ソードアートオンライン~過去からの転生者~ (ヴトガルド)
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第一層
過去からの転生者


定期的に更新するように頑張ります。書きたいから書くなので文才等は期待しないでください。極力丁寧を心がけさせて頂きます。


四乃森家八代目当主予定 四乃森 蒼剣は今仮想世界へと来ている。

 

ソードアートオンライン

 

前世の経験を持つ彼、蒼剣はこの世界に存在するという“刀”に興味を持ちこの世界に来たが少々……いや、かなり落胆していた。

 

辺りにいるプレイヤーから聞いた話ではこの辺りにでるモンスターは猪やミミズが多く、人型ではないらしい。目当ての刀もやはり序盤では手には入らないとの事だ。

 

現実と違い、武具を自由に振れる事自体は懐かしいし、楽しいと言えば楽しいが、いかんせん痛みも無い為、前世の記憶を満足させるほどのリアリティではない。

 

「やはり昔(幕末)のような動きは今は出来んな」

 

現実では前世の日課になっていた修練を赤子の頃から積み、前世の時の14才当時の筋力、敏捷力、技量を再現していた四乃森 蒼剣……プレイヤーネーム“アオシ”はこの世界での自分の筋力、敏捷力にも落胆した。

 

確かに体力や身体を動かすイメージは現実と変わらないが……。敵を斬る感覚や敵の攻撃を受けた際の痛みなど本当の戦いを経験した上ではやはり物足りない。……だからといって昔のように殺し合いを現実でしたいとは思わないが……。

 

 

アオシはとりあえず装備を整え、始まりの街にある修練場へと向かう。

武器の種類は始める前に受けた簡単なチュートリアルで説明を受けた。片手直剣、両手剣、細剣(レイピア)、短剣、片手斧、両手斧、片手槍、両手槍、棍、曲刀とあり、かなりの種類が存在するようだ。

 

その他にも刀や刺突(エストック)、鎌、大鎌、鞭といった武器も存在するらしいが特殊な条件が必要らしく、チュートリアルではその存在を示唆するだけだった。

 

元々この世界にくる前にある程度調べていた俺は迷う事なく曲刀を選ぶ。β版経験者の情報板というところで見た情報ではエキストラスキル“刀”は恐らく、曲刀に関係があるのではないかと書かれていたからだ。

 

メイン武器を手に入れた俺は修練場へと入り、先ずはソードスキルなるものを試す。

曲刀基本技“リーパー”

手に持つ武器をオレンジ色の光が包む。俺はそのまま曲刀を振るおうとすると、身体が勝手に動き、人形を斬りとばした。

 

俺は自分の身体が勝手に動かされた事に激しい不快感がこみ上げてきた。

更にこの、技を放った後に襲う全身の硬直も気に喰わん。

俺は曲刀をしまうとソードスキルは使うまいと結論づけてフィールドに出た。

 

 

 

やはりフィールドにいるモンスターは弱く、手応えもない。

単調に突っ込んで来るのみの猪や尻尾を振るうワームなどは練習にもならなかった。

 

時刻を見るとそろそろ夕飯の時間だ

俺はメニューを開き、ログアウトボタンを探す。

 

「・・・?妙だな・・・ログアウトボタンが無い・・・?」

 

14年の間にその高い知性を発揮し、現実の事をしっかりと把握していた俺だ。

当然このゲームも開始前にマニュアルをナーヴギアのものを含め、把握していたがログアウトについてはメニューから以外の方法は無かったと記憶している。

 

俺はGMコールをする事も考えたが、とりあえず様子を見つつ始まりの町に戻るかと考え、装備している曲刀“スチールカトラス”を鞘に収め歩き出す……。

 

しかし、ほんの10メートル程進んだところで全身を青い光に包まれた。

 

 

 

 

「始まりの町の広場か……。」

 

運営からの強制ログアウトだろうと思っていた俺は、街中への転移だったことに強い違和感を覚えつつ恐らく有るであろう運営からのアクションを待つことにした。

すると続々とプレイヤーが広場に集まりはじめ、あっという間に広場を埋め尽くすほどの美男美女なプレイヤーたちで溢れかえった。

 

それと同時に広場の空が赤く染まった。

赤い空からは血のような赤い雫が落ち、やがてそれはローブを纏う人型へと姿を変える。

現れたのは赤いローブを被り、中身の無いアバターだった。

そのアバターは自らを“茅場晶彦”と名乗る。

 

『私の世界へようこそ。プレイヤー諸君。さて……もうお気付きとは思うが諸君らのシステムメニューにないログアウトボタンについての説明をしよう。……ログアウトボタンがないことは不具合ではない。重ねて言おう。ログアウトが無いのはソードアート・オンライン本来の仕様である。

また、万が一外部からナーブギア、及びソフトへの介入、停止、破壊が試みられた場合、ナーブギアより発生させられる電磁波によって諸君等の脳は破壊されるようになっている。』

 

彼のアバターの周りに数多くのウィンドウが現れた。ウィンドウにはニュースの画面や新聞の切り絵などが並んでいる。

俺はその画面を凝視した。そこには……

 

『現在、あらゆるメディアを通じ警告を出しているが残念ながら213名のプレイヤーが現実、及びアインクラッドから永久に退場することになってしまった。

だが諸君等はさほど心配する事はない。最早大々的にニュースになっている以上、外部からの干渉で死ぬ可能性は極めて低いだろう。

更に、私が提示した猶予期間の間にプレイヤー諸君の現実の身体は病院などに搬送される事になっている。

諸君等は心配せずにこのゲームのクリアに勤しんで欲しい。

……但し、今この時より先、蘇生手段は機能しない。HPが0になればこのアインクラッド、並びに現実世界からも永久に退場する事になる。

その点には充分に注意してくれたまえ。』

 

それを聞いた俺は考える。ナーブギアの基礎設計や先程のニュース画面から考えると奴の話は嘘とは言い切れない。

となれば疑問に思うのは動機だ。奴は俺の知る限り、日本……いや、世界でも名の通った科学者である。この様な事をせずとも恐らくは歴史に名を残すだろう。金銭目的にしてもナーブギアやソフトなど、その多岐にわたる功績を鑑みればまずあり得ない筈だ。

一体何故……。

 

 

『恐らく諸君はこう思っているだろう。何故私がこんな事をしたのか……?なにが目的なのかと……。その答えはこの世界こそが理由であり、答えである。つまり、私はすでに目的を果たしているのだ。…………さて、諸君等に最後に私からこの世界が現実であるという証明に1つアイテムを送らせていただいた。アイテムストレージを見てくれたまえ。』

 

指示通りアイテムストレージを開くとそこには手鏡というアイテムがあった。

警戒してそのアイテムをオブジェクト化せずにいたが、急に全身を青い光が包み込む。

辺りを見てみると他のプレイヤーもまた光に包まれ、やがて全プレイヤーが光りその姿を変えた。

辺りを見渡すと先程まで女性だったプレイヤーが壮年の太った男性に変わっていたり、男性が若い女性になっていたり……。

……俺は手鏡をオブジェクト化した。そして鏡に映る姿を見て理解した。奴はアバターの姿を現実の身体と同じ姿に変えたのだ。

体格まで変わっているところから最初のナーブギアの設定、キャリブュレーション?だったか?で全身をさわるようにしたのはこの時のデータを集めるためだったのか……。

 

『諸君等が解放される条件はただ一つ。この城、アインクラッド第百層のクリアである。ではこれにてソードアート・オンライン正式サービス開始に伴うチュートリアルを終了する。』

 

こうしてソードアート・オンラインは脱出不能のデスゲームとして幕を開いた。

 

 

茅場の姿が消えると同時に、広場の人間の大半はパニックに陥る。しかし、俺は冷静に辺りを観察していた。

死ねば死ぬ。それは当たり前の事だ。今、何よりも大事なのは判断力と決断力だろう。

確かに今の日本では常に死の危険があるのは日常ではない。“四乃森 蒼紫”が生きていた時代でも合戦が始まれば、辺りにいた農民は混乱したりしていたのだ。

それ故に混乱は当たり前の事。……しかし、俺が辺りを見ていたのはこの状況で攻略を始めようとする者がどのように動くかだった。

 

そしてその人物はすぐに見つかった。

同じくらいの年の少年に明らかに成人している男だ。

 

俺はすぐに、しかし、悟られぬように2人の後を付けた。

 

どうやら少年は次の村へ……そして男はこの街に残るようなので、俺は少年から情報を得るべく近付き、声をかけた。

 

「すまない。君に今後どうするべきか情報を教えて欲しい。」

 

少年は、いきなり自分の前に現れた俺に多少警戒の色を見せたが、広場を出たところを見られていたのだろうと考えたのか無視したりはせず、返事をしてくれた。

 

「かまわないが……それを聞くという事は君はβテスターじゃないんだろ?なら同じことはやめた方がいい。先ずはこの周りでプレイヤー自身の戦闘技術を磨かないと……」

 

「その点は特には問題ない。」

 

俺は少年の心配の種を無用(少なくとも現状は)とし話を遮る。

しかし、少年はやや緊張した表情を見せ、数秒後に口を開いた。

 

「……わかった。なら少なくとも次の村までは安全に連れていけるから、そこに行く途中で戦闘技術を見せてくれ。もちろん無理と判断したらその村の転移門から始まりの街に帰ってもらうが……。」

 

「それでかまわん。すまないがよろしく頼む。」

 

「ならすぐに出発しよう。俺の名前はキリト。君はなんて言うんだ?」

 

「俺の名はアオシだ。」

 

キリトと名乗った少年は手を差し出し、俺はそれに応じると2人で始まりの街を出て走り出す。

 

途中、数体の敵と遭遇したがキリトはソードスキルを駆使して一撃の下に斬り捨て、俺は無駄のない動きで敵の攻撃を見切りつつ、無傷で戦闘を終える。

とはいえソードスキルは使用していないので、一撃とはいかず3~4撃ほどの攻撃回数は必要だったが、戦闘時間としては3~4秒程で済んでいるので問題はあるまい。

 

キリトはソードスキルを使わないことを聞いてきたが、性に合わない旨を伝えると多少怪訝な顔をしつつも、見切りや体捌きを見て問題ないとしたようで、それ以上はなにも言わずに目的地であるホルンカの村に着いた。

 

 




とりあえず初回はキリ良くここまでで。

出来るだけ質を良くして投稿できるように頑張りますのでお付き合いいただければ幸いです。

※9月7日修正済み
※10月1日修正済み


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βテスター

※9月5日修正済み
※10月1日修正済み


ホルンカの村に着くなり、キリトは片手直剣にとっては必須という森の秘薬クエストを始めると言って行動を開始した。

 

曲刀を使うアオシには必要性の薄いクエストらしいが、ホルンカの村のNPCショップには始まりの街よりも高いランクの武器や防具が売っているようなので、資金稼ぎがてら同行させてもらうことにする。

何でも倒せば倒すほど“花付き”という目的のモンスターが出現しやすくなるらしくキリトにとっても都合が良いようだ。

 

「しかし本当にいいのか?ここのMobは一撃の威力も今までより高いんだけど……。」

 

キリトはクエストを受けて森に行く間に確認をしてきていたが、俺にとっては一撃の威力はさほどの問題ではない。

この世界はとてもリアルである。

故に目線や筋肉の動きから先を読むことも出来、俺は前世でそういった事は習得している。

 

そんな俺の自信は最初の目当てのモンスター、リトルペネントを見て意味のないものとなった。

リトルペネントはウツボのような植物型のモンスターで、勿論目もなく筋肉も無い。つまりは習得していた先読みは使えないということだ。

 

しかし序盤のモンスターだけあり、そこまで動きは早くない。キリトから聞いた情報では葉による斬撃と、頭部が膨らんでから出される消化液の二通りの攻撃法しか無いそうだ。

消化液は前方5メートル、範囲も前方30°程らしく一番最初に攻撃されてからは一撃ももらっていない。

 

また弱点である頭部と繋がる茎の部分も攻撃しやすく、弱点を的確につけば3~4撃程で倒せる。

 

2人で30匹程を狩っていた時、俺達は背後からいきなり声をかけられた。

 

「もうこの狩り場にいるんだね。……僕も一緒に狩らせてもらっても良いかな?」

 

声をかけてきたのはキリトや俺とさほど変わらない歳の少年だった。

キリトと同じく片手直剣装備で盾を持っている。

少年の提案はこちらにとっては特にデメリットが有るわけではない。なにせ少年(コペルというらしい)は花付き二匹は俺達が先に狩ってかまわないと言うのだから。

 

3人がかりになった俺達は二時間のあいだに100近くのリトルペネントを狩り、ようやく花付きのリトルペネントを発見した。

それを手早く狩ると更にもう1匹花付きが現れ、俺とコペルは早速狩ろうとしたがキリトが急に手で制止した。

 

キリトは奥にまずいのがいると言っていたが俺にはよくわからなかった。確かに奥にもう一匹居るのには気付いていたがリトルペネントが一匹増えたところでさしたる危険があるとは思えない。

 

 

「実付き・・・」

 

俺より後ろにいたコペルはそうつぶやき、俺はその言葉で後ろにいるリトルペネントの頭から赤い丸いものが付いていることに気付いた。恐らくあれが実なのだろう。

 

「引き離さないとダメだな。実を割るとやっかいだ。」

 

「僕が実付きを引き離すから2人はその間に花付きを倒してくれ。」

 

キリトに続き、コペルがそう言うと3人はすぐに動き始めた。2人掛かりということもあり花付きは危なげなくすぐに倒され、俺はドロップした胚珠をポーチに入れてキリトと2人、コペルのもとに走り出す。

いくら実が弱点のそばにあり、倒しづらいといっても、既にレベルも4に上がり、さほどの強敵ではなくなったリトルペネント一匹ならばやられたりはしないだろう。

しかし万が一実を割ってしまえばまずい。

キリトの話では実を割るとリトルペネントを一斉に呼び寄せる煙がでるらしい。

数にもよるが多勢に無勢は事故も起きやすく、βテストの際にキリトはレベル4の6人パーティーで全滅した事も有るらしい。

 

コペルのもとにたどり着くとまだ実付きは生きていた。

しかし、俺たちを見たコペルが一言呟く。

 

「……ごめん。」

 

俺が気付いたのは、こちらにコペルが顔を向けたときだった。

使われたソードスキルに追い付けるだけの敏捷力の無かった俺は止められず、キリトもコペルが呟いた言葉の意味を理解する前にそれは起きた。

 

コペルは実付きをソードスキルで実ごと切り裂いたのだ。

 

実は破裂し、強い刺激臭が辺りを包む。

それと同時にコペルは辺りの風景に溶けるように消えていく。

その場にはキリトと俺の2人だけが残された。

 

「隠蔽スキルか!……くそっ!」

 

「どうすれば良い?逃げた方がいいのか?」

 

「いや、リトルペネントはああ見えて移動速度が速いんだ!迎え撃つしかない!すまないが背後から来る奴をアオシが引き付けてくれ!」

 

キリトは俺に即座に指示を出し、俺とキリトは背中合わせになる。

ざっとみたところ押し寄せてくるリトルペネントは50以上は居るだろう。

キリトは俺の後ろから来るリトルペネントに即座に斬りかかり俺はキリトの背後から向かうリトルペネントに斬りかかる。

そうして何体か倒したところで俺は違和感を感じた。俺とキリトしか居ないはずなのに明らかに10体以上のリトルペネントが茂みの辺りに向かっている。

俺はキリトの背中に着くと口早にその事を聞いた。

キリトはおそらくコペルだろうと答える。

隠蔽スキルは視覚以外で辺りを探るMobには効果がないらしい。

 

とはいえこちらはコペル以上のモンスターに囲まれていて助けには行けないだろう。

俺とキリトは目の前の敵に集中して戦闘を続け数を減らしていく。

 

 

 

 

「アオシ!後の敵は俺が引き受ける!コペルのフォローに向かってくれ!」

 

数分後、キリトは自分が相手していたリトルペネントの群れを残り7体程まで倒していた。

俺は攻撃力の低さから、キリトよりも相手取っていた数がだいぶ少なかったにも関わらず、まだ10体以上残っているというのにキリトはそう叫んだ。

 

その理由はコペルにあった。コペルの周囲にいたリトルペネントは最も数が少ない。しかし明らかに数体しか減っていないのだ。

パーティーを組んでいないコペルの残りHPは分からないがそう多くは無いだろう。

放置すれば遠からず死ぬ。その依頼を受けた時、アオシは内心で多少考える。危険を犯してまで助けずとも構わないのではないかと……。

 

明治に生きていた当時、外法の者をさらなる外法の法を持って裁く。

それが四乃森 蒼紫の最後の勤めだった。

 

……とはいえ今回、俺は動く事にした。去り際の謝罪の一言。コペルはまだ死ななければいけないほどでもあるまい。恐らくはまだ更正する事も出来るだろう。

俺は自分を囲っていたリトルペネントの攻撃を最小限の動きでかわしながら斬りつけ、コペルのいる方へと走り、コペルを囲うリトルペネントの集団に斬りかかる。

どうやらコペルはほぼ全体にダメージを与えていたようで、俺の低い攻撃力でも1~2撃でポリゴン片へと変えていく事が出来た。

 

約5分程でコペルのまわりにいたリトルペネントは全てポリゴン片へと変わり、俺は再度隠蔽スキルを発動したコペルを、周囲との違和感を見極めて捕まえた。

 

「次、逃げれば俺が貴様を殺す。大人しくここにいろ。」

 

極めて冷淡に告げるとコペルはその場にうずくまりゆっくりと首を縦に振った。

 

やがてキリトも最後の一体を斬り飛ばし、こちらに合流してきたようだ。

 

キリトは先程の乱戦の中、手に入れた胚珠をコペルに投げ渡すとコペルに一言、二度とMPKなどするなと言い放ち、その場にコペルを置いたままホルンカの村に戻っていった。

 

狩りを済ませた俺とキリトは、それぞれレベルが5と7に上がり、ホルンカの村で今後どう動けばいいのかを教えてもらった後、キリトと別れた。

 

キリトは次の村へ、俺はキリトから聞いた曲刀のクエストをクリアするためにホルンカの村に残る。

次の日、たまたま会ったコペルの話では、コペルはホルンカの村から始まりの町に戻り、ビギナーへの戦闘技術のレクチャーを行うとのことだった。

 

俺は前世の記憶から得た経験に従い、情報収集、鍛練、最後に外法者の捕縛を優先して動くことにした。

 

最も、流石に今のこの日本に暮らす人々は昔よりも外法を平然と行う者も極めて少なく、現状で捕まえた外法者は、隠しログアウトがあるとデマを流し、何人かのビギナーに対してMPKを仕掛けた者だけだったが・・・。

ちなみにこの件にはキリトも依頼人である“鼠のアルゴ”を手伝っており、一週間ぶりに再会した。その時点で俺はレベル8なのに対し、キリトはすでに11に達していた。

キリトいわく、11からはあまり経験値が入らず、ほとんどレベルは上がらなくなるそうだ。

 

とりあえず俺は非常に優秀な情報屋、鼠のアルゴと、初めて一緒に狩りをした片手剣士、キリトとのフレンド登録を済ませる。いずれ必ず役立つだろう。

 

その後、キリトはビギナー助けの後のデマを流した相手の捕縛は断り去っていった。……方向からしておそらくは他のビギナーが来ないようにしに行ったんだろう。

俺はアルゴに捕縛の協力も進み出ているため、キリトが助けたビギナーとアルゴから少し離れた場所で2人を見ていた。

 

どうやらアルゴはビギナーにアフターケアをしているようだ。

アルゴがビギナーに鼠印の攻略本を渡すとビギナーは腰に差した細剣を抜き、初期技であるリニアーを発動させた。

その軌跡、速さは幕末の記憶を持つ俺にも一筋の光のように見えた。

その剣速はまるであの抜刀斎と変わらないほどの速度だった。

更に驚いたのはフードケープの中身だ。

あの剣技を見た俺は、どんな男かと思ったが予想に反して中身は女、いや少女だった。

栗色の長い髪が日光を反射しているその少女は、アルゴに名前を聞かれ教えているようだ。興味を持った俺は聞き耳をたてたがシステム上の問題でここまでは聞こえない。

……後でアルゴに聞いておくか。

俺がそう考えているとアルゴと少女は始まりの町に歩いていった。

 

デマを流した犯人はその後一時間もしないうちに捕まり、黒鉄宮と呼ばれる牢獄に入った。

 

ちなみに少女の名前はアスナというらしい。買うときにアルゴが先方に連絡をとったが、特に口止め料はかからず5000コル程で聞くことができた。

 

…………後日知ったが他のプレイヤーの名前は人によるが相場は500コル程だったらしい……。




コペル生存。今後絡むかは未定です。
次は攻略会議に飛びます。なお原作、マンガ、アニメ、プログレッシブを参考にやらせていただいています。


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攻略会議

お気に入り登録ありがとうございます。頑張ります。


茅場晶彦がこのゲームをデスゲームとしスタートさせてから1ヶ月、死者は1000人程になっていた。

 

一度、始まりの街に行ってみたがコペルが頑張っているようで、模擬戦を行っている者や鍛冶屋、調合屋などの生産職を始めて頑張っているプレイヤーがそこそこ見受けられた。

 

しかし、攻略そのものはいまだに第一層をクリア出来ないでいる。

 

俺は今、青髪の青年が率いているパーティーに入れてもらっている。

以前迷宮区にソロで潜ったときは、ほんの10体のモンスターを倒しただけで装備していた曲刀の耐久値が危うくなってしまった。

原因は圧倒的火力不足による攻撃回数の増加だろう。

いまだにソードスキルを使用せず、通常攻撃のみで戦っているのだが、今のレベル、11までのステータスの八割を敏捷力に振っているのも原因だと思われる。

剣速自体はかなり上がったが初期のソードスキル程の剣速にすら至っていないのだ。

 

稀に威力が二倍程になるクリティカルは出ることもあるが、それを毎回やるには曲刀のブレが大きく難しい。またクリティカルしても一割程度しか削れない。

 

それ故に今はこのパーティに参加させてもらっている。火力不足を補いつつ攻略を行っている人間の人となりを観察し、更に確認したいこともあるのだ。

 

このパーティに参加しているメンバーは、ほとんどが最初のうちから組んでいたそうだが、俺の他にもう一人、最近参加したメンバーが居る。名前はロキというメイス使いだが正直俺には胡散臭さを感じる。

特に問題ある行動をとっている訳ではないがどこか裏があるように感じるのだ。

 

「アオシさん、とりあえず今日はボス部屋も見つけたことだし、探索を終わりにしようと思うんだけど構わないかな?」

 

爽やかな笑顔で話し掛けてきた青髪の青年、ディアベルはこちらに意見を求めてきている。しかしその表情からは出来ればボスを一目見ておきたいと読み取れた。

恐らく、攻撃力不足な俺を一応気遣いつつも許可が欲しいのだろう。

 

「偵察戦まで行っても構わん。攻撃力はともかく防御に関しては支障ないのでな。」

 

そう言うとディアベルは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに表情を引き締め俺に念を押した。俺が頷くとボス部屋の扉に手をかけそのまま開ける。

 

ボス部屋の内部は、奥行き100メートル、幅も同じくらいは有りそうな大部屋だった。

 

内部に居たボスはイルファング・ザ・コボルトロードと取り巻きのルインセンチネル・トルーパーが三匹。

俺はトールバーナで受けられるクエストである程度の情報を得られていた為、ボスの名前や武器、そこから放たれるソードスキルの種類も知っている。

 

唯一、クエスト情報で不明な点があり、体力が減ると行うという武器の交換の種類だけは分からなかったのだ。

出来ればそれを確認したくてこのパーティに参加し、偵察戦へと誘導したのだが……。

 

 

「よし、とりあえず装備とトルーパーの数は確認出来た!囲まれないように全力で警戒しつつ後退!」

 

確認する時間もなくディアベルの号令が響き、パーティメンバーは後退を始める。

アオシは本来の目的である副武装の確認を行いたかったが、ディアベルの指示に背くのは戦線の混乱を招くだろうと考え、歯噛みしつつもパーティの最後尾について後退した。

 

 

 

迷宮区を出た後、ディアベルは先程まで俺が把握していた情報を既に入手していたことを明かし、更に俺が知りたかった副武装の情報も教えてくれた。

 

コボルト王の副武装はタワールという武器で、ソードスキルも威力は増すが大振りになるため避けやすいらしい。

俺が何故それを知っているのか聞くと、情報屋から買ったと言い放ち、明日の夕方トールバーナの街で第1回攻略会議を開く旨を伝えられてフィールドで分かれた。

 

俺はディアベルからの情報に対して若干の違和感を覚えたが、まずは自分の火力不足を補う方が先決と考え、鍛冶屋に向かう。

新調したばかりの曲刀、アイアンカトラスを強化するためだ。ここ二週間で手には入った素材をすべて使い+6の最大値に上げ、火力不足を補うために鋭さを4に、丈夫さを2に強化する。

恐らくこれならば迷宮区でも5~6回の攻撃で済むだろう。

 

武器の出来に満足し、その日は宿屋に戻る。

 

次の日、俺は迷宮区の入り口近くの場所で新しい曲刀アイアンカトラス+6を振るっていた。

思っていたよりも前に使っていたブロンズカトラス+4に比べ威力が高く、またブレも若干収まり、クリティカルも10回に1回は出るようになった。

予想よりも少ない4~5回の攻撃で倒せることに満足しつつ、迷宮区を出ようと思ったとき、奥からプレイヤーが2人出てきた。

カーソルの位置がおかしく、1人は倒れているように見える。

 

やがて目視できる位置に来るとそのプレイヤーは見知った顔の剣士、キリトだった。

どうやら他のプレイヤーを布に乗せて運んで居るようだったので手を貸し、近場のフィールドの安全エリアへと運んだ。

 

「久しぶりだな。アオシに最後にあったのは一週間位前だったかな?助かったよ。」

 

「礼はいらん。それよりも一体何があった?」

 

キリトいわく今日はボス部屋捜索のために迷宮区にマッピングに来て19階を探索しているところ、このプレイヤーに会ったらしい。

最初見たときは凄まじい完成度の初級ソードスキル“リニアー”を見て相当な手練れのβテスターだと思ったらしいが、その割に戦術が稚拙でオーバーキルしていることが気になり声を掛けたらしい。

 

そのプレイヤーの話では4日近く潜りっぱなしだったらしく、結果キルトと話している最中に気を失い、どうにか運んで来たらしい。

 

 

「相変わらずのお人好しだな。」

 

「そんなことはないさ。実際アオシも手伝ってくれたじゃないか。」

 

「……まぁいい。それよりもボス部屋ならば昨日ディアベル率いるパーティが発見した。今日の夕方、トールバーナの広場で攻略会議を開くそうだ。キリトも参加するだろう?」

 

俺の言葉に若干驚きを見せるもキリトは参加すると答えた。

 

キリトは倒れたプレイヤーが目を覚ますまで、この場に残るそうなので俺は再度迷宮区に潜り夕方までにギリギリでどうにかレベルを12に上げ、そのポイントを筋力に振って攻撃力を底上げしてからトールバーナの広場におもむいた。

 

そこには既に45人もの人が集まっていた。

正直ボス戦には今の人数の半分も来ないのでは……と思っていたため内心驚く。

 

やがてディアベルが噴水の前に立ち、昨日手に入れた情報を皆に伝える。

既に偵察戦もこなし、昨日から出回っているアルゴの攻略本(第一層ボス編)を復習しているときにそれは起きた。

 

トンガリ頭に片手剣、ジャラジャラしたスケイルメイルを装備した男はキバオウと名乗り、この場に居るであろうβテスターに謝罪と賠償を求めていた。

……最も誰も出てくるわけもなく逆にβテスターではない人間に正論で論破されキバオウはすぐに引っ込んだ。

論破したのはエギルという逞しい体系の外国人のような男だった。

ちなみに俺は一言のみキバオウに告げた。

 

「おまえは残る全ての元テスター達に死ねとでも言う気か?」

 

と。元テスター達から金もアイテムも全てとるつもりならそれは殺人に近いのだから。

集まる他の人間も正論のみで論破された男に賛同するわけもなく、キバオウは大人しく引っ込んだ。その表情をみる限りでは面白くないと思ってはいるようだが……。

 

そしてディアベルは6人パーティを組むように指示を出し、俺も前回組んでいたディアベルのパーティに入れてもらおうと思ったが、どうやら既にパーティ上限まで組んでいるようで入ることは出来なかった。

 

どこか他のパーティーを探すも殆どのプレイヤーがフルパーティを組んでいるようだ。

 

さて……どうしたものかと思っていると端の方にまだフルパーティになっていない2人組を見つける。

パーティメンバーはキリトと先程キリトと運んだフードケープのプレイヤーだった。

 

2人とパーティ登録を済ませ、現れた名前に驚いた。

 

asuna  アスナ

 

キリトと同じくこの世界で昔(幕末)を生き抜けるだろうと思える2人と組めるのはありがたかった。

 

これならばボス戦の準備は万端だ。アオシは内心でそう思い明日のボス戦をイメージしていた。




作者はキリアスが好きです。
この作品はそうなる予定なのでそのつもりでよろしくお願いします。


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第一層ボス攻略戦

追加でのお気に入り登録ありがとうございます。

※9月5日修正済み
※10月1日修正済み


会議の後、俺はパーティ戦闘の基本や装備を整えに行ったキリトとアスナと別れ、鼠のアルゴと待ち合わせをしていた。

 

 

「すまないナ、この後、他の依頼があるんダ。用件は手短にお願いしたいゾ。」

 

「そうか。なら早速だが第一層ボス、コボルト王の情報を教えてくれるクエストがあったかを知りたい。」

 

「確かアー坊もやって無かったカ?今の所それ以外には正規のルートでの報告は無いはずだヨ。」

 

 

「そうか。礼を言う。こちらの用件は以上だ。」

 

俺はそう言いながらアルゴに報酬の1000コルを渡す。

 

「ちなみに正規のルートではないけど昔の情報ならあるヨ。β版ではコボルト王はタワールを副武装にしていたし、トルーパーの数も計12体だったヨ。まぁ昨日出したばかりの攻略本にも乗せてるけどナ。」

 

俺はアルゴに再度礼を言うと、確認の為に道具屋に向かい攻略本を入手して情報を整理した。

 

昨日ディアベルにボス情報を貰ったときの違和感、それは……β版と全く変わらない情報と言うことだ。

 

アルゴの話ではこの第一層攻略本を作る際に必ず裏をとるようにしていたらしい。

 

その課程で命を落とした協力者も多いらしく、今現在1000人程の死者が出たこの第一層の死因の第三位がβ版との小さな違いらしい。

その数約300人以上が情報のみを頼りに攻略し、色々な場所で命を落としたそうだ。ちなみに第一位は自殺で約350人、第二位は単純にモンスターとの戦闘で320人程だそうだ。

 

ただし、これらの死者は実際には最初の二週間にほとんど集中しているらしく、最近では戦闘での死者は居るが自殺はだいぶ減ったらしい。

 

 

まぁ以上の事から、俺は第一層最大の関門であるフロアボス戦がなにも変更されていないとは思えなかった。

 

もっとも俺1人では恐らくボス部屋につく前に武器の耐久性が危険になるだろうからもう確認はできないが……。

 

これは本格的に隠蔽スキルを上げなくては不味いかと思うが街中では使用そのものがマナー違反になる。

 

とりあえず俺は明日までにスイッチ等のパーティ戦闘の基本を教えると言っていたキリトの意見とアスナの技量も見ておくかと思いキリトにメッセージを飛ばした。

 

どうやら2人ともまだ街に居るらしい。

30分後に東門前に待ち合わせをしておいた。

 

 

 

 

 

東門前に着いた俺は再度鼠のアルゴと遭遇した。と言うよりはボロボロのキリトとそっぽ向いているアスナ、それを見てお腹を抱えて大爆笑しているアルゴが居たのだ。

どうやらアルゴの用事はキリト絡みだったのだろう。

3人と合流しとりあえずフィールドに出る。

 

キリトに目的を聞くと、何でもそこそこ防御力の高いクエストMobをスイッチの練習がてら狩りに行くそうだ。

俺は2人に隠蔽スキルをあげたいので使用する旨を伝え、スキルを発動して2人の戦闘を見ていた。

 

2人の剣技は素晴らしかった。キリトの動きには無駄がなく、常に反撃には備えているし、アスナの剣技はただただ美しい。ソードスキルのライトエフェクトが光の帯となっていく姿は流星のようだった。それに技や通常攻撃の正確さはキリトすらも軽く凌駕しているようだ。

 

正直一度手合わせしたいと思えるほどだ。

 

そうこうしてる間ーというか結構堅いボスのはずだが……ー随分と手早く戦闘を終えた2人は、そのボスのドロップ品である細剣“ウインドフルーレ”を強化する為に町に戻ると言い、折れもって後に続く。

2人の後について歩いていると不意に前から声を掛けられた。

 

「曲刀使いさん、あなたの戦闘スタイル、ソードスキルを使わないと聞いたのだけれど……理由を聞かせてもらえないかしら?」

 

フードケープを被ったまま、そう聞いたアスナはジッとこちらを見てくる。

恐らくキリト辺りから聞いたのだろう……。デスゲームとなったこの状況で威力の高いソードスキルを使用しないというのは確かに疑問に思うのも無理はない。

 

 

「現実で多少武術の心得があるのでな。多少の時間とはいえ、身体が動かなくなる硬直時間というのは好きになれん。」

 

「でも確実に当てられる時や当てれば一撃で倒せる時なら問題ないんじゃないか?」

 

「さらに言うならアシストされて身体が勝手に動くのも気持ちが悪い。始まりの町の練習人形には使ったが性に合わんとしかおもわなかったのだ。」

 

俺がそういうと俺の戦闘技術を知るキリトはまぁなんとなく理解してくれたようだが、アスナとアルゴはイマイチ理解できないように首を傾げていた。

 

とりあえずトールバーナの街に戻ったのち、キリト、アスナ、アルゴにボスの変更点について話を聞いてみると3人の着目は取り巻きの数、武器変更、使用ソードスキルの変更だった。

ステータスの大幅変更も案として出たが少なくとも第一層で全プレイヤーの全滅は茅場明彦も望まないだろうし、ラストならともかく序盤ボスが慎重にやっても多数の死者を出すような変更は無いだろうということになった。

 

もっとも油断は出来ないことに変わりないが……。

 

 

とりあえずアルゴは他の攻略組にも俺の抱いた懸念と変更のあり得るポイントを通達しにいき、俺たち3人は変更点にすぐに対応出来るように注意するということで話はまとまった。

 

幸い、俺たち3人は良くいえば遊撃隊ーつまりは倒しこぼしの処理という雑用が担当ーだった。

敵に常に集中する必要は無いのでボスの観察をしやすい……。ある意味では好都合な役回りといえよう。

 

俺は2人と別れると自分の宿屋に向かい明日に備えて休むことにした。

 

 

 

 

 

 

次の日、広場には集合時間の10分前にもかかわらず全員が揃っていた。

攻略組リーダーのディアベルの号令がかかり攻略組45人は迷宮区へと進む。

 

途中不意打ちを食らい戦線が乱れたこともあったが、ディアベルの指揮はなかなかに優れていた。すぐに態勢を立て直す事で致命的な打撃は受けず、無事迷宮区最奥部のボス部屋にたどり着いた。

 

途中キバオウがキリトに何か牽制をしていたがキリトは特に受け答えもせずに流しているようだったので俺も気にとめなかった。

 

 

 

ドアが開き、高い士気のままボス部屋へと流れ込んだ攻略組をディアベルは見事に統率し、危惧した変更点も表にでないままボスは最後の一本にゲージを減らす。

 

そしてボスが武装を変えたのを確認するとその武器はタワールではなく刀に変わっていた。

 

俺はわかりやすい違いだったので安堵していたが、いきなりキリトが大声を出してディアベルに叫んでいた。

 

「武器が情報と違う!!後ろに下がれ!!!」

 

遅れて俺もボスの周りを見る。そこにはディアベル指揮の元、辺りを囲む部隊とコボルト王に向かいソードスキルを発動させようとしているディアベルの姿があった。

 

結果、コボルト王の広範囲の薙払いが囲んでいた部隊を、そして追撃がディアベルを捉えた。

 

まず飛び出したのはキリトだった。

それに続いてアスナと俺が飛び出す。

ディアベルのHPは黄色を過ぎて赤に入ってもまだ減少している。

ここで追撃を食らえば確実に死ぬだろう。

ボスの追撃がディアベルに当たる刹那、キリト、アスナ、俺の3人の剣はギリギリのところでディアベルとボスの間にまに合い3人がかりで追撃の一撃を防ぐ。

 

空中で行われたために踏ん張りもなく吹き飛ばされた3人はすぐに態勢を立て直し、そばに落ちたディアベルの元に駆け寄る。

 

 

「なぜあんな無茶を!」

 

キリトはそう言うとすぐに回復用のポーションを用意したが、その手はディアベルに遮られた。

 

「ラストアタックボーナス……キリトさんなら意味が分かるだろう。……すまない。キリトさん、後は頼む。ボスをたおしてく……」

 

ディアベルは最後の言葉を言い切ることはなく、小さな破砕音と共にその身体をポリゴン片へと変えた。

 

それと同時に辺りにいたプレイヤー達が混乱し始め、追い討ちをかけるようにトルーパーが再度出現した。

 

更に俺たちを狙うコボルト王はその刀を淡いライトエフェクトに包ませた。

 

キリトは俺たちの前に出ると自らも剣を構えソードスキルを発動する。

ボスのソードスキルをキャンセルし、俺たちだけでも撤退するように促したが返事はアスナの神速のリニアーだった。

 

「1人で格好付けないで。パートナーでしょ……?」

 

的確にコボルト王の弱点である喉元にソードスキルを叩き込みながら告げたその言葉は、多少の怯えとそれを上回る確固たる覚悟が含まれていた。

 

アスナのリニアーでのけぞったコボルト王は追加で3回の通常攻撃を受ける。

俺もまたアスナと同じく的確に弱点の喉元を斬りつけたのだ。

しかし2人掛かりで削れた量は最後のバーの0.2割程度、コボルト王の放つ反撃のソードスキルもキリトがキャンセルし、アスナと俺が更に攻撃する。

 

その回数が15回を超えた時にそれは起こった。今までの軌跡からのソードスキルが角度を変えたのだ。

とっさにキリトは発動しかけていたソードスキルをキャンセルしようとするも、間に合わずボスのソードスキルがキリトに直撃する。

更にタイミングが悪いことに、キリトのキャンセルの後に追撃すべく突っ込んでいたアスナもまた、ボスのソードスキルに掠められフードケープが引き裂かれキリトと共に最後尾に居たアオシの元に吹き飛ばされた。

俺が2人を受け止めると同時に、3人に追撃のソードスキルが振り下ろされる。

しかし、唯一スタンにならなかった俺ははその致死の一撃を曲刀を使って受け流し、どうにかやり過ごすことに成功する。

 

しかし、更に追撃を仕掛けてくるボスの一撃は恐らくは先程3人がかりで止めた一撃だろう。

 

つまり受け止める事は出来ない。その上、軌道的に先程のようにそらすのも不可能だ。俺はそれでも何とかダメージを減らすために曲刀を横に構え、筋力を全開にして受けようと備える。

 

 

しかしボスの最後の追撃は来なかった。

緑のライトエフェクトがボスのソードスキルとぶつかり合い相殺したのだ。

会議の時にキバオウを正論で論破した巨漢の斧戦士エギルだ。

 

「いつまでもダメージディーラーに壁やらせられるか!!アンタ、あの2人を回復してやれ!」

 

エギルは3人の中で唯一軽傷な俺にそう指示を出すと仲間の壁部隊と共にコボルト王を抑えに入る。

 

俺はその間に2人と自分にポーションを使用し、キリトはすぐにエギルに声をかけた。

 

「囲むと範囲攻撃が来る!無理にソードスキルでキャンセルしなくてもきっちり防御すれば大ダメージは受けない!」

 

キリトの言葉にエギルは力強い返事をする。しかし……それ以外の部隊はズタボロだ。

 

最初にダメージを受けたディアベルの部隊は竦みながら回復しているし、他の部隊もバラバラに動いていてトルーパーにすらも対応仕切れていない。

 

どうしたものかと悩んでいると後ろから話し声が聞こえた。

 

「あなたなら……あのボスのソードスキルは見切れる?」

 

「……ああ。」

 

アスナがキリトに問いかけた後、アスナは多少悩みながらわかったと一言呟いた。

 

 

「ちゅうもーーーく!!!!」

 

アスナがいきなり出した大声と、いつの間にか破けて消えたフードケープの下の美しい素顔は攻略組全員の意識を一点に集めるには充分だった。

 

「これより、騎士ディアベルの最後の指示をつたえます。

……彼は言ったわ!ボスを倒せと!そして……次のリーダーは彼だと!」

 

アスナは細剣の先をキリトに付けながら凛とした評定でそう言い放ち、キリトへと向き合う。

 

「俺も聞いたぞ!!それにあいつはボスのソードスキルを知っている!ディアベルに従うなら最後の指示にも従うべきだ!」

 

エギルの肯定は最後の一押しになり、攻略組を一塊にする。

 

キリトもまた見事な指揮で周りに指示を出す。

 

やがて、もう少しでボスのHPが削りきれる所まで来て、再度コボルト王は広範囲攻撃を繰り出した。

 

キバオウ率いるE隊の1人がボスの射程に入ってしまい、それにより包囲状態になってしまったのだ。

 

放たれた範囲攻撃スキルがエギルたちとE隊の1人を斬り飛ばし、更にこちらに飛ばされたE隊の1人にボスは追撃を仕掛けようとした。

それを見たキリトが、アスナが、そして俺がボスへと向かう。

 

「アスナ、アオシ!俺たちなら行ける!奴より早く一撃を放つんだ!」

 

 

キリトの叫びと同時に、まずアスナのリニアーが決まり、その反対側を俺が斬りつけた。

それによりスキルファンブルを起こしたボスへキリトの片手剣二連撃技“バーチカル・アーク”の斬撃が決まり、第一層最大の関門だったコボルト王はその身体をポリゴン片へと変えていった……。



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第二層
ビーター


※10月1日修正済み


割れんばかりの喝采が湧き上がった。

デスゲームの第一層攻略中のこの2ヶ月間、誰もが一度は思ったであろうクリア不可能なんじゃないかという疑問。

確かにまだ一層だ。しかしクリア出来たという事はいつかはこのゲームそのものもクリア出来るだろうと思う事を、誰も責めたりはするまい。

 

 

 

「なんでだよ!?本来そこで讃えられるはずの人はディアベルさんだろ!?なんでよりにもよってディアベルさんを見殺しにしたそいつが讃えられてるんだ!!」

 

「・・・見殺し・・・?」

 

突如投げかけられた男ー俺の記憶では確かディアベルの仲間のリンドという名前だったはずだーの叫び声にキリトは呟くように疑問を吐き出す。

 

しかしそんなキリトの心情など関係なく罵声は投げかけられ続ける。

 

「そうだろ!?あんたボスのソードスキルを知ってたじゃないか!!それを皆に伝えていたらディアベルさんは死なずに済んだはずだ!!」

 

 

「おれ・・・おれ知ってる!こいつはβテスターだ!他にもいるんだろ!?βの卑怯者共・・・出てこいよ!!」

 

リンドのそばで金切り声を上げた男はキバオウ率いるE隊のメンバーだったと思う。名前はわからないが……。

 

やがて周りにもヒソヒソと話し声がしだした。

 

ソウダ・・・キットLAノタメニ・・・ネズミモグル・・・

 

そんな囁き声がする中、三人のプレイヤーが声を上げた。

 

「待って!β版での情報なら私たち全員が持っていたでしょう!?その上アルゴさんから変更点の可能性だって教えて貰っていた!」

 

「嬢ちゃんの言う通りだろう。実際攻略本の情報は今までも今回も偽りは無い。変更点も懸念されていた部分だしな。」

 

「そもそも彼は警告を発していたと記憶するが……しかも我々3人は救えなかったとは言えディアベル救出に動いていた。動きもしない者に言われる筋合いは無いだろう。」

 

アスナ、エギル、そして俺は正論を駆使して返してみせる。

これでこの場は収まる。……そう考えていた俺は甘かったらしい。

 

『しかしソードスキルを知っていた理由はβ故だろう。なのに攻略戦前には何もいわず、実際にLAを取っている。それは何が何でもLAを取りたかったからだろ。』

 

どこから聞こえたのかはわからないがその言葉は再度キリトに向けられ、徐々に不穏なものを場に含ませる。

 

「今言ったのは誰!?出てきなさい!!」

 

『あんた、いや……あんたらか……随分そいつを庇うな……ひょっとしてあんたらもβなんじゃないか……?』

 

養護する側の信用を落とす気か……。上手い手を使う奴だ。

これはまずいな……。

 

そう思っていると後ろから乾いた笑い声がフロアに響き渡る。

キリトだ。

 

「おいおいお前ら、あんまり懐くなよ。仲間だと思われるだろ?……これだからお人好し共は困る。自分達が利用されているとは全く疑わないんだからな。」

 

キリトはニヒルに笑いながらそう言い放ち、辺りを見渡してからさらに続けた。

 

「大体おまえ等もおまえ等だ。たった1000人、しかも抽選だったβテストに何人本物のMMOプレイヤーが居たと思ってるんだ?ほとんどがレベリングすら知らない素人連中だったよ。それこそ今のあんたらの方が遥かにマシだ。……だが俺は違う。俺は誰よりも上の層に登り、色々なことを知っている。……それこそ情報屋なんかメじゃないくらいにな。」

 

堂々としながら言い放つキリトは更にメニューを出して何かを探している。

そんなキリトに周りは色々な事をつぶやき続けていた。

ベータ、チーター、チート野郎等等・・・やがてそれらは混じり合って一つの言葉に変わる。

 

「ビーター・・・いい響きだな。それ。LAボーナスと共に俺がいただいた!」

 

キリトは漆黒のコートを羽織ると二層に向かい歩き出す。

その姿は日陰の道を歩く隠密に見え、俺は懐かしさと不甲斐なさを感じていた。

少なくともキリトの意図は理解できる。恐らく、βテスターとビギナーの関係を壊したくないのだろう。そのためにわざと挑発し、元βテスターと卑怯なビーターに分けたのだ。

 

 

そしてその行動をとらせた原因の一端には俺も入るのだろう。要は庇ったのだ。

俺達3人を。

 

やがて、アスナに伝言を頼むエギルとそこに頭を掻きながら加わる(意外だが)キバオウの姿が見える。

 

アスナは2人からの伝言を携え、先に行ったキリトを追いかけていった。

 

 

「不甲斐ないな。」

 

 

俺はエギルが隣に来たのも構わずにそうつぶやいていた。

 

「アンタも理解しているようだな。ヤツの狙いを……っと、鼠の奴からか。」

 

エギルは俺の言葉に返事をしつつもメッセージを見てニヤニヤと笑い始める。

 

「おい、ついてこい。鼠からの依頼だ。」

 

エギルは可視化したメッセージ画面を俺に見せると、俺の腕を持ち階段を登り始める。

 

メッセージ内容は……

『キー坊とアーちゃんの会話の情報を売ってくレ。5000コル支払う』

だ。

 

正直、俺にはあまりの興味の無い内容だがエギルはかなり楽しそうだ。

この斧戦士ともパイプを作っておいても損はあるまい。

そう考え、俺は前を歩く斧戦士エギルと歩き出す。

 

 

やがて第二層の入り口に着くと出てすぐの所で2人を見つけた。

俺達は出口の扉に隠し、聞き耳を立てる。

 

2人は切り立った崖で会話をしているようだ。

 

「あなた、ボス戦の時、名前を呼んだでしょう?どこで知ったのよ。私、一度も教えてないんだけど。」

 

「あぁ……そういえばパーティーを組んだのは初なんだったな。……ほら、この辺に自分のもの以外のバーがあるだろ?一応パーティーリーダーは俺だから二つ目のバーが俺のだ。そこに何か書いてあるだろ?」

 

アスナはそれを聞き、そちらを見ようと顔を動かした。しかしそれをキリトが頬に手を当てて抑える。

 

「ほら、顔を動かすとバーも動いちゃうよ。視線だけを向けるんだ。」

 

「ああ……こんな所に書いてあったのね。キ……リ……ト……。キリト……君?」

 

「あぁ……。そうだよ。」

 

2人は数秒見つめ合うと顔色を紅くしてすごい勢いで顔を逸らす。

 

「……俺はそろそろ先に行くな。アスナ、先に行ってる。」

 

「えぇ。すぐに追い付いてみせるわ。」

 

2人の様子を見ていた俺はエギルの腕を引き下がろうとしたが、流石の斧戦士、びくともしそうにない。

そして予想の通りに戻ってきたアスナに見つかってしまった。

 

「エ、エギルさん!?それにアオシ君まで!?い、一体いつから見てたんですか!?」

 

「いや、これは鼠に頼まれて仕方なく……えー……あー……許せ!Hava a heart」

 

そう言いながら階段を駆け出すエギルに追随して俺も走る。

 

「ちょ、エギルさん、アオシ君待って!一体いくらで売るんです!?倍払いますから言っちゃダメー!!」

 

追いかけながらそう言うアスナを見ながら俺はメニューを開き、メッセージを送る。

 

「ちょ、アオシ君!?まさか売ったの!?ねぇ!?ちょっとってば!」

 

「いや、アルゴに口止めに倍払うと言っている旨を伝えただけだ。」

 

ちなみにメッセージを送った所で俺もエギルもアスナに捕まってしまった。

 

「アルゴさんの出す報酬以上払います。だからさっき見たことは忘れなさい!」

 

アスナは、少し涙目ながらも俺の胸ぐらを掴み、凛とした声色でまっすぐこちらを見据えてくる。

 

ちなみにエギルは既にギブアップしたようだ。

 

「ふむ……しかしアルゴはこの額を提示しているが……。」

 

メッセージ内容は破格の5万コル。それを見たアスナは一瞬戸惑うも言葉を発した。

 

「例え分割でも払います!だから言っちゃダメー!!!」

 

とりあえず俺はアルゴに無理筋だと伝える。……アスナの要請(脅迫?)でメニューを可視化した上でだが……。

 

そうして返ってきたメッセージ内容は

 

 

《そうカ、そこまで価値のある会話だったとは思わなかったヨ。情報はキー坊から買うことにするかナ。アー坊、協力ありがとウ。》

 

 

それを見たアスナはガクリとその場でへたり込んだ。

……なんとなくこの場に居ると面倒ごとに巻き込まれる。

そう直感した俺はこの場を離れようと一歩動いた瞬間、閃光のような速度で腕をアスナに捕まれてしまった。

 

ちなみにエギルはその間に逃げたらしい。

 

「ふ、ふふふ……アオシ君、あなた確か私の情報をアルゴさんから買ってたわよね?マナー違反をしたんだから私に付き合いなさい!アルゴさんかキリト君、どちらかを捕まえて直接口止めするわよ!!」

 

「いや、しかし……」

 

そこで俺な言葉は途切れた。アスナが良い笑顔だ。しかもいつの間にか目の前に細剣が突きつけられている。

 

俺は溜め息と共にうなずく以外に方法は残されていなかった。




次話少し原作からはずれます。

お気に入り件数増えていて嬉しいです。
ありがとうございます。

※9月5日修正済


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エキストラスキル

お気に入り登録、感想までありがとうございます。
今後も呼んでいただけるよう精進させていただきます。

※10月1日修正済み


なぜこのようなことに……。俺は先程エギルの誘いに乗ったことに激しく後悔していた。

 

まぁ50000コルもの大金を手に入れたのだからと無理やり納得し、今の状況もその依頼の一部と思い込むことで無理矢理納得する事にする。

 

「ここからなら戻った方が早いのかしら……。それとも進んだ方が……?」

 

俺は悩んでいるアスナに目をやると溜め息混じりにメニューを呼び出した。

メニューを操作し、フレンド登録しているプレイヤーの現在位置を見る。

 

どうやらキリトはゆっくりと歩いて主従区に向かっているようだ。

 

「今のキリトの位置なら急いでいけばギリギリだがアクティベート前に捕まえられるだろう。行くぞ。」

 

走り出す俺をアスナは急いで追いかける。

キリトがモンスターに捕まるのが前提だが流石に何度かは捕まるだろう。後は俺達がうまく避けながら行ければ……。

 

そうこう考えているといつの間にかアスナは俺の横を併走していた。

全力ではないとはいえ敏捷に多くポイントを振っている俺に追随して来るとは……。

 

少し気になり彼女の走り方を見てみるとその理由に納得した。彼女は最短で走っているのだ。障害物や割れ目などをごく自然に避け、無駄をなくしている。

 

まぁ流石に全速力で走った場合は追いつけまい。なにせステータスポイントの八割は敏捷に振っているのだから。

 

「……アオシ君、さっきは言いそびれたけどボス戦の時のこと、お礼を言っておくわね。」

 

追随しつつも話が出来る余裕を見せたアスナだが、礼をいわれた俺は正直あまりピンとはこない。

恐らく窮地に陥った時のことを言っているのだろうがそんな事はお互い様だろう。

 

「特に礼を言うほどの事ではない。戦いに置いて味方同士の連携は何よりも大切であると同時に当たり前のことだ。」

 

一瞬微かな笑い声が聞こえた気がしたが…………。

 

「それもそうね。」

 

と極めて冷静な返事が返ってきた事から考えるに気のせいだろう。

 

 

走ること20分、主従区が見えてきたがまだキリトの姿は見えない。

なぜか出てこないモンスターのせいで間に合うかが微妙なのだ。

 

 

「見つけた!前にいる!!」

 

アスナが指さすとちょうどキリトが主従区に入ったところだった。

これならギリギリ間に合うか……。

 

そう考えたせいで反応が少し遅れた。

モンスターだ。いや……牛か……?

 

一応逃げようと間をすり抜けようとしたが見た目に反して反応が速い。後方からならばともかく正面にいるこいつらを抜くには少々分が悪そうだ。

 

現れた牛は3体。とりあえず2体を俺が引きつけてアスナに残る1体を狩らせるか……。

 

「アスナ、2体は俺が引きつける。その隙に残る1体を出来るだけ早く倒せ。」

 

アスナは無言で頷くと、即座に高速のリニアーを放って牛型のモンスター、トレンブリングカウのHPを三割削り取る。

 

俺は手早く残り2体の牛、トレンブリングオックスを斬りつけ、二匹に0.5割程のダメージを加えて2体のタゲをとる。

 

無事に2体共俺をターゲットにしたようだ。初日に戦ったリトルペネントと違い現実に居る生物や人型に近い敵は目線や筋肉の動きで大体の攻撃は読める。

 

俺は2体に少しずつダメージを与えながら攻撃を回避していった。

やがて(時間にしてみれば一分もなかっただろう。)1体を相手にしていたアスナがこちらに合流し、俺が相手どっていた2体はあっという間にポリゴン片へと変わっていった。

 

 

その後、一気に主従区に入るとちょうどキリトがアクティベートしたところだった。

キリトに話をするべく近づこうとするも、それよりも早くキリトは近場の建物へと駆け込み、同時に転移門から一斉にプレイヤーが出てきて広場は人で溢れかえってしまった。

 

プレイヤー達の顔は喜びが多くしめているように見える。

ほんの少し、そんなプレイヤー達の顔を見ながら俺達が行ったボス戦の意味をより深く実感できた。

 

 

俺がそんな感慨に浸っていると転移門からすごいスピードで飛び出る黄色い影とそれを追う2つの影。

 

アルゴとプレイヤーだろうがなんだか穏やかではない。

アスナも同じ考えのようで追おうとするが、3人ともすさまじいスピードで俺達の視界から消えてしまった。

 

どうしようかと悩んでいたが、急に隠れていた建物から飛び出し屋根を走るキリトの姿を見つける。

どうやらキリトも今の一幕を見ていたのだろう……アルゴを追跡しているようだ。

 

キリトがアルゴ達を追跡するなら好都合だ。キリトの敏捷力ならば追跡する事も可能と見た俺達2人はキリトを追った。

 

指針のない俺たち2人はキリトよりも多少遅れながらアルゴ、そして追跡していたであろう2人を見つけた。

 

「なぜ逃げるのでゴザる拙者たちはただこのフロアに隠されているエキストラスキル“体術”の情報を売ってほしいだけでゴザるぞ!言い値で買うと言っていると言うに……おぬし、よもや独占する気ではゴザらんな!?」

 

「だからオレっちは情報を売って恨まれるのはゴメンだって言ってるだロ!この情報は売らないんダ!!」

 

「なぜ拙者たちがお主を恨むのでゴザるか!?あのスキルは拙者たちが完成するために絶対に譲れないスキルでゴザる!今日という今日は絶対に譲れないでゴザるぞ!」

 

「わっかんない奴らだナー!あの情報は絶対に売れないって言ってるでござ……じゃない、言ってるだロ!」

 

 

面白い奴らだが様子を見てるのもここらが潮時か……俺がそう思っていると俺達よりも早くキリトがアルゴの後ろから現れた。

どうやら彼ら3人を中心に挟んでいたようだな。

 

……面白くなりそうだ。もう少し様子を見るか……。そう考え、同じく飛び出そうとしているアスナを手で制する。

 

「何奴!?他藩の透波か!?」

 

……奴らいつの時代の設定だ……。幕末の頃でも透波などほとんど使われないぞ……。

 

事実、キリトは良く意味の分かっていないような表情をしている。恐らく隣に居るアスナもそうだろう…………いや、訂正しよう。この少女は理解しているな。苦笑いしながら見ている表情には俺と同じ感想を抱いていそうだ。

 

「あんたら確か……フーガ……じゃなくてえっと……?」

 

「風魔忍者のイスケとコタローでゴザる!よもやお主、我らからエキストラスキルの情報を奪いに来たのではなかろうな!?」

 

…………あれが忍……正直心外だ……忍足るもの目立つわけにはいかないだろうに……。

 

流石に自分と同じ隠密のイメージがアレというのは堪えるな……。

キリトも困り始めているようだ。流石に出るか……。

 

俺は全くの無音で奴らの背後に回り、素早く喉元に曲刀を突きつけつつ抑えつけた。

 

正面から見ていたキリトとアルゴは流石に気付いていたが、2人は気づかぬうちに組み伏せられ喉元には曲刀、更に顔の前には片手剣アニールブレードと細剣ウインドフルーレが突きつけられている。

 

「貴様ら下手な抵抗はするな。前の2人はともかく俺は斬る事に何の抵抗も無いぞ。」

 

2人にしか聞こえないほどの小さな声に凄みを乗せて囁き、2人の手足を縛り上げた。

  

「さて……アルゴ、先程この2人が聞いていた件について聞きたいのだが体術とは何だ?」

 

「あ、それは俺も気になる。体術っていうとやっぱり武器なしの攻撃とかなのか?」

 

アルゴは俺達の顔を見渡した後、溜め息を1つついたが、やがてしゃべり始めた。

 

「おそらくナ。実際にはβ版でも習得者は居ないようだから分からないけど、おそらくは武器なしでの攻撃手段だろうと思ってル。七層でその情報は出ていたからこの2人もそこで二層に有るという情報だけ手に入れたんだロ。でもオレっちは情報を売って恨まれるのはゴメンなんダ。」

 

「なぁアルゴ、さっきメッセージで何でも一つ情報をくれるって言ってたろ?あれ、やっぱりおヒゲの理由じゃなくて体術を売ってくれないか?」

 

ウグッ!そんな声がアルゴから聞こえ、アルゴはなにかを考え出した。

そして怪しく目を光らせながら言う。

 

「確かにキー坊には約束したからナ。教えなるのもやぶさかじゃないけど……アーちゃんとアー坊にはそれ相応の情報も貰わないとナ~。」

 

ニヤニヤ笑いながら聞いてくるアルゴの顔には、暗にあの情報を教えろと書いてある。

 

「ふむ……しかしあの情報には俺達2人分の対価を頂くことになるが?」

 

「ちょっ!?アオシ君!?」

 

アスナが慌てるも俺が耳打ちし、何をする気か伝えると色々表情を変えたが納得した。

 

「ん~……ま、いいカ。……それでそれデ!?どんなことがあったんダ!?」

 

目を輝せて詰め寄るアルゴにアスナと俺が近づき小声で伝える。

 

「アスナがキリトが自分の名を知っている事をキリトに問いただし、パーティーを組んだときに名前がどこに書いて有るのかを聞き出した。」

 

「ふむふむ……それデ?」

 

「それだけだ。」

 

「いやいや、もっと事細かに教えてヨ」

 

「あら、相応の情報でしょう?後々手には入る情報にはこれでも多い位だと思うのだけど?」

 

………………………………………………

 

 

「え?だってあんなに隠していたのに……てっきりキー坊とアーちゃんがキスぐらいしたんだろうと思ってたのに……詐欺だロ?どうなんだヨ!?キー坊!!」

 

「え、いや……それだけだけど………」

 

そのとき、実は後ろで睨みを効かせていたアスナがいたのだが、幸いアルゴは気付かなかったようだ。アルゴが気付いたら面倒だろうな……などと考えていたが、アルゴはそのまま地面に突っ伏したのだからこちらの勝ちだろう。

 

「仕方ない……良いだロ、でも2つ条件がある。一つはオレっちを恨まないこと、もう一つはオレっちから買った事は口外しないことだヨ。それで良いカ」

 

俺達3人は頷くとアルゴに着いていく。

……もちろんイスケとコタローは解放しアルゴを狙わぬよう一言だけ言葉を贈る。

 

「ここで解放するがこの情報を聞く事は許さん。索敵を使用して警戒するからな。いいか、お前達が隠密だと言うならば隠密らしく情報を仕入れろ。」

 

それだけ言うと2人は頷き、索敵範囲外へと姿を消していった。

 

「アー坊にしては珍しく気にかけているみたいだナ。」

 

「……気にするな。ただの気まぐれだ。それに、今のでわからぬようではどのみち奴等には隠密は向くまい。」

 

「言うネ。オネーサン、アー坊の秘密にも興味が湧いてきたヨ。」

 

「探った所で何もないがな。」

 

俺達3人はアルゴの後についてしばらく歩き、おそらくは二層の東端だろう場所にそびえ立つ岩山の頂上付近にたどり着いた。

そこには泉と一本の樹、そして小さな小屋があり、その小屋の脇に1人のNPCが立っている。

長い白髪の長髪を後ろに細く三つ編みにして束ね、鼻下にヒゲをはやした男はこちらを見ると一言いう。

 

「入門希望か?」

 

途端にウィンドウが開き、クエストタブが表示された。

それのイエスボタンを押す。

 

「流派東方不敗の道は険しいぞ。まずはその岩を拳で割るのだ!」

 

途端に現れた岩に触れてみるとその硬度たるやまず無理だろうと思えるほどだった。

 

「いやこれは……」

 

「無理でしょう……」

 

NPCに向かい振り返ると俺達3人の横を一陣の風が吹く。

それと同時に頬に違和感が…………。

 

「修業が終わったら消してやろう。」

 

そう言い、こちらをみるNPCの手には筆が……。

いやな予感がしてキリトとアスナを見るとそこにはコミカルなヒゲが………。

ちなみにアスナはフードケープを被っていたが、さっきの風で剥がされ素顔をさらしている。

そんな3人の沈黙を破ったのは

 

「ニャハハハハハハハ!!……一個だけサービスで教えたげるヨ。その岩……鬼だヨ!!」

 

俺達3人は体術だけでなく、ちゃっかりとアルゴのおヒゲの理由もしれたのだった……。

 

 




多少オリキャラ出させていただきました。原作から少しはずれますがご了承ください。

※9月5日修正済み


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暗躍する者

※10月1日修正済み


体術修業を始めて五日目、ようやく全員が体術を習得出来た。

 

俺は初日に、アスナとキリトは3日目に修業を終えヒゲを消して貰ったのだが、初日にアルゴが去った後2人の来客があったのだ。

 

イスケとコタローである。

アオシの言ったことの意味をしっかり理解していたらしく気付かれないように尾行しこの場所までたどり着いたのだ。

 

初め2人は俺達3人がフードケープを被っているのを見て違う場所に来たのかと思ったようだが顔にヒゲを書かれた事でその意味を理解したらしい。

 

ちなみにキリトとアスナは3日目に終了したと同時に下山したが、俺はこの場所に残り2人の資質を見ている。

 

この岩砕きをクリアするには二通りの方法がある。俺のように岩の致命点を探してピンポイントに攻撃するか、根気良く同じ場所を攻撃するかだ。

ちなみにキリト、アスナは致命点でこそ無いが比較的ダメージの多い場所を攻撃し続けて3日かかったのだ。

 

この2人にはやはりというかキリト、アスナ程の資質は無いようだが、そこそこダメージの入る場所を見つけ、同じ場所を攻撃し続けるだけの根気は有るようだ。

 

「アオシ殿!遂に拙者たちもやったでゴザるよ!」

 

「お頭、これで我らを仲間に入れてもらえるのでゴザルな?」

 

そう。何故かキリトやアスナではなく俺に懐いてしまったのだ。

何でも忍者の本質に気づかせて貰ったとか何とか……。

 

正直俺はこの2人は条件をクリアすることは無いだろうと一週間での岩割りクリアを条件に仲間の申し出を受けた。

いくら根気良くやれば割れると言っても拳の位置が5センチもズレれば蓄積されないのだ。

キリトやアスナでも1~2センチはズレていたし、アルゴはクリアできなかったらしいからそれ以上にズレていたのだろう。

 

「そうだな。仕方あるまい。」

 

そういうとコタローはその場で大きく飛び上がり、イスケは安心したように軽く息を吐き出す。

 

この2人はキャラ作りは同じ方向なのに性格は逆に近いようだな。

 

キリトやアスナからは二日遅れたが俺達3人は前線に合流すべく小屋を後にした。

 

 

 

コタロー、イスケは前回の攻略戦には参加していなかったがレベルに関しては攻略組とさほど変わらず11程にはなっているそうだ。

 

戦闘技術に関しても特に問題はない。むしろ2人の連携は攻略組の中でも上位に入れそうな程度は持っていた。

 

強いて言うならば見た目を気にしたコーディネートのせいか装備ー特に防具ーのランクが低い位だ。

 

主従区ウルバスを越え、その先の村マロメに到着するなり先ずは防具屋に行き戦闘時のスタイルを崩さない種類の物で最高ランクの物を仕入れていく。

幸いコタローとイスケは装備はコーディネート重視だったのでそこそこコルは貯まっていたし、俺もアスナが払ったコルー契約不履行なので返そうとしたが払っていた分は頑として受け取らなかったーが有ることもあり序盤にしてはかなりの額が手元に有る。

 

結果3人はこの第二層に置いては最高の物を揃えられた。その足で今度は鍛冶屋へ行き強化を行う。

素材とコルの許す限り強化を行っていたが一番最後、コタローの武器である短剣の強化を行っているときにそれは起きた。鍛冶屋の手にある短剣が一瞬明滅し更に強化中に砕けて消えたのだ。

 

「な、な、な!?何でゴザるか!?これは!?強化ペナルティーに消滅なんて聞いたこともないでゴザるよ!?」

 

コタローは全身を使って苦悩を表現する。……正直何も知らない人間が見たら吹き出すだろう。……いや、既に吹き出している奴は居るな。

 

「……す、すいません!すいません!」

 

鍛冶屋の主人はプレイヤーである。気弱そうな顔立ちだが、仕事ぶりは真剣そのものな彼は今は今にも泣きそうな顔で地面に額をつけている。

 

……ふと俺は気になったことがある。彼は今と同じ表情を鍛治を最初にまとめて頼んだ際にしていたのだ。

俺は最初今の表情が全て成功するかわからない不安からだろうと思っていた。

 

しかし、それでは何故今も同じ表情を出しているのかに矛盾が生じる。

これではまるで“今回破壊が起きると考えていた”様ではないか。

しかし今見ている彼の表情からは悪意は見えない。申し訳ないとしか思ってないようにも見える。

 

「いや、騒いでしまい申し訳無いでゴザる……お主は真剣に鎚を振るってくれたでゴザる。後は拙者の問題。また購入してお願いするでゴザるよ……。」

 

コタローはそう言うと奇妙な動きをやめ、とぼとぼと歩き出した。

当事者であるコタローが気持ちに折り合いをつけた以上俺が騒ぐのはお門違いだろう。

そう考え、コタローの後に続いて歩き出し、少し先の建物の横道に入った。

コタローはこの先の武器屋で再度同じ武器を買い強化するようなので、俺とイスケはコタローにカンパとしてコルを渡した。どうやらイスケもコタローに付き添うそうなのでとりあえず別れ、後で宿屋に合流するように伝える。

 

「それで?一体何の用なんだ?」

 

俺は2人の姿が見えなくなった所で背後にずっと居る2人組に声をかけた。

わざわざ後ろからずっと着いてきているのに声をかけないのは俺にだけ話したいことがあるのだろうと予測したのだ。

 

「いやはや……よくわかるな。索敵しててもプレイヤーなんかたくさん居るのに。」

 

「というか……わざわざこっそり後付けなくても一言声かければ良かったんじゃないの?」

 

そう言いながら出て来たのは予想通りキリトとアスナだ。

……あれだけアルゴに情報がいかないように頑張っていたのに普通に2人で行動しているのだから女心はわからない。

 

「相手に位置情報が漏れるような尾行では上手く交代しながら行うのだな。ましてや相手が止まると2人とも止まるのでは尾行していますと言っているようなものだ。」 

 

「はぁ~……なるほどねぇ……」

 

俺の説明にキリトは感心、アスナは額に手をやり顔を振るというアクションを示した。

 

「まぁそれは別に良いわ。それよりもアオシ君、あの鍛冶屋で何かあったのよね?」

 

「依頼品が壊れたのか?」

 

!?……キリトが言った言葉は暗に予測の上で“壊れた”と言う状況を出している。普通は強化失敗によりマイナス補正を予測するのにだ。

 

「どうゆう事だ?なぜ壊れた事を知っている?」

 

「その前にアオシ、彼をどう思うのか聞かせてくれないか?」

 

その問いには多少答え辛いものがあった。正直彼は何か秘密がある。それはわかるが彼の表情を見て俺が読み取れるのはそれだけだ。悪意は見えない事から恐らくは善人だとは思うが……。

 

「判断はつけかねるな。怪しいが彼の表情からは善人のようにも見える。」

 

2人は俺のその台詞を聞き安堵の表情を浮かべた後お互いに見つめ合って頷いた。

 

「彼はまず間違いなく詐欺を行っている。これは間違いない。だが方法も解らないし……正直彼の意志には思えないんだ。」

 

「それで私たち近場の空き部屋から見て方法を看破しようと思っていたんだけど3人だったからよく見えなくて……。」

 

何でもあの後一度別れた二人だったがフィールドボス討伐戦に参加して再開、その後アスナの武器の強化を彼に頼んだ所で彼女のウィンドフルーレを砕かれてしまったそうだ。

 

その後キリトが彼を尾行した所、彼の仲間らしきプレイヤー達を見つけ会話を聞き詐欺を確信、隠しコマンドの所有アイテム完全オブジェクト化というものを使用して取り戻したらしい。

 

ならば今回のコタローもと考えたがやはりやめた方が無難だろう。

もし下手な発覚の仕方をすれば最悪プレイヤーによるプレイヤーの抹殺が公然と行われる可能性があるからだ。

……彼が性根から腐った外法者ならばそれでも構わないが……。

 

「……壊れる前に武器が一瞬明滅したのだが関係はあるか?ほかの時との違いだとそれぐらいしか思いつかんのだが。」

 

「明滅……」

 

キリトはおもむろにウィンドウを開き手持ちの剣で再現してみるも現象としては同じだが明らかに遅く分かりやすいものだった。

 

「そんなに時間が掛かってたら私の時でも気付くわよ。……でもアオシ君の話に有った明滅したって言うのはこの装備の持ち替えの時なんでしょうね。」

 

「ふむ、後は音だな。二回も鳴らなかったが一回ならば今の音を聴いている。」

 

俺とアスナの台詞を聞き、キリトは少し悩んだがやがて急に顔を上げた。

 

「……そうか、そうゆうことか!!」

 

キリトは何かに気付いたようだが、とりあえず実証してから連絡すると言いアスナを引き連れて去っていった。

 

 

 

その夜、キリトからメッセージが届いた。

どうやら準備とやらが出来たらしく明日の十時に鍛冶屋の彼の店の向かって左手にあるNPCハウスの二階に来てくれというものだった。

イスケとコタローも連れて行くか悩んだが今回は連れて行くのはやめることにした。

その方がスムーズに事が進むだろう。

 

 

次の日、俺はアスナと共にNPCハウスの二階から変装したキリトが彼のトリックを見破るのを見ていた。

なんでもクイックチェンジという派生スキルを使用したトリックらしい。キリト自身確信はもてていなかったようだがどうやら当たりだったようだ。

 

鍛冶師の彼は見破られるとこちらの通路に走り出したので窓から飛び出した。

同時にアスナも飛び出したので通路は完全にふさがり鍛冶師の彼、ネズハは逃走を諦めた。

後ろにいるキリトが言うにはどうやら自殺しようとしていたらしい。

 

とはいえ3人に囲まれた上にアスナからの一言ー自殺は攻略組全員に対する裏切り行為ーの一言を聞いて観念したようだった。

 

俺達3人はネズハを連れ、先ほどのNPCハウスへと入り話を聞いた。

曰わくネズハを入れた6人のギルド(仮)レジェンドブレイブスが強くなるために詐欺を始めたこと、罪悪感と壊れる剣、そして持ち主のプレイヤーに申し訳なさを強く感じていたこと。

そして最も重要な情報はネズハ達に強化詐欺の技術を教え、更には実行までの抵抗感を無くさせた黒ポンチョの男だ。

 

特に“分け前を貰わない”というスタンスは利益目的ではない代わりに罰を一切受けずに傍観者になれるということだ。

 

おそらく……目的はプレイヤーがプレイヤーを罰する……もっと言えば殺すよう仕向け、殺人への抵抗感を薄れさせる事と推測する。

 

キリトやアスナは気づいてはいるまい。この考え方は利益ありきの犯罪ではない。犯罪をするために行う犯罪の種まきの様なものなのだから。

 

やがてキリトはネズハの戦闘職になれない理由である遠近感の問題を永続的投剣武器“チャクラム”を渡すことでとりあえずは解決させ、鍛冶を辞め戦闘職をやるように説得している。

なんでもチャクラムは投剣の他に体術も必要らしく体術をとる変わりに鍛冶を消すように説得しているようだ。

 

「この世界で剣士になれるなら何だってします。……もっともこれじゃ剣士ではないかもですけどね。」

 

「この世界で戦っている人は全員が剣士よ。……たとえそれが純生産職の人でもね。」

 

「ああ。そうだな。それにその武器は君の名前に合っているだろう。ナーザ。」

 

「!?どうして!?」

 

「中国の伝記に関してはそこそこ程度には把握している。もし読み方を間違えたなら謝罪しよう。」

 

ネズハは首を振り俺の指摘を肯定した。もっともその名に気付いたのは先ほど話に出たレジェンドブレイブスというギルド名と何名かの有名な英雄の名を聞いたからだが……。

ナーザ、別名をナタクという英雄は宝具を操り空を駆ける英雄で腕輪のような宝具を武器としていたと記憶している。つまりチャクラムはネズハにとっては最も合っている武器だろうと思ったのだ。

 

 

 

やがてキリト、アスナはネズハを体術習得場所へ案内しに行き、俺はそれには同行せずにイスケとコタローの待つ宿屋へと戻った。

 

「アオシ殿、用事はすんだのでゴザるか?」

 

俺は出迎えてくれたコタローにイスケと共に俺の部屋に来るように伝え、上手くネズハには矛先が向かぬよう2人に状況を伝えた。

 

そして2人に重要な依頼を話してみる。

 

「話に出てきた黒ポンチョの男だが……2人がもしやってくれるならばパイプを作りたい。無論危険も伴うし無理にはやらなくていいのだが……。」

 

「水くさいでゴザるぞ、アオシ殿。拙者らは貴殿に惚れたのだ。我らのお頭たるアオシ殿の依頼とあらば受けるのが筋と言うもの。なあイスケ!」

 

「全てはお頭のお心のままにでゴザル。我らはお頭の手足、存分にお使い頂きたいでゴザル。」

 

快諾してくれた2人にネズハの事を黙っていた罪悪感を多少感じるが今はそんな事に気を使う場ではないだろう。

俺は2人に詳細なやり方を伝え、2人は明日より昼間は黒ポンチョ探し、夜間は俺と共にパワーレベリングを行うことにした。

 

無論相手につながりを知られたくはない。またパイプとは言ったが出来ることならば此方の名は知られずに相手の名を知れれば最上だろう。

しかし、2人には自分の命を最優先にするように伝えてある。

 

 

そして2人とのパワーレベリングを終えた深夜、俺は現役時代に近い装束を纏い

闇夜に紛れ同じように暗躍しているであろう者を探しに行く。恐らく……この行動こそがこの時代、そしてこの世界に前世の記憶を持って産まれた俺の使命だと信じて……。

 




2日(約3日?)も空けてしまい申し訳ありません。
一週間に五回を目安に頑張らせていただきますのでお付き合い頂けたら嬉しいです。


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レジェンドブレイブス

※10月1日修正済み


黒ポンチョを探し始めて3日、一向に手掛かりは見つからなかった。

昼間はイスケ、コタローの2人が2人組を装いながら不自然ではない程度に色々な街を歩き回り、深夜帯は俺が人気の少なそうな酒場を探していた。

それなのにもかかわらず、全くの手掛かり無しだ。

これは長期戦になるな……。

 

とはいえ本日、俺は捜索を行えない。

キリトの話では今日の夕方から第二層ボス攻略戦が行われる。

日中イスケ、コタローが捜索している間に手に入れた情報を駆使し、二層フロアボスの対策をしっかりと取っているが、問題は王との交戦前に大佐と将軍を倒しきれるかどうかだろう。

 

その辺りは今回のレイドリーダーであるリンドの指揮次第か……。

今回のレイドはフルレイドに達している。残念だがイスケ、コタローは今回は参加できない事になってしまった。

人数の関係で2人のためにレイドを二つに分けるのは危険という判断、そして残念ながらボス戦未経験者の中ではイスケ、コタローが一番レベルが低かったのだから仕方ないといえよう。

 

その上、リンドも初の陣頭指揮とあっては危険を、出来うる限り排除しようと思うのも仕方ない事だ。

 

ちなみにイスケ、コタローは納得している。

ボス戦中はレベル上げに集中するそうだ。

パワーレベリングスポットを独占出来るので、今日一日上手くやればボス戦以上の経験値をたたき出せるだろう。

 

 

そして俺はこの行軍中、レジェンドブレイブスの面々と初の対面、そしてパーティーを組む事となった。

 

彼らのレベルはイスケ、コタローと変わらないが全体の武具強化度合いは1以上上回っているだろう。

実は俺もまたほぼすべての装備を最大限強化している。アスナから渡された三万コルに日中のクエスト三昧、更に深夜までのパワーレベリングを続けていた成果だ。

事実、キリトやアスナでも防具も武器もまだ最大までは強化していないようだ。そんな理由もあり、俺は同程度の強化具合のレジェンドブレイブスへと編入されたのだ。

 

「ふむ……お主もなかなかの武具ではないか!聞けば第一層の攻略戦にも参加したのだろう?期待させて貰おう!」

 

……何というかキャラ作りなのだろうが随分と不遜な男だ。

それが第一印象だった。

とはいえいかに強化がしっかりしていても、恐らくこのレイドで最も一撃の威力が少ないであろう俺は主にサポートをメインに行うほか無いがな……。

 

レジェンドブレイブスのほかのメンバーはリーダーのオルランド程キャラ作りはしておらず、普通で一般的なプレイヤーのようだ。

正直オルランドにしてもメンバーにしてもネズハ同様犯罪を犯すタイプの人間には見えない。

 

 

やがて迷宮区に入りキリト、アスナ、そして一層の階段で俺を見捨て、1人でアスナから逃げ出したエギルと話をする時間が取れた。

 

どうやらネズハは今回は間に合わなかったらしい。今朝の段階ではまだ岩を割れていないと連絡があったそうだ。

ちなみにエギルにはある程度、かいつまんで事情は説明してある。

 

特に黒ポンチョの男は早急に実態を掴んでおきたいという事も有り、大々的には動けないものの信用のおけるプレイヤーには協力を仰いでおいた方が良いであろうと言う判断だ。

 

現在、俺の知る限りでは他にアルゴとキリトの知り合いの男ークラインというらしいーも片手間で捜索してくれているらしい。ちなみにネズハの事はレジェンドブレイブスの面々には伝えていない。

 

無論、ネズハ自身が連絡しているかは不明だが……少なくとも俺達の事は伝わっていないようだ。

 

やがてボス部屋に辿り着いた俺達はそれぞれリンドの指示に従い行動を始める。俺を含むレジェンドブレイブスことG隊はリンドの最初の指示では取り巻き潰しだったのだが、リーダーのオルランドが異論を挟んだことで将軍担当に変わったのだ。

最も将軍よりも先に大佐を潰しておかねば後々の王の相手が辛くなるのだが……。

リンドは大佐の相手はH隊……つまりキリト、アスナが所属するエギルの隊のみに任せた。

無論情報に違いがあれば一度撤退し、戦略を練り直す事になっている。1部隊には荷が重いようならばもう1部隊まわすという事も条件の上でだが……。

 

多少リンドの敵意が見え隠れするが仕方ないだろうと納得し、ボス部屋に突入を開始した。

初期の位置は大佐が入り口付近に、そして将軍が部屋の奥に現れた。

 

レイドパーティーは迅速に行動し、当初の予定道理担当のモンスターを相手取る。現時点では特に変更点は無い。しかし……将軍担当のパーティーに少々問題があるようだ。

戦闘開始から15分、もっとも警戒するように言われた将軍の“ナミング”の二度受けによる麻痺者がついに10人を越えたのだ。

これの対処法はナミング発動を見切るか防具強化の二種類しかない。

大佐担当部隊には1人も麻痺者は居ないのに此方は既に4分の1の人数が麻痺を食らっているのは、恐らく経験不足が大きいだろう。実際、将軍担当の部隊の半数はボス戦未経験者だ。空気に呑まれ、とっさの判断力を欠いてしまっているのだろう。

となればやることは1つ……

 

「リンド、これ以上の麻痺者は不味いのではないか?撤退に支障がでるだろう。」

 

撤退の提案だ。ここで撤退すれば恐らく次はもっと楽に攻略出来るはずだ。

 

「アオシ君……ここで撤退するメリットはあるのか?残りたったの1本だぞ?」

 

「後1人、麻痺者が12人になった時点で撤退でどうや?皆の志気も高いことやし、そろそろナミングのタイミングも分かってきたとこや。今日逃すと明日以降になってまうしな。」

 

意外なことにリンドを養護したのはキバオウだった。リンドとは2層に上がってからは仲も悪くこちらに同調するかと思っていたのだが……。

 

とはいえ確かにこのまま押し切れる可能性も低くはあるまい。

指揮を執るリーダー、サブリーダーがそう決めた以上俺は俺の仕事をするだけだ。

 

そこからものの2~3分後、先程とは違う“人為的な”イレギュラーが起きた。

リンド、キバオウの両名の部隊の斧使いが同時にソードスキルを発動させてしまったのだ。本来は黄色少し手前から大佐担当のH隊を待ち、フルレイド全員の全力攻撃で一気に決める予定だった筈が高威力の両手斧の現行最高威力のスキルが同時に入ったことで完全に黄色に変わってしまったのだ。

本来将軍の残HPが六割の時点でソードスキルの一時封印が指示だったはずなのにも関わらずの使用。むしろ目算でも5.2位しかないのだから高威力ソードスキルなら単発でも黄色に落ち込んでいたかもしれないのだ。

 

クエストでの情報道理、ボス部屋中央から巨大な王“アステリオス・ザ・トーラスキング”が姿を現す。

その漆黒の巨躯が現れた瞬間、大佐“ナト・ザ・カーネルトーラス”が爆散した。先程、撤退を進言する際に見たときは最終バーの三割程が残っていたはずだが、ここまですぐに爆散させるとは……そこそこ無理をしたのだろう。

だがそれはこちらも同じだ。リンド、キバオウ共に迷いなく全部隊に全力攻撃をとるように指示を出した。

しかし受けた反撃はそこそこ痛いものだ。

せっかく全員が回復しきり、麻痺者が0になっていたのに、一気に8人ものプレイヤーが回避しきれずに麻痺を受ける。

 

後ろからの近づいてくるアステリオス王の事を考えると将軍にかけられる残り時間は恐らく20秒あるかないかだ。

 

そう考えていた俺の横を一陣の風が吹き抜けた。キリトだ。キリトは空中でソードスキルを発動させて見事に将軍“バラン・ザ・ジェネラルトーラス”を転倒させる。そこに残る全員のフルアタックが加えられ、バラン将軍もまた爆散し、俺の目にラストアタックボーナスの文字が浮かぶ。

 

そしてアステリアス王へと振り返った瞬間、俺達を包んだのはキリトの叫び声と青い閃光だった。

 

 

 

 

 

一瞬何が起きたのかがわからなかった。辺りを見渡すと将軍を正面から相手取っていた者と指示出しをしていたリンド、キバオウ迄が倒れている。……いや、正確には全員が麻痺しているのだ。防具の強化をしていた俺やオルランドも麻痺しているところをみると100%の確率で麻痺してしまうのだろう。

 

全員がノロノロと解毒ポーションを飲む中、ゆっくりとアステリオス王はこちらに向かい、その鎚を振り上げる。

 

頼りのキリトとアスナも抱き合う形で麻痺し倒れている。エギルもまた竦んでいるようだ。これは最早……そう考えたとき青い光を放つ何かがアステリオス王へと当たった。

 

その軌跡を辿ろうとするも首が動く限界の先に居るようで見えなかった。

 

やがて乱入者の声でネズハに気付いた。その後は回復したレイドパーティーによる総攻撃と情報通りの王冠ディレイ確定もあり、アステリオス王は20分もかからずにその身体を爆散させた。ちなみにラストアタックボーナスはキリトが手に入れたようだ。

 

 

 

 

その後、ネズハが鍛冶屋だった事、攻略組にも被害にあった者が居たこと、そして何よりもネズハ自身の自白が決め手になり、黒ポンチョの男の描いた通りの展開になり始める。

俺達は事情を知ってるが故にその場を諫めようと動き始めようとした。

 

しかし……。

 

最終的にレジェンドブレイブスがネズハの仲間であることを打ち明け、被害者に弁済する方向で決着した。

俺にとって、レジェンドブレイブスが動いた段階でこの動きは予想範囲内だったので早々に議論の場からは抜け、先程ボスに攻撃した斧使いを探す。

あの行動には違和感を感じるのだ。

リンドやキバオウの指示かとも考えたが流石におかしい。

実際キリト達が無理をしてくれなければ全滅していただろう。

 

黒ポンチョの男と合わせて調査を行わねばなるまい。しかし先程ちらりとみた男達はこの場には見当たらない。

……キリト達のように先に主従区に向かったのか……?

この議論が終わり次第リンドとキバオウに聞いてみるか……。

 

「アオシさん、次は君の番だ。どれにするんだい?」

 

俺が思考の海に潜っているとリンドから不意に声をかけられた。

 

「……俺は別に被害にあっていないが……?」

 

「君の仲間が被害を受けたんだろう?ネズハさんからはそう聞いているんだけど……。」

 

ふむ……そうゆうことか……ならば……

 

 

「ならば決める前に聞きたいことがある。少し時間をいただくが構わぬか?」

 

リンドは頷くとアオシを輪の中に入れ、オルランド達の前に案内した。

 

「オルランド、ネズハ、それに他のメンバーにも聞きたいことがある。……お前達は今後、攻略に尽力する覚悟はあるか?」

 

元々小声の俺の声だが、何故か急に静かになったフロアボスの部屋に響いた。

何分かたったであろうその時間を破ったのはネズハ……いや、ナーザだった。

 

「僕たちのしたことは許されないことです。だから僕は……いえ、僕たちは皆さんの裁きに従います。……それは勿論、攻略に貢献することも受け入れる覚悟を決めているんです。だから……だから……」

 

「まだ我らに機会を下さると言うのであればこのオルランド!身命を捧げ闘い、必ずやこのアインクラッドを皆様と制覇して見せましょう!!我らが英雄の名にかけて!」

 

ナーザの真摯な申し出を引き継ぎオルランドは真っ直ぐと俺の目を見て言い放つ。

ほかのメンバーを見ると何人かは同じ意志のようだ。

 

「ならば俺が受け取る分はコルとしておまえ達に渡そう。それとこれは全員に言いたい。このチャクラムだがこの俺がネズハ……いや、ナーザに渡したものだ。これは彼に返していただこう。」

 

俺は自らが選んだもっとも高いであろう装備とチャクラムを取り出す。特に他の者は何も言わなかった。

 

実はこのチャクラムはレア物ではあるが安いのだ。理由は使用条件に体術のスキルが必要だからだろう。要は装備できなければいくら珍しくても買い手がいないということである。

 

「アオシさんそれはここでコルを分け与えた相手に対して責任を持つ。そう言っていると解釈しても?」

 

「……構わん。もしも奴等が何かしら明らかに悪を働いた時はこの俺が責任を持って処分しよう。」

 

多少の疑惑が混じったような表情のリンドの顔を正面から見据えそう答える。

更にナーザ達に最後の確認をとるとナーザ、オルランド、クフーリン、ベオウルフの4人がコルを受け取り、残る2人は始まりの町に戻り、生産職になるとのことだった。

 

更にリンド、キバオウに斧使いについて聞くも仲間には誰一人斧を使うものは居ないらしい。

 

不穏な動きを見せた第二層攻略はより深い暗雲をかけたまま終わることとなった……。




更新遅くなりました。
1日1話を書けるよう頑張らせていただいていますが段々ギリギリに……文才がほしい今日この頃です。

9月6日修正済み


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第三層
創始者の心得


一日空きまして申し訳ありません。お気に入り、感想ありがとうございますm(_ _)m今後も頑張らせていただきます。

※10月2日修正済み


第三層……あの後、オルランド達に三層主従区にて待つと伝え、1人先に来た俺だが三層に足を踏み入れ最初に思った感想は美しいだった。

巨大で神秘的な森は木漏れ日が至る所に差し込み、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

「操がここにいたらなんと言ったのだろうな……。」

 

ものの数分だろうか……森に見とれていた俺は1人主従区に向かい歩き出す。

恐らく先に行ったキリトとアスナがそろそろアクティベートしている頃だろう。

敵も出てくるだろうから油断は出来ないな。

相変わらず一撃の威力が弱い俺は、多数の敵に囲まれた場合武器の耐久力に不安を覚えるのだ。

現在レベルは15まで上がってはいるが、ステータス比率は8:2で敏捷寄りなのは変わらず、装備に必要な筋力値を常にクリアしている程度にしている。

 

特にそれで問題な訳ではないが、通常攻撃の威力はやはりソードスキル無しである以上、他の者の5分を1程度しか出ない。

パーティーを組んでいればまだ問題ないがこうしてソロになるとなかなかの問題だ。

 

「一撃の威力か……現実ならば首を斬るだけで問題ないのだがな……。」

 

急に後ろからカーソル反応が現れた。振り返ると2メートル程度はありそうな樹木のモンスターがノロノロとこちらに近づいてくる。

 

俺は即座に曲刀を抜き、すれ違いざまに斬りつけた。

モンスター“トレント・サプリング”は斬られたことなど全く感じないかのように反撃してきた。

俺はトレント・サプリングが放った枝による刺突を少し身を捩りかわし、更に斬りつける。

そのような攻防を2~30程繰り返すも敵のHPはまだ2割程残っていた。

 

……厄介だな。決め手に欠ける……。

 

アオシは曲刀を逆手持ちに持ち替えると、相手の攻撃をかわし、この世界に来てから初めてとなる技を放つ。

 

御庭番衆式小太刀一刀流“回転剣舞”

 

本来刀と脇差しの中間の刀“小太刀”を使用する技だが、曲刀の間合いは曲がっている分小太刀とさほど変わらない。

その剣技は自らの前世、四乃森蒼紫が得意とした技で、今までは現実世界よりも弱いこの世界の身体能力の影響で使用できなかった。

しかしレベルも上がり幾分強力になった今の身体は現実の自分自身と変わらない動きが出来る感覚だった。

 

現実でも再現できるようになったのは半年前と比較的最近だが、元々使用していた記憶があるからか、身体にとても馴染む感覚がある技の一つだ。

 

一瞬三斬のこの技は本来ならば鉄をも切断出来る威力を誇るが……。

威力までは再現出来ないだろうと予想して放った技ではあったが、予想外の出来事が起きていた。

曲刀を黒いライトエフェクトが包み込んだのだ。

闇を纏う一瞬三斬の刃はトレント・サプリングを分断し、楽々残りのHPを吹き飛ばした。

しかし、そんなことよりも俺に産まれた疑問、それは“システム的アシストは無く、技後の硬直も起きていないのにライトエフェクトが発生した”と言うことだ。

 

それともソードスキルにはそういった物も有るのか……?

とりあえずそういった事に詳しいアルゴかキリトにでも会ったら聞いてみよう。

そう考え再度主従区に向けて出発した。

 

途中三度の戦闘があり、先程のが偶然のバグなのか、それともそういったものかを試してみたが、どうやら回転剣舞に関しては毎回同様の現象が起きたことから偶然やバグでは無いようだ。

しかし単純な斬撃にはライトエフェクトが付与しない事から、恐らくは速度と連撃数……もしくはイメージなどが考えられるか……。

 

考えているうちに主従区“ズムフト”に着いた。どうやら既に二時間たったようでアクティベート化は自動でされたようだ。

街中は沢山のプレイヤーが歩き回っている。その中に探していたプレイヤーの1人、アルゴの姿を見つけた。

辺りをキョロキョロと見ているようだが、誰かを探しているのだろうか……。

 

 

「お、アー坊!遅かったナ。どこで道草くってたんダ?」

 

近づいていった俺と目が合うなりあっという間に距離を詰めるアルゴにそう言われたが、ここは人も多く、場所を変えた方が良いと考えた俺はアルゴの手を引き移動し始めた。

 

「おォ?アー坊積極的だナ、でもオネーサンは高いゾ?」

 

「……そんなつもりがあるわけがないだろう。ここは人が多いから場所を変えるだけだ。」

 

「ニャハハハハハハ!相変わらずアー坊はジョークが通じないみたいだナ。でもオネーサン、そんなにはっきり言われたらショックだゾ?」

 

引かれている方とは逆の手で目元を拭う、明らかな嘘泣きをするアルゴに小さくため息を着きつつ、近場にあった宿屋の二人部屋を一つ借りる。……その際にもアルゴが「オネーサンを襲う気だナ!?」などといっていたが無視して部屋に入り施錠した。

 

「アー坊、それで結局なんなんダ?まさか本当にオネーサンを襲う気なわけじゃないんだロ?」

 

相変わらず飄々としているアルゴにまず攻略組にいる斧使いの情報を聞いた。

しかし返答は4人で全てエギルのパーティーメンバーのようだ。

一応未確認情報としてはキバオウのチームに1人片手斧使いは居るようだが、なんでも第三層に上がってから加わるようになったようで前回のボス戦には出ていないそうだ。

 

「そうか……出来れば黒ポンチョの男と同じく慎重に行う事を前提に調査を頼みたいんだが出来るか?」

 

「やれと言われればやるけどサ、理由くらいは教えて貰わないとナ~。」

 

あまり大事にはしたくはないが状況的に仕方あるまい。

アルゴに前回アルゴがナーザとボス部屋に入ってくる前の状況と出来事を説明した。

それを聞いたアルゴは少し考え依頼を了承してくれたが、恐らく難航するだろうと言うことだ。

理由はその2人は確実にスキルスロットを2つ使用し、斧と普段の武器を使い分けているのだろうという予想だからだ。

隠そうとしているものは相手が追い込まれるか、偶然熟練度上げをしているところを見る以外には分からないからだそうでそれには俺も同意する。

 

「それデ?それだけが聞きたいことなのカ?それならわざわざ宿屋まで連れ込む必要は無いんじゃないかナ?」

 

「ソードスキルの3連撃に硬直時間がなく、アシストによる速度上昇も無いものがあるものなのか知りたい。」

 

「お、ついにソードスキルを使用したのカ。でも3連撃位からだと戦闘中にはわかる程度はしっかり硬直するゾ。それに曲刀カテゴリーの3連撃はβでは熟練度も350以上だから、さすがにまだ誰も習得出来ていないんじゃないカ?アー坊今いくつダ?」

 

「確か二層ボス前で200だったな。今の数値は……220だ。……ん?このスキルは……?」

 

そこにあったのはボス戦前には確実になかったスキルだ。

“創始者の心得”

スキルの説明を読もうとしたところでアルゴの見せロの一声で中断させられ、ウィンドウを可視化して見せる。

 

「“創始者の心得”……?β時代ではこんな情報は出回っていないナ。なになに……《システムアシストと同等かそれ以上の速度で放たれた連撃に対しソードスキルの威力アシストのみを付加する。また創始者のみ登録した技後の硬直時間を0にする。》……これは相当価値のあるスキルだナ。習得条件に心当たりは無いのカ?」

 

「……そこに書いてある事はしたが……。」

 

「それだけならオレっちにもでてるはずサ。アー坊よりも完璧な敏捷振りだからナ。」

 

「ふむ……ならば後はソードスキルを実戦では使用したことがない位しか思いつかないな。」

 

事実それ以外は思い当たるものは無い。確かにアルゴの言う通り、俺以上に敏捷に振っているイスケやコタローなどは、攻撃速度のほぼ全てにおいてソードスキルに近い。最も身体を上手く動かせてないせいか上手く繋げられては居ないようだが……。

 

「それは確かにあり得るナ。よし、その件もオレっちが裏付けはとっといてあげるヨ。」

 

そう言うとアルゴは俺に10000コルを譲渡するトレードウィンドウを出してきた。

情報屋としてその価値があると踏んだのだろう。

 

アルゴと別れた俺はイスケ、コタローとナーザ達にメッセージを飛ばす。

分かれる前にアルゴから買ったこの層の情報の一つ、ギルド設立を行う予定だ。

設立しておく事で得られる能力ボーナスは今後に役に立つだろう。

 

やがて集合場所に到着するなり、異様な光景を目の当たりにさせられた。

……全員が片膝立ちで俺に頭を下げている……という。

 

「ふざけているのか?そう言ったことは必要ない。そもそも目立つ行動はするな。」

 

俺の一言に、新しく入ったナーザ達4人は一斉にコタローに話が違うじゃないかなどと言っていることから、コタローのいらない入れ知恵のせいだろうと予測する。

 

「お頭、この層のギルド設立クエストを受注してあるでゴザル。拙者等としてはお頭にマスターになっていただきたいのでゴザルよ。」

 

いまだに言い合いをしているコタロー達を放置し、イスケからその話を聞く。

俺としても行おうと思っていたクエストを事前に受けておくとはなかなか気が利く。

 

「俺も作ろうと思っていた所だ。イスケ、ご苦労だったな。すまないが早めに済ませたい。あの5人を連れてきてくれ。」

 

イスケが仲介に入り5人は素直に着いてきた。

 

どうやらイスケ、コタローは共にレベル13に、ナーザがレベル10、オルランド達3人はレベル12だったようだ。

オルランド達は自慢だった武具も今はない。またナーザも育てていたのが鍛治である以上、他のスキル熟練度は低く、戦闘能力ボーナスは願ってもないものだろう。

 

この層では今まで行っていた黒ポンチョ捜索に情報収集、レベルの底上げといった所か……。

 

「あ、お頭、拙者はそのクエストの間別行動でかまわないでゴザるか?アクティベートしたばかりならもしかしたら奴が居るのではないかと思うのでゴザる。」

 

人数的にも1人あぶれることもありコタローの申し出を受けることにしようとは思うが……。

 

「ふむ、イスケ、すまないが捜索は2人一組で頼めるか?少々いやな予感がするのでな。」

 

「御意。」

 

黒ポンチョがいる可能性は高い。それだけに1人で事に当たらせるのは危険と考えたのだ。

さて、先ずは……こうして俺達は1日半ほどの時間をかけてギルド設立クエストをクリアした。

 

ギルド《御庭番衆》が発足したのは第1回三層攻略会議の直前になるのだった。




9月14日修正済み


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闇との邂逅

※10月2日修正済み



三層に着いて初日の夜、ギルド設立クエストの方はまだ進行は半分といった所だがそれを中断するに値する事態になった。

理由は黒ポンチョ捜索に当たっていたイスケ、コタローから遂に黒ポンチョ男を発見したとのメッセージが届いたのだ。ズムフトの転移門を見張っていたコタローが発見したらしい。

男はそのままフィールドの方に向かっているらしく尾行を続けているとのことだ。

本来は名前を知ることで十分だったのだが辺りを気にも止めず歩く様子に何か目的があるように感じたらしい。

 

 

連絡を受けた俺はナーザ達には宿屋で待機するように伝え、コタローの待つ場所へと向かった。

残念ながら俺やコタローの隠蔽スキルではあまり接近できないので遠目に姿のみの確認しかできないが、イスケは既に隠蔽スキルを350程まで上げているのでほぼ確実に声を聞き取れる位置まで近づいているだろう。

イスケはゲーム開始時から最優先で隠蔽スキルを鍛えてきている。恐らく現状ではこのゲーム内でイスケの隠蔽を見破る程まで索敵が上がっている者は居ないだろう。

 

コタローに案内された場所から約50メートル程離れた森の中に黒ポンチョの男が立っていた。

そして俺達が着いた後数分で3人のロングフードコートを来たプレイヤーが森から出てきた。

フードコート自体はアスナが着けているものと同系統と思われるが丈が長く、足首まで隠されているせいで性別すらわからない。

 

奴らが合流して数分はたった。一応俺も聞き耳はたててみたもののやはりシステム上の限界を離れるとまるで聞こえない。

……これはイスケに期待するしか無さそうだ。

そう考えているといきなり上から特に変装もしていない女の子が落ちてきた。

刃が肉厚で大きめの槍を持った少女は彼らを見て急に逃げ出そうとしていたが黒ポンチョの男以外の三人が少女より早く辺りを囲み動けなくする。

そして囲っていた1人がメニューを動かすと少女の前にもウィンドウが現れた。……恐らくデュエル申請だろう。

少女はそのデュエルを受けると残りの二人はその少女を解放した。

 

流石に初撃決着モードだろうが……。

そう考えているとメッセージが届く。イスケからだ。

 

《あのデュエルは半減決着、男達には殺害の意志があるように思う。お頭の指示を請う。》

 

《イスケの存在を奴らに感づかれたくはない。俺が介入するから介入し次第その場から離脱し鼠に連絡を入れろ。》

 

俺はメッセージを打ち込むと最速でその場へと乱入する。

 

デュエル自体は一方的な展開だった。少女の相手は典型的な片手盾、片手剣だったのだがプレイヤー同士の戦闘に慣れているのが明らかに見て取れる。

俺が乱入したのは少女が木に衝突して倒れた所に男がトドメのソードスキルを発動した所だった。

俺はソードスキルの力の方向を飛び込みざまにそらし空振らせ、少女を抱えて後ろに追随してきていたコタローに投げ渡す。

 

「あれあれぇ~?攻略組のアオシさんじゃないですかぁ~。何でこんなところにいるんですー?」

 

「近くに来たら戦闘音が聞こえたのでな。おまえ達はいったい何をしているんだ?今のは明らかに勝負がついていただろう。」

 

「いえいえ~勝負がつくのはこれからですよぉ~……ほらぁ。」

 

少女と男の間に現れたのはドローの文字。時間切れと言うことだ。

 

「ならばもうこの少女には用はないだろう?」

 

「いやでもぉ~、こんなに暗いと危ないですしぃ、僕達がつれていきますよぉ~。」

 

「ふむ、任せるのも吝かではないのだがな、せめておまえ達4人の顔と名前は控えさせて貰わねばなるまい。……そうあからさまに怪しい格好をされてはな。」

 

俺の発した顔と名前を明かせという発言に先程までへらへらとはなしていた男が黙る。

 

「Hei、そんな女はほっておきな。いくぞ。」

 

黒ポンチョの男の声はなかなかに響きの良い澄んだ声で先程のへらへらした男のような不快感は全く感じさせなかった。

そして男の合図で後ろの2人が闇に消え、へらへらした男も消えようとする。

 

まずい……せめて名だけでも……

 

とっさに閃いた俺はメニューを呼び出し黒ポンチョにデュエルを仕掛ける。

結果、黒ポンチョの名前は分かった

 

《PoH》

 

それが俺が最も危険と判断した男の名前だ。

恐らく奴はデュエルを断り去っていくのだろうがこれである程度の対策はとれる。

 

《デュエルは半減決着で受領されました。デュエル開始60秒前》

 

「何だと……?」

 

「Hei、なんだい兄ちゃん、そっちからふっかけてきたんだろ?しっかり相手してやるぜ?」

 

好都合だ。ここで奴の足を切り落とし尋問して必要であれば殺す。

 

やがて二人のカウントは5秒前へなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッツ・ショウ・タイム」

 

 

PoHはカウントが0になるほんの少し前には既に動き出していた。

そのポンチョにかくして持っていた大型のダガーをソードスキル発動待機状態にしていたのだ。

元々がそこまでの距離ではなかった上しっかりとブーストされたダガーの刃が俺の首を最短で狙ってくる。

 

俺はとっさに前へと踏み込みその腕に体術スキル“閃打”を下からかち上げるように放つとダガーは軌道を少々ずらし、俺の頭上を多少髪の毛を巻き込みながら通過する。

 

その隙にこちらも曲刀を振るおうてして急遽その軌道を変更せざる負えなくなった。

ダガーはライトエフェクトを絶やさずに今度は右肩から左足を通るであろう剣筋で振るわれたのだ。

俺はそれを曲刀で受けるもソードスキルの威力に押され数メートル飛ばされる。

斬撃そのものは防いだというのにダメージが貫通し、数%程HPが減る。

 

「ほう。今のタイミングを防ぐのかい。なかなかやるじゃねぇか。」

 

「貴様……。」

 

今度は俺の方から仕掛ける。この世界に来てから初の使用となるプレイヤースキル“流水の動き”を使用する。緩急を着け相手の目を惑わしながら徐々に距離を詰めていく御庭番衆式の技だ。

 

「ほぉ……なかなか面白い動きじゃねぇか」

 

何体もの残像がPoHを囲む。そして背後から首筋に向かい曲刀を振るった。

 

「甘いねぇ……そこでソードスキルを使えばダメージは通ったのになぁ!」

 

PoHはダガーで曲刀を防ぎ更に反撃を放つ。しかしその反撃は俺の残像を斬るだけでダメージにはならなかった。

 

「Hei、逃げてばかりじゃ勝負になんねぇぜ?」

 

「気にするな。時間はたっぷりある。」

 

俺は再度流水の動きでPoHを囲む。

そして周りを何人ものアオシが動き続けた。

 

その状態が10秒程はたっただろうか。PoHはようやく異変に気付いた。HPが一割程減っているのだ。

 

「shit!!」

 

PoHはその場から即座に離れ俺の様子を見ている。

 

「なるほど、動きながら曲刀を当たらせてやがったのか!ペインアブソーバーを利用しやがるとは!THE YELLOW MONKEY如きが!shit!」

 

いくら悪態をつこうが状況は変わらない。奴は俺をとらえられず俺は徐々に奴のHPを削れるのだ。

 

奴は何を懐に手を入れたと思ったら何かをこちらに投げてきた。

それは即座に破裂し辺りを煙が包む。

やがて俺ねHPバーの横にアイコンが付いた。……毒だ。

 

俺は即座にベルトポーチから解毒ポーションを取り出した。……その一瞬の隙をPoHはねらったのだと気付いた時は遅かった。

常に警戒はしていたつもりだったが奴は毒煙で姿を隠しながらソードスキルを発動させていたのだ。

 

俺を襲った三本の光のうち二本が俺の身体を斬り裂く。

痛みこそ無いがごっそりとHPを四割程を削り取ったそのソードスキルを受けた俺は今度はかなり吹き飛ばされ後ろの木に背中を強打し更に数%ほどHPを削り取られた。

 

「ハッ!どうしたどうしたぁ!?THE YELLOW MONKEY!もう一撃で死んじまうぜぇ?」

 

「まだ勝負は着いていないだろう。もう今のような手は効かん。俺を“殺す”気ならば毒霧ももう使えまい?」

 

「ふん。この状況から逆転出来ると思ってんのか?なめられたもんだぜ。」

 

PoHは即座に俺に肉薄し距離を詰めつつソードスキルを連発してきた。

上手く硬直時間に反撃出来ないように計算された攻撃には素直に感心するが俺が警戒せねばならないのは先ほどの3連撃のソードスキルだ。あれ以外は恐らく奴は避けられるのを計算に入れて攻撃しているのだろう。

そして俺がソードスキルを使用した事がないという情報も知っていると見て間違いあるまい。

こうして剣を交えればある程度人となりはわかってくるものだが奴からは侮蔑や殺意こそ伝わるが覚悟は伝わってこない。

……つまり奴はいちいち命のやりとりなど行う気は無く自分が安全に殺すことを目的にしているのだろう。

ならばまずはその自信を崩してやる。

 

そう考え、今まで見てシュミレーションしていた曲刀基本技“リーバー”を放つ。

多少驚いた様子が見られるが流石に危なげなくかわされたが奴は一気に距離を取った。

 

「おいおい……ソードスキルは使わないのがポリシーだったんじゃねぇのか?」

 

「ポリシーだなどといった覚えはないのだがな。そんなことよりもそんなに距離をとっていいのか?」

 

言いながらも既に流水の動きに切り替え奴を取り囲む。

 

「shit……仕方ねぇな。」

 

奴はダガーを構えたまま力を抜く。

油断は出来ない。今の俺のHPならばかするだけでも負けるが……。奴は隙を見つければ命を狩りに来るだろう。

しかし……

 

 

 

奴の背後、そこを通るときに発動させる。

 

御庭番衆式小太刀一刀流《回転剣舞・朧》

三本の剣撃が背中と両側面を斬るように走るこの技は流水の動きの中で放つことで威力こそ落ちるがかわすことはかなり難しくなる。

 

そして実際に奴のHPバーは五割をぎりぎりの所で割らない位置で停止した。

囲むように放った斬撃の衝撃波はPoHの身体を軽く持ち上げその場で転倒させたが奴は即座に起きあがってくる。

 

「……Hei、今のソードスキルは何だよ?曲刀にあんな技は無かったはずだぜ?」

 

「わざわざ敵に手の内をさらすわけがないだろう?貴様に教えてやるのは今のが俺のソードスキルで一番弱い物だと言うことだけだ。」

 

俺のセリフを聞いて奴から明らかに余裕が無くなっていることが見て取れた。

 

しばらく睨み合うと奴は何を考えたのか急に両手を広げる。

 

「ハ、つきあってらんねぇな。……リザイン。」

 

デュエルの勝敗が表示される。奴はダガーを指先でくるくると回すと腰のホルスターに収めた。

 

「お前の名前と顔は忘れねぇぜ。いつかぶっ殺してやるから楽しみにしてろや。」 

 

PoHはそう吐き捨てると闇の中に消えていった。

俺はそれを黙って見送る。正直このままデュエルを続けて奴が本気で殺す気になっていたらどうなっていたかわからない。

流水の動きや他の技もだが一度みた技に対しての受けの構えが変わっていたのだ。恐らくは対応してきただろうな……。

 

「……奴とは長いつきあいになりそうだ。」

 

俺はその場にしばらく残り奴のカーソルが俺の探索範囲外に消えるのを確認してから主従区ズムフトへと足を進めた。

久々に疲れを感じる……。

回復ポーションを飲みつつも今後を考え、イスケの得た情報を確認した後、アルゴに協力を依頼して情報を共有した方が良いだろう。

 

問題は攻略組に紛れ込んだ鼠をどう炙り出すかだな。

 

 

 

 

 

 

 

宿屋に着くとどうやら既に到着していたらしいイスケとアルゴが俺を出迎えた。

コタローに任せた少女も目を覚ましたようでナーザ達と宿屋の大部屋で待っているらしい。

 

 

大部屋に着いた俺は今回の事の顛末を話、PoHについては最大限の警戒をするように伝え、イスケからの情報を合わせた。

 

どうやら奴らのうち3人が攻略組に紛れているらしい。

そのうち2人は二大勢力になりつつあるリンド率いるドラゴン・ナイツとキバオウ率いるアインクラッド解放軍にそれぞれ二層結成時から紛れ、ボス戦での壊滅やレアアイテムの情報漏洩を主にしているらしい。

 

そして残る一人、へらへらした男らしいがそいつはこの三層から始まる大型キャンペーンクエスト中に両陣営が殺し合うように仕向けるつもりのようだ。

 

後、得られた情報は個人として奴らが上げた名に知っている名前が多々あったことか。

 

《ビーター》キリト、《お姫様》アスナ、《巨漢》エギル、《鼠》アルゴ、そして……《柳》アオシ

 

ちなみにキリトとアルゴ以外の通り名はほぼ聞いたことがないが奴らが勝手に付けているのだろうと納得しておく。

この五人に関しては上手くMPK、もしくはデュエルに持ち込みたいと言っていたそうだ。

 

これはデュエルについてもアルゴに危険性を広めて貰わねばならないな……。

 

 

 

とりあえず全員が状況を認識したがやはり攻略組にいる間諜については秘匿した方が良いだろう。

それとなくリンド、キバオウの両名にだけは伝えなければならないだろうが……。

 

問題はデュエルのようなプレイヤー同士の戦いについてだ。

基本的に今はデュエルを受けさえしなければ問題はない。

奴らも犯罪者色であるカーソルオレンジにはなりたくないから色々と回りくどい事をしているのだろうから。問題は奴らがそれを気にしなくなったときだ。

パーティーをフルで組み続けるならばともかくソロやコンビ、攻略組以外の駆け出しプレイヤー等も対応仕切れなくなる可能性が高い。

 

早々にコペルとも連絡をとって対人戦闘を慣れさせる様にした方が良いか。

 

まだ第三層、先は長いというのに……今更ながら今日仕留めておくべきだったと後悔する。

……今の日本で暮らして14年、俺も日和ってきているんだな。

 

最後に助けた少女について話し合った。

少女の名はユキナと言うそうだ。現在レベルは10に上がったばかりでこのあたりでレベル上げをしている所、足を踏み外して10メートル程上の崖から落下。岩壁や木を使ってどうにか事なくすんだと思っていたのに奴らに襲われるハメになったらしい。

 

またイスケの話では情報漏洩を防ぐために殺される所だったようだ。

ロープで簀巻きにされて放置されるのとデュエルを受けるならばどちらが良いと迫られていたようだ。

 

彼女についても暫くは1人にはならない方が良いだろうと行動を共にするように伝えると彼女は勢い良く頷く。

……アルゴが色々と言っているが相手をする必要はない。断じて。 

 

やがて夜も更け、今日はこれでお開きとなった。

なんでも明日の夕方には第三層攻略会議があるらしい。

そこまでにはギルド結成クエストは済ませておきたいところだ。

 

明日からまた忙しくなる。そう考えながらアオシは深い眠りにつくのだった。




原作とは少しずつ変わっていきまして今回PoHさん登場です。口調とか自信ないですけど……。
今後は原作にも関わりますが基本的にはラフコフ(まだ結成前ですが)との攻略水面下でのやり合いを多く描いていけたらなぁと考えています。

駄文でしょうがお付き合いいただけるとうれしいです。

あ、ちなみに今回出てきたユキナは電撃の某監視役を見た目と中身、戦闘スタイルでモデルにしますが別人です。記憶とかは無いのでご了承下さい。


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第三層攻略会議

感想、お気に入り登録ありがとうございますm(_ _)m本日もよろしくお願いいたした
※10月2日修正済み


翌日、俺達は駆け足でギルド結成クエスを済ませた。

幸運なことにユキナはβ出身で以前もこのクエストを行っており、前日よりも遥かに速いペースでクエストをこなせた。

おかげで攻略会議開始の一時間前にはギルドを結成する事が出来たのだ。

 

ギルド名“御庭番衆”

 

その理念は“人々と共にあり人知れず守護するもの”だがまぁそこは後々に行うしかないだろう。

人数を増やせばいいが下手なものは入れられないし入れたくはない。

少なくとも俺が見定めねば……。

 

メンバーは8人だがイスケには入団をしないように頼んだ。

このゲームでは所属するだけでHPバーにギルドアイコンが付いてしまうからだ。

 

イスケには本当の意味で隠密・御庭番衆として動いて貰いたいのだ。

おおよそ真っ当なプレイヤーでは取らないスキルを持ち情報収集をきっちりして貰う。

本当の意味で最重要なものだ。無論レベリングも大事なのでボス戦に参加しない分他のメンバー以上にして貰うことになるが……。 

 

ズムフトで装備を整えている際に知ったがユキナの装備している武器はこの層ではあり得ないほど強い武器だった。

固有名“セッカロウ”

他のメンバーの装備している武器のゆうに倍はあるそのスペックはレベルの低いユキナの攻撃力をギルド内で、もっとも高い物にするほどだ。

 

「ユキナ殿、その武器はどこで手に入れたのだ?我らの使う武器もそれぐらいの物に出来ぬだろうか?」

 

「えっとですね……この層から始まる大型キャンペーンクエストで《翡翠の秘鍵》って言うのが有るんですけどそこの鍛冶屋さんが低確率ですごく強い武器を打ってくれることがあるらしいんですよ。」

 

「ふぅむ……アオシ殿、会議の後に我らもそのクエストをやってみるのはどうだ?戦力は高いに越したことはあるまい。」

 

「……ユキナ、それは個人クエストなのか?」

 

「あ、いえ、私とパーティーを組めば後五人は参加できます。それにパーティーメンバーの入れ替えも一応効くと思いますよ。」

 

「ならば俺達も参加してもかまわぬか?」

 

ユキナはこくこくと頷き、オルランド達はかなり喜んでいるようだ。まぁ実際戦力は強化するに越したことはない。やつらへの対抗戦力として機能させなければギルドを発足させた意味がないからな。

 

攻略会議の時間となり俺達はズムフトの広場へと向う。

 

広場につき会議が始まる前にキリト、アスナ、エギルと再会を果たした。

どうやらこの層でもキリトとアスナはコンビを組んでいるようだ。

久々の再会で情報交換を出来るかと思っていたのだが……

 

「こ、攻略組唯一の女性プレイヤー!!あなたがアスナさんですか!?私、あなたの噂を聞いて前線で闘うことにしたんです!握手してください!!」

 

「え、えぇ!?あ、アオシ君この子どうしたの!?」

 

ユキナに手を握られ困惑の表情を浮かべながらこちらをみるアスナに両手をブンブン振るユキナ、更にはそれをほんわかと見ているキリトにエギル……。

 

「うちでしばらく匿いながらレベリングする事になったメンバーのユキナだ。」

 

「ん?……ギルドアイコン……ってことはギルドを作ったのか?」

 

「その事にも関係するのだが後で話がある。かまわぬか?」

 

「ん……あぁ、まぁ構わないけど……」

 

ちょうどそこでリンドが広場の中央に立ち会議を開始したのだ。

 

今回の会議の内容は単純にリンド、キバオウが率いていたドラゴン・ナイツとアインクラッド解放軍が正式にギルドになったという報告と募集だ。

 

「さて、現状この場に居るのは皆、うちのやキバオウさんのギルドの募集条件は満たしていると思う。どちらに所属して貰ってもかまわないが少し条件がある人たちがいる。」

 

リンドはそういい放つとこちらに視線を向けた。

恐らく……キリトの事だろう。

 

「キリトさん、アスナさん、それにアオシさん。あなた達3人が我々のギルドに入るなら……いや、より正確にはキリトさんは個人で、アスナさん、アオシさんはペアでしか我々は受け入れられない。キリトさんは一層や二層でLAをとっている上にプレイヤースキルやレベルも最高クラスだし、アスナさんも同じだ。LAをどちらがとっているのか分からない以上同じギルドに入られては拮抗している二つのギルドに偏りが出てしまう。アオシさんに関してはオルランドさん達と組んでいるしね。」

 

……何故俺にも話が飛ぶのかはよくわからないが恐らく今回はキリト、アスナの二人を分けたいのが本音だろう。俺の理由はエギルにも通じているのだから。

 

「えっと……そもそも俺はギルドに入るかつもりはないよ。それにアスナはLAはまだとっていない。だからその前提はおかしいんじゃないか?」

 

「いや、やはり攻略組の中で2人の実力は頭一つ抜けているだろう。だから入るなら2人は別々のギルドに所属して貰いたい。……だが、入らないならば確かに問題はない。ちなみに何故ギルドに所属しないのか理由を教えて貰えないか?」

 

「理由……っていってもなぁ……単に性に合わないってだけなんだけど……。」

 

「性に合わないとは団体行動がか?では自分で立ち上げる気もないと?」

 

「いや、メンバーですらやっていけるかわからないのに自分で立ち上げるなんて無理だよ。」

 

……なるほど。要はキリトがギルドを立ち上げないように釘を刺したいのか。

だがリンドよ、お前は分かっていないんだろうがキリトはともかく隣のアスナを怒らせているぞ。

 

彼女の纏うオーラが今まで感じたことのない程までに剣呑になっているのが少し離れている俺にもわかるのだ。キリトは流石に気付いているだろう。

何とかしてくれればよいが……。

 

「アオシさん、エギルさん達は所属しないのか?」

 

「悪いが俺も俺のパーティーメンバーもパスだ。俺達も性に合わないんでね。」

 

巨漢のエギルがそう答えるとリンドは頷きこちらを向く。

俺はリンドの方へ歩き出し中央に向かった。

無論他のギルドに属する気は無いがせっかくの機会だ。俺達、御庭番衆の意味を知らしめておくのも必要だろう。

 

「すまないが少し時間をいただこう。かまわないだろう?」

 

「なんや、急に出張りよって……ギルドアイコンやと……?」

 

「お前たちが宣伝しているのに俺のギルドが何も宣伝しないというのもおかしいだろう?」

 

正論で返した事もあり、2人は何も言い返さない。多少表情に面白くないと書いてはいるようだが……。

 

「つい先程発足したギルド“御庭番衆”だ。この場を借りて宣言しておこう。我々は人の道を踏み外す者達に対抗するために結成したギルドだ。故に募集条件も俺が信用できる者のみにさせていただく。もしも所属したい者は少なくとも俺に認められるようにこの世界を生きてくれ。以上だ。」

 

まばらな拍手を受けた後俺はリンド、キバオウの方に歩いていく。

幸い今は2人だけが広場の中央に居るので都合がいい。

2人にしか聞こえ無いほどの小声で2人に囁きかける。

 

「攻略組に鼠が紛れている。後で詳細を伝えるから内密に俺の宿屋に来い。」

 

そして自然に見えるよう3人のギルドマスターが並びそのまま会議はつつがなく終了した。

 

俺は2人にフレンド申請をしその場から離れ、キリト達の方へ向かう。

アスナのオーラが消えているところを見るとキリトはうまくやったのだろう。

 

そしてキリト、アスナ、エギルにも情報を共有しようと声をかけるとキリトが街の外まで来るように言うのでとりあえず着いていく。

 

ユキナを除くメンバーは狩りに行くようなのでキリト、アスナに俺が声をかけ同行しているエギルとなぜか着いてきたいというユキナが着いてきた。

 

 

 

 

しばらく歩きズムフトからでて少しだけ森を進んだところでキリトは止まりこちらを振り向く。

 

「ちょっと、どうしてここなの?別に話を聞く位の時間はあったじゃない。」

 

そういうアスナに何かキリトは耳打ちをし、アスナは一瞬目を見開いたが少し辺りを見渡して頷いた。

 

「それで情報っていうのはなんなんだ?」

 

「黒ポンチョの男の件だ。昨日の深夜俺達は奴らを発見し、ある程度の情報を得た。まず奴の名は“PoH”だ。デュエルを使って名前を確認したから間違いない。それに奴の目的だが恐らく攻略組の壊滅、もしくは疑心暗鬼にして攻略そのものの継続不可だろう。」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それで奴に何のメリットがあるってんだ?いくら何でも……。」

 

キリトが声を挟むのと同時にエギルも頷き続く。

 

「そうだな。デメリットの大きさに対してメリットが余りない。単純に愉快犯とかの方が現実的じゃないか?」

 

「既に第二層ボス戦の際に奴らは動いている。正直あの時おまえ達が無理を押して動かなければ壊滅していただろう。」

 

「え……!?それって……まさか!?」

 

「そうだ、奴の仲間が既に攻略組の中に最低でも2人、ひょっとしたら3人入り込んでいる可能性がある。」

 

「バカな……ここにはいるほどの高レベルな人間がそんな奴の仲間になっているのか!?」

 

アスナの問いに答えた俺に今度は信じられないといった顔をしたキリトが問い詰める。

 

「事実だ。それにPoHの方もプレイヤースキル、レベル共に確実にトップクラスだろう。実際奴が引かなかったら俺が死んでいたかもしれん。」

 

今度は3人が3人ともに驚愕の表情を浮かべる。レベルでいえば俺も攻略組の中でもトップクラスの人間だ。それを殺せる程の敵と言うのは脅威以外の何者でもない。

 

「だが……お前さんを殺そうとまでしたのなら奴のカーソルはもうオレンジだろう?それなら装備やアイテムの補充も出来ないしはずだ。それならその内力尽きるんじゃないか?」

 

「いや、今のところ奴らは殺す時はデュエルか第二層ボス戦のようにモンスターに襲わせる手法をとっているようだ。事実、俺とデュエルをしてお互いに相手を殺せる状態になった。」

 

「厄介ね。私達対人戦には慣れてないもの。でも……それならデュエルを受けなければいいのだし攻略組に紛れているのを見つけたらそれで終わるんじゃないの?」

 

「いや、アスナ、これはもっと深刻だよ。今後いずれはオレンジの回復手段が出るはずだ。そうなればヤツらはプレイヤーを狩り始めてしまう。更に仲間を増やしでもしたら……。」

 

「うむ。そうゆうことだ。無論、奴のプレイヤーネームは晒すつもりだが問題はキリトの言うように奴らがオレンジを気にしなくなった際にほとんどの人間が奴らに勝てないことが問題なのだ。」

 

「となると対策としては組織間の連携強化、それにプレイヤースキルの向上ってとこか?」

 

そう、奴らの狙いの一つ、攻略組の瓦解というのは組織間が争っている構図があるからこそのものだ。

組織同士が一丸となれば自ずと鼠も見つりやすくなるし、奴らも手を出せなくなってくる筈なのだ。

 

「この後リンド、キバオウとも話し合いの場を設けている。その場で現状を伝えるつもりだ。」

 

「でも……彼らが簡単に和解するというのは想像がつかないわ。多分躍起になって奴らを捕まえようとするんじゃないかしら?」

 

……確かにあり得る。

 

「いや、そんな事をして攻略を疎かにはしないだろう。彼らは良くも悪くもディアベルの影響を強く受けている。攻略での競い合いはしてもプレイヤーを追い回すのに本気にはならないはずだ。まして自分たちの懐にスパイがいるんじゃ尚更だよ。」

 

「ふむ……伝え方には考慮しよう。後は……ユキナ、お前の武器を彼等に見せてくれ。」

 

「あ……は、はい。」

 

ユキナは、背中に背負っていた盾ほどの大きさの金属板を取り出し柄に当たる場所を引き抜くと肉厚で刃の大きな槍へとその姿を変えた。

そしてその槍のスペックを披露する。

 

それをみたエギルは感嘆の声をあげる。

しかしそれをみたキリトとアスナはお互い目を合わせて頷き合いアスナは腰の細剣を取り出す。

 

固有名《シバルリック・レイピア》

 

ユキナの槍“セッカロウ”と変わらぬ性能を誇る武器のようだ。

 

「貴女もこの槍はエルフの野営地の鍛冶屋さんで?」

 

「は、はい。でも稀にって話だったからまさか他にも持っている人が居るとは思いませんでした。」

 

「私達も検証は出来なかったのよね。何でも頭ごなしな依頼や不心得な依頼だとなまくらしか作らないらしいし。」

 

「とりあえず俺のギルドの者が全員作る予定だ。多少は確率もわかるだろう。」

 

確かに出来れば検証は必要だろう。だが情報についてはあまり広めることはしたくはない。

 

「本当ならさっきの会議中にその話もしたかったんだけどな。悪いけどアオシ達に任せるよ。」

 

「……すまないが広めることはあまりしたくはない。敵の武器の強化にも繋がるのでな。」

 

「そこは俺が見極めよう。これでも人を見る目は多少はあるつもりだからな。」

 

 

とりあえずの情報交換を終えた俺達はそれぞれ帰路に着いた。

 

ちょうど帰路に就くところでキバオウやリンドからメッセージが届いた。どうやらこれから宿屋に向かうそうだ。

少し急ぎながら宿屋に戻るとまだメンバーは戻っていなかった。

 

「俺は今からリンドとキバオウとの打ち合わせをするがお前はどうするのだ?」

 

「じ、邪魔じゃなければご一緒しても大丈夫でしょうか?」

 

「ふむ……ならば着いてこい。長くならなければその後レベリングを行うとしよう。武器のスペックのみではボス戦には心許ないのでな。」

 

 

宿屋につくと既にリンドとキバオウが待っていた。

2人で言い合いでもしたのか少し険悪なムードが漂っている。

俺は2人を部屋に招き入れ、同席したいというユキナについても被害者として紹介し、今は俺達が匿っていることを伝えた。

 

そして俺からの情報を伝えると2人は少しの間黙っていたがやがて口を開いた。

 

「つまりは現状では誰かわからないっちゅうことなんやな?せやったらまずはPoHに警戒して攻略戦で炙り出すしか無いんやないか?」

 

「現状ではキバオウさんの意見に同意するしかないな。俺達のギルドをぶつけようっていうのも今となれば炙り出すきっかけにしかならない。逆に聞きたいんだがアオシさんはそもそも奴らの話を信じるのか?アオシさんの仲間が聞いたと言っても疑心暗鬼を強めるために奴らがわざと話したかもしれないじゃないか。」

 

「ふむ……確かに可能性は0では無いだろう。しかし無視するわけにはいくまい。それゆえにお前たちや個人として狙われている者にしか伝えていないのだがな。」

 

「せやなぁ……かんがえとぉないっちゅうんが本音や。とはいえアオシはんの言う通り無視はできひんやろ。」

 

「ならば仲間割れの可能性のある際にはコイントスとかの決めごとは必要かだろうな。」

 

 

ある程度ではあるがお互いの譲る部分を提案した2人はそれで話を終え、部屋を出ようとした。しかし……

 

「あ、あの!まだもう一つあります。1人だけ私に無理矢理デュエルを仕掛けた男の名前何ですけど……“モルテ”って名前でした。お二人のギルドには……?」

 

その名を聞いた2人の表情は一気に青くなった。……このゲーム、顔色の表現は流石に過剰だと思うな。

 

2人はウィンドウを開くと何かを調べていた。

 

「やられた!ワイのフレンドに居たのに消されてもうてる!」

 

「俺の方もだ!くそっ!」

 

……どうやら両陣営を衝突させる為の伏兵だったようだ。

捕まえられなかったのは残念だがこれでPoHの手が少し遅れるのはありがたい。この2人も流石に現実にこんな事が起きれば事の重要さを真剣に考えてくれるだろう。

PoHの手を潰すためにも出来るだけ情報を仕入れ流す事を2人に伝え、リーダー会議は幕を閉じた。

 




次で三層は突破予定です。
更新遅くなり始め申し訳ありません。


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翡翠の秘鍵

お気に入り登録増加うれしいです。
本日分投下いたします。
※10月2日修正済み


リンド、キバオウが去った後、約束通りユキナを連れレベリングを行いにギルド結成クエストで訪れた事のある蜘蛛モンスターの巣の洞窟に訪れた。

 

彼女の戦闘はヘラヘラした男、モルテとのデュエルしか見ていなかったがなかなかに身のこなしも良く、槍の攻撃力とあいまって危なげのないレベリングを行えている。

 

「ふむ……その身のこなしならばもう少し先にいるネームドボスを狩るのもいけそうだな。」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

いい返事をして付いてくるユキナと共にこのダンジョンのボスを狩る。

ボス戦でも俺はさほど手伝う必要はないようだ。元々βテスターだったこともあり、動きに無駄がない。これならばボス戦でも十分な戦力になるだろう。

 

俺達はちょうど1づつレベルを上げ宿屋に戻った。

ナーザ達も同じく狩りを終えたようで宿屋で合流し、明日はユキナのパーティーとして翡翠の秘鍵クエストに参加することになった。

そして深夜……俺はまだメンバーに話していないスキル《創始者の心得》の熟練度上げを行う。

このスキルについてはアルゴに検証を頼みはしたが俺のようにソードスキルを使わずに前線で戦うような者は居ないため1から検証するそうだ。

またこのスキルの熟練度上げは自らが作ったソードスキルを使用しないと上がらないようで熟練度が上がるとどんな効果が有るのかも未だ不明だ。

 

今、俺は曲刀を二本装備している。この世界では両手に武器を装備することそのものは不可能ではない。その代わり一切ソードスキルが使用できなくなると言うデメリットが発生する。

俺はこのスキル《創始者の心得》で過去に使っていた小太刀二刀流が使用できるのかを試したかったのだ。

もっとも肉体的スペックの問題で“回転剣舞・六連”は恐らく無理だろうが……。

 

試した技は“呉鉤十字”二本の小太刀を鋏のように使い、相手を斬り付ける技だ。過去の自分の技に比べればやはり瞬間的速度が遅い。

そして体感した感覚と同じ様にソードスキルの発動はなかった。

一応他の技も試してみるもやはり不発。肉体的スペックのせいなのかそれとも熟練度か、はたまたシステム上不可能なのかは分からないがとりあえず現在俺が使用できるソードスキルは片手武器一本、つまりは回転剣舞、回転剣舞・朧、回転剣舞・剛の3つのみになるようだ。

3つとも元々使用していた技の上、スキルのおかげでシステム上の硬直は無く、充分実戦に使えるができる限り奥の手は隠しておきたい。

 

深夜も遅く熟練度も10程は上がったところで宿屋に戻る。

そして約三時間ほど睡眠をとった。

 

 

 

次の日の朝、ユキナの案内で黒エルフの野営地に来た俺達はユキナと行動を共にするというエルフに引き合わされた。

そのエルフが敵であるらしい森エルフの鷹使いに襲われていたところを助けた所このクエストが始まったらしい。

何でも本来は黒エルフと森エルフの2人の剣士の戦いに介入する事で始まるクエストらしいが何故か違ったルートからの参加してしまったらしくおかげでβ時代の知識も役に立たず苦労しているらしい。

ただその代わり黒エルフ“ティルネル”が仲間に加わり、ダメージを無制限に回復するポーションを格安で売ってくれるとの事だ。また戦闘中にも回復や解毒を行ってくれるらしい。

 

ならばそのポーションの転売で儲かるのでは?と考えたがこのポーションはエルフのまじないで本人にしか効果はなく売ることもトレードする事も出来ないそうだ。

 

とはいえ恐らくかなりの上層でしか手に入らないだろう全快復のポーションはかなり重要だ。少なくとも買えるだけ買っておく方が良いだろう。

 

ティルネルが加わり、ユキナ、オルランド、クフーリン、ベオウルフ、ナーザ、そして俺の7人はまずは素材をしっかりと集めていたことを確認し鍛冶屋に向かう。

 

「す、すいません……あの、僕のこのチャクラムをインゴットにして貰えますか……?」

 

かなりずんぐりとしたまるでドワーフのようなエルフの鍛冶屋はフンッと鼻息を一つしナーザからチャクラムを受け取る。

 

受け取ったチャクラムをインゴットに変えた後にナーザから残りの素材を受け取り、武器の生成に移った。

どうやらチャクラムから作ったインゴットを使えば同じくチャクラムを作れるらしい。

 

やがてかなりの鎚音が響いて出来上がったチャクラムはアスナやユキナの武器ほどではないもののかなりの強さであろう武器のランクになった。

 

その後も特にすごく強い武器ではないがそこそこ強い武器を手に入れた。

ちなみに俺の曲刀は作成された中では一番低いスペックではあったが形が気に入った。

刀に比べれば若干反りは強いが他の曲刀に比べれば遥かに刀らしい。

固有名“サムライブレード”名が示すように刀をモチーフに作られた曲刀なのだろう。しかも基礎スペックこそ低いが強化枠は20とかなり多い。聞けば本来強化枠とスペックは比例するらしいので特殊武器に分類されるそうだ。

 

多少の強化を終えた俺達はそのままユキナ版の翡翠の秘鍵クエストを始める。

 

何でもユキナの話では次は七つ目らしく後4つのクエストでクリアできるらしい。

クエスト内容は収集、ポーションの材料をそれぞれ50ずつ収集するソロでやるにはかなり面倒な内容のものだ。

最も今回はフルパーティ、一時間程度で片付ける。

 

続く8つ目は護衛だった。ティルネル達薬師がポーションを作る為に向かう洞窟間での往復の道のりを護衛するといった内容だ。薬師達はHPがとても低くかなり難易度の高いものだった。実際、10人居た薬師のうち3人を戦死させてしまった。

残る薬師達は気丈に振る舞いポーションを作ってクエストはクリアとなった。

 

9つ目は戦闘だった。ポーションを盗むために来る森エルフの大部隊を野営地に入れさせずに殲滅するというクエスト。正直大部隊の人数も50人と普段では有り得ない敵の数からかなりの激戦となる。

 

黒エルフの偵察部隊によると敵の構成は鷹使いが主力で回復部隊が10人だそうだ。

鷹使いはアルゴの攻略本ではイベントエンカウントしかしない三層最強のモンスターらしい。

名前の通り鷹を第2の武器として扱い空と地上からの連携攻撃が厄介な敵だ。

この敵の対処としてアルゴが上げているのは鷹を投剣スキルで落とす事となっている。

鷹は攻撃力は最低クラスだがこちらの攻撃やソードスキルを中断させる特殊能力を持つ。無論独立してはいないので鷹使い本人がやられれば一緒に消えはするが1対1ならともかく多数を相手にするならリスクが高すぎるだろう。

鷹をナーザにまかせるのが最も危険が少ない。よってこちらの作戦はナーザを残り4人でガードしその隙に鷹を潰す。

俺は一度に全ての敵がこないよう遊撃しつつ出来るだけ回復部隊を潰す作戦になった。

 

 

戦闘は作戦通りに進み、こちらの損害は0に抑えつつ敵の大部分を倒すことに成功した。

残り10人程になると奴らは撤退したのだ。正直此方も壁に慣れてないユキナがHPを危険域まで落としたことがあり追撃は行わなかった。

それでもクエストはクリア、俺を除く全員がレベルを上げ、ユキナに至っては2レベルも上がっていた。

 

 

そしてこの層の最後のクエスト内容は宅配系クエストで作成したポーションを他の野営地に届けると言うものだった。

 

一緒に付いてくるティルネルと共に後二つ有るという野営地へ赴く。

 

1つ目の野営地に半分、そして2つ目の野営地では俺達は知り合いに遭遇した。

 

「ア、アオシ!?なんでこのインスタントマップに!?」

 

「キリトか……翡翠の秘鍵クエストをしていてな。ここに全快復ポーションを宅配してクリアなんだ。」

 

「アオシ君達もこのクエストしてたのね。私達はちょうど今この層のクエストを終わらせたの。次の層ではまたやるけどね。キズメルと再会の約束もしたんだし。」

 

「……待ってください。キズメルってまさかダークエルブンロイヤルガードのキズメルですか!?」

 

「そうだけど……君は?」

 

「私の名前はティルネル、キズメルの双子の妹です!姉上はどちらにいるんですか!?」

 

「ティルネルさん!?アナタが!?だって……あ、そうね、キズメルは第四層の黒エルフの砦に行ったわ。なんでも森エルフとフォールンが手を組んでいるのを見て焦りがあったみたい。」

 

アスナは何かを言おうとしたがキリトが無言で遮り、ティルネルの聞いてきたキズメルという黒エルフの行き先を教えた。それを聞いたティルネルは黙り込み暫く考えたかと思ったら急にこちらを向く。

 

「すいません、皆様。私はこれよりこちらの司令官とお話をして残りのポーションを上層の砦に届けます。皆様には申し訳ないのですがその事を私達の野営地の司令官に伝えていただけますか?きっと報奨が頂けるはずですから。」

 

「あ、はい!でもティルネルさん。1人じゃ危ないんじゃ……?」

 

「大丈夫です。それに上層に上がるための霊樹の門はリュースラの民にしか使えませんから。」

 

そういうとティルネルは司令官のいる建物に入り、その後すぐに光の柱の中を通っていった。

 

「キリト、先程アスナの言わんとしたことはなんだ?おまえ達は何に驚いた?」

 

「俺達と一緒に行動したキズメルの話ではこの層に降りて最初の戦でティルネルさんは鷹使いに殺されてしまったらしいんだ。」

 

「……つまりゲーム内での矛盾ですか。」

 

本来ならばひと月前に死んでいたはずの妹が助かるフラグがたつ。というよりも恐らくは繰り返し行われることなんだろう。現実との違いがここをゲーム内と強く思わせる。

そう、ここはリアルではあるがやはりゲームなのだ。だが、だからといってそう考えるのは危険しかない。……現実と同じく死ねば死ぬのだから。

 

キリトから予定では今日の夕方攻略会議があり、早ければ明日にはフロアボス戦が有ることを伝えられる。

俺達はしばらくの間野営地にこもり、抜けているコタロー、イスケにもPoHの動向調査を依頼していた為、その情報は知らず、かなり助かった。

 

 

キリト、アスナと別れた後俺達も翡翠の秘鍵クエストをクリア、報奨のコル、経験値の他にマジックアクセサリー“翡翠の指輪”を人数分もらう。スキル熟練度の上昇に僅かにボーナスが付くものでかなりのレアアイテムである。

さらにフロアボスの情報をもらう。

 

ボス固有名

“ネリウス・ジ・イビルトレント”

巨大な樹木型のモンスターでHPが減ると広範囲毒化スキルを使用する。

また取り巻きは居なく、防御力が高いが身体の至る所に有るコブが弱点だそうだ。

 

 

俺達はコタロー、イスケ分の武器も鍛冶屋に作ってもらい野営地を後にした。

作成された武器は攻撃力もそこそこな上にコタローは毒の付加効果、イスケは麻痺の付加効果付きというかなりのものに仕上がった。

 

続く攻略会議ではキバオウからキリトに情報提供の促しがあり、キリトは毒に気を付けるよう言われたことを伝えた。

 

そこに付け足す形で俺もフロアボスの情報と翡翠の秘鍵クエストの特殊版について、更にエルフ野営地での作成武器の有用性についての情報提供を行い、会議は終了。

 

会議後コタローからPoHの動きについて報告があったがそっちに関しては進展はなくイスケもモルテという男がキリトとデュエルしたことの報告のみだった。

 

ボス戦は会議の翌朝に開かれ、特に危険な場面もなく一時間足らずで攻略し、第四層への扉が開いた。

……今回の攻略戦でも不穏な動きをする者が現れるものと考えていたが杞憂に終わり全く問題無く攻略戦は終了。

 

……恐らくは今回表に出たことで暫くは身を潜めようと考えたのではないかと推測する。

不安を残す形のまま俺達は第四層へと足を踏み入れるのだった。




ティルネルさんの生存ルートは作ってみましたがよくよく考えると秘鍵の秘鍵は一度もみれてないですね。
四層以降はオリジナルの想像と今までよりも一層辺りの話数は減らそうかと考えています。
とりあえずどこまで飛ばさずに書いていけるかは自信有りませんがお付き合いの方よろしくお願いします。


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第四層
情報屋


今回は視点が変わります。混乱させてしまったらすいません。
※10月2日修正済み


お頭達が第四層へ到達し攻略を始めた頃、拙者は鼠のアルゴと行動を共にしていた。

 

元々コタローと共に忍者として戦うつもりでいた拙者でゴザルがお頭より承った指令は忍者本来の諜報活動……ビルド的にはむしろこちらのが向いているのも確かでゴザル。

 

拙者は指示のあった要監視者の内、名のしれているPoHとモルテを探していたがなかなか見つけられない。

鼠のアルゴと違いネットワークの無い現状では効率が悪いでゴザル。

 

拙者はそう考え鼠に情報屋のノウハウを学ぶためにこうして行動を共にしているわけだが……アルゴはその行動の全てが情報屋としての動きしかしていない。…………にも関わらず、ノウハウはさっぱり分からないでゴザル…………。

 

「まだ着いて来てたのカ。オレっちの索敵にもかからずに隠れる隠蔽スキルはスゴいけどそもそも情報屋は面割れする仕事ダ。イスケには向かないヨ。」

 

「しかし諜報も忍びの任務でゴザル。お主の技術、話術、洞察力は必須と考えるのでゴザルよ。」

 

「ふ~ン……ま、良いけどナ。でもオレっちの仕事の邪魔になるなら全力で撒くからナ。」

 

そう言いながら走り出すアルゴを追いながら自分に足りない物を考えるもよくわからない。いや、それを知るためにも今はアルゴと行動すべきでゴザル。

 

 

 

 

アルゴは考える……めんどくさい。正直情報を扱う以上機密は絶対なのニ。暫くは直接の情報収集は最低限にしてアー坊のスキル検証を主に行うしかないナ……。

そう考えながら始まりの町にいるー二層時点ではーネズハに次いで鍛冶スキルが高く、恐らくはそろそろNPC鍛冶屋を抜いたであろうプレイヤー鍛冶屋リズベットを訪ねた。

 

「やぁリッちゃん。調子はどうかニャ?」

 

「アルゴ……その呼び方はやめなさいって言ってるじゃない。だいぶ鍛冶スキルも上がってきたしもう少しで前線でも使える武器を作成出来るようになるわよ。」

 

……相変わらずイスケの姿は確認できないナ。素顔でこうゆうプレイヤーとの繋がりを作ればアー坊の依頼もこなせるようになるだろうにと考えながら話を進める。

 

「それは良かっタ。ならオレっちにクローとそれと同レベルの短剣を作成して貰えるかナ?」

 

そう言いながら必要数の素材と相場より少し高めのコルをトレードウィンドウに入力して提示する。

彼女としてもリズベットのようなプレイヤー鍛冶屋や雑貨屋のような生産スキルプレイヤーは貴重な情報源になるため投資は惜しまない。

 

「良いけどアンタ、短剣スキルなんて持ってるの?クロー使うなら必要ないでしょうに。」

 

「ん~……オレッちは使わないんだけどね。まぁ依頼の一環だヨ。ちなみにこれ以上は情報料1000コルだナ。」

 

すると即座にリズベットは1000コルを支払う。

これにはアルゴも驚いたようで目をパチクリさせた。

 

「見くびってもらっちゃ困るのよね~。駆け出しとはいえ私はこの仕事に誇りを持ってるんだから。さぁこれで話してくれるのよね?」

 

「にゃハハハハハ。良いネ。オレっちそうゆうの大好きだヨ。これは検証の為に必要なんだよネ。ソードスキル禁止での縛りプレイの検証だから質のいい装備が必要なのサ。」

 

「し、縛りプレイって……デスゲームになったここでそんな事してる奴居るの!?」

 

「ま、縛りでやるのは15~20までだけどネ。依頼してきた奴は15だったから多分それ以降はないだろうサ。」

 

「ふ~ん。それで短剣は誰が使うのよ?」

 

「シリカってプレイヤーだナ。というかリッちゃんにとってはこっちの使用者の方が知りたいんだロ?」

 

リズベットはもちろんとばかり頷いた。

とりあえず素材、代金を置いて短剣使いになる予定の少女、シリカと合流すべく歩を進める。

 

シリカは今回依頼するまでずっと宿屋で泊まり、流石にそろそろ手持ちのコルがなくなってしまったプレイヤーだ。

本来ならばその後は本人がどうするかを決めるのだが、ちょうどフィールドに出てないまっさらなビギナーを探していたアルゴが声をかけたのだ。

ちなみにシリカにした理由はその容姿にあった。教会に暮らしている子供プレイヤーよりは若干大きいが明らかに若く、見た目からいって12、3歳といったところだったのだ。放っておいて暫くすれば誰かが連れ出すだろうが、この街に残る連中は基本的には自分達を危険に晒すことはしない。

故にいざとなれば囮や餌などにされてもおかしくなく、逆に自分に対してそういった事をしてくる可能性も極めて低いと踏んだのだ。

 

やがて待ち合わせ場所にビクビクしながら近付いてくるツインテールの少女の姿が見えた。

 

「オ~イ、こっちだヨ。」

 

手を振りながら近付くとシリカはぺこりと頭を下げた。

 

「あ、あの……よ、よろしくお願いします……。」

 

ぎこちない挨拶をしたシリカを連れ、再度リズベットの店に向かう。

……恐らくはイスケも着いてきているんだろうが気にしない。気にしても仕方ない。

 

待ち合わせ場所からさほど遠くない位置にあるリズベットの店につき、依頼の物を受け取る。

 

「こちらプレイヤー鍛冶屋のリズベット、こっちは今回一緒に回るシリカだヨ。」

 

「あ、あの、よろしくお願いします。シリカです。武器大事に使わせてもらいます。」

 

「いや、それはありがたいんだけどさ、シリカ……だっけ?レベルはいくつなの?縛りプレイ出来るように見えないんだけど……。」

 

「当然1だヨ。じゃないと検証にならないんダ。もちろん最初はお使い系の経験値の良いクエでレベルを3位は上げるけどナ。」

 

「……ねぇ、あたしもついて行っちゃダメ?目標レベルまでは上げるんでしょ?」

 

「……ん~……まぁ良いけどナ。リッちゃんは今レベル10だったよネ?自分の身は自分で守ってくれるならオレっちとしては戦闘メンバーが増えるのは嬉しい限りだネ。」

 

ちらりと辺りを見渡し恐らくは聞いているであろうイスケにもそう伝える。

確かイスケは14は有ったはずだ。一応戦闘要員に6人ほど人格のいい連中を雇ってはいるが彼らも確かリッちゃんと同じく10前後だったはずだし……。

 

 

とりあえず2人を引き連れて転移門を経由して第二層に向かう。

主に二層主従区で受けるクエでシリカは3位には上がるだろう。

主従区に向かった後、昼から夜にかけての七時間で立て続けにクエストをクリアする。ついでにリッちゃんの素材集めに使えるクエストもクリアし4つこなした所でレベルは4まで上がった。4つ目の収集クエはフィールドに出るため他よりも経験値が多く、3から4ならば一度で上がる。

稼いだ分のコルを第四層で購入出来る防具一つに変え(最も安い物だが……)宿屋に泊まった。

 

深夜オレっちの元にメッセージが届く。

差出人は……キー坊か、どうやら情報を買いたいらしい。

《今から行くから待ち合わせ場所に30分後ナ。》

 

簡単に返しベットから出て索敵スキルを発動させる。……どうやらイスケも隣を借りて寝ているらしい。

 

ベットを素早く出て物音を立てずに部屋を出て転移門でキー坊の待つ第四層主従区ルフランへと向かう。

主従区の転移門そばのNPCハウスが待ち合わせ場所だ。

どうやらキー坊はまだ着いていないらしい。

 

待つこと5分、キー坊が現れた……アーちゃんと一緒に。

 

「悪い、待たせたか?」

 

「十秒の遅刻だナ。……それにしても……。」

 

キー坊とアーちゃんを交互に見てからやはりというか……この2人はずっとコンビを組んでるんだなナと考える。

 

「違うぞ。」

 

「違いますからね。」

 

2人とも全く同じタイミングの発言。息もぴったりだナ。ほんわかと笑顔がにじむ。

 

「まぁ良いけどナ、それで何を聞きたいんダ?」

 

「キバオウのところにいるジョーさんについて聞きたい。一層、二層、三層に続いてここ四層でも火種を撒いてるんだ。今のところキバオウが抑えているようなんだけど今後も続くようなら警戒しておきたい。」

 

「私はリンドさんの所にいるジンさんの情報が欲しいわ。二日前にリンドさんに頼まれてこの人と2人リンドのメンバーのパーティーに入ってフィールドボス戦に参加したんだけどその人その戦闘で計3回私とこの人を含む3人に誤って斬りかかっているの。」

 

「ちょうど昨日アー坊もその2人の情報を買ってたナ。先ずジョーは通称だ。本名はジョニー・ブラック。キー坊の言う通り毎回扇動をしているナ。小さなところでも何度も扇動をしているから特に目立つ奴ダ。とはいえ今の所犯罪らしい犯罪は犯していなイ。扇動についてはギルドマスターであるキバオウにも注意を促しているヨ」

 

それを聞いたキー坊からはジョニー・ブラックと呟く声が聞こえる。

 

「さて次にアーちゃんの依頼してきたジンだけど、こいつもジンは通称、本名はジンエだな。第二層フィールドボス戦後にリンドのドラゴン・ナイツに入隊。入隊前はよく半減決着のデュエルでプレイヤーとの戦闘を繰り返していた戦闘狂で何度かプレイヤーのライフを一割以下まで削ったこともあるナ。同じくリンドにも注意を促しているゾ。」

 

2人はしばらく考え込んでいた。しかしやがて考えがまとまったのか顔を上げる。

 

「悪いな。これ、情報料だ。」

 

2人がコルを払おうとするのを手で制する。

 

「2人とも軽装タイプだロ?一つ前に使わなくなった防具とか無いか?特にアーちゃんの。」

 

「あ~……というか明日の朝新調するんですよ。だから今装備してるやつなら……。」

 

「それは助かるナ。それを情報料として貰えるかナ?」 

 

アーちゃんからは胸当てを、キー坊からは何でも四層のMobからのドロップ品のブーツを貰い2人とは別れタ。

 

恐らくは今、攻略組の内部にいるというPoHの仲間を割り出そうとしているんだろうナ。

 

アルゴは自分の泊まっていた宿屋に戻ると隣のイスケの反応が消えているのに気付いた……が、出る際に気付いていなかったイスケが移動している自分を尾行できるはずもないナ。よし、寝よウ。

 

 

次の日キー坊とアーちゃんからの貰い物をまとめてシーちゃんに渡し装備させル。

これで+2程度のレベルの底上げにはなル。アーちゃんのはそこそこ強化されているシ。

 

2人ーと多分1人ーを連れ、待ち合わせしている場所に向かう。

昨日ようやく無理をして組んだというギルド“風林火山”にシーちゃんのレベル上げを手伝ってもらうように依頼を出しておいたのだ。

 

ギルドリーダーのクラインのお兄さんは人となりが良く信頼できる人物ダ。

 

 

「お、アルゴじゃねぇか!お、その子達が依頼にあったレベリング対象かい?」

 

「ヨ!クラインのお兄さんの言う通り……って言いたいところだけどナ、依頼したレベリング対象はこっちの小さな方の子だヨ。」 

 

「よ、よろしくお願いします。シリカといいます。」

 

「おらぁクラインってんだ。よろしくな、シリカちゃん。」

 

こうして9人の大所帯であることを生かしあまり知られていない第三層のレベリングスポットへと向かった。

ちなみにクライン達への報酬はレベリングスポットの情報とギルドクエストの情報、更に日当10000コルを支払う事になっている。

 

予想ではレベリングスポット二つ~三つも潰せば確実にレベルは足りるはずだ。

うまく進めば1~2週間程度だろう。

 

四層が開通して今日が三日目なので攻略の進み次第で5層にはレベリングは間に合うはずだ。

そう考えながらレベリングを進めるのだった。

 

 

 

 




四層から暫くは一話アルゴ達MORE DEBAN組が一話、アオシ達攻略組が一話で進めていきます。

また評価の方とても嬉しいです。より良い評価が付くように頑張らせていただきます。


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第四層攻略戦

お気に入り、感想、評価までありがとうございます。
第10層まではオリジナルとなります。色々と原作にはないソードスキル等でますがご容赦いただければと思います。
※10月2日修正済み


俺達攻略組は第四層に着いて4日目には既にフロアボスの部屋へとたどり着いた。

前の層よりもより早く攻略が進んでいるのはこの層のキャンペーンクエスト“翡翠の秘鍵”第四層版がたったの3行程で終わってしまったからだろう。

 

内容(俺達は正規とは別なので正規ルートでは何をしたかはしらないが……。)は先ずはティルネルと合流する為に霊樹の門へ行き襲われていたティルネルを救出、そのままティルネルを連れて砦に着いたら指揮官から作戦(森エルフから秘鍵を奪う本隊のための陽動。)に参加するよう言われ、敵部隊と交戦し、作戦成功後、ティルネルを本隊に連れて行く任務を行った所で第四層翡翠の秘鍵クエストは終了した。

 

ちなみにまたもやキズメルとはすれ違ってしまい、ティルネルはキズメルを追って第五層に先に行ってしまった。

 

そんなこんなで初日の深夜にクエストを終えた俺達は同じくクエストを終えたキリト、アスナと再会し、手に入れたフロアボスの情報を交換した。それによるとこの層のフロアボスに変更はほとんどなく、以前との違いは防御力が高いという情報だけだった。

その後は俺達も攻略に尽力した。その結果二日目にはフィールドボス戦を終え本日の夕方、キバオウ率いるアインクラッド解放軍がフロアボスの部屋を見つけたのだ。

 

そして恐らくはこの後ボス戦へ入るだろうが1つ懸念がある。

二日目に終了したフィールドボス戦での事だ……。

 

 

 

 

四層フィールドボス“シャドー・ザ・ヒューマン”

 

討伐パーティーの数だけ増えたそのボスを今回7パーティーで相手どったのだがメンバー全員と全身が黒い以外は全く同じ姿、動きで襲いかかってきたボスに全員混乱し、大部隊戦は混沌の中で進む。

かなりのステータスと厄介さを持つボスだったがソードスキルを一つしか使えず、プレイヤーと違い応用は効かない所と、ボスにしてはとても低いと言えるHPが救いだった。

とはいえコピーしたプレイヤーと同じレベルの回避や攻撃速度の速さ、体裁きは十分すぎる苦戦を攻略部隊に強いている。

 

 

 

ほとんどの者はそれぞれ自分とは違う敵を相手取る事で戦闘スタイルの隙をつくようにしているが、それでもリンドやキバオウのような強いプレイヤーの影には特に手こずっているようで押され始めていた。

 

そんな中、自分自身を相手にしているプレイヤーが3人、キリト、アスナそして俺は他のプレイヤーへ自分の影がいかぬように闘いを進めていた。恐らくはこの3人の影を放置すれば他のプレイヤーへの被害を多大に出してしまうだろう。

 

元々アルゴの攻略本やキリトの情報ではこのボスはパーティーの中で一番レベルの高い者1人にしかコピーをしない為、多人数での攻略が推奨されたのだが……。

 

「これではフロアボス以上だな……。」

 

「アオシさん!ナーザさんがクフーリンさんのシャドーにやられそうです!どうしますか!?」

 

「ユキナはナーザと2人でクフーリンシャドーを倒せ。その間は俺がオルランドシャドーを受け持とう!」

 

パーティー内で唯一手のいらなそうなのは後方支援タイプのナーザシャドーを相手をするクフーリン位だろう。ベオウルフ、オルランドは指示される前にペアを組んで対処しているようだ。

 

ちらりと辺りの様子を見ると他のプレイヤーも同じようにペアで対処しているようだ。2対2の戦闘ならば安全性は増すだろう。

キリトもアスナも手こずってはいるようだが2人が組み始めてからはかなりの連携精度を発揮して高レベルの応酬を繰り返しているようだ。

 

 

逆に俺は2人を相手にしては勝ち目はない。ユキナとナーザが早く倒してくれる事を祈るしかないな……。そう考え目の前の敵に集中する。どうやら俺のコピーはソードスキルを曲刀カテゴリー基本剣技“リーバー”しか使えないようなのでワザと発動させて隙をつきつつ、もう一体に攻撃を加えていく。こちらのプレイヤースキルは出来るだけ隠したかったが使わなければ確実にHPを削られてしまう。

 

流水の動きで実体をくらませつつ通常攻撃を放ち少しずつオルランド・シャドーのHPを減らすがやはり自分の影だけあり、俺のコピーは流水の動きに対しても的確に攻撃を当ててくる。

恐らくはあのソードスキルを使ってもオルランド・シャドーを倒すまでに全体の七割は持って行かれるだろう。いや……もし俺の影がこちらのソードスキルに対してソードスキルを合わせてくれば倒す前にやられる可能性も……。

 

そう考え極力防御に徹する事にした。武器を上手く使うことで攻撃を逸らし、弾く。とはいえかなりまずい状況だ。このままではいずれ……。

 

そう考え始めたとき、俺の背後から隙間を縫うかのように肉厚の槍が放たれオルランド・シャドーのライフを大きく削る。

更に俺に攻撃しようとしていた俺のシャドーも飛んできた武器に腕を捉えられ中断される。その隙をねらい俺は素早く四度の斬撃を撃ち込んだ。

 

体勢を崩したアオシシャドーを追撃の技が襲う。ユキナの放つ槍のソードスキル“インパクトストライク”だ。彼女はセッカロウ固有のソードスキルであるストライク系のソードスキルを操る。

それの威力は斧並み、更に刺突の速度はアスナのリニアーに迫るほどのものを持つ。

しかし単発ソードスキルですら硬直時間が長く、おおよそ1秒程のシステム的硬直を要するため前衛としては戦い辛い技だがパーティー戦でのフォローでその真価を発揮する。

 

俺は後ろからユキナに斬りかかるオルランドシャドーの攻撃をはじき、それと同時にナーザがアオシシャドーへ投剣スキル基本技“シングルシュート”でトドメを刺した。

残るオルランドシャドーもまた硬直の解けたユキナの現在もつ最強のソードスキル、3連撃技“ストライク・バースト”を放つ。硬直時間3秒という長いデメリットを受けるがそれに見合う威力を誇るその技は残り七割近くあったオルランドシャドーのHPを削り切った。

 

「よし、ナーザはオルランド、ベオウルフの援護にいけ。ユキナは辺りの様子を見つつ押されている所だ。俺も辺りを援護する。……ナーザ、他のパーティーメンバーにも倒し次第フォローに入るように指示を頼むぞ。」

 

指示を聞いた2人は即座に行動を開始し俺も辺りを見る。流石にこの層まで前線で戦うメンバーはしっかり連携しているようだが恐らくこの層から攻略組に加わったパーティーとキリト、アスナが加わったドラゴン・ナイツ、アインクラッド解放軍の混合パーティーも苦戦しているようだ。

 

ユキナが新規のパーティーの方に向かうのを確認した俺はキリト達のパーティーの加勢に入った。

 

キリト、アスナは恐らくは問題ないだろうと考え、他の四人が相手取っている所に加勢し一気に形勢を変える。

その結果ものの5分程で敵シャドーを倒しきった。

 

その頃には約半数のシャドーを倒しこのまま犠牲0で終わるだろうと思っていた時に異変に気付く。

キリト、アスナのHPが黄色まで削られている。確かあそこにはドラゴン・ナイツ、アインクラッド解放軍のメンバーが加勢しに行ったはず……。

様子を見ていると加勢に入った2人は何度かの攻防の途中でキリト、アスナへ攻撃を当てていた。恐らくは敵の射線上に重なったときに通常攻撃がたまたま当たっているだけだろうが2人のHPを見る限り一度や二度では無いだろう。

 

俺は即座にそちらに救援に入るべく動き出したが入る間際に敵シャドーはポリゴン片へと姿を変えていた。

……加勢に入った2人も何もいわずに他へ行ってしまった。

 

「2人とも大丈夫か?」

 

「あぁ……なんとか。あの2人連携を知らないんじゃないか?」

 

「そうね。途中キリト君が私へ当たる攻撃を防いでくれなかったら危なかったかも……。」

 

見れば2人とも危険域ギリギリだ。恐らくはアスナもまたキリトをフォローしたのだろう。どうにか全損は免れた2人にポーションを渡すと2人は礼をいってそれを飲み干した。

 

「2人はとりあえず回復するまでは休んでいろ。この戦況ならば後は問題有るまい。」

 

事実その5分後には全てのシャドーは倒しきり第四層フィールドボス戦は犠牲者0で終わったがその戦闘の中で攻略組に巣くう毒の可能性のあるものが見つかった。ジョーとジン。この2人のことは調べる必要がある。

 

 

 

 

 

 

そうしてアルゴに調べさせた情報は未だPoHとは繋がってはいないが今回のフロアボス戦で動く可能性は十分にある。

警戒しておく必要はあるだろう。

 

攻略会議では今回も翡翠の秘鍵クエストの報酬で得た情報とアルゴの攻略本を参考に行われたがやはり特に変更点は無く、ボスのステータス、特殊攻撃も無しとのことだ。

最もだからといって手を抜いたり油断する事は厳禁だろう。

 

今回も8パーティー48人集まり討伐に当たる。

リンド、キバオウ共にギルドメンバーを増やしていたがそれらのプレイヤーはまだ前線で戦うには心許ないらしく今回は参加させないらしい。

恐らくフィールドボス戦で新規参加でのパーティーがかなり危なくなった事が影響しているのだろう。

今回のボス“ザ・ジャイアントタートル・ロード”の討伐は明日の朝10時から行われる事に決定し会議は終了となった。

 

 

 

 

翌日、俺達ギルド御庭番衆からは俺、コタロー、ユキナ、オルランド、クフーリン、ベオウルフの6人が攻略戦に参加することになった。

このメンバーになった理由は単純に火力の問題だ。ナーザは主に投剣スキルによる敵の攻撃の中断を目的にした能力構成の為今回のボス戦には不向きということでパーティーを外れてもらったのだ。

 

 

第四層フロアボス“ザ・ジャイアントタートル・ロード”は高さ7メートル、横幅5メートル、長さ10メートルと過去に類を見ない程の巨大ボスだったが変わりに同時攻撃可能パーティー数も6パーティーと多く攻撃力こそ高いが動きは遅く、唯一警戒すべきスピン攻撃もほとんどの者が受けることなく順調に攻略は進んだ。

 

 

 

トスッ

 

 

「なに……?」

 

ボスの放たれた体重をかけた一撃が俺を襲う。突如背後から放たれた細い鉄矢は正確に膝間接に刺さっている。

結果後ろに跳ぼうとした動作に失敗し転倒してしまった。

そこに放たれたボスの一撃は俺のHPを一気に七割以上削り取る。

今までかわしていたその一撃にはさらにもう一つ、追撃の特殊攻撃が存在する。水棲系モンスター特有の必殺技“ダイダルウェーヴ”

手足と頭を引っ込めそこから噴射される高圧の水を纏いながらスピン攻撃を繰り出し辺り一面を吹き飛ばす。おおよそ食らうはずの無い攻撃パターンにレイド全体が焦りを浮かべる。

この攻撃の最大の対処法は抵抗しないことであるが、抵抗しないというのは命懸けの状況では意外と難しいのだ。

 

打ち合わせ道理対処できた者は大したダメージを受けずに吹き飛ばされだが数名の者が慌てて盾を使って防御姿勢をとり、そのライフを全損させた。

 

第一層以来の死者は2名、共にアインクラッド解放軍からだった。

この攻撃を引き出すことになってしまった俺はなんとか一割弱のHPを残し生き残る事になった。

 

その後は問題無く攻撃しコタローが最後の一撃を食らわせて第四層フロアボス、ザ・ジャイアントタートル・ロードはその身体をポリゴン片へと変えて爆散した。  

 

 

「く……なんでや!事前に万が一の時には耐えずに受けるゆうとったやないか!……バリー……ブラッド……クソッ!」

 

涙ながらに地面を叩くキバオウに皆が沈黙していた。いや……悼んでいるのだ。死んでしまった2人、バリーとブラッドを……。

 

「オレ、オレ知ってる!アイツはワザと攻撃を食らったんだ!!だってよけれないわけ無いだろ!?」

 

沈黙を破る金切り声が俺を指さしている。ジョーだ。……いや、本名ジョニー・ブラックと言ったか。

彼はキーキーと大声で喚き、他のプレイヤーもざわめき始めた。

一度会った光景だ。第一層でキリトが責められたら時と同じ流れ。そういえばあの時もジョニーは同じように叫んでいた。

 

「……ジョー、黙っとき!……アオシはん。ちとこっちにきてんか?リンドやアオシはんのパーティーメンバーもや。」

 

素直に全員がキバオウに連れられボス部屋の端に行き他のメンバーから距離をとる。

 

「アオシはん……あんとき何があったんや?アンタほどのプレイヤーがあんな所で転倒しとるんはおかしいやろ。」

 

「そうだ。ジョーさんじゃないがあれでは故意にやったと見られてもおかしくはないんじゃないか?」

 

「……あの時避けようとしたら後ろから鉄矢が飛んできた。恐らくは……」

 

「飛んできた方向にあったのはD隊でした。恐らくはその中の誰かだと思います。」

 

「鉄矢……だって?」

 

訝しげな顔をするリンドに俺は刺さっていた鉄矢を渡す。……D隊はリンド率いるギルドドラゴン・ナイツで構成されるパーティーだ。

 

「……分かった。こちらで調査しておこう。」

 

「どうするんや?ここでやるっちゅうんはマズいやろ。下手に動けばリンドはんのギルド自体が崩壊してまうやろ。」

 

「キバオウにリンド、ついでだ。我ら御庭番衆としては今PoHと繋がっている可能性の有る者を調べている。」

 

「私達が今可能性の高いと考えているのはドラゴン・ナイツのジンさん。それにアインクラッド解放軍のジョーさんです。」

 

「無論確定してはいない。とはいえ2人ともフィールドボス戦では危うくプレイヤーを殺しかけている。警戒するのには充分な理由だろう。」

 

2人は苦虫を噛み潰したかのような表情を見せるもすぐに表情を隠し、頷いた。

 

 

「ここはわいが許すゆうんが一番波風立てないやろな……。」

 

そう言いキバオウは他の攻略組の待つ場所に戻っていった。

 

「君達の見解では今回の件はやはり……?」

 

「あぁ。俺達の見解ではジンだろうと考えている。」

 

「そうか……」

 

リンドも多少思うところがあるようで複雑な表情を浮かべてからそう言った。そして本隊に戻りメンバー達に何かを伝えていく。

 

やがて本隊のメンバーを見るとほとんどの者がキバオウ、リンドに連れられ次の層へと向かっていった。

 

残っているキリト、アスナ、エギルに今回の事の顛末を伝えるとエギルからキバオウ、リンドの説明を聞かされた。

 

彼等は単純に俺がたまたま足をもつれさせたと言う説明で通したのだ。

多少の反論もあったようだが他ならぬ俺自身が死にかけている事もあり大半は納得したらしい。

 

恐らくは次層以降は当たりが強くなることは覚悟せねばなるまいな……。

そんなことを考えながら新天地、第五層の地面を踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 




更新の間開いてしまい申し訳ありませんm(_ _)m末から月初めは仕事の関係で遅れることもありますが極力更新しますのでよろしくお願いしますm(_ _)m


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第五層
クラインの苦悩


おはようございます
今回と次話で少し時間軸がズレます。ご容赦ください。
※10月2日修正済み


第五層到達から一週間の時間が経過した。

第四層が攻略されたことを聞いたプレイヤー達はまず喜んだ。だが続く第一層以来のボス戦での死者はその喜びを曇らせるには十分だった。

下層プレイヤーへの影響はまだ少ないが攻略組への影響は大きいようだ。

実際この一週間で迷宮区への到着とボス部屋の発見は済んでいる。にもかかわらず攻略戦は未だに行われていないらしい。

 

どうやら先ずは新規のメンバーや古参ながらレベルが安全マージンに届いていないプレイヤーのレベル上げをはかっているらしい。

 

 

 

同時刻、第三層にいる俺達はアルゴ主導の元、レベリングに勤しんでいた。

なんでもこの場で最も幼いプレイヤー、シリカのソードスキル縛りでのレベル上げが目的らしい。

最初のうちはさほど美味しくは無い依頼だったが他ならぬアルゴの依頼、かつ後半は充分俺達のレベル上げにもなる事もあり受けた依頼だ。

 

「なぁアルゴよぉ……せっかく三層にいるんだから森の秘鍵クエストやっちまった方が早くねぇか?」

 

「あのクエストは一応中ボス戦があるからナ、せめてシーちゃんのレベルが10に届いてからのが安全なんだヨ。」

 

「す、すいません……後2レベルなんで……クラインさん、本当にごめんなさい。」

 

「いや!そんな責めてるわけじゃねぇしシリカちゃんのレベル上げが目的なんだ。謝る必要はねぇって!」

 

「そうよねぇ。むしろアンタはこーんな可愛い美少女三人とパーティー組んでるんだから文句なんて有るわけ無いもんね~?」

 

「はぁ……お前さんもそうゆう性格じゃなけりゃ文句なしに美少女なんだがなぁ……」

 

「なに?文句でもあるわけ!?」

 

詰め寄るリズベットにタジタジしながら引き下がるクラインを見て全員が笑う。殺伐としたデスゲームの中で笑いがよくあるこのパーティにシリカは徐々にこのデスゲームに対する恐怖が薄れていっていた。

勿論攻略組どころか一番レベルの近いリズベットですら4も上で自分が一番死ぬ危険は高いのは事実だがアルゴの采配で一度もHPが危険域には落ちずにレベリングを行えていることも安心感の理由の1つだろう。

 

「そろそろ見えてくるゾ。バカ騒ぎはそろそろ止めロ。」

 

今回アルゴが勧めたmob討伐はメタリックアメーバの討伐だ。第三層最低の攻撃力に超大な防御力、そしてHPが危険域になると行う逃走のせいで通常mobの20倍は有る経験値ながらまだ討伐報告が三件しかないというレアmobだ。しかも本来レベル差の開きで手に入る経験値が決まるのだがこのmobは手に入る経験値が同レベルmobの20倍で固定と言う破格っぷりである。

パーティーメンバーでの自動均等割りではなく一度でも攻撃を加えれば手に入る経験値は一緒というのだから皆が狙うのもよくわかる。

 

 

「でもよぉ……こんな便利なレベリング法があるのに何でもっと大々的に狩らねぇんだ?」

 

「リポップに時間がかかりすぎるんだヨ。前回討伐した奴からちょうど一週間、オレっちは前回討伐した奴らとは顔見知りだからナ。情報通りなら今日のこの時間にリポップするはずなんだヨ。」

 

アルゴの宣言通り広場の中心でリポップの光が出るとアメーバ状の銀色の塊が現れた。

 

「一個だけ懸念が有って討伐される度に特殊攻撃が増えてるんダ。その分経験値も増えていっているようだけど特殊攻撃には気を付けてくレ!」

 

アルゴの一声を皮きりにギルド風林火山とシリカ、リズベット、アルゴの9人はメタリックアメーバを取り囲む。

 

現在メタリックアメーバは敵対を示していない。

アルゴが前回討伐者から得た情報ではこの状態では逃げないから今の内に逃げ道を塞ぐようにする必要があるらしいのだが……。

近付いてみるとデカい。アルゴから得た情報の三倍はある気がする。

 

「情報と違ウ!ボックスは穴ができるから穴を一カ所にしてそこを通さないように注意しろヨ!シーちゃん以外フルアタック!」

 

シリカを除く8人は自身の持つ最大威力のソードスキルを一斉に放った。

カラフルなライトエフェクトに包まれてメタリックアメーバは爆散……しなかった。

それどころかHPの削れ具合は一割に満たない。

 

「かってぇ~!!なんだこりゃあ!?」

 

攻撃している武器の方が折れそうなその堅さは武器を振る手の方が痺れるほどだ。

 

アメーバは攻撃を食らったことで敵として認識したらしくその身体をウネウネて動かしながら攻撃して来る。事前情報の通り攻撃力は大したことはないがポットローテできない以上出来るだけ手早く倒さねばマズい。

 

全員そう考えたようで硬直の解ける度にソードスキルを連発する。

その結果約10分後メタリックアメーバはそのHPを危険域の赤へと減らした。

 

「うし!後は逃げられねぇように……」

 

そう、本来ならば赤になったメタリックアメーバはとことん逃げようとする。つまり攻撃はしなくなるはずだ。

しかし再度情報外のことは起きた。アメーバはその形を人型に変えたのだ。

見た目はエルフ族のような姿に。体長が縮んだ代わりに盾と剣を持つ銀一色のmobはその剣にライトエフェクトを帯びさせ、クラインへとその剣を振り下ろした。

 

クラインを含め全メンバーが危険域手前の注意域だ。最悪直撃など食らえば全損もあり得る。

タイミング、速度的にかわせないクラインを凶刃が襲う刹那、短剣を持った小さな影が間に入り込みその凶刃をガードした。

 

威力に負け吹き飛ばされたそのプレイヤーに2人が駆け寄る。

 

「シーちゃん!大丈夫カ!?」

 

「これを飲みなさい!」

 

倒れたシリカを助け起こしたアルゴと即座にハイポーションを飲ませたリズベットである。

回復速度の速いハイポーションの効果で残り数ドットだったシリカのHPはじわじわと回復していく。

 

3人が戦線から離れるもどうやらメタリックアメーバは逃走する気は無いようで、残る6人のギルド風林火山に再度武器を向ける。今度は武器が刀へと変わっているようだ。

 

「ちくしょう!よくもやりやがったな!」

 

アメーバの刀が振られるより早く6人は刺突技系のソードスキルを同時に発動しアメーバを貫いた。

見るとクラインの曲刀はアメーバが変身した際に胸に現れた赤い玉を貫いている。

赤い玉がひび割れると同じくアメーバの身体もひび割れ、引き抜いた曲刀が赤い玉を粉々に粉砕した。

 

ひび割れたアメーバはその場でうずくまり爆散……いや、文字通り爆発した。

自爆したのだ。

至近距離にいたクラインたち風林火山の面々は吹き飛ばされて一気にHPが減っていく。

 

幸い誰も全損はしなかったがもしもクラインたち6人が防御姿勢をとらなかったら……。

 

やがて爆発の名残がきえると全員に報酬画面が現れる。経験値はなんとなんと破格の30倍へと増加し更にレアドロップ品まで全員に入っていた。

 

レア装備加工品“メタリックコーティング”

装備の重量を変えずに耐久値と鋭さ、防御力を各段に上げられる消耗品のようだ。使用回数も10とかなりのレアドロップ品だ。

 

「ん……このスキルは……?」

 

スキル一覧を見ていたらしいクラインと何名かの風林火山メンバーが同じように首を傾げている。

 

「刀スキルを手に入れたのカ?」

 

「な!?何でそれを!?」

 

「それも依頼の一つなんだよネ。この前に討伐したプレイヤーも刀スキルを手に入れててこのmobを曲刀で倒すと手にはいるんじゃないかっていう話が合ったんだヨ。」

 

そもそもこのレベル上げも刀スキルも同じ依頼主なんだけどネ。とアルゴは心の中で呟いた。

 

どうやら全員がレベルを2~3程上げたようでそのまま翡翠の秘鍵クエストへと取りかかる。

 

流石にいかに情報を網羅しているアルゴが居るとはいえ安全を最優先にしながら行った結果5日もの時間を要した。

またキリト、アスナから聞いていたエルフ生存ルートに入れなかったのも大きいだろう。

 

最初のイベント戦闘になるなりしっかりと倒すつもりで望んだのだが敵エルフの攻撃に対応しきれず、HPが赤になってしまったプレイヤーが1人居ただけでβ版と同じ流れになったのだ。

これに関しては仕方ないと言える。例え攻略組だったとしてもあの攻撃に対応出来るのはほんの一握りだろう。

 

 

「ところでよぅアルゴ、お前さんこの依頼が終わったら嬢ちゃん達をどうすんだ?いくらレベルが上がったっつっても攻略組に入れるようなレベルでもねぇしよ。」

 

「とりあえずリッちゃんは元々鍛冶屋が本業だからナ。鍛冶屋として前線に行くだろうサ。シーちゃんは……本人次第だナ。後2レベルで15とはいえ状況によっては20まで付き合うんだ。それまでには何かやりたいことも見つかるだロ?」

 

「俺達ゃこの依頼が終われば攻略に合流すっしなぁ……せめて信用置けてボス戦にシリカちゃんを出さないでも良いようなギルドがありゃ良いけどなぁ……。」

 

「そこについては心配要らないヨ。あては有るからナ。」  

 

アルゴはそういうとすたすたと歩いていってしまった。

この層に来てからメタリックアメーバと翡翠の秘鍵クエスト以外の時間は本業が忙しいとあまり話す時間もなかったのだがそれもそのはずだ。

彼女は各層の攻略本に加え新聞を作っていたのだ。

 

記念すべき第一号である今回の新聞にはメタリックアメーバの能力と報酬が増加している件とエキストラスキルである刀持ちが4人現れたこと、そして何より大きい記事は攻略組第五層犠牲者0で突破とかかれていた。

 

今、クラインのギルドの平均は17だが攻略組……ボス攻略戦での平均は20だそうだ。

 

無論まだ10台のプレイヤーも居るだろうが経験が違う以上はまだ安全とは言えないだろう。

 

そして恐らくはシリカちゃんのレベル上げも15までは後一週間で終わるはずだ。つまり最短で一週間後にはギルド風林火山は最前線でボス攻略戦にこそ出れなくともマッピングなどをしながらレベル上げをしていけるだろう。そう……オレの友人、キリトの助けになってやれるはず……。

 

 

 

やがて夜も更けた頃、外から物音がした。

最初キリトと狩りをした際に探索は便利だと言われていたオレは探索をそこそこ上げている。

 

 

反応は3人。どうやら戦闘をしているようだ。

オレは物音をたてないよう気を配りながら反応の有る場所に移動し覗き見た。

そこにいたのは小振りな刀を持った長身の少年プレイヤーとかなり大きな刃がついた槍を持つ少女プレイヤー、そして片手直剣に盾を持ち鎖の着いた頭巾をかぶった恐らくは男のプレイヤーだ。

 

どうやらデュエルをしているようだ。会話は聞こえないが少女は槍を持って臨戦態勢のまま傍観している。

2人の戦いはオレからみると最早次元が違うとしか思えなかった。コイフをかぶったプレイヤーはまだ目で追える。恐らくは勝てないだろうがそう一方的にはならないと思う。

だが小振りの刀……恐らくは小太刀だろう……そちらの男には一撃も与えられるイメージが湧かない。彼は涼しい顔でコイフプレイヤーの攻撃を捌いている。

その上、裁きながらも体術スキルを使用して徐々にコイフプレイヤーのHPを削っているのだ。

 

2人は何かを話しているように見えるがなにも聞こえず何故デュエルしているのかも分からない。

やがてコイフプレイヤーのHPは約半分当たりまで減ったのが分かった。

2人の間にデュエルの決着ウィンドウが表示されている。

 

小太刀の男がコイフプレイヤーに何かを言い少女プレイヤーとその場から離れようとした所でそれは起きた。

 

コイフプレイヤーは投剣スキルを使い2人に小さなピックを刺したのだ。

当然コイフプレイヤーは犯罪者を示すオレンジ色にそのカーソルを染めた。

正直オレには理解ができない。百歩譲って隙が出来たから腹いせにPKをしようとしたならまだ理解も出来無くもないががそれはあくまでも普通のMMORPGならばだ。このデスゲームで行うはずはないしそもそもそんなピックでは大したダメも期待できないはず……。

そう考えていると突然少女が倒れた。HPバーの横には緑のアイコン、麻痺だ。

 

コイフプレイヤーは即座に動き2人に対して斬りかかる。コレは不味いと思った俺は即座に飛び出しコイフ野郎と2人の間に飛び込もうと全速力で駆け出した。

 

 

しかし途中でその足は止まる。コイフ野郎が少女を斬ろうとした瞬間、男の持つ小太刀に黒いライトエフェクトが発生し四本の交わる黒い光が男を斬り裂いたのだ。

 

吹っ飛んだコイフ野郎のHPバーはあっという間に減少しやがて0になった。

そしてコイフ野郎の身体はブレて小さな破砕音と共に砕け散る。

 

男は意にもせずに少女を抱え、こちらをちらりとみただけで闇へと消えていった。

 

「……何なんだよ……。」

 

そして俺はその場にただただ立ち尽くしていた。




アルゴ達MORE DEBAN組主体のお話は後二話程書いて一旦完結します。
勿論その後も出番や主体のお話は書くと思いますのでお付き合いいただければ幸いです。


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新たなる力

更新遅れてすいません。手直ししながらなので少々更新ペースは遅くなるかと思います。読んでいただいている方に申し訳有りませんがご理解の方よろしくお願い致します。
※10月2日修正済み


第五層に到着し、主従区に着いた時だ。俺達を待つ仲間が居た。イスケだ。

何でも今日の昼過ぎに第三層に高経験値モンスターがリポップするらしい。

 

相当効率のよいモンスターで名前はメタリックアメーバ。

過去二度の討伐では攻略組に入れない程度のレベルの者が倒しただけで3以上レベルを上げたという噂もあるらしい。

 

何でも参加人数による増減はないらしいので隣にいるキリト、アスナにも声をかける。

 

「これより我ら御庭番衆はメタリックアメーバ討伐に行く。おまえ達はどうする?」

 

「俺達も一緒に行っていいのか?」

 

「かまわん。人数によるデメリットは無いらしいのでな。」

 

「それならご一緒させてもらうわ。」

 

話が決まった所で俺達は第三層へと転移した。

第三層の奥地にある広場、そこがメタリックアメーバのリポップ地点だ。

時間まで皆は雑談している。特にナーザやユキナはキリト、アスナと話したかったようで嬉々として話しているようだ。

 

 

「キリトさん、アスナさん、あの時は本当にお世話になりました。……なかなかゆっくりお話しもできなくて……実は今、アオシさんに遠近感の誤差を身体で覚えられるように特訓してもらってるんです!僕の場合の遠近感の問題は普通の人が片目を閉じてるのとあまり変わらないらしくて……。」

 

「結構成果出てますよね。まだ実践だと多少の誤差が出そうでしたけど当てると避けるはだいぶ普通になってきましたし。」

 

「へぇ……大したもんだな。つかめない間合いをよく……。」

 

「前に一度片目を隠した状態で戦っていたのあれネズハさんよね?やっぱりあの時も訓練していたの?」

 

「あの時は僕もどうすればいいかわからなかったんですけど諦めたくなかったですから……。まぁ今してる訓練の内容とは全然違いますから結局見当はずれだったんですけどね。」

 

4人が話しているのは遠近感の無いナーザの最近の訓練の話や槍術の話のようだ。遠近感の克服の方は確かに俺が教えている。昔、般若という拳法家を育て上げた時と同じ方法をナーザにやらせることで徐々に距離の感覚を身体に覚え込ませていのだ。般若という男は変装のために瞼を切り落とし、その際に片目を誤って傷つけ失明した。ナーザは両目が有るにも関わらず、般若と同じ状態になった事でチャクラム以外は使えなくなったが訓練を積み、ようやく数センチの誤差で済むようになった。その後は誤差修正の修練の他に、本人の希望の槍をユキナに習っているのだ。

 

意外にも彼女の槍術はゲーム内の技ではなく現実に存在する古流槍術らしい。

流石にそれ以上はマナー違反になるだろうと聞かなかったがリアルでも相当の使い手なのだろう。

 

 

やがて広場の中央にリポップしたメタリックアメーバを全員で取り囲み攻撃をし続ける。情報通り攻撃力は低く、HPが赤になった瞬間から逃げようとしかしなくなり、楽に討伐出来た。

 

メタリックアメーバを討伐した俺達は莫大な経験値にレアドロップ品を手に入れる事に成功する。

レアドロップ品“メタリック鉱石”

効果の程は使ってみなければ分からないがかなりの武具になるのだろう。

 

キリト、アスナと第五層主従区で別れるとイスケもまた第三層に向かった。

どうやら今は情報屋アルゴを観察し、情報収集のコツを学ぼうとしているらしい。

 

 

三人と別れ、7人になった俺達だったがナーザ達、元レジェンドブレイブス組もまたここ五層でやりたいことがあるらしい。

何でもこの層にある大型ダンジョンで行うクエスト報酬にどうしても欲しい盾が有るそうだ。

 

 

 

こうして一気に人数が減った俺達3人は予定していた翡翠の秘鍵クエストへと移る。

先ずはティルネルと合流しなければ……。

クエストログを開きティルネルの現在地へと向かう。

途中、何度か敵とエンカウントするもメタリックアメーバを討伐した事でレベルを3上げ、それぞれ俺が25、コタローが23、ユキナが22と安全マージンをかなりオーバーしている為、問題なく対応しているがその代わり、この層でもほとんど経験値が入らなくなる状態になり、レベル上げは出来なさそうだ。

 

やがて第五層の北部の崖の一角にたどり着いた。

ティルネルが居るのはどうやらこの場所のようだが……明らかに周りにいるのが黒エルフではなく森エルフのようだ。

もう少し近付くとクエストログが更新する。

 

《捕らわれた黒エルフを救出せよ!》

 

厄介な護衛系のクエストだ。

敵の総数はざっと見て20体、対してこちらは3人で、更には恐らくすぐ死んでしまうHP設定の黒エルフが3人だ。

 

……恐らくは前回の層のクリア人数がそのまま引き継がれた難易度なのだろう。

この任務を完遂する方法は現状3つ

・正面突破

・様子見

・陽動

だろう。正面突破は出来るだろうが確実に黒エルフが1人はやられると思う。

ミッション条件によっては失敗。最悪、ここで翡翠の秘鍵クエストが終了してしまう。

 

様子見は場合によっては一日掛かりになる。安全にクリアは出来るだろうが余りに非効率だ。

 

となると陽動が一番現実的だろう。

俺が陽動し、その間にユキナ、コタローに救出してもらおう。

 

「……俺が陽動をかけよう。その隙にお前達は黒エルフを救出するのだ。良いな?」

 

「任務、確かに承ったでゴザる。拙者の身命を賭して完遂してみせるでゴザるよ!」

 

「待ってください。それなら救出には2人も要らないはずです。陽動で集めるなら救出はコタローさん1人でも充分じゃないですか?逆に陽動が1人の方が危険です。」

 

「……俺の事は気にするな。どうとでもなる。」

 

「承服出来ません。私も陽動として連れて行ってください。アオシさんは確かに強いですけど攻撃力は足りてないはずでしょう?」

 

俺は少しだけ悩む。

最悪奥の手をさらせば問題はないが……。まぁもし使わなくてはいけなくなってもこの少女は周りに言い触らす事はするまい。

 

「……良いだろう。だが足手纏いにはなるな。陽動である以上、ある程度敵を牢から引き離すまでは圧されているフリをするのだぞ。」

 

ユキナが頷くのを確認するとコタローを牢の側にある西へ、俺達は逆の東へと向かい作戦を決行した。

 

先ずはユキナのソードスキルで最も派手で威力の高い“エクスプロージョン・ストライク”を壁に放つ。このゲーム内では珍しいスキルで、セッカロウの固有スキル、ストライク系の中でも特殊な技だ。

セッカロウ内に仕込める爆薬を槍の一撃で着火し、小規模の爆発を前方に放つ技だ。この技はストライク系にしては珍しい硬直時間の短い、高威力、広範囲の単発型だが二回しか火薬が保たず、その上火薬の補充はNPC、もしくはプレイヤー鍛冶師にメンテナンスをしてもらわなければならない面倒な制限がある。

 

 

爆音を聞きつけ集まってきた森エルフは10名。ここで一度苦戦させなければ増援はしてはくれまい。

 

ユキナに目で合図すると理解したらしく、彼女は最も近くにいた森エルフへソードスキル、ストライク・インパクトを放つ。

高威力ソードスキルは森エルフを一撃で倒し、ポリゴン片へと変わる。

それを皮切りに森エルフ達は総攻撃を仕掛けてきた。

流石に喰らえばHPは減るので防御、回避に重点を置き、敵を少しずつ減らしていく。

 

やがて指揮官のような森エルフは更に増援を呼び追加で8名程が現れる。

恐らくはほぼ全ての敵が集まったはずだ。俺は再度ユキナに目線を送るとまたもや分かったようでいきなり苦しそうな顔をしながらジリジリと下がり始める。

 

 

「後は任せたぞ。コタロー……。」

 

 

 

 

 

 

 

西側で様子を見ていた拙者はようやく牢周辺の森エルフ達がお頭達の方へ向かうのを確認した。

 

「今こそ好機、この任務、しくじるわけにはいかんでゴザる。」

 

拙者は上から見て決めていた最短のルートを、隠蔽スキルを使用しながら駆け抜ける。数値の九割を敏捷に振ったコタローは一陣の風の如く残る門番の独りを軽く斬りつけ、もう1人の首ソードスキルを使ってかっ斬った。

 

クリティカル補正が掛かり、一気に九割のHPを削ると振り向きざまにもう1人にも短剣ソードスキルを心臓に打ち込む。

第三層でお頭より承ったポイズンダガー+15は鋭さと正確さ、そして特殊強化項目の毒をそれぞれ均等に上げる事で毒耐性持ちmob以外にはほぼ確実にレベル3の毒を与える事が出来る。また運が良ければレベル5の毒も発生する効果を持っているのだ。

 

そしてその毒は最初の継続ダメージを与え2人の森エルフをポリゴン片へと変えた。

 

「さぁもう大丈夫でゴザる。拙者が誘導するから着いてくるでゴザるよ!」

 

森エルフ達は最初は動こうともしなかったが、ティルネルが第四層でコタローを味方と認識してくれていたお陰で誘導に着いてきてくれた。

 

4人は最初侵入した経路を戻っていったが途中で一体の森エルフに遭遇してしまった。

 

《ロイヤルコマンドー・フォレストエルブン》

 

恐らくはこのクエストをクリアする事で湧出する中ボスなのだろう。

 

コタローは即座に司令官森エルフへ最短でのソードスキルを発動させる。

しかし、そのソードスキルは司令官森エルフの首筋をかするだけでかわされ、反撃の巨大斧がコタローの身体を襲う。

 

コタローは未だにライトエフェクトが消えていない短剣の照準を巨大斧へと切り替え、残る二発を当てて巨大斧の一撃を相殺する。

 

できる限り手早く倒さなければせっかくの陽動作戦が水の泡になってしまう。

 

コタローは再度短剣を握りしめその高い敏捷力を生かして攻撃を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ユキナ、そろそろ良いだろう。出来うる限り敵を倒し、コタローと合流するぞ。」

 

「了解です。……アオシさん、今日はこの後は一度補給に戻りますよね?」

 

「む?……そのつもりだ。」

 

「分かりました!」

 

ユキナはそういうとソードスキル、エクスプロージョン・ストライクを発動させ、一気に五体の森エルフを倒し、更にストライク・バーストで2体の森エルフを倒す。

本来ストライク・バーストは硬直時間が長いため使わないが、恐らくは敵の森エルフの攻撃力、移動速度の遅さを見て発動させても問題ないと判断したのだろう。

事実、残る森エルフの数は当初の半分まで減った。リポップは少なくともすぐにはしないだろうからこのまま殲滅出来るかもしれない。

 

 

そう考えていた時、急に隣にいるユキナがその場に崩れ落ちる。

ユキナをみると俺からは死角になっていた肩に弓矢が刺さっていた。

更に麻痺のアイコン。まるでそれを合図にしたかのように残る森エルフはユキナに向かって駆け出し始める。

 

自分の見込みの甘さに反吐がでる。

 

「……調子に乗るな……。」

 

 

 

俺の中で何かがカチリと音を立ててはまるのがわかった。

 

即座に最もそばにいた森エルフへと曲刀を突き刺す。その敵が爆散するのを見届けるよりも早く、次の敵を一瞬のうちに二回剣を振るってHPを消し飛ばし、続く2人は黒いライトエフェクトを纏った四連撃、回転剣舞・剛で爆散させた。

 

更に腰から小さな投げナイフを5本取り出し、即座にそれを投剣スキルを使用してユキナに矢を射った森エルフへ投げきる。5本のナイフは心臓、喉、頭、両目に正確に刺さりHPを全て吹き飛ばした。

残るは4体、先ずは一番そばでこちらに武器を向けているエルフからその武器を捻り取り、またもや黒いライトエフェクトを纏わせた技、御庭番式小太刀二刀流《陰陽交叉》を放ち4つに分断する。

更に敵エルフから奪った剣と投げナイフを全く同じ軌道で投げる。敵エルフは剣は弾けたが同じ軌道で時間差に襲い来る投げナイフに対処できずにナイフが突き刺さった。

怯んだそのエルフを再度黒いライトエフェクトを纏うアオシの曲刀が襲う。

二筋の黒き光がエルフの喉と心臓を穿ち、敵エルフ中央に居たエルフを倒しきる。

残る2体は同時に剣を振りかぶり、同時に爆散した。

 

新御庭番式小太刀一刀流《回転剣舞・円》

本来前方に放つ斬撃を全方位に4斬放つ技だ。

 

結果アオシは9体残っていた森エルフを15秒程で倒しきった。25にレベルがあがり、生前と同じスペックの肉体を手に入れた事でその高い戦闘能力をきっちり発揮したのだ。

 

(……とはいえこの世界にいる者は皆これだけの身体能力を扱うわけだ。PoH……奴もまたこの身体が持つ力を使いこなし始めたら……)

 

俺は曲刀を納刀し、ユキナの元へ向かう。身体を支え、上半身を起こすとベルトポーチに入れた解毒ポーションを飲ませる。

 

「これであと少しで動けるようになるだろう。すまないがコタローの様子が気になるのでな。回復するまでは我慢してくれ。」

 

俺はそういうとユキナを担ぎ上げ、西に一気に駆け出した。

 

「……アオシさん、さっきのソードスキル何なんですか?β時代にも“黒い”ライトエフェクトなんて聞いたことないですけど……。」

 

「後々説明しよう。今はコタローの様子を確認する方が先決だ。」

 

 

俺達はそのまま街を駆け抜け数分で牢まで辿り着いた。

牢の中には人っ子1人いない。コタローは上手くやったんだなと考えたが即座に違和感に気づいた。

コタローが救出を始めたであろう時間から逆算すると、既に10分程の時間はたっているはずだ。

 

しかし取り決めの狼煙は上がっていない……。

 

「ユキナ、もう麻痺は抜けただろう?様子が変だ。二手に分かれてコタローを探すぞ。」

 

ユキナは急に顔色を真っ赤に染め、飛び降りるように俺の背から降りた。

 

「わ、わかりました。では私はこちらを探してきます。見付かったら狼煙を上げますので!ではまた後で!」

 

早口でまくし立てたユキナはすぐに駆け出した。

 

「ふむ……。また何かやってしまったか。」

 

俺もまた、ユキナとは逆方向へ向かい足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私、な、な、なにをしていたんだろう……。麻痺なんてとっくに解けてたのに……うぅ……。」

 

私はアオシさんの姿が見えなくなった所で立ち止まり考える。

元々アオシさんに保護してもらう名目で入れてもらったギルドなのに最近随分と依存してきている気がする……。

さっきの戦闘中だってアオシさんがフォローしてくれるのを前提に戦っていたし……。

 

気を引き締めよう。今まで一人で生きてきたんだ。仲間に依存してないと生きられないんじゃいつか死んでしまう。

私は……絶対に生き残って現実に帰るんだ!

 

 

そう考えていた時だった。

ユキナの聴覚に戦闘音が聞こえてくる。ユキナは急いでその音がする方へと駆け出し、音の鳴り響く場所へと辿り着いた。

 

その場所で彼女が見たのは、凄まじい破壊を生み出す巨大斧を振り回す森エルフと、それを防いで吹き飛ばされる仲間の姿だった。

 

「コタローさん!!」

 

私は吹き飛ばされてきたコタローさんと敵の森エルフの間に位置どって対峙する。

敵との戦闘距離に入った事で、敵エルフの残りHPが表示される。

既に黄色になり、危険域に近づいているようだ。

 

「コタローさん、後は私が請け負います!今のうちに回復をしてください!」

 

そう言いながら私はセッカロウを握りしめ、敵エルフへと突進する。

……今は誰のフォローもないんだ!……コレくらいの敵、私1人で倒してみせる!

 

敵エルフへと突き刺さるセッカロウは確かな手応えで敵のHPを削る。

 

「ダメでゴザる!ユキナ殿!横に跳べーーー!!!」

 

コタローさんの叫び声と森エルフの巨大斧の一撃はほぼ同時だった。

 

かわせない……

 

そう思い、強く瞼を閉じた。……しかしいつまで待っても衝撃は来ない。

私は恐る恐る瞼を開くと、私の眼前に広がった光景は私の保護を請け負い、さっきも助けてくれた人が黒いロングコートをたなびかせ、巨大斧の一撃を捌いている所だった。

 

「無事か?……さっさとこいつを倒すぞ。俺の後に続け。」

 

彼は振り向かない。目線も向けてはいない。でも……私に続けと言ってくれている。

 

私は先程胸の中にくすぶった悩みを忘れ、セッカロウを引き抜くと先に斬撃を撃ち込んだアオシさんに続く。

 

ソードスキル“スター・ストライク”

 

最も早く、もっとも美しいセッカロウ固有のソードスキルだ。

純白のライトエフェクトを纏った槍は敵エルフの腕を穿ち、その腕ごと巨大斧を叩き壊す。

両手を失った敵エルフのHPはほんのわずかに残ってしまった。

 

「いまです!コタローさん!」

 

掛け声が早かったか、コタローのソードスキルが早かったか……トドメを敵エルフの心臓へと深々と突き刺したコタローは爆散したエルフのポリゴン片の中心に短剣を構えたまま立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達3人は黒エルフ達を連れ、ティルネルの案内でここ第五層にある黒エルフの野営地へと足を踏み入れた。

 

「危ないところをありがとうございました。もう少しで私達はフォールンの生贄にされてしまうところだったから……。」

 

「いえ!ティルネルさんが無事で良かったです。でも……フォールンの生贄って?」

 

「彼等は私達の新鮮な骸をフォールンに差し出すことで明日始まる大規模な戦闘時に全フォールンを私達黒エルフにぶつける気だったのです。でもそれも……コタローさん達のおかげで防ぐことが出来ました。本当にありがとうございました。」

 

ティルネルはコタローへと向き直し、コタローの手を握りながら頭を下げる。

急に手を握られたコタローの様子は……

 

「べ、別に拙者1人で助けた訳じゃ、な、ないでゴザるよ!?そ、それに拙者まだ修行中の身故、おなごに現を抜かしてる暇はないんでゴザるぅ!?」

 

……語尾の発音がおかしいぞ……。当のティルネルはティルネルで発音やどもりのせいか首を傾げているようだ。

 

「ティルネル、すまぬがこの野営地には宿は有るか?出来れば休ませてもらいたいのだが……。」

 

「すいません。ここは狭いもので宿屋や鍛冶屋とかは居ないんですよ。もしよければ最寄りの町までお贈りいたしますよ。」

 

「すまぬな。次の依頼を受け次第頼む。」

 

「依頼ですか?後お願いできることは有りませんよ?まさか森エルフとの全面戦争に巻き込むわけにはいきませんし……。」

 

彼女は少し寂しげで悲しそうな表情になるとそう呟いた。

 

「なにいってるんですか!?ここまで一緒に戦ってくれたティルネルを放っておける訳ないじゃないですか!!いつ、戦闘は開始するんですか!?私達も戦いますよ!!」

 

「で、でも……これは黒エルフの戦争ですから……。」

 

「ティルネル殿、それは違うでゴザる。拙者達の戦争でゴザろう。」

 

 

ティルネルはコタローのセリフを聞いた瞬間にその瞳から透明な雫を零した。それはまるで人間のようでとてもNPCとは思えないほどにリアルな感情表現だった。

 

「わ、私……もう皆さんに会えないって……だから、だから最後は笑って別れようって……そう思っていたのに……なのに……。」

 

「お前は死なん。我らと共に戦うのだ。例え万の大軍が攻めようと我らの総力をもって護り抜いて見せよう。」

 

「さぁ、ティルネル殿、教えて欲しいでゴザる。いつ、戦は始まるのでゴザるか?」

 

やがて泣き止んだティルネルは静かに明日の昼、第五層にいる黒エルフが総力を持って森エルフの最高指揮官が訪れている砦を責めるという事を教えてくれた。

 

俺達は明日の昼、作戦開始前に合流する事を約束して五層主従区エルヴンへと送ってもらい別れた。

 

そしてその夜、メンバー全員が集まる宿屋で明日の大規模集団戦についての割り振りを行う。

 

基本的に勝利条件は恐らくは敵司令官の撃破で敗北条件(クエスト失敗)はティルネルの死亡だろう。

つまりは攻めと守りにそれぞれを分けねばなるまい。

 

メンバー達はその割り振りを俺に一任して……いや、1人だけはどうしても守りの部隊にして欲しいと強く希望していた。……コタローだ。

特に拒否する理由はないがコタローが守護部隊になるのであれば必然的にイスケもそちらに回した方がよいだろう。

 

結果、攻撃部隊には俺とユキナが。そして残るメンバーは全員が守護部隊となった。

このギルドは俺達2人とコタロー、イスケの4人がアタッカーの能力構成でナーザが主に支援系の能力構成、オルランド達は壁戦士なので仕方ないといえよう。

 

ちょうど役割が決まった所でキリトからメッセージが届いた。何でもキリト達も明日の総力戦に参加することになっているそうだ。

その時にキリト達と行動を供にする黒エルフも護衛して欲しいらしい。

キリト、アスナも勝利条件、敗北条件を俺と同じと予想したらしい。

 

了解した旨をメッセージで飛ばし、俺達はそれぞれの部屋へと戻る。

俺は日課のスキル熟練度上げをしようと皆が寝静まった頃を見計らい、部屋をでようとすると部屋のドアをノックされた。

 

「あの!……もう寝てしまいましたか?」

 

「ユキナか?どうかしたのか?」

 

俺はドアを開け、とりあえず部屋に招き入れた。

 

「その……昼間の事が気になって……。」

 

…………そういえばあのスキルを見られたのだったな。ふむ……まぁ隠すことでもあるまい。

 

「そうだったな。これがあのライトエフェクトの正体だ。」

 

俺はウィンドウを可視化し、スキル一覧を表示してユキナに見せた。

 

そこに表示されたスキルの中でユキナの目を引くものがあった。それは創始者の心得ともう一つ、《刀スキル》だ。

 

「アオシさん、このスキル……育てないんですか?」

 

「……?確かに熟練度は低いが多少は使っているだろう。」

 

「いえ……熟練度は0ですよ。確かに刀がまだ売られてない以上仕方ないのかもですけど……」

 

刀だと……?俺は立ち上がりユキナの隣に行き、自分のスキル一覧を見る。

そこには確かに《刀スキル》が追加されていた。

今朝確認したときは確かに無かったのだが……。

俺はそう考え一つの可能性に気付いた。メタリックアメーバだ。ひょっとしたら奴に曲刀で攻撃することこそが出現条件だったのではないだろうか……。

 

「それに……この《創始者の心得》というのは見覚えも聞き覚えもないですね。これが黒いライトエフェクトの正体なら何故隠しているんですか?」

 

「今、アルゴが出現条件を調査中なのだ。それが分かっていれば公開している。」

 

俺はユキナに更にこのスキルがソードスキルを使用しないで戦い続けることで出現するかも知れない事、更には使用するにはシステムアシストなしにソードスキル並みの速度と無理のない連携技術が必要な事を伝え、その上発動しても威力が底上げされるだけと言うことを伝えた。

 

「使い勝手は良くはないんですね。でも変わりに硬直時間はないって……なんていうか、実戦的な……ゲームらしくないスキルな気がします。」

 

「ふむ……確かに例え皆がこのスキルを手に入れたとしてもせいぜい2連続技が精々だろうな。」

 

「えぇ……正直私は今の身体能力ですら使い切れてはいないですから……。少なくとも連続した動きでは身体能力をフルには使いこなせません。」

 

「単純に走るだけならば誰もが出来てもそこに精密な動作を加えて細かな動きを行うには慣れが必要だ。現実で武術を拾得している者でもこのレベルになった身体能力を扱える者はさほど居まい。」

 

 

そう、事実俺とてここから先は皆と変わらずに慣らす必要が有るだろう。

現状であれば、例えキリトやアスナといえどもスキルを使用した俺には勝てまい。

 

だがそれもあくまでも現状だ。事実、キリト、アスナ、ユキナ等は全開での身体能力が使えなくても90%を超えるところまでは使えているだろう。

 

時間を置けば恐らくは何人ものプレイヤーがその領域まで行くことが出来るようになる。そう……恐らく奴もその資質が有る。……PoHの奴も。

逆に今は俺は100%の状態で戦える。恐らくは後5~10レベルまでは100%近くを引き出せるだろうがその先は確実に他のプレイヤー同様100%の力は発揮できなくなる。

 

俺が自ら実感している身体能力の上昇具合を見る限り、レベルからの補正が30以上になれば確実に現実では有り得ない……恐らくはあの、雪代縁の狂径脈を上回る速度を手にすることになるだろう。

 

出来うる限り早く奴らを討伐せねば……。

 

 

 

「あの……アオシさん、先程お出かけしようとしていましたけど……どちらに?」

 

「スキル熟練度を上げに少しな。……着いてくるか?」

 

「はい!」

 

俺は考えることを止め、ユキナと共に深夜の熟練度上げに勤しんだ。ふだんよりは早めに切り上げ、明日、翡翠の秘鍵クエストに備え宿に戻る。

 

 

刀スキル……刀の方を手に入れ次第奴らを……。

 

そして夜は更けていく……。




第五層後1話ほどで進めるかと思います。

恋愛系は苦手ですね……。今後も微妙ながら恋愛要素は入れていきたいのでより良い物が書けるよう頑張ります。


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闇の片鱗

※10月2日修正済み


血飛沫が顔にかかる。

 

俺はそんなことも気にせずに二刀の小太刀を振るい、居間に攻めいって来ていた奴らを斬り伏せ、それには目もくれずに寝室へと駆け出す。

寝室の襖を開くとそこには血にまみれ、床に伏せる女と泣き続ける赤子、そして10人程の日本刀を持った男達が立ったいた。

 

その光景を見た俺は狂気に身を任せ、男達を斬り続ける。

やがて葵屋には赤子の泣き声以外何も音がしなくなった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢……か。」

 

目を覚ますとそこは葵屋ではなく、昨日泊まったアインクラッド第五層にある宿屋だった。

 

遥かな昔の記憶。俺は重く感じる頭を無理矢理起こし、一階の広間へと向かう。

何故か再度見てししまった前世の記憶の中で最も思い出したくない記憶。

あの時襲ってきた奴らは京都を手中に治めようと画策していた外国人達だった。

外道な人間達ではあったが明治政府に密接に関わり、政府からの保護が無い状態になった京都は徐々に奴らの良いように遊ばれ何人もの人々が殺されたのだ。

京都隠密御庭番衆は奴らを排除すべく動き、やがて襲撃を受けて俺と息子、そして増以外の全員が殺されてしまった。

 

そして俺もまた奴らの元締めを殺した時に受けた銃弾でその生涯に幕を閉じたのだ。

唯一気がかりだった操紫はどうやらあの後御庭番衆を立て直し、京都で生き続けたようだ。

 

 

 

 

一階には既に皆が集まっていた。

俺達は先ず武器屋に行き、メタリックアメーバから手に入れた素材を使用してそれぞれ武器を新調し、出来うる限りの準備をした。

……俺は残念ながら武器新調を行わなかった。刀スキルが手に入った以上、刀を手にしてから素材を使用する事にしたのだ。

 

 

 

その後、俺達はティルネルと合流し戦場へと赴く。

そこには何百という黒エルフ達が集まっていた。

俺達はティルネルの案内で司令官の元へと向かい話を聞いた。

 

《敵司令官フェレストエルヴン・スピアロードを討伐し、ティルネルを守護せよ》

 

司令官の話では敵の討伐のみだったがクエストログではティルネルの守護も含まれている。

予想の範囲内ではある。恐らくはそろそろキリト達も……。

 

「姉上!!」

 

「な!?ティルネル……か!?生きて……居たのか……?」

 

「姉上、姉上……ようやく会えました……」

 

「ティルネル……すまない。あの時、お前を護ってやれなかった。だが何故だ?あの時、確かにお前の姿はなかった。薬師の部隊は全滅したと司令官に聞いていたが……。」

 

「確かに私達薬師の部隊はもうほとんどが残っていません……私も彼女が来てくれなければ死んでいたでしょう。」

 

ティルネルはユキナの姿を見ながら続ける。

 

「残った私たちも森エルフに再度狙われるのを避ける為に司令官が存在を隠蔽していましたので……姉上にも連絡できず……申し訳有りません。」

 

「いや、それはかまわない。お前が生きていてくれた。それだけで私は満足だ。娘よ。名を聞かせてくれ、妹が世話になった。」

 

キズメルはユキナに向き返り頭を下げる。

 

「い、いえ!私はそんな……。」

 

手振りに慌てるユキナに更に頭を下げるキズメル、妹であるティルネルは何故か楽しそうだ。

 

「キズメル、彼女が困ってるぞ。あと……ユキナさん、だったっけか?今日はよろしく頼むな。」

 

司令官の部屋の入り口で事の成り行きを見守っていたキリトが間に入り、それに続いて相も変わらずフードケープで素顔を隠したアスナも同じくキズメルに近付く。

 

「キズメル、あの人の名前はユキナよ。今回の作戦では彼女とあの長身の男の人が私達と共に戦ってくれる仲間よ。」

 

「アオシだ。よろしく頼む。」

 

「ユ、ユキナです。よろしくお願いします。」

 

キズメルはユキナと握手をし、再度礼をいった。

 

 

 

 

作戦開始前、当初の予定通り潜入する部隊と後方支援(名目上)部隊とに別れ、行動を開始する。

キズメルは後方支援に回るのをなかなか納得してはくれなかったが最終的にティルネルが狙われる可能性を示唆しその護衛についてもらうということで納得してもらった。

 

そして今、俺達はキリト、アスナと共に敵司令官のいる砦に潜入しているのだが……。

 

敵がいない。更にこの砦には別れ道すらないようでひたすらに一本道だ。

 

「妙だな。普通こういったダンジョンには敵がかなり居るし入り組んでいて迷いながら行くもんだけど……。」

 

「恐らくは本丸用の脱出経路以外は用意していないのだろう。本来城という物は侵入されづらくする物だ。あまりに沢山の出入り口や隠れ場所を作るのはあまり得策ではあるまい。」

 

「でも……こうゆう造りの砦で敵がいないっていうのは確かに妙なんですよね。」

 

「そうね。せっかくの侵入者対策何だから沢山の敵を配置した方が良さそうなものよね……でも……逆に考えれば数に頼らない……本当に強いのが居るとも考えられるわ。」

 

「うむ。恐らくはそうだろな。……広間へ出るぞ。」

 

広間に居たのは俺よりも更に一回り大きく、全身を鎧に包まれた騎士のようだ。盾と明らかに片手ではなく両手剣に分類されそうな大剣を片手で握っている。

 

『我、この間を守護する者。人族よ、我の剣の露と消えるが良い。』

 

固有名《ロイヤルフォレストエルヴン・アーマードナイト》

 

巨体に似合わぬ素早い動きの重装甲騎士はその剣にライトエフェクトを纏わせ、竜巻のような突きを放ってくる。

俺達は四散してその一撃をかわし、アスナ、ユキナの両名が閃光のような突きを放つ。

 

その一撃は寸分違わず重装甲騎士に突き刺さった。

 

しかし……敵のHPはほとんど分からない程度にしか減らず、その上硬直時間が少し長めのユキナに対して追撃のソードスキルが迫る。

 

その一撃をキリトが3連撃ソードスキル、“シャープネイル”で弾き、その時に出来た隙に今度は俺のOSS(オリジナルソードスキル)、黒いライトエフェクトを纏う2連撃技“後光十文字”を放つ。

この世界、このスキルを手にしてから修得した技は重装甲騎士の胸当てへとその斬撃を放つもやはり対したダメージにはならず、距離を取った。

 

「堅いな……」

 

「アオシ、お前ソードスキルを使い始めたのか?」

 

「この戦闘後に説明する。」

 

『軟弱な者共よ、我が装甲を貫けると思うな。』

 

そういい再度竜巻のような突きを放つ重装甲騎士を観察する。確かにほぼすべてを鎧に包まれた堅牢な騎士だが全く隙間が無いわけではない。

辺りを見るとキリト、アスナ、ユキナも頷く。

 

俺達は重装甲騎士の攻撃をかわし、いなし、弾きながら隙間に対して針を通すような精密な突き技を放ち続けた。

アスナ以外はソードスキルでは狙えないような細い隙間だが、確実な幅でHPを減らしていき、敵のHPもあと僅か一割ほどまで減った。

 

『おのれ、我を舐めるな!!』

 

爆散するように剥がれた鎧の中から現れた屈強な肉体の騎士はその剣を両手で握り疾風のような速度で肉薄してくる。

 

標的は俺のようだ。俺は流水の動きでその連撃をかわし、トドメの技を放つ。

 

御庭番式小太刀一刀流

“回転剣舞”

 

一瞬三斬のその技は騎士の残る一割のHPを綺麗に消し切った。

 

 

 

 

その後も何体かの同じ重装甲騎士と戦闘するも既に弱点がわかった俺達は特に苦戦する事もなく最奥地へと辿り着く。

途中キリト、アスナには俺の持つスキルを説明した。アスナはさほどでもないがキリトの興味は最大に刺激したらしく、修得条件などを事細かに聞いていたが現在検証中であることと、その内容を聞いて流石に諦めたらしい。

 

 

 

 

今、扉を開いた先に居るた敵エルフは全く鎧を纏っていない。薙刀のような槍を一本だけ持ちこちらをみている。

 

『……よくぞここまで辿り着いたものだ。だがそれもここまで、我との死合いにて貴様等はその命を散らすがよい。』

 

槍使いはその場で槍を構え、動く気はないようだ。

 

『……どうした?貴様等4人纏めてかかってくるが良い。』

 

キリトが、アスナが、そして俺がそのセリフと同時に掛けだそうとしたがそれをユキナが遮った。

 

「待ってください。先ずは私が戦います。恐らく範囲攻撃を使うための挑発でしょうから。」

 

確かにそれはそうだろうが……。とはいえ、そ

 

「ダメですよ。アオシさん。槍には槍の方が対処出来ますから。……代わりに、もし私が危なくなったら……助けてくださいね。」

 

俺の考えを先読みしたように告げたユキナの言葉と同時にユキナは一気に槍使いとの距離を積める。

雷のような早さで繰り出されるユキナの連突きに対しても綺麗に対処し、捌く槍使いはその槍の柄の先から更に小さな刃を出し、両刃で凄まじい連続攻撃でユキナに攻めいる。

 

彼女は槍全体を使いこなしてその乱舞を受けきった。

 

「両刃の薙刀ですか……。」

 

ユキナはそうつぶやくとユキナの新調した武器“セッカロウ”(何でも固有名は変わらないらしい)の柄を地面に押し当てる。

肉厚の刃が開き、十字槍のような形に変わった。

 

「いきます!」

 

再度突進し連続突きを繰り出した。先端の槍が突き技に、両側に開いた部分は斬撃を生み出す。

一撃が3連撃に変わったセッカロウを使用したユキナの猛攻は徐々に槍使いを追い詰めていく。

 

 

『調子に乗るな!!下民がぁ!!!』

 

槍使いのHPが黄色に入った所で衝撃波が発生し、ユキナが吹き飛ぶ。

 

敵槍使い、《フォレストエルヴン・スピアロード》はその名を変え《フォールンエルヴン・ロイヤルスピアロード》へと名を変えた。

 

その容姿も四本の腕にそれぞれ短槍を持ち、二つの顔でこちらを見据える。

 

「ユキナさん、流石にここからは介入するぞ。あれはプレイヤー独りで対応出来るような相手じゃない。」

 

キリトがそういうと俺に身を抱かれていたユキナは頷き、立ち上がった。

4人は敵エルフを囲むと一斉に攻撃を始める。

エルフの短槍は凄まじい速さで対応してくるも4人の攻撃もまた更に凄まじい物だった。

キリトの剣が四本の内の一本の腕を斬り飛ばし、アスナの細剣が違う腕の肘を穿つ。そしてユキナの槍が肩を穿ち、俺の曲刀が残る一本の腕を四つに分断する。

 

そして四人同時にはなったソードスキルがフォールンエルヴン・ロイヤルスピアロードのHPを綺麗に吹き飛ばした。

 

バカな……。その一言と共に消えた敵エルフ司令官はまるで爆発したかのようにポリゴン片に変わり、それと同時に砦も徐々に崩れ始めた。

 

俺達は即座に来た道を全速力で駆け抜ける。恐らくは探せば抜け道を見つけられる可能性は高いだろうが探すよりも全力で駆け抜ける方が恐らくは早いだろうという判断だ。

 

やがて出口にさしかかり、俺達は勢いよく飛び出すと眼前に広がった光景は気持ちの良い物だった。

 

数多くの黒エルフ達の歓喜の声と仲間達の出迎えを受けて俺達は黒エルフの司令官の元へと向かった。

 

どうやら第五層の翡翠の秘鍵のイベントはこれで終わりらしい。

キズメルはティルネルと共に三層、四層で手に入れた秘鍵を上層に運ぶべく、またも黒エルフ専用のゲート霊樹の門を使用して上層へと上がっていった。

 

俺達はそれぞれが報奨を貰い、またしてもボスの情報を貰った。

第五層フロアボスは《グラボイズ・ザ・ワームロード》というらしく音に反応する地底生物型のボスが三体らしい。

 

基本的には無敵となる地中に居るらしく足音などに反応して地中から攻撃してくるらしい。

対処方は攻撃された時に一定以上のダメージを与えることと、HPが少ないときは動かないことらしい。

 

尚このボスはHPが黄色になると身体から三体の地上型mobを産むらしく、そいつ等にプレイヤーがやられると取り巻きが一気に増殖するので注意が必要との事だった。

 

報奨の品の方は皆はブーツや隠蔽効果の高いマントなどを選んでいた中、俺は一振りの武器に目がいった。

 

正確には二種類存在したがその内の片方、《小太刀・小狐丸》を選ぶ。

とりあえずは今まで使用していた曲刀を使用するが今日からは刀スキルの方も熟練度を上げねばなるまい。

 

 

全ての工程を終えた俺達は主従区に戻り、今回得た情報を攻略会議にて皆に伝える。

今回はレイドの平均レベルの底上げをするとの事で、すぐにはフロアボス戦は行われなかった。

また、刀スキルの修得条件もアルゴを通じて流し、俺達御庭番衆は奴の……PoHの捜索を最優先にする。

 

今回、レイド人数の上限が二レイド分になり、俺達のギルドは全員が参加する予定だった。

 

そう、奴の手掛かりがフロアボス戦直前で見つかったりしなければ……。

 

 

フロアボス戦予定日、それもフロアボス戦討伐隊、集合一時間半前にアルゴから情報が入ったのだ。

 

《第三層のはずれの村付近の森の安全地帯にモルテの姿が確認されたゾ。一応知らせておくが無茶をしたりはするなヨ》

 

その情報を手にした俺は迷う事無く第三層へと向かおうとする。

御庭番衆の者にフロアボス戦をしてもらえば問題は有るまい。

 

そう考え、皆にそのことを伝える。

ほとんどの者は了解してもらえたが二名が反対した。

ユキナとナーザだ。

2人は俺が単独で動く事を良しとせず、自分達も連れて行くように言い出す。

とはいえ二人も連れていくとイスケがボス戦に参加できない以上ギルドメンバーの人数がフルパーティに届かなくなってしまう。

 

俺がその旨を伝えるとナーザはならばユキナだけでもと言い始めた。

ユキナもユキナで譲る気は無いようだ。

事実、対人戦に対しては俺をのぞけばユキナは最も強いだろう。

レベルこそギルド内ではイスケの次に低いがそれでも23はある。

 

引く気の無い2人の意見に俺は根負けしてユキナの同行を認めた。

 

 

~第三層~

 

アルゴから細かな話を聞いた俺は第三層メノウ村に付き、周囲のフィールドを探索し始めて1時間程たつ。つい先ほどナーザから第五層フロアボスを犠牲者0で撃破したとの報があった。

 

この近辺では次の村の宿屋に近い安全地帯が最後になる。……取り逃がしてしまったのだろうか……。

 

そう考えて居たときだった。剣と剣がぶつかり合う音が聞こえ、その足を早めて安全地帯に入った。

 

そこではコイフを被ったプレイヤーが他のプレイヤーに今まさにトドメとなるソードスキルを叩き込む瞬間だった。

俺がそれを確認した瞬間、ソードスキルを叩き込まれたプレイヤーの身体がブレてポリゴン片に変わり弾け飛ぶ。

 

コイフを被ったプレイヤー、モルテはその瞬間とても楽しそうに笑っていた。

爆散したプレイヤーの残滓が消えるとモルテの前にはWINの表示が現れる。

モルテは俺達の存在に気付くとニヤニヤしながら話しかけてきた。

 

 

「あれあれぇ~?誰かと思えば攻略組のアオシさんにユキナちゃんじゃないですかぁ??こんな所でなにしてるんです~?」

 

「あ、あなた、今、何をしたのか分かっているんですか!?他のプレイヤーのHPを0にするなんて……この世界ではHPが0になったら現実で死んでしまうんですよ!?」

 

「やだなぁ~事故ですよぉ?ここに来たプレイヤーさんと訓練してたら誤って全損しちゃっただけで故意じゃないに決まってるじゃないですかぁ~。」

 

モルテはそう言いながらポーションを飲み始める。HPの確認は出来ないが無傷ではなかったのだろう。

 

「なるほど……あくまでもお前の言い分は事故だと言うのだな。だがならば何故人を殺してそんなにヘラヘラとしている。後悔が有るようには見えぬが……。」

 

「自分、前向きがモットーなんでぇ。それに……茅場が死ぬって言っただけなんでぇ~本当に死ぬかはわからないですよねぇ~?実際。」

 

「……そうか。ならば無論俺ともデュエルを出来るな?」

 

俺はそう言いながら奴に完全決着のデュエルを申し込む。

 

「やだなぁ……完全決着なんて怖くて自分受けられないですよぉ?それにぃ、攻略組の中でもトップクラスのアオシさんに攻略を途中棄権した自分が勝てるわけ無いじゃないですかぁ。だからこうしますよぉ~。」

 

奴はデュエル申請を断ってきた。とはいえこのまま逃がすわけにはいかない。どうにか奴を捕らえるなりしなければ……。

 

「アオシさんの相手はぁ……この人がしてくれますよぉ?ま、完全決着なんてのは誰もやっちゃくれませんけどねぇ?」

 

そういうモルテの背後から、肉厚で刀に近い形状の片手剣を持った、同じくコイフを装備したプレイヤーが現れた。……恐らくは隠蔽スキルで隠れていたのだろう。

 

「ウフフ……これは確かにフロアボス戦を蹴って来た甲斐がありそうだ。いいのか?モルテ、こんな上等な獲物達貰っちまってよ。」

 

「そりゃそりゃもうもう。どーぞどーぞですよぉ。ジンさんは自分より強いですからぁ。楽しい相手はゆずらないとぉ。」

 

現れたのは……攻略組、リンドのギルド、ドラゴン・ナイツ・ブリゲード所属のジンだった。

ジンは現れてから俺達には話しかけることもせずにデュエル申請をしてくる。

モードは自由。

半減決着モードで返すとジンは不敵に笑いながら剣を構えた。

 

俺は武器を曲刀から小太刀に持ち帰ると奴の身体の動きに集中する。

ジンの構えは無形の位。にもかかわらず隙らしい隙は見えず、初手は全くといっても良いほどに読めない。

 

デュエル開始のカウントが0になる前に奴は駆け出し、その剣を突き出してくる。とっさに横にかわすも、まるで読んでいたかのようにその剣筋を横薙に変え、それをギリギリの所でかわした所でちょうどデュエル開始のウィンドウが目の前に現れる。

距離が近いが故だろう。視界のほぼ全てに現れたウィンドウは、一瞬とはいえ俺の視界を遮る目隠しになり、ジンの剣にライトエフェクトが着いたことに気付くのが遅れた。

その結果、ウィンドウが消える刹那で俺の身体を三本のライトエフェクトを纏った剣が襲い、一気に四割近くのHPを削り取られてしまった。

 

「ウフフ……攻略組で黒の忍と呼ばれているアオシとはこの程度の実力なのか?」

 

一旦距離を取った俺に対して話しかけてくるジン。……黒の忍か。柳とかいう通り名よりはマシだが誰が言い始めたのかは気になるな。

 

返答をしない俺に対し、尚も責め立て始めたジンだが初撃以外は5分、10分たっても追加でダメージを与える事はなかった。

 

「……一つ聞きたい。お前は奴が……いや。奴らが何をしているのか分かっていて手を貸しているのか?」

 

「ウフフ……ようやく話したな。知らんよ。興味もない。俺は人を斬れればそれで満足なのさ。その先に有るものなど興味をもてるはずもあるまい!」

 

急に俺から距離を取ったジンは剣を目の前に掲げて声を出し始める。

 

「我……不敗也!我……最強也!我…………無敵也!!」

 

そのつぶやきに呼応するかのように奴の筋肉が隆起していく。

これは……二階堂平法・心の一方か!?

俺の記憶では確か既に断絶した流派のはずだが……しかし、奴の身体を見る限りきっちりと術は成功している。

 

流石にゲーム世界で実際に筋力や速力が最大値を越えることは無いとは思うが100%能力を使いこなす事は充分あり得る。

そう考えた俺は奴の動きに最大限警戒した。しかし、次の瞬間奴は俺の目の前まで移動し、その剣を振り下ろした。

かろうじてかわした俺は戦慄を覚える。

 

確かに奴の一撃はライトエフェクトを纏ってはいたが、その威力は地面を穿ち、かなりの粉塵が巻き起こす程の物だった。

砂煙で姿を隠したジンは次の瞬間、またもや目の前に現れ、まるでアスナのリニアーのような速度で横薙の一撃を放つ。

俺は小太刀を使いその一撃を受け流すと出来た隙に即座に回転剣舞を放……とうとしたところに奴の剣が先程とは逆の手で放たれ、一撃を肩に受けてしまった。

 

ソードスキルではなかったが故に被ダメージは一割に届かない程度では有るがギリギリ勝敗が決しない……つまりは奴らにはPKを狙えるベストポイントに

なってしまった。

 

 

「ウフフ……どうだ?黒の忍、次に食らうのがもしも大ダメージを与えるようなソードスキルならばお前は死ぬぞ?ウフフ……ウフフ……ウフフフフ。」  

 

「ふむ……確かにそうだが……だからどうした?ならば食らわねばよい。そして同じ条件に持っていけば良いのだろう?」

 

俺はそう言うと小太刀を逆手に構える。

 

そして流水の動きを併用して一気に攻め立てた。

最大まで加速された速度の移動をしながらも奴の瞬きの瞬間を狙い奴に肉迫する。奴がそれに対して攻撃を放つもその全てを小太刀で受けつつ空いた手で体術を放つ。

 

御庭番式体術・三角突き

 

拳に黒き光を纏う拳撃は奴のライフを一割ほど削る。

更に逃がさないと言うかの如く肉迫し続け攻撃を続る。

奴はなんとか対応しようとするが、そもそも奴の使った心の一方と変わらぬ身体能力を発揮できる俺とでは実戦の経験そのものが違うのだ。

奴の動きに慣れた以上、この結果は必然で有り。例え再戦しようとも現状ではもう二度と攻撃は当てられないだろう。

そして約一分後、デュエルは決着が着いた。

 

 

「ち……奴は逃げたか……。まぁいい。貴様にはきっちりと説明してもらうとしよう。この世界に痛みがないとて拷問をする事は出来る。」

 

「ア、アオシさん、拷問って……。」

 

俺は奴に着いてくるように促すとユキナと共に歩き出した。

 

トストス……

 

背を向けた俺達は一気に身体の力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。麻痺毒のようだ……。

 

 

「くふ……うふふふふ。油断大敵だぞ。黒の忍。オレンジになっちまったが仕方ねぇ。先ずは俺に恥じかかせてくれたお礼にてめぇの目の前でその女、殺してやるよぉ!」

 

奴は血走った目でユキナをみると剣にライトエフェクトを纏わせ一気に突っ込んでくる。それを見たユキナが小さく悲鳴を上げたのと同時に少し重い物が地面に落ちる音と水のような物が吹き出す音が辺りに響く。

 

 

御庭番式小太刀二刀流

“陰陽交叉”

 

 

 

 

 

俺は小太刀と曲刀、その二振りの刀を使って奴の首を落とした。

 

本当ならば奴が投げたビックが刺さったフリをして取り逃がしたように見せかけ、奴らの頭であるPoHの下に案内させるつもりだったのだが……。

 

よりにもよって狂いだした上に俺ではなく、ユキナに攻撃を使用とするとは。

 

 

 

そう考えているとき、背後からプレイヤーが近付いている事に気付いた。

未だ麻痺の解けていないユキナを抱え後ろを確認すると野武士のような顔をした男性プレイヤーのその顔を見る。

男はその顔に困惑と疑念、それが8対2程で混じっているように見える。

 

俺は男の顔に見覚えがあった。確か……始まりの街でキリトと共に広場から抜け出た男だったはずだ。

……面倒になりそうだ。ユキナを連れ、退散するか……。

俺はそう考え、ユキナを抱えてその場を立ち去る。

一度だけ小さく声をかけられたが、追いかけてまでは来なかった。

 

そのまましばらく歩き、メノウの村の転移門へと向かうのだった……。




次話、MORE DEBAN組のお話になります。


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第六層~第八層
リズベットの道


更新遅くなり申し訳ありません。
MORE DEBAN組三人目、リズベット視線のお話になります。
※10月2日修正済み


「攻略組……か。鍛冶屋として自分でも素材を集められるようにする為に参加したのにな……。」

 

第三層、メノウ村の宿屋で窓から外を見ていた私は、不意に随分今の生活が充実しているように感じている事に気付いた。

 

アルゴの指揮の元で高効率のレベリングに参加してかなり戦いに慣れ、その上、同じパーティーにいるクラインが攻略組を目指しているからだと思う。

 

鍛冶屋としてこのゲームのクリアに貢献することに不満はないし、満足もしている。

始まりの街でずっと居たらきっとこんな事は思わなかっただろう。

 

きっとやるべき仕事をしてそれで満足していた。少なくとも無気力になったりはしないと思う。

……ただ待っているなんて私の性分じゃないもの。

 

 

だからこそいつかは最前線で鍛冶屋を開けるようになりたい……そう考えていた頃、情報屋のアルゴにこのパーティの事を聞いた。私は渡りに船とばかりにこのパーティに参加したし、実際アルゴが信用しているプレイヤーと言うだけあってなかなかに気の置ける仲間達だと思う。

 

クライン達、風林火山のメンバーは気さくで明るいし、シリカも最初こそオドオドしているところも有ったけど今では自然に笑ってる。

アルゴは直ぐに情報を抜き取ろうとはしてるけど、私に鍛冶師としての道を示してくれた。

私はこのパーティに誘ってもらって良かったと思っているし、出来るならずっと一緒に行動したいとすら思っている。

 

 

……でもきっとそれは叶わないだろう。クライン達風林火山は今後は攻略組として動きたいらしいし、アルゴも情報屋である以上はずっと行動を共にはしてもらえないと思う。

シリカは分からないけど……どちらにせよ私達2人で冒険を続けるのは難しいんだろうな……。

 

そんなことを考えながら宿屋の窓から転移門を見ていた。

そこに来たのは少女をお姫様抱っこしている長身の男性プレイヤー……。

 

「……ったく……よくもまぁこんな状況でいちゃいちゃ出来るもんよね……。」

 

あきれた私は溜め息を付きながら様子を見ているとそこに見知った顔のプレイヤーが近付いていくのが見える。

アルゴだ。ここからでは何を話しているのかは聞こえないけど……。

 

私は少しだけ気になり宿屋を出てみることにした。

 

 

一階に降り、宿屋から出てみる。2人に近付こうとすると男は少女を抱いたまま転移門を使って居なくなってしまった。

 

「リッちゃん、こんな夜更けに出歩くのはオネーサン危ないと思うナ。何か用事かニャ?」

 

「あんたも同じく出歩いてるでしょ~?……さっきの男は知り合い?何だが妙な感じだったけど……。」

 

「ん~……まぁ企業秘密かナ?リッちゃんと一緒でオレっちも情報屋としての誇りがあるんでネ。聞きたいなら基本料1000コル+口止め料になるけど……どうすル?」

 

「別にそこまでして聞きたい訳じゃないから別に良いわ。それよりもあと5日位で第六層までいくって言うのは本気なの?それぐらいならまだ最前線でしょ?あの層は」

 

「翡翠の秘鍵を第五層まで終わらせるならそれくらいはかかるしネ。フィールドだけなら最前線でも戦えるくらいのレベルにはなってるヨ。メタリックアメーバ様々サ。」

 

確かに今のパーティ平均レベルでも16は行っている。……というかレベル15に届いていないのはシリカだけだ。だから確かに無理ではないだろうが、何故だろう……あまり中層にとどまらせたくない理由でもあるのかしら……。パワーレベリングは確かにしていたし、そのおかげで一気にレベルは上がったけどいきなり一気に三層も上の層に移ろうとしているのは少々アルゴらしくないような気がするけど……。

 

 

アルゴは用事があると言い残し、私に宿屋にいるように言いながらどこかに行ってしまった。

まぁ確かに誰もプレイヤーのいない夜のメノウ村には、特別用事でも無ければ居ても仕方ないんだけどね。

 

私は溜め息を1つ着いて宿屋に戻ると、何故か一階の広場にクラインが座り込んでいた。

 

「あ、あんた何でそんなとこに座り込んでるのよ。びっくりしたじゃない!」

 

「ん、お、おぅ、すまねぇ……いや、何でもねぇんだ。……それよか嬢ちゃん、今日は大人しく宿屋に居とけ、な?」

 

「さっきアルゴにも同じ事言われたんだけど?何があったのよ?ここは一応圏内なんだから別に危険はないはずでしょ?」

 

私の話を聞いて明らかにしまったと言いたそうな顔を浮かべるクライン、……隠し事が下手ね。

 

「い、いや!!大したことじゃねぇんだ。ただよ、明日から第四層だしよ?つかれちゃなんねぇだろ!?」

 

明らかに慌ててついた嘘。明日の四層への移動はアルゴの都合で昼だもの。

……。

 

「あっ!いけない、私ったらこの層で手に入れておこうと思ってた素材を取りに行くの忘れてたわ。明日だと時間ないしちょっと今取ってくるわね。すぐそこのフィールドだし。」

 

「それならオレが取ってきてやるって。女子供の夜の一人歩きなんざ危ねぇしよ。」  

 

「鍛冶スキル持ちじゃないと手に入らない素材なのよ。別にこの辺りのmobに遅れを取るようなレベルじゃないし別に良いわよ。」

 

クラインは何かを言い掛けて口を結び、やがて頭に手をやって首を振る。

 

「……わぁった!わぁったよ。ちゃんと話す。ちゃんと話すから頼むから宿屋から出ねぇでくれ。おりゃあ仲間に死なれたくねぇんだよ。」

 

やがてクラインは先程自分がみた物をぽつりぽつりと話し出してくれた。

要は先程、プレイヤーを殺そうとした奴がいて、更にそれを返り討ちにしている男性プレイヤーがいたらしい。

そのプレイヤーはまだこの辺りにいる可能性もあるらしく、出来れば出ないで欲しいという事だった。

その男は一緒にいた少女を護る為にプレイヤーを殺したようだが、その後、少なくとも目が合ったときには全く動揺もしていない様子で歩いていったらしい。

 

確かに、誰かを護る為に仕方なく返り討ちにしたのなら理解もできるし、人となりもさほど悪くはないと思う……。

でも、クラインがその男に感じたのは“慣れ”らしい。

 

恐らく、男は殺しに慣れている。そう直感し、その男には声もかけられなかったのだそうだ。

 

 

「それによ、見たときはそいつらデュエルしてたんだよ。それを見た限りじゃ俺達なんか相手にもならねぇ。レベルとかじゃなくて明らかに戦い慣れてんだ。」

 

「……なるほどね。そりゃ確かに隠したくもなるわね。でもね、ホントに隠すなら少なくともそんなとこで動揺してんじゃないわよ。もし私じゃなくてシリカがここにいたらどうするわけ!?」

 

「す、すまねぇ。……でもよ、あの男が連れてった女の子が気掛かりで部屋にも戻る気分になれなかったんだよ。もしなんかあったら……ってな。」 

 

「……はぁ。行くわよ!」

 

なおも落ち込んで座り込んでしまったクラインの腕を引く。全く……気になるなら行動すりゃいいのよ!行動すりゃ!

 

困惑したように慌てるクラインだけどあんまり抵抗しないとこ見ると理解はしてるみたいね。

 

「っと、そうだ、その男や女の子の特徴は?探すにしてもそれが分からなきゃ探せないじゃない。」

 

「あ、あぁ、そうだな……男の方は俺くらいの身長で黒髪、結構な色男で眼光は鋭い感じだな。あとなんとなく幼い感じの顔立ちだった。んで女の子の方は倒れてたし男が抱き抱えて連れてったから顔までは見えなかったけど黒髪のセミロングだったよ。」

 

「……それって……捜索中止、アルゴの居るとこ調べてそっちに当たりましょ。さっきそいつら転移門に入っていったからこの付近には居ないわ。」

 

「いや、そんならそれで別に良いんだけどよ。何だってまた……」

 

クラインが喋ってるのはスルーしてフレンドリストからアルゴの現在地を探す。

 

どうやら第六層の主従区にいるみたいね……。

私はクラインの腕を引き、転移門に入る。

 

「転移、ハルジオン!」

 

 

 

 

 

 

ハルジオンについた私達2人は直ぐにアルゴの居るであろう場所に向かう。

有る程度近づくとクラインが手で制してきた。……索敵を使用するとどうやらアルゴの周りには5人、プレイヤーの反応があった。

クラインが私の腕を掴んでそばにあったNPCハウスに連れ込む。

 

 

「ちょっと、なんなのよ?その角の先にアルゴ居るんだからそこで聞いちゃえば良いじゃない!」

 

「ちょっと待てって!ここの二階から見れんだからよ、先ずは誰と話してんのか確認してからでも声かけんのは遅かねぇだろ?」

 

……確かに別に遅くはない。それにさっきみたいに近づくとすぐ居なくなるんじゃ顔も確認出来ないしね。

そう考えた私はクラインと共に窓から下を覗き、その容姿を確認する。

 

1人は褐色の肌にスキンヘッドの大柄な男性、それにフードケープをつけた女性に隣にいるのは黒いロングコートを着た少年、後の2人は先程メノウ村でみた長身の恐らくはまだ少年だろう。そしてその横には先程男性に抱えられていた少女がいた。

 

アルゴを含め、六人が六人ともなにやら深刻そうな表情で話しているようだ。

 

 

「キ、キリの字……?それにやつぁさっきの奴じゃねぇか……。」

 

……先程までの話しとクラインの反応を見ればだいたい分かる。

恐らく、先程私が見かけた男性がクラインが警戒をしたプレイヤーなのだろう。

 

「……知り合い?」

 

「あ……あぁ……一番最初、まだこのゲームがデスゲームだとは知らなかった頃にな、俺を助けてくれたプレイヤーなんだ。」

 

「……行くわよ。あんたの知り合いも居るんだから話を聞くくらいは出来る。そうでしょう?」

 

私はクラインの返答を聞く前に腕をつかみ道に出た。

すると急に六人の内の2人はその場所を離れていくのが索敵の反応でわかった。

 

私達2人が路地にはいるとやはり先程までいたクラインが警戒していたプレイヤーとその男が抱えていた少女が居なくなり、4人のプレイヤーしか居なかった。

 

「……リッちゃん、宿屋で寝てるように言っといたロ?まぁ何事もなくてなりよりだけどナ。」  

 

 

振り返ってこちらを見るアルゴの表情からは心配と安堵、それにほんのすこしの困惑が見て取れる。

 

「……さっき第三層で起きたことはクラインから聞いたわ。彼はその瞬間を目撃して居たの。それを踏まえて聞くわよ。あなた達は何を企んでいるの?」

 

4人が4人とも不思議そうな表情を浮かべてこちらを見てくる。……あれ?私、変な事言ってないわよね?

 

「……クライン、久し振りだな。元気してたか?」

 

「お、おぅ、俺らもあともう一頑張りで攻略組に合流出来そうだからよ、もうちょいしたらよろしくな?」

 

「なぁ、誰か紹介してくんねぇか?嬢ちゃん、訳がわかんねぇってツラしてんじゃねぇか。」

 

「そうね。ねぇキリト君、あなたから名前は聞いているけど初対面なんだからちゃんと紹介しなさいよ。」

 

「あ、あぁ。そうだな。こいつはクライン、俺とは始まりの街で会った仲だけど顔はともかく信用できる奴だ。……顔はともかく。」

 

二度言ってる。それ重要かしら……?……じゃなくて!

 

「じゃなくて!アルゴ!あんた説明くらいはちゃんとする気有るんでしょうね!?クラインは一部始終見ていたのよ!?なんであんたらはPKしたプレイヤーとそんなに仲良さそうなのよ!?」

 

「あ~……見てたプレイヤーはクラインだったのカ。んでリッちゃんが聞いてオレっちが何か知ってると思って来たんだナ?」

 

「おぅ。まさかキリの字まで居るとは思わなかったし、あの男と会ってるたぁ思っちゃ居なかったけどよぉ。」

 

「まぁクラインには元々話しはしてあったんだし別に話しても構わないだろうとは思うけどな。ただ……君に話しても平気なのかが……。」  

 

「それはオレっちが保証するヨ。リッちゃんは秘密を漏らしたり、アー坊みたいに単独で無茶したりはしないサ。」

 

そうアルゴが発言したことでキリトと呼ばれた少年も安心したように溜め息を一つした。

そしてぽつりぽつりと話し出す。PoHというプレイヤーの事、そしてその仲間の疑いがあるというプレイヤー、更にはそいつらの考え方と所行を。

 

どうやらそこまではクラインも聞いていたみたい。特に何も反応はしていない。私は私でPKやMPKを平然と行う者が本当にいると言うことにショックを受けた。

 

「それと……クライン達はアオシを危険視しているみたいだけど、むしろ奴らと正面切ってぶつかっているのはアオシだからな。アイツが奴らと同類な訳はないよ。」

 

「でもよぉ……奴はプレイヤーを殺しちまったってのに顔色一つ変えなかったんだぜ?いくら何でも可笑しいだろうが……。」

 

「まぁ多少は気にした方がいいだろうが……奴がプレイヤーを殺したのは正当防衛だったってのは事実なんだろ?俺は奴とは第一層ボス攻略から見てるが、むしろ他のプレイヤーを護ろうとしているところを何度も見てんだぜ?PKを憎みこそしても、奴らに加担するようには見えねぇな。」

 

「……わかったわよ。付き合いの長いあんたらがそう言うなら先入観で判断しないようにするわ。」

 

「ところで……リッちゃん、さっきのアー坊もだけど彼らは攻略組だヨ?商売はいいのかニャ?」

 

アルゴに言われて改めて彼らの装備を見る。……なるほど。確かに攻略組というだけあってかなりのハイスペックな装備だ。

今の私じゃ強化はともかくまだ作成するのは無理そうね。

 

「キー坊、アーちゃん、それにエギルの旦那、良い機会だから紹介しておくヨ。彼女は今現在では間違いなく最高のプレイヤー鍛冶屋、リズベットだヨ。注文とかしてみたらどうだイ?」

 

「ほう……ならこいつはいるか?ストレージにゃはいらねぇから今の所余ってんだけどよ。」

 

エギルがそう言ってリズベットに渡したのはネズハからキリトへ、キリトからエギルへと渡ったアイテムだ。

鍛冶屋から譲られたものだから有れば便利だろうと思ったのだが……。

 

「あ~……申し訳ないんだけどそれは有るのよ。どちらかというとお得意様になってもらえると嬉しいかな。」

 

そう言ってリズベットはエギルとフレンド登録をし、残る二人にも登録をしてもらえるようにウィンドウを出……。

 

「悪い!ちょっと急用みたいなんだまた今度登録させてもらうよ。」

 

突然黒髪のーアルゴからはキー坊と呼ばれていたープレイヤーがそう言って走っていってしまった。追随するようにフードケープをかぶったーアーちゃんと呼ばれていたー少女も一礼をして走っていってしまう。

 

「ちょっ、なんなのよ!?」

 

せっかく攻略組のお得意様が3人できると思ったのに……。

 

「まぁあの二人だからナー。リッちゃんも最前線で商売出来るようになればすぐにまた再会すると思うヨ。……そうだ、エギルの旦那はちょっと時間あるかナ?」

 

「ん?……まぁ仲間との合流予定の時間もあと1~2時間位はあるが……。」

 

「ならこの二人と一つクエストをクリアしないカ?アースドラゴンの討伐クエなんだけど、報酬の竜骨をリッちゃんに生成してもらえばこの層までで確認されている両手斧の中では最強の攻撃力を誇る竜骨の斧が作れるゾ?」

 

「ほう……そりゃあ助かるな。だがその二人は平気なのか?」

 

「2人だけだと無理だナ。正直エギルの旦那以外のタンクには頼めない難易度だヨ。」

 

「それなら俺の仲間と言った方が安全だろう?」

 

エギルの真っ当な疑問にアルゴは指を左右に振りながら答える。

 

「これがまた鍛冶スキル300以上のプレイヤーが最低1人は居ないと受けられないんだナ。その上パーティー上限が3人と結構厳しめのクエなんダ。まぁクラインのお兄さんに関してはレベルは問題ないはずだヨ。経験を積ませておきたいっていう親心みたいなものサ。」

 

アルゴは更にと竜骨以外にも、レアドロップでアースドラゴンの角という素材が出ることを私達に教えてくれた。何でも角は刀作成に使える可能性があるらしい。

 

断る理由が無いし、私はそれを受けたいと言うとアルゴが手を差し出してきた。

……守銭奴ね。いや、ホントに。

私達全員からそれぞれ2000コルを受け取るとアルゴは用事があると人混みに消えていった。

……そういえばいつも昼間は私達に付き合ってくれてる事が多いけど夜になるとあんまり見かけなくなるわね……。いつ休んでるのかしら……。

 

 

私達3人はアルゴの情報の通りにアースドラゴン討伐クエストを受注するとフィールドに出てから北に20分程歩いた先にある山へと辿り着いた。

 

私が驚いたのはフィールドmobの攻撃力、そして気持ち悪さだ。この層は蛇型のmobが多く、毒や麻痺毒などを喰らわせられる可能性が高いようだ。

実際初戦で私は麻痺に、クラインは毒を受けている。

 

幸いアルゴの忠告道理解毒ポーションは常に20以上ストレージに入れてあるので大事には至らず、初戦もエギルが1人で倒してくれたが、今後はそうならないように常に解毒ポーションを飲んで耐毒を最大にしておいた。

 

その後の戦闘では流石に初戦のような窮地には一切ならずに切り抜け、目的地へと辿り着いた。

……ちなみにエギル曰わくタンクは元々耐毒が高い上にエギルは更に常に解毒ポーションをフィールドにでる前には飲むようにしているらしい。

敵の攻撃を受け止める以上は常に警戒していて損はないとの事だ。

 

……流石は攻略組、心構えから違うわ。

 

 

3人が広場に到着すると急にボコンと地面が盛り上がり、地中から体長10メートル以上は有りそうな巨大な蛇が現れる。

頭に一本一メートルは有りそうな角が生えているその蛇の名前は

“ザ・サーペント・ドラゴン”

固有名にtheがつく所謂ネームドボスという奴だろう。

……正直私は今怖いと心底思っている。

攻略組に入れるのかも知れない。そう考えたのは甘い幻想でしかなかった事を思い知らされた。

蛇の眼光ににらまれた瞬間に呑まれた私に褐色の巨漢が大声を上げて走っていくのが見えた。

 

「お前ら!解毒ポーションを飲んだらこいつの硬直を見定めて全力ソードスキルを一本入れろ!!良いな!」

 

「お……おう。」

 

「わ、わかったわ。」

 

私と同じように呑まれていたらしいクラインも慌てて武器を握り直し、2人で解毒ポーションを飲み干した。

 

数分の間、私達2人はただ敵の動きを観察することに集中し、蛇竜の行動パターンを覚えることに必死だった。

幸い、蛇竜の攻撃力はボスにしてはそこまで高くないのか、エギルのHPもこの数分で二割程削れている程度で済んでいる。

 

蛇竜の行動パターンは三つ

・尻尾の横薙

・角でのかち上げ

・毒霧のブレス

のようだ。

毒霧のブレスの後の硬直時間は比較的長く、大凡にして7秒、後の二つは約3秒程の硬直時間のようだ。

 

私達はエギルの指示道理、攻撃と攻撃の合間にソードスキルを打ち込んでいく。私は一発、クラインは二発打ち込んでいるようだ。

更にエギルはエギルでその合間にポーションを飲むことでHPの減少を最小限に抑えている。

 

これなら行ける!なんだ、最初の印象だけが怖いだけじゃない。

……私がそう思い、現在持っているメイススキルの最強連撃技を発動させた時だった。

 

「次!HPが赤になる!いったん離れろ!」

 

エギルの大声にしまったと歯噛みする。今、蛇竜はブレス直後の長時間硬直時間になっているはず……それも私の四連続技のソードスキルが発動し、蛇竜のHPを削った事で変わっていた。

 

本来硬直時間で動けないはずの蛇竜は即座に反撃をして来たのだ。

角によるかち上げ、まともに受けた私の身体が宙に投げ出される。

私は何とか振り返ると眼前の行動に驚いた。

本当に……比喩でもなく本当に目の前に蛇竜の巨大な口が有ったのだ。

私は何とか抵抗しようとメイスを取り出したけど間に合わず、視界が真っ暗闇に変わった。

 

…………丸飲み……?HPを見るもかち上げで減った三割以外は減って……いや、減り始めている。本当に少しずつだけど確かに減っている。

私は無我夢中で……それこそホントの本当に必死に暴れた。

外の音も光も届かない。喋りたいのに声がでない。手や足を動かしているのにネチョッとした感触は消えてくれない。

 

もう気が狂いそう……その上、HPは尚も減っている。今は五割を切った。

 

私、死ぬの……?

 

四割

 

こんな事なら攻略組のフィールドなんていかなければよかった。

 

三割

 

もし、もし万が一助かったら二度と最前線なんてくるもんか

 

二割

 

……嫌だ!こんなとこで死にたくない!誰か、誰か助けて……。

 

一割

 

死にたくない、やだ、止まりなさいよ……!ねぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

私の目に見えるHPバーのゲージがほとんど見えなくなった。私は目を閉じ、死にたくないと暴れる。

……私が死んだら誰か泣くのかな……お父さん、お母さん、ごめんなさい……。

 




ちょっと半端ですが今回はここまでにします。
感想お待ちしております。


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PKの代償

日にち開いてしまい申し訳ありません。お気に入り、感想、評価までありがとうございますm(_ _)m
それを励みに頑張らせていただきますm(_ _)m
※10月2日修正済み


「アー坊、奴は見つかったのカ?」

 

転移門に入ろうとする俺の前を遮り現れたのは、この層にモルテが居ることを教えた張本人、情報屋“鼠”のアルゴだ。

恐らく、このメノウ村で俺が戻るのを待っていたのだろう。

 

「あぁ。……やはりモルテ……いや、PoHは攻略組に仲間を潜入させているようだ。モルテは自分が逃走する為に、ドラゴン・ナイツ所属のジンエを待機させていたからな。」

 

「成る程ネ……ならオレっちの方で極秘にリンドに伝えようカ?それともアー坊の事だからもう黒鉄宮に送ったのかナ?」

 

アルゴからの問いかけに俺はほんの少し答えを迷った。……例え外法の者とはいえ俺の行った行為は結果としては奴らと同じ、“殺人”なのだ。……もっとも隠したところですぐに発覚するのだ。仕方ない……。

 

 

「……いや、殺した。」

 

流石のアルゴも予想外だったのだろう。言葉に詰まり、表情にも多少の緊張が見られる。

 

「一応……理由は聞かせてくれるのかナ?」

 

……表情を見たり、声色を注意して聞けばある程度の相手の心理状態はわかる。

アルゴから感じるのは確認が欲しいといった感情だろう。

 

「……麻痺毒を受けたフリをしてPoHの元へ案内させるつもりだったのだがな。奴は殺しにしか興味は無いらしい。撤退する素振りすら見せなかった。……危うくユキナを殺されてしまう所だったよ。」

 

未だに俺の腕で寝息をたてている少女を見ながらアルゴにそう言い、更に続ける。

 

「アルゴ、出来ればキリト、アスナ、エギルにも奴等との対峙に伴う危険について直接話したい。悪いが第六層の転移門に呼んでおいてくれないか?」

 

「アー坊は両手が塞がっているものナ。抱き心地はどうなんダ?」

 

アルゴの表情は言葉道理、ニヤニヤと笑いを浮かべながらながらそう言い、更に絡んでこようとしている。……ん?……これは……

 

 

!?……誰かこちらに向かってきているな……。あの男か……?

 

「すまんが先に行かせてもらうぞ。奴を殺した時に男のプレイヤーに見られているのでな。」

 

俺はそういうと転移門に入り、第六層主従区、ハルジオンに飛んだ。

青い転移の際に起きる光に包まれ、俺達は第六層へと到達する。

 

……というかいい加減に起きているのではないか……?先ほどといい……そう思いながらユキナを凝視してみる。

 

 

「……ん……ん~……うにゅ……?」

 

ゆっくりと瞼をあけたユキナと目が合うと、彼女はいきなり胸に抱いていた槍を戦闘形態に変えて俺の腕から飛び退いた。

 

「……何をしているんですか?アオシさん?」

 

「麻痺しているお前をここまで運んだ者に対する礼儀か?それは。それにアルゴと話している途中から起きていたのではないか?」

 

「………………………黙秘します。」

 

彼女はそういうとそっぽを向く。しかし全く動こうとしない辺りアルゴとの会話を聞いていた証拠だろう。

 

先程、アルゴが俺をからかっていた時に少し表情が紅くなっていたのだ。

 

その後は転移門の辺りで2人共無言で立っていた。大凡五分程度だろうか……。

 

やがて転移門が明滅すると中からアルゴが出てくる。

彼女は出て来るなり俺達2人を見てニヤニヤと笑いながら近付いてきた。

 

「キー坊達はもうここの街にいるそうダ。……しかしこの街は相変わらず面白い造りだナ。真っ直ぐな道がなくて迷子がたくさん出そうダ。」

 

辺りを見渡すと確かに殆ど……いや、全てか……。転移門が有るのはこの街の最上部になるので、ぐるりと街を一望のだが、真っ直ぐな道はなく、蛇のような道ばかりだ。その上、街の外周部すらも円形なのだから恐れ入る。

……もっとも、少なくとも俺は道に迷う事など無いがな。

 

 

アルゴが指定してきたのは街の端の方にある路地だった。

どうやらそこはあまり周りに何もなく、プレイヤーもまずこない場所らしい。

 

俺達3人はキリト達のいる場所を目指し歩を進める。

 

「なぁアー坊、依頼があるんだが受けてもらえないかナ?」

 

「……話してみろ。」

 

「今、アー坊のスキルの修得条件の検証をしてるんだけどナ?段々と攻略組になる気になっているみたいなんダ。……ただ2人……いや、1人は確実に向いてないんだヨ。……でも言っただけだと多分納得しないと思うんダ。だから一回だけでも良いから危機を救ってやってくれないカ?」

 

「そうゆう事ならば構わんがそう都合よく行くのか?常に着いて回れるほど暇はないぞ?」

 

「ちゃんと機会は作るヨ。もちろんその一回で起きるとは限らないがナ。」

 

……なるほど。確かにかなり面倒な依頼だ。……とはいえ原因に俺のスキルの検証が関わっていては無碍には出来まい。

 

 

「……良いだろう。そいつらの名はなんだ?」

 

「短剣使いのシリカと鍛冶師リズベットだヨ。」

 

アルゴから詳細な情報を聞き、記憶に入れておく。容姿、性格、そして戦闘スタイルにアルゴが抱いている危惧感などだ。

 

情報上としては問題は最後まで油断しない事が徹底出来ていない事だろう。

最前線の強敵やフロアボスなどはいつ即死級の攻撃をするかわからない上、急に今までにない攻撃をしたりもする。

それは本当に命がけの戦いをする覚悟が無ければ備わらない能力だろう。

 

 

 

 

やがて路地に着くとそこには最近変装するのをやめたらしく、黒のロングコートを羽織った黒髪の少年キリトに相も変わらずフードケープを被り、素顔を隠している少女アスナ、そして褐色の肌にスキンヘッドの筋骨隆々な巨漢エギルが立っていた。

 

「よう、お三方。呼び出した割にゃあ遅い到着だな。」

 

「すまないナ。ちょっと用事があったんダ。」

 

「別にかまわないわ。……それで、あの男絡みの話しがあると聞いているのだけど……説明してもらえるかしら?」

 

「そうだな。では今夜起こった事を順を追って説明しよう。」

 

俺は3人に今夜の出来事を説明していく。

コイフを被ったプレイヤー、モルテが第三層の安全地帯で行っていた半減決着モードでのデュエルを用いたPKの現場、ドラゴンナイツ所属ジンエとの繋がり、デュエルにおいての奴らの熟練度、そして追い詰められても撤退ではなく殺人へと走る異常性。……そして殺人を仕掛けてきたジンエの首をはねて殺した事も……。

 

「そう……か。……アルゴ、黒鉄宮のジンエの死因にはなんて書かれるんだ?」

 

「……名前はでないはずだヨ。後で裏はとるけど恐らくは斬撃属性ダメージでの全損とかになるはずだナ。」

 

「アオシ、俺達以外にはその話しを広めない方がいい。大多数のプレイヤーにはただのPKにしかとられないからな。」

 

「了承した。……もっとも広める気は無いがな。」

 

「その場を目撃したっていう男のプレイヤーにはオレっちの方で虚実交えて煙に巻いておいてやるヨ。料金は5000コルでどうダ?」

 

商魂の逞しい奴だ。そう思いながら俺はアルゴに5000コルを渡し、一瞬しか見なかった男の特徴を伝えておく。

 

俺達はそれぞれの持つ情報を交換し、奴ら以外の情報も共有していく。……流石にアルゴはほとんどの情報を秘匿しているようだが、仕事柄無償で提供などするはずもあるまい。

 

やがて俺達の居る路地の裏のNPCハウスに2人のプレイヤーが入っていく気配を全員が感じ取り、情報交換は終了した。

 

「すまない。裏にいる2人が動き始めるようならば俺はこの場から去らせて貰う。よもや奴らの仲間だとは思わんが今後俺達の繋がりを広く知られるのは得策ではあるまい。」

 

「わかった。俺達の方でうまく言っておくよ。」

 

「すまない。」

 

やがて正体不明の2人のプレイヤーが動き出すのを察知した俺とユキナはその場から離れていく。

……どうやらユキナはユキナで今の内にと4人とフレンド登録をしたようだ。

 

 

 

 

 

「ユキナ、俺は今からリンドの元へ行く。お前は宿屋に向かって他のメンバーと合流しておけ。」

 

「……拒否します。アオシさん、あの男の事を話しに行くつもりなのでしょう?この件については私も当事者です。……独りで責任を負おうなんて思わないでください!」

 

凛とした表情に強い覚悟を宿した瞳で俺を見つめてくるユキナに俺は何も言わず、同行を認めた。

……覚悟が有るのならばそれを無理に止めるのは失礼でしかないだろう。

 

 

 

フレンドリストからの検索でリンドはどうやら近場に居ることがわかった。

俺はとりあえずリンドにメッセージを送り接触を図る。

……メッセージはすぐに返ってきた。

内容は

『こちらも聞きたいことが有る。近場の路地には人通りが無いからその辺りのNPCハウスで話しをしよう。』

というものだ。

 

俺達はリンドの言葉通り待ち合わせの場所へ向かう。

どうやら元々居た場所から近く、案外すぐに辿り着く事ができた。

 

 

 

「忙しい所すまぬな。」

 

「いや、構わないよ。先ずはこちらから聞きたい事を聞いても構わないかな?」

 

部屋にはリンドと確か……ロキ……だったか。2人が腰掛けており、俺達にも腰掛けるように促してきた。

 

「さて、……君たち2人は五層ボス攻略戦には参加しなかった。どこで何をしていたのか聞かせてもらえないかな?」

 

 

……?何が言いたいんだ?ボス戦に参加しなかった事を咎めたいと言うのが話しなのか?

 

「……君達には今、プレイヤーの殺害の容疑が掛けられているんだ。うちのメンバー、ジンエのね。……答えてくれないのか?」

 

そういうことか……。なるほどな。

 

「いや、すまないな。それは“容疑”ではない。奴は俺が殺した。」

 

「!?……それは……もちろん事故……何だろう?」

 

焦りを表情に浮かべるという事は恐らくはジョー辺りがモルテから聞いた情報が流されたのだろう。……厄介だな。

 

「いや……事故、とは言え無いだろうな。俺自身の意志で返り討ちにしたのだから。」

 

「そう……か。この情報は既にある程度の攻略組には広まっているんだ。情報源は特定されては居ないんだけど……事実としてジンエとフレンド登録していたプレイヤーのリストが灰色になっていることから拡散は止められそうもない。……細かい経緯は教えてもらえるのかな?」

 

俺は先程キリト達にした説明と同じ事をリンドにも話す。

リンドは話しを聞き終わると深々と頭を下げ、謝罪してきた。

 

「ギルドのリーダー……いや、攻略組を率いている者の独りとして彼の凶行を止められず申し訳ない。しかし……事が事だ。申し訳無いがアオシさんには今後ボス戦や会議には出ないでいただきたい。」

 

……まぁそうだろうな。寧ろ寛大な処置といえよう。しかし……

 

「一つ聞きたい。それは俺個人か?それとも……」

 

「もちろんアオシさん、あなた個人だ。それにずっとではないよ。キバオウさんと協力してなんとか下地を作るつもりだ。」

 

「ならば俺に異論はない。マッピングやボス情報などはわかり次第ギルドの者か情報屋を通じて連絡しよう。」

 

「……ねぇリンドさん?そんな事で皆納得するのかなぁ?僕はやっぱり制裁は必要だと思うよ?」

 

不意に……まるで今まで影のように目立たなかった男が口を挟んできた。

ロキ……確か第一層でディアベルのパーティーメンバーだった男だ。影は薄いがどこか胡散臭さの漂う男だったが……。

 

「だってさ、彼は確実にジンの事を殺したんだよ?だって自白したんだもん。確かに彼の話じゃジンが先に殺そうとしたみたいだけどさ、証拠なんて無いじゃない。ならもう少し仲間であるジンを信用して上げた方が良くないかなぁ?」

 

「ロキくん……しかし、ならばなぜこんなに早くジンエの死やその死因が攻略組に広まっているんだい?彼らが本当にただ殺しただけならば隠すはずだろう?」

 

「そう見せかけただけかもしれないじゃない。それにPKなんて誰かが見ればあっという間に広がるよ。誰か一人でも上層プレイヤーが見れば攻略組にだってあっという間に広がるはずさ。そうだろ?」

 

「……すまんがその説はないな。あの場に俺の索敵を潜り抜けるほどの隠蔽スキル持ちが居たとしても、何故隠蔽スキルを使いながらその場で隠れているのだ?あの場に俺とジンエ、2人共を知っていたのはモルテだけだ。」

 

「ふむふむ。つまりはモルテさんに証言して貰えれば全てはっきりする訳でしょう?ならその証言次第では制裁されても構わないんだよねぇ?」

 

……墓穴を掘ったな。奴の狙いはこの展開か……。

 

俺もリンドも返事に窮していると男が続く言葉を口にしようとする。

しかし、その言葉が発せられるのと同時に黒のロングコートを纏った少年、キリトとフードケープを被った少女アスナがドアを開け、部屋に入ってきた。

 

「やぁリンドさん。それに……?」

 

「僕はロキだよ。こんにちは、ビーターさんにお姫様。……僕たち、取り込み中なんだけど何か用かな?」

 

「ある程度の話は聞かせて貰ったわ。リンドさん、要は彼の行った事に裏が取れていないのが問題なのよね?」

 

「おいおい……お姫様、急に出てきてなんだい?今、彼から聞いた話じゃモルテってプレイヤーから話を聞けば解決って事で話はまとまっ」

 

「第三層メノウ村の宿屋に泊まっていた男から話を聞いた。アオシの言っていたジンエ殺害の経緯についての裏はとれたよ。ついでにモルテに仲間を殺されたと言うプレイヤーも確認出来た。」

 

キリトの話を聞いたリンドは一つ頷くと椅子から立ち上がった。

 

「ロキくん、聞いての通りだ。先の決定に異存はないね?」

 

リンドの真っ直ぐと見据える目に押されロキは黙り、そのまま面白く無さそうに椅子に腰掛けた。

 

「……じゃあすまないがアオシさん、しばらくの間はボス戦、攻略会議から抜けてくれ。また参加して貰えるようになればこちらから連絡しよう。」

 

「……了承した。では失礼させて貰う。」

 

俺はそう言い、部屋から出ていくとユキナに更にキリト、アスナも続いて部屋から出て来た。

 

 

 

 

「2人共すまないな。助かったよ。礼を言う。」

 

「いや、俺達はユキナさんに頼まれただけだよ。ちょうどクラインからも事の経緯は聞いていたからな。」

 

……そういえばユキナは隣で黙り込みながら何かをしていたな……。

 

「そうか。ユキナ、礼を言う。」

 

「い、いえ!私はただメッセージを送っただけですから!……それに……あの時、私が麻痺毒を喰らわなければこんな事には……。」

 

「いや、あの時、奴が安心して逃走出来るようわざと伝えていなかったのだ。お前が気に病む必要などない。」

 

「そうだよ!ユキナちゃん。今回の事はアオシ君の不注意なんだから気にする必要なんてないよ。」

 

やがて2人は翡翠の秘鍵を進めると言い別れ、俺達も宿屋にてナーザ達と合流し、翡翠の秘鍵へと取りかかろうとした。

 

 

 

『アー坊、悪いんだが先程頼んだ依頼の件ダ。リッちゃんの事を影から護衛してやってくレ。今はエギルの旦那と居るはずだヨ。』

 

出鼻をくじくのが趣味なんだろうか……。アルゴからのメッセージを受けた俺はナーザ達に別行動を取ることを伝えた。

どちらにせよ、ボス戦では俺は参加できないのだ。ならばと……。

 

「ユキナ、コタロー、今後はボス戦を含め指揮は2人がとってくれ。」

 

「わ、私ですか!?私よりもオルランドさんとかの方が……。」

 

「オルランド達は主に壁になる。後方を確認するのは命取りになりかねんし、ナーザは最後方だからオルランド達に指示を出すのは難しいだろう。となれば中衛に当たるお前たち2人が指示を出す方が確実だろう。」

 

俺がそう言うと2人は頷いた。これで恐らくは問題あるまい。

 

 

 

「では拙者から……ユキナ殿、ユキナ殿にはお頭の監視役をお願いしたいでゴザル。お頭の事だからきっと一人で無茶すると思うでゴザルよ。頼めるでゴザルか?」

 

……早々に問題発生か……。

 

「おい、コタロー「監視役の任務、承りました。今、この時より私、ユキナはアオシさんの監視、護衛の任務に着きます。」な!?」

 

周りのメンバーも拍手までしだした。

 

「ちょっとまて、俺には護衛など……」

 

「お頭、お頭は今後も奴らを追うのでゴザろう?なれば攻略は我らに任せ、我がギルドの腕利きの2人は奴らの討伐に回るのが最良でゴザろう。なに、我らとて遊んでいるわけではコザらん。ティルネル殿をお守りし、必ずやこのアインクラッドもクリアへと導いてみせるでゴザル!」

 

……これはもう無理だな。ノリが操と変わらん。

俺は説得は諦め、改めてメンバーと別行動を取り始めた。

ちなみにボス戦以外もユキナは俺と行動を共にするらしい。

 

本人に先程別に常に行動を共にしなくても構わないと伝えると「私、アオシさんの監視役ですから。」だそうだ。

 

やがて2人のプレイヤーと一匹の大蛇が見えてきた。

 

……妙だな。確かアルゴの話ではリズベットなる鍛冶屋も一緒のはずだが……。

 

よく目を凝らすと大蛇の腹部にプレイヤーカーソルが見える。

まさか……

 

俺達2人は最大速度でエギルともう1人の男、第三層で俺のことを見たプレイヤーのそばに駆け寄った。

 

「何があった?手短に話せ?」

 

「てめぇは「仲間が1人補食された!俺達2人だと奴の自動回復を貫き切れねぇんだ!手を貸してくれ!」

 

「心得た!」

 

それを聞くとほぼ同時にユキナが先ずは固有ソードスキルを発動させる。

 

セッカロウ固有ソードスキル

「バースト・ストライク」

 

それにより弾かれた大蛇に対し、俺は追撃を放つ。

 

御庭番式小太刀一刀流

「回転剣舞・剛」

 

計七連撃を食らった大蛇は今度はエギルの元へと飛ばされ、エギルは両手斧カテゴリーの単発技を発動させる。

 

両手斧単発技

「グランド・ディストラクト」

 

その一撃で残りのHPがほんの少しになり、更にクラインが曲刀カテゴリーの3連撃技を放った。

 

曲刀3連撃技

「オーバル・クレセント」

 

三本のライトエフェクトが大蛇の腹を切り裂き、中から人……ではなく光る棒が現れ、クラインの顔面を打ちつけたのだった。

 

そして大蛇は空中でポリゴン片へと変換され、少女が1人空を舞う。少女は暴れながら落下を始めたが地面に衝突することはなく、抱えられる形で地上に降り立った。

 

 

「いや、いやぁ~!!死にたくない、死にたくないよ!!」

 

いまだ錯乱している少女の口に無理矢理ポーションを加えさせる。

そう、少女のHPはほんの数ドットしか残ってなかったのだ。恐らくはそのまま地面にぶつかれば全損していただろう。

彼女は徐々に増えていくHPバーを見て落ち着いたのか、暴れるのを止め、目をゆっくりと開き始めた。

 

「……落ち着いたか?」

 

どうやらいまだに混乱してはいるようだが暴れるのは止めたようだ。これならば平気だろう。

 

「……アオシさん、いつまでお姫様抱っこしているんですか?……犯罪コードが発動しますよ……?」

 

「……いや、確か異性プレイヤーの場合

は確か自動では発動しないはずだが……。」

 

「5……4……3……2……1……」

 

カウントが0になると同時に放たれたのは“ユキナ”の犯罪コードだった。

……つまりはソードスキル、インパクト・ストライクである。

 

その一撃を俺はギリギリでかわしたが、もしかわさなければ頭に風穴が空いていただろう……。

 

俺は慌ててリズベットを下ろすとユキナも槍を下ろした。

 

「ぷっ……く、く、く……あははははははは!なに、アンタその子の尻に敷かれてるんじゃない!おなか痛い~~。」

 

「そ、そんなんじゃありません!違いますからね!?」

 

 

……2人のやりとりを見ているとどうでも良くなるな。……まぁ先程からリズベットに踏まれている男は気の毒だが。

 

 

「なぁおい、そろそろ退いてくんねぇか?寝る時間だけどよ、地面にゃ寝たくねぇぞ。おりゃあ。」

 

「あ、あ、アンタ!なに乙女の足元に寝っ転がってんのよ!!」

 

退きながらもソードスキルで攻撃を仕掛けるか……あの男がかわさなければオレンジ確定だな。

……いや、それよりも理不尽な……。

 

「お、お、おめぇそれが助けて貰ってとる態度か!?シャレんなってねぇぞ!?」

 

「う、う、う、うるさーい!!大体助けるのが遅いわよ!!死ぬかと……死ぬかと思ったじゃない……。」

 

そう言いながらその場にへたり込んだリズベットをユキナがそっと抱き締める。まぁ無理もあるまい。昨日までは命の危険など感じてなかったのだろう。

 

「あ~~……えっと……なんだ、その……すまなかった。俺がもっと気を配ってりゃ……」

 

「……慰めなんて……ヒック……要らないわよ……ヒック、グス……。」

 

「……いや、全ては俺のせいだろう。俺は最初からいたんだ。しっかりレクチャーしてりゃこんなことにはならなかったんだ。……それに悪いな。アオシ。アルゴから聞いたのか?」

 

「あぁ……。アルゴからの依頼でな、危険と判断したら手を貸してやってほしいと。」

 

 

事情を説明し、3人を護衛しながら街へと戻る。

道中出て来た蛇のモンスターは手早く片付けたが1つ問題が出来た。

蛇を見た途端にリズベットは固まり動けなくなってしまうようになってしまったのだ。

無理はない。無理はないが……この症状は不味いな。

 

 

やがて街に着き、圏内に入ったことを記すウィンドウが表示されるとまたもやリズベットはその場にへたりこんでしまった。……安心して腰が抜けたのだろう。

リズベットにはユキナが肩を貸し、とりあえずは宿屋へと連れて行かせた。

 

 

残った俺達3人はある人物を呼び出す。

 

 

 

 

「いや~皆無事で良かったよネ。素材も手に入ってバンバンザイ。………………………なんだヨ、しかたないだロ!?リッちゃんがそこまでの状態になるなんて予想外だもン!オレっちの予想じゃせいぜい危険域にHPが行くくらいで済むって思ったんだヨ!万が一のためにアー坊も助っ人に行かせたロ!?」

 

「……そんな事はいい。俺が聞きたいのは今のリズベットの症状を緩和できるかどうかだ。」

 

アルゴはうねり声を出しながら考える。とはいえ恐らくは……。

 

「無理、だろうナ。俺っちの知る限りではカウンセリングができるプレイヤーには心当たりはないヨ。医療系と呼べるのは調合師が1人居るくらいかナ。」

 

「蛇だけならまだ良いけどよ、mob全てにあの調子になっちまったらよ、もう……。」

 

そう、そこが最大の分岐点だ。万が一全てのモンスターに対してパニック症状を起こすようなら最早圏内からは出られない。その上……

 

「圏内がいつまでも圏内であってくれるか……だな。俺ぁ正直茅場の野郎の話を聞いて攻略を目指すまでに考えたのはそこだ。いつかは圏内が圏内じゃなくなるんじゃねぇかってよ。」

 

そう。それこそが最大の問題だ。奴も恐らくは攻略をしている間は圏内を作るだろう。しかし……。

 

「……私が居ないところで好き勝手言ってんじゃないわよ!いつ私が戦えないなんて言ったって言うの!?」

 

そこには凛とした佇まいで仁王立ちしているリズベットの姿があった。

手には鎚を持ち、つかつかとこちらに……いや、正確にはクラインの元へと歩いてくる。

 

「素材を渡しなさい!……アンタ達には助けられたのは事実、だからこの私が今もてる力の全てを使って最高の武器を作って上げるわ。……見てなさい!!」

 

彼女はそう言い放つとクラインやエギル、そして俺から先程出た素材を奪い取るように持ち去り借り物の工房へと入る。

 

俺達もその工房に入るなり、リズベットの仕事振りに見惚れた。

彼女の仕事はシステム上の動きではない。そう、遠い過去、見てきた刀匠達と何ら変わらない気合い……いや、魂が込められているのを感じる。

 

やがて使用した素材が光り輝き一振りの斧が産まれた。

 

竜骨の斧。

 

それを受け取ったエギルは斧に見とれている。……無理もない。刀ではないがその刃は美しく、無骨ながらも龍の紋様がついたフォルムもまたセンスがよい。

 

続いてリズベットは他の素材を打ち込んでいく。真剣に打ち込まれた鎚の音が60……竜骨の斧と同じ回数響いて形をなす。

現れたのは一振りの刀、それも刀身の長さからして太刀だろう。

それを受け取ったクラインは試しにとでも言うかの如く素振りをする。風を鋭く斬る音が響き渡り、その鋭さを知らしめた。

 

固有名

雪代の太刀

 

刀身に描かれているのは雪の紋様とかんざしだ。美しい直刃にまるで凍っているかのような美しさを見せている。

 

 

「アンタ達は?武器の種類を教えて。」

 

リズベットはこちらを見据えて問いかけている。俺はユキナの方を見るとお互いに頷きあった。

 

「私はこの“セッカロウ”シリーズを使っています。だからこの槍を一緒に鍛えてください。」

 

ユキナはそう言い、セッカロウをリズベットに手渡す。……シリーズ物であるが故上位に鍛え直すには今まで使ってきた愛槍を基材に使用しなければならないのだ。

 

リズベットはユキナからセッカロウを受け取ると素材を使用して鍛えていく。

赤く染まった素材にリズベットの魂が込められていく。

やがてその形を槍の形へと変え、打ち直し前とさほど変わらぬ姿へと変わった。

 

固有名

“雪霞狼”

 

以前のセッカロウに比べ、刃こそ一回り小さくなったように見えるが、その刃は鋭さを増し、また切断力も上がっているようだ。

 

「……小太刀は作れるか?こういった刀だが……。」

 

俺はクイックチェンジで今まで装備していた曲刀を小太刀へと持ち替えた。

それを彼女に渡すと基材にはしないように頼みこむ。

彼女は怪訝な表情をするも再度鎚を振るい、竜骨の斧と変わらぬランクの小太刀が生み出された。

 

固有名

“地龍”

 

鋭さもさることながら、ずしりとした重さはその強度を伺わせる。

 

「……いい刀だ。ありがたく頂戴しよう。御代はいくらだ?」

 

「この武器達の御代は要らないわ。……その代わりにあなた達には私のお得意様になって貰う。……それでどう?」

 

俺達は異存なくその案を呑んだ。

その後、リズベットを含めたアルゴの率いるパーティに、戦闘指南をはじめとする今後必要であろう事を行った。

 

幸いリズベットのパニックは蛇型のモンスターのみだったこともあり、問題はさほど起きず、問題無く攻略は進んでいった。

 

俺とユキナは自分達の翡翠の秘鍵を攻略しながら時々アルゴの依頼で彼等の手助けを行いながら着々と上層に向けて進んでいく。

 

第六層ボス攻略戦では死者は0に、続く第七層攻略戦もまた死者は0だった。

PoHの動きはここにきてピタリと途絶え、不安は募るものの攻略組内にも不穏な動きは全くない。

 

唯一の懸念はアルゴの調査でデュエルでの死者の数が徐々に増えてきている事だが奴らの目撃情報も死者が集中している層もない以上は動きようもないだろう。

 

続く第八層ではクライン率いるギルド、風林火山が攻略手伝いで最前線で動くようにはなったが、話を聞くとどうやらアルゴ達とのレベリングは翡翠の秘鍵に関してのみ一緒に行っているらしい。

 

八層では数多くのクエストを行ったがボス情報は全く得られず、偵察戦を始めて行うことになった。

選ばれたメンバーは大ギルドとなったドラゴン・ナイツ・ブリゲード、アインクラッド解放隊を除く、ソロや俺達小ギルドが行うことになった。

 

偵察戦で指揮をとったのはキリト……ではなく意外にもアスナだった。

キリトや俺からも助言は出したが彼女の手腕は見事なもので偵察で終えるはずのたった20人程の人数で討伐まで果たしてしまった。

 

これにはリンド、キバオウも噛みついてきたが、死者0、危険域に落ちたプレイヤーも居ないとあっては強くは言えず、多少の苦言をしただけで話は終わった。

 

 

パーティはキリト、アスナ、それにエギルのパーティと風林火山、そして御庭番衆だ。計20人という最低人数での攻略だったがボスは動きの遅いナメクジ型だった事が幸いしたのだ。

 

 

そして第9層、そこで俺達は色々な変化を受け入れざる負えないことになったのだった……。




一気に三層進ませていただきました。この後は予定では9層、10層、20層、25層、原作内でのお話~
になっていく予定です。もし何か書いてほしい層があれば感想等でお聞かせください。短編的な1話構成で作れそうなら作ってみます。
今後もよろしくお願いします。


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第九層
竜使いの誕生


シリカ視点での進みとなります。

お気に入り登録ありがとうございますm(_ _)m
より良い物を書けるよう頑張らせていただきます。
※10月2日修正済み


私達がパーティを組んで2ヶ月がたちました。

流石に今はもう、ずっと皆一緒には行動しなくなってしまいましたが……。

理由は私が手に入れたスキルにあります。

 

《創始者の心得》

 

何でも通常のソードスキルとは違う、高性能なオリジナルソードスキルを作成出来るエキストラスキルらしく、元々このスキルの習得条件の確認がパーティを組んだ理由だったらしいです。

 

結果、私はアルゴさんから受け取った数万という大金の代わりに、せっかく出会えた気の置ける仲間とは別れてしまう事になりました。

 

もちろんずっと会わない訳じゃありません。ついこの間もここ、第八層での翡翠の秘鍵クエストをクリアするために皆集まりましたし……。

 

でも、それ以外は基本的には皆バラバラです。アルゴさんは情報屋として忙しく動いていますし、リズさんは一つ下の第七層で鍛冶屋を営んでいます。攻略組の方達の中にもわざわざ訪ねてくる方が居るほど忙しい様です。

クラインさん達、風林火山の皆さんは最前線で戦っています。

 

最初、私もクラインさん達と最前線で戦おうとはしました。

けれどここ、第八層到着時点ではレベルも技術も皆さんに遠く及ばず、クラインさん達の足を引っ張ってしまったんです……。

クラインさんは笑って許してくれましたが笑えるような事ではありませんでした。

 

モンスターの攻撃を上手く捌けなかったせいで後退して他のモンスターを呼び寄せてしまい、パニックを起こして周りのモンスターを集めてしまいました。

集まったモンスターは9体、私達よりも多くなったモンスター達を相手にしたことで撤退を余儀無くされたんです。

 

 

 

それ以降、私は最前線からは身を遠ざけて、その日その日の稼ぎを街のそばで稼いでいます。

 

今日もいつも通り稼ぎ終え、街に戻るときです。

目の前に急に湧出した小さな竜、確かアルゴさんの攻略本には確かとても珍しいモンスターとして書かれてる……確か名前はフェザーリドラ……だったと思うけど……?

 

危険性はあまりないし経験値も少ない、本当に珍しいだけのモンスターだったかな?

 

私が近付いても敵対にはならなかったその竜は餌を探しているように地面に鼻を押し付けています。

 

「……お腹空いてるのかな……?」

 

私はその姿にリアルで飼っている猫の姿を重ねて、ポケットの中に入れっぱなしにしてたピーナッツを手に乗せて差し出して見ました。

 

フェザーリドラは手の上にあるピーナッツの匂いを嗅いで舐めるようにそれを食べています。

 

「……可愛い、ホントにピナみたい。」

 

その様子は私が飼ってる猫のピナのように見えて追加でピーナッツを手のひらに乗せてあげました。

 

キュイキュイと鳴き声を出しながらそのピーナッツを食べる様子を見て、不意にリアルの事を思い出して悲しくなってきて……

 

「ピナ……どうしてるかな……お父さんやお母さんも元気かな……。……まぁ私が寝たまんまなんだからむしろ2人のが心配してるよね……。」

 

不意に流れる涙を羽根を広げて肩に乗ってきたフェザーリドラが舐めてくれて私の目の前にはウィンドウが表示されました。

 

《フェザーリドラのテイムに成功しました。フェザーリドラを仲間にしますか?》

 

びっくりしたけど私は迷わずYESのボタンを押し、次に表示された名前の設定には《ピナ》を設定しました。

恐る恐る私はフェザーリドラにピナ?と呼びかけるとピナはキュイーと鳴いて顔に頭を擦り付けてきます。

……竜なのにまるで猫みたい。私は1人で稼ぎに行くようになって始めて笑いました。

 

なんとなく気になり、ステータスウィンドウを開くとそこにはテイミングスキルとピナのステータス表示が……。

 

ピナはまるで私に足りないスキルを補強するようなスキル構成でした。

・広範囲の探索能力

・相手を一時的に幻惑状態にするブレス

・HPを二割回復するブレス

・爪、牙による攻撃

・飛行能力

の5つに空きスロットが5つあった。

 

きっとレベルが上がれば何か覚えるんだろうな。

私はウキウキしながら街に帰ると予想だにしない事態になりました。

数多くのプレイヤーが寄ってきてやたらと話を聞いてきたり、パーティに誘われたり……。

私はその場から用事があるからと言って急いで宿屋に入ってフレンドリストにいるアルゴさんにメッセージを飛ばしました。

 

 

アルゴさんはメッセージを送ってからものの10分足らずで到着しました。……何故か裏口から……。

 

「いやはや……参ったヨ。この宿屋、入り口にプレイヤーの人集りが出来てるナ。シーちゃん普通に宿屋とったロ?」

 

「は、はい。と言うかどこに行っても皆さんが押し掛けて来ちゃって……どうしよう……。」

 

「ふむふむ……へぇ~……この子可愛いネ。毛並みもフサフサじゃないカ。それで?どうやってペット化したんダ?」

 

アルゴさんはピナの背中をなでながらほっこりとした笑顔でそう言ってきました。

 

「森を歩いてたら急にピナが現れたんです。そしたらノンアクティブ状態でピーナッツをあげたら懐かれて……あ、そうだ、こんなスキルがありましたよ。」

 

私はメニューウィンドウを開き、スキル一覧を出してアルゴさんの方にウィンドウを投げました。

 

「へぇ……テイミングなんて始めて見るネ。さっきの話だと偶然の可能性が高そうだし……暫くはこんな感じになりそうだネ。」

 

「そ、そんな……。だってあの人達……その……。」

 

私はその先は声に出して言いたくなかった。だって……目が……まるで獲物を見つけた動物みたいに……。

 

アルゴさんも言いたいことは分かっているようでメニューを開いてなにやらメッセージを打っていました。

 

「安心しなヨ。困った時に便利な奴が居るからサ。」

 

アルゴさんはそう言うと私の手をつかみ手に青い結晶を渡してきました。

確か、この層で存在が確認されたレアドロップ品《転移結晶》買うと確か三万コル位……

 

「転移、フロイト!」

 

 

 

 

青い光に包まれた私達2人と一匹は第九層主従区フロイトの街に着いていました。

転移結晶は高級なだけあって、フィールドだろうがボス部屋だろうが宿屋だろうが転移門と同じ効果を発動できるとは聞いていましたけど……。

 

「うん、撒けたナ。この街ならさっきみたいに目立たないヨ。なにせ……」

 

辺りには色々なぬいぐるみや動物、架空の生物までありとあらゆるものが動いていますね……。

……なんだこれ?

 

「えっと……私、この街来たことないんですけど……なんなんですか?この街……。」

 

「多分GMの遊び心って奴じゃないかニャ?フロイトの街ってくらいだしネ。」

 

???フロイトの街だと何でこうなるんだろう???

 

「シーちゃんにはまだ分からないかナ。フロイトって言うのは精神医学や精神分析学なんかを研究していた人でネ、夢の意味なんかを考えたとかで有名なんダ。つまり、ここは……」

 

「夢の街って事ですか。確かにここならピナも目立ちませんね。……でも、ここにずっと居ないといけないって事ですか??」

 

「まさカ!!もうすぐ来るヨ。シーちゃんの事を鍛えてくれる人がネ。」

 

鍛え……それは、まさか……。

いやな予感……うん。まさかね。あの人は忙しいもんね。来るわけが……。

 

やがて見えてきたのは黒の装束に長刀、そして灰色のロングコートを来た長身の少年とそのとなりを歩くまるでブレザーのような服を着て槍を背負った少女、それにツンツン頭の私くらいの少年が歩いて来ていました。

 

……また……始まるの……。

 

 

短剣を手に持った私は短剣ソードスキル“ラピッド・バイト”を発動させる。

 

狙いは……

 

「テメェいきなりなにすんだよ!?わざわざこの俺様がアオシと出向いてやってんだぞ!?このチビ!」

 

「はぁ!?キミのが子供でしょ!?大体あんなにすごい人と四六時中一緒に居る癖にこの程度の挨拶位で慌ててるようじゃまだまだだよ!?弱虫は帰れー!!」

 

「誰が弱虫だと!?んなこと言って俺様に負けてんのはお前だろ!!」

 

「子供の癖にボケでも始まってるんじゃないの?勝率は五分でしょ!5勝5敗なんだから!」

 

「ハッ!!レベルが3も上の癖に五分の勝率なんだからお前のが俺様より弱いんだよ!」

 

「アオシさんのおかげで装備の強化しまくってる癖に!そんなだから弱虫なんでしょ!」

 

「何を!?」

 

「何よ!?」

 

 

そう、この少年のプレイヤーは以前アオシさんが私達に戦闘訓練をしてくれた時に出会い、その訓練の途中から事ある毎に私に絡んできたんです。

 

元々は私も気にしていませんでしたがアオシさんが筋が良いと褒めてくれた辺りから絡み方が酷くなり、今では本当に犬猿の仲になっています。

 

訓練が終わった後も彼はアオシさんに着いていくと言っていたので、もしかしたら来るんじゃないかと思ったけど……この子が居なければ良かったのに……

 

「そろそろ止めなさい。ヤヒコ君、君は君で事ある毎にシリカちゃんに絡みすぎですよ。」

 

「シリカ、お前も圏内だからと言っていきなり斬りかかるのは感心しない。やるならば正々堂々とデュエルを仕掛けるのだな。」

 

 

「よ~し!なら決着着けてやろうじゃねぇか!おい、シリカ!」

 

「望むところよ!」

 

私は目の前に現れたデュエル申請のウィンドウの初撃決着モードを選び、デュエルを受けた。

 

ヤヒコは背中につってある片手直剣を構えると私を見据え、私も短剣を構えた。

するとピナが私の頭に止まり、羽根を広げて威嚇を始める。

 

「は、遂に決着着けられるぜ!覚悟しやがれよ!」

 

ヤヒコは更に前傾の構えに変わる。多分狙いは……

 

カウントが残り1秒になった瞬間、彼はソードスキル“ソニック・リープ”を発動させる。

そう、彼はレベル差を自覚している。いくら装備が充実していても、筋力、敏捷といった能力値は私のが高い。

だから初撃は何時も意表を突いてきていました。

 

……予測されてちゃ意味ないけどね。

私は彼との距離を考えて、彼がソードスキルを発動させた瞬間に後ろへ跳び、ぎりぎりの所で彼のソードスキルを回避し、反撃を試みてみます。

 

反撃は創始者の心得が入り、アオシさんに助言してもらいながら作ったOSS、“キャット・スラッシュ”ほんの2連撃程度ではありますけど瞬間的に最大速度で最長4メートルを詰め、斬り下ろしを二回する技です。

 

……名前の由来はリアルのピナがスズメを捕っているところに似てる気がしたからです。

 

発動した私のOSSは彼の身体をかすりはしましたがギリギリで直撃判定にはなりませんでした。

 

その先は何度も何度も剣と剣の応酬が続きましたがお互い何度も戦ってることもあってなかなかヒットしない。

私達2人は渾身の一撃をお互いに放って弾かれ、一時的に距離が出来ました。

 

お互いにらみ合っていましたがヤヒコ君の頭上後方にピナが…………。

 

「ピナ、バブルブレス!」

 

私が声をかけるとピナは口からシャボン玉を無数に発生させてヤヒコ君に向かって勢いよく発射しました。

ヤヒコ君も初撃のブレスはかわしていましたが地面に当たり、辺りに勢いよく拡散したシャボン玉をいくつか受けました。

私はそれを確認したかしないかでOSS、“キャット・スラッシュ”を放つと彼は私が放った技とは逆向きに剣を構えて防御姿勢をとり、その結果、完全に私の技はヤヒコ君に直撃し、デュエル決着のウィンドウが表示されました。

 

「やったぁ~~!ピナ、良い子だね!」

 

「ずりぃぞ!シリカ!1対1の勝負だろ!?」

 

私じゃなくアオシさんの方向を向いて彼は叫んでいたのでスルーする事にします。

負け犬の遠吠えなんて聞こえないもん。

 

 

「ふむ……今のがアルゴの言っていた使い魔使役スキルという奴か。なかなか使い勝手は良さそうだな。OSSの方も問題はない。……とはいえ、レベルは上がっていないようだな。」

 

「は、はい。すいません……。1人だとなかなか上手く立ち回れなくて……それで、その……。」

 

「シリカちゃん、クラインさん達と組んで起きたミスの事ならもう知っています。そんな事を毎回毎回するのは問題だけど一度や二度のミスを恐がっていたも仕方ないと思いますよ。」

 

「んだよ、そんな事気にしてんのか。そんなんじゃあ近いうちにこの俺にレベルすら抜かれちまうぜ?」

 

 

「……すらってなによ、すらって。私、ヤヒコ君に負けてるのは装備品だけだもん。」

 

「おま、あれは無効だ無効!男だったらちゃんと正々堂々闘いやがれ!」

 

「私、女の子だし。デュエルでカウント中に攻撃仕掛けるようなヤヒコ君に言われたくないかな。」

 

「あれはルール違反じゃねぇだろ!?結構テクニックが……」

 

「ヤ・ヒ・コ・君?シリカちゃんの使い魔スキルも実力の1つでしょう?悔しいなら負け惜しみじゃなく、あなたも実力で見返しなさい。」

 

ユキナさんには逆らわないのね。優しいのに……。

 

「それはそうとシリカちゃん、せっかくだから全員で総当たり戦でもしましょう。実践に勝る訓練は有りませんから。レベル上げはその後、最前線で……ね?」

 

私はユキナさんの提案に頷きました。確かにアオシさんやユキナさんの身体の使い方は見ているだけでも勉強になります。2人とも他の(クラインさん達以外知らないですけど)攻略組の方達よりも更に上の実力を持っていますし……。

 

結果から言いますと私の戦績は一勝二敗でした。

言うまでもなく負けたのはアオシさんとユキナさんにです。

最高戦績なのはアオシさん、次いでユキナさん、そして私、ヤヒコ君でした。

 

ヤヒコ君との勝負は最後だったのでさっきよりも接戦では有りましたけど結局の所ピナのバブルブレスを警戒しすぎて私の攻撃を喰らっちゃったって感じかな……? 

 

ちなみにアオシさんは二本の小太刀を持ったまま高速回転するOSS(確か技名は回転剣舞・円だったと思う。)を、刀の腹を使って行うことでバブルブレスを吹き飛すし、ユキナさんは拡散時に槍を使って棒高跳びの要領でかわしてしまいまい、2人ともピナを意にも入れずに私を倒しましたね。

どっちも動きが人間離れしてると思います。

 

ちなみに私にはアオシさんとユキナさん、どちらが強いか分からなかったんですけど、デュエルの決着はアオシさんの勝ちになっていました。

 

2人ともソードスキルは使わずに高速、高機動な戦闘でした。……私が見えたのはかろうじてユキナさんの最初の突きが三回だった事位です。

ヤヒコ君も2人の試合は始めて見たらしいけどやっぱり見えなかったみたい。

 

 

今のデュエルは時間的には3~40秒位しか戦闘時間無かったから多分70回くらい撃ち合ったんじゃないかなぁ……。

 

 

「アオシ、見えなかったから今のデュエル、スローで見せてくれ。」

 

……ス、ストレートだなぁ……まぁ何はともあれ観れるなら見たいよね。私も見に行こっと。

 

ヤヒコ君の隣に座って2人の動きを見ましたが、スローでも普通に早い2人の動きは、集中していないと分からないレベルでした。

 

何よりも攻撃と攻撃、防御やステップに至るまで無駄が無いんです。全ての動きが次に繋がる一連の動作の様でした。

応酬も50を越えているのにも関わらずです。

 

本来、ユキナさんの使ってる槍は両手槍に分類されるから、威力こそ高くても攻撃速度は遅いはずなのに……。

よく見ているとユキナさんの槍、《雪霞狼》には柄に当たる部分にも攻撃判定が有るみたい。

 

本来は確か攻撃判定は無くて武器防御能力が高いだけのはずなのに……。だからアオシさんの小太刀二刀流についていけてるんだ。

 

ユキナさんの槍術には無駄が無い(少なくとも私から見たらですけど……)から柄に攻撃判定が有るなら攻撃回数はアオシさんの小太刀二刀流に迫る勢いだもん。こんなの……攻略組でも全く着いていけないんじゃないかなぁ……?

 

どうやら2人のデュエルの最後は、連撃の組み合わせを仕損じたユキナさんの一瞬の隙に、アオシさんが小太刀で普通に斬りつけたのが幕だったみたい。

 

「ふむ、ユキナ、もう少し槍の横に着いている刃を有効活用すると良い。」

 

「ありがとうございます。……次は負けませんからね!」

 

2人……ううん。アオシさんにはまだ余裕が有るみたい。攻略組……遠いなぁ……。

 

「なぁアオシ、今見せてくれた動きに対応出来る攻略組は何人居るんだ?」

 

「……ほぼ全員だろうな。無論勝てるかどうかは別の話だがスローにしてからの動きならば攻略組にいるような連中ならば見極めるだろうさ。」

 

実際スローといっても決着までおよそ1分ちょい位だから!最初のなんて人が対応出来る速度じゃないよ!

 

「そうですね。最初の全力の勝負と同程度の動きと言うなら10人居るかどうかですよね?きっと。」

 

「俺の見立てでは同程度この仮想の肉体のスペックを引き出せているのは、キリト、アスナ位か。エギルやクライン、リンドやキバオウ等も近いレベルで使いこなしているがな。」

 

へぇ……?ん?クラインさん??クラインさんはそんな動きしたことないですけどね?

 

「クラインさんもですか??私、パーティー組んでてもあんな動き、見た事ありませんけど……。」

 

「多分気づいてないんだと思います。そうですね……例えるなら今まで自転車にしか乗っていなかった人がいきなりバイクに乗って小回りをきかせるようなものとでも言いましょうか……。」

 

「レベルが15を越えた辺りから超人と言うべき身体能力になっているからな。高速機動を維持するのは個人の資質や経験に依る部分が大きいのだ。そうだな……シリカ、お前は小さい岩が所狭しとある平原で全速力で走り続けられるか?」

 

「多分……途中で岩にぶつかるんじゃないかと思います。しようとした事もないですけど……。」

 

「そうだな。大多数のプレイヤーは自分で細かく制御出来る程度にしか肉体的なスペックを発揮していない。……今、俺とユキナの戦闘で発揮したのも95%程度だろう。」

 

「ってことはよ、もし、95%の力を出したら皆が皆今みたいな動きになるって言うのか?」

 

「勿論敏捷にどの程度振っているかとかはありますけど……理論上は誰もがそれが出来ることになります。最も鍛錬は不可欠ですが……。」

 

 

つまりは自分の身体を高速で動かす為には地道な反復練習が必要不可欠で、更にその上資質も無ければ90%越えのスペックを引き出すことは出来ない。

アオシさんの見立てでは私やヤヒコ君は資質は十分と言ってくれました。

ただ、鍛錬もレベルも攻略組の人間には足りてないみたいですけど……。

 

言うまでも無いでしょうが、レベルが10も違えばアオシさんやユキナさんと同等の動きができる人はかなりの数になるそうです。

 

特に細剣や短剣、刺突などのスピード重視の武器で攻撃速度だけならば秒間5発~8発攻撃するような人も出てくるだろうとのことでした。

 

私達はアオシさんやユキナさんに組み手の相手をしてもらい、自身の出せる最速での動きをやってはみましたが最長でも二秒程で転んだりつんのめったりと、散々な結果になり、地道にオブジェクト相手に練習するように言われました。

 

 

 

 

 

それから三週間後、最前線が遂に11層に到達したという知らせをアルゴさんの新聞で知ったのと同じ頃に私と同じ、ビーストテイマーにヤヒコ君がなったと知らせを聞き、そのころを境に私はフロイトの街以外をまともに歩けるようになりました。

 

……私も負けないよ。ヤヒコ君!

 

私は新聞に映る攻略組、御庭番衆のヤヒコの写真を見ながら、心の中で決意するのでした。

 

 




シリカ視点は難しいですね……。

そしてユキナの年下への口調が定まらない……。

今回はヤヒコを登場させました。もちろんモデルはるろうに剣心の明神弥彦です。
アオシのように前世の記憶は有りませんが無関係でも有りません。その辺は追々書いていきますのでよろしくお願い致します。


尚、今回出しました身体能力についてですが一応独自の設定となります。
正直自分もいきなり300キロや400キロでる車に乗っても操作し切れないと思いますし……。

尚、筋力については割合させていただきましたが、高威力で振り回す武器の反動をちゃんと制御出来るかどうかという意味合いでエギルの名前を出させていただきました。

指摘、矛盾等ありましたらお教えいただけるとうれしいです。


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最後の秘鍵

更新遅れてしまい申し訳ありません。仕事が忙しくなってきてしまいましたm(_ _)m
※10月2日修正済み



第九層へと上がって一週間が過ぎようとしていた。

 

俺達御庭番衆は三日前からキリト達と行動を共にしている。

理由は翡翠の秘鍵、最後のクエストをクリアするためだ。

 

クエスト内容は

《捕らわれた薬師とエリート騎士を助け、最後の秘鍵を奪還せよ》

 

 

キリトの話では、β版の最後のミッションで森エルフの王と将軍2人を倒してクリアだったらしい。

最も、今回の場合は予想がつかないとの事だ。

先ずフォールンという存在、更には本来俺達とキリト達は別のパーティーのはずがクリア条件に互いのパーティーのゲスト扱いのNPC、キズメルとティルネルの救出が含まれているのだ。

 

「ねぇ……キリト君。このクエストを達成すると……その……」

 

突如アスナがキリトの袖をつかみながら俯いたまま小さく問いかけていた。

 

「……あぁ。お別れになるな。彼女は元々のNPCへと戻るだろう……。」

 

それがいやならば手段はある。クエストを進めない事だ。だがそれもまた会えなくなるという点では同じだろう。

 

それに……

 

「そう……だよね。でも……このままほっとくなんて私には出来ないもの。クリアしてから考えることにするね。」

 

芯の強いことだ。それに比べて……

 

「ティルネル殿……お頭、やはり助けてからクリアを辞めるわけには行かないでゴザルか……?拙者、ティルネル殿とお別れなど嫌でゴザるよ。ティルネル殿ももう立派な仲間ではゴザらんか……。」

 

6層以降このクエストを進める毎にこの調子のこの男はどうしたものだろう。

8層の時など攫われたティルネルを追うといって危うく独りでボス部屋に突撃しようとした位だ。

 

「コタローさん、いい加減にしてください。そんな事をしてもティルネルさんは喜びません。クリアをしても必ずお別れになるとは限らないでしょう。」

 

「しかしユキナ殿、絶対ではないでゴザろう?拙者、ティルネル殿とのお別れは耐え難いのでゴザるよ。お頭、なにとぞ、なにとぞ考え直してほしいでゴザる。」

 

今回は俺達は俺、ユキナ、コタロー、ヤヒコ、ナーザ、オルランドの6人がクエストに赴いている。

ちなみにコタローの説得、アルゴからの依頼の事もあり、キリトにクエスト進行を遅らせて貰うことまでしたのだ。

 

正直、アルゴの依頼はほんの3日で済んだのだ。しかし……この男はどうあっても納得まではしてはくれず、かというとクエスト進行のパーティーからは抜けなかった。

本当に扱いに困る……。

 

 

やがて俺達は森にそびえ立つ古城へと辿り着いた。

古城を見渡せる高台から確認して見るも、中の様子は全く伺えない。

 

城外には見る限りでは森エルフが大凡50といったところか……。

恐らくは1体に見つかれば芋ずる式に他の個体も集まってくるだろう。

さて……どう忍び込むか。

 

 

「アオシ、あそこの峡谷なんだが……使えると思わないか?」

 

「……悪くはない。問題はどう合流するかだな。」

 

キリトの提案はつまりは陽動である。

峡谷ならば挟み撃ちにあう可能性は限り無く少ない。

更に視界は開けているので敵のターゲットからも外れにくく上手くすれば見張りを全て別の場所に誘導する事も出来なくは無いだろう。

 

峡谷を抜けた先には森が広がっている。

戦うには充分なスペースではあるが全員を倒すには時間もかかる上に回復ポーションの消耗が激しいだろう。

ボス戦を控えている以上は戦闘は出来る限り避けるに越したことはあるまい。

 

「あの、アオシさん、確かロープを持ってましたよね?峡谷から森に変わるところの崖からロープで一気に引き上げるのは無理でしょうか?」

 

「……そうだな。陽動を1人、古城の見張りの様子を見る者を1人にしてメッセージでタイミングを取ればいけるか……。」

 

「見張りは私がやるわ。この中で一番筋力値が低いもの。」

 

「陽動は……僕がやりますね。投剣スキルを使っていけばあまり接近しないでターゲットをとれますから。」

 

下準備としてリングを作っておいたロープを峡谷の森側の崖に下ろし、それを使ってナーザも森まで降りる。

古城が近く、そちらにモンスターが偏っているからか、この辺りにはモンスターは湧出しないようだ。

 

ナーザを下ろした後はアスナにロープを渡し古城を見張るのに適した場所について貰う。

 

アスナからのメッセージが届き、作戦は開始した。

先ずナーザは峡谷の古城側の出口に向かう。

目算で120メートルといったところか……。

ナーザに伝えたのは出口から50メートル先にいる見張りの森エルフに投剣ソードスキル、《シングルシュート》を放ち、敵が30メートル地点に到達した時点で峡谷を駆け抜けて貰う。

バランス的な能力構成のナーザならば追いつかれたりはしないだろうが振り切る事もあるまい。

 

後は敵が予測通り全員引き付けられるかどうかだな。

ナーザが峡谷の中間辺りに来た所で俺達も動き出す。

峡谷よりナーザを引き上げる為に全員でロープを一気に引き上げるのだ。

 

下の様子をユキナが確認し、ナーザが崖にあるロープを身体に巻きつけたのを確認すると俺達は一斉にロープを引き、ナーザを崖上まで引き上げる。

 

この世界は限り無くリアルであるが故にモンスターの行動もある程度の法則がしっかりしているのだ。

つまりは急にターゲットが消えてもゆっくり持ち場に戻るわけではなく、ある程度の時間は周囲の捜索を行うという事だ。

 

《見張りは反対側の森エルフ以外居なくなったわ。今なら忍び込めるはずよ。》

 

アスナからパーティーレイド全員にメールが届き、俺達は急いで古城側の崖からロープで下に降りる。

 

流石に高いロープなだけはある。この人数が間を開けずに降りようとも余裕の耐久性だ。

古城まで20メートル、敵影なし。

俺達は出来る限り音を殺しつつも最短、最速で古城へと侵入する。

 

古城の内部は第五層の砦と違い入り組んだ造りをしていた。

恐らくは居住区でもあるのだろう。

俺達はティルネル達の反応を頼りに出来る限り戦闘を避けつつ進み、どうしても避けられそうにない敵には各々が最速、最強のソードスキルを使って仲間を呼ばれる前に倒していく。

 

 

やがて古城の四階まで上がった俺達は無事ティルネル、キズメルと合流する事ができた。

……案の定コタローはティルネルを連れて脱出しようとしたがやはりというべきか……ティルネル、キズメルの両名はこのまま上の階にある秘鍵を奪回する事を言い張り、二人だけでも向かうとまで言い出した。

 

「ティルネル殿、何故でゴザる。ここは一度態勢を立て直すのも必要でゴザろう……?」

 

「ごめんなさい。コタローさん、私と姉上はここから逃げ帰るわけには行かないのです。」

 

「我らが集めた秘鍵も奪われたのだ。このまま引けば奴らは秘鍵の力で対抗できないほどの化け物となってしまう。我らも秘鍵を隠していたのだがキリト達が来るほんの数刻ほど前に……すまん……。」

 

……恐らくは早く来ようが遅く来ようがこの展開になってしまうのだろう。

 

 

「いや、キズメルが謝ることじゃないさ。俺達の方こそ遅くなってすまない。」

 

「もちろん私達も手伝うわ。早く森エルフの親玉を倒してキズメルたちの女王様に会いに行きましょう?」

 

「キリト……アスナ……すまない。恩に着る。」

 

「あの……コタローさん、装備が整っていないならここで引き返してください。私達なら大丈夫ですから……。」

 

「何を言っているでゴザる。拙者、たとえここで身命尽きようとティルネル殿を……仲間を見捨てるなど断じて出来ぬでゴザる!お頭、さぁ!」

 

……何故俺に振る。

 

「……ゆくぞ。さっさと終わらせて街に戻る。」

 

「アオシさん、そこはこう……ガンバローとか、死ぬなとかそうゆうのを皆期待しているんだと思いますよ?」

 

「……性に合わん。」

 

「皆、お頭の命でゴザる!この戦、拙者達の力を見せつけるでゴザるよ!」 

 

コタローの一声に皆が唱和し、俺達はキズメルの案内の元、敵にも遭遇する事無く、最上階の王の間へとたどり着く。

 

ティルネルがドアを開け、中の様子が視界に広がるのとティルネルの身体を大剣を襲うのは同時だった。

 

それは一瞬の出来事だった。

俺やキリト、アスナやユキナですら反応のできなかった攻撃がティルネルを襲う刹那、ティルネルと大剣の間に一つの影が入り込む。

 

「やらせるわけはないでゴザる!!」

 

コタローは短剣ソードスキルを使い、高速移動をしただけでなく、迫り来る一撃に的確に攻撃を当てて大剣を弾き返したのだ。

 

現れた敵の姿は重装甲兵を思わせる装備の騎士だったが明らかに装備のランクが高い。

 

固有名

《ジェネラル・フォレストエルブン・アーマード》

 

更にその横には大鎌にマント姿の森エルフ

 

固有名

《ジェネラル・フォレストエルブン・デス》

 

更に二体の奥で玉座に座っているのは皆が皆、若く、美しいと言える森エルフであるにもかかわらず壮齢で全身を強靭な筋肉の鎧で固めたエルフが居るのが見える。

思っていた以上に広い部屋では固有名までは見えないようだ。

 

俺達は攻略組として数々の修羅場をくぐり抜けてきた。この程度で臆することはない。

 

「キリト君、オルランドさんはアーマードの足止めを!残るメンバーはデスを討ちます!壁はいない以上敵のタゲはアオシ君がとって!ナーザさんはデスがソードスキルを使おうとしたら投剣スキルで妨害を!」

 

もっとも早かったのはアスナの状況判断と戦闘指揮だ。

俺達は即座にアスナの指示道理動きだす。

しかし、唯一アスナの指示に即座に対応出来ない者が居た。

 

ヤヒコだ。

 

俺達のギルド、御庭番衆に加わった当初でレベルは13という安全マージン以下だった事もあり、いわゆるネームドボスとの戦闘は今日が初である。

現在レベルも19に上がり、ギリギリながらも安全マージンをとれた事と先日のシリカとのやりとりもあって今回同行を許可したが、恐らくは竦んでしまったのだろう。

 

現状ではヤヒコに構っているほどの余裕はない。大鎌使いの森エルフ、デスは攻撃力が異常に高く、防いでも一割~二割近いHPが削られてしまうのだ。

 

幸い防御力や回避力が低いので徐々にそのHPは削れていき、残すはほんの数%程になった。

 

「ヤヒコ!お前が前線で戦い続けるというのならば奴にとどめを刺すのだ!覚悟を示して見せよ!」

 

奴が最後の悪あがきともいえる技を放ち、俺達全員へ巨大化した大鎌が襲っていた。

俺達は全員でその一撃を防いでいる為に動きはとれない。

 

「ヤヒコ君、シリカちゃんに宣言しましたよね?私達が攻撃を防いでいる間に……さぁ!」

 

ユキナの声掛けに重なるようにアスナが、ナーザが、コタローがヤヒコの名を呼ぶ。

 

「う、ウオオオオオオオ!!」

 

雄叫びを上げ、その剣を担ぎながら全速力で駆け出すヤヒコ、その剣にライトエフェクトを宿らせ全速力を更に越えてその姿は一瞬消えた。

 

片手直剣突進技

「ソニック・リーブ」

 

最大限システムアシストをブーストしたその一撃は、その名の通り音速へと達し、デスの首を跳ねる。

 

頭を失った森エルフの将軍は首から大量の赤いエフェクトを吹き散らし、全身をポリゴン片へと変えて消滅した。

 

「は、はは……やった……。」

 

力無くその場に座り込んだヤヒコに一本の衝撃波が襲う。

ヤヒコは咄嗟に片手直剣を構えていたが、衝撃波はヤヒコの防御を突き抜け、ヤヒコの身体を吹き飛ばす。

 

俺は咄嗟に衝撃波が発生したであろう方向を見るともう1人の将軍、アーマードがその鎧の一部を外し、筋骨隆々な肉体を外気に晒していた。

 

ブレスとは違う。鋭い斬撃による鎌鼬のようなものか?

 

事実、ヤヒコとアーマードの間にはこのレイド唯一の壁戦士、オルランドが居たにも関わらずヤヒコは吹き飛ばされ、その上麻痺の状態異常まで付加されたのだ。

 

「ナーザさんはヤヒコ君の回復と回復するまでの護衛を!コタローさんはキズメルとティルネルさんの護衛に回ってください!一気に行きますよ!」

 

ヤヒコが吹き飛ばされた直後に出されたアスナの指示に全員が即座に対応する。

幸いオルランドのHPはまだ六割ほどある。このまま押し切れる。

 

「キリト君、アオシ君、オルランドさんとスイッチ!オルランドさんは回復を!」

 

「了解!こいつの鎧部分にはダメージがほとんど通らない!狙うなら関節や首、後は鎧がはげた部分を狙えよ!」

 

……壁というのは経験がないが要は第一層の時のキリトの様に攻撃を全て防げばいいんだろう。

アーマードの大剣は連撃や速度こそデス程ではないが一撃の重さはデス以上だ。

まともな方法では防げない。

 

「アオシ!」

 

アーマードの一撃が放たれるのとキリトがソードスキルをぶつけるのはほぼ同時だった。

そして俺もまたキリトの呼びかけと同じくして同じ行動をとる。

キリトの剣がアーマードに弾かれるのと同時に俺の剣が入れ替わり、ぶつかり合い火花を散らす。

御庭番式小太刀二刀流

《呉鉤十字》

鋏の如く交差させた二本の小太刀、その最も威力の高い交差部でアーマードの剣を受け止める。

強大な一撃は振り切られこそしないまでも、徐々に押し込まれ始める。

キリトの一撃で減少して尚この威力……二人がかりでも完全には止められない!?

 

しかし、アーマードの攻撃はそれ以降進むことはなかった。

アスナの《リニアー》が喉に、ユキナの《インパクトストライク》が露出した腹に撃ち込まれ、アーマードは数メートル程吹き飛ばされる。 

転倒状態にこそできなかったが十分だ。

 

アスナの《リニアー》が喉に決まることで仰け反らせ、より広く、狙いやすくなった腹をユキナの《インパクトストライク》が穿つ。

更にアーマードの攻撃はキリトのその軌道に合わせたソードスキルが減退させて俺の《呉鉤十字》で受け止めることでアーマードは俺達4人のHPを削る事無くその身体をポリゴン片へと変えた。

 

残るは森エルフの王のみ。

回復を終えたオルランド、ヤヒコも戦列に戻り、王の出方を見る。

 

やがて王はその重い腰を持ち上げるとゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 

…………腐っている。遠目には筋骨隆々に見えた王の身体からは蛆が湧き、目は白く濁っている。

 

「バカな……森エルフの王がフォールンになるなど……あり得ん!!」

 

キズメルの驚愕の声が聞こえ、俺達の目には奴の名が記された。

 

《フォールン・ザ・フォレストエルブン・ロード》

 

奴はゆっくりとその顔を上げて歪んだ笑みを浮かべると急激に加速し、ティルネルの顔を鷲掴みにしてきた。

 

「おのれ!!ティルネル殿になにをするつもりでゴザる!」

 

ティルネルの側にいたコタローは即座に王の腕に短剣を突き刺し、斬り落とそうとする。

更にキズメルの騎士剣が王の腕を断ち切った。

 

「ティルネル、無事か!?」

 

「は、はい。姉上、申し訳ありません……。」

 

俺達もまた王へと斬りかかる。王は何人かのソードスキルを防ぐも殆どの攻撃をその身に受けた。

 

「……妙だな。」

 

「ああ……。」

 

そう、弱すぎるのだ。俺達の一撃一撃が与えたダメージもかなりのものだ。

誰もがそれを感じながらも戦闘中、ましてや先程ものすごい速度でティルネルに攻撃を仕掛けた事を考えると距離をとるのも危険だ。

 

ほんの2~3分、その程度の時間で森エルフの王はそのHPを全損し、爆散した。

 

 

 

 

「終わった……のか?なんていうか……あっけなさすぎるような……。」

 

「いや!キリト殿、きっと我らが強すぎたのであろう!そもそも本来このクエストの推奨レベルはせいぜい11位なもの。10も上乗せして挑んでいるのだ!コレくらいのあっけなさが妥当と言うものだろう?」

 

「それは……確かにそうだけど……でも今までがきつかったのに急にこんなに簡単なんて気になるわよ……。」 

 

確かにそうだ。このゲーム、恐らくは適性ではほぼ間違いなく死者が出るレベルの難易度に設定されているのだろう。

 

……とはいえ確かになにも起こらず、経験値もコルも入っている。

考え過ぎなのだろうか……。

 

「行こう。あの奥に秘鍵があるようだ。……キリト、アスナ、それに人族の戦士たち、そなたらのおかげで秘鍵を守ることが出来た。秘鍵を回収したらぜひ我らの街へ来てくれ。最大限もてなそう。」

 

俺達はキズメルが感じる秘鍵の反応を頼りに奥へと進み、やがて城の地下深くに一つの球体と6つの光る玉を見つけた。

 

俺達が部屋にはいると球体から急に光が消え、変わりに一つの鍵へと変わった。

その鍵はゆっくりとこちらに動き始め、ティルネルの手に収まった。

 

「……これで終わりだな。長い森エルフとの対立も無くなるだろう。キリト、アスナ。今までありがとう。感謝する。」

 

キズメルがキリト達に手を差し出し、キリトがその手に応じようとした。

……しかし、その手は触れられる事はなかった。

キズメルの胸から飛び出た一本の大剣と血飛沫の様な赤いエフェクトがキリトの顔にかかり、キズメルが倒れる。

刺したのは……ティルネルだった。

 

「我らが悲願、揃えてくれたこと礼を言おう。キズメルよ。ゆっくりと休むが良い。」

 

ティルネルはその大剣を引き抜くと振りかぶり、キズメルの首へと振り下ろす。

その刹那、それを受け止めたのはキズメルの首ではなく、コタローの短剣と身体だった。

 

急速に減っていくコタローのHPを見て即座に俺はその大剣にOSSとなる技を放つ。

この世界に来てから編み出した新しい小太刀二刀流。

 

《四陣一擲》

 

二本の小太刀が一瞬の間に寸分違わぬ場所を斬りつけるこの剣技は重量の重い大剣を弾き返した。

 

「コタロー!無事か!?」

 

みると残りは数ドットながらもHPを残したコタローだが、緑のアイコン、麻痺が発生している。

 

「キリト、アスナ、コタローとキズメルを頼む。その間は俺達御庭番衆がこの場を抑えよう!」

 

俺達はティルネルを見る。

ティルネルはキズメルから奪い取った大剣を右手に、更にコタローが装備していた短剣を左手に持ち、立ち尽くしている。

その目は完全なる黒に覆われ、表情は狂気の笑みを浮かべていた。

胸元には禍々しく脈動する鍵が鎧のように何本もの触手を出しティルネルの全身を覆っている。

 

《ティルネル・ザ・フォールン・ロード》

 

ボスを表す名前と共にティルネルは咆哮を上げて襲いかかってきた。

 

「奴の攻撃に注意しろ!恐ろしい威力だぞ!」

 

俺達は散開しティルネルの放つただの斬撃すらも喰らわないようにかわす事に集中する。

コタローは俺達の中ではヤヒコの次に防御力、HP共に低いがレベルだけを見ればマージンを15も取っているのだ。

そのコタローが武器防御をして尚、一撃で死ぬところだった。

それはつまり、クリティカルしようものならばタンクであるオルランド以外は確実にやられてしまうことを意味していた。

 

幸い奴は両手に武器を持っている。システム上、両手に武器を持っていれば通常のソードスキルは発動出来ないはずだ。

 

「奴の攻撃の瞬間だ。ターゲットは全力回避、それ以外の者は通常攻撃せよ!反撃されぬよう各々気を抜くな!」

 

そう叫んだ途端に奴が俺の方に駆け出して来る。

俺は小太刀を二本構え、攻撃に備えた。

 

奴はまっすぐ大剣を振り下ろし、俺は小太刀を使ってそれを受け流す。

HPバーは……ほぼ減っていないようだ。

地面に大剣が振り下ろされ、突き刺さった所で全員の通常攻撃が入った。

どうやら大剣が深く刺さり、抜くのに手間取っているようだ。

更にもう一撃、そう皆が思い武器を振るった時だ。

 

奴は大剣を捨てた。

 

放たれたのは短剣突進技“ラピッドバイト”そして狙われたのは唯一離れて攻撃していたナーザだった。

 

タイミングは最悪だ。

そこそこ距離があり、彼は投剣ソードスキルを使用していた。これは……やられてしまう。

 

 

「「やらせない!」」

 

死の一撃がナーザの胸に吸い込まれる直前、彼を救ったのはキズメル、コタローの回復をしていたキリトとアスナだった。

 

完全にシンクロした二人の剣は全く同じ部分を左右から同時に穿ち、ティルネルの短剣を弾く。

 

それにより生まれた隙を逃さず、2人の剣は彼女へと叩き込まれた。

 

 

「ネズハ!無事か!?」

 

「は、はい!お手数おかけしました。」

 

ナーザはそう言いながらクイックチェンジを使い、使用武器を槍へと持ち替える。

 

遠近感の掴めない彼ではシステムアシストを使わずに投剣を当てるのは困難なのだろう。

 

コタローはまだ麻痺が取れず、キズメルもまた気を失っているがHPは全快復したようだ。

恐らくは貴重な回復結晶を使ったのだろう……。

 

とはいえ、2人が増えても厳しい戦いに変わりはない。

 

キリト、アスナに斬りつけられたティルネルに更に槍が突き刺さった。

ナーザだ。3人はヒット&アウェイを行おうとその場を離れようとする。

しかし、ティルネルがそれを許さなかった。

ティルネルは突き刺された槍を力任せにナーザから奪い取り、槍の柄を持ったままだったナーザを壁へと吹き飛ばす。

更に持っていた短剣を投げるとそれはキリトの左腕を吹き飛ばし、キリト自身も壁へと吹き飛ばされた。

 

唯一距離の取れていたアスナに狂気の槍が襲いかかる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が、左腕が無くなったキリトすらもアスナを助けようと全力で向かった。

しかし、間に合わない。

アスナも態勢を崩している。

全員が仲間が死ぬことを予感した。

 

しかし、次の瞬間見た物は真紅の鎧を身に纏い、大型の盾と騎士剣を携えた壮年の男性プレイヤーがティルネルの槍を受けとめ、いなした光景だった。

 

「胸の鍵を狙いたまえ!鍵を壊せばこの敵は倒せる!」

 

男の介入に混乱しつつも、彼の一撃が鍵を貫いたことで起きたティルネルの硬直を逃すことなく全員がソードスキルを叩き込む。

 

結果、ティルネルのHPは0になり、爆散した。

 

そしてコタローはその光景を見て意識を失った……。

 

 

 

 

 

男は何でも自分のクエスト進行に来ていたらしい。俺達のクエストが終わらなければ出来ないクエストらしく、ティルネルが爆散したのを確認すると名乗ることもなく去っていった。

 

その後、キズメルが意識を取りもどすとティルネルの胸に着いていた鍵を確認し、一言だけ……死んだのか……と呟き、そのまま歩き始めた。

 

俺達も意識を失ったコタローをオルランドが担ぎ、その後に続く。

 

キズメルは城の出口に着くとなにやら唱え始め光の回廊を生み出した。

 

「ここから我らが国へと行ける。……着いてきてくれ。」

 

キズメルがその光の渦に入り、俺達もそれに続く。

 

そこで見た光景は俺の予測を裏切っていた。

 

「お帰りなさい。姉上。」

 

「ただいま、ティルネル。今回は霊力が満ちるのが早かったな。」

 

 

ティルネルだ。記憶もそのままあるようで俺達にも普通に挨拶してきた。

 

「どうゆう事……なの……?だって、私たち……ティルネルさんを……。」

 

アスナがそうつぶやくとそれに答えたのはキズメルだった。

 

「我らは霊力さえ満ちれば蘇るのだ。特にこの層ではそれは早い。そなた等も知っていよう?」

 

「だって……第三層でお墓が……。」

 

「あの時は霊力の無い戦場だったのだ。

故に私もティルネルは本当に死んだとばかり思っていた。少なくとも記憶は無くす。故に墓を作り弔っていたのだが……そなた等のおかげで我ら姉妹は死ぬ事無くこうして秘鍵を森エルフに使わせずに済んだ。心から感謝する。」

 

……つまりは設定としての死が永続でない限り蘇るということだろう……。

そう。キズメルもティルネルも人に本当に近く見えるが故に勘違いしがちだが彼女たちは紛れもなくNPCなのだ。

 

そして蘇る事自体には何の違和感もないように設定されている……ということか。

 

見ればキリト、アスナ共に苦い表情をしている。彼女たちを“人”として見ていたのは俺達だけではない。

それがこうして死ぬ事の無いNPCとしての一面を見せ付けられては考えてしまうのも理解できる。

俺達は彼女たちを助けようと本物の命を掛け、そしてコタローはキズメルを助けるために死にかけ、ティルネルの死のショックで意識を失ったのだから……。

 

 

意識を取り戻したコタローは泣いた。ティルネルの生存に。……そして別れに。

 

俺達は女王に謁見するとそのまま彼女たちとは会えなくなると告げられ、別れた。

 

俺達はその後、第三層に向かい彼女たちと再会した。記憶を無くし、見た目のみが同じ彼女たちに。

そして俺達は仲間だったキズメル、そしてティルネルには二度と会うことは無くなり第9層のフロアボスを討伐する。

 

……俺達は二度と第9層に行くことはなかった……。

 

 

 

 




キズメルさんたちの設定は独自となります。
原作でアスナがNPCを囮に~という話があったので最後はこういった形にしましたが、矛盾等あればご指摘お待ちしております。
価値観変えるの難しいですよね……。


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第十層
アスナの決意


間があいてしまい申し訳ありません。
最新話投稿致します。
※10月2日修正済み


私に生きる希望を与えてくれた第一層突破から約3カ月の時間がたった。

 

私は第一層突破を経て、彼と共に戦って……そして変わったんだと思う。

第一層では、精一杯闘い抜いて死ぬために戦っていたのに、今は生き抜いて彼の見ている世界をみたいと思ってる。

だからもう道半ばで死にたくない。走れるところまでなんて言わない。

このゲーム、私は生き抜いて帰ってみせる。……現実へ。

 

 

 

 

 

第十層、この層に上がってから色々な事があった。

第九層でのキズメルとの別れ……彼女を友達のように、姉のように思っていた。

でもそれはただの思い過ごしだったことを思い知らされた。

NPCはNPC、私たちとは違う。何度も復活し、用事が済めば消えてしまうただのデータとして彼女は消えてしまった。

 

もうきっとNPCを仲間だと……友達だとは思わないだろう。

そう考えてプレイヤーが死んでしまう事になったらなんの意味も無いもの。

 

 

 

私達はまだコンビを組んでいる。正直私は彼となら生き抜いていけると思っている。

 

……だからこそ、彼の一言が気にくわなかった。

 

 

 

「なぁアスナ?」

 

「?どうしたの?急に真剣な顔をして……。」

 

「俺との2人のパーティーはこの層で解散しよう。」

 

「……別にアナタと私はお互いソロだものね。……でも……理由……聞かせてくれるのよね……?」

 

おかしいよ……2人で上手く戦っていけると思ってたのに……。

 

「この層からはmobが巨大なのが増えるんだ。つまり、コンビで狩るのは効率が良くない。……それに君はやっぱりギルドに入った方がいい。君の力は集団を率いてこそ発揮されると思う。」

 

「それ、別に私とアナタが一緒に行動しない理由にはならないわよね?私、気に入らない人の下に付きたくはないの。アナタがどうしてもって言うなら私は1人で良い。」

  

……ずるい言い方だ。ほら、彼も困った顔をしてる。困らせたい訳じゃない。でも……今、彼と別れたくない。

 

彼の事は多少は理解しているつもりだもの。

きっと彼はソロになる。私よりも長く誰かと一緒に居たりしないだろう。

だってきっと本当の理由は……。

 

「……頼む。1人でなんて言わないでくれ。もちろん俺も一緒に探す。前にも言ったろ?俺は君に死んでほしくない。もうこの層のボスからは俺も知らないんだ。」

 

「なら……いえ、いいわ。でも……ううん。なんでもない。」

 

……彼が認めたパーティーやギルドならきっとおかしい所じゃないだろう。なら……彼もねじ込めばいい。それで一緒に居れるもの。

 

 

私達は習慣になりつつあるクエストと定点狩りを行っている。

恐らくは私達のレベルは攻略組でもトップクラスだと思う。

私が27、彼が28、そして遂に今の定点狩りでレベルも彼に追いついた。

 

「アスナ、もうある程度自分で弱点の予測は出来るよな?奴と戦ってみてくれ。」

 

彼が指さしたのは今まで見たことのない武者の格好をしたリザードマンだった。

私は敵の姿を見て弱点を関節と尻尾、それに顔だろうと結論付けた。

 

私はキズメルと別れたときに手に入れた細剣と今まで使っていた細剣を素材にして作り出した新しい相棒、《ハイネス・レイピア》を抜き、一気に距離を詰める。

リザードマンは私が10メートル程まで詰めた所でこちらに気付き、腰から刀を抜き出した。

 

……あぁ、この層で第一層フロアボス、イルファング・ザ・コボルトロードの刀スキルを知ったのね……。

 

彼が私を守るように戦ってくれた第一層フロアボスの記憶、そのソードスキルの軌道を思い出しながら、確実に対応していく。

中には私の知らないソードスキルもあって多少焦ったけど、刀の軌道を敵の目線から読んでギリギリでかわしきる。

ギリギリでかわすことで見える隙を見極め、覚えたばかりの3連撃技“ペネトレイト”を放つ。

微調整した三本の光は寸分違わずに顔と両肩に叩き込まれ、リザードマンを硬直させる。

 

そして一瞬早く硬直の解けた私は、渾身のリニアーを尻尾の付け根に叩き込み、リザードマンのHPを削りきった。

 

「これでいいの?」

 

「あぁ。もう俺から言うような事はないよ。見切り、観察眼、体捌きにいたるまで文句のつけようもない。」

 

彼はそういうと私に一言、行こうとだけ言い、道を歩いていく。

その後ろ姿をみる私は、ふと、まだきっと彼と同じ位置にたっていないと思えるた。

 

彼の戦い方には無駄がない。それ故に彼の一撃は速く、鋭く、そして重い。

勿論その一撃を受けた訳じゃない。受けたいとも思わない。でも……何が私と違うのかは知りたい。

きっとこのゲームを……この城を征服したらそれも分かるんだろう。

 

私もまた、彼に続いて道を歩いていった。

 

 

 

 

2日後、フィールドボス戦で私は攻略組で唯一の女の子の友達と再会した。

彼女も私のことを友達だと思ってくれている。だって現実の友達のように私におべっかを使うわけでもなければ見下しているわけでもない。

対等に……は言い過ぎかもしれないけど彼女の顔色からは素直に私との会話を楽しんでいるようにしか見えないもの。

 

 

「ねぇユキナちゃん、ユキナちゃんはギルドに入っているじゃない?ギルドってどうなのかな?」

 

「ギルドですか?まぁ楽しい……ですかね。皆さん良い人ですし……アオシさんもああみえて優しいですから。それに……その、声掛けてくる方も減りましたし……ね。」

 

ああ見えて……か。確かにアオシ君、無愛想と言うか……妙に冷めている所あるもんね。

 

「確かに最初の頃は私もひどかったなぁ……それが嫌でコレ、使ってるけど、今でもキリト君と別々に行動すると声掛けてくる人居るものね。」

 

私はフードケープをかぶって見せ、そういうと彼女は笑いながら頷いてくれた。

 

「そういえばユキナちゃんはこういうの使わないね。どうして?」

 

「私の場合はギルドタグがありますし、それに、その……それで顔を隠すと……」

 

なぜか黙ってしまった。何か嫌なことでも有ったのかな……?

 

「そ、そういえばどうして急にギルドのことを?私達のギルドに入ってくれるんですか?」

 

「えっと……わからない……かな?キリト君と二人で入っても良いかなって所は探してるんだけど……まだ、どうしたいか分からないんだ……。別にアオシ君は嫌いじゃないんだけど……。色々考えてみたいの。」

 

嘘じゃない。実際にこのギルドに入ればそれはそれで楽しいだろうし、キリト君の言うように安全性も保てるとは思う。

ただ……このギルド……ううん、アオシ君は攻略よりも奴等との戦いに固執しているように思える。

 

私は……人と人で争いたくはない。……きっと、キリト君も同じだと思う。もちろん悪いことをしている人を無視するつもりはない。止める事は当然だし、いざとなれば第一層の牢屋に送ることも必要だと思う。

 

けど……私には殺す事はできないと思う。

 

 

「アスナさん、私達、対人に特化しているわけじゃないですよ?」

 

「え?」

 

「私も女子校育ちですから。顔色を読むの、得意なんです。……確かにアオシさんはPoHの捕縛を第一に考えていますけど、メンバーの誰にも戦わせようとはしません。せいぜいが情報収集を頼む位です。」

 

「そう、なんだ。でもユキナちゃんは参加してるんだよね?その……アオシ君の指示じゃないならどうしてかな?」

 

「私は彼の監視役ですから。あの人、独断専行してしまう悪い癖がありますし……ほっとけないんですよ。」

 

……そっか、そういう事か。……彼女は彼の事が……

 

「!?……違いますからね!?ちょっ!ほっこりした笑顔を向けないでください!」

 

「大丈夫だよ。ちゃんとわかってるから。でも、彼、そういう事鈍そうだし大変そうね。頑張って。応援してるよ!」

 

「ちょっ!分かってないじゃないですか!!別にそんなんじゃないですよ!大体アスナさんこそどうなんですか!?アオシさんに聞きましたよ?彼とは長く一緒にいるらしいじゃないですか。もう付き合ったんですか?」

 

!?えっと……かれ、かれ、カレー?あれ?でも私、カレーと付き合うもなにもこの世界でカレー食べたっけ!?

 

「※●@※*→※」

 

「いや、日本語でお願いします。まぁ大体分かりましたけど……。アスナさんも大変ですね。」

 

「ち、違う!違うから!?彼とは……えっと……効率がいいから一緒に居るだけで別にコンビじゃないし、ましてや……付き合う……なんて……えっと……。」

 

うう……顔が熱い。このゲーム、感情エフェクトが過剰だよ。

 

「アスナ、そろそろフィールドボス戦が……ってどうした?顔色真っ赤だぞ?」

 

「※●*※!?!?キ、キリト君!?いつからそこにいたの!?」

 

「え?いや、今来たところだけど……?大丈夫か?体調悪いなら今回は参加しないことにするか?」

 

 

「だ、大丈夫!大丈夫だからちょっとほっといて!」

 

私はそう言ってその場から離れた。……うぅ……あのタイミングで来ないでよ……。

 

 

 

 

 

 

 

なんとかボス戦までに気持ちを落ち着けた私はキリト君の元に戻るとフィールドボス戦を開始した。

 

ほとんどがいつものメンバーだったけど数人知らない人……ううん、そのうちの1人は知っている。

あの時……翡翠の秘鍵の最後の戦闘で私を助けてくれたプレイヤーだと思う。

 

彼等はフィールドボス相手に臆することなく堂々と戦ってる。大抵は攻略戦、ましてやボス戦であれば緊張や気負いで動きは固くなるものだけど……

 

「たいした手練れだな。特にあの銀髪の男、何で今まで攻略に参加しなかったのか不思議だよ。」

 

「そうね。リンドさんやキバオウさんもここまでの経験で戦闘指揮も少しは手馴れて来ているけれど彼の指揮に舌を巻いてるみたいだし……。」

 

私達はフィールドボス戦の取り巻きが担当だから、彼とは直接話が出来ている訳ではない。しかし、まるで未来を見ているかのような盾捌き、正確な斬撃、そして人をまとめるカリスマ性。

直感的に彼は今後、攻略組をまとめていける人だと思った。

 

キリト君とは違った魅力。

例えるなら、すごく尊敬できる先生のような感じだろうか……。

?……どうして知り合ってもいないプレイヤーにそんな印象を受けたのか、自分でも不思議に思うけど……きっとキリト君と彼が同じパーティーならこの城を攻略出来ると思えた。

 

 

フィールドボス戦の後、私達はいつものように皆よりも先に行き、その夜には迷宮区の入り口を発見し、その日の探索を終わりにした。

 

 

《キー坊、アーちゃん、あるプレイヤーが2人の情報、もしくは話し合いの場を用意してほしいらしいゾ。どうすル?》

 

街に戻った私達に届いたのはアルゴさんからの全く一緒の文言のメッセージだった。

 

「どうする?」

 

「どうするって言ってもなぁ……。誰かも分からないのに応じたりする奴……居るかなぁ?」

 

「それもそうよね……ならさ、こっちから条件として先方の情報を開示してもらって場所も圏内の店とかに指定してみる?」

 

キリト君はそれならまぁいいかとアルゴさんにメッセージを送り、2人で返事を待ちながら食事でもしようかと話をしているとキリト君にメッセージが届く。相手はアルゴさん、思いのほか早く返事が届いた事に多少驚きつつも内容を確認する。

 

 

《キー坊はどうせアーちゃんと一緒だロ?メッセージは纏めさせて貰うヨ。先方が快諾してナ、名前は“ヒースクリフ”、今日行われたフィールドボス戦で攻略組に合流したパーティの赤い鎧を装備していたプレイヤーだナ。2人に頼みが有るそうダ。合流するなら待ち合わせの場所を決めてくレ。》

 

アルゴさん……最近はあんまりからかいに来ないと思ってたら……これはあとでまた誤解を解いておくべきね。

 

《了解した。俺達は今から食事だから第十層の宿屋前にあるNPCレストランで良いか?》

 

《確かに伝えたゾ。オレっちは忙しくていけないけどヒースクリフは五分程で着くそうダ。後で会談の内容は教えてくれナ。》

 

 

アルゴさんは本当に商売の鬼だなぁ。……まさか私達がずっと2人で行動している事も誰かに売ってるんじゃないよね……。

 

「ねぇキリト君。話ってなんだと思う?」

 

「まぁ……十中八九パーティへの参加って所じゃないか?今、攻略組でギルド不参加な奴は少ないからな。」

 

「ま、そうよね。キリト君はどう考えているの?」

 

「……わからないな。彼の人となりも知らないんだ。判断のしようがないさ。」

 

私達は雑談をしながらレストランに向かう。

……多分キリト君は私に先入観を与えたくないんだろうな。

彼がボス戦でヒースクリフさんの戦闘を見てなにも感じない訳無いもの。

 

やがてレストランに着き、のれんを潜ると、そこには既に赤い鎧を装備した男性、ヒースクリフさんが座っていた。

あれ?まだ5分たってないよね??

 

「ヒースクリフさんか?待たせてすまない。もう着いているとは思わなかったんだ。」

 

「いや、こちらが呼び出したのだからね。呼び出した方が待たせるわけには行かないと思って年甲斐もなく走ってしまったよ。……まぁ掛けてくれたまえ。ここの食事は私が持とう。」

 

メニューに目を通し……ても意味ないわね……。なにがなにやら……。

とりあえず私もキリト君が指さした物と同じ物を頼んでみる事にした。

 

比較的低層ではおかしな物は少なかったのに八層辺りからなんだか変な味の物が増えてきたな……。第二層のトレンブル・ショートケーキが懐かしい……。

まぁ……たまに食べに行ってるけど……。

 

出て来たのは見た目は普通のハンバーグだから……多分……おかしな味じゃない……よね……?

 

恐る恐る口に入れると広がった味は……サンマの塩焼きだった。

見た目は肉なのに味は魚って……。まぁ、食べれないことはないけど……醤油が欲しい……。

 

目の前に座っているヒースクリフさんもなにやらしかめっ面をしている。頼んでいたのは蕎麦みたいだけどつゆの味が変なんだろうな。今まで醤油の色で醤油の味なんてしたことないし……。

 

「さて、では本題に入ってもかまわないかな?」

 

私達が食べ終わったのを見て、彼は自分が食べていた蕎麦を半分程残しているにも関わらず話を始めた。

 

「いや、そちらが食べ終わるのくらい待つよ。」

 

「……お気遣い痛み入るがそれには及ばない。少々私の口には合わないようなのだよ。」

 

「それ、確かわさびと胡椒と唐辛子を合わせたような味だっけ?てっきり辛いものが好きなのかと思っていたよ。」

 

「ふふ。私はどちらかと言えばしょっぱい物と甘い物が好きでね。辛いものはあまり得意では無いのだ。食べ物を残すなど礼儀には反するが目をつぶってくれたまえ。」

 

やがてNPCのウェイターがお皿を片付けてテーブルが空になった。

 

 

「さて、では改めて本題に移ろう。君達はコンビで攻略をしていると聞いているが、君達から観て今の攻略組をどう思う。」

 

「えっと……どう……とはどうゆうことですか?」

 

「そのままの意味さ。私はこの層から君達攻略組に合流し、フィールドとはいえボス戦にも参加させてもらった……しかし彼等の指揮での戦いには何度もヒヤリとさせられたよ。何故彼らは互いにいがみ合って協力しないのだ?」

 

「彼らとはドラゴン・ナイツ・ブリゲードとアインクラッド解放隊の事だろ?あそこは互いに競い合っているからな。とはいえ、フロアボス戦ではきちんと協力しているよ。なにせ先にボス部屋に着いたプレイヤーがこの層の指揮権を得るのが通例として普及しているしな。」

 

「なるほど……では改めて聞くが今の現状をどう考える?」

 

「……良くはないな。実際、仲良しこよしなんてあり得ないとは思うけど……」

 

「そうね。あの二人がそんな風になったら私、大笑いしちゃうかも……。」

 

肩を組んでスキップしている2人を想像……しようとしてやめた。吹き出しちゃいそうだもの。

 

「長らくここで彼等を見てきた君達が言うのだからそうなのだろうな。しかし……私はそんな現状を変えたいのだ。要はあの二つしか主力ギルドが無いことが対立の原因だと思っている。」

 

……確かに競い合っているのは二つ……もとい2人だ。それが三つになったら下手に喧嘩はしないかもしれない。

二人がいがみ合っている間に残りの一人が美味しいところをもっていってしまうのは面白くないだろうしね。

でも……。

 

「ヒースクリフさん、あなたにそれができるのか?現時点で攻略組の三分の二近くはどちらかに入っているんだ。そして二つに入ってないプレイヤーも他のギルドや固定パーティに入ってるぜ?」

 

そう。現実問題として絶対数の少ない攻略組の中の半分以上が二大ギルドに属しているからこそ、この状況がある。事実三番目に大きいギルドは8人の御庭番衆、その次は風林火山と続き、後は5人のパーティが1つに3人パーティと私達2人。ソロすら居ないのが現状だ。

 

 

 

「確かに現状彼らを人数で上回ることは無理だろう。こちらは今日お見せした2人に先程仲間に入ってくれた3人だけしか居ない。

風林火山の面々には合併は出来ないと断られてしまったしな。

だが……君達が入る事となれば話は違う。私は今後も有望なプレイヤーはどんどん引き抜きをしようと考えている。実力のあるプレイヤーが数多く揃えば人数などは問題ではあるまい。」

 

……それは……そうかもしれない。実際人数こそ最大を誇るアインクラッド解放隊の25人のうち、実際に攻略を行うのに十分なレベルのプレイヤーは20人ほどしか居ないし、ドラゴン・ナイツも同じ様なものだ。

 

その上トップクラスのプレイヤーなんて二つのギルドを合わせても5人に満たないと思う。

こちらがそれこそ10人もトップクラスのプレイヤーを擁すればそれは第三の勢力になるだろうけど……。

 

「ヒースクリフさん、あんたを含めて6人全員が例えばトップクラスのプレイヤーだったとしても、俺達2人が加わって8人。既にある御庭番衆が第三勢力にならないのにあんたのパーティがそうなれるとは思えないんだけど?」

 

……何だろう?妙にさっきからキリト君が突っかかっているような気がするな……。

 

「そうかね?聞くところによると彼のギルドは対人に特化したギルドと聞いているが……。」

 

「別に彼等は対人に特化しているわけじゃないよ。ただ攻略、更にはこの世界に生きる人達に仇なす奴らを取り締まろうとしているだけさ。」

 

「それよりも……ヒースクリフさん。私はあなたの意志を確認したいんです。キリト君が言っている様に簡単に事の進む話とは思えません。それでもあなたは今の状況を変えてみせると言えるんですか?」

 

私はこの人の表情、態度を見逃さないように真剣に、真っ直ぐに彼を見た。

キリト君が色々と絡んでいるのは要はそういう事だろう。

彼に覚悟がないなら話し合いの余地は無いし、余計な混乱を招くだけだから……。

 

数秒間、彼は目を閉じて静かに黙り込んだ。そして……

 

「ここに誓おう。この世界に生きる者として私は現状を変え、攻略をより確実な物へとしてみせる。……力を貸してくれ。」

 

真剣そのものな表情でそういうと彼は私達に深々と頭を下げた。

どう見ても私達の倍は生きているであろう男が深々と頭を下げるのはなかなか出来るような事じゃない。

 

年下の男の子に色々とダメ出しされて頭に来ただろう。

年下の女の子に覚悟を問いただされて頭に来ただろう。

 

それをこの過剰なフェイスエフェクトのあるSAOの中でおくびにも出さずに頭を下げているのだ。

 

私は彼の下なら良いと思えた。きっと彼も同じだと思う。

より早く現実に帰るのならば集団に規律は必要なのだから。

 

「顔を上げて下さい。ヒースクリフさん。あなたの覚悟は伝わりました。私など大した力は在りませんが微力ながらお手伝い致します。」

 

私の一言を聞き、顔を上げた彼は安心したように微笑んだ。

 

「よろしく頼む。アスナ君。我々の力を合わせ、プレイヤー全員が一丸となって挑もうではないか。解放の日の為に。」

 

彼の差し出された手に応え、隣に居るキリト君の方を向く。

 

「キリト君もよろしく頼む。」

 

彼は同じ様にキリト君にも手を差し出したが、それに答える手は出て来なかった。

 

「キリト君、どうしたの?ヒースクリフさん、手を差し出してるよ?」

 

「……悪いが俺はアンタの下に付く気はない。いや、違うな。俺はそもそも誰の下にも付く気はないんだ。

さっきまで色々と指摘していたのは新参者がいきなり理想論を語るから悟らせてやろうとしただけさ。

別にアスナのようにアンタの覚悟を見ようと思ったわけじゃない。」

 

「き、キリト君……?な、なにを?」

 

彼の考えがわからない。だって自分で言っていたじゃない。自分の知識はここまでだって……。第一層の時とは違う。

ここでソロになったらいつかは死んでしまう。いくら何でも彼には自殺願望なんて無いはず……。

 

「俺が第二層からアスナとコンビを組んでいたのは自分自身が慣れるまでの安全策だ。俺の知識は本当は第八層までしかなかったからな。ありがたかったよ。おかげで見知らぬ層でも最も効率のいいソロで生き残る自信ができた。今回アスナのギルドを探してやったのはその礼。ただそれだけの事さ。」

 

……そんなはずはない。彼は……優しいから……でも……どうして……。

 

「その上、アスナがアンタの所に入ることで攻略がスムーズに進むんならお互い万々歳だろ?アスナのギルド探しなんて面倒な仕事も終わるんだ。いや、本当にアンタには感謝しているよ。俺も仮にもここまで組んでいた奴に死なれちゃ目覚めが悪いからな。」

 

「ねぇ……キミはどうしてそれを自分には当てはめないの?私だって同じ様にキミに死なれたら目覚めが悪くなるのよ?」

 

「……そういうセリフはもっと強くなってから言えよ。今のアスナじゃ何回やろうと俺には勝てないだろう?なにせ俺はビーター、本当のMMOプレイヤーのベータテスターだからな。」

 

それとこれは違うでしょう。

確かに……悔しいけど彼の言うことは事実だ。今の私では何度やろうと彼には勝てない。でも心配しちゃいけないことにはならないよ、キリト君。

 

「ま、そういう事さ。じゃあな、ヒースクリフ。精々頑張ってくれ。」

 

彼はそういうと店から出て行こうとする。

 

「待ちなさい!そんな事で私が納得するとでも思っているの!?」

 

彼に強い言葉を投げ掛けたのは初めてだった。彼はいつも私を気遣ってくれていた。

確かに甘えていたのかも知れない。でも、だからといって彼の今の行動や言動には納得がいかない。

大方自分がビーターだからとかそんな理由だろうとは思う。

でも、そんなの関係ない。ヒースクリフさんはキリト君を受け入れようとしてたじゃない。

 

実際、今の攻略組でキリト君を毛嫌いしている人なんてほんの一握り……全体の十分の一にも満たないのに。君はそんな事もまだ理解してくれないの?

 

「……別に納得してくれとは言わないさ。俺は俺の道を行く。君にも目指す場所があるんだろ?なら別々に行けばいいさ。それに……俺の行動が納得が出来ないというなら俺を見返してみせろ。」

 

彼は出る間際に一言そう言って店を出て行ってしまった。

 

 

……そう、あなたは私を頼ってはくれないのね。……だったら変えてみせるわよ。より効率的に、より早く、第百層まで制圧してみせる。……あなたの重荷、意地でも減らしてビーターなんて気にしないで良いようにしてみせる。

 

 

《君は強くなる。だから君が信頼を置ける人間に会えたからにはギルドに入るんだ。ソロには絶対的な限界がある。》

 

彼から私に贈られた言葉。確かに今の実力で私はソロでは生き残れないと思う。きっと彼とコンビを組んでいてもいつかは死んでしまうのだろう。

だから彼は私をギルドに入れる事に拘ったのだと思う。

 

一緒にいれないから……その資格が今はないから……。

だから、今度は私が言葉を贈る。全てを変えたら……あなたともう一度コンビを組む。今度はあなたに頼るだけじゃない。対等になるために私も変わってみせるよ。

だから……

 

《あなたの言葉、あなたの望み。それを聞き入れる。だから……あなたも決して死なないで。》

 

私は彼にインスタントメッセージを送った。死なないでほしい。生きてほしい。その思いを込めて……。

次は……あなたと対等になっていて見せるからね。

 

 

 

私はその日からヒースクリフさんが立ち上げたギルド、血盟騎士団に入った。

攻略組を変えるため……私の決意を、願いを叶える為に。

第十層フロアボス戦。そこでの指揮権を手にした私は誰一人の死者も出さずにボスを撃破、そして血盟騎士団の旗揚げを行う。先ずは攻略組での発言力、影響力を上げて風潮を無くさなくては。

 

第11層でギルドの人数が10人へと達し、私は団長から直々に副団長の地位に着かされた。本音を言えば役職なんて欲しくなかった。でも彼への風潮を無くす。彼を守りたい。その思いから私は副団長という責任ある立場を受け入れる。

 

 

そう……彼を死なせない。その一つの決意を胸に抱いて……。




原作を参考に書いてはみましたがアスナとキリトを別れさせるお話は難しいですね……。

次話ではキリト君サイドのお話を描きたいと思います。
出番がなかった主人公アオシですが次話ではちゃんと出ます。

色々と読んでより文章力をつけたいと思いますので今後もよろしくお願い致します。


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キリトの道

更新遅くなり申し訳ありません。
前話、アスナの決意のキリトサイドになります。

今後投稿した後にパソコンで印刷して誤字、脱字等チェックいたしますがもし見落としあれば教えていただけると嬉しいです。

※10月7日修正済み




第九層、翡翠の秘鍵の最終ボス戦。

あの時、俺は彼女を失うところだった。もしも彼が介入してくれなければ彼女は死んでいただろう。

 

そろそろ潮時と言うことかな……。

第三層でも感じた別れをしなければという思いが強くなる。

あれから進むこと七層。もう俺の知識は役には立たない。

今後は命の危険も増えるだろう。これ以上、彼女と共にいる資格など俺には無いのだ。

 

彼女はきっと大きな存在になる。あの剣技、観察力、そして何よりも人を導けるだけのカリスマ性が在るのだから……。

 

「なぁアスナ?」

 

「?どうしたの?急に真剣な顔をして……。」

 

彼女は怪訝な表情をこちらに向けている。以前から彼女は解散に繋がりそうな会話を振られるとこうゆう表情になる。

俺はその表情は出来れば見たくはなかった。だから今まで明言まではしてきていなかった。でも……

 

 

「俺との2人のパーティーはこの層で解散しよう。」

 

無表情……いや、少しだけ陰りのはいった表情で彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……別にアナタと私はお互いソロだものね。……でも……理由……聞かせてくれるのよね……?」

 

 

前半は何度か聞いた調子の声、なのに後半になるにつれて弱々しくなり、消え入りそうな程に小さな声が耳に届いた。

心が揺らぐ。彼女を強く鍛え、護りたいと思っている気持ちが強くなる。

しかし……もう後には引けない。彼女だけは……俺自身のことよりも強く、死んで欲しくないと思っているのだから

 

「この層からはmobに巨大なのが増えるんだ。つまり、コンビで狩るのは効率が良くない。……それに君はやっぱりギルドに入った方がいい。君の力は集団を率いてこそ発揮されると思う。」

 

「それ、別に私とアナタが一緒に行動しない理由にはならないわよね?私、気に入らない人の下に付きたくはないの。アナタがどうしてもって言うなら私は1人で良い。」

     

それじゃだめなんだ……。君には生き残って欲しい。

その為には、君をパートナーにし続けるわけにはいかない。そしてソロになんてさせて良い訳がない。

 

    

「……頼む。1人でなんて言わないでくれ。もちろん俺も一緒に探す。前にも言ったろ?俺は君に死んでほしくない。もうこの層のボスからは俺も知らないんだ。」

 

「なら……いえ、いいわ。でも……ううん。なんでもない。」

 

 

彼女は何を言おうとしたんだろう……。

彼女は一瞬だけ嬉しそうな表情を浮かべたけど……今は何かを決意したかのような表情を浮かべている。

 

……まぁ、考えても分かるわけがないか……。

 

 

俺達はその後は習慣になっているクエストと定点狩りを行っている。

正直に言えば既にどちらも大した経験値は入らない。ましてやフィールドボス戦すらまだである以上、フロアボスの情報もまず無いだろう。

 

この狩りやクエストを行う理由は1つ、アスナの……いや、俺自身もプレイヤースキルをより高いものへとする為だ。

このゲームはボタンやコマンドを入力するようなものとは違う。

自らの身体を動かすのと何ら変わらないのだ。

 

それはつまり、いくらレベルが高かろうとその力をプレイヤー自身が使いこなせなければ何の意味も無いと言えると言う事だ。

その他にも見切りやスイッチ、ミスリードなどレベルやスキル熟練度ではない、いわゆるシステム外スキルと呼ばれる物も反復練習によって身につける事が出来る。そういった物を身に付け、使いこなすための習慣。

 

実際それを続けた事が俺達を攻略組……いや、2人組での最前線攻略を可能にし

ている。

実際の所、俺やアスナは命の危険を考えなければこの層でもソロでも通過できるだろう。

俺はまだ知識が……そしてアスナには冷静かつ的確な判断力と観察力がある。

 

ん?あのmobは……。

 

俺の視界の端に居たのはβ時代何度もやられ、この十層攻略の難易度を高めていたmobだ。確か刀スキルを使うmobで喰らうと出血状態にされる厄介なmob。

……アスナの成長を見るには最適かな。

 

 

 

「アスナ、もうある程度自分で弱点の予測は出来るよな?奴と戦ってみてくれ。」

 

アスナは俺が声を掛けると敵を見据えて頷き、腰から細剣を引き抜いて一気に距離を積めた。

敵が放つ刀スキルを紙一重でかわし、的確に弱点にソードスキルを叩き込んでいる。

本当にたったの3ヵ月ちょっとで“本物”の剣士になり、俺が教えたことも乾いたスポンジのように吸収して使いこなしているのだから恐れ入る。

 

出逢った頃から凄まじい完成度だった“リニアー”、それを更に昇華し、その剣速はもはやライトエフェクトの光の軌跡しか俺の目には映らず、更にその威力は最早初級などとは思えない程に重い。

 

……万が一ギルドが見つからなければ俺自身がギルドを作るしかないか……。

 

「これでいいの?」

 

俺がそんな事を考えていると敵を倒して

戻って来たアスナが問い掛けてきた。

 

「あぁ。もう俺から言うような事はないよ。見切り、観察眼、体捌きにいたるまで文句のつけようもない。」

 

実際、彼女の戦闘にアドバイスする程の点はない。唯一気になるとすれば見切りを失敗した時に“誰か”のフォローを必要とする事だが……むしろ俺はそれでいいと思っている。

ソロの戦い方よりもチームでの戦い方をしている方が今後安心出来るのだから。  

俺はアスナに一言行こうとだけ言い、先に進んだ。

この先に有るであろうフィールドボスの生息地を目指して……。

 

 

 

 

 

そして案の定フィールドボスは居た。

どうやら俺達は一番早く着いたらしい。

ここの情報をアルゴに流せば明日にでも討伐戦が行われるだろう。

 

「アスナ、少し偵察していかないか?」

 

「……良いけど……あのボス、2人で相手するには大き過ぎない?」

 

フィールドに居るのは3メートルは有る巨人だ。

武器も巨大斧に盾とセオリー通りな出で立ちで、それ故に予測はたてやすい。

 

「まぁタンクが居ないのは痛いけどな。斧のソードスキルは頭に入ってるし偵察位なら問題ないだろ。」 

 

「はぁ……ま、良いわ。あなたなら確かに直撃されたりしないだろうし。」

 

まぁこのボスはまだ戦った事が有るんだけどな。

こいつがβ時代と変わらないなら本当に厄介な所は攻撃力の高さではなく、大地に力強く振り下ろされる足、そしてその振動だ。ほんの一瞬とはいえスタン状態(一時行動不能)にされてしまう特殊攻撃が今回も有るのか無いのか……その情報は生死を分けうる重要な情報だろう。

 

俺達はほんの10分程の偵察戦を済ませると主住区に戻った。

結論から言うと地震攻撃は健在。その上、斧の振り下ろしでも発生するようになっていた。

 

更に取り巻きに多数の狼型mobも居るという極悪な難易度だが、唯一の救いはフィールドボスの行動範囲が狭い事だ。

これなら投剣スキルで攻めればうまく倒せるかも知れない。

 

「あなた、私にソロは無理とか言っていたけどあなたもあんな無茶するようじゃ無理よ!?2人居たからなんとか逃げ切れたけど、1人だったら死んでた所じゃない!」

 

「あはは……いや、まぁ……うん、ごめんなさい。」

 

アスナの目線で人を殺せるんじゃないかと思う程の睨みを受けて、俺は自然と土下座していた。

いや、まぁ確かに読みが甘かったな。

そして案の定、次の日討伐会議、討伐戦が開かれた。

基本戦略としてはタンクがボスの攻撃を受け止め、投剣スキルとリンド、キバオウによるボスへの攻撃だそうだ。

他の軽装のアタッカーは回りの取り巻きをボス戦担当に近付かせない様にする。

 

つまりは俺やアスナはフィールドボス戦では取り巻き担当と言うことになる。

ま、妥当な戦略だな。

 

 

 

「キリト、少し良いか?」

 

フィールドボス戦開始まで新しく攻略組に加わった3人を観察しようとしていた俺にギルド御庭番衆のお頭、アオシが声を掛けてきた。

 

「久しぶり……でもないけどな。何かあったのか?」

 

「……少し小耳に挟んだのだが……お前はこの層から先は知らないのか?」

 

……クラインか。俺が第十層までしかβテストで行ってないのを知るのはクラインとアスナだけだからな。

アルゴも誰がどこまで行ったのかまでは知らないはずだ。

 

「あぁ。より正確に言うならばこの先の迷宮区の低層までだな。」

 

「そうか……。それでどうするのだ?知識に頼らずに戦い抜くのか?」

 

「そのつもりだ。なんたって俺はビーターだからな。」

 

そう。俺は卑怯なビーターで居なければならない。

この層まで進んでも尚、βテスターとビギナーの確執は消えていないのだから。

実際、リンドやキバオウも俺の事を好ましくは思っていない。

明らかに目の敵にはしてこないが友好的かと聞かれればそれには違うとしか答えられないだろう。

 

正直な所、俺は人恋しいのだろう。だからアスナと共に居たいと思って彼女に俺の背負うべき“罪”を背負わせてしまっている結果になったのだ。

そう、彼ら“御庭番衆”も、“風林火山”もエギルやアルゴにすら本当なら関わるべきでは無いというのに……。

 

「俺達のギルドに入るか?必要であれば手助け位はしよう。」

 

アオシはそう言ってくれた。きっとクラインからも頼まれているのだろう。

でも……俺は……。

 

「いや、とりあえずは良いかな。もしどうしようもなくなるようなら頼むかもしれないけどさ。」

 

「そうか。ならばそれはそれで構わん。確かにお前達ならまだしばらくは平気だろうしな。」

 

「出来ればアスナにはギルドに入って欲しいけどな。とはいえアスナは自分で見つけない限り納得はしないだろうしなぁ……。」

 

「ふむ……。手が空いたらこちらでも調べておこう。イスケに頼めば内情程度は調べがつくだろう。」

 

辺りを見渡すとどうやらフィールドボス戦が始まるようだ。

アスナは……ユキナさんと会話しているようだな。とりあえず声を掛けるか。

 

     

「アスナ、そろそろフィールドボス戦が……ってどうした?顔色真っ赤だぞ?」

 

「※●*※!?!?キ、キリト君!?いつからそこにいたの!?」

 

「え?いや、今来たところだけど……?大丈夫か?体調悪いなら今回は参加しないことにするか?」

 

 

「だ、大丈夫!大丈夫だからちょっとほっといて!」

 

行ってしまった……。どうしたんだろう。

まぁSAOに風邪のバットステータスは無かったはずだけど……。

 

「キリトさん。本当に偶然ですか?まさか聞き耳を立てていたんじゃ……。」

 

「いや、というか何かあったのか??状況が掴めないんだけど……。」

 

いやいや、というかユキナさん、出来れば槍を持ってジトメされると恐いんですけど!?あ~……そういや、前にアスナにも胸ぐら掴まれて細剣を笑顔で突きつけられたっけ……。

 

「はぁ……まぁ良いですけどね。でも、ちゃんとアスナさんを大切にしてあげて下さいね。」

 

「い、いや、それはまぁ相棒として気を配っているけど……。」

 

うん、間違ってないよな。……なんでかめっちゃ溜め息付かれてるけれども。

 

「ユキナ、そろそろフィールドボス戦が始まる。持ち場に着くぞ。」

 

「あ、はい。……キリトさん。私の友達を傷付けたら許しませんからね?」  

 

「え、あ、はい。わ、わかりました。」

 

……アオシも大変だな。というかユキナさんって実は怒りやすいんじゃ……?

 

 

 

その後、普段通りに戻ったアスナと狼を狩りながらボス戦の様子を見ていた。

第九層、翡翠の秘鍵の最終ボスからアスナを助け出した男だ。

 

タンク隊に居るようだけど見ているだけでプレイヤースキルが凄まじく高いのがわかる。

盾や剣の使い方を始めとする戦い方を熟知している感じだ。

指示を出して居るようだけど声までは聞こえないから内容はわからないな。

とはいえ指揮を取っているパーティーのHPバーをみる限り、その指揮が的確なのは見て取れる。

 

 

「たいした手練れだな。特にあの銀髪の男、何で今まで攻略に参加しなかったのか不思議だよ。」

 

「そうね。リンドさんやキバオウさんもここまでの経験で戦闘指揮も少しは手馴れて来ているけれど彼の指揮に舌を巻いてるみたいだし……。」   

 

よく見ている。彼女は以前からプレイヤーの能力を正しく認識していた。

それは指揮をとる上でこの上ないアドバンテージになるだろう。

その彼女があの男を認めているのだ。

 

……まぁ実際凄いけどな。

あの剣捌きや盾の使い方を見るだけで彼の実力は十分に理解できる。

以前、彼女の事を助けてもらったことから人となりも悪くないのだろう。

 

気になるとすれば……彼の余りに余裕に溢れた表情位か。緊張は全くしていないようだし……。

まぁアオシにも似たような所はあるけど……彼はそれ以上の心の余裕が有る。

 

 

 

 

 

フィールドボス戦は死者は0で突破出来た。

途中リンド、キバオウがまた張り合いをしたようでヒヤリとする場面も有ったがまぁ許容範囲内だろう。

 

取り巻きの方はどうやらボスが倒されるまで無尽蔵にポップする設定だったようで、ボスが倒されるまでにトータルで300近い数が討伐された。

 

……正直な所、取り巻き担当のが激しかったんじゃないかと思える。

ほとんどの取り巻き担当が一度は危険域までHPを減らしたぐらいだしな。

 

激戦を終えた俺達はそそくさと2人で先に進み、迷宮区を発見したところで最寄りの街トールへと戻った。

 

「腹減ったぁ……。アスナ、とりあえずメシにしようぜ。」

 

「そうね。私も少しお腹空いたかも。とりあえず街を歩きながらレストランと今日の宿屋を探しましょう。」

 

飯を食べる前にと歩き始めようとした時に、急に目の前にメッセージが届いた。

街に入ると頭に直接響く電子音と視界の左上、HPバーの横にメールマークが付くようになる。

正確には圏外でもメール自体は届くのだが、戦闘中に同じようになれば致命的な隙を生み出しかねないからか音や視界には全く表示されない。

 

 

《キー坊、アーちゃん、あるプレイヤーが2人の情報、もしくは話し合いの場を用意してほしいらしいゾ。どうすル?》

 

どうやらアスナにも同じメッセージが届いているようだ。彼女は俺にメッセージの内容を聞くと少し考え込み、どうする?と問い掛けてきた。

 

「どうするって言ってもなぁ……。誰かも分からないのに応じたりする奴……居るかなぁ?」

 

「それもそうよね……ならさ、こっちから条件として先方の情報を開示してもらって場所も圏内の店とかに指定してみる?」

 

俺はそれならまぁいいかとアルゴにメッセージを送り、とりあえずレストランを探そうと動き始めるとほんの数十秒ほどでメッセージが届く。相手はアルゴだ。

思いのほか早く返事が届いた事に多少驚きつつも内容を確認する。

 

 

《キー坊はどうせアーちゃんと一緒だロ?メッセージは纏めさせて貰うヨ。先方が快諾してナ、名前は“ヒースクリフ”、今日行われたフィールドボス戦で攻略組に合流したパーティの赤い鎧を装備していたプレイヤーだナ。2人に頼みが有るそうダ。合流するなら待ち合わせの場所を決めてくレ。》

 

アルゴ……最近はあんまりからかいに来ないと思ったら……これは少し誤解を解かないと隣の細剣使い様の機嫌が悪くなるな……。

 

《了解した。俺達は今から食事だから第十層の宿屋前にあるNPCレストランで良いか?》

 

《確かに伝えたゾ。オレっちは忙しくていけないけどヒースクリフは五分程で着くそうダ。後で会談の内容は教えてくれナ。》

 

相変わらずだな。流石は“鼠”と言ったところか。ヒースクリフ……それがあのプレイヤーの名前か……。話というのも恐らくは……

 

「ねぇキリト君。話ってなんだと思う?」

 

「まぁ……十中八九パーティへの参加って所じゃないか?今、攻略組でギルド不参加な奴は少ないからな。」

 

「ま、そうよね。キリト君はどう考えているの?」

 

正直な本音を言えばあのプレイヤーが率いるパーティーやギルドならアスナに参加してもらいたいとは思っている。

わざわざ危険を犯してまでアスナを助けたくらいだ。悪い奴ではないだろう。

とはいえ……恐らくその事を彼女に伝えれば彼女は彼の悪い点を探して頑なに参加を拒否するだろう。

 

 

「……わからないな。彼の人となりも知らないんだ。判断のしようがないさ。」

   

まぁ実際アスナが入ってもいいと思えるかどうかや、俺自身が彼女を預ける事に納得できるかどうかはわからないのだ。

判断材料としてはまだ少ない。

 

俺達は当初の予定道理にー本来ならば街を歩きながら良さそうな店を見つける予定だったがーレストランののれんをくぐった。……どちらかというと定食屋だな。こりゃ……。

ほとんどプレイヤーの姿は無かったが奥の席でこちらが見える向きに座る赤い鎧を着込んだ男の姿が見える。

……遅刻はしていないぞ。

 

「ヒースクリフさんか?待たせてすまない。もう着いているとは思わなかったんだ。」

 

「いや、こちらが呼び出したのだからね。呼び出した方が待たせるわけには行かないと思って年甲斐もなく走ってしまったよ。……まぁ掛けてくれたまえ。ここの食事は私が持とう。」

 

……流石は大人といった所か。まぁそういう事ならばこちらが遠慮する必要もないだろう。

確かこのメニューはさほどおかしな味で食べれないという事もなかったはずだ。

 

比較的低層ではおかしな物は少なかったのに八層辺りからなんだか変な味の物が増えてきたんだよな……。黒パンですら安いのにおいしく食べる手段が有るって言うのに……。

 

まぁそのかわり手に入る食材のレア度も

上がってきたからな……。料理スキル持ちに作ってもらえば十分うまい物が食えるか……。

 

またアスナが作ってくれたやつ、食べたいなぁ……。

 

出て来たのは見た目は普通のハンバーグだ。確か味はサンマの塩焼きだったはず……。

醤油がないのは味気ないが塩味っぽくなってるだけでも満足しなくては……。

 

目の前に座っているヒースクリフはなにやらしかめっ面をしている。頼んでいたのは蕎麦みたいだな。

確かあの蕎麦はからしとわさびと唐辛子、更にダメ出しに胡椒の味もする激辛料理だったよな……。よくもまぁ多少顔をしかめるだけで食べれたもんだな。

俺なら吹き出す。うん、そりゃもう盛大に。

 

 

 

 

 

「さて、では本題に入ってもかまわないかな?」

 

俺達が食べ終わったのを見て、彼は自分が食べていた蕎麦を半分程残しているにも関わらず話を始めた。

 

「いや、そちらが食べ終わるのくらい待つよ。」

 

「……お気遣い痛み入るがそれには及ばない。少々私の口には合わないようなのだ。」

 

なんだ。ただのやせ我慢か。ま、普通の

味覚ならあれは美味しいとは思わないか。

 

 

「それ、確かわさびと胡椒と唐辛子を合わせたような味だっけ?てっきり辛いものが好きなのかと思っていたよ。」

 

「ふふ。私はどちらかと言えばしょっぱい物と甘い物が好きでね。辛いものはあまり得意では無いのだ。食べ物を残すなど礼儀には反するが目をつぶってくれたまえ。」

 

やがてNPCのウェイターがお皿を片付けてテーブルが空になった。

 

 

「さて、では改めて本題に移ろう。君達はコンビで攻略をしていると聞いているが君達からみていまの攻略組をどう思う。」

 

「えっと……どう……とはどうゆうことですか?」

 

「そのままの意味さ。私はこの層から君達攻略組に合流し、フィールドとはいえボス戦にも参加させてもらった……しかし彼等の指揮での戦いには何度もヒヤリとさせられたよ。何故彼らは互いにいがみ合って協力しないのだ?」

 

「彼らとはドラゴン・ナイツ・ブリゲードとアインクラッド解放隊の事だろ?あそこは互いに競い合っているからな。とはいえ、フロアボス戦ではきちんと協力しているよ。なにせ先にボス部屋に着いたプレイヤーがこの層の指揮権を得るのが通例として普及しているからな。」

 

「なるほど……では改めて聞くが今の現状をどう考える?」

 

「……良くはないな。実際、仲良しこよしなんてあり得ないとは思うけど……」

 

「そうね。あの二人がそんな風になったら私、大笑いしちゃうかも……。」

 

……あぁ、確かにそんなの見たら笑い転げるな。

 

「長らくここで彼等を見てきた君達が言うのだからそうなのだろうな。しかし……私はそんな現状を変えたいのだ。要はあの二つしか主力ギルドが無いことが対立の原因だと思っている。」

 

……いや、それだけじゃない。2人が対立している理由にはディアベルの事も含まれているだろう。

彼がそれを知らない事は仕方ない事ではあるし、実際には対立というよりは競い合っているのが現状の正しい形だろうが……とはいえ、確かに2人のギルドだけではなく第3の主力ギルドがでた場合は無茶は控えるかもしれない。

メンバーが鞍替えしないためにも……。

 

「ヒースクリフさん、あなたにそれができるのか?現時点で攻略組の三分の二近くはどちらかに入っているんだ。そして二つに入ってないプレイヤーも他のギルドや固定パーティに入ってるぜ?」

 

他にも問題はある。大ギルドとなっている2つとの人数差、そして攻略組に所属する人間そのものの絶対数の少なさだ。

 

 

「確かに現状彼らを人数で上回ることは無理だろう。こちらは今日お見せした2人に先程仲間に入ってくれた3人だけしか居ない。

風林火山の面々には合併は出来ないと断られてしまったしな。

だが……君達が入る事となれば話は違う。私は今後も有望なプレイヤーはどんどん引き抜きをしようと考えているのだ。実力のあるプレイヤーが数多く揃えば人数などはそう問題ではあるまい。」

 

まぁ確かに所属メンバーがALS(アインクラッド解放隊)やDKB(ドラゴン・ナイツ・ブリゲード)の半分しか居ないとしても全員が高レベルのトップクラスのプレイヤーならば第三勢力にはなりうるだろう。

 

 

「ヒースクリフさん、あんたを含めて6人全員が例えばトップクラスのプレイヤーだったとしても、俺達2人が加わって8人。既にある御庭番衆が第三勢力にならないのにあんたのパーティがそうなれるとは思えないんだけど?」

 

そう、人を揃えたからと言って勢力図は簡単には変わらない。

結局の所、彼の覚悟と能力次第だ。

アスナの指揮力は高くとも今までの風潮を覆してフロアボス戦での指揮を行えるとは思えない。

正直、偵察戦以外でリンド、キバオウが戦闘指揮を譲ることはまず無いし、それを変えるにはボス部屋の発見の他に他のプレイヤーを黙らせるだけの持論と実際にそれをやってのける能力は必要不可欠なのだ。

 

「そうかね?聞くところによると彼のギルドは対人に特化したギルドと聞いているが……。」

 

それが理由なだけじゃないんだ。アオシは基本的に自分のギルド以外の指揮は取らないし、ユキナさんに至っては指揮そのものがあまり巧くない。

 

「別に彼等は対人に特化しているわけじゃないよ。ただ攻略、更にはこの世界に生きる人達に仇なす奴らを取り締まろうとしているだけさ。」

 

彼の覚悟の言葉、それさえ聞ければ……そう俺が考え、彼の覚悟を表明させようとしている時だった。隣に座り、ほとんど傾聴の姿勢を崩さなかったアスナが話の流れもなく唐突に……それでいて的確に彼へと言葉を投げかけた。

 

「それよりも……ヒースクリフさん。私はあなたの意志を確認したいんです。キリト君が言っている様に簡単に事の進む話とは思えません。それでもあなたは今の状況を変えてみせると言えるんですか?」

 

アスナの言葉を聞いても彼の表情には焦りや不安、そういった物は全く浮かばない。ただただ真剣に、真っ直ぐとこちらを見据えている。

 

「ここに誓おう。この世界に生きる者として私は現状を変え、攻略をより確実な物へとしてみせる。……力を貸してくれ。」

 

彼は徹頭徹尾表情を崩していない。恐らくは覚悟の程は本物だろう。

俺はそれを見て1つの道を決めた。

 

「顔を上げて下さい。ヒースクリフさん。あなたの覚悟は伝わりました。私など大した力は在りませんが微力ながらお手伝い致します。」

 

「よろしく頼む。アスナ君。我々の力を合わせ、プレイヤー全員が一丸となって挑もうではないか。解放の日の為に。」

 

彼の差し出された手をアスナが握り返している。……これで今よりも彼女は安全になる。

後は……俺が覚悟を決めなくては……。

 

「キリト君もよろしく頼む。」

 

差し出された手に俺は敢えて応えなかった。

 

「キリト君、どうしたの?ヒースクリフさん、手を差し出してるよ?」

 

「……悪いが俺はアンタの下に付く気はない。いや、違うな。俺はそもそも誰の下にも付く気はないんだ。

さっきまで色々と指摘していたのは新参者がいきなり理想論を語るから悟らせてやろうとしただけさ。

別にアスナのようにアンタの覚悟を見ようとおもったわけじゃない。」

 

「き、キリト君……?な、なにを?」

 

「俺が第二層からアスナとコンビを組んでいたのは自分自身が慣れるまでの安全策だ。俺の知識は本当は第八層までしかなかったからな。ありがたかったよ。おかげで見知らぬ層でも最も効率のいいソロで生き残る自信ができた。今回アスナのギルドを探してやったのはその礼。ただそれだけの事さ。」

 

ズキリと胸に痛みが走る。隣に居るアスナはただただ悲しそうな表情を浮かべている。……彼女の顔を見ちゃだめだ。そう、これは本来ならば第1層ボス戦後から覚悟をしていた事なんだ。

彼の理想である攻略組をまとめる作業に俺がいればそれだけでまとまりは悪くなる。

現状であまりビーターの事を騒がれていないのは単純に俺に利用価値が有るからだろう。

今、彼のギルドに入り、知識の枯渇が露見すれば最悪の場合ギルドそのものを叩かれかねない。

 

「その上、アスナがアンタの所に入ることで攻略がスムーズに進むんならお互い万々歳だろ?アスナのギルド探しなんて面倒な仕事も終わるんだ。いや、本当にアンタには感謝しているよ。俺も仮にもここまで組んでいた奴に死なれちゃ目覚めが悪いからな。」

 

「ねぇ……キミはどうしてそれを自分には当てはめないの?私だって同じ様にキミに死なれちゃ目覚めが悪くなるのよ?」

 

……涙がでそうになった。彼女と別れたくない。一緒に居たかった。……でも、それ以上に……彼女には死んで欲しくないのだ。

 

「ふ……そういうセリフはもっと強くなってから言えよ。今のアスナじゃ何回やろうと俺には勝てないさ。なにせ俺はビーター、本当のMMOプレイヤーのベータテスターだからな。」

 

ハッタリだ。正直に言えば彼女を相手にして絶対に負けない自信なんて無い。

彼女は強い。無論勝てないとは思わないがいずれは俺を越えるかもしれない。

……そろそろ限界だ。これ以上アスナと問答していたらボロがでてしまう。

彼女には俺に呆れて貰わなければ……ならないのだから……。

 

「ま、そういう事さ。じゃあな、ヒースクリフ。精々頑張ってくれ。」

 

俺は席を立ち、店を出ようと足を進める。

 

「待ちなさい!そんな事で私が納得するとでも思っているの!?」

 

……頼む。納得まではしてくれとは言わない。でも、それでも今だけは……

 

「……別に納得してくれとは言わないさ。俺は俺の道を行く。君にも目指す場所があるんだろ?なら別々に行けばいいさ。……納得が出来ないというなら俺を見返してみせろ。」

   

 

そう言い放ち、俺は彼女を置いて店を出た。きっと納得なんてしてくれないだろう。

でも、彼女なら理解しているはずだ。それに彼のギルドに入ることを宣言しているにも関わらず俺を追うとは思わない。

 

 

……後は俺自身がどこまで通用するかだけど……。

いつかは戦場で無感傷にポリゴン片へと変わってしまうだろう。

 

そう考えていた時だった。彼女からのインスタントメッセージ。

フレンド登録もしていなかった相棒から届いた決別を受け入れる言葉。

そして……

 

《あなたの言葉、あなたの望み。それを聞き入れるよ。だから……あなたも決して死なないで。》

 

あぁ……俺は死なないよ。君の行き着く先、その高みを対等に見てみせる。

だから……君も死なないでくれよ。

 

 

 

 

 

 

3日後、攻略会議が開かれた。

俺はリンドとキバオウのどちらが今回の指揮権を勝ち取ったのかと思って端の方で見ていたが、壇上にはそのどちらでもないプレイヤー、(ついこの間まで俺の隣に座っていた)栗色の長い髪に凛としたはしばみ色の瞳の少女が立ち、作戦の立案と解説をしていた。

 

先日の偵察戦には彼女の所属するギルド、血盟騎士団と御庭番衆が参加したらしいとの話はアオシからメッセージで聞いてはいたが、そのまま本戦でも指揮権を獲得したというのは驚きだ。

 

説明が終わり、アスナが皆に意見を求めていた。

作戦自体も緊急時の対策も撤退戦にいたるまで隙がなく、特に意見する必要性すらなさそうだ。

 

「は!所詮おなごの言う事やな!撤退戦での殿をあんさんらが受け持つゆうとるがな、ワイらアインクラッド解放隊がいっちゃん人数多いんやで?最高戦力や。あんさんらよりもずっとうまくやれるんや。こっちにその役目まわしぃや!」

 

「それを行えば下手をすれば犠牲がでます。撤退戦では殿には文字道理最高クラスのプレイヤーを置く方が安全性が高まります。また、先陣、誘導にも手練れが居なくてはスムーズには行きません。キバオウさん達、もっと言えばキバオウさんには先陣を切っていただいた方が……。」

 

「じゃかぁしいわい!ワイらアインクラッド解放隊にも高レベルプレイヤー位わんさかいるんや!四の五のいわんと隊列変えたらいいやろが!」

 

……ここ最近の二層辺りからはキバオウは人数に過信が見えてはいたけど……随分食ってかかるな。

指揮権巡りで何かあったんだろうか……?

 

 

「アインクラッド解放隊、ギルドマスターのキバオウさん。今回は指揮権はアスナさん達血盟騎士団に委ねられているんですよね?今後は指揮権を手にしようと手にしまいとそういった物言いで押し切る気ですか?」

 

2人の間に割ってはいったのは御庭番衆のユキナさんだった。

彼女は槍を手に握ったまま壇上にあがるとキバオウを睨みつけながらそう告げた。

 

「……キバオウ、今の発言は越権行為になるだろう。指揮権を手にしたギルドの提案に対して“正当な理由がない限りはその決定に従う。”それが当時の話し合いで決めたことだ。まさか忘れたわけではあるまい?」

 

「んなことは覚えとるわい!せやけどなぁ、ワイらの4分の1程度の人数でボスを押さえよぉゆうたって納得出来るかい!リンド!あんさんはどうなんや!?」

 

「特に俺から付け加えるつもりはないな。実際の所ボス戦次第だろう。そちらの作戦に危険を感じれば独自に動かさせてもらう。それでかまわないだろう?」

 

……これは……リンド、キバオウは指揮権を譲る事に心底納得しているわけじゃないみたいだな……。大丈夫かよ……。

 

 

「はっきり言わせていただきます。あなた達の指揮よりもアスナさんが指揮をとる方が遥かにスムーズでした。それに彼女にも実績は有ります。それ以上絡むのでしたら“また”その剣で語ったらいかがです?」

 

“また”ね。なるほど。それにしても珍しいな。アスナは人に剣を向けるのは嫌いだったはずだけど……。

 

それ以上の議論もなく、攻略会議は幕を閉じた。

キバオウ、リンドはどちらもユキナさんの剣で語れと言われたことで黙り込み、結果最初の案のまま明日の攻略戦は行われる事になった。

 

 

 

 

その日の夜、俺はアオシから呼び出されて指定された場所へと向かった。

 

 

 

「お待ちしていました。」

 

しかし、そこにいたのはアオシではなく、ユキナさんだった。

 

「ユキナさん、アオシはどうしたんだ?俺はアオシに呼び出されたんだけど?」

 

「今回呼び出したのは私です。キリトさん、私、言いましたよね?“私の友達を傷付けたら許さない”って。説明して下さい。」

 

そう言う彼女の瞳は真っ直ぐで瞳が“赤く”なっていた。

 

「俺はアスナに死んで欲しくない。」

 

「答えになっていません。なぜあなたは彼女を他人に任せてるんですか!死なせたくないというならあなたが護ればいい!」

 

「……それを君に話すつもりはないな。それにあいつのギルドに入るのならば今までよりも安全だ。」

 

「……そうですか。あなたはそうやって彼女に重荷を背負わせたんですね。彼女、笑わなくなりましたよ。」

 

……それは……。

 

「今からでもあなたは彼女と共にいるべきです。大体、一人でなにが出来るつもりですか?」

 

……それだけは出来ない。きっと俺が加われば血盟騎士団は大きくならないだろう。そうなれば当然彼女の安全性も減ってしまう。

 

「悪いが俺はギルドに入る気はない。ソロで充分戦い抜ける。その効率性を捨てる気はないよ。」

 

「……どうしてもですか?……私にはあなたがソロで戦い抜けるとは思えません。」

 

「なら試してみるか?」

 

俺がそう言うと彼女はより一層目を鋭くし、槍を構えた。

 

「見せていただきます!」

 

彼女から出されたのは初撃決着モードのデュエル申請。俺はそれに応じ、背中から相棒となった片手剣“ナイトスカイソード”を構える。

 

夜闇に溶け込む漆黒の刃を携え、黒のロングコートを装備した姿は後に黒の剣士と呼ばれた男の最初の噂となった。

ビーターではなく黒の剣士と呼ばれる様になる最初の戦い。

 

闇夜に溶けた一振りの片手剣と銀の光を放つ槍が開始の合図と共に交差し、火花を散らした。




前話分までの修正行いました。多少読みやすくなっているかと思います。
今後もよろしくお願い致します。

次話予告
壬生狼の末裔
次は20層に飛びますのでそちらの方もご理解、ご容赦頂けると幸いに思います。


活動報告
こちらにて掲載して欲しい話のネタ等受付致します。
短編とはなりますし話の大筋を変えてしまう物は執筆出来ませんが、もし何かありましたらお気軽にご利用下さい。

今後ともよろしくお願い致します。


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第二十層
壬生狼の末裔


かなり更新遅くなり申し訳ありません。

次投稿出来るのは11月頃になりそうです。

それ以降はペースの方も元に戻せるよう頑張らせていただきますので今後もよろしくお願い致します。


キリトとアスナのコンビ解消、血盟騎士団発足にユキナとキリトの決闘と色々な事があった第10層攻略から3ヶ月、俺達攻略組は今は20層へと到達していた。

 

PoH達の動向はほとんど掴めておらず、いまだに取り逃がし続けている。

攻略組に居た容疑者の一人、ジョーことジョニー・ブラックも第14層攻略時にアインクラッド解放隊を脱退し、行方を眩ましたらしい。

 

「イスケの行方は判ったのか?」

 

「依然行方知れずのままでゴザる。元々拙者としかフレンド登録して無かったでゴザる故……。」

 

その上、19層ボス戦後、突如イスケの名前がフレンドリストより消え、更にはアルゴにすら行方が掴めなくなった。

イスケはギルドに所属させていない。彼の隠蔽スキルや聞き耳スキル、忍び足スキル等、諜報活動を行うのに適していた能力構成を生かすにはギルドタグは邪魔になるからだ。

そう考え、ギルドとしての繋がりではなく、フレンド登録での繋がりを活用してギルドの一員として活動してきた。

能力ボーナスが得られない代わりに実用性、レア度の高い品物を他のメンバーに比べれば数多く回るように手配もしてきたが……。

 

「各層でのインスタントメッセージでも連絡は無し。目撃情報も無しじゃ探しようもねーよ。シリカも探してくれてるけど未だ連絡もねーし。」

 

そう、ヤヒコの言う通り、各層に1人ずつ滞在してもらいインスタントメッセージを待ったりもしたが全て空振りだった。かと言い全層をくまなく探せるような時間も人員もいない。

 

「黒鉄宮にはしっかりと名前が残されています。少なくとも殺されてはいませんが……やはり……?」

 

「……恐らくそうだろう。奴らの探索任務の最中だったのだからな。恐らくは奴らに捕らえられた。そう考えるのが自然だろうな。」

 

可能性はかなり低い。主にプレイヤーへの聞き込みを行っていたはずで圏外には出ていない筈のイスケを捕らえるなど容易ではないはずだ。

 

「すまないが俺はこれからイスケの最後に連絡のあった14層を中心に捜索する。その間は皆は無理をせずに攻略をすすめてくれ。」

 

「私もご一緒します。私はアオシさんの監視役ですから。」

 

……コタローがユキナに俺の監視役、護衛を依頼して以降、ほぼ単独で行動が出来なくなった。

レベリングから攻略、PoH捜索にいたるまでそのすべてにおいて同行をしている。

ユキナの戦闘技術については確かに安心してパートナーとして行動出来るレベルに達してはいるが、だからと言って対人戦が想定されるPoH関連には出来れば関わらせたくはないのだが……。

 

「置いていこうとするなら1人で捜索しますからね。変な気は起こさないで下さいよ?」

 

そう、一度置いて行った際には本当に単独で俺を探し回った挙げ句、よりにもよってPoHと邂逅させてしまった。

コタローからユキナが単独で来ている事を知った俺がギリギリで発見、保護したが、あと数分遅ければユキナは死んでいただろう。

 

奴らの被害が増えてきている理由として11層で発見されたカルマ回復クエストが上げられる。

面倒なクエストではあるものの、オレンジ色となったカーソルをグリーンに戻せるようになったことで奴らは中層で活動していたソロプレイヤーをかなりの人数殺した。一度攻略組としても捕縛に動く事態になったが、Poh以外のメンバーの名前すらわからない現状では発見には至らず、さしあたり中層プレイヤーにソロ探索をさせない事で対策する以外にはなくなった。

 

その作戦の影響もあり、俺達御庭番衆……とりわけ俺とユキナは何度も奴らとぶつかっている事も相まって、奴らには狙われていると言える。

無論、御庭番衆の他のメンバー、ひいては攻略組全員……いや、全プレイヤーが奴らには狙われていると言えるがその中でも俺達2人は特にだろう。

 

俺が3人、ユキナも1人、奴らのメンバーを殺したのだから。

ユキナの場合は自衛の際に乱戦になっての事ではあるが俺の場合はまた少し違う。

ジンエの首を斬り落とした時よりも明確に奴等に降伏、投降を無視されたが故にそのHPを斬り飛ばしたのだ。

それにより投降した者も6人居たが、もし投降しないようならば同じように斬り飛ばしただろう。

 

そういった事もあり、俺の風評はキリト以上に悪い。

ついた二つ名は“闇の断罪者”“闇の忍”と攻略組と言うよりもまるでオレンジプレイヤーのような二つ名で通ってしまっている。

アスナの働き掛けが無ければ攻略組に居ることも出来無かったかもしれない。

 

「お頭、イスケを頼むでゴザる。拙者も情報は仕入れてみる故。」

 

「アオシさん、行きましょう。」

 

……考えても意味はないか。

そう考え、俺達2人は第14層主住区、イセリアへと飛んだ。

 

 

 

 

 

「待っていたヨ、アー坊、ユーちゃん。イスケの最後の目撃情報があった場所に案内するから着いて来なヨ。」

 

……アルゴがなぜここに?

その疑問は隣に居た少女がすぐに答えを示してくれた。

 

「も~……アルゴさん、その呼び方嫌だって言ってるじゃ無いですか。……まぁそれより流石ですね。さっき依頼したばかりなのにもう見つけたなんて。驚きました。」

 

「ユーちゃんが依頼するまでもなく調べていたのサ。イスケの依頼を受けた時点でそれくらいは調べて当然だヨ。」

 

「それで?そいつはどこにいるんだ?」

 

「せっかちだナァ。そんなんじゃユーちゃんに逃げられるゾ……こ、こっちだヨ。」

 

俺が睨みつけるとアルゴは目を逸らし歩き始めた。

……いや、後ろのせいか。殺気が……。

 

やがて着いたのは装飾屋だった。武器や鎧、服などに模様を入れるプレイヤーメイドの店。

主にギルド等が分かりやすく格好を揃える為に使う店だが、個人でも利用する客も少なくはない。

例えば俺のギルドにはそう言った物は揃えたりしていないが、コタローとイスケは必ず額当てに忍の一文字を入れているようだし、オルランド達4人も武具にそれぞれ模様を毎回入れている。

そう言った客を受けるのが装飾屋だ。

イスケとのつながりは有ってもおかしい者ではない。

 

「や、調子はどうだイ?また話を聞きに来たヨ。」

 

「……よくねーよ。ったく、こっちゃ二足のわらじのつもりだったつーのに……体術スキル使ってもダメージなんざ武器持ちに比べりゃ微々たるもんだしよぉ。現実世界じゃ負け無しの喧嘩王だったつーのにこっちじゃ装飾屋が本業なりつつあるなんざぁ、一体何の冗談だっつーんだよ!」

 

……ふむ。確かに良い筋肉の付き方だ。太くはないが戦う為に必要な筋肉がよく引き締まっている。

 

「だから言ったロ。武器使えば良いじゃないカ。」

 

「俺は斬馬刀以外の獲物は扱わねーよ。……と、ワリィな、イスケの話が聞きてぇんだったな。

俺が奴を見かけたのは三日前でよ、いつものお得意さんだから普通に防具を預かろうとしたんだ。したらよ、今回は額当ての“忍”に二本線を引いてくれって言い出してよ、確かありゃあ忍が里を抜けたりする時にやるもんだろ?

んでイスケの奴に聞いたら“やらなければならない事が出来た”とか言っちまってよ、依頼通り額当てに線を引いてやったら代金置いて行っちまったよ。」

 

「……どこに向かったかは判らないのか?」

 

「さてね。前髪が触角みてーな痩身の男と転移門の方に歩いて行っちまった。」

 

「……そうか。礼を言う。また何かあったら教えてくれ。」

 

「お?ならそっちも斬馬刀を見付けたら情報をくれ。そいつでおあいこっつー事にしようぜ。」

 

「承知した。」

 

 

 

 

装飾屋を後にした俺達は今の情報をメンバー全員に連絡を入れた。特に細目の男、この男が恐らくはイスケの行方を知っているはずだ。

 

「アルゴ、お前は心当たりは無いのか?」

 

「ん~……無いことも無いんだけどネ。ただ確証が無いんだよナ~。」

 

アルゴが調べらていないと言うのは珍しい事ではあるが……。

 

「現状その特徴の男はこのSAOに9人居たヨ。でもネ、どの男の傍にもイスケの姿は見つからないのサ。」

 

まぁ実際その特徴だけでは特定は出来ないだろうが……。

 

それにしても……さっきの男……あの男によく似ていたな。ヤヒコもどことなくあの少年に似ていたが……。

その内、抜刀斎すら出てきそうだ……。

リアルを探るのはマナー違反だとは解ってはいるが……そのうち彼らには聞いてみたいものだ。案外奴らの子孫かも知れんしな。

 

とりあえずアルゴに頼み、先程の9人とやらに会わせて貰うべく行動を開始した。

アルゴの話では9人中7人は始まりの町に残るビギナーで、一度も圏外には出た事が無いらしい。

可能性は0とは言わないが限り無く低いだろう。

残る2人の内、1人はDKB所属の男で名はスザク。最近DKBに入った男で

、確か鳥型のモンスターをテイムした片手槍使いだったはずだ。

 

そしてもう1人はフジタと言う名のプレイヤーらしい。

こちらも最近攻略組に入ってきた男だが、刀使いでそれも戦闘スタイルは左片手一本突きのみという珍しい男らしい。

 

とりあえずは連絡の付きやすいDKBのスザクと連絡を取ることにした。

 

ユキナに頼み、リンドへスザクへの仲介を依頼する。

……俺もフレンド登録は済ませているのだが実は12層を境にリンドからは完全に敵視されるようになってしまった。

恐らく原因は俺ではなく、隣の少女だとは思うのだが……。

 

「アオシさん、リンドさんも同席させて欲しいみたいですけど……どうします?」

 

「別に構わん。」

 

リンドからのメッセージで場所と時間の指定があり、俺達3人はその場へと向かった。

大凡五分ほど前に待ち合わせ場所に着くとそこには既にリンドの姿があり、俺達の姿を確認するなりリンドはこちらに向かって走ってくる。

 

「ユキナさん、俺を頼ってくれてありがとう。遂に移籍する気になってくれたんだね。いや!返事なんていらないよ!ちゃんと解ってる。さぁ!行こうじゃないか!」

 

「さ、触らないで下さい!!」

 

「リンド、そんなおふざけはいらん。それよりスザクはどこだ?」

 

「……ふざけてなんかいない。君こそ何なんだ?なぜ君まで着いて来ている?」

 

「イスケの捜索だヨ。イスケが行方不明なのは通達したロ?」

 

「……情報屋のイスケか。確かに通達は聞いているが……。」

 

「そ、それでリンドさん、スザクさんはどうしたんですか?イスケさんの行方を知ってるかも知れないんですけど……。」

 

……ユキナ、隠れるならばアルゴの陰にしてくれ。

リンドが痛いほど睨んでくるのだが……。

 

「スザクなら今は他層のクエスト攻略に行くと言ってホームにいないんだ。一応メッセージは飛ばしたけどどの程度で戻るかは解らないな。」

 

「何層のどの町かは解るか?こちらから出向こう。」

 

「14層のイセリアだ。確か三日前に向かったからそろそろ終わると思うが……。」

 

「イセリア……ですか。アオシさん、すぐに行きましょう。」

 

「そんな……ユキナさん、ユキナさんは行かないで俺達のギルドホームで待ってましょうよ。行き違いもあり得るでしょう?」

 

「そうですね。ではリンドさん、もし行き違いなると大変ですのでリンドさんはギルドホームの方でお待ち下さい。さ、アオシさん、アルゴさん行きましょう。」 

 

「え!?ちょ、ちょっと待って下さい!俺も行きますよ!」

 

「いや、だが確かに行き違いに合うのはあまり効率的ではないだろう?」

 

「シヴァタに連絡入れたから平気だ。行き違いにはならないさ。」

 

チッ……

 

?気のせいか……?今、ユキナから舌打ちが聞こえた気がしたが……。

 

「話はまとまったカ?それなら早く行きたいかナ。オレっちも多忙だからネ。」

 

 

リンドを加え、4人になった俺達は再度第14層主住区、イセリアへと向かった。

リンドのフレンド検索のお陰で聞き込みをする必要もなく大体の場所を調べ、現在の居場所を特定する。

圏内に居るプレイヤーを特定するのと違い大体の位置では有るがどうやら迷宮城の森にいるようだ。

確かあのあたりは屍人間が彷徨いている森だったか……。

 

「あ、オレっち用事思い出したヨ。帰っていいよネ!?」 

 

「だ、ダメです!アオシさん普通に行っちゃうんですからアルゴさんは私と居て下さい!」

 

「ユ、ユキナさん。それなら俺が傍にいますよ。」

 

「い、嫌です!」

 

……ユキナは確かここの層攻略の際は鬼神のような戦いぶりだったと思うが……。

……あぁ、そういえばこの森に入るのだけは嫌がっていたか……。屍人間を倒した際に一定確率で起きる変異を見て泣いていたな。……まぁ、確かに不快な姿ではあったが。

 

 

 

 

 

森に入って一時間、強い違和感を感じていた。屍人間が一体たりとも現れない。

この森は確かかなりの数の敵が居る事で有名だった筈だが……。

 

「妙だな……敵がいない。」

 

「そ、そんな筈は無いはずだヨ。ま、まだここは上層プレイヤーにとってもレベリングに最適なスポットのはずだからナ。」

 

珍しい……アルゴが怯える事があるとはな。そういえばアスナもこのフィールドには立ち入らなかったらしいな。この城の両隣は断崖絶壁の崖になっている上、この城を通らなければ迷宮区に行けなかったのだがこの森から城の攻略にはかなり時間が掛かった。

何せ攻略組の半数以上がこの場所に来れず、攻略に乗り出したメンバーも長時間の攻略が出来た者は極少数だったしな。

 

 

 

 

「しかし……ユキナやアルゴはともかくとしてもリンド、まさかお前も奴らが苦手なのか?」

 

「そ、そんなことはないぞ!た、ただ俺は索敵が低いんだ!あんな奴らに奇襲を掛けられる訳にはいかないからだな!」

 

 

いくら奇襲を警戒しているからと言って常に剣を構えながら俺の後ろにいる必要は無いだろう……。

 

結局リンドの警戒もむなしく城までは屍人間は一体も現れなかった。

アルゴは興味深そうにしているが俺としては敵がいないのは好都合だ。

 

 

 

 

順調に進んだ俺達だったが、城の扉を開けて目の前に広がった光景には息を飲んだ。

硝子の壁の奥に夥しい程蠢いている屍人間の姿が見え、その上扉を開けた瞬間からこちらを見て呻き声を上げて向かってこようとしている。

森に居たはずの全ての敵があそこにいるんじゃないか……?

 

 

固まっている3人をよそに少し奥に入るとその数はどんどんと増えていき、それを見たユキナが泣きそうな声で告げた。

 

 

「ア、アオシさん!か、帰りましょう!!素直にスザクさんが戻るのを待ちましょう!?」

 

「そ、そうだ。そうしよう!あんなのに襲われたら4人じゃ捌ききれないぞ!?」

 

「そうは言うが……スザクがここにいる以上は帰れないだろう?ひょっとしたらこの屍人間の群れのせいで帰れんのかも知れんしな。」

 

「ん~……アー坊の言いたい事は解るんだけどサ、大抵こういう場合、硝子がパリーンって……『パリーン』割れる……もん、だ、ロ?」

 

 

パリーン……パリーンパリーン……パリーン

 

「えっと……オレっちのせいじゃないよネ?」

 

アルゴの問いかけに答えようとしたがそれよりも早く腕を掴まれ、一気に引っ張られた。

一目散に逃げ出したのはリンド、それに追随し、ユキナ、アルゴ、そしてユキナとアルゴに腕を引っ張られ、ほとんど足が地に着いていない俺の順に城の奥へと進んでいく。

幸い屍人間は足が遅いので恐らくは逃げきれるだろう。

 

「リ、リンドさん!置いていくなんて酷いじゃないですか!!」

 

「そ、そうだゾ!!普通、男が殿を務めるものだロ!?」

 

「い、いや、先の安全の確認をだな。ま、まぁアオシさんが殿を勤めていたんだからちょうど良かったじゃないか。ははは……。」

 

「……両手を掴まれて何もできなかったがな……。

というか何故奥に向かったんだ?入り口付近の奴らだけ倒せば脱出出来たろうに。」

 

「「「……………………。」」」

 

「「「なんで早く言わないん(だ)(ですか)(だヨ)!!」」」

 

……気付いていなかったのか……。

とはいえいくら六層下とはいえ数えるのも馬鹿らしい数のモンスターに囲まれれば確実に4人とも死ぬだろうな。

仕方ない……先に進むか。

 

3人は正直今は使い物になるまい。とりあえず俺はそう判断して辺りを探りつつ先に進んでいく。

幸いかどうかは判断しかねるが一階部分に夥しい数の屍人間が居ただけに二階より上にはさほど多くは居ないようだ。

正直1~2体居た所で相手にもならないが万が一変異し、更に仲間を呼ばれると面倒になる。

殺るならば一瞬で首を斬り落とすか、身体をバラバラに破壊するかだ。

無論俺の技でバラバラにするには奥の手である小太刀二刀流の奥義を使用するしかない。

 

ユキナだけならばともかく、出来る事ならばリンドやアルゴにはそれは知られたくはないが故に必然的に呉鈎十字を多用し、屍人間の首を速やかに落としていく。

 

一応リンドもボス戦で俺の持つOSSは多少知ってはいるからな。別にこの程度ならば手の内を明かしても問題はない筈だ。

やがて落ち着いたのかユキナやリンドも戦闘に加わり始め、順調に城の奥へと向かっていく。

どうやら頂上まで着いたようだ。

 

そこで見たのは2人の男だった。

1人は二本の触覚のような前髪にツンツン頭、そして髪を赤と橙に染めた色男とオールバックに同じく触覚のような前髪の目つきの鋭い長身の男。

……あの顔は……新撰組3番隊組長 斎藤一……か?

いや……よく見れば少しだけ違う。俺の知る斎藤よりも若く、それでいて髪の色も茶色がかっている。

しかし……よく似ている。

 

彼の使っている技はソードスキルでは有るのだろう。しかし、構えや技の性質はどう見ても牙突だ。

単純な剣技も素晴らしいが何よりもその突進力。

あれはどう見ても斎藤一が得意としていた左片手平突きを昇華した技、牙突にしか見えない。

 

……まさか彼も昔の記憶が有るのか……?

 

「君達!何をしているんだい!?そこの君、彼はオレのギルド、DKBのメンバーだ!これ以上やるというならばDKBそのものを敵に回すことになるぞ!」

 

 

リンドが大声を出したことで2人はその動きを止めてこちらを見た。

彼等の眼には強い感情が込められているように見えるが……。

 

「なるほど……貴様等が俺の可愛い使い魔である屍人間を潰していたのか。道理で援軍が来ないはずだ……。ムルグ!下層への道を開け!」

 

赤髪の男がそう叫ぶと一匹の雉のような鳥が窓から侵入し、城の台座の裏へと嘴で突撃する。

その結果、男の居た位置に穴が開いた。

 

「貴様等はこちらには脱出出来まい。……この下まで来れるというならば別だがな。」

 

男はそう言うと穴へと飛び降り、もう1人の刀を持った男は深いため息をついて刀を鞘へと収めた。

 

「阿呆どもが……。」

 

「ま、まて!事情を説明しろ!なぜスザクは逃げたんだ!?」

 

なるほど……奴がスザクか……。

あの眼。人間を獲物としてしか見ていない眼だったな。

イスケの事に関わっているとは思いたくはないが……。

 

「フジタ、とりあえず事情を聞かせてくれないカ?何か知っているだロ?」

 

「……アルゴか。アルゴとも在ろう者が迂闊だな。……奴はPoHの仲間だ。」

 

「どういう事だ?説明を求めたい。今はもう攻略組には奴の手の者は居ないと考えて居たが……。」

 

「ふん。よく見れば錚々たる面子だな。『闇の忍』に『剣巫』、そしてDKBの頭に『鼠』……揃いも揃ってここまで阿呆だとはな。

……奴はこの層のこの森を専用の狩り場にしていた。実際にこの森のみで20名程が既に奴の手に掛かっている。少し情報を洗えば出てくるような話だ。」

 

ちょっと……ではないだろうな。本当にその程度ならばアルゴが知らないはずはない。

イスケの最後の報告にもこの層の状況の洗い出しを行うと言っていたが奴はどこからこの情報を手に入れたのだ……?

 

「ば、ばかな……まさかスザクか……そんな筈は……」

 

「めでたい奴だ。貴様が甘いからDKBにはPoHの手の者が入り込む。

……黒の忍、貴様もだ。何故ギルドを率いながらその組織力を使わん。」

 

「あまり人を巻き込むのは本意ではない。……お前はこの場所をどうやって特定した?」

 

装飾屋の証言。

それを辿り、見つけたのは攻略組に新たに紛れ込んでいた鼠だった。

つまり消去法でイスケの行方を知っているのはこの男と言う事になる。

 

「答える義務はない。」

 

奴はそう言い、去ろうとしたが数歩進んだところで俺とユキナに阻まれる。

 

「……なんだ?」

 

「イスケさんの行方、知ってますよね?」

 

「……だからそれがどうした?」

 

「奴はどこにいる?」

 

「そこにいるだろう。」

 

急に……本当にいきなり部屋の中にプレイヤーの反応が現れた。

無論、俺達は圏外で索敵を疎かにする程間抜けではない。

即座に振り返るとそこには俺達が探していたプレイヤーが壁に寄りかかりこちらを見ている。

この世界において最も隠蔽スキルに長けたプレイヤー、イスケ。

額当てにつけた忍の一文字に二本の線を引き、顔を布で隠した彼はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 

「お頭。遅れながら別れを伝えに来たでゴザル。拙者はこれより御庭番衆を抜け、我が主君に仕えさせて頂くでゴザル。」

 

「イスケさん、何を言っているんですか!?それに……主君って誰ですか!?」

 

……黙して語らずか……。まぁ恐らくは……。

 

「俺だ。イスケは俺と共に奴らを追うことを了承し、お前達のギルドを抜ける決意をしたのだ。今更お前達が何か言う資格は有るまい?」

 

「な!?何を言っているんですか!?彼は私達の仲間ですよ!?」

 

「ユキナ、イスケのHPバーをよく見てみろ。」

 

それをみてユキナが息を呑んだのが解る。

……ギルドタグ。そう。イスケはギルドタグを付けているのだ。

 

「ユキナ殿、拙者への気遣い、かたじけなく思うでゴザル。しかし……これは拙者の決めた進むべき道、どうか了承してほしいでゴザル。」

 

「……構わん。もとより無事を確認できればそれで良い。……しかし、何故俺達との繋がりを断つ?」

 

「今は言えぬでゴザル。いずれ時期が来れば……。」

  

イスケはそう言うと同時に景色に溶けていき、そのカーソルも消える。傍目には全く違和感の無い隠蔽スキル。

装備の効果も有るだろう。

恐らくは見破るには少なくとも索敵スキルをマスターする必要は有るだろう。

 

「阿呆が……。無用な情報を。」

 

「さて……フジタ……と言ったか。お前の実力を知りたい。手合わせ願おう。」

 

イスケを引き連れ、奴らと表立って戦おうとする男。その力を見ておきたいのも理由の一つだが……やはり奴のあの技が気になったのが最も大きいだろう。

奴はひょっとしたら俺と同じように……。

 

「……手短に済ませよ。」

 

奴からのデュエル申請は初撃決着。ある意味、現実的なデュエル。一撃を貰えば終わり。

デュエルのカウントが0になる。

 

 

 

動いたのは同時だった。

フジタの放った技は紛れもなく“牙突”だ。

速さこそ本家には若干劣るようだが、技のキレも性質すらも俺の知る“牙突”と変わらない。

故に死角もまた同じ。当たるか当たらないかのギリギリで右側面の死角に潜り込み、この世界に来てから編み出した技を放つ。

 

御庭番式小太刀二刀流

“双牙旋突”

 

二本の小太刀による突きと刺さった所からの回転による連撃。

現実であれば一気に深く斬り裂くこの技だが、この世界では骨や筋肉によって刃を止められないが故に部位欠損を容易く起こせる。

 

刺さるかどうかの刹那の瞬間に放たれたのはフジタの右手による拳打だ。

発動させようとした技を中断し、身体を捻ってその一撃をかわす。

 

「……貴様……何故、我がフジタ家に代々伝わる技を知っている?」

 

「藤田家に代々伝わる技……か。そういう事か……。」

 

「他流派にも知られていない技だ。先程の反応……技自体を知らずに出来るものでは無いだろう。」

 

「さてな。知りたければ勝つことだ。」

 

藤田家と言えば斎藤一の改名後の苗字だ。今の会話への反応をみる限り、前世の記憶を持って生まれ変わった本人ではないだろう。

牙突の完成度こそ素晴らしいが、それが一子相伝による精度の高い継承でしか無いのだとすれば……。

 

奴が再度牙突の構えを取るのを見て俺は流水の動きを発動し、距離を少しずつ詰めていく。

……やはり対応出来ないようだな……。

 

距離が短くなり、やがて互いの刀の間合いに入る。

鋭い斬撃を繰り出してきている奴ではあるが所詮はこの動きを捉えられる物ではない。

奴の背後に回った時、俺は回転剣舞を放った。必中のタイミングだった。

事実奴の胸を三本の剣閃が斬り裂いた。

 

しかし……奴もまた一瞬の内にこちらを振り向き、その反動を使って突きを放っていた。

それは俺の肩を貫き、回転剣舞の威力を減退させる。

 

牙突・零式

 

完成度こそ恐らくは本家には及んでいないのだろう。

とはいえ俺の流水の動きの動の動作に反応し、その上、回転剣舞を前に撃ち出したその技量、胆力にはその才能を示している。

 

流石は壬生狼の血脈……と言った所か……。

 

デュエルの表示は俺に勝利を告げていた。刹那の差で俺の一撃が早く入ったからだろう。

 

奴は舌打ちをするとそのまま立ち上がりこちらを見ている。

 

「知りたい情報はなんだ。闇の忍、勝負に負けた以上一つ答えてやる。」

 

「……何の為にその刀を振るう?」

 

「知れた事を……悪・即・斬。それが俺の……いや、俺達、新撰組の信念だ。覚えておけ、闇の忍。俺達は例え攻略組だろうが関係ない。見つければ即座に斬る。」

 

新撰組……か。恐らくはそれが奴やイスケのギルド名なのだろう。

 

俺はフジタへとフレンド申請をするもフジタはフンと鼻息を鳴らし、申請を拒否し、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、アルゴの調べによるとイスケとの別れから二週間後、黒鉄宮にあるスザクの名前に横線が引かれたそうだ。

死因は刺突属性ダメージによる全損……。

恐らくはフジタだろう。

悪・即・斬。よもや時代を超えてまで貫き通すとは……。

過去に思いを馳せながら自らの道を真っ直ぐ見据えて歩を進める。

自らに課した隠密御庭番衆最後のお頭としての責務を果たすために……

 

 

 




次話予告
“クォーター・ポイント”
になります。

ボスに関してはオリジナルになるかと思いますがご容赦下さい。

では今回はこの辺にて……。
読んでいただきありがとう御座います。


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第二十五層
クォーター・ポイント 前編


更新遅くなり、申し訳有りません。
無事?試験も終わりました。
更新再開しますのでお付き合い頂ければ幸いに思います。




第25層攻略会議が始まり一時間。

壇上には血盟騎団の面々が並び、副団長であるアスナから今回のフロアボス偵察戦、及びフロアボス攻略戦の説明がされていた。

 

 

前層では今までに比べてかなりの苦戦を強いられた。

ボスとして現れたのは俺達プレイヤーと大して変わらない体格のモンスターではあったが、体格が小さく、回避に優れていた為に攻撃を当てる事が難しかった。

その上、攻撃の連携速度がプレイヤーでは有り得ない程に早いという今までのボスに比べるとかなりの攻略難度に跳ね上がっていいた。

攻撃力が低かった事が幸いし、死者こそ出ずに済んだが、最終的には隊列ではなく、本当の意味でトップクラスのプレイヤーのみで相手をせざる負えなかった程だ。

 

その他のプレイヤーは何も出来なかった事実が在る以上攻略組の質そのものを向上させる以外に無いのだが……。

 

「アスナはん、偵察戦の提案、作戦内容も別に文句はあらへん。……せやけどなぁ……何で本戦でワイらアインクラッド解放隊の枠を3パーティに減らすんや!?元々は5パーティやったろが!」

 

「……先程の説明を聞いていただけていないのでしょうか?アインクラッド解放隊には今作戦の規定レベルに達しているプレイヤーは5パーティ分も居ないと記憶していますが?」

 

「そもそも規定レベルゆうもんが気に食わんのや!何やねん!?レベル35!?そないなレベル設定にしとったらビギナーは殆ど参加できひんやろが!」

 

「ふむ……キバオウ君。では君ならばいくつに設定すると?我々は層+10は最低限のマージンだろうと考えているのだがね。」

 

「ワイなら5や!その分人数揃える事で補えばええ!10やとそもそも2レイド上限に届かないやないか!」

 

 

現在のマージン10を基準にするならばアインクラッド解放隊で二十数人、聖龍連合で十~七、八人。

血盟騎士団でも十数人といった所だろう。

 

ソロや俺達小ギルドを合わせても恐らくは80人前後といった所か……。

 

「確かに上限には届かないと思いますがその分質は高まります。死者を出さないためにもボス攻略戦はマージンをしっかり取るべきと考えますが?」

 

「そないな事ゆうとったら攻略組の人数が一気に減るゆうとんのや!そもそも適正レベルを5も越えとったらそうそう一撃でやられたりせぇへんやろ!?過去を振り返ってみい!第一層以降1コンボで死亡なんて出とらんやないか!」

 

「……しかし実例は有るだろう。今後もないとは言い切れん。ましてやあの時、ディアベルは10以上のマージンを取っていたにも関わらずソードスキルの1コンボで全損した事を忘れるな。」

 

「じゃかぁしいわい!あん時かて人数揃えとればディアベルはんが死ぬ事は無かったんや!そもそもその理屈やったらマージン10どころか20は必要になってまうやろが!そないな事出来るかい!」

 

……確かに20ものマージンを取っているプレイヤーは居ないだろうな。

俺でも13、確かキリトでも14だったはずだ。

というか恐らくはこの辺りまで来ると獲得できる経験値など微々たるものでボス戦以外でレベルを上げるのはなかなか難しいだろう。

 

最終的には高レベルプレイヤーを優先し、2レイド上限に足りない人数をマージンに足りていないメンバーから補充するという事で妥協となった。

無論、キバオウは連携が~等とまだ喰らいついて来ていたが、ヒースクリフが正論と今回のボス戦指揮のローテーション権利を主張し抑え込んだ。

最近は最大派閥と言う事実も後押しし、暴走気味では有るがキバオウも話の通じない男ではない。

筋は通そうとするはずだ。

 

 

「では本戦前に明日、偵察戦を行います。今回は私達血盟騎士団より1パーティ、ギルド・御庭番衆から1パーティ、もう1パーティ分はソロ、少人数パーティの方々にお願いします。」

 

……意外にもこの編成には文句は出なかった。

実際の所攻略組全体としてみれば血盟騎士団に反発している者は少ない。

とはいえ、キバオウを台頭にリンドやそれぞれの幹部連中は血盟騎士団を煙たがっている節が有るのだ。

理由は人数こそ三大攻略ギルドの中では劣るものの所属メンバーの大半がトップクラスのプレイヤーだと言うことが上げられるだろう。

ヒースクリフ、アスナ等はレベル、プレイヤースキル共に攻略組最強を競える程の腕を持っている上、他のメンバーも恐らくはキバオウやリンドと渡り合える程の猛者が揃っている事もあり、人数差程度は問題にはならないからだろう。

 

 

「キリト、お前は偵察戦に参加するだろう?パーティはどうするのだ?」

 

「……そうだな。まぁソロで参加させて貰うさ。偵察戦位なら問題ないだろ。」

 

「……なら私達のパーティに混ざるのはどうですか?アスナさんの指示に背くのは良策とは思いませんよ?」

 

「いや……そりゃユキナさんが構わないならその方が助かるけど……良いのか?」

 

「今更何ヶ月も前の事を蒸し返すつもりは有りません。それに私、負けたままで居るつもりは有りませんから。」

 

槍をキリトに向け、そう言い放つユキナに対してキリトは苦笑いを浮かべていた。

第十層でユキナはキリトにデュエルを挑んだもののギリギリでキリトに負けている。

それ以降はデュエルを仕掛けこそしていないがキリトに対してライバル意識を持っているらしい。

 

正直に言えば、俺はあの時点ではキリトが圧勝すると考えていた。

しかし結果は惜敗。一部始終見ていたがキリトに手を抜いているような様子は見られなかった。

その後、ユキナに話を聞くと何でもキリトの動きの先が見えていたらしい。

次の日になってユキナがスキルチェックをした時にその理由は判明した。

 

 

エクストラスキル“剣巫”

 

 

後々解った事だが、雪霞狼を使用し続ける事で手に入るエクストラスキルだそうだ。その効果は一瞬先の敵の攻撃を映像として見ることが出来るらしい。

 

雪霞狼シリーズはかなりレア度は高いが他のプレイヤーが誰一人手に入れられない程の武器ではない。

アルゴの調査の結果、ユキナの他に2人の同じスキルを持つプレイヤーが発見され、現在はエクストラスキルとして登録されている。

……とはいえ実際の戦闘にその効果を活用できているのはユキナだけではあるが……。

何故ならば映像は本当にほんの少し……時間にしてみれば0.1秒も無い程度の先でしかない。

故に単発に対してであれば誰でも扱えるが、連続技やフェイント等に弱く、それ故に他の剣巫のスキル持ちプレイヤーは扱いきれないらしい。

更に雪霞狼シリーズそのもののレア度と雪霞狼シリーズを装備していなければなら無いという制約が枷となり、プレイヤースキルの高い攻略組も習得は出来ていないのだ。

今まで育てたスキルを使用せずに新たに槍スキルを上げる事は実際躊躇われるだろう。

その上、例え槍使いでもアルゴの調べでは確認されている最初期のセッカロウすら店売りは一本もないという事実もある。

 

 

 

 

 

「では明日までにパーティ連携を高めておいてくれ。」

 

「ん?アオシは別行動か?」

 

「アオシさん。私が居るのに単独行動なんて出来ると思っているんですか?」

 

「……ヤヒコの様子を見に行くだけだ。」

 

「ご一緒します。」

 

「……前衛が1人も居なくてどう連携を覚えさせるんだ……?」

 

大した用事ではないんだがな……。

仕方ない。ヤヒコの様子を見に行くのは後回しにするか……。

 

現在ヤヒコにはここより七層下で活動しているパーティの指南をさせている。

前衛が1人しか居ない為にバランスが悪く、そのパーティが敵に囲まれていたのをたまたま見かけたシリカからの依頼でヤヒコを派遣したのだ。

 

確かギルド名は月夜の黒猫団だったか……。

 

何でも槍使いを盾持ち片手剣に転向したいらしい。

先程ヤヒコから槍使いの覚えが悪くてなかなか上手くいかない旨のメッセージが届いたので様子を見に行くつもりだったがこうなっては仕方ない。

 

「ならば先に連携の確認を済まそう。ヤヒコにはスキル上げのみに集中させるようにメッセージを送っておく。」

 

 

 

あまり多数のプレイヤーに手の内を見せるのは得策ではないと判断した俺達は街の傍にある安全エリアで連携の確認を行った。

元々は一撃の威力の重いユキナが単発ソードスキルを放ち、それによって出来た隙に俺の連携用小太刀二刀流剣技“流水剣舞”をいれている。

この技は8連撃と俺の持つ技の中でも手数の多さは最上級だが技の始まりから終わりまでに3秒と時間が長いのが最大の特徴だ。

……と言うよりもそれを意識して作った技と言うべきか。

 

俺の攻撃時間が長いことでユキナの硬直を補いつつ、上手くいけばそこから更に技を繋げていける。

調子がよければ3セット続けた事も有るほどだ。

恐らく、理論上は延々と繋げられるのだろうがタイミングがほんの少しズレるだけで敵の仰け反りがなくなってしまい反撃を放たれる。

故に俺とユキナの連携は基本的には2セット迄しか狙わない。

3セットいけるのは他のプレイヤーの援護が有ればの話だ。

 

「キリト、今から俺とユキナの連携を見せる。俺の攻撃の後にソードスキルを決めてくれ。」

 

キリトが頷くのを確認し、今いる安全エリアに置いてある破壊不能オブジェクトの大岩にユキナが普段道理ソードスキルを放つ。

そのタイミングに合わせて俺も小太刀二刀流の普段と同じ技を放つと初見のキリトも文句無しのタイミングでソードスキル“バーチカル・スクエア”を放つ。

正四角形の剣撃の軌跡を残す技が消えるか否かの刹那、更に追撃にユキナの雪霞狼固有ソードスキル“メテオ・ストライク”が撃ち込まれる。

空中からの超重量の一撃は大地を抉り、敵を転倒させる大技だ。

 

その後、何回か組み合わせを考えたが危険性を排除しつつ最大限ダメージを与えるならばユキナのメテオ・ストライクを締めに二回ずつのソードスキルが一番安定すると結論付いた。

 

 

 

 

 

翌日、迷宮区の入り口には偵察部隊が揃っていた。

 

血盟騎士団所属

アスナ

ゴドフリー

ダイゼン

クラディール

シュウ

レイ

 

御庭番衆所属

アオシ

ユキナ

キリト

オルランド

ベオウルフ

クフーリン

 

コンビ・小パーティ組

アルス

キラ

バルムンク

ベア

オルカ

ピロシ

 

以上18人が偵察部隊としてして集結した。

 

迷宮区内をひたすらボス部屋に向かい歩く。血盟騎士団と御庭番衆は比較的交流が有るが故にパーティ同士の連携がしやすい。

その上、今回偵察部隊に参加しているコンビ・小パーティの者達は何度か共闘している事もあって癖は掴めている。

 

特に問題もなく、ボス部屋迄辿り着いた俺達は作戦の確認を簡単に取るとその扉を開けた。

 

暗く、広い空間が広がるボス部屋に徐々に蒼い炎が立ち上る。

今までの部屋に比べ、倍近いボス部屋の中央にそれは居た。

龍の顔を2つ持ちながらもその巨大な身体は両手にそれぞれ三叉槍と大剣を持つ顔と尻尾、全身を覆う鱗を除けば巨大な人型のボスだ。

 

“ザ・アル・メイサ・メルクーリ”

 

巨龍人は咆哮を上げて身の丈に合わない速度で三叉槍を繰り出しながら突っ込んできた。

 

 

「各パーティは散開!手はず道理私達血

盟騎士団が壁になります!」

 

ゴドフリー、ダイゼン、シュウ、レイの4人が盾を掲げて巨龍人の一撃を防ぐ。

HPの削れ方としてはとてつもない脅威とまではならなそうだ。

4人共一割程の減りで済んでいる。

 

そして巨龍人の一撃が壁となっているメンバーに当たった瞬間、残る二人の血盟騎士団がソードスキルを発動して斬りつける。

クラディールの“アバランシュ”が、アスナの“スタースプラッシュ”が巨龍人の脚へと撃ち込まれ、その半テンポ遅れで俺、ユキナ、キリト、バルムンク、キラの5人が全方位からソードスキルを放つ。

そのすべてがクリティカルヒットするも巨龍人のHPの一本目のバーを一割も削れない程度しかダメージは通らなかった。

 

「……堅いな。」

 

「次からは部位狙いでいきます!御庭番衆は後方を、混合組は両側面へ!」

 

アスナの指示を受け、それぞれが巨龍人を囲むように動く。

先程の全体攻撃でも範囲攻撃は使ってこなかった以上、囲んでしまえば攻撃の手は分散するはずだ。

 

巨龍人が大剣を横薙ぎに振るう。狙いは血盟騎士団だが、前回と同じように4人が盾で受ける。

特に特殊な点は無い。HPもまだ全体の二割強が削られただけだ。

巨龍人の一撃が終わる刹那に再度フルアタックが放たれる。

正面ではクラディールが股関を、アスナは目を狙い攻撃し、側面からは肩や肘などの間接が狙われた。

 

俺達は後方、ユキナは尻尾を狙い、キリトは首を斬った。

俺は背の中央、逆さについた鱗を斬る。

いわゆる逆鱗と言うものだ。

触れただけで怒り狂うと云われる鱗を斬り落としたらどうなるのか……。

それは直ぐに判明した。

背中一面の鱗が剥がれるように弾け飛び、ポリゴン片へと変わる。

そして、一気にHPが削れ、黄色に変わると一際大きな咆哮を上げた巨龍人は狂ったように両手の武器を振るい始めた。

 

「!?オルランド、クフーリン、ベオウルフ!血盟騎士団の壁部隊とスイッチしろ!」

 

猛攻は何発も何発も血盟騎士団のみに集中している。……奴は正面の敵しか狙わないのか!?

既に血盟騎士団の壁部隊の面々のHPバーは黄色から赤へと変わろうとしている。

 

そのバーが赤に変わるか変わらないかのギリギリのタイミングでオルランド達が4人の前に立ち、攻撃を防いだ。

 

「血盟騎士団の面々は後退!御庭番衆の壁部隊が黄色に変わったら次は小パーティ組の壁部隊がスイッチしてください!」

 

この猛攻の中、何度か背中や側面に攻撃が加えられたが側面は変わらず微々たるダメージ、逆に背中はソードスキル一発でも目に見えてバーが削れるようになった。

 

ほんの二分、それでオルランド達のHPは黄色に割り込み、小パーティ組のアルス、ベア、オルカ、ピロシの4人がオルランド達と入れ替わり攻撃を受け止める。

 

しかし、巨龍人の猛攻は勢いを更に増していき、やがて1部隊当たりの戦線維持時間は2分をきり始めた。

それは戦線維持そのものが不可能になるラインだ。

大凡4分。それが黄色に落ち込んだHPをポーションによって回復するためにかかる時間だ。

無論、回復結晶や転移結晶、解毒結晶などの結晶アイテムを使えばまだまだ戦線維持は可能ではあるが敵の総HPの一割程度しか削れていない現状でそこまで粘るべきではない。

 

 

「全部隊、撤退します!小パーティ組から順に撤退を!」

 

アスナの号令を受け、今現在壁部隊を引き受けていた小パーティ組が一気にバックステップで距離を取る。

続いて血盟騎士団、殿に俺達御庭番衆が続いて徐々に戦線を下げていく。

 

巨龍人のHPは4本有る内の一本目が黄色に染まった所で猛攻が始まった。

そして狂ったような攻撃が始まった後、撤退を考えるまでに与えたダメージでそのHPを赤に染めている。

 

「なぁ副団長殿、部屋出口そばまで行ったら奴のHPの最初の一段を減らしてもいいか?」

 

「……認められません。いくらあなたでもパターンの変わる一段目が消えたら対処出来る保証は無いでしょう?」

 

「ならば俺達御庭番衆がそれに付き合おう。一段消した程度でパーティを壊滅させるほどの変化は無いだろう。」

 

「アオシ君!?何を……いえ……分かりました。ただし!私も同行します。私が無理と判断したら絶対に従ってください。」

 

「心得た。……オルランド、クフーリン、ベオウルフ!おまえ達3人は出入り口ギリギリへ行け。念の為回復結晶を用意しろ。」

 

そうこうしている内に次は俺達御庭番衆が壁部隊を引き受ける順番となった。

出口まで残り10メートル、この位置ならば脱出には数秒で済む。

 

「各自回避を最優先に!背部が弱点になっていますが脱出に不利になります!正面をメインに!」

 

アスナの号令を皮切りに俺達4人は散開する。

アスナとユキナが両側面に、俺とキリトが正面に立つとそれぞれが攻撃と回避を始める。

巨龍人の猛攻は確かに凄まじいがそれはあくまでも回数の話だ。

攻撃速度そのものは並み……いや、獲物が大きい分体感的には遅いくらいだろう。

 

残った4人は攻略組でも特に能力の高い4人だ。回避に集中していれば先ず喰らう事など有り得ないだろう。

弱点の背部を攻撃していない為に殆どボスのHPは削れていないが……。

 

ユキナ、キリト、アスナはソードスキルを初期技以外は出していない。技後硬直の長い連続技は壁のいないこの状況では使えないのだろう。……ならば硬直時間0で大技を放てる俺が奴を仰け反らせれば……。

 

数分そういった攻防を繰り返した所でパターンが少しずつ見えてきた。

今のところ巨龍人は槍による突きの後には大剣は反対側を横薙にする。

俺は自分に突き出された槍を回避しつつその槍を駆け上った。

巨龍人に肉迫したところで二刀を逆手に持ち帰る。

 

御庭番式小太刀二刀流

“回転剣舞・六連”

 

黒い光を放つ二刀が一気に敵の身体を斬り裂く。

かなりの硬度の龍鱗を斬り裂く一瞬六斬を受けて巨龍人は仰け反った。

 

そこに更にキリトの“バーチカル・スクエア”が、アスナの“アクセル・スタブ”が、そしてユキナの“メテオ・ストライク”が決まり巨龍人を転倒させた。

その攻撃でゲージはちょうど一本目が消える。

 

「各自後退!出口ギリギリまで下がります!」

 

アスナの号礼と全く同時に各自後退を始め、更に全く同時に巨龍人もまたその身体を跳ね上げるように起き上がり跳んだ。

 

ギリギリのタイミングだった。出口に巨龍人が立ちふさがるのと俺達が脱出するのは同じタイミングだったのだ。

もしほんの少しでもボス部屋に残ろうとしていたら逃げられなかっただろう。

 

ゲージが一本消えた《ザ・アル・メイサ・メルクーリ》は先程までの徒歩ではなく一気に距離を詰めたり離れたりするほどの跳躍力を披露した。

恐らくはそれがゲージ一本目でのパターン変化なのだろう。

 

「副団長殿、帰ろうぜ。とりあえず二回のパターン変化がゲージ一本目で有るってだけでもわかったんだ。充分な成果だろ?」

 

「……そうね。パターン変化が多い上にそれが早い段階で起こるという事がわかっただけでも貴重な情報だわ。」

 

「……あれも弱点だと思うのだが……」

 

俺は部屋から出ようと咆哮を上げる巨龍人の両方の額に有る輝く宝石の形をした逆鱗を指差した。

 

「それ、さっき私も攻撃したんだけど硬くてダメージ通らなかったのよね。」

 

「次は高威力のダメージディーラーに攻撃させてみれば良いんじゃないか?エギルとかユキナさんとかさ。」

 

ボスの情報を整理していた俺達4人のそばに居た男が急に声を上げた。

 

「アスナ様!このような有象無象の者共の話など聞く必要は有りません!行きましょう!」

 

その声の主は会話を遮り、いきなりアスナの手を取って引っ張った。

 

「今回のボス攻略指揮は我等血盟騎士団に有るのだ。貴様等は我等の指示に従えばいい!アスナ様、このような者共の言う事などアテにはなりません!行きましょう!」

 

「……クラディール、副団長として命じます。彼等に非礼を詫び、ゴドフリーの指揮下に入りなさい。……今すぐに!」

 

 

アスナの冷たい目に晒された男は信じられないとでも言うかのような表情を浮かべるとこちらに頭を下げてゴドフリーの元へと歩いていった。

 

……拳骨を受けているな……。

 

「血盟騎士団の者が申し訳有りません。副団長として謝罪します。」

 

「気にしないでください。私達、そんな事気にしませんから。」

 

「それよりも大丈夫なのか?あの表情、かなり面白くないといった表情だったが……。」

 

「その点は平気だと思うわ。少なくともクラディールのように血盟騎士団を神聖化している団員はほとんど居ないから。」 

 

「……悪い、俺少し用事が有るんだ。一足先に帰らせてもらうよ。」

 

キリトは突然そう言うと転移結晶まで使用してこの場から消えてしまった。

 

「……彼はまだ気にしているのね。今じゃ古参のプレイヤー以外はビーターが誰の事なのかも知らないのに……。」

 

「そうですよね。アスナさん、頑張ってキバオウさんとリンドさんを説得して個人の特定を防ぎましたもんね。」

 

「最近……ここ10層辺りで特に頻繁にアルゴの新聞に出てくる二つ名もアスナが先導者だろう?“黒の剣士”名前こそ広まっては居ないがキリトの出で立ちを見て出てくる二つ名はもう“ビーター”ではなく“黒の剣士”だろうな。」

 

「それはそもそもにしてキリト君自身が本当に活躍しているからです。……それに完全にキリト君に対する風当たりを消せてはいません。特にリンドさんは彼を頑なに嫌っている所が有りますから。」

 

リンドはかつて第一層でディアベルを失った。

その際に出来た溝は大きく、深いものではある。

攻略する為にキリトの力の有用性は認めてはいるものの、やはり心情が邪魔してビーターという風潮の完全撤廃に全面的に協力するまでは至らないようだ。

 

とはいえアスナの功績は大きいと言えよう。実際に大半の攻略組の中でキリト=ビーターという風評を黒の剣士=キリトという風評へと変えたのだから。

 

 

 

 

 

 

俺達偵察隊は、その後は危険もなく主住区に戻り、明日の昼に今回の偵察戦についての報告と対策、更に偵察戦を行うのか否かの判断を下される事になる。

さしあたり俺が行うべき事は精々ボス情報が手には入るクエストや既に入手された情報の確認と装備の点検といったところだろう。とりあえずは情報屋“鼠”のアルゴに連絡を取るとするか……。

 

 

『アー坊が欲しがっている情報でオレっちが提供出来るのはこれだけだナ。でも情報自体の整合性までは取れていない事を前提に聞いてくれヨ。

 

《太古の昔、この地は二頭を持つ巨大な龍人が統べていた。

龍人は二つの武器を用いて猛攻し、驚異的な跳躍力を見せ付ける。

龍人の怒りに触れし者は天高く跳ぶ龍人の雷と獄炎により滅ぶだろう。

龍人の怒りに触れるべからず。

三度の怒りに触れし者は刹那の内に消滅の顎をその身に受けるだろう。》

 

この層のクエストは殆ど網羅したけどやっぱりボス情報らしきものはこれだけだったヨ。何かの役に立ててくレ。』

 

 

 

送られてきたメッセージを確認し、同じ物をヒースクリフ、アスナ、リンド、キバオウ、エギル、キリトへと送った。

一昨日時点では二頭を持つ者という情報しか無かった事を考えれば充分な成果だろう。

 

更に情報を集めるにもアルゴのネットワークを超える情報網は今の所誰一人持っていない。

完全な運任せでしかない以上更なる情報を待つ事は得策ではないだろう。

 

 

 

次の日の攻略会議はやはり予想通りに荒れた。情報の解釈はともかくとしても逆鱗への攻撃をするかしないかや偵察戦での成果を見てのキバオウの執拗な口撃などだ。

 

最終的にキバオウが折れる形で決着したものの彼の振る舞いは新たな懸念となってしまった。

翌日、攻略への不安を表すかのような曇天の中、総勢96名の攻略部隊が25層フロアボス、《ザ・アル・メイサ・メルクーリ》の部屋の扉を開け攻略戦は開戦された……。




次話 クォーター・ポイント 後編となります。

ご指摘、ご感想、お気に入りや評価お待ちしております。

今後もよろしくお願い頂ければ幸いに思います。

では、また次話にて。


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クォーター・ポイント 後編

間が開いてしまい申し訳ありません。
25層後編となります。


当初、血盟騎士団が指揮するはずだった25ボス戦は異例となる血盟騎士団、アインクラッド解放隊の2つのギルドがそれぞれを指揮する形となった。

 

部隊編成時、当初の予定では血盟騎士団が2レイド共に指揮する予定だったが、パーティメンバーの1人がPKされてしまうという非常事態が生じたのだ。

目撃者の話からPKを行ったであろう人物はPoHとジョニー、そしてモルテであろうと推測される。

 

何故最前線に居たのか、何故血盟騎士団のメンバーが1人になった所を狙えたのか等、疑問は多く残るが、結果として血盟騎士団のみの構成のパーティは1パーティ、そして5人の血盟騎士団のパーティにはキリトを加えることになり、レイドの指揮の半分をアインクラッド解放隊へと委ねる事になったのだ。

 

 

そもそもにして血盟騎士団、アインクラッド解放隊、そして聖竜連合がローテーションで戦陣指揮を取っていたのは2パーティ以上の参加が可能だったからだ。

今回も血盟騎士団が戦闘メンバーを補充すればそうなった筈だが珍しく団長であるヒースクリフがメンバー補充に反対した。

安全マージンの取れていないプレーヤーをボス戦に入れるのならば指揮権を1レイド分で良いとまで言い放つ程の強硬姿勢を見せ、結果、アインクラッド解放隊が片側のレイドの指揮権を手にするに至った。

 

第一レイド

血盟騎士団二部隊とキリト

御庭番衆

風林火山

聖竜連合二部隊

エギル隊

小パーティ混合部隊

 

第二レイド

アインクラッド解放隊五部隊

アインクラッド解放隊小パーティ混合部隊

聖竜連合

小パーティ混合部隊一部隊

 

という2つのフルレイドが今ボス部屋に突入していた。

そして時間は現在へと進む。

 

 

「それぞれの隊のタンク部隊は1分、戦線を維持してください!アタッカー部隊はそれぞれ背面からアタック!但し、深追いは厳禁です!」

 

 

現在、2つのレイドの内、血盟騎士団が率いる第一レイドが戦線を維持している。

現在、25層フロアボス“ザ・アル・メイサ・メルクーリ”は一段目を黄色に染めた所で、偵察戦同様の猛攻が始まっていた。

 

安全マージンを取っている純タンクビルドのプレーヤーですら攻撃を受け続ければ恐らく三分保たずにそのHPを全損してしまうだろう。

 

「タンク隊はローテーション重視、アタッカー隊は全力ソードスキル一本でスイッチしてください!」

 

アスナの指示に従い第一レイド隊は戦闘をしていく。

現在、一本目のバーが間もなく消えるところだ。 

 

「ユキナ!コタロー!俺に続け!」

 

即座に敵に肉薄し、過去、そして現在も使用し続けている技を撃ち込む。

 

御庭番式小太刀二刀流

“回転剣舞・六連”

 

黒き光を放つ一瞬六斬の斬撃が巨龍人の背中を深く斬り裂き、斬撃が終わるか終わらないかでコタローが追撃を放つ。

 

 

短剣ソードスキル

“ファッドエッジ”

 

そして更に御庭番衆最高の攻撃力を誇るユキナがソードスキルを放った。

 

雪霞狼固有ソードスキル上位技

“雪霞繚乱ーセイクリッド・ハウリング”

 

 

重槍に分類される雪霞狼による刃と柄を使った連撃は一撃あたりの威力こそ重槍にしては低いが20もの連撃で一気に巨龍人のライフを削り取る。

 

「パターン変わります!注意してください!」

 

一気にHPの減った巨龍人は一段目のバーを使い切り、二段目も4分の1が消失していた。

アスナのレイド全体に届いたであろう鋭い叫びが響き、全員が身構える。

……しかし、身構えてい第一レイド隊が見たのは急に視界から消えた巨龍人と数名のみが反応した声だった。

 

「後方だ!」

 

「第二レイド隊!そちらに飛んだぞ!」

 

巨龍人は一息に20メートル近くを跳び越え、後方に待機していた第二レイド隊の最後尾に降り立ったのだ。

 

「ガードや!すぐに振り向くんや!!」

 

第二レイド隊指揮官であるキバオウの叫びとほぼ同時に振り向いた第二レイド隊だったが、最後尾に位置していたアインクラッド解放隊のマージン不足の人間で組まれたパーティは反応が遅れ、無防備な背中に大剣と槍の連続攻撃を受ける。

 

三発目の攻撃を受けた所でどうにか他の隊が間に入ったがそれと同時に6つのポリゴンが砕ける音が鳴り響いた。

 

「嘘や……ソードスキルでも無い通常攻撃やで!?……各隊防御に専念や!ワイらA部隊がアタックしたる!!」

 

どうにか形だけでも立て直した第二レイド隊を見て第一レイド隊は速やかに回復ポーションを飲み、レイド間でのスイッチに備える。

巨龍人は細かく跳びながら第二レイド隊を翻弄し、まとまったダメージこそ与えられてはいないが、流石にボス攻略戦の経験が高いアインクラッド解放隊は互いにフォローをしながらどうにか対応していく。

 

「コーバッツ!ハルバートで奴の額の宝石をぶち割ったれ!!」

 

「はっ!」

 

コーバッツと呼ばれたプレイヤーはハルバートと呼ばれる重槍を構え、その槍に赤い光を灯して巨龍人を狙い撃った。

跳躍し、コーバッツのそばに着地した巨龍人の額に的確にソードスキルがたたき込まれる。

 

甲高い破砕音と共に宝石が砕け散り巨龍人の全身がひび割れる。

それと同時にコーバッツに青い光を纏った大剣が襲いかかった。

 

瞬時に全身を丸めたコーバッツは一気に吹き飛び、第一レイド隊へと突っ込む。

 

「無事か!?これを飲め!」

 

「あ、あり得ない……。」

 

一撃でHPを赤に染めたコーバッツはそう呟きながらキリトの手からハイポーションを引ったくり一気に飲み干す。

 

「キバオウ!コーバッツは無事だ!HPが回復するまではこちらにいさせるぞ!」

 

アオシが叫ぶとキバオウからは一声返事が有るのみで再度巨龍人へとアタックしている。

 

ここまでに与えたダメージで巨龍人のHPは遂に二段目が消えようとしていたが、二段目が黄色に変わった所から……いや、正確には額にあった宝石を破壊された所から使い始めたソードスキルの威力は、今までのローテーションではこちらのHPが半分を下回る事が起き始める程強力だった。

 

「くっ!A~C隊は後退や!D~F隊は前進!奴を跳ばせるなや!」

 

キバオウは後退部隊と共に後退すると回復ポーションを一気に飲んでいく。

そこに第一レイド隊の指揮官であるアスナが近づいていく。

 

「キバオウさん。此方は全員全快しました。そろそろレイド間スイッチしましょう。」

 

「まだワイらはいけるわ!あんたらは黙って待機しときや!もう一段位スイッチ無しでもいけるわい!」

 

「でも……いえ、分かりました。ですが危険と判断したら割り込みますのでそのつもりで居て下さい。」

 

「わぁーとるわ!……G隊、隙を見つつソードスキル一本や!交互に放ちぃや!!」

 

G隊のメンバーのソードスキルが全て撃ち終わると同時に巨龍人のHPは一段消え、再度一際大きな咆哮がフロアを包んだ。

 

巨龍人はその背から翼を生やし、飛翔すると眩い閃光がD~F隊を包み込む。

 

雷属性のブレス攻撃だ。事前にアルゴの情報から予測を立て、対策は各自しっかりと取ってはいるが、高レベルのブレス攻撃を完全に防ぐ手段は無い。

 

頭上から奇襲のような形でブレス攻撃を受けた18人のうち4人が麻痺に、3人が一時停止へと追いやられ、更に追撃の獄炎のブレス攻撃が襲いかかる。

 

「ヒール隊!ヒール!」

 

キバオウの声掛けと同時に18人のプレイヤーが一斉に回復結晶を使用し、攻撃を受けた18人を回復していく。

 

結果、獄炎のブレスで吹き飛びはしたものの、全員がHP全損まではいかなかった。

 

「D~F隊は後退や!A~C隊、それにG隊は奴を飛ばせるんやないで!」

 

着地した巨龍人を全員が取り囲み、一斉に足へと剣や槍、斧を突き刺していく。

更に他の装備へと変更したプレイヤーから順にソードスキルを撃ち込んでいく。

 

色とりどりのソードスキルが飛び交う中、一際大きな咆哮と共に反撃の獄炎のブレスが正面にいたB隊へと襲いかかった。 

至近距離から放たれた獄炎は正面にいたB隊を吹き飛ばし、パーティ内にいたマージン不足のプレーヤー2人をポリゴン片へと変え、更に両側面に居たパーティを大剣と槍を使って吹き飛ばす。

 

「第一レイド隊!第二レイド隊とスイッチ!獄炎のブレスはダメが高いから回避を最優先に!挙動見逃さないで!」

 

背面に残るキバオウは憎々しい表情を浮かべたが素直に後退し第二レイド隊を集結させて回復作業に取りかかった。

 

「ユキナ、さっきの技は使うな。あれは隙が大きすぎる。」

 

「……了解しました。……アオシさん、ブレスに対しては何か対策は有りますか?」

 

「現状ではブレス一撃目前には咆哮、更に胸部肥大だ。回避には後方に回ればいいが……時間的な余裕は無い。挙動には細心の注意を払え。」

 

「A~D隊、ボスを取り囲んでください!」

 

アスナの号令と共に一斉に各隊が取り囲み、隙の少ないソードスキルを叩き込んでいく。

 

唯一例外的にアオシのみが回転剣舞・六連などの高威力ソードスキルを叩き込んでいるがボスのHPはいまだに三本目が半分になっただけである。

 

「……ブレス、来ます!総員回避!」

 

ブレスの種類はわからないまでも範囲の大凡はキバオウ率いる第二レイド隊が実際に受けることで把握できている。

タイミングとしてはシビアではあるものの第一レイド隊のほぼ全員が側面や背後へと素早く回った。

 

「全力ソードスキル一本!硬直短めで!」

 

回避に成功し、ボスに近いメンバーが一挙に色とりどりのソードスキルを放ちHPを削る。

アスナの指示通り硬直の短い単発から2~3撃までのソードスキルではあったが三本目のバーを赤に染める程度にはダメージが通った。

 

しかし、その一瞬の間の時間で巨龍人はその翼を羽ばたかせて空へと舞ってしまう。

更に空中から再度ブレスを吐き出し、後方へと降り立った。

 

「E~H隊!スイッチだ!敵をA~D隊から引き離せ!」

 

もう一つの血盟騎士団のパーティ、ヒースクリフ率いるH隊が先頭に立ち、一気にボスのヘイトを稼ぐとA~D隊は後退し回復ポーションを飲み始める。

 

「キリト君!ここは私達が食い止めよう!君は一気に削りたまえ!」

 

「了解した。フォロー頼む。」

 

キリトは一気に巨龍人へと肉薄し、鮮やかな青の光を纏わせた黒剣を四度振るう。

 

片手直剣スキル

“バーチカル・スクエア”

 

四本の剣撃はボスのHPを視認できる程には削り、残り少しでラスト一本へといくところまで削れた。

 

途端に巨龍人は思い切り跳び、脚に突き刺さった剣や斧、槍を一気に引き抜く。

レイド隊の中央、その上空から雷のブレスが放たれた。

威力こそ高くはないものの、麻痺の追加効果、そして何よりも光の速度に達するその攻撃速度は中央に位置していたプレイヤーに回避の時間を与えず、数名に麻痺者を生み出していた。

 

第二レイド隊と同じように回避に成功したほかのプレイヤーが回復結晶を使用し、一気に態勢を立て直しにかかるのとほぼ同時に麻痺したプレイヤーへと獄炎のブレスが襲いかかる。

放たれたブレスは麻痺者を丸々包み込みHPを一気に削ったがHP全損には至らずギリギリの所で持ちこたえる事が出来た。

 

「第一レイド隊、第二レイド隊と交代!ダメージが少ないものは交代迄の時間を稼いでください!」

 

アスナの指示の元、血盟騎士団2隊と御庭番衆、エギルのパーティが宙より落ちてきた巨龍人へと猛攻を仕掛け、タゲを取り、どうにか残り一本までそのHPを減らした所でキバオウ率いる第二レイド隊へと交代した。

 

「ええか!奴で警戒すべきは獄炎のブレスや!後は空にさえ逃がさなけりゃ何とかなんで!根性魅したれや!」

 

キバオウの激を受け一気に巨龍人の脚を攻撃しまたもや縫いつけていく。

しかし、武器を貫通させているにも関わらず巨龍人は抵抗らしい抵抗を見せなかった。

 

「キバオウ殿!両翼の付け根の中心にあの宝玉が見えたぞ!私に再度攻撃許可を!」

 

「よっしゃ!やったれや、コーバッツ!」

 

丸まる巨龍人の翼の付け根、最初の逆鱗が有った場所へとコーバッツのハルバートが再度赤い光を纏って振り下ろされた。

 

 

「待て!三回目は!!」

 

第一レイド隊より叫ばれた声はフロアを破壊するのではないかと思うほどの咆哮を上げる巨龍人、ザ・アル・メイサ・メルクーリの変異によってかき消された。

地に降り立っていた脚が消え、まるで二頭の蛇龍が尻尾を絡ませているかのような姿へと変わり、二頭の背についた翼で常時飛行している。

 

この世界、SAOの中には基本的には剣のみで戦う世界だ。

確かに中には投擲武器も存在するが、精々牽制程度のダメージのものが殆どで、総じてダメージ量はメインとなる武器には劣る。

レイド内唯一のメイン武器がチャクラムのナーザでさえ、一撃の威力としては短剣の単発ソードスキル並みの威力しかないのだ。

 

「……なんやねん!あんなんチートやないか!!あないな位置に居続ける敵なんぞ、どう攻撃せえっちゅうんや!」

 

地面から約4メートル。

剣や斧、短剣等では攻撃が通常届かないであろう位置に居続ける双頭の蛇龍にキバオウが悪態を付く。

確かに残りのHPはラスト一本の三割程度。

もし蛇龍が地上に居るならば慎重に事を運んでも10分~15分も有れば削り切れただろう。

 

「……先ずは様子見や。投擲武器持ちは奴にぶちかましたれ!」

 

キバオウの号令と共に第二レイド隊の投擲武器持ちプレイヤー12人がナイフを放った。

特に防ぐ様子もない蛇龍はその12本のナイフを受けてライフを数ドット程度減らす。

 

「……嫌な予感がする。アスナ、一度第二レイド隊を後退させた方が良いのではないか?」

 

「でも……現状では後退する理由が無いわ。彼がそんな事を了承するとは思えない。」

 

「私もアオシ君の意見に賛成だ。君もボス情報は覚えているだろう?恐らくはあの状態がそうなのだろう。マージン不足のプレイヤーが多く居る第二レイド隊では、下手をすれば多数の死者が出る可能性がアル。」

 

「団長がそう言うなら……キバオウさん!いやな予感がします!一度後退してください!」

 

アスナは声を張り上げ、キバオウへと呼びかけた。

距離もあり、その上、間には沢山のプレイヤーの居る現状ではそうする以外には連絡の取りようもない。

 

「だぁほ!大方ボスの残りHP見てLAでも欲しいんやろ!後退なんかするかい!第二レイド隊!奴は動かへん!突進系ソードスキルでトドメ刺したれや!」

 

キバオウの号令と共に第二レイド隊のアインクラッド解放隊が一斉に雄叫びを上げて突っ込んでいく。

確かに通れば蛇龍のHPは0になるだろう。

しかし、本来ボス戦において残りHPの少なさはそのまま危険度へと繋がる。

キバオウとてそれを知らないわけではない。

 

そう。本来ならばボス戦では敵が動かないなど有り得ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの数瞬だった。それでアインクラッド解放隊の攻撃を仕掛けたプレイヤー全員がそのまま消えた。

なにが起きたのかは第一レイド隊、攻撃を仕掛けなかったプレイヤー、ほんの1パーティ残ったアインクラッド解放隊のメンバーにしか解らない。

消えてしまったプレイヤー達は皆、一度に呑み込まれたのだ。

まるで二頭の顎が壁のように広がり突進したプレイヤー達全員の身体を一呑み……いや、フロアボスの床の表面すらも消えている事から呑み込んだのではなく消し去ったのだろう。

 

《三度の怒りに触れし者は刹那の内に消滅の顎をその身に受けるだろう》

 

 

情報には確かにそう書いてはあった。しかし、一撃死扱いの攻撃などこの世界にあるとは考えない。……いや、考えたくなかったのだ。

その甘えの代償は余りにも大きかった。

 

「て、撤退や!転移!ローウェル!」

 

キバオウを台頭に戦意を喪失したプレイヤー達は一挙に転移結晶を使用し始める。指揮官が真っ先に消えたせいで残る聖龍連合のパーティが孤立して残されてしまうという最悪の事態を産み出してしまった。

 

第一レイド隊には残りのHPは見えない。しかし、誰が指示を出すでもなく、双頭の蛇龍に飛び出す影が何人も居た。

 

いや、彼らは第二レイド隊の壊滅的崩壊を見た瞬間から既に動いていたのだろう。

 

光のような速度で放たれた二本の矢……いや、プレイヤーは第二レイド隊最後のパーティである聖龍連合……リンド隊に向けられていた顎を鼻先から串刺しにした。

 

光の矢となったプレイヤー、アスナとユキナはそれぞれキリト、エギルに撃ち出されるように宙高く舞い、突進系ソードスキル“エアロ・ペネトレイター”と“アロー・ストライク”を放ったのだ。

 

更に下からは1コンマ速くアオシがこの世界に来てから編み出した、跳躍しながら二刀を身体ごと回転させて斬り抜ける技、新御庭番式二刀流“回転剣舞・飛龍”を放っている。

 

更に投げ出した直後にキリトもまた片手剣ソードスキル“ソニック・リープ”を放つことでザ・アル・メイサ・メルクーリの注意を宙から逸らしていたのだ。

 

無論タイミングがズレたら……いや、思惑が外れればどちらか2人は確実に消滅していただろう。

 

「第一レイド隊、アスナ君とユキナ君に続きたまえ!彼女達が口を封じている間に倒しきるのだ!」

 

雄叫びを上げて各々が突進系ソードスキルを放つ。

4人の攻撃では0.5割も削れなかった双頭の蛇龍では有ったが30回にも及ぶソードスキルの嵐には耐えきれずその身をポリゴン片へと変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……。何やねん……なんでわいらアインクラッド解放隊しか転移してこないんや……。」

 

 

一方その頃、街へと撤退したキバオウ達は他のレイド隊、第一、第二の生き残りが現れない事に不安と焦りを覚えていた。

 

「全滅……したんか……?」

 

「キバさん、様子見に行きましょうよ。まだ生き残りが居るかも……。」

 

「そんならまずは回復アイテムの補充や……。わいらアインクラッド解放隊はもうここにいる人数しかおらへん……無茶は出来ん……。」

 

キバオウ達がアイテムを買い揃え、町を出て迷宮区へと向かおうとした時だった。

街中が一斉に湧き上がり、そこかしこで歓声が上がる。

それはフロアボス討伐、そして26層の解放を意味していた。

 

「キ、キバさん……これって……。」

 

「倒した……ちゅうことやろな……。なら……26層に行って生き残りに詫びなあかんな……。きっともう……大した人数おらへんやろし……。」

 

 

キバオウ達は足取り重く転移門へと向かった。

転移門は程なくしてアクティベートされ、一気に多数のプレイヤーが雪崩込んでいった。

 

 

そこでキバオウが見た物は自分達アインクラッド解放隊を除いた離脱時点での攻略レイド隊の面々だった。

皆に持て囃され、賛辞を受ける攻略組の面々。

よく見れば何名かの顔が見当たらないが相方が笑っているのに死んだわけはないだろう。

 

「(何でや……わいらアインクラッド解放隊かてあの場に居てもええやないか……。

そもそもわいらの犠牲なくしてあのボスは倒せなかったはずや……。

……いや、わいらやないか……。

あいつらや……。

皆気のええ奴らやったのに……。

わいの……わいのせいであいつらは死んでもうたんや……。)」

 

「……キバさん、合流しましょう。俺らにだってあの場に立つ権利くらいは……。」

 

「……あかん。あそこに居てええんは死の恐怖と正面から向き合ったもんだけや。わいらは……出直さな。死んでったあいつらに顔向け出来るように……もう一度ボスと立ち向かえるように……。」

 

キバオウがそう言いその場を離れていく。他のメンバーもまた戸惑いながらもその後を着いていった。

人々の喧騒を抜け、転移門へと近付くキバオウ達は転移門の前に立っていた2人の男に気付いた。

 

「……なんや。あざ笑いにでも来たんか?……わいらアインクラッド解放隊は第一線を退かせて貰うで。そもそも今の人数じゃボス攻略戦も大して戦えんのやからな。」

 

「……そうか。そう決めたと言うのならば俺からは何も言うまい。」

 

答えたのは2人の男の1人、白のコートに黒の服を着た長身の少年。

闇夜に紛れてPKを討伐して来た忍として名を馳せる、通称“闇の忍”アオシだった。

 

「一個だけ聞きたいことがあったわ。……わいらは……いや、死んでしもうたALSの皆は討伐の役に立ったんか……?」

 

「ああ。彼等が居なければきっと奴には勝てなかったよ。……キバオウ、本当に攻略組を抜けるのか?」

 

もう1人の男。全身黒ずくめの装束にSAO最強の噂が流れた事で新たについた二つ名を持つ少年。“黒の剣士”キリトはそう答えると逆にキバオウへと問い掛けた。

 

「さよか。……わいらは第一線を退くゆうたけどなぁ、別に攻略を諦めるなんて一言もゆっとらんで。第一層にはまだまだくすぶっとる奴らがおんねん。そいつら鍛えて最大最強のギルドにして戻ったる!みとけ!……せやから……勝手に死ぬんやないで!」

 

鼻息荒くまくしたてたキバオウは、そのまま転移門をくぐり抜け、始まりの街へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……キリト、悪いが一つ依頼を頼まれてもらえないか?」

 

「内容にもよるな。まぁアオシの事だからそんなに変な内容じゃ無いだろうとは思うけど……。」

 

「今、うちのヤヒコとシリカが5層程下の層で中層プレイヤーの育成をしているのだが……そのうちの一つのギルドで槍使いが盾持ち片手剣に転向しようとしているそうでな。ヤヒコには荷が勝ちすぎているようなのだ。」

 

「……それ、俺にも充分荷が勝ちすぎていないか?そもそもアオシが行くんじゃ無かったのか?それ……。」

 

「アインクラッド解放隊の攻略組脱退についてギルド間で協議する必要がある。2日ほどで合流する予定だがな。悪いが頼む。」

 

「まぁアオシには結構世話になってるしな。……上手くできるかは保証しないけどさ。所でその中層プレイヤーの名前は?」

 

「あぁ……すまないな。月夜の黒猫団というギルドだ。転向するプレイヤーの名前は聞いていないがヤヒコに伝えておこう。」

 

「月夜の黒猫団ね……。了解。」

 

 

 




次話は月夜の黒猫団編となります。
……あれは何層になるんでしょうね……。
三話構成にする予定ですので次話はほのぼのした感じに書けたらなと思っています。
結末は変えようか変えまいか悩んでいますが……。

お気に入り登録、感想、評価お待ちしております。
毎度お付き合い頂きありがとうございます。今後もよろしくお願い致します。


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第二十六~三十層
月夜の黒猫団


投稿なかなか出来ず申し訳ありません。
スローペースにはなってしまいましたが定期的に更新するよう心掛けますのでどうぞよろしくお願い致します。


「キバオウ関する報告は以上だ。」

 

26層到達と同時にギルドでの今後の攻略に向けてのリーダー会議が始まって一時間。

前回の攻略では過去最悪の結果となった。

 

死者36名。

 

大半は安全マージンが不足していたプレイヤーではあるが、特に問題なのはフロアボスの強さだろう。

一撃死の攻撃に高威力の範囲攻撃。更には飛行。

どれも過去のボスの強さを遥かに上回るものだった。

 

「……当面の間はプレイヤーのレベリングやスキル向上に当たるしかないんじゃないかな?キバオウさんのギルドが抜けた以上現状では2レイドにも届かないんだ。出来る限り人数を増やさないと……。」

 

「ふむ……確かにリンド君の言うようにレベリング自体は必要だろう。……しかし、一度にボス戦未経験者を多数参加させれば今回の二の舞になる可能性も否定できないと思うが……どうかね?」

 

「私も団長の意見に賛成です。それにいくらレベリングが重要とはいえ、また何ヶ月も攻略が遅れてしまうのは避けたいですし……。」 

 

「おれはよ、頭わりぃから意見してもとは思うんだけど……そもそも攻略に置いて重要なのは死者0なんだろ?だったらレベリングを最優先に置いてもいいんじゃねぇか?いや、そりゃ、アスナさんの言うように何ヶ月もかけてっつーのは心情的にも現実的にも厳しいっつーのはわかんだけどよ。」

 

「要は攻略のペースはあまり変えず、レベリングに力を入れれば良いのだろう?現状では俺達自身もまだ鍛える余地は有るだろうが……各々がメンバーのレベリングを意識して行えばそう難しい事でもあるまい。」

 

実際の所、レベリング自体が必要なのは当然だが攻略を遅くするのはあまり好ましくはない。

何故ならば現実での自分達の身体の方が保たなくなるであろう事が予測されるからだ。

恐らくは経管栄養などを摂り、病院のベッドに横になってはいるだろうが、どの程度身体が保ち続けるかはわからないのだ。

特に絶望感を抱き続けてしまう状況は身体に対して影響が大きい。

更に言えば社会復帰についても時間を掛ければ掛ける程に難しくなる。

それは成人以上のプレイヤーにとっては生命には関わらないと言っても死活問題と言えるだろう。

 

「先ずはこの層の攻略を慎重に進めようではないか。私としては恐らくは前層のボスが特殊だったと思っているのだがね。」

 

「団長、それはどういう事でしょうか?」

 

「製作者の立場になって考えてみたまえ。マージン自体が10以上はとてつもない苦労を強いる仕様だと言うのにマージンを取って尚、多数の死者が出るようなボスを今後ずっと配置するとは考えづらいだろう?」

 

「ですが……そもそも茅場はこの世界の創造こそが目的だったはずでしょう?なら、この世界の終焉であるクリアは簡単にはさせないのでは?」

 

「ふむ……では、ユキナ君、君ならばこの世界を1から作ったとしてこんな低層で攻略されなくなるような仕様にするかね?」

 

「それは……確かにしないと思いますけど……。」

 

「とはいえ油断は出来ん。万が一茅場が先にユキナが言ったようにこの先には進ませたくないと考えていたならば……この先も前層以上のボスが続く可能性もある。

少なくともこの層に限っては石橋を壊すぐらいのつもりで慎重に行くべきだろう。」

 

 

その決定で誰にも不服はなく、リーダー会議は閉会した。

レベリング自体はボスには関係なく全体的に底上げを行う事で満場一致。

また、レイドに関しても暫くは1レイドでボス戦を行い、新人は少しずつボス戦に慣れさせていくと事で決まった。

 

 

「あぁ、そうだ、アオシ君。アオシ君はPoHと言ったかな?彼の事を捜索していると言っていたね。彼の情報は何か掴んでいるのかな?」

 

会場を後にしようとユキナを連れ、席を立とうとした所を深紅の鎧を纏った男、血盟騎士団団長ヒースクリフに呼び止められる。

 

 

「……現時点では有力な情報は掴めていない。最後の目撃情報は知っての通り、血盟騎士団員を4人掛かりで殺した時だ。」

 

確かにヒースクリフにしてみれば自分のギルドのメンバーが殺されている以上、その情報は欲しいだろう。

最も……彼は感情を表面的にしか外に出さない。それ故に今、彼の顔に出ている多少の落胆とも取れる表情は果たしてどこまで本気なのかはよくわからないが……。

 

「ふむ、そうか……。ではアオシ君、君の考えを聞かせては貰えないだろうか?彼等はまだ最前線にいると思うかね?」

 

………………。

この男…………。

 

「……恐らく本隊は居ないだろうな。奴らの主要メンバーは顔はともかく名は知れ渡っている。攻略組と真っ向からやり合うとも思えん。最も……主要メンバー以外は残っている可能性はあるがな。」

 

「アオシ君の推測では既にその可能性のある相手も特定しているのでは無いのかね?」

 

「……あくまでも推測だ。確たる証拠も無いのでは特定とは言えないだろう。」

 

「ふむ……。そうだな。確かにアオシ君の言う通り特定とはならないだろう。しかし……今後警戒するためにも教えてはもらえないだろうか?」

 

……正直、俺はこの男は信用出来ない。さほど会話をしたわけでも無いし、行動を共にしたのも数えるほどしか無いのだが……。

あくまでも感情でしかない。この男の行動や発言には何の問題もないのだ。

その上、アスナという信用できる人間が側にいる。

隠密は徹底的現実主義者だ。感情に左右されるわけにはいかない。

 

「……聖竜連合のロキだ。最も怪しいというだけで一切の証拠は無いがな。」

 

「なるほど……いや、助かる。ではこちらでも気に掛けておこう。呼び止めて申し訳なかったね。」

 

ヒースクリフとの会話を終え、今度こそ会場を後にした。

まずは一足先にキリトに向かって貰った月夜の黒猫団の方に顔を出すか……。

 

そう考え、転移門へと向かう俺とユキナに背後から急に声が掛けられた。

 

「アオシ君、ちょっと待って!聞きたい事が有るの。」 

 

「アスナか……。どうかしたのか?」

 

「ちょっとこれを見て貰いたいんだけど……。」

 

そういいアスナが差し出してきた記録映像にはジョニーとモルテ、そして知らない男が1人写っていた。

声のみしか聞こえないがPoHが撮っているのだろう。

内容は……殺された血盟騎士団員、ウキタの殺害の様子だ。

 

『ちくしょう!てめぇら、ふざけんな!クソッ!』

 

『Hei、随分元気じゃねぇか。これから殺されるってわかってねぇのか?』

 

『PoH、戯れが過ぎれば足がつくぞ。わざわざ記録しているんだ。早いとこ殺した方が良い。』

 

『まぁせっかくの手紙だしなぁ……。余計な事されて無駄になるのは避けてぇな。……ジョニー、モルテ、XaXa、やっちまいな。……イッツ・ショータイム。』

 

『や、やめろ!来るな!ぐわぁぁぁぁ・・・いやだ、死にたくない!助けて!助けてくれ!ろ……』

 

『ククク。おまえたちも楽しみにしてな。闇の忍、黒の剣士、剣巫、閃光。いつかお前たちもこいつみたいに割ってやる。あばよ。』

 

 

 

そこで記録は終わっていた。

殺人の記録。

数分の沈黙が流れた。

流石にこの映像が残された意味までは想像出来ないが重要な手掛かりにはなる。

 

「……この記録結晶はいつ頃届いた?」

 

「えっと……私の手元に届いたのは会議の後すぐ。うちのギルドメンバーが届けられたこの記録を確認したのは会議の直前って聞いたけど……。」  

 

「こういう届け物って普通に届いているんですか?」

 

……確かに疑問だ。まぁ少なくとも奴ら自身が渡しに行くわけは無いだろうが……。

 

「まぁ……たまに……ね。花とかケーキとか……。」

 

アスナのファンのプレゼント受け取りか。

確かにその存在は有名だからな。

 

「……仕方ない。あのギルドに関してはヤヒコ達に任せるしかあるまい。……アスナ、受け取り担当の者に会わせてくれ。」

 

……まぁキリトも居るんだ。俺が出張ることも無いだろう……。

こうして俺とユキナ、そしてアスナは記録結晶という手がかりを元に捜査を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ。確かにキリトが来てくれたのは助かるけど……なんで素性を秘密にする必要があるんだ?」

 

「さっきキリトさんが言ってたじゃない。明らかにレベルが大きく離れてると頼りにしたりして油断をするからって。」

 

目の前で槍から片手剣へと転向仕様としている女性プレイヤー、サチに剣技の手解きをしているキリトを見ながらヤヒコとシリカは雑談していた。

流石にお頭アオシの推薦だけあって自分よりも剣技は上だ。

また、教え方も自分よりは優れていると思える。

 

「ん~……でもさ、やっぱりサチさんは片手剣に向いてないように見えるんだけど……。」

 

「ん、そうだな……。そもそも……戦闘職そのものが向いてないだろ?ありゃあ……。」

 

そう話している間にもサチの握っていた片手剣はキリトに弾き飛ばされて手から放れていっていた。

 

「……少し休憩しようか。一時間続けていたからな。少し疲れただろ?」

 

「ご……ごめんなさい……。」

 

2人はゆっくりとこちらに歩いて来るとキリトはヤヒコの隣に、サチはシリカの隣に腰掛けた。

 

「あ、あのね、シリカちゃん。シリカちゃんは短剣なんていうリーチの短い武器でこ、怖くないのかな……?」

 

「そうですねぇ……やっぱり最初は怖かったですよ。武器よりもこの世界に居る事がですけど……。だから……最初は始まりの街から出れませんでした。」

 

俯きながら答えるシリカの言葉を聞いてサチは俯いていた顔を上げ、シリカをまじまじと見つめていた。

 

「な、ならどうして……?シリカちゃんは今もソロで……それに私よりもずっと強くて……どうしてなのかな……?」

 

「最初は安全にレベルを上げてくれるといってくれた方について行きました。最初は……怖くて、怖くて自分からは何も出来なくて……一緒に旅してくれた人達にもいっぱい迷惑掛けて……でも……目の前で私の為に戦ってくれてた人の1人が死んじゃいそうになった時、身体が勝手に動いてその人を庇って居ました。それからです。戦うこと自体は怖くないって感じ始めたのは。」

 

「で、でも……それなら最初から戦わなかったらそんな事も起きないと思うよ……?」

 

「確かに私の前で死んじゃう人は居なくなるとは思います。……でも、私の知らない所で誰かが死ぬだけで何も変わらないと思うんです。」

 

「そんなの……全員なんて助けられないよ……むしろ自分自身が死ぬかも知れないじゃない……。」

 

「勿論全員なんて救えないのは解っています。でも、それでも……助けられた人も居ますから。私は誰かを助けられるように強くなりたい。」

 

すごく眩しい笑顔だった。明確な目標、目的を持っているシリカの笑顔はサチの心に響いてくる。

そしてその心を否定なんて出来ない。

だって実際にサチ達月夜の黒猫団を助けてくれたのはシリカだったのだから。

その上、自分達を鍛える為に知人に当たりシリカの後ろに居る2人、ヤヒコとキリトを━キリトの方はシリカの知り合いではないらしいが━紹介して貰ってこうして鍛えて貰って居るのだ。

 

「さて、と……。そろそろ訓練を再開するか?もしまだ疲れているならもう少し休憩しても良いけど……。」

 

「あ、だ、大丈夫。よろしくお願いします。」

 

「あ、おい、キリト!後で俺とも試合しろよな!」 

 

「あ、私もしたい!お願いします!」

 

「わかった、わかった。訓練の後な。」

 

そういってキリトとサチはまた訓練を開始した。

やっている内容は極普通だ。片手剣のソードスキルを使用させて慣れさせる事とキリトの攻撃を剣と盾を使って防ぐ事。

 

キリトの剣速はサチでもギリギリ対応出来る程まで抑えてあるようだ。

ただし……サチが目を閉じなければの話だが……。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……サチ、とりあえず今日はここまでにしよう。ケイタ達との集合時間まで後一時間しかない。」

 

「あ、う、うん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイタ達、月夜の黒猫団のメンバーはサチを含めて5人居る。

サチ以外全員が男性プレイヤーでギルドリーダーで棍使いのケイタ、短剣使いのダッカー、サチと同じく槍使いのササマル、そして唯一の前衛である片手棍と盾持ちのテツオだ。

 

シリカが彼らの救援をしたのにはこの編成にこそ理由がある。

前衛が1人しかおらず、敵を捌けなくなっても誰か他のプレイヤーが前線を支えてその間に回復する事も出来ないのだ。

 

事実、シリカが救援に入った時も5体のmobと戦っており、救援しなければ全滅、良くてもテツオの死と言う結果になっていただろう。

 

結果、シリカの救援のおかげで誰一人死者を出す事もなく、窮地を脱する事に成功した。

その後、シリカからせめて盾持ちの人をもう1人は増やした方が良いと助言されサチの長槍から片手剣への転向が始まったというわけだ。

 

ケイタ達はシリカに片手剣への転向を指南してほしいと頼んだがシリカ自身盾を使わず、その上短剣がメイン装備である以上指南には適さないと片手剣使いであるヤヒコに依頼した。

……と言うのもシリカの知り合いで片手剣の使い手はヤヒコと風林火山のメンバーしか居ない……いや、正確にはシリカの追っかけをしている中層プレイヤーには片手剣使いも居るだろうが、シリカとしては知り合いとまでは思っていなかった。

以前フレンド登録をその内の1人としてストーカー紛いの被害に遭ってからは、男性プレイヤーは信用が置ける人以外とはフレンド登録はしていない。

 

結果として言えばヤヒコの手にも負えず攻略組の中でもトッププレイヤーの1人と名高い黒の剣士が来てくれたわけだが……。

シリカから見ても彼の技量はずば抜けて居ると思う。

他の攻略組は数人(その内2人は新聞にも良く載るトッププレイヤーだが)しか知らないとはいえ、噂と実際に見た技量から判断しても過剰な評価ではないだろう。

 

 

 

 

「ケイタ、後で少し話があるんだ。構わないかな?」

 

「え?うん。構わないよ。それよりキリト、今日レベリングに向かうって言っていた死者の都だけど……あそこってそんなに効率の良い狩り場なのかい?あまり聞いたことがないんだけど……。」 

 

ギルドリーダーであるケイタは昨日から自分のギルドと合流してくれているキリトの提案で向かう事になった狩り場、死者の都について色々と下調べをしていたが、出てくる情報にはさして特筆すべき点はなかった。

 

敵は主にアストラル系とアンデット系、稀にドラゴンゾンビなんてのも出るようだが、この層の迷宮区に比べれば経験値の総量は下回るし、落とすコルもアンデット系やアストラル系といったホラー系mobは総じて低い。

 

「ここのmobはコルこそ大して落とさないがドロップするアイテムがそこそこの値段になるんだ。その上ランダム設置の宝箱も多い。勿論こっちは運次第だがそこそこ良いアイテムも手には入る。何より敵の種類が毛嫌いされるホラー系なだけに過疎ってるからな。効率もいい。」

 

「へぇ~、って事は俺のピッキングスキルが活躍するって事だな!?くぅ~、腕が鳴るぅ~!」

 

短剣使いのダッカーがはしゃぎ出すとテツオ、ササマルもその様子を見て笑い出した。

攻略組には余りない和気あいあいとした雰囲気。

実はここ20層においてはそこそこ大変なエリアに向かうと言うのにこの穏やかな雰囲気を出せるのは最早彼等の特色と言っても過言ではないだろう。

 

「あぁそうだ。今日からサチを前衛に出すのかな?サチが前衛に出ればテツオも大分楽だと思ってるんだけど……。」

 

「いや、サチには前衛は無理だよ。それに今はヤヒコにシリカも居るんだ。勿論俺もいる。だから問題はないさ。」

 

ケイタの提案に対してキリトが答えたのは現状ではサチには前衛は無理といったものだった。

 

「おう!任しとけって!ちゃんとやるからよ!」

 

「ヤヒコ君、トドメはちゃんと譲らないとだからね?ダメだよ?ヤヒコ君がトドメ差したら。」

 

「わかってるって。大体この層の奴らじゃ大して経験値入んねーしな。」

 

「そういえば……ヤヒコ君やシリカちゃん、それにキリトはレベルはいくつ位なんだい?いや!そりゃマナー違反なのは解ってるけど3人ともこの層ならソロで活動出来る位なんだろ?ちょっと気になってさ。」

 

ヤヒコとシリカの会話を聞いてレベルが気になるのは当然といえば当然かもしれない。

彼等はパーティーを組むことでこの層での狩りが出来る位のレベルと聞いている。

恐らく2~1、2といった所だろう。

 

「俺が今32だな。シリカは確かもっと低いんだろ?」

 

「う、またヤヒコ君に差をつけられた……私は今28ですよ。キリトさんは?」

 

「……33」

 

「やっぱりレベル差が結構あるんだね……3人には申し訳ないとは思ってるんだけど……少しの間よろしくお願いするよ。」

 

「(ねぇ、ヤヒコ君、キリトさんって本当にレベルあれ位なの?)」

 

「(んなわきゃねぇよ。確かアオシより上だったはずだぜ?少なくとも40は越えてんだろ。)」

 

ヒソヒソと話をしていた2人がキリトを見るとキリトはこちらを見て人差し指を立てて口元に持ってきていた。

レベルの事は黙っていろと言うことだろう。

実際の所、最前線でも37以上のレベルを持つ者はそう多くはない。

何故ならば各層に居るmobの適正攻略レベルは層と同じレベルだからだ。

手に入る経験値も自分と敵とのレベル差が補正としてはいるのだ。

例えば100の経験値を持つ自分と同レベルの敵ならば、1.0倍て経験値が入るが、その差が1で0.9倍、2で0.8倍、3で0.7倍といった具合に減っていき、10レベル差以降は0.01倍……つまりは百分の一まで経験値が減るのだ。

その上、レベルが上がれば上がる程、当然レベルアップに必要な経験値は多くなる。

恐らくキリトがレベルを上げるには最前線で五千体を超える数の敵を狩らなければレベルアップはしないだろう。

 

 

「しっかしそれなら3人のおこぼれ貰ってるだけでも充分レベル上がるし、マジで助かるよな~。」

 

「そうだよな。ダッカーはスキルも上がるし俺達はレベルも上がる。本当に助かるよ。」

 

「そういうササマルだって槍の使い方をヤヒコ君から教わったんだろ?羨ましいよ。ほら、俺の武器って人気無いしなかなか強い使い手には会わないし。」

 

ダッカー、ササマル、テツオの会話を聞いて、ヤヒコはさっきキリトが自分のレベルを低く見積もった理由をなんとなく実感できた。

いや、正確には素性すら隠している理由か……。

明らかに3人は緊迫感が薄れている。流石にリーダーであるケイタや常に戦う事を怖がっているサチからは緊迫感がしっかりと伝わるがこの3人はどこか他人事というか……そう、例えるならばこれから遊園地の絶叫マシンにでも乗る前のような気楽さが伝わるのだ。

 

「その前に……一応わかってはいるとは思うけどこれから行く場所、死者の都はフィールドでは一番危険度が高い。準備だけは怠らないでくれ。」

 

キリトは全員にそう伝えるとフィールドへと歩を進めていった。

実際の所、回復アイテム等は事前にきっちり用意している。

準備とは心の準備の事だ。多少は彼等に伝わればと発した言葉だった。

 

 

 

 

 

 

死者の都について既に3時間ほどが経過していた。

キリト達は基本的には誰一人赤の危険域まではHPを減らされては居ないが実はヒヤリとする場面は何度かある。

 

例えば、パーティーメンバーなのに本人も含めて全員が前衛のテツオのHPに気を配ってなかったり(パーティーに加わっていないキリト、ヤヒコ、シリカが気を配っていた事で事無く済んだ)、ササマルが自身についた毒アイコンに気を配っていなかったり(ケイタが一戦終わるごとに確認している時に発覚した)、連携中にサチとダッカーが同時にソードスキルを発動してファンブルしたりと細かく言えばキリが無いほどだ。

 

「なぁ……こいつら、ふざけてんのか?」

 

「そ、そんな事はないと思うけど……でも、ミスは多いね。」

 

「……今は言っても仕方ないさ。とりあえず後はここの探索をしたら戻ろう。」

 

 

 

 

 

その後、ダッカーの宝箱トラップによって現れたドラゴンゾンビとの戦闘で初の危険域へとHPが減った仲間が出た以外は特に何事もなく街へと戻ることが出来た。

 

 

「……ケイタ、すまないが少し良いか?」

 

「え?……あぁ……うん、良いよ。」

 

サチ達を残してキリト、ケイタは集団を離れ、それに追随してヤヒコ、シリカもサチ達4人から離れた。

 

 

「ケイタ、月夜の黒猫団はいつもこうなのか?」

 

「いや、まぁ確かに今日は何時もより小さいミスが多かったけど……。やっぱり君達から見るとミスが多すぎるのかな?」

 

「つか先ず少し危機感覚えた方が良いだろ!今までこんな綱渡りな狩りをしてたのかよ!?」

 

「え??いや、その……まぁ。あ、でも危険域にHPが落ちたときは即逃げてたよ。」

 

「あ、あの、ケイタさん。基本的にHPが赤にまで落とされないと対応しないんじゃいつ死んでもおかしくないって言うか……その……。」

 

「ケイタ、ケイタは今後月夜の黒猫団をどうしたいんだ?正直に言って今日の戦い方を続けるなら少なくともパーティーの平均レベルから10は引いた層で活動した方がいい。」

 

3人から受けた指摘に表情を険しくしていたケイタだったが、今は何かを考えるように目を瞑り下を向いていた。

時間にしてみればほんの十秒程でしかなかったが、再び目を開いたケイタは明らかに先程までとは違った表情を浮かべていた。

 

「色々と迷惑を掛けてしまって申し訳ないと思う。……だけど僕としてはいつかは攻略組に入りたいと思ってるんだ。だから、どうすれば良いのか指南して貰いたい。」

 

真剣な表情で明らかに自分よりも年下のプレイヤーへと頭を下げるケイタは真剣そのもので彼らしい誠実さが浮かんでいた。

 

その姿を見たキリト達3人には断る理由もなく、ケイタへと了承の返事をし、今後の方針について話し合うことにする。

 

「先ずは……ケイタ達自身の危機管理からだ。俺が見ている限りではケイタはそこそこ危機管理をしっかりしているが……ササマル、ダッカー、テツオの3人は正直そのあたりがかなり緩い。」

 

「普通、前衛だけじゃなくてパーティーメンバー全員のHPには気を配るってのは全員が全員出来て当たり前だ。つーか俺も含めて多分戦闘職になった奴なら全員が全員そこを一番気にすると思うぜ?」

 

「後はアイコンへの興味ですね。今回はたまたま一番弱いライト毒だったから大事には至りませんでしたがデバフアイコンは本来HPゲージと同じくらい注意が必要だと思います。」

 

3人が矢継ぎ早に伝えていく事にケイタは真剣に聞きながら頷いていた。

無論今伝えた事などは基本中の基本ではある。

 

そもそもシリカが最初に会った場所はここよりも5層下の階層であり、彼等もマージンは少なくとも5以上は取るようにしているらしい。

今回は一気に上層に上がったからこその弊害だったのかもしれない。

 

ケイタとの話し合いの結果、せっかく鍛える事が出来る程の高レベルプレイヤーが3人居るのだから全員のプレイヤースキルの向上を当面の目標にする事になった。

 

「そうだ。ケイタ、サチの事なんだけど……どうしても片手剣への転向はサチでなきゃダメか?」

 

「どういう事だい?キリト。何か問題が?」

 

「……正直に言おう。彼女は片手剣やら槍やらそんな事は関係なく、戦闘そのものが向いていない。このままだと……そう遠くない内に死ぬことになる。」

 

「え……………。」

 

今度こそケイタの表情からは余裕がなくなった。




次回は月夜の黒猫団Ⅱとなります。

ご指摘、感想お待ちしております。


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月夜の黒猫団Ⅱ

更新遅くなってしまい申し訳ありません。
月夜の黒猫団の第二幕となります。
一応次のⅢで最後になる予定ですのでどうぞお付き合いよろしくお願い致します。


キリトがケイタにサチの戦力外通告をしてから二週間の月日が経っていた。

 

アインクラッド新聞には26層突破の記事が掲載。最前線は着実に先へと進んでいく。

 

「へぇ……もう27層の情報も載ってるのか……。」

 

ケイタ達と同じホームに泊まっているキリトは新聞を読みながらそんな事を呟いた。

実際の所、一番のニュースになっている26層突破についてはさほど興味は無い。26層のボス戦には参加できなかったが内容に関してはクラインから直接聞いている。

それ故に最も興味を引くのは新しい層の情報だ。

攻略本自体は変わらずアルゴが作ってくれているが、それは情報をまとめたという物になっている。

最新の情報の半分程は新聞に載り、ある程度溜まると攻略本として出版されるというわけだ。

 

 

「キリトはもうそんな所まで読んでるんだ。読むの早いんだな。」

 

「うわ!?……ケイタか。脅かすなよ。」

 

いきなり背後から声を掛けられ、驚いた拍子に床に新聞をバラまいてしまった。

 

「へ~……26層では閃光のアスナさんとギルド御庭番衆が不参加だったんだ。キリトはヤヒコ君の知り合いなんだし、御庭番衆とは交流があるんだろ?」

 

「えっ…‥あぁ……まぁそうだな。」

 

アスナもアオシも不参加か……。クラインの奴、んなこと一言も言ってなかったじゃないか。

しかし珍しいな……。アオシはともかくアスナが不参加だったとは……。

一体誰が指揮を執ったんだ?ヒースクリフか?

 

疑問を抱いた以上は知らないままというのは気持ち悪い。

床に落とした新聞の一面、26層攻略の様子に目を通す。

参加メンバーについての記述に目を通してみると御庭番衆の抜けた穴には代わりに新撰組の名前を見つける。

新撰組は大体隔層ペースでボス戦に参加している攻略ギルドではあるが今まで戦陣指揮を執った事は無かったはずだ。

 

 

「あぁ、ギルド新撰組かぁ。凄いよね。平均レベルはそんなに高くないけど2人の高レベルプレイヤーがあらゆる点で優れている事で攻略組に入ったギルドらしいし。」

 

確かに新撰組の中ではフジタとオキタ、この2人は攻略組の中でも抜きんでているといっても過言ではない程の実力者だ。

アオシの話ではイスケも移籍しているらしいが彼は過去一度もボス戦には参加していない。

更に言えば他の新撰組メンバーも一度面通しに顔を見せただけで実際にはボス戦参加はしていないのだ。

 

「つい3ヶ月位前までは彼等も僕たちと同じ様に中層中心のプレイヤーだったんだよね。何度か一緒にクエスト攻略した事もあったけど彼等の指示は的確でさ、特にギルドリーダーのコンドウさんは気さくで付き合い易い人だったよ。」

 

「コンドウ……あぁ、あの人か。へぇ、彼はそんな才能があったのか……。」

 

「あれ?キリト、彼等と面識が有るの?」

 

「ん、……まぁ少しな。それよりもケイタ、今日は24層にあがる予定だろ?準備はどうなんだ?」

 

多少強引だが話題はそろそろ変えておこう。今の所まだ攻略組黒の剣士、ビーターのキリトと言うのはばれていない。

出来ればこのまま隠し通したいしな。

 

「あぁ、そうだった。僕等もヤヒコ君もシリカちゃんももう下で待ってるよ。後はキリト、君だけさ。」

 

「っと、そりゃ悪いな。今行くよ。」

 

そう言うと新聞をストレージにしまいこみ、ケイタに続いて一階のフロアへと降りていった。

 

 

 

 

 

「おせーぞ!キリト!今日の予定を決めたのはお前だろ!?」

 

「っと……悪いな、ヤヒコ。さて、皆。今日行くダンジョン、望郷の洞窟では精神系のトラップが何カ所かある。引っかかると暫くはその場から動けなくなるから注意してくれ。」

 

「あ、あのさ、キリト。それってやっぱり危険……なんだよ……ね……?」

 

「大丈夫。確かにソロやコンビだと多少危険だけどこの人数なら十分安全だ。とはいえ最悪2~3人で戦わないといけない時もある。この2週間で練習した連携を特に気にしていてくれ。」

 

……結局の所、サチは仲間と相談した上で後方支援用の武器である両手長槍と投剣スキルを上げる事になった。

 

ケイタもこのままならサチが死ぬことになると言われてからは盾持ちへの転向を諦め、その上、戦闘職から生産職への転向も視野に入れたようだったが、意外な事にサチ自身が皆と一緒に行動したいと言ってきたのだ。

 

シリカの話では自分が死ぬのと同じくらいケイタ達、月夜の黒猫団の仲間が死ぬのも耐えられない。そう言っていたそうだ。

 

槍に関しては俺達3人の誰もが門外漢だったが、高度な槍術ではなく、基本的な動き程度ならば稽古をつけられる。

結果、サチは俺とヤヒコ、更にはシリカともデュエルを1日9戦は行うという特別メニューを毎日行い、その後、パーティーメンバーとの合同訓練に参加していた。

 

「なぁ。キリト。俺は槍じゃなくて片手剣、盾で言った方が良いのかな?」

 

「そうだな……そろそろササマルも片手剣の扱いに慣れてきたみたいだしな。実戦でもフォローさえあれば何とかなるんじゃないか?」

 

結果としてサチが槍使いとして固定となった事もあり、勿体ないが同じ槍使いであるササマルに片手剣への転向が話として進んだ。

本人もサチの事を考えればその方が良いと言ってくれ、即座にその案を受け入れてくれた。

 

つまりはこのギルドが抱えていた編成の悪さは解決済みで、特に付き合う理由は無いのだが、やはりまだまだ連携は覚束ず、平均レベルもまだ中層プレイヤーの域は脱していない。

 

よってあと一週間の間、俺達3人の付き添いのもとパワーレベリング兼連携指揮を徹底的に行う事になった。

 

ちなみに今の月夜の黒猫団の平均レベルは25だ。

基本的な戦術指南や連携の練習は大まかには終わっているので、恐らく集中的にレベリングを行えば5は平均レベルがあがる。

 

「キリトさん。望郷の洞窟なんですけどそこはそんなに良い狩り場なんですか?あんまり噂にたっていないみたいですけど……。」

 

「トラップを無視すれば最前線を含めても3本の指に入る程の高効率レベリングスポットだよ。……最もほとんどのプレイヤーが一度で行きたくなくなる場所だけどね。シリカもトラップには注意してくれ。……よし、じゃあ行こう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望郷の洞窟には主にアメーバ状のmobが闊歩するダンジョンだ。

攻撃力、防御力、素早さがバランス良く高く、半数ほどは人型の為、ソードスキルも使用する難敵では有るが、特殊攻撃は行わず、上手く連携出来れば一匹二匹は難なく倒せる。

 

唯一懸念するべきなのは数が多いという事だ。

最小でも五匹はPOPするので黒猫団に向かうmobを調整しないとならない。

ちなみに最大で20ものmobがPOPする事もあるのでかなり多く設置されている安全地帯を上手く活用しながらレベリングを進めている。

 

「手持ちのポーションは平気か?」

 

「俺とシリカは問題ねーよ。ケイタ、そっちはどうなんだ?」

 

「んと……全体的にはまだ余裕が有るけどテツオとササマルの手持ちは今は半分くらいまで減ってるよ。」

 

「わかった。俺もかなりの数持ってきたし、ひとまずはまだ平気そうだな。とりあえず一番奥にいるネームドボスを狩ったら今日のレベリングは終わりにしよう。」

 

洞窟に潜って一時間。かなりの数を狩り続けた事で月夜の黒猫団は全員が1レベル上がり、戦闘にも二週間前のような危うさは薄れてきていた。

不安要素になっていたサチも後方からの支援程度であれば問題はない。

最もほとんど攻撃の際にもmobに近づかないし、やはりフロアボス戦には参加しない方が良いと思うが……。

 

とはいえレベルは高いに越したことは無い。

出来る限りレベルを上げた後、生産職へと転向するのも一つの手だろう。

更に一時間狩りつつ奥に進んだところで隠し扉をダッカーが発見した。

このダンジョンは最奥部まで一応は攻略組がマッピングしているがあくまでも一応レベルだ。

それ故に取りこぼしの宝箱やこういった隠し扉が有ること自体はさして珍しくはない。

 

「お、ラッキー!隠し扉の中は宝箱部屋だぜ!開けようぜ!」

 

「ちょっとまて!ダッカー、今ピッキングスキルの熟練度はどの程度だ?」

 

「え~と……223だけど……キリト、それがどうかしたのか?」  

 

……確か24層だと240がトラップ解除の最大難易度だったはず……。

まぁ最大難易度の宝箱自体まず滅多に見つからないけど……。

 

「……この層で最大難易度の宝箱の解除基準は240が目安だったはずなんだ。もしかしたらトラップが発動するかもしれない。」

 

「キリト、トラップって実際にはどんなものが在るんだい?今まで僕達は当たったことがないんだけど……。」

 

「軽いものから毒、一時行動不能、麻痺、mob出現、アラームが確認されてる。確か最前線の情報では結晶無効とかってのも確認されてたがこの層には今の所、結晶無効は確認されていないな。」  

 

「あの……アラームって……なに……かな?」

 

「……開いた宝箱が一定数のmobを呼び寄せるトラップだ。それこそ安全マージンがきっちりとれてなけりゃ大抵は死んじまうらしいぜ。」

 

「ひ……!?」

 

「ヤヒコ、いたずらにサチを怖がらせるな。あくまでもそれは何の準備もなければだ。今回は結晶もきっちり揃えているし、何より既にここは最前線でもない。初めから想定していればどうにかなるよ。」

 

 

……最も、パニックを起こさなければ……だけどな。

安全を考えればスルーが一番妥当か。

 

「お~い。結局どうすんだ?開けない方が良いのかぁ?」

 

とはいえ……8個……ゲーマーとしては諦めがたい……。

どうするか……。

両手を組んで悩んでいた俺だがそんな俺に横から小声で話しかけてくる奴がいた。

ヤヒコだ。彼は元々は大してゲームをする方ではないらしいがどうやら何に悩んでいるのか当たりをつけていたらしい。

 

「キリト、現状考えうる最悪を想定して対応出来んのかよ?」

 

「最悪の場合でもパニックさえ起こさなければ対応は出来るはずだけど……。」

 

そう、パニックにならずに転移結晶を使うか一塊になって部屋の隅に陣取れば対応出来る。

ケイタ達には隠してはいるがこの層クラスのmobならば10や20は一度に相手をしようと思えば出来ないことではない。

 

「いや、やっぱり安全を犠牲にするわけにはいかないな。ダッカー、宝箱は諦めよう。もしもアラームトラップで誰かがパニックになったら最悪そいつが死ぬからな。」

 

「了解、りょ~かい。んじゃ諦めるかな。」

 

ダッカーはそう言って両手を広げると満足そうに笑っていた。

実際諦める事を決めて改めて考えてみれば、たった一つの小部屋に8個の宝箱など罠以外の何物でもないだろう。

最悪……結晶無効化の上にアラーム、更には出入り口の封鎖とか、そんなオチも起こりかねないじゃないか。

 

 

 

 

俺達は近場の安全地帯に入り、一度30分の休息を取ることにした。

既に洞窟に潜ってから二時間はたっている。

仮想体に現実と同じ様な疲労は存在しないはずではあるのだが、長時間集中していると何故か疲労感が全身を包むのだ。

そのまま無理をし続ければ失神(どういう原理かはわからないが……)を起こしてしまうことさえ有り得る。

それ故に二~三時間に一度30分程の休息を取るのが最も望ましいと言えるだろう。

 

「なぁキリト、この洞窟のボスはどんな奴なんだ?」

 

ケイタの問いかけに俺は少し答えに迷った。

この望郷の洞窟の主は毎回姿を変えるのだ。

過去のフロアボスを除くネームドボスがプレイヤーの記憶の中から引っ張り出される事までは判明している。

とはいえどのプレイヤーのどの記憶のボスが引き出されるかはその時までわからないというのが通説で、その時までは判断のしようがないのだ。

 

「ケイタ達はネームドボスとは戦ってないんだよな?ヤヒコやシリカはどうなんだ?」

 

「え?うん、僕達は攻略には参加してないからね。ネームドボスと戦った奴は1人もいないよ。」

 

「……俺もねーよ。アオシの奴、連れてってくんねぇんだ。」

 

「あはは、ヤヒコ君大抵私とコンビ組まされてる事多いもんね。あ、私もネームドボスは経験無いです。あれ、復活しないんですもんね。」

 

……って事は俺だけか……。低層のフィールドボスだと良いなぁ……。

 

このダンジョンのボスに関しては経験値が固定という珍しい特性が有る上、無限にPOPするというレベリングには最適な場所なのだが、如何せん再POPまでの時間が10日と長く、またネームドボス戦の経験が一切無いと固定された経験値が最低クラス(およそこの層の雑魚一体分)のスフィアというmobになり、旨味がガクンと落ちてしまう。

 

ちなちにネームドボスは一律で一万という補正無しとしてはこの上ない待遇ではあるが……。

曲がりなりにもボス討伐はリスクもあるという判断で過疎化しているのだ。

参考までに言えば最前線で雑魚一体分の経験値を俺が手に入れると約50程である。

つまりは約200体分の経験値にはなるのだが……大体攻略組の勤勉なプレイヤーで1日に狩るmobの数は50~100体にのぼるので、今のところ血眼になって取り合いにはなっていない。

……最も、この洞窟特有の精神系のトラップが強く影響しているのは確かだけど……。

 

「どのボスが出てくるかはわからないけど少なくとも俺が一度は倒した相手だからな。パニックにだけはならないでくれ。都度指示は出す。」

 

「わかった。」

 

 

 

そこから更に一時間ダンジョンを進み、俺達はようやくボス部屋へと到達した。

 

途中一回この洞窟特有のトラップにサチが掛かってしまったが幸い辺りにmobも居なかった為、事なきを得た。

しかし、このトラップは“ログアウト出来た”と錯覚させられてしまういやらしいトラップで、トラップ効果が終わってもなかなかサチの戦線復帰は出来ず、ボス部屋のすぐそばには安全地帯でとりあえず休息を取った。

 

現在月夜の黒猫団は平均27レベルとなり、中層プレイヤーの中では上位に位置するギルドになった。連携技術だけならばどうにか最前線でも通用する程度にはなっただろう。

しかし、この先は経験値効率の事もあり、今までよりも高効率レベリングを行っていかなければなかなか攻略組には追いつけない。

 

それを含めた上でのここ、望郷の洞窟でのレベリングだが、唯一ボス戦に関しては月夜の黒猫団に取ってはさほど効率的ではない。

その代わりに最前線でしか経験出来ないネームドボス戦を経験すればそれはレベルでは表せない大きな糧になるだろう。

 

やがて精神的に落ち着いたサチの様子を見て俺達は安全地帯を出てボス部屋の前に到着した。

 

「あ、あのさ。今日のボス戦では……その……死んだり……しないんだよ……ね?安全マージンとか……その、大丈夫……何だよね?」

 

「サチは本当に恐がりだな。キリトがそんなギリギリになるようなレベリングをするわけ無いじゃないか。それにいざとなったら僕達が守ってやるって!」

 

「そうそう。ケイタの言う通りだって。それにサチはサポートだろ~?むしろ敵の懐に入らなきゃなんねぇ俺のが心臓バクバク言ってるって。」

 

不安そうな表情でそう呟いたサチにケイタ、ダッカーだけではなくササマルやテツオも笑いながら声を掛けている。

その姿は俺には眩しく映っていた。

もう何ヶ月もボス戦以外はパーティーを組んでこなかった(行きずりや成り行きで短期組んだことはあるが……)俺の脳裏に浮かんでいたのはかつて自分の隣に常にいた細剣使いの顔だ。

 

そう。彼女を遠ざけたように俺と長く関わらせるわけには行かない。

そろそろ……この関係も終わりにしないとな……。

 

「さて、じゃあ入るぞ。」 

 

ゆっくりとドアを開けてその中へと慎重に進んでいく。

奥行き50メートル、幅10メートル、高さ5メートルからなるボス部屋の中央には直径1メートル程の綺麗な水晶が台座に置かれている。

俺は他の皆に戦闘準備をさせるとその水晶に近づき手を触れる。

 

綺麗な光を放っていた水晶は途端に禍々しい光を放ち始め、やがてその形を変えていく。

 

『シャドー・ザ・ヒューマン・コピー』

 

表示された名前は低層、それも四層のフィールドボスで本来ならばありがたいと思えるフィールドボスだ。

しかし、それはこのフィールドボスにのみ当てはまらない。

何故なら唯一ステータスが変動したボスでその上、数もまた此方の人数に合わせて変わる特殊なボスだからだ。

 

(くそ!よりにもよって……!コイツらが相手じゃ俺はフォローに動けない!)

 

「俺以外の自分とは違うシャドーを2人一組で相手どれ!コイツらの特性は“コピー”こちらのステータス、戦闘技術を真似する!弱点はソードスキルを一種しか使えない事、連携技術の拙さ、それ以外はそれぞれのプレイヤー能力に由来する!倒した奴から他のフォローに当たれ!」

 

俺は早口の説明し、自分自身のシャドーへと即座に斬りかかった。

自意識過剰ではなく、確実に自分自身のシャドーは危険だからだ。

現在レベル41である自分のシャドーは恐らくは攻略組でも1対1で押し切れる奴はそういないはずだ。

つまりはこいつを自由にさせれば自ずとこちらは全滅する事になってしまう。

 

首尾良く自身のシャドーを相手どり、ちらりと他の戦線の様子を見る。

 

ヤヒコとシリカ、ケイタとサチにササマル、ダッカーとテツオがペアを組んでそれぞれ相手どっているようだ。

 

組み合わせとしては悪くない。

問題はケイタ達の所にシリカシャドーがダッカー達の所にヤヒコシャドーが居ることだろう。

彼等とヤヒコではレベルの差が大きい。

その上、戦闘センスを見てもヤヒコ、シリカは月夜の黒猫団のメンバーよりも高い。

戦闘センスの差は恐らくは今後も変わらないだろう。

 

「敵はスイッチのようなシステム外スキルを使えない!相手どっている中でもヤヒコ、シリカのシャドーには特に注意しろ!使い魔の動きにも注意を払えよ!」

 

俺自身も気を取られすぎればやられてしまう可能性も充分にある以上、いちいち指示だしをしている余裕は無かった。

現状ではHPの残量の割合としてはこちらのが多いが、それもあくまでも見えているHPバーの幅でしかない。

恐らく、バーの減り方から見ても軽く五倍はこちらよりHPが多いはずだ。

 

自分自身の太刀筋だからこそ防ぐのも躱すのもそう難しくはないが、変わりにこちらの攻撃もなかなか当てられない。

自らの戦闘スタイルながら戦いづらい敵だ。

更には向こうはHPが多いが故にソードスキルまでちょこちょこ放つのだから嫌になる。

恐らく一度でもソードスキルの直撃を受ければ3~4割はHPを持って行かれるだろう。 

 

(くそ、あの時みたいに隣にアスナがいればいくらでも手はあるってのに!)

 

もう一人、パートナーさえ居ればこの敵はそこまで驚異的なボスではない。

しかし、少なくとも今この場に居るメンバーでは誰一人としてキリトのパートナーになりうるプレイヤーは居なかった。

ステータス的にも、センス的にも、コンビネーション的にもだ。

 

いくら回避や防御が難しくないとは言え完全に躱し続けられる程自分自身は優しい敵ではなかった。

直撃こそ一度も貰ってはいないが掠ったり、防御を貫通してきたりとジリジリとキリトのHPを減らしていく。

 

キリト自身何度かミスリードを駆使してソードスキルを叩き込んでは居るがそのHP総量の差は大きく、さほど大きくは削れていない。

現状ではキリトが残り7割、シャドーが残り6割といったところだろう。

 

月夜の黒猫団の方をちらりと確認するもまだ誰一人、プレイヤーもシャドーも数は変わっていないようだ。

救援は期待せずに再度握る剣に力を込めてその刀身をシャドーに叩き込み頭の中でスイッチを切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サチ!スイッチ!」

 

「う、うん!ヤァ!」

 

ケイタの掛け声に合わせてサチは槍のソードスキル“フェイタル・スラスト”を放つ。

システム道理の槍カテゴリーのソードスキルは深々とサチのシャドーへと突き刺さる。

更にケイタ、ササマルのソードスキルが追撃を放ち、シャドーのHPを一気に五割近くも削った。

3人は即座に距離を取ると数瞬前まで居た場所にダッカーのシャドーとシリカのシャドーのソードスキルが通り過ぎていた。

 

「よし、このまま先ずは1体ずつ減らそう!サチ、いけるか?」

 

「う、うん。どうにかだけど……。」

 

「次は俺が隙を作るからさ、サチはその隙を突いてくれよ!」

 

2人はサチを後方へと下がらせてケイタがシリカ、ダッカーのシャドーのタゲを取りつつササマルからは少しだけ距離を取らせ、その間にササマルはサチのソードに肉迫した。

サチのシャドーには恐怖感がない。

それだけで実際のサチよりも数段上の実力を発揮してはいたがプレイヤースキルを含めてもササマルの方が実力が上である。

 

唯一の懸念としてはササマルは片手剣に転向してまだ2週間たたないということだろうが、元々センスはあったようで上手く立ち回りつつも初期ソードスキル“スラント”“ホリゾンタル”を的確に当てていく。

 

「サチ!今だ!」

 

サチのシャドーが放ったソードスキルを盾で受け止めた瞬間にササマルはそう叫び、そこにサチの槍カテゴリーソードスキル“ソニック・チャージ”が放たれた。

先程のフェイタル・スラストと違い、きっちりとブーストされたソードスキルは残り三割まで減っていたサチのシャドーのHPを削りきった。

 

 

 

 

 

 

「テツオ!大丈夫か!?」

 

ヤヒコのシャドーの一撃を食らったテツオにダッカーが駆け寄る。

幸いソードスキルではなく、通常攻撃だったおかげでテツオのHPは二割程度しか削られてはいない。

 

「どうにか……どうしようか、ヤヒコ君とシリカちゃんが三体相手してくれてるのにこっちはまだダメージらしいダメージ与えられてないよ。」

 

「どうするったって……や、やるっきゃねぇよ。とにかくガードに専念してくれよ。最悪結晶使えば立て直しはきくんだから。」

 

こちらではケイタ達と違い劣勢を強いられていた。

ヤヒコは元々戦闘センスが良い上、主な試合相手はシリカだった。

そのせいで短剣に対してはキリトやアオシ並の反応、対応能力がスタイルとして身についている様だった。

 

どうにかテツオがガードブレイクを狙ってはいるものの、上手く躱され、なかなか上手くいかない。

それどころか無理をすれば反撃すら貰うだろう。

ソードスキルを浸かってこないヤヒコシャドー相手にダッカーもまた攻め込めていない。

実際にはタイミング自体は有るのだがそのタイミングに合わせてヤヒコの使い魔の狼のシャドーがダッカーに攻撃を仕掛けてきて攻撃に移れないのだ。

 

「くそ~……テツオ、どうにかガードブレイク出来ないのかよ!?」

 

「やってるよ!でもそんなに簡単な話じゃないんだ!」

 

そんな2人に容赦なく襲いかかるヤヒコシャドーと使い魔のシャドーだったが一瞬だけその動きを止める瞬間が有る事に気付いた。

それは使い魔がヤヒコシャドーの元に戻った瞬間だ。

時間にしてみれば1秒にも満たない時間だが、確かに両方が動きを止めていた。

 

「テツオ、次の使い魔の攻撃まで耐えられねぇか?」

 

「耐えられるに決まってるだろ!しくじらないでくれよ!」

 

再度動き始めたヤヒコシャドーをテツオが抑えに入る。

武器と盾を使いとにかく攻撃を防ぎ続け、ヤヒコシャドーの攻撃の終わりを待つ。

連続攻撃8回。

それがソードスキル無しでもヤヒコシャドーが一瞬の隙を見せるまでの攻撃回数だ。

攻撃を防いでいるテツオには反撃の余裕は無いがダッカーには充分攻撃可能な時間ではある。

だが、その隙は使い魔の狼がダッカーに攻撃を仕掛ける事でこれまで潰されてきていた。

しかし、更にその先、使い魔が噛みつきを行った直後にヤヒコシャドーのそばに戻った時に一瞬動きを止めるのだ。

ダッカーとテツオはその瞬間を狙ってソードスキルを放った。

 

片手棍5連撃技

“ダイアストロフィズム”

 

短剣5連撃技

“インフィニット”

 

2人の放ったソードスキルが使い魔の狼へとクリティカルヒットし、使い魔の少ないHPは綺麗になくなり爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「シリカ、こっちの2人は引き受けてやるからそいつをとっととやっちまえ!」

 

「了~解、3分よろしく。」

 

テツオ、ケイタ、ササマルの三人のシャドーを相手取っていたシリカとヤヒコはそこから更に1対2、1対1の形に分裂するように別れた。

そこには大きく分けて2つ理由がある。

まず、2人はビーストテイマーで有る事。

すなわち、実際には2対2、2対1の形に近くなるのだ。

シリカは一人でもピナの助力で易々とミスリードを行えるし、ヤヒコも攻め込んだ隙を相棒の狼『ミブロ』が埋めてくれる。

更にもう一つの理由はレベルの差だ。

月夜の黒猫団は平均で27レベルになったばかりなのに対してヤヒコは既に34、シリカも31までレベルを上げていた。

 

むしろ一人(と一匹)で3人を相手どる事も出来ないとまでは言わない状況だ。

それ故に2人は勝負を急ぎ、その結果がこの布陣である。

 

「ピナ、バブルブレス!」

 

シリカの掛け声で即座に相棒の小竜ピナが口から無数の幻惑効果のある泡をケイタのシャドーに吹き付ける。

量も多く、広範囲に広がる泡をケイタシャドーは躱しきれずにその身に受けた。

 

「ハアァァァァァ!」

 

短剣9連撃上位剣技

“アクセルレイド”

 

シリカの持つ最強のソードスキルがケイタのシャドーにクリティカルヒットした。

その威力は高く、一気に七割近くものHPを削りとる。

 

「ピナ、噛みつき!」

 

ソードスキル後の硬直の隙を埋められればそれでよし、ダメでも相手は通常攻撃しか出来なくなる様なタイミングでシリカはピナへと指示を出す。

結果、ケイタシャドーは発動させようとしたソードスキルをピナの噛みつきで失敗させられた。

 

その隙にシリカ自身が作り出したOSS、“キャット・ラッシュ”を放った。

キャット・スラッシュの上位に位置する技としてシリカが編み出したソードスキルで7回の斬撃と刺突を組み合わせたOSSである。

高威力になる黒いライトエフェクトを纏ったシリカの短剣が深々とケイタシャドーを引き裂き、そのアバターを爆散させた。

 

シリカは爆散したシャドーには目もくれずにヤヒコが相手どっているササマルのシャドーへとOSSキャット・スラッシュを放つ。

ヤヒコの攻撃のガードに手一杯だったササマルシャドーは直撃を受けてのけぞり、その隙にヤヒコの片手剣4連撃ソードスキル“バーチカル・スクエア”を受けて爆散した。

残る一体のシャドーを倒すのも数分ですませた2人は先ずはと言うかのようにダッカー、テツオの所の救援に駆けつけ、ダッカー、テツオは2人にその場を任せてケイタ達の救援に入った。

 

戦闘時間にしてシャドーがPOPしてから15分、キリトを除く全てのシャドーが爆散し、ヤヒコとシリカ、そして月夜の黒猫団はその光景を見る。

 

 

黒いコートを装備したキリトの本当の実力を。

 

 

 

 

遡る事10分。

キリトは、自身の心のスイッチを切り替えた。

自分の中にいつの間にか産まれていた弱さを再度断ち切るように。

 

キリトは元βテスターを新規ユーザーとの確執から守る為にビーターを名乗り、独りになるように自ら仕向けた。

その事には今でも後悔はない。きっと同じ状況になれば同じ事をまた行うだろう。

しかしそれでも彼は願っていた。自分の無事を願い、そしてそばに居てくれた少女を守り抜く強さを……。

あの時、仲間を頼っていたあの頃、一歩間違えれば失っていたかもしれなかった時から彼が頑なにソロに拘る理由の一つ。仲間を頼らずとも手の届く範囲の人を守り抜く強さを求める心を全面に押し出して彼の自分自身を超えるための戦いを始めた。

 

 

キリトが自らのシャドーを真っ正面から斬り伏せるのに掛かった時間は約25分程だった。

その間に手助けをした者は1人もいない

いや、正解にはこの場に居る誰一人として彼の戦いに……いや、動きそのものに着いていけなかったのだ。

 

(速く、もっと速く。さっきより速く。まだ速く。極限まで速く。極限を超えて速く。)

 

キリトの身体そのもの、それこそ腕や頭は今どこにあるのか……それさえもわからない程の動きをヤヒコ達は10分に渡って呆然と見続けていた。

 

以前、シリカと2人で御庭番衆お頭であるアオシと今やナンバー2と言えるユキナとの試合を見たことがある。

しかし、ヤヒコにとってそれは特殊な事例であの2人だからこその動きなのだと思っていた。

しかし、今、目の前で起きている事はその認識を変えるには充分すぎる光景だった。

 

2人のHPバーを見ればキリトは残り少ない5割、そしてキリトのシャドーは残り1割程。

つまり、本来ならば技量は互角のはずのシャドーをこの戦闘中に超えたのだ。

 

その場にいるプレイヤーの中でそれを理解したのは数人だけだろう。

ヤヒコが辺りを見る限りでは気付いたのは恐らくシリカとケイタだけだ。

やがて爆散した最後のシャドーの残滓が消えると全員に経験値とコル、そしてなにやらアイテムを手に入れる。

 

「……疲れたな……。街に戻ろうか……。」

 

キリトの一言で全員が転移結晶を使い、主従区へと戻った。

そして……この日こそが彼等の運命を変える事になったのだった。

 

 

 




今回もお読みいただきありがとうございます。
恐らくは年内投稿は最後かと思います。
皆さん良いお年を……。
ついでに……
メリークリスマス(*・ω・人・ω・*)


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月夜の黒猫団Ⅲ

新年明けましておめでとうございますm(_ _)m今年もよろしくお願い致します。
今回でとりあえずサチ達、月夜の黒猫団のお話は終わりとなります。
一部オリジナルの名前等出て来ますがご容赦下さい。


「いくぞ、ユキナ。」

 

第27層主住区パンドラ。

この街にある宿屋にギルド御庭番衆は宿泊していた。

現在、攻略には一切参加していない。

理由はPoHたちの動向の調査を集中的に行うためだ。

今回、調査に乗り出した理由は血盟騎士団に残された記録結晶にある。

アスナファンクラブからのプレゼントを受け取る為の窓口にPoHからのメッセージと25層で殺害された血盟騎士団のメンバーの処刑の様子が記録されていた。

 

それが一つの手掛かりになる事などPoHならばわかっているだろうが、手掛かりを残したと言うことは逃げ切れる、もしくは決して自分には到達出来ないような方法を取ったつもりなのだろう。

 

しかし、それでもこの記録結晶がから奴につながる可能性が無いとは言い切れない。

血盟騎士団にも協力を要請し、副団長であるアスナも調査へと加わって貰っている。

 

「まちなヨ。アー坊、オレっちを置いていく気かイ?今回の調査には大分協力してるんダ。最後まで見届けないと後味が悪いじゃないカ。」

 

俺とユキナが宿屋の扉を開けた所で急に扉の横から1人のプレイヤーが現れた。

 

“鼠”のアルゴだ。

 

26層で捜査を開始した後、ほとんどすぐ調査に協力している。

実際彼女の調査能力はこのアインクラッドで最高と言っても過言ではない。

PoH達の現在の潜伏先が24層で有る事を突き止められたのも半分以上は彼女の手腕に寄るところが大きいだろう。

 

 

 

……今回、先ず俺達はアスナの先導の元、血盟騎士団のプレゼント窓口を当日担当したプレイヤーから聞き込みを開始した。

 

この窓口ではプレゼントをそのプレイヤーへと渡すとアスナへと届くという形を取っている。

無論相手も自分の名前を記入し、その上でトレードを申請する事になっているのだ。

つまり、当日の訪れたプレイヤーの名前から件の記録結晶が誰からわたったのかを特定出来る。

 

実際、名簿を見るまでは何の問題も無かった。プレゼントを受け取る本人であり、副団長でもあるアスナが窓口のプレイヤーからその名簿を受け取ったのだが、記録結晶の存在に気付いたのは半日近く経ってからという事もあり、名簿に書かれている名前は50人を超えていた。

 

……中にはオルランドやクフーリン、ベオウルフの名前まで有ったが……。

 

とはいえそれだけの人数を確認していったらそれだけで一週間以上の時間が掛かってしまう。

何せ何層を根城にしているプレイヤーかもわからないのだ。

……ちなみにアスナ自身名前までは全員は覚えていなかった。

いや、というか実際の所、贈られてきているアイテムの大半はギルドの共通ストレージに保管され、誰でも使える状態になっているらしい。

 

結果として、最終的に情報屋、鼠のアルゴに協力依頼を出したというわけだ。

アルゴは最初こそ軽い軽口を叩いていたが件の記録結晶を見せると快く依頼を受領してくれ、「オレっちに出来る事なら最大限協力してやるヨ」とまで言ってくれた。

彼女にとっても奴らは敵で有る事に変わりはないという事だろう。

 

アルゴの協力で容疑者を5名に絞り込み、更に周辺調査を行った。

御庭番衆のメンバーも総出で行い(オルランド達の張り切り方はボス戦以上だった)約10日程かけて調査した結果、その5名にPoH達とのパイプのある奴は居なかったが、その内の1人、ユダというプレイヤーに再度接触してみる事で話がつながった。

 

正確には残りの4人にも接触はしたが、その4人はアスナを見ると顔を真っ赤にしながら慌てふためいて居たのに対してユダは無反応だったのだ。

恐らくは彼が件の記録結晶を血盟騎士団へと届けた本人なのだろう。

 

彼の話ではその当日、彼が24層のNPCレストランで食事をしていると急に大柄な男が声を掛けてきたそうだ。

 

その男曰わく、血盟騎士団副団長“閃光”のアスナのファンだが以前血盟騎士団といざこざを起こしてしまいプレゼントを渡しに行けない。

どうしても閃光のアスナに謝罪をしたいから代わりにこの記録結晶を届けてほしい。

 

そう頼まれたユダは当初は断るつもりだったそうだ。

しかし、その男が出した謝礼はなんとなんとのオパールソードという売値40000コルは下らない片手剣だったそうだ。

オパールソードはその希少価値から店売り40000、オークションなら最低でも60000は下らない。

 

ただの届け物でそこまでの大金を貰えるなら……と依頼を受けたらしい。

当初、その男はその剣をそのまま渡す事でトレードにしようとしたようだが、既に以前流行った強化詐欺対策法に手渡し武器を回収する方法があった事を思い出し、トレード画面からトレードを求めると、男は色々と理由を付けてトレードを拒否していたが、最終的には折れて画面上の取引に応じたらしい。

 

 

 

「つーわけでその記録結晶は俺が渡したもんじゃねーっつーわけだ。つかアスナさん……だっけか?あんたも律儀だね~。謝罪の記録結晶の持ち主特定してわざわざ会いに来るなんてよ。」

 

「い、いえ……それでユダさん。その方の名前を教えて頂けないでしょうか?」

 

アスナがそう言うとユダは下卑た笑みを浮かべ、手を差し出してきた。

 

「タダっつーこたぁねぇよなぁ?ましてや天下に名を轟かす血盟騎士団副団長“閃光”のアスナともあろう御方がよぉ?」

 

「……わかりました。ではこちらの盾ではいかがですか?現状では最前線でのレアドロップでしか手には入らないものです。」

 

「ほほぅ……そいつぁいい。……けどなぁ……せっかく別嬪が2人も居るんだ。こんな世界だしよぉ……せっかくなら楽しいことでもしようぜぇ?」

 

舌なめずりをしながらアスナとユキナを交互に見たユダの視線に、2人は寒気が走ったかのように身体をさすって一歩後ずさった。

 

「……ユダ……とかいったな。その盾では不満か?」

 

「あぁ!?ヤローは引っ込んでろや!てめぇにゃ関係ねぇだろーが!?あぁ!?」

 

「悪いが2人を預かっている身でな。あまり悪ぶるのはやめた方がいい。それとも……死にたいのか?」

 

後にユキナとアスナに忠告されたことだが、この時の俺はかなり殺気立っていたらしい。

事実、ユダという男は素直に情報を教えてくれた。

 

 

「わ、わかった、わかったよ!チッ、ちぃっとばかしふざけただけだろーが。マジになってんじゃねーっつーの。……その男の名前はゴヘイっつー名前だったよ!無精髭に長髪の筋肉質な大柄な男さ。」

 

置かれた盾に対するトレード画面をアスナに出しながらそう言うとユダは去っていった。

とりあえずは手掛かりが繋がったんだから礼を言わねばなるまい。

 

……いや、別に構わないか……。

そう考え、立ち去るユダには特に目もやらずにメニューウィンドウを開き、早速アルゴに聞き込みと主な活動範囲の特定を依頼した。

今回は御庭番衆総出で調査に当たっている事をアルゴに伝えてあったので、今頃コタロー達も捜索に参加するはずだ。

 

「アオシさん、私達はどうするんですか?」

 

「俺達はこの層を中心に捜索を行う。先ずはゴヘイという男の捜索からではあるが奴ら自身の捜索も怠るな。」

 

「それなら3人別れての方が効率が良いわね。アオシ君、この層は確か圏外村が3つあったはずよ。先ずはそちらを中心に捜索しましょう。」

 

「了解した。では俺は望郷の里へ行く。ユキナ、お前は深淵の里へ行け。」

 

「なら私は栄華の里ね。了解したわ。」

 

この層の圏外村はそれぞれが繋がりのある一つのクエストで成り立っているらしい。

遥かな太古、栄華を極めた国が滅んだことから物語が始まり、その国にどどまって今なお過去を再現しようとする栄華の里、その国を離れ、帰れぬ故郷へ思いを馳せる者達の暮らす望郷の里、そして……故郷を滅ぼし、その時に手に入れた秘術を究めようとする者達の住まう深淵の里。

位置関係もそれぞれが一直線上に等間隔に並ぶ3つの圏外村だ。

 

「各自転移結晶は持っているな?何かあればメッセージを飛ばせ。」

 

 

2人は頷き、それぞれの担当地区へと向かう。

2人が居なくなった所で俺はある一点を凝視し続けた。

すると先程までただの壁だった場所が綻び、徐々に輪郭を現す。

 

「イスケ、もう看破されているのはわかっているだろう。用件はなんだ?」

 

綻んだ壁にそう言うとその場所からイスケが現れる。イスケの装備はその昔、俺達と同じ隠密御庭番衆だった頃から一新され、黒のロングフーデットケープ姿だった。

 

「流石はお頭。拙者の隠蔽スキルを見破るとは思わなかったでゴザル。」

 

「以前してやられているのでな。索敵はマスターした。後は勘だな。」

 

「いやはや、流石としか言いようが無いでゴザル。……拙者が集めた情報、必要ではゴザらんか?」

 

「……それはフジタの指示か?」

 

「拙者の判断でゴザル。ゴヘイ、そしてキヘイという2人組の小悪党の調査は新撰組でもしていたのでゴザル。」

 

……つまり新撰組は既に25層時点……いや、血盟騎士団の団員殺害があった時点から調べを始め、どういったルートかは分からないが俺達よりも先に奴らの尻尾を掴んだと言うことか。

 

「……そうか。ならばその情報、ありがたく聞こう。……だが一つ聞きたい。記録結晶もなしにどうやって奴に辿り着いたのだ?」

 

「偶然でゴザルよ。新撰組の大半は最前線ではなく中層で活動しているでゴザル。稀に手に入る奴らの手掛かりを追っていたらあの2人も関わりがあると言う事に辿り着いたでゴザル。」

 

つまりは奴らはこのあたりの層ではそこそこ活動していた小悪党でたまたま調査中にPoH、もしくはその仲間と共にいるのを確認したと言う事だろう。

とはいえ……アルゴもあまり知らなかったプレイヤーという事はよほど小さな事しかしていないのだろうな……。

 

「まぁざっくり説明すると主な主犯はキヘイの方で、ゴヘイに関しては使い勝手が良い駒といったとこでゴザろう。主にトレード詐欺や偽情報の売りつけを稀にやる程度ではゴザルが……PoHの知恵をつければなにをするかわからんでゴザル。」

 

「PoH自身の情報は無いのか?」

 

「残念ながら奴らの姿を確認する事は出来ても拙者達では手に負えないでゴザル。フジタ殿もオキタ殿も隠蔽は一切使えぬ故……。」

 

「……そうか。わかった。では今その2人が行る場所を教えてくれ。」

 

「この24層主従区シャンドラにここしばらくは留まっているでゴザル。狙いはわからないでゴザルが……。」

 

シャンドラ……か。つまりは圏外村ではなく堂々とこの層の中心部に居るわけだ。

……今、俺の隠蔽は400程度だったはず……。ユキナも隠蔽は取らせているが恐らくさほど変わるまい。

……万全を期すならアルゴの協力も不可欠だな……。

 

「そうか。情報感謝する。……イスケ、お前はどうするのだ?」

 

「……拙者は拙者で別の用があるでゴザル。新撰組の密書ゆえお頭といえど内容は明かせぬでゴザル。……では、御武運を……さらば!」

 

以前と同じく空間に溶けるように姿を消し、移動を始めたイスケは俺でも既にどこに居るかは全くわからなくなった。

……とりあえず、俺はユキナ、アスナ、アルゴに主従区シャンドラへと集合する旨を伝え、更に御庭番衆全体には即座に動けるようにこの層へと集結するようにメッセージを送る。

欲を言えばキリト、エギル、クラインにも協力を依頼したい所ではあるが、キリトは確か今日は望郷の洞窟にレベリングに向かっているはずだし、エギル、クラインには俺達が抜けた穴を補ってもらっているので流石に協力は依頼できまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主従区に戻って一時間。ようやく俺達は目的の人物、キヘイとゴヘイを見つける事が出来た。

ゴヘイは情報通りの姿だったのですぐにわかったが、キヘイに関しては想像とは大きく違っていた。

ゴヘイに対し、身長が半分程度しかないような小男で、その上、明らかに60はいっているのではないかと思う容貌の御老だった。

2人は若い男性プレイヤーとなにやら話をしているようで、その話の内容こそ分からないが、話を聞いている男性プレイヤーの顔が徐々に青ざめていっているのは見て取れる。

 

「アルゴ、あの男の素姓は調べられるか?」

 

「……調べるに値しないナ。彼はオレっちの常連だヨ。アー坊も間接ながら多少の関わりはあるゾ。」

 

アルゴに言われ、記憶を探していくが心当たりは無い。少なくとも会話した事は無いはずだ。

 

「……彼は月夜の黒猫団のギルドリーダーだヨ。ここ二週間はアー坊のとこのヤヒコちゃんやシリカちゃん、それにキー坊が色々と世話しているギルドだからナ。アー坊も知っているんだロ?」

 

「……残念だがギルド名のみだな。俺自身は関わっていない。」

 

「……キリト君、ボス戦に参加していないと思ったらそんな事してたのね。でも……彼が誰かと関わるような事を出来るようになったなんて……。」

 

ふと隣に佇んでいるアスナの顔を見ると、その表情からは嬉しさ半分、寂しさ半分といった様子が見て取れた。

彼女にしてみればキリトが人と関わるようになった事、それそのものは嬉しいのだろうが、同時にそれは自分自身でありたいとも思うのだろう。

実際アスナと別れてからのキリトは、俺達御庭番衆ともボス戦以外ではあまり関わらず、エギルやクラインとも必要最低限にしか関わりを持っていなかった。

 

そんな裏で彼女はずっと各方面に働きかけ、“ビーター”という蔑称を払拭しようと尽力し、今では“ビーター”よりも“黒の剣士”の通り名の方が遥かに有名になった。

無論、古参のプレイヤーは誰がこのアインクラッドで一番最初の“ビーター”となったのかを忘れてはいないし、中層、下層のプレイヤー達も“悪の黒ビーター”なる存在は周知されている。

最も、それはアスナ、そしてアルゴや俺達、その他にもエギル等によってキリト=黒ビーターとはならないように情報操作をしたが……。

 

「……アスナ、お前のしてきた事が実を結んでいるのだろう?キリトにあのギルドの指南を依頼したのは俺達だが、それでも彼が素姓を隠していられるのは間違いなくお前の功績だ。」

 

「そうですよ。アスナさん。アスナさんの頑張りは皆が知っています。知らない人なんて居ませんよ。きっと……キリトさんも薄々気付いていると思いますよ。」

 

俺とユキナの言葉を聞いて顔を真っ赤にしたアスナは、あわてた様子で早口にまくし立てた。

 

「ち、ちがっ……わ、私は、そんなつもりじゃ!?た、ただあの人は実力あるしソロでいるのは勿体ないし……と、とにかく!そんなんじゃありませんからね!」

 

顔を真っ赤にしながら慌てて否定してはいるが説得力の無いそのセリフを聞いてユキナとアルゴがニヤニヤとしながらアスナを見ていた。

 

「もう……と、とにかく、今はそんな事よりあの2人の事を調べる方が先決でしょう!……アルゴさんもユキナもニヤニヤしてないで向こうを気にして下さい!」

 

「……月夜の黒猫団のリーダーならばもう行ってしまったぞ。」

 

俺の言葉に3人がそちらを見ると、その場に居るのはキヘイとゴヘイの2人だけになっていた。

 

「ありゃりゃ。それでアー坊、この後はどう動く気だイ?とりあえずキー坊に今の情報を伝えとくのかナ?」 

 

「……いや、あえて伝えずに泳がせてみるか。奴らがもし本当にPoHと繋がっているならば下手に動くよりも泳がせている方が釣れるだろう。」

 

俺の提案にアスナ、アルゴの2人は多少懸念があるようで少し考え込んで居るようだ。

恐らくはキリト自身に危険が迫るのではないかと心配しているのだろう。

確かに釣り……つまりはキリト自身、もしくは月夜の黒猫団を囮にする以上リスクが全くない訳ではない。

しかし、俺達がこの2人を完全にマークしていればおそらくはキリト達が襲われる前に対処出来るはずだ。

 

奴らを尾行するのはアルゴに頼むより他無いが恐らくは上手くいく。

万一接触現場でPoHを取り逃がしたとしても、奴の性格上そのまま作戦を継続するとは考えづらい。

 

 

「……わかりました。……なら私は月夜の黒猫団の方の監視、護衛に回ります。キリト君ならもしかしたら気付くかも知れないけど……どうにかごまかしてみる。」

 

……ふむ。まぁ保険という意味合いでは悪くはないか。……最も最良としてはキリトにすら気付かれない事ではあるが……。

 

「わかった。とはいえ恐らくはキリトの索敵も相当に高いだろう。最低でも50メートルは距離を取るようにしてくれ。」

 

アルゴが日中奴らが動いている際の尾行。俺とユキナは奴らが宿や定位置で止まった際に張り込み、そしてアスナは月夜の黒猫団の護衛という事で決定した。

 

ナーザ、コタロー、オルランド、ベオウルフ、クフーリンには知らせが入り次第10分以内に駆けつけられるように指示を出し、作戦は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

「サチ、大丈夫か?」

 

俺達は洞窟からこの主従区シャンドラへと戻ってからドロップ品の仕分けや装備の更新、修繕、アイテムの補充や今日の反省会等をしている。

その中で、疲れたのかサチの頭が舟を漕ぎ始めた。

 

「だ、大丈夫……ちょっと疲れただけだから……もう少しくらいなら平気だよ。」

 

「おいおい、サチ~、無理すんなって。今日の反省会っつったって結果は上々なんだしさ、少し休んどけよ。後で今居ないケイタと一緒に教えてやるからさ。」

 

「ダッカーの言う通り無理しなくて良い。別にこの後また狩りに行く訳じゃないんだし少し寝てきた方が良い。」

 

「う、うん……。じゃあ……少しだけ寝てくるね。……ごめん。」

 

サチはそう言うと宿屋の二階へと上がっていった。

ちらちらとこちらを気遣うように申し訳無さそうな顔をしていたが、やはり無理をしていたのだろう。

普段であればもう少し粘ろうとするものが素直に休んだのだから。

 

 

「さて……今回の反省点だけど……先ずは済まない……。フォローすると言っておいて君達にボス戦を任せてしまった。それは俺の落ち度だ。」

 

「へっ……なぁ~に言ってんだよ、キリト。充分フォローしてんじゃねーか。ボス戦だって、そりゃ……戦闘そのものには手助けしてくんなかったかもしんねーけどさ、的確に指示だしてくれてんだ。これ以上は俺達に対して無礼っつーもんだろ?なぁ?」

 

「そうだよ!キリトは抱え込みすぎだよ。僕達にも少しは良い格好させてくれないと。」

 

……いや、いくらダッカーやテツオがそう言ってくれても実際問題、俺の予測が甘かった事は否定できない。

今回はヤヒコやシリカ、それに他の皆も頑張ってくれたから死者は0ですんだ。でも、万一俺が自分のシャドーに負けていたら……他のメンバーがやられていたら……。

そう考えると背筋が寒くなる。

 

「それにそんな事言うなら俺とテツオなんてシャドーを一体も倒してないしな~。」

 

「ははは……僕も倒してないよ。むしろサチは2体倒してるし、ケイタもシリカちゃんのシャドーを倒すっていう大功績を上げたのにね。」

 

笑いながら沈んでいく3人を見て、不意に笑いがこみ上げ、ついつい笑ってしまった。

アスナとのパーティーを解散してから一度も心から笑えなかったのに……。

この二週間何度もこういった様子は見てきた。

正直に言えばここに入りたいと思っているのも事実だ。

しかし……それは叶わない……いや、叶えてはいけない。

彼等はいずれは攻略組へと上がるだろう。

そうなれるような指導をこの二週間してきたつもりだし、彼等自身(サチに関してはそうとは言えないが……)にも素質はあると思う。

だが、それはあくまでも俺が居なければだ。

俺が居れば恐らくは攻略組から良くは思われない。むしろ必要以上の役割を求められかねないだろう。

 

俺は“ビーター”なのだから。 

 

 

「なぁキリト、話聞いてんのか?」

 

潜っていた思考の海からいきなり意識を現実へと戻された。

どうやらササマルが何かを話しかけていたらしい。

 

「わ、悪い。何の話だったっけ?」

 

「だから稽古を付けて欲しいんだって。今までの基礎じゃなくて実戦的なやつをさ。武器だって今は同じなんだし、シャドーと戦ってた時みたいな戦い方も稽古次第で出来るようになるはずだろ?」

 

「あ、ああ……。でもあくまで動きの触り位しか教えられないぞ?やっぱりこういうのは慣れが大事だからさ。」

 

「わかってるって。でもさ、やっぱりキリトは凄いよ。あの動きにしてもなんて言うか……そう、人間の限界を超えてるみたいでさ。やっぱ憧れるし目標にしたくなる。」

 

純粋にそう思っているのだろう。ササマルの表情はまるで目指しているスポーツのプロの動きに憧れているような……そんな表情が見て取れた。

 

確かにササマルの言う通り、理論的には全く同じ動きも可能なはず。

この世界には男とか女の肉体的限界すらないのだから、同じレベル、同じ割り振りならシステム的には全く同じ動きだって出来ないことではないはずだ。

唯一、プレイヤー依存である次どう身体を動かすかとか相手の攻撃に対する反応とかが差となるとは思うけど……それも多分慣れだと思うしな……。

 

純粋な憧れを抱いてもらって悪い気なんて勿論するわけもない。

もう少し付き合うんだし、残り一週間、サチみたいに実戦形式で特訓するのも悪くないかな……。

 

そう考えていた時だった。

街に買い出しと売却に行っていたケイタが宿屋に戻ってきた。

ちなみにヤヒコとシリカはこの後、使い魔用のクエストでこなしたい物があるらしく戻るなり早々に上層である26層へと出発した。

 

「ケイタ、お疲れ。少し時間かかったな。プレイヤーショップに売却してたのか?」

 

「い、いや、なんか新しいクエストが見つかったらしいって話だったからさ、その情報も集めてたんだ。僕達向けのクエストみたいだからさ。」

 

「へぇ~!なぁケイタ!それ、どんなやつなんだ?報酬は?勿体ぶらずに教えろよ~?」

 

なかなか言おうとしないケイタに待ちきれない様子でダッカーが詰め寄り、それに呼応するようにササマルやテツオもケイタに詰め寄っていく。

 

それにしても新しいクエストか……。収集系か……それとも虐殺系か……。

まぁきっと報酬は良いんだろうな。

 

「ちょっ!?おまえ等なぁ!今教えるから子供みたいに服を引っ張るなよ!?今の所わかってるのは種類は虐殺系で報酬はやったプレイヤーの装備品と同じ種類の上位互換らしい。でもまだ情報が揃ってないから、やるのは明日以降になるかな。だから今日は出来ないってさ。」

 

ケイタの話に3人は一斉に盛り上がり、ケイタに良くやった!流石はリーダーと囃し立てていた。

確かに魅力的なクエだ。

上位互換(まぁたぶん1ランク上程度だろうけど)ならば使えない物は来ないし、確実に装備は良くなる。

もうこの辺りに来ると強化試行回数こそ殆ど変わらないが基礎スペック自体がだいぶ変わるからな。

 

その後は新しい話もなく、皆疲れているようだったので解散し、それぞれ宿屋の部屋へと上がっていった。

既に時刻は夜の8時をまわっている。

街に戻ったのが5時頃だったから3時間売却やら消耗品の補充、反省会等にかかったというわけだ。

ヤヒコ達も明日の夜には戻るみたいだし他のメンバーも床についた。

 

とりあえず……少し最前線でレベリングでもするかな。

 

そう考え、宿屋の扉を開けて歩き出して数分、俺は妙な視線を感じて辺りを見渡す。

……妙だ。確かに視線を感じる。しかし、辺りには誰もいない。

 

宿屋の扉を出てから少し感じていた視線、それが一歩進む毎に強くなっているのを感じている。

とりあえずそのまま進んでいくと今度は感じる視線が弱くなった。

 

(あの辺りか……。)

 

俺は恐らく居るであろう者から距離を取って隠蔽スキルを発動させた。

現状スキル値は500程度だが装備による隠蔽スキルブースト効果と夜闇の相乗効果で隠蔽率は88%程になる。

最も動きはゆっくりでないとあっという間に0になってしまうが……。

 

隠蔽を発動させた俺はゆっくりと先程視線が強くなった場所へと向かう。

その場所とは、……この層にもう一つある宿屋である。

恐らくは俺の姿を見て様子を見ていただけだろうとは思うが……どちらにせよどこの誰か位は把握しておこう。

もし万が一、俺……ビーターに何か怨みのあるプレイヤーだったとしたなら月夜の黒猫団のメンバーに迷惑が掛かりかねない。

 

最も宿屋のどの部屋に泊まっているのかはわからないが、幸いこの宿屋には部屋は六個しか無い。

片っ端からノックしてみればいい。

 

そう考えた俺は宿屋の扉を端から順にノックしていく。

この層の宿屋は今俺達が泊まっている方が大きく、設備も良くて安い。

また、ここと俺達の泊まる宿屋しか宿屋そのものは無いのだが、確かまだ大きい方の宿屋も空きはある。

だからだろう。ノックの結果、宿泊していたのは1人だけだった。

 

「どなたですか?」

 

ノックをした後に出てきてくれるかと思えば、部屋から出て来ず、言葉が返ってきた。

そしてその声は……。

 

「……こんな所で何をしてるんだ?……アスナ。」

 

声をかけると同時に宿屋のドアが開錠される音がした。

ドアノブをゆっくりと回し、部屋に入ると、そこには白を基調に赤の装飾を施した血盟騎士団の制服姿のアスナがテーブルに座っていた。

 

「こんばんは。キリト君。こうやって1対1でお話するのは久し振りね。」

 

テーブルにはティーカップが2つ、片方を俺に勧め、ゆっくりとした動作で紅茶?のように見える物を飲みながら話しかけてきている。

俺も円形のテーブルの対面に腰掛けると渡されたティーカップの中にある紅茶?の様なものを一口飲む。

…………昆布茶かよ……。良かった。砂糖とミルクを入れないで。

 

「ちぇっ。惜しかったなぁ。キリト君が砂糖とミルクを入れて飲んだら大笑い出来たのに。」

 

「確信犯かよ……。まぁ昆布茶は嫌いじゃ無いけどさ。それで?アスナ。こんな所で何をしてるんだ?」

 

一瞬。ほんの一瞬だけアスナの表情が強張った気がした。

 

「良い細剣の素材になる物がこの層のクエスト報酬にあるの。それを手に入れようと思って。」  

 

「へぇ……珍しいな。血盟騎士団ならそれ位仕入れそうなものだけど……。」

 

「あら。私達だって自分の分の素材集めくらいはするわ。そりゃ中には仕入れた物を使って装備のランクを上げている人も居るけど大抵は新人だけよ。」

 

そういえばアスナは自分の武器にはこだわりが有ったな。……きっと今でもウインドフルーレの血統を受け継いでいるのだろう。

 

「確かにアスナらしいな。……さてと、じゃあ俺は行くよ。……色々サンキュな。」

 

俺はそういいその場を立ち去る。アスナは何か信じられないものでも見たような表情をしていたが照れくさいので早々にその場を立ち去った。

アスナは俺とパーティーを解散してから色々と動いてくれているのは流石に俺でも気付いていた。

一番の理由はボスレイドの時だ。

実は12層、13層では俺はボスのレイドに加えて貰えなかった。

理由は単純にソロだからだ。

血盟騎士団、御庭番衆、風林火山、エギルのパーティーも一杯だった事もあり、空きのあるドラゴンナイツ、アインクラッド解放隊に混ぜてもらおうとしたが、どちらも取り付く島もなく結局その2層ではボスレイド外として参加せざる負えなかった。

 

続く第14層、やはり入れないかと思っていたが、なぜかアインクラッド解放隊からパーティーに混ぜてもらえ、それ以降は何だかんだと色々なギルドに混ぜてもらいながらレイドに入れている。

アオシとエギルは決して口を割らなかったがクラインは問い詰めたらポロリとアスナの名前を漏らし、その後、たまたまアスナが俺を入れてくれたパーティーに頭を下げているのを見かけたというわけだ。

俺個人だけではなく他のソロや少数パーティーに関してもレイドに参加できるようになっている事から全体に号令を出したのだろう。

 

……リンドやキバオウが素直にアスナの号令に従ったのは不思議だが……。

 

そんな事を考えながら最前線でレベリングをしていた俺だがなかなかこの層の敵は厄介だ。

油断しているとデバフを受けかねない。

一応ソロで活動している手前、耐毒はかなり上げてはいるが、悲しいかな……パーティーを組んだタンク程はソロでは上げられず、稀に毒や一時行動不能のデバフを受けている。

バトルヒーリングスキルの熟練度上げにはちょうど良いが、回復アイテムもだいぶ減ってきたしそろそろ良い時間だ。

もう戻った方が良いか……。

 

そう考えた俺は24層へと戻った。

 

 

『キリト、ケイタが1人でクエストに行っちまったみたいなんだ!このメッセみたらすぐに連絡が欲しい!』

 

戻って早々に届いたメッセージを見て少し驚いた。

ケイタがまさか単独行動をするとは思っていなかったからだ。

 

『今見た。今はまだ宿屋か?』

 

『まだ宿屋だ!すぐ戻れるか?』

 

『五分で戻る!全員そこにいてくれよ!』

 

メッセージを打ちながらもAGI全開で街を駆け抜ける。

この層のクエストでも収集系だったら恐らくケイタなら大丈夫だとは思うが……。

万が一、先程言っていた新しいクエストだったとしたら厄介だ。スローター系のクエストなんてほぼ確実にクリアできない。

それだけならまだしも最悪死ぬ事すらあり得る……。

 

宿屋に着くと、落ち着き無くウロウロするダッカーや涙ぐんでいるサチ、マップを見ながら考え込んでいるササマルとテツオが居た。

 

「遅くなった!ケイタはどこに向かったんだ!?」

 

「「「「「キリト!」」」」」

 

全員が同時に此方に駆け寄るとサチがケイタが残したらしいメモ書きを渡してきた。

 

『嘆きの黒衣というクエストをしてくる。皆は疲れてるだろうし休んでていいよ。』

 

嘆きの黒衣……確かあれはボス戦を含んだクエストだったはずだ。

それも難易度は恐ろしく高い……。

少なくとも俺やアスナ、アオシでもしっかり準備して行っても死ぬ可能性がかなり高い要注意クエストの1つ……。

何故そんなクエストを……。

 

「まずいな……急いで追うぞ!」

 

俺は索敵からの派生スキル、追跡を発動させた。

今の熟練度ならば一時間程度までは足跡を追跡出来る。

現れた足跡を辿り、その行く先へと急いで移動を始めた。

 

 

 

 

 

ケイタの足跡は想像の範囲内で最悪の場所へと続いていた。

このクエストはクエスト受注→情報提供して貰う為の素材集め→ダンジョン内キーアイテム獲得→嘆きの深淵でのボス戦となる。

その順番通りに足跡は進み、既に嘆きの深淵へと続いている。

 

(くそ!間に合ってくれよ!)

 

気持ちに焦りが生じる。

ボスとの対決が始まるまでに多少の会話イベントが発生するとはいえそんなのは多少の時間だ。

せめて誰かが近くに居てくれれば……。

そう考えながら先を急いでいた俺達の耳に、やがて剣撃のぶつかり合う音が聞こえてきた。

その音を聞いた俺達は全速力でその場所へと向かう。

 

 

 

「ケイタ!無事か!?」

 

飛び出した戦場にいたのは2人。1人は勿論ケイタだ。

しかし、ケイタは既に後退し、回復に回っているようだ。

ゲージは黄色の注意域に入ったところからジワジワと回復している。

ケイタの無事を確認した俺達はすぐに視線をイベントボス“ブラック・ドレス・クリミナル”へと向ける。

 

禍々しさこそ全身から吹き出すように感じるが、見た目だけで言うなら黒のドレスとフーデットケープを羽織った女のプレイヤーと変わらない。

プレイヤーと違うのは朱い眼に紫色の肌位なものだろう。

対して現在、黒衣の罪人と対峙しているのは長い栗色の髪に、透き通るような白い肌をした女性。

繰り出す超速の刺突から“閃光”の異名を持つ、血盟騎士団副団長“閃光”のアスナだった。

 

何故アスナがここに?といった疑問はあったが、彼女の劣勢を見てその疑問を棚上げにして即座に戦場へと駆け出した。

 

彼女を死なせるわけにはいかない!

 

体勢を崩し、黒衣の罪人の一撃をその身に受けそうになっていたアスナの前にその身を割り込ませ、襲いかかってきた剣を弾き飛ばす。

 

「スイッチ!」

 

俺が黒衣の罪人の剣を弾き、体勢を崩させたのと同時にアスナに叫ぶ。

しかし、それよりも早く光速とも呼ぶべき神速の連刺突が黒衣の罪人へと襲い掛かる。

 

「キリト君!」

 

更に体勢を崩した敵へと追撃のソードスキルを放つ。

俺の硬直が解ける前に繰り出された敵の斬撃はアスナが上手く捌き、二人揃って距離を取った。

 

「アスナ、色々聞きたいこともあるけど先ずはここを切り抜けるぞ。」

 

俺の言葉に対して軽く頷き、愛剣をお互いに構える。

アスナが前に立てば全ての攻撃を俺が弾き飛ばし、声をかける必要もなく前衛と後衛が入れ替わる。

俺が前に立てば俺の隙を埋めるようにアスナの連撃が放たれ、それですらも埋められなければアスナは攻撃を受け流していく。

黒と白の2人の演舞は、黒衣の罪人に反撃を成功させる事も大きく距離を取ることも許さず、そのまま追い詰めてポリゴン片へと爆散させた。

 

キラキラと青い光を放つポリゴン片の雪の中、2人の剣士は一気に疲労が来たように崩れて座り込んでいた。

 

月夜の黒猫団のメンバーは呆気にとられた様に見ているだけだった。

……流石にバレたかもな……。

“閃光”のアスナと同等の動きをした事で、少なくとも攻略組の人間だという事はバレただろう。

 

「キリト!すっげー……?」

 

数秒間呆けていた月夜の黒猫団のメンバーだったが、ようやく混乱が治まったようで、そう言いながら駆け寄ろうとしたダッカーだったが、その動きは糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。

 

異変に気付いたキリトとアスナが月夜の黒猫団へと振り返るとつい先ほどまでは居なかった4人のプレイヤー……PoH、XaXa、ジョニー、モルテ……が立っていた。

その足下には月夜の黒猫団全員がダッカーのように横たわっている。

キリトが慌てて仲間のHPバーを確認するとそこには麻痺と毒のふたつのデバフアイコンが表示されている。

 

「……PoH……。」

 

「Hei、“閃光”に“ビーター”。久しぶりじゃねぇか。こんな所でお前等に会えるたぁ嬉しいぜ?」

 

「ヘッドぉ、コイツ等どうします?どんな殺し方にすれば面白いッスか?」

 

「まだ、コイツ等には、価値が、ある。1人は、残さなくては、駄目だろう。」

 

「そぉですよぉ。自分恐がりですからぁ……“閃光”と“ビーター”の2人がいつ攻撃してくるか怖くて怖くて。ほらあんまり恐いから口元が笑っちゃってますよぉ。」

 

PoH達4人が立つ位置は絶妙だった。

ソードスキルを使用しようが回避は可能。しかも4人も居れば一瞬で月夜の黒猫団の誰かは殺されるだろう。

 

「……PoH。何のつもりだ?俺はこのクエやってる奴が居るっつーからフラグを横取りしようとしてるだけだぜ?そいつ等に何をしようと関係無い。俺とやり合う気が無いならそこをどけ。」

 

「フ、フフフ。“ビーター”らしいな。だが残念。もう調べはついてる。お前はコイツ等を見捨てないさ。」

 

「そぉですよぉ?もし無関係ならこの人達の誰か1人でも殺してみましょうよぉ。そしたら信用するかもですよぉ?」

 

「……あなた達ね!さっきから聞いていれば……。さっさと彼らを解放しなさい!」

 

「“閃光”、お前は、黙っていろ。それとも、俺達4人に、たった2人で、勝てるのか……?」

 

XaXaのエストックが一番そばにいるダッカーの背に突き刺さった。

流石に一撃でHPバーが消えたりはしないが背筋に冷たい物が走る。

 

「僕を……騙したのか……。」

 

その様子を見たケイタが蚊の鳴くような声でそう言うのが聞こえ、それを聞いたPoH達が高笑いを始める。

 

「あららぁ?なぁにいってるんですかぁ?自分達が騙したなんて人聞き悪い事言わないで下さいよぉ?ただ教えたのはキリトさんが黒ビーターだって事とこのクエストの報酬ですよぉ?」

 

「そうそう。この報酬ならきっと本性だして獲得に動くと思うって言っただけだもんな。ま、まさか“閃光”が同行しているっつーのは想定外だったんだけどな。良かったなぁ。生き残れて。……ま、結局死ぬんだけどな。アハハハハ。」

 

「Hei、怨むんなら“ビーター”にしてくれよな?俺達ゃお前等なんぞに興味は無いんだ。たまたま奴と一緒に居たから利用しただけだぜ?」

 

ニヤニヤと笑いながらPoHは大型のダガーを手の中でくるくると回し、ケイタへと近付いていく。

 

「く、来るな……こっちに来ないでくれ……い、嫌だ、嫌だぁー!!」

 

「や、止めろ!PoH!」

 

その光景を見て思わずPoHへと放ったソードスキル“ソニックリープ”はPoHに届く事は無く、間に居たXaXa、モルテによって防がれ、同じくアスナも駆け出していたがジョニーに阻まれていた。

 

「イッツ・ショウ・タイム」

 

PoHの振り下ろした大型のダガーは寸分違わずに首を斬り裂き、HPが黄色を通り過ぎ赤へと減りそして……0へとなった……。

 

「う、うぁぁ、あぁぁ……か、勝田……?勝田ぁ!!」

 

「ダッカー……?うそ、だろ?……PoH!!き、貴様!」

 

自分の真隣でポリゴン片となり死んでしまったダッカーの名残を実名で呼び続けるケイタを、怒りを露わに剣を振るう俺をあざ笑うかのようにPoHは高笑いをしていた。

そこに更に茂みから二つの人影が現れる。

1人は大柄で長い髪に長い口髭を生やした大男で、もう1人はその男の半分程度しか身長のない好好爺風の小男だった。

 

「Hei、遅かったじゃねぇか。キヘイ、ゴヘイ。先に楽しんでるぜ?せっかくだ。お前等も楽しむか?」

 

「すいませんねぇ。PoH様。コイツが道に迷ってしまいまして……。」

 

「そう言うなよ兄貴。所で良いんですかい?儂等も楽しんじまって。」

 

「HA、構わねぇよ。とりあえず駆けつけ一殺やっときな。」

 

PoHのセリフを聞いてゴヘイは嬉々として急いでPoHの隣に行き、その足下にいるササマルに対して腰の大刀を振りかぶり、振り下ろした。

大刀はササマルの足を深く斬り裂く。

恐怖で叫び声を上げるササマルを見てPoH達はニヤニヤと嬉しそうに笑い、再度ゴヘイは大刀を振り上げる。

 

「や、止めろ!止めてくれ!頼む!これ以上僕の仲間を……友達を殺さないでくれぇ!!」

 

ケイタの悲痛な叫び声、サチの泣き声、テツオの怯えた声、アスナの制止しようとする声、ササマルの命乞いをする声、そして俺の怒りに満ちた声が同時に《止めろ》と叫んだ瞬間、黒い影がササマルとゴヘイの間に割り込んだ。

 

「御庭番式小太刀二刀流 回転剣舞・六連!」

 

突如として間に割り込んだ黒い影はアオシだった。アオシはゴヘイの隣に立っていたPoHもろとも、黒い光を纏った二振りの小太刀の一瞬六斬の斬撃で薙払う。

 

しかし、その斬撃をPoHは何発かはダガーで、そして残りをヒルマの身体を使って防ぎきった。

 

「Hei、、“黒の忍”。何でてめえがここにいやがるんだ?」

 

3度の斬撃をその身に受けたヒルマが回復結晶を使用しHPを回復する。

 

「答える義務はあるまい?」

 

更に肉迫し、PoHへと迫るアオシだが横からヒルマによって放たれた刀カテゴリーのソードスキル“浮舟”によって距離を開けられる。

 

「き、貴様!良くもやってくれたな!儂が斬り捨ててくれるわ!」

 

「貴様などの相手をしている暇はない。失せろ。」

 

「なんだとぉ!?貴様、この儂にむか!?!?」

 

怒りを露わにし、大刀を振りかぶっていたゴヘイの怒号は突然の轟音にかき消され、さっきまで居たはずの場所からゴヘイは吹き飛んだ。

 

「阿呆が……こんな小物の話を聞く必要は無いだろう。」

 

「WOW。こりゃすげぇ。で?……お前は何者だ?」

 

「……ギルド新撰組三番隊組長フジタ。貴様の命、もらい受ける。」

 

PoHは不敵に笑い、余裕を見せながらも隙を見せず、ダガーを構えた。

 

 

 

「いや!?」

 

俺を含め、全員がアオシ、フジタ、PoHへと注意が集まっていた。

それがいけなかった。俺にはXaXaとモルテが、アスナにはジョニーが、そしてPoHとはアオシ、フジタが対峙し、ゴヘイが吹き飛んだ今でも1人自由に動けた者が居たのだ。

 

キヘイは未だ麻痺から回復していないサチを羽交い締めにし、その首元に小降りの短剣を押し当てていた。

首や頭は心臓を上回るクリティカルポイントになる。

恐らく、毒でHPが半分を下回っているサチではその一撃を喰らえばHPの全損は免れないだろう。

 

「さ、サチ……や、止めてくれ!頼む!俺が代わる。だから……だからサチは!」

 

「ケ、ケイタ……。」

 

すぐそばにいたケイタはサチの足を掴みながら、必死にキヘイに嘆願していたが、無情にもキヘイはその手を先程吹き飛ばされ、地面に斜めに立っていたゴヘイの大刀を足で踏みつけるように使い、斬り落とした。 

 

「いやいや、儂もこの体勢から変わったら瞬殺されかねないのでねぇ……。悪いがこのお嬢さんは離せないんですよ。

それとも正規ギルド……それも攻略組ともあろう御方が何の罪もない少女を見殺しにする気ですかな?さぁ……武器を下に置きなさい。」

 

「Hei、ジョニー、XaXa、モルテ、こっちにきな。」

 

PoHの呼びかけに3人は即座にPoHのそばへと戻った。

位置関係としては俺やアスナは追えただろう。

ただし……それには高確率でサチの命は無くなってしまう危険がある。

 

「さぁ、さぁ、さぁさぁさぁさぁさぁ!なにをしてるんです?この少女が死んでも良いのですか!?」

 

小さな鍔音が響き、その動きを眼で追うと1人、刀を捨てるどころか構えを取っている男が居た。

 

「阿呆が……貴様らを逃がせばそれこそ多数のプレイヤーが死ぬ事になる。必要な犠牲ならば俺は躊躇うつもりは無い。」

 

「よ、よせ!フジタ!」

 

俺は咄嗟にそう叫び、剣を地面へと突き刺した。

それが合図になったかのようにアスナも細剣を地面に突き刺す。

 

そして……一瞬視線が俺達に集まった。

次の瞬間、アオシとフジタは一気に距離を詰めるべく駆け出す。

 

「お、おのれ!ならば望み通りこの娘を殺してやるわ!!」

 

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威を持ちて我に悪神百鬼を討たせ給え!雪霞狼!!」

 

振り上げられた短剣がサチへと突き刺さるか否かの刹那、突如として降り注いだ雪霞狼の一撃がキヘイの腕を斬り落とし、サチを奪い去る。

腕が無くなり、動揺したキヘイはフジタの牙突を、アオシの陰陽交叉を受け吹き飛ばされた。

目を凝らして見るとHPバーはほんの少し残っているようだが衝撃で意識を失ったのだろう。

 

「WOW……こりゃすげぇ。いや、大したもんだぜ?」

 

PoHは拍手とともにそういうと何かを投げた。

投げつけられたユキナがそれを斬り払うとあたり一面を煙が包み込み、その瞬間4人の転移結晶を使う声が響いた。

 

「次はもう少し楽しもうぜ……。see you again。」

 

煙が晴れたときには既にそこには4人は居なくなり、無様な格好で気を失っているキヘイとゴヘイだけが変わらず転がっているだけだった。

 

「チッ……逃げやがったか……。おい、黒の忍。その二人はロープで縛って情報を引き出せ。」

 

「な!?あなたに言われるまでもありません!というかそもそもあなたに命令される筋合いは無いと思いますけど!?」

 

フンと鼻を鳴らすとフジタは立ち去って行った。アオシは無言でキヘイとゴヘイをロープで簀巻きににし、わざわざポーションを口に突っ込みHPを回復させている。

 

「アオシさん、どうしてわざわざ回復をしているんですか?」

 

「2人を持ち上げるだけの筋力値の余裕はない。それに……コイツ等からは引き出せるだけ奴らの情報を引き出すからな。……死の一歩手前ではなにもできん。」

 

そういうとアオシは2人のロープをしっかりと結び、持ち手を2つ作った。

 

「……キリト、救援が遅れてすまなかった。今回の件は全て対処に遅れた俺の責任だ。すまない。」

 

アオシはそういうとロープの片方をユキナへと渡し2人を引きずりながら去っていった。

俺は緊張の糸が切れたようにその場に座り込んでしまい、俯いた。

……助けられなかった。目の前に居たっていうのに……ダッカー……。

 

俯いている俺の肩に手が添えられる。

ふと顔を上げてみるとすぐ横に座っているアスナの顔が見えて慌てて顔を伏せる。

 

 

 

 

 

 

「何で……何で僕達が……ダッカー……。」

 

 

 

顔を上げざる終えなくなったのはケイタの悲痛な泣き声が聞こえたからだ。

サチも、ササマルもテツオも同じ様に泣いている。

たまたまダッカーが麻痺した時に落としたダガーを4人が囲み泣いている。

 

俺は地面に突き刺した剣を頼りに立ち上がり、4人の元へとゆっくりと重い足取りで近付いていく。

 

「……すまない。俺が……もっと早く対処していれば……。」

 

「……そんな事無いよ……。キリトは……護ろうとしてくれた……から……。」

 

 

 

 

 

 

「違う……。お前が……ビーターのお前が僕達に関わらなければ良かったんだ!そしたら最初からあんな奴らに僕達が狙われることもなかった!!ビーターのお前に僕達に関わる資格なんか無かったんだ!…………頼む、僕達の前から居なくなってくれ。じゃないと……僕は……僕は……。」

 

嗚咽と啜り泣く声だけがその場に響き、いたたまれなくなった俺はゆっくりとその場をアスナに任せ、ケイタの言う通りその場から……月夜の黒猫団の前から姿を消した。

 




普段の倍以上の量になってしまいました……。
いつもながら更新遅くなってしまい申し訳ないです。
一応弁明させていただくと私は別にダッカーは嫌いではありません。
しかし、今後の展開としてキリトにはやはり心の傷は必要なんだろうと考えました。
今後、黒猫団とキリトが仲直りするかは未定です。


おかげさまでお気に入り500人超えました。とても嬉しく、より精進させていただこうと思います。
次話は背教者ニコラスとなります。
感想、お気に入り、評価お待ちしております。


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背教者 ニコラス

長らく放置してしまい大変申し訳ありませんでした。

なかなか更新がすぐには出来ない状況になってしまいましたが、またちょこちょこ更新して完結させたいと思いますのでよろしくお願いいたします。


「いつまでこんな場所でレベリングする気なんだ?」

 

「……別に俺がここにいてもアオシには関係ないだろ。」 

 

「確かに関系はないがな。……まだ気にしているのか。」

 

月夜の黒猫団、ダッカーの殺害から半年、この半年は様々な事が目まぐるしくすぎていった。

俺達御庭番衆にとっても……キリト、アスナにとってもだ。

 

キリトは以前に増してソロに拘るようになり、殆どボス戦以外では姿を現さなくなったし、アスナは以前よりも遙かに攻略に拘るようになった。

攻略そのものの最適化、またそれに伴いプレイヤースキルを含む全体のレベリングをも彼女の主導の元、急ピッチで進められた。

 

その結果、半年という短い期間で22層ものフロアを攻略するに至った。

鬼気迫るアスナには今までの“閃光”という通り名の他に“攻略の鬼”といった通り名までつくほどだ。

事実そのペースについていけず、攻略組から身を引いた者もいる。

 

幸い、御庭番衆は今の所ついて行けて居るが、そのかわりこの半年間PoHの捜索の方は手が回っていない。

無論警戒そのものは攻略組のみならず、中層~下層のプレイヤーまで警戒するようになり、ダッカー殺害以降は殺人という報告はない。

 

中層を根城にした新撰組からの情報ではずっと潜んだままで雲隠れしているとの事だ。

また、今は牢獄にいるキヘイ、ゴヘイからの情報は半年前の主だった構成員の名前だけだった。

 

当時でも既に総員では10名、そのどのメンバーもが殆ど姿を見せず、行方知れずである。

故に軽々に情報を流出すべきではないと名前は一部の人間、ギルドのトップにしか知らせてはいない。

 

そういった理由もあり、レベリングを皆以前よりも積極的に行い、これだけの高速攻略にすらもどうにか着いていけている。

 

現在、最前線が49層。

プレイヤーの平均レベルとしては60前後といった所だ。

最高レベルとしては血盟騎士団団長、“聖騎士”ヒースクリフの72が恐らく最高レベルではないかと言われている。

……ちなみに参考までに言っておくと俺のレベルで66だ。

確かユキナがレベル64、アスナが67だったか……。

 

 

「キリト、無礼は承知で聞くが……今、レベルはいくつになったんだ?」

 

「……69。……アオシ、なにが言いたいんだ?」

 

「……。クリスマス限定クエストか?」

 

途端に隣に立っていたキリトがピリピリとした威圧感を放つ。

……恐らく図星だったのだろう。

 

「……ふぅ。……まぁこのタイミングだしな。そりゃわかるだろうな。……あぁ。そうだよ。」

 

「蘇生アイテム……か。実際、それは存在するのか……。そこに尽きるだろうな。」

 

「……存在する可能性が無いとは言い切れない。そうだろう?このゲームが“処刑”をすぐに行うかなんて茅場昭彦以外にはわかるはずはないんだからな。」

 

……このゲームが本物の命を懸けたデスゲームなのかどうか。

それは開始から半年も経たない内に既に決着がついた話だ。

 

『死なないとするのならば現実世界の人間がナーヴギアを外さないはずがない。つまりは少なくとも最初の213人は死んでいるのだ。そして新たな死者を殺さないでおく。それにメリットも無い。』

 

それが共通認識ではあるが、例えば本当に蘇生アイテムが存在し、使用できるならばキリトの予測もあながち無いとは言い切れない。

 

「そういうアオシこそイベントアイテムを狙っているんじゃないのか?」

 

「当然だろう?蘇生アイテムが有ろうが無かろうが莫大な経験値やコル、今後に備えるために必要なアイテムがあるのだ。手に入れておくに越したことはあるまい。」

 

「そう……だな。確かにそうだ。」

 

俺は蘇生アイテムを信じていない。そんな物が存在するならばこの世界を真面目に生きる者は格段に減ってしまうだろう。

それは茅場昭彦の望むところではあるまい。

 

「お前は……本当にソロで挑むのか?」

 

「………。」

 

そこで会話は途切れ、キリトは蟻塚へと入って行った。

 

「アオシさん、どうしてそこまでキリトさんを気にするんですか?」

 

「ユキナか。……いや、別に特段気にしているわけでは無いがな。ダッカーの件に関してはむしろキリトよりも俺に責任がある。……ただそれだけのことだ。」

 

「気にしない方が良いと思います。彼を殺したのはPoHです。対処を間違えたのかも知れませんが……だからといってPoHの背負わなければならない罪をアオシさんやキリトさんが背負うのは違います。」

 

……正論ではある。その言葉には説得力もある。

しかし、だからといって無条件に忘れて良いことでもない。

……結局、今出来る事は蘇生アイテムの有無の確認。それにキリトを死なせない事位か……。

 

考えているうちにゾロゾロと蟻塚から出て来たギルドメンバーを確認し、今日はこの狩り場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

「以上がキー坊が買ったのと同じ情報だヨ。……でもサ、アー坊。クリスマス限定クエストのフラグボスだヨ?キー坊は勿論論外だけどナ、アー坊のしようとしている事も十分危険だって本当にわかってるのカ?」

 

「承知している。いつもすまないな。」

 

「そう思うならオネーサンにあまり心配かけないで欲しいネ。全くキー坊といいアー坊といいどうしてこうも無茶をするのかナ。ユーちゃんの苦労が目に浮かぶヨ。」

 

両手を上に上げ、降参とでも言っているかのようなジェスチャーをするとアルゴはそのまま二階に居るユキナ達の所へと歩いていった。

 

アルゴから得た情報とキリトの得た情報、更に自分達で集めた情報を整理していく。

色々な層に一見すればもみの樹のように見える候補地はあるが恐らくはそのどれもが外れだろう。

あれは“もみの樹”ではない。

消去法で各層のもみの樹もどきを消していくと、35層にのみもみの樹もどきが無いことが判明した。

 

無論そこももみの樹もどきである可能性も無くはないが、もしもそこが本物のもみの樹であれば35層で恐らくは確定するだろう。

 

「……方針は決まったんですか?」

 

「あぁ。今日から明日の夜中までにギルド総出で35層を探索する。もみの樹を見つけ次第その場で待機するぞ。」

 

二階から降りてきたユキナにそう告げ、俺も準備を始めた。

ユキナは再び二階へと戻り、メンバーにも伝達しているだろう。

 

 

 

 

 

 

35層。この層の特徴としては“迷い”に重点が置かれている。

制限時間内にマップ内を踏破しなくては全く別の場所へと飛ばされ、転移結晶や高価なマップが無ければ、最悪何日もさまよったあげくに死ぬプレイヤーまで居るほどだ。

通称“迷いの森”それが俺が当たりをつけた場所だった。

この森は最前線当時、その厄介さから必要最低限の探索しか行われていないフィールドダンジョンで未だ中層プレイヤーの主流活動範囲からは外れている層だ。

 

 

探索を始めて五時間。俺達御庭番衆は目的のもみの樹を見つけ出した。

 

「ふむ……。確かにこれはもみの樹だな。……オルランド、よくやった。」

 

「いやいや。それでアオシ殿、当日まで後一日もあるがどうされるのだ?」

 

「俺はこの場に居よう。お前たちは当日の一時間前までに戻るのならばなにをしていてもかまわん。」

 

「では、我らはレベリングをして戻ろう。我らは後少しで62まで上がるのだ。」

 

「なら私はアオシさんとここに残りますね。一応回廊の出口をここに設定しておきますし、万が一迷って間に合わない時は使用して戻ってきて下さい。」

 

「かたじけない。」

 

オルランド、クフーリン、ベオウルフ、ナーザの4人はそう言ってきた道を引き返していった。

 

「さて、では拙者も装備を限界まで強化して来るでゴザるよ。何か用があればメッセージをとばして欲しいでゴザる。」

 

「俺はどうすっかなぁ……。ここに」

 

「さぁ!行くでゴザるよ。ヤヒコ殿!では、お頭、また後で。ユキナ殿、頑張るでゴザる。」

 

「お、おい、コタロー!?」

 

困惑しているヤヒコの事を抱え、コタローもまた、一気に元来た道を駆け抜ける。

 

そしてその場には俺とユキナのみが残された。

最も、監視役という名目でいつもついて回っているユキナと二人きりというのはさして珍しくもないが……。

 

「アオシさん、せっかくですし少しゆっくりお話でもしませんか?」

 

「それはかまわん。しかし……ユキナ、お前は特に準備をしたりは無いのか?」

 

「別になにもないとは言いませんが状況が状況ですし……大体出来る事は終わっています。」

 

「そうか。だが、なにもこんな寒くてなにも無い場所でただ待つだけに付き合う必要はないぞ。」

 

「私はアオシさんの監視役ですから。それを言うならアオシさんだってこの場に居続ける理由は無いのでは?」

 

「……否定はしないがな。」

 

「……アオシさんに前から一つ、聞いてみたかったことがあるんですけど……。」

 

「なんだ?」

 

「どうして初めて会ったときに助けてくれたんですか?……それに、私をギルドに入れて匿ってくれたり……何故ですか?」

 

「特に深い意味があるわけではない。単純にあの頃は奴の性格を把握していたわけではないからな。報復や口封じを恐れた。……それだけの事だ。」

 

「そうですか……。もう一つ聞いても良いですか?……マナー違反になるとは思いますけど……。」

 

「……言ってみろ。」

 

「……あなたは……現実に存在しますか?」

 

……言っている意味がよくわからなかった。俺は現実に居るのかどうか……。

答えは居るだろう。

……しかし、そんな事はユキナとて分かりきっているはずだ。

では何故そんな質問が来たのか……。

 

「いえ、すいません。忘れて下さい。きっと私の思い違いです。それはそうとアオシさん。これ、少し早いですけどクリスマスプレゼントです。」

 

ユキナは急に纏う空気を変え、話題を変えて小さな小箱を俺に渡してきた。

きっちりと包装されている所を見ると恐らくはクリスマス限定で売り出されていたアイテムなのだろう。

 

その小箱を受け取ると満面の笑みを浮かべて俺に背を向けたユキナだったが、今現在俺の頭の中は先程のユキナの質問が渦巻いている。

 

……俺は現実に存在するのか……。

 

俺……『四乃森 蒼紫』は存在はしていない。過去に生を終えている。

だが俺は今でもこの世界……人界にいる。

『四乃森 蒼剣』として。

そう。考えたことは無かったがそれならば“四乃森 蒼剣”はどうなったのだろう。

本来“蒼紫”と“蒼剣”は別人のはずで産まれてから今までの人生は“蒼剣”が経験するべき事柄だったのでは無いだろうか……。

 

「あの……アオシさん。プレゼント……気に入りませんでしたか……?」

 

背を向けたまま心配そうに聞いてきたユキナの言葉に思考を止め、手元のプレゼントの包みを開く。

中に入っていたのは深い蒼に紫がかった宝石がはまったネックレスだった。

瑠璃……確か今の呼び方はラピスラズリだったか……。

 

ネックレスを指でタップするとアイテムの説明が現れる。

『ラピスラズリ……スキル“バトルヒーリング”をスロット枠を使わずにセット出来る。初期値は200。』

 

「バトルヒーリングか……助かる。礼を言う。」

 

未だに背を向けているユキナにそう言うと俺は自分のストレージに入れていたアイテムを取り出した。

 

「礼だ。受け取れ。」

 

それをユキナへと渡す。

こちらを振り向いたユキナへとオブジェクト化したアイテム“雪の華”が装備された。

 

「あ、ありがとうございます……。」

 

お互いに相手にプレゼントしたアイテムを装備した状態で隣り合って座り、ポツリポツリと会話して時間を潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アオシ……?どうしてここが……?」

 

クリスマスイブ深夜11時過ぎ。

俺とユキナ以外のメンバーが戻らないなか、顔を出したプレイヤーはキリトだった。

以前にまして生気のない顔で驚愕の表情を浮かべた“黒の剣士”は暗い瞳を見開き、徐々に剣呑さを増していく。

 

「他の層にあったツリーはもみでは無かったのでな。そう言うキリトも同じ推理か。」

 

「あぁ……なぁ、アオシ……悪いがここは俺に譲ってくれないか……?」

 

「悪いが譲る気はない。共同でのボス討伐ならば考えよう。」

 

「……それじゃ意味無いんだよっ……!!」

 

歯を食いしばり辛そうな顔を浮かべた黒の剣士は背の剣へと手をかけた。

そしてその剣が抜かれる直前、キリトの前にウィンドウが現れる。

それはデュエルの申請……それも半減決着モードだった。

 

「……それが最後の一線だ。キリト。」

 

俺の言葉に沈痛な表情を浮かべたキリトは歯を食いしばりデュエル申請を受けた。

 

「……アオシ、殺す気で来い……。じゃないと………………死ぬぞ。」

 

開始と全く同時に赤と黒のライトエフェクトが火花を散らしてぶつかり合う。

お互いに弾け飛ばず、光を宿したまま鍔競り合いを続ける2人だったが、やがて赤の光は黒の光を押し始めた。

 

ジリジリと押しやられていく小太刀に追加で更なる一刀が打ち込まれる。

御庭番式小太刀二刀流“陰陽交叉”

一点に対して爆発的な威力を誇る二刀流技は押し込んでいたキリトの“ヴォーパル・ストライク”を弾き飛ばした。

 

弾き飛ばされたキリトが行ったのは自ら後方にジャンプするという行動だった。

高く跳ぶことて技後硬直を空中で済ませ、着地と同時に再度アオシと斬り結ぶ。

 

“黒の剣士”ことキリトは攻略組でも屈指の実力者である。

恐らく最強のプレイヤー候補には確実に名を連ね、実際対モンスター戦では最大の火力を有するとさえ言えるだろう。

しかし……それは対モンスター戦での話だ。

 

パターン化されていないプレイヤー同士の対決ではステータスもさることながらプレイヤー自身の戦闘センスこそが最も

重要になる。

 

そして、現時点で最も高い対人戦闘能力を持つのはアオシで間違いはない。

 

体勢を空中で整え、着地と同時に再度アオシへと斬りかかろうとしていたキリトだったが、その目論見は脆く崩れ去る。

着地点、その場所へと襲い掛かる一瞬六斬の剣技が着地と同時にキリトへと襲い掛かり、キリトは吹き飛ばされた。

 

「……今の防ぐか……。」

 

着地の体勢が崩れる瞬間を狙った六斬はキリトの着地の一瞬前に放たれた剣に第一撃目が当たり、その勢いで後方へとワザと吹き飛ばされたのだ。

 

かなりの距離を飛ばされた事で体勢を完全に立て直したキリトは即座にアオシへと斬りかかる。

一刀にしてその攻撃速度、攻撃回数は脅威に値した。

アオシが二刀を使い、継続的に攻撃をしたとしても秒間12回程が限界だろう。

現時点でキリトは秒間7回は攻撃してきている。

無論防ぐことは容易に出来る。

そして反撃も出来る。

しかし……一撃に込められた重みは想像よりも重く、鋭い。

キリトの意思と覚悟の大きさに比例して。

 

約5秒間息をつかせない連続攻撃を繰り返したキリトとそれを防ぐアオシだったが、その剣は一際甲高い音が響いた打ち合いの瞬間に砕け散った。

 

「……勝負ありだ。」

 

砕け散った剣を見て茫然自失となったキリトへとそう告げる。

そして……黒光の斬撃がキリトを切り裂きデュエルも決着した。

 

そのまま後ろへと倒れたキリトは仰向けに雪の上に倒れ、茫然としていた。

 

「キリト、今のお前ではいくらやろうと俺には勝てない。そして恐らくはこのイベントのボスにもな。」

 

「……それがどうした……。俺は……ダッカーを見殺しにしたんだ!勝てなかろうが構わない!俺が……俺一人で戦わなければならないんだ!」

 

そう言い放つと同時に再度剣を手に取ったキリトは、その剣に青のライトエフェクトを宿らせ解き放った。

 

片手剣突進技

ソニック・リープ

 

一瞬でアオシとの距離を縮め、袈裟斬りを放つもその一撃は空を斬った。

 

「……今のお前は弱い。そう……かつての俺のようにな。」

 

再度振るわれた黒の光を纏った小太刀二刀はまたもや寸分違わずにキリトの剣を捉え、その刀身をへし折る。

 

「所詮お前のやっていることは死んでしまった仲間のためではなく、死んでしまった仲間のせいにして命を捨てようとしているだけだ。お前の行動は死んだダッカーをよりおとしめているだけに過ぎん!」

 

キリトの胸倉を掴み、キリト身体を持ち上げながらそう言い放ったアオシは、弱々しく俯いたキリトから手を放ち、地面に落ちてそのまま下を向いているキリトを見下ろす。

 

 

「……それでも……あいつを生き返らせる方法が有るってのに……なにもしないわけにはいかないんだ……。」

 

「イベントボスと戦うななどと言ってはいない。俺達と共に戦え。パーティーを組まなくとも十分に生存率は上がるだろう。」

 

アオシはキリトの前に一振りの剣を突き刺し、キリトへとポーションを渡した。

シンプルな拵えの剣の刀身からは雲の隙間から漏れ出た月の光が反射しキリトの顔へとその光を浴びせている。

 

「……この剣は……?」

 

「……妖剣アマノムラクモ。本来ならばオルランドにやるつもりだったが必要STRが高く装備できそうに無い。俺が折った剣の代わりにしろ。」

 

アオシはそう言うと自らもポーションを飲む。

時刻は0時まで後10分。

 

「ユキナ、オルランド達とコタロー達から連絡は?」

 

「さっきヤヒコ君からメッセージが届きました。回廊結晶を使わずにこちらに向かっていたみたいですけど、途中で聖竜連合に妨害されているみたいです。」

 

「……そうか。では自己防衛を第一に聖竜連合のこちらへの到達を阻止するように指示しろ。……キリト、お前はどうする?俺達と共にボスを攻略するか?それとも……。」 

 

「……戦う。俺は……なんと言われようともダッカーの為にイベントボスを倒さなくてはならないんだ。」

 

アマノムラクモを手に取り、その身体を奮い立たせたキリトは一気にポーションを煽る。

 

「ユキナ、時刻は?」

 

「一分前です。」

 

「……よし。各自臨戦態勢を保持しろ。」

 

各々武器を構え、イベントボス出現に備え辺りを警戒する。

やがて辺りに鈴の音が響き始め、醜悪な顔の巨大なサンタクロース風な化け物が現れた。

 

背教者ニコラス

 

巨大な体躯に巨大な両刃斧を持った化け物はキチキチカチカチとよく分からない鳴き声を出しながらその顔を醜悪な笑顔を浮かべている。

 

「各自散開!互いが互いの手助けを出来る距離をギリギリまで取れ!」

 

アオシの号令と同時にキリト、ユキナが横に広がり、そして次の瞬間にはユキナの目の前にはニコラスが距離を詰めていた。

ユキナが手元の槍を使い上手く自らの軌道を変えてニコラスの巨大斧の一撃を紙一重で躱し、そのわき腹へアオシの小太刀の三連撃が叩き込まれる。

 

更にキリトもまた背後から自身の最強の一撃であるソードスキル“ファントム・レイブ”を叩き込んだ。

 

削れたHPは五段あるHPバーの0.5割にも満たないものの、確かな幅でそのHPは削る事には成功した。しかし

……硬直のあるキリトが背後に居る事に気付かれるわけにはいかない状況でもある。

もし気付かれれば冗談では済まない返撃を受ける羽目になるだろう。

 

「キリト、回避を最優先だ!無理に大ダメージは狙うな!」

 

「了解!……とりあえず背部には弱点は無いみたいだ!」

 

キリトが使ったソードスキル“ファントム・レイブ”は片手剣の中では最大連撃数を誇る6連撃だ。

恐らくはキリトはその6発を意図的にずらして背中全面に斬撃を浴びせたのだろう。

 

その後は時間を掛けながらも安全を第一に戦闘を続け、およそ二時間な時間をかけてニコラスを撃破する事に成功した。

 

LAはキリトが取り、ニコラスはキチキチカチカチと大きく嘶いてその身体を爆散させる。

そして弾け飛んだポリゴン片はまるで雪のように俺達にふり注ぎ、莫大な経験値とコル、そしてアイテムが俺達3人に与えられた。

 

手に入ったアイテムを各々が確認していくと目当てのものはすぐに……それも予想以上に多く見つかった。

 

《還魂の聖晶石》

 

各々に一つずつドロップしていた蘇生アイテムらしきものをオブジェクト化し、その効果を読む。

 

 

 【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して《蘇生:プレイヤー名》と発声することで、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ十秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させることができます】

 

《およそ十秒》この一言が冷酷な現実を俺達に突きつけてくる。

そう。この世界の死=現実での脳の破壊という事実がHPが0になってからおよそ十秒程で完了するという冷酷な現実を……。

 

「キリト……。」

 

その文を読んだキリトの目から光が消えたように見えたのは錯覚ではないだろう。

無論俺とて少なからず落胆している。

だが、恐らくはまだ元服したかしないか程度の……ましてや、現在に生きる少年にはこの事実は厳しい……。

 

「……キリトさん。あなたに着いてきて欲しい場所があります。」

 

「……わかった。どこだろうが付き合うさ……。もう、俺に目的なんて無いし……な……。」

 

ユキナはそう言うと俺にも着いてくるように目配せし、その足を進め始める。

 

 

 

 

途中、ヤヒコ達御庭番衆の面々に風林火山の面々とあったが、キリトの生気の失せた顔を見て一同は言葉を失い、ただただ見送っていた。

 

「キリトよぉ……おめぇは生きろよ!頼むから……頼むから死ぬんじゃねぇぞ!」

 

エリアを出る間際に響いたクラインの声は静寂を一瞬破壊するだけで返事をするものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここです。」

 

ユキナの先導に付いて来た俺とキリトは今、ダッカーが死んでしまった場所に来ていた。

その場には生き残った黒猫団の面々とアスナが待っている。

 

「キリト……久し振り。元気……はないね。もう少し驚くかなって思っていたんだけど……。」

 

数秒の沈黙の後、発せられたのはサチからの言葉だった。

 

「あのね……私達、今キリトがどういう状態で何をしていたのかも知ってるの。アスナさんが教えてくれたから……。それでね……キリトにこれを受け取って欲しいと思ったの。」

 

サチがそう言うと後ろで黙っていたケイタがサチの前に出てきた。

そしてメニューを呼び出し一つの結晶をオブジェクト化し、それをキリトへと渡す。 

 

「ダッカーの……いや、僕ら黒猫団全員の遺言だ。」

 

ケイタはそう言うと結晶……録音結晶を起動する。

 

 

 

『え~……今から僕らはせっかく手に入ったレアアイテムに録音をしようと思います。』

 

『おいおいケイタ~、実際に今から死ぬ訳じゃないだろ~?畏まりすぎだって。』 

 

『う、うるさいな。しょうがないだろ?むしろダッカーこそ軽過ぎなんだよ。』

 

『まぁ2人には最後にやって貰うとして……テツオです。まず僕は僕が死んでしまったとしても誰かを恨んだりはしないよ。もし死んだとしたなら皆を守った結果だろうしね。だから生き残った皆は悲観的ならないで生き抜いて欲しい。そのために僕は皆を守る盾になったんだから。』

 

『ササマルです。俺は死なない。……そう言い切ってるんだけどね。まぁせっかくの録音アイテムだし……。もし俺が死んだならきっと皆は悼んでくれると思う。でもさ、悼んでくれるのは嬉しいけど、それよりも俺という犠牲を無駄にしないで欲しいな。だから悼みつづけて塞ぎ込んだりはしないでくれな。』

 

『……サチです。えっと……こういう事今までした事無いからうまいことは言えそうに無いんだけど……。コホン……もし私が死んだならそれはきっと仕方なかったんだと思う。……きっと私はこの中で一番生きようとする姿勢が弱いから……。でもね。それでもここまで生き抜いて来れたのは皆のおかげだよ。だからもし私が死んじゃっても皆は生きてね。……それが私の願いです。そしてどうかこの世界に私達が来てしまった意味を見つけて下さい。えっと……じゃあこれで私の遺言は終わりです。』

 

『お、もう俺か~?』

 

『ダッカーはラストにしてあげるからしっかり考えろよ。と言うわけで……ケイタです。僕は皆のリーダーです。だからもしこの中の誰かが死ぬとしたらそれは僕だと思う。だから生き残った皆には絶対に死んで欲しくない。もし僕が死んだならどうか皆は生き残る事を考えて欲しい。誰かを恨んだり、憎しみにとらわれたりはしないでくれ。……さ、ダッカー、お前で締めだし、しっかり頼むぞ。』

 

『ちぇ、普通締めはリーダーがやるべきだぜ~?まぁ良いけどさ。俺が死ぬとしたらきっとポカやらかしたりなんだろうな~。というかさ、ここに遺書みたいに遺言残してるけど別に死ぬ気は無いんだよな~。だからあんまり皆みたいにしっかりした事は言えないけどさ、少なくとも皆を恨んだりは絶対しないよ。お前等は皆良い奴だからさ。だから俺がいなくてもしっかりと生きててくれよな。んでいつかこのデスゲームを終わらせてくれ。以上!……あれ?これ、まだかなり録音出来るぞ?ケイタ、どうすんの?』

 

『流石レアアイテムだな。後はキリト達3人にとって貰おうよ。』

 

『そだな。んじゃ切るな~。』

 

 

 

 

 

 

流れたのは彼らの日常的な会話な様なノリの遺言だった。

それでも……きっと、今のキリトにはもっとも心に響いたものだろう。

 

 

「僕は君を許したりはしない。君は僕らを騙したんだから。……でも、感謝もしているんだ。僕らが今生きているのはキリトのおかげなんだから。」

 

「ねぇキリト……キリトはもうダッカーに囚われないで。きっと……ダッカーもそう思ってるから。」

 

 

「でも……でも俺は……。」

 

「ねぇ、キリト君。キリト君はダッカーさんが死んだせいで自分も死ぬ気なの?……そんなの死んでしまったダッカーさんが望むわけ無いじゃない。……だから……私も一緒に彼の死を背負うから……だから……ね……。」

 

ケイタとサチの言葉に俯いたキリトの身体をアスナは抱きしめ、そう言った。

 

 

雪の降る静寂の森にキリトの啜り泣く声が静かに……しかしはっきりと響き続けていた……。

 

 

               



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