虚数の中の君 (むいてんぺん)
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虚数の中の君

 

 

 幸福と不幸は比例する。

 

 

 そんなような意味の言葉を、何処かで学んだ事がある。

 

 自らに起きる不幸を耐え忍ぶ先に、幸福は必ず訪れると言う性善説だったか。全く逆の意味合いだったか。

 

 一つ言えることは、必ずしも幸運というものが、その当人によって幸運と呼べるものであるかは定かではなく。

 

 

 不幸というものが、果たしてそう名付けられたものと呼べるものでないということであって。

 

 

 

 私にとっては。

 

 

 全ての“柵”から解放された”その瞬間“

 

 

 幸も不幸も全てを飲み込んで、初めて世界に降り立ったと実感するような……濃厚な生と死。繰り返される螺旋の一つの歯車、その在り方が。

 

 

 この呪い呪われ、愛し愛される輪廻の中にて。

 

 

 夏目鮮花(私という虚)は覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此方の都合で時期外れの編入という形になった事については、済まなかったな」

 

「私の家庭事情にも問題があるので、大丈夫です」

 

 

 と、少し眉を深くさせながら夜蛾正道と名乗った今日から私の通う高等学校の先生になる人は「そうか」と短く呟いた。

 

 季節は5月、本来なら4月頃に編入する筈だった私は「多少の諸々」が重なって、時期外れに呪術高専東京校に足を踏み入れる事になった。

 

 それについては、まぁいい。生まれた頃から”この世界“にいる以上、私が呪いを払う呪術師としてここに通う事になるのは、言わば定められた運命のようなものだ。

 

 なすがまま、受け入れるがまま私は呪術師としての道を歩むことにした。それを為す意味を考えたことはない、生きることに大した理由もいらないのと同様に、呪術師になる事を否定する理由もいらなかったから。

 

 

「三人、でしたっけ」

 

「そうだ、まぁ……何かと問題児だが、上手くやってくれる事を期待している」

 

「善処します」

 

 

 御三家と呼ばれる呪術界の名門のうちの一人、六眼と無下限術式の抱き合わせと、珍しい呪霊操術の使い手に、反転術式を他人にアウトプットが出来る逸材。

 

 そこに私が入る、ということに多少なりのもやもやを感じるのは生物として正常な反応だろうか。

 

 

 この三人に比べれば、私は遥かに劣るなと失笑してしまいそうになる。

 

 とはいえ、時は進む。この教室の前で立ち往生をした所で何の意味もない。軽く息を吸った後に、私はその扉を開けた______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ〜〜……っ、ねむっ、つーかさ、いつまでも弱ぇ〜〜よな夏目って」

 

「……貴方達と比べれば誰だって弱いですよ」

 

 

「は?何?そりゃ当たり前だろ、つーか俺と傑と比べようとする事自体が間違ってるっつーの!」

 

 

 にたにたと私を見下ろしながら、その透き通るような青い目で五条悟はあざけ笑う。

 

 この口の減らない悪童を懲らしめてやろう、なんて思った事は何度かあったが、その目も術式も、そしてそれを天才的に扱うセンスを身を持って知れば知るほど、この同級生には今後一生上に立つことも、側に近づくこともないのだろうと感じる。

 

 ……まあ、だからなんだとは思う。私は私の出来る範囲で呪術師として呪霊を祓えば良いのだから。

 

 

「夏目、その目」

 

「……何ですか?」

 

「その何かも諦めました〜〜〜みたいなしんきくせー目、やめろって何度言わせんの?うぜーからすんなよ」

 

 

 その原因その一が良くもまあ、口が回る。

 

 最初こそ敵対心が湧いていたが、入学して半年もなればもう慣れた。口を開けばマウントすることこそ生き甲斐のような精神的に遥かに年下のこの男の戯言には付き合わない事が吉だ。

 

 立ち上がる体力が戻ってきたので、今日の組み手は終わり。そうと決まれば、五条悟と二人きりなど寒気がする、硝子ちゃんに貰いタバコでもしようか。

 

 

「あ、おい待てよ」

 

「……はぁ、なに。何ですか?五条君、いつものように完膚なきまで叩きのめした弱者()にこれ以上何か?」

 

「お前……っはぁ〜〜〜」

 

 

 わざとらしいぐらいに大きなため息をした後、心底面白く無さそうな声で、五条悟は______六眼で見据えた夏目鮮花()に問いかけた。

 

 

「弱いままなら部屋の隅で隠れてろよ、夏目」

 

 

 

 

 ……今でこそだが。

 

 五条悟という人間を知った後に、あの時の言葉を噛み砕くなら。そこにあるのは七割の侮蔑と、三割の心配だったんだろうか。

 

 

 クソの下戸を詰め込んだような口の悪さと性格をする存在だったが、その根は何処までも善性の“ソレ”なのは、あの頃の私も何となく分かっていた。

 

 だからもし、何かの歯車が正しく回ったのだとしたら、その言葉を言葉通りに受け入れてこの呪い呪われる世界から足を洗ったのかもしれない。

 

 少なくとも、あの時はいつでも、いつだって。私はその選択肢を選ぶことが出来たのだから。

 

 

 では何故選ばなかったのか、そんな陳腐な言葉に持ち合わせた答えは。

 

 

 きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日もまた、呪霊を祓った。

 

 単独で任務に当たる事もあれば、あの最強のどっちかと組む事もあった。そしてその日は、最強の片方の、少しマシな方と任務を共にした。

 

 一級程度の呪霊の討伐、私一人だとやもすれば生死をかける必要のある呪霊だとしても、最強の片割れと組めば総じて四級……は言い過ぎだとしても、3級程度の呪霊へと成り果てる。

 

 目の当たりにするその規格外に、何かがざわつく。そのざわめきも暫くすればすぐに落ち着くのが、私がこの癖しかない奴らと上手くやれているコツなのだろうか。

 

 

「……夏油君、それ。どんな味とかあったりするんですか?」

 

 

 手持ち無沙汰になった私の、ふとした何気ない疑問。その言葉に呪霊操術の術式を使う同級生、夏油傑は飲み込もうとしたソレの手を止めて、私を見据えた。

 

 

「はは……気になるかい?」

 

「少しは、私は呪霊を食べないので」

 

「夏目だけじゃなく、凡そ全ての術師はこんなもの食べないだろうね」

 

「……そうですね」

 

 その言い方で、なんとなく分かった。

 

 その様子に「つらくないですか?」と言いかけて、やめた。

 

 

 夏油君より弱い私が言った所で何も響かないだろうしなにより、その言葉は、夏油傑の何かに触れるようで、心地が悪いものだったから。

 

「帰り、ケーキ買いに行きましょう。そういう気分なので」

 

 

 だから少しだけ言い方を変えて、そう口にしてみた。

 

 

「______何というか、夏目は。私や悟のことを嫌ってると思っていたんだけど、そうでもないのかな?」

 

「ウザいし、極力関わりたくないし、ウザいしめんどくさいしウザい奴だとは思ってますよ、特に五条君は会う度に」

 

「三回言うほどウザいかな……」

 

「だからって嫌いじゃないのは確かですね、勿論好きとか絶対にあり得ないので、申し訳ないですが、近付いて欲しくないです」

 

「何で私は振られたことになっているのかな」

 

 

 ……そう。

 

 嫌いじゃない、嫌いじゃなかった。

 

 夏油傑が無自覚に私を傷つけても、五条悟が明確に私を傷つけても、本当に触れて欲しくないものだけにはこの二人は絶対に触れない。触れたことが無かった。

 

 だから嫌いになれなかった、なろうとしても、一過性のその場だけの感情だった。

 

 それを優しさと言うには棘があり過ぎたし、思いやりと呼ばれるものとも違ったが、人肌のような暖かさがほんの僅かでも存在していたのは事実だった。

 

 だからその時は、二人の邪魔にならない程度には強くなるぐらいはしようと。

 

 

 そんな風に思った事もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一本いる?」

 

「……じゃあ、もらって良いですか?」

 

 

 一向に授業に現れないその人物を探ってみれば、案外学校の敷地の中にいて、隠れながら煙を吐いている家入硝子に誘われるまま、体に害を溜めるその葉っぱの詰め合わせに口をつけた。

 

 五条悟と夏油傑が問題児筆頭なら、家入硝子もまたプチ問題児ではある。ただ彼らと違うのは、うざくないしめんどくさくもないし、一緒にいて何もストレスがない、この学校の中の唯一の清涼剤のような人物だ。

 

 私の短い人生の中でも限れられた「安堵」は、時折甘えてしまいたくなる程に。

 

 

「そーいやさぁ、この前の鮮花、大変だったんだよー」

 

「……準一級呪霊との交戦の後の私ですか?」

 

「そーそー、もー少し戻るの遅れてたら、何かしらの臓器ダメになってたよ、絶対」

 

「それはまぁ……ごめんなさい」

 

「二度ととは言わないけど、やめてよね、ああなるの」

 

 

 煙の流れに泳ぐような言葉の、最後は少しだけ、硝子ちゃんは真剣な言葉だったように聞こえた。

 

 あの日は酷かった、情報と違う呪霊、何らかの概念を孕んだ、簡易的な領域すらも扱う呪霊。

 

 死ぬつもりは決してなくとも、死を覚悟する必要がある程に、濃厚な死を前に黒い閃光______黒閃を偶発的に生み出すことが出来ていなければ、私はきっとあそこで死んでいたのだろう。

 

 それでも少し遅かったら危うかったのだと言うのだから、つまりはそういうことだ。私は出会った不幸と共に幸運にも恵まれていた。

 

 

「……この煙草、そんなに好きじゃないです」

 

「あははっ、わかるー。私もあんまり好きじゃない」

 

 

 禁煙しよっかなー、まぁまだ辞めないんだけどねー。なんて言いながら、その日は夜蛾先生に見つかるまで硝子ちゃんと授業をサボってた。

 

 

 それは確かに____淡い、青い思い出の一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした、七海君。初任務でこれだけ動けるなら、私を越すのも時間の問題ですよ」

 

「はぁ……それは少々、いやかなりお世辞では。夏目先輩」

 

「お世辞なんかじゃ無いですよ」

 

 呪術高専東京校に入学して一年、私に二人の後輩ができた。

 

 一人は目の前にいる七海健人君と、今頃は高専で授業をしているであろう灰原雄君。

 

 同級生のあのカス共二人と比べれば二人ともとても良い子だ、灰原君は接してて気持ちがいいし、七海君は素直で程良い関係を保つからやり易い。

 

 特に七海君は、間近で見た呪術のセンスは目を見張るものがあった、術式も悪くないときたら、それこそ最強の二人には私と同じく届く事は無いだろうけれど。

 

 数年掛ければ私を越していく背中なのだろうなと、漠然と思った。

 

 

「帰り、何か食べていきましょう。奢りますよ、七海君」

 

「いえ、そこまでして頂くのは……」

 

「呪具を除けば、それぐらいしかお金を使わないので、持て余すのも嫌ですし……ね?」

 

「はぁ、では……有難く奢られておきます、夏目先輩」

 

 

 そう頭を下げる七海君に見えないように、私は柄にもなく「作ることをしない笑み」が溢れた。

 

 強くなって欲しい、私を越して、そのさらに先まで。そうすれば、私より先に呪い呪われて死ぬことがないのだから。

 

 

 そんなような感情が私にあるのを。

 

 私は私以上に、他人に対して何かを思う気持ちが深いのを。

 

 この日この時、改めて自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーくそ……だからぁ悪かったよ鮮花。これで良いだろ」

 

 

 五条悟が、私が心底楽しみにしていた限定のプリンを食べた。

 

 高専の冷蔵庫に入れていた私も私だが、他に保存できる様な場所もなく、運悪く立て続けに任務が重なったから食べる暇もなく。

 

 仕方ないのでちゃんと「食べない様に」と張り紙をしていたにも関わらず。

 

 この外道はそんなものを意に介さず、余すことなく全て胃袋に入れやがった。

 

 

「そうですね」

 

「……え、ほんとに?」

 

「はい、だから五条さん。もういいですよ、好きな様に、いつもの様に何処へなりとも、どうぞ」

 

 

「いや絶対キレてんじゃん……」

 

 

 

 キレてるに決まってんだろ、ふざけんなよ。

 

 もし私にこの男をどうにかする力があるなら、私に自制心が無ければ、我慢を覚えていなかったら。

 

 あゝ、本当に……怒り(呪い)が止まらない。

 

 

「代わりの買うからさ、それでいいよな?」

 

「そうですね」

 

「……いや本当に悪かったって、気付かなかったんだよ」

 

「そうですか」

 

「どうすりゃ良いんだよ傑……」

 

 

 

 

「……何あれ」

 

「さぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 焼け焦げるような痛みが右腕に強く広がる。

 

 視界に映るは、呪霊。その数は一、だというのにその身に宿る呪いは“ソレ”に届き得るほどに。

 

 なんて事ない二級呪霊の討伐が、何だってこんなことになるのか。

 

 一度ある事は二度も三度もあるというのか、あったとしてもこんな仕打ちはあんまりだろう。

 

 よりにもよって、最近準一級呪術師になったっていうのに。

 

 

「くっ――――そ、ほんとっ、最悪ですね……!」

 

 

 全身の痛み、特に右腕は使い物にならない程に鈍い、確実に折れているし、繋がっているのか外れているのかよく分からない。

 

 救援は見込めない、仮にもこの業界に本格的に入ってから一年以上経って気づいたが、ほぼ全てが終わった後に到着している。

 

 その例外の最強の二人が私を救援しにきてくれれば話は別だが、運の悪い事に彼ら二人は別の任務______たしか、数時間前の今日に天元様の星漿体だとかの護衛任務を任命されたとか言ってたっけ。

 

 そんな重要な任務を遂行してる中で、こっちに来る余裕も無いだろうし、連絡も来ないだろう。

 

 今までひやっとしたことや死にかけた事は何度かあったが、今日と言う今日こそは死ぬのかもしれないと、冷静に脳が【死】を算出していく。

 

 

【哀れな、抗う事を辞めぬとは】

 

 

「呪霊風情が……喋らないでくださいよ……不愉快ですから______ッ!」

 

 

 来る烈風が私の体をゆうに吹き飛ばす、呪力を纏った風が私の全身を切り刻む、突き飛ばされてコンクリートの壁に衝突した背骨が折れる音がした。

 

 言葉を発するほどの呪霊、仮にも準一級まで磨き上げた私の力が届かないはずだ。十中八九この呪霊は二級、一級などの非じゃない。

 

 それらの理から外れた、上澄みの呪い_____特級呪霊。

 

 

 私は死ぬのか。

 

 死ぬのだろうか。

 

 何者にもなれず、ここで。

 

 成し遂げたい目的もないまま、ここに。

 

 夢も希望もないまま、大地に。

 

 

「____________ふ、ふふふ」

 

 

 笑えてきた。

 

 私は何故生まれたのだろう?

 

 一般的な、良くも悪くも平均的な呪術師の家系に生まれ。

 

 流れるままに生きて、流されるままに呪術師になる事になって、気薄な自我が全ての物事に“どうでもいい”と見切りをつけたまま漠然と。

 

 私は一体何者だったのか。

 

 

 ……酸素が薄くなってきた。

 

 今際の際だというのに、心のどこかで淡々と死を受け入れるようなこの心は、本当にどうしようもないなと……また笑えてきた。

 

 

【脆弱な魂よ、無に還るが良い】

 

 

 認識できたのはその言葉。

 

 もうどうでも良くなってきた。

 

 だから。

 

「____いいよ!やってやるよ、私もお前も、”この世界“も壊れちゃえばいい!あははっ……!あはっ、あははははっ!」

 

 

 朧げなその記憶の、その先の。

 

 たった一つの明確な私の【答え】

 

 唯一の活路、限り限りのその王手(・・)

 

 

「領域展開」

 

 

 その日______世界を(呪い)で閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 世界を閉じた、その3日後。

 

 体を引きずるようにして高専に戻ってきた、辛うじて生き残った私の、その目に映ったそれは、弾けるような感覚を消し飛ばすには十分過ぎて。

 

「なに、これ」

 

「あ?なんだお前」

 

「なにこれ、って、言ってるんだよ……!」

 

「なにって______ああ、そういうことね」

 

 

 呪術高専のその内側、天元様の結界の膝下にて。

 

 3日前に下らないやりとりをしていたはずの同級生、最強の片割れのよりクズな方の五条悟。

 

 

「五条悟は俺が殺した」

 

 

 その「死体」を見下ろすように立つ、全く呪力の感じられない異質な人間の、その人物。

 

 

「______ッ!」

 

 

 生と死の交わる、そんな濃厚な死闘で戦った感覚が、目で追う事を許されない圧倒的な暴力を紙一重で回避する事に成功した。

 

 それは私にとっては明確なチャンスで、相手にとっては明確な“隙”だ。

 

 

 

「おいおい、まじかよ」

 

「領域展開______!」

 

 間近に見える、暴力の化身、それに対して領域を展開することで私は_______

 

 

 

「はい、お疲れ」

 

 

 私は……?

 

 

 あれ、なんで。

 

 確かに領域展開は成功した、その筈だったのに。

 

 どうして倒れるのが私なんだ……?

 

 

「運が悪かったな、ここに来るのがもう少し遅かったら会う事も無かっただろうよ」

 

 

 

 世界を(呪い)で閉じた3日後。

 

 私は世界(呪い)に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 五条悟を攻略し、星漿体を殺し、呪霊操術の使い手を戦闘不能にした。

 

 仕事を終わらせた伏黒甚爾は一息ついた後に、そそくさと高専から離脱しようとしていた。

 

 一仕事終わらせた達成感と、莫大な報酬をどう使うか、それを元手にして今度こそ競馬で一山でも当てようか。

 

 そんな妄想と共に、この場を去る。

 

 

 そう足を踏み出して______危機感。

 

 天与の暴君の、未来予知とも言うべき直感が、いつの間にか自らの背後に立っている存在に気が付いた。

 

 幽鬼の様に希薄、それでいて、確かにそこに存在していた______先ほど自らの手で喉を切り裂いてやったはずの、女。

 

 

「あ?お前、さっき殺しただろ」

 

 

「ふふ……」

 

 

 幾度と味わった、生と死。

 

 繰り返される螺旋、その刹那にある呪力の確信。

 

 限り限りの生命、幸も不幸も全てを飲み込んだこの身の最後の柵。

 

 夏目鮮花にとっての最後の柵とはなんだったのか、今となってはわからない、ただその柵を、自ら解放したその瞬間。

 

 

 夏目鮮花(虚なる者)は覚醒した。

 

 

「……反転術式か!」

 

「あは……!せいっかい!」

 

 「負のエネルギー」である呪力を掛け合わせることで「正のエネルギー」を生み出す術。

 

 その極地、呪力の核心を、死に際のその僅かに満たない間で、夏目鮮花は会得した。

 

 

 蓋をしていたものを全力で開けたような、縛られていたものを全て取っ払った、そんなような。

 

 

 解放感。

 

 今なら、何にでもなれる。

 

 夏目鮮花は今この瞬間、初めて世界に降り立ったと実感した。

 

 

 

「私の術式は“虚数術式”、呪術においてありえるが、物質界にないものを創り出す術式……簡単にいうと、この世に存在しない物質を生み出すことが出来る」

 

 

 術式の開示。

 

 伏黒甚爾は即座に動き出す、その速度はあの五条悟ですら早過ぎると定義する程で、夏目鮮花には目で追うことすら困難極まるほどの速度。

 

 その速度で逆手に持った天逆鉾を夏目鮮花の喉を今度こそ切り裂く。

 

 

「______ァあ?」

 

 

 確かに、切り裂いた。

 

 だがそれは、夏目鮮花であって“夏目鮮花”ではない、呪力の肉袋。呪力の塊が泥の様に地面に零れ落ちて、消える。

 

 

「この世に存在しない虚数、口で言うのは簡単。でもそれって一体何?なんて、今までの私はこの術式の定義が出来ていなかった」

 

「でもさあ、気づいたの……この世界は何ものでもあって、何ものでもない(・・・・・・・)!この世に存在するものは、同じようにこの世に存在しないって!」

 

 

「だから______こういうこともできる」

 

 

 声のする方に振り向けば、そこには掌印を結んだ夏目鮮花がいた。

 

 危機感。

 

 己の感覚を信じ伏黒甚爾は全力で防御体勢を整えた。

 

 瞬間。

 

 

「あはっ!」

 

 

 生み出された無数の虚数が形を成して伏黒甚爾へと”迫る“、それは言うなれば呪力の塊、その圧倒的な“未知の質量”

 

 黒い閃光の破壊光線が伏黒甚爾に衝突した。

 

 

 

「______はっ、なるほどな。同じ空間に全く同じ人間は存在しない。でもお前はそれを可能に出来る、さっきのはそういうからくりか」

 

 

 瓦礫の山の中から、その持ち前の天与の肉体と、天逆鉾による受け流しによって軽傷程度に抑えた伏黒甚爾が現れる。

 

 その姿を見据えた夏目鮮花は心底楽しそうな笑みで迎える。

 

「そうだよ……?でももっと、もっとできる気がする、試させてよ。“同級生殺し”さん……?」

 

 

「はっ、タダ働きなんてごめんだね」

 

 

 回れ右、即時撤退。

 

 驚く程早い身のこなしで即座に伏黒甚爾は離脱を決行する事にした。これ以上の戦闘は金にならないし、何よりこの目の前の女の術式開示が正しいのだとしたら、女の呪力が尽きるまで戦い合う事になると予想した。

 

 必然的に、長期戦が濃厚。他者を顧みない様に生きる、天与の暴君は一目散に逃走を測る。

 

 

 だが、些か少しそれを決行するには骨が折れる事も伏黒甚爾は予感していた。

 

 

「逃がさないよ?」

 

 

 伏黒甚爾の進行方向にのっぺりとした無色の物質が行く手を挟む、即座に斬り壊そうとして、直感。

 

 この壁は物理的に壊すことが出来そうにない、問題無し。天逆鉾で破壊できる、そうして強引に切り伏せた先で待つ、極小の“黒点”

 

 

 ソレを見て即座にその場を離れると、その極小の黒点が、この世に存在しない質量と重なり爆発する。

 

 生まれる筈がない粉塵が視界を煙たげ始めた。

 

 甚爾の勘がこの場で”呼吸“をする選択肢を止める、この粉塵で生まれたモノを吸ってはならない。剣を振り回す事によって風を作り、呼吸を整える空間を作る。

 

 そこに、「自分と全く同じ武器を持った」夏目鮮花が飛来した。

 

 

「______俺相手にか?」

 

「やらないよっ?」

 

 

 夏目の持つ武器が描き変わる、違う。夏目鮮花自身が「変容」する。

 

 この世に存在しない、全く別の異形。黒色でいて人型、しかし見ているだけで精神を揺さぶる様な不定形の物質。

 

 夏目鮮花が解釈した虚数術式によるこの世に存在しない生物。

 

 その数凡そ8体が、伏黒甚爾を囲む様に現れた。

 

 だがしかし伏黒甚爾にとってそれらは全て、問題なし。

 

 天与の暴君は数秒にも満たない速度で、その全てを斬り伏せ、壊し尽くした。

 

 視界の奥、遠く離れた所に夏目鮮花はその目で甚爾を姿を見定める、その手を銃弾のように翳しながら。

 

 

「あはっ!これからが本命?」

 

 

 危機感。

 

 

 咄嗟に手に持つ呪具で迫り来る“何か”を応戦しようとして_________

 

 

 鮮血が舞う。

 

 

「……ハッ、化け物が」

 

 

 剣を振る、そこに斬撃が生まれる。その過程を省いた“結果”のみがその場に現れる。

 

 不可逆の刃、その剥き出しの斬撃が、捌き切れなかった伏黒甚爾の指、足先の幾つかを斬り落とす。

 

 実際はソレが何なのか、伏黒甚爾は予想でしか答えを得られない。だが彼の予想は実に真実に迫っていた。

 

 

「だがまぁ、ここまで来れば______」

 

 

 

「よぉ、久しぶり」

 

 

 

 既視感。

 

 それは今さっき念入りに殺した筈の。

 

 

「……まじか」

 

 

 五条悟。六眼と無下限術式の抱き合わせ、“現代最強”に為ったその人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチパチ。

 

 拍手喝采。

 

 

 中心に、星漿体だっただろうその子の亡骸を抱えて、彼は誰かが来るのを待つ様に佇んでいた。

 

 誰か、なんてそんなのは言うまでも無いけれど。

 

 

「五条君」

 

「なに?」

 

「代わりにそいつら(・・・・)殺そっか(・・・・)?たぶん私、何も感じないよ」

 

「お前がやるなら俺がやる」

 

「五条君はダメだよ、夏油君に怒られちゃうから」

 

「だからって……お前がやるのは、なんかちげーだろ」

 

 

 私の視線の先の、青く透き通る様な目と目が合った。

 

 なんかちがうのか。

 

 なら、そうなのかな。

 

 

 目で見えなくともわかる。五条悟はたった一人で「ソレ」に成った。今まで二人で均衡を成していたそれを、一人で到達してしまった。

 

 それが良いのか悪いのかわからない、私はもう、そんな“些細な”事で悩むようなものじゃ、なくなってしまった。

 

 善も悪も、今はもうどうでもいい。

 

 ただこの世界に私が生きている事が、心地良い。

 

 

 ああきっと、私も「ソレ」じゃない、別のナニカに。

 

 

「ねえ()

 

「何だよ」

 

「君が止めてね、私を。じゃないと、多分誰にも止められないよ」

 

「……わかった」

 

「約束だよ」

 

 

 

 そういえば。

 

 

 初めて五条君の前で笑った気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年後。

 

 

 

 ______その夏は、忙しかった。

 





一応プロットはある。書き続けるかはんにゃぴ....あんま期待しないでくだち。


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玉折-虚-

 

 

 ______赤い目に、灰色混じりの長髪。

 

 チビな奴が来やがった。

 

 第一印象はそん感じで、その次に「何だこの変な術式」が第二印象。

 

 第三印象は確か、そう。「こいつ弱えな」って思って。

 

 いつの間にか俺の中で俺が思う以上にこいつの存在が広がってた。

 

 

 初めて会った時に腰まで届くほどに長かった髪は、気づけば肩ほどに揃えるように整えられて。

 

 人形なんじゃねーかって思うぐらいに表情のねー顔は、あの時を境に所々人を小馬鹿にするような、そんで持って何処かここじゃない何処かを見つめている様な表情がデフォになっていて。

 

 ただ変わらねーのは、その身長ぐらいで、見かけ以上に、その身に宿る呪力の質が、量が、そのモノが変容していた。

 

 

 それを見て、もしこいつの何かが弾けたら、それを止められるのは俺にしか出来ない事なのかもしれないと漠然とした予感がひしひしとこの身に伝わって。

 

 

 ”約束だよ?“

 

 

 今まで見た事の無かったそいつの初めての表情(笑顔)が。

 

 俺を呪縛する、言葉(呪い)に転じたのかもしれないと。

 

 

 俺の前に立つ彼女を見据えながら、そう漠然とした過去の情景が脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悟は最強になった。

 

 任務も全て一人でこなす、硝子は元々危険な任務で外に出ることはない。必然的に私も1人になることが増えた。

 

 

「夏油くん、夏油君。どうかなコレ」

 

「……確かに呪霊のようだ、けれど呪霊じゃない。一つ言えることは、夏目が作ったこの生物のようなものは、呪霊操術の対象内にはならないってことだね」

 

「んーーー、そっか。なら没だね、良い線行ってると思ってたんだけどな」

 

 

 そう言って自ら生み出した名状しがたい燻んだ黄金色のソレを、消滅させる。

 

 悟は最強になった。

 

 ならば、彼女は_____夏目鮮花は何者になったのだろうか。

 

 ナニカにはなった、だがそれが何なのか、少なくとも私にはよくわかっていない。

 

 私が知らない“あの日”をきっかけに、今まで取ってつけた様な敬語も、仮面のように徹していた表情も、仕草も、何もかもが変容した。

 

 そして何より、その身に宿す呪力の質も、量も、桁違いに膨れ上がった。

 

 私に並ぶ程に、いや。並ぶどころか______或いは。

 

 

 唯一、あの最強の近くにいるのが、対等に近しい”場所“に立っているのが。

 

 

「_____夏油君?」

 

「ん、ああ。悪い、少し考え事をしていた」

 

「そっか」

 

 

 今まで見たことのなかった、僅かな心配と、それ以上の揶揄うような笑み。

 

 その表情はいつぞやにみた、ありし日の“最強”とどこか既視感を感じるような。

 

 

「悩み過ぎないようにね」

 

「どういう意味かな」

 

「そのまんま、夏油君は、一人で悩みすぎるから。私か、五条君か、硝子ちゃん。夜蛾先生でも、誰でも良いから相談しなよ」

 

「……そうだね、ありがとう夏目」

 

 

 その言葉に込められた、単純かつ明快な感情。その言葉だけは、柄にもなく素直に受け入れることができた。

 

 ……自分を見失うな。

 

 確かに悟は最強になった、だからといって私がその最強に置いて行かれた、なんて事を思うのはくだらないことだ。

 

 夏目の変容も、確かに最初こそ戸惑ったが、こうして言葉にしてくれるようになってわかりやすくなったじゃないか。

 

 

 強者(じゅつし)としての責任を果たせ。

 

 

 

「硝子ちゃん呼んでお昼ご飯にしない?素麺食べようよ、黒帯のやつ」

 

「そんな時間か……そうだね。そうしよう」

 

 

 

 

 ……

 

 …

 

 

 誰のために?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜蛾先生は、魂ってこの世にあると思う?」

 

「突然だな。それと敬語をつけろ」

 

 

 教え子の哲学的めいた質問に何と答えるものかと頭を悩ます。

 

 傀儡操術を使う自分にだからこそ、その質問をしているのか。それとも悟や傑にも似たような質問をした後なのだろうか。

 

 星漿体の一件以降、夏目鮮花という人間への人物像が自分でも掴みかねているのを実感する。

 

 少なくとも例の一件以前は、このような質問を私に投げつける事は無かっただろう。それと敬語。

 

 

「俺がその質問に答えるとして、君自身はもう既に答えを得ていると思うのだがな」

 

「それはそれ。先生の“解釈”が聞きたいんだ」

 

「……結論から言えば、魂はある。呪術的観点から……わかりやすい例を上げるなら、両面宿儺の指などを何らかの形で取り込むとして、飲み込んだ者が以前までの人物である筈がない。呪物に備わったソレに魂が乗り換えられてもおかしくないのだからな」

 

 

「でもソレは、魂って言える?魂とは違う、別の何かの可能性は?」

 

「否定はしないが肯定する材料はない。脳が術式のブラックボックスであるように、それはおそらく我々人間が完全に解明できるモノじゃないからだ」

 

「ふぅん……なら、夜蛾先生は、傀儡一つ一つに魂が宿っているって考えてるって事?」

 

「それについては断言しよう。魂は宿る、確実にな」

 

 

 この回答に夏目が何を得たのかは分からないが、なるほどと云った様子でそれ以降質問が来る事はなかった。

 

 ただ、小さく呟いたその言葉。

 

「良かった」

 

 

「虚数に魂が無くて」

 

 

 その言葉に少し、引っ掛かったような。

 

 そんな気がしたのを、思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「めずらし、サボり?一本いる?」

 

「んー?任務終わり、欲しい」

 

 

 喫煙スポット兼サボりスポットにしている私のテリトリーに、いつの間にか友人がやってきた。

 

 あのバカどもを友人って言うのはアレだけど、同年代で同じ女のこの子は友人って素直に呼べる。

 

 夏目鮮花は偶に、こうやって私にもらい煙草する常連だ。

 

 

「呪術界の上の人ってクソ過ぎるよね、未成年に呪詛師殺しさせる?普通」

 

「やーい人殺しー」

 

「ゴミ掃除でしょ、特殊清掃的な」

 

 

 夏目鮮花は私の友人だ。

 

 ある日をきっかけに、私だけじゃ無く全ての人に、物事に、事象に、まるで以前とは打って変わって違うような反応をしたとしても、それは変わらない。

 

 ゴミ掃除って言っている時の、抑えられてない笑みが溢れていても、私は気付かないフリをしてあげる。

 

 最近になって確信したことがあるとすれば。

 

 無表情だった頃の鮮花よりも、心の奥にある本音がどこに散りばめられたのか、ほんの少しだけわかりづらくなった事ぐらいか。

 

 

「でも3日連続だよ?流石にうざったいよね、そんなに小娘に脅されたのを根に持ってるのかな」

 

「へぇー、脅したって何したのさ」

 

「身に覚えがあるものと言えば、私の大事なものに触れたら五条君と一緒に呪詛師になっちゃうぞって言った事かな?」

 

「おーこわ」

 

 

 でも少し気になる。

 

 鮮花にとっての大事なものって、何だろうか。

 

 素直に聞いてみるとして、素直に教えてくれるだろうか?

 

 

「気になる?」

 

「んー?」

 

「大事なもの」

 

 

 顔に出ていたとは思わないんだけど、鮮花がにやにやしながら聞いてきた。そのにやけ面は少し苦手だ。

 

 鮮花の顔だから良いけれど、それでも嫌にあの高身長バカ(白い方)の表情と重なるから。

 

 ほんと、似てきてるというか。似せてきているのか、無意識なのかよくわかんないけれど。

 

 なんか少し、イラッとする。

 

 

「教えてーって言ったら教えてくれるの?鮮花はさ」

 

「硝子ちゃんならいいよ。クズコンビと違って誰にも言わなそうだし」

 

 

 そりゃその二人に言ったら絶対言いふらすだろうし。

 

 

 夏目鮮花の大事なもの、その日私は本人に直接教えてもらった。

 

 

 意外というべきか、そう思っていたんだっていうちょっとした驚きというべきか、まぁでも悪い気はしないかなとも言うべきか。

 

 それが壊れた時、鮮花はどうなってしまうのか。どうなるのか。

 

 そうなった時、私だけでも味方で居続けるようにしよう。

 

 夏目鮮花が私の手を振り払わない限り、私は彼女の手を払うつもりはない。

 

 友人だから、理由はそれぐらい。

 

 それぐらいで十分でしょ、私達はさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶり、お母さん」

 

 

 二年ぶりに実家に戻ってきた。

 

 理由はまぁ色々あるのだけれど、この辺りでそろそろ「区切り」を付けないといけないって思ったから。

 

 

 私はもう柵に囚われることはない、だから、その柵を。私に枷を嵌めた、嵌めようとしたこの家に、遅かれ早かれ何かしらの行動はしようと思って、それが偶々今なだけ。

 

 

「あはっ、驚いた?でもお母さん、私は最初から______ずっと最初っから、こうだったよ。きっとお母さんの子宮の中にいた頃から、ずっとね」

 

 

 私が”こう“なる事を恐れて柵を作ったのだとしたら、それはきっと悪手だったのかもね。

 

 ……そうでもないのか、精霊に近い特級呪霊と、立て続けにあの筋肉ゴリラみたいな呪術師殺しによる、生と死が廻り回っていた濃厚な三日間が無かったら。

 

 私はまだ(呪い)にも、世界(呪い)にも、縛られたままだったのかもしれない。

 

 

「お母さんに聞きたいのは一つだけ、夏目家の秘宝は何処?他の人にも”お話した“けど、皆知らなかった。お母さんが知っているんでしょ?」

 

 

 少しだけ、嘘をついた。

 

 本当はもう幾つか聞きたい事がある、くだらないことだけれど、やっぱり私も子供だから、気になってしまうことはある。

 

 

 お父さんは何で同じ呪術師に殺されたのか、とか。

 

 何であんなにも私の感情を封じて、人形のようにしたのかとか。

 

 

 貴女は私を産んで良かったのか、とか。

 

 

 気になることはある。

 

 でもやっぱり、それは聞かないことにした。

 

 この人(お母さん)から出るだろう言葉に、私の欲しいものは何一つ無いって、確信しているから。

 

 

「教えなくてもいいよ、虱潰し探せば見つかる。その過程で”何が起きても“、誰も何も気付かない」

 

「虚数で生まれる呪力に残穢は起きない、この世に存在しない物質が、この世に留まる道理はないよね?」

 

 

 虚数術式の解釈を真に理解してから、私はこの術式を愛するようになった。私の願いを叶える力、その象徴。

 

 それでもまだ、足りないのなら、それは私自身の呪力、その精密操作。練度の他に。

 

 過去、同じ術式を扱っていた人間が肌身離さず持ち歩いていたという文献に書かれていた、夏目家の秘宝、その呪物。

 

 それが足りないのだろう。

 

 

「もう私を縛るものは何も無いよ、選んでお母さん。私に貴女を殺させないで?」

 

 

 

 ……良かった。

 

 それがどれだけ私にとっての「無」であったとしても、何一つの「愛」が感じられなくても。

 

 自分の肉親を手に掛けたくなんてない。だってそれは、たぶんそれは。

 

 私にとって良くない(・・・・)事だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんな女が好み(タイプ)かな?」

 

「可愛くて同い年、ドライに見えてそうでもない、煙草吸う感じの未成年?」

 

「すっっごい具体的!」

 

 

 初めて会うタイプの人で、あの日以来に、私の全身という全身が「勝てるかどうかわからない」と告げる程の呪力の質に、私は内心で言い様の無い感情を抱いた。

 

 高専の先生にこんな人はいなかった、外部の呪術師なのは確定で。

 

 

 多分、このお姉さんが私や夏油君、五条君よりも先にその頂に登った人なのだろう。

 

「改めて……君が夏目鮮花ちゃんかな?」

 

「そうだよ、九十九さん」

 

「おっと、知ってたかい?」

 

「そりゃ勿論、だって九十九さんの任務の皺寄せ、大体夏油君か私に来るし」

 

 

 少し意地悪く言ってみると、九十九さんはどんよりした空気で「なんかごめん……」って呟いた。

 

 話してみると、事前に思っていた以上に話がしやすい。九十九さんがこっちの会話に合わせてくれているのも理由の一つかもしれない。

 

 噂以上に親しみやすいのは良かった。

 

 

「私は原因療法がしたいんだ。呪霊を狩るんじゃなくて。呪霊の生まれない世界を作ろうよってこと」

 

「人が人である限り、それは不可能だと思う」

 

「どうかな?全人類から呪力を無くすか、全人類に呪力のコントロールを可能にさせれば、可能だと思わないかな」

 

 

 それは______と言おうとして。

 

 言葉を失う。

 

 だってそれは確かに、机上の空論染みたものであっても、実現出来るか否かを度外視すると。不可能とは言えなかったからだ。

 

 だけどそれは。

 

 やっぱりそれは。

 

 

「呪霊が居ないのはダメだ」

 

「それはどうして?」

 

「この(術式)の矛先が人間に取って代わるだけだから」

 

「興味深いね、術師と術師が争い合うと?」

 

「だってそうでしょう?古来から今に至るまで、人間同士で争い続けて、呪い続けているんだから」

 

 

 それが私の、九十九由基の問いに対する答え。

 

 この日限りの授業の、私なりの回答例。

 

 

「……私とは合わない、でも納得出来なくもない。君と話せて良かった、夏目ちゃん」

 

「もう行くの?」

 

「夏油君や五条君とも話したくてね、何処にいるか知らない?」

 

「んー……夏油君ならさっき_________」

 

 

 

 ……九十九さんには一つだけ嘘をついた。

 

 嘘をついたというより、もう一つの本音を口に出さなかったというべきだろうか。

 

 善や悪などの指標で動くことを辞めた私にとって、呪霊はこの(術式)を振るう絶好の的。

 

 呪霊が居なくなれば他でも無い私自身が、呪霊から術師に矛先を変える。きっと私はそうするし、そうなれば誰かが止めてくれない限り止まらない。

 

 ……何処かで破綻するとしても、もう少しだけでも良いから、私はまだそうなりたくない。

 

 大事なものがある内は、そうありたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏目、お前だけ?」

 

「珍し…帰って来てたんだ」

 

 心底驚いたような表情で俺を見てくるこいつ、クソうぜえ。ちょっと無下限で悪戯してやろうと思ったら、それを予想していたのか周りに虚数で作った極薄のバリアを展開しやがった。

 

 壊そうと思えばぶっ壊せるけど……まぁいいや。少し疲れたし。

 

 

「最近、二人には会ってる?」

 

「二ヶ月前に飯食い行ったろ、忘れまちたかー?」

 

「ぜーんぜん会ってないじゃん、もしかして忘れられちゃった?かわいそ、あはっ」

 

「……お前久々にボコしてやろーか?」

 

「簡単に出来ると思うならどーぞ、そのサングラスの修理費ぐらい出してあげるよ」

 

 

 ……っはああ。

 

 コイツ、いつからこんなになりやがった?

 

 まぁ時期は分かってる、俺が反転術式で全回復するより先にやり合ってたのは、この六眼で捉えてた。

 

 夏目鮮花の「虚数術式」、呪力の核心に至ったあいつの術式の解釈を、俺の目は見た。

 

 負けることはぜってー無いだろうけどめんどくさいのは確かだろうな、少なくとも日頃のクソ緩い任務よりは確実に面倒くさい。

 

 あーやだやだ、俺が大人にならねーといけねーのかなー……ッ!

 

 

「任務減らしなよ」

 

「余計なお世話だっつーの」

 

「あはっ、勘違いした?五条君の心配なんてするわけ無いでしょ」

 

「喧嘩だな?喧嘩だよな?マジで容赦しねえぞ夏目」

 

「顔が良くてもこの性格だからほんと最悪だよね」

 

 

 よしキレた。マジで泣かす。こいつなら大した加減も要らねえし、何なら赫ぐらい使っても良いだろ、良いよな?よし決めた。

 

 

「グラウンド出ろよ、泣かして土下座して謝らさせてやる」

 

「あはっ……まぁいいや、丁度コレ(秘宝)試したかったし?」

 

 

 

 結論だけ言えばその日は、マジでキレた夜蛾先生が途中から乱入して来て俺も夏目も連帯責任、反省文30枚。泣ける。

 

 

 分かっていても虚数術式の厄介さは想像以上だったが、だからと言ってあいつに無下限を突破させる事はさせなかったしまぁ俺の勝ちだろ。

 

 ちょっと内心焦ったのは、あいついつの間にあんな体術出来るようになってたんだって所、前まではフィジカル勝負したらクソ弱かったくせに。

 

 

 まぁでもこれは絶対言わねえけど、まぁまぁ本気でやり合えるのなんてあいつと傑ぐらいだから、楽しめたってのは事実。

 

 

 

 ……つーかあいつ。

 

 俺に結局何が言いたかったんだ?

 

 

 

 

 ___________あぁ、今でもふと、この日の記憶が過ぎる

 

 もっとちゃんと、夏目の言葉を聞いておけば良かったって。

 

 そうすれば、別の未来もあったんじゃないかって。

 

 ()は未だに、この日を後悔しなかったことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね」

 

 

 

 物言わぬ死体に、私は小さく呟いた。

 

 七海君の証言曰く、なんて事ない二級呪霊の討伐、だというのに、一級相当の呪霊と遭遇。

 

 産土神信仰が本当なら土地神、一級の中でも上澄みの呪霊。七海君と灰原君じゃあ、手に負える呪霊じゃない。

 

 私がもう少し早ければ死ぬ事は無かったかもしれない。少なくとも死なせる事は無かったかもしれない。

 

 私に出来る事は、死の間際の灰原君の言葉を聞いてあげる事ぐらいしか、それぐらいしか出来なかった。

 

 

「十中八九、あいつら(上層部)の仕業だ」

 

 確信がある、最近の任務の振り分けが露骨に物語ってる。五条君を筆頭に、夏油君や私を遠ざける様に遠くへ飛ばしているのは分かってる。

 

 枷が、柵が。縛るものが、それらが形となって見え始める。

 

 

 それは捨てたろ、捨てたんだ。私はもうそんなものに縛られない。

 

 縛られるぐらいなら、柵に囚われるぐらいなら。

 

 

「______やめた」

 

 

 思考を変える。

 

 一番落ち込んでいるのは私じゃない。

 

 ……七海君、辞めちゃうかなあ。

 

 辞めて欲しいのか、欲しくないのか。自分でもわからなくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______呪いの絶えない声が続く。

 

 何故、どうして、辞めて。混沌と化して阿鼻叫喚が奏でられるこの空間に、だけども私の心には虚しく響かない。

 

 それ(・・)の意味することが、どれほど“人”であることから離れているのか、なんて事を思考する感情すらも、この世界(呪い)から捨てた。

 

 兎にも角にも、彼は自分の中で「答え」を見つけたのだ。

 

 見つけてしまった、それだけなんだ。

 

 

「派手にやったね」

 

「……どうして、ここにいるんだ」

 

 双子の子供を連れている夏油君は、即座に臨戦態勢を整え始める。

 

 私は手を両手にひらひらとあげて、好戦の意思がない事を伝えると、少しだけ夏油君の構えが緩くなった。

 

 

「……笑うかい?」

 

「ううん。気持ちは分かるから」

 

非術師(サル)は……嫌いだ、だから、この世界を術師だけにする。そうすれば呪霊も生まれない」

 

「そうかもね」

 

 

 気付いてたよ、ずっと前から。

 

 知っていて私はその変異を見逃した。だってその方が、夏油君は苦しまないから。

 

 それは善じゃないだろうし、じゃあ悪なのかは、人によるだろうけれど。

 

 私の言葉では止まらないのは分かっていたから、五条君が―もう一人の最強(・・・・・・・)が話すしか無かった。

 

 でも五条君は夏油君の優しさに無自覚に甘えていたから、いつまでもお互いが真剣に話す事をしないまま、こんなふうに決壊した。

 

 でもだからって、五条君が悪い訳じゃない。それは絶対に違う。

 

 

 私らしく言うなら、運が悪かった。悪い日がずっと続いて、幸運が来る前に壊れてしまった。

 

 ただ、それだけの話だ。

 

「私は、この子達を保護して自分の気持ちに正直になろうと思う。止めるかい?」

 

「止めないよ」

 

「……そうか、そうだろうね。夏目は……そう言うと思っていた」

 

 

 私を見て、怯えるように見つめてくる四つの視線。

 

 この子たちの視線に合わせて、手のひらに呪いを込める。

 

 私の術式が、虚数が形を成していく。この世に存在しない花の形を浮かび上がらせれば、怯えていた目の中に、喜びと好奇心が混じったのを確認した。

 

 

「私も手伝ってあげようか」

 

「それはだめだ。夏目には理由がない」

 

「理由なんて幾らでも、呪霊の数程作れるよ」

 

「それでもだめだ。夏目が背負うものじゃない」

 

「夏油君だけが背負うものでもないよ」

 

 

 その言葉を聞いて、夏油君が何処となく嬉しそうな表情を一瞬だけ見せたのを、私は見過ごさなかった。

 

 それを言うのが私でも、夏油君にとってはほんの少しでも心が軽くなる言葉だったのだろうか。

 

 それでも止めることは出来ないと断定出来るほど確信しているのは、こうなってしまったからか。或いは私じゃない、彼にとってたった一人の親友(最強)の言葉でないからか。

 

 その答えは私には分からない。

 

「気持ちだけは、受け取っておこう。夏目はまだ、帰る場所があるだろう?」

 

「……どうだろうね。でもそこに夏油君がいないのは、寂しくなるな」

 

「だが、私はこれから為す事を、自分の手で止めるつもりはない。答えは______もう決めた」

 

 

 

「そっか」

 

 

 正直に言うと。

 

 私は酷く迷っていた、夏油君ほど非術師が嫌いな訳でもない、けれど夏油君のやろうとする事の先にある未来に、私がやりたい事があると思ったのも確かだった。

 

 呪霊の無い世界を作りたい訳じゃ無い、その過程で生まれる、呪術界の“改革”。

 

 術師と術師の争い、私はそれに着目した。

 

 

「何年後かにまた、この続きを話そう。だからそれまで道半ばで死なないようにね」

 

「そうだね______ああ、それが良い」

 

 

 私は答えを保留した、はっきりいうと夏油君の行いに予想はしていても動揺していたのかもしれない。

 

 はっきりとした気持ちをこの場で伝えることが出来なかったし、何より。

 

 もう一人の最強(アホコンビの片割れ)がどう選択をするのか、興味があったから。

 

 

「夏油君」

 

「……なんだい?」

 

「またね」

 

「……ああ、また」

 

 

 さよならは言わない、それが彼と私の別れの言葉だった。

 

 

 

 

 

 記録2007年9月

 ■■県■■市(旧■■村)

 任務概要

 村落村での神隠し、変死。その原因と思われる呪霊の排除。

 ・担当者(高専3年、夏油傑)派遣から5日後、旧■■村の住民112名の死亡が確認される。

 ・全て呪霊による被害かと思われたが、残穢から夏油傑の呪霊操術と断定。

 ・夏油傑は逃走、呪術規定9条に基づき呪詛師として死刑対象となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「_________は?」

 

 

 いつものサングラスも忘れて、五条悟は夏目鮮花のその言葉に唖然とした。

 

 

「だからさ、殺しちゃった。上にいる老害共、あの席にいる奴ら全員、虚数の海の中に消して、もう二度と世界(呪い)から生まれないように」

 

「何……やってんだ夏目、自分が何したのか分かってんのか」

 

「私の術式が残穢を残さないのは知ってるよね。だから私がやったって気付かれないだろうけど、五条君には教えとかないとなって」

 

「そうじゃねえ……!お前、自分の行動の結果がどうなるのか解ってんのかって聞いてんだよ!」

 

「うん、分かってるよ」

 

「うん、じゃねえよ!幾ら殺したって意味無い事ぐらい、分かってんだろ!」

 

「違う。意義も大義も無くても、意味ならある」

 

「あぁ?!何処がだよ!」

 

 

 

「私の心の濁りが、少しだけでも祓われる」

 

 

 その表情は、心の底から安心する様な、まるで自らの赤子に微笑む様なその表情は、五条悟が言葉を失うには十分過ぎて。

 

 ただ、そのお陰というべきか、五条はほんの少しだけ冷静に頭が回る様になった。

 

「……俺以外に言ってねえなら、揉み消せる。無かったことに出来る、夏目がやった事はバカだが、一先ずはそうする。良いな?」

 

「あはっ……ねえ五条君。その言葉の意味をちゃんと解って言っている?」

 

「分かってる、分かってるからムカついてんだよ……!お前も、傑も!」

 

「それなら、私を庇う様な言葉はダメじゃない?」

 

 

「約束だろーが、俺がお前を止めるって、そう言っただろ。あの時」

 

 

 五条悟の、嘘偽りない心の底から出た言葉(本音)

 

 その言葉の中に込められた感情に名を付けるとするならば。それこそが夏目鮮花と言う“虚数の中の存在”と、“最強に成った”五条悟との、お互いが結び、お互いを縛る。

 

 “呪い”と言うものなのかもしれない。

 

 

「______共犯者だね、()君」

 

 

 そう言って“笑う”夏目鮮花。だが五条悟の透き通る蒼色の瞳は確かに、その体が僅かに震えていたのを見過ごさなかった。

 

 人形のように無感情だった者はもうそこにはいない、心に虚無を、凪を飼っていたとしても、彼女は誰よりも“自由”であろうとするからこそ、その奥底に芽生えた“本音”を完全に無視する事は出来ない。

 

 そのあり方が五条悟には歪に見えて。

 

 夏目鮮花にとって“今の”五条悟こそが歪に見えているのか、それは彼らにしか分からない事だ。

 

 ただ一つ、五条悟にとって確かな事は。

 

 

 自分()が救えるのは他人に救われる準備のある奴だけで、どれだけ自分()が強くてもダメなのだという結論。

 

 

「……共犯者だっていうなら、俺の______僕の手伝いをしろ」

 

「それは私に対する“柵”?」

 

「違えよ……四人しかいないうちの、その中の一人の同級生への頼み事だ」

 

「私は五条君の隣に立たないよ」

 

「立たせねえよ、後にも先にも……アイツ(親友)だけだ」

 

 ____________ああ、良かった。

 

 そういう事なら、私は答えられる。答えたい想いのまま、口に出せる。

 

 私の大事なものは少しだけ欠けてしまった。欠けたものの代わりは無い。どれだけの鏖殺を幾度と繰り返しても欠けたそれは元通りにならない。

 

 だけどまだ、完全に壊れていないなら。

 

 夏油君の言う通り、私という虚数(夏目鮮花)は此処に居るべきなのだろうか。

 

 

 

「なら______いいよ、手伝ってあげる」

 

 

 夏油傑や、五条悟が“そう”した様に夏目鮮花はこの日、不安定で不定形、自らの術式の様にここにあってここにない、だけども確かにそこにある自分の生き方を定めた。

 

 定めたそれが離解するまでは、そうする事に定めることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 記録______2016年11月東京。

 同級生による執拗な嫌がらせが原因となり、首謀者含む4名の男子生徒が重症を負う。

 

 

 特級被呪者及び特級過呪怨霊______呪いの女王と、後の現代の異能との邂逅が為されようとしていた。

 

 




と言ったが次は2007年〜2016年での話を書くからまだ0巻内容突入しないですけどね。


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星霜-順-

 

 

 呪術師は基本的には1級〜4級までの等級が設けられているが、特級は「単独での国家転覆が可能である事」が条件とされ、呪術師としては枠外の等級である。

 

 五条悟は言わずもがな、夏油傑も呪霊という半永久的な軍隊を指揮する事が可能だ。

 

 総督部に九十九由基の術式は載っていないが、特級が与えられているという事実は変わらない。その実力は疑うまでも無いだろう。

 

 

 では、五条悟より後に、夏油傑に特級が与えられるよりも少し早く特級が与えられた彼等と区分を同じにする、現代の異能。

 

 夏目鮮花はどの様にして「単独での国家転覆が可能である」条件を満たしたのか。

 

 

 虚数術式、呪術全盛の時代から確かに存在していた術式。名を変え形を変えてきた一族のその相伝。

 

 

 特異性の高い術式による、驚くべき程の情報の少なさ。

 

 それは現代の虚数の中の君(夏目鮮花)を除き、虚数術式の使い手は術式に対する「解釈」が不完全であった事が原因か。

 

 

 覚醒を得た虚数術式の使い手を、1000年以上の月日を”生きている”彼______或いは彼女は、しかし一度もこの目で観測した事はなかった。

 

 

「________何とも、厄介だね」

 

 

 額に縫い目のある”女“は、独り言の様にそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2008年、秋。

 

 

 

 その秋の日は、季節外れの寒い日で、珍しく”たった一人“を除いて、高専の教室に彼らが集まっていた日であった。

 

 

「______高専(ここ)卒業したら教師になる?」

 

「俺……じゃなくて僕が一人強くても意味が無い、だったら将来有望な術師を他でもない僕の手で育てればいい。案外悪くない考えでしょ」

 

「いや、いやいや。五条君が教師とか、生徒の気持ちも考えなよ」

 

「それねー、最悪過ぎて笑える」

 

 

 ______落ち着け、落ち着け俺。今ここでこいつらにキレたらそれこそ思う壺だ……!

 

 

 にやにやと笑う家入(ヤニカス)夏目(イカレバカ)に五条は握り拳を作りながらも既のところで堪える事に成功した。

 

 

「五条は他人に教えるの向いてないでしょ」

 

「はぁ〜?くそみてえな反転術式の説明してた硝子がそれ言えねーだろ」

 

「アレで伝わらないお前()がセンスねー、鮮花もそう思うでしょ?」

 

「あはっ、まあでも良いんじゃない?教師、五条君にしては考えた方法だと思うよ」

 

 

 こいつ露骨に話戻しやがった、五条は一言言ってやりたがったが、こっちの方が都合がいいかと思い直して止めた。

 

 家入硝子は感覚派。五条悟と夏目鮮花の数少ない共通認識だった。

 

 

「僕がなるからには夏目にもなってもらうよ」

 

「えー?私はー?」

 

「医者じゃね?反転術式のアウトプット出来んの硝子だけだし」

 

 

 高専(ここ)の教師ね……。

 

 夏目は思考する、五条が教師になるのはいい、というかこの最強がどう思って何をするのかに異議を唱える事は今後も(・・・)無いだろうし、好きにやってもらってどうぞといった感じだ。

 

 手伝うと言った以上は手伝う事はする、けれども自分が他人に何かを教える職に就く事に、思うことはあった。

 

 

 他人に救われる準備のある人も救えない自分に、果たしてそれが続けられるだろうか。

 

 

「私の分の教員免許も用意しといてね」

 

「それぐらい自分で出来るだろ」

 

「ふーん、五条君じゃ出来ないんだ」

 

 

「誰に物言ってんだよ、僕______最強(御三家)だよ?」

 

 

 裏ルートから教師免許取る気満々過ぎるこいつ。

 

 

 夏目と家入は改めて五条悟(白髪バカ)のクズっぷりを実感した。

 

 

 

「ていうか何その一人称、似合わねー」

 

「中身がガキのまんまなんだから意味無いよ五条君」

 

 

「お前らこの後屋上決定。まじでボコボコにする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2009年、一月。

 

 

 

「寂しくなるね」

 

「すいません」

 

 そう言って一つ上の代の“先輩”は言葉のままに、寂しそうに笑った。

 

 胸にちくりとした棘が刺さるのを感じたが、だからといってこの決断を取り下げるには、七海建人()は多くの醜いモノを体験し過ぎてしまった。

 

 高専で学び気づいたことは、呪術師はクソということ。

 

 仮に離反したのが、性格に難はあっても”あっち“と違って多少なりとも尊敬していた先輩(夏油)ではなく。

 

 目の前に立つ、赤い目をした彼女であったなら。

 

 呪術界はより混沌と化していた事は間違いない。

 

 そういう点では、やはり離反してもなお私にとって“あの人“は尊敬していた人だったのだと実感する。

 

 非術師をこの世から無くすという目的があるのは聞いた、それに理解はできないし、共感もしないが。

 

 目的があるというだけ、まだマシだと考えてしまう。

 

 

 ____________これは予想ですが。

 

 

 夏目先輩は己の快・不快のみを生きる指針にする事が出来る人間だ。

 

 一度、その片鱗を見た事がある。

 

 そうしていない理由はただ単純に、そうする理由が無いから、ただこの人は特に理由が無くともそう”成れる“人だろう。

 

 あの任務以降、決定的な何かがこの人から欠如したのは自分にも分かる程だった。

 

 初任務の時に、確かに自分の目で見た夏目鮮花の表情(笑み)を、少なくとも自分はそれ以降見たことはない。

 

 

「困ったら頼りなよ、七海君は私の後輩なんだから」

 

「そうならない様努めますが、確かに五条さんに頼るよりはマシですね」

 

「それはそう、よく分かってるじゃん」

 

 

 別れの言葉は、辞めておいた。

 

 

 

 何となく自分でも分かっていたのかもしれない。

 

 数年後、どんな理由にせよ______一度呪いに触れたこの身は、この世界(・・)に戻ってくるのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2009年、9月。

 

 

 紹介したい子がいると聞いて、ちゃちゃっと任務を終わらせて言われた住所に来てみれば。

 

 

「ね、ソックリでしょ」

 

「ほんとにね、じゃあその子が?」

 

「そっ、伏黒恵くんでーす!」

 

 

 僅かな敵意と、懐疑心に警戒心。まぁ胡散臭い奴からの紹介で、ソレと同じ年の見知らぬ人間が目の前に現れたら、そういう反応になるか。

 

 

 あの天与の暴君に息子がいる事は、五条君から聞いてはいていたが、まさか本当にいるとは。自分の目で見るまでは半信半疑だった。

 

 あれが人を愛すのか、一体何があればそこに収まるというのか。

 

 将来的に筋肉ゴリラになるのかな、いやアレは例外中の例外か。後にも先にも呪力を完全に逸脱した肉体を持つ同じ人間か疑う程の者は。

 

 

「じゃ、よろしくね」

 

「何を?」

 

「夏目は僕よりは暇でしょ?」

 

「五条君が暇な時は私が忙しい事、忘れてるのかな。その年で物忘れは一度医者に診てもらうべきだと思うよ」

 

「は?」

 

「あはっ」

 

 

 五条君は今にも暴れそうな目で睨むけれど、いざ半分本気で呪い合う事は無くなった、せいぜい鬼ごっこが始まるぐらいだ。

 

 五条悟(最強)成長(・・)にまた少し、本当に少しだけ、寂しい感情になる。

 

「……アンタら、漫才なら他所でやれよ」

 

「ふふん?意外と生意気な子?五条君には良いけど私には敬語使おうね」

 

「いやいや、全く逆でしょ。冗談上手いね夏目は」

 

 

 何言ってるのかなこのアホサングラス、常識を何処かに置いてしまったのか。

 

 

「ま、いいよ。十種(とくさ)なんでしょ?恵くんの術式」

 

「せいかーい、良くわかったね」

 

「まぁ……勘?」

 

 

 これから大変だろうな、と他人事のように思った。実際他人事なのだから、間違っては無いんだけど。

 

 禪院家の相伝、その中でも特に優れた十種影法術。御三家の中でも特に有名な術式、知識としては知っているけれど、実際の所どれ程の術式なのだろうか。

 

 この子は五条君に並ぶ程の(呪い)を持つ事が出来るかな?

 

 

「早速やってみよっか恵くん______呪いについて、授業をしよう」

 

 

 頑張ってね、恵くん。

 

 最強(五条悟)に置いていかれない様に、強くなる「手伝い」はしてあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2009年、12月。

 

 

 秋田県某所、如何にも呪霊が発生するだろう廃墟に、帳を下ろして、呪術師としての仕事を始める。

 

 呪いを祓う、何度も繰り返した呪い合い。

 

「不完全、けれどもこの廃墟自体が生得領域、呪霊に心があるというのも何とも滑稽な話だけれど______確かに特級案件(私向けの)だ」

 

 

 私の心の濁りを祓う為だけの行いは、けれどもほんの少しだけではあるけれど、アイツ(老害)らにとって痛い薬になってくれたのだろうか。

 

 あはっ、そんな訳無いか。変化を認めない凝り固まったあの烏合が、私一人の行動だけで変わるというのなら、夏油君はああならなかった。

 

 

「精霊の類の呪霊、呪物を取り込み呪いを急激に肥大化させた呪霊、信仰が呪いに反転した荒御魂の呪霊。人の心から生まれた特級仮想怨霊と呼ばれるソレ」

 

「これで5体目、お前はどの類の呪いなのかな_____呪霊」

 

 

 私の言葉が終わると同時に生得領域が変化する。

 

 積み重なる様な動物の、或いは人体の骨、がしゃがしゃと音を立ててい得が形成されていく、戦場の跡地の様なそれは、餓者髑髏と言うに相応しい。

 

 術式を付与した生得領域を、呪力で具現化する行為、呪術戦の極致。

 

 

「運が無かったね呪霊、もう一年も在ればそこそこ厄介な類の特級に成れただろうに」

 

 

 虚数術式に限る話じゃないけれども、領域展開後の焼き切れた術式は私の明確な弱点だ。

 

 術式頼りの呪力こそ、私が最も得意とする舞台。

 

 虚数を行使する時の私の呪力コントロールは、六眼を持つ五条君に勝るとも劣らないと思っている。

 

 純粋な呪力量は五条君よりも上の筈だ。とはいっても五条君に呪力切れは無くても、私には有る。

 

 私の底が何処から何処までなのかを知っているのは、この現代に一人だけだが。

 

 その反面純粋なフィジカルは天与の暴君という例外や現代最強と成った術師と比べると劣る。

 

 やや癪だけれども私には五条君ほど体術のセンスはない、性別的な観点は術師にとって影響がないのは知っている。

 

 なら単純な肉体の強度が違うのか、その理由について幾つか考察できる事はあるが、それはさておき。

 

 

 虚数術式の明確な強みの一つは、自らの呪力が底を尽きない限り魂すらも“そこにあってそこにない”事象(虚数)へと成る事が出来ること。

 

 私の心臓の反対、肺に位置する所に存在する夏目家の秘宝。その呪力の外骨格により実質的な死を回避する方法を、私は可能にすることが出来た。

 

 五条君ほどの規格外を除けば、私は領域を展開しなくとも強い。

 

 尤も領域の押し合いに自信がないのかと問われれば、鼻で笑ってしまいそうになるほどの愚問だと答えるが。

 

 

「あはっ……試してみる?どっちが強いか」

 

 

 手印________両の指先を揃え、掌中に空間をもたせて合わせる。

 

 私を含めて四人しか知らない事だけれど。

 

 

 私はあの中で誰よりも早くこの極地に至っている(領域展開を可能にした)

 

 

「領域展開______」

 

 

 

 私の深層風景。術式を付与した生得領域が特級呪霊の生得領域を覆い隠し破壊していくのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2010年、春

 

 

 呪術高専東京校を卒業した。

 

 卒業したからといって、呪術師としてやる事は変わらない。けれども青い青春の時代は、遷ろうように過ぎ去る。

 

 高専での私の喜怒哀楽その全ては。

 

 きっと恐らくここで過ごした青春に勝る事は無いのかもしれない、そうであってほしいとすら願う。

 

 五条悟が、日に日に大人になっていく様に、私もまたそれに近付いているのだろうか。あの性格(クズ)のまま成長していく事を大人になっていくと言って良いのか微妙だけど。

 

 一人の時の五条悟が、自らに正直になった夏油傑が自由な様に。

 

 柵の無い私もまた自由。そう在れと他者ではなく自分で決める、そういう生き方をあの日から、これからも続けるのは確かだ。

 

 だから私はまだ“大人”になるのに時間がかかるのかもしれない。

 

 

 とはいえ、一先ず。

 

 

 私は隣で煙草を吸っている私と同じ卒業生に、前々から言おうと思っていた事を切り出した。

 

「ねえ硝子ちゃん、提案があるんだけど」

 

「んー?」

 

「一緒に住まない?」

 

「おっけー」

 

 

 そんな軽いノリ、二つ返事で了承してくれたことに私はそんなに驚かなかった。

 

 夏目鮮花と家入硝子の関係性は、これぐらいの気安さが丁度良いのかもしれない。

 

 少なくとも私は、そう思っている。

 

 

「で、何処住む?タワマン?」

 

「でっかいの丸々買おうよ、お金は私が一括で払うから」

 

「さっすが特級術師〜」

 

 

 ____________結論から言うと、私は直ぐに高専の教師になる事はしなかった。

 

 秘匿された空間な以上、高専の教師が正式な教員免許が必要であるか否かはそれ程定かじゃない。

 

 だから五条君は卒業して直ぐ、教師としての道を歩もうとしているし、私もそれに続いてやっても良かったけれど。

 

 私に人を教える職が出来るのか。未だにその答えを得ていない。

 

 五条君から直接言われた頼み事は手伝うつもりだ。現に恵君には少なくとも月に一回、時間の余裕が有る日に呪力のコントロールや戦闘の教えを叩き込んでいる。

 

 つい先日、三級程度の呪霊なら祓えるだろと小学生の彼を連れていった。結果はまあ、そこまで望ましい結果にはならなかったのが残念だったけれど。

 

 今の私が自分の意思で“そこ”に収まろうとは思わなかった。

 

 そのことを察しているのかいないのか、五条君は言葉以上の行動を私に取らない。

 

 

「五条君は任務でどっか行ったけど、二人で卒業パーティーでもする?」

 

「人の金で焼肉食べたい」

 

「そう言えば夜蛾先生に卒業祝い貰ってないね」

 

「そうじゃん、一番高い店に連れてってもらお」

 

 

 _______隣で笑い合っているこの子には、どれだけ私の心の底の本音が分かっているんだろう。

 

 そこに何となく触れたくなって、硝子ちゃんから貰った最後の一本を灰皿に捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2011年、9月。

 

 

「分かりきった事を聞くが、返答は?」

 

「100%お断り、二度は無いよ。私は五条君より“気が早い”から」

 

 

 御三家の中の一つ、禪院家。その本山。

 

 才能と力を尊ぶ統制された戦闘一族と言っているが、ならず者と何処が変わらないと言うのだろうか。

 

 そんな烏合の術師と、私が番えと?

 

 つくづくふざけている。前以て五条君が私に制止の言葉を言っていなかったら、この会を設けた禪院の呪術師を衝動に任せて殺していた。

 

 尤も殺していないだけで、制裁はしたが。

 

 この場所ははっきり言って不快でしかない。私が嫌う類の呪術師(・・・)しかいない、正直に言えば今直ぐにでも全部壊したいと思うぐらいに。

 

 こんなものは私の世界(呪い)にはいらない。何よりも不快なのが、愛も情も何もかもがない私の実家(夏目家)に似ている所。

 

 本当に、めちゃくちゃに壊して(呪って)やりたい。

 

 

やるか(呪い合うか)?当主として抵抗はさせて貰うぞ、特級呪術師」

 

「当主は”まだ“マシらしいし、良いよ。残す意味も出来た」

 

「ふむ……?甚爾の息子か」

 

「賢い人だね、年の功ってことなのかな」

 

 

 禪院家26代目当主の禪院直毘人、五条君を除けば、最速の呪術師らしいこのおじいさんは成る程、当主たる視野と思考を携えているらしく。

 

 私の逆鱗、行動の指針を短時間の会話である程度察する事が出来ていた。

 

 

「時に特級、双子の姉妹を養子にするつもりは無いか?」

 

「あはっ、何それ。どんな子?教えてよ」

 

「弱い、緩い。しかし向上心はある、禪院で無いなら“そこそこ”の術師になっただろうよ」

 

「へえ。まぁ______高専に来るなら育ててあげるよ、五条君とね」

 

「フッ、五条の坊め、教師になったと言うのは真の事だったとは」

 

 

 全く油断も隙もない狸のような人だ、間違いなく今のはこの家の問題を私に押し付けようとしていた。

 

 このおじいさんと話すのは悪くないけれど、この敷地の空気をこれ以上吸う気にならない。

 

 話は終わり、もしまたこの場所に私が来るとするならそれは、当主が恵君に成り変わった何十年後かの未来か。

 

 自らの分別を弁える事すら出来ない術師が、他でもない私に“柵”を作ろうとした時だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2012年、2月。

 

 

 

 京都某所。

 

 日差しの強い日に、なんて事ない任務、ちょっとした頭痛に昨日少し飲み過ぎたな、なんていう日。

 

 そんな日に突然「あ、これ私死んだかも」って事が起きるのは、呪術師をやっていて、珍しいことじゃない。

 

 たまたまその日が私じゃないだけで、この日が私の番だったってだけ。そんな風に冷静に物事を捉えられるくらいには、広がる痛みと引き換えに私の脳は冷静だった。

 

 一応これでも準1級呪術師としての実力はあるつもりだったのだけれど。ちょっと、なんて話にならないぐらい、私の術式と呪霊の相性が悪かった。

 

 まあだからって簡単に死んでやるつもり無いし、そもそも勝負はここから?死んでも祓ってやる、やってやる。

 

 そうやって自分を鼓舞して体に呪力を巡らせると―刹那。

 

 

 圧倒的な黒い質量が流星の様に呪霊の頭上に飛来して、霧散。

 

 

「助けにきたよー、歌姫先輩」

 

 

 ____________泣いてる?

 

 

「泣いてねえよ!ごじょ……、って、貴女は確か」

 

「初めまして、自己紹介は……要らないか」

 

 

 既視感。

 

 

 それは確か、呪霊が居る古い屋敷のような建物に入って、気付けば2日も経っていたらしいあの時の、五条悟の姿。

 

 姿形も、性別すらも違うというのに何処か人を小馬鹿にする様な笑み―その雰囲気が、過去の記憶の中で出会ったかの様な、そんな既視感。

 

 学生時代、終ぞ出会うことの無かった東京の後輩の、四人目のその人物。

 

 いつかに硝子が「強いていうなら、まぁー……親友?」と少し照れ臭そうな顔をしながらその子について教えてくれた事を思い出す。

 

 ここではない何処かを見ている様な赤い目、身長は低いのに、何故か見下ろされてる様な視線。

 

 特級呪術師、夏目鮮花がそこに立っていた。

 

 

 それと同じ様に、先程確かにこの後輩が生み出した黒い質量に押し潰された筈の呪霊も、立ちあがろうとしているのも。

 

「って、後ろ!」

 

「ん……?へえ、頑丈じゃん」

 

 

 呪霊が再生していく、この呪霊は一部分を祓っても祓っても再生する、反転術式とはまた違う呪霊の特性。

 

 こちらの攻撃が決定打にならない、だから長期戦になっていき、保有していた呪力に底が見えて焦っていた。

 

 私も加勢しようとして、その様子を横目で見ていたその子は手で制した。

 

「そこで見てて、歌姫先輩。結構限界でしょ?」

 

「……っ、まあ、否定はしないわよ」

 

 夏目鮮花が“目には見えないけど、確かに呪力”のそれを呪霊に向ける、抵抗を許さないまま呪霊が細切れになる、再生する。

 

 大地が“今まで見たことのない形“に変形し拘束された呪霊に、いつの間にか持っていた“黒い質量のある剣“を投げ、呪霊の中心部が祓われる、再生する。

 

 

「再生能力、大方自然の概念が呪霊と化した。見たところ一級の上澄み、そんな所?正のエネルギーを直接与えるか、呪力切れが起きるまでほぼ無敵。強いじゃん」

 

「まあけれど、種が判ればもうお終い。私の虚数は等しく祓う」

 

 

 彼女は笑っていた。

 

 心の底から楽しそうに、呪霊を祓っていく。その姿は本来なら頼もしいと感じないといけないのに、私の心にはただただ、純粋な一つの感情。

 

 ______恐怖、その感情が、大きく膨れ上がっていく。

 

 

「虚飾・(そら)

 

 

 静かにそう口にした瞬間、呪霊を中心に空間が歪んでいく。白いキャンバスの中心だけポッカリと穴を開ける様に、空間が“ナニカ”に支配される。

 

 そのナニカが音もなく、色もなく、ただ「最初からそう」であったかのように、数秒にも満たない僅かな時間で、けれどもじっくりと念入りに、確実に。

 

 呪霊が消えていく(祓われる)

 

 やがて全てが終わる頃には、その呪霊は最初から居なかったのだ、と言われても納得してしまう程に痕跡すらも残さずにこの世から消し去った。

 

 

 ___________これが、彼女の力(虚数術式)

 

 

 一体全体、術式をどう解釈をすればこんな芸当が可能なのだろう。私が今見た事は、これは本当にあった事なのか?

 

 五条とは別の意味で圧倒的、不定形で不明確、確実なのは呪術師としての“ナニカ”が遥かに違う。

 

 今漸く実感した。彼女は紛う事なき特級呪術師だ。

 

 

「______あっ……!助けてくれてありがとう、夏目ちゃん」

 

「どういたしまして、歌姫先輩」

 

「うん、ええっと……」

 

「そうだ、お昼食べた?」

 

「え?いや、食べてないけど」

 

 ……ていうか敬語つけろや。なんて言ってもこういうタイプは絶対つけない、長年の感覚がそう告げてる。

 

「じゃあ、歌姫先輩の奢りで」

 

「え、はっ?ちょ、勝手に……!」

 

「ダメなの?」

 

「〜〜〜……ッ!い、良いけど……?!」

 

 

 こ、この女〜〜〜!確かに上目遣いはかわいい、かわいいけど……っ!私の奢りが決定したのを素直に喜んでる顔も良いけど……!良いけど〜〜〜……っ!

 

 

 

 ______庵歌姫()夏目鮮花(彼女)との初邂逅は、こんな感じ。

 

 いつの間にか彼女に対して抱いた恐怖は、後にも先にもあの瞬間だけ。

 

 何で“そう”思ったのかすら、もうよく覚えていない。

 

 正直、あまり思い出したくもない。

 

 自分の後輩に、身の毛もよだつ程の恐怖を感じてしまった、なんて。

 

 先輩として立つ瀬がないでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2012年、ある日の夜。

 

 

「ただいま」

 

「おかえりー」

 

 

 その日は珍しく、ここ一年で一番楽な日だった。

 

 正直私が出る程でもない呪霊を祓って、そのままお菓子の詰め合わせを持って恵君と、そのお姉ちゃんをしている津美紀ちゃんに振舞って。

 

 恵君に授業、今回は調伏をテーマに教えた。何が起きても私がいる以上まぁ何とかなると思って結構無茶をさせたけれど、実際何とかなったからよし。

 

 授業終わりには結構本気の殺意篭ってる目で見てきたけど、頭を撫でて頑張ったねってよしよしすれば宥められる事を最近知った。

 

 それ以外に特筆するような出来事も無く。

 

 私と硝子ちゃんが住んでいる、殆ど私のお金で買い取ったタワマンの2階の一番広い部屋に帰ってきた。

 

 最初は最上階に住んでたけど、私も硝子ちゃんも飽きるの早かったな。

 

 

「そーいえば、医師免許取ってきたよ」

 

「ほんと?おめでとう……え、2年で?」

 

「そ、2年で」

 

 

 なるほど、ズルしたな?硝子ちゃんらしいっちゃらしい。私もそうだけれど、まともに資格とか免許とか取る気無さすぎでしょ。

 

 まあでも、そっか。

 

「今年から?」

 

「正式には来年?あーやだなー、忙しくなるんだろうなあー」

 

「寂しくなっちゃう?」

 

「私が?まっさかー」

 

 

 ソファーに座ってる私に、硝子ちゃんが後ろから抱きついて来た。一緒に住み始めてから、たまにこうしてされるがまま抱きつかれてる。

 

 私と同じ匂いがする。それもそうだ、使ってる入浴剤同じだし。

 

「鮮花はどーすんの、やるの?教師」

 

「ああ、うん。そうだね、そろそろ決めないとね」

 

「嫌なら私から五条に言ってあげようか?あいつ、鮮花には強く言えても、私には強く言えないだろ」

 

「べつにいーよ、嫌って訳じゃないし」

 

 

 そう、嫌ではない。

 

 恵君に何かを教えている時、こういうのも案外悪くないなと思い始めた。私の言葉で、教えで、日に日に成長を感じるのを見届けるのは、悪くない気分だ。

 

 だってそれは、裏を返せば私のやっている事は「間違いじゃない」という事になるから。

 

 ______肯定感、この感情は他人が居て初めて成立することに、恵君への特訓を得て私は気付く事が出来た。

 

 

「そろそろ会いに行くべきかなぁ」

 

「誰に?」

 

「もう一人の方のバカ」

 

「傑?会えんの?」

 

「まぁ、探せば居るでしょ」

 

 

 何年後かにまた、この続きを話そう。

 

 そう私は言葉にした。

 

 その言葉の責任をそろそろ回収しにいかないとならない。

 

 あの時と違って私の答えはもう決まっているのだから。

 

 

「煙草、吸う?」

 

「一本だけね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2013年、9月。

 

 

「あれ……あの時の、お姉さん?」

 

「どうしてここにいるの?」

 

 警戒と疑惑。そんな二人に、あの時の様に目線を合わせて虚数で作った花を咲かせてみれば、あの時と似た様に、その目の警戒心が和らいだ。

 

 

 あはっ……覚えているものなんだね。まだまだ小さいけれど、可愛らしく育ってる。

 

 痛々しかった姿は無くなって、傷ひとつない綺麗な顔。

 

 良かったね……ちゃんと、愛して貰ってる。

 

 夏油君は自分の感情に素直になっただけで、その本質は何も変わっていない、彼女達を見て私はそう確信した。

 

 どんな風に愛して貰って、どんな風に育って、どんな風に成長するのだろうか。気にならないと言えば嘘になる。

 

 

 けれど今は、それよりも。

 

 

「こんにちは、夏油君いる?」

 

 

 あの時の話の続きを始めよう。



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星霜-転-

 

 

 ______2013年、9月。

 

 保有している拠点の一つ、その住処にて偶然か必然か。

 

 その日は夏油傑()が自らの心に正直に成った日と同じ月日だった。

 

「まぁ、かけてよ」

 

「いわれなくても」

 

 座り心地の良い椅子に彼女は座る、まるで我が家の様に振る舞う様は彼女らしくあって、彼女らしくない。

 

 なんとも懐かしい気持ちになるのと同時に、そうした彼女の様子に新鮮さすらも感じる。

 

 あれから……大体5年ぐらいか、幾つの月日が経とうとも未だに昨日の事の様に詳細を思い出せる。

 

 数年ぶりに見る彼女の姿は記憶の中にいた彼女とはほんの少しだけ違っていた。その少しの差が、自分もまた年を取る人間なのだなと実感させる。

 

 ほんの少し変わったとしても、何処か遠くを覗き込む様な赤い瞳は何一つとして変わっていない。

 

 遠くを覗き込む様な目、その視線の先にいる私に、恐らく答えを得て私に会いに来たであろう夏目鮮花(元同級生)は、果たしてどの様な答えを持って来たのだろうか。

 

「知ってる?五条君、高専の教師になったんだよ。笑えない?」

 

「風の噂で聞いたよ……悟が教師か、生徒は苦労するだろうね」

 

「私が生徒だったら絶対転校してるねー」

 

「くく……硝子はどうだい?元気にしてるか?」

 

「私と一緒に住んでるって言ったら驚く?」

 

 

 一瞬、思考が止まった。

 

 ……そうなる事もあるのか。いや本当に驚いた、私から見た硝子はどちらかというと一人を好む性格をしていると思っていたんだが。

 

 夏目と硝子が仲が良い事は知っていたけれど、同棲する程だったとはね。

 

「勘違いしてたらだけど、恋愛的なやつじゃないよ?」

 

「私がそこまで俗物的に物事を考えると思うかい?」

 

「ううん、でも今揶揄おうとしてたの分かったよ」

 

「はは、バレたか」

 

 

 夏目とこうして他愛の無い話をするのは高専にいた頃でも中々無かった事だから、新鮮だ。

 

 星漿体任務のあの日以前の夏目は自分から行動する意欲が著しく欠けていたように思えたし、以降は私も夏目も忙しくなった。

 

 呪術師と呪詛師、交わる筈のない立場だというのに、ここ数年の中で一番気楽な時間なのかもしれない。

 

 存外、自分が思うよりも私は人間的なのだろうか。

 

 級友との会話を楽しんでいる事に気付いた。

 

 

「夏油君はどうなの?上手くやれてる?」

 

「ぼちぼちかな。新しい家族との時間は悪くないよ」

 

「可愛らしいあの姉妹?」

 

「美々子と菜々子の他にも、もう何人かいる。時間があるならこの後紹介しようか?」

 

「んー、いいや。急に挨拶だけしにいっても、なんか変じゃない?」

 

 

 さて。

 

 そろそろ、本題に入ろう。

 

 互いにそう思ったのだろうか、私が姿勢を変えたのと同じ様に、遠くを見ていた夏目の目が、少しだけ近付いたような気がした。

 

「夏油君が非術師を鏖殺したその後すぐ、私は当時の上層部の連中を鏖殺した。気付いてた?」

 

「予想はしていた。だが本当にそうだったのか、そうか……それを、悟は?」

 

黙認した(・・・・)

 

 

 その短い一言に込められた感情(呪い)。その言葉を放つ時のその表情は、過去に見た人形の様に無関心を押し殺したような、あの日の夏目鮮花の姿を彷彿とさせた。

 

 五条悟と夏目鮮花との間にどの様なやり取りがあったのか定かではない。一つ言えるのなら、悟が私には出来なかった事を、夏目には出来たという事実。

 

 捨てた筈の感情が、心の片隅で顔を覗かせた。

 

 その感情を祓うように、言葉を紡ぐ事にする。

 

「それで……特級呪術師、夏目鮮花。君はどんな答えを得たんだ」

 

()君は共犯者だ。彼がそうある以上私は五条君の近くにいる事に決めた」

 

 

「____________そうか」

 

 

 少しだけ、ほっとした。

 

 微塵たりとも後悔はしていない、反省する必要性すらもない、私が成そうとしている事に意味もあれば意義もある、大義ですらある。

 

 この馬鹿げた理想を成就させる事に自分は全力になれる。

 

 だけれどこの道に親友を、友人を、級友を巻き込みたいと思えなかった。

 

 その理由は探す必要もなければ、言葉にする必要もないが。

 

 

「ごめんね、私は夏油君を手伝えない」

 

「良いさ、わかりきっていた事だからね」

 

「だからって呪術師らしく、なんて先の言葉は言わないよ。私の指針は私だけのものだ」

 

「つまり?」

 

「“友人”としては仲よくしようって事、たまに遊びに来て良い?」

 

「……はぁ、君さ。どうかと思うよ本当」

 

 

 都合の良い事を言う夏目に呆れた。呪術師としての責務を果たさず、呪詛師である私と仲良くしよう?

 

 悟が夏目の事をイカレバカと呼称しているのを思い出したよ、いや本当にその言葉通りだなと思う。

 

「嫌ではないんでしょ、実際」

 

「ははっ……今日は、これぐらいにしよう」

 

「また来るよ?」

 

「菓子折りの一つぐらい用意した方がいい、それが世間の常識だよ。夏目」

 

 

 憂を断つなら、今ここで呪い合い、打ち勝つのが正しいのだろうか。

 

 虚数術式、確かに厄介だ。反転術式も使える以上瞬間的な火力で押し切るか、長期戦を展開するか。

 

 フィジカルは弱かった記憶があるがそれは当てにならないだろう、呪力量も悟より多いと本人から聞いた事がある。

 

 特級呪術師の肩書きに偽り無し、けれども勝算が無いわけではない。”あの“最強と戦うよりも遥かに。

 

 何れ衝突するであろう未来の障害。

 

 それを此処で取り除く、その選択肢は……違うな。

 

 それは違う。

 

 

 じゃあまた(・・・・・)、そう言って彼女は私の視界からゆっくりと姿を消した。

 

 その後ろ姿に、何気無く手を伸ばして____________ああ、そうか。

 

 

 あの時の悟は、こんな風な感情だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2014年、秋。

 

 

 六眼と無下限術式の抱き合わせ、覚醒を果たした現代の最強。仮にこの最強に手傷を負わせるとするなら、どうすべきか。

 

 大前提、無下限術式をどうにか突破しないとお話にならない。幾つかの方法で、最もわかりやすいのはやはり呪具か。

 

 といっても私以上にトラウマになったであろう、術式の強制解除の効果を持つあの呪具は五条君が念入りに破壊してしまったが。

 

 このプランは一旦ボツ。なら他には……領域の仕組みを使ったアプローチか。

 

 自らの術式を流し込まない、空っぽの領域を展開させ、その領域に無下限術式を流し込ませる様にして術式を中和すれば、術式頼りの防御は意味を成さないのではないか。

 

 口では言うがその仕組みの例を私は知らない、それにこのアプローチには大きなデメリットがある。

 

 術式が付与されていない領域を展開したまま、自らの生得術式を使う事ができないこと。

 

 それ即ち、虚数術式を封印した状態で五条悟に挑む______論外。無謀にも程がある。

 

 このアプローチも失敗。ならまぁ結局の所、私が六眼と無下限術式を攻略するのなら。

 

 虚数術式による純粋な術式勝負か、僅か一瞬でも必中必殺の領域展開を成功させるかの二択か。

 

 

「どーしたー夏目?さっきからずっと僕のこと下から睨んでるけど、まさか……見惚れた?」

 

「顔が良いのは認めるけどね」

 

「えっ、まじで見惚れたの?」

 

「あはっ。天地が裂かれても絶対に無いし、ナルシスト過ぎて気持ち悪いし、その目隠しクソダサいから辞めた方がいいよ」

 

「おっけー喧嘩売ってたってことね、ごめんごめん。夏目チビだから全然気付かなかったよ」

 

 身長が低い事を気にしているわけでは無いが、私は無言でクソダサ目隠しバカの足先を踏みつけるも、当然の様に無限に阻まれた。うざ。

 

 

「あっれ〜?結構気にしてる?今から牛乳飲んでみる?1センチぐらいは伸びるんじゃね?まっ、僕に追い付くのは無理だろうけどね、ハハッ」

 

「五条君に泣かされたって呪術界の表も裏にも言いふらして回るとして、誰が一番困るだろうね。やってみる?まずは硝子、次に夜蛾先生、その後は恵君」

 

「ハハッ______結構マジに困る事やろうとしてる?」

 

「謝って」

 

「ぜーーーーったい嫌だね!じゃ、僕任務行ってくるから______痛っぉ?!」

 

 

 クソダサ目隠しマネケバカが逃げる前に術式が付与されていない領域を拳に纏わせて思いっきりグーで腹を殴る。

 

 おお……思った通り無下限を突破出来た。腹抱えて結構痛そうにしてる、結構ダメージ入るじゃんこれ。

 

「お……っおまえ、お前さ。ほんとマジで一回ボコボコにしてやろうか……?」

 

「とか言って口だけの癖にー」

 

「今回はマジでやろうか迷ってるよ実際……!はー、なんだ今の拳。術式付与してない領域か?」

 

「正解、デメリットは術式が使えなくなること、不便過ぎるから今みたいな事でしか多分やんない」

 

「くっそ、まじで数年ぶりに無下限突破されたよ。暴力女は今時流行ねーぞ」

 

「はは、懲りてないなこのバカ」

 

 私がファイティングポーズをすると、五条君は面倒くさそうに私から距離を置いた。その減らず口が全ての原因なんだが。

 

 

「……それじゃ、来年から頼むよ。教師の件」

 

「私が見込み有りって思った子にしか教えないけどね」

 

「一先ずそれで良いよ」

 

 

 来年に私は高専の教師になる事に決めた。

 

 まあ恵君の他に、京都にいる歌姫先輩から外部顧問的に呼ばれてたり、夏油君の所に遊びに行くついでに双子姉妹に授業をしたりと、色々してたけれど。

 

 少し長く保留にしていたけれど、自分の意思で高専の教師をすることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ______2015年、3月。

 

 

 それは生物と呼ぶには悍まし過ぎて、異質すぎた。

 

 黒色の人型、精神を揺さぶる様な不定形の物質……この世に存在しない筈なのに、確かにこの世に存在する、ナニカ(虚数)

 

 その不明瞭な人型が数にして三体______

 

 

「玉犬!」

 

 

 白色と黒色の犬の式神を呼び出す、数的有利はコレで五分五分、影から刀の呪具を取り出して、迫り来る脅威に肉薄した。

 

 刀を振るう、黒い人型が真似をする様に腕に位置する部位を刀の様なものに変質させ交差する。

 

 呪力を刀に纏わせて強化する、鍔迫り合いの均衡が優劣になる。

 

 このまま押し切れる!確信と共に刀を押し込むと動作と同じく、黒い人型の口に該当する所から、黒色の塊が生み出される。

 

 危機感。

 

 すぐさまその位置から離れるのと同じく、黒い閃光がその場所を破壊するように飛来した。

 

 玉犬を呼び寄せて一度態勢を整える、片腕の部位は切り落とした、式神が一体の討伐に成功している、人数有利。

 

 そこまで強くはない、けれどあの黒い閃光といい、油断はできないのは事実、戦法を変える必要があるか?だとすれば、どうやって攻略を____________

 

 

「考え過ぎ」

 

 

 体を軽く押されて体勢が崩れた、軽い衝撃なのに体全体にかかる重力に逆らえないまま尻餅をつく。

 

 顔を上げれば、いつものように変わらない目をしたまま、俺を見下ろす女。

 

 ______数ヶ月に何度か現れてはこうして戦闘訓練、呪術についての術を俺に教える、夏目鮮花。

 

 五条悟と同じ特級呪術師がそこにいた。

 

 

「大蛇で薙ぎ倒す、脱兎で時間を稼ぐ、影に保有している呪具を使う。即座に思い付くだけで三通りはある選択を、どうしてそこまで悩むかな」

 

「っ、式神の切り替えを迅速にするにも呪力のコントロールが難しいって言ってるでしょ……」

 

「そもそも、準二級程度に調整した私のアレ(虚数)を一撃で祓うぐらいできない?」

 

 

 そう簡単に出来るわけないだろ……!毎回毎回思うが、この人は加減しているつもりでもこっちは必死だっつーの……!

 

 数年前、変な髪色をした男が現れてから一ヶ月後ぐらいに、この人は俺の前に現れた。

 

 それから数ヶ月に数回、不定期に現れては半ば一方的に、殆ど強制的にこういった事が行われる。

 

 はっきりいってこの人は最低だ。「三級呪霊ぐらい大丈夫でしょ」と言って俺を樹海に平気で放り捨てる。

 

 呪術関連での俺の回答がこの人にとって外れだったら「恵君は自分が賢いと思ってるバカだね、ばーか。特に視野が狭い」とか言って煽ってくるし。

 

 五条悟よりはマシだけど、本当にマシなだけだ。あの人もこの人も互いに「こいつより遥かに自分の方が優しい」とか思ってそうな所もムカつく、大して変わらねーよ。

 

 

「五条君から体術学んでるんじゃないの?なのに無駄な動きが多過ぎるのは、その思考のせいだよ。判断速度をもっと早くしなさい」

 

「言われて出来るならとっくにやってますよ……!」

 

「言われなくてもやるんだよ、死ぬよ(・・・)?」

 

「……っ、すいません」

 

それ()。それがダメ」

 

 咄嗟に出そうとした悪態を、怒りと共に腹に呑み込んで謝れば、この人は銃に見立てた手で俺を指差して、即座にダメ出しする。

 

 ……ああくそ、これ長くなるやつだ。

 

 

「生意気にもキレるか、今みたいに謝ろうか迷ったでしょ。最初に思った方をなんで辞めたのかな」

 

「……アンタ蹴るだろ」

 

「蹴るよ、生意気な恵君が悪いから。でも蹴られるとわかってるなら、それに対して防ぐ行動も出来るよね、似た様なこと三回は言ったよ」

 

「防げるような威力にして下さいよ」

 

「あはっ、それはやだ」

 

 

 なんでだよ。

 

 くそ、言ってることは正論なのが余計タチが悪い。この人が言ってることは理解出来るし、実際それは的を得ているのだろう。

 

 普段の行いが戦闘時にも響く、だから常に速く動ける様にしろって事だろ、わかってんだよ。

 

 

「使役出来る式神が増えて選択肢が増えて、綺麗に戦いたくなった(完璧な戦法を考えた)?子供だね。恵君」

 

「うっせーな……!」

 

「あはっ、忘れてたけど小学校卒業おめでとう。早いものだね、いつの間にか私より背が高くなっちゃってさ」

 

 

 そう言って俺のことを見下ろしながら手を向けて、俺の頭を撫で始めた……この人は最低だし、絶対に何処か致命的な所がズレてる。

 

 ただ気付けば、この人は俺を見る様になってた。その視線に込められた感情(呪い)を俺は学んでないけれど。

 

 ムカつく事に、あんまり不快にならない。

 

「って、いつまで撫でてんだよ!」

 

「ごめんごめん、今日の夕飯は外食にしようか。津美紀ちゃんも連れてね」

 

 立ち上がって体勢を整えると、また新しく姿形を変えた黒色の生物のようなナニカ(虚数)がこの人の呪力から生み出された。

 

 今度は一撃でぶっ壊してやる……!

 

 気合い(呪い)を込めて、その黒い人型に迫りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2015年、10月。

 

 

 私にしては珍しいと思うが、久しぶりに面白いと感じる術式を持つ人間に出会った。何ともまぁ上層部(老人共)が嫌いそうで、五条君(バカ)が好きそうな術式。

 

 私は五条君と違ってバカじゃないけれど、嫌いか好きかと言われれば、後者と答えるだろう。

 

 その術式を持った中学3年か高校生かの男の子は、突然現れた私に警戒するように構えた。

 

「何モンだよ、アンタ」

 

「呪術師。君が今戦って祓った奴―呪霊、それを祓う人間……まあ、何となくわかるでしょ」

 

「……それで?勝手に殺したから何か罰金でもあんのか?それとも逆に金くれたりするのか?」

 

「残念、二つとも違う。君さ、推薦入学って言葉惹かれない?」

 

「推薦?まじで?」

 

「大マジ」

 

「うおおっ……!中卒を馬鹿にしてた奴らを見返せるじゃねーか…!!」

 

 

 良い感じに性格も呪術師に向いている、呪霊と戦っていたのも見ていたから言えるがセンスも良い。

 

 高専入学当初の私じゃ勝てないんじゃないだろうか、体術だけ使った夏油君といい試合が出来そう。

 

 高専の教師になったとは言ったが、いまいち私が教える気にならない子達で退屈していたんだ。

 

 

「君、名前は?」

 

「秤金次、こよなく熱を愛する男だぜ」

 

「秤君、呪い呪われる循環の世界、其処に興味はある?」

 

「熱いじゃねえか……ある!」

 

 この子からしてみれば、急に現れた得体の知れない人間、けれども刹那も迷わず秤君は楽しそうに笑って、私の問いに答えを返した。

 

 この子はあの”最強(五条君)“に並ぶ事ができるかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2016年、5月。

 

 

 

 忘れていた訳じゃない。

 

 夏目鮮花という人間の行動原理、その指針は何者にも縛られない自分自身の感情によって決まっている事に。

 

 同級生、あの青い高専での思い出を同じように過ごしていたからこそ僕の言葉に傾くだけで、最終的な判断は常に自分で決めている。

 

 善も悪もこいつにとっては些細な問題で、偶々呪術師だから呪霊にその力を向けているだけに過ぎない。

 

 きっかけ一つで呪詛師になれるだろうにそれをしないのは僕という最強(障害)共犯者(・・・)なのと、硝子がいるからだ。

 

 それが無かったら僕と夏目はずっと前に殺し(呪い)合っている。

 

「何で呼んだか分かってる?夏目」

 

「一年前に七海君が戻ってきた事を言わなかった謝罪?」

 

「はいはいめんごめんごー、これで良い?」

 

「良くない。困ったら私を頼れって言ってたのになー」

 

「ははっ、ウケる」

 

 

 枷や柵を最も嫌い、その矛先が自分に向かうならば、自分が気に入った生徒に向かうのならば。

 

 文字通り破壊する、そんな人間だ。こいつ(夏目)は。

 

 

「先々日に、保守派の重鎮の爺さんが一人失踪した。まぁボケ入ってたし、どっか散歩して呪霊に殺されても違和感はないよね」

 

「可哀そう、年は取りたくないね」

 

「それな、最近僕も学生の頃より脂身食べれなくなってきたよ」

 

「いいんじゃ無い?体型まで崩れたら誇る所何も無くなるよ」

 

「太らないし仮に太っても僕、最強だから______それよりさぁ」

 

 

 

「殺したな、その爺さん」

 

 

 この場所に()と夏目以外居ない、わざわざ高専の敷地内じゃない完全個室の喫茶店に居る。

 

 夏目が今年入学してきた期待の一年、金次の事を気に入ってるのは見て分かる。金次をこの世界に連れてきたのも夏目だ。

 

 僕も気に入ってるし、面白い術式の解釈だなって思ってる。センスも悪くないし数年したら僕が驚く様な事を起こしてくれても不思議じゃない。

 

 だがそれとこれとは話が別だ。

 

 夏目は今、またあの時と同じ様に自分の快・不快のみで行動しようとしている。

 

 

「秤君、珍しく私に隠し事をしてたからさ。強引に聞いてみれば、階級に合わない任務が立て続けに続いたみたいで、まぁ星くんと京都の一年生と協力して全部祓えたみたいけど」

 

「京都?あぁ、東堂ね」

 

「気になったから調べて、見つけて、その後は……あはっ。見ものだったなぁ……」

 

「……変わらねーな、夏目」

 

「五条君は随分大人しく(つまんなく)なったけどね」

 

「お前みたいに生きるよりはマシだ」

 

 

 吐き捨てる様に言った言葉に、目の前のイカレバカは笑った。それは僕に「そんなもの(・・・・・)いる?」とでも言っているようだ。

 

 少し、自分の言動を思い出した。

 

 僕が傑にあの時言った言葉と似ていたからか、鬱陶しい気持ちになってきた、わざとやってんのかすら疑いたくなる。

 

 

「保守派には僕から圧をかけた、これ以上夏目は何もすんな」

 

「どうしよっかな」

 

「休暇、欲しくない?」

 

「私に?」

 

「硝子に」

 

 

 ……効いたな。

 

 夏目鮮花が単純な言葉で止まるならあの時の様な暴走(鏖殺)を起こす筈がない。

 

 僕と夏目が本気でぶつかり合うことも出来ない、それは呪術界どころか、非術師の世界にすら影響する。高専の時に一度やり合った時以上の規模の被害になる筈だ。

 

 呪い合った舞台が天元様の結界の膝下で僕が虚式を、夏目が領域を展開するよりも早く、めちゃくちゃにキレた夜蛾先生が乱入したから止められた。

 

 同じ止め方は出来ない。

 

 ていうか多分、そうなったら僕は夏目を殺す。殺さないと止まらないから。

 

 それは本意じゃない。僕に並ぶぐらい強くなる事を期待している生徒達に、夏目は必要だ。

 

 僕の六眼のような見ただけで対象の術式について分かるような能力持ってない癖に、こいつは他人の術式の解釈をその持ち主以上に広げられる。

 

 夏目の持つ虚数術式の解釈の難度が関係しているのか、一度見た術式への理解は僕より早い。

 

 何で教えるの上手いんだよこいつ、僕より下手であれよ。うぜえな。

 

 ……とにかく。

 

 

 硝子を除いて、誰よりもこいつの性質を知っているのは僕だ。

 

 あの筋肉ダルマ(伏黒甚爾)ですら完全に捨てる事が出来ないそれを、夏目が捨てられる筈がない。

 

 

「一ヶ月ね」

 

「さーすがに無理!一週間が限界」

 

「あはっ……まぁ、それでいいや」

 

 

 それにな、絶対に言わねえけど。

 

 傑を止められなかった以上、お前だけは絶対に止めるって決めてんだよ。

 

 話は終わった、手元の砂糖ドボドボに入れたコーヒーを飲んで一息付く。

 

 

 ったく……忙しいね、“最強(・・)”は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2016年、11月。

 

 

 

 私達よりも低い背なのに、いざその人が目の前に立つと、どこまでも距離があるような、触れられているぐらい近くにいるような奇妙な感覚になる。

 

 それ以上に、その人から漂う呪力のソレが、本当にこの人は存在するのか、していないのか錯覚するような。

 

 異質なソレが、いつまで経っても慣れない。

 

「夏目さんだ、こんにちは!」

 

「こんにちは、二人とも」

 

 

 ……私と違って菜々子は慣れちゃったみたいだけど。

 

「夏油様は居ないよ、夏目さん」

 

「そう?まぁいいや」

 

 

 私の座っているソファーの隣に夏目さんが腰掛けた、急に隣に座ってきたから、少しだけびっくりした。

 

 夏目さんは不思議な人だ、夏油様に聞いても「同級生だよ、元ね」としか言ってくれないし、呪術師なのは聞いたから、夏油様の敵……なんだよね?

 

 でも全然戦いたいって思えない、敵対したら敵わないとかよりも、夏油様から引き取られたあの日に、この人は一度も私達に酷い言葉も、眼差しも向けなかったから。

 

 今だって、夏目さんの膝に頭を載せると、優しく撫でてくれる。

 

 心地良い。

 

 嬉しい。

 

 好き。

 

 好きだから、思わず口に出していた。

 

 

「夏目さんは、一緒に居てくれないの?」

 

「寂しくなっちゃった?」

 

「うん……」

 

 

 沈黙、夏目さんは優しそうに笑うだけでそれ以上言葉を紡がなかった。何を考えているんだろう、よくわからない。

 

 ただ、下から見る夏目さんの目が、綺麗だなあって。

 

 魅入られる。

 

 遠くを覗く様な、ここじゃない何かを見ている様な、赤い瞳に。

 

 

「______ずるい!私も撫でてー」

 

「いいよ」

 

「えへへ」

 

 

 微睡かけていた思考が菜々子の声で覚醒する。あぶなかった、ちらりと撫でられてご満悦になってる菜々子を見る。

 

 奈々子と視線が合う、不思議そうに私を見ていた。

 

 ……危なかった、もう少しで夏目さんに「ずっとここにいて」って言ってしまいそうになった。

 

 何か根拠があるわけじゃ無い、だけれど、何だかその言葉を言ってしまった時。

 

 この人(夏目さん)が私を見る目が決定的に変わる様な気がした。

 

 それが良いのか悪いのかわからないけれど、私が夏油様に思う感情すらも変わってしまいそうで、そう思ったら段々と怖くなってきた。

 

 

「……そうだ、夏目さん。せっかくだから遊びにいこうよ。奈々子はどう思う?」

 

「さんせーい!」

 

「良いけど夏油君に怒られない?」

 

「近くならすぐ帰って来れるから、大丈夫……かなぁ」

 

「うーん……多分?」

 

 

 恐怖を紛らわすように言葉を出せばすぐにその感情は無くなった。

 

 私達のお姉ちゃん。夏油様の次に、私達に優しくしてくれた人。いつかこの関係が壊れちゃうのかもしれなくても、それまではこの関係を続けたい。

 

 私は……多分菜々子も、そう思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2017年 3月。

 

 

「完全秘匿での死刑?あはっ、しかも本人が?」

 

「そう、あり得ないでしょ。逆に何人呪い殺されるかわかったもんじゃ無い」

 

「じゃあどうするの?五条君は」

 

「分かって言ってるでしょ夏目ー」

 

 

 

 ______預かるよ、呪術高専でね。

 




ランキング載ってるの嬉しい〜。


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百鬼夜行-蒼-

 

 

 

 ______2017年。

 

 この年は高専の頃の記憶を良く思い出す年だった。彼ら二人の再会、現代の異能の羽化、その片鱗。12月の冬。呪術師対呪詛師の、互いの生存戦略を賭けた呪い合い。

 

 私という人間(呪い)が、この世界(呪い)に想う気持ち______は、変わる事なく。

 

 

 ただ一つ、確かなことを言うなら。

 

 

「……良いよ、おいで」

 

 

 気まぐれ。

 

 

 彼が置き忘れたその少女二人(美々子と奈々子)を、私の行動の指針に加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、4月。

 

 

 こいつ(この女)は好きになれない。

 

 出会って直ぐに思った私の夏目鮮花に対しての第一印象は、ソレだった。

 

 

「ゲホッ……っ、くそ……!」

 

「期待外れ、天与呪縛って聞いたから蓋を開けてみれば……こんなものか」

 

「み、下すんじゃ……ねえよ……ッ!」

 

「生意気だね。五条君にはタメ口で良いけど私には敬語を使おっか」

 

 

 高専(此処)に入学して三日、私らの担任、あの目隠しバカ(五条先生)が「真希はグラウンドに、GO!」とだけ言って、いや訳を言えよと思いながらグラウンドに向かえば。

 

 そこにその人物が立っていた、聞いたことがある。有名だ。

 

 五条悟と同じ年に特級呪術師に成った異能、夏目鮮花。

 

 二年前に高専の講師になったにも関わらず、請け負う生徒は自らが気に入った生徒のみ。

 

 気に入られた生徒の殆どは、彼女に教えられる前と後で飛躍的に実力を伸ばす、そんなような噂もある程。

 

 この人に教えを受けて貰えるのかと思った次の瞬間、この人の呪力が“変質”していき______反射的に呪具を構えて。

 

 

 先手はどうぞ。と明らかに舐めたその言葉に一太刀浴びせてやると思ったのも束の間、確かに振るった槍は軽く片手で流されて、気付けば私は鈍い腹痛を受け倒れ込んでいた。

 

 学生の私より背の低い体格からは考えられないほどの速さ、その打撃の重さ。並外れた呪力のコントロール、その質量。

 

 その一挙手一投足を何一つ目で追う事も体で感じ取る事も許されなかった。

 

 

「入学したての学生、弱くて当たり前だね。普通は(・・・)、でも君は?そうじゃダメだよね______天与呪縛(ギフテッド)があるのに」

 

「どう言う意味だよ……」

 

「あはっ、所で君は双子だったりする?」

 

「だったら何だ……っ!」

 

「あぁ、そういうことね______ソレさぁ(・・・・)

 

 

 直感。

 

 この先の言葉を聞いてはならないという、危機感。

 

 咄嗟に。私の口からナニカ(呪い)が言葉になって出ていくよりも先に、いつの間にか私とこの人のすぐ近くに、私をグラウンドに向かえと言った担任の姿が現れた。

 

 

「はいストーーップ!夏目やり過ぎ〜、念の為見に来て良かったよほんと」

 

「加減はしたけど、もう立てる筈だよ」

 

 言われて立ち上がって睨み返したくなったが、あの見下ろす様な赤い目を見る気にならなかった。

 

 次に五条先生の方を睨んでみれば、このバカ目隠しは「?」なんて表情で私を見つめてきやがる。

 

「僕言ったよね、一般人並みの呪力の天与呪縛の子だって」

 

「天与呪縛の子としか聞いてないから期待したんだけど」

 

「あれ?そうだっけ、え〜っと……真希、メンゴ!」

 

 ……クソ殴りてえ。

 

 じゃあ何だ、あれか?私はもしかしたら過大評価された状態だったからあの重たい拳で殴られたってことか?ふざけんなよこの目隠し。

 

 

「真希ちゃんだったっけ」

 

「……そうだよ」

 

 

「“そのまま“強くなりたいなら大変だよ、ついてこれる?」

 

 

 その言葉の真意までは分からなかった。

 

 その時の私はメガネも無いと呪霊も見えない私に、これから先呪術師としてやっていけるかとかの覚悟を聞いているのかと解釈して。

 

 

「当たり前だろ」

 

 

 そう一言、夏目鮮花に宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、6月。

 

 

 

「飲み比べ?ハハッ、良いけど金次ィ______僕、最強だよ?」

 

 

 確か、こんな言葉から始まった。

 

 呪霊ぶっ祓って熱の引かないうちに、五条さんを見かけたから前々からやってみたかった事を言ってみれば、五条さんは快く受け入れた。

 

 サシ飲みも熱いが連れてってって聞かねえ綺羅羅も連れて行きつけの(年確の無い)店に到着、先ずはキンッキンに冷えたビールでご愛嬌。

 

 今日も一日お疲れ様、乾杯!そんな音頭で始まって_______

 

 

 

 十分もしないうちに五条さんは潰れた。

 

 

 

「あー気持ち悪……僕下戸なの忘れてた」

 

「えぇ……?!まじっすか五条さん、言ってくださいよ」

 

「見栄って大事じゃない?綺羅羅もそう思うよね」

 

「そんな青い顔で言われても……」

 

 

 あの最強にこんな弱点があるとは思ってもいなかったぜ、いやまじで今日一驚いた、これ学生で知ってんの俺だけじゃね?

 

 人は見かけに寄らないっていうか、飲めるクチだと思ったんだがなぁ

 

 綺羅羅と目が合う。これどうするよ_____いやいや、私に聞かれても困るよ。

 

 

「メンゴ、吐いてくる」

 

 

 うおおまじかこの人、くっっそ爽やかな声でトイレ向かったよまじかよ。こんな正直に吐いてくる人も中々居ねえよ。

 

 

「珍しいものを見ている……」

 

「私も……金ちゃんこの後どうするー?」

 

「店変えて二人で飲み直すかねぇ……」

 

「良いね、私もついてって良い?」

 

「勿論っすよ夏目さん……夏目さん?!」

 

 

 なんか気づいたら五条さんが座っていた席に夏目さんが座っていた、さっきまで居たみたいに普通につまみ食べてるし。

 

 普通にびっくりした、びっくりした綺羅羅が俺に抱きついてきた……良い匂いすんなこいつ。思わずケツ揉んだ、睨まれた。

 

 てかいつ見てもどういうからくりなんだこれ。一度聞いてみたことがあるけど、虚数でそこに自分が居た事に再定理するとかなんとか言われても正直よくわかって無いんだよな。

 

「夏目先生は何でここに?」

 

「五条君に呼ばれたから?で、今これどういう状況?」

 

「五条さんが酒吐いてくるってトイレ行きました」

 

「あはっ、飲んだのあいつ、飲めないのに?ウケる、滑稽だったでしょ」

 

 うおお、めちゃくちゃバカにして笑うじゃん夏目さん。珍しっ。

 

 ていうかあれだな、何というか、いやまぁ成人してるのは分かってるけど、背が低いからか此処にいるのが場違いに見えるな。

 

 それ言ったら俺も綺羅羅もそうなんだけど、夏目先生はそれよりもなぁ。

 

 そのこと言葉にしたらタコ程殴られるから言わないけど。

 

「夏目先生は飲めるの?」

 

「あはっ、試してみる?負けたら奢りね」

 

「そこは払ってくださいよ、まぁ負けるつもり無いっすけどね……っ!」

 

 

 丁度良く届いた二杯目、ウィスキーと炭酸水で割った上物、熱を感じる匂いが俺を刺激していく。

 

 外食は振る舞ってもらったことはあっても、こうして飲みの場に来てくれるなんて今日の俺はツイてるぜ、〆にパチ打ちに行こう。

 

 普段お世話になってる人だけれど、そう簡単に負けてやらないぜ?いざ勝負。

 

 飲み直しの二杯目、喉を通して刺激が迸り______

 

 

 

 

「寝顔かわい……」

 

 

 パシャリと写メりながら綺羅羅がそう呟いた。

 

 

 ……いやいやいや、あれだけ自信満々で10分もしない内に寝たんだけどこの人、マジ?

 

 五条さんも夏目さんもめちゃ酒弱いじゃん……ってか五条さんいつまでトイレ行ってんだ、帰ってこないんすけど。

 

 

「どうしよ金ちゃん」

 

「……家入さん呼んで如何にかして貰おう」

 

 

 因みに。

 

 家入さんはめちゃくちゃ飲めるクチだった、ていうか俺も綺羅羅も潰された。

 

 あの人やべえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、8月。

 

 

「憂太も強くなってきてさぁ、性格も前向きになった。このまま育ってくれたら面白い事になりそうだよ実際」

 

「あはっ、秤君も一級術師はまず行くね。領域展開を前提とした術式、珍しいけれど乗ってる秤君は京都高を含めた学生の誰よりも強い」

 

「来年は恵も遂に高専デビュー、僕に届くかも知れない子達がどんどん入ってくる、嬉しいねぇ」

 

「よかったね」

 

「話は変わるけどさぁ」

 

 

 いつもと変わらない様子の鮮花と生徒に見せる姿とはやや違う様子の五条が話している。その話をてきとーに聞きながら、動かす手は慎重に動かす。

 

 会話こそ世間話のようなものだが、目線は私の……正確には寝かされている生徒に向けられている。

 

 鮮花は兎も角、五条は内心穏やかじゃないだろ。

 

 全く派手にやられたな……今年の三年生の生徒、準二級呪術師のこの子は任務中、予定外の呪霊と交戦、戦闘自体は勝利したものの、片腕は無惨なものだし内臓も幾つか潰れてるし。

 

 鮮花が見つけてなかったら“間に合わなかった”、医者として人体について勉強してなかったら反転術式を使っても難しかった。

 

 禁煙したとはいえこの瞬間は煙草を咥えたくなるよ本当。

 

 

「______完全に呪霊に食われた右腕以外は治ったよ」

 

「……そっか、硝子でも部位欠損までは無理?」

 

「元の腕があればくっ付けられたけど、完全に無くなった腕を生やすのは私には無理」

 

「硝子ちゃんが無理なら誰でも無理だし、この子はこれまでか」

 

「乱入して来たのは一級相当の呪霊だった、それを倒して生還した______頑張ったよ、誰でも出来る事じゃ無い」

 

「死んでいく呪術師よりよっぽどね、起きたら五条の奢りで焼肉行かせな」

 

 

 本当に、死んでいく呪術師と違ってこの子は生きて帰ってこれた。呪術師としての生涯は此処で終わったかもしれないけれど、いい事なんじゃない?

 

 呪いから離れられる、これ程幸せなことはないだろ。

 

 呪術師に悔いのない死はないんだしさ。

 

 

「で、夏目。僕に隠し事してない?色々」

 

「いっぱいあるよ、最近だと一年生の子達に五条君は下戸だから酒入りのチョコとかプレゼントすると良いよって言った事」

 

「夏目の仕業かよアレ……!」

 

「ははっ、ウケる」

 

「下戸なのが悪いよ最強(・・)さん?」

 

「お子ちゃまみたく寝るよりはマシだと思いまちゅけどー?」

 

 

 売り言葉に買い言葉、全くこの二人、成長した気になってるかもしれないけれど、全然変わって無いな。

 

 ま、変に変わるよりは全然マシか。なんだかんだ私もこのやり取りを聞くのは苦じゃないし、昔みたいに実力行使しない分安全だし。

 

 二ヶ月前は良かった。鮮花の寝顔見れるの珍しーんだよね。酒飲んで寝るとあんまり起きないのもポイント高い。

 

 

「先月、棘と憂太が向かった任務に二重に帳が降りた。その後に準一級レベルの呪いの発生……直接現場も確認した」

 

「んー……?もしかしてそれ、夏油?」

 

「硝子それ当たりー」

 

 当てずっぽうだったけれどまじかー、今になって?何のために?

 

 ……はぁ、今年は忙しくなりそ。

 

「僕が傑の呪力の残穢を間違えるわけない。5人の特級の一人、百を超える一般人を呪殺し呪術高専を追放された最悪の呪詛師……確実に関わってる」

 

「三月の時から予想はしてたんじゃ無いの?夏油君にとって特級過呪怨霊(折本里香)は確実に欲しい手駒だよ」

 

「してたさ、僕が言いたいのはそこじゃ無い。夏目さぁ______」

 

 

「会ってない?傑に」

 

 

「如何だろうね?」

 

 

 ……あー、鮮花のこれ。この感じ、五条が察せるかは知らないけど、私には分かる。

 

 

 会ってるなー、確実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、10月31日。

 

 

 ビルの最上階、その上から見下ろせば何処までも非術師()非術師()______非術師(猿共)

 

 全く嫌になる、全部殺してしまいたい、この猿共が呑気に生きているその裏に、私達がどれほどの血を流していると、今もこうして此処とは違う所で、今まさに呪霊と呪術師が戦っていると?

 

 奴ら(猿共)さえ居なくなれば、一体どれだけの仲間が救われるというのだろう。

 

 

「悪いね、奈々子と美々子の我儘に手伝わせてしまって」

 

「別にいいよ、仮装した二人の写真いる?結構可愛く撮れたんじゃ無いかな」

 

「是非とも欲しいね、額縁に飾っておこう」

 

「あはっ、親バカめ」

 

「くくっ______親心というのはそこまで悪くないね」

 

 

 あの非術師(猿共)も群れに向かう気になれないとはいえ、愛すべき家族の我儘の一つや二つを聞いてあげないのも可哀想だ。

 

 あの二人も未だ未成年、ああいった催し物(ハロウィン)には心惹かれるものがあるのだろう。

 

 葛藤していた私にタイミング良く、級友だった元同級生が何処からともなく現れた。

 

 タイミングの良さに、何処かで見ていたんじゃ無いかとすら思ってしまうね。彼女の術式なら出来ないと言えないのも問題だ。

 

 悟のようにある意味わかりやすい最強らしさが無いというのもいやはや、厄介というか何と言うか。

 

 

「二人は何処に?」

 

「ラルゥだっけ、あの人に任せて先に帰した」

 

「そうか、まぁそうするか……この先の会話に、二人は居ない方が良い」

 

 

 時は来た。

 

 猿の時代に幕を下ろし、呪術師の楽園を築く時が。

 

 先ずは手始めに呪術界の要、呪術高専を落とす……いや、呪術高専を落とすというのは少し違うか。

 

 今のまま本気で殺り合ってもこっちの勝率は三割程度だろう、呪術連まで出てきたら2割にも満たないだろうね。

 

 だかそのなけなしの勝率を9割9分引き上げる手段が一つだけある。乙骨憂太を殺し、特級過呪怨霊折本里香を手に入れさえすれば、“最強()”に手が届く。

 

 

 _________だがそれは、目の前に相対しているこの厄介極まりない元同級生を度外視した場合の計算だ。

 

 

 悟に対して家族の一人が時間稼ぎを出来たとして、では夏目も時間稼ぎが出来るかと言われれば、それは余りにも酷と言うものだ。

 

 

「……夏目、来たる12月24日に我々は百鬼夜行を行う」

 

「それで?」

 

「君は邪魔過ぎる、だからと言って此処で殺し(呪い)合い私が勝つとしても、手持ちの呪霊の殆どが居なくなるだろう」

 

「そもそも負ける気ないんだけど」

 

「だろうね、悟と違って君は非術師(猿共)を守らない、周りの被害がどれだけ広がろうとも私を祓う(殺す)。酷い奴だよ君は」

 

「同じ人殺し(・・・)に言われてもなあ」

 

 

 ______手持ちの特級呪霊に+(プラス)して、妥協も何もかも辞さない覚悟で漸く五割五分程度。

 

 私が夏目鮮花(虚数の君)を殺せる確率はおおよそこの程度、私の知らない夏目の切り札を加味すればこの確率は上下する。

 

 ここで夏目鮮花を殺して、減らした呪霊を数年掛けて取り戻し、態勢を整えた上で、乙骨憂太を殺しに行くか。

 

 いつ乙骨憂太が折本里香を失くすかの時間制限がある以上それは難しい。時間が経てば経つ程、呪術師として成長し、折本里香を扱う力も増すだろう。

 

 この絶好の機会を逃すには、些か条件が整い過ぎている。

 

 

「私が邪魔なら殺す(呪う)しかないよ夏油君」

 

「その後の問題を度外視すれば夏目の言う事は正しいけれどね、此処で勝利して、その後で敗北したら意味が無い」

 

「それはそう、じゃあお互いに不可侵の縛りでもする?」

 

「”ソレ“が君にとって一番の地雷なのは、流石に分かってるつもりだよ」

 

「なら、如何するの?教えてよ夏油君。貴方の選択を」

 

 

 ___________私なりに考えた事がある。

 

 如何やって悟は彼女を止める事ができたのか、何故硝子はあれ程彼女と親しくする事が出来るのか。

 

 彼女が美々子や奈々子に向ける視線の感情は何か、何故敵対すべき私を見過ごし、今に至るまで高専側に情報を教えていないか。

 

 その答え合わせをする機会が巡って来た。

 

 

「1日で良い、邪魔をしないでくれ」

 

「理由は」

 

「折本里香を手に入れれば、私はもう一度()に立てる」

 

「かもね」

 

「たった一人の親友()に挑むんだ。その機会を逃すつもりは無い」

 

「……そう」

 

「級友としてお願いしたい。退いてくれ」

 

 

 短い、けれども長い時間の沈黙が場を支配する。

 

 ビルの屋上に立つ私と夏目の距離はそう遠い所じゃ無い、近くも無いが、互いの位置は”対等“だ。

 

 あの日、互いに向かい合い決別した日が脳裏を過ぎる。

 

 あの日と違って、周りに非術師(猿共)は居ない。

 

 此処にいるのは、呪詛師()呪術師(彼女)だ。

 

 

「__________仕方ないなぁ……」

 

 

 心底、つまらなそうに心の底から出た彼女の本音。

 

 微かに笑った後に、遠くを見ているような目が、その時だけは私と言う個人を捉えながら。

 

 吐き捨てるように呟いたその言葉。

 

 ……あぁ、成程。

 

 悟が如何やって彼女を止めてきているのか漸く理解できた、それと同時に悟も酷な事をしているなとも思った。

 

 何処までも捨て切った彼女に残っている、ほんの僅かに残した自らが人である為の、夏目鮮花が最も嫌っているモノの正体、その無自覚の”柵“。

 

 

「悪いね」

 

「一度だけだよ?」

 

 

 ______賭けには成功した。

 

 

 後は……この大義を以てして、変革を成功させるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ______同年、11月。

 

 

 

「ガッデム!この非常事態に、何という間の悪さ……!」

 

 来たる12月24日、日没と同時に呪いの坩堝東京新宿、呪術の聖地京都に千の呪いを放つ百鬼夜行を行う。

 

 そう宣戦布告して姿を消した傑、その後にすぐさま開かれた作戦会議の後、夜蛾学長は何処かに連絡を入れた後、そう呟いた。

 

 

「総監部に夏目鮮花は海外の重要秘匿任務に当たってる、とか言われました?」

 

「……何か知っているのか?悟」

 

 

 ___________やられたな、クソ。

 

 

 前々から疑惑はあった、あいつがどれだけ残穢を残さない術式を使えると言っても、行動の違和感や不自然さまでは消えない。

 

 傑の非術師殺しを見ていて止めなかった事は高専の時に夏目本人から問いただして聞いている。その時から夏目は傑の行動自体は肯定的に考えている事は分かった。

 

 最初の違和感はすぐに教員にならなかったコト。これだけなら夏目の事だしって思うだけだったけど。

 

 次の違和感は教員になった事。そのタイミングが不自然だった、夏目ならもっと何事も無い時に突然やる気になると思っていたから。

 

 三つ目の違和感は憂太に対する距離感だ、この違和感は特に強かった。

 

 僕や硝子から見れば分かる、何なら七海も気付けるぐらい、不自然に夏目は憂太と距離を測っていた。

 

 僕同様に将来有能な呪術師に対する期待値が高い夏目が憂太に距離を取る?不自然にも程があるでしょ。

 

 これだけ分かれば分かる、十中八九夏目は傑と何度か会っていた。

 

 

「……まさか!夏目は傑の味方をしたと言うのか?」

 

「それこそまさかですよ、()が止めている内は夏目は敵にならない」

 

「では悟、お前はどう思うのだ」

 

「……僕と傑が唯一の親友の様に、夏目と傑も数少ない級友。ただそれだけのことですよ」

 

 

 夜蛾学長の顔が辛そうに歪む。感情自体は理解出来なくも無いからか。

 

 僕と敵対はしない、けれども傑とも戦わない。呪術師と呪詛師という関係であるまじきその境界を夏目鮮花は平気で壊す。

 

 何処までも自分勝手な奴だよ。数週間前に前以て総監部に海外行きを承諾させたのを考えるに直近……大体10月後半辺りに言葉を交わしたな。

 

 予想出来なかった事じゃなかったけど……傑の方が行動が早かった、それに尽きるか。

 

 

「まぁあいつ一人いなくても大丈夫でしょ、ぼく最強だよ?夜蛾先生(・・・・)

 

「……期待しているぞ、悟」

 

 あの頃は追いかける事はできなかった、今はもうそこに迷いはない。傑も同じ気持ちだろう、僕もそれに応えて全力で今度こそ止める(・・・)

 

 

 こいよ傑、数年ぶりに喧嘩してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、12月24日。

 

 

 ……僕は、夏目先生の事をあんまり良く分かっていない。

 

 真希さん曰く「碌でもない奴筆頭」とか、棘君は「シャケ」って言ってたし、でもパンダ君が言うには「本物のパンダみたいに扱ってくる」って言ってたし。

 

 秤先輩にとっては「特にお世話になってる人」らしいし、星先輩も「偏見とか何も無い人」って感じで、人によって接し方を変えている人なのかなって感じの印象だ。

 

 僕に対してもそうだ、真希さんが言った様に碌でもないって感じはしなかったし。

 

 でも皆して「遠い目をしてる」って言ってたのは、僕も同じ意見だなって感じた。

 

 ……あと、多分これは流石に自意識過剰だと思うんだけれど。なんか避けられてる様な?って思ったこともある。

 

 けど11月初めぐらいだったかな、まだ夏目先生が海外に向かう前の日だった。

 

 グラウンドで真希さんと鍛錬していた僕に声をかけて「今日は私と戦ってみようか」って言われた。

 

 初めて相対して凄い汗掻いたなぁ……五条先生とはまた違う異質な呪力、そのプレッシャー。

 

 確実に手加減されてるって分かってても、僕の攻撃が一度もまともに入らないし、五条先生は「夏目の体術は僕よりぜーんぜんダメ」とか言ってたのに体術だけで圧倒されたし。

 

「まぁ持った方じゃない?じゃあ一つ注意点______」

 

 その時に言われた言葉が、ふとこの瞬間、脳裏に過ぎる。

 

感情()は良い。でも思考()は止めずに冷静に、じゃないと多分負けちゃうよ(勝てないよ)

 

 

 ……先生はこの未来が見えていたのかな?なんて、どうでもいっか。

 

 今はただ、僕の友達に酷い事をしたコイツ(夏油傑)を。

 

 めちゃくちゃにしてやるッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______さぁ、ここからだ。

 

 夏油傑は三節棍を構え直して、相対する自らの敵______乙骨憂太と呪いの女王(祈本里香)を見据える。

 

 問答は済んだ、祈本里香の品定めも十分。アレを手に入れられれば、私の掲げる大義に漸く足が付く。

 

 加減はしない、全力で殺す。

 

 ______私を止める者は居ない。

 

 

「フッ______!」

 

 

 両者同じ速度で踏み込み、呪具()呪具(三節棍)が交差する。

 

 技量だけで言えば夏油が、けれども祈本里香の変幻自在、底なしの呪力は技量を上回る程の呪力を放出させる。

 

 受け止めるよりは受け流す、そして攻めは豪胆に______そして時に、繊細に。

 

 交差する攻撃に意識を取られた乙骨の足元から呪霊が呼び出される、気を取られた所に向かう三節棍を、身を捩って紙一重で避ける。

 

 素早い反応速度、成る程流石は両者(・・)の生徒なだけある、だが崩れた態勢を直す暇は与えないぞ……!

 

 再び乙骨の腹目掛けて振り落とそうとして、左からくる脅威に防御姿勢。

 

 全く良い連携をするじゃ無いか______夏油は楽しそうに舌打ちをする、既に乙骨の体勢は整った。

 

 今度はこっちの番だ、好戦的な笑みを浮かびながら再び向かおうとした乙骨は______来たる衝撃を反射的に刀で受け止める事に成功して、吹き飛ばされる。

 

 

「夏目の真似事だけれどね、結構便利なんだよ」

 

 

 自らの術式の奥義、その術の極地。

 

 呪霊操術、極ノ番「うずまき」所持する呪霊を圧縮し、高密度の呪力の塊を放つという、単純ながらも強力な技。

 

 嘗ての高専時代、夏目の黒い閃光を見た時、コンパクトにすれば似た様な事が出来るのでは?と考えてからこの技の使い方を夏油は一新した。

 

 崩れる瓦礫中から乙骨は再び立ち上がる______今のはまともに当たってたら死んでた。

 

 体が反応出来たのは今までの鍛錬の、自らの友達のお陰だ。

 

 

 この人は強い、確実に。

 

 だけど負けたく無い、こいつ(・・・)には。

 

 

「僕が僕を生きてていいって思えるように______お前は殺さなきゃいけないんだ」

 

「自己中心的だね、だが自己肯定か……生きていく上でそれ以上に大事なこともないだろう」

 

 

 夏油は自らの持つ手札を切る。

 

 手のひらを上げ、そこから呪霊を顕現______特級仮想怨霊「化身玉藻前」

 

 そこから今所持している4000体以上の呪いを一つにまとめる______獄ノ番「うずまき」

 

 まだだ(・・・)、絶対に殺し切る。乙骨にとって有効になるであろう一級程度の呪霊を数十体。

 

 嘗て、夏目と共に討伐した特級相当の呪霊、海外にて「概念」の術式を持った像の姿をした特級呪霊。

 

 高専時代、最強(二人)だった頃に祓い飲み込んだ特級呪霊、最高硬度の龍。

 

「君を殺す」

 

 

 そう確信をもって告げる夏油に対し、乙骨は場違いにも呪いの女王に抱き付く。

 

 乙骨は告げる、その言葉(呪い)を。

 

 乙骨は笑いかける、心の底から。

 

 

「一緒に逝こう?」

 

 

 一瞬、思考が止まる。

 

 その一瞬の最中で、祈本里香の保つ呪力の波が荒れる。

 

 今まで対峙したことのない程の呪力の波、その質量。

 

 ______自らを生贄とした呪力の制限解除!

 

 

「そうくるか!女誑しめ!」

 

「失礼だな、純愛だよ」

 

「ならばこちらは大義だ」

 

 

 呪いと呪いが衝突する。

 

 __________ハハッ、すさまじいな……!

 

 

 虚勢を張るかのように、夏油傑は迫り来る呪力砲を嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____________勝率は半々。

 

 乙骨君と夏油君が互いに殺し合った時の勝率はそんな感じだと思った。

 

 折本里香の全容は凄まじいの一言、けれども特級呪詛師と恐れられている夏油君もまた呪術師(強者)

 

 どっちに転んでも納得してた。祈本里香を手に入れた夏油君と現代最強(五条悟)、一体何方が勝つのだろうか。

 

 ……仮にそうなったとしても、結果は。

 

 

「……覗き見すんなよ、夏目」

 

 

 視線は“そこ”に向けたまま、五条君は私に言葉を放った。

 

 虚数に置き換えた私という個体を、術式反転の術を使って実体化させる。空間と空間の転移、その手法。私はこうして長距離の移動を行なっている。

 

 呪力の繊細な操作を要求されるから、戦闘時に使ったのは天与の暴君と戦った時しか無いけれど。

 

 

「おつかれ」

 

「ああ」

 

「硝子にはさせたくない、私が弔う……良い?」

 

「お前が?」

 

()君がやる?それでもいいよ、どっちでもいい」

 

「……いや、任せる」

 

 

 そっか。

 

 寂しそうな五条君の目に、私の感情が少しだけ波打った。

 

 数少ない級友、青い日の思い出の一人、その人物がこうして世界(呪い)から居なくなった事に、私も思うことはある。

 

 今この時だけは私も、昔と同じ表情をしているのだろうか。

 

「じゃあ、連れてくよ」

 

「夏目」

 

「何?」

 

「______いや、いっか。じゃあ任せたよ」

 

 

 なんて言おうとしたのだろう。

 

 この戦いに参加しなかった事に対する恨み言だろうか、夏油君と会っていた事を秘密にしていた事に対する言葉?それとも別の事?

 

 ……気になった。けれどもそれを聞くのは……野暮かな。

 

 振り返る事なく、迷いない足取りでこの場から去っていく五条君を最後まで見送りながら。

 

 

 私は夏油君の遺体を丁寧に背負った。

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、12月26日。

 

 

 

「……良いよ、おいで」

 

 

 そう言って、夏目さんは私達を受け入れてくれた。

 

 夏油様に「私にもしもの事があれば夏目を頼りなさい」と言われて、あの作戦が失敗に終わって逃げ延びた私達はけれど、その日から二日経った時、私達の目の前にその人は現れた。

 

 残穢を残してきた覚えはないのに、と考えて。あぁ帰ってきたこの場所は、良く夏目さんが遊びにきてくれた拠点だったと思い出して。

 

 夏目さんは「夏油様を弔った」と言って、その場所を私達に紹介してくれた。

 

 此処に夏油様が眠ってる______夏油様を殺した五条悟を私達は絶対に許さない。

 

 

 でも、これでも良いって思った。

 

 五条悟は、夏油様のたった一人の親友だから。

 

 

 夏目さんはこの場所を教えにきただけで、私達を如何する訳でもなかった。

 

 ただただそれだけで、夏油様が居なくなった今の私達に夏目さんが会う事ももう無いのかなって、考えて。

 

 私は寂しくなった。

 

 でも、私よりも寂しくなっちゃったみたいで。

 

 美々子は「一緒に居て」って、そう夏目さんに言葉(呪い)を放った。

 

 

「良いの……?」

 

 

 美々子が縋る様に呟く、その呟きに夏目さんは頷いた。

 

 私たちがこの人の保護下に入る______あぁ、いいことなんだろう、でも夏目さんにとっては、ただ弱点を一つ増やした様なものの筈なのに。

 

 

 駆け寄って夏目さんに抱き付いた美々子を見る。

 

 

 ……あぁ。

 

 そっか。

 

 でもいいよ、美々子がそれで良いなら。

 

 

 なら私は______私だけは。

 

「ありがとう、夏目お姉ちゃん(・・・・・)

 

 そう口にして、同じように夏目さんに近づく。

 

 好き。

 

 だけど、私の一番は夏油様。

 

 これは譲らない______それでも、良い?

 

 

 そんな気持ちを乗せた私の言葉に、まるで何か、微笑ましいものを見るかのような、若しくはもっと何か、別のものを見ているような感情で。

 

 夏目お姉ちゃんは私の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 ______2018年、6月。

 

 

 怒涛の2017年が終わりを告げ。

 

 呪い呪われる世界の、その激震。

 

 

「素晴らしい、鏖殺だ」

 

 

 _________呪いの王が脈動する。




感想貰うとやっぱ嬉しいっすね〜。


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墓暴き-解-

 

 

 ______2018年、1月。

 

 自宅に帰ったら産んだ覚えのない娘が出来ていた。

 

 

 ……なんて冗談だけど。

 

 

「まあ好きにしていいよ、部屋も余ってるし、私も鮮花もあまり此処に帰らないし」

 

「良いの?その……私たち、呪術師から見たら、敵でしょ」

 

「鮮花が良いって言うならいーんじゃない?」

 

 

 姉妹二人の私を見る瞳の中に好奇と疑惑が交差する。呪術師って言われればまあ否定はしないけれど、私がやる事は反転術式による呪術師の治癒。

 

 争い事には極力関わってないし、呪詛師がどうこう言われても私に被害がある訳じゃないなら正直如何でも良いってのが本心。

 

 それにこの姉妹、まだまだ未成年でしょ。善悪の区別はこれから付ければ良いんじゃない?まぁ引き取り手がその指標を教えるかは微妙だけど。

 

 

 ______夏油君の置き土産を拾った。

 

 

 そう言われた時は少しびっくりした。夏目はそういうのを拾わないと思ってたから、どういう心境の変化なのか気にならないと言えば嘘になるし、機会があったら聞いてみよっかな。

 

 

「自己紹介まだだっけ、家入硝子、夏油からなんか聞いた?」

 

「ううん、夏油様は聞いた事以外、自分の事はあんまり話さなかったから」

 

「へぇ。じゃあ思い出話でもするか、暇だし」

 

「昔の夏油様……?気になる……っ!」

 

 

 私らしくは無いけれど丁度良いし、そういう気分だったから話でもしようと思ったら、一番に金髪の子の方が食いついた、黒髪の子の方も興味津々らしい。

 

 ふぅん……アイツ(夏油)、慕われてんだ。

 

 そりゃそうか、この二人だろ、夏油が鏖殺したきっかけになったの。詳しく聞いてないし予想でしかないけど、胸糞の悪い事が起きてたんだろうな。

 

 勝手に相談もしないで勝手に死んだ。五条に相談できないなら鮮花も、私も居たろ。

 

 相談された所でウケるって茶化すぐらいしか出来ないけどさ。

 

 

「最初に言っとくけど、多分幻滅するよー?」

 

 

 私から見たアイツらの話、この姉妹二人はどう思うんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、2月。

 

 

 

「良いんじゃない?別に止めないよ、秤君が決めた事ならね」

 

 

 秤君には珍しく真剣そのものと言った表情で「話があります」と言われて聞いてみれば、その内容は高専(ここ)を離れると言った内容だった。

 

 夏油君が起こした百鬼夜行、秤君は京都の方に派遣されて呪霊相手に大立ち回りをしたらしい、まぁそれぐらいはやってくれないとね。私が生徒の中で特に力を入れて教えているのは秤君だし。

 

 その際に保守派と一悶着あったみたいだけれどそんなものは些細な事だ、古臭く黴臭い私の嫌う呪術師の集まりではあるが、一度した脅し(・・)にビビってる連中だ。

 

 五条君の圧力もある、秤君の足を引っ張りたかったんだろうけど無駄だよ、させる訳ないでしょ。

 

 

 ……まあそれがあってもなくても、秤君の中で何かしら思う事はあったのかな。

 

 

「すんません、っすけど……“熱”には逆らえないんで」

 

「私は誰も縛らないよ、君も同様。その上で言うけれど、困ったら呼びなさい、良いね?」

 

「……っ、あざっす!」

 

「連絡もしてよ?五条君より先にね、わかった?」

 

「う、うっす……」

 

 ______言って気づいたけど、七海君がこの呪いが巡る世界に戻る時に、私に話すより先に五条君に連絡を入れたの、未だに根に持ってるのか私。

 

 未だに納得出来てない、七海君に聞いてみても「すいません」の一言しか言わないし、全く困った後輩だ。

 

 五条君よりマシって言ってたのもしかして嘘だったりする?普通に傷付く、失礼過ぎるでしょ私に。

 

 まぁいいや、過ぎた事をいつまでも言うのは違う。

 

 

「______じゃあ、最後の授業(・・・・・)。秤君の持つ全力でどれだけ私に迫れるか、証明して」

 

「了解っす……いや、でも少しぐらい手加減してくれても良いんすよ夏目さん」

 

「するよ?勿論。だから私を本気にさせてね」

 

 

 好戦的な笑みを浮かべながら秤君は独特の掌印を結ぶ、何度か見せてくれた領域展開の合図、知る人は知っている……弁財天の印。

 

 秤君の生得領域が展開されていく。

 

 やっぱり早いな、領域の強度は兎も角、動作から展開までの純粋な速度だけで言えば五条君にも引けを取らないんじゃないか?

 

 

 「領域展開______坐殺博徒」

 

 

 脳に秤君の術式のルールを理解させられる。私はギャンブルを好んでしないけれど、秤君と星君に連れられて行ったパチンコ屋は結構楽しかったな。

 

 さて______魅せてみなよ、秤君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、3月下旬。

 

 

 夏目さん……私の(・・)、私達のお姉ちゃんに受け入れてくれた日から、私の見る世界は少しだけ変わった。

 

 あれ程憎いと思っていた非術師()が、前よりも気にならなくなっていく(どうでもよくなる)感覚。

 

 夏油様と一緒に、私達と行動してきた家族(・・)以外の呪術師に対する感情も、今ではそこまで嫌悪感はない。

 

 これが変わるって事なのかな、菜々子はそんな私にちょっとだけ嫌な顔をするけれど、そんな私を受け入れてくれているのもわかる。

 

 少しだけ、私も罪悪感のようなものを感じる、ずっと私達の気持ちは一緒だって思ってたのに、これからはちょっとずつ、違っていくのかもしれないから。

 

 でも私はそうしたいって思う。

 

 夏油様を殺した五条悟を許す事は一生無いけれど。

 

 私達を受け入れてくれた夏目お姉ちゃんには好かれたいって思うから。

 

 

 だから先ずはそんなお姉ちゃんに好きな食べ物を振る舞ってみようと思った、菜々子も賛成してくれて。お金は……夏目さんが残してくれているものだけれど。

 

 夏目さんと同棲していて、偶にお家に帰ってくる家入さんに夏目さんの好物を聞いてみると、甘いものが好きなのを知った。

 

 なら手作りのケーキとかどうだろう、奈々子と相談しながらケーキ作りの材料を買って。

 

 その帰り道。

 

 

「喜んでくれるかな……?」

 

「それより私達で作れるかな?料理なんてした事ないよ」

 

「そ、そうだけど……でもラルゥは気持ちが大事って言ってたよ?」

 

「まぁそうだけどさぁー」

 

 

 この会話だけ切り取れば、私も奈々子も今時の女の子になれているのかな。

 

 夏油様が居たらなんて言葉をかけてくれるだろう、なんて。そう簡単に割り切れない気持ちが、私の気持ちの中に入ってくる。

 

 ……だめだめ、今は。暗い気持ちになるのは良くないって、私と菜々子で約束したんだから。

 

 

「……あ!」

 

「わっ、何?美々子」

 

「せっかくだからプリクラ撮れば良かったー……」

 

「確かに〜……夏目さんが暇な時に一緒に行ってもらおうよ」

 

「そうだね……!」

 

 

 菜々子の方を見て笑いかける、菜々子も私に、ほんのちょっとだけ陰を落とした表情で笑いかけてくれた。

 

 ……夏油様がいない日常は、やっぱり寂しい。

 

 でも、これからは______そんな風に思いながら歩いている私に。

 

 

 危機感。

 

 気付けば周りに非術師(一般人)が居ない。何かに誘導された様な感覚、意思と反して違う所に足が進んでいた。

 

 私が反応するよりも早く、隣にいた菜々子が携帯を取り出して私を含めてシャッターを切る。

 

 その刹那、狙いを澄ましたような銃弾(脅威)が私達の居た所に跳弾した。

 

 拳銃で頭を狙っていた。確実に殺すつもりで私達を狙ったそいつ(禿頭)が現れた。

 

 

「はぁ?何処行きやがったガキ共(三百万)

 

 

 ______呪詛師!そんな、何で?!

 

 私達を狙う理由______まさか、いやでもそんな、だとしたら来るのは呪術師じゃないの?

 

 秘密裏に殺そうって事?意味わかんない、予想が出来ない、ただ一つ事実なのは確実に私達を狙ってるって事。

 

 最悪っ!けれど私達だって、見た目通りのか弱い女子だと思われたら心外なんですけど……!

 

 

「死ね……」

 

「あァ______?」

 

 

菜々子の術式の効果が切れると同時に人形の首に鞭をかけて首が吊られるような体勢になる。

 

 咄嗟に反応する禿頭、拳銃が向けられる、このままだと撃たれる。そんなことわかってる、でも此処にいるのは私だけじゃない。

 

 カシャ______シャッターを切った音。菜々子の術式が禿頭の動きを止める、隙だらけ。発動条件は整った。

 

 実体化した縄が禿頭の首を絞めて吊り上がっていく。

 

 驚愕の表情をする禿頭と目が合う、殺せる。慈悲なんかしない、私達をこいつは殺そうとした、死ぬ理由はそれで十分。

 

 

「うげッ、グッ______う、オォ……!」

 

「しぶといな……!死ねよ……私達から何も奪うな……ッ!」

 

 

 迸る怒り(呪力)が私を支配する、せっかく、せっかく私達が夏目さんに少しだけでも恩返しが出来るかもって時に。

 

 感情が止まらない、人形を握っている手から血が出始める。

 

 ふざけるなよこの禿頭、早く死ねよ、この世から居なくなれ、消えろッ!

 

 

「______みこ、美々子!もう死んでるよそいつ」

 

「……っ、死んだ?」

 

「それより早く逃げよう、まだ他にも居るかもしれない、呪術師にも見つかっちゃダメ!」

 

「う、うん」

 

 まだ呆然とする私の手を握って焦った様子で菜々子は走り出した、私も釣られて走り出す。

 

 冷静になった思考が、疑問を浮かべた。

 

 あの呪詛師……聞き間違いじゃなかったら私達の事を300万って言ってた。雇われてる、一体誰に?

 

 呪術師の内の誰か?散り散りになった私達(家族)を狙う理由は確かにそうかも、けれど呪詛師と手を組む?態々?

 

 違和感。私達を殺すとしても、そんな回りくどく殺そうとする理由は何?夏目さんがいるから?だとしたら、夏目さんが私達を受け入れてくれたことを知っている人物になる。

 

 家入さん?まさか、ありえない。

 

 五条悟?……いや、きっとそれも違う。

 

 状況がわからない。

 

 何か______何か、よくない事が起きている。

 

 夏目お姉ちゃん……何処にいるの?

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、同月同日、同時刻。

 

 

 

 ______違和感。

 

 ここ最近の私に振られる特級案件、まぁこれは良い。五条君が海外に向かってる以上その寄りが私に向かうのは分かる。

 

 夏油君が死んで、野に放たれたままの幾つかの力のある呪霊を対処出来る呪術師はそう居ない。

 

 面倒だがそれだけ、それだけならまだ「鬱陶しいな」で済ませられた。

 

 けれども今日に限って私に下る任務がどれも海外行き。流石に何かの意図を感じる。

 

 調べてみれば高専の生徒に下る任務の幾つかが明らかに等級が合っていない。

 

 ______違和感。

 

 上層部のやり方にしては強引過ぎる。私に嫌がらせをするにも限り限りの領域をこうまで巧みに調整出来るのか?

 

 思考の違和感は、やがて一つの答えに辿り着く。

 

 その答えに辿り着けば話早い。五条君が日本に居ない今を見計らったこのタイミング。

 

 夏油君の遺体が目的か?だとしたら、残念だったな。

 

 

 この世界に夏油傑の遺体は存在しない。

 

 

 火葬よりも確実に。虚数術式によって夏油君の遺体は虚数の中に眠らせた。

 

 私がそうした。形式上夏油君の墓は作ったけどその墓の中に彼はいない。

 

 この事を知っている人間は私以外に居ない、五条君なら何となく察する事が出来るかもしれないけれど、美々子や奈々子の二人には今後も教えるつもりは無い。

 

 死後、彼の遺体が何者にも暴かれないように、利用されないようにした。

 

 一部の頭の足りない腐り切った上層部の連中が夏油君の遺体を使って研究しないとも限らないし、呪詛師の中に死体を扱う術式を持つ者が居たら利用されるかもしれない。

 

 一時的に死者を蘇らせ従属させる祝詞を使った術式を使う呪詛師が居ないとも限らない。

 

 夏目家の呪術師の中には時折、死という概念を絡めた術式を使う者も過去にいた。

 

 

 夏油君はもう眠るべきだ。

 

 その安眠を脅かそうとする行いを私が見過ごす訳がない。

 

 

 彼の置き土産を預かってる以上、尚更。

 

 

 

「______本当に厄介だな、君は……!」

 

 

「お目当てのものは見つかったか?墓荒らし、お前は殺す(祓う)よ」

 

 

 

 

 

 

 

 ______さぁて、どうしたものかな。

 

 

 夏油傑の遺体があるであろう墓は天元の結界とはまた違った神聖な所にある、呪いが発生し難く、一般人には秘匿されたとある教会。

 

 特定するのに夏油傑が死んでから数ヶ月、ちょっとした苦労はしたけれどそれぐらいだ。

 

 五条悟が夏油傑の遺体を夏目鮮花に任せたのは知っている。

 

 五条悟が私の行動を気取り、邪魔をする確率は限りなく低いだろう。そういう時期を見計らった。

 

 

 ならば私の障害はただ一つだけになる。

 

 

 夏油傑の体を乗っ取る際、七割程度の確率で夏目鮮花と対峙する事になると予想はしていた。

 

 教会を運営しているものを殺せば夏目鮮花はほぼ確実に現れるだろうと踏んだ。

 

 だから細心の注意を払って二重三重にも帳を張って潜入した。

 

 勿論それだけじゃない、何をきっかけに邪魔が来るか不明な以上、立てられる対策は出来るだけ立てる、それに越した事はない。

 

 総監部及び上層部にいる息のかかった老人を使った連日連夜続かせた任務。夏目鮮花が異常と判断する余裕を削る、特級相当の呪霊での足止め。

 

 その上で海外に向かわせる任務。

 

 夏目鮮花が海外行きを拒絶した場合に備え、高専生徒に危険度の高い任務を行かせて更に余裕を剥ぐ。

 

 それに加え、呪詛師を釣って夏油傑の残した置き土産(あの姉妹)にも刺客を放った。質が悪い呪詛師だったので高確率で失敗するだろうが、しないよりはマシ。

 

 出来る事はした、だというのにこの女はこうして目の前に現れた。

 

 驚愕すべきはこの特級呪術師、確かに邪魔をしたというのに呪力の凪が何一つ変わっているように見えない。

 

 一体どう言うからくりだ?五条悟(最強)じゃないんだ、流石におかしいでしょ。

 

 出来うる限りの小細工をしたというのにこれ程の呪力量、厄介にも程度があるだろう。何かあるな(・・・・・)

 

 

 やるべき事はした、その結果がコレとは正直予想外だが、結局最後に私が夏油傑の肉体を取り換えればそれで良い。

 

 夏油傑の肉体で逃げに徹すれば如何とでもなる。そう踏んだからこその強行。

 

 

 だが一体誰が予想出来る?既に夏油傑の遺体はこの世界に無く、虚数という夏目鮮花の術式の中に眠っているなど。

 

 

 一体全体、私の予想のどこまでが内でどこまでが外なのか。

 

 兎にも角にもこうなるなら______いっその事この女を殺して奪えば全てが解決するんじゃないか。

 

 どの道これからの世界にこの障害は厄介過ぎる、これ以上邪魔をさせられたくない。

 

 戦闘用の肉体じゃないんだけどね(虎杖香織の肉体だけれど)

 

 

 存分に呪い合おうじゃないか……!

 

 

「お前の魂を虚数に誘ってやるよ、盗人」

 

「お断りしようかな、墓守______!」

 

 

 お手並み拝見。

 

 先ずは「見」から始めるべく呪霊を呼ぶ______千年前からコツコツと呪術師や呪霊と契約してきた、その名残。

 

 幾つかの切り札を切る事は想定内、これもその一つ。

 

 呪霊操術が無くとも契約してきた呪霊を呼び出し協力を促す事は出来る、尤も効率も悪いし呪力は食う、自由もそれほど利かない等々不便でしか無いが、仕方ない。

 

 等級の出し惜しみはしない、特級相当から行く。

 

 呪霊が私の手印に答え現れる……人々の信仰、その堕ちた神の呪い。

 

 その呪霊に夏目鮮花は手を向けて銃の手の形になる、既視感。

 

 

 何処かで似たような術式を見た事が無いか?確か、あれは______なるほどそういう事か……!

 

 

 即座に自らも回避行動、万が一を考えいつでもこの肉体に刻まれている術式を使えるように気は抜かない。

 

 次の瞬間驚くべき速さで呼び出した特級呪霊が切り刻まれる。

 

 ______予想通り似てる(・・・)、その過程は違うだろうけど、いやはやなんとも……。

 

 しかし流石に特級相当、傷を深く負いながらも炎を展開し、その業火球が夏目鮮花に向かって放たれる。

 

 規模感にして直撃すればタダでは済まないその炎の塊を、ソレは冷めた表情で見つめながら______

 

 

「そら、お返し」

 

「そうくるかい?なるほどウザいね」

 

 

 鏡のように跳ね返えされた、いや違う……!文字通り鏡、その性質を付与したナニカに炎が当たった?

 

 少し分かってきた……なるほど虚数術式、仕組みは昔と変わってないだろ。

 

 過去に使われていたのは、自らの影や鏡を使い、虚数単位に作用したあくまでも現実にあって現実にないものを扱う程度の術式。

 

 言うほど強くない、言うほど便利でもない、言うほど自由でもない。

 

 

 しかし夏目鮮花……この女______!

 

 

 術式の解釈がまるで別次元。実在しない虚数という質量を、世界(呪い)というキャンパスに思うがまま、感じるがままに投影していると言うのか。

 

 何より起こしている現象に対してまるで呪力が減っていない。全くふざけた呪力のコントロール、その正確さ、緻密さ。

 

 五条悟(六眼)と違った天性の才能、想定以上に厄介極まりない。

 

 

 契約している呪霊を呼ぶ余裕はもう無い、つくづく夏油傑の体じゃないのが悔やまれる、全くフェアじゃないねこの戦いは……!

 

 

 向かってくる炎の塊をこの肉体が宿している術式にて堕とす(・・・)、視線の先の夏目鮮花の表情の笑みが増したように思えた。

 

 たった一回で気取られた?いや、どの道手札がバレる事を気にしていたら殺される(祓われる)のは確実に私だ。

 

 長期戦は見込めない、長引いて海外にいる筈の五条悟がこの場に来ないと確信は持てない、そうなれば本当に終わりだ。

 

 短期決戦で終わらせる、どれだけ術式の解釈が深まっていようとも、結局の所行き着く呪術の極地はソレにつきる。

 

 

 術式を付与した生得領域を呪力で具現化する行為、即ち。

 

 

「領域展開______胎蔵遍野(たいぞうへんや)

 

 

 両の手の甲をくっつけるようにして手印を結ぶ、私の領域展開に対して______しかし、夏目鮮花は私を見定める様に遠い目で見つめるだけだった。

 

 思考に空白が開く、如何いう事だ。何故領域勝負を展開しない。

 

 いや、幸運だ。余裕かはたまた別の思考か?______私相手にその行いは些か悪手にも程があるだろうに。

 

 不気味な像で囲まれた亡者の魂の柱がこの世界に顕現する。結界を閉じないままに生得領域を展開する。

 

 キャンバスを用いずに空に絵を描くに等しいまさに神業、1000年の月日を生きてきた私のとっておきの切り札。

 

 

「詰みだね、夏目鮮花」

 

 

 ______勝った。

 

 必中必殺の領域展開、今から私の領域に対抗した所で遅い、それより早く私の術式で夏目鮮花を捉える事が出来る。

 

 一体何故領域勝負に持ち込まなかったのか、まさか使えないなんて事はないだろう。自らの領域に自信がないのか?どちらにせよ、幸運だった。

 

 夏油傑の肉体を手に入れられなかったのはもうこの際諦めるほかないが、この先の未来での障害の排除の他に、夏目鮮花の肉体も手に入れられる。

 

 虚数術式という私をして未知の要素の高い術式に加えて、五条悟を封印する為のピースにもなる。

 

 危険を顧みずに来た甲斐はあったかな。

 

 

 私の領域内で、夏目鮮花に向かって放たれる「重力」

 

 

 必中必殺、避けることの出来ない私の一撃は。

 

 

 

 不可解にもその重力を避ける様に動いた夏目鮮花を追尾する事なく、そこへ堕ちた。

 

 

 ……は?

 

 いやいや、何故だ。何で命中していない。

 

 いや待て、何だ______この違和感は。

 

 

 

「虚数術式……呪術においてありえるが、物質界にないものを創り出す術式、それは私自身(一個体)も例外じゃない」

 

「馬鹿な!如何に自身の肉体を虚数で代替した所で、中身に呪力がある以上必中必殺の術を逃れられるはずが無いでしょ」

 

「あはっ、まぁそれも正解。領域の必中を回避するには地面や壁の様な無機物になるしかない、私が生命である以上、虚数で誤魔化すにも限度がある」

 

 

 夏目鮮花に重力を向け放出する、やはり夏目鮮花に届かない、まるで存在しないかの様に必中の標的にならない。

 

 狙いを定めたとしても虚数の黒い閃光と相対する、領域により術式の性能が上がっているというのに、相殺程度に収まるだって?

 

 先程の術式の開示だけがからくりじゃないだろ。

 

 必中必殺がまるで機能しない、私の知らない領域対策。

 

 厄介なんて言葉じゃ済まされない……っ!これが覚醒を得た虚数術式の使い手か。

 

 

 やられた。

 

 五条悟程じゃないという先入観に騙された。

 

 不味い、不味いねこれ。一体全体訳がわからない。

 

 

 夏目鮮花、この女______さっきから。

 

 

 呪力を何処に置いてきた(呪力が全く感じられない)!?

 

 

「課題だったよ。だから移植した、体の中に。明治以前……江戸よりも更に過去から秘匿され、一族にのみ伝わる夏目家の秘宝を」

 

「特級呪具『心永(こころえ)(うろ)』、存在しない物質、存在しない人体臓器、虚数術式使いの生命から剥ぎ取った忌まわしき異物。私の呪力の貯蓄機(・・・)

 

 

 まさか。

 

 そういうこと……!イカれてるね虚数使い!

 

 なんて初見殺し、領域対策としてこれ以上のない程の最適解!

 

 

「イカレてるね君ィ!死が怖くないのかい?その行いは生命として逸脱し過ぎだ、破綻しているだろう君!何で生きてんのさ!」

 

「虚数は存在しないから虚数なんだよ。私が生きていようが死んでいようが、ここに存在しているのは(虚数)だ」

 

 

 そう言って夏目鮮花は両の指先を揃え、掌中に空間をもたせて合わせる______手印、領域の合図、このタイミングで?

 

 

「閉じない領域、初めて見たよこんな芸当」

 

「どうもありがとう、お礼に死んでくれないかな……!」

 

「相手の領域展開を受ける事、時間にして1分耐える事、この際相手への攻撃を禁ずる事。相手の領域から逃げない事、身に宿す呪具を開示する事」

 

「______縛りか!」

 

「後出しジャンケンだ、耐えてみなよ」

 

 

 私の領域を閉じる様に展開していく、夏目鮮花の心象風景、虚数術式使いの生得領域。

 

 先程までの世界が虚数に変質を遂げていく、地面であったものが極彩色に彩られる、空間に歪みが生じ始める。

 

 世界が混沌としていく。この世のものであってこの世のものではない世界が広がっていく。

 

 そして等々、その虚数は私の生み出した亡者の魂の柱を喰い破るかの様に侵食し始める。

 

 

 恐ろしいまでの術式の解釈、彼女の力の一端、その極地。

 

 

「領域展開______虚心坦懐(きょしんたんかい)

 

 

「ハハッ……化け物め!」

 

「あはっ!お互い様じゃないっ!?」

 

 

 ______ほぼ互角、けれども着々と私の領域が夏目鮮花の生得領域に侵食されていく。

 

 五つの縛りの上で成り立っている上に術式の開示もある、後出しジャンケンとは良く言ったものだ、過去を含めても異質の領域展開。

 

 

 時間制限付き、だがその前に突破すればやりようはある。

 

 

「これなら如何だい?」

 

「んん______っ?何コレっ?」

 

 

 反重力機構(アンチグラビティシステム)、反転させて重力を生み出しているが順転させた本来の使い方をここで初めて使う。

 

 重力という錘から解放された夏目鮮花に急速に接近し拳に呪力を込めて強打、接触の瞬間に重力の質量も乗せた、この一撃は確実に喰らったはず。

 

 肉弾戦するような体じゃないって思ってただろ、実際そうだよ。だからこそこれは予想外だろ?

 

 

 きっかけが見えた、畳み掛ける他ないでしょ……!

 

 吹き飛ばした夏目鮮花に向かう。その接近を邪魔するかの様に捻れた空間から猟犬の様な一眼の生物(虚数)が襲いかかる。

 

 この程度の烏合で______蹴り飛ばした生物が形を変えて触手のように私に迫り来る、重力で堕とす。

 

 背後からくる呪力の巡りを横目で見る。極小の黒い質量、その閃光を重力で相対する。

 

 咄嗟にその場から跳ぶ、地面に当たる所に亡霊の手のような物質が出現していた。

 

 視線の先の赤い瞳と目が合う、もう回復している?反転術式か、流石に出来るか。

 

 

 考察する暇もないまま、夏目鮮花は心底楽しそうな笑みで私に手のひらを向けた。

 

 

「虚飾・宙」

 

 

 白いキャンパスの中心だけポッカリと穴を開ける様に、空間をナニカが支配していく。

 

 捉えられた。この技は不味い、背筋が冷える直感。

 

 即座に離れようと体を離して、ナニカ(虚数)に遮られる、そのナニカを重力で堕とす、ゴタついた______ッ!

 

 体を捻る、間に合わなかった……!四肢がもげた。なんて技。

 

 だるま状になりながらも即座に反転術式で足から治していく、続いて腕を治す、その後隙を狙うように空から降ってくる虚数の質量を、重力で相殺する。

 

 相殺させた感覚が告げる、今の衝突、こちらがやや劣勢になっている。

 

 不味いね本当______領域も剥がれてきた。

 

 

「そろそろ詰み、さようならだね」

 

「さぁ______どうかな?」

 

 

 ビシリ、と言う音が響いた。

 

 領域内では軍配は向こうが上、縛りの効力さえなければこちらが上だっただろうが、足らればの話に終着点はない。

 

 領域内の私の術式効果はもう殆ど機能していない、次の瞬間にも夏目鮮花の領域の必中が私に向かってきてもおかしくない。

 

 だから、賭けた。

 

 領域内で勝てないのなら、領域外に展開した私の閉じない領域の出力を上げて、夏目鮮花の領域を破壊する事に。

 

 

 ガラスが割れるような音が世界に響き始める。

 

 

「は?なんで私の領域が……」

 

 領域内にて私の生得領域が崩壊するのと同じく領域外にて夏目鮮花の領域が崩壊した。

 

 ______思考の隙も与えるものか!

 

 契約した呪霊を呼び出す、私自身も向かう。術式を問わない肉弾戦なら分があるはずだ。

 

 徒手空手、様々な武術を組み合わせた私の暴力に対して、いち早く思考を切り替えた夏目鮮花はだが、やはりワンテンポ私より遅い!

 

 打撃はやはり有効だ、一撃一撃を受け流せきれていない。このまま殺すまで殴る、確実に破壊する、生得術式が治るよりも早く殺す。

 

 まだ早く、もっと早く、そろそろ追い付けなくなっていたんじゃないかい?トップスピードは維持したまま、顕現化させた呪霊の攻撃も参加させる。

 

 私が夏目鮮花の腕を柔術の要領で折り、続けて腹部に打撃を放つのと同時にその場から離れる、呪霊の放った水圧、水風船。強大な波。

 

 ______まだ!姿を確認するよりも早く夏目鮮花に接近する、腕は折った、呪霊の攻撃もまともに受けた。反転術式はできるだろう、だがその隙を与えるよりも早く、攻め続けろ。

 

 

 そうして夏目鮮花に接近し踏み込んだ。明らかに消耗している目、ここに至るまでに初めて見せる無表情、その赤い目。

 

 ______明らかに私を認識している、赤い目と目が合った。

 

 

 衝突。

 

 

「ゴフッ______!?」

 

 

 圧倒的な何かと衝突事故をしたように、私の体はめちゃくちゃに吹き飛ばされる、衝撃が全身に伝わり人形が壊れるかのように体の節々がひしゃげる。

 

 何だ______?一体何が起きた。

 

 反転術式で全身を治し、視線をそこに向ける。

 

 

「あー、危なかった……強いなお前、受肉体か何か?」

 

「そうか。呪力そのものを発散させる様に吹き飛ばしたのか」

 

「正解、かなり呪力減ったよ。けどまぁもう大丈夫」

 

 

 ……時間切れか。

 

 夏目鮮花の焼き切れた術式が復活してきた、私も同様だが呪力の総量がまるで違う。

 

 向こうも底が見え始める程に大分削れたが私もまた同じ、反転術式を多用している分こちらの方が多く呪力を消耗している。

 

 領域展開は出来る、しかし_________

 

 

「今際の際だな、呪詛師」

 

「くくっ……幕切れにはまだまだ早過ぎる」

 

 

 仕方ない。

 

 契約した呪霊、特級相当を数にして五体呼び出す。内から呪力が大きく削られるのを感じる、だけどなり振り構ってられないね。

 

 特級相当五体でも夏目鮮花を殺し切る事は出来ないだろう、けれども私が逃げる時間稼ぎにはなる。

 

 

「逃がさないよ、呪詛師」

 

「逃がしてもらうよ、呪術師」

 

 

 これ以上付き合ってられるか、この理の外にいる虚なるモノを殺すには準備が足りない。

 

 まずこの肉体では千日手、領域の必中必殺が効かない以上このまま続けて私が勝てる勝率は四割が関の山。

 

 それに下ろした帳が領域の押し合いで崩壊している。他の呪術師が異変に気付いてもおかしくない。

 

 姿も露見した、この肉体はもう破棄しないといけない、新しい肉体を手に入れなければ。

 

 全く誘い込まれた、散々だよ今日という1日は。

 

 1,000年の記憶の中でもトップに位置するほどに最悪の日だった。

 

 こうなればもう自棄だ、私は逃げる、最悪今年は諦めて五条悟と夏目鮮花が寿命で死ぬまで引きこもってもいい、

 

 今更数百年待つぐらい如何って事ない。はぁもう本当、天元を使って人類を進化させる絶好の機会なのに。

 

 命懸けの逃走劇だ、兎にも角にもこの場を切り抜けないとね……!

 

 

 

 

 

 

 ______同年、4月1日。

 

 

「それで結局その呪詛師逃したって事?」

 

 呑気に海外から帰ってきた目隠しバカに、先月起きた襲撃事件の全容を共有する事にした。

 

 意外そう、というかバカにした表情をしてきた五条君に久しぶりに本気でイラついているのを感じる。この男ふざけんなよ。

 

 

「逃げ慣れてたし、特級相当の呪霊に削られて余裕も無かった。見つけた頃には肉体は捨てられてた。そういう術式なんだろうね」

 

「……ま、ご苦労様。その呪詛師は僕も探す______傑の肉体を使おうとしたんだ、ただでは済ませない」

 

「よろしく、私は疲れたから一ヶ月ぐらい休暇するよ」

 

「いやいや長すぎ」

 

「やだ、それぐらい削られた」

 

「……マジ?」

 

 

 五条君がサングラスを外して、青い目で見つめてきた。その目でわかるだろ、実際かなり疲れた。

 

 閉じない領域、四肢を即座に治す程の反転術式使い、何よりあの手数。今まで呪い合ってきた中で有数の強者。

 

 殺し切れなかった、やられた。

 

 

「近い内また何かある。絶対にね」

 

 

 私の体の中にある呪具心永(こころえ)(うろ)は、自身の身に流れる呪力を退蔵させる効力を持つ呪具だ。

 

 私の無尽蔵にも近かった呪力はこの呪具を体の中に移植させてから数年、コツコツと呪具の内に貯めていたからこそのからくり。

 

 その貯蓄の七割も削られた。それでも五条君と同じぐらいだけれど、同じぐらいだ。

 

 最低でも一ヶ月呪力を溜め込むのに専念する必要がある。それでも七割ぐらいしか元に戻らなそうだけど……。

 

 全く嫌になる、こんな気分は高専の時のあの日以来だ。

 

 

「まぁいいや、僕最強だし。病人ちゃんは存分に寝ててくだちゃーい」

 

「あはっ、夜蛾先生にゴリラ作ってもらいなよ」

 

「は?なんで」

 

「もう一回死にかけないとその性格、治りよう無いよマジで」

 

 

 ……あ、怒った。ざまあみろ。

 

 

 逃げよ、ばいばいバカ目隠し(五条君)

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げ切ったのはいい、けれども削られ過ぎたね。

 

 いや本当にしてやられたよ、コツコツ契約していた上澄みの呪霊をまた集める必要があるね……。

 

 まぁとりあえず、器には予定通り受肉してもらうとして。

 

 その後はどう動くべきかな……いや本当にどうしたものか。

 

 何度目かもわからないため息がこぼれ落ちそうになる。

 

 

「まぁ、なる様になるか」

 

 

 呪霊操術を絡めないサブプランは幾つかある、夏目鮮花の実力も完全では無いが、ある程度掴めた。

 

 やはりアレは五条悟(最強)程じゃない、確かに強者、1,000年の中でも上澄みの中の上澄み。とはいえ私でも勝算はあった。

 

 かの呪いの王(・・・・)ならば、鏖殺してみせるだろう。

 

 

「この借りは必ず返させてもらうよ、夏目鮮花」

 

 




呪霊操術無くてもこれぐらいは出来そう、そんな風に書いてたらメロンパン強くて死なないんだが(想定より文字数増えた)
次の投稿2週間ぐらい間空くかもです。開かなかったら3日以内に投稿します。


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両面宿儺-受胎-

何とか3日経つ前に間に合ったな(ん……?)


 

 

 

 ______古い夢(高専の頃)、ありし日の青い日常を見ている。

 

 

 

「あー最悪……頭痛ぇし、こんなもん好き好んで飲むとか異常者だろ異常者、イカれバカ共が」

 

「ぎゃはっはっは!五条が下戸とかウケるー!」

 

「ククッ……そう笑ってやるな硝子、五条悟も体質には勝てなかったって事さ」

 

「お前ら後で絶対殴る……」

 

 

 やっべえ吐きそう……硝子はまぁ何となく飲む奴だって分かってたけど傑もかよ、何でだ。

 

 これで吐きに行ったらこいつら一生笑い物にするだろ、ぜってー吐きに行かねえ、それなら死んだ方がマシだっつーの。

 

 あー頭上げるのもしんど……そうやって机に突っ伏してると教室の開く音が聞こえる。

 

 やべっ、夜蛾センか?酒持ってんの見られたらぜって〜怒るだろあの頭でっかち。

 

 

「……皆して何をしているんですか?」

 

「______あ、鮮花〜!聞いてこいつ、下戸なんだよー!ウケるでしょ」

 

「下戸?んん、私達未成年ですけど……」

 

 

 は?あいつ任務だったろ、もう少し手こずってろよバカが、ていうかこの女マジで……!酔ってんのか?いつにも増してバカにしてくれるじゃねえかよ。

 

 鈍い頭でそいつを見てみれば……ああくそこいつ!無表情取り繕ってる癖に今にも嗤いそうじゃねえか!弱え癖にうぜえ、おっけー決めた、明日ボッコボコにしてやろ。

 

 

「夏目も飲むだろう?君の分も買ってある」

 

「はあ、未成年なんですが」

 

「気にすることかい?ソレ」

 

「……夜蛾先生に何か言われても無理矢理飲まされたって事にしますからね」

 

 終始俺を馬鹿にする顔を隠しながらこれ見よがしに自分は飲めますよアピールとか本当どうしてやろうかな、今なら赭出るんじゃねえの?怒りで、ぶっ飛ばして良いよな?校舎ごと。

 

 ……てかこいつ、キャラと違って案外乗り気じゃねえかよ。

 

 はっ、やっぱり何時ものは自分の感情抑制しているだけだな、縛りか何かでもないならマジにバカでしょこいつ。

 

 ソレ何の意味があんの?だから弱いんだよ。つか普通に気に入らねぇ〜。

 

 

「初めての飲酒はどう?鮮花ー」

 

「……思ったより飲めますね」

 

「下戸は悟だけか、ククッ」

 

「あー死ね、てか殺す」

 

「やってみるかい?今の悟なら勝てる自信しかないけどね」

 

「んー……やるなら、グラウンドにして下さいね……」

 

 

 ……あん?

 

 何だこいつ、酒飲み始めた途端雰囲気変わりやがって、飲めはするけど酔いは早いってか?ハハッウケる、こいつ酒弱えじゃん。

 

 俺は酒に弱い訳じゃねえし、今日は飲めないだけで明日には飲める様になってんだろ、そういうもんでしょ。

 

「ふぁ、眠……ふふっ。入学して良かった……」

 

「あ?んだよ、急に」

 

「ずっーと死ぬまで……死んでも一人だと思ってたから」

 

「おやおやこれまた、夏目?」

 

「んぅ……?」

 

「あっ、鮮花ってもしかしてそういうタイプー?」

 

 

 赤い瞳の瞼が閉じかけてる、は?いやいやっ、こいつもしかして寝るつもりか?ソレって下戸よりよっぽど酷くねえ?!

 

 バカにしてゲラゲラ笑おうとして____________夏目が俺を見つめていた、閉じかけた瞳のまま、硝子でもなく傑でもなく、俺を。

 

 

「綺麗な目、そこから見る世界はたのしい?」

 

 

 

 ______古い夢(高専の頃)、ありし日の青い日常を見ていた。

 

 

 俺達がまだ一年だった頃。まだあいつが無表情だった頃、俺と傑が二人で最強だった頃、硝子がまだ煙草吸ってた頃。

 

 出会ってその日、初めて聞いた酔ったあいつの心の底から出た本音。

 

 夏目が()に何を見て、どう思ったのかは知らない。聞こうとも思わないし、気にした事もそんなにない。

 

 ただあの頃の夏目は、確実に世界(呪い)を嫌っていた様に思える。

 

 

 今は知らない、ソレを知るのは僕じゃない。僕は夏目鮮花の隣に立たないし、僕の隣の席は唯一無二、誰にもその席を譲らせるつもりはない。

 

 じゃあ誰があいつの隣に立つんだって?

 

 はっ、それこそ論外。

 

 

 夏目は誰にも隣に立たせるつもりはないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2018年、4月下旬。

 

 

「いやー入学おめでとう恵!生徒は今の所恵しかいないから、僕の事独り占めだよ?恵まれてるねぇ」

 

 

 最悪の間違いだろ。

 

 口には出さないまでも表情には出ていたのか五条先生の表情が固まった、それにしても……ここが呪術高専、呪いの学び場か。

 

 入学前に何度か五条先生に連れて行かれた事はあった、そこで今の二年生とは顔を合わせている。時期が合わなかったからか、今は高専に居ない三年生とは会う事はなかったが。

 

 高専入学時点での俺の呪術師としての等級は二級。これは高専入学時点では珍しい事で、五条先生曰く頑張ったとの事だけれど、その後すぐに「まぁ憂太は入学時点で特級だったけどねー」とか一々煽ってきた。

 

 乙骨先輩が凄いのは分かってる、別にそれは良い。だけど態々引き合いに出すあたりこの教師の性格が伺える。

 

 しかしなんつーか。

 

「本当に呪術師って人手不足なんですね」

 

「そうだよ?けど一年が一人っていうのは珍しい方かな。まあ地方の方からもう一人来る予定にはなってるんだけどね、ちょーっと時期が合わないみたい」

 

「……で、俺は何をすれば良いですか。五条先生」

 

「基本的には今までと変わらないかな。僕が空いてる時は稽古つけるし、夏目が空いてる時は夏目。それ以外は先輩達に適当に揉んでもらいな、呪具の扱いだけ見ればまだ真希の方が巧いよ」

 

「任務の方は」

 

「そっちは主に僕が請け負った生徒向けの任務をこなして貰う形」

 

 

 前以て聞いていた事と変わらない、まぁそれはそうか。

 

 

「恵は実力だけで言ったら既に準一級は固い、使える式神も含めれば一級って言っても良いかも。だから結構厳しめの任務も幾つかこなしてもらうよ」

 

 

 ……絶対碌な事考えてないなこの人、五条先生もあの人(夏目さん)もこういう時だけは分かりやすいな。

 

 まぁ良い、どれだけ厳しいとしても俺が祓えるギリギリの呪霊以上は余程の予定外がない限りは向かわせ無いはずだ。

 

 仮に予定外が起きたとしても、問題ない。

 

 

「それでさ恵、僕や夏目が等級を引き上げない理由はわかる?」

 

「……確実に呪霊を祓う実力が無いからですか」

 

「ぜーんぜん違う、恵の意識の問題だよ」

 

「俺のですか」

 

「夏目から言われた事ない?ソレ(・・)は切り札とは言えないって」

 

 

 そう言われてすぐにピンと来た。数ヶ月前の記憶が思い出される。

 

 過去含めた歴代十種影法術師において、誰一人として調伏できなかった唯一の式神。

 

 俺が調伏出来ていない唯一(・・)の式神、その奥の手。

 

 夏目さん監修の元で初めてその式神を呼んだ時、その存在感と圧倒的な力に俺はのされた(・・・・)。他の式神と明らかに一線を画すその式神、何故歴代誰一人として調伏出来なかったのか真に理解した。

 

 それと同じ以上に夏目さんの本気の実力のその一旦を知った、こっちの方も意味分からなかった。今まで分かった気になっていたそれが、天地からひっくり返る感覚。

 

 次元(レベル)が違う、その一言。

 

 

「______戦いの最中に強くなった少し未来の自分」

 

「お、分かってるじゃん」

 

「言葉では分かります、だからって簡単に想像出来るものじゃない」

 

「おーけーおーけー、それが分かってればあとは実戦で身に付くものだよ」

 

 

 うんうんと頷いて軽い様子で五条先生はそう言った。

 

 夏目さんも似た様な事を言っていたが、そう上手く行くものか?どうにも実感しづらい。決死の最中と言うべき戦いは調伏の儀でも何度かあった、調伏に失敗しかける事もあった。

 

 夏目さん曰く「それとは違う」らしい、こればかりは自分が教えるものじゃないとも。

 

 俺は教えられたことは大方出来た、そこにきてこれから先は自分で決めるものと言われる。

 

 多分ここが、そっち側(・・・・)に立つか否かの問題なのだろうか。

 

 ……少なくとも、今の自分がそうなるには自力が足りな過ぎる自覚はあるつもりだ。

 

「癪だけどやっぱ夏目は教え方が上手いよね、本当に癪だけど」

 

「……前から思ってたんですけど、五条先生と夏目さんって嫌い合ってるんですか?」

 

「んー?ククッ______どーだろうね?」

 

 

 試す様にくつくつと笑う……やっぱうざいなこの人。

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、5月。

 

 

 

 ここ一ヶ月ぐらい、一緒にいる時間が多かったからか、私と……私達と夏目さんの距離は以前よりも縮まったと思う。

 

 私の中の一番は夏油様なのは変わらないけれど……お姉ちゃんって抵抗なく呼ぶのは出来る様になった。

 

 以前よりも素直に甘えられる様になったと思う、甘え過ぎなのも良くないけれど。

 

 二ヶ月前、呪詛師に襲われてから、また襲われる事があるかもしれないと私達は考えて、夏目さんに特訓をしてもらう事をお願いした。

 

 夏目さんは「良いよ?しなくても」って言ってくれたけど、それは私も美々子も嫌だった、私達が夏目さんの柵になるのは嫌だ、弱みになりたくなんかない。

 

 共に戦うなんて烏滸がましいことは言えないけれど、自衛出来るだけの実力は欲しい。前回はたまたま何とかなったけれど、この先が何とかなるかの保証は無いから。

 

 稽古してもらってまだ一ヶ月だけど、夏目さんの教え方が上手いからか、以前よりも強くなった自分が今ここに居るってわかる。

 

 大幅に強くなった訳じゃ無い、けれど、ほんの少しは、誇れる自分に近づけたはず。

 

「______ただいま。夏目さん」

 

「おかえり菜々子。どうかな学校、これからも通えそう?」

 

「……難しい、かも。やっぱり私は非術師()が嫌い」

 

「そっか、美々子は?」

 

「______ただいまーっ、夏目お姉さん」

 

 

 私より少し遅れて後ろから美々子が返事をして、流れる様に夏目さんの側に近づいた。

 

 美々子は私以上に夏目さんと距離を縮めたと思う、いつの間にか心の中だけじゃなくて、言動の中にもお姉ちゃんって言う様になった。

 

 それだけじゃない。私が毛が立って仕方がない程のそいつら(猿共)に、美々子は平然と言葉を交わせる様になった。

 

 ううん、そうじゃないよね。本当に意味でどうでも良いんだ、非術師(猿共)のことが。だから話せる、だから関われる。

 

 そうやってどんどん、私を置いていくように美々子が変わっていく。自分から誰にも憚られる事なく、自由に。

 

 私はそれでも良いって思ってる、変わりたく無い私と、変わっていく美々子()。どっちも私達。

 

 何が起きても私と美々子の関係は変わらないから、それだけは絶対の不変だから。

 

 その筈なのに、それでもどうしても。

 

 溢れてくる感情(呪い)の、これは何て言葉にすれば良いんだろう。

 

 

「菜々子、どうかした?」

 

「んーん、なんでもないよ美々子______さっ、支度しよう美々子っ!今日こそ夏目さんが驚く様な料理作るんでしょ」

 

「そうだった……!待っててね夏目お姉さん、美味しいお料理作ってくるから!」

 

「ありがとー、期待してるね」

 

 内に隠した言葉を飲み込んで、改めて表情を作って美々子に問いかけると、美々子は私でも可愛いって思う表情で調理場に向かっていく。

 

 本当、かわいいな。だから守ってあげないと……姉妹、だもんね。

 

 私も美々子に続いて調理場に向かおうとして______気付いたら夏目さんが近くにいた。

 

「頭、撫でて良い?」

 

「……うん」

 

 

 優しく撫でてくれる、身を任せてしまいたくなる心地良さ。

 

 夏油様がいた頃は上から撫でてくれた手、今は伸ばすようにして下から撫でてくれる手。

 

 ……私が心の底に隠している名前のわからないこの感情も、夏目お姉ちゃんにはお見通しなのかな。

 

 

 夏油様なら示してくれたそれを、夏目お姉ちゃんは示さない。その行動は他でもない自分が決めなさいと言っているように、自由に。

 

 放任……とは違う、ただ何か私達を見透して別のものを見ているような、そんな感覚。

 

 

 ……あぁ、ちょっとだけ自分の感情がわかる様な気がした。

 

 覗き込むような赤い目に見つめられながら、私はそう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、同月下旬。

 

 

 

 高専で学び気づいたことは、呪術師はクソということ。一般企業で働き気づいたことは”労働はクソ”ということ。

 

 同じクソならより適正のある方を……出戻った理由なんてそんなもの。それを最初に五条さんに言った時、クツクツと笑った後に「七海らしいね」と言っていたのを思い出す。

 

 ……もう一人の先輩もまた、同じ様な事を言っていた。

 

 

「はぁ……それで、私に?」

 

「うん、どうかな。勿論給料は出すよ?時間外労働は別途でね」

 

「……それ以前の問題が多すぎると思いますが」

 

 

 そんなもう一人の先輩、特級呪術師夏目鮮花先輩は私に頭痛の種を持って来た。

 

 要約するとこうだ。

 

 記憶に新しい半年前、夏油傑率いる一派による百鬼夜行後、夏目先輩はその一派の二名の少女を保護。

 

 数ヶ月前、その少女達を狙った呪詛師による襲撃、夏目先輩の予想によれば、同日に夏油傑の遺体を狙った呪詛師の仕業との事。

 

 その時は何とかなったものの、もう一度襲ってくる可能性は極めて高く、夏目先輩の手の届かない状況になった場合、少女二人には自衛出来る程度の力を持って欲しい。

 

 しかし夏目先輩も暇では無い、自分の手が空いていない間に呪術師としての力を教えられる適任者が、私らしい。

 

 

「言いたいことは何個か有りますが……まず一つ。夏目先輩と呪い合ったと言う呪詛師、生きているのですか?」

 

確実に(・・・)、姿を変えてね。正直に言うとそこで殺し切れなかった事を後悔してるよ。もう一度呪い合って私が勝てる保証が無い」

 

「……そんな呪詛師が存在するのですか」

 

 

 有りえない、と言うのは簡単だが本当の事なのだろう。

 

 夏目先輩は特級呪術師になって以降一度も標的を逃した事はない、それが呪霊であっても呪詛師であってもだ。

 

 その夏目先輩が「呪い合って勝てる保証がない」とまで言うほどの呪詛師。一体何者だというのかは知りえないですが……いえ、今はよしましょう。

 

 

「では次に、何故私に?そもそもその話を呪術師である自分に話す事すらまずいと思いますが」

 

「うん?何故って……後輩だから?私にとっても、夏油君(・・・)にとってもね」

 

 

 後輩である前に呪術師ですよ、私は。

 

 しかし、まぁ……夏目先輩にとってはそんな事は些細な事なのでしょう。この人はいつもこうだ。星漿体の一件以降その性格も、その外見も全くと言って良いほどに高専時代から変わらない。

 

 いえ、厳密には変わらない様努めていると言った方が正しいですか。その理由までは考えるべき事では無いですが。

 

 

「先輩からのお願い、聞いてくれる?」

 

「嫌です。嫌ですが、そう言って引き下がる先輩ではないでしょう」

 

「もちろん。引き受けたらこっち(呪術師)に戻ってきた事、私より先に五条君に言った事許してあげる」

 

「まだ根に持ってたんですか夏目先輩……あれは夏目先輩の連絡先を登録してなかったので、仕方なくですね」

 

「言い訳は聞きたくなーい」

 

 

 ぷいっと顔を背けて聞かないふりをした。子供ですか、全く。

 

 ……数年ぶりにこちら(呪術師)に戻ってきて、私は少し誤解していたのかもしれません。

 

 五条さん一人でどうにでもなると思っていた呪術師の世界は、言う程どうにでもならないように。

 

 夏目先輩は己の快・不快のみを生きる指針にする事が出来る人間だという結論こそは変わらないものの、思うよりも彼女は人間だと言う事。

 

 

「……時間外労働は受け付けませんよ」

 

「あはっ……ありがとうね。七海君」

 

 

 そう言葉にして夏目先輩は笑った。暫くぶりに見る彼女のその姿は、何処か高専時代の時の様だった。

 

 ふぅ……全く面倒極まりないですが、仕方ありません。

 

 先輩の頼みを聞くのも後輩の勤めでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、六月。

 

 

 特級相当の任務と聞いてみれば肩透かし、準一級程度の呪霊。簡易的な領域を使う程度の実力はあったがアレぐらいなら一級呪術師なら危うげなく祓う事が可能だなと言ったような、その程度の呪霊。

 

 その呪霊を祓い、後は私がしっかり任務をやったか報告する為に来ている補助監督に報告して今日の任務は終了。

 

 帳を下ろして補助監督の待っている所に向かう、しかしまぁ……いつも思うけれど、私に補助監督が必要かな。顔見知りならこっそり帰しているんだけれど、今日はそうじゃなかったからなぁ。

 

 だからそう、こういうことが起こっても私は責任は取れないし、彼にとって運が無かったとしか言いようがない。

 

 

「……呪霊だな」

 

 

 悪趣味なオブジェだ、何が悪趣味かって、これはまだ生きている(・・・・・)。人であっただろう名残だけは残して、人で無くなっている。

 

 手を前に出して、そのオブジェに虚数術式を使う。地面から溢れ出てきた泥の様な、骸のような手がその生物(人間)に纏わりついて拘束していく。

 

 呻くような音、醜いソレが私の方に目を向ける。

 

 ……あはっ、動揺を誘っているのなら些か私を侮り過ぎている。私が他人に対して何かを思う呪術師の様に見えるか?

 

「さようなら」

 

 一言呟いた後、ソレは地面に飲み込まれる様に虚数の中に消えていった。

 

 呪霊の術式だろうな、これだけじゃ考察の仕様がない……兎にも角にも面倒くさいことになったな。

 

 補助監督は運が無かった、その代わり彼をああした(・・・・)呪霊は見つけ出す。

 

 さて。

 

 

「見ているな?呪霊」

 

 

 虚数の質量(黒い閃光)を創り出す、呪霊にとって不幸だったのは、ここが人里離れた森林である事。

 

 多少の無理をしても後始末はそこまで苦労しない。

 

 視線は感じない、存在も気薄。けれども私が見逃すには、些か少し残穢を残し過ぎていないかな。

 

 出力を上げて___________北北西に向けて放った。

 

 黒い閃光が周囲を巻き込んで狙った方向に向かっていく、現実にあって現実にないこの質量の放射の良い所の一つは、その質量自体に色は有っても音が無い事だ。

 

 環境を破壊する音以外、この世界(呪い)には存在しない。

 

 

「あの辺りか」

 

 

 何かしらにぶつかった方向に、自身を含めた空間そのものを虚数化する。一度私は現実から居なくなる、現実にいない私は、逆を言えば何処に居たとしても不思議ではない。

 

 存在の置き換え______私はそこに居ない、だがそこにいる。何故ならそれが虚数()だから。

 

 

「こんにちは呪霊、祓いに来たよ」

 

「______ハハッ!聞いてた話よりめちゃくちゃじゃんか!」

 

 

 呪霊______人型、継接ぎの男性、呪力量は一級程度か?だがこの違和感は何だ?異質だ。

 

 最近はこういう輩と呪い合うのが多くない?めんどくさいなぁ……。

 

 

 私の姿を見て一目散に逃げ出そうとする呪霊に、虚数で創り出した生物を向かわせて、自らも追いかける。

 

 黒い単眼の獣は継接ぎ呪霊よりも速く、だが継接ぎ呪霊が口から吐き出す様に取り出した何かを展開すれば、それが形となって私の虚数と対峙した。

 

 ______異質。なんだ?限りなく生物だが、その在り方が呪霊、虚数でこの世に無い生物を創り出せるからこそわかる。

 

 あのからくりは十中八九術式、それは間違いない。

 

 

「逃すと思ってる?」

 

「いいや全然!でも残念、俺一人だと思ってた?」

 

 

 危機感。

 

 真横からくる炎の放射線が私を焼き払おうと向かうソレに、虚数の質量を間に生み出して相殺させる。

 

 相殺させた間を狙ったのか、私のいる大地がうねり始める、ソレを空間ごと虚数に変換させて、地面を再定義させる。

 

 私のいる所に影が生み出された、太陽を覆い隠すように頭上から現れた強大な質量、燃え盛る隕石のような強大な炎の塊。

 

 それだけじゃない、継接ぎ呪霊が逃げる先に見える姿、恐らく呪霊であろうソレが周囲の植物を枯らし、呪力を一点に集めている。

 

 空と大地、その両方からの同時攻撃か。

 

 継接ぎ呪霊が嗤う様にして去ろうとしている。

 

 

 あくまでも逃走を優先するか、呪霊がここまで組織的に行動するとはね。珍しいというか、今までに無いというか。心当たりがあるというか。

 

 まぁとにかく、今は迫り来る脅威をどうするか。

 

 

「あはっ」

 

 

 思わず笑ってしまった。

 

 私相手に肉弾戦では無く、純粋な術式勝負?あの呪詛師(墓荒らし)、肝心な事を呪霊に教えてないのか?それともこの件には関わってないのか?

 

 まぁ兎に角、愚策としか言いようがないね。

 

 

「___________虚白・(うつつ)

 

 

 燃え盛る隕石、放出される呪力の塊。

 

 その二つが私に向かって衝突するよりも早く、私は自らの空間に呪力(虚数)を廻らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「______お疲れ様」

 

 

 今回は留守番にさせた呪霊の領域、そこへ帰ってきた三体の呪霊に向けて労いの言葉を投げる。

 

 五条悟は兎も角、夏目鮮花の現在地から器の位置はそれ程遠くない。

 

 任務後に高専で請け負っている生徒が特級呪物の回収に関わっていると判れば、関与しに向かうかもしれない。

 

 呪霊操術が手元に無い以上、器には受肉してもらう。その為の不確定要素は潰しておきたかった。

 

 最悪そこで向かわせた呪霊が祓われる可能性もあったが、徒党を組ませ逃げに徹しさえすれば逃げ出す事は出来ると踏んだ。

 

 しかし私の予想外はもう一つ、予想外といっても対策可能な事だったけれど。

 

 ______伏黒恵、現代の十種影法術師。中々にセンスが良い、学生であれ程術式を使えるなんてね、教育の賜物なのかな?

 

 元々そこに沸いていた呪霊じゃ足りないと思って、念の為契約した簡易領域の使える準一級呪霊を其処(学校)に放って正解だったね。

 

 ……あわよくば、いや一先ずは。

 

 私の予想は的中した、先ずは一勝______策略勝ちだね。

 

 

「で、どうだった?実際の特級呪術師は」

 

「ははっ、言われた通りだったよ呪詛師。少なくとも今は(・・)殺せないや、ちょっと強すぎ」

 

「君の場合はそうだろうね真人(・・)、それで______漏瑚(・・)花御(・・)。君達はどう思ったかな?」

 

 

 そう問いかけると、人が大地を畏怖する感情から生まれた特級呪霊、漏瑚は不快そうな表情をしながらも、言葉を発した。

 

「不可解だ」

 

「と、言うと?」

 

「儂の極の番、花御の供花……その二つに対して、奴が何をしたかまるで理解が出来ん。貴様、知っていたのでは無いだろうな?」

 

「夏目鮮花は君達の術式に、虚数の質量を以て相殺させるだろう_____私は確かにそう言ったよ」

 

「相殺だと?アレは違う(・・・・・)!全く別のモノだ!」

 

 

 ふむ。

 

 予想が外れたね。私との戦闘時では重力を虚数の質量で相殺させる事以外で防ぐ事はしなかった筈。

 

 この目で見ていない以上何とも言えない、そしてその目で見た呪霊は「不可解」と言う。

 

 

 予想していた事だけれど……あぁやだやだ、実に厄介だ。

 

 

 夏目鮮花、一体彼ら(呪霊)に何を見せた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年同月同日、襲撃から数十分後。

 

 

 

「私情?」

 

「私情です、何とかしてください」

 

 

 クックック……恵のこんなお願い、久しぶりに聞くんじゃない?

 

 まぁそれを抜きにしても、この子をここで殺してはいさよならなんて事はさせないさ。

 

 なんたって______若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。何人たりともね。

 

「かわいい生徒の頼みだ、任せなさい」

 

 

 って事で。

 

 とりあえずは〜……っと。

 

 

「夏目ー?そういう訳だから、その子殺そうとしないでくださーい」

 

「バレた?」

 

 

 声と共に空間から現れる、無から現れた夏目に恵は少し驚いたような表情をした。

 

 ……ああそっか、僕はこの目(六眼)があるから少し前から気付いていたけど、恵から見たら急に現れた様に見えるか。

 

 にしても今の恵とのやり取り無かったら殺してたな……?ナイス恵。

 

「両面宿儺?」

 

「そゆことー、指食べちゃったんだよこの子、凄いよね。しかも運良く受肉!」

 

「あはっ、そういうことね______良いんじゃない?」

 

「いや良くないでしょ……」

 

「じゃ、とりあえず僕はこの子回収して、上層部黙らせてくるから、後片付け頼んだよー恵〜」

 

「は?いや、手伝って下さいよ」

 

「私もこの後予定あるから、宜しくね恵君」

 

「何しに来たんッ……もう居ねえし!」

 

 

 おっ、怒ってる怒ってる。

 

 つーかあいつ(夏目)……また何かあったな、六眼では見抜けなくても、()の勘は見過ごさない。ここで話さなかったって事は私情か、恵が居たからか?

 

 ……まぁ、今はいいか。

 

 さーて、どうやって爺さん連中に言いくるめようか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______2018年10月31日。15:47

 

 

「渋谷?」

 

「そっ!ハロウィンだよ菜々子」

 

「去年行ったし今年は良くない〜?そんなに面白くなかったじゃん、非術師(猿共)も多いし」

 

「そうだけど、でも暇だよー……夏目お姉さんも家入さんも居ないし、七海さんも任務って言って来ないし〜……」

 

「まぁそれはそうだけどー……ま、いっか」

 

 

 もし。

 

 もし、この日に戻れるなら。

 

 あの場所に行く選択肢を変えられるなら______私は、私達は絶対に今日この日だけは、渋谷に行かなかった。

 

 

「夜には帰るよー?」

 

「おっけー、準備しよーっと」

 

 

 この時の私は______私達は知らなかったんだ。

 

 その日、何が起きるかなんて、知りようが無いから。

 

 だから、暇を紛らす様に渋谷に向かって。

 

 

 私は______私達は、呪い廻るその世界(・・)に足を踏み入れた。




こんなタイトルしてるけど宿儺さん登場無し。


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雨後-陰葉-

 

 

 ______2018年、6月。両面宿儺受肉から7時間後。

 

 

 呪術高等学校、東京校。

 

 教師のみ入る事を許可している部屋の一室で、私の元生徒、現高専教師である二名の報告を聞く。

 

「両面宿儺の指、その20本全てを取り込んでから祓う……上にはそう説得したのだな、悟」

 

「ま、十年前よりはちょーーっぴり融通効く用にはなったかな」

 

 

 そう言って悟はヘラヘラとした態度を崩さないまま私にそう報告した。

 

 未成年の子供が両面宿儺の指を取り込み、然も受肉したとは……いや、そこより驚くべき所は、だと言うのにも関わらず自我があるという事か。

 

 最後には死ぬ事が決まっている……か。何とも、その少年は業を背負ってしまったな。

 

 そうさせてしまった責任の一端は、我々呪術師にもあると言う事を、忘れてはならない。

 

 

「しかしそうか。呪いの王が受肉するとは……やはり偶然とは言えない、そうだな?夏目」

 

「多分?3月に襲ってきた呪詛師、徒党を組んだ呪霊……これだけ材料があって受肉の件は別件ってならないでしょー」

 

 

 やや眠そうな声を出しながら夏目はそう言葉にした。

 

 呪詛師、呪霊……受肉体。一体何が行われようとしているのか、兎にも角にも情報が足りない。

 

 何かが起きてからでは遅い、それは去年……いや、十年前に理解している。我々も何かしらの対策を立てなければならないが……。

 

 

「あと、上層部の一部は確実にその呪詛師と繋がっている。じゃないとこうも都合良く動かせない」

 

「だろうね、って言っても一から虱潰しに探した所で尻尾掴める呪詛師かそいつ?」

 

「やってみる?そうなれば夜蛾先生が呪術界のトップだよ」

 

「冗談でも止めろ。それは都度考えておく」

 

 

 しかし……本当に冗談だったか、今の。

 

 五条はまだしも、夏目はその辺の境界が些か不安定なのは分かってるつもりだ、何か……傑のように間違いが起きないか、しっかり見ていなければ。最も私が見ているからと言って、この少女は昔から止まる事を知らないのだが。

 

 深いため息をした後に頭を抑える、これからどうすべきかを考え始めた私を置いて、悟と夏目は互いに会話を交えた。

 

 

「まあ私としては、全部集めた後に殺すっていうのには賛成かな。あの呪物、私の虚数術式じゃ干渉できないし」

 

「やっぱり?そんな気がしたんだよね、僕の無下限で壊せないなら夏目にも無理でしょ」

 

「物理的に破壊しようとしてる脳筋目隠しバカとは違うんだけど?」

 

「じゃあ何が違うんでちゅか〜〜?」

 

「術式対象の有無。私は虚数を以て世界(呪い)に干渉している、なのにアレには適応されない。解る?私がだよ?」

 

「それだけ呪いが強いって事でしょ、呪術全盛の時代に呪いの王って言われてたんだし」

 

「それもあるけど、まぁ……五条君に言っても仕方ないか、だってバカだし」

 

「そういや夏目身長縮んだ?いつもより小さく見えるね、ハハッ!」

 

「28歳にもなってどうしてそんなに性格が終わってるんだろうね、可哀想。何だか心配になってきたかも、その内髪も無くなって目隠しハゲになっちゃうのかな」

 

 

「あ"?」

 

「あはっ……」

 

 

「止めろ、二人とも」

 

 一触即発、互いの呪力が溢れていくのを感じ取った私は思考を一度辞めて静止の声をだす。

 

 このバカ共、高専時代から何も変わらんな……全く。

 

 

 五条の性格が終わっているのは最早どうにもならない事実だが、夏目の身長…というより、身体の成長がこうも高専の頃から殆ど変わっていないのは、少しばかり気掛かりだが。

 

 

 ______夏目家、御三家とは違って表舞台に立つ事のなかった呪術師の家系。

 

 1000年もの間、名を変え地位を変え、跡切れる事なく呪い合いの世界に身を置いた歴史深い家系。

 

 だがその実情は外には殆ど出ておらず、分かっている事は術式の情報のみ。

 

 相伝の術式である虚数術式の他にもう一つあると聞く。その相伝の術式を持ち、夏目家秘匿の元に育てられた夏目鮮花という呪術師。

 

 初めて出会った頃と比べ、様々な表情を浮かべる様になった。そのきっかけこそ中々言葉にし難いが。

 

 

「______んー?どうしたの、夜蛾先生」

 

 

「……いや、何でもない」

 

 

 ふと感じた違和感、気のせいだろうそれを、薄く笑いながらも訝しそうにこちらを見た夏目に、隠す様に誤魔化した。

 

 少なくともこの違和感は、この場で、当人の前で言うべき事ではない。

 

 それよりもだ、今後の事を考えなければ______

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、同月下旬。

 

 

 

「な、なんか……私達ここに居てもいいのかな?菜々子」

 

「美味しいもの食べれるから良いんじゃない?美々子」

 

 

 はてさて、側から見ればこのご一行はどう思われるだろうか。

 

 なーんて、他人の目とかどうでも良いけれど。それはそれとして鮮花も結構大胆というか、今ここで伊地知とかにばったり出くわしたら面食らうんじゃない?

 

 確かあいつ、この二人と面識あっただろ。そんな話を聞いた覚えがある様なないような。

 

 

「久しぶりに人と外食してる気がするね」

 

「わかるー、酒飲んで良いよね?」

 

「良いよ、私も飲もうかな」

 

「ははっ、二人居るのに飲む気?」

 

「……やっぱやめとくー」

 

 

 お利口さんじゃん、ウケる。

 

 鮮花が呪詛師と呪霊に執拗に狙われてたり、あの両面宿儺の受肉体が高専に入学したりとまぁまぁ忙しい最近だけれど、今は別だ。

 

 数少ないプライベート、その短い時間の中で私と鮮花、それから姉妹二人は外食にきていた。

 

 個室のある居酒屋だ、一応高専の頃からのいきつけ、味は良いしお酒は美味しいし、接客も適当でそこが楽で良い。

 

 禁煙してるから吸わないけれど、個室で吸ってもオッケーなのもポイント高いね。秤が高専に居た頃はあいつらと時々飲んでたっけ?

 

 

「そうだ。七海君とは良くやれてる?」

 

「うんっ、最初は厳しい人かなって思ったけれど、説明も分かりやすくて覚えやすいよ」

 

「菜々子に同意〜、時間ぴったりに帰っちゃうのはつまんないけど」

 

「ははっ、案外教師向いてんじゃん七海」

 

 

 まぁあいつ、仮にも社会で働いてた経験あるし、何でも卒無く出来そうな印象はあるか。

 

 鮮花も鮮花だけど、七海もアレだな。よく受けようと思ったというか、まぁ断れないか、私達直属の後輩だし。

 

 たまーに私もパシッてるし、任務で行く地方の土産酒寄越せーとか。

 

 なんだかんだ言って持ってくるからいい後輩だ、五条は甘い菓子しか持って来ないし駄目。

 

 

「……来年かな」

 

「来年?」

 

「そ。夏油君も通った高専、興味ない?」

 

「えっ……でも、五条悟もそこに居るんでしょ……?私はいやだよ」

 

「……私は行ってみたい、だって夏油様も、夏目お姉さんもそこで学んできたんでしょ?」

 

「私を忘れるなー」

 

「あ、そっか。ごめんなさいっ」

 

 

 ……美々子の方は好意的、菜々子は否定的って感じ?まぁ嫌いな奴がいる所にわざわざ行きたくないって気持ちはわかるなー。五条の性格の悪さは結局変わってないし?

 

 育て親を殺した人物に会う、どう気持ちを整理したらいいかわからないか。

 

 だからこその一年っていう期間なんだろう、それに今年は去年みたいに忙しくなりそ。最も忙しくない年なんて医者になってから一年たりとも訪れなかったけど。

 

 

「考えといてね、強制はしないよ」

 

「「うん」」

 

 

 ……あははっ。

 

 鮮花〜、今けっこう良い表情してるの気付いてる〜?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、7月 英集少年院にて。

 

 

 

「______そこで、俺に今できることを考えた」

 

 そうして虎杖の姿をした、呪いの王(両面宿儺)は心臓を貫いて、捨てた。

 

 その後に「ダメ押しだ」と言って、特級が取り込んでいたであろう指も取り込む。

 

 

 

 ______理由は、ある。

 

 少年院の中に居た呪霊は特級に部類する程の呪霊。それでも虎杖が動くよりも先に辛うじて自分の体を動かせたのは、五条先生や夏目さんとの実戦を交えた稽古のおかげ。

 

 そして何より自分の術式の中の眠っているあの式神の威圧感、それに比べれば遥かにマシ。

 

 ただ俺の実力じゃ少年院の呪霊を祓う事は出来ない。気付くよりも先に白い方の玉犬がやられた事、呪力で練った拳を全く意に介していない事。

 

 俺が死んでいないのは時間の問題、だが時間稼ぎは出来る……それに、分断した釘崎を助けに行かなければいけない、本来なら俺が残るべきだった。

 

 そう、俺が残るべきだったんだ。あの中で最も強いのは俺で、虎杖は呪術師としては未熟も良い所。

 

 特級相手に勝てるはずがない。

 

 だが虎杖のあの頼みを、俺は頭で考えるより先に体で行動してしまった。

 

 

 釘崎は難なく助けられた、伊地知さんに預けて後を任せて、俺は此処に残る……いや、残るだけじゃ駄目だ、直ぐにでも向かうべきだ。

 

 そう考え少年院に向かって歩みを進めたのと同時に、少年院の特級が起こしていた生得領域が閉じた。

 

 後は虎杖が戻れば。

 

 

 ……そう考え、今に至る。

 

 俺の判断ミスだ、俺は残ってあの特級に時間稼ぎをすれば、虎杖に釘崎の事を任せれば、結果はこうなっていた事はなかった。

 

 ……いいや、違う。

 

 俺は恐れたんだ、あの時と同じように。

 

 初めて相対する特級に、恐れず呪い合えば……“戦いの最中に強くなった少し未来の自分”を想像する事が出来たなら、或いはあの特級に渡り合えたかもしれないのに。

 

 

「さてと、晴れて自由の身だ。もう怯えて良いぞ____________殺す、特に理由はない」

 

 

「……あの時と、立場が逆転したな」

 

 

 想いが、呪いが牙を剥く。

 

 ……悪い、虎杖。

 

 今お前がこうなったのは、俺のせいだ。

 

 責任は取る(覚悟を決める)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______不平等な現実のみが平等に与えられている。

 

 

 目の前の少年、伏黒恵と相対して_____両面宿儺はその練り上げられた呪力、術式から生み出される式神を見定めて、疑問を浮かべた。

 

 

「わからんな、お前。あの時何故逃げた?」

 

「怖気た。それだけだ」

 

 伏黒は自らの術式の式神の一つ、鵺を飛ばして、それとほぼ同時に自らも駆け出した。その様子を愉しそうに嗤いながら宿儺は先手を譲る。

 

 慢心ではない、確かな実力の差からくる余裕の現れである。

 

「クッハ!正直だな呪術師!」

 

 

 迫り来る伏黒に宿儺は相対する______面白い、式神使いのくせに術式本人が向かってくるのか。

 

 互いの拳と拳が相対する、肉弾戦。しかしその近接戦闘に分があるのはやはり両面宿儺であり。

 

 

「ッ______!」

 

「ほう?避けるか、中々良いぞ?そら、もっと呪いを込めろ……!」

 

 

 しかし辛うじて拮抗が保てる程度にはまた、伏黒恵の能力は高かった、限り限りの状況、一挙手一投足の判断が自らの死に繋がる場面、何より先ほどまであった呪いに対する畏れを飲み込み、覚悟を決めた。

 

 本来の少し先の実力、それが伏黒恵を此処まで動かせている要素の一つだ。

 

 しかし志一つで実力の差が埋まる程呪いの世界は甘くない、一歩、また一歩と確実に宿儺の拳が伏黒恵を捉える。

 

 やがてその拳が深く顔面を捉え、伏黒恵は大きく後退する、その間を埋めるように伏黒恵の腹部目掛けて両面宿儺は蹴りを放つ。

 

 辛うじて両腕をクロスする事で直撃を回避したが、勢いを削り切れず地面をバウンドするように転がる。

 

 転がる要領で跳ね上がって立ち上がる______足が震える、この少ない攻防だけでこうもダメージが蓄積するのか……!

 

 

「頑丈じゃないか?ククッ、ケヒヒ……!」

 

 

 ______呪術云々じゃない!膂力(パワー)俊敏性(アジリティ)も格が違う!

 

 

「脱兎!」

 

 

 ほう______?宿儺の視界が伏黒の呼び出した兎の式神に埋まる、文字通りの物量、手を翳せば簡単に壊せる、攻撃性はない。

 

 なるほど目眩しか、悪くない、付き合ってやろう。

 

 そう気楽に考え、視界が晴れた先に______直線を高速で突進してくる式神を見定める。

 

 あくまでも自然体、宿儺は迫り来る巨大な黒い牛の式神に対して避ける手段を取らず、了の手を広げ受け入れるように相対した。

 

 

 衝突。

 

 

 弾けるような衝撃音。

 

 伏黒恵の呼び出した式神、貫牛(かんぎゅう)は直線でしか動けない代わりに、相手と距離をとるほど威力が増すという特性をもつ。

 

 シンプルながらもその特性は、三本分の指を取り込んだ両面宿儺の体をのけ反らせる事に成功した。

 

 好機。

 

 伏黒は駆け出しながらも貫牛を影に戻しつつ影絵のポーズを取る、人差し指と中指でわっかを作り目を表現、親指を下顎として捉える______大蛇。

 

 

「おぉ?」

 

 

 地面から飲み込むように現れた大蛇に両面宿儺は次の手がどう来るか見定める、顕現化を解いていない鵺に乗って伏黒恵は宿儺に向かう。

 

 両面宿儺に効くか定かではない、だが自らの拳では何一つ意に介していなかった……ソレならば。

 

 影の中から呪具を取り出す、特別な効力は無い、されども斬れ味だけは誇れる程度の短刀。

 

 

 それを構えて向かってくる伏黒に、宿儺は大きく嗤いながら、その体の膂力(パワー)を全開に放った。

 

 ______一撃で大蛇が破壊された……クソッ!

 

 

「いいぞ!もっとだ!伏黒恵!」

 

 

 向かい来る脅威に向かって伏黒は辛うじて反応する、鵺をサポートに徹しさせて限り限りの空中戦。

 

 しかし均衡は先程の地上戦よりも早く、背後から放たれる両腕の剛腕により、伏黒恵は大きく叩き落とされた。

 

 

 瓦礫を退かして伏黒は身体を起こす。呪力は……まだやれる、身体の痛みは響くがまだアレ(・・)を出す程じゃない、それよりアレを出して破壊される方が問題だ。

 

 一先ず鵺は限界だ、使える手札は……いや、それ以前に。

 

 ______格が違う、底が見えない。一体どうやって()をこれ以上追い込む事が出来る?

 

 

 空から着地した、全くの無傷のその者……両面宿儺を睨みながら、不可能に近いと分かっていながらも、伏黒恵の戦意はまだ揺らいでいなかった。

 

 

「術師本人の戦闘能力(フィジカル)、影を媒体にした術式……最初からその気(・・・)でやっていたらあの虫程度祓えていただろうに」

 

「……そうだな」

 

「ケヒッ、まぁいい。あの牛の一撃はそこそこ効いたぞ?そら、頑張れ頑張れ______ココ(心臓)を治したければ後一歩足りんぞ?」

 

 

 ……バレバレか。

 

 この呪いの王を確実に祓えると確信できる方法は一つだけ、ある。

 

 自らの命を犠牲にすればそれは叶う、いっそそれに身を任せればこの呪いの王に一泡吹かせて潔く死ねるかもしれない。

 

 だが、俺は______伏黒恵は、姉を残して一人では逝けない。

 

 けれど、少しでも多くの善人が平等を享受出来るように。

 

 不平等に人を助ける。伏黒恵は自らの呪力を巡らせて、口を開く。

 

 

「……俺の術式は十種影法術、影絵を実体化させる形で式神を顕現させ使役する。それだけじゃない、自分の影の中に呪具をストックする事もできる」

 

「術式の開示か、良いぞ?それで?」

 

「……未だ未完成、それでもその引っ掛かりだけはモノにした。それを使って、俺の全力でその心臓を治させる」

 

「______くくっ、そうか……!伏黒恵、お前」

 

 

 伏黒は両手をグーにして握り合うように手印を結び始め、その動作を両面宿儺は心底愉快だと言わんばかりに嗤い出す。

 

 勝負は此処から。

 

 

「領域展______」

 

 

 

 ____________空から、雨が降り始めた。

 

 

「……結局は我儘な感情論でお前を助けた、けれどそれでいいんだ」

 

「俺は正義の味方(ヒーロー)じゃない、呪術師なんだ。だからお前を助けた事を一度だって後悔していない」

 

 

「……そっか」

 

 

 

 長生きしろよ。

 

 

 

 ……最後に虎杖(・・)はそう言い残し、その身体は地面に倒れ込んだ。

 

 空を見上げた伏黒恵は、ただ静かに。その拳を握り締める事しか出来なかった。

 

 

 

 記録 2018年7月西東京市、英集少年院。

 特急仮想怨霊(名称未定)その受胎を非術師数名の目視で確認。緊急事態の為高専1年生3名が派遣され。

 

 ____________1名死亡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……記録ではそう書いてあったんだけど。

 

 

「初めまして、虎杖悠仁っす!」

 

「生きてんじゃん、その子」

 

 

 五条君から「午後の予定は空けといて、これ強制」とか言われたので本当に仕方なく空けて、指定された所______高専の地下に向かってみれば。

 

 そこには一週間前に死んだって聞かされていた両面宿儺の器が生きてそこに立っていた。

 

「じゃじゃーん!驚いた?」

 

 五条君が何か言ってるけどめんどくさいから相手にしたくないや。

 

 反転術式か、硝子か?違うな、だったら死亡なんて態々書かない。

 

 何かあったな、私は海外の任務ついでに乙骨君にも会ってきたからその間の当事者ではないが、一度死んだのはほぼ間違いなく断定できる。

 

 だったら両面宿儺の器______虎杖君は、一度死んで、もう一度蘇ったというのが本命の予想だ。

 

 だとしたら生得領域……その心の中で何かがあった筈。

 

 相手は呪いの王、呪術全盛の時代の“最強(・・)”、仮に私が満足に身動きが取れない状況を打開したいと考えた時、どうすればそれを打開出来る……?

 

 整理しよう、呪術のいろはも覚えたて、そんな相手を屈服させ自身の器の変換させるのなら。

 

 

 ……少し、分かったかも?

 

 

「決めた」

 

「えーっと……?」

 

「虎杖君、もう一度君を殺そうと思う。それで多分分かるから」

 

「ええっ、俺殺されるの?!」

 

「最悪死ぬだけだよ、大丈夫大丈夫。安心して」

 

「何一つ安心できません!」

 

 

 呪力を込める、ごめんね虎杖君、少なくとも私は本気だよ?いつだってね、冗談は好きだけど自分ではあんまり言わないんだ。

 

 そうして無造作に突き出して放つ黒い閃光に、虎杖君は抵抗をしないまま______させるよりも早いんだけど。その呪力によって心臓を貫ぬく。

 

 ……よりも早く、間に立った五条君が、無下限で相殺させて、黒い目隠しで隠された視線を私に向ける。

 

 

「ちょいちょーい、流石に洒落にならないよ夏目」

 

「洒落じゃないからね……あのさあ()君、前から言おうと思ってた事、今言っても良いかな」

 

「何さ?」

 

「私の“指標”を勘違いしてきてない?私の大切なものの中に、その子は含まれてないんだよ」

 

「______だから殺すって?ふざけるなよ、僕の夢……強く聡い仲間を育てる。悠仁もその一人なんだよ」

 

「分かってないなぁ本当に、昔から何も分かってない……」

 

「かもな。でもお前の事は分かってるつもりだよ、やるか?今回は本気だ、これは譲れない」

 

 

 私と五条君、お互いの呪力が反発し合うように高まり合っていく。表情こそ変わっていないが、その口調は真剣そのもの。

 

 気に入ったな?虎杖悠仁を。

 

 だからこうして真剣になっている、大いに結構。五条君の行動を私は何一つ縛らない。

 

 けれど私は別。私の予想が正しいなら虎杖君は自分が復活した理由を説明出来ない、それはそうだろうな。きっと覚えていないから。

 

 覚えていない上で両面宿儺に何かを契約させられた……“縛り”だ。その縛りがどういったものかは知らないが、私にとっても五条君にとっても。

 

 何より虎杖君にとって良くない事だろう、呪いっていうのはそういうものなんだから。

 

 

 私が気付いた事を言葉にした所で、この楽観主義者はまともに聞く筈がない、自分が“最強”なのを良い事に何とかなるとでも思っているんでしょ?

 

 そうだね、実際五条君が助ける人はどうにかなるんだろうね。

 

 で、それ以外はどうするのかな?また失ってみる(夏油君のように)?いいよ別に、それは勝手にしてよ。

 

 だけどそこに私の大切なものが巻き込まれたら、私はもう()君の言葉じゃ止まらなくなるよ?

 

 

 

「____________あの!」

 

 

 

 一触即発、その空気を変えるようにその子は大きな声を出した。

 

 

「俺の扱いを巡って五条先生と、えーっと……」

 

「嘘でしょ、目隠しバカから紹介されてない?夏目、夏目鮮花だよ」

 

「夏目さんが争うのは違うと思うんすけど」

 

「それで?じゃあ君は死んでって言われて私に殺される?」

 

「い、嫌だぁ……」

 

 

 そうだろうね。

 

 さて、なら話は______

 

 

「でも」

 

「……俺の中の呪いを、両面宿儺の指を全部取り込んだら、死んでやるって決めてる」

 

「その時まで待って欲しい……ダメっすか」

 

 

 そう言って虎杖君は大きく頭を下げて、私にお願いを言った。

 

 根明だね、それに意思も固い。勇気もある、少し手が震えているのを確認した……恐怖心が無いわけではないのか。

 

 如何にも善人そうで純粋な良い子じゃないか、そんな人間が両面宿儺の器になるなんてね、皮肉か何か?

 

 ああ、何かに見覚えがあると思ったら。そういう事ね。

 

 

 似てるのか、ありし日の私の後輩(灰原雄)に。

 

 

「はーあ……仕方ないなぁ」

 

「じ、じゃあ?」

 

「殺すのやーめた、ごめんねー」

 

「軽っ、えっ、そんな軽い気持ちっ?!」

 

「そうだよ、私の中で虎杖君は昨日殺した呪霊より低いよ」

 

「低っ、呪霊より低いの俺!?」

 

 

「だから大きくなりな、私が殺したくないなあって思うぐらいに、分かった?虎杖君」

 

 

 五条君が少し驚いてるような表情を浮かべてる……あんまりこういうことは直接他人にいうことは無いからね。

 

 人たらしだなこの子。無自覚だからタチが悪い、教育が生んだのか元からそうなのか……後者っぽいね?尚更タチが悪い。

 

 

「______オッス!」

 

 

 私の問い掛けに元気よくそう言った虎杖君を見て私は軽く、本当に軽いため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、七月下旬。

 

 

 呪術の聖地である京都、そこで私は不定期的に呪術高専京都校に呼ばれることがある。理由はいろいろ、今年の一年を見てほしいとか、二年や三年の指導とか、京都での呪霊或いは呪詛師の討伐とか、諸々。

 

 

「鮮花〜!久しぶりねっ、元気してた?」

 

「歌姫先輩ちょっと痩せた?」

 

「嬉しいこと言ってくれるわね〜!」

 

 半年振りぐらいかな、1月に一度会ってた記憶はあるし。その後は硝子も連れて三人で飲みに行ったんだっけ。

 

 その後の記憶は何も覚えてないんだよね、飲みに行くといつもこうだなあ……もしかして私、飲むと記憶無くすタイプ?

 

 にしてもほんの少しだけ酒臭いな歌姫先輩、私を迎えに来る前に一杯飲んだ?まぁ歌姫先輩だからいいけど。

 

 

「私を呼んだ理由は?」

 

「東堂とかメカ丸とかと一度訓練して貰いたい……ってのは建前で、多分学長は両面宿儺の器の子の事について聞きたいんだと思う」

 

「まぁだろうねー。五条君に直接聞きなよ、それぐらい」

 

「あ、あはは……私からは何も言えないカナー?」

 

 

 第一、私に聞いた所で何か教えた事一回も無いのに、あのお爺さんも懲りない人だな……殺しちゃう?

 

 

 なーんて、流石に冗談。アレでもまだ腐り切った一部の呪術師(上層部)よりはマシ、ただ老人らしく変化に弱いだけ。

 

 まあ仕方ないね、いつボケが始まってもおかしくない年齢ではあるだろうし……アレでも京都校の学長が出来ているんだ、下手に殺して更に使えない奴に首がすげ変わっても意味がない。

 

 

「そうだ、ねえ歌姫先輩」

 

「んー?」

 

 

「この半年色々あったけれど、何から聞きたい?ちなみにぜーんぶ厄介事」

 

 

「え“ぇ”……」

 

 

 あはっ、やっぱりおもしろいなぁー歌姫先輩、心底うんざりしてる顔じゃーん……だからって遠慮しないけど。

 

 

 京都校に着くまでで話し切れるかな?

 



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忌払い-化-

お久って程では無いですが続きです。


 

 

 

 ______2018年、7月中旬。

 

 南国のビーチを思わせる空間、その中心で牌の音が響く。

 

 二向聴か……はてさてどう組み立てていこうかな。

 

「少し整理をしようか。先ず戦争の前の三つ(・・)の条件だ」

 

「整理するまでも無い。五条悟及び夏目鮮花を戦闘不能にし、両面宿儺を仲間に引き込む、それだけの話だろう」

 

「その”それだけ“が問題でね、現状五条悟に勝てる者は一人もいない、アレは理の外、本物の現代最強だよ」

 

「……儂等が束になってもか?」

 

「十中八九祓われるかヒラヒラと逃げられる、まぁだからこそアレ(・・)がある訳だし……それに、封印さえ出来れば後は気にしなくて良い」

 

 

 それでも100%封印出来るとは言い切れないけどね、この肉体が夏油傑だったとしてもそれは難しかっただろう。

 

 現状の予想をするなら、私と呪霊が協力し合って漸く七割強といった程度か、しかも失敗すれば私諸共敗北が確定するおまけ付き。

 

 真正面からやり合って勝てる相手ではないからね、まったく強すぎるんだよ彼。

 

 呪霊操術の他に五条悟のメンタルを削る為にも夏油傑の肉体は欲しかったけど。

 

 はぁ……代わりの呪霊操術使いを探してもそう上手く見つかるものじゃないし、悔やんでも悔やみきれないね、本当やられたよ。

 

 

 ______まぁでも、代わりは出来た。

 

 

 五条悟は一つ、大きなミスをしていた。

 

 そしてそれを夏目鮮花は知りようがない。

 

 

「五条悟は良い。両面宿儺……虎杖悠仁は死んだのであろう?」

 

「さぁて、どうかな」

 

 

 宿儺についても問題ない、呪霊にとっては厳密に言えば味方ではないけれど、少なくとも私にとっては共通の協力者だ。

 

 宿儺が如何にして器を使って完全復活を成すかは見ものだけど、それほど手を加える必要は無いかな。

 

 あの呪霊の王に限って起こり得ないだろうけれども、最悪私と取引してもらう事も視野に入れる。

 

 その際の注意点さえ私が踏まなければ後は如何とでもなる。

 

 

「であるなら______やはり奴か」

 

「だね。まぁ夏目鮮花(不穏分子)についてはこっちが上手くやるよ、実力の差は身を持って理解しただろう?」

 

「ふん……代わりに儂等に貴様の手伝いをしろと、そういう話で纏まっていたな」

 

「頼むよ?いや実際、かなり頑張ってるんだからさ、君達にもそれ相応は働いて貰わないと」

 

 ______一向聴。

 

 以前よりは戦闘用の肉体に乗り換えた……というより作り変えた。いやぁ真人を見つけられたのは不幸中の幸いだね。実に良い術式……私の計画が飛躍的に加速しているのを感じるよ。

 

 それはともかく、この肉体に刻まれた生得術式も加味すればもう一度夏目鮮花と呪い合った時の勝率は______五分五分か。

 

 過去千年を含めても、強さの指標、その頂点は呪いの王両面宿儺に他ならない。

 

 その上で、夏目鮮花という呪術師は過去千年を含めても強敵。油断も慢心も出来る相手ではない。

 

 

 呪力量では負けている、削りに削って漸く呪力の底が見える頃には私の呪力が先に枯渇しているだろう。

 

 術式の強弱については……あれだけ呪い合ってもまだ切り札を持っていた事が漏瑚達を通じて分かった事から、何とも言い難い。

 

 恐らく術式の解釈、そのスケール……その全てが“ナニカ”ズレている。このズレを一千年以上生きた私ですら解読不能、そもそもあの状態(・・・・)で何故この世に存在していられるのか。

 

 とはいえ、彼女に弱点が無いわけではないけれどね。

 

 近接戦闘に限れば此方が極めて有利、多少粘られるだろうが押し切れる事は前回で学んだ。

 

 術式は非常に厄介だがフィジカル戦に持ち込めれば私が有利になる事は明白。

 

 

 総評、厄介極まりない。

 

 

 だが勝ち筋は幾つかある、条件さえ満たせばあの“虚なる者”を攻略出来る。

 

 そして現状それが出来るのは、最悪なことに私以外に居ない。全盛期の両面宿儺ならどうとでもなるだろうけれども、彼の完全復活には夏目鮮花は余りにも邪魔すぎる。

 

 本意では無いが、もう一度リベンジマッチをする必要があるね。

 

 

 ……聴牌。

 

 

「難しい話はそれぐらいにしてさー、もっと面白いこと考えようよ」

 

「ふふっ、それもそうだね。なら少し君の術式の可能性を見定めてみようか、真人」

 

「へぇ______?聞かせてよ、呪詛師」

 

「勿論______ロン。悪いね漏瑚、倍満だ」

 

「何ィ!?」

 

 

 くくっ……さて、兎にも角にも真人、君が育ってくれるかくれないかで今後の動きは変わる。

 

 君が呪霊として進化し、その術式を私の目的の為に使ってくれるその日が案外近ければ良いんだけれど。

 

 らしく(・・・)やろう。

 

 先ずは試運転、さてさて______たのしもうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 ____同年、7月下旬。

 

 

 

 第一印象はおっかねー人、って思った。

 

「今から合わせるチビは、まぁなんていうか……もしかしたら殺しに来るかもだから、あんまりビビんないでねー?」

 

 えっまじっすかなんて言って、五条先生も冗談みたいなこと言うんだなーって思ってたけど全然冗談じゃなかった。言われた以上にとんでもねー人だった。

 

 出会い頭に殺しに来たんだもん、そりゃ怖いよ。しかも直前まで放たれる呪力の異質なソレに全く気付かなかったし。

 

 何より、五条先生と対峙してた時。

 

 五条先生もだけれど、俺が少年院の時に相対した呪霊が霞む程に、周りの呪力が荒ぶっていた。心底怖かった、俺を本気で殺すとして、きっとその理由も俺が両面宿儺を取り込んだからって以上の理由で。

 

 だからこそ勇気を出して間に入って、何とか説得出来て……俺は夏目先生に認めてもらおうって頑張ろうと決断したんだ。

 

 

 そこからは何つーか、早かった。

 

 次の瞬間には五条先生もいつもの様子に戻ったし、夏目先生もそれまでが嘘のように威圧感っていうのかな、それが消えた。

 

 表情も何ていうか笑ってる顔になったし、俺も安心してほって一息入れた。

 

 

「じゃ、夏目も悠仁の特訓に付き合ってくれるってことでけってーい」

 

「勝手に決めないでよねー、まぁいいけど」

 

「う、うっす!お願いします!」

 

「じゃあまたそのうち来るから、じゃあねー」

 

 

 そう言って夏目先生は五条先生みたいにぱっ、って消えて、何処かに居なくなって。

 

 

 はや一週間半が経過しました。

 

 

 

「夏目先生はああ言ってたけど、来ないのかなー」

 

「呼んだ?」

 

「噂をすれば〜……って、うぇっ!夏目先生?!」

 

 

 振り向いてみたら、そこには以前と全く変わらない様子で夏目さんがソファーに腰掛けてた。

 

 えっ?いつの間に?ドア開いた音とか足音とか何もしなかったんだけど……。

 

 

「じゃあ早速やろっか。ついてきて?」

 

「う、うっす!」

 

 

 自分より全然身長の低いのに、何だかこの人には敬語を使わないとダメな気がする……。

 

 夏目先生の後ろをついていくと、夏目先生は壁に立ち止まって手を翳す、するとそこから何か違和感を感じた。

 

 不思議に思って首を捻ると、その様子を見ていたのか夏目先生が言葉にしてくれた。

 

 

「私の術式。ほら、入るよ」

 

 

 壁の中に消えていく夏目先生に、意を決して壁に向かって歩き出すと、一瞬で視界が変わって______。

 

 

「ここ、外?」

 

「正解、室内よりも外の方が広く使えるからね」

 

「はぇ〜……」

 

 

 今何が起きたんだろ、壁にぶつかると思ったらぶつかんないで気付いたら外に出てるし。

 

 

「五条君から何も聞いてないから、とりあえず現状どれぐらい出来るか試させて貰うね」

 

「殴り合う感じっすか?」

 

「正解、まぁ私がやるのは大人げ無いから、虎杖君が戦うのはコレ(・・)ね」

 

 

 夏目先生は手を前にすると、そこから空間が捻れて、音もなく、ただただ最初からそこにあったかのように“ナニカ”が生み出されていく。

 

 生み出されたソレに黒い色がつく、人型の“ナニカ”、なんだアレ……生物……なのかな、呪霊ではないよな。とにかく異質で、不気味だ。

 

 生み出したそれに拳を構えると同時に______俺の頬から勝手にそいつが口を開いた。

 

 

「ケヒヒッ!残っていたとはな、虚数使い」

 

「ちょッ!ご、ごめん夏目先生、こいつ偶にこうやって出てくんだよ」

 

「両面宿儺、呪いの王ねぇ……どうだった?過去の虚数術式使いは」

 

「珍しいだけの稚魚だな、貴様もまたその稚魚の一つだ」

 

「節穴すぎでしょ、存外大した事無さそうだ。それもそっか?たまたま五条君の居ない時代で一番になれただけの呪霊紛いだもんね、お前」

 

「言葉だけは回るな呪術師?虎の威を借る狐のようだぞ、貴様」

 

「どちらかと言えば狐は五条君の方だけど……私はお前を祓わないが、五条悟(・・・)はお前を祓う________最強はお前じゃない」

 

「ケヒヒッ、その時に生きていると良いなぁ?狭間の蚤」

 

 

 言いたい事は言ったのか宿儺は俺の中に戻った……正直よく内容わからねーけど、夏目先生に口喧嘩では勝てなそうかも。

 

 それにしても、夏目先生から見ても五条先生は呪術師の中で一番強いんだな、そんな五条先生から見た夏目先生は「まず間違いなくすっっごい面倒くさくなる」って言ってたのも思い出した。

 

 ……虚数って言ってたっけ?って事は、この世に存在しないもの?

 

 そんな風に考えたのがいけなかったのか、迫り来る黒い人型拳のようなものが顔面を捉えているのに直前まで気づけなかった。

 

「おっぶね……!ちょ、いきなり!?」

 

「考え事の前に、身体を動かせよう。虎杖が限り限り負けるぐらいに調整していくから、出来る限り頑張ってねー」

 

 黒い人型のソレはどんどん速度を上げていく______やっべ、これ気張ってかないと持ってかれる!

 

 

「っおォ……!」

 

 夏目先生に認められる為にも、やってやんよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ______同年、8月。

 

 

 夏油様とその家族が中心で、それ以外は全てが敵。

 

 私の世界はそうやって創られていた。

 

 夏油様が死んじゃってから、夏目さんに拾われてから段々と世界が広がっていった、私の世界の中に色んな人が増えていった。

 

 それが良い事なのか悪い事なのかはわからない、確かなのは一つ一つ増えていく毎に、私の世界の色が増えていくのを感じていたのは確かだ。

 

 

「______って、感じ?どうかな、分かりそう?」

 

「……んん、よく分かんないや。難しいね」

 

「感覚の話だからね、教えて直ぐに分かる事じゃない______けど、美々子なら出来ると思うな、後は何かきっかけ次第だと思うよ?」

 

「きっかけ次第かあ……」

 

 

「呪術師の成長曲線は必ずしも緩やかじゃないからね」

 

 

 そう言って、私の隣で笑う彼女の姿に、夏目さんも似たような事を言っていたなぁと思い出した。

 

 最初から強い呪術師は例外を除けば居ない、夏目さんは“自分はそう(・・)じゃない“って言ってた。

 

 一度気になって質問した事がある、夏目さんはどうやってその強さを手に入れたのか。

 

 術式の解釈も、領域展開も反転術式も全て「生と死の間」の中で手に入れた産物。

 

 虚数術式という何ものでもあって何ものでもない術式を扱う夏目さんだからこそ、そこ(生死)で初めて自分という人間(呪い)を見つけたとか、そんなような事を言っていた気がする。

 

 夏目さん曰く、最初から強かったのは“五条悟と夏油様の二人だけ“みたい。だからあの二人は親友同士で、隣同士の関係だったって言っていた。

 

 

「今際の際程呪術の核心に触れやすい。でもね、菜々子が、美々子がソレに触れなくても良いんだよ。触れない方が良い」

 

 

 そう語る夏目さんの目は、いつもと違って私達をしっかり赤い目で見つめながら話していた。表情はいつもと何も変わらないけれど、言葉の重みだけは、心に重く響いた。

 

 強さを得るの為に何かを削る、その何かを削るぐらいなら、強くならなくて良い。そう言っていたのかな。

 

 

「呪術のお話はここまでにしよう、言い出したのは私からだけどね」

 

「さんせーい、せっかく竹下通りに来たんだから、タピオカミルクティーでも飲みに行かない?」

 

「いいね、実は飲んだ事が無いんだ。家が古臭くてね」

 

「美味しいよ!……カロリーはちょっと気にしない方がいいけど」

 

 

 そう言うとその少女は苦笑いを浮かべた。

 

 この同年代の少女と私が話すようになったのは、二ヶ月程前ぐらいだった気がする。

 

 夏目さんが気紛れに行かせた一般的な高等学校。奈々子には合わなくて私一人で行っても楽しく無いからもう殆ど行ってないけれど、私と奈々子が編入して、一週間後ぐらいに彼女は転入してきた。

 

 最初こそ話さなかったけれど、七海さんから帳を教えてもらって、外出中たまたま三級程度の呪霊が自然発生、帷を張って討伐したあとに彼女に見られた事がきっかけ。

 

 最初は呪詛師だと警戒したけれど殺意も、敵意も無くて、それどころか友好的に私に接してくるから戸惑った。

 

 それから、何となしにずるずると関係が長引いて。

 

 ______多分、これが友達って言うものなのかな。

 

 

「菜々子も呼んでいい?きっと大丈夫だと思うから」

 

「もちろん、ただ高専の教師は呼ばないでね。少し折り合いが悪いんだ」

 

「はいはい、何度も言わなくてもわかってるよー」

 

 

 偶然。にしては出来すぎてると思う、友達だと思ってるけれど、怪しいのは確か。

 

 それでもこの少女の事を、私の半身以外に話す気にならないのは。

 

 

「じゃ、いこっか」

 

 

 私の世界の中に彼女も加えてみたくなった。ただそれだけの理由。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________同年、8月第四水曜日。

 

 

「こんにちは」

 

「……こんにちは」

 

 さいあく、何で京都校にこの人が来ているのよ。なんて本心は隠して引き攣った笑みで挨拶を返す。

 

 時折外部、或いは東京校の方から臨時で呪術師が来ることがある、彼女もその例の1人で、不定期的に歌姫先生からの呼び出しだったり任務ついでだったりで京都校に来日する事がある。

 

 特級呪術師夏目鮮花さん、私とは全く別の生き物、その在り方。

 

 

「今日は、その。何の用で?」

 

「真衣ちゃんには関係ないよ」

 

 

 あぁ、これだ。

 

 私が彼女を、夏目鮮花特級呪術師を苦手とする理由は、これだ。

 

 彼女には私が映っていない、どうでも良いんだろう、私のことなんて。いや私だけじゃない、京都校の可愛い後輩も同い年も、一個上の奴らも一級呪術師の東堂すらも、彼女は見ているようで見ていない。

 

 今だって視線すら合わない。それが当然のように。

 

 

「______あぁ、そういえば」

 

 

 ……そう思っている、今でもこの感情はきっと正しい。

 

 実際夏目さんはさっきまで何も見ていない、ここじゃない何かを見つめているようで、次の瞬間には、私を覗き込むように“目と目が合う”

 

 

「呪力量の無い真衣ちゃんがどうやって構築術式を活用するか、答えは決まった?」

 

「えっ?えーっと、近代兵器と混ぜ合わせる扱い方を」

 

「30点。近代兵器を使うのは良いけれどそこに構築術式を組み合わせるのは勿体無い」

 

「……っ、でも。私の呪力じゃあ」

 

「銃弾一つを構築するのが精一杯って言いたそうだね、術式に対する理解が甘いね、甘々。ぜーんぜんだめ、0点」

 

 

 深淵のような目が、私を誘うように覗き込む。夏目さんは心底馬鹿にしているような表情で私を見つめてくる。

 

 微かな反抗心と、貴女のようにはなれないという諦観が私の心を埋めていく。

 

 

「真衣ちゃんにも出来る構築術式の答えは“術式の縛り”だ。それで漸く50点ぐらいにはなれるかな?」

 

「縛り……?」

 

「そう。冥冥先輩……先生って言った方がいい?まぁどっちでもいっか、黒鳥操術で使われてる鴉が命を代償にした縛りで飛躍的に能力を底上げしている事は知ってる?」

 

 

 ……何処かで聞いた事があるような気がする、多分歌姫先生がそれとなく言っていたような、言ってなかったような。

 

 それを私の構築術式に組み立てろってこと?……正直理解しづらい、自分の術式に縛りをつける、これはまだわかるけれど、じゃあどんな縛りをすれば良いのよ。

 

 

「あはっ、センスないねえ」

 

「〜〜〜っ!じゃあ!……じゃあ夏目先生はどうすれば良いとか最後まで言ってくださいよ」

 

「そもそも何で構築術式が燃費が悪い術式だって言われてると思う?」

 

「っバカにして!構築術式で一度生成された物質は術式終了後も消えない、だから呪力消費が激しく体への負荷が大きいからですっ」

 

「その負担を縛りで無くすには?」

 

「_________え……いや、そんなの出来るわけ」

 

「出来るよ?だから言ってるの、術式の解釈が甘々過ぎるって」

 

 

 人を小馬鹿にする様な笑いの後に、ただ目だけが、今だけは私を覗き込むように見つめながら、何でも無い様に夏目鮮花は言葉を続ける。

 

「術式終了から数秒後に構築した物質を世界から消す縛り。生成する物質を一点に限定させる縛り。この2点の縛りで呪力量の問題は解決する」

 

「こ、後者は……ともかく、構築した物質を、世界から消す縛りなんて結べるわけ……」

 

「なぜ。世界に残る事は強みだ。呪術で作成した物質が残り続けるその強みを放棄させる行為が、縛りと言わずに何と言う?」

 

 

 ________ああ。

 

 やっぱり、私は一生この人の様にはなれない。

 

 

「君も君以外も。殆どの呪術師が自らの持つ「術式」を……呪い(・・)を何一つ理解していない」

 

「術式の解釈を、世界を、呪いを広げろ。何者にも囚われる事なく自由に」

 

 

 そう語る夏目鮮花特級呪術師は、今この瞬間誰よりも「先生」だった。あの東堂が大人しく授業を聞いているという噂はマジかもしれない。

 

 夏目さんの講義を、呪術によるトレーニングを積んだ呪術師の内数名が一回り以上の成長をするという噂も、現実味があるようにみえる。

 

 私の世界が、ほんの少しだけ広がる様な感覚がしていく。

 

 この世界の広がりが________広がった先のさらに先に、夏目さんは存在しているのだろうか。

 

 

「術式に対しての縛りは他者間での縛り程難しくない、姉妹校交流会までに出来るかは真衣ちゃん次第かな」

 

「がんばります」

 

「ん、いい子だ」

 

 

 そう言って夏目さんは少し背を伸ばして私の頭を撫でてくる……拒むわけにもいかないから、大人しくされるがままにしてるけど……。

 

 誰にも見られてないわよね?

 

 

「それじゃあそろそろ、今日の用事は人探しだからね」

 

「人探しですか?」

 

「そう、歌姫先輩には難しそうだったから、私1人でやる事にしたって事……他の人には内緒だよ?」

 

 

 

 

 

 

 ________同年9月7日、某所。

 

 

 あの継接ぎの呪霊について、限られた情報の中で考察してみる事にしたのが襲撃から3日後。

 

 そういえば、京都校にフィジカルギフテッドとは真反対の天与呪縛を持った呪術師、しかも生徒が居る事を思い出したのはその3日後の夜。

 

 本格的に考察をし始めて_______呪詛師と呪霊が手を組んでいる事と、背後に件の呪詛師がほぼ確実に絡んでいるであろう事を踏まえれば。

 

 

 一つの解が私の中に浮かび上がった。

 

 

 先ず大前提として、あの継接ぎ呪霊、正確にはあの継接ぎ呪霊が使っていたとされる術式についてだ。

 

 あの時、任務に付いて来た補助監督と変わる様に不愉快なオプジェのソレは、生物としての輪郭を残しながらだが確かに生きていた。

 

 補助監督がああなった、そう考えるの自然で、だとすればそれは術式による変容だという事がわかる。

 

 追いかけた時に口から吐き出した生物のようなものも生きていた、つまりは生物、そして恐らく________元は人間。

 

 自他含めた肉体の操作、或いは変容、いや……?それだけじゃ無いな。何かある、それ以上の真髄が。

 

 

 その術式は毒にもなるだろうが薬にもなるだろう、肉体の変容が可能なら反転術式とは違う要領で肉体の欠損を治す事が出来るはず。

 

 例えばそう、元から肉体の欠損を患っている人間であったとしても。

 

 私の虚数による便宜上瞬間移動に属する術は一度訪れた場所か、私の指標に関わる人物に限定される。

 

 これは縛りじゃない。自らを含めての虚数術式の運用法は指標を定めなければ私自身が虚数に近付き過ぎてこの世から”完全に”居なくなってしまう可能性があるからだ。

 

 少し時間はかかったが、目星の付けた場所を虱潰しに探せば自ずと見つかる程度ではあったかな。

 

 

「実際に会うのは初めてかな、何て呼べば良い?メカ丸くん」

 

「どう、してだ、なぜ。ここに」

 

「単刀直入に言うけれど、呪詛師に誘われたね。そして協力する事に君は頷いた」

 

「ッ……俺は、秘匿死刑……か」

 

「いいや?寧ろそれでいい(・・・・・)

 

「なっ……!?」

 

 

「その状況を活用する。さてメカ丸くん、共同任務だ________」

 

 

 両面宿儺の受肉に気を取られて私に情報を与える事になったのを甘く見たか?呪詛師(マヌケ)

 

 その時(・・・)がいつになるかは知らないけれど。

 

 次は逃さない、確実にこの手で祓ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________同日東京、下水道内部。

 

 

 

 すっからかんの呪力、満身創痍の肉体、はははっ……!なんてインスピレーション。

 

 始まりは一週間前、誰でも良かったんだけど、丁度良い頭のいい馬鹿が釣られたからそいつを使って、呪詛師から学んで、俺自ら試行錯誤しながら術式の可能性を追う実験。

 

 こっちの結果は上々、というか多分あの呪詛師が俺の術式を使ってやって欲しい事ってのは”ああいう“のなんだろうな、あんまり惹かれないなー。

 

 

 まぁこれは次いでで、一級術師との戦闘、あの七三術師も俺に大したダメージも与えられない癖に中々に強かったなぁ……対した隙も無ければ弱点らしい弱点も見当たらない。

 

 やっとの事で触れてチェックメイトしたと思ったら、咄嗟に呪力で本能的だろうけど魂を守りやがったし、アレが一級術師の基準なら俺が祓われる事はまず無いとしても、中々に面倒臭い。

 

 改めて第二ラウンドかと思えば壁を瓦礫の山に変えて撤退されるし……まぁ気を取り直して数日経って準備した仕掛けを発動、宿儺の指を餌に順平の親を呪霊に殺させて、てきとーに嘘ぶっこいて、良いタイミングで、ポン!

 

 

「ははっははっ!げほっ……あー、傑作だったなぁ……あの顔」

 

 

 漏瑚達にも見せてやりたかったよ、宿儺の器(虎杖悠仁)のあのなっさけねぇ〜姿!まじサイコー。

 

 その後も後で、アイツが中々に天敵だったり、死の間際の領域展開、両面宿儺という呪いの王の存在感、まぁ色々あったけど……ッ!

 

 

「やっ、楽しかったかい?」

 

「最高だったよ!死にかけたけどさ!」

 

「くくっ…… 今際の際程呪術の核心に触れやすいものだよ」

 

「その通りだったよ、いやぁ疑ってた訳じゃないけど、あんなにも世界が変わるような感覚なんだね」

 

「まだまだ真人は成長できる、私が保証してあげよう」

 

「ははっ、何それー」

 

 いつの間にか、何処から見ていたのか俺達と行動を共にしている呪詛師が“柔かに”近付いてきた、外見と打って変わって鬱散臭ぇー笑みだなぁ。

 

 ま、良いけどね。俺達の目的とこの呪詛師の目的は違くても、利害が一致している限りは手を組み続けてやるよ。

 

 そんな事より、あぁ……俺はいま、どうしようもなく虎杖悠仁を殺したい!

 

 

「もどかしいなぁ……」

 

「いいじゃないか、肉体と違って魂は何度でも殺せる、そうだろう?真人」

 

「ははっ、確かに!次はどう殺してやろうかな」

 

「っと、そうだった。ねえ真人、少し手伝って欲しいことがあってね、あぁ勿論今日は休んでもらっていいよ」

 

「言われなくても、正直げーんかい!一歩遅かったら祓われてたかもだし」

 

 

 呪詛師は薄笑いながら俺にその手伝って欲しいって内容を話しながら歩く。

 

 少し前を歩く呪詛師、他の人間なら兎も角、この人間は俺を一番最初に発見して、友好的に接した奴だからかな?

 

 呪霊に感じる気持ちが、ほんの少しだけこの呪詛師にも感じる……なーんて。

 

 

「________ってこと、頼めるかな?」

 

「ははっ、良いんじゃない?にしても性格悪いっつーか、良くやるよ君も、それが夏目鮮花に対する策って奴?」

 

「ん?ああ、いやいや、そういうのじゃないよ」

 

 

 そう言って呪詛師________セーラー服を着た少女は楽しそうに笑って、その姿とは想像もつかない程の邪悪を含ませた言葉(呪い)を吐いた。

 

 

 

「ウザいやつに対するただの嫌がらせ!」

 



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姉妹校交流-曙雲

 

 

 ________2018年、9月中旬。

 

「そっか」

 

 

 私が報告したここ一週間程度の出来事を、夏目先輩はソファーに腰掛けながらただ一言呟いた。

 

 

 人間を限りなく呪霊に近づけさせる、魂に触れその形を変える術式を持った継接ぎの呪霊。恐らく特級クラスのそれに二度戦い逃してしまった事。

 

 任務中その呪霊と接触したであろう吉野順平と、その家族の起きた出来事……つくづく、呪術師という仕事はクソだと考えさせられる。

 

 何よりその発端である継接ぎ呪霊を逃してしまったのは失態でしかない。

 

 

 あの呪霊、あれは子供だ。目の前の玩具に無邪気に遊び、そして成長(・・)する。

 

 似ていた________軽薄、その奥に隠れたドス黒い強さ、呪力のうねりがかの最強(五条悟)に。

 

 私の予想よりもずっと早くアレは進化を続けている、死の間際で学んでしまった事による、私では到達出来ない呪術戦での極地、領域展開すらも会得させてしまった。

 

 虎杖くんが領域内に侵入しなかったら、私は今頃死んでいたであろう。いつ死んだ所で今更悔いはない。

 

 だがあの状況で、友達になれたかもしれない自分と同年代の少年を、目の前で死なせてしまったという自責を抱えた少年の前で自身の死体を見せたくはなかった。

 

 

 ……くそ。

 

 

 少し、過去を思い出した。

 

 尊敬はしないが、信用も信頼もしている五条さんが居なければ。

 

 他者を顧みないが、呪術師としての責務を果たし続ける夏目先輩が居なければ。

 

 ________私は助けたいと思うソレを守れないのか……?

 

 

 

「焼肉、そう。焼肉がいい」

 

「は?……急に何ですか」

 

「硝子ちゃんが言うには人の奢りで焼肉を食べると幸せになれるらしい、七海くん、私に奢っても良いよ」

 

「めちゃくちゃですね」

 

「めちゃくちゃだよ?じゃあ七海くんの名前で予約しといたから、ついでに私の相談にも乗ってもらうよー?」

 

 

 ……はぁ。

 

 全くこの人は、何故こうも人の感情を敏感に反応出来るのか、五条さんにも見習ってもらいたいですね。

 

 いやあの性格で見習われると却って危険か、主に私含めたほぼ全ての呪術師が。

 

 ですがまあ……その昔から変わらない気遣いには助けられているのも事実だ。

 

 

「七海くん、辞めてもいいよ。私は追いかけない」

 

「労働はクソです、それよりはマシですよ」

 

 

「あはっ________そっか」

 

 

 

 

 

 

 ________同年同月、京都姉妹校交流会、1日目。

 

 

 

 京都姉妹校交流会、1日目団体戦“チキチキ呪霊討伐猛レース”

 

 指定された区画内に放たれた二級呪霊を先に祓ったチームの勝利となる。区画内には三級以下の呪霊も複数放たれており日没までに決着がつかなかった場合、討伐数の多いチームに軍牌が上がる。

 

 それ以外のルールは一切無し。

 

 

「私ならこのタイミングに仕掛ける」

 

「僕も居て学長も、京都校から来た教師もお爺ちゃんもいる。生徒とは言っても呪術師として日々成長している、その全てを殺せるってぐらい自信満々って訳?大前提高専結界も張られてるのに?」

 

「だからこそ油断するでしょ、先ず自殺行為としか捉えられない場所にのこのこやって来ないって」

 

「仮にそうだとしても、じゃあ目的は何だっつー話」

 

「……五条君に対する嫌がらせ?」

 

「私情絡み過ぎでしょ。つーか、僕の目の届く範囲で何か起きたとしても、僕がいれば解決出来るし、させる。だって僕最強だし」

 

 

 そう言うと夏目は心底バカにしたような呆れ顔をした……うぜ〜一発殴っても罪に問われないでしょ、まぁこいつと違って大人だからしないけどさ。

 

 

「呪詛師の狙いが何かは起こってみないと確定しないけどさ、気を付けてよ?私はその日そこに居ないから」

 

「いやいや、何それ初耳なんだけど」

 

「私の予想が的中したら、私が高専にいる訳には行かないんだよ」

 

「その理由を話せよ」

 

「やだよ」

 

 

 ……ッチ、こいつ言いそうにねぇな。

 

 心当たりはある、夏目本人からは悟る事は出来なかったがその近くにいる硝子の目の隈がいつからか少しマシになってるのを見て、こいつらが結託して何かを隠してる事に気づいた。

 

 予想は出来る、確証は無えけどまぁ間違いなく傑に付いてきた呪詛師絡みのなんかだろ。

 

 確か悠二達とそう変わらない年の呪詛師も居たよな、匿ってんのか?……まぁ、それは見逃しても良いけどさ。

 

 としたら、夏目お前……。

 

 

「何?そのにやけ面。普通にキモいから辞めた方がいいよ」

 

「べっつに〜〜?まぁそれなら良いよ、こっちはこっちで僕が何とかするから」

 

「はいはい、まぁ一応“保険”は打っといたから、信用してないし五条君の事」

 

「は〜〜〜?」

 

 

 

 ……って話が、この日が来る前日の話。

 

 

「五条!帳が降りる前にアンタだけ先に行け!」

 

「いや無理」

 

「はぁ?!」

 

 

 んで、今実際起きてんのがコレ。

 

 まさかあいつの予想通り呪詛師がやってくるとはね……しかもご丁寧に僕対策はバッチリって訳だ。

 

 視覚情報より術式効果を優先してある、上手いじゃん。

 

 まぁだとしても下りたところで破れば良い話でしょ________そう思って帳に触れた瞬間、手が弾かれた(・・・・)

 

 なんだ?この違和感。

 

 ふとお爺ちゃんと歌姫の方を見てみると、歌姫は普通に帳の中に腕を突っ込んで平気そうだった。

 

 ……!なーる、そういう事。

 

 

「歌姫、お爺ちゃんは先行って。この帳“五条悟”の侵入を拒む代わりにその他“全ての者”が出入り可能な結界だ」

 

 

 特定の個人にのみ作用する結界……余程腕の立つ呪詛師がいる、こちらの情報をある程度把握もしている。

 

 ……夏目と殺り合った呪詛師本人か?いや、どちらにせよ生徒1人でも殺されたら僕らの負けだ。

 

 ったく、舐めてくれるよね……僕がここ(・・)にいるのを分かっているのに本当にこの日に仕掛けるなんてさ、あームカついて来た。

 

 

「さてさてどうするかな」

 

 

 夏目の危惧は確かに正しいかもだけど、まぁ大丈夫でしょ。

 

 生徒に危険が起きているのは確かだけれど、だからって僕と夏目が鍛えた生徒がそう簡単に殺される?

 

 はっ、ありえねーだろ。

 

 

 恵も悠二も野薔薇も、二年の皆も京都校の子達も、そんな柔じゃない。仮に特級が相手だとしてもだ。

 

 

「まあ取り敢えず」

 

 

 この帳がぶっ壊せるか色々試してみましょーか。

 

 

 

 

 

 

 ________帳が降りるより数刻前。

 

 

「変です」

 

 

 虎杖に東堂さんの相手を任せて数分後、違和感に気付いた俺は真希さんにそう言って足を止めた。

 

二級呪霊(ターゲット)がそっちにいるってことか?」

 

「いや二級なら余程狡猾でない限り玉犬が気づきます」

 

 仮に一級に近い二級呪霊だとしてもこの違和感は呪霊のソレじゃない。

 

 ……可能性には入れていた、まさか本当のやるとは思わなかったが、核心に近い違和感の正体。

 

 

京都校(アイツら)虎杖殺すつもりじゃないですか?」

 

「……あり得るな」

 

 

 俺達(東京校)と違って京都校は虎杖を知らない、知らない奴から見てみれば宿儺の器っていうのは恐怖の対象でしかない。

 

 呪いを祓うのとそう感覚は変わらない、ただでさえ呪術師はその辺の感覚が外れやすくなる。

 

 くそッ、しくじった……!分断する前に気付けていた事だろ。

 

「戻るぞ伏黒」

 

「……すいません」

 

「何謝ってんだバカ、仲間が死んだら交流会も勝ち負けもないだろ」

 

 そう言って真希さんとほぼ同時に駆け出して戻って________京都校の先輩、まともそうだと勝手に思っていた加茂さんに向かって襲いかかる。

 

 反応されて防がれたがこれは想定内だ……一応、言葉で確認する必要がある。

 

 

「加茂さん、アンタら虎杖のこと殺すつもりですか?」

 

「!……その通りだ、と言ったら?」

 

「失敗したんですね、この短時間で虎杖が殺される筈がない」

 

「殺す理由がない」

 

「あるでしょ、上や御三家ならいくらでも________!」

 

 

 虎杖を殺しには向かわせない、このまま追撃して再起不能にする。

 

 今使っている旋棍でそのまま体術戦をしようとするよりも先に加茂さんが後方に駆け出す________っ思ったより足が早い、そうそう簡単にこっちのペースにはさせないって事か。

 

 自分が有利になるフィールドに誘ってる?考えた所で俺が追いかけることをやめる理由にはならないか。

 

 次々と来る矢を払いながら加茂さんを追いかける……器用ってのもあるけれど物理法則を無視しているのは加茂さんの術式だろうな。

 

 建物内、多少離れた所で加茂さんはこちらに振り返った。

 

「式神は使わないのかい?出し惜しみされるのはあまり気分が良くないね」

 

「加茂さんこそ矢ラス1でしょ、貧血で倒れても助けませんよ」

 

「心配いらないよ、これらは全て事前に用意したものだ」

 

 

 ________赤血操術、自身の血とそれが付着した物を操る。血筋大好きの御三家らしい術式だな。

 

 玉犬は仕事中、もう一種は出してないが二種出せる事は加茂さんも気付いてるだろう。俺の十種影法術は知られてると考えて良い。

 

 だからって俺がどの式神を出すかまでは分かってないだろ。

 

「フッ!」

 

 

 俺が旋棍を捨てて影絵を作るのと同時に加茂さんは天井に向かって矢を放つ。

 

 一瞬、姿が瓦礫と重なって消える、瞬く間に向かってきた腹を狙った左拳に、既の所で腕を固めてガードする。

 

 

 ________ッ重い!こんなパワーあったのかこの人、重いだけじゃない、速さもさっきまでの違う、まるで別人。

 

 血を操る……体内の血を操っているのか!

 

「ドーピングか!」

 

「よく気づいた、だが俗な言い方はやめて欲しいね!」

 

 続けて振るわれる猛攻に呪力で体を守りながら捌いていく。

 

 ついていけない程じゃないが、この状態を長く続けられると不利になるな……!

 

「何ッ!」

 

 矢が放たれる前に建物の隙間に隠すように呼んでいた蝦蟇の下で腕を拘束させて一瞬動きを止める。

 

 この一瞬の硬直の間に自らの”影“で取り出した呪具________流石に刃物系は出せないから、棍棒で吹き飛ばす!

 

「〜〜〜っ!やるじゃないかい伏黒くん、本当に二級か?」

 

 ッくそ、咄嗟に腕でガードされた。だが距離は離した、手で影絵を作る時間は作った。

 

「何でちょいちょい仲間意識出してくるんですか……」

 

「共感さ、君もゆくゆくは御三家を支える人間になる」

 

 

 ________満象。

 

 出し惜しみはしませんよ、戦っていて大体実力差は分かった。

 

 ドーピングで強化された加茂さんにも俺はやや劣勢になっても付いていける。十種で呼び出した式神混じりなら恐らく勝てるはず。

 

「私は、私個人の判断で虎杖悠仁を殺すつもりだ。それが御三家……加茂家の人間としてとして正しい判断だと思っている……君にも理解出来るはず」

 

「しませんよ……ていうかそういう話は真希さんとして下さい。そもそも俺は自分が正しいとか間違ってるとかどうでもいいんです」

 

 

 俺はただ自分の良心を信じてる、自分の良心に従って人を助ける。それを否定されたら後は、呪い合うしかない。

 

 

 ________加茂さんが動くよりも先に満象による水流を放出させる。

 

 量と質で押し流して広い場所に出させた、すぐさま追いかけて鵺を呼び出して追撃に向かわせる。

 

 宙に浮かせれば選択肢は限られる、このまま鵺で戦闘不能にさせようと考え、だが加茂さんは懐から何かを取り出すと鵺に投げた。

 

 輸血液……!事前に用意していた血で拘束された。ただダメージは残っている筈、さっきみたいに動けるとは思えない、このまま畳み掛ける……!

 

「私は、負ける訳にはいかんないのだ!」

 

 

 そう言いながら体内に血を巡らせて俺に向かってくる加茂さんと相対し。

 

 

 ________刹那。

 

 

「なっ……!」

 

「はっ!?」

 

 

 建物を遥かに凌駕する木の根の質量が、視界の隅で展開された。

 

 

 

 

 

 

 

 ________伏黒が満象を呼ぶより少し前。

 

 

 分かってた。

 

 真希には私にはない才能がある。

 

 メカ丸と同じある意味逆の天与呪縛、本来術式を持って生まれたはずだったアンタは術式(ソレ)と引き換えに人間離れした身体能力を与えられた。

 

 禪院家では認められなかった才能。私にはなかった才能。

 

 

「素手で触るもんじゃねえな」

 

「……でしょうね」

 

 

 もう一度私は拳銃を真希に向ける、その行いに真希は疑問に思って、今漸くソレに気づき始めた。

 

 構築術式________己の呪力を元に物質を0から構築する術式。

 

 領域展開における結界内での生得領域の具現化とは異なり構築術式で一度生成された物質は術式終了後も消えることがない。

 

 それ故に呪力消費が激しく体への負担が大きい、私には一日一発の弾丸を作るのが限界。

 

 分かりやすく弾数でブラフを貼るためのリボルバー、六発放ち切った後の7発目は先ず間違いなく当たると思っていた。

 

 それでもアンタは対応した、本当大っ嫌い。

 

「私が具現化した物質は生成から術式終了後3秒後に消える」

 

「術式開示……いや違えーな、はっ……縛りか?」

 

「夏目さんは苦手だけど、アンタと違って嫌いじゃない……!」

 

「なるほどね________そーゆーことかよ!」

 

 

 受け売り通りに自分の術式を縛る事が出来ても私の呪力量が変わった訳じゃ無い、元となる呪力量が少ない私が、術式に対して縛りを加えたとしても飛躍的に構築術式が扱えるようになった訳じゃ無い。

 

 そもそも一度物質を作っている時点で呪力が減るのは確定事項、近代兵器を使うと決めた以上弾丸以外を創らない縛りも加えても、私が物質(弾丸)を創り出せる数は精々一日に7発、限り限りで8発程度!

 

 だからってアンタは私がどれだけ物質を作れるか知らないでしょ……っ!

 

 

「っぶね!」

 

 

 放つ銃弾を手に持った刀で弾く、続けて撃ち出した2発目は体を捻る事で避けられる。

 

 真希と目が合う________もう目と鼻の先、近接戦闘で勝てるとは思えない、私は一歩下がって、その一歩を真希の踏み込みが大きく超えてきた。

 

「まだよ」

 

 トリガーが引くよりも先に私の足が払われる。

 

 不発に終わる弾丸、体勢を崩しても私の手はまだ拳銃を持っている、近距離________ゼロ距離からの射撃。

 

 

「っのやろ……!」

 

「ぐっ!」

 

 

 トリガーを引いた先の真希の腹部に私の弾丸が命中した。

 

 それを顰めっ面で堪えるような顔をしながら、真希は私の拳銃を蹴り飛ばして薙刀の棒の部分で私を薙ぎ払って木に叩きつけた。

 

 ……予備の拳銃、持ってきて正解だった。

 

 

「________まだやるか?」

 

「げほっ……当たり前、でしょ」

 

 

 腹部と背中の痛みを無視して、木に手を付けて予備の拳銃を真希に向けながら私はそう口にした。

 

 ……残り2発が限界、それ以上は多分気を失う。

 

 それでも、私は。

 

 

 そう思って、真希に目を向けた瞬間。

 

 

 夥しい程の呪力のうねりが、この空間を支配した。

 

 

「何……!?」

 

「あの方向……っまずいな」

 

 

 そう言って真希は私に背を向けて駆け出し始める。

 

「っ逃げるの!?」

 

「バカかよ!交流会とかそれどころじゃねーだろ、緊急事態だ!おい真衣、倒れてる釘崎と三輪って奴連れてここから離れろ!それから教師連中にも」

 

「うるさい!」

 

「________真衣、おまえ……」

 

 自分の感情が、呪いが、止められなくなって言葉に出る。

 

 

「私は……私は、呪術師になんてなりたくなかった……ッ」

 

「今は話してる場合じゃ……」

 

「なんで、家を出たの?どうして一緒に落ちぶれてくれなかったの?」

 

 

 腹の底から出た本音、あの日確かに約束してくれた筈の言葉を、どうして裏切ったの。

 

 

「……あのままじゃ私は私を嫌いになってた、それだけだよ________ごめんな」

 

 それを真希は目を伏せながら、静かにそう口にしてその場から離れていった。

 

 私を置いていって誰かに縛られる事なく、また。

 

 

「嘘つき……」

 

 ただ、一緒にいて欲しかっただけなのに。

 

 

 真希も……私も。

 

 

 大っ嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________帳が降りてから数分後。

 

 

 高専結界内、帳の中にて現れた推定特級呪霊「花御」

 

 決行された計画に対しての“囮役”である花御は、予め呪詛師による助言により高専の生徒を殺すまで追い込む事はせず、されど戦闘不能程度には追い込みように調整しつつ戦闘を開始。

 

 呪言師である犬巻棘は呪言の反動により戦闘不能、加茂家時代当主加茂憲紀は花御による打撃の応酬で戦闘不能。

 

 助太刀に来た四級術師禪院真希は度重なる呪い合いの果てに、戦意は失ってないまでも肉体の消耗が激しくこれ以上の行動は限界。

 

 その最中に乱入して来た一級術師東堂葵、同じく乱入した宿儺の器虎杖悠仁。

 

 しかし花御が今、何よりも不可解で何よりも疑問なのは。

 

 

 ________あの東堂とかいう人間も宿儺の器も私より弱い……それはこの影を使う少年もその筈。

 

 だというのに決め切れなかった……!

 

 戦闘時に於けるセンスか、或いは実戦経験、訓練量によるものか。

 

 打ち込む筈だった根を間一髪の所で蝦蟇を呼び出して盾にする事で直撃を避け、瞬時に術式を解いて完全に破壊される事を防ぐ事に成功させていた。

 

 事実として伏黒恵は、禪院真希や虎杖悠仁並みに身体能力が高い訳ではない。

 

 一級術師東堂葵と比べれば呪力量も並びこそすれど超えている訳ではない。

 

 にも関わらず特級相手に圧倒的劣勢ながらも動けているのは、花御が殺害を禁じている事の影響か?

 

 

 否。

 

 

「パンダ先輩、俺はまだやれます。真希さん達を連れて帳を出て下さい」

 

 

 今漸く、伏黒恵は自らが「強敵相手との戦闘」に対して自らの現時点での実力の一歩先のポテンシャルを発揮出来る事を実感する。

 

 それは極稀に過去の因縁から本気で殴りかかる五条悟による教育(・・)や、夏目鮮花の虚数術式を用いた実用的戦闘訓練。

 

 そしてそれらを含めた上で少年院での出来事、呪いの王両面宿儺との戦闘。

 

 それが決定打となって伏黒恵は対強敵に対して、呪術師としてのステージを昇格することになった。

 

 それはつまりこれから始まる戦闘に付いて来れるという事。

 

 

「ククッ……やはりお前は面白い男だな(・・・・・・・)、伏黒!」

 

「は?なんすかいきなり」

 

「ふっ……お前のタイプの女は俺とは真逆だがその在り方は認めてるぞ……」

 

「えっ何何?その話詳しく教えてくれたりしない?」

 

「うっぜぇ……!お前も東堂さんも状況分かってますか……!」

 

 特級呪霊相手に、生徒三人。

 

 数では有利だとしてもそれでも個々の質では花御が数段上である事には変わらない。

 

 

 ________どうする?俺もそうだが虎杖にとっては敵う相手じゃ無い、少年院の時とは訳が違う。東堂さんは俺たちより強くてもあの呪霊相手に一対一で祓える程強くはないだろ……!

 

 徒党を組んで祓えるとも思えない、時間稼ぎに専念するしかない……だとしても、この呪霊相手にどこまで通用出来る?俺が致命的な攻撃を受けて居ないのは、単純にあの呪霊が俺相手に“本気”になってないだけだ。

 

 いつ本気になるかわからない、その時が来たとして、虎杖を守り切れる自信はない、自分の事で精一杯になった上で、俺自身も無事でいられるかわからない……どうやってこの帳が晴れるまで持ち堪える?

 

「俺は手を出さんぞ、無論伏黒も手を出すな」

 

「はぁ?!何言ってんすかアンタ!」

 

 

 伏黒の思考を遮るように東堂葵はそう宣言する。

 

「虎杖が黒閃をキメるまでどんな目に遭おうとも俺はお前を見殺しにする!」

 

「押忍!」

 

「押忍じゃねえよ……ッ!虎杖、お前________」

 

 

「伏黒、大丈夫」

 

 

 振り向いた虎杖悠仁の顔は、あの時同じ言葉を言った人間とは思えない程に、心の底からの「笑み」を浮かべて。

 

 伏黒恵はその言葉を受けて、続けようとしていた言葉を止めた。

 

 

「羽化を始めた者に何人も止めることは許されない、虎杖は今そういう状態だ」

 

「ッ……!次死んだら殺す!」

 

「そんじゃ死ぬワケにはいかねーな」

 

 口に血が出るほどに噛み締めて、伏黒は握り拳を作りながら虎杖悠二の羽化を尊重した。

 

 花御はその様子を観察しながらも、会話の応酬を考察する。あの東堂とかいう男の謎の胆力、余程の術式を持っているのか。そしてコクセンとは……?

 

 

「お前、話せるのか……一つ聞きたいことがある」

 

 

「________お前の仲間にツギハギ型の人型呪霊はいるか?」

 

 

『いる、と言ったら?』

 

 

 瞬間、水面を叩く強烈な打撃と共に、虎杖悠仁と花御の殺し(呪い)合いが開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________同時刻、呪物庫前にて。

 

 

 高専にある寺社仏閣そのほとんどがハリボテで、天元の結界術によって日々配置を替えている。

 

 その中の千を超える扉の内一つが“指”を含める危険度の高い呪物を保管する“蔵”へと通じている。

 

 その日どの扉が蔵へと繋がっているかは天元しか知らないから邪魔は入らないはず。

 

 以前高専に回収させた指に、回収前に呪詛師が特級呪霊真人の呪力で作った札を貼っていた、一層の内部の封印だからまず気付かれない。

 

 だから本人________真人なら簡単に辿れる、ここまでは良いだろう、実際その通りで呪詛師と呪霊側の計画は順調に進んでいた。

 

 

 問題なのは次。

 

 

 門番的なモノについて真人が呪詛師に聞いた時、扉と蔵の間に天元の側近が2人、ただの雑魚がいるということを真人は聞いた。

 

 帳が降りる前に高専に待機している呪術師を静かに殺してあげて、そろそろ宿儺の指辿るかと考え行動を開始して、真人は扉の前に来た。

 

 ここまでは良い、何の問題はない。

 

 そう、さっきも思ったけど問題は次、今この瞬間って事。

 

 

「なーんで君がいるのさ……七三術師ィ!」

 

「______夏目先輩の相談はいつだって、面倒な事を押し付けてくる合図ですね」

 

 

 扉の先の蔵に“指”がある、その扉の前に一級術師七海健人はため息を一つ溢しながら、目の前に現れたあの日逃した特級呪霊に相対した。

 

 きっかけは七海の奢りで夏目鮮花と共に焼肉屋での会話だ。

 

 

 ________念の為、姉妹校交流会の日に宿儺の指が管理されている扉の前に居てくれない?嫌な予感がするんだよね。

 

 そう夏目鮮花は七海健人に対してお願い(・・・)をした。

 

 夏目鮮花にとって七海健人という人間は自らの直属の後輩であり、そして夏目にとって“最も”信用と信頼をおいている出来る(・・・)後輩なのだ。

 

 その出来る後輩に自らの懸念を語り、説得し、その結果がこの瞬間だ。

 

 大前提として指の在処は天元本人しか知らない、その認識は呪術師も同じ。

 

 だから夏目鮮花は機会を見計らって天元と限りなく近い位置まで接近(・・)した。

 

 虚数術式を用いて代用した結界術によるその力技は、己の居場所を悟られる事を拒絶した天元に対して「会話」という手段を取らせる事に成功したのだ。

 

 それによる指の在処の特定、その扉前に自らの信用も信頼もしている後輩をその日だけ配置。

 

 

 ________ハハッ、読み合い負けてんじゃんかアイツ……!

 

 

 作戦決行前、真人は何気無しに「なーんか他に注意事項とかある?」と呪詛師に聞いた際「……強いていうなら、夏目鮮花がどう動いているかだけど……私達の動きを気取った様子は無いし、大丈夫」と言っていた事。

 

 だというのに、目の前の状況はどうだ?

 

 真人は笑った、あれだけ慎重に行動している呪詛師が、些細なミスすら気を遣ってるであろうあの少女の皮を被ったアイツが、思考戦に於いて夏目鮮花という特級呪術師に一歩先をいかれている!

 

 ああなるほど確かに!今漸く分かった、五条悟だけじゃなく夏目鮮花も今後の計画に邪魔だって理由のその核心が!

 

 真人は呪詛師に共感した。あぁ確かに邪魔だ、呪術師としての実力以上に、その異様なまでの思考の発想……発展、そしてそれらを実行出来る胆力と行動力、そのすべてが。

 

 しかしその共感を超える感情もまた、真人の中で渦巻いていた。

 

 それは、あの日の呪術戦の続き、つまり_______純粋なまでの、戦闘意欲。

 

 

「虎杖無しで俺を祓えんのかよ七三術師!」

 

「正直難しいでしょうね、ですから________数分後、あなたを祓える術師が来ます。その間この扉を通さずに時間を稼げば良い」

 

「ハハッ、その数分で君も殺すし呪物も奪えるさ!」

 

 

 夏目鮮花が到着するまでここで時間を稼ぐ、何故夏目鮮花本人がこの扉の前で守らなかったのか、その理由は知っている。

 

 そしてそれが本当なら夏目にとって高専での呪物よりも優先順位の高いモノ、七海は夏目鮮花が自らの指標で動く人間だと理解している。

 

 だからこそ、この時間稼ぎは自分にしか出来ない事だと理解してしまった(・・・・・・・・)

 

 

 七海健人にとって幸運だったのは、呪物を奪いに来たのが一度戦闘を行った事のある継接ぎの呪霊であった事。

 

 仮にここに居たのが夏目鮮花と交戦した呪詛師だった場合、時間稼ぎすらもままならないまま殺されていたであろうと七海は考えていた。

 

 

「領域、使えないんでしょう?私を殺す事は出来ても、領域程の呪力の起こりを五条さんが先ず見逃す筈が無いですから」

 

「ははっ、だとしても何度も触れれば君も呪霊の仲間入りさ!」

 

 

 両者共に戦闘を開始する。

 

 

 

________それは時同じくして、虎杖悠仁と花御の戦闘が始まるのとほぼ同時刻であった。

 




次話は明日か明後日。


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師弟廻戦-球-

 

 

 ________高専内、帳の中にて。

 

 

 何故、東堂葵が虎杖悠仁に黒閃をキメさせようとしたのか。

 

 伏黒恵は虎杖の動き、そしてその戦い方を見て、少しではあるが理解した。

 

「水面を叩いて姿を隠しての、迅速な蹴り技……しかも」

 

 ________真希さんより速い(・・・・・・・・)

 

 虎杖が死んでいる間に何があったかは知らないが、明らかに以前と比べて呪術師として次の段階に進んでいる……!

 

 だが速いだけじゃ特級呪霊……花御には傷は付けられない、素の身体能力ではトップクラス、だがその動きのキレに呪力の動きがついて来れていない。

 

 並の呪霊ならそれだけで祓えるとしても、特級にもなれば有効打になるとは言えない。

 

 

「時に伏黒、黒閃をキメた事はあるか」

 

「……ある(・・)。だから東堂さんが言いたい事はわかる、だからって狙ってアレを起こせる術師は居ないだろ」

 

「そうだ。あの五条悟ですらそれは不可能……だが見ろ、兄弟(ブラザー)を」

 

 ……は?兄弟(ブラザー)ってなんだ、何言ってんだコイツ。

 

 疑問を一度思考の隅にやり、伏黒は改めて虎杖を見て、気付く。

 

 そしてそれは、目の前で相対している花御が一番良く理解していた。

 

 

 ________凄まじい集中力!

 

 

 涎が出ている事に気づいてない様子で、ただひたすらに虎杖悠仁は集中した。

 

 ただただ抑えたソレに怒りはなく、雲一つも雑念が無い。

 

 それは数週間前、虎杖が不定期的に教えを受けてもらっている夏目鮮花に言われた言葉が、その雑念のない集中力を可能にさせていた。

 

 

「このままじゃ虎杖君はだめだめだね」

 

「そうっ……すか」

 

「一度、全てを忘れて。無心になりなさい、雑念が無いほど呪力の流れを掴みやすい」

 

「が、頑張ってみます!」

 

 

 最初は何言ってるんだろって思ってたけど。

 

 今はわかるよ、夏目先生。

 

 

 ________黒閃。

 

打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。威力は通常の2.5乗。

 

 黒閃を狙って出せる術師は存在しない。

 

 だがしかし、黒閃を経験した者とそうでない者とは呪力の核心との距離に天と地程の差がある。

 

 虎杖の涎が落ちる、その刹那に迫り来ると判断した花御は臨戦態勢を整え、そして虎杖はそれに向かって、その拳を振るう。

 

 打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間、空間は歪み________呪力は黒く光る。

 

『ナッ……!?』

 

 黒閃、その黒い閃光はその呪力を迸らせ花御のガードの片腕諸共吹き飛ばす。

 

 今ここに虎杖悠仁は黒閃を経験し、成った。

 

 

「今のが黒閃……!」

 

 自身に満ちる呪力の流れを、今までとは全く違うソレに虎杖は困惑する。

 

 呪力の“味”、黒閃を経て呪力という食材の味を理解した虎杖は、呪術師として3秒前の自分とは別次元へと立っている。

 

 それを伏黒はその目で観測し、そして一度目を閉じた後、大きくため息をついて________虎杖悠仁の隣へと並んだ。

 

 そして東堂葵もまたそれが自然である様に、反対側の虎杖悠仁の隣に並ぶ。

 

 

「俺の呪力はさっきの戦闘で大分減ってる、あんま当てにすんな」

 

「おっけー……うげっ、治んのかよ腕……!」

 

「呪霊の体は呪力で出来ている、人間と違い治癒に高度な反転術式は必要ない。特級ともなればあの程度の怪我わけないさ」

 

「だからって確実に呪力は削れるし急所(あたま)を潰せば特級でも祓える」

 

「その通り!さぁ調理を開始しようか!」

 

 

 三位一体、それぞれの戦闘準備が始まる。

 

 そしてそれは、明確に自らの体に傷を付けられた花御もまた、その刃を尖らせることを決定した。

 

 

『あなた方には多少本気を出した方が良さそうだ』

 

 

 迫り来る呪力のおこり、地面から急成長する様に聳え生える広範囲の木の根が虎杖達に向かって襲いかかる。

 

 ソレを虎杖、東堂は自らの身体能力で木の根の上に、伏黒は「鵺」を呼び出す事によって上空に飛ぶ。

 

 強大な木の根から生えるように現れる花御にいち早く察知した虎杖と東堂は背後を向いて、間髪入れずに放出される極小の木の根を体を捻って回避し、反撃。

 

 ________重い!

 

 両者の拳を受け止めた花御はその拳の重さに驚く。先刻の黒く光る打撃程ではないが各々が確実に私にダメージを与えるだけの威力がある。

 

 花御の意識が虎杖と東堂に向かう。

 

 その意識の外から現れる、第三の牙が花御の意識の外、上空から降り注いで、影絵をその手に組みながら声を出す。

 

「合わせろ!」

 

 その短い声に虎杖と東堂は瞬時に花御に向かって駆け出す。

 

 上からの声に花御が上空からの襲撃に気付いた頃には、既に伏黒の影絵は完成していた。

 

 ________特級呪霊相手に何処までコレ(・・)が通用するか分からねーが……!

 

 

「満象!」

 

 

 空から飛来する強大な式神。

 

 その質量を咄嗟に花御は両手で受け止めた。

 

 アフリカ像の体重は成体で3〜6トン程の重さにもなる、実際の生物ほどリアルに再現されている訳ではないが、しかし十種影法術によって生み出された満象であってもその重さは呪霊である花御であっても両の手で受け止めなければならない程で。

 

 

 ________っまずい!

 

 

 虎杖と東堂の拳が花御に向かうよりも先に、足場にしていた木の根がパッと瞬く間に消える。

 

 実物に呪力を通し操っている訳ではなく、今までの質量の全てが花御の呪力で具現化、顕現させたもの。

 

 呪力の指標が満象に向かうのを察知した伏黒は即座に式神を影に戻して破壊されることを防ぐ、ソレ自体が花御の目的。

 

 フェイク。本命は重力に逆らう術の無い下に落ち続ける呪術師二人!

 

 

「っまずい、避けろ!」

 

「「ブラザー!」」

 

 

 花御が足場にしている螺旋に丸まった木の根から放たられる鋭利な木を、両者のタイミングを合わせて足と足を合わせて互いに蹴り出すことでその攻撃を躱す。

 

 花御は上空に飛ぶ伏黒のマークを外していたつもりは無い。しかしソレでもなお攻撃の隙を見計らいって鵺の背に乗りながら、伏黒自ら攻撃を加えようと接近する。

 

 迫り来る式神使いに反撃をするように意識を向けたその瞬間、花御の視界が白に染まる。

 

「脱兎」

 

 圧倒的な物量により視界を奪い、押し潰す様に現れるソレもよって足場から体が上空に浮かぶ。

 

 無防備、チャンスと捉えた伏黒が影から呪具を引き出すのと同時に、より早く花御が木の根を操って追撃をされるよりも早く地面へと着地する。

 

 

 ________先程の攻撃を躱すあの二人、そしてこの黒髪の式神使いの攻防!だがなんだ、この気持ちは!

 

 

 いつかに言われた、仲間である真人の言葉が蘇る。

 

 気付けば欺き誑かし殺しいつの間にか満たされている、人間が食って寝て犯すようにこれが呪いの本質だと語り、俺達は理性を獲得したかもしれないがでもそれは本能に逆らう理由にはならないと。

 

 まさにその通り、あの時の言葉が理解出来てきた。

 

 真人、私は今________戦いを楽しんでいる!

 

 

「ッ!」

 

 

 特級呪霊のギアが段階を上げていくのを伏黒の経験が、虎杖の嗅覚が、東堂の頭脳が。

 

 それぞれ三者が異なる理由で察した。

 

 地面に降りた花御が自然の花弁を展開させて虎杖と東堂に飛ばす、ソレに気取られ、一瞬の隙が出来た瞬間を見計らって地面から木の根の質量にて猛攻を開始する。

 

 迫り来た木の根を回避し防ぎ、だが止まらない質量を、だがそこに伏黒が召喚した満象による水流の質量と相殺させる

 

 呪術師と呪霊、互いに仕切り直しの状態。

 

 

「やるな伏黒!大丈夫か虎杖!」

 

無問題(モーマンタイ)!」

 

「重畳!では、俺の術式を解禁する……!」

 

「は?!使えるなら最初から使って下さいよ……ッ!」

 

「逆に伏黒は使い過ぎだって!呪力大丈夫なのかよ」

 

「これ以上満象は使えない、だから任せるぞ虎杖」

 

「押忍……ッ!」

 

 

 ________第二ラウンド開始。

 

 その最初のコングは花御による、東堂の動き出しに合わせた地面から生えた木の根。

 

 木の根のうねりが東堂の体を大きく吹き飛ばし、それに気を取られた虎杖の前に向かって花御は拳を突き出した。

 

 その拳を伏黒が両の腕でガードし、目の前に現れた花御に反撃を試みる虎杖その攻防はしかし、パンッ!という音がした瞬間止まる。

 

 花御は自ら生み出した木の根の棘が全身に刺さっており、虎杖の拳が何故か東堂の頬を殴っていた。

 

「東堂!」

 

 

 そうか、入れ替え……!

 

 伏黒、そしてその術式を体験した花御はほぼ同じタイミングでその術式の正体に気付く。

 

「そう、俺の術式は相手と自分の位置を入れ替える不義遊戯(ブギウギ)!因みに、手を叩くのが発動条件だ」

 

 東堂は虎杖、伏黒と位置を入れ替えながら花御へと接近する、パンパンと手を叩く音が空間を支配していく。

 

 ________東堂という男と他2人の体格差、入れ替わり後の差異が大きい!私と入れ替わるか宿儺の器と入れ替わるか伏黒と呼ばれている少年に入れ替わるかの三択で思考が鈍る!

 

 まずい、これは。

 

 抜け出せないッ!

 

 

 そしてこの瞬間、まるで測ったかの様に虎杖悠仁の集中力が増していく、それをいち早く察知した花御は、アレ(・・)が来ると守りに呪力を固める。

 

 だが黒く光るその空間の衝撃、虎杖悠仁の打撃は、その呪力の守りを破壊する様に叩き出す。

 

 ________黒閃。

 

 そして、立て続けに放つ、二度目の黒閃。更に集中を加速させた虎杖悠仁の拳は、三度目の黒閃を成功させる。

 

 『調子に乗るな!』

 

 受けきれない事を悟り守りを反撃にシフトチェンジさせた花御の視界に、東堂の姿が現れる。

 

 手と手を合わせようとする動き、位置の入れ替え________今警戒すべきは。

 

 

 そう判断をし、音が響く、しかし花御の視界にはそこには入れ替わると思っていた虎杖の姿はなく。

 

 

「手を叩いたって術式を発動するとは限らない、単純だけど引っかかるよな」

 

 

 その言葉と同時に、虎杖悠仁の放つ拳は黒い閃光を生み出し、四連発の黒閃を成功させた。

 

________決め切れる。

 

 黒閃の連続成功を決めた虎杖を見て伏黒恵はセーブしていた自分の呪力を解放する。それは今まで出さなかった式神、伏黒恵の切り札の一つ、貫牛。

 

 ”距離を取るほど威力が上がる突進“の縛りを持つその式神を、10メートル先に召喚し、自らに向けて突進する様に命令する。

 

 その様子を見た東堂はニヤリと笑って手を叩く、花御は自身と伏黒の入れ替えだと察知し呪力で身体を守る。

 

 入れ替えが発動する、だが花御は予想外にも目の前に伏黒がいた事に驚く、その思考の隙にもう一度手を叩く音がした。

 

 ________まずい!

 

 背後を振り返るとほぼ同時に、貫牛の突進が花御の体を吹き飛ばし、その質量が呪力を含めた肉体をボロボロに破壊する。

 

 追撃あるのみ、誰よりも先に虎杖は花御に向かって駆け出し________その駆け出した動きを東堂が抑えた。

 

「東堂?!何で止めんだ」

 

「見ろ、大地が萎れている」

 

 

 吹き飛ばされた花御が身体を呪力で再生させながらも、肥大化させた右肩に位置する花のようなものから、瞳が生える。

 

『植物は呪力を孕みません、私の右腕は植物の命を奪い呪力へ変換する。それが私に還元されることはない、その全てはこの供花へ』

 

 

 出来る事なら使いたくなかった。

 

 だがこれ程追い込まれては、もはやそうも言ってられない。

 

 あの東堂という男の術式では簡単に避けられるでしょう、だからこれはダメ押しの________呪術戦の極地。

 

 

『領域展開』

 

 

 瞬間、漂う圧倒的な呪力量に虎杖は危機感を覚え、何が来てもいい様に臨戦態勢を取る。

 

 それよりも早く東堂は思考よりも先に、簡易領域を展開する構えをする。

 

 

 その簡易領域よりも早く、伏黒恵は両手に握り拳を作り、指を交互に組むような形で構える。

 

 

 

 意思疎通が出来る程の特級呪霊、その奥の手はきっと“ソレ”だと踏んでいた。

 

 だからこそ伏黒は領域展開を発動させる事が出来る限り限りの呪力量を山勘で見極め、そして今発動しようと掌印を結ぶ。

 

 

「領域展開……!」

 

 

 これは賭けだ。

 

 

 過去、一度だって伏黒は自身の領域展開を“完全”に成功させたことはない。

 

 未だ不完全、されど領域展開に対する対抗策は領域展開に他ならない。

 

 

 ________覚悟はとっくに決まってる。

 

 

 感情を読み解く事の出来ない花御のその顔は何処か悲しげで、しかしそれ以上に戦闘での愉悦故の嬉々とした声で。

 

 対して伏黒恵は今までの表情とうって変わって、吹っ切れた様にその表情に狂気が混ざった様な笑みを浮かべて。

 

 

『朶頤光海!』

 

「嵌合暗翳庭!」

 

 

 互いに領域が衝突する________枯れ果てた木の根が生え大地を彷彿とさせる精霊に近しい類の呪霊花御のその生得領域と、人骨のようなものが浮き周囲を黒く染める、伏黒恵の生得領域。

 

 その二つが互いに衝突し、反発する。

 

 その光景を東堂は目で、耳で、肌で、その五感で感じ取って________その感情を爆発させた。

 

 それは虎杖もまた同じ事。領域展開がどういったものなのかを知っているからこその、その驚愕。

 

「何という……!兄弟(ブラザー)の次にお前は最高の男だ!」

 

「伏黒お前凄ぇよ!」

 

「良いからさっさとあの雑草祓うぞ!領域勝負で長くは保たない!」

 

『バカにするな________人間風情が!』

 

 

 最終ラウンド、恐らくこれが最後の戦い。

 

 互いのボルテージが上がりきったこの状況、この戦況。

 

 呪術戦のその極地は________しかし。

 

 

 外部からの強烈な一撃により崩壊を告げる。

 

 

『________なっ!』

 

 

 花御は何が起きたのかを瞬時に悟った。

 

 既に降りた帳。その上空に目隠しを解き両の手を構えている五条悟。

 

 

 逃走、ソレを判断すると同時に。

 

 

 虚式・茈。

 

 

 蒼と赫を衝突させることで莫大な仮想質量を発射する呪術、その圧倒的な破壊の衝撃が。

 

 

 大地を飲み込み花御諸共地表を分断させる一撃が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________決着より7分前、”扉“前にて。

 

 

 

 

 さて、仕事の時間だ。

 

 

 七海健人は改めて気を引き締め、呪力を巡らせた。同じく特級呪霊真人もその顔を邪悪に歪めながら呪力を昂める。

 

 互いの勝利条件は必ずしも殺す(祓う)事が最優先ではない、だがしかし真人の昂る戦闘意欲が、このまま野放しにしてはならないという七海の思考が合致した瞬間。

 

 呪い合いは始まりを告げるのだ。

 

 

「ヒャ________ハハ!」

 

 

 ________虎杖悠仁と違ってこの七三術師は俺の魂の輪郭を攻撃する事はできない!故に特攻、攻撃あるのみ!

 

 より高い殺戮のインスピレーションを、先手を取った真人は身体を変形させながらその両碗を鎌の様に変形させ飛ばす。

 

 それに対し七海は手に持った呪布を巻いた鉈を振り迫る攻撃を防ぎ、冷静に相手を見極めながら言葉を投げかける。

 

 

「十劃呪法、対象の長さを線分したときに7:3となる点に弱点を強制的に作り出す」

 

「知ってるよ!必死だな七三術師、術式の開示をした所で俺にダメージは与えられないだろ?」

 

 戦闘が加速する、大小様々に変形させ、その身体をより命を刈り取る刃に近付けて目の前の呪術師を殺そうと向かう七海に対し、最小限の肉体操作でその猛攻を防ぎ、裁く。

 

 

 ________予想通りだ、この呪霊は戦いを愉しむ。この扉の先の目的よりも優先して私を殺しにかかってきている。

 

 形成された真人の螺旋状に回り飛ばされた腕ドリルに向け、鉈を振り下ろし7:3となる点を精密に当てて腕ごと真っ二つに破壊させる。

 

 通常ならば深手にもなる程の一撃はしかし真人の魂にまでは届かない、しかし七海にとってはそれは最たる重要な所ではない。

 

 目的はあくまでも時間稼ぎ、そしてこの扉の先に向かわせない事だ。だからと言ってこのまま拮抗した所で時間が進めば進む程に、呪霊も冷静さを取り戻して私の優先順位を下げるだろう。

 

 ならどうすれば良いか?七海は思考を続けながら、一つの結論に辿り着いて言葉を続ける。

 

 

「……今日は、本来休日の予定でした」

 

「っはは!ここで死ねば永遠に休日になるね!」

 

「日本の悪しき文化ですよ、休日出勤(・・・・)というのは」

 

 

 そう言って放たれた鉈の一撃が、しかし真人が反応するよりも早くその動体に振るわれ、真人の肉体の大部分を削り飛ばされる。

 

 ________呪力量が変化している!

 

 魂まで届かないとはいえ吹き飛ばす程に威力も増された七海健人の今の状況に既視感。

 

 以前戦った時の最後に見せた時間による制限と似ている、休日って言ってたな……ははっ!そういう事、日にちによる縛りか!

 

 前以て襲撃が来ると仮定してこの日を休日に指定すればその芸当も可能なのか________真人は楽しそうに頷きながら、一度身体を元の形に戻して攻め手を考えた。

 

 その思考を、一級術師まで上り詰めた七海建人はただ黙って見逃す程優しくない。

 

 弾丸の様に一直線に、思考中の真人に向かってその身体を動かす。それは真人にとって予想外の動き出し。

 

 蔵に侵入させないように扉前に居座っていると決め打っていた故の慢心。

 

 向かってくるならカウンターを合わせて魂に触れる、そう考えた故の待ちの姿勢、初動が遅れて七海の次の行動が読めなかった故の真人のミス。

 

 真人に向かって駆け出した七海はしかし、真人の間合いよりも少し前で急停止し、その両方の拳を地面に打ち付ける。

 

 

「っそれがあったね!」

 

 

 十劃呪法・瓦落瓦落。

 

 破壊した対象にも呪力を篭める拡張術式、小規模な大地のクレーターによって生成された土塊の全てに呪力が流れる。

 

 それに対し真人は肉体をバラバラに弾かせてこの場から一時的に姿を消す。

 

 ________ッ、追い込み過ぎたか!

 

 即座に扉前に戻ろうとして動き出した七海のその頭上に、弾け飛んだ真人の肉体が生成される。

 

 両手を翼の様に変形させ、両脚を尖らせて七海の頭上から攻撃を開始する。

 

 その両脚の攻撃を鉈で捌きつつ、ニタリと嗤うその表情を見て、危機感。

 

 

「________ッ!」

 

「あっは……っ!よく気付いたね!」

 

 

 七海の視界の隅、横から豪速球に放たれた様な真人の肉体の一部分、ソレを間一髪の所で気付き鉈で弾く。

 

 弾いた際の体勢がそのまま隙に繋がり、地面から降りた真人は肉体の変質を速度重視に変形させて一気に七海へと肉薄し、インファイトが展開される。

 

 ここに来るまで、真人は貪欲に戦闘を愉しんだ。以前の虎杖悠仁との戦闘、その際に感じた死のインスピレーション。

 

 それによる呪いとしての強さの段階は、その戦闘が長引けば長引く程に開花され、その速度を、ボルテージを上げ続ける。

 

 インファイトが始まってものの数秒、その数秒で次第に、段々と七海の近接戦闘力を真人が上回り初める。

 

 

「気張れよ呪術師ぃ、死んじゃうぜ!」

 

 

 事実、真人の接近戦は七海の防御を上回りつつある。

 

 純粋な戦闘能力以上に、真人は幾ら身体が傷付き崩壊しようが魂に作用しない攻撃ならば幾らでも喰らっても良いのに対し、七海は一撃でも身体に食らうと一気に持って行かれる可能性があるからだ。

 

 一度真人の攻撃を受けた際に、七海は既の所で魂を呪力で守る事に成功し、最小限のダメージに抑えたがそれは実力以上に運の部類が大きい。

 

 持って4、5回。それが七海が予測した、真人の攻撃を受けても魂の変形を防げる回数。

 

 これが純粋な呪い合いだったとしたら、七海建人は限りなく不利な状況だっただろう。

 

 五条悟(最強)という起爆札が居なければ、初手の領域展開で七海建人は負けていた可能性すらあっただろう。

 

 

「5分」

 

「________……!」

 

「私とアナタが戦闘を開始して、5分経ちました」

 

 

 冷静に言葉にしたその経過時間、終始冷静に行動を展開した七海と違い、真人はどこまでも目の前の事を愉しむ事を優先させた結果、制限時間という共通のソレの捉え方に差異があった。

 

 七海が一目散にその場から「退避」を選択。

 

 瞬間、真人は己が感じた確かな「寒気」の赴くまま、後方に離れその場所から離れる。

 

 

 呪力のうねり、その生成される黒い虚数(・・)

 

 

 黒い粒子が辺りに無数に散らばり、衝突と共に呪力が“爆発”する。

 

 濁流が渦巻く様にこの世に存在しない質量が、大地を、空を破壊し蹂躙する。

 

 蹂躙された空間の中心から、初めからそこに存在していたかの様に、その虚数が実体を持ってその場に現れる。

 

 それを最後まで見届ける事なく真人は一目散にその場から逃げ出した。

 

 それは一度味わった感覚、そしてその時よりも遥かに呪霊としての段階が上がったからこそ、明確に理解させられるその呪力の濃度。

 

 以前、領域展開時虎杖悠仁の乱入により、その器の中にある圧倒的な魂の質、呪いの王両面宿儺のそれとは違うといえども。

 

 それに近しい呪力のうねり________無理無理!とっとと退散退散!

 

 「逃走」その行動を最優先に取った、真人の第六感は正しかった。

 

 

「逃げ足だけは早いな、お前らは(・・・・)

 

 

 黒い閃光、虚数の粒子砲が退散を続ける真人に向かってホーミング(・・・・・)する、追尾性のそれに真人は驚きつつもその攻撃を自身の肉体を捏ねくり回しながら回避。

 

 地面に触れた黒い閃光が、衝突と共に”拡散“する、拡散された黒い粒子が真人に触れた。

 

 触れた所が黒ずみ溶け(・・・・・)始める________あっははは!なにこれ、マジかよ?

 

 真人はより小さく身体を変形し、身に起きた現象を一度思考の隅に置いて、捕捉されない様に縦横無尽に逃げに徹する。

 

 他の仲間達と共闘してなら兎も角、自分一人で夏目鮮花を殺せると思うほど真人は驕っていない。

 

 呪霊の本能は殺したい程に蠢くが、だからと言って何の無策で殺せる相手では無いと真人は分かっている。

 

 ________まっ、目的は達成出来たしね(・・・・・・・・・・)

 

 

 潔いまでの逃避行は、しかし今回は特級呪霊の方に微笑んだ。

 

 姿を眩ませていく真人に対して、虚数と共に現れた夏目はこのまま呪霊を追いかけるか、他の事を優先するかの天秤をどうするか数秒思考した後に決断した。

 

 ________呪霊を追うより先に優先すべきは高専生徒側だな。

 

 

「すいません、もう少し引きつけていれば」

 

「私が来るのが遅れた……五条君と合流する、七海は」

 

「私は高専に待機している他術師の安否を」

 

「さすが私の後輩」

 

 

 そう言って夏目はその姿を”消す“、虚数による空間移動を展開した夏目に対し、七海もまた即座に駆け出した。

 

 

 ________クソっ!また、また逃してしまった……!

 

 

 その怒りを、感情を抑えながら、その足を加速させて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________決着後、高専内にて。

 

 

 ったく、どいつもこいつも無茶ばかり。

 

 治す私の身にもなってよねーって話、まぁ良いけどさ、死なれるよりはマシ。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 一通り、今回の件で私の元に送り込まれた生徒含めた呪術師達を反転術式で治して、一息付く。

 

 ……生徒に死者が居なかったのは、本当にまだマシだったな。二級術師二人と、補助監督5人、コイツらは何死んでんだよ。

 

 せめて私が治せる範囲内で傷付けよ、助けられねーだろ。

 

「お疲れ」

 

「鮮花じゃーん、報告会参加しねーの?」

 

「硝子ちゃんと話してる方が良い」

 

「嬉しいこというじゃん」

 

 

 鮮花は壁側の椅子に座って天井を見つめる________珍しいな、いつもにやついて表情を隠している鮮花が、今この時は何処か悔しそうにしてるなんて。

 

 

「美々子と菜々子を拾ったのは私だし、枷だと思ったことも、後悔もしてないけどさ。自由に動けないのは苛々するね」

 

「任務ブッチすれば良いじゃん、いつもこっそりやってんでしょー?」

 

「今回は敢えて乗ってやった。私の動きを制限させたと思わせる前提で動いて、それは成功したんだけどね」

 

 

 後一歩だったなぁ……って、珍しい反省か後悔かの感情を言葉に鮮花は呟いた。

 

 ……相変わらずその辺は真面目だよなぁ、鮮花。

 

 五条も七海も勘違いしている、まぁ確かに鮮花は入学した時と比べると変わったけどさ、しっかり呪術師やってるよ。

 

 鮮花の中での例外を除いた、呪霊と呪詛師に対してのスタンスは昔から変わってない。

 

 だから呪霊を逃した事をしっかり悔しんでるのか。

 

 

「ねえ硝子ちゃん」

 

「なーに?」

 

「今日57人虚数に消した(非術師を殺した)。呪霊を殺すのに邪魔だったから殺した、喚くのが煩かったから殺した」

 

「……ふーん」

 

「また似た事が起きたらそうする」

 

「そーなん、それでー?」

 

「硝子ちゃんはどう思う?」

 

 

 どう思う、か。

 

 なーんか昔にも似たような事、言われた気がするなぁ。

 

 ……ああ、そうだ、思い出した。呪術界の上層部を殺したとか何とか言ってた時だ。

 

 あの時と似ているような問答に感じる。

 

 

「________別に何も?鮮花の好きにしなよ」

 

「……あはっ、そうだね」

 

 まぁ何言われても、私が答えられることなんてこんな感じの言葉しかないけどね。

 

 アイツら(・・・・)と違って鮮花は私にこうやって相談してくれるから良いよね。

 

 だから分かりやすい。夏目鮮花の行動指標に私を入れている事に。

 

 だからって弱音も何も言わないけど、まぁ鮮花らしいっちゃらしいか。

 

 

 あんまり悩むなよ。

 

 どれだけ鮮花が何をしても、私は肯定してやれる事は少ないけど、否定だけは絶対にしないから。

 

 私が鮮花の敵になる事は絶対にない。

 

 

 この先何が起きても、絶対に。

 

 




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楚楚-嘲笑-

 

 

 ________2018年9月、七海健人と夏目鮮花が合流するよりも前。

 

 

 あの呪詛師は上層部と繋がっている。

 

 だからこそ私や五条君の行動をある程度把握も出来れば、その手綱を呪術師としての任務っていう形で制御する事が出来る。

 

 呪詛師と繋がっている上層部を1人殺した所で所詮換えが利く、特定した所でトカゲの尻尾切りでしかない、そして殺し過ぎて上層部が機能しなくなるのは五条君に止められる。

 

 柵だらけで苛々するな……?

 

 この縛りを壊すのは簡単だが、私が“私”である内にソレをするのは、止めにくる五条君に対して少し、引け目がある。

 

 本気で私を殺そうとする五条君との呪い合いは少し気にはなるが、それ以前に硝子ちゃんが悲しむ。

 

 だからきっとこの日、私は確実に特級案件の任務を渡されると確信していた。

 

 それを反故する事は簡単に出来ても、ではその依頼を反故した故に起きる不確定の方が私にとっては厄介だった。

 

 何より、その特級案件の任務が、私の暮らしてる________美々子や菜々子を住ませている県内での任務なら尚更。

 

 

 これはあの呪詛師の狡猾な嫌がらせだ、つまりはこう言いたいんだろ?「お前の弱みは知ってるよ」って。

 

 バカだな、それは確かに私の指標だがその指標に、私のソレ(・・)にじゃあお前が直接何か出来るとは私は思わない。

 

 指標を二つ失った事で制御を外した私の方が厄介だろ?お前が出来るのはせいぜいその程度の嫌がらせ。

 

 一度呪い合って大体分かってんだよ、直接自分の手で雑に美々子や菜々子を殺せないぐらい慎重に動く性格してるのは。

 

 

「闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え」

 

 

 だから敢えてその誘いに乗って、こうして特級の情報のある山の中の林に帳を下ろしてやったんだ。

 

 あの呪詛師はしてやったと思っているだろうが、目の前のコイツを片付けた後に七海君の所に虚数で転移すれば良い。

 

 どうせ宿儺の指が欲しいんだろ?それだけじゃなくてあの蔵には色々あるもんね、あはっ……そう簡単に取らせないよ。

 

 

「________初めに言っておくけれど」

 

 

 目の前の溶岩頭の呪霊(一度見た特級)に向けて指を差した後に、私は宣言する。

 

 

「お前一人じゃ時間稼ぎにならないよ」

 

「それはどうだろうな?特級呪術師……!」

 

 

 

 

 

 

 

 ________宿儺の指に換算して最低15〜17本程度。

 

 それが少女の姿をした呪詛師の、自ら呪い合って判断した夏目鮮花に対する評価。対して漏瑚は甘く見積もって7、8本分とそう告げた。

 

 本数にしてほぼ倍、漏瑚自身もまた一度相対した際に感じ取った夏目鮮花の異様な呪力量、そしてその戦闘能力に異論は無く。

 

 だからこそ、夏目鮮花を引き付けろと言われた際にはふざけるなと怒りを露わにした。

 

「まぁそう怒らないでよ漏瑚、勿論私も手伝うからさ。だけど私の姿を気取られる訳には行かないんだ、これだけは絶対にね」

 

「ならば貴様は、どう手伝うと言うのだ……!」

 

「要は時間を稼げれば何でも良いんだよ、戦い方は幾らでもある」

 

 

 ________その為に真人に頑張ってもらったんだからさ。

 

 

 

 戦闘態勢を整えた漏瑚は頭部から溢れんばかりの火礫蟲を生み出し夏目の視界に蟲の軍隊が展開していく。

 

 問題無し________黒い閃光(虚数)による広範囲の質量の放出により蟲の軍隊の殆どを虚数で消炭にしていく。

 

 予めそうくると予想していた漏瑚は袋を取り出して中にあるものを空から地面へと乱雑に落とす。

 

 

「________ふぅん……」

 

 

 視界が晴れ、次の瞬間に現れた“それら”に夏目鮮花はほんの少しだけ、眉を顰めた。

 

 夏目の視界の隅で嗤う呪霊を横目に、夏目はそういうことかと冷静に状況を見定める。

 

「え?なに、ここどこ?」

 

「は?は?」

 

「えっ、あれっ?寝てたような」

 

「なんだよこれ、なんかの撮影?」

 

 

 ________それは人だ。

 

 数にして40〜60人程度。

 

 そのどれもが漏瑚の仲間である真人が魂を弄り、そして呪霊の協力者である少女の姿をした呪詛師が共作して「今この瞬間に元の姿形に戻る」ように“改造“を加えた、一時的な無為転変、その遠隔操作。

 

 呪詛師が示し、そして真人がその道を辿る。そうすることによって出来上がったこの“人間爆弾”は非術師の日常を守る為に動いている呪術師にとって極めて有効。

 

 まさに時間稼ぎ。

 

 虎杖悠仁ほどのお人好しじゃないだろう、だがどれだけ非情であろうとも、人間の形をした、否。正真正銘人間そのものを、如何に夏目鮮花と言えども殺す事は出来ない。

 

 

 呪詛師はそう思考した、真人もまた人間から生まれた呪霊であるからか、その案に賛成した。

 

 そして漏瑚もまた、一理あるなと理解を示した。

 

 

 ________夏目鮮花、如何にお前の実力が高かろうと周りに非術師が居る状態でその広範囲の術式による質量の放出は出来んだろう。

 

 非術師を巻き込み兼ねないほどの範囲技、呪詛師ではなく呪術師である以上、貴様自らの術式で非術師を殺す事はしない筈。

 

 貴様ら呪術師が想定している“犠牲”は、貴様(夏目)に殺される犠牲ではないだろう!

 

 

 人間爆弾による、非術師の投入。

 

 “障害”を生み出し、ヒット&アウェイに徹しながら時間を稼ぐことに専念する。

 

 呪詛師は術式を使わない近接戦闘ならば劣勢だとしても限り限りで漏瑚一人でも踏ん張れると考えていた。

 

 その一点だけで言えば、ほんの僅かにも満たないまでも漏瑚が夏目鮮花に深手を負わせることの出来る唯一の活路だという事も。

 

 精々この状況を悩め、そしてこの状況になった時、貴様は一体何をする________そう漏瑚が自らの領域を“纏い”ながら、夏目鮮花の次の行動をその目で捉える。

 

 時間にして数十秒だろう。

 

 混沌と化した山奥の林の中で、帳の中に侵入した人間の姿をした、正真正銘の人間を夏目鮮花は見渡して。

 

 視線の先にいる祓うべき呪霊、漏瑚をその目で捉えた後に。

 

 その手を向けて、黒い閃光を生み出した(・・・・・・・・・・)

 

「________な」

 

「邪魔」

 

 

 一瞬の空白、その空白は漏瑚の行動の一手を遅らせた。

 

 迫り来る黒い閃光は非術師諸共巻き込むように展開され、放出される。

 

 放出されたソレは漏瑚共々、非術師(人間)は虚数によってその形を死人に変える。

 

「きゃ、きゃあぁぁぁぁ?!」

 

「な、なんだよ!なんだこれ!」

 

「五月蝿いな」

 

 阿鼻叫喚。

 

 自らが産んだ地獄を、虚数によって構築されたこの世にない質量を持つ“ナニカ(式神)“を生み出し、非術師を虚数に引きずるように取り込んでいく。

 

 突如非術師の地面が落とし穴の様にぼっかりと穴が開き、虚数に飲み込まれていく。

 

 夏目鮮花はそれらを全く為に介さず、その目はただひたすらに「祓うモノ」だけを追っている。

 

 

 ________それは呪霊である漏瑚の目を以ってしても、理解し難い光景だった。

 

 呪術師が非術師を、人間が同じ同胞である人間を自らの術式で”消していく“。

 

 一人また一人と虚数という海に沈んでいき、夏目鮮花にとっての”障害“が消えていく。

 

 そうして消していった残骸は、しかし本来ある筈の呪力の“残穢”すらも残さず、まるで最初からここに人間は居なかったかの様に処理(・・)された。

 

 

 それ即ち「殺戮」それが夏目鮮花の選んだ答。

 

 

「お前らバカだよ。私が他者を顧みると思ってるの?」

 

 

 人と思えない所業に、呪霊である自分が微かに恐怖する。

 

 そして恐怖以上の、理由の分からない怒りが漏瑚の胸を支配する。

 

 人という地位を呪霊に置き換えるといった目的を持っているからこその怒り。

 

 同じ種の同胞すらも殺すのかと言う、憤り。

 

 

「________貴様は、呪霊以下の人ですらない化け物だな」

 

「あはっ、まるで人みたいな物言いだな?呪霊」

 

 

 心底、夏目鮮花は呪霊をバカにして薄く笑う。

 

 五条悟であっても非術師を殺さない様に守るだろう。だが夏目にはソレ()は通用しない。

 

 こう生きると決めた以上、夏目はその感情を捨て去った。己の快、不快。その指標以外のモノは何者であっても夏目鮮花を妨げる事は出来ない。

 

 その性質を誰よりも理解しているのが七海健人であり、誰よりも制御出来ているのが五条悟である。

 

 その両方が機能しないこの瞬間、もはや夏目鮮花を止められる者は居ない。

 

 

「ほら来いよ、来ないなら私から行くぞ?」

 

「ぬ、ォ________!」

 

 

 展開された虚数が姿を変える、この世に無い質量が鋭い刃の様に漏瑚に襲い掛かる。

 

 色も形も無いそれに漏瑚は耐える他の術が出来ない、身体が大きく削り取られていく、このまま受け止め続ければやがて細切れにされる。

 

 飛び退きその場からグラウンド状に周りながら炎の放出を展開しようとして、目の前に虚数で出来た式神が襲いかかる。

 

 手を突き出し炎を放出させると同じタイミングで、虚数で出来た式神が夏目の姿形に”置き換わる“、置換________虚数による転移の応用。

 

 放出された炎に対して夏目鮮花は手を前に出して放出された呪力のうねり、その炎が一定の所まで到達し、そして消え続けた。

 

 その現象を間近で見た漏瑚の思考がある結論を弾き出す。

 

 

 不可解、だがそうとしか考えられない。

 

 

 ________この女ッ!よもや、まさか!

 

 

「はいお返し」

 

 瞬間、寸分違わず夏目鮮花の手から放出されたその炎は紛れも無く自分自身の術式そのもの。

 

 漏瑚は回避を試みようと体を捻らせようとして、自らの体が動かない事に気付く。

 

 白いキャンパスの中心だけポッカリ穴を開ける様に、空間をナニカが支配していた。

 

 それは夏目鮮花の構築した術式順転の最奥。

 

 虚数というそこにあってそこにないモノの、到達点。

 

 

「虚飾・宙」

 

 鏡の様に迫る自らの術式、そして虚飾・宙による空間そのものの束縛。その全てを漏瑚はその身に受け________頭部を除く他全てが虚数によって消え去った状態で地面に転がった。

 

 その無残な姿になった呪霊を、夏目鮮花はただただ無機質に、しかし何処か楽しそうに見下ろしていた。

 

 

「ごっ、ごァっ……!」

 

「祓いきれてない?……あぁ、咄嗟に自らの肉体の周りに空白の領域を展開したか?確かにそれなら単純な呪力による防御を上回るかな」

 

 

 見下ろし語る、夏目鮮花の姿をその目で見上げながら、漏瑚は理解する。

 

 

 自らの感情(恐怖)、だがそれ以上に、この夏目鮮花という呪術師の、その歪な在り方を。

 

 ________宿儺の指に換算して凡そ倍程離れた実力差、しかしこうも差があるものなのか。

 

 一体何を捨て、何を得ればこうなれると言うのだ。

 

 

 これを人と呼んで良いのか、こんなものが、人だと言うのか?

 

 

「化け物め……!」

 

「あはっ________今更?」

 

 夏目の今の感情は「呪霊(コイツ)は不快」のただ一点。

 

 ただそれだけに、そうだからこそ、夏目鮮花という人間は”強者“で。

 

 

 そしてそれは、その思考自体は千年前に確かに存在していた、呪術界の嵐、時の台風呪いの王(両面宿儺)に限り無く酷似していた。

 

 

「じゃあ祓うけれど、遺言は?」

 

「貴様に語る事など何一つとして無い……!」

 

「あっそ」

 

 

 頭部のみを残した漏瑚に放たれる、黒い閃光。

 

 放出した黒い閃光が漏瑚の頭部を抹消する。

 

 

 よりも先に(・・・・・)、その黒い閃光が漏瑚よりも前の地面に不自然に“落下”する。

 

 

 一瞬の空白、夏目鮮花の脳内で溢れ出す、あの日の時の呪詛師の術式________重力!

 

 瞬間広範囲を飲み込むような津波がこの山の真ん中で展開される、それを対処するよりも先に目の前の死にかけを祓い切るのが優先だ。

 

 その判断は確かに正しかったがしかし、漏瑚は咄嗟に自らが頭部のみにも関わらず、頭部から生み出した火礫蟲を即座に爆発させ煙を放射させる。

 

 その僅かなノイズにより件の呪詛師の術式、その重力が夏目鮮花の空間毎押し潰すかの様に上から飛来する。

 

 その呪力のおこりを感知した夏目は即座に上へと黒い閃光を放ち、重力の質量と虚数の質量とで相対させる。

 

 

『領域展開________蕩蘊平線』

 

「________ッ領域展開、虚心坦懐!」

 

 呪霊のその声の様な、或いは音の響きが夏目の耳に入った。

 

 ここであの呪霊を逃す?ふざけるな、笑みを消した夏目は縛りを使わない領域展開を展開させる。

 

 自らに課した縛りを無視したとしても強化される値が無くなるだけで、元々夏目鮮花の領域展開は五条悟以外の者に押し負けた事は無い。

 

 即ち縛らなくても元々強く、呪詛師の領域ならまだしも呪霊相手に領域勝負で負けると思ってはいない。

 

 だからこその判断、実際それは正しく、瞬く間に領域同士の押し合いを夏目鮮花は制していき________だからこそ、領域に意識を取られたその隙を呪詛師は見過ごさなかった。

 

 海の様な荒々しい水面が呪詛師の姿形の輪郭を隠しつつ、その呪詛師が一瞬の隙を突いて漏瑚の頭を回収する。

 

 無論ただで見過ごす夏目じゃ無い、領域の押し合いを進めながら虚数の斬撃をその一点に集中して向かわせる。

 

 だけじゃ無い、虚数で造られる玉蟲色の奇怪なソレを放出させ、だがソレよりも早く呪詛師は「何か」を取り出して展開する。

 

 ソレは呪具だった、未確認の展開式の呪具、一方的な空間転移を可能とする六芒星の固形。

 

 即座にソレを虚数によって破壊する、しかし________それよりも先に、助太刀に来た呪霊が起こしていた筈の領域展開が解除され。

 

 

 辺りには何も残される事は無かった。

 

 

「________あーあ……」

 

 

 苛立ち混じりに、夏目は破壊した呪具を再度虚数で粉々にして見つめつつ、夏目は瞬きを複数した後、感情をリセットした。

 

 

「さて、向こう(七海君)はどうなってる……?」

 

 

 自らを虚数に変換し________帳が降りたその頃には、破壊された自然環境だけを残して。

 

 夏目鮮花は七海健人の元へと向かうために、その場から文字通り“居なくなって”いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________戦略的撤退、とはお世辞にも言えないね。

 

 

 少女の姿をした呪詛師、便宜上「羂索」の名を持つ少女は、そう内心で思いながらつい先程の出来事を思い返す。

 

 使い捨てるつもりのなかった空間移動の呪具も捨て、最後の最後になるまで夏目鮮花の前に現れないと決めていた心情も捨て。

 

 ただひたすらに逃げると言う行為だけを思考し、自分の姿形、その輪郭だけは悟られない様に徹し、漏瑚を回収する。

 

 夏目鮮花が非術師の命を欠片ほど気にしていないという事は分かっていたつもりだった。だがそれでも人間である以上、少なくとも即座に殺害する事は無いと思ったが故の仕掛け。

 

 その初手に放った仕掛けがまさかあの速度で破綻するとは思わなかった、これは完全に羂索の失態であり、夏目鮮花という呪術師の在り方を誤解していた。

 

 あれはただ、呪術師側に居るだけの呪霊に近い思考を持った「呪詛師」だ。

 

 寧ろアレ(・・)を一体全体どうやって呪術師側に繋ぎ止めているのか。

 

 囮や盾といった行動が全くといって良いほど通用しなかった、改めて羂索は考える。どれ程自分と近しい仲だろうとも夏目鮮花は、ソレが自分にとって邪魔になった時、無慈悲にも殺すだろう。

 

 

 凡そ人の思考では無い________羂索は改めて、ソレに気付かされた。

 

 

「……助けに来るとはな、呪詛師」

 

「________ん……?あぁ、少し違うね。正直に言うとさ、()漏瑚に死なれると五条悟を封印する計画に支障が起きるんだよ」

 

「ふん、礼は言わんぞ」

 

「要らないよ、そのつもりで拾ってきた訳じゃない。それに今回は、私の作戦にも問題があった」

 

 

 いつもよりも素直に、ただひたすらに本心を語る目の前の少女の姿に漏瑚は違和感を覚える。

 

 軽薄な形はそこになく、いつもの余裕ぶった笑みもなく、ただひたすらに無表情に思考の海に浸る。

 

 いやおそらく、これこそがこの呪詛師の本来の姿。我々呪霊に仮初に見せていた姿形はもはやそこには無かった。

 

「……はぁ、宿儺の指を含めた呪物は諦める他ないかもね」

 

「なんだと?」

 

「予定通りなら帳が降りて約4分。それが漏瑚が稼いだ時間稼ぎだ、いや責めてる訳じゃない。初手の作戦が破綻したんだ、それは良い」

 

「……儂が弱かった、それだけだ」

 

「自らを卑下するな、1000年生きてきた私から見ても漏瑚はマシな部類だ。天井を見上げる事に意味は無いよ」

 

 

 実際、漏瑚の術式の火力だけを見れば夏目鮮花にダメージを与える事は可能だと憲索は見立てている。

 

 しかし天性の呪力コントロール、虚数術式によるこの世に存在しない質量の壁がその攻撃を無に還してしまう。

 

 重力という質量は本来目に見えないのにも関わらず、呪力の起こりだけで存在を捉え相殺させる事実から見て、漏瑚と夏目とでは呪力操作の熟練度が違い過ぎる。

 

 だからと言って漏瑚が弱いとまでは羂索は思っていない。他の術師相手なら大した抵抗もさせないままその術式で焼き殺せるだろう。

 

 獄の番に領域展開も加味すれば、高専側で明確に戦いと呼べるモノを展開する事が出来る呪術師は乙骨憂太か九十九由基ぐらいか。と言うのが羂索の推定。

 

 

 

 羂索にとってはただの事実のそれ。しかしその言葉を受け取った漏瑚に、見知らぬ感情がじわりと浮かび上がるのを感じる。

 

 

 ________一体なんだ、これは。

 

 

「夏目鮮花の空間移動のからくりは幾つか考察している。その中で虚数と虚数の移動、或いは置き換えに時間という概念が絡まないのなら……今回の計画はほぼ失敗、最悪の場合嘱託式のテストも確かめられないな。いや、それは最悪ぶっつけ本番でも……」

 

「っ待て、その場合真人や花御はどうなる!」

 

「真人に関しては問題ない、けれど花御には最悪の場合、真人が逃げ切る代わりに留まって貰う事を事前に言っている」

 

「なんだと、貴様ッ」

 

「責めるのはやめてくれ、実際それは起きて欲しくないんだ、君達の勝利と同じ様に、私の勝利には君達の生存が必要不可欠なんだよ」

 

 

 ________半分本心だ。

 

 羂索のこの言葉は半分本心である、時代を百年二百年と進めれば、そこに夏目鮮花はいないだろうし五条悟もとっくに寿命で死んでいる筈だろう。

 

 自分が殺されない(祓われない)限り本当の意味での敗北はない。

 

 だとしても、”この時代において“は、呪霊との共闘無くして勝利条件は果たせない。

 

 全ては夏油傑という羂索にとって条件の整った最高の肉体を手に入れる事ができなかった故に。

 

 だからこそ、まるで精神が1000年前に戻ったかの様に、その原因の発端である夏目鮮花に対して向ける感情だけは嘘偽りない、腹の底から出た怒りに包まれているのだ。

 

 

 ________思考戦でこの私が……読み合いで負けるなんて、本当に久しく無かったよ、こんな事。

 

 

 忘れていた感情が溢れていくのを感じる。

 

 それの名前をもはや羂索は思い出す事はないと思っていたが、あぁ確かに________これは、悔しさだ。

 

「先に謝っておこう漏瑚、今回は私の責任で良い」

 

「……ふん、謝罪は良い。それは真人達が無事に戻ってさえすれば、最早どうでも良い」

 

「そうか」

 

 

 何故こうも対策されたのか、羂索が思い当たる節といえば、やはりあの異常なまでの勘の良さ、そして観察眼だ。

 

 他者を顧みる事のないのに異様な迄に他者を識り読み解くあの眼、六眼といった特殊な眼でも何でもない、ただの天性の贈り物。

 

 天与呪縛と言われた方がまだ納得行く、未来視に近いのではないだろうかと羂索がうんざりしながら思考する。

 

 ……いや、だとしても直前で気付けた可能性はあった。

 

 そもそも夏目鮮花が素直に特級案件の依頼を受諾する所から疑うべきだった、後々の行動に規制が掛かるとしても、夏油傑の残したソレ(・・)を殺しに掛かるべきだったか?

 

 思考は止まらない、だがどれも結局の所答えは出ない。

 

 そして時間だけが過ぎて行き_______予定の時間を少し過ぎたタイミングで、陀艮の作り出した領域内に何者かが入る気配を感じる。

 

 

「おつかれ〜、って、あははっ!頭だけになってんじゃん漏瑚〜!」

 

「真人!無事だったのだな……それに」

 

『互いにボロボロですね、漏瑚』

 

 

 身体の凡そ半分を削られた花御の肩を抱えながら真人は和かに笑みを浮かべる、特級呪霊二人は生存を果たした。

 

 その事実に、羂索は本心からホッとする。一先ずは最悪の出来事は回避出来た、花御も祓われていない。

 

 本当に最悪の場合、真人が祓われ、この時代では二度と計画を進めることが出来ない事が決定される可能性もあったからだ。

 

「お疲れ真人、そしてごめんね二人とも。今回は私のミスだ」

 

「ハハッ珍しぃ〜、本気(マジ)で思ってんじゃん、魂が震えてんぜ?」

 

「いやぁ恥ずかしながら、今回は戦略的撤退とも言えない程にしてやられたからね」

 

『高専の生徒も想定以上でした。まさか生徒の中で領域展開を可能な生徒が居るとは、これも予想外ですか?』

 

「領域だって?まさか伏黒恵?はは、それも予想外……そうか、使えるのか……呪術戦の極地を」

 

 言葉とは違って羂索は予想していなかった訳ではないが、花御の口振から領域の押し合いが出来る程度には洗練されている領域だと推察した。

 

 とするとこのまま成長させ続けたら何れ今は海外にいると聞いている乙骨憂太にも並び得るかもしれない。

 

 面倒事が増えた________顰めっ面を隠そうとせず、苛立ちながら羂索が頭を悩ませた。

 

「おーい、おーい呪詛師〜」

 

「……何かな」

 

 本当に散々だ。

 

 だからこそ、真人の声に頭を上げ、視線の先________真人の手に持っているソレを見て、今までの思考を放棄した。

 

 

「________宿儺の指7本に1〜3の受胎九相図……!まさか、やり遂げたのかい真人」

 

「まぁね!弾けた時に即席で極小サイズの分身を作って扉の中に潜入したのさ、自分自身を作るっていう即席の行動が上手く行ったよ」

 

「ははっ……散々だったけれども、計画は成功したわけだね!」

 

 

 無邪気に少女の姿をした呪詛師は喜んだ。羂索の想定では呪物の回収は失敗したと思っていたからだ、だからこそ生まれた疑問を真人に投げかける。

 

「夏目鮮花には接触したのかい?」

 

「去り際にね、後一歩逃げるの遅かったら危なかったかもなぁ……アイツの術式、魂まで喰らって来た、意味わかんね〜」

 

「そうかそうか……っ、だったら、長距離間での虚数術式を用いた空間移動は、時間の概念が存在している事になる!なら……」

 

「あーあー、今はそういうの良いんじゃない?考えは後にして、とりあえず成功を喜ぼうぜ呪詛師」

 

 

 そう言われて、確かにその通りだと羂索は考えを改める。

 

 ________確かに君に一歩上を行かれたかもしれない。認めるよ、過去1000年を含めても、天元を除けば。

 

 いや天元以上に夏目鮮花、君は()の天敵だ。

 

 だがソレでも真人は計画を遂行してみせた、その事に羂索が”我が子の成長“の様に微笑み、喜ぶ。

 

 

「________でさ、改めて教えてくれない?呼び名、他の呪詛師とも関わる事になって正直呪詛師呼びはなーんか違うんだよね」

 

「おっと……名乗ってなかったかい?」

 

「あれ、名乗ってたっけ……花御〜?」

 

『私は覚えてますよ』

 

「……儂もな」

 

「あ〜〜〜う”〜〜〜」

 

「陀艮も覚えてんの〜?!」

 

 

 ________ククッ。

 

 

 羂索は笑う。

 

 

 全く、らしく(・・・)いこうと言ったのは私だというのに。

 

 いや、違うな?

 

 

 これは________なるほど、そうか。

 

 私がこの肉体を使っているからか、だから肉体が()に干渉するほどに、この手のやり取りにどうしようもなく潜在的な感傷を抱くのか。

 

 何とも面白い。

 

 

「じゃあ改めて自己紹介だ、次は忘れないでよ?真人」

 

 

 その姿形だけを見れば、そこらにいる純粋な女子高生と殆ど変わらない。

 

 ________死んだ筈の星漿体と全く同じ姿形をした額に縫い目をしているその少女、羂索は。

 

 

「私の名前は天内理子、理子ちゃんとでも天内とでも、好きな方を呼んでかまわないぞ?________なんてね」

 

 

 少女らしく笑ってそう言葉にした。

 




感想で言われたけどバレバレでしたね(そりゃあそう)
何事もなければ3日後ぐらいに、なんかあったらまた2、3週間後。


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紫陽花-白-

 

 

 ________姉妹校交流会1日目、夜。

 

 

 高専の一室、僕以外は殆ど使わない部屋だから勝手に仮眠室って名付けてる場所に、僕と夏目は今後の方針について改めて話し合っていた。

 

 

「で、どうするの?姉妹校交流会」

 

「それを決めるのは僕たちじゃないでしょ」

 

「あはっ、それもそっか」

 

 

 

 若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。何人たりともね。

 

 それに限ってはどれだけ時間が経とうとも変わらない。三年間の青い春を同じ時間過ごして来たからこそ確信出来る、僕と夏目の共通認識。

 

 まっ続けるなら個人戦はやらないかなー、僕ルーティンって嫌いなんだよね、サッカーとか野球とかバスケとかの方が良いでしょ、学生らしくてさ。

 

 さーてさてどうやって学長とお爺ちゃんの目盗んでねじ込もうかなぁ……。

 

 ________ま、楽しい事は明日考えるとして。

 

 

「実際どうだった?京都の方のスパイは」

 

居たよ(・・・)?接触もした、でも五条君には教えなーい」

 

「はー?勘弁してよ、そういう嫌がらせは要らないんですけどー」

 

「嫌がらせじゃないよ、ちゃんとした理由はある」

 

「じゃあその理由を話せよ」

 

 

 まどろっこしいなコイツ。

 

 実際に会って接触したって事は、殺しては居ないって事になる。今更コイツに殺人がどうこうとかの気持ちはねーだろうし……最悪生徒側にスパイが居たとしても容赦なく殺すだろ。

 

 悠仁を殺そうとした殺意は本物だった。コイツの境界はソコ(・・)で測れない天秤にあるのは知ってる。

 

 だからこそ分かる事がある。そのスパイを使って何か計画しているな?それを僕に言わないのは普通にムカつくんだけど、ていうかちゃんとした理由って何だよ。

 

 

「目立つじゃん。五条君」

 

「そりゃイケメンキャリアマンですから」

 

「残念アホ目隠しの間違いでしょ」

 

「チビには分かんないかな〜?この溢れ出る出来る人間オーラがさ」

 

「大技使って呪霊逃した奴が何言ってんの?」

 

「……ッチ、そりゃ夏目もでしょ」

 

 

 膝蹴りが来たから無下限で防ぐ。はっ、思ったより気にしてんのか?ウケる。

 

 ……まぁこれに関しては僕も大人げないかな、結果的に夏目の言う通り襲撃が起きて、僕はその襲撃を止められなかった訳だし。

 

 ________あームカつく。してやられた、借りはぜってー返す。

 

 

「私なら兎も角、五条君まで出張ると呪詛師は絶対に現れない、よかったね五条君、それだけ最強(・・)にビビってるよ」

 

「嫌〜な言い方、性格悪い女はモテないよ?身長もちっせーし良い所ありまちゅかー?」

 

「顔以外の他全てが最悪の五条君よりはモテるよ?良い機会だから教えてあげるけど歌姫先輩、本気で五条君の事嫌いだからね」

 

「いやいや、それは言い過ぎ」

 

 

 ……え、何その呆れ顔。

 

 マジで嫌われてんの?夏目ならまだしも、この僕が?

 

 歌姫見る目なさ過ぎでしょ〜……ちょっと傷つくんだけど。

 

 

「まっ僕が嫌われてる嘘はさておき、このタイミングで高専側の呪物を集めるのに違和感があるんだよねー、なんか分かんない?」

 

 

 宿儺の指による悠仁の潜在能力強化の危惧か、呪霊達の強化目的か。そのどっちもなーんかしっくりこないな。

 

 別の目的があると考えてもその目的は何だ?それに七海が言うには天元様が呪物を隠している蔵に一直線にやって来たらしいし……心辺りはなくも無いけれど、その時何か仕掛けられたのか。

 

 どの道宿儺の指もそうだけれど、九相図の上から三つも盗まれた……呪物を受肉させるつもりか?九相図を盗んだ理由はそれで片付くかもしれないけれど________。

 

 

「指を集めきった時に虎杖君に与える為だろうね」

 

「そりゃ本末転倒ってもんでしょ、悠仁は宿儺を抑えられるんだよ?」

 

「時間を掛けたらね」

 

「……!なるほどね、一気に与えるつもりか」

 

「毒の消化が間に合わないその時間を使って両面宿儺の完全復活を促す、大方そんな所じゃない?」

 

 

 それなら辻褄は合うか。悠仁が吸収し切れないほどの毒を与えている間に、浮上してきた宿儺と何らかの縛りか、若しくは宿儺本人が何かしら行動して完全に悠仁を乗っ取る。

 

 出来ないとは言えない、だとしたらそのタイミングがいつになるか、ベストを尽くして残りのほぼ全ての指を回収した後なのか、それともそのベストを敢えて外して行動するのか。

 

「これについては良いよ、そこまで重要じゃないでしょ」

 

「他に何かあるか?九相図?」

 

「それこそ論外、受肉した所でレベルは知れてる」

 

「じゃあ何さ」

 

 

「次の行動だよ。帳の仕掛け見た?遠隔で起動させる作り方してたよ、試運転で使ったとしか思えないね」

 

 

 ________呪詛師(アイツ)が計画している目的を悟らない限りこのまま後手に回り続けるよ?

 

 

 いつも浮かべてる作りモノの表情を消して、遠くを覗く赤い目をここにいる()の目に視線を合わせてそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ________その日は少し、いつもより暑かった。

 

 

「っおい今の絶対判定おかしいだろ!」

 

「格ゲーなら負けませんよ〜〜〜先輩っ!」

 

「くくっ……代わろうかい?悟」

 

「うっせーな……ッ!もっかいやんぞ灰原!」

 

 

 言い出したのは確か、五条君。

 

 楽で退屈な仕事ばっかでつまらないとか何とか言って、夜蛾先生に伝える事もせずに、後輩達も連れて遊びに行こうと言い出して。

 

 それなら良い場所があるって夏油君が乗り気になって、硝子ちゃんも暇だから私も着いてくかって向かい出した。

 

 

「……何で私まで」

 

 

 バカ共と後輩達がたむろしてる所から離れて、一人ため息と共に溢れ出す。

 

 五条君達が何してようが私には関係ないし、呪術師としての任務はこうしている間にもそこら中に転がっている。

 

 それなのに当然の様に私もカウントされて、まぁそれだけならどうとでも切り抜けられたんだけど硝子ちゃんに「え?来ないの?」って言われたら、断る訳にも行かないし。

 

 初めて来たなこんな場所、私の知らない世界、非術師達の遊び場は何というか……飾らない言葉で言うなら、品が無いな。

 

 ……嫌いじゃないけどさ、何も娯楽が無い世界よりマシだ。もう二度と絶対にあの場所には戻りたくない。

 

 死んだって戻ってやるものか、あんな場所。

 

 

 少し嫌な事を思い出して眉を顰める。

 

 そんなタイミングでペットボトルのお茶が視界に映った。

 

 

「________どうぞ、夏目先輩」

 

「七海君?良いですよ、気を遣わなくて」

 

「いえ、一本多く買い過ぎてしまいましたから」

 

「……じゃあ、貰っておきます」

 

 

 七海君らしい言い訳だ、一本多く買ったとか言ってる癖に、七海君の分が手元にないじゃんか。

 

 失敗したな、顔に出ないように注意しているつもりでも高専に入る前の事を思い出すとどうしても表情が顔に出る。

 

 良くない事だ、感情は外に出すモノじゃない。

 

 

「意外でした、七海君もこういう場所に来るんですね」

 

「先輩達の誘いを断る方が後が怖いので」

 

「断りたい時は断るべきですよ?」

 

「夏目先輩の時はそうします」

 

 

 正直な後輩だ。でも一つ勘違いしているね七海君、私が七海君に何か誘う時や相談事があったとして、じゃあ断らせるかって言ったら、そうさせないように言葉を選ぶよ?

 

 ふふっ……そんな時がない様にしたいけどね。他人に何かを頼まれるならまだしも、頼むのは好きじゃない。

 

 自分が起こした責任は自分が果たすべきだ、そこに誰かを連れていくなんて無責任な行動は、呪術師としてやるべきじゃない。

 

 結局最後は一人なんだ。

 

 高専に来て同い年の友達(五条君と夏油君はそれ以下)が出来たって、私に後輩が出来たってそれは変わらない。

 

 

 ________虚数術式使いの中に寿命で死んだ者は一人もいない。

 

 

 夏目家で産まれた虚数術師は必ず呪い合いの果てに死ぬか、虚数に適合(・・)しなくて死ぬか、夏目家の“基準”を越えられず惨たらしく行倒れるか。

 

 どの道平穏の中で死ぬ者は誰もいない。

 

 結局何処まで逃げても私は呪術師だ、だから何処かで何かしらの理由で呆気なく死ぬ。

 

 

 だって私は、五条君や夏油君のように最強じゃないから。

 

 硝子ちゃんの様に気楽にもやれない、灰原君みたいに前向きになれない。

 

 

「……私の顔に何か?」

 

「________いえ、何も無いですよ」

 

 

 七海君のように責任を負える事も出来ない。

 

 中途半端、私はきっと何者にもなれない。だから夏油君や五条君が簡単に祓えるような一級以上の、特級に近いような呪霊も祓えない。

 

 未だ二級術師の私の限界は、そこなのかな。

 

 

「お、いたいた。鮮花〜!煙草吸いに行こうぜー、七海も来る?」

 

「行きませんよ」

 

「じゃー買ってきてー、暇なんだろ七海」

 

「勘弁して下さいよ……そもそも未成年でしょう私も貴女も」

 

「金は格ゲーボロ負け中の五条にツケとくって言っても?」

 

「後で私が逆にイビられるパターンじゃないですか、余計嫌です」

 

「ははっ、ちがいねー」

 

 

 ……楽しそうだな、硝子ちゃん。

 

 羨ましいとは思ったことはないと思う、近くで笑ってる硝子ちゃんを見ているだけで満足出来るから。

 

 ただ、こんな風になれれば世界が少しは好きになれる?

 

 

 強くなれば、世界は変わる?

 

 

 

「________何しけた面してんだ?おまえ、んな顔するなら帰れば?」

 

「悟、全敗したからといって夏目に当たるのは良く無いよ」

 

「夏油君……と、何ですか?対戦ゲームで一度も勝ててない五条君」

 

「はっ、お膳立てって言葉知ってるか?ワザとだよわーざーと!」

 

「その割には熱心でしたね、離れてても声が聞こえましたよ。お店に迷惑ですから止めた方が良いですよ?」

 

「はいオマエ泣かす。灰原〜〜帳下ろしてくれね?このチビぼっこぼこにしてやるわ」

 

「そうやって直ぐに実力行使ですか、帳ぐらい自分でやれないんですか?御三家とも有ろう方が?」

 

「てめっ……」

 

 

「はいはい、二人ともそこまで」

 

 

 五条君の呪力が溢れ出した瞬間、パンっと手を叩く音を夏油君が起こした後に、私と五条君の前に割って入った。

 

 ……私は悪くないですけどね。向こうが勝手にヒートアップしてるだけ、第一私はチビじゃない、数年後には身長も伸びるし。

 

 

「先輩達、ここはゲーセンっすよ?喧嘩するぐらいなら遊びましょうよ!」

 

「私は喧嘩してるつもり無いですよ灰原君、勝手にあの人がキレてるだけです」

 

「どーでも良いから煙草吸いに行こうよ鮮花〜」

 

「一人で吸いに行きなよ硝子、こいつ今からスト2でボコす。これ決定ね」

 

「良いですよ?今日が初めての初心者に負けた時の言い訳が楽しみですね」

 

「くくっ、じゃあ負けた方が今日の夕食全額奢りにしようか」

 

 

 

 ________懐かしいな。

 

 

 確か、その日は初めて私達全員(・・・・)が集まって外に遊びに行った日だった気がする。

 

 結局五条君とは引き分けのままで勝敗の付かないまま夜になって、見かねた七海君が帰りの夕食を全部奢ったんだっけ。

 

 

「あはっ」

 

「どーしたん夏目?」

 

「呪術師が楽しく野球をしてる光景、夏油君が見たら歓喜して泣いちゃうんじゃない?」

 

「ははっ、ワンチャンある」

 

 

 ……今ならはっきり言える。

 

 どんな言葉で偽っても、あの日は楽しかった。

 

 

 _______姉妹校交流会、二日目。

 

 硝子ちゃんと一緒に、高専の窓の外から見えるグラウンドの光景を見て、まだ私が自分に素直になれない頃の昔の記憶を思い出した。

 

 五条君が口癖の様に言う「若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。何人たりともね」って言葉、珍しく意見が合う。

 

 楽しそうな彼らを見ていると、ほんの少しだけ笑顔になれる。

 

 もう二度とそこに戻る事は出来ないけれど、自分の中にも確かにあったたった数年の青さを、夏油君が最期まで忘れられなかったように。

 

 

 幾多の年月が経とうともその記憶を忘れたことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 ________同年九月下旬、とあるファミレスにて。

 

 

 

「お、来たな野薔薇」

 

「あれ。真希さんにパンダ先輩、狗巻先輩じゃないっすか、先輩達も呼ばれて?」

 

「おうよ、何だろーな?」

 

 虎杖から話があるって言われたから来た。そしたら先輩達も居た。

 

 やけに深刻そうな顔してやがるから仕方なく、っつーか私じゃなくて伏黒に言えよって言ったら「伏黒には言えない話」とか言うし、何なんだ?

 

 珍しいっつーか一度もねーぞ、五条せんせーにも言っちゃ不味いかもとか言うし、逆に気になったわ。

 

 

「そんで俺達を呼んだ理由はなんだ悠仁ー?」

 

「________っじゃ、釘崎も来たってことで……話始めても良いでしょーか!」

 

「さっさと話せや、つまんねー話なら帰っから」

 

「お、おう」

 

 

 ごほん、と前置きを置いて虎杖は話し始めた。

 

 

「________伏黒に好きな人がいるらしい」

 

 

「「まじで?!」」

 

「おかか!」

 

「ほーう……?」

 

 

 何だって?あの如何にも唐変木、自分恋愛とか興味ないんでって顔してどうせムッツリなアイツが!?いつの間に……!

 

「パンダに詳しく教えなさーい」

 

「すじこ!」

 

「あ、いや正確には好きな女のタイプが分かったかもってだけなんすけど」

 

「はー?盛り下がる事言うなよ虎杖〜、まぁ?それネタにして何か揺すれるかもだし?特別に聞いてやってもいいけど?」

 

 

 あーん?てかどっかで聞いた事あるようなないような……

 

 確か虎杖が死んでる時に京都校の真衣と……三年の東堂だっけ?が来た時、どんな話の流れか忘れたけどその東堂が伏黒に好きな好み(タイプ)は何だって聞いてなかったっけ?

 

 なーんて言ってたかな……アイツ、めちゃくちゃ苦そうな顔して答えてたのは覚えてんだよな。

 

 意外っつーかマジかこいつっつーかロリコンかよきめえなとか。

 

 あん?ロリコン……?

 

 

「伏黒の好きなタイプは〜〜〜?ずばり「思い出したわよ!タッパもケツも小せえ女って言ってた!」俺の台詞〜……」

 

「「マジ?!」」

 

「すじこ?!」

 

「マジっすマジっす、あの顔してアイツロリコンっす!」

 

 

 無えわーって思ったわ、その時だけは真衣と同じ感情してたわ、嬉しくも何ともねーけど。

 

 まぁその後の東堂の「面白いが趣味が合わん!」って言って伏黒に殴りに向かったのも大概頭イカれてたけど

 

 イカれてると言えば虎杖、アイツといつから兄弟になってんだよ、ウケる通り越して怖〜よ。

 

 

「……あー、成程。パンダ解っちゃった」

 

「おかか」

 

「っすよね多分、真希さんもそう思いません?」

 

「大概趣味悪ぃーけどな」

 

「……どういう事?」

 

「そりゃー……って、もしかして釘崎会った事ない?」

 

「あん?誰と」

 

 

「_________何々、何の話?私も交ぜてよ」

 

 

 いつからそこに居たのか、最初からそこに居たかの様に現れて、その知らない声がこの空間に現れるまで、気付かなかった。

 

 姉妹校の時に何度か会ったけれど、話してはなかった。ただあの人が五条せんせーがたまーに話す同級生の特級か〜とか遠目で見て思ってた。

 

 特徴的な赤い目に肩まで伸ばした灰色がかった髪。

 

 正直こうして見ると学生って言われたら一瞬信じちゃうぐらい若いし華奢で、そんでもって……あ。

 

 もしかして、そういう事?

 

「こんにちは釘崎ちゃん、ちゃんと会うのは初めてだね」

 

「う、うっす夏目先生」

 

「夏目先生?!え?もしかして最初から聞いてました?」

 

「んー?全然、今来たとこ、伏黒君が虎杖君の事探してたよ?なんか怒ってたけど平気?」

 

「あははー……ここに居る事秘密にしてもらってイイスカ」

 

「もう遅いかも」

 

「え“」

 

 

 瞬間、店内から溢れ出す________迸る、呪力。

 

 

「________虎杖、ちょっと面貸せ」

 

「ハイ」

 

 

 おいおいあいつ死んだわ。

 

 御愁傷さま虎杖、安心しろよ、墓ぐらいは建ててやるから。

 

 ……てか夏目先生まじで若いな、は?どういうスキンケアしてんだよ、女子力負けてねーよな……?

 

「あはっ、じゃあ私次の任務あるから……あ、姉妹校の映像冥冥先輩経由で見たけど真希ちゃん、一年前からぜーんぜん成長してないよ、何で?何から何までだめだめ、真衣ちゃんより点数低いよ?残念。今度実習ね」

 

「は________おい!」

 

 

 真希さんが身を乗り出したのを性格悪そうな笑顔で手を振りながら、まるで最初から居なかったかのように、本当に一瞬の内に、消えた。

 

 ……口開くのあんな感じなのか、特級呪術師夏目鮮花先生って。イメージと違うって言うか、なんか嫌になりそ……あの人とやっていけるか?私。

 

「あの女っ好き勝手言いやがって……!」

 

「お疲れ真希〜、あの感じ多分けーっこうガッツリ扱かれそうだぜー」

 

「夏目先生っていつもあんな感じなんすか?」

 

「しゃけ」

 

「だな、真希には特に厳しい。悟とは二言目には口喧嘩、でも悪い先生って訳じゃない、夏目サンの授業は教わる前と後で一段階、呪術師の格が変わる」

 

「はえー……何で?」

 

「他人の術式に対する理解から応用、その先までの展開がすげーやべー、んでそれを他人に教えんのがすげーやべー(テク)い」

 

「そんなに?」

 

「そんなに、悟って教えんの向いてねーんだなって思っちゃうぐらい」

 

「いや、それは割と最初からそんな感じしてるっす」

 

「……術式だけじゃねーよ、殴り合いで勝てた試しがねえ」

 

「それ含めた扱きを年単位で続けてるから恵は強いんだろーな。憂太と金次……あー、停学中の三年な?その二人除いた術式ありのガチンコなら俺らの中で一番だろアイツー」

 

「めんたいこ」

 

 

 えっ、伏黒ってそんなつえー奴だったっけ、いやまぁ。姉妹校で虎杖と東堂と並んで特級とやり合ったって話は知ってんだけどさ。

 

 その時に呪術戦の極地、領域展開も習得したとか言ってたけど________冷静に考えたらつえーな、まじかよ、何か置いてかれてるみたいでムカつくな。

 

 

 まぁそれは今は良いんだよ、話題はこっちっしょ。

 

 

「タッパとケツが小さい……パンダ先輩、そういう事すか」

 

「まぁ消去法的にだろうなって感じー」

 

「おかか」

 

 

「________何の話しすか、違ぇよ」

 

 

 

 多分虎杖を土に埋めてった伏黒がファミレスに帰ってきた。

 

 ウケる。

 

 違ぇ訳ねえだろタコ、目泳いでんだよおまえ。

 

 

 

 

 

 

 ________同年同月、2日後栃木県にて。

 

 

 久しぶり、って程年月経ってる訳じゃねえけど、他の奴なら兎も角あの人から「明日会いに行くからよろしくね」なんて言われたら、流石に緊張すんなぁ。

 

「ビビってんのー?金ちゃん」

 

「朝起きたら元カノが包丁持って俺の腹刺す3秒前だった時より震えてんぜ」

 

「元カノの話辞めて?」

 

 奮い立つぜ、んでもって夏目さんは俺の商売になんて言ってくれっかな?あの人の事だ、否定だけはぜってーねえ、でも肯定してくれっかは別の話だよな。

 

 何つーか、普通にこういう所がダメとか、何でこうしたの?効率悪いねとか、そういうダメ出しめちゃくちゃされそう。やべえ、俺それ聞いて泣かないようにしよ。

 

 ……ていうか、何でこのタイミングで会いに来てくれるんだ?夜蛾のおっさんが俺が此処にいるの特定して会いに来るってんなら兎も角、夏目先生がだぜ?

 

 深い理由とか無いならいーんだけど、パッて現れて様子見るんなら、わざわざ連絡とかしないだろーあの人。

 

 まっ、まさか夏目さんに限って俺に何か頼るとか無いだろうし、気楽に考えっか。

 

「あっやべ、待ってますって連絡送ったけど此処の場所教えてねえや」

 

「夏目先生なら場所教えなくても現れるでしょ、居酒屋の時みたいに」

 

「確かに、じゃあ良いか」

 

 

「________せーかい、お待たせ二人とも」

 

 

 うおっビビった、慣れねぇ〜〜〜この感覚。

 

 まるで最初から居たかのように、空間から夏目さんが現れた。最後に会った時からなーんにも姿形変わってねえや、久々って程でもないけど、やっぱ会うと普通に嬉しいぜ。

 

「賭け闘技場だっけ、良いんじゃない?非術師の中にも肉体の強度だけで見たら、準一級ぐらい鍛えてる人は居ないって訳じゃないし」

 

「ほ、ホントっすか?」

 

「うん、秤君にしては50点上げてもいいよ」

 

 おおっと思った以上に評価低い感じ?

 

「1.非術師と呪術師の境目はどうでも良いけれど非術師も顧客にするならこの地区で生まれる呪霊を狩り尽くすか非術師にも解る様に手を尽くしなさい」

 

「そ、それはそうっすね……」

 

「2.参加者の実力(レベル)、まぁこれは時間が解決するかな?6年後ぐらいにね、でも呪術師の方はダメダメ。いっそ呪詛師でも雇ってみれば?」

 

「えぇ……仮にも自分呪術師なんすけど……てかすげー事言いますね夏目先生」

 

「3.これが一番ダメだね、運営力と資金力がぜーんぜん足りない。何で秤君は自分でやろうとするのかな?だめだよ?学力が無いんだから」

 

「わぁ久々だこの徹底的にダメ出ししてくる感じ」

 

「ハイ……」

 

「あぁ金ちゃんが萎れちゃった!」

 

「あはっ、言い過ぎちゃった?」

 

 

 ……あぁこれこれ、このやり取り。やっぱり夏目さんは何も変わらねー、俺がどこに居ようが、何をしてようが、夏目さんにとって俺は「生徒」なんだろうなぁ……。

 

 頭上がんねーっス、夏目さんのこと良く知らねー奴はバカにしてる表情とか言ってるけど全然ちげーよ。

 

 ありゃ会話を楽しんでんだ、俺には分かる、そこに”熱“があるからな。

 

 

「まぁ、応援してるよ?頑張りな、秤君」

 

「ウッス!……んで、夏目さんは何の用で?」

 

「秤君と星君に頼み事って言ったら驚く?」

 

 

 思わず綺羅羅と顔を合わせた、えっマジで?

 

 同じタイミングで夏目さんの方の視線を向けると、うんうんと頷いた。えっマジみたい。

 

 

「まぁその前にもう少し雑談しない?秤君が高専に居ない間、結構面白い事起きたんだよ」

 

「面白い事ですか?何だろー金ちゃん」

 

「……パチンコで100万勝ちした奴がいるとか?」

 

「んーそれは多分秤君だけかなぁ……両面宿儺って知ってるよね」

 

「え?まぁそりゃあ、それがどうかしたんすか?」

 

「受肉したって言ったら驚く?」

 

「「えっ」」

 

 え〜〜〜〜?

 

 

 マジ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________時同じく、海外にて。

 

 

「ちょーっと嫌な予感してさ、僕に何かあったら今の事を一二年憂太に頼みたくて」

 

 って僕に言う五条先生……先生に何かあったらって、ええ?何が起きても五条先生が何かあるとか思わないんだけど……夏目先生も居るんだし。

 

 あ、もしかして!

 

 

「女性関係ですか?」

 

「……憂太も冗談言うようになったんだね」

 

「いや五条先生に”何か“って夏目先生と仲違いするとかそれぐらいしか思い浮かばなくて、それか逆に結婚とか」

 

「________っぷ、はははっ!僕と夏目が結婚?!ありえねー!何々、憂太って僕と夏目の仲そういう風に捉えてんの!?」

 

 

 すごい笑うなぁ五条先生……そんなに面白い事言ったかな?てか、仲違いするかもしれないのは否定しないんですね。そこは否定して欲しかったなぁ……。

 

 

「いやあだって、五条先生も夏目先生も、二人で話してる時は本心っていうか、仲良いなーって僕は思いますけど」

 

「ククッ、なーんて事ないただの腐れ縁だよ……てゆーかミゲルは?」

 

「先生には会いたくないそうです」

 

「……理由とか聞いてる?」

 

「聞いてないです」

 

 

 そっかー……って言って五条先生は少し項垂れた、何だろう?でも、ミゲルって五条先生にボコボコにされたって聞いてるから、それが理由なのかな?

 

 僕も五条先生の拳受けた事あるから解るけどめちゃくちゃ痛いし吐いたし……トラウマだったりするのかな。

 

 

「ま、兎に角よろしくね。特に一年の虎杖悠仁、あの子は憂太と同じで一度秘匿死刑が決まった身だ、注意を払ってもらうと助かる」

 

「先生に何か起きると思いませんけれど、勿論です!早く後輩に会いたいなぁ……あっ、伏黒君は最近どうですか?元気かな……」

 

「げーんきビンビン、寧ろ最近領域展開出来るようになってさぁ________」

 

 

 

 五条先生の身に何か起きる。

 

 本当に想像が付かなかったんだ、それこそ本当に何かの拍子で、夏目先生と五条先生が呪い合う事になるかとか、それぐらいしか。

 

 でもそれだって、絶対に無いって言えるぐらい、夏目先生も五条先生も口では嫌ってる風に言ってるけれど、仲が良いのは僕だけじゃなくて、パンダ君も棘君も、真希さんだって知ってるし。

 

 

 だから深く考えずにいた。

 

 

 ________これは、言い訳だ。

 

 知らなかったんだ。僕が居ない間に起きた10月31日のハロウィンで起きた事変。

 

 

 渋谷で起きたその出来事を、僕は全てが終わった後に知ってしまった。

 




(ほぼ)日常回でお送りしました


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狭間-虹霓-

 

 ________2018年、10月1日。

 

 夏油傑という肉体は、何も呪霊操術を扱えるだけの理由で私が"次"の肉体に目星をつけていた訳では無い。

 

 "この時代"に於いては夏油傑以外に呪霊操術を扱える呪術師は存在しなかったとはいえ精々珍しい術式程度。

 

 今後10年、20年……長くて50年の内にまた全く同じ術式を持って生まれてくるだろうね。

 

 とはいえ、当時経験不足であったとはいえ無際限の呪力を手にしていた状態の乙骨憂太、呪いの女王祈本里香を相手取り渡り合う肉体の強度もまた、戦闘用の肉体としても至高に近いレベルだった。

 

 戦闘向きの肉体に加え所持している術式……過去最大に天元を取り込み呪術界、いや日本全土を混沌に出来る最高の状況を除いても、夏油傑の肉体は次の肉体として理想的だった。

 

 仮に2007年、天与の暴君伏黒甚爾が因果を壊す事が無くとも夏油傑の死後乗り移っていただろう。

 

 だからこそ、夏目鮮花という呪術師(イレギュラー)にその予定を完膚なきまで虚数という"無"そのものに葬られた事が口惜しい。

 

 

 アレは私の手から離れた、私の可能性の域の外の存在だ。

 

 

 本来なら喜ばしい事実、私の知らない人間という可能性をその身に体現している存在に近い。

 

 だと言うのに私の気持ちは昂りとは全く違う感情を起こしている、他でも無い私自身が、忘れていた感情(悔しさ)を思い返してしまった。

 

 だからなんだろうね。

 

 決定的な敗北を名残惜しくも受け入れ、再び次の時代に期待する________本来、そうすべき理性を、1000年“生きて”いる私が否定している。

 

 

「ねー天内、こういう呪物ってさぁ、何で壊さないの?」

 

「壊せないんだよ、特級ともなるとね。生命を止め他に害を為さないという“縛り”で存在を保証するんだ」

 

「宿儺の指は有害じゃんか」

 

「アレは特別、呪物と成ってその上20に分割しても尚時を経て呪いを寄せる化け物だよ」

 

 

 それ故に器を選ぶ。

 

 もう16、17年程前になるのかな、アレに具体的な役割は求めてないけれど……ククッ、彼にはまだまだ宿儺の器であり続けて貰いたいね。

 

 私の預かり知らない所で秘匿処刑が起きないとも限らないからね、まぁ五条悟の性格上それほど心配はしていないけれど。

 

 問題はどうやって宿儺の意識を永続的に表に出すかだな……いやぁ自分で産んだモノとはいえ、思った以上に虎杖悠二の理性が強い。育てが良かったかな?なーんてね。

 

 向こうは向こうでプランがあるんだろうけれど、はてさて私の提案に乗ってくれるかな?

 

 

「おい!アンタ金、金!?オレッそんなに持ってないけどさ、サラ金とかなんかあんだろ!」

 

「大丈夫かなぁ、この状況で俺が見えてないとかマジで才能ないよ________はい、あーん」

 

 

 呪胎九相図は私の予想を超えられない失敗作だ。正直に言うと落胆した分これらに対する失望の気持ちは大きい、何かのきっかけで()の事を思い出した時に離反する可能性も十分にある。

 

 とはいえ来る日の戦力増加には打って付けだ、烏合であっても特級呪術師を除けば、現代の呪術師にとっては充分脅威になるだろうしね。

 

 

「で、どうすんの?天内」

 

 

「先ずは残っている宿儺の指だ。現状虎杖悠仁が取り込んでいる宿儺の指は3本。残る17本の内、一つはほぼ確実に五条悟が隠し持ってるかな」

 

「ふーん、俺らが元々回収してたのと、高専が保有してたのと合わせて10本だっけ?」

 

「そっ、残る7本の内、4本は目星を付けている________完全復活とは言わないけど、五条悟を封印した後に解き放つには十分な本数だ」

 

「ははっ、それで?夏目鮮花はどーすんのさ?」

 

 

 揶揄うようにそう発言する真人に、くつくつと笑いながら回答する。

 

 

 ________実際、私にとっての正念場はソコだね。

 

 私の策略、その上での呪術戦であの理の外に”居る“虚数使い(夏目鮮花)に勝利しなければ、この時代に於いて私の目的を達成する事は出来ないだろう。

 

 いや、違うかな。

 

 

 その日に負ければ私は恐らく殺される(祓われる)。次こそは逃げられないという確信がある。

 

 

「________10月31日迄に凡ゆる手を使って暗殺(・・)する。真人にも少ーしだけ手伝ってもらうよ?」

 

「おっけー、失敗るなよ〜?天内ぃ」

 

 

  次、相見えるその時に雌雄を決しようじゃあないか、天敵(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 ________同年同月、6日。

 

 

 七海さんや夏目さんの何方かの目が届く範囲で、私と美々子が外で呪霊を祓う事は殆どない。

 

 偶発的に起きてしまった状況で尚且つ、どうにもならない時以外で無闇に残穢を残してはならないって取り決めがあるからだ。

 

 七海さんからの私達の評価は、呪術師の実力で例えるならギリギリ“準二級”、二人で連携して二級術師が妥当のラインだって言っていた。

 

 頑張れば一級呪霊は祓えるけれど、特級寄りの一級呪霊はまだまだ荷が重いって七海さんは言っていた。

 

 

「強くなる事を否定はしませんが、それ以前に君達は呪術師でもなければ未成年です。危機的状況になったとしても、自らで対処しようとはせず、大人を頼る事を勧めます」

 

 

 ________ごめんなさい七海さん。

 

 

 ちょっと、無理かもしれない……ッ!

 

 

「っ美々子!こっち!」

 

 

 迫り来る()が私と美々子に向かって焼き払うよりも先に、私の手に持つスマホで私と美々子を投写して術式を発動する。

 

 これで五回目(・・・・・・)……っ。私達を見てゲラゲラ嗤いやがって……!気持ち悪ィんだよ呪霊が!

 

 ああクソ!最悪、最悪だ。何でこうなった、元はといえば美々子のせいだ、如何にもな心霊スポット、如何にもな橋の下の噂、ここは呪霊が居ますよって言ってるようなものなのに!

 

 最近出来た友達がここに入ったからって言って、私達なら大丈夫とか言って……!せめて七海さんには怒られるだろうけど報告すれば良かった!

 

 何より一番最低なのは私が、私自身が「私は強くなった」って思い上がってた事!私も、美々子も確かに半年前よりは劇的に強くなった、二人揃えれば一級呪霊も払えるようになった。

 

 数ヶ月前に襲ってきた呪詛師も返り討ち出来た事で驕ってた……!確かに私達は強くなった、でもだからって私達より強い呪詛師も呪霊も、一杯いるだろ________!

 

 

「ハァ……っ、はぁ……」

 

「菜々子!もう呪力が……っ、私を置いて逃げ」

 

「バカ!逃げるなら美々子、さっきから言ってるでしょ……!」

 

 

 あぁもう!何でこんなに……ッ、強すぎんだよ……あの呪霊!

 

 私の術式が無かったら最初の炎で焼き殺されていた。美々子の術式が無かったらあいつの気を紛らわさせることも出来なかった。

 

 共通してるのは、私の術式も美々子の術式も、全く意に介していない所……っ!

 

 動きを止める程度しか出来ない!それも短時間、直ぐに破られる。私達が逃げるより先に突破される……

 

 特級なのは確定!でも最初から此処に、さっきまで私と美々子が相手してた呪霊とは別件だろ、徒党を組める知力じゃない。

 

 きっかけは何だ________まさか、いやでも。

 

 そうとしか考えられない、コイツ。

 

 両面宿儺の指を取り込んでいる!

 

 

「……ねえ美々子、聞いて」

 

「っ何」

 

「この領域を逃げて、振り向かないで」

 

「やだ……ッ」

 

「……じゃあ一緒に戦おう」

 

「うん!________ぁ」

 

 

 美々子が私から目線を外して、呪霊を見据えた隙を見計らって夏目さん仕込みの手刀で気絶させる。

 

 私もそうだけれど美々子も残り少ない呪力、体力的にも限界なら簡単だった。

 

 

 無理だ。

 

 どう足掻いても二人一緒に此処を切り抜けられない。何方かが残って全力で足止めをしないと、この呪霊が起こしている生得領域の外に出るより先にこの呪霊に殺される。

 

 足止めに限れば、私の術式なら時間が作れる。

 

 

 ________うん、良いよ。

 

 

 後悔はない、ちょっと寂しいけれどそれだけ。

 

 あの日から夏油様と過ごして、夏油様が居なくなった後は夏目さんと過ごせた。

 

 楽しかった、充実できた。だから後の人生は美々子に全部あげる。

 

 お姉ちゃんだから、私が守らないと。

 

「行って!早く!」

 

 

 美々子の制止を遮ってカメラを向ける________自らの呪力を写した写真機で写した対象の状態を操作出来る術式。

 

 効果は様々、それこそ”術式の解釈“次第、だからってそんなに便利じゃないけれど。

 

 美々子の今居る座標をずらして、この領域の外に突き飛ばす事ぐらいは出来る。

 

 二人以上出来れば、私も逃げれたんだけどなぁ。

 

 

「________あ」

 

 

 死んだら夏油様に会えるかな。

 

 ああでも、ごめん。

 

 やっぱり少し、怖い。

 

 

 私が美々子に術式を使ったのとほぼ同時に、迫る呪霊の振るう剛腕、回避は間に合わない、呪力でガード出来たとしてその後に戦闘続行が出来るか?……無理か。

 

 せめて、最後までは足止めしてやる________そう身構えた。

 

 

 瞬間。

 

 

 

「ッオラ!」

 

 

 乱入者。それを知覚した呪霊がその乱入者の方に気を取られ、繰り出された拳が呪霊を吹き飛ばす。

 

「何が……」

 

「________おい」

 

 私が状況を理解するより先に、同じくこの領域に乱入してきた別の男が、私に話しかけてきた。

 

 その服装に見覚えがある________高専の呪術師、同い年か一個下が三人この状況に現れた。

 

 

「アンタが誰だか知らないが、一先ず敵じゃねえんだな?」

 

 

 

 

 

 

 

 ________時同じく、領域外のやや離れた森の中。

 

 

「アレェ?マヒト?」

 

 指定された所にやって来て、予定外の事が起きた為に一度足を止めていた所。こちらに向かってやってきた人物を見て血塗が反応した。

 

 

「ごめ〜〜ん三人共、宿儺の指の方は中止〜!」

 

「……理由は」

 

「俺が殺しに行ったらまだしも、君達三人じゃあ脹相は兎も角、壊相と血塗は祓われちゃうかもって天内が言うんだよねー」

 

 

 ……ふん。

 

 この真人とか言う呪霊の発言は軽薄だが、先程領域に入った呪術師の中に領域展開の出来る術師と、両面宿儺の器が居るとなれば、その意見も一概には否定出来ないか。

 

 使い潰すと思っていたが存外、そう言うわけではないという事か?あの少女の皮をした呪詛師の思考は良く解らん。

 

 

「それで、そちらは?殺してはいないようですが」

 

「あぁコレ(・・)?棚ぼたって奴?ま、あんまり気にしなくて良いよ」

 

「そうですか、ですが真人。女性を乱雑に肩に担ぐのは美しくありませんよ」

 

 

「________確かにその通りだね、真人。その子を下ろして上げよう、丁寧にね」

 

 

 いつの間にやら、額に縫い目を残した少女の姿の呪詛師がこの場に現れていた。

 

 その見かけこそ柔かな表情だが、それが貼り付けた物だと一目で分かるほどに真人と同じく軽薄。

 

 ……やはり胡散臭い。

 

 こいつらの目的は聞いた、呪詛師の方はまだしも呪霊の方の理想は多少分からなくもない。

 

 どちらにせよ呪霊側に着くと決めた以上はある程度従ってやる、今の世界よりこれから近い内にこの呪詛師と呪霊が起こす世界の方が兄弟達が生きやすい世の中の筈だからな。

 

 

「態々悪かったね、先に帰って良いよ」

 

「……そうさせてもらう、行くぞ壊相、血塗」

 

 

 奴らがあの少女に何をするかは知らないし興味も無い、そして関わる気もない。

 

 俺が守り生きる理由は兄弟の事。それ以外の事は顧みない。俺が9人家族の1番の兄である以上、そう生きると決めた。

 

 

「で、どうすんの?」

 

「____________って感じ、やれそうかい?」

 

「まぁ〜〜多分?失敗しても改造人間には出来るでしょ」

 

「ははっ、出来るだけ避けてよ?仮にもこの子は”友達“だ」

 

「っははは!何それ天内ィ〜、あんまり笑わせんなよ手元狂っちゃうだろ〜〜?」

 

 

 この場を離れ聞こえてくる言葉にもまた、俺の体も心も動く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ________同年同月、7日。

 

 

 菜々子曰くだけれど。

 

 あの時私を領域の外の飛ばした後、乱入して来た呪術師と協力して特級呪霊を払ったらしい。

 

 その後は隙を見て呪術師から逃げて、森で気を失っていた(・・・・・・・・・・)私を見つけて回収。

 

 残穢を気取られない様に注意を払って________って言っても、事が起きたのが領域内だったから、空間毎無くなった今、余程残穢を辿るのが巧い呪術師じゃない限りは大丈夫だと思うけど。

 

 

 ……気になるのは、私がその呪霊の領域に入ってしまった原因になった、追いかけた友達(・・)のこと。

 

 あの空間に焼死体とかは無かったし、明らかな死体が森の中にあった訳じゃないから大丈夫って思いたいけれど、心配。

 

 あぁでも……もう勝手に動かないようにしよう、うん。怒られるのは嫌だし。

 

 

「________で、で?その呪術師達は仲良くなれそう?」

 

「……一度共闘したからって今後も、って訳には行かないよ、アイツらと私達とじゃ、立場が違うし」

 

「そっか」

 

 

 そこに私は居なかったけれど、菜々子が全く知らない同年代に近い呪術師と手を組んで戦えたのは……なんか、良いな。

 

 五条悟のことを許す事はできないし、それは私だって変わってないつもりだけど。

 

 私の世界が広がるように、菜々子の世界も変わっていくのを、感じた。

 

 

「とにかく、暫く外に出ないように!良い?この事が夏目さんや七海さんに知られたら、怒られるとかの話じゃ……」

 

 

「________もう遅いですね」

 

 

 

 玄関の開く音と同時に、その言葉が辺りに響いた。

 

 

 うー、よりによって七海さんだぁ……!

 

 

「そこに正座」

 

「「はい……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ________同年同月、13日。

 

 

 

 呪術高専東京校地下最深部・薨星宮。

 

 

 此処に引き篭もっている奴は、結界術の効果によってか日本国内のほぼ全ての事象を細かく把握している癖に、結界術の行使や星漿体との同化を除いて、基本的には外界とはほぼ接触しない無責任の老害だ。

 

 どんな目的があって何がしたいのか、その理由も知りたくない。というかそんな大それた理由すら無いんだろ?

 

 1000年以上生きているとは言うが、その在り方はまるで自然に立っている木の様なものだ。

 

 

「来てやって言葉の一つも無し?お婆ちゃん(・・・・・)

 

「一度も君を呼んだつもりは無いけれどね、虚数の中の君(夏目鮮花)

 

 

 円柱状の頭部に二対の眼、幅広の口を備えた特異な面相で、髪や耳はないその人物がそこに居る。

 

 まるで呪霊だな、何百年と生きていれば人間は別の何かになってしまうって事か?皮肉だな、本能(呪い)が先か理性(人間)が先かの違いじゃないか。

 

 ________そんな事は如何でも良い、私が呪術師として生まれた以上どんな立場であっても呪霊を祓う事には変わらない。

 

 この世から呪霊が消えれば、次は呪詛師だ。呪詛師全てが消えて、煩わしい呪術師も消したら、やっと世界が私だけのモノに出来る。

 

 ……そんな未来が起きる事は無いだろうけれどさ。

 

 

 ________はっきり言う、私は天元(コイツ)が嫌いだ。

 

 

「お前が自分の術式や結界術に何を縛ってるかは知らない。ただ唯一今この瞬間、私が接触する事が出来ているのは私が正当な(夏目家の)虚数術式の使い手だからか?」

 

「ある意味ではね。私の結界術は、泰観の血を受け継いだ虚数術式に起用しない。私の結界術が虚数に近いからかな、伏黒甚爾(・・・・)とは別の理由ですり抜けられる」

 

「私以外は会おうとすらしなかったんだろうな、そう教育(・・)されて来たから________お前だろ、そう”育てろ“って指示したのは」

 

「直接的には何も、ただ結果的にそうなってしまった事については否定しないよ」

 

 

 まるで自分は何もしてませんと言っている物言いだな。お前が何かを起こした結果、私の……過去含めた虚数使いの”自由“を奪う事実が起きたんだろうが。

 

 ふざけるな天元、お前(コイツ)は自分の行動に一度でも責任を取った事があるのかよ。

 

 

 ________星漿体の娘については話したことも無ければもう覚えてない、知らない。

 

 

 でも、あれが夏油君が堕ちたきっかけの一つだったのは知っている。

 

 コイツは全てを見ていた筈なのに、その全てを見過ごして今も尚それを続けている。

 

 他人に枷や柵を与える癖に、自分は何もしないで引き篭もって見て見ぬふりって?良いご身分だよ本当。

 

 

「五条君が呪術師で良かったな、じゃなかったら今頃今際の際だ」

 

「君の術式(虚数)なら私も無に還る事が出来るだろうね、否定はしないよ……それで、話は何だい?それが本題じゃないだろう?」

 

 

 

「________額に縫い目、肉体を移り変えて生きながらえている呪詛師を知っているだろ、そいつの情報を全て教えろ」

 

 

 

 術式の理解度、術師同士での戦いの経験値、異常なまでの逃走能力、登録外の身元不明な特級呪具。

 

 他にも理由はあるがまず間違いなく現代の呪詛師じゃない、肉体を捨てて別の肉体に出来る術式があるなら何百年前の術師であっても不思議じゃない。

 

 これだけ材料があって、まず間違いなく天元が知らない筈がない。

 

 私が件の呪詛師について知っている情報以上の情報を確実に目の前のコイツは握っている筈だ。

 

 

「……ふむ」

 

「黙秘でもしてみるか?やってみろよ、その呪霊紛いの口がもう一つ増えないと良いね?」

 

「そう言葉を荒げないで欲しい、少し思い出していただけだよ________勿論知っている、私が思い当たる節と、君が対峙している呪詛師の正体が一致しているならね」

 

「御託は良い、さっさと言えよ」

 

 

 

 ああ、本当に私はコイツの事が嫌いだ。

 

 何処までも他人視点、俯瞰で全てを見ている。神にでもなったつもりか?そこに”自分“という確固とした自我が存在していない。

 

 自我の無いモノが生きていると言えるのか?少なくとも、目の前にいるコイツは”ソレ“じゃない。

 

 何処までも古臭く保守的で停滞した存在、そんな奴が1000年前から存在し続けて生にしがみ付いている。

 

 

 あぁ、壊したい。

 

 

「________以上が私の知る情報だ。お気に召したかな?」

 

「そう。じゃあ帰るから」

 

「帰る前に一つ、聞いても良いかい?夏目鮮花」

 

「……なに」

 

 

「虚数と現実、そしてその狭間。どれだけ行き来し、狭間に居続けたかな?虚数の中の君(夏目鮮花)

 

 

 ……あはっ。

 

 今更心配でもしてるつもりか?

 

 

「________お前には関係無いよ」

 

 

 12年も前から、私が私として覚醒するよりも前にすべきだったな。

 

 もう遅いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ________同年同月、17日。

 

 

「伊地知〜〜〜今日の僕の任務どれ〜」

 

「ええと、本日は五条さんは休日と聞いていますが……」

 

 

「え?僕に休み?ははっ、珍しー」

 

 って事は珍しく夏目がバリバリ働いてるって事か、夏目が働く分にはじゃんじゃん働いて貰って結構、寧ろざまーって感じ。

 

 学生に向けた任務は僕が目を通した任務以外通すつもりは無いし、僕の幅寄せが高専生徒の皆に来る事は絶対無い。

 

 て言うか僕の代わりが出来るのは特級呪術師ぐらいだし、んでもって九十九さんは海外で上層部から依頼されたり無視したりだし。

 

 っま、無視するのは僕も夏目も変わらないか。

 

 

「じゃー飯行くか伊地知」

 

「え、私ですか?」

 

「運転よろ〜」

 

「私と硝子ちゃんも追加でね、下手な車乗らないでよー?伊地知君」

 

 

 聞いた事しかない声が俺の横から聞こえて来やがったので振り向いて下を見たら、案の定夏目がいた。

 

 ……あん?夏目も休み?

 

 

「疑問そうだね、ぜーんぶ九十九さんに投げた」

 

「へぇー、日本来てるの?あの人」

 

「三日だけ、私に頼みたい事があったらしいよ?」

 

「何さあったらしいって、もう終わらせたって事?」

 

「ん?断った。そもそもあんまり好きじゃないんだよねあの人」

 

 

 うわっかわいそ九十九さん、まぁ僕も親しい訳じゃないけれど。

 

 ……夏目と九十九さんの間で何かあったのか?まぁ個人間でのやり取りに口を挟むのは野暮か。て言うか関わりたくねーし。

 

 

「ええと……お二人とも時間は何時に?」

 

「「今」」

 

「は、はい!」

 

 

 奇遇じゃん、珍しいな僕と夏目の意見が合うなんてさ。

 

「ななみんも呼ぼうぜ、暇にしてなかったら暇にさせよーと」

 

「もう言ってあるけど、残念だね五条君、私に先越されて悔しい?」

 

「はー?別に悔しくないけど、っつーか何々、同窓会でも始める訳?ホームシックですか夏目ちゃんわ?」

 

「偶にはね」

 

 

 ……ええ、何だぁ?素直になられるのきもいんですけど……。

 

 

 ________何時もと違う。

 

 

 こいつの異変は分かりやすい、大体張り付いた笑顔を見ればわかる、バカにしている表情以外の表情が漏れ出てる時は基本何かにキレてるか何か隠してるかだ。

 

 今回のこれはそれとも違う。

 

 見覚えだけはある、何時かに見た表情と似ている。

 

 この表情を見たのは何時だ________?

 

 

「ねえ()君、私が夏目家でどう言う扱いを受けていたか知っていたっけ?」

 

「別に、今更聞こうとも思わねーし、お前も話す気ねーだろ」

 

「あはっ、まぁ楽しくない話だからね。でもそこから抜け出して、自由になってみれば案外、私の(・・)世界はそこまで嫌いじゃなかったかな」

 

「あっそーですか、良かったんじゃない?」

 

 

 ……お前、そういう顔も出来んだな。

 

 

 

「あはっ、何々?見惚れた?」

 

「はっ、天地がひっくり返ってもねーっての」

 

 

 

 

 ________なぁ、夏目。

 

 

 お前がこの時、()に何を求めていたのか、俺には分からない。

 

 何時だってお前が言いたかったことを俺がしっかりと理解したのは全部事が終わってからだ、結果的に俺の選択が正しかったと判断できたのは全て後に起きた結果次第。

 

 まぁ認めるよ、俺は確かに強いし最強だけどさ、間違ってばかりだ。

 

 傑の件も、今思えば灰原の事だってどうにかできたかも知れなかった。

 

 一瞬、お前に横並びになられた事も有った。領域展開を覚えるまで、領域を使うお前に負けなくとも勝ちきれない時期が少しだけだけど続いた時もあった。

 

 それはダメだ(・・・)。俺はお前に。お前だけじゃなく誰よりも強くならないといけない、それが五条悟(最強)だろ。

 

 だからさ、もし仮に悠二が抑えきれなくても俺は負けねぇよ。

 

 呪術晩成平安の時代の、呪いの王(両面宿儺)であってもめちゃくちゃしんどいだろうけど、勝つさ。

 

 

「他に誰か呼ぶか?」

 

「今日夜蛾先生が暇そうに呪骸弄ってた気がするけど」

 

「普通に呼ぶの何かつまんねーしドッキリ仕掛けよーぜ」

 

 

 

 ________来る日の、これから起きた(・・・・・・・)事に対しての俺の選択は正しかったのか?

 

 俺は起きた後でしか判断できねー。でも最終的には絶対に、どんだけしんどくても俺が勝つって気持ちを持ってた。余裕とか慢心じゃねえよ、そうするって決めてんだ。

 

 それに俺がやらかしたって育ててきた生徒達を信用も信頼もしている。

 

 一度呪術界に愛想つきて非術師の世界に行ったななみんも戻ってきてくれた。何だかんだついて来てくれてる硝子もいる、普段は使えねーけど痒い所に手が届く伊地知も居る。

 

 ……まぁ癪だけどさ、それを俺が認めるか認めないかは別として お前(夏目)の判断を疑った事はないよ。

 

 最終的な判断を俺に任せるのは、責任はお前が取れって事だろ。分かってるよ。

 

 

「つーか何食う?焼肉飽きたんだよね、僕」

 

「七海君が見つけた回らないお寿司屋さん」

 

「聞いてねえんだけどその寿司屋」

 

「そりゃ誰だって五条君に教えたくないでしょ、寧ろ何で教えてもらえると思ってるのかな?」

 

「……夏目の奢りねー?」

 

「あはっ、ぜーったい嫌だ」

 

 

 

 ________10月31日、渋谷。

 

 

 その日の俺の選択は正しかったのか?

 

 

 お前が居たら何か変わったか、夏目。

 




ちなむと、考えてるENDが変わらない限りは渋谷事変で畳む予定です。
ほんじゃ1、2週間後ぐらいに。


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