二人の短編集 (来栖胡桃)
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1・雨宿り

「・・・はあ」

 

灰原哀は空を見上げて小さく溜め息を吐いた。つい一時間ほど前までは、これでもかと言わんばかりに晴れ渡っていたのに今は黒く低い雲が立ち込め、そこから大粒の雨が地上に降り注いでいる。こんなことになるなら、暑いのを我慢してずっと博士宅にいればよかった。

 

自宅の冷房の調子が悪くなったと博士から聞かされたのは今朝のこと。急ぎ修理の人間を呼ぶと言っていたが、生憎どこの業者も忙しい時期らしく来れるのは早くても夕方近くになるとのことだった。更に不幸なことに、博士宅の扇風機もつい先日壊れてしまっていたので、まさにサウナ状態である。

朝方はともかくとして、昼間はとても耐えうるものではない。暑そうに団扇を仰いでいる博士を見ると余計に暑くなると、哀は図書館へ行くことにした。あそこなら冷房は効いている筈だし、暇つぶしにもなる。業者からの連絡を待つ博士を一人残し、哀は図書館へ出かけた。

 

一時間ほど過ごし、そろそろ帰ろうかと図書館を出たところで冒頭に戻る。いつの間にやら天気は急変しており、とても帰れそうにない。博士に迎えを頼もうにも、家を留守にするわけにもいかないから結局止むのを待つことにした。

 

と、どのくらいの時間が経っただろうか。雨は一向に止む気配を見せず、ますます激しくなっている。哀は再び溜め息を吐いた。すると

 

「あれ、灰原」

 

見知った声がして哀は俯き加減だった顔を上げた。

 

「・・・・工藤君」

 

目の前には片手に本屋の袋をぶら下げた少年・江戸川コナンが立っていた。傘をさしたままこちらに近付いてくる。

 

「なにしてんだよ、こんなとこで」

 

「見てわからない?雨宿りしてるのよ」

 

コナンはそこで初めて哀が傘を持っていないことに気づく。

 

「・・・・入ってくか?」

 

「・・・・いいわ。そのうち止むだろうし、ここから博士の家だと、探偵事務所に遠回りになるわよ」

 

あっさりと自分の厚意を跳ね除けられたコナンは少々ムスッとした顔を見せるが、次の瞬間には傘を閉じ哀の隣に並んでいた。

 

「何してるのよ。帰らないの?」

 

「・・・雨宿りしてる女の子を無視していけるほど、俺は薄情な奴じゃないんでな」

 

「だから、大丈夫だって言ってるじゃない。そのうち止むわよ、こんな雨」

 

「・・・俺の気が悪い。だから、止むまで付き合うよ。というか、お前が傘に入ってくれればすんなり帰れるんだけどな」

 

「・・・・・」

 

これ以上何か言ってもコナンは聞かないだろうと哀は察した。彼は変なところで頑なになるときがある。今だってそうだ。妙な優しさで、自分を困らせる。

 

「・・・おっ、上がったな」

 

ようやく雨が上がり、空に明るさが戻ってきた。帰ろ帰ろと先を歩き出すコナン。哀はその背中に呼びかける。

 

「・・・・ありがと」

 

「ん?」

 

「雨宿り、付き合ってくれて」

 

「別に、礼言うようなことじゃないだろ」

 

笑いながらそう言うコナン。そんなところも彼らしい。

 

「・・・おかげで退屈せずに済んだわ」

 

雨上がりの道を並んで歩く二人の頭上には、虹がかかっていた。

 

 

 



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2・花火大会へ

なんとなく前後編にしてみました


「お疲れ様です」

 

そう言って自らの職場である研究所の正面口を抜け外に出ると冷房の効いた室内とは打って変わり、肌にまとわりつく暑さが志保を襲う。もう陽は暮れかけているが、そんなことはお構いなしと言わんばかりだ。

研究所から歩いて五分ほど、最寄りの駅に着き定期券を改札に通してホームに上がると彼女の目を引くものがあった。浴衣姿の人達だ。それも一人や二人ではない。

 

そういえば、今日は堤無津川の花火大会が行われる日だと志保は思い出す。川沿いに出店もあり、毎年なかなかの賑わいを見せる祭りだと認識していた。未だかつて、彼女自身がその祭りに行ったことはなかったが。

 

米花駅で電車を降り、改札を抜けると見慣れた車が何時もの場所に止まっていた。自分を迎えに来てくれた車だ。志保は車に近付き、何やら本を読んでいる運転手を気付かせる為助手席の窓をノックした。

 

「おう、おかえり」

 

「ただいま」

 

工藤新一。かつて自らと同じ数奇な運命を辿ったこの少年も今や二十歳。個人の探偵事務所を経営する、立派な私立探偵だ。普段は事件の捜査などに駆り出され、帰宅するのは志保よりも後なのだが、この日は珍しく警視庁からのお呼びだては無しだったらしく駅まで迎えに行くと帰りの電車内で志保の携帯に連絡が入っていた。

探偵事務所から直接来たらしく、後部座席に愛用のカバンが置かれている。

 

「さっき、駅で浴衣の人が何人か居たわ。」

 

何の気なしに志保が言う。新一は前方を見たまま

 

「ああ。そういや、今日は堤無津川の花火だったっけ。蘭のやつも園子と行くって言ってたな」

 

「・・・・私、行ったことないのよね」

 

車窓に目を向けながら志保が呟くと新一は意外そうな顔を作った。

 

「お前、人混みとか苦手じゃなかったっけ?俺もそう思って、特に誘わなかったんだけど」

 

確かに新一の言うとおり、好きではない。だが今日は特別だ。あの浴衣姿の人達を見て志保の気持ちが動いた。

 

浴衣に身を包み、恋人と花火を見るなんていうのも悪くはない。

 

「博士が買ってくれた浴衣、一回ぐらい着てあげないと」

 

「まあ、そうだな。よし、行くか」

 

 

 

 

「お待たせ」

 

阿笠博士の家のソファに座る新一の前に浴衣に着替えた志保が姿を見せる。浴衣の着付けは昔、姉に教わったらしい。新一は思わず息を呑んだ。

 

「・・・何よ。ジロジロ見ないでくれる」

 

「いや、凄え似合うなって思って・・・」

 

新一の言葉にほんのり頬を赤くする志保。すると後ろから博士が現れた。

 

「いや〜、本当によく似合っておるよ。志保君」

 

「・・・ありがと、博士」

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

 

新一も既に私服に着替えている。志保は玄関先で下駄を履いて歩き出すが不慣れなもので、歩きにくそうだ。

 

「ほら、危ねえぞ」

 

そう言って手を差し出す新一。志保は小さく微笑みながらその手を握り返した。

 

 

 

〜続〜



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3・花火大会へ 後編

花火、あんま関係なくなってしまいました


堤無津川の花火大会に急遽行くことにした新一と志保の二人。新一は比較的ラフな格好だが、志保は博士が買ってくれた浴衣姿である。

花火の打ち上げ開始までまだ一時間はあるが、会場はかなりの賑わいを見せており前に進むのもやっとという有様だった。

 

「やっぱ、凄え人だな」

 

「・・・・そうね」

 

人を避けながらなんとか先に進むと屋台通りに出た。志保は両側の屋台にまるで子供のようにキョロキョロと視線を向けている。こんな祭に来るのは初めてのことだと言っていたから、色々興味が沸くのだろう。

 

「なんか、やるか? せっかく来たんだし」

 

「・・・じゃあ、あれ。」

 

志保が指差したのは射的屋。新一は志保の手を引くと店の前に行き、主人の男にお代を手渡す。

 

「あの立ってるやつを倒せばいいんだぞ」

 

「あのね、馬鹿にしないでくれる? それぐらいわかるわよ」

 

そう言いながらおもちゃの銃を構える志保を見て新一は昔のことを思い出していた。

彼女が初めて自分の前に現れたあの日。まだお互いに借り物の姿をしていたあの日。彼女は自分の目の前で銃を撃ってみせた。組織に居た時に習ったものなのかは知らないが、彼女が銃を構える姿を見るのはそれ以来だ。

 

「なんか、えらく様になってるな。お嬢さん」

 

店の男主人がそう言って志保も思わず我に帰る。たかがおもちゃの射的で、こうも真剣になってどうするのだ。

 

結局志保は、そこから打って変わって素人丸出しの打ち方でゲームを終えた。

 

「店のおやじ、志保の銃構える姿見て、ちょっとビビってたな」

 

「笑い事じゃないわよ。変な人だと思われたじゃない」

 

そんな話をしていると、出店通りを抜け少し開けた場所に出た。そこにはシートをしたに引いて花火の開始を待つ大勢の人がいる。

 

「ここで、いいか。」

 

新一は適当に座れる場所を確保すると志保と並んで腰を下ろした。

 

「・・・ねえ、工藤君」

 

「ん?」

 

「・・・・私、今でもたまに思うの。こんな幸せでいいのかって」

 

彼女が未だに罪の意識から抜け出せていないことは新一も重々にわかっていることだ。新一が志保に思いを伝えた時も、彼女はなかなか首を縦には振ってくれなかった。勿論志保も新一と同じ気持ちだったのだが、彼の幼なじみの存在と、何より新一の運命を狂わせてしまったという意識が志保の気持ちを封じ込めてしまっていたのだ。

結局新一の説得もあり、志保は新一の気持ちを受け入れるにあたったのだが、やはりまだシコリは残っていたらしい。

 

「・・・・私はあなたに相応しくないし、何より自分の罪を償ってない。だから・・・・」

 

「そんなことない。お前が俺に相応しいとか、相応しくないとか、そんなことどうでもいいんだよ。少なくとも俺は、お前とずっと一緒にいたいと思ってる。志保はどうだ?」

 

「・・・・それは、私も同じよ。あなたと一緒にいたい。でも」

 

「だったら、もうなにも言うなよ。そんな顔されたら、俺だって辛い」

 

新一は志保の肩を抱き寄せる。志保は新一の顔を見上げる。

 

「・・・・花火。始まるわよ」

 

「・・・うん。」

 

新一の目線は志保から動かない。志保が目をそっと閉じると、二人の影が重なった。

 

二人の後ろで花火が打ち上がった。

 

 

 

 



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4・プロポーズ

彼からのプロポーズの言葉

 

 

 

場所は確か、例の展望レストラン

 

 

 

彼の両親が永遠の愛を誓った、あの場所

 

 

 

ゲンを担いでその場所を選んだと言っていたけれど

 

 

 

彼の言葉からは、あの二人の影響はまるで感じられなかった

 

 

 

 

 

「結婚しようか」

 

「・・・・えらく、あっさり言うのね」

 

食事を食べ終え、デザートに手を伸ばそうとしていた時新一は志保に唐突にいった。窓から見える景色と店内の雰囲気以外はロマンチックの欠片もないプロポーズだ。

 

「・・・あなたのことだから、また耳が痒くなるようなプロポーズをすると思ってたわ」

 

「永遠に愛を誓う。的な?」

 

「的な」

 

数日前、この展望レストランに食事に誘われてから薄々プロポーズをされるのではという予感はしていた。もう付き合い出して五年になるし、新一も私立探偵として立派に活動している。それになにより、今日は志保の誕生日だった。プロポーズするのに、これ程うってつけの日はないだろう。

新一のことだから、きっと店の人間に頼んでサプライズのようなことをしてくるかもしれない。プロポーズの言葉も、聞いてて恥ずかしくなるような台詞かもしれない。

だが志保のそんな予想は見事なまでに覆されたのだ。

 

サプライズもなければ、こっぱずかしい台詞も無い。

 

至ってシンプルそのものだった。

 

「いや、俺も色々考えたんだけどさ。やっぱり普通がいいかなって思ってよ」

 

頬をポリポリ掻きながら新一は言う。

 

「それに、永遠に君を愛し続けるなんて言葉も、なんか嘘くさいだろ?」

 

その言葉に思わず志保は目を丸くした。新一からそんな言葉が出るなんて以外だったからだ。

 

「人間なんて、せいぜい生きて百年だからな。そう考えると、残りはせいぜい七十年ちょっとだろ? そう考えたら永遠なんてとても言えなくてさ」

 

「そんなんで、よくプロポーズしたわね」

 

ため息交じりに、半ば呆れたように言う志保。だが新一は別に悪びれた様子はない。

 

「まあ、永遠なんてとても言えないけど。七十年ぐらいなら、お前を好きでいられる自信はあるよ。」

 

自信たっぷりにそう言う新一。考えてみればこんなところも新一らしい。

 

「・・・はぁ。少しでも期待した私が馬鹿だったわ」

 

なんだかんだ言っても志保もそれなりにサプライズを期待していた。まあ、これはこれで印象には残るかもしれないが。

 

「・・・・七十年ぐらいなら、私のこと好きでいてくれるって言ったわよね」

 

「・・・ああ」

 

「・・・・ちょっと中途半端だから、あと三十年ぐらい割り増ししてくれる?」

 

今度は新一が目を丸くした。

 

「・・・ご希望とあらば」

 

「・・・じゃあ、お願い」

 

 

 

 



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