかで見ていたために母性を学んだとかね──と、榊はどこか曖昧な笑みを浮かべる。その言葉で、その場にいた何人かが【例えば】という言葉で濁された趣味のよろしくない想像(・・)に思い当たってしまったが、幸いにしてチハルがそれに気づくことは無かった。

 

「それで……アリサくんが見たという、キミが泣いているという光景。これは本当にあった出来事なのかね?」

 

 ルーがチハルに抱いているイメージが「泣いている女の子」として出てきたのか。それとも、過去の出来事をそっくりそのまま共有されただけなのか。榊が確認したいのは、つまりはそういうことだ。

 

「うー……まぁ、そうなります……。その、ルーちゃんと初めて会ったとき、私、今度こそ死んじゃうと思って……『おかあさん』って言いながら泣いちゃった……」

 

 恥ずかしそうに頬を赤らめるチハル。そんなチハルとは対照的に部屋の空気は一瞬にして重くなる。

 

 それもそうだろう。結果的にはこうして生きているとはいえ、最期の瞬間を生々しく語られて、平常に聞き流せる人間なんてそうそういるわけがない。

 

「今となっては、ちょっとかわいそうなこと……わ」

 

 チハルの細い体を、堪らないとばかりに抱きしめたのは……目に涙をいっぱいに浮かべたヒバリであった。

 

「……ひ、ヒバリさん?」

 

「……抱きしめたかったんです。ダメ、ですか?」

 

「……い、いえ。そんなことはないですけど」

 

 感応現象により母性にひっぱられたアリサが自分を抱きしめるのはまだわかる。だけど、先ほどまでは普通であったヒバリが、なぜアリサにも負けないほど強く、優しい表情で自分のことを抱きしめてくるのか。当然のことながら、チハルがその真実に気づけるはずもない。

 

「悪ぃな嬢ちゃん。ヒバリ(こいつ)にもちょっと事情があるんだわ。すぐ落ち着くと思うからしばらくは付き合ってくれよ……と」

 

 この中で唯一ヒバリの行動に心当たりがあったリンドウは、ヒバリたちを慮るようにして話題を切り替えていく。

 

「いろいろごちゃごちゃ話したが、あいつに人を守る意思があるってのは確定でいいんだよな?」

 

「うむ、それは間違いないだろうね。ただし、チハルくんが抱いていたイメージ……つまり、やんちゃな甘えん坊としてチハルくんに接していたのではなく、チハルくんを守るべき我が子として接していたのだろう」

 

 アラガミの攻撃からチハルを助けたのも。寒さに震えるチハルを自らの体で温めたのも。水や食料を分け与えたり、チハルの指示に従ってあちこち走り回っていたのも。

 

 その行動の全てが──自分の子供の面倒を見ていたからだ、ということで一応の説明ができるのだ。

 

「あんなおっかねえツラしてんのに、ママ気取りってか? 俺、あいつのことは悪い意味で女好きなおっさんみたいにしか思えないんだが。毎回毎回女の体の匂いばかり嗅いでるし」

 

 呆れたように愚痴るキョウヤの言葉に反応したのは、今なお愛おしそうにチハルの肩を抱くアリサであった。

 

「……それは単純に、体にケガがないか確認しているだけですよ」

 

「……男の匂いを嗅がないのは?」

 

「雄の成体は守るべき対象としての優先度が低いから、ですね」

 

「女の神機使いを尻尾で包むのは……」

 

「体を冷やさないように、です。女の子は体冷やしちゃダメだって、本能でわかってるんですよ」

 

「……なんでアリサさん、そうやって言い切れるんすか?」

 

「なんでって……」

 

 至極真っ当なキョウヤの疑問。それに対するアリサの回答は、実に堂々としたものだった。

 

「私が親なら、そうするからです」

 

「やべえ、なんだろこの妙な説得力」

 

 キョウヤたちはあくまで、その行動からルーの気持ちや意志を想像することしかできない。一方でアリサは、感応現象で直接その意志と思われるものに触れている。この段階でもう、アリサの発言の有力性というのは保証されているようなものであった。

 

「うーん……だけどやっぱり、アラガミが庇護欲を持つなんて信じられねえなあ……」

 

「そうかね? 私はむしろ、母性と言われてすごくしっくり来たのだけれども」

 

「そうっすか?」

 

「ああ。キミたちも知っている通り、どういうわけかアラガミは女性を象ることが多い。それも妙に豊満で健康的なものばかり──つまりは、母性の象徴だ」

 

 ザイゴート、サリエル、セクメト、ヘラ。アマテラスやヴィーナスはもちろん、プリティヴィ・マータも女性を象ったアラガミと言って良いだろう。一方で、明確に男性を象ったアラガミというのは女性を象ったアラガミと比べて明らかに数が少なく、せいぜいがアイテールやゼウスくらい、オマケしてもディアウス・ピターしかいない。

 

「アラガミという種族そのものとして、彼らのどこか本能的な場所に母性のそれに近いものがあるのかもしれないね」

 

「でも博士……アラガミ同士ならまだしも、人間相手にそんな気持ちを抱くものなんすかね?」

 

「十分にあり得るさ。アラガミが台頭する以前、かつての生物たちにおいても異種の子供を育てる例というのは多く報告されている。それどころか──狼という凶暴な生き物が人間を育てたという話さえある」

 

「マジっすか……」

 

 尤も、本当の意味で最初から最後まで育てられていたわけではなさそうだけれども──と榊は小さく補足を入れる。今となっては資料もほとんど残っていないから、榊としてもあまり詳しい話は分からないのだ。

 

「ともあれ、アリサくんが見た光景はルーくんが目にした光景で間違いない。つまり、感応現象が起こせるということを実証できたというわけだ。加えて、これまでのルーくんの行動や試験結果から──」

 

 その場にいる全員の顔をじっくりと見渡してから。

 

 どこか嬉しそうに、榊は宣言した。

 

「──ルーくんには、感応現象で人間の気持ちを感じ取る能力があると思われる」

 

 何かを言いたそうな顔をしているリンドウをちらりと見てから、榊は言葉を続けていく。

 

「ちょっと気になっていたんだけどね。ルーくんは嗅覚で索敵を行うそうだが……それはそれとして、まるで背中に目がついているかのようにアラガミの行動を察知できるんだよね?」

 

「え、ええ……。明らかに見ていない方向からの攻撃をよけたりしてました」

 

「嗅覚で場所はわかったとしても、どうして攻撃のタイミングまでわかったのだろう?」

 

「……えっと」

 

「【スプリング・フェスティバル】……チハルくんとの合流を目的としたあのミッション。チハルくんは戦場にあがる煙を確認し、その後ルーくんがジャミング領域を展開して走り出したと報告してくれたが……煙や血、砂埃が立ち込める戦場で嗅覚はどれほど役に立つのだろう? どうして、まだ見たこともないはずのキョウヤくんたちの所へ向かえたのだろう?」

 

「……」

 

「そう、ルーくんの嗅覚が優れているのは間違いないだろうが、嗅覚だけでは少し説明がつかない部分もあるのだよ。そのうえで今までの報告を聞いている限り……ルーくんの驚異的な索敵、いいや察知能力は、例のジャミングを行っているときに顕著になっているように思えるんだよね」

 

「…………えっと、つまり?」

 

「ルーくんは元々高い感応能力を持っている。そのうえでジャミング能力がある──この二つの能力を併せ持つという事実が、非常に重要なのだ」

 

 言葉をいったん区切り、榊は教鞭をとる教師のような口調で述べていく。

 

「ルーくんのジャミング能力をもっとシンプルに捉えると、【自身を中心として特殊な感応波を照射、展開する】ことに他ならない。結果としてそれは、我々からは通信機器のジャミングおよびルーくん自身のステルスとして観測されるわけだが……この動き、何かに似ていないかい?」

 

 自身を中心として、感応波を照射する。

 

 チハルたちが知っている言葉の中で、それに一番近いのは。

 

「まさか……レーダーってことですか?」

 

「その通り。電波か感応波か、それだけの違いでしかない。ジャミングやステルスといった効果だけ見れば、むしろ電波でない事の方が不思議なくらいともいえる。……さて、【驚異的な感知能力】と【レーダー】と来て、ピンとくるものはないだろうか?」

 

 

 ──神機使いの感知能力をさらに強化・補助するように神機を調整して。

 

 

「まさか、それって──!」

 

 

 ──これとレーダーを連携させると。

 

 

 少し前の、リッカとの何気ない会話。今まで忘れていたそれが、チハルの頭の中に呼び起こされていく。

 

 にこりと笑ったまま、榊は答えない。いいや、チハルたち自身にその答えに辿り着いてほしいと思っているのだろう。

 

「──ユーバーセンスってことですか!?」

 

「──ああ。それとほぼ同じものを持っているんじゃないかと、私はそう推測しているよ」

 

 チハルたち神機使いが持つ、数少ない索敵能力──ユーバーセンス。それは、神機使いが元々もつ人間離れした感知能力をさらに強化するように神機を調整し、腕輪を介してレーダーなどの通信機器と連動することで発動させるものだ。

 

 それに必要なのは、【本人の感知能力】、【感知能力の補助や強化】、そして【レーダーなどの通信機器】の三つとなる。

 

「ルーくんの場合、【感応能力】という並外れた感知能力と、【ジャミング領域】というレーダーの役割を果たすものを兼ね備えている。この二つを組み合わせれば、ユーバーセンスのように用いることができるのではないだろうか?」

 

「つ、使えると思う……! 私達みたいな補助が要らないくらい元々の感知能力が高いわけだし、アラガミか人間か、機械か自前のレーダーであるかの違いしかない……!」

 

「であれば、この感応能力によるレーダーを用いることで……直接触れずともある程度相手の意志がわかるのではないだろうか? その感応波を展開していたためにチハルくんやキョウヤくんたちを見つけ……そして、その心に触れて助けたいと思ったのではないだろうか?」

 

「……あ」

 

「ジャミングは副次的な効果かもしれないとは前にも話したが、そうだとすれば説明だけはつく。あるいは、そうやって気持ちを理解できるアラガミだからこそ、戦闘や索敵の際はジャミング領域を展開して──同じ能力を持った敵がいることを想定して、自分のことを隠しているのかもしれない」

 

 する必要もないはずのジャミング領域を展開している理由。

 あまりにも良い成績を叩き出している知能確認実験の結果。

 実際に確認された感応現象に、神機使いたちからの何気ない報告。

 

 今まで集まった全ての材料を吟味して……榊は、あの白いアラガミの本当の能力についてこれだけの仮説を打ち立てたのだ。

 

「たしかに、あいつの動きってユウの動きになんとなく似てるなーって思ってたけど……」

 

「彼みたいなすさまじい戦闘センスや経験値を元にした動きというわけではなく、その能力で直接動きを感じ取っていたのだろうね。アラガミの動きを予知しているかのような行動も、この能力で可能にしたのだろう。ユウくんは戦闘経験からアラガミの動きを推測しているのだろうが、出現したばかりのルーくんには不可能なわけだから」

 

 もちろん、この推測が正しいかどうかはまた改めて実験を重ねて確認していかないといけないだろう。榊が語ったのはあくまで状況からの推測であり、結局のところ想像でしかない。合っているのは辻褄だけで、仮説の上に仮説を立ててしまっている部分も無くはない。

 

 だけれども、チハルたちには榊の言葉がすんなりと心の中に入ってきた。アラガミが感応現象で人の心を理解しているという突飛で荒唐無稽な話なのに、それが当然のように思えてしまった。思い返せばそれらしいヒントとなる行動はいくらでもあったわけで、むしろどうして今まで気づかなかったのだと不思議に思えるくらいだった。

 

「んー……ヒバリさん、俺バカだからよくわかんないんですけど、要約するとどういうことです?」

 

 チハルやキョウヤたちの気持ちを代弁するかのように、コウタが未だなおチハルの腕をぎゅっと抱き留めているヒバリに問いかけた。

 

「ルーさんは感応現象で私たちの気持ちや意志を理解しています。例のジャミング領域はその補助で、ジャミング領域内であれば直接触れずとも感応現象を起こすことができるほか、これをユーバーセンスのように用いて索敵もしています。私たちを助けてくれるのは……感応現象でチハルさんの気持ちを知ったのと、アラガミが元々持っているかもしれない母性のため、ですね」

 

「さすがはオペレーターだな。状況を整理して簡単にわかりやすく伝えるってのに手馴れている……誰かさんにも見習ってもらいたいものだね」

 

 ほんのちょっぴりのリンドウの皮肉。しかし、皮肉を向けられた本人はいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべたままだ。

 

「……で、ヒバリ。お前なら、この後どうするかも理解できているよな?」

 

「えっと……榊博士が今仰った仮説を立証するための実験を行うのと、あとは……ルーさんの運用方法を本格的に検討していく感じでしょうか。生態もだいぶわかってきましたし、ルーさんの能力であれば、この前みたいな緊急事態への迅速な対応が可能となりますから」

 

「そういうこった。難しいことは考えるのが好きなそこの博士に全部任せて、俺達はその分体を動かそう」

 

 結局のところ、チハルたちにできるのは言われた通りにミッションや実験をこなすだけだ。それ以上のことはどう頑張ってもできないし……なによりチハル自身、自分のことを助けてくれた命の恩人であるあのアラガミが不当な扱いを受けなければ、それでもう十分に満足なのである。

 

「……ところで、さっきから気になってたんだけど」

 

「どうした、コウタ?」

 

 さぁ、これでようやく長い打ち合わせも終わりだ──と心の中で安堵の息を吐いていたリンドウにとって。コウタのその何気ない一言は、そこはかとなく嫌な予感を引き起こすものであった。

 

「いや……アリサのやつ、いつになったら元に戻るのかなって」

 

「……」

 

 リンドウの目の前。

 

 アリサはぴったりとチハルに寄り添い……慈愛に満ちた表情で、その肩を抱きしめている。

 

「……」

 

 リンドウは無言で、チハルの腕を取ってアリサから引き離そうとした。

 

「……なにか?」

 

 そんなリンドウの腕を、凄まじい形相をしたアリサがパッと振り払った。ウチの娘には指一本触れさせないぞ──と言わんばかりの無言の圧を、リンドウは確かに感じ取った。ついでに言えば、ヒバリもリンドウのことをじとっとねめつけるようにして睨んでいる。

 

「……桜田チハル上等兵。所属部隊は違うが、上官としてお前に臨時の命令を与える」

 

「は、はい?」

 

「……アリサ(そいつ)がまともに戻るまで、責任もって面倒見ること。ついでにヒバリにも思いっきり甘やかされること。以上」

 

 

 アリサのメンタルがいつまで引っ張られたままとなるのか。いったいいつまで、チハルが小さな娘としての扱いを受け入れなければならないのか。

 

 その答えを知っている者は──ここには誰もいなかった。





◇アイテールとは

・美しく妖艶なことで知られるあのサリエルの接触禁忌種。
・ウェディングドレスのようなシルエットをもつ純白のアラガミ。
・破壊部位として【スカート】がある。

 嬉々として近づいてみて見た時の衝撃と言ったらもうね……ッ!




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41 極東☆ファッション

【注意】

 今回のお話は登場人物のファッションに関して言及しています。こういったお話が苦手な方は飛ばしてください。また、この文章を見て「ファッションで何で注意書きしてるんだろう?」と思った方も飛ばしたほうが良いかもしれません……。


 

「……ぬ?」

 

「なにやってんだ、あいつら?」

 

 感応実験から二日ほど経って。日々の業務を終えて居住区画への連絡通路を歩いていたチハルとキョウヤは、本来だったら神機使いたちのちょっとした憩いのスペースであるそこ──自動販売機前の休憩スペースにて、何やら難しい顔をしている二人の後輩たちを見つけてしまった。

 

「どしたの、二人とも? 何か困りごとでもあった?」

 

「あ……チハルさん」

 

 松宮レイナと榎本ケイイチ。神機使いになってまだ数か月の文字通りの新人たち。いろいろあってチハルたちとは縁が深く、そしてあの前代未聞の白いアラガミ──ルーのことを共有している、数少ない仲間だ。

 

「何でもねえってツラじゃあないよな。いつなにがあるかわからねえんだ、言える時に言っちまえよ」

 

 神機使いは殉職率が高い。昨日笑いあっていた仕事仲間が、翌日には帰らぬ人になると言うことも決して珍しい話ではない。最近は割とマシになってきているとはいえ、一般のそれから比べたらやっぱり覚悟がいる仕事であるのは間違いない。

 

 だからこそ──チハルもキョウヤも、新人が何か悩みを抱えているのなら、出来得る限り力になってあげたかった。ましてやこの二人は、秘密の共有者でもあるのだから。

 

「えっと、その……いやでも、お二人に相談して良い話なのかどうか……」

 

「言うだけならタダだぞ。解決できるかは保証できないし。それに、そんな辛気臭いツラしてここを占有されるよりかはずっといい」

 

「ごめんねー? キョウヤくんってばこんな言い方しかできないだけで、ホントは二人のこと心配してるんだよ。……特にその、成り行きとはいえいろいろあったみたいだし?」

 

「すみませんチハルさん、それ、キョウヤさんだけじゃなく俺らにもダメージあるんで……」

 

 あの日。チハルが命がけでアナグラへと逃したこの二人……正確に言えばケイイチに、キョウヤは思いっきり掴みかかってしまった。チハルを見捨てて逃げ出したのだと勘違いして、思いっきり罵倒してしまった。直後にハルオミに諫められ、謝罪をするにはしたのだが、微妙に気まずい空気であったのは否めない。

 

 ケイイチやレイナのほうも、キョウヤの気持ちが十分に理解できる……というか、チハルを置いて逃げ出したこと自体は間違いないので、結構な罪悪感を抱えていたりする。結果的にチハルがこうして無事に生きているからよかったものの、生存が確認されるまではむしろぶん殴って詰ってほしいと願っていたくらいだ。

 

「……ともかくそういうわけだ。頼れる先輩に何でも話せってことだよ」

 

 どことなく照れ隠しをするように、キョウヤがそっぽを向きながら呟く。いろいろあったけどきれいさっぱり水に流して、良好な関係を築いていこうぜ──と、キョウヤが言いたいのはそう言うことであった。

 

「…………じゃあその、この際なので聞きたいんですけれども」

 

「おう」

 

 深刻そうな二人の表情。色恋沙汰だろうか、いやいやそれともカネの話だろうか……と心の中で身構えていたキョウヤの予想は、裏切られることとなった。

 

 

 

「「──私服って、どうすればいいんでしょう?」」

 

 

 

 私服。読んで字のごとく、私の服。どうやら普段着ている自分の服それそのものが、この二人の悩みの種であるらしい。

 

「……お洋服も用意できないほどお金に困ってるの?」

 

「いえ、そうじゃなくって……ほら、いまはフェンリルから支給されている制服を着ているんですけど、大体皆さん私服を着てらっしゃるので」

 

 ケイイチたちが着用しているのは、新人に一番最初に支給されるフェンリルの制服だ。動きやすさと耐久性を何よりも重視されているほか、あちこちに小物を入れるポケットがあったりなど、機能性にも優れている。男女によって当然細部に差はあるものの、使い心地としてはそこまで変わらない。

 

 唯一、デザイン面だけはあまり考慮されていないが──背中にある大きなフェンリルのエムブレムは威厳がたっぷりだし、【制服】の名のごとく、一着あればとりあえずどこにでも着ていけるくらいには無難で便利なものだ。

 

「なんか問題あるのか? たしかにちょっと、ダサいというか遊び心に欠けているきらいはあると思うが」

 

「あっ、それともサイズが合わなくなったのかな? 申請すればちゃんと新しいの支給してくれるよ?」

 

 先輩二人が、根本的な勘違いをしていると思い当たったのだろう。少しだけ顔を赤くしたレイナが、意を決したかのように口を開いた。

 

「その……アリサさん、すごかったじゃないですか」

 

「……」

 

「クレイドル所属の少尉があんなにもは……派手な格好をしていて。よく考えてみれば、コウタさんもハルさんもオシャレな格好をしていて」

 

「……」

 

「……なんか私達、地味で浮いているのかなって」

 

「あー……」

 

 コウタもハルオミも、階級も高くて実力も保証されている凄腕の神機使いだ。しかし、そんな肩書に反して普段の服装は非常に派手というか、少なくとも軍事組織の作戦行動中に身に纏うようなものではなかったりする。

 

 ついでに言えば──チハルやキョウヤの格好も、戦場に赴くためのそれとはとても思えないものだ。決して派手というわけではないが、友達とどこか遊びに行くときに着ていてもおかしくない程度には、ラフでフランクな格好である。

 

「なんかこう、逆に制服着ている俺たちがおかしいような気がしてきて……! でも、入ったばかりの新人が私服を着てくるだなんて舐めたマネできるわけないですし、そもそもどういうのを着ればいいのやら……!」

 

「あんな真面目そうなアリサさんがあんな格好しているんですよ……!? 模範とすべき上官があんな格好しているだなんて、もうなにがなんだかわからなくなっちゃってぇ……!」

 

 つまるところ。

 

 極東のあまりのファッションセンスに、新人二人は置いてけぼりを食らっているのだ。

 

「新人が一度は直面する問題だな……よし、お前らにちょっと面白い話をしてやろう」

 

 にんまりと笑ったキョウヤは、おかしくておかしくて堪らないとばかりに語りだす。

 

チハル(こいつ)も同じ悩みを抱えていたことがあってだな。こいつの場合特に、制服が致命的に似合わなかったから」

 

 そりゃまあ、子供にしか見えないのに大人の制服が似合うわけないでしょ──という言葉を、レイナはかろうじて飲み込んだ。

 

「んで、先輩方がオシャレなものだから……そう言う風にしなきゃいけないものだと勘違いして、一回すっげぇ派手で際どいのを着てきたんだよな」

 

「えっ」

 

「いやあ、申し訳ないが笑っちまったね。あのちんちくりんがあんな格好をするだなんて。衣装自体はそりゃあすごいんだろうが、着ている方があまりにもな……憐れみを通り越して滑稽だったというか」

 

「あの、その」

 

「しかもこいつ、自分でやってて真っ赤になってもじもじしてやがんの。必死に体隠したり、物陰に隠れたり……」

 

「……」

 

「堂々としてりゃまだよかったのにな。結局、その時は血相を変えたヒバリさんがちゃんとした服を着せたことで事なきを得たんだが」

 

「……」

 

「あとで笑い話になるだろうって撮っておいたその時の写真、ターミナルに保存しようとしたら【違法な写真を検知しました】ってエラー画面が出てきて、次の瞬間監査室から──!」

 

「ばかぁぁぁぁぁ!!」

 

「いってぇ!?」

 

 顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていたチハルが──キョウヤの尻を全力で叩いていた。それも一発じゃなくて、何発も何発も。乾いた小気味よい音が何度も何度も通路に響き、それにちょっと遅れてキョウヤのくぐもった悲鳴も響いていく。

 

「忘れてって言ったのに! 言わないでって言ったのに! キョウヤくんのばかっ! 悪趣味! 成金じゃらじゃらドクロ!」

 

「なんだと!? 俺のアレはジーナさんリスペクトのパンクなスカルだろうが!」

 

「ふんっ! そのジーナさんに鼻で笑われてたじゃん! リッカさんにもヒバリさんにも微笑ましい目で見られてたじゃん! それで恥ずかしくなって二度と着けなくなったんじゃんっ!」

 

「やめろ! 思い出させるんじゃねえ!」

 

 どうやら、この二人の先輩たちにも服装でいろいろ悩んだ時期があるらしいぞ──と、新人二人は何かを察する。お互い真っ赤になってぎゃあぎゃあと言いあっているあたり、それはそれは興味深い光景だったのだろう。

 

 なんとなく知ってみたいような、知るのは怖いような。詳しく聞いていいものなのか、ダメなものなのか。

 

 もういっそ、普通に制服でいいじゃないのかな──という気持ちが、二人の中で膨れ上がっていく。

 

「えっと……! その、チハルさんがそう言う格好したのって、きっと止むに止まれぬ事情があったんですよね……!?」

 

 とりあえず、この場を収めなくては。

 

 そう思って咄嗟に放たれたレイナの言葉は、レイナたちを更なる絶望(?)へと誘うものでしかなかった。

 

「……キョウヤくん、アレ、見せてあげよっか」

 

「……そうだな。どうもこいつら、俺達の言葉をマジに冗談か何かだと思っている節がある」

 

 先ほどまでぎゃあぎゃあと喚いていた二人の先輩がぴたりと動きを止めて。

 

 そして──通路の傍らにある、簡易ターミナルを起動した。

 

「ちょっと来い、お前ら。……この人、どう思う?」

 

 ちょいちょいと手招きされて、そしてレイナとケイイチはターミナルの画面をのぞき込む。

 

 そこに映っていたのは。

 

「う、お……!?」

 

 白いスーツを着た、気の強そうな派手な女性。一言で言えばそれまでだが──その女性からは、形容しがたい威圧感というか、思わず背筋が伸びてしまうほどのプレッシャーが放たれている。

 

 ただ、それ以上に。

 

「な、ななな、なんて格好しているんですかこの人……!?」

 

 女であるはずのレイナが、真っ赤になっている。

 

 女であるはずのレイナが真っ赤になるほど、その女性の服装は特別なものだった。

 

「な、なんでこんなに胸元開いてるの……!? やだ、腰とか太ももとかの側面もほとんど丸見え……! 背中もほとんど開いているようなものじゃない……!」

 

 そして当然のごとく、その女性はそんな際どい服装に負けないほど立派なスタイルをしていた。出ているところはとんでもなく出ていて、足はすらっと長くて美しい。その上着の襟をちょっと引っ張ればとんでもないことが起きてしまうのは明白なのに、これだけの迫力があればちょっとやそっとじゃそんなことにはならないのだろうという確かな確信がある。

 

 そう、これは。

 

 自分の魅力を完全に理解していないと──自分にはっきりとした自信がないと着こなせない衣服なのだ。

 

「……っ!」

 

 ちらりと、レイナは自分の胸元を見て。

 

 決定的な戦力差を突き付けられた気がして、酷く悲しい気持ちになった。

 

「こ、これまたなんともすっげえというか……口元のホクロとか妙に色っぽいんですけど、その、これチハルさんの前で見て良い奴なんですか……?」

 

「……そいつはどういう意味だ? いいや、回りくどいことはやめにしよう。ケイイチ、お前はこの人を見て……どう思った?」

 

「どうって、それは……」

 

 耳まで真っ赤にしたケイイチが、妙にもじもじとしながら視線をせわしなく彷徨わせる。

 

「……じょ、女王様とか? あるいはその……イケナイ遊びを教えてくれるお、おねえさまとか?」

 

 嘘偽りのない、ケイイチの本音。このノリならば許してくれるだろうと、ケイイチは意を決して自分の本心を口にした。

 

「あながち間違っちゃいないな。聞いて驚け、この人は俺達の教官様だぞ」

 

「えっ」

 

「それもすんげえ鬼教官。そういう意味じゃ間違いなく女王様だ」

 

「そのうえ、リンドウさんのお姉さんでもあるんだよねー」

 

 雨宮ツバキ。画面に映っているのは、他でもないキョウヤたちの教官その人だ。今はクレイドルとしてこのアナグラを離れて活動しているが、少し前までは毎日のように顔を合わせ、偉大なる先輩神機使いおよび教官としていろいろ指導して頂いたキョウヤたちの大恩人である。

 

「絶ッ対嘘ですッ!! 教官がこんな格好する必要がどこにあるんです!? いったい何を教えてたって言うんですかこの人はァ!?」

 

「「気持ちはわかる」」

 

 チハルもキョウヤも、レイナの気持ちは痛いほど理解できた。だって自分たちも、初めて会ったときは全く同じように思ったのだから。

 

「『つまらないことで死にたくなければ、私の命令には全てYESで答えろ』……って、いきなり言われたんだよね」

 

「まさか教官だとは思わなかったからな……最初、普通にタメ口利いてめちゃくちゃにしごかれたっけ……」

 

 ぶるりと背筋を震わせたキョウヤは、端末を操作して次の画像を表示させた。

 

「んじゃ、こっちの人は?」

 

 穏やかに笑う、優しそうな顔立ちのおかっぱ頭の女性。先ほどのツバキは気の強そうな雰囲気であったのに対し、こちらは優しいお姉さんのような、どこか甘やかしてくれそうな雰囲気も感じられる。

 

 ただ、やっぱり。

 

「あー……なんか優しそうな人ですね。格好はちょっと派手ですけど」

 

「……ちょっとってレベルじゃないと思うけど。背中は完全に丸見えだし、その、横からも結構見えるし。下だって……ホットパンツにパレオだよ? すごく透けてるし、足は思いっきり出してる……でも、さっきの人よりかはすっごく健全な気がする」

 

「……」

 

「なんでだろ……あっ、水着みたいな感じだからかな? 何だろ、モデルとか広報の人……ですよね?」

 

「ううん、少し前まで第一部隊の副隊長だった人。凄腕の衛生兵で狙撃の腕もピカイチ!」

 

「元第一部隊の隊長……つまりはリンドウさんの右腕ともいえるベテランで、そしてリンドウさんの奥さんでもある」

 

「嘘でしょ……」

 

「嘘なもんか。めっちゃ優しい頼りになるお姉さまだ」

 

 雨宮サクヤ。やっぱり少し前までこのアナグラにいた神機使いだ。見た目通りの優しい性格で、チハルたちも新人時代は公私ともにかなりお世話になっている。明るく気さくでちょっぴりお茶目な魅力的な人だから、叶わぬ恋とわかっていつつも秘かに憧れている神機使いは決して少なくない。

 

 ちなみに今は、育児休暇のために第一線から退いている。

 

「で、こっちはジーナさんだな。今はサテライト防衛任務についていて、アナグラから長いこと離れているわけだが……」

 

「うぉ……パンクでクールでカッコいい人ですね。さっきの二人とはまた違った方向の魅力があるというか」

 

「…………今度の人はスレンダーだけど。でも、ツバキさんとは比較にならないくらい思いっきり前が開いている……」

 

「ジーナさんの美学に基づいたファッションだな。命のやり取りをするから、心臓を……胸元をさらけ出しておきたいらしい。狙撃手として最高にクールでカッコいいだろ?」

 

「…………」

 

 タイプの違う、派手な格好をした女性神機使いが三名。アリサを含めれば、合計四名。ただでさえ人手不足の神機使いにおいて、よりにもよってそんな趣味嗜好の人がこうまで集中するというのはいささかおかしいというか、偶然にしては出来過ぎていると言えるだろう。加えて言えば、四人ともがこの極東で主力と呼ばれるほどの実力を持っている。

 

「たまたまおまえ達とはタイミングが合わなかっただけで、ちょっと前まではマジで神機使いの女の人って全員派手な格好してたんだよな。極東では普通だって言った意味……わかっただろ?」

 

「……カノンさん! カノンさんは!? カノンさんだってベテランの域ですけど、普通の格好してますよね!?」

 

「レイナちゃん」

 

「はい」

 

「……カノンさんは、着ててもすごい」

 

「アッ、ハイ」

 

 たったの一言で、チハルはレイナを黙らせた。

 

 たったの一言で納得するほど、カノンの実力は周知の事実であった。

 

「……だから私は、服装でその辺アピールしなきゃいけないのかなって思ったの。ううん、強くて頼りになる先輩がみんなそういう格好だったから、せめて格好からでも合わせて行かなきゃって……っ!」

 

「……は、はは」

 

「……レイナちゃんは、ずっとこっちにいて良いんだからね? 神機使いの強さと服装に関係なんて、全く、これっぽっちもなかったからね?」

 

 そうだよ、だからみんなでバンダナ着ければいいんだよ──と、チハルは虚ろな笑みを浮かべる。実際の所、そう言った経緯もあってオシャレアイテムとしてのバンダナに手を出したというのもあるのだろう。少なくともバンダナであれば、胸やおなかや足を丸出しにするよりかは、はるかに健全で手軽で応用も利く。

 

「……キョウヤさんもコウタさんも、アリサさんの格好を見ても何とも言わなかったのって」

 

「見慣れてるだけだな。俺も最初はビビっていたけど、今じゃ何とも思わない。それどころか、アリサさんがまともな服を着てきたら……何かあったのかってみんなが心配するだろうよ」

 

「……」

 

「なぁに、お前もいずれ慣れる。その時こそ、お前が本当に極東に馴染んだ時ってことだ」

 

 それより、おすすめのファッションを教えてやるぞ──と、キョウヤはケイイチの肩に腕をかける。とっておきのバンダナファッションを教えてあげるよ──と、チハルはレイナににじり寄った。

 

「いや、あの、やっぱ俺たちは今のまんまでいいかなーって……」

 

「遠慮すんなって。ちなみにコウタさんは、入隊当初から少し前までおなか丸出しファッションだったんだぜ? 案外、強くなるにはマジに露出増やしたほうが良いのかもな」

 

「嘘だろ……」

 

「マジなんだなあ、これが」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「なーんか楽しそうな話してるなあ……」

 

 キョウヤたちが話し込んでいる連絡通路の反対側。聞き耳を立てている──否、聞き耳を立てずとも聞こえてしまったその内容に、コウタはぽつりとつぶやいた。

 

「確かにだいぶ感覚マヒってたかも。よく考えてみれば、アリサの格好ってすっげえよな」

 

「……男ってサイテー」

 

 心底軽蔑した様子でコウタをねめつけるのは、神機使いの腕輪を着用した少女──第一部隊所属のエリナだ。今日もまた、半そでブラウスとベスト、短めのスカートに真っ赤なニーソックス……そして、トレードマークともいえるベレー帽でばっちり決めている。

 

「そーですか、つまり隊長は強くなるためには露出を増やせって言ってるんですね」

 

「や、そうは言ってないけど……まさかとは思うけど、エリナはそんなことしないよな? そんなことしたら、きっとエミールのやつがうるさいぞ」

 

「だ・れ・が! 好き好んであんないかがわしい格好するっていうんですか!」

 

 あ、いかがわしいとは思っているのね──という言葉を、コウタは心の中に仕舞い込む。同時にまた、だったら何でそんな短いスカート履いてるんだろうなという言葉もぐっと飲みこんだ。

 

「……でも、確かにどうしてみんな派手な格好するんだろう? サクヤさんなんて、全然そんな感じじゃないのに」

 

「確かに、オペレーター時代のサクヤさんは普通の格好……今の私と同じような格好でしたね」

 

 コウタ、エリナと一緒に歩いていたもう一人の人物──ヒバリが、しみじみと呟いた。

 

「オペレーターとしてのサクヤさんとお仕事をできたのってほんの少しの間でしたけれども。でも、あんなにやさしくて落ち着いた先輩が……神機使いになった瞬間、あんな格好になったのはちょっとびっくりしちゃったっけ……」

 

 私じゃちょっと、あの格好はできないかも……と、ヒバリは小さく呟く。そして、ふと何かを思い出したかのようにしてエリナに語り掛けた。

 

「エリナさん。以前、誰かが言っていたのをチラッと聞いてしまったことがあるのですが……」

 

「?」

 

「神機使いの皆さんがああいった格好をしているのは……気分を盛り上げるため、だそうですよ。アラガミ相手じゃ防具なんて着こんでも意味ないですから。だったら動きやすくて、気に入った服を着たほうが良いじゃないですか。……それに着たい服を着ておかないと、絶対後悔するからって」

 

「あ……」

 

 アラガミ──ひいてはオラクル細胞の性質上、かつての時代で用いられていた防具は一切意味を成さない。どれだけ丈夫で頑丈であろうと、オラクル細胞は簡単にそれらを食い破る。防御力を目的とした重装備は、アラガミの前ではただの機動性のない的でしかないのだ。

 

 であれば。何を着ても変わりがないのであれば、好きな格好をしたほうが良い。動きやすさを取るのはもちろんのこと、気分が高揚すればそれだけパフォーマンスも良くなる。そう言った精神面での影響は、決して少なくない。

 

「理屈はなんとなくわかりましたけど……でも、あんなに派手な格好する理由にはならなくないですか?」

 

「ふふ、そうでしょうか? ちょっぴり勇気を出したおめかしというのは、非日常のファッションとしては全然普通のことですよ。あとは……」

 

「あとは?」

 

「……布面積が少ない方が、安上がりですから。そのぶん装飾やデザインにお金を回せる……とか?」

 

「ありそう……」

 

 物資難のこの時代。如何に神機使いでお金を持っていようと、そもそもの資材が無ければ何もできない。入手できる布が限られているなかで、質もデザインも求めるならば……必然的にそうなってしまうのも無理ならぬ話ではある。

 

「うー……でも、例えお金や布がいくらでも使えたとしても、私は今のままでいいかなあ。いくらなんでもあんなにも肌を出すのは、ちょっと……」

 

「まぁ、結局のところ自分が着たい服を着るのが一番なんでしょうね。アリサさんたちの場合、たまたま着たい服というのがああいったものだったというだけなのだと思います」

 

 ある意味、神機使いの特権ですね──とヒバリは朗らかに笑う。そしてそんなヒバリに、エリナは悪戯っぽく笑いながら問いかけた。

 

「……じゃあ、ヒバリさん。ヒバリさんが神機使いになったらどんな格好して戦いますか?」

 

「え」

 

「ずっとそのオペレーターの制服ってわけにはかないでしょうし……それに私、ヒバリさんの私服姿って見たことないかも!」

 

「いや、あの」

 

「……この際だから際どい格好して、タツミさんを悩殺しちゃいま──ひゃんっ!?」

 

 にっこりと笑ったヒバリは、むにっとエリナの頬を優しくつまみ上げた。

 

「あら。こんなところに悪戯なお口があるみたいですね?」

 

「ごめんなしゃい……」

 

 ちなみにヒバリは、適合候補者リストに名を連ねられる程度には神機使いとしての才能を秘めている。まだ十分に適合率の高い偏食因子──ひいては神機が見つかっていないためにオペレーターをしているわけで、近い未来に神機使いに転向する可能性は決してゼロではない。

 

「……やっぱ、アリサの服っておかしいよな?」

 

「……隊長?」

 

 ヒバリとエリナがきゃあきゃあとおしゃべりしている中で。

 

 珍しく会話の輪に入らずに何やら思案していたコウタが、改めてぽつりとつぶやいた。

 

「今更何を……むしろ、先輩たちは周りの目を気にしなさ過ぎなんですよ」

 

「いや、そうじゃなくてさ……もっと根本的な所なんだよ」

 

「はい?」

 

 自分自身に問いかけるようにして、コウタはその考えを口にする。

 

「アリサのあの格好ってさ……本人曰く、ファスナーが閉まらなかったからって話なんだけど。実際俺も、最初に言われたときはそれですんなり納得したんだけど」

 

「それで納得するって段階で、隊長はだいぶ感覚おかしくなってると思う……」

 

「サイズが違うなら大きめのを頼めばいいし、そもそもアレ──オーダーメイドなんだよね」

 

「「え」」

 

 アリサが着用しているクレイドルのジャケット。本人の着こなしがたいへん挑戦的なものであるとはいえ、元々は由緒正しい制服だ。当然、きちんと理由を添えて申請すればサイズの異なるものだって用意してもらえるし、たとえそうでなかったとしても、アリサほどの役職を持つのであればたかだか上着一枚のお金を出せないはずがない。

 

「クレイドルって発足したばかりで正隊員も少ないだろ? まだ量産品の制服が支給できる段階じゃないし、戦闘員のやつは細かくカスタムできるようになってるんだよね」

 

「「……」」

 

 一般神機使いに支給される制服は、量産品としてある程度決まったサイズが一通りそろっている。兵種ごとにいくらかデザインが異なるほか、ほんの少しだけカラーバリエーションもあったりする。組織としての統一性と所属を一目でわかるようにするという実利的な目的はもちろん、大量生産することでコストを下げるというコスト面でのメリットもあるのだから、そうしない理由がない。

 

 一方でクレイドルは、ついこの前立ち上がったばかりの組織だ。当然、人員もそこまで多くないし、その制服を大量生産する理由も目下の所存在しない。故に、少々値は張るものの、隊員ごとのオーダーメイドで制服は作られている。

 

「俺の場合は着安さと動きやすさを重視して袖なしのラフな感じのジャケット。リンドウさんは、右腕のガントレットに合わせて腕まくりが前提になってるもの。ソーマは……よくわかんないけど、どこかしら標準のそれから弄ってる」

 

 そう、そこまで個人に合わせてクレイドルの制服は作られているのだ。この時代では考えられないほど、贅沢に作られているのだ。

 

 それなのに──サイズが合わないだなんてことが、果たして本当にあり得るのだろうか。

 

「オーダーメイドで作っているのにサイズが合わないなんて、あるのかなあ。合わなかったとして、どうして新しいのを頼まないんだろうな」

 

「「……」」

 

 尤もな疑問。わざわざサイズの合わない制服を着続ける理由はどこにもない。正式な場ならまだしも、そうでなければ服装はかなり自由が利く。それこそ、以前着用していたものをそのまま着ればそれだけで済む話なのだ。

 

「……きっとアレだよ、隊長。作り直すのはもったいないし、少しでも節約しなきゃいけないからって……アリサさんなら、そう言うはず」

 

「そ、そうですよ。それにオーダーメイドっていっても、注文してすぐに作られるわけじゃないんですよね? アリサさんだってその……成長期なわけですから。サイズが合わなくなるのも、そんなに不思議な話じゃないですよ」

 

 エリナとヒバリの必死のフォロー。なるほどたしかに、頷けないこともない。

 

 しかしながら──コウタは、そんな二人のフォローを決定的に打ち砕くそれに言及してしまった。

 

「俺、別に女の子の服にそこまで詳しいわけじゃないけどさ」

 

「……」

 

「あの手のファスナーって、普通は下から上にあげるものだよな? なんであいつ、ファスナーを上から下に下げてるんだ?」

 

「「あ」」

 

「ダブルファスナーでもあんな風には使わないし、シングルだったらなおさらだ。それとも……俺が知らないだけで、そういうファッションがあったりするの?」

 

「「……」」

 

 答えられない。答えられるはずがない。

 

 ヒバリもエリナも、そんな奇特なファッションは存在しないとはっきりと断言できる。上から下に下げることで閉じるファスナーというのは、二人ともアリサ以外に使っている人間を見たことがないのだ。

 

 それ即ち、あの服装そのものがアリサ自身のオーダーによってデザインされたものということにほかならない。そしてそこまで特別な造りをしているというのに、寸法間違いなどという初歩的なミスが起きるとはとても考えられない。

 

 もっと言えば──相手はあのアリサだ。真面目で几帳面で、完璧主義の気もあるアリサだ。そんな人物が一点物の制服を頼む際にオーダーミスをする確率が、果たしてどれだけあるというのだろうか。

 

 それに気づいてしまったからこそ──二人とも、何も答えることができないのだ。

 

「……やっぱ、そうだよな?」

 

 二人の奇妙な沈黙を見て、色々諸々察してしまったのだろう。

 

 コウタは、どこか遠いところを見つめながら呟いた。

 

「アリサのやつ……サイズを間違えたって、本当なのかな?」

 

 ──答える者は、どこにもいなかった。




 【物資難だから必然的に布が使えない】、【どうせ防御は意味がないから好きな服を着る】、【誰かに覚えておいてもらいたいため(印象に残したいため)】……が、神機使いたちの服装が布面積が少なく派手な理由とであるとまことしやかにささやかれていますが、ゲーム本編で厳密に言及されたことはないような……?

 ちなみに私は、GEBの頃はなんだかんだでオレンジのパーカーをよく着ていた気がします。GE2はクレイドルの制服かアルハンブラかな……。

 あと、一度はみんなキグルミ姿や水着姿とかで『逃げるなぁっ!!!』して顎をぱっかーんってやるはず……!

 最後におしらせです。ストックが尽きました。あと2~3話で一区切りの報告書まで行ける手はずだったのですが、やっぱりしゃちくには勝てませんでした……。

 年末年始休みでなんとかそこまで書いて投稿するつもりです。一区切りがついたら、第三章の書き溜め期間に入りとうごうざいます。なろうの方の更新も進めないといけないし……!


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42 彼の推測

 

「……ルーちゃん、私のこと子供だと思ってるってホント?」

 

 なぜバレた?

 

 いつも通り、顎の下をわしわしとしながら呟かれた衝撃の一言。ほんのちょっぴり思いつめた(?)表情のチハルちゃんが、なんとも複雑そうな声音を隠そうともしないで私に問いかけてきている。

 

「アリサさんがねえ、ルーちゃんと感応現象をやった時に……ルーちゃんの母性に触れたんだって。今までのことぜーんぶ、ルーちゃんが私のことを守るべき子供だと思っているからこその行動だって」

 

 そんなことないよね──なんてチハルちゃんは言うけれど、悲しいことにだいたいあたりだ。母性云々はともかくとして、小さな子供を庇護対象として見るのは真っ当な人間としては当然な感性だし、アラガミになってもそれは変わらない。さすがにそこまで人間性捨ててないっていう。

 

 というか……やっぱアレ、マジに感応現象してたんだ。正直な所、なんかビリッと来たけど私自身には特に何もなかったから、失敗したんじゃねって思っていたんだけど。

 

 ……感応現象って互いに記憶を共有するアレじゃないの? アリサのほうにだけ私の記憶が流れたって言うの? いやん、なんかプライベートを丸裸にされたみたいでちょっと恥ずかしいんだけど。

 

 ──ルゥゥ。

 

「……だよね? ルーちゃんは母親って感じじゃなくて、甘えん坊の男の子だよね?」

 

 ごめんねえ。割とマジにその辺は答えられないのよ。ママ、自称ママだしイケメンでもあるから……。甘えたい時も甘やかしたい時もあるし、少なくともついてない(・・・・・)のは走るときにぶらぶらしてないからわかるんだけど、かといって文字通り穴も無いからね……。

 

 アラガミ七不思議のひとつ。生き物として持つべき排泄腔がない。食べるだけ食べて出すってことをしない。食べたもん全部エネルギー。ある意味じゃ究極にエコな生物ではなかろうか。

 

「……感応現象、かあ」

 

 わしわしと顎をかいていた手を止めて──あ、できればもうちょっと続けてほしいんだけど、ともかくチハルちゃんはゆっくりと目を閉じて、その額を私の眉間に押し当ててきた。

 

 ぐりぐり、ぐりぐり

 

「……わからん」

 

 ──ルゥゥ?

 

「なんで私、ルーちゃんと感応現象できないんだろ……? 私が一番、ルーちゃんと仲が良いと思うんだけどなあ」

 

 まぁね、感応現象自体そんなに頻繁に起きる現象じゃないっぽいからね。神薙ユウさんとアリサがポンポンやっているから忘れがちだけど、第二世代が台頭してきたGE2の時代であっても、接触による感応現象なんて全然見られなかったし。ましてやアラガミと感応現象だなんて無理だろっていう。

 

 ……でも、アリサは確かに私と感応現象して見せたわけだし、そもそもアラガミと感応現象が出来ると考えたのは榊博士か? アリサが何を見たのか知らんけど、いったいどうしてそれから母性云々の話に繋がるのやら。

 

「……あとね、ルーちゃん?」

 

 はいはい、なんでしょう?

 

「……ルーちゃんのぶわーってやつ、ユーバーセンスってホント?」

 

 なぜバレた?

 

「榊博士がねえ、今までの報告からその可能性が非常に高いんだって言ってた。あと、その力があるからルーちゃんはアラガミなのに私たち人間の気持ちを理解してくれるんだって」

 

 ええ……なんでそれだけでわかんのよ……。びっくりを通り越してあの人マジで怖いわあ……。

 

「……ルーちゃん、私が今何を考えているかわかる?」

 

 うーん、なんだろ? 思春期の娘が何を考えているかだなんて、ママ、ママ歴短いからちょっとわかんないわぁ……。

 

 ……マジな話、文脈から考えて「私と感応現象したい」ってところかしらん? 出来得ることなら私も感応現象をやってみたい──それも、ちゃんとあの不思議空間で記憶の共有体験をしてみたいところだけれども、アレってやろうと思ってできるものなのかね?

 

 とりあえず、自慢のワガママダイナマイトボディをゆっさゆっさとすりつけてみる。ママのふかふかおなかですよう……っと。

 

「ふふ……正解はね」

 

 おん?

 

「あれ以来、ずっとアリサさんが甘やかしてきてちょっとクセになっちゃうかも……って考えてたの」

 

 えっ。

 

「なんかねえ、配給のカレーに入っていたお肉のおっきい塊を『ほら、ちゃんと食べないとダメでしょう?』って分けてくれたり。シャワーも一緒で頭を洗ってくれたり。髪を乾かしてくれるのもそうだし、昨日なんて……『メンタルケアには人との触れ合いが一番ですから』って、ぎゅっ! ってしてくれながら同じベッドで寝たんだよね」

 

 ……えっ?

 

「すっげーあったかくて良い匂いしたんだあ……!」

 

 あれ以来、アリサとは会っていなかったけれどまさかそんなことになっていようとは。感応現象でいったいどんな光景をみたのかはわからないけれど、それ相応の心境の変化があった……ってことでいいのか? あの娘、どっちかっていうと後輩に慕われたいタイプの娘だと思っていたけど、ここまで過保護な感じじゃなかったような……?

 

 感応現象か? 感応現象のせいなのか? でもアレ、単純に記憶の共有をするだけだよな……? いや、アリサはどちらかというと精神的には不安定な方だし、感化されやすいタイプだと考えれば不思議はない……のか?

 

「ルーちゃんはきっと……うん、おなかいっぱいアラガミを食べたいなあって思ってるんだろうなあ」

 

 あらやだ、この娘ったらママに対する理解力がカンストしてますわ。この体になってこの方、この空腹感だけは紛れたことはない。どんなに食べてもおなかがぺこちゃんで、寝ても覚めても気にかかる。私だから耐えられているけど、私じゃなかったら耐えられていなかったかもわからんね。

 

 ──ルゥゥ。

 

「ふふ、わかるよ。だって私が一番ルーちゃんのことを見てきているんだもん」

 

 それはそう。なんだかんだ言って人間の中ではチハルちゃんが一番付き合いが長いし、一緒に過ごした時間も長い。畏れ多くて原作キャラにこちらのほうから絡みに行くのが憚られる……ってところを抜きにしても、私が一番気兼ねなく過ごせるのはチハルちゃんを除いて他にいない。

 

「……うん、やっぱりルーちゃんは甘えん坊だよ」

 

 絶対そうに決まっているもん──と、チハルちゃんはちょっぴり悔しそうに私の顎を撫であげる。

 

「……私の方が」

 

 うん?

 

「私の方が、お姉ちゃんだよね……?」

 

 えっ。

 

「ルーちゃんが生まれたのって、どう考えてもこの数か月の話のはずだし。こんなに甘えてくるんだもん、絶対ママじゃなくて弟のはずでしょ……?」

 

 もしかして、もしかすると。

 

 私ってば、ウチの娘のことを理解しきれていなかったのかもしれない。こんな気持ちを抱いていただなんて、ママってば初めて知りましたわよ……?

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「俺も小さい男の子説を推すことにした」

 

 さて。

 

 ここは嘆きの平原にほど近い合流ポイント。シスターソウルに目覚めつつある(?)チハルちゃんを背に乗せた私を迎えたのは、先んじてこのポイントで待機していたチャラチャラした神機使い──キョウヤだ。

 

 ちなみにそのすぐ後ろには白いジャケットを羽織った二人──ママ化したと噂のアリサと、なんだか妙に訝しそうな顔でこちらを見てくるソーマがいる。どうやら、今日はこの神機使い四人とイケメンアラガミママ一匹がミッションのメンバーであるらしい。

 

「ど、どうしたのキョウヤくん……? 何でそんな、急に……?」

 

「お前が来るまで、アリサさんたちといろいろ意見交換していたんだが」

 

 目的地へとたどり着くまでの雑談。てくてくとゆっくり歩を進めながら、キョウヤは確かめるようにつぶやいた。

 

「正直な所、俺がこいつに抱いた第一印象は……女好きのおっさんだった」

 

 こいつ失礼過ぎじゃね? 男であったとしても、イケメンフェイスにしなやかボディ……どう考えてもぴっちぴちのハンサムさんに決まってるでしょ?

 

「ただ、おっさんと形容するにはどうにもこいつは素直で無邪気すぎるように思える。だけど、マセガキだとすれば男に妙にそっけないのも、女に妙に懐いているのも腑に落ちるんだよな」

 

「ぬ……?」

 

「アレだ、『大好きなお姉ちゃんを取っちゃヤだ!』ってワガママ言っている感じ」

 

「……ああ! 確かにルーちゃん、私とキョウヤくんが喋ってるとちょっと不満そうというか……明らかに拗ねて不機嫌になるよね!」

 

 ねえちょっとまって、なんでそんなにすっきりしたって顔するの……? わたし、そんなに顔に出ていたかしら……?

 

「えへへ……! でも、嬉しいなあ……! キョウヤくんがルーちゃんのこと、そこまで理解してくれるだなんて!」

 

「……ま、中身がただのマセガキだと思える方が俺も気が楽だしな。ガキのやることにいちいち腹なんて立てるはずがない……っていうか、改めて考えると腑に落ちないことがでてきてな」

 

「腑に落ちないこと……?」

 

 ぽんぽん、とわざとらしくキョウヤは私の腕(?)のあたりを叩いて──もちろん、感応現象なんて起きない──そして、確かめるようにして呟いた。

 

「アリサさんに聞いたんだが、感応現象ってのはお互いが記憶の共有とかをしたりする現象なんだろ? 事実として、あの時アリサさんはこいつ──ルーが見た光景を感応現象で共有したわけだが」

 

「ふむふむ?」

 

「──こいつ、全然反応してなかったよな?」

 

「あ」

 

 それはそう。だって私てきにはマジで何もなかったんだもの。なんかちょっとビリッとしたとはいえ、マジでそれだけ。それでもってそのすぐ後にアリサがあんな風に豹変したものだから、理解が追い付かなかったというべきか。

 

「アラガミだろうと何だろうと、目の前の光景がいきなり変わったら何かしら反応するもんだろ? たとえ感応現象を知っていたとしても、全く動じないってことはないはずだ」

 

「た、たしかに……」

 

「そのあたりがどうも気になってたんだが……実はソーマさん、そもそもとしてこいつが感応現象で意志を汲み取っているという説そのものを疑っているって話でな」

 

「えっ!?」

 

 今更だけれども、どうやら彼らは私が感応現象で人間の意志を汲み取っていると思っているっぽい。なんとなーくそんな気はしていたけれども、少なくともこのメンバーのなかではそういう共通認識があるようで、今までの実験なんかもきっとそのあたりを確かめるために行っていたのだろう。

 

「な、なんでですか……? だって榊博士が、ルーちゃんは感応現象で私たちの気持ちを読み取っているって……」

 

「……この前の、知能確認訓練で俺がこいつに乗った時」

 

 チハルちゃんの不安そうな問いかけに対して、ソーマはまっすぐ前を見ながら呟いた。

 

「なぜだかこいつは──フランス語での指示を聞かなかった。感応現象ならどんな言語であっても関係ないはずなのに、だ」

 

「ああ、コウタにこっぴどく笑われたって言うアレですか」

 

 突如挟まれたアリサのつぶやき。予想外の不意打ちに、珍しくソーマが若干狼狽えたような顔をした。

 

「……何で知ってる?」

 

「何でって……普通に言いふらしていましたよ?」

 

「あの野郎……!」

 

 もちろん、関係者以外には言ってないでしょうけれども──とアリサが続けるも、まぁ逆に言えば関係者には周知の事実というわけで。

 

 ……というかこの前のアレ、やっぱ英語じゃなかったのね。知らねえ言葉だとは思ったけど、まさかフランス語だったとは。日本語で言ってくれなきゃわかるもんもわからないし、しかも結局未だに何て言ったのかさっぱりわかんねえっていう。

 

「……ともかく、それを聞いて俺も思ったんだよ。さっきも言った通り、俺はこいつの中身がおっさんみたいに思えてならなかった。だから、アラガミを信用できないって所を抜きにしたとしても、それ相応の嫌悪感みたいなものが少なからずあったと思う」

 

「嫌悪感? なんだかんだで、そこまで嫌っているようには見えなかったけど……」

 

「あー……例えるなら、近所の昔から知っているおっさんが、ベタベタ触ってくるような感じか? 犯罪じゃないけど不快感はある、くらいのもんだな」

 

 なんだろうなあ。これを聞く限りだと、クラスメイトの気になるあの娘が知らない男子と喋っていてモヤモヤする……って言葉の方がしっくりくる気がするんだけど。もしかしてこいつ、自分で自分の気持ちに気付いていないパターンか?

 

「とまあ、こいつが妙にそっけないのはその嫌悪感を感じ取っていたからだと思ったんだが……」

 

「ふむ」

 

「よく考えたらこいつ……エリナには普通なんだよな」

 

「あ」

 

 あ。

 

「本当に感応現象で気持ちを読んでいるのなら。あいつこそ一番警戒されて……いいや、嫌われているはずだろ」

 

 【ちょっとした不快感】程度の気持ちを読み取っただけでそっけない態度になるというのであれば。アラガミに対する明確な憎しみを抱いている人間が相手なら、もっとはっきりとした警戒心──ひいては、殺意に近いそれを抱いていてもおかしくない。

 

 キョウヤが述べたのはそういうことで、そして悔しいことに、理屈だけで言えば確かに筋が通っていると言えないこともないこともない。

 

「エリナちゃん……アラガミのこと、大っ嫌いだもんね……」

 

「まぁ好きな奴なんていないだろうけどさ。それにしてもあいつの執着はちょっと異常というか」

 

「……嫌いになるだけの理由が、あいつにはあるからな」

 

 どことなく重い空気。この様子だと、チハルちゃんたちもエリナちゃん……というか、エリックのことは知っているのだろう。少なくとも、神機使いの兄貴がアラガミに食い殺されたってことくらいは知っているだろうし……あの娘が神機使いになった理由って、マジでそのまんまそれ(・・)だもんな……。

 

「だから、感応現象じゃないと俺も思うことにした。こいつはただ単に、女好きのマセガキだ。そうだな、やんちゃ真っ盛りの五歳児くらい?」

 

「むー……そこは、小さい男の子ってだけでいいのに」

 

「あとさ……俺らはともかくとして、アリサさんやソーマさんみたいな歴戦の神機使いを前にして、なんでこいつはこうも平然としていられるんだろうな?」

 

「……」

 

「もし、本当に感応現象で相手のことがわかるってんなら……いいや、そうじゃなくとも。自分を傷つけ得る相手に対しては、それ相応の警戒心を抱くのが普通だと思うんだよ。実際俺達だってこいつと会う時は神機を持つし──もし俺がアラガミだとしたら、ソーマさんやアリサさんには正直近づきたくない……と思う」

 

 いくら報告書を読んでいたとしても、歴戦の神機使いがアラガミを相手に隙を見せるはずがない。いや、歴戦の神機使いだからこそ警戒心を持つはずで、何かあった時にすぐ対応できるように身構えるはず。初対面ならなおさらその傾向は強くなるわけで、そうであるにもかかわらず。

 

 あの時の私は、普通に無警戒でアリサに近づいた。なんならちょっとテンション上がってアホ面晒していたような気もする。だってあの衣装……いいや、ゴッドイーターのヒロインの一人を生で見られるんだもの、テンションが上がらないわけがない。そりゃそうだわ。

 

「アラガミを誰よりも憎んでいるエリナを敵視しない。本能的に警戒心を抱いているはずのアリサさんも敵視しない。感応現象なら伝わるはずのソーマさんのフランス語の指示も伝わらなくて……全部諸々併せて考えてみると、こいつはただ単に女好きのマセガキだ」

 

 悔しいことに、女好きのマセガキって所以外は大体合っていると言えなくもない。「感応現象で気持ちを読み取る」という彼らの盛大な勘違いも、このへらへらした神機使いはそれなりの根拠を元に否定して見せた。

 

 ……どうにもキャラを掴みあぐねているんだけども、こいつもしかして地頭は悪くない感じ? コウタもああ見えて閃きの天才みたいな描写が結構あったしなあ。ユーバーセンスがバレていた件もあるし、なんか思った以上に私のことが推理されて丸裸にされちゃっているのかしら……?

 

「まぁ、コウタさんもアリサさんも……というか、クレイドルの人たちは妙にフレンドリーすぎる気もするが。俺達よりもアラガミを見てきていて、俺達よりもアラガミを知っているはずなのに……なんか最初から無防備すぎる気がしたんだよな」

 

「あ、それは思ったかも。正直私……ルーちゃんと一緒にアナグラに向かっているとき、どうやってみんなを説得しようかすっごく悩んだもん。問答無用で討伐されるか、最悪実験体扱いになっちゃうかもって。アリサさんがルーちゃんのことをすぐに信じてくれたのも、ちょっとびっくりだったし」

 

「あ、あはは……あの時も言いましたけれど、後輩の話を信じない先輩なんているわけないでしょう?」

 

 微妙にアリサの目が泳いでいるように見えるのは、多分気のせいじゃない。単純にクレイドルの面々は、シオちゃんという前例があったから……アラガミとも分かり合えると言うことを知っていたというだけだ。尤も、人型じゃなくてイケメン狼型だとは思ってもいなかっただろうけれども。

 

「とはいえ……私は実際に感応現象を体験したわけですし、キョウヤくんの意見には懐疑的なんですよね。榊博士も感応現象で意志疎通しているって仰ってましたし──」

 

「……この際だから、お前ら二人にも言っておくが」

 

 アリサの言葉を途中で遮ったのは、ソーマだった。

 

「榊のおっさんの言うことは、あまり鵜呑みにしないほうがいいぞ」

 

「え……」

 

「あのおっさん、嘘はつかないが正しいことを言うとも限らない。信頼はできるが、信用はあまりできない。間違ってはいないし、きっと正しいんだろうが……納得できるかどうかは別だな」

 

「ちょ、ソーマさん……支部長相手にそんなこと言っていいんすか?」

 

「この前、リンドウだけが呼び出されていたし裏で何かやってんだろ。隠していることがあるのか、あるいは俺たちに言うべきでないと思っているのか……何かあるのは間違いないはずだ」

 

「え……そんな、それってまさか」

 

「……お前が心配するようなことにだけはならない。が、あのおっさんに限っては前例がいくつかある」

 

「前例って……」

 

「…………三年前、俺達はあのクソマズいジュースを製作する片棒を知らないうちに担がされた。それ以上の説明が必要か?」

 

「「……」」

 

「アナグラの今後の発展に関わる非常に重要なミッションだと……あのおっさんは、言ってたんだよ」

 

「「……」」

 

「それが、あのザマだ」

 

 ソーマの目は死んでいる。榊博士のフォローをしようとしたアリサの目もまたどこか遠いところを見つめていて、チハルちゃんもキョウヤもなんというかこう……すごく、すごく居た堪れない雰囲気を醸し出している。

 

 ──ルゥゥ?

 

「……ま、こいつについては無邪気で単純なヤツだとは思うがな。男か女かまではわからねえが」

 

 ぽんぽん──と、何かを確かめるようにして私の脚を撫でたソーマはその白い神機を肩に担ぎ直して言った。

 

「おしゃべりはここまでだ……見えてきたぞ」

 

「あ……」

 

 嘆きの平原。そこにそびえる黒い影。ついこの前来たときは無かったはずの、まるで大きな山のようなそれは。

 

「仕事の時間だ──行くぞ」

 

 平原の覇者とも呼ばれる、異形の超弩級アラガミ──ウロヴォロスだった。




 榊博士、内緒で【シオちゃん追い込み漁】とかもやってましたね……。

※中途半端なところで止まっていましたが、第二章の終わりまで書けましたので投稿再開いたします。1月がマジやばやばで何もできなかったために、感覚としては1か月弱で書いて投稿再開した気分なんですけど、実際は2か月も経ってたんですね……。


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43 騎乗戦闘訓練:ウロヴォロス討伐ミッション(ミッションコード:7405NO009)

 

 ウロヴォロス──それは、平原の覇者とも呼ばれる超弩級の巨体を誇るアラガミだ。複数の眼と触手を持つ異形のアラガミであり、かつての生物とは似ても似つかないほど悍ましく気味の悪い姿をしている。

 

 動き自体は緩慢で、そのためか体中に苔だの蔦だのが絡みついているが──体の大きさが大きさなものだから、ウロヴォロスが移動するだけで周囲一帯に結構な被害が発生する。当然、神機使いがウロヴォロスを討伐するのも簡単な話ではなく、単純な触手の薙ぎ払い一つでさえも、致命的なダメージになりかねない。

 

「うっひゃあ……! でっけーなぁ……!」

 

「……喉の奥まで見えてんぞ、チハル」

 

「……キョウヤくんのえっち」

 

「理不尽すぎない?」

 

 神機を改めて担ぎ直した片桐キョウヤは、前方はるか遠くに佇むその巨大な影を見て、しみじみと呟いた。

 

「しっかしまあ……話に聞いちゃいたが、あそこまでデカいとは。というか、あんなデカいのがいったいどこに潜んでいたんだ?」

 

「……極東(こっち)じゃよくあることだ」

 

「そうですね。それに……昔はともかく、今は戦闘方法も確立されています。危険なアラガミではありますが、決して倒せない相手ではありません」

 

 白金のジャケット──クレイドルの制服を身にまとった熟練神機使いであるソーマとアリサは、ウロヴォロスを見てなお表情を崩さない。まるでいつも通りだと言わんばかりで、そして実際、彼らはあの巨大な異形を簡単に打ち倒すほどの実力がある。それどころか、堕天種や接触禁忌種だって今までに何度も倒しているという確かな実績もある。

 

 そう。この二人がいれば、いかにウロヴォロスが相手と言えど臆する必要はない。ソーマもアリサも、この程度であればソロで討伐できるほどの実力を持っている。上等兵で階級が低いチハルやキョウヤというお荷物がいたとしても、四人もいれば余裕でお釣りがくるくらいだ。

 

 ただし。

 

「それでは──改めて、本日のミッションのおさらいをしましょう」

 

 アリサは、少しだけ心配そうな顔をして──白いアラガミにまたがるチハルを見た。

 

「今日行うのは騎乗戦闘訓練。つまりチハルちゃんとキョウヤくん、そしてルーさん──あなたたちが主体となって、あのウロヴォロスを討伐してもらいます。私たちはあくまで非常時のサポート要員なので、そのつもりで」

 

 ダメだと思ったら、すぐに戻ってきてくださいね──そんな、アリサの言葉の中に揺らめく不安を吹き払うようにして。

 

 ──ルゥゥゥアアアアッ!

 

 白きアラガミは、空に向かって大きく吠えた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ──ああ、本当にデカいなあ。

 

 近づくほどに大きくなっていくその巨大な影を見て、キョウヤはどこか他人事のように思った。

 

 ウロヴォロス。アラガミの中でも随一の巨体を誇る異形。オウガテイルはおろか、ヴァジュラやボルグ・カムランといった大型のアラガミでさえもかわいく思えてしまうほどの巨躯。文字通り、見上げても見上げきれないほどの体の大きさで、移動にちょっと巻き込まれただけでも致命的なダメージが──具体的には、見るも無残な轢死体になってしまうことは疑いようがない。

 

 ──近づきたくねえよなあ……。

 

 キョウヤは第二世代の神機使いだが、剣はほとんど使わず銃を使うことが多い。アラガミに切りかかるのなんてオラクル補給の時くらいで、基本的には敵から距離を取って戦うことを主としている。

 

 そんな自分が、明らかに階級に見合っていない弩級のアラガミに接近しようとしている。

 

 ──ルゥゥ?

 

「……震えているの、キョウヤくん?」

 

「んなわけあるか」

 

 何でそんなことができているかと言えば。

 

 自分の足ではなく──この、白いアラガミの背に乗って近づいているからだ。

 

「……速いよな、こいつ」

 

「そりゃあ、ルーちゃんだからね」

 

「……この速さで接近しているのに、まだあんまり近づいている感ないよな」

 

「……そ、そうかも」

 

 自動車なんて目じゃないほどに、ルーの脚は速い。こうして密着しているからこそ普通にチハルと会話ができるものの、そうでなければ轟轟と風を切る音がうるさくて、まともに会話なんてできなかっただろう。

 

「……」

 

 速さと巨大さのせいで距離感覚がおかしくなりそうだが──目標までの距離は、おそらくあと300mも無い。この調子ならあと数秒ほどで、戦闘領域に突っ込むことになるだろう。

 

「──任せるぞ」

 

「おっけぃ!」

 

 相棒(チハル)からのその頼もしい返事を聞いて。

 

 キョウヤはいつも通り──心を奮わせるための叫び声を上げた。

 

「──いィィィィィやッはァァァァッッ!!」

 

 ──ルゥゥウァァァアア!!

 

 流れる景色。明らかになった巨躯の全貌。

 

 異形の複眼がこちらの姿を捉え──そしてキョウヤは、ありったけの弾丸を真正面からブチ込んでいく。

 

「ほぅら喰らえ喰らえッ! おかわりもあるぞッ!!」

 

 突撃しながらの銃撃。アサルトが最も得意とする、機動力を活かした怒涛の連撃。一発の威力こそやや控えめなものの、その凄まじい弾幕による突破力は他の銃身ではあまり真似のできないものだ。

 

 しかも今回は──キョウヤは、撃つことだけに専念できる。移動の事なんて気にしなくていいし、被弾のことも考えなくていいというのだから最高だった。

 

 

 ──ォォ……ォォォ……!

 

 

 ダメージが通ったのか、それとも単純に鬱陶しかったのか。地の底から響き渡るようなおどろおどろしい叫び声が空気を震わせ、巨体から伸びた触手がキョウヤたちに向かって叩きつけられてくる。

 

 が、もちろん。

 

「ルーちゃんッ!」

 

 ──ルゥッ!

 

 白いアラガミには当たらない。余裕をもってその一撃を躱し、その勢いを一切落とさないままウロヴォロスに接近していく。

 

「いいねェ、何も考えずに好きなだけ撃てるってのは!」

 

 撃って。撃って。撃って撃って撃ちまくって。

 

 今までにないくらいの勢いで、キョウヤはひたすら弾丸を叩きこむ。神属性の汎用バレットだが、乱射するにはこれ以上ない程の性能だ。本来であれば、真正面から敵に弾丸を叩きこむなんてよほどの好機に恵まれなければできないことだが──この機動力であれば、全くもって問題ない。

 

「ルーちゃん! 接近はもう十分! 一定の距離を保ちながら、あいつの周りをぐるぐる回る感じで!」

 

 ──ルゥ!

 

 事前の取り決め通り──ある程度接近したところで、ルーに対してチハルが新たな指示を出す。真正面に立たないよう……あるいはさながら獲物を追い詰める獣のように、ぐるぐるとウロヴォロスの周囲を走り回るような形だ。

 

「ひゃっはァァァッ!!」

 

 当然、キョウヤの銃撃は止まらない。銃撃に集中できるのをこれ幸いとばかりに、とにもかくにも銃を乱射していた。

 

「……騎乗射撃、ちゃんとできてる?」

 

 そろそろだろうな──なんて思いつつ、チハルは持ち込んでいたOアンプルをキョウヤの膝に突き刺す。チハルの方が前に乗っている以上、そこしか刺せる場所が存在しなかったのだ。

 

「効いてはいるが、効果的ってほどでも無さそうだ! 何より、あんだけデカけりゃ目ェ瞑ってても当たっちまう! アサルトの乱射じゃ嫌がらせにしかなってねェ!」

 

「だよね……だけど、その割にはけっこー嬉しそうだよね?」

 

「さっきの銃撃で角と複眼がぶっ壊れた! 狙いにくい部位をぶっ壊すのには向いてるな!」

 

 動きが遅くて大きな敵だから、射撃自体の難易度は大したことが無い。加えて、その大きさが大きさだからアサルトの銃撃の効果も大して表れていない。

 

 けれども──高い機動力のおかげで、瞬間的とはいえ真正面から銃撃を叩き込める。本来だったら絶対に立ってはいけないウロヴォロスの面前から、弱点である顔面に銃弾を叩きこむことができる。そのおかげで、普段はあまり獲ることのできないアラガミ素材が入手できる。

 

「んー……大きくて動きが遅い相手なら、カノンさんみたいに一撃が大きな人の方が騎乗射撃には向いているのかな。小さな相手だと移動しながらの銃撃も難しそうだし」

 

 でも、騎乗射撃自体の有効性は悪くなさそうかも──と、チハルは頭の中のメモ帳に記入する。一定以上の射撃技術こそ必要なものの、高機動力と射撃だけに集中できるというその二点は、ガンナーからすれば喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 

「キョウヤくん、次の検証に移ろう?」

 

「ええ!? まだまだ全然撃ち足りないだろ!?」

 

「何言ってんの、もう私のアンプル6本は使ったよ? これ以上やってたらその……全部の検証が終わる前に倒しちゃうし、キョウヤくんのズボンが穴だらけになっちゃうかも」

 

「……マジ?」

 

「うん、マジ」

 

 撃ちすぎ注意、ペース配分の感覚が乱れる傾向があり──と、チハルは報告書にその一文を書き加えることを決めた。

 

「ルーちゃん、今度は最接近! あいつの足元をすれ違って向こうまで行く感じで!」

 

 ──ルゥウ!

 

 体表からぶすぶすと煙を立ち上がらせているウロヴォロス。しかし、まだまだ致命傷には至っていないのだろう。その潰れた複眼はしっかりキョウヤたちを捉えているし、今もまた……今度こそ仕留めるとばかりに、無数の触手を振り上げている。

 

 

 ──ォォォ……!

 

 

 面前にぬうっと迫る黒い影。動き自体はそこまで速くないように見えるが……それはその触手が大きすぎるからであり、実際の速度は見た目よりもはるかにあったりする。

 

 

 ──ルゥゥ!

 

 

 しかし、そんな触手の連撃をルーは軽々と避ける。もうもうと立ち込める土煙すら意に介さず、鼻で笑うようにしてその脇をすり抜けていく。

 

 そして。

 

「オラァッ!!」

 

 伸びきった触手を真っ二つに引き裂くように、キョウヤの──剣形態に変形した神機が叩きつけられた。

 

 

 ──ォォォ……ォォ……!!

 

 

「効いてる!」

 

「だな!」

 

 移動しながらの、すれ違いざまの一撃。ウロヴォロスの体躯に対してそのブレードはあまりに小さいが、叩きつけられた速度が速度だ。普通に人力で放った一撃よりも更に広い切り口と威力で……あの長い触手を、半ばから断ち切っている。

 

「ルーちゃん、もう一回!」

 

 ──ルゥ!

 

 一撃、二撃。

 

 すれ違って、切り返して、またすれ違う。

 

 やっていること自体はそれだけだが、そのたびに触手が一本、二本と切り落とされ……そして、ウロヴォロスの苦悶の声が嘆きの平原に響いていく。

 

「騎乗斬撃……! ショートでもここまで切れるなんて! 私のバスターだったら、もっと!」

 

「いや……威力自体はデカそうだが、取り回しが悪そうだから何とも言えないぞ。あと正直、手応えが大きすぎてこっちの腕の方が持たない」

 

「そ、そうなの?」

 

「ああ。それに、ウロヴォロス(こいつ)の触手は結構柔らかい。柔らかくてここまで腕が持ってかれそうになるってことは、硬い奴だと一発か二発が限界……いや、柔らかいからこそ良く切れすぎて腕が持ってかれそうになるのか? 硬いやつならむしろバスターの方が相性良いのかも」

 

「なるほど……すれ違いざまに頭をカチ割っていくイメージ? 思想としてはブーストハンマーと一緒かな?」

 

「そうなんだけど……その表現、なんかヤだなぁ……」

 

 騎乗斬撃についてはまずまずの結果が得られた。少なくともヴァジュラ程度の大きさが無ければ使えそうにない戦法ではあるが、どのみち小型アラガミ相手ならここまでする必要性はどこにもない。巨大なアラガミに対する一つのアプローチとしては悪くない……といったところだろう。

 

「次は騎乗捕喰なんだけど……キョウヤくん?」

 

「出来る出来ないで言えばできそうだが……こいつの速さで捕喰やったら、マジに神機ごと持ってかれそうな気がする」

 

「じゃあ……」

 

「最後の検証──神機使い(おれ)のサポートとしてアラガミ(ルー)を使うんじゃなくて。アラガミ(ルー)のサポートとして神機使い(おれ)を使った場合の検証だ」

 

「あいあい!」

 

 高い機動力を得るために神機使いがアラガミに騎乗する……のではなく。

 戦闘用の付属オプションとして、アラガミが神機使いを背中に乗せる。

 

「ルーちゃん」

 

 やっていること自体は同じだが、それがもたらす結果は。

 

「──好きにやっちゃえッ!!」

 

 

 ──ルゥゥゥァァァッッ!!

 

 

 雄叫びと共に放たれる雷。紫電と共に迸ったそれはウロヴォロスの巨体を貫き、びくりとその触手を震わせる。ぴん、と硬直したそれをろくに見もせず鋭い爪で切り落としたルーは、その勢いのまま別の触手を噛み千切る。

 

「ひゃっはぁぁぁぁッ!」

 

 その攻撃の──「噛み千切る」という動作のわずかな隙をカバーするように、キョウヤが銃を乱射する。別の方向から伸びてきた触手を撃墜し、そして触手の向こうにある顔面にさえも弾丸をぶち込んでいた。

 

 

 ──ルゥゥ!

 

 

 放たれる雷球。ウロヴォロスの匂い──苔と土と妙な生臭さが入り混じった匂いに、電熱特有の匂いが混じる。真っ黒に焦げながらもなんとか繋がっていたその触手は、追撃の弾丸で見事にはじけ飛んだ。

 

「「!?」」

 

 がくん、とキョウヤとチハルの視界がぶれる。

 

 気づいた時には上空に放り出され──いいや、ルーが大きく跳び上がっていた。

 

 

 ──ォォォォォ……ッ!!

 

 

 一瞬。

 

 ほんの一瞬過ぎ去っただけのはずなのに──さっきまでキョウヤたちがいたところが、文字通り抉り取られている。それどころか、ウロヴォロスを中心とした半径50mほどのエリアが、重機か何かで荒々しく掘削されたかのような有様になっていた。

 

「な……何が起こったの……!?」

 

「あの野郎……! 触手ごと体を回転させたんだ! 周りにあるやつ、全部薙ぎ払いやがった!」

 

 ルーが空に大きく跳び上がってくれたから、チハルたちからはその全貌が良く見えた。跳び上がってくれなければ、何が起こったのか推測すらできなかっただろう。

 

 巨体という最大の特徴にして、単純が故に最強の武器。体を回転させるというたったそれだけのことで、ウロヴォロスはここまでの脅威となる。

 

「ルーちゃんが跳んでくれなかったら危なかった……! あんなの、神機のガードじゃどうにもなんないよ……!」

 

「……こいつには動きが見えてたのか? 動き出す前から跳んでた……よな?」