IS BURST EXTRA INFINITY (K@zuKY)
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00:異邦の旅人の始まり

 地球より遥か彼方、いずこかにあるグラール太陽系。

 そのグラール太陽系に位置する三つの惑星と母なる太陽を、外宇宙生命体や旧人類の魔の手から世界を救った英雄達の一人が、今、リゾート型コロニークラッド6から元居た世界、地球へと戻らんとしていた。

 

 喧騒がクラッド6の至る所で聞こえる。

 それは、ニューデイズと呼ばれる緑豊かな惑星で今まさに行われている星霊祭や、今週末に開かれる兵器開発会社GRM・ヨウメイ・テノラワークスの共同新製品発表会の準備、傭兵会社リトル・ウィングスの新社長就任式の準備等が原因だ。

 祭り好き等も含めれば7割以上はこの手のイベントが好きな為、コロニー内の内装も社長就任式に使われる場所以外は星霊祭仕様となっており、それはどこか地球にある和を感じさせる装飾が至る処に付けられていた。

 そして、コロニーの至るところに設置された特別投影スクリーンには、ニューデイズのとある場所と人物が映されていた。

 幻視の巫女と呼ばれる未来や過去をある程度見通せる能力を持つ、その星系に住む人々にとって象徴的な存在である女性が星霊祭の為の衣装を纏い、人々の前に現れると、スクリーン内外からワッと歓声が上がった。

 白磁を彷彿とさせる肌、筆で刷いた様な細い眉の下にある瞳は柔らかな光を放ち、その髪は空の色を凝縮したらそうなるであろう蒼色で構成されていた。

 誰もが嫉妬を忘れて見惚れると断言出来る美麗な風貌だけではなく、その能力で幾多の困難を救ってきた英雄の一人が、スクリーンで何かしらの行動を取る度に大小の違いは有れど歓声が上がる。

 それは、平和の象徴なのかもしれない。去年はテロによって星霊祭は中止になっており、また、幾度と無く起きた宇宙の危機に絶望していた頃の反動にも見えた。

 その喧騒の中、一人の男は、それらを一瞥することなく、迷いが一切無い足取りで宇宙港へと目指していた。

 男、といってもまだ若い。まだ少年の域を脱するか否か、その程度の年齢の癖に、どこか老成した雰囲気を纏っている。

 肌は水を弾くような瑞々しさに加え、きめ細かな雪色に近く、瞳はその真逆、一切の光を呑み込む闇色。

 太陽の光に近い光源で構成された人工灯の光を浴びて、鴉の濡れ羽色のように鈍い輝きを持つ髪は左眼を隠すようなアシメトリーを形作っており、左眼には眼帯――というには些か禍々しく、まるで何かを封印しているように見て取れる――をつけていた。

 身に纏う服は、コートと胴鎧が一体化した服装――遠い異世界に存在していたとされる錬鉄の英雄が纏っていた服装を黒く染め上げたレプリカだ――で、それを一部の隙無く着こなしていた。

 この男が、世界を幾度となく救った英雄の一人、神薙怜治と言う。

 だが、その瞳の鋭さや厭世的な雰囲気は、英雄と言うよりも英雄の本質である大量虐殺者のそれに近い。

 それでも彼に気付いた人々が義務的な挨拶――といっても殆どは目礼程度なのだが――をしてくるのは、元ガーディアンズのトップエースにして、此処クラッド6に本拠地を構える傭兵会社リトル・ウィングの現トップランカーというのが大きい。

 誰しもが嫌がるような汚れ役を自ら引き受ける事で有名な、彼。畏怖と好奇の視線を向けられても一切の表情を変えず、目的の場所へと足早に進んでいた、のだが。

 そんな彼が目的地に着きかけた途端、表情に微かな苦味を含ませて小さく舌打ちをした。クラッド6から他星にいく為の宇宙港に、会いたくない人物達が居たからだ。

 嫌いではない、むしろ互いに好意をもって接する事ができる彼ら。共に戦っていた仲間達のおよそ半分以上がそこに佇んでいた。

 無論、英雄達がそこに居ると言う事は、野次馬も多く居ると言う事。

 道理でいつもの倍以上、好奇を伴った視線がこちらに刺さるわけだ、と思いつつ、

 

「これは、どう考えてもかわす事は出来ないか――」

 

 そう呟いて、怜治は進路上を妨害している彼らに歩み寄って言った。

 

「……」

 

 否、言おうとしたのだが、はて、何をどうやってこいつ等をどかせようか、というところを考え、言葉が詰まった。

 別に悪い事はしていないのだ。ただ、立ち去る時期をぼかしていただけなのだから。だが、仲間達の一部の視線に、非難のそれが混じっていた為、らしくなく口を開いては閉じてしまったのだ。

 そうやって自分でもらしくない行動を採っていると気付いた時には、全身を黄色や金色で統一している妙齢の女性が、一歩。

 一歩だけ怜治の前に出て、金色の瞳を潤ませながら、

 

「本当に行ってしまうのですか……?」

 

 と、怜治が予想していた通りの言葉を投げかけた。

 

「元々、この世界の住人じゃないからな。帰る手立てが完成したのなら帰るべきだし、そもそも『今の俺』がこの世界に長居するのは危険だ。そうだろう、ミカ?」

 

 そしてその為に色々奔走してもらったしな。そう付け加える怜治に迷いが無い事を見て取ったミカと呼ばれた女性は、そうでしたね、と肩を落とす。

 本当は彼女もわかっていたのだ。一縷の望みをかけて、確認の為にそう問いかけただけで。

 

「仕方ないさ。これだけはな」

 

 どこか自嘲めいた苦笑を見せた怜治は、自分を見送りに来た英雄達に視線を巡らせる。

 流石に全員集まる事は無かったな、と呟き。だが 全体的に軽装で纏まりを見せている蒼髪とトンガリ耳が特徴のニューマンの処で、ピシリと、視線を止めた。止めざるを得なかった。

 それを受けた少女は、え、何でわかったの?という表情を浮かべ、あ、しまったとすぐに澄まし顔を作るが、ツカツカと無言で歩いてくる怜治のプレッシャーで隠し切れない脂汗が出てきていた。

 漫画的に言うならば、デカイ汗マークと言ったところか。

 焦っている女性の目の前まで来、わざわざカツンッ、と靴音を響かせた怜治は、野次馬に聞こえない程度の声で低く呟いた。

 

「……おい、ミレイ」

「な、何のことで……だ。ワタシはただのガーディアンの教官のカレン――」

 

 メキリ、メキメキメキメキ。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!?」

「お前の格好とくっちゃべってる内容が一番イタイ上に誰から見てもバレバレなんだよ。んな事はどうでも良い。つか、どしたよ仕事は、幻視の巫女」

「い、妹が代わってくれると言ってくれましたので、私が見送りに……」

「星霊宣はどしたよ。カレンじゃ法力が足りてない筈だろ、星霊紋がある限り」

 

 星霊紋とは、邪法の一種であり、ミレイは妹のカレンから法力を受け取って宣託でかかる負担を軽くする代物だ。

 無論、それはミレイ達は望んでおらず、父親によって生まれた時に刻まれていたものである。

 それはともかくとして、今現在、割とガチで涙目になっている幻視の巫女、ミレイ・ミクナの言葉に嘘偽りが無い響きを確認し、カレンめ、と悪態を付きながらもアイアンクローは解除せず、むしろ力を増していく。

 この幻視の巫女様はたまに自覚せずに、或いは自覚有りでトンデモナイコトをしでかす事を思い出した為だ。

 

「じ、実は、ちょっと早めに宣託を受けて、妹にメモを痛い痛い痛い痛いですぅ!?」

 

 そう、丁度今みたいに、だ。

 あぁ、道理でスクリーンから聞こえてくる幻視の巫女の声が若干低めな上に怨嗟の感情がスクリーン越しでも微かに漏れている事を感じ取れたり、傍に立つ28歳のイケメン星霊主長に青筋が走りまくっていたりするんだな、と納得した。

 そして、その事で更に思い出した。コイツのお陰で、凄まじい勢いで巻き込まれてきたなぁ、と。

 ギリギリメキメキとそろそろ物理的に有り得ない音と悲鳴が細くなる事が加速的に進む中、

 

「まぁまぁ、仕方ないだろう。カレンだって来たがってたんだぞ?」

「……イーサン」

 

 橙色の髪を逆立てている青年――いがみ合う種族を一つに纏め、SEEDという外敵から人類を守った英雄――は、苦笑しながら割って入った。

 仕方ないと肩を竦めながら右手の拘束を解くと、直ぐ様その場にしゃがみ込んで、涙目で見上げてくるミレイ。それを意図的に無視しつつ、イーサンへと向き合う怜治。

 しばし見つめ合い、やがてイーサンは頭を下げた。

 

「お前には感謝してる。親父を救ってくれた事、ミレイを救ってくれた事、世界を救ってくれた事、全部に。ありがとう」

 

 その言葉に、またかと顔を微かに顰め、溜息を付きながら、

 

「公式では世界を救った英雄はお前だ、イーサン。俺じゃない。ミレイやお前の親父さんに関しては、まぁ……そうだな、『知っていた』から防げた、それだけだ。その後の事はお前達が防いだし、お前が居なければ皆が集まることも無かった」

「それでも、俺はお前に感謝するよ。あの時、俺は慢心していた。それを打ち砕いてくれた事も含めて」

 

 英雄はお前じゃない、ってな。

 

 邪気の無いその言葉に、いよいよもって苦い表情となる。

 あれはそう言う意味ではなく、元いた時代で流行ったアンチワードだったからということと、プレイヤーとしての自分でもそう思ったから言ってやっただけ、というのが強いからだ。

 だが、それを言っても意味が無い上に、無用なイザコザになるだけという事も知っている。

 だから、わかったわかった、相変わらず暑苦しい奴め。と憎まれ口を叩くだけに留めるのは、どんな時であれ、いつもの事だ。

 一時は思想の対立で敵視していたとは思えないほど、イーサンからの想いは温かなものだった。

 イーサンだけではない、この場に居る者、居ない者、彼に関わった全ての人々が、彼に感謝をしていた。

 ……まぁ、一部の人間は、わかりにくい感謝なのだが。

 特に彼は――

 

「……貴様、勝ち逃げする気か?」

「俺の敗北で良いと言っているだろう」

「舐めているのか貴様。許さんと言った筈だ」

 

 そう、彼。

 全身を赤い装甲で覆っている、一本角がトレードマークのキャスト、幾多の戦いでイーサンや怜治と戦い、ある意味元凶の一人であったマガシが挑発するかのように言葉を吐き捨てる。

 だが、その言葉にはいつものような殺気は無く、ただ本当に悔しさを滲ませているだけであった。

 悪いな。と肩を竦める怜治を苦々しく見つめる眼にも、いつもより覇気が無い。

 

「まぁ、アレだ。イーサンを倒せたなら、だな」

「おいおい、俺を巻き込まないでくれよ」

「……行くならさっさと行けッ」

 

 苦笑いするイーサン、背を向けるマガシ。

 あいっかわらず素直じゃないなぁ、と小さく零すイーサンだが、ギロリ、とマガシに睨まれ、おー怖い怖いと両手を挙げる。

 いつもの漫才から視線をそらし、今度は小さな金髪の少女と、灰髪の青年に視線を向ける。

 

「ありがとな、エミリア、シズル。お前達のお陰で、俺は元の世界に戻れそうだ」

「亜空間調査用の宇宙船で起きたあの事故があったからよ。全くアレにはヒヤヒヤしたわ」

「ただ、気をつけたまえ。計算上は時空流離に巻き込まれても問題ない性能を発揮するし、フォトン精製装置と自己修復も完備しているが、手荒く扱ったり一定以上の威力を持つ兵器で攻撃されれば――」

 

 シズルの言葉に判っているさ、と頷く。

 

「それの実験結果を持ち帰れない事も残念だよ」

 

 そいつは悪かったな、と全くもって悪びれていない怜治にガックリと肩を落とすエミリアとシズル。

 亜空間ワープの事故で他世界へとリンクした事をヒントに、時空移動装置とそれ専用の機体を作るのに奔走していたからだ。

 まぁ、怜治が乗り込む宇宙船のワープは帰還設定を犠牲にする事で、時空移動が出来るようにしたものだ。

 帰還出来ないのなら、エミリア達にとっては意味が無い。

 それに、これから当分は亜空間航法に掛かりっきりになるから、結局のところ、手元にあるだけで使用しないという本末転倒な状態になるのは眼に見えていた。

 それでもデータが欲しいのは科学者としての性質なのだろう。

 

「ん、そういえば……エミリア。高飛車乙女とスタイリッシュモッサリーは仕事か」

 

 その言葉が背の高く高飛車でデキル女な感じがする癖に、乙女な女社長とその旦那の事をさしている事に気付き、エミリアは吹き出した。

 ツボに入ったらしく、しゃがみ込んで肩を震わせて笑っているエミリアの背中をトントンと軽く叩きながら、ミカは半眼で答えた。

 

「あの方達は、皆がここに来る為に仕事をしています」

「あぁ、やっぱりな。まぁ、仕方ないか。これ以上は流石に色々なところで支障が出るだろうしな」

 

 わかっていて言ったのだろう、全く以って残念がる様子を見せない怜治にミカは「貴方と言う人は……」と大袈裟なため息をつく。

 

「となると、カーツは軍の統制、チェルシーはウルスラの補佐で来れない、ユートとルミアはカーシュ族とガーディアンズの交流会といったところか」

 

 その通りです、と肯定するミカ。

 

「なぁ、怜治。今日この日を選んだのは、見送りは要らなかった、という事なんだろう」

 

 疑問系ではなく、断定系で聞いてくるシズル。

 シズルだけじゃない、皆が皆、そう思っていた。

 今週は星霊祭にカーシュ族とガーディアンズの交流会、兵器開発会社GRM・ヨウメイ・テノラワークスの新製品発表など、様々なイベントが盛り沢山であったのだ。

 その為、普段ならここにいるメンバーが駆りだされていた筈だった。その間に人知れず旅立とうとしていた怜治の思惑に、いち早く気付いたシズルが様々な手配と手段を使った結果、このメンバーが揃ったのだ。

 怜治を見送る為だけに。

 

「見送りなんてガラじゃない。それに、名残惜しくもなる」

 

 少しばかりの寂寥を含んだ、小さな小さな笑顔に、何か口にしようとして、果たして何を口にしたらいいのかわからなくなり、黙ってしまうシズル。

 例え稀代の大天才と呼ばれようとも、避けられぬ別れには敵わないのだから。

 ただ、それでも。

 

「――それでも、僕は見送れて良かったと思うよ」

「……そうか」

「そーだよ、ナギサちゃんもそう思ってるから此処に来たんだし!」

 

 お調子者然とした声が右手側から聞こえ、視線を向けると、ミカに良く似た長身の男と、白い服に黒髪、そして怜治とは用途が異なる眼帯をつけた少女がこの場へと歩み寄ってくるのが見えた。

 

「ナギサ、ワイナール」

「怜治、君には本当に感謝している。ボクや姉さんにもう一度人生をやり直させてくれた事、ナギサちゃんを救ってくれた事。そのついでに世界まで救っちゃた事、全部に」

「ついでじゃないだろう、ワイナール……それはともかくとしてだ。私からも礼を言わせてくれ、ありがとう」

 

 ぺこり、と頭を下げる2人に、もう勘弁してくれと手を振る怜治。

 

「イーサンと殆ど同じ事を言ってくるなよ……」

 

 本当に、そんなつもりではなかったのだから。

 

「俺は戻る手段を探していただけだ。礼を言いたいのはこちらの方だよ。ワイナールやミカ、シズルやエミリアがいなければ、俺は帰る可能性は0のままだった。今は0じゃない。1よりも小さい確率かもしれない。だが、0じゃあなくなった。なら、賭ける価値がある」

 

 そう言って、搭乗口に向かう為に仲間達の横を通り過ぎ。

 だが首だけ振り向かせ、左手を軽く握り、握った左手の親指から中指までを立たせて軽く上下に振りながら言った。

 

「さようなら、皆。俺は忘れないよ、ここで起きた事、皆と戦った事、友達になれた事、ここで起きたこと全部、俺は忘れない」

 

 それに対し、口々に同意し、手を振る皆。

 エミリアは俯き、シズルは口をへの字にして耐え、マガシは背を向けたまま。

 イーサンはあくまで明るく、だが目端に雫を溜め、ミレイは祈りを切り、ミカはエミリアの肩を抱き寄せる。

 ワイナールはあくまで笑顔で、ナギサは無表情だが精一杯手を振って。

 様々な反応があれど、皆の気持ちは一つだった。

 やがて、搭乗口が閉まり、クラッド6のカタパルトから一機の宇宙船が射出され、一筋の蒼い光が外宇宙へと伸び、やがて唐突に爆発的な光を放ち、消えた。

 それは、グラール太陽系に偶然呼び込まれていた異邦人が、永い旅路を往く証左。

 

「……行っちゃったね」

 

 ぐすり、と鼻を啜りながらエミリアは言った。

 

「あぁ」

 

 シズルが応える。

 

「アイツに心配させないように、俺達はこれからも平和を守らなくちゃならない」

 

 そう、イーサンは締め括り、やがて、誰からともなく歩き出した。

 グラール太陽系を守った、英雄の意思を守る為に。

 

 

 SIDE OUT

 

 

 外宇宙探索船に乗り込んだ怜治は、コックピットに向かい、シートに深々と座り込んだ。体に負担が一切かからない様に設計されたそれは、怜治のやるせない気持ちを少しばかり落ち着かすのに役立っていた。

 しかし、これからが本番という事を思うと、やはり気が滅入る。気持ち的に4割はグラール太陽系で永住する事も考えていたのだ。

 だが、途中でその4割を0にしなければならなくなった事件が起きたのだから、仕方ないとは言え、やはり遣る瀬無くもなる。

 あの時取った行動に、言い訳もしなければ後悔もしていない。咄嗟とは言え巧くやれた。否、今でも完璧なやり方だったと自負出来る。

 アレ以外のやり方は、ミカやワイナール、シズルやナギサ達を死の淵に叩き込む可能性があった。自分が犠牲になった、とも言えるあの行為に、後悔も言い訳も要らない。

 だから、これから『コイツ』と最期まで付き合う事が、今の怜治にとって二番目に重要な事だ。

 

「……考えても無駄、か」

 

 やれやれと首を振って、3次元スクリーンに手を伸ばし、操作を開始する。

 と言っても、エミリアとシズルという、色んな意味で神に愛された天才達が航路を設定しているのだから、あとは微調整位しかやる事がない。

 モニター上に表れた航路の最終確認をし、呟く。

 

「次元跳躍、開始」

 

 そのワードを拾ったコンピュータは、駆動音を響かせながら怜治が座っているシートを白い繭状のフィールドで固定した。

 これは、コールドスリープの一つであり、遺伝子情報をその場で記憶、固定化させる為のものだ。

 カウントダウンが始まり、密閉されたシート内に特殊な気体が注入され、意識が途切れ始める。

 

「次目覚めた時は、元居た地球でありますように――」

 

 そう、願いを口にした後、怜治の意識はゆっくりと沈んでいった。

 その数十秒後、時空固定装置が稼動し、繭状のフィールド内の時間を固定されるのと同時にカウントが0になり、グラール太陽系から一人の英雄が消えた。

 

 怜治の願いは半分当たり、半分外れた。

 それは怜治の良く知らぬ地球であったのだから。

 それでもこれから先、何度も諦めずに、彼が居た地球へと帰還する為、力を尽くすのは間違いはないだろう。

 人としての帰属本能がある限り。

 

 これが、神薙怜治の最初の世界での最後の記録。

 彼の、異邦の旅人としての歩みは、此処から始まった。



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第一章:邂逅編(原作一巻+α)
01:来訪


 インフィニット・ストラトス。

 通称ISと呼ばれるマルチフォームスーツが篠ノ之束博士の手によって開発され、白騎士事件――たった一機で何千ものミサイルを撃墜し、公式上では全世界の軍隊と戦い、死亡者を出さずに勝利した事件だ――によって既存の兵器では全く太刀打ち出来ないという幻想を植えつけた事で、世界は激変した。

 既存の兵器を取り扱っていた幾つもの企業は倒産、或いは破産宣告をし、経営者は首を括り、労働者は職を無くし、大半の失業者は犯罪へ走る――その筈だった。

 それでも幾つかの企業は戦車や航空機などの軍事兵器からISの製作へと舵を切り、それらに成功した企業は他の没落した企業を吸収や合併をする事で、何とか世界規模の暴動や大恐慌は抑えられた。

 無論、大衆の眼に見えにくいところでは血生臭い争いがあり、それらは日々のニュースには乗らない、敢えて言うなればアンダーグラウンドの世界では常識として語られている部類となった。

 だが、その手の問題はISが出る前からもあり、どちらかといえば平常とも言えるだろう。

 それよりも問題なのはISの欠点である。

 欠点は二つで、だがそれらは致命的だった。

 一つは、男性は扱えないという事実。

 これを特性と見るか欠点とみるかは、文字通り性別で分けられた。その欠点のせいで女性優遇の体制、否、もっと言えば女尊男卑の風潮が僅か数年で広がってしまった。

 ISを整備する者、兵器開発をする者の大体は男性だというのにも関わらず、だ。

 その余りの定着の早さに、一部では何者かによる陰謀論や企業側と政府側の暗黙の了解があった等の憶測が飛び交ったが、不思議な事にマスコミは黙殺、或いは取り上げたとしてもワイドショークラスでの取り扱いで終わらせていた。

 もう一つはの欠点は、ISの核となるコアは、IS製作者兼発表者である篠ノ之束博士しか作れぬという事。

 ただ一人の天才以外作れぬということは、仮に博士が死亡した場合、ISという“事業”は意味を成さなくなり、遺されたパイの奪い合いになるという至極つまらない、またそれによって利益も頭打ちになりかねないという懸念があった。

 故に、世界は篠ノ之博士を『保護』しようとした。しかし、予めそれを予想していたのか、篠ノ之博士は何処へと姿を消し、今尚、行方知れずである。

 そして、雲隠れしてしまった為、コアは467個以上は世界へ貸与されなくなり、自然とそれらは戦争の道具としては使われる事が無くなった。

 当然だ、絶対数が少ないISで一体どうやって国を守りながら他国へ攻め入れるのか。片方だけならばともかく、両方こなせる程の十分な数のコアは貸与されていないのだ。更に言えば、たった数機のISは戦略兵器としては価値があったが、その数の少なさ故に、国防の全ては任せられない。結局のところ、戦艦や戦車、ヘリや航空機等の前時代的と言われる兵器は、眼に見えやすい場所から姿を減らし、代わりにISという眼に見える抑止力が誕生した。

 そう、結局のところ事実だけ見れば、女尊男卑の風潮は広がり、軍需系企業と戦争の在り方が変化した、ただそれだけである。

 それが大事か些事かどうかは、身を以って体験した者達のみぞ知る。

 

 だが。

 

 どのような事でも例外と言うモノは存在する。偶然であれ、必然であれ。

 性差という意味では、女性のみが扱える筈のISに初の男性搭乗者が現れたという事。

 第一世代IS搭乗者の元日本代表にして、モンド・グロッソと呼ばれるIS同士の決闘、或いは競技会の大会優勝者であり、公式試合の戦歴では無敗、そしてその戦歴に拠って『ブリュンヒルデ』の称号を持つ女傑、織斑千冬の実弟。

 名は、織斑一夏と言う。

 世間では遺伝子が似通っているから、或いは篠ノ之博士のお気に入りだから、等の憶測が報じられたが、真相は未だ闇の中。

 兎にも角にも、織斑一夏という、姉よりも遥かに平々凡々な人間は、今や姉以上の価値がある存在として世界中から注目を浴びた。

 故に、誘拐される事を恐れた日本政府は、どこよりも先んじた一手を打つ。

 それが、IS学園入学であった。

 

 IS学園。

 それはISの操縦者育成を目的とした軍事教育機関であり、その運営や資金調達は全て日本が行っている。

 また、IS学園に在籍中の生徒はあらゆる政府の干渉から身を守れる場所であり、その為に一夏はその学園に強制的に入学させられる事となる。

 アラスカ条約という、運営資金は日本国のみ、技術は全国家で共有等、日本にとっては不当以外何者でもない条約を強制してきた世界に対する、云わばささやかな仕返しだった。

 これにより、ドイツを初めとする特殊部隊による『体験入部』や、女性至上主義者からの刺客、果てはマフィアの拉致などからも守られる事になったが、卒業後のその先は決して明るくはない。

 強くならねばならないのだ。誰よりも、強く。男という以前に、織斑千冬の弟であるが故に。

 そうでなければ、万が一、この先、他にも前例が生まれなかった場合、モルモットにされるしか道がないのだから。

 ただ、不幸な事に一夏は、現時点ではその事に気付く事無く、気楽といえば気楽、楽観的といえば楽観的に人生を謳歌していた。

 

 のだが。

 

 ここに来て、世界全体を震撼させる出来事が起きる。

 所謂、異星人の来訪である。

 

 それを初めに察知したのはIS学園であった。

 IS学園はただの育成機関ではない。

 ありとあらゆる干渉から文字通り身を守れる場所としての側面を持つが故に、政治的のみならず防衛力や防諜力は、世界でも有数の場所だ。

 故に、察知するのは当然の事とも言えた。最も、それはすぐに全世界が知る事となるのだが。

 入学試験の一つである実技試験。その為の広いアリーナで一夏と、この先、彼の副担任を務める山田真耶が激突する直前、両者のISのレーダーに遥か上空、成層圏を越えた宇宙空間にて異常重力波等を感知したのだ。

 

「――え?」

 

 そう呟き、ISのレーダーをそこへ伸ばす真耶。少し遅れて、顔を上に持ち上げてレーダーと延長された視界も使って捉えようとする一夏。

そこに映っていたのは、ジャンボジェット機よりは小さな、だが明らかに地球製ではない、鋭角的かつ攻撃的なフォルムをした、世界のどこを探しても違う特殊な文字らしきものが外郭に焼き付けられている“宇宙船”であった。

 

「宇宙、船……?」

 

信じられないと言わんばかりの言葉、直後に一夏もそれを確認し、マジかよ、と呆然と呟いた直後、2人に緊急無線が入った。

 

『山田先生、試験は中断だ。未確認飛行物体が日本上空に出現した。レーダー機器の故障ではない。世界規模で確認されている。アラスカ条約に基づき緊急戦闘配備に移る為、山田先生は試験生織斑一夏の保護及び退避先である講堂に避難誘導をする事。繰り返す、アラスカ条約に基づき全世界同時緊急戦闘配備に移行する為、教師山田真耶は試験生織斑一夏を講堂に避難させる事』

 

「わ、わかりました!! お、織斑君、こちらへ!! 急いでください!!」

「あ、え、あっ、は、ハイ!!」

 

 真耶は講堂へと疾走し、一夏もそれに追従する。

 その数十分後、IS学園の生徒や天文学者等から情報が漏れる事になったのは、仕方ない事だったのかもしれない。

 どの国の政府も機関も、言い換えれば世界ですらもこのイレギュラーな事態は当然のことながら初めてだった為、足並みが揃って無い状態だったのが大きい。

 しかも情報を規制しようにもインターネットに情報が流出してしまえばアウトだ。その為、その後の事を考えると表裏問わず各国の首脳陣は頭を抱える他無く、しかもその問題は脇に置くしかなく、現時点でやれる最善の事、つまり全ての通信手段とチャンネルを使っての通信、もっと言えば対話が可能なのかどうかを判断する事が、各国政府に求められた手段であった。

 次策としてISは相手の神経を出来うる限り逆撫でしないように待機状態にしておくが、織斑千冬のみ、打鉄で日本上空に移動し、相手から攻撃されない限りは一切の攻撃せず、万が一攻撃された場合は全ISを稼動させ、可能な限り捕獲するという作戦が提案された。

 これには理由と思惑があった。日本上空に現れた宇宙船という事から、十中八九厄介事だろうと踏んだ各国首脳陣は、先の仕返しとばかりに織斑千冬を出せと日本政府に脅しをかけたのだ。

 また、稀代の大天災である篠ノ之束博士の親友である事も利用し、あわよくばそれがどうにかしてくれるだろう、という見え透いた願いもあった……と、その親友本人から話を聞かされた織斑千冬はため息をつく外無かった。

 

 だが、ここで意外な結果が出る。あらゆる手段と言語で通信を呼びかけた結果、宇宙船は大気圏内に突入し、織斑千冬が操る打鉄にゆっくりと接近してきたのだ。

 自然体を装いつつ、千冬は相手の出方を待つ。世界も、織斑千冬の打鉄にリンクさせた画面を見て、固唾を呑んだ。

 

「こちら、グラール太陽系所属のセンクラッド・シン・ファーロスだ。そちらの言語を記録した結果、この言語が一番適正があった為、変換させてもらった。通信帯域全てに影響を与えているチャンネルを使わせて貰う。応答を求む」

 

 そして、低く響き渡る男の声。それは聞き違う事無く日本語であった。それに驚く織斑千冬や首脳陣。

 少なくとも好戦的ではないようだ、と一先ずは安心して織斑千冬は口を開いた。

 

「こちら、IS学園所属、日本人の織斑千冬です」

「アイエスガクエン……ニホンジン……オリムラ、チフユ。それでは織斑千冬、俺がどういう目的でここに来たのかを知りたいそうだな」

 

 先の通信での呼びかけを大体理解していたのか、そう聞いてきたセンクラッド・シン・ファーロスに、織斑千冬は肯定を返す。

 

「当方は侵略の目的できたわけでは無い。攻撃を仕掛けてきたのなら別の選択肢に変更したが、お前達はそれをしなかった。故にこちらは交渉を望む」

 

 交渉という名の降伏勧告だったら笑えない冗談だな、と内心毒づきながらも返答を返す。

 

「交渉、とは?」

「こちらとしては船を降ろしたいので適当な場所に誘導して欲しい。目的は、一時的な休息のみであり、技術提供や技術交流、及び同盟や隷属等の国家間の約束事を取り付ける為に来たわけではない事を知っておいて欲しい」

「何故一時的な休息を?」

「次の移動の為の燃料を補給したい。あぁ、安心してくれ。資源は一切使わない事を約束する」

「……少し、時間を」

「構わない。首脳陣と話し合って決めてくれ」

 

 さらりと言った言葉の裏に、自身には権限が無いことを見破られていた事に、冷たい衝撃が奔った。

 プライベートチャンネルでは、各国が喧々囂々としていた。

 曰く、油断させる為のものかもしれない。曰く、その技術を奪うべきだ。曰く、また日本に引き取ってもらう。等、まとまりが一切無かった。

 彼らもまた迷っていた。ジョーカーだとして、どの意味でのジョーカーになるのか。

 親しき隣人の振りをした侵略者なのかもしれないし、ただ本当に補給をしたいだけなのかもしれない。

 時間が空けば空くほど不利になる事も理解していたが、こればかりは仕方の無い事だ。誰もが良い前例にはなりたいが、為政者として最悪の決断をした、といわれる可能性がある以上、二の足を踏むもの。

 まぁ、それで最も苛々しているのは待たされている異星人ではなく、異星人と相対する事になった織斑千冬なのだが。心の中で無能な首脳陣を滅多斬りにするという大変スプラッターなイメージが既に37回程ループしている位の時間と、それに附随したストレスが溜まっていた。

 それを知ってか知らずか、否、わかっているのだろう。

 

「余り苛々しない方が良い。こう言う時は特に、な」

 

 と、異星人が話しかけてきたのだ。

 自身の苛立ちを見透かされていた事に驚いた表情を浮かべた織斑千冬。

 

「君の癖かもしれないが、先ほどから左の掌を開いたり閉じたりしている。もう少し自然体でいたらどうかな?」

 

 苦笑交じりの声に、赤面する外無い。というよりも初対面の相手にそこまで見透かされるというのも初めてだったので、つい、

 

「貴方は心を読めるのですか?」

 

 と聞いた。

 

「宇宙人や異星人と聞くと、そういう質問がよく来るが、そういうものではないさ。俺からしてみれば異星人はお前達だ。つまり、俺からしてみれば、いつお前から攻撃されるか、ビクビクしている、とも言えるんじゃないかな?」

 

 この言葉が決め手になったのか、それともタイミング的にそうであったと邪推しただけなのかはともかくとして、織斑千冬にプライベート回線で着陸の許可が出た。

 だが、場所を聞いた途端、織斑千冬の表情が微かに強張り、だが、諦念の表情を閃かせ、表情を隠した。

 

「許可が出ましたので、ついてきてください」

「理性ある配慮に感謝する」

 

 降下ポイントは、IS学園第三アリーナ。奇しくも、織斑一夏と山田真耶が試験を行っていた場所であった。

 今現在、IS学園付近はIS学園生徒以外の全ての人民の避難は完了しており、またIS学園生徒も地下シェルターに避難が完了し、大量破壊兵器を使用したとしても、想定内の被害で済む筈と織斑千冬に通達されていた。

 ゆっくりと降下し、着地をして上を見上げ、両手を振って降下ポイントを指定の位置へと誘導していく。

 宇宙船は織斑千冬と同等の速度で降下し、やがて音も無く着陸した。特筆すべきは噴射口が下部についていないのに、ゆるやかに着陸出来たという事だろう。何らかの特殊な技術を使用しての無風着陸とはまた凄まじい。

 

「ところで、姿は見せた方が良いのかな?」

「出来れば、そうして欲しいものですが」

「了解した、今からそちらに出るので、撃たないでくれよ」

 

 撃つものか。撃ったら大変な事になるではないか。いやいや、これで現れた姿が八本足のタコだったり、リトル・グレイだったりしたらどうしてくれよう、などと真剣に考えていた織斑千冬であったが、見事に裏切られる事になる。

 織斑千冬が立っている側、もっといえば宇宙船と彼女を直線で結んだ外壁が音も無く消失し、男が現れた。

 男、といってもまだ若い。まだ少年の域を脱するか否か、その程度の年齢だ。その癖に、どこか老成した雰囲気を纏っている。

 水を弾くようなきめ細かな雪色の肌に、一切の光を呑み込む闇色の右瞳は刃の様に鋭い。

 鴉の濡れ羽色の髪は左眼を隠すようなアシメトリーを形作っており、僅かに見える左眼がある位置には眼帯をつけていた。

 身に纏う服は、コートと胴鎧が一体化した服装――遠い異世界に存在していたとされる錬鉄の英雄が纏っていた服装を黒く染め上げたレプリカだ――で、それを一部の隙無く着こなしていた。

 そう、センクラッド・シン・ファーロスとは、神薙怜治の事だったのだ。

 

「日本人……?」

 

 思わず、と言った感のある小さな言葉に、センクラッドは間髪入れずに答えた。

 

「グラール太陽系のデューマンと言う二足歩行型の種族だ。まぁ、同じ人型同士、宜しく頼む」

 

 そう言って軽く頭を下げた彼を思わず、と言った風にぽかんと口を開ける千冬を誰が責められようか。異星人が礼を知っているとは誰も思わないし、そもそも本当に彼は東洋人、もっと言えば日本人ではないのか?と思ってしまう。

 

「本当に宇宙人、なんですよね?」

「あぁ、その反応なら、やはりこれで良かったのか。頭を下げるという事は人型において約87%の確率で礼を伴うというデータが採れていたので、真似をしてみたのだが」

「成る程……」

 

 わかったようなわからないような表情を浮かべる千冬に、苦笑するセンクラッド。

 

「世の中、白い旗を振れば良いと思って振ったら最後、全面戦争になったという事例もある。それはともかく、俺はどこに通されるのかな?此処では無いのだろう?恐らく記者会見、というのをやると思うので、やってみたいのだが」

「どこでそんな言葉を覚えたのですか……」

「その答えは後で良いか? 取り合えず、案内を頼みたいのだが」

 

 あぁ、失礼。と千冬は謝罪し、プライベートチャンネルで指示された通りの場所に移動しようとし、それに追従しながら何気なくセンクラッドが宇宙船に向かって薙ぎ払うような素振りをハイパーセンサー越しに見た途端、凍りついた。

 宇宙船が跡形も無く消えたのだ。

 どういう事だと眼で問いかけるも、応えるつもりが無いのか、右足の爪先をその場でタン、タン、タタタンとリズム良く動かしているセンクラッド。

 これは後でという意味か、と思い、内心ため息をついて千冬は歩き始めた。



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02.:後悔と住み込みと

 実のところ、センクラッド・シン・ファーロスこと神薙怜治は絶賛大後悔中だった。

 本名ではなく、グラール太陽系で悲惨な目に遭った実験体時代のコードネームを使ったのは、地球に馴染みが余り無いグラール太陽系の言葉を組み合わされていたものだから、というものが大きかった事と、前回の時空移動の際に魂が分離し、その魂がどこぞのサーバー上に放り込まれてしまった事故の際、そしてその後に辿りついたハズレの地球で本名を使った結果、余り良い事にならなかった為、という二つの理由があったのだが。

 

「……このように、グラール太陽系とは三つの惑星と一つの太陽で構成されており、緑豊かなニューデイズ、地球に近いパルム、不毛の惑星モトゥブと言う――」

 

 IS学園などという馴染みの無い言葉に、今回もハズレだというのは覚悟していたのだが、まさかインフィニット・ストラトスとか言うパワードスーツのせいで女尊男卑な世界になった地球で、グラール太陽系の説明をするハメになるとは思わなかった。

 

 どうしてこうなった?いやいや、どうしてもこうなったんだろうよ、俺が記者会見という言葉を安易に使ったからな。初回ワープアウトの際は、ワープアウト中の事故で肉体と精神が切り離されて、記憶をトバした精神体になってバトルロワイヤルとかわけのわからん状態になっていたし、それを勝ち抜いて元の肉体に戻ったら戻ったで、そこに在った地球では良く判らん化け物が地球を席巻していたから問答無用で交戦状態になった挙句、気付いたら極東支部のエースとか言われてしまっていたし、今回ようやく地球外生命体として華々しくウソデビュー出来るからといって、調子ブッ扱いて記者会見マダーとか言わなければ良かった。

 

 と、この駄目男、本気で後悔していたりする。

 

 ちなみにこの駄目男、記者会見の最初にて、オレンジジュースを舌で味見して「コレは……毒かね」と真顔で聞いて大混乱に陥らせた馬鹿でもある。

 勿論その直後に「冗談だ。それに、大抵の毒は無効化できるから大丈夫だ」とフォローになってないフォローを言っており、小休止中に千冬からこっ酷く叱責されていたりする。

 その時点で千冬は敬語を使うのをやめた。やめさせられたのもある。センクラッド曰く、「敬語を使われる奴は、大体怪しく見えるし、何だかお前さんは敬語が全くもって似合わない。むしろ使われる側というか女帝ぽいというか」と。

 故に、千冬は敬語を使うのをやめている。使うのやめるを通り越して何時もの傲岸不遜になっているが、センクラッドは別に気にもしていない。気にしているのはむしろ、今後の利用価値云々を考えている連中の方だろう。

 

 閑話休題。

 

 説明文を脳内で作成し、自身の神経ネットワークからダイレクトでスクリーンに投影する技術を提供する事は、文明的格差がどーのこーのという事にして、ポンポンと脳内文章と脳内絵をIS講堂内の巨大スクリーンに投影しながら解説をしていく作業をただひたっすら行っていた。プロジェクター要らずな体は本ッ当に便利だなぁ、アラガミになって良かった良かった、と現実逃避していながらだが。

 自身がわからない質問には門外漢と言い張り、言いたくない事は在りもしない機密や惑星法で貫き通し、観光的或いは浅い質問にはサラっと返すという手法を用いて疲労困憊になりながら説明を終えたのは、なんと夜の20時過ぎ。この世界にワープアウトしたのが12時丁度だから、都合8時間も拘束されていた事になる。

 さぞアップロードサイトやテレビは大盛況だった事だろう。ここまでフレンドリーな異星人(偽)は他に居る訳がない。

 外見も割かし整っていて、忌々しくて禍々しい眼帯を強制的にかつ一生着けなければいけないお陰でミステリアスかつデンジャラスな雰囲気を醸し出しているだろうさ。

 更にブラックユーモア溢れるジョークも言えて、漫画やアニメに出てきそうなトンデモ技術を引っさげての御開帳ときたもんだ。

 こんなに好条件が揃っているのなら軒並み視聴率も取れてスポンサーはウッハウハ、低迷しているであろうテレビ業界も大歓喜だろうから、俺に感謝してジュース奢れ。9杯で良いから!!

 

 もう時既になんというか、この通りの馬鹿であった。

 

「お疲れ様」

 

 控え室のソファーで両手両足を投げ出してグッタリとしているセンクラッドに、苦笑しながら冷緑茶が入ったペットボトルを渡す千冬。

 パキリパキリともどかしげに、だが、かったるそうに開封していく様子を見、からかいも含めて千冬は言った。

 

「記者会見中に呑んでいたオレンジジュースとは違う味だろう。苦いが、それは毒ではなく緑茶というものだ」

 

 片眉だけを器用に上げながら、音を鳴らして飲み干すセンクラッドを見、思わず苦笑した。最初逢った時は触れてはいけない刃の様な雰囲気や瞳をしていたのに、今やコレだ。

 ……いや待て。自分もブリュンヒルデとして初の記者会見に望んだ後の時はこうだった気がする、と思い出した。思い出してしまった。

 弟に見られない事を良い事に、こいつぁ同類だから問題ないと無意識で認識してしまった為か、思い出してしまった数々の黒歴史にウオオォォオオと声にならない苦鳴を器用に無音声で漏らす千冬。

 それに気付かずにペットボトルを口で固定して手を離してソファーに首を預ける急角度の状態でゴッキュゴッキュと飲み干しているセンクラッド。「毒だろうが薬だろうが、俺は何だって飲んじまう漢なんだぜ?」とでも言いたいのかお前は。

 

 もう時既になんというか、この通りの馬鹿が、この通りの馬鹿共になった。

 

 飲み干したペットボトルを口から外し、漏れ出そうになるゲップを我慢して千冬に視線を戻すセンクラッドと同時、苦悩と懊悩を黒歴史として封じ込めて精神状態を戻し、いつものクールビューティへと戻る千冬。

 互いの痴態が見えてなかった為、この時は精神的優位はお互いに全くといって良い程無い状態だったのにも関わらず、それを知らないので非常かつ微妙に気まずい雰囲気となっていたが、それを打破するのが我らが主人公、センクラッドである。

 

「あー、その、なんだ。大丈夫だ」

 

 この時、センクラッドは悪くない。

 センクラッドは疲労困憊の余り自分でも良く判らない奇行に走っていた為に出た、いわば自己弁護の言葉であり、自身にも言い聞かせるように呟いたのである。欲を言えば、『大丈夫だ』ではなく『もう大丈夫だ』と言えば良かった位だ。

 が、そう受け取れない人物も居る、というかこの部屋には一人しか居ない。

 まさか、見られていたのか!?と、万人から見たらお前は一体何を言っているんだ、という事実を指摘された気がして愕然とする千冬。

 俯き、暫し言葉を選ぶ為に間を取り、当たり障りの無い言葉が口から転び出た。

 

「すまない、さっきのは忘れてくれ」

「あぁ、問題ない。この手の事には慣れている。俺も悪かったしな」

 

 致命的に食い違った会話は、訂正される事なく次の話へ飛んでいく筈であった。忘れたい側がスルーするのは往々にしてある事だ。地球側の配慮として此処に記録・記憶装置が一切無くて助かったのは、確実に千冬の方だろう。

 センクラッドは異邦の旅人として、僅かな期間此処に留まるだけなので、もしここの行動が記録されており、何処かの動画サイトにアップされたとしても、比較的ダメージは少ない。対策としては、思い出さなければ良いのだし、元居る世界に戻る為に何度もワープアウトを繰り返すだろうから、自然と記憶も薄れていくだろう。

 だが、千冬は違う。この世界に住んでいる限り、アップロードされでもしたら精神的に死ぬ。社会的には死なずとも、精神的に死んでしまう。何より、大好きな弟から変人扱いされるという、シスコン的な意味で確殺が待っているのだ。

 だから、記録装置だの記憶装置だのがあってもなくても、言質を取りたくなるのも仕方が無いのだろう、きっと。

 

「疲れていたんだ」

「そうだな、俺も疲れていたから仕方ない。気にせずにいこう。それでだ」

 

 もうどうしようもないほど拗れに拗れた話題はそろそろスルーすべきだろう、というセンクラッドの配慮(?)に内心感謝しながら、千冬はどうした?と聞き返した。

 

「俺の宿泊先は、この学園と聞いた。それについていくつか確認をしたい」

 

どうぞ、と応える千冬に対し、センクラッドは若干温度が冷えた声で呟く。

 

「お偉いさんは正気か? 如何に俺が友好的に振舞っているからといって、曲がりなりにも学生ばかりが住んでいる上に、機密しかなさそうな場所にわざわざ住まわせるとは」

「何か裏がある、と?」

「ナンセンスだと言っている」

 

 斬り込む様な言葉に、千冬も冷静に切り返していく。

 

「こちらからも幾つか確認がある」

「大体察しはつくので先に答えておくが、記者会見で言った言葉は全て本当だ」

「つまり、本当にお前一人がこの地球に訪れて、次のワープアウトまでの時間が欲しい、技術提供や交流はしないでも良い、という事か?」

「本来は立ち入るつもりは無かったんだ。そちらが勝手に見つけたので無害をアピールしていただけだ。正直、ここに来る事自体、俺にとってはイレギュラーだった」

 

 イレギュラーという言葉に、聞き返す千冬。ため息をつきながらお茶を催促するセンクラッドに対し、脇にあった冷蔵庫からペットボトルを出し、手渡す。パキパキと開封し、一口だけ飲む。

 

「言葉通りさ。イレギュラー、確か英語だったか。予測していない事態だった。このあたりの惑星の文明Lvは相当に低かった筈だ。だから、気付かれる前に移動しようとした矢先に、いきなり通信が来た」

 

 コレは、半分が嘘で、半分が真実。彼が帰るべき場所は、未だ男性が優位に立っており、未だに一つの惑星内で争っている愛すべき地球だ。

 自分が今所持している宇宙船は明らかにオーバーテクノロジーで、探知されない自信、否、グラール太陽系でも有数のステルス技術を搭載したものに乗っているのだから、自信どころの話ではない。

 それが崩されたという事は、明らかにおかしいと感じたのだ。場所の座標自体は先のワープからして合っている事から、平行移動だけがずれていると確信している。問題は、その修正が機械頼みだという事位か。

 だが、それを言ったら確実に面倒な事になるのは眼に見えていた。なので、センクラッドは嘘をつき続けなければならない。どの世界でも。例え帰れたとしても。

 

「本当ならば無視しても良かったんだが、高出力の反応が数百で点在している星でいきなり先制攻撃されても敵わんからな……」

「ISの事か?」

「あぁそうだ。だから必死にそちらの言語を解読したんだぞ。全く、あの時は生きた心地がしなかった」

 

 これは言語以外は本当の事で、通信が届いた直後にエネルギー探知をかけてみたら、結構な数で且つ、これまた結構な出力がチラホラと稼動開始していたので、実際は違ったのだが、すわっ人型の巨大ロボット軍団がいる世界に転移してしまったのか!?とガチで焦ったのである。

 幾ら防壁や遮断に定評があるシールドラインを使用しているからと言っても、攻撃を受ければ故障や破損する可能性も出てくる。

 故障も破損もオートメンテナンスである程度までは問題ないが、資材がない場合はかなり時間がかかる事がネックだったので、通信という手段を採る他無かった。

 まぁ、これらは半分建前で、本音は友好的な異星人が記者会見してみた、みたいな事をやれるんならやっとくべきじゃね?という、頭が沸いているとしか思えない思考でやらかした事なので、完全に自業自得だが。

 ちなみにこの船だけに限って言えば、センクラッド単体で修復が可能だったりするが、これはまた別のお話だ。

 

「此処からは推測なのだが、技術交流なり何なりは後々言ってくると思うが、それは置いておく。取り合えずガチでソロだった場合や工作員だった場合を考えて、敢えて此処においた、という線だと思うのだが、どうかね」

「――そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「……まぁ、そう答えるしかないだろうな。別にお前さんを困らせるつもりはないから、ここで切り上げておくよ」

 

 センクラッドの発言は正鵠を射ていた。

 どちらなのかを判別する為、一部のISは記者会見時からセンサーのみ限定解除されており、何らかの兆候――例えば、宇宙なら異星人の戦艦、センクラッド個人なら攻撃意思等――が発見されれば、即座に全てのリミッターが解除される様になっていたのだ。

 付け加えれれば、あの場の記者会見にいた人物は錚々たる顔ぶれであった。

 最初こそ一部を除いて決死の覚悟を以って臨んだ記者達のみだったが、徐々に徐々に現役IS搭乗者が集まり、その筋では有名な交渉人が集まり……と、会場の内外には軍事的にも情報的にも凄まじいと形容するに足るメンツが国家問わず目白押しだった。

 ある意味、一人を除いて地球が一つになった記念すべき瞬間だったのかもしれない。

 最も、センクラッドからしてみれば全く意味の無い事だと思っている。どの世界においてもワープに必要なフォトンがある程度貯まり、宇宙船を粒子から完全解凍出来る時間と場所さえあれば即座にトンズラすると決めているからだ。

 今回のワープアウト直後の様な即座に発見されるケースを想定して、ワープに必要なフォトン量の丁度2倍に設定している為、少しばかりこの世界に留まる期間が長くなってしまう。それまでにどうにかして技術交流だの、捕獲だのにならない様な立ち回りが必要になってしまうが、もうどうしようもない位に自業自得な為、次回から気をつけよう、と心に固く誓うセンクラッド。

 当然だがこの男、どの世界にいても自重しないので、厄介事とは無二の親友となるわけだが、それはここでは語るまい。

 既に本日だけで相当の自重知らずを露呈しているのだ。多くを語るのは野暮というものだろう。

 

「――ンラッド。おい、どうした?」

「ン……あぁ、すまん。考え事をしていた。それで、俺の部屋は何処に?」

「言われた通り既に用意している、ついてきてくれ」

 

 そう言われたセンクラッドはソファーから立ち上がり、千冬の先導で目的の場所まで歩き出した。

 控え室から大分歩き、階段を登り、長い廊下をコツコツと足音を響かせながら歩く二人。

 ふと、センクラッドは疑問に駆られた。そういえばここは曲がりなりにも学園なのだから、学生は何処にいるのかと。

 あの控え室から出た瞬間から幾つかの気配を感じているが、姿を見せないということは諜報の類だろう。それとも、コレを課題として出したツワモノがいるのか。

 

「学生は…………あぁ、部屋から出るなと指示されているのか」

「お前はゲストだからな」

 

 質問を口にした後、すぐに気づいた。恐らくは出るなと言われているのだろう、と。無用な混乱は地球側としても望んでいない、というところか。

 ゲスト、ね。と呟き、やれやれと肩を竦めるセンクラッド。

 予想した通りの事だったが、どんな生徒がいるかはきちんと眼を通して見てみたかったのだが、機会は幾つもあるだろうから、今はノンビリと部屋で過ごす事にしよう。

 靴音が止まり、千冬が振り返って鍵を差し出したことで、意外に時間がかかったなと思いながらセンクラッドは鍵を受け取り、ドアを開けて部屋を覗いた。

 

「――あぁ。これ位の広さが丁度良かった。有り難く使わせてもらう。ところで、明日、俺は何をすれば良いんだ?別にここに居ても良いのだが」

「追って政府から通達がある筈だ。それまでは出来るだけ外に出ないで欲しい」

「強制じゃないのか?」

「強制して良いのなら」

 

その言葉に、苦笑をして降参のポーズを取る。

 

「わかった、部屋からは出ないよ。その代わり、この部屋は自由に使って良いのか?」

「勿論、その為の部屋だからな」

「そいつは重畳」

 

 言質は取れた、と思いながら「ありがとう、おやすみ」と言ってドアを閉めたセンクラッドがまず最初にしたことは、徹底的に部屋を変える事だった。

 センクラッドが提示した部屋の条件は、一切の調度品をおいていない広めの部屋だった。

 何故、調度品が無い部屋が欲しかったのかというと、フォトン粒子に変換している、グラール太陽系リゾートコロニー・クラッド6にあった自室を此処に具現化させたかったからだ。

 防諜の為もあるが、やはり自分が使い慣れている部屋の方が何かとやりやすいというのもある。

 明日以降、誰かが入ってきたらさぞビビるだろうな、とニヤリとする様はどう見ても英雄とかそういう類ではなく、単なるワルガキにしか見えなかった。



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EX―IS01:記録の一部

 篠ノ之束。

 インフィニット・ストラトスを開発し、世界の軍事バランスと男女格差を崩壊させた張本人。

 親友とは別のベクトルを向いている倣岸不遜な表情が稀有な事に、必死とも取れる真剣な表情でウィンドウディスプレイを見つめながら、手元にあるキーボードを打ち鳴らしている。

 そのウインドウディスプレイに表示されているのは、センクラッドがこの世界に現れた瞬間を再現する為のシミュレーターで、今現在、様々なパラメーターを打ち込んでは再現に失敗し、条件を変えては再現に失敗するというトライアンドエラーを繰り返していた。

 

「うーん。流石に記録を取っていない状態で再現は無理かぁ……あーあ、勿体無いけど諦めよう。それよりも――」

 

 束は少しばかり後悔していた。

 不可能、という言葉を常日頃から打破していた彼女だが、今回ばかりはお手上げであった。

 表舞台から姿を消し、裏社会からも巧く逃れながらISの更なる研究をしていた彼女に、一切の油断も慢心も無かった。

 だが、この予測は出来なかった。何時如何なる時でも敵から対応する為、あらゆる場所に仕込み、入り込んでいる警戒システムは、彼女の自己防衛の為にしか働かなかったし、彼女自体、世俗に興味を持っていなかった為、世紀の瞬間に立ち会えなかったのだ。

 残念な事に、地球の全てを監視できても、宇宙空間の全てをフォロー出来るような監視システムは構築出来ていなかった。

 気付いた時には宇宙船に対して眉を顰める位の量の通信が飛び交っており、迂闊に通信を飛ばすわけにはいかない状況であった。

 故に、手を拱いて見るしかなく、業腹だが傍観するしかなかったのだ。

 しかし、得る物もあった。記者会見時に気付いた事があり、今からそれの検証をするのだ。

 たった独りで宇宙船に乗って来たという事実も気になるし、黒尽くめの不思議な服装にも興味がわいたが、今は彼の言動と唇の動きに注目していた。

 

『――これがニューデイズと呼ばれる星で、首都オウトクシテイにはニューマンと呼ばれる……そうですね、地球で言うところの、創作上のエルフに近い種族が住んでおり――』

 

 やはり、そうだ。あの男、間違いなく自分の口と舌で話している。記者会見が行われた直後のデータと、記者会見終了直前のデータを見比べても、それは変わっていない。変わっていたとすれば、日本語の丁寧さに上達が見られる事位か。

 となると、ファースト・コンタクト時の大量の通信で粗方学んでしまった可能性もあると言う事。翻訳に特化した種族なのかもしれないが、そうでない事はこの会見で見て取れている。

 

『この星に来た目的というのはありますか?』

 

 その質問に、やや困ったと言った表情を見せるセンクラッド・シン・ファーロス。

 

『いえ、特には』

『どういう事でしょうか?』

『実のところ、この星に訪問する予定はありませんでした。この太陽系の文明Lvでは、こちらを関知する事は出来ないと判断していた為です』

『つまり、こちらが発見しなければ、接触は控えていたという事でしょうか』

『その通りです。想定外でした』

『その割には、日本語が巧く扱えているように見えますが?』

 

 その挑発的とも取れる言葉に、センクラッドは苦笑いを浮かべた。

 

『先の通り、グラール太陽系の惑星ニューデイズにおいて近い言語があった為です。でなければもっと時間がかかっておりましたし、現在も学習させて貰っています』

『どのように学習しているのでしょうか?』

『聞いて学習する事、軍事的な制限をしていない電子ネットワークから情報を閲覧して学習する事、それだけですよ』

 

 その言葉にざわめきが沸き起こる。前者が真実ならば、デューマンという人種は篠ノ之束博士以上の天才という事になる。腹正しい事に束自身から見ても、そう見ざるを得ない。

 だから、束は見極めねばならない、その言葉が真実なのか嘘なのかを。

 

『今も電子ネットワークから情報を取得しているという事でしょうか?』

『そうですね、現在進行形で取得させて頂いております』

 

 この時、束を初めとする幾多の科学者、もっと言えばリアルタイムで聞き取った人間は彼の周囲に何らかの信号が送受信されているかを調べていたが、結果はNOと出ていた。しかし、ブラフで片付けるには余りにも異常なのも確かだ。

 仮にそれが本当にブラフで地球人だった場合、束と同等の天才、もしくは組織力でそれに比肩し得る者達が一切関知しない間に宇宙船の建造からワープ航法まで独自で編み出した事になる。あれだけの規模を隠蔽しながら製作し、痕跡を残さずにテスト航行までするのは自分という前例はあるが、不可能に近い。

 また、世界が女尊男卑となり、多くの人々を失業に追いやったISに対抗して、何の行動も採らなかった事がおかしな話である。何らかの理由は欲しい所だ。例えば、ISなど取るに足らない存在だとでも――

 そこまで考えて、ようやく束はギリッと無意識に歯をかみ締めていた事に気付き、肩の力を抜く為に一度大きく深呼吸をした。

 まだ情報が足りない。そして冷静さを失うな。検証を続ける事を放棄したり怠ったりする事は科学者として恥ずべき事。そう言い聞かせながら、映像を再生させていく。

 

『次の質問ですが、技術の提供や交流は考えているのでしょうか?』

『惑星法が制定されておりますので、その質問の回答は控えさせて頂きます』

 

 極めて穏やかに、だが初めて明確な拒否の姿勢が来た瞬間だ。フラッシュの焚く量が増えるが、表情に変化が無いセンクラッド。

 束は映像を一時中断し、センクラッドの瞳孔を注意深く観察するも、眼を細めも瞳孔が収縮もしないものは、恐らく何らかの機能を使ったものだと推測し、記者会見の続きを見つめた。

 

『その惑星法とは?』

『簡単に言えば、その惑星の文明と精神の成熟度を計測し、想定を上回った場合のみ、こちらから接触をするというものです』

『我々はISを発明し、貴方の宇宙船を発見致しましたが?』

 

 この発言をした女新聞記者の社会的な死はここで確定していた。ISの発明者である束からしてみればお前が発明したわけでも無いし、お前が発見したわけでもない。それに先程から随分と挑発的な発言だ、一体この女は何様のつもりだろうか。苛々とした気分でその映像を眺め続ける束。

 

『IS、というのは、織斑千冬が乗っていた機体の事でしょうか?』

『そうです』

『成る程。確かに、先程申し上げた通り、想定外でした』

『という事は、想定以上と受け取ってもかまいませんか?』

『えぇ、構いません』

『ならば、技術提供はするのでしょうか?』

 

 その発言に、今度こそ隠しきれない苦笑いを浮かべるセンクラッド。

 

『何でそこで笑うんですか?』

『失礼致しました、先程申し上げた通りです。惑星法の制定により――』

『ハッキリ言ってください!! 何でそこで笑うんですか!?』

『言った方が宜しいですか?』

 

 センクラッドは苦笑したまま怜悧な視線を向けるが、それに気付いたのは本人以外、もっと言えば女尊男卑の風潮に染まりきっていない、或いは染まっていても普通の判断力を持った人々だ。哀れな事に本人は気付かず、大声というよりも金切り声で喚き立てるように騒いだ。

 

『言ってみてください。言ってみてくださいよ、何がおかしいんですか!!』

『簡単なことです。精神的に未熟だからですよ』

『未熟ですって!?』

『確かに、こちらを捕捉できたという事は文明的には水準を満たした事になります。ですが、それに精神が追いついていない事は多々有ります。今回はそのケースかもしれません』

 

 言外に、お前は未熟だという指摘に顔を真っ赤にして言い返そうとする記者を、どこからともなく現れた黒服の男達が羽交い絞めにし、強制的に退出させていった。

 

『離しなさい!! 私を誰だと思ってるの!? 離しなさい、離してッ!!』

 

 ドアがバタン、と閉じられ、暫し気まずい以上の雰囲気が記者会見の場を支配する。

 それを崩したのは、センクラッドの方からだった。

 

『――話を戻しましょう。惑星法を盾にしたように聞こえたと思いますので、それ以外の理由を挙げます。技術の提供や交流ですが、私一存では決められません。地球に所属する人々の成長を阻害、或いは歪める結果となる場合がある為です。その為、一時帰国してから判断を仰ぐ事になります』

 

 何事も無かったかのように話を進めるセンクラッド。余談だが、あの女新聞記者は数日後に交通事故で世を去る事になるが、不思議な事にマスコミは報道しなかった。

 

『質問宜しいでしょうか?』

『どうぞ』

『差し支えなければで良いのですが、本来はどのような目的が有ったのかを教えて頂きたいのですが』

 

 これは機密だろう、と思っていた者達は、ここで予想を裏切られる事となる。そうですね、と思案し、言葉を捜しているセンクラッドだったが、やがて「あぁ」と頷き、

 

『敢えて言うならば、旅をする為、ですかね』

『え。旅、ですか?』

『旅と言うよりも交流や旅行、という方がシックリ来ると思います。別に未開拓惑星を探索する為に旅をしているわけではなく、グラール太陽系と同盟或いは通商条約を結んでいる国々を見て回る事ですので』

『個人旅行、というわけですか?』

『その通りです。云わば趣味というものです。他に質問はありますか?』

 

 男が手を挙げ、起立して口を開く。

 

『どの位ここに滞在なさるのですか?』

『転移に必要なエネルギーが溜まるまでですが、そうですね……少なくとも、何事も無ければ夏までには戻る予定です』

『グラール太陽系との通信は可能ですか?』

『この地域からは難しいですね。いずれにせよ、一度転移しなければなりません』

 

 この発言は、地球人類側にとって大きなアドバンテージになる可能性を秘めていた。もしこれが本当ならば、例えばだが、今この場でセンクラッドを攻撃をし、生け捕りや殺害しても問題ないという意味を持つ。

 最も、そんな事をして万が一それが明るみに出た場合、袋叩きにされる事も視野に入れて行動しなければならない為、今はまだ行動を移そうとする輩は居なかった。

 

「旅、かぁ……」

 

 束はその言葉に、ある種の憧憬を感じた。見知らぬ世界、見知らぬ種族。ISを手に入れても地球人類は未だに重力の井戸の中で這いずり回っている。この男についていけば、新しい世界や種族、価値観に出会えるかもしれない。

 だが、篠ノ之束という科学者はそれを是としない。傲慢な言い方になるが、篠ノ之束が発明したISのお陰で、人類は宇宙への切符を手に入れているのだ。後は人類がある程度協力すれば、或いは、精神的成熟を待たずして宇宙へ羽ばたいていけると信じている。

 しかし、あの宇宙船や彼が所有している技術は気になる。ならば――

 

『そろそろ時間も押して来たので、次の質問を最後の質問とさせていただきますが、他に質問がある方は?』

 

 ふと思考の海から戻ってくると、チャプターは最後と指定されていたが、束は最後まで見ずに装置を切り、ある実験を開始する為の最終調整を行い始めた。既に全体は完成している。後は実験データを採集する為に、様々な組織を誘導し、思いのまま操るだけだ。

 

「――楽しみだなぁ」

 

 クスクスと、どこかしらを病んでいる者特有の笑顔を浮かべながらも、キーボードを叩く音は鳴り止まない。

 彼女の夜はまだまだ始まったばかりである。



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03:織斑千冬と対談

 古い置時計が午前6時に針を進め、ボーン、ボーンと朝が来た事を告げ、天蓋付きのベッドで眠っていたセンクラッドが長い睫毛を震わせ、目覚めた。

 大きく伸びをし、欠伸を噛み殺しながらベッドから降り、ペタペタと素足で歩いて何時もの様に冷蔵庫から初恋ジュースと命名されたジュースを取り出して、コクリコクリと呑む。

 相変わらずペイラーは良い仕事をする、と満足気に頷きながら、ターミナルと呼ばれるゴッドイーター専用の情報端末装置の前に立ち、誰かからメールが着ていないかチェックをする。

 

「……?」

 

 おかしい、今日の曜日でこの時間ならコウタからバガラリーの寸評と、ロシアから極東支部に完全に転属したアリサからの愚痴メールが届いている筈なのだが。アリサはともかくとして、コウタはおかしい。見終ったら即メールという男だった筈。

 それに、ジーナから『デート』のお誘いが無いとは。アレか、最近吸収された特殊部隊ブラッドの生き残りと親睦を深める為に、カノン共々誘ったのか。というかカノン誘うのやめてくんねぇかな。俺に対して何故か誤射率半端無いんだが、どうよそれ。そんなに俺の事が嫌いなのかアイツは、って……

 と、ここまで考えて、気付いた。

 

「あ。あー……うわぁ……」

 

 誰も居ないのを良い事に、センクラッドはゴミ箱に初恋ジュースを投げ入れてから、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

「俺どんだけ極東支部に馴染んでたんだよ……」

 

 ここに来る前の世界に馴染み過ぎだろ俺、ユウに引継ぎしてたじゃん俺よぉ……と羞恥心の余りベッドにダイブして転がりまくるセンクラッド。今日も平常運転の様だ。

 暫くして、こうしてもアレだと気を取り直してドレッシングルームに行き、今日の服装はどうしようかと悩み始めた。

 ドレッシングルームと言っても、実際に服が並んでいるわけではない。

 身の回りの物は全て、ナノトランサーと呼ばれる次元倉庫に格納してあるのだ。そこに格納してあるものを網膜に投影して選んでいくというスタイルを採っている為、スペースを取らないし、どこでも一瞬で着替える事が出来るという便利な代物だ。

 センクラッドが所持している服装を含めた装備は膨大な数にのぼる為、もし実体がここにあったとしたら、全ての部屋が埋め尽くされてしまっていただろう。

 一度ワープしたらその世界に戻れない事に気付いたセンクラッドは、どの世界においても服と装備、ついでに飲食類をコンプリートするが如く集め、買い漁った。

 最初の世界では武器やシールドラインは勿論、服装も男女問わず買い漁るなり、集めるなりし、グラインダーと呼ばれる強化物質でしこたま強化していた。

 次の世界では極東支部に在籍していた時代に、基本種どころか、接触禁忌種や指定接触禁忌種を絶滅させるかの様な獅子奮迅の働きを見せていたが、何のことは無い。根底に有ったのは強い使命感でもなく、ましてや某女狙撃手みたいに生き急いでいるわけでもなく、ただ単純に服と装備と飲食類が欲しいからという物欲でアラガミを大量虐殺していただけである。

 センクラッドを信頼していたアリサ達が聞いたら卒倒し、一時は敵対していたシックザール支部長が聞いたら頭を抱え、元隊長であるリンドウが聞いたら苦笑するような事実だが、正に知らぬが仏、である。

 しかし、どの服が良いかと考えるとやはり悩ましい。今の気候に合わせた服装というと、シャツだけだと今度は寒々しく見えるし、コートは重く見えるが、はてさて。

 まぁ、スイーパーノワールの上下セットで良いか。と決めた瞬間、着ていた水色ストライプのパジャマが一瞬にしてグレーシャツとブラックコートを羽織り、メタリックブラックのシューズとズボンを着用している状態に変化した。

 何とも便利なものである。ジューダスコートを着ても良かったのだが、春先でヘソ出しというのは余りにも寒々しいという判断の元で選んだ服装がほぼ全て黒なのはどうなのだろうか、という思いもあったが、やはり自分は色彩センスは無いし、黒が一番好きだから仕方が無い、と開き直って、ドレッシングルームから出た。

 今度は冷蔵庫から配給ビールを手に取ってグビグビと呑みながらソファーに腰掛け、さて今日は何をしようか、と大きなのっぽの古時計をぼんやりと見つめていた時。コンコン、とノックが部屋に響いた。

 ソファーから立ち上がり、コツコツと靴音を響かせてドアを開けると、予想した顔が一瞬にしてぽかん、とした表情を浮かべた。

 

「早いな。早速どこかの政府と会談の要請が?」

「……この部屋は?」

「俺の愛用している部屋を再現しただけだが、何か問題があったか?」

 

 そう切り返されると何も言えなくなるのは仕方が無い。元々センクラッドの要望に応えた結果用意された部屋だ。

 しかし生徒に限らず、毎年ぶっ飛んだ人間を相手にしてきた千冬でも、ここまでする人物を一人を除いて見たことが無かったので、若干気圧され気味に呟いた。

 

「い、いや、問題は無いが、しかし、一日で此処まで変わるとは……」

「まあ、あくまで再現しただけだ。俺がいなくなる時はこの部屋は元通りになるから安心してくれ」

「そうか……それなら良いんだ」

 

 朝から疲れた、という顔をしている千冬。気にするなと言ったのに何でこの女はそんな顔をしてるのか、誰にも俺は迷惑かけてない筈なのだが……と言いたげなセンクラッド。センクラッドがマイペースなだけである。

 気を取り直して、表情を改める千冬。何やら話があると察し、センクラッドは顎で背後にあるシックな黒テーブルを示した。

 千冬がテーブルに付き、センクラッドは冷蔵庫からゴルドバジュースを取り出し、予め用意してあったグラスコップに注ぎ、テーブルに置いて対面に座った。

 

「ゴルドバジュースというものだ。ポピュラーなもので旨いぞ」

「……………………」

「いや、本当に旨いから。毒入って無いから」

 

 だからそんな引きつった顔で飲もうとしないでくれ、と溜息をつくセンクラッドだが、前回しでかした事を思えば仕方ないだろう。

 最も、味覚は殆ど同じという事を会見の時に説明しているので、後は勇気だけが必要なのだが、そうは言っても異星人のものだ、躊躇せざるを得ないのは判っているのでこれ以上は言わないでおこうと判断した。

 恐る恐るコクリ、と一口飲み「おや、これはイケるな」と判断したのか、更に二口飲んだ千冬にどこか微笑ましさを感じて唇の端を上げかけるが、相手の言葉によって引き締められる事になる。

 

「単刀直入に言うが、技術交流や提供は可能か?」

「不可能ではない。が、かなり難しいな」

 

 やはりきたか、という互いに思う言葉は同一。ピリッとした緊張感があたりに漂う。

 

「難しい、とは?」

 

 どう説明しようか、と悩むセンクラッド。

 会見で話した事を使って尤もらしく説明せねばならないのだが、どこまで通用するか。交渉事は俺の本分じゃないんだが……というかそもそも元々学生だし、戦闘も本分じゃなかっただろうよ俺、と内心は愕然としながらも表には決して出さずに口を開く。

 

「技術的に再現出来るかどうか、というのもあるが、恐らくそれは努力次第で解決できると思う。問題は惑星法だ」

「惑星法? そういえば会見で言ってたな、惑星法に引っかかる恐れがある為、と」

 

 まぁぶっちゃけそんなものは無いのだが、あるようにしておかないと厄介なので、センクラッドはそうだと肯定し、記者会見でした通りの説明をなぞり始める。

 

「簡単に言うと、そうだな。文明、或いは精神的な熟成度が一定以下の場合、その惑星を含む太陽系は絶対不干渉領域になる。逆に一定水準を満たした場合は、こちらからコンタクトを取る、という法がある。これに連盟しているのはグラール太陽系の他に様々な種族や国家がある。会見で説明していない種族だとアサリ、トゥーリアン、リーパー、ドラコニアン、ケンダーあたりか、代表的なのは」

 

 その言葉に、ほう、と頷き、だが視線は鋭くなる千冬。

 

「他の種族の話は後で聞くとして、ネックはやはり精神的の方か」

「ご名答。文明Lvが一定以上の場合は俺達を発見する事は出来るが、そうでない場合は発見できない。この問題はISの台頭によりクリアしたと言えるだろう。だが、精神的にはどうかな?」

 

 苦い表情を浮かべる千冬。そう来ると思っていたのだろう。センクラッド自身もあの記者会見で噴飯物の踊念仏だなぁ、と思う程の『決死の覚悟を決めた新聞記者』を観ているし、千冬もその場に居たのだ。幾らなんでもあれはひどすぎる。

 

「ISの台頭によって価値観が変わった、その混乱からまだ立ち直っていないように見える」

「すぐ立ち直るさ」

「なら、その後でも十分だろう。今教えることはない。それに、あの記者会見だけではない。インターネットで拾った情報によると、世界のどこかで紛争が必ず起きており、世界全体で平和を維持した年数が無い。その事から見るに人類は十分未熟だと思う。勿論、これは俺の個人的な見解に過ぎないがね」

 

 にべも無くバッサリと斬って捨てたセンクラッドに対し、何か言いかけた千冬だが、「それに」とセンクラッドが続けた事と、その直後の言葉で口を閉ざすことになる。

 

「会見で言った通り俺にそんな権限は無い。どの道、一度帰還して報告しなければならないんだ。そしてその結果次第ではこの太陽系を避ける事になるかもしれないし、本格的な使者を立てて交流するかもしれない。いずれにせよ、本国に戻らなければならない」

「……成る程」

「まぁ、あのブンヤだけで人類の総意を決める程、我々も愚かじゃないし、世界全体で紛争があっても平和を維持している地域もあるという事は先のインターネットを通して知った……だが、あのブンヤを参加させたのは失敗だったな」

 

 まさに、ぐうの音も出ないだろう、これで厄介事は回避出来た嗚呼良かった良かった、と思うセンクラッド。

 だが、ここで不用意な一言を放ってしまう。言わば……

 

「まぁ、ISに関しては興味はある」

「興味?」

「純粋な興味だ。インターネットで検索して驚いたが、世の中を引っ繰り返す程の性能を秘めた戦略兵器は余り眼にかかれないからな」

「……センクラッドの世界でもか?」

 

 言わば、

 

「そうだなぁ……巨大な人型兵器は色々と知っているが、あそこまで小さいのは見たことが無かった。むしろ皆無だ」

 

 言わば。

 

「なら、会ってみるか?技術交換はともかくとして、引き合わせる事は出来ると思う」

「まぁ、会ったところで技術的な話は出来ないと思うが……って良いのか?」

 

 言わば、彼は自分で地雷を埋設して自分で力一杯踏み抜いてしまった。もう何というか、取り繕うのは上手かもしれないが、学習出来ない馬鹿者である。何とかの魂は百までと言うものだ。

 彼からしてみたら、どんな人物か気になっただけで、ISを作ったのは相当な男嫌いのババァとかオバサン達で、リーダーは有り得ない位の美女だが相当なメンドクサイ奴、位としか予想していない。

 その予想はやや的中していたのだが、『相当なメンドクサイ』なんて可愛いもので、『歩く大天災』という名が相応しい人物で、センクラッドが転移で逃げ切るまでに相当な厄介事を持ち込んでくる美女だったりするが。

 

「構わない、向こうも話したがっているだろうしな。ただ連絡が取り難い奴でな……」

「急かしているわけじゃないし、話すのは何時でも良いさ。暫くは滞在しているから、相手のスケジュールが空いたらで良い」

「わかった、ならセッティングが終わったら教える、それでいいな?」

「あぁ、それで良い」

 

 ある意味言質を取った形なのだが、知らぬが仏だろう。現時点でのセンクラッドは「千冬は相当なコネを持ってる女帝」としか思っていないし、まさか眼の前の美女が人間やめちゃいましたクラスの化け物で、その親友が単独でISを作っていて、シズルやエミリアに迫れる程の天才だとは予想すらしていない。

 こうして、自分で厄介事のフラグを建ててしまったセンクラッドだが、本人がその事に後悔するのはもう少し先の事。

 

「そうだ、センクラッド。ISの授業とか見てみたいか? 許可が出ている授業なら見れるのだが」

「技術云々が絡まないなら見てみたいが、良いのか? 機密だろう?」

「言っただろう、許可が出ている授業なら、と。それに、報告するならきちんと判断して欲しい。判断材料は多いほど良いだろう?」

 

 成る程、なら是非も無い、と頷くセンクラッド。結局この後、なら数日後に行われる入学式から、というやけに詳しい日程を決められ、「もしかしたら俺、余計な事言ったんじゃないか」と思い始めるのは、何時もの事である。

 



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04:傍観

 季節は春。

 新緑芽吹き、桜が舞い散る風景は日本独特のものだろう。嗚呼、懐かしき日本。これが元居た世界だったらどんなに良かった事か。だが贅沢は言うまい。あの桜舞い散る花びらは美しさの中に儚さを見出せる。そう、まるで人の世を映し出すかのようだ。その桜の花びらが気紛れな風に吹かれてヒラヒラ、ヒラヒラと舞う様は、見る人に言い知れぬ感動と切なさを与えるだろう。先頭を颯爽と歩く織斑千冬の後ろに付いて歩きながら、センクラッドは窓から見える日本風景を堪能していた。

 教室の扉や窓越しから多数の視線が突き刺さる事に加え、ヒソヒソ声で自分の事やISを唯一動かした少年の事を噂している女子達の存在を無かった事にしている、云わば現実逃避をする為の、という前置きがついてしまうが。

 まーだでーすかー!!千冬さーーーん!!と、キャラが崩壊しても良いので叫び出したいのをぐっと我慢し、ただひたすらに春の風景を窓越しに見ながら織斑一夏がいる一組を目指しているセンクラッド達だが、千冬が立ち止まった事でようやく目的の場所についたのかと内心安堵するセンクラッド。

 

「センクラッド、私が入れと言ったら入って来い。良いな?」

「了解」

 

 表面はあくまでクールに返すが、内心では「……アレ、もしかしてコレ転校生が来ました的な紹介パターンですか千冬さん」と愕然としているセンクラッド。

 千冬が消えた扉を見つめ、周囲に誰もいない事や監視されていない事を確認し、小さく肩を落とした。

 ISって本当に女性しか扱えないんだな、という事実がようやく現実として入ってきたのは、ついさっきだ。千冬の許可を得て、自室から一組まで歩きながら幾つもの教室を廊下越しに内部を拝見させてもらったが、男らしい女子生徒は居ても、男子生徒の数はゼロだった。

 こちらに向けられる視線の数が途中から爆発的に増えたのは、誰かがリークしたからだろう。異星人として居る以上、こういった視線に慣れなければならないんだろうと思うと、今更だが気が滅入る。

 前の世界では皆生き残る事に必死だったから、この手の視線は無かったわけか、と納得し、こういった世界なら今後気をつけねば、と固く決意した瞬間。バァン!!と何か硬いもの同士が当たる打撃音が廊下まで響いた。

 何事だ、と鋭い視線を教室に向け、次いで、

 

「げぇ、関羽!?」

 

 という男の絶叫が教室越しでも聞こえ、再度、先程聞いた時よりも大きめの打撃音が響き渡った。

 

「カン・ウー、だと……」

 

 センクラッドは戦慄していた。自身でも扱った事のあるGRM社謹製の大剣、カン・ウー。

 アレがここに存在するのか!?それとも、あのカン・ウーを扱える者がここに居ると言う事か!!

 

「いや、そんなわけないだろ俺。アレか、千冬の事か」

 

 ジャーンジャーン的な意味か。それとも横山M輝的な意味か、とセンクラッドが愚考していると、扉越しに「入れ」という冷ややかな言葉が耳に突き刺さった。

 静かに扉を開けた瞬間、まず気付いたのは複数の香水と、その香水と同じ数だけの女性の体臭が大量に入り混じった事による鼻を突き刺すような悪臭だ。オラクル細胞で再構成された肉体は本人の意思とは無関係に速攻で嗅覚と味覚を遮断し、不快感から逃れることに成功したセンクラッドだが、流石に眉は顰めてしまう。

「何だ今の異臭は。毒ガスか?」と言いかけ、寸での所で止めた自分を褒めてやりたい。と、阿呆な事を考えながらも、カツカツと黒い赤原礼装のブーツを響かせて教壇の横にいる眼鏡と爆乳が目立つ女性のすぐ傍まで歩む。

 

「自己紹介を」

 

 千冬のその言葉に頷いて視線を教壇から生徒達へと視線を巡らすと、好嫌入り混じった視線の嵐にぶち当たった。日本人が半分、後の半分は外国籍の人種。その多種多様な人種の視線が全て、自分に降り注いでいる。大多数は好奇によるものだが、極一部の人間は好奇というよりも嫌悪と軽蔑、そして胡乱気な視線を向けている。

 何ぞこれ、下手したら恐怖症になる人はなるんじゃないだろうか、と思いながらも足を一歩前に出し、口を開く。

 

「グラール太陽系から来たセンクラッド・シン・ファーロスだ。短期間だがIS学園に在籍……と言えばいいのかわからないが、滞在する事になった。宜しく頼む。授業は見ているだけなので、俺に気にせず授業を受けてくれると助かる」

 

 そう言い、衣服の衣擦れする音を立てずに一礼し、一歩下がるセンクラッドに惜しみない……とまではいかないがそれなりの拍手が送られた。それを手で制し、続けて千冬が口を開いた。

 

「諸君らはIS学園生徒の前に一人の地球人として彼に接する様に。失礼や無礼が有った場合、その評価は地球人類全てに響くと思え。くだらん事を言うなよ、良いな?」

 

 その言葉で一瞬にして緊張感溢れる空気となった。なんぞそれ、俺に対する嫌がらせか。と思ったセンクラッドは、己の為に口を開く。

 

「別に普通にしてくれて構わない。ここで起きた事は余程の事が無い限りは報告はしないし、それに……まぁ、無礼や失礼はあの記者会見の時に十分に知っているから、アレ以上悪くなることはないと思う」

 

 皮肉に聞こえたのか、若干名が顔を引き攣らせた笑みを見せる生徒達。皮肉じゃないんだと言っても通用しないんだろうなぁ、と諦めて黙り込むセンクラッド。

 そんな中、千冬は手を叩いて注目を促し、

 

「さて、SHRは終わりだ。諸君らにはISについての基礎知識を半月以内で覚えてもらう。その後は実習に移るが、授業で学んだ事を余すことなく実践するように。それから、必ず私の言葉には返事をしろ、良いな」

 

 センクラッドと千冬の存在のお陰で、1年の中では良くも悪くも緊張感を持ったクラスとなったのだろう、その言葉の直後に、クラスの全員がほぼ同時にハイと答えた。

 それを確認し、千冬は教科書を開いた。

 

「では、これよりIS基礎理論授業を始める。全員、教科書の3ページ目を開け。それと、センクラッドはコレを――」

「――あぁ、了解」

 

 センクラッドに渡したのはISの教科書であった。ただ教科書と言っても生徒や先生が扱うそれではない。重要なところは省かれたり削除されたりしているので、あくまで参考程度で収まる資料集といったところか。それでも相当詳しく書かれている為、センクラッドは外界の情報をある程度遮断し、読み始めた。元々読書が好きなだけあって、この本はとても魅力的だった。

 

 眼帯で覆われている眼が、負の感情――怒りを爆発的に発露させた存在を視ろとセンクラッドに注意を促した。

 センクラッドは渋々と資料集から重要な項目を片っ端から脳に放り込み、吟味して記憶させていく作業を中断させ、その方角を見る。

 件の人物は授業中にも関わらず、立ち上がっていた。問題なのはそこではなく、その人物が艶やかな金色の髪を縦にロールさせた女子生徒で、絵に描いたような高飛車なお嬢様としか思えないポーズをとって、男子生徒を指差していた事だ。

 なので、思わずセンクラッドは呟いた。

 

「本当に居るもんなんだな、高飛車金髪縦ロール……」

 

 ポツリと零した言葉だった為、その場に居る誰もが聞き逃したのはある意味運が良かったのか悪かったのか。それはともかくとして、センクラッドは左手で持っていた資料集を親指と中指のみを使って音を立てずにそっと閉じた。

 何やら口論……というよりは口喧嘩をしているようだった。極東の猿だの、イギリスのメシマズはどーのこーのという、センクラッドとしては何をどうしてそんな喧嘩をしているのか理解出来ない。何と言うか、子供の喧嘩に聞こえて仕方が無い。

 そもそも何を学習しにきたんだ、あの英国式全自動金髪縦巻髪は。日本が生み出した兵器の事を学習する為に日本に来てあの侮辱は無いだろう、と思ったセンクラッドはため息を付いて手を挙げ、不思議とよく通るその尾てい骨直下型の低い声で喧嘩している二人に声をかけた。

 

「そこの二人、ちょっと良いか?」

 

 その言葉に、なんですの!?となんだよ!?と同時に振り向く二人だが、発言者の姿を向いて一気に夢から醒めた様な表情を浮かべた。

 

「一つ疑問があるのだが、ええっと――」

「セシリア、セシリア・オルコットですわ、ファーロス様」

「あぁ、様はつけなくていい。で、オルコットさん。お前さんは一体何をしに日本に来たんだ?」

「決まっていますわ、ISの事を学び、より強くなる為ですわ」

「……そうか。なら、聞いてくれ、聞くだけで良い。恐らくは一考の価値はある」

 

 一度言葉を切り、溜めを作る事でより集中して聞き入り易くなる手法を使い、センクラッドは言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「ISを製作したのは日本、そしてIS学園がある場所も日本。それなのにお前さんは日本を侮辱している……ように聞こえた。教えてもらう立場の人間なら、普通は敬意を持って相対するものだと思ったのだが、この星では違うのか?」

 

 センクラッドの指摘は最もだった。例え憎い相手だろうとも、格下だと思って差別したくても、教えられる立場にいるのなら、相手をある程度は認めなければならない。そこに男女や人種など差し挟まぬものなのだ、本来は。

 ISを開発した人が女性であれ、ISに乗れる性別が女――例外は出来たが――であれ、IS学園がある場所は日本であり、IS製作者は日本人である。そこを認めた上での発言とは到底思えなかったのだ。

 それを教えられた事で上がっていた血の気が一気に下がったのか、謝罪したいが吐いた唾は今更飲み込めない、といった表情を浮かべるセシリアを見、軽く嘆息する。

 今、謝れないなら、後で謝らせるか、それとも両成敗という形を採る他無い。が、何で俺こんな事やってるんだろう、俺は教師じゃないのに。と胸中を虚無感で一杯にしながら、何故か勝ち誇ったような表情をしている男子生徒に言葉を発した。

 

「それに、そこの男子も。確か織斑一夏、だったか。いくら祖国を侮辱されたからといって、同じ様に侮辱してどうする。子供の喧嘩じゃあるまいし、みっともなく思える」

 

 グッ、と言葉に詰まり、何も言えなくなるIS学園で唯一の男子生徒。謝れる素地は作ったから後は二人でどうにかしてくれ、と願いつつ、

 

「豊かさにおいて文明は確かに必要だが、残念な事に精神的な成熟はそれに比例してはいかない。そして、文明は築くものであって縋るものじゃない。それに縋り付くしか出来ないのなら、いっそ捨ててしまうという選択肢もあると言う事を知っておいた方が良い」

 

 Aフォトンという利便性の高い存在に固執した結果、グラール太陽系旧人類はSEEDと呼ばれる寄生型生命体に種族ごと滅ぼされ、グラール太陽系人類も危うく同じ道を辿りかけた事を思い出しながらセンクラッドは諭すように言った。

 だが、これが裏目に出る。

 彼が言ったのは聞き手にもよるが、「ISを捨てろ」と受け取られてもおかしくはない。ISを学ぶ場でISを否定する、そんな事が許されて良いのか。そして異星から来た事を抜きにして、男から言われたくも無い者も居る。男尊女卑が激しかった国の出身者や、ISがあるお陰で今の立場に立っている者達からしてみれば、面白くない事を言われていると感じるわけだ。

 一気に雰囲気が険悪なそれになった事を肌と眼で感じ取ったセンクラッドは、失敗したな、と思ったので「今のは失言だった、忘れてくれ」と言おうとして口を開きかけたが、

 

「それは個人的意見だとしたら浅慮ですわ。貴方の今の発言は、こちらとしては内政干渉と受け取っても仕方ない事ですわよ」

 

 セシリアからの反論と、そうだそうだ、それに追従する女子生徒達によって肺から押し出された音は、ふぅ、という溜息へと変わっていく。

 

「……確かに、今のは内政干渉と受け取られるか。なら忘れてくれても構わん。だが、考えておいてくれ。自分を高く見せる為に相手を下に下げるやり方は、決して上策ではない事を」

 

 そう言って、この会話は終わりだと言わんばかりに資料集を指で開いて続きを読み解こうとするセンクラッドに、セシリアは待ったをかけた。

 

「お待ちなさいな。わたくしがそういったやり方をしているとでも?」

「……俺はそう言う風に感じた」

「わたくしは事実を言ったまでですわ。それに、元々はわたくしとこの猿の問題です。貴方にとっては関係ない事なのに何故首を突っ込むようなマネを?」

「視野狭窄に陥っている者を諭そうとしただけだ、他意は無い」

 

 心の底から「うわぁこいつめんどくせぇしうぜぇ……略してめんどうぜぇ……」と関わった事を後悔しながら、オラクル細胞を無駄に駆使して表情を変えずに呟いた。

 

「日本語をよくご存知ですのね。日本人よりも日本人らしいですわ」

「……俺がグラール太陽系デューマンではなく、日本人だと?」

 

 うわぁ、なんか嫌な雲行きになってきたなぁ、と心の奥深くから冷や汗が滾々と湧き出てくるのを感じながら、センクラッドは返答を返した。

 

「そうは言っておりませんが、そう聞こえましたか? そう聞こえ――」

「そこまでにしておけ、オルコット」

「織斑先生……」

「センクラッドの言う事は概ね正しい。お前からしてみたら事実かもしれないが、それで気分を害する人間もいるという事を忘れるな。そして、私は極東の猿と呼ばれた男の姉だ」

 

 指摘された事に、今度は顔を青褪めさせて陳謝するセシリアを見て、「男尊女卑も女尊男卑もロクなモンじゃねぇなオイ」と辟易していた。

 

「センクラッド、何か言いたそうだがどうした?」

 

 むしろ、何か言い足そうものならより大変な事になる気がしてならないのだが、と益体も無い事を思いつつ、センクラッドは口を開く。

 

「いや……もう何というか、二人とも殴り合いでも話し合いでも良いからとっとと決めてくれとは思う」

「野蛮な事を……ならば、先の言った通り、決闘ですわ!! もしわたくしが勝った場合、貴方を奴隷にしますわよ」

「良いぜ、その代わりお前も負けたら何かしろよ」

 

 一夏のその言葉に幾人かは失笑し、セシリアは、

 

「わたくしに勝つ気ですの? イギリス代表候補生にして専用機が与えられているこのわたくしに? 冗談は国籍だけにして欲しいですわね」

 

 と、見紛う事無く、嘲笑していた。

 お前は先程注意や説教されたにも関わらずまだ言えるのか。というか決闘って言い方変えただけの殴り合いだろうに、と呆れながらも傍観者に戻るセンクラッドだが、千冬と一夏の怒りのボルテージが見えるか見えないかの差があるだけで、勢いとしては強烈という言葉をぶっ飛ばす勢いで上がっていくのを眼で感じ取り「あぁ~このギスギスした空間超心地良い、負の感情が凄い勢いで俺の眼に染み込んできて良いなぁ」と、普通の人間では有り得ない快楽を感じながら、センクラッドは現実逃避していた。

 

「俺はお前なんかに負けはしない。で、ハンデはどれくらいつける?」

 

 その言葉に、とうとう堪え切れなくなったと言わんばかりに、失笑や嘲笑、苦笑などがクラス中で巻き起こった。セシリアは極まったのか高笑いなぞしている。

 

「わたくしに負けないと言ったそばからお願いとは、貴方、コメディアンの才能がありましてよ」

「違ぇよ、お前にハンデをつけてやるって言ったんだよ」

「益々笑えますわ。貴方、本気で仰ってるのなら、コメディアンとして売り出してはどうかしら?オルコットの名において支援してあげましてよ」

「織斑君、男が強いというのは前時代的な考えだよ」

「そもそも代表候補生は何百時間と練習しているんだから、ハンデつけてもらっても勝てるかどうかじゃん、バッカじゃないの」

 

 御覧の通りというよりも、常識的に考えてもまず圧倒的に一夏の分が悪かった。性格は現代の風潮に染まっているせいで難あれど、客観的に見て美少女の代表候補生に、イケメンだがズブのド素人で前時代的な考えを持つ男子。普通ならば万に一つの勝率すら無い、出来レースとも言える勝負。

 四面楚歌と言っても良い程の悪意や嘲笑に囲まれ、流石の一夏も気圧されたのか、一瞬だが怯んでしまったその時――

 

 ダンッ!!

 

 拳を机に叩き付け、立ち上がったのはポニーテールと眦をキリリと鋭く上げた、言わば怒りの表情と感情と髪型が特徴的な女子生徒だった。

 はてさて、誰だこいつ、とセンクラッドが思うのと同時、その女子生徒は唖然とする全員に対し、怒りの咆哮を上げた。

 

「黙って聞いていればゴチャゴチャと!! 寄って集って一人を嘲笑うのが正しいのか!!」

「ほ、箒……」

 

 渇ッ!!という文字が浮かびそうな程、見事な啖呵を切ったのは、ええと、やっぱり誰だコイツ?と思ったセンクラッドだったが、孤立無援な状況下に置かれていた一夏が表情を明るくさせて言った呼び名で気付いた。

 え?あ、あぁ、ホーキね、ホウキ。うん、知ってる知ってる。モップとか掃除用具の……って違うだろ俺、やっぱり誰なんだこの女子生徒??とか思っていたりするのは一先ず置いておこう。

 まさか、さしもの彼もホウキなんて呼び方の女子が居るとは思わなかったのだ。素で聞き違いだろう、コウキとかそういう類の名前かな?と思っていたのだから仕方ないと言えば仕方ないのだ。

 

「一夏も一夏だ!! あんなにまで言われて言い返せず、勝てるとも言い切れず、ただ気圧される馬鹿者がどこに居るか!!」

 

 其処(此処)に居ますよ箒(コウキ)さん、と思うのは男側の共通した心理だが、そもそも答えなど求めていなかったのか、箒は更に声を張り上げる。

 

「そして、そこのイギリス代表候補生のセシリア・オルコットといったな!!」

「え、えぇ、それが何か?」

 

 さしもの高飛車お嬢様も、触れれば斬れるカミソリガールにはタジタジのディフェンスにならざるを得なかったらしく、若干腰が引けていた。

 

「一夏は、弱くない!!」

「……数十分も乗ってないズブの素人に、わたくしが負けるとでも?」

「あぁ、勝つのは一夏だ」

 

 自身満々だと言う風に言い切った箒に、苛々とした表情で返すセシリア。

 

「その根拠は? まさか、この中で唯一殿方だから、とか――」

「何を勘違いしている。お前は忘れているようだが、一夏はブリュンヒルデの弟だぞ?」

「それで?まさか織斑ファミリーには秘められた力がある、とでも? そう思っているならジャパニメーションの見過――」

「そして私は……篠ノ之束の妹だ」

 

 ざわり、と空気が変わった。

 成る程、篠ノ之博士の妹ならばISを知り尽くしている可能性もあり、ブリュンヒルデの弟ならば、或いは。

 熱狂的なブリュンヒルデのファンや日和見側に立っている者達は一夏に期待の視線を送り始め、その空気を敏感に感じ取ったセシリアは髪を掻き揚げ、不敵に微笑んだ。

 

「成る程、貴女があの……貴女が鍛え、鍛えた彼に私が倒される。ヒロイックサーガに有り勝ちな展開ですけど、そうなるとは限りませんわよ?」

「やってみなければわかるまい」

「確かに」

 

 熱く激しい火花を散らす二人。

 それが物理的に視えるのは俺だけだろうなぁ、と場違いな事を考えるセンクラッド。

 え、俺の意思は……?と思う一夏。

 中々にカオスである。

 

「……話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜の放課後、第3アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ準備をするように」

 

 割とうんざりとした風に言った担任の言葉の直後にチャイムが鳴り響き、授業の終了を知らせた。

 うんざりしているのはどちらかと言うと、ブリュンヒルデと呼ばれた方にうんざりとしていたのだが、どうでも良い事だ。



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05:謝罪と遭遇

 セシリアが決闘宣言した後。具体的には全ての授業が終了する時間に、センクラッドの意識は情報の海から現実へと浮上した。

 オラクル細胞にその時間に集中を途切れさせる様、意識的に指示を飛ばした結果である。便利なものだな、オラクル細胞とは。と改めて感心しつつ手にした資料集を閉じ、視線を上にあげると同時、意図せずしてセシリアの視線とガッツリぶつかり合った。

 先の発言からというもの、こちらに向けられる視線の多くは心地が良い敵意や侮蔑であったが、セシリアの視線には余りそれらが含まれていない事に気付き、おや?と首を微かに傾げた。一体どのような心境の変化があったのだろうか。

 疑問を持ちながら首を微かに傾げた事で、セシリアからは「何か用か?」と見えたらしく、靴音を微かに鳴らしながら歩み寄ってきた。改めて見ると、体重移動は素人のそれではない。少なくとも、キチンとした訓練は受けているようだと判断するセンクラッド。

 

「ちょっと宜しくて?」

「どうした、オルコットさん?」

「ここでは、ちょっと……」

 

 大勢居る場所では話せない事か、と理解したセンクラッドは、わかったと頷いて場所移動を承諾した。暫く歩いて、傍から見たら誰も居ない屋上に誘導されたセンクラッドは、何の用かな?と言った。

 すると、セシリアは頭を深々と下げ、「先の発言、申し訳ございませんでした」と謝った。

 え、何この娘いきなり謝ってるの?と思い、事情を聞くと、冷静さを失っていた事に加え、皆の居る手前、引っ込みが付かなくなった事を挙げてきた為、センクラッドは成る程、と納得した。

 ただ、センクラッド自身は「高校デビュー失敗のヤンキーかよ……」とツッコミを入れたかったのだが、寸での処でオラクル細胞が全力でストップをかけていたので事無きを得ていたり、セシリアはセシリアで面子の問題で場所を変えて謝るだけ謝っていたりと、結構な問題点は残っていたのだが、どちらかというとこの後が問題だろう。

 それでは、とセシリアが屋上から下の階への階段がある扉を開けて消えた事を確認してきっかり10秒程数えた後も消えない気配に対して、溜息をつきながら言葉を放った。

 

「……覗き見は感心しないな」

「あら、バレてたの?」

 

 水色の髪をした少女が、セシリアが出て行った出口からひょっこりと顔を覗かせた。少女というには色んな意味で些か肉体が育ちすぎているのが気になるところだが、それを指摘したらセクハラで何処かに訴えられる気がした為、心に秘める。

 セシリアが挨拶する声も気配も無かったというのに、隠れる場所なんて何処にも無い筈の空間から出てきた少女に対し、肩を竦めて言葉を紡ぐセンクラッド。

 

「微々たるものだが気配が漏れていた。といっても、漏らした、という方が正しいか」

「わお、それにも気付いていたの。一体どうやって気付いたのかお姉さんに教えてくれないかしら?」

「わおって……いや、あの程度なら普通に気付けるが」

「そうなの。私はてっきり赤外線とかそういう物で探知していると思ったのだけど」

「……人型でそんなギミックを搭載しているのは、俺が知っている限りではキャスト位しか居ないよ」

 

 ゲンナリとした表情を作り出しながらも内心では冷や汗をかいていた。

 この少女はセンクラッドの肉付きの薄い身体を見て、何らかの機器を使って気配を察知したと推測したに違いないが、それは間違いだ。

 センクラッドの元の体は人間だったが、非道な人体実験でデューマンに似た体組織に変化させられ、その後世界を移動し、紆余曲折を経てオラクル細胞を取り込んだその身は、既に人の域から逸脱している。

 悪意や害意、殺意等を明確に察知する『眼』に加え、オラクル細胞で構成された身体は常人の知覚能力を遥かに凌ぎ、幾千幾万の戦場で培った勘によって、何時如何なる状況下においても死角は文字通り存在し得ない。

 そして、それらをこの場で言う程愚かでは無い。無いのだが、グラール太陽系で世話になった傭兵会社リトルウィングに所属しているチェルシーと話しているみたいでどうにも調子が狂う。お姉さん属性って凄いなと的外れな感想を抱いた瞬間に気付く。

 この少女がチェルシーみたいな性質だとしたら相当な厄介事に巻き込まれる気がする、と。

 

「それで、何の用だ? まさか覗き見が趣味で、それを満喫していただけでした、というわけでもなかろう」

「そうだとしたら?」

「ドン引きです」

 

 かつての仲間の口調を真似しながら、一歩下がってショックを受けた様な演技をすると、少女はコロコロと笑って首を振った。

 

「覗き見するつもりは無かったの。ただ、珍しいツーショットが見れたから、ちょっとね」

「それを覗き見と言わない根性が凄いな。俺なら素直に言うが」

「素直だといけない事もあるのよ、女の子にはね」

「そいつはクレイジーだな」

「でしょ?」

 

 この言葉遊びめいた会話は何時まで続くんだろうか。何と言うか、チェルシーと二人でグラール太陽系を『デート』して回った時も似た様な会話があった気がする。

 あの時は危うく秘密を話しかけて消されるところだったな、とトラウマになりかけた過去を思い出して背筋が凍りつきそうになったセンクラッドだったが、気を取り直す為に首を振って、目の前の少女に聞く事にした。

 

「……で、もう良いか?」

「何が?」

「いや、そこできょとんとした表情を作られても困るんだが。俺に用事が無いなら帰らせて貰うぞ」

 

 そう確認すると、「せっかちな男の子は損するゾ?」と切り返された。

 「ゾじゃねぇよ」と突っ込みたかったが、何だかそう言う風に誘導されている気がした為、グッと堪えて、こちらにまで被害が及ぶ前に退散しようと口を開こうとしたセンクラッドだが、「お姉さんが此処に来た理由は」と続けられてしまったので、口を閉じて聞くことにした。

 

「貴方に挨拶する為、かな」

「俺に挨拶? 何故そんな事を?」

「生徒会長というのは色々あるのよ」

 

 その言葉に驚くセンクラッド。生徒会長はIS学園最強でなければならない、と千冬から手渡された資料集に明記されていた事を思い出したからだ。そして疑問が一つ氷解した。つまりこの少女は――

 

「成る程、俺をダシに使う気か」

「あら、わかるの?」

「お前さんの隠蔽技術より遥かに下のそれを持つ気配が三つ、さっきからこちらを伺っているからな」

 

 気付いて当然、という風にさらりと言った瞬間、一つの気配が遠ざかり、一つの気配は留まり、一つの気配は開き直ったのか殺気を丸出しにして生徒会長へと疾走する為に姿を現した直後、額にガツン、と何かがぶつかり、昏倒した。

 

「……扇子にしてはまた重い音が出たな」

「別に何も仕込んでないわよ? 痛そうな音を出しただけで」

「つまり技術か」

 

 その言葉に婉然とした笑顔で応える生徒会長。なんか調子狂うなぁと思いながら、倒れた女子生徒を見たセンクラッドは若干の後ろめたさを感じて即座に視線を生徒会長の方へと戻した。多分アレは狙ってやったのだろう、

 

「あー、倒れ方、まずくないか?」

「エッチ」

「流石に大の字で気絶しているとは思わないだろうよ」

 

 センクラッドの指摘通り、気絶した女子生徒はこちら側に足を向けて大の字で倒れていた。

「――見えたッ」とかそういうLvを遥かに超えていた状態で倒れているとは流石にセンクラッドも予想していなかった。オラクル細胞をフルに駆使した戦闘や索敵状態ならいざ知らず、普段ではそこまで感じ取れない。というよりも、一々把握するのが大変だからフィルタリングをかけているのだ。

 それはともかくとして、この状態。十中八九狙ってやったのだろうが、意地が悪い上に技術の無駄遣いが過ぎるぞこの女、と呆れるセンクラッド。

 留まっていた気配も、あんなんやられたら溜まったものじゃないとばかりに消え去ったのを感じ取り、溜息をついた。

 ダシにされて良い気分じゃない、と言う風に溜息をついたのにも関わらず、この生徒会長は飄々とした感じで、

 

「さっきから溜息着き過ぎじゃないかしら? 幸せが逃げちゃうゾ?」

「誰のせいだと思ってるんだ、誰の」

「あら、私?」

 

 心外な、とばかりに頬に手を当てて見せる生徒会長に、いよいよもってコイツメンドウゼェと感じるセンクラッド。

 

「……で、お前さんを狙う気配も消えたし、何か話したい事が無いなら俺は帰るぞ」

「もう帰るの? もう少しゆっくりしてけば良いのに」

 

 何かマジでこの生徒会長メンドウゼェ、と言わんばかりに溜息をついてその場から立ち去ろうとしたセンクラッドだが、ふと気付いて振り返り、言った。

 

「もう自己紹介は必要ないと思うが、一応言っておく。俺の名はセンクラッド・シン・ファーロス。グラール太陽系デューマンだ、生徒会長」

「あら、自己紹介してくれるの?」

「そっちが挨拶云々言ってただろう。それに、ここでしなかったら何時するのかわからないからな」

 

 確かに、と微笑み、生徒会長は名乗りを上げた。

 

「IS学園生徒会会長にしてロシア代表の更識楯無よ、ファーロスさん」

「……すまん、何だって?」

「代表が珍しいの? 学生でも実力があれば国の代表も出来るのよ」

 

 本気で驚いたセンクラッドに対し、少しだけ勝ち誇った様な感じで胸を張る楯無。大きな胸がIS学園特有の白い制服を押し上げて存在を主張していたが、驚いた箇所が違う為、センクラッドはそれをスルーして指摘する。

 

「…………いや、そうじゃなくてだな……」

「日本人なのにロシア代表という事? IS搭乗者は自由国籍を取得して他国の代表も出来る制度があるのよ」

「………………いや、そこでもなくてだな……」

「あ、名前が難しかったとか? さらしき、たてなしよ。たてなしが名前で苗字がさらしき、ね」

 

 小首を傾げて言う楯無に、申し訳なさ一杯といった表情で、言葉を選ぼうとしているセンクラッドだったが、やがて諦めた風に、

 

「……………………いや、ええと、うん。もっかいフルネームで頼む」

「さ・ら・し・き・た・て・な・しッ」

「…………………………いや、そうじゃなくて……あぁ、すまん。はっきり言った方が良いな。どう書くんだ?」

 

 え、そこに喰い付くの?と本気で意外そうな顔をしている楯無に対し、センクラッドは顔だけじゃなく体を楯無が居る方向に戻して指摘した。

 

「ぶっちゃけどう書くかわからんような奴は、確かDQNネームという奴だったと思うから正確に記憶しておこうと思っただ、け……」

 

 ピシリ、と石化した楯無。あ、しまった口が滑ったとばかりに口に手を当てて、逃げるような足取りでその場を後にしたセンクラッド。

 しまったなぁ、そこまで言う事じゃなかったんだが、つい言ってみたかったんだよなぁ、と思いながら、早足で階段を降りていくセンクラッドに追いすがる気配を感じ、色々諦めて首だけを向けると、こめかみに青筋を走らせた楯無がやたら足早な癖に足音を立てずに迫ってくるのを見て、頬を引き攣らせた。アレは宜しくない、軽くホラーが入っている。

 そんなホラーな感じで横に並んだ楯無は、当たり前といえば当たり前なのだが、開口一番でセンクラッドを非難した。

 

「置いて行くなんて酷いじゃない! 私を捨てる気!?」

「だからそういうところが名は体を表すつってんだよ!! バッカじゃねぇの!? バッカじゃねぇの!! もしくはアホか!!」

「二度もバカって言ったわね!? 貴方が回りくどく言ったのが悪いでしょう!!」

 

 赤っ恥をかかされてキレ気味かつ割と本気で涙目な楯無。真っ向から対抗してキレるセンクラッド。千冬がいたら「ガキかお前ら……」と呆れているだろうが、いたのは先生では無く、下校途中の生徒達であり、楯無と異星人という珍しい組み合わせに、これまた珍しい痴態(?)を見て眼を丸くしていた。

 その後も喧々囂々と言った感じの下らない口喧嘩で盛り上がっていた二人だが、その途中いきなりセンクラッドは自室へ戻る廊下から、階段で外へ出る為に進路変更した事に気付く楯無。

 

「だから、貴方のその眼帯は似合わないから他のに変えた方が良いって言ってるの!! ってあら、自室に戻るんじゃないの?」

「でっかいお世話だバカッタレ。織斑一夏が篠ノ之コウキに連れていかれる気配を察知したので見に行くだけだ」

「どんな気配察知能力よそれ……ってコウキ? え?」

 

 流石に眼を丸くして驚く楯無に、企業秘密だと呟いて気配元を辿るセンクラッド。どうやら剣道場に行くらしいな、と言う呟きを受けて、楯無は「あら、面白そうね」と事実上の付いて行く発言をした。

 

「いやもうホントにお前さん頼むから帰れよ。生徒会長なら引きこもって大人しく雑務処理しとけよ」

「その口調がやはり素なのね。生徒会長だけど今は忙しくないの」

「素で話してやってるんだよ、有り難く思え。春先一番にデッカイ嘘つくな。この時期生徒会が忙しくないとかどんだけお前さん要らない子扱いされてんだよ」

「そんなわけないでしょう、有能な人材が山ほど要るのよ」

「お前さん今絶対に意味が違う言葉を発しただろ。イントネーションが地味に違っていたから俺は誤魔化されないぞ」

 

 盛大な音を立てて舌打ちを響かせた楯無に、コイツ絶対俺の事ゲスト扱いしてねぇな、アレか、さっきの屋上での一件でか、と思いながら頬を引く攣かせるセンクラッド。

 自業自得である。

 しかし、こんなにやたらめったらに騒がしい二人が剣道場に入る直前にはお互い無言になったのは、中の様子が気になったからだろう。

 ガヤガヤと女子生徒達の話し声が聞こえるのを受け、センクラッドはそっと扉を開けた。



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06:異星人と地球人の初手合わせ

そっと剣道場の扉を開けたセンクラッドは、生徒の数が多いことに驚いた。もっともほぼ全員が制服だったので一夏を見に来たのだろう、とアタリをつけていたが、それでもこの数は多い。

 

「何か、多いな……」

「珍しいんでしょ、男子生徒が此処に来るのが」

「成る程」

 

 そんな事はわかっているんだが、それにしても数が多いだろうに、と思いつつも一夏はあそこか、と視線を向ける。

 そこには剣道の防具を着けた一夏と箒が対峙していた。それを見てセンクラッドは、ふむ、と顎に指を這わせ、

 

「ええと確か篠ノ之コウキ? だったか。結構な使い手だな。実戦は経験していないようだが」

「ええっと、コウキって誰の事?」

「確か、篠ノ之博士の妹らしいのだが、違った名前だったか?」

「……篠ノ之束博士の妹は、篠ノ之箒と言うんだけど、コウキじゃなくてホウキ、ね」

「何、それは本当か?」

 

 遠慮がちに言われたその言葉に呆気に取られたと言わんばかりの表情で楯無を見るが、嘘をついてない事を見て取ったセンクラッドは沈痛な面持ちで顔を俯かせ、振り絞るように声を出した。

 

「そうか……それは、気の毒に……」

「いやいや、そこまで悲痛になるのもおかしくない?」

「いや、だって、箒ってお前さん……自分の名前が掃除用具と同じだと知ったら間違いなくグレるぞ。いじめの原因にもなるだろうし。俺なら絶対改名する」

 

 その指摘にぐぅの音も出ない楯無。自分の名前も先刻センクラッドに似たような指摘をされた事を思い出して気になり始めたのか、後で虚ちゃんに聞いてみよう、と決心するのだが、それは後々まで響く欝連立フラグだと気付いていないのは仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 取り合えず、名前はさて置いて、改めて話を元に戻すべく、楯無はセンクラッドが先程口にした言葉を反芻し「わかるの?」と聞くと、勿論だと頷いて指摘を始めた。

 

 箒は綺麗な正眼の構えを取っていた。センクラッドの指摘は、アレはどちらかといえば段を取る為の姿勢に偏っており、その姿勢は綺麗過ぎるというただ一点に尽きる。まぁ、年頃の娘っ子がドンパチやらかしていたら世も末だから、別に問題無いと言えば無いし、あると言えばある。

 実戦を経験していない新兵が、最先端の技術がこれでもかと言う位にギッチギチに詰まった兵器を扱えるか、と言ったら答えはNOだ。センクラッドは実戦を経験しているからこそフォトン武器やオラクル細胞を巧く扱えるようになったのだ。そこに才能と言う近道は在れど、辿る道筋は全て同じであり、故に、現在の箒は脅威足り得ないというのがセンクラッドの持論だった。

 

「……それに引き換え、一夏の構えは酷いな」

 

 竹刀の切っ先は微かに揺れ、その揺れは意図しないものだと言う事がわかる位、鍛えていないと言う事が丸判りな状態だった。

 だが、その割には奇妙な落ち着きがあった。そう、どこかで実戦を経験した者特有のそれを、一夏から感じ取った。

 故に何処かちぐはぐな印象を受けたセンクラッドが、はて?と胸中で疑問を抱くと同時、裂帛の気合が道場内に響き渡り、次いで、箒の竹刀が一夏の胴に入る音が響いた。

 

「ほう」

 

 と、感嘆の吐息を漏らしたのはセンクラッドだ。篠ノ之箒は剣士としての潜在能力は相当な部類に入ると判断していたが、まさかここまで、という想いもあった。

 摺り足からの地を這うような足捌きと言い、稲妻の様な剣筋の鋭さと敢えて胴を狙う思い切りの良さと言い、これは上方修正が必要だな、と呟く。胸中では、今後の成長次第ではナギサ、或いはセイバークラス足りえるか、と付け加えていた。

 だが、それよりもセンクラッドは、胴が入った前後の一夏の体運びに注目していた。

 無意識かどうかはさて置き、胴が入る直前、体に入る衝撃を減らす為に動き、竹刀を持った腕は捻りを加えながら箒の左腕の内側を擦るように動こうとしたが、そこで一夏は自ら倒れこむ事で、その『技』は不発となった。

 アレが真剣ならば一夏は胴を、箒は剣を持つ腱と重要な血管を斬り裂かれていただろう。相打ちと言えば相打ちだが、一夏の動きが最も気になる動きに見えたセンクラッドは、

 

「近い言葉だと、肉を切らせて骨を絶つ、だったか?」

「え? あ、気付いたの?」

「気付かないでか。だが疑問なのはあの動きを何処で身につけたか、だな。例え剣術を修めようとも、無意識下で技を仕掛けられる者はそう居ない。居るとすれば戦場に身を置いたものか、それとも天賦の才を持つものか。いずれにせよ、一夏も箒もまだまだ伸びる素地が十分にあると見た」

 

 楯無は何処で、という事まで把握していたが口には出さなかった。異星人に内情を教える程、馬鹿ではないのだ。そんな事よりも、その動きに気付いたセンクラッドに対して興味を抱いた。一体この男はどれ程の修練を積んできたのか、そこが気になった。

 気になったので、センクラッドに対し、

 

「ファーロスさん」

「さんを着けるなデコスケ女」

「……何か扱い酷くない? デコ出てないし」

「いや、今のは冗談だ。さんは要らないので、続きをどうぞ」

 

 何か釈然としないものを感じる楯無だが、気を取り直して聞いた。

 

「一夏君は強いと思う?」

「弱いな」

「じゃあ、強くなれると思う?」

「想いだけでは無理だが、アレなら鍛えれば鍛えるだけ強くなる筈だ」

「ふーん……篠ノ之さんは?」

「強いが、そこまで強いというわけじゃない」

「貴方なら楽勝?」

「誰に向かって言ってい――」

 

 しまった、と言う顔をするセンクラッド。楯無はニヤっと人の悪い笑みを浮かべていた。両者が箒に視線を向けると、そこには鬼武者が居た。

 ちなみに観客達は、先程の見事な胴打ちを見て静かになっていた。そりゃ静かな場所である程度の音量で話せばこうもなる。

 そして、一夏は顔を青褪めさせていた。どうかうちの幼馴染が人類初の異星人殺しになりませんように、とか物騒な事を祈った瞬間にギンッと睨まれたのは御愛嬌と言った所か。

 

「なら、試合しましょっか、篠ノ之さんも試合をすれば納得するでしょうし、貴方も其処まで虚仮にしたんだから――」

 

――断らないわよね?とばかりにイイ笑顔で迫る楯無に溜息をついて立ち上がるセンクラッド。

 何気にこれが人類史上初の異星人と生身で対決のカードであった為、後々まで大きく取り上げられる事になる。

 

「ルールは判る?」

「知らん。実戦で培った動きしか出来んよ」

「なら私が判定してあげるわ。剣道の一本と、実戦を含めた技の判定でどう?」

「それで良い」

「――あら、防具は着けないの?」

「当たらなければどうということはない」

 

 そんな挑発めいた言葉を聴き、眦を釣り上げてセンクラッドを睨む箒の姿は、正に修羅だ。周囲の女子生徒も若干引いているが、セシリアに対して言った事が『噂』として広まったのか、誰も同情するような視線を送らない。むしろ生意気な異星人を叩きのめせと言わんばかりの空気だった。

 これはまた良い空気だ、と呟いたセンクラッドは箒の横を通り過ぎ、一夏が座り込んでいる場所まで歩み、傍に落ちている竹刀を拾って握りを確認した。

 今の内に謝っておけよ、という表情の一夏に対し、センクラッドは首を振って応えた。この場を鎮めるには、言葉は不要だと。

 背中を向けたまま、首を箒に向け、

 

「さて、背後から斬りかかって来なかったのは流石と言うべきか、意外と言うべきか」

「そんな事をして勝っても意味がありませんから」

「そうか」

 

 見た目に会った律儀さだ、と呟きながら竹刀を右手に持ち替え、振り向いてだらりと腕を下げた状態のままセンクラッドは、一言、発した。

 

「来い」

「いざ!!」

 

 ドンッ、と爆発的な速度で突き進む箒を待っていたのは、完全に喉を狙った刺突であった。しかも見た目より異様にリーチがあるのか、あっという間に喉元にまで迫ってくるその『刀身』に対して、これは外すしかないと判断した箒は、攻撃の足捌きから急制動をかけ、相手の竹刀に自らのそれを軽く当て、引き込みながら跳ね上げようとした。

 その力に逆らわずに、スルリとすり抜けるような動きで身体ごと間合いから外し、センクラッド自身も軽く後ろに跳躍してみせる。その跳躍の直前、箒の内腿をを狙った斬撃を仕掛けるも、咄嗟に退く事で箒は事無きを得る。

 相対している箒と、それを視ていた楯無と一夏の体の芯に強い冷気が疾った。初手から完全に喉を突き破る勢いで突き出した事と言い、重傷化しやすい内腿を狙う事と言い、アレは人を殺す為だけの剣だ。人を活かさず、一切の情けも持たずに、一切の容赦無く、一切の弁解すらも無く、ただ殺す為の非情な剣技だ。

 その昏い剣気に呼吸を乱された箒は、息を整える為に無意識に一度、足を引く――引こうとして、体重移動によって姿勢が刹那の間乱れたその瞬間、センクラッドは攻めに出た。

 一筋の黒い閃光と化した様な速さで斬り込んで来るセンクラッドの動きに思わず眼を見張る箒。視界から左に消えかけたセンクラッドの動きに対応する為に重心を向けようとするが、剣士としての勘が警鐘を鳴らし、倒れ掛かった体を支えていた足に力を込めて、後転するように倒れこむ。

 防具越しに視た光景を、箒は生涯忘れることは無いだろう。機械の様な精密さで予測されていたとしか思えない程、箒が退がろうとした場所の上方、つまり箒の首を刎ねる様な軌跡を描いた『刀』を極めて無駄の無いコンパクトな動きで振り切ったセンクラッドの表情は、何処までも綺麗で、澄み切っていた。

 ハッハッ、と狗の様な呼気を断続的に漏らす箒を誰も笑わない。むしろ何が起こったか把握出来ていなかった。把握していたのは、一夏と楯無に、相対している箒の三人だけだ。

 恐怖に引き攣った表情を見せながらも、竹刀を下げる事はしない箒。静かに、ただ静かに刀をだらりと垂らした自然体のまま、まるで幽鬼の如き不規則かつ不明瞭な足捌きでユラリ、ユラリと近寄るセンクラッド。それは見る者全てに言い知れぬ恐怖を与えるに十分な異様さを誇っていた。

 余りにも存在感が無いのだ。眼の前に居るのに、人の感覚では居ないと訴えてくるその異様さ。それはそのまま恐怖に直結していく。

 その恐怖が全身を浸し尽くす前に、箒は前に出る。それは愚直で、だが清々しい程の真っ直ぐな気性を現していた。

 

「はぁ!!」

「甘い……そら」

 

 センクラッドの額を叩き割る勢いで繰り出された打撃だが、センクラッドは何と柄打ちで軌道を僅かに逸らし、勢い余ってたたらを踏んでいる箒の右膝裏に見事な弧を描いた蹴りが打ち込まれた。その蹴りは柄打ちとほぼ同タイミングで繰り出されており、それはつまり、箒の行動を読み切っての行動という事だ。

 がくり、と右膝をたわませた箒に、追い討ちとばかりに箒の腹部に痛烈な前蹴りが入り、ドンッという音をその場に残す勢いで吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた箒は受身を取って何とか立ち上がるが、咳き込みながらも足を引き摺って移動しているのを見、センクラッドは言葉を出す。

 

「骨は貰っていない。少し休めば元に戻る」

 

 休めれば、だが。と付け加えたセンクラッドは言葉を置き去りにした。ハッと気がつけば、箒の間合いの外から掬い上げるかのような一撃が迫る。

 その一撃を竹刀でいなした時に、箒は違和感に気付いた。センクラッドの攻撃の全ては、腕が伸びているとしか思えない距離から打ち込んできている事に。彼我の距離は間違えてないと長年の経験は伝えてくるが、どう考えても一手伸びている。その事に一夏達も気付いたらしく、眉根を寄せてセンクラッドの動きを見つめていた。

 

「どうした、先程の動きが見えないが。逃げているだけでは俺には勝てないぞ」

 

 そう言葉を紡ぐセンクラッド。箒はその紡ぐ際に隙を見出してはいた。日本語を巧く使おうとする為か、息を言葉として吐き出す際に、右足に不必要な力がかかっているのだ。ただ、本当にそれが隙なのかは打ち込まなければ判らないほど、微妙なものだったが、あの攻勢を視た人間なら、まず打ち込みたくなる程の、微かな隙。

 しかし箒はそれが誘いである事も看破していた。先の攻撃の際に行動を読み切った一撃が偶然ではない事は、剣を合わせて判っている。

 故に、箒は攻め込めない。ただ、センクラッドの攻撃から身を逃がすだけだ。

 

「篠ノ之箒。お前の価値がどれ程あるのか、織斑一夏には示せた。だが――」

 

 箒の間合いの外から放たれる予測しにくい一撃は、全てが箒を殺し得る急所を狙っていた。それを必死の動きで捌き、或いは間合いの外の外へと足を逃がす箒。

 しかし、箒の眼に諦めは無い。例え勝率が皆無に等しくとも、無様になっていようとも、諦念だけは見せたくないのだ、幼馴染にだけは。

 

「お前の価値が俺に届くかは、また別の話だ――」

 

 低くよく通る音が流れていく。

 ぬらりとした柔軟な動きから一気に硬く貫くような一筋の矢となって突き進んでくるセンクラッドに合わせて返し胴を狙って体を後ろに下がらせ、身体を撓らせようとしたその瞬間には額に強い衝撃を受けていた。

 センクラッドは箒の狙いを完璧に把握していた。返し胴を狙ってくる箒の予測を遥かに越えた加速を伴った一撃を与え、無論その時に手加減は忘れずに『竹刀』は精確に面を打ち据えるに留めていた。

 たたらを踏み、だが姿勢を整える事が出来ずにバタンッと倒れる箒。幼馴染の名前を何度か呼びながら助け起こす一夏。頭を揺する事はせずにいるのは危険という事を知っているからだろう。知らなかったのなら即座にセンクラッドが阻止していたが。

 それを何の感情も映さずに見つめるセンクラッドは、フゥゥ、と細く長く呼気を出し、楯無に言葉だけを向けた。

 

「更識、判定は?」

「――え、あ、い、一本!!」

 

 静まり返った剣道場に、半分裏返った感がある楯無の声が響き渡った。



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07:教師との歓談

 剣道場に響き渡った楯無の声。男顔負けの腕を持つ剣道大会優勝者と異星人の試合は異星人の勝利と言う事を告げたのだが、誰も動こうとしなかった。動けなかったとも言えるかもしれない。

 残心を解いたセンクラッドは、竹刀を床にそっと置いて、一夏に抱きかかえられている箒を暫くの間じっと視た後に「大丈夫か」と呟くと、二人に歩み寄り、箒の面具を取ってあちこちに触れて一つ頷いた。

 そして、眉根を寄せてこちらを見ている一夏に、

 

「大丈夫だ、問題ない。軽い脳震盪を起こしているだけだ。じきに目覚める。心配なら保健室に連れて行けば良い……いや、運ぶか。織斑一夏、だったな。そんなに心配なら、確か……お姫様抱っこ、だっけな。それで運ぶと良い。背負うのは駄目だ、慣れていないと頭が揺れる」

「あ、あぁ、わかった」

 

 その発言の直後、一部で「いいなぁ」という声が上がっていたが、双方に取ってそれぞれの意味で至極どうでも良い事だろう。

 判りやすいというかそのままというか、とにかく「俺、すんごい心配してます!!」という表情を浮かべていた一夏はそもそも聞いていなかったし、センクラッドはセンクラッドで「ならお前らがやれよ……」とズレた考えをしていた。後者の考えは極めて一部の人間にはドンピシャだったが、それこそどうでも良い事だ。

 かくして、一夏は箒をお姫様抱っこをし、立ち上がるのを見届けると、センクラッドは楯無に顔を向けた。

 

「更識、場所がわからないだろうから案内してやってくれ。それと……案内したらすぐ戻るんだぞ」

「――わかったわ」

 

 天狗ではなく、身の丈に合った自信をセンクラッドに粉砕された箒の付き添いをするのは、パートナーの一夏だけで良いだろう、というセンクラッドの配慮の大体を汲み取った楯無は、大人しく一夏を先導していき、センクラッドも自室への帰路が途中までは同じなので、ついていく事にした。

 暫く、靴音だけが人気の無い通路に響いていたが、気絶している箒の頭を揺らさぬよう気をつけながら歩いていた一夏が、センクラッドの方を向かずに聞いた。

 

「なぁ、ファーロスさん」

「ん、何だ?」

「箒と戦っていた時の事なんだけどさ」

「あぁ」

「ええっと、デューマンって、なんというか……腕が伸びる種族なのか?なんか、その……伸びていたような気がしたから。腕が」

 

 自分でも変な事を言ってると判っているのだろう、視線は箒と正面を交互に見ながら聞いている一夏の表情は、物凄く微妙な表情をしていた。楯無は飄々とした表情を浮かべていたが、内心では好奇心の塊のような状態で耳をゾウの様に大きくさせていた。

 それに対し、センクラッドは事も無げに返した。

 

「デューマンにそんな特性は無い」

「じゃ、アンタの特技なのか?」

「そうだな、俺の特技……と言えば良いのかは判らんが、まぁ、そんなもんだ。別に大した事じゃない。お前さんでも出来ると思うぞ」

 

 あっさりと答えたセンクラッドだが、実際はオラクル細胞を励起させて腕を瞬間的に伸ばしている為、グラール太陽系の種族には絶対に不可能な事である。人型という意味では唯一かもしれない。似た様な存在であるリンドウにソーマ、特異点と称されたアラガミの少女であるシオですら、そんな事は出来ない。その発想は無かったとも言う。

 

 んな事出来るのか?という顔をしている一夏に、センクラッドは涼しい顔で、

 

「関節を外して、後は気合だ」

「いや気合だ、って……」

「まぁ、体の構造は似た様なものだろう、なら出来ると思えないか?」

「いや、出来るかもしれないけど……マジで?」

「あぁ、マジ、だ」

 

 重々しく頷くが、内心では「コイツ本当に信じてやったら神過ぎる」と、トンデモナイ事を考えている辺り、全く以って迷惑かつ最低な野郎である。

 自室へと通じる階段を上る為、三人と別れたセンクラッドは、自室に戻る途中に千冬が居る事を察知し、階段を上りきってから右手を向くと、予想通り千冬が壁に背を預けていた。

 自室に戻りがてら手を軽く挙げて挨拶すると、千冬も挨拶を返してセンクラッドに追従してきた為「……また何かあったのか」と思いながらも止めはしなかった。

 暫く歩いて、ふと気付く。自分の受け持っている生徒の心配はしていないのだろうか、と。

 

「それで、篠ノ之の見舞いにはいかないのか?」

「一夏が行ったのなら問題ないだろう。矜持を破られた事にショックを受けるだろうが、一夏が傍に居るなら立ち直るさ。それよりも、どういう風の吹き回しだ?」

「まぁ、この世界の人間の戦闘力はどれくらいか知りたかった、というのもある」

「どうだった?」

 

 ちょっと待て、と言い、自室の扉を開けて中へ入れと促した。ズカズカと入り、テーブルに着いた千冬を見ながら、センクラッドはドアを閉めて冷蔵庫を開け、ゴルドバミルクを取り出してマグカップに注いで千冬に渡した。お互いに慣れたものである。

 

「これは?」

「前回あげたジュースのミルク版だ。ゴルドバミルクと言う。旨いぞ」

 

 そうか、と言ってコクリと一口呑み、驚いた表情を浮かべてセンクラッドに聞いた。

 

「ゴルドバというのはメーカーの名前なのか?」

「いや、生物の名だ。ちなみに肉も旨い」

「ほぉ……」

 

 今度食べてみたいものだ、と言う表情に思わず小さく笑みを浮かべるセンクラッド。何やら餌付けしている気がするからだ。今度振舞うとするか、と考えながら、話を元に戻した。

 

「話を戻すが、篠ノ之箒の力が平均とは考えてはいない。ネットでの情報を見る限り、この星の大体は護身術を学んではいないと推測されるからな」

「それで?」

「まぁ、箒は学生にしてはやる方だと思う。ただ、それだけだな」

 

 言外に敵ではないという事を指し示すセンクラッド。ふむ、と顎に手を当てて思案する千冬。

 

「オルコットはどうだ?」

「視てみないとわからんな。一夏と戦えば判る筈だ」

「戦ってみたいとは?」

 

 その言葉に肩を竦めて首を横に振るセンクラッド。その手には乗らんよという意味を込めた動作に、そうか、残念だと呟く千冬。

 暫く、ミルクを呑む音と時計の針のカッチコッチと動く音が部屋に響き渡る。それは、穏やかな時間の流れを感じさせ、両者の心を柔らかく解していく役目を果たしていた。

 

「――センクラッド。オルコットと織斑、どちらが勝つと思う?」

「それに関しては幾つかの疑問点が残っているので、解消させてくれてからで良いか?」

「答えられる範囲なら」

 

 そうか、と呟いて立ち上がり、冷蔵庫から配給ビール缶を二本取り出しながら、

 

「まず、一夏に専用機がつくか否か」

「専用機は倉持技研が製作していて、最悪でも当日には届くそうだ」

「最悪でも当日、か……」

 

 千冬は此処で嘘をついた。実際は、篠ノ之束博士が倉持技研から半ば強奪といった形で受け取り、独自の改良を施している最中である。

 センクラッドは、千冬に配給ビールを一缶渡す際に、質問をした。

 

「それは、世界で初の男性操縦者だからか?」

「そうだ」

「……そうか」

 

 やはりモルモットか、と内心で呟くが、流石に家族の前でそれを言うという野暮な事はしなかった。変わりに、内心で思った事を嚥下する為にビールのプルタブを開け、中身を流し込んだ。

 ゴクリ、ゴクリと二飲みし、

 

「一夏は実戦を経験しているな」

 

 何気ない一言。だが、質問というよりは断定の形を採ったそれは、千冬の言葉を詰まらせるに足る重さを持っていた。

 

「どこで経験した? いや……してしまったと言った方が、良いか」

 

 眼帯に覆われている眼には織斑千冬という個の苦悩と後悔、そして懺悔という感情や思考が映し出されていた。ただ、その形までは把握出来ていたが、流石にその内容までは見通せなかった。

 この眼はそこまで万能ではない。精々、殺気や敵意を伴った攻撃が何処に来るか、或いはどういう感情やどの種類の思考をしているか位だ。それも負の感情しか読み取ってはくれず、日常生活では不便極まりないのだ。たった少しの悪意にも反応するこの眼に慣れるまで、センクラッドは相当苦労したのだが、それはまた別の話だ。

 

「……何処でそれを?」

「剣道場で篠ノ之と剣を交えた時にな。久しぶりの試合にしては妙に落ち着きがあったし、篠ノ之から一本取られる直前に『技』を仕掛けていた。仕掛けられた方は気付いていなかったが」

「そう、か……」

 

 あいつめ、とひび割れた声で呟いた千冬の表情と感情は、何処までも哀しげだった。踏み込んだ事を聞いてしまったな、と呟き、センクラッドは眼を閉じて千冬の質問に答えるべく、己の考えを口にした。

 

「実戦を経験している凡人と、実戦を経験していない天才。どちらが勝つと言ったら、どちらも勝つし、どちらも負けると言える。ここまでならまだ勝率は決められないが、取り合えずはここを代入してみようか。この場合は両者に当てはめれば良い。織斑一夏は、凡人かはともかくとして実戦を経験している。オルコットは代表候補生だが実戦経験者ではない」

「その根拠は?」

「実戦に身を置いた者なら、その匂いや振る舞いが視て取れる。アイツはそれが無い。それに――」

 

 実際には、センクラッドの眼にオルコットの魂に強い怨嗟の鎖が絡み付いていないという事を眼で確認していた事も相まって、そう判断していた。

 

「それに。一度実戦に身を置けば、あんな慢心そのものといった態度は演技でもそうそう出来なくなるものだ。そうだろう?」

「確かに」

 

 顔を見やった結果、どちらともなく苦笑した。やはり、お互いに思うところはあるようだ。

 特に千冬からしてみればブラコンと呼ばれても仕方が無い位は弟を溺愛していた。それを極東の猿だの何だのと好き勝手言われれば、教師としての自分も姉としての自分もセシリアは赦し難い存在に映ったのだろう。

 それを思い出してきたのか、フツフツと怒りが込み上げてきている千冬を視て「あぁ、これは明日あたり授業が鬼な事になるんじゃないだろうか。まぁ、ガンバでファイトさ」と、自分には関係ない為、内心で一組に向けて無責任な応援を送るセンクラッド。

 ちなみに同時刻、セシリアの背筋にゾクリとしたものが走ったそうだ。

 翌日、センクラッドの読み通りに鬼教官と化した千冬が一組を震え上がらせていたのだが、それはまた別のお話。

 

「オルコットの慢心、一夏の実戦経験、それに一夏は人類初のIS男性操縦者。勝ちは十分にある」

「待て、人類初の男性操縦者と勝率の底上げには関係するのか?」

 

 試すように言った千冬を見て、当たり前だろうと頷くセンクラッド。

 

「人類初の男性操縦者なら、最高の環境が与えられるだろう。俺ならそうする」

 

 そうか、と答える千冬。センクラッドの読みは冴えていた。

 あの篠ノ之束自らが作成しているのだ。ピーキーかもしれないが、相当な機体が仕上がるのは自明の理。そう思いながら、千冬は、

 

「ならつまり、一夏が勝つと?」

「可能性はある。後は一週間の間にどの位まで伸びるか、だな。一夏が凡人なら勝率は三割、天才なら半々だ」

「成る程、十分だな」

 

 たった数十分の搭乗時間を加味してこの勝率なら上出来だろう、とお互いに認識の齟齬が無い事を確認しあった結果になった事に、お互いが満足した。

 ただ、千冬の方が引き出された情報量が多い分、千冬の負けかもしれないが、別にこれは明確な勝負ではないので脇に捨て置く。

 

「ならセンクラッド、賭けるか?勿論、非公式のものとして、だ」

「ふむ、何を賭ける?」

「そうだな……勝った方が負けた方に何か奢る、でどうだ?センクラッドが勝てば私が日本食を奢り、私が勝てば、そうだな、手ずから料理を作ってくれ」

「それは……お前が作ると言う事か?」

「なんだ、もう勝った気でいるのか?」

 

 ここで、センクラッドは特大の地雷に向かって万歳特攻した。

 

「まさか。千冬が料理出来るとは思ってない。俺が勝っても負けた状態なんてごめんだ、か……ら…………」

 

 もうなんというか、お見事、と言うしかない位のお手本特攻だった。

 思わず「まさか」の前に「フッ」という鼻で笑う仕草を追加していたのだから、弁解の余地は無い。

 だがしかし、たった独りで百鬼夜行に挑む事に匹敵する位の困難なミッションを自ら作り上げてしまった事に後悔は挟めない。

 センクラッド・シン・ファーロスも、神薙怜治も、後悔を殆ど挟まない事を信条としているのだから――!!

 

「すまん、本ッ当にすまん。ゴルドバジュース二本で手を打って欲しい」

「良いだろう、だが次は無いと思え」

 

 訂正、百鬼夜行ではなく、どうやらただの哨戒任務程度の難易度だったようだ。

 こほん、と咳払いをし、センクラッドは、

 

「それはともかくとして、だ。俺が手ずから作るとなると、お前さんも手ずから、というのが正統な条件だと思うのだが、料理は出来るのか?」

「……………………出来るぞ?」

「おいなんだ今の間は」

「出来るぞ、バッチリだ。貴様に日本食の真髄を見せる事を約束しよう」

「そう思っているなら眼を合わせてもらおうか」

 

 そう言ってセンクラッドは視線を配給ビールへと泳がせている千冬の頬に手を当てて眼を合わせようとした。

 が、パチン、と手を叩かれ、

 

「この世界では、みだりに女性の身体に触れてはならないという暗黙の了解(ルール)があってな、今のはセクハラという。これで一つ賢くなっただろう」

 

 と、大変穏やかな口調で諭されたセンクラッドは、千冬の心に僅かな焦りを視て取った事もあり、攻勢に出た。

 

「お前さん、俺が日本語わからんと思って適当ぶっこいただろ今」

「そういう貴様こそ、言語が乱れているが翻訳機の故障か?」

「そうかもしれんな、日本語は難しいからな。で、さっきから眼を合わせていないが、それは礼を欠いているんじゃないのか?」

「それもそうだな、眼を合わせておこう」

 

 視線を合わせた瞬間、空間がギシリ、と鈍い音を立てた。

 それは、一夏や同い年の小娘共なら上からも下からも即座に大洪水かつ全体倒地な全力謝罪劇が始まる程の眼力を持つ者同士の視殺戦が始まった合図だ。

 その眼光は物理的な重圧すらも伴い、ギシギシと空間が圧縮と解凍をコンマ以下で繰り返して狂い叫ぶ程のものだったのだが、お互いにするだけ無駄だと言う事をわかっているのか、暫くしてからわざとらしい咳払いをし、居住まいを正した。

 

「まぁ、手ずから、は無しにして。お互いに飯を奢る、というので手を打たないかセンクラッド?」

「俺は一向に構わん、それでいこう。それでは、お互いにどちらが勝つか、同時に言おうじゃないか」

「では、せーの、でどうだ?」

「是非も無い」

「せーの」

 

 二人は同時に息を吸い、言葉を出した。

 

「オルコットに全額BETだ」

「オルコットに賭ける」

 

 

 間。

 

 

 痛々しい程の、間。

 

 

「……おい千冬、お前さんどういう事だ。自分の弟に賭けるんじゃないのか?」

「身内を贔屓せず、公正にモノを見るのが教師の鏡だと思わんか、センクラッド? それよりも貴様も貴様でアレだけ一夏を買っていたような発言をしたというのに、いざとなったら安パイのオルコットか、見損なったぞ」

「先も言ったが、一夏が凡人なら三割、天才なら半々だと言った。厳しく査定すればオルコットに決まっているだろう。というかお前さん今安パイつったな? いや絶対安パイつっただろ。ハナっから弟が負けるって思ってんじゃねぇか」

「分の悪い賭けをしてこそ男だろう」

「弟の勝利を願うのが姉だろう」

 

 ぐぬぬ、ぬぐぐと睨み合う二人。

 結局、センクラッドと千冬の妥協案として、センクラッドは「一夏がISの性能を活かせぬまま、敗北していく」に賭け、千冬は「一夏まさかの逆転負け」に賭けた。

 双方とも一夏の敗北に賭けているというのは同一であったが、負けるシチュエーションで賭けるという、一夏が聞いたら思わず泣いてしまうような酷い賭けであった。

 

 

 

 一方其の頃。

 

 

「ぶぇっくし!!」

「一夏、風邪か? 大丈夫か?」

「あ、あぁ、大丈ぶぁっくし!! ったく、誰か俺の噂してるんじゃねぇか、千冬姉とか」

「それなら良いが、風邪だったら大事だ、そろそろ寝よう」

「そうだな、ありがとな箒」

「い、いや、問題ない。幼馴染だからな、お互い様だ」

「そっか。ま、明日からお互い頑張ろうぜ」

 

 という、噂の渦中にいる者と、その幼馴染の会話が合るのは多分、古来からのお約束なのだろう、きっと。



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EX―IS02:保健室にて

 幼少の頃、篠ノ之箒は姉の篠ノ之束が疎ましかった。好き勝手し、迷惑を省みずに何かを実行しては成功する姉が疎ましかった。

 本当はただ、憧れていたのだ。

 姉に勝てるフィールドが欲しかった。

 だから、剣を取った。そして、想い人と出会った。

 最初は馬が合わずにいつも衝突していた事、いじめから身を挺して守ってくれた事、剣を通して打ち解けていった事、想い人のお陰で友達が出来た事、全てが大切な思い出。

 一世一代の告白までしようと決意していた。

 

 でも、その殆どが壊された。

 

 家族も、友人も、環境という環境は全て。徹底的に破壊された。

 インフィニット・ストラトス。

 姉が作ったあの忌々しい『兵器』のせいで、全てがおかしくなった。

 政府の重要人物保護プログラムにより日本各地を転々とさせられ、一家の仲は険悪になり、そして、あろう事か姉は己の保身と興味の為だけに、たった独りで失踪した。

 もし姉がISを作らなければ、篠ノ之箒は想い人と一緒に、普通の学生生活を送り、普通の少女でいられていたのかもしれない。

 

――憎い。

 

 だがそれは仮定でしかない。いくら夢想しても現実はいつも非情だ。夜が終われば朝が必ず来るように、夕日が落ちれば月が現れるように、現実と言うものは当たり前という風な顔をしてこちらにやってくる。

 幾らISが無い世界へ逃げ込もうとも、覚めれば全ては元の木阿弥だ。

 

――憎い。

 

「――き――」

 

 篠ノ之束は篠ノ之箒を構成する筈だった全てを破壊した。その事を償わせるべきだ。

 だから、篠ノ之箒が眼覚めた時、沸き起こしている感情がある。

 毎日毎朝、篠ノ之箒は必ず胸に燻らせ続ける感情がある。

 その名は、

 

――憎い。

 

「――うき――」

 

 その感情の名は、人が知る限り、憎悪と呼んでいる。

 

「箒、大丈夫か、箒!!」

「――!?」

 

 そうして、箒が目覚める時は、必ず憎悪を抱いて起きているのだが、今回は違った。

 最初に視界に飛び込んできたのは、真っ白な天井と蛍光灯。自分がいつも寝泊りしている道場でもなければ、新しい環境の為に用意された自室でもない。

 それよりも箒が不思議に感じた事は、箒の胸を熱くさせる声で起きる事も、眼の前で心配そうな顔をしている幼馴染の顔を拝める事も無いのに、何故その両方がここに有るのだろうか。

 

「私、は――」

「大丈夫か、箒、俺がわかるか?」

「いち、か?」

 

 何故此処に一夏が居る?いやそもそもここは何処なのだ、と瞳に霞がかった状態でぼんやりと一夏を見つめる箒の眼に、いつもの覇気は無かった。

 それが尚の事、一夏を不安にさせ、箒の細い指を強く握って呼びかけていた。

 

「あ、あぁ。織斑一夏だ、お前の幼馴染の」

 

――ああ、そうだ。この人は、織斑一夏。私の想い人であり、逢いたかった人。でも、どうして此処に?

 

――いや、待て。篠ノ之箒。そもそもここは何処だ?何故私は此処にいる?何故私は……

 

 フラッシュバックする幾つもの記憶。

 

 漆黒の髪から、全てを吸い込むと思わせる程澄み切った闇を体現したかのような右の黒瞳。

 何処までも澄み切っており、まるで自らが殺戮者だと言う事実を淡々と受け入れているような、綺麗な表情。

 駄目だ。そいつを視界から逃せば、首を刈られてしまう、眼を背けるなと心が叫ぶ。

 でも、自分は眼を逸らして、しまった……

 

「あ、あぁ……」

 

 手が、否、心が震えた。逃げなければ、あの瞳から逃げなければ、自分は死んでしまう。

 だから此処にいては駄目だ、殺される、殺されてしまう――!!

 獣の慟哭、そんな絶叫が箒の肺から喉を経由した。

 

「あッぁあぁ!! うわああああぁぁああ!!」

「箒!? 大丈夫だ、大丈夫だから!!」

 

 何が大丈夫なものかと言わんばかりに、ただひたすら半狂乱で暴れる箒を、一夏は強く抱き締める。

 それでも尚も暴れる箒に、辛抱強く宥めすかすように耳元で大丈夫、大丈夫だと言い聞かせ続けた。

 すると、カチカチと歯を鳴らしていた箒の焦点の合っていなかった瞳に光が宿り、

 

「いちか……?」

 

 呆然自失といった風の箒に何かを感じたのか、一夏は腕を緩めて、眼を合わせる。

 

「大丈夫だから、箒。もう、大丈夫だ」

 

 その安心するような、落ち着かせようとする声に、ようやく自分がどうなったかを完全に思い出し、思わず『断ち割られた』筈の額を触り、痣になっているだけで済んでいる事を確認してようやく、あの試合は死合では無かったという実感がわいた。

 

「お、おい、箒!? どこか痛むのか?」

「ちが、違うんだ、一夏」

 

 一夏には判らないだろう、と箒は思っていた。箒はあの瞬間から今まで、殺されていたと誤認していた。自らの心の闇すらも簡単に消え失せる、或いはあの異星人にそれごと吸い込まれ、一部とされるような感覚に、今はただ怯えていた。それは、実戦にいきなり放り出された新兵が起こすパニックに似ている。

 だが、箒は知らない。一夏はただ一度だけ、戦場を経験しているという事を。

 だから、箒は、涙を隠す為に一夏の肩に顔を埋め、呼吸を元に戻そうと足掻く。

 だから、一夏は、無意識の内にそれを全て悟り、ただ安心させるように背中をトントン、と叩く。

 暫くして、一夏から身体を離し、自身の頬と眼から涙を拭い、安心させるように小さく微笑んだ。

 

「もう大丈夫だ、すまない一夏。迷惑をかけて」

「気にするなって。俺達幼馴染だろ?」

 

 嗚呼、本当に変わっていない。そうやって自分よりも相手を気遣う一夏の美点。それが変わってない事が何よりも嬉しく、何よりも心強かった。

 

「私はもう大丈夫だ、一夏」

「そっか……」

 

 いつものような覇気はまだ無かったが、徐々にそれを取り戻している箒に、ほっと一息つく一夏。

 箒がセンクラッドに強かに打ち据えられてから意識を取り戻すのに、結構な時間が経っていたのだ。

 センクラッドの付き人っぽい水色の髪の少女(何故かIS学園の制服を着ていたが)は、保健室につくなり「あ、これ、二人の部屋の鍵。自室に荷物は全部置いておいたから。じゃ、後はごゆっくり」という一夏としては意味不明な言葉を置いてどこかに消えたのだが、もし今度出会えたら「日本語間違えてますし、俺は当分自宅通いですよ。あとコスプレしてると生徒と間違えられますよ」と教えてあげよう、と心に決める一夏。

 一夏は生徒会長の名前も姿も知らなかったのだからある意味仕方の無い事なのかもしれないが、楯無が聞いたらショックで寝込みそうな勘違いだ。

 そもそも楯無は入学式でお祝いの言葉だの生徒会からのご挨拶だのを新入生達に言っていた筈なのだが、緊張の余り授業直前、もっと言えば千冬に叩かれるまで記憶が飛んでいるので、本人としてはノーカンなんだろう。

 兎にも角にも、そう決心している一夏の傍で横になっていた箒が起き上がった。「もう大丈夫なのか?」「大丈夫だ、問題ない」と返されたので、なら良いんだけさ、と言いながら箒が下りれるように椅子をどかして場所を譲った。

 ふと、一夏は礼を言ってなかった事を思い出し、箒、と呼びかけた後、

 

「ありがとな、箒」

「な、何だいきなり」

 

 と、眼をパチクリとさせている箒にニカッと笑いかけ、

 

「ほら、決闘騒ぎになった時、俺を守ってくれただろ?」

「あ、あぁ……あの時か」

「昔、箒がいじめられてた頃と逆になったみたいだったよなぁ」

「お、覚えていたのか!?」

 

 驚く箒に、一夏はさらっと無自覚に、

 

「箒との思い出は全部忘れてないぞ……いやでも、流石に細部までは覚えてないけどな」

 

 と、箒の胸を高鳴らせるような台詞を投下していた。

 勿論、夢見勝ちなカミソリガールには後半は聞こえてない……わけはなく、大まかでも嬉しいな、というはにかんだ笑顔を見せた。

 

「そ、そうか、忘れてないのか」

「おう。俺の記憶力は結構なものだからな」

 

 自信満々に言い切る一夏に顔を真っ赤にして黙り込む箒。なんだか甘酸っぱい雰囲気になっている気がする、ハッそういえばここは良く見たら保健室ではないか、いかん、いかんぞ篠ノ之箒、いくら初恋の人だからと言ってこんな処で事を為すのはダメだ。でも一夏が望むのならば私はいつでも構わん、いやダメだ、そういえば汗をかいていたのだそれを一夏が舐めたりするのはどうかと思うけどああやっぱり――

 

「いかぁぁああん!!」

「うわびっくりした。いきなり怒鳴らないでくれよ箒」

「す、すまん」

 

 不埒で淫靡なアレコレのリピドーでどーのこーのを剣士としての閃きまで用いた妄想という名の願望を打ち消す為に叫び声を上げた箒に驚いた一夏から、少し咎めるように言われて二重の意味で恥じ入る箒。どっからどうみても黒歴史確定である。

 そんな箒を尻目に一夏は「あ、そうだそうだ」とズボンのポケットから鍵をじゃらりと出し、

 

「自室の鍵だってよ。ファーロスさんの付き人が持ってたんだけど、千冬姉に手渡されていたのかな?」

 

 と、箒に二つ手渡した。

 ありがとう、と言って鍵の番号を見るが、はて?と首を傾げる。本来渡される鍵は一つなのに二つあり、しかも同じ部屋番号が刻まれているのである。

 

「一夏、鍵は一つしか渡されないんだぞ?」

「え? じゃあ、どっちかが俺のって事か?でも俺、自宅通いだから箒の鍵のスペアだろ」

「いや、それは無い筈……一夏、まさかとは思うが、自分の重要性に気付いていないのか?」

「重要性?」

 

 何の話だ?と眉根を寄せて考える一夏に、箒は、まぁ、一夏だし仕方ないか、と何気に酷い事を言い、説明を始めた。

 

「今の世界は、ISのせいで女が中心として回っているというのは理解できるか?」

「それ位はわかるぞ、流石に」

「ISを動かせるのは女のみ。そこにたった一人、人類初の男性IS操縦者が現れたら、普通ならどうする?」

「うーん……例えば――」

 

 腕組みをして俯く一夏。サラっと艶やかで櫛通りの良いな髪が一瞬だけ顔を覆い、同時に声が響く。

 

「――誘拐、とか」

 

 聞くものを凍えさせる様な声を出した一夏に、ぎょっとして箒はまじまじと見つめたが、顔を上げた一夏は何時もの一夏だった為、疑念は胸中に仕舞う事になった。

 だが、その疑念は後々に響く事になるのは神にすらも予想は出来ない事である。

 

「ま、まあ誘拐なら良いが、最悪殺害もあるかもしれない。千冬さんに確認してみたらどうだ?」

「あーそうだな……いや、だとしても鍵の番号が同じってのも変だろ、普通一人部屋になるんじゃないか?」

「確かに……見間違いとかはないだろうな?」

「お互い確認してみっか」

 

 と、鍵を改めて確かめるも、番号は同じ。これは、もしかして。いやいや、そんな、まさかね。と両者が思い、

 

「やっぱちょっと千冬姉にメールしてみる」

 

 と、確認の為にメールを送信。すると、すぐに返事が返ってきたので、液晶画面を見ると、一夏は「はい?」と素っ頓狂な声を上げた。

 どうしたのだ一体。と液晶画面を覗き込んだ箒は石化した。

 

 文面にはこう書いていた。

 

From:織斑千冬

Sub :RE:俺の鍵はどれ?

本文:箒に教わったようだな

   色々バタバタしていた為

   一時的に同室だ

   文句は言うな

   荷物は部屋に送った

 

「千冬姉ェ……すまん、箒!! 嫌かもしれないが、良いか?」

「べ、べべべ別に嫌じゃないぞ!! うん、嫌じゃない。それよりも一夏は良いのか?」

「学校とか政府とか以前に俺が千冬姉に逆らえるわけがないしな……それに、同室相手が指名出来たなら間違いなく箒を指名してたぞ」

 

 幼馴染だからな、と言って超高速でフラグを建築していく一夏に、「一夏……」と、眼を潤ませて感激する箒。

 これから宜しくな、いえいえこちらこそ、とお前ら何処の夫婦だよという挨拶をしながら自室に向かう二人の足取りは、妙に浮ついていたり明るかったりした。

 廊下を歩きながら、シャワーはどちらが先で何時に入り、食事は基本的に一緒に食堂もしくは自室で取る、等、本当にお前ら何と言うか……という感じの会話を展開しつつ、自室に着いた二人は先の約定通り、先に箒がシャワーを浴びて一夏は食堂からご飯を往復して持っていき、ドアの外に出て待っていた。

 その為、途中から偶然外にいた女子生徒達から注目を浴び、そこが一夏が泊まる部屋というのがモロバレした為、ちょっとした騒ぎになったのだが、そこは割愛する。

 

 そうして結構な時間外にいた為か、一夏がシャワーを浴びて体を拭き、寝巻きに着替えて箒との昔話に花を咲かせ始めた時、妙な寒気が背筋を這い回った。

 

「ぶぇっくし!!」

「一夏、風邪か? 大丈夫か?」

「あ、あぁ、大丈ぶぁっくし!! ったく、誰か俺の噂してるんじゃねぇか、千冬姉とか」

「それなら良いが、風邪だったら大事だ、そろそろ寝よう」

「そうだな、ありがとな箒」

「い、いや、問題ない。幼馴染だからな、お互い様だ」

「そっか。ま、明日からお互い頑張ろうぜ」

 

 賭けの対象と自分に対する扱いが酷い事が原因だとは露とも知らずに床につき、部屋の明かりを消して一夏は眼を閉じた。

 

「……一夏」

「ん?」

「私で良いのか? その、勝手に決闘を受けさせたような形になったり、私がマンツーマンで教える事になったり……」

「え?教えてくれるんだろ?」

「も、勿論だ!! ISに関して相当勉強したからな、どんな質問にもある程度は答えられる。ただ、剣は――」

 

 ISを勉強したのは、いつの日か姉を倒そうと思ったからである。害するまではいかないが、それ相応の罰を与える為には姉を識らなければならない。敵を知り己を知れば百戦危うからずとは良く言ったものだ。

 だが、自分が絶対的に強いと思っていた剣の道。剣術を修めていた筈の、姉に唯一打ち勝つ絶対の自信の源を真っ向から叩き折られた事を今更思い出し、最後は小声となってしまう。

 

「剣は……あの男に負けてしまった。私は絶対に負けないと思っていた。だが、結果は違った。そんな私が一夏を鍛え直せるかどうか――」

 

 しょぼん、という風な声を出す箒。うーん、と一夏は唸り、

 

「なぁ箒。今まで負け無しだったのか?」

「あぁ。同世代では負け無しだったぞ」

「なら、今負けたってことは逆にチャンスじゃないのか?」

「え?」

 

 チャンス?と聞き返す箒。何故そこでその言葉が出るのだろう、と。

 一夏も不思議がっていた。何故そこでこの言葉が出ないのだろう、と。

 それは、生き方の差――自らの殻やフィールドに拘った者と、守られる事を是とせずに足掻く事を選んだ者との差が、如実に現れていたのかもしれない。

 

「だってさ。一度敗北したのなら、その人を超えるって目標が出来るだろ?」

 

 あ。と、思わず声を上げる箒。確かに、その通りだ。あの異星人は自分を敗北に叩き込んだ憎き高く聳え立つ壁だ。だが、超えられない壁なんて殆どの場合において無い。後は自分をいかに高めるか、それともその壁から逃げ出すか、どちらかしかない。

 

「だが、私は……」

 

 あの眼は恐怖だ。人をまるで虫けらのように踏み潰すような眼だ。どうやったらあのような眼と、鬼気を持つようになるのか、皆目検討がつかない。

 でも。

 

「一夏。私は、強くなりたい」

「うん、俺もだ。だから、一緒に強くなろう」

「ああ、一緒に――」

 

 今はまだ弱い。心も、技も、体も。だから強くなりたい。誰かの為なんて今は考えられない。

 今はただ、自分の為に強くなりたい。多分それだけで十分なんだろう。

 

「明日からよろしくな、箒」

「ああ、よろしく、一夏」

 

 こうして、箒と一夏の忙しない学校生活初日は幕を閉じた。

 セシリア・オルコットとの対戦まで、後六日。

 人類史上初のIS男性操縦者がイギリス代表候補生にどこまで迫れるか、それは篠ノ之箒の腕にかかっている。



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08:無銘と鍛錬と

無銘=シロウという事でお願いします。



 翌日。

 センクラッドは千冬に「今日は一日ゆっくりしたい」と伝え、自室の鍵をわざわざグラール語の言語を用いた音声入力式パスワードでロックをかけた。

 そして、自身の服装を戦闘用の服装の一つである黒のブレイブスコートに同色のブレイブスパンツとブレイブスシューズのブレイブスシリーズ一式を纏い、ドレッシングルームに通じる扉の前に立ち、

 

「――ROOM-CHANGE:VRT CASE:EXTRA Name:Nameless」

 

 と、呟き終えた瞬間、如何な技術を用いたのか、真っ白い自動ドアだったものは、古き西洋にありそうな両開きの門に姿を変え、何者も拒否するような重厚さと存在を見せ付けていたが、センクラッドは構わずに両の手を伸ばして押し開けると、自室という名の風景は一変した。

 自室にあった全ての調度品や壁紙などは無くなり、VRT――ヴァーチャル・リアリティ・トレーニング――用に変換された部屋は広く拡大され、殺風景な石造りの大部屋と変貌したのだ。

 その中央に、男が立っていた。

 年齢は30を目前にした程度か。だが髪は真っ白に染まっており、また肌は赤銅色という不思議な風貌をしている。身長は190を超えない程度の長身で、赤い外套と黒い胴鎧が一体化している服――センクラッドが持っていた赤原礼装の真の持ち主だ――に包まれているその身は、全身を余す事無く鍛え抜いている風に見て取れる。その姿はまるで、戦う為に生まれた武人然としており、或いは何人足りとも揺るがす事は出来ない、練りに練られた無骨な鉄を思い起こさせた。

 カツカツと靴音を響かせて歩み寄ってくるセンクラッドの存在にはとうに気付いていたようで、男は閉じていた瞳をゆっくりと開き、鷹の様な鋭い眼でじっと見据えた後、やがてフッと笑みを浮かべた。それはどうにも皮肉気で、だが温かみのある笑みだった。

 

「これはこれはマスター。幾日も経っていないが此処に来たと言う事は、また世間話をしに来たのかな? 流石の私も自らの経験以外で語る術を持たぬ身でな、そろそろ話の種も尽きそうだ」

「……相変わらずお前と話すとちっとも自分がマスターとは思えないな、本当に。というか今はもうマスターじゃないだろう」

「なら戦友とも言うべきか。しかし、これでも敬意を持って接しているのだがね。それに気付かれないというのは哀しい事だ――」

 

 頭痛が痛い、と言った感じで腕組みをしながら額をトントン、と拳で叩いて溜息をつくセンクラッドと、と「やれやれ」と言いたげなアメリカンジェスチャーで溜息をつくポーズをとる男。この二人は奇妙な縁で結ばれていた。

 センクラッドがリゾートコロニー・クラッド6から初の時空転移を行った際、巧く転送されずに肉体は宇宙船の中でタイムスリープを引き起こした状態から解除されず、精神は己の特性を何らかの方法で知った存在によって熾天使を冠する量子世界に取り込まれた事がある。

 そこで生き残る為に電子情報で構成されている男と主従の契約を結び、最後まで生き残って脱出したという経緯があり、それ以来この船に居付いている、という不思議な縁だ。

 実際には己の魂を極限まで鍛えたセンクラッドが、眼に宿っている存在を開放して肉体へと戻った際に、様々な『データ』を片っ端から盗み出してセンクラッドの乗っている宇宙船のデータサーバーに記録した、といった方が正しい。火事場泥棒にも程がある。

 思念や精神の具現化や物質化を可能にした亜空間装置を応用すればこの程度の事、造作も無い……と言いたいが、流石の天才達が作った機械でもこの男を代償無しに居つかせるのは不可能だった。代償として失ったのはセンクラッドにとって余りにも――

 

「お前を此処に居つかせる為の代償は安くついたから良い物の、そうでなければもうどうしていたことやら。きっと俺は『大丈夫だよ、シロウ。俺も、これから頑張っていくから』とか言ってたに違いない」

「何だその変な台詞は。人間頑張るのが当たり前だろう。しかしそういう台詞を聞いていると、エロ動画を天文学的な容量で所持していた男とは到底思えんな」

「だから、アレはスタイリッシュモッサリーが勝手にインストールした体験型違法ソフトだと言ってるだろうが」

「それを所持していたのは君だろう? 責任転嫁とは元マスターとは言え嘆かわしい。それに君は体験したんだろう、そのソフトを。だとしたら同罪だと思った方が今後の成長の為にも良いと思うのだが」

 

 失礼、余りにもではなく、思いのほか軽かったようだ。

 ちなみに、このソフトを消去したところ、サーバーの容量が物凄く軽くなり、動作速度も快適になったというどうしようもないオチが待っていた。

 もしスタイリッシュモッサリーことクラウチ・ミュラーにまた会えるのなら、三千世界を拝める程度には殴り飛ばしてやりたい、と強く強く思っているセンクラッドである。何故なら、当時そんな事を知らなかった為に、大量の風景データと仲間達の思い出の映像の殆どを諦め、装備品と服と食品と僅かな惑星データを格納するに留めていたからである。

 外付けの記憶媒体は設置する為の物理的な容量が無かった為、渋々諦めていたのだから恨みたくなるのも仕方の無いハナシだ。

 ちなみにクラウチはセンクラッドが転移して数時間後にその悪行がバレて、新妻から愛の鞭を文字通り手加減抜きに食らって病院送りとなったのは因果応報とも言うべきなのかどうか。

 

「……まぁ、それはともかく」

「本当に体験したのか君は!?」

「仕方ないだろう!? 俺だって男だ。性欲もあれば持て余す時もあるし、体験型というトコロが気になったんだよ。だから、その、なんだ。ほら。一回くらいはこっそりやってもバレなければ問題ないと思うのが男だろう」

 

 かつてセンクラッドの右手に刻まれていた主従の印は今は無い。だが、幾千回も共に苛烈な戦いを潜り抜けた絆は、そんなものを必要としない程、強固なものとなっていた。

 故に――

 

「どんな事も臆面もなく言えるのは素晴らしい事だが、私にその手の事で同意を求められても困る」

「あぁ、そうだよな。お前さん、不能だから同意を求めても仕方なかったな、スマンスマン」

「……私は不能ではないッ」

「私は不能で『は』無いッ。良いなぁその、私誤魔化してますけどそこは聞かないで欲しい的な響き。そんなイケメンオーラを醸し出してても指折り数える位の経験しかしてないわけか、んん?」

「黙れ童貞」

「黙れ不能」

 

 故に、口喧嘩もまた強固かつ苛烈なものとなるわけだ。

 いつの間にかお互いの距離が額を付き合わせる程度になっていたのは、両者共に、同時に歩み寄った結果だろう。

 青筋をビキビキっと言わせながら額をガッツンガッツンぶつけ合って罵り合う様を見ると、まるでそこらに居るワルガキにしか見えない。

 これが回数はそれぞれ別としても世界を救った経験のある英雄と言うのだから、世の中わからないものである。

 

「言っておくがな、私は後輩から先輩まで選り取り緑だった男だ。君とは一緒にしないでもらおうか」

「あぁ、電脳世界では確かに主人公って感じはするよなお前」

「生前だ生前!! 巨乳の腹黒後輩からツンデレツインテールうっかり魔術少女の同級生とお嬢様キャラ的なライバルに、タイガーティーチャーや陰険サドシスター、果ては同じ英霊まで相手には困らなかった身だ。君とは違うのだよ、君とは」

 

 と、クッ、と鼻で笑いながら痛烈な頭突きを仕掛けるシロウ。それを歯を食いしばって耐えたセンクラッドは、フッ、と笑みを浮かべながらお返しの頭突きを激烈ヒットさせた。

 そこからはもう頭突き合戦だ。

 

「そんな現実世界に居ない存在をアピールされても、その、なんだ困るな、この仮想童貞!!」

「げ・ん・じ・つ・に!! 居たと言っているだろうッ人の話を聞け、この実際童貞!!」

「英霊とか現実にいるわけねぇだろ!! 仮想空間ならまだしも、現実世界で居る筈の無い存在を持ち出して語られても頭の痛い子にしか聞こえねぇんだよこの不能!!」

「眼の前に存在しているだろうこのたわけ!!」

 

 ガゴッ、という一際凄まじい音が虚しく空間に響き渡り、同時にたたらを踏んで額を手で擦る二人。

 もう容赦しねぇぞコラ、とばかりに凄まじい怒気を伴った雰囲気を放つシロウの手には、いつの間にか干将・莫耶と呼ばれる一対の夫婦剣が握られていた。

 いつでもやってやんよ、とばかりに同等の雰囲気を纏ったセンクラッドの手にも、全く同じに見える夫婦剣が握られている。違うのは、そこから不可視の波動が放たれていた事位だ。

 男として負けられない戦いが此処には有った。

 故に、今、二人の人生史上最低の聖戦が火蓋を切って落とされた。

 

「地獄に落ちろ、元マスター」

「お前の価値は、届かせない」

 

 先手を取ったのはシロウの方だった。姿勢を低くして一直線に突き進む様は一本の剛弓から放たれた矢を想起させた。

 右手に持った剣を振り落とす……と見せかけ、本命は左足から繰り出される体重を伸せた蹴りだったが、センクラッドは唇の端を曲げて相手の剣は左手の剣で、足刀には足刀で返した。

 双方共に足がぶつかりあう衝撃を殺す為に反動を巧く使って後ろに下がり、シロウはそのまま下がる事を選び、センクラッドは反対に前に進む事を選んだ。

 オラクル細胞を励起させた状態の脚力と剣速は、常人の眼では決して捉えきれぬ神速を伴ってシロウを切り裂かんと迫っていくが、しかしシロウはそれを視てから迎撃の構えを取った。シロウとて英雄と呼ばれた一人だ。音速で迫り来る銃弾を掻い潜って敵を仕留めた事なぞザラにある。

 その幾多の経験と英雄足り得る能力を持つが故に、シロウは英霊の座にまで至ったのだ。

 鋭い呼気と共に真一文字を描いて迫る白い剣に黒い剣を噛ませ、相手が黒い剣で刺突を繰り出した瞬間には、その強靭なバネで体を撓らせ、ブーツの爪先で刺突のコースを無理やり外した。

 それだけでは収まらず、シロウは蹴り出した足をそのまま直角に落として前に踏み込みながら、先の蹴りのせいで体勢を崩したセンクラッドの足のアキレス腱を狙って切り裂こうと剣を低く這わせるような動きをさせる。

 センクラッドは崩した体勢を利用し、地を蹴り、側宙をしてシロウの剣から逃れるが、失敗した言わんばかりに舌打ちを部屋内に響かせながら干将・莫耶をその手から消失させ、両手にヤスミノコフ2000Hと呼ばれる実弾射出型ハンドガンを具現化し、二射ずつ、それぞれ別の方角を撃つ。

 弾丸は狙い違わずに、いつの間にか左右から飛来してきている干将・莫耶を撃ち落すが、真正面から突進してきたシロウを迎え撃つ為に、ヤスミノコフ2000Hからタイムラグ無しで干将・莫耶に戻し、剣と剣が擦れあう耳障りな音を響かせて斬撃を防いだ。

 

「失策だな?」

「どうかなッ」

 

 今度の舌打ちはシロウからだ。両者が同時にバックステップした直後、シロウがいつの間にか投擲していた二度目の干将・莫耶が曲線を描きながらセンクラッドが居た場所に殺到するも、地を穿つ音の反射と共に、シロウが居た場所を撃ち抜く為に跳弾していた弾丸によって弾かれた。

 

「流石にこの程度では当たらないか」

「あんなのに当たっていたらヤクシャラージャの部隊や、暴走したキャストの部隊と交戦した時に敗北していただろうよ。そもそも元とは言え、お前のマスターになった男がそんな攻撃に当たっては不甲斐ないだろう?」

「英霊の攻撃を避けきる程の身体能力を持つマスターなぞ、君に逢うまでは夢想だにしなかったがね」

「まだ全力じゃないだろう」

 

 お互いに、という事をセンクラッドは言外に匂わせ、唇を三日月の形にした。シロウは、違いないとばかりにフッと不敵な笑みを浮かべて、

 

「そもそも私は魔術師であり、弓兵であったのだから、これでも限界なのだが」

 

 そう嘯いた。

 さて本当にそうかな、と呟いたセンクラッドの細い体から、無垢な者ならばそれだけで絶息に至らしめる程の鬼気を迸らせた。

 その鬼気を感じ取った瞬間、シロウは一転して険しい表情を向ける。

 本気か、という意味を視線に込めた男に対し、ここからは洒落や冗談やちょっとした私怨とかそういう諸々ではなく、混じり気無しの純然たる戦いを望んでいるという意味を込めて、センクラッドは頷いた。

 

「――本気でやらずとも限界まで付き合え、という事か……この世界に一体何を感じたのだ? 情報が足りないので断定は出来んが、前の世界程の切羽詰った事情があるわけではあるまい。それともいつも以上の鍛錬という意味合いならばやめておけ。それならば私よりも適任がいる」

「今回の世界も残念ながら戦火は多少なりともある、が、それよりも厄介なものがあった」

 

 ほう?と右の眉を器用にあげて続きを促すシロウ。どうでも良いが、この男がやるとサマになっているのが妙に悔しいセンクラッド。

 何しろ同じようにやっても眼の前の男なら絵になるが、自分がやったら即座に謝られた苦い記憶があるのだ。

 

「何故いきなり私に殺気を向けたのかね?」

「……いや、世の中の理不尽さを嘆いただけだ」

 

 良く判らなかったがどうでも良い事だと判断したのか、それで?と続きを促すシロウ。

 

「この世界にはインフィニット・ストラトスと呼ばれるマルチフォーム・スーツがある。スペック上では超亜音速飛行戦闘が可能な機動力、現代武器が通じにくくなるシールドラインBクラス以上の防御力、様々な武器を扱える汎用性、とまぁ、相対すれば最低でも面倒の部類に入る相手だ。何より問題なのは――」

「問題なのは?」

「これが女性にしか扱えない事だ。もっとも最近になってようやく例外が出たが」

 

 ふむ、とセンクラッドの言葉を吟味し、成る程と呟いたシロウ。

 

「そうなると確かに面倒かもしれんな。君の事だから友好的に振舞ったのだろうが、いつ攻撃されてもおかしくないわけか」

「その通りだ。グラール太陽系の技術に俺の体。下手を打てば男性側どころか女性側が敵に回る可能性だってある」

「――ふむ。それで、君は今何処にいるのかね?」

「……うん、まぁ、それは良いだろう?」

「…………君は本当に学習しないな……」

 

 本当に呆れたと言う風な表情を浮かべるシロウに、仕方ないだろうと片手で顔を覆ってみせた。

 

「異星人として扱われそうだったから、ノリノリでやっただけだ。後悔も反省もしてない」

「たわけ」

 

 言われると思ったよ、と肩を落として苦笑するセンクラッドに反省の色は無い。もとより反省していたのなら前の世界で居た人類の天敵であるアラガミを討伐する為の武器(神機)を何度も素手で持つ暴挙はしなかった筈だ。

 一度目はともかくとして、制御する為に何度も手にするという暴挙をしでかしていたセンクラッドの辞書には反省という言葉が抜け落ちているのだろう。

 それを知っているからか、最早何も言わんから速く続きを話せとばかりに促すシロウの表情には隠しきれない疲労感が漂っていた。むしろ哀愁かもしれない。

 

「これはあくまで推測に過ぎないし、ISの着用が前提だが……最初に会った者はセイバーのクラス足りえる実力者の可能性が高い。先日手合わせした者は、後々はセイバークラスに手が届きそうな素地を持っていた」

 

 その言葉に眼を軽く見開き、得心したと頷くシロウ。

 

「それが本当なら確かに脅威足りえる。確認するが、君の言うセイバーの適正を持ちえる者達は、究極の一を持つ、という意味か?」

「そうだな、ガウェインとはまた違う強さを持つ者だが、恐らくは同格足り得るだろう」

 

 そうか。と呟いて、シロウは瞑目した。脳裏に過ぎったのは、かつての自分か、それとも自分に関わった者達の一人か、それとも、あのガウェインか。それは、彼のみが知れていば良い事だ。

 

「……残念だが、私は究極の一には至れなかった未熟者だ。私では荷が重い。それにセイバーのクラスを想定した戦いならば私ではなく――」

「その代わりに万能の九十九を持つ者だろう。それに、この世界には聖杯は無いと推測しているし、ISの武器は近中遠の全ての距離にバランス良く種類が分散している。クラスを除外して考えた結果、お前さんが一番適任だと判断した。そして――」

「そして?」

「そして、まぁ、なんだ。一度はお前さんと限界まで戦ってみたかった、というのが本音だ。まだお前さんとは一度も戦っていなかったしな」

 

 悪戯が見つかった子供のような、はにかんだ笑みを見せるセンクラッドに、シロウはそうだったな、君はそういう奴だった、と破顔した。

 

「昔話したが、私は剣の魔術師だ。投影した剣の神秘や経験を読み取り、一時的に担い手となる能力を持っている。だがそれは私の力の副産物であり、それ故に完全な再現は出来ず、擬似的な担い手に留まる」

「あぁ、それで良い。だから、お前が目指した究極の一と、お前が至った万能の九十九を持って、俺を鍛えてくれ」

「良いだろう。だが……これを知ったら彼女に恨まれるだろうな、色男」

「後で大量の貢物でも用意するさ、伊達男」

 

 軽口を叩き終えた後の沈黙。それは、次に動く時は全力で試合をするという事。

 

「――投影、開始」

 

 シロウが呟いた言葉は、自らを変革する為の唯一の呪文にして彼が生前に英雄足りえるに相応しい力を得る為の、原初の言霊。

 そして、センクラッドがあの電脳世界で聞き慣れた言葉だ。

 それがこちらに向けられる事は今回が初めてであり、同時にそれは、激闘の開始を告げる合図であった。



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EX―psp2i01:その原因に裁定を

 地球から遥か彼方にあるとされるグラール太陽系リゾートコロニー・クラッド6にて。

 

「うーん……」

 

 難しい顔で空中投影型ディスプレイに書かれている数値と、手元にあるグラールでは珍しい紙媒体の資料を見比べ、自分の視覚に異常が無い事を調べた後、金髪と桃色の服装がトレードマークのグラール太陽系トップクラスの頭脳を持つ美少女は、厳しい顔を浮かべた。

 横で作業をしていた白髪黒服がトレードマークの青年もそれに気付いた様で、

 

「どうしたエミリア、難しい顔をしているが、何か問題でもあったのか?」

「あ、シズル。この数値見てくれない?」

 

 資料の線が引いてある部分を見て、うん?と首を捻るシズル。

 

「これは、怜治の為に作った時空転移装置じゃないか。何で今更これを見てるんだ。サボるなら後にしてくれないか、今はクラウチさんの捜査の――」

「いや、サボりじゃないから、とにかくコッチ見てちょうだい」

 

 何なんだ一体、と零しながらエミリアが指し示しているディスプレイに投影された部分に眼を走らせ、ピタリとある一点で視線が止まった。

 馬鹿な、と呟いたシズルの表情は緊張で固くなっている。

 

「データサーバの容量が初期に設定していた状態よりも大きく圧迫されている……しかも、この残容量の少なさ。時空転移に必要な処理が重くなる危険領域じゃないか」

「そう。この状態で転移したら、いつかは事故が起きる可能性も――」

「拙いな、転移に失敗した場合、肉体から魂が分離するぞ」

 

 転移時、肉体は時間固定を使用している為、かなり永い期間耐えられる設計をしていたが、精神分離に関してはどうにもならない。

 フォトン圧縮による結合が甘くなった場合、転移時に肉体から離れてしまうケースがあるのだ。

 エミリアとシズルが亜空間航法の検証をした際にそれが判明していた為、そうならない為にある程度のデータが蓄積されると最適化と削除プログラムが働く様に設定はしていたが、最初から容量を圧迫されていてはどうしようもない。

 最悪、空になった肉体が精神体に乗っ取られる可能性もあるのだ、かつてのシズルのように。

 

「気になって調べてるんだけど、ここからの遠隔操作というのは痕跡が無かったのでそのセンは無し。となると誰かがあの船に忍び込んで『何か』をインストールした以外考えれない」

「それは不可能に近いぞ。あの建造には極少数の人間しか携わっていないし、情報は最重要機密として秘匿されていた」

「そうね。でも、それしか考えられないのよ。ここからだったら、遠隔でインストールは可能だったけど、その痕跡は一切無いわ」

 

 顎に手をやり、眼を閉じながらシズルはエミリアに向かって幾つかの問いを放つ。

 

「データを手動で洗い出してみたか?」

「勿論。監視カメラからキーボード操作の監視プログラムまであらゆる可能性を検証した結果、遠隔でのインストールはされてなかった」

「なら次だ。あの船に忍び込むような者に心当たりはあるか?」

「あの船の目的や情報を入手出来て、誰にも気付かれずに使途不明のソフトをインストールする、とまでなるなら大規模な組織じゃないと無理よ。さっきそれを調べてみたんだけど、どの組織も動いていないし、そもそもあの船は誰かしらが見張っていたから、何かあったとしたら即連絡が飛んでくる筈」

「怜治があの船に乗るとは誰にも想定されていない筈だ。そこが漏れた可能性はあるのか?」

「有り得なくは無いけど、限りなく低い、かな」

 

 言外に可能性はほぼ0だと言うエミリアに、やれやれと言った風に、

 

「単独犯、あるいは複数犯だとして、その目的が不明。か」

 

 厄介だなと呟き、表情を引き締めた。恩人の一大事になる可能性を見過ごした自分を悔やむ前に、やれる事をやるしかない、とエミリアと顔を見合わせて頷いた。

 エミリアは近くのデスクに座っていた義父であるクラウチ・ミュラーに声をかける為に、クラウチの眼の前まで走り、

 

「オッサンオッサン!! 大変だよ!! 怜治の宇宙船に何者かが忍び込んで、データサーバーに細工を施した可能性があるの!!」

「……へ、へぇ。で、それの何が大変なんだ?」

「ハァ? 近くに居て聞いてなかったの!? あ……オッサン。またエロ画像みてたんじゃないでしょうね?」

「ば、バッカちげぇよ。俺は、その、考え事をしていたんだよ、考え事を」

「潜入捜査とかもうやらなくていいんだから、チェルシーに言ってツケをどうにかしてもらおうとかはナシだからね」

「ナシじゃねぇ、アリだ」

「ナシに決まってるでしょーがこんのエロ親父!! ウルスラさんと結婚したんだから、もうそういう系統のお店に言っちゃダメだっつーの!!」

 

 と、いつものやり取りをしている二人……というよりも、クラウチをジィィィっと見、やがてシズルは成る程、と半眼になりながらクラウチと口論しているエミリアの元に歩み、

 

「エミリアちょっと待ってくれ。クラウチさん、言いたいことがあります」

「お、おう、どうしたシズル。何だいきなり改まって。アレか、エミリアと交際したいとかそういう奴か?」

「全力でお断りしますのでご安心下さい」

「ちょっとどういう意味よそれ!!」

「それよりエミリア。気が付いていないのか?」

 

 と、シズルに聞かれ、「へ?何が?」と聞き返すエミリアに、ハァァァァァア……と深い溜息をつく。

 ムッとした風に何で溜息つくの、と睨むエミリアだったが、シズルの次の言葉で表情が凍りつく。

 

「犯人だよ。眼の前にいる人が、怜治のデータサーバーに細工をした」

「え、ええええええ!?」

「な!?」

 

 絶句する二人に、シズルは証拠があります、と切り出した。

 

「クラウチさん、この前、データ圧縮に関してエミリアに質問していましたよね?」

「お、おう、それがどしたよ?」

「あー、そんな事あったねぇ。確か捜査に必要だから頼む、とか言ってた言ってた。頼られるのあんまし無かったからあの時は張り切っちゃったよ」

 

 虚空に眼を走らせて思い出してニヘラ、と笑うエミリアとは対照的に、モロにうろたえ始めているMr.スタイリッシュモッサリー。

 いつもの頭脳明晰はどうした、とばかりに肩を竦めるジェスチャーを行いながら、シズルは指摘した。

 

「エミリア、そこだよ。あの時は普通に聞き流していたが、あの時から様子がおかしかったじゃないか」

「へ?」

「クラウチさんがエミリアに教えを請う事は、今まで無かった。そもそも捜査に必要だったら僕かエミリアに頼めば一発で済む筈だ。それに、怜治が居なくなる直前までにプライベート以外でここから出かけたと言えば、完成した宇宙船の見張りだけだった筈。それと、さっきから僕とエミリアの眼を見ていない上に顔色が悪いのも決め手になるか」

 

 お前は探偵か!!と思わずクラウチは叫んだが、完全記憶能力を持つシズルにとってはこの程度造作も無い事だ。自慢にもならないとばかりに前髪を掻き揚げてサラリと言うシズルは憎いくらいに絵になっていた。

 そんなことより、と半眼で見つめるシズルに完全にたじろぐクラウチ。エミリアはショックで固まっている。

 

「どういう事ですか、怜治を亡き者にしようとするなど」

「い、いや待て、違うんだ。俺は怜治が退屈しないようにソフトをインストールしただけで――」

「どんなソフトよ、あんなに容量が切迫するソフトなんてあるわけないじゃない」

 

 嘘も休み休みに言いなさいよ、と半眼で睨んでくるエミリアに、イヤホントだって、と言うクラウチ。言え、言わないとお互い譲らない二人を見て、この義親子はホントに……と頭を抱えるシズル。

 

「それで、一体どんなソフトをインストールしたんですか、クラウチさん。恐らくは怜治が元の世界に戻るからと言う免罪符があるから、違法ソフトを入れたとは思いますけど」

「お前はそうやってポンポン当てるな!!あ、いや違う今のナシ――」

「その違法ソフトとは、この事かしら?」

 

 涼やかながらも、確かな怒気を孕んだ声が室内に響き渡った。

 三人が入り口側を見ると、豊満なスタイルのお水系に見えなくも無いキャストと、緑髪をストレートに伸ばしたニューマンが立っていた。美麗な姿とは裏腹に悪鬼羅刹も欠くや、と言わんばかりの表情を浮かべていた。クラウチが無駄に経費を使い込んだ事がバレた時や、クラウチが今よりもダメ人間に成り下がっていた時に浮かべている表情に近い。

 それを見た瞬間、社員の9割はその部屋から抜け出し、クラウチは顔色が蒼白になった。

 

「げぇ、ウルスラ!?」

「チェルシーも。どうしたの??」

「そこにいるアホ亭主に用があって、わざわざ来たのよ。これ、ルミアから無理言って貴方が持ち出したのよね?速く返して欲しいと苦情が来てたわよ」

 

 と、ウルスラの右手でヒラヒラとさせているのは超大容量のROMだ。

 それを見て、クラウチの顔は蒼白通り越して紙色に変化し、エミリアは、

 

「あ、それ確か体験型違法ソフトが大量に入っている奴だっけ。ちょっと前にルミア(ガーディアンズ)とオッサン(リトルウィング)が合同捜査で摘発した裏社会ナンバー1風俗店の」

「そう。で、これはそこで働いているマッサージ師と仮想体験できるソフトってわけ」

「え、でもそれってそんな容量必要なものなの?それに、その手のものって結構取引されてたような気もするけど。確かに、容量は食うけど、あのサーバーの容量をそこまで食い潰すようなものじゃないと思うんだけど……」

「そ、そうだぞお前ら、寄って集って俺を――」

「そうネ。普通なら何の問題も無いから見過ごしていたと思うワ。問題わね、エミリア。このソフトの内容なの」

 

 内容?と首を傾げる二人。

 脂汗が滝のように流れ出ているクラウチ。

 ビキビキっと青筋が走りまくってる女帝二人組。

 

「問題は、その店で働いていない人のデータまで入ってたのよ。無駄に出来の良い仮想体験ソフトだから基本グラフィックがあれば後はプログラムで音声も動きもどうにでもなるわ。容量は膨大になるでしょうね、ツールと保存領域を含めれば」

「ええっと、つまり??」

 

 はて?と首を傾げるエミリア。ハッと何かに気付いたという表情をした瞬間、顔が真っ赤になるシズル。

 酷薄な薄笑いを浮かべながら、ウルスラが答えを言う。

 

「要は、誰とでも『お楽しみ』が出来るソフトとして、売り出される直前だったのよ。こんなの世に出回ったらプライバシーの侵害どころの騒ぎじゃないわ」

「ちなみに音声も合成出来るソフトが入ってたネ。その中に、エミリアやルミアや私達の声に良く似た合成音声もあったのヨ」

「え、えええええええええええええええ!?」

 

 あぁやっぱりか、と片手で顔を覆うシズル。顔を真っ赤にして「オイコラオッサン!!」と詰め寄るエミリア。

 寄りによってそういう事をしやがるのかこのクソ義父は、と言わんばかりの表情で詰め寄られたクラウチは、

 

「い、いや待て。ちょっと待て!! アレが動作するには超高性能マシーンが必要だって言うだろ、そんなの何処にあるってんだよ!!」

 

 この男、まだ逃げようとしているのか、言うに事欠いてそんな戯言を吐き出し始めた為、確定でこいつぁ黒だ、宇宙の色よりも真っ黒だ!!という状態になっているのにまるで気付いていない。

 

「超高性能演算装置と超大容量のデータサーバがある施設はここにはないわ」

「だ、だったら――」

「でも、怜治が乗っていた宇宙船ならある、って事ネ」

「オッサンンンンンン!!!!」

「い、いや、待て、アレは怜治も共犯だったんだぞ!!」

 

 思わぬ言葉に、一同が固まった。いやいや、あのトップエースが?まさか、そんな。という雰囲気になった事をビースト特有の超感覚で察知したクラウチは、我が意を得たりとばかりに暴露し始めた。

 

「怜治が言ってたんだって!! 確か『そんな事が出来るなら試したくもなるだろう、情熱的に考えて』と言ってたから、俺ァお膳立てしてやったんだよ。俺だけが悪いわけじゃないって、わかったろ、な?」

「……ちなみにクラウチ、貴方何て言ったの?」

「そりゃお前、アレだよアレ。お仲間と単品から複数まで出来て性格設定も自在に変えられるお楽しみな事が出来るソフト欲しくねぇか、って……あ」

 

 ガシリ、と見敵必殺の勢いで右腕を掴んだのは、ウルスラ。

 ギシリ、とサーチアンドデストロイ的な強さで左腕を掴んだのは、チェルシー。

 

「い、いや、いやいやいやいやいやいやいやいや!! 待て!! 待ってくれって!! 合成したの俺じゃねぇし!! いや、な、待て、話せばわかる!! ウルスラ愛してるから、な!! エミリアも何とかしてくれ!! まなむすめよぉぉぉおおい!!」

 

 キレッキレの状態になっている二人に、ドナドナよろしく無言で社長室へ連れて行かれるクラウチ。

 エミリアなんぞ「バーカ、死んじゃえ!!」と叫んでおり、救援は望むべくも無い。

 シズルは宇宙最高の頭脳を駆使して脳内で想像した結果、煙を噴き上げて硬直していて役に立たない。

 

 そして、社長室の完全防音性の扉が静かに開き、静かに閉まった。

 

 

 

 ガッシ・ボッガ。

 

 

 

 クラウチは死んだ。

 

 

 

 

 

 

 グラール(笑)



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09:異星人、パシりにされる

 千冬は久しぶりにセンクラッドの元へと向かっていた。

 セシリアの決闘宣言の翌々日に訪れてみたのだが、少し申し訳なさそうな顔で開口一番に「今日からセシリアと一夏の決闘がある日まで連絡を寄越さないでくれ」と言われたので、その間は授業に専念しながら転入生の受け入れ手続きをしていたのだ。

 しかし、中国にドイツにフランスまで立て続けに転校生を寄越すとは、余程男性IS操縦者なり異星人なりが気になると見た。そんなに気になるなら打診すれば良いだろうに、と雑務処理が増えたせいで愚痴が多くなってきている千冬。

 実際、内密に会談を設けて欲しい等の要請は来るだろうと身構えていた学園側が拍子抜けする位、今まで何のアクションも取ってこなかったのだ。だからこそ、この転校生達には何かがあると学園側は勘ぐっており、独自の調査を行っていた。

 千冬も自分のツテで転入生の詳細なデータを入手したのだが、それを閲覧した際、飲んでいたコーヒーを危うく吹き出しかけるという珍事が発生していたりする。

 ドイツの転入生の顔写真を見た瞬間にどういう目的で来たか何となく理解し、中国の転入生の姓名を見れば誰を追っかけて来たのかが丸判り、フランスの転入生に至っては性別が眼に映った時には正気かと呟いてしまったものだ。

 特にフランスの転入生は確実に欧州連合がグルだろうし、ドイツはドイツで千冬が目的のようだし、中国は中国でハニートラップと来たもんだ。転入というかもう何というか、酷いに尽きる。

 これはアレか、人生を真剣に生きている私への挑戦か何かなのかと思う位には、邪推したくもなるのだろう。真剣に生きた結果が今の状況を生んだのだが、それは全力でドブに捨て置くのは千冬の悪癖と見るか特徴と見るかは議論が分かれる……かもしれない。

 いつものパリッとした服を纏ってカツカツと靴音を高く響かせて颯爽と歩くその姿に見惚れる女子生徒は数多いが、そろそろセンクラッドを迎えに行く時間が迫っている事もある上に何時もの事なので、それらの視線を意図的に無視して進む千冬。

 センクラッドが住むマイルームのドア前に着き、コンコン、とノックをして待とうと足を軽く開いた時、

 

『マスター、君に来客だ』

 

 扉越しに聞こえた声に眉を顰める。何だ、別の男の声?どういう事だ?と疑問に思った瞬間。

 

『君にもようやく春が来たようだな、あんなクールビューティ何処で捕まえたのかね?』

『ちょおまっバッカヤロッ黙ってろ!!』

 

 という誰かの揶揄している落ち着いた声とセンクラッドの押し殺した怒鳴り声が聞こえ、はて?と首を傾げて待つ。

 十秒もしない内にドアが少しだけ開いたが、何と言うか、髪はボサボサで今まで寝てましたと言わんばかりの顔が出てきたのを見て、頬を若干引き攣らせた千冬。

 何だか見てはいけないものを見てしまった気分になり、彼女にしては遠慮がちに眼の前の男に質問した。

 

「あーえーその……寝てたのか?」

「さっきまで寝てたのは認めるので、頼むから後30秒くれ」

「あ、あぁ」

 

 返事と同時に扉が閉まり、周囲は静寂に閉ざされた。

 目覚ましかけてなかったのか?と思いながらも、律儀に待つ千冬。

 きっかり30秒後、黒い赤原礼装を上手に着こなしたいつものセンクラッドがドアを開けて後ろ手に閉めてわざとらしく一回、咳払いをした。

 

「今日の放課後だったな、確か代表決定戦と言うのは」

「いやいやいやいや。誰だ今の声は。そこで『え、何いってんの?』という顔をしても無駄だ。ちゃんと聞こえていたぞ」

 

 ふむ、と手を顎に当て、暫く考えた素振りを見せ、やがて重々しくセンクラッドは告げた。

 

「千冬」

「何だ?」

「世の中知らない方が良い事もある。例えば川辺の石を転がせばビッチリと蟲がついていた、とかそういう類の事だ。だから俺の部屋から別の男の声がしたとかそういう事は言わない方が良い。きっとヴォーイズルァヴが大好きなんだな、と思われてお前さんの教師としての立場と尊厳が危うくなってしまう事受け合いだろうから――」

「で?」

「いやうん、だから人のハナシを――」

「で?」

「いや、だか――」

「で?」

 

 延々冷たい眼で見据えられ、その視線と同等の温度の声で「で?」と言われ続けたセンクラッドは、表情は諦めの、内心はビビリまくりの状態で溜息を盛大に吐き出した。クールビューティという意味ではウルスラや雨宮ツバキと同等だが、怖さもそれ並にあるのだ。英雄だって怖くもなる。

 

「マイルームの設定を変えてサーヴァントを出したんだよ」

「サーヴァント?」

「読んで字の如くの存在、俺がマスターでアイツがサーヴァントだ」

「何で今まで出さなかったんだ?」

「滅多な事では出したくないんだよ。ここから先は歩きながら話そうか」

 

 授業開始のチャイムが鳴り響いた事を受け、そうセンクラッドが促し、千冬は聞き返しながら第三アリーナへと先導しだした。

 やれやれまーた誤魔化さないとダメな事になったか、あの仮想童貞め、と英霊に向けて失礼千万な呪いをカッ飛ばしながら、センクラッドは、

 

「それで、サーヴァントというのは、文字通りマスターの命を受けて動く人型の事を指すんだが、こいつらがまた優秀でな。基本的にマスターより優秀過ぎて、マスターが堕落していくんだよ」

「ほお。一体どの位優秀なんだ?」

「掃除から料理、果ては護衛や愚痴の聞き役まで何でもこなす。しかも全てにおいて超一流。こいつらのマスターになれるというのは、ある意味相当な幸運だが……まぁ、後は察してくれ」

 

 と言われ、千冬は一夏が4人位いる状態を想像してみた。肩揉みをする一夏、リフレクソロジーをする一夏、御飯を作る一夏、食べさせてくれる一夏――

 

「……成る程、堕落するわけだ」

「おいカメラ回ってないから良い様なものの、クールビューティとしては有るまじき顔になってるぞ」

 

 ハッとして即座に表情を改めて踵を返し、先導する事に専念する千冬。お前は一体何を想像したんだと突っ込みたいセンクラッドだったが、絶対言いそうに無いので情報を集めてから突きつけてやろうと固く心に誓う。

 人気の少なくなった廊下を歩く音が十数回響いた後、千冬はうん?と疑念を感じ、歩きながらセンクラッドに尋ねた。

 

「……うん? ちょっと待て。ヒトガタというのはどう言う意味だ? 種族にしてはいきなり名称が変わった気がするが」

「あぁ、勿論種族じゃない。ヒトは普通の人、そちらで言う人種の人で、ガタというのは型にはめる、の型。二足歩行型とも言うか」

「つまり、キャストみたいなものか?」

「いや、キャストは機械ながらも人権があるから人だ。まぁ……サーヴァントは何と言うんだろうな。こちらの概念で言えば、幽霊というのが近いのかもしれん」

 

 その言葉に立ち止まり、ぎょっとした風に振り返る千冬に「あくまで例えだぞ、今の」と言ったのだが、益々わからないから詳しく、と視線で訴えかけてくる為、センクラッドは、

 

「そもそもアレは地球の尺度で測れない事だ。ただ、技術的に進歩すればいずれは到達できる事象だ。それに、こればかりは概念の話とかその他諸々が絡むから、取り合えずはこれで勘弁してくれ」

 

 と言って質問を断ち切った。逃げたとも言う。

 仕方ないとばかりに千冬は第三アリーナへ先導する事に専念する。

 数分間、靴音以外は沈黙の状態を維持していたセンクラッド達だったが、センクラッドが何の気になしに、

 

「千冬。一夏と篠ノ之、何処まで手が伸びたのか、楽しみだろう?」

 

 と投げかけた言葉に千冬は、僅かに首を後ろに向けて追従するセンクラッドに疑問をぶつけた。

 

「何故そこで質問を振った?」

「弟に期待を寄せないのなら、あの時の口喧嘩で止めに入るべきだったな。搭乗時間が3桁を超える代表候補生と、ズブの素人。普通ならハナシにもならん。普通かは今は、さておくがな」

 

 見透かされていたか、とばかりに息を吐いた千冬だが、その言葉には答えなかった。答えても意味が無いと判断したのだろう。実際、センクラッドは返答を求めていなかった。ただの確認作業の様なものだ。故に、そのままセンクラッドは言葉を紡ぐ。

 

「『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』という言葉があるそうだな。この世界の言葉は中々に面白い。どの程度の成長があるかは視なければわからんが、いずれにせよ簡単に負ける手合いでもあるまい」

「……そうであって欲しいものだ」

 

 千冬の反応が遅れたのは、単純にセンクラッドの語彙能力がどんどん上がっているせいだ。普通ならば聞かない慣用句、しかも原文を出してくるとは夢にも思わなかったのだ。

 まだ一月も経過していないというのに、何という翻訳能力だと千冬は舌を巻いていた。実際は単純に知っていただけなのだが、それを知る機会は永遠に無い。

 五分程度の時間をかけて第三アリーナへの扉についた千冬は、首から下げているカードキーを、カードリーダーに通してロックを解除し、一夏が待つAピットへと足を向けた。

 ふと、センクラッドが第三アリーナの観客席の方を見ると、既に盛況という感じで盛り上がっていた。

 人類初の男性操縦者と、イギリスの代表候補生、それも欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』の第三次期主力機候補であるティアーズ型を間近で見られるとなれば、それも仕方の無い事。

 いくら情報が共有され、動画として公開されても、実物の動きを自らの眼で確認出来ると言うのは大きい。どんな資料であれ、自分の眼に勝るものはないという事だ。

 だが、そんな事情を知らないセンクラッドからしてみれば「お前ら男子で盛り上がりすぎだろう。流石はほぼ女子高」と若干ズレた感想を抱いていた。

 

「あぁ、そういえば一夏のISはどうなったんだ?」

「……山田先生にISの搬入の確認をお願いしている」

 

 まだ届いてないのか?というセンクラッドの呆気に取られたと言わんばかりの言葉を無視して、山田真耶が待つAピットIS搬入口に急ぐと、件の女性は非常に困ったと言う表情で、ウロウロと歩き回っていた。

 本人は意図していないようだが綺麗な八の字を描いているのを見て、センクラッドは何か凄いな、と感心していた。変な所で感心する男である。

 

「どうしようどうしよう、まだ届いていないとか織斑君も流石に困っちゃいますし、オルコットさんも待つのは大変でしょうし――」

「……本当に、まだ届いてなかったのか」

 

 思わず、と言った風に呟いてしまったセンクラッドの声が聞こえたのか、弾かれたように振り向き、そこに千冬も居る事に気付いた真耶は、まるで大事な課題を家に置き忘れた生徒みたいな表情で、

 

「あ、先輩!! と、ファーロスさん。あの、そのですね、実はまだISが届いてなくてですね――」

「……センクラッド、Bピットに居るオルコットに伝えてくれ、もう暫く時間がかかるので、ピット内で待機、織斑の機体が搬送されたら即試合にする、と」

「了解」

 

 異星人ほっぽりだして良いのかね、と思うセンクラッドだが、千冬が真耶に何事かを言ってAピット内部に入って行ったのを見、信用されているんだろう、と思う事にした。その方が精神衛生上、きっと良いだろうし、とも思っている。

 決してあの女帝がめんどくさがって俺をメッセンジャー扱いしたとかそんな事は考えていないですとも、多分。

 そんな事よりBピット何処よそこ、という問題が浮上している為、傍に居た真耶に話を聞く為、あの、と声をかけた。

 

「ええと、山田先生、でしたっけ?」

「は、はひ!! 上から読んでも下から読んでも山田真耶と申します!!」

「……あぁ、なんだか海苔の商品でありそうなお名前で」

「ええ、よく言われるんですよ、困っちゃいますよね」

「あー……そうですね、学生の頃に相当からかわれたでしょうね、それは」

 

 いや、困っちゃいますよね、と同意を求められても……と困惑するセンクラッド。

 俺はそんな事よりBピットの行き方が知りたいのだが……と思っていると、その事に気付いたのか、真耶がはっとした表情で、

 

「あ!! もしかしてBピットの場所ですか?」

「あ、はい、そうです」

「ええと、外周をぐるっと回ると反対側に出るので、そこからは案内板を見ながら行くと着くと思いますので、頑張って下さいね」

「……ありがとう。山田さんも頑張って下さい、ね?」

 

 はい、とほにゃっとした笑顔で見送る真耶。なぁんかズレてんなぁこの人、と首を傾げながらも、言われた通りの道順に沿って歩く。

 余りオルコットとは会いたくないんだが、言われた手前行くしかないよなぁ、俺って御人好しなのかねぇ、と内心でぼやいているが、ふと気付く。

 このアリーナ、確か最初に連れて来られた場所じゃないか、道理で既視感がさっきからあったわけだ、と。

 

「って事はこれ、遠いじゃないか」

 

 地球降下時に見て記録していたアリーナの広さを脳内マップで展開して確認してみると、走っても結構な時間が掛かる事に気付き、一気にテンションがだだ下がりするのを自覚した。絶対にめんどくさかったから俺に押し付けたなあのクソアマ、と若干の殺意を抱いたのも仕方の無い事だろう。

 のんびり行くと着く前に試合が始まるかもしれない事を考慮すると、走るしかないか、と判断し、オラクル細胞を励起させて脚力を増大させる。

 

「よーい」

 

 ドン!!とアスファルトに損害を与えない程度の脚力で地を蹴り飛ばし、確実に人を超越した速度を維持しながら通路を走り抜ける。

 無論、眼やオラクル細胞で進路上に人がいない事を確認してからなので、監視カメラには映るだろうが、人的にも物的にも被害は無いのだから問題は無いだろう、とセンクラッドは決め付けていた。

 一筋の黒い弾丸のように走り抜け、Bピット直前で速度を緩めて、息一つ乱さずに何事も無かったかのように歩き出すセンクラッドだが、この時の映像がとある企業群に流され、色々な火種を提供してしまう事になる。

 またやらかしたのだ、彼は。本当に学習しない男である。



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10:決闘の観戦

「ここか」

 

 Bピットの扉を目の前にして、何かメンドクサイ事にならなければいいのだが、と半ば祈るような気持ちでドアを開けた。

 中は閑散としているのはやはり観戦側に回りたい人間が多かったからだろう。必要最低数残っている整備係の人々もやる事が無いのか、暇そうに雑談をしていた。

 その中で一際目立つのは、やはりというべきか、当然と言うべきか、セシリア・オルコットがISを展開して自身の状態を確認している。

 何だあのエロい格好は、けしからん尻だ。というか、水着っぽいスーツ越しにISを装着して問題ないのか。いやいやそんな事よりも伝言だったと思い直し、セシリアに声をかけた。

 

「あら、ファーロスさん、どうしましたの?」

「千ふゅ……織斑先生からの伝言を持ってきた」

「異星人(ゲスト)をメッセンジャー扱いとは、また……」

 

 世界最強の教師が顎で異星人をこき使う図を思い浮かべたのだろう、絶句し、同情の視線を送るセシリア。

 

「織斑先生には世話になっているからな。俺に対してのコンタクトは全て織斑先生がやり取りしている筈なので、それ位はやっても良いとは思っている。だから、問題は無いさ」

「そうですの? わたくしはてっきり……」

 

 その後の言葉を濁すオルコットに、苦笑いを浮かべるしかないセンクラッド。

 確かにあの女帝ぽい雰囲気で指図されたら誰もが従うだろうよ、と思いながらも、それを言葉にする事はしない。言うとしたら本人の眼の前で言うべきだろうという思いがあるからだ。

 そんな事よりも伝えるべき事があったな、と思い出し、

 

「あぁ、そうだ。織斑先生からの伝言だが」

「なんでしょう?」

「織斑一夏の専用ISの搬入が遅れている為、セシリア・オルコットはBピットで待機。織斑一夏の機体が搬送されたら即試合に移る、との事」

 

 その言葉に、あら、と言う表情を出し、次いで、

 

「わたくしの勝利は確定したも同然ですわね」

 

 と、不遜な笑みを浮かべるセシリアに、センクラッドは待ったをかける。

 

「初期設定のままで戦える程、あの猿が強いとは思えませんけど」

「そうだな、普通なら、そうだ。だが――」

 

 普通を強調するセンクラッドに、不快さを感じて額に眉を寄せたセシリアだったが、放り込まれた言葉に耳を疑うことになる。

 

「実戦経験があるなら別だろう」

「!? まさか、ここは日本ですわよ?」

「これは俺が抱いた印象だが、あいつの身のこなしは実戦経験者のそれに近い。流石に従軍経験は無いとは思うがな。そしてお前さんは実戦経験をしていない」

「してますわよ。これでもわたくしは代表候補生、甘く見られては困りますわ」

 

 失礼な、と言わんばかりに憤慨するセシリアに、怜悧な視線でじっと見つめ、意味を取り違えている事を見抜いたセンクラッドはそうじゃないと首を振った。

 

「ISに護られながら試合をするのと、IS無しで戦闘に巻き込まれるのでは雲泥の差だ。少なくとも、前者は命のやり取りではない」

「……織斑一夏に、殺し合いの経験があると言いたいのですか?」

「そこまではわからんよ。だが、慢心して良いわけじゃない。慢心がそのまま命取りに発展するケースなんてザラにある」

「御忠告、感謝致しますわ。ですが、勝つのはこのわたくし。幾ら篠ノ之博士の妹が鍛えたとしても、IS戦を経験した事の無い素人に負ける筈はありませんわ」

 

 もう何言ってもこいつは負けるまで変わらないだろうな、と呆れるセンクラッド。好きにしろと投げやりに言うが、何時かの様に待ったをかけられる。

 やや辟易とした様子を見せて「なんだ?」と応えたセンクラッドに、冷ややかな調子でセシリアは問いかけた。

 

「何故わたくしに助言めいたことをおっしゃるのですか? まさかわたくしの美貌や家柄に――」

「無い、それは無い。絶対無い。というかイタイ勘違いをしているとしか思えないので、その発言は流石にやめておけ」

「なら何でですの!!」

 

 そんなキレ気味に言われてもなぁ、と溜息を一つ付きながら視線を壁掛け時計に向ける。

 時計の針は此処に来てから二十分が経過した事を伝えていた。まだまだかかるようだ、と判断したセンクラッドは、暇潰しの為に意見を述べ始めた。

 

「前にも言ったが、視野狭窄に陥ったものに対する忠告だ。それに、織斑先生と賭けをしているからな。負けてもらうのは困る」

「私達を、賭けの対象にしたのですか!? って、その口ぶりだと織斑先生は弟さんに賭けたようですけど――」

「頼むから人の話は最後まで聞いてくれ。俺も織斑先生もお前さんが勝つ事には賭けた。というよりも、織斑一夏の負ける内容で賭けた。これがどういう意味かわかるか?」

 

 暫く考え込むセシリア。顎に手を這わせて考え込むその姿は、光の照り返しを受けて輝く金髪と蒼いISを纏う姿が相まってセンクラッドから見ても美しく思えたのだが、その心にどす黒い怒りと苛立ちが湧き出すのを視て、あぁこれはきっと俺に八つ当たりぽい何かが来る、きっと来る、と諦念して待つ。

 

「……僅差か、圧倒的か、という事ですか?」

「俺は機体性能を活かせないまま敗北すると判断した。だが、織斑千冬は逆転負けと考えていた。一度引っ繰り返される要素があるから、あのような発言をしたのだろう。身内に甘い人間じゃないのは僅かの間しか話していない俺でも理解出来る。つまり、お前さんが織斑一夏に負ける可能性を持っていると考えても良いだろう?」

「わたくしが、負けそうになる、と……」

 

 歯噛みして、拳を握り込むセシリア。眼から視なくともわかる。アレは怒りだ。自らを不当に下に置かれたとでも思っているのだろう。

 実際セシリアはそう思っていた。あのような気品も知性も品性すらも無い極東の猿に負ける等、微塵も思っていなかった。

 しかし、織斑千冬――伝説のブリュンヒルデ――はそう思っていない。何処かに弱点があるという事を看破しているのだ。

 不安な点は確かにある。中距離機体特有の近接戦闘の脆弱さ、こればかりは現状では如何ともし難い課題として自覚している。

 だが、そこをつかれるような迂闊さは持ち合わせてはいないし、そもそも接近される前に自らの狙撃技能で瞬殺出来ると思っていたのだ。万が一接近されたとしても、セシリアには切り札があるのだ、負ける筈が無い。

 しかし――

 

「織斑一夏を余り舐めない方が良い。あの男はきっと、今のお前さんになら手が届く」

 

 あくまで一夏を擁護するような言葉に、セシリアはカッと頭に血が上り、思わずセンクラッドに詰め寄る。掴み掛からんばかりの形相にも小揺るぎもしない眼の前の男に苛立ちを感じ、それを声にしてぶつけた。

 

「わたくしに負ける要素はありませんわ!!」

「織斑一夏が機体性能を発揮できるのなら、お前さんが負ける確率は50%まで跳ね上がるだろう。俺も織斑先生もそう見てる」

「何故あの猿がそんなに強いと思えるのか、わたくしには理解できません」

「何故そんなに自分を高く見せようとしているかが俺には理解できない。セシリア・オルコット、お前さんは一体何者だ」

「何者、ですって!? わたくしはオルコット家の当主にしてイギリス代表候補生、ブルー・ティアーズの搭乗者のセシリア・オルコットですわ!!」

「愚かな」

 

 激昂して吐き捨てるように言ったセシリアの言葉をたった一言で両断したセンクラッドは、底冷えする様な目線を向け、

 

「そんなものにすがり付いているのなら、ここで勝てたとしても今後は織斑一夏に勝てなくなるだろう」

「言わせておけばッ」

「この学園に入学しISを学ぶ為に来た、言わば雛鳥達の中で一番殻を破るのに速かったとしても、それが強さに結びつく訳が無い。それと……人の強さは、家柄では推し量れない。そして、見下すものや利用するしか脳の無い者は必ず足元を掬われる」

 

 俺はそういう人種が破滅して逝くのを何度も見届けてきた、と呟くセンクラッドの言葉は奇妙な重石となって激昂していたセシリアの心にズシリと落ちた。

 

「見届けてきた? 貴方が破滅させたと?」

「あぁ、そうだ。手を下しても下さなくても実際そういう人種はそうなるがな」

 

 乾いた声で乾いた事実を淡々と話すセンクラッドに、薄ら寒さを感じ、黙り込むセシリア。

 重苦しい空気があたりを静かにさせた。まるで空気自体が重力を持ったような、そんな息苦しさを皆は感じていた。

 整備関連の生徒達は帰りたいよう、と涙目になっていたりする。完全にとばっちりだ。

 

「セシリア・オルコット」

「……なんですの?」

「日本語は難しいが、敢えて言わせてもらう。視野狭窄の原因の一つだと思うが、プライドと誇りは別だ。お前さんはプライドが高いが、それを誇りと勘違いしている。それを正すべきだ」

 

 戯言として、無視を決め込んだセシリア。そこにセシリアのIS『ブルー・ティアーズ』に通信が入り、準備が整った旨を告げられると、一度だけセンクラッドを睨んでから、憤然とした様子でカタパルトから飛び去って行った。

 やれやれと首を振って、壁面に埋め込まれている大型テレビ越しに観戦する事にしたセンクラッド。

 正直そんな気分ではなかったが、この世界の新型がどの位の戦力なのかを把握しなければならない。万が一攻撃された場合、どの位のランクで応戦すべきかの判断材料が欲しかったのだ。

 レールガン等の近未来的な装備で留まるならばBクラス程度のシールドラインで済むだろう。だが、それ以上があるのなら、装備を組み直さねばならなくなる。

 肉体的なアドバンテージで言えば、『眼』に加えてオラクル細胞によって既存の兵器は全く太刀打ち出来ない程の耐久性に、条件さえ揃えばという枕詞がつくが、無限に近しい再生能力を持っている。更に、あらゆる状況に適応する為の自己進化をも備えているセンクラッドだが、それを言うのならばISも同じだ。

 状況や搭乗者に合わせて成長していく自己成長・自己進化能力があると資料集には記載されており、それがどこまでが限界点というのは記載されていなかったのも引っかかる点だ。

 例えばだが、Sランクの武器を用いて瞬殺出来たとしても、次の機会以降ではその能力によってSランクと同等以上の性能に成長する可能性がある。

 それに、ISがアラガミと同様に根底で独自のネットワークで繋がっているとしたら、一度の交戦で現存するISコア全てに対策が施されてしまう可能性もあるのだ。

 もし限界点がAランクの武具だとしたら、なんら問題は無い。だがSランク、或いはEXランクにまで届くのならば、センクラッド単体では勝ち目が薄くなる。

 全ては大げさに聞こえるかもしれないが、常に最悪の可能性を常に考えておかねば、足元を掬われ、最悪の場合は自身が死ぬ可能性があるという事を、前の世界で嫌と言うほど体験している。

 だからこそ、見極める必要があった。むしろどの世界でも、その『視る』という事はセンクラッドからしてみれば当然の事なのだ。誰も彼も、無知のまま好き好んで死地に飛び込みたくは無いだろう。

 

「ほう――」

 

 一夏の姿を視て、センクラッドは感嘆の言葉を発した。真っ白のISの予測出力を飛翔能力から割り出すと、初期設定でも相当高いものと見受けられた。基準は千冬が乗っていた第二世代ISの打鉄で比較して、相当の差がついていた。

 あの一週間でどれだけの修練を積んだのか、一夏の表情は一切の気負いを感じられない。観衆の中でも自分を見失わずに、ありのままで居る状態を『凪ぎ』と言うのだが、一夏はそれが出来ていた。

 対するセシリアは先の口論が原因なのか、些か過剰な罵倒をしながら、銃を向けている。

 これはひょっとすると、一波乱以上のものがあるかもしれないな、と思い、真剣な表情で見入る。

 敵意が一夏の右肩へとマーキングされ、来るか、と呟いた途端、銃口からレーザーが射出され、一夏の反応が僅かに遅れて被弾し、生成途中であった装甲が弾け飛ぶ。

 

「……成る程」

 

 牽制兼主力兵器のレーザースナイパーライフルであの程度の出力なら、シールドラインはB程度で十分か、と胸中で呟くが、まだ結論付けるには早いと反省し、画面を食い入るように見つめた。

 一夏の武装はどうやら一本の太刀型のブレードしかないようで、一見攻めあぐねているような動きをしていた。専用機で近接オンリーとは相当ピーキーだな、と呟くも、視線は一夏から離さない。理由は簡単で、一夏は先の一撃を喰らって以来、被弾率としてみるならば5%以下に留まらせていたのだ。

 戦う為の、言わば戦士の素質があるのか、それとも専用機の反応速度が良いのか、或いは両方か。少なくとも、一週間前まではISの稼働時間が数十分程度の人間だったとは思えない程の動きのキレが目立っていた。

 対するセシリアは、酷いの一言に尽きる。センクラッドとの口論もあってか、顔を真っ赤にしながらレーザーを速射しているが、冷静さを欠いているのか、どれも照準は的確とは言えない。それもあってか、一夏の回避率が目立つように見えてしまう。

 

「悪循環だな、アレでは」

 

 俺ならあの隙をついて強引にでも斬りに行くが……と思った瞬間、一夏がまるでその思考を読み取ったかのように、相手の撃つタイミングの直前に急加速して一直線に斬り込んだ。

 当然、一夏は直撃を喰らうが、喰らった反動を物ともせずにセシリアとの間合いを詰める事に成功する。

 しまったと言った表情で、だが後ろに下がりながらライフルを撃つセシリアだが、狙撃型の銃は長く取り回しが悪い事もあり、命中率は格段に下がるという特性がある為、撃てるタイミングが激減していた。

 そんなセシリアに何度も一夏が追いすがり、とうとう横薙ぎの一撃がセシリアの銃を破壊し、爆散させると、周囲にどよめきが走った。

 

「……ふむ」

 

 双方やるな、と思うセンクラッド。

 絶妙な加減速と鋭角な旋回を使ってクロスレンジが得意な剣士らしい速度と機動力を持って斬り込んで銃を破壊した一夏だが、剣道の癖からか、残心をしてしまって追撃の手が疎かになったのはマイナス評価に値するだろう。

 セシリアはこのままでは確実に敗北するという事を理解したのか、取り回しの悪い銃をレーザー発射直前に斬らせて爆発を誘発、その反動も駆使して距離を稼いだ。

 その心には焦りがあるものの、先程までの慢心や油断などは一切無い良い表情をしていた。

 

「これは、わからなくなったな。さて、どう出る、セシリア・オルコット」

 

 セシリアが何事かを叫ぶと、セシリアが纏っているISからフィン状のパーツが三つ射出し、一夏の周囲に配置された。

 それを見て、センクラッドは衝撃を受けた。アレは、まさか!!

 

「ファンネル、だと……ッ!? クッ、これは予想外だった。オルコット、やるな」

 

 他の人から見たら、いきなり何を言い出してんだお前、と言った様子のセンクラッドだが、元居た地球では相当のだった為、アレを操れるセシリア……というかISに物凄い羨望の眼差しを向けていたのである。

 あぁ、これだったのか、この世界の男性が抱いていた憧憬と嫉妬というものは……とひたっすらズレた考えをしているが、戦闘に関しての思考はより精確さを増していく。

 虚を衝かれた一夏は数発被弾するも、即座に体勢を立て直し、回避行動に専念した。

 時にはブレードを盾にし、時には直撃を喰らい、時には掠る程度で済ませているのはブルー・ティアーズの機動と発射タイミングと発射場所の割り出しを体と頭に叩き込む為だろう。

 しかし、一夏がいざ攻める体勢に入った途端、ブルー・ティアーズがセシリアの元に戻り、格納された。

 何の意図でそうしたのか掴めず、思わず様子を伺うのだが、これが裏目に出る。

 また再度射出された数は今度は二つで、明らかに一つは対カウンターとして格納されたままだったのだ。

 そして射出する数が減った為か、より緩急つけた動きや発射タイミングが大幅に異なっている為、一夏は此処で思い切って突撃する事を選択する。

 

 ……一方センクラッドは、脳から指令を出しているという可能性を見出し、益々羨ましそうな表情になっていた。

 口許を良く見ると「いけ、フィンファンネル!!」とか小声で言っちゃってる時点でもう、色々な意味で台無しである。

 

 加速して突っ込む一夏に対し、セシリアは温存していた一つを射出するだけではなく、スカートアーマーからミサイルを発射し、直撃させる事に成功する。

 

「何なんだこの力は。はっ、あたしが直撃を受けている!?」

 

 とか言っている馬鹿は捨て置く。

 エネルギー残量が桁二つまで減衰した一夏だが、ここに来て異変が起きていた。

 煙が晴れて一夏の姿が視える様になった時、形状が変化していたのだ。何よりもセンクラッドが注目していたのは持っていたブレードもエネルギー型ブレードに変化していた事だろう。それは真に『白』を体現した武器であった。

 

「あぁ、あっちはレーザーブレード……月光か、スプリガンの月光なのか」

 

 という本気で羨ましがっている馬鹿の声はスルー。

 移動速度や機動能力も上がったのか、ブルー・ティアーズの攻撃を全て掻い潜って命中必勝の一撃を見舞う直前。

 一夏のエネルギー残量が0になり、一夏の敗北を告げるアナウンスがアリーナに響き渡った。

 双方共に、眼を瞬かせている。もう少しで一夏の一撃が入っていた筈なのに、何故敗北のアナウンスが流れたのか、と。

 

「……あぁ、成る程な、自身のエネルギー消費するのか。無念だっただろうな、一夏」

 

 どうやら一夏の持っていたレーザーブレードは、自分のエネルギーを消費して放つ必殺技のようなものだったらしく、その為、少ないエネルギー残量が0になって敗北したのだ。

 

 途中までは良かったものの最後が残念な戦闘に、途中から残念な傍観者。

 色々残念な事が重なって全方位に対して残念な結果となった決闘であった。



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11:それぞれの言い分

 勝者と敗者が明確に示された決闘は、しかし、どちらの表情もその立場の者らしからぬそれを浮かべていた。

 勝者となったセシリア・オルコットは、その表情を曇らせたままBピットへ戻り、敗者となった一夏はどこか釈然としない顔でAピットに戻った。

 一夏は今頃、自分の武器の特性――自らのエネルギーを犠牲にしてバリア無効化の必殺攻撃――を千冬から教授されているだろう。

 

 Bピットへ帰還し、ISを解除したセシリアに対して口々におめでとうと言う整備課の生徒に、形ばかりの笑顔と返答を返しながら、セシリアはセンクラッドを捜していた。あの男や千冬が言っていた事が、何となくわかってきたのだ。

 果たして、センクラッドは壁面に埋め込まれているディスプレイを目の前にして佇んでいた。

 その背中にセシリアは声を届けると、センクラッドが振り向いて視線を合わせた。何処か達観したような、老成したような不思議な雰囲気を持つ男の瞳は、何処までも黒く、吸い込まれるような輝きを秘めている事に今更気付く。この男ときちんと眼を合わせたのは今だと言う事にも。

 

「勝利、おめでとう。それで、オルコットさん、俺に何の用かな?」

「貴方が言っていた事、ようやくわかりましたわ」

「ふむ?」

「確かに、わたくしは慢心しておりました。搭乗時間が数十分足らずの素人に、いえ、男になんて負ける筈が無い、と」

 

 どこかすっきりとした表情で語りだすセシリアに対し、ほう、と漏らすセンクラッド。

 対戦前までにあった苛立ちや悪意がその心から消え失せていたのだ。今のセシリアの心はセンクラッドの眼を通しては何も視えて来ない。つまり、邪心は消え去ったと見ても良い。

 ただの一戦、されど一戦か。と内心で呟きつつも、耳を傾け、相槌を打つことは礼儀として忘れない。

 

「あの時のわたくしは、男というだけで過剰な……そうですわね、ある種の期待と軽蔑を持って見ておりました。でも戦ってみて、蓋を開けてみれば――」

 

 あの場で恐ろしい程の冷静さでクレバーな戦術を採った織斑一夏という存在に、セシリアは身も心もぶるりと震わせていた。もし、あそこで一夏のエネルギーが0になっていなければ、セシリアは敗北していたかもしれないのだ。

 冷静さを欠いていたとはいえ、対戦相手の射撃の癖を見極める為に『見』に徹するというのは、素人では絶対に出来ない真似だ。銃口を向けられればプロですら僅かながらの動揺が入る筈なのだが、一夏は躊躇わずにその選択をした。

 

「言っただろう、一夏が機体性能を駆使すれば、お前さんの敗北する可能性は50%まで跳ね上がると」

「ええ、流石はブリュンヒルデの弟。正直わたくしは、土壇場で臆して逃げると思っておりました」

「土壇場でこそ、発揮するものもある。特に、生き方というのは血筋に寄らず、親や年長者に似ていくものだ」

 

 そう言ってセンクラッドはグラール太陽系警察機構ガーディアンズの総統とその娘の事を思い出していた。血は繋がってはいなかったが二人の生き方は何処か共通していたな、と。

 対してセシリアは、生き方、ですか、とぽつりと零すに留まる。遥か彼方の惑星群に想いを馳せていたセンクラッドは、左眼がセシリアがじわりじわりと湧き出ている負の感情を察知する事で現実へ戻る。

 

「時間があるならで構わないんだが、俺の部屋で少し話さないか? あぁ、言っておくが――」

「美貌と家柄は関係ない、でしたわね」

 

 あっさりと切り返された事にパチパチと眼を瞬かせるセンクラッドを見て、フワッとした笑顔を見せるセシリア。

 それは、間違いなく肩の力が抜けた、本来の彼女が出す表情の一つだった。

 暫くそれに見惚れていたセンクラッドだったが、瞳を閉じて口の端を上げてフッと笑う。これならば問題は無いだろう、と。

 だが、誘った手前「やっぱ何でもないから部屋に来るのはナシで」等言える筈もなく、取り越し苦労だったなぁと思いながら言葉を紡いだ。

 

「――では、着替えてから来てくれ。場所はわかるか?」

「把握しておりますのでご心配なく。ではまた後程」

 

 セシリアは一礼してピットから出て行き、センクラッドはAピットへと足を向ける。千冬に黙って帰るのは礼を欠いた行為だと認識しているし、セシリアを部屋に呼ぶという事も一応報告せねばなるまい。

 特例とまではいかないが、センクラッドが誘ったと言えば自室に無理矢理入ろうとする輩が出てこない筈だ。万が一、セシリアが無い事を吹き込まないように監視カメラのスイッチを入れておくか。

 そう思案しながらAピットに付いたセンクラッドが見た光景は、何故かうちひしがれている一夏と、幼馴染を慰めようと色々な言葉をかけている箒に、オロオロと慌てふためている真耶と、失言したと言った風に口を抑えている千冬、という何とも言えないものだった。

 

「なにこのカオス」

 

 その情景をたった一言に集約させながら足音を大きく響かせて歩み寄るセンクラッドに全員が気付いたのか、振り向く皆だったが、箒がまず反応した。

 怒髪天を突く、とまではいかないがかなりの勢いを持った怒りの感情を左眼から視てとったセンクラッドは、嫌な予感を察知しながら一夏達に挨拶をした。すると、

 

「センクラッドさん、どういう事ですか?」

「は? ええと、何がどういう事なんだ、コウ……篠ノ之さん」

「一夏とセシリアの勝負で賭けをしたと聞きました。しかも、両方とも負ける内容で賭けたと聞きました! どういう事ですか、それは!!」

 

 自分で喋っておいて怒りが込み上げてきたのか、最後は割と怒鳴り声になっている事に気付いているのかなこの子、と思いつつ、千冬にどういう事なのかと視線を送ると、口が滑ってしまったのでどうにかフォローしてくれ、という目線が返ってきた。

 センクラッドはクラっと立ち眩みを覚えて脱力する。どうして厄介な事を増やすかなあの女帝は、恨むぞホント、と心の奥底で愚痴を吐き出しながら、もっともらしい事を告げる為に脳を回転させる。

 

「簡単な事だ。考えてもみてくれ。ブリュンヒルデの弟だろうが、篠ノ之博士の妹だろうが、代表候補生には圧倒的なアドバンテージがある。それは何だと思う、篠ノ之さん?」

「――搭乗時間、ですね」

「その通りだ。いかに上手く教えようとも、鍛錬した時間に勝るものはない。勿論才能と言う近道はあるが、今回のケースは一週間しか時間は無かった。搭乗時間300時間以上の代表候補生を打倒するには少々どころか、まるで足りていないと判断した。故に、一夏が何処で負けるかを予想した。ただそれだけのハナシだ」

 

 と言って会話を打ち切ろうとするが、箒はその手には乗らんとばかりに会話を続ける。

 

「賭けの内容には納得致しました。ですが、生徒を賭け事の対象にする事自体がどうなのかと言ってるのです!」

「賭けのハナシはそもそも千冬が持ちかけたのだから、それは知らんよ。文句があるならそこに居る堕落教師に言ってくれ」

 

 馬鹿な、という風に全員の視線を集めた千冬の表情は、裏切ったな貴様と言わんばかりのそれだったが、騙して悪いがこれも性分でな、と視線で切り返し、千冬に対してトドメを刺す為に、爆弾を放り投げた。

 

「ちなみに言うと俺も千冬も当然ながら一夏が敗北する事に賭けた為、これでは賭けにならないと判断してわざわざ敗北の内容で賭けを持ちかけてきた奴が皆の眼の前にいるわけだが……それを踏まえて一夏、お前さんはその姉をどう思う?」

「え。いや、最低だなと……あ」

 

 最愛の弟からの必殺の一撃によって真っ白に燃え尽きたようにガクリと膝から崩れ落ちた千冬。さらっと起爆させた一夏がヤベェという顔をするが、今回に限っては千冬が悪い為、何も言えないのだろう。

 恨みがましい涙目でセンクラッドを睨みつけるが、それを何処吹く風とばかりに涼しげな表情でスルーし、だがフォローもしておかないとダメだと判断したのか、センクラッドは、

 

「だがまぁ、実際まさかの逆転負けだっただろう。それに機体性能……というよりは武器性能を把握していない為に敗北したと思わないか? 武器性能さえ把握出来ていたら勝利を掴めたと思うのだが、皆はどう思う?」

「まぁ……」

「それは……」

「確かに……」

 

 と、灰になった千冬以外の賛同を得られて満足したセンクラッド。賭けはチャラになったし、千冬は灰になったし、面白いものが見れて良かった良かったと本当に満足しているこの男、本当に最低な野郎である。

 

「ただ篠ノ之さんの言う通り、非公式の場でとは言え賭けをする事自体、間違っていたと思う。すまなかったな一夏」

 

 と殊勝な表情で頭を下げたセンクラッドに対し、慌てた様子で、

 

「いやえっと、俺もそんな風に賭け事に使われない位強くなるって誓ったので……」

「そうか。篠ノ之さんは許してくれるかい?」

「そうですね。ちゃんと謝罪しましたし、何より本人が許しているので」

「ありがとう。ちなみに真耶先生、千冬の処遇は?」

「え!? あ、はい。織斑先生には後でお説教しますから」

 

 あー、お説教するんだ。セシリアと一夏の決闘を持ち出して誤魔化すのかと思ったがと感心するセンクラッド。一人勝ちも良いところである。それに気付いているのは千冬のみだが、ここまで事態が終息してしまった以上、覆すことは不可能と悟り、項垂れる。

 その表情は普段見せない表情だったので、真耶なぞ「先輩が可愛くてもうなんというか」状態に陥っている。

 ふと、センクラッドは気付いた。一夏が敗北したとなると、セシリアと一夏の賭けはセシリアの勝ちになる、それはつまり――

 

「そういえば、一夏。お前さん、セシリアと決闘して敗北したら奴隷になると約束していたが……」

「あ」

 

 そんな事すっかり忘れてたという表情を浮かべ、次いでがっくりと肩を落とした。箒は「そんな賭け事無効だ!!」と叫んでいる。

 まぁ、普通に考えてみれば傍若無人な賭けなので、例え本人達が了承したとしてもイギリス以外が反対して有耶無耶になる事は眼に見えていたのだが、センクラッドはそこで提案を持ちかけた。

 

「実はこの後セシリアと話し合いがあってな。決闘云々はともかくとして、その後の処遇に関しては一言申し出ようと思うが、その方が良いかな?」

「も、勿論です、お願いします!!」

 

 本当に嫌なのだろう、全力で頭を下げた一夏に任せてくれと強く頷いた。一部の人は除くが誰だって奴隷は嫌だろう。特に今の世の中は女尊男卑、何をやらされるか溜まったものじゃないのだ。

 センクラッドが決闘前日までにインターネットを介して拾った世界情勢はどれも眉を顰めるものばかりだった。

 例えば女性が絡む裁判では裁判員は9割女性で固められ、男性に不利な証拠ばかり何故か見つかるという事例が発生していた。

 見知らぬ女性が買い物の荷物持ちを命じ、それを拒否した男性を警備員に突き出したという、センクラッドからして見れば噴飯物な事件もあった。

 極めつけは、道を教えなかったからと警察に突き出せば逮捕される、という情報だ。

 これは流石に嘘だろうと思いたかったが、そのような事例は数多くのぼっている事から残念ながら事実なのだろう。

 何と言う歪んだ世界だと、男としても人としても苦々しく思っていた後に、先の約束事を思い出したのだ、そりゃ一夏を助けたくもなる。

 

「大丈夫だ、俺に任せておいてくれ」

「ファーロスさん、ありがとうございます!!」

「いや、気にする事は無い。不当な扱いを受ける人を助ける事は、前にもやっていた事だ」

「あの……ファーロスさん」

 

 遠慮勝ちに声をかけてきたのは、真耶だった。センクラッドがどうしました?と聞き返すと、意を決した風に、

 

「ええと、つかぬことをお聞きしますけど、人を助ける仕事を?」

「……あーいや、昔ですよ。ガーディアンズという……そうですね、この世界で言うところの警察のような組織に在籍してました。新人を教える教官役を務めていたり、総統と呼ばれるお偉いさんの相談役を任されていました」

「ええと、教官役というと、私達教師みたいな?」

「うーん、まぁ、そんなもんです。実地研修も含めてやってましたよ」

 

 白が特徴の女性型キャストを教育した事を思い出しながら言ったセンクラッドは、ふと、ヴィヴィアンは元気でやっているだろうか、と胸中で呟いた。

 きっとフォトンを信仰するカーシュ族とグラール太陽系警察機構であるガーディアンの架け橋役も務めた彼女なら、元気でやっているとは思うのだが、たまーに妙なところで変な失敗するからつい心配してしまうな、と口許に小さな苦笑を零した。

 それには気付かずに、一夏は疑問を投げかけた。

 

「つまり、ファーロスさんは警察で言うところのキャリア組って奴なのか?」

「どうだろうな、キャリア組が何を指すかはわからんが、取り合えずお偉いさん方に口出しはしていたよ」

「はえー、凄いですねー、私よりも若いのに」

 

 実際にはキャリア組とかそういう次元を遥かに超えている。

 所属や勢力を変えて何度も世界を救った英雄はこの男とイーサン・ウェーバー位なのだが、流石に「まぁほら、俺は、世界を何度か救った経験があるからな。それ位は当然サァ」とドヤ顔で言おうものなら、何と言うか嘘臭い以前に頭が残念な人になってしまう為、曖昧な表情で頷いた。

 頷いて、致命的な勘違いをされている事に気付く。

 

「ちょっと待った山田さん、今何と?」

「え、私よりも若いのに、ですか?」

「……山田さん、俺は何歳くらいに見えましたか?」

「ええと……その、じゅう……二十歳位かと」

 

 その言葉に、思わず天を仰いだ。幾らなんでもそれは、と呟いたセンクラッド。違うのですか?と邪気の無い顔で聞き返された為、頷いて答えた。

 

「今年で27ですが……」

 

 場が一気に凍りついた。灰になっていた筈の千冬が眼を剥いてセンクラッドの顔を凝視し、真耶は「え、年上?」と呆然とした表情で呟いた。一夏と箒に至ってはフリーズを起こしている。

 確かに、センクラッドは年齢よりも若く見られる。ほうれい線は全くと言って良いほど出ていないし、顔の造詣は青年の域に入るか入らないか、言い換えれば真耶とは違うベクトルではあるが、童顔といっても良い造りをしていた。

 生来の気質に加えて様々な体験をした事により厭世的な雰囲気を持っている男だが、基本的に物腰は丁寧でその顔だ。

 まぁ、声だけ聞けば確かに年齢相応以上には聞こえるが、あくまでそれは声質であって中身ではない。中身も愉快犯的な本性を見せていない為、大人びて見えているだろう。

 色々あって肉体年齢を成長期~全盛期の間に保ち続けている事が原因か、とアタリをつけているが、それでも若く見られすぎている事にショックを受けるセンクラッド。

 前の世界では余り言われなかったのは、明日生きれるかわからない世界では人の年齢なぞ気にしている場合では無かったからだろう。

 

「ええと、ファーロスさんの年齢って地球換算ですよね? グラール歴が365日も無くて特殊な換算して27とかじゃないんですよね?」

「地球歴で換算して27です」

 

 キッパリハッキリとそう物申したセンクラッドは、全身から強い疲労感を滲ませていた。

 前の世界の事を思い出している内に、グラール太陽系にて9割の確率で身分証の提示を求められていた事を思い出したからだ。何度も何度も提示を求められるので、いっそ整形してやろうかと思った時も有った位だ。

 もっとも、センクラッドの左眼に同化している存在のせいで、顔付近はいじれなくなっているので、それは無意味な思いなのだが、時として不可能な事でも願いたくもなる時はある。

 

「す、すいません!! 気軽に話しかけてしまって、その――」

「あぁ、いえ、別に良いんです、若く見られるのは良いことですから」

 

 それにしたって限度があるけどな、とささくれ立つ胸中に呟いて、やれやれと首を振るセンクラッド。千冬に視線を向けると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でジィィィイっとこちらを見続けている事に気付き、半眼で、

 

「何だ千冬、そんなに俺の年齢がおかしいのか?」

「……あ、いや、ただ敬語にすべきかどうかをだな……」

「勘弁してくれ、俺は敬語を使われるような人間じゃない。それに言っただろう、お前さんは敬語を使うよりも使われる女帝ぽい雰囲気があるから、そんな奴が敬語で話そうにも何か企んでるとしか思えないと」

 

 その言葉に、一夏が真っ先に吹き出した。条件反射で想像してしまったのか、真耶と箒も笑いを堪えて俯いている。「お前ら……」と怨念のような一言で反射的にビシッ!!と背筋を正す三人だが、どうしても顔が紅潮している為か、それとも肩が震えているからか――約一名は両方だが――全員が全員、笑いを堪えているのがバレバレである。

 

「センクラッド……後で話がある」

「それは後で覚えてろよ、という台詞の改変で良いのか?」

「黙れ小僧」

 

 本格的に怒りを買ったのか、眼光鋭く睨みつけてくる千冬を無視し、箒へと視線を合わせてセンクラッドは言った。

 

「まぁ、そろそろ時間もおしているので、退散させてもらうよ。それと篠ノ之」

「はい?」

 

 何故自分が呼ばれたのだ、という顔をして見つめてくる箒に、センクラッドは不敵な笑みを浮かべ、

 

「再戦、何時でも待っているぞ」

「!! わかりました。何時か、再戦を申し込みます。貴方がこの星から移動する前に」

「あぁ、楽しみにしてる」

 

 そう言ってセンクラッドは手を差し出した。意図を読み、迷わずに差し出された手とガッチリ握手をする。何時か越えるべき相手として、箒はセンクラッドの姿を眼に焼き付ける。

 ここに、本当の意味で箒はセンクラッドを見た。それは小さな変化だったが、徐々に徐々に今後の篠ノ之箒を形成する重要な要素となる。挑戦する意思、諦めぬ心はこの時から強く育まれていたのかもしれない。

 別れの挨拶を告げたセンクラッドは、自室に続く廊下へ足を向けて歩き出した。

 その姿が見えなくなってから、一夏は箒に顔を向ける。

 

「箒。俺に出来る事があれば手伝うからな」

「え?」

「だってほら、俺は箒の相棒で、幼馴染だからな」

 

 手伝うのは当たり前だろ、と言い切った一夏に対して嬉しそうに眦を下げて微笑む箒。「青春っていいなぁ」と何処か年老いた発言を零す真耶であったが、ふと背後に居た筈の千冬が居ない事に気付き、ハッとした表情を浮かべてAピットの出入り口用の自動ドアを見て、鋭く叫んだ。

 

「先輩!!」

 

 ビクゥ!!とばかりに体を反応させた千冬がそこに居た。何と言うか、悪戯が見つかった幼児や子供ならそういう反応をするだろう、という風な反応だ。

 プリプリと怒る素振りを見せながら、真耶は千冬の元に歩み寄り、腕を掴んだ。

 

「な、何かな山田先生?」

「織斑先生はお説教です」

 

 普段の真耶からは想像が出来ない程の冷ややかな声を出し、そのまま職員室へ連行すべく、腕を掴んだまま移動した。

 反抗する気は無いのか、良い訳染みた何事かを呟きながら、物凄い珍しく一夏に助けを求める目線を送るが、一夏はとても爽やかな笑顔を浮かべ、サムズアップをし、そのまま指を下に落とした。

 

 千冬姉、賭け事は公務員失格だから怒られて来ると良いよ!!後、弟を賭けの対象にする千冬姉は嫌いだから!!

 

 という一夏の心の怒声を余す事無く汲み取った千冬はサラサラと風化しながらドアへと飲み込まれていった。暫く立ち直れないだろう、具体的に言うと次の転入生が来る位まで。

 ちなみにその後、箒が心配して千冬の部屋を訪ねたら、自棄酒をかっくらってあられもない姿で泥酔している堕落教師を眼にし、更にそこから絡み酒の泣き上戸という最悪の絡まれ方をしたせいで、箒は千冬を姉と同列に扱うべきか慎重に検討し始める事になるのだが、それはまた別のお話、という事で。



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12:イギリス代表候補生との会談

 堕落教師をフルボッコしたり、剣術娘と再戦の約束を交わした事で大いに満足したセンクラッドが自室のドアロックを解除してドアを開けると、ふんわりとした甘さを含んだ空気が漂っていることに気付き、次いで視覚情報にありえないものが多々映りこんできたのを確認して、頬を引き攣らせた。

 

「おや、怜治。丁度良い所に。そろそろ小腹が空いて帰ってくると思っていたが、いやこれはこれは。本当に帰ってくるとは、私もまだまだ現役のようだ」

「……お前は本当に何をしているんだよ……」

「見ればわかるだろう、ティータイムの準備だよ」

 

 VRTモードのまま自室を出たのに、帰ってきてみれば何時もの部屋に戻っている上、テーブルの上にはチーズスフレとティーポットが置かれていた。言うまでも無いがこの男の仕業である。ちなみに服装は何時もの赤原礼装ではなく、執事が纏う服装に変わっている。

 テーブル周りの準備を終え、テキパキとした動作で淀みなく次の行動に移る男の格好を指摘すべく、センクラッドは口を開いた。

 

「その格好はどうしたんだ?」

「自前だよ」

「……それで、何で執事服を着てケーキを作ったんだ?」

「生前は執事もやっていてね、気分転換を兼ねて君の為に作ったが、駄目だったかね?」

「別に駄目じゃないさ、駄目なんかじゃないんだがな、何と言うかだな、ええと……」

 

 戦闘服よりも執事服が似合うサーヴァント。これがかつて伝説を築き上げた事がある英霊だったという事実を、この世界に来て徐々に徐々に信じられなくなりつつあるセンクラッドが、ジットリとした視線を浴びせながらぼやいた。

 

「俺はお前が『アーチャー』ではなく『バトラー』として出てきても勝ちぬけていたかもしれんな」

「ふむ、確かに、バトラーならばあらゆる制限が無い。故に弓兵としてよりもあの時以上に楽に勝ち抜けただろう。しかしそれを知っているとは君はムーンセルに一体何回のループを強いられていたのかね?」

「記憶が断片化しているからわからんが、少なくとも数回のハナシじゃ無……いや待てちょっと待った、何だそれは。流石に冗談、だよな?」

「無論、本気だ。何だ、知らなかったのか? 荒事をこなしてこその執事、という言葉がある――」

「あぁ、うん、もうそれで良いよ」

 

 頭痛がしてきたのか、額に手を当てながら歩いて椅子に座り、その後テーブルに両手をついてぐったりとするセンクラッド。

 今眼の前にいる英霊はきっと何を言っても絶対に切り返してくる、何故なら執事だから。執事は最強だから仕方ない、という自己暗示めいた言葉をツラツラと脳内に流して今までの事をリセットし、伝えるべき事を伝えた。

 

「客が来るので、急ぎでもう一個追加して欲しい。後、客が来たら隠れてくれ」

「客と言うのは?」

「セシリア・オルコットというイギリス代表候補生だが、それがどうした?」

 

 ふむ、と顎に手を当てて思案する男。不思議そうにセンクラッドはそれを見つめていたが、ニヤリと笑う男を見て、嫌な予感が炸裂した。この手の笑顔を向けられて良い目に巡り合った事が一度たりとも無いのだ。

 

「それならば私も自室へ戻っておこう」

「……激烈に嫌な予感しかしないが、一応理由は聞いておいてやる」

「君の童貞を捨てるチャンスに私が居てはやり難かろう。だから――」

「もう黙れよ仮想童貞。そういう事じゃないから。良いからとっとともう一個ずつ作れ、ド阿呆」

 

 吐き捨てるように命令し、立ち上がってドレッシングルームに入る。椅子に座って一息つこうとしたのだが、あの男がからかってくるのをスッカリ忘れていたのだ。

 どうにかならんのか、あの性根はとぼやきつつ、己の視界に服装データを投影し、ラフな部屋着として服装を黒のスラックスとワイシャツを選択して今着ている服とそっくり取り替えて部屋に戻ると、命令を唯々諾々と受けながらもキッチン越しに何処か面白そうな表情でセンクラッドを伺っているシロウの視線にぶち当たった。

 それを意図的に無視し、椅子に座ってテーブルを左手の中指でトントンと軽く、そして正確に秒単位で叩き始める。

 カップラーメンが食べれる位の時間になっても何も言ってこないシロウに苛立ちを感じたセンクラッドは自分から口を開いた。

 

「……何だ?」

「本当に消えなくて良いのかね? 折角のチャンスを無為にする程、君は枯れてはいまい。私に遠慮せずにだな――」

 

 返答は左手にピストルのポーズを取らせて一言「レールガンぶっ放すぞ」と呟くと、シロウはやれやれと肩を竦めながらキッチンから出、テーブルにもう一組の菓子を置いたと同時に、遠慮勝ちなノックが室内に響き渡る。招いた来客は一人しか居ない為、誰かを確認するまでも無い。セシリアが来たのだ。

 もう来たのか、早い、早すぎる。せめて精神的疲労を多少なりとも回復させてから来て欲しかった、とぼやきながら、ふと視線を男に向けると、そこには誰も居なかった。

 あの短時間で一体何処に行ったのか。位相をずらして自室へと戻ったのか、それとも隠れたのか。今思考しても埒が明かぬと溜息をつきながらドアに人差し指を向けて横にスライドさせると、その動きに呼応してドアが開いた。

 そこには眼をパチクリと瞬かせているセシリアが居た。

 

「今、勝手にドアが開きまし、た?」

「グラール太陽系の技術を使って俺の意思で開けた。逆に言えばそのドアは招かざる客に対しては絶対に開かないという事だ」

「便利ですわね……」

 

 センクラッドの発言から防犯も兼ねている事を察し、感心した素振りを見せながらセシリアは入室した。

 手招きしている部屋の主人と向かい合うようにテーブルに付くと、セシリアはきょとんとした風に、チーズスフレとティーポットを見つめ、次いでセンクラッドの顔を見つめ、そしてもう一度、テーブルに在る物を見つめた。

 何か似つかわしくないものが置いてある、とセシリアの顔に書いているのを正確に読み取ったセンクラッドは、なんつー失礼な事考えているんだと思いながらも、

 

「好きに飲み食いして構わん。味が気に入るかは保証はせんが、少なくとも旨いと思うぞ、俺はな」

「確か、味覚は同じだとか?」

 

 記者会見を見ていたと同義の言葉に対してその通りだ、と頷きセシリアと自分のカップに紅茶を淹れた。

 恐る恐る口をつけたセシリアは眼を見開いて驚く。イギリスでもここまで芳醇な香りを持ち、舌触りが良く、喉から胃へとスルリと入る紅茶は簡単にはお目に掛かれないものだ。思わず「美味しい……」と呟くと、センクラッドは眼を細めて口の端を上げた。

 自分が作ったものではないが、仲間が作ったものを褒められて悪い気はしないものだ。

 

「これは、貴方が淹れたのですか?」

「俺は淹れられんよ。紅茶とスフレは俺の……そうだな、戦友が作ったものだ」

「その方は今、どちらに?」

 

 声が若干硬化したのは仕方ない事だ。眼の前に居ないのなら、この部屋から出て地球を偵察しているのかもしれない。イギリスの代表候補生としても、一人の地球人としても、そのような事が起こっているのなら看過は出来ない。その心情を汲み取ったのか、センクラッドはその心配は無用だ、と呟き、

 

「そいつは今、別室で待機している。俺に危害を加えようとしない限りは出てこない……筈だ」

 

 オラクル細胞を密かに励起し続けている為、ある程度以上の隠密行動を看破出来るのは楯無との邂逅で実証済なのだが、徹底した隠密行動を取っていれば気付けないし、悪意を伴わないのならば左眼は何も反応してくれない。

 そして、あの男は徹底した隠密行動も取れるし、こちらに害意を向ける事は絶対無い事を知悉している為、自信が無いのだ。本当に位相をずらして自室に戻っているのなら良いのだが。

 だが、そんな事を知る由も無いセシリアは若干体に力を込めて、いつでも動ける状態へと移行していた。

 疑いたくは無いが、疑うしかないと言う表情をしているセシリアを見て、センクラッドは諦めた。元々こうなるだろうと予測はしていたのだ。仕方無しに口を開き、

 

「……シロウ、居るんだろう、出てきてくれ」

「了解した、マスター」

 

 セシリアは眼を見張った。センクラッドの右側後方にある大きな古時計の裏側から、赤銅色の肌に真っ白な髪と執事服が特徴的な男が現れたのだ。気配を察知する為に素早く周囲を探っていたのだが、全く気付けなかった事にショックを受けるセシリア。

 やはり隠れていたな、と苦々しい表情で呟くと、シロウと呼ばれた男は、

 

「私は君の護衛も兼ねているからな、その辺は諦めたまえ」

 

 と、飄々とした表情で、だが何処か面白そうに言った。

 じっとりとした視線でどの辺だよと問いかけるも、そんなものは悉くスルーされるという事を身を以って体験してきているセンクラッドは、すぐに視線を逸らし、未だ眼を見開いているセシリアの硬直を解く為に男に指示を出した。

 

「セシリアが困っているから、自己紹介をサラっとしとけ、サラっと」

「了解した、マスター。私はその『少年』の忠実なる執事のシロウだ。言いにくいのならシェロとでも呼んでくれ」

 

 テメェマジぶっ飛ばすぞ、という視線を無視し、シロウは優雅な一礼をした。その礼は綺麗で一部の隙も無い、セシリアから見ても何ら可笑しくも何とも無く、むしろそれだけで芸術と呼ぶに値するものに見えた。

 セシリアも自らの出自と名乗りをあげると、どこか感嘆した風にシロウは顎に手をやり、何度も頷きながら、

 

「ふむ、成る程。貴族の令嬢と懇ろになるとは、心配していたが枯れてはいなかったのか。マスターに春が来たようで私も嬉しい」

「――あら、ファーロスさんは私の美貌と家柄に惹かれてはいないと仰ってましたのに」

 

 シロウの視線に何かを感じ取ったのか、セシリアはセンクラッドに対してそう言った。益々苦い顔になり、センクラッドはそんなつもりは一切無いという風に手を顔の前で何度も振るも、悪ノリし始めた二人を止める事は出来なかった。

 

「マスターは今まで誰とも付き合ったことが無いからな。家柄云々はともかくとして、外見についてはついそう言ってしまったのだろう」

「そうなのですか?」

「少なくとも、君は私が見た中でも相当の美人だ」

「あら、お上手ですこと」

「事実だよ」

 

 何このイジメ、という顔をしているセンクラッドを見て、とうとう堪えきれなくなったのか快活な笑い声を上げたセシリアとクッ、と意地の悪い笑みを見せるシロウ。

 少なくとも、場の緊張感は解れたから良いのかどうなのか、と若干肩をこけさせたセンクラッド。

 

「……俺のハナシはともかく、そこの阿呆が俺の連れだ。記者会見で出さなかったのは、俺がリーダーだから、というのが大きいな。雁首並べてやるタイプの記者会見ではなかったし」

 

 成る程成る程と何度も首肯しているセシリア。そのまま極自然な動作でその手がスフレに伸び、一口サイズに切り分けて口に運ぶと、やはりというか当然というか、眼を丸くしてシロウを見つめた。

 

「シロウさん、貴方御菓子作りの修行も?」

「コイツ曰く、執事は一通りこなしてこそ、だそうだ。菓子作りの職人はこの世界で言うと、確かパティシエだったか?」

「ファーロスさんの言葉の使い方は本当に驚きますわ。確か、インターネットから情報を取得しているとか」

「あぁ、シロウと一緒に学習していた。水準以上に話せると判断したから今は勉強会は開いていないがな」

 

 シロウが口を開くよりも前に、センクラッドが口を挟む。何事だと視線で問いかけてくるシロウに対し、センクラッドは首を微かに振って答える。何となく予想がついたシロウは、肩を竦めて視線をセシリアに戻し、感心した素振りを見せる。 

 

「セシリア、君の日本語はとても流暢だ。この世界では日本語が標準なのか?」

「そうですわね――ISを学ぶ為に日本語は必修ですから」

「そういえば資料集に書いてあったな、ISを本格的かつ手っ取り早く学ぶ為にはIS学園に入学する事、と。最新版の教本や資料は常に日本語優先だから、日本語を学ばなければ競争に出遅れてしまう為、世界標準語に指定された……だったか?」

「その通りですわ、各国の足並みを揃える為、日本語が世界における標準語になってまだ日が新しいですけれど、いずれは地球語と呼ばれる事になるのではないでしょうか」

「ふむ。その星の成熟度を量る指針の一つに言語の統一はあるから、それは妥当な判断だと思う」

 

 君は一体何を言ってるんだ、と言わんばかりの表情を浮かべたたシロウだが、センクラッドがまた何か自分の首を絞める様な事をやらかしたのかと洞察して「また君は何と言うか……」という視線を投げかけた。紅茶のカップで顔の半分を隠す事でそれをスルーしたセンクラッドは、本題に入る為に、話を振る事にした。

 

「セシリア、差し支え無ければで良いのだが、質問をして良いか?」

「ええ、私に答えられることなら」

「Bピットで一夏との対戦を評した時、お前さんは生き方という言葉に少し反応していた。もっと言えば、何かを思い出している様だった。それも、酷く哀しげだった」

 

 その言葉に俯く事で、表情を無くした事を悟られまいとするセシリア。しかし、この場に居る二人には通用しない。シロウは長年の経験から、センクラッドは左眼からそれぞれ負の感情を正しく読み取っていた。

 

「……それは、興味本位という事ですか?」

「そうだな、それもある。ただ、それだけじゃない。何といえば良いのか……そうだな、お前さんに似ている奴が居た。そいつが抱えていたもの、それに似ているのなら、俺はそれを解消しなければならない」

「似ていた?」

「俺が所属していたガーディアンズと呼ばれる警察組織に、性格は真反対だがお前さんに似た奴がいてな。よく無理をしていた」

「――無理を?」

 

 聞き返してくるセシリアに頷き、ビーストの現総統とヒューマンの前総統の義親子関係を修復する為に様々な手を使った事を思い出すセンクラッド。あのじゃじゃ馬を素直にさせる事は容易ではなかった。その過程で恨まれた事もある。

 しかし、その恨みは既に解消している上に、良好な親子関係を築けているので良しとしよう。

 だが、それを短く言うのは中々難しいものなのだ。

 

「アレは、そうさな……親の期待と、それを鬱陶しく感じていた子のすれ違いだ。親のやる事に理解を示せず、反発ばかりしていた者が居た。そいつは、親の力を借りずに、独りの力でどうにかしようともがいていた。セシリアの場合は、そうだな。一夏と戦う前に俺と話した時、オルコット家の当主と言っていただろう? それにしては視野狭窄と性差別が酷かった事と、今のお前さんと先の戦いの前のお前さんはまるで違う事から、家を継いでまだ日が新しいと推測した。となれば似たケース或いは真逆のケースだと思うのだが、どうだろうか?」

「敵いませんわね――」

 

 そう言って、力の抜けた小さな笑みを浮かべたセシリアは、何処か儚く、見る人に哀しみを覚えさせた。瞳を閉じて数秒間深呼吸をした後、セシリアは口を開いた。己と己の家族に起きた不幸を話す為に。

 

「オルコット家と言えば、わたくしの国、イギリスでは知らぬ者が居ない程、有名な名家でした。母はオルコット家の中でも稀代の実業家として名を馳せました。幾つもの会社を興し、成功させてきました。ですが――」

「亡くなったんだな?」

 

 過去形から推測したセンクラッドの確認に頷くセシリア。その心には哀しみや怒りが渦巻いているのをセンクラッドは左眼越しに視つけていた。

 セシリアのティーカップが空になると同時、静かにシロウが紅茶を注ぐ。礼を言って舌を湿らすと、セシリアは続きを話し始める。

 

「父と母は、三年前に越境鉄道の横転事故で亡くなりました。死傷者は百人を超えた今世紀最悪の事故として有名ですわ」

「――ふむ」

「わたくしの手元にはオルコット家と今まで母が稼いだ財産が遺産として残りました。ですが、これを狙おうとする輩も当然出てきました。だから、わたくしは強くなければならなかったのです。強くなる為に、奪われない為にわたくしは必死で学習を重ね、ISの適正結果が高かったのもあり、国と取引しました」

「取引?」

 

 何やら宜しく無い単語が出てきたな、と思いながら、セシリアを視ると、やはりそこにあったのは苦悩と悲哀であった。 不本意だったのだろう、その事を思い出したのか、眉を寄せて言葉を吐き出すように告げるセシリアの表情は、何処か痛々しい。

 今まで聞き役だったシロウは何やら妙な反応を見せていた。眉根を寄せてセシリアを見る視線はどこか厳しいものであったが、それに気付いたのはセンクラッドだけだ。電子世界で話していた事を思い出したのだろう、とアタリをつけてセンクラッドは続きを促した。無論、目配せをしてシロウに過剰な反応をするなと伝えるのも忘れない。

 

「ええ、家を守る為、母の名を守る為にわたくしはこの身を祖国に捧げました。国籍自由権を放棄し、最新鋭のISの実験データを取る為の駒になる事を了承しましたわ」

 

 全ては、家の為に。そう締めくくって口を閉じたセシリアは、何処かすっきりとした表情になっていた。憑き物が落ちたとも言えるだろう。無言のまま、シロウはセシリアを見つめ続けている。

 カッチ、コッチと時計が針を刻む音が空間を支配していた。思い出話にしてはやけに重いものだと思いながら、センクラッドは口を開く。

 

「セシリア。その取引についてだが……後悔はしていないんだな?」

「後悔してませんわ。わたくしは、オルコットですもの」

 

 そう言い切ったセシリアは、真っ直ぐな眼をしていた。それを確認したシロウは強めていた視線を消し去り、やがてクッと笑みを零した。

 センクラッドも、怒りや悲しみが見えても、諦めや絶望が視えていない事に内心安堵していた。あの二つの感情が育つと、人は容易く堕落するのだ。諦めが絶望や怒りに変わり、絶望と怒りが心を支配した時、その人物は他者に危害を加える因子となる。それはどんな欲望よりも強く醜い存在だ。

 もしそのような人物が今、自分の眼の前に現れたとしたら、確実にセンクラッドは一回分の転移エネルギーが溜まった瞬間に逃げるか、その人物を処断していただろう。

 以前、センクラッドはアラガミという人類種の天敵が跋扈する世界で、守るべき者達から排斥されかけた事があった。その扇動していたリーダー格の男が心に秘めていた絶望と怒り、そして扇動されていた者達の絶望と諦めは、人の心が持つ許容量を遥かに超えていたのだ。

 まぁ、その事に思い当たったのは、セシリアが来る直前、もっと言えばどうやって話題を作るべきかという事から思い出した事である。そんな重要な事をサラっと忘れかけている辺り、この男のうつけ振りは相当なものだろう。

 

「セシリア、それで、さっきから父の話題をあえて避けているのは何故だ?」

「それは――」

 

 先程までの凛々しささえも見えていた表情が一転して陰りを帯びた。触れられたくない話題なのは眼を通して視ずとも判る。

 一夏……というよりも男に対する扱いは、親のせいかとアタリをつけたセンクラッドだが、相手が言葉を出すまで辛抱強く待った。

 

「わたくしの父は、女尊男卑以前から、それらの風潮に流された男達と同じように、母にも、周りにも卑屈な人でした。少なくとも、尊敬されるような人ではなかった筈ですわ」

「成る程、そういうことか」

 

 父親のみならず、ISの台頭によって父に似た卑屈な男達を見て来たのだろう。だから、『織斑一夏』を『世間一般の男』と結び付けたのだろう。

 だが、それは正さねばならない間違いだという事は、既に気付いているだろう。故に、センクラッドは苦言は最低限に留める事にした。

 

「例え、お前さんから見た父親が不甲斐ない存在だとしても、女尊男卑によって男が卑屈に見えてしまっても、変わらないものもあっただろう」

「どういうことですの?」

「俺は、お前さんの父親とは面識が無いし、そもそも女尊男卑の世界なぞ想像した事もなかった。だが、その中でも媚びずに己を現す者も居る。織斑一夏のようにな。まぁ、俺やシロウもそれに当て嵌まるだろう」

 

 そう言って視線をシロウに移すと「私も巻き込むのかね……」と言わんばかりに肩を竦めつつも、しっかりと頷いていた。それを見て、セシリアは胸中に懇々とした想いが浮かび始めた。

 それは羨望だったかもしれないし、感心でもあったかもしれない。今はまだ不明瞭なものだが、いずれは形が見えてくるであろう、それ。その存在が何であるかを知るのは後々に持ち越される。

 その想いが何なのかを知る前に、センクラッドが言葉で思考を断ち切った。

 

「それに……お前さんの父親がお前さんを嫌っていたのかはわからないが、それを確かめた事はあったのか? そして、お前さんが見下していた事を、父は知らないまま逝ったと思うか?」

 

 沈黙するセシリアの態度が雄弁に語っていた。いつの間にか侮蔑の視線で見つめていた自分を、父はどのような想いで見ていたのだろうか。

 胸に小さな小さな、だが決して取れる事のない棘が生まれた。今でも父の事はよくわからないのは当たり前だ。自分自身が遠ざけたのだから。

 もし、自分が父と母の仲が悪い事を当然の物として受け取らなかったのなら、あの事故にあわずに、結果は変わっていたのかもしれない。あの列車に何故乗り合わせていたのかは誰も知らなかったのだが、それを知る可能性をみすみす放棄してしまっていたのではないだろうか。

 そう考えると、目頭が少しだけ熱くなり、セシリアはセンクラッドの視線を避けるように、下を向いた。

 センクラッドは、ただそれを見つめ続けていた。眼に映されていたのは、哀しみや失望だ。それでも眼を逸らさないのは、自分が言った言葉の結果を見つめ続けなければならないという強迫観念にも似た思いから来るものだ。

 だが、そうしても何も続かない事は理解している為、適当なタイミングで適切な言葉を投げかけた。

 

「すまなかったな、立ち入った事を聞いてしまって」

「いいえ、これも必要な事だったのでしょう?」

「――そうだな、必要だった。お前さんを見極める為にも、な」

 

 不必要な事はしないというスタンスを採っているセンクラッドの姿勢を今までの言動や授業中の態度から見抜いたセシリアは、伊達でオルコット家を継いだわけではない。

 完全に冷静になり、視野狭窄が解除された今のセシリアは、正しくセシリア・オルコットだ。故に、センクラッドが何らかの目的を持って己の過去を聞いてくる可能性を一応は想定していた。

 ただ、流石にセンクラッドの目的までは把握出来る筈も無い。グラール太陽系デューマンという人種は嘘ではないが、別に地球人類の成熟度を計りに来たわけではなく、完全に転送事故で来たなんて知る由も無いのだから。

 その為、セシリアを含めた地球人は、センクラッドの真の目的を最後まで知ることは無いまま、転機を迎える事となる。

 

「それで、わたくしは合格だったのですか?」

「――あ? あ、あぁ……そう、だな。お前さん個人で見るならギリギリ合格だな。最初から今の状態なら文句無しの合格だったが、まぁ、アレはなぁ……」

 

 そう言うハナシだったっけ、と思考しながら転び出た言葉は、幸運にもセシリアには曲解して受け取られていた。セシリア・オルコットという地球人をサンプルの一つとして見極める、そういう風に受け取ったのだ、彼女は。

 嘘も積もれば何時かは雪崩れるのだが、幸運なのか不幸なのか、その事には両者共に気付いていなかった。

 それはともかくとして、そう言われてしまえばセシリアは赤面するほか無い。勝手に気張って勝手に見失って勝手に自爆して……となれば、黒歴史も良い所である。

 後々まで言ってやっても構わないのだが、それをやると異星人も精神的にどーのこーのと言われる未来が見えている為、心の奥底にそっと綴じ、一夏との約束を果たすべく、センクラッドは言葉を発した。

 

「まぁ、アレは忘れておくさ。さて……改めて、1組代表おめでとうと言わせて貰おう」

「その事なのですが――」

 

 表情を曇らすセシリア。これを言うべきか、言わないべきか。そう迷っていたのだが、やはり言う方が良いだろうと判断し、セシリアは事実を紡いだ。

 

「1組の代表は、一夏さんに譲る事にしました」

「――なんだって?」

 

 予想外の言葉に思わず素で聞き返すセンクラッド。シロウも「おや?」という表情でセシリアを見つめ直した。

 

「エネルギー切れという初心者らしい敗北でしたけれども、エネルギーさえ管理していればわたくしが負ける可能性が高い試合でした。それに、何よりわたくし自身が勝ったとは到底思えませんもの。納得がいかないまま1組代表を務めても、良い結果は出せませんから」

 

顎に手を沿え、考えるセンクラッド。幾らなんでも物分りが良すぎるというか、潔癖過ぎるというか。感じる違和感が妙に気になるが、それ以上思考しても埒が明かないという結論に達し、お前さんがそう言うならと曖昧に頷いてみせた。

 

「ならば、賭けはどうする?」

「賭け?」

 

 一瞬何の事かという表情を浮かべたセシリアだが、直ぐに思い当たり、顔を赤らめさせて首を振った。

 

「あのような賭けは無効ですわ。後で一夏さんに謝罪しておきます」

「それが良いだろう。一夏もほっとするだろうな……もうあのような事を言わない様にな」

 

 勿論と頷いたセシリアから視線をカップへと移すと、中身は既に空だった。意外と話し込んだからかと思いつつ、背後で佇んでいるシロウに目線をやるが、首を振られた事により、暇を告げさせろというメッセージに気付いた。思っていたよりも時間が過ぎていたようだ。このまま話し込めば寮監である千冬にセシリアがどやされる可能性が高いだろう。特に、一夏からキツイ一撃を貰っているのだ。シスコンな彼女が憂さ晴らしをしないとは限らない。多分やらかすだろう。

 それはそれで見てみたいのだが、そんな事をすれば今度は自分に火の粉が降りかかってくるのは自明の理の為、セシリアに告げた。

 

「では、そろそろお開きにしよう」

「――あら、もうこんな時間。いけませんわ、早く戻らないと」

 

 そう言ってセンクラッドに礼を告げて立ち上がるセシリア。

 それを見送り、ドア目掛けて右手を一回振ってドアを開かせると、見慣れていないのは当然の事なので眼を見張りながらセシリアは呟いた。

 

「本当に便利ですわね、その技術」

「開示は出来んがね」

 

 あら残念、と漏らした言葉とは裏腹に、少しも残念そうに見えないセシリア。断られる事は既に想定済みだったようだな、と推察しながら、シロウに入り口まで見送らせた。

 その途中でセシリアは「あら」と言う言葉を発し、立ち止まる。何事かと首を傾げるセンクラッドとシロウ。数秒の沈黙の後、セシリアは振り向いてセンクラッドとシロウに言った。

 

「もし良ければ、ですけれども。明日開かれる代表就任式のパーティに来ませんか?」

「……俺はともかくとして、シロウはマズイだろう。千冬とお前さんしかシロウの事を説明していないんだ、そんな状態で廊下でも歩かせてみろ。勇気有る痴漢扱いされた挙句、逮捕されるに決まっている」

「マスター後で話がある」

「ファーロスさんの護衛なら、問題ないでしょう。わたくしと織斑先生が説明しておきますわ」

 

 何やら妙な雲行きになってきたぞ、と思ったセンクラッドはシロウに助けを求めるべく視線を向けるが、クッ、と皮肉気な笑みを見せて、セシリアからは見えない場所で親指を真下に降ろした。助ける気は全く無いようだ。

 一考しておくと呟くに留めたセンクラッドに、是非と眩いばかりの笑顔を向けたセシリア。わかったわかったと頷くしかないセンクラッド。

 完全にしてやられたな、と思いつつ出口から出たセシリアに手を振って別れを告げると同時にドアを閉め、振り向いたセンクラッドを待ち受けていたのは、シロウの冷たい視線であった。

 

「いや、まぁ、ほら、な? こうなるわけだ、これがな」

「たわけ」

 

 心の底から三文字を吐き出したシロウに苦笑いして首を竦めたセンクラッド。相変わらずの男である。



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13:晩飯と方針とその声

 セシリアが部屋から退室した直後、シロウから「たわけ」という罵倒から始まり「いい加減に君は自重を覚えろ。巻き込まれるこちらの身にもなれ」という締めの説教まで頂戴したセンクラッドだったが、一向に反省の色を見せないままにサラリと「それよりシロウ、飯はまだか? 腹が減って敵わん。あと説教臭くて白髪が似合ってるぞ」こんな事を真顔で言いやがった為、その面を英霊の力を以って全力でブン殴られるという珍事が発生していた。

 死ななかったのはシールドラインとオラクル細胞という二重の防御があったからだ。常人が食らえば、まるで対戦車ライフルの弾丸がぶちあたったかのようなスプラッターな惨殺死体が出来上がっていただろう。人の身から逸脱した存在である英霊の全力というモノは、時として現代兵器を凌駕するに足るのだ。

 座っていた椅子ごと壁までぶっ飛ばされたセンクラッドが珍しく大人しく素直にゴメンナサイと謝ったので、眉間にミキミキっと青筋を立ててつつも、そして「同じ事を何度も言わせるな」等、ブチブチと文句を呟きながらも律儀に食事を作るシロウ。この辺り性格が出ていよう。

 前の世界で配給されていた巨大な大根の皮をあっという間に剥き、右手側にて中火で温められているフライパンに皮を入れると、ジュワッという皮が焼ける音が響きわたった。センクラッドの腹が部屋に響いた。

 それらには眼もくれずに、皮を剥いた大根の角を取り、センクラッドが瞬きをしている間に厚さが丁度4cmになる様に全て輪切りにし、断面に十字の切れ込みを入れて、自分の左手側、ニューデイズで販売していた神水を軽くクツクツと沸騰させている鍋に音を立てずにまな板から滑り落としていく。センクラッドの腹が部屋に鳴り響いた。

 それには眼をくれずに、フライパンの中に色々な意味で解凍してあったゴルドバの細切れ肉を放り込み、強火で一気に焼き上げると、香ばしい匂いがあっという間に部屋一杯に広がった。センクラッドの腹が部屋に轟音となって響いた。

 それにも眼をくれずに、塩麹と味が良く似たモトゥブの調味料と、味がニンニクに似たニューデイズの調味料を二振りし、フライパンを何度か振って火と調味料の通りを均一にし、予め用意してあった皿に盛り付けた。センクラッドの口から腹が鳴る音に良く似た音が部屋一杯に響き渡った。

 シロウが無言で左手を一閃させた直後、ガゴォンという普通に生活していたら決して聞けそうにはない打撃音と共に「ウボァー!?」という悲鳴と身体双方がセンクラッドの口から床へと転がり落ちた。フライパンが顔面を直撃したのだ。

 もがきながらもアラガミ細胞を励起させ、ベリっと言う痛々しい音と共にセンクラッドの顔から剥がれたフライパンは、まるで顔拓を採ったような状態になっていた。あれでは二度と使えまい。

 オラクル細胞とシールドラインの無駄な併せ技によって無駄な犠牲となった事にシロウが激しい舌打ちをすると、何とフライパンはまるで夢幻の住人だったかのように霧散した。

 それは、シロウが得意とする投影と呼ばれる魔術によるもので作られた存在だ。

 彼は脳に記憶している様々な物体、とりわけ、刀剣類ならば真贋判らぬ程の出来で贋作を作る力を持っている。しかも、それは彼がその投影を破棄するか、破壊されるまで現世に残す事が可能なのだ。便利にも程がある。フライパンもその魔術の応用で投影したものだ。無駄なく隙なくを信条とする生前の彼にとっては無くてはならないものだったとか。

 背後のラックに鎮座している電子ジャーを開け、中身を見て米粒がキラリと光っている事を確認し、満足げに頷いたシロウがそれを茶碗に装い、ゴルドバステーキと一緒にやや憤然とした表情を浮かべているセンクラッドの眼の前にコトリと置いた。

 キッチンに戻り、中央のコンロで火をかけていたワカメの味噌汁の火を止め、二つの御椀に注ぎ入れた。右手側の火をタイマーで消えるように設定し、お椀をそれぞれの手で持ち、センクラッドがいるテーブルに置いて、自らも座る。

 

「いただきます」

 

 軽く手を合わせて言った言葉は同時にして同一。食事の速度も殆ど同じでゆっくりと平らげていく二人。

 食器の擦れる音と、物を咀嚼する際に出る微かな音のみが部屋を支配していたが、途中でセンクラッドはその手を一旦止め、シロウと呼びかけるも、目線で食事を採り終えてからと言われてしまった為、それもそうだと頷いて食事を再開した。

 各々の食事が終わり、キッチンに食器を持っていき、食器洗い機の中に入れてスイッチを入れてから、シロウは「それで?」とセンクラッドに聞いた。

 

「セシリアの事なんだが、どう思う? 間違っても異性としてとかじゃなく」

「少なくとも、悪い奴ではなさそうだ。嘘を言っている風にも見えなかった。だが、信用して良いかという意味なら話は別だ」

 

 そう言い切ったシロウに対して「どうしてだ」とセンクラッドが尋ねると、彼の癖なのだろうか、瞳を閉じて腕組みをした。それはどこか、センクラッドと似ている仕草だった。どちらが似たのか、どちらも似たもの同士なのかはこの際置いておこう。

 

「額面通りに受け取らない方が良いだろう。少なくとも彼女は私達に伏せている事実が幾つかはある筈だ」

「……そう、だな。俺が異星人として此処に来ているのだから、全てを話す事はないし、こちら側の情報を掴もうとする……と思うが」

 

 そういう意味では無いのだろう?と言わんばかりの、だが自信が余り無いような口調でシロウに聞くセンクラッド。シロウは首肯して、

 

「それ以前の問題だ。彼女だけではなく、この世界に長居しないのなら全てにおいて警戒しておくに限る」

「随分とまた、辛辣なコメントだな」

「君らしくない言葉だな。前までの世界との落差で感覚が鈍ったのではないかね」

 

 指摘された事に、返す言葉が出ないセンクラッド。

 確かに、今まで居た世界はどれも強制的に戦いに身を投じさせられていたのだ。それが作為であるかどうかは別としても、それらの世界で経験した事を当て嵌めてみれば、今回の世界も信用してはならない筈だ。

 今回は一見平和そうに見えているだけで、実際は政治事の紛争の方がメインだろう。その経験が余り無いセンクラッドでは荷が勝ち過ぎている。

 戦闘の経験はあっても戦争の経験が無いセンクラッドにとって、両方を有利不利、数すらも限りなく経験しているシロウの言葉は値千金の言葉なのだろう、珍しく心身共に真剣な姿勢で大人しく聞き入っている。

 

「それに以前、君自身が言った筈だ。その身に宿した存在や今の自分の身体が火種になると。今はまだ此方の正体がバレてはいないから相手は様子見で留めているだろうが、君自身の秘密や英霊についての詳細が万が一にも露見した場合、十中八九手中に収めようとする動きに加えて排除しようとする者達の動向も伺わなければならない。そうなれば転移のエネルギーが貯まるまで一方的な防戦を強いられる事になる」

「そうだな、どの世界においても、信用はしないのが鉄則だった……だがなシロウ。俺は千冬達とはある程度の親交は築いていきたい、そう思っている。身勝手だと思うけどな」

「その結果、世界全てが敵に回る可能性があったとしても、君はその道を貫くつもりか?」

「――その時は、その時だ。甘いかもしれんがなシロウ。俺はあの時からそう決めたんだよ」

 

 発した言葉がどうにも甘い事なぞ自覚している。八歳の子供を自ら手に掛けた時から、先送りの精神という逃げと、土壇場での覚悟という身勝手な強さを身に着けたのだ。

 自分が撒いた種や甘い考えによって引き起こされる事件事象なら、刈り取るのが筋というものだ。その筋が相手にとっては通らないとしても、シロウすらもそれは通らないと述べても、自らの内にある筋を通せるのならそれでも良いとさえ思っているセンクラッドは、視線を強めたシロウに対して、何の感情も抱かない綺麗な瞳と言葉で応えた。

 それに、それで助かった命もある。その例を知っているからこそ、センクラッドはシロウにそう告げるしかない。

 

「毎回言うのもアレだが、そんな考えではいつか早死にするぞ」

「毎回言わせるのもアレで悪いが、その時はその時だ。それでも、お前さんを逃がす位の事はやってみせるがな」

 

 またそれか、という溜息をついたシロウ。こんな強情な生き方をするのは、自身のみだろうと自負していたが、センクラッドを見ると、同類なのかと思う程度には、彼は意固地だった。

 否、最早それは意地だけではないのだろう。そういう風に成ったのだ。それを翻す事は、未来の彼自身のみしか出来はしない。未来の彼でも変わらないのかもしれないが、それならば彼自身が言うとおり、その時はその時なのだろう。

 仕方が無いな、とばかりに雰囲気を和らげたシロウに呼応して、感情の光をふわりと取り戻したセンクラッドの瞳は、何故か揶揄の色を放っていた。

 

「そういえば、シロウ」

「何だね」

「オルコットみたいな縦ロール系な名家のお嬢様の世話をした事があるんだろう?」

 

 ぎくりとした風に、思わずといった風に視線を合わせたシロウは、直後にしまったという表情を浮かべた。ヒントを与えてしまうとは不覚、と表情に映しながらも出来る限りそっけなく「それが何か?」と返した。

 の、だが。

 ああ、得心したと呟いたセンクラッドに、嫌な汗が背中を伝う幻触を感じてしまうシロウ。これは一波乱は確実だ、と思った刹那、抉り込む様に言葉が投じられた。

 

「やはり、数少ない女性経験の一人がそれだったか。流石、執事で『世話』をしただけはあるな、うん」

「……君はそれを言いたかっただけだろう?」

「否定しないという事はドンピシャか。しかも縦ロールをやっちゃうなんて、お前さんどんだけ電脳世界の主人公してんだよ」

「その言い方は訂正してもらおうか。いくら羨ましいからと言って、そういう絡み方は良くない」

 

 というかその手のハナシを振るのをやめろ、と言う目線にいよいよ面白くなってきたのか、クックッと低い声で嗤いながら、センクラッドは尚も口を開く。

 

「オルコットとお前さん、案外お似合いなのかもしれんな。影に日向に支える執事。きっとお前さんはそんな感じで接していたら、いつの間にか好かれていて、しかも既成事実を作られたに違いない。更に言えばその当時恋人も居て修羅場になったりとかもあったんだろうな、その表情から鑑みるに」

 

 あまりのドンピシャっぷりに絶句するシロウを見て、腹の底から低い笑い声をあげるセンクラッド。

 その混沌や闇を体現するかのような笑い声に、思わずドン引きし、前々から思っていた事を打ち明ける決意を固めるシロウ。何時か言ってやろうと思っていたのだが、今言うしかあるまい。

 

「……怜治。その嗤い方というか、その声でその笑みはやめてもらいたい。言峰を思い出す」

「ん? あのNPCをか。何故だ?」

「気付いていないようだが、今しがた君が浮かべていた表情と声はそっくりだった」

「失礼な、あんな鬱々とした天然パーマと一緒にしないでくれ。俺のはストレートだろう」

「人の話を聞け、いつ私が髪と性格の話をした。本当に気付いていない様だから言っておいてやる。君の地声は言峰と瓜二つだ。双子でもそこまで似まい」

 

 その言葉に多大な衝撃を受けたセンクラッドは、「馬鹿な」と呟きながら、たたらを踏んでしまう。

 

「俺があの見るからに陰険陰鬱で非リア充系の臭いが半端なく駄々漏れている神父と同じ声、だと……」

「大概だ大概。それと、あの男とは生前に縁があってな。綺麗な娘がいた。前に話しただろう、陰険サドシスター。その親だ」

 

 自身にもダメージがいったのか、顔を歪ませながら事実を告げたシロウと、その事実を聞いて膝から崩れ落ちるセンクラッド。畜生、畜生、と腹の底から怨嗟の声をあげ、センクラッドは床に着いた手をギリリと握りこんだ。

 

「シロウ。一言、一言だけ言っておくッ」

「……何だね?」

「中の人など、いないッ!!」

「たわけ。あのNPCの話ではなく、生前と言っただろう」

 

 その言葉にオォォォウォオ、と言う地獄から這い上がるような呻き声をあげ、センクラッドは床に向かって拳と声を叩き付けた。轟音と大音声が同時に響いた。

 

「神は死んだ!! 否、もとよりそんな存在は居なかったんだッ!!」

「……君が言うと全然説得力が無い上に、前の世界では何体も狩っていただろうに」

 

 さらっと左眼の事と併せて言いやがったなこの野郎、と恨みがましい眼でシロウを見上げるが、シロウはその間に立ち直ったのか、見上げた場所には居らず、キッチンでマイペースに食器洗い機から洗い終えた食器を取り出し、布でキュコキュコと音を響かせながら綺麗に水分を拭き取っては食器棚に着々としまっていた。

 満足気に頷き、嬉々として家事をやる執事に最早絶対的な敗北を強いられているセンクラッドだったが、はたと気付く。

 

「おいシロウ」

「まだ何かあるのかね?」

「お前陰険サドシスターに手を出したという事は、言峰と殺し合いにならなかったのか?」

 

 バキン、と握っていた皿がヒビ割れ、使い物にならなくなった。本気で殺し合ったのかよ、と呆れながら言葉を出したセンクラッドに対して眼光鋭くさせたシロウが面を上げて答えた。

 

「それとは関係なく殺し合いになったとだけ言っておこう」

「お前さん達、どんだけ仲悪かったんだよ」

「相容れない仲だった、とだけで察してくれ」

 

 心底嫌そうに言い切ったシロウ。まぁ、確かに相性は悪そうだ、と暢気に呟くセンクラッドは知らない。

 かつて、言峰が結果的に人の世界を破滅に導こうとしていた事を。そして、それを死を以って止めたのが、眼の前のセイギノミカタだという事を。

 手の中で使い物にならなくなる程度に崩壊していた皿を消失させ、変わって最後の皿を拭きながらシロウは、

 

「あの手の人間がもしこの世界に居るとするならば、全力で逃げる事も視野に入れておくと良い」

「あー? まぁ、そうだな、そうしておこう」

 

 絶対に判っていない返答だったのだが、シロウは敢えて補足をしない。余計な先入観を与えた結果、悪い事が起きるのは往々にしてある事だ。故に、シロウは沈黙を選ぶ。

 皿を拭き終わったシロウはセンクラッドへと眼を向ける。何だと首を傾げるセンクラッド。

 

「それで、結局のところ明日はどうする?」

「行かざるを得なくなったからなぁ。シロウは俺の護衛という事でハナシが通るだろうから、一応来てくれ。実際見て、この世界がどんなものなのかを判断した方が良いだろう。それと、近い内に外に出かけるぞ」

「外に? 許可は取れたのかね?」

「いんや。明日、千冬にハナシを通す予定だ。それで許可が下り次第、資金繰りをして服や飯を買い漁る」

「……ちなみに、その資金繰りはどうやってやるのかね? まさか、私の投影魔術を用いてやるつもりならば断固として拒否させてもらうぞ」

 

 その言葉に、え、お前さん何言っちゃってんの?という表情を浮かべるセンクラッド。直後に思い当たったのか、ニヤリと人の悪い笑みを見せたセンクラッドに、墓穴を掘ったと言わんばかりの表情を浮かべるシロウ。

 へぇ、ほぉ、ふぅん、等の感嘆を感情が伴っていない状態で口から転がしていき、

 

「お前さん、生前はそうやって路銀繋いでたのか。正義の味方も苦しかったんだな」

「私ではない。それをやったのは断じて私ではない」

「まぁ、それはそれ、これはこれとして。そんな事は流石にしない。コレを換金させるだけさ」

 

 と言って、手を軽く掲げ、トランキライザーから取り出したのは、自身の大きな手と同じ位の大きさをした年代物の木像だ。相当古いものだが、シッカリとした造りをしており、審美眼を持つ者ならばそれが一級品である事を認めるであろう逸品だ。

 シロウも例外ではなかったようで、ほう、と眼を軽く見開いて驚きを露わにして、センクラッドが持つ木像を見つめた。

 

「一体いつの間にそんなものを持っていたのかね? 私が知る限りでは、グラール太陽系というよりも地球側にありそうなものだが」

「その通り、前の世界の木像だよ。アラガミのコンゴウに似た作品だ。同じものは十も無いと思う。これを換金させる。異星人の持っている謎の木像、これは高値で取引されそうだ」

「それは良いんだが、アシはつかないのか?」

「どうだろう、別にコーティングしているわけではないからなぁ……グラールで拾ったとは言わんし、大丈夫だろうさ」

 

 センクラッドが自信満々に言い切った様を見て、言い知れぬ不安を覚えるシロウ。この感覚は何処か遠い昔、生前の青年時代に味わったような気がしたのだが、それが何なのかを知る前に、ふと視線が時計を向いた。

 いかん、と呟いたシロウは、センクラッドに、

 

「そろそろ眠る時間だ。明日どういう流れで呼び出しを食らうかわからない以上、遅くまで起きているのは得策ではない」

「オカンかお前さんは」

 

 思わずそう呟いてしまったセンクラッドだが、失言したと言って素直に頭を下げた。筋骨隆々なシロウオカン、そんなものを瞬時に想像してしまうあたり、自分の想像力の豊富さを恨みたくなる。

 シロウはシロウでオカン呼ばわりされた事に対して本気で凹んでいた。家計簿片手に唸っていた人生もあったのだ。それを今、別の形とは言え指摘されるとは。

 暫しの沈黙の後、お休みの言葉は同時にして同一。

 げんなりとした表情も同じで、シロウはそのまま位相をずらして自室に戻り、センクラッドはベッドに倒れこみながら服を寝巻きに変換し、あっという間に眠りに落ちた。

 

 翌日、千冬が来るまでシロウはセンクラッドの呼び出しに一切応じなかったと言う。



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14:一組代表祝賀会

 翌日の夕方。

 千冬が放つドアノックの音で、今の今までオカン呼称によって心を閉ざしているシロウの説得を片手間ながらに続けていたセンクラッドは、もうこんな時間になったのか、と溜息をついた。

 網膜に服装データを投影し、黒いエナメルロングコートが特徴のスイーパーノワールの上下を呼び出し、身に纏ってから、右手でややぞんざいな風にドアが開くように指示をかけた。

 やや勢いをつけて開いたドアを見て、何時もよりドアの開閉速度が上がっていると千冬は気付いたが、間違っていたらアホらしい上に指摘しても恐らく些事なので答えないだろうとスルーして、センクラッドに声をかけた。

 

「センクラッド、オルコットから聞いたぞ。してやられたようだな」

「一夏の祝賀会に異星人が出席しておけば箔が付くだろうさ。それに、そろそろアイツも表に出してやらんとストレスが貯まるだろうからな。引き篭もりはいかんよ、引き篭もりは」

「確かに――」

「確かに、そうだな。ただ、引き篭もるつもりは無かったのだが」

 

 その声に、ぎょっとしたように振り向く二人。そこには壁に背を預け、腕組みをしているシロウがいた。心なしか怒気を孕んでいる気がしないでもない。

 いつの間に、と呟く千冬に、右の眉だけを器用に上げて誤魔化すシロウ。脂汗ダクダクといった感じのセンクラッドを尻目に、千冬は多少なりとも畏まって、シロウに聞いた。

 

「貴方がセンクラッドが言っていたサーヴァントですか?」

「今は母代わりらしいがね」

「は?」

 

 生徒の前では滅多に見せないきょとんとした表情を浮かべた千冬に、もう勘弁してくれよと額に手を当ててぼやくセンクラッド。

 私が知るかと鼻で笑ってシロウは追撃を開始した。

 

「いや、そこのマザコンがそう言っていたのでね。忠実な僕の私としては、頑張ってその役目を全うしようとしている最中なのだよ」

「はぁ……そうですか……」

 

 え、そうなの?という風に視線をセンクラッドに向けた千冬だが、苦い表情を浮かべて首を振るセンクラッドを見て、ニヤリと笑みを零した。

 未来予知に近い、瞬間的かつ決定的に嫌な予感が背筋を駆け抜けた事を察知したセンクラッドは、最速を以って言葉を投げ飛ばした。

 

「昨日もう早く寝なさいと言われたので、つい『お前はオカンか』と言っただけでここまで弄られるのは俺位だと思う」

 

 何だ、そういう事か。と落胆した千冬に、ギロリと睨むシロウ。自分が弄られるという惨劇をギリギリで防げたセンクラッドは、歩きながら自己紹介していこう、と提案し、二人が頷いた事もあり、千冬とシロウに先導を促す。

 部屋を出る直前、センクラッドが何気なく口にした言葉に頭を振る千冬。

 

「――そういえば、この部屋に侵入しようとした奴はいるのか? 居たとしたら捕えて引き渡せば良いのか?」

「我々教師と生徒会が協力して此処の部屋付近は立ち入り禁止にしている。万が一があるとは限らないが……」

「一応言っておくが、手加減だの容赦だの出来るかどうかはわからんからな? 特にIS操縦者なら尚更」

「弾みで殺してしまうという事が無ければ良いさ。それに、侵入するほどの技量を持つ馬鹿なんてこの学園にはいないだろう」

 

 そうか。と呟いたセンクラッドだが、実はその言葉を隠し持っていたレコーダーに録音していた。これで言質は取れたな、と思いながら、歩み始めた千冬を追う。

 その際、本当に何気ない仕草で後ろ手に手を組みながら、右手の親指を立てて部屋から出た。出る時には親指は仕舞われ、人差し指がとあるサインを描いた。

 ウィンと言う電子音と共にドアが閉まるが、それの音に紛れて強大な力を持つ存在がその部屋に現れた事は、センクラッドとシロウのみぞ知る。

 シロウも良く知るその気配に、やや咎める様な視線を送るも、それを何処吹く風でスルーしたセンクラッドは歩きながらシロウの紹介を始めた。

 

「で、前に言ったが、彼がサーヴァントのシロウだ。特技や趣味とかは自分で言ってくれ……あー言っておくが二人とも、せめて俺の前での敬語は禁止で頼むぞ。重ね重ね言う事も無いのだが、お前さん達の敬語は何と言うか、悪の組織のボス格に通ずるものがあるからな」

「君がそれを言うのかね……」

 

 呆れた風に呟くシロウだが、ついっと千冬に視線を送ると、本当に良いのかと眼で伺っていた為、肩を竦めて、

 

「センクラッドのサーヴァントをさせてもらっているシロウだ。趣味は家事とガラクタ弄り、特技は……家事位か」

「私は織斑千冬。このIS学園で専任教師をしている。ええと、宜しくシロウ」

「こちらこそ、織斑教諭」

 

 いったん立ち止まって握手をする二人。思わずセンクラッドはナノトランサーからカメラを呼び出し、古めかしい電子音を響かせながら写真を撮った。

 パッと手を離した二人に対して「いや、珍しいショットが撮れそうだったので、つい」という弁解をするが、じっとりとした視線を感じ、諦めたようにカメラのデータを初期化するように見せかける。

 三者三様の足音を響かせながら、目的地へと歩むセンクラッド達だったが、このままだと黙ったままだろうと思ったセンクラッドは、途中までの暇潰しの為に質問を投げかけた。

 

「千冬、聞きたい事があるんだが」

「何だ?」

「一夏の代表決定の祝賀会について聞きたい。お前さんは出るのか?」

「出ないよ」

 

 何?と言葉を零したセンクラッドに、当然だろうと言う千冬。

 

「一教師としてこの学園に勤務している公務員が、公の場で弟を祝福するのは、な。それに、あの祝賀会は私が提案したものではないし、普通ならばそんな事で祝う事はしないのさ」

 

 だから、私が出る事は無い。と静かに呟いた千冬。センクラッドの左眼を通して見えた感情は、寂寥と少しばかりの苦悩に諦観。

 これは何とかして良い部類かもしれん、と判断したセンクラッドは、シロウに眼をやると、シロウも同じ事を考えていたようで、バチリと眼が合ってしまった。

 お互いに苦笑し、お互いに頷きあった二人は、順番を即座に決めると、シロウから口を開いた。

 

「織斑教諭、会って早々申し訳ないと思うが、言わせて貰う。君のその考えは間違いだ。一教師である前に一人の家族として在るべきだ」

「シロウ?」

「弟を祝わない姉の方が問題だろう。今回は、立場よりも重んじなければならないモノがあるという事を知る良い機会だと、私はそう感じた」

「だな。千冬、普通ならば祝わない様な、取るに足らん出来事なのかもしれん。だが、一夏は今現在においてあらゆる意味で普通じゃない。一夏はまだ16歳だろう? 大人の都合で此処に強制的に入学したと聞いている。幼馴染が居るとはいえ、そんな状況下で本当に親しい人が居るとは到底思えない。しかも他に男性が居ない事もある。子供達で取り決めた祝賀会の中に大人が監督者として参加する、とか口実なら幾らでも作れる。後からこっそり祝うのかもしれんが、やはり今祝ってあげた方が良い。一夏もそれを望んでいる気がする、きっとな」

「センクラッド……だが、私は既に断っている身だ。今更出るのも気が引ける」

 

 交互に諭された事で、迷いが見え始めた事を関知したセンクラッドは、ダメ押しとばかりに一つ、事実を放り込むことにした。

 

「まぁ、そうだな。それに、お前さんの立場上、絶対に出なければいけない事が一つだけだが、あるだろう」

「一つ?」

 

 有ったかそんな事、と小声で呟いた事を聞き逃さなかった二人は苦笑する他無い。

 馴染みすぎたか、とぼやいたセンクラッドを受け、シロウが答えを提示した。

 

「織斑教諭、我々は異星人だろう? 私はマスターを護衛するために此処に居るが、マスターやマスターに付随して起きそうな政治的な面においての厄介事の阻止や我々の動向を監視する人間は、現状君にしか務まらない筈だ」

 

 あっ、と声を上げた千冬は、二人が苦笑している理由にようやく気付いたようで、表情をやや明るくさせる千冬。

 普段の凛としたそれとは違ったその表情に、センクラッドは「ほう」と感嘆を漏らすと、馬鹿にされたと認識したのか、即座に表情をいつものクールフェイスに戻し、

 

「何が、ほう、なのか聞いても良いか、センクラッド?」

「『単純なハナシだ。お前さんの喜ぶ姿は普段とは違って魅力的だ』とでも言うんじゃないかね?」

「なっ――」

「……最後が違うだけで概ね同意出来る内容だが、人の台詞を取るのはやめてくれ」

 

 思わず声を出してしまった千冬に、辟易した風に呟くセンクラッド。

 ちなみにシロウが台詞を先取りしなかった場合、センクラッドは珍獣を見た気分だ、と言っていた。その後がどういうフラグが建つかは推さずとも知れるだろう。

 セシリアではないが、決闘という名の殴り合いに発展しかねない迂闊な失言をホイホイと放つ男がマスターだったのだ。それ位の配慮はやってのけねばなるまい。シロウは主従関係を結んだ数日後からそう思っており、そう思ったからには実行している、ただそれだけの事だ。

 それを本人が判っているのかいないのかは、それはまた別のお話。

 照れ隠しなのか、ついっと視線を外しながら千冬はセンクラッドに言った。

 

「……しかし、歯の浮くような台詞だな、センクラッド」

「シロウが言うとサマになるとは思うが、俺が言ったら絶対に似合わんだろうよ」

「確かに」

 

 肯定するか普通、とぼやくセンクラッドに、くすりと笑みを零して「ありがとう」と言った千冬に、意訳すれば「当然の事をしたまでだ」と言わんばかりに肩を竦める二人。

 それを見た千冬は、余りにも仕草が似ていたり、タイミングが同じだったりした為、一応の確認を取るために質問を投げかけた。

 

「二人は兄弟なのか?」

「俺が? コイツと? おいおい、こんなムッツリキザ野郎と似ているとか勘弁してくれ」

「私が? マスターと? 織斑教諭、過ぎた冗談は毒にしかならないのだが」

 

 同時に言って同時に「今何て言った?」と言う風にガン飛ばし合う二人に「ガキかお前ら……」と呆れる千冬。

 取り合えず、睨み合いをしている場合ではないとばかりに視線をそらし、センクラッドは千冬に聞いた。

 

「ちなみに、何でそう思ったんだ? まさかあの服か?」

「色違いのを纏っていただろう? それに、仕草とかも似ていた」

「あー……まぁ、あの服はレプカと呼ばれる贋作だ。シロウが纏っている服が本物、と言えば良いのか?」

「その言い方だと、マスターは私の熱烈なファンにしか聞こえないのだが……」

「……言われてみれば確かに、そう聞こえるな。ただ、あの服は割とお気に入りなんだぞ」

「それは構わないのだが、私としては何故君が贋作を持っているかの方が気になる」

 

 と、シロウが零したので、言ってなかったか、と呟き、センクラッドは応えた。不用意に、何気なく。

 

「遺跡で発掘した。データが出てきたので復元した。その時の服がコレだったわけだ」

「……それはまた、凄い偶然――」

「前にセンクラッドが言っていた『幽霊みたいなもの』とはそういう事か?」

 

 千冬の何気ないその言葉に、シロウが若干厳しめの視線をセンクラッドに向けた。千冬からは見えない角度で眉を下げながら、センクラッドは取り繕うように返した。

 

「言っておくが、シロウは幽霊でもロボットでもないからな?」

「判っているさ。握手も出来る幽霊が居るとは思えんよ。ただ概念だのなんだの言っていたからな」

「まぁ、そのようなものだ。科学が進歩したら辿り着くであろう境地の一つ、とでも考えておいてくれ」

 

 この言葉を千冬は記憶し、後の話だが、シロウの戦闘力や容姿を纏めてレポートとして提出している。そのレポートのタイトルが『英霊』というタイトルであったのは如何なる偶然か、此処では語るべきものではないだろう。

 気付くと祝賀会場である食堂が見えてきていた。ガヤガヤと騒いでいる声が聞こえてもきている。

 徐々に徐々に歩幅が小さくなっていく千冬に「オイオイさっきのはどうした独身女帝」とツッコミを入れかけたセンクラッドだが、シロウが動いた為、黙っておくかと口に溜めていた言葉をただの二酸化炭素に変えて小さく丸めて吐き出した。

 素直な性根ではないな、と今までの行動や言動から推察したシロウは千冬の背中をトントンと軽く叩く。

 見上げてくる千冬に小さく、だが力強く頷き、シロウはセンクラッドの背後に移動した。

 センクラッドに視線を移すと、右手の親指を心臓にトントンと当ててから、GOサインを出した。それを見て、いよいよ覚悟を決めた千冬は、いつもよりも少しばかり大きな靴音と歩幅で食堂の扉を開けた。

 そこに居たのは一組だけではなく、やはり珍しいからなのか上級生の姿もチラホラと居り、その中の一人が一夏とセシリアと箒にインタビューをしていた。

 だが、その中の一人が千冬達に気付いた様で「あれ、織斑先生だ」「グラール星人の人も居る」「あの男は一体誰?」「ISの操縦者とか?」「まさか!!」といった風に、あっという間に視線と言葉が千冬達に降り注ぐ。

 前にセンクラッドが喰らったあの時よりも多い視線に、表情にこそ出さないが、以前のセンクラッドと同じ感想を持つ二人。トラウマになる程度の惰弱な精神力は持っていないのが救いか。

 センクラッドは、だーよねぇ、とばかりにフッと息を吐いて、声をあげた。

 

「オルコットさんから祝賀会の参加要請が来たので、それを受諾したセンクラッド・シン・ファーロスだ。俺の背後に居る者は、オルコットから聞いている者もいるかも知れないが、俺の護衛のシロウと言う。千冬は祝賀会の監督役と俺の監視役で此処に来た。というわけで、混ざっても良いかな?」

 

 その言葉に、ああ成る程、と納得する者、男が来たよ、と難色を示す者、ゲッ織斑先生がいると織斑君のインタビューをやり直さないとダメじゃん、と言う者等々、様々な反応が出るが、概ね受け入れる事にしたのか、はーいと元気な声をあげる生徒達。どうやらセシリアがセンクラッドについて印象を良くするような事を言っていたのか、以前のような敵意を向けてくる生徒は限りなく少なくなっていた。

 それを見てそっと息をついた千冬に、センクラッドは行けと言わんばかりに首をしゃくった。「今か!?」とばかりに眼を剥いた千冬であったが「じゃあ何時行くんだ? 一分後か? 明日か? 十年後か?」と言わんばかりに頑として譲らないセンクラッドの視線を受け、諦めて一夏へと歩みだした。

 何となく静まり、固唾を呑んで見守る生徒達。一番緊張しているのは千冬だという事を知っているのは二人しか居ない。

 その内の一人が、とある重要な事を思い出して、小さく声を上げた。

 

「あ」

「うん? どうしたマスター?」

「いや、言い忘れてたんだが……まぁ、大丈夫か、な……多分」

 

 その言葉に、嫌な予感しかしないシロウが問い質すと、「実はな――」という形で語られた内容に絶句した。

 まさか実弟を賭けの対象として持ちかける姉がいるとは、鷹の眼や未来予知にやや近めの心眼を持つ英霊ですら夢想だにしなかった様で、頭を抱える他無いとばかりの態度を取るシロウと、余計な事を言うなよ一夏……と、祈るような気持ちで一夏を見るセンクラッド。

 

「千冬姉……あ」

 

 しまったとばかりに口を滑らし、口を覆う一夏に、手を挙げる千冬。眼を閉じて衝撃を待つのみだった一夏は、いつまでも衝撃が来ない事を不思議に思った瞬間――

 ポン、と頭に手を置かれ、それが左右に流れる事で、ようやく一夏は自分が今、頭を撫でられている事に気付いた。

 

「ちっ千冬姉!?」

「良くやったな、一夏」

 

 優しい口調と穏やかな表情でそう告げた千冬は、伝説のブリュンヒルデでも織斑教諭でも無く、間違いなく織斑一夏の姉、織斑千冬であった。

 その事を不思議に思う一夏だったが、ふとセンクラッドに眼をやると、腕時計を示す態度を取った事により、今は勤務時間外としてここに居るという可能性に十秒ほど時間を掛けてから思い当たった。

 それに思い当たると同時に、何だか気恥ずかしいやらむずがゆいやら、逆にどうして良いかわからなくなる一夏を視て、微笑ましく感じるセンクラッド。シロウはそれを見て昔の自分を思い出したのか、生暖かい視線を送っていた。

 周囲は、割とあんぐりと口を開いて見つめていた。普段の凛としたイメージしか持てなかった生徒達は、一人の姉としている千冬が此処まで柔和な雰囲気を持っているとは知らなかったのだ。

 ほぼ初公開とも言えるレアな光景に、数人を除いてただただ口をあけて見つめるしかできない生徒達であった。

 

「たった一週間でオルコットに肉薄した事と良い、戦闘中の機動の変化と良い、成長が良く見て取れた、偉いぞ」

「それは箒のお陰さ。箒が居なかったらISの知識も経験も何も無かったと思う」

 

 千冬の視線が箒へと流れると、どちらともなしに気まずい様子で、視線を合わせる二人。先日の賭けを暴露された後、千冬は絡み酒の泣き上戸でとんでもない醜態を晒していたし、箒は箒で賭け云々に加えて酒で絡まれた事もあり、どうにも苦手意識が形成されていたのだ。

 だが、それらは今は関係もない、とばかりに、一夏の頭を撫でていた手を下に降ろし、頭を下げる千冬。

 

「ありがとう、箒。色々便宜を図ってくれたようだな」

「い、いえ、当然の事をしたまでです。それに……私と一夏は、共通の目標が出来ましたから」

「共通の目標?」

 

 うん?とばかりに顔を上げた千冬だが、すぐにそれを察知したのか、成る程と頷いた。箒も一夏も、真剣な表情でセンクラッドに視線を合わせていた。それらに敵意は一切無い。あるとすれば、あくまで固く強い信念の元に形成された挑戦の意思だ。

 センクラッドは右眉と口の端を上げる事で「構わん、挑戦はいつでも受け付ける」と応えていた。そこに不敵さはあれど、敵意は無いのは同じだ。

 それらを一瞥した千冬は、この学園に来て良い兆候が見えてきた二人に対し、柔らかな笑顔を向けた。

 

「――良い目標が出来たな」

「はい。今は難しいですが、いずれ、必ず追い越します」

「そうか」

 

 追い付くのでは無く、追い越すのだと言い切った箒に、姉と同様の、もっといえば篠ノ之家特有の苛烈さや気性が見えた千冬は微笑んで頷いた。

 覚悟と信念だけならば、今の箒は代表候補生足りえると判断したのだ。実力は後からでもついてくるが、強固な信念や想いというものはその過程でも中々身につかないものだ。それは才能ではなく努力でもない、強いて言うなれば『人の在り方』が必要な要素になるのだろう。

 

「――中座させてすまなかったな、皆。私はセンクラッド達の相手をしているから、後はのんびり楽しんでくれ」

 

 そう言ってセンクラッド達の元へ戻る千冬。それと同時にいつもよりは少しだけ緊張感がある雰囲気の元、祝賀会を再開し、楽しむ者達の喧騒で満ち溢れた。

 その内容はいつもの織斑先生ではなく、織斑千冬という魅力的な女性の在り方や、箒と一夏の仲の良さや、その二人に挑戦される側に立っているセンクラッド達の強さについての議論だったりと、様々だ。

 それらに関しては一顧だにせず、戻ってきた千冬にセンクラッドは笑みを浮かべた。

 

「良かったな千冬」

「うん、何がだ?」

「一夏に『俺を賭け事の対象にしていた千冬姉は、千冬姉なんかじゃないッ』とか言われなくて」

 

 一撃必殺の言葉に、膝をぐらりとさせかけるが、今は生徒の前だからと踏ん張り、睨みつける事で何とかしようとする千冬。

 冗談だ、冗談。アイツもその辺は弁えていたようだからな、と呟いたセンクラッドは、次いで、うん?と首を傾げた。

 シロウも千冬もその視線を追うと、一人の女子生徒がIS学園の生徒としてようやく馴染んだ証である、黄色のタイと体重移動の巧みさを何気なく出しながらこちらに歩み寄ってきていた。アレは新聞部の二年か、と呟いた千冬の視線は鋭い。

 飄々とした態度とその辣腕は何処かあの生徒会長を思い起こさせるものを持っている者なのだ。学生だと油断していたら即座に有る事有る事を書かれた経験のある千冬は、どうにも視線が厳しくなってしまう。

 その視線には気付いている筈なのだが、それをスルーし、胸元から名刺を取り出してセンクラッドに差し出しながら、陽気な感じで挨拶をしてきた。

 



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15:黛薫子のインタビュー

「どもどもー、整備課二年、新聞部副部長やってます黛薫子ともーしまーす」

 

 そう言って眼鏡とその声が特徴的な二年生は、センクラッドに名詞を差し出した。

 千冬が「待て」と制止する前に「これはどうも御丁寧に」と受け取ったセンクラッドに対し、胸中でだが全力で罵倒した。この後の展開が面倒な事に成りかねないからだ。

 センクラッドはそんな千冬の想いに一切気付かず、まゆずみ・かおるこ。何か黒が多い名前で読みにくいなぁ、とスッ呆けた思っていた。

 その直後。

 

「センクラッド・シン・ファーロスさんにインタビューをしに来たんですけど、名刺を受け取ったと言う事はOKって事ですよね?」

「どうしてそうなる」

「え、ここではそれが常識なんですよ?」

「何、そうなのか?」

「いや違――」

「そうですよ、なので、ちょこっとだけインタビューお願いできますか?」

「非公式で?」

「勿論です。新聞部の副部長、つまりあくまで一生徒としてお願いしてます」

「ふむ。一夏達にインタビューをしていたと思うのだが、俺達のせいで中断していた筈だ。だから、一夏達にインタビューをし直して欲しいんだが、約束できるかい?」

「確約します」

 

 この会話が僅か数秒で為されてしまった為、千冬は珍しく口を開閉した後、黙るしかなくなってしまう。

 それを見て激烈に嫌な予感と未来を察知したシロウは、またかと言わんばかりに溜息をつき、センクラッドが余計な事を言い出した瞬間に止める心構えを作って様子を見始めた。

 インタビュー用のレコーダーを起動させ、ヘッドセットを頭にかけてマイクをセンクラッドへ向けながら、薫子は質問を開始した。

 一夏に対してのインタビューが生徒用だとしたら、こちらは大分本格的な仕様を持って迫っている分、本気で有るという事が伺えるのだが、それを知らないセンクラッドは、何と言うか腰は低いが頭が高いタイプのブンヤみたいだな、と言う感想を持つに留まっている。

 勿論、異邦人であるシロウやあの一夏でさえも、アレが本気でインタビューする姿勢だという事に気付いていた。気付いてしまったので「俺の扱いって軽いんだなぁ……」と、一夏は凹んでしまったのだが、それは何ら関係ないので割愛する。

 

「先程の会話で篠ノ之さんと織斑君の視線が貴方に向いていましたが、アレは一体どういう事なのでしょうか?」

「ええと、それは多分本人から聞いた方が良いと思いますので、申し訳御座いませんがパスでお願い致します」

「わかりました。それでは次の質問です。インターネットから情報を仕入れていると聞きましたが、自分の眼で地球を見て回りたいと思った事はありませんか?」

「ああ、ええと――」

 

 おお、丁度良い質問が来た、とセンクラッドは思い、シロウと千冬はマズイ、と思った。

 センクラッドなら絶対に「そりゃ勿論」とか言ってしまい、外からの干渉を否が応にも受け付ける原因を作るだろうと確信していたのだ。

 

「――勿論、見て回りたいですが、流石に地球のお金は持っていませんからね。なので――」

「お、何ですか?」

 

 手を眼の前に掲げ、ナノトランサーから年代物の木像を呼び出した。

 おおお!?と、どよめく生徒達。千冬も眼を丸くしている。センクラッドからしてみればISの即時展開と同じ風に見えないものなのかね。等と考えつつ、現出させた木像を隣に居た千冬にポンと手渡し、

 

「コレを織斑先生経由で換金したいと思います。換金後、織斑先生の許可を得て、織斑先生と共に見て回ります」

 

 此処でまさかのご指名である。

 シロウは予想が外れた事に驚いていた。何も考えずに「そりゃ勿論行きたいに決まってるだろう、常識的に考えて」とか何とか言い出し、それならば案内をばと言うであろう眼の前の女子生徒に連れ回された挙句、社会的にヤバイ噂を立てられるコースに直行するだろうと確信までしていたのだが、そうはならなかったのだ。

 少しは成長したようだ、と感心する程の事ではない筈なのに感心してしまうシロウ。

 千冬は千冬で、思考が停止していた。どう見ても付加価値云々の前に造りからして高値がつくであろうソレを、まさか素手で渡されるとは思っても見なかったのだ。

 思わず助け舟を求めてシロウを見るが、シロウも驚愕した感がある眼の見開き方をしていた為、コレは本当にイレギュラーな出来事なのかと改めて驚愕した。

 その間に質疑応答はテンポ良く進んでいた。質問の内容が様々な方向に飛ぶ為、センクラッドは若干面食らいながらの応答をしていたが。

 

「ちなみに今のはどう言うカラクリで出したんですか?」

「ナノトランサーと呼ばれる格納庫から呼び出しました。詳しい事は技術者ではない為、返答致しかねます」

「わかりました。それでは、次の質問ですが、好きな食べ物と嫌いな食べ物は?」

「え? あ、ああ、ええと素材を活かした料理が好きですね、味は薄めの方が良いです。嫌いな食べ物は、まぁ不味いと判断した料理は全て、と覚えて頂ければ」

「成る程成る程ー、ではでは、次の質問です。公式インタビューで聞かれていなかった、貴方の出身地を教えてください」

「出身地、ですか。地球に良く似た環境の星で生まれました」

「地球に良く似た? ニューデイズですか、パルムですか? それともコロニーですか? その名前は?」

 

 面倒だったのでグラール太陽系で通せば良かったか、と若干後悔しながらも、公式インタビューの時に予め用意した答えを脳内から引き出すセンクラッド。余談だが、公式では出身地=グラール太陽系と認識されていた為、その手の質問は一切無かったのだ。

 故に、この非公式インタビューで重要なワードを引き出していく事に成功した彼女は、その性質と才覚によって様々な箇所で重用される事になる。

 

「グラール太陽系ではありませんね。きちんとした活動はグラールからでしたが。尚、出身惑星名は公開禁止されている場所の為、控えさせて頂きます」

「残念です。次の質問ですが、既婚者ですか? それとも恋人募集中ですか?」

 

 何だかキラキラした目線だなぁ、流石女子高生、やっぱりそこに質問が来るよなぁ、というか随分極端だなオイ。と思いながらも、苦笑を浮かべて首を振るセンクラッド。

 

「いえ、残念ながら。恋愛に割ける時間が余り無いので――」

「恋愛は時間ではないんですよ!! タイミングと勢い、ですから!!」

「は、はぁ……ま、まぁ、相手が居れば、という事で……」

 

 この現状で恋愛を激しくプッシュされても、その、なんだ、困る。みたいな乾いた笑みを浮かべるしかないセンクラッド。

 シロウは理由を知っている為、半ば同情の気持ちでやり取りを見ていたのだが、ふと周囲を何気なく見渡せば、一夏達一年生を始めとして、代表候補生を務めているセシリアや、教諭の千冬までもが「そっかー、恋愛はタイミングと勢いが大事なのかー」という顔をして聞いている事に気付き、危うく吹き出しかけた。

 腹筋と背筋と表情筋を駆使して本当に何気なく小刻みに肺から外へ空気を出して何とか誤魔化していたが、千冬までもがそんな顔をしているのがシロウとしては面白かったのだろう。姉弟だと似るのか、そういう仕草は本当に似ていたのも笑えるポイントだったに違いない。

 何気に呼吸困難による生命の危機に陥っているシロウには誰も気付かず、インタビューは続いていく。

 

「では、恋愛に関してなのですが、どんなタイプが好きなのでしょうか? 外面と内面、どちらもお願いします!!」

「え? ええっと……」

 

 誰か助けてくれ、と視線を思わず彷徨わせたセンクラッドだが、シロウを見ると無表情になっているのを見て、はて?と疑問に思って観察してみると、極僅かだがプルプルと震えているのが見えた。唇の端が微妙にひきつれてもいる。

 ビキリと青筋が立ちそうになるのを苦労して誤魔化しながら「何嗤ってやがるあのステポテチン」と内心で罵倒するに留め、周囲を探ると視意図せずバチっとセシリアと眼が合ってしまう。

 頼む、助けてくれという意味を込めて暫く凝視していると、何故か見る見る内に顔が赤らんでいき、手のひらを頬に当てた。

 その視線を追っていた薫子はにんまりと笑う。そして、そういう意味じゃねぇよ、お前は前日や代表決定戦の時に一体何を聞いてやがったとばかりに半眼になっているセンクラッドに、

 

「外面はイギリス代表セシリア・オルコットさんのようなたおやかなお嬢様がタイプとして」

「おおおおお!!!!」

「は? いや、違――」

「それでは内面をお願いしますッ!!」

 

 否定もさせてくれないのかこのクソアマ、と呪うが、ちょっとした歓声が沸いている為、後で何かの形でやり返す、絶対に。と誓うセンクラッド。

 近くのテーブルに置いてあったミネラルウォーターを手に取り、ゴクリゴクリと二口豪快に飲み込んで、喉と心を潤し、

 

「内面は、俺に合わせられる人が良いですね」

「おお、意外とオラオラ系という奴ですね? ありがとうございます」

 

 オラオラ系って何ぞ?殴り愛か?と少しの間だけ真剣に考えるも、考えても無駄だと思い直し、次の質問を促すセンクラッドの背後で必死に笑いを堪えているシロウ。

 適度にドツボにハマるセンクラッドを見るのが楽しくなってきたのだろう。心構えがどーのこーのと言っていた口は何処に飛んで行ったのか、完全に傍観者に徹している。とは言っても、センクラッドに何か物理的な被害が及ぶのならば、即座に割って入る護衛としての役目は捨ててはいないようだが。

 

「次の質問ですが、こちらも公式で聞かれておりませんでしたが、武装に関して禁則事項というものはありますか?」

「そうですね……基本的には資格を取得して、その資格にあった職に着けば、それに付随した武器の使用は許可されております」

「資格というものは具体的にはどういったものですか? 企業ごとに資格が必要だとか?」

「いえ、企業ごとではなく、あーそうですね……資格という言い方はちょっと語弊があり、順序も逆ですね。所謂ランク付けです。ランクで管理してます」

「そのランクはガーディアンズや軍が決めるのでしょうか?」

「基本的には組織によって異なります。軍ならば階級や実戦経験ですし、傭兵会社ならば即時対応能力、ガーディアンズならば身体能力や任務達成数等で判断しています。ただ、いずれにせよ言えるのは、武器を扱う者の能力次第で扱える武器には制限が自動的にかけられるという事です。この仕様によるミスは未だかつてありません」

 

 その言葉に驚く薫子。どのような方法で武器に制限を課しているのかは不明だが、それが事実ならば、相当な管理能力が高い社会だという事になる。

 隣で聞いていた千冬も、その内容には驚きを隠せずにいた。

 

「差し支えなければで良いのですが、ランクはどんな感じで分けられているのでしょうか。また、ファーロスさんはどのランクに位置付けされていますか?」

「ええと……ちょっと待ってください。グラール太陽言語から地球向けに言語を変換致しますので――」

 

 言って良いのか、悪いのか。だがまぁ、言っても良いかと判断し、正直に言うセンクラッド。

 

「下から、英語のアルファベットで言うと、C・B・A・S・EXの順です。EXは特殊な状況下で扱う、或いは文字通りS以上の威力だと思って下さい。俺は基本的にBからAを扱う事が多かったですね」

 

 実は、センクラッドを含めてだが、グラール太陽系に住まう人々が実戦においてEXを扱う事は殆ど無い。絶対的に数が少ないという理由もあるが、その武器の性質上、どうしても使用できないものばかりなのだ。

 たった一振りで星や運命などの概念すらも両断する程の力を秘めた剣や、たった一射するだけで小型隕石が地表に衝突する際に起こるインパクトを与える銃器なぞ、一体何処で使えと言うのか。

 荒廃した大地が広がるモトゥブで寄生型生命体SEEDをたった一人で食い止めた時や、亜空間などの特殊な地形が形成されている場合に限り使用した事はあるのだが、仲間や上層部から使用禁止と通達されるしか無い程、威力がべらぼうに強かったのだ。

 特にレリクスと呼ばれる遺跡から出土したものは使用禁止に指定されるものばかりだった。掘っても掘っても使用禁止になる為、その内申告をやめてナノトランサーに放り込むだけになっていたりする。

 また、これは別の世界の話になるが、人類の天敵種であるアラガミや、そのアラガミを構成しているオラクル細胞を利用した神機使い(ゴッドイーター)達の武器も相当アレなキワモノが多数存在していた。

 アレならまだ全力でやりあってもギリ振れる分マシなのだが、全力でやりあった結果、廃墟と化した街が一夜にしてマグマに沈んだり、肥沃な大地が永久凍土へと変貌したりと、惑星に与えるダメージも並大抵ではなかった。その為、相手の力を利用する事や、カウンターを狙って精確に攻撃するなど、武器に頼らず技術でカバーする戦いが徐々に徐々に多くなっていたのだ。

 余談だが、そういったケースを散々体験してきた為、オラクル細胞にフォトン粒子を結合させたらとんでもない兵器が出来上がる事は間違いと確信している。

 だが、そんなん何時何処で使うんだという想いから、実験すらしていない。エミリアやシズル、シズルの体を乗っ取っていたグラール太陽系旧人類種の長、太陽王カムハーンですらやらないだろう。

 自らが扱いきれない利器を使用すれば、種族ごと滅ぶのは知悉しているのだ。狂人でもやろうとは思わない筈だ。

 Aフォトン関連で自身も嫌と言うほど思い知っている為、そんなマッドな改造は絶対に施さないと誓っている。

 

「中堅クラスの実力という事ですね。私達よりも少し年上に見えますが、期待の新人という事でしょうか」

「……ええ、まぁ、そうですね」

 

 もはや何も言うまい。俺はこの世界では若いんだ、そういう事にしておこう。という意味を込めて曖昧に微笑むセンクラッド。その胸中は中々複雑なもので一杯になっていた。世界を救っても身分証明書を見せるまで酒が飲めなかったあの日とか、第一部隊の現隊長や元隊長から「未成年は酒を飲んじゃダメ」と言われて配給ビールを取り上げられたその日の思い出とかで。

 千冬やシロウはそれに気付いたのだが、センクラッドが言わないのならとだんまりを決め込む事にしたようで、口を挟まなかった。

 

「次の質問ですが――」

「――すまないが、そろそろ一夏のインタビューに移行してもらえるか? 流石に質問が多い。次で最後の質問にしてくれ」

「あ、わかりました。それでは」

 

 悪戯を仕掛ける子供の様な笑顔に、嫌な予感をヒシヒシと感じながら、センクラッドは先を促した。

 

「それでは最後の質問です。最近、織斑先生の機嫌が良いのは異星人と出会ったからという噂がありますが、本当ですか?」

「は?」

「ほう」

「おい黛……」

 

 ちょっと何言っているかわからないですね……という風に唖然とした表情で薫子を見るセンクラッド。

 そう来たかと眼を細めるシロウ。

 その言葉のお陰で再起動を果たした千冬は、お前マジお前ふざけんなと言う感じで威圧感すら伴った視線をぶち当てた。

 

「ささ、ズズィっと答えを。もしくはズヴァっと答えをどーぞ!!」

 

 センクラッドが困った様子でふと周囲を見渡せば、いつの間にか喧騒が止んでいて、興味津々という風に展開を見守る生徒達が居た。

 何気にセシリアも野次馬側に回っていた。この手の話題、しかも異星人との恋愛なんて滅多に、もしかしたら一生無いものかもしれないのだ。そりゃ回らぬものも回らざるを得なくなるのだろう。

 ちなみに一夏は飲み物を吹き出してむせており、箒はその世話をしている。

 え?何このふいんき、と思わず呟いた言葉も何気にバッチリと記録されているのだが、それには気付かずにセンクラッドは質問を疑問で返した。

 

「ええと、つまりそれはどういう事ですか?」

「織斑先生に換金をお願いしたり、案内を頼んだり、織斑先生の弟さんや篠ノ之さんの目標になってあげたりしているので、お互い恋愛感情があるのでは? という意味です!! さあ、答えをどーぞ!!」

「――ああ、そういう事ですか」

 

 成る程成る程、納得しました、と頷くセンクラッド。というかこの女子生徒、目標とか気付いてるじゃねぇかと思ったのだが、その手のツッコミはアレだろうな、と思ってスルーする事にし、さてどう答えようか、と彼なりに悩み始めた。

 シロウは頼むから余計な事を言うな、絶対に言うな、絶対だぞ、と念を送っていたが、パスが繋がっていない現状ではどうにもならない。

 千冬は千冬でそういう話になるのかと頭を抱えたくなっていた。もしかしたら今の今まで千冬に異星人の会談要請が来なかったのはソレか、ソレなのかと、あらぬ邪推をしていたが、そんな事は一切無い。国家間及び表と裏社会で異例の取り決めが極秘裏にあった位だ。

 五秒程思考した後、センクラッドは天啓が閃いたと言わんばかりにハッとし、次いで柔らかな笑顔を咲かせながら言ってはいけない事を言い放った。

 

「織斑教諭とは、そうですね。良い友人関係を築かせて頂いております」

 

 間。

 

 何と言うか、間としか言えない、間。

 

「おおおおお!?」

「キターーーーー!!」

「嘘だぁあああ!?」

「い、いいい一夏落ち着け!!」

 

 まるで芸能人達が良く使う常套句の一つである「私達恋愛しているけど今は友人です」と言わんばかりのその台詞に、生徒達のボルテージは急激かつ一気に上がった。一部発狂した者もいるが、それは極々一部だ。主にシスコンとガチレズと親友が少々。

 興奮を隠せぬと言わんばかりに、マイクの距離を近づける薫子。

 

「そ、それはお互いに好きだと言う事で宜しいでしょうか!?」

「俺から見れば人として好感が持てる人物ですね。恋愛ではありませんが」

 

 ピタリ、と止まる声とテンション。いくつかを除いてぽかんとした表情で見つめる全員。

 澄まし顔のまま、或いは飄々とした雰囲気のまま、センクラッドは言葉を紡ぐ。

 

「恋愛事に結び付けたがるのはこの星に住まう人々の共通した悪癖ですか? もう少し学習して頂かないと、非公式でも査定が悪い方向へ響きかねませんよ」

 

 と、さらりと痛打を浴びせてくるセンクラッドに引き攣った表情を見せる薫子。社会的に消されかねないと焦った薫子と、流石にそれは拙いだろうと思った千冬が声を上げかけるが、

 

「冗談ですよ、冗談。あくまで非公式ですから、査定なんてモノがあるわけないじゃないですか。ちょっとしたブラックジョークですよ」

 

 と温和な笑顔で返された為、一体何処までが冗談なのか煙に巻かれてしまった生徒達とその他数名。

 

「これ位で宜しいですか?」

「え、あ、はい、ありがとうございました」

「こちらこそ……では約束通り、一夏達にインタビューを頼む」

 

 毒気を抜かれた表情のまま「わかりました」と言って一夏の元へ向かう薫子。ちゃんとインタビュー出来んのかアレで、とやや心配しながら見送ったセンクラッドは、傍らで未だフリーズを起こしたままの存在に気付き、右手で右手側に居たシロウの目の前を、左手で左手側に居た千冬の目の前で手を振った。

 

「お前さん達、そろそろ戻ってきてはどうだ? そんなフリーズする事じゃないだろうに」

「……こ、こ……」

「こ? コケコッコー? シロウ、お前さん何時の間に鶏の親戚になったんだ? 共通しているのは赤しかないだろ――」

「この、たわけッ」

 

 ゴッという人体では決して響かない音を伴った一撃で、センクラッドの顎を打ち抜いたシロウ。たまらずよろけたセンクラッドの左膝裏を鋭角な角度と十分な速さを持って右のローを振り抜く千冬。即席ながら息の合ったコンビプレーである。

 半回転して地面に叩きつけられ、肺から空気を強制排出させられる事になったセンクラッドは「ゴフゥ!?」と苦鳴を漏らしてのた打ち回りかけたが、生徒が居るという事もあり、そこは我慢をし、見上げるに留めた。

 

 それが裏目に出た。

 

 鳩尾に寸毫の容赦も狂いも無くヒールが突き刺さったのだ。声にならない悲鳴を上げているセンクラッドをグリグリと踏み躙りながら、青筋をミキリと立てた千冬が鬼火を連想させる様な声を落とし込んだ。

 

「貴様は一度と言わず、三度死ね」

「なにそれこわ痛だだだだだだだ!! っつーか、千冬ッ、ヒールはいかんだろ、ヒールはッ!!」

「マスター、私は何度も言っている筈だ。いい加減に君は自重を覚えろ、と。それが出来ないなら三度と言わず、四回位死ね」

「成る程、シロウと千冬の言い分を合わせると、七回位転生して来いと。これが本当の七転び八起――」

 

 全部言わせねぇよ、と言わんばかりに顔面を踏み潰す勢いで踵から足を落としたシロウだったが、一瞬早くセンクラッドが千冬の体重移動を見切って、オラクル細胞を励起しながら瞬時に横に転がって立ち上がった為、ドンッという大きな音を立てるに留まる。

 チッ、という舌打ちはほぼ同時に異なる音域で鳴らされた。勿論千冬とシロウである。

 インタビューをしていた薫子とインタビューを受けていた一夏以外は完全にフリーズしていた。所謂ドン引きである、というか眼の前でそんなん起こっていたら普通はガチで引く。

 薫子は表情を輝かせてその情景をカメラを回して録画していた。用意周到なものである。

 一夏は一夏で、何今の体重移動、おかしくね?と思っていた。何処の世界のバトルジャンキーに転職したのだお前は。

 

「折角シロウにインタビューが飛ばないように配慮したと言うのに、何と言う仕打ち。マスターの心サーヴァント知らず過ぎる」

「……正直に言い給え、場を引っ掻き回せる方を選んだのだと」

「まぁ、それも九割位ある」

 

 空気の壁を破る音と共に、シロウの右ストレートがセンクラッドに迫るが、寸前の所でセンクラッドの左の掌にガシリと抑えられた。至近距離で視殺戦をおっぱじめた二人の間に入れる人物は、この場においては一人しかいないが、その一人も割と怒っていたので、シロウ側に助太刀する程度にしか動かないだろう。

 

「お前さんさっきから割と本気で殴りに来てるだろ、普通は死ぬぞ」

「君は普通じゃないだろう。それに、コレは本気じゃない、手加減をしていないだけだ」

「どちらもおんなじじゃねぇか」

「マスター、君は日本語を学習し直した方が良い。日本語は奥深いものなのだよ」

「あぁそうかい」

 

 取り合えず、シロウの拳を脇にうっちゃって、千冬に声をかけるセンクラッド。眼越しに千冬の怒り指数がとんでもない勢いで上がっていっていたのを感知しているからだ。ここらで手打ちにさせないと外出禁止令でも出かねない。

 

「まぁ、その、なんだ。正直すまんかった」

「ゴルドバステーキで手を打たないでもない」

「……シロウにデザートを作らせる、という方向で一つ勘弁してくれ」

「良いだろう」

 

 オイ私を巻き込むな、と言いかけたシロウだが、センクラッドの事だ。どうせ「俺がマスターでお前はサーヴァントだろう? 我が名において命ずる、シロウは千冬にデザートを作れ、ついでにゴルドバステーキも頼む」等と言って来るに違いない。そう言われてしまうと現時点では何も言えなくなるのは自明の理か、と肩を竦めて了承のポーズを取った。

 後で何らかの報復を仕掛けるがな、と考えるシロウは気付いていない。その考えこそが主従共々似ているという指摘に繋がるという事を。

 

「まぁ、取り合えず、換金の件は外出と合わせて頼む。まぁ、どうせ千冬の事だから外出の手続きは既にしているだろうがな。換金に関しては手付金だけでも良いので早いところ頼む」

「ああ、わかった」

 

 実は外出の許可に関しては、予め決められたルートならば既に出ていたのだが、換金に関しては全く考えてなかったのだ。異星人からトレードを持ちかけられる事自体想定外だった。

 ただ、嬉しい誤算だったので、千冬は頷くに留める事にした。

 

「ファーロスさん」

「うん? おや、オルコットさんじゃないか、どうした?」

 

 声をかけてきたのは、セシリアだった。一体何事だ?と首を傾げながら耳を傾けるセンクラッド。

 

「いえ、インタビューと一悶着が終わったようなので」

「……いやまぁ、手打ちにはなったが、それで、どうした?」

「もし出かけるのでしたら、その時はわたくしも一緒に行っても良いでしょうか?」

「まぁ、お前さんなら良いか。日程は千冬から聞いてくれ」

「ありがとうございます」

 

 本日最大のイージーミス、此処に現出。と言う風な表情になる千冬とシロウ。イギリス代表候補生が異星人と一緒に街へ出歩くという事は、後々に重大な影響を与えかねない要素の一つになるのは間違いない。

 だが言ってしまった為、その後の事を考え、シロウは口を挟んだ。

 

「――オルコット嬢、それは君一人という事で良いか?」

「ええ、勿論。わたくしとシロウさん、ファーロスさんに織斑先生で」

「……そうか」

 

 それなら良い、と溜息をついてシロウは黙った。センクラッドは何を当たり前の事を言ってるんだ?という顔をしている為、後で説教だな、と決意を固くするシロウは、千冬にアイコンタクトを取った。

 これから説教をするという目線に頷き、千冬はこれ以上問題を抱えたくは無い為、嫌々ながらも、

 

「そろそろ戻るぞ、センクラッド」

「ん? まだ来たばかりだろう。それにお前さん、一夏とも殆ど話していないだ――」

「そうだな、マスターもお疲れのようだ。織斑教諭、すまないが先導を頼む」

「え、ちょ――」

 

 何かを言う前に、両脇をシロウと千冬に抱えられ、リトルグレイよろしくその場を後にするセンクラッド。この後、千冬とシロウから荒れに荒れた説教が待ち受けていたりする。

 

 『目的』を果たしたセシリアだったが、その表情は明るくない。遠ざかる三人の姿を複雑な視線で見送っていたが、首を微かに横に振って気を取り直すと、セシリアは指令通り、一夏の元へと移動していく。

 その足取りは、何処と無く重い。



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16:白騎士事件と分析と推論と

 大荒れに荒れた説教と、千冬が寮監の役目を果たす為に退室した後、性根を鍛え直す名目のガチンコバトルで心身共に疲労していたセンクラッドだったが、翌日の晩飯にはスッキリとした顔で初恋ジュースを飲みつつ、シロウが作った晩飯を平らげていた。

 それをシロウは苦々しく見つめていたのだが、完璧にスルーするセンクラッド。

 ごちそうさま、と呟き、食器を下げたセンクラッドは、シロウに頼みたい事があると言って、ISの資料集を手渡した。

 

「随分と分厚いな……これは、ISの教本か。織斑教諭から貰ったのか?」

「ああ。教科書ではないが、資料集としては使えるものだと判断している。それで、ISの防御と使用武器についてお前さんに聞きたい事がある」

「私にか? 私はISを知らないのだぞ? 織斑教諭に聞けば良いだろうに」

「お前さんが言ってただろう。此処は有る意味敵地だ。敵になりかねない状況でISの弱点を教えてくれと言ったら単なる馬鹿だろ。それに、シロウは軍事兵器を扱っていただろう? それを踏まえてISをどう見る?」

 

 そう、シロウは弓や剣などの神秘に関わる武器に加え、それらを一切排除したナイフからスナイパーライフル、果ては迫撃砲やC4爆弾、クレイモア等の現代兵器の技術を一通り習得しているのだ。使えるものならば何だって使い、ターゲットを確殺していたセイギノミカタの生き方を主従関係の過程において知る事になったセンクラッドが、ふと思いついたのだ。

 私情を決して挟まぬプロフェッショナルとも、アマチュアとも違うやり方を知っているシロウならば、自分とは違ったISについての対処法が思いつくだろう、と。

 ふむ、と声を出しながら、速読のレベルで教本を流し読みしていくシロウの指がピタリと止まったのは、ISの武器についての項目と、ISの絶対防御についての項目だった。その二つの項目を比較するようにページを捲っては戻し、捲っては戻しと忙しなく眼と指を動かしていた。それが数回に渡って起きた後、今度はISの発祥についての項目を凝視し始める。

 暫くして、パタンと本を閉じたシロウが、口を開いた。

 

「私は実際に相対していないので断定は出来ない。それを踏まえて君の口から二つ聞きたいことがある」

「何だ?」

「ISが扱う武器は、通常兵器を流用した実弾兵器と、エネルギー兵器の二種類というのは大前提で良いのかね?」

「ああ、恐らくはな。隠しているモノもまだまだ有ると思うが、少なくとも俺が見たものは、オルコットが扱っていたエネルギータイプのスナイパーライフルと脳波によって遠隔操作出来るエネルギータイプのビットに通常型の誘導ミサイル。一夏が扱っていた実剣と、ファーストシフトによる武器の形状変化したエネルギータイプのブレードだ」

「わかった。次に、代表決定戦の際、起こった出来事を詳しく述べて欲しい」

 

 是非も無いと頷き、センクラッドは出来るだけ客観的に戦闘の経緯を話した。

 セシリアのレーザースナイパーライフルが開始早々に生成中の一夏のアーマーにヒットし、アーマーが破損した事、エネルギータイプのビット射出からミサイルが直撃した事、一夏がファーストシフトを終えた事、一夏の武装や外観が変化した事、一夏が負けた経緯まで全て話した。

 それを踏まえて、様々な可能性や最悪の想定を含めた状況をシミュレートし続けるシロウが発した言葉は、センクラッドにとって予想の外にあるものだった。

 

「まず矛盾が発生している」

「矛盾?」

「双方共に使用している武器がそれぞれ現代兵器にもある物ばかりだ。エネルギー兵器でなければバリアが貫通しないわけでも無いという事も、代表決定戦の際にオルコット嬢が扱っているミサイルや一夏が持っていた実剣からも推測できる。ミサイルの中身がなんであれ、ISの防御のみ突破出来る魔法の素材で作成していようともいまいとも、通常兵器で十分に対応できるだろうし、対応できないのならばその素材を弾丸にすれば問題ないだろう」

「成る程。だが、そうなると可笑しなハナシがある。白騎士事件によって全世界の兵器が無力化された、というのはどういう意味だ?」

 

 そこはどうなんだ?と言いたげなセンクラッドに、首を振って答えるシロウ。

 

「私も君も、それについての情報は教本とインターネットのみで、実際体験した者達からは何も聞いていない。故に本当にその事件が起こったのかも怪しいと言わざるを得ない」

「……どういうことだ?」

「ここに書いている事が嘘でなければだが、発端は全世界の軍事施設が同時にハッキングされ、日本に向けて何千発もの戦略、或いは戦術級ミサイルを向け、その全てがたった一機のIS『白騎士』によって破壊された、と」

「ああ、そう記されていたな。資料集でもインターネットの情報でも、同じように記載されている」

「ハッキングの時点で既に有り得ん」

 

 スパッと言い切ったシロウに、ぽかんとしてしまうセンクラッド。その間に紅茶と菓子をキッチンからセンクラッドが座っていた六人掛けのテーブルへと運んだシロウは、投影魔術で二色のマーカーペンと大きな大きな世界地図を取り出した。それは、資料集にもインターネットにもある、ISの世界の世界地図だった。

 それをテーブルに敷き、自身が居た世界において実際に攻撃した箇所や存在を知っている軍事施設を次々とマーキングしていく。核ミサイル保有施設は赤で、通常の軍事施設は青で記されていくと、あっという間に世界は赤と青で塗り固められていった。数は100を下るまい。

 

「――この世界の事は全く判らないので、私が居た世界のものに置き換えてマーキングしている。赤が核ミサイル等の戦略兵器所有施設、青が通常の軍事施設だ。どう思う、怜治?」

「え、そうだなぁ。ゲリラの施設もあるだろうが、よくまぁそこまで攻撃出来たものだなと――」

「たわけ」

 

 そういう意味じゃないとゴチン、と音を立てて軽く頭を殴られ、あいた、と頭のつむじを抑えるセンクラッド。まるで出来の悪い生徒を見るかのような眼差しを向けるも、全然理解していない事に、まぁ仕方あるまいと溜息をついて説明し始めるシロウ。

 

「全世界を同時にハッキングするとしたら、一体どれほどの労力が必要になるか、想像してみたまえ。人、時間、言語、物資。ありとあらゆるものが必要となる。しかもハッキングを仕掛けてミサイルサイロを掌握し、日本に向けて発射するまでこぎつける。核も含めるのなら、更に難易度が上がる。世界各国の首脳陣クラスの権限がそっくりそのままの状態で無ければ不可能の筈だ」

「全世界が食い止める事を放棄した、或いは全世界が何らかの理由で日本を……いや、メリットや大義名分が無いのか」

 

 センクラッドの言葉通り、国という視点から見て日本を攻撃するメリットがまるで無いのだ。歴史的に存在してはならない国家や人種というものは確かに存在しているが、戦略兵器を用いて攻撃するとなると、その一帯を全て破壊するだけに留まってしまう。人的物的含めた資源の獲得がまず見出せなくなる。核を使うのならば尚更だ。

 また、外交的にも完全な悪手である事はまず間違いない。

 万が一、裏表含めた全世界の首脳部が結託して日本の消滅を願い、攻撃を実行したにしても国民が納得する様な大義名分を作り出せないのならば、最悪自国の民に誅殺されてしまう。

 

「そう、国で動くメリットがまるで見当たらない、という事を覚えておいてくれ。ならば、裏社会の者達が結託して起こしたのか? それも有り得ないだろう」

「何故だ? 過激な原理主義派が組織としてあるのならばやりそうだと思うのだが……」

 

 ヒューマン原理主義者率いる組織によって、地球人からグラール太陽系最初のデューマンへと体組織を変貌させられた人体実験を思い出したのか、苦い表情になりながらそれを言うセンクラッドだが、シロウは首を振って答える。

 

「君が居たグラール太陽系やアラガミの世界とは違って、地球は人種も国籍も多種多様だ。その中で最大公約数を見つけるとなると、大体は宗教や人種ではなく金に落ち着く。日本はとりわけ、その手のシェアは上位国に入っていた。無論、私の世界でだがな」

「俺の世界でも極道と中韓マフィアがしのぎを削ってたと思うが、成る程。縄張り争いだとしてもそこまでやると金にならないわな」

 

 金銭や勢力拡大にならない方法であるという事を理解したと受け取ったシロウは、紅茶を飲んでから、次の問題を切り出した。

 

「理由は一度置くとして、では実際起きたとしよう。ミサイルのターゲットを日本に向けた。この教本にはその時に必ず起きる事がまるで起きていないように書かれている」

「何?」

 

 センクラッドは空中投影型ディスプレイを呼び出し、白騎士事件に関する事象をインターネットと自らを介して投影していく。その際、自らの口でそれを音読するのを忘れない。暫く黙って聞いているシロウだったが、或る一文に差し掛かると息を吸った。

 

「――全世界同時ハッキングにより、ミサイルを日本へ向け、発射――」

「そこだ。日本へ向け、と、発射の間か後に入るものがあった筈だ」

 

 思わず回線を切断してシロウをまじまじと見るセンクラッド。判らないかね?という視線を投げたシロウは答えを待つ事にしたのか、自身からは答えない。

 仕方無しにセンクラッドは口に上りかけていた文章をあげるが、その際にふと閃いたかのような表情になった。

 

「日本へ向け、発射した…………? 向けて、発射? メリットが、無い……そうか、犯行の声明文が無いのかッ」

 

 手を叩いて声を上げたセンクラッドにその通りだと頷くシロウ。全世界を巻き込んだ歴史上類を見ないテロ行為だが、日本へ向けて射出する前、或いはした後、どの国も、どの組織からも発表が無いのだ。

 回線を再接続してインターネットの海に深く潜りこんだセンクラッドだったが、その手の文章は一切無かった。例え失敗したとしても、声明文を発表すれば様々な反応がある筈だった。よしんば無かったとしても、その犯人らしき人物が現在に至るまでに何のアクションを取らないというのもおかしなものだ。それ位の電子戦能力があるのならば、再度類似した事件を起こす事も出来るはずだ。それなのにそれが無い。

 脅迫も交渉も声明も無いテロ行為というものは、意味を為さない。自身を正義として語らずに起こすそれは、もはや狂気の沙汰だ。

 

「犯行声明が無いメリットとデメリットか……考えてもわからん。この手の問題に当たった事が無い」

「だろうな。君が居た世界はストレートなものが多かった。ただ、大規模な作戦行動が失敗した場合、下士官や兵士はともかく上の存在と言うのは必ず明るみに出る。出すか出るかの違いで、それは変わらない。今はそれだけを覚えておけば良いさ。それを踏まえて次のステップにいこうか、怜治」

「あ、あぁ。次は何だ?」

「犯行声明が無いままミサイルは発射され、日本へ到達する前に、何が起こったと書いている?」

「――白騎士と呼ばれるISが突如として現れ、全てのミサイルを撃墜し、その後、そのISを捕獲・或いは破壊するべく日本を含めた全世界の兵器が投入された……日本を、含む?」

 

 呆然と呟いたセンクラッドに、シロウは二つのティーカップに紅茶を注ぎ、頷いて口を開く。

 

「日本を守った兵器ならば、当然日本が所有するものだろう。そうでないとしても、攻撃する理由にはならない。国際情勢を鑑みるよりも国内情勢に眼が行くのが道理だ。つまり、ISは日本にとってもイレギュラーな出来事だったのだろう」

「だが、攻撃する理由が無い。日本が所有していてもいなくても、日本をミサイルから守ったのは事実だ……勿論、白騎士事件が起こっていたのなら、だが――」

 

 センクラッドはティーカップを口にし、喉と舌を湿らせる。その一つ一つの動作に陰りを見せていた。電子の海に飛び込むと同時に思考する際の弊害か、瞬きを一切しておらず、眼の焦点は何処かへ飛んでいた。現実世界の情報を遮断している事によって読み取る速度と思考のそれを早めているのだ。

 

「そのISは当初、発表した篠ノ之博士を含めて一蹴されたと書いているな……あれほど画期的なマルチプラットフォームスーツを蹴った世界も凄いが、白騎士事件の後のISの扱いから見れば――」

 

 電子の海で泳いでいたセンクラッドの口が凍りついた。今、自分が言った言葉、そして篠ノ之束で検索をかけて出た結果に絶句したのだ。

 

「篠ノ之束、保護手配? 現在唯一ISコアを生産できる篠ノ之束博士は消息不明となっており、全世界を挙げて捜索中である――」

「特異な存在は常に排される、といったところか。だが、今回はそこではない」

「ISは当初、見向きもされなかった。いやシロウ、待ってくれ。だからと言ってISの有効性を示す為に白騎士事件を起こしたとは考えられないだろう。シロウの言っていた人的・物的資源が圧倒的に足りていない上に、篠ノ之博士は日本人だ。日本が攻撃されたのなら、自衛手段としてそのISを用いた可能性だってある」

「そうだな、それが自然な見方だ。私も白騎士事件が起きたのなら自衛の為に使ったのだと思う。そして、その後は異端を排除する為か、その技術を手に入れるか、どちらが先だったのかは判断がつかないが、篠ノ之博士の保護に乗り出したのだろう……書いてある事柄が真実ならば、だがね」

 

 んんん?つまり、どういう事だ?と考え込むも、わからんとばかりに投げ出したセンクラッドに、シロウは次の話へと会話を持っていった。

 

「ISが全ての兵器を無力化したとしよう。それで得をするモノは?」

「……篠ノ之博士や女尊男卑主義者?」

「女性でしか乗れないと判明したのは何時だ?」

「――IS発表時には女性しか乗れないと判明していたが、実際には白騎士事件後の適正検査で実証された事実、か……微妙な線だな。後は、そうだな……デメリットの方が多い気がするが、軍事企業や宇宙開発研究関連の企業あたりだろう」

 

 その答えに首肯し、答えるシロウ。メリットだけで考えるのではなく、デメリットの後にメリットを考えるという形で推論は組み立てられていく。しかし、幾つかの疑問が残るな、と零したセンクラッドに、当然だろうと再度頷きながらティーカップを傾けるシロウ。

 

「全て結託せざるを得ない状況、つまり今代の兵器が全て無力化される程の防御力に、軍隊を壊滅させる事が可能な程の攻撃力を持った兵器の登場、それがIS……結託せざるを得ない状況を作り出した者が篠ノ之博士、それに協力したのが金や利に聡い死の商人や軍事企業、そこから繋がっていく腐敗や不正まみれの政治家、そんな感じか? いや待て、オルコットや一夏が搭乗していたISにはそんな強さは無かった。現存する兵器を無効化したいのならば、最低でもAランクのシールドラインタイプの多目的バリアや広範囲を攻撃出来る武器が必要になる筈――」

「怜治、ISにはリミッターがかけられているそうだ。この教本にはそう記載されている」

「何……」

 

 と呟いたセンクラッドの表情は、次の瞬間には厳しいものへと変わっていた。

 言われてみれば確かに、最初の授業中に手渡された資料集には、ISにリミッターがかけられていると記載されていた。

 例えばセンサーだが、元々宇宙探索用に使用される筈だった為、視認距離等に限定されていると有った。センサー以外にもリミッターがかけられるとするならば、それは自己進化能力による強化すらも隠す手段に繋がる。しかもISのプロトタイプに制限が無い状態だった場合、セシリアや一夏が乗るISよりも遥かに高い能力を持っている可能性だってあるのだ。

 

「軍事利用を禁じ、競技用へとISが転用されているのなら、各ISにはそれぞれリミッターがかけられていると見るのが自然か」

 

 その状態なら、確かにセシリア達の武装にも納得出来るものがある、と呟いたセンクラッドに、シロウはそうだと頷いて続けた。

 

「その為のファーストシフト・セカンドシフトという見方も出来る」

「成る程、シフトではなくリミットオフか……有り得るハナシだ。だとすると戦力をもう少し高く見積もる必要が出てくるな……経済的にも軍事的にもさしたる混乱が起きていない理由は、そうか、軍事企業が今まで培ってきたノウハウをISに活かす方向に持ちかけた……面子を潰しても顔を立てる方向に……成る程、だから『保護手配』と『467個』なのか――」

 

 インターネットの海へと再び飛び込み、未だ小火器から航空機まで、その一切が廃止されていないどころか、むしろ市場が活性化している事を確認したセンクラッドは、そういう事かと納得した。

 

「つまり、シロウはこう言いたいのだな。篠ノ之博士はISを発表して何らかの目的を達成した。停滞していた軍事企業は新たなパイを手に入れ、死の商人は安価になった兵器で更に儲け、核という汚染前提の戦略兵器よりもISというクリーンな兵器を政治家は選んだ、と」

「加えて、広告塔は全て女性だ。そういう意味でもISというのは役立っただろう」

「篠ノ之博士のみコアが作れるというのも大きいな。ISコアの数や機能や使用方法を限定する事によって、最小限の混乱に留める事に成功している」

 

 しかし、と呟いたのはセンクラッドだ。

 解らない事がまだある、と言い、シロウに顔を向け、

 

「白騎士事件は全世界の国民を騙す為に企業や国家、裏社会の者達が仕組んだブラフだったとしよう。それは良いとして、何故、IS搭乗者の資格を性別にしたのか。もう一つある。何故男性で一夏だけが乗れるのか。遺伝子選別でないのは此処まで誰一人として他に出なかった事でわかる。織斑千冬の弟という記号に意味は無いとしたら、他の要素が有る筈だ」

「確かに。だがまぁ、今まで互いに述べたのは、あくまで確固たる証拠が一切無い状態での推論だ。結論ではないし、証人や証拠を集める必要がある、これ以上話しても無駄だろう」

「……おい。それを自分で言うか普通。だったら結託無しで篠ノ之博士全て一人がやらかした可能性も有るという事にもなるじゃねぇか。しかも性別に関しては自分が使いたかったからとか、誰かに使わせたかったからとか、くーだらない理由かもしれんぜ? そうなると篠ノ之博士は自身すらも利用する冷徹な知能犯からアホな愉快犯へとサマ変わりだ。誰も救われんぞ」

「重要なのは白騎士事件が本当にあったのかではなく、白騎士というISが現行の兵器の無力化をどうやって証明したかではないのかね? そもそも怜治が聞きたいのは白騎士事件やISのあらましではなく、ISの対策だろう?」

「……お前さん、俺が真剣に悩んで答えっぽいナニカを導き出しているサマを見て、昨日の憂さ晴らししてたな?」

「さて本題だ」

「おい」

 

 今までの会話を全て台無しにする方向に持っていったシロウに対し、半眼で睨みつけるセンクラッド。怒りと共に紅茶を飲み干し、ティーカップでビシリと指差し、センクラッドは言った。

 

「シロウはそろそろ自重を覚えるべきだ」

「君がそれを言う資格は無い。特に昨日は色々とやらかしすぎだ」

 

 馬鹿め、とばかりに鼻で笑われ、昨日の事を持ち出されたセンクラッドはぐぅの音も出ない。舌打ちするに留め、さっさと話せと言葉を出す。

 

「さて、話を戻して、万が一敵対したとしよう。その場合は相手の獲物を奪って攻撃が一番手っ取り早い。それが出来ない場合は、ISが使用している武器のメーカーを調べ上げて、販売している商品で最も近い物を選ぶのが良い。金なら恐らく、君が換金目的で持ち込んだ木像で大量に得れるだろう。それを持って裏で出回っているモノを買い漁れば良い」

「そうだな、それでいこう。で、相手のリミッターが解除された場合はどうする?」

「それは推論だから意味が余り無いと思うが。本当にリミッターが存在して、それが解除された場合は、君が使用している武器を使えば良い。ただ、そうならない為に、極力迂闊な行動は控えるべきだとは、思うがね?」

 

 昨日の事を言っていると思い当たったセンクラッドはうげっとした表情を浮かべた。逆にフフンと言わんばかりの見下し笑いを見せるシロウ。本当に仲が良い主従コンビである。

 頭をガリガリと掻きながら、センクラッドは溜息を付いて気分を一新した。

 

「ま、取り合えずやってみるさ。ある程度交流しつつ、ただし技術交流はせずに、フレンドリーに振舞っておけば大丈夫だろう」

「君の『ある程度』にどの程度信用を置いて良いのか、些か疑問が残るがね」

「やかましい。当分は大人しくしてるさ。外出許可が何時出るかは判らんが、それまでは大人しく学内の見学程度に留めておく、それで良いだろう?」

 

 そう言って、センクラッドは椅子から立ち上がり、風呂に入る為に歩きながらナノトランサーからバスタオルを取り出し、浴室へ消えた。お休みの一言を置き去りにして。

 やれやれと肩を竦めたシロウも、自室へと戻る為に位相をずらし、その場から消え失せた。



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17:過ぎた接待

 一夏の代表祝賀会から一週間以上が経過した。アレからセンクラッドは外出をせず、日がな一日中インターネットから観光名所百景等の日本の観光・説明用サイトを見て回っていた。千冬の観光案内で回る時に、もしリクエストを受け付けてくれるのなら、という前提で色々見ていたのだ。

 そして今日、センクラッドは気合最高、気分は上々という感じで早めの朝食を取り終え、千冬を待ち続けていた。

 昨日千冬が部屋を訪れて「そちらに問題が無ければ明日の土曜に観光案内が出来る」と言われたからだ。

 鼻歌でも歌いだしそうな位浮かれているセンクラッド。別世界の地球で範囲が限定されるとは言え、故郷である日本を散策出来るのだ。懐かしさも手伝ってか、ワクワクしているというのを隠そうともしないセンクラッドに、優しげな視線を送るシロウ。

 ふと何かに気付いた風に、センクラッドはシロウの服を見つめ、むむ、とばかりに眉を寄せ、シロウに対し、

 

「シロウ。まさかとは思うがそのままの格好で行くのか?」

「流石にそれは無理があるだろう。ラフな格好に着替えるつもりだよ」

「ほう、ラフな格好か。どんな服を持っているんだ?」

 

 シロウの私服を見た事がないセンクラッドは、好奇心にかられて質問した。その疑問に答えるべく、シロウは身に纏っていた赤原礼装を解除し、黒のシャツに真っ赤なレザージャケットを羽織った服に着替えた。首には黒いチョーカーが巻かれており、ベルトは赤色のレザーを二つ巻いたものを装着していた。

 その余りの派手派手しさに絶句する他無いセンクラッド。モデル立ちで佇んでいる元サーヴァントに、恐る恐る尋ねた。

 

「……それは、ガチでか?」

「春とはいえ、流石に素肌にレザージャケットは寒々しいだろう?」

「いや、うん、ああ、いや、何だ……ええっと、そうだな……お前さん、ファッションセンス無かったのな」

 

 余りに酷いが的確すぎる一言に眼光鋭く睨みつけるシロウ。本人としては生前プレゼントされ、愛用していた服装の一つをディスられたのだ、怒りたくもなるだろう。

 だが、センクラッドからしてみればネタならば乾いた笑いを、ガチならば完全に引くしかないと言う格好なのだ。しかも素肌にジャケットというのは、どうにも既視感を感じてしまう。

 

「……ボル三兄弟にお前さんが混じっても俺は問題ないと思ったわけだが」

「誰かね?」

「グラール太陽系に居たビーストの三兄弟だ。一言で言うと、へっぽこ三兄弟だ。もうとにかくへっぽこでな。散々こちらを引っ掻き回そうとして、結果的に自爆したり、その過程でも自滅したり、俺やイーサンにボコボコに張り倒されたりとまぁ、何というか、殺伐としていたあの頃の俺を癒す一種の清涼剤になっていたよ。正直あそこまでへっぽこだと見ていて気持ちが良い程――」

「怜治、私に似合う服を至急ナノトランサーから貸し出して欲しい」

 

 思い出して遠い眼になっていたセンクラッドが、その声でシロウに視線を合わせると、ものっそい打ちひしがれた状態に陥っているシロウが居た。哀愁が滲み出るどころか、溢れ出ている状態を見て、センクラッドは何だか申し訳ない気分になってしまった。

 やはりあんなんと比較したのが不味かったか、と思っているセンクラッドだが、実際は少し違う。

 それに加えて生前、魔術師仲間や師匠から散々「へっぽこ」「へちょい」「へぼい」等言われてきた事を思い出した為だ。トラウマの領域にまでは発展しなかったが、それでも思うところはあるのだろう。そしてボル三兄弟とやらの紹介も酷いものも手伝って「私はそんなお笑い三人集と同列なのか……」と凹んでいるのだ。

 センクラッドとは対照的にテンションが著しく下降の一途を辿っているシロウを見て、流石に可哀想になってきたのだが、かける言葉が見つからなかった為、取り合えず見合う服を見繕う事にし、ナノトランサーからデータをリンクさせて網膜投影していく。ブレイブスシリーズの上下が無難だな、と判断したセンクラッドは、それを現出させ、シロウにそっと手渡した。

 どんよりとしたまま無言でゴソゴソと着替えるシロウを横目に、センクラッドは再度、自身とインターネットを接続し、情報を見ていく。ある意味現実逃避ともいえる。

 それから五分程度経った後、控えめなノック音が部屋に響いた。

 来たか、と呟き、何食わぬ顔を作りながら、インターネットとの接続を切って、ドアをスライドさせると、そこに居たのは、センクラッドが予想していた人数よりも少し多いグループだった。

 いつもの服装の千冬は良いとして、青を基調としたワンピースにハイヒールを履いているセシリアに加え、白いモコモコしたセーターと黒のスキニーパンツをブーツインさせた箒に、白のカットソーとGパンの一夏まで居た。

 

「ふむ。セシリアはともかくとして、お前さんが篠ノ之さんや一夏まで連れてくるとは思わなかったのだが」

「事情があってな、連れて行かざるを得なくなった」

 

 苦虫を噛み潰した様な表情でそう言う千冬。今更ながらに政府からの圧力がかかってきたのは、恐らくセシリアと異星人との『交流』をIS学園から外へ流した者のせいだ。主に黛薫子とかセシリア・オルコットとか黛薫子とか。

 日本政府からしてみれば、ブリュンヒルデの弟である織斑一夏や、篠ノ之博士の妹である篠ノ之箒が異星人と仲良くしているシーンが欲しいのだろう。イギリスに置いて行かれない様にと、そういう指示があったのは明白だ。

 IS学園は表向きはあらゆる国家や法から解放されるのだが、それはあくまで建前だ。運営しているのは日本であるし、ISを発明したのも日本人だ。そしてこの世界の日本も例外なく外圧に弱い。故に、日本領土内にあるIS学園は、どう足掻いても干渉を受ける立場にあった。

 

「まぁ、別に良いんだがな。これ以上は増やさんでくれよ、誰かが迷子になるかもしれんからな」

 

 眼の前の男が陰謀を企むような性格ではなくて本当に助かった、と心の底から思う千冬。まぁ、それらはセンクラッドの護衛を務めるシロウの方が担当しているのだが、今は言うまい。

 シロウとしても千冬は板挟みになっているのかと察していたし、元々は品行方正とまではいかないがセイギノミカタを気取っていた事もあるのだ。弱みに付け込んで徹底的にやるのが彼の信条だが、別に千冬は敵ではない。むしろセンクラッドもシロウも世界を相手取ってドンパチなんぞ御免蒙ると思っているし、火中の栗を拾う様な真似はしたくはない。

 

「で、もう出発するんだな?」

「ああ、時間が必要なら、校門前で待つが」

「いや、支度はすぐに出来る。後は俺が着替えれば良いだけだしな」

 

 そう言ってセンクラッドは椅子から立ち上がり、部屋の外で待っている千冬達に足を向け、その途中でナノトランサーからお気に入りの服を呼び出した。

 白のYシャツが長さが膝まである黒のロングコートへ、青色のズボンが黒のゴルドバの皮をなめして作られた藍色のレザーパンツへと一瞬にして変更された。その際、ペタペタと素足で歩いていた足音もコツコツと硬質な音を響かせるファー付きのブーツに変わっている。更に言えば、髪形も少し変化していた。左眼の眼帯部分を隠すアシメトリーは変わらずだが、全体的にシャギーを入れて軽めに見せた形になっている。

 その事に驚く面々。

 一夏が皆の驚きや疑問を代表するような形で質問をした。

 

「ファーロスさん、今のどうやってやったんだ?」

「ナノトランサーから服装を呼び出して交換しただけだ。髪型に関しては記憶媒体から読み込ませて変化させている」

「へぇ、何か遅刻せずにいられそうだよな」

「あー、それはあるな。低血圧だったからこの機能は本当に有り難かった」

 

 低血圧だったんかい、と思わずツッコミ口調で言う一夏。千冬がそれを叱責しようと口を開きかけるが、センクラッドが目配せをした為、口を開く事無く黙って聞き役に徹する。

 

「お前さん、異星人だからって低血圧とか高血圧とか無いと思っていたら大間違いだぞ。お互い人型なんだ、それ位あるに決まっているだろう」

「あぁ、そういうものなのか」

「そういうものだ」

 

 と頷いたセンクラッドだが、過去形で言っている通り、嘘はついていない。

 オラクル細胞で再構成した体は人型ではあるが、単細胞群体生物であるアラガミと同様に内臓や血液は無い。外殻だけ日系デューマンで、中身は最早別物だ。やろうと思えば手から物を喰えるし、背中から第三の腕も生やせる。生やせるだけで、実用には程遠いのだが。

 

「では、行こうか。俺としては行きたい場所が結構あるんだが、その手の要望は受け付けてくれるのか?」

「見たいものによるが、何処に行きたいんだ?」

「秋葉原だ」

 

 凍りつく面々。よりにもよってそこか、と言う表情を浮かべた千冬とシロウ。一夏は乾いた笑顔を浮かべているし、箒はそれの何が問題なのか全く把握していないのか、何時もの凛とした表情のままだった。セシリアは僅かに嫌悪感を出しているが、口を挟む事はしなかった。

 

「……余り言いたくないのだが、そこを選ぶのはお奨め出来ない。それに何故秋葉原なんだ?」

「インターネットで外国人が選ぶオススメの観光地トップ10で常に上位にランクインしているからだ」

 

 その言葉に、一夏は「へぇ、そうなのか」と言った顔をした。ちなみに、他国では余り見かけないミニスカメイド喫茶や電気街、巨大ショッピングモールや隠れた名店が有る事に加えて、特に同人漫画を取り扱う店が多数あるというのが理由に挙げられていた。

 

「まぁ、他にも回りたい場所はある。関東地方の観光場所では東京ディズニーランド、浅草、ドイツ村あたりか。歌舞伎町も良いな。ホストやホステスという水商売の店も覗いてみたいな。それと皇居も見てみたい」

 

 他意は無いのだろうがものっそい下世話な場所を回りたがるセンクラッドに頭痛を感じる千冬。間違った知識を持った外国人を接待した様な感覚に陥りつつあったが、それを振り払う為に首を振って答えた。

 

「生徒がいるから無理なところは無理だ。特に歌舞伎町と秋葉原は駄目だ、情操教育に良くない。それに、外出許可は今日だけ出されるものではないから、もう少し絞って欲しい」

「そうか、残念だが仕方あるまい。浅草なら問題ないだろう」

「判った」

 

 そう言って、校門へと歩き出す面々。センクラッドとシロウもそれに追従する形で歩き出した。勿論、部屋にロックをグラール言語で掛ける事を忘れない。

 そうして校門に辿り着くと、眼の前には黒いリムジンタイプのリンカーンが止まっていた。

 眼を瞬かせてそれを凝視するセンクラッドと庶民組生徒達。シロウはある種の懐かしさを感じて見つめていたし、セシリアは平然としている。千冬はそのままドアを開け、センクラッドを促した。

 

「……俺の予定ではIS学園前駅で東京駅直通の満員電車に乗る筈だったんだが……」

「異星人が電車に乗ったら大パニックを起こすに決まっているだろう。それに関しては許可が降りなかったが、代わりに車を用意した」

 

 早く乗ってくれといわれ、センクラッドが大人しく乗り込んだ。変な言い方になるが約十年ぶりの満員電車を満喫しよう、と意気込んでいたら、予想以上の物が来た、という思いがあったのだろう。その背中は少し煤けていた。

 センクラッドが乗り込み、シロウが追従し、生徒達が乗って、千冬が最後に乗り込んでドアを閉めると、車は静かに走り出した。

 やれやれと溜息をついて気を取り直し、視線をあげると眼の前には白ワインと赤ワインとシャンパンがそれぞれ一種類ずつワインポケットに配置されていた。

 思考が停止したまま、視線をぐるりと巡らすと、眼の前はどうやら俗に言うところのバーカウンター形式になっているという事が判った。

 千冬やセシリア、シロウはバーカウンターに備え付けられている冷蔵庫から平然と各々が好きな飲み物を手にとって飲んでいるが、一夏と箒に関しては物凄く居心地が悪そうに、もっと言えばどうして良いか判らず、取り合えず自分の膝小僧をじっと見つめて何かに耐えるような表情で俯いていた。早く時間が過ぎ去りますように、という願いが駄々漏れである。

 表情を無くした状態を維持しながら、センクラッドは横に居るシロウを眺めた。何でコイツはそんなに平然としているのだろうと思っていると、シロウは、

 

「――あぁ、すまない。シャンパンで良いかね?」

 

 と言って、ワインポケットから良く冷えたシャンパンを取り出し、針金を静かにゆっくりと外していき、布ナプキンを被せてボトルをゆっくりと回し、栓を徐々に抜いた。

 シャンパングラスをセンクラッドに持たせ、静かに6分目まで注いだ後、そっと栓を閉めて元の位置に戻すと、シロウは千冬やセシリアと談笑を始めた。具体的には、シロウのシャンパンの開け方が手馴れているというツッコミだったが「インターネットの動画を見て覚えた」と、さらりと言い切り、異星人に対するハードルをガン上げしたり、セシリアのお嬢様っぷりを聞いたりしていた。

 そんな三人を尻目に、箒と一夏を見ると、何も飲まずに先の姿勢を維持している。一体何の罰ゲームなのだコレは。

 

「……一夏、篠ノ之さん、コーラと緑茶で良いか?」

「お願いします」

「是非」

 

 間髪入れずに答えた二人に対し、静かに、だが迅速に冷蔵庫から目的のペットボトルを取り出し、二つを一夏に渡した。一夏はギギギギと錆び付いた音を立てながら、緑茶を箒に渡し、ペットボトルの蓋を開けた。手に汗が滲んでいたのか、何度か滑っていたのはご愛嬌だろう。一組代表決定戦で見せた凪ぎの心境は一体何処にいったのだろうか。

 箒は箒で、手渡されていた緑茶を取り落としていた。

 

「あ」

 

 と、声をあげてしまい、全員の視線を食らった箒は、少しだけ涙目になった。おろおろとペットボトルを取ろうとするも、一夏の足元からセンクラッドの足元へと転がっていくのを見て、動作を停止させてしまう。

 無言でブーツに当たったペットボトルを取り、箒に手渡すセンクラッドに「ありがとうございます」と礼を言った箒の声は、若干震えていた。きっと内心では「中身がこぼれていなくて本当に良かった」とか思っているのだろう。一体どうやって蓋を外していないペットボトルから中身がこぼれるというのだろうか。いつもの凛とした武士娘という感じが一切消失している。

 

「……庶民感覚に、乾杯」

「乾杯」

 

 ぼそりとセンクラッドが呟いた言葉に、何処か救われた面持ちの二人が同じ言葉を同時に発した。

 無表情のまま、センクラッドは注がれたシャンパンを静かに口に含んだ。悔しいほどに、それは旨かった。

 

「千冬」

「ん? どうしたセンクラッド。口に合わなかったか?」

「汚しても良いのか?」

「何だ、乗って早々もう酔ったのか?」

「いや、そうではなく、一夏と箒が緊張しすぎて目も当てられん状態だ。それに、何だかんだ言って俺もこの手の奴に乗った事がない。作法とかあるのか?」

 

 その言葉に、弟とその幼馴染を見ると、そこには可哀想な程に萎縮している二人がいた。何時もと違う二人に、セシリアが、

 

「一夏さん、篠ノ之さん、別にそんなに萎縮しなくても良いのですよ。普通にくつろいで下さって構いませんし」

「セシリアの言う通りだ。一夏、箒。汚しても別に構わない。経費で落ちるからな」

 

 お嬢様代表と女帝代表がそう言ったところで、はいそうですかといきなりだらけた感じでくつろげるわけがない。

 まるで借りてきた猫のようになっている二人を見て、センクラッドは、

 

「善意だと思うが、はっきり言って普通の車の方が良かったんじゃないか? 周りの車と全然違って浮いているしな」

 

 これでは電車に搭乗するよりも目立っているだろう、と言外に込めた意味を正しく読み取った千冬は、苦笑せざるを得ない。

 当初は四駆で行く予定だったのだが、そこを日本の首脳部から待ったを掛けられ、用意された車を見たらリンカーンだったのだから、流石の千冬もあの時、一瞬だけ絶句していたりする。

 もっとも、開き直って車内にあるものは全てかっさらう勢いで楽しめば良いかと頭を切り替えている辺り、女帝らしさが出ている。

 

「まぁ、今更言っても詮無き事、か。一夏、篠ノ之さん。取り合えず楽な姿勢にしようじゃないか。状況を楽しむ事も、一つの成長だと思えば良いだろう」

 

 そう言って、センクラッドは革張りのシートに深々と体を預け、左手で持っていたシャンパングラスの中身を飲み干した。

 暫くして、二人はおずおずとセンクラッドと同様に体を預けると、やがて大きな息をついてリラックスし始めた。リラックス通り越してグッタリしているが、敢えてそこは指摘しない大人組+1名。

 庶民組からしてみたら、こんな乗り物には縁が無いのが普通なのだ。いきなり放り込まれもしたらこうもなる。それに、前日の夜になって日本から通達があったせいで、一夏と箒は状況をまるで把握しないまま此処に居るのだ。責めるのは酷というものだろう。

 ちなみに、センクラッドは、IS学園から浅草に向かうまでにシャンパンを一人で空けたり、ナノトランサーからビーフジャーキーを取り出して皆に分けていたりと、なかなかの適応力を発揮していた。完全に開き直っている。



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18:観光~浅草編

「此処が、噂の雷門か――」

 

 豪華リムジンに揺られて二時間程経過して浅草に着いたセンクラッドはそう呟いた。

 大通りに面した場所に、朱色で塗られた門と、中央に同色の提灯のようなもの、つまり雷門があった。

 やはり外国人や観光客には人気のようで、写真を撮ったり、動画を撮っていたりしている様子があちこちに見て取れる。

 ただ、流石に大型リムジンのリンカーンは目立ったらしく、暫し好奇の視線が辺りから無差別に飛んで来ていたが、すぐにその手の視線は消えていく。どうやらまだ異星人として顔が割れていないようだな、と判断したセンクラッドは、ぽつりと感想を零した。

 

「観光街としては当然なのだろうが、予想よりも人が多いな」

「休日はこんなものだよ。日本三大祭りに数えられている三社祭や隅田川の花火大会……はわかるようだな、そういうイベントの時は交通規制がかかる程、混雑するものだ」

「それは……あまり体験したくないな。過度の人ごみは苦手だ」

 

 リンカーンから降りたセンクラッドは、おのぼりさん宜しくキョロキョロとしていたのだが、ある一点でピタリと視界を止めた。

 そこにあったのは、人力車だった。明治時代を彷彿させるデザインをしており、それを引く人も、その時代にあった服装をして走っていた。乗っているのは観光客のようで、どうやら一風変わったガイドをしているようだった。

 眼を細めて、ふむ、と顎に手を這わせ、

 

「アレが人力車、だな」

「やはり珍しいか?」

「ああ、生で見た事が無かったからな。昔ながらの乗り物を使っての観光案内とは、風情があって良い物だ」

 

 そう呟きながらもセンクラッドが視線を向け続ける対象は、雷門と同色に染め上げられた人力車と、それを軽快に操り、中々の声量で乗車している客に案内をしている男だ。

 顔に刻まれた皺から判断する限り、年は30半ばを過ぎているのだろう。だが、それに似合わぬ二の腕や足の太さが、自身がまだまだ現役であるという事を周囲に知らしめていた。

 

「ああ言うのは良い物だ。街の歴史や成り立ちを聞きながら、のんびりと見て回りたい……だが、まだ叶わぬ夢だな」

「いずれ、我々がグラール太陽系と交易を結べれば、不可能ではないだろう?」

「――そうだな」

 

 それも叶わぬ夢だが、と自嘲めいた言葉は心に留め、千冬に先導を任せる為に彼女が居る方を向いて、眼を瞬かせた。思わず二度見をしてしまったのは仕方が無い事だろう。

 

「千冬、それカツラか?」

「ウィッグと言え」

 

 いつものミディアムヘアがウィッグをつけた為にロングヘアになっており、何故か知らないが赤縁眼鏡をかけている千冬がそこに居た。

 一夏がそれを見て、何か言おうとして、だが言葉にならなかったのか、言葉にするのが恐ろしかったのか、結局何も言わずに視線を外した。

 センクラッドはその意味を察し、意を決して質問を舌に乗せた。

 

「……なぁ千冬、印象をガラリと変えたかったのは理解できるのだが、それは誰の入れ知恵だ?」

「山田先生からだ」

 

 衝撃の一言に、一夏は絶句し、センクラッドは無表情のまま空を見上げた。企画物のAVかよ、と言いたかったのだが、何故それを知っているというツッコミが来るのは必至だった為、断腸の思いで断念した。

 色々言いたかったが、それらを全て溜息に変えてナノトランサーからカメラを現出させた。この世界の景色や人々を撮る事で、元の世界を想起させ、自分が揺らぐ事の無い為に。

 ただ、その前に確認する事も忘れてはいない。無断で撮影して何かのトラブルの種になっても困るからだ。

 

「まぁ良い。千冬、この景色や風景を記録しても良いのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 その言葉に早速カメラで雷門や町並みを撮りながら先導されるままに歩くセンクラッド。その途中で、IS学園側に居る人々にこの街の事を聞いてみるかと思いつき、まずは隣に居るセシリアに声を掛けた。

 

「そういえば、だが。セシリアは、此処には来た事はあるのか?」

「え? いえ、IS学園に入学してまだ日も浅いですし、外出していませんでしたから」

「……考えてみればそうだったな」

「えぇ、ただ――」

「ただ?」

 

 うん?と首を傾げて先を促すセンクラッドに対し、セシリアは僅かに羨望の眼差しを周囲に向け、

 

「――ただ、凄く新鮮ですわね。何というか、悪い意味ではなくて、下町然としたところとか、和そのものといった感じとか」

「そう、だな。観光街というのを抜きにしても、俺はこういう古い町並みと言うものは良い物だと思う。本当にな」

 

 センクラッドが呟いた言葉には、確かな重さがあった。まだ種族的に日本人だった頃に住んでいた場所を思い返しているのだろう。瞳の奥に微かな寂寥を一度だけ光らせ、だが瞬き一つでそれを消し去ると、何事も無かったかのように、背後に居る一夏と箒に首を向けた。

 

「篠ノ之さんは、こういう場所には縁があるのか?」

「私は此処とは違いますが、生家がこういう場所にありますので」

「ほう。あの剣の腕前はその街で教わったとか?」

「というよりも、家が剣術の道場を開いていますから」

 

 それを受け、箒と戦った時の事を思い出す。あの動きは天賦のものもあるが、成る程、血筋もあるのだな、と納得し、次いで一夏に声をかけた。それは箒と一夏の構えが同門だと推察していたから出た質問だったのだが――

 

「なら、そこは一夏の実家も近いのか? お前さん、恐らく箒と同門――」

 

 その瞬間。千冬と一夏の感情が乱れたという事を左眼を通して視て取ったセンクラッドは、しまった、と思い、

 

「すまない、失言だったようだ」

 

 と素早く付け加えた。センクラッドが発した言葉に驚きを覚える千冬と一夏。前者はポーカーフェイスで通したが、後者は表情に写してセンクラッドに、

 

「え、俺、まだ何も言ってなかった、ような……?」

「空気を読んだだけだ」

 

 コレは失策だったと後悔しながらも、そう切り上げるセンクラッド。言うべきタイミングではなかったと気付いたのは一夏の表情からだ。本来ならば反応せずに静観するべきタイミングだった。今のタイミングでは心を読める能力があると思われても仕方が無い。

 鋭い視線を前方から感じ、視線を前に戻すと、やはりというべきだろう、千冬がウィッグで眼を隠しながらこちらを伺っていた。

 どういう事だといわんばかりの視線を意図的に無視して、新仲見世通りと仲見世通りが交差する場所の左手側にある和菓子屋に足を向ける。背中に感じるプレッシャーは千冬からのものだったが、ここでシロウからの助け舟が出た。

 

「織斑教諭、すまないがマスターを余り睨まないでやってくれないか? 悪気があったわけではないのだ、それ位君にも把握できているだろう?」

「…………」

 

 返答はセンクラッドの耳には入らず、だが明らかに視線が弱まった事を感知し、ほっとするセンクラッド。否、その場に居る一夏やセシリアもほっと息をついていた。重苦しい圧迫感を感じていたのは何もセンクラッドだけではなかったのだから。

 水羊羹や芋羊羹、あんこ玉に煉ようかん、すぐれもんと栗入り二色きんつば等、店頭にある品物をそれぞれ10個ずつ頼むセンクラッドに、店員は眼を丸くしながらも承った。そして代金の話になってからセンクラッドは千冬が居る背後を振り向いた。

 すると、千冬がスーツの内ポケットからIS学園のロゴと文字が組み合わされたカードを出して、センクラッドに手渡した。

 

「これは?」

「IS学園が発行しているカードだ。それをそこのカードリーダーの上におけば、買い物が完了する」

「それは便利だな。それで、支払い限度額は幾らまでなんだ?」

「無制限だよ、自由に使ってくれて構わないとのお達しだ」

 

 その言葉にぎょっとする庶民組とシロウ。流石のセシリアも驚いた表情を浮かべていた。センクラッドはオラクル細胞で表情の変化に制限を加えていたので、表向きは何の変化も無く「そうか」の一言だけだったが、内心はそれはもうエライ事になっていた。

 ただ、だからといってこの世界の武器をこのカードで買おうものなら一発でアシがつく事に気付き、その可能性を配慮した結果がこのカードか、と推察したセンクラッドは、考えてみればそうもなるか、と納得した。何を買い物したかでプロファイリングを行うのだろう。

 そうこうしている内にカードリーダーから電子音が響き、支払いが完了した旨を告げられ、店員が普段よりも三割り増しの笑顔でありがとうございました、と頭を下げるのを見たセンクラッドは、

 

「千冬、荷物はIS学園に届けられるのか?」

「その通りだ。そのカードで買うと自動的にセンクラッドが住んでいる住所に送付される事になっている」

「成る程、理解した」

 

 荷物チェックも兼ねているわけか、と納得し、やはり警戒せねばならんな、と思いながら千冬を見て頷く。GOサインという事を察した千冬は、そのまま新仲見世商店街の奥にある浅草寺へ足を向けた。

 5分程度真っ直ぐ進むと、両側に店や幼稚園があった場所が開けていき、先程通った雷門とは少々造りが異なるが、大筋は同じで中央の灯篭部分に描かれている文字が『小舟町』となっている宝蔵門と呼ばれる門を潜ると、センクラッドは表情を僅かに変えて、千冬に質問をした。

 

「千冬、聞きたい事がある」

「何だ?」

「あの眼の前の、何というのかわからんが、人が集まって煙を吸い込んでいる人々は、何かの宗教の一環でやっているのか?」

 

 その言葉に苦笑して、首を横に振る千冬。ブリュンヒルデとなって日が浅い時代、あの時もアメリカ代表の知人から全く同じ質問をされた事を思い出したのだ。

 普通はわからんものか、と思いながら、

 

「あれは常香炉と言うもので、あの周りに居る人達は別に煙を吸っているわけではないよ。悪い部分に煙を当てる事でその部分が良くなると言う言い伝えがあるから、あぁやっているだけだろう」

「そうなのか。それを知らないとアレは自殺志願者の集まりに見えるな……ん? つまり、あの人々は頭が悪いという事なのか?」

 

 他意の無いセンクラッドに一夏が吹き出した。シロウは千冬とは別の意味を持つ苦笑を浮かべている。怜治、君はたまに天然が入るが今入らなくても良かろうに、と思っているに違いない。

 確かに、常香炉から出ている煙を手で扇いで頭に当てている者が殆どだ。そういう指摘もする者が居てもおかしくはない。

 

「一応やってみるか」

 

 ぽつり、と呟いてセンクラッドは千冬を追い越して常香炉の前に立ち、手で煙を自身の左眼に当たるように扇いだ。3秒程当てて、振り向き、

 

「そうだな……良くなった気はする」

 

 と言った。リップサービスのつもりなのかはさておき、そうかとしか返せない千冬。

 それには頓着せず、

 

「皆はやらないのか?」

「私は遠慮しておくよ。そうそう悪い場所も無い」

「わたくしも煙を当てるのはちょっと……」

 

 と、千冬とセシリアは断ったのだが、箒は一つ頷いて前に出た。そのまま無言で自身の両腕に、交互に煙を当てた。

 それに興味を持ったセンクラッドが、右眉を上げながら、

 

「篠ノ之さんは、腕が悪いのか?」

「いえ、悪いと言うわけでは無いのですが」

 

 そう言ってセンクラッドを真正面から見つめた。その意図を汲み取ったセンクラッドは、成る程な、と眼を閉じて小さく笑みを零し、俺もやっておこう、と呟いて両腕に煙を当てた。

 一夏は、何か箒の奴、変わったなぁ、と思っていた。学園に入学する前の箒は、幼少の頃を除けば、大会の動画でしか見た事が無いのだが、その時や入学時に出会った時は、物凄く張り詰めた雰囲気で佇んでいたのだ。常在戦場の意気とは違う、何か思い詰めた様なもので、一夏は危うさを感じていた。

 今は以前の抜き身の刀の様なそれが全てとは言わないが、ある程度は無くなっており、それが眼の前の異星人に敗北した結果だというのだから、世の中判らないものである。置いていかれないように俺も頑張らないとな、と気合を入れ、センクラッドと箒がいる常香炉に移動して、煙を自身の腕に浴びさせた。

 千冬は、何時もの表情を僅かに崩して見つめていた。一夏と束の妹である箒が良い方向に成長していく事が見れた事が嬉しいのだ。何だかんだ言っても親友の妹が孤立していた事に多少なりとも心を痛めていた。それに、慣れない環境で苦労している一夏との接点が増えた事も、嬉しい限りだ。

 それも全て、あの異星人のお陰だというのだから、千冬からしてみても運命とは判らないものだと思っていた。

 暫くして、センクラッドが千冬の方を見て頷いた事で、先導を再開する千冬の足取りは、少しだけ軽いものとなっていた。

 常香炉を通り過ぎ、観音堂の階段をあがると、やはり観光客が多く、人々は賽銭箱に五円を投げ入れていた。中には千円札を入れて手を叩く者もいる。

 先導していた千冬が賽銭箱の前まで歩き、

 

「これが賽銭箱だ。此処に賽銭、つまりお金を入れて何かを願ったり祈ったりすれば良い」

「グラ……俺の故郷でも似た様なものがあった。アレは星霊に祈る形だったが」

 

 危うくグラール太陽系の話をしかけて、即座に訂正したセンクラッド。万が一、その言葉から連想で自分の正体がバレでもしたら面倒な事になると察したからだ。

 それを正しく汲み取ったのか、そうかと頷くに留める千冬。

 

「千冬。賽銭用の硬貨が欲しい」

「あぁ、すまなかった。これを」

 

 千冬から手渡されたのは五円玉だった。何故五円玉?という風な表情を浮かべていたセンクラッドに、一夏が、

 

「ファーロスさん、日本では御縁がありますように、という意味で五円を賽銭箱に入れるんだよ」

「あー、だから五円玉なのか」

「ちなみに十円は縁が遠くなる、遠縁になるから回避推奨だったりするんだ」

 

 そういって一夏は五円玉を投げ入れ、手を叩いて祈り、賽銭箱から離れた。次いで箒、セシリア、千冬、シロウと続き、最後にセンクラッドが五円玉を投げ入れた。

 センクラッドが願うのは一つ。元の世界へと戻る、ただそれだけを願い、瞳を閉じて念じた。

 その姿は、喧騒に満ちている群集の中で、一際異彩を放つ程、静謐で荘厳な雰囲気を持っていた。それは周囲と対比して、孤立しているようにも見えた。

 少し離れてそれを見ていた一夏は、何故だかわからないが哀しみを覚えていた。理由を聞かれても首を傾げるしかないのだが、今のセンクラッドを見ているとそんな気持ちになってしまうのだ。

 だから、一夏は小さく言葉を丸めた。

 

「何か……哀しそう、だよな」

「一夏も、そう思ったのか?」

 

 独り言に反応が有った事に驚いて左に視線を向けると、そこには眉を寄せてセンクラッドに視線を向けている幼馴染の姿があった。

 

「あ、ああ。何だか良く判らないけど、何か哀しそうだなって」

「何か、重いものを背負っているのかもしれませんわね……」

 

 右からセシリアの声が聞こえ、やはり似た印象を持っていたのか、その声色は複雑な響きを持っていた。一夏がセシリアの方を向くと、何やら考え込む様な素振りを見せている。自分よりも僅かに年上の少年とは思えない程、厭世的な雰囲気を持ち、その癖、親身になって自らを諭そうとしてきたセンクラッドという男を、計りかねているのだ。

 どういう人生を送れば、あの様な言葉を投げかけられるのか。そして今見ている彼の雰囲気は、セシリアが抱いた印象だが、常人には決して理解出来ない何かを背負っている様にも見えた。それは、オルコット家を継いだ、名家で培ってきた観察眼の賜物だ。

 それ故に、セシリアは戸惑っているのだ。今までの男、というよりも人としての深さが計り知れない、そんな印象を抱かせるあの男に。

 千冬は千冬で、どこかチグハグな印象を受けていた。第一印象の冷静さ、第二印象での適当さ加減、そして今見せた表情と、その都度において別人と思わせる程の豹変振りに、強烈な違和感を感じていた。ただ、流石にそれが何故なのかまでは把握できず、故に無言のままに様子を伺う程度の動きしか出来ずにいた。

 それら全てを見ていたシロウは、黙して語らずに、二つの願いを込めていた。彼らが敵とならないように、怜治の心の負担にならないように、と。

 やがて、願い終えたのか、それとも視線を感じていたのか、センクラッドが一夏達の方を向き、歩み寄ってきた時には、いつもの厭世的な雰囲気を持つ彼に戻っていた。

 

「すまなかったな、少し願掛けに掛ける時間が多かったようだ」

 

 その言葉を受け、口々に問題ないという旨を告げる皆に、センクラッドは質問をした。

 

「皆の願った内容とは、何なんだ? 俺は目的地に早く着きたい、という単純なものだったが」

「私は君の負担にならないように、と祈っていたよ」

「お前さんが俺の負担になるわけないだろうに」

 

 苦笑してセンクラッドがそう言ったのだが、当然の如く意味を取り違えている事に、シロウは意味合いが少しだけ異なる苦笑を浮かべ、そうだと良いのだがね、と付け加えるに留める。

 一夏に視線を移すと、一夏は少し恥ずかしそうに、

 

「俺は、俺の力で守りたい人を守れるように、かな」

「立派な願いじゃないか、恥じる事は一つとしてあるまい」

「少なくとも、身に余る願いを持たない事は、立派な心がけだと思う」

 

 当然のように言い切るセンクラッドに、確かにと頷くシロウ。二人が千冬へと視線を移すと、千冬は肩を竦めて、

 

「『厄介事が余り来ないように』と言うんだろう、って……お前さん、随分とまた読み易いな……」

 

 センクラッドが発した言葉と全く同一のそれを同時に口にした結果、硬直する千冬に、呆れるセンクラッド。

 そんな私は読まれ易い思考をしていたのか!?とショックを受けている千冬だが、あの一夏の姉なのだ。少し位捻くれていようとも、視る者が視れば判りやすい方だろう。

 シロウはシロウで、そんなセンクラッドの反応まで綺麗に読み切っていたのだが、何も言うべき事は無いと言わんばかりに静観していた、のだが。

 

「すげぇ、千冬姉が固まってる」

「織斑教諭もマスターには形無しだったようだ」

「デューマンってすげぇなぁ……」

 

 いや、デューマンじゃなくてアレは本人の気質だろう、と突っ込まざるを得ないシロウ。何処かズレてる一夏に、思わず笑ってしまう箒。一夏は昔から他の者とは感覚がズレていたのだが、未だにそれが変わっていないという事に、笑ってしまったのだ。同時に、自分が知っている一夏のままであった事に、嬉しく感じてもいた。

 眦を下げて小さな笑顔を咲かせている箒に気付いたセンクラッドは、首を箒の方向に向け、

 

「篠ノ之さんは、どんな願いごとを?」

「私は……今よりも強くなりたい、と」

「純粋な強さを願うか――」

 

 その言葉を聞く直前、左眼が反応した。笑顔が枯れると同時に昏い感情が箒の心の奥底に沈殿しているのを視つけたのだ。どうやらセンクラッドに対する感情ではなく、誰かに対する感情のようだが、果たして誰なのかまでは読めないのは何時もの事だ。その対象者が箒の眼の前に居るのなら判別は出来るのだが。

 今考えても栓無い事か、と思い直して、そうか、と頷くに留めた。

 最後に、セシリアに視線を移すと、

 

「わたくしは、IS学園の生徒として、オルコット家の当主としてしっかり勉学に励む事を誓いましたわ」

 

 その言葉は、オルコットの名を大事にしているセシリアらしい発言だった。

 ただ、セシリアの感情に乱れが視えているセンクラッドだけが気付く事が出来た。恐らくは、セシリアの本当の願いは別にあるという事に。

 負の感情から推察出来る事は利点では有ったが、今それを指摘しても空気が悪くなる可能性が高い事もあって、立派だな、と言うに留めておくセンクラッド。自身が発した言葉に込めた意味は、それでも表向きのそれを貫こうとする気高さを賞賛してのものだった。

 

「それで、千冬。このあとは何処に行くんだ?」

「――ああ、少し待て」

 

 回復した千冬が携帯電話を取り出した。誰かからの電話のようだ。暫く誰かと話し、電話を切る直前には、表情が曇っていた。

 千冬にしては珍しく、そして本当にすまなそうに、

 

「すまない、予定よりも早く切り上げる事になった」

「……随分と早いな」

「転校生が今日来るから、寮監として受け入れをしなければならないんだ。本来なら明日来る予定だったのだが……」

「転校生? この時期にか?」

 

 随分とまた早いな、と眼を瞬かせるセンクラッド。その背後に居たシロウは眼を少しだけ細めた。時期的にも、きな臭さを嗅ぎ取ったようだ。

 

「代表候補生が、学園にな」

「ふむ……まぁ、お前さんも多忙だろうからな。俺もお前さんが付いてくる事を条件付けていたし、また何処かにいけるのなら文句は無い」

「すまないな、センクラッド」

「気にするな。次の機会を楽しみにしておく。それで、あの車は何処に?」

「さっき降りた場所で待機している」

 

 なら、戻ろうか。と呟くセンクラッド。落胆はそこまでなかった。予想した一つの結末だったというのが大きいのだろう。

 その帰路の途中、具体的に言うと観音堂を背にし、常香炉と中間の場所でピタリと足を止めて、ふむ、と腕組みをし、顎に指を這わせて少しの間、考え込んだ。

 やがて、ポンと手を叩いて、近くにいた観光客の一人に声をかけて、カメラを渡して振り向いた。

 

「皆、観音堂を背にして記念写真を撮ろう。皆で此処に来た記念だ」

 

 セシリアが真っ先に肯定し、一夏と箒も頷いて、適当な場所に集まった。

 右からシロウ、箒、一夏、中央にセンクラッド、その横にセシリア、左端に千冬という状態になったのを見て、カメラを渡された観光客

が「撮りまーす」と言って、シャッターを押した。

 各々がポーズを決めて撮った写真は、後世において、貴重な異星人交流文化財として登録される事になるのだが、それはまた別のお話。



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EX―IS03凰鈴音

「ようやく、着いたぁ……」

 

 疲労交じりにそう呟いたのは、長い黒髪を両サイドで高く結い上げている、所謂ツインテールと、勝気という言葉を想起させる顔の造りが特徴の少女だった。

 だが、今は先に言った通り、疲労困憊……とまではいかないが、疲れているという雰囲気を放ち、勝気とは程遠い表情を作っていた。

 旅行用の鞄が二つ、大型の荷物が一つを持って駅から歩いて移動してきたのだ。

 しかも、電車の中でこのご時世に珍しく痴漢されるという経験したくも無い珍事に遭遇したのだ。その痴漢は当然制裁を加えて警備員に突き出したのだが、お陰で約束の時間を多少なりとも過ぎてしまっていた事も、原因の一つだ。

 他にも、その途中でこれまた珍しく、お婆ちゃんが大荷物を持って右往左往していた為、それを持ってお婆ちゃんが目指す目的地まで運んであげたりしていたりと、今時の10代らしからぬ行動を採っていたりした事も、理由に挙げるべきか。

 

「全く、駅から此処までどんだけ遠いんだっつーの。というか、寮監どこにいんのよ、正面ゲートに誰もいないじゃない」

 

 どこほっつき歩いてんだか、と言葉を地面に叩きつけた。直情のまま愚痴を吐き出す少女の名は、凰鈴音と言う。

 日も暮れており、無機質な電灯以外の光が余り見えない状態で待たされるのは、まだまだ寒い季節には少々堪えるものがある。しかも、生徒達は既に寮に戻っているのか、学園校舎側には人が居ないようだった。

 

「そもそも、この地図も見難いし、幾ら外からの物理的干渉を防ぐ為とは言っても、限度があるじゃない。初めて来る人に不親切過ぎる造りなんて今時流行らないっての」

 

 上着のポケットに入れておいた、だがクシャクシャになっているIS学園案内図を広げて云々唸るも、迷路まではいかないが、それなりに複雑な機構をしている学園にまで八つ当たりを始める鈴音。どこからどうみても変質者一歩手前なのだが、不幸な事に本人は気付いていない。

 

「ったく、待てば良いのか、それとも勝手にいけば良いのか……そうよ、そもそもあたしを待たせるなんて良い度胸してるじゃない。中国代表候補生のあたしをほっぽり出して、何処遊びにいってんのよ、寮監は」

 

 まだ見ぬ寮監の女性を心の赴くままに罵倒し続けながら、えっちらおっちらと大量の荷物を抱えつつ正面ゲートから真っ直ぐ歩いて玄関らしき場所へと移動し始めていた鈴音だったが、背後から車のエンジン音と光が近くなるのを感じて振り向くと、

 

「は?」

 

 リムジンタイプのリンカーンが正面ゲートへと入ってくるのが見えた。この時間帯にVIPが来るのかと唖然とした表情で、それを見送る鈴音であったが、徐々に徐々に己の心に理不尽な怒りが込み上げてきた。

 天下の代表候補生を放置してVIPを迎えにいっていたとしたら、その寮監はボコボコにすべきだろう、あたしより偉い人が乗っている可能性なんて0に等しいだろうし、例え上が許してもあたしが許さん!!とばかりに、ドスドスと歩いてリンカーンを追いかける今の鈴音は、阿修羅を凌駕する鬼気を放っていた。

 のだが。

 ドアが開いて、出てきた人物を見て、ピシリと凍りつく事となる。

 

「やぁっとついたぁ……渋滞長かったなぁ」

「交通渋滞がここまで酷いのも、久……その、なんだ、予想外だったな」

「あぁ、ファーロスさんとこは渋滞なんて無さそうだもんな」

「そうだな。交通整備されていたし、滅多な事では渋滞はしなかった。そもそも車が必要なかったのもあるが」

 

 本国の資料で嫌という程、観させられた異星人と、ニュースで見た幼馴染が、その車から出てきたのだ。

 え、何で?どうして?と混乱の渦に叩き落された鈴音だったが、その後に出てきた女性を見て、更に顔が引き攣る事になる。

 

「完全に、遅刻だな……」

「織斑教諭、気に病みすぎだ。突発的な事故による渋滞を予見出来る者なんていないだろう」

「だが、待たせてしまっているかもしれん。電話は何度かかけたのだが……」

「学園側にもかけていたのだから、誰かが迎えに出ているだろうさ」

 

 原宿系な黒服を纏っているモヤシ頭はともかくとして、特徴的な雰囲気を持ち、黒いスーツを纏った女性を見間違う筈もない。モンド・グロッソ等の公式映像云々ではなく、遠い昔、実際に出会った事がある女性を間違える事はない。幼馴染の姉、織斑千冬だ。その表情は微かに沈んでいた。教師として自分を許せないのだろう。それを汲んでのモヤシ頭のフォローの言葉だったのだろうが、それに救われた様な素振りは見せなかった。

 引き攣っていた表情が顔面神経痛を引き起こしたようなそれに変化した。ギギギギと油が切れ掛かったロボットのような動作で恐る恐る携帯を確認すると、6件程着信履歴があり、2件がIS学園からで、残りの4件が「鬼姑」と書かれていた。

 

 千冬さん、まだあの携帯番号だったんだー、というよりも此処の寮監だったんだー、そうなんだー、ハ、ハハハ。

 

 即座に電源を切って服の内側に忍び込ませる。予期せぬ事で電源が落ちていたという事にする為だ。今や怒れる阿修羅は尻尾を垂れた猫並に覇気が消え失せていた。阿修羅を凌駕しようとも、魔王には勝てないのだ。自分は勇者ではない。

 前に進むべきか、それとも退いて隠れるべきか。そんな迷いを感じ取ったのか、異星人がいきなり鈴音の方を向いて、おや?という顔をし、

 

「千冬、あの子がお前さんの言っていた転校生か?」

 

 その指摘のお陰で、千冬の視線が此方に注がれ、条件反射で視線を微妙にずらす鈴音。苦手意識というものは早々直らないものなのだ。というかあの異星人は絶対空気を読めないタイプに違いない。こちらの心の準備もまだだというのに、何勝手にバラしているんだコンチクショウ。

 ヒールを高らかに鳴らしてこちらに来る千冬と、ぞろぞろとついてくる一夏とその他大勢。

 一夏は途中で気付いたのか「あっ」という声を上げて、表情を輝かせた。鈴音はその事に思わず同じ位表情を明るくさせようとして、いやいや、素直さは今は要らない、待たされてるんだからそこを抑えないと、と思い直し、苦労してムッツリ顔を作っていた。

 

「中国代表候補生の凰鈴音、だな?」

「ぉ久しぶりですね、千冬さん」

 

 若干冷ややかな声を出そうとして、微妙に失敗している鈴音。すまし顔までは成功していたのだが、声は明らかに上ずっていた。その声色で緊張している事を察した千冬。この子は余り変わってない様だな、と判断しながら頭を下げた。

 

「遅くなってすまなかった。何回か電話して留守番にも吹き込んでいたのだが」

 

 その言葉に、今気付いた風にポケットから携帯電話を取り出し、表情を少しだけ変えて、鈴音も、

 

「あ、ええと、あたしの携帯も電源落ちていたので、おあいこって事で……」

「そうだったのか。お互い運が悪かったな。疲れているだろう、早速案内させて貰うよ」

「え!? あ、ええと、その前に……」

 

 一夏と話を、とばかりに視線をそちらに向けると――

 

「一夏、あの子は誰だ? お前さん、面識あるような顔してたが」

「ええと、俺の幼馴染のファン・リンインで――」

「待て一夏、私は知らないぞ?」

「え? ああ、そうだった、箒が転校した後で知り合ったんだよ。所謂セカンド幼馴染って奴さ」

「……ファーストだのセカンドと来たら、サードがお前さんか」

「はい? いや、ファーロスさん、日本語間違ってるよ。幼馴染ってのは自分を含めないでカウントするもんだから」

「あぁ、うん……そうだったな」

 

 見た事の無い女が、異星人は取り合えず脇に置いておくとして、一夏と親しそうにしているのが見えて、一気に心が冷え込み始めた。ツンドラ気候突入である。半眼で愚弟を睨みつけている鈴音の眼中から自身が消え失せている事が目に見えて判っている千冬は、やはりそういう展開か、と溜息をついた。個人の思惑を上手に使って操るのは中国からしてみれば児戯にも等しい諜報手段の一つだ。代表候補生は副産物で、一夏に対するハニートラップが本命だろう。しかも、鈴音の恋愛感情が昔と変わらず、むしろ増しているようにも思える程に強固なのだから余計始末に終えない。

 一体何処までが本物の感情で、何処までが刷り込まれた洗脳教育の賜物なのか、それを見極めなければならないな、と留意しつつ、

 

「凰」

「――あ。は、はい!!」

「挨拶したいのなら、行って来い。但し、今日は手短にな」

 

 どうせ強引にでも連れて行かれるのだろう、と思っていた鈴音は、思わず千冬を見つめてしまった。あの頃の千冬を知っている鈴音からしてみれば、予想の範疇を遥か上に吹き飛んで行くような発言だったのだ。

 だが、良く見るとあの頃やモンド・グロッソ時代の刃の様な雰囲気や目つきとは違って居る事に気付き、何か良い事でもあったのか?と思案してしまうのだが、

 

「? どうした、行かないのか?」

「え。あ、い、行きます!!」

 

 不思議がる千冬に急かされた為、その事は取り合えず脇に置いて、一夏へと足を向けた。

 いつもよりも早く打ち鳴らす鼓動に静まれと念じても意味はない。あの頃よりも格好良くなっている幼馴染を見て、ときめいてしまったのだから仕方ないのだろう。

 一夏の傍まで歩き、そこで初めて気付いた事が、思ったよりも背が大きかった事だ。くそう、あたしももう少し身長が欲しい、と思うのは乙女の思考回路特有のものなのか、負けず嫌いから来るものなのかどうか。

 

「久しぶりね、一夏」

「あぁ、おかえり、鈴」

 

 予想もしなかった一言を聞いて、思わず一夏を見つめ直してしまう鈴音。一夏って、そんな気の利いた台詞を言うようになったの……と。

 だが、嬉しいものは嬉しいもので、余所行き仕様だった台詞も、お澄ましな表情も崩れ、向日葵の様な元気な笑顔を浮かべる鈴音。

 実は、センクラッドが気を利かせた結果だったりする。内容としては、

 

「一夏。何年も会ってない幼馴染にお帰りとか言っておくと、その後のコミュニケーションが円滑になる可能性があるそうだ」

「へ? そういうものなのか?」

「あぁ、そういうものらしい。今しがたインターネットで調べてみたんだが、挨拶無しと有りの場合ではおよそ6割以上が好ましく感じると書いていた。まぁ、言って損はないだろう、多分な」

「へぇ、そうなのか……ってことは、箒は言って欲しかった、とか?」

「は!? あ、いや、その、まぁ……少しは?」

「ふぅん……ってオイ、何で疑問系なんだよ。まぁ、言ってくるよ」

「いや、どうやらあっちが来るようだ」

 

 という感じで、つい数分前に入れ知恵されただけなのだが、正に知らぬが仏だろう。常時インターネット接続野郎と化しているセンクラッドの助言は、あながち間違っていない。

 一方箒は少しだけ機嫌が下降気味だった。私も言われたかった!!ファーロスさん、もう少し気を利かせてくれても良いじゃないか!!と思っているのだ。

 ただ、それを言えるわけもない。乙女は察して欲しいものなのだ、色々と。それを察する能力が一夏には無い事に気付くのはきっとそう遠くないお話。ついでに言うと内心だが異星人に八つ当たりが出来るのはこの娘を除けば他数名しかできない事だろう。

 

「一夏、あんたがIS学園に入学したってニュース見て驚いたわよ。どんな手品を使ったの?」

「手品て……触ったら勝手に起動したんだよ。そこからはあれよあれよという間に、こんな状態だったんだぜ?」

「変なの。あんた昔からちょっと変なところあったから、それが原因じゃないの。ジジくさかったりとか」

「頼むから断定系で言うなよ。ジジくさい言うな、これでも気にしてるんだぞ」

「あぁ、ごめんごめん」

「軽ッ言い方もう少しあるだろ」

 

 その言葉にクスクスと笑う鈴音。仕方ないな、と眦を下げて笑う一夏。一年会っていなくても、馬が合う者同士、打ち解けた様子で話していた。

 センクラッドとシロウはそれを暖かい目で傍観していたのだが、センクラッドの左眼が負のオーラを感知し、視線をその元へと向けると、

 

「……おぉ……」

 

 剣術娘が羅刹になっていた。誰から見ても嫉妬駄々漏れである。いや、むしろ駄々漏れ以上に溢れ出ている感があった。

 小さく言葉を出した事で、隣に居たセシリアとシロウもそれに気付いた。ちなみに、セシリアはドン引きしていた。一夏を罵倒した時の事を思い出したのだろう。

 センクラッドはシロウに目配せをし、千冬の元に向かわせると同時に、最近めっきり誰の彼の物でも関係無しに、溜息と親交を温めている回数が多くなった事を若干気にしながら、鈴音と一夏の元へ歩む事にした。

 

「歓談中すまないが、一夏、そろそろ寮に戻らないといけないんじゃないか? 千冬が気を利かせているのもあるが、流石にもう今日はこの辺にしておいたらどうだ?」

「あー、確かに。ありがとな、ファーロスさん。悪いな鈴、明日か明後日、また話そうぜ」

「うん、また明日あたりに。っと、ええと――」

 

 センクラッドに体ごと向き直り、軽く一礼して自己紹介をする鈴音。

 

「初めまして、あたしは中国代表候補生の凰鈴音よ。親しい人はリン、と呼ぶわ。以後宜しくね」

「グラール太陽系デューマンのセンクラッド・シン・ファーロスだ。宜しく、ええと、ファンさん。一応言っておくが、敬語は使わなくて結構だ」

 

 流石にいきなり鈴さんはマズイだろうと判断しての言葉だったのだが、それをきちんと理解したようで、センクラッドがその言葉と同時に差し出した手を握る鈴音。

 

「異星人から握手を求められるなんて思ってもみなかったわ」

「似た文化があったからな。それに、色々旅をしていれば挨拶の文化も大体は把握出来ている。問題は無いだろう?」

「そうね……じゃ、あたしは千冬さんに案内してもらうから、またね、一夏、ファーロスさん」

 

 よいしょとバッグを抱えながら、一夏に向かって手を振り、千冬の元へと駆ける鈴音。代表候補生として様々な訓練をした結果なのか、それとも幼馴染の居る前だからなのか、疲労を感じさせない軽やかな足取りだった。

 俺達も帰るか、と一夏が箒に声をかけるも、ご機嫌斜めになっている箒を見て、

 

「箒、なんか機嫌悪くなってないか?」

「生まれつきだ」

「いや、そんな顔じゃないだろ」

 

 不機嫌だ、不機嫌じゃない、という言い合いをしながらもきっちり肩を並べて帰る辺り、素直じゃないのは丸判りで、センクラッドは苦笑していた。

 その時、セシリアがぽつりと、

 

「自己紹介のタイミングを逸しましたわ――」

「……まぁ、明日以降にでも話せば良いと思うが」

 

 少しだけしょぼくれているセシリアを慰めながら帰り道を歩むセンクラッドとシロウであった。



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19:回想と巻き込まれと

この回からオリキャラが登場します。
今回は、アメリカ国籍の黒人女子生徒です。



 カッチ、コッチと古時計の秒針から発せられている正確に時を刻む音が、センクラッドが滞在している部屋を支配していた。何処までも静謐な空間に響き渡るそれは、悠久の時を感じさせるものだった。

 黒テーブルに着いている三名の男達が表情は違えど、無言のままいるのだから、そう聞こえない事はないだけだが。

 憔悴しきった表情の一夏がセンクラッドの部屋を訪ねてきたのが十分前の事だ。何か理由があっての事だろうと察したセンクラッドが部屋に通し、シロウが紅茶を淹れて出したのが数分前。そして今、ようやくその紅茶を一口飲んだ一夏は、

 

「ファーロスさん、助けて下さい」

 

 と言って、テーブルに額をこすりつけんばかりの勢いで頭を下げた。

 

「……いや、一体どうしたんだ一夏。此処に来るのは珍しいというか、初めてだが、取り合えず何があったのかを説明してくれ」

 

 やや困惑しながらそう言ったセンクラッド。確かに、何の状況での助けが必要なのかが判らないままでは助けようも無いだろう。

 

「俺もどうしてああなったのかがよく判らないんですけど――」

「待った。一夏、敬語は抜きで頼む。敬語を使われるのは、余り好きじゃない」

「あ、あぁ、わかったよ。箒と鈴とセシリアが喧嘩をしてしまって、収拾がつかなくなったんで助けて欲しいなって」

「喧嘩? 意見の相違でもあったのか?」

 

 それなら三人の問題だろう、と言いたげなセンクラッドだったが、決まり悪そうに一夏が放った次の一言で、固まる事になる。

 

「いや、それが……ファーロスさんの事でも喧嘩をしてしまって……」

「…………すまん、もう一度聞きたいのだが、誰の事で喧嘩をしたんだ?」

「だから、ファーロスさんの事でも喧嘩したんだよ。だから困って此処にきたんだけど」

 

 全く予想外な言葉を聞かされたセンクラッドは、正に青天の霹靂と言う表情を浮かべていた。シロウですら予測の範疇を超えていたようで、驚きながら、

 

「マスターの事で喧嘩とは穏やかではないな。一体どんな話をしてそうなったんだ?」

「というか、事で『も』と言っているという事は、他にもあったんだな?」

「ええと実は――」

 

 

 時は一夏が相談しに来る一週間前。センクラッド達と鈴が邂逅を果たした翌々日の月曜日の事。

 知識と技術を己のものにせんと、授業を精力的に受け終えた放課後、いつものように一夏はセシリアに遠距離戦の対策を教わり、箒はセシリアから射撃を教授して貰い、セシリアは一夏と箒から近接戦での粘り方を教わるという互助学習をしようと、第三アリーナへと移動し、ISを纏ってさぁ練習しようとした時の事だ。

 

「……あれ、何か人が多くないか?」

「そうですわね……何かあるのでしょうか?」

「だが、私達は此処の使用許可を既に貰っているぞ? 何かがあるのなら知らせて貰えると思うが」

 

 はて?と首を傾げながらも一応は気を使ってアリーナの隅っこに移動をしてから練習を開始した三名だったが、ワッと歓声が上がったのを聞き、振り向くと、そこには打鉄を纏った黒い肌と綺麗に波打つ黒髪とダイナマイトボディが特徴の黒人女子生徒と――

 

「え、鈴?」

 

 一夏の呟きの通り、中国の第三世代IS『甲龍』を身に纏った鈴音が、やる気十分と言った感じで一対の青竜刀を構えて対峙していた。

 対する女子生徒は悲壮な表情で右手にアサルトライフルを持ち、左手は安定性を高める為か、銃身に添えていた。

 不思議そうにそれらを見つめる一夏とは違い、セシリアと箒は視線を鋭くさせていた。アレが代表決定戦である事を見抜いたのだ。大方、既に代表と決まっていた女子生徒に、代表候補生である鈴が組の代表を譲らせる為に仕組んだのだろう。

 アリーナの各所に設置されてあるスピーカーから、試合開始と号令を出した瞬間。

 鈴音が女子生徒向かって真っ直ぐ突き進み、女子生徒は下がりながら持っていたアサルトライフルをフルオートで発射した。

 それを見て、セシリアは若干不快そうに、

 

「あれでは当たる物も当たりませんわね」

「あの距離なら3点バーストに切り替えて不規則に、かつ小刻みに撃つ、だったな」

 

 と、箒がセシリアに対して確認するように言った。それに頷いて、セシリアは、

 

「射撃方法もそうですけど、眼で狙いをつけているのは頂けませんわね。視線よりもセンサーを頼らないと、何処を攻撃するかがわかってしまいますもの。ただ、センサーだけを頼みにされても困りますけど」

「あー、そっか、センサーも使えば良いのか」

「一夏、ISで剣を振るう時も同じだぞ。眼で見ている方向に斬るのでは、回避は容易くなる。ISを動かす時に気をつけなければならないのは、一度人である事を忘れて、ISになる事から始めなければならない事だ」

「箒さんの言う事は中々ユニークですけれども、確かに、ISになる、という感じかもしれません。わたくしのブルーティアーズは、そういう感覚が必要ですし」

 

 と感心するセシリア。解ってくれるかと相好を崩す箒。よくわかんねぇよと疑問符を浮かべている一夏。

 そうこうする内に、女子生徒はどんどん劣勢へと追い込まれていく。従来のやり方での射撃は面制圧に向くが、それは腕が良く、かつ状況に適した行動でなければ意味を為さない。特に、ISは人型でありながら空も飛べるのだ。既存のやり方では通用する筈も無い。

 事実として、鈴音は空地自在に動く三次元機動で音速に迫る速度の銃弾を見事にかわし切っていた。その動きは何の無理もなく、まるで生まれてきた時からそうであるような、自然で伸び伸びとした飛び方であった。いっそ優雅とも言って良い。

 銃声が止み、カチンカチンという空虚な音が響いた事で、ようやく女子生徒は弾切れになった事に気付いた様な表情を浮かべた。

 チャンスとばかりに緩急つけた動きから、最短距離で青竜刀を持って女子生徒を刻もうとする鈴音。

 それらを見ている内に、一夏の脳裏に一筋の疑問が浮かんだ。

 

「ん? そういえば、何であの子、武器一つしか持ってないんだ?」

「あら、一夏さん、気付きましたのね」

「そりゃ昨日の今日だからな。ISには拡張領域ってのがあって、そこで武器やら何やらを出し入れする、だっけ」

「普通に考えればそうだろう。打鉄もラファールも、拡張領域には余裕を持たせている筈だ。武器がアレ一つなわけはあるまい。あの表情も意図して作ったものだろう」

 

 という箒の指摘通り、焦燥した表情のまま、右手に持っていたアサルトライフルをサイドスロー気味に鈴へと投げつけた女子生徒は、投げた勢いのままその場で回転し、アサルトライフルを避けた鈴音の方向へ向き直る頃には、表情は獰猛な雰囲気を持つ笑みへと、右手にはサブマシンガン、左手には銃身を短くしたショットガンへと代えていた。ショットガンは鈴音の胴体からやや上を、サブマシンガンは鈴音の足元を狙ってまるでSの字を描く様に、不規則な感覚で連射した。しまった、と鈴音の声がセンサー越しに情報として伝わり、ほぼ同時にISが纏っているバリアーに着弾する歪みが入った音と、金属が擦れ合う嫌な音がアリーナに響いた。

 間一髪でショットガンの回避には成功したものの、接近した状態でのサブマシンガンの掃射全てを避け切る事は物理的に不可能だった。もし、鈴音がイグニッションブーストと呼ばれる直線限定の爆発的な加速法を用いて接近していたのなら、その全てを喰らって敗北していた可能性もあった。それをしなかったのは万が一を考えての事だろう。油断はあっても慢心が無い好例だ。

 だが、鈴音は伊達で中国代表候補生を務めているわけではない。その証拠に、持っていた青竜刀を寝かせて被弾箇所を最低限に抑えていた。

 その結果に歯噛みしながら距離を取って、今度は両手をアサルトライフルに変更し、三点射撃で狙いを付けて撃つ女子生徒。決してインファイトを取らせないように、自らも高度を使って動き回りながら距離を取り続ける腕は、IS学園に入学して日が浅い一年生としてみるならば不自然だが、国で何らかの修行を積んでいたのなら納得できるそれであった。

 その一連の行動を見た結果、不快そうな表情から一転して、感心したようにセシリアは呟いた。

 

「やはり多数決で決まったわけではないようですわね」

「一組だけだと思うぞ、あんな決め方したの」

 

 実は一夏が言った様に、多数決で決めたのは千冬のクラスだけだ。それ以外は入学試験で既に決定されている。クラス代表とは言え、一応がつくが『代表』なのだ、迂闊な決め方をすれば、国家から物言いがつくに決まっている。

 ただ、誤解の無いように言っておくが、一組での一夏とセシリアの決闘騒ぎまでは全て学園側で読み切られていた。

 セシリアの出自から今までの行動を鑑み、一夏や箒の性格上、ほぼ確実にセシリアと激突すると分析した学園側は、千冬に多数決という形を持って事に当たる事を命じていたのだ。

 もし、セシリアが爆発しなくとも、千冬が発破をかける予定だったりする。

 

「……そろそろか」

 

 そう呟いた箒は、鈴音が乗る甲龍の動きを見ていた。明らかに油断が消えている動きになっていたのだ。回避の機動もより不規則になっており、弾幕として成り立つか成り立たないかの距離でヒラリヒラリと回避している。

 それを受けて、一夏とセシリアも鈴音を注視し始める。

 女子生徒の右手に持っていたアサルトライフルの残弾が0になった直後、それを地面に落として拡張領域から取り出す僅かなタイムラグに、鈴音は行動に出た。

 ブレるようにしか見えない、コマ落としの様な速さで彼我の距離を0にした鈴音は、相手の視界を塞ぐ様に右の青竜刀を顔面ギリギリに、いつの間にか逆手に持ち替えていた左の青竜刀を女子生徒の膝裏の傍に置いていた。女子生徒が何らかの行動に出た瞬間、容赦なく切り刻むだろう。それは、誰が見ても確実に詰んだ状態だ。

 

「イグニッション・ブースト……」

 

 呻く様に呟いた一夏の言葉通り、瞬時加速と呼ばれる加速法だ。文字通り瞬間的に最大加速を叩き出すその技法は並の技量では到底出来ない、逆に言えばそれが出来る事こそが代表候補生として最低限のランクであるとも言えるものだ。

 使いどころを間違えず、そして躊躇わずにその技を事も無げに出した鈴音は、紛れも無く中国代表候補生としての実力があるという事だ。

 拡張領域にアサルトライフルを閉まって両手を挙げた女子生徒。

 数秒経過し、スピーカーから鈴音の勝利を告げるアナウンスが流れ、観客は歓声を上げ、惜しみない拍手をした。

 一対の青竜刀を拡張領域にしまいこみ、握手を求めてきた女子生徒に対してガッチリと応える鈴音。

 

『中国代表候補生ってのは、伊達じゃないわけか』

『あんたこそ、それで代表候補生じゃないなんて、詐欺って感じだったわよ。終始ヒヤヒヤしっ放しだったわ』

『第三世代の能力を縛った癖に良くも言ってくれる。それと、アメリカってのは色々複雑でね、北アフリカの将軍様のようにはならないってわけ』

『――成る程ね、理解したわ』

『おっと、同情はよしとくれよ。アタシはいずれ、必ず実力で代表になるさね』

『なら、モンド・グロッソで待ってるわ』

『ヒュウ、言うねぇ。なら、その時には防衛タイトルになるだろうさ』

 

 ISの能力によって二人の会話を拾った三名は、それぞれ違う感想を抱き、それぞれが同じ結論を出す事になる。

 銃器を扱わず、格闘戦のみで勝った幼馴染に、一夏は感心していた。ただ、感心だけでは無く、鈴音がいずれ立ち塞がる高き壁だとも認識していた。自分にはあんな綺麗な回避は出来ず、泥臭くいく事が精一杯な現状だ。だが、必ず俺は鈴音に勝つ、勝ってみせる。そう決意した。

 鈴音からしてみれば残念過ぎる結果となるのだが、この時から一夏は鈴音をライバルとして視始める事となる。

 セシリアは、あの黒人女子生徒がアメリカ代表候補生でない事に驚いていた。もし、彼女が差別されずに専用機を与えられていたのなら、今回の勝負はそもそも成立していなかったと推察している。

 代表候補生が一つの組に集まる事等、滅多に無い事なのだ。それこそ3人以上が同じクラスになったとしたら、その組だけ異常に強くなり、結果として生徒の為にならなくなる。その場合は、鈴音は他の組に転入していただろう、と。

 箒は、鈴音の剣の運び方が実戦向きである事を看破していた。そして、それは人が扱うやり方ではなく、ISでの格闘戦に慣れた動きであるという事も。

 そしてあの会話から推察するに、射撃用の武器が有る事も把握していた。一夏をどうやって鍛え、そして己もどうやれば鈴音に勝つ事が出来るかをイメージし、それを実践する為に必要な事を脳裏に描いていく。

 

「オルコット、頼みが、ある……」

「セシリア、お願いがあるんだ、けど……」

「一夏さん、ちょっと宜しく、て……」

 

 出した言葉は異なるが、タイミングは同一で、考えていた事も似た様なものだというのがお互いの表情からわかり、三人は一様に照れ笑いを浮かべた。

 咳払いをして、真剣な表情をする面々。仮想敵は凰鈴音。必要なのは弛まぬ挑戦と繰り返しだ。

 そう思って練習を開始しようとした三人だったが、

 

「一夏!!」

 

 という嬉しそうな鈴音の声に、一気に空気が弛緩した。

 

「一夏、あたしの活躍見てた?」

 

 どうよ?とばかりのドヤ顔に、一夏は変わってねぇなぁと思いながらも頷いた。

 

「すげぇな、残弾数見切ってのイグニッション・ブーストとか、勉強になった」

「へぇ、凄いじゃない一夏。アレが博打じゃないってどうしてわかったの?」

「流石にあのタイミングで博打を打ちにはいかないだろ、俺じゃないんだから」

「あっきれた。ただのカンじゃないそれだと。あのタイプのアサルトライフルなら弾倉の形を見て何発かなんて解るでしょうが」

「いや、そんなん言われても、俺、此処に来たのまだ一ヶ月も――」

 

 と言いかける一夏だったが、鈴音に、

 

「此処に来た以上、言い訳は無し。敵に負けた理由を何個もつけて言っても意味が無いでしょ?」

「ぐっ――」

 

 言葉に詰まる一夏。こればっかりは箒もセシリアも助け舟を出す事は出来ない。鈴音が言う通り、負けた理由を述べたところで、敵がはいそうですかと納得して、じゃあもう一度、なんてある筈が無いのだ。その事は千冬が言っていた言葉にも含まれていたのだから、尚更言い返すことも出来ない。

 故に、努力するとしか言えない一夏。

 

「ま、それはそれとして。一夏、あんたはアタシの幼馴染なんだから、色々手解きしてあげるわよ?」

「え。でも、鈴はええっと……何組だ?」

「二組よ。って事はあんた、知らないで此処に居たの!? 何しに此処に居たのよ。さっきの時なんて邪魔でしょうがなかったんだけど」

 

 邪魔ってお前……と絶句する他ない一夏。一方邪魔扱いされたセシリアと箒は、

 

「すまないな、凰。二組の代表決定戦がここで行われるとは聞いていなかったのだ」

「そうですわね。織斑先生からは何も聞かされてなかったので、此処で一夏さんと練習しようとしていたのですけど」

 

 と、青筋を立てながらそれぞれが言ったのだが、セシリアの言葉に反応し、一転して胡乱気な視線を向ける鈴音。

 

「……一夏と? ふぅん。ま、良いけど。これからはあたしが一夏の面倒を見るから」

「は!? 貴女、自分が何を言っているか解ってますの?」

「いや、あんた達こそ何よ」

「わたくしを知っていない!? イギリス代表候補生である、セシリア・オルコットを知らない!?」

「代表でもない奴の顔なんて知らないわよ。というか普通なら他国の代表候補生を知るわけないでしょ。あんた自意識過剰すぎて鬱陶しい」

 

 ズバッと言い切られ、セシリアは憤死しかねない勢いで怒りのボルテージが上がっていた。ちなみにこの時、自室に居たセンクラッドは左眼のお陰でバッチリ気付いていた。ただ、何でそんなに怒っているのかは把握していなかったが。

 

「で、あんたも代表候補生?」

「一夏の幼馴染だ」

「ふぅん。あたし、あんたの事知らないんだけど?」

「私も知らんな」

 

 冷え冷えとした口調で切り捨てるように言う箒。一夏は慌てて、

 

「え、ええっとだなっ、昔言ってただろ、ほら、鈴が転校してくる前に転校したって言う幼馴染だよ」

「は? ああ、剣術馬鹿だっけ」

 

 記号でしか物を覚えてないセカンド幼馴染に、今度こそ頭を抱える一夏。興味が無い事にはとことん関心が薄いのはファースト幼馴染の姉と良く似ているのだが、実は血縁者だったりして、と、現実逃避をしてしまう。

 それが、裏目に出る。

 

「一夏、オルコット。このちんちくりんは放っておいて、私達は練習をするぞ」

「ちんちくりんって――」

「そうですわね。礼儀知らずは放っておいて、わたくし達は練習いたしましょうか」

「え、あ、おい」

 

 一夏の両脇を抱えて、その場を後にする二人は、間違いなくキレていた。喉元まで罵声が出掛かっていたが、寸でのところで我慢が利いたのは、偏にセンクラッドが一夏とセシリアの罵り合いを諌めた時の言葉が耳に残っていたからだ。

 

「ちょっと、待ちなさいよ!!」

「待たん」

「お断りいたしますわ」

「いや、二人とも、ちょっと待ってくれよ。というか離してくれ」

 

 と一夏に止められた事で、渋々手を離す二人。ふふん、と胸を張って得意気な顔をする鈴音に、一夏が滅多に見せない厳しい表情を作って、

 

「鈴、二人に謝ってくれ」

「は? どうしてよ?」

「流石に失礼だろ。箒は俺の幼馴染だし、セシリアは俺の友達だ。友達や幼馴染が侮辱されて良い気はしない」

 

 だから謝ってくれ、と言われてしまえば、確かに言い過ぎたかと鈴音も渋々ながら納得し、頭を下げて、

 

「確かに言い過ぎたわ。ただ、コーチ役はあたしがやるから」

「へ?」

「貴様とは、一夏がいずれクラス対抗戦で戦う事になるだろう。敵の施しは受けん」

「そうですわ。わたくしと篠ノ之さんで十分ですもの」

 

 ここで、鈴音は虎の尾を踏み切ってしまう言葉を発する。

 

「何よ。一夏に負けそうになった癖に。それにあんたも。異星人に負けたでしょ、そんなのに任せられるわけないじゃない」

 

 何でそれ知ってんだよ……と呆然と呟く一夏の胸中は、もう絶対にトラブルだ、この後トラブルしかない。と悲観しきっていた。

 当然の如く、空気が凍結した。

 

「代表決定戦を観ていた癖に、わたくしを知らないと仰いました?」

「何故貴様がその事を知っているのだ?」

「情報は鮮度が命よ。それ位は調べずとも入ってくるのが中国なの。それに、あたしは普通なら知らないって言ったでしょ」

 

 ふざけた奴だ、と呟いた箒は薄い笑みを浮かべていた。人は極限まで怒りを覚えると、口許が緩むというが、正に今、それを一夏は目の当たりにしていた。

 此処までキレた箒を見たのは一度しかなかった為、本格的に拙いと制止しようとしたのだが。

 

「確かに私は敗北した。だが、だからといってあの人を引き合いに出すのはやめろ」

「あの人、ねぇ……指にタコが無かったし、そんなに強いとは思えなかったけど」

「なら貴様が弱いだけだ」

 

 その一言に、スゥッと眼を細める鈴音。言うじゃない、と呟く鈴音。

 そこに、セシリアも、

 

「そうですわね。人を過小評価している者に、一夏さんを任せる事は出来ませんわね。それに、一夏さんを鍛えるのはわたくし達一組の役目ですわ。そもそも二組が入ってくるのは筋違いと言うもの」

 

 と、参戦したのだからもう大変だ。胸中だけではなく表情すらも真っ青になった一夏が、どうにかしようと頭を回転させるが、カラカラと音を立てて回るだけで、何の解決法も導き出さなかった。

 何事だと周囲も様子を伺ってきているのを察知し、一夏は眩暈すら覚えていた。

 

「あんた達がそこまであの宇宙人を評価するのは何故なの? あたしからして見れば、あのほっそい体の何処が強そうに見えるのかわからないし。あんたと対決していたシーンを何度も観直したけど、別に人間離れした部分なんて腕が伸びる程度だったし、IS有りなら普通に完勝出来るでしょ」

 

 確かに、鈴音の指摘は尤もだった。あの試合を切り取って見る限り、ISさえ起動してしまえば脅威にならないと見るのが普通だ。遠距離、或いは空中から射撃、或いは爆撃するだけで事足りるだろう、と鈴音はそう思っている。

 だが、セシリアはともかくとして、箒は違う。剣を交えた箒だけが本能で理解していた。ISがあっても勝てるかどうかが解らない、不気味な、底知れぬ恐怖を感じていた。

 故に、箒は言葉を返す。

 

「貴様もファーロスさんと戦えば解る。それに、オルコットが言った通り、一夏を鍛えるのは一組の使命だ。肩入れするのなら、まずクラス代表を降りてからだ」

「あたしは代表の前に幼馴染だから関係ないわよ」

「私情を交えるな。底が知れるぞ」

「へぇ……代表候補生に喧嘩売るっての?」

「喧嘩? まさか」

 

 鼻で哂い、箒は剃刀の様な視線を向け、

 

「IS学園で喧嘩という言葉を聞くとは思わなかった。試合なら理解できるが」

「それこそ何の冗談? あんた、代表候補生でもないのにやりあえるって言いたいのなら、自信過剰過ぎて臍で茶が湧き出すわよ」

「代表候補生ではないが、篠ノ之博士の妹だ。ISの事は把握している」

「そんなの知ってるわよ。あたしが言いたいのは搭乗時間の差を知識だけで埋められるのかって事。しかも、あんたIS適正低いじゃない」

 

 知っていてこの物言いは良くも悪くも凰鈴音という人物の性格を浮き彫りにしていた。

 それはともかくとして、IS適正まで調べられていた事に驚く箒と、その物怖じしない言い方に呆れを通り越して感心してしまうセシリア。

 

「ま、良いけど。あたしが勝ったらあんた達は一夏から手を引く。あたしが負けたら、謝罪をして大人しくしておくわ」

「良いだろう、アリーナの許可が出次第、私と貴様が戦う、それでいいな?」

「あんただけ? あたしは二対一でも構わないけど」

 

 何処までも不遜な物言いだったが、オルコットは心を鎮めて、首を横に振った。

 

「わたくしがやるのは、篠ノ之さんが負けた後、貴女が完全な状態での決闘を望みますわ」

「ふぅん。良いけど。見届け人は誰?」

「一夏とオルコット、それにファーロスさん達で十分だろう」

 

 あれよあれよと言う間に、箒vs鈴音の決闘が決まってしまい、一夏はその場にしゃがみこんで、今年は厄年だと呻いた。IS絡みの騒動で人生をぶち壊されている一夏からしてみれば、特に今年は厄年だろう。今後もどんな騒動に巻き込まれるか、想像しただけで胃がキリキリと幻痛を起こしていた。

 これが、一夏から見たお話だ。

 

 そして時は現在へと戻り、

 

「――それで、どうにかして仲直りさせようとしたんだけど、ああなった二人をどうやって止めようかって……」

 

 すっかり冷めた紅茶を口に含むセンクラッド。渋い表情なのは、紅茶だけのせいでは無いだろう。シロウも渋面を作っている。

 

「シロウ、どう思う?」

「好きにやらせておくべきだろう。こちらが抗議するほどでもあるまい」

「だそうだ」

 

 投げやりな口調でそう伝えたセンクラッド。勝手に俺達巻き込まれていたのか、とぼやくのも忘れてはいない。シロウから見ても同意見なのだ。正しく好きにしろ、と言いたい二人。

 ただ、それでも尚、言い募ろうとする一夏の名を呼んだセンクラッドは、首を振って、言い聞かせるように、

 

「凰さんの言い分も、まぁわからんでもない。俺やシロウの戦力が未知数なのだから、想定する事は通常不可能だろう。だからといって他人を侮辱しているのはどうかと思うが」

「それに、君が言っても聞かなかったのだろう? 私やマスターの言葉が届くとは到底思えんがね」

「いや、ほら、ファーロスさんなら箒やセシリアに言い聞かせられると思ってさ」

「言いたい事はわかるがな、一夏。例え俺が言ったところで変わらんよ。篠ノ之さんは見たまま愚直な位、真っ直ぐだ。オルコットさんも自身を侮辱されたという事は家を侮辱されたと思っているだろう。オルコットさんにとって、家というものは一夏が思っている以上に重い物だと思う。だから、退くことはない。それに、俺からしてみても凰さんは間違っていると思う。クラス対抗戦がある以上、ライバルである事は変わりはしない。それに、特例や特別扱いというものは、後々になると不利になる要素になるものだ。俺達を介してどうにかするというのはお互い為にならないからやめておいた方が良い」

 

 淡々とそう告げるセンクラッド。がっくりと項垂れて諦める一夏。

 深い溜息をついている一夏の肩をポンと叩いて、センクラッドは呟いた。

 

「で、どっちを応援する事にしたんだ? ファーストか、セカンドか」

 

 何気ない質問だったのだが、ピシッと石化した一夏を見て、センクラッドは、あぁ、そういう流れか、と呟いた。

 

「シロウ、コレは俺の予想だが、どっちを応援するかで一夏は板挟みになったと思うのだが」

「どちらに顔を向けても角が立つ、故に私達を頼ったか。中々策士だな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!! そんなつもりは無かったんだよ!! ただ、どっちも応援したいと言ったら物凄く怒られて」

 

 ああ、こいつは乙女の敵だとジト眼になるセンクラッド。オルコットはともかく、箒と鈴音に関しては確実に一夏の事が好きなのだろう。あの嫉妬の感情の強さはかなりのものだった。

 シロウとしても、こいつは小学生か、と呆れていた。

 

「……まぁ、良い。お前さんの女性関係の酷さは理解したとして」

「え!? いや、そんな曲解して受け取られても――」

「御託は要らん。で、何時だ?」

 

 その言葉に、きょとんとした表情を見せる一夏に対し、深々と溜息をつくセンクラッド。もう投げやり全開と言いたげな、全身に疲労感を滲ませながら、

 

「凰さんと篠ノ之さんの試合の日時だ。観戦はする、それで良いだろう」

「あ、ええと、再来週の土曜日の放課後、第3アリーナを貸し切ってやるって」

「判った」

 

 そう言って、センクラッドはシロウに目線をやった。シロウが頷いて、一夏に退室を促し、一夏が一礼して出て行くのを見届けた後、二人は顔を見合わせて溜息を大きくついた。

 

「……取り合えず、俺は凰の方に行くから、シロウはオルコットの方を頼む」

「判った……しかし、何と言うか、彼は鈍感過ぎやしないかね? 幾らなんでも気付くと思うのだが」

「あんなんだったら俺でも気付くぞ」

 

全く、何やら妙な事に巻き込まれたものだとぼやくセンクラッド達であった。



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20:決闘と襲撃と

 鈴音と箒の決闘当日。

 一夏の願いを聞き届けた事もあり、シロウとセンクラッドは第3アリーナへと向かう為に、時間を見て移動しようとしたその時、ノックが部屋に響いた。

 ドアをスライドさせてると、ノックの仕方から予想した通り、千冬が立っていた。苦々しい表情を見る限り、どうやら直前になって聞いたようだな、とアタリをつけたセンクラッドは、

 

「立ち話もアレだ、移動しよう」

 

 と言って、シロウ共々部屋を出た。暫く不機嫌そうな表情のまま、黙って歩いている千冬と、無表情のまま歩いているセンクラッド達の足音が廊下に響くに任せていたのだが、

 

「すまなかった、センクラッド。巻き込んでしまって」

「あぁ、まぁ、気にするな。IS同士の模擬戦を見れると思えば、安いものだ」

 

 センクラッドの言葉で、軍事的にどのような価値があるのかを見極める為か、と思考を巡らせていた千冬だったが、

 

「オルコットと一夏の対戦でも思ったが、ああ言う戦いが配信されているとなると、視聴率とか高く取れそうだな」

「そっちか」

「軍事的な価値という観点だけでは面白くもないだろう」

 

 やはりこの男、どうもやりにくいと内心で溜息をつきながら、曖昧に頷く千冬。シロウは内心で、そっちしかなかっただろうに、と確信さえしていたが、沈黙に勝るものは無いと判断している為、黙ってセンクラッドの護衛に徹していた。

 

「あぁ、センクラッド」

「何だ?」

「今回、私は外せない用事があるので、すまないが案内までしか出来ない」

「大丈夫だ、道は既に覚えている。しかし、お前さんも多忙だな。土曜返上で仕事か」

「相手方に指名されてしまってな」

 

 そう語った千冬の表情は微かに苦味を増していた。だが、単純な苦味ではなく、もっと複雑な感情を現している事を視て取ったセンクラッドは、そうか、と相槌を打つに留めた。余り立ち入った話を聞くことも無いだろうという判断もあるが、何でもかんでも聞いていたら外部の評価が変なものに変わる可能性もあると考えたのだ。

 コツコツという硬質な響きが三つとも消えたのは、第3アリーナの専用ゲートに到達した事を指していた。

 千冬が第3アリーナのカードリーダーにカードを通した後、ふとセンクラッドが居る背後に向き直って、

 

「センクラッド、以前買い物に使ったカードは持っているか?」

「勿論だ」

「なら、今後はそのカードで開けると良い。それさえあればある程度の場所なら自由に移動出来る」

「成る程、カードキーにもなっているわけか。便利なものだな」

 

 と感心するセンクラッド。グラール太陽系でも似た様なものがあったが、この時代にそれが出来るとは思ってもみなかったのだ。

 電子化はISのお陰で相当先へと進歩しているようだ、と胸中で呟いたセンクラッドは、

 

「何処に対応しているかがわからんのだが、適当に試して進めばいいのか?」

「少なくとも、第3アリーナと寮の行き来は出来るようになっている。後日、対応している箇所を地図にして渡すよ」

「助かる。それで、どっちのピットに篠ノ之はいるんだ?」

「篠ノ之達はAピット、凰はBピットに居る筈だ」

「わかった。それじゃ、また月曜以降にな」

 

 そう言って手を振って千冬と別れたセンクラッドとシロウは、突き当たりの廊下から互いに背を向けてそれぞれが居る目的地へと移動した。

 特に急ぐ事も無いか、と思ったセンクラッドはのんびりとBピットへ歩んでいたのだが、

 

「……」

 

 超極細のワイヤー程のチリチリとした敵意が、自身の前方右側から飛んできているのを察知し、即座にオラクル細胞に向けて、表情と目線にフィルタリングをかけるように命令を下した。命令と言っても最早それは反射に近い代物だ。

 瞼にリラックス状態で瞬きをする様に、眼球は適度に視線を巡らす様に動かしているが、それらは既に擬態化している。

 センクラッドが敵意の感覚を辿っていくと、そこにあったのは天井に取り付けられている監視カメラの一つだった。

 そ知らぬ顔の表情を固定化しながら、そのカメラを通り過ぎると、その敵意は消え去り、その代わりに前方からまた同じ敵意がセンクラッドに絡んできていた。

 何度かそれを繰り返し、Bピットへ通じる扉を開けた瞬間、敵意は完全に消失した。何者かが、センクラッドに敵意を抱きながらカメラを見ていたな、と確信したセンクラッドだったが、その敵意の質にはまるで馴染みが無い事に疑問を感じていた。

 人が発する敵意というのは、フィルタリングをかけて視るのなら、それは『人の敵意』でしかない。だが、フィルタリングを解除して視るのならば、その敵意というのは『個人の敵意』となる。つまり、特定が容易となるのだ。

 その分、センクラッドにかかる負担は半端無く上がる為、常用は出来ないのだが、それでも幾つかの敵意を向けられたシーンでは、フィルタリングを解除して記憶しているのだが、それでも心当たりが無かった。

 監視カメラを視ている学園側の人間の誰かに恨まれている可能性が高いのは残念な結果だと内心で呟き、Bピットへと入ったセンクラッド。

 ドアが開く音で一瞬だけ反応したのは、鈴音だ。だが、センサー越しに視たのだろう、一夏ではないと知って、明らかに落胆していた。

 解りやすいなぁ、と思いながら、センクラッドは挨拶をする。

 

「こんにちは、凰さん」

「こんにちは、ファーロスさん。一夏達ならAピットにいるわよ?」

「知ってる。俺はお前さんに言いたい事があって来ただけだ」

「言いたい事?」

 

 何なのさ?という表情を浮かべていた鈴音だったが、

 

「以前、オルコットにも言ったが、相手を下に見て自分を上に上げるような発言は控えた方が良い」

 

 という言葉に、眼を細めながら無遠慮な値踏みする視線を向ける鈴音。何かその手の視線は久しぶりだな、と場違いな感想を持つセンクラッドに対して、

 

「ふぅん、でもあんたのその言葉こそ、あたしを下に見ていると思わないの?」

「まぁ、それを言われると何も言えなくなるのだがな。日本の諺で、それはそれ、これはこれ、というものがあるとか」

「ないわよ、それ諺じゃなくて単なる棚上げじゃない」

「あぁ、それだ、棚に上げる、だった。ありがとう」

「いえいえ、どう致しまして……って違う、そうじゃないでしょっ」

 

 何なのこの宇宙人は、という視線に、腕を組み、顎に手を当てて考え込むようなポーズを取りながら、センクラッドは答えた。

 

「とまぁ、棚に上げないと何も言えなくなるのだが、それは一先ず置いとこう。単純に相手を見下したり、事実だとしてもそれを引き合いに出してどうこうやるのは余り上策とは言えないな」

「どうしてそう思うの?」

「ここは学園だろう? クラスとして見ればライバルになるからといって、仲まで険悪にする必要は無い」

「甘いわね。クラスとかじゃなくて、国家を背負って戦うのだから、これ位は当たり前よ」

「その前に学生だろう」

「その前に代表候補生よ」

 

 思わず苦笑してしまうセンクラッド。何よ?と半眼で見つめる鈴音に反省の色はない。自分に自信があるのは良い事だが、と呟きながら時計を見ると、もうすぐで試合開始の時間だという事を知り、手短に済ますか、と思うセンクラッド。

 

「なら、一夏も敵だろう」

「一夏は別、幼馴染だし」

「特別扱いはやめた方が良い。国家を背負う覚悟があるのなら尚更だ。身内贔屓というのは、時に国すら傾ける原因になる」

「だとしても、あんたに言われる筋合いはないわね。あたしも棚上げして言うけど、あんたがあたしより強いとは到底思えないもの」

「成る程、つまり……弱者は切捨て、強者に従う、か」

 

 皮肉気にクッと笑うセンクラッドに、苛々とした感情を向ける鈴音。いつもよりも幾分か低い声になっているのは、センクラッドの言い方にカチンときたからだろう。

 

「何が言いたいの?」

「いや、何。お前さんより強い人間の言う事なら絶対に聞くというのなら、もう何も言う事は無いな、と」

「だから、何が――」

「解らないか。なら言い方を変えよう。篠ノ之さんやオルコットさんの言う事、きちんと聞いておいてくれ」

 

 隠そうともしない、笑声でコーティングされた言葉が鈴音の耳に入った瞬間、派手な音を立てて空気と床に罅が入った。憤怒の形相を以ってセンクラッドを睨みつける鈴音の体は、溢れ出る嚇怒とISを纏っている。床の罅は鈴音の右手の装甲のせいだ。

 

「もう一度言ってくれない? 誰が、誰の言う事を聞くのかって」

「凰鈴音が、篠ノ之箒かセシリア・オルコットの言う事を聞く。俺はそう言った」

 

 言うじゃない、と呟いた鈴音の声は完全に罅割れていた。

 冷静さで眼の前の男を叩き潰す行動を止めたのではない。眼の前の男がただの地球人だったのならば有無を言わさず素手で殴り飛ばしていただろう。

 それが出来ないのは、単純な話、宇宙人だからだ。

 もしここで大事にでもなれば、凰鈴音の未来は物理的に閉ざされる。否、凰鈴音個人だけでは済まない。家族にまで累は及ぶだろう。故に、せいぜい威嚇行為しか出来ない。それが悔しくて堪らなかった。

 眼の前の男は、白騎士事件以前に大量に居たとされる、男だから優遇されている事を嵩にかかって言ってくる奴と同種だ。とんだ下種野郎が宇宙人とは、グラール太陽系の人間も大した事はない、と思い込む事で、何とか溜飲を下げようとしている鈴音だったが、センクラッドが放り込む言葉によってそれを阻止されてしまう。

 

「そこまで殺意を向けられる事をした覚えはないのだがな。単純なハナシ、お前さんが篠ノ之さんに勝てるとは到底思えないのだから言った、ただそれだけだ」

「言うじゃない。第二世代と第三世代のISでは勝負にならない事を知らないの? それに、搭乗時間の差なんて100じゃ済まない程あるのよ? 素人ではないかもしれないけど、それでもその差は明らかだわ」

「お前さんが第三世代の性能をフルに使えるわけがないし、そもそも以前のオルコットと同じ事を言うが、お前さんも搭乗時間云々以前の問題だ」

 

 どこまでこの男は人の逆鱗を撫で回せば気が済むのだろうか。歯軋りすらしてしまう程に、今や鈴音の怒りは深く根深いものとなっていた。ちなみに此処で課題をこなそうとしていた整備課の生徒達は、帰りたいよう、と涙目になっている。いつぞやの時とは面子が違えど、火の粉が降り掛かりそうになるのは同一だった。以後、センクラッドがピットに入るたびに、整備課の生徒達はビクビクしながら過ごす、或いはその場から逃げ出すハメになる。

 

「まぁ、ゆっくり見物させてもらうさ」

「あんた、言いたい事だけ言って去る気?」

「何か言いたい事でもあるのか?」

「あんたに、決闘を申し込むわ」

 

 ざわり、と空気が戦慄いた。IS搭乗者が生身の人間に向けて言う言葉ではない。それは決闘ではなく、最早虐殺だ。

 対するセンクラッドは、感嘆の表情すら浮かべていた。そこまで振り切るものなのか、と感心していたのだ。

 自己主張が強い余り、別の意味で視野狭窄に陥っているかな、と思いながら、

 

「それは、代表候補生としてか?」

「あたし個人の意思よ」

「浅はかだな。周りはそう思わんよ。IS乗りが生身の人間、しかも宇宙人に決闘を申し込むのは前代未聞……ではないな、二番目か」

「一番目は篠ノ之箒ね。それで、受けるの? 受けないの? 受けなくても良いけど」

 

 その挑発的な言葉に一切動じず、一瞬だけ思考を巡らす。この話をシロウに告げたらきっと説教だろう。大方、鈴音の事を言えないだの、同列だの、極力控えろと言ったのにだのと言われるのは、もう確定した未来だ。故に、

 

「受けよう。お前さんはISで良い」

 

 キッチリと、ISの部分に強調をして挑戦を受ける事にした。どの道、後でお説教が入るのならば、とことんまでやってしまおうと、駄目な方向に自ら振り切ったのだ。後々に繋がる地雷だとしても、自分が選び取って起爆する結果の方がスッキリする。自分だけスッキリする方を取る当たり、性根が捻くれているのは間違いない。

 対して、鈴音はぽかんとしていた。この男、生身でISとやるのか、と。

 

「あんた正気? 生身でISとやるわけ? それとも宇宙船に乗るの?」

「勿論、生身でだ。何、遠慮は要らん。但し、やるのはお前さんが今回の問題を片付けてからだ」

「――あぁ、成る程、そういう事ね。良いわよ、やってやろうじゃない。その代わり、あたしが勝ち抜いた時は覚悟しなさい」

「勝ち抜けるならな。そら、そろそろ時間だ。篠ノ之さんがピットから出てきたぞ」

 

 フンッ、と顔を思いっきり背け、怒りの残滓を撒き散らしながらピットから出て行った鈴音を皮切りに、次々と整備課の生徒達が出て行った。この場から逃れたい事に加え、決闘する事を周囲に知らせる為だろう。

 コレは大事になったな、と他人事のように呟き、ピットの右手側壁面に埋め込まれている大型モニターと、その近くにあった8台のタブレット端末を内、2台を起動させる。ヴンという音と共に、大型モニターは第三アリーナを映し出した。

 この手の物には説明書が何処かにある筈だ、と思いながら周囲を見ると、大型モニターの近くに説明書用のラックがあり、取り出してパラパラと捲って目的の部分を発見した。

 その部分を軽く流し見しながら、先に起動させた2台のタブレット端末を操作し、それぞれを箒機と鈴音機に割り振る事で、全体の流れと個々の動きが把握出来るようにしたのだ。

 箒が纏うISを右手のタブレット端末でチェックすると、機体名やISの残エネルギー等の大まかなデータが現れた。

 

「機体名はラファール・リヴァイヴ。フランス第二世代最後発IS。拡張領域拡大による汎用性の向上に加え、操縦性を重視しながらも第三世代に匹敵する高機動を実現した四枚の多方向推進翼が特徴、か。箒の初期装備は、左手が近接連装型散弾銃のレイン・オブ・サタディ、右手がアサルトカノンのガルムか……妙だな、近接武器を初期に持ってこないのか……まぁ、良い。対する凰の機体は――」

 

 あの剣技を使わないのか、と僅かな引っかかりを覚えながら、左脇に抱えていたもう一つのタブレット端末を見ると、予想した通り、甲龍(シェンロン)という機体名と第三世代ISという説明以外、何のデータも出てこなかった。

 僅かに驚いた表情を浮かべ、センクラッドは呟いた。

 

「……しぇんろん? 漢字の誤植か?」

 

 センクラッドが持った感想は一般人が持つ感想だった。流石にあの漢字ではシェンロンとは普通読まない。姫茶でキティーと読ます程度には無理がある読み方だ。

 まぁ良い、と頭を振って視線を大型モニターへと移すと、丁度、戦闘開始のコールが発信されていた。

 両手に持つ青竜刀で切りかかる為に、加速して箒の元へと突っ込んだ鈴音に対し、箒は焦らずに距離を離しながらレイン・オブ・サタディとガルムを一定間隔で撃った。

 当然のようにランダム三次元機動で鮮やかに回避したのを見て、箒は下がりながら持っていた銃器をそれぞれ別の方向に放り投げた。

 

『付け焼きの銃じゃ、あたしには当たらないわよ!!』

『だろうな』

 

 そう叫びながら苛烈な一撃を見舞う鈴音に、淡々と返しながら、間一髪といった風な回避をし、尚下がる箒。戦闘前のいざこざで鈴音の動きが単調化していない事を見て、センクラッドは、成る程、確かに代表候補生だ、と呟いた。

 甲龍はどうやら加速が余り宜しくないようで、箒が操るラファールと速度差が余り無く、ただ下がるだけではなく、フェイントを交えた動きを仕掛けてくる箒に、鈴音は翻弄されかけていた。

 埒が明かないと判断したのか、

 

『ちょこまかと!!』

 

 と、叫びざま、鈴音は両手に持っていた青竜刀を連結させ、何と箒に向けて全力で投げ飛ばした。流石に意表を突かれたのか、咄嗟に両腕と両足を使ってガードをするが、体勢を崩してしまう。当然、シールドバリアーが削られた事によって、残エネルギーがガリガリっと減っている。

 戻ってきた青竜刀を前へ加速しながらキャッチし、再度突貫し、青竜刀を大上段で振り下ろす鈴音に対し、

 

『このっ!!』

『――ハッ!!』

 

 ガギン、と火花を散らして青竜刀を受け止めたのは、一対の長剣だった。拡張領域からようやく目的の物を取り出せたのだ。戦闘機動中に武器を呼び出すという、酷く集中力が要る行為をやってのけた箒は、流石は篠ノ之博士の妹と言われてもおかしくはない。本人は本気で嫌がるだろうが。

 タブレット端末からチェックがかかり、解析完了の電子音が響いた事を受け、

 

「近接ブレード、ブレッド・スライサーか……刀じゃないのか」

 

 と呟くセンクラッド。流石に専用機でもない限り、通常、拡張領域に別の武器を入れるのは極めて不可能に近い。IS学園で使用するラファール・リヴァイヴと打鉄に限って言えば装備の流用は確かに出来るが、箒はそれを是としなかった。

 刀でなくとも、剣ならば似た様な動作で振るえるとばかりに受け止めていた青竜刀を押し返し、一対あった長剣の一つを地面へ捨てて正眼の構えを取った箒は、此処からが本番だと言わんばかりの気迫と鬼気に満ち溢れていた。

 

『今まで手加減していたってわけ?』

『さぁな。そっちも本気を出したらどうだ? 全力でやれないならこの勝負、意味が無い』

 

 と言って、四枚の推進翼を直線加速に向く状態へと変更させ、鈴音へと突っ込む箒。その余りの速さに、センクラッドは僅かだが驚きを覚えた。下がっていた時の速度よりも明らかに上なのだ。それも、通常想定されるべき前進速度を遥かに上回った加速を伴って移動していた。

 成る程、打鉄では到底不可能な緩急自在の機動性に眼をつけたわけか、とセンクラッドは納得すると同時に、その戦術は以前、センクラッドが箒に勝利した際に使ったものだと看破し、それを転用するに足りる発想と技術に舌を巻いた。篠ノ之博士の妹というのは、伊達ではないわけか、と呟いたセンクラッドだったが、箒のISが急激にエネルギーを減らし、箒が吹っ飛ばされたという事実に、思考が停止した。

 

『グッ!?』

『出してあげたわよ、あたしの本気』

 

 そう呟いたのは、鈴音だった。何に吹っ飛ばされたのか理解出来なくとも、状況で判断したのか、箒は咳き込みつつも、

 

『成る、程、見えない砲撃か。銃弾ではなく空気を圧縮して打ち出すもの……』

『御名答。龍咆って言う武器よ。それとこの機体は、燃費を重視して造られたから、エネルギー切れを狙うのはやめた方が良いわよ!!』

 

 そう言うと同時に、鈴音は龍咆を撃ち出した。

 箒は空から地へと逃げるが、やはりどうしても見えない砲弾を避けるには分が悪いのか、時折直撃を喰らってエネルギー値を減らしていた。

 先の行動とは逆に、距離を取りながら砲撃をする鈴音と距離を詰めようと足掻く箒という形で試合は進行していく。

 この時、鈴音は勝利を確信していた。慢心も油断もなく、頭の切り替えが恐ろしく早い鈴音は、異星人とのやり取りで血が上っていた頭を強制的に冷却しきっていたのだ。無論、怒りは心の奥底に封じ込めていた。この怒りを解き放つには、2戦全勝しなければならないのだ。感情は抑えるべき時に抑え、解き放つ時に解き放つのだと中国代表候補生になる前に、本国から文字通り叩き込まれていた教えの賜物である。

 それに、鈴音はわざわざ砲撃する際に体をある一定まで箒の方へ向いていた。龍咆の砲身には射角制限が無いのだが、その情報をむざむざ披露する事はしない。引っかかれば儲け物、引っかからずとも燃費勝負になれば甲龍に負けは無いのだから。

 だが、箒はまだ諦めていなかった上に、鈴音が想定する『篠ノ之博士の妹』のポテンシャルを大きく超える行動を見せる。

 龍咆を防ぐ際、角度が悪かったのか、ブレッド・スライサーが持ち手から弾かれ、明後日の方角へと飛んでいくのを確認し、今度こそ仕留めると言わんばかりにイグニッション・ブーストで彼我の距離を詰めに行く鈴音。箒がどの場所に移動するかを読んでの必勝の一撃、その筈だった。

 真剣な表情で見入っていたセンクラッドが思わず感嘆の吐息を漏らした。

 

『ガッ!?』

 

 鈴音がイグニッション・ブーストを行う直前、実は箒はその動きが来るという事を把握していた。それは、あの黒人生徒と戦った際に見せたイグニッション・ブーストにおける直前の動作を見ていたからだ。

 ほんの一瞬、鈴音が見せたイグニッション・ブーストの準備動作、甲龍の非固定浮遊部位が通常の動きとは異なるそれをするというのを見ていたのだ。

 剣の道は見の道、篠ノ之流剣術を修める際、骨の髄まで染み付いていた言葉が、箒を救ったのだ。

 そして、今、鈴音を撃ち抜いたのは、相当前に投げ捨てられていた筈のレイン・オブ・サタディであった。

 

「成る程、イグニッション・ブーストを誘導したのか。銃器を蹴り上げてからの射撃とは……」

 

 そう呟いたセンクラッドの声は、紛れも無く感嘆と賞賛に満ち溢れていた。

 センクラッドの言う通り、箒は鈴音が肉薄する数瞬前に、銃を蹴り上げ、這い蹲るようにして手に取りざま、射撃したのだ。一か八かの博打だったのだろう、成功した箒の表情は、紛れも無く安堵に満ちている。

 しかし、それでもその手を休ませずに、連装ショットガンの面目躍如だと言わんばかりに、速射する箒に、たまらず鈴音は後ろに下がる。箒は後を追わずに、悠々とガルムを落とした場所まで行き、逆腕に装備した。

 

『やるじゃない。ここまでしてやられると清々しいわ』

『墜とせると思ったのだが、存外硬いな』

『当然よ。安定性と装甲に定評のある機体なんだから。それに――』

 

 鈴音のエネルギー量は四分の一にまで低下していた。対する箒も同様の数値まで落ち込んでいるが、与えた衝撃は箒に軍配が上がるだろう。少なくとも、千冬や一夏が見たら眼を剥くのは間違いない。篠ノ之箒が銃を扱う事を苦手としているのは、学園の教師陣にも幼馴染にも知るところであった。

 その箒が射撃を使ったのだ。陰で血が滲む努力をしていたのは間違いない。

 

『――あんたの射撃、付け焼きなのは確信できたわ。もしあんたが射撃の腕も一流だったのなら、あたしは負けていた』

 

 その言葉に、奥歯を噛み締める箒。鈴音の指摘通り、箒の射撃戦闘においての腕は三流に毛が生えた程度。ショットガンの反動予測しての撃ち方をマスターしてさえいれば、畳み掛ける事も出来た。それが出来ないという点からの指摘に、間違いは無い。

 

『それに、あんたは致命的なミスを重ねている』

 

 そう言って龍咆を撃ち始める鈴音。決してインファイトには持ち込ませない為の砲撃なのは明らかだった。舌打ちを響かせながら、上下左右に動き回る箒。被弾しないように動くため、どうしても大きな動きになっていくのを避けられない。

 そしてそれは、鈴音が狙ってやっている事だった。

 

『一つ目のミスは腕の問題。二つ目のミスはあんたの銃の選択。ガルムとレイン・オブ・サタディを見るに、一撃で高い効果を持つもの。少なくとも現在あるものは接近戦を想定してのものしかない』

 

 その指摘に悔しそうな顔をしながらも、回避行動を採り続ける箒。エネルギー残量は同程度だが、戦局は徐々に徐々に、箒から鈴音へと傾いていく。

 

『そして三つ目のミス。あんたの想定していた回避行動をあたしが採らなかった事』

 

 イグニッション・ブーストで突っ込んだ際、箒が採った行動を見て、これは不味いと思い、反射的にレイン・オブ・サタディから一歩でも遠く回避行動を採ろうとしていた鈴音だったが、その直後、脳裏に疾った刹那の閃きに身を任せたのだ。

 本来の回避先にあったのは、ガルム。

 つまり、弾倉にまだ弾が残っている爆弾がそこにあったのだ。それを無意識の内に把握した鈴音は、己の閃きに誘導されるように、あえてレイン・オブ・サタディがある方向に回避してみせた。甲龍の頑強さを信じて。

 

『残念ね、どれか一つでもミスがなかったら、あたしは負けていた』

 

 そう言って、一対の青竜刀を連結させ、龍咆と、そして言葉とを同時に投擲した。

 

『これで終わりよ!!』

 

 必勝の一撃を期待しての、龍咆の連続射撃と、弧を描いて箒の元へと殺到する青竜刀。それを避ける機動力は、ラファール・リヴァイヴには無かった。

 

「言うだけの事はある、というわけか……ぐッ!?」

 

 そう呟いた瞬間――

 感じたのは、左眼に視えた極悪な殺意。人が持つものとしては余りに強い感情だった為、フィルタリングしていた筈の左眼が歓喜に歪み始めると同時に、タブレット端末や大型モニターに、上空からバリアを破壊し、アリーナの地面まで続く一本の光の柱が映った。

 その直後、あまりの輝度で焼ききれたのか、映像がオフラインとなったが、音声は生き残ったのか、激しい轟音を伝え、足元が揺れた。

 たたらを踏んで、だが耐え切れずにしゃがみこみ、悪態を付きながら、センクラッドは暴れ出す左眼を制御しようと、眼帯越しに爪を突き立てた。

 

「喚くなッ!!」

 

 鋭く大喝すると、左眼は一際大きな激痛を残して歪むのを止めた。ジクジクと爪を立てた箇所から血が溢れてくるのを無視して、首を上げる。殺意はセンクラッドに向けられていたのだ、あの巨大な光の柱が光学兵器なのは間違いない。

 とすれば、次に来るのは決まっている。

 視線をカタパルト、つまりアリーナ側へと向けた瞬間――

 学園に張られているシールドを破った光と殺意が、Bピットへと雪崩れ込むのをセンクラッドは視た。



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EX―IS04 Aピットにて

注意:今回、複数人の心理描写をSIDEを使わずに描写する事を挑戦いたしました。


 時は、センクラッドがBピットへと歩き出した時間まで遡る。

 一夏達の様子を見る為に、シロウは靴音をコツコツと鳴らしながら、やや重い足取りでAピットに向けて進んでいた。

 先日、一夏が訪ねて来た時の事を思い出すと、どうにも溜息を付きたくもなる。一夏の鈍感さ加減は、あの一幕だけで十分に理解できていた。どの人種にも物怖じせずに接する事が出来るのは確かに美点だが、行き過ぎると鈍感と言われるのは、過去の自分にも言える事だ。

 生前、魔術師としてセイギノミカタを志して生きた時代の話になるが、その時の自分は、過去に起きた大災害のせいで人の心の機微に大変疎かった為、その手のトラブルは嫌という位、経験していた。

 最悪な事に、生前の自身の辿ってきた可能性の全てにおいて、恋愛関連の修羅場を経験しており、それが無自覚かつ自身が撒いた種なのだから始末に負えない。

 故に、姿形は違えど、過去の自分を見ている気になってしまうのも仕方の無い事だろう。

 捻じ切られそうになったり、磨り潰されそうになったり、切り落とされそうになったり、闇に取り込まれそうになったり、血を吸われかけたり、精気を抜かれかけたり、テムズ河へ蹴り落とされたり、放り投げられたり、既成事実を作られたり、気付かない内に婚姻届を出されていたり、義父と殺し合いになったり、首輪を付けられたり、脳味噌だけ取り出されたりと、枚挙に暇が無い。

 思い返してみると、綺麗な思い出が何一つ無い事に気付き、視界がジワリと揺れて来た為、慌てて首を振って思い出を彼岸の彼方へとすっ飛ばした。

 これはきっと、怜治によって第二の生を受けた際、何らかのトラブルでその手の綺麗な思い出が消失しているのだ、そうに決まっている。むしろ、今現在こうやってちゃんと生きているのだから、今後の事を考えた方が生産的だと無駄に強く言い聞かせていた。

 そうこうする内に、Aピットの扉の前まで辿り着いたので、ドアから入り、シロウが見たものは、リラックスした状態の三人が、戦術についての最終確認をしているシーンだった。

 放課後というのに誰も此処に居ないのは、貸し切ったといっていたからか、と見当を付けているシロウに、

 

「あ、シロウさん」

「ごきげんよう、シロウさん」

「こんにちは、シロウさん」

 

 と、それぞれが挨拶をしてきた事を受け、シロウも挨拶を返し、

 

「それにしても、落ち着いているな。自然体のままで在る事が出来るとは、恐れ入る」

「この勝負、負ける事は出来ませんが、だからといって力んでしまえば、試合開始まで身が持ちませんから」

 

 静かに、だがはっきりと箒は言葉を返した。気合に関しては十分、そして無理な力みも無い、凪いだ状態のままの箒を見て、シロウは感心していた。まだ10代半ばで模擬戦とはいえ、実弾を使った戦いをするというのに、その境地に至っているという事にだ。

 感心した様子でいるシロウに、一夏はそういえばと言葉を出した。

 

「シロウさん、ファーロスさんは?」

「鳳嬢の方に向かったよ。何か言いたい事があるそうだ」

「言いたい事?」

 

 何だそりゃ、とばかりに首を傾げる一夏だったが、セシリアは思い当たる事があったのか、もしかして、と呟き、

 

「以前、わたくしが言われた事を言いに言ったのでしょうか」

「あー、俺と喧嘩した時の」

「ええ、でもきちんと聞けるとは思えませんけど……」

 

 そう言ったセシリアの言葉は、以前言われた時には、反発心しかなかった事を踏まえてのものだった。外部、とりわけ地球外生命体からアレコレ指図される謂れは無い、という風に受け取るしか出来なかったのだ、あの時は。

 正しくとも正しくなくとも、通じない事がある。特にIS関連は今現在、最もデリケートな問題なのだから、尚更だ。

 

「まぁ、マスターの事だ、余計な事は多分言わないだろう」

 

 さらりと多分を混ぜた辺り、センクラッドの事を良く理解していると言えよう。ただ物凄く残念な事に、余計な一言どころか余計な事しか言わず、挙句の果てには人類初の異星人との技術的ガチンコバトルを約束しているのだが。

 

「それで、勝算はあるのかね?」

「限りなく低いですが」

 

 と言った箒は、可能性としては自身の敗北の方が大きい事を認めながらも、それを是としないという眼差しをシロウに向けていた。

 良い眼をしている、と思いながら、箒が纏っているISが、鎧武者の形をしている打鉄では無い事に気付く。

 

「その機体、ラファール・リヴァイヴか。打鉄ではないのだな」

「ええ、鳳が二組のクラス代表と戦った際、防御と燃費に優れた機体というのが判ったので、同じ土俵で戦うのは厳しいと思い、ラファールに変更しました」

「成る程、そうなると、速度で翻弄するという事か。一撃離脱の戦術なら、ラファール・リヴァイヴを選択したのは間違いではないな」

 

 その言葉に驚く三人。大まかだが、戦術の内容を言わずに当てたのだから、驚くのは当然だろう。

 何故それを、と箒が質問をすると、シロウは肩を竦めて答えた。

 

「私はISに関しては門外漢だが、織斑教諭がマスターに渡した教本は読んでいるのでね。ラファール・リヴァイヴを選んだという事は、速度と武装を選択した結果だろう? 打鉄はラファールよりは武装と速度の選択肢が少ない代わりに、安定性と防護性に優れていると教本には書いてあった」

 

 その言葉に成る程、と頷くセシリア。推測にしては恐ろしく的を射た答えを提示してきているシロウの戦術眼に、感心していた。

 一夏も、その的確とも言える指摘にしきりに頷いていた。

 

「だが、気をつけた方が良い。相手は曲がりなりにも代表候補生だ。機体を見た瞬間に可能性として吟味してくるのは間違いない」

「確かにそうですね。ただ、幾つか策は用意してます」

「ほう。それは楽しみだ。ただ、策を弄しすぎて足元を掬われんようにな」

「はいっ」

 

 打てば響くような返事に、少しだけ眦を下げるシロウ。これが若さというものか、と思ってしまうのは、今現在において情熱というものがガス欠状態だからか、それとも性分なのかは伏せておく。

 時計を見ると、約束の時刻の5分前となっていた事を受け、シロウがそろそろか、と呟くと、セシリアが、

 

「そうですわね。箒さん、頑張って」

「ああ、勝ってくる」

「箒」

 

 と、一夏に呼ばれたので、振り返ると、一夏がサムズアップをして、

 

「行ってらっしゃい」

「――ああ、行ってくるッ!!」

 

 見送りの言葉を貰い、気合が最高潮に達した箒は、カタパルトからアリーナへと飛んで行った。その飛翔は、一年の初期でこなせる技術とは一線を画すものだった。

 残っているセシリア達は、壁面に埋め込まれている大型ディスプレイで観戦する事にし、そこに移動した。

 そして、備え付けられているタブレット型端末を三つ取り出したセシリアは、電源を入れてシロウと一夏に手渡した。

 

「これは?」

「ISのデータを映すタブレット端末ですわ。大型ディスプレイにはデータは映さないで、このタブレットタイプの端末で表示されますの」

「成る程」

 

 大型ディスプレイにゴチャゴチャと情報が書かれるよりは、タブレット端末で確認した方が楽だという事に気付き、シロウは納得して、タブレット端末を起動させた。一瞬だけ、構造を解析して理解を早める魔術をかけようとして、不必要に使うべきではないと一度深く深呼吸をした。

 いつもの癖が出るところだった、と思わず呟きかけ、

 

「いや、あぁすまないが、使い方は?」

「これを使ってくださいな」

 

 と、手渡されたのは中々に厚い説明書だった。ただ、手渡される際、セシリアの指が操作ページに差し込まれていた事に気付いて、礼を言ってシロウはそのページを開いた。

 数分もしない内に何となくだが使い方を理解したシロウは、タブレット端末で箒のISをチェックし始める。

 地上に降り立った箒の手に、ショットガンとアサルトカノンが呼び出され、装備すると、箒は眼を閉じて鈴音を待ち続けていた。

 

「篠ノ之嬢は、ショットガンとアサルトカノン? 近接武器ではないのか」

 

 やや意外そうに言ったシロウに、一夏は、やっぱり驚くよなぁ、と思って、

 

「俺も最初驚いたんだけど、箒が必要だからって言ってたんだよ」

「相手が乗ってくれれば、或いは、というレベルの話ですけどね」

「成る程、策あっての事か」

 

 そうこうする内に、鈴音がBピットからカタパルトで射出されてきた。表情は憤怒に染まっているのを大型ディスプレイ越しに見つけてしまい、シロウは嫌な予感が背中を走るのを自覚した。

 

「……マスター、自重出来なかったか…………」

 

 小さく呟いたシロウの背中は、隠し切れない哀愁を漂わせていた。

 セシリアと一夏は、センクラッドが鈴音を挑発したのだと、シロウの台詞から推測していたが、一夏の場合は何故そんな事になったのか理解出来ていなかった。

 セシリアは、何となく言ってしまった事を何点か予想していた。その一つはドンピシャだったのだが、それは知る由も無い。

 ただ、双方共に、何となくシロウに同情したくなる気持ちになったのは確かな事だ。

 

『逃げずに此処に来たのは褒めてあげる。ただ、無謀には変わりはしないけど』

『無謀で結構。往くぞ』

 

 鈴音の安い挑発に乗らずに、淡々と返す箒の心境は、こんなところで負けるわけにはいかないというものだ。自分はもっと高みへと上り詰めてみせるという意気込みを、たった二言で現していた。

 双方共に、武器を構え、スピーカーから試合開始の電子音が鳴り響いた。

 早々に決着を付ける為か、やや直線的な機動を描きながら一対の青竜刀を構えて箒の元へと突き進む鈴音に対し、箒は一度空へと上がってから、等距離を維持しつつ、ショットガンとアサルトカノンを交互に発射し、距離を縮ませない様に射撃している。

 それを見たシロウは、銃器の扱いが想像していたレベルよりも下手だという印象を抱いた。故に、近接武器を使わずに銃器を使う箒に、違和感を覚え、

 

「篠ノ之嬢の銃の腕だが、アレはわざとやっているのか?」

「わざとに近い本気、ですわね。ただ、練習初期の段階から比べれば雲泥の差ですけれども」

 

 苦笑いしながらセシリアはそう言い、一夏も、

 

「弓なら中る、とか何とか言ってたけど、流石にISの武器に弓は無いからなぁ」

 

 と零していた。その言葉に成る程と頷くシロウ。中てれる、ではなく、中ると断言する程だ、負け惜しみを言うような娘ではなかったのだから、相当の力量があるのだろう、と判断していた。

 そうこうしている内に、試合は進んでいく。

 射撃の精度がイマイチな射撃に、シロウだけなく、鈴音も引っかかりを覚えていたが、それでも上へ下へと鮮やかに回避してみせる辺り、代表候補生としても、一年生としてもその腕は非凡と言えよう。負けず嫌いという性分が服着て歩くと言われている鈴音が詰んだ努力は並大抵のものではない事を示していた。

 

「鈴の奴、殆ど避けてるな……」

「あの回避は相当努力したのでしょう、被弾しても問題ない程度の場所を見つけては、そこに移動してますわね。この数十秒の間に、篠ノ之さんの射撃の癖を見抜いたようです」

「すげぇ……」

 

 それを見た一夏はただただ感嘆しか出ない。本格的にISを学び始めてまだ一ヶ月程度の自分でも理解出来た。いや、アレはIS操縦者を夢見る若者達に、現実を知らしめるレベルのものだ。

 どんな動きをすれば、代表候補生と呼ばれるそれになるのか、どんな読み方をすれば、代表候補生と呼ばれるそれになるのか。

 それが今の一夏には理解出来た。それと同時に、自分がどのレベルに居るのかも痛感していた。

 そして、それが判るのは何も一夏達観戦者達だけではない。最も理解している人物は、戦っている箒だ。

 

――回避先が読み切れん、代表候補生というものはこれほど差があるものなのか!?

 

 そう思いながらも、必死で自身が思う回避予測点にあわせた射撃を行うが、殆ど掠りもせずに回避される現状に、臍をかんだ。

 知識だけならばIS搭乗者の中でも相当上位に食い込む位置に居る箒だが、机上では学べない経験の差が、この現状を招いている事は既に自覚していた。

 だが、悔しさだけではなく、紛れも無く戦士としての鈴音を認める気持ちもあった。確かに、これだけの腕があるのなら、という想いも生まれてくる程だ。

 しかし、だからといっておいそれと譲れるものでもない。篠ノ之束の妹という重荷は誰にも理解出来ないものだ。一生涯付いて回るだろう。此処で負けてしまえば、自分はきっと、諦め癖がついてしまう。そして、何時かはただの記号以下に成り下がる。それだけは絶対に嫌なのだ。

 ……果たして、気付いているだろうか。その想いが何を示しているのかを。

 何度も回避された後、そろそろ頃合と見た箒は、装備していた銃をそれぞれ別の方向に投げた。餌は撒いたつもりだ。後は引っかかるまで此方がどうにかして凌ぐだけだと、決意を新たに、鈴音を睨みつけた。

 その視線から真っ向対立した鈴音は、加速をつけた一撃を見舞う。

 

『付け焼きの銃じゃ、あたしには当たらないわよ!!』

『だろうな』

 

 袈裟懸けに振り下ろされた青竜刀を、淡々とした一言つきで紙一重でかわした箒に、鈴音は一瞬だけ眼を見張った。射撃の腕からして、知識先行の人間だと思っていたのだ。油断でも慢心でもなく、計算違いという自身を殴りたくなるミスを犯している事に気付き、唇を強く噛んだ。

 斬撃を放とうと構えるも、既に間合いの範囲外に移動している箒を見て、鈴音はISの知識を十分に活かしながら、身体能力を巧く扱うタイプだと推測した。適正ランクCの響きに騙された形だ。

 何度も追い縋って攻撃を仕掛けても、武器を持たずに回避に専念する箒には命中していない。それだけではない、ラファール・リヴァイヴの高機動性を最大限に活用している為、純粋な相性で分が悪かった。甲龍は高い防御性能と、エネルギー消費低下による継戦能力と迎撃に比重を置いた第三世代機体だ。第三世代に匹敵する高機動が特徴のラファール・リヴァイヴに追い縋るには、コンセプトからして反していた。

 何故あの動きが出来て、何故あんな射撃なのだ。考えたくも無いが、もしかしたら、と思いかけた鈴音は、その思考を封殺した。感情の高ぶりを抑えなければ、どこかで必ず付け込まれる事を知っていた。

 故に、気持ちをコントロールしながら、鈴音は一手打つ事にする。青竜刀を組み合わせた投擲、そして戻ってくる青竜刀を加速しながら取って斬りかかるのだと。

 僅かな時間しか経過していないが、濃密な戦いを繰り広げている二人をディスプレイ越しに見ていたシロウは感心していた。

 

「篠ノ之嬢の動きは素晴らしいな。あの射撃が手を抜かれたものだと錯覚してもおかしくはない」

「それを狙っての動きでもありますからね。ただ、あそこまで運動能力が高いのは、本人の資質もあるのでしょうけれども」

「資質、か……」

 

 自分には縁が無い言葉だったな、と口の中で言葉を潰して、映像を見続けるシロウ。

 同じくディスプレイをじっと見つめるセシリアの双眸は鋭い。イギリス代表候補生として、箒の動きも、鈴音の動きも勉強になるのだ。

 二人がそう会話している時、一夏はその後ろで、ディスプレイを凝視していた。

 2人の幼馴染の動きが尋常ではないという事実、白式という専用機を与えられているのに、それを巧く使いこなせない自分。同じ練習をしていた筈なのに、箒は第二世代ISであれだけの素晴らしい回避を見せている。

 なのに、自分はどうだ。セシリアとの対決では敗北し、飛翔もままならず、あまつでさえ墜落して皆の笑いものになっている。

 悔しかった。

 ただただ、悔しかった。嫉妬に近い悔しさは、自身の不甲斐無さに眼を向ける。

 もっと鍛えなくては、誰も守れない。今よりももっとずっと強くならなくてはならない。でも、ISの事なんてさっぱりだ。電話帳と教科書を間違って捨ててしまったりした過去の自分を殴ってやりたい。あれさえなければ――

 そこまで考えた時、唐突に肩を叩かれ、驚いた一夏がそっちを見ると、シロウが其処に居た。セシリアは心配そうな表情で一夏を見つめている。

 

「一夏、余り思い詰めない方が良い。君はまだまだ伸びる余地があるだろう? 篠ノ之嬢や鳳嬢と自分を比較する事は無い」

「そうですわ、一夏さんは頑張っていますし、まだ一月ですもの。それにわたくしとの決闘で、一夏さんは十分肉薄してましたわ」

「あー……うん。ごめん、ちょっと思い詰めてたっぽい。ありがとな、セシリア、シロウさん」

 

 首を振って浮かない表情を消し去った一夏が二人に礼を言った。だが、それでも心は晴れない。セシリアに肉薄出来たのも、機体に救われたのが大きい。もしお互いに第二世代の機体を使って戦ったのなら、完封されて終わっていたという事実に気付いたのは、皮肉にもISを本格的に学び始めてからだ。

 故に、セシリアが言う言葉は、一夏の心を癒せず、逆に抉った形となっていたのだが、一夏はそれを悟らせない。折角出来た友人関係を壊したくないという思いがあるからだ。

 

『グッ!?』

『出してあげたわよ、あたしの本気』

 

 箒の苦鳴と、静かな口調でそう告げた鈴音の声に被さるようにして、三人がそれぞれ持つタブレット端末に電子音が響いた。鈴音が纏う甲龍の非固定浮遊部位(アンロックユニット)に龍咆と言う名称がデータに書き込まれ、次いで箒が発した言葉通りのスペックが表示された。

 厳しい表情でそれを見るセシリア。

 

「砲身も砲弾も見えない兵器……わたくしのブルーティアーズとはまた違ったベクトルで厄介な兵器ですわね」

「確かに、アレでは回避しにくい事この上無い。どうにか射線を掻い潜って背後や側面から攻撃する他あるまい」

 

 鈴音が龍咆を撃つ時、確実に体をその方向に向けている事から、シロウはそう指摘したのだが、一夏はそれに疑問を抱き、手を挙げて意見を述べようと口を開いた。

 

「シロウさん、ちょっと良いかな?」

「うん? どうした、一夏?」

「いや、砲身も砲弾も見えないのなら、もしかしたら砲身が360度回転するとか有り得そうじゃないかなって。だって非固定浮遊部位に装備してるなら、自由に動かせるって事だろ?」

 

 数瞬、間が空いたのは、指摘したものが一夏だから、というものが大きい。シロウはISの知識が教本頼みだった為、その発想自体が出て来なかったし、ISの知識はある程度あるセシリアは、その知識が常識として当て嵌めていた為、気付けなかったのだ。

 未だ素人感覚、言うなれば戦いのプロでも無く、ISに触れてまだ日が浅い、アマチュアの発想を持つ一夏だからこそ、その発想が出たとも言える。

 

「……確かに、そうですわね。という事は、鳳さんの動きはブラフという事も……」

「十分有り得るか。しかし一夏、どうしてそれに思い当たったのかね?」

「ええっと……前にセシリアと箒、三人で話した時に。セシリアが眼に頼らないで、センサーも使って相手をみないといけないって言ってたのと、箒がISを乗る時には、一度人である事を忘れろって言ってたからさ。じゃあどう考えれば良いのかなって思って、自分なりに考えてみたんだけど」

 

 一夏のその言葉に思わず唸りを上げた二人。IS問わず常識外の事を何気なく指摘出来る一夏の観察眼や記憶力、そして何よりもその発想力に感心していた。まだ無意識のみでそれらが可能な点は、若さによるもの。後は経験を詰めば大化けするな、とシロウは一夏を再評価した。

 

「一夏さん、貴方今凄い事を言ってますのよ」

「へ?」

「確かに。少なくとも私達だけではその可能性を見落としていた」

 

 二人に褒められ、何だか照れくさい気持ちになって頬を掻く一夏。素直に賞賛されている事に気付いたのだ。それによって先のもやもやした感情は薄くなっていた。

 だが、その表情も真剣な表情に変わった。箒が持っていた近接ブレード、ブレッド・スライサーが、龍咆によって弾き飛ばされたのだ。

 一夏の表情の変化を見た二人は、大型ディスプレイに視線を向けると、今まさに鈴音が箒に肉薄しようとイグニッション・ブーストと呼ばれる超加速を使用する前であった。

 セシリアと一夏は表情こそ真剣だったが、焦燥感が無い事に気付いたシロウは箒の動き、もっといえば箒の足元に転がっているショットガンに眼を向け、即座にこれから起こる事を把握した。

 

「篠ノ之嬢もなかなかえげつない事をする」

 

 シロウの言葉が二人の耳に入った直後、箒は足元にあったレイン・オブ・サタディを真上に蹴り上げて掴み、そのまま連射した。

 その結果、イグニッション・ブーストによって超加速した鈴音は、その弾幕へと自ら突っ込む形となり、大幅にシールドエネルギーを削られてしまう。これは、超加速した故に、途中で曲がれなくなる為だ。勿論例外はあるが、それは代表クラスの腕と、それにあった機体のチューニングが必要であり、この場合はどちらも当てはまらない。

 

「篠ノ之嬢が言っていた策とはこれの事か」

「その通りですわ。イグニッション・ブースト直前に起こる動作を見極めてカウンターを繰り出す。流石は篠ノ之博士の妹ですわ、ISの知識は確かに豊富で、それを戦術に組み込む事も出来るとは。勘もあったのでしょうけれども、それを信じる強さも持ち合わせているのですから」

「箒の勘は鋭いからなぁ……俺の考え、良く読みきってくるし」

「それは君が判りやすいからだろう」

「それは一夏さんだからでしょう」

「二人ともひでぇ」

 

 シロウとセシリアは思わず、だが間髪入れずに一夏にツッコミを入れ、一夏がぼやいた。その空気に、ツッコミを入れられた一夏も、シロウとセシリアもつい口許に笑顔を咲かせる。

 和やかな雰囲気だったのだが、再度、空気に緊張が混じる。

 鈴音のエネルギーが箒と同等、25%以下まで切っていたのだが、予想以上に減っていない事に二人はマズイ、と呟いた。

 

「畳み掛けるには、射撃の腕が追いつきませんでしたか……後三日、いいえ二日あれば……」

「こうなると後は近接戦しかないけど、鈴が近付けさせてくれるかどうか」

「無理だろう。鳳嬢は篠ノ之嬢の武器と射撃の腕を看破している。龍咆の消費エネルギーよりも篠ノ之嬢が受けるダメージの方が大きい。何か奥の手があるならば引っ繰り返せるが」

「手札はもうありませんわ。前に出れば二刀流と龍咆、後ろに下がれば下がるほど龍咆の精度はあがるでしょうし」

「そうか――」

 

 三人とも、鈴音の勝利のみが見えていた。セシリアは頭を切り替えて、鳳の近接時の戦闘能力とをどう捌くかをシミュレートし始めていおり、シロウは冷静に起こる事を受け入れようとしていたし、一夏はただ頑張れ箒、と念じていた。

 その直後だ。光がディスプレイの中央を満たし、次いでディスプレイが機能不全に陥り、轟音と共に床が揺れたのは。

 

「うお!?」

「きゃ……」

「む」

 

 予想外の衝撃を受けた三名の内、一夏はIS学園に入ってから篠ノ之流剣術を学び直した事もあって、即座に重心を落として膝のバネを使って持ち直した。

 ただ、セシリアはそうはいかない。正規の訓練を受けているといっても、そもそも空を飛ぶことが基本のISに、対震訓練なんてものは存在していない。故に、大きく体のバランスを崩し、倒れかけた。

 

「大丈夫かね?」

 

 という声と共に、セシリアの腰に手を回し、揺れから身を守ってくれた存在に気付いた。シロウだ。端正な顔立ちに、今は心配そうな表情を浮かべている。

 宇宙人だが、下心が無い友好的な異性と触れ合うのが初めてだったセシリアは、今現在、自分がどういう体勢でいるかを把握し、シロウを間近に見て、ぽかん、とした表情から徐々に徐々に顔が赤くなり、慌てて体を起き上がらせようとして、更にバランスを崩すという悪循環に陥ってしまう。

 

「オルコット嬢、落ち着きたまえ。揺れは既に収まっている」

「え、あ、あら、わたくしとしたことが――」

 

 確かに地揺れが無い事に気付いて、ごにょごにょ何事かを言いながら、ようやっと自身の足で立ち上がった。

 それを確認して、シロウは腰から手を放し、厳しい視線をアリーナ側へと送った。セシリアのフォローを入れるのは此処までと判断したのだ。それよりもマスターの安否が気になるシロウは、二人に、

 

「今のが奥の手かね?」

「い、いや、そんなわけない。上から光が降ってきたってことは、もしかしてテロとか?」

「まさか、ここはIS学園ですわよ? 40機程度のISが此処にあると言うのに、そんな事をしたら袋叩きに合うのは確実ですわ」

「でも、実際起きているって事は、箒達が危ない!!」

 

 慌てた一夏は、カタパルトの横にある空中投影型ディスプレイにアクセスし、開放を選択するが、エラー音が鳴り響き、エラーコードを見て、思わず叫んだ。

 

「第3アリーナ全体がレベル4でオールロック……シールドバリアーフル稼働だって!? 何でだよ!!」

「レベル4ですって!?」

 

 それを聞いたセシリアが一夏の元へと駆け出し、ディスプレイから現在の状態を再度表示させたが、結果は僅かに変わっただけだった。

 その僅かに増えた情報を見て、二人は絶句した。

 

「ハッキングされてる……」

「嘘だろ、一体どうやって、ってうわ!?」

 

 轟音が再度響き渡り、凄まじい揺れに立っていられなくなったのか、オルコットはしゃがみ込み、一夏は何とか耐えた。

 何処かが攻撃されたのだろう。

 シロウは厳しい表情で、思案していた。

 此処に来ての襲撃には絶対に何らかの意図があってのものだろう。その狙いは――

 

「拙い……一夏、オルコット嬢、すぐにISを纏いたまえ。この襲撃、可能性としては三つ、考えられる」

「三つ? あ、いや、でも確かISは無断で使用してはいけないんじゃなかったっけ……」

「緊急時は別ですわ。それより、可能性が三つあると仰いましたけれども――」

 

 躊躇している一夏だったが、セシリアはやや躊躇ってからISを纏った事を見て、自分も白式を呼び出した。

 厳しい表情のまま、シロウは告げる。

 

「一番高い可能性は、篠ノ之博士を誘き寄せる餌として、篠ノ之嬢を誘拐する事だ。さっきまでの戦いでエネルギーは25%を切っていた。誘拐するには容易な状況だろう」

 

 その言葉に、さっと顔を青褪めさせた一夏。セシリアは、その可能性を危惧していた事もあり、それを肯定する。

 次に、と言葉を出したシロウは、一夏の豹変振りに驚く事になる。

 

「一夏、君を狙っての事もあるだろう。篠ノ之嬢をおとりにして君が現れるのを待っている可能性だってある」

「……俺が、目的?」

 

 俯き、背筋が凍るような声で呟いた一夏は、何時もの一夏ではなかった。横に居たセシリアが思わずたじろぐほどだ。

 だが、すぐに顔をあげた時には、負の感情の残滓はあれど、箒を心配する表情を浮かべる、いつもの一夏だった。

 一旦それを思考の隅に保存したシロウが、最も考えたくない可能性を提示する。

 

「最後に、マスターを狙った可能性だ」

「ファーロスさんを? いや、流石にそれはないと思う」

「そうですわ。異星人を攻撃して、万が一でも怪我や死亡させたら、国家どころの騒ぎではなくなりますもの」

「確かにな。だが現状、完全に閉じ込められている。これをどうにかしない事には何も出来ん」

 

 腕組みをして扉を睨みつけるシロウ。方法は、無い事も無い。投影魔術と肉体強化を組み合わせればこの程度の扉を切り裂く事など造作も無い。だが、それをしてしまえば、リスクが高まる。異端を排斥する動きも今は出ずとも、後々芽吹く可能性が0ではなくなる。

 しかし、怜治に危害が加わる可能性がある以上、見過ごす事も出来ない。ならば是非も無い――

 

「シロウさん、セシリア」

「――む? どうしたのかね?」

「どうしました?」

「少し下がっていてくれ」

 

 言われるがまま二人は下がり、それよりも二歩前に出て扉の前へと立った一夏は、右手に神経を集中させ、

 

「おぉぉぉぉお!!」

 

 雄叫びと共に零式白夜を一閃した。

 一秒の間を置いて扉が斜めにずるりと落ち、ガランゴロンと轟音を立てて倒れた様を見て、あんぐりと口をあけるセシリア。

 シールドバリアーと物理的な強度を併せ持つ要塞クラスの防壁を、まるで熱したバターにナイフを入れるような鮮やかさで両断した一夏の武器と技量に、流石のシロウも驚いていた。

 アレを喰らいそうになっていたと思うと、セシリアの背筋が凍りついてしまうのは仕方が無い事だ。

 だが、

 

「ええっと、ちょっと、その、手が滑ったって事で」

 

 ばつの悪い顔をして、自分でも苦しい言い訳だと思っているのだろう、出した言葉は、先の切れ味とは全く逆に、なまくらでもそうはならないような駄目駄目さを醸し出していた。その言葉に脱力するセシリア。もう少し何か無かったのかと思っていたのだが、シロウはそれに追随し、

 

「――そうだな、事故なら仕方が無いな。一夏、オルコット嬢、先に行くぞ」

 

 と言って、アリーナへと駆け出した。

 

「行こう、セシリア」

「……そうですわね、これが最善だと、今は信じましょう」

 

 と、自分に言い聞かせるようにして、シロウの後を追うセシリアと一夏。




次回、グロ表現に挑戦してます(人死にとかではありませんし、軽めだと思いますが)


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21:焼殺、そして殴殺

注:微グロ・無双有


 眩いほどの光と殺意の奔流がBピット内に殺到し、だがその中心で何かに阻まれた。

 大音量の異音とギシリギシリと何か不吉さを感じさせる音が周囲に撒き散らされたが、やがて光は勢いを無くし、殺意と同時に消え去ると、Bピットは既に機能しない程のダメージを刻まれていた。

 支柱の幾つかは消失し、床は光の奔流によって融解し、直撃を受けていないディスプレイ等の液晶関連は、余波だけで全て熔けていた。扉とて例外ではなく、熱で赤熱しているのが見て取れる。ジジジと時折電流が流れるのは、壁面やドアに埋め込まれた電子回路が焼き切れているからだろう。

 そして、何処からも金属が焼ける不快な匂いが煙を立てて濛々と吹き上がり、地獄絵図のような惨状を呈していた。もう一度攻撃を喰らえば、何時崩落してもおかしくはない。

 その惨状の中、ザリッというそこかしこにある破片を踏みしめた音が響き渡り、次いで瞬間的な暴風がBピット中心から放たれると、熱気はアリーナ側へと抜けていった。

 

「――オラクル細胞が無ければ即死だったな……」

 

 気怠げにそう呟いたのは、センクラッドだ。

 服装は眼帯以外の全てが光の奔流によって焼け消え、一糸纏わぬ状態になっていた。

 また、服装の上から纏っていたBグレードのシールドライン『ギイガライン』は、最初の激突の瞬間にエネルギーが一瞬にして0となり、オーバーロードを引き起こしてダウンしている。この状態になったシールドラインは、フォトンエネルギーに指向性を持たせて加工したエネルギーセル『ムーンアトマイザー』を使用するか、自室に戻ってナノトランサーを経由して宇宙船とリンクしなければ復帰できない。

 そして、一糸纏わぬセンクラッドの状態は、また異質なものであった。

 左腕の肘から手の甲にかけて、自身よりも遥かに大きな、黒と紫色で構成された歯車のような形をしたタワーシールドの『パンツァーギア 硬』に変化していた。それであの膨大な熱量を持つ光線を防いだのだろう。

 ただ、構えるよりも早く自身の体に到達した為、全体的に炭化したように見えており、幾つかの部分からはジュクジュクとした泥のような粘度を持つ気色の悪い体液が滴っている上に、そこかしこから吐き気を催す悪臭が漂っていた。オラクル細胞が臨戦状態ではなく、待機状態になっていたせいで、強度が低下していた為に、此処までダメージを受けているのだ。

 それなのに、眼帯部分とその周囲の皮膚とぬらぬらとした光を放つ黒髪だけは、以前と変わらぬ状態を保っているのは、何かの冗談としか思えない。

 しかも、徐々に徐々に、炭化したように見える皮膚や肉が、ギチギチと音を立てながら、まるで逆再生をしているかのように健康な状態へと戻りつつあった。

 耐性の無い者が見たら確実に胃の中の全てを引っ繰り返すだろう。

 また、右手は刃渡り5メートル程もある大きなチェーンソーの形を模した巨大な大剣『チェインソード』を持っており、それを両手を使って振り切った姿勢をとっている事から、先の暴風を引き起こした正体がそれと見て取れた。

 

「人が居なかったのが僥倖と言うべきか、作為的と思うべきか……兎にも角にも手間取っている暇はなさそうだな……仕方ない」

 

 この状態で攻撃を喰らえば死にかねんな、とぼやいて、本当に嫌そうな表情を作りながら、徐々に徐々に皮膚や肉、骨格が正常化していく自身の左手と右手を一度、素の状態へと戻し、融解している床へと体を仰向けに寝かせた。不思議な事に、普通ならば肉が焼ける程の熱量を持っている筈なのに、そんな様子は無く、ペタリと体を置いた瞬間。

 金属が擦れ合うような、或いは潰れる際に出す嫌な音とゴジュリ、ゴジュリと湿った音が断続的に立て始めた。

 喰っているのだ。

 センクラッドの掌や後頭部、接地している肢体が、床を、否、床だけではない、自身の怪我をしている部分すらも、内部へと喰われていった。

 

「全く……相も変わらず、良くわからん味だ」

 

 旨くも無く、不味くも無く、濃くも無ければ薄くも無い、ただ苛立ちを覚える味に舌打ちしながらも、肢体全体を使って租借していく。

 すると、見る見る内に炭化していた筈の体はピンク色の皮膚に覆われていくが、まだ足りないとばかりに、両の掌を上に掲げると――

 轟ッ!!という大音声と共に、空気や割れたガラス片や破壊された機械、熱ですら両の掌へと吸い込まれていった。大きな破片は瞬き一つするよりも早く磨り潰され、タブレット端末や大型モニター、元は監視カメラだったものや壁に埋め込まれていた隠しカメラやマイクまでもが、センクラッドの肢体に取り込まれていった。この現象は、アラガミと呼ばれる人類の天敵種の中でも特に風を操る事に長けていたコンゴウ種が起こすそれに近い。尤も、アレは風を取り込んで指定した場所にカマイタチを巻き起こすのに対して、センクラッドが今しがたやっている事はその最初の過程を拡大強化したものだ。

 

「久しぶりに喰ったが、やはり忘れているな」

 

 定期的にやらないとこうも速度が落ちるものか、と呟いて、立ち上がる頃には、皮膚の色が抜け去って元の白雪の様な肢体へと戻っていた。

 周囲を見渡せば、破片などの屑と熱は綺麗に消失しており、部屋全体が何かに均されたように綺麗な形を象っている。

 

「食事は終わった。後は――」

 

 一歩目を踏み出す直前、全身は先程まで着ていた黒のブレイブスシリーズの予備をナノトランサーから呼び出して一瞬にして纏い、コツコツと融解していた筈の床を歩き始める。

 さらりとした黒髪が左眼を覆い隠す瞬間、風も無いのに一度、靡いた。

 だらりと下げていた両手の親指のみをズボンの両サイドにあるポケットに入れると、オーバーロードしたブランドラインに代わって対炎熱に特化したAグレードのシールドライン――ハルドラインが服と皮膚を薄い赤光色でコーティングしていく。

 それが終わるのを確認して、一言、

 

「――服代の請求をしに行くか」

 

 何の感情も抱いていない言葉がカタパルトがあった場所へと静かに添えられた瞬間。

 トン、と言う軽やかな音とその言葉を残して、センクラッドの姿がブレて消えた直後、ヒュゴッという風を鋭く斬る甲高い音が周囲に響き渡った。

 視認不可能な速度で、カタパルトから射出する形でピットからアリーナへと続く道を文字通り跳び抜け、最後には床から鋭角に斜めに跳び上がった先、下方に見えたのは、獲物を構えている箒と鈴音が、一機のISと対峙しており、セシリアと一夏とシロウがもう一機のISと睨みあっている図であった。

 合計二機のISが今回の襲撃者か、とアタリをつけ、その姿に引っかかりを覚えていたのだが。

 

「皆は無事か……おっと、いかん、格好付けて色々蹴って跳んでみたが、存外高い場所から落ちるな。コレは怖い」

 

 そう呟き終える頃には、重力に速度が負け、自由落下が始まった。それでも今現在においてもまだ、ポケットに親指だけ突っ込んだままの姿勢を全く崩していないのは余裕の表れというか、阿呆の極みと言うか。

 

「ファーロスさん!?」

「あんた、無事だったの!?……って、え!? ちょ――」

 

 箒や鈴音もほっとしたような、有り得ないものを見たような表情を作っていたのだが、その登場の仕方を理解するや否や、表情が凍りついた。一夏とセシリアは絶句しており、シロウは既に達観したような生暖かい眼差しを送っていた。

 カタパルトからアリーナ上空へと射出された様な形で飛んで来ているのだ。ISを纏っていない者がそんな飛び方をしたら、後は落下するしかない。

 そして、カタパルトから地上までは少なくとも骨折では済まない程度には、高さがあった。

 慌てて鈴音が飛びだし、箒がフォローに入る形でガルムをぶっ放した。セシリアはレーザーライフルで狙撃をし、一夏は牽制するような動きを見せてISを近寄らせない。

 全員、当てるというよりは注意を引き付ける為の行動だったが、相手のISは引っかかり、回避行動を取ってそれぞれ様子を伺っている。伺っていたというよりも、センクラッドの登場の仕方が余りに鮮烈過ぎたので、何も出来なかったと言った方がシックリ来るかもしれない。

 絶賛落下中のセンクラッドに、全速力を持って突っ込み、小さな両腕をいっぱいに広げて何とか掬い上げた形で助けた鈴音は、

 

「――これがお姫様抱っこか。いや、どうだろう。鳳さんに聞きたいのだが、この状態なら王子様抱っこと言うのかね?」

 

 阿呆な事をのたまうセンクラッドにビキリと青筋を立てて怒鳴った。

 

「あ、あんたって奴は!! 死んだらどうするつもりだったの!?」

「ああ、いや、そのなんだ、あの程度の高さなら落下しても大した事にはならんのだが」

 

 少しだけ申し訳なさそうに言うセンクラッドに対し、ああ、そうだ。こいつは宇宙人だったと、空いている手があれば頭を抱えたい気分になる鈴音。常識では考えては駄目だった、コイツは腕が伸びるんだからそもそも全身があたし達とは違う可能性が高かったんだった、と思っている鈴音に、

 

「まぁ、正直お前さんが助けてくれるとは思わなかったがな。すまんな」

 

 と、聞く人間によってはケンカを売ってるとしか思えない謝辞を述べるセンクラッドに、呆気に取られ、次いで、その情報が脳で咀嚼しきると、顔を真っ赤にして

 

「あんたは宇宙人だけど、人でしょうがッ!! 助けるに決まってるでしょ、この馬鹿ッ!!」

 

 そう怒鳴った。それを聞いて今度はセンクラッドがぽかんとする番だった。あぁ、そうか、この子はそういうタイプだったのか、と理解し、次いで、人間扱いされた事に少しだけ心が温かくなり、

 

「――ありがとう」

 

 と、力の抜けた、柔らかな笑顔を小さく小さく咲かせた。それは、何処か儚さと哀しみを覚えさせる笑顔だった。

 それに数瞬だけ見惚れ、そして見惚れてしまった自分を見つけた瞬間に頭を大きく振った。飛び先を箒が居る場所へと変更して、

 

「言っとくけど、あたしとの決闘は覆らないわよ」

「俺は一向に構わんよ。二人に勝ったら何時でも挑戦は受け付けよう」

 

 飄々とした風に返す頃には、何時ものセンクラッドだった。

 コイツ、やっぱりムカツク、と胸中で思うか思わないかの時には、箒との距離が近まった為、ふわりと着地をしてセンクラッドを放り投げた。

 体を捻って綺麗な着地を決めたセンクラッドに、箒は詰め寄り、

 

「何を考えているんですか!! あんな高さから着地しようとするなんて、的になるだけですよ!!」

「そっちかい」

 

 と疲れた表情で突っ込むのは鈴音だ。篠ノ之博士の家系は変人揃いか、と失礼な事を考えている鈴音を横目に、センクラッドは、

 

「いや、まぁ、あの程度なら問題なく捌けるんだが」

 

 と苦笑いを浮かべていた。シールドラインも変更したので、例えシールドエネルギーにダメージが入ったとしても、一定値を割り切った瞬間にシールドエネルギー回復用のモノメイト、ディメイト、トリメイトが自動的に供給されるので、オーバーロードを起こさなくなっているのだ。起きるとしたら、一瞬にして膨大なダメージを与える――例えばだが、一夏の持つ零式白夜を後先考えずにフルパワーで叩き込む必要がある。

 そして、万が一オーバーロードが起きた場合、或いは起こし得る攻撃力を持った兵器で攻撃された場合は、今度はSグレードのシールドラインに変更すれば良いだけの話だ。

 ただ、Sランクは個人的な理由があって使いたくないのだが。

 それに、そもそも左腕をタワーシールドに変化させれば、シールドラインを通さずとも遮断可能だ。幾らでも防ぎようはあった。

 が、そんな事を知る由も無い箒は、その言い分から大熱量のビーム砲の直撃を受けたにも関わらず、無傷のままこちらに来ているという事実に思い至り、背筋に冷たいものが走っていた。

 

「ファーロスさん!!」

「マスター、無事のようだな」

 

 と、牽制していた二名と、戦友が合流したのを受け、センクラッドは、

 

「何とかな。しかし、一体何だアレは。いきなり現れていきなり俺を攻撃したようにしか思えんのだが」

「確かに、現れたかと思ったら速攻でBピットに向けて攻撃してたし、あの時は心臓が止まるかと思ったわ」

 

 試合中に奇襲を受けた形になっていた為、鈴音と箒はその場で合流し、相手の動きを伺おうとしていたら、センクラッドが居るBピットへ向けてビーム砲を最大出力でぶっ放したのだ。アレは、心胆が寒くなった瞬間だった。

 そして、それを聞いたシロウや一夏は顔を青くしていた。アリーナのシールドエネルギーはISで使用されているそれと同等で、しかもジェネレーターによって増幅されているのだ。それを貫通する威力を持ったビーム砲を撃ち込まれたのなら、無事では済まない筈なのだ。

 実際、シロウ達はAピットが既にどういう状態かを把握していた為、確実に攻撃を喰らっている事を知っていた。

 更に言えば、シロウはグラール太陽系で作成されているシールドラインの強度はある程度までは理解していたが、その全てを把握しているわけではないし、オラクル細胞の事は殆ど知らないのだ。センクラッドが言わなかったというのもある。

 故に、

 

「……マスター、本当に無事だったのか?」

「何だその言い方は。俺は残機有りなシューティングゲームの主人公じゃないんだぞ」

「いや、そうではなくて、ビーム砲の直撃を受けたのだろう?」

「無事じゃないのなら俺が此処に居るわけがないだろう」

 

 苦笑しているセンクラッドの視線が、後で話すという意味を込めている事を知り、ならば良いのだがと引き下がるシロウ。 

 鈴音の言葉で、この地球も住んでたトコと同じで一枚岩じゃないわけか、と納得するセンクラッドだが、ふと正体不明のISを見て疑問が浮かび上がった。

 全長2m程の高さで、右腕が身長と同じ長さのビーム砲を持ち、左手は常人のそれと同じ長さを持つ一体化した鉤爪と、全身を隈なく覆う鎧みたいなISなぞ、教本にも記載されていなかったのだ。もう一機のISは右腕と左腕が逆になっている、つまり鏡合わせのような機体だ。

 人が操るにはビーム砲と一体化している腕の部分は切り落とさなければならないのだが、そんな特定され易いISなぞあるのか。と思ったセンクラッドは、疑問を皆にぶつけてみる事にした。

 

「あのIS……人にしてはアンバランスな形をしているし、全身に装甲を纏っているのだが、ああいうISもあるのか?」

「いえ、私が知る限りではあのタイプのISは見聞きした事がないです」

「俺も。あんなフルスキンタイプのISはカタログにも載ってなかった、と思う」

「そうね、ISには本来あんなにゴテゴテしたものは要らないから、多分アレは顔や体型を誤魔化す為のものじゃない? だとしてもビーム砲の腕は一体どうなっているのかが、わからないけど」

「となると、アレはテロリストや覆面部隊という可能性を考えた方が良いのかもしれんな。だが、鳳さんの言う通り、完全に搭乗者を限定するようなISなぞ、有り得るのか?」

 

 そう疑問を投げかけるも、否定的な空気が辺りに漂った為、謎は謎のままか、と息を吐いた。

 確かに、たった467個しかないISを覆面部隊として運用するには無理がある。ステルス機能を仕込んでいる事がばれたら、侵略の意思有りとして全世界から総攻撃を食らいかねない。しかもあの腕だ。搭乗者の割り出しにはさして時間もかかるまい。

 裏社会で取引されているのならば別かもしれんが、それにしたってメリットがあるかどうかが現状不明なのだ、どう考えても悪手にしかならない筈なんだが、と思っていた。

 だが、今はそれを解き明かす事は後だと気を取り直して、

 

「で、あいつらを倒すか時間を稼ぐなりして外部から援軍を待つか追い払うかどうかだが、何か手はあるのか?」

 

 その言葉に、渋面を作る箒と鈴音。

 鈴音は先の飛び降りでの一件で防御力の評価は上げたが、それでもセンクラッドの実力が未知数なのは変わらない為、戦力として数えず、センクラッドを護りながら戦うという図式しか浮かばなかった。故に、外部の援軍頼みになると冷静に推測していた。

 箒は、センクラッドのいう事が本当でもそうでなくとも、対外的にセンクラッドを護りながら戦わなければ外部から叩かれる事が必至である為、防戦しか考えていない。

 過程は異なれど、結論は同一という図式である。

 また、装備面でも万全とは言い難いというのもあった。

 鈴音の青竜刀はビーム砲がアリーナのシールドバリアーを貫通してきた際に破壊されている。今は箒から借りたブレッド・スライサーを装備しているが、慣れない武器で有る事は間違いないし、龍咆を撃つのには心もとないエネルギー残量がネックでもある。

 箒も残弾数が少なくなっているレイン・オブ・サタディは地面に放り出しており、右手にガルム、左手にブレッド・スライサーを持っていた。格納武器がこれ以上は無い理由は単純な話で、鈴音と決着を付ける為には呼び出しと格納が早い方が良いと判断した為、余計な装備を入れていなかったというものだ。

 しかも、二機も居るときている。一夏達が援軍としてきてくれたので、数的には有利だが、それでも厳しいものは厳しい。

 何よりも連携が取れる筈が無い。そんな状態で攻撃しても効率が悪いし、相手に付け入られるだけだ。

 その表情を見て、センクラッドは、

 

「取り合えず、どんな状況なのかを俺にもわかるように説明してくれ」

 

 素直にそう頼み込んだセンクラッドに、指折りしながら鈴音は言った。

 

「まず、相手の攻撃力。最大出力限定のようだけど、アリーナのシールドバリアーを貫通するレベルの攻撃力は正直デタラメって言っても良い位よ。機動力もそこそこあるようだし、防御力に関しては見た目だけでは判断出来ないけど、あの攻撃力から考えれば何らかの防護機能がある筈。それに、さっきからプライベート通信や学園側に通信を繋げようとしているんだけど繋がらないの。センサーの稼働率がガクンと落ちている事から、強力な通信妨害がかかっていると思う」

 

 成る程、攻撃力過多な上に有る程度の機動力と防御力を確保し、電子戦も行えるISか。コンセプトとしては中遠距離支援タイプといったところか、と推測する異星人組とセシリア。

 それと、と続ける鈴音。

 

「捕虜にしないと誰の差し金か判らないから、相手のシールドエネルギーを削りきって逃走不可能な状態にしないとダメ。で、そうする為の手段がこっちは限られてる」

「というと?」

「こっちは龍咆……空気を極限まで圧縮して撃ち出す砲撃の事を言うんだけど、それが一機破壊されているし、青竜刀も最初の攻撃でオシャカになってる。篠ノ之はガルムとブレッド・スライサーのみだから、結局のところどうにか近づかなければならない。近接専用の一夏と、ええっと……」

 

 言い淀み、少しだけ申し訳ないという表情でセシリアをチラ見する鈴音に、かなりイラっとした表情でセシリアは名を告げた。

 

「セシリア。セシリア・オルコットですわ」

「そう、セシリアだった。オッケー、覚えたわ。遠距離専用のセシリアが援軍としてきたけど、二機相手には相当厳しいと言わざるを得ないわ。何よりもセシリアの場合、機体性能を活かしきるには距離が近すぎるというのがあるし、こちらの連携は未熟で、あちらはキッチリやってきている」

「成る程な。あの鏡合わせの機体は伊達じゃないわけか」

「そうね。それにあんたとシロウさんを守りながらじゃ、ちょっと厳しいわね。だから、採るべき手段というのは、IS学園の部隊が制圧しに来るまでの時間を稼ぐってところで落ち着くと思う」

 

 と、説明してくれた鈴音に、確かにそうだな、と頷くが、ふと、引っかかるものを感じ、センクラッドは相対している二機のISに視線を向けた。

 今まで攻撃してくる様子も無いのは余裕の表れなのかと思っていたのだが、己の勘と左眼がそれを否定し始めていた。

 

「少し時間をくれ」

「は?」

「頼む、少し静かにしてくれると助かる」

 

 言葉に込められた重さに、皆は沈黙した。

 フィルタリングを自ら解除する為、右手で自らの顔を覆い、左手で右腕を掴み、掴む力を強めながらフィルタリングを徐々に徐々に解除していく。

 すると、思念や負の感情を負の感情を視通す事が可能な左眼が、更に詳しい情報をセンクラッドに提示した。

 アリーナ上空から敵意の線が二機のISに繋がっており、その様はカラクリ人形を想起させる。そして、その敵意の線はISからセンクラッドへと微弱だが伸びていた。

 暫くそれを視つめて変動が無い事を確認すると、アリーナ上空へと視界を向けて、一言、呟いた。

 

「目的は、俺か」

「え?」

「挨拶してくる。シロウ、ついて来い。鳳さん達はもう一機の方を頼む」

 

 その問いには答えず、センクラッドはサイドポケットに両手の親指を入れて、ゆっくりと相手に向けて歩き出した。

 ぽかん、としてしまう地球人組だったが、シロウが無言でセンクラッドに追従したのを見て、硬直が解けたのか鈴音が、

 

「ちょ、あんた、待ちなさいよ!!」

「鈴、俺たちはあっちを担当しようぜ」

「何でよ、あいつが攻撃されても良いっての?」

「いや、一夏の言う通りだ。恐らくは何かしら考えがあっての事だろう」

「あんた達ねぇ……あの宇宙人が殺されたら、あたし達の首だけじゃ済まなくなるわよ? わかってんの?」

「判ってる。ただ、攻撃されても恐らくは無事だろう。あのビーム砲を受けてもビクともしていないのだからな」

 

 そう指摘した箒の表情は厳しい。仮想敵として捉えた場合、一体どのような火力を用いれば、センクラッドの防御を突破できるのかを考えているのだ。

 鈴音もそれに思い当たり、渋面を作りながら、

 

「全く、カメラと人影が無くて幸いだったわね。これを撮られていたら問題になってたわよ」

 

 一度大きく深呼吸をし、大きく息を吐いた鈴音は、不服そうな顔をしながらも、一夏達の判断に従う事にした。

 

「行くぞ、箒」

「フォローは任せろ、一夏」

 

 そう言って突っ込む二人の援護をすべく、セシリアと鈴音は援護射撃を開始する。

 

「足引っ張らないでよセシリア」

「御心配なく。それよりも貴女はエネルギー切れにならないように気をつけてくださいまし。幾ら燃費が良いとは言え、既にエネルギーが底を尽き掛けているのですから」

「笑える冗談ね。まぁ、大丈夫よ、その時は一機落としているから」

 

 そう言って、龍咆をISに狙いを付け、セシリアはレーザーライフルで照準を合わせ、同時に射撃した。

 一方、その頃。

 コツ、コツ、とゆっくりと歩み寄るセンクラッドとシロウだったが、彼我の距離が101mまで進んだその時、異形のISが敵意を強め、砲塔をセンクラッドに向けたのを視て、ピタリ、と足を止めた。

 右眼を細めて、相手の頭部分、ではなく、胸部にじっと視線を送り、そして青く澄み渡る空の彼方へと視線を向け、胸部に視線を戻して、そこに向けて言葉を発した。その音は低く、闇色を想起させる声色だ。

 

「やぁ。お前さんは誰だ?」

 

 当然それには答えず、徐々に徐々にエネルギーを溜め始める敵ISに、やれやれと肩を揺らしながら足を踏み出し、ゆっくりと確実な足取りで向かって行く。

 それを見たシロウは眉根を寄せた。

 

「本当にやるつもりか? こちらの技術を見せればどうなるか、わからぬ君ではあるまい」

「売られた喧嘩は最安値で買い叩くだけだ。後で高値で売りつけてやるがな。それに服代の請求もせんと。あぁ、シロウは手を出さないで良い、この程度、俺一人で十分だ」

「……余り派手にやりすぎないように、祈っておくよ」

「俺に祈るのか?」

「たわけ」

 

 何時ものやり取りを終えて、両手の親指をそれぞれのポケットに入れた状態から、右手をポケットから出して、だらり、と下げ、もう一度空を見上げて、言葉を放り上げた。

 

「誰だと聞いて黙っているのは、まぁ、無人機だからという理由にしておくが。取り合えず、視ているお前さんに伝えておこう――」

 

 センサー越しに聞き取った者達から疑問符が転がり出た。有り得ない事をセンクラッドが言った為だ。

 そして、それと同時に、風を斬る音と、大量の土砂が空へと舞い、何かと衝突した轟音がアリーナ中に高らかに鳴り響いた。

 センクラッドの左手の親指はポケットに入れたままで、右腕は敵ISが見事なくの字を描く程にめり込ませていた。

 それだけではない。両者とも先程それぞれが居た位置から大きく離れた場所に転移したとしか言えない速度で移動していたのだ。

 起こった事を正確に言うと、センクラッドは彼我の距離を一瞬にして0に縮めた後、右の拳で腹部を殴りつけ、そのままの姿勢を維持しながら地面を蹴り抜く勢いで跳び、アリーナの外壁にISを叩き付けたのだ。

 

「――服代替わりだ、精々、良く視ておけ」

 

 低く良く通る声を空に向けて放り上げた直後。

 ボッという音と共に、蒼白い炎が両手の拳から吹き上がった。

 

「流動在・心乃臓」

 

 聞き慣れぬ言葉を虚空へ告げた直後、一度軽く後ろへ跳びずさり、無言のまま右腕が何十にも分裂したとしか思えない程の超高速で繰り出し始めた。

 殴られる度にシールドバリアーが減少していくだけではなく、明らかに金属がひしゃげ、割れ飛び、燃え上がっていた。所々霧のように吹き上がるのは血か何かか。その何かすら蒼白い炎で蒸発していく。

 少なくとも絶対防御を貫通しての攻撃力で有る事は間違いない。このままいけばあと瞬き二つ程で殴殺と焼殺が確定するだろう。

 しかも、アリーナの外壁にはシールドバリアーが張ってある為、一定以上の衝撃が出た瞬間にシールドバリアー同士が干渉しあって対消滅を引き起こしていた。

 無数の打撃音と焼成音が響いている中、やはりか、と呟いた声がIS勢のセンサー越しに届いた。それは、何かを確信した響きを持っていた。

 

「ちょっと、やりすぎでしょ!!」

 

 ISと外壁のバリアーがある一定以上の強さでぶつかると、互いを攻撃したものと誤認させてしまうという事を指して言っていると思った鈴音は、龍咆の援護射撃をやめて慌ててセンクラッドがISを殴り続けている場所へと飛んでいくが、その頃には既に胴体部分は無数に陥没しており、首に至っては見るも無惨に千切れかかっていた。

 右の拳から左へスイッチして顎を打ち抜き、右の拳で打ち下ろしてアリーナの外壁に叩き付けた時に、鈴音がこれ以上は、と手を伸ばした。すると、センクラッドと鈴音、二人の動きがピタリと止まった。

 人を殺したにしては、余りにも綺麗なその黒瞳に、じっと視下ろされ、思わずたじろぐ鈴音。

 数秒の間をおいて、ようやっとセンクラッドの口から疑問が鈴音に向けて投下された。

 

「何故止める?」

「ホントに無人機かどうかわからないのに、何やってんのよあんたは!!」

「アレが機械じゃないのなら、そこら中に見えているチューブは何なのかと問いたい」

 

 何を言ってるんだ、とばかりに返された言葉に、弾かれたようにISをセンサー込みで調べる鈴音。すぐにセンクラッドの言葉が正しいという結果が出て、鈴音は、

 

「どうしてわかったの?」

 

 と聞かずにはいられなかった。少なくともこの状態になるまで、ISは有人機が前提として動けるものだと信じていたのだ。中身の無いISが動く筈も無い、それは常識と呼んでも差支えが無い程、当然のものだった。

 だが、それが今正に、眼の前から文字通り崩れ落ちている。

 

「だから言っただろう、やはりか、と」

「そうじゃなくて――」

「純粋な能力の差だ。お前さんが納得できなくともそれで片付けてくれ」

 

 その言葉には、文字通り突き放す威力があった。思わず後に退いてしまうが、

 

『鳳、そいつから高出力反応を検知!! ファーロスさんを連れてそこから離れろ!!』

「ちっ――」

 

 無人ISの一機が半壊した事によってジャミングの強度が弱くなったせいか、ノイズ混じりだが箒の絶叫がプライベート通信で入ると同時に、鈴音は腹部に衝撃を感じ、吹っ飛ばされた。センクラッドが背面に居た鈴音を、舌打ちをして邪魔だと言わんばかりに無造作に蹴り飛ばしたのだ。

 ブースターを使って体勢を立て直す鈴音だったが、自壊する事と引き換えに、急速というには余りにも早く出力が最大へと上昇していった無人ISの砲塔から、今まさにセンクラッドへとビームが撃ちこまれそうになっているのを見て、後悔の感情が沸き立った。

 最初から自壊前提でISが組まれている事は常識の範囲外だった為、直前まで気付けなかったのだ。ISのセンサーは万能ではない。情報を処理する人間の脳の使用量と、何を優先すべきかで情報通達の優先度は変わる。鈴音がロックされていない状態で、鈴音自身の方に攻撃がいかないのならば情報は現在形ではなく、過去形でISコアから通達されるのだ。

 だが、それは結局設定していなかった自分の失態だ。異星人にロックないし危害が加えられる可能性がある事を想定してISコアに優先順位を変更するように指示出来なかったのは、自分のミスだ。

 何という失態、と臍を噛みながら、無理だとは判っていても、鈴音は声を上げた。

 

「避け――」

「残念だったな」

 

 低く淡々とした事実と足が出るのは同時だった。

 最大出力でビームが発射される数瞬前。

 センクラッドは言葉と共に、今しがた鈴音を蹴り飛ばした右足を使って、あるでサッカーボールを蹴るようなモーションで無造作にビーム砲を蹴り上げると、強い力で固定されていた筈の砲身は歪な音を立てて斜め上へと傾いた。

 直後、至近距離で最大射撃状態のビームがアリーナ天空へと撃ち上がると、センクラッドのシールドラインが反応し、防護機能を展開した。熱に対して最大50%もの遮断能力に特化したハルドラインの前では、この出力のビームがもし直撃したとしても相当時間耐えうる事が可能だ。余波だけならば言うまでも無い。

 鈴音のシールドエネルギーも、箒と無人ISとの戦闘で相当量減っていたが、センクラッドよりもずっと遠い位置に居た為、被害は殆ど無かった。むしろ蹴りのダメージの方が大きい位だ。

 そこから鈴音は戦慄する光景を目にする。

 自壊と引き換えに発射された高出力のビームは天へと伸びて行き、アリーナ上空に再度張られていたシールドバリアーを突き破って空へと消えた事をセンサーは伝えた。

 その結果を確認したセンクラッドは、そのまま右足を落として踏み込み、無理な射撃をした事と、センクラッドの蹴りによって自壊速度を上げている無人ISを右腕の力だけでカチ上げ、自身も跳躍した。

 其処まではまだ良かった。

 だが、如何なる技術を用いたのか、ピタリとセンクラッドの体が空中で固定されたのだ。そのままセンクラッドは左右の拳で乱打し、トドメと言わんばかりに捻りの利いた左足を叩き込んだ。結果、破片が宙を舞い、足が千切れ飛び、頭は潰され、全身は蒼白い炎で焼かれていった。

 アリーナのシールドバリアーが完全にダウンしたという情報がセンサーから伝わる頃には、全てが終わっていた。

 装甲が完全に破砕しつくされ、焼き尽くされて残っているのはほぼ無人ISのコアのみという暴力的な解体式を終えたセンクラッドは、空中に固定していた体を着地させ、足にコアを引っ掛けて空中に挙げた。同時に、蒼白い炎が両手から消え去り、右手でコアを掴み、左手の親指をポケットに突っ込んだ事で戦闘状態を解除した事を周囲に知らしめた。

 暫く、誰も動けなかった。

 動ける筈が無い。理解の外にある出来事がこの数瞬の間に一体幾つ起きたと思っているのだ。

 戦闘すらも止めさせる、圧倒的な暴力の渦に、ただただ飲み込まれていた。

 一機を除いて。

 

「あ、待て!!」

 

 一夏達と交戦していた無人IS機は、いち早く復帰し、回転しながらビームを放つ事で一夏達との距離を稼ぐと、そのまま急上昇してアリーナの空へと消えていく。

 それを追いかけていく一夏達だったが、唐突にセンサーがクリアな状態になり、

 

『皆さん御無事ですか!?』

 

 という真耶の声に、一夏は何処かほっとしながらも、

 

「先生、俺達は無事です!! ただ、今から逃走した無人機の追撃を行います」

『え、む、無人機? どういう事――』

「詳しい話は後で、先生は第3アリーナに向かってください、ファーロスさん達がいますから保護を!!」

『は、はい――』

『待て。既に件の正体不明IS機は上級生と生徒会が連携して追撃を行っている。全員第3アリーナのAピットで待機、良いな?』

 

 千冬が通信に割り込み、そう命令が下ると、一夏達は渋々とAピットへと入っていった。

 それを見送るシロウとセンクラッド。

 ふぅ、と息をついて、フィルタリングをかけ直す為に、右手で顔を覆い、左手で右腕を掴んで固定した。不服そうに痛みを放出する左眼を宥めるようにポンポンと軽く叩いて完全に沈黙させた後、両手の親指をポケットに入れた。

 そして、

 

「シロウ、帰ったら話がある」

「判った」

 

 そう返した後、二人は一言も話さずに真耶達教師陣が来るのを待っていた。

 二人の視線は、厳しいものを秘めていた。




次回更新は今週の土曜日か来週の土曜日になります。


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EX―IS05 秘密と過去

 Aピットに集まった一夏達だったが、誰もが不服、或いは浮かない表情を浮かべていた。千冬の下した命令は正しいのは、ISに触れて間もない一夏でも理解出来ていた。連携が取れていない上に、上級生の方が戦力としては高い以上、自分達が追撃に入る事は無いのだ。

 だが、納得出来るかと言えば、それはまた別だ。抑制が効いたのは偏に千冬が担任だったからだ。他の者が担任だったら誰かは聞かずにそのまま追撃に入っていただろう。ブリュンヒルデだから、一夏の姉だから、ここに集まったのだ。

 センクラッドが佇んでいる第3アリーナ出口側の扉が開くと、千冬が厳しい表情で入ってきた。

 

「集まっているな」

「織斑先生……」

「千冬姉、もう一機の無人ISはどうなったんだよ?」

 

 その瞬間、頭を割と手加減無く叩かれた一夏は余りの痛みに蹲ってしまった。

 

「織斑先生と呼べ。学園を襲撃した正体不明機はその後、東京湾上空で生徒会と上級の混成チームが挟撃し、撃破した」

「……そのISには人が乗っていたのですか?」

 

 双眸を鋭くさせて聞いたのは、箒だ。その質問はセンクラッドが撃破したISが無人だった事を受けてだ。それに、正体不明機としか言わず、無人という言葉は一切無いのだから聞きたくもなるだろう。

 それを否定し、千冬は答える。

 

「学園から逃走した正体不明機も、人は乗っていなかった」

 

 ざわり、と声が上がった。やはり、というセシリアが零した言葉通り、嫌な予想ほど外れないものだ。

 頭を抑えながら一夏が手を挙げ、千冬が発言を許可すると、

 

「ええっと、結局誰がここを襲わせたとかは、その、わからずじまいですか?」

「それを知る為に、ISコアに解析をかける手筈となっている。それと、この件に関しては絶対に口を開くな。冗談抜きで個人の生死のみならず、全世界を巻き込む事になる」

 

 はい、と口を揃えて答える一同。

 どの国も未だ開発に成功していない無人機を使っての、ゲストであるグラール太陽系星人への攻撃。

 この一文だけでも全世界が割れかねない内容を孕んでいた事に、全員が気付いているからだ。

 万が一、無人機の量産が可能になったとしたら、女尊男卑に変わった世界が、再度引っ繰り返りかねない。否、それどころか、急な変化についていけなかった大多数の男達がそれを機に暴動や反乱を起こすだろう。そうなれば、今度は争いの終着点が無い泥沼の争いが待っている。

 更に言えば、今回の攻撃対象が一番拙かった。よりにもよって異星人を狙ったのだ。万が一これによってグラール太陽系星人による報復が始まったとしたら眼も当てられない。

 正しく、人類の危機であった。

 

「織斑先生」

 

 手を挙げたのは、セシリアだ。

 

「その、ファーロスさん達からは何か……」

 

 セシリアが言った言葉に、千冬以外の表情に緊張が走った。危うく殺されかかっていたのだ、最悪、怒髪天を突く勢いで「よろしい、ならば戦争だ」等言い出してしまっていたら確実にこの場にいる全員は最前線に送られる事になるだろう。

 

「その事だが――」

 

 珍しく千冬に困惑の色が浮かんでいた。

 

「もしかして、戦争、とか……」

 

 恐る恐る一夏がそう言うが、それは無いと首を振って答えられた事により、一応は安堵の表情を見せる一同。

 

「逆に謝罪されてしまった」

 

 空気が凝固した。生徒達は、眼を瞬かせてお互いの表情を見合っていた。幻聴だと思ったのだ。殺されかかったのに謝罪とは、一体どういう事なのだと、千冬を除いた全員の表情が物語っていた。

 手を挙げたのは、鈴音だった。

 

「どういう事ですか、織斑先生」

「やりすぎてしまった、と言われて、な」

「は?」

 

 やりすぎた?何を?と、理解の外に放り投げられた鈴音の反応に、全力で同意する一同。明瞭を得ない千冬の説明だったが、大きく溜息をついた千冬自身が、捕捉を加えた。

 何処か投げやりな感じで、

 

「どうやらセンクラッドは、コア以外を全損させたのは拙いと判断したようでな……それで、謝罪をされてしまった。センクラッドが言うには、余り手加減しないで攻撃したそうだ」

「余り……?」

「手加減て……」

 

 絶句するセシリアと一夏。ちなみに千冬はこれでも言葉を選んでいた。本来の言葉で言うならば「ついカッとなってやった」だの「自重できなかった」だの言ってたのだ。こんなのを伝えてしまったら色々大変な事になるだろう。

 一応、センクラッドの事を友人として扱っている千冬の、僅かなりとも配慮をしての言い方だった。

 

「勿論、謝罪するのは此方の方だから、弁償という事はさせなかった。取り敢えずは、戦争や不利な条約だのは無いと見て良いだろう」

 

 その言葉に大きく息を吐く一同。特に箒と鈴音は、最初からその場に居たのに何も出来なかったが為に、安堵も人一倍強かった。

 

「ファーロスさん、あれでも手加減してたのですね……」

 

 ぽつりと零すのは、セシリアだ。通常のイグニッション・ブーストを凌駕する勢いで最初の一撃を叩き込んだセンクラッドの速さは、常人の眼では決して捉えられない、疾風のような速さだった。

 ISのセンサーの補助を借りて、ようやく認識出来る速さだったのだ。速さだけではない。手から蒼白い炎を出したという事は、発火現象を引き起こせるという事だ。地球では絵空事だったバイロキネシスを、グラール太陽系は能力として持っている事になる。そして、シールドバリアを貫通し、金属すらひしゃげさせる程のダメージを与えても無事な拳。根本的に体の造りが違うのは、あの戦いでハッキリと判明したと言えよう。

 技術的格差に能力的格差。これはセンクラッドが全世界へ向けて記者会見を行った際に使った言葉だ。

 素手と超能力、そして大熱量のビーム砲すらも無効化するテクノロジー。確かに、今の人類では到達出来そうに無い格差があるように思えた。救いがあるとすれば、恐らくは飛翔能力は無いと見れる。が、それに関しては根拠が何一つとして無いのが実情だ。それに空を飛べずとも宇宙船がある。あの宇宙船が何らかの攻撃手段を持っているのは火を見るより明らかだ。

 

「それと、センクラッドとISの戦闘についてだが、第3アリーナに設置してあったカメラは全てジャミングないし無人IS機の初撃で機能不全に陥っていた為、記録できなかった。誰かISに記録してある戦闘データを提出して欲しい」

「あたしのISから抽出します。多分、この中で一番注目していたのはあたしだと思うので」

「そうか。なら、鳳、今日中に上げて欲しい」

「わかりました」

「では、何か質問は無いか?」

 

 手を挙げたのは、今までずっと黙っていた箒だった。

 

「今回の事件に関してですが、生徒に怪我は無かったのですか?」

「現在確認中だが、恐らくは無事だろう」

「わかりました」

 

 それを聞いて、俯くと、箒は眉根を寄せて思考し始めた。

 

「もうないな? では、解散。明日は日曜だ。きちんと休めよ」

 

 そう言って千冬はAピットから出て行った。次いで、ぞろぞろと一同が出て行くが、箒だけがその場に残っている事に不審を抱き、一夏が声をかけた。

 

「箒? どうしたんだ?」

「……いや、何でもない。帰ろう、一夏」

「おう」

 

 箒は、嫌な予感がしていた。ISを打倒出来るかもしれない異星人との技術的交流を、果たして姉は望んでいるのだろうか、と。やけに胸が騒ぐのは、もしかしたら、という考えが脳裏に過ぎっているからだ。

 同時に、在り得ないとも思っていた。曲がりなりにも単独でISを発明した科学者なのだ。人間性は人類史上最低最悪だが、そこまではしないと信じたかった。

 

「そういえば、試合、どうするんだ?」

 

 と、何気なく一夏が聞いた為、箒は頭を切り替えて、鈴音を見た。挑戦的な目付きをした鈴音が頷き、

 

「完全に決着をつけるなら、もう一回やりたいところね。ただ、やるとするなら少なくともクラス対抗後ね。それまでにはセシリアと対戦しないといけないけど」

「そうか。なら、それで良い」

 

 すんなりと鈴音の言葉を受け入れた箒。その言葉に驚いたのはセシリアだけではない。一夏も顔色を変えていた。

 

「ど、どうしたんだよ箒。いつもの箒なら、まだ負けてはいないとか言って再戦の約束をするだろ」

「一夏、冷静になれ。あの試合、あのまま行っていたのなら負けていただろう?」

 

 そう言った箒の表情は、いっそ清々しかった。確かに、あの時乱入が無ければ、負けていたと感じているのは箒だけではなく、一夏やセシリアも思っていた事だ。

 ただ、微妙に納得がいっていない表情で一夏は、

 

「でも、最後までやってないから判らないだろ? どこでひっくり返せるか判らないしさ」

「一夏、私の肩を持ってくれるのは嬉しいのだが、敗北しかけたという事実は変わらないし、手札が足りていなかった。戦略でミスしている以上、挽回も出来ない。それに、鈴音には一応だが一矢報いている。再戦するならもう少し腕を磨いてから出直すさ」

 

 淡々と述べた箒の敗北を認める気持ちに揺らぎは無かった。自分の今現在の力量を正確に測り、鈴音の力量や機体と比較して出した結論だ。そこに悔しさは有ったし、今日の自分を明日の自分が越えるように努力する事も誓っていた。

 

「そうね。あんたがイグニッション・ブーストを使いこなせるようになったら、もう一回再戦しましょ。それまでは決着はお預けって事で。今縛っても良いんだけど、全力勝負の方が良いんでしょ?」

 

 無論だ、と鈴音の言葉に強く頷く箒。並々ならぬ決意と意気を感じさせる箒に、鈴音は大きく俯き、

 

「じゃ、その時まで待つわ。それまで一旦一夏は預けておくって事で」

「セシリアと戦わないのか?」

「当分出来ないわよ。こんな騒動になって、しかも第3アリーナのピットが破壊されてるし、授業にも支障出るでしょうし」

 

 成る程、それもそうだな、と頷く箒。鈴音はセシリアに確認すると、セシリアもそれに肯定の意思を示した。

 大きく伸びをしながら、鈴音は言った。

 

「ま、代表決定戦では、あたしが勝つわよ。一夏を代表に据えた事、後悔すると思うわ」

「何だよそれ。もう勝った気でいるのか?」

「勿論。ギッタンギッタンにしてやるんだから」

 

 そう言って快活な笑顔を見せる鈴音。不穏な内容なのにこの娘が言うと、あまりそう聞こえなくなるのは本人の性格に寄るものが大きい。コレが箒だったりしたら怖い筈だ。何せ人類初の異星人にケンカを売った剣術娘だし。

 と、一夏が愚考していると、ジト眼になった箒が、

 

「一夏、今私に置き換えただろう」

「え!? いや、そ、そんな事ねーよ。ただ、鈴が言うとあんまし怖くないなって」

「ほう、私だと怖いという事か」

「何? あたしがちんまいからそういう事言うわけ?」

「い、いや、そっちじゃなくて……ああもう、ステレオで言うの勘弁してくれよ」

 

 とぼやいた一夏に、一同は吹き出した。一夏をいぢって遊ぶのは鈴音が得意とする事だが、箒まで参加したのだ。もう手がつけられないとばかりに、

 

「セシリア、助けてくれよ」

 

 と泣き付こうとしたのだが、セシリアも澄まし顔で切って捨てた。

 

「一夏さん、わたくしに肉薄した殿方は、もっと潔かったですわ」

「うぉあぁ……皆ひでぇよ」

 

 頭を抱えてみせた一夏だったが、内心ほっとしていた。もう少し罵倒のし合いになると思っていたのだ。

 だが、実際は違う。鈴音のそれは確かに礼を欠いた発言だったが、実力を示した事は間違いない。

 水に流すかどうかは鈴音の今後の対応次第だ。だから、今は休戦という思いが、セシリアと箒にはあった。

 それに、箒としては実際に戦って、その太刀筋から悪い人間では無いという事を読み取っていた。剣に生きる者にとって、一度交えればどんな性質を持っているのかは大体把握できる。故に、既に箒は鈴音の事を許していた。

 

「ま、それはそれとして。一夏、あんた約束覚えてる?」

「いきなり話を変えるなよ。っていうかどの約束だよ?」

「え?」

 

 逆に聞き返されて、何かあったっけ?という表情を浮かべた鈴音に、ジットリとした眼で見る一夏。

 

「おい、もしかして約束一個しか覚えて無いというオチかい、鈴ちゃんや」

「り、鈴ちゃんゆーなっての!! え、約束? あれ!?」

 

 本気で一個しか覚えていない鈴音はちょっとしたパニックになっていた。

 一夏は案外細かい男だったりするのだ。

 当時、料理が一夏より下手だった鈴音が対抗心をバリバリに燃やして「料理上手になったら毎日酢豚を食べて欲しい」という約束を交わしたのだが、一夏が「酢豚じゃ飽きるからバリエーション増やしてくれ」という要望もついたり。

 

「あれ!? じゃねーよ。鈴、まさか約束一個しか覚えて無いとかそういうオチか? 俺覚えていたの数えてみたけど3つ4つはあるぜ?」

「うっそぉl!?」

 

 あわあわしている鈴音に、溜息をついて一夏が羅列し始めた。

 

「昔、鈴が虐められてたろ? その時に助けたら、逆に俺が虐められて、互いに力を合わせてどうにかしたろ。その時に、困った事があったらお互い即相談しようと言ってたよな」

「あ、あぁ、そんな事あったねぇ」

「お前……他にも、迷子になった鈴を探した時に言ったろ、取り敢えず迷子になる位なら電話してくれって」

「い、いぃ!? そんな事まで覚えてんの!?」

「いやそんな事ってお前……」

 

 プチパニックに陥る鈴音。呆れる一夏。苦笑してみている二人。という構図が出来上がっていた。

 のだが。

 最後に覚えていた一夏の約束で、箒とセシリアは凍りつく事となる。

 

「後はアレか。料理上手になったら毎日酢豚を食べて欲しいって約束。酢豚じゃ飽きるからバリエーション増やす事も追加で約束させただろ?」

「あああ!! それっ!! 一夏それよ!!」

「どれだよ」

 

 興奮クライマックスな鈴音とは対照的に、しずかーに突っ込む一夏。

 

「そう、つまりあたしが言いたかった約束はそれって事!!」

「いや、俺が覚えていた約束の数か記憶力を誉めてくれよむしろ最初に」

 

 ああ、確実に一歩間違えればKYなところは変わってないとしみじみと一夏は思っていた。そこに、顔を青褪めさせた箒が意を決して一夏に問いかける。

 

「い、一夏」

「う? どうしたんだ箒、そんな顔して」

「い、いや、その約束、果たすのか、ホントに?」

「そりゃ約束だからな」

 

 その言葉に、ガックリと膝をつく箒を慌てて支えるセシリア。

 次いで、一夏は大暴投を行う。

 

「いや、正直今はその約束は必要ないんだけどさ」

「へ?」

「は?」

「え?」

 

 ぽかーん、と口を開けてる三名に、だってさ、と続きを告げる。

 

「いやほら、中学生の時、俺働いてたからさ、少しでも飯代をケチろうと頑張ってた時に渡りに船だったからなぁ」

「ま、待て一夏、中学生ではアルバイトは出来んぞ?」

「ああ、友人のツテがあってさ、そこでアルバイトさせてくれてたんだよ、五反田食堂って言うんだけど」

「え、ええ!? あんた、あそこでアルバイトしてたの!?」

「他にも近所の居酒屋のバックルームを担当してた事もあるぜ。御陰で無駄に筋肉ついたついた」

 

 懐かしいなぁ、ネコさんどうしてっかなぁ、と遠い眼をする一夏。衝撃の新事実を聞いて固まる女性陣。

 鈴音は、アルバイトが理由で奢って貰う感覚だったという事を知ってショックを受けていたが、それよりも何故そんな状態になっているのか、知りたくなり、

 

「っつーか、い、一夏、何でそんなアルバイト漬けになってんのよ?」

「ああ、皆知らないんだっけ。俺の親、姉貴残して蒸発したんだよ。といっても俺覚えて無いんだけどな、親の事何一つ」

 

 さらっと爆弾を投下した一夏の表情は、その内容とは裏腹にさばさばしていた。

 その余りにも重過ぎる新事実に凍りつく面々。

 

「お、覚えていないとは、一夏さん、一体どう言う事ですか?」

「んーと、俺が確か四歳になる前あたりで蒸発したらしいんだよ、千冬姉がそう言ってた。で、俺は四歳より前の記憶が無いから、多分その何処かのタイミングで親父もお袋も居なくなったんじゃないかな」

「そ、そうだったのですか……」

 

 苦労人と感じさせない一夏の様な振る舞いは、実は相当出来た人間でなければ出来ない事を、自分の家の事情から知っているセシリアは、ある種の尊敬の念を一夏に抱いた。金に苦労しても、金にがめつくないその精神は、立派なものだ。

 箒は剣道をやめた理由がそれだと知って、あの時事情も聞かずに罵倒してしまった事を後悔していた。

 

「ま、まぁ、約束を覚えてくれただけでも良いわ」

 

 と言うに留めておく事にする鈴音。流石にこの状態で、一夏と私は夫婦になる約束を、という脳内お花畑な事を言い出せるわけがない。

 

「一夏。もし、親が名乗り出てきたらどうするのだ?」

「どうもしないと思うぞ。だって、何らかの事情があって居なくなったんだと思うしさ。それを恨んでもなぁ……自分が生き難くなるだけだろ?」

 

 苦労したけど、それはそれだよと、本心からそう思って言っている一夏に、箒は嫉妬に近い羨ましさを感じていた。

 自分は姉のせいにして今までずっと生きてきたが、一夏は親を恨まず、憎まずに、前を向いて生きている。過去しか見えていない自分とは大違いだと、自嘲していた。

 

「それに、千冬姉もいたし、箒や鈴、弾達やセシリアとも友達になれたろ。別に世の中悪い事ばっかじゃないさ」

 

 そう締め括った一夏は、数秒しても沈黙している周囲に、疑問を抱いた。

 

「――あれ、どうしたんだ皆?」

「一夏さん……貴方本当に凄い人だったのですね……」

「え、何で? どうしたんだよセシリア? 千冬姉はともかく、俺は普通の人だぞ?」

「一夏……多分同世代でトップだぞ、その良く出来た人間性は」

「そ、そうかぁ? 普通だろ、コレ位」

「あんたが普通なら、うちの親はどうなんだって話になるわよ……」

「え、いや、そんな自分の親御さんを引き合いに出さんでも……」

 

 と、皆からしみじみと言われてしまい、逆に困る一夏。本人としてはそれが普通だったのだ。家を守るのは幼かった自分で、稼ぐのは姉で。あれからその関係は少しだけ変化したが、それでも世話を焼くのが一夏で、それでも一夏を守るのは千冬というのは変わらない。

 なので、関係もだが、大して変わってないと思うんだがなぁ、と零す一夏であった。

 余談だが、この日を境に、箒達の一夏に対する態度はかなり柔らかくなった。



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22:秘密と過去

次回で原作一巻分が終了し、オリジナル展開や原作イベント発生順の入れ替えが発生します。


 千冬と真耶はセンクラッドが待機しているアリーナへと走っていた。

 二人とも、鬼気迫る表情であった。特に普段おっとりとした表情が人気の一つである筈の真耶の変貌振りは凄まじい。

 それも当然だろう。自分の預かり知らぬ所で襲撃とハッキングを同時にされて、その襲撃された者が篠ノ之博士の妹と中国代表候補生、そしてセンクラッドだったと知らされたのだ。

 護衛する筈の千冬がドイツの転校生に名指しで呼び出しをされ、真耶はフランスの転校生の受け入れ準備に掛かりっきりであった時に、そんな事が起きたのだ。何かの陰謀だと疑いたくもなるが、そんな事よりも今はセンクラッドの保護だと言わんばかりに、二人は走り続け、第3アリーナへとようやっと出る頃には、襲撃終了からおよそ7分経過していた。

 その中央に、二人が居た。表面上はいつもと変わらない様子だったが、生徒会からの情報では、Bピットがほぼ全壊する規模の攻撃を受けている筈なのだ。

 息を整え、開口一番に頭を下げて謝ろうとした千冬と真耶だったのだが、それよりも早く、センクラッドが申し訳なさそうな顔で、コアを右手の人差し指の爪先で回転させつつ、左手の人差し指で頬を掻きながら、

 

「あー、千冬に山田さん……見れば判ると思うんだが、ISをだな、その、なんだ……ついカッとなってというか、勢い余ってというか、余り自重せずにというか……とにかく、だ。ぶっちゃけこの通り、コア残して全壊させてしまったのだが、弁償とかしないといかんのか? 一応、正当防衛だと思うのだが……」

 

 千冬と真耶は唖然とした表情でそれを聞いていた。何か裏があるのかと表情から探ろうにも、本気で申し訳ない事をしたような、まるで子供が悪戯を見つけられたようなバツの悪いそれを浮かべていた。

 センクラッドがそう言ったのには理由がある。グラール太陽系のニューデイズにある教団内で、実の父親からまるで人形のような扱いを受けていた幻視の巫女を救う為、教団全てを相手取って大立ち回りを演じた際、自重せずに暴れまわったのだが、その結果、施設が文字通り壊滅的な打撃を与えてしまった事があった。

 その時は幻視の巫女の執り成しで幻視の巫女の護衛を一ヶ月間、その後はランクS以上の依頼を必ず定期的に受け、その成功報酬の4割を一年間、教団に納める事で話がついていた。

 余談だが、この男が汚れ仕事だろうが何だろうが請け負っていたのは、その事が理由だったりする。容赦の無い取立ては自業自得だとしても、ルツから返済の催促が嫌味付きで毎日来ていた事は、センクラッドにとっては悪夢以外何物でもなかった。

 それで、千冬達の形相が鬼のようなものだった事から、先の事をフラッシュバック的に思い出したのだ。

 本気で怒らせたのか俺、自重しておけば良かったという、的外れ通り越して暴投クラスの勘違いな大後悔をしている事も、理由に挙げられよう。

 千冬がシロウの方を見ると、頭を抱えており、視線がガッチリ合うと、すまない、手遅れだと言わんばかりに力なく首を振った。

 思わず千冬は解き放たれた野獣のように、一言吼えた。

 

「素か!?」

「は? 何がだ?」

「いやっなんでもない。むしろ我々が謝罪する立場なので、謝られると困るのだが……」

「そうですよ、ファーロスさん、謝られると私達もどうしていいか……」

「だが、シロウに自重しろと言われていたんだが、服代いやぁじゃなかった、とにかく自重せずにやらかしてしまったのでな……」

 

 そこで私を出すのか!?と思わず驚愕した表情でセンクラッドを見るシロウ。言ってはいたがそういう意味じゃないと言いたいのだが、此処で言おうものならば今まで話していた方針がバレてしまう為、即座に表情を変えた。

 若干引き攣ってはいたがいつもの皮肉気な笑みを浮かべ、

 

「確かに、マスターは自重しない性格だからな。ただ、正直、ISを破壊するまでやらかすとは思わなかった」

 

 と、言った。嘘だ。あのISを破壊するのはセンクラッドにとっては確定した未来だった。それを見抜いていたからこそ、派手にやり過ぎるなと釘を刺したのだ。

 そう、出来ればスマートに銃等を使ってくれていたのなら、まだ良かったのだ。近接武器の場合は身体能力全体が必要になるが、銃ならば動体視力や反射神経、銃の反動を抑える筋力以外は銃弾や銃に理由付けが出来るからだ。それが寄りにも寄って拳である。しかも両腕から蒼白い炎を纏うように見せかけているナックルをわざわざチョイスしての鉄拳制裁、トドメにはフォトンを用いての短時間空中固定を用いた技を使用している。いっそ清々しい程の自重解除だった。

 大説教、数え役満確定であった。

 

「あの、ファーロスさんは悪くないと思いますよ? あのISが攻撃してきたのは間違いないのですから。それに、こちらの警備にも不備がありましたし」

「そうか。なら、今回はチャラという事でお願いしたい」

「そうして頂けると私達も助かります」

 

 あからさまにほっと一息つく一同。シロウは何処か煤けていたし、千冬と真耶は何の要求も無くてほっとしていたし、センクラッドはセンクラッドでまた0が大量についてある額を請求されるのは勘弁願いたいと思っていた。

 

「センクラッド、虫が良いと思うのだが、一つお願いしたいことがある」

「ぬ? 何だ、やはり金か?」

「いやそうじゃなく。今回交戦したISについてだ」

 

 片眉を上げて、話せと促すセンクラッドに、千冬は説明し始めた。どうでも良い事だが、それを見て真耶が軽く恐怖を感じていた。センクラッドは気付いていないのだが、片眉を上げると、眼を細める癖が有る為、どうしても眉間に皺がより、目付きが悪くなるのだ。

 

「無人ISに関してだが、今までのISには人が乗っている事が前提だった。それを覆されているのを知られるのは、此方にとっては不都合――」

「ああ、わかった。誰にも話さない事を誓うよ」

 

 あっさりと。

 至極あっさりと、センクラッドは千冬の言いたい事を悟って了承した。

 思考が硬直する千冬。今この男、何と言った?という表情をしている千冬に、センクラッドは苦笑した。

 

「お前さん、もしかして俺がそれを知って公表するとでも思ったのか? 公表や、或いはそれを盾に何かを要求する事は一切無い。それをやれば内政干渉に当たるしな。それに――」

「それに?」

 

 少しだけ言い淀み、だがハッキリとセンクラッドは空を見上げながら言った。

 

「俺は此処(地球)を気に入っている。此処は、故郷に似ている星というのもあるが、此処やお前さん達とは出来るだけ関係を壊さずにいたい。だから、そんな事で手を煩わす事はしないさ。この事が漏れれば、確実に戦争の火種になるのは俺でもわかる。そうなるのを俺は避けたい」

 

 ISというものは人類史上、最も急な変化だった。その反動はより激しいものとして人類全体に降り掛かるのは眼に見えている。

 今後、ISに無人機が誕生してしまえば、女性優遇の時代は終わりを迎える。

 男性側がISコアを奪取し、それを軸に戦争を起こすだろう。そうなれば後は泥沼だ。きっと、それを受けて、ISを持っていない国でも戦争は起きてしまう。

 ISは抑止力の象徴であるが、同時に女性側の象徴でもある。歯止めが無くなれば、残るのは暴力だけだ。そして古来から暴力というものは、常に女性や子供を真っ先に対象としてきた。

 別世界ではあるが、地球なのだ。

 センクラッド・シン・ファーロスとしては、女子供等の力の無い人々が、神薙怜治としては、自身の故郷である日本が、別世界であろうとも戦火に巻き込まれるのだけは御免だった。

 ただ、それを見逃すという事は、女尊男卑の世界を黙認するという事でもある。どちらを採るかは迷っていたが、自身に被害が及ばない確率が高い方を、センクラッドは採った。

 故に、その心境は、極めて複雑だ。

 

「だから、俺からは何も要求はしないさ。この件に関しては緘口令を敷くのが良いだろう」

「……すまない、センクラッド」

 

 センクラッドの内心はどうであれ、千冬達は感謝していた。同時に、不甲斐無くも思っていた。特に千冬はそうだ。今回呼び出されて転校生の受け入れ手続きをしていた矢先に起こった出来事だった。

 ISを常時持ち歩いている代表や代表候補生、専用機持ちとは違い、今の千冬は教師だ。故に、アリーナを突破出来る手段が無かった自分が如何に無力であったかを痛感していた。

 センクラッドを守る役目があったというのに、何たる様だと自嘲さえしていた。

 センクラッドは左眼越しに、後悔や自嘲の感情を視付け、溜息を吐きながら千冬に告げた。

 

「千冬。此処は、すまない、じゃないだろう」

「うん?」

「こういう時はありがとう、だ。頼み事を引き受けた相手には、ごめんだのすまないだのは必要ない。ありがとう、これで十分だ」

 

 その言葉に、眼を見開き、だがしっかりと頷いてみせた千冬が、頭を下げた。

 

「ありがとう、センクラッド」

「気にするな、俺は気にしない。それで、この後は一夏達と面談か?」

「面談かどうかはさておくが、その通りだ。この件に関しては緘口令を敷く」

「ふむ。逃げたISはどうした?」

「生徒会と上級生が連携して追い詰めたが、やはり無人機だったそうだ」

 

 その言葉に、渋面を作るセンクラッド。俺が黙っていても其処から漏れるのではないか、と懸念したのだ。

 だが、それを見抜いた千冬は首を振って、

 

「完全に撃破したのは海中でだ。周囲にはISは居ないのは確認済みだし、ジャミングをあのISが放っていた御陰で悟られてはいない。撃破したのは生徒会だ。上級生は引き上げさせている。今の生徒会は国家の利益よりもIS学園の存続に力を注いでいるし、私からも口止めを頼んでいるから、今回の事に関しては何一つとして証拠は無い」

「……成る程な」

 

 あの生徒会長が主導というのは性格的な意味で些か不安が残るが、実際は能力があるのだろう。でなければ生徒会長になれない筈だ、多分、きっと、いやちょっとは覚悟しとくか。と、楯無が聞いたら憤慨する感想を持ったセンクラッドは、

 

「他に何かあるか?」

「いや、無いよ」

「なら、一夏達の方に行ってあげてくれ。俺達は自力で戻れるから」

 

 襲撃はもう無いだろう、というのを見越しての発言だったのだが、千冬は再度首を振った。

 あってもなくとも、護衛はつけなければならないのだ。故に、真耶に視線を向け、

 

「一応だが、山田先生を護衛につけておく」

「判った。山田さん、宜しく頼むよ」

「はい、お任せ下さいっ」

 

 フンス、と気合を入れて答える真耶。正直護衛は体裁を取り繕う為だという事をセンクラッドもシロウも見抜いてはいたが、それに触れる事はしなかった。意味が無いからだ。

 テクテクと歩き、Cピット側から出て自室に向かう途中、センクラッドは、

 

「ええと、山田さん」

「? なんでしょう?」

「護衛という事は、やはりISを使って?」

「ええ、このネックレスが待機状態のISですよ。今日付けで私専用になりました」

 

 ほう、と声を漏らし、マジマジと見つめる。成る程、アクセサリーに擬態させているのか、しかし割と装飾に凝っているように見えた。

 少なくとも宝石類に関しては余り強くないセンクラッドだったが、それでも理解出来る程度には、見てきている。

 ……のだが。

 溜息をつきながらセンクラッドの頭を軽く叩くシロウ。

 

「マスター、セクハラという言葉を知っているかね?」

「は? あ。あぁ、申し訳ない、物珍しさについ見てしまった」

「い、いえ、大丈夫ですよ」

 

 たゆんな胸元をジィィィイっと穴が空くほど凝視されていたIS学園のスイカちゃんこと真耶は、顔を赤らめながら手をパタパタと振っていた。

 何やら微妙な沈黙になってしまったので、それを打開する為にセンクラッドは言葉を紡いだ。

 

「真耶さん」

「はい?」

「それは、良いものだと思う」

 

 スパーンとセンクラッドの頭を叩いたのは、やはりシロウだ。あ痛、と声に出したセンクラッドは、ジト眼になっているシロウに対し、

 

「何をする」

「君の発言は、初見の人にとってはわざととしか思えないのをいい加減自覚したまえ」

「アクセサリーの出来を誉めただけだろう」

「……山田教諭、この通りマスターは言葉が足りない事が多々ある。申し訳ないがそこら辺を加味して欲しい」

「な、成る程……いえ、私も自意識過剰だったかもしれませんし」

 

 何の話だよ、とぼやくセンクラッド。途中でその意味には気付いてはいたのだが、ここで「ああ、胸の方だと思われてたわけか。そっちも十分だと思うぞ。むしろ歴代最高記録に近い」とか言ってしまったら今度は鉄拳制裁が下ると認識していた為、気付かないフリをしていた。この男、何らかの理由で失言途中で気付いた場合でも気付かないフリをする人種の為、タチが悪い。

 そんな話をしながら、自室に辿り着いたセンクラッド達は、真耶が一礼してIS学園側へと戻り、センクラッド達は自室へと戻った。

 扉を閉めた後、ロックをかけたセンクラッドは、テーブルに着いて深々と溜息をつき、シロウは冷蔵庫からゴルドバジュースのパックを取り出し、コップを二つ持ってテーブルに置き、やれやれとセンクラッド同様に溜息をつきながら座った。

 

「では、情報交換を始めよう。シロウ、今回の襲撃をどう思う?」

「怜治が居るBピットのみを狙った事と言い、織斑教諭が護衛から外れていた事と言い、ハッキングと言い、計画的に行われたのだろう」

「だが、一体何の目的で俺を狙ったんだろうな。危害を加えたら星間戦争になる可能性位は考えている筈だ」

 

 確かに、と呟いたシロウは腕を組み、瞳を閉じて思考を走らせていた。

 センクラッドも、腕組みをして同様のポーズを取って言葉を紡ぐ。

 

「こちらの技術力を測るとしても、こんな手荒な事は出来ないと思うのだが」

「怜治、一応聞いておくが、その眼で測ったのだな?」

 

 と、シロウは左眼の事を指して確認した。当然だと頷き、ゴルドバジュースを一口飲んだ後、答えるセンクラッド。

 

「眼から読み取った情報は、微弱だが超高度から遠隔操作が行われていた事。そして敵意は俺にのみ向けられていた事だ。これらは間違いない」

「篠ノ之嬢と凰嬢には?」

「向けられていなかったな。まさしく眼中に無い状態だ」

 

 ふむ、と息を吐いて考える二人。IS開発者の身内を狙ったわけでも、代表候補生を狙ったわけでもなく、異星人を攻撃する事が目的という線が濃厚だという事を再認識したセンクラッドは、しかし、と続けた。

 

「俺だけを狙う意図が不明だ。Aピット側にはシロウが居たが攻撃されていない。それにBピットには整備課の生徒が襲撃前までは居た」

「襲撃前まで?」

「凰に決闘を申し込まれてな」

 

 その言葉に、シロウはじっとりとした視線を送った。そして、センクラッドは言った瞬間にしまったという表情を浮かべた。これは説教確定コースだと思いながら、シロウの発した言葉に自身の言葉を被せるようにして一旦話を途切れさせた。

 それで逃げ切れるのならオカンは要らんのだが。

 

「そういえば、自重出来なかったのだな。君は本当に――」

「まぁ、それは後で。とにかく、凰に決闘を申し込まれた途端、整備課の生徒達は蜘蛛の子を散らすようにして居なくなった」

「成る程。凰嬢の言葉で整備課の生徒達がその場から逃げ出したという可能性もあるわけか」

「俺の説教癖を読み切って、凰をぶつけたという事か? この短時間で?」

「この学園での生活と、外での君の様子を誰かが報告を上げていたとしたら、ある程度の行動は読み取れるものだよ。特に怜治、昔はともかくとして、今の君は判り易いタイプだ」

 

 直情ではないが、確かに判り易いと自分でも思っていたので、うーむ、と唸りながらセンクラッドは顎に手をやった。

 カッチコッチと正確に時を刻む秒針を意味も無く見つめながら、

 

「その場合、凰と整備課の生徒達がグルという可能性が出てくるが、有り得るのか?」

「0ではない。まぁ、限りなく低いと思うがね。ただ、常に最悪の可能性を考慮しておいた方が良いだろう」

 

 成る程、と頷いて、センクラッドはゴルドバジュースを飲み干した。

 何だか無性に珈琲が飲みたくなった。酸味を抑えて苦味の利いたブラックコーヒーを。

 体をオラクル細胞で再構成されて以来、よりハッキリと味覚が精密になったのか、今まで敬遠していた珈琲が嗜好品となっていた。

 ナノトランサーからテーブルに珈琲ディスペンサーを、手の中に珈琲の豆を現出させて、シロウに手渡した。

 

「シロウ、ブラックで頼む」

「判った。しかし、つくづく思うのだが、ナノトランサーというものは便利なものだな。私にも欲しい位だ」

「お前さんは投影があるだろう。刃物と衣類限定だったか?」

「流石に仕組みが複雑な機械や遺伝子が関係してある食べ物までは出来んよ。そもそも投影というものは本来、こんなに便利なものではない」

 

 意外な言葉に、眼を瞬かせるセンクラッド。自身が知る投影魔術と、シロウが指す投影魔術に齟齬があるという事か?と疑問を抱いたセンクラッドは、続けてくれ、と頼んだ。

 コーヒーディスペンサーの電源を入れて、手早く豆を入れて抽出ボタンを押したシロウは、意外そうな表情を作った。以前教えた気がしたのだが、と呟くも、すぐに原因に思い当たった。二つ前の世界、つまりシロウ達英霊が居る世界で、センクラッドはその特異性からムーンセルと呼ばれる記録装置に魂を閉じ込められ、様々なデータを検証する為に、数え切れない程のループを強いられていたのだ。その過程で記憶が磨耗したのか、という事に思い当たったシロウは、顔を向けて、

 

「本来の投影魔術は、様々な知識を持ち、他系統の魔術よりも多く魔力を消費してようやく数分程度、現世に現出させる魔術だ。通常、儀式等で扱う為に必要なものを代替する際に使われる程度で、刀剣や銃弾、衣類等では絶対に実用に耐えうるものは出来ないとされている」

「……お前さんが使っている投影とはエライ違いだな。同じ言葉だが、お前さんの方が上位系統なのか?」

「いや、全く同じものだよ。ただ、私は……普通の人間ではないのでね。君にも話しただろう? 私が私として歩き出した理由を。無銘という英霊の所以を」

 

 人を人足らしめるモノを大災害においてゴッソリと失い、それで死んでいった見知らぬ者達の為に生涯を駆け抜け、最期はその虚ろな内面故に、親友に裏切られて命を落としたセイギノミカタ。それこそが私の基だと、シロウは呟いた。

 

「君に名を貰って以来、そう名乗っているが、元々私は欠損していた人間だ。欠損していたが故に、人の枠を超えた投影魔術を行使出来る様に為ったと思っている。投影魔術とは、投影する対象の全て、1から10までを知って初めて真贋わからぬ贋作へと昇華する。贋作は所詮贋作だが、そこまで再現できた存在は世界の修正を受けずに済むようになり、破壊されるか、術者が破棄を命じない限りは世界に留まる事が可能だ。本来、人が作り出すイメージというものは、身勝手で穴だらけ故に、世界が修正をかけて抹消するのが道理。それを捻じ曲げられるのは私しか居ないだろうよ」

 

 そう言って締め括ったシロウの表情は、ただ凪いでいた。起きるべくして起こった事、過去に対しては過去と既に受け入れ、自身を誇張せずに、在るがままの自分を晒せる男の姿が、そこに在った。

 そうか、と呟いたセンクラッドの表情も、シロウと同様であった。人として欠損しているのは自身とて同じ事。他の人間がそうであったとしても、センクラッド自身は変わらずに接する事が出来るというのは、シロウにとってありがたかった。

 

「大幅に話が逸れたが、魔術とは違い、ナノトランサーはあらゆるものを格納できるだろう? 一つ位分けて欲しいものだが」

「一応、予備はあるが、恐らくお前さんは使えないと思うぞ」

「あるのか」

 

 そりゃな、と頷いてセンクラッドはナノトランサーについて説明し始めた。

 

「まず、ナノトランサーは次元格納庫とも呼ばれている、指定された領域に接続して、そこで物の出し入れをする。その際に量子圧縮と解凍が入るわけだ」

「……空間招転移、魔法に近い魔術のようなものか」

「それはよくわからんが、多分そうだな。ただ、これを扱うには基本的には特定の遺伝子が必要だ」

「成る程、グラール太陽系の遺伝子か」

 

 その通りだと頷いたセンクラッドは、シロウから出来立ての珈琲を受け取ると、ズズズと啜った。

 マナー違反だぞ、という視線をカップで受け流し、鼻に抜ける香りを一通り楽しんだセンクラッドは、カップを置いて、

 

「まぁ、あっちでは異種族間の戦争が何百年も続いていたんだ。本来ならコレに、各種族用、もっと言えば個人の縛りも入っていたんだが、現在では相当緩いな。もしかしたら、こちら側の人間でも扱えるかもしれん。俺の為のチューニングという可能性もあるが」

「ISのようにか?」

「男性縛りになるのか?」

 

 お互い苦笑して、ナンセンスだなと、肩を竦めた。

 やれやれ、と言葉に出して、センクラッドは、

 

「ナノトランサーに関しては後で試すとしてだ。いい加減に話を元に戻すが、凰さんと俺とのいざこざで居辛くなった生徒達は、凰さんが出撃した際に全員逃げ出した。その後、攻撃が来たわけだが、その時に一つ、思った事がある」

「ふむ?」

「殺気を感じた際、俺は壁面に埋め込まれていたディスプレイを見ていたんだが、嫌な予感がしてな。ゲートを破られた際、中央に飛び出してタワーシールドを全開にして抑えたのだが、そうしなかったら恐らくアリーナの扉も貫通していただろう」

 

 眉間に皺が寄ったシロウに、おかしいと思うだろう?と呟いたセンクラッド。珈琲を静かに見つめるシロウの視線は鋭い。脳内で情報を検証しているのだろう。カッチ、コッチと古時計が時を刻む音が、10は響いた後、シロウは検証し終わったのか、視線をセンクラッドに合わせた。

 

「もしそうなっていたら、学園にダメージが行き過ぎているな……」

「タワーシールドで抑えていなかったら全壊していただろうな、あの部屋は。それに、あの無人IS機の出力全開のビームは、二回視ている。一回目は襲撃直後、二回目はシロウも居たな、あの砲撃だ」

「その事で質問があるのだが、良いかね?」

「何だ?」

「あのビーム砲の直撃を受けて無事だったのは、タワーシールドがある御陰だというのは理解した。それを踏まえて聞きたいのだが、シールドラインはそういう括りなのか? 例えば、そうさな、バックラーとかあるのかね?」

 

 やはりそうきたか、と呟いたセンクラッドは、珈琲を呷って気合を入れ直した。此処から先は、シロウだけではなく、アラガミが跋扈する世界で親しかった者達にも言ってはいない。

 そろそろ言うべき時かもしれんな、とぽつりと言葉をカップに落とし、センクラッドは告げた。

 

「まぁ、そろそろシロウに言おうと思っていたのだが、タワーシールドというのは、オラクル細胞で構成された盾の事だ」

「オラクル細胞……? 確か、アラガミとゴッドイーターが持つ武器(神機)を構成する細胞だったな……うん? だとしたら、おかしな事になる。確か、アレは適合者でなければ、神機に喰われてしまうんだろう?」

「あぁ、シックザール支部長……俺が居た極東支部のリーダーと取引してな、適合試験をきちんと受けた上で、新たにオラクル細胞を打って貰った」

 

 シロウは絶句していた。そんな事があったとは一切聞かされていないのだ。アラガミが跋扈する世界においてシロウがした事といえば、センクラッドを鍛える事位で、実際にアラガミと相対した事は無かった。それには理由がある。

 センクラッドがゴッドイーターやアラガミについての知識を得たのは、その世界に転移してすぐの事だ。アラガミの進化の系譜やオラクル細胞の多様性を聞いたセンクラッドは、英霊やグラール太陽系の技術をアラガミに用いる事で、対策をされる事を恐れたのだ。

 万が一、それらに耐性やその属性を持ったアラガミが出現した場合、今まで何とか存続していた人類が滅ぶ可能性がぐんと跳ね上がると判断した。故に、センクラッドはシロウを外界に出さなかったのである。

 しかし、それを知らなかったシロウからしてみれば、自殺行為以外何物でもない。オラクル細胞を抑える偏食因子を継続的に投与しなければ、内側から喰われてアラガミ化してしまう事を他ならぬセンクラッド自身から聞かされていたからだ。

 

「……本当に大丈夫なのか?」

「最初は良かったんだがな。途中でミスをして実際喰われかかったよ。正直危うかった」

 

 さらっと言うセンクラッドに眼を剥き、シロウはしかし、と言った。

 

「君の状態は以前と変わりなく見える。どういう事だ?」

「アラガミ化するよりも先に、ある程度は制御出来るようになった、それだけだ」

 

 どうやって、とは両者共に言わなかった。言っても意味が無いからだ。大切なのは事実であって過程ではない。

 それに、センクラッドは余り此処から先は言いたくは無かった。余り思い出したく無いのだ。オラクル細胞と左眼の暴走の原因は、生餌にされかけたあのミッションを、もっと言えば、人を壊すほどの絶望と怒りを持ってしまい、結果的に狂気に囚われてしまった、無力なただの人間達のせいだった。

 結局それらは己の手で決着をつけたのだが、やはり思い出したくも無い想い出なのだ。

 その苦悩を汲み取ったのか、シロウはそうかと頷くに留め、

 

「まぁ、怜治に二段構えの防御策があるという事が判っただけでも良い。だが、くれぐれも無茶はしないようにな」

「問題ない、死なないように努力している。で、何処まで話したんだっけ?」

「確か……そう、怜治を襲撃する動機についてだった」

「動機、か……俺を攻撃して得をする人物……いるのか?」

「現時点では情報が足りないな。検討をつけるにせよ、誤った解釈で検証は出来ん。ただ、言えるのは、今回の世界も一筋縄ではいかんという事だ」

 

 確かにな、と呟き、センクラッドは立ち上がった。風呂に入る為だ。流石にあの後だ、体が気持ち悪くて仕方がない。

 のだが、ガシっと腕を掴まれたセンクラッドは、視線を上げた。

 そこには、

 

「まぁ、風呂に入りたい気持ちは十分にわかるが、その前に――」

 

 正座で説教だ、と非常にいイイ笑顔で、だが青筋が縦横無尽に走って残念なイケメンになっている元サーヴァントが居た。

 センクラッドは、先程の努力宣言を放棄し、精神的な死を覚悟した。

 自業自得だ。



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えきすとら・厨二病でも投影がしたい!

注意
・この話は、時間軸を設定しないまま書き上げてます。
・この話は割とメタで出来ています。
・プロット無し、メモ帳無し、勢いだけで今しがた書いた結果が御覧の有様です。
・ものっそいキャラクター崩壊を起こしています。シロウファンの方々本当にすいません。
・いないと思いますがオリ主好きの人もすいません。
・今週末にちゃんとした続編をあげます。


 何時もの様にシロウが紅茶を淹れ、それを注がれるままに飲んでいたある日の事。

 ふとした思い付きから、全ては始まった。

 

「――そういえば、シロウ。一つお願いしたい事があるのだが」

「うん? どうした怜治、改まって」

「いや、何ね。俺を調べて欲しいのだが」

 

 どういう事だ?と言わんばかりの表情を浮かべたシロウは、怜治の言葉に耳を疑う事になる。

 

「俺も投影を使えるようになりたいなと思ったわけだ」

 

 声が出なかった。突然の出来事に混乱していたのだろうか……

 いや、そうじゃなかった……ただ目の前の少年に。そのあまりの阿呆さに。

 俺は、言葉を失っていたんだ。

 

「……というわけで、取り合えず怜治、まず深呼吸をしようか」

「? はいはい」

「吸ってーー、吐いてーー、吸ってーー、吐いてーー……もう一度、私に質問を投げかけてみてくれ」

「いや、だから投影を使いたいのだが」

 

 その言葉に、シロウは無言で立ち上がり、飾り窓から空を眺めて、太陽が二つ無い事を確認した。もう一度言うが、飾り窓だ。

 

「すまない怜治、ムーンセルの使いっ走りを長くやりすぎたせいか、耳が経年劣化しているようだ。もう一度、何と言ったか、詳細に頼む」

「だから、投影だよ投影、投影魔術、投げる影に、魔が差す術だ」

「……虚数魔術は扱えないなぁ、流石の私でもそれは専門外だ」

「シロウ、お前さんが扱う魔術を俺に教えてくれってさっきから言っているんだが」

 

 大きく溜息をついて、シロウは重々しく告げた。

 

「マスター、私は医者でも心療内科医でもありません。今のマスターにはそちらを頼る方が良いと存じ上げます」

「あれ? どうしたシロウ、心の距離が開いているぞ? もっとフランクだっただろう? フランク、フラーンク」

「黙れ、もしくは死ね」

「距離縮め過ぎだなオイ!?」

 

 妄言再生機と化している怜治をそろそろどうにかしないといかんと内心どころか表情も嫌々なままに、シロウは端的に告げた。

 

「魔術師にしか投影は出来ないのだよ、怜治。君が知らないわけがない」

「夢エクスプロージョンな答えありがとさんよ。だがな、シロウ。俺はどうしても投影がしたいのだ」

「……何故今になって投影魔術を扱いたいのか、理由を聞いても良いかね?」

「是非も無い」

 

 そう言った怜治は、喜色溢れる気色悪い笑顔を浮かべ、

 

「インターネットで――」

 

 めきょ。

 という嫌な音が怜治の顔面から響いた。瞬間的に投影魔術を行使し、虎印の竹刀をめり込ませた音だ。ご丁寧に強化を己の身にかけていた。しかも、この上なく詠唱、武器の振り共に彼の記録の中で最速を叩き出していた。こんな所で最速を出した事に、思わずシロウは眼の端に涙っぽい光を宿し、

 

「クッ、嘆かわしい。まさか怜治がインターネットの情報を鵜呑みにする程の愚か者だったとは。一体私はどうしたら良いのだ」

「取り合えず、俺の顔面凹ます事からやめようか」

 

 メリッという物理的に出してはいけない音と共に、えいしゃおらぁと竹刀を顔面から抜き取った怜治は、ポイス、とばかりに竹刀を放り出して、

 

「まぁ、経緯はともかくだ。単刀直入に言うが、俺も魔術が使いたい」

「単刀直入に返すが、魔術回路が無い普通の人間には扱えん」

「大丈夫だ、問題ない。俺はこれでも元日本人兼元グラール太陽系デューマン兼元アラガミ現自称グラール太陽系デューマンだ」

「……その言葉を早口言葉で三回言えたら考えてやらんでもない」

「大丈夫だ、問題ない。大丈夫だ、問題ない。だいだいだいだいだだだだだだ!!」

 

 途中から元英霊の物を言わぬ物言いというか、フル強化済全身全霊全力全開のアイアンクローが決まっている為、壊れかけのラジオばりにおかしな発言になっている怜治。

 オラクル細胞が予期せぬダメージに悲鳴を上げて戦闘状態へ移行した事を受け、怜治は悲鳴混じりに制止の声を上げた

 

「待て、待ってくれ、流石に割れかねん」

「割れてしまえ、そんな頭」

 

 吐き捨てる様に呟いたシロウ。流石にイラっと来たのだろう。あんなん言われたら誰だってイラっと来る。宥めるように腕をポンポンと叩いてくる怜治に、大きく溜息をつきながら手を離した。

 

「全く、余裕が無いなシロウは」

「君は判ってて言っているな? なぁ、そうだろう? その言葉は空気が読めない独善的な愚か者がよく言う台詞だろう? なぁ?」

「待った、流石に待っただ。とにかく、俺は魔術を使いたい」

「魔術回路が無ければ使えないと言っただろう」

「魔術回路が有れば使えるんだろう?」

 

 その言葉に眼を剥くシロウ。聞き捨てならぬ言葉を聞いたのだ。魔術回路があれば、確かに魔術は扱える。後は投影魔術の適正があるかどうかを解析すれば良い。

 だが、そんな事がありえるのか。異世界から来たものが、魔の理を体に宿す。確かに平行世界ならば有り得るだろう。だが、本当に?

 

「……あるのか?」

「わからんから言ってるんだろう」

 

 あぁそっちか、と肩をコケさせ、半眼になるシロウ。まぁ、本人に結果を通告してやれば諦めもつくだろう、この時シロウはそう考えていた。

 

「判った。解析をかけるから少しじっとしておいてくれ」

「頼むぞ」

 

 その言葉は自身に向けた台詞でもあるようで、瞳を閉じて待つ怜治に、嫌々全開という風に怜治の肩を手に当てて、シロウは理を紡ぐ。

 

「――解析、開」

「あーそれだ」

「始はぁ?」

 

 いきなり詠唱を止められ、思わずぽかんとした顔を怜治に向けるシロウ。ドヤ顔で何やら妄言を吐き始める怜治。悪い方向に絶好調である。

 

「その呪文詠唱、良いよな」

「……はあ、そうか……ええと?」

「ああ、すまん。以上だ」

「……君は暫く黙ってくれ」

 

 気を取り直し、手を再度当て直して、シロウは若干投げやりな感じで呪文を詠唱した。

 

「――トレース、オン」

 

 魔術回路27本に魔力を通し、センクラッドの身体を解析し始めたシロウだったが、驚愕の表情を浮かべ、罅割れた声をその口から零れ落とす事になった。

 眼を全開に見開き、酷く驚いた表情を浮かべたシロウが、

 

「これは――」

「む、どうした? 魔術回路があったのか?」

「いや、一言で言うと、判らん。ちょっと待ってくれ、流石に予想外だ、コレは何だ、一体」

「は?」

 

 余りに予想外な結果に、思わず怜治も驚いて閉じていた眼を開いたのだが、すぐに静かにと鋭く叱責され、肩を竦めて瞳を閉じた。

 だが、シロウは焦った表情のまま、自身が得意とする解析魔術を行使し続けるも、次々と異常(エラー)を吐き出す結果に、焦りを加速させていく。

 

「創造理念……クッ、ダメか、基本骨子……ダメだ、読めんッ……構成材質……なんでさ!?」

「……あーシロウ、あの、ちょっと良いか?」

「なんだねっ?」

「取り合えず、お前さんが混乱しているのは判ったのだが、一体何をそんなに焦っているんだ?」

「これが焦らない筈が無いだろう!! 君の身体を構成している物質が正体不明なのだよ!! 君が単細胞生物ではないのは見て判る、だが結果として出ているのはそれなのだ、これをおかしいと言わずして何と言う!?」

「あー……その、シロウ。すまないが、俺、今、アラガミ」

 

 ピシリ、と空気にヒビが入った。

 痛々しい沈黙。

 物凄く、痛い沈黙とそれと同種の表情を浮かべる怜治。もしくは、それ、言ってた筈なのにどうしてそうなった、と言わんばかりの表情。

 居たたまれなくなる空気の中、コホンと咳払いをしたシロウが気を取り直したのか、

 

「まぁ、結果としてまじゅちゅ、魔術回路は無かったわけだ」

「噛んだな? 今お前さん、絶対に噛んではいけない部分で噛んだよな?」

「ええい、君が妄言を吐くからだろう!!」

「逆ギレも大概にしろよお前さんは」

 

 流石に辟易とした風に言う怜治は、溜息をついた。ここまでは別に規定路線なのだ、問題はこの後だ。

 

「まぁ、魔術回路が何なのか、俺にはわからんので恐らくは元の身体にも無かったのだろう。問題はそこじゃない」

「何か考えがあっての事だったら初めっからそう言いたまえ」

「わかったわかった。で、物は相談だが、魔術回路を見せてくれないか?」

「は?」

「もしくは――」

 

 ガシリ、とシロウの肩を両手で掴んだ怜治。鈍痛と共にメキリメキリという音を立てた自身の肩を掴んできた元マスターに、嫌な予感が駆け巡った。

 

「怜治、ど、どうした?」

「――喰わせろ。なぁに、お前さんを構成するモノを喰えば、後はオラクル細胞が反応してくれるだろうよ」

「ま、待て、落ち着け、オイ服を肌蹴させるな!!」

「先っちょだけ、先っちょだけで良いから!!」

「この、たわけ!!」

 

 ぞっとする様な低い声で阿呆な事を言った割には思いっきり全力で掴みかかってきている怜治に対し、持てる全ての力をフルに使って顔面を殴り飛ばしたシロウは何一つとして間違いなんかじゃない。色々な身の危険を感じたのだ、流石に今のは撲殺しても構わんのだろう?と言わんばかりの、痛打であった。

 モロに食らって砲弾のように吹き飛び、轟音と共に壁に叩きつけられた怜治は、呻き声をあげながら、背中を摩っていた。ちなみに、恐ろしい事だが、そんな自体になっても何一つとしてテーブルや壁にかかっているタペストリー等の調度品には傷一つ付いていない。

 

「ぐぉおおぉぉぉおあぁ……本気でブン殴ったなお前さん……」

「冗談でも、二度と、言うな」

 

 本気で怖気が走ったのか、息を荒げつつ、二の腕を摩りながら鷹のような瞳で睨みつけるシロウ。

 

「あと、そんなに投影がしたいならナノトランサーを用いれば良かろう、アレなら投影の上位魔術と言っても差し支えない程万能だろうに」

 

 その言葉に、はぁぁぁああ、と大きな溜息をつきながら、怜治は言い放った。

 

「シロウ、お前さんは何一つとして判っていない。良くそれで電脳世界型主人公を務めてきたものだ」

「……何をだね? あと主人公とは何だ一体。自分の人生なら皆等しく主人公だろう」

「黙って聞け。良いか? 科学で到達出来るのも魔術や魔法が到達出来るのも、想像の理念があるからだ。だが、手段が決定的に違う。内に宿る力を持って事を成すのが術ならば、外に在る存在を持って事に当たるのが科学だ。想像は同じでも、創造方法はまるで違う。故に、俺は術を使いたいんだよ」

「…………良く判らんのだが、魔術は使えないと今しがた判明しただろう。おっと、私を喰おうとするなよ。その時は勝利すべき黄金の剣(カリバーン)を抜く事も辞さんぞ」

「それだよ」

 

 またか、と溜息をついて、投げやりに何がだと言ったシロウに、舌鋒鋭く怜治は突っ込んだ。

 

「その、カリバーンというのは、どういう風に書くんだ?」

「は? 書き方とは?」

「読み方はカリバーンだろう? だが日本語ではどう書くんだ? まさかカタカナではあるまい」

「……しょうりすべきおうごんのつるぎ、だが」

「それだよ」

 

 手を叩いて、人差し指でシロウをビッと言う擬音が聞きそうな勢いで指を差してから、うんうんと頷いて怜治は言葉を繋げた。

 

「良いか? ナノトランサーは、ナノトランサーだ。俺の持っている武器にカリバーンもあるしエクスカリバーも二種類ある」

「ちょっと待とうか」

「良いから先ずは話を聞け。だがな、グラール語でもそんな書き方はしなかった。良いな、グラール語でも日本語でも、俺が持っているものはあくまでカリバーンはカリバーンであり、エクスカリバーはエクスカリバーだ」

「……ふむ?」

 

 嫌な予感がしてきたぞ、というげんなりした表情を浮かべながら、シロウは相槌を打った。

 

「だが、お前さん、今さっき言った事をリピートアフターミー」

「……英語が壊滅的にダメなのはわざとだと思っておくが。しょうりすべきおうごんのつるぎ、だ」

「そう、それだよ。お前さん、投影魔術を扱う際にも、お前さんの固有結界も、全て横文字だの意訳だのがあっただろう。ほら、お前さんの固有結界、アンリミテッド・ブレード・ワークス、コレにもあるのだろう、別名が」

「…………無限の剣製」

「どこにワークスがあるんだよ。次、詠唱だな詠唱。ほれ、言ってみれ」

 

 何処か煤けた表情で、ボソボソと詠唱を紡ぐ元英霊は、何と言うか見ていて哀れな程、泣きそうな、笑いそうな、そんな半々の表情のまま、

 

「――I am the bone of my sword.

   Steel is my body, and fire is my blood.

   I have created over a thousand blades.

   Unknown to Death.

   Nor known to Life.

   Have withstood pain to create many weapons.

   Yet, those hands will never hold anything.

   So as I pray, unlimited blade works」

 

 ……本当ならば相当格好良い筈の詠唱なのだが、言っている術者本人のやる気とモチベーションと涙腺が悪い意味で限界突破していた為、何処からどう見ても独り言をぶっ放している怪しい中東人にしか見えなかった。

 だが、そんな状態の元サーヴァントにも容赦なく切り込んでいくのが、我らが主人公、元地球人の神薙怜治である。

 

「ほうほう。じゃ、ちゃちゃっと日本語で言ってみろ」

「――体は剣で出来ている。

  血潮は鉄で、心は硝子。

  幾たびの戦場を越えて不敗。

  ただ一度の敗走もなく。

  ただ一度の理解もされない。

  彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。

  故に、生涯に意味はなく。

  その体は、きっと剣で出来ていた。

 ……もう勘弁してください」

「駄目だ。俺が言いたいのは、だ。そんな格好良さげな言葉や意訳を使っての表現は魔術には許されても、科学では一切赦されないという事だッ!!」

「……実際やったんだな?」

 

 凹みながらも、せめて一矢をとばかりに必中させた言葉だったが、何故か怜治は嬉しそうにその通りだと頷いた事で、シロウは絶望した。まだ凹まされるのか俺は、と、生前の口調にすら戻りかけていた。

 

「寄りにも寄ってワイナールとエミリアから全部駄目出しされた俺がここにいるわけだ。良いか、科学通り越してSFな世界の住人の、滅ぶ筈だった者からは冗談だと思われて大爆笑され、有り得ないセンスを持つ人間からでさえ『カッコ悪いじゃん』と返された俺の絶望は計りしれんのだ!! 故に、俺は無茶だろうが無理だろうが道理だろうが全ての言葉を過去にして、魔術の習得を望む!! 厨ニ病でも投影がしたい!!」

「……ナノトランサーから取り出す際に、何か決め台詞を言えば良いのでは?」

「駄目だ。魔術じゃない。科学で許されるのはキャストが大型銃器を扱う際のコード名や武器名を叫ぶ程度だ。デューマンやヒューマン、ニューマンには赦されず、ビーストに至っては叫んだら巨大化がバレるから無言のまま巨大化する有様だった」

 

 もう何を言ってもこいつは魔術の習得を望むのか、と思うのと同時に、こんな奴が世界を何度も救ったのか、情けない。とシロウは滂沱の涙を流した。

 がしり、と襟首を掴み、真剣な表情のまま、怜治は強要した。

 

「さぁ教えろ、英霊ならば魔術回路位の一つや二つ、カパーっと開かせてみせろ。今すぐ教えろ、さぁ教えろ」

「もうホント、勘弁してください……」

 

 ガックンガックンと揺さぶられながら、シロウは泣いた。泣きに泣くしか無かった。

 そこに。

 

 控えめなノック音が響いた後、ドアが開いてセシリアが「ごきげんよう」と言いながら、入ろうとした。

 

「ファーロスさんとシロウさんにお話があ……って……」

 

 確かに、セシリアは見た。

 割と鬼気迫った表情で、護衛の襟首を揺さぶる異星人の姿を。

 割と本気で泣いている、護衛の姿を。

 

「あ。あーすまない、今少し立て込んでい――」

「何かしら大変だと思いますが、お二方共、頑張って下さいまし。では、ごきげんよう」

 

 そう言って、セシリアは歩くような速さで逃げ出した。

 

 結局だが、この後、魔術回路がオラクル細胞で再現出来ない事に加え、魔術の素養無しの判定を受けた怜治は相当時間凹んだ。

 勿論、とばっちりを受けたシロウは暫くの間、怜治の呼び出しには一切応じず、飯も自分のものしか作らなかった。

 全方向、誰にとっても得が無かった。




・中二病でも恋がしたい!はKAエスマ文庫から二巻まで発売しておりますが、この話とは何の関連もありません。


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EX―IS06 亡国機業01

原作が打ち切りになっていた為、完全にオリジナルです。
よって、亡国機業が絡む二章以降は、独自展開+原作イベントとなります。

注:プロットを見直した結果、変更は当初思っていたよりも僅かに留まる事になりました。


 大型の360度全方位対応投影型ディスプレイが、会議室と呼ぶにはやや大きめな部屋の中央に鎮座していた。

 ディスプレイに対する視認性を向上させる為に、一部の光を除いて電灯は消されている。

 そのディスプレイに映っているのは、

 

『やぁ。お前さんは誰だ』

 

 無人ISと相対しているセンクラッドと、それに付き従っているシロウであった。どうやら記録の再生をしているようだ。センクラッドを真正面からいる鮮明な映像と音声から、このデータが無人IS機に搭載されているものだという事が判る。

 空気が遮光カーテンのような重量感を持って、この部屋に降りているのは、何も人の多さだけではない。

 今いる全ての人間が、固唾を呑んで、再生されている動画を見守っている。そして何かアクションがある度に、手元にある各々によってカスタマイズされたPCにデータやメモとして打ち込んでいた。それは、人数の多さも相まって、機械がざわめいているように聞こえている。

 

「確か、この辺りか」

「はい」

 

 出口から最も遠い場所で座っている年嵩の男性が、声帯を押し潰したような声を発し、横に控えていた女性に確認を取った。視線はディスプレイに釘付けになっているのは、此処に居る全ての人間に共通している事だが、この男だけは、その中でも特異な雰囲気と容姿を持っていた。

 まず、両目がバイザータイプの義眼で有る事が、真っ先に特徴として挙げられよう。全身を余す事無く鍛えたその体躯は、決してボディビルダーのような筋肉の肥大化によって大柄に見せるのではなく、己の目的の結果として、その体になったというものを見せ付けていた。

 また、頭髪は短く刈り込まれており、義眼さえなければ軍人やそれに準ずる職についていてもおかしくはない、穏やかさと鋭さを併せ持つ独特の空気を纏っていた。

 男は、王である。ISという人類史上最も急激な変化を要求されたにも関わらず、それを正面から受け止め、飲み干した男は、紛れも無く裏社会と黒い政府や企業達の上に君臨する王だ。

 その横に付き従っている黒いスーツに身を包んでいる女性は、まるで一流のモデルの様な長身、豊かなバストにほっそりとしたウェスト、存在感のあるヒップやむっちりとした脚、そして豊かに波打つ金髪と、それらに見合った涼やかな美貌を持っていた。だが、纏う空気は自らの主と同様のそれだ。決して表舞台に立つ事が無い、王の為に裏側で暗躍する存在。それが彼女であり、この場に居る者達の内、約半数がそれにあたっていた。

 

『本当にやるつもりか? こちらの技術を見せればどうなるか、わからぬ君ではあるまい』

『売られた喧嘩は最安値で買い叩くだけだ。後で高値で売りつけてやるがな。それに服代の請求もせんと。あぁ、シロウは手を出さないで良い、この程度、俺一人で十分だ』

「止めろ」

 

 即座に映像の再生を中止されたのを見て、男は周囲にいる者達へ言葉を投げかけた。

 

「どう思う?」

 

 右手側奥にいた女性が手を挙げた。男は発言を許可すると、立ち上がって、

 

「先にあった記者会見とこちらの映像を照合にかけた結果、両者共に翻訳機を使用しての発声ではありませんでした。よって、センクラッド・シン・ファーロスとシロウにつきましては、言語能力が極めて高い種族だと判断致します」

 

 その言葉を発し終えてから五秒が経過すると、男は次へ促した。五秒の間に誰かが意見を出さない場合は先へ行くのだ。

 

「判った。次に行け」

 

 それぞれが持つ事実に齟齬が無い事を検証しながら、作業は進んでいく。

 しかし、その作業がすぐに止まった。理由は、無人ISに攻撃する直前のセンクラッド行動と言動だ。

 センクラッドは一度ISから視線を外し、空を見上げ、もう一度ISに視線を戻し、

 

『誰だと聞いて黙っているのは、まぁ、無人機だからという理由にしておくが。取り合えず、視ているお前さんに伝えておこう――』

 

「止めろ」

 

 即座に映像を中断させ、男は此処にいる全ての者へ疑問を投げかけた。

 

「どう思う?」

 

 先と同じ言葉に、しかし、それに答える者は誰一人としていない。有り得ないのだ。最初から無人機だと見破り、遠隔操作している者へ呼びかける事は、通常の人間では絶対に不可能だ。カマを掛けるのでもなく、淡々と事実を話しているとしか思えないセンクラッドの言動と能力は、常識の外のものであり、いっそ不気味でさえあった。

 

「推論を許可する」

 

 滅多に出ないその言葉に応じたのは、ミディアムヘアにカットされた金髪に、絵に描いたような好青年に10年程度の歳月を足したような男だった。その者は、表舞台では余りにも有名な人物だ。その名は――

 

「デュノアか……述べよ」

 

 表向きは彼の代で傾いたと言われているデュノア社の社長その人である。温和そのものという顔の造りはそのままで、

 

「まず、先に正しておきたい事が一つ。彼らを我々と同種と見ている点です。解剖でも出来るのならば別ですが、基本的には彼らは我々が知るあらゆる法則を覆す、という前提で進めさせて頂きます」

 

 その内容と声は驚くほど怜悧だった。だが、その発言からは些かの驚きも生まれず、むしろ納得するような空気を生み出し、物理的な重ささえある空気を緩やかに動かしていた。五秒程経過し、男は次を促す。

 

「続けよ」

「この後の映像で彼は自身の腕におよそ2000度前後の炎を宿し、素手で重金属タイプの装甲を砕き、対冷熱ケーブルを溶かし、綺麗にコア以外を破壊しました。その事から骨格、及び筋組織は通常重力生活可能ラインよりも9倍以上の強度と柔軟性を持ち、指向性バイロキネシス、及び耐熱皮膚を持っているものと推測されます。また、先の記者会見ではインターネットに常時接続している事を彼自身が述べていた為、彼は電流を扱う意思言語の読み取り、つまり電子ネットワークに介入する能力もあると見て宜しいかと」

 

 そう言って一礼し、着席をするデュノア。誰も声を発さない。それだけ予想の外にある発言だとも言えよう。

 しかし、誰も彼を非難する事や、否定する事も出来ない。

 以前にも似た様な事が有った。ISが世界へ発表した直後に開かれた会合で、殆どの者達がISを否定したのだが、彼はISが浸透する理由を幾つも挙げたのだ。その時は、彼の意見をその大多数が一笑に伏そうとした。

 だが、それは王が考えていたシナリオの一つに的中していた為、その発言は大きく取り上げられ、結果としてこの場に居る者達はその恩恵を有形無形で受けている。

 故に、今回もそうではないか、と考える者達は少なくは無い。

 デュノア社は彼のせいで傾いたと言われているが、それは彼自身が撒いた種の一つを自ら芽吹かせた結果に過ぎない。ラファールが再誕したように、彼があらゆる変化を的中させ続ける、その千里眼が曇らぬ限りデュノア社が潰れかけようとも、実際に潰える事は無い。

 彼の発言から五秒直前になって、一人が手を挙げた。

 

「補足という形で良いなら」

 

 王の横に居る美女が、そう発言すると、数瞬、ざわめきが入ったが、すぐにそれは沈黙へと変化した。幾つもの実働部隊を束ねる彼女が話の進行や確認以外で言葉を発する事自体が珍しい。基本的には、上から下される戦略的命令に従ってプランを組み上げて命令を下す事のみに終始している彼女だが、この場での発言は実に数年ぶり、とある作戦のキーパーソンを誘拐する際に怪我を負わせるか否か、その確認のみであった。

 

「ミューゼルか。良い」

「センクラッド・シン・ファーロスが浅草へ観光に行った際、織斑千冬とその弟へ家族について追求しかけましたが、その発言の直後、二人が反応する前に訂正を入れたとの報告が上がって来ております。人の思考も読み取れる可能性もあるかと」

 

 ざわり、と空気が戦慄いた。まさか、という声も上がるが、それよりも早くデュノアが手を挙げていた。

 

「確認ですが、生体電流を読み取る可能性も視野に入れるという事ですか、ミューゼル?」

「その通りよ。電子ネットワークに介入出来るとするならば、そちらも疑った方が良いわ。彼は普通じゃないのでしょう?」

「成る程、貴女が言うのなら、それは限りなく事実だと思えますね。私は、彼女の私見を支持致します」

 

 そう断じたデュノアの表情は、何時もと変わらぬ穏やかなままであった。

 ミューゼルと呼ばれた女性も艶然とした雰囲気を崩さず、むしろ胸を張って佇んでいた。

 

「続けよ」

 

 男がそう下した事で、センクラッド・シン・ファーロスの備考欄に、今までの『事実』が追加されていく。

 そうやって、検証と推論を交えた会合は続き、最後のシーン、つまり、センクラッドが無人IS機の砲台を蹴り上げた直後のシーンに入った。

 手を挙げたのは、デュノアやミューゼルではなく、黒髪を無造作に後ろで束ねた、陰鬱で神経質そうな顔の造りをしている青年だ。

 人嫌いで会話を嫌う彼が手を挙げた事に、周囲は驚きの表情を浮かべ、注目していた。倉持……という言葉が誰かの口から転がり落ちた。

 

「此処を見てくれないか」

 

 そう言って倉持技研の若き鬼才は、中央にある投影型ディスプレイに手を伸ばしながら指で広げる仕草をすると、センクラッドがビーム砲を掠めるようにしてかわしたシーンへと進み、彼の服装と皮膚がビーム砲に反応して赤い膜を作っている部分をクローズアップした。

 

「高熱量のビームに反応してシールドを張っている事から、彼自体には攻撃を通す事が可能だよ。自身が纏う炎よりも高い数値ならば、という条件がつくけどね」

「どの程度の攻撃ならば?」

 

 スコールがそう聞くと、不機嫌そうな表情のまま、少年にも青年にも見える年齢不詳の男が、虚空で何かを描いた。

 すると、甲高い電子音が各自のPCに鳴り響き、それを見るや否や、呻き声があがった。スコールは僅かに眼を見開いただけで、また直ぐに表情を戻した。

 

「確認するけど、貴方の予測最大値がこの数値という事?」

「予測最低値だよ。君が言ったんだろ。どの程度って。だから僕は最低限の数値しか出していない。今までの速度や攻撃、無人ISのリアルタイムでの損害報告(ダメージリポート)があったからこそ、ここまで予測出来たとも言えるけどね。彼女様々だよ、本当に」

 

 隠そうともしない、悪意を伴った言葉は、恐らくこの場にいる殆どの者達が大なり小なり持っているものだ。思惑がどうであれ、彼女が提供しているデータや映像があるからこそ、今回の会合を開催したと言っても良い。

 だからこその、悪意なのだが。

 

「それと、この直後、彼は空間に力場を発生させて、自身を固定化している。パッシブ・イナーシャル・キャンセラーともアクティブ・イナーシャル・キャンセラーとも違う、まさしく正体不明の力場。現存する計算式のどれにも当てはまらないものだった。空は飛べないかもしれないけど、これを何度も出せるのなら、空を走る事は出来るだろうね」

 

 まぁ、実際やってもらわないとわからないけどさ、と付け加えた彼は、何処までも苛立っていた。科学から真っ向対立するような、魔法のような技術を見せ付けられるのはこれで二度目だ。一度目はIS、二度目は異星人。

 ただ、苛立ちもあるが、実際にはそれ以上に探究心が渦巻いている。どうやったら再現できるのか、今の彼にはその事で頭が一杯なのだ。だから、他の事に割けるタスクは殆ど無いに等しい。それは例えIS学園からの新型機の要請だろうとも、王からの命令だろうとも、彼を動かす理由にはならない。彼の目的に沿った命令や指令が出せない限り、この男は絶対に動かない。文字通り死んでも聞かないのが、彼なのだ。

 

「それで、僕から皆に質問して良いかな?」

 

 皆と言いながらも視線は王に向けて、言葉を放り投げた倉持の全身を、殺意が全方位から突き刺したのだが、それを意に返そうともしないこの男の肝は相当据わっている。或いは、鬼才故に、そんなものを歯牙にもかけないタイプなのか、或いはその両方か。

 義眼でじっと見つめられても揺るがない彼に、王はゆっくりと頷いてみせた。

 

「彼の扱いをそろそろ判断して欲しいんだよ。ファースト・コンタクトからもう一ヶ月以上も経っている。このままでは埒が明かない。静観するにせよ、こちらから接触を図るにせよ、なんにせよそろそろ一度動くべきだと思うんだけど」

 

 この場に居る全員にそう問いかけているが、実際はただ一人、王に向けての言葉だというのは誰もが理解している。理解しているが故に、その不遜な態度に、周りが苛々させられているのだが。

 

「やれやれ、倉持の鬼才は白黒ハッキリつけたがりますね。彼が単独で来ている保障が何一つとして無い以上、賭ける事は出来ませんよ」

「デュノアの意見は静観って事だろ? そんなのは知ってるさ。ミューゼルが意見を持たないのも何時もだから良いよ別に。僕が聞きたいのは、この映像を3回も眺めて、頭付き合わせて出た結果は、以前と同じなのかって事」

「私は以前と変わりなく、静観ですよ。ミューゼルの話を聞いて、少し検証したい事が出来ましたので。静観している間は、一方的ですが協力は受けられていますしね」

「アレを現時点で制御出来るとは思えないけど。今後も彼女が攻撃をしたら、人類の総意と見なされる可能性だってあるだろうに。それに、アレとは絶対に相容れなくなるのは判っているだろう?」

 

 人類史上最大級の天災をアレ扱いした彼に、苦笑して首を振るデュノア。可能性の話ならば、現時点で行方が掴めない篠ノ之博士やあの異星人を捕える事は可能だろう。だが、今の技術では不可能に近い確率だ。彼女がその気になれば此処を特定する事だって可能だろうし、あの異星人の場合はISを駆使しても捕獲出来るかどうかすら危ういし、捕獲したところでその技術をどう物にするかが問題になる。そんな状態では手を出す方が自殺行為だ。故に、デュノアは首を振る。

 そして、そんな状態に陥っている事に、誰よりも苛立ちを感じているのが、倉持技研の鬼才だ。

 

「落ち着きなさい、二人とも」

 

 宥めるように言ったスコールの表情も、まさしく苦笑であった。一見すると激しく遣り合っている二人だが、実際にはこれはコミュニケーションなのだという事を知っている故に、他の人間よりは比較的静かな心境で見ているのだ。

 これが知らない相手であったら、価値があろうとも即座に射殺体になっていただろう。

 

「提案があるのだけど、宜しいかしら?」

「どうぞ」

 

 スコールの口調が若干砕けた風になっている事を受け、倉持が面白くもなさそうに答えた。これが丁寧な口調であったのなら、王に向けての言葉だという事がわかっているからこそだ。

 

「なるべく早い段階で、私が直接コンタクトを取るわ」

 

 空気が固形化した。千里眼も、鬼才も予想はしていなかったようで、驚愕の表情を浮かべて固まっている。一人を除いた全ての者達が、同様のそれを浮かべていた。

 あら、と首を傾げたスコールは何処か面白がるように、

 

「予想して然るべきだと思っていたけれど、そうでもなかったのね」

「君自身が動くとは思わなかったんだよ。代わり(スペアパーツ)が無いのに、動かれると面倒になった時に対処しにくいだろう? どうせならエムを使ったらどうだい?」

「今は、少しマズイのよ。あの子、ニュースで見ちゃったから」

 

 誰のニュースなんて言われずとも理解している。実際、この話は彼もある意味他人事ではないのだ。故に、エムが今どの状態に居るのかを理解した鬼才は、舌打ちで手打ちをした。

 デュノアは構わないよ、と頷いた。実際この場で戦闘力のみを図るのなら、スコールを凌ぐ人間は数人もいない。彼女が下手を打つことは万が一も無いし、打ったら打ったでそれすらも利用するのがデュノアの役割だ。今までもそうしてきたし、これからもそうするだけだ。

 

「言っておくけど、一度コンタクトを取ったら、確実にその姿はデータとして採られている可能性があるって事、忘れていないよね?」

 

 最初の記者会見で、スクリーンに自身の記憶からグラール太陽系星図や景色を投影した手法を指した言葉に、勿論と頷くミューゼル。

 

「で、接触してどうするのさ? 協力を仰ぐのか、技術交流を望むのか」

「それは彼の出方次第ね。少なくとも、敵対はすべきではないでしょう?」

 

 当然の回答が、確認の為の手順で有る事を見抜いているミューゼルに、なら良いよ、と手を振って答えた。

 それから時が5回刻み、王が口を開いた。

 

「では最後に。無人機のコアについてだが……ミューゼル」

「2つのコアはIS学園の最深部、Lv4エリアに秘匿、解析する事が織斑千冬の提案により決定、移送する時間帯は明日の午前3時過ぎに行われます。また今回の騒動は緘口令を敷いており、どこからも漏れるような事は物理的にありえないとの事です」

 

 言外には、口封じを含めているという事を示唆しており、その言葉は予定調和の響きが込められていた。

 この場に居る全ての者達が、当然だという想いを持っており、次いでの言葉も大して驚きはしなかった。

 

「尚、IS学園側の声明では、国籍不明の正体不明機2機がIS学園を襲撃、グラール太陽系星人と協同してこれを撃退、と」

 

 予想した通りの流れだった為、誰も何も物言いがつくことは無かった。それは王とて同じ事。

 表情に変化も揺らぎも無い王に、ミューゼルは一礼して報告が終了したという事を示した。

 

「今回はこれまでとする。IS学園に関してはデュノア、異星人に関してはミューゼルに一任する」

 

 立ち上がって王が体を翻すと、その場から消えるように居なくなった。ホログラフだったのだが、皆はそれには驚かない。ISの技術の御陰で、様々な新技術が生まれ、既存の技術でさえも底上げされているのだ、今更驚くような者はいない。それに、王が直々に姿を現す事等、ISの発表以降は滅多に無いのもある。

 こうして、姿形を変えて人類の歴史を紡いできた者達の、幾度目かの会合が終わりを告げる。

 だが、これが終わりではない。

 王が決めた二つの事、それ以外を決めるのは、今からなのだから。




今北産業+何処が変わったのか知りたい人向
・地位が低い楊さんこの場からリストラ
・今後のオリジナル展開への伏線
・王とスコールとデュノアと倉持以外全員ガヤポジ


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第二章:遭遇編
23:要請と細工とオラクル細胞の可能性


「IS国際委員会という組織がある。これは、国家のIS保有数や動向の監視、及び使用目的に準じているか否か等の判定を行う組織であり、IS学園も例外無くその裁定に従わなければならない。国連が国家間の調停役を務める組織に対し、こちらはIS全体を監視、裁定や調停役を務めている組織だ。特に、国を超えて保有数が偏るIS学園に対しての監査組織だと思ってくれて良い。国連についての説明は?」

「把握してる」

「そうか。委員会に所属する為の資格は四つある。一つ目はIS企業に所属しており、かつ一定年数以上IS作成の現場を経験しているもの。二つ目は、ISの知識の造詣が規定以上有り、国家代表を3年以上務めたもの。三つ目は、モンド・クロッソと呼ばれるIS競技大会出場経験者。四つ目は、各国の首脳陣が指名した国家IS戦略防衛大臣を務めているもの。尚、過去に経験があるものも含む」

「そんな規定があるのか。それで?」

「……今回起きた事件に関して、当局は重大な関心を寄せており、重要参考人として、ええ……グラール太陽系惑星人親善大使センクラッド・シン・ファーロス、及び……IS学園教師兼グラール太陽系惑星人友好調停者織斑千冬に、IS国際委員会日本支部、或いはIS学園にて会談要請が来ている」

「成る程成る程――」

 

 そこで、センクラッドは座っていた椅子の肘掛に肘を置いて、腹の前で手を組んで、言った。

 

「取り敢えず、千冬。もう一回その肩書きを言ってみてくれ」

「……あいえすがくえんきょうしけんぐりゃ、ぐらーるたいようけいわくしぇ……………………」

「ああ、うん、判った、俺が悪かった。涙目になるな」

 

 あの事件から数時間も経たない内に、IS国際委員会から呼び出しがかかったという旨をその翌日の朝っぱら、つまり日曜の朝午前8時丁度に千冬からの説明を受けていたセンクラッドは、

 

「俺はいつの間にか親善大使になっているのだが、一体どういう事だ?」

「彼らからしてみれば、そうなっているのだろう。そもそも調停者が私という時点で相当アレなんだぞ。交渉した事なんて数える程しかないのに」

「自分でそれを言うかね、普通。まぁ、お互い苦労するよな。あぁ、出頭するのは別に構わんのだが、二人だけか?」

 

 言葉の裏に、護衛(シロウ)はどうする?というものがあるというのを受け、気を取り直した千冬は、

 

「私の教え子で一人、腕が立つ者がいる。やや気難しい性格だがな」

「教え子? あぁ、ここの生徒か」

「いや、軍人だ」

 

 瞬き一つして、ほう?と言ったセンクラッドの内心は、今は遠くにあるグラール太陽系在住の頑固一徹キャストのフルエン・カーツやお姉さん系の皮を被ったガチ軍人キャストのチェルシーを思い出していた。あいつ等にゃ散々振り回されたな、と二人に聞かれたらお前が言うなと抗議されるであろう感想を心に浮かべている。

 

「その教え子なんだが、合流は何時だ?」

「既に此処の宿舎に案内済みだ。護衛を終え次第、この学園の生徒となる」

 

 その言葉を聞いたセンクラッドは、おや?と首を傾げて、

 

「……うん? 卒業生じゃないのか?」

「ああ、昔、一年間だけドイツで教官をやっていてな。その時の教え子だ」

「――君が、教官を?」

 

 黒テーブルに音を立てずに三つ分、珈琲を出して、センクラッドの横に座ったシロウが、千冬の言葉を聞いて興味を示した。

 意外な方向から言葉が来た事に内心驚きながらも千冬は、

 

「意外か?」

 

 と返すと、軽く唸りながらシロウが答える。

 

「いや、ずっとIS学園の教師をやっていると思っていたのでね。モンド・クロッソ大会優勝からこっちに来ていると思っていたんだが」

「調べたのか?」

「マスターが調べていたよ。検索バーに君の名前を放り込んでみたら、ペディアという情報辞典に項目が乗っていたそうだ」

「成る程、ペディアか……」

 

 どちらのペディアか判らないが、きっと普通の方だろうとアタリをつけて、それ以上追求しなかった千冬もシロウも気付いていない。

 センクラッドがオラクル細胞で無表情を維持したまま思い出し笑いをしている事を。

 アラガミ仕様により常時インターネット接続野郎と化しているセンクラッドは、網膜をディスプレイ代わりに使用しているので、周囲の人間には気付かずに情報を閲覧出来る利点がある。この発想は元居た地球でSF映画やアニメーションを好んで見ていた事で、その手の想像力が鍛えられた事に起因している。

 ちなみに、マトモじゃないペディアに千冬がどう書かれていたかというのを端的に羅列するならば、人類史上最強のブラコンとか、日本が誇る白騎士とか、人のような物体とか、必殺技は千冬ちゃんキックとか、フィンランドの白い妖精に接近した女武者とか、人類最終決戦兵器船坂ろ号とか、心臓にISコアを埋め込む事でISと結婚した女とか、千冬がISだとか、本気でロクな事を書かれていなかった。

 

「センクラッド、何処まで見たんだ?」

「ん? あぁ、第二回モンド・クロッソでボイコットした後は紆余曲折を経てIS学園の教師となっている、位だったと思うぞ」

「そうか」

「織斑教諭、取り敢えず、打ち合わせをしなければなるまい。何を言って何を言わない方が良いか、判断がつかないのが実状だ」

「確かにそうだな。無人機について映像を送ったのなら難しいと思うが……」

「無人機については映像に細工をするよ。流石に素のままの状態で送るのは、な」

「妥当だな」

「それと、恐らく何らかの手段を用いてセンクラッドを懐柔しようとする筈だ、注意だけは払っておいて欲しい」

 

 その言葉に、意味がわからんと眼をパチパチさせたセンクラッド。

 

「懐柔、と言われてもな。基本的に敵対姿勢を取ってない筈だが……」

「マスター、普通はあそこまで攻撃されては敵意を持つものだ。だから何かしらの手段を以ってこちらを懐柔してくる事自体は、多いに有り得る話だと思う」

「ああ、言われてみればそうだな。判った、気をつけておく。といってもどういうのが来るのやら。金か、食い物か、それとも女か、その全てか」

 

 そう呟くセンクラッドは、何処か楽しげだ。そして、その内心を余す事無く汲み取れたシロウは、頭痛がしてきたのか、頭を抑えてやれやれと溜息をついていた。

 千冬も嫌な予感が背筋を駆け抜けたのか、眼光と舌鋒を鋭くさせ、

 

「何か起きてからでは手遅れだからな。自重出来なかっただの、カッとなってつい、は無しだ」

「最近、千冬はシロウに似てきたな」

「最近、私はシロウの苦労が判ってきたよ」

 

 しみじみと言われてしまっては、流石にセンクラッドも何かにつけてどーのこーのが言えなくなってしまう。その為、一言だけで留める事にした。

 

「千冬、先に言っておく」

「うん?」

「正直すまんかっ――」

 

 皆まで言わせずにスパァン!!と虎印の竹刀を一閃させて、舌をガッチンと噛ませたシロウは千冬に顔を向けて、

 

「織斑教諭。マスターを独りにするのだけは絶対に避けたいので、私も付いて行って良いだろうか?」

「あ、あぁ、大丈夫だが……その、センクラッドは大丈夫、なのか?」

「シールドラインがあるから問題ないだろう」

「満開痛いぞ」

 

 舌を噛み切りかけたセンクラッドは、地を這うような呻き声を上げてテーブルに突っ伏していたが、シロウの言葉にはとりあえずツッコミを入れておかねばならんと言わんばかりに、痛みを訴えた。

 

「お前さん、シールドラインがあるからと言って、何でも耐えれるわけじゃないんだぞ。自爆したら痛いに決まってる」

「まずそうなった原因を考えて欲しい。そうすれば、そんな事は言えないと思うのだがね」

 

 完全にセンクラッドの負けである為、わかったわかったと手を挙げて降参のポーズを取るセンクラッド。

 じっとりとした眼でそれを見ているシロウとは視線を合わせず、センクラッドは、

 

「まぁ、取り合えずだな、何時にしようか」

「出来れば早い内に、と言っていたな。センクラッドが決めた方が良いだろう。向こうとしてもそう望んでいる筈だ」

「ふむ……映像に細工をする時間は取りたいな。最低どの位の期間取れば良い?」

「そうだな……突貫でやって来週の頭には出来るはずだ」

「そんな短くて良いのか?」

 

 センクラッドは思わず聞き返した。元の地球を知っている分、ISがあっても他の技術は余り進歩していないのでは、と考えていたのだが、千冬の言い分からしてみるとそうでもないようなので、驚いていた。

 

「一応ツテがあるからな、ある程度ならば誤魔化しも出来る。ただ、正直なところ少しでも長く取りたいのは本音としてはあるよ」

「ふむ……ん? あ、少し待ってくれ」

 

 うーむ、と腕組みをして、顎に手を這わせて考え込んだセンクラッドを不思議そうに見つめる二人。

 あーでもないこーでもない、と一人で何やら言葉を転がしていたが、不意に表情をニヤリと悪人のような笑みに変えた瞬間、

 

「却下だ」

 

 シロウと千冬の声が全く同じタイミングでセンクラッドに叩きつけた。

 その結果に、センクラッドは眼を丸くして、

 

「は? え、俺まだなんにも言ってないんだが」

「何となく嫌な予感がしたんだよ」

「私も同感だ」

「いや、お前ら仲良いな……いやそうじゃなかった。取り合えず話をしよう」

 

 微妙に嫌な予感を感じたまま、二人はセンクラッドの言葉に耳を傾けると、

 

「映像の細工は俺がやろう」

「は?」

「またお前ら同時か。仲良過ぎるだろう、常識的に考えて」

 

 と、のほほんな感じでのたまっているセンクラッドに対し、頭痛を感じている二人は珈琲を飲んだ。やたら酸味を感じるのはきっと豆のせいだと思い込む事でどうにか自分を誤魔化した二人は、

 

「普通、襲撃された者がする事じゃないだろう」

「学園側の非を自ら庇う形で持っていく方が有り得ないんだが」

 

 語る言葉の意味は殆ど一緒であったが、センクラッドはそれを首を振って否定した。

 

「前に言った筈だ。無人機が世に出回れば、この世界は終わりの無い大戦に突入する可能性が高いと。俺はそれを食い止めたい。まぁ、だからといって今後も俺を狙い続けてくるようなら、それはそっち側(人類)の総意と言う事にするとは思うが、それは今じゃない。だから、この件に関しては協力するのは妥当だと思うんだが」

「なぁ、センクラッド。そこまでしてくれるのは一体何故なんだ? この星が故郷に似ているだけで、そうなるものなのか?」

「千冬、理由はそれだけじゃない。というか、そこじゃない」

 

 むむ?と首を傾げて考えるも、当然答えは出ない。当たり前だ、殺害されそうになったのに、それを見逃し、更には細工まで手伝う程の理由なんて何処に有るというのだ。

 センクラッドは、真剣な表情で千冬を見つめて、言った。

 

「お前さんがいるからだ」

 

 スパーン!!と銀髪ロリ印のハリセンで即座に叩いたシロウ。絶対に言葉が足りていない事が瞬間的に察知出来たのだ。もうどうしようもないほど拗れさすつもりかこのたわけが、と内心ではあらん限りの罵倒をしていた。

 言われた本人は脳停止を起こしていた。

 

「シロウ、今のタイミングでどうして叩かれたのかが理解できんのだが」

「また言葉足らずで誤解を招く言い方をしたからだ」

「最初の接触の時に千冬が出てこなかったら、きっとこんな形にはならなかったと思うからこそ、言ったんだぞ」

「――あ、ああ、そっちか、成る程」

 

 頭を軽く振って、自身の中に植え付けられ掛けていた妄想を振り払う千冬。センクラッドがもし心の全てを読み取る力があったのなら、失礼ながら大爆笑していたに違いない。実際はそんな能力は無いので、ミラクル妄想神姫★ちふゆんというネーミングセンス皆無な渾名で呼ばれる事が回避され、センクラッドが撲殺されかけるバイオレンスな未来は回避出来たわけだが。

 

「他に何があるんだよ。千冬じゃなくて他の搭乗者だったら、例えば最初の頃のオルコットのようなタイプだったら俺が男と言うだけで見下していたかもしれんのだぞ? それを考えたら確実にベストな人選だったろうに」

「マスター、それならば、山田教諭でも良かったのでは?」

「いや、それは有り得ない」

 

 断言して、センクラッドは、インターネットで記載されている戦力情報を視ながら持論を展開した。

 

「まず生徒を出していれば、未成年に責任を丸投げしたとIS学園は叩かれた筈だ。この時点で楯無達実力者でも補佐程度にしか回れず、教師や従軍経験者が出撃せざるを得ない。もし敵対するような者だった場合、戦績を見た限りでは山田先生を含めた他の教員では荷が重いし、敵対しないとアピールしたいなら集団やチームで動く事は厳禁だ。交渉は一対一が基本だからな。故に、一騎当千の最大戦力をぶち当て、かつISコア間のプライベート通信で交渉役の言葉をその者が話せば問題発生に関するリスクはかなり低減される筈だ」

 

 まぁ、これは推論であり、確証は無い推測だがな、と締め括ったセンクラッドに、千冬は素直に感心していた。シロウも大分納得できる内容だった為、成る程と頷いており、正解は?という風に千冬を視ていたのだが、ここで千冬は大ポカをやらかしてしまう。

 

「成る程、あれはそういう人選でもあったのか」

「……え、違ったのか?」

「あ、いや、まぁ……」

 

 千冬が素直に感心していたので、コレは正解だろう、と思ってドヤ顔になりかけていたセンクラッドだったが、実は不正解だという事が千冬の言から判明した為、大分間の抜けた表情になっていた。

 シロウも、センクラッドの展開した持論には有る程度の信頼性があった為、まぁそうだろうな、と思っていたのだ。

 

「織斑教諭、本当はどういう人選で貴女が出てきたんだ?」

「え、いや、まぁ、その………………そうッセンクラッドが言っている事は概ね正しい――」

「……お前さん、咄嗟に嘘つけないタイプか。しかも想定外な事が起きると思考停止してしまって、アドリブには滅法弱いが、マニュアルさえあれば完璧にこなすタイプでもあるな。外面は良くても家に居ると自堕落になるタイプってそういう性質が多いんだよな、確か……で、何でそんなに判るのって顔をしているという事は、ドンピシャか。お前さんほんっとに判りやすいな」

 

 ズッバズッバズッバズッバと言い当てられた千冬は最早うろたえるしかない。思わずすがるような視線をシロウに向けるが、シロウは生温かい眼で柔らかく笑うに留めていた。ただ、若干頬が引き攣っている辺り、シロウもセンクラッドの容赦の無い性質切開には思うところがあったのだろう。

 救いの手がこの場からは出なかった事で、色々諦めて千冬は、

 

「私の友人がIS製作者だったからだ」

「は?」

「ああ、最初に言っていたツテはその事か。だが、それで何でお前さんが出てくる事になったんだ?」

「……色々あるのだよ、色々とな」

 

 哀愁漂う表情に、流石のセンクラッドも追求を止めざるを得なかった。

 千冬としては、一夏をIS学園に強制入学させた事に対しての嫌がらせも兼ねていて、束と親友だから困った時の天災頼みもあったんだ、なんて口が裂けても言えない。センクラッドはともかくとして、シロウが持つ地球人のイメージがストップ安付近まで低下する事は眼に見えているからだ。

 

「それで、どういう細工をするんだ? まさか映像を一から作るとかそういう事をするわけではないだろう?」

 

 尋ねられた言葉に対し、センクラッドは自身のこめかみを指でトントンと軽く叩いて、

 

「頭の中で想像して、それを映像として出力する」

 

 簡単だろう?と言ったセンクラッドは、本当に出来て当然のような顔をしていたが、二人はそうはいかない。

 唖然呆然と言った表情で、千冬とシロウはセンクラッドを見つめていた。

 

「ん? どうした二人とも。今説明しただろう」

「すまない、意味が判らないのだが、一体どういう事だ?」

「いや、だから、脳内でビジュアルを描いて、動画として再生するんだよ。以前記者会見ついでにグラールの惑星やデータを見せただろう。アレの応用だ。後はそのデータを皆でチェックして提出。俺からの提出だと言えば信憑性も高まるだろうさ」

「仮にそうだとしても、ISコアから抽出する作業がある。その擦り合わせも必要だろう」

「細工がどの程度入るかを教えてくれればそっちに合わせる事が出来る。問題ないさ」

 

 自信満々にそう言い切ったセンクラッドに、やや呆然としたままの千冬の口から、凄いな、と言う言葉が転がり落ちた。

 以前、といってもオラクル細胞を制御した後の話になるが、その際にやれる事が増えたかどうかを試す為、様々な事をやってみたのだが、その内の一つの『想像による身体の神機化』に応用が利くのではないかと思いつき、試行錯誤の末、自身の脳内の記憶や想像力で動画を放映出来るまでに至ったのだ。最初こそ二次元アニメのキャラクターを描くのすら四苦八苦していたのだが、回数をこなす事で3Dモデリングや実写まで再現出来る様になっていた。勿論、完璧ではない。人間の想像力なんてたかが知れているのだ。故に、元となる映像やデータ、実物や素材があればあるほど、精巧になっていくわけだ。

 

「ま、というわけで、ISコアから抽出した動画が欲しい。あと、細工要員だな。話の擦り合わせをせねばならん。それと、千冬が言う護衛とも顔を合わせたいから、そっちのセッティングも頼む」

「判った。手配しよう」

 

 そう言って千冬は懐から携帯電話を取り出すが、そこで眉根を寄せた。

 

「……センクラッド、圏外なのだが、これは?」

「ああ、すまん、外に出ないと電波の送受信は基本的には出来ない。一応防諜してるんでな。面倒だとは思うが、一度外に出てくれ」

「成る程。判った」

 

 そう言って千冬は立ち上がって部屋の外に出た。その後、シロウは感心半分、呆れ半分に、

 

「怜治、君の言っている動画再生の技術はグラール太陽系のものなのか?」

「いんや。アラガミだな。オラクル細胞と人の想像力を合わせたらこんなんできちゃいました、的な感じだった」

「君の発想力は凄いな……私を頼らずとも、変則的な意味では投影魔術も再現可能と言う事ではないか?」

「魔術とは全然違うよ。元になるデータや素体は絶対に必要だ。少なくとも想像力だけでは完成には程遠いレベルしか出来ないぞ。ただ、時間をかければかける程、精巧にはなるがな」

「そんなに違うのか?」

「ああ、やってみようか?」

 

 気軽に言われたので、見れるものならば見てみたいと頷いたシロウの眼は、子供のようなキラキラとした輝きを宿していた。その眼を視て思わず微笑ましく感じたセンクラッドは、まず眼を閉じて外界からの情報をシャットアウトする。

 記憶に残っている品々や人々の内、これは微妙になるだろうと思われるものを見つけ、集中し始めた。

 センクラッドの左腕が粘土細工のようにグニャリグニャリと練り込まれていくのを見て、シロウは思わず息を呑んだ。

 想像していたよりもずっとおぞましく感じるのは、やはり同じ人だからだろう。人の腕が眼に見えぬものに捏ね繰り回されているような変化を見て、良い眺めだと言う人物は殆ど居ないだろう。居たとしてもシリアルキラーや美しいものを美しいと思えず、醜いものを美しいと感じるような人間破綻者位だ。

 一分程経過して、ようやくといった感じで一息ついたセンクラッドは、自身の左腕を見て、あぁやっぱり微妙だと溜息をついた。

 シロウはまじまじと『それ』を見つめて、はて、どこかで見たような?と首を傾げた。少なくとも、赤い服ぽい何かを来た、人のような物体だという事は把握出来たのだが、肝心の顔がヘノヘノモヘ字だった事と、側頭部からニョッキリ角のようなものが飛び出ていた為、よくわからなかった。

 

「やはり巧くいかんな……」

「怜治、それは何だ?」

「遠坂凛だ」

 

 ぶはっ、と唾ごと吹き出したシロウに対し、眉を顰めて汚いと指摘したセンクラッドに、悪意は一切無い。遠坂凛というキャラクターモデルを使っていたあのウィザードに対しての印象は、その時は強かったかもしれないが、今となっては思い出すことも余り無いのだ。幾らなんでもその状態で似せようとするのは無理がある。

 だからといって、センクラッドがやらかした感は確実に否めないのだが。

 

「こ、これが、凛!?」

「何でそんなに驚くんだ? モデルが無いし、ムーンセルからアイツのデータを(強奪)パクる意味がなかったんだから、こんなもんだぞ、俺の頭の中の遠坂は」

「い、いや、幾らなんでもこれは酷すぎるだろう!! もっと特徴あった筈だ。こんな角みたいなものではなくて、ツインテールだったし、気の強そうな、ええとそうだ、猫のような眼差しだっただろう!!」

「そんな気炎上げて言う事の程かぁ? 其処まで言うのなら、少し待ってろ、反映するから」

 

 溜息をついて、しょうがねぇなぁと言いながら集中して、センクラッド的に反映させたものを見せると、シロウはビキリと青筋を立てて怒鳴った。

 

「猫のようなと言っただろう!! 誰が猫の眼にしろと言った!!」

「えぇー……何か居そうだろう、ネコトーサカ・カオス、みたいな?」

「みたいな? じゃない。何がカオスだ、自分で駄目だという事が判っているじゃないか。即刻やり直しだ、リコールだっ、リメイクだッ!!」

「……なぁ……コレはコレで面白いからアリだと思うんだが」

「な・し・だ!!」

「ええー、ナシかよ……」

 

 俺はモデリング担当じゃないんだぞ、とぼやくセンクラッドは、そういやアレか、遠坂凛とシロウは前世で何かあったような素振りを見せていたな、と言う事を思い出した。

 

「なぁ、シロウ。聞いて良いか?」

「なんだね?」

「お前さん、そんなに遠坂に肩入れするという事は、やっぱり前世で付き合ってたんだろう? 中身も似ているとかなんとか言ってたし、確かツインテールがどーのこーのとも付き合っていた女の数自慢でに言ってたよな」

 

 その言葉に、ピシリと石化するシロウに、あぁやっぱりか、と呟いたセンクラッドは、とりあえず意味もなく、シロウが復活するまで遠坂凛ぽいどを捏ね繰り回して遊び始めた。

 10秒ほど経過した後、シロウはコホン、と咳払いをして復活したが、

 

「では怜治、凛の事は置いといて、次に精巧に出来るモノの話をしようか。君の持っている……おい怜治、何で凛のツインテールがクルクル回っているんだ?」

「ギミック搭載してみた、どうよこれ?」

『ワタシ、ウィザード、トオサカリン。コンゴトモヨロシク。オモシロイ? ネェ、オモシロイ?』

「全然面白くない。というか何で顔はデタラメなのに声だけ似せられるのだ」

『ウルサーイ!! イイ、アンタハワタシノサーヴァント!! ナラ、ワタシノイイブンニハゼッタイフクジュウッテモンデショウーーー!?』

「止めろ、頼むから止めてくれ。でないと、人生初の元マスター殺しをしかねん」

「わかったわかった。まぁ、なら、アレだな。シロウの武器を投影してくれるのが一番手っ取り早いだろう」

 

 初めからそう言えと吐き捨てるように言ったシロウは、憤然としながらも干将・莫耶を投影した。

 それをテーブルの上にコトリと置いて、さぁやってくれと言わんばかりに顎をしゃくった。余程腹に据えかねたのか、眼光が鷹を通り越して紫電の如き鋭さを放っていた。

 遊びすぎたか、と内心で呟いたセンクラッドは、手にとって質感や長さ等を調べ、グラール太陽系で復元したそれとは外殻のみ同一で有る事を確認した後、剣を置いて両手を変換し始めた。

 音を立てずに変換されていくその様を、何と言えば良いのか。少なくともシロウにはそんな魔術や技を見たことが無い。

 

「こんなものだろう」

 

 そう呟いて両手をかざしてみれば、確かに、肘から先が干将・莫耶になっていた。シロウがそれに手を置いて解析すると、成る程、長さやモデリングに関しては干将・莫耶だったが、属性や概念に関しては異常(エラー)や読み取り不能(ノイズ)を吐き出していた為、本当に外殻のみしか象れないという事を確認して、

 

「成る程……確かに、投影魔術とは異なる。オラクル細胞が変質した結果が、コレなのか」

「そういう事だ。まぁ、解除するから手を退けてくれ。巻き込まれたら眼も当てられん」

 

 そう言って、センクラッドは両手を剣から素手の状態に戻して手をプラプラと振った。

 

「身体を変質させる事で、何か弊害は無かったのか? 例えば、世界の修正を受けるとか」

「うーん、想像力やデータが足りずに何かを模るのに失敗する事は多々あるが、元の身体に戻るのは今まで失敗した事は無いな。恐らくだが、呼吸とかそういうレベルと同じなんだと思う、元に戻す方がな。それで、世界の修正云々に関してだが、例えになるが、整形手術で如何に似せようとも、そいつはそいつだろう? 特に、俺の場合はオラクル細胞を使っての模造だから、俺として認識されてるんじゃないかな。一度もその手の修正は喰らっていないし――」

 

 と、そこで千冬がドアを開けて入ってきた為、一度話は中断だという風に、お互い視線でやりとりした後、同時に頷いて千冬に視線を向けた。



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24:護衛との顔合わせと食事会

 ドアのスライドする音で、千冬が戻ってきた事を受けて話を中断した二人は、入ってきた千冬を見てセンクラッドが、

 

「おかえり。少し遅かったがどうした?」

「スケジュールを調整してもらうのに時間がかかってな。擦り合わせに関しては明日以降になった。護衛に関しては、シロウと私の教え子でやってもらう事になりそうだ」

「判った。そうすると、顔合わせが必要だな。時間があるのなら今日でも構わんぞ」

 

 というセンクラッドの言葉に、腕時計を見ながら千冬は、

 

「お昼を挟んでから此処に集合で良いか?」

「ああ、それなんだが、千冬。一つ確認したい。俺達は食堂を利用してはいかんのか? 一緒に飯を食う方向でいきたいものだが」

 

 うーん、と唸る千冬。こうやって接している千冬なら、センクラッドがどういう人となりかはある程度理解できているのだが、周囲はそうはいかないのも、また事実だ。

 それに、襲撃された事もある。内部からの攻撃は有り得ないと断じたいが、外部からの攻撃も既に有り得ないという前提で起きてしまった事だ。勿論、再発防止の為、警備システムの再構築や見直しを図ってはいるが、センクラッドの協力も必要だろう。

 その事を指摘すると、センクラッドは至って軽く、

 

「何処ぞの生徒会長よろしく、襲撃してきたらその都度張り倒せば問題ないと思うんだがな、俺としては」

「こっちとしてはそういう事にならないようにしたいのだが……」

「まぁ、楽観視は出来ないのは判るが、食堂位なら問題は無いだろう。仮に一服盛られてもどうとでもなる――」

「マスター、余り無理を言わない方が良い。一定の確率がある以上、再発防止を兼ねて此処に留まるというのも頷ける話だろう。それに、君や私は大丈夫かもしれんが、織斑教諭や周囲に対する配慮はどうした? 万が一彼女達に危害が及べば、此方にも責任を問う声は確実に出てくるぞ」

 

 というシロウの色々な意味においての諫言に、ふむ、と顎に手を当てて、確かにそれもそうだな、と呟くセンクラッドだが、内心ではこの状況からどうにかして外に出ようと思考を巡らせていた。あの襲撃で今後、滅多な事では外に出歩けなくなる可能性がある。観光が一度切りなんて冗談じゃない、折角来たのだからもうちょっと観光したい、そう思っていた。

 ただ、無理を通してボロが出るのも厳しい話だとも思い至り、代案を出す事にした。

 

「なら、此処で昼食を採るか。その方が手っ取り早いだろう」

「え、良いのか?」

「イギリス代表候補生や史上初の男性操縦者も来たし、もう代表候補生以上や特殊な環境下に置かれている生徒なら良いんじゃないかな。ただ許可を出し過ぎると、今度は黛みたいなのばっか来るだろうし、線引きとしては候補生、或いは教職員からで良いと思うが。勿論、緊急時以外は山田さんか千冬を通してもらう、と言う事でどうだ?」

 

 そう二人に水を向けると、成る程、それが妥当か、と三者の思惑は一致した為、急遽、護衛2名と人類最強とグラール系最強の食事会が開催される運びとなった。

 千冬は教え子を呼びに行く為、再度外へ出て行き、シロウは昼食という事と、以前センクラッドが千冬に食わせるとセンクラッドが勝手に約束したコルドバステーキを作る為に厨房に入った。

 

「あー、シロウ。コルドバステーキは、ぶっちゃけサーロインステーキと同じやり方で良いぞ。俺はそうしていた」

「となると、焼き加減とソースが決め手になるのか」

「そういう事だ。塩と胡椒で整えて、後はそれぞれご自由に、で良いと思う」

「判った。それで、肝心の肉は? 冷蔵庫にはそれらしきものは見当たらなかったが……」

 

 ああ、すまんすまんとセンクラッドは椅子から立ち上がってカウンターテーブルの上に布を敷いてから、ナノトランサーからコルドバステーキ用の肉を具現化させた。

 布一杯に、ドンという重量感を伴って現れたそれを見て、シロウは軽く硬直した。大樽サイズの肉がドゴンと爆誕したのだ、流石のシロウもこれには驚き、思わず中華包丁を投影しながら、

 

「……これ、全部やれと?」

「まさか。俺がそんな勿体無い事をさせる筈が無いだろう。皮膚は取った状態だから、後は適当にぶった切って、使わない奴は布の上に置いてくれ」

「わかった。怜治、君はどの位食べるのかね?」

「まぁ、とりあえず4キロ位かな」

 

 どこのフードファイターだ、という突っ込みはこの場においては発生しない。

 ゴッドイーター≠アラガミ化した肉体は、常にハイカロリーを要求する。質量保存の法則が全く以って当てはまらないオラクル細胞だが、それ故に膨大なカロリーを消費してしまうのだ。

 文字通りゴッドイーターもアラガミも、喰らう事が生きる事に繋がっている故の、純然たる結果だ。

 勿論、シロウもその事を知っているのだが、やはりあの薄くて細っこい体躯の何処に入るのかというツッコミをしてしまうのも、仕方の無い事だろう。

 

「……毎度毎度思うのだが、太らないのかね」

「オラクル細胞様々だな。むしろもっと俺にカロリーをくれ、オラクル細胞が頑張り始めると腹が減るからな。質よりも量を重視にしても良い位だ」

「それを聞くと、料理人としては些か複雑なのだが……」

「あぁ、いや、別にシロウの料理の腕をディスったわけじゃぁ無い。お前さんの料理は宮廷料理を凌ぐと思っているしな。ただ、今の身体を維持するには、それなり以上のカロリーが必要なだけだ」

 

 ……そもそもシロウは料理人ではない筈だし、センクラッドの宮廷料理云々は心当たりはあれど、適当丸出しなのだが、この場に置いてその手の突っ込みは、やはり発生しない。

 シロウが料理に集中し始めたのを見て、暇潰しを兼ねてISの教本をナノトランサーから具現化して読み出すセンクラッド。実はまだ半分も読んでいない。何百ページもあるのだ。別に急ぐ事も無い為、時間をかけてゆっくり覚えれば良いと思っているのだから、のんびりするのも致し方ない。

 十ニ分程度の時間を置いて、ドアがスライドした音が耳朶に届き、千冬達が来たという事に気付いたセンクラッドは、教本をパタンと閉じて、首をそちらに傾けた。

 

「おかえり。意外と早かったな。それで、護衛の者は?」

「こいつだ」

 

 千冬が半身ずれ、護衛が視界に入ると、センクラッドは眼を瞬かせ、シロウは表情を変えずに、だが内心で、ほう、と声をあげた。

 白、ではない。煌々と部屋を照らす灯火の照り返しを受けて、綺麗な銀色に輝く髪を長く無造作に腰まで流しており、何処となく月を連想させるな、とセンクラッドは感想を持った。

 そのまま顔を見ると、冷厳の雰囲気によってただ幼いだけではなく、歴戦の戦士である事を想起させる赤光を放つ右目に引っかかりを覚えた。肌が透き通るように白く、髪の色や赤い眼は、確かアルビノといったものではないだろうか。

 実際はアルビノではない。アルビノの瞳はもっと不気味で、髪の色もそのまま色素が抜け落ちたようなパサついた色になる。血管が至るところで浮き出る様は、枯れた樹木を思い起こさせる気味悪さを持つものだ。

 ただ、センクラッドはそれを知らない。グラール太陽系でも、電子世界でも、極東支部でも、そして元居た地球ですらも、アルビノという存在は、聞き齧った、もっと言えば勝手に美化しているイメージ程度にしか知らないのだ。ただ、アルビノという存在が虚弱なものだというのは知っている分、IS有りなら強いのかと勝手に判断していた。

 また、センクラッドの先入観を手助けするように、その体躯は小柄で、頼りなく映った。

 そして極め付けは、左眼を覆う黒い眼帯である。

 片方の眼を失うという事は、その分視野が狭くなるだけではない。距離感が狂うのだ。戦闘はもとより、平時でも通常通りの生活を送れるかどうかというのは正直に言えば厳しい。

 センクラッド自身、左眼の制御に四苦八苦していた時代があり、その時点では左眼を無理矢理『閉じた』状態であった為、左側からの攻撃に対処しきれずに、左腕に装備していたシールドとシールドラインの防御でどうにか誤魔化していた時期があったが故の、印象だ。

 ISが持つセンサーの補助によって人の五感を代用出来るというのは既に知っているところではあるが、それとこれとはまた別の話だ。起動していない状態なら、よりそのハンデは大きくなるだろう。それは、ISに頼り勝ちになる者達の弊害だ。

 本当に大丈夫なのか、という思いがセンクラッドの胸中から表情へと映し出されると、それを敏感に感じ取ったのか、冷厳な表情を何処と無くむっとさせる少女。侮られたと感じたのだろう。

 だが、それを言葉にする事は無い、と言う風に黙っている少女から、微弱だが敵意がセンクラッドに向けて放射された。

 それを受けたセンクラッドは、あーしまった、表情に出ていたかと後悔した。オラクル細胞に命じて表情を無くさせてから、それを維持させ、千冬に視線を送ると、

 

「センクラッド、紹介する。私の教え子で、ラウラ・ボーデヴィッヒという。ボーデヴィッヒ、彼がセンクラッド・シン・ファーロスだ」

 

 その言葉を聞いたセンクラッドは椅子から立ち上がり、ラウラと呼ばれた白銀髪の少女へ歩み寄った。

 カツン、と靴音を鳴らして立ち止まったセンクラッドが、一礼して、

 

「グラール太陽系デューマンのセンクラッド・シン・ファーロスだ。お前さんには手間をかけさせると思うが、一つ宜しく頼む」

 

 と手を差し出した。

 僅かに驚いた表情を浮かべながらラウラは、差し出された手を握り返して、

 

「ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長のラウラ・ボーデヴィッヒだ。こちらこそ宜しく」

「隊長が来たのか」

 

 センクラッドは驚いた。護衛というのだから、相当強い手合いが来るとは思っていたが、まさか一国の特殊部隊の頂点を務める者が来るとは思っていなかったのだ。

 千冬がにやり、と何かしらを含んだ笑みをラウラとセンクラッドに向け、

 

「何だ、2人とも。センクラッド、お前からしてみれば小娘かもしれんが、腕は保障するぞ。ラウラは、地球の礼儀を知っているとは思わなかった、といったところか?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「大丈夫だ、意外そうな顔をされるのは慣れてる。というか千冬が1番最初に意外そうな顔してたじゃないか。さてはお前さん、同類が出来たと内心喜んでいるな」

 

 え?と表情を崩したラウラは、年相応の幼さが見えた。同時に、千冬の眼に動揺が走ったのを受けて、センクラッドは小さく笑った――つもりなのだが、オラクル細胞が無表情維持の命令を受けている為、それは出ずに、静かに突っ込む形となった。

 

「その顔、アタリだな」

 

 その言葉に、プイっと顔を背ける千冬。益々ぽかんとした表情になるラウラ。図星をつかれてこの表情をするという事を、ラウラは知らなかった。彼女が知っているのは、厳格な織斑教官だ。織斑先生でも、織斑千冬でもない。

 

「まぁ、それはそれとしておこう。ボーデヴィッヒさん。ISの強さは身体能力の強さに結びつかないという事を忘れていた。すまなかったな」

「……」

 

 他意が無いその言葉に今度は苦笑いを浮かべる千冬と、少し憤然とするラウラ。誰だって侮られるのは好きではないのだ。

 

「センクラッド。ラウラの戦闘力は何もISだけではないんだぞ」

「何?」

「ISを抜きにしても総合的な強さは群を抜いている。言っただろう、腕は保障すると。なんなら、一度軽く試合をしてみれば良い。すぐに判る筈だ」

 

 その言葉に、そうなのか、と呟いたセンクラッドだったのだが、それが拙かった。

 基本的に人というものは、そうなのかと言われれば、気の無い返事に聞こえ易いのだ。口癖とは言え、センクラッドの人となりを知らない者から見れば、至極どうでも良い様に聞こえてしまう。

 特に、今現在無表情を維持している事を早速忘却の彼方へ置き去りにしているセンクラッドは、悪意ある見方をするならば「細けぇことはいいんだよ。精々頑張って護衛でも何でもしてろチビスケ」という風に見えるものだ。

 故に。

 

「教官のご命令ならば」

 

 と、あくまで教官の顔を立てつつも、いっちょシメてやろうかこのアガリスク茸と思うラウラ。完全に私怨である。

 何だか既視感というか、ここの生徒達は皆気が短いのかねぇ、仕方ないがいっちょやってみるか、と思いながら溜息をつくセンクラッド。

 この場で無言のまま溜息をつくという事は「めんどくさい」の意思表示と取られてもおかしくはないのだが、やっぱり判っていない。

 割とドギツイ敵意というか、怒気をセンクラッドに向けているラウラだが、自ら飛び掛りはしない。千冬が試合と言ったのだから、それに相応しい場所でやるのが筋だと思っているからだ。

 しかし、そもそもの話になるのだが、この場に限っては殆ど戦いが成立する事はない。

 何故なら――

 

「織斑教諭とマスターのご飯は無しか。あーあ、折角上手に焼けたこのコルドバステーキ、勿体無いが廃棄にするしかないな……」

「やはり仲良くせねばならんな、人類皆兄弟と言うし、平和が1番だ」

「良い事を言うなセンクラッド。奇遇だが私もそう思っていたところだ」

「そうか、それは良かった……さて、そんなわけでボーデヴィッヒさんも飯にしようじゃないか。さあ行こうすぐに行こう」

「え? え? え??」

 

 何故なら、この部屋には一旦キレたら悪魔のような所業を引き起こす執事っぽい元英霊が居るからだ。イイ笑顔だが青筋を立てて睥睨しているシロウとは一切視線を合わせずに、ラウラの腕を引っ張り上げてリトルグレイ宜しく移動する千冬とセンクラッド。完全にダメな大人である。

 センクラッドが椅子を下げ、千冬がラウラを椅子に座らせ、センクラッドが椅子を押してテーブルに押し込んで、二人はそそくさと席に着いた。完全にラウラ、置いてけぼりである。

 それを見て、フンと鼻を鳴らしてそれぞれのテーブルにコルドバステーキが乗った皿やサラダをのせていくシロウの手際は、色々な意味で実に鮮やかだ。料理の腕も、マスターを御する腕も秀逸、この一言に尽きる。

 食欲をそそる良い匂いが皆の鼻腔に入り込むと、全員、思わず生唾を飲み込んだ。ラウラでさえ例外ではない。

 ただ、一際目立つのは、やはりセンクラッドの皿だけ、ドンと鎮座している文字通り肉の塊だ。

 眼を瞬かせて、その肉の塊とセンクラッドの身体を交互に見つめる地球人二名。その視線に気付いたセンクラッドは、

 

「燃費が凄まじく悪くてな。1回でこの位喰わないとやってられんのだ。あぁ、シロウはそんな事ないぞ。俺だけだ」

「そ、そうか……それにしても、よく喰うのだな」

「喰う時に喰っておくのがゴッ……じゃない、まぁ、アレだ、食べるのも仕事の内だからな」

 

 どんな職業だ、フードファイターなのかセンクラッドは、と思うのだが、流石に突っ込んでもかわされるのは判っていたので、曖昧に頷く千冬。ラウラは少し引いていた。

 

「――では、いただきます」

 

 シロウが、いい加減埒が明かぬので、と言う表情と共に添えた言葉に、全員が続いた。

 全員、それぞれナイフとフォークを巧く扱って肉を各々の一口サイズに切り分けて口の中に放り込むと、センクラッド以外は眼を見開いた。歯応えのある、だが噛み締めれば途端に肉の繊維が千切れ、そこから大量の肉汁とソースが滴ってくる、その絶妙さ。

 シロウの腕もあるが、コルドバの上質な肉を使ったのもあり、相当な旨みが口の中一杯に広がり、肉本来の旨みと香りが鼻へと抜けていった。

 無言のまま、千冬とラウラは腕が動くままに喰い始めた。

 

「旨いだろう。上質のコルドバ肉というのもあるが、調理師の腕も良い。コレで不味くなる訳が無い。そうだろう、シロウ?」

 

 と、自分でもビックリしているという表情を浮かべているシロウに、センクラッドは問いかけた。

 

「あ、あぁ……だが、予想以上だ、この味は一体――」

「コルドバはグラール太陽系ではポピュラーとされるが、その中でも上質な肉を俺は選んでいたからな。牛の等級で当て嵌めると、確かA3程度の筈だ」

 

 この言葉の意味を最初に理解したのはやはりシロウで、ううむ、と唸り声をあげて納得した。次が千冬で、成る程、と。残念ながらラウラは理解出来なかったが、それでも高価な食材だという事はわかったようで、パックパクと食べていた速度がやや落ちた。

 それを見たセンクラッドは、

 

「ああ、ボーデヴィッヒさん、おかわりはまだあるから気にしないで食べてくれ」

 

 そう言われると、些かバツの悪い表情を浮かべながらも、食べる速度が元に戻る辺り、根は正直なのだろう。微笑ましく感じるセンクラッド。

 肉とご飯とシーザーサラダをモッキュモッキュと食べるラウラに心を癒されているセンクラッドを尻目に、千冬はシロウに、

 

「コルドバの肉を調理した事が無かったのか?」

「基本的に食材を触らせてはくれなかったのだよ。ただ、それでも一通りはこなせるがね」

 

 少し失言だったな、とセンクラッドとシロウが思ったのは同時だったが、何食わぬ顔でセンクラッドが、

 

「そうだな。少なくともシロウの腕前は、王族にも通用する」

「ほう……」

「買い被らないでくれ、そんな経験は無いぞ」

 

 そうなのか?と言いたげな千冬の視線を受けて、苦笑しながらシロウは否定しようとした。

 が。

 

「何を言っているんだ、お前さん。毎日飯作っているじゃないか。俺に」

 

 呆れながらセンクラッドが呟いた一言で、空気が氷結した。限界まで眼を見開いてセンクラッドを凝視する三人。カチャカチャン、という硬質な音が二度響いたのは、千冬が手にしていたナイフやらフォークやらが皿に零れ落ちたからだ。

 あんまりな事実に言葉を失うしかない一同。特に千冬なんぞはセンクラッドの鳩尾にヒールをブッ刺していたりする分、もう何と言うか言い訳不可能である。

 黙々と飯を喰うセンクラッドだったが、三人が表情を凍り付かせたままずっと凝視してきているので、肩を竦めながら、

 

「冗談だ。食事を続けよう。王族というか、その類の者には面識があるだけだ」

「おい怜……マスター、君の言葉は時として心臓を突き刺す。この流れでその冗談は勘弁してくれ」

「すまんな。ただ、シロウの腕が通用するのは事実だぞ? 少なくとも、俺に出されていた料理とは比べ物にならん位お前さんの方が巧く作れる」

「……マスター……」

 

 それは言外に、王室と繋がりがあると言っているようなものなんだぞ、と内心で呻くシロウ。

 現に、恐る恐る、と言った風に、千冬がセンクラッドに、

 

「……センクラッド、一応聞いておくが、それも冗談か?」

「いや、これは本当だ。日本で言うところの天皇に政務能力を追加したような感じか。グラール太陽系に住まう者達にとっての象徴である幻視の巫女という者が居てな。ニューデイズを治めているグラール教の上役だ」

 

 さらっと言ったのだが、日本人である千冬からしてみれば、今のセンクラッドの発言でより重みが増したと言える。それは大日本帝國時代の天皇に通ずるものがあった。

 御陰で、千冬の食べる速度が極端に遅くなるのも致し方ない。

 

「どういう経緯で知り合ったのか、聞いても良いか?」

 

 思い切って千冬がそう切り出すと、センクラッドは少し苦い表情になって、

 

「昔、幻視の巫女を攻撃対象とするテロが計画されていてな。偶然それを知り得ていたので、防いだ事がある。それからの縁だな」

 

 その言葉に驚く千冬。重要人物に対するテロ計画が行われるというのが意外だったからだ。それに加えて、センクラッドがそれを知り得る立場に居たという事も驚いた点だ。

 

「テロ計画を、センクラッドが潰したのか?」

「そうだな。あの時の俺は、組織に属していなかったから、結構厄介だった」

「それはつまり、誰の助けも無しにやったと言う事か?」

「……ああ、そういう事になるか。もっと巧くやれたら良かったのだが、現実は厳しいものだと思い知ったよ」

 

 言葉少なに語るセンクラッドは、外部のテロと実の娘を利用して教団どころかニューデイズまでもを手に入れようとして、逆にテロリスト達に利用されて自滅した愚か者を思い出していた。

 実の父親に利用され続け、挙句の果てにはうっかり力が入りすぎて殺されるという、誰がどう見ても悲惨通り越して滑稽な末路を辿りかけていた幻視の巫女――ミレイ・ミクナを救えたのは、偏に元居た地球でそのゲームを遊んでいた知識、つまり『原作知識』の御陰だった。細部は違えど、あんな戯けたフィクション世界が実在するとは夢想だにしなかったな、と胸中で呟くに留めたセンクラッドに、千冬が、

 

「そんな重要人物を救ったという事は、もしかしてセンクラッドは英雄だったのか?」

「英雄は俺じゃない。俺がやった事は赦される事じゃなかったからな」

 

 苦い表情でそう告げたセンクラッドは、ミレイを救う為に左眼の力とデューマンの力を文字通り全力全開で起ち回った結果、グラール教の本拠地を半壊させ、0の桁3つ位間違えているんじゃないかと思いたい程の修繕費の幾らかを1年かけて支払った事を思い出した。あの時の星霊長――ルツは本当にうざかった。

 

「……ちなみに、それは聞いても良い類の事か?」

「端的に言うと、短期的に見るなら、教団を半壊させた」

 

 カチャン、と肉を切るナイフが滑ったのは、シロウだ。君は何て事をやらかしたんだ、という眼を向けられるが、仕方ないだろう、とぼやくセンクラッド。

 

「潜入して親玉と直接対峙するまでは巧く行ったんだが、そこで下手を打ってしまってな。結果として救えたから良いものの、種族的なバランスを崩しかけてしまったし、とんでもない金額を請求されるしで散々だった。だから、要人護衛ならともかく、救出までいくのなら余りやりたくはないな。特殊部隊に属する者達には本当に頭が下がるよ」

 

 と、ラウラに視線と言葉を投げかけるセンクラッド。だが、投げられた方はたまった物ではない。ラウラとてそんな任務についた事は無い。IS部隊に就任する前は確かに要人護衛や諜報任務をこなしてはいたが、そんな大立ち回りを演じるような任務はこの地球上の殆どの時期や地域においては無いのだ。IS部隊に属してからは専ら今年再開されるモンド・グロッソの競技用の戦術構築や機体のテストばかりだった。

 ので、困ったラウラは視線を千冬に向けると、首を微かに振っていた為、ラウラは日本人のような曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。

 

「短期的と言う事は、長期的もあるんだな?」

「まぁ、な。端的に言うと、後始末だよ」

「後始末?」

「テロ組織を潰した。余り昔語りをするのは好きじゃないんだ、これ位で勘弁してくれ。飯が冷めてしまう」

 

 と打ち切るセンクラッド。長期的に見ればどんどこ胡散臭くなるのだ、実績が。

 ミレイの父親に過ぎた野望を持たせた原因であるヒューマン原理主義者の集まり――イルミナスをグラールの英雄達と共にぶっ潰したり、イルミナスのせいで発生した外宇宙から飛来してきた生物を掃討したり、イルミナスの残党を殲滅したり、挙句の果てには今居るグラール太陽系人類と旧人類双方を救う為に、旧人類の王と一騎討ちしたり、破壊神を封ずる為に八方手を尽くしたりと色々信じられない要素がバンバカ出てくるのだ。流石に全てを語れば、騙りに聞こえるのは仕方ない事だ。

 

 二十分程経過し、食事を終えた一同は、カウンターテーブルに使った皿を置き、シロウはそれを食器洗浄器にかけていく。

 

「センクラッド」

「何だ? デザートは作り置きのシフォンケーキ位しかなかった筈だが」

「何でそれを知っているのかね」

「いや、そうではなく、後でそれも頂くが」

「……いや、まぁ、良いんだがね……」

 

 徐々に遠慮が無くなって来たな、とシロウは小声でぼやいたが、千冬はスルーして、センクラッドに、

 

「護衛の腕を確かめなくて良いのか?」

 

 と、先の試合をやらないのか?という質問に、苦笑するセンクラッド。

 

「お前さんが信用して寄越した者を疑うわけがないだろう。ボーデヴィッヒさんの実力と、お前さんを信じるよ」

 

 と、限りなく真摯な態度でそう返した。ラウラは眼をパチパチさせていた。てっきりこの後試合だと思っていたので、腹8分……どころか実際は満腹ギリギリだったのだが、とりあえず8分目という事にして、さぁ頑張ろう私、と気合を入れていたのだ。

 まさかの信用する発言をしたセンクラッドを見るに、嘘や誤魔化しは無いと直感的に判ってしまったラウラは、戸惑いを隠せなかった。

 教官……と呟いたラウラに、千冬が視線をやると、何処となく困った表情のラウラが居た。

 

「まぁ、センクラッドに悪気は無かった、という事だけ覚えておけ」

「何の話だ?」

「……成る程、了解しました」

 

 はて、何か言ったっけな、と首を傾げたセンクラッドを見て、大体の人物像を把握したラウラは、敬礼をして了解した旨を告げたが、千冬は首を振って、

 

「もう私は教官ではない。IS学園教師、織斑千冬だ」

「しかし、私にとっては教官ですが……」

「一旦それは忘れろ。私は教師だ、敬礼は要らない」

「わかりました」

 

 何か、忠犬に見えるなぁ、ボーデヴィッヒさんに犬耳つけたらビーストになるのかねぇ、と阿呆な事を考えているセンクラッドに、何やらまた変な事考えているな、と察知して呆れているシロウ。

 

「ああ、そうだ。すっかり忘れていた」

 

 そう言ってセンクラッドは、ラウラに向かってシロウを紹介し始めた。

 

「うちの護衛はそこに居るシロウだ。色んな意味で俺より強いから、連携して敵を叩く事になった時は遠慮なくこいつを使ってやってくれ」

「……その紹介はどうかと思うぞマスター」

「じゃあ、盾代わりにでもしてやってくれ」

 

 案の定、その紹介でどう使えと言うんだと表情で物語っている千冬とラウラに、シロウは嘆息して、

 

「マスター、やはり護衛を務めるもの同士、互いにどの位出来るかを見せ合いするのが1番だろう。マスター、部屋の状態を変えて欲しい」

「ああ、わかった」

 

 シロウの言いたいことを汲み取ったセンクラッドは、ドレッシングルームの扉の前まで歩み、唱えようとして振り返った。

 

「あー、千冬、ボーデヴィッヒさん、ISは所持しているかな?」

「勿論だ」

「はい」

「そいつは重畳――」

 

 と呟いて、脳内でイメージした場所を亜空間技術によって具現化させる為、瞳を閉じて、

 

「――ROOM-CHANGE:VRT MODE:PRACTICE Name:ARENA」

 

 と唱えると、扉が一瞬にして鋼鉄で出来た両開きの扉に変貌した。

 驚きの声を上げる千冬とラウラを尻目に、扉を両手で開け放つと、自室を模していた部屋の調度品が全てナノトランサーへと格納され、広さが一瞬にして500×500×500mの巨大なアリーナへと変貌した。



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25:披露と瞬殺と号泣と

作者は無所属です。均等(に好きな部分があり、嫌いな部分がある)という意味で。
千冬に対して劣化している印象を受けた方、先に謝っておきます、申し訳御座いません。


「これは、一体……」

「教官、ISでチェックしてみましたが、現在座標が全てunknown表記です」

 

 ラウラに教官ではない、というツッコミを忘れるほど、千冬は動揺していた。千冬だけではなく、ラウラも大分混乱していたが。

 一瞬にして周囲の風景が変わったのだ、どういう技術なのか判らないが、少なくとも常識の範囲外の出来事だという事だけは、はっきりと理解できた。

 

「さて。部屋の設定を変えて高さと広さを確保したが、コレ位で良いか?」

「あ、あぁ。これ位ならISを展開しても問題ない広さだが……これは、どうやって?」

「仮想空間を現実とない交ぜにする技術があるんだが、それを応用した。といっても流石に限度を超えた広さは確保出来ないし、空間にダメージを与えすぎると元の部屋に戻るしな。といってもそうなるには相当量のダメージが必要だし、こちらの装備は非殺傷設定にするから問題は無い筈だ」

 

 相変わらずぶっ飛んだ技術を持つグラール太陽系のそれを聞いて、絶句するしかない三人。センクラッド自身は、亜空間技術の歪みを幾度と無く眼にしていたので慣れているのは当然なのだが、周りはそうではなく、シロウとて例外ではない。自室が与えられているとはいえ、こういう状態へと変化を遂げるシーンは見たことが無かったからだ。正直に言えば、シロウの部屋で至近距離戦の捌き方位をやると思っていたのだ。

 更に言えば、殺傷・非殺傷設定の切り替えも出来るとなると、安全かつ確実に犯人を確保出来るという事。管理社会としてみると相当な技術を持ち得る事とも同義だ。

 

「それじゃあ取り合えず、シロウの強さを見てもらうか。シロウ、こっちに。千冬達はそこで待っていてくれ」

 

 そう言って、センクラッドがアリーナの奥へと歩んだ。何やら考えがあるという事を察したシロウは、動揺を振り払って追従する。

 約150m程歩いて、ピタリとセンクラッドが立ち止まった事で、此処が目的の場なのかと確認してきたシロウに頷いて、指をパチンと鳴らした。

 すると、シロウとセンクラッドが立っている間に、まるで列車が通るように、仕切りのような形でウェポンラックが横切った。その長さは500m丁度、つまりアリーナの横一杯に広がった事になる。

 シロウは至近距離でウェポンラックが通った事に心臓が大きく跳ねたらしく、胸を抑えながら、

 

「心臓に悪いから、こういう手法を使うのなら前もって言ってくれ」

「一度やってみたかったんだよ。まぁ、取り合えず、何の銃が良い? 使い方は大体同じだと思ってくれ」

「……広々とした空間で撃ち合いをするのは無理があるのではないか?」

「問題ない。地形は後で変化させる。千冬達がISを纏った後でな。市街戦をイメージしたものにするよ」

「ふむ。それならアサルトライフルとハンドガン、それとオーソドックスなファイティングナイフはあるかね」

 

 シロウにそう言われてはたと気付いたセンクラッド。アサルトライフルという分類がグラール太陽系には無かった事を。

 センクラッドは頭を掻きながら、

 

「あーすまん。アサルトライフルは無かったな」

「何? それでは中距離や制圧射撃の時はどうしていたんだ?」

「盾構えてとっとと突っ込んで斬るなり、ショットガンやマシンガンをばらまくなりしていたな。それかグレネードで面制圧したり。後はライフルや弓で弱点を撃ち抜くかだったぞ」

 

 あんまりな答えに二の句が告げられないシロウ。それを見ながら、センクラッドは網膜投影されているデータベースを使用して、目的の物を幾つか見つけて選択した。

 すると、ウェポンラックが音も立てずに移動し始め、シロウの眼の前で一丁のハンドガンのロックが解除された。手にとって眺めると、全体的に白銀色でコーティングされておりグリップ部分にはGRMと小さく刻印されてあった。

 しげしげと眺めていると、ラックが急速に移動して、今度はライフルがガゴンという音と共にロックが外れた。

 

「シロウ、一つ確認するべき事項がある」

「何だね?」

「今更だが、それ(赤原礼装)の実防御力はどの位だ?」

「本当に今更だな……ジェネレーターと直結してくれれば、供給次第で化けるとは思うが、今の段階では強化含めてそれなり、と言った処だ」

「――なら、ただのハンドガンとライフルとナイフとシールドラインだからな、今回貸すのは」

「? そうか」

 

 ただの、で引っかかたシロウだが、此処で聞くのは少々拙い可能性が有る事に気付いていた為、聞かずに会話を切り上げて、解析魔術を用いて装備の具合を確かめると、成る程、模擬戦用と言っても差し支えない程度の威力や防御力しかない。しかも、どの武器においても言える事だがフォトンを使用した通常設定と、相手を昏倒させる為の衝撃や電流を用いた非殺傷設定(スタンモード)の切り替えも御丁寧についている。ダガーはやや特殊な形状をしていたが、それでも似た様な形状のナイフを扱った事があるシロウにとっては、慣れてしまえば瑣末なものだ。

 ただ、シールドラインだけは着け方が判らなかった為、センクラッドに手伝って貰う羽目になっていたが。

 

「これで良し。ああそうだ。武器のモードをフォトンからスタンへ変更してくれ」

「判っているよ」

 

 手元にあるスイッチで切り替え出来るとは、これは相当便利なのではないか?と思いながら、スタンモードへと変更させたシロウに、センクラッドがカチリ、という音と共にシールドラインを起動させると、赤原礼装の模様の上に蛍光塗料のような緑色でコーティングされたシュールな元英霊が浮かび上がった。

 無言で、自身の概念武装に起きた変化を見、元マスターの顔を見、また一級品の概念武装を見てから、ジィィィィイっと元マスターの顔を見る元サーヴァント。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「いや、そんな顔されても……俺のだって同じ色だろう?」

「幾らなんでもこの色はセンスが無さすぎやしないかね……」

「そんな事言われてもな……通常のシールドラインの色はそれだから諦めてくれ」

 

 そう言われてしまえば何も言えず、項垂れるシロウ。落ちている肩にポンと手を置いて無言のエールを送るセンクラッド。中々にシュールな構図である。

 そして、いつの間にかセンクラッドも、データベースから呼び出して装着していた。左手にシールド、右手にセイバー、腰には二丁のハンドガンをマウントさせている軽装スタイルだ。本来は此処に鞭と短杖、そしてシャドゥーグとスライサーが入るのだが、手の内を晒す為ではない為、此処では割愛する。

 

「シロウ、今回の縛りは跳弾と術不可で頼む。設定がめんどくさい」

「強化もか?」

「あーいや、投影だけ不可で頼む。説明するのもアレだろうしな」

「了解」

 

 互いに準備が整ったという事を確認して、センクラッドは千冬達に声をかけた。

 

「おーい、ISを起動してくれー」

 

 のんびりした声でそう言うと、訝しげな顔をしながらも二人はISを起動させた。千冬は打鉄、ラウラはドイツ軍謹製機体『シュヴァルツェア・レーゲン』をそれぞれ身に纏ったのをウェポンラック越しに確認して、

 

「今から俺とシロウが模擬戦するから、くれぐれも見失わないようにな」

 

 益々怪訝な表情をする二人だが、その意味をすぐに理解する事になる。

 シロウとセンクラッドが背を向けて300m程離れた後、その変化は訪れた。

 

「いくぞ、シロウ」

「いつでも構わん」

 

 ISのハイパーセンサーが二人の声を拾い、ウェポンラックが凄まじい勢いで壁の中へ消えた後、唐突に地面が盛り上がった。

 

「な!?」

「これは――」

 

 それぞれが驚愕の声を上げる中、シロウとセンクラッドは落ち着き払った状態で武器を構えた。シロウはライフル、センクラッドはシールドとセイバーをだ。

 地面が隆起し、形が整えられていくと、どうやら市街地を想定したような、窓とドアがある建物が乱立しており、天井付近に黒と赤のメーターが表示された。それぞれがセンクラッドとシロウのシールドエネルギーだという事に気付いた時、戦いは始まった。

 ISのハイパーセンサーで捉えた結果だけを言うならば、シロウがライフルを3発発射し、センクラッドはその弾道を視てから前進して最初の1発目を盾で弾き、2発目はセイバーで斬り払い、3発目は斬り払った体勢を利用して、上半身を右に捻るだけで回避した。

 そのままセンクラッドは、シロウの元に行くのではなく、右手にあった建物の中へと駆け込んでいき、シロウもその場に留まるような愚を冒すことなく、自身の右手側にある路地へと走り出した。

 それに掛かった時間は、瞬き二つする程度。確実に人外の速度を出し、銃弾を斬り払う、或いは回避するという常人には絶対到達出来ない領域の一端を見た千冬とラウラは息を呑んで経過を見守っていた。

 互いに位置を悟らせないように、足音を極限まで無くす歩法を採りながら、互いが互いを想定しあう位置を目まぐるしく変化させていく。

 初撃が入ったのは、2分後、シロウからの一撃であった。

 路地裏のような狭さの道を注意深く周囲を伺っているセンクラッドの背後で風が乱れた事をオラクル細胞が察知し、振り向いて盾を構えた瞬間、横手からシールドを持つ腕を精確に狙い撃たれた。

 

「グッ!?」

 

 スタンモードによって衝撃が増大したライフルの一撃は手に痺れに似たフィードバックを起こさせ、センクラッドが持っていた盾を見事に取り落とさせる事に成功する。それだけではない、取り落として地面に落ち切るまでの短い間に、2射、そのシールドをセンクラッドが居る場所から窓を経由して建物の中へと吹っ飛ばした。

 背後の風は囮か、と臍を噛んで、

 

「――ちぃ、相変わらず悪辣だな、お前さんのやり方はッ」

 

 センクラッドは捻りを効かせた後方宙返りをしながら、腰に差していたハンドガンの引き金に左手をかけ、マウント解除する事無く、角度を調節して真上へと射撃した。

 ギィンという硬質な音と、風を切って飛来してくる音で、いつの間にかシロウが建物の上から足音を立てずに落下してきた事と、ダガーによってハンドガンの弾丸を弾かれた事を悟ったセンクラッドは、着地とほぼ同時に右手のセイバーでシロウの攻撃を受け止め、ホルスターからハンドガンを引き抜いて至近距離で撃ち抜く為に照準をつけた。

 バジッという音と共に、互いの武器が干渉し合うが、それも一瞬の事。

 センクラッドがシロウの顔面へとハンドガンを撃ち出すよりも僅かに早く、シロウが身体を沈ませて左足を伸ばすようにしてセンクラッドの右踝を蹴り付けたが、それを足を上げることでかわし、そのまま足を垂直に振り下ろして足を砕きにいく。

 それに対しシロウは、伸ばした足で地面を蹴って下がりつつ右手に持っていたハンドガンで眉間、右足、そしてセンクラッドが回避する左側へ精確に発射した。

 未来予知を持つかのような精密無比な射撃に舌打ちを一つ飛ばし、足を踏み降ろした反動を用いて、シロウの予測通り左側に身体を逃がしながら、セイバーでハンドガンの弾丸を斬り払った。

 だが、シロウの攻勢はまだ終わらない。

 一度下がったシロウだったが、着地と同時に一足飛びにセンクラッドの懐に飛び込んだのだ。それは以前、この世界にきて初めてセンクラッドと模擬戦した時に、センクラッドが見せた動きに近い。

 

「ハァッ!!」

「ちぃッ!!」

 

 セイバーとダガーがかち合い、肘と膝がぶつかり合い、それでも尚、ダガーの間合いを崩さずに徹底的にインファイトに持ち込むシロウの、今まで見た事が無い攻めの姿勢に、センクラッドは面食らいながらも危なげなく捌いていく。

 

「いつもとは違う動きも出来るんだな」

「いつもの攻撃だと面白みが無かろう?」

「言ってろ」

 

 密接距離ではセイバーを有効活用する事が出来ず、そのまま押し込まれていくかに見えたセンクラッドだったが、シロウは予期せぬ反撃を喰らう事になる。

 ナイフを突き出すと見せかけて一歩後ろに下がり、意図的に剣の間合いを作り出すと同時、シロウはハンドガンを腹部に向けて引き金を引く。引っかかっていればセイバーで反射的に斬ろうとしてカウンターを取れる、やられる側からして見れば非常に嫌らしいやり口だ。

 だが、センクラッドも幾戦もの戦場を潜り抜けた英雄足りえる実力者だ。

 ハンドガンの銃身を鈍器に見立ててシロウのハンドガンを弾いたセンクラッドは、そのまま銃身をシロウの顔面へと流れるように動かし、躊躇いなく引き金を引いた。それは、バランスを崩したシロウの額に見事に吸い込まれ、ダメージ判定を残した。

 

「グッ!?」

 

 よろけたシロウはセンクラッドがセイバーを繰り出すと予測して、ダガーを置くように斬りつけたが、それはセンクラッドが誘導させた動きだ。

 今度はセイバーを使ってダガーを封じるような動きを繰り出し続けるセンクラッドは、続いてハンドガンで顎を狙って繰り出すも、シロウもハンドガンで叩き落とし、お返しとばかりに叩き落した反動を利用して引き金を引いた。

 それを半歩右にずれながら回転する事で脇に当たる筈だった銃弾をかわし、セイバーで真横に薙ぎ払うもダガーに阻まれた。

 そこからハンドガンでの殴打を含めた至近距離の高速剣銃戦闘が始まった。

 千冬達は、ISを纏わずして高速戦闘を繰り広げている二人に見惚れていた。

 緑色のフォトンで構成された武器がぶつかり合い、銃器がかち合って火花が出たり、銃口から緑の華を咲かせる様は、ある種の完成された芸術にも思える程、美しく危険なものだ。

 数秒も経たずして数十合を超える打ち合いをし続ける二人は、既に人外の領域を二足も三足もすっ飛ばしている。

 フォトンの弾丸やセイバーや銃身が頬を掠めようとも、眼を見開いて戦うシロウは恐れを知らぬというよりは、眼付近に何かが来ても瞬きをしない訓練を積んでいるからだ。センクラッドの場合はオラクル細胞と左眼の御陰で眼を瞑ろうが開こうが関係無くなっているのだが。

 嵐の様にフォトンと火花を撒き散らしながら戦う二人だが、

 

「相変わらず、瞬きをしないのな、お前さんは」

「訓練すれば誰でも出来る芸当だよ。君もやっているだろう?」

「俺の場合はその必要も無くなっているからな」

「だろうな」

「ああ、そうだシロウ。もうそろそろコレをやめても良いか? ケーキが喰いたい」

「もうかね? 本当に燃費が悪いな君は」

 

 こんな会話の間も互いの身体に一撃入れんと両手両足をフルに使っての肉弾戦は、いっそシュールと言って良い。

 事実、千冬達がハイパーセンサー越しにそんな会話を聞いた時には、絶句していた。

 ガツンと、互いのハンドガンが交差して、しかしカチリという引き金の引いた音のみが響くと、二人は構えを解いた。内蔵されているフォトンが枯渇したのだ。こうなってしまうと宇宙船や自室に戻ってフォトンジェネレーターに接続しない限り弾は出なくなる。フォトンカードリッジ方式ではない内蔵型フォトンリアクターの弱点が露呈した形だ。

 

「こんなものか」

「そうだな」

 

 溜息をついて、互いの戦果を確認すると、シールドエネルギーの判定ではシロウ、怪我の判定ではセンクラッドに分があった。

 センクラッドは盾を持っていた左腕にライフルを喰らっており、継戦能力の大幅な低下という判定が下っていた。

 シロウはシールドエネルギー自体は減ってはいなかったが、顔面にダメージをモロに受けた為、通常ならば衝撃で気絶しているという判定が下されていた。偏に強化魔術を自身にかけていたから、気絶しなかったのだ。

 

「……まぁ、こんなものだな」

「そうだな」

 

 手札をこれ以上明かす事も無いだろう、という意味で両者共に頷き、センクラッドが指を鳴らすと市街戦用の設定が解除され、起伏が元に戻り、千冬達が肉眼で確認する事が出来るようになった。

 戦闘中に吹き飛ばされたシールドを回収すべく、落着地点に向けて歩くセンクラッドとは別に、シロウは先に千冬達の元へと戻った。

 

「私とマスターの実力は示せたと思うのだが、どうだろうか?」

「想像以上だったよ。皆あんな動きが出来るのか?」

「そうさな……少なくともマスターや私に比肩する者達は1000人を下るまい。ただ、全体で見ると極僅かに留まるのも、また事実だがね」

 

 1000人……とラウラが呆けたように呟いた。ISの機数の倍以上の者達が先の動きを出来ると考えれば、脅威以外何物でもない。

 救いがあるのは、センクラッドとシロウが友好的な人物だという事。

 これはきっちり護衛を果たさねばなるまい、と改めて決意するラウラと千冬に、シールドを回収し終えたセンクラッドが話しかけた。

 

「ただいま。何の話をしていたんだ?」

「センクラッドの強さは、グラールではどの位なのか聞いていたんだよ」

 

 その言葉に怪訝な表情を浮かべたセンクラッドは、シロウに尋ねた。

 

「うん? どれを話したんだ?」

「君とタッグマッチをしていた時の話だよ」

「……あー、アレか。というかアレはタッグマッチと言って良いのか?」

「事実だろう?」

「まぁ、確かにタッグだったが」

 

 若干複雑な表情と声色になるのは仕方の無い事だろう。シロウが居た世界ではムーンセルに閉じ込められて殺し合いを強制された際、勝者となろうとも、所定の手順を踏んだ者達とは違い、センクラッドは異質な存在だった。故に、サーヴァントや対戦相手を変えて巻き戻し、つまり最初からやり直しを喰らっていたのだ。普通なら敬遠する話題だ。

 それを判っていたのだろう、シロウも早々にその話題を切り上げて、

 

「それで、織斑教諭。ボーデヴィッヒ嬢の実力を示すのは、そちらで一騎打ちという形になるのか、それともこちらのどちらかと模擬戦をするのか、どちらの形でやるのだね?」

「勿論、私とボーデヴィッヒで戦わせて貰うよ。IS同士なら設定を弄る必要は無いしな。それと、これを」

 

 と、千冬が内ポケットから出したのは、IS学園で配備されているタブレット型端末だ。

 受け取ったシロウが、成る程、と頷いて、

 

「これでシールドエネルギーを見ることが出来るわけか」

「そうだ。半分を切ったら終了の合図が出る様に設定している」

「便利なものだな、それは」

 

 会話をそこで切り上げた千冬は、ラウラに向けて、

 

「遠慮はいらんぞ。第三世代ISとお前の力でぶつかって来い」

「はい、きょ……先生」

 

 危うくラウラは教官と言いそうになって、言葉を詰まらせながらも訂正していた。いずれ慣れるだろう、と千冬は思っていたが、ラウラは妙に恥ずかしくなっていた。教官を先生というワードに置き換えれば済むのだが、妙にシックリこないのだ。そう、例えるならば先生に向かってお母さんと間違えて言ってしまうアレに近いのかもしれない。

 それはともかく、伝説のブリュンヒルデの胸を借りれるのだ、高揚しない訳がない。少しでも良い処を見せて、成長したなと言われたいラウラは、気合を入れ直して自らを鼓舞した。

 スラスターを使ってふわりと浮いた二人が、ある程度の距離を離して、さてやるかと言う処に、センクラッドの声がハイパーセンサー越しに届いた。

 

『あぁ、二人とも。ちょっと』

 

 疑問符を浮かべてセンクラッドの方に向き直ると、何時の間にかセンクラッドとシロウは壁際までさがっていた。良く見ると、センクラッドとシロウの左腕にはシールドが装着されている。

 

『流れ弾には気をつけているから、こちらの事は気にせずにやってくれ』

「わかった。開始の合図はセンクラッドが言ってくれ」

『了解。それでは、始め!!』

 

 その声と同時に、ラウラはまず距離を取った。近接戦闘では無類どころか瞬殺されてもおかしくない技量差があるのだ、近接型には中距離以上を維持して手堅くいくのが鉄則、そうラウラは考えた。少なくとも、打鉄よりも速度が出る機体で対峙しているのだ、基本的には間違いではない。

 だが、千冬が呼び出した兵装を見て、その考えは誤りだと気付く事になる。

 打鉄の両肩に荷電粒子砲がマウントされ、両手でそれを支えた千冬が悪戯に成功した子供のような笑みをラウラに向けた。

 同時に、センクラッドやシロウも気付いたようで、

 

「近接ではなく、距離を維持した武装にしたのか。面白い事をする」

 

 公式大会において、千冬はただ一振りの剣で無敗を誇っていたのだが、だからと言って射撃武器が扱えないわけではない。射撃武器の特性や弱点を知悉せねば、如何にセンスがあろうとも無敗で居られなかっただろう。

 ただ、ラウラですらそれを知りえなかった。実際、千冬から教わっていた一年は、ISについての理解や扱い方を徹底的に学んでいたのだが、銃器に関してはノータッチであった。ISを用いての射撃のコツ程度はマニュアル化されていた為、必要無かったとも言えるし、怠慢とも受け取れたが、成果は出していたのだから、何も言えない。

 膨大な火力を持つ荷電粒子砲を避けようと予測を振り切る機動を描いたラウラだったが、それを嘲笑うかのようにロックオン警告が消え失せた。

 

「ガッ!?」

 

 消えたのではなく、ノーロックで当てて来たという事を知ったのは、一発目の直撃を受けてからだった。その衝撃にバランスを崩したラウラに再度、ロックオン警告が響くが、どうにもならずに直撃を受けて吹っ飛ばされると同時、シールドエネルギーが残り半分を切った事で、ブザーがアリーナに響き渡った。

 正しく瞬殺だった。

 

「……なぁ、シロウ」

「……なんだ、マスター」

 

 乾いた表情でその結果をタブレット端末よりも早く見抜いた主従コンビが、ぽつりと言葉を紡ぎ出した。

 

「大人気ないよな、千冬」

「大人気ないというよりも配慮が足りないと思うのだが。あぁほら、ボーデヴィッヒ嬢が静かに泣き始めたぞ」

「あちゃー……千冬気付いてないな、もう少し動きを見ないととか一向に変わってないとかトドメな上にブーメランだろう。仮にも特殊部隊の隊長を瞬殺するなよ……」

 

 目幅一杯に涙を溜め込んで俯いているラウラに対してあの仕打ちをしている千冬は全く気付いていなかった。あまつさえ、もう勝負ついてるからと言わんばかりにISを待機状態に戻しているのだから、ハイパーセンサーで感知する事も無い。流石は織斑一夏の姉なだけはあるな、と呟いたセンクラッドには一切触れずに、シロウが、

 

「あー……まだ気付かずに説教しているんだが……」

「IS解除しちゃってるしなぁ……大声出して指摘してやるのはボーデヴィッヒさんからしてみたら死にたくなるだろうし、どうすりゃ良いんだよ」

 

 どうすればって……と困惑するしかないシロウ。泣き止ますにも遠すぎるし、知らせるにも遠すぎる。ついでに言えばほぼ初対面の者が慰めるのも心の距離的な意味で遠すぎたのだから、こちらのやる事は一切無いとしか言い様が無かった。

 故に、生温い表情でセンクラッドに、

 

「……ところでマスター、テーブルと椅子を出して欲しいんだが。そろそろティータイムだろう?」

 

 そう進言したシロウ。完全に逃避行為であったが、センクラッドも何かもうフォローしようが無いからそれで良いかとばかりに、ナノトランサーから小型のテーブルと椅子、ついでに小型冷蔵庫に保存してあったシフォンケーキと、魔法瓶に入っている紅茶を取り出して、ささやかなお茶会を開き始めた。

 数十秒の間、無言でケーキをパクつきつつ、紅茶を飲んでいる二人は、互いに視線が微妙に千冬の方向を向いているのを確認したにも関わらず、

 

「シフォンケーキと紅茶って何で合うんだろうな」

「程好い甘さを引き立たせるからではないかね」

「しかし旨いな」

「そうだな」

 

 お互い上の空での会話なので、何処となく空虚なそれとなっている事に、互いに気付いてはいるのだが、千冬がどうフォローするのかを見ていたかったという本当にダメな理由によって無かった事にされていた。

 

「……あ、千冬が気付いてオロオロしだしたぞ」

「あんだけグズグズ泣いているのに気付かずに今まで得意気に説教していたのも凄い話だと思うのだが」

「今までどんだけ我が道爆走してんだよあの堕落教師」

「ボーデヴィッヒ嬢の立場が完全に無くなってしまったのにも気付いたようだぞ、どうやって言い訳するのやら」

 

 色々気付いたものの、泣いているラウラに非が無い事を知っているのは千冬自身が知悉していた。問題は、知悉しているからといってどう対処すれば良いのか判らないという点だ。

 特殊部隊の隊長に返り咲いた、所謂地獄を見て成長したエリートの根底を叩き折ったようなものだ。そんな経験した事が無い千冬が言っても、空虚なだけだ。

 

「あー困ってる困ってる。凄い困ってるな、千冬の奴。そこでハチミツ金柑喉飴取り出して包み紙から出すとか誰得なんだよ」

「……一応、泣き止ませようとするのは評価してもいいが、アレでは子供をあやすのと同じだろう。思春期の女子にする事ではあるま……食ったな」

「アレで持ち直したのか? 凄いなオイ」

「ボーデヴィッヒ嬢が何か言い始めたぞ」

 

 グシグシと顔をISスーツを纏っている手の甲で拭いながら、ラウラはしゃくりあげつつ、

 

「どうせ私は、ピエロですよ。教官の足元にも、及ばないのを知っていましたけど、本気でやられ、たら瞬殺というのも判っていましたし」

「い、いや、ボーデヴィッヒも良くやったと思うぞ、私を知るものならば距離を取るのは正しいし」

「荷電粒子砲で三秒以内に秒殺されました。近接戦闘なんてものは、無かったんです」

「え、ええっとほら、何と言うか、奇策を用いただけだ。それに、打鉄だと追い付くのが難しいからな、そこで倉持技研でテストを兼ねて依頼されていたものを使ったわけだ」

「そんなテスト段階の、武器で、やられたのですか、私は」

「く、倉持技研の鬼才自らが手がけたものでなっ。性能は第三世代に比肩しうる武装だ。ただ、燃費と連射性が悪いから、そこを改良してもらわないとダメだと思うが」

「いっそ私も、改造して、貰った方が良いのかも、しれませんね。護衛の実力を見せ付ける筈が、この体たらく――」

 

 言ってて泣けてきたのか、目一杯に涙を溜め込んでいたラウラは、グジグジとまた泣き出した。鼻を啜っている事も隠そうともしない。大分自棄になっている証拠だ。

 今回の戦いは初手から間違っていた。千冬は自身の実力を出す事無く、ラウラの実力を引き出せば良かったのに、それをせずにフェイント交えてのノーロック射撃からのロックオンシュートなんてやらかしたのだ。

 一年間鍛えた教え子をフルボッコにする方式は、使い方さえ間違わなければ上手に潜在能力を引き出す為のカンフル剤となるが、今回はそんなものではない。

 ラウラの中で半ば信仰化されていた千冬に対する偶像が、本日音を立てて崩れさった。それも、轟音を立てて。

 

「――あー、ボーデヴィッヒさん?」

 

 ぐじぐじと滂沱の涙やら鼻水やらで現在大変残念な事になっているラウラの耳に、遠慮勝ちだがはっきりとした声が入ってきたのを受けて顔を上げると、困った表情のセンクラッドが屈み込んで顔を覗いてきていた。流石にもう逃避しても意味が無いと悟ったのだ、どうにかして落ち込んでいるラウラを励まそうという心意気を持って、シロウとセンクラッドが歩み寄ってきた事にも気付けない程、ラウラと千冬は通常の状態ではなかった。

 無表情のまま、ティッシュペーパーの箱を持って、シャッシャッと音を立ててティッシュの紙を出してセンクラッドに渡すシロウ。最初は説得する方がシロウの筈だったのだが、シロウに「護衛の私が言っても意味が無いので、君自身が言うしかあるまい」と全力でブン投げてきた為、眩暈を覚えながら説得を快諾したという経緯があった。

 アラガミが居た世界でも似た様な事あったなぁ、アリサやカノンの時以来だよなぁ、と思いながらも、手際良くシロウから渡されたティッシュで色々大変な事になっているラウラの顔を拭いていく。手馴れたものである。

 

「あの堕落教師の全方向フルボッコは色んな意味で擁護出来んが、明日で良いから俺と手合わせしてくれないか?」

 

 予想外の言葉に、暫し硬直するラウラ。良いのですか?という視線に、頷くセンクラッド。

 

「今回は正直判定不可能だと思う。だから、俺自身の手で判断したい……千冬は教官向きでも全く以って教師向きじゃ無い事がわかっただけでも儲けものだ」

「ぐっ」

 

 言葉を詰まらせる千冬だが、睨む事は出来ない。センクラッドの言う通りだからだ。シロウに目線が合うと、肩を竦めて処置無しのポーズを取られてしまう。

 

「まぁ、そういうわけで、明日、また部屋に来ると良い。だから――」

 

 一度言葉を切って、言おうか、言わまいかを迷って、しかし結局は思い切って言う事にし、ラウラが零しかけている涙を拭いながら言葉を出した。

 

「――だから、そう泣かないでくれ。可愛い顔が台無しだ」

 

 シロウが吹き出しかけて慌てて顔を背けた。センクラッドもシロウを真似てキザったらしい事をやろうとして壮絶な自爆をしてしまった感を自覚している為、オラクル細胞に表情管理は任せて心の中ではのた打ち回っていた。心境を述べれば、もう泣きたい俺が泣いちゃいたいむしろ俺の存在が痛いといったところか。

 千冬は乾いた表情でセンクラッドをガン見していた。よくもそんな寒い言葉を、と思ったようだ。誰だってそう思う。

 

「……はい」

 

 ぎこちなく頷いたラウラは、泣き止もうとしていた。その様子にセンクラッドは内心はほっとしていたが、外面は相変わらずオラクル細胞で制御している為、無表情のまま、ゆっくりと同じように頷いてみせた。

 もう大分ヤケッパチになったのか、センクラッドは言葉を紡いだ。

 

「まぁ、お前さんはきっと、笑顔が似合う。どこかのタイミングで笑顔を見せてくれ」

 

 もう君は喋るな、私が笑死してしまうと言う風に、ヒクヒクと腹筋を崩壊させているシロウには後で説教をかましてやる、絶対に、と心の中で誓うセンクラッド。

 

「それは、命令ですか?」

「命令ではなく、自然にそう出せるようになれば良いと思っている」

「わかりました」

「あー、ごほんごほん、センクラッド。そろそろ時間だろう。明日また会うのなら、ここらで……な、何だ、何でそんな顔で私を見る?」

 

 そりゃそうだろう、と言わんばかりの英雄と英霊と教え子の冷たい視線にうろたえる千冬。センクラッド達の中では、一夏の姉という事が良く判った言葉だった。

 

「……まぁ、また明日な、ボーデヴィッヒさん」

 

 と言って、パチンと指を鳴らすと、ラウラの眼の前に扉が現れた。驚く二人に向けて、

 

「出口だよ。ここを開けて出て行けば、俺の自室から出れるよ」

「便利ですね……」

「便利すぎるのも考え物なんだがな。さ、もう行きなさい」

 

 そう言ってやんわりと急かすセンクラッドに一礼して出て行くラウラ。では私も、とそそくさと出て行こうとする千冬にセンクラッドは待ったをかけた。

 

「どうした、センクラッド?」

「一応言っておくが、後でフォローしとけよ。慣れない事をしたから舌が攣りそうになった」

「あ、あぁわかった」

「おい千冬、まさかお前さん、俺がフォローしたからとか考えて――」

「また明日な、センクラッドッ」

 

 バビュン、という効果音がつきそうな勢いで逃げ出した千冬を見て、深々と溜息をつくセンクラッド。

 気を取り直して、さぁあのキザ野郎に説教だなと振り向くと――

 

「あの野郎……」

 

 珍しくシロウも逃走していた。流石に腹筋崩壊してまで笑う事も無かったと思ったのだろう。ちなみに、シロウとセンクラッドしか居なかったら、確実に地面をダンダン叩きながらヒーヒー笑っていた。

 悪態をつきながら、指を鳴らして空間を自室に戻したセンクラッドの背中は、煤けすぎて真っ黒になっていた。




非殺傷設定について
ファンタシースターには、フォトンを用いた殺傷可能状態と、相手を気絶や機能停止に抑えるスタンモードが実際にあります。

アリーナについて
ファンタシースターにて亜空間技術の応用をまんま流用してます(ラグオルステージのアレです)


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26:合格と参入と

 翌日の放課後。

 自室を再びアリーナモードにして、センクラッドとラウラは対峙していた。

 

「ボーデヴィッヒさん。試合前に、お前さんの装備を教えてくれないか?」

「はい。射撃戦ではこの大型レールガンを使用し、中距離以下での戦闘ではこの6本のワイヤーブレードと、手首に仕込んでいるプラズマカッターで対処します」

 

 指で部位を指しながら話すラウラの表情は、表面上はいつも通りのクールフェイスだ。どうやら昨日の事は少しだけでも割り切ったようだと、内心ほっと一息つくセンクラッド。

 ちなみにシロウと千冬は此処には来ていない。二人とも自室で待機させたのだ。昨日逃げた罰をどうやって与えようかと考えてみたものの、思いつかなかったので待機を命じていた。

 

「ワイヤーブレードは鞭のように扱うのか?」

「はい。これらはPICを通して自在に操ることが可能です。集中力が必要ですが、ワイヤーブレードを扱いながらプラズマカッターやレールガンの同時併用が推奨されております」

「成る程、近付くにも遠ざかるにも、一度ワイヤーブレードの結界を突破せねばならないわけか……ああ、そうか、遠距離武装が少ないのは、一年が使えるアリーナの広さに制限がかかっているから、だったか?」

「良くご存知ですね」

 

 流石にそこまで知っているとは思わなかったようで、目を丸くして驚くラウラ。

 1年目は基礎訓練に明け暮れ、2年目からは基礎からの応用・発展、3年目では実戦に即した戦術や戦略構築と学ぶ分野がそれぞれ違う故に、使用するアリーナがそれぞれ変わっていくのだ。勿論、アリーナだけでなく、教室や講堂もそれに沿ったものが与えられている。

 

「最初に此処に来た時に、千冬からIS学園の教科書から機密情報を差っ引いた教本を与えられてな。まだ半分も読んでいないが、1章目にそう記載されていたのを思い出しただけだよ」

「成る程、そういう事でしたか」

 

 素直に感心するラウラだったのだが、センクラッドは微妙な表情になってきていた。敬語を使われるのがどうにも微妙に背中が痒くなるのだ。

 

「あー、ボーデヴィッヒさん?」

「はい」

「敬語は抜きで頼む」

「え?」

「敬語を使われるのは好きじゃないんだ。砕けた口調とまでは言わんが、普段の口調に戻して欲しい。勿論、これで何かを決めるとかは無いのは確約する」

「――わかった」

「よし。それじゃ、俺の装備を教えておこう」

 

 そう言うと、ラウラは一歩下がった。その行動に疑問を感じたセンクラッドが、

 

「どうした、ボーデヴィッヒさん?」

「いえ、昨日のようにウェポンラックが来るかと思ったので……」

「あー……そうだな、そこにいてくれると助かる」

 

 実際はアレは単なる演出だったなんて今更言えるわけもなく、仕方無しに何度もウェポンラックを左右に移動させてはナノトランサーから使用する武器を出したセンクラッド。自業自得である。

 色々装着したセンクラッドが、ウェポンラックを壁に埋め込むようにして引き上げさせて、

 

「お待たせ。さて俺の装備だが、実は見た目では判らない細工をしている」

「というと?」

「例えばだが、ハンドガンやセイバーは判りやすいと思う」

 

 左側腰部分にあったホルスターからハンドガンを引き抜き、右手は通常状態は一見して懐中電灯のようにも見えるセイバーの出力をオンにして、緑色のフォトンを具現化させた。

 

「視ていてくれ――」

 

 そう言うと、ハンドガンを構えて空間に撃ち込むと同時にハンドガンがホルスターごと格納し、左腕にシールドを瞬時に具現化させた。

 同様に、右腕のセイバーを何度か振るった後、セイバーを格納した代わりに鞭を具現化させて、前方を打ち据えた後、ラウラに顔を向けた。

 

「こんな感じに武器の入れ替えが出切る。ISの拡張領域みたいなものだ」

「成る程、瞬時に入れ替える事で、距離や戦術を多彩に使い分ける事が可能という事ですか?」

「敬語」

「あ。可能という事、か?」

「宜しい。そろそろ、始めるとしよう」

 

 そう言って、両手にハンドガンを持ったセンクラッドは、ダラリと腕を下げた。ラウラも、肩に乗せているレールガンを構えて、その時を待った。

 

「いくぞ」

「いつでも」

 

 その言葉の後、右手に持ってあったハンドガンを瞬時に照準を合わせて射撃し、直後に敵意が腹部に焦点を当てているのを視て、左手のハンドガンで予測弾道地点へと弾丸を撃ち放った。

 ラウラはレールガンを発射すると同時に、中距離を維持する為に空中に飛び上がった。

 レールガンの弾丸はハンドガンの弾を弾いて直進し、センクラッドは咄嗟の判断で左手のハンドガンを格納、シールドを構えた。

 ガゴォン!!という轟音がシールドに響き渡り、レールガンを見事防いだセンクラッドは内心では苦い表情を浮かべていた。最弱のシールドで防ぎきれるとは思ってはいなかったが、シールドラインのエネルギー低下が思った以上に大きかったのだ。勿体無い事をした、また補充に時間がかかるわけだ、そう思った。

 だが、それに対する感想を浮かべつつも、センクラッドはその場から一足飛びで7m程下がると、今しがたセンクラッドが居た場所にレールガンが突き刺さった。

 シールドではダメなら、とハンドガンに切り替え、左手で3射、右手で2射、それぞれラウラが回避するであろう予測地点へと放り込むように射撃した。

 だが、空中で制約はあるとはいえ、常識では考えられない程の機動を描けるのが、ISなのだ。

 急停止、急発進を用いての回避機動をしてくる敵と相対する事が殆ど無かったセンクラッドからしてみれば、あんまりな機動の描き方に思わずぼやいた。

 

「反則だな、その機動は」

 

 勿論、聞こえていたものの、ラウラが返事をする事は無い。それよりも迅速に攻撃を当てる事に専念していた。先の失敗を無かった事と配慮してくれたのだ、それに報いる為にも、此処で無駄口を叩く必要は無いのだ、という心境だ。

 ただ、空中に居っぱなしでは、千日手にも繋がりかねないし、そもそもが護衛としての能力を見せて欲しいというのだから、近接戦闘もやらねばならない。

 故に、数発レールガンを打ち込んだ後、回避行動を取ったセンクラッドに向けて、瞬時加速を行った。

 時間がゆっくりと流れ始め、だが数秒も立たない内に倍速状態になる意識の中、手からプラズマを放射して突っ込むラウラ。

 その刃が届く寸前、センクラッドは右手に持つセイバーで受け止めるも、力場相殺の為のフォトン維持が瞬時に出来なくなったセイバーがオーバーロードを引き起こし、ダウンした。

 驚愕の表情でラウラがセンクラッドの首元を薙ぎ払う形になってしまうも、センクラッドは表情筋一つ動かす事なく、ブリッジをする形で避け、そのままバック転をする要領でラウラを蹴り付けた。

 何気に、かつ地味に焦っていた為、常人ならば骨が砕ける勢いで蹴りつけてしまった結果、恐ろしい勢いでアリーナの端へとすっ飛ばされるラウラだが、どうにか持ち直して振り向くと、今度は二刀流という形――つまりツインセイバーに構えを変えたセンクラッドが眼の前に居た。蹴り付けた後、オラクル細胞を活用して腕だけで跳び、距離を詰めたのだ。

 それをセンサーで察知していたラウラは右手を掲げた。

 参ったという風に見て取ったセンクラッドは、こんなものかと軽い失望を覚えながらも、寸止めをするかと思った矢先。

 突然、身体が言う事を聞かなくなった。

 

「む!? これは――」

「アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。略称AIC。簡単に言うと、その空間一帯を限定的ですが停止させる技術です」

「ほうほう。と言う事は、初見殺しが出切る上に、一対一では相当優位に立てるな。AICをちらつかせて本命はレールガンとかも出来そうだ」

「はい。ただ、これは多大な集中力が必要な為、長時間維持出来ませんし、集中を破られたり、巨大な指向性エネルギーを持つものには通用しませ――」

「敬語敬語」

「あ」

 

 思わずセンクラッドが突っ込むと、しまった、とばかりに口を空いている左手で覆ったラウラ。それがいけなかった。

 

「お?」

 

 戦闘中の張り詰めていた空気がプツンと、一瞬だけ切れてしまったのだ。後はどうなるかなんてわかるものだ。

 AICによって前のめりになっていたセンクラッドの運動エネルギーが封じられていたのだから、

 

「しまった」

「しまった!?」

 

 同時に乗せた言葉は同一。だが、センクラッドは落ち着き払った表情でラウラに覆いかぶさろうとする我が身を、腕の振りだけで身体を無理矢理傾けさせた。

 そして、地面に手をつき、そこから大きく跳ねて、見事ラウラから3m程離れた場所へと着地する。

 危うくラッキースケベを発動するところだった、と内心とんでもない事をぼやいているセンクラッドだったが、気を取り直して武器を構えて振り向くと、ラウラは抱きとめようとでもしたのか、両手を広げて硬直していた。

 

「……あー、うん。その、なんだ、ありがとう?」

 

 首を傾げながら申し訳なさそうにそう言ったセンクラッドだが、余計羞恥を煽っているのに気付いているのかいないのか。居るんだろう、きっと。ただ、この手のシチュエーションは初めてだった為、取り合えず礼だけ言っておこうという、余計な心遣い溢れる言葉を放っていた。

 

「い、いえ。どういたしまし、て?」

 

 ラウラは微妙に混乱しているようだった。本来ならばあのままいけば激突する筈だった為、避けるよりも受け止めた方が心証が良いのでは?と、少しだけ政治的な配慮をした結果がこのザマだったのだ。

 微妙に居心地が悪くなるタイプの沈黙が数秒間続いたが、センクラッドが気を取り直して、 

 

「もう少し見極めさせてくれ。お前さんのワイヤーブレードを絡めた戦術を視ていない」

「しかし、その武器では……」

 

 というラウラの指摘に、そういや最弱のセイバーでやってたんだったと思い出したセンクラッドは、一度頷いて、

 

「日本にはこういう言葉がある。こんな事もあろうかと、という――」

 

 そう嘯いて、両手に持っていたセイバーをAランクの(ツイン)クレアセイバーに変更した。明らかにフォトンの凝縮度合いと握りが変化した事を受け、ラウラが、成る程、と納得した。

 余談だが、こんな事もあろうかと、をラウラはここで覚えた。日本の文化に対する誤解の一発目がセンクラッドだったのは、ほんの少しだけ黒い皮肉だろう。

 

「行きます」

「いつでも」

 

 最初の時とは今度は逆の言葉を用いた二人だったが、激突にはさしたる時間はかからなかった。

 ラウラが身体を錐揉みさせながらワイヤーブレードを3本、微妙にテンポをずらしてそれぞれ別の方向から放ってきたのを視ても、センクラッドは落ち着き払って敵意が自身の何処に放射されているかを確認した後、それをギリギリでかわすように、まずは右足と左足を置いていた場所を瞬時にスイッチして一本目を回避した。上から来るワイヤーブレードはやや強めの力を入れて左手のクレアセイバーで弾き、軌道をずらす事で最後のワイヤーブレードに当てさせるという離れ業をやってのける。

 本命のプラズマカッターを捌く時間を得たセンクラッドは、そのまま右手のクレアセイバーで受け止めると、接触部分を支点にしてすぐさま身体を横にずらして、フォトンの刀身上をプラズマカッターをすべらすように、つまり、バランスを崩させるように誘導した。

 見事、数瞬の時間、ラウラはバランスを崩した事を受けて、左手をハンドガンに切り替えて素早く2射するも、ハイパーセンサーでそれを読み取ったラウラは射線上にワイヤーブレード2本を置く事で防ぎ切り、残りのワイヤーブレードでセンクラッドを急襲した。

 

「惜しい」

 

 言葉と裏腹に感心した風な声が居た場所にワイヤーブレードが殺到するも、虚しく空を切ったと同時に、ラウラはハイパーセンサーで視ていた筈のセンクラッドが唐突に眼の前に現れた事に、驚きながらも反射的に右手のプラズマカッターで切り裂こうとしたが――

 

「な!?」

 

 センクラッドが持っていた筈のクレアセイバーが鞭に変更されており、それが自身の右手に巻かれている事に気付いたラウラ。

 センクラッドはそのまま力任せにラウラを放り上げて、左手のハンドガンで精確にラウラの胴体を撃ち抜いた、筈だった。

 だが、それは失策だ。ISは空や宇宙を自在に駆け抜ける事が出切る。一度空に浮かんでしまえば、PICとスラスターで姿勢制御して自在に飛べるのだから、意味が無い。

 案の定、フォトンバレットは宙を切り裂くに留まり、ラウラはお返しとばかりにレールガンを発射した。

 瞬時に鞭とハンドガンをクレアセイバーに切り替えたセンクラッドは、弾丸を十文字に切り裂いて、

 

「よし、ここまでにしよう」

 

 と呟いた事で、試合は終了となった。

 ラウラは至近距離でレールガンを切り裂かれて眼が点になっていた。近接戦闘に特化したIS操縦者でも同じ事をやれと言われてやってのける人物は数名しか居ない。音速の3倍以上の初速を持つ大口径弾を目視でX斬りするとは、とやや呆けていた。

 

「おーい、ボーデヴィッヒさん、何呆けているんだ? 一次合格だぞ、合格」

 

 両手に持つクレアセイバーを格納して手を軽く振っているセンクラッドの言葉に、はっと我に返ったラウラ。

 

「一次合格、ですか? ですが、私は一度も攻撃を当てられませんでしたが……」

「…………」

「……?……あ、し、失礼しましった、ええと、攻撃を一度も当てられなかったのだが……」

「俺の中の基準を満たしていたから問題ない」

 

 そう答えたセンクラッドの基準と言う言葉について、眉を八の字にして考え込むラウラ。普通は引っかかるだろう、基準とは一体どれを指し示しているのかと。

 

「まぁ、簡単に言うと、技術に振り回されていない、この場合はISに振り回されていない事だ。次に挙げるとすると、護衛対象の事を考えているかという点。抱き止めようとしていたからな。最後に挙げるのは、戦術設定にミスが無かったところか」

 

 少なくとも、考えうる最大限の想定をしていたように、センクラッドからは視えていた。少なくとも、こちらの行動を読もうとしていた節を感じ取れただけでもポイントが高かった。

 

「まぁ、二次があるがな、この後」

「何をすれば?」

「簡単なハナシだ。まずISを解除してくれ。そうしたら地形を変える。そこから今度は移動する俺を守る事に専念してくれれば良い。民間人を模したダミーとそのダミーに扮した暗殺者が幾つか登場するので、ダミーは攻撃しないでくれ。緊急時の判断はお前さんに任せる。結構しんどいと思うが、頑張ってくれ」

 

 言われた通りにISを解除していたラウラだが、その後の言葉に引っかかりを感じて聞き返そうと口を開いた瞬間、地形が変動した。

 しかも、いつぞやとは違って瞬時に形成された風景は、何処かセンクラッドが観光していた浅草の町並みに似ていた。似ているだけで細部は違うし、一部グラール太陽系のニューデイズにあるオウトクシティが混じっていたのは、宇宙船のサーバーに入っているデータを流用したからだ。

 鮮やかな水と紅の町並みの中に、様々な人種が投影され始めたのを視てから、のんびりとした足取りでゆっくりと歩み始めたセンクラッドに、慌てて歩調を合わせて歩むラウラ。ISを展開していない状態から護衛をさせ、緊急時という口ぶりから鑑みるに、知っているのだろう。通常、ISを展開する事は緊急時を除いて禁じられている事をだ。

 教本をしっかりと読んで、知識としてきちんと蓄えているセンクラッドに感心する一方で、苦々しく思うのはこの学園の実態だ。

 ISというのは建前はともかくとして、本質は人を殺し、軍を蹴散らし、国を滅ぼす事すら可能な、NBCR戦略兵器にとって代わった戦略兵器だ。

 それなのに、全てとは言わないが、大体の生徒達は建前を信じ込んでIS学園に来ているのだ。競技と言っても取り扱い一つ間違えれば文字通り命取りになりかねない兵器を扱う為の心構えすらなっていない。覚悟の決め方も判らない輩ばかりだという事は知ってはいたが、実際見るまではそこまで酷くは無いだろうと思っていたのだが――

 

「――フッ!!」

 

 センクラッドの斜め前方に居た日本人女性が、人ごみに紛れてセンクラッドに対してナイフを突き立てようとしていたのを見逃さずに、ナイフを持つ手首を横合いから掌底で上方に弾き、そのまま関節を極めてから投げ飛ばした。

 ゴギリという音と共に関節が有り得ない角度で曲がったのを確認するよりも先に、ラウラは懐からファイティングナイフを取り出して相手の首筋に突き付ける。

 思考が別に逸れていても、並列で物事を考え、行動出切るように訓練されているラウラにとって、この程度造作も無い事だ。

 

「お見事」

 

 そう呟いたセンクラッドが、パチンと指を鳴らすと、女性が煙のように立ち消えた。

 

「次だ」

 

 センクラッドがそう言った瞬間、前方から2名、横手の路地から1名の不審者がそれぞれ微妙な時間差でセンクラッドに走り寄ってくるのを察知したラウラは、まず前方の敵から対処する事にした。

 センクラッドの前に立ち塞がり、身体ごとナイフをぶつけてくる感じで体当たりしてきた男を、すれ違うようにかわしながら延髄に肘を叩きつけて弾みをつけた自身は前へと走り出す。

 ナイフを持っている女性の腕を取り、肘を脇に抉る形で突き刺し、ISを部分展開させてパワーアシストをオンの状態で残り1人へと投げ飛ばした。

 砲丸のようにぶっ飛んで横手から来た刺客にぶつかって動きを強制的に止められた二人に向けて、銃を取り出して構えたラウラに、

 

「成る程、一瞬だけ部分展開をしたのか」

「はい、こうすれば大抵は凌げますので」

「……うん」

「あ、いえ、その」

「普段から敬語の人種なのか?」

 

 その言葉に首を振って答えるラウラに、何故だと首を傾げるセンクラッド。

 シロウや千冬が居たら、無茶振りしているのだという事を指摘できるのだが、今は二人とも自室で待機と言う名のティータイムを満喫しているので不可能だ。

 異星人から許可が出たとは言え、タメ口でいきなり話せる人間は殆ど居ない。居たとしても空気を読めない者、空気を読まない者、適応力が尋常じゃなく高い者、言葉を上っ面のみで判断する者、このいずれかだろう。

 軍で生まれ、軍で育ったラウラにとっては、上官や民間人、重役諸々には敬語を使うのは呼吸をするのと同義な程度には染み付いているのだ。

 特に異星人という最重要ゲストに位置する者には粗相の無いようにしようとしていたのだが、それなのにセンクラッドはタメ口にしてくれとお願いしてきているのだ、そこら辺不器用なラウラにとってはやりにくい事この上ない。

 

「……まぁ、追々慣れてくれれば良いさ」

 

 犬っぽいと思っていたが、案外ネコっぽいなこの子、と思いながらセンクラッドは言い、ラウラは頷こうとして、ふとセンクラッドの背後から緑を基調とした服と金髪が特徴の男が迫ってきているのを発見した。

 しまった、会話中にも来るのか、と気付き、地を這うようにして走り寄ってセンクラッドの背後に回ったラウラに、男はナイフで斬り払ってきた。

 軌道を読み切って、相手の手首を蹴りつけるも、瞬時に手首を翻して足を斬りに来た男の行動に頬を引き攣らせながら、無理矢理足に制動をかけて避けたラウラの背中に冷たいものが走った。

 今まで受けた事の無い鬼気に当てられ、反射的にISを起動するラウラに、男はニヤリと笑みを見せて、手の中に合ったナイフをくるりと回転させ、後ろへ大きく跳び退った。その距離はおよそ15メートル。明らかに人の範疇を超えた動きに、ラウラは驚きながらもレールガンを向けて、気付いた。

 男が持っていたのはナイフではなく、矢だという事に。

 それに気付いた瞬間、男の左手に弓が出現し、引き絞って、持っている矢で射撃してきたのを、眼ではなく、センサーとワイヤーブレードを使って精確に三つの矢を叩き落した。

 

「やるねぇ、お嬢ちゃん、真正面からとは言え、オレの矢を叩き落せるなんてそうそう出来ないもんだ」

 

 軽薄な声だが純粋に感心したように言った男に、戸惑うラウラ。喋るとは思ってもいなかったのだ。

 

「何で此処に来たんだ?」

 

 少し驚いたような声色でそう問いかけるセンクラッドに、眉根を寄せて振り返ったラウラ。イレギュラーな事態が起きていると察知したのだ。同時に、あの男はどうやらターゲットではなく、生身の異星人で有る事も理解した。

 

「そりゃまぁ、面白そうな事やってるので見に来たついでに、大将にちょっとした返しをしたくてね」

「その返しというのは、恩も含めて、というところか?」

 

 眼を軽く見開いてヒュウ、と口笛を吹く男。

 

「よくわかってるねぇ。仕返しと恩返し、両方ってところだ。つーわけで、オレと一発、勝負してくんない?」

「日が悪い、また後で、とはいかんようだな」

「なんなら、そうさなぁ。その子と戦っても良いけど? 正面突破、久しぶりにやってみるのも良いし」

 

 その言葉に相変わらずだなと苦笑するセンクラッド。戸惑っているラウラに、センクラッドは表情を改めて、

 

「ボーデヴィッヒさん、少し方向性が変わるが、彼と戦って欲しい。二次試験はそれで終了にする。IS込みでやってくれ」

「良いのですか?」

「……だから敬……まぁ、うん、奥の手込みでやってほしい」

 

 その言葉に、あぁ、と理解したラウラは、男と対峙し、男は面白そうな表情でラウラを見た。小さい体躯だが、身に纏っている雰囲気は歴戦の勇士そのものだと言う事に気付いたのだろう。

 

「じゃ、一つ、お手柔らかに頼むぜ、お嬢ちゃん」

「ラウラ・ボーデヴィッヒです」

「オッケーオッケー。ラウラちゃん、ね。じゃ、やろうぜ」

 

 軽い言葉と同時に、眼にも止まらぬ速さで6本の矢を速射した男の腕は、明らかに人の領域を超えていたが、何本来ようともラウラはセンサーと視覚と聴覚を駆使してワイヤーブレードでその全てを叩き落し、お返しとばかりにレールガンを発射するも、軌道を見切られて回避される。

 それを何度か繰り返した後、男はラウラに、

 

「ラウラちゃん、千日手って言葉があるだろ?」

「同一の手を用いた、或いは反復する手段を用いての膠着状態を指す言葉、ですね」

 

 ラウラは飛来して来る矢を叩き落し、レールガンで相手の回避先に置いていくように射撃する。

 だが、避けて当然という風にヒラリヒラリと舞うように鮮やかに回避している男は、

 

「今の状況、そうだと思うかい?」

「違うと?」

 

 飛び道具と言葉の応酬の中、センサーを最大限に密の状態を維持して、何か異常があればすぐに知らせるようにしておく。あちこちに突き刺さっている矢以外、特筆すべき事項は無いのだが、彼は何を言いたいのだろうか、と訝しむラウラに、男は人好きのする笑顔を見せ、

 

「そういう事」

 

 と言った瞬間、ラウラの全身に強い倦怠感と眩暈が駆け巡り、グラリ、と視界が揺れた。

 

「な――」

「思ったより手強いんでね、毒を使わせてもらったよ」

 

 その言葉に偽りは無く、ラウラの身体は確かに異常をきたしていた。だが、ISには何の反応も無かった。神経系或いは別種の毒があったとしても、ISに保護されているこの身体を蝕む事は絶対に出来ない。

 元々ISは宇宙や深海、異常重力下でも活動出来る様に機密性や耐圧性は勿論の事、空気清浄もISのコアシステムには組み込まれている。

 鼻部分と口部分をISのエネルギーでパイプ状に繋げ、コアを通して二酸化炭素や有害な毒物を無害な酸素に変換して循環させているのだ。どんな毒物や気圧下でも死に至らないのがISの大きな特徴の一つなのに、今自身が陥っているのは紛れも無く毒によるものだ。

 がくりと膝をついて呼吸を荒げているラウラは、

 

「どうやって、毒を……」

「手品さ。さて、大将、コレはチェックメイトって言っても良いよな?」

「そうかな?」

 

 そう返したセンクラッドは顔色一つ変わらずに、平然としたままだった。その事に疑問を持つ男。以前敵対した際、毒の結界やイチイの矢の毒を用いた奇策で瀕死の重傷を負わせる事が出来た。あの時は仮想空間だったが、実空間でも同様の効果を与える事が可能だ。

 センクラッドがこの空間を支配していたとしても、その効果は満遍なく行き渡っている筈だと。

 故に、やせ我慢だと思い、弓に矢をつがえて1射、試しに撃ち放った。やせ我慢ならよろめきながらもかわすだろうと。

 しかし現実は違う。

 センクラッドの手に異形の弓が現れ、緑色に光る矢を放って矢を迎撃した様に、眼を剥いて驚く男。弓兵のクラス補正が失われているとは言え、英霊が放つ矢は基本的には必中の一撃だ。

 仮想世界ではともかく、現実でも同様にやってのけたセンクラッドの戦闘力を見誤っていたとばかりに舌打ちして、もう一度と弓をつがえた瞬間、身体が文字通り硬直した。

 

「な――」

「俺に気取られすぎだ。お前さんの相手はボーデヴィッヒさんだろうに」

 

 息を荒げながらも、その瞳には闘志を燃やしているラウラが、何時の間にか距離を詰めており、右手を掲げていた。なけなしの集中力を振り絞ってAICで空間を固定化させて動きを止めたのだ。

 レールガンを向けながら、

 

「私の、勝ちだ」

 

 と息も絶え絶えに言うラウラ。

 どんなカラクリかは判らないが、これを破るのは相当の労力が必要なのは確かだと判断した男は、手を挙げようとして、固定されている事を思い知って、

 

「わーった。降参だ。クソッタレめ。こんな切り札有りかよ。オレものっそいピエロじゃんか」

 

 とぼやいた直後、周囲に溜まっていた解析不能の毒素が掻き消えるように消滅し、ラウラの呼吸は元に戻った。

 急に身体が正常な状態に戻った事に戸惑いを覚えながらも、AICを解除せずに警戒しているラウラに、男は抗議の声をあげた。

 

「ちょ、コレ解除してくれよ、オレ降参って言ったんだけど!?」

「あー、ボーデヴィッヒさん、解除してやってくれないか? こういう事やらかす奴だが、割と大事な友人なのでな」

「割とってヒデェ、オレも頑張って一緒に戦った仲じゃんよ」

 

 ループの事を持ち出して抗議する男に苦笑するセンクラッド。

 殺しあったり主従の誓いがあったりと敵味方めまぐるしく変わった英霊の1人だったのを思い出したのだ。ある意味顔の無い王という異名の面目躍如だったな、と内心呟いて、

 

「まぁ、割とというのは冗談だ。お前さんもシロウも俺にとっては掛け替えの無い戦友だよ」

「あーやっぱさっきのナシ。言い方が気持ち悪い」

「気持ち悪いて……」

 

 絶句してしまうセンクラッドに、ラウラがおずおずと、

 

「ええと、解除しても?」

「あぁ、解除してやってくれ」

 

 些か投げやりな風に言ったセンクラッドの頼みを受けて、ラウラは掲げていた腕を下ろしてAICを解除した。

 身体に自由が戻り、感心した風に男は言った。

 

「すげぇな、アンタの宝具、対人じゃ無敵だな」

「ほうぐ?」

 

 何だ、ほうぐというのは、という風に呟いたラウラに、男は疑問を浮かべた。

 

「アレ宝具じゃないの? マジで?」

「ええと、ほうぐ、というのはもしかして、ワンオフアビリティの事ですか?」

「ワン……何だって?」

「ボーデヴィッヒさんが使うのは確かに宝具の一種だな。ここではそうは呼ばないがな。第三世代の技術だ」

「第三世代の? って技術!? アレが!?」

 

 と絶句する男。彼からしたら誰でも扱える能力として聞こえたのだろう。俺らの時代終わってるじゃんとばかりに嘆く男に、戸惑いを隠せずセンクラッドを見るラウラ。

 センクラッドは頷いて、

 

「二次も合格だ。これから宜しく頼むよ、ボーデヴィッヒさん」

「あ、ありがとうございます」

 

 戸惑いは有れど、無事に護衛を務める事が出切ると知ってほっと一息つくラウラだったが、打ちひしがれている男が気になるのか、チラチラと横目で見てしまう。

 それを感知したセンクラッドは、指を鳴らしてラウラの眼の前に扉を現出させ、

 

「さ、明日からかは判らないが、取り合えずここらでお開きにしよう」

「はい、ではまた明日以降に」

「あぁ、またな」

 

 そういってラウラを帰らせる事に成功したセンクラッドは、ジットリとした視線を男に送った。

 

「――で、このタイミングで現れたという事は、シロウに何か言われたわけか」

 

 その言葉に、口笛を吹きながら明後日の方角を見て誤魔化そうとする男に、

 

「そんなので誤魔化されんが。というかお前さん、わざと宝具とかぬかしやがったな。シロウから説明されてただろうに、よくあんなリアクション取れたものだな」

「まぁ、ちょっち情報出しすぎたかなーとは思ったけど、結果オーライじゃね?」

「じゃね? じゃねぇよ。全然オーライじゃねぇよ。これ以上宇宙船に人が乗ってるとバレたら冷や汗どころの騒ぎじゃなくなるんだぞ」

「まぁまぁ、しっかし大将、オレがシロウと話していた事知ってたのか?」

 

 疑問と言うよりは確認という口ぶりでそう聞いてきた男に肯定の意思を示すセンクラッド。実際確信を持ったのは相対してすぐの事だ。

 本当に仕返しをしたいのなら、前日のシロウとの模擬戦の時に死角をついて狙撃すれば事足りたのだ。いかにシールドラインとオラクル細胞の多重防御があるとは言え、通常の法則とは異なる破壊力を秘めたものに効くのか定かではない。

 概念武装という未知の領域にあるものを防げるかどうかはハッキリ言って試していなかったのだ。現に、シールドラインとオラクル細胞の多重防御をもってしてもイチイの毒は完全には防げていなかった。男が考えていた通り、やせ我慢だったのだ。

 オラクル細胞で表情を固定していなければ、それがバレていただろう。

 故に、男が放った矢を自身の弓で相殺出来た事に、誰よりも驚いたのはセンクラッド自身だったりする。あのシーンは遥か彼方の過去の力に、遥か彼方の未来の力が拮抗した瞬間でもあった。

 

「あのタイミングで仕掛けてきたからな。お前さんが本気で殺しにかかってくるのなら姿隠して狙撃だの、毒物使って暗殺だのやってくるだろうしな」

「うへぇ……そこまで読まれるとは」

「それで、一体どうしたんだ? ブラックモア卿の仇討ちではないとすると、この世界に降りたいのか?」

 

 その言葉に渋い表情を浮かべる男。

 初代マスターの事を持ち出されるのは想定の範囲内だったが、その後が頂けない、と言わんばかりに、

 

「まさか。この世界で役立てるとしたら、このハンサム顔だけだぜ?」

「良くそんな台詞を臆面も無く言えるな」

「事実じゃん」

「まぁ、そうだが。このままでは話が進まないのだが」

「ま、簡単に言うと、だ。大将、護衛役はオレも務めさせてくれないかって事」

 

 片眉を上げて、ほう?と呟くセンクラッドに、若干後退る男。微妙に顔が怖いのだ。

 くどいようだが、センクラッドの眼帯も相まって、インテリマフィアが浮かべるであろう、恫喝めいた表情を浮かべているのだ。普通は怖い。

 

「ちょ、そんな怒る事じゃないっしょ。マジで」

「いや、怒ってないんだが……」

「……その顔、素?」

「よくわからんが、多分そうだ」

 

 マジか、それは予想外の外、とやや呆然とした風に呟く男に、いい加減話が進まないとばかりに促すセンクラッド。

 男は頭をポリポリと掻きながら、

 

「んー、ほら、オレのマントは姿を隠せるじゃん。切り札としてオレが居た方が良いだろって事」

「それは、確かにそうだが。良いのか?」

「何が?」

「俺は……まぁ、お前さんやシロウ達全員に言える事だが、無理矢理データを引っこ抜いて蘇生させたようなものだ。それに、俺のせいでループに付き合わせた事もある。正直に言えば、恨まれこそすれ――」

「マジでそう思ってるなら、いつかのように遠慮なくシュパーンと撃ち抜くよ?」

 

 男が吐き捨てた言葉には、紛れもない怒気が孕んでいた。違うのか?と問いかけるセンクラッドに両手を挙げて勘弁してくれよと言いたげに、

 

「不平不満があるんなら、アンタの自室に速攻で攻め懸けてるだろうさ。皆が皆そうじゃねぇだろうけど、少なくともオレは感謝してる。宝くじがポンと当たったような、そんな降って沸いた第二の人生なら、今度こそオレはやりたい事をやるって、そう決めたんだよ、オレはね」

「……そうか」

「それに、アンタは敵だったが、オレのマスターでもあったんだ。ダンナの台詞じゃねぇけど、恨み言をいつまでもグチグチ言うなんざ、オレらしくねぇだろ?」

 

 と、そっぽを向きながら言う男に、眦を下げて、

 

「――ありがとう」

 

 頭を下げるセンクラッド。調子狂うなぁ、と頭をガシガシとかいて、男は手を伸ばした。

 それの意味を察したセンクラッドも手を差し伸べ、ガッシと力強い握手をする。

 

「ま、今後とも宜しくって事で」

「あぁ、宜しく」

「そうだ、大将、あんたの呼び名って此処だと違うんだろ? 何て名前なんだ?」

「センクラッド・シン・ファーロスだ」

「大将でいっか」

 

 覚え切れなかったのか、すっぱりと大将で通そうとする男に、センクラッドは半眼で見つめて、

 

「お前さん、一応言っておくがこの世界は地球と殆ど一緒だからな? 間違っても神薙とか怜治とか言うなよ? 百歩譲ってマスターかシンだからな?」

「だったら、オレの事もロビンフッドと呼ばないほうが良くね?」

「……それもそうだな……だとすると偽名か。安直で良いならロビンだが」

「もうちっとセンス良い名前にして欲しいんだけど」

「例えば?」

 

 逆にセンクラッドにそう聞かれて、うーんと唸ったロビンフッドが、

 

「ユーリってのはどうよ?」

「ユーリ? 日本人女性で居る名前だぞ?」

「あーそっか、んじゃもうロビンで良いんじゃね? 安直かもしんないけど返事しやすいし」

「そうだな、それでいこう。そろそろシロウ達も退屈している頃だが、お前さんは顔合わせでもしておくか?」

「ちょっと気張りすぎたし、今日はやめとく。当日までに顔合わせさせてくれれば良いよ」

「判った。あぁ、ロビン。俺の部屋に来るのはいつでも構わんぞ。逆にお前さんのところにも行くかもしれんがな」

 

 あいよー、と手をヒラヒラさせて自室へと消えたロビンフッド。

 センクラッドも、自室への扉を具現化させてドアを開け、戻った。

 これより幾日経ったある日、護衛として顔合わせをする事になった際、千冬が「まだ増えるのか……」と呟いたりしているのは、また別のお話。



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27:喜劇

注1:一部にコピペ改変があります。
注2:原作1巻ゴーレムI戦の焼き直しぽいのが入ってます。
注3:写真集の下りに関しては(それぞれの)公式(人気投票)を基に書いております。



 無人機との交戦で大打撃を受けた第3アリーナにて。

 織斑一夏と凰鈴音、そして篠ノ之箒は、再度、無人機と相対していた。

 瞬時加速を用いて零落白夜を当てにいこうとした一夏と、瞬時加速こそ用いる事はしなかったが、伸びやかな加速性能を用いて側面から斬りかかった箒だったが、見事に見切られ、一夏は振り回された腕に、箒は前蹴りでそれぞれ吹き飛ばされていた。

 何とか体勢を整えた一夏と箒は、

 

「強ぇ……」

「くっ、手強いッ」

「なんなんだよ、アイツは」

 

 眼の前のISに、苦戦を強いられている一夏達。退けば膨大な熱量のビーム、進めばコマのように回転しながらの土砂降りのような拡散ビームを放ち、鈴音の衝撃砲にもキッチリと迎撃してくるのだ。箒の銃器は掠りもしない為、今ではブレッドスライサー一振りのみを持っていたが、一夏と同様に、先程からいなされ、回避され、カウンターで蹴りを喰らったりしていた。

 お互いのシールドエネルギーの残量を報告しあって、このままだとジリ貧になっていつかは敗北してしまうという認識に違いが無い事を確認した後、

 

「で、どうすんの?」

「正直厳しいよな……まぁ、鈴や箒が逃げる時間位は稼げるぜ」

「馬鹿にしないでくれる? 新兵のあんたが逃げないのに、代表候補生のあたしが尻尾巻いて退散するわけないでしょうが」

「私もここで退く訳にはいかない。ここで逃げてしまえば、自分を赦せなくなる」

「そうか。じゃあ、おみゃえらの背中くらいは守ってみせ……」

「…………」

「…………」

『はーいカットー、シーン23からやり直しなー』

 

 低音ボイスが通信機からそれぞれのISへと流れ、一夏と箒はガックリと肩を落とした。同じ箇所でまた台詞を噛んだのだ。

 頭を掻き毟る勢いで抱え込んだ鈴音の絶叫がアリーナに木霊した。

 

「だああああああんもおおおおおおお!! どうしてそこで噛むのよ!!」

「どうしてって……力量差で考えて俺や箒は守られる立場だろ、普通に考えてこの台詞、不自然過ぎるし」

「そんな事知るかッ!! 男なんだから『鈴、お前は絶対俺が守ってみせるっ』とか言ってみなさいよ!!」

「首ッ首ッ締まってる締まってる!! ロープ、ローーープ!!」

 

 喧々囂々というよりは鈴音が噛み付き、一夏がタジタジ、箒はオロオロという状態を見て、今の今まで無人機役をだまーってこなしていた千冬はポツリと、

 

「こんなの悪い夢であって欲しい……」

 

 と呟いた。

 

 時は49時間前まで遡る。

 一夏、箒、鈴音、セシリア、真耶の5名は、センクラッドの自室に集合という指令を受け、集まっていたのだが。

 

「うーん……」

「むぅ……」

「難しいわね、コレ……」

「ええっと……」

「これを、覚えないといけませんの?」

 

 戸惑いの声をあげている5名に、センクラッドは腰に手を当てて勿論だと頷いた。

 センクラッドが作った『台本』をたった今渡されたのだ。

 読んでみれば、成る程、今回の無人IS機騒動をどうにか揉み消す為に『劇』をやれという事か、と全員が納得し、だが戸惑いを覚えていた。

 IS学園に所属している以上、生徒会と織斑千冬の命令は絶対だ。それに、ここにいる全ての者達はあの事件の当事者であり、この劇が含んでいる意味を正しく理解してはいるのだが……

 

「あたしが知っている一夏はこんな事言わない」

「私が知る一夏もこんな事言わないな」

「わたくしもそう思います」

「俺も、シラフでこれを言うのは、ちょっと……」

 

 と、台本の流れはともかくとして、細部に関しては微妙だという結果に落ち着いていた。

 センクラッドは、むむ、と眉を寄せて、

 

「どのページだ?」

「ええと……64ページの所、かな」

「何……え、そうか? 一夏なら言いかねないと思ったのだが」

 

 不思議そうに呟くセンクラッドに、一夏はちょっと待ったと手を挙げた。

 

「こんなの言った事無いよ俺」

「鈴、アレに勝ったら、俺とデートしてくれ、キリッ。位言えるだろ。幼馴染なんだから」

「キリッて……というかファーロスさん、俺を何だと思ってるんだよ」

「そりゃあお前さん、アレだよ。客観的に見ればほぼ女子高に放り込まれた野獣、もしくはハーレム野郎」

 

 異星人の割には俗っぽい言葉を知っている以前に、あんまりな言われように、酷くショックを受ける一夏。

 鈴がポン、と手を打って、

 

「あー、そういえば女子高に1人男子って感じよね、今の状況」

「そう言われると、確かにそうですね。ダメですよ織斑君、エッチな事はダメです」

「……だが、だからと言って一夏が野獣のように誰かを襲うとは考えにくいのだが……」

「わかりませんわよ箒さん、案外殿方というものは、表面はクールに見えても内面はそうでない人が多数いますし」

 

 と、副担任にまでボッコボコに言われてしまう一夏は、本気で泣きたくなってきていたので、眼の前で憤然とした表情を浮かべている千冬に、

 

「千冬姉、俺、泣いても良いよね?」

「この位で泣くな。私だって嫌なんだ」

「へ? 千冬姉も参加すんの?」

「千冬には無人機役をやって貰うぞ」

 

 センクラッドののんびりとした声が、皆の耳朶に響くと、その内容に放課後のうららかな日差しをも凍りつかせた。

 え?どういう事なの?という風に全員からガン見された千冬は、最近の騒動で頭痛やら胃痛やらでダメージを受け始めている我が身に鞭打ちつつ、

 

「無人機役というよりは、敵性IS機をやる。他に候補者がいないのでな」

「そういう事だ。真耶さんも放送席で一夏達を止める役があるし、これ以上人員を増やせば漏洩にも繋がる可能性が高い。残るIS操縦者は千冬しかいない。よって敵性IS機をやらせる事になった」

 

 嫌々ながらも、渋々とした表情で頷く千冬に、5人がぽかんとした表情を浮かべていた。いや、説明を受けたので理解は出来るのだが、千冬がコレに参加するとは誰も思っていなかったのだ。精々場所の確保と機密漏洩を守る為に此処に居る位だろうと思っていたのだから。

 いち早く立ち直った箒が手を挙げて、

 

「どうやって敵性IS機を?」

「打鉄の外装を無人機を模したものに変更する。ビーム砲に関しては倉持技研に似た様な物があったので問題は無い。外装に関してはツテがあってな。アレと似た外装のものを調達できた」

「へぇ、よくそんな発想が出てきたなぁ、それは千冬姉のアイディア?」

「そうだ。倉持技研の所長には緊急性の高い案件として報告し、データを私自ら採る事で黙って貰う事になっている」

 

 倉持は変人が多いが口は堅いしな、と嫌々そうに呟いた千冬。どうにも苦手なのだ、あの倉持の鬼才と所長のコンビが。この事を取引として使った際、鬼才がつまらなそうに呟いた言葉が耳に痛く残っていた。

 曰く「奇策に頼りすぎて足元掬われない様にね、ブリュン」と。

 何がブリュンだ、称号を短縮して渾名として呼ぶ人間なぞあの男しかいなかったので、酷く狼狽した記憶があった。

 ギリギリっと歯噛みしている千冬を全力でスルーした5人は、取り合えず台本で気になった部分を指摘し始めた。

 

「一夏が援軍に来るのに、セシリアが来ないのはおかしいと思うんだけど。一夏の武装ってそんな強力なの?」

「零落白夜を短時間展開してアリーナのシールドバリアーを強制的に破る……うーん、千冬姉、ここって?」

「零落白夜に関しては、お前も知っている通り、シールドエネルギーを無効化する特性がある。それを腰溜めに構えて突撃する事で、弾丸のようにお前ごとバリアーを突き破る事が出切る。ただ、シールドバリアーをオーバーロードさせない限りはすぐに復活するから、オルコットまで一緒には抱えでもしない限りは無理だろうな。咄嗟にやった、という事で済ましたいので、オルコットの出番はまだ後になる」

 

 ISの知識が世界でも屈指のレベルに到達している、もっと言えば倉持技研とも繋がりのある千冬の言に、成る程と頷く全員。公式無敗記録者の名は伊達ではないのだ。

 なら次に、とペラペラとページを捲っていた鈴音が、

 

「一夏が零落白夜を使って無人機の腕をアリーナのシールドバリアーごと斬り飛ばすってあるけど、この直前で何か言わせたいわね」

「え? 例えば何を?」

「ありがちだけど、ヒロイックサーガのような目立ち方をさせるのも悪くないと思うから、例えば、そうねぇ……俺に関わる皆を守る、守ってみせる、って感じの。戦闘でハイになっている新兵(あんた)なら言いかねないでしょ」

 

 鈴音の指摘に、思わずギクリとする一夏。自分でも言いかねないと思ったのだろう。その様子を見た鈴音は、

 

「じゃ、決まりね。構成はこのままで台詞は決めておきましょうか」

「そうですわね。ええと私は……零落白夜で一時的にアリーナのシールドバリアをダウンさせた後、即座にブルーティアーズでアリーナ内に突入、無人機を蜂の巣に、ですか……織斑先生、大丈夫でしょうか」

「それに関しては問題ない。外装の下にシールドバリアをつけるそうだ」

 

 なら、遠慮なく撃ち抜きますわ、と呟いたセシリアに全く他意は無かったのだが、負の怨念を撒き散らしている戦漢女にはそう聞こえなかったようだ。鬱々としながらも、今度の試験のレベルを上げてやる、絶対にだ。と固く心に誓う千冬は本当に大人気ない。

 細部の台詞を煮詰め、あーでもないこーでもないと皆で添削し終わったのは、それから二時間後。

 無事に纏め終わったセンクラッドが手を叩いて、

 

「よし、こんなものか。じゃ、台本の読み合わせするぞ」

「読み合わせ?」

 

 聞き慣れぬ言葉に一夏が聞き返すと、鈴音が、

 

「最初から全部現場で練習と言う事は殆どないわよ。大体こういう部屋で台詞を読み合って覚えてから、そのシーンごとに撮影していくものだし」

「へぇぇ、詳しいな、鈴」

「そりゃそうよ。代表候補生以上にもなると、映画やドラマもこなす事も有り得るんだから、一夏も気合入れなさいよね」

「……え? どういう事だそりゃ」

「一夏さん、基本的にIS操縦者は国の看板を背負っているのもあって、そういう副次的要素も活用するのが主流ですわ」

 

 と、セシリアに教えられた事で、そうなのか、と感心していた一夏だったが、そこで、はたと気付く。

 気付いて、千冬の方を視ながら、

 

「じゃ、千冬姉や山田先生も撮影とかやってたのか?」

「……少しだけな」

「わ、私もその、少しだけ……」

「織斑先生の写真集、二部とも開始3分で完売いたしましたよね。手に入れるの苦労しましたもの」

「あー、あたしも結構苦労したわ」

 

 セシリアと鈴音の言葉に、凍りつく千冬。持ってるのか!?と、愕然とした表情で2人を見る千冬に、勿論と頷く2人。

 

「一夏のお姉さんだし、ブリュンヒルデといえば相当人気あったから買いましたよ」

「ブリュンヒルデの滅多に見せない私生活、という写真集は――」

「わーわーわーわー!!!!」

 

 黙ってろ小娘共、と言いたげに慌てて大声をあげて制止する千冬に、一夏は呆然なって口から言葉を零していた。

 

「……え、それってやばくね……?」

 

 あの腐海を見せたのか……と呟いた一夏に、え?という風に食いつく鈴音。

 

「? ふかい、ってどういう事?」

「え、だって、千冬姉のプライベート写真集だろ……?」

「素敵な笑顔を浮かべて映ってましたけど……?」

「笑顔!? 千冬姉が!?」

「真耶さん、持っているなら是非その時の写真集を見せて欲しいんだが」

 

 あああああ、一夏とセンクラッドが興味を示してしまったと頭を抱える千冬。あの1000%マジ取り繕いな感じで高級マンションを貸し切ったり、プライベートビーチとして土地を購入し、そこで水着撮影したりと言う、本人にとっては黒歴史以外何物でもない写真集を身内に、しかも眼の前で見られると思うと、本気で泣きたくなってくる千冬。

 ここで脅そうものなら、センクラッドから鋭い舌鋒を浴びる事になるだろうし、かといって弟に生温かい眼で見られるのも嫌だという微妙な漢女回路スパーク状態の千冬の後ろで、今までだまーって紅茶をカップに入れたり緑茶を淹れたりしていたシロウが、ポンと千冬の肩を叩いた。

 救いの手が、と思って顔を上げた千冬に、シロウは静かに。

 

「山田教諭が先程写真集持ってくると言ってそそくさと――」

「うわあああああああッッッ!!!」

 

 此処に来てまさかの裏切りである。今まで会話に殆ど参加しなかったのは、この為かと頭を抱える千冬。

 ちふゆは こんらんしている !!

 

「すげぇ、ここまで取り乱す千冬姉、見たことないや」

「どんな黒歴史が視れるのやら。あぁ、一応言っておくが明日撮影だからな。千冬で遊んでいても構わんが、今日中に読み合わせまではしておけよ」

 

 というセンクラッドが放った容赦の無い言葉に、はーいと声を出すIS学園生徒陣。

 ぐったりとした風に、肩を落として落ち込む千冬。

 

「私が一体何をしたっていうんだ……」

「というか俺からしてみれば、千冬がそこまで恥ずかしがる理由が判らんのだが」

「センクラッドも一度写真集や動画を出すと良いぞ。気持ちが判る筈だ」

「いや、俺も出した事有るが、別にそこまで恥ずかしく無かったぞ?」

 

 凍りつく一同。シロウは慣れたもので、全員のお茶の減りの量から逆算して、ワンサイズ大きいポットで紅茶を淹れ始めた。

 ただ、動揺しているようで、腕がカタカタと震えていたのだが。

 

「……それは、今、見れるのか?」

 

 今、という部分を強調する千冬に、勿論だと頷くセンクラッドだったが、

 

「その前に、きちんとこの騒動を終息させたらいつでも見せるから、早く読み合わせしててくれ」

 

 そう言われてしまえば、突っ込めなくなる為、箒が来るまでは読み合わせをし始める学園生徒達。千冬は劇中では一切話さないので、脳裏にイメージを浮かべて、自身がどう動けば皆が動きやすいかを判断し始めた。

 そうこうしている内に、プシューっというドアがスライドした音が部屋に響き渡り、センクラッドが視線を向けると、真耶がそこにいた。帰ってきたのだ。その手にはしっかりと二冊の写真集があり、

 

「ファーロスさん、織斑君、これが先輩の写真集ですよ」

「山田君…………」

 

 怨嗟の声をあげる千冬だが、諦めたのか、肩を落として眼を瞑って現実逃避と言う名のイメージトレーニングをし始めた。

 流し読みでもするか、と思っていたセンクラッドが真耶に礼を言って表紙を見ると、織斑千冬というタイトルが小さく記載されており、シンプルなタイトルから千冬らしさを窺い知る事が出来た。

 ふむ、と言葉を零しながらページを捲ると――

 

「これは――」

 

 そこには、綺麗な笑顔を浮かべた、黒いビキニを纏った千冬が居た。溌剌とはしていないが、胸を押し上げているポーズを取っており、妙な艶やかさがあるワンショットだ。

 一夏の方はブリュンヒルデという写真集で、凛々しい顔つきをしたいつもの千冬姉がそこに居た。いつもと違うのは、コーヒーカップを持ち上げてこちらにウィンクしている位か。どうやらこちらは仕事中の一幕といったところの様だ。

 ペラペラっと捲っている一夏の指が震えてきていた。俺の知っている千冬姉はこんなんじゃない、どんだけ詐欺ったんだよこの姉貴、という表情を浮かべながらも、一夏は写真集をだまーって読みふけっていた。

 センクラッドは黙って次のページを捲ると、今度はバスタオルに身を包んだ千冬が上目使いでこちらを見ているショットときたもんだ。この写真集の方向性が何となく見えてきたセンクラッドは、生温かい眼でこの写真集を飛ばし読みし始めた。

 元々、日本人の1学生であった頃ですら、この手の本やアイドルにはとんと興味を惹かれる事が無い少年だったのだ。色気をプッシュしたんだろうなぁ、背中や脇の肉から胸持って来てたりして、程度にしか視ていない。そういう意味では織斑一夏とセンクラッドは似ていた。

 ……のだが、一夏からみれば、話は違ってくる。

 お互い黙って写真集を交換してから、その差は顕著になっていた。

 ふぅん、まぁスタイルは良い方じゃないかね、カノンやチェルシーまではいかないが、アリサやナギサ辺りと同等か?そういや男性陣で一番売れたのってシズルだったよなぁ、露出って男女共通でウケが良いよな、位の感想で留まっているセンクラッドはともかくとして、実の姉の痴態(?)を本越しに眺めているような気がしている一夏としては、黙っていられなかったようだ。

 極めて穏やかに、そっとテーブルの上に写真集を置いた一夏は、俯いている千冬に対して、

 

「これは何ですか?」

「写真集、だ」

「これは何ですか?」

「…………調子に乗っていた頃の私が撮らせた写真集です」

「何をしてますか?」

「笑顔を浮かべています」

「何をしてますか?」

「…………黒ビキニで男受け良さそうに笑っています」

「黒ビキニとは何ですか?」

「下着のような水着です」

「それを着て、男受けが良さそうに笑っているのですか」

「そうです」

「黒ビキニで男受け良さそうに笑っているのですね」

「はい」

 

 穏やかなのに絶対零度の空気という意味が判らない状態になっている部屋で、センクラッドは、拳を握り締めてじっと俯きながら千冬の負の思念が自分自身に向かって「死にたい死にたい死にたい」と念じ続けている事を左眼から察知し、生温かい眼で見守っていた。

 ちなみに、センクラッド以外の、シロウを含めた全員は既にドン引きしている。

 普段とは全然違う一夏を目の当たりにした一同は取り合えず、一夏をガチギレさすのはやめておこう、と心に決めた。

 ただ、徐々に徐々にめんどくさい光景になってきた為、センクラッドが珍しく助け舟を放り投げる事にしたようで、

 

「一夏、そこまで怒る事は無いだろう。オルコットさんや凰さんもこういう写真集出しているのだろうし、今後一夏も出さなければいけないのだからな」

 

 その言葉に、今の今まで瞳のハイライト部分が消えたかのような、流石はブリュンヒルデの眼光を受け継ぐ者と感心出来そうな眼で灰になっている姉を冷ややかに見つめていた一夏は、うへぇと顔を歪めて、

 

「俺、不器用だからこんな事できねぇよ……」

「何、俺でもやれたんだ、やろうと思えば何だってやれるさ。さて、それじゃそろそろ読み合わせをしてくれ」

 

 と、流れを変える事で、一夏を正気に戻させた。千冬としては怒れば良いのか、礼を言うべきなのかが判断つかなかった為、目礼するだけに留めてイメージトレーニングを再開した。

 ちなみに、鈴音もオルコットも水着披露はしていたが、年齢や経験が物を言うのか、あそこまで扇情的には撮れてはいなかったりする。

 そして、なんやかんやで黙ってはいるが、真耶の写真集はそれはもう凄い勢いで異性から売れた。瞬殺と言っても良い。

 その勢いは千冬が出していた写真集と同等だった。

 眼鏡着用でロリ爆乳の水着にYシャツ姿というものは、希少価値と資産価値を併せ持つレアな存在であるが故の、当然の結果だった。

 別にその事には全く気付いていなかったのだが、センクラッドがふと、真耶も写真集を出しているという事を思い出した為、

 

「真耶さん、真耶さん」

「はい、どうしましたファーロスさん?」

 

 とほんわかした笑顔を見せてくる真耶に対し、少しは空気を読んだのか、センクラッドは真耶にしか聞こえないような声量で、

 

「後で、真耶さんの写真集も見せて欲しいんだが」

 

 と言った。

 ボンッという音が立ちそうな程、顔を赤らめさせて手をパタパタと振る真耶だったが、真剣な表情で視詰めて来るセンクラッドに根負けしたようで、後でで良ければ、と頷いた。

 ちなみに、この一件がバレた際、シロウ共々異星人はムッツリという有り難くないイメージを持たれてしまうのだが、それはまた別のお話。

 読み合わせが終わり、シロウが出した料理に舌鼓を打ち終えた翌日の今、つまり時は先の一夏の失敗へと戻る。

 何度も一夏が台詞を噛む為、センクラッドは溜息をついて代案を出す事になった。

 

『わかった、流れはそのままで、自由に動いてくれ。合わせてくれるだろうからな』

 

 その言葉に渋面を作ったのは鈴音とオルコットだ。合わせるのが大変というのもあるが、覚える努力を放棄させているようにも、そして今まで覚えてきた事が無駄になるようにも聞こえたのだ。

 ただ、千冬が肩を竦めているのを見て、何かしら閃いたのか、プライベート通信で鈴音は確認した。

 

『織斑先生、ここからはつまり、模擬戦(いつも)のように動き回れって事でしょうか?』

『与えられたものをただこなすというのは皆の性に合わないだろう。私が合わせてやる。ここからは私を墜とす気で来い』

『成る程、わかりました』

 

 この言葉を皮切りに、皆の動きが眼に見えて変わった。いままでぎこちなかった動きが、どこに当てるかという流れは頭の隅程度まで追いやって戦う事で、緊張を孕んだ良い動きへと変化し始めたのだ。ブリュンヒルデと呼ばれた世界最強の胸を借りれる機会は滅多に無いのだ、貪欲に経験を吸収する事で、今後の成長が爆発的に伸びる可能性もあるのだから、本気になるのも頷ける話だ。

 それを放送席越しに見つめていたセンクラッドは、成る程、そういうやり方かと看破し、感心したように頷いていた。本人は適当なものである。

 

「コレなら問題はないな。俺も準備してくるか」

「そうですね、あの後は一発本番ですから……」

 

 そう、真耶が言った通り、一夏が噛んだ理由はそこにもある。

 その後のシーンは全て一発勝負、そこからはやり直しが一切きかないとなれば、映画や撮影で慣れている鈴音やセシリアはともかく、箒や一夏は動きが固くなるのは仕方が無い事だ。

 だが、眼に見えて良くなった、というよりも考えなしになった一夏はともかくとして、箒の動きはまだ少々ぎこちない。

 誰かを守りたいという、曖昧だが確固たる願いの為に強くなる一夏や、国を背負ってきているセシリア達とは違った意味でISに乗る理由があるのだ。

 確かに千冬と戦えば伸び代を更に伸ばす事は可能だろう。

 しかし、それでもぎこちなさは取れないのは、偏にあの無人機について考えてしまうからだ。本当に姉がやっていたとしたら、と思うと、やるせない気持ちで一杯になってしまう。

 一つの事に集中する事が得意な箒だったが、今はそれが悪い調子へと繋がっていた。

 

「――!?」

 

 だが、ロックオンされている事に気付いた箒は、思考を破棄して慌てて回避行動を採ると、ギリギリのタイミングで今まで居た場所に拡散ビームが放射されたのを見た。

 ほっと一息ついていると、スラスターを吹かせた鈴音が箒の元へやってきて、

 

「あんた、こんな時に呆然としているんなら逃げ回っててくんない?」

「な――」

「言っとくけど、あたしは本気よ。一夏も必死になってる。それなのにあんたは何なの? 皆が死ぬかもしれないのに、此処はしっかりしないといけないトコでしょうがッ」

 

 と叱り付けた鈴音の声色こそは憤怒に染まっていたが、瞳には激情を映していない。むしろ、心配半分、怒り半分と言った所か。

 ISは表向きは競技として用いられているが、使い方を誤れば容易く死に至るのだ。実際に事故というものは幾つか起きていた。

 現状呆けている、とまではいかないが、身に入っていない箒は、そのラインを踏み越えてしまう恐れがあった。

 だから、鈴音が叱り付けたのだ。

 首を振ってから鈴音を見据えた箒は、瞳から一切の迷いを消していた。思うことはあれど、後にすると決めたのだろう。一夏が見ていたら、こうなった箒は梃子でも動かないな、と零していただろう。

 

「――すまない、雑念が入っていた。凰は私の後ろから衝撃砲を撃って欲しい」

「? あぁ、わかったわ。でも、それって意味が無いと思うけど」

 

 ハイパーセンサーで気取られて終わるんじゃ?という言外の指摘に、フッと小さく笑みを浮かべ、問題ないと呟いた。

 

「参る!!」

 

 そう呟き、箒は一夏と斬り結んでいる千冬に向けて一直線に突き進む箒に、衝撃砲を放つ鈴音だったが、一向に避ける素振りを見せない為、焦りで声をあげかけるが、そこで閃いて、あっと声をあげた。

 衝撃砲の直撃を受けてシールドエネルギーを減らした箒だったが、その際、ラファール・リバイヴの四枚の推進翼を大きく広げ、スラスター部分を収納してエネルギー吸排口を展開した。

 衝撃エネルギーの凡そ7割を吸収した直後、スラスターが一気に推進稼動し、結果的に瞬時加速へと繋がっていく。

 奇しくもそれは、モンド・グロッソのタッグ部門にて当時アメリカ代表を務めていたナターシャ・ファイルスとイーリス・コーリングが強襲を仕掛ける際に見せた手法だったが、箒はそれを再現したのだ。

 卓越したIS知識と、箒の感性と思考が組み合わさって出来た荒業である。

 瞬時加速するとは思わなかった千冬が、反射的に一夏をビームで撃ち抜いて箒を相手にしようとするも、零落白夜の刀身で無効化されてしまい、それが出来なくなる。

 それは、致命的な隙が出来たと同義だ。

 

「一閃ッ」

 

 という声と共に、瞬時加速を利用した一撃が千冬の腹部に食い込み、そのまま振り切ってその場から残像と音を残して消え去る箒。

 衝撃のエネルギーの7割はダメージとして受けきるも、残り3割は冷静に受け流して回転しながらアリーナのAピット入り口まで吹き飛ばされる千冬。

 そして――

 

「俺は、守ってみせる。俺に関わる皆を、全てを、守るんだぁぁぁぁああ!!!!」

 

 Bピットに辿り着いて様子をタブレット端末越しに伺っていたセンクラッド曰く「ヒーローとしてみると100点満点だが、ありゃ後でベッドでジタバタコースだな」という自身の経験から基づいた言葉をポツリと零す位にはキマッている一夏の瞬時加速からの一撃は、見事に千冬の右腕砲身部分とAピット側のシールドエネルギーのみを斬り飛ばした。

 

「セシリアァアッ!!」

 

 一夏の絶叫の様な呼び声に、セシリアは見事に応えてみせた。

 切り開かれたAピット(道)から間髪居れず飛び出したセシリアが千冬とすれ違うように駆け抜けたが、その形態は軽装になっていた。

 置いてきたのだ、千冬とすれ違う直前に、4基のレーザービットを。

 駆け抜け、振り向くその瞬間まで、レーザービットを複雑に操作し、レーザーで千冬を織るように射抜き続けたセシリアの瞳は、静かに閉じられており、呼吸すらも止めて意識を集中していた。

 此処まで精緻な動きが出来たのも、身体動作の殆どを停止させていたからだろう。

 そして、瞳を閉じたままブルーティアーズを複雑に操作していたセシリアは、振り向きながらレーザーライフルを両手で構えて照準をつけ、瞳をゆっくりを開けて吐息をつくように一言、呟いた。

 

「――チェックメイト、ですわ」

 

 スターライトmkIIIから射出されたレーザーは狙い違わず胸部装甲に直撃し、爆発を起こした。

 本来、濛々たる黒煙で視界を遮られようとも、ハイパーセンサーの補助で変わらず見れるのだが、ジャミングを仕掛けられているという設定上、判断が微妙に着きにくい程度の乱れが反映されていた。

 

「やったか?」

「センサーの反応は余り芳しく無いですが……此処まで叩いたのですから、もう攻撃能力はあらかた削れている筈ですわ。ただ――」

「油断は出来ない……か」

 

 一夏は、どうやら頭から芝居が抜け落ちているようで、凛々しい視線を黒煙に向けていた。対して、セシリアは本気の姿勢で取り組んでいると感心していた。まぁ、普通は忘れないのでそれが正しい反応なのだが。

 ただ、この後の展開は一夏の言った通りで、各々のハイパーセンサーが高エネルギー反応を感知した。

 一斉に回避行動を採った一夏達だが、その行き先はBピットだった。

 

「しまった!?」

 

 という声は鈴音だ。皆も驚愕の表情や悔恨の表情を浮かべている。だが、それは杞憂だ。

 高出力のビーム砲がBピットを突き抜けようとするが、アリーナのシールドバリアー越しに、Bピットの出口からも高出力のレーザーが放たれたのだ。

 当然、挟まれたシールドエネルギーはオーバーロードし、消え去り、ビーム同士の干渉が始まった。

 耳慣れぬ異音を発しながらも相当時間拮抗し、やがて両者のビームが消え去ると、辺りは異様な沈黙に包まれた。本来なら、颯爽と搭乗したセンクラッドがシールドでガードする場面だったのだ。此処からアドリブが入っているのは明白だが、そこ以上に驚くべき点は、Bピット側から出てきた極太のレーザー砲だ。

 千冬すら絶句していた。倉持技研の、鬼才謹製のビーム砲を6割出力とはいえぶっ放したのだ。第三世代打鉄弐式用の装備の一つとして考えられている兵器に拮抗するグラール太陽系の技術の凄さを改めて見せ付けられた形だろう。

 そして、暫くするとハイパーセンサーからコツリ、コツリという硬質な音を伴って姿を見せたセンクラッドの姿は異質であった。

 黒のスイーパーシリーズを纏っているのは何時もの事だ。

 巨大なレーザーキャノンを右肩に担いでいるのも、まぁ普通だろう。

 左腕に巨大な、トリコロールカラーに近い、やたらと派手なフォトンと合金併用型シールドを装着しているのも、規定路線だ。

 だが、その服には幾何学的な白い模様が浮かび上がり、そして何よりも特筆すべきものが、その背に有った。

 服に入っていた模様の色と同じ、純白に輝く一対の大きな翼が、広がっていたのだ。

 誰も、声を挙げる事が出来なかった。その神々しさに……ではなく、そんなギミックを披露するとは一言も言っていなかったのだ、センクラッドは。故に、シロウは頭を抱えて「あのたわけ」と罵倒していたりする。

 カツン、と一際高く靴音を上げて、アリーナを睥睨出来る場所で止まったセンクラッドは、千冬に鋭い視線を投げかけ、

 

「聞け。これ以上我々やIS学園を攻撃するのであれば、我々は反撃を辞さない。侵入者よ、この学園から立ち去るが良い。さもなくば我が力を持って、敵対する者達の一切合財を薙ぎ払おう」

 

 音吐朗々たる低音声。どこまでも不遜で、どこまでも黒いその声は、不思議な事にセンサーを通さずとも良く聞こえる。

 瞳には怜悧な輝きを持つも、不定間隔で羽ばたく大翼が、怒りを示すかのように風を伴ってセンクラッドの髪と服をはためかせていた。

 はっと我に返った千冬が、センサーを上空に伸ばすと、シールドエネルギーが消え去っていた。

 イレギュラーな事はあったが、どうやら問題ないようだと判断した千冬は、そのまま上空へと飛び去って行く。

 追おうとする一夏達だが、プライベート通信で、以前襲撃された際、千冬が止めた言葉をそのまま再生した音声が流れた事で、Aピットへと皆が戻っていき。

 それを見届けたセンクラッドは、服に装着していた対光属性(純白色)のSランクシールドライン――ヒゼリセンバを黒色の服装に紛れるような色合いを持つAランクシールドライン――ラボル・カテイに変更し、タブレット端末で、

 

「はーいカットー。お疲れさーん。では、全員Aピットに集合」

 

 と、先程の声とは打って変わって、むしろオツカレチャーンとでも言うのかお前はという位、軽い声で撮影完了を知らせた。

 一夏の厨ニ溢れる台詞に、以前シロウに頼み込んでも出来なかった魔術(の掛け声)ぽい事をやりたいという想いが再燃したせいで、あんな事をやらかしたセンクラッドだが、その心は青々とした空並に、晴れやかだった。

 ちなみに、ヒゼリセンバ等の耐属性固定概念を持つSランクシールドラインには、エミリアの協力の下、強化をして貰う代わりにそれぞれ翼を仕込まれていた。お陰様で一部の者達からは熱狂的な人気を得ていたりするのだが、それは外伝で語られるべき話だ。




水疱瘡の次はノロウィルスです。
この忙しい年末に一体何の恨みがあるのでしょうか。


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28:作為と策略

 Aピットへの扉を開けると、何とも言えない空気が皆を覆っている事に気付いたセンクラッドは、疑問を感じながらも、千冬達が居る方に視線を向け、全員集まっているという事を確認した後、進捗状況を知る為に口を開きかけたのだが。

 

「センクラッド、質問があるんだが」

「ん、どうした?」

「その、有翼人種だったのか?」

 

 意を決して、という風に聞いてきた千冬に、センクラッドは苦い表情を浮かべた。一夏の演技にあてられた事や、シロウに魔術素養無しと断言されたのも手伝って、ちょっとやらかしただけなのだ。

 付け加えるならば、エミリアに強化を依頼したせいで、Sランク以上の装備はあらかた尖ったセンスが光る逸品へと変貌していたのも原因の一つか。

 

「アレは俺の特性みたいなものだ」

「特性?」

 

 この発言は、ぼかして説明して切り上げるしかない事は重々承知の上での、それだった。

 故に、肩を竦めて、

 

「少しでも本気を出すとあんな風になる。本気と言うか、怒りと言うか。感情が昂ぶるとあぁなると思ってくれて良い。別に全員が全員、あぁなる訳じゃない。だから、俺の特性としか言えないな」

 

 実際は全くもってそんな事は無い。

 エミリアに依頼していないAランクまでの武具は強化と言う意味合いでは手付かずのものが殆どだが、Sランク以上、特にエクステンド・コードとフォトンブースター等の稀少素材を併用した限界強化や最適化を行った武具に関しては、気付いた時には余計な機能が盛り沢山付加されていたのだ。

 武器で言えば、フォトンを無駄に消費して武器の残像を回転させた状態で周囲に擬似展開する事が出来たり、シールドラインで言えば、耐精神攻撃や死と絶望の概念を完全に遮断するパーツにフォトンエネルギーを消費して翼や天使の輪を模したものを組み合わせて現実空間に投影したりと、やりたい放題やらかされていた。

 しかも、何気に特許や商標登録までしているのだからタチが悪い。レンヴォルト・マガシ大改造計画で余計な出費を出したり機材の無断使用をしてガーディアンズからこっ酷く怒られたエミリアが学習した結果がそれだ。

 当然センクラッドは「何だこのダッサイ上に微妙な改悪は」と抗議したのだが、真顔で「え? 何で? 強化もきちんとしたし、カッコ良くなったじゃん。あ、そうそう、特許取ったから問題ないよ。いいっていいって、あんたと私の仲じゃない」と返されて以来、色々諦めていたりする。

 ただ、その御陰で一部の特殊な者達からは絶大な人気を受けていたり、一部の常識人達からは微妙に距離を置かれたりしていた。

 例を挙げるとすると、前者代表が幻視の巫女、ミレイ・ミクナであり、後者代表はその双子の妹のカレン・エラである。全くの余談になるのだが、前ガーディアン総裁と現ガーディアン総裁の親子喧嘩はコレで再発している。

 

「特性、か。というと、シロウにも何か特性が?」

 

 いきなり水を向けられたシロウとしては、それ自体が意外だったようで、だが即答はしていた。

 

「マスターとは違うが、確かに私にも特性はある。尤も、マスターのように見えやすいものではないがね」

 

 そう言った後、このマズイ会話を打ち切る為にセンクラッドに対して目配せをするシロウ。

 それに気付いたセンクラッドは、

 

「さて、そろそろ動画の編集をしたいのだが、ISコアから映像抽出は?」

「いや、まだだ。そろそろ来ると思うのだが」

 

 その言葉に、千冬を除いた全員が疑問符を浮かべた。IS学園組は抽出や加工に関しての詳しい話を聞かされていなかった為、これ以上一体誰が来ると言うのか、と。これ以上は機密で増えないと聞いていたのだ、戸惑いの方が大きいだろう。

 だが、いち早く真実に辿り着く者が居た。

 箒は視線を鋭くさせ、千冬に、

 

「もしかして、篠ノ之博士、ですか?」

「あぁ。その通りだ」

 

 その言葉に、一部を除いた者達は眼を見開いて驚いた。まさか、保護手配中の篠ノ之束博士がISの中心部とも言えるこの学園に来るとは思いも寄らなかったのだ。

 だが、考えてみれば頷ける話だ。ISコアの記録改竄なぞ、ブラックボックス化しているところを知悉していなければ出来ない。故に、彼女が来るのは当然の帰結と言える。

 センクラッドとしては急な話だった為、千冬の方を向いて、

 

「今更だとは思うが、礼服を着た方が良いなら着替えるぞ」

「いや、普段着のままで良い。ただ、そうだな……不快な思いをさせるかもしれないのが、な」

「――まぁ、問題ないだろう。性格や性質が変わっているタイプの人間には慣れている」

 

 事も無げに答えたセンクラッドだが、グラール太陽系では、文字通り不倶戴天の敵であったカール・フリードリヒ・ハウザーや、ヒューマン原理主義者のヘルガ・ノイマン博士を筆頭を中心とするエンドラム・ハーネスの研究者達、旧人類の太陽王カムハーン等、厄介な性質や性格を持つ者達と相対し続けたのだ。

 また、英霊が存在する世界では、自身の特異性を研究する為に、或いはイレギュラーデータというだけの為にトワイライト・ピースマンを含めた多重融合意識体や、歪んだ思想や信念を持つ者達と殺し合いを演じていた過去がある。

 付け加えるならば、アラガミが跋扈する世界では、異星人としての自分のデータを採ろうと躍起になっていたペイラー・榊博士や、目的の為ならばあらゆる手段を使うヨハネス・フォン・シックザール支部長。

 狂気に陥り、最後は自身をアラガミへと変貌させて執拗に殺しにかかってきたオオグルマ・ダイゴ博士等、枚挙に暇が無い程には、癖しかない人物と真正面からやり合っていたのだ。

 差別や偏見、上から目線等を一通り経験してきたセンクラッドとしては今更何が来ても、という風に思えてしまうのも仕方の無い事だ。

 

「そうか……」

 

 それなら良いのだが、と零す千冬の心境は複雑だ。弟と自分を生かす為に必死に駆け抜けた結果が、ISを中心とする世界に変わり、その頂点に自分が居る。その結果として自らが背負うべきものはより大きくなり、今になって課せられた使命もあるのだ。

 それに加えて普段はスルーしていた親友の言動にも注意を払わねばならないときた。心穏やかなまま臨む事が出来ないので、吐息を一つ丸めて放り出す程度には、彼女は疲労していた。

 疲労しているが故に、気付いていなかった。

 それに気付いたセンクラッドは千冬の方に身体ごと向き直り、千冬の方――具体的に言うと、その背後の方に向けて、

 

「というか、さっきからそこに居るだろう」

 

 と指摘した事で、皆が慌てて振り向けば、そこには誰も居ない……ように見えるのだが、視線を鋭くさせた千冬は、ようやくそれが光学迷彩を含めた隠蔽技術の賜物で有る事を察知した。

 同時に、

 

「フッフッフ……よく気付いたねグラール人」

 

 妙な含み笑いをしながら、唐突にその場に現れた美女の姿を見て、センクラッドは眼を軽く見開いた。センクラッドだけではなく、この場に居る全員が言葉を失くしている。

 鮮やかな栗色の髪をストレートに伸ばし、耳の部分からは尖ったそれを持っている事に驚いたのだ。

 服装も鮮やかな緑色を基調とした貫頭衣を着ており、その肩に羽織っているマントは、薄っすらと外の景色を映し出しており、それがIS技術を流用した光学迷彩である事を物語っている。

 誰がどう見ても中世ファンタジーに出てきそうなエルフ、或いはグラール太陽系オウトクシティ在住の純フォトン信奉者のコスプレをしているその女性の名は、篠ノ之束という。

 センクラッドの予想よりもやや上方に位置する傾国足り得る美貌。箒に良く似た顔の造りをしているのだが、理性と狂気の狭間に居る者特有の瞳の輝きが、篠ノ之箒とは絶対的に違う存在で有る事を示している。

 姉はマッドな才色兼備か、と内心で判定しながらも、見開いていた眼を元に戻し、オラクル細胞で表情の固定化を命令したセンクラッド。

 それには理由がある。

 巧妙に隠蔽されているが、箒が姉である筈の束に憎悪に近い敵意を放って居た事に疑問を感じた為だ。

 現に、箒だけ表情が強張っているのだ。それにはシロウと一夏も気付いたようで、眉根を寄せて箒を見詰めている。

 

「じゃんじゃかじゃんじゃ~ん、実は私は此処に居た!! お久しぶりだね、ちーちゃん」

「居るならさっさと言え」

「いやぁ、何時気付くかな~と思ってたんだけど、案外気付かれないもんだねっ。というよりちーちゃん少し痩せた? また背負わなくて良い苦労でも背負ってるの? そんなもんピャッと投げちゃえば良いのに」

「投げれるか、阿呆」

 

 呆れながらそう返す千冬に、パチパチっと眼を瞬かせる束。

 

「あれ? ちーちゃん何か、変?」

 

 そう言った瞬間、こめかみを鷲掴みされる束。ミギリミギリという音を立てて全力全開のアイアンクローをしている千冬は、引き攣った笑みを浮かべて、

 

「相変わらずだな。頭を割って左右を入れ替えても駄目なお前に言われたくない」

「いきなりひどい!? ちーちゃんそれ人体実験て言うんだよ!! マッドだよ!! というか入れ替えても駄目ってどういう事なの!?」

「お前が言うな。手遅れなだけだ」

「もっとひどい!!」

 

 喧々囂々わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ二人……というか束と千冬が互いで遊んでいる図を見て、周囲は唖然としていた。史上最強の腕を持つ女と史上最高の頭脳を持つ女とは思えない会話だからだろう。

 センクラッドは、これでは話が一向に進まんと呟き、千冬達に向けて靴音を鳴らしながら歩み寄ると、2人は気付いたようで、千冬はアイアンクローを外し、咳払いを一つしてから数歩後ろに下がった。

 こめかみを揉み解している束に向けて、

 

「お前さんが篠ノ之束博士、か。動画作成を担当をさせて貰うセンクラッド・シン・ファーロスだ。宜しく頼む」

 

 そう言って、センクラッドは頭を下げると、束は鷹揚に頷いて、

 

「君がセンクラッド・シン・ファーロス、か。私が天災の篠ノ之束だ。宜しく頼む」

 

 張り合いたいのか、センクラッドと似た口調で話し、全く同じ角度で一礼してきた束に、千冬は苦い表情を浮かべている。何かやらかしそうだ、と思ったが故だ。

 なんかメンドウザイという第一印象から全くブレない、予想していた程度のメンドイ人種で助かったと思っているセンクラッドは、

 

「それで、細工をする為に動画を貰いたいのだが」

「あいあい、すぐに終わるから任せてよ。というわけでいっくん箒ちゃんその他烏合の衆、IS展開しといて」

 

 その他扱いされた者達は絶句しながらも、それぞれISを展開して待機したのを見て、テキパキとした動きでケーブルをブッ刺し、データを取り込んでいく束。空中に投影されたディスプレイと電子キーボードを周囲に人数分展開して目まぐるしく指を跳ねさせる様は、どこか老練なピアニストを想起させる。

 ただ、一夏と箒のデータを見て、一瞬だけ眼を危険な色に光らせた束だったが、何事も無く陽気な口調で、

 

「しっかし箒ちゃんも大きくなったねぇ、お姉ちゃん嬉しいよ」

「……そうですか」

「筋肉もIS用に絞ってたんだね。箒ちゃんならすぐ日本代表になれるんじゃないかなっ、私の妹だしね」

「そうだと、良いんですけどね」

 

 箒の返す言葉は空虚な程に余所余所しい。直ぐに全員がそれに気付いたようで、どうやら姉妹仲は悪いようだと推察していた。

 ただ、センクラッドの左眼はそれを否定している。狂気と理性の狭間に居る姉と、いっそ冗談だと思いたい程度の殺意を隠している妹の文字通り心無い会話に、違和感が膨れ上がっていた。

 ただの姉妹喧嘩ではこうはならないと判断した為だ。

 何かが有ったのだろう、此処まで決定的に割れてしまった何かが。ただ、そこに踏み入るのは俺のやるべき事ではない、と思っているセンクラッドは、心の片隅にそれを置いた。

 

「いっくんのパラメータはなんかデタラメだね~。男の子だからエラーログ出っ放しだよ」

「エラーって……それってマズイんじゃないですか?」

「動いて問題ないならいいんじゃない? 全部バラしていいなら修復出来るかも?」

「…………いや、俺諸共解体されたくないんで……」

「ちぇ~。いっくんは意気地無しだなぁ」

 

 げんなりとした表情を浮かべて、首を横に振った一夏に、頬を膨らませてとんでもない事を言っている束に、一夏は力無く「勘弁してください」とだけ返していた。意気地の有無で人生終了の提案をされるとは、この人相変わらず過ぎる、と思っている一夏との会話は、

 

「イメージから動画を作成するなんて、面白い考え方をしてるんだね、グラール人って皆そうなの?」

 

 いきなり矛先が変わる事で、打ち切られる事になる。

 それに対しては、眉一つだけ上げてセンクラッドが、

 

「皆が皆、同じ考えをしているわけじゃない。が、少なくとも知人には似た発想を持ちそうなのは居るな」

 

 グラール屈指の大天才2人ならやりかねんな、と思った故の、言葉だ。

 実際、邪神封印の後は亜空間航法についてかかりきりになっている2人だったが、センクラッドが旅立って数年後、キャストの力を借りて亜空間理論とSEEDに対する寄生防御を組み合わせ、人と機械を接続する新しいインターフェースを開発している。センクラッドがオラクル細胞ありきでやっていた事を科学の力のみで成し得たのだ。

 

「やっぱり住んでいる場所が違うと考え方も違うもんだね~」

「だがそれは、この世界でも同じだろう? 住んでいる地域によっても言葉に訛りが出たり、考え方や主義主張も変わるのと同じさ」

「ん~そういうものかな?」

「世界はそうやって回っていると、俺は思っている。少なくとも、お前さんもそうだろう。ISを創るには既存では当て嵌まらない考えを持つしかあるまい」

 

 どこか寒々しさを覚えながら言葉を返すセンクラッド。箒と一夏は面食らっていた。あの束が自分達と血縁者以外と会話が続いている事にだ。人間の顔を覚えられないし興味がないと常日頃から言って、文字通り徹底的に他人を排斥していた束とは思えない程、会話が続いているのだ。

 特に千冬は、厳しい表情でそれを見ていた。妙に嫌な予感がするのだ。それも、今までにない別種の嫌な予感だ。これは、父や母が消える直前に感じたそれと似ている。

 

「一回目、で~きったっと。一応言っとくけどまだケーブル抜かないかんね」

 

 そう呟いた束が手をパンパンと叩き、胸元からデータディスクを取り出して、センクラッドにポンと手渡した。

 

「はい、これがそれぞれのデータ。一応こっちでデータは改竄したから、後は君の番だね。さー今すぐチャッチャとやってみせてくれまいかっ」

「任せてくれ。ただ、コレの読み取り機は?」

「ん? コレ位パパッと読み取れるでしょ? インターネットタダ乗りできるんだし」

 

 あんまりな言い方に、センクラッドは溜息をついた。そこまで万能ではないのだが、と。

 まぁ、オラクル細胞を介してデータを内部に取り込む事も出来るのだが、それをやりたくない理由がある。単純な話、物凄く美味しくないのが匂いからして判ったからだ。常人には理解出来ないのは当然だが、アラガミで言う処の偏食細胞でコーティングされた部分はゲロマズなので近寄りもしないのと似ている。このデータディスクからは妙な異臭が漂っているのだから、喰いたくも無くなる。

 特にシロウに飯を作らせてからは舌が肥えてしまった為、非常時以外は出来れば喰う事はしたくなかったのだが……

 

「……時間も押しているんだよな?」

「そりゃ世界中から狙われている束姉さんだからね」

「仕方ないか……」

 

 げんなりとした表情を浮かべながら、手に取ったデータディスクを口に放り込み、ガーリゴーリと喰ったセンクラッドを見て、呆然とする一同。束とて例外ではない。

 え、どういう事なの……という表情を浮かべている束を尻目に、モグッシャガリゴリ、モグッシャガリゴリと異音を立てて喰うセンクラッド。

 本当に不味そうに嚥下したセンクラッドは、ナノトランサーから初恋ジュースを呼び出して、プルトップを開けて中身を一気に流し込んだ。

 この何ともいえないジタバタしたくなるような味が好きになったのは絶対オラクル細胞のせいだな、と思いながらも、舌に残るエグ味を打ち消す事に成功したセンクラッドは、一息ついて、瞳を閉じて取り込んだデータを収集し始める。

 一夏達の行動を記録したデータディスクをオラクル細胞と融合させる事で、イメージをより精緻にさせ、自身の記憶に残っている一連の襲撃事件の流れと今しがたやった劇とを置き換えていく。その作業は数分もかからず終わった。

 そして、予め頼んであったタブレット端末に接続する為のケーブルを懐から取り出して、タブレット端末のデータリンク部分に差し込む。電子化された情報の保存場所に、オラクル細胞が先の情報を送信し、データリンク成功の電子音が響き渡ると、センクラッドは一際大きな溜息をついて、ケーブルを外して懐に入れた。グラール太陽系にあったデータリンク制御を応用すればこの程度は出来るものか、と内心呟いて、

 

「これで良いだろう」

 

 と、切り上げると同時に、タブレット端末から映像を再生させた。

 成る程、確かにISコアからの映像として見ても、現実に起こった出来事に修正をかけたものと判っていても、それは現実と何ら変わりのない映像として見れる程の完成度を誇っている。それぞれが感嘆の声をあげる中、横合いからケーブルを接続したのは、束だ。

 そのまま空中にディスプレイを投影し直して、暫く情報の洪水を流し読みすると、大きく頷いて、カタカタっと凄まじい勢いでデータの修正を始めた。

 まぁ、付け焼きじゃ修正箇所も多いか、と頬を掻いて事態を傍観するセンクラッドだったが、実際はセンクラッドが思っている部分ではない。センクラッドの体内に取り込んだコア側のデータを反映し過ぎていた為だ。タブレット端末で視たという設定以上の映像が幾つか出ていたのだ。そこを修正し、各コアとの擦り合わせを行っていく手際は、見事と言って良いだろう。少なくとも、初見であるはずのデータを流し見しながら修正を加えるという常人には到底不可能な事をやってのけるのは、人類では束、グラール太陽系ならばルウやエミリア、シズル位しか居ない。

 

「ねぇねぇ、グラール人。皆が皆、イメージだけでプログラムを書き換える事が出来るってこと?」

「……いや、どうだろうな。俺自身、技術屋じゃないからこういう手段を使っているだけだ」

 

 首を捻りながらそう答えたセンクラッド。自身が発した言葉の重さを、多分判っていないのだろう。少なくとも、事の重大さが判ったのは、千冬に箒と束だけのようだ。

 自分が想像したものを現実に反映する能力。文字だけで視れば、技術としてならば人類は既に持っている。

 例えば、紙と鉛筆があれば、絵や文字という状態で現実に反映させる事が出来る。

 例えば、PCがあれば、プログラミングという手段を用いて現実に反映させる事が出来る。

 それに置き換えるならば、センクラッドが居れば、想像や妄想という手段を用いて現実に反映させる事が出来る。

 

「ふぅん。凄いね~、まるで神様だ」

 

 他意の無い、ただ心の篭っていない言葉遊びのような、そんな束からの感想で、幾人かは気付いた様で、眉根を寄せて考え込み始めていた。

 センクラッドは唇を赤い三日月のように鋭く広げる。笑みにしては恐ろしく苦いその表情は形容しがたい。

 それに気付いたのだろう、束は首を傾げて、

 

「ん? どうしたの?」

「いや、神というのが存在していたなら、と考えただけだ」

 

 眼の前に居たのなら喰い荒らしていただろうな、と胸中で昏く呟くに留め、口を結ぶセンクラッドに興味をそそられたのか、

 

「グラールって宗教は無いの?」

「人型の神という概念は殆ど存在していないと言っても良い。エネルギーを信奉したり、星自体を崇めたりしてはいるが、それだけだな。少なくとも形あるものは崇められていない」

「ふぅん……地球とは全然違うね」

 

 そこで、会話が途切れたのは、興味が薄れたのもあるだろうが、データの修正が終わったのが大きい。

 うーん、と伸びをしてケーブルをしまった束は、

 

「はい、終わり。後はちーちゃんの出番だね」

 

 暗に地球側との会談を言っている事に気付いた千冬は、頷いて、

 

「す――ありがとう、束」

 

 と、礼を言った。

 眼をパチクリとさせて、束は、

 

「いいって事よ。というかちーちゃん、やっぱ何か変だよ?」

 

 いつものパターンなら、礼ではないと思ったのに、と言う表情を浮かべている束に対し、千冬は少しだけ笑って、

 

「私は成長しているという事さ」

 

 と、呟くに留めていた。センクラッドの一言を思い出して言葉を選び直した、何て本人の居る前では言いにくいのだろう。

 ちなみに、正直にそれを言っていたとしたら、確実に真顔で台無しにしていた。女帝云々怪しさ爆裂等々と。

 

「む。その言い方だと私が成長していないように受け取れる気がそこはかとなくしないでもない。というわけで、その言葉を修正して貰うよ、ちーちゃん」

「私は成長しているが、束は成長していないと言う事さ」

「修正どころかまさかのピンポイント!? 酷いよちーちゃん!! こんなに頑張っているのにその仕打ちは――」

「というわけで、センクラッド。後は会談の時期だが、今週末はどうだ? 来週になると少し忙しいのでな」

 

 束からの抗議を華麗にスルーした千冬の言葉に、同じくスルーする事にしているセンクラッドは頷いた。

 

「それで良いんじゃないか? 会談場所も相手の指定している場所で構わん」

「判った。束、この後センクラッドと何か話す事があれば、場を設けるが」

「ん~……」

 

 束としては正直、目的を達成出来たので、とっとと退散しようかと考えていたのだ。今回の検証をしながらも、第四世代の作成にも取り掛からねばならないし、無人機の強化や各国に対する監視や制裁と、やる事が今は多いのだ。

 ただ、異星人の部屋を見てみたいのもまた事実だ。良いインスピレーションになるのは自明の理。様々な物から色々な発想に繋げた結果がISだ。それを発展させたり、もしかしたら新しい技術を閃く事が出来るかもしれない。

 しかし、現実問題として束は追われる身だ。3秒程考えて、諦める事を選択した束は、

 

「ごめんねちーちゃん。今はちょ~っと忙しいから、また今度で」

 

 と千冬に対して少し申し訳なさそうに言った。ただ、束がそういうのを予想していたのか、千冬は全く表情を変えずに、

 

「そうか。では、皆、そろそろ解散とする。今回此処で起きた事は全て忘れろ。あの映像が真実だ」

 

 その言葉に全員が応と頷き、展開していたISを待機状態に戻してIS学園生徒組はピットから退室した。残っているのはシロウにセンクラッド、束と真耶と千冬だ。

 ふと、センクラッドの脳裏に疑問が走った。幾らなんでも生徒達が束と交流しないのは、おかしいと感じたのだ。

 

「千冬。篠ノ之博士に生徒達がISについての質問とかしなかったのは何故だ? 幾つか質問が飛び交うと思っていたんだが」

「……あいつが質問に答えてくれるような奴だったら皆そうしていただろうさ」

 

 そう呟いた千冬に、人嫌いなのかと判断したセンクラッドはそれ以上聞く事をやめ、真耶に首を向けて、

 

「そろそろ俺達も帰るよ。真耶さん、護衛をお願いしても良いかな?」

「はい、お任せ下さい」

「じゃあな、千冬。また来週にでも」

 

 手をヒラヒラとさせながらセンクラッドが退室し、シロウは眉間に皺を寄せながらも、一礼してセンクラッド達についていき、そうしてAピット内には千冬と束しか居なくなると、

 

「それで、束。態々プライベート通信を使って2人きりになりたいとは一体何が有った?」

「ん~と。確証がまだ無いから何とも言えないんだけど。ちーちゃん。あのグラール人ってどんな奴?」

「どんな?」

 

 そう聞かれてみて、顎に手を這わせて考え込む千冬。一夏や箒だけではなく、セシリア達も良い意味で成長していたり、この年になって説教されたり、たまに馬鹿をやらかして説教したり、という間柄を何と呼べば良いのか。

 少なくとも、悪い奴ではなく、むしろ良い奴だろう。

 そう判断した千冬は、正直な心境を打ち明けた。

 

「当て嵌まるかどうかはさておくが、友人だな」

 

 その言葉に、ふむぅ、と渋面を作って何事かを考え込む束。それを見て、どうした、と問いかける千冬に、溜息をついて束は忠告した。

 

「いっくんならわからないでもないけど、あんまり親しくならない方が良いよ。後が辛くなるだけだし」

「それは……判っているさ」

「だといいんだけどね~。それと、これ」

 

 束が懐から取り出したのは、小さなUSBメモリだ。それを束から渡された千冬は、怪訝な顔をして束を見つめた。

 束から何かを渡されるという事は滅多に無い、というよりは白騎士と暮桜以来で、ISに関連する物しか渡された事が無いのだ。

 故に、今回もISの事かと推測する千冬だが、このタイミングで渡されるという事は、恐らくだが非常に重要なものなのだろう。

 

「自室で見れば良いんだな?」

「勿論。それと、近い内にもう一度此処に来るから、その時にグラール人の部屋を見せて欲しいんだけど」

「……会談という名目ならやれるが」

「うん、それで良いよ。あとちーちゃん、気をつけてね」

 

 何を、と聞こうとして、既に束がこの場から居ない事に気付いた千冬は、開きかけた口を閉ざして、首を力無く横に振って、Aピットから退室する為、足を前に踏み出した。

 その歩幅は、何時もよりも少しだけ小さい。



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29:姿無き護衛と多大なる誤解と

あけましておめでとうございます、今年も宜しくお願い致します。


 IS委員会日本支部へと赴く当日、千冬達がセンクラッドが滞在している部屋へと来る少し前の事。

 そこでは、センクラッドが語った内容に眉を顰めて問い質しているシロウと、それには何処吹く風で自分で淹れた緑茶に舌鼓を打つロビンフッドが居た。

 

「――正気か、怜治? 私以外の存在は隠しておくべきだろう。こちらの手の内を明かしすぎるのも考え物だぞ」

「それは判るが、ロビンに関しては出さざるを得ないと思っている」

「何故だ? メリットとすれば未知数の戦力の増加のみで、しかもそのメリットがそのままデメリットになり、火種や脅威とみなされる可能性の方が高いのは君も理解していただろうに」

「……と、言われても、な。アイツがボーデヴィッヒの試験中に乱入してこなければこんな事にはならなかったんだが」

 

 その言葉に凍り付くシロウ。まさか堂々とやらかすとは思っていなかったのだ。

 油が切れた機械のような、まさしくギギギっという音が聞こえそうな勢いで隣に座って緑茶をズズズっと呑んでいるロビンフッドに視線を向けた。

 すると、緑茶を半分ほど飲み終わって、満足気な表情を浮かべたロビンフッドが、

 

「ちょっとした意趣返しだけで手打ちにしたんだから、むしろ褒めてくれてもいんじゃね?」

「……君は本当に何という事をしてくれたんだ……」

 

 全く悪びれもせずに言い切ったロビンフッドに頭を抱え、釘どころか剣を刺して置くべきだったと文字通り後の祭り開催となったシロウにセンクラッドは、

 

「まぁ、お前さんと話をしたのがロビンで良かったと思うがな。少なくとも……彼女だったら確殺しに来ただろう」

「まだ話をつけていなかったのか」

「探知されない世界だったら今頃接触していたんだが……少なくともこの騒動に一段落が着くまでは回避したい。彼女からは蛇蝎の如く嫌われているからな」

 

 多大なる誤解と巡り合わせの悪さという点から見れば、センクラッドは被害者なのだが、そうも言えない事情がある。

 データから存在の復元、或いは世界との切り離しで再生成された者達の中には、神薙怜治を恨んでいる者もいる。あの霊子世界で起きた全ての異常と実験は、神薙怜治(センクラッド・シン・ファーロス)と、その特異性に眼を付けた存在によって引き起こされていた。

 故に、或いは幾度となく殺し合いを演じ、また或いは幾度と無く神薙怜治の手によってマスターを眼の前で殺されていくのを黙って見る事しか出来なかった者の中には恨み骨髄に達している者も居るだろう。

 かといって、この場に居るシロウやロビンフッド達が少数派かと言われればそうではない筈だ。むしろ宇宙船に乗っている者達の殆どは肯定か中立であり、明確に叛意や害意、敵意を持つ元サーヴァントの方こそが少数派……であれば良いな、とセンクラッドは願っていた。

 ただ、それはあくまでセンクラッドから見た視点であり、シロウはそこまで大事にならないと踏んでいる。

 本当に確殺するのなら、この世界に来て模擬戦をした時に、シロウ諸共殺しにかかってくれば良かったのだ。全力ではないが限界まで試合をしていたのだ、宝具を用いて攻撃されていればただでは済まなかっただろう。

 もしくは、ラウラとの模擬戦や、千冬達が観戦していた時にでも攻撃してくれば、討ち取れずとも周りを巻き添えにした結果、世界を敵に回させる事も出来た。

 気配は感じていたが、それらをして来なかったと言う事は、害意はないという事だろう。シロウはそれを確かめる為、あの模擬戦の後、何回かに分けて元サーヴァント達に会いに行っていたりするのだ、間違いはない。

 ちなみに、センクラッドがそれらの気配に気付けなかったのは、左眼に頼りすぎているからだ。殺意や害意、敵意や特に絶望に対しては確実に反応するが、そうでない場合――希望ならともかくとして、歓喜等の類には左眼は絶対に反応しない。それはフィルター以前に左眼の存在が『そう在るもの』だからとしか言えない。

 

「本当に害意があるのなら、もう既に襲われていると思うのだがね」

 

 ただ、彼女だけではなく、幾人かは意地やら怒りやら哀しみやら害意やら好意やら納得やら不満やら何やらが入り混じって気持ちの整理がついていなかったようで、口が裂けても告げる事はするなと念を押されている。故に、そう告げるに留まっていた。

 

「そんな事言われてもな……普通なら主従変えての殺し合いなんざ何度も経験したくないだろう。俺なら真っ先に殺しにかかるぞ。そういう意味ではお前さん達は凄いとは思うが」

「過ぎた事を言っても仕方あるまい。それに、君は友人だろう? 私にとってはそれで十分だ」

「オレはそれに加えてセカンドライフ満喫の為だなぁ」

「クーとはまた違う返答だなオイ」

 

 すげぇな、と言わんばかりの返答に、だが鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情を浮かべるシロウ。犬猿の仲とも言い切れず、しかしながらに嫌いではないのだが、どうにも付き合いにくい魔槍とルーンの英霊を持ち出された事……ではなく、その呼び方で、妙な気持ちになったのだ。

 ぶっちゃけ似合っていないという以前に違和感しかない。

 

「怜治、その呼び方は、何と言うかやめてほしい」

「うん? 何故だ? クー・フーリンだろう? フーリンだとなんつーか、日本人からしてみれば風と鈴の方の風鈴みたいになってしまうし、ランサーとかクラス名で呼ぶのは物扱いしているようで俺が嫌だ」

「でも大将、クーだとそれはそれでジュースみたいじゃね?」

「……それもそうだな」

「私の聞……予想では、その呼び方は相当に嫌がられていると思うのだが」

「いや、一応一通り呼んだ上で選択させたんだぞ? フーリン、クー、苗字名前どっちかにちゃん付けさん付け君付け、愛称の中から」

 

 最後に恐ろしい言葉が混じっていた為、思わずシロウは聞き返してしまう。ロビンフッドは思うところがあったのか、少し顔を引き攣らせていた。緑茶好きというのが後々発覚した際に着けられた渾名がクラス名を捩ってリョクチャーという何とも酷い愛称を提案され、土下座してでもロビンフッドでお願いしますと押し切る羽目にもなっていたのだ、そりゃ引き攣りもする。ちなみにシロウの場合はコーチャーだった。幾ら何でも酷いネーミングセンスだ。

 

「愛称、というのは?」

「君付けと組み合わせて、クランの猛犬アピールも加味しつつ、かつ相手に気取られにくいように配慮した結果、クンクンになった」

 

 刹那、シロウとロビンフッドの耳は音を聞く事を拒否し、脳は理解する事を拒絶しようとした。

 だが、残念な事に、シロウの場合は硝子で出来ている心と鍛え抜かれた鉄の様な腹筋と皮肉気な表情を浮かべる事に定評がある表情筋に絶大なダメージが入り、ロビンフッドの場合は甘いマスクが残念なマスクになる程度には誤魔化そうとして大失敗している顔面神経痛系笑顔を浮かべてしまった。

 投影魔術を扱うシロウや精密狙撃や破壊工作を得意とするロビンフッドにとって、イメージを作り挙げる事なぞ呼吸をすると同義のようなものだ。故に、2人とも期せずして全く同じイメージ――全身青タイツぽいきぐるみを着たナニカが笹代わりに朱い魔槍を喰ってやさぐれている、という何と言うか色々な意味で残念さと野性味溢れる美丈夫を想起してしまったのだ。

 そして、当時まだ記憶を取り戻していなかった神薙怜治がクー・フーリンに命じる言葉を容易に想像出来た事。これが致命打となった。

 

『クンクン、アタック!!』

『耐えろ、クンクン!!』

『ガードを崩せ、クンクン!!』

 

 あーこりゃ駄目だ。絶対に無理だ。実際無茶な。

 実際にはそんな事にはなっていなかったが、有り得たかもしれない妄想に、俯いて必死に笑いを堪えようとして盛大に失敗したシロウとロビンフッド。咳き込むようにして誤魔化している元英霊達を尻目に、センクラッドは腕組みをして当時を思い返していた。

 

「最初提案したら『殺すぞ』とか言われたんだが、由来を説明したら一応選択肢には入れたから、その内気に入ってくれると思うんだがなぁ」

「大将、そりゃ、無ぇよ、絶対に無ぇ」

 

 これ以上はやめてくれ、死んでしまうと言わんばかりに右手で腹筋、左手で背筋を抑えながら喉を盛大に鳴らして静かに爆笑という器用な笑い方をしているシロウやテーブルに突っ伏して陸に上がった魚でもこうはならんとばかりに見事な痙攣を引き起こしているロビンフッドに対し、お前らそこまで笑う事か?と呆れるセンクラッド。

 あの聖杯戦争において、愛称まで考えているのはセンクラッドしかいない。無銘という名のサーヴァントとしてセンクラッドと共に聖杯戦争を駆け抜けた時、今の名を決めるまで相当紆余曲折があった事を今更ながらにシロウは思い出していた。思い出したが故に、気になった点が出てくる。他のサーヴァントの愛称だ。

 だが、それを聞く前にノック音が響いた事で、この話は一度、中断となる。

 痙攣を引き起こしていたロビンフッドは大きく深呼吸をして、体内に残る笑いの残滓を振り切ってキリリっとした表情を浮かべ、シロウも体は剣、体は剣と念じて脳内でやさぐれている槍の英霊(パンダ仕様)を叩き出し、いつもの表情を浮かべて待機した。

 ようやく落ち着いたか、と呆れながら指で扉を開き、外で待っている2人を入らせると、センクラッドの予想した通り千冬の表情が硬くなった。

 ラウラから聞いていたのだろうが、実際に見ればやはり違うのだろう。それに、地球へ来訪した直後に言っていた『センクラッド1人で来た』と言う大前提が見事に崩れているのだ。シロウまでならともかく、3人目となると言い逃れは不可能だ、表情も硬くもなろう。

 センクラッドはそれを理解しながらも、飄々としたものだ。

 

「……センクラッド、彼は?」

「俺の友人でロビンという『見えざる護衛』だ」

「見えざる護衛?」

 

 初めて聞く単語に、千冬は眉を顰めて説明を促した。

 背もたれに深々と腰掛けているセンクラッドは、ロビンフッドに視線をやると、オッケーオッケーと頷いて立ち上がり、千冬の元へと歩み寄った。

 

「あんたが織斑千冬かい? 俺はロビン、家名は無い。特技は狙撃。大将の護衛を務めている。今後とも宜しくな」

 

 人好きのする笑顔で物騒な言葉と手を同時に差し出したロビンフッドに、千冬ではなくその背後にいたラウラが若干眉を八の字にした。毒と名言しなかった事に疑問を持ったのだ。千冬は握手をし、ラウラと自らの紹介をした後、

 

「それで、見えざる護衛とは?」

「まぁ、字の如くと言う奴だ。ロビン」

「あいよ」

 

 そう言うと同時、ロビンは音も無くその場から消え去った。まるで最初からいなかったかのような消え方に瞠目するIS学園側。反射的にISを起動しようとして、だが政治的或いは個人的な悪印象になると判断して寸での所でやめた千冬とラウラに、若干眉を上げてセンクラッドは、

 

「ロビンはそこに居る。手を差し出してみてくれ」

 

 その言葉に半信半疑ながらも手を差し伸べると、グッと手に圧力がかかり、上下に振られる事で、どうやら握手されているのだと気付く千冬。

 

「電磁・熱探知・音波系・光線類での探知は難しいだろうな。見えざる護衛だろう?」

「まるで、ISだな……」

 

 そう呟いた千冬の言葉は、ある種の正鵠を射ていた。従来のレーダーやソナー、サーマルにも引っかからずに自由に動き回れるISを捕捉するには、ISでしか探知は出来ないのだ。ロビンフッドが持つ『顔のない王』の特性や、今は皆サーヴァントではないので不可能だが、霊体化は少なくとも英霊や魔術師等の異能者でしか探知し得ない。

 

「まぁ、皆が皆それが出来るわけじゃないんだがな。どちらかと言えば技術ではなく、能力だ」

 

 そこまで情報を与えるのかというシロウの視線をスルーするセンクラッド。そこまで言及し、特に技術ではなく能力と言ったのにはキチンとした理由がある。

 技術として言うならば、実は脅威としてはやや下がる。量産或いは試作どちらでも構わないが、結局の処、それは何らかの法則や科学的或いは力学的根拠から推測する事は出来るだろう。

 だが、能力。この一言では全く違う様相を呈してくる。情報を集束して法則は成り立つのに、その個人個人の能力というのならば情報が圧倒的に足りない。超能力や魔術、その分野においてこの世界は圧倒的に未熟と言えるので、尚更だ。

 

「さて、もう良いだろう」

「あいよ」

 

 すると、当たり前の様に出てきたロビンフッドが、握手をやめて自分の席に戻って緑茶を啜り始めた。その戻る直前に、ラウラに向けて今後とも宜しくと言う意味でウィンクを飛ばしたのだが、ラウラとしては反応しにくいものだった故、曖昧に頷いてみせる。

 

「それにしてもセンクラッド、余り言いたくは無いが最初に言っていた言葉と随分違うな?」

「ん?」

「人数だよ。当初はセンクラッド1人で来たと言っていただろう。それが今や3人だ」

 

 あぁ、それか。と呟いて、センクラッドは、

 

「嘘は言っていなかったが。グラール太陽系星人という意味ではあの船は俺しか乗っていない。サーヴァントは、グラール太陽系星人として登録されていないからな」

 

 その詭弁に、思わず柳眉を動かす千冬だったが、続いての言葉で、

 

「ただ、まぁ、正直すまなんだと思っているよ。こちらとしてはアレ以上の騒動にはしたくなかったというのが一番の理由であり、本音だ。侵略する意図というのは全く無いし、俺の目的に大きく反する。どうせ表に出てくるのは俺と、最悪もう1人程度だと判断していたんだが、あの襲撃があったからな――」

 

 それを言われてしまえば、千冬は何も言えなくなってしまう。ただ、この会話は両者共に規定路線だ。千冬はジャンボジェット機クラスの大きさを持つ宇宙船で本当に1人で来たと言われても眉唾物だったし、むしろ増えて納得している部分もあった。

 センクラッドは、不本意ながらも襲撃と護衛を絡めて人数の増加の許容という部分に理由付けをしたいが故の、発言だ。

 

「誠意、と言う点なら、見えざる護衛やサーヴァントについてもう少し込み入った話をする、と言う所でどうだろう?」

「……そうだな、こちらも襲撃は予想外だった」

 

 千冬の言い訳めいた言葉が手打ちを示した事により、意識しないまま同時に千冬とセンクラッドは息を吐いた。ピリっとした緊張が辺りを重くしていたのだ。この手のやり取りを好まないという意味では共通項があり、曲がりなりにもセンクラッドを友人として見始めていた千冬としては、公私を分けているとは言え、やはり気が重かったのだ。センクラッドとしても、千冬がファーストコンタクト時からある意味支えて貰っていた為、嘘をつき続けていた事が多少なりとも負い目となっていた部分があった。

 また、ラウラとしても護衛対象であるセンクラッドに悪感情を抱いておらず、立場的にも心情的にも千冬の味方であるが、この話題が不本意である事は察していた為、ある種のもどかしさを感じている。

 

「そろそろ2人とも、座ったらどうだ。マスターが説明するにも座っていた方が良かろう」

 

 タイミングを見計らったシロウの言葉に、救われた様な表情を浮かべながら是非も無いと頷いて座る2人に、

 

「飲み物は? 一通りあるから言ってくれ」

「私は珈琲、ミルクと砂糖入りを」

「出来れば緑茶を」

 

 意外な一言に眼を瞬かせるシロウ。ラウラが珈琲なのは何となく判るが、千冬が緑茶をリクエストするとは思わなかったのだ。

 材料はあるのだが、返事が遅れてしまうのは仕方のない事。

 ただ、その硬直した状態をいち早く抜け出した、というよりも別に硬直していなかった人物が口を挟んできた。

 

「あ、じゃあオレが淹れてやるよ」

 

 ロビンフッドがそう口を出したのだが、シロウはあからさまに胡乱気な視線を向ける。

 

「……君が、緑茶を?」

「あ、何だよその言葉。もしかしてオレが緑茶淹れられないと思ってたりするわけ?」

「正直無理が有りすぎる」

 

 ズバっと快音が響き渡る位に真正面から切り込んできたシロウに対し、ビキリと眉根に山脈を築かせるロビンフッド。緑茶という存在に出会ってからというもの、コツコツと練習を重ねてきた自身の緑茶道(?)を否定された事で頭に来たのだろう、軽薄な声に重石をつけてシロウに叩き付けた。

 

「これでも緑茶だけならシロウよりゃ巧く淹れられるぜ?」

「ほう、本人を眼の前にしてその言い分とは、君も言うようになったな。ならば淹れてみたまえ。直々に吟味してやろう」

 

 同時に立ち上がってキッチンへと歩みだした元英霊達を、やや唖然としながら見送るIS学園側と、お前ら本っ当に馬ッ鹿じゃねぇのと言う風な視線で見送る元マスター。

 千冬がぽつりと、

 

「……いつもあぁなのか?」

「一応言っておくが、アレでも仲は良いし、腕も立つんだ」

 

 額に右手を当てて大きな溜息混じりに答えるセンクラッド。

 実際仲は良いのだ、罠についてや狙撃についての戦術や対軍勢の立ち回りのいろは等で話し合っているのを目撃した事もあるし、互いの身の上話で盛り上がっていたり、童貞(ロビンフッド)が非童貞(シロウ)にエロトークを振った挙句、ハンカチ噛み締めて自爆していたりと色々視てきている。

 問題は、緑茶と紅茶の嗜好……ではなく、台所の紅神霊ことシロウに、よりにもよって緑茶を持ち出したのだ。

 そりゃイギリスの英霊に「――――ついて来れるかい」とか言われてしまえば、一応日本人の括りに入っているシロウとしては「ついて来れるか、だと……フッ、君の方こそ、ついて来い――――!!」と言い返すしかないだろう。というかたった今、その会話がセンクラッドの耳朶に放り込まれた。吟味は何処へ行った贋作王。

 何やら妙な雰囲気になっているキッチンに極力眼を向けないまま、センクラッドは一度咳払いをして、

 

「それで、時間はあるんだよな?」

「あ、あぁ、余裕を持ってきたからな」

「なら良いか。姿無き護衛というのは、先程見せたものだが、サーヴァントの一種、もしくは称号だと思ってくれて構わない。一人一人特性は違うが、括りとしては同じだ。ただ、ロビンの様に姿を隠せる、或いは認識させない能力を持つ物は、往々にして暗殺や暗殺阻止、つまり護衛に携わる事が多い」

 

 暗殺という言葉が出てきた為、表情がほんの僅かだが強張ってしまうラウラ。あの毒は解毒も防護も効かないのだから、脅威だと認識するのは当然だ。一方の千冬は説明前の段階、つまり姿無き護衛という言葉だけで、その可能性に思い当たった為、大した変化は無かった。

 

「まぁ、ロビン程それが似合う奴はいないと思うがな」

「少し外れる事を聞きたいのだが、センクラッド、パートナーマシナリーの様に1人1体という制限は無いのか?」

 

 千冬の言で、ラウラはパートナーマシナリーという言葉に聞き覚えがあり、その記憶を掘り起こしていた。

 パートナーマシナリー。

 グラール太陽系で、ガーディアンズや軍、または傭兵会社等に所属している者達の一部が使っている、あらゆる補佐を担当する機械の事だ。キャストやヒューマン、ニューマンにビーストとは違い、身長が恐ろしく低く設定されてあるのが特徴の一つである。これには理由があり、人型を模した場合のトラブルや人権問題に発展する可能性を見越して人形のような造りになっている。ただ、小さいとは言えその戦力は仕えるマスター次第で天井知らずに上がり、掃除炊事洗濯その他諸々の平時における能力も基本的に高い。

 と、センクラッドが記者会見で語っていたとラウラは思い出していた。

 センクラッドは肩を竦めて、

 

「パートナーマシナリーとは違うな。ただ、1人のマスターにつき1人のサーヴァント、というのは基本にして共通項かもしれんが」

「つまり、ロビンは誰かから貸し出されたと?」

「いや、俺のサーヴァントだよ」

 

 その言葉に、意味が判らないとばかりに眉根を寄せる千冬。

 

「どういう事だ?」

「本来サーヴァントはそういった制限が課せられてはいるが、例外も有るという事だ」

「……やはりセンクラッド、お前は英雄ではないのか? 制限がある者達の、その制限を取り払えるという事だろう?」

「繰り返すが、英雄は俺じゃないよ。俺のやった事は赦される事じゃあない」

 

 ムーンセルのデータを破壊、或いは強奪し、亜空間装置と自らの存在を以ってサーヴァント達を勝手に受肉させるという暴挙を起こし、善悪も秩序も混沌も関係無しに、強制的に世界から対価を取り立てた闇金の取立て屋のような者を英雄とは呼べないだろう。ただ、その事を知る由も無い千冬達にとっては、センクラッドの言葉に首を傾げてしまう。

 単独で幻視の巫女を救い出したり、テロリストを組織ごと壊滅させたりしたのなら、少なくとも英雄足り得るのでは?と思うのも致し方の無い事だ。

 だが、同時にセンクラッドが呟く言葉には後悔が無く、しかし透き通ってはいるが昏い色を宿している事も千冬は察していた。

 センクラッド(異星人)の事を知ろうとすればするほど判らない事だらけになるな、と心の奥底に言葉を沈めて千冬は、

 

「事情は、聞けないのだな?」

「悪いが、これだけはな。ただ、お前さん達に迷惑は絶対かからない類のものだとは断言しておく」

 

 予想した通りの答えに、機密かと吐息を一つ放り出す千冬だったが、本命の事を聞く為に、即座に、

 

「――ならロビン以外に、姿無き護衛、或いはお前をマスターとするサーヴァントはいるのか?」

「まだまだ居る」

 

 あっさりと認めたその言葉に絶句する千冬とラウラ。シロウが見せた模擬戦での腕を見る限り、或いはラウラを苦戦まで追い込んだ者達が、或いは無人機ISを瞬殺したセンクラッドと比肩しうる存在が『まだまだ』居るというのだ、背筋も凍り付くだろう。

 まぁ、後ろで「――――オレの勝ちだ、シロウ」「――――ああ。そして、私の敗北だ」とか言っている阿呆共の存在は、凍り付いていた背筋をヒンヤリ程度に、割と真剣に説明しているマスターの表情をゲンナリさせる程度には効果があったが。というか紅茶ならともかくとして緑茶勝負で日本人が負けるとは一体全体どういう事だよ、とセンクラッドは内心で突っ込みを入れていたりする。

 全開で煤けている表情を浮かべながら、ラウラの前に珈琲を置くシロウと、勝ち誇った子供臭い笑顔を浮かべながら千冬に緑茶を差し出すロビンフッドを視て、センクラッドはジットリとした視線を向けた。

 

「で、一応聞いてやるがどっちが勝ったんだ?」

「ギリチョンでオレ」

「僅差で敗北したよ……よもや、緑茶で負けるとは思わなかった」

 

 そう言って勝ち誇った表情のロビンフッドと項垂れているシロウを見ていると、本当にこいつ等一体何なんだと言いたくなる千冬。

 ラウラはマイペースに珈琲をズッ、と一口飲んで、ハッとした様な視線を向けて、慎重にチビチビと飲み始めた。余程美味かったのだろう、やや眦が下がって幸せそうな雰囲気を出し始めている。

 それを見たシロウは幾らか救われたようで、ヒビ入りまくりだった日本人としての誇りと、或いは自らの硝子の心を修復し始めていた。

 千冬も、何と無しにロビンフッドから手渡された緑茶を息を吹きかけてから一口、コクリ、と口に通すと――

 

「これは――」

 

 舌を火傷しない、ギリギリのラインに位置する絶妙な温度。

 苦味の外側にあるほのかな甘みが、熱と共に程好く舌を刺激し、唾液を分泌させてくる感覚が自分でもわかるほど、その旨みはハッキリと主張していた。ここまで主張する緑茶――分類的には抹茶に分類されるが――は千冬ですら初めてであった。

 また、二口飲めば、今度は甘みが内側へ、苦味が外側へ移動するかのような味の変化が起こり、呼吸をすれば鼻腔には深くも透明な香りが吹き抜けていく。

 一口一口、呼吸も合わせれば味が様々な味覚へ訴えてくるその圧倒的な茶の美味さに、千冬は翻弄されていた。

 やや呆然としながらも、ロビンフッドに視線を向けると、ニカッと笑ってサムズアップし、

 

「大将が一番大事にしていた茶ッ葉使ってみたんけど、やっぱ旨ぇよなコレ」

「おい待てロビン。お前さん、まさか『ミクナ』を使ったのか?」

 

 ミクナとは、ニューデイズで採れる緑茶葉の中でも最上級グレードにしか付けられないものを指し、1袋でグレードSの武具に匹敵する価値を持っている。幻視の巫女の家系を冠するものだけあり、手間が掛けられているが故にかかる費用も茶にかけられるそれとは大きく剥離しており、比例して年間産出量は遥かに少なく、それ故に教団の上層部にしか殆ど出回らないという文字通り幻の茶だ。淹れる者が淹れれば天上至福の味、素人が淹れれば地獄絶望の味へとなるのも大きな特徴で、贅沢な罰ゲームをする際に用いられる場合もある。

 本人は否定しているが、英雄と称される偉業を幾度と無く成し遂げてきたセンクラッドでさえ、その茶を買うのにはミレイ・ミクナやカレン・エラ(を通す場合は更にイーサン・ウェーバーも)を通さなければ入手出来ないのだ。

 しかも一回の購入も量制限が有る為、ナノトランサーと自室で保存してあるミクナの量は、かなり少ない。毎年一回、ミレイ・ミクナの誕生日に合わせて飲んでいるセンクラッドにとって、ロビンフッドの発言は看過出来ぬものだった。

 だが、そんな事情を知らないロビンフッドは、胸を張って、

 

「そりゃ大将、負けられない戦いが此処にある、なら手を抜く事は出来ない。特にシロウの腕は超一流。つーわけで使える物は何だって使うのは当たり前っしょ。しかもアレだけ厳重に保管されているなら一発で上物だと判るし」

 

 その言葉に、頭を抱えるセンクラッド。シロウは同情の視線をセンクラッドにやっていた。以前、グラール太陽系についてセンクラッドが話してくれた際に、大切な思い出を語る上で欠かせない者達や、その関連した出来事を聞いていたのだ。故に、ミクナ等の稀少な、そして想い出が詰まった品物だけは使わずに勝負していたのだが、そんな話を聞いていないロビンフッドからしてみれば関係無い。むしろシロウが手を抜いてくれるならそこをシュパーンとやってやんよと言わんばかりにやらかしていた。

 ただ、今面と向かってそれを言えば、千冬に対して失礼に当たるとギリギリの処で気付いたセンクラッドは、小さく溜息をつく事で遣る瀬無さを解消した。

 

「……センクラッド、このお茶はもしかして貴重なのか?」

「かなり貴重だが、お前さんなら構わん。その価値はある」

 

 故に、申し訳なさそうに言う千冬をフォローする為に、センクラッドは吐息混じりにそう返した。

 シロウも別の意味でだが溜息をついた。恋愛ごとに疎い主従コンビだが、一歩間違えればセンクラッドの言葉は口説きにかかっているとも取れるし、政治的な意味合いを持つという事にも繋がりかねないものだ。後で注意しておくか、と心に決意を浮かべたのだが、そういう事を知らないロビンフッドとしては、ニヤっと笑みを浮かべて、

 

「お、大将もしかしてクールビューティー派?」

「は?」

「いやいや、隠さなくたって良いって。いやぁ、色恋沙汰に興味が無かった大将も、とうとうって奴かぁ」

 

 何この既視感、とセンクラッドの口から零れた言葉に、誰も反応していない。ラウラは眼を剥いてセンクラッドを凝視していたし、シロウはセシリアに言っていたような言葉をまさか時と人を変えてロビンフッドが言うとは思わなかったし、千冬は千冬で完璧に予想外の外の外の外あたりからぶっ飛んできた驚愕の事実(?)に言葉を失っていた。

 

「……取り合えず、何でそういう風に思ったのかを詳しく言ってみてくれ」

「サーヴァント(周り)でも大将の浮ついた話聞いた事ないし? しかも大将とある程度親しく話せているって事は気を許してるって事っしょ? しかも貴重な茶を飲ませても構わないときた。んでもって、千冬ちゃんみたいなクールビューティ系は周りにいなかった。こりゃもうアレっしょ、絶対。後はカンだけど」

「千冬ちゃん……」

「それはまた……鋭い勘だな」

「だろぅ?」

 

 絶句している千冬は取り合えず脇に置いておいて、斜め45度上をカッ飛ぶ御近所のオバサン的な推論に、皮肉交じりに言おうとして、しかし、もうなんだか色々めんどくさくなってきたセンクラッドは平坦な口調で言った。

 ただ、途中で諦めて平坦な口調で言ってしまえば図星を突かれて動揺した結果、その口調になって肯定しているようにも受け取れるわけで。

 

「――え?」

 

 と言葉を零した千冬には何の落ち度もない。異星人に対する恋愛的政治的なあれこれどーのこーのが脳裏を稲妻のように駆け抜けていたとしても仕方ない事だ。

 ラウラは限界まで眼を見開いてセンクラッドを凝視していた。あぁでも、教官は文武両道、才色兼備だし、宇宙人からも好かれる容姿なのかもしれない、と妙な納得をしかけていたりする。

 シロウの場合、全力でロビンフッドを罵倒しかけたが、何とか自制し、しかし結局の処、本人が否定せずに自分が否定すれば、それは逆の意味に捉えかねない事を悟って沈黙するしかなかった。

 正しくカオスな状況に陥っているこの部屋で、逸早く抜け出したのはラウラだ。

 

「――先生、そろそろ時間では」

「あ……あ、あぁ、そうだな。そろそろ行かなくては」

 

 腕時計を見て気も漫ろな感じで呟く千冬。どうやって切り返すか考えているのだ。これが地球人ならば『断る』『貴様なんぞ知らんし、興味も無い』『寝言は寝て言え、戯言は死んでから言え』等罵倒に近い拒絶を言い放つのだが、相手はグラール太陽系星人だ。

 考えてみれば、アプローチぽいのは確かにあった。黛のインタビューでは良い友人関係云々と言っていたし、ファーストコンタクト云々の際には千冬でなければ、と言っていた。

 故に『まずはお友達から』といった方が良いのか、それとも『一夏が自立するまでは』と返すべきか、あぁでも一夏や篠ノ之にも良い影響与えてくれたし、と真剣に悩んでいたりする。

 ……まぁ、全力で無為な、だがセンクラッドから視ても全く以って笑えない懊悩なのだが、それを知るには結構後になる。

 センクラッドは気持ちを切り替えて、

 

「千冬、ロビンは姿を隠して護衛をさせるが、良いか?」

「そう、だな。センクラッド、ロビンの他にも護衛をつけるのか?」

「場合によっては増えるかもしれんな」

「まだ増えるのか……」

「まぁ、安心してくれ、今のところは増えない。襲撃の度合いによりけりだ」

 

 そう言ってセンクラッドは立ち上がった。

 隠し切れない動揺を伴いながらも、表情だけはいつものクールビューティを維持してセンクラッドの部屋から出て先導し始める千冬とラウラを見て、シロウは、本気で申し訳ない気分になっていた。

 センクラッドは、最後尾を務めるロビンに、地獄の底から響いてくるような低い声で、

 

「ロビン、明日俺とシロウとで模擬戦(ガチンコ)な」

「何で!?」

 

 悲鳴交じりの抗議を無視し、センクラッドはシロウと明日の戦術という名のフルボッコ方法を視線で語り始めていた。

 端的に言うなれば、前衛がセンクラッド、後衛がシロウ、無限の剣製、巻き込み上等の壊れた幻想、Sグレード以上の武器と耐毒完備のSグレードシールドライン使用及びシロウ限定で貸与、辺りか。

 翌日、緑色のボロ雑巾が一丁出来上がっていたかどうかは、それはまた別のお話。



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30:IS国際委員会日本支部

 IS国際委員会日本支部。東京都霞ヶ関に位置する、表向きは政府間国際組織の一つとして存在している場。

 都心だというのに、やや広めの敷地と宿舎一体型の中層ビルを持ち、国際色豊かな警備員が其処彼処に居り、決められたルートを巡回している様子を見れば、日本支部と銘打たれていようとも異質である事には変わりは無い。これでも平時では此処まであからさまな者達を配置する事は無いのだが、今日に限っては特別だ。

 正面ゲートを潜って、一台のリンカーンが停車し、中から出てきたのは、センクラッドとシロウ、千冬にラウラ、そして姿を隠しているロビンフッドだ。本日はあの事件についての会談で此処に来ていた。

 ぐるりと周囲を見渡し、首を上に向けて意外な程高さがあるビルを見上げた後、センクラッドはポツリと言葉を千冬に向けて放り投げた。

 

「結構な金をかけてるんだな」

「ISが中心となっているからな、これ位は仕方ないだろう」

 

 当然ではなく、仕方ないと呟いた千冬の思考を何となく読み取れたセンクラッドは、そんなものか、と頷くに留めておいた。

 此処だけ異国のような、と、そんな印象を持つ人は持つだろう。少なくとも、国際色豊かな警備員が、物騒な獲物を持ち得て其処彼処を巡回している光景は、都会で暮らしていた日本人の感性を捨てずにいる神薙怜治としては強烈な違和感を抱かせるに十分な威力を、しかしグラール太陽系デューマンとしては至極普通の印象を抱いていた。

 ただ、IS国際委員会がこうも物々しくなっているのはセンクラッドが来るからであって、平時はもっと判りにくく偽装してある。準戦時下、とまではいかないが流石に異星人に危害を加えられても困るのだから、物々しくなるのも仕方の無い事なのかもしれない。敵は、ISだけではないのだから。

 そのまま入り口に入ると、受付付近で待機していた金髪碧眼の美女が声をかけてきた事で、どうやら案内役のようだと察するセンクラッド。

 柔らかな笑みと、絹のような耳触りの良い声で、

 

「センクラッド・シン・ファーロス様ですね? ようこそIS国際委員会へ。ご案内致します」

「宜しく頼む」

 

 9割の男性、或いは半数以上の女性が恍惚と溶けるような美貌も何処吹く風以下の反応を返すセンクラッドに、美女は何処か面白そうな輝きを瞳に浮かべながら案内し始めた。

 モノクロパターンの大理石で出来ている廊下に足音を刻みながら、のんびりとした風にセンクラッドは周囲を視ていた。

 そこかしこに備えられている監視カメラや、忙しなく働いている職員が目に付くのだが、それ以上に感知したのは、職員達から向けられる負の感情だ。

 怖れに近い感情を徹底して表情には出さずにいるのは、徹底した教育の賜物だろう。だが、左眼にはそれは通じない。感情を完璧にコントロールしようとも、根底にあるそれは隠す事は出来ない。人間だけではなく、万物は異物や異端を極端に嫌う傾向がある。受け入れるのにも時間がかかる為、異物とも言える自身に怖れに近い感情を持つのは仕方の無い事なのだが、やはり一抹の寂しさは禁じえない。

 まぁ、普通はそんなものか、と、この手の感情とは友人程度の付き合いがあるセンクラッドは達観していたが、先導している美女からはその手の感情が極々僅かしかない事にも気付いていた。故に、あの美女は一体何物なのかという興味程度は湧いている。

 5分程進み、突き当たりのドアが開かれると、そこには2人の男が座っていた。

 1人は銀縁眼鏡と神経質そうな双眸が印象的な、その癖温和そのものと言う雰囲気を纏っている40歳を超えるか超えないか程度の日本人。もう1人は、彫りの深い顔立ちと190mを超える長身とスーツに不釣合いな程鍛え上げた体躯が特徴の欧米人だ。

 2人ともセンクラッド達が入室してきた事で立ち上がって、

 

「IS国際委員会日本支部長と倉持技研の所長を兼任しております倉持研治です」

「IS国際委員会監査部長とヴァイツゼッカー社CEOのヴォルフラム・フォン・ヴァイツゼッカーです。本日は宜しくお願い致します」

 

 そう2人は挨拶をしてきた。今更だが流暢な日本語を話す外国人に感心するセンクラッド。ISに関わる者達の殆どは日本語は必修だと言われているとはいえ、此処まで綺麗に発音する壮年がいるとは思わなかったのである。

 それに反応したのは、先ずは千冬で、深く息を吸い、

 

「――IS学園教師兼グラール太陽系惑星人友好調停者、織斑千冬です」

 

 と、サラリと言い切った。センクラッドに後でからかわれないように日夜、この文言を暗記する為に早口言葉の練習をしたり、暗記したりと微妙な努力をしており、それが報われた形だ。

 センクラッドは内心、やはり言わんとダメか……と思いながらも、

 

「グラール太陽系惑星人親善大使センクラッド・シン・ファーロスです。此方こそ宜しくお願い致します」

 

 と、こちらも誰にも見られていない事を確認しながら、風呂場で練習した甲斐があって噛まずに言えていた。微妙にドヤ顔をしているのだが、それには一切触れないIS国際委員会側。ちなみに、センクラッドは既に失敗を犯している。本来は親善大使と名乗らない方が交渉の余地をなくす事が出来た。あの召喚状に記載されていた通りの肩書きを名乗るべきかもしれない、という根拠の無い想いを持ってしまった事から失敗していた。

 倉持は、上手側の椅子を手で指し示して、お掛け下さい、と言葉を投げかけ、センクラッドと千冬が着席し、シロウは窓側、ラウラは出入り口側にそれぞれ立った。

 

「今回の襲撃の件、誠に申し訳ございませんでした。現在IS学園側と協同し、犯人グループの洗い出しをしております」

 

 と、倉持が頭を下げたのを視て、センクラッドは、

 

「確認ですが、もし再度襲撃された場合は、撃墜しても?」

「そうならないように努力致しますが、万が一、その様な事態に陥った場合は、撃破して頂いて構いません。責任はIS国際委員会が全て持ちます」

 

 倉持の言葉に、シロウは僅かに眼を細めて見つめた。

 センクラッドは撃墜という言葉を使ったのに対し、倉持は責任を明確にした上で撃破という言葉を使った。ISを撃墜ではなく撃破という言葉を使った事に、引っ掛かりを覚えていた。日本人らしい言い方と言えばそうなのだが、未来予知に近い超感覚を持つシロウは、それだけではない気がしたのだ。

 ただ、センクラッドはそれに気付かなかったようで、頷いて話題を次へと進めた。

 

「判りました。護衛に関してですが、こちらの護衛は、横にいるシロウを、そちらの護衛は織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒで?」

「もし不安があるようでしたら、増員も検討させて頂きますが……」

 

 答えたのはヴァイツゼッカーだった。ドイツ軍IS配備特殊部隊の隊長と世界最強クラスに与えられる称号『ヴァルキリー』を持つ者達の中でも最上位に位置するブリュンヒルデが護衛についていたとしても、不安や不信というものは消えないものだろう、という意味での提案だったのだが、センクラッドは少し慌てたように首を振って否定した。

 

「いえ、問題ありません。確認ですので」

「判りました……質問をしても?」

「どうぞ」

 

 コトリ、と横合いから茶を出してきた案内役の美女に目礼し、ヴァイツゼッカーは口を開いた。

 

「先日、ISコアから抽出したデータを見たところ、その際、ファーロスさんはIS学園も含めて攻撃してきた場合、と仰いましたが、協同して戦闘を行うという事で?」

「勿論、IS学園が襲撃された場合でも協力致します。流石に見捨てるような事は致しませんよ」

 

 あの場はトチ狂っていなくとも、そういうニュアンスを込めた言葉を発しなければいけなかった。眼の前で攻撃に曝されている、親しくなった者達を見捨てられるような男ではないし、そもそも初手で勝手にグラール太陽系の名を出した以上、最早会う事は叶わないが友人達の名誉や信頼に応え続ける為にも、そうしなければならないのだ。

 仮にセンクラッドへ攻撃がいかなかったとしても、一夏達に危機が訪れていればシールドバリアーを破壊して飛び出していた。つまり、情云々ではなく、甘いのだ。自らの行動でどうなるかを把握しつつも、ある程度の責任は取る事前提で動く生き方を選んだ時点で、足枷は、とうの昔に完成していたのである。

 

「助かります」

「いえ、この位は当然です。そうならないように願ってますが」

「確かに」

 

 倉持やヴァイツゼッカー、千冬やあのロビンフッドすらも、この時既にセンクラッドがこの手の交渉事は不得意だという事を見抜いていた。本来ならば、あの言葉を持ち出されたとしても――いや、本来はそこから既に悪手だったのだが――頑として跳ね除けたほうが手札を見せる事をせずに済むのだ。特にイレギュラーで地球に来たのならば、惑星間の取り決め等で縛られている事は容易に想像がつく。

 しかし、それ故に、侵略等の意図は無いという事も有る程度の信憑性を帯びて来る。悪手を最善へ昇華させるには相当の慣れや技術が必要だが、センクラッドの発言にその片鱗は欠片も無い。有るのは、人間性、それも善性に近いそれだ。殆どのケースにおいて必要以上の見返りを求めないその人間性は、美徳であり、弱点でもある。

 ヴァイツゼッカー達からすれば、もしセンクラッドが地球人だったのなら御し易く、しかしそうではない為、扱い難い存在と映っていた。異星人、この言葉が全ての有利不利を失くすのだ。

 

「ただ、万が一襲撃等のイレギュラーな出来事が起きたとして、一つお願いしたい事が」

「お願い?」

 

 ヴァイツゼッカーに聞き返され、センクラッドは頷いて言葉を繋げる。

 

「此方を狙わず、例えば世界で唯一の男子操縦者、或いは篠ノ之博士の妹等を狙ってきた場合。その場合も阻止しますが、その際に学園側が被る施設の被害には眼を瞑って頂きたいのです」

「成る程……シールドバリアーやアリーナの壁等の破壊と言う事で?」

「その通りです」

 

 ふむ、と考える素振りを見せながら、ヴァイツゼッカーは倉持、そして千冬に視線を飛ばした。その程度なら問題ないのだが、貸し借りという意味で『作っておく』べきか、それともそれを加味せず承諾するか、そして後者で良いのか、その確認だ。

 すぐさま倉持が手を挙げた事で、満場一致で後者となった事に、千冬は安堵していた。安堵して、はて、何故ここまでほっとしているのか、まさか恋か、恋なのか!?と噴飯物の勘違いをしているのは脇に捨て置くべきだろう。実際それは恋でも愛でもない。強いて言うならば異星人というフィルターが入っている為の、扱い難さから来るセンクラッドからの信用を裏切るかもしれない不安だ。唯でさえ親友の束から渡されてたUSBメモリの中身のせいで頭と胃がキリキリ痛んでいるのだ、ある意味、吊り橋云々の変形型とも言える。

 

「費用に関しては一切こちらから請求する事はありませんよ」

「助かります」

 

 人を変えて、同一の言葉。その意味合いは全く違うという事を知っているのは、千冬やシロウのみだ。

 こうして人類初の、簡易的ではあるが異星人との条約、或いは取り決めは締結された。今はまだ小さな、だがその意味合いは未来へと針が進む程、大きくなる、それ。

 センクラッドもシロウ達も、この決定は最悪のケースを想定した場合、致命的な弱点へ変わりうる事を知悉していた。だが、シロウ達はセンクラッドの意向を尊重しているし、センクラッドは自分の中のルールや責任においては忠実であるべきと考えている為、結局の処、この時点においては変わりは無かった。

 倉持が言葉を出した後、ふと思い出した様に、

 

「私から追加で幾つか」

「どうぞ」

「先程のお約束ですが、明確にする為、後日書類を送付させて頂いても?」

「構いません」

 

 そう言って頷いたセンクラッドだが、姿を隠しているロビンフッドは眉を顰めていた。予想出来た確認であった。下手を打てば知らぬ間に不利な条約を締結される可能性もあるのだから、表情が曇るのも仕方ない事。尤も、そうならない為に自分達が居ると考えれば、問題にはならないのだが。

 

「IS学園で学年別トーナメント等を開催するのですが、ファーロスさんはISに興味をお持ちだと拝聴しております。宜しければご覧になられては? あぁ勿論、これは技術交流とは全く関係ない話です」

 

 その言葉に、センクラッドは即決した。

 

「お願いします」

 

 徐々に徐々に、千冬やシロウ達の表情が微妙な事になってきているのだが、見て見ぬ振りをするセンクラッドとIS国際委員会側。前者はお祭り騒ぎを見たいだけで、後者としては何だかんだ言って交流をしたいのだ。カードは多い方が良いという判断の元、様々な面からアプローチを仕掛けるのは当然の事。ただ、そのアプローチ方法が少々拙いのは、偏に駆け引きが成立し難いという点、これに尽きる。

 最初の記者会見の際、センクラッドは要約すると『現在の地球においては技術提供或いは交流は不可能に近い』と発言していた。一応だが予防線を張っているのだ。此処をどうにかして切り崩さない限りは、もっと言えば通常の手段ではグラール太陽系との技術交流は不可能だろう。

 また、物理的に拘束しようとしても無人機撃墜時の映像を見る限り、真正面からでは不可能に近く、失敗した際にはダミーとしてIS学園側から送付されてきた映像に映っていたレーザー砲等の超兵器で文字通り一切合財を薙ぎ払われる可能性が高いし、報復の為に援軍を呼ばれでもしたら確実に人類が詰む。拘束するのなら薬物や毒物を用いてだが、千冬から毒は殆ど効かない可能性があるという報告があげられていた為、それも難しい。

 そもそも、国と個人、この場合はグラール太陽系とセンクラッドの思考と嗜好と志向、この三つの『しこう』を綿密に調査し、徹底的に解明するまでは、本来は交渉なぞ、悪手以下の下策だ。せめていずれか2つで良いから知悉していなければ、どれだけ腕が良い交渉者でも容易に失敗するものなのだから。

 だが、そうも言っていられない事情もある。ISという急激な変化を強いられ、それが収まるまで、或いは慣れきるまであと5年はかかる見込みだった。その間に織斑一夏が継続して活躍する様に成長させ、それを巧く利用し、女尊男卑の風潮に歯止めをかけさせ、徐々に徐々に性差ではなく能力主義へと是正させる事も不可能ではなかった。しかし、その前に異星人という新たなカードが地球圏に飛び込んできてしまった。

 もう時間が無いのだ、ダミーの映像はIS国際委員会のみならず、数日中には政府にも知れ渡る。そうなればその情報は身勝手な願望という歪みを伴って世界へ共有され、結果としては女尊男卑派、虐げられてきた男性陣やその他諸々の、云わば今の風潮にそぐい過ぎ、或いはそぐわな過ぎる危険思想を持つ者達が動き出すだろう。

 世界で唯一の男性操縦者と、ISを打倒する事が可能な、ただの人が扱える……ように見える兵器を持つ異星人を狙って。そしてその火種は、例え異星人が帰還した後でも燻り続けるもの。願望に歪まされた事実は何時でも火種になる。

 故に、ヴァイツゼッカーも倉持も交渉や何らかの材料となる言葉やら何やらを引き出そうと、必死だ。

 

「――それでは、その方向で調整させて頂きます。それと、今年からISの世界競技大会、モンド・グロッソを再開するのですが、こちらもご覧に?」

 

 その言葉に、僅かに眼を細める千冬。再開する目途が立ったとは言え、今年ではなく、来年からと聞いていたのだ。唯一の男性操縦者の織斑一夏をIS学園で鍛え上げ、モンド・グロッソに参加させる事で、表裏の組織に牽制をかける予定だった。それが変更されたいう事は、織斑一夏ではなく、異星人に対して比重を置いたという事だと、千冬は推察した。

 ふむ、と顎に手を這わせたセンクラッドは、2秒程思考し、

 

「時期によりますね。補給が完了次第此処を離れるので」

「開催時期は秋から冬を予定しておりますが……」

「微妙な線ですね。取り合えずは保留でお願いします」

 

 その言葉に首肯する倉持。センクラッドとしてはモンド・グロッソも含めてだが、野次馬としては見てみたいと思ってはいるのだが、そうも言ってられない状況になりかねない事も良く判っていた為、ぼかして答えていた。

 

「此方からは以上ですが、何かご質問があればお答えいたしますよ」

「一つだけ、良いですか?」

「勿論」

「敵性ISの件ですが、アレに心当たりは無いので?」

 

 瞬間、空気が圧縮され、物理的な重さを持ち得て、更に緊張が入り混じる。

 穏やかな口調でそう告げたセンクラッドの瞳は鋭い弧を描いて倉持を見つめている。本人としては詰問でもなく純粋な質問だったのだが、周りはそうは受け取れない。

 公式では467個まで作られていたISコアは、現時点までで増えていないとされている。それは、襲撃をした際にほぼ確実に足が付くという事でもある。無論、データ上の偽造や強奪等の理由付けによって有る程度自由に使用する事が可能になるが、センクラッドがISを撃墜した為、本来ならば何処かで数に狂いが生じている筈なのだ。IS学園の手元にコアがあり、通常ならばそれにナンバリングが割振られている以上、特定は然程難しくは無い。

 しかし、それが無い、登録されていない468個目が発見されたとしたら――既にそれはIS学園側は知っているのだが――ブラックボックス化しているコアを作成出来る唯1人の天災、篠ノ之束博士が異星人を攻撃したと言っても良いだろう。それが知れれば、前述した以上の、世界規模での大きな混乱が巻き起こるのは確実だ。

 倉持は内心の動揺を完璧に抑え込みながら、あくまで表情は沈痛さを押し出し、

 

「申し訳ございません、現在調査中としか……」

 

 と、先の言葉を繰り返した。

 コアにナンバリングを振っているという事実は、教本には記載されていないが為に、センクラッドは先の言葉を信じる他無い。元の世界を知る分、世界が一つに纏まることは無く、外交や政治的な駆け引きで足を引っ張り合っているだろうという悲観的な読みがあるので、これ以上の追求をする事は無駄だと諦観していたのである。

 皮肉な事に、センクラッド、つまりは異星人の来訪によって組織としての世界は段階的にだが統一に向けて歩みだしているのだが、それを知るのはもう少し先のお話。

 それ故に、センクラッドは一言、

 

「ああ、そうでした。失礼しました」

 

 とだけ返した。それぞれが些か不自然な言葉を使っていた為、ヴァイツゼッカー達はこれが何らかの引っ掛け、或いは駆け引きの可能性があるという考えに、シロウやロビンフッドは心当たりはあるが事実関係を調べてからという事かと思い至った。だが、仮にそうであったとしても、可能性を言及する事は出来ない。この手の場においての可能性は穿たれる為の弱点でしかなく、また、表層の事実と深層の真実を使い分けてこその政治や外交なのだ。馬鹿正直に可能性まで答える事は誠実ではなく、愚劣だ。

 微妙な沈黙が数秒流れたが、それを断ち切る為にヴァイツゼッカーは腕時計を見て、

 

「そろそろ夕食の時間ですが、良ければどうですか、ご一緒に」

 

 そう提案してきた。

 センクラッドは表情の固定化を命じつつ、内心では「懐柔策一段目、いよいよ来たかっ」と小躍りしていた。実際は罠でも何でも無く、強いて言えば直にどんな人となりかを確かめる程度のものだったが、この男、罠だと知っていても、罠でなくとも自分からド嵌りに行こうとするから性質が悪い。

 千冬やシロウは、食事程度なら問題無いだろうと踏んでいる為、動こうとはしなかった。

 

「ご一緒させて頂きます」

「何か好きな食べ物とかはありますかな?」

「そうですね……素材の味を活かした料理は好きですね。濃い味よりは薄口の方が好みです。あぁ、ただ、食べてみたいものがありまして」

「それは?」

「鮨です」

 

 そう告げたセンクラッドに、ヴァイツゼッカーは一度頭を下げて、携帯電話を取り出して何事かを送信する。すぐに、マナーモードに設定していた千冬と案内役の美女の携帯電話が振動し、同時に手に取ると、目的地が送られてきていた。

 場所は銀座にある大型高級ホテル。モンド・グロッソが東京にて再開される事を受けて去年改築したばかりで、そこからの眺めは絶景と言われている。そのホテル内の最上階に、VIPもしくは会員限定の鮨処があるのだ。ちなみにセンクラッドが鮨と言い出さなければ、赤坂にあるこれまた格式高いホテルへと案内していた。その場合は世界でも屈指の味を誇る日本料理を振舞われる予定だった。今日という日の為に様々な料亭やホテルに通達が行っていた為に出来た事だ。それに合わせてIS国際委員会の名の下、ある種の戒厳令が世界規模で敷かれていた。

 正面ゲートへと戻り、リンカーンに乗り込んで数分経過した後、センクラッドは千冬に、

 

「それで、何処の鮨屋へ行くんだ?」

「銀座のホテルの最上階にあるVIP専用の鮨屋だ。私も一度しか行った事が無いがアレは旨かった」

「ほう、一貫600円とかの次元か?」

「もっとだな。一番高いので2800円だ」

 

 適当に出した値段の倍以上という事で脳停止しかかるセンクラッド。シロウとてそんな鮨は食ったことが無い。ロビンフッドやラウラは言うまでも無いだろう。ただ、ラウラの場合は鮨自体を食ったことが無いのだが。

 

「ちょ、ちょっと待った千冬ちゃん。それ、オレも食えんの?」

 

 思わずと言った風に、リンカーンの最奥側の座席から声が響き渡った。姿を隠しているロビンフッドだ。千冬が答える前に、センクラッドが呆れながら、

 

「姿無き護衛が証拠残してどうする、普通に考えてお前さんは居ない事になっているんだから食える訳無いだろう」

「じゃ、じゃあラウラちゃんやシロウは……?」

「俺の裁量で食べさせる。もう良い時間だ、流石に空腹だろうからな」

「……え、俺は?」

「姿無き護衛だから駄目に決まっているだろう」

 

 馬鹿かお前さんは、とばかりに死刑宣告を言い放ったセンクラッドに、ロビンフッドが座っている席付近が揺れた。よろめいて地団駄踏んだんだろう、勿論、座りながら。

 

「鬼!! 悪魔!! この、荒神!!」

「やかましい。要らん事した罰だ罰」

 

 アラガミ?コウジンでは?というか荒神とはまたマイナーなネタを良くも知っている、と感心している千冬を尻目に、幾らなんでもアラガミ言うなと言わんばかりの視線をぶち当てるシロウ。

 

「そんなの不公平だ!! シロウだって色々やらかしてきたじゃんか!! 大将、オレ限定で待遇の改善を要求する!!」

「……具体的には?」

「そりゃ勿論、旨い飯をオレに食わせるって事だよ」

 

 センクラッドが聞きたかったのは、シロウが何をやらかしてきたんだよという事だったのだが、ロビンフッドはそう受け取らずに己の食に対する欲望を軽くぶち上げていた。

 イギリスの飯が不味くなった後の時代の英霊だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、それにしてもイギリス産の英雄達のメシウマ好きっぷりは度を越えている。本当にどうにかならんのか、と内心でぼやいてジト眼で視詰めていた。

 それでも尚、ギャーギャーと駄々っ子のように言い募るロビンフッドを視て、いよいよもってメンドウザイとばかりに溜息をついたセンクラッドは千冬に視線を向けた。何故そこで私を見る、という風な視線を受けながらも、

 

「すまん、タッパー借りられるか?」

「……いや、流石にあの場所でタッパーは無謀というか、無理だと思うぞ。持ち帰り用のパックがあったから、それで我慢してもらうしか」

「あぁ、それで良い……よな、ロビン? 少しの間、空腹を我慢して貰うが、後で食えるなら御の字だろう? まぁ、これ以上ゴネるなら、明日は正しく地獄行きだ」

「持ち帰り、最っ高っ」

 

 万雷に勝る喝采を上げるロビンフッドに、センクラッドは大きく息をついて釘を刺した。もう溜息とは親友どころか連れ添った夫婦ばりだなオイ、と自嘲しながら。

 

「一応言っておくが、此処から出たら絶対に喋るなよ。千冬の独断で此処の盗聴器の類を外してもらっているんだからな」

「オッケーオッケー、任せてくれよ。ビシッとキメてやるからさ」

 

 お調子者で小心者の緑の英雄に対して、何をビシっとキメるんだとぼやくセンクラッドに、思わず苦笑を浮かべる千冬。生暖かい視線を向けて、しみじみと、

 

「苦労してるんだな」

「全くだ。アクの強い奴らしか集まってないから仕方ないが」

「巧く扱うのも英雄、という風に見ても良いか?」

「からかうなよ千冬。むしろ引率の先生だろう、この場合」

「……あぁ、成る程」

 

 腕は立つが性格や性質に難がありすぎるが故に、センクラッドは言ってみたのだが、性格矯正などを目的として押し付けられているのか、と微妙な表情を浮かべながらも納得してしまった千冬を視て、シロウも微妙なそれを浮かべ、センクラッドもまさか納得されるとは思わなかった為、似たような表情を浮かべた。

 一方で、そんな雰囲気になっているというのに、ロビンフッドは真反対に居るラウラに向けて浮かれた口調で、

 

「ラウラちゃん、寿司って食ったことあんの?」

「え。いえ、一度もまだ」

「そっかぁ、職人が握る寿司ってのは天上の味って言われてるんだぜ。オレ食った事無いからすっげぇ楽しみでさぁ。2800円だぜ2800円、もうオレ涎が出ちまうよ」

「そ、そうですか……」

「……あぁ、うん、もうお前さんは黙ってくれ……」

 

 そう呟いてセンクラッドは頭を抱えた。シロウも苦い表情をしており、千冬は乾いた笑いしか出なかった。確かにこれでは引率の先生だ。

 ちなみに目的地についた瞬間、車から出る直前にロビンフッドの腹が盛大に鳴り響き、倉持達はそれがセンクラッドから出た音だと誤解し、翌日のロビンフッドのダメージが大幅に引き上げられる事になったのは、正しく余談である。



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EX―IS07:IS国際委員会日本支部

第一章:邂逅編はこれで終了です。


 人類史上初の異星人との会食が無事終了したその2時間後、IS国際委員会日本支部の最上階の倉持が所有する宿泊所兼仕事場で、倉持とヴァイツゼッカーは書類作成をしていた。委員会本部に送る書類と条約締結の書類だ。本来ならば他の者に任せるのだが、今回ばかりはそれが出来ない。実際に相対したのは自分達のみであり、また、まだ交渉の前段階なのに余計な事を仕出かす輩が居ないとは断言出来ない程、今の国際委員会も、政府も、世界すらも揺れているのだ、自分達だけしか頼れない。

 

「――ヴォルフ、君の意見を聞きたい」

 

 書類作成の文言を、アルコールが入っていた脳味噌を即効性のアルコール分解薬を用いて綺麗サッパリさせた後、フル回転させてどういう方向で書こうかと考えているヴァイツゼッカーだったが、空間に投影されている電子キーボードと眼鏡越しに表示されているディスプレイを操作している倉持の声で意識を現実へと浮上させた。

 

「それは、どういう意味でだ?」

「全てだね」

 

 言葉少なに呟いた一言。それは重い響きを持っていた。

 キーボードを一旦格納し、椅子に体重を預けたヴァイツゼッカーは、先の時間で起きた複数の事柄を思い出しながら、

 

「異星人にしては、此方の事を知り過ぎている気がするが、語学力に加えてインターネットを閲覧する適応力を加味しても、地球人の可能性はまず無いだろう。少なくとも、人間は手から炎を出さないし、瞬間移動じみた高速移動も出来ないし、重合金を素手で破壊する事は出来ない。おまけに翼も生やせはしない。ISを纏えば一部可能だが反応が無いからそれも違う。そして、同じ時代に全く違う未来兵器を生み出したと考えるのは甚だナンセンスだ」

 

 襲撃事件の真相を知っているという事をサラリと乗せた言葉をヴァイツゼッカーは吐き出したのだが、倉持は眉根一つ動かさずに、確かにね、と呟くだけであった。

 知っていたのだ。あの事件の真相を。複数筋から情報と映像が流れてきていたのだから、当然と言えば当然なのだが、それを表に出さないのは当然だろう。あの場でそれを出せばIS学園と異星人の面子を潰す事になる上に、無人機に関してのカードを相手から切られるという事になる。それは、愚策どころか自殺行為だ。

 

「それに、あの映像は彼が発案したのだろう?」

「あぁ、驚いたよ。致命的な弱点としてついてくると思っていたのにね。技術力の差はともかくとして、交渉の下手さと言い、本当に善人なのかもしれないよ、彼は」

「決め付けるのは早計だぞ、倉持。それを決めるのは、もう少し後にしろ」

 

 楽観的な思考を厳格な声で叩き伏せられたが、そうだねぇ、と一言だけ口にして、一旦作業を中断して倉持は頭上を見上げた。柔らかい薄橙色の灯で構成されたシャンデリアがまぶしく映る。

 この手の過飾されたインテリアは好きじゃないのに、と眉を顰めて呟く倉持に、唇の端を持ち上げたヴァイツゼッカーが、

 

「諦めろ。成金なり金持ちなりお偉いさんというのは形から入らないといけないものだ」

「君は貴族だから慣れているだろうけど、私は未だに慣れる事が出来ないよ。実家の畳が恋しい」

 

 その言葉に、今度こそ唇が苦笑を描いた。どこにでも居そうな風貌をした、もっといえば冴えない男性然とした眼の前の男が、親子揃って鬼才と呼ばれているのだ。そんな男が発する言葉ではないな、と改めてヴァイツゼッカーは思っていた。

 大きく伸びをした後、作業へ戻った倉持だったが、数秒の間を置かずして、

 

「――鮨屋での発言は記録したのかい?」

 

 唐突な言葉は何時も通りだ。別段驚きもせずに勿論と頷いて、だがヴァイツゼッカーは声に微々たる緊張を含ませて、言った。

 

「彼は、今のIS観を完璧に覆したな」

「IS観だけではないよ。巧く使えば宇宙開発どころか、人類そのものに対する革命を起こせる。切るカードとしては極上で、極悪なモノがきたよねぇ……まぁでも、宇宙に進出して惑星を複数持つのなら、それ位しないと駄目だとは思ったよ。アレは正に、眼から鱗だった」

「確かに」

 

 しみじみと倉持が言った言葉に同意するヴァイツゼッカー。今までの基準はあくまで『地球人類』のみだった。だが、それが覆されようとしているのだ。地球人類から、異星人を加えた宇宙人類へと。

 あの時の会話は値千金どころの話ではない。

 ただ勿論、それをそのまま正直にこちら側に反映させようとしても無理だ。様々な思惑と勢力が絡み合う今の状況では、委員会だけでは確実に、文字通り滅びの一手になりかねない。理性よりも感情で表の世界が動いている現状では、特に。だが、使わない手は無い。切り方によっては倉持やヴァイツゼッカーの言った通り、全てを覆すものになるのだから。

 しかも、篠ノ之束が直接的に関与していない部分だ。それこそが鋭利な武器になり、死に至らしめる猛毒にもなり、蘇生するにも十分な良薬にもなる。

 

「問題は、それを何時使うか、だな」

「協力するのがベストだけどねぇ。交流自体には忌避感を感じていなかった。幸いにも彼と親しくなった者達の大半は国家代表候補生ばかりだし、一夏君とも親交を築いている。あの千冬さんや篠ノ之箒とも巧く付き合っているようだから、そこら辺を突いて行けば、博士込みで何とかなりそうだよねぇ」

 

 凪いでいる、のんびりとしていて穏やかな声質だが、言っている事は割とそうではないという典型的な例の塊である倉持の言葉に、ヴァイツゼッカーは確かにと頷くも、釘を刺す事は忘れない。

 

「何とかなりそう、では困るぞ倉持。何とかするのが今の我々の仕事だ」

「私は本来1企業の棟梁であって、政治屋だの政治家だのじゃないんだよ? まぁ、なってしまった以上はベストを尽くすけどね」

「だからこそ、倉持、貴様を推薦したんだ。責任感もあるし、そのインスピレーションをISだけに留まらすのは損だ」

 

 日本支部長についてだが、当初の予定では倉持ではなかった。織斑千冬を、という声が国内外含めて大多数だったのだが、その織斑千冬と国家IS戦略防衛大臣とヴァイツゼッカーが指名したのだ。寝耳に水であったが、ブリュンヒルデだの他国大企業のCEOだの政治家の大先生だのから推薦をされてしまった以上、引き受けるしかなかった。

 その事を思い出したのか、げんなりした表情で溜息をつく倉持。

 

「千冬さんも君も、私を過大評価し過ぎだよ。私はただの技術者だと言うのに」

「ISに関してならともかくとして、政に私心や野心を挟まない者が必要だったからな。おまけに口も堅いし意思も強い」

「買い被りすぎだよ……全く、どうしてこうなったのやら」

 

 そうぼやき続けながらも、キーボードを叩く勢いは当初の会話から些かも衰えてはいない。もし倉持が女性であったのなら、或いはもし倉持にISが使用できたのなら、ブルーティアーズは彼専用機となっていたかもしれない。マルチタスクの処理数という観点から見れば、男性で彼ほど使いこなしているものは皆無だ。

 それは、幼い頃からシューティングゲームをダブルプレイでクリアし続けていた事も要因の一つだろうが、元々の才能もあったのだろう。ちなみに、彼の変態的技術志向により、白式の初期段階の構想は構築済であった。ブレードオンリー、防御システム貫通特化の兵器、展開装甲等における理論だけを見るならば、何も篠ノ之束だけが考えたものではない。だが悲しいかな、その発想は有っても、それを実行するだけの技術力が追いついていないのだ。

 0から作り出す事よりも改良や改造を施す事に定評のある日本人の特性を、更に凝縮したような男である。

 

「ああ、そうだ」

 

 倉持は、ふと思い出したようにキーボードを打つ手を止め、ヴァイツゼッカーに対して視線を向けた。いつもの神経質で冴えない男然とした視線ではなく、全てを射抜くような眼だ。それに疑問を感じ、何だ?と返すと、

 

「結果はどうだった?」

 

 そんな言葉が返ってきた。何の話だと言わんばかりに眉を顰めるヴァイツゼッカーだったが、良く見ると倉持の視線はヴァイツゼッカーから少しズレていた。ゆっくりと振り向くと、成る程、そういう事かと納得した。

 

「此処に入ってくる時位、ノックをしたらどうだ、ミューゼル」

「窓から入ってきたんだけど? まぁ、そうね。次からはそうするわ」

 

 金色に輝く髪と世の大半を恍惚とさせる美貌に全くの不釣合いな死の匂いを微かに漂わせているミューゼルがそう嘯き、両手に持っていた珈琲を2人に手渡し、音を立てずに長い足を組んでソファーに座った。

 

「4人程、ちょっかいかけようとしていたわ」

 

 その言葉で、空気中に緊張が疾る。双眸を糸の様に細める倉持と、剃刀のような視線で見詰めるヴァイツゼッカー。その言葉は、センクラッド達が乗るリンカーンに攻撃しようとしていた者がいるという意味だ。

 

「誰だ?」

「武器はRPG-32にタボール、それからガリルとSVU-A等、新型も含まれていた。人種はマチマチ。それと、高速道路の高架下にこんなのも埋め込まれていたわね」

 

 そう言いながら拡張領域から取り出したものを見て、2人は呻き声をあげた。建物の解体にも使われる事もあり、値段以上の効果を持つ殺傷兵器。

 

「プラスチック爆弾……高架下って、ここは日本だよ……?」

「しかもセムテックスか」

「うちの部下が気付いてなければ、ドカンといってたかもしれない。全くあの子のカンというかその手の嗅覚というものは本当に鋭くて助かるわ」

「その部下、ちゃんと労っておけよ。世界を救ったんだからな」

「嫌がりそうだけど、伝えておくわ」

 

 割と……まぁ、本当に割とという感じだが、足がつきやすいC4ではなく、セムテックスを選択したり、装備や人種も多国籍であったりと絞らせないように仕向けている事は明白だとばかりに溜息をついたヴァイツゼッカーに追い討ちをかけるように、ミューゼルがセムテックスを持つ手をヒラヒラとさせながら、

 

「それと、コレについてだけど」

「まだ何かあるのか?」

「識別用のマーカーが無かったわ。勿論、自作の可能性もあるけど、構造上から見て、限りなく低いわね」

 

 その言葉に、最悪だと天井を仰ぐヴァイツゼッカー。爆弾探知機に映らないように作成されたセムテックス、条約無視にも程がある。しかし、マーカーがついていないからといって特定が容易になるわけでは無い。

 セムテックスの開発元であるチェコにISコアが供給されていない事で、今の国際社会とは孤立化している傾向にあった。ISを供給されている国とされていない国、それは持つ者と持たざる者の関係に近い。まず捜査に関して協力的ではないのは確実だ。

 

「……それで、吐いたのか?」

「締め上げる前に自決……いえ、殺害、かしら、あの場合」

「どういう事だ?」

「拘束して尋問し始めた途端に、血を吐いて死んだのよ。歯に仕込んでいた形跡は無かったから、ナノマシンによる遠隔操作かは解剖してみないとわからないけど、恐らくは、ね」

 

 その言葉に絶句するヴァイツゼッカー。倉持も強張った表情を浮かべていた。

 センクラッドや千冬達を狙う輩が、予想していた以上の装備と闇を感じ取れたのだ。失敗即ち死、それは裏社会や世界の闇に身を置く者ならば常識といっても良いが、それでもやはり慣れる事は無い。倉持もヴァイツゼッカーも、表の人間なのだから。

 気を取り直した倉持が引継いで、

 

「解剖と調査は亡国機業(そっち)でお願いしても?」

「そう言うと思って既に死体は回収済みよ。結果が出次第、貴方の息子に渡しておくわ。ただ、余り期待しないで頂戴。ちょっと見てみたけど使用していた武器も防弾チョッキも、足がつきそうなモノは全て抹消済。今頃解析を行っているけど厳しいでしょうね。セムテックスに関しては諜報部とマフィアに情報をあげさせるように指示しておいたわ。それと、こっちの離反者は今の所ゼロ。ただ、グレーは増えてきているけど」

「馬鹿者共め、人類を滅ぼす気か」

 

 そう吐き捨てるヴァイツゼッカーの言は何一つとして間違っていない。少なくともセンクラッド単体で容易に束博士謹製の無人機ISを破壊したのだ。シロウと名乗る護衛も同等以上の力を持っていると考えるのが自然だ。となれば、彼らと敵対した場合、IS機だけではなく旧世代と呼ばれている兵器をフル動員しても勝てるかどうかが判らない。アレが本気だと願うのは勝手だが、この場にいる三人はそれは絶対にないと確信さえしている。

 仮に万が一、勝ったとしよう。勝って、一体どうなるというのだ。彼らを殺すなり捕らえるなりした後、いつかは必ず、彼らを救い出そうと、或いは報復する為にグラール太陽系から惑星3つ分の軍隊が来る。そうなれば、人類は文字通り破滅だ。

 

「そうさせないように私達がこっち側に来たのだけれど」

「貴様達と協同するとは思わなかったがな」

「確かにねぇ。此処まで協力的な『組織』ってのも、しっくりこないかな。いや、ありがたいんだけど、ねぇ?」

 

 表側の重役達の台詞に、苦笑を禁じえないミューゼル。ミューゼルですら表舞台に上がるとは思っても見なかったのだ。あの会合の後に王がミューゼルに下した命令はセンクラッドの護衛と情報収集だった。接触までは考えていたが、それ以上の命令が下りてくるとは思ってもみなかったミューゼルは、珍しく唖然としていたものだ。

 ただ、それすらもデュノアは読んでいた。デュノア曰く「コントロール出来ない市場や世界は旨みが全くないですし、新しい商売チャンスを逃す事はしないですよ」と言っていたが、それだけではないだろう。

 ただ、確かに亡国機業の存在意義と大きく関わってくる以上、彼らを護るのは自然だと、後でだが、そう思ったのである。

 

「使えるモノはなんでも使え、そう割り切って欲しいけど」

「勿論割り切るさ。ただでさえ地雷原の只中でタップダンスを踊るような状況なんだし、遠慮なく使わせてもらうよ」

 

 倉持の独特の言い回しに、苦笑の色を深めるしかないミューゼル。彼の性格上、発言した以上に、遠慮どころか容赦なく使ってくるだろう。しかもカードの切り方は亡国機業に属している彼の息子以上に巧い。流石にデュノアとは方向性がまるで違うし、才覚もデュノアの方が上だが、それでも彼の人の使い方は的確で、予想もしないやり方に加えて鉄板なやり方をも提唱してくるだろう。

 

「あぁ、そうだ。ミューゼルさん」

「何かしら?」

「君達の事だから彼に接触したと思うけど、その感想を教えて欲しい。出来るだけ詳しく」

 

 その言葉に、薄っすらと浮かべていた苦笑が消えた。が、それ以上の変化は無く、

 

「残念だけど、まだ接触出来てないの」

 

 その言葉に表情を僅かに変える倉持。嘘をついているわけではないのだが、やはりそう取れるのだろう。IS学園のセキュリティを誰にも気付かれないまま無効化し、潜入する力量があると知っているが故に。

 真実、ミューゼルは現時点で接触はしていなかった。妙な確信に囚われていたからだ。

 この距離から少しでも詰めてしまえば、自分の命をチップにしなければならない、しかもその賭けは秒刻みでやり直しを要求してくる、そんな確信が心の底から脂汗を伴って噴出していた。殺気も敵意も威圧感もなく、ただ死を覚悟させた存在を、ミューゼルと彼女の部下はおぼろげな予感ではなく、確信として感じ取っていたのだ。距離にして4kmも離れていたのにも関わらず、尋常ではない存在を感知した故に接触する事無く、限りなく遠くから眺めていた時に、襲撃しようとしていた勢力を察知したのだ。そういう意味では僥倖とも言える。

 

「理由は?」

「嫌な予感、というよりも近付いたら死ぬ、と警告されたから」

 

 その言葉に、技術屋の2人は意味が判らないとばかりに顔を見合わせた。まぁ、それが普通の反応だろう。ミューゼルや彼女の部下でさえ、死の気配を与えてきた存在を完全には看破出来ていないのだ。そういう存在が居るという事までは判ったのだが、何処にその存在が居るかまでは判らなかった。

 

「あー、つまりそれって、君達気付かれていたって事かな?」

「そうね。割と最初から気付かれていたのかもしれない」

 

 ミューゼルに視線が飛んできていた時期は、最初から、つまりIS国際委員会日本支部で案内役として紛れていた時から既に気付かれていた節がある。あの異星人達が自身を見る眼は性や好色のそれでは断じて無く、完全に観察者と戦士の視線だった。手を抜いたつもりは全く無かったのだが、看破されていたと見て間違い無いだろう。

 尤も、相手方は亡国機業等の『組織』には疎い筈なので、護衛だと思われていたのかもしれないが、楽観論で全てを失うわけにはいかないミューゼルとしては、その可能性を低く見積もっており、それを可能性で終わらせない為にも一手打つ事にする。

 

「なので、私も護衛という形で辻褄を合わせてくれると助かるんだけど」

「――外部からという事か」

 

 IS学園内に閉じこもっているならば、千冬やラウラに任せっきりでも良いだろう。だが外出する場合はそうも言っていられない。超遠距離からの狙撃や民間人を巻き込んでの攻撃やテロに遭う可能性は、確率として見てみれば低めだが有り得るのだ。故に、秘密裏にこちら側が依頼した外部協力者という方向で引っ張ってきてもおかしくは無い。

 無いのだが。

 

「亡国機業と知れると面倒な上に、貴様のデータは全て偽造だろう? そちらの失策をある程度までフォローするのはまぁ構わんが、そこはどうする?」

「精度に関しては全く問題ないわ。スコール・ミューゼルは今は表にも存在する。デュノア社のラファール・リヴァイヴ及び第3世代機のテストパイロットとして、ね」

「……亡国機業が開発したんじゃなかったっけ、君のISは」

「建前って結構大事よ?」

 

 胡散臭いなぁと言いたげな倉持のツッコミにも何処吹く風でミューゼルは返した。

 ヴァイツゼッカーは、耳に入ってきた情報を吟味し、やがて成る程と頷いて、

 

「デュノアもそっち側か」

「言っておくけど健全な会社よ? 叩いてもゴシップ程度しか出ないあたりは」

 

 意外な事だが、ISという莫大な利権に絡んでくる子飼いの政治屋や下請け企業、お抱えのジャーナリスト等はデュノア社では一切存在していない。それは亡国機業のサポートもあるにはあったが、デュノア社の社長の腕と慧眼があるからこそ、とも言えた。ゴシップも社長の隠し子や愛人と正妻といった極めて個人的な問題、経営上に何ら絡んでこない問題のみである。

 逆に言えばそれが無ければ胡散臭い程清廉潔白な会社であったのだ。社員の不満も殆ど無く、ハラスメント問題や賃金に関する意識のズレも表向きはほぼ皆無。更に、今のご時世では珍しく実力至上主義を掲げている為、社外での衝突は多いが社内に関しては非の打ち所が無いと言える程、デュノア社は健全だった。

 ジャーナリストに延々探られ続けるよりは喰い付き易い汚点を出した方が良いと判断した結果がそれなのだろう、と倉持は予想していた。その予想は半分当たりで、半分外れなのだが。

 

「話を戻すが、バレたらデュノアのスキャンダルどころの騒ぎじゃないな。昔なら粛清されていただろう」

「今も昔もそう変わらないと思うけどねぇ……少なくとも、一蓮托生なのは変わりは無いし」

「確かにそうね。成功すれば異星人との交流、失敗すれば身の破滅、リターンもリスクも大きいのは確かよ」

 

 ミューゼルが言った通り、異星人との交流を無事成功させた場合、初期から関与しているIS学園は勿論の事、IS国際委員会やそれに属するメンバーも恩恵を受ける事になる。その順番が遅いか早いかの違いがある故に、倉持達も亡国機業も手を結んだのだ。無論、火種として扱ってくる者達の排除、つまり一定の平和維持活動も多分に含まれている。比率としては倉持のみが後者だが。

 冷めてきた珈琲を啜り終えた後、ヴァイツゼッカーはコップをテーブルに置いて、今後の方針を確認した。

 

「護衛として登録するのはミューゼル、貴様だけで良いのか?」

「そうね。ただ、外出時には私以外も付いていくけど。もう少ししたらティアーズ型の受領も済むし、そうすれば外で起こる問題は事前に潰せるでしょう」

「サイレント・ゼフィルスか? まだ完成していないと聞いていたが」

「テストパイロットという名目でうちの子が担当する事になったの。尤もデータに関しては全てダミーだけど」

「……そういう事をあんまり堂々と言わないでくれるかな」

 

 支部長と監査部長の前で、と言った倉持に、眼を丸くしてそれもそうね、とわざとらしく言うミューゼル。こういう故意犯なところが苦手だと息子がぼやいていたな、と思い出しながら珈琲を啜ろうとしたが、既に中身が空っぽになっている事に気付いて、

 

「あぁミューゼルさん、おかわりを2つお願い」

「……人の事言えないけど、貴方も大概図太いわね」

 

 苦笑して珈琲を作りに立ち上がったミューゼルを見送ったヴァイツゼッカーは双眸を細め、口許をほんのり苦く緩ませて呟いた。

 

「ミューゼルの言う通りだな」

「使えるモノなら何だって使うってさっき言ってただろう?」

「普通に考えて、亡国機業の幹部に珈琲を作らせる男なぞ、貴様しかいないだろうよ」

「ならヴォルフもやれば良いだろうに。こんなので貸し借りは思わないさ」

 

 それもそうだが、そういう事を云いたいわけじゃないのだが、まぁ何時もの倉持だから仕方ないと割り切って、情報の選別をし続けている倉持にヴァイツゼッカーは、

 

「それで、どれを流すんだ?」

「そうだねぇ。本部には無人機と会食以外のデータ、かな。会食のデータに関してはPCには保存しないでおこう。どこぞの天災に『発掘』されても困るし」

「確かに」

 

 勝手にデータベースを覗いてきた挙句、場合によってはそのデータを除いてくる天災。

 そんな篠ノ之束博士を苦々しく思っているのは、ヴァイツゼッカーだけではなく、最早世界の共通事項だ。倉持位だろう、どうでも良いじゃないかというスタンスを貫いているのは。尤も、お互いが興味を持っていない上に衝突する可能性も殆ど無いからそうやっていられるのだろうけれども。

 靴音一つ出さずに、唐突に視界外からカップが現れた。ミューゼルの仕業だ。

 別段驚きもせずに珈琲を受け取り、同時に啜る2人。その直後に倉持はUSBメモリをミューゼルに渡した。会談のデータが入っているのだ。

 

「それじゃ、私はそろそろ帰るわ。これ以上起きていると美容の大敵だし」

「ミューゼル、サイレント・ゼフィルスを受領したら倉持に連絡してくれ」

「はいはい」

 

 直後、ミューゼルは窓を開けて外へと出た。ヴァイツゼッカーは気合を入れ直して、空中ディスプレイと電子キーボードを呼び出し、監査部から見た日本支部の動向と異星人に対する報告書を書き始めた。ミューゼルや倉持と会話した事で、何を書くべきで何を書かないべきか、明確な区切りが自身の中に出来たので、もう暫くすれば書き終える事が出来るだろう。




活動報告の方に第一章の後書きぽいのを書きます。
伏線リストだの原作との相違点等を記載したりするので、気になる方はどうぞ。


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31:平穏と模擬戦

お久しぶりです、インフルから回復しました。


 無人機騒動から少しの時が流れた。

 センクラッドの周囲で変化が起きた事を挙げるならば、IS学園から何処かに移動する際は千冬か真耶、ラウラのいずれかがほぼ必ず付いている事、これによって気が向いた時に外に出る事が不可能になった事、この二点だ。

 IS学園全体の変化と言えば、破損及び戦闘区域となった第3アリーナでは未だに授業に使われていない事と、センクラッドに対する有形無形のサポートが付いた事による、様々な意味での授業効率の低下が挙げられるだろう。

 これに関しての対策は、第3アリーナのBピットを突貫で修復作業している事と、教師陣による授業の見直しや生徒会の増員を決定した事でどうにか平常時の効率に戻りつつあった。

 もう少し違った変化をあげてみると、1年4組代表の更識簪と1年5組代表のラウラ・ボーデヴィッヒの授業の欠席率がやや目立つ事だが、語弊を恐れずに言えば、彼女達は既に現役で有る事に加え、その知識も三年次以上は持ち得ている為、余り問題ではない。

 1年3組にフランスのデュノア社から出向してきたシャルル・デュノアの方が、大事となっていた。何せ人類史上2人目の男性IS操縦者なのだから。

 今年は企業にとっても、国家にとってもIS学園にとっても豊作の年で有る事は間違いない。

 男性初のIS操縦者にしてブリュンヒルデの弟、1組代表織斑一夏。

 織斑一夏の幼馴染であり、ISを単独で発明した篠ノ之束博士の妹でもある、篠ノ之箒。

 同じく織斑一夏の幼馴染であり、たった1年という短い期間で中国代表候補生まで上り詰めた才気の塊、2組代表凰鈴音。

 デュノア社から出向してきた、人類史上2人目の男性IS操縦者、3組代表シャルル・デュノア。

 15歳という若さで日本代表候補生になり、単独で専用機を組み上げようとしている生徒会長更識楯無の妹、4組代表更識簪。

 ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長にして、グラール太陽系星人デューマンのセンクラッド・シン・ファーロスを護衛を担当している、5組代表ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 代表候補生クラス、或いはそれ以上の価値を持つ者はこれ以外にも居るのだから、人類全体で見て有益で、有用な一年になるのは間違いなかった。

 尤も、それはセンクラッドにとっては何の意味も為さないものだったが。

 

「――それで、千冬、真耶さん。大丈夫か? どうしたんだ一体」

 

 そう言いながら、シロウに疲労困憊という状態に陥っている千冬達教師陣に割と特殊な用途で用いられている御茶を出す様に指示するセンクラッド。

 この状態の彼女達を見かけたのが、久しぶりに授業風景を見学させて貰いたいと打診した際の事だ。

 ボロッボロになっている彼女達を見て、日を改めようかと提案したのだが、むしろ構わず授業を観覧して欲しいと懇願されてしまった為、その勢いに押された事もあり、頷いてしまったのだ。

 ただ、そんな状態で授業と言われても生徒達も困るだろうと予想をつけたセンクラッドは、シロウに栄養増強用の御茶を出すように指示したのが、さっきだ。

 

「襲撃事件が公表されてから、IS学園に対して責を負わせようとする者達が多くてな……」

 

 青息吐息と言った感じの千冬。実際彼女達は最近まで殆ど休みが取れていない状態であった。

 センクラッドに対して会談要請が引っ切り無しに来ていたのは、単純に心配していたというアピールだけではなく、技術交流をどうにかして漕ぎ着けたいという透けて見えている思惑も多分にあった。

 巧い事それらをかわしつつ、逸らしつつ、時には恫喝めいた対応をして世界各国の政府やジャーナリスト達を追い払いながらも授業に不備無く滞りもなく進め、第3アリーナの修復で発生しかけていた業者間の癒着を阻止し、センクラッドの護衛を交代で行いつつ、人類史上2人目の男性IS操縦者シャルル・デュノアの受け入れ先や、部屋割りの変更等を行っていた為、正直2人とも限界ギリギリであった。

 真耶なんぞ口から魂が抜け出ている。

 

「……『IS学園襲撃される!! 目的はグラール太陽系親善大使か!?』これか」

 

 試しに電子世界へ飛び込んで検索してみると、ニュースサイトでのトップはセンクラッドの言葉通りのものだった。

 様々な予想が立てられており、センクラッドが唇を歪めてしまったのは、ISの存在意義を危ぶんでの襲撃、星間戦争を引き起こして女尊男卑の世界をリセットさせる為等の文言だ。幾らなんでもそれは無い。

 

「ファーロスさんは、一体どうやってインターネットを閲覧しているのですか?」

 

 シロウから御茶を貰い、魂と共に口の中に流し込んだ真耶は一息ついてから、そう質問した。

 サラッとセンクラッドは、

 

「前にも言っていた通り、電波を拾って網膜に投影してるだけですよ?」

 

 とだけ返した。実際はもう少し手順があるが、大体あっている為、上のような言葉になったのだろう。ただ、そう言われてもどうにも理解が出来ないという表情をしている2人には難しいハナシだったようで、うーんと唸ってしまう。

 そんな2人に、

 

「ISにそういう機能は無いのか?」

「インターネットを閲覧する機能は無いな。ところでセンクラッド」

「何だ?」

「どうして山田君には敬語なんだ?」

 

 そう言われると、気になってきたのか、真耶もアレ、そういえばという表情でセンクラッドを見詰めた。

 センクラッドに他意は無い。敬語をやめるタイミングを逸したから、としか言い様が無い。

 その事を正直に話すと、手をパタパタとさせながら真耶が、

 

「え、大丈夫ですよ、敬語じゃなくても。ファーロスさんの方が年上ですし」

「なら、そうさせて貰おうかな。あぁ、そうだった。コレを喰ってくれ」

 

 そう言ってナノトランサーから取り出したのは、小さな棒状のお菓子だ。

 

「ええと、ファーロスさん、これは?」

「強いて言うなれば、増強剤だ」

「……増強剤?」

「グラール太陽系で販売されている、肉体疲労時の栄養補給を目的として作られた薬だ。効くぞ」

 

 いや、効くぞと言われても……と戸惑う真耶だが、迷う事無く千冬がそれを紅茶で飲み下したのを見て、

 

「せ、先輩!?」

「どうした?」

 

 いえ、どうしたって……と絶句しかける真耶だが、遠慮していても好意を踏み躙ってしまうと思い当たり、恐る恐る口にすると、芳醇な香りと程好い食感と甘さだったので、思わず表情を綻ばす真耶。紅茶にも合う事で全身の疲れが外へと抜け出ていく感覚が発生していた。

 

「暫くすると、大分リフレッシュしている筈だ。あぁ千冬、一応言っておくが善意だからな? あと、流石に俺やシロウが作った物じゃなくて、市販品だからな?」

「……よく言おうとした事がわかるな」

「お前さんが言いそうな事は、大体ならもう判る」

 

 他意の無い発言にも関わらず、僅かながらも動揺したのは千冬だ。まだあの誤解を引きずっているのだが、他の3人は気付いていない。

 

「まぁ、お前さん達が忙しいのはネットを視て大体把握した。疲れた時は此処に来ても構わん。シロウの茶は旨いからな、少しだけでも疲労を和らげる事が出来るだろう」

「確かに、あの旨さは生徒会で淹れられているものと比べても同等以上のものがある」

「――ほう」

 

 この時、千冬の発言は全くと言って良い程、どちらも貶める事も無く、極めて正確な評価を下している。

 問題があるとすれば、その言葉に琴線が触れてしまったシロウにあるだろう。

 ちなみにこの瞬間、言われた本人は背筋に多大な悪寒を感じ、誤って楯無が差し出したカップに……ではなく、差し出した手首に向けてジャバーっと紅茶を注いでしまい、楯無の「ぎゃぼーーー!?」という珍妙な悲鳴を聞いてから我に返り、平謝りするという珍事に発展していた。

 

「それは一度、競い合ってみたいものだ」

「競い合うってお前さん……それは何か、ロビンに負けた腹いせにしか聞こえんな」

「それは違うぞマスター。同じ材料ならば私の勝ちは揺るがなかった。それに、私に匹敵する程の御茶を淹れられる者が居るのならば、やはり知っておきたいのが道理だろう」

「まぁ、理由あれこれつけてもお前さんの敗北は揺るがないんだがな」

 

 センクラッドの容赦ない言葉にぐぬぬ、と呻くシロウに、やや呆れながら千冬が、

 

「あーシロウ、本日か明日にでも生徒会とも引き合わせる事となっているから、それまでは我慢して欲しい」

「判った」

 

 襲撃の件でも話を通しておかねばならないし、護衛に関しても同様だ。故に、センクラッド達と楯無達を引き合わせる事になるのは千冬も判っていたが故の、言葉だった。

 

「で、そろそろ始業チャイムが鳴ると思うのだが、俺達は一緒に行っても良いのか?」

 

 という、暢気なセンクラッドとは裏腹に、さっと顔色を変えて腕時計を見る教師陣。

 時刻は朝の8時14分、否、15分になり、チャイムが鳴り響いた。完全に遅刻だ。

 慌てて出て行く2人。

 いきなり静かになった空間に、ぽつりと低音美声が流れた。

 

「廊下は走らないと教本に書いていたような」

「教師陣にとっては今が非常時なのだろう。私達も行くぞ」

「あぁ、行くか」

 

 こちらの2人はのんびりとした足取りで1年1組へと向かっている。

 道中、教室から夥しい数の視線を受ける度に、辟易とした風にシロウが、

 

「君は良く耐えられるな」

 

 と零し、表情管理をオラクル細胞に投げているセンクラッドが、

 

「オラクル様々、と言ったところだ。実際はしんどい」

 

 と返す事で、微妙に羨ましそうな視線が追加されてしまい、取り繕うならお前さんの鉄面皮も同等だろうにと呆れたりしながらも1組に到着し、扉を静かに開けると、予想通りSHRだった。

 

「遅かったなセンクラッド」

「廊下は走らないように、と教本に書いていたからな」

 

 至極真剣な表情でそう返したセンクラッドに対し、やや引き攣った表情をする千冬と、デッカイ汗マークを浮かべる真耶。生徒達は何ぞ?とばかりに疑問符を浮かべていたが、大人達は全てスルーした。

 咳払いをして、授業を再開する真耶を一瞥してから、ナノトランサーから教本を呼び出して続きの頁を捲るセンクラッド。

 

「あ、ファーロスさん」

「ん?」

 

 真耶に呼ばれ、オラクル細胞に命じて外界情報をシャットアウトしようとしていたセンクラッドは、それを中断して視線を真耶に向けた。

 

「ええと、この後ですね、第2アリーナで4組、5組と合同授業をするので、今から皆さん移動するのですけど」

「あぁ、了解した。それで、第2アリーナにはどう行けば?」

「一夏、案内してやれ」

 

 唐突に命令されたせいで、一瞬ぽかんとした表情を浮かべるも、ギロリと千冬から視線をぶち当てられた事で、返事をする一夏。毎回毎回着替えだの何だのになった際に女子生徒達に追い回される一夏にセンクラッドをつける事によってその手の騒動を回避させるのが目的だったのだが、シロウもセンクラッドも、一夏でさえもそんな事の為に指名されたとは夢にも思わなかった。

 

「あぁ、一夏」

「え?」

 

 扉を開けて、案内する為に先導し始めた一夏に対し、ほぼ並行して歩いているセンクラッドが声をかけた。歩みを止めずに首だけを向けた一夏が、

 

「で、鈴音と箒は仲直りしたのか?」

「え……あ。あぁ、多分仲直りしたよ。悪い、言い忘れてた」

「構わんよ。だが、その口振りだと持ち越したのか?」

 

 目を丸くしてその通りだよと肯定した一夏。鈴音と箒、セシリア達の仲は初期の頃の様な刺々しさは抜け落ちたが、好敵手として見たとしても些か険悪な状態で停滞していた。

 まぁ、大体において鈴音のせいなのだが、それをスッパリと改める事は無いだろう。本来の性質は竹を割った様な清々しいそれだが、譲れないものがある場合、話はまた別になる。

 とかく恋愛と言うものは若さが有る場合、極端に視野も心も狭くなるのが道理だ。そういう意味では箒と鈴音は正しく恋する乙女であった。

 ただ、センクラッドからすれば、それを指摘する事は避けたかった。どんな者でも発言には責任が伴う。普段いかにやらかしていたとしてもキッチリと責任だの落とし前だのをつけてきているセンクラッドだが、恋愛のドロドロ具合というか修羅場を知っている為、余りそちらの方での舵を取りたくないのだ。

 特に、今はグラール太陽系親善大使という訳の判らない肩書きがついて回っているのだ。拳1つで無人機を殴殺及び焼殺したり、剣術娘を瞬殺したりというバトル方面ならば技術的肉体的格差云々でカタを付けられるが、恋愛の場合はそうも言ってられない。精神的成長どーのこーのと言ってしまっている以上、間接的にでも関わってしまえば、そこから付け込まれるのは間違いないだろう。

 ……というのが建前で、本音としては他人の恋愛事に首を突っ込んだり巻き込まれたりというのはもう勘弁して貰いたいからだ。

 恋愛に関してのドロドロ具合を何処で知ったかと言うと、アラガミが跋扈する世界で、もう1人の極東支部のエースこと神薙ユウを巡って、恋の鞘当という名の修羅場を幾度も目撃し、ゴッドイーターの先輩であるソーマ・シックザール共々何度も巻き込まれていたからである。

 故に、センクラッドはこの手の問題は、今回は鈍感のフリをする事で回避しようとしていた。前回は自分が思った事を言ったせいで酷い目にあっていたのだ。今回は『いや、自分、人間の恋愛とかよくわからないんで』系で逃げようとしているのである。そんなので逃げられたら苦労しないのだが。

 

「――本当に良い根性してやがったな、あの苗字被りめ」

「へ?」

「あぁ、いや、何でもない」

 

 根本的には気付いている癖に、爽やかな笑顔を振りまいて八方美人でどうにかこうにか切り抜けていたタラシを思い出し、つい怨嗟の言葉が口から零れていた。言うまでも無いが決してそんな人物ではない。

 ユウからしてみたら冤罪だと叫ぶだろうし、ソーマから見たらお前も同罪だと突っ込む事確実だったりする。途中までだが言葉足らずをフォローする人物が居なかったのだ、その結果は推して知るべし、である。

 端的に言えば、直接的な被害者は誤射と女帝、間接的な被害者は女帝の弟とその嫁、及び支部長と博士が被害にあっていた。間接的な被害者達が渋々ながらフォローに回った事で軽減はされていたが、それまでは本当に酷かった。

 そうこうする内に、第2アリーナ用の更衣室に辿り着いた為、一夏は手早く着替え、センクラッドは物珍しそうに、或いは何処か懐かしそうに更衣室を見回していた。

 IS学園は、特殊とは言え高等学校である。然程通常の学校と比較しても、更衣室に関しては然程変わりは無い。更衣室にISが待機状態で置かれているわけはないのだ。単純に着替えるスペースや貴重品を置く為のロッカー等は通常の学校と殆ど同じ物を使っている。

 故に、もう10年以上前になるが地球では高校生だった怜治としては、郷愁に似た感情を胸中に起こしていた。

 

「? どうしたんだ、ファーロスさん?」

「あぁ、いや、珍しいと思ってな」

 

 珍しい?何で?と思った一夏だったが、センクラッドとの会話を思い出し、あぁ、と手をポンと打ち、

 

「そっか、一瞬で着替えられるから必要ないんだっけ」

「その通りだ。ロッカールームというものは殆ど必要無かったからな」

「便利だなぁ。ISにもそういう機能つけて欲しいもんだぜ」

「つけようと思えばつけられそうだけどな。拡張領域に服を放り込めばやれそうだろう」

 

 センクラッドの助言に、お、という表情を浮かべるも、しかしすぐさま肩を落とす一夏。

 

「……あーでも、俺の拡張領域、ブレードで全部取られているからなぁ」

「何?」

 

 一夏の言葉に反応したのはシロウもセンクラッドも同じだが、言葉を出したのはシロウの方だ。

 訝しげな視線を一夏に送り、腕組みをして、

 

「拡張領域にブレード一本しか入らないわけはないだろう」

「いや、ワンオフ・アビリティの方。零落白夜がクソ重いらしくてさ。第2次移行(セカンドシフト)しないでワンオフ・アビリティ発現させた代償らしいけど」

「成る程……」

 

 正確に言えば、本来、ワンオフ・アビリティとは、第2次移行し、第2形態(セカンドフォーム)となったISとそのIS操縦者の相性が極めて高くなった結果として発現するものだ。

 一夏と一夏のIS白式は、まだファーストシフト、つまりISとIS操縦者の最低限度という意味合いでの最適化を施した状態に過ぎない。その時点でワンオフ・アビリティ発現というものは事実上不可能とされていたのだが、如何なる理由か、既にワンオフ・アビリティを発現しているのだ。

 稀代の天災、篠ノ之束博士謹製の機体なのだから、今までの常識を軽々と打ち破ってもおかしくはないのだが、今まで積み上げてきたIS学を引っくり返したそれには、世界各国でも頭を抱えていた。

 まぁ、代償として拡張領域が0になったと考えれば良いのかもしれないが。

 

「まぁ、着替えに関しては手早くやれるように、いつも下に着込むとかするしかないな」

「暑いんだよなぁ……夏は無理そうだ」

 

 その言葉に、確かにと頷くセンクラッド。幾らなんでも真夏の炎天下にもう一枚着込むなんて、誰だってやりたくもないだろう。ISを展開するならある程度の気温調整は可能だが、常時展開なんて出来るわけが無い。規則というものもあるが、国際問題にもなりかねないのだ。

 着替え終わった一夏と共に第2アリーナで待機して3人が話したのは、何の事は無い、近況報告だ。

 

「そういや、千冬姉と親しくなったと思うんだけど、普段どんな事を話してるんだ? やっぱ護衛をどうするかとかそういう話題なのか?」

「そんなハナシ、したことが無いわけだが。どちらかというと愚痴ばっかだぞ」

「え。愚痴? 千冬姉が?」

「あぁ。騒動続きでキッチリ休みが取れていないからだろうな。シロウに強壮剤入りの紅茶やケーキを用意させているが、別方面でのケアも必要だろう。あのままだと胃に穴が空きかねん」

 

 むむむ、と眉間に皺を寄せる一夏。今度美味しい物を作ってもっていって、ついでにマッサージもしないとマズイかな、と考えているのだ。ただ、そこでふと、一夏は有り得ない事に気付いた。

 千冬姉は、他人に愚痴を吐く人物ではない、と。

 一夏はジィィっとセンクラッドとシロウの顔を交互に見詰めた。その視線に気付いた2人は、何だ?と疑問符を浮かべ、

 

「一夏、俺達の顔に何かついているのか?」

「あ、いや、千冬姉が愚痴を言うなんて珍しい通り越して明日は世界崩壊するんじゃないかってさ」

「……そんなに抱え込むタイプなのか?」

「ガチで抱え込むタイプだよ、千冬姉は。俺にも言わない事多いし」

 

 その言葉に、同じく眉間に皺を寄せてそれはいかんな、と呟く2人。シロウとしてはもっと家族を頼るべきだろう、との考えの下、呟いたのだが、センクラッドのそれは意味合いが全く異なっていた。

 

「千冬みたいなタイプは、溜め込みすぎた挙句、一旦タカが外れると暴走するからな、確実、というか絶対に。俺達以外にも愚痴を吐ける相手がいればいいんだが……」

「ファーロスさん、何か実感篭ってるけど、まさか」

「勿論、酷い目にあった事がある」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、センクラッドは答えた。アラガミが跋扈する世界では雨宮ツバキという女帝が溜め込み過ぎており、それを和らげる相手が居なかったのだ。グラール太陽系でも性格は違えど幻視の巫女がそれに該当していた。

 ただ、千冬にも真耶という愚痴を吐ける相手がいるのだが、最近のストレスの溜まり具合は異星人関連で半端無く上がっており、真耶もまたその被害を受けている為、2人とも余裕が無かったりする。

 その表情のまま、センクラッドは一夏に向かって、

 

「良いな一夏。溜め込みすぎたものが一気に外に出た場合、往々にしてとんでもない事を仕出かしたり、醜聞を晒したりする。色んな意味で姉を護りたいのなら、お前さんが少しでもストレスを和らげる様に動くべきだ」

「やってみるよ。今度部屋に遊びにいこうかな」

「あぁ、それが良い」

 

 と、そこでISスーツを纏った女子生徒達と千冬と真耶がゾロゾロと更衣室側、一部の者達は打鉄やラファール・リヴァイヴ等のISを纏ってピット側から出てきたのを受け、何と無しに口を閉ざす3名だったが、センクラッドがポツリと零した言葉に、無言だが全力で同意する事になる。

 

「毎回思うのだが、無駄にエロいな」

 

 ISスーツ、つまりパイロットスーツの事なのだが、体にピッチリとフィットさせている為、体のラインがモロに出るのだ。しかも布地の面積が割と少なく、故に水着や下着にしか見えない。思春期真っ盛りの一夏にとっては極めて目の毒である。股間の雪片二型がいつ零落白夜してもおかしくないだろう。

 センクラッドにとっては、少なくとも他世界での露出が激しい装備や服装を見てきているのだから、そこら辺は慣れているのだが、やはり目の保養と割り切ることは出来ない。オラクル細胞によって再構成された肉体でなければ、或いは肉体の形状変化に制限を加えるように命令していなければ、大変残念な事になっていただろう。主に前屈みという意味で。この時、初めて心の底からオラクル細胞に感謝していた。

 ちなみにシロウは、露出が多いからお腹冷えたら大変なんじゃないだろうか、と余計な心配をしている。

 一夏含む生徒達が整列し、ISを外して鎮座させたところで、

 

「それでは、授業を始める。各組の代表は前に出ろ」

 

 千冬がそう声を張り上げ、一夏は気を引き締めて前に出た。5組代表であるラウラも堂々と歩む。

 数秒遅れて、少女が前に出た。4組代表なのだろう。ただ、その風貌と感情を視たセンクラッドは、おや、と首を傾げた。

 胸はともかくとして、似ているのだ、以前ちょっかいを出してきた生徒会長に。ただ、造形が似ていても、浮かべる表情と心に浮かべている感情は真逆だった。眉根を寄せて、唇を噛み締めている蒼髪の少女の心には悲哀と絶望と憎悪が入り混じった良くないモノが浮かんでいる。しかも、一夏を視る目や心が、どす黒く、とまではいかないが危険な色を宿しているのだ。どう考えてもトラブルになりかねないそれを視て、溜息を静かに吐いた。

 

「どうかしたかね?」

「――あの子、良くない感じがする」

 

 右の眉を上げて、センクラッドが指摘した女子を見るも、シロウは感情を読み取る異能は持ち得ていない。それでもどこかしらの危うさを感じ取ったようで、ふむ、と一言漏らし、注視し始める。

 

「織斑とボーデヴィッヒは専用機を、更識は打鉄に乗り込め」

 

 その言葉に、更識と呼ばれた少女が微かに顔を歪ませたのを視て、センクラッドは眉間に皺を寄せた。専用機持ちを羨むというよりも、一夏に対する憎悪や嫌悪が強まったからだ。何かトラブルでもあったのだろうか、と思案しつつも、オラクル細胞をこっそりと励起させ始めた。万が一だが、トラブルが起きた場合、即座に対応する為だ。

 同時に、更識楯無の妹或いは血縁者と言う事も推察出来た。

 淡い光と共に、即座にISを展開したボーデヴィッヒ、それからやや遅れて展開する一夏に声が飛んだ。

 

「ボーデヴィッヒは及第点だ。が、織斑、遅い。少なくとも0.5秒程度で展開できるようにしろ」

「は、はい」

 

 万が一生身の時に狙われた際、瞬間的にISを展開出来なければ命を落とすから、だったかな、と教本に書いている内容を思い出しながら納得しているセンクラッドとシロウ。そこから数秒遅れて更識が打鉄を纏ってラウラの隣、つまり一夏と一番遠い場所に待機した事で、センクラッドが抱えている疑問が膨れ上がっていく。左眼の事を疑うわけではなかったのだが、やはりどう考えても一夏に対する態度がおかしいのだ。何かあったとしか思えない。

 専用機持ちでないからか、それとも打鉄を纏う速度が及第点だったからか、千冬は更識には何も言わなかった。

 

「それでは、これより5分後、模擬戦を開始する。3名はチームを組んで山田先生を撃墜する事」

 

 ざわり、と声が上がった。流石に3対1じゃ、と思っているものが多いのだろう。その中で1人、緊張の色を浮かべた者が居た。ラウラだ。IS学園に転入する際、教員や主だった生徒達の戦闘力を調べ上げていたのだが、その中でも抜きん出た腕を持つ者が居た。

 日本代表候補生時代、射撃の腕では世界屈指の腕を持つ女傑、山田真耶。公式記録では敗北数が多かった彼女だが、記録に残らない模擬戦等では、ほぼ無敗という信じられない快挙を成し遂げているのだ。

 同時に、ラウラは気付いた事がある。真耶も護衛の1人であったが、センクラッドに実力を見せていないのでは、と。

 故に、生徒である自分達と戦わせる事で、実力を披露させようとしているのではないか、と。

 それに気付いたラウラだが、別に勝たせようと言う傲慢な事は考えてはいない。IS学園の教師、それもブリュンヒルデの後輩なのだ。そんな考えで戦えば慢心を突かれて瞬殺されるだろう。

 ……瞬殺という言葉でちょっぴり涙を浮かべかけたラウラは首を振って、一夏と更識に手招きをした。時間が無いのだ、5分の間に作戦とまではいかずとも、確認しなければならない事が多い。

 

「ええと、1組代表の織斑一夏だ、宜しくな」

「5組代表のラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「……4組代表、更識簪」

 

 消え入るような声に眉を顰めかけるラウラ。更識楯無の妹にしては随分覇気が無いが、擬態か?と思った為だ。だが、それは後で考えれば良いと思考を切り替え、ラウラは、

 

「織斑は近接戦のみと聞いているが?」

「あ、あぁ、ブレード一本だ。ワンオフ・アビリティは零落白夜、シールドエネルギーを無効化して直接叩き込める……からあんまり使い勝手は良くないと思う」

「……セカンドシフトしたのか?」

「いや、ファーストシフトで使えるように調整されているらしいんだけど、詳しい事は俺も良く判って無い」

 

 頭を掻きながらそう言ってきた一夏。セカンドシフトせずにワンオフ・アビリティを使えるという事が異常なのだが、それを問い質す時間が無い為、一旦脇に置いてラウラは更識に、

 

「更識の得意距離と、武器は?」

「中距離から遠距離までなら、一応……武器はアサルトライフルとアサルトカノン、太刀とヘヴィマシンガン、かな……」

 

 ラウラはほっとしていた。IS学園で行われた組ごとの代表決定戦は動画で何度も見ており、一夏も更識も代表決定戦時の武器を持ってきているからだ。それを踏まえて、2人をどう動かすか、どう立ち回れば真耶に勝てるかを考えていた。

 真っ先にやられる可能性の高い一夏をどう使うか、曲がりなりにも4組代表となった更識の戦力も動画で大体は把握している。

 幾通りのケースから有り得ない可能性の9割を除外し、1割は保険としてとっておき、王道から奇策まで、あらゆる行動や戦術を立てる事2分。

 急に黙り込んだラウラに不審そうな視線をぶつけていた2人だったが、ラウラが1つ頷き、作戦を説明し始めると、驚きの表情を浮かべて聞いていた。

 それから2分後、千冬の号令の下、模擬戦が開始する事になる。



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32:一夏・簪・ラウラvs真耶

名称変更:更識→簪
前話も修正しますが、取り合えず先に話をあげます。



 時計の針を数分前まで、つまり千冬が1対3を告げた頃まで戻そう。

 センクラッドは、千冬の言葉に眉を顰めていた。自らの護衛役として選ばれている真耶の実力を疑うわけではないが、同じく護衛についており、特殊部隊隊長でもあるラウラが3側に居る上に、真耶の実力をこの目で見ていないのだ。

 ISの性能差を腕で引っ繰り返そうにも人数差まであればかなり厳しいのではないか、と思った為、センクラッドはシロウに話を振る事にした。

 

「――シロウ、どう思う? 人数と性能差は如何ともしがたいと思うが」

「連携が取れていないのなら勝ち目は十分にあるだろう。問題は性能差がどの程度あるか、という点だ。加えて、誰から墜とすかでも変わる筈だ」

 

 英雄としては大先輩であるシロウがそう分析していた事を受け、成る程、それもそうか、と納得するセンクラッド。一応激励の言葉でも送るか、と思い立ち、スタスタと真耶と千冬が待機している場所まで歩み寄っていく。

 その気配に気付いたようで、若干緊張の色が滲み出ている真耶と、何時ものクールビューティを発揮している千冬が視線を向けた。

 

「真耶さん」

「は、はい?」

「ええと、そうだな……ガンバ」

 

 出た言葉がたったの3文字という、些か情けなさが滲んでいるセンクラッドだった。

 ええと、つまりこれって激励してくれているのでは?という事に気付いたのは、数秒後。ポカンとした表情が徐々に徐々に喜色に染まり、はい、と返事をする真耶を見て、千冬が、

 

「一夏達には言わないのか?」

「作戦を練っているようだからな。時間もないし、邪魔になってしまうから言わんよ」

 

 オラクル細胞を通して作戦内容が筒抜けになっていた為に、そう告げたのだが、ふと、真耶に視線を送り、確認するセンクラッド。

 

「あぁ真耶さん、ハイパーセンサーは切ったのか?」

「勿論です。といっても、先輩が言ってくれたので気付いたんですけど」

「ほうほう、流石だな」

「それほどでもないさ」

 

 肩を竦めてそう答える千冬。5分与えたのは作戦を立てさせる事もあったからだ。本来雛鳥である筈の1年だが、ラウラや簪に関しては1年の腕ではないし、一夏は戦闘を経る度に爆発的な成長をしている。5分という短い時間の中でどう足掻くのか、千冬や真耶達教師陣は興味があったし、その事を他の生徒達にインプットする事で授業効率を上げようという狙いもあった。

 付け加えれば、ISを用いた授業の殆どは録画されており、アーカイブ化する事で予習復習が出来るよう配慮されている。

 

「そろそろ時間だ。全員、位置につけ。センクラッド、シロウもこっちに」

「ん? あぁ、わかった」

 

 千冬の言葉で、4人全員が空中にふわりと浮かび上がり、距離を取って対峙し、1組、4組、5組の生徒達と千冬、それに異星人組はアリーナ内にある授業観戦用のスペースに入り込んだ。

 最後の1人であるシロウがそこに移動し終えた事を見て確認した千冬は、手にしていたスイッチをカチリと押した。すると、アリーナに張り巡らされているシールドエネルギーと同等の出力を持ったそれが、観戦用スペースを覆うようにして発生した。観戦する際に態々観客スペースやピットに移動してしまえば、授業時間が短くなる為に設置されているのだ。

 未だ、生徒達はざわめいている。無理も無い、普段ポヤポヤしている教師1名に対して、専用機持ちが2名と、未だ専用機を完成するに至ってはいないとは言え、更識の名を冠する者もいるのだ。瞬殺されてもおかしくないのでは?と考える生徒達が大半であった。

 その予想は、すぐに外れる事になるのだが。

 

「それでは、模擬戦開始!!」

 

 その言葉の直後、ラウラが前進しながらレールガンを構え、真耶の胴体部分を狙い撃ち、ほぼ同時に簪がヘヴィマシンガンを構えて弾幕を張りつつ、真耶の上を取るように、高速で飛翔した。

 一夏は……動かない。武器も展開しようとしていない。その事に最初に気付いたのは後退しながら高度を取り始めた真耶だ。半瞬遅れてセンクラッド達も気付く。何か策があっての事だろうと思い至った3名はだんまりを決め込むが、生徒達はそうもいかない。

 半数は何らかの事故だと思い、半数はセンクラッド達と同様の思考をしているが、それを確かめる為に周囲と意見を交換しあっていた。

 

 真耶は感心していた。初手でもし、一夏が攻撃の為に突撃してきたら問答無用で手に持っているアサルトライフルと、アサルトライフルに追加装備として付けられているグレネードランチャーを用いて、シールドエネルギーの大半を削ろうとしていたのだ。

 こちらの思惑を看破し、一夏を温存する方向に持っていったのは、ラウラ・ボーデヴィッヒだろう、とアタリをつけていた。

 まだ一夏は、銃の恐ろしさや特性を知悉していない。感覚としては幾度かの模擬戦で養えたのだろうが、知識としてはまだまだ不十分で、それを知恵として活用する事も儘ならない。

 誘いをかけて瞬殺し、2対1に持ち込みたかった真耶としては、結構な痛手である。

 零落白夜の特性は千冬の後輩故に、もっと言えばモンド・クロッソ時代のブリュンヒルデを見ていたが故に、そして白式が似た様なワンオフ・アビリティを持っていると知った為に、一番警戒すべきものだと思っているのだ。一夏さえ潰せば、武装面ではほぼ怖いものは無い、問題があるとすればラウラが『どの作戦』を選択したか、そして、ドイツの第3世代機に何が搭載されているか、この2点程度だ。

 そう思いながらも射撃と回避は休まる事は無い。右手に持つアサルトライフルを不規則に発射して、簪の回避先に弾丸の嵐を叩き込み、左手で持つアサルトカノンを的確に近距離へと持ち込もうとするラウラに撃ちこみ続ける。

 回避先を読まれていると気付いた簪はPICを用いて急制動をかけた。骨が軋む嫌な音に軽い嫌悪感と痛みを覚えながらも、歯を食い縛って耐え、移動先を変えては真耶よりも高い高度を取る為に上昇していく。相対距離はほぼ変えずにそれをやってのける簪の距離感は抜群だと言わざるを得ないだろう。事実、真耶が後退すればその分だけ距離を詰め、前進すればその分だけ引くのだ。徹底的にミドルレンジを維持しながら弾幕を張り続けるその腕は、到底1年とは思えない。

 だが、それだけだ。

 ISの機体性能差が無い以上、更識の名に連ねる者とは言え、教師と生徒では経験も場数も雲泥の差だ。例え才能があろうとも、膨大な経験年数を覆す程は持ち得ていないし、真耶の射撃戦の才能は他の者達とは一線を画す代物だ。そもそも簪はIS操縦者よりも整備や機体開発に適性がある。操縦者の技術も相当あるが、その気質と姉の存在が大幅に足を引っ張っている。

 

 ラウラは苦々しくも感嘆を覚えていた。真耶専用としてラファール・リヴァイヴのカスタム機を受領してまだ日が浅いからか、思い切った加減速をせず、射撃にも僅かだが遊びを超えた甘さが残っている状態の真耶だが、それでも的確な射撃と適切な残弾コントロールは驚異的であり、そして何よりもその回避性能は異常だ。

 上を取り続け、弾幕を雨霰と降り注がす事に腐心している簪の射撃能力は到底1年のものではないし、ラウラ自身の射撃能力も極めて高い。自惚れるわけではないが、今から三年次に編入したとしても通用する腕だと自負している。

 それなのに、当たらない。

 ラウラが必中の勢いで放ったレールガンは悉くかわされていた。ラファール・リヴァイヴの4枚の推進翼を巧みに動かし、高速戦をこなす真耶の回避運動は匠の一言で表せる程、完成度が高い。

 本来、ラウラが得意とする距離はクロスレンジぎりぎり手前のショートレンジだ。サブマシンガンやハンドカノン等では近すぎ、ブレードでは遠すぎる、云わば槍の距離を維持しながらワイヤーブレードを、時には飛び込んで二の腕からプラズマカッターを、時には退いてレールガンを撃ち込む事で勝利を得てきた。

 しかし、今回、ラウラは距離を詰め切れずに居た。距離を詰めようとすれば真耶が精確無比な弾丸を繰り出してくるからだ。レールガンしか遠距離武器を持たないラウラに距離を詰めさせない腕は、流石ブリュンヒルデの薫陶を受けている者の1人なだけはある、というもの。

 ……もし、ここにラウラの副官がいたのなら、状況は容易に変わっていた。阿吽の呼吸、極めて精密な連携を以って今頃には撃破していただろう。連携が取れていない即席のチームでは、此処が限界なのだ、本来は。

 ただ、この戦局は、あくまで簪とラウラのみが真耶と戦闘した場合におこる膠着状態だ。

 簪は両手で持っていたヘヴィマシンガンを右手とPICの限定強化によって固定砲台と化し、左手でブレードを呼び出して真耶の背後側に投げつけた。意図が判らず、思わず眉を顰める真耶だが、そこに、真耶に向けて地を這うようにして移動してくる機影が居た。

 織斑一夏だ。

 

「――おおおおぁぁぁあ!!」

 

 咆哮をあげながら、一夏は地表からほぼ真上にあがり、真耶のやや背面、そして足元から急襲を仕掛けた。僅かに遅れて、ラウラも急加速をして真耶に向かって突っ込む。

 真耶はコンマ2秒以下で優先順位を入れ替え、簪との距離の維持を完全に放棄し、一夏を仕留めようと自らも一夏へと向けて急降下した。

 そこで気付く。

 一夏が無手で迫ってきている事に。ブレードを出す素振りも無いのだ。簪が投擲したブレードを取るつもりかと推察した真耶は冷静にグレネードを投下し、アサルトライフルへとスイッチして発射……しようとした。

 

 瞬間、一夏の姿がブレた。

 

 瞬時加速を用いたと気付いた時には、一夏はグレネードを掴み取り、己の腹部に抱えるようにしてアサルトライフルから守った。

 当然、アサルトライフルによってシールドエネルギーはみるみる内に減少していくが、苦痛に顔を歪めながらも上昇をやめない。

 ラウラは真耶が持つアサルトライフルの形状から、近接信管型ではなく、時限式であると見抜いていたのだ。伊達に軍人を長く務めてはいない。ラウラはほぼ全ての銃器を記憶しているのだ。ラファール・リヴァイヴが装備可能な武器の中で、近接信管型の武装は2種類あったが、真耶が公式・非公式問わず使用した武器の一覧には、それらは一切記述が無かった。また、カスタム機という観点から武装も改良を行っている可能性もあったが、ドイツからの情報網や整備課の人間、その他諸々から武器をカスタマイズしたという情報は入っていなかった事も手伝って、その可能性を除外していた。

 ちなみに、万が一、近接信管型のグレネードランチャーを装備していた場合は、プライベートチャンネルで一夏と簪に別の指示を与え、ラウラはグレネードランチャー付近にワイヤーブレードを張り巡らせ、レールガンで爆風を受ける事前提で狙撃していたし、自身の記憶に無い銃器ならばこの戦法は採らせなかった。

 ラウラは、奇策でしか真耶に勝てない可能性が高い事を知悉していた。一対一ならば、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載してあるアクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)を使用して相手の動きを強制的に停止させれば、パワータイプの、言い換えれば瞬発力に秀でたISで無ければ絶対的とまではいかないが、ある程度以上は優位に立てるのだ。

 だが、一対多や多対一、多対多の場合はそうも言えない。AICは強大な集中力を必要としている為、複数戦闘ではその価値はやや下がり、一対多の場合は複数から攻撃されてしまう為、使用が出来ない。多対一でも連携が取れていなければ、大きな隙を晒しかねない、リスキーなシステムだ。

 故に、AICは最後の最後まで温存する方向で考えているラウラとしては、奇策に頼るしかなかったのだが、それが効を奏していた。

 

「――巧いな」

 

 感心した風に呟くシロウの一言がISを纏っている者達のハイパーセンサー越しに伝わるのと同時、一夏は、簪が投擲していたブレードには一顧だにせず、爆発寸前のグレネードを置き去りにする形で真耶の足元から背面を経由して上空に駆け上がると、雪片二型を展開して、急降下した。

 間髪居れず、ラウラは一夏が置き去りにしたグレネードに照準を合わせてレールガンで撃ち抜いて、真耶にショートレンジに持ち込む為に加速を行う。

 簪は持っていたヘヴィマシンガンを放り捨て、距離を詰めながらアサルトカノンに持ち替えて冷静に真耶に対して射撃を行った。

 だが、真耶とて伊達で此処に居るわけではない。グレネードで大幅にシールドエネルギーを削られながらも、PICをオートからマニュアル操作へ切り替え、4枚の推進翼を小刻みに動かして1秒かからずに爆風で崩していた体勢を立て直すと同時、急降下してくる一夏の方向へ瞬時加速を行った。

 

「なっ――」

 

 急激な変化に、ルーキーは耐えられない。

 動揺した一夏が反射的に雪片二型を振るおうとして、

 

『避けろ、織斑!!』

 

 プライベートチャンネルによってラウラの絶叫が聞こえた事と、自身の背中を這いずり回るような悪寒も手伝って、一夏は雪片二型を翳しながら、真耶から出来るだけ距離を取るように移動しようとして、全身に強い衝撃とダメージを叩き込まれた。

 爆風から飛び出た真耶が両手に持っていたのは、連装型のショットガンだ。PICをマニュアル操作に切り替えた事で、反動を0にしたショットガンの命中精度は極めて高い。故に、ラウラが追い付く前に、一夏の乗るIS、つまり白式は規定以上のダメージを受けて、脱落のシグナルを発した。これがトーナメント等の公式試合ならば、エネルギー残量はまだまだあったのだが、これは授業であり、模擬戦である為、シールドエネルギー消費可能量が低めに設定されていたからだ。勿論、ギリギリまでやりあえば、流れ弾で事故が起きかねない事も考慮されての、制限措置だ。

 悔しそうな表情を浮かべながら、一夏は千冬達がいる場所まで退避していく。

 

『織斑が脱落した、更識、高度を低く保ち、中距離を維持しろ。瞬時加速には十分に気をつけろ』

『わ、判った……ッ』

 

 優位だった筈の状況から僅か数秒の間に1人脱落した事で、簪は動揺していたが、ラウラの冷えた声で幾分冷静さを取り戻し、空いている手にアサルトライフルを装備し、言われた通り動き始める。

 

「――それで、千冬、この後はどう見る?」

「ん……あぁ、山田先生の勝利は揺るがないだろう」

 

 呆けていた生徒達は、千冬に視線を向けた。当然だろう、と肩を竦めた千冬が、

 

「あぁ見えても山田先生は日本代表候補生だったんだ。しかも射撃戦のみならば搭乗機体を選ばずに対応出来る奴だし、それに、私の後輩だぞ?」

 

 最後の言葉が一番説得力があったようで、生徒達はあぁ成る程、ブリュンヒルデの後輩なら、と頷いていた。

 センクラッドは、女帝がパシリに使っていただけじゃないのか、そういえばパートナーマシナリーの略ってパシリだったなぁ、真耶型パシリか、人気出そうだ、とズレた事を延々と考えていたのだが。

 勝負はいよいよ最終局面に差し掛かる。

 シールドエネルギーを徐々に徐々に削られていくラウラ達と、一夏の行動とラウラの奇策でシールドエネルギーを大幅に減らしつつも、その後の被弾率は極限まで減っている真耶のダメージレースは、真耶に軍配が上がっている。

 拮抗状態であった3対1が2対1になったのだ、当然の帰結とも言える。鍵となるのは、やはりラウラのAICだ。アレを用いて真耶を強制停止させ、レールガンかアサルトカノンを撃ち込めば、鮮やかな逆転勝ちを演出出来よう。

 だが、現実は、そうはならない。

 簪が低空へ移動し、下がったのを受けて真耶がラウラに牽制射撃を行いつつ、簪に狙いを付けて大きく前進したのだが、それを待っていたのか、ラウラは地表へと降下、簪が投擲し、地表に刺さった状態のブレードを器用に抜き取って投げた後、レールガンを発射してから瞬時加速で真耶に迫った。目まぐるしく位置を変え、高度を変えての戦いで、簪を狙いに行くと確信していたが故の、行動だった。

 遅れて、簪が弾幕を張り巡らす事で、真耶に効果的な回避機動を採らせず、結果としてラウラはクロスレンジへと持ち込むことが出来た。

 ワイヤーブレードとプラズマカッターを駆使して徹底的なインファイトに持ち込むラウラと、4枚の推進翼とアサルトライフルとショットガンを駆使して距離を稼ごうとする真耶を見て、センクラッドは眉を僅かに顰めた。

 

「……使わないのか」

 

 勿論、AICの事である。クロスレンジに持ち込んだのなら、即座にアレを使えば良いだろうに、と胸中で呟いているセンクラッドだが、実際に使用していたら、ラウラの敗北は――この場合は脱落判定だが、そこで決定していた。

 AICは、多大な集中力を必要とする。相手がインファイターならば、誘いをかけて発動可能範囲に来るまで集中を高めれば良い。だが、相手が距離を取るタイプならば、それが出来ない。加えて、必要となる集中力が高い為に一瞬でAICが発動する事は無い。どうしたって足を止めるなり、機動が甘くなるなりしなければならない。そこで攻撃を加えられれば衝撃や痛み等で集中は酷く途切れやすくなる。そんな状態ではAICは発動出来ないのだ。

 加えて、模擬戦であるが故に脱落判定となるシールドエネルギー値は高く設定されている。ダメージをものともせずに発動するには、ラウラはダメージを受け過ぎていた。

 故に、この模擬戦ではAICを使用する事は無い。

 発動しなければ逆転は出来ず、だが発動するには時間が足りない、そんな状況が続いてしまえば―― 

 

「終わったか」

 

 そうセンクラッドが呟いた。

 最後の奇策である、簪のブレードを用いてのクロスレンジに持ち込むという方法自体は成功したが、ダメージを受けすぎていたラウラ達では、真耶を止める事は出来なかった。

 最後はショットガンでの神掛かった置き撃ちの直撃を受け、ラウラが脱落し、動揺した、もっと言えば何処かしら諦めた簪がアサルトカノンの直撃を受けて脱落して、模擬戦は終了となった。

 ラウラ達代表組と真耶が同時に千冬達がいるスペースに戻ると同時、スペースに張られていたシールドバリアーが解除されると、惜しみない拍手が代表組と真耶へと降り注がれた。暫くしてから、手を叩いた千冬が言葉を発する。

 

「良いか貴様等。例え専用機を持っていたとしても、第三世代と第二世代に性能差があったとしても、山田先生のように腕と状況次第で容易に覆す事が出来る。貴様等の目的は、専用機持ちになる事ではない。そして、我々教師は貴様等生徒達を、専用機持ちを打倒せしめる実力を身に付けさせる事だ。覚えておけ」

 

 千冬の言に、大半は感じ入ったようで、真耶を見る目が変わった。

 シロウは上手く乗せたな、と素直に賞賛していた。あぁも言われてしまえば、専用機持ちは一層の研鑽を積み上げるだろうし、そうでない生徒達も追い付け追い越せと必死になって努力するだろう。

 専用機持ちではない真耶が専用機持ち複数を相手取るという構図を見せた事で、説得力も十分にあった。普段頼りなく見える真耶を巧く使った形だ。

 ただ、それだけで終わらせないのが、教師織斑千冬だ。

 俯きがちな一夏やラウラ、簪に視線を合わせてから、ラウラに歩み寄り、

 

「まずボーデヴィッヒ。5分間という短い間で良く作戦を練り、立てたな。3対1という数の暴力を巧みに使った点、各員の武装を把握し、順当な行動を採らせた点、織斑を用いて奇策を用いた点は流石と言える。惜しい点としては、最初から連携をアテにしなかった点と、プライベートチャンネルを多めに使って指揮を採る側に回らなかった点だ。前衛を務めるよりも変化する状況に対応させるように指揮を採れ」

「はっ!!」

 

 思わず敬礼してしまうラウラ。かつてのブリュンヒルデに教えられていた時代を思い出した為だ。あの頃と違うのは、褒められる点と駄目出しされる点の数が逆転したところだ。言外に成長しているという事を教えられたようで、隠し切れない喜色がラウラの表情を掠めている。

 普段、厳格な、或いは表情が殆ど変わらないラウラの浮かべた笑顔は小さくとも、日光に照らされるそれは、鮮やかな光を放っていた。 センクラッドは、やはり笑顔が似合うと頷き、ラウラの笑顔を見た生徒達は、見惚れていた。

 次いで、1つ頷いた後、簪の眼の前まで歩み、立つと、簪はピクリ、と体を震わせた。

 

「続いて、更識。ボーデヴィッヒが立てた作戦を遂行した点、援護役として適切に動いた点は流石だ。だが、後半でペースダウンした点や織斑が撃墜された際に集中力を乱したのは頂けない。今の技術を磨き、集中力を途切れる事なく維持する事、そして、例え誰が撃墜されても動揺する事無く行動を維持する事を忘れないように」

「……っ……わかりました」

 

 思うところがあったのか、それとも千冬に諦めを言外に指摘された事が堪えたのか、暗い顔をしたまま俯いて、消え入るような声を喉から出す簪。

 昏い感情が胸の奥に蟠っているのを視抜いたセンクラッドは、オラクル細胞に表情の擬態を任せ、じっと簪を観察していた。怨念とまではいかないまでも、自身を痛めつけるような心の動きを視て、コレは随分と根が深いな、と思っている。ちなみに眼帯で覆われている左眼で視ている為、簪は気付けないのだ。

 そして、一夏の下へと歩み寄った千冬は、

 

「最後に、織斑。更識と同様、ボーデヴィッヒの指示を受けて行動した点、銃弾を恐れずに瞬時加速を用いてグレネードを掴み取り、それを相手に対する攻撃に用いた点は評価する。しかし、変化する状況に対応出来ずに反射で行動した点は全く以って駄目だ。思考と同期していない行動は愚の骨頂であり、お前が最も直さねばならない点だ」

「はい」

「――だが、新米にしてはよくやる」

「はぃ……へ?」

 

 最後の言葉を聞き取れたのは一夏と、ISを展開したまま、かつ傍に居た簪、ラウラに加えて、オラクル細胞を持つセンクラッドのみだった。

 嬉しそうに破顔する一夏には一瞥もくれずに、生徒達の方へと歩き出した千冬は、

 

「それでは、次に、残った時間でISに搭乗し、基礎訓練を行う。オルコット、前に出ろ。篠ノ之は打鉄を纏ってからこっちに来い。織斑、簪、ボーデヴィッヒと共に苗字順に並べ」

 

 観戦後、しかも千冬の言の後の授業は、さぞ効率が上がるだろう、と思っているシロウは、ふと、横にいる元マスターの表情を見て、怪訝な顔をした。

 表情は何時も通りに見える。だが、その雰囲気はまるで観察者だ。何を見ているのか、と視線をぶち当ててみると、

 

「シロウ、後で話す」

 

 と言葉少なに返されたのだが、それでピンときたのか、シロウは簪に視線を向けた。

 件の少女は俯き、拳を握り締めている、水色髪の少女の眼は、何処までも昏く、底知れぬ深みを宿していた。




今後は、活動報告で後書きを記載していきます。
「(小説に)言葉は不要だ」
という電波を受信したので。


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33:結果の感想と反応

前書きや活動報告に記載した通り、第二章は原作キャラクターの過去関連での捏造が入り、結果として原作キャラクターの性質や性格の差異が出始めます。


 合同授業が終わり、昼休みとなった為に自室へと戻ったセンクラッドは、オラクル細胞による表情管理を解除して、大きく息を吐き出した。久しぶりに長時間、左眼を使ったのだ。フィルタリングを殆ど解除しないまま使用する事で負担は減っているが、精神、もっと言えば魂に負担がかかる為、疲労しているのだ。肉体的疲労とは違う、精神的なそれとも違う不思議な感覚は、本人でなければ判らないものだ。

 テーブルについて少しも経たない内に、コトリとコルドバジュースが眼の前に置かれる。シロウだ。

 一口、ズズリと呑んで気分を一新したセンクラッドが、あの時視たモノをシロウに教えるべく、口を開いた。

 

「まぁ、あの少女……更識簪、だったっけな。どうにもあの子が気になってな」

「どんな風に気になったのかね。確かに良くない雰囲気を纏っていたが」

「一夏に対する憎悪に近い悪感情、自身に対する嫌悪感が妙に強くてな。左眼が反応していたよ」

 

 その言葉に左眉を上げるシロウ。左眼の事は聞いている。絶望やそれに付随する感情のみを映し出すものだと。副次的なものになるが、その感情を辿れば隠れている存在も把握出来たり、何処を攻撃してくるかすら把握出来るという事も。そして、普段は反応し過ぎる為、自身でフィルタリングをかけて反応しにくくしている事も、センクラッドから教えられている。

 その左眼が反応したという事は、相当に強い感情なのだろう。

 

「……織斑一夏を害する可能性があるという事か?」

「それは無いと思いたいな。ただ、この世界に来てからずっとネットで情報を仕入れていたんだが、一夏の立ち位置は非常にアレなんでな」

「言いたい事は何となく判るが、指示代名詞を多用するのは君の悪い癖だ」

「あぁ、すまん。つまり、狙っている勢力が多いんだよ。女尊男卑至上主義者、マフィア、マッドサイエンティストとか、もしかしたら国家すらも狙っているかもしれない。とまぁ、とにかく敵が多い。いつIS学園内で自爆テロばりの暗殺や誘拐が起きてもおかしくない。それを防ぐ為に、専用機を渡したのかもしれん」

 

 いつものように、ふむ、と顎に手をやって考えるシロウ。確かに、唯一の男性操縦者だ。未だ次が出てこない以上、狙われるのが道理だろう、と推察していた。

 シロウもセンクラッドもこの時点では、シャルル・デュノアの存在を知らない。知っていたところでシャルル・デュノアがISを持ち歩いている以上、センクラッドの仮説はほぼ揺るがない。尤も、仮説なのだが。

 

「成る程、思考と反射をリンクさせる事を優先的に叩き込もうとしているのも、暗殺を防ぐ為か」

 

 そういう事だろう、と肯定するセンクラッドだったが、人差し指でテーブルを秒単位で、かつ精確にリズムを刻みながら、しかし、と言葉を繋げる。

 

「ハナシを戻すが、あの子の感情は酷く強い。専用機に反応し、敗北直前に諦めが入り、何よりも一夏が千冬に褒められた際の、嫉妬……だと思うが、とにかくそれが酷く強かった。まぁ、強いだけで歪みが余り無いのが救いだな」

「待て怜治。何時、褒めていたんだ?」

「あぁ、そうか。流石に聞こえなかったか。まぁ、凄い小声だったからな。オラクル細胞サマサマって処か。まぁ、アレだ、千冬が一夏に対して何が足りていて何が足りていないかの総括の直後に言っていたぞ。普通に判り難い言葉だったが。そこから感情が発露していたから、まぁ、そこから推測出来るものは安直だが――」

 

 その言葉を継ぐ様に、それなら家族間の問題もありうるか、とシロウは言葉を舌の上で転がした。生前の記憶や記録を鑑みても、家族間の問題となると流石の英雄も殆ど経験が無い。家族間の問題に男女の問題が入るのなら経験はあるのだが、そういう問題では無い為、その手の経験は全く役に立たない。

 これを解決するのは私では荷が勝っているな、と判断したシロウだったが、

 

「家族間の問題、ねぇ……うちらの面子で考えると、クー辺りに聞くのが良いのか?」

「やめておけ。妻帯者にアドバイスを貰うとしても、彼は大雑把過ぎるし、問題の種類がズレすぎているだろう」

 

 即断した。伝説や神話上、或いはクー・フーリン自らが語った内容を鑑みれば、この手の問題はハッキリ言って厳しいだろう。そもそも彼は戦闘時はとんでもなく鋭い癖に、平時ではとんでもなくアバウトになったり、たまに信じられない位マメだったりと使えるかどうかがブレ過ぎてイマイチ判別出来ないのだ。

 シロウの言葉に、1つ唸って、

 

「ならアドバイス無し、と。喧嘩でもしたのかね、あの子達は。ただ、それにしたってあの感情は無いと思うん――あぁ、居た、居たな。そういやライアと似た様な感じだ、あの感情の発露っぷりは」

 

 微妙に違うが、負の感情の強さや種類に関しては大体似ている事を思い出したのだ。となると、アレは保護者と被保護者のやりあいでもあるのか?能力にどんだけ差がついたのやら、とセンクラッドは自己完結し、溜息を大きくついた。ついでに、脳に刻まれている彼女のデータを呼び出し、口に出して諳んじる。シロウが怪訝な表情で、誰だそいつは?と視線で伺ってきた為だ。

 

「ライア・マルチネス――グラール太陽系ビーストにして、ガーディアンズ現総督。前総督であるオーベル・ダルガンの養子で、オーベルとはよく親子喧嘩……というよりは一方的に絡んでたんだよ。親の期待だの何だのが凄い煩わしく感じてた上に、周囲からは縁故だと思われてな、そりゃもう腐ってたぞ。アレでローグス……盗賊にジョブチェンジしなかったのは奇跡だな。お前さんが見たら毎日説教してたんじゃないか?」

「そんなに、その……アレだったのか?」

「俺は理解して回りに迷惑をかけてどうにか切り抜けるタイプだが、昔のライアは判ってなくても迷惑というかトラブルを撒き散らすタイプだった。しかも尻拭いは、何と殆ど俺がやっていたときたもんだ」

「うわぁ……」

 

 想像力豊かなシロウは瞬時に想像し、その結果、普段の彼あるまじき一言感想を捻り出していた。フォロー役に向いていないセンクラッドがフォローに回らなければならなかった程なのか、と戦慄を禁じえなかったのだ。

 ただまぁ、とセンクラッドが呟いて、

 

「親子喧嘩を仲裁して一発シメた後にドッキリ仕込んだら大人しくなったぞ。視野が広くなったというか、別人になったというか」

「……何をしたのだね、何を」

「許可を貰って、テロ側に回ってオーベルの殺害未遂をした後、一騎討ちでボコボコにした上で、オーベルに庇わせた。親がピンチになった時に子は必ず動くと聞いていたのでな。逆も然りだろうと実際やってみたら成功したし、結果オーライだ」

 

 絶句。

 正に絶句以外何物でも無いという表情を浮かべるシロウ。さぞ肝を冷やしただろう、センクラッド以外の周囲に居た者達が。想像力豊富なシロウはそれを瞬時に描けた為、当事者でも無いのに胃がキリキリと痛み出し始めた。

 

「……許可を貰ったとは言え、その後が大変だったのではないのかね?」

「そりゃな。その時点で芝居ってバレたら余計拗れるからな。グラール教団を壊滅に追いやり掛けた後でやらかしたから、あの時代では最大の懸賞金かけられたぞ。御陰でスタンモードとフォトンモードの切り替えが巧くなったなった。あぁ、ほら、スタンモード中にフォトンモードの武器で来られると出力差が有りすぎて防御出来ずに斬られるんだよ。だから瞬時に切り替え出来るように持ち方を変えたり、色々研究してたんだ」

 

 今となっては良い思い出だ、と言う風に遠くを見つめて温かく語る内容ではない。シロウは完全にフリーズを起こしていた。月の聖杯戦争でも相当無茶な事をやっていたし、本人から多少聞いた話だが、アラガミが跋扈する世界でも異物であるオラクル細胞をその身にブチ込んだりと、常識を彼岸の彼方までぶっ飛ばすような所業をやらかしているのだ。

 となれば、この世界でも絶対何かやらかすのは、もう既定路線だろう。悲観ではなく、現実的に考えてそう思わざるを得ないシロウ。

 

「話が飛び過ぎたな。まぁ、戻すが、ライアとはなんつーか真逆ぽいが、根っこは大体似た様なものだろう。となると、一番手っ取り早くやるとすると」

「……やるとすると?」

 

 もう、答えが見えている為、モチベーションがほぼ0だと言わんばかりの表情を浮かべているシロウに、センクラッドは告げた。

 

「生徒会長の方の更識楯無から事情と関係を聞いて、仲が悪いけど本当は仲良くしたい系なら、先ずは楯無をボコる。次に紆余曲折を経て簪に庇わせ、2人きりにする。後は本人達でどうにかさせる」

 

 コイツ本当に言いやがった、という視線をセンクラッドに向けるシロウ。

 じっとりとした視線をぶち込みながら、反対意見を出す為に大きく息を吸ったシロウに対し、センクラッドは、

 

「冗談だ。流石にオーベルと同じ事をやらかしたら、例え上手い事いったとしてもその後がヤバイのは判っているし、ザル過ぎるのも理解している」

「それは良かった、本当に。本当に、良かった」

「……お前さん、俺を何だと……まぁ、良い。先ずは2人に一体何があったのかを聞く。ただ、本人に接点が無い以上、一夏か楯無に聞くべき……なんだろうな。俺アイツ苦手なんだが仕方ないか」

「我々はともかくとして、一夏が狙われている可能性がある以上、それを知らぬ存ぜぬで通さないのなら、万が一に備えるべき――」

 

 シロウの言葉を遮るようにして、それは判っているんだがな、そう呟いて、センクラッドは額に手を当てて大きな溜息をついた。もう今更関わらないという選択肢は殆ど無い。手札をドンドコ開示していっているのだ。此処で知らないフリをして後味が悪くなるのは、自分だけではない。

 そもそも最初にグラール太陽系星人として名乗ったのだ、この世界には居ない者達だからといって、彼らの面子を汚すような真似は、センクラッドの選択肢には無い。

 技術的云々、精神的云々と言った手前、それに似合うような行動を採らざるを得ないのは、やはり判っていても面倒な事だな、とぼやく。

 シロウは先の発言に引っかかりを覚えたようで、首を傾げてセンクラッドに問い質した。

 

「――待て怜治、生徒会長と会った事が有るのか?」

「ん? あぁ、此処に来てまだ日が浅かった頃……いや、日数経過という点で見ればまだ全然なんだが、とにかく最初の頃にオルコット関連でちょっとした騒動があってな。屋上であっちからちょっかいを出してきたのが、縁だった。尤も、そこからは全く連絡を取っていないが……さっき言ったが、俺、あの手のタイプは苦手だし、こっちから積極的に連絡を取る理由も無かったから避けてたんだけどなぁ」

「正直に言わせて貰うがな怜治。君にも苦手なタイプが居た事が、本気で意外だ」

 

 何気に酷い事を言っているシロウに、いやいや待てよ、ちょっと待てよと待ったをかけるセンクラッド。

 

「お前さん、俺にも苦手なタイプは居るんだぞ。お姉さんぶる性格に愉快犯的な性質、更に言えばやらかしても自分の実力でどうにかしたり、自分の手に余る場合は周りを巧く使うタイプは、俺はどうにも苦手だ。巻き込まれては敵わんからな」

 

 そういうタイプか。確かに、それは苦労するな。そう呟いたシロウだったが、センクラッドが言った特徴を反芻していく内に、気付いてしまった事がある。シロウはスッと手を挙げて、サッと指摘した。

 

「怜治。それは君に似たタイプ、つまり同属嫌悪と言う事になるのだが」

「は?」

「君とてそうだろう。月での聖杯戦争から脱出する際には我々を盛大に周りを巻き込んだし、グラール太陽系での話を聞いてきた限りだが、ある程度までは抱え込んで無理だと判った途端に全力で周りを巻き込んだり、色々と被っているぞ。この世界でのみ言える事だが、周囲と比べて君は年上だから、お兄さんぶるというのもある意味当たっているのでは?」

 

 ショックを受けるセンクラッド。いや俺流石にあんな余裕ぶっていない筈、と思ったようだが、実際は口調と言動が違うだけでやっている事は殆ど変わっていない。家族関係が良好ではない、というのを人間関係が良好ではない、と置き換えても良いなら、ドンピシャだろう。少なくともセンクラッド=怜治は受肉させた英霊達全員からまだ許しどころか、会話すらしていない。つまり、問題を先送りにしているのだ。姉と妹、元マスターと元サーヴァント、関係は違えどダメさは同じ程度だ。

 ショックで項垂れたセンクラッドがポツリと言葉をテーブルに転がした。

 

「俺、あそこまでダメな子じゃない」

 

 楯無が聞いたら私はダメな子じゃない、と憤慨するだろう。棚上げ上手はバッチリ共通点だ。

 盛大に凹んだセンクラッドを暫く眺めてから、シロウは話題を変えた。方針が決まったというのもあり、また、慰める必要は無いだろうと断定している辺り、主従……友人関係は良好だ、極めて。

 

「それはそうとして、怜治。ISの模擬戦を見たのは2回目だが、やはりアレは厄介だな」

「あぁ、やはりそう思うか?」

「勿論だとも。空を高速で自在に動き回り、武器の入れ替えも可能、おまけにワンオフ・アビリティという、こちら側で言う処の宝具もある。ボーデヴィッヒ嬢は相手の動きを停止させ、一夏の場合は防御を無視して斬撃を叩き込める、全く、科学の進歩で魔術めいた事が出来るようになるとは思わなかったよ。少なくとも私の世界ではあぁいった兵器は無かった」

 

 実際にはラウラの停止結界はワンオフ・アビリティではないのだが、そう見えてもおかしくはない程、特異性の高いものに見えるのだろう。

 見えない砲塔で全方位に攻撃をかけられる迎撃兵器、衝撃砲や、全方位から攻撃をかける機動兵器、ブルーティアーズも含めれば、現代の戦闘で扱われる兵器とは一線を画す代物で、コレを対策するのは決して容易ではない。救いがあるとすれば、弾が曲がったりし無い事位だろう。コレがイナーシャルキャンセラーの応用で減速せずに弾丸を自在に動かせる、等に進化でもしたら、それはもう最初から全力で攻撃を叩き込むしか方法は無くなるだろう。

 そうぼやくシロウに苦笑せざるを得ないセンクラッド。神薙怜治としてみたら今の自身を含めてファンタジー世界の住人だろうと言いたいのだ。進歩した科学は魔法と変わらないとは良く言ったものだ。

 

「ただ、何よりも恐ろしいのは、山田教諭の動きだな」

 

 シロウが驚いたのは何も第三世代型ISの性能だけではない。第二世代のラファール・リヴァイヴの性能を現状考えうる限りの最大限のパフォーマンスを発揮し、多対一の戦況を物ともせずに冷静沈着に仕留めていった真耶の腕と頭脳だ。普段とは全然違う姿に、謂わばギャップには大変驚かされた。

 センクラッドも、確かにと腕組みをして考えを口から放り出す。

 

「カタログスペックを信用するのなら、第三世代の性能差で比肩し得るところなんて、ラファールなら機動性と拡張領域だけだしな。正直真耶が候補生止まりだったとは到底思えないよ、俺はな」

「私もだよ。オルコット嬢達の最低到達点が彼女だとすると、恐ろしいな」

 

 アレでもまだ機体性能を把握し切っていない、という事を知らない2人。これで知ったら絶句するのだが、それを戦慄と共に知るのはもう少し先だ。PICの限定解除等、まだ知らない要素があるのだ。実際に動かせずに教本のみでしか情報を得る事が無い彼らからすれば、全力かそうでないかというのはカンと経験から導き出すしかないのだから、それで察しろと言うのは些か無理な話だ。

 

「ま、千冬に相談してみるか。早い内に生徒会と渡りを付けた方が今後を考えれば良いだろうし」

「ツテを作りすぎるのも考え物だがね」

「判っているさ。精々雁字搦めにならないように上手い事立ち回るよ。さて、腹が減ったな」

 

 という言葉で、センクラッドがこの会話を終わらせる気だという事を察したシロウは、昼食を作る為に席を立ってキッチンへと足を向けた。今日はパスタにしよう、と考えている最中、異変は起こった。

 

「――グッ!?」

 

 苦鳴が、次いで椅子から転がり落ちる音が部屋に響いた。シロウがハッと振り向くと、蹲り、左眼を抑えて苦しむセンクラッドの姿が、テーブル下、椅子の足の隙間から見えた。

 

「怜治!? どうした!!」

「待て、触るなっ」

 

 瞬時に距離を詰め、肩に手をやろうとするシロウに、そう返したセンクラッドは、痛烈な負の感情を察知し、勝手に開き掛けた左眼に対して、一切の躊躇いを持たないまま指を鋭く突き立てた。

 激痛と不満が左眼から脳髄へ直接叩き込んでくる嫌な感覚に吐き気を覚えながらも、

 

「いい加減に、諦めろッ!!」

 

 一際強く、指と語気を強めてどうにか鎮める事に成功するセンクラッド。ジクジクと血が滲み出てくる感覚はあったが、どうせ眼帯から下には零れないのだ、今更気にする事は無い。むしろそれよりも、強い負の感情が此処に来て発露した事が気になる点だった。

 

「……全く、相変わらず面倒な奴だ」

 

 そう吐き捨てるセンクラッドだったが、シロウが怪訝な表情をしているのを受けて、淡々と事実を口に出した。

 

「IS学園で誰かの強い負の感情が発露した結果、左眼が嬉々として動こうとした。それを今しがた抑え込んだ。原因はフィルタリングを甘くしたままだったって処だな。クソ忌々しい」

「そうか、その眼は確か――」

「それと。お前さんに言い忘れていたが、左眼が暴れている時は、絶対に解析とか魔術を使うな。辿られて確実に汚染されるぞ」

 

 汚染、という言葉に酷く強張った表情を浮かべるシロウ。センクラッドの言葉は、本当に重く、苦いものを含んでいたのだ。

 表情を固まらせたままのシロウには眼をくれず、左眼を制御して感情が発露した場所の特定を急ぐ。

 程なくして、見つかった。IS学園裏庭だ。

 

「……シロウ、お前さんは飯を作っておいてくれ。俺は感情の発露先で何があったのかを確かめる」

「待て怜治、君1人で出歩くのは拙い」

 

 言外に、この世界でかわした取り決めを破るわけにはいかないという意味を持たせた言葉に、センクラッドはそれもそうだったと頷いて、シロウと、その背後に言葉を飛ばした。

 

「シロウ、ついてきてくれ。ロビン、飯と此処の警護を頼む。左眼については後で話す」

「あいよ」

 

 弾かれたようにシロウが振り返った先には、ロビンフッドが立っていた。何時もの軽薄な雰囲気ではない。センクラッドを心配しているそれを浮かべている。

 センクラッドに気を取られていたとは言え、シロウですら気付かなかった。此処までくれば狙撃者というよりも暗殺者に近いだろう。クラス適性が削除されていても、そのマントの隠密性は確かなようだ。

 ドアを開け、センクラッドはオラクル細胞を励起させ、シロウは強化魔術によって人外めいた脚力を手にして現場に急ぎ向かう。ショートカットとして欄干を伝って飛び降りたり、人の気配が無い場所を選んで進んだ為、些か時間はかかったものの、それでもその速さは確かで、物の数分で辿り着いた。

 眼の前で繰り広げられている光景に、シロウは眼を細め、センクラッドは溜息を吐いて、声をかけた。

 

「2人とも、何をしている」

 

 冷たい敵意を瞳に宿しているラウラの胸倉を掴み、隠し切れない殺意や憎悪で瞳を炯々とさせている一夏の姿が、そこには在った。



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EX―IS08:双方向の敵意

 1組・4組・5組の合同授業が終わったその昼休み、一夏はラウラに呼び出されていた。

 模擬戦終了直後にプライベートチャンネルで『話がある』と言われたのだ。殆ど面識の無い相手にそう言われて戸惑う一夏だったが、相手を尊重する性質もあり、昼休みの裏庭、指定された場所まで来たのだ。

 既にラウラは居た。空を眺めていた。陽光の照り返しを受けた白銀の長髪が柔らかい輝きを持ち、白磁の肌が橙色に染まるその佇んだ姿は、何処か幻想的で儚く、その瞳に宿している輝きは剣呑さと哀しみを灯らせていたが、一夏が手を挙げて挨拶すると、その輝きを消し去って、しっかりと頷くラウラ。

 傍に寄った一夏は、何の用事で俺を呼んだんだ?と聞いた。

 すると、

 

「単刀直入に聞くが、織斑一夏。貴様はこの学園をどう思っている?」

「え、いや、どうって言われても……」

 

 いきなりそんな事を言われても、ただの学校じゃないのか、としか言えない一夏。その様子に眼光が徐々に徐々に鋭さを増していくラウラ。

 突風が周囲の木々から落ちる葉を拾い上げ、2人の間を駆け抜けた。それは湿り気を帯びており、春先とは思えない不快な風。それを吸い込み、ラウラは問い続ける。

 

「言い換えよう、ISという兵器を学ぶ生徒達を見て、貴様は何も感じないのか?」

「あぁ、そういう事か」

 

 ぽん、と手を叩いて納得する一夏。望まなくとも男性操縦者として此処に来て、真っ先に感じたのは、違和感であった。最初は何で違和感があるのか考えていたのだが、セシリアや箒と練習し、鈴音と対決し、他の生徒達と交流していく内に気付いた事がある。

 ISを兵器として捉えている者と、ISをスポーツとして捉えている者で意識の差が明確に分かれている事を。

 同室となった箒から先ず注意を受けていたのだ。ISとは、純粋な戦略兵器であり、人をいとも容易く死に至らしめる事が出来るものだと。

 当時の一夏は、その意見に反論した。シールドエネルギーがあるし、ISを用いた戦闘行為は厳禁とされている、そもそも民間人に銃を向ける事が有り得ないだろ、と。

 だが、箒はそれを完全に否定した。ISは麻薬のようなものだ、あの万能感で意識を狂わされた者も少なくは無い。ISを纏った一夏なら判る筈だ、そう告げたのだ。

 一夏は、言葉を返せなかった。

 自分が神になったかのような感覚、空を自在に、直感的に飛び回る事は、他の機器では出来ない事だ。しかし、初めてISに触れた時、脳を書き換えられるような、そんな感覚と痛みが走った際に感じたものは、歓喜ではなく、恐怖であった。

 自らの常識を、IS側の常識へと上書きされたような、そんな感覚。世の操縦者はアレをどう受け取っているのだろうか。

 

「おい、織斑?」

「――あ、悪い、考えてた。俺も、多分ボーデヴィッヒと同じだよ。ISは軍事兵器だと思ってる。けど、そう思っていない奴も結構居る、気がする」

「そう感じた理由は?」

「り、理由? ええと、そうだなぁ。俺、ISの事を全然知らないまま育ってきたんだよ。で、此処に来て初めて勉強した時に、幼馴染の箒から教えてもらったんだ。アレは戦略兵器であって、スポーツ用の器具ではないって。そこからかな、何か違和感を感じてきたのは」

 

 その言葉に、幾分か感心したような光を瞳に宿したラウラ。流石篠ノ之博士の妹、本質を見る眼はあるようだ、と。だが、それは篠ノ之箒の意見であって、織斑一夏の意見では無い。故に、そう返すと、頭を掻きながら一夏が、

 

「まぁ、そうなんだけどさ。俺は箒の意見に賛成だよ。返す言葉が無かったし。ただ、追加で言うと、そんな女子達を矯正していくのが教師の役目なんじゃないかって、思うけどな」

 

 言外に、千冬姉が眼を光らせているだろうし、という意味を汲み取ったラウラは、まぁ、確かに、と頷く。

 頷いて、ラウラは切り出した。

 

「私は、この学園は好きではない。IS適性と学力と国籍のみで選抜された者達が在籍しているからだ。そいつらには決定的に欠けているものがある」

「欠けているものって、何だ?」

「意識と、誇りだ」

 

 それらは、一夏からしてみれば計り知れない重さを持っていた。同時に、得体の知れないナニカを感じ取り、顔を強張らせる。それは、貴様に無いものでもある、そうだろう?と言いたげにラウラの眼光は静かに鋭く輝いていた。

 

「意識と、誇り。どちらも決定的に足りていない。この学園に在籍するという事は、大多数の者達を蹴落としたと言う事だ。IS学園は狭き門だ。それをくぐった者達の母国を守る為に必要な誇り、ISを使っての殺し合いを強いられる可能性があるという意識が、まるで足りていない」

 

 ラウラの言葉に反論しようとして、だが、何を言えば良いのか判らず、口を開閉させるに留まってしまう一夏。

 千冬に似た様な事を言われた事を思い出したからだ。だが、そんな事を言われても少し前までは普通の学生だったのだ。銃の分解、地雷や爆弾の解体法なんて学ぶ筈も無い、ただただ平和な学校生活を享受していた、中学までは。

 しかし今や自分は此処に居る。何一つとして望んでいないのに、此処にいなくてはならない。最初の授業の際に唯一の肉親から告げられた言葉は、織斑一夏にとっては苦痛以外何物でもないものだった。

 それを知ってか知らずか、ラウラは舌鋒鋭く言葉を叩き込む。それはまるで、言葉の殴り合いのようでもある。

 

「それで織斑一夏、貴様はこの学園に来て一体何を望む? 流されて此処に来たのはこちらでも把握している。それを不満に思っている事もな。それを踏まえて、貴様は何を望む?」

「俺は……俺は、皆を守りたいんだ」

 

 ラウラは、その言葉を鼻で笑う事はしなかった。普段なら失笑ものだと嘲笑を浮かべて散々こき下ろすのだが、今はそれをやる場合ではない。

 一夏の願いは酷く曖昧だ。曖昧で、幻想を抱えている。この3年間でそれが変わるかもしれない、だがそれを待つ事は出来ない理由が、ラウラにはあった。もっと言えば、ラウラが敬愛している千冬に、だが。

 故に、内心に浮かび上がる灼熱感を抑え込みながら、ラウラはその幻想を破壊する為に言葉を紡ぐ。

 

「その皆とは、何処までだ? 学園の生徒まで入るのか、特定の相手までなのか」

「それは……俺に関わる人たちを、俺は守りたい、そう思ってる」

 

 その言葉に、判ってはいたが今度こそ落胆したと言わんばかりに息を細く長く吐き出したラウラ。眼を細め、敵意を出し始めるラウラに、うろたえるしかない一夏。

 

「例えばの話だ。貴様の幼馴染、篠ノ之箒と凰鈴音が傷つき、倒れたとする。両方助けるには時間が無く、両方助けようとしたらどちらも死に、迷っていればやはりどちらも死ぬ。助かるのはどちらかだけで時間も極僅かしかない。その場合は貴様は選べるのか?」

 

 答えられない一夏。中学を卒業したばかりの少年に、その問いの重さは理解出来ないし、納得出来ない。理不尽な質問には答えられないのが、普通なのだ。

 そういう反応は部隊でも散々見てきたラウラは、哂いもせず、真剣な表情を崩さないまま、問い続ける。民間人であった彼にこの手の問いは酷だという事は理解しているが、それでも言わねばならない事があるのだ。

 

「では質問を変えよう。凰鈴音と、セシリア・オルコット……いや、無関係の者なら、どうする?」

「そりゃ鈴――」

 

 ――本当に、その答えが正解なのか?

 反射的に答え掛けた一夏を止めたのは、過去の自分だった。

 本当に、助けられないのか?全てを守ると言っているのに?

 内心から湧き出てくる疑問、疑念、そして過去に対する悪意。それらがないまぜになって喉元まで出掛かっていた言葉を封じ、代わりに出てきたのは自分でも落胆する程の、在り来たりな答え、判りやすい逃避。

 

「その状況にならないと……わかんねぇよ。ただ、俺は誰かを見捨てる事はしたくないし、しない」

「……それが貴様の答えか」

 

 落胆の意気は無い。ここから出てくるのは純粋な敵意。織斑千冬の弟であるという自覚が無い者に対する敵意。

 もはや隠そうともしない冷え冷えとした敵意に、一夏は戸惑うしかない。そもそも何でそんな事を言われなければならないのか、一夏には理解出来ないし、不気味さを感じてもいた。

 

「というか、何でそんなに絡んで来るんだよ。お前には関係ないだろ」

 

 そう言って、切り上げて逃げようとする一夏。だが、逃がす事を是とする筈が無い。此処で逃がせば、一夏は覚悟も意識のないまま、遠くない時期に大火傷を負うだろう。ラウラはそれを看過出来ない。織斑一夏が、織斑千冬の弟であり続ける以上は。

 ビッと指を立てて、ラウラは理由を羅列していく。

 

「2つある。貴様が教官の弟だから、というのが1つ。貴様が自分の存在価値を完全に自覚していない、この2つだ」

 

 その言葉に顔を歪める一夏。ラウラの言葉が、一夏の心の奥底にあったコンプレックスを抉り出したのだ。

 そんな事、判っている。

 自分が結局誰から見ても『記号』に過ぎない事なんて自分が良く判っている。だが、それを見ず知らずの他人に面と向かって言われるのは、苦痛だ。

 無意識の内にくいしばっていた歯の隙間から、言葉を滲み出す一夏。その色は果てしなく昏い。

 

「判ってるよ。俺がどう思われているかぐらい、自分の立場ってものも」

「そうか、それなら良い……なら、貴様がISを起動させた直後に起きた誘拐未遂は当然、知っている筈だな?」

「――え?」

 

 ボーデヴィッヒは、今、何と言った?

 知らない言葉、知らない事件。

 呆然とした一夏に、ラウラは淡々と事実を紡いでいく。

 

「貴様を誘拐しようとする者達は多い。あの時――貴様が藍越学園に行けなかった時も、中学時代、貴様が金になるアルバイトをしている時にも、いつでも貴様は狙われていた。いつでもだ」

 

 薄氷の上。

 そんな言葉が、一夏の脳裏を掠めた。今まであった憤りや悔しさが消し飛ぶ位の、衝撃。

 深く動揺している一夏を冷ややかに見つめながら、ラウラが、

 

「貴様だけではない。貴様とある程度以上に親しくなった者達は有形無形の圧力がかかっている。常にそれを跳ね除けてきたのは、日本政府と教官だ。貴様は、今までずっと、守られてきていた。ISが発表されて以来、ずっとだ」

 

 ラウラの言葉が、酷く遠い。認めたくない自分と、納得した自分がせめぎ合っている。

 考えてみれば、そうだった。ISが発表され、ISの根幹部分であるコアを造れるのは篠ノ之束しかいない。なら、束に近しい者達を誘拐し、言う事を聞かせようと考える者達が居てもおかしくはない。

 だが、誘拐されたのは、あの一度きり。

 それ以来無かったのを、不思議と思った事もある。だが、それ以上に安堵していた自分が居た。それを感じた時、心にどうしようもない程の灼熱が生まれた。

 だってそれは――

 

「それと、貴様を殺害しようとする者も居る」

「ッ何で――」

 

 何で?判っているだろう。俺はただ1人のIS操縦者だ。今後、同じような奴が出なければ俺を殺す事で女性の地位は守られ続ける――

 即座に答えに辿り着き、表情を凍らせた一夏に対し、ラウラは評価と、自身の右の眉を多少だが上げた。意外だったのだ。誰かから与えられた環境のみで生活していた、ありふれたジャパニーズティーンエイジャーだと思っていたのだから。

 

「理解したようで何よりだ。貴様のような奴が何人も出ない限りは、貴様も、貴様と親しくなった奴らも、この先一生、狙われ続ける。それは決定事項だ」

「だから、俺は強くなるんだよ。俺と関わる人達を、全員守れる位に」

 

 眦を上げて決意を再度表明する一夏に、その純粋な意思に対して、内心でだが感心の声を上げるラウラ。

 ここまで言われても、初志貫徹の意思を失わない事は難しいものだ。しかし、それは口だけに過ぎない。自分の中で明確な優先順位をつけられない者が理想を語ったところで虚しいだけだ。

 

「貴様を殺そうとする者、友人達を殺そうとする者、それら全てから守ろうとするのか?」

「……そうだよ。俺は、守りたい――」

 

 しかし、このままでは意味の無い口論になるのも、十分理解している。故に、ラウラはここでカードを切った。

 冷えた笑みを浮かべながら。

 

「では守る為なら、殺せるのだな」

 

 沈黙。

 重い、重い沈黙。

 うろたえていた筈の一夏の表情は消え失せ、端正な顔立ちも相まって、まるで人形めいた貌へと変化していた。同時に、気配も変わる。殺意とは無縁の人生を送ってきた筈の少年から鋭い刃の様な殺気が、ラウラへと真っ直ぐに向けられていた。

 10秒程度して、一夏が言葉を口から出した。それは、逃避だ。

 

「ふざけんな。何でそうなるんだよ」

「答えろ」

「殺さない。俺は誰も殺さない」

「もう誰も殺さないし、誰も殺させない、ではないのか?」

「てめぇ!!」

 

 激昂して胸倉を掴んできた一夏に揺るぎもせず、冷厳な視線を向けるラウラ。掴まれる直前に関節を極めて投げ飛ばしても良かったのだが、そうはしなかった。織斑一夏という存在を測る為には、単純な暴力は要らない。もっと酷く、もっと抉るものが必要なのだ。

 例えば――

 

『第2回モンド・グロッソ』

 

 隠匿された過去。

 それをラウラはプライベートチャンネルを使って暴露した。

 

「!?」

『ドイツで行われたモンド・グロッソの決勝戦。教官――織斑千冬は棄権し、姿を消した』

 

 すらすらと、まるで見てきたように事実をぶち撒き始めたラウラの言葉に、まるで瘧に罹った様に震え出す一夏。それは、隠しようも無いトラウマめいた過去を暴かれ始めたという証左に他ならない。

 

『その直後、織斑千冬は現役を引退、一時的にだがドイツにてISを運用する特殊部隊の教官を買って出た。あれ程どの国の招聘にも応じなかった者を動かしたのは、一体何か。当時のマスコミはこぞって調べたが、結果は出なかった。だが、推測で書く者達もいた。そこに真実があったかもしれないという前提や願いで、だ』

「やめろ」

『モンド・グロッソが行われたドイツにはブリュンヒルデの弟、織斑一夏も居た。本来、日本で守られている筈の貴様が何故ドイツに来たか。そして織斑千冬がドイツで教官を務める直前、貴様は日本へ帰国した。肉親を大切にしている教官が、貴様を日本に残したのは一体何故だろうな?』

「やめろッ」

 

 視線だけで射殺す事が出来るのなら、一夏はラウラを殺していただろう。溢れ出る殺意を隠そうともしない一夏に、ラウラは淡々と裏側の事実、つまり闇に葬られた筈の真実を晒しあげた。

 

『まだある。教官が棄権し、行方を眩ませたその直後、1つのグループが壊滅していたな。軍人崩れの、金さえ貰えれば何だって請け負うその道のプロ達だ。面白い事に、このグループのデータが全て改竄されていたのだが、誰がやったのか』

 

 青褪めた顔色の一夏が、繊維を引き千切る様な強さでラウラの胸倉を捻り上げられても、言葉は止まらない。

 冷厳そのものの瞳と灼熱を宿した瞳とで、凄まじい視殺戦が起きていた。

 それは、己の過去を暴かれて激昂した者と、相手の過去を知っていて、それを突きつけた者の戦いだ。

 

『織斑一夏。我々は真実を知っている。だが公表するつもりは無い』

「何が狙いなんだ」

『貴様の意識改革だよ。このままでは貴様は良い様に扱われるだけだ。まずはそれを防ぐ』

 

 表情や眼光はともかくとして、嘲笑も、憎悪も、敵意も混じっていないその声。

 ラウラはセンクラッドを護衛する任務の他にも、織斑一夏に揺さぶりをかけ、ドイツへと来させる為の布石を打つという任務を受けていた。しかし、ラウラはその命令をわざと曲解した。

 織斑一夏をこのままにすれば、必ず千冬に被害が及ぶ、そう判断したからだ。半ば信仰と化している千冬に対する忠誠心と恩義が、そうさせていた。

 だが、一夏にそれは届かない。赤の他人に思い出したくも無い過去を抉り抜かれる事を許容するには、まだ幼すぎた。

 

「何だよ、それ」

『貴様が思っている以上に、貴様は世界から必要とされているし、邪魔だとも認識されている。その事をキチンと理解して貰わなければ困るのでな。だから――』

「――織斑。貴様に忠告だ。今のままでは、貴様は教官の負担にしかならない」

「何をっ」

「貴様は足手まといだ。弱く惨めで、浅はかでもある。危機に陥った時、結局貴様は姉を頼る、必ずな。もしくは姉の友人を。貴様が頼らずとも、周りはそう動く、あの時のように」

「もうそんな事はさせねぇよ!! 俺は、俺はこの力で――」

 

 ――何をするつもりだ? もう判っているだろう、白式の武器の特性を。人を殺せるという事を。

 冷え切った声が、酷く胸に突き刺さる。ラウラの視線にも、同じような意味が込められている事は明白で、故に、一夏はそれ以上の言葉が出てこない。

 ISは、兵器。

 一瞬にして人を殺せる武器だ。例え競技用と言われていても、それを鵜呑みにする事は、IS学園に入ってからの一夏には到底出来る事ではない。箒が、千冬が言っていた言葉が重くのしかかる。

 ISは、人を殺せる。容易に、呆気無く殺せる兵器なのだ、と。

 特に、白式のワンオフ・アビリティの零落白夜は、絶対的な攻撃力を以って相手のシールドエネルギーを無効化し、強制的に絶対防御を発動させてシールドエネルギーを削るもの。絶対防御を発動すればシールドエネルギーはあっという間に空になる。展開し続ければ、操縦者ごと両断する威力を持つ。

 それは、従来のIS以上に人を容易に殺害する事が出来るという事、そしてIS操縦者を殺す事に特化した機体であるという事でもある。

 

「――ボーデヴィッヒ」

「何だ?」

「何で、ここまで俺に言ってくるんだ?」

「言っただろう、貴様が、教官の弟だからだ」

 

 言葉の表側だけを取るならば、本当にそれだけだろう。だが、一夏はそれだけではない、何かがおかしいと気付き始めていた。そう、この手の言葉は何度も聞いてきた。今になって思えば、ISが公表され、白騎士事件が発生し、世界がISを受け入れ、千冬がモンド・グロッソで優勝した、その節々で。

 大人達が自分に向けてきた言葉と視線。それらが今、ラウラと合致した。

 

「あぁ、そうか。つまり、お前は」

「そうだ。私は貴様が大嫌いだ。そして気に入らない。全世界の男達や軍に所属している者達の大半はそう思っているだろうがな。腑抜けた心構え、叶わない幻想を持ち、それでいて大して強くも無い、機体性能に助けられている貴様を見て、そう思わぬ者は皆無だろうよ。このままでは貴様は誰も守れやしない。いつか必ず、何処かでツケを支払う事になる。そして、そのツケを支払うのは、教官達だ」

「そんな事にはさせやしねぇよ。それを証明してやる」

 

 強い意志と激情に裏打ちされた言葉は、重く、そして鋭い響きを伴ってラウラに向けられた。冷え冷えとした敵意を眼光に乗せ、一夏のに冷笑を浮かべるラウラ。

 

「今ここで、か?」

「ふざけんな。ISは緊急時と指定されたカリキュラム以外での起動は認められていないだろ」

「それ位は覚えているか」

「当たり前だろ。ツーマンセルトーナメントで証明してみせる」

 

 コレ位か。ラウラはそう思った。

 一夏を焚き付ける事は成功した。後は、本人の頑張りと、周囲の環境だ。それに、どうしようもなくなる前に、ラウラ自身が助けに入れば良いだけだ。その為の布石は今日この場で打った。

 後は、ツーマンセルトーナメントで一夏を下し、ラウラが優勝する事だけ。どれだけ一夏が未熟なのか、そして想いだけでは決して勝てないものも有る事を、謂わば現実を知らしめるのが、今回の目的だ。

 全ては、教官の為。一夏の為ではなく、敬愛する教官の心労を取り除く為。

 

「良いだろう。現実というものが如何に惨いものか、貴様に教えてやる」

「言ってろ」

 

 火花を幻視させる程の、強い感情のぶつかり合い。1つは敵意。1つは憎悪。

 憤然とした様子の一夏が胸倉を掴んでいた手を放そうとしたその瞬間。

 

「2人とも、何をしている」

 

 地を這うような低音で、凍り付くような重圧を伴った声が、その場に響き渡った。

 弾かれたように声の主を見る2人。

 そこには、センクラッドと、その護衛のシロウが立っていた。その表情は、共に険しい。



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34:生徒会室へ

遅れました



 ラウラと一夏が弾かれたように声の方を向くと、センクラッドとシロウがそこに居た。シロウは目を細めて一夏達の様子を伺っているし、センクラッドは無表情のままだが、何処か苛立っている雰囲気を纏っていた。2人に苛立っているわけではなく、左眼が発した痛みやら昼食を採るのが遅れるやら、着いた早々に覚えのある気配隠蔽をした誰かさんがこの会話を盗み聞きしている事に気付き、やっぱり来なければ良かったとげんなりしている等、割と別の方面での負の感情が混じった結果なのだが、一夏達にはそう見えない。

 一体何に苛立っているのか、と考えれば、このやり取りを見ての可能性もある為、凍りついていた。

 

「もう一度聞くが、一体何をしている」

「今日の模擬戦での、総括を」

「それにしては、更識簪の姿が見えないが」

 

 声を掛けられ、瞬時に動揺を消し去って淡々と話すラウラに、同じく淡々と返すセンクラッド。今や空気の密度を下げ、重さを付加した雰囲気が、この場にはあった。

 センクラッドは道中フィルタリングをかけ直した左眼で視て、模擬戦前後と比較してラウラと一夏の負の感情が酷く強くなっている事を確認し、何かあったのだろう、と推察していた。

 問題は、何があったかだ。一夏の逆鱗に触れたのはラウラで間違いなく、ラウラも一夏に対して何らかの想いがある。敵意や憎悪が互いに向き合っている以上、そう考えるのが自然だ。

 ただ、一夏とラウラの接点を知らないセンクラッドからしてみれば、この状態は予想外と言わざるを得ない。情報が少ない以上、予測を立て、情報を引き出して仮説を確定させる、という何時もの作業に従事する為、

 

「互いに敵意を向け合った原因は、模擬戦ではないな。もっと決定的な何かだ」

 

 先ずは断定した。

 すると、ラウラが表情を改め、さりげなく一夏の腕を外して、

 

「込み入った事情がありまして」

「事情?」

「えぇ。それも重要な」

 

 言外に、これ以上踏み込まないで欲しい、という情報を乗せた言葉に、センクラッドは苦笑する。まぁ、異星人に教えられない情報等腐る程あるだろう。それに、それ程親しくも無いのだ、教えて貰える義理というものは今現在、存在していないし、存在してはいけない。

 よしんば教えて貰えたとしても、些細かもしれないが、貸し借りに繋がりかねない、という事にも遅まきながら気付いたのだ。

 

「そうか。なら、仕方ないな」

「申し訳ございません」

「構わん。そちらにも事情があるのは考えてみれば当然の事だった」

「感謝します。ただ、1つ聞きたい事が」

 

 左眉を上げて、何だ?と聞き返したセンクラッドに、ラウラは、あくまでラウラの中では穏やかに、だが実際は硬質な響きを伴って、質問をセンクラッドに叩き付けた。

 

「何故こちらに? ここは部屋から相当離れている筈、こちらに来る用件があったのですか?」

 

 その言葉は、裏を返せば来るのが不都合だという事。ただ、それを示してまで知りたいのだろう。現にラウラの瞳は一切の嘘を赦さない光を帯びている。一夏もそういえば確かに、という風にセンクラッドを見ていた。

 幾らなんでもこのタイミングで、ともすれば暴発したであろう一夏を止めるようなタイミングで声がかかるのは流石に偶然とは言い切れないのは確かな事。

 故に、1度、ちらりとシロウを見て1つ頷いてからセンクラッドは情報を開示した。

 

「用件は無いよ。ただ、一夏の感情の乱れが酷すぎたのでな。だから、此処に来た」

「……心を読んだ、と?」

「そこまで便利じゃあないが、大体それで合っている。技術ではなく、俺の能力でな」

 

 淡々と、まるで今日の天気を語るように、自分の名前を告げるように話すセンクラッド。

 だが、その言葉に秘められた事実は重い。離れた場所に居る個人の心の機微を読む、或いは感情を読み取ると言う事は、何処にいても探知出来るという事ではないか。

 その事実に気付いたラウラは、背骨が氷柱へと変化したような錯覚に陥った。紛れも無い未知への恐怖。だが、それをラウラは捻じ伏せる。

 感情を読むのと、記憶を読むのは違う。センクラッドは今話していた内容には一切触れていないのだ。故に、感情を読めたとしても、記憶そのものを読めると思うのは、短絡的だ。それに、センクラッドはこちらに害意を持っていないし、ララウも敵意を持っていない。

 ここで恐れを以って接するという事は、それこそ感情を読まれてしまえば減点対象になるだろうし、親交を深める事もなくなるだろう。

 何より、ラウラの気質がそれを許さない。未知を不必要以上に恐れる事をしないように軍で叩き込まれていたラウラにとっては、タブーに等しいのだから。

 

「それはまたなんとも、便利な能力ですね」

「……そうでもないさ、弊害が大きいからな」

 

 軽くでも情報を開示していくセンクラッドに引っ掛かりを覚えたシロウは怪訝な顔をしてセンクラッドを見たが、黙殺された為、ちらりと一夏に視線を送った。

 表情は酷く強張り、顔色は青く、そして感情を持て余している雰囲気。爆発寸前と言った風な気配を察知し、シロウは眉根を寄せた。少なくとも、模擬戦終了後に見た簪よりも酷い状態だ。こちらを放っておく事は些か拙い事になるのではないか、そう考える程、一夏の表情は酷い。

 センクラッドはそれを把握していたが、視線をやる事はない。オラクル細胞は五感全ての役割を担う事が可能だ。別に視線を合わせずとも状態の確認は呼吸をすると同義でもある。

 ただ、その便利さにかまけて視線を送らなかったのは、少しだけ拙い手だろう。対立している片方に話しかければ、肩入れしていると思われても仕方が無い。

 この時、少なくとも一夏はそう思ったのだ。

 

「まぁ、良い。それで結局2人は、どうやってケリをつけるつもりだ?」

「どちらが正しいか、ツーマンセルトーナメントで証明する事になりました」

「あぁ、良いんじゃないか。話し合いだろうが力だろうが、強い方が勝つのは真理だしな」

 

 言外に、力が無ければどうにもならん、という意味を込めた言葉。それは今の一夏にはキツイ一撃となって胸中を深く抉った。意図せずして歯を食い縛った一夏が言葉を放てず、その場でぎこちなく一礼して足早にシロウ達の横を抜け、校舎へと姿を消した。

 その態度に、ラウラは溜息をつく。判ってはいたが、まだ子供だ。少なくとも、軍という観点から見た一夏は新兵以下でしかない。アレを矯正していくのは相当だと思うと、溜息位はつきたくもなる。ラウラが理想とする千冬と比較しても、まだまだどころか光年単位の距離が開いている。ならばせめて心構えだけでも変わってくれれば、そう願いたくもなるのは仕方の無い事だ。

 

「ボーデヴィッヒさん。期待したり失望したりというのも程々にしておいたらどうかな?」

 

 ぎくり、と身体を強張らせるラウラ。感情を読まれたのだと悟り、意識せず表情に苦味が混じった。ただ、心を読まないで欲しいと願うよりも先に、センクラッドから見た一夏の評価というものに興味がわいた。

 グラール太陽系でたった1人を助ける為に、教団を壊滅手前まで追い込んだ話を聞いているのだ、どう考えているのか、そこが気になった。

 

「ファーロスさんから見て、織斑一夏はどのように見えますか?」

「そうさな……当然だがまだ子供だ。ただ、その分伸びる素地は多いし、鍛え方に間違いが無ければ強くなるだろう。それに、少し前に願いも聞いた。身の丈にあった生き方だと思うよ、俺はな」

「自分に関わった全ての者を守る、という生き方が、ですか?」

 

 不可能だと断じている口調に、あぁ、成る程な、と納得し、隣に居る元・正義の味方を横目でチラリと視ると、予想した通り、苦笑を浮かべて此方を見ていた。視線を戻し、ラウラの感情が不服に揺れているのを確認してから、

 

「ボーデヴィッヒさんは、不満のようだな」

「というよりも、それで足を掬われる可能性がある以上、もう少し違う考えを持って欲しいだけです。もしくは、優先順位をつけられる程度には妥協して貰わないと、周りが苦労しますから」

「俺はそこまで不相応とは思えないんだがな。少なくとも、関わらない者や関わっていない者まで守ろうとする奴よりはずっと良い。なぁ、シロウ?」

「やはり振ってくると思ったよ……まぁ、確かに。正義の味方を気取っていないし、身内を守ろうとするだけなら、まだ可愛げがあるとは思うよ」

 

 意味有り気に、クックックと小さな笑みを浮かべながら話を振ったセンクラッドに対し、苦味を強め、そして肩を竦めて答えるシロウ。そのやり取りに興味を引かれたのか、ラウラは首を傾げて、

 

「過去にそういう人が?」

「いや、私の事だよ。もう少し若い頃に、正義の味方の真似事をしていてね。マスターはそれを言いたかったのだろう。あの時は私も若かったからな」

 

 センクラッドは浮かんでいた笑みを消し去ってシロウをガン視した。本当に言うとは思わなかったのだ。誤魔化すなり何なりするだろうという予想が外れた為、困惑していた。

 ラウラから見れば、皮肉交じりの苦笑を浮かべながらシロウがそう言ったので、警察関係者なのか?と推察し、

 

「えぇっと、つまり、警察関係者だったと?」

「私のやり方は感謝された事も、怒られた事も両方ある、とだけ言っておこう」

「……探偵、もしくはグラール教団員だった、とか?」

「職業当てはご想像にお任せするよ。ただ、今はしがない護衛役だがね」

 

 むむむ、と秀麗な相貌を崩して考え込むラウラを尻目に、センクラッドはジットリとした視線を送った。言葉にするならば「おい馬鹿。何勝手に過去ストーリーでっちあげてんだよ」といったところか。

 対するシロウは皮肉気な笑みに切り替え「先に仕掛けたのは君だろう。それに嘘は言っていない」と目線で返した。

 

「まぁ、彼は私のような失敗は犯さないだろうと思っている」

「失敗?」

「周りに心配するものがいて、その言葉をキチンと聞こうとしている。それがある以上は問題は無いよ」

「そうか? ボーデヴィッヒさんの言葉は聞き入れられていなかったように見えたがな」

 

 そう茶々を入れるセンクラッドをジロリと睨むシロウ。綺麗に纏めようとしてもこの男がいる以上、纏まるものも纏まらないのはもはや常識だ。ただ、やはりラウラにはその言葉は懐疑的に聞こえたようだ。

 あんだけ言ってもダメだったのにか?と思っているラウラは、正しく千冬の弟子だ。少なくとも、もう少しオブラートに包むなり、有る程度親交を深めてから言えば良かった。0歳からの軍育ちではコレが限界なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 此処で、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

 ぺこり、と一礼してラウラも足早に教室へと消えると、センクラッドは表情を変えて、溜息をついた。シロウも同様だ。

 

「あー、シロウ? まぁ、お察しの通りだ」

「――成る程」

 

 彼らの言が何を指しているのかと言うと。

 オラクル細胞を励起した状態のままこの場に登場していたセンクラッドは、一夏達の会話を盗聴している存在を感知しており、ラウラとの会話中、試しに左眼で感情の検索を行ってみたところ、蒼髪の生徒会長と合致した故の、言葉だ。

 シロウの場合は、護衛としてセンクラッドに付き従っている為、自身の能力をフルに発揮し、気配を察知していた。当然ながら心当たりは無かったが、IS学園の教本に記載されている主立った生徒達のプロフィールや条件、現在の状況、そしてセンクラッドとかわした会話から推測し、何となくだが正体を看破している。伊達に天性の鋭いカンを持ち得てはいない。

 溜息を深々と吐き終えたセンクラッドと、ある種の予感を感じたシロウが、雑木林の一角をジィィイっと見つめた。

 数秒して、諦めたようにヒョッコリと、一際太い樹木からバツの悪そうな顔をして出てきたのは、生徒会長の楯無であった。

 

「えぇと、ちょっち久しぶりね、センクラッド」

「久しぶりだな、趣味が覗きの生徒会長さん」

 

 辛辣な言葉に対し、この男、本当に容赦無いわ、と感想を持ちつつ、澄ました顔をしながら楯無は不敵に言い放った。

 

「あら、必要な事だからよ? 万が一を考えれば、ね」

「ふむ。つまり、一夏とボーデヴィッヒ嬢が物理的に激突する直前までいった場合、生徒会権限で決闘を禁止するつもりだった、と?」

「そう、正か――」

「シロウ、それは俺達が来なかった場合だ。俺達が来た以上、それは無かった。その後は趣味に走ったんだぞ、絶対」

「――いよ、って酷い!!」

 

 ドヤ顔で正解よ、と言いかけた瞬間に、コレである。断じて覗きが趣味なわけではない。異星人達がどのような思考や主義を持っているかを調べるように通達されたのもあって、黙って見守っていただけなのだ。勿論、少し面白そうな展開になっていた、という事も重要なポイントではあったが。

 

「そもそも盗撮とか覗き見が趣味なわけないじゃない!!」

「完璧な人間や公僕ほど、露出や盗撮とか女装や男装等の倒錯したアンダーワールドへと突き進む。そう書いてあったぞ、インターネットでは」

「何でもかんでもネットを鵜呑みにしないで、お願いだからっ」

 

 殆どの場合において弄くられる側に回ることの無い筈の楯無だったが、センクラッドにフルボッコされている図が出来上がっていた。千冬達教職員や生徒会の面々が見たら2度見どころか何度も見返してしまう程のインパクトの強いシーンであったが、幸いな事に此処には3名しかいなかった為、楯無の名誉は守られていたりする。

 誰かに見られでもしたらIS学園生徒内最強の看板が緩い事になってしまうだろう。

 まぁ、千冬という前例が既に居るのだが、緩さ云々に関しては。

 

「まぁ良い。それで一体何しに来たんだ、お前さんは」

「貴方が来るように仕向けたんでしょう!?」

「俺はお察しの通りだと言って適当な方角を向いたら、何かお前さんが出て来たわけだが」

「まさかの自爆!? い、いえ、そんなわけないでしょう。感情を読めるから、誰が何処に居るかなんてわかる筈よ。それとも、アレはブラフって事かしら?」

 

 ふふーん、騙されないもんね、聞いていたし。と言いたげにメロン級の胸を張る楯無。

 この瞬間、センクラッドの中で、からかう方向性は趣味は盗撮盗聴の残念会長で良いな、と確定したが、そろそろシロウからジットリとした圧力が増加してきた為、今言う事は諦めて、

 

「その通りだ」

「……どちらに対して言ったのか、聞いても良い?」

「ご想像にお任せする。まぁ、常識的に考えればおのずと判るだろう」

「マスター……」

 

 流石にからかい過ぎだろう、と言いたげなシロウに、センクラッドは判った判ったと両手を挙げた。

 自分がやられたら間違い無く嫌になるパターンで言葉遊びを仕掛けてみたらドンピシャだったので、もうちょっと、もう少し、とばかりに遊んでいた、と言ったら確実に全員から説教を喰らう事間違いないので、流石にそこは自重し、ついでに本題に戻すべく咳払いをして、口を開いた。

 

「まぁ、気配には気付いていたからな。前にもあったし、お前さんの隠密能力は知っていたのもあって、特定は容易だった」

「感情云々は?」

「勿論使った。確認の為に使っただけだがな」

 

 言外に、お前さん程度の隠密なら特定は容易だ、と言われているようで、楯無は内心でショックを受けていた。学園最強やISの国家代表、日本の裏側を纏め上げている更識家の当主の肩書きなんて、宇宙レベルで見たらナンセンスだという事は頭で理解していても、今までの矜持があるのだ。

 だが、それをおくびにも出さないのは流石だと言える。伊達に10代半ばで裏社会と渡り合ったり、腹芸をこなしたり、国を相手取っての交渉を担当してはいないのだ。

 余談だが、センクラッドがこの世界で初めて観測された際、真っ先に行動、つまり根回しをして千冬をぶつけるように仕向けたのは楯無率いる更識家、そしてIS学園生徒会長としての楯無、ロシア代表としての更識楯無だった。人類史上初のコンタクトに対しても躊躇う事も、余す事も無く権力と権限を行使し、最良の結果を得た事で、更識楯無個人の評価も、更識家の評価も大きく上がった。

 

「その能力の他にも、聞きたい事があるのだけれども、宜しいかしら? 勿論、此処ではなくて、生徒会室で」

「盗撮と盗聴しないなら、考えてやらんでもない」

「しないってば!! しかも考えるだけとか言いそうねその言い方だとっ」

「何故判った。冗談だがな。こちらも質問があるので願ったり叶ったりだ」

 

 ……まぁ、評価が上がろうとも下がろうともそんな事センクラッドは知らないし、知っていたとしても関係無しに誰彼構わず引っ掻き回すのが、彼だ。

 真顔のままだから冗談なのか本気なのかイマイチ判らない、と嘆く素振りを見せる楯無。割とガチで言っているのはご愛嬌。それを華麗に黙殺し、センクラッドは言葉を続ける。

 

「だが、昼食を採っていないし、千冬に相談や報告をしないまま生徒会へ向かうのもアレだ」

「問題ないわ。既に許可は取っているから、後は貴方達次第」

「昼食は?」

「勿論、出すわよ」

 

 その言葉に、シロウと視線を合わせるセンクラッド。良いか、ダメかの判断を仰いだのだ。尤もダメと言われてもセンクラッドは行くつもりだったので、どちらかといえば判断というよりもついてくるか否かの確認、と言った方が正しい。

 シロウもそれが判っている為、行くのだろう?と右目を瞑って応えた。

 

「なら、行かせて貰う」

 

 センクラッドの言葉に頷き、先導して歩き始めた楯無のすぐ後ろについていく2人。

 授業が始まって閑散とした校舎へと入った際、センクラッドは何の気なしに質問を口から飛ばした。

 

「ところで、出すという事は、生徒会の誰かが今から用意していると言うことか? それとも、食堂に出前を頼むのか?」

「此処で出前はやってないわよ。まぁ、ファーロスさんが頼めばやってくれるとは思うけどね。昼食はさっきまで私が作ってたものを出すわ」

 

 流し目気味に背後を見ながら胸元から扇子を出し、軽い空気の破裂音と共に広げた楯無。『愛妻』と書いているのだが、一体何時仕込んだのだろうか。会話の流れを予想して出すのなら本数が多く必要になるから違うだろう。可能性としてはISの技術を流用して投影しているのか?と考察するシロウ。

 シロウの考えている事が長い付き合いで透けて視えたセンクラッドはそれも黙殺し、至極真剣な表情を浮かべ、彼にしては珍しく声量を上げて言葉を楯無に向けて発した。

 

「――チェンジで」

「何でよ!?」

 

 万感の想いを込めた、と言わんばかりの口調は流石に想定外だったようで、思わず振り返って抗議する楯無に、だって、なぁ、と頬を1掻き、2掻きした後、センクラッドはやや躊躇いがちに聞いた。

 

「お前さん、調味料間違えるとか初歩的なミスを犯すタイプじゃないのか」

「しないわよ!! どんだけ私をうっかりさんにしたいのよ貴方はっ!! 言っておくけど、私は料理が得意だからそんな事は有り得ないしっ」

「何だ……しないのか……」

 

 お前さんには失望した、或いはガッカリだよと言いたげなセンクラッドに対し、ビキビキっと青筋を立てながらも堪える楯無。十中八九、センクラッドはコレで外交云々は言わないと理解しているのだが、可能性がある以上はある程度は我慢しなければならないのだ。

 いやむしろ、こちらが精神的云々と言った方が良いのかしら?と真剣に検討する楯無の不穏な気配を察知したのか、一度大きく咳払いをするセンクラッド。

 

「割と真剣に言わせて貰うと、どれだけ料理が出来るか、楽しみではある」

「貴方の護衛さんと同じ位じゃないかしら」

「――ほう」

 

 面白い言葉を聞いた。と、シロウは思考を中断して楯無をジッと見つめた。正確には、扇子を持つ指に、だ。暫く凝視した後、クッと笑みを零し、

 

「成る程、言うだけはあるようだ」

 

 と呟いた。料理人にしか判らないものを感じ取ったようだ。センクラッドとしては何を勝手に納得しているのやら、と呟くしか選択肢が無い。そもそもシロウは料理人ではないのだが。

 その後、暫くしてセンクラッドは誰に聞いたのか、という疑問が過ぎったが、すぐに誰が話したのかを把握し、確認の為に口を開く。

 

「千冬から聞いたのか?」

「えぇ。凄腕の宮廷料理人がいるって」

「……まぁ、良い。それで?」

「それを聞いたら、私の料理人魂もグワーっと燃え上がってしまったわけよ、ここ数日で。後は思い立ったが吉日という感じで。再会出来て良かったわ、無駄にならずに済んだもの」

 

 その言葉に、呆れの視線をぶつけるセンクラッド。その言葉が真実だった場合、ラウラと一夏の衝突を見越した上に、こちらの動向を有る程度読んでいた、或いは何処かで監視をつけている可能性があるという事に他ならない。

 別の見方をすれば、此方にちょっかい出すまで料理をひたすら作っている、という線もある。後者だったら完璧アホの子だと思いながらも、センクラッドはそれを指摘しない。IS学園最強の生徒会長が実はアホの子だった、というのは、流石に無いだろうと判断した為だ。

 真実は楯無のみぞ知る。

 段々相手にするのが面倒になってきたというのもあるが、舌戦するのもかったるいというどうしようもない理由があった。

 そうやって会話しながら移動すること少し。

 生徒会室と記載されている部屋まで辿り着いた一同は、まず楯無が立ち止まって、くるりと振り向き、センクラッド達に一礼して扉を開けた。

 

 

 

 

 

 おまけ

「……大将、遅いな……」

 

 黒塗りのアンティークタイプのテーブルにペペロンチーニと、ナスとキノコのチーズリゾットが入っているそれぞれの皿を3人分配膳し、拙いながらも紅茶を入れて待つ事10分。

 タイミングを合わせて作ったのにも関わらず、帰ってこない2人。

 

「……先、喰うのも、なぁ……」

 

 ぽつり、と零す。

 カッチ。

 コッチ。

 カッチ。

 コッチ。

 時計の針だけが、無情に時を刻み、徐々に徐々に温かかった食べ物は冷えていく。

 

「…………遅いなぁ、ホントに……」

 

 結局。

 すっかり冷めた料理を口に運んで「冷めても美味しいや、流石オレ」と呟きながら黙々と自分の分だけをかきこむロビンフッド。俯きながら喰う彼の頬に幾筋かの水が伝っていたかは定かではない。



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35:生徒会で食事会

お待たせいたしました。
流れ的に変な箇所で区切っていた為、章分け部分を変更致しました。
明日、後半部分を投下致します。

センクラッドの本音に対するツカエネェ云々は、05:謝罪と遭遇辺りを見て頂ければ(相当昔に張った伏線なので一応)


 生徒会室へ楯無が入り、次いでセンクラッドとシロウが入って先ず眼にしたのは、生徒会室の中心からおよそ半分を占めている空中投影型ディスプレイだ。それを囲うようにしてテーブルと椅子が設置されており、そこには生徒が2名、仕事をしていたが、ドアを開けた音でそれらを中断し、立ち上がって一礼してみせた。

 

「というわけで、ようこそ、生徒会室へ」

 

 振り向きざまに扇子を広げて『歓迎』という文字を見せながらそう言った楯無に、感心半分、呆れ半分の色合いで苦笑を閃かせるセンクラッド。

 

「お前さんの扇子に対する愛が判る位に芸が細かいな……あぁ今更だが、こちら、俺の護衛を勤めるシロウだ。シロウ、こちらが生徒会長の更識楯無という」

「初めまして、シロウさん」

「初めまして、更識嬢」

 

 握手を求めてきた楯無に、しっかりと応えたシロウ。それを視てからセンクラッドは、

 

「それで、例の物は?」

「あちらにシッカリと」

「でかしたぞ、越後屋」

「いえいえお代官様も……って何で貴方が時代劇のお約束を知ってるのよ」

 

 流石に驚いたようで、途中までノッていたのだが、堪えきれずにツッコミを入れた楯無に、此処に居る生徒会のメンバーが眼を丸くして思わず感想を零した。

 

「素でツッコミに回るお嬢様を久しぶりに見ました」

「珍しいものを見たねー」

 

 あんまりな言われように表情を引き攣らせている楯無。その姿を尻目にしてセンクラッドは妙な物体を視つけた。

 いや、扉を開けて入った時から視つけてはいたのだが、気のせいにしていたのだ。

 なので、ソレをよく観察する為に足音を響かせるに任せて、ソレに近づき、上から下まで順繰りに観察し始める。

 

「……ふむ」

「ほえ?」

 

 ほにゃ、とした顔の造りに、デカイハテナマークを想起させる表情を浮かべているソレを視る事10秒。

 赤がかったロングヘアーのサイドにピンか何かでサイドテールとまではいかないが、そんな感じでヒョッコリと髪が出している。

 服装はダボダボで、とてもじゃないが迅速な移動が出来るとは思えないのだが、オラクル細胞を通して視てみると、一通り全身を鍛えており、外からでは見え難くしなやかな、暗殺者を連想させる筋肉と脂肪がついている事が窺い知れた。ただ、暗殺向きの体型かと聞かれれば、でかい胸と尻が邪魔だと答えるだろう。つまり、アンバランスなのだ。

 また、視線を動かさずにもう1人の生徒会役員を視ると、眼の前のポヤヤンとした女子と比較して、明らかに筋肉が発達していた。この場に居るほぼ全員が戦士としても最低限以上の有用な人物で有る事は間違いない。

 尤も、センクラッドとしては、そんな事よりもどうにも眼の前のノホホンな女子を視ていると、とある存在を想起してしまうのだが。

 

「何だろう、お前さんを見ていると、パートナーマシナリーを思い出すな」

 

 その言葉に、ほえ?という風にソレが聞き返した。

 

「ぱーとなーましーなりー?」

「イントネーションが違う。が、まぁ、そういう存在が俺の傍に居たという事だ」

「そーなのかー」

「うむ。ところで、お前さんの名前は? 髪の色からしてモンゴルの勇者ノホホン・サーンとかそんな感じか?」

「違うよー、生徒会書記の布仏本音だよー」

 

 その言葉に、眼を見開いて、だが納得した。

 

「成る程、生徒会で楯無が使えない奴が居ると言っていたのはお前さんの事か」

「お嬢様……」

「ちょっ、言ってない、言って無いからッ!! ちょっと、センクラッド!?」

 

 という外野の声は一旦無視したセンクラッドは、外見的な意味での疑問点を解消すべく言葉を続けた。

 

「ええと、何だ、日本人なのか?」

「そーだよー? 後仕事が増えるのは本当だよー」

「成る程。人材が山程要るというのはこの事か。まぁ良い。ええと……ヌホホホネンネだっけ?」

「のほとけほんねだよぅ」

「……すまん、どうやって書くんだ?」

「ええとねー」

 

 テコテコという擬音がつきそうな感じで黒板に向かって歩いて行き、カキカキキュッキュと自身の名前を書き始めた本音だったが、引き攣った顔をしている楯無はこの後の展開を十分に読んでの事だろう。それを見て、はて、お嬢様は何故此処まで顔色が悪いのかと首を傾げるDQNネーム容疑者第3号。ちなみに、楯無は結局誰にも自分の名前について相談しなかった。今更ですかと言われても困るし、凹まれても困るしで先送りにしていたのだ。

 故に、連立した欝フラグが、今まさに現出しようとしてた。

 

「こう書くんだよー」

「ぬの、ほとけ、ほんね、でノホトケ、ホンネか……よし、覚えた。それで、ええと、更識をお嬢様と呼んだそちらの女子は?」

「布仏本音の姉、IS学園整備課3年、生徒会会計の布仏虚と申します。うつほは、虚ろと書きます」

 

 そう言って静かに頭を下げた虚に、ふむ、と腕組みをして、

 

「コレは、何というか……あぁそうか、アレなんだな? 生徒会に携わる条件に、実はドギュン゛!?」

 

 瞬間的に強化魔術を行使し、刹那の時間でメートル単位の距離を0まで縮め、速度に加えて胴体を半回転させて威力を劇的に増やしたボディブローを叩き込まれて呼吸困難に陥っているように見えているセンクラッドに対し、その結果を起こした、つまり今まさにメギリメギリと拳を捻じ込んでいるシロウが冷え冷えと、そして淡々と言葉も叩き付けた。

 

「マスター。君は言葉を発する前に、一度深呼吸をして考えてから発言したまえ」

「俺が何をしたって言うんだ……」

 

 膝から崩れ落ち、腹を抑えて呻くセンクラッド。

 それを一切無視してシロウは呆然としている生徒会役員達に向けて言葉を放った。

 

「うちのが失礼した。それで、我々は何処に座れば良いかな?」

「え、あ、ええっと……あの、ファーロスさんは――」

「アレは何時もの発作なので気にしないで頂きたい」

「そ、そう……」

「余りの展開に流石の楯無も形無しだった。タテナシがカタナーシ――」

 

 振り向き様に神速のフリッカージャブからのワンツーで顎を打ち抜いて、体勢をぐらつかせたところで延髄に肘を叩き込んで潰れた蛙状態になったセンクラッドを睥睨し、シロウは、

 

「マスター、前から言っているだろう。寝言は寝てから、戯言は死んでからと」

「とりあえずシロウ、もう少し落ち着いてくれないと、そろそろ本気で俺マストダイ」

 

 それでも阿呆な事をのたまわないと駄目なのか、いい加減話が進まない為、無視してシロウは楯無達を促すと、若干どころかかなり引いたと言わんばかりの表情を浮かべた楯無が、テーブルの一角を指差しした。

 割と容赦無くボコった挙句、その後の事はスルーだと言わんばかりのシロウと、よろけながら立ち上がったセンクラッドが小さく悪態をつきながら、楯無が差したテーブルへと移動して着席すると、楯無はいそいそと生徒会室の奥の扉を開けて、姿を消した。微妙に関わりたくないオーラと、関わってちょっぴり後悔し始めています的な雰囲気を出しているのはどうなのか。

 虚は雰囲気や感情の変化を見せずに仕事に戻るも、椅子に座っても上体をフラフラさせているセンクラッドが気になるのか、時折チラリチラリと横目を向けていた。誰だってあんなん見せられたら気になってしまうものだ。

 その結果、普段の虚にしては珍しく、少し遅れて躊躇いがちに、

 

「あの、ファーロス様。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、問題ない……暫くしたら復活するからほっといて構わん」

 

 余りの不意打ちっぷりにオラクル細胞でガードする事が出来なかった上に、シールドラインを装着していたとはいえ、t単位の衝撃が貫通した結果がコレだよ、と思いながら呻いているセンクラッド。常人ならば即死する程の全身大火傷を負おうとも、物理的に巨大なミキサーにかけられようとも、英霊から痛烈な一撃を喰らおうとも、左眼とオラクル細胞の核があれば高速再生する肉体には関係ない、が、痛みはまた別問題だ。オラクル細胞で変質させない限りは基本的に人の感覚のままなのだ、痛いものは痛い。

 異様で微妙な雰囲気が一新されたのは、それから20分後。

 扉が開け放たれた音とシャラン、という鈴の音を聞いたセンクラッド達が視線を向けると、ウェイトレスよろしくトレイに皿を載せられるだけ載せて移動してくる楯無の姿があった。

 大量に載っけているにも関わらず、軸が一切ブレず、軽やかな足取りで歩むその姿は一切の隙が無い。とても10代半ばを過ぎた少女が出来る芸当ではない動きに、シロウとセンクラッドは内心でだが驚きを禁じえず、感心してもいた。

 ……のだが、その動きよりもむしろ彼女が着ている服が学生服から非ヨーロッパ系のメイド服に変わっている事に突っ込みを入れた方が良いだろうと、センクラッドは思った。シロウは、あぁ、そういうタイプか、と遠い眼をしている。昔付き合っていたり好意を寄せてきた女性の中にコスプレをエロ方向で活用してきた者を思い出しているのだろう、きっと。

 センクラッドが呆れを多分に含んだ視線を楯無の足元に当てた。

 黒い革靴に白いニーハイ、膝上どころか太もも付近までしか丈が無い紫紺色のミニスカート、それらの間には黒いガーターベルトがあり、無駄に色気を出している。

 乾いた視線を上へと向けていけば、胸元が大きく開いている純白色のブラウスに、首に巻いてある紫色の鈴付きチョーカー、挙句の果てには猫耳カチューシャである。

 似合っているといえば似合っている、いや似合いすぎているというべきだろう。日本人とは思えない巨乳が胸元から零れるか零れないかの瀬戸際で止めているそれは、娼婦に有り勝ちな下品さと手軽な色気を出しながらも、その動きや表情は清廉かつ洗練されたもので、アンバランスな魅力を出しているのはセンクラッドも認めざるを得なかった。

 

「……取り合えず、だ。ツッコミ待ちだと思うから言わせて貰う。秋葉系か」

「あら、メイド喫茶に行った事あるの?」

「ネットで見たので知識はある」

 

 予想通りのツッコミが来て喜びながらも、それを表に出さず、音1つ立てずテーブルに料理を乗せていく楯無。柳眉を寄せて粘度、温度共に0付近まで低下した視線を向ける虚の方向には一切向かないのは、やらかしているという自覚があるからだろう。

 此処で楯無が自重していようものなら、それはそれで虚達としては驚天動地モノなのだが。何せブリュンヒルデだろうとも、各国首脳陣だろうとも、自らのスタンスを崩さないのが『更識楯無』なのだから。

 

「まぁ、考えてみれば盗撮と盗聴が趣味なんだから、露出が追加されてもおかしくはないな」

「何でそうなるの!? 私程清廉潔白な人って居ないのに」

「鏡視てモノを言え。それでも判らないなら、アレだ。その鏡は歪んでいるから買い換えさせておけ。出来れば自分以外の人に頼んでな」

 

 ……まぁ、スタンス崩そうが崩さまいが、例え幻視の巫女であろうともガーディアンズ総統だろうとも、英霊だろうがアラガミの少女だろうが、そんなの関係無しに誰彼構わずほぼ言いたい放題、ほぼやりたい放題を信条とする男にとっては意味の無い記号だ。

 センクラッドが楯無を弄る方向性を盗撮盗聴に加えて露出まで加えるのは、その方が俺が面白いから、という至極残念かつ最低な思考の持ち主だからだろう。

 ちなみに、どこぞの天災や眼の前の生徒会長にも共通した考えでもある。

 その生徒会長はジト眼でセンクラッドに対して非難してみせた。

 

「ファーロスさん、前々から思っていた事だけど、私の扱い酷くない?」

「一夏達の喧嘩の一部始終を覗き見した挙句、俺が仲裁しても一切姿を見せなかったお前さんが俺にどーのこーの言うのは100年早い」

 

 コレ言ったらぐぅの音も出ないだろう、と思いながら言い放ったセンクラッドだったが、楯無が「ぐぬぬ……」と言った為、つい、

 

「シロウ。俺は今、こっちに来てからガチでぐぬぬと言う女の子を視たわけだが」

「頼むから私に振らないでくれ」

 

 どう思う、シロウ?と振ったセンクラッドに、辟易した様子で返すシロウ。いや、判っていたのだ、この短時間で楯無の表向きの人間性を把握した為、センクラッドが嬉々として弄り倒すであろうという事は。ただ、楯無が自爆が趣味なのかと突っ込みたくなる程の服装チェンジをするまでは想定していなかったのだ。これではフォローしようもない。

 メイド服さえなければ、その辺にしておけ位は言えただろうに、と胸中でぼやくシロウ。似た様な2人の気質で苦労が2倍だ。救いがあるとすれば凍死しかねない温度の視線を楯無に送り続けている虚の存在だろう。

 

「……」

「……」

 

 シロウが視線を当てている事に気付いた虚が視線を合わせて数秒。2人がお辞儀を同時にしたのを視た現在進行形のダメ人間1組が顔を見合わせて、

 

「何だ何だ、眼と眼で通じ合うナニカがあったのか?」

「恋しちゃったのかしら」

「……少なくともお互い上司で苦労している事を理解しあっただけだよ」

 

 何だそれは、と呟いたセンクラッドだが、全ての皿を置き終えた楯無が着席するのを視て、口を閉じた。ちなみに楯無は投影を解除したディスプレイを挟んで座っている。当然座り方1つ間違えれば領域が見えかねない。

 鷹の眼を持つシロウは勿論の事、センクラッドもそれに気付いていたが、シロウの場合はそれを指摘するのは自分では拙かろうという想いから、センクラッドの場合はツッコミ待ちだという事が何となく理解出来た為、今回はスルーしている。全部にツッコミ入れていたら身が持たない事を、これまでの人生で悟っていた為だ。適度にツッコミを入れ、適度にスルー、それが長生きの秘訣だと。

 2人の思考を読み切った結果、少々残念そうな表情を浮かべた楯無が、

 

「それでは、グラール太陽系惑星人との友好を願って、いただきます」

 

 手を合わせて唱和し、食事が始まった。

 静々とパスタをフォークで絡め、長ネギや豚肉等の具材と併せてパクリ、と口に含んだシロウは、相好を崩した。

 成る程、言うだけはある。噛み応えもあり、だが良い意味で芯は残っていない。また、豚肉も下ごしらえがキッチリしているからか、ソースとの相性やセンクラッドが薄味が好きという情報を考慮した味付けとなっている。

 ネギは風味の強いものを選んだようで、時折味の外から不意に訪れる風味がアクセントとなっているのも見逃せないだろう。

 次いで、備え付けられていたサラダから一通り装い、口に運んでみれば、野菜臭さが余り無く、歯応えもシッカリとした水気を含んだものをチョイスしているようで、これもまた旨い。サラダソースは胡麻に酢をメインにし、隠し味にシナモンを使っているようだ。

 

「ふむ、これはなかなか」

「旨いな」

 

 異星人組が口を揃えてそう言った事に、年相応の単純な感情を目尻と口許で表す楯無。誰だって褒められて悪い気はしないものだ。打算無しに褒められる場合は特に。

 それから数分経過して、ふとセンクラッドは気付いた。本音の前に置いてあるもの、それはサラダのみであり、パスタは無いという事にだ。幾らなんでも食べなさ過ぎだろうと怪訝に思ったので、

 

「あー、本音さん」

「ふぇ? なーにー?」

「それだけか?」

「コレがあるから大丈夫ー」

 

 ごそごそと取り出したのは、棒型チョコ&ナッツで有名なお菓子だった。それを視たセンクラッドは、虚の方を向いて、

 

「アレを取り上げてパスタを喰わせて貰っても良いかな」

「喜んで」

「えぇええぇえ!?」

「えーじゃないだろう、えーじゃ。食生活の乱れは肉体と精神の乱れにも繋がるからな」

 

 何処と無く喜々として本音のポケットや手に持っていた御菓子全てを没収した後、少なめに盛り付けたパスタを置く虚に、思わず涙目になって抗議する本音。

 

「横暴だー職権乱用だーお姉ちゃんのバカー」

「この場合、俺が命令したような感じだと思うんだが」

「ううぅぅぅぅうー……」

 

 と、からかいを多分に含んだセンクラッドの言葉に撃沈され、元々丸顔だった顔を更に丸くしてぷんすかする本音。リスの頬袋みたいだ、と大分失礼な感想を抱くセンクラッドだったが、流石にそれは言わない。それを別の人間に指摘したら、戦場にて誤射という名の狙撃を散々にやらかされたのだ。戦いに駆り出されないとは言え、無闇に火の粉を被りにいかんでも良いだろう、特に女性の容姿や雰囲気に関しての物言いは流石に怖くて言えない。褒めてりゃ基本的に問題無いのだ。そう、出来れば褒めて、こっそりかつさらりと「こうすればもっとよくなる」的な物言いをすれば良い……とシロウと協議した結果、そんな結論に至ったセンクラッドなのだが、その考えこそがトラブルの原因でもあるという事をあんまし理解していなかったりする。

 それから十分後。

 元々食べる速度が学生時代から早かったセンクラッドが早々に喰い終わり、次いで虚が手を合わせてキッチンルームへと立ち去り、シロウと楯無がほぼ同時に終わり、センクラッドの指摘と注意によってパスタをノタノタと食べている本音が食べ終わった頃、虚が戻ってきた。ティーポット一式をトレーの上に載せて。

 表情を改めたのは、まぁ、当然というかなんと言うか、とにかくシロウだ。それに気付いたセンクラッドは額に手をやった。まーた悪い癖が出たな、と。

 出されたミルクティの湯気の立ち具合や、ポットや皿受けの置き方等、一部始終を丹念に観察し、一口こくりと飲むシロウ。

 僅かな蜜のような、上品な甘さと静やかな花の香りが呼気と舌に混ざった。この味は知っている。

 キームンだ。

 セイロンやアッサム、ウバ等のミルクを入れて味わうタイプのものだが、それとは違う、独特の香りと舌ざわりが特徴で、最もミルクの比率が高めにする事を推奨されているもので、好き嫌いが分かれる紅茶だ。摘む時期としても丁度良いので出してきたのだろうが、コレは腕も良くなければ、言い換えれば知識と茶葉だけではどうにもならない旨みがたった一口の中に凝縮されていた。

 カップ、ポット等の器具、水、茶葉、才能、知識、経験のいずれかが欠けては届かない神域とも呼べる場。そこに手をかけてきたのは、10代半ばの少女。どれほどの才覚を持ち、修練を持って当たってきたのか、シロウには想像しか出来ない。だがその想像、神域の場に、虚は足を踏み入れかけているのだ。

 言うなれば、好敵手。高みに昇らんとし、そしてまだその先を感じさせる才覚と味を持つ者。数年後には今の自分を超えているのは確実だ。まぁ、あくまでそれは数年後の今の自分だがね。

 何て考えながら、

 

「ふむ。よもやその若さで此処まで引き出せているとは」

 

 感心した口振りのシロウに、首を傾げる虚。流石に知らないのだ、シロウが紅茶を淹れる事が出来て、しかもそれが神の領域に手が届いている等、想像の埒外だろう。

 だが楯無は違う。千冬から聞いているのだ。故に、興味があったのだ、自身が最も信頼する配下に匹敵する、その腕に。

 しかし。

 キラキラした眼でシロウと虚のやり取りを見ようとしていた楯無だったのだが……

 

「シロウ、取り合えず言っておくが、やらんで良いからな」

「何!?」

「えぇ!?」

 

 バッサリと斬って捨てたセンクラッドに、思わず抗議の声をあげるシロウと楯無。特に楯無の驚愕っぷりは驚天動地といったところだ。せっかくシロウが仕掛けてくるように仕向ける為に虚には言わず、いつものように紅茶を淹れさせたのに、それを潰されてしまったのだから非難がましい声をあげるのは仕方ないだろう。

 シロウの場合は折角の披露の場を潰された事に対しての抗議だ。が、センクラッドは、半眼で楯無をジィっと視詰めた。ふと、天啓が閃いて表情を切り替えたシロウに気付けずに。

 

「で。シロウはともかく、何で更識まで驚いているんだ」

「え。ほら、もしかして紅茶の淹れ方知ってるのかなぁって」

 

 内心冷や汗つゆだくながらも、欠片も見せずにチリンと鈴の音と共に可愛く首を傾げ、眼を軽く見開いて誤魔化しに入る楯無。ここで素直に「実は紅茶淹れられるの知っていた上に、虚に対抗してくれそうな反応してたって聞いてたから☆」とか言おうものならセンクラッドは確実に盗撮盗聴犯罪長とか言う。絶対に言う。ここでセンクラッドが左眼を使っていた場合はバレるのだが、幸運にもセンクラッドは視ていなかった。

 戦闘関連以外では極めて楽観的な、或いは突き抜けた阿呆な考えの持ち主であるセンクラッドはともかくとして、護衛であるシロウはそういう考えは持っていないのは明らかだ。無闇に警戒されるのは避けるべきだと思考している楯無。だったら最初から阿呆な事をするな、というハナシでもあるが、指摘した処で「アーアーキコエナーイ」と言うだろう、というか以前から似た様な事を虚は言っていたのだが、結果は言わずもがな。

 ……まぁ、センクラッドとの邂逅でどういう人となりかをガッチリと把握したからなのだが。

 

「茶葉を蒸したり淹れたりして飲む方法なんてどんな世界でもあるぞ。ええと、確かこの場合はグローバルルール、だったっけな。そう言っても良いんじゃないかな」

 

 並行世界の地球はともかくとして、実際、グラール太陽系ではあったのだ、そうセンクラッドが返すのも当然と言える。言えるのだが、楯無は何処か腑に落ちないな、と感じた。というのも、センクラッドが一瞬表情を翳らせたからだ。不必要に表情を動かし、だが瞬時に元の表情に戻す、動揺ではないがそれに通じる感情の推移を、更識である楯無が見逃す事はない。

 しかし、それだけで地球人と推測するには、今までのデータが否定している。故に、楯無はその情報を記憶野に保管すべきノイズとして残した。

 

「ま、それはともかくとして」

「そうだな。俺も確認しておきたい事がある」

「護衛の事ね」

 

 今までぬるま湯に浸かっているような、弛緩していた空気がギリギリと引き絞られた。

 此処からが本題だ、表面上は変わらずとも、内心は緊張を孕み、結果的に空気は硬質化していく。



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36:生徒会にて会談

本日の活動報告で没にした設定やシナリオピースを公開しますので、気になった方はサラっと見て頂ければ。
逆に今後の展開でそれらが除外されるという事なので、見たくないという人は見ない方がオススメです。


 虚がポットに残っている紅茶を面々に注ぎ終え、元の席へと座った事を皮切りにして楯無が口を開いた。

 

「IS学園内では生徒会……私と、織斑先生、山田先生、5組のボーデヴィッヒさんのいずれかが担当し、外に出る時はIS国際委員会が認定した護衛も含めて選出、という流れは聞いてる?」

「いや、まだ聞いてなかったな」

 

 千冬がセンクラッドにへの連絡が遅れた、というわけではない。これが決まったのはつい先日の事だから、一概に責める事は出来ないだろう。外部バックアップを決めるのに時間がかかったのが一番の原因だ。

 日本の打鉄弐式に関しては完成の目途が立っていない事があげられ、白式に関してはそもそも重要なサンプルで有る事で話にも上がらず、アメリカは軍用IS機を提示したが、護衛に必要な精密精緻な行動や攻撃が極めて難しい事や、周囲へのダメージ過多になる超攻撃・高機動型だった事で脱落し、中国は第三世代機の登録者の現在の実力が護衛に必要なそれとは剥離している為却下されたり、イタリアに至ってはそもそも最初から提示を行わずにフランスを支持していたりと、幾つかの波乱が巻き起こっていた。

 結局、イギリスとフランスがパイロットのデータ改竄と裏取引込みで選出されたのだが、ここでは割愛させて頂く。

 

「そう。それと、ファーロスさんが外出する場所や日程は、こちら側で決める事になったけど、良いかしら?」

「場所もか……一応希望は出しても良いのかな?」

「勿論。可能な限り意向には沿うわ」

「あぁ、それで良い。殆どそっち任せだったしな」

 

 そういえばそうだったわね。と呟く楯無だが、その言葉は相槌に過ぎない。実際はセンクラッドやシロウの表情や行動、言動を見る為の遊びでしかない。地球とグラールの試し試され、そう思って臨んでいる故の、言葉の運びでもあった。尤も、センクラッドは別に惑星監査とかそういう目的は一切無いので、不幸な事に楯無は背負わなくて良い苦労と使命を大量に背負い込んでいる状態に陥っているのだが、こればっかりは仕方が無いだろう。

 

「あと、そちらには余り関係無い事だけど、ISに関する法律が少し変わるわ」

 

 その言葉に、首を傾げるセンクラッド。シロウはすぐに検討をつけたようで、ふむ、と吐息混じりの言葉を唇の端から漏らしつつ、眼を少しばかり細めて楯無を見つめる。楯無が言葉を繋げようと口を開くも、何気ないセンクラッドの言葉でそれは首肯に変化した。

 

「IS展開に関して、或いは宇宙人に対してか」

「――その通りよ」

 

 頭の回転は普通以上にあるようだとアタリをつける楯無。割と考えれば当然の事でも、例え判っていたとしても口や態度に出さなければ無知と思われる事は良くある。そう言う意味では決してセンクラッドは愚鈍ではない。空気を読まないので帳消しとなっているだけで。

 

「後でプリントアウトして貰っても?」

「まだ内容がカッチリと決まっていないの。確定したら渡せるけど」

「判った」

 

 元々、法律の改訂は余り興味が無かったのだが、自分が今どのような立場にいるのか判っているからそう言っただけだったので、ある意味ほっとしているセンクラッド。

 読むのは俺でも出来るが、そこから先を読むのはシロウ達だしな、と全力で投げっ放しな考えを持っている事に気付いているのは、本人のみである。

 その本人は、こっそり立ち上がって虚に何事か話しているのだが、残念な事に緊張感を持って会談に臨んでいるセンクラッドは気付けなかった。

 

「私から質問、というか確認したい事があるんだけど」

「何だ?」

「貴方の護衛は何人いるの?」

 

 妥当な突き方だな、と、この時センクラッドは思った。ロビン以外に居るんじゃないか?と言外に聞いているのだろう。それに加えて、千冬から聞いている筈だ。下手に嘘をつけば面倒な事になると考え、センクラッドは口を開いた。

 

「千冬から聞いているだろう?」

「えぇ。でも、貴方の口から聞きたいの」

「2人だよ、今はな」

「シロウさんと見えざる護衛、かしら?」

 

 確かめるような口振りに、その通りだと頷き、カップを持ち上げて残量少なくない紅茶を口に含むセンクラッド。今後の事を考えると迂闊な事は言えないのは明らかだ。故に、カップの底を見つめて、つい、鼻から溜息をそっと出してしまう。

 コレが、決め手となった。

 視線を遮るとまではいかないが、飲む前のカップに入っている紅茶の残量と、ややカップの底側を見せてくるセンクラッドの行動から、楯無は心理戦や情報戦に向かないタイプだと確信した。今までの行動を鑑みる限りブラフではないという事も。

 そして何を考えているのか読み取らせないように立ち回れるのはシロウだけ、とも判断している。

 基本的にセンクラッド・シン・ファーロスとしても、神薙怜治としてもストレートな言動と行動で物事を解決してきたのだ、この手の心理戦や情報戦は極めて苦手と言っても過言ではない。勿論、様々な世界で体験した事により、良くも悪くも日本人らしくない思考や思想を持つに至ってはいるが、それとこれとは話が別だ。

 

「数日以内に会わせて貰っても?」

「何時でも構わんよ。早い方が良いなら今からでも良いし、トーナメント前に引き合わせる、という方向でも良い」

 

 そう言われた楯無は極自然な動作で時計を見た。既に14時を過ぎており、時間的に少々厳しいな、と判断する楯無。放っておけば溜まる一方の書類を処理したり、千冬と確認しなければならない案件があるのだ。

 惜しいが、今すぐ確認しなければならない事でも無い、護衛としての参加はトーナメント直前以降だし、と割り切った楯無は、センクラッドの言葉に首を振って答えた。

 

「今日は時間が無いから、トーナメント前までにそっちに行かせて貰うわ」

「良いだろう」

「それと、貴方の能力についてなんだけど……」

 

 楯無が言葉を濁したのは、単純に答えられる質問なのかどうかという確認である事に気付いたセンクラッドは頷いて肯定した。ただ、継いだ楯無の言葉で暗部に属する布仏姉妹も流石に表情を変えた。

 

「心が読めるわけでは、ないのね?」

「さっきも言ったがコレはそんなに便利なものじゃない。やれて、感情を読み取る程度だ」

「それだって十分凄いと思うけど」

 

 困ったように微笑みながら言った楯無だが、内心では鋭い感性とカンが引っ掛かりを覚えさせていた。センクラッドが言った『コレ』という言葉、そしてそれを発した際、自身に向けた言葉ではないと捉えたのだ。日本語を扱う事に慣れていないわけではないだろう、少なくともファーストコンタクトからほぼネイティブに話していたのだ、今更そこを疑うのはナンセンスと言える。

 腹芸をこなせるような人物ではない、という見立てに加え、今それをする必要性も余り無い事が、楯無を僅かながら困惑させていた。話せば話すほど引っかかりを覚える人物だと感じつつも、

 

「他に何が出来るの?」

「何が、とはまたアバウトに聞くな」

「だって何が出来るか検討付かないんですもの。武器を自在に取り出せたり、背中から羽生やしたり、感情を読めたりって言われたら何でも出来そう、としか思えないわよ」

 

 言われて見れば確かにそうかもしれん、と思わず眦を下げて笑ってしまうセンクラッド。随分酷い厨二病を拗らせたものだ、我ながら。と思うのも当然だろう。だが、笑ったままで流せるわけも無いので、長く細い指をテーブルの上に這わせて考える事数分。

 タン、と軽く叩いて音を上げたセンクラッドが提示した答えは、

 

「少なくとも、身を守るには十分な能力を持っているとしか」

「また随分アバウトなのね」

「仕方ないだろう、色々考えたんだが、コレ位しか言えんよ。千冬とお前さんが知っている事が最大限の情報さ」

 

 そう言われてしまうと何も言えないのが地球側。交渉や水面下での遣り合いが下手でもどうにかなるという例だ。だが、それで終わらないのが更識楯無。

 

「……んー、でも正直言うと、剣術を実戦で使うとは思わなかったわ」

「ん? あぁ、篠ノ之さんとの勝負の事か」

「そそ。だって宇宙人と聞いたらまず思い浮かべるのは砲撃戦とか艦隊戦とかだと思うの」

「……気持ちは判らんでも無いが、俺の場合はむしろ近接戦の方がウェイトを占めていたぞ。出力特化してぶち込んでも余り意味が無かったからな」

「意味が無いって?」

「銃弾掻い潜ってぶった斬った方が効率良いんだよ」

 

 意味が判らないとばかりに眼をパチクリとさせる楯無に、まぁ、そらそうだろうなぁと思ったセンクラッドは補足説明を入れる事にした。

 手を掲げてセイバーを呼び出したセンクラッドを見てぎょっとする面子を尻目に、握り込んでフォトンの刃を形成し、

 

「これはとある物質を集束や圧縮をした後、力場を循環させて維持しているんだが、射撃武器は弾丸形式になるのでな。同じ出力だとしても差が出るんだよ」

「でも放出するなら一緒じゃないの?」

「放出し続けられるならな。残念ながら容量は決まっているし、補給場所も固定されている。媒介させるものにもよるが循環させればまたハナシが変わってくる」

 

 ぼかして教えたセンクラッドと、それでも言葉を引き出した楯無、どちらが多くの利を得たのかはそれぞれしか判らない事。

 ただ、楯無は技術者ではないし、布仏姉妹もIS技術者であっても純粋な科学者ではない。情報を引き出す事に腐心していれば良い……まぁ、それが最初にして最大の難関なのだが。

 ちなみにエネルギーを循環して維持する、というのは別にこの地球でもやっている事ではある。ただ、それを攻撃的エネルギーに変換して維持するとなると、センクラッドが手に持っているセイバーのような超小型の器具では不可能だ。

 楯無のISならPICと水とナノマシンを組み合わせで似た様な事は出来るが、だからといって純粋な攻撃エネルギーを力場に投影し、循環させて維持する事が出来るか?と聞かれたら首を横に振らざるを得ない。一夏が搭乗している白式の零落白夜ですら、エネルギーの放出・圧縮・集束までしか到達していない。

 全く以ってデタラメね、と思いつつも、楯無は情報を引き出していく。

 

「つまり、エネルギー切れとか起こらないって事?」

「まぁ、基本的には、滅多な事では起きないな」

「例えば?」

「例えば? あぁ、そうさなぁ……いやまぁ、ここから先はISが進歩したら、だな」

 

 何だか良く判らん内に途中から嫌な雲行きになってきたぞ、と胸中でぼやいてぼかしに走ったセンクラッドに、楯無は頬を僅かに膨らませて食い下がる。

 

「そこまで話したんだから、もう少し話して貰いたいわね」

「無茶言うな。時間かかるんだよ、説明するのが」

 

 セイバーからフォトン供給をカットし、嫌そうな表情を浮かべるセンクラッド。フォトンアーツの説明は技術者でないセンクラッドには思った以上に難しい。教えるというのも違うしなぁ、アレは技術と能力のイイトコ取りだよなぁ、と思い返しつつも、頑として話す事をしない。技術的格差がどーのこーの以前に、説明がメンドクサイからだ。

 

「良いじゃない、減るもんじゃないし。というかちょっと持ってみたいから貸してよ」

 

 無理だろうけど、と予想をつけていた楯無だったが、センクラッドがしゃーねぇな、とばかりにぽーんと筒型の棒を放り投げてきた為、思考が停止した。周囲も凍り付いている。特にシロウは大きく眼を見開いてぽかんとした表情で固まっていた。このタイミングで貸すか普通!?と思っているのだろう。

 取り落とす事無く、持ち前の反射神経で危なげなくキャッチした楯無に、

 

「すぐ返して貰うぞ」

「え。あ、ええと、ありがとう」

 

 舌と思考が空回りしつつも、どうにかこうにかお礼を言えた楯無は、すぐに落ち着きを取り戻してセイバーを調べ始めた。握りの部分で中指と薬指にそれぞれスイッチが有る事以外は、銀色の筒としか見えない簡素な作り――

 

「それと、ISを起動したり、スイッチは押したりするなよ、絶対に」

「……ちなみにどうなるのかしら?」

「終了のお知らせ、と言う奴だ」

 

 何が、どのように、とまで言わなかったセンクラッド。そこに底意地の悪さを垣間見た気がして、楯無はげんなりとした表情を浮かべ、スイッチを押しかけていた指をゆっくりと解いた。

 手をヒラヒラとさせて投げて返せとジェスチャーしてくるセンクラッドに、若干イラっと来ている楯無がほんの少し力を込めてセイバーを投げ返すと、パシッという快音が部屋に響き渡った。

 実際は別にISを起動しようがスイッチを押そうが余り危険は無い。あるとしたらフォトンが出力される箇所を覗き込みながら起動したら即死する位だ。といってもセンクラッドが貸したセイバーはスタンモードになっている為、物理的なダメージは殆ど無い。せいぜい生体電流と魂にショックを与えられて「アバババババ」となる程度だ。もしそれが起きていたとしたら実にシュールな図が出来上がっていたであろう。

 そしてセンクラッドは失礼ながら大爆笑していたに違いない。

 

「他に質問は? 無いならこちらも聞きたい事があってな。お前さん個人についてだから、答えたくないなら答えなくても良いが、出来れば答えてもらいたい部類の奴だ」

「あら? 私に? 今一番興味がある人は眼の前にいるア・ナ・タだからお付き合いするのも――」

「いやうん、まぁ、そう言うだろうと思ったが、そうじゃない。その意味じゃあない」

 

 言い方ミスったな、と今度はセンクラッドがげんなりとした表情で楯無の妄言を遮った。一度大きく呼気を吐き出し、表情を改めて、爆弾を放り込んだ。

 

「織斑一夏と更識簪について。2人の関係を教えて欲しい」

 

 その直後。

 呼気すらも消えたように、静寂に包まれる生徒会室。予想外の質問に、飄々とした表情を維持しようとして、派手に失敗する楯無。本音はあちゃーと言う顔をしており、楯無以上に表情を崩す事が無い筈の虚も、それと判る程、動揺していた。

 接点が殆ど無く、そっち側に関する情報は殆ど無いと信じていたのだ。

 

「――」

 

 口を開いて、何かしら言葉を出そうとして、だが結局は口を閉じる楯無。完全に不意打ちだった。腹芸云々、異星人云々と色々な理由は幾らでもつけられる。

 だが、今このタイミングで、護衛関連の話題から大きく逸れた話題が出た、それは正に青天の霹靂だ。

 

「先んじて言っておくが、興味本位、というのもある。が、状況如何によるが一夏の身を守る為……かもしれん」

「どういう事かしら?」

「午前中に合同授業があった。そこで一夏、ボーデヴィッヒさん、簪さんがチームを組んで山田先生と模擬戦をしたんだが、どうにも一夏に対して敵意や憎悪を持っていた事と、強く自己嫌悪していたのでな。普通ならあそこまで強い感情を持つ事は無い。放置するにも少し問題があると思ってな。万が一があるのなら、アレはコトになりかねん」

「そう……」

 

 感情を読み取って察知したという事実を突きつけたセンクラッド。余り首を突っ込む事ではないのだが、だからといって放置した挙句、一夏に危害が加わり、結果死亡した、なんて事になったら寝覚めが悪いが為の、発言だ。

 楯無は迷っていた。コレを察知したのが一夏だったら、一夏に頼めば良いし、元より生徒会に引き込んで総合的に鍛え上げるのはIS学園の総意なのだから、実力をつけるその過程で簪の事を頼むつもりでもあった、勿論布仏姉妹をサポートにつけて、だが。

 だが、現実は全く違う様相を呈している。センクラッドが気付き、危険だと訴えてきている。

 何もかもが想定外。

 しかし――

 

「お嬢様、無理に話さずとも宜しいかと」

「――虚?」

「ただ、ファーロス様は気にしないと思いますが」

 

 迷い、言葉に詰まっていた楯無の背中を押すように、皆のカップに紅茶を注いで回っていた虚が聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。少なくとも悪人ではないと、言外に忍ばせて。そこで、楯無は思い出した、千冬からセンクラッドの過去や人となりを聞いていた事を。

 たった1人を救う為に、組織を敵に回し、最終的にはテロリストを撃滅せしめた英雄だと。

 しかし、楯無個人の問題にセンクラッドを引っ張り込めば周囲がどう言うかなぞ判っているし、そもそもそれを完全に信じる事は出来ない。ブラフではないだろうが、その過程がまるで違う。此方を助けるメリットが無い。デメリットの方が多いだろう。

 ……と、そこでセンクラッドは溜息混じりに言葉を吐いた。

 

「技術的、精神的格差ってのはな、この際考えなくて構わん」

「え?」

「困っている人が居たら可能ならば出来るだけ助けてやれ、そう教わっているからな。話してくれるなら、知恵位は出してみるさ。それに、お前さん相当悩んでいるだろう? 俺に指摘されたから、ではなくて、もっと昔から」

 

 感情を見透かしたわけではなく、あんだけ悩んでますオーラを出しているのだから誰だって読み取れる。ただ、後半の言葉はセンクラッドの勘がそう告げていたから出たのだ。

 結局、楯無は話すことにした。

 

「……と言っても、私と簪ちゃんの仲が悪い事と、一夏君の専用機のせいだったり、あの子自身の性格の問題だったりするから……でもあの時、私が気付いてあげれば良かったのかな――」

 

 しかし、説明がド下手であった。

 妹メガッサラーヴな想いと、しかし途中から全く以って好かれなくなった事を思い出して瞬時にダンプトラックに潰された缶のような精神状態に陥った楯無。そんな状態で説明しようにも無理がある。というか既に独り言の域に突入している。

 これには流石に虚も、妹が絡むと途端にダメな子になるのはどうにもならないのか、と呆れを含んだ溜息を空中に放出した。

 全く要領を得ない言葉に、こういう問題が絡むとポンコツになるのはどの世界でも同じか、と悟ったセンクラッドが、

 

「……先ず最初に聞きたいんだが、簪はお前さんの妹で良いんだよな? 従姉妹とかじゃなくて」

「え。えぇ、そうよ」

「で、何で一夏の専用機のせいなんだ」

「簪ちゃんは日本代表候補生なのよ」

 

 ふむ、と声を漏らして納得するセンクラッド。意図が伝わった事に多少の驚きを覚えながら――何せ異星人なのだ、教本を読んだとしても、それと今回の会話で読み取れるものなんてたかが知れているというのに――楯無は補足説明をつける。

 

「簪ちゃんの専用機は、倉持技研で造られてたの。打鉄弐式……第三世代用の新型としてね。でも、一夏君の専用機、白式って言うんだけど、ほら、一夏君って世界で唯一の男性操縦者じゃない?」

「もしかして、人数が足りないから放置されたのか?」

 

 そそ、と肯定する楯無。確かに一夏の特異性を考えればそうなるとは思うが、此処でセンクラッドは引っかかりを覚えた。

 

「倉持技研以外に任せる事は出来なかったのか? 打鉄はシェア的にも大きい機体だろう。その後継機なら是が非でも組み上げたいものだろうに」

「日本で唯一、コア以外を単独で組み上げる事が出来る企業だからよ。それに、一夏君は日本国籍だから」

「……国籍で縛ったわけか」

 

 くだらない、とばかりに吐息混じりに呟いたセンクラッドに、楯無は何もいえなかった。ただ、反論するとしたらコレが世界規模で合作なんて事は絶対にならない。アラスカ条約がある為、技術開示はしているが、だからといってノウハウまで与えようとする者なぞ居ない。儲け、或いは有利になる部分はかっさらい、儲けにならない不利な部分は投資として見切るか、切り捨てるか。それがこの世界の企業と国の正しい在り方なのだから。

 

「今なら開発しても問題ないだろう?」

「そうしたいのは山々なんだけど、白式に使われている技術が問題なの」

「どういう事だ? ISの技術は開示や共有されていると教本に書いてあったが」

「製作元は倉持技研なんだけど、そこに篠ノ之博士が手を加えたの。だから解析もしなければならなくなった結果、人がまるで足りていない状態に、ね。それに……IS学園は3年間、情報や技術の共有と開示の義務から外れることが出来るの」

 

 楯無が話せば話すほど、センクラッドのテンションが降下していく。いや、関わる選択をしたのは自分だから仕方ないとは言え、初っ端からコレである。

 一夏の機体は入学してから学園に届けられた。と言う事は向こう3年間は倉持技研が独占するという事だ。それに、各国の専用機が何でIS学園に来たかがようやく判った。技術の開示や共有を遅れさせる為だ。

 

「……このままだと永遠に打鉄弐式が完成しないと言うわけか」

「そうね。あの子が単独で組み上げようとしているけど、今のままじゃ厳しいでしょうし」

「何?」

 

 単独でISを組み上げる、と聞いてセンクラッドは思考する為に下げていた顎を跳ねる様にして持ち上げた。機材はともかくとして、単独であんな複雑そうな、時代の最先端の、更にその先を往く兵器を作り上げられるものなのか。

 グラール太陽系の2大天才であるエミリアやシズルなら、大いに有り得るだろう。だが、それ以外となるとセンクラッドは首を傾げざるを得ない。2大天才クラスの頭脳を持つ者がこの世界にゴロゴロいるわけでもない。居たのなら男性用ISが普及したり、ISに対するカウンター兵器が普及している筈だ。

 そして、簪がそんな才媛には思えなかったセンクラッドは首を傾げて、

 

「そいつは普通に考えて無謀と言う奴じゃないのか? それともISは単独で組み上げる事が出来るものだったりするのか?」

「まぁ、そうなんだけど、ね……私が独りで組み上げたから、対抗しようとしてるのよ」

 

 その言葉に、今度こそ頭を抱えるセンクラッド。前例を出したのが眼の前の少女。その妹が真似しようとするのもある意味納得できるのだが、難易度は極端に上がるのは想像に難くない。

 自分が出来ない領域を誰かに任せて効率化を図る、いわば合理的な考えを持つことは出来なかったのだろうか。

 

「姉妹喧嘩の原因は、独力でISを組み上げた、だけじゃないだろうな?」

「流石にそれはないわよ。ただ……私の家はちょっと特殊で。歴史ある名家って奴なの」

「ふむ?」

「更識家に関わる者は有能な者しかいない。私は最年少で当主になって――」

「あーうん、判った、もう良い。つまりシスコンなんだなお前さん達」

 

 ともすれば自慢にも聞こえる事実を淡々と語っていた楯無をバッサリと切り捨てるセンクラッド。遮られた楯無は、センクラッドの見も蓋も無い言葉に絶句していた。しかも簡略の仕方が的確過ぎて何も言えないときている。

 

「大方アレだな。優秀で何でもこなす姉と比較され続けて卑屈になった妹、という構図だろう」

「……だいたいそんな感じね」

「お前さんに聞きたいんだが、一方的に敵視される前に、フォローを入れなかったのか?」

「いや、その……多忙だったのと、簪ちゃんなら大丈夫かなぁって」

 

 私の妹だし、と言いたげに、だが視線を逸らしてそう告げた楯無に対して、半眼にならざるを得ないセンクラッド。楯無の妹だからといって万能でも飄々としているわけではない。能力と性質は環境とDNAによって左右されるのだ、例え双方が優秀な遺伝子を持っていたとしても、環境次第ではその芽は出ない。

 まさか、千冬もそういう考えじゃないだろうな、と危惧し、もしそうならばキッチリ話を詰めてやらんと、と要らぬ決意をするセンクラッドが、更にとんでもない事に思い当たった。

 篠ノ之箒が抱く篠ノ之束に対する敵意って、この2人を放置し続けたらあぁなるのかもしれん、と。

 

「姉に負け続け、代表候補になったは良いが男性操縦者のせいで専用機が未だ与えられず、このままいけば姉を超えようとして失敗。極まれば恨み節まみれになった結果、テロに走ったりするか世の理不尽さに嘆いて自殺でもするんじゃないか」

 

 その言葉で、生徒会長とか更識とかそういうものが全てぶっ飛んだようで、見事に青褪めた楯無の肩にそっと手を置く虚。食事が終わった後、ティーポット片手に給仕まがいの事をしていたのだが、話の内容がどんどんきな臭い方向へ行った為、楯無の背後に立ち続けていたのだ、敬愛する主をフォローする為に。

 

「大丈夫です、そんな事はさせません」

「そうだよー。私もフォローしてるしー」

 

 常に冷静であるが故に相手を落ち着かせる事を得意とする虚と、へらりとした笑顔と気の抜けた口調を向ける事で、無駄な緊張をそぎ落とす事を天然のままやってのける本音。

 この2人によって楯無は瞬時に元の冷静さを取り戻した。といっても、内心では簪の事で後悔し続けているのだが。

 センクラッドも別種の後悔を吐露するかのように、額に手を当てて呻いた。

 

「しかし、大小あるが全員悪いケースとは……」

 

 その言葉に力無く苦笑する他無い楯無。そう言われても仕方の無い事だと判っているからこその、ほろ苦く唇は弧を描かざるを得ない。

 それを汲み取ったセンクラッドは肩を竦めて、

 

「まぁ、簪さんの事は概ね把握した。一夏と併せて接触してみるか」

「一夏君も? 何か考えが浮かんだの?」

「面倒な事はセットで片付けるべきだろう」

 

 と言っても、別にカッチリとした筋書きがあるわけではない。一夏と千冬、簪と楯無。世界最強の姉と学園最強の姉、その下に居続け、何らかの負い目やコンプレックスを持つ弟と妹。これを使わない手はないだろう、要は似た環境に居る者同士を使うという事だ。

 ただ、人間関係の修復なぞ殆ど力技でしかやった事が無いセンクラッドは、シロウ達にも助力を乞う事でアイディアを整形しようと考えていた。

 

「……ありがとう、ファーロスさん」

「一応言っておくが、余り期待するなよ。それと、お前さんにも出張ってもらうからな」

「え゛」

「当たり前だろう。本人同士が話さないと拗れるもんだぞ、この手のハナシってのは。今の内に覚悟しておけ。嫌われるかどうかはお前さん次第だからな」

「うぅぅう……そこをどうにか」

「ならんならん。どうにもならん。修復不可能にしたいなら逃げても構わんが」

 

 にべもなくバッサリと斬り捨てたセンクラッドに、肩どころか首までガックリとさせる楯無。いや、本当は判っているのだ。何時か、しかも早い内に向き合わなければならない事なんて。

 ただ、周囲がどう思おうとも、簪に対する楯無の愛情は深い。深い故に、完全に拒絶される事を極端に恐れているのだ。しかも、暗部を取り仕切る更識の当主としている為、万が一だが簪を斬り捨てねばならない可能性もある。幾ら当主といってもまだ10代半ば、相手の心ならばともかくとして、自分の心の柔らかい部分を抉ったり固めたりするには、まだ若さが目立つ時期だ。

 

「しかし……まぁ、悪くないな、お前さん」

「どういう事?」

「ごめんなさいとか言わずに、ありがとう、と言っただろう」

「こちらが頼み事をしているんだから誠意を見せるのは当然でしょう?」

 

 本当に不思議そうに聞き返してきた楯無に、思わずセンクラッドは瞳を閉じてフッと笑ってしまった。それを見て、はて、と益々疑問符を追加していく楯無に、

 

「千冬は謝ってきたからな、礼より先に」

「……あぁー」

 

 周囲からは女帝と言われても、かなりの苦労人である千冬の人生をデータでだが知っている楯無は、苦笑した。謝る事が先で礼を言うような生き方を赦されなかった千冬に、楯無は少しばかりの同情を寄せていたのである。

 本心を完全に曝け出す事が出来ないという点では似た者同士である千冬と楯無。表層上の違いはあれど、その内面やポジションは割と似ているという事を自覚している楯無が、

 

「ほら、織斑先生も色々苦労しているから」

 

 と誤魔化すのは当然の帰結だ。

 だろうな、と適当に返すセンクラッドは、表情を辟易したと言わんばかりのそれに変化させ、

 

「しかし、どうにかならんのか、このトラブル発生率は。いや、首を突っ込む俺もアレなんだがな」

 

 と半ばぼやきになっている事実を呟きながら、センクラッドはカップに視線を落とした。この世界に来たのが3月末と考えるとまだ3ヶ月程度しか経過していない。

 このトラブル発生率はどの世界でも低くなる事は無いか、と内心でぼやくのも仕方の無い事だ。

 中身が殆ど残っていないのは判ってはいたが、やはりこういう場は苦手でつい、人間だった時の癖で飲み物を多く採ってしまう。余り良くない癖だと反省していると――

 

「どうぞ」

 

 コトリ、と新たなカップが置かれた。反射的にありがとう、と言おうとして気付く。細く白い腕ではなく、練り込まれた鉄のような腕でカップを出しているという事、そして声もどこか気取っているというかスカしているというか、そんな男の声で有る事に。

 油が切れたブリキ野郎の如く、ギギギッと顔を向けると、澄ました顔で紅茶を運んでいる執事ぽい馬鹿が其処に居た。ご丁寧にマイエプロンまで投影している。

 道理で質問が出なかったわけだ、と思いながらも、冷ややかな目線を直撃させたセンクラッドが、

 

「おい」

「どうかしたかね、マスター」

「何故にお前さんが紅茶を出しているんだ?」

「色々手一杯だったようだからね、私が気を利かせて紅茶を淹れてみたのだよ。あぁ、勿論、虚嬢から許可を得ての事だ。流石に無断といいう事はしていないよ」

 

 楯無……というよりもボロを出さないように、或いは親身になろうと集中し過ぎたせいで、気配を薄くしたシロウの行動に気付かなかったのだ。如何にオラクル細胞を持ち、幾万の戦場を渡り歩いたとしても、視野角が狭まるのは人の型を取っている以上は仕方が無い。無駄に頑張ったシロウが何もかも悪い、と脳内ジャッジを下したセンクラッドが口を開くよりも先に、眼に光を取り戻した楯無が、にんまりとした笑顔を咲かせて、

 

「あら、そのエプロンは?」

「こんな事もあろうかと、持参したのだよ」

「マイエプロンね。そこまで似合う人もそうそう居ないと思うわ」

「ありがとう」

 

 煙に巻かせやがった、煙に巻きやがった。

 と言いたげな表情を浮かべているセンクラッドに対し、シロウが、

 

「あぁ、マスター。もしかしてもう飲み物は要らなかったのかな? それは失礼した。そろそろ君も飲み物を欲しがるだろうと思って用意したのだが、要らぬお節介だったという事か」

「……貰うよ」

 

 声と表情だけはすまなそうに、だが瞳の奥に宿る輝きは明らかに真逆のそれを宿しているのを見ながらも、センクラッドは反論する事は無い。別に悪い事をしているわけではないのだ。シロウやセンクラッドのデータはこの地球上には一切無いのだから、身バレというのも現時点では無い。

 そこまで考えた結果、尤もシンプルな答えに落ち着く。

 すなわち。

 

「お前の紅茶は、旨いからな」

 

 出された紅茶に罪は無いのだから。

 

 

 おまけ。

 

 生徒会の面々がシロウの紅茶を一口含んだ途端、表情が激変した。本音は無邪気に喜んでいただけだったが、楯無は驚愕していた。茶葉は生徒会が用意したものを使ったのだが、純粋な腕の差で味がこうまで変わる事を、楯無ですらも予測できなかったのだ。

 故に、確認の意味を込めて聞いたのだが「勿論、君達が使っている茶葉を使わせてもらったよ」と返してきた為、完全に腕の差だという事が判明してしまったのだ。

 ただ、一番の予想外な出来事は。

 

「シロウさん、お願いします。どうか、ご教授を」

「いや、その、待って欲しい。頭をとにかく上げてくれないか?」

「教えて頂けるのでしたら幾らでも頭を下げますので」

「待て、君今頭を下げているだろう。むしろ上げて欲しいというか……」

 

 深々と頭を下げて弟子入りをせがむ虚、それに対して大いに困惑するシロウの図だろう。 

 是非弟子に、いやそのなんだ困る、お願いします、勘弁してくれ、というやり取りをなまあたたかーい眼差しで見詰めるセンクラッド達。

 

「……興味ある、もしくは得意な分野で上を行く者が居たらこうなるのは明白だろうに」

「でも初めて見たわ、あんなに必死な虚ちゃん。時間制限があるからだろうけど」

「あのままじゃ土下座しかねないよねー」

「あー、困ってる困ってる。凄い困ってるなシロウ」

「助け舟は出さないの?」

「ネットで視たのだが、こういう時に言う台詞があってな。確か……そう、ざまぁ、だった筈だ」

 

 助けないの!?と絶句する楯無だが、センクラッドとしては釘を刺したのにやらかしたのだ、自業自得どころか自業自爆な所業をしでかした馬鹿を助ける義理は無い。ガチで困っているシロウという珍しい状態を視れるから、という理由も多分に含まれている。

 結局。

 弟子入りは認めなかったがちょくちょくアドバイスをあげるという点を落とし処にして解放されたシロウに、センクラッドは仄かな笑みを浮かべて言い放った。

 

「お前さん、護衛失格な」

 

 ビシリと凍り付くシロウに、センクラッドは今年一番の爽やかな笑みを見せるのであった。

 非常に大人気無い。

 

 

 おまけのおまけ

 

「……うん、いや、そうだな、正直すまんかった」

「良いよぉう゛ぇっつにぃ? オレの事忘れてたとか、ぜぇんぜん気にしてないしぃ? 折角作った料理が無駄になった事も怒ってないしぃ?」

「めっちゃ気にしてるじゃないか……」

「大将、ナンか言った?」

「何も言ってないです……」

 

 自室へと戻ると、存在すら忘却の彼方へとブン投げられていたロビンフッドが腕を組んで睥睨してきていたわけで。

 手土産でもあれば少しは怒りゲージを減らす事が出来たものを、すーっかり忘れていたせいでそれも無し。

 そりゃキレても仕方ないよね、と言わんばかりに狂戦士の如く怒り狂ったロビンフッドに延々と嫌味つきで正座で説教をされるセンクラッドであった。

 ちなみにシロウも結構な勢いで忘れ去っていたのだが、帰ってきた早々にシロウ自身の部屋へと姿を消しているというか全力で逃げたので、被害に合わずに済んでいる。

 

「おのれシロウ……」

「大将?」

「何も言ってないです……」

 

 それに気付いたとしても、怨嗟の言葉1つ出しただけで超反応する伝説のゲリラ兵の前では、余りに無力だった。

 全方位で大人気無い。



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EX―IS09:労りと拒絶

遅れて申し訳御座いませんでした。
今回、15kb前後(7000文字)と短いです。
視点をSIDE関連表記抜きで挑戦してます。


 畜生、畜生、畜生ッ――

 ドロドロとした黒い塊が、ヘドロと同等の粘度を伴って心と感情に張り付いていた。冷たい敵意を宿したラウラが嘲笑すら無く言い放った言葉が、胸に突き刺さっているのだ。

 

『織斑。貴様に忠告しておく。今のままでは、貴様は教官の負担にしかならない』

 

 そんな事は自分が一番良く判っている。予備知識なんて一切無いままこの学園に来て早3ヶ月。模擬戦であげた白星は徐々に徐々にだが黒星と拮抗するようになってはきた。しかし、座学となると幾ら勉強をしても追い付かない。

 この学園に入学してくる者達は元々中学、或いはそれ以前からISについて勉強しているエリートばかりだ。そこに自分が入ればどういう結果になるのかなんて、眼に見えていた。

 それでもやるしかないのだ。自分がお荷物である事に、もううんざりしているのだから。

 でも……

 

『そうだ。私は貴様が大嫌いだ。そして気に入らない。全世界の男達や軍に所属している者達の大半はそう思っているだろうがな。腑抜けた心構え、大して強くも無い、機体性能に助けられている貴様を見て、そう思わぬ者は皆無だろうよ。このままでは貴様は誰も守れやしない。いつか必ず、何処かでツケを支払う事になる。そして、そのツケを支払うのは、教官達だ』

 

 歯をギリッと食い縛る。思い出さなければ良いのかもしれないが、それは出来ない。あの言葉は事実なのだ。そこから眼を背けてしまう事は、許される事ではない。

 自分が織斑一夏である限り。自分が生きている限り。

 それに――

 

『あぁ、良いんじゃないか。話し合いだろうが力だろうが、強い方が勝つのは真理だしな』

 

 センクラッドの言葉。今の自分には、厳しすぎる言葉だった。

 力が無ければ、どうにもならない。例え正しくても、力が無ければ間違いだと言われてしまうのが世の常で、それを一夏は体験した事もある。

 誘拐されたあの時の自分は、正しく無知で、無力だった。

 もう二度と、あんな事に、あんな結果にさせない為にも、強くならなければならない。そう、もっと早く――

 不意に、一夏は肩に衝撃を感じた。反射的に振り向けば、そこには心配そうな面持ちをしている箒が居た。そうして、やっと肩を叩かれたのだという事に気付いた一夏。

 

「一夏、大丈夫か?」

「箒……」

「顔、真っ青だぞ。何処か具合が悪いのではないか?」

 

 本心からそう労わってくる箒に、ささくれ立っていた心がほんの少しだけ癒され、何とか唇に弧を描かせた一夏は、出来るだけ柔らかい、おどけたような口調で言葉を発した。

 

「さっきの授業でが判らないところが多くてさ……このまま付いていけなくなるかもって考えてたら、ちょっと欝になっただけさ」

「む。それは、いかんな。そういう時は私かオルコットに頼ると良い。何時でも教えるからな」

「悪いな、箒」

「気にするな、幼馴染だろう?」

 

 そう言って、ふわりと柔らかく微笑む箒に、何処か眩しさと寂しさを感じ、一夏は極自然な動作で眼を逸らした。

 箒は変わった。

 入学した当初は、今の自分のような状態だったと思う。だが、ファーロスさんに負け、オルコットと話し、鈴と戦い終えてから箒はどんどん変わった。成長というよりも、それは変化といって良い。

 カッチリとした芯が入り始めた、ように見えるのだ。明確な目標が出来たからだとは思うけど。

 ……自分とは違う。

 

「……ありがとう」

 

 眼を逸らしての礼。自分でもらしくないと思う行動。だが、今はコレが精一杯だった。

 

『卑屈になるな。前を向いて進めば良い』

 

 千冬から貰い、ずっと自分に言い聞かせていた言葉が、揺らいでいる。人は人、自分は自分だと思って生きようとしてた。だが、周りはそうは見てくれない。

 織斑千冬の弟。

 ブリュンヒルデの弟。

 篠ノ之博士のお気に入り。

 世界で最初にISを起動させた男。

 特別扱いと言えば聞こえは良いだろう。だけど、結局それは、織斑ではない、ただの一夏という人格は一切考慮されないものだ。

 千冬もそれで苦しんでいた時期があり、箒は現在進行形で苦しんでいるのだが、それを一夏は知らない。本来知るべき事を知らずして、幼馴染としての箒や姉としての織斑千冬ばかりと接してきた一夏。

 それが、ラウラと真逆で有る事を、本質的には同一で有る事を、この時の一夏は気付いていなかった。

 

「今日は早めに寝て、明日の放課後は座学をメインにするよう、オルコットに伝えておくぞ」

「ん……判った」

 

 手を振ってスタスタと凛々しくその場を立ち去る箒を見送り、姿が完全に消えた事を確認してから、一夏は溜息を大きく吐いて、トボトボと自室まで歩き出した。

 逃げ出したい気持ちを抑え付けて。

 

 ……それを、箒はコッソリと物陰からバッチリ目撃してた。

 尋常ではない様子に気付いていたのだ。

 昼休み後、授業開始から既に心此処にあらず、そして精神的にショックを受けている事を察した箒は、ほぼ同時期に胸に小さな痛みが発生している事を自覚していた。

 悩んでいるのなら話して欲しいのに。

 何故話してくれない、という想いも確かにあった。だが、人に話せない事、話したくない事なんて沢山ある。

 例えば篠ノ之博士の妹という記号でしか見られなかった数年間を経験した箒にとって、篠ノ之束に関する話題は禁句だ。だから、セシリアと対決する一夏を擁護する形で、自ら触れたのだ。

 そうする事で、後から質問攻めにされないように。悪い言い方をすれば、騒動を、好きな人を利用した。

 だから、箒は一夏に踏み込むことが出来ないでいる、その負い目と、姉に対する感情が薄れない限りは。

 

 これは仮定の話だが、もし箒が一夏に嫌われる事を覚悟で、踏み込んでいたのなら、己の心情を吐露していたのならば。

 早い段階で激突し、結果的には結ばれていただろう。

 だが、あくまでそれは仮定の話であり、同じ事を他の誰かがやろうとしても同一の結果にはならない。

 踏み込む事を恐れ、踏み込まれる事を恐れている者は、その事に気付かないままいるならば、いずれそのツケは巡り巡って自らにとっての不幸の花が咲く。

 

「……一夏……」

 

 吐息混じりに呟いた言葉は、本人が自覚している以上に悲痛な響きを持っていた。

 首を振って、気分を一新させた箒は、セシリアが居るであろう第2アリーナに足を向けようと踵を返したのだが。

 訓練を早めに切り上げたセシリアが眼を丸くして箒を眺めていた。

 中腰でこっそり覗き込んでいた姿勢を見られていたと自覚した箒は、思わず硬直する。一切の妥協を許さないという点では似たもの同士である彼女が此処に居るとは思わなかったのだ。

 

「……ええと……その角に、何か?」

 

 恐る恐る、聞いて良いのか、或いは聞きたくないけど聞かざるを得ないのか、そんな感じで話しかけてくるセシリアに、羞恥でカァッと頬が熱くなるのを自覚しつつ、箒は誤魔化そうと口を開いて、

 

「いや、その、一夏が」

「一夏さんが?」

「あ。う……」

 

 見事な自爆をかました。隠そう、隠そうと思っていても、混乱した状態では口が滑りやすい、という事を身を以って体験した箒。

 もう穴がなくてもセルフで掘って埋まりたい、そういえば一夏がISで地面に突入した事もあったな、あんな感じで突っ込んで暫く埋まっていたい。

 そんな混乱した心境だ。

 そういう時程、天啓が閃くことも、まぁあるわけで。ただ、それが他の人にとっても天啓なのかは別として。

 コテ、と首を傾げて疑念を表現しているセシリアの肩をガシリと掴む箒。思わずビクリと身体を震わせた高校初の友人に対し、箒は、

 

「頼む、力を貸して欲しい」

 

 と頼み込んだ。

 羞恥やらなんやらでイマイチ要領を得なかった箒の言葉を咀嚼して飲み込んだ結果を口に乗せて確認したセシリアは、自分の言が正しい事を知る。

 

「――ええと、つまり、一夏さんの元気が無いから、どうやって元気付けようか、と言う事で宜しいですか?」

「あぁ。どうにか一夏を元気付けてやりたくてな」

「と言われましても……一夏さんがどんな理由で元気が無いのかが判らないと……まぁ、確かにお昼休みから一夏さんの様子はおかしいと思いましたけれども」

 

 原因さえ判れば対処は出来るが、それが判らないならどうにもならないのだ、流石にどうにも出来ないと言わんばかりに匙を投げたセシリア。

 むむむ、と口をへの字にさせて、箒は正直に、かつある意味遠まわしに伝えた。

 

「それとなく聞く、というのは私には無理だぞ。そこまで話術が得意じゃないからな」

「……まさか、それを私にやれ、と?」

 

 嫌な予感が閃いた為、確認の為に口にしたセシリアは、言わなければ良かったと深く後悔した。全力で首を縦に振って肯定した箒を見ることになったからだ。

 唯一の男性操縦者や篠ノ之博士の妹と親しくなる事を目的としている為、セシリアは友人のポジションに納まっている。勿論、付き合ってみたら案外悪くない性格をしている為、現在では利害抜きで友人付き合いをしているが、今回ばっかりは流石にどうなのかと言わざるを得ない。英国貴族である自分がそういう風に動くのは、友人という点を差し引いても少しばかりプライドに触る。

 箒が一夏に好意を抱いているのは知っている。だから知りたいという欲求が強くなるのも、本で学んでいたセシリアには理解出来る事なのだが、だからといって最初から当然のように他人を使おうとするのはどうなんだと思うセシリア。

 という旨を伝えると、確かにそうだとズゥンと落ち込む箒。指摘されるまで気付かないのは仕方ない。人生経験が他の生徒達よりも嫌な意味で豊富で、順当な意味ではまるで足りていないのだ、少し位配慮に欠けてしまうのは当然だろう。

 

「……すまない、浅はかだった」

「いえ、お気になさらず。こういうのは自分で聞いた方が宜しいかと。心配しているのなら、それを打ち明けてみれば、話せることなら話してくれるでしょうし、それと、織斑先生に伝えてみるのも手ですわ、ご姉弟なら話しやすいと思いますし」

「織斑先生、か」

 

 確かに、それも1つの手だと納得した箒は、礼を言って寮監である千冬の部屋へと足を進めた。ただ、どうにも絡み酒の泣き上戸を見たので、苦手意識がより強まったのだが、流石に一夏がかかっているのだ、文句は言えない。

 廊下を歩き、角を曲がり、極稀に挨拶してくる同じクラスの子達に返礼して千冬の部屋に辿り着いた箒は、1度大きく深呼吸をして、ドアをノックした。

 程なくして、ドアが開き、厳しい表情をした千冬が顔を出したのだが、相手が箒だと知ると、驚いたようで表情を崩して、

 

「篠ノ之、か? どうした?」

「一夏の事で、相談がありまして」

 

 恋路の相談にしては重く響いた言葉に、驚きを打ち消して何時もの教師然とした表情に切り替えた千冬は、少し待て、と短く言って扉を閉めてきっかり1分後。

 箒は部屋へと招きいれられた。

 清潔感……というよりは物を余り置いていない殺風景な部屋に、多少面食らいながらも箒は言われるがままソファーにちょこんと座る。

 冷蔵庫から烏龍茶が入った2リットル用のポットを取り出してコップに注いだ千冬からそれを手渡されて1口だけ飲んで、

 

「一夏の様子がおかしいです」

「勉強が判らないとか、そういう類のモノではないのだな?」

「はい。尋常じゃない位、顔が真っ青でした」

「……何時からだ?」

「昼休み終わってから、ずっと」

 

 その言葉は、千冬にとっては確認に過ぎなかった。生徒会から既にラウラとのいざこざ、センクラッドが仲裁した事、生徒会室で昼食を採った事を聞いていたし、そもそも様子がおかしいと直ぐに察していたのだ。

 故に、渋い表情をして溜息をつくしかない。

 楯無から送られてきた映像データを最初に観た時は、肝が冷えたものだ。善かれと思って一夏に忠告したのだろうが、アレでは聞く耳持たれず、反感を買うだけだ。

 ちなみにセンクラッドに関してはもう今更何があっても驚くつもりはない。いや流石にセンクラッドが神様の生まれ変わりとか無茶苦茶な方向に振り切れていたり、実は日本人でした等と言う荒唐無稽なモノだったら驚くだろうが。

 まぁ、僥倖なのだ、鈴音でなかったのだから。一般の生徒だったら預かって処理すると言えば良い。箒ならば連れていくのも吝かではない。だが鈴音ならば何が何でも暴こうとするだろう。結果として両方傷ついて終わり、になりかねない。

 

「それに気付いた生徒は?」

「オルコットは気付いていました。他は……判りません」

「そうか。判った、箒は暫く此処で待機してくれ。私が話をしてくる」

「お願いします」

 

 そう言って立ち上がる千冬。

 急ぎ足で向かう千冬に、奇異な視線を向ける生徒達がチラホラと居たが、それらを全て無視して進む千冬の雰囲気は、何処か重い。

 一夏の事を考えると、心が沈むのだ。千冬は弟に姉としての情報しか殆ど与えていなかった事を後悔している。ISから遠ざけるとしても、もっと巧いやり方があった筈なのだ。

 ノックをしてからマスターキーでドアの鍵を開けて、ドアを開け放ち、

 

「一夏、入る、ぞ……」

「へ?」

 

 千冬の視界に映った存在。

 逆三角形には少し及ばないが、鍛え抜かれた上半身はLED白色電灯によって薄っすらと光度を上げ、きょとんとした顔は幼さを交えた思春期特有の少年の危うさ手前の色気と稚気を醸し出している。

 ポタリ、ポタリと水滴が前髪から落ちているのは、シャワーを浴びていたからだろう。

 あぁ、シャワー浴びてたのか。だから裸なのだな。

 そこまで冷静に考えた後で、千冬はようやく再起動がかかり、

 

「う、うわぁああ!? ちょ、ちょっとドアを――」

 

 一夏が言いたい事を察してドアを閉める千冬。

 一夏は様々な感情や考えをリセットする為にシャワーを浴びていた。箒がセシリアと話すのなら少し時間があると踏んでの事だったのだが、自分でも予想以上に落ち込んでいた為、長く浴びすぎていたのだ。

 千冬は、よもやドアを開けたら裸でいるというパターンを想定していなかった上に、閉めるか平然と入るべきかを悩んだ結果、動作が遅れたのだ。色気がどーのこーの言っているあたり、微妙に混乱していたが。

 奇跡的に廊下に誰も居なかったのは双方にとって幸いだった。

 暫くして。

 

「……どうぞ」

 

 ドアが開き、気まずい表情の一夏が、これまた気まずい表情の千冬を促した。

 

「すまなかった、一夏」

「いや、良いよ別に。驚いただけだから。それで、どうしたんだよ千冬姉。何か通達でもあったとか?」

 

 不思議そうに聞いてくる一夏に、表面上は何とも無いと見せかけている一夏に、千冬が眉を下げた。

 

「一夏」

 

 たった一言で、一夏は千冬が言いたい事が判った。昼間の出来事を知っているのだろう。取り繕っていた表情が崩れ、悔しいと、苦しいという表情が浮かび上がる。

 

「……ハハ、流石に千冬姉にはバレるか」

「それ以前の問題だ。私は、姉だぞ」

「そう、だよな……姉だもんな」

 

 参ったな、と言いたげに俯く一夏。心配かけまいとして、迷惑かけまいとして、結局千冬がこうやって傍に来ている。

 その事を嬉しく思う気持ちに偽りなど有る筈が無い。だが――

 

『貴様は足手まといだ。弱く惨めで、浅はかでもある。危機に陥った時、結局貴様は姉を頼る、必ずな。もしくは姉の友人を。貴様が頼らずとも、周りはそう動く、あの時のように』

 

 ラウラの言葉が、酷く胸に突き刺さっていた。

 故に。

 

「千冬姉。俺は、大丈夫だよ」

 

 素直に助けて貰う事を今まで当たり前としてきた者が否定された場合に取る行動は、実にわかりやすいものだ。

 傍から見ても全然大丈夫じゃない顔色の一夏がその言葉を使うには、余りにも感情を表に出しすぎているという事に、一夏自身が気付いていない。

 だが、千冬がそれを詳しく指摘し、完全に否定する事は出来ない。一夏とラウラの会話に、思う所があったのは確かなのだ。強くなろう、強く在ろうとしている弟の成長を阻害しているのは千冬と束という見方が出来るのも頷けるのだから。

 知った事か、と斬り捨てるには、弟を愛している千冬。更に言えば、立場上、自分から距離を離す事はあっても、相手から距離を離される事には慣れていないのだ。人の、特に心の距離というものは難しい。仲の良い姉弟であれば特に。

 それでもこれ以上の言葉をかけるのは、教師である前に姉である事を思い出させてくれたセンクラッドとシロウのお陰なのだが……

 

「その顔で大丈夫と言うな」

 

 パチン、と一夏の両頬を手で軽く叩く千冬。

 

「なぁ、一夏。姉だから何でも言って欲しいとは思っていないよ。ただ、苦しんでいるお前を放っておきたくないんだ」

「……判ってるよ。でも、コレは俺の問題だから。どうにかしないといけないのは、俺自身の方だから」

「そうか……」

 

 一夏の眼に拒絶が少なからず有る事を見て、決裂した事を悟った千冬。この2人にもう少し素直さがあれば、状況は変わっていただろう。こうして無理にでも背負っていくのだ、織斑家の人々は。

 

「大丈夫だよ。本当にきつくなったら、その時は相談するからさ」

「……判った。無理はするなよ」

「勿論」

 

 一夏が離そうとした距離。そして、千冬が詰めたかった姉弟間の距離は、結果として微妙なものへと変化していく。

 少なくとも、良い方向には転がっていない事だけは確かだという事は、2人とも判っていた。

 だが、止まれない。

 ラウラの言葉に事実が多分に含まれている以上、2人は止まれない。教師織斑千冬、ブリュンヒルデとしての千冬、その弟である一夏である以上は、自分と、自分の肉親の言葉では止まれない。

 不穏な空気は、伝染していく。



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37:対策会議兼世間話

変な改行が入っていた為、修正致しました。


 生徒会で会談をした翌日の放課後の自室。

 ロビンフッドとシロウとセンクラッド、楯無は顔を付き合わせていた。それぞれの手の中には簪に関するデータを纏めたペーパーが納まっており、テーブルには一夏とラウラの論争を録音した装置が置かれていた。言うまでも無く、楯無が持ち込んだのだ。

 簪・一夏対策の会議を始めてまだ僅かな時間しか経過していないのは、まだシロウが1度目の湯沸しをする為に厨房に入った事で証明している。

 ロビンフッドが、簪のプロフィールを流し読みしていた途中で、ふと視力の項目で視線を戻した。

 

「ん? 視力2.0? 楯無ちゃん、この眼鏡は伊達って事かい?」

「携帯用の投影型ディスプレイをかけてるの。実際は私と同じ位良いわ」

「携帯用、ねぇ……」

 

 ちゃん付けで呼ばれる事に抵抗があるのか、微妙な顔をして楯無は答えている。殆ど役職名か、さん付け、或いは呼び捨てでしか呼ばれていなかった為、慣れていないのだ。

 そんな楯無の顔色を意図的に無視して、センクラッドは趣味の欄で視線を止めていた。

 

「簪さんの趣味の欄にアニメ鑑賞とあるが」

「簪ちゃんは勧善懲悪のアニメが好きなの。よく独りでぶっ通しで観ているわ」

「ほう、流石盗撮女王といったところか」

「いい加減にしないと仏の私でも怒るわよ?」

 

 若干の怒気の籠った言葉に、らしいでもなく断定系で言われりゃそうも言いたいんだがな、と胸中で呟くに留め、肩を竦めてかわすセンクラッド。

 

「何だ、この子は正義の味方にでも憧れているのか?」

「どちらかというと、ヒーローに助けられるヒロイン側に憧れている節は昔からあったわね」

「成る程……」

 

 センクラッドとロビンは視線を合わせ、言葉を重ねて、

 

「勧善懲悪ものが好きな事に加えて、正義の味方にもある種の憧れがある、となると――」

「バッチリ適任がいるよなぁ、ココに」

「何故そこで私を見るのかね」

 

 センクラッドとロビンフッドの視線を受けて、予想していたけどやめれ、と言わんばかりの表情を浮かべて溜息混じりに抗議するシロウ。いや、簪のプロフィールの説明を受けた瞬間にトバッチリが来るなんて100%あると確信していたのだが、やはりそういう視線を向けられると、困るというか、もにょるというか。

 絶賛もにょり中という雰囲気を纏いながらも紅茶を作る手を休めないシロウに、空気を読まない組が言葉のワンツーパスを飛ばした。

 

「そりゃお前さんがワールドヒーローしてたからだろう」

「だよなぁ。オレもシロウの経歴聞いて思ったし」

「え。どういう事? シロウさんが正義の味方って事?」

「そこで悪役って事とならない辺り、シロウはジャパニメーション系のダークヒーロー属性ついてるんだろう、肌黒いし」

「しかも射撃得意な癖に近接もこなせる万能型だよねぇ。髪白い癖に」

 

 べらぼうに好き放題言いまくるセンクラッドとロビンフッドに対し、色は関係ないんと思うけど、と若干蚊帳の外に置かれている楯無が困った風に言いながらシロウの容姿を改めて観察した。

 鷹のように鋭い眼光、何処と無く愁いを帯びた、だが強い意志を全体的に感じさせる整った顔立ち、すらりとしつつも全身を鍛えぬいた証左である筋肉の鎧、赤と黒で構成された衣類、と確かにダークヒーローな容姿条件を満たしているのだ。

 まぁ、悪役にも見えない事は無いのだが、その物腰やセンクラッドの護衛を務めている事、千冬に助言を与えている事を情報として入手している楯無にとっては、そこは除外しているし、何より楽しそうに紅茶を作っているその姿がどうにも執事っぽいのも何ともはや。

 赤黒執事とでも呼べば良いのかしら、と脇へ暴走し始めた楯無の思考を何となくで読み取りながらも、そこはスルーするシロウ。触れてやらないのも1つの優しさなのだ。

 

「ロビン、君にそれを言われたくないな。私と同じ程度にはこなせるだろう、緑色の癖に。それに、マスターにそれを言われるのは心外だな。やる事為す事、私よりもずっとダークヒーローしていただろう、全身黒くて眼帯している上に声がどう考えても黒幕の系統だ。全然爽やか路線じゃないし」

 

 やられたらキッチリとやり返すのがシロウだ。センクラッドが自身の経歴を千冬にある程度話している為、それを加味しての暴露。それをセンクラッドはあんまり予想していなかったようで、そこまで言うか普通、と顔を顰め、ロビンフッドと楯無は、あーやっぱり、と意味合いは違うが納得した風な顔を見せていた。

 余談だが、センクラッド=怜治がグラール太陽系や極東支部で行った数々の偉業と無謀さを知る者は、宇宙船に乗っている元英霊達という意味では余り居ない。話す機会が無かったり、興味が無かったり、センクラッド本人があんまり話す類のモノではないと思っているから、と理由は色々ある。シロウが知っているのは一重に性格の凸凹具合が一致したので口が軽くなったセンクラッドが話したからだ。

 まぁ、クー・フーリンあたりなら喜んで聞き出していた上に「全力で俺と戦え」的な言葉を吐いて強制バトル、なんてクー得セン損な展開になっていただろう。

 ……というかそう遠くない未来に、過去のシロウの失言でルーン魔術まで駆使して全力で戦闘を挑む元英霊vsオラクル細胞をフルバーストさせてグラール科学の結晶を用いて応戦する元英雄のカードが既に組まれているわけだが、それはまた別のお話。

 

「確か、たった独りで重要人物のテロを防いだとか聞いたけど」

「いや、アレは、まぁ、なんだ。不可抗力というか事前に情報を得ていたから……待て、そうじゃない。今必要なのは俺の話じゃないだろう、簪さんの話に戻すぞ」

 

 旗色というか都合が悪くなった為にセルフで話を戻しにいこうとするセンクラッドだったが、そうは問屋が卸さないとばかりに包囲網は形成されていく。

 

「いやいや大将、勧善懲悪モノが好きな女の子には、やはりそういう事をした英傑でないと、ねぇ?」

「そうねぇ。少なくとも話が合うようにしないといけないから、実体験を話してもらわないと、ねぇ?」

「確かに一理あるな。というわけでマスター、1つ困らない程度に話をしてみてはどうかな?」

「ものっそい現在進行形で困ってるんだがな。あとロビンは面白がらないように。ついでに更識、お前さんはただハナシを聞いてみたいだけだろ」

 

 ズバリ指摘してやったら、返答は舌打ちだった。

 判っていたが、もう遠慮が無くなって来たどころの騒ぎじゃないな、と達観の域に達しながらもセンクラッドはそれを指摘したり注意したりはしない。そもそもコレは自分が最初にやらかし続けた結果なのに、それをどうこういうのは筋違いも良いトコロだと思っているからだ。

 精神的に成熟うんぬんかんぬん的な観点から見れば、自分は確実に落第レベルだしなぁ、と自覚しているのもある。自覚しているだけで改善する気があんまり無いのだが。

 

「それで、確認するが、簪さんが不安定になっている原因は、IS関連と姉妹関係、趣味としては勧善懲悪モノのアニメの視聴、で良いんだな?」

「あってるわ」

「原因は殆ど一夏と千冬の奴と同一だな……一夏もそうなんだが、中心に自分以外を置いても、結局は本人の為にはならんからなぁ。そこをどうやって気付かせるかどうか、というのが最初にして最難関か。そこさえ自覚出来れば、視野が広がって多少のいざこざは解消できるようになると思うんだがな」

「そこなのよねぇ……」

 

 楯無からみて、姉を、更識を理由に挙げて自分を確立している簪は非常に危うい。他人を拒絶しているのにその他人に依存しているような状態だ。センクラッドもそこまでは察してはいないが、あの負の感情の推移を見る限り、自分に芯が入っておらず、それ故に大きくブレているという事は理解している。

 故の、言葉だったのだが、それを頑なにさせずに巧い事伝えるのは非常に難しい。少なくとも空気を読まないセンクラッドが言おうものなら、セシリアや鈴音以上に傷つけたり発憤させたりするのは明白だ。

 

「簪さんはトーナメントに参加するのか?」

「出ないわ。専用機を組み上げるまでは出る意味が無いって……まぁ、言いたい事はわかるんだけどね――」

 

 あの子も、更識だし。

 ぽそり、と呟いた言葉は苦い思いが込められていた。成績という意味では間違いなく簪は上位クラスに入る。元々の環境や才能は上位に位置するものなのだ、これで落第レベルなわけがない。

 だが、更識であるが故に、完璧な姉がいる故に。

 簪もそうあるべきと思っている節があった。年を経る毎にそれはどんどん強まっていく事を知りつつも、自らの立場や仕事で忙殺されていた楯無は、悪く言えば放置せざるを得なかった。それに虚や本音が居ようとも、仮に簪自身が完全に拒絶してしまえば更識側がサポートできる事なんて高が知れている。

 また、授業参加という点では、更識であるという事で、IS学園側も、どの国も黙認している節があった。更識という苗字は伊達ではない。ISのみならず諜報関連では他の追随を許さない高次元で纏まっている能力は、余りにも有名だ。実際、簪の整備の腕やISの知識等だけを見るなら、今すぐ何処かの企業に就職してもおかしくないレベルだし、IS搭乗者としても性格や気質が多分に邪魔しているが十分以上の能力がある。本人に企業や軍に所属する意思もなく、結局更識に加入する事が眼に見えている事もあって黙認されているのだが、これがもし更識ではなく外部に所属する意思を表明していたら多方面から叩かれていただろう。

 

「他の機体を見てヒントにする事もせずに、単独でISを組み上げるなんて不可能だろう。篠ノ之博士やお前さん並の頭や要領の良さがあるならまだしも」

「そうねぇ……私の機体もヒントを得なければ作れなかったし」

 

 実際はヒントというよりも技術取引やら更識家の暗躍やらで幾らか引っ張ってきていたりと割とえげつない事をやってのけているのだが、そこは本当に知らぬが仏だろう。そういう意味では楯無も単独で組み上げたわけではないのだが、不幸な事に簪はそれを知らない。知らないが故に、独力で作り上げようとしているのだ。

 

「何はともあれ、此処に書いている事が確かな前提で言うが、簪さんは普段は人気が少なくなった放課後のピットや整備室、自室で打鉄弐式の開発をしている。そこで接触する事を前提として、ツーマンセル・トーナメントまで絡めさせる事が望ましい、と思うが、どうだ?」

「そうね。ただファーロスさんが行くとなると、オルコットさんや凰さんにやったように、人類を見定める云々ってなると思うから、プレッシャーになるかもしれないけど」

「……ん? あぁ、アレか。まぁ、そうだな、俺が接触するならそうなるだろうが――」

 

 一瞬何の事か全く判らなかったセンクラッドだったが、記憶を掘り起こしてようやくあの事かと思い出し、少しだけ焦りながら言い返した。嘘をついた側が忘れても、つかれた側は覚えている構図でもある。

 

「見定める、とはまた大仰な言い方だな」

「そう? こっち側からしてみれば大体そういう認識で落ち着いていると思うけど?」

「確かに。特にマスターが話しかけた時点でそう受け取られるのは当然だ。ついでに言えば、私達のいずれかが接触するにしても、そこは変わるまい」

 

 センクラッドは忘れ勝ちだが、コトリ、とそれぞれの前にカップを置き、慣れた手つきで紅茶を注いで回るシロウの言葉通り、地球側から見たグラール太陽系は、技術的に大差をつけられていると認識している。

 ジャンボジェット機よりは小さい大きさの宇宙船1つで宇宙を航行するというのは通常は不可能に近い。農耕用や戦闘用等の明確な役割を振り分けた状態の船を多数所持した船団という形で宇宙へ出るのは、既に地球の大航海時代やSFの小説でも似た様な形で存在しているし、ISを用いてもその構想は変わらないものだった。

 食料や空気の汚染の心配も無く、故障した際のスペアパーツを作成する工場船もないまま、単機で宇宙を航海し続けるなんて無茶な芸当は、当分地球世界では到達し得ないレベルだと言えよう。宇宙船が見せた無風着陸や重力を無視した動き程度はISでも再現できる些細な問題だと、少なくとも地球側の科学者はそう思っている。

 そんなもんか、と呟いたセンクラッドが、うーんと1つ唸って、紅茶を1飲みし、溜息を1つ吐き出してから、言葉を紡いだ。

 

「まぁ、単独で組み上げるにしても刺激が無ければ永遠に作れんだろうし、先ずはツーマンセル・トーナメントに出場、最低でも観戦させんとな。問題は方法か」

「学園側から命令すりゃ良いんじゃねぇの、シンプルに行った方が後が拗れないし」

 

 ロビンフッドの言に、ふむ、と顔を見合わせる3人。確かに、センクラッドを噛ませるよりはその方が巧く行くだろう、と各々の共通した見解が瞳に宿っている事を確認し、頷きあった。

 

「それでいかせて貰うわ。それで、接触する人は?」

「シロウに行かせる。俺がいくわけにはいかんしな。トーナメントはどうせVIP席だろうし、平時でも俺が出ればボーデヴィッヒさんや千冬、真耶さんのいずれかが付くから、その手のハナシは無理だ……で。そういえば楯無、俺の席って何処だ? というか、どのアリーナでやるのか、まだ知らされてないんだが」

「あー……ええとね、各国の要望で市のISアリーナを借りる事になったの」

 

 音量を若干下げたその言葉に込められた響きと意味に、眼を瞬かせるセンクラッド。シロウやロビンフッドも理解しかねたようで、表情を変えて楯無を見た。

 3人の異なる感情を乗せた視線を真っ向から受け止め、楯無は胸中、ではなく、やっぱりそうなるわよねぇ、と口から零し、

 

「ISの技術を競い合う、国の威信や外交を兼ねている大会でもあるから、大々的にやる事になったの……その、今年から」

「馬鹿じゃねぇの」

 

 苦しい言葉をバッサリと断ち切ったのはロビンフッドだ。

 要は国どころか星をあげて技術を見せようとしているのだ。そんな事をしても意味が無いのは、センクラッド側のみが知っている為、外部から見れば案外妥当ではある。

 妥当ではあるのだが、再襲撃やら、異星人側が憂慮した無人機に対するリスクコントロールやらはどうした、と言いたいのだ。尤も、センクラッド達からすれば無人機の存在は千冬と一夏達しか知りえぬ情報だと思っている為、口には出せなかった。そして、口に出せないとストレスが溜まるものだ、この手の隠し事というのは。

 そこまで判っているが故に、楯無の眉も八の字になっている。

 

「ロビン、私達が来ていなくとも、市のアリーナなり、国立のアリーナなりを用いてオリンピックのように大々的に行う事は目に見えていただろう。時期的にどうかとは思うし、モンド・グロッソと被っている気がしないでもないがね」

「確かに、シロウの言う通りだな。技術をオープンにするのは悪手とも言い切れんし、それにそんな眼で見ないでやれ、楯無が可哀想だ。俺も、時期的にどうかとは思うがな」

 

 シロウとセンクラッドの時期的という言葉の意味合いはまるで違う。

 シロウは襲撃を指し示していたが、センクラッドは異星人に対して公開という意味ではなく、示威的なものが多分に含まれていると看破している。勿論シロウもロビンもその可能性には思い当たっていたが。

 

「一応確認しておくが、席は決まっているんだよな?」

「勿論。ただ、シロウさんは変えるけど」

 

 と言って、楯無は自身が持って来ていたクリアケースから案内状をセンクラッドへ直接渡した。

 ふむ、と言ってツラツラと眺めたセンクラッド。

 すぐ傍に千冬の席があり、その意図は無人機を仕向けた存在に対する牽制と、万が一現れた時の護衛を優先としたものだった。ただ、気になった点がある。自分の周囲数席の範囲が黒い太枠で覆われていたのだ。

 

「なぁ更識、俺の周囲に囲ってある黒い太枠の線って、シールドバリアーか?」

「えぇ、万が一を考えて、そこは単独で機能するわ。少なくともそれを破るには戦術級の爆弾が必要よ」

「……コレ設置したのって何時だ?」

「設計と同時だから、最初からあったけど」

 

 うぅん、と唸るセンクラッド。戦術級の爆弾、と言っても現代地球の装備に関しての知識が全く無いセンクラッドは、威力がどの程度あればそう呼ばれるかが判らない。

 シールドラインとオラクル細胞の併せ技とどちらが上か、なんて考えるだけ無駄な事を考えてしまうのは、本当に何となくという思考のせいだ。

 

「要らないからカットしてくれ、とか言っては駄目だよな?」

「出来れば、カットして欲しくないんだけど……織斑先生もいるし、各国の首脳陣や企業のトップが座る場所だから」

「……いや、何と言うか……死にたがりなのか?」

 

 その言葉に苦笑するしかない楯無。確かに襲撃されたら一番被害が出そうな場所はセンクラッドの周囲だろう。かといってそこを空白にしたり、首脳陣クラスの要人を置かなければ、異星人を低く見ているという事にも繋がる。配慮した結果がコレなのだが、センクラッドからしてみれば襲撃される事前提で動かないのはどうかと思う、という感想を持つしかない。

 

「外部から無じじゃあない、襲撃が起きた場合、どうするつもりなんだ」

「アリーナ上空にはIS学園に設置されている以上のシールドバリアーがあるし、周囲にはアメリカ軍が警備を行う事になってるわ」

「軍のISを使うのか。それは心強いが、自国の防衛力に穴を……あぁでもアレか。俺が居るからか」

 

 センクラッドを防衛中にアメリカ本土が攻撃されれば、攻撃国は全世界から非難を浴び、事情を今知ったセンクラッドとしても非難せざるを得ないし、センクラッドを攻撃しようとすれば世界中から袋叩きに合う事は必至だ。IS学園内部で起きた事は秘密裏に処理できても、外部ではそうはいかない。それを逆手に取るつもりなのだろう。

 また、アメリカとしてはISが発表されて以来、国家間の関係が改善されたイスラエルと共同制作した第3世代機の披露も兼ねているので、自国とイスラエルの技術力と蜜月の度合いを示す良いチャンスだと考えていた。特に後者をだ。

 宗教で相容れずとも、他で迎合出来る、ISは様々な垣根を取り払い、新たな思想や自由を教えてくれた、という意味の演説を唱えた、或いは考えた両国の首脳部の評価は、過激派を除けば著しく高い。

 実際、宗教はISの台頭と共に縮小傾向が見られている。殆どの宗教において言える事だが、男性優遇を打ち出していた為、今の風潮には合わないのだ。勿論、手を変え品を変えて生き残りを図ってはいるが、それでもIS発表前と後では影響力は全然違う。

 何気なく、脳内から『アメリカ軍 ツーマンセル・トーナメント』で検索をかけてみた結果、センクラッドはその事に気付き、眼を剥いた。

 

「イスラエルとアメリカ軍の協同製作したISの披露、か……宗教観の違いをISで埋めたというのは、何とも凄まじいな」

 

 それに反応したのは、シロウだった。シロウが居た世界でも宗教関連での争いには事欠かなかったのだ。ISという文明の利器1つで解消とまではいかないが、それでも緩和したというのは流石に驚かざるを得ない。

 だが、それをこの場で言うのは流石に問題がある為、静観に徹した。

 

「グラールで宗教観の争いは無かったの?」

「グラールでは殆ど無かったと思うな。宗教観というよりも内部抗争が酷かったし。ただまぁ、他の惑星でな……」

 

 センクラッドが指した他の惑星とは、元居た地球で起きた宗教テロの事だ。宗教の対立だけではなく、人種の対立もあったが、此処でその全てを説明するわけにもいかず、言葉を濁した。

 楯無も追求するのは野暮な事だと思っていたのか、

 

「どの星も大体は同じなのね」

「自制が利くか利かないか、という問題ではないからな、宗教に限って言えば。生活に根ざし始めたり、根ざしているのなら尚更だ」

「何処もままならないものね」

 

 ちなみに。

 完全に余談であるが、千冬と束を崇める宗教なんてのも、最近になって出てきている。

 人のまま神となったという流れはどこぞの宗教でもあるが、まさか自分がそうなるとは思わなかった千冬としては、頭痛の種でしかない。

 しかも世間ではそれを許容する動きにまで発展しているのだから、質が悪い。

 2杯目の紅茶を飲み干したセンクラッドが、シロウにもう一杯とリクエストし、楯無に視線を合わせる。

 

「で、更識。今更大前提を聞いて悪いが、お前さん、簪さんの事は大切に想っているんだな?」

「当然でしょう。簪ちゃんは私の大切な妹よ?」

「……まぁ、その癖、距離感が掴めていないのはどうかと思うが、それはさておこう。重ね重ね言うが、腹割って話せる素地までは俺達が作るが、その後は知らんぞ」

「判ってる」

「なら良い。一夏は俺が行こう。千冬が悩んでいるしな」

 

 感情を読んだの?と楯無が何気なく聞いてみたが、首を振ってセンクラッドは否定した。

 

「千冬の事なら大体もう判る」

「……何と言うか、随分情熱的な言い方ね」

「ん? そうか? まぁ、あぁ言うタイプの性格は前にも居たし、一夏からも助言めいた言葉を聞いていた。これ位は当然だろう」

 

 あのシスコンが助言したのか、と一瞬だけ呆気に取られた楯無だったが、脳裏に閃いた事を口に乗せてみる。ニヤリと、実に悪い笑みを浮かべて。

 もうその手の笑顔は見飽きたよ、と呆れ顔になるセンクラッド。流石にシロウも追従する気はなく、閉口していた。

 

「ふぅん……あながち間違いじゃないのかもね、あの噂」

「また何と言うか、聞かなくても判る噂だが、一応聞いてやろう」

「織斑先生と貴方が恋愛関係目前という噂よ」

 

 シロウとセンクラッド、そして伝えた本人である楯無すらも苦笑を刻んでいた。ただ、意味合いがほんの少し違っている。

 シロウ達からすれば、陥っている状況から有り得ないと思っている。楯無の場合は、単に千冬がそういう感情を持つわけが無いと思っている。いや別に、千冬が誰かに恋愛感情を抱くのは有り得るとは思うが、デリケートな、政治的通り越して惑星間のトラブルに繋がりかねない人物と態々関係を進展させることは無いだろう。

 まぁ、1名程、ちょっと違った感想を持っているわけだが。

 

「あぁ、大将、クールビューティ系好きだもんな」

「いや……流石に此処で恋愛云々はしないと思うぞ。それにクールビューティ系が好きと言われてもな。シロウと同じだと思うし」

「ふうん。シロウさんはどういう女の子が好きなの?」

「え」

 

 まさかそこでそういう風にハナシを振られるとは思わなかったようで、ぽかんとした表情を浮かべ、だが一瞬にしてそれを消し去っていつもの皮肉気な――センクラッドやロビンフッドからすればスカした笑みと共に、

 

「私の好みか。可愛い子は皆好きだよ」

「でたよ、出た出た。あぁオレそういうトコロ嫌いなんだよ、マジで、マジで……ッ」

 

 とサブイボ出しながら呻くロビンフッド。そういう事を言ってもサマになる厨二系執事型イケメンに嫌気が差したようで、ブツクサ呟いているヴィレッジレベルのナイスガイを取り合えず放置したセンクラッドが、

 

「いやまぁ、シロウ程守備範囲が広いわけではないが、俺も可愛い子と綺麗な子は好きだ」

「ファーロスさんは外見だけで良いの?」

「まさか。性格も含めて可愛いなり綺麗なり特化しているなりじゃないと、もう付き合えんよ。周りがそうだったからな」

 

 少なくとも、グラール太陽系と極東支部で誰が見ても美人や美少女と談笑したりデートまがいの事をしていたのだ。また、サーヴァントの中にも傾国クラスの美女が居た。

 更に言えば性格面や性質面では相当に屈折した者から慈愛の象徴とも言える程良く出来た者まで、癖のある美人達と交流していたというのもあり、それに慣れてしまった結果、凡庸な容姿や性格ではあんまりピンと来なくなっていたのだ。

 まぁ、コレで明確に付き合った事が無いのだ、ハードルをやたらめったらにガン上げしている事に気付いていないセンクラッドは不幸なのかもしれない。

 その後、虚がこの部屋をノックして、仕事が滞っていると告げて楯無の首根っこを掴んで引きずって行くまで、この手の世間話に花が咲いていた。



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えきすとら・やはり俺の投影バトルは間違っている。(前編)

リハビリがてらの前後編です。
後編は後日投稿致します。


 仮定。IF。

 もしもあの時、あの場所で、何かが出来ていたら、何かが出来ていなかったら。

 そう思う事は悪いことではない。結果に対しての後悔から出たものだとしても、それを考え、先の、未来で二の轍を踏まないように心がける為の布石としてならば、別段悪い事ではない。

 それが例え、自らの非が殆ど無く、それでも許容しかねる結果を突きつけられた場合でも。

 不本意な結果、満足出来ぬ現実、そんなものは誰しもが持つものだ。

 だから、この結果も、この現実も、既定路線、或いは運命というモノだ。

 

「だからってコレは無いだろう……」

 

 とある時期、とある時間、とある宇宙船からデータを復元した場所。

 怜治によって広々と拡大された殺風景な部屋に、蒼の英雄が獰猛な笑みを浮かべて朱の魔槍を肩に担いでいた。ランサー、或いはキャスターというある視点から見れば力を制限された状態から外れ、生前の能力を余す事無く扱う事が可能になった今の彼は、真実、大英雄の名に相応しい強さを持っている。死力を尽くさねば即座に暗い死がオラクル細胞の核、つまり今の怜治にとっての心臓と脳にあたる部位を貫く可能性もある、そんな確信を怜治はヒシヒシと感じていた。

 感じているが故に、げんなりとした表情と下方に限界突破したモチベーションを持っているわけだが。

 その部屋の隅には、何処か呆れた表情で対峙している2人を見る錬鉄の英雄と、シャーウッドの森の守護者が佇んでいる。いや、微妙に罪悪感を感じているのが1名、その1名をもう1名が時折「アンタマジ何やってんの」と言いたげな視線を送っていたが。

 

「さぁてと。そんじゃ、そろそろやろうぜ、怜治」

「どうしてこうなった……」

 

 元凶は怜治自身だが、この状況に陥らせた原因の1つは、シロウにあった。

 時は、インフィニット・ストラトスが席巻している世界にワープし、その機体性能と進化の可能性から危機感を持った怜治がシロウに幾度目かの鍛錬を申し出た後まで遡る。

 鍛錬中に覚えのある気配と魔力をを察知したのだ。全力とまではいかないが、限界まで戦っていたシロウと怜治を見ている者が居る事に途中で気付き、怜治が疲労とオラクル細胞の励起によって生じたカロリー不足を補う為に、自室へ戻り、シロウの思念を受け取った宇宙船が、今居るシロウの自室を畳とちゃぶ台等の和風の部屋へと戻させた直後、

 

「よう、精が出るじゃねぇか」

「やはり君だったか。久しぶりだな、ランサー、いや、それともキャスターと言った方が?」

 

 本来の聖杯戦争ではランサーとして凛と共に、ムーンセル・オートマトンによってエミュレートされた聖杯戦争では北欧魔術を主体に肉体と武器を組み合わせた戦闘術を扱うキャスターとして怜治と共に戦い抜いた男が、唐突に姿を現した。

 霊核も無い、サーヴァントでなくなった彼が姿を消す事が出来るのは、一重に彼が扱う魔術に隠蔽があったからだ。

 トレードマークの朱色の魔槍を持たず、普段着である黄色のアロハシャツと青いジーパンを上手に着こなし、蒼穹色の短髪を逆立て、紅色の眼が特異な、だが野性味溢れる美丈夫だと主張している顔の造り、その口許は緩やかな弧を描いており、無邪気さを表していたが、キャスターと呼ばれた事でそれはへの字へと変わる。

 

「よせよ、もう聖杯も何も関係無いだろ」

「ならば、クーとでも呼ぶべきかね?」

「あぁ、それで良いぜ。俺もシロウと呼ばせて貰うしな」

 

 ふむ、と腕組みをして思わず沈黙するシロウ。いや、名前で呼べと言わんばかりのあの態度だったのだから言ってみたのだが、実際肯定されてしまうと違和感が強かったのだ。

 まぁ慣れれば良いか、と直ぐに頭を切り替えたのは当然として、

 

「それで、私に何の用だ? いや、怜治の方か?」

「用があったのは怜治になんだけどな。鍛錬に水を差す真似はしたくなかったんだよ」

 

 クランの猛犬らしい、ケルト神話における大英雄らしい言葉に納得するシロウ。死力を尽くして、全力を振り絞って、限界を突破しての戦を望む漢の人生の過程と末路を振り返れば、その言葉に重みを感じるのは当然だろう。

 

「怜治に、か。すまないが、期間をおいてやってくれないか。転移直後というものもあるが、色々あってな、本人も参っているようだった」

「あぁ、ちょっと前に妙な感覚があったのはそういう事か――」

 

 そりゃタイミングミスったな、と左手で自身の後頭部を抑えるようにして撫でるクー・フーリン。怜治に用がある、という言葉に、ほんの少しだけ目付きを鋭くさせ、シロウは聞いた。

 

「一応聞いておくが、怜治に危害を加える類の……すまない、違ったか」

「ったりめぇだろ。何で俺がそういう事しなきゃなんねぇんだよ」

「となると、君もロビンフッドと同じか。降って湧いた第2の人生を謳歌する、という風な」

「――あ? アイツも居んのかよ」

 

 シロウの言に、少し違うと言いかけて、二重の意味で顔を顰めてみせるクー・フーリン。無理もないだろう。初っ端の言では感謝も恨みもなく、ただ現実として受け止めている心境なのにそう言われ、2言目には眼の前の無銘(シロウ)ではなく、エミヤシロウ(第五次聖杯戦争時のアーチャー)という存在と同等レベルで相容れない奴の話題が出たのだ。

 クー・フーリンもシロウも、ロビンフッドも、他の元英霊達も、この船に搭乗している者達全てに共通している事は、怜治が元マスターで、元英霊達は元サーヴァント、そして1度以上、文字通り殺し合っている、この3点だ。

 故に、怜治がマスターだった時のクー・フーリンはロビンフッドの顔のない王を捜索のルーンで、イチイの結界を炎のルーンで、イチイの毒を魔眼すら遮断するルーンでそれぞれ破り、自己強化のルーンと宝具を組み合わせてステータスを大幅に上回らせた状態で近接戦闘に持ち込んで封殺した過去がある。それを指示したのは怜治だったが。

 逆の立場だった場合は、ランサーとして怜治の前に立ちはだかっていたのだが、クラス上、ルーン魔術を使いこなせない為にイチイの毒と顔のない王、更には相手の戦力の6割をも削る陣地破壊によって完封された過去があった。それを指示したのも怜治だったが。

 更に、お互いに死力を尽くす意味合いが違った事や、対決した際にお互いが言った言葉で抉りあった結果、ガチギレしたのだ。

 曰く「キャンキャン吼えるだけの狗っころが」

 曰く「テメェはコソコソコソコソ泥の中を這いずり回ってんのがお似合いだ」

 以降、エミヤシロウ以上の犬猿の仲となったのは言うまでもない。

 

「それで、怜治に何の用だ?」

「あー、まぁ、ちょっとな」

「ちょっとでは判らんよ。一体どうした、君らしくない」

 

 心底不思議そうにそう聞いてくるシロウに、確かに俺らしくねぇな、と息を吐くクー・フーリン。

 

「まぁ、一応俺も思う処があるからな、一発殴ってチャラ、ってわけじゃねぇが」

「……成る程、怜治と1度戦いたいのだな?」

 

 おー流石に判るか、と白々しい拍手を送るクー・フーリンに対し、頭痛を感じ始めたと言わんばかりにこめかみを揉み始めるシロウ。しまった、そういうバトルマニアな人種だった。怜治との鍛錬を見られる可能性もあったのだから、怜治が来た時点で部屋にロックをかけるべきだった、と後悔しながらも、

 

「君が手心を加える事が出来るとは到底思えないのだが」

「するわけねぇだろ。第一、オマエと互角以上に打ち合える英雄(奴)に手加減なんて失礼だろ」

 

 その言葉を聞いて、深々と溜息を吐くシロウ。クー・フーリンは本気だ。本気で、怜治との全力戦闘を望んでいる。限界までではなく、今現在、持てる全ての力を使った、いわば短期決戦を。それも、戦場や戦略が一切混じらない場所でだ。シロウはそう判断した故に、ピシャリと言い放った。

 

「言っておくが、殺し合いは許容出来んよ。私が止めに入るぞ」

「だろうな。だからよ」

「うん?」

 

 何だ、私と戦うのか?と視線を上げてみたシロウだが、別にそんな事もないようで、何やら企みを思いついたような表情を浮かべていた。

 

「殺し合いにならない程度なら、良いんだろ?」

「……手心を加えないのではなかったのでは?」

「殺し合いと手合わせは別物だろ。そこら辺は俺も弁えてるぜ、幾らなんでも」

 

 本当か、とやはり喉元まで出かかった言葉をどうにかこうにか飲み干して、シロウは思案した。彼の誓約(ゲッシュ)に嘘はつかない、は無かった筈だが、クー・フーリンがこういう時に嘘をつくとも思えない。バトルジャンキーだが、そういう点では信頼性はあるのだ。それに、伝承上では兄弟子が居たり、師の下で散々鍛錬はしている。そういう意味での加減は出来るだろう。

 うぅむ、と腕組みをして様々な可能性を検証し、やはり危険だと首を振ろうとした時に、クー・フーリンはそのタイミングを読んだように言葉を継いだ。

 

「ま、どうしても信用できないってんなら、誓っても良いんだぜ?」

「――何?」

 

 クランの猛犬が出した誓いという言葉は、凄く重い響きを伴っている。誇りを重んじ、誓約を遵守した結果、命を落とした英雄が新たな誓いを作ると言ったのだ。それは、聖杯戦争における令呪に等しい強制力を持つと同義だ。

 そこまで言うのなら、と思わずシロウは首を縦に振りかけ……自分の事ではないのだから安易に意思表示するのは拙いと気付いて動きを止めた、その時。

 

「シロウ。オマエ、今、首を振ったな?」

 

 かかったな、と笑みを浮かべるクー・フーリンに、しまったという表情を映し出したシロウ。微かにだが首を振りかけ、途中で我に返って止めたとしても、この男が見逃す筈が無い。

 限界まで怜治と戦っていた反動で、思考力が落ちたのか、と後悔しながら分析するも、後の祭りだ。

 仕方無しに、シロウが、

 

「一応言っておくが、怜治本人から承諾を得ないまま戦おうとしたら、全力を以って邪魔しにいくぞ」

「判ってるって」

「それに、流石に刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)は駄目だ。因果逆転がある以上、怜治が防げる確証が無い」

「仕方ねぇなぁ」

「使う気だったのかね!?」

 

 実際は、刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)なんて使うわけがなかった。クー・フーリンが言う「思う処」なんて別になんも無い。そもそも、シロウとの鍛錬を見なければクー・フーリンとて戦うなんて選択肢を取らなかった。何となく暇だったからシロウの部屋へ遊びに行ったら、面白いものが観れた。という、ぶっちゃけ勝負を仕掛けようとする為の方便に過ぎない。

 

 これが、最初のフラグというか、顛末というか。

 

 そして時は現在より少し前、ツーマンセル・トーナメントが開催される数日前へと戻る。

 のんびりとロビンフッドが出した緑茶を呑みながら、シロウが作った餡蜜を平らげて俺、大満足と言った風な怜治の眼の前に、

 

「よう、邪魔ーするぜー」

「ぶほぅ!?」

 

 陽気な挨拶と共に、クランの猛犬が現れたのだ。怜治にとっては全く予期せぬタイミングだった事、そして、ついに来やがった、だが今かよ!!という想いもあって、意図して口に入っていた緑茶を噴いたのだ。まぁ、咄嗟に首を誰も居ない方向へ振った御陰で被害は床のみであったが、拭くのは怜治ではなくシロウだ。そして「俺の緑茶……」と哀しそうな声をあげたのがロビンフッド。そのロビンフッドが無惨に散った緑茶からクー・フーリンへと視線を移動させると、不機嫌そうな表情で、

 

「何しに来たんだよ」

「テメェに用はねぇよ」

 

 早速、視殺戦をおっぱじめるロビンフッドとクー・フーリンだが、怜治は咳き込み終えた後、

 

「いやいや、俺も突っ込むぞ、お前さん何しに来たんだよ」

「やり合いに来たに決まってんだろ」

 

 断言してきたクー・フーリンに対し、怜治は嫌な予感が今炸裂するとは、と言った風な、冷や汗が噴出したと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「悪いが今、手合わせする理由も時間もが無い。明後日は重要な――」

「怜治、俺に借りがあるだろ、でっかい借りが」

 

 借り。

 その言葉の持つ意味を怜治は即座に思い当たり、苦い表情を浮かべた。それを持ち出されると非常に弱い。ただでさえ主従関係を結んだ際に助言やら何やらを貰って切り抜けていたのだ、個人的な見方をすれば仇で返しているように感じられたとしても仕方ないとすら思ってしまう。

 確かに踏み倒しは良くないと思ってはいるのだが、だからといって殺し合いに発展しかねない全力戦闘は勘弁願いたいものだと思った怜治は、

 

「……戦闘以外で返す、というのは無理か?」

「無理だね。シロウと互角で戦えるのを見ちまった。俺は、オマエと戦ってみたい」

 

 一発ブン殴られる代わりに命懸けの勝負とか洒落にもならん、とぼやきながらも、抵抗する怜治だったが……

 

「それに、シロウが許可を出したしな。殺し合いにならなければ良いってな」

「おいそこのコーチャー」

「シロウ、アンタ何してんの」

「いや、アレは口約束というか、弾みでな……ほら、限界まで付き合った直後というものは、往々にして集中力が落ちる事ってあるだろう? それにそもそも――」

 

 ロビンフッドと怜治からド強い視線をブチ当てられ、思わず視線を逸らしたシロウが何やらボソボソと言い訳めいた事をのたまい始めたが、途中から誰も聞いていない。怜治はこの後のバトルフラグが解消されないだろうから、全力で嫌がらせをしてやろうと心に決めた上に、言い訳を聞こうかどうかの前にロビンフッドが速攻で噛み付いたからだ、それも結構な毒を持って。

 

「つーか、大将がやる気になんないんだから帰れよ」

「テメェが指図する事じゃねぇよな、それ」

「あぁ? アンタが此処に来てるのが既にオレの中では我慢ならねぇんですけど? ナニ? また何時かのように毒殺されたいわけ?」

「あ? 縛りが無い状態で勝てると思ってんのかよ。イチイの毒なんざどうってことねぇよ。また封殺されてぇのか?」

 

 まさに犬猿の仲。アイルランドの英雄とイギリスの英雄では、国の対立が今現在も続いているからか、仲が非常に宜しくないのもあるだろう。お互い傷抉りあったというのが一番の理由だろうけれども。

 怒気どころか殺気丸出しの2人に、殺し合いはしないで貰いたい、というかあの結果は俺の戦法のせいなんだけどな2人とも、そこ忘れてるだろ、と思いつつ大きく溜息を吐いて止めに入る怜治。

 

「はいはいケンカしないケンカしない。判った、1戦だけな。殺し合いじゃないなら俺も構わんよ。何時までも借りっぱなしってのもアレだ、此処で清算しよう」

「え、大将、マジで言ってんの? コイツ絶対に弾みと勢いだけで刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)使うよ?」

「弾みでんな事するか」

「いや、別に使っても良いが……多分意味が無いと思うぞ」

 

 一転して困惑の雰囲気を出す一同。シロウはある事実に思い当たり、逸早く納得していたが、ロビンフッドやクー・フーリンはそうはいかない。マスターとサーヴァント、或いは敵として立ち塞がった際、刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)の威力は嫌でも理解している筈なのだ。それを意味が無いとまで言うのは、不自然だと感じていた。

 怜治の言葉の意味は、現時点ではシロウしか知らないのだから、仕方ないのだが。

 

「大将、流石にそれは舐め過ぎって奴じゃ……」

「おい怜治、そりゃあ俺が取るに足らないって言いたいのか?」

 

 だとしたらマジで殺りあうぞ、と言外から伝えてくるクー・フーリンに対し、手と首を全力で振って否定する怜治。言葉が足りないのは相変わらずだが、矜持を傷つけかねない言葉運びはマズイ手だったと、深く反省しつつ、

 

「いやいや、違う違う、全然違う、そうじゃないから落ち着いてくれ、すまん、言葉が足りなかった。確認するがな、クー、ゲイ・ボルクって確か因果逆転とかいう奴で心臓にほぼ必ず当てる必殺技だが、弱点に当てるという概念は無いんだよな?」

「まぁ、そうだな」

「なら、今の俺だと心臓が無いから、宝具の真名解放は速度以外は意味が無いと思うぞ、多分」

「は?」

「へ?」

 

 凍り付く2名と、やはりそうだったか、だがそれを説明したら本当に全力戦闘になるというのに、と額に手を当てて溜息をつくシロウ。

 それに全く気付かず、怜治は説明を始める。

 

「ちょっと理由があってな、身体を改造されてガワだけ人間ぽくなっているだけで、臓器とか血液とかはもう無いんだよ。あぁ、サイボーグとか機械化とかでもなくて」

「ごめん大将、ちょっと意味がわかんないんだけど……」

「ええと、まず始めに身体を遺伝子から変異させられてな。その次に、俺自身が希望してとある手術を受けてな。結果的に見ると俺は完全に人間やめたわけだ。一応、心は日本人のまま、のつもりだが」

 

 説明不足にも程がある言葉だったが、それぞれ微妙な納得の仕方をしていた。ロビンフッドは、ラウラちゃんを抜いて怜治を攻撃する為の布石として放った毒が効いていなかった理由はそれかと誤解し、クー・フーリンは人間やめてたんなら元がつくとは言え英霊であるシロウとやりあえるのも頷けると思ったのだ。

 それ故に。

 

「――と言う事は、全力(マジ)でやりあえるって事だなっ」

 

 歓喜の声を上げるのはシロウの予想通りであったが、怜治は今更それに思い当たり、顔を青褪めさせていた。キャスターとして共に戦場を駆け抜けていた記憶と、ランサーとして眼の前に立ち塞がった時の動き方がまるで違う事を思い出したのだ。

 キャスターらしい中遠距離の魔術や投擲術に加えて自己強化からの剣と槍と体術の複合技、最速のサーヴァントであるランサーを体現した神速を体現した速度で繰り出してくる必殺の槍術。

 それが自分の失言でダブルパンチとして来るのだ、いや、適正としてならバーサーカーもある。

 という事は、ガチの殴り合いをした場合、伝承通りの姿になる可能性もある。そりゃ青くもなるが、完全に自業自得である。

 しかし、今更やっぱナシでなんて言える筈も無い。精々言えるとしたら、

 

「……念の為言うが、殺し合いの方じゃなくて、手合わせの方の試合だからな? それと、部屋を変異させての試合だから、余り強力な武器や技を使うと宇宙船にダメージフィードバックが入るから、該当するような技は使わないようにな、いやマジで」

 

 とだけだ。

 ただ、クー・フーリンもそれは重々承知の上だ。別に殺したいわけでもなく、殺し合いがしたいわけでもない。ただ純粋に、怜治が何処までやれるか、どの強さにいるかを知りたいだけだ……いや、命をかけた戦いは何時でも歓迎しているのだが、それを今それを強要すれば確実に袋叩きにされるだろう、幾らなんでもそれは望むところではない。

 覇気の伴った応、という返事を聞いた怜治が溜息をついて、全員が立ち上がった事を確認すると、言葉を舌に乗せ、部屋を変えた。シロウとセンクラッド、そしてラウラと千冬の模擬戦を行ったタイプの部屋だ。勿論、市街戦を想定したものではなく、平坦なままの状態だ。

 

 そして、冒頭へと話は繋がる。



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えきすとら・やはり俺の投影バトルは間違っている。(後編)

「さぁてと。そんじゃ、そろそろやろうぜ、怜治」

「どうしてこうなった……」

 

 トントンと一定のリズムで朱色の魔槍で己の肩を叩いていたクー・フーリンがゆっくりとした動作で、獣が人へと飛び掛かる直前のような、そんなイメージを持たせる構え――身体中のバネを限界まで双脚へ収縮させ、槍を地へと這わせた独特な下段の構えを見せる。その表情は隠し切れぬ愉悦の笑みを浮かべていた。

 対する怜治はシロウと似た自然体――つまり両足を肩幅と同じ間隔を取らせ、だらりと両腕を下げる事であらゆる方向からの攻撃を受け流せる防御寄りの態勢を取る。オラクル細胞は既に戦闘状態へと即時移行させながらも、その表情はやる気が出ない……というよりもげんなりとして引き攣った笑みを浮かべている。

 避けられぬ戦いだとは自覚している為、怜治はクー・フーリンの特性と技能を思い返して呟く。

 

「あー、クー。一つ質問があるんだが、俺は一体『どれ』を使えば良い?」

「あん? 得意な獲物を使えよ」

「いや、使えるのが多すぎてな」

「オレの事を良く知っているなら、もうわかってんだろう? それがお前の獲物ってんならハナシは別だがな」

 

 にべもなくぶった切ってくるクー・フーリンに、暫し迷った素振りを見せながらも、不承不承といった風に頷く。

 

「なら一つ頼みがある。様子見の一撃を見せてくれ。そうしたら出すから」

「あ? よくわかんねぇな……んじゃま、様子見の一発目、行くぜ――」

 

 台詞の半分を置き去りにした直後、風斬り音とジジジッという何かが焦げ付いたような音がほぼ同時に響き渡る。

 ゼロからトップスピードにシフトする為にかかった時間はコンマ以下。そして狙った箇所はよりにもよって心臓。ロビンフッドとシロウが反応を見せるも、最速ではない彼等には到底間に合わない速度でクー・フーリンは槍を突き出す。

 だが、穿つ筈の怜治の身体はその場には既に無い。

 クー・フーリンよりは遅い速さ。それでも常人では見切れもしない早さでその場所から右に僅か半歩の位置へと移動してみせたのだ。

 ()()()()様子見の一撃を紙一重よりも薄く、しかし確実で精確なタイミングでかわされた事に満足気な笑みを浮かばせ、次いで尻上がりな音階で口笛を吹いた。万が一にも反応出来なければ寸止めにしよう、とは思っていたのだ。それをキッチリ反応し、わざとギリギリかすめるようにしてかわしたという事は――

 

「やるじゃねぇか」

「……流石に当たったら痛いからな。それに、威力が知りたかったのもある」

 

 左から聞こえる素直な賞賛に対して、怜治はげんなりとした表情を崩さずに何処かズレた事をあえて言った。

 シールドラインの防護能力を凌駕しかねないその威力を掠らせる事で、どの位の強度が必要なのかを把握したのだ。勿論、シールドラインのではなく、武器の強度だ。流石に弱い武器で突っ込んだ挙句にフォトン刃ごと叩き斬られでもしたら、それは幾らなんでも間抜けにも程がある。部屋を崩壊させず、最悪したとしてもIS学園に影響が出ない位のランクと強度を持つ武器を探り当てるには、この方法しかなかった、だから採ったのだ、脳足りんで無謀極まりない方法を。

 その御陰で耐えられる強度と、ついでにシロウに対しての嫌がらせも行える事が判ったので良し、と頷いた怜治に対し、クー・フーリンは踵を返しゆっくりとした足取りで元いた場所へ戻りながら確認の為に口を開く。

 

「んで、そのままか?」

「まさか。幾ら俺でも素手で切り抜けられるとは思っていない。約束通りに出すぞ」

 

 元の位置へと完全に戻り、槍を担いだクー・フーリン。

 隙はある。

 ……あるが自分の早さでは距離が隙を消している。

 故のあの構え。全くもって厭らしいが彼らしい。

 ならばと。嗚呼ならばと。

 両腕を限界までだらりと弛緩させる。握り込んでいた両の拳を僅かに広げる。転送準備は既に整っている。後は不要な言葉を呟くだけ――

 

「――I am the bone of my sword」

 

 怜治の低い声が部屋に響き渡る。青白い粒子が白と黒へと変色し、一対の夫婦剣が怜治の手へと現出。軽く握りしめ、一つ二つと振り、白の短剣をクー・フーリンへと向け「さぁ、今こそ始めよう。俺たちの戦いをな」と朗々とした声で言い放つ。

 直後、二者は眼を驚愕に瞠り、一名はこめかみあたりまで引き攣らせ、結果として三者三様の声が怜治の耳朶に入り込む。

 

「投影、魔術……だと!?」

「な!? マジ!?」

「……ああ……怜治……君と言う奴は、本当に――」

 

 驚愕の表情を浮かべ、困惑の声をあげた2人はこの時点では気付いていなかったが、シロウは肩を盛大に落として落ち込んでいた。魔術回路を持たずして投影魔術を行使できる道理は無い。

 となると、考えられるのはただ1つしかない。

 

 完全に嫌がらせだ。

 シロウに対して。

 お前さん戦闘中にこんな事言ってんだぜ?的なノリの。

 

 ナノトランサーから取り出す方法と、固有結界から剣を投影する方法は、過程こそ違えど結果だけ見れば酷似している。

 と言う事は、だ。クー・フーリンが怜治が持つグラール太陽系で発掘された干将・莫耶を弾き飛ばしでもしようものなら、自身で考案し、自身を律する為の、自身の人生を表した詠唱やガワだけの再現を客観的な視点から延々と見聞かされ続けるという恥死もしくは憤死しかねない状況に、今陥かけているという事に他ならない。

 だが、クー・フーリンもロビンフッドもそんな事は知らない。

 

「怜治が投影魔術を使えるとは、ねぇ。しかもよりによって干将・莫耶(それ)かよ」

「そんなんじゃあない。俺のコレは上っ面だけの真似事だよ。内に何も宿ってはいない、虚しいものだ」

「真似事で投影魔術が使えるわけねぇだろ」

 

 そりゃそうも言われるだろう、魔術じゃないのに詠唱なんて、何も宿る筈がないのだから。ただ、あの詠唱は魔力を通す必要が無い。内にあるイメージを具現化する為のキーワードに過ぎないし、怜治の詳しい身の上話はシロウだけしか聞いていないのだ。故に、初見ではまず完全にはバレる事は無く、誤解を植え付けて実力を見定めさせない効果はあるだろう……そんな事をしても、聖杯戦争がある魔術の世界の住人達にしか意味が無いわけだが。

 加えて言えば、グラール太陽系で発掘、或いはデータを復元した武具は当然ながら魔術的要素は一切存在していない。その為、外面のみのコピーと言っても良い。勿論、切れ味や強度は過去へと突き進む神秘の変わりに、未来へと疾走している科学の力で同等程度にはある。当然ながら夫婦剣としての機能までは再現出来ていないが、そこまで望むのは酷だ。その代わりにフォトン強化による永続的な総合能力の向上が出来るのが利点として挙げられるだろう。

 まぁ、コレがバレた日には、全方位から怜治って本当にバカだな、とツッコミを喰らうのだが。

 

「そんじゃま、こっからはマジだ。行くぜ?」

「いつでも」

 

 返事を聞かずして、クー・フーリンは疾風と化して怜治との距離を最適なものへと変化させ、必殺足らしめる一撃をタイムラグなぞ無いと言わんばかりの速さで繰り出していく。

 突けば弾き、弾けば払う。払えば斬り、斬れば避ける。肘や膝、拳と足刀等、自らの肉体をも駆使して一撃を届かさんと攻撃するその様は、神話となった者特有の動きだ。

 しかし、怜治とて尋常ではない。

 重量という意味でも、技という意味でも重い槍の一撃を、時には捌き、時には弾き、或いは寄りにも寄ってシールドラインを纏わせた腕で強引に弾いて軌道を逸らし、体術には体術で合わせていく。

 古代の英雄と互角に打ち合う事が出来る怜治は、人でも魔術師でも到底為し得ない、謂わば神域に達している。

 その証拠にフェイントを見破り、本命の攻撃を逸らし、時にはカウンターを狙い、或いは今度は此方の番だと言うように、フェイントを交えた本命の一撃を叩き込もうとしている様を見て、力量が不足しているなんて、誰が言えるだろうか。 

 それが人外と戦い続け、幾度と無く世界を救った男の証だ。

 その証を真正面から受け止めているクー・フーリンの表情は、歓喜の一言に尽きる。予想よりも遥かに手強いのだ、強敵と死力を尽くして戦う事を何よりも喜び、尊ぶ英雄が、この状況で喜ばない筈が無い。

 

「同じ武器でもシロウとは全然違う剣筋だな。面白ぇ、ここまで付いて来れるとは思わなかったぜ、怜治?」

「それは良かった。だが、俺としてはもうイッパイイッパイでな、そろそろ勘弁して貰いたいと思っているわけで」

「抜かせ。息1つとして乱してない奴が言う事じゃねぇな」

 

 クー・フーリンの指摘通り、怜治は息1つ乱していない。全力で打ち合っている筈なのに、力む事なく自然に声を出している怜治は異常そのものだ。

 といっても、種を明かせば簡単な事だ。

 スタミナが限界に達すれば何らかの物質での補給が必要になるが、限界まで挙動に影響が出ないようにオラクル細胞がコントロールしている。限界が来てしまえば、空気が多量に必要になり、何でも良いので物質を喰らったりしない限りは挙動に多大な影響が出る。逆に言えば、限界ギリギリまではどのような動きをしても問題ないという事にも繋がるのだが。

 げに恐ろしきはオラクル細胞である。

 それが周囲にどのように見えるかと言うと、まぁ、手抜きとも捉えられかねないわけで。

 

「シロウ、アンタ本当に稽古つけてた側? 弓教えてたわけじゃないんだよな?」

「……私も些か自信が無くなってきたよ」

 

 引き攣った笑みで確認してきたロビンフッドに対し、苦笑を浮かべて返すしか出来ないシロウ。怜治から多くを聞いていたとは言え、それはあくまで聞いただけだ。アーチャーとしての自分の剣の腕と同等位だと思っていたのも仕方の無い事だろう。

 

「けどまぁ、大将にゃ悪いけど」

「あぁ、別段勝てないわけではない」

 

 シロウ達はクー・フーリンが勝つだろうと踏んでいた。

 怜治の強みは左眼による攻撃の特定と、オラクル細胞による驚異的な身体能力をもっての回避と攻撃、もっと言えば無限の自己進化能力とそれに伴う自己強化だ。能力だけで見れば破格も破格、神話の世界にも、SFの世界でも劣る事無く届かせるモノ。

 では、純然たる技術だけで見ればどうだろうか?

 

「おらッ!! そろそろマジになった方が良いぜ?」

「言いたい事は十二分に判ってはいるんだが、すまないな、現状ではコレが俺の精一杯だ」

 

 徐々に。

 徐々に徐々に、魔槍が怜治の身体を掠り始めていた。クー・フーリンが放つ刺突や斬撃を怜治の手足で打撃として変化させて通しているが、それでもその回数は数十合に1度から増やしてきているのは、接触する度に輝度を増し、フォトンを波打たせて威力を拡散し、無効化している黒色に輝くシールドラインで確認出来る。

 如何に攻撃が何処から来ると判っていても、場当たり的に対応していれば何時かは被弾するのは自明の理。

 先ず、圧倒的に読み合いの能力が足りていない。先読みの更にその先を行く、数手でも十手でもなく、数十、数百の想定をし続けながら戦う事が、或いはそれに勝る予知めいた直感を持ち得る事は、神薙怜治にも、グラールの英雄であるセンクラッド・シン・ファーロスとして見ても出来ない。出来ていないのではなく、出来ないのだ。現状では、でもなく、単純に不可能と置き換えても良い。

 生まれて17年目まで、闘争の無い環境で育っていた神薙怜治に、先読みの先天的ないし後天的な素質が付与される事はまず在り得ない。それに、戦闘日数で考えれば実質的に見て5年にも満たない程度では覆しようが無い差がある。

 しかも怜治が経験した戦闘経験のその殆どは、人間にカテゴライズされている者達ではない。

 寄生型生命体・邪神・アラガミと、人外の存在と戦い続けていたのだ。無論、ヒューマンの中でも最強の実力を持つ英雄であるイーサン・ウェーバーやキャストの中でも最高峰の実力を誇るレンヴォルト・マガシとも剣を交え、それらを退けた事もあるし、ローグスと呼ばれる盗賊達や暴走したキャスト部隊とも交戦し、その全てを打倒している事から、何も相対した全ての存在が人外というわけではない。

 だが、比率で考えればそんなもの、1:9にも満たない程、些細なものだ。自身と比肩しうる能力と武器を持つ人型の化け物や英雄と戦う回数が殆どなく、自身よりも遥かに下の実力を持つ人間と戦った回数すらも少ない。

 最も致命的と言えるのは、知識が足りていない事。

 一時は魔術師、魔法使いが存在する世界に飛ばされた怜治だが、その在り方や英霊達の事は全くと言って良い程判っていない。理解する時間もなくループへ潜りこまされ、マスターとしての戦い方を学んだ程度だ。

 故に、近接戦闘をこなしているように見えても、対人戦において純粋な強さを誇る元英霊達と戦うには、余りにも経験と知識が足り無い。いかに能力があろうとも、力があろうとも、人外になろうとも、想像力や応用力があろうとも、それらが欠如していれば如何ともしがたいハンデとなる。

 そして、シロウの考察通り、戦況は怜治にとって徐々に不利なものへと推移していく。

 魔槍によって強かに打ち据えられた結果、シールドラインのエネルギー残量が目に見えて減る、つまり初めてのクリーンヒットに僅かばかりの焦りを滲ませた怜治が大きく退いた直後、それは起きた。

 

「かかったな」

「むっ!? そうか、ルーン魔術があったなッ」

 

 大きく退く為に足を後ろへと逃がしていた筈が、硬直したのだ。まるで、背後に退いてはいけないと足が拒絶するように、或いは障害物がその足元にあるかのように。

 クー・フーリンが修めたとされる18の原初のルーン魔術の1つに、自身と相手の距離を一定以上、或いは一定以下にしないものがある。それを仕込んでいたのだ。

 気を逸らすという意味でも、行動の制限をするという意味でも十分な役割を果たしたルーン魔術に臍を噛みながら怜治は武器を構えなおそうとして――

 周囲に炎が奔った。

 

「炎のルーン……アンサズまでも使うのか。大盤振る舞いだな全く」

「コレ位なら、まだ余裕だろう?」

「重ね重ね言うが、無茶を言うな」

 

 怜治を半包囲するようにして豪熱の火炎波を発現させたクー・フーリンだが、それが意図せずして怜治を追い詰めていく。移動ルートを制限する為に放った炎だが、怜治の左眼には、炎全てが殺気を伴っている為、その動き全てが必要以上に視えている。オラクル細胞によって全てが五感を持つ状態の怜治にとっては、邪魔でしかない。多大な集中力が必要となればなるほど、怜治の動きは精彩を欠いていく。フィルタリングをかけ直そうにも、戦闘中にそれを実行する事は不可能に近い。集中力を欠いた状態でそんな事をすれば、痛撃を連続して貰ってシールドラインがダウンし、最悪、左眼の暴走を引き起こすだろう。

 

「どうした怜治、マジでやんないとそろそろ死ぬぜ?」

「イッパイイッパイだとさっきからずっと言っているだろうよ。つーか殺そうとすんな、約束はキッチリ守れ」

 

 淡々と返す怜治だが、内心では盛大に困っているのだ。ルーン魔術を自在に操り、神速で襲い掛かってくるクー・フーリンを相手にするなぞ、考えてもいなかった。科学技術的な意味合いではまだまだ余裕があるとは言え、肉体的には申し分無いほどの本気状態だというのに、押されるのは先にも言った通り対人戦の経験と対英霊戦の知識の不足からきている。

 このまま押し切られるのはどうにも癪に障るのだが、打つ手が無いのも確かだ。

 あー無理かなコレは、と諦念しかけたその時、具体的には狙撃銃の初速に勝り、重機関銃の秒間発射数に勝る剣戟が1分程響き合った後、唐突にクー・フーリンは大きく退いた。同時に、ルーン魔術を解除したようで、炎がかき消え、足が後退出来る事を確認した怜治が終わりか、と思ってクー・フーリンを見詰めた途端、背筋が粟立つのを自覚した。

 唇が紅い三日月のように裂けた笑顔は変わらず、だが質が違う。冷たさが全面に押し出されている。2番目に強いのは怒気というのは、眼を通さずとも理解している。

 要は、マジギレ手前という奴だ。

 

「ええっと。その、コレで分けってわけじゃあないよな、その顔は」

「まだまだ全然不完全燃焼だ。おい怜治、時間をくれてやるから、本気を出せ」

「……いや、まぁ、本気じゃないというのは先も言った通りだが、そういう事を指しているわけじゃないようだな」

「当然だろう。打ち合って一発目で判ったぜ? 培っている筈の年月の重みがまるで足りてねぇ。技も地べたを這い回るか天賦を鍛え上げたものかはこの際どっちでもいいが、単純に浅い。それなのに、身のこなしだけが異様にサマになってる。とくれば、何らかの制限を課しているって事だろ。武器のせいか、封印を課しているのかまではわからねぇがな」

「……だからお前さんとは打ち合いたくなかったんだ……」

 

 ガクリと肩を落として盛大に落ち込む怜治。重みや技に言及された通り、怜治の武器の扱いについては十分な伸び代がある。本命と呼ぶべき武器の種類が別にある事に加え、武器にセットしてある『ディスク』が差し込まれていない事が大きな要因だ。

 だが、ディスクを併用すると言う事は、技術的な意味で全力を出す事になる為、難色を示す怜治だったが、構いやしねぇと言わんばかりの獰猛な笑顔を見せているクー・フーリンにとっては大歓迎なわけで。

 

「というかな、本命の武器とかそういうモノじゃなくてな、俺としては使いたくない、そう、SF的な意味での技術的な領域のハナシになる上に、俺の実力とは胸を張って言えないからもうちょっと抑え目に……あぁもうわかったわかった、全力戦闘を望んでるもんなお前さんは。フォトン・アーツを仕込むから少しだけ時間をくれ」

「おう」

 

 怜治は不承不承、干将・莫耶を地面に突き刺した後、両手を前に突き出して「トレース・オン」と呟いた。自身の考えた詠唱を他人が呟く度にシロウはベコベコに凹んだ表情を浮かべざるを得ず、隣にいたロビンフッドが「まさかシロウって未来の大将?」なんて言ってきた為「違います、全然違います」と丁寧口調で返していたりする。

 両手の中に現出したのは、暴風で刀身が外部から見えないように細工されている大剣だった。

 全力という意味合いの言葉を受け取ってニヤニヤと笑っていたクー・フーリンも、凹んでいたシロウも流石にその大剣には表情を消し、鋭い視線で見ざるを得ない。

 

「……おいおい、何処かで見た獲物だな。魔力は無いようだが、一体どういうカラクリだよ」

「良く似た別物だよ。魔力の代わりに別の元素で機能している、お前さん達から見れば紛い物かもしれんが、強度は折り紙付きだ」

「怜治、オマエ、本当に何者なんだ? 干将・莫耶を投影し、挙句の果てにはエクスカリバーまで出したときたもんだ。まさかとは思うが――」

「絶対無い。シロウが俺の未来とかそういうハナシじゃない。強いて言えば、コレは科学の力だ」

 

 予想した通りの言葉が来たので、違うと断言したついでに投影魔術じゃないと遠まわしに暴露した怜治は、内心ではもう既に「何で俺投影のマネなんてしちゃったんだろうか。考えてみると今の俺ってスゲェイタイ奴じゃねぇか」と今更ながらに後悔していた。そりゃそうだろう。道端で大人がハドウケンやカメハメハのマネをする所業に似たナニカをしているのだから。

 ちなみにシロウはようやく得心がいったとばかりに頷き、だが微かに眉を寄せていた。以前言っていた「カリバーンもエクスカリバーも2つある」の言葉はコレか、と。まぁ、後1種類のエクスカリバーが何を指すのかは判らないのだが。

 自己嫌悪に陥りながらも、怜治は左手1本でエクスカリバーを持ち、右手の中に1辺数cm程度の大きさの正方形型ディスクをナノトランサーから取り出した。何をするつもりだと訝しげに観察している観客2名にも見えるように、怜治はエクスカリバーの柄の部分にディスクを押し当てると、カシャリという硬質な音と共に、極自然に武器の中にディスクが消えた。

 同様に、地面に突き刺している干将・莫耶に対しても同じ事をして、

 

「ディスクチェック……エラー無し。フォトン・アーツ、オールリンクスタート……動作再現チェック、良し……オールチェック、クリア。いけるな」

 

 やれやれと、本当にやれやれとした動作を見せて、干将・莫耶をナノトランサーへと送還し、大剣を後ろ手に構えて怜治は言った。

 

「行くぞ」

「応」

 

 トンッ、と怜治の足元から余りに軽薄な足音を発した癖に、10メートルの距離は2メートルを切るまで縮まっていた。差し込んだディスクの効果なのだろう、その動きは先程までの何処か荒削りなモノを内包していたそれとは一線を画すものだ。

 クー・フーリンの魔槍はそれ以上の接近を許す事をせず、精確に怜治を穿つ為に突き出そうとして、即座に払いの動作へと変化させる。

 大剣で全身を槍に見立てたような刺突を行う事を選択した怜治に寸毫の迷いも容赦も無い。全ての関節が恐ろしく滑らかに動き、完成された動作に一部の乱れも無く、クー・フーリンを突き穿つ動作、それはシロウ達が息を飲む程、洗練されたものだった。

 大銅鑼の大音声にも勝る轟音と同時に、ミシリと空間と、クー・フーリンの腕から肩までが軋みを上げる。完成された技術に裏打ちされた体重と武器の自重を真っ向から跳ね除けた代償だ。

 疼痛に似た痛みを無視し、払いの動作を持たせた魔槍の勢いを利用し逆手に持ち替え、石突きを用いて怜治の顎を打ち抜く為に一歩前に出た。

 それに対し、怜治は払われた大剣に体勢を泳がす事無く、その勢いを利用して詰められた距離を離し、クルリと回転しながら斬撃を発し、魔槍を丁寧に弾く。直後に、タン、タタン、と軽いステップを踏んだ。弾かれる事を前提に右手へと移動していたクー・フーリンを視界の正面に収めるようにして移動したのだ。

 神速に反応する速度は変わらず、だが無駄が、隙が完全に削ぎ落とされた結果、容易に対応してみせる怜治に、クー・フーリンは僅かに驚いたと眼を見開いてみせる。

 

「おいおい、動きが全然違うな。別人のようだぜ?」

「コレ位は出来て当然だ、今の俺ならな」

 

 金属が打ち合う硬質な音が、幾十度も部屋に響き渡る。それは、秒単位で見て、双剣と槍を打ち合った回数よりも明らかに増えていた。かわす事も無く、完全に真っ向から打ち合えているという事実に、クー・フーリンは喜んで良いのか、侮られていたと怒るべきなのか判らなくなり、半々で割った表情で、

 

「冗談じゃねぇぞ、手抜きにも程があったんじゃねぇか」

「ふざッけんな、こっちは使いたく無かったんだぞ。コレは、俺のモノじゃあないんだからな。お前さん達と手合わせする時は俺の実力だけ(ピン)でやりたかったってのに」

 

 クー・フーリンの抗議を逆ギレ風味に返した怜治に、訝しげな視線を送る3名だが、それには答えずに応戦に専心する怜治。

 重機関銃の如くコンマの世界で襲い掛かってくる魔槍の技と速さは、普段の怜治ならばシールドラインを歪ませるに足るものだったが、今の怜治には届かない。先読みの能力が身に付かずとも、所持者を変えて延々と繰り返される闘争の経験を余す事無く記録しているディスクをオラクル細胞全てにダウンロードしている状態の怜治が被弾を許す筈が無い。

 線ではなく、点として7度、雷撃の如く繰り出される神速の魔槍を弧と線を描いた不可視の大剣で悉くを打ち落とし、仕返しとばかりに弧の描き方を変化させ、自らも点の一撃を加えるべく、腕を突き出す怜治。

 先程よりも遥かに精度が上がった刺突を抱え上げるように上向きに弾いたクー・フーリンは刺突を行う為に槍を前に突き出そうとするも、大剣が倍の勢いを伴って跳ね上げた経路を逆に辿りながら己の頭部を粉砕せんと叩き降ろされた事を知覚し、咄嗟にその進路上に魔槍を掲げて綺麗に噛み合わせた。互いの二の腕が2回りも膨れ上がり、鍔迫り合いの濁った音が物理的な重圧を伴った空気を更に淀ませる。

 表情を見られての打ち合いは、顔に出やすい怜治にとって勘弁願いたい弱点である故に、既にオラクル細胞に表情の固定を命じている為、あくまで内心で、という前置きがつくが、速さに加えて膂力も技術も尋常ではない、ついでに言えば魔術という未だに理解出来ていない未知の概念をも扱える厄介な事この上ない相手に舌打ちをかましている。

 しかし、それはクー・フーリンとて同じだ。速さに関してはこちら側に届いていないが、力では怜治が上回り、技はまるで別人のように様変わりしたせいで非常にやり辛い。

 

「しかし、俺の槍を真正面から受け止めるなんざ、思いもしなかったぜ。前衛務めても良かったんじゃねぇの?」

「無茶言うな。この身体が無い上に記憶飛ばしていたんだぞ。自分を人間だと思い込んでいた状態では此処までやれん。ディスクも使えなかっただろうしな」

「俺達もクラス縛りがあったんだ、お互い様だろ?」

「そうかい」

 

 そんな会話を挟み、呼吸を合わせて互いに5メートル程バックステップで距離を取るも、半呼吸で即座に詰め直し、打ち合い続ける槍と大剣の応酬は苛烈さを増すばかりだ。クー・フーリンは不可視の大剣に対して有利な様に立ち回り、怜治は毒を伴う朱色の魔槍に対して最も有利な位置を取ろうとしながら、力と技を出し合っている。速さと戦闘経験で勝るクー・フーリンに互角の戦いを演じている怜治の動きは、ディスクの御陰もあってまるで別人だ。

 ディスクは、何もフォトン・アーツと呼ばれる偉人や英雄が考案し、戦時中に使い続けた技の再現をする為だけに使われているのではない。

 ディスクを武器に差込み、差し込んだ期間に獲得した戦闘経験を他者へフィードバックし、委譲する事が主目的なのだ。

 これは種族間で長い間、戦争をした事に起因している。

 幾らクローン技術や促成的に成長させる事が可能になったとしても、1から訓練するというのは時間がかかる。それを是とする風潮は無く、むしろ如何にそこをクリアするかが重要視されていた。

 そこで考案されたのが、ディスクシステムだった。

 訓練の過程を限度はあるが、ディスクに蓄積されたデータを脳にダウンロードし、擬似経験させる事で大幅に短縮する事を可能としたこのシステムは諸手を上げて受け入れられた。ただ、このディスクシステムが世に出たからこそ、グラール太陽系の種族間の戦争は大きく引き伸ばされたと言われているが。

 だが、このシステムにも弱点はある。

 例えば怜治の動きをディスクに収め、その辺にいる女子高生に取得させたとしよう。

 まず確実に初動で筋肉が断裂し、骨は粉微塵になり、神経は千切れてしまう。風圧等は衣類や皮膚にシールドラインを這わせれば幾らでも防げるが、肉体の強度と経験の不足を噛み合わせる事は幾らなんでも無理な為に、起こる現象だ。故に、素人にディスクを渡す際は、軍やガーディアンズが定めた、最低限度の経験を持つ、いわばLv1とも言える物のみが貸与、販売されている。

 怜治の場合はほぼ最初期から既に人間をやめている為、そういうダメージフィードバックを考慮しないで使える事が一番の強みにして、最大の武器と言っても良い。故に、遺跡や戦場で散った者達のディスクをその場で使用したり、発掘して即座にインストールして戦力の強化に努めた時期があった。

 

「……駄目だ、模擬戦じゃ勝てる気がしねぇ」

 

 乾き切った声と表情で怜治の動きを観察し、豊富な想像力で自身と怜治を戦わせた結果、諦めたロビンフッドに、黙って首肯するシロウ。強化魔術を用いずにデタラメな速さと強さを持ち、条件1つ変えただけでクー・フーリンと互角の戦いを演じている怜治にどう勝てと言うのだ。

 殺し合いならまだいけるだろう。シロウならば無限の剣製と壊れた幻想を用いての面制圧、ロビンフッドは罠とイチイの毒を用いた徹底的な長期戦を挑めば、勝ちを拾う事は出来よう。そこまでする機会が無いし、その気も無いので意味の無い仮定だが。

 

「しかし、今の大将の動き、自分のモノじゃないって言ってたけど、どういう事なのかねぇ」

「恐らく、だが。投影魔術には、全てとはいかないが担い手の経験を擬似的に憑依させる事が出来る。怜治もそれに近いものを行ったのだろう。あのディスクで」

「……じゃあ、あの武器使えば誰でも最強になれるんじゃね?」

「常人では身体が持たんだろう。相当の経験には相応の身体が必要だ」

 

 何気にシロウが真実を9割言い当てた時、戦局に変化が訪れる。

 ディスクの御陰で怜治に優位があるように見える戦いだが、実際は違う。ただの人が、ただの魔術師が、ただの戦士が神域に上り詰める為に、体力や魔力、時には命を用いて研磨・練成・精錬・強化しなければならないように、怜治もオラクル細胞によって強化している。

 魔力が枯渇すれば魔術は行使できない。体力が無くなれば動くこともままならない。命が消えれば死ぬしかない。それらは常識だ。

 その常識は、常識の範疇外に位置するオラクル細胞にも当て嵌まる。

 オラクル細胞は、あらゆる法則を無視した動きや進化を可能とさせる変わりに、膨大なカロリーを消費する。カロリーが無ければ理性を消してでも手当たり次第摂取する、それが唯一にして絶対の法則。本能と言い換えても良い。

 ドグン、と意思に反して脈動した自身の身体に、表情の固定化を停止させて顔を顰める怜治。

 戦闘状態を解除すれば余裕はまだまだあるが、戦闘状態を維持するならば持って後7分。アラガミを喰い荒らして補給していたように、眼の前の英雄を喰えと命じてくるオラクル細胞を意図的に無視し、

 

「悪いが、タイムリミットだ」

 

 淡々と、だが何処か切羽詰った風に呟き、大剣を翳して魔槍を受けきった瞬間、怜治は大剣を送還した。在り得ない消失に、僅かな、本当に僅かな、瞬時にも刹那にも満たないコンマ秒以下の世界で隙を晒したクー・フーリンは、ゾクリとした悪寒が背筋を疾った事を知る。

 

「トレース・オン」

 

 意味の無い言葉を呟き、微細な間隙を代償にナノトランサーから現出させた武器は、干将・莫耶だ。それを構え、自身から斬り込み、稲妻のような1撃・2撃・3撃の合計6連撃を受けきらせた怜治が、警告を発した。

 

「クー、避けろよ」

「何?」

 

 背筋の悪寒が、死を喚起する警報へと変わり、クー・フーリンは身構える。

 

「ブレード――」

 

 キーワードと脳波がディスクに届き、フォトン・アーツと呼ばれる『動作の再現』が始まる。

 力有る言霊が、怜治の内側から外側へと零れだすと同時に、怜治の身体がふわりと浮いた。フォトンが力場を用いて空間を操作し始めた証拠だ。

 手に持っていた武器はそのままに、怜治の胴体から数ミリ離した距離。

 そこからフォトンで構成された刃が無数に現れ、怜治の身体を中心として高速回転し、怜治自身もクー・フーリンへと迫ったのだ。

 咄嗟に構えていた槍で打ち払い、刃を粉砕するが、粉砕した傍から再生するのを見て、瞠目した。

 避けろという言葉は、コレの事か!!

 

「――デストラクション」

 

 身に纏わせた無数の刃がチェーンソー宜しく回転し、切り刻もうと迫ってくる怜治に、瞬き1つするかしないかの時間だけで、刃が届かないギリギリの距離まで離れる事に成功したクー・フーリンの足の速さはやはり、神速と呼ぶに相応しい。その移動速度に迫る勢いで突っ込む怜治のフォトン・アーツも大概だったが。

 そこから更にタン、と後ろへステップするように移動した後、微妙な高さで浮き続ける怜治の右、そして下へと、まるで地を這うような稲光と断言できる動きで滑り込み、魔槍を繰り出そうとするクー・フーリン。

 怜治の笑みの混じった声が、その頭上から振り下ろされる。

 

「そう来ると思ったぞ」

 

 その眼前に、刃が出現した。

 横回転していた刃が消失すると同時に、フォトンで固定していた体の向きを、クー・フーリンが居る場所へと瞬間的に振り向かせ、回転軸を90度変化させた刃が自身の身体付近から再出現させたのだ。

 身体の体勢を変える為に、無理に足のバネを捻るようにして使い、真横へと転がるようにして回避したクー・フーリンに、更なる追撃が襲う。

 構えていた干将・莫耶にフォトン刃が集り、時間差で振り下ろして、衝撃波を発し、それを槍で受け止めたクー・フーリンの槍が、腕が、肩が、腰が、膝が、足首が大きく軋みをあげた。余りの威力に強化している筈の腕に軽い痺れが伝わり、意図せずして弾き飛ばされかけたのだ。

 

「トレース・オン」

 

 未だ宙に浮かぶ怜治の手から干将・莫耶が消え去り、代わりとして収まったのは、先程送還した大剣だ。

 この距離は既に射程圏内、この一撃でケリがつく、そう判断しての、フォトン・アーツの使用。

 その判断は、クー・フーリン以外ならば正しかった。

 カチリ、とスイッチを押し込み、スタンモードへと変更させて思念を大剣に送ると、刀身に這わせていた暴風が消え去り、黄金の刀身が露出し、精神と生体電流をダウンさせる事に特化したフォトン粒子がその刀身に纏わり付いた。

 

「グラウンド――」

 

 フォトン・アーツを発動する為のキーワードを言葉として出しかけた怜治が、その直前にクー・フーリンの身体と魔槍にルーン魔術特有の輝きが宿るのを見て、表情をひきつらせた。アレは、強化のルーン。自身の魔力のほぼ全てと引き換えに自身の身体強化を行う魔術、その強さを、ステータス1ランク上昇の意味を、マスターであった怜治は知悉している。しているが、止まることは出来ない。

 1度発動したフォトン・アーツを強制停止させる事は出来ない。連撃として数段階に分けられたフォトン・アーツならば、その合間合間で発動させるか、ディレイをかけるか等は選択出来るが、たった今発動したフォトン・アーツはただの1連撃だ。

 結果が見えたな、と諦念した怜治は、言葉を放つ。

 

「――クラッシャー!!」

 

 通常なら存在の全てを断裂、切断、消滅させる白いフォトンと衝撃破の集合体が、大剣の刀身全てを使って爆発的な速度でクー・フーリンに迫った。瞬き1つするかしないかで到達し、直撃すればスタンモードによって精神と肉体の両方を昏倒せしめる攻撃。それを、クー・フーリンはかわした。

 否、かわした、というのは正確ではない。

 先の速さが神速だとするならば、今の彼の速さは神の領域を超えた魔速だ。コマ落としのように、クー・フーリンは怜治の背後に回り、その過程でグラウンドクラッシャーを回避したのだ。

 大剣を振り下ろした体勢の怜治に、背後に回ったクー・フーリンの槍を防ぐ事は出来ない。

 コツン、と槍で頭を軽く叩かれ、勝敗は、決した。

 

「俺の負け、だな」

「あぁ」

 

 溜息混じりの敗北宣言を受け入れ、槍を虚空へと消したクー・フーリンの表情は、明るい。宝具の真名解放を使わなかったが、ルーン魔術を使ってまでの全力戦闘だったのだ、コレで浮かない顔をしていたらとんだ贅沢者だと罵られてもおかしくはない。

 逆に、ズーン、と落ち込んでいるのが怜治だ。

 

「……判ってたんだがな、ディスク使っても俺自身に先読みが備わっていないから、絶対何処かでミスって負けるのはさ。でもやっぱ悔しいものは悔しいわけだ」

「お、もっかいやるってのか? 良いぜ良いぜ、そういう気概合ってこそ伸びるってモンだ」

「いやいやいやいや、もうガス欠だ、飯喰わないとヤバイから。シロウ、急ぎで何か喰えるものを作ってくれ、オラクル細胞が悲鳴を上げている」

 

 部屋を元に戻しながら言った怜治の言葉に、首を傾げるシロウを含めた元英霊達。オラクル細胞の事をきちんと知らない事もあり、事の重要性に気付いていないのだ。

 故に、ナノトランサーからペロリーメイトを取り出して、包装紙ごとモグッシャモグッシャしながら、爆弾を放り込んだ。

 

「簡単に言うと、オラクル細胞に栄養が行き渡らなくなると、理性が消失して土だろうが人だろうが金属だろうが何でも喰い始めるから、出来るだけ急いでくれると助かる。優先ターゲットはお前さん達全員になってる」

 

 絶句した3名の内、逸早く立ち直ったのはシロウで、鬼気迫る表情で山盛りパスタをこしらえ始める。何気にこの場全員の生命の危機に陥っている事を把握したのだ、そうもなる。

 ロビンフッドは疑問を感じていた。怜治の身体の事を把握していないまま此処まで来ていたのだ、そろそろ話して貰いたいと思うのも道理だろう。

 

「そういや大将、オラクル細胞って、何?」

「自己進化と自己強化が可能な細胞の事だ。この細胞は心臓やら脳やら肝臓やら胃やらなんやら、とにかく全ての機能を単細胞で持っているんだよ。おまけに硬い。ドリルでも穴開かないし、銃弾も通さないし、猛毒とかの絡め手も殆ど効かない。で、今の俺の体の9割はコレで構成されている。ただ、コレにも弱点があってな。人外以上の動きが出来るようになるんだが、とにかくカロリー消費が酷くてな。カロリーが尽きると暴走状態になって手当たり次第、目に付くもの全てを喰うんだよ」

 

 で、今のターゲットはお前さん達な、と指差しする怜治に、思わずロビンフッドは一歩引き、クー・フーリンは顔を顰めた。吸血鬼を思い出したのだろう。2人の表情を視て、英霊なのに常人の反応だ、とズレた考えをしている怜治が、

 

「ああ、飯喰ってればそんな事もないし、喰わずとも地面の土やらフローリングやら、最悪服や武器を喰えばそうはならんし、今はシロウが飯を作ってるからな」

 

 視線の先には、割と全力で必死な感じのシロウが飯をドコスカ作っている。山盛りパスタが富士山盛りになり、特大皿を2つ程埋めてきているが、それでも作る手をやめようとしない。以前の食事で許容量がどの位かを何となく把握したが故の、トンデモ量を作っているのだ。

 ついでに怜治もナノトランサーからペロリーメイトを出しては食べる事をやめていない。この程度の量を喰っても焼け石に水なのだが、それでも喰わないと本気でヤバイ領域に到達している為、やめる事は無い。

 

「怜治、取り合えず第一陣だ」

「お、了解。少し行儀悪いが、まぁ、今回ばかりは我慢してもらうぞ。では、イタダキマス」

 

 と言って、怜治は上半身に纏っていた服をナノトランサーに送還し、おもむろに特大皿に盛り付けられたパスタに胸から突っ込ませた。

 直後、上半身からズゾゾゾゾゾゾゾと吸い込む音と、グチャリグチャリと咀嚼音が部屋一杯に響き渡った。

 口から喰うのがもどかしかったのか、上半身全部使って喰っているのだ。大分理性が飛んでいる証でも有る。

 

「うわぁ気持ち悪ぃ」

 

 と、顔を顰めるロビンフッドを筆頭に、良い顔をしていない3名に、すまんな、と謝罪しつつも、やめようとはしない。

 物の数秒で喰い切り、2皿目に取り掛かる怜治を見て、流石にアレな気分になったのか、クー・フーリンもロビンフッドも自室へと戻ると言って、位相をずらして自室へと消えた。

 残ったのは、シロウだけで、非難がましい視線を向けながらも作る手はやめない。

 

「……一応、全裸にならなかったんだがな」

「そういう問題ではない」

 

 溜息をついて、シロウは作ることに集中する事にした。

 以前に、もっとカロリーをくれとか、質より量とか言っていた意味を真に理解するまで、時間はかからなかった。

 尚、これ以降、怜治が投影魔術のみならず、魔術の真似事をする事は無かった。




※やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。はガガガ文庫にて発売中ですが、当作品とは一切関係がありません。


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38:一夏と対話

※念の為ですが、一夏の過去は公式で明記されておりません。


 ツーマンセル・トーナメントまで既に一週間を切った初夏。蒸し暑さが徐々に徐々にIS学園内まで侵食してきており、生徒達も薄着になってくる時期。

 今年の夏は猛暑になるでしょう、とインターネットでお天気お姉さんが言っていたというのに、センクラッドはいつもの黒尽くめである。上下スイーパーノワールとか気が狂ってるんじゃないかと突っ込まれそうな格好をしているのにも拘らず、汗一つかいていない。シールドラインによる温度調節機能に加え、オラクル細胞が適切と感じる温度を拡大した結果だ。そもそも肉体的な意味で汗なぞ元より出るわけも無い。

 今現在の放課後、センクラッドは珍しい事に自室から出ていた。護衛としてロビンフッドが居るからというのもある。ただ、それを知らない者達からすれば独りで出歩いているように見えるのは当然で、好奇の視線がザックザックと刺さってきている。

 無表情、かつ視線を気の無い風に装って移動させる様にオラクル細胞に指示していなければ、辟易とした表情や渋面を作っていただろう。

 さて、センクラッド達が向かっている先は第1アリーナ。ツーマンセル・トーナメントで居残り練習をしている一夏と箒、セシリアと鈴音が居る筈なのだ。一週間を切った今現在において、6時~24時まで開放されているアリーナだが、それ故に1組1組が借りれる時間というものは著しく制限されている。

 なので、裏道というか抜け道として、手札がバレても問題ない者達が時間帯をずらして借りるという手段があった。それを一夏達は採った。

 IS関連の行事は、IS学園のそれにおいても国の代理戦争と言っても差し支えは無い。殺気立つ生徒も多少以上、中々未満の数で居る為、一夏達が採る行動というのは、どちらかと言えば非常識な、そこまで重要視していない者達にとっては常識的な部類に分けられるものだが、名より実を取るタイプの面子であった為、さして問題にはしていなかった。

 Aピットに入ったセンクラッドが、備え付けのタブレットでアリーナ内を観察してみると、今は一夏と箒の訓練をしているようだ。セシリアのビットが空中を切り裂き、箒がそれらを悉く避けつつも攻めあぐねているのは、鈴音の堅実な龍咆の援護射撃によるものが大きい。

 近接一辺倒である一夏を捌きつつ、龍咆を箒の進路上に置く手腕は流石としか言い様が無い。

 

「……予想通りか」

 

 小さく嘆息する。

 ラウラと一夏の喧嘩を仲裁した際に、一夏の負の感情が強く湧き出たのを視た事が有る。

 不用意な発言をしたと気付いたのは、その直後だった。強い方が勝つ、その言葉に一夏自身へ向けた怒りを発していた。

 後日、一夏の戦績や成績を楯無から許可を得て見たが、散々なものだった。

 専用機に助けられているような戦績に、筆記の点数は低空を維持。コレでは一夏が浅草で言っていた『皆を守る』なんて夢のまた夢だろう。

 一夏の置かれている立場は非常に危ういのは、外部にいるセンクラッドでも十分に理解出来る。女尊男卑の風潮を、ISを女性のみに扱わせたいISの神秘化・神聖化をしている人種からすれば眼の上のタンコブどころではない。いつ殺されてもおかしくない。

 各国家間では国籍の取引が水面下でありそうだし、解剖まではされないだろうけれども、モルモット扱いはほぼ確定だ。

 一夏もそれに気付いている。

 だから、力が欲しいのだ、眼に見えた強い力が。それは別に良い、力を求める事は何ら悪い事ではない。

 だが、タブレット越しに見る一夏の動きは酷いものだった。

 安定性がない。

 セシリアと戦った時よりも被弾率が増えている。

 焦りばかりが先行しているようにしか見えない。

 

「もう少し早く来れば良かったのか、それとも気付くまで待てば善かったのか。難しいところだが……まぁ、良い」

 

 どうせ俺は浅慮で短慮だ、と、何やら不穏当な言葉を鼻へと抜けさせ、センクラッドはコツコツとピットからアリーナへ繋ぐエレベーターに乗った。

 振動も殆ど無く、割とすぐにドアが開いた。

 視界に広がる銃弾とエネルギー弾の嵐。アリーナの土が凄まじい勢いで吹っ飛び、焦げ、均されていくのを視て、センクラッドは思わず懐かしいと感じてしまった。グラール太陽系で起きたSEEDとの戦争でも似た様なのがあったな、と思い出しているのだ。

 尤も、アレと比較するなら規模は遥かに下回っているが。

 最初に気付いたのは、鈴音だった。

 

『え、ちょ、待った!! ファーロスさんが来てる!!』

 

 プライベートチャンネルによってその場にいる全員が聞き、模擬戦を中断した。

 手をヒラヒラさせるセンクラッドに、一夏達が不思議そうな表情を浮かべて寄って行く。一夏の感情は……仄かな黒い輝きを持っていたが。

 

「すまんな、模擬戦中に」

「別に大丈夫だけど、何の用? あ、私と闘り合うって事?」

「全くそんなつもりはないので精々残念がってくれ。一夏を借りたいんだが。あぁ、後でなら終わるまで待っても良い」

 

 ぎょっとし、次いで気まずい表情になる一夏。心や感情が読めるらしいのだ、自分の心なぞお見通しだろう。言われるのは忠告か説教か。そんな捻くれた考えになる程度には、一夏は焦燥感でイッパイイッパイになっていた。

 普段はそういう事を考えるタイプではないのに。原因は言うまでも無くラウラとの一件である。

 

「――皆、悪い、ちょっと行って来る」

「すまんな。ピットまで戻ろうか」

 

 そう言って、センクラッドは身を翻してエレベーターに乗った。一夏は溜息を押し殺して、飛翔する。その飛び方は、何処か不安定な心を映し出していた。

 数分後。

 ISを解除した一夏とセンクラッドが向き合って立っている。

 ピリピリした雰囲気の一夏に、表情が無いままのセンクラッド。何処から視ても重い雰囲気である。姿を隠して横に居るロビンフッドなぞ「めんどくせぇ、かえりてぇ、何この修羅場」と思ってすらいる。

 此処に整備課の生徒達が居なくて良かった。ツーマンセル・トーナメント直前の為、該当者のみがアリーナを使用可能になっている。もし居たらセンクラッドは「事あるごとにイチャモンつけるKY星人」とか言われていただろう。

 

「それで、俺に用って?」

「言い忘れていた。お前さんが不快になると思うが、良いか?」

 

 随分ハッキリと物を言う人だ、と一夏は苦笑する。まぁ、そういう人なんだ、今更だろう、セシリアや鈴の時もそうだったんだろうし、と納得するこういう時の一夏は、大人だ。

 頷いた一夏に、そうか、と呟いて、センクラッドは、

 

「判らない事があってな」

「判らない事?」

「あぁ。判らない事だ。俺がボーデヴィッヒさんに言った、強い方が勝つ云々でお前さんは、俺ではなく自分自身に憎悪を向けていた。敵意ではない、憎悪だぞ。そんなに自分を憎むのは、そうだな……この星に来てから色々な人を視てきたがお前さんが一番酷かった。何がお前さんをそうさせた?」

 

 別にあの言葉でどう思おうがセンクラッドからしてみれば大事ではない。問題となるのは感情ののベクトルだ。正論だろうが何だろうが、聞きたくない言葉を他人から言われれば、僅かなりとも苛立ち以上の感情が出てくるのは人として当然だろう。

 だが、一夏の負のベクトルは全て、一夏自身とラウラに向けられていた。自身へ7割、ラウラへ3割。

 異常とまではいかないが、変だ。

 そう指摘された一夏は、思わず苦い表情を浮かべる。

 ラウラが指摘し、センクラッドが心を、感情を読めると認めた時点で、言い訳を考えれば良かったのだが、無意識下で遠ざけたいという想いがあった為、それが出来ていなかった。

 だが、言えない。言えるわけが無い。

 思い出すのは、過去。

 

 人質となった自分。

 至る所で倒れた人々。

 甲高い音を立てていた銃撃戦。

 震える手で取った重い銃。

 ガチガチと歯が鳴る自分。

 朱色よりも黒く見えた大量の血。

 泣きそうな表情で手を差し伸べていた千冬姉。

 

 それらが脳裏に焼きついて離れない。それらが心に焼き込まれて離れない。

 あの日、織斑一夏は死に、あの時、織斑一夏が生まれたのだ。

 

「……ごめん、ファーロスさん。それだけは言えない」

「ふむ……なら、質問を変えよう。自分を憎むというのは、誰かを憎むよりもプラスにならない事は、判っているのか?」

「判ってる、それ位判ってるよ。でも、コレが俺の生き方なんだ……」

 

 絞り出すように言葉を外気に晒した一夏とその言葉は、酷く乾いていた。表情もこそげ落ち、まるで幽鬼のようだ。

 一夏のその表情と感情を視たセンクラッドは、無表情のまま、

 

「歪んでいるな」

 

 バッサリと斬って捨てたセンクラッドに、罅割れた、力ない苦笑を浮かべる一夏。そんな事は自分でも判っている。自分が誘拐された時に、自分の無力さを思い知り、この学園に来て自分の無知加減を思い知った。

 生きている限り証明し続けなければならない。織斑千冬の弟である事を、織斑一夏である事を。

 それが出来ないのなら、人をやめるしかない、千冬姉が言っていたように。

 だが、それは出来ない。あの日、自分は誓った筈だ。心が死んだとしても、約束と自らに課した誓いは果たさねばならない。それは、義務感に近い魂の律動と本能の衝動。

 正しく織斑一夏は、歪んでいる。

 

「ただ、俺はそれで良いと思う」

「――え?」

 

 一夏を斬り捨てた筈のセンクラッドが言う、言葉。

 無意識に歯を食い縛りかけていた一夏は、弾かれたようにセンクラッドに視線を向けた。

 小さな、本当に小さな。苦いものを交えてだが、笑っていた。それは、どこか懐かしむような、悼むような、そんな笑顔。

 

「俺の身内にな、お前さんとは少し違うベクトルの奴だが似ているタイプがいる。ガキの頃にどうしようもないクラスの災害に巻き込まれたせいで歪んじまってな。何もかも自分のせいだと言い続けて、誰かを救う為に奔走して。その『誰か』が誰を指すのか判らんまま救うという行為だけに執着した奴がいる」

 

 開いていた眼を閉じ、笑みはそのまま、諳んじるように、謳うように言葉を紡ぐセンクラッド。

 未曾有の大災害に巻き込まれ、ほぼ自分だけが生還し、死人の為に生き続けなければならないと、この身は誰かの為に生きなければならないと強迫観念に突き動かされ、誰にも泣いて欲しくないという想いと祈りを胸に、セイギノミカタになった男。

 その広い背中でマスターを庇いながら、傷だらけになりながらも月の聖杯戦争を共に駆け抜けた、或いは敵対した錬鉄の英雄。

 

「もう1人、そいつとは違うベクトルの奴がいてな。これもガキの頃にどうしようもないクラスの災害に巻き込まれたせいで歪んだ奴なんだがな。コレもまた酷くてなぁ。何もかも他人のせいにし続けてな、手当たり次第襲う奴で対処に困った事がある。今は更正しているが、いや酷かったぞ、アレは」

 

 異世界へと転移し、人体実験を課せられ、復讐心と他者に対する憎悪と誰も助けてくれなかったという身勝手な絶望だけで生き延び、自分が味わった気持ちを共有させる為に虐殺や襲撃を繰り返そうとしていた自分。正に対極だと苦笑する他ないセンクラッド。

 

「そんな奴らでも、生きていられるんだ。宇宙は……広いんだ、一夏。お前さんは地球全体から見れば、その心は間違っているかもしれない。だがな、そんなもの、俺達から見れば個性と片付けられるモンだ。お前さんは、お前さんがやりたいようにやれば良い。全ては自分に跳ね返ってくる事を忘れなければ何をやっても良い。その結果、お前さんがどうなろうともお前さんの責任だがな」

「……もし、俺の考えとファーロスさんの考えが対立したら?」

 

 一夏の言葉は、意地めいた想いと僅かな期待が籠っていた。

 センクラッドの言葉は、一見聞こえが良い言葉だ。だが、対立した際どうなるかまでは言っていない事を、一夏は気付いていた。

 そして、異星人ならではの答えを求めていた。救いとなるかもしれない言葉を。

 

「まずは話し合う。無理なら力で、面倒なら逃げる。そこは、どんな世界でも変わらんよ」

 

 落胆。

 答えは常識一辺倒で、近道は無いと宣言されたようで、一夏は身勝手にも落胆していた。身勝手だという事は自覚している。でも、何かあるんじゃないかと思うのが、人の性だ。

 自分に無いものを幾つも持っている目の前の異星人なら、或いは。そう考えるのは仕方ない事だ。

 

「相互理解に近道なんて無いさ。あるとしたら、まぁ、心を直接通わすとかだが、流石にそれは出来ないだろう」

「確かにそりゃ、まぁ……」

「それによしんば出来たとしても、それで拗れる可能性もある。見たくも無い欲望だの絶望だの過去だのを視たら、嫌悪感が先に来てもおかしくない。心がある以上は、仕方ない事、だと思うが」

 

 苦味を増した笑みに、一夏は過去にそういう事があったのだと推察した。結局、近道等無いと言う事を教えられて肩を落としていた一夏だったが、センクラッドに軽く肩を叩かれて、知らずに下がっていた視線を戻すと、

 

「焦るな、一夏。お前さんはまだまだ子供だ。子供が背伸びしても火傷をするだけだ。さっきも言った通り、お前さんは、お前さんがやりたいようにやれば良い。子供は素直で真っ直ぐなのが一番さ。まぁ、まずは自分の事だけを考えてみるのが近道だろう」

 

 その声は、センクラッドが思っている以上に優しい、そして後悔の響きを伴っていた。表情は変わらず、だが声に乗せた想いは強く、そして優しい。

 こういう言葉をかけてくれる大人って俺の周りにいなかったなぁ、と思う一夏が、何の気なしに。

 

「何か、ファーロスさんて」

「ん? 何だ?」

「いや、お父さんみたいだなって」

 

 ビシリ。

 と固まった。ギギギギギギ、と油が切れた機械のような首の動かし方をしながら、センクラッドは、平坦な表情で平坦な声を出そうとして、盛大に失敗した。オラクル細胞で制御し直さないと、駄々漏れっぱなしな位には、動揺している。

 

「こ、この場合は、お兄さん、ではないのか?」

「うーん、どちらかといえば、お父さんぽいかなって。達観しているところもあるし、懐広そうだし、千冬姉と上手く付き合ってるし」

「い、いやいや、ちょっと待とうか。流石に27歳でお父さん呼ばわりはキツイものがあるぞ。というか千冬と上手く付き合えるってなんだ、普通だろう」

「普通じゃないから言ってるんだけどなぁ。だってあの千冬姉だぜ?」

 

 苦笑する側される側が入れ替わり、マジかよと呻く中年手前と千冬姉の傍若無人ぷりを制御出来たり対等に付き合えたりするだけでそいつは大人通り越して親世代、みたいな事を言う少年。

 余談だが、護衛役のロビンフッドは蹲って腹筋を全力で使って笑いを堪えていた。あんまりな言葉を言い放った一夏と、あんまりだと言う表情を浮かべたセンクラッドに、思わずコントかとツッコミかけていたりもした。

 まぁ、出来ないから我慢して蹲っているのだが。護衛はどうしたシャーウッドの森の守護者。

 

「いやまぁ、言いたい事はわかる、凄い判るんだがな、あの独身女帝に関してそう言いたいのは」

「だろ?」

「でもな一夏、流石に親は無いだろう、親は。俺に育児の経験は無いんだぞ」

「じゃあ、保父さんとか?」

「無茶振りも良いところだろうそれも。俺が保育園で働くとかナンセンス過ぎる」

 

 どんどん脱線していくが、この場に止められる者は居ない。念話はサーヴァントでなくなったロビンフッドは出来ないし、透明化している状態で服なぞ引っ張ろうものならカメラに映る。気付けの殺気を飛ばしたら一夏にバレる、その為、ロビンフッドは完全に観客と化していた。

 シロウがこの場に居れば、やれやれと肩を竦めてセンクラッド達の会話の路線を元に戻せるのだが、生憎現在は更識簪と緑茶を飲んでいる為、此処には居ない。

 故に、どんどん脱線していく。

 

「というかお父さん、お父さんてお前さん……俺はアレか、皆のパパリンみたいなそういう感じなのか。俺としてはまだまだ子供だと思っていたのに」

「いやぁ27で子供ってのはどうかと思うよ? セシリアや鈴にも説教したって聞いたけど、ファーロスさんやっぱ大人になったって事じゃないの?」

「えぇ……嫌な年の感じ方だぞ、それは……アレだ、俺はまだ子供で、周りがもっと子供という意見はどうだろうか」

「それだと俺らなんて赤ん坊みたいなモノになるけど……」

「あぁ、そうか、そうだよな……でも俺、そんなに説教くさいか……?」

「説教というか諭すというか、そんな感じなのはあると思うよ。千冬姉からも諭された事があるって聞いたし」

 

 脱線する度、センクラッドがダメージを受ける珍しい構図が出来上がっていた。自分で説教癖に気付いていない辺り、とんだ大人である。年を食えば説教くさくなるものだが、それを自覚していないのは頂けないだろう。

 まぁ、自覚してオーバーキル寸前の精神状態、つまりガチ凹みしているわけだが。

 そんな状態のセンクラッドを見て、やや快活な笑い声をあげる一夏、笑われて割と本気で凹むセンクラッド。

 この場の雰囲気は、少なくとも柔らかくなったと言えるだろう。

 一夏の心の負の感情が、僅か以上、結構未満で減じた事を視て確認したセンクラッドが、次の手を打つべく、言葉を紡ぐ。

 

「――あーすっかり言い忘れていたが、一夏」

「え?」

「更識簪は判るか?」

「ええっと……この前、模擬戦で組んだ子かな?」

「そうだ。少し吹っ切れただろうからついでに言っておくが、あの子の事を気にかけてやってくれないか?」

 

 意外な頼みに、眼を瞬かせる一夏。どういう意味だろうか。もしかして、ツーマンセル・トーナメントで組んで欲しいとか、そういう事か。いやいや、そんな事をしたら内政干渉とかそういう奴なんじゃないか。それに、そもそも俺は箒と組んでいるしなぁ。

 此処まで考えて、ようやく一夏は相手が返答を待っていると気付いた。

 

「えっと、もうツーマンセルは相手決まってるんだけど……」

「あぁいやそうじゃない。あの子、事情があってな、お前さんを少し恨んでるんだよ」

「へ?」

「倉持技研て判るか?」

 

 そう言われて、一夏は記憶からその単語を発掘して諳んじてみせた。白式の研究場所にして、ISの傑作機の1つである打鉄の開発元だと。

 センクラッドはそれに頷き、

 

「打鉄弐式を開発しようとして、白式に人員の殆どを取られている状態だそうだ」

「……あぁ、それは、その……」

 

 苦虫を噛み潰し、気まずさを足して割ったような表情を浮かべる一夏に、苦笑しながら仕方ないんだと肩を叩くセンクラッド。

 

「まぁ、その子も悪いんだ。更識楯無という生徒会長が居るんだが、わかるか?」

「いやちっとも。変な名前だなぁって位には思ったかな」

「……お前さん、それ絶対に本人には言うなよ。いや、まぁ、とにかく居るんだがな、たった1人でISを組み上げたんだとさ」

「――はぁ!? いや、無理だろそれ」

「俺も無理だと思うんだが、公式ではそうらしい。で、妹である簪さんも、それを目指したわけだ」

「……えぇー……」

 

 今度は「それは、ちょっと、無理だって」と言いたげな表情を浮かべた一夏に、これまた似たような表情を浮かべて、先程同様に仕方ないんだと肩を叩くセンクラッド。

 正直どうかと思うのは2人どころか大体の者達の共通した見解だ。ただ1人で組み上げるなんて一体どんな無茶を通せば出来るのだろうか。逆に言えば楯無は天才だという証明にもなっているが、簪もそうなのかと言うと首を傾げざるを得ない。それ程までに、姉妹の才覚差は広く深い。

 

「有体に言えば、シスコンだ一夏。姉をコンプレックスとして思って、姉を超えたいと思うが余り、姉の軌跡をなぞっている。もう少し別の方向性でやれば良いのに、態々相手の得意分野で勝負するとは、正直ナンセンスだと思うが、まぁ、それはそれって奴かもしれん……ん、どうした一夏?」

「い、いや、何でも無いッスよ? 全然これっぽっちも何も思ってないッスよ?」

「何故半端な体育系の敬語を……まぁ良い。とにかく、まぁ、お前さんを逆恨みぽい感じで恨んでいるんだが、広い心で赦してやってくれ。ついでに言うとどうにかしてくれ」

「え。いや、いやいやっ無理だって!! アレしか会ってないんだよ俺、ほら、何と言うかそういうのって姉妹で決着つけた方が良いだろ? というかどうやってどうにかしろってんだよ」

 

 じゃあお前のそのコンプレックスやら誓いやらも姉弟で決着つけろよ、とツッコミを喰らう機会は、当然だが無い。センクラッドは知らないのだから。まぁ、楯無か箒、千冬のいずれかが居たらツッコミを喰らっていたが。

 一方のセンクラッドも酷い。俺に任せろと言っておきながらコレである。簪に関してはシロウと一夏に投げたあたり、丸投げ精神が極まっているとも言えよう。所詮はゴリ押しで世界を救った脳筋の哀しい限界という奴である。

 

「簡単だ。口説け。落とせ」

 

 こいつ最低だ。

 

「なにそれひどい。いや違う、ファーロスさん、俺口説いた事無いんだってば!!」

「それは嘘だろう。箒さんや鈴音さんを口説いたと聞いたが」

「はぁ!? いや、口説いた事ねーし!! 誰だよそんなデマ広げた……もしかして、黛先輩かぁ!!」

 

 否定しようとして、暫く会っていない、自称新聞部のエースを思い出した。こう、青空で爽やかウザスマイルを浮かべている感じの。

 思わず後半で吼えてしまった一夏に驚く事も無く、センクラッドは頷く事で肯定し、

 

「お前さんは一度、週間IS学園新聞を読むべきだ」

「え、あれ? でもファーロスさん、一体どうやって……」

「あぁ、俺の部屋の前に毎回律儀に置かれているからな。一応全部保管しているし、今読んでみるか?」

「下さい」

 

 ナノトランサーから現出させたペーパーを半ば引っ手繰るようにして受け取り、血走った眼で速読している一夏が、

 

「……何ッだコレ……」

 

 と絶句する位には(一夏から見て)酷いゴシップな感じで書かれていた。よく千冬がキレなかったものだ。

 箒と鈴音が一夏を取り合って恋の鞘当をしているだの、千冬がセンクラッドの事を少なからず想っているだの、センクラッドが千冬を口説いているだの、女に興味が無い一夏はホモかもしれないだの、一夏が箒に『付き合ってくれ』と言わせたりしていただの、エライ酷い事を書かれているのだ。

 コレはキレても良いだろう、と言わんばかりに、顔に井桁を張り巡らせた一夏が、

 

「なんッじゃこりゃぁ!?」

 

 とやはり吼えるのは仕方ないのだろう、多分。きっと。

 まぁ、吼えても叫んでもそよ風にも感じていないセンクラッドが、プルプルプルプルと全身を震わせて遺憾の意を発動している一夏に、

 

「ほら、一夏。そこの見出しにお前さんが箒さんに付き合ってくれと言わせていると書いているだろう」

「こ、コレそういう意味じゃないよ!? ツーマンセル・トーナメントのパートナーって意味だと言われたんだ、っていやその前に俺と箒しかあの場所居なかった筈……え、どういう事なの……」

「おーい、一夏、取り合えず帰って来い」

「あで!?」

 

 軽く頭を叩かれて、正気に戻る一夏。

 苦笑しているセンクラッドが眼の前に居り、意識を飛ばして考えていた事に気付いて赤面した一夏を宥めるように、

 

「というわけで一夏。お前さん、口説くというよりも難易度が高い、仕向けるという行動が出来るんだ、いけるいける」

「む、無理無理無理無理!! だから、アレ違うんだって!!」

 

 途中から。

 本当に途中から「あぁコイツ遊んでるな」と気付いたロビンフッドがゴロリと横になってだらけているわけだが。一応、コッソリとイチイの矢を監視カメラと一夏達からは見えない位置に置いて凶悪なトラップを仕掛けていたりはするが、最早やる気は皆無である。

 それに気付くわけが無い一夏と、気付いても良いんじゃないの別にとスルーしているセンクラッドのアホな応酬は、一夏の口から「と、取り合えずツーマンセル・トーナメント終わってから話し合ってみるよ」と出るまで延々と続けられていた。

 精神的に疲労困憊になりながらもその後、待っていた箒達と模擬戦をしている辺り、一夏は割とダークな気分から開放されていたりするが、本人は気付いていない。



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EX―IS10:簪と対話

 更識簪。

 日本の裏を取り仕切る暗部、更識家の次女。IS関連以外にも高い知性と見た目にそぐわぬ運動神経を持つ才女。

 普段は人形の様な、何処か無機質な雰囲気を纏っている彼女だが、今は困惑して男が手にしている2本の魔法瓶を凝視していた。

 何故なら。

 

「それで、どちらが良いかね?」

「……緑茶でお願いします」

 

 異星人の護衛役が接触してきたからだ。

 幾らやっても埒が明かない、愛機予定の打鉄弐式を完成させようと、教師から特例として第2アリーナのBピットでプログラムの構築や修正、ISを纏ってのトライアンドエラーを繰り返している時に、浅黒い肌に真っ白な頭髪を逆立てている、紅と赤の衣服を纏う美丈夫が現れた。

 最初見た時は何かの間違いだろうと思ったのだ。だって此処には自分しか居ないのだから。

 何の目的があって自分と接触してきたか、流石の簪も想像の埒外だ。幾らなんでも「姉との仲や一夏との確執をどうにかする」なんて個人的極まりない目的があるとは夢想だにしなかったのである。

 

「君は、此処で何を?」

「――え?」

 

 予想もしない形で予想出来ない質問をされたと気付いたのは、3秒後。表情を崩してぽかんと見詰めた簪に悪気は無いし他意も無い。

 だが、ハッと我に返り、瞬時に思考を奔らせる簪。安易に打ち明けるべきではない、と判断し、出したのは当たり障りの無い言葉。

 

「このISの、調整を。ええと……」

「あぁ失礼。シロウと呼んで欲しい。君は?」

「簪、更識簪です」

 

 共に名乗りを上げて、挨拶をした後、シロウはISを視界に収めて腕組みをした。

 上半身につけるパーツは薄く、しなやかと言っても良い装甲が主軸で、目立つ部分といえば肩部にある大型のウィングスラスターとジェットブースターだ。

 下半身につけるパーツは外に広がるスカートタイプのアーマーで連結方式ではなく、独立方式を採用しているようだ。

 色を蒼と白に染めれば彼女のような鎧(形状)にも見えない事は無いか、と最近センクラッドに毒されすぎて愚にも付かない、或いは郷愁染みた過去の重ね合わせをしている事に気付き、口から小さな自嘲めいた嘆息を吐きつつ、

 

「ふむ……そのIS、倉持技研の系列のように見えるが、まさか新型か?」

 

 ズバリ核心を突いた言葉に、表情を強張らせる簪。異星人が看破するとは思わなかったが故の、表情の推移。だが、何かしらを言う前に、シロウが再度、言葉を発した。

 

「あぁいや、いきなりですまない。私は元々……機械弄りが趣味でね。織斑教諭から教本を渡されて寸暇を惜しんで読破したのだよ。それで、形状を見て、見てきた物と違うと感じたので言ってみたのだが」

「いえ……あってます」

「成る程、しかし細部まで見なければまるで別物に見える。装甲と安定を取った打鉄とは違い、随分シャープな感じになったのだな。コレは、君が?」

「えぇ……まだ、未完成品、ですけど」

 

 言外に、余り見られては困る、と言う意味を込めたのだが、シロウはまるで気にした素振りも見せず、成る程と頷いて見詰めている。静謐で、荘厳とも言える雰囲気を放つ不思議な男に、簪は挟む言葉を持たない。

 10秒ほどして、シロウがポツリと、

 

「触っても?」

「……どうぞ」

 

 ISを操作出来るわけではない。通説では遺伝子情報での判定が高いと言われている以上、眼の前の男が操れるとも考え難いし、情報収集ならばもっとやりやすい場所や機会がある。と判断しての、言動だった。

 カツカツ、と黒いブーツを鳴らして進むシロウを見て、改めて簪は思う。隙が無いと。

 ただ歩くだけでも判る、その姿に隙らしい隙は一切無い。靴音が響いているのは、響かせているような足運びをしているからだ、と気付く簪。一定以上の力量を持つ者にしか悟らせない足運びだとも見抜いている。それを視線や表情で悟らせてしまうのは、若さから来るものだろうけれども。

 一方、シロウも、簪の観察力に些か以上の驚きを覚えている。まさか10代半ばの少女がそれを悟る力量を持っているとは思わなかったのだ。流石は生徒会長(学園最強)の妹か、と胸中で呟きながら、簪が調整しているISに触れる。

 当然ながら何の反応も無いのをみて、僅かに緊張していた身体をほっと緩ませる簪。万が一反応があったら、と考えるとやはり緊張はするものだ。

 

「解析開始――」

 

 小声で呟いた言葉を、簪は空耳程度に聞いていた。何かを呟いた事までは判ったのだが、単語を理解する程度の声量ではなかったのだ。故に、グラール語か何かだろうと判断して、じっと見詰めていた。此処で視線を外してプログラムに没頭するのは失礼に当たるだろうし、そもそも異星人から眼を離すという選択肢は元より無かったのである。

 一方、シロウは魔術を用いてISの解析を行っていた。此処に来てシロウはセンクラッドから聞いた、或いは教本で知った知識の齟齬を擦り合わせようとしたのは、偏に再度の襲撃を予期してどの位の規模や力で迎撃すれば良いのかを精確に識る必要があると判断したからだ。

 とはいっても、シロウの魔術素養では複雑な機構を持つ機械や、遺伝子情報を持つ人間以外の生物の完全な解析なぞ無理に等しい。故に、有る程度まで、と割り切っての解析であった。

 神秘は一切無く、科学と事実の積み重ねで成り立っているISの解析は夢のまた夢、そう判断しての解析魔術。

 その筈、だった。

 

「――何?」

 

 意外な事に、そして妙な言い方になるが。

 シロウはISを解析していた。

 流石に完璧にして十全に、というレベルではない。

 だが、このISの名前から始まり、このISの作成者が眼の前の少女だという証拠、コアに記載されているナンバリング、コアを作った者(篠ノ之束)の名前、コア以外の材質や重さ、上下前後左右のバランス状態等が解析によって脳に刻み込まれていく。何時も以上に『通り』が良く、脳に書き込まれる情報量の豊富さに戸惑うシロウ。

 何せ此処まで複雑化している機械を短時間で把握出来るとは予想だにしていなかったのだ。記録を記憶としてある程度継承し、最盛期時代と同様の能力で受肉し、クラス適正(制限)が除外されたから……等では済まない、自身の異常を自覚し、そして何か得体の知れない不気味さをISから感じたシロウは、思わず解析を打ち切って凝視する。

 無機質な輝きを持つIS――打鉄弐式は何も語らない。語るべき口も、伝えるべき方法もそこには欠落しているのだ。

 

「どうか……しましたか?」

「ん……いや、良い材質と構成をしていると感心していた。PICの御陰でISは自重によるバランス制御を蔑ろにし勝ちだと聞いていたが、いやはやどうして、コレは違う」

 

 簪の訝しげな声で我に返り、頭を振って思考を破棄したシロウは薄く微笑んでそう伝えた。

 ISはバランス制御をPICに頼っているのは明らかだったが、それを切ってスラスターのみで飛んだとしても、この機体程バランス良く飛べるものはあるまい。

 打鉄弐式の構造上のバランスは見事と言っても良い。上下独立方式を採っているとは思えないほどだ。現存するISの全てと比較してもこうはなるまい。高機動型にして運動性能を追求した結果、この形状となったとまではシロウは知らないし、そこまで把握出来ていない。あくまで解析魔術の結果と外観部分を観察した結果を言葉に乗せたに過ぎない。

 それを知らない簪は、興味を持って聞きにいく。

 

「わかるのですか?」

「あぁ、こう見えても多少はね。武装が積み込まれていないが、機体に関しては機動を重視しているのは理解出来るし、状態も申し分ないだろう。尤も、ISは門外漢だからあくまで私から見た判断だがね」

 

 シロウが指摘した部分は正鵠を射ていた。既に機体部分は10割、武装も8割程度は完成している。このまま従来のプログラムを打ち込み、齟齬無く成立させれば打鉄弐式は完成する。

 だが、打鉄弐式はずっとこの状態を維持している。

 今のままでは、これは単なる打鉄の高機動型パッケージに過ぎない。ただの後期生産型に過ぎない。第三世代とも言える技術が、このISには内包されていない。

 更識簪が考えている独立稼動型誘導ミサイル『山嵐』と多重マーカーを組み合わせた多対一に特化したシステム、マルチロックオン・システムがこの機体のコアに追加出来ていない。

 ただのマルチロックオンならば、従来のものを引っ張れば良い。

 だが、それでは山嵐に課した独立稼動型の、ISのPICを利用した独特の加減速と無軌道な機動を描く事は出来ない。

 イギリスのティアーズ型のような脳波を用いずに、プログラムのみで複雑な機動を描いて相手にダメージを与える事が出来ない。

 その為の構想はある、その為の準備もした。だが試行錯誤の段階で躓いた。それが、簪にとっては苦痛であり、試練であり、壁であるのだ。

 姉がただ独りで組み上げた機体性能を把握しているからこそ、それを超えたい気持ちがあり、その為のシステムなのだから。

 

「そう、ですか」

 

 ただ、門外漢と言えど、地球よりも遥かに文明が進んでいるグラール太陽系星人に自らが設計したISを褒められるのは悪い気はしないものだ。表情を努めて乏しくさせていた簪の唇も、薄っすらとだが弧を描くというもの。無論、それを指摘する様なKYは此処には居ない。

 また、材質と構成という言葉から、簪はグラールにも同一、或いは酷似したそれらがあるという事を察している。

 正直に言えば、意外だった。有体に言えば、もっとぶっ飛んだ構造や材料を使用していると思っていたのだ。此処まで考えて簪は、ISも十分に常識外の存在で有る事を思い出して、意図せずに小さく苦笑を咲かせた。

 それに気付かずにシロウは打鉄弐式の傍に設置されている、生徒用のラックの上にぽつんと置かれている空のペットボトルに視線を向け、何気なく手にとって、

 

「簪嬢、1つ質問がある」

「……何でしょうか?」

「いや、別にそう堅くならないで欲しい。別にISの事を聞きだそうとかではない。飲み物は緑茶と紅茶、どちらが良いかね?」

「え?」

 

 予想外な質問に固まる簪。意味が判らないとばかりに眼を点にした簪に、シロウは空のペットボトルをヒラヒラと動かしながら、

 

「このペットボトル、空になって相当の時間が経過しているようだ。人の手の温もりも無ければ汗一つ無い。幾らここの気温がある程度抑えられているからといっても限度があるだろう。喉が渇いているのではないかね?」

「え……あ、でも、その……迷惑、ですし、買いにいかせるのも……」

「迷惑ではないし、買いにいくわけではないよ。魔法瓶を常備しているのでね。私も些か喉が渇いた、そのついでだと思ってくれれば良い」

 

 そう言って、シロウはペットボトルを置いて、手品のように魔法瓶を2種類出した。眼を丸くしている簪に、にこやかな、善意100%の笑顔を向けて、

 

「それで、どちらが良いかね?」

「……緑茶でお願いします」

 

 選んだのは緑茶であった。

 虚が淹れた紅茶の味を知っているが故の、判断である。まぁ、その虚は眼の前の男に土下座してでも弟子入りを迫った経緯があるが、彼女はそれを知らない。

 コポコポと言う空気と水気が混じった音すら出さずに注がれる緑茶を見て、この人も結構なお手前なのか、と思う程度には判るが。

 注ぎ終わった緑茶を手渡され、コクリ、と少し音を立てて飲んだ簪が、簪なりの最大級の驚愕を浮かべたのは、当全の結果である。

 

「美味しい……」

 

 華やかだが主張し過ぎない茶の香り。

 水から拘っていなければ決して到達し得ない舌触りの滑らかさ。

 甘みと苦味が同居せずに、交互に来る様な味の配置加減。

 それらを巧く調律する、腕前。

 これが、魔法瓶の中から出てきたのだ。

 天地の差?超一流?神の領域?冗談じゃない、コレがその程度の場所で留まっていると評するのは、シロウさんに対する冒涜だ。

 なのに――

 

「気に入って貰えたかな?」

「――ッ!? あ……はい……凄く、美味しいです……」

 

 なのに、出たのは在り来たりな褒め言葉。もう少しボキャブラリーがあった筈なのに、それすら出る事が許されなかった事に、簪は酷く赤面した。

 それに気付きながらも、指摘する事をしない大人なシロウは、薄く笑みを浮かべて、

 

「それは良かった」

 

 とだけ。

 正直、シロウの腕は神域超え確定なのだが、如何せん同居人というか元マスターが何をやっても「うん、旨いな」「あぁ、コレは良いものだ」としか返さないので、もしかしたら腕鈍っているのかという疑念がささやかながらに有ったのだ。ロビンフッドに敗北したという事もあるにはある。ちょっと位は認めてやらんでもない程度の。

 おまけに言うと、シロウは以前、センクラッドが言う『世界で一番美味しい飲み物』を飲んだ事がある。そのせいで自分の腕に更なる疑問が生じた事があった。

 飲んだ感想を言うならば。

 

 それは、この世の地獄だった。

 

 から云々どーのこーのと続くアレな感じの飲み物であった。

 ジタバタしたくなる?冗談ではない。

 アレを飲み物なんて言える筈が無い。存在すら認める事も出来ん。

 アレが飲料な筈は無い。

 アレの何処が初恋だというのだ、あんなに苦々しく酸っぱく甘く辛く、胃の中腸の中全てを引っ繰り返して吐き出したくなるものが初恋であってたまるか。

 そうだ、アレは黒歴史ジュース……否、ジュースと呼ぶのもおこがましい。

 黒歴史ポイナニカ、略してポイとでも改名すれば良い。

 怜治も怜治だ、ポイを天上の味だ等と真顔で言うとは。声だけではなく、とうとう性質まで言峰に似たのかと錯覚させられるとは夢にも思わなかった。

 誰かに負けるのはいい。けど自分には負けられない。今までそう思って生きてきたし、死後もそれは変わらず、受肉した後も不変のものだと固く信じていた。

 訂正しよう。

 ポイには負けられない。ポイにだけは、負けられないのだ。

 

「……さん、シロウさん?」

「――ッ!? あぁ、すまない。少し考え事をしてしまった。以前、私の御茶がマズイと言われた事を思い出してね」

「え? この御茶が、美味しくない……?」

 

 呆然としてしまった簪を見て「私はやはり、間違ってなどいなかった」と確信するシロウ。この場にセンクラッドが居れば、やれやれと溜息をつきながら「おいお前さん達、ハナシがズレてんぞ。あとな、シロウの茶は旨いと言っているだろうに」と突っ込みが入って軌道を修正する事が出来たのだが、生憎とセンクラッドは一夏と対話中だ。

 ただ、センクラッドよりはまだ常識人であるシロウは、復帰も早い。復帰が遅いのは魚を釣っている時か、ビキニを着用している時ぐらいだ。

 余談だが、シロウはビキニを装着する前はとんでも無く嫌がった癖に、装着したらしたで「オレのビキニに、酔いな」とか言いながら筋肉を誇示してきた存在だ。とんだ変態である。

 

「まぁ、私の御茶の腕はともかくとして。もう一杯どうかね?」

「……頂きます」

 

 空になっているカップに静かに注ぐシロウ。穏やかな時間の流れだ。

 この時点で。

 簪の警戒心はかなり薄れていた。まぁ、ある時点までは相当な皮肉屋ではあったのだが、生前の生き方についてセンクラッドから否定される事が無く「お前さんは何一つとして間違っていない」と太鼓判を押されたのもあって、今や割と善意の塊な方向に振り切れているシロウだ。その裏を読み取ろうとしても何も出ないし、彼の言葉は今でも皮肉が多少なりとも入ってはいるが心がある。

 故に、簪は警戒心をかなり薄れさせていた。

 孤独で居ようとしても人は繋がりを求めるものだ、それは人として完膚なきまで破損していたシロウとて例外ではない。

 だが、そうは言ってもシロウは異星人であり、簪は更識だ。疑問を解消していかなければ利害の一致ならばともかくとして、信用や信頼関係を築く事は出来ない。そう、先ずは情報を。

 その思考は間違いなく更識家に属する者特有のものだが、簪は気付いているのだろうか。その思考の意味に。2つの相反する意図に。

 

「そういえば……どうして、私に話を……?」

「どうして、か……そうさな、最初は話すつもりはなかった。アリーナやピットを見ようと思ってね。織斑教諭から許可が出たので色々見回っていたのだが、何やら切羽詰った感のある子が居たのでね、見過ごせなかった」

 

 指摘されて、思わず俯く簪。周囲からどう見られているかなんて判っていたが、ガードを下げている状態で直で言われると心が羞恥に染まるのは当然だ。

 切羽詰っているのは当然だろう。一向に完成の目途がつかない状態のまま、ツーマンセル・トーナメントが開催される時期に到達している。倉持技研が何も言ってこないのは、一重に更識の名を持つ事と、一夏の白式があるからだ。どちらが欠けても、恐らくは取り上げられはしないが、技術者が送り込まれてきたに違いない。

 

「ふむ……事情があるようだが、良ければ話してくれないか」

「え……でも……」

「勿論、無理にとは言わない。だがね、人というものは往々にして抑圧した感情を持て余す事が多い。抑圧が過ぎて感情や心を殺してしまうのなら、その前に話すべきだと、私は思っている」

「貴方も、そうなのですか?」

 

 予想した切り返しに、苦笑して頷いてみせるシロウ。心が、魂が欠損していたとしても、何も全てが死んでいたわけではない。周囲からは機械のように見えたかもしれないが、それなりにだが異性に関心を持っていたし、人の死には人一倍過敏でもあった。周囲にソレを見せない生き方をしたせいで、機械のような英雄と揶揄されたが。

 

「昔は私もそうだったよ。今より感情表現がずっと苦手でね。マスターに矯正されたよ」

 

 感情というよりも、心の発露という意味ではセンクラッドによって大分改善されていたりする。

 というよりも思考から行動までツッコミどころが多々有るマスターなのだ。自然と語気が荒くなったり、心の赴くままにブン殴ったり、正座からの説教フルコース等、生前の彼では考えられない事を多々している。少なくとも、

 勿論、心の発露に関しては感謝をしている、割と、切実に、多大な感じで。

 それに対して「ほう、経験が生きたな。ならば、俺に感謝してジュース奢れ」とドヤ顔で言われた日には、笑顔で沸かしたての出涸らし紅茶を頭からぶっかけてやるしかないだろう、実際言われたし、実際やったし。

 あんまりに腹が立ったので何だそれはと問い詰めたところ「元いた世界で実在した馬鹿の発言集が平成のシェイクスピア級だったので覚えていた」とか何とか。シェイクスピアに謝れ。

 またも心の赴くままに思い出して脇道に逸れ掛けた思考を強制的に破棄したシロウが、

 

「あぁ、そうだ。交換条件として、私の事を話しても良い」

「え?」

「いや、なに。君だけ話すというのも不公平だろう。私も昔語りをしても構わない。勿論、質問も受け付けよう。出来れば、秘密にしてもらいたいがね」

「秘密に……?」

「そう、君の事情を聞いても口外しないし、私の過去を君は口外しない。要はちょっとした秘密の共有という奴だよ。まぁ、君が話したいなら話しても構わないが……」

 

 と、言葉を切ってシロウは何時もの鋭い眼を意識して柔らかくし、首を微かに傾げる。

 共犯の意識、という言葉がある。或いは、秘密の共有というものでも良い。どちらにせよ、その手の種類は、基本的にちょっとした背徳感や高揚を思い起こさせるものだ。応用すればその感覚を増大して操る事も可能だ。犯罪心理の基本的な手段でもある。

 搦め手を含めて自在に戦場と戦略と戦術を組み立てるシロウにとってはこの程度造作も無い事だ。

 まぁ、以前そのことをセンクラッドに話したら「ほう、流石100人斬りのオンナスキーな電脳主人公。お前さんの真名は今日から無銘とシロウ改め、鬼畜系エロゲな」と真顔で言われ、反射的に殴り飛ばしてしまったが、多分きっと間違いなんかじゃなかった。

 

 閑話休題。

 

 いかに更識の名を冠するとは言え、10代半ば、自ら望んだとは言えほぼ孤立無援の状態、遅々として進まぬ進捗状況、そして異星人の取引めいた言葉等、様々な要因が重なり。

 結果、話してしまう事になる。

 そうして話し始めてみると、時計の長針が半周程経過する位の密度を持った内容であった。

 ……わけではなく。

 

「――成る程、要は姉の掌で転がされているので、どうにかそこから逃れて、姉を見返したい……で良いのかな?」

「大体そうです」

 

 身内が絡むと本当にポンコツになる更識楯無とその妹。この認識が確定したのは、彼女の感情混じりの話っぷりからだった。

 片方は妹を気にかける余り、可能性を摘み取り。

 片方は姉を気にする余り、視野狭窄に陥っている。

 別段何処にでもある話なのだが、両者の才覚がなまじ極まっているせいで、根は深いものとなっていた。

 ついでに言うと一夏に関しては一概に私怨とも言えないが、この場合はどちらも被害者というケースだろう、とシロウは判断している。

 

「1つ聞いても?」

「……どうぞ」

「君が姉とキチンと話したのか、そこの判断がつかなかった。もし君が話し合いをしていないのなら、そこはきちんと話し合いをしてお互いがどう思っているかを確認するべきだろう」

「……それは……」

 

 話し合いなんて出来る筈がない。どうやって話せば良いというのだ。あの姉に。

 多忙なのは本音や虚から聞いているし、自身も楯無の業務をある程度知っているし、この数ヶ月間の殺人的過密スケジュールを理解している。勿論、その前ならば機会は多少なりともあったが、それでも話そうとは思えなかった。

 怖いのだ。

 巨大すぎる姉が。容姿から始まり、才覚で突き放され、経験でも負け。自分は出涸らしのような存在。

 そう思ってしまうのは、一重に、姉の存在そのものに加えて、普段から比較され続けてきた環境に因るものが大きい。

 家でも。

 学校でも。

 友人関係ですらも。

 何時も、簪は比較され続けてきた。何をやらせても天才的な姉と、優秀ではあるが天才的とはいかない妹。

 最初は憧憬。途中から畏怖になり、今や恐怖と嫌悪が大多数派。

 

 もし。

 この場に、篠ノ之箒が居たら。

 もし。

 この場に、織斑一夏が居たら。

 ずっと早く和解する事が出来ただろう。

 同じ悩みを持ち、似た感情がある故に。

 

「――確認は、しました」

 

 その恐怖に、簪は屈した。その嫌悪に、簪は身を委ねた。

 故の、偽り。

 シロウはそれを嘘だと直感的に知ったが、それ以上の追及はしなかった。此処まで話してくれたのだ、これ以上の追求は心を閉ざしかねないという判断を下した為である。

 

「そうか。だとしたら、私からはただ一つしか言えないし、ただ一つしかしてあげられない」

「何、ですか……?」

「頑張れ」

 

 ただ一言。頑張っている人間に頑張れという言葉は酷なものだ。頑張っていないと捉えかねないのだから。

 だが、シロウは。

 敢えてその言葉を使った。

 弾かれたように眼を合わせる簪に、シロウは腕組みをして柔和な笑顔を消し去り、眼を閉じた。

 

「私は文字通りの部外者だ。仮初の客と言っても良い。その私がキッチリと手を貸すというのは君自身が許さないだろう」

「……そう、ですね」

「その状態で手を貸してもどうにもならなくなるのは明白だ。だがね、私としてもこのままにするのは些か気持ちが悪い。故に――」

 

 腕組みを解き、手に在る魔法瓶を掲げ、クッと笑みを浮かべて眼を見開く。

 右目を瞼でパチリと叩いて伏せ、

 

「まずは、頑張れと。それと、差し入れを持っていく事から始めさせて貰っても、良いかな?」

 

 きっと。この瞬間に。簪の胸中に沸いた感情は。簪の喉から生まれそうになった声は。

 正しく、汚い打算(更識)も含まれていたに違いない。正しく、綺麗な想い(簪)も含まれていたに違いない。

 簪はその想いと、打算と、表情を見られたくなくて、頭を下げた。

 

「……宜しく……お願いします……ッ」

 

 この日から、簪に対する無形の警護と、シロウに対する無形の監視が付けられる事は確定した。

 だが、シロウにとってはそんな事は些事にも含まれないし、簪はそれをも判って頭を下げた。

 

「でも……どうして、そこまでしてくれるのですか?」

「ふむ。手を差し伸べる事は悪ではないだろう? 私は生ぜ……以前からずっとそういう事をしてきたのでね、いわば性分という奴だよ」

「……あの、そういえば……」

「あぁ、私の過去の話かな。余り良い話では無いと思うが、聞くかね?」

「是非」

 

 間髪入れずに飛んだ言葉に、シロウは思わず眼を瞬かせ、簪は思わず赤面する。

 返すタイミングが思ったより早いと両者が感じ取った結果だ。

 こほん、と咳払いをしたのも同時で、今度こそ2人は同時に眼を瞬かせた。

 場の空気を一新させようと、或いは気まずさを払拭しようとした結果だ。

 頭を軽く振って、シロウは取り合えず魔法瓶を左右に軽く振り、意図を理解した簪が持っていたカップを差し出し、注がれる。それにより、微妙な雰囲気は一新された。

 

「……それでは、私の過去話をしよう。まずは座りたまえ、少し長い話になる――」

 

 ちょこんと膝を崩して座り、両手でカップを持って静聴の体勢になった簪と、自身も胡坐をかいて座り、己の過去(記録)を話せる範囲で話し始めるシロウ。

 それは、怜治と出会う以前のお話。

 エミヤキリツグに拾われずに、アラヤと契約せずにムーンセルと契約し、座へと至った、ただの無銘であった頃のお話。

 或いは、怜治と出会った時のお話。

 神薙怜治の思念を受け取り、不本意ながら召還に応じ、シロウという名を貰い、月の聖杯戦争を駆け抜けた頃のお話。

 そのいずれかかもしれない。

 そのいずれもかもしれない。

 そんなお話。



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EX―IS11:それぞれの思惑

注:SIDE表記有
委員会・束視点


 ツーマンセル・トーナメントが市営のISアリーナで開催される事が決定された日。

 世界各国とリアルタイムで会議をする為に投影していたホログラムを解除し、極めて不機嫌な様子でIS国際委員会日本支部のIS議事室から足早に出た男が居た。

 ヴォルフラム・フォン・ヴァイツゼッカーだ。

 自室として使っている二枚開きのドアを開け放ち、ソファーにどっかりと体重を投げ出したヴァイツゼッカーは、ネクタイを外してフローリングに叩き付けた。

 この男が此処まで荒れるのは稀有と言っても良い。

 本当は眼の前のテーブルを蹴り上げる位はしたかったのだが、流石にそこまで醜態を晒すわけにはいかないと遅すぎる自制を効かせた結果、何とか深呼吸を数度する事で、怒りを鎮める事に成功していた。

 大荒れしている原因は、IS国際委員会と大国達の――この場合の大国とはISを多数所持している国家を指す――極めて珍しい利害の一致に寄るものだ。

 IS国際委員会は、国家や企業がISに関してのルールを破った場合に制裁を加える事が可能な機関である。他国や他企業を出し抜くのが基本のこの世界において、IS国際委員会は眼の上のタンコブにも等しい存在だ。

 尤も、それはあくまで表の世界だけで見れば、という前置きがつく。

 実際は有る程度以上の規模にまで発展した機関や国家は、必ず亡国機業が何らかの形で介在している。故に、今回も出来レースめいたものであった。

 だが、そうだとしても納得できるかと言われれば納得出来ないのだ。

 

「愚か者どもめ……」

 

 今回の会議は、余りにも眼に余るものであった。

 ツーマンセル・トーナメントの開催場所の変更。

 異星人に対する調査の本格化。

 この時期に滑り込みの様相と呈して投じられた2つの提案は、賛成多数にて受諾されてしまった。

 

 先日起きた正体不明機による異星人襲撃事件の表向きの全容を知る者達と、真相を知る者達との認識の差異は、実はそれ程大きくは無い。

 表向きだけを知る者なら、センクラッドがした事はビーム砲をレーザー砲で相殺したという事実だけである。翼が生えようが何をしようがたかがそれだけという認識だ。その翼も明らかに肉体から出たものではなく、高純度エネルギーで形成されたフェイクだと判断していた。

 真相を知る者ならば、センクラッドがした事は上記の捏造に加えて、精々が通常手段では視認困難なスピードを持ち、素手と超高熱の炎を使ってISを破壊したという事実。

 そして真実を知る者、知らぬ者双方の共通した見解である『護衛者の能力』がセンクラッドと同程度である可能性が高いという事。

 驚異的ではあるが、彼らは空を飛べない。少なくとも空を飛んだという事例は無い。可能性としては多少考慮しても良いが、様々な観点から見ても速度としては競技用レギュレーションのIS程度だろう、という予測が立てられていた。理由としては、センクラッドが近接攻撃を仕掛けた際に慣性制御や重力波を用いた動きではなく、単純に肉体のみで行った可能性が高い事が挙げられる。それはそれで脅威となるのだが。

 つまり、現時点でのセンクラッド達は、多少なりとも脅威となる可能性はあるが、ISと比較してみると広範囲攻撃を防げるものではないし、核のように汚染物質を撒き散らすわけでもない。そして何よりも、人数が少ない。勿論、織斑千冬から『護衛者は複数存在する』という情報が入ってきてはいるが、それでも何百何千と入るにはスペースが足りない。

 よって脅威度は1人につき競技用レギュレーションを施されているISの2機連携と同位置に置かれていた。

 もしこれをセンクラッドを深く知る者達が聞いていたら。

 例えばグラール太陽系ならばエミリアやシズル、イーサン等の稀代の英雄達。

 例えば極東支部ならばシックザール支部長や第一部隊の元隊長である雨宮リンドウや現隊長である神薙ユウ等の英傑達。

 その彼らからすれば楽観視にも程があると眉を顰めるか、或いはその時点では妥当な判断だと頷くか、俺はもう知らないとばかりに乾いた笑いが出るなりするだろうが、地球側にはセンクラッド達の実力を知る者は居ない。

 故に、この流れは必然とも言えた。

 ただ、その程度ではないと予測を立てている者も当然ながら存在する。

 ヴァイツゼッカーや倉持等の表側の人間や、亡国機業に半ば属している形でいるデュノアや、スコール達亡国機業そのものだ。

 篠ノ之博士と共に作業したとは言え、ISの記録装置の改竄を行っているし、未だに大量の手札が残されている可能性があると、織斑千冬から警告がきている。

 更に言えば、グラール太陽系惑星人はセンクラッドだけではない。グラール太陽系の軍事組織に関わる者達の人口をカウントしなければなるまい。

 それらに眼を瞑るのは下策というもの。

 しかし、人類には見たいものを見たがり、見たくないものからは眼を背ける悪癖がある。表側の者達に関してはそれが如何無く発揮され、裏側の者達は篠ノ之束と、他ならぬセンクラッドが鮨屋で語った言葉によって、動く事を決めたのだ。

 大荒れに荒れるヴァイツゼッカーだが、ふと部屋に人が居る事に気付き、獣のように息を吐き出した。

 

「それでミューゼル。一体何の用だ? 今の俺は余裕が無い。手短に話してもらいたい」

「私達は引き続きバックアップを担当する事になったわ」

「……保険か」

 

 その言葉に是と返すスコール。壁に背を預け、腕組みをしている彼女は映画のワンシーンのように映えていた。その表情はかすかに険しいものだったが。

 単独者、或いは組織絡みのダブルスタンダートは悪手ではあるが、人類全体としてみるならばそうでもなくなる。グラール太陽系の情報をある程度入手している彼らからすれば、人類と程度の差はそれ程開いていないと確信している。

 護衛にして研究対象が、重要人物を暗殺しようとする程の組織力を持つテログループを単独で壊滅せしうる力を持つというのは、人類では決して辿り着けない領域で有る事は確かだが。そんな人物は地球上では、映画や小説でしか存在しない。

 尤も、それが嘘だという可能性もある為、軽視する者も多数いた。

 

「ミューゼル」

「何?」

「貴様はどう思う。我々がやろうとしている事は、信頼している者を背後から銃で撃ち抜くよりも下種だ」

 

 IS学園に在籍する者達からの情報で、彼らは利よりも情で動くと推測が立てられ、篠ノ之博士によってその推測が確信へと強化された。

 それにより、静観から異星人のデータ取得へと意見があっという間に傾いたのである。

 ファーストフェイズが完了し、セカンドフェイズへと移行した段階であると篠ノ之博士から発表された時には、倉持やデュノアでさえも顔色を僅かなりとも変えたものだ。

 結局、篠ノ之博士の言を全て事実と認定したIS国際委員会と各国首脳陣は、異星人に対する調査の本格化と、異星人に対する半示威的行為として、ツーマンセル・トーナメントの会場と規模を拡大する事にした。

 アレは、本当に人類にとって正しい事だったのか。

 

「少なくとも私はやってみる価値があると思うわ」

「最悪彼らと敵対する事になってもか?」

「危険を恐れては何も得られない。貴方も私も、そういう風に生きてきた筈よ」

 

 そう告げられては二の句は告げられないのは確かで、憤然とした呼気をゆっくりと吐く事で、ストレスを軽減させた。

 

「それに、敵対前提で行動するというわけではないでしょう? 彼等の精神面の調査が一段落した以上、次のプロセスへと進むのはおかしいことではないわ。それに、篠ノ之博士が珍しくこちらの意図に沿って動いている」

「……世界規模での利害の一致、か。人類初だな」

 

 そう皮肉めいた口調で呟いたヴァイツゼッカーと、普段の表情を消して真剣味を足したミューゼルはその通りよ、と肯定してみせる。

 

「全てが巧くいくとは限らない。でも、だからといって何もしないのは愚策でしょう。ISが女性にしか扱えないディスアドバンテージがある以上、グラール太陽系の技術は重要よ。均して見れば、男女平等まで持っていける可能性もある。私達はそう考えている」

「入手出来ればな。そもそも基礎技術が追いついていない以上、俺も倉持もその意見には懐疑的だ」

「私もそう思う。けど、何時かは追いつく。それに、時間が限られているのは、貴方も判っているでしょう?」

 

 珍しく饒舌に、真剣に説くミューゼル。現在の基礎技術を完全に無視したオーバーテクノロジーの塊であるISに、それ以上であろうグラール太陽系の技術を手に入れる事は、女尊男卑を是としない男女の目標にさえなり始めている。

 常々、篠ノ之束は『世界は不平等である』と公言していた。それは、人類社会における真実だ。それは、ミューゼル達もヴァイツゼッカー達も深い部分を含めて理解している。

 だが、だからといって眼に見える不平等を強いるつもりは全く無い。それは結局、新たな代替手段が見つかった途端に、予測はつくが途方も無い混乱と破滅をもたらすからだ。

 世界を降し、ISの存在を理解させるだけの力はあっても、世界を納得させる意思がISには無かった。

 そして、篠ノ之束が個人である以上、ミューゼル達組織に属する者達とは相容れる事は絶対に無い。

 故に、何時か来る協定の破綻と、篠ノ之束との対決を見越して、ミューゼル達は動いているのだ。無論、相手はそれを理解しているだろうけれども。

 

「それと、束博士からの伝言。1年生の準決勝から決勝戦のいずれか。そう予告してきたわ。それも、瞬間的にレギュレーションを切り替えられる代物だそうよ」

 

 一瞬、意味を咀嚼しかね、だが理解してすぐに呻き声が漏れた。

 それは、再襲撃の予告。

 

「馬鹿な……」

 

 獣のような唸り声を上げ、憤怒の表情を浮かべるヴァイツゼッカー。

 レギュレーションを切り替えられるISというものは、詰まるところ競技用にかけられている制限を半分以上カットした状態のISを襲撃に用いるという予告に他ならない。以前に篠ノ之束が差し向けたゴーレムは、あくまで競技用のレギュレーションに合わせた代物故、織斑一夏を含めた学生操縦者達でも持ち堪え、異星人に瞬殺されたのだ。

 競技用として制限されている部分は、シールドエネルギー等の実防御力、速度、量子変換領域、センサー、武装用のPIC等、パイロットの接続度合い等、多岐に渡り、総合的な性能を数値化して一定数に納まる範囲でパラメータの割り振りをしなければならない。無論、軍用レギュレーションですら制限されている部分は多分にあるが、その程度は軍用の比ではない。

 コアからのエネルギー供給は最低限に抑えられた結果、速度もシールドエネルギーも低次元で纏まっているし、量子変換領域に至っては一国分の総火力分から僅か10分程度の経戦能力へと抑えられている。ただ、その制限がある故に制限された基礎能力を更に削ってまで量子変換領域を拡張するラファール・リヴァイヴが開発されたわけだが、今は割愛する。

 センサーに至っては広大な範囲を捉える事が可能な為、制限を最初からかけている状態だし、パイロットの認識能力も同様に抑えられている。

 そして、それらを制御するレギュレーションは、基本的にはIS操縦者単独では変更できない。国家がIS国際委員会に届け出を出して、初めて切り替えられる。アラスカ条約でコアが軍用と競技用及び研究用とでそれぞれ個数制限が定まっているのは二重の抑止力としてだ。

 自在に切り替える事が出来ない故に、世界全体が監視を行っている。もしそれが露見した場合、即座に全方位から物理的・政治的な攻撃を仕掛ける事が出来る。

 真の意味で、ISは核に代わる抑止力である。

 

「篠ノ之博士は、死人を出すつもりか?」

「それは無いわね。ISを用いて死傷者を出すのは、今はリスクが高すぎる」

 

 ISを用いての死者数は0である。コレは驚異的な数字と言える。

 古今東西、あらゆる兵器や道具は、意図しない動作を含めれば必ず死者が出るものだが、ISには未だにそれが無い。黎明期を過ぎた状態に達しているというのに、だ。

 それがどれだけ驚異的なものであるか、政府も企業も理解しているが故に、研究し続けているのだ。

 だが、今回のケースはどうだろうか。

 市営アリーナ上空から強襲し、アメリカ軍を打ち破り、アリーナ上空に張られているバリアを破壊してセンクラッドを攻撃する。当然、IS操縦者は瀕死或いは死亡し、センクラッドの周囲に配置されている首脳陣は被害をモロに喰らうだろう。

 そうなれば、終わりだ。いや、終わりの始まりだ、ISと篠ノ之束、そしてそれらに関わった者達の。

 

「ならば、どうやって襲撃をかけてくるというのだ? 異星人を攻撃すれば、周囲に被害がいくのは判っているだろう」

「そうね、異星人を攻撃するのなら、ね」

 

 ミューゼルの意味有り気な言葉に、思わず食い入るような視線を飛ばすヴァイツゼッカー。

 どういう事だ、と呟いた言葉が空気と同化する直前、

 

「1年生の決勝か準決勝、織斑一夏と篠ノ之箒ペア、ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノアペア、或いはセシリア・オルコットと凰鈴音ペア、更識簪とファラ・ジャクリーンペア、このいずれかの戦いになるでしょうね」

「――まさか……」

 

 疑念から解答へ。

 罅割れた声が、転がり落ちた。

 衝撃から驚愕へ。

 篠ノ之束の人となりを知っている以上、それは有り得ないと思いつつも、認めざるを得ない。

 つまり、篠ノ之博士は身内ですら――

 

「そう、異星人と有る程度接点があるものを攻撃した場合、彼等は100.0%の確率で助けに入る」

「利と情を確定させる事、制限を解除した軍用レギュレーションの有効性の実証、辺りか?」

「それだけではないでしょうね。それと、現状想定される組み合わせなら、貴方も手札があるでしょう? 織斑一夏と篠ノ之博士なら必ず動く手札が」

 

 見透かされているのは当然とは言え、それを今出して良いものか。いや、出さざるを得ないだろう、篠ノ之博士が襲撃をすると予告し、その中にアレが混じっているのならば。

 ある意味丁度良いのかもしれない。彼らが帰還する為のエネルギーが溜まるのは、夏頃と宣言していた。既に1~2ヶ月程度しかない。

それまでにどうにかして片鱗でも良いからグラール太陽系の技術を入手しなければならないのだ。

 篠ノ之博士が世界を転がし始めてから5年以上が経過した。混乱の傷跡は未だに癒えず、新たな偏見や差別によって世界は歪な状態に変化した。

 あの忌々しい兎を防ぐ手段は無い。後手に回るしかないその状況と環境が、ヴァイツゼッカーを酷く苛立たせる。まるで不思議の国のアリスだ。

 兎の指示に従って動く世界。とんだ嫌味な世界だが、それももうすぐで終わりだろう。いや、既に兎の手から離れかかっていると見ても良い。異星人の来訪の時点で、既に計算は狂っている筈なのだから。

 リスクは膨大、リターンは極小から極大のいずれか。プラスアルファは自分達の手腕と兎の妨害度合いとセンクラッド率いる異星人達の個人的な良心具合、そして異星人と交流を深めたIS学園に属する者達。

 もし、センクラッド達が簡単にこちらを切り捨てられるのなら、最悪人類とグラール太陽系の戦争になり、勝ち負けはともかくとしてISは前面へと押し出され、今以上の女尊男卑になるだろう。だが、そうでないのなら――

 脳裏に様々な検証を立てては破棄する工程を幾度もこなした末、ヴァイツゼッカーは腹を括り、覚悟を決める。

 

「判った。VTシステムを稼動させる。時間が無いのも事実だしな」

 

 ヴァルキリー・トレース・システム。

 モンド・グロッソで無敗の女王として君臨し続けた織斑千冬を初めとする、IS適正がSである5人のヴァルキリー達の過去を再現するシステムだ。これを発動させれば競技用レギュレーションでの最適化された動きが再現出来るようになる、画期的なシステムであった。

 しかし、それを披露した当時、速攻で篠ノ之束博士が「ISが持つ進化の多様性を損なわせる粗悪品」と異を唱えた為、違法化した代物でもある。

 本来違法と化したものを衆人観衆の前で公表するような真似なぞ、破滅以外なにものでもないのだが。

 ヴァイツゼッカーと倉持は酒の席でとは言え、センクラッドから聞いている。グラール太陽系の技術の1つに、VTシステムと似通ったシステムを用いている事を。それが当たり前と肯定されている事を。

 IS学園生徒会と織斑千冬から流れてきた情報を統合するに、ほぼ必ず食いつくと睨んでいた。

 そうなるかどうかは、ツーマンセル・トーナメントと襲撃の状況次第だが。制御が効かない部分は兎だけ。そして予告もあるのならば対策は幾らでも取れる。

 

「VTシステムが外部から作動する可能性は?」

「それが出来るのはコア情報を掌握している篠ノ之博士ぐらいだろう、トリガーはあくまで搭乗者だからな。仮にシステムに気付いていたとしたら、即座に研究所もろとも吹き飛ばされている筈だ」

「確かに。なら、まだ可能性は十分にあるわね」

 

 兎に支配された世界を覆す、逆転の布石。閉塞した世界に新たな風を吹き込む為の、起死回生の一手。

 そうなる為に、手段を惜しむ事はしない。

 この後、ヴァイツゼッカーの部屋の光が消えるまで、2時間程度を要する事になる。

 

 

 SIDE 篠ノ之束

 

 解析。

 仮説。

 検証。

 結論。

 破棄。

 

 普段ならば電子音すら響かぬ多重窓と多数の機械に囲まれて幾多もの実験をしている筈の篠ノ之束であったが、ここ連日は全く違った行動を採っている。御陰で愛する妹の為に作成している第四世代ISは8割がた完成のところで放置され、警戒レベルも自身に危害が及ばない限り、対抗措置を取らず……というよりも気付く為の警告メッセージや音すらも停止させていた。

 此処まで必死、或いは熱中するのは実に2ヶ月ぶり。異星人が地球付近へとワープアウトしてきた時点以来だ。

 今回も、異星人に関する調査と検証である。

 作業を中断させられた事による苛立ちは勿論ある。だが、それを消し飛ばす程、今回の検証は重要なものであった。

 即ち、センクラッド・シン・ファーロスとは『何』か?

 人型である以上、人型の限界というものはある。細胞をオーバークロックしようが、肉体を変質させようが、限界と言うものは必ず有るものだ。それは遥か昔、自分自身に課した実験で理解している。

 限界は、必ず有るのだと。それ故に人は何かで代用するのだと。

 だが、それは結局のところ、地球上での仮説(常識)に過ぎない。彼等にそれを当て嵌めた事はナンセンス以外なにものでもない。

 それを思い知ったのは、無人機を使ってセンクラッドを襲撃した時だった。無人機からのデータを直接受け取る為に、自身とリンクさせていた時の事だ。

 今でも思い返せば、ゾクリと悪寒が脊髄から脳髄へと駆け抜ける。

 アレは、人ではないナニカだ。

 

『やぁ。お前さんは誰だ?』

 

 あの時、見抜かれたと悟った。直感で理解した。意に介さず、危険があったとしても揺るがなかった心にヒビが入った。脳髄反射的に攻撃コマンドを打ち込んだのは早計だと思ったが、止められなかった。リンクしていた無人機越しに、酷く強い悪寒が溢れ出た故に。

 

『誰だと聞いて黙っているのは、まぁ、無人機だからという理由にしておくが。取り合えず、視ているお前さんに伝えておこう――』

 

 次いで起きたのは、激しい衝撃と、画面の暗転。

 ゴーレムとの電子的、感覚的なリンクをカットする直前に、呼気が停止した。

 網膜に投影された画面一杯に、端正な男の顔で埋め尽くされる。

 睫毛の数まで精確に読み取るゴーレムの機能が、衝撃によって機能不全を起こした。

 

『――服代替わりだ、精々、良く視ておけ』

 

 淡々と。嘲笑も無く、温度すらなく。

 無数の衝撃と熱が、『束』の全身を打ち据える。

 口からは大量の涎と共に絶叫が撃ち出され、結果として喉が切れた。

 ゴーレムの全身が次々と機能不全に陥り、与えられた衝撃を殺す事も出来ずに、まるで木偶の様に打ち据え、焼かれ、分解されていく。

 ここで、束はようやくフィードバックを切る事を思い出し、覚束ない思考でようやっとその部分をカットし、残りのゴーレムにデータを収集後撤退、不可能ならば自爆と命令を下して、椅子から転がり落ちるようにして倒れた。

 体中が幻痛によってヒクヒクと痙攣し、ガクガクと足が震え、歯はカチカチと鳴り響き、涙腺から大量の水分と塩分が放出された。

 蛙のような姿勢で倒れている自分を、何処か遠くから眺めている感覚。それらを緩和するのに実に3分もの時間を無駄にした。

 

 そして、湧き上がる憤怒と屈辱。

 

 ゴーレムを拳とそれに纏わせた超温度の炎で、あっさりと解体してみせた異星人。名は何と言ったか。覚える気が無く、記号で見ていた為に、名なぞ出て来る筈が無い。そんな事にも、怒りを感じる。

 ISを過信していたわけではない。異星人を過小評価したわけでもない。あの体躯から想定しうる可能性全てを検証した結果、あのゴーレムを送り込み、データを採って自爆させる筈だった。

 

 クッ。クックックックックッ。

 

 喉の奥が痙攣したような音を出して、束は笑っていた。

 淡々と。嘲笑もなく、温度すらなく。

 ただ笑うという動作を、束自身が命じていた。

 常識に当て嵌めて一体何と言ったか、この感情は。

 そう、確か――

 

「『面白い』だったっけ。あぁそうだ。コレって面白いんだ。面白いなぁ、本当に」

 

 ぼんやりと思い出すように、束は呟いた。

 そしてまた、

 

 クッ。クックックックックッ。

 

 喉の奥が痙攣したような音を出して、束は笑っていた。

 淡々と。嘲笑もなく、温度すらなく。

 常識に当て嵌めればそう有るべきだと、或いは、人の感情と言うものはそうであった筈だと。

 全く同じ笑い方で、全く同じ呼吸の回数をもって、束は笑っていた。

 

「けど、あぁそうだ、コレってやっぱり、ムカついた……って事になるのかな」

 

 3分の間、笑い続けた束だが、ピタリと喉の痙攣を収めて緩々とした動作で立ち上がった。或いは這い上がるようにして、とも言えるかもしれない動作で。

 表情は、万人が見て綺麗な、見惚れる笑顔だと判断できる形を取っている。一筋零れた唾液混じりの紅い液体を見なければ、誰もが魅了されたに違いない。

 だが、その心は全く違う形を取っていた。異星人に対して思う事は、負の感情と言う意味では此処に至っても殆ど無い。

 ただ自惚れていた自分への怒りが、血流となって全身を駆け巡っていた。

 世の中は退屈で酷く詰まらないものだと断じていた過去は消し去れない。それを念頭に置いて行動すべきだと、理性的な部分と感情的な部分が囁く。

 気付けば、2機のゴーレムは機能停止に追い込まれているが、そこに興味を抱かず、空中投影型ディスプレイを多重使用し、今しがた入手したデータを解析し始める。

 この日から、篠ノ之束は地球に対する興味が薄れ、真の意味で宇宙へと執着心を広げる事になった。

 

 そして、それから二ヵ月後の今。

 異星人と接触し、異星人にアレを渡した解析結果がようやく、出たのだ。

 まさか喰われると思っていなかったので、失敗したかと思っていたのだが――

 

「……まさか単細胞群体生物だったとは、ねぇ……流石の束さんも予想外だったなぁ」

 

 生物学的な意味で奇跡通り越して暴挙以外何者でもない事実に、半ば呆れ、半ば感心しながら呟く束。

 異星人がデータチップ兼ハックツールを喰った際、一瞬だけハックツールが機能し、相手の記憶――むしろ記録という方がシックリ来る――が断片的なデータとして研究ラボ代わりに使っている『我輩は猫である』にフィードバックしていたのだ。

 当初、日本語とグラール語らしき見たことも無い言語によって羅列された情報は意味を成さなかったのだが、2週間かけてグラール語の法則性を見出し、その順番に並べ替える事で、有る程度の情報として読み取れるレベルまで整形する事が出来た。

 

「でもまぁ、コレってどういう事なのかな」

 

 珍しく束は困惑していた。

 グラール太陽系星人というのは嘘ではないだろう。断片的なデータに幾つもの歴史が刻まれているし、行動の履歴も歯抜けだらけだがきちんと残っている。

 だが、読み取り不能(リードエラー)を引き起こしているエリアの最後の部分で、束は大いに混乱させられていた。幾らアクセスしても絶対に弾かれるのだ。自分でコレならば通り道を作って鍵を開けさせた方が楽だろう。

 その謎解きが楽しいので今は付き合っているが。

 

「グラール太陽系惑星人は未来の地球人である……うーん、それはないなぁ、生態系からして全く違うようだし、そもそも細胞からして造りが既に違うっぽいし。サンプルとして髪の毛とか貰った方が良いかなやっぱり」

 

 名前:センクラ薙ド・神・ファーロ治

 種族:アラ日ル太陽ガ星ミ

 

「この部分から解析拒否となると、一体何が書かれている事やら。うーん、日本語に変換しているのがマズイのかな、いやいやグラール語に変換しても同じだったし、何なんだろうねぇ」

 

 備考:被検体唯一の生存者

 

「まいっか。それよりも――」

 

 そこで。

 響く筈の無い電子音が響いた。それは、彼女が張っていた網に引っかかったと言う意味だ。

 ソレに対して束の反応は神懸りと言っても良いだろう。

 発信物は倉持技研に預けていたコアからだった。『不正で有効な解析コード』を用いられたと報告しているのだ。その内容を流し読みしていた束は、やがて歓喜の表情へと変わる。

 

「無銘さんっていうんだ、あの男は。ふぅん、遺伝子タイプは日本人と酷似、コードブレイクしたわけでもなく、アクセスしてきた……と。凄いなぁ、束さんでも機材が無いと苦労するのに。インプラントによるアクセスってわけでも……あやっぱ違うのかぁ」

 

 此処に本人かその関係者が居れば、その独り言に秘められている危険性に顔を青褪めさせた事だろう。何せ、コアを解析しようとかけた魔術によって、表層上という前置きがあったとしても本人の脳が逆に解析されているのだから。

 この場合、逆探知という言葉が最も近いだろう。コアに対する解析が僅かなりとも成功した者達の所在から繋がっているネットワークまで全てを瞬時に探知する事が可能なコードを仕込んでいたのだ、全てのコアに、束が、単独で。

 普段ならば眼を走らせる程度には反応するのだが、今はそれどころではないので無視するつもりであった。

 しかし、不正で有効な解析コードという、矛盾めいたワードを設定しているケースは無視する事は出来ない。

 アレは『篠ノ之束にとって未知の領域や方法を用いたアクセスが成功している』という意味を持っているのだから。

 束が設定するファイアウォールを完璧に抜くソフトやハードが出たという事は、束自身に比肩する、或いはそれ以上の知能を持つ者という事でもある。つまり『仲間』なのだ、その者は。

 地球人ならば喜々として、異星人ならば歓喜を持ってその内容を読み解くのは、束ならば当然の結果である。

 ずっと、孤独だったのだから。

 

「んんん? 手段が解析魔術? 必要なものが魔術回路? 何コレ?」

 

 はて、と首を傾げて詳しい情報を得る為に、通り道を作成しようとした瞬間。

 ブツン、と情報ページが消えた。これ以上のアクセスは逆探知される恐れがあると踏んだのだろう。

 お互いに表層的なデータしか閲覧していなかったのを確認した束は、少し感心した風に呟く。

 

「手際が良いというか、気付かれたぽいなぁ。折角どんなのを記録しているか観れたのに」

 

 それは、脳へのハッキング行為。強烈な負荷をかければあっさりと脳死へと至らせる事が出来る、非人道的な業。だが、束はそんなヘマはしない。天災は天災である故に、人を殺さない。その価値が無いと知っているが故に。

 ただ、此方から一方的に知る事が出来るように、通り道を作ろうとしただけだ。

 普通ならば一夏が経験したような、ISに触れた時と同様の衝撃――あれもISのコアを人を繋ぐ通り道、いわば回路を作る為に起きる現象――が走るのでバレるのだが、相手が解析しているのならばそこを通り道として残させる事で、脳への負担は限りなく0に近づけさせ、結果的に探知されないまま情報を引き出す事が出来るのだ。

 

「惜しかったなぁ。でも、魔術とか解析とか、一体何だったのやら」

 

 わくわくするよねぇ、と、未知の領域に対する興奮によって笑顔の質を変える束。

 

「まぁ、次回に期待かな」

 

 今の束の眼には、無銘という男と、センクラッド・シン・ファーロスしか映っていない。

 織斑一夏も、篠ノ之箒も、織斑千冬でさえも。

 今の束の眼には、映っていない。

 それは初恋の情熱よりも強く、危険な輝きを宿していた。




ファラ・ジャクリーンは鈴音と対決していた黒人女子高生の名前です。


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EX―IS12:ツーマンセル・トーナメント開催前

お久しぶりです。
それぞれの思惑IS学生編。
次回はトーナメント当日のお話、来週に予約済。


 ツーマンセル・トーナメント開催前。

 裏では賭け――といっても金銭が絡むものではなく、あくまでお遊びである――が横行したり、新聞部が情報をバラ売りしたりと、小さな問題はあるが、IS学園の生徒達の7割はお祭り気分、或いは他人事でそれらを楽しみにしていた。

 今年は専用機持ちが多数きている上に、人類史上初の男性操縦者まで入学したのだ、面白さや娯楽を求め勝ちな学生達はこぞって噂話や賭け事に興じるのも仕方の無い事だろう。

 もっと言えば、異星人がこの学園に滞在しているのだ。頻度としては余り見かけないが、代表候補生達や教師とは良く接触しているという新聞部のエースが流した情報もあって、今最も注目を集めている存在である。

 さて、グラール太陽系星人ことセンクラッド・シン・ファーロスだが、その噂や能力の内容は、新聞部に記載されているものと公式・非公式のインタビューを準拠とすると以下のものである。

 

 言語習得能力が極めて高く、ハッキング能力も国家レベルで持ち得ている。

 剣道有段者――本来は剣術だが――であり、ISを作った篠ノ之博士の妹でもある篠ノ之箒を瞬殺する程の剣の腕前の持ち主。

 イギリスの貴族であり財閥でもあるオルコット家の当主に対して面と向かって懇々と諭そうとする程の説教好き。

 中国の天才児に真っ向からケンカを売ったKY。

 クモのような――何故か漢字で打たれてはいないが、これを作成した時、新聞部のエースは一時姿を消したと言われている――存在である生徒会長を手玉に取る話術を持つ者。

 ブリュンヒルデと対等以上に付き合える上に、信頼されている男。

 篠ノ之博士が興味を持つ対象。

 そして、地球人類が足元にも及ばない技術を持つグラール太陽系惑星人。

 

 とまぁ、虚実入り混じっている状態ではあるが、IS学園側の認識は個人単位でも然程ズレてはいない。特に、性差別的な意味合いでは殆ど払拭されている。立場上、世界と隔絶した環境に置かれているIS学園内で、異星人について討論している者達から見ても、そうでない者達から見ても、だ。

 そんな彼女達が出した結論というのは、簡単なものだった。

 遠目から見るのが一番。

 まるで、性格が壊滅的に悪い美男美女に対する扱いと何ら変わりの無いものだったが、それもそうだろう。粗相や無作法な事をしでかして万が一にでもプッツンとキレられたら、親族諸共人生終了のお知らせが物理的にも社会的にもスッ飛んでくるのだ。進んで関わりを持ちたがる方がどうかしている。

 専用機持ちや代表候補生は国単位で情報収集を指示されている故に、有る程度のリスキーな言動や行動が許容されているから踏み込んでいけるが、そうでない者達から見ればセンクラッドは常識的に考えてとんだ厄介者だ。 

 その厄介者に対して色々思うところが有るもの、もしくは思うところはないが国や企業、或いは裏社会からの命令によって監視、或いは会話を義務付けられている者達が代表候補生以外にも幾人か存在している。

 

 例えばそう、前者ならば篠ノ之博士の妹であり、得意とする領域で戦いを挑んだ結果、あっさりと敗北を喫した篠ノ之箒と、唯一の男性操縦者である織斑一夏とか。

 

「一夏、いよいよだな」

「あぁ」

 

 言葉少なに返す一夏だが、別にこれは箒の事を嫌っているのではない。むしろこの幼馴染を無条件に信頼している程には好意を持っている。尤も、恋する乙女である箒から言わせれば「もっとわかりやすい好意で接して欲しいな……」だとか。

 緊張しているわけでもない、ただ単純に一夏は自室に備え付けられていたPCから情報を閲覧しているのである。

 中国代表代表候補生にして、セカンド幼馴染である凰鈴音が操る甲龍。

 イギリス代表候補生にして、今は親しい友人であるセシリア・オルコットが操るブルーティアーズ。

 日本代表候補生にして、生徒会長更識楯無の妹である更識簪が操る打鉄。

 フランス代表候補生にして、人類史上2人目の男性操縦者であるシャルル・デュノアが操るラファール・リヴァイヴ・カスタム。

 此処までは見終わり、今は最後の壁として立ち塞がるであろう強敵の情報を食い入るようにして見詰めていた。

 ドイツ軍IS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの隊長にして、織斑一夏という存在を否定しているラウラ・ボーデヴィッヒの情報を。

 遠距離や中距離はレールガンにさえ気をつければ問題ない。あの少女なら、パッケージ換装は絶対にないという確信が、一夏にはあった。軍人としては失格だろうが、あの少女は真っ向から自分を折りに来ると察している。

 一夏の頭は悪いわけがない。中学までの成績は上位に位置していたし、IS学園における知識や実践においても徐々に徐々に追いつき始めている。また、セシリアの弱点を読み切った点も鑑みるに、乙女心を察する能力以外には長けているのだ。

 一夏の運動神経が悪い筈もない。篠ノ之流剣術道場で剣術を一時期修め、剣を手放してアルバイトに勤しみ、そして再度剣を握ってものの一週間足らずで現役時代の動き以上のモノを手に入れている。

 まさしくブリュンヒルデの弟だ。極最近になって本人はそれを嫌っている節が出てきているが。

 

 箒は安堵していた。

 一時期の一夏は酷いものだった。何かに取り付かれたように自分を追い込んでいた。被弾率は上がり、撃墜判定が出る事もしばしばあった。

 だが、センクラッドが一夏を呼び出した後から、徐々に徐々に無理をするのをやめていった。未だに焦りは見えるが、感情のコントロールが出来てきているように見える。何かしら諭されたのだろう。伊達に約30年も生きているわけではないのだな、と半ば失礼な事を考えている箒だが、同時に胸にささくれが出来ている事も自覚している。

 結局、自分では一夏を変える事が出来なかった。

 いや、踏み込んだ結果、拒絶される事を恐れて何も言えなかったのは自分だ。

 年上だから、異星人だから、経験豊富だから、様々な言葉で取り繕う事は出来る。だが、結局自分の心には嘘はつけないものだ。

 故に、箒はセンクラッドに対して幾つかの思う処があった。それを自己に向ける事が出来ない、内罰的な考えにならないのは、年齢と環境で培った性格に起因していた。

 

「箒? おさらいをしたいんだけど……」

「――あ。すまない、少し考えて事をしていた」

「ああ、良いって良いって、明日はトーナメントだし、俺もさっき同じ事をしていたしさ」

 

 手を振ってそう言った一夏に、胸が痛くなるのを感じつつも、言葉を促す箒。

 すると、一夏はモニターにトーナメント表を映し出して、身振りを交えつつ考えを述べた。

 

「考えてみたけど、一回戦や二回戦は箒と同じ意見だ。別に気にする相手じゃないと思ってる。でも、準決勝からは違うと思う。俺はこの2人が出てくると思ってる」

 

 この言葉は、既にトーナメントの組み合わせが発表されているという事を指している。本来は発表されないものなのだが、今年は様々な意味で違った。

 会場の規模、世界中に流されたCM、一般公開や可視化した大会、この全てはただ一人の異星人の為に変更を強いられたといっても良いだろう。本人からすれば大迷惑だと溜息をついていたけれども。

 もっとも、トーナメントに出場する者達の組み合わせはIS学園だけでは無く、様々な組織や国が頭を突き合わせて考えた結果だったりする。

 

「む、この2人がか……?」

 

 そういわれた箒が注視すると、見覚えのある2人がクローズアップされていた。更識簪とファラ・ジャクリーンペアだ。

 更識簪は一夏とボーデヴィッヒと3人で組んで山田先生と戦っていた子だ。徹底的に距離を維持しながら援護射撃を加える様子は、到底一年では考えられないものだった。

 そして、簪とペアになるファラ・ジャクリーン。

 2組代表決定戦で鈴音に喰らいついたあの黒人女子生徒だ。あの時点で偏差射撃や反動予測込みの射撃をしていたのだ、成長次第では専用機持ちに比肩しうる実力を持った可能性もある。

 しかし、箒は簪の実力に懐疑的であった。いかに片方が強かろうとも、精神的な脆さが露呈したあの模擬戦を見るに、何処かで脱落するのでは?と思っているのだ。勝負事に必要な粘り強さや諦めない気持ちというモノの一切が、彼女には致命的なまでに欠けていた。そこを指摘してみると、一夏は首を振って否定した。

 

「確かに、気持ち的に弱い部分はあるだろうけど、あの射撃技術は脅威だと思う。それに他のペアと比べてやっぱり総合力が勝っているんだよなぁ」

 

 セシリアや箒と一緒にISの習熟に励みながら、一夏は情報収集を行っていた。といっても、そこまで大層な事をしているわけではない。それとなくそれぞれの組で誰が強いのかを聞いて、IS学園に保管されている模擬戦のアーカイブを視聴して対策を考えていた位だ。流石にツーマンセル・トーナメント直前のデータは公平性を保つ為に配信されてはいない。

 まぁ、一年目でそこまでやれる者が何人いるかと聞かれれば、余り居ないと答えるものが多いが。

 最初、箒は一夏がそういう事をしていると聞いた時には「本当に一夏か?」と聞いて凹ませてしまう珍事もあったりする。

 何にせよ、少しずつ変わってきているのだ、彼も、彼女も。

 以前の彼ならば対策なんて考えもしないで、取り合えずどうにかなるだろうで突貫する脳筋スタイルを採っていた筈だ。

 だが、箒(身内)が変わった事や、センクラッドとの会話や周囲の強さ、ラウラから投げかけられた言葉で、変わらざるを得なくなった。

 姉の庇護下から抜け出し、自らの足で均された道を歩み始めた。まだあくまで均された、という前置きがつくし、いずれそれも自分で決められる事になるかは定かではない。少なくとも、一歩以上の踏み出しとなっているのは間違いない。

 

「曲がりなりにも生徒会長の妹だし、ジャクリーンさんはあの時期で鈴と善戦していたから、あがってくると思う」

 

 ならば勝ち上がってくるのなら簪を集中的に攻撃するべきだろう、と箒は結論をつけ、次の、もっと言えばメインの確認に移る。

 決勝ではほぼ必ず、どちらかのペアが勝ち抜いてくると、2人は予測を立てていた。

 凰鈴音とセシリア・オルコットペアか、ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノアペアだ。

 

「鈴の見えない射撃と格闘戦、セシリアのBTとピンポイントでの狙撃が勝つか、それともボーデヴィッヒとデュノアの距離を選ばない戦術が勝つか、か……」

「どっちも有り得ると思う……あった、箒、これがデュノアさんの模擬戦データ」

「む、どれどれ――」

 

 一夏がシャルルの模擬戦のデータをクリックすると、代表決定戦が再生され始めた。

 柔らかい表情と一見すると女性に見えない事もない顔の造り。だが、小柄ながらも青くなり始めた顎が彼が男だと証明している。

 シャルルが纏っているISはデュノア社が単独で作ったラファールの後継機、ラファール・リヴァイヴを彼専用にカスタマイズしたものだ。基本装備を削り、その分拡張領域を倍加させた、継戦能力重視かつ全距離対応型の攻撃的なスペック。

 彼はそれを余す事無く使っていた。

 試合開始と共に、小気味良くブースターを小刻みに噴かしながら両手に持つアサルトライフルで機動力を削ぐように射撃を行い、女子生徒の動きを制限する。

 対する女子生徒は被弾しつつも、呼応するように前進した。手に持っているショットガンとブレードで速攻をかけようという事が丸判りだ。

 直線的に移動する女子生徒とは対照的に、緩やかな曲線を交えた機動を用いているデュノア。これでは勝負にならないだろう、と一夏と箒が検討をつけるほどに、習熟の差が有りすぎている。

 現に、前進の素振りを見せた途端、シャルルは小刻みに噴かしていたブースターを全速へと切り替え、徹底した距離の維持に努め始める。

 武装は未だ、アサルトライフル。

 

「このまま削り切るのか?」

「いや、そうはならなかったな」

「ほう」

 

 基本性能を削ったラファール・リヴァイヴ・カスタムIIとそうではないラファール・リヴァイヴでは速力に若干の差が出るのは当然だ。故に、女子生徒が徐々に距離を詰め、ショットガンの領域に差し掛かり、引き金を引いた瞬間。

 それは起こった。

 シャルルの両手それぞれに持っていたアサルトライフルが消え、左手には大きな防護シールドを、右手にはアサルトカノンを具現化させるまでにかかった時間は0コンマ以下。

 ソレを見た箒とデータ上の女子生徒は同時に絶句していた。

 

「これは……」

 

 瞬時という速さで武装の切り替えが出来る者なぞ、学園にも余り居ない。1年で見れば皆無だろう。無手の状態から武器を呼び出す場合は、それを考えるだけで良いが、武器を一度しまい、別種の武器を呼び出すとなれば話は全然違ってくる。かかる時間は凡そ2倍以上かかる筈の切り替えを瞬時に行ったシャルルは、天才か、それとも努力の賜物か、その両方か。

 特に、箒は戦慄していた。姉が作ったISの一端を知る程度の知識だが、シャルルの異質さは理解している。アレを機械の補助やコアと意識を共有させたりする事なしで出来るのならば、紛れもなくIS操縦者で言う処の『天才』だと。

 動揺した女子生徒がアサルトカノンの直撃を連続で喰らい、脱落判定が出たのはその直後であった。

 

「強いな」

「あぁ、強い」

 

 ぽつり、と零した言葉に偽りの響きは一切無い。箒の独り言めいた感想に肯定を持って返した一夏の表情は厳しい。他の代表候補生と比較して、何ら遜色なく、非常にやりにくいと感じているからだ。

 例えばセシリア。距離を離した戦いに定評があり、BTという遠隔操作武器の異質さから、やりにくい相手だと思われ勝ちだが、未だにBTと狙撃武器の同時活用が出来ない為、そこをつけば幾らでもやりようがある……まぁ、冷静な彼女が放つ遠距離射撃は命中率が半端無い上に、BT稼働率も独走しているので、非常にやりにくい相手である。特に一夏とは相性が究極的なまでに悪い。ただそれは逆でも言える。

 例えば鈴音。基本的に近中距離戦のみで戦い、見えない砲弾を撃ち出す龍咆の特性を駆使し、一定距離内では無類の強さを発揮する彼女だが、武装が極度に限られている上に速度が無いという弱点を抱えている。その分安定性と耐久性はかなりのものだし、そもそも彼女はまだ習熟して1年程度でこの実力だ、素質だけで見れば一流の遥かに上をいっている。それは、戦った箒が一番理解している。

 それでは、デュノアはどうか。

 拡張領域を倍加させたという事は、多数の武装を持っているという事。彼専用にカスタマイズされているという事は、それに慣れているという事でも有るのは、先の高速切替で判明している。

 救いがあるとすれば、基本性能が低下している点と量産型の発展機である故の、言い換えれば専用機ではない以上『今までに発表されている武器』だけを選別して装備している、この2点だ。

 基本性能の差をどうにかして突かなければならない。一夏と箒は難しい顔を見せ合いながら、意見を交換していき、最後にと再生した映像に映し出されているのは、ラウラ・ボーデヴィッヒであった。

 苦虫を噛み潰したような表情で、ラウラの動きを見る一夏。そこに激情の色は無く、暗い色も然程無い。

 

「やっぱ、言うだけあるよな……」

 

 そう零した言葉には、紛れもない賞賛が込められていた。

 引けばレールガンを必中の領域で当て、寄れば6本から構成されているワイヤーブレードで切り刻み、それを掻い潜れば両手にあるプラズマカッターで叩き伏せられる。

 それらが単品ではどうにかなるかもしれないが、ワイヤーブレードとプラズマカッター、或いはワイヤーブレードとレールガンの併用が前提で運用しているのだ、シールドエネルギー無視の零落白夜とブレード一本、かつ機動力重視の白式では突撃するしかない。

 ISの稼動時間の差はセシリアや鈴以上に差が開いている。後は奇策頼みとなるのは明白だが、相手はそれを見越しているのを前提で考えねばならない。

 以前、簪と3人で組んで山田先生と模擬戦をした際、ラウラは一夏を素人『めいた』行動を採らせている。完全に素人でもなく、極僅かながらもプロでもやるかもしれない程度の可能性を持つ行動を、だ。

 あの時点で、一夏の行動パターンは読まれているといっても過言ではない。事実、高機動を駆使し、自分の身を考えずに何らかの単一行動を採る事、これがISにおける一夏の全てだ。

 戦略構築、戦術の効果的運用、自身のISを深い領域で把握している能力、ISにおける必要な能力全てが一夏を凌駕している事は間違いない。

 これで他の代表候補生と同等の実力を持つシャルルと組んでくるのだ、敗北はほぼ確実だろう。常識的に考えれば。

 

「だけど」

 

 この勝負において、敗北は絶対に赦されない。

 このままでは織斑一夏で有る事を完全に否定されて終わりだ。証明し続けなければならない、自身が織斑で有る事と、一夏で有る事、両方を。今や織斑の名は更識やデュノア以上に大きく、今や一夏という存在は篠ノ之よりも重い。

 勝ち続けなければならないのだ。

 

「箒、聞きたい事があるんだけど」

「ん? 何だ?」

「ISが所持している武器って、他の誰かが使えるように……とか出来るのか?」

「あぁ、勿論。ただ、色々制約はあるが。例えば私が白式に許可した武器なら、一夏は扱えるが、その他のISでは扱えないままだ」

 

 成る程……と零した言葉は緩やかな速度で空気中に霧散した。一夏の頭脳はフル回転し始めている。

 白式にFCSは積まれていない。零落白夜に容量を全て取られている弊害だ。しかし、それは扱えないという意味ではない。ボーデヴィッヒからすれば素人の考え、浅はかだと断じられるであろう思考。

 しかし、ボーデヴィッヒは一夏の過去を知っているが故に、この戦術を採る事を想定していない。

 その思考の間隙を、一夏が穿とうとしていた。

 

 血に塗れた地面。

 歯の根が噛みあわず、震える腕で銃を手に取った、あの頃の自分。

 腕と肩に伝わった確かな衝撃。

 呻き声。

 大好きな姉の、今にも泣きそうな顔。

 

 ズキリ、とこめかみが痛むが、一切を無視した一夏は、今、覚悟を決めた。

 白式を受領した後、冷静になって考えてみればどう考えてもおかしいと思っていた。

 FCSすらない、まるで『撃つ事』自体を否定するようなコンセプト、ブレードオンリーの機体がどうして作られて、どうして届けられたのか。

 織斑一夏の過去を知っている者ならば、その配慮は当然だろう。

 その配慮を今、自分で否定しようとしている。

 

「束姉には悪い事する、かな……」

 

 想い人が意図せず呟いた言葉に、表情を強張らせる箒。

 何故そこで姉の名が出る、と喉元まで出掛かった言葉を飲み込み、箒は心を落ち着かせる事が出来たのは、ひとえに一夏が凪いだ表情を、覚悟を決めた雰囲気を出していたからだ。

 大切な何かを決めた、漢の顔。

 箒も一度しか見た事が無い、想い人の姿。

 何故も、どうしても意味を為さない、まるで一振りの刀のようなその顔に、箒はずっと昔からどうしようもなく惹かれているのだから。

 そして、一夏の提案に是非も無いと首を縦に振る箒。

 数日間の間に、一夏と箒は何処まで手が伸びるのだろうか。

 

 

 同時刻。

 ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノア。ドイツとフランスという東西的な意味でも有り得ない組み合わせがペアを決めたのは、偶然ではなく、上層部の意向だった。御丁寧に部屋まで一緒、ついでに言えば転入する時期も同じ。更識あたりはさぞ警戒しているに違いない、とラウラもシャルルも思っていた。

 

「それで、どうするのかな?」

「言った通りだ。誰が来ようとも変わらない。私が前衛ならば貴様は後衛、その逆も然りだ。貴様が得意とする戦術に合わせてやる。だが、織斑一夏に関しては手を出すな。アレは、一度折らなければならない。男性操縦者とブリュンヒルデの弟という肩書きの重さを知って貰わなければな」

 

 デュノアのオーダーに対して厳然たる口調で断じたラウラ。

 既に2人とも、予習というべきものは全て済ませていた。

 準決勝で当たるであろうセシリア・オルコットと凰鈴音ペアに対してだけではなく、誰を相手にしようとも、地力の差で勝てると踏んではいたが、慢心をしてしまえば敗北を喫する可能性が0ではない。

 それを0に近づける為の戦術構築やペア練習を、ラウラ達は粛々とこなしていた。

 

「男性唯一の操縦者、か……」

 

 複雑な色を宿した声で小さく呟いたシャルル。色々想う所はあるのだろう。

 本来ならば、シャルルは一夏と同室だった。

 だが、異星人の来訪と、それ政治がそれを変えた。何よりも優先すべきものを上の意向で勝手に変更させられた、と言っても良い。

 シャルルとなった意味が、失われたという事でもある。

 だが、シャルルはそこに絶望を感じてはいない。自らの人生は定められた手順と筋書きに従って勝手に動いているのだ、変えられるわけも無いのならば、早々に諦念するのが利口だと、固く信じていた。

 ラウラはその言葉を聞いていたし、その意味を情報として持っていたが、約定によってそれを口外する事は無い。哀れとも思わなかった。

 その道をラウラは既に通っているのだ、現在進行形で、シャルルよりも遥かに過酷な道を。故に、何ら想う事は無い。

 ただ、釘はさしておかねばならないだろう。

 

「感心しないな」

「え?」

「貴様は『2人目』だろう」

 

 その言葉に、表情筋を僅かに動かしたシャルルは、ごめん、と小さく謝った。

 それで、手打ちだ。

 

「織斑君は、上がって来れると思う?」

 

 話題を変える為に、シャルルは懐疑的な音で言葉を発した。たった数ヶ月、しかも専用の教育を受けずに放課後を使っての練習程度しかしていないという情報がある以上、習熟度の差は縮まらない。それはどんなに才能があったとしても、それを伸ばす時間が圧倒的に足りていないという事だ。

 しかしラウラは当然だと頷く。

 

「習熟度合いで考えるならば織斑一夏は論外だ。だが、奴は必ず、決勝まであがってくる」

「ふぅん。どちらにせよ、彼は特別だという事、かな」

 

 僅かながら皮肉を塗したシャルルに、その通りと頷いてみせるラウラ。

 ツーマンセル・トーナメントの対戦表を見るものが見れば、有る法則に気付くだろう。

 一夏ペアが左端、右端がラウラペア、ここまではまだ良い。だが、一夏達が順当に勝ち上がると仮定した場合、対戦相手の搭乗時間が徐々に増えていく事に気付く者は気付く筈だ。

 当然のように細工をしたのである。国が、組織が、企業が。

 ランダム抽選にしてしまえば、ラウラペアと一夏ペアが初戦で当たる可能性もあるし、セシリアペアが一夏ペアと当たる場合もある。その可能性を潰したのだ。

 織斑一夏と篠ノ之箒にとって、有る意味デビュー戦でもあるこの戦いにおいて、初戦敗退というのは些か都合が悪い。そうなれば侮る者達も出てくるのは必至だし、世間の反応は微妙なものになる筈だ。

 世界は2人の価値を損なう事を是とせず、価値は上げるだけ上げておきたいという思惑もあっての、組み合わせだった。

 もっとも、興行という意味では正しい事だ。表向きは競技であると謳っている以上、そこは避けては通れないし、そもそも2人はIS操縦者という意味では異質過ぎる。

 片や篠ノ之博士の妹、片やブリュンヒルデの弟であり、人類史上初の男性操縦者。

 貶めるよりは持ち上げた方が利になるのは自明の理だ。

 ついでに言えば、彼等がセンクラッド達と親交を温めているという点も見逃せない点だろう。IS学園の監視カメラを通して、センクラッドは幾人かにアドバイスを与えていたり、雑談を興じている事が確認されている。精神構造が篠ノ之束よりかは地球人類に似通っている可能性が高いという分析が成された以上、そこら辺も加味しているのは間違いない。

 

「特別というよりも、必然かもしれんがな」

「露骨過ぎる組み合わせだよ、本当に。でもそれだけで上がれる程、ISは甘くはないと思うけど」

「この程度なら上がってくるだろう。織斑の成長には眼を見張るものがある」

 

 その言葉に、シャルルは意外だという感想を持った。横顔を見ると、至極当然のような表情をしていた。瞳は冷え冷えとした輝きが宿っているのは何時もの事だが、一夏の話題となると顔を歪めているのが普通であった。

 

「白式のカタログスペックを見た。酷いものだ、半分程度しか良さを引き出せず、5割り増しで欠点を露呈しているような技量の無さが目立つ劣等生」

 

 淡々と告げるラウラは、感情を脇に置いての感想しか述べていない。確かに一夏は白式のスペックをフルに引き出しているとは言えない。零落白夜の使用タイミングとかではなく、機動力において本来のスペックを出し切っていないし、動きもようやく直線的ではなくなりつつあるが、未だ荒削りだ。

 しかし――

 

「だが、奴は初戦で白式を受領し、1次移行を終えずして10分もの間、専用機持ちと渡り合った」

 

 その言葉に、沈黙を選ぶシャルル。自分ならば出来るだろうか。ブレードオンリーの機体で、新型の、それも最適化していないISでブルー・ティアーズをかわし続ける事が出来たのか。

 ISの知識と搭乗時間が有る程度あり、打鉄やラファールならば、10分持たせる事は可能だろう。だが、一夏はその両方が極端な程無い。IS学園に来てからすぐに、だ。

 自分では絶対に不可能だと、シャルルは断定した。

 学園内のデビュー戦と考えれば、一夏の動きは異常だ。

 相手の攻撃や行動の癖を読み切って、肉を斬らせてでも骨を断つタイプ。言うだけならば簡単だが、やるとなると極端に難しいもの。

 殴り合いのケンカでさえ、肉体は萎縮する。銃器ならば尚更だ。いかにISが安全神話を地でひた走ろうとも、人の根源に刻まれている恐怖を克服するには多大な時間がかかる。特に一夏は日本人だ。銃や闘争から離れて久しい日本人なのだ。

 どの意味に置いても時間を相当費やさねば出来る芸当ではない。だが、一夏はそんな時間など与えられていなかった。

 異常、異質、異端。

 織斑一夏は、人として何処か破綻しているのではないだろうか。

 シャルルがそう考えている間にも、ラウラは自身の考えと情報を述べていく。

 

「それに、放課後だけとは言え、オルコットや麒麟児と呼ばれている凰鈴音とも練習をしている。素人同士でやるよりも遥かに効率的に物事を覚えられるし、第三世代特有の特殊武装にも逸早く慣れる事が出来る」

 

 実際には口頭の説明だとあんまり良く判らないので、攻撃を受けたり動きを見て覚えるというスパルタな感じでやっていた。

 もしここにシャルルが加わっていた場合、一夏の成長速度は知識面でも大幅に強化されて正しく万能型に近付くのだが――

 

「中近距離の凰鈴音、遠距離と多角的攻撃のセシリア・オルコット、最近になって銃器の腕前も上がってきている篠ノ之博士の妹、篠ノ之箒。この3人に鍛えられているといっても過言ではない。現に、4名が連続してアリーナを借りている」

「……手の内が全部曝してしまう可能性があるのに、よくやるよ」

「仲が良い、だけではないな。政治的な意味合いも多分に含まれていると見て良い。勝ちを拾うよりも重要だと考えたのだろう」

「だろうね」

 

 乾燥した言葉は、真実を射抜いている。

 セシリアと鈴音は、ブリュンヒルデの弟であり男性唯一の操縦者、そして篠ノ之博士の妹との仲が良好だと、今やIS学園外にまで知れ渡っている。

 EUと中国が画策し、指令を飛ばし、新聞部のエースに打診して情報として発信させているのだ。無論、外部へと発信する場合はゴシップ関連を抜いて、という前提もつくが、黛薫子はソツなくこなしていた。

 どんな形であれ、リードをとっておきたいのはISに縛られた世界の宿命だ。尤も、ドイツもフランスも先んじたいものはあっただろうが、それを止めているのはラウラ自身と、シャルルの父だった。

 ラウラの場合は一夏を何処かで折らねばならぬと決めている故に、シャルルの場合は父の指令通りに。

 

「となると、ボーデヴィッヒさんは織斑君と決勝で当たると?」

「当然だ。あの組み合わせならば、必ず勝ちあがる。勝てなければ、それこそ嘘だ」

「……ええっと、嫌いなんだよね?」

「当然だ。大嫌いだ。奴の事を考えると虫唾が走る」

 

 嫌悪を露に断言するラウラを見て、苦笑するシャルル。こういう時のラウラは本当に年相応に幼く見えるのだ。小さな体躯と相まって微笑ましさすら感じる。

 

「だが、それとこれとは別だ。IS学園で他にそんな練習を積んだものなぞ一年には居ないし、適応力は随一だ。ならば、勝ちあがるのは必然と見るべきだろう」

 

 嫌悪感を薄れさせたラウラが放つ言葉。それは、素質的な意味合いでは織斑一夏を認めているという意味でも有った。

 故に、シャルルは多少の驚きと意外さを持って返す。

 

「よくまぁそんなに嫌いなのに、冷静に分析できるね?」

「冷静さを失うのは軍人として失格だ。戦争や戦闘は好き嫌いでするものではない。特にISを扱う者ならば尚更だ」

 

 面白くも無いと言わんばかりの口調。そこには言い知れぬ重みが含まれている。

 ISが台頭する前のラウラは、何をやらせてもエースだった。試験管ベイビーとして軍で生み落とされたラウラにはそれが全てだった。

 だが、ISが現れてからは全てが激変した。

 ISとの適合性をあげる為に行われた手術に失敗し、IS操縦者としては落第とまではいかないが、それまでエースとして君臨していた彼女が引き摺り下ろされる程度には、凡庸な腕前にまで落ちた。

 そこからは地獄であった。

 軍からは出来損ない扱いされ、ISを扱えるものと扱えないもの、上手下手、新たな『持つ者と持たざる者』の差別化が始まり、存在意義を見失ったラウラ。

 そんなラウラを救ったのは、織斑千冬であった。

 ラウラは生涯忘れない。

 自分に手を差し伸べてくれた千冬を。

 エースとして返り咲いた時、また周囲が掌を返した事を。

 持つ者と持たざる者の軋轢を。

 軍内部での自身の立場の危うさを。

 ラウラは生涯忘れる事は無い。

 

「仮に織斑君が勝ちあがったとして、僕が篠ノ之さんを撃破しても加勢しなくて良いの?」

「あぁ。貴様は砂漠の逃げ水(ミラージュ・ザ・デザート)を使って篠ノ之を撃破したら、待機してくれ。それで万が一、私が負けた時に織斑を撃破してくれれば良い」

 

 万が一も有り得ない……とは聞こえない響きに、綺麗に整えられた眉を寄せてシャルルは首を傾げる。そこまで危惧する事とは思えないし、一緒に組んだシャルル自身が理解しているのだ、ラウラは一年のみならずIS学園でも屈指の腕を持つという事を。

 専用機を操る腕、敵味方の戦力分析を正しく行い、そこから導き出される敵の戦術予想の的中率や指揮能力に疑う点は皆無だ。あるとすれば、特殊部隊に在籍していた為か、多少なりともIS学園の生徒達の行動や活動に嫌悪や疑問点を持っている事だが、勝負にそれらを持ち込む事は無い筈だ。あったとしてもそこは自分が居るのだ、フォローはどうとでも出来よう。

 だからシャルルは不思議に思ったのだ。

 

「万が一……有り得るのかな?」

「想定外の事態なんて幾らでもある。負ける気はしないが、織斑の素質と戦闘時における眼の良さは異常だ。見に徹してきた時の回避率は尋常ではないのは、観ただろう?」

「それは、そうだけど……」

 

 どうにもそれだけではない気がしたのだが、それを含ませた言葉にラウラは答えず、そろそろ就寝時間だと呟いてPCの電源を落とし、寝る支度を始めた事で、この疑問は解消されずに終わる事になる。

 その翌日、シャルルとラウラに一本の通信が入った。

 

 

 ツーマンセル・トーナメント前日。

 簪は二組に在籍しているパートナーの部屋に上がっていた。

 アメリカ国籍を持つ黒人女子生徒であり、ファラ・ジャクリーン。

 父は不明、母は売春婦という最底辺に位置する国民でありながら、地力でIS学園入学まで這い上がった不断の努力家。驚異的な事に何の後ろ盾も無しにこの学園に入学した女子生徒、とは本音からの情報だった。

 あの国の黒人蔑視、というよりも白人至上主義はEUよりはマシではあるが、それでも未だ根強い差別がある。

 その中で這い上がった彼女は、一体どれ程の努力をしてきたのか。それまでに一体どれ程の地獄を見てきたというのか。簪には理解出来ないし、想像すら出来ない存在でもあった。

 

「――で、順当にいけば準決勝でミスターと当たるけど、共闘してみてどうだったのさ?」

「……どうと言われても……」

 

 正直、困る。ついでに言うとミスターって何だ。いや生徒で見れば一人しかいないから判るけど、ミスターて。

 とは思ったものの、取り合えずはそれを脇に置いて嫌々ながらに思い出そうとする。

 正直、あの時の事など思い出したくも無い。自己と他者に対する嫉妬や嫌悪でイッパイイッパイになりながらも他人事のようにISを動かしていただけだ。思うところなぞ、一夏に対する恨み位しかないし、そもそも山田先生が強すぎて何を言えば良いかも判らない。

 単純に思考放棄しているという自覚はある。

 それでも出場する事になったのだから、せめて手は抜かないようにしようと、ちょっとした前向きな考えを持つようにはなっていた為、簪は一夏の行動を考えてみた。

 

「……無鉄砲、無謀、何をしでかすか判らない」

「そうさね、けどそれだけだと思うならダメだねぇ」

「駄目?」

「あぁそうさ。ちゃんと相手を見てやらないと、失敗しやすいもんさ」

 

 生返事を返しながら考えてみる簪だが、答えはでない。ま、そんなもんかね、更識の妹ってのは、と若干の失望を覚えながらも、ファラはそれをおくびにも出さずに手をヒラヒラとさせながら、

 

「眼が良いのと覚悟を持っているという事さ」

「覚悟?」

 

 そんなもの、あるのか?と訝しげに聞く簪に、獰猛で野性味溢れる笑みを浮かべ、手を銃の形にして撃つ真似をしたファラ。

 

「撃ち、撃たれる覚悟さ」

 

 少し考えて、簪は理解した。同時にその表情には驚きと困惑がない交ぜとなって浮かんできている。

 それは、つまるところ、言うなれば。

 殺し合いを許容するという意味ではないか?

 そう簪が確認すると、その通りさと頷いてみせるファラ。

 

「オルコットのお嬢サマとの対戦は見たかい?」

「一度だけ……」

「ミスターの動き、あんなの新兵じゃ到底できやしないよ。銃口を向けられても脅えず、動じず、冷静に対処する。アンタに出来るかい?」

 

 そう言われてみれば、確かにそうだ。簪は更識であるが故に、銃や刃に関してかなりの知識と経験を持っている。だが、一夏はどうだろうか。ド素人の域から出ない筈の、剣術を修めていたという理由では済まされない程、彼は常に冷静だった。あの瞬間だけを切り取ってみれば、十中八九、一夏をアマチュアと判断出来る材料は消失していた。

 ふるふると首を振って否定した簪を見て、笑みを満足気なそれへと変質させ、ファラは続ける。

 

「アレをクソ度胸と言うのは間違いだ。無鉄砲、無謀、何をしでかすか判らないじゃない。計算して無謀に走れる大馬鹿野郎さ。あぁ言う奴は、あと少しというところで盤上ごとひっくり返してくる、厄介なモンさ」

「けど、彼の操縦技術はまだ未熟――」

「そう、確かに未熟さ。けど、模擬戦……戦えば戦う程、伸びるタイプだ。いや、ありゃ伸びるってモンじゃない。化け物だね。賭けても良い、ミスターを先に、出来るだけ早く潰さないと、アタシらは負ける」

 

 あっけらかんと敗北宣言を出したファラに、多少むっとなりながら簪は反論する。

 幾らなんでも、勝ち上がる可能性は低いだろうと。

 簪もトーナメント表を見て把握はしていたが、それだけで勝ち上がるのは難しいと判断している。

 これは、シャルルとラウラの焼き直しだ。

 同じような反論と推論を交え、結果としては箒ではなく一夏から潰しにいくというところ以外は、変わらないものだった。

 だが。

 ファラが話し合いの最後に、唐突に向けてきた言葉。

 それが酷く苦いものとして残った。

 

「そうそう。誰彼恨むのは構いやしないけど、流石に限度があるさね。聞いていないアタシでも判っちまう位、恨んでんなら、いっそ真正面からぶっ飛ばしてやりな」



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39:ツーマンセル・トーナメント当日

 ツーマンセル・トーナメント当日の朝。

 センクラッドとシロウとロビンフッドは早めの朝食を採り終えて、のんびりと一夏達の状態やツーマンセル・トーナメントについての意見交換をしていた。

 シロウはカチャカチャと食器洗い器を使わずに食器を洗っては水気を拭き取り、ロビンフッドはクリーナーで床についている埃や汚れを取りつつ磨いて、センクラッドはテーブルや椅子の足を磨きながら、という些か所帯染みた状態での、会話だ。

 まぁ、実際そんな事をしなくとも本来ならば船体を覆っているシールドラインを流用して張り巡らせておけば掃除要らずなのだが、フォトン蓄積値の問題とシロウのストレス発散の為に途中から切っているので、こうなったのである。

 何気にシロウは自室のみならず、センクラッドの眼を盗んでは他の元英霊達の部屋の掃除をしたり食事を作ってやったりと割とやりたい放題しており、それが発覚するにはもう少し時計の針を進ませる必要があるが、それは割愛する。

 

「――俺の方は、まぁ、アレから2回話してるが、大分落ち着いてきたな。取り合えず、目下の目標はボーデヴィッヒに勝つ事だそうだ」

「ふぅん。まぁ、よくわかんねーけど頑張れば良いんじゃないの? んで、シロウは? 確かヒーロー大好きっ子と接触してたよな?」

「あー……」

 

 何処と無く気まずげな声を出すシロウに、怪訝な表情で視る2人。

 

「おいシロウ、お前さん一体何をやらかした?」

「いや、やらかしたわけではないのだがね。ただ、経験に基づいた正義の味方像を話したところ、ちょっとスレた感が出てきてしまったというか……」

「……つまり現実知っちゃった、と言う奴か」

「シロウの過去、ねぇ……一体どこまで話したのやら」

 

 センクラッドは妥当な結果だと頷き、ロビンフッドは渋い顔になった。

 シロウが簪に話した事は、正義と悪の相違点と類似性や、大衆の味方と個人の味方は別物で有る事、アニメに出てくるヒーローのような存在は、現実にも居るには居るが、往々にして時の権力者に利用された挙句、謀殺されたり、最後には仲間に後ろから撃たれるのが世の常である事等を、実体験込み込みの理不尽添えで話した。

 結果。

 それはもう凹んだ。自身の拠り所である部分にして仮初ではあるが、その根幹すらもぶち抜かれた形だったのもあり、簪は大いに凹んだ。

 依存先を徹底的とまではいかないが潰されたのだ、暫くは不安定だろう。

 ……ちなみに今朝方の事だが、本音が簪の様子を見に行った際に「正義って、報われないんだね……」と、何処か達観したような瞳で語られていたりする。ついでに言えば、その様子を楯無に報告したら、現在進行形で楯無がセンクラッド達の部屋にダッシュで向かっていたりもする。

 

「さて怜治。取り合えず脇に置いといてだ。私とロビンはどういうポジションにつけば良いかね」

「オレは姿隠して傍に居れば良いだろ? シロウは簪さんトコか、違うなら場所探して俺がカウンタースナイプか結界使用でいんじゃね?」

「結界はともかくとして順当に考えれば、そうなるだろうな」

「お? って事はトラブルでも想定してんの?」

「いや、無いと思いたいんだが……やっぱり、なぁんか引っ掛かるんだよな」

 

 何が?と表情で示した2人に、椅子を磨く手を止めて、頭をポリポリと掻いたセンクラッドは自身の考えを述べた。

 

「左眼が反応し過ぎて過敏になっているからかもしれんが、まーた襲撃されるような気がする。特に最近になって敵意とか恐怖とかを感知し過ぎてなぁ」

「流石にそれは……いや、無い訳ではないと思うが……しかしそんなに感知しているのか?」

「正直、感知範囲を下げようか検討したくなってくる位だよ。あぁ、なんだ、来るのか……? と思っても仕方ないレベルの」

 

 そんなにか……と眉間に皺を寄せて思案するシロウ。簪にかまけている間に、怜治がそこまで敵意を感知していたとするならば、問題と言える。

 ただ、ロビンフッドが護衛に回っている為、自分まで張り付く事をしなくても問題ないと判断はしていた。

 以前の状態――つまり神秘や概念が付与されていない現代武器では倒しきれない存在であるサーヴァントと、受肉している今では条件からして違うとは言えども、その能力は通常の人間の限界すら一足飛びで超えているし、強化魔術を駆使すれば9mmパラペラムなぞ豆鉄砲以下だ。

 ただ、布石は打つべきだろう、とシロウが以前渡されたアリーナの図面を脳裏に書き起こして戦術構築を見直し始めるが、そこでロビンフッドが何かに気付いたようで、センクラッドへ問いかけた。

 

「そいや、大将1回襲われたんだっけ? そん時はどしたの?」

「普通に撲殺したよ」

 

 事も無げにそう言われたロビンフッドは、眼を丸くして「いや意味がわからないんだけど」と呟いた。そんなに意味が判らんハナシでもないだろう、と返したセンクラッドに、バカ言っちゃいかんぜと首を全力で振って否定し始めるロビンフッド。

 思案していたシロウがそれを聞いて、諦念を通り越して仏のような慈愛に満ちた眼差しで洗い物を見ながら一生懸命、それこそキュッキュと音が結構な音量になる程度に拭いていた。その心というか胃付近には思い出し怒りが原因の頭痛があったりするのだが、それを表に出さないのは、もう諦めているからだ。生前の自分の頑固さを知悉しているが、怜治に関しては更に頑固だ。意固地にならないだけマシだが、それも愉快犯的な性質がたまーに出るのでトータルマイナスであるし。

 ただまぁ、諦めていたとしても限界があり、突破する度に怒声を伴った説教をブチ撒けるハメになるのは既定路線だ。昔と比べると随分とまぁ心と感情表現が豊かになったものだと指摘されているのだ。クー・フーリン達を筆頭に。

 

「い、いやいやいや、銃とか弓とか、最悪でも剣とか槍とか使うじゃん? んな事、オレらでも無理だ。つーか、撲殺て」

「使わなかったぞ。種明かしをするとだな……実は使ったのは炎を噴出させた拳だ」

「……あれ? ええと、大将て魔術師だっけ? それともオラクル細胞ってそんなんできんの?」

「魔術適正は残念ながらなかったよ。グラール人の技術は半端ないって事さ。それにアラガミという観点からみれば極太レーザーや転移型の迫撃砲を扱う奴もいたし……いや、やれないから、無理だからな? そういうのが出来るアラガミがいるってだけで、流石に想像力の範囲外だから無理だからな、イヤマジで」

 

 ドン引きしたと言う風な2人の顔を見て、流石に俺も出来たら自分に引くわと言わんばかりに、全力で否定するセンクラッド。

 アニメやドラマや映像媒体で観たものを想像し、創造して作り出す事にも限界はある。脳内という意味での内部出力までは可能だが、外部出力するとなると流石にどうにも出来ない部分が多い。手から連続してエネルギー波を出すなんて夢のまた夢だ。そもそもそんな事に労力を費やすならばグラールの武器を使えば良いし、神機開放して重砲から記録しているオラクルバレットをぶっ放した方が手っ取り早い。尤もオラクルバレットはその特性上、グレードEXの武器よりもヤバイ代物なので、ぶっ放すなんて夢のまた夢だ。意図せず増殖した結果、地球に定着なんてした日にはセンクラッド達主導のノヴァ計画発動なんてオチになりかねない。

 ……いや、ISの開発経緯から見るに、ソッチのほうが本来の目的は達成できそうな気がしないでもないのだが。あれ宇宙進出用に作成されたものだし。まぁ、問題が山積みになり、責任を持てないのでやることはないのだが。

 

「ハナシがズレたが、んなメンドクサイ事せんでも出来るんだよ。科学でな」

 

 センクラッドが立ち上がり、両手を挙げて、一言呟く。

 

「流動在・心乃臓」

 

 センクラッドの拳から肘までが蒼白い炎に包まれたのを見て、ギョッとするロビンフッド。そういえばロビンフッドは見たことが無かった……というよりシロウしか見たことが無かったんだっけな、と思い返していると、ロビンフッドがしげしげと拳を見詰めて、

 

「え、それ一体どうなってんの? ナックルって、どこにもないじゃん」

「透明化させた薄手のグローブの外側から火炎型に偽装したフォトンを噴出させてんだよ」

「それ、熱くない?」

「装備している本人のシールドライン限定で威力判定を除外しているから問題ない」

「それまた凄いこって……」

 

 炎を消すように腕を振る事で送還プログラムが働いてナノトランサーに流動在・心乃臓を戻すセンクラッドを見て、もう俺が知っている科学じゃねぇや、と零すロビンフッド。2050年代前後までの、それも聖杯から与えられた必要最低限の知識しかないロビンフッドからしてみれば、科学で概念武装に近い武器が作成されているなんて夢のような話だ。そういやラウラちゃんも宝具持ってたよなぁ……この世界と良い、大将と言い、どうして常識外れな事すっかねぇ……とぼやくしかなかったのだが。

 

「って待った、ISって空飛べるんだろ。どうやって殴ったんだよ」

「そりゃお前さん、こう、距離を詰めて殴るだけだろう?」

「怜治、言葉が足りていないぞ。相手が地上に降りていたから殴り飛ばせた、と言わないと、君も空を飛べる事になってしまう」

「あー地上ね、成る程成る程、それなら撲殺も……ってやっぱり納得できるか!! どういう事だよ一体、説明を求め――」

 

 尚も聞きたげなロビンフッドだったが、強いノック音が3度した事で、センクラッドにクリーナーを手渡し、身を翻して姿を消した。

 センクラッドが指で扉を開けると。

 

「ファーロスさん!!」

「――まぁ色々な意味でわかってはいたが何だ一体」

 

 眼を吊り上げ、腰に手を当てた楯無がそこに居た。どうやら怒っていると言うか、やや興奮状態に陥っているようだ。

 負の感情が真っ直ぐ部屋に向かっている事から随分前から察知していたセンクラッドだったが、何でコイツこんなに怒ってんだ?と鳩頭ばりの思考で考えようとして、ノックの直後から引き攣った愛想笑いを小さく浮かべているシロウが視界の端に居る事に気付いた為、あぁそうか、コイツと簪さんの対話が原因か、と思い出しながら放ったセンクラッドの言葉は少々酷い。

 カッカッと靴音を高らかに響かせて、椅子を磨いていたセンクラッドの真正面に立って見下ろしポジションを取りつつ、ビシリと指を差して叫ぶようにして言い放った。

 

「どういう事なの、簪ちゃんすんごくキャラ変わってるそうじゃない!? 紅茶片手に遠い眼をして黄昏ているとか、どういうキャラに仕立て上げたの!!」

「いや俺に言われても。簪さんに話したのはシロウだぞ」

「現場責任者は貴方でしょうがッ」

 

 がぁっと噛み付いてくるシスコン。見上げているセンクラッドは、もう少し指を前に伸ばしたらそこから視えかねないので下がって欲しいなぁ、今の俺は全身感覚器なので、と戯けた事を考えながらシロウの方を向いた。

 

「そういえばシロウ、結局お前さんはどれを話したんだよ」

「どれと言われても……文字通り私の半生を脚色無し、かつ言える範囲をだよ」

「ふむ。なら割と普通だな」

「普通だろう?」

「普通じゃないでしょうが!! あれだけやさぐれた簪ちゃんを見るの初めてよ、一体全体どういう事なの!!」

 

 どういう事って言われても、と2人は顔を見合わせた。2人が言う普通とは、別に過去が普通だったとかではない。いや、異常な過去を持っていたり凄惨な現実に身を置いていたが故に英雄に至った者が多数派を占めるグラール太陽系+元英霊組(ついでに言うとゴッドイーター組も何らかのトラウマ持ちばかりだったが)からみれば普通かもしれないが、そういう意味ではない。

 想定通りという意味で、普通と言っているのだが、当然楯無はそれに気付く筈もない。

 シロウに丸投げした感があるセンクラッドだが、正直言ってシロウが自身の過去を話す事など想定内の内であり、それを聞いた結果、簪の根幹を揺さぶるのも判りきっていた。

 そこからどうするかが、重要なのだ。フォローはするが、本人が能動的に動かねば意味が無い。

 変わるという事は、自身でしか為し得ない事。他人がどうこうしようとしても補助程度までしか出来る事は無い。それ以上の事をするのなら、相手を人形めいた精神状態にせねば不可能だ。そしてシロウもセンクラッドもそんな事をする気はないし、宗教家でもない。

 ただ、重ね重ね言うが、フォローは出来る範囲でし続けなければ投げっぱなしになってしまう事は流石に理解している。特にシロウは持ち前の責任感からそうはならないように注意し続けていた。

 

「だがな、更識。お前さんも判っているとは思うが、一度大きなショックを与えないとあの手のタイプは全然聞かんぞ。特に思春期真っ只中の学生ってのは結構どころか、かなり視野が狭くなるものだ」

「何やら重みのある言い方をしているようだけども、アレは流石に無いわよ。見ていないからそう言えるのッ」

 

 鼻息荒く、舌鋒鋭く、ついでに目付きも危険な輝きを宿しているシスコン3号。無い無い絶対に無い、あんなのおかしいよと子供のように――いや、年齢的には未成年だが――言っている楯無を見て、流石に不安になってきたのか、チラリと横目でシロウを見ながらセンクラッドは確認した。

 

「無銘の正義の味方について語っただけなんだよな、シロウ?」

「そうさな。要約すると正義を名乗るには悪が必要であり、またその定義は容易にどちらにも転がる上に、正義と悪において社会性の正しさとは全く何の関係も無いモノ、とも伝えたが」

 

 あぁ、これは故意犯だ……と言いたいが、セイギノミカタを語る上でどうにも外せない、譲れない部分でも有る事を知っているセンクラッドやロビンフッドからすれば、妥当だとしか言えない。とても夢見る少女に聞かせるようなハナシではないのだが。

 溜息混じりに、センクラッドは楯無がぎょっとするような確認の為の言葉を呟く。

 

「ストレートに伝えるのは構わんと思うが……どうせお前さんの事だ、30万人の命と500人の命のハナシとか、言ったんだろう?」

「――え?」

「当然だ。正義というものはすべからくそうだ。ダレカを救いたいのならばナニカを切り捨てる。等価交換にしない為には少数に犠牲となって貰う。――そうしなければ、成り立つものも成り立たなくなる」

 

 淡々と語るシロウ。楯無ですらも、為政者の影として動いている更識の当主だ、シロウの前言に現実を見出し、軽く顔を顰めても肯定せざるを得ないが、問題はその後、センクラッドが放った言葉と、それを肯定するシロウに衝撃を受けていた。

 当然だが、初耳なのだから。

 

「あの、ちょっと待って。その話って一体?」

 

 シロウが一瞬、センクラッドに視線を向けるも、構わんと言わんばかりに頷いた為、表情を動かさずに、祈るような声色で、だがはっきりとした声量で呟いた。

 

「30万人が住まう都市を救う為に、500人が乗っていた航空機に犠牲になって貰ったのだよ。何せ、機内には拡散性が極めて高い殺人ウィルスが蔓延していたのでね。撃墜するしか方法が無かった」

 

 何でもない事のように語るシロウに、二重の衝撃を受けて硬直する楯無。幾らなんでもそこまでの犠牲を強いるような事件は、地球では殆ど起きていないのだ。

 シロウの言葉を肯定するように、センクラッドは言葉を繋いだ。

 

「まぁ、俺もそれ以上の数を天秤にかけ続けていた立場だ、シロウのケースで考えれば正しいだろうさ」

「はい?」

「は?」

「へ?」

 

 センクラッドがさらっと混ぜた劇薬めいた言葉は事実だ。

 例えばグラール太陽系においては、精神体となり、亜空間へと逃避してSEED襲来を凌いだ旧人類が、失われた肉体を補う為に現人類の精神部分を殺して肉体を乗っ取ろうとしていた。

 クローニングして新たな肉体を作れば良いだろうに、と気付いたセンクラッドが紆余曲折を経て仲間達の協力の元旧人類の大多数を説得し、恭順させ、拒否した者達は容赦無く滅びて貰ったのだが、これはまだ良いケースだろう。

 ムーンセルにおいてはデータの強奪という形を採っていたが、結果的に見れば左眼と自身との共鳴現象によって、とある存在に例外処理を行わせるきっかけを作り、意思無き存在に自我を持たせ、宙の外に封印されていた筈の存在すら呼び起こすというとんでもない結果をもたらしていた。つまり、間接的にだが意図せずしてその世界を破滅させかけていたりもする。この場合は気付いてもいないが。

 アラガミが跋扈していた世界に関してはもっとも酷い事をしている。

 当然、聞かされていない者達からすれば、劇薬過ぎて凍り付いてしまうしかない。思わず姿を隠しているロビンフッドが反応してしまう位だ。そして今此処で言う必要も無いというのに、センクラッドは言った。

 言った後で、面々に不思議そうな顔をして、だが内心では「まぁ、そうなるよな。だが自重はしない」と呟いている辺り、とんだ最低野郎である。

 

「む? どうした、シーンとして」

「……私も人の事を言えたものではないがな、基本的にマスターがしている事は尋常ではないという事に気付いた方が良い」

「まぁ、宇宙単位まで広げれば普通かもしれんがな」

 

 少しばかり皮肉気に呟くセンクラッドの胸中は極めて複雑だ。手の込んだ自殺を試みようとしたシロウの並行世界の存在と比較しても本当に酷い。

 最初期の頃なぞ人体実験のせいで人間をやめざるを得なくなったので、それをやらかした奴らは種族ごと滅亡させて溜飲を下げさせて貰う、という酷い報復(八つ当たり)を考えていた過去があるのだ。脱出した早々に幻視の巫女に出会っていなければ、きっとそのままグラールを滅ぼし、最終的には自滅していたのは間違いない。

 色んな意味で黒歴史だったなアレは、と思い返しながらも、話題がズレている事に気付いていた為、咳払いをして路線を戻すセンクラッド。

 

「まぁ、それはともかく、簪さんの精神状態が少々アレな事になっているのなら、シロウがフォローを入れるから問題はあんまりない。どちらかといえばお前さんが後は頑張らないとダメだろう」

「そこで私に振る!? い、いやまぁ、頑張りはするけど、あんな簪ちゃん相手にどう立ち回れっていうのよ」

「立ち回るというか、普通にお姉ちゃんと一緒に遊ばない? 的なノリでどうにか出来そうだと思うが」

 

 楯無は頭を抱えた。この男、発言内容と声のギャップが凄いのだ。魔王とか洋画に出てくるラスボスのような声なのに、どうしてこう色々アレな発言がポンポン飛び出すのか。

 そう思っていた矢先に、

 

「まぁ、確かにソレ位の意気が必要な気がしないでもないがね」

「う?」

 

 シロウが割り込んだのだ。

 やれやれと溜息をつきながら、皿をキュッキュキュッキュキュッキュッキュとリズミカルに拭いているシロウ。

 

「確認したい事があるのだが、君と簪嬢は話し合った事はあるのかね?」

「んー……ここ数年は無いわ。話そうにもタイミングを逸していたし」

 

 簪の嘘がここでバレたわけだが、シロウはそれで確信した。

 センクラッドが楯無に言い放ったシスコンという言葉と言動が合致し、ついでに記録的な意味で姉妹喧嘩をしていた黒髪と紫髪の少女達を何となく思い浮かべて。

 あぁ、この程度の綻びならば、きっとすぐに直る、と確信したのだ。

 アレらと比較するのは少々どころか非常に拙い気がしないでもないが。何せスケールが違いすぎるので。

 

「そうか……なら確かに、マスターの言も一理ある」

「どういう事?」

「簪嬢は君と話し合いをしたと言っていたのだよ。ついでにないがしろにされているとも思っているようだ」

 

 言葉にならない呻き声をあげる楯無。

 話し合いなぞ殆どした事が無い。腹を割って話す事もしていないのに、そう言われているという事は、つまるところ何らかの理由で避けられていると思って良いだろう。

 妹の性格や性質を考えれば判る事だった。完全な逃避行為と諦念、そして姉に対する恐怖。それに気付かぬフリをしていたのは、先送りをしていたのは、他ならぬ自分だ。

 項垂れて、空気と同居するような小さな音を発する楯無。

 

「そこまで……そこまで私は追い込んでいたのかしら……?」

「些細な擦れ違いから拗れるのは良くあるハナシだ。そこを解消するには本人が行くしかないだろう。俺達は依存先を潰した。不安定になっている今だからこそ、話す価値がある。あぁ、ハナシは変わるがな更識。ここ暫くはちょくちょくとシロウが居なくなったりしているが、俺に関しては問題ない。姿無き護衛がいるし、基本的には此処から出ていない。まぁ、流石に今日はトーナメントを観戦するから外出するが、それも有る程度までなら凌げるだろう。万が一襲撃があったとしても、な」

 

 シロウの言葉を聞いて、メンドウザイシスコンズという認識が当たっていた事に若干辟易しながら、低い声で朗々と語ってみせたセンクラッド。その内容はあからさま過ぎる程、簪の事を指している。ついでに襲撃も加味しての発言だ。

 

「――確かに、簪嬢と偶然話している時に君が現れるのなら、私は何も言えんよ」

 

 呆然としている楯無の耳朶にすんなりと入り込んできたシロウの言葉を吟味し、思考し、何かしら強い決意を秘めたのか、小さく頷いた楯無の瞳は、小さな輝きを宿していた。

 ちなみに、本当に小声でロビンフッドが「アンタらすーげぇ穴だらけ……」とぼやいていたが、3名とも黙殺している。自分にとって有利になるのならスルーするのは社会において常識だ。

 

「そうね、そうかもしれないわね」

「――話は、纏まったようだな」

 

 背後から溜息混じりに呟かれた言葉に、楯無はピシリと固まった。

 楯無の背後、つまり部屋の入り口のドアは、センクラッドの意思によって半開きになったまま放置されていたりする。

 そこに千冬が立っていた。

 険しい表情をしている……と思いきやそうでもない、どちらかと言えばどんな表情で視れば良いのか、という微妙なそれだ。

 千冬としても本日の事を話しているのならば気にはしなかったのだが、身内の話をしていたと気付いてしまっていた。人の事をまったく言えない立場な為、微妙な、本当に微妙な感じで佇んでいた。怒るに怒れず、を地で行く事になろうとは、と思っている感じで。

 

「おはよう、千冬」

「おはよう、センクラッド。それにシロウも……ロビンは、居るのか」

「あいあい、ここに居るぜー」

 

 陽気通り越してノー天気な声が思ったよりも至近距離で聞こえた為、眼を見開いて咄嗟に数歩下がる千冬を見て、クックッと底意地の悪さを垣間見せる笑顔を浮かべたセンクラッドが、

 

「まぁ、慣れろとは言わんが、それでも一々驚いていたら持たんぞ、色々」

「そう言うなマスター。私とて最初は苦労……というよりも驚いたものだ、普通なら誰だって面食らうものだろう」

「――あの時か。確かに苦労したな。なぁ、ロビン?」

「勘弁してくれよ……」

 

 苦笑しながら最後の一枚の皿を名残惜しげに拭き終えたシロウが割って入り、センクラッドがその笑顔のままロビンフッドが居る場所を完璧に察知したような素振りでからかいに走った事で、紅潮しかけた頬を誤魔化す時間を得た千冬は、咳払いをして、

 

「そろそろ時間だが……」

「あぁ、大丈夫だ。別に今日全部やるってわけじゃない。暇潰しで掃除してただけだしな」

「そうか。それで――」

 

 楯無を呼ぼうとした千冬だったが、何時の間にやら姿を消していた為、溜息を大きく吐いて誤魔化した。

 まぁ良い。私的な事で迷惑をかけているのは私もだ、注意はしないでおこう、と思い直し、千冬は踵を返した。

 ついてこい、と言っているのだと気付いた3名が追従する。ロビンフッドの気配を欠片も掴ませない技能は流石としか言い様が無い。

 足音を響かせて進み、何時もと違う進路を取って歩く一団。

 世間話に花を咲かせ、何時ものリンカーンに乗り、発進して暫くの時間が経過した後、千冬が切り出した。

 

「なぁ、センクラッド」

「あぁ、少し待て……あぁ、良し。それで、一夏と簪のトラブルの事か?」

「――生徒会から、ではないようだな」

「千冬、もう更識達から聞いているだろう? 別に遠まわしに聞かんで良いよ。ストレートに話してくれると俺が楽だ」

 

 入室してきた時から、負の感情……それも、幾許かの後悔と幾つもの苦悩を宿している事を視て取ったセンクラッドは、ただ淡々とした口調で返した。

 緩やかな口調で、或いは力無く千冬は独り言のような声を零した。

 

「私はな、センクラッド。良かれと思ってやってきた事が最近になって全部裏目に出ているようでな」

「だろうな」

「……おまけに、余裕を持って生きるという事が出来なかった」

「見たまんまだな」

「…………弟にも、教え子にも理解されない私をどう思う」

 

 最後の言葉は、疑問ではなく、完全な独り言の様相を呈していた。センクラッドの肯定加減が余りにもフルボッコ側に振り切っていた事もあり、また、何と言うか、コレは自分でもらしくないと気付いているからだ。

 これでどうせ「何でもない」とか言ったらそれはそれであれよあれよという間に内容をポロリと言わされると勘付いてもいる。感情を読める超能力を持っているならそうしてくるだろう、このお節介さんは、とも察していた。故に、最初から言わなければ良かったというわけにもいかない、有る意味において千冬は詰んでいた。

 また、同類認定、恋愛疑惑、IS学園内外でのトラブル、異星人絡みのトラブル等で数え役満クラスに心身共に参っていた千冬にその発想は既に無い。

 抱え過ぎてその重荷でダメになるタイプの彼女が無意識下で頼りにしていた後輩の真耶や、愛する弟の一夏に全く余裕が無いという事が大きな原因の1つだ。

 表情を若干痛ましげに変えたシロウが口を開きかけたのだが、眼で制したセンクラッドによって言葉は肺へと押し戻される。

 

「俺が経験した人間関係上、理解されない、と言う事は大抵の場合、理解して貰おうとしていない可能性が高い。勿論、そうなった原因は相手にもあると思うがな」

「……あぁ、判ってる」

 

 そう言われる事は予想した通りだった。大体の者なら千冬を擁護しているだろう。或いは相手が悪いという論調で話が進むかだ。それは、無敗のまま世界最強の座に君臨し続けた結果、神格、或いは信仰化された弊害によるものだ。

 だがセンクラッドは違う。異星人という立場もあるが、客観的に人を見ている。それ故にかけられる言葉は予想していたのだが、やはり実際に言われるとなると堪えるものがあった。

 

「ただまぁ、今は別に良いんじゃないか」

「――うん?」

「お前さん達はまだまだ若い。時間をかけて理解させるという事を覚えていけば良い。逸ったりしてもどうにもならん問題は往々にして良くあるものだしな」

「そう、か……?」

「何も今すぐに関係や理解を深める必要は無いだろう。時間をかければ良いというものでもないが、それでももう少し余裕を持っても良い。こんな時こそ緩くいけ、緩く。そういう気構えで十分乗り越えられる筈さ。お前さんはまだ若い。焦れば焦るほど、人間関係はドツボに嵌るものだ」

 

 最初の17年間はともかくとして、異世界に放り込まれて激動の時代や世界を生き抜いた男の言葉は、地を這うような低い声も相まって深みのある意味を持っていた。千冬が噛み締めるようにしてセンクラッドから貰った言葉を反芻し、何度か頷いたのを見て、センクラッドは余計な一言を呟いた。

 

「それに、誰も死別はしてないだろう。なら、どうとでもやり直せるし、関係なんて幾らでも作っていけるものだ」

 

 死んだら、関係も何もあったもんじゃないからな。そう付け加えたセンクラッドの声は、昏い色を宿しており、余りに重い響きを持っていた為、思わず横顔を見詰める千冬。

 悼むように眼を閉じているセンクラッドの表情は、ハッキリと悔恨を伴った灰色を宿していた。

 どうやら話を振ったら予想外に重い地雷を踏み抜いたのだと気付いた千冬は、どうしたものかと地味に焦るハメに陥ったのだが、センクラッドが眼を開くと、その色は消失し、元の内情を読ませぬ表情で固められていた。

 

「まぁ、今のが余計な一言だったのは自覚しているからさておき」

「自覚していたのか」

 

 思わずツッコミを入れてしまう千冬だが、センクラッドは当然だろうと肩を竦めただけで話を続ける。シロウや姿を消しているロビンフッドまでもが視線で「なら言うなよ」とツッコミを入れてもいるが、それすらもセンクラッドは綺麗に読み取って顎に手をやりながら視線を外す事で華麗にスルーした。

 

「俺がお前さんに一番言いたい事は、もう少し素や過去を曝け出してみても良いんじゃないかって事だな。俺やシロウと話している時のお前さんを出せば良い。それに、全部出せとは言わんが、自分を出さずに察してくれ、というのは土台無理なハナシだろう?」

「そうさせて貰えないのが世間というものでな――」

「千冬、誰かだか何かだか判らんが、他のせいにしないように。弟の為か誰かの為かは知らんが、面の皮厚くなり過ぎてどうして良いか判らないとなる前に、チャッチャとそこら辺を意識して出すべきだぞ。時間をかけすぎたらお前さんの場合、無理でした、になりそう……いや、なる。なるな絶対」

 

 事も無げに言うセンクラッドだが、千冬は暗い顔になるばかりだ。そんな簡単に素を曝け出せる様な人物が居るわけがない。千冬の立場を利用してくる魑魅魍魎どもなぞ掃いて捨てる程居る。そんな奴らに素を見せるのは論外としても、やはり高すぎる地位というか、立場というものが絡むと人は容易に変わるものだ。

 親から捨てられ、世間の風を存分に浴び、裏の人間達の欲望を眼にしてきた千冬の人を見る眼は確かにある。だが、見る眼が厳しすぎて、心を固くし過ぎて素を出せない様に生きてきてもいるから、どうしようもない。

 その苦悩を視て取ったセンクラッドは、吐息1つ出した後、

 

「仕方ないな。弟や教え子に対して、相手が知らない一面を見せて理解させたい、という方向なら、結構簡単にやれる部類が幾つか思いついている、それをやってみようか」

「何? それは本当か?」

「あぁ、何事も勇気さえあれば問題ない。背中は俺達が押してやるし、たまになら引っ張ってやる。後はお前さん次第だ」

 

 と、ナチュラルに巻き込まれたシロウとロビンフッドの心境は、全く違うものだった。

 シロウは千冬と知り合って結構な日数が経過しているのもあり、まぁ、その位なら私が手伝うのも吝かではない、と考えており、ロビンフッドの場合は、千冬ちゃんと知り合って間もない上に、まーた無茶振り来たよ。口説くか狙撃か暗殺か破壊工作じゃないなら俺は役立たずだっつーの、そういうのはクーあたりに頼めよ、マジで。と考えている。

 千冬は、暫く考え込み、意を決して頭を下げた。

 

「頼む」

「判った。だが、重ね重ね言うが、お前さんが変わらない、或いはやらないとなった場合は元の木阿弥だからな」

「いや、やる、やらせて貰う」

「そうか、なら色々用意しておこう。まぁ、後は、アレだ。元々俺達は関わると決めていたからな。更識と簪さんと一夏の問題は、お前さんとボーデヴィッヒさんと一夏の問題にも繋っているし」

 

 その言葉に、パチパチと眼を瞬かせ、次いで眉根を寄せる千冬。更識姉妹と一夏、織斑姉弟と教え子がどう繋がるのかが判らなかったのだ。

 脳裏に類似点を並べ上げ、千冬が思った事を口に出していくと、センクラッドは概ねその通りだと首肯した。

 

「簪さんは更識を見ていて、楯無を見ていない。一夏は千冬を見ていて、ブリュンヒルデを見ていない。ボーデヴィッヒさんはブリュンヒルデを見ていて、千冬を見ていない。結局のところ、片方は説明不足で、もう片方は押し付けてるんだよ。だから、それを知らしめるのがこの場合、重要なポイントだ。まぁ、更識がそこを判っているか知らんがな」

 

 ロビンフッドは、いやいやそんな簡単なモンじゃねぇよ、肉親の問題は男女関係よりもきっついべよ、俺らの時代でもドギツイのあったじゃねぇか、と突っ込みを入れようとして、車の中とはいえ、今自分は姿を消して行動しなければならなかったという事を思い出して、やむを得ず黙り込んだ。

 シロウは何処か遠い眼で虚空を見詰めていた。センクラッドの言に色々思うところが確実にあったのだろう。説明不足云々が特に。硝子の心にカラドボルグがドリドリしているレベルだ。

 

「それで、その方法とは?」

「トーナメントが終わってからで良いだろう。流石に自室以外だと気を配りながらという風にしか出来ないからな。舌も回らん。用意はしておいてやる」

 

 その言葉で、ようやく自分が今の今まで何をしていたかを把握する千冬。恐らくはセンクラッドが今まで防諜をしてくれていたのだと察し――実際はそんな事は無いのだが――失態だ、と臍を噛んで、

 

「す――」

「良いから。謝らないように。もし言うならありがとうだ。あぁでも、コレ位で礼を言われても困るからありがとうも無しだ」

「頼むから言葉を取らないでくれ……」

 

 と零しつつも、少しばかり表情を明るくさせる千冬。まぁ、ぎくしゃくしている弟や弟子との関係において突破口が開ける可能性があるのだ、明るくもなるだろう。自力で出来る程、器用ではなかったのだから。

 だが、千冬は知らない。

 センクラッドが言った『幾つか』の危険さを。

 シロウは割かし判りやすく顔を顰めていたのだが、千冬はそれを曲解して受け取っていた。護衛という立場からしてみれば、千冬が持ち込んだ問題と言うのは普通ならスルーすべき個人的な案件だ。故に、シロウの表情はそれを咎めているものと思ってしまっていた。

 実際はそんな事は無い。

 基本的にはお人好しな世界のブラウニーことシロウが顔を歪めたのは、センクラッドの意図が嫌な予感と共に何となく察知できたからだ。伊達に長い付き合いをしていないし、伊達に未来予知に近しい先天的特性である心眼(偽)を持っているわけではないのだ。

 ただ、その察知しているつもりのシロウでさえ、後日センクラッドが提示した案の1つで絶句し、ロビンフッドはそれに対して「大将サイッコー!!」と快哉を上げながら全力でGOサインを送り、クー・フーリンですらニヤニヤ笑いながら「いいぞもっとやれ」というノリで眺める事態になるとは夢想だにしなかった。

 

「――そろそろだ」

「あれが、会場か。人が多いな」

「2万人を収容可能だ。既に満員だよ」

 

 バーカウンターに備え付けられているディスプレイに、件のISアリーナが映し出され、整然とした列を作って順番待ちをしている観客達を眼にした感想が、それだ。

 今年に限って言えば、異星人が観覧するという事を大々的に喧伝した結果でもあるし、IS学園という閉じた場所ではなく、市のISアリーナを用いた事もあって、喧伝した時期が殆ど無いにも関わらず、チケットは完売している。

 また、警備員の多さも目立っている。何気に民間企業からではなく、公務員で構成されていたりする。まぁ、コレは異星人に対する配慮というよりは、観客同士の、もっと言えば女性から男性へのトラブルを防ぐ事が目的であった。

 見知らぬ男性を顎でこき使おうとしている女性をセンクラッド達が視たらどうなるかなぞ、殆どの者は判る筈だ。

 幸い、センクラッドが居る場所ではそういうトラブルは起きなかったのだが、あるにはあった。

 来賓用の出入り口でチェックを受け、最奥にある特別車両用の停車場所で降車したセンクラッド達を出迎えたのは、ヴァイツゼッカーと倉持だった。

 

「お久しぶりです、ファーロスさん」

「こちらこそ、お久しぶりです、ヴァイツゼッカーさん、倉持さん」

 

 握手をし、ヴァイツゼッカーが一歩先を進み、倉持がセンクラッドの左側に移動し、先導を始める。

 緊張と苦悩を宿しているヴァイツゼッカーの心に、若干の引っ掛かりを覚えながらもセンクラッドはそれをスルーした。

 お偉いさんなら誰もが持ち得るものだと思ったからである。

 その苦悩が自らに降りかかる極大の災難に絡むとは、夢にも思わなかったのだ。



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演説

 ヴァイツゼッカーに案内されたセンクラッド達は、ツーマンセル・トーナメントの市営アリーナのVIPルームに到着した。

 楯無からの情報を見聞きした限りでは、てっきり吹き抜けか、椅子の形やら色やらだけが違うのだろう、と検討を付けていたのだが、実際は全く違ったものだった。

 部屋だ。それも20人の大人がゆったり座れる程度の。ただ、図面で見たのと違うと感じたのは、今居る位置という意味での高さだ。

 未だ、センクラッド達は地下駐車場から上がって来ていない。何らかの装置を用いて無音のまま上部へ上がっていたとしても人外レベルの知覚能力を持つセンクラッド達は必ず気付く。それが無いという事は地下にいるという事。

 内心では戸惑いつつも、それを表には出さず、センクラッドはゆっくりと部屋を見渡した。

 僅かながらの脅え混じりの敵意を感じるに、どうやら左手、西側の壁面には監視カメラが埋め込まれているようだ。

 中央よりもやや奥寄りの場所に円状に線引きされた場所があった。何に使うのだろうかは判らないが、説明が必要ならばしてくれるだろうと視線を外し、次いで視界の端に映ったモノを視る。

 右壁面一面に投影型ディスプレイがバトルエリアを映し出しており、成る程、安全面から此処で観てくれと言う事かと納得をしたセンクラッドが、今度はと周囲に立つ人物達を見渡せば、見知った金髪碧眼の美女が居る事に気付いた。

 IS国際委員会日本支部でヴァイツゼッカー達が居る部屋まで案内していた女性だ。

 同時にロビンフッドとシロウは気づいた。敵性かわからなかった為、敵意を向けて牽制していた女であると。

 目が合った瞬間、柔和な笑みを浮かべて一礼する女性に、センクラッドは確認の為に口を開く。

 

「確か、日本支部で?」

「えぇ、今回から外部の護衛として派遣されました、フランスのデュノア社第三世代ISテストパイロットのスコール・ミューゼルです。宜しくお願いします」

「こちらこそ」

 

 握手をしたセンクラッドは、自身が想定していた数よりも妙に人が少ない事に気付いていた。少なくとも、階級や立場的な意味合いで見ればヴァイツゼッカー達が一番上なのではないだろうか。

 ヴァイツゼッカーや倉持達IS国際委員会はともかくとして、各国の首脳陣と挨拶をしなければならないのか、とげんなりしていたので、流石に考え込んでしまう。

 政治的な配慮でそうなったのか、それとも別の要因か。

 そう考えていると、どうやらその思考はその場に居る全員に伝わったようだ。

 

「此方はあくまで『ゲスト』としての参加を要請しましたので――」

「――あぁ、成る程、理解しました」

 

 倉持は言葉を濁してはいたが、センクラッドは極めて精確に読み取った。

 つまり『窓口』は少ない方が良い。そう判断したのだと。

 考えてみれば、これが国同士ならば多数の国が名乗りを上げているだろう。未知の技術を開発した国、とするならば。

 ISの場合、篠ノ之束博士が開発した。その後、行方不明にはなったが、その国籍は日本のままだ。多数の国が圧力なり何なりをかけて今の状況を作り出したのは事実として教本に書かれていたし、その過程についても想像に難くは無い。

 しかし、センクラッド達の単位は地球人が考えうる中でも最大級を既に超えている。国境で地を分けているものではなく、星そのもの。それも3つの星とかなりの数のコロニーを宙に浮かべている星群国家。

 外交の窓口が多ければ多いほど、リスクの方が加速度的に増えていく、そう判断したのだろう。尤も、アプローチをかけてくる速度という点では意外にも遅いので助かってはいるのだが。

 そこまで考えが及ぶ程には揉まれているのだ。

 平和を願い、謳うにも裏を読む必要があり、外敵が居ながらも種族間の不和は致命的なものであったグラール太陽系。

 英霊とマスターの殺し合いにおいて、左眼の助力はあるにはあったが、戦略的にも戦術的にも相手の裏や出自を読み切り、そこから弱点を見出さなければならなかったムーンセル。

 アラガミという人類の天敵種が現れても尚、利権と勢力や権力闘争をし続けていたフェンリル本部と支部、そしてヒトガタのアラガミ。

 行く先々で権謀渦巻き、幾つもの裏を読まなけば、或いは不運が重なれば即死亡なんて世界にばかり居続けたのだ、こうもなる。

 とはいったものの、だからといって交渉云々の話になるのは正直避けたいというのも本音である。そもそもこの楽天的な性格と愉快犯的な性質はまるで変わっていないのだから、問題は多発する傾向にあった。

 

「質問をしても?」

「どうぞ」

「このまま地下で見る、と言うことで……?」

 

 センクラッドの言葉に、時計を見た後、否定を返す倉持。

 

「此処からエレベーターで上層に上がります。その後、軽い自己紹介をして頂きたいのですが」

「それは、握手付きという事で?」

「えぇ、出来れば」

 

 まぁ、友好的な振る舞いをしていれば基本的に間違いは無いだろう、現時点では。

 シロウと視線を一瞬だけ交差させて答えを擦り合わせたセンクラッドは、判りましたと頷いて何時でも、と呟いたセンクラッドに対し、ヴァイツゼッカーが円状に線引きされた場所に北向きで立つ。

 何と無くそこに行けば良いのかと感じたセンクラッドが、ヴァイツゼッカーの横に立つと、目礼をしてきたのでそれが正解だったのだと、内心で溜息を吐いた。やはりこういう場は苦手だと感じ、また不正解ではなくて良かったという意味合いも込めて。

 直後、この場にいる全員が微弱な振動と部屋が上昇していく事を明確に察知した。

 部屋の一角、北側の壁の色が変化したのだ。

 否、色ではない、透明化だ。それも、恐ろしく透明度が高く、少なくとも少し感が鈍い人間ならばそこに壁があると思わずにぶつかるのではないかという程のもの。

 グラール太陽系では馴染み深く、並行世界の地球では殆ど馴染みが無いそれを視て、センクラッドは奇妙な懐かしさを覚え、シロウとロビンフッドは興味深げにそれを見た。

 そして、同時に2名は危機感を覚える事になる。

 完全な密室に閉じ込められているといっても過言ではない。扉はロックされているし、せりあがった部屋の扉の外にはSPが配置されている状態になると今朝方見た図面には書き込まれていた。

 この部屋から出る事が出来ないという事でも有る。シロウとロビンフッド、双方のミスではあるが、何も全てを説明していない地球側にも責はあるにはある。

 尤も、ロビンフッドの存在が千冬経由では知っているとはいえ、公的かつ世界的な意味で明るみに出ていない以上、そこまで説明する事は無い、というある種の馬鹿げた騙しも含まれてはいた。

 IS以上に完全完璧のステルスを持つ者を自由に出したくは無いという思惑もあるし、今まででセンクラッドが発した言葉にブラフが入っていない点、それに彼が常々強調してきた『能力』という発言でロビンフッドの固有能力は他者には無いのではないかという見方が強まっていたのもあった。

 

 透明化された壁に映っているもの。

 1つは人の海だ。それも、凪いでいるように見えるが若干の興奮状態となっている群衆が、礼儀正しく2万人分の席に座っている様子であった。

 ウィンドウは2種類出ており、もう一つはどうやら開会の言葉を兼ねた演説を行っているアメリカの大統領が映っていた。アメリカとイスラエルという明らかな宗教観や人種の違いを乗り越えて作成された『銀の福音』は、彼等宇宙人との友好の架け橋になるであろう、という言葉までありがたい事に聞こえてきている。

 

「……成る程、これはまた久しぶりだ」

 

 この規模での挨拶は、グラール太陽系ではある程度の経験があるし、極東支部でもカメラ越しならば全世界の住人が見ていたのもあり、ある程度は慣れている。

 しかし、実際に近距離での演説っぽい事をしなければならないとなるとやはり気が滅入る。どこまでボロが出ないか、という考えよりもひたすらに面倒という意味で。

 

「ヴァイツゼッカーさん」

「なんですかな?」

「俺は適当に合わせての演説という流れでしょうか?」

「必要ならば以前送付した原稿を読み上げる形式にも変更することが出来ますが」

「ああ……いや、心配には及びません。ただ、話してほしい時は肩を叩いたりしてもらえると助かります。もしくは足踏みを。恐らくバストアップで放映されるでしょうから下半身は見えないでしょうし」

「なるほど……やはり感覚が鋭いのですな」

「えぇ、流石にここでヘタを打つことは出来ませんしね」

 

 溜息混じりの苦笑。それはどちらかという事もなく示し合わせたようなタイミングで。ある種の予見を含んだものだった。

 多少の流れは前日までに更識や千冬らからテキストとして配られていた。あとは流れでどうにかする。無論ザルのような状態ではなく、遊びを持たせなければ柔軟な対応が出来ない故の、方法だ。

 センクラッドは一つ頷いて合図を送る。それを受けたヴァイツゼッカーがスーツ越しに手首を触ると、どうやらそれが外部への信号として送られていたようだ。演説をしていた大統領が体をこちらの方を向かせながら『では、人類諸君!! 彼等と、彼等の友好の構築に尽力をつくしてくれた功労者の挨拶を持って、IS競技大会の開始を行いたい――』

 ブン、という電子音が耳朶に入り込む。ヴァイツゼッカーは頷くように深々と一礼をした。ほぼ同時にセンクラッドと背後にいたシロウもだ。ミューゼル含むスタッフ達は範囲外で待機している為、見えていなかった。

 圧倒的な歓声をあげる聴衆。

 しかしその音量は完全にカットされている。自動選別しているからだ。そのかわりにウィンドウの傍に外部からの音量度合いを示すメーターが出現している。ISの技術開発により様々なブレイクスルーが起きたことが容易にわかるというもの。

 二人が頭を上げて、ヴァイツゼッカーが手を一つ挙げる。

 徐々に声が小さくなる事がメーターを通して把握する。つまり規定値超過が消えたという意味で赤色だったメーターが橙、そして緑へと変化したタイミングでヴァイツゼッカーは声を上げた。

 

「諸君!! 我々は今、人類史上類を見ない分岐点に差し掛かっている。技術的進歩というならば多岐に渡るだろう。紀元前には石器を持ち、火を利用し、服を着る事を覚えた。農耕に革命を起こし、水車を発案し、船に帆を張り、イギリスから発祥した石炭からなる蒸気機関を扱い、電気を用いての機械製品が生まれ、そして今ではインフィニット・ストラトスという技術的ブレイクスルーの塊がある」

 

 重厚な声だ。人を扱う音域に自然と設定している。少なくともセンクラッドはそう思った。同時にこれは聴衆ではなく自身に向けた言葉だろう。人類の技術的な進歩を歴史として説明しているのだ。

 端折っている部分は、センクラッド自身が興味を持てばインターネットに接続して調べたり本を請求してくるという確信と、詳しく長く演説すればセンクラッドを含めた聴衆に飽きが来るというのもあるのだろう。

 

「しかし、技術的進歩や我々自身の進化とは遥かに違う、別次元と言っても差し替えのない事が起きた。すなわち、異星人の来訪である!! そして彼らは幸運にも我々に対して友好的であり、我々も良き友人関係を築く事ができている――」

 

 その言葉には素直に頷くセンクラッド。メーターが黄色になる程度には聴衆も驚いたのだろう。何せ情報がほぼ出てこないIS学園に在住しているのだ。不信感や不安感はあるのは間違いない。雰囲気として厭世的ではある彼だが、そういう場においては綺麗に実直さを真正面へと押し出しているのもあり、聴衆のウケは悪くはない。

 

「さて我々人類は常に、自分自身の意思と努力によって勝ち取ってきた。友人を作り、グループを作成し、競い合って今、ようやく世界は紛争が無くなりつつある。ここ数年が特に顕著でインフィニット・ストラトスがあるからだと思われている。それは事実だ――少なくともデータでは。しかし、私はそれだけではないと思っている」

 

 ざわりとした空気だ。良くはない。前者は女尊男卑を是とするような発言にも聞かれかねないものだ。

 しかし敢えてヴァイツゼッカーはその言葉を選ぶ。選ばなければならない。後者へと繋げる為に。

 

「今人類は、ある課題を抱え込んでしまっている事は既知の事実だ。女性しか操れないインフィニット・ストラトスは今まで根底にあった男尊女卑やフェミエスト精神を見事に破壊した。女尊男卑の到来――実に、下らない」

 

 オレンジゾーン。女性からは不快な反応が寄せられ、男性はそれを見てマイナスの反応を示す。

 何よりも、恐れがセンクラッドへと突き刺さっていく。そこは耐える。耐えねばならない。きっと、ヴァイツゼッカーが競技場での案内の時に発していた苦悩はこれでもあるのだろう、とセンクラッドが推察していたが故に、それは容易に耐えることが出来る。これよりも酷い感情なぞ幾多も飲み干してきたのだ、今更だ。

 

「世界でもっとも難しいとされてきた宗教観の相違は銀の福音によって一先ずの安定を見せた。それにはアメリカ合衆国とイスラエルによる不断の努力もあったことを我々IS国際委員会は知っている。ならば次は何であろうか――」

 

 ぐるりと見渡す様子を見せつけながら、右手をセンクラッドに向けて差し出す。センクラッドは体ごとヴァイツゼッカーに向き合い、両手で包み込むようにして握手をする。

 オレンジどころかメーターそのものが消えた。衝撃だったのだろう。

 片手同士の握手ではなく、ヴァイツゼッカーに対して両の手を使ったセンクラッド。その意味する事は一つ。

 センクラッドはヴァイツゼッカーが軽く足で地を叩いた事を見抜いていた。故に、ここから先は自分の役目であると。

 

「グラール太陽系人類の代表……とはいきませんが、少なくとも私センクラッド・シン・ファーロスはある程度の平等さと平和的解決を人類に求めたいと願っております。その為の助力は惑星法に基づいた範囲でならば、そして我々が帰還するまでの短い期間までならば惜しむつもりはありません」

 

 ヴァイツゼッカーとは種類が違う低く芯の通った、意思の強い声。

 歴戦の勇士であり、世界を幾度と無く救った、地球人類では決して出せない、敢えて陳腐な言葉を使うとすればカリスマだろう。生まれ持ったものではなく、生きる過程で身に付けたそれは、激しく人の心を揺さぶる。鳥肌が立つ者も居ただろう。顔を呆けさせているものもいるだろう。

 それらには敢えて触れずに、彼はフッと小さな笑みを浮かべた。誰もが最低一瞬だけでも見惚れるような綺麗な、小さな小さな祈りを体現したような笑顔。見るものが見れば、その笑顔はグラール太陽系の象徴である幻視の巫女(ミレイ・ミクナ)が浮かべていたモノとほぼ同一であると気づいただろう。違いは彼女はそれを素で出していて、彼は演技である事だけ……寂しい事にそれを知るものは此処には居ないのだ。その寂しさはきっと表情に映しだされてしまっていた……

 

「それに、技術的な交流以外にも出来ることはあります。少なくともそこを怠ることだけは我々グラール太陽系星人は致しません。それは、我々の国でも長い……余りも長い戦争と幾度ものテロが起きていたからです」

 

 ――踏み込んだ!?

 シロウやロビンフッドが表情を崩し、ヴァイツゼッカーですら繋いでいた右手の圧が僅かなりとも変化していた事から、予定外の出来事ではあったのだろう。

 考えてみれば当然なのだ、最初から仲良しで世界は回っているわけではない。しかし、その言葉が地球外生命体が言うという事はあまりに重い。

 小さくて綺麗な笑顔を曇らせ、センクラッドはヴァイツゼッカーの手をやんわりと解いた。

 はっとしたヴァイツゼッカーは思わず一歩だけ後ろに下がる。その瞬間を多数の聴衆は見ていた。無論、合衆国大統領を始めとしたイスラエルを含めた他国の首脳陣、ISコアを配布をされなかった国々の重鎮もだ。

 想定外という様子をはっきりと見て、認識が共有される秒数を与えた後、センクラッドは口を開く。苦味と、哀しみを伴った音をだ。

 

「機械人種であるキャスト、超能力を容易に扱うニューマン、類まれなる肉体変異能力を持つビースト、最古の歴史を持つヒューマンとの価値観の相違は人権問題を引き起こし、その結果解決には1000年もの長い年月を必要とし、500年にも及ぶ17度の大戦争を引き起こし、その2桁以上のテロが起きました。そういう意味ではあの時代の我々の精神の成熟度は、今現在の地球人類よりも遥かに劣っていたでしょう……少なくともこの星では全てを巻き込んでの100年単位の戦争は起きていないのだから」

 

 最初の記者会見の際には言わなかった、しかしヴァイツゼッカー達との会食では話していたカードを今此処で何気なく切る。衝撃を与える時は確実性とリスクを以って叩きつける。それが彼の処世術であるが故に。

 そして人類は、想定以上の情報を受け取ることにいつも慣れていない。限度を超えたそれは2万人の聴衆と首脳部達、そしてテレビ中継を見ていた人々を確実に混乱に叩き落としていた。

 自分に与えられた時間はもう少し。この後ヴァイツゼッカーにバトンを渡すが、彼は大丈夫だろうか。そんな想いを浮かべながらも、全身が感覚器の彼はヴァイツゼッカーが鋭い眼差しでこちらを見つめている事に気付き、安心を心の水面に浮かべる。

 彼にとっては最早あの衝撃は過去のものだ。ならば、問題ないだろう。

 

「なればこそ、我々の経験と平和への経緯は伝えられると信じております。例えばキャストと人類は男女ではなく、無機物と有機物同士の理解。そこに至った道はきっと、インフィニット・ストラトスと人類の相互理解や原理解明にも繋がると、私は信じたいのです。無論、今こちら側が行動を起こさずとも、時が経てば、そしてISの研究が順調に進めば追々明らかになるでしょう。幾ばくかの時と深い思慮と不断の努力と果断な行動によって、あらゆる知的生命体は進歩を続け、母なる惑星から宇宙へと旅立ち、一人前として為ることが出来るのですから」

 

 殆どの者達は呆然としていた。

 前者においては様々な憶測……疑念が飛び交うだろう。しかし、彼の言葉からそれは赦さない事も理解した者は多い。歴史を語るという事はそういう事なのだ。事実の積み重ねによって歴史は創られる。その歴史を覆すことなぞ地球ならばともかくとして異星人のそれに異を唱えることが出来ても、真っ向から否定することは出来ない。政治的にも外交上でも問題が多発するからだ。

 彼等は謎が多い。どんな思考かはある程度は解きほぐす事は出来たと情報部もヴァイツゼッカーも見ている。問題は今までの科学的法則が全くもって当てはまりそうもない技術や肉体の強度だ。ISの台頭した事によって数々のブレイクスルーが出てきた。しかしそれでも彼等グラール太陽系惑星人の謎は多い。

 それはまだ未知の法則を宿している事でもある。

 そして後者においては、彼が以前記者会見で指し示していた技術的・精神的なレベルというものが何処を指していたのか、遅まきながら気付くことが出来た首脳陣もいた。

 あの言葉は、母なる惑星を離れ、居住可能な惑星に移住する事を指していたのだと。

 

 遠い。

 

 余りにも遠い目標に、人類は呆然としていた。中には手を叩いて興奮していた者もいるにはいたのだが。

 

「――残念ながら私は、その全てを見届ける事は出来ません。周知の通り、此処にいる事が出来る期間は今のところ夏までと限られています。故に、今の私が出来ることは貴方達の行動と結果を詳細に報告する事。そして、技術ではなく別の面から交流を図るかどうかを検討する事です。幸い我々はIS学園で不自由なく生活が出来ており、ツーマンセル・トーナメントという『競技大会』に招かれました」

 

 センクラッドは皮肉さを完璧に抑えこむ。嘘はついていない。他者から見れば軽い軟禁状態かもしれないが、進んで自分からIS学園の外には出ていないし、元英霊達を外へと放り出す事もしていない。

 火種は拾いにいけるが、爆弾まで抱える必要はないという信念の下で行動しているセンクラッドらしい詭弁さに満ちた考えだ。

 目線を介さずに視線をシロウへと向ける。眉間の山脈は予想以上だ。ついでに苦虫は1ダース程噛み潰しているに違いない。ついでに言えば「君はまたバカな事をしているのだぞ……」とでも言うに違いない。それがお前さんの親友だ、諦めろ類友。お前さんの過去を聞いた時からずっと言っていたが同族だからマジで。という意味を込めて人指し指をクルっと一回転させる。

 返答は殺気だった。いやそんなマジギレせんでも。

 そんな風に思いながらも表情は常に真摯だ。オラクル細胞が無かったら口許は歪みきっていただろう。この男なら確実にやらかす。政治力や交渉能力はオラクル細胞の擬態能力によって幾重にも嵩増しされているのである。

 そうして、咀嚼した演説用の台本をオラクル細胞に読み込ませながら、センクラッドは騙り続けている。この男こそがオラクル細胞を有効かつ無駄に使うことに特化している。

 それを知るものはこの世界にはいないけれども。

 そして、センクラッドは言葉を一度切る。シロウやロビンフッドもどことなく緊張感を持ったようだ。

 気付いたのだ。

 センクラッドに向けた殺気に。



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