八幡「SAO?」 (まぐまぐ GR)
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プロローグ

以前、某サイト様で投稿させていただいた作品をリメイクし直したものです。現在はそちらのサイトでは削除しています。
もしかしたら読んだことがある!という人もいるかもしれませんが、どうか気長にお付き合い下さい。



季節は春。

今年から高校二年生になる俺、比企谷八幡はまだ冷たい風が時折吹く坂道を自転車で登っていた。

俺が去年から通う水明芸術大学附属高等学校、通称スイコーは長い坂の上にある。

その敷地は広く、俺が前にいた総武中学とは比べものにならない。

重いペダルにイラつきつつ、俺はまだまだ遠い校門を見上げた。

 

 

時間は約一年前に遡る。

ある日曜日の午後、俺が録りためたアニメを消化していると、今更起きてきた親父がゾンビのような足取りでリビングにでて来た。

お互い言葉を交わす事なく黙ってアニメ鑑賞をしていると、急に親父が口を開いた。

 

「お前、引っ越しする?」

 

「……は?」

 

言われた事が理解出来ずに思わず聞き返してしまう。今、引っ越しとか言わなかったか?

 

「そのままだ。この前俺の転勤が決まってな。福岡に行くんだが一緒に来るか、独り悲しく暮らすの、どっちがいい?」

 

「ちょっと待て、なんでだ。単身赴任でいいだろ」

 

「それだと俺が悲しいだろ」

 

「子供か!」

 

「どっちにしろもう決定事項なんだよ」

 

「……小町は?」

 

「連れてく、ゼッタイ」

 

「いつ?」

 

「一ヶ月後。」

 

正直、迷う。

独り暮らしなら自由だが、洗濯や炊事をやらなくちゃいけない。

しかし、もし福岡に行くなら折角合格したスイコーにも行けない。

こう考えると明らかにデメリットの方が大きい。

 

「………俺はーーー。」

 

そんなこんなで色々検討した結果、俺はここに残ることにした。

小町が一緒に行こうと相当泣きついてきたが母親になだめられて渋々、福岡へと行ったのだった。

 

 

時は戻り現在。

俺は高校に入っても中学同様、快適なぼっちスクールライフを送っていた。

因みに今は家を売り払い、学校から徒歩10分のところにある「さくら荘」という所に住んでいる。

選んだ理由としては、もう一つある一般寮より安く済むことだ。

しかし、「さくら荘」には安く済む理由が当然存在していた。

それはさくら荘は一般寮とは違い、「変人の巣窟」と呼ばれ、敬遠されていることだった。

だが、さくら荘にも住人がいる。

二人の三年生、上井草美咲と三鷹仁。

同じ二年生の神田空太、椎名ましろ、青山七海、赤坂龍之介、そして俺。

 

計7人の住人と神田が拾ってきた数匹の猫。そして独身教師千石千尋(中学時代にお世話になった平○先生に似ている)、赤坂龍之介が開発したAI、メイドちゃんがさくら荘で共に生活をしている。

 

毎日、朝から騒々しいこの生活も遂に二年目に入った。

昨年は椎名や青山が入寮してきたり、上井草先輩が三鷹先輩と結ばれたり、千石先生が結婚出来なかったり、etc…

大変な一年間だったが、今年は大した事件も無く、平穏な日常が続いている。

しかし、変人の巣窟であるさくら荘には平穏は長くは続かなかったーーーー。

 

 

 

教室に入り、窓際後ろから二番目の席に座る。

既に教室には何人か居て、それぞれが好きな様に過ごしている。

俺はカバンからi podを取り出し、イヤホンを着けると机に突っ伏した。

いつもどおり寝たふりをすると、俺はHRまで耳元から流れて来る歌詞を頭の中で追い続けた。

 

 

 

 

昼休み。

無事に午前の授業を乗り切り、教室で今朝買ったサンドイッチを食べていると、後ろのドアから神田と椎名が入って来た。

 

「よ、比企谷」

 

「…おう」

 

俺は基本人が嫌いだが、神田の事はきらいではない。

神田はゲームクリエイターを目指しているためゲームについてかなり詳しい。話題の新作とかをよく紹介してくれたりするので、ゲーム好きな俺とかなり話が合う。

多分、俺と一番話す奴は神田だと思う。

こいつはお節介なところがあるが基本、無理に話しかけようとはしてこない。

そんな距離感が俺には心地良かった。

しかしもう一人、椎名ましろは空気という空気を読むことなくマイペースに話しかけてくる。

何を考えているかわからないし、無自覚に俺の心のATフィールドを無視し、ダイレクトアタックしてくる俺の天敵だ。

当の本人は今、俺の目の前の席に座る神田の隣に座っている。

……なんかさっきからずっとこっちを見てるんですが。

やめろよ、勘違いしちゃうだろ。

 

「………なに?」

 

「…八幡はどうしていつも独りでご飯を食べるの?」

 

「………。」

 

(察しろ、マジで。そういうことを皆がいる教室で聞いてくる椎名さん、マジぱないわー。なんか今の言い方、中学の頃のクラスメートの戸部君(笑)に似てるな。…もうやめよう)

 

「…さまよえる孤高の魂は拠り所を必要としねえんだよ」

 

「孤高?」

 

「そうだぞ。俺ぐらいになると一緒にいる奴が俺の特殊スキル『過負荷』で精神がやられちまうんだ。

 

あえて俺は被害を出さないために独りでいるんだよ。だから……ぼくは悪くない!

 

「八幡、かっこいい…。どうしたら私も八幡みたいになれるの?」

 

「椎名、なれないからな。騙されるなよ」

 

「バッカお前、憧れは人を大人にさせるんだよ。憧れて現実を知って、また憧れて……そうやって階段を登っていくもんなんだよ」

 

「そーだな」

 

「空太は頭おかしいの?」

 

「椎名さん、なんでそうなるんですか⁉︎今の会話にそんな要素どこにも無かっただろ!」

 

「空太は時折おかしいもの」

 

「まずは自分の生活を見てから言おうか!」

 

「流石は過負荷ね」

 

「よし、生活うんぬんの前にまず人の話を聞こうか!」

 

「お腹いっぱい。八幡残り食べる?」

 

「頼むから俺の話を聞いて下さい!」

 

「おう、食べる。…良かったな神田。これでまた一歩、ぼっちライフに近づいたぞ。」

 

「おめでとう空太」

 

「ありがとう…って、んなわけあるかい!」

 

「空太」

 

「はい」

 

「2点」

 

「椎名にだけは言われたくなかったわ!」

 

こいつらのやり取りは面白い。

毎日見ている俺でも飽きないぐらいだ。アニメ化とかしたら売れるんじゃないの、コレ?

作品名は『さくら荘のペットな彼女』とかで。

うん、我ながら妙案。

 

そんなことをぼんやり考えていると、神田が声をかけてきた。

 

「そういえばさ」

 

「ん?」

 

「比企谷はSAOって知ってる?」

 

「ああ、あれだろ?完全なる仮想空間ってやつ。サービス開始っていつだっけ?」

 

「明日だよ」

 

「いいよなー。確か初回チュートリアルは一万人限定だろ?」

 

「そのことなんだけど、赤坂が仕事のツテでナーヴギアを一つだけ貰えたらしいんだよ。

赤坂はやる気がないらしいから俺にくれるって話になったんだけど、その日は『ゲーム作ろうぜ!』の二次審査があるから出来ないんだよ。

だから明日は比企谷が代わりにやらないか?」

 

「……良いのか?」

 

「ああ。明日、朝には出かけるから今日の夜にでも渡すよ。」

 

「サンキュー。でもキャラ設定とかはどうするんだ?」

 

「俺はゲームの仕様とかを見たいだけだから、気にはしないよ」

 

「そうか。ありがとな。」

 

「珍しいな、比企谷が素直にお礼を言うなんて。」

 

「……ほっとけ」

 

「……八幡、ツンデレね」

 

「ちげえよ」

 

 

 

 

 

 

夜。

さくら荘に帰ると食堂が豪華に飾られていた。

 

「なんだコレ…」

 

「おそいぞー、こうはいくん!もう鍋がぐつぐつだぞ!」

 

「……意味分からねえ」

 

「先輩、あまりはしゃがないで下さい!危ないです!」

 

「なんだとこうはいくん!絶対に負けられない戦いはもう始まっているんだもーん!」

 

「じゃあ、とりあえず仁さんを呼んできて下さい!」

 

「了解ー!」

 

上井草先輩はそう叫ぶともの凄い速さで食堂を出て行った。

少し遅れて三年生の先輩、三鷹仁の叫び声が聞こえてくる。

 

「なんで鍋なんだ?」

 

「明日俺の審査があるからって美咲先輩が」

 

「ふーん。で、青山と赤坂は?」

 

「二人とも部屋だと思うぞ。あ、おい!椎名!つまみ食いするな!」

 

「じゃ、手洗うついでに呼んでくるわ」

 

そう言って食堂を出る。

廊下には仁さんの部屋から未だに叫び声が響いていた。

部屋で宇宙人と格闘しているであろう仁さんに黙祷を捧げながら洗面所、風呂に続く扉を開ける。

すると。

洗面所の前で体に何も纏っていない青山が体重計に乗っている姿が目に飛び込んできた。

…………………。

………。

…。

あまりの出来事に扉をしめるのも忘れフリーズしていると青山が振り返った。

 

「比企谷くん⁉︎何してるん⁉︎」

 

「いやっ、これはだな、あの」

 

「早く出てって!」

 

「すいませんでした!」

 

言われた通りに素早く扉を閉める。

瞬間、扉に何かが当たる衝撃がした。

(おいおい、俺死ぬところだったじゃん!普通、モノ投げますか⁉︎どこかのIS乗りじゃないんだから!)

 

「………見た?」

 

「ま、まあ、見てないと言えば嘘になるが…」

 

「やっぱり見たんじゃん!」

 

「すいませんでした!だって女子使用中の札下がってなかったし…」

 

「それは…そうだけど…」

 

「…………そうだ、えーと、もう鍋の準備が出来たから早く食堂に来いよ」

 

「………わかった…」

 

とりあえず青山から返事を貰えたので、扉から離れる。少し奥に行き月明かりが差し込む窓の前で止まる。壁に背中をあずけると、今度は部屋にいる赤坂を呼ぶために俺はポケットから携帯を取り出した。メール画面を開き赤坂に送信すると、直後に返事が来た。この早さはメイドちゃんだろう。

 

『龍之介さまは只今、S社から依頼された大規模ネットワークソフトウェアの調整中です。

晩御飯なら部屋の前にトマトを置いといてくれ、との事です。

メイドちゃんより』

 

想像通りの答えに虚無感を覚えて

俺は携帯をしまうと、食堂に向かった。扉を開けると俺以外の全員が既に食べ始めている。

 

「………おい」

 

すると憎たらしい笑顔で寮監である千石千尋が言う。

 

「遅いから先食べてるわよ比企谷」

 

「…それはもっと早くに言ってくれないですかね」

 

「まあ、そんなカリカリすんなって八幡」

 

「こうはいくんの肉は全部私がいただくんだもーん!」

 

「ちょって待て!なんで俺の分の肉をあげなくちゃならないんですか!」

 

「うるさいわねー。小さなことでぐちぐち言ってるんじゃないわよ。

だからヒキガエルって言われるのよ」

 

「おい、なんで俺の過去のトラウマ知ってんだよ」

 

「比企谷、締めにうどんがあるから諦めるなって」

 

「…八幡、ファイト」

 

「お前らはフォローになってねえ!」

 

愚痴をこぼしながら席に着く。

食堂を出る前、あんなにあった鍋は既に半分ぐらいにまで減っていた。

箸を置いた仁さんが空太に顔を向ける。

 

「空太、明日の審査頑張れよ」

 

「はい、少し心配ですけど頑張ります」

 

「頑張れ、こーはいくん!」

 

「はい」

 

「そういやさ、俺の友達が言ってたんだけど空太はSAOって知ってる?」

 

仁さんの話に野菜を食べていた青山が食いつく。

 

「あ、それって明日からサービスが始まるゲームのことですか?」

 

「そうそう」

 

「それなら俺、持ってますよ」

 

「え?でも空太は明日、審査だろ?」

 

「だから明日は比企谷がやることになってて」

 

「へー。じゃあ今度でいいから俺にもやらしてくれよ」

 

「りょーかいです」

 

 

 

 

そんなくだらない会話しながら鍋をつつく。

順調に神田の審査の前夜祭?は夜にふけていく。

皆が同じ場所で。

 

まだ。

まだ、この時の俺は平穏という日常にいた。

これから向かい来る残酷な運命を知る由もなく。

 

 

 

 



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初日

というわけで、第二話です。
リメイクなので、結構早くに二話目を投稿できました。




翌日。

せっかくの休日なので遅くまで(この場合は正午過ぎぐらいまで)寝ていたいが、今日の12時からSAOのサービスが開始される。

そのため俺は10時に起きてから、食堂に行き簡単に朝食を済ませると自分の部屋に戻った。

今、机には神田から借りたナーヴギアが置かれている。

俺はソワソワした気持ちを無理やり押さえつけ、時間を潰すために本を手に取った。

作品名は『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』。

ぼっちで捻くれた性格の主人公が黒髪美少女と茶髪ビッチと一緒に奉仕部という部活を中心に学園ラブコメ?を描くという、なんとも現実味の無い作品である。

しかし、流石は渡航先生。

会話も地の文も面白いので俺的にはすごくオススメしたい。

あ、オススメするようは友達はいないんだけどね、てへっ☆

しばらく主人公のクズっぷりに夢中になっていると1時間くらい経っていた。

現在の時刻は11時半。

ナーヴギアにはキャリブレーション?とかいう設定が必要とかで準備に時間がかかるらしい。

そろそろ頃合いかなと思いナーヴギアを手に取り頭にかぶる。

結構な重さがあり、首が疲れそうなのでベッドに寝ることにした。

 

「えーと…頭にかぶったら、電源を付ける。で、………『リンクスタート』?

え?コレ言わなきゃ駄目なの?」

 

しかし機械相手に抗議してもしょうがないので右手に持った取説を置くと、俺は仮想世界へと繋がる言葉を発した。

 

 

 

「リンクスタート!」

 

 

 

直後、目の前が真っ白になり奥から大量の文字が現れる。

英語で書いてあるので全ては読めないが適当にYesを選ぶ。

ごめん、神田。

はちまん、もうちょっと真剣に英語、勉強すればよかった(笑)

えーと、名前は……まあ、八幡だしエイトとかでいいか。

ふと、エイトマンとかいう名前も浮かんだが、俺は二度と同じ間違いはしない。

うん、俺最強。

 

幾つかの画面の後、目の前に表示される文。

コレは俺でも読める。

『Welcome to Sword Art Online!』

えーと、なになに…?

 

 

 

『ソードアートオンラインへようこそ!』

 

 

 

 

 

 

 

次に視界が晴れるとそこには欧州の中世を思わせる街並みが広がっていた。

ゲーム機の画面とは全く違う立体感、存在感は紛れもなく本物に思えた。

時折吹く風、石畳みの凹凸。

コレを作った茅場はやはり本物の天才なんだと思うと同時に少しの怖さを覚えた。

しかし、そんなことを忘れるぐらい今、俺の心はそれこそ子供と同様、

好奇心で溢れていた。

もっとこの世界を見てみたい。この剣一本でどこまで行けるか試してみたい。そんな思いに駆られ、俺は次々と周りに出現する大勢のプレイヤーを尻目にフィールドを目指して飛び出して行った。

 

 

スタート地点「はじまりの街」から少し離れた場所には幾つかのフィールドが存在していた。ここはスルーし、すぐに次への村を目指す。

はじまりの街周辺の狩り場はすぐに狩り尽くされるだろう。

そう思い俺はまっすぐ次の村に来たのだが、先客がいた。

こいつもレベリングというものを理解しているのだろう。

その証拠に引っさげている武器は初期設定のものではなく、強化されているものだった。

 

ずっと見ているとソイツは俺の視線に気付いたのかこちらに近寄り、話しかけてきた。

 

「驚いたな、ここに来たのは俺が最初だと思ったんだけど」

 

「いや、俺は今さっき着いたところだ。一番乗りはお前だよ、安心しろ」

 

「そうか。最初からここに来たってことは君もベータテスターだよな?何層まで行けた?」

 

「ああ、エイトでいいよ。……あと、俺はベータテスターじゃない。ここに来たのは単なるレベリングだ。はじまりの街周辺の狩り場はすぐ人で溢れると思うしな」

 

「え⁉︎、そうなのか?エイトはこの手のゲームのやり方は知ってるってことか…」

 

「まあ、ゲーム好きだしな」

 

「そうか…。 あ、出来れば俺がベータテスターだってこと他の人には黙っておいて欲しいんだけど……」

 

「別にわざわざ念を押されなくたって言いふらしゃしねえよ。ところでお前、ネームは?」

 

「えっと、このあたりに何か表示されてないか?」

 

そう言って目の前のヤツは自分の斜め上を指す。

どれどれ…Ki…r..ito……キリトか。

 

「おう、キリトって書いてある」

 

「当たり」

 

「そうか、よろしくな」

 

「よろしく」

 

そう言うとお互い握手を交わす。

人と握手したのは何年ぶりだろう。

仮想空間だというのを忘れるぐらい現実感のあるキリトの手はしっかりと俺の手を握った。

 

「ところでさ俺はこれからいったんはじまりの街に戻るけど、エイトはどうするんだ?」

 

「………あー、俺はここで経験値稼ぐわ」

 

「わかった。じゃあここでいったんサヨナラだな」

 

「ああ」

 

「死ぬなよ」

 

「へいへい。お前こそ死なないように気をつけろよ。 もし、お前が死んだらドロップしたアイテムは全部俺がもらってやるから」

 

「お気遣いどうも。じゃあな」

 

「ああ」

 

そう言うとキリトははじまりの街に続く道へ向かって歩き始めた。

なんでまた戻るのかは知らないが、それを聞くのはマナー違反というものだろう。

メニューから現実世界の時刻を確認すると、早いもので既に1時。

楽しい時は早く過ぎると言うが、本当だな。

 

「さて…時間までまだまだあるし、とりあえず稼ぎますか」

 

俺は腰にある武器を一度見てから、村の外にあるフィールドに向かって走りだした。

すぐにフィールドに出ると、そこそこ強いモンスター(まあ、雑魚キャラなんだろうが)が何匹か確認出来た。

俺はそのうちの一体に狙いをつけると、腰の剣を抜いた。

右手に持つ剣を肩の上で構える。

剣が光りだし、ソードスキルが発動したのを感じた瞬間に俺は勢い良く剣を振り下ろした。

敵への距離は3メートル弱。

ソードスキルに助けられた俺の攻撃は、まるで吸い込まれるように敵の側面にヒットした。

直後、敵オブジェクトが光の破片となり砕け散る。

それを確認すると、俺は視界の右手に映る敵へ狙いを定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあー、疲れたー」

 

その後2時間近く狩り続けた俺はサービス初日にして既にレベル20まで達していた。

そろそろ夕飯もあるし、と思いメニューからログアウトボタンを出す。

いや、正確には出そうとした。

俺はそこで本来あるはずの場所にログアウトボタンが存在しないことに気がついた。

バグと思い一度メニューを閉じ、またメニュー画面を出す。

しかし、そこにはやはりボタンがなかった。

(あれ、初日から早々バグですか)

それに故障ならすぐに緊急アナウンスが流れてくるはずだと思い、その場で待ってみるが何も起きない。

(とりあえずはじまりの街に戻るか…)

きっとはじまりの街にも俺と同じようなヤツがたくさんいるだろうと適当にあたりをつけると、俺は元来た道を戻りはじめた。

 

 

 

 

 

その2時間前。

さくら荘102号室の住人、赤坂龍之介は自室に置かれた大型モニターの前にいた。

その四方を囲むように大小のモニターが置かれていて、部屋の隅には大型のサーバが7つ置かれていた。

既にS社から依頼された仕事は片付けていて、今は今日の12時からサービスを開始したSAOのシステムサーバにハッキングをしていた。

そもそも何故、赤坂龍之介はハッキングをしているのか。

それは数時間前にメイドちゃんが傍受した情報の中にSAOに関するものがあったことが始まりだった。

たまたま少し前に神田がSAOのナーヴギアをどこからかもらえないか、と聞いてきたこともあり少しだけ興味が湧いた。

情報は暗号化されていたが赤坂にとってはザル同然で、ものの5分で変換を終了させて画面に浮かび上がった文章は、目を疑う内容だった。

 

「………SAOにおける全プレイヤーの拉致・殺害について、だと?」

 

表示された報告書には様々な数値が書き込まれていて、とても悪戯でつくられたものとは思えない。

そのまま読み進めていくとSAOの裏の全貌が明らかになった。

その内容は開発者・茅場はSAOを使い、初回チュートリアルに参加する全プレイヤー1万人を拉致し、ゲームクリアを目的としたデスゲームを強制させるというものだった。

報告書を読み終えると、赤坂は自身が開発した自律型AI・メイドちゃんを呼び出す。

 

『ご用件をどうぞ!』

 

「今すぐSAOのシステムサーバを片っ端からスキャンしろ。もしかしたら何かとてつもない事が起ころうとしている可能性がある。時間が無い。30分で終わらせろ」

 

『了解しました!』

 

メイドちゃんに命令し終えると赤坂もキーボードに手を伸ばし、赤坂もメイドちゃんと同じくシステムへの侵入に取り掛かった。

今まではメイドちゃんだけでも十分に通用したが、なにしろ今回はあの天才プログラマー・茅場が相手だ。

念には念をということで赤坂もハッキングを同時進行で行うことにした。

 

 

 

 

 

予定の30分を過ぎても赤坂とメイドちゃんは未だにシステムサーバへの侵入が出来ず、流れていく文字の羅列を見ながら赤坂はメイドちゃんに問う。

 

「固いな。崩せるか?」

 

『十秒単位でルートが変わっています。おそらく接続が間に合わないかと』

 

「メイドちゃんでもか?」

 

『はい』

 

「了解した。正面を迂回し、障壁が薄いところから入るぞ。それと想像以上に逆探知が早い。ダミーを踏まされないように注意しろ。ハッキングは発見されないうちが華だ」

 

『了解です』

 

 

しかし、いかに赤坂といえども茅場の組んだカウンタープログラムの網に掛からないことはなかった。

正面の画面にエラーの通知が次々と現れる。

 

「…っ!こちらに2基のサーバにカウンタープログラムが作動してる!一時中断だ、障壁を展開しろ!」

 

『はい!……障壁、展開します』

 

クラッキングを中断した瞬間、他のサーバにもカウンタープログラムが発動し始めた。どうやら既に逆探知が完了されていたらしい。

全部で7基あるスパコン並みのサーバが一基でも破壊されたら損害はシャレにならない数字に跳ね上がる。それにハッキングは犯罪行為だ。大企業相手に裁判を起こされれば、勝ち目が無いのは明白だ。潮時と判断した赤坂はメイドちゃんに中止の命令を下す。

 

「……中止だ。これから専守防衛に入る。侵入してくるやつだけを処理して、下手な手出しはするな」

 

『了解です』

 

メイドちゃんの返事とともに赤坂のキーを打つ速度が上がる。

茅場の仕掛けたプログラムへの対処は一時間近くかかってしまい、破壊されたサーバは一基も無かったが囮に用意していたバグプログラムは全て破壊されていた。

 

「………流石は茅場といったところだろうな。メイドちゃん、こちらの損害は?」

 

『ダミーのバグプログラムは全損しましたが、中枢システムには届いていません』

 

「そうか……時刻は?」

 

『1時半です』

 

「………遅かったか」

 

『………まさか』

 

「比企谷はもう目を覚まさないということだ」

 

『そんな…!』

 

「とりあえず報告が先だ。さくら荘の全員にメールを出せ。警察にもだ」

 

『…はい』

 

メイドちゃんが画面の中から姿を消すと、赤坂はデスクに拳を叩きつけた。

しかし、落ち込んでもいられない。

己の力不足に憤りながらもなんとか立ち上がる。赤坂はらしくない不安気な足取りで歩くと、古い木製の扉を開けて静かな陽が射し込む廊下に出た。

 

 

 

 

 

エイトは目の前の状況に混乱していた。

怒鳴る人。

泣き始める人。

ただただ困惑し、周囲を見回す人。

はじまりの街はそれこそ一万人に近いプレイヤーが集まっていた。

すると。

急にはじまりの街の中心にある広場の上の空が赤に染まる。

何事かと見上げると、広場を覆うようにしてローブを着た巨大な人影が浮かんでいた。

 

『プレイヤーの諸君。私の世界へようこそ』

 

いきなり顔が無いその人影が喋り出した。

しかも、この声はどこかで聞いたことがあるものだ。

 

「……私の、世界?」

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ』

 

『プレイヤー諸君は既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う』

 

『しかし、これはゲームの不具合ではない』

 

『繰り返す。不具合ではなくソードアートオンライン本来の仕様である』

 

その後、GMである茅場晶彦からソードアートオンラインの説明がなされた。

それは。

全プレイヤーは自発的にログアウトは出来ず、現実世界に戻るにはこのゲームをクリアする以外に方法は無いとこと。

しかもこの世界での死は現実世界での死をもたらすという特典付きで。

それを理解したのか他のプレイヤーは皆、叫んだり、泣いたり、ウソだと言って笑い出したりしていた。

しかし、茅場晶彦から既にこのデスゲームの犠牲となったプレイヤーを取り上げたニュース番組の映像を示されると、皆が一様に黙ってしまう。

 

『それでは最後に、諸君らのストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』

 

アイテムストレージ内を見ると新しく手鏡が追加されていた。

メニューから使用を選ぶと、途端に俺の体は光に包まれる。光が収まると、手の中に握られた手鏡に写っていたのは紛れもない目が腐った自分自身の顔だった。

 

『以上でソードアートオンライン、チュートリアルを終了する』

 

その声と共に人影は消え去り、空はいつもの青を取り戻した。

未だに周りがざわつく中、俺の意志は決まっていた。

もし茅場の言うことが本当なら、スタートダッシュに遅れる訳にはいかない。

この世界、レベル制VRMMOではレベルが全てだ。

他のプレイヤーより先に次の村へ行き、経験値を稼ぐ。俺のような知り合いが誰一人としていないぼっち、もといソロにはこれしか生きる術は無い。

俺は次第に騒がしくなってきた人混みを掻き分け、広場を後にした。

 

 




以前、投稿させていただいていた時に読まれていた方が、再び読まれていることに感動しました……!
前回は機種変などで続けられませんでしたが、今回は最後まで行くつもりです。


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現実

今回は現実世界の視点です。前回から2年経っています




 

とある大学病院の病室。

特別に用意された個室にはナーヴギアを被り、横たわる青年の姿があった。

枕元には巨大なバッテリーらしき機械と栄養を送り続けている点滴台がある。

他にも青年の体からは服の下から電極のコードが伸びていて、一定に波打つ心臓の存在を示す機械から発せられる電子音だけが響く。そんな中、部屋の扉が静かに開いた。

 

「やっほー、今日も来たよお兄ちゃん」

 

それは今も2年に渡るデスゲームから一向に目を覚まさない青年の実の妹だった。

兄とは2つほど歳が離れた小町は現在、昨年から東京に帰り、兄が通ったスイコーに通学している。

 

 

 

2年前。

一年間会っていない兄がSAOというデスゲームに閉じ込められたのを親から聞かされた時は信じられず、体調を崩して一週間ほど学校を休んだ。

しかし、体調が戻るとすぐに家族と一緒に入院しているという大学病院に向かった。

そのとき既に兄は「SAO患者」専用の隔離病棟にいた。

 

兄同様、大人から子供まで沢山の人が同じように頭にナーヴギアを被りベッドに横たわっていた。

四人一部屋の病室の窓側で横たわる兄の横に三人で腰を下ろすと、父も母も何も言わずただただ兄の顔を見つめていた。

2年前の腐った目や捻くれた言動からは想像出来ない幼い寝顔がそこにはあった。

 

何分経っただろうか。

この沈黙に耐え切れず私が飲み物を買って来ると言って部屋を出ると、

突然ナースコールが廊下に響いた。

どうやら隣の病室のようだ。

すぐにナースステーションから白衣を着た人が走ってきて隣の病室に入っていった。

急いでいたのかスライド式のドアが開きっぱなしになっていることに気付き、私はそっと覗いてみた。

部屋の中ではナーヴギアを取り外された患者とその横に立つ医師の姿があった。

患者の状態を示すモニターに表示された数値は時間と共に低下していき、三分もかからず軒並み0になった。

実際にこの目でSAO患者が死ぬところを見たのは初めてだった。

それは自分が想像していたものよりずっと静かであっけなかった。

いつか、兄もこうなるのではないか。

そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、私の視界はグニャリと歪んだ。

 

 

 

 

2年前に私が倒れた時からというもの、私はSAOに関するニュースを聞くと今でも気分が悪くなる時がある。

あの時、父と母は私が死んでしまうのではないのかと思ったそうだ。

そのため、両親は今まで以上に私に対して気を使うようになった。

 

「お兄ちゃん、小町はもう大人だよね?」

 

そう呟きながら、寝ている兄の手を握る。

手から伝わってくる温もりは以前の兄のものと変わっていなかった。

今、兄はどうしているだろう。

ふと気になった。

 

「…………早く帰ってきてよ、お兄ちゃん…」

 

私のコトバは隣で眠る兄には届かず、窓の外に広がる青に溶けていく。

 

 



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2年後

設定が粗いところが多々ありますね……
何か気になることがあれば、ご指摘お願いします


 

 

SAO、このデスゲームが始まってから2年後。

俺、比企谷八幡ことエイトは今日も第74層の迷宮区に潜っていた。

ここ二週間ぐらい連続してマッピングをしているが、一向にボス部屋までたどり着けない。

さらに、上の層になると同時に敵のアルゴリズムにも変則性が見られるようになった。

つい先日は、ソロでは致命的となる回復系アイテムが底を尽きるというところまで追い詰められ、HPバーがレッドゾーンになるまで朝から晩まで迷宮区で戦い続けたが大した成果は上がらなかった。

 

「………キッツイな…」

 

誰にも届かない独り言をもらすと、目の前で光の欠片となり消えて行く敵オブジェクトを一瞥する。

右手に持った長くしなやかな真紅の片手剣、「ハンニバル・リフレクト」を鞘に収めると、迷宮区を出て街へと向かった。

 

 

 

元々。

高校生になっても俺はぼっちだったワケで。

そしてゲームでも俺の特性?はいかんなく発揮され仲間との連携が重視されるSAOで、まさかのソロプレイヤーとなったワケで。

俺はまたしてもリア充(笑)とは縁遠い存在になっていた。

しかしソロにもメリットが少なからず存在する。

一つ目はしがらみが無いということ。

ドロップしたアイテムは問答無用で自分の物だし、戦闘中も仲間の安否に気をとられることもない。

二つ目は………二つ目は…特に無いな、うん。

そんな事を考えながら俺と話すことができる数少ない友人であるエギルの店へと向かう。やだ、俺って世界樹みたいでカッコいい!頂をを目指して妖精達が戦う的な。おや、どこからか電波を受けとった気がする。

まあ、それは置いといて。

エギルは外見こそいかついが、情に厚い男だし、あまり深くは入ってこないから丁度いい距離感を保っていられる。

俺も以前に知り合ってからは一週間に一度はアイテムの精算等でエギルの店へと足を運んでいる。しばらく歩くと店の看板が見えてきた。

薄汚れた道が複雑に入り組んだ路地を足早に抜けて店のドアを開けた。

 

「いらっしゃい……よう、エイトか。久しぶりだな。……ここ二週間ぐらい顔出さなかったってことはまた迷宮区に潜ってたのか?」

 

「ああ。その割には特に目新しいものにも出会わなかったんだが」

 

「………エイトももう少しだけ休み入れたらどうだ?急ぐ気持ちも分かるが、死んだら本末転倒だぞ」

 

「別に急いでるわけじゃない」

 

「まあ、気を付けろよ。生き急ぐヤツほど死にやすいって言うしな」

 

「ご忠告どうも」

 

「そういえば…軍の連中が最前線の迷宮区で死亡したって話、聞いたか?」

 

「……? 知らないが…」

 

「なら教えとくぞ。一部隊約15人で構成される軍の探索隊が二日前に消息を絶った。

で、いつまで経っても帰投しないからはじまりの街の黒鉄球に見に行ったところ、そいつら全員がすでに死亡していたというワケだ」

 

「はあ?15人もいたんだろ?いくら最前線でもそれだけいれば編隊も組めるし、普通は死なないだろ」

 

「普通に考えるとな。でもここからが本題だ。その軍の連中、最後に目撃されたのがこの場所だ」

 

そういいながらエギルはウインドウを操作し、3分の2が既が明らかになった74層の迷宮区の地図を広げる。

そして、まだ完全に未知の領域となっている南西部にほど近い場所に人差し指を置いた。

 

「ここって…」

 

「まだ各ギルドが安全のために立ち入り禁止区域に設定しているところだ。

まあ、軍の連中は頭がかたいからな。無視して侵入したと考えてまず間違いない」

 

「で、その後に全滅って事は……大方、ボス部屋を発見した後そのまま挑んだってことだろうな」

 

「多分その可能性が一番高い。そしてそれを受けて血盟騎士団、アレクト・セレスの両ギルドが明日、南西部に大規模な捜索・討伐隊を派遣するって発表したんだ。まあ、ボス部屋自体なら明日中に見つかるだろうがな」

 

「そしたら俺たち攻略組の出番ってワケか」

 

「そういうことだ。まあ、招集がかかるまで気楽に待とうぜ」

 

カウンター越しに俺がエギルと話しこんでいると、またもや後ろのドアが開き人が入ってきた。

 

「よ、エギル。エイトも来てたのか」

 

「おう」

 

「どうしたキリト。お前も精算か?」

 

「いや、今日はクリスタルの補充だけだ」

 

「はいはい、ちょっと待ってろ」

 

「サンキュ。ところでさエイト。お前は明日の大規模スキャンの話、聞いた?」

 

「たった今エギルから聞いたとこだ」

 

「そうか、なら話は早いな」

 

「…んだよ」

 

「いや、情報屋によるとさ、74層のボス部屋はクリスタル無効らしいんだよ。ソロだし緊急離脱が出来ないのはキツイだろ?

だから今回は俺と組まないか?」

 

「……別にいいけど、危なくなったら助けるが俺は基本1人でやるぞ。助け合いなんて出来るほど豊かな人生歩んでねえからな」

 

「りょーかい」

 

「じゃ、招集かかったら適当にメッセージでも飛ばしてくれ。じゃあな」

 

「ああ」

 

そう言って店を出る。

振り返らずに後ろ手で扉を閉めると、転移門がある広場へ向かって歩き始めた。

俺は汚い路地を進みながら、ふと二年前を思い出していた。

 

 

 

 

 

第1層。

初のボス攻略に向け集まった有志は30人とちょっと。

そして彼らにボス攻略を呼びかけて集めたのはディアベルという男だった。

しかし、周りが次々とチームを作る中、SAOが始まってもまともに話せるヤツすらいなかった俺は初回チュートリアルで出会ったキリト、そしてキリトの知り合いのアスナ、アスナの現実世界の友達であるユキノ、ユイとグループを作った。

今までぼっちだった俺が他人とグループを作るなど神の所業も同然であるハズなのに、キリトが連れて来た女子三人は全員がまごうことなき美少女だった。

なかでもユキノというやつはこんな完璧なヤツがいるのかと思うぐらい整った顔立ちで、腰近くまで垂らされた黒髪は美しく、現実離れしたものだった。しかし性格はキツく、話をするたびに俺の心は廃れていった。

そのため心苦しいが「絶対に許さないノート」にまた1人、名前が刻まれることになってしまった。

もう一人の女子、ユイは明るい茶髪が印象的な笑顔が似合う女の子だった。

しかし一目見た瞬間、俺のリア充(笑)警報器が唸りを上げて警告し出した。これはアレだな、ビッチ確定ルートだな。

そうして俺はチームを組みながらも、この二人からは距離をとることにしていた。

 

 

 

 

結論から言うとボス攻略は成功した。

しかし戦闘中、キリトが1人猛然と切りかかったディアベルに回避を叫んだのが引き金となり、キリトやチームを一緒に組んでいた俺達がベータテスターだと怪しまれていた。(まあ、実際一名その通りだが)

そのために俺達がボスを倒した後も空気は悪くなる一方で、こうなるとベータテスターとそれ以外のプレイヤーの間で確執が起こるのは明白だった。

キリトだけじゃない。

他のベータテスターも他のギルドへ入る事が難しくなるどころか、下手したらベータテスターへの嫌がらせ、果てはPKなども考えられる。

確かに俺は内輪揉めは歓迎するが、俺や俺の知り合いが内にいる場合は別だ。

だから。

これからやることは正しいことだから。

俺の犠牲で皆が丸く収まるのなら。

これが一番効率が良いから。

そうやって自分に欺瞞に満ちた言い訳を聞かせると、俺は覚悟を決めて大きく息を吸い込んだ。

そして。

 

 

「……ハハハハハハ!」

 

 

思い切り笑ってやった。

俺の周りにいたプレイヤー達が何事かと俺を見る。

それを確認すると俺はまた口を開いた。

 

「……あまり笑わせんなよ。元ベータテスターだって?この俺をキリト達みたいな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

モブ(ゴメン名前分からない。たしかキバオウだった気がする)「な、なんやと⁉︎」

 

「ボス攻略には攻撃パターンの把握が必須だ。でも、ディアベルはパターンを把握し切らずに飛び出した。その状況で仲間に回避を叫ぶのは普通の事だろ」

 

「じゃあ、…なんでお前はディアベルはんに何も言わんかったんや!」

 

今俺は分岐点に立っている。

下手をすれば明日にでも死ぬかもしれないほどの。

まだ間に合うかもしれない。

引き返すなら今だ。

自分の中の弱気が首をもたげるが、瀬戸際で抑える。

1度、両手を強く握りしめて広げる。

手は汗で異常なほど湿っていて、全身が火照っている。

そして俺はこの日一番の、もしかしたら人生で一番の腐った目と下衆い笑顔でこう言った。

 

 

「んなもん、考えなくても分かるだろ。

第一、元ベータテスターって言ったって、俺以外のほとんどがレベリングすら知らない初心者だったぜ。お前等の方がまだマシだっての。

でもディアベルってヤツはベータテストで得た情報を使って、俺と同じように他を出し抜こうとしてた。

それじゃあ困る。

アドバンテージがあるのは俺だけでいい。そこにボス攻略だ。利用しない手は無いだろ。

つまりディアベルは俺にとって邪魔だったんだよ」

 

「な、な、なんやソレ……お前のせいでディアベルはんが!」

 

「おいおい、俺のせいにするなよ。

ラストアタックボーナスを狙ってお前等を出し抜こうとしたのはディアベル自身だ。

既にディアベルにお前等全員騙されてたんだよ。

俺にキレるのは筋違いだろ」

 

「お前……最低や!恥ずかしないんか!」

 

「生憎、そんなプライドは手持ちがねぇんだよ。

…てか、お前ヒマなの?

やること無いなら俺と違って、未だに右も左もわからない無能な元ベータテスター共を助けてやれっての。その方がディアベルも喜ぶと思うぞ。

……じゃあな」

 

そう言って振り返り、絶句するモブを一瞥することもなく俺は第2層へと続く扉へ向かった。

 

 

「待って」

 

扉まであと少しというところで後ろから声をかけられた。

振り返れば、ユキノが立っている。

 

「…………んだよ」

 

「貴方、ベータテスターじゃないでしょう」

 

「……だったら?」

 

「なぜあんな事を言う必要があるのかしら。元ベータテスターとそれ以外のプレイヤーとの関係を改善する方法なら他にいくらでもあるじゃない」

 

「……これが一番効率が良かった。それだけだ」

 

「そうね。確かにそうかもしれない。でもなぜ貴方は自分を犠牲にするのかしら」

 

「…………自分で言うのもなんだが、この通り捻くれてるからな。嫌われ者には慣れてんだよ」

 

「私は……私は貴方のやり方、嫌いだわ」

 

「……………お前は強くなる。俺みたいなヤツと関わらない方が良い。

それだけだ、じゃあな」

 

「……………」

 

 

 

俺は最後の最後に差し出された優しさを跳ね除け、重い扉を開けた。

ここから先は一方通行だ。

(あれ?またなんか変な電波受けとった気がする)

またしても独りとなった俺の未来を暗示するかの様に、先にある空間は暗く、冷たい。

これからやることはもう決まっている。

他の誰よりも強くなり、独りで生きていくしかない。

このデスゲームから生きて帰るために。

現実世界に残してきた人達を守るため。

 

俺はかたい決意と共に一歩、 前へ踏み出した。

 

 

 

 

 

 

どうやら記憶を辿っていた内に家の前に着いていたらしい。

ため息をつくと人目につかない暗い細道に面した、古臭い扉を開けて中に入る。

一年半前、そこそこ金が貯まった俺は大金を手に家などを買い取り、売るという方法で生業をたてているプレイヤー(ようは不動産屋。NPCではない)のところへ向かったがプレイヤーネームを出したところで追い返された。

おそらく第1層での事件のせいだろう。

彼らのおかげで俺の事はほとんどのプレイヤーに知れ渡ってしまっていたらしく、誰もが話かけても無視するし、後ろ指を指す。

そのため俺は、NPCの店か先のエギルの店しか利用しない。

その後、いくつか店をまわったが全て名前を言った途端追い返された。

仕方なく俺はNPCが売っている第8層にある、誰も寄り付かないような薄暗い小さい部屋を買い取った。

この頃には大抵のプレイヤーが、中層に位置する華やかな雰囲気を持つ街に家を持っていたので、この周辺には俺以外入居者は存在せず、層全体の人口もぶっちぎりで低かった。

以前、未だに友交があるキリト達から家の場所を聞かれたが教えることはなかった。

別に教える必要はないし、人の口には戸が建てられない。

家がバレて他のプレイヤーから嫌がらせを受けたりしたら最悪だ。

俺は装備を解除すると、晩御飯も食べずにベットに向かった。

明日は久しぶりに休もう。

そう考えつつベットに転がり瞼を閉じると、俺は深い眠りへと落ちていった。

 

 

 



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前夜祭

お尻にできたおできが痛くて、椅子にまともに座れない。
そのうえ、変な体勢だったからか腰が痛い。

だれかたすけて……


翌朝。

鳴り響くアラーム音に目を覚ますと、既に時刻は午後2時だった。

ぼんやりとした視界の端で、メッセージの受信を示すグリーンの光が点滅している。たぶん昨日キリトが言っていた大規模スキャンの話だろう。

メッセージを開くと、こんな内容が書かれていた。

 

 

エイト、ついさっき攻略組の招集があった。

午後2時から第65層の大講堂で攻略会議が始まるから遅刻すんなよ。

キリト

 

 

………。

………………。

………………………。

ってオイ!

始まってんじゃん!

会議始まってんじゃん!

 

 

俺は急いで装備を整えると、狭い部屋を走って家を出る。

じめじめとした石畳みの道を走り、俺は広場の転移門に向かった。

 

 

 

 

 

 

「はあ…はあ…はあ……間に合った……」

 

「いや、間に合ってないぞ」

 

「はあ……っなんで午後2時からなんだよ。起きたばっかだっつーの」

 

「そんなこと言うなって。エイトが寝過ぎなんだよ、真紅狼(クリムゾン)くん?」

 

「ホント、その名前って誰が言い出したんだよ。恥ずかしすぎだっての。

なんで漢字で書いてんのにカタカナ読みなんだよ。中二病ですか。

…まあ、『黒の剣士』さまには負けますけどね」

 

「お前…!」

 

「お互いさまだろ」

 

「…………なあ」

 

「ん?」

 

「もうお互い、言わないようにしよう」

 

「珍しいな。俺も今思ったところだ」

 

キリトと男同士のかたいかたい約束を交わすと、緩んだ思考を切り替える。

今、最大で二千人も収容できるオペラハウスのような超巨大なホールの壇上ではボス攻略の配置や突入、役割分担などの作戦の説明が行われている。

説明しているのは血盟騎士団・団長のヒースクリフだ。

ヤツはSAO屈指の巨大ギルド、血盟騎士団の団長であると同時にユニークスキル、『神聖剣』の使い手でもある。圧倒的な防御力と鋭い片手剣の斬撃は他を圧倒していて、ヤツのHPバーがイエローゾーンに陥ったのを見た者はいないとまで言われている。

事実上、このSAOでのトッププレイヤーはヒースクリフだろう。

実際、第50層のボス戦では崩壊寸前だった防戦ラインを一人で繋ぎとめ、乱戦からの全滅という最悪の事態を未然に防いだ。

それ以来、ヒースクリフの名は誰もが知るものとなっている。

しかし、それはギルドというチームワークの結果だ。

今現在、ソロとして最前線に挑み続けているのは10人もいないだろう。

そして、その中でも群を抜くプレイヤーが2人いる。

俺とキリトだ。

多大な犠牲者を出した第60層のボス戦では残存プレイヤーが最初の半分になり、戦線が崩壊。しかも前衛として後衛とスイッチを行うはずの軍の重装兵が撤退し、他のギルドのプレイヤーも撤退を開始したとき俺とキリトだけは戦闘を続行。まだHPバーが半分しか減っていなかったボスを苦戦の末にたった2人で倒した。

そのような事があってから俺とキリトはプレイヤー達に広く知られるようになった。更にいつの間にか、キリトは『黒の剣士』、俺は『真紅狼』というあだ名までつけられていた。

キリトは尊敬の意味でそう呼ばれるが、俺の場合は嫌味の場合が多い。

(真紅→俺の片手剣、ハンニバル・リフレクトの色、

狼→一匹狼→独り→ぼっち)

いじめ、ダメ、ぜったい!

攻略組の中でも一応、実力は認められてはいるものの基本は空気としての扱いだ。

まあ、説明はここまでにしよう。

俺は横にいるキリトに話しかけた。

 

「そういやアレクト・セレスの連中は?」

 

「そういえば見てないな。後から来るんじゃないか?前の方に結構なスペースあるし」

 

キリトが言った直後、俺達が座るすぐ後ろのドアが開いた。

開いたドアから出てきたのは白と青を基調にまとめられた装備に身を包んだユキノだった。

その後ろには同じような装備をまとったユイとアスナ、他に大勢の女性プレイヤーがいた。

見てのとおり、アレクト・セレスは女性プレイヤーのみで結成された巨大ギルドだ。

実力は折り紙つきで血盟騎士団に劣るとも勝らない。そのため発言力は絶大なものであり、このような会議でも必ず貴賓席が用意されるほどだ。

アレクト・セレスの団員数は250人にも登り、低レベルプレイヤーの育成にも力を注いでいるため周りからの評価も高い。

すぐにホール全体がしんと静まる。

その張り詰めた空気に臆することなくユキノは階段を下り、最前線列近くの席に向かう。

すると後ろにいた女性プレイヤー達もその後に続いた。

男ばかりのホールが一気に華やかになり、騒がしくなる。

最前列付近の一帯を占領したアレクト・セレスの連中が席に着くと同時に、ユキノは声をあげた。

 

「遅れて申し訳ございません。アレクト・セレス団長・ユキノ、以下40名只今到着しました。」

 

「そう固くならなくても大丈夫だ。まだ始まったばかりだし、綺麗なレディ達をを待つのは当たり前のことだろう」

 

「寛大な処置に感謝します。どうぞお話を続けて下さい」

 

「そうだな。では……

まず突入直後の陣形展開についてだがーーー」

 

そう言ってヒースクリフは作戦の説明に戻る。

てか、よくあんな簡単に歯の浮くようなセリフ言えるな。

俺だったら言った瞬間にその場の空気を絶対零度にする自信しかないぜ。いちげきひっさつ!

そんなことを考えながらヒースクリフの説明に耳を傾ける。

話を聞く限り、俺達ソロ組は後衛配置らしい。

まあ、いつものことなので気にしない。

それから10分ほど話が続き、ヒースクリフは壇上をおりた。

その後、作戦に参加するプレイヤー達の質問等が飛び交う。

ヒースクリフはその全てを丁重に答え、攻略会議は終了となった。

 

「じゃあな」

 

「ああ」

 

俺はキリトに別れを告げ、いち早く立ち上がるとホールを出た。

最前列からその後ろ姿を見つめる視線には気づかずに。

 

 

 

 

 

出撃は明日の正午だ。

俺はボス戦の準備をするために再びエギルの店へと向かおうとした。

すると。

 

「やっはろー!」

 

後ろから声をかけられる。

振り向くとそこには2人の護衛を従えたアレクト・セレスの幹部であるユイが立っていた。

後ろの2人はユイを止めるべきかどうか迷っているようだ。

 

「……なんですか」

 

「せっかく人が挨拶しに来たのにヒドくない⁉︎

なんでそんなにテンション低いの?」

 

「コレが普通なんだが…」

 

「さすがエイトだ……」

 

「うっせ。で、お前は何しに来たんだよ」

 

「あ、えっと…」

 

ユイが俺の問いに言葉を詰まらした時、後ろの護衛の2人が口を開いた。

 

「ユイさん、この人、あの残虐非道なビーターって噂のエイトですよ!私の友達が言ってました!」

 

「気安くユイさんに話しかけないで下さい!」

 

「………」

 

「ちょっと2人とも落ち着いて!エイトの噂は悪いやつばっかだけど、本当は良い人なんだよ……って、別に良い人って言ってもそういう意味じゃ…!」

 

「…はいはい、俺は噂通りの人間ですよ」

 

「そ、そうじゃなくてっ」

 

ユイが言葉を濁すと、好機と見たのか護衛の子達がたたみかけた。

 

「ほら、本人もこう言ってるじゃないですか!」

 

「ユイさん、早く団長のところに戻りましょう!こんな人と話してたら変な勘違いされちゃいます!」

 

「ちょ、ちょっと2人とも…」

 

ユイは優しい。

しかし、優し過ぎて人にモノを強く言えない時がある。自分より立場が下であるはずの護衛の2人をおさえつけることが出来ず、ユイはアレクト・セレスが大勢集まっている広場に連れてかれてしまった。

しばらくそちらを見ていると護衛の2人が俺のことを伝えたのか、アレクト・セレスの団員のほとんどがこちらに顔を向けた。

多くの視線に晒せれることは慣れているが、40人という数は流石に慣れていない。

彼女たちは俺に指を指したり、お互いに耳打ちしたりして俺に対して嫌悪の視線を送ってくる。

俺は居心地が悪くなり、逃げるように転移門へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「ハハハ、そりゃ災難だったな」

 

俺はエギルの店にアイテムの補充に来ていた。

今は先ほどの事をカウンター越しに話しながらアイテムの補充が終わるのを待っている。

 

「ホントだよ……」

 

「まあ、お前なんかまだ良い方だろ。知ってるか?団長のユキノって結婚を申し込んできたヤツを全員、こっぴどくフってるらしいぞ。ようするに、余計な事には関わるなってことだな」

 

カウンター越しにエギルが肩をすくませた。

 

「マジか…………怖いわ」

 

「でも、第1層のボス攻略の時はチーム組んでたんだろ?」

 

「…ああ。でも向こうは忘れてんだろ、たぶん」

 

「いやいや、そんなことないかもしれねえぞ」

 

「ねえよ」

 

「でもこの前ここに例の団長様が来たんだが、お前の事聞いてきたぞ」

 

「…………は?」

 

「んで、『家も知らないし、たまにここに来るだけだ』って言ったら帰っていったが」

 

「………なんで俺のこと調べてんだよ……はっ!まさか、俺の事を屠るつもりか!プランCか!」

 

「いや、しらねえよ。どこのラノベだよ」

 

「うん……まあ、それはねえな」

 

「それより……今日の夜にいつものメンバーで前夜祭やるんだが、来るよな?」

 

前夜祭。聞こえはいいが、ようはボス戦で死ぬかもしれないから前日に出来るだけ飲み食いしようって主旨のものだ。毎回ボス攻略の前夜に行い、俺とエギル、キリトとクラインだけで行うので最終的には修学旅行の夜みたいな雰囲気になる。

 

「ああ」

 

「7時からだ。遅れんなよ」

 

「りょーかい」

 

アイテムの補充もしたし、装備も整えた。

俺はボス戦の前日になると必ず訪れる変な高揚感に浸かりながら、一度家へと帰宅した。

 

 

 

 

7時ちょうどに俺はエギルの店に訪れた。中からは既に賑やかな雰囲気が伝わってくる。

扉を開けるとそこにはいつもの3人のほかに別の3人がいた。

女性ギルド、アレクト・セレスのアスナ、ユキノ、ユイだった。

 

「……………なんでだ」

 

「やっはろー!なんかさっきはゴメンね。あの子たちも悪気はないんだと思うんだけど…」

 

「なんで貴方がここにいるのかしら、不愉快だわ。消えてもらえる?」

 

「やっほー、久しぶりエイトくん」

 

ユキノが辛辣な言葉を投げ、アスナが優しく微笑む。

だが、今はエギルに問いたださないといけない事がある。

 

「……………ちょーっとエギルくん?お話しようか」

 

「おい、まてまてまて!俺だって被害者だ!」

 

「じゃあなんでアレクト・セレスの大幹部様が3人もいるのかな?」

 

「キリトに聞け!俺は何も知らない!」

 

エギルはそう叫び、奥で項垂れて座っているキリトを指差す。

 

「どういうことだキリト!」

 

「……会議が終わってすぐお前と別れた後、俺は一回家に帰ったんだ。そしたら家の前で3人が待ち伏せてて…で、そのままここに……」

 

「ちょっとキリトくん!別に待ち伏せてたんじゃなくて、待ってただけだよ!」

 

アスナの抗議にクラインが口をはさむ。

 

「変わんねえだろ」

 

「クラインは黙ってて!別にエイトに会いたくて来たわけじゃないからね!ここのお店は美味しいって聞いたから…」

 

「私も誤解されないうちに言っておくけど、ご飯を食べに来ただけだから」

 

淡々と言うユキノの頬は、微かに赤い。

 

「………そうですね」

 

俺が言うと、ユイが声をあげた。

 

「あー!信じてない!」

 

「いやいや、信じてるぞ。プランCだろ?屠りにきたんだろ?」

 

「意味わかんないんだけど」

 

「ユイさん。この男の話にまともに取り合ってはダメよ」

 

するとキリトが場を区切るように、皆に声をかける。

 

「まあまあ、全員揃ったんだしとりあえず乾杯しないか?」

 

「お、おう。そうだな(GJキリト!)」

 

「じゃあーー」

 

「待ちなさい」

 

そこに凛とした声が響いた。

 

「はい?」

 

「なぜ貴方が仕切っているのかしら。立場的に、言うなら私じゃないかしら」

 

「…ま、まあいいけど…」

 

エギル・エイト ・クライン ( … … ユキノさんぱねぇー!)

 

「それでは、明日のボス攻略と全員の生還を願って。…乾杯」

 

アスナ・ユイ「かんぱーい!」

 

エイト・キリト・エギル・クライン「……か、乾杯…」

 

そうして男女の温度差がありすぎる異例の前夜祭が始まる。

 

「そういや、アスナ達は護衛をいつも連れて歩いてるだろ?」

 

チキンを頬張りながらキリトがアスナに話しかけた。

 

「そうだよ」

 

「俺とこんなゴミ溜めみたいなところに来る時、よく引きとめられなかったな」

 

「おい、それ本音か⁉︎」

 

キリトの言葉にエギルが驚愕の声をあげる。

 

「あー、うん、み、みんな忙しかったんじゃないかなっ?」

 

「へーそんなもんか」

 

(言えない!追いすがる護衛達を全力でまいてきたなんて言えないっ!)

 

するとユイがフワフワとした喋り方で、俺に話しかけてきた。

 

「ねーねーエイト。いつも前夜祭って何やってるの?」

 

「基本的には食べて飲んで、だべるだけだ」

 

「え……なんか…かわいそう…」

 

「んだよ。悪いかよ」

 

「別に悪いワケじゃないけど。ねー、ゆきのん?」

 

ユイが奥にいるユキノに水を向ける。

 

「ええ、別に悪いわけではないけれど、時間の浪費だと思うわ。別に悪いわけではないけれど。あとこの男の前でゆきのんはやめなさい」

 

「じゃあなんで二回も言ったんだよ。二回も。棘ありまくりじゃねーか」

 

 

 

 

 

ふと思う。

男四人女三人。合わせて7人。

二年前、さくら荘で共にバカな時間を過ごした人数と奇しくも同じ数だ。

今頃、あの6人はどうしているだろう。みんな大学に進んだのだろうか。

千石先生は結婚出来たのだろうか(笑)…あれ?なんか寒気が。

俺は眼の前にうつる光景を記憶の中で薄れつつあるさくら荘のリビングでの光景をそっと重ね合わせてみた。

過去と現在。どちらの方が大事か、俺には分からない。

それでも。

あの人達は今でも俺を待っていてくれてるはずだから。

すると、ユイに横から声をかけられた。

 

「エイト、食べないの?ケーキだよ、ケーキ」

 

「ん?…ああ、食うよ」

 

俺はユイが持って来てくれたエギル特製のチョコレートケーキを一口、口へと運ぶ。

 

 

うん、 甘い。

 

 

 

 



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