主人公が女の子になるのは間違っているだろうか (エルフ好き)
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一話 麦畑

久しぶりに描きました。書くの下手すぎて、見づらかったらごめんなさい!


 

 

様々な本が乱雑に置かれている部屋に少女はいた。細い枝のような腕で、本を捲る。左目は灰色、右目は紅色と、美しい瞳の色を輝かせる。

 

本の内容は、彼女の大好きな英雄譚だった。祖父が何度も読み聞かせてくれた、偉大な英雄の話。何度も、何度も同じ頁を捲る。

 

自分の人生の半分は本で出来ているのかもしれない。

 

そんなことを考えていたら、不意に扉が開いた。年季の入った扉は軋む音を響かせながら開く。

 

「おかえり」

 

「ただいま、ベル!」

 

「今帰ったぞ!ベル」

 

黒髪の少年と、麦わら帽子を被った祖父が帰ってきた。それにベルは表情を綻ばせながら、本を閉じた。

 

何でことのない日常。病弱な彼女にとっては本を読む時間と、幼馴染と祖父との時間が何よりの宝だった。

 

「ベル、体調は?」

 

幼馴染のラグナは、ベルの体調を気遣うように手を取る。畑仕事をしてきたラグナの掌は、どこかゴツゴツとしていて暖かい。少しだけ頬が赤く染まるのを自覚しながら、大丈夫と頷く。

 

ラグナは不思議な人だ。ベルが知らない物語を知っているし、いつも身体の心配もしてくれる。この村は100人もいないほどの、田舎だ。だからこそラグナとは自然と仲良くなり、今では家族同然の仲だ。

 

でもラグナの雰囲気は、どこかおかしかった。それに疑問を持った時、ラグナは口を開いた。

 

「なあ、ベル」

 

「どうしたの?」

 

「俺は……オラリオに行こうと思う」

 

「────!?」

 

その時の表情を言葉で表すのは無理だろう。驚き、怒り、悲しみ、様々な感情がグルグルと回り出した。

 

「な、なんで……?」

 

「お前のためだ」

 

「ぼ、ぼくの……?」

 

「ああ。お前の身体を治す方法を探してくる」

 

その真剣な表情からは、決意を感じた。ベルは弱々しい表情を浮かべる。

 

ずっと一緒だったラグナが離れる。世界の中心と呼ばれるほどの大都市に。ラグナは冒険者になるつもりだと、ベルは即座に気付いた。

 

だからこそ想像してしまう。彼が怪物に食われる姿を、冒険者によって殺される姿を。冒険者になったら戦場は当たり前だ、死ぬなんて日常に近い。

 

「ぼくは、身体治らなくていい!」

 

「ベル……」

 

「今のままがいい!ラグナと、お祖父ちゃんと、三人で暮らしていたいよ!」

 

畑仕事で、夕方まで働く二人。料理を作って二人を待つベル。三人で食卓を囲み、何でもない話で笑い合う。

 

正にあたたかい家族の日常。それが無くなるのは嫌だ、ベルは頬を濡らした。

 

それを見てラグナは、口を閉じる。

 

そこで黙って話を聞いていた祖父が、ベルの肩を叩いた。

 

「ベル、それならお前も行くか?オラリオに」

 

「ジジイ!?」

 

「……お祖父ちゃんは?」

 

「儂は、この家を守らないといかん。ベル、お前が決めろ。ラグナに付いて行くか、行かないかを」

 

祖父は今までにない表情でベルに問う。つまりは祖父と共に暮らすか、ラグナと共に暮らすか。その二つの選択肢に、ベルは目を瞑る。

 

祖父のことは好きだ、読んでくれた英雄譚は全て記憶している。唯一血の繋がった家族だ、だから大切にしたい。

 

でも身体を治して、ラグナと二人で暮らして、いつかは本当の家族になれるかもしれない。そう考えるとベルは、自然と口を開いていた。

 

「────ラグナについていく」

 

「そうか。ベル、よく決断した。流石は儂の孫じゃ」

 

祖父はベルの選択を喜んでいるようだった。頭をゴシゴシと撫で、豪快に笑う。それにラグナは呆れながらも、受け入れているようだった。それに安堵しながら、自然とベルは笑みを浮かべた。

 

ようやく、時計の針が動き出したような。そんな気がした。

 

 

⬛︎

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ……」

 

視界に広がる麦畑に、げんなりとしながら溜息を吐く。この麦畑ともお別れになることに喜び半分、悲しさ半分と言ったところか。

 

気づいたら、転生していた。何で死んだのか、何度も思い返してみるが、そこだけが空白だ。まあ、死因なんてどうでもいいか。問題はこの世界についてだ。

 

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』

 

主人公のベルが、仲間達と出会い成長していく王道ストーリー。俺も何度も読み返すほど大好きだったが、転生して気付く。この世界結構終わってる。

 

迷宮都市以外の場所では怪物に殺されるなんて当たり前だし、都市では冒険者に殺されることもあるし。なんなら、『黒龍』とかいう化物いるし。その化物殺さないと、世界は救われないとか終わってるし。

 

そして更に問題が発覚したのは、俺が3歳の頃に村に来たベルを見た瞬間だ。まず、瞳の色が違う。紅い瞳と、灰色の瞳。そしてどこか苦しそうな表情。

 

そこで気付いた、ベルの母は病弱だったことに。それを運悪く受け継いだのだろう。

 

気づいたら俺は気絶していた。いや無理もないと思うよ、だって主人公がTSしてるなんて考えられん。

 

そしてベルが病弱だと何が起こるか、まず寿命。ジジイから聞いた話によると、ダンジョンの70階層以降に『秘薬』と呼ばれる物があるらしい。それがあれば完治する可能性がある。

 

あくまで、可能性の話だが。

 

正直に言おう、無理だ。

 

あの成長レベルEXのベルくんで、ようやく深層だ。70階層以降に行ける実力を手に入れるには、ベルくん以上の成長が必要だ。

 

終わった。

 

いくらなんでもハードコアすぎる。しかも『黒龍』討伐までやらないと世界は終わる。

 

でも、一応希望は残っている。

 

それはベルくん、更なるチート説だ。今のベルは正直に言って、アルフィアと似ている。才禍の怪物と呼ばれる彼女の才能を、持っていたとしたら。

 

「……はは、はぁぁぁぁ」

 

それでも病弱なベルを戦わせたりはしたくない。出来れば俺一人で、冒険者になろうと思っていた。本当はもっと早い時期に行きたかったが、仕方ないだろう。暗黒期に都市に行く馬鹿はいない。

 

なぜ、今だったかと言われれば。爺さんから相談を受けたからだ。

 

『ラグナ、聞け』

 

『な、何かあったのか……』

 

『いいか、儂はここを出て行かなきゃならん。ヘラが近づいてきおる……』

 

『え、でも。ヘラ様にもベルをお願いしたら……』

 

『ラグナ!?そんなことをしたら儂が死ぬだろうが!』

 

『それは、村の人間にセクハラをするジジイのせいだろ』

 

とまあ、こんな風に。爺さんはちょうどいいと、オラリオにベルを連れていけと言ったが。俺は連れて行きたくないため、爺さんと命賭けの神拳(ジャンケン)が行われた。

 

中々に熱い戦いの末、俺は勝った。

 

まあ結果的にベルを連れて行くことになったが、仕方ないだろう。それにアミッドさんとかに、ベルの容態見てもらってもいい。

 

「……あとは、俺の才能次第かな」

 

畑に別れを告げ、俺は坂道を歩いた。丘の上で俺を待っているベルを見て、拳を握り締めた。

 

 



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二話 迷宮都市(オラリオ)

 

朝起きると、爺さんは消えていた。最初は混乱したが、物凄く取り乱したベルを見て平静を取り戻す。するといつの間にか手紙が置かれていたことに気づく。内容はこうだった。

 

『儂はハーレムを築く旅に出る。探さないでください』

 

ふざけた手紙に、思わず手紙を握り潰す。だが理由があるはずだ、例えばヘラ様が思ってたより早くにゼウスの場所を察知したとか。あの爺さんのことだ、ヘラ様の気配に思ってたより移動を優先しなきゃいけなかったと。

 

というかなんで、頑なにヘラ様と会わないのだろう。別に喧嘩をしているわけでもないはずなのに。少し不思議に思いつつ、俺はベルを横目で眺める。

 

同じく紙を握り締め、ベルは震えていた。

 

それに嫌な記憶が蘇る。それはベルが楽しみにとっておいた、ケーキを食べた時。あの時も考えられない雰囲気と、逆らえない圧によって俺は最終奥義土下座を披露したのを覚えている。

 

あの時と今の雰囲気は全く同じだ。

 

「……もしかしたら最後の別れになるかもしれないのに、ちゃんと別れの言葉言いたかったのに。…………許さない」

 

「ひっ……」

 

思わず悲鳴が出るほどの圧。でも同時に悲しそうに顔を歪ませる。当たり前だろう、ずっと共に過ごしてきた祖父がいなくなったのだから。

 

今のベルと原作のベルは全く違う。病気だからというのもあるが、精神が弱い。いや、仕方ないのだろう。ずっと、この家で一人にさせてしまったからな。

 

14歳だし、まだまだ子供なのだ。これからゆっくりと成長していくはずだったんだが。それが難しいのが、この世界なのだろう。

 

「ベル、行こう」

 

「……うん」

 

枝のように細いベルの手を取り、俺達は外に出る。この家ともさよならだ。少しだけ別れに寂しさを感じながらも、俺とベルは都市に向かった。

 

 

⬛︎

 

下山は滞りなく進んだ。怪物との遭遇も考えていたが、杞憂だったようだ。とはいえ警戒しておいて損はないだろう。この世界はどこにでも死の危険性があるのだから。

 

馬車に乗り込んだ俺達は休息を取っていた。俺は疲れていないが、ベルは息も絶え絶えに苦しそうだ。途中で休みも入れてはいたが、ベルには足りなかったのだろう。

 

発作が出ないか心配だが、俺が不安がっていてもしょうがないだろう。ベルの体調に気を配り、1時間ほどが経過した。ベルも息切れはなおったようで、少しは休めたようだ。

 

馬車に大きく揺られながら、ベルは口を開いた。

 

「……ラグナは、迷宮都市に着いたら冒険者になるんだよね」

 

「ああ、そのつもりだ。というか、すぐに金を稼ぐにはそれしかない」

 

田舎に住んでいた影響もあり。そんなに所持金は多くはない。二人分の生活費に加え装備の新調、他にも色々と出費は嵩む。一刻も早くお金を稼ぐ手段が必要ってわけだ。

 

それに俺の目標はダンジョン70階層以降の攻略と『黒竜』討伐ときた。この二つを終わらせないと、世界は滅亡する。

 

うん、改めて難易度終わってる。あと70階層以降って言ったけど、全部の階層を攻略しないと世界が終わる。

 

改めて世界の危機すぎるだろ。

 

「怖くないの…?」

 

「……怖い?」

 

「僕は、怖いよ。ラグナが、怪物に殺されるなんて嫌だ」

 

ベルの声は震えていた。細い身体を自分で抱きしめている。俺が死ぬ想像でもしているのだろうか。

 

そんなベルに何を言えばいいの分からなくなった。俺は死なないなんて言えるほど、俺は強くない。むしろ死ぬだろうな、みたいな達観している俺もいる。戦闘なんてやりたくないし、田舎で畑仕事していた方が性に合っている。

 

でも、それでも。病気のベルを見過ごしておけない、世界が終わるのを知っておいて放っておくなんて出来ない。

 

ベルは不安そうに、こちらを見つめてくる。深紅と灰色の瞳からは、今にも水滴が溢れそうだ。

 

「なら、ベルが助けてくれないか」

 

「え?」

 

「ベルが心配になるぐらいに、弱い俺を助けて欲しい」

 

それはあまりにも、頼りない返答だった。病気で身体が弱いベルに助けを求める俺、今更ながらにカッコ悪いと思う。でも本音でもあった。

 

俺一人じゃ怪物と戦えない、俺一人じゃ世界なんて救えない。才能なんてあるとは思えない。英雄と肩を並べる自信がない。()()()()()に相応しくない。

 

そもそも俺なんていなくても、どうにかなるのかもしれない。だけど、この世界の現状を一番よくわかっている人間は俺だけだ。なら戦うしかない。そんな地獄みたいな戦いにベルを連れていくのは怖い。

 

それでも、隣にいて支えてくれるのなら。それはどれだけ心強いだろう。

 

ベルはゆっくりと頷く。真剣な表情からは決意が見て取れる。

 

「助けるよ、約束する!僕がラグナを助けるから。だから―離れないで、ね?」

 

「あ、あぁ。約束するよ……」

 

どこか妙に圧のある言い方に、どもりながらも了承する。

 

馬車はどんどんと進んでいく。その間にオラリオについてからのことを話し合う。といっても、どこの宿を取るとか。そういう他愛もない話だ。

 

数時間が経過した頃。馬車には俺達以外の人間も乗り込み、時間が過ぎていく。

 

そして、遂に迷宮都市が見えてきた。馬車から身を乗り出し、外を見ようとするベルを落ちないように支えながら、俺もその姿を見る。

 

「うわぁ!見て、ラグナ!凄いよ!!」

 

「これは……凄いな」

 

巨大な壁が、中にある街を守るように聳え立つ。門には列が出来ており、たくさんの種族が、騒いでいた。

 

実際に迷宮都市を見て、胸を高鳴らせてしまった。俺は本当に異世界にいる、それを再実感した瞬間だった。

 

⬛︎

 

とある宿屋。そこに俺とベルは宿を取り休息を取ることにした。流石に旅をした後に迷宮都市を見て回れるほど、体力はない。

 

第一目標は契約してくれる神様を探す。でも簡単に契約してくれる神は少ないだろう。

 

病気に罹ったベルを安全に受け入れてくれる場所なんて、【ヘスティア・ファミリア】だけだ。俺の目標は70階層以降の攻略だが、正直に言って【ロキ・ファミリア】とかに入れる自信はない。もちろん【フレイヤ・ファミリア】だって無理だ。魅了されたくないし。

 

つまりベルのことを大切にしてくれて、なおかつ協力してくれる神はヘスティア様だけというわけだ。

 

宿にベルを置いて、とりあえず俺はヘスティア様を探しに外に出た。

 

ヘスティア様を探す方法は簡単だ。じゃが丸くんを売っている店を片っ端から、探し回るだけだ。もしかしたら今日バイトじゃない可能性もあるが、その時は、その時考えよう。

 

とりあえず道を行く人に、じゃが丸君の売っている場所を聞いて歩く。すると遠くからでも香る、甘い匂い。

 

「あっ、いた」

 

黒いツインテールを振り回しながら、忙しなく働いている幼女。彼女こそヘスティア様だ。実際働いている姿を見ると、微笑ましいという感情しかない。それは他の客もそうだろう。なんていうか神様らしさがない。

 

でも彼女は原作でも屈指の善神だ。竈門の神と呼ばれる理由がわかる。彼女は何というか暖かい笑顔を見せてくれる。

 

俺は客が減った瞬間を見計らって、ヘスティア様に近づいた。

 

「あの、神様ですよね?」

 

「うん、ボクかい?そうさ、ボクは神様だけど……。もしかして、ボクの眷属になりに来たのかい!?」

 

「あ、そうです」

 

「ってそんなわけないか。一人も団員を集められないような神の所になんて、来るわけ……えっ!?」

 

ヘスティア様はまじまじと俺を見つめる。

 

「俺を眷属にしてください、ヘスティア様!」

 

「よ、よっしゃぁぁぁぁぁぁ!ようやくだ、ようやくボクにも運命が訪れたんだ!」

 

思いっきりガッツポーズを取るヘスティア様。全身から喜んでいることがわかる。それはいいんだが、周りの視線が痛いほど突き刺さる。

 

「実は、もう一人だけ俺の連れが居まして……」

 

「うんうん、ボクは何人でも大歓迎だよ!」

 

ご満悦なヘスティア様を見て、俺はニヤリと笑った。初日に神と契約出来る。第一目標は達成というわけだ。

 

「ボクはバイトがまだあるから、少し遅くなるけど大丈夫かな?」

 

「大丈夫です。夕方ぐらいに、ここにまた来ます」

 

「うん!待ってるから、ちゃんと来てくれよ?」

 

少し不安気なヘスティア様に頭を下げて、別れた。後はベルと合流して、報告するだけだ。そしたら宿代を気にせずに、教会に住むことが出来る。その残ったお金で、武具を調達できるのもデカい。

 

このオラリオの広さで、すぐに見つかったのは幸運だったな。今日中に恩恵を授かって、色々とダンジョンについても調べたい。今の俺はほとんど知識のない、一般人だからな。

 

やることが多すぎて、溜息が思わず出る。これも世界を救うため、ベルを助けるため。そう思い、自分を励ました瞬間。俺は背筋が凍りついた。

 

「──ま、まさか」

 

自身を舐め回すような視線。それに気付いたのは、たまたまか。それともわざと気付かせたのか、神の塔と呼ばれる場所を俺は睨み付けた。

 

「……神フレイヤ」

 

⬛︎

 

それはたまたまだった。

 

美の女神フレイヤ。都市において、その名を知らない者はいない。都市最強と呼ばれるほどに、彼女のファミリアは無敵だった。

 

そんなファミリアの主神である彼女は退屈していた。というのも神として、下界に降りてから何百年も経った。神々は全知だ、だからこそ未知が知りたい。下界に降りてすぐの時はドキドキが止まらなかった。

 

子供達の可能性には、興味深いし。英雄を目指す者を見るのは楽しい。でも段々と飽きてくる。もう新しい英雄候補は生まれないのだろうか、自分が期待出来る子供は現れないのだろうか。

 

そんなことを考えながら、塔の最上階から子供達を観察する。葡萄酒を片手に、自分でも馬鹿馬鹿しいと考えながらも。

 

「……あの子は?」

 

ざっと子供達を見て気付く。一人だけ異様な雰囲気を持っていることに。黒髪黒目、至って普通の容姿、だが肝心の魂は歪んでいた。

 

見たことのない。まるで二つの魂がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、そんな魂の色にフレイヤは笑う。

 

────面白いと。

 

「あら、私に気づいた?」

 

彼は一瞬で覗かれてることに気が付いたのだろう。すぐにこちらに振り向いた。まるで、フレイヤがここにいることを知っているかのように。それに身体の奥がゾクゾクと震えるのを感じる。

 

「──あの子、欲しい」

 

紫紺の瞳は星のように輝きながら、肉食獣のように瞳孔は鋭かった。フレイヤは夢中で少年を観察する。まるで宝物を見つけた子供のように、運命は牙を剥く。

 

 

 



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三話 【ヘスティア・ファミリア】

 

 

どこにでもある普通の宿屋。格別に安いというわけでもなく、格段に高いというわけでもない。なかなかいい宿を取れたと、ベルは思った。ここなら相部屋だけど、何日も過ごせる。

 

まず【ファミリア】が見つからない可能性の方が高いだろう。ベルはそう考えていた。ラグナだけなら、入れてくれるところはあるだろうが。病気を持っているベルが付いてくるとなると話は別だ。

 

仕方のない話だ。冒険者とは命を賭ける職業。そんな細い腕じゃ何もできない。怪物なんて倒せやしない。

 

そう達観していた。きっと誰も自分に期待なんてしないだろうと。でも馬車の中で、ラグナは言った。弱い俺を助けて欲しいと。初めてだった。誰かに頼られるのは。

 

でも同時に思う。きっと自分では足を引っ張ってしまうと。病弱で醜悪な、この身体では何も出来っこない。

 

きっとラグナは、一人でも戦うのだろう。冒険者として、命を燃やすのだろう。カッコいいなって思う、まるで英雄譚の主人公みたいだって思う。

 

───でも、その隣に立つのは、きっと僕じゃない。

 

想像できるだろうか。外で一人で歩けない自分が、彼の隣に立つなんて有り得るのだろうか。資格がないと思う、彼には覚悟がある。それが自分のために決意してくれたということも嬉しい。

 

でも、その結果死んだら。多分だけど、ベルも死ぬだろう。彼の後を追って、この短い命に終止符を打つのだろう。でも彼は言ったのだ、ベルの力が必要だと。

 

こんな病気で何も出来ない自分を頼ってくれた。なら、その期待に応えたい。この弱い身体でいいなら、いくらでも捧げてやる。

 

それが彼女の誓いだった。

 

「ベル!俺達の神様が見つかったぞ」

 

扉を大きく開けて、息も絶え絶えなラグナは話す。たまたまじゃが丸くんという食べ物を売っていた神様と出会い、契約を交わしてくれることになったと。

 

「僕の病気のことは言ったの?」

 

「あっ。ま、まあ……大丈夫だと思う」

 

「……本当?」

 

「駄目だったら、別の神様を探すよ。さあ、行こう」

 

どこか楽観的なラグナに、少しだけ呆れる。ベルはラグナのゴツゴツとした手に引かれて、外に飛び出した。

 

 

⬛︎

 

 

女神フレイヤ。彼女はダンまちにおいて一番厄介といっても過言ではない。気に入った子供がいたら、無理矢理にでも勧誘してくるし。何よりチート能力の魅了。あれがあれば、英雄ですら傀儡にされるだろう。

 

それだけは避けたい。まずはヘスティア様の恩恵(ファルナ)を授かるところから始めなければ。フレイヤが狙ってくるなら、今のままじゃどうしようもない。まあ恩恵(ファルナ)を授かったところで、勝てる相手じゃないんだけどね!

 

宿屋に戻った俺は、ベルを眷属にしてくれる神がいると報告。ベルは目を丸くしていた。まあ、そりゃそうだ。まだ病気のことは言っていないが、ヘスティア様なら受け入れてくれるはずだ。

 

そんなこんなで、ベルを背負いながらじゃが丸くんの売っているところまで来た。

 

「ん?来たのかい。その子がもう一人の子かい?」

 

丁度バイトが終わったのだろう。服がいつもの衣装になっている。既に陽は落ちかけており、すぐにでも暗くなるだろう。

 

そういえば自己紹介も済ませてなかった。神様に大分失礼なことしてしまった気がする。

 

「俺の名前はラグナです、こっちが」

 

「ベル・クラネルです。よろしくお願いします!」

 

「おお!名乗るのを忘れていたよ。ボクの名前はヘスティア、今日からよろしく頼むよ!」

 

とりあえず自己紹介を終えて、ヘスティア様の本拠地とは名ばかりの教会に向かうことになった。ようやく恩恵を授かれるとなると、少しだけ緊張してくる。

 

「それで、なんでベルくんは背負われているんだい?」

 

「実は、ベルは病気なんです」

 

「……病気?」

 

「はい、何の病気か分からないんですけど。小さい頃から身体が弱くて、最近は少しだけマシになりましたけど……」

 

少し不安そうにヘスティア様を見つめるベル。その視線の意味を察知したのか、ヘスティア様は胸を大きく張って笑った。

 

「大丈夫さ、ボクは君を受け入れる。だから、そんな怯えなくていいよ」

 

まるで母親のような表情をするヘスティア様に、ベルは瞠目する。出会って数時間も経過していないのに、ここまで優しくしてくれるなんて。やはりヘスティア様は凄い神だ。

 

ベルも少しだけ嬉しそうに、小声でありがとうございますと呟いた。それにヘスティア様はにっこりと満面の笑みを浮かべたのだった。

 

「よし、ここだよ。君達のホームは!」

 

「────嘘?」

 

苔が生え、罅が入り、想像していた物よりずっと酷い。これは掃除する必要がありそうだ。ベルは口を開けたまま呆然としている。

 

ヘスティア様は気恥ずかしそうに、えへへと笑うが。笑えない。どこまで放置したらこうなるんだろう。

 

まあ、こんな人気のない場所に建てられている教会なら仕方ないと思うが。

 

「ま、まあ。今日はとりあえず恩恵(ファルナ)を刻もうじゃないか!」

 

「……それも、そうですね」

 

ホームのことは忘れて、一旦中に入る。外見は悪いが、中はそれほど汚くない。ただベルの病状が悪化しないように、掃除するつもりではあるが。

 

教会の地下。そこが、俺達の新しい拠点。あるのはベッドとソファーと机だけ。適当に買ったのだろう本が散らばり、ぐーたらしてたことがわかる。

 

「ささ、一人目は誰かな?」

 

「──僕から、お願いします」

 

俺が一番最初にと思ったが、意外にもベルが挙手した。恩恵を捧げるには、神の血が必要だ。その血を背中に垂らし、人間の可能性を開く。そんなイメージだ。

 

【ステイタス】は力、耐久、器用、敏捷、魔力と五項目ほどある。冒険をして、恩恵を再更新すると能力が上昇する。敵を多く倒せば、その分上がるというわけでもない。

 

格上の相手との戦闘などの上昇量は半端なく高い。

 

「あっ。ラグナくんは外に出ておいてね」

 

「そうだな。終わったら呼んでくれ、上にいるから」

 

恩恵を授けるには上半身を裸になる必要がある。俺は階段を登り、終わりの時を待った。

 

⬛︎

 

ヘスティアは初めての眷属に心を高鳴らせていた。ずっと夢だった【ファミリア】。それが今日突然に叶った。黒髪黒目の少年ラグナくん、雪のような白髪を腰まで伸ばしたベルくん。

 

ベルくんが病気を患っていると聞いた時は驚いたが。だからといって邪険にするつもりもない。当たり前だが、初めての眷属だ。大切にしたいのだ。

 

【ファミリア】とは家族のような物だ。主神であるヘスティアの血は、永遠に残り続ける。

 

細長い針に、ヘスティアは指を刺す。真っ赤な雫が、真っ白な背中に溢れ落ちる。すると現れるのは文字の羅列。これが彼女の【ステイタス】だ。

 

『ベル・クラネル』

Lv1

力 I0

耐久I0

器用I0

敏捷I0

魔力I0

『魔法』 【サタナス・ヴェーリオン】

     ・詠唱式『福音(ゴスペル)

     ・単射魔法

     ・音属性

『スキル』【運命廻継(アルメー)】・病弱付与。

           ・身体能力低下。

           ・耐久力低下。

           ・魔力に高補正。

           ・精神力に高補正。

 

「(魔法が発現している……!?)」

 

確かに魔法が発現していることは、そこまで珍しいことではない。問題はスロットの数。人間は最低一つ、最高で三つ魔法を覚えることが出来る。そしてベルは最大の3つの魔法スロットがあった。

 

「(で、問題はこのスキル)」

 

能力の低下。これはおそらく病気のせいだろう。ステイタスの低下は分かるが、身体能力低下はどういうことだろう。ヘスティアは少し考えて、こう考察した。

 

恩恵を与えられた人間は、誰しもが圧倒的な力を手にする。『魔法』とか『スキル』関係なしに。超人的な力を手に入れる。

 

おそらくだが、恩恵で得た身体能力はこの『スキル』のせいで相殺されたのではないか。

 

「(うーん。これ以上は考えていても仕方ない)」

 

ヘスティアは終わったことを、ベルに伝えて羊用紙に共通語で【ステイタス】を描く。それが描き終わった時、ヘスティアはラグナの名前を呼んだ。後はラグナにも同じように恩恵を授けるだけだ。

 

ラグナは、ベルのステイタスを見て瞠目する。女性になった影響なのか、それとも自室で本を読んでいたからか。魔法のスロットも三つ、更にアルフィアの魔法まで覚えた。

 

それはラグナの期待以上の力だった。

 

ラグナも同じように、上半身の服を脱いだ。畑仕事をしていた影響で、身体は筋肉質だ。そんな彼の背中に、先ほどと同じように一滴の血を溢す。

 

『ラグナ』

Lv1

力 I0

耐久I0

器用I0

敏捷I0

魔力I0

『魔法』 【  】

『スキル』【誓約代償(レギオン)】・特殊条件達成時、任意発動。

           ・使用時、魂の摩耗。

           ・能力の倍補正。

           ・感覚超強化。

           ・肉体損傷(ダメージ)自動回復。

 

 

ヘスティアは目を剥いた。ラグナにも『スキル』が発現していることに。しかし、内容にも瞠目する。例えば、能力の倍補正という部分。力とか耐久とか。そういう次元の強化ではない。

 

本当に倍率で、強化されるとしたら恐ろしいだろう。まあ、その代償という部分が凄まじく壊れているのだが。

 

「(魂の摩耗……)」

 

これほどの【ステイタス】の強化並びに、自動回復まで付いている『スキル』。その代償が、魂とは。それは吊り合っているつもりなのだろうか。ヘスティアは、嫌な汗が止まらなかった。

 

下界の人間は、例え死んだとしても生まれ直すことができる。魂の漂白を終えた後、また下界に生まれ落ちる。だが、それは魂があるからできる話だ。

 

つまり。この『スキル』を使いすぎると魂が壊れる可能性がある。

 

それはつまり。この少年の人生どころか、来世すら壊す物だ。

 

「(隠そう。これは、無かったことに……)」

 

ヘスティアは乾いた笑いを響かせなら、羊用紙に書き記していく。もちろん『スキル』なんて発現するわけがなかった。そんな才能を持った人間なんて、いないいない。

 

現実逃避しながら、【ステイタス】を記した用紙をラグナに渡したのだった。

 

⬛︎

 

渡された用紙を見つめる。何の【魔法】も【スキル】も得られなかった。仕方ないと思う、でも焦りも感じている。今の俺は技術も知識もない凡夫だ、せめて【スキル】があれば違うのに。なんてないものねだりをしてしまう。

 

逆にベルは魔法を取得した。なんていうか、神というか運命は残酷なのだろう。彼女の義母に当たる、アルフィアの魔法を受け継ぐとは。それに加えてスキルまで手に入れた。

 

まあ、デメリットとメリットとがはっきりしすぎて笑うしかない。ベルは圧倒的な魔法能力の代わりに、耐久力が弱い。下手に攻撃を受けたら重症を負うだろう。まあ【福音(ゴスペル)】があるから、そもそも近付けないだろうが。

 

「ベル。身体はどうだ?どこか変わったところとか」

 

「なんか、少しだけ身体が軽くなった気がする。恩恵の効果かな?」

 

「なるほど、少しは効果はあるんだな。良かった」

 

ベルの能力は物凄いと思う。原作でもチートとされていたアルフィアの魔法。さすがに、アルフィアみたいな剣技とかは模倣出来ないだろうが。後衛の魔術師として、これ以上頼りになる存在はいない。

 

「ヘスティア様。今日からよろしくお願いします」

 

「お願いします、神様」

 

「そんな畏まらないでおくれよ。ボクたちは家族(ファミリア)なんだからさ!」

 

綺麗な笑みを浮かべて、ヘスティア様は言った。俺としてもヘスティア様とは仲良くなりたい。目標のためもあるが、彼女の協力無しでは70階層なんて辿り着けない。

 

当分の目標は冒険者として、戦いに慣れることからだ。それが出来てようやく、原作が始まるのだろう。それまでに【スキル】が発現するといいが、まあ期待はしないでおこう。

 

「ふっふっふ。今日は【ヘスティア・ファミリア】結成祝いとして、食事を買ってきたのさ」

 

唐突にヘスティア様は、懐から何かを取り出した。それはじゃが丸くんだった。そういえば、今日は何も食べてなかったことを思い出した。今更だが、お腹の虫が鳴り始める。

 

「ふふ、さあ。食べようじゃないか、じゃが丸くんで乾杯だ!」

 

「乾杯……?」

 

「乾杯!」

 

ベルは不思議そうに、じゃが丸くんを手に取って口に入れた。俺も続いて、口に入れる。初めて食べるじゃが丸くんの味は、濃厚な抹茶味だった。

 

 



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四話 冒険者ギルド

 

 

冒険者ギルド。新人冒険者からベテラン冒険者まで、絶対に必要とする施設。魔石の換金、新人のサポート、クエストの依頼なんてものもある。

 

朝から晩まで冒険者が行き交うギルドは、受付の人間も多忙を極める。ハーフエルフの職員、エイナは作業机に置かれた山のような書類に目を遠くする。別にエイナが仕事をサボってたわけではない。これがギルド職員の普通なのだ。

 

そんな中。見慣れない冒険者が入ってきた。黒髪の少年と、どこかの王女様なのかと見紛うほどの少女。新人なのは明らかだった。

 

「冒険者ギルドに、ようこそ!」

 

「あ、すいません。冒険者の手続きって、出来ますか?」

 

「はい、出来ます。こちらに所属されている【ファミリア】と名前を記入ください」

 

エイナは丁寧にペンと書類を渡す。数十秒もすれば、描き終わり。その書類を受け取ったエイナは、中身を確認する。

 

「(ヘスティア・ファミリア……新しく出来たファミリアかな)」

 

黒髪の少年はラグナ、白髪の少女はベル・クラネル。書類の確認を終えた後、エイナは二人の格好を確認する。

 

【ファミリア】には、ダンジョンを探索する冒険者以外にも仕事がある。例えば【デメテル・ファミリア】は農業系、【ディアンケヒト・ファミリア】は医療系など。多数に渡る。

 

オラリオの大半は探索者専門が多い。その理由はなぜかと聞かれれば、一気に名を上げれるからだ。

 

オラリオで強くなれば、都市外からでも。その名声は轟く。冒険者達はみんな、自分の名前を世界に知らしめたい。そんな欲望を持っている。

 

そして目の前の少年少女。

 

エイナは受付嬢として、働いた経験から思った。

 

────一ヶ月もしないうちに死ぬと。

 

何人の冒険者も見てきたエイナは、分かってしまう。彼等はダンジョンで呆気なく死ぬ。まず、黒髪の少年ラグナ。背丈は180cmに近いほど、体格は恵まれている。前衛としての仕事は果たせるだろう。

 

問題は彼女の方だ。ベル・クラネル。病的なほどに肌が白い。それはいっそ恐怖を感じるほどに。背丈も145Cほどだろうか。おそらく見た目通りに体力も多くはない。

 

ダンジョンは無限に湧き出る怪物を対処をしないといけない。そんな状況で、彼女は戦えるのか。

 

「君達は、新人だよね?」

 

「はい、昨日契約を交わしました」

 

「この後はどうするの。もしかして、ダンジョンに行こうなんて考えてないよね?」

 

御節介かもしれない。でも少しでも冒険者の生存率を上げたい。冒険者が死ぬことは日常だけど、エイナはそれを許せなかった。そして予想通りだが、少年はダンジョンに行こうとしていたらしい。

 

「ラグナくん、武器も持っていないのにダンジョンに行くなんて。死にに行くようなもんだからね!?」

 

「は、はい。すいません」

 

「武器も、こっちでギルド貸し出し用があるから。着けてきて」

 

有無も言わさない雰囲気に、ラグナとベルは着いて行った。ギルドに入って、少し奥の場所に木箱が置いてある。中には、雑に武器が並べられている。

 

剣、斧、槍、弓、盾と。本当に様々な武器に、ラグナは目を光らせる。新人冒険者用の武具は、なかなかに切れ味が良さそうだった。

 

「何か、武器の経験は?」

 

「……一応剣が」

 

意外にもラグナは剣の経験があった。幼少期から鍛えておいて損はないと、ゼウスを説得して教わった。だが、実戦の経験は数回しかない。山にいたゴブリンを、数体討伐したぐらい。

 

外の怪物に比べて、ダンジョンの怪物のレベルは数段違う。そのため、ラグナの剣は通用するのか少し不安だった。

 

意外にもゼウスは教えるのが上手かったことを覚えている。神々は力を封印して、一般人と変わらない身体能力のはずだが。ゼウスの技は、まるで芸術を見てるようだった。

 

「ベルちゃんは、後衛なの?」

 

「はい、僕の身体じゃ前衛なんて出来ませんから」

 

「もしかして、魔法使える?」

 

「まだ使ったことがないので、分からないですけど……多分?」

 

そのベルの言葉にエイナは瞠目する。魔法種族でもない、人間が魔法を発現させるのは難しい。でも昨日恩恵を授かった、ということは最初から発現していたのだろう。それは凄い才能だとエイナは思った。

 

もちろん魔法にも種類はあるが、総じて強力な物が多い。攻撃魔法、回復魔法、付与魔法。冒険者にとって魔法とは命綱に等しい。

 

「あ、そういえば。この剣っていくらぐらいなんですか?」

 

「確か……15000ヴァリスだったかな?」

 

「高っ!」

 

ラグナは手に持っていた、片手剣を見つめ直す。15000ヴァリス。これを稼ぐのに、一体何日必要なのだろう。少しだけ、拳で戦うことも視野に入れながら剣を握る。

 

悪くない。といっても比較対象が村で作った不細工な木刀だけだ。切れ味はどうなのか、耐久力はあるのか。さまざまな疑問が浮かぶが、それはエイナを、ギルドを信用するしかない。

 

「あと、ダンジョンについてなんだけど……今から時間あるかな?」

 

 

⬛︎

 

ギルドで俺達は5時間ほど、密室で教えを受けた。エイナさんは優しく丁寧に迷宮のこと、怪物のことについて教えてくれた。正直言って、独学で勉強するよりも何倍もいい。

 

腰に差した剣を撫でる。これが15000ヴァリスと思うと、なんだか腰が重い。この剣を使って、お金を稼がないと。この武器が壊れてしまえば、俺は拳で戦うことになってしまう。

 

「ベル、体調はどうだ?」

 

「大丈夫。恩恵のおかげなのかな?あんまり疲れてないよ」

 

「そっか、ならダンジョンに行ってみよう。ベルも魔法を試したいだろ?」

 

俺の言葉にベルは頷き、俺達はダンジョンに向かった。

 

 

 

 

 

数分後。俺達は『神の塔(バベル)』近くの噴水広場に到着していた。後は地下に降りるだけ。

 

ベルは魔法を俺は剣を。後は連携とか怪物の強さとか。確かめることはたくさんある。少しだけ身震いしながら、俺とベルは進んでいった。

 

少し進んだ先に、ダンジョンの入り口がある。そこには門番が、冒険者達を観察していた。怪しい者がダンジョンに入らないか見張ってるのだろう。

 

俺とベルも冒険者の人混みに入り、奥に進んでいった。

 

そこからは長い長い階段が続いている。冒険者は数え切れないほど、階段を降りている。俺とベルは邪魔にならないように、端によりながら降りていく。

 

ダンジョン一階層。上層と呼ばれる場所に到着した俺は、エイナさんの言葉を思い出す。

 

『ダンジョンで、一番死者が多いのは上層。怪物の数が多くて、囲まれることも少なくない。いい?ラグナくん。ベルちゃん。ダンジョンでは冒険しないこと!』

 

原作のベルくんにも口酸っぱく伝えてた言葉。実際、間違っていないと思う。でも強くなるためには、冒険を冒す必要があることも事実。

 

といっても、上層で死にかけたら深層なんて夢のまた夢。

 

『──ガアアアアアア!!』

 

壁から生まれ落ちる怪物。角が生えた小鬼、その姿は小さい頃討伐したことのあるゴブリンだ。ダンジョンでも最弱の怪物は、俺達の姿を視認すると接近してくる。

 

とはいえ、そこまで早くはない。落ち着いて対処すれば簡単に倒せる。抜剣して、敵の攻撃に構えた瞬間。ベルは枝のように細い腕を伸ばす。そして一言だけ発声した。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

その瞬間。空気は歪み、音の速度で怪物を貫通した。怪物の断末魔を掻き消すほどの、音響がダンジョン内に響き渡る。そのすぐ後に怪物の身体は灰と化した。

 

その灰の中には、毒々しいほどの紫色の石。『魔石』が落ちていた。豆粒のように小さいが、これでも売ることが出来る。

 

「これが、僕の魔法……?」

 

ベルは自分の手をまじまじと眺めて呟いた。驚くのも無理はないだろう。自分の魔法が、怪物を一撃で破壊したのだから。そういう俺も驚いている、実際に目の前で放たれた魔法。

 

こんなの人に放ったら……そう考えると背筋が凍りそうだ。

 

「ラグナ!これなら、戦える。ラグナを守れるよ!」

 

「あ、あぁそうだな……」

 

そんなにゴブリンを倒したことが嬉しいのか、それとも魔法が強くて興奮しているのか。ベルは満面の笑みだ。

 

ベルが落ち着いた頃、俺達は今日使った金銭を取り戻すために先に進んだ。

 

しばらく進むと、そこには狼のような怪物がいた。

 

『グウゥゥゥ!!』

 

どこか犬のような唸り声を上げるコボルト。俺とコボルトは睨み合う。次の瞬間、俺は走り出した。人狼のような見た目の怪物、相手の武器は爪と鋭い牙。爺さんとの訓練を思い出しながら、俺は剣を振り下ろした。

 

肉を両断する感触。それを感じていたらコボルトは灰になる。初めての戦闘に、大きく息を吐く。こんなコボルト相手に苦戦するようじゃ、この先が思いやられるからな。なんとか余裕で勝つことが出来た。

 

だが、しかし。怪物の本当の脅威は物量だ。あのコボルトが2体、3体となると苦戦もする。まあ、ベルは別だろうが。そう思いながらベルの方を確認する。

 

「──ベル!?」

 

ベルは肩で息をしていた。心臓を押さえて、咳を繰り返す。何度も発作を見てきた俺は、すぐさまベルを横抱きに揺れないように走った。

 

無我夢中で、階段を登り、街を駆ける。恩恵をもらったため、思ったよりも早くホームに到着した。

 

ベッドにベルを寝かせて、薬を飲ませる。意識が朦朧としているのだろう。俺の服を握り締めて離さない。

 

「───ごめんなさい……ごめんなさい」

 

謝罪を繰り返すベル。何に謝ってるのかわからないが、ゆっくりと背中をさする。数分後経つと、ヘスティア様が階段を降りてきた。

 

「ベルくん!?ラグナくん、何があったんだい?」

 

「ダンジョンで、急に発作が出てしまって……」

 

「大丈夫なのかい!?」

 

「多分……大丈夫だと思います」

 

「……少し待っててくれ!」

 

ヘスティア様は、焦ったように階段を登る。俺はそれを尻目に、ベルの手を握り続けた。

 

 

⬛︎

 

小規模な薬屋『青の薬舗』。そこには青い髪色の神ミアハが、薬を調合していた。なんてことのない普通の回復薬を作っていると。突然に扉が開かれた。

 

「なんだ、ヘスティアか。どうかしたのか?」

 

黒髪のツインテールを揺らし、息をする女神ヘスティア。その焦った姿に、ミアハは訝しむ。何か良くないことでも起きたのだろう、話を聞こうとする。

 

「──ボクの、ボクの眷属を見てやってくれ!」

 

「うむ?どういうことだ」

 

ミアハはヘスティアには眷属がいないことを知っている。最近出来たのだろうか、それならば自慢してきそうだが。ヘスティアは息を切らしながら、ゆっくり話をする。

 

昨日契約を交わしたベルという少女が、病気を持っていて。『スキル』に反映されるぐらいの、不治の病ということ。それを聞いたミアハは、まさかと考える。

 

「わかった、私でよかったら見よう」

 

「ありがとう、ミアハ!君が居てくれてよかったよ!」

 

ミアハは一本の回復薬と共に、ヘスティアに着いていった。ミアハの脳裏には、白い雪のような少女が浮かんでいた。

 

誰よりも世界を恨んでいいのに、誰より笑顔だった少女。ミアハが救えなかった、一人の少女。そんなことありえないと、幻想を振り切る。

 

ヘスティアに案内されて数十分。苔が生え、罅が入り。なんとも、ホームとはいえない有様だ。

 

教会内に入り、地下に向かう。そこで、ミアハは息を呑んでしまった。

 

雪のような白髪。それを腰まで伸ばした美しい少女。ミアハは無意識のうちに呟いていた。

 

「──メーテリア」

 

 




評価、コメントありがとうございます!


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五話 医神

 

 

「メーテリア……?」

 

端正な顔が歪み、誰かの名前を呼ぶ。その名前は聞いたことがある。ベルのお母さんの名前だったはずだ。ベルと同じ白髪と、病気を患っていた人。一度ゼウスに話を聞いたことがある。

 

身体の弱いベルの母親が、少しでもベルと暮らさなかったのには理由がある。それは『黒龍』の討伐に失敗した、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】は世界中から恨まれたからだと。

 

最強の冒険者の【ファミリア】だが、一度の失敗で世界中から敵視されるようになった。そして唯一の生き残りのメーテリアにも悪意が晒されたらしい。

 

このままじゃ、ベルにも悪意が向けられる。それを危惧したメーテリアがゼウスに預けたと。

 

その話をしていたゼウスの表情は、本当に酷かった。その時の光景を思い返すように。メーテリアはゼウスに言ったらしい。健やかに育ててほしいと。

 

だが不幸にもベルは病を受け継いでしまった。

 

ゼウスは迷っていた。このままベルは山で過ごして幸せになれるのか。もちろん、幸せなんて訪れない。ベルの病気はじわじわと、命を枯らしていくだろう。

 

迷宮都市に来て。ベルをミアハ様に見せようとは思っていた。それがこんな形で見せることになるとは思わなかったが。

 

「……やはり、あの子と同じか」

 

「何か、分かりましたか?」

 

「いや、正直に言おう。この病気は医神である私にも治せない」

 

「君でも、治せないのかい!?」

 

ミアハ様は、横になっているベルの背中から肺の辺りを触る。少しすると、ミアハ様は断言した。この病気は治せないと。ヘスティア様は驚いていたが、俺は分かっていた。

 

普通。病気が恩恵に定着することなどありえない。だがベルの場合は恩恵にまで反映されている。『スキル』を消すことは神でも出来ない。もしも、出来るとしたら神の力(アルカナム)を使わずには無理だ。

 

医療の神すらお手上げの下界の未知。

 

なら恩恵を授けなければいいと俺は思っていた。でも時間がなかった。ベルの命は、既に枯れようとしている。

 

恩恵は身体能力の強化だけじゃない。レベルを上げていくことに、神に近づいていく。とはいえ神の力を手に入れるようなことはできない。あくまでも近づくだけだ。

 

でも近づいていくと寿命が伸びていく。人間には考えられないほど、長生きすることも可能だ。病気に侵されたベルの身体でも、寿命はある程度伸びる。

 

今のベルに残された時間は十年ほどだろうか。レベルを上げれば、それだけ寿命は伸びる。その短い時間の間に病気を治す薬を手に入れないといけない。

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。私の名前はミアハ。よろしく頼むよ」

 

「ラグナです。よろしくお願いします!」

 

軽い自己紹介を済ませて俺は考える。俺の目標には、神様の協力が必要不可欠だ。俺の原作知識は17巻までだ、18巻の知識は持っていない。17巻の最後は、【フレイヤ・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)することになったと記憶している。

 

そこまで生きていられるかわからないが。ヘスティア様の力は絶対に必要だった。

 

そしてミアハ様。オラリオでも珍しい医神。してほしいことが一つだけある。

 

俺はヘスティア様とミアハ様に、話があると言って上に連れ出した。この話はベルに聞かれるわけにはいかない。

 

「話したいことって、なんだい?」

 

「俺がオラリオに来た理由はベルを治すためです。これは知ってますよね」

 

「うん、なんとなくだけどね」

 

ヘスティア様は、俺の瞳を真っ直ぐに見つめて頷いた。ミアハ様は黙って、俺の言葉を聞いている。そんな二人の目を見て、俺は話す。

 

「ダンジョンの70階層以降に、ベルのことを治せる薬があるらしいです」

 

「ダンジョン、70階層……?」

 

俺の言葉にヘスティア様は首を傾げた。今の【ロキ・ファミリア】の最高到達階層は、60未満。俺は都市最大派閥の到達階層を超えると、言ったようなものだ。改めて無理難題だと自笑する。

 

英雄級の冒険者でも辿り着いていない領域。そこに俺は最速で向かう。並いる英雄でも、困難な道だ。というか【スキル】も【魔法】もない今の俺が、最下層を目指すなんて、馬鹿げてる。

 

それでもやるしかないのだ。やらないとベルは死ぬ。強くならないと、『黒龍』によって世界は滅ぶ。

 

世界は英雄を求めている。俺は最後の英雄にならなければいけない。

 

神様だから嘘は通用しない。俺の言葉が嘘じゃないと知って、ヘスティア様は真剣な表情で口を開いた。

 

「──君は、あの子のために。全てを費やすつもりかい?」

 

「はい」

 

「死ぬかもしれない。もっと酷い目に合うかもしれない。それでも?」

 

「それでも──精一杯やってみます」

 

今ここに、主人公なんてかっこいい人間はいない。人を助けて、少しずつ強くなっていった英雄(ベル・クラネル)はいない。いるのは才能のない一人の冒険者だ。

 

代わりになんて到底なれない。ベルのように人を惹きつける才能はない。ベルのように次代の英雄としての資格はない。でも全てを賭ける覚悟はある。

 

「……ボク。君とベルくんが初めての眷属なんだ。ボクは君を死なせたくない。もちろんベルくんだって、そうさ。でも、君は覚悟しているんだね」

 

「はい」

 

「ボクは支えるよ。君の覚悟は受け取った。ボクに出来ることはなんでもしよう。だから約束してくれないか?──死なないでくれ」

 

「…………頑張ります」

 

「うん。今はその返事で十分だよ」

 

ヘスティア様は、俺の頼らない返事を聞いて笑った。正直自信がないというのが本音だった。俺は改めて言うが、死なないと断言出来るほど強くない。

 

「それで、ラグナよ。君は私に何を求める?」

 

俺の話を聞いていたミアハ様が口を開く。この話を聞かせたということは何かさせたいことがあるのだろうと。ミアハ様は見抜いていた。実際、俺は頼もうと思っていたことがある。

 

「ベルの身体の発作を抑える薬を作ってほしいんです」

 

「……どういうことだ?」

 

「実は今日、ベルの【魔法】を見ました。凄まじいなんて言葉じゃ表せないほど強力です。それこそ上層の怪物は、ベルの相手にならないぐらいに」

 

「まさか、あの子をダンジョンに連れて行くのか?」

 

大きく目を見開いたミアハ様。まあ、それもそうだろう。俺はベルと共にダンジョンに潜ることを諦めていない。というか、ベルの助けがないと無理だ。

 

福音(ゴスペル)】の魔法は、音速で敵を砕く。俺が危ない時は、すぐさま音速の魔法が飛んでくるのだ。心強いことこの上ない。

 

もちろん、ダンジョンで発作が起きると。それは致命傷だ。でもそれを抑えることが出来たら、絶対に強力な力になる。

 

「お願いします。ベルに薬を作ってください」

 

「…………」

 

「ボクからも頼むよ、ミアハ。ベルくんに薬を作ってあげてくれ」

 

俺とヘスティア様は並んで頭を下げる。これを頼むことが出来るのは、ミアハ様だけだ。あと作れる可能性があるのは【戦場の聖女(ディア・セイント)】だけ。ミアハ様が作ってくれないなら、あの人に頼む他ない。

 

でも出来るなら、この神様に作ってもらいたい。原作でも、赤字になりながら回復薬を配っていた善神。ヘスティア様と同じように、眷属を大切に思っているいい神様だ。

 

「作るだけ、作ってみよう」

 

「本当ですか!ありがとうございます!!」

 

「ありがとう、ミアハ!」

 

その言葉を聞いて、俺は心の中でガッツポーズを取る。ミアハ様なら受けてくれると信じていた。

 

「時間は掛かるだろう。それでもいいのか?」

 

「はい。作ってみてもらえるだけで、嬉しいです」

 

「そうか。私は一度ホームに戻る。また会おう、ラグナ、ヘスティア」

 

「うん、またね。ミアハ!」

 

「ありがとうございました!」

 

俺とヘスティア様は、ミアハ様をお見送り。教会の中に帰っていった。

 

⬛︎

 

 

ミアハは思い出す。白い雪のような少女との出会いを。

 

あれはミアハが【ファミリア】を結成したばかりの時。都市最強が【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】だった時だ。今と変わらずに、回復薬を作っていた。

 

その時は太陽が、燦々と輝いていた日だった。その日はたまたま、天界最悪の女神ヘラと出会ってしまったのだ。

 

長い黒髪に、美神にも負けない美貌。でもどこか近寄り難い雰囲気を纏う神。ミアハもヘラとだけは関わりたくなかった。

 

『お前は医神だったな、付いてこい』

 

鋭い瞳で睨み付けられたミアハは頷くことしかできなかった。連れられた【ヘラ・ファミリア】のホームで、ミアハはメーテリアと出会った。

 

『ヘラ様……?この方は?』

 

『医者だ、診てもらえ』

 

『まあ、メーテリアです。よろしくお願いします』

 

その少女は細かった。いや細いなんて段階(レベル)ではなかった。一人で歩けないほどに筋力は発達していない。その理由はベッドで一年中過ごしていたからと気付くのに時間は掛からなかった。

 

医神として、様々な病気と対面してきたミアハ。でもメーテリアの病気は診たことがなかった。絶対にどんな病にも治療法がある。だが、一向に見つからなかった。

 

ミアハがメーテリアに出来たのは、痛みを和らげることだけだ。恨まれても仕方ない。そう思った。

 

でも彼女は薬を飲んだ後、決まってこう言った。

 

『いつも、お薬ありがとうございます。なんだか、薬をもらってから良くなってきた気がします』

 

神には嘘は通じない。メーテリアは嘘を吐いていた。本当は良くなってなんかいないのに、嘘を吐き続けていた。でも、あの笑顔は。太陽のような明るい笑顔は嘘じゃないと信じている。

 

数年後。『黒龍』討伐にゼウスとヘラが失敗した数日後。彼女は呆気なく命を散らした。

 

「すまない、時間はあるか?」

 

太陽は完全に沈み、星が空を泳ぐ時間。ミアハは、ある治療院に来ていた。

 

「なんでしょう……ミアハ様!?」

 

「ああ、アミッド……ますます美しくなったな」

 

「そ、そんなこと……何か用事が……?」

 

「ああ、ディアンケヒトと話がしたい。頼む」

 

オラリオでも最高の治療院【ディアンケヒト・ファミリア】。そのホームにミアハは、覚悟を決めた表情でアミッドに頼んだ。

 

今からすることは償いなのかもしれない。あの子の生き写しを助けて、メーテリアに償おうとしているのかもしれない。それでも、何も出来ずに見殺しにすることはミアハにはできなかった。

 

 




たくさんの評価ありがとうございます。
ランキングにも載って、びっくりしました。
まだまだ至らない点もあると思いますが、よろしくお願いします。


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六話 怪物狩り

 

ヘスティアはラグナの【スキル】を教えるか悩んでいた。ラグナから目標を聞いたヘスティアは自分に出来ることなら何でもやると決めた。ならば【スキル】は発現していたと告白するのが筋だ。

 

ラグナの目標は高い。ダンジョンの最下層攻略なんて、気に遠くなるほどの時間と地獄の経験が必要だろう。冒険者になって間もないラグナが辿り着けるとは思えない。

 

本人も一番分かっているはずだ。そんな偉業を成し遂げたら、英雄にだってなれる。【ロキ・ファミリア】も成し遂げれないような凄まじい偉業。

 

そこに辿り着くには【誓約代償(レギオン)】は使わざる得ない。でも、魂が傷付き壊れたら取り返しのつかない。肉体は治るかもしれないが、魂の傷は一生残る。魂が傷付けば、肉体にも影響は出るだろう。

 

まさにハイリスク。しかも、この【スキル】は『特定条件達成時任意発動』と。つまりはどこで条件がヘスティアは頭を抱えた。教えなくても、教えても関係ないかもしれない。

 

だが、条件を知った時。ラグナは簡単に使用するはずだ。ラグナの漆黒の瞳は覚悟が強く現れている。()()()()()()()()()()()()()()()

 

自分のことを軽く見ている。まるで使い捨ての道具のように。ラグナの身体からは、死臭が漂っていた。

 

そんな彼にこの【スキル】を教えるのは、まだ早いとヘスティアは結論付けた。

 

「……もう少し秘密にしておこう」

 

「何か言いました?」

 

「な、何でもないよ!早く寝よう寝よう」

 

魔石灯の灯りを消して、ヘスティアは新しく買ったソファーに横になった。ベッドはベルが、最初から置いてあったソファーにはラグナが。ヘスティアは明日のバイトのことを考えながら就寝した。

 

⬛︎

 

快晴の朝。俺はダンジョンにいく準備をしていた。買ったばかりの新品同然の剣と安い鎧。少しボロボロだが、何もないよりはマシだろうと諦める。ヘスティア様は、涎を垂らしそうになりながら爆睡している。なんとも昨日の頼もしさはどこに行ったのか。

 

階段を登り、外に出ようとした時。ベッドの布団が動いた。

 

「お、起きたか。おはようベル」

 

「……おはよう」

 

「身体は?」

 

「……少し怠いぐらい」

 

起きたベルは乱れた髪を触りながら俺を見上げる。瞼は開ききっておらず、まだ眠気が強いのだろう。ベルは目を擦り、俺の服装を見つめてくる。

 

「ダンジョン、行くの……?」

 

「ああ。早く強くならないといけないからな」

 

あとお金も稼がないといけない。ヘスティア様がバイトしているとはいえ、冒険者の出費は激しい。食事なども切り詰めなければならない。はっきりいって貧乏だ。

 

「──僕も」

 

「駄目だな。昨日倒れたばかりだぞ、少しは休め」

 

「でも何かあったらどうするの!今日は怪物に囲まれて死んじゃうかもしれないでしょ!」

 

珍しいと思った。ここまで感情を現にするベルを見るのは、ベルにオラリオに行くと宣言した時ぐらいか。

 

熱で朦朧としているのだろう。ベルはベッドから立ちあがろうとして、転び掛かる。それを俺はすぐさま受け止めた。

 

「大丈夫だ。深くは潜らないから。エイナさんが言ってただろ、冒険者は冒険するなって」

 

「でも……でも」

 

「お前が元気になったら、また一緒にダンジョンに行こう」

 

「……わかった」

 

まだ納得がいかない様子だったが。ようやくベルは頷いた。ベッドに戻り横になる。それに安心した俺は階段を登り、扉を開けた。

 

「ヘスティア様、ベル。行ってくる」

 

「……絶対に死なないでね」

 

「いって、らっしゃい……」

 

その言葉を聞いて、俺は大きく頷いて外に出た。向かう場所はダンジョン上層。昨日はコボルト一体しか倒しておらず、稼ぎはほとんどなかった。今日は怪物を死ぬほど倒して、帰ってやる。俺は快晴の空を走り抜けていった。

 

数十分ほど走れば、ダンジョンの近くの噴水広場に到着した。朝方から冒険者は多く歩いていた。

 

俺は改めて空を見上げる。雲を突き抜け、天国まで続いているんじゃないか。そう思うほどに巨大な塔。『神の塔(バベル)』。この地下に怪物が眠っているなんて信じられない。

 

この塔の屋上。そこには美神フレイヤがいる。あの日以来見られている感覚はない。もちろん気付いていないだけかもしれないが。それに行動も起こしていない。

 

行動というのは、眷属を使って襲って来ることだ。女神フレイヤは、気に入った人間がいると無理矢理にでも奪ってくる。凄まじく恐ろしい女神。俺は少しだけ身震いしながら、ダンジョンに向かった。

 

ダンジョン一階層。洞窟のような通路を歩く。一階層でも中々の広さがあり。どこからか怪物の喚き声が聞こえてくる。俺は声の聞こえる方に向かい、様子を見た。

 

「三体か……」

 

人狼のような姿をした怪物。昨日俺が倒した怪物だが、数が三体。少し危ないかもしれない。だが、昨日の戦いは瞬殺で終わった。

 

一体を不意打ちで倒せば、なんとかなりそうだ。俺は剣を抜いて、発走する。コボルトは気付いたが、もう遅い。一体の首はすれ違い様に切り捨てる。すぐ近くのコボルトにも斬りかかり囲まれるのを防ぐ。

 

『オオオオオオオオ!!』

 

「あと、一体……」

 

倒したコボルトは灰になり。残すは後一体になった。やはりコボルトは弱い。鋭い爪と牙は厄介だが、爪の攻撃は射程が短く。牙の攻撃は簡単に避けられる。

 

囲まれたら分からないが、今のところは大丈夫そうだ。魔石を小袋の中に入れる。今日のところは、これを重くするまで帰らないつもりだ。俺は一階層を抜けて、二階層に向かった。

 

⬛︎

 

 

「ふん。それで何しにきた?」

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の主神。ディアンケヒトは不機嫌を隠さずに吐き捨てる。それにミアハは、苦笑しながらも話を切り出す。

 

「私と一緒に、ある薬を作ってほしい」

 

「なに?」

 

「私一人では作れない薬なんだ」

 

ミアハの言葉にディアンケヒトの瞳が鋭く尖る。当たり前だ。オラリオの一番の回復士を抱えるディアンケヒトにとって、メリットも何もない。そもそもの話。【ミアハ・ファミリア】の眷属の義手を作った恩を忘れたのかと。怒りに呑まれそうになった瞬間。ミアハは驚きの言葉を口に出した。

 

「──メーテリアと同じ病の子がいた」

 

「なんだと……?」

 

メーテリア。その言葉はディアンケヒトにとって、忘れられない少女の名前。雪のような白髪の少女の病気は、神にとっても未知な物だった。医神のプライドだろうか、絶対に治してみせると何回も薬を作ったことを覚えている。そのどれもが徒労に終わったが。

 

結局。最後まで少女を助けることが出来なかった苦い思い出。下界に降りて唯一心に刻まれた出来事に、ディアンケヒトは沈黙する。

 

「その子はメーテリアの生き写しのようだった。白い髪、細い腕、何もかもがだ」

 

「…………クソが。久しぶりに気分が悪いわ」

 

机に置かれたお茶を飲み干す。ゆっくりと数年前のことを思い出す。メーテリアという人間は見たことのないほどの善人だった。薬をいくら飲んでも治らない未知の病は、彼女の命を少しずつ吸い取っていく。

 

ディアケンヒトと同じく、医神のミアハも。メーテリアを救うために尽力していたことを思い出す。【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】から提供される薬の材料。

 

それを使い薬を製作しても、治る気配がなかった。それでも少女はディアンケヒトを責めることはしなかった。むしろ隈が出来ていたディアンケヒトを心配していたぐらいだ。

 

なぜ、あそこまで必死だったのか。

 

メーテリアはベッドの上から出られない。一人では外の空気を吸うことすらできない弱い身体。誰もが彼女を憐れんだ、同情した。それでもメーテリアは笑顔を絶やさなかった。

 

私は大丈夫。そう言って笑う姿を何度見たことだろう。周りを心配させないように。嘘を言っている彼女は、とても見ていられなかった。

 

彼女が死んだ日。ディアンケヒトとミアハは共に見送った。何もできない無力な自分を呪いながら、彼女が来世では幸せに生きられるように。その時だけは仲の悪い二人は、同じ思いだった。

 

「話だけ、聞いてやろう」

 

「ありがとう、ディアンケヒト。実は────」

 

ミアハは話した。【ヘスティア・ファミリア】の眷属であるベル・クラネルとラグナに出会った経緯を。ラグナの目標である70階層以降には、その薬を治せる薬があるかもしれないことを。

 

その過酷な戦いには、ベル・クラネルの力が必要不可欠であると。ダンジョンで発作が起きても抑えれる薬を作りたいと。ミアハは最初から最後まで話した。それに対しての返答は。

 

「はあ?無理に決まっておろう」

 

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が全力で探した薬の材料。それを新規の【ヘスティア・ファミリア】が得られるわけがない。

 

そもそも歴史が違う。何十年も冒険者をやってきた冒険者達の集まりが、見つけれなかったのだ。【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】ならば成し遂げれる可能性はあるが。それでもまだ時間は掛かるだろう。

 

「今度、実際に会ってみてほしい。ラグナにも、ベルにも」

 

「ふん。名前だけ覚えといてやる。さっさと帰れ」

 

「──また来る。ディアンケヒト、君が頷くまで」

 

そんな言葉を言い残して、ミアハは去った。ディアンケヒトはソファーに項垂れる。

 

「会ったら、情が湧いてしまうだろうが……」

 

ディアンケヒトは一言呟いて、目を瞑った。残酷な運命に殺されたメーテリア。また同じ病を持った少女が現れた。それを治そうと命を張る少年。もしも救えたのなら、後世に残る偉業だろう。ディアンケヒトは暖かいお茶を飲み干した。

 



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七話 ある医神の決意

 

 

ゼウスと共に畑仕事をして、剣の稽古を付けてもらった経験はダンジョンで大いに活きた。ダンジョンの恐ろしさは物量。怪物は倒された瞬間。すぐにまた湧き出る。それを相手していると、すぐに消耗してしまう。回復薬もないような装備状況で、無傷で切り抜けるには集中力の維持が必要だ。

 

その点。ラグナは体力には自信があった。幼少期から畑仕事をして、ゼウスとベルと出会ってからは剣の稽古にも励んだ。その血も滲むような経験は怪物に攻撃させる間も無く瞬殺していく。

 

ラグナ自身も自分の力に驚いた。新人冒険者で三階層を探索している冒険者はいない。いるとしたらよほどの自殺希望者だろう。

 

「とりあえず、この袋が埋まるまで戦うか」

 

ラグナは小さい袋に魔石を入れて呟く。上層の怪物の魔石は総じて小さい。この袋を埋めるのにも、相当な時間が掛かるだろう。今の【ヘスティア・ファミリア】には、お金が全く足りない。

 

ヘスティアもバイトをしているが。一気に稼がないと時間がない。強くなるためにも、もっと下の階層で戦う必要があった。

 

「……もう少しだけ、下に降りるか」

 

ラグナは小さく呟いて。剣を腰に刺して、先に進んでいった。

 

⬛︎

 

白髪の少女ベルは本を読んでいた。故郷から持ってきたベルのお気に入りの本だった。そんな大好きな本を読むが、集中出来なかった。熱のせいなのか、それともラグナが心配だからか。

 

懐かしい孤独感にベルはダンジョンの出来事を思い出す。短文詠唱から放たれた一撃は魔法初心者のベルでも強力であることが分かるほどだった。察知不可能、防御不可能。音速で放たれる一撃は、敵を近づけさせない。

 

だから思った。この力があれば守れるって。もしかしたら彼の隣に並び立つことが出来るかもしれない。それで調子に乗っていた。────運命はベルを鎖のように縛る。

 

倒れてラグナの足を引っ張った。ラグナを助けるどころの話ではない。何の役にも立たずに、彼の重荷になっている。

 

もしも。もしもこのままラグナはベルを置いてダンジョンに向かうとして。いつか仲間なんて物を手に入れて、前に進んでいくのだろうか。そんな幻想に、ベルは絶望する。

 

ベルは証明したい。自分は役に立てると。彼にラグナに守ってもらうだけの人間でいたくないと。明日ダンジョンに潜るとしたら。発作が出たとしても血反吐を吐いたとしてもベルは戦いに付いていく。

 

その結果、二人で死んでしまうならそれでいい。冒険者のよくある末路を歩んでいい。最後は彼を守って死にたい。そして悲しんで欲しい。そんな感情がベルの奥底にはあった。

 

そんな時だった。教会の外からノック音が聞こえたのは。誰かが尋ねて来たのだろうか。ベルは重い身体に鞭を打って、教会の扉を開く。

 

「誰、ですか?」

 

見たことのない老人。服は清潔に豪華そうな装いだ。そして身体から漏れ出す神威が、老人を神だと証明している。ヘスティアの神友とかだろうか。そう思っていると、老神は呆然と立ち尽くしている。

 

「あの……?」

 

「あ、ああ。すまんかったな、儂はディアンケヒト。【ディアンケヒト・ファミリア】の主神だ」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】って、ラグナが言っていたところ……?」

 

最高の回復士のアミッド・テアサナーレが所属している【ファミリア】。オラリオ一番の回復士は彼女だと、ラグナは言っていた。そんな有名な【ファミリア】が何しに来たのだろうと訝しむ。

 

「僕の名前は、ベル・クラネルです。それで……何の用でしょうか?」

 

「医神の儂が来た理由は、一つだけだろう。お前さんの身体を診せてくれるか?」

 

「……別にいいですけど」

 

少し悩んで、ベルは了承した。この老人が神であることは間違いない。何か怪しい行動を取ったとしても、ベルには【魔法】がある。それに医神ならば、自分の病気について分かるかもしれない。

 

教会の地下にベルは案内した。このホームはベルにとって過ごしやすい場所だった。妙な安心感がここにはある。老神はホームを見て、同情するような目でこちらを見た。確かに他の【ファミリア】からすれば、ホームとは呼ばないだろう。

 

「背中、失礼するぞ」

 

ベッドに座ったベルの背中をディアンケヒトは触診する。肺の辺りを触り、神としての権能を発動する。神は原則として力は使えない。それは下界に降りる時に決めた規則であり。破ったら即刻天界に転送される。

 

それならばディアンケヒトが行ってるのは何か。それは権能の一部の使用だった。医療の神のディアンケヒトは、人体に潜む病などを探すことが出来る。もちろんだが、ミアハにも同じことが可能だ。

 

その権能の一部を使ってディアンケヒトは確信した。ベルの病気はメーテリアの病気と同じであることに。

 

幸いなのか。この少女は一人でベッドを出れるぐらいには筋力がある。もちろん安静に過ごす必要はあるだろうが。完治しなかったら、残り十年ほどの命であることはわかる。

 

レベルが上がらない限りは寿命は伸びない。それを分かっててラグナが、少女をダンジョンに連れ出そうとしていることに気付く。

 

最初は病弱な子をダンジョンに連れていく外道かと思ったが。それは少女のことを思ってのことだった。ならミアハの言っていた一時的に発作を抑える薬を作るというのは、理に適っている。

 

「……どうでした?」

 

「そう、だな……儂の力では治らないだろう」

 

「ですよね。僕も自分の身体だから分かるんです。これは治らないって。僕のお母さんも同じ病気だったらしいんです」

 

「────っ!?」

 

その何気ない一言がディアンケヒトを襲った。たまたま容姿が似ていたわけではなかった。本当にメーテリアの子だと知り動揺する。

 

メーテリアは病気で身体が弱い。そんな彼女が子供を産んだなど信じられなかった。そんなメーテリアが命賭けで産んだ子供は、メーテリアと同じように運命に弄ばれている。

 

怒りで神威が溢れ出しそうだった。ディアンケヒトはそれを必死に抑えて、ベルに誓った。

 

「───先程の言葉は撤回しよう。儂がお前を……ベルを治す」

 

「え?」

 

「儂は用事が出来たので帰る。また会おう、ベルよ」

 

「……え?」

 

急な態度の変化にベルは頭を傾げる。状況に置いてかれたベルはヘスティアが帰ってくるまで固まっていた。

 

ディアンケヒトの瞳は覚悟で燃えていた。いつもの守銭奴の姿はない。そこにあるのは偉大な医神としての一面だけだった。

 

⬛︎

 

ダンジョン五階層。一階と二階とは比べ物にならないほど怪物の量が多くなって来た。三体から五体の怪物が同時に襲ってくる。それを対処しても、また次の怪物が現れる。それを繰り返していると、袋には入りきらないほど魔石を手に入れた。

 

怪物の討伐数は30を超えてからは数えていない。これ以上この階層にいると。怪物の攻撃を受けてしまいそうなので、元の道を引き返す。洞窟のような空洞を進み、ラグナは地上を目指した。

 

ダンジョンには初心者殺しが多く存在する。例を上げるなら『ウォーシャドウ』が有名だ。六階層から出現する怪物は、鋭利な鉤爪のような腕で攻撃してくる。

 

しばらくは五階層で、怪物を倒して経験値を獲得しなければ危ない相手だ。しばらく歩けば、0階層の安全地帯に辿り着く。あとは長い階段を登るだけで今日のダンジョン探索は終了する。

 

初日にしたら、十分な魔石の量。これがどれだけの稼ぎになるのか、ラグナには想像出来ない。原作のベルは持ち前の幸運で、『戦利品(ドロップアイテム)』を拾っていたから。そこの差はあるだろう。

 

幸運の発現の条件が気になる。もし自分にも幸運が発現すれば、ギャンブルで一攫千金をラグナは考えていた。

 

ギルドに到着する。青い空が少しずつ闇に染まっていく。そんな情景を想像しつつ。ラグナはギルドに入った。中にはまばらに冒険者が魔石の換金をしている。ラグナも列に並ぼうとする。

 

「──ラグナくん!」

 

「あ、エイナさん。こんばんは」

 

「こんばんは。結構ダンジョンに潜ったんだね」

 

エイナはラグナの手に持っている魔石袋を見て話す。エイナは沢山の初心者冒険者を見ているが、一人でここまで集めているのは初めて見たと驚いている。冒険者になって数日のはずなのに、少しおかしいとエイナは思った。

 

何より防具に一切の傷が見当たらないのだ。身体は回復薬を使えば即座に回復する。だが防具は絶対に消耗する。剣などの武器も同様に。

 

「怪我はしてないの?」

 

「結構浅いところの探索だったので、大丈夫でした」

 

「それにしては魔石の大きさが、おかしいと思うんだけどな……?」

 

エイナは鎌を掛けてみる。するとラグナは目を丸くして汗を掻いた。エイナはやっぱりと、肩を落とす。どうやら教育が足りなかったらしい。

 

「明日また、時間ある?」

 

「あ、あります……」

 

「その時に話はするから、ね?」

 

どこか有無を言わさないエイナの雰囲気に、ラグナは明日のことを考えながら換金に向かった。

 

 

 




コメントありがとうございます。
今日は調子よかったら、夜も投稿します。よろしくお願いします!


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八話 猛牛(ミノタウロス)

 

 

「「8000ヴァリス!?」」

 

ベルとヘスティアの叫び声が耳を貫く。思わず耳を押さえながらラグナは頷いた。今日一日中ダンジョンに潜った成果は予想を大きく上回っていた。魔石の数、戦利品の量、たまたま運が良かったらしい。

 

「凄い、凄いよラグナくん!」

 

「僕がいなくても、こんなに稼げるなんて凄い……」

 

ヘスティアは興奮が止まらないとばかりに目を輝かせる。逆にベルは一人で稼いでみせたラグナに落ち込んでいるようだった。

 

「一人でこれなら、ベルと一緒ならもっと稼げるな」

 

「ラグナ……うん、明日はもっと稼ごう」

 

それに気付いたラグナはベルが落ち込まないように慰める。ヘスティアは二人の関係を微笑ましく見守った。その表情はまるで、二人の母親のようだった。でも同時に羨ましいという感情も生まれる。

 

神々は不変だ。ある程度成長すれば容姿は変わらなくなり、年も取らなくなる。何万年も生きる神は退屈に支配される。ヘスティアは恋をしたことがない。それは処女神だからという理由もあるが。同じ神のことを恋愛的な意味で好きにはなれなかった。

 

でも下界に降りて、さまざまな子供達がいることを知った。今の身体は全知全能ではない。普通の人間と何も変わらない身体。もしかしたら恋なんてものを経験出来るかもしれない。ヘスティアは改めて下界に降りてきて良かったと思った。

 

「【ステイタス】の更新しようか?」

 

「そうですね、お願いします」

 

【ステイタス】の更新。これは強くなるためには欠かせない儀式だ。怪物を倒した経験、何かしらの偉業を成し遂げた経験。それを恩恵は常に見ている。その経験を恩恵に反映することで、能力が上がっていく。

 

ヘスティアは指の先に針を刺して、背中に血を垂らす。神聖文字(ヒエログリフ)と呼ばれる文字の羅列が浮かび上がる。

 

しばらくすると光は消えて、文字が背中に消えた。ヘスティアは用紙に共通語で【ステイタス】を書いて渡した。

 

『ラグナ』

Lv1

力 I0→I46

耐久I0→I8

器用I0→I25

敏捷I0→I30

魔力I0→I0

『魔法』 

『スキル』

 

スキルは隠してヘスティアはラグナに渡す。それをラグナは真剣に確認する。力の上昇値は高く、耐久が低いのは攻撃を喰らっていないからだろう。敏捷も最初にしては伸びているが。原作のベルを知っている身からすれば、上昇値が低すぎる。

 

ラグナは羊用紙に無意識に力を入れて握りつぶした。これじゃ上層を抜けることも出来ない。このままじゃ【ランクアップ】にも一年以上を費やしそうだ。

 

焦っている姿をヘスティアは見ていた。彼が悩んでいるのに、自分は何も助けることができない。そんな無力感を感じながら、唯一出来ることを考えながら今日は眠りに就く。

 

彼女の頭には神友の鍛治神が浮かんでいた。

 

⬛︎

 

快晴の空。そんな澄んだ空気をしているのにも関わらずラグナの目は死んでいた。今日は2時間ほどエイナから説教されたのだ。初心者が五階層なんて死ぬ気なの?と。そんなにも怒られたにも関わらず、ラグナは同じ階層にまた潜るつもりだった。

 

しかし、今回はベルがいる。もしも発作が起きないかと心配する。怪物からベルを守る自信はある。だが倒れたベルを地上まで送るのは危険が伴う。今日もベルには休んでもらうか考えていたが。今日のベルは説得できる雰囲気ではなかった。

 

仕方ないと割り切り、ラグナとベルはダンジョンに向かった。ダンジョンの一階層から五階層は、薄暗い洞窟だ。冒険者は視力も強化されているため、少しの暗闇なら全く問題ない。

 

ダンジョンの特異なのは広さだろう。道が枝分かれして、それが奥まで続いている。昔の冒険者達が残した地図は、たくさんの冒険者を救ってきた。エイナから教わった道を元に、ラグナとベルは奥に進む。

 

「ベル、魔法は温存しろ。もしも俺が危ないと思った時に使ってくれ」

 

「……うん、わかった」

 

【魔法】を使うには精神力(マインド)と呼ばれる力を使う。恩恵にも乗らないため分かりづらいが、魔導士にとって一番大事だとラグナは考えていた。ダンジョンには長期戦の場合が多い。精神力を回復する物もあるが、それだけに頼ってはいられない。

 

ベルは魔導士としての経験は浅い。精神力が枯渇すれば、一気に体力を持っていかれる。そしたら命の危険まである。それだけは避けなければ。ラグナはゴブリンを切り捨てながら考えていた。

 

「ここが五階層?あんまり雰囲気変わらないね」

 

「まあ、そんなに差はないな。六階層からは出てくる怪物も増えてくるが」

 

今のラグナとベルの限界は五階層だ。防具並びに武器を揃えなければ、六階層で戦うのは危険過ぎる。新人用の剣じゃ不安すぎる。ベルならば六階層の敵も一撃かもしれないが。

 

「また『戦利品』……流石は幸運兎か」

 

「なんか言った?」

 

「いや、何にも」

 

昨日ダンジョンに潜った時より『戦利品(ドロップアイテム)』の数が倍ぐらい違う。やはり幸運を持っているベルはすごいと思う。同時に自分にも幸運があればと考えることも仕方ないだろう。ベルの幸運はチートレベルで強い。

 

五階層に到着して敵と戦う。ベルはラグナが倒した怪物の魔石を拾っていた。【魔法】を使えないことに不満はあるが。使って倒れて迷惑を掛けるよりはずっとマシだ。こういうサポーターの用な役割でも、ベルは意外と満足していた。

 

それよりも凄いのはラグナの剣技だろう。初日には一瞬だけしか見れなかった戦い。間近で見るとやっぱりラグナは才能があると思う。敵の攻撃を読んで弾いて、すぐに反撃して倒す。背中に目があるかのように、華麗に避けていく。故郷の村でどんな修行をしたのだろう。

 

そんなことを考えながら怪物を次々に倒していくラグナをベルは見ていた。

 

そんな時だった。冒険者の叫び声が聞こえたのは。

 

「お前ら、逃げろ!!」

 

「ミノタウロスだ、ミノタウロスが来るぞぉぉ!!」

 

冒険者は必死の形相で逃げていた。ラグナはまさか、と苦笑いする。脳が警鐘を鳴らしている。そこから逃げろ、逃げないと死ぬぞと。初めての死の気配に、ラグナの体はすぐに動いた。

 

コボルトを一瞬で斬り殺し、遠くで見守っていたベルの元に近づき横抱きに。全力で疾走する。地面を思いっきり蹴り飛ばし、前傾姿勢になりながら走る。冒険者の聴覚は、凄まじい足音を捉える。

 

『ブモオオオオオオオオ!!!』

 

「────」

 

中層にしか湧かない『ミノタウロス』。その脅威はレベル1の冒険者の動きを止める『咆哮(ハウル)』。当然、ラグナは抵抗することも出来ずに動きを止めた。

 

「【福、音(ゴスペル)】」

 

ベルは止まったラグナを見て。後ろから追ってくるミノタウロスに魔法を放つ。上層の怪物を簡単に破壊する攻撃魔法は、ミノタウロスの頑丈な肉体によって阻まれた。

 

損傷を与えることは出来た。それでも倒すことは出来ないと一瞬で理解する。でもベルに出来ることは【魔法】を放つことだけだった。一発、二発、三発と連続で【魔法】を使用する。

 

その時間稼ぎのおかげか。ラグナは再び動き出した。ベルの額から汗が噴き出る。精神力を一気に使った影響だった。そんなベルを見て、ラグナは更に焦りを募らせる。

 

原作が開始する日が分からなかった。そんな言い訳は通用しないのだろう。必死に慎重にダンジョンに潜るべきだった。色々な後悔が頭を埋め尽くす。

 

五階層を抜けて四階層に入った時。分かれ道となっている左側には冒険者が。それを見た時、ラグナは一瞬でベルを投げ飛ばした。

 

「────え?」

 

新人冒険者達は、何がわからない表情でベルを咄嗟に受け止めた。女性二人、男性一人のパーティは奥から姿を現す怪物を見て表情を青くさせる。新人冒険者でも知っている『ミノタウロス』。

 

ベルは理解してしまった。彼は『ミノタウロス』を足止めする気だと。

 

「──走れ、走れぇぇぇぇぇえええええ!!!」

 

初めて聞いた絶叫のような叫び。新人冒険者達はベルを連れて走り出した。ゆっくりと距離は離れていく。

 

「離して、ラグナが……ラグナが!!」

 

暴れようにもベルの力じゃ抜けることは出来ない。精神力も尽きて何も出来ないベルは、文字通り無力だった。新人冒険者達は必死に地上を目指す。ベルは気を失うまで、叫んでいた。

 

⬛︎

 

 

ベルを連れていった冒険者達を見て、心の中で感謝する。目の前のミノタウロスは涎を垂らして俺を見ていた。捕食者と獲物の関係。それは間違いないだろう。

 

俺はベルが行った反対の通路に走り抜ける。ミノタウロスは前傾姿勢を取る。──まさか。頭によぎったミノタウロスの攻撃方法。それを思い出して俺の脳は警鐘を更に響かせる。

 

『ブモオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

「う、おおおおおおおおおおおお!!!」

 

地獄のような雄叫びに俺も全力で駆け抜ける。助けが来るまで俺は逃げ切らないといけない。だが猛牛は俺が走る速度より明らかに速い。そのままじゃ追いつかれて殺される…!

 

だが奥には更に分かれ道が。俺はどっちに行くか一瞬悩む。冒険者がいない方向に逃げなければ犠牲者が出る。アドレナリンの影響か。俺は自然と冷静に考えていた。

 

このミノタウロスは【ロキ・ファミリア】が逃してしまった怪物。冒険者が死んだら、原作と違った方向に進む可能性がある。それだけは避けなければならない。

 

俺は一か八で、左を選択した。道中に怪物もいるが全て無視する。今は後ろの怪物に集中しなければ…!

 

だが俺はどうやら運がないらしい。魔石を拾っている冒険者が奥にいた。上層を探検している冒険者のほとんどはレベル1。ミノタウロスのレベルは2。上層にいる人間はミノタウロスに敵わない。

 

「ミノタウロスだ!早く、逃げろ!」

 

「嘘だろ……ふさげんなっ!」

 

冒険者は悪態を突いて走って逃げていく。ここから先はさっきみたいに道が分かれていない。このまま逃げれば、あの冒険者も餌食になる。俺は足を止めて、振り返る。

 

身長は2Mを余裕で超えている。筋力はもちろん。ベルの【魔法】でも攻撃が通らなかった。そんな怪物は、息を大きく吐いた。臭い怪物の匂いが鼻に付く。馬鹿みたいに心臓が鳴っている。

 

『ブモオオ……』

 

「はは。俺はやっぱり、ベルみたいな運ないな……」

 

主人公みたいにはいかない。原作知識を持っていてもなんの役にも立たない。どうしようもなく馬鹿な俺に呆れ果てる。剣を握り俺は腹を括った。今ここで死んだらベルを助ける人間はいなくなる。

 

ここが岐路だ。生きて帰れるか、ここで死ぬか。俺は絶対に生きて帰る。震える腕に力を入れて、俺は発走した。

 

『ブモォォォォォ!』

 

ミノタウロスは力任せの一撃を放ってくる。有り得ない速度と威力に瞠目して剣を盾にする。ガラスが割れたように剣はバラバラになって飛んだ。顔に剣の破片が飛んで傷が付く。そのままミノタウロスの攻撃は俺は当たった。壁に激突して、口から血を吐く。

 

たった一撃受けただけで、この威力。剣で守ったおかげで、致命傷は免れたが。走る気力は失われた。じりじりと詰め寄ってくるミノタウロスに、俺は呆然と立ち尽くす。

 

ミノタウロスは最後の攻撃を仕掛けようと拳を掲げた。その攻撃を受けて、俺は簡単に死ぬはずだった。

 

銀の一閃が怪物の内臓を斬り裂く。目にも止まらない軌道、ミノタウロスの肉体を貫く剣技。剣を極めた人間の技術はミノタウロスを簡単に解体する。いつか見たゼウスの技のようだ。

 

ミノタウロスは死んで、少女は俺のことを見る。金髪の髪、黄金の双眼。【剣姫】がようやく登場した。

 

「大丈夫、ですか?」

 

「大丈夫じゃ、ないです」

 

初めての邂逅は英雄(ベル・クラネル)とは違う。どこか奇妙な出会い方だった。

 




たくさんのコメント、評価。本当にありがとうございます!


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九話 感情の芽生え

 

金髪の少女は走っていた。疾走と駆け抜ける姿はまさに風のようだ。

 

【ロキ・ファミリア】の遠征の帰り。ミノタウロスの集団と戦っていた時にそれは起こった。唐突に怪物が逃げ出したのだ。

 

知性を持たない怪物の異常行動に呆気に取られること数秒。ミノタウロスは少しずつ上の階層に逃げていった。

 

ミノタウロスは強い。【ランクアップ】を果たした人間の攻撃しか通らないほど頑丈な肉体。中層でも恐れられている怪物だ。

 

そんな怪物が上層に逃げたら大惨事が起こる。もしもレベル1の冒険者が出会ってしまったら、太刀打ち出来ずに死ぬだろう。

 

【ロキ・ファミリア】でも敏捷が高いアイズとベートは、洞窟を駆け抜けていく。上層は入り組んだ地形が多い。遠くから聞こえる怪物の声だけを頼りに追う。

 

そしてアイズは見つけた。ミノタウロスが黒髪の冒険者に止めを刺そうと攻撃を仕掛けている姿を。

 

抜剣と同時に一閃。アイズが怪物を解体する。数秒も掛からずに怪物は細切れになって灰と化した。そしてミノタウロスの血に塗れた、黒髪の冒険者の無事を確認する。

 

「大丈夫、ですか?」

 

「大丈夫じゃ、ないです」

 

黒髪の冒険者はそう言うと。安心したように気を失った。アイズは、そんな彼の身体を見る。防具には罅が入っており、これが黒髪の冒険者の命を救ったのだろう。

 

そして地面に落ちている剣の柄の部分が落ちていた。刃は粉々に折られている。アイズは気付いた、この冒険者はミノタウロスに抗ったのだろうと。

 

上層を探検する冒険者がミノタウロスに立ち向かうことなど出来るのか。アイズは不思議と少年のことが気になった。

 

「地上に連れて帰らないと……」

 

後ろから来る仲間の足音を聞いて、アイズは小さく呟いた。

 

⬛︎

 

覚醒する。眠っていたラグナは身体の痛みがないことに気付く。

 

元から怪我してなかったように消えていた。回復薬を使ったのだろうか。それとも誰かの回復魔法を使ったのか。

 

無事に生きてることに感謝しながら周りを見渡す。ここは治療院のようだった。隅々にまで清潔にされていて前世の病院と遜色ないほどだった。

 

朧気な記憶が正しければだが、ここは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院だろう。迷宮都市最高の治療院にラグナは瞠目していた。

 

この部屋にはラグナ以外の人間は入院しておらず、静寂に包まれていた。その理由は【戦場の聖女】の力だろう。彼女の回復魔法はどんな者でも癒す。

 

それこそ死ぬ一歩手前の人間でも治せるらしい。なんとも信じ難い話だ。

 

ベッドの上で身体の無事を確認して思う。そういえば、白髪の少女は大丈夫なのだろうかと。

 

投げ飛ばして遠くなっていくベルの顔は、捨てられた子犬のようだった。謝らないといけない。そう思っていたら扉がが大きく開かれた。白髪の少女は潤んだ瞳でラグナを見つめていた。

 

「ラグナぁ……」

 

「ベル?」

 

そのまま駆け抜けてラグナに飛びついてくる。危ないと心の中で思いながら受け止める。ベルは目が赤くなるほど泣いていた。

 

今も子供のように泣きじゃくっている。それを見たラグナはベルの頭をゆっくりと撫でた。珍しいと思う。彼女が甘えてくるなんて、小さい頃の時だけだった。

 

ベルは顔を上げてラグナと目を合わせる。美しい深紅は曇り空のようで、いつもの輝きはなかった。

 

「ラグナ…冒険者辞めよう…?」

 

ベルは耳に残る咆哮を思い出して体を震わせる。耳朶に焼きついたラグナの怒声は忘れることができない。

 

何より最後に安心したような表情をしたラグナの顔が、頭に残り続ける。

 

約束したのにベルはラグナに頼られていなかった。その事実にベルは表情を青白くさせる。

 

せっかく隣に並ぶ力を手に入れた。そう思ったのは幻想だったことに気付く。ベルは何の力も手に入れていない。どれだけ強力な【魔法】を手に入れたところで、ベルは何も変わってない。

 

英雄譚のヒロインのように支えることはできない。最初から最後まで自分は守られる存在で終わるのだ。

 

今回のことで身に染みた。冒険者をやっていたら命がいくつあろうと死ぬ。どんな才能があっても冒険者は平等に死が訪れる。

 

「ラグナ、冒険者辞めよう?」

 

ベルは壊れたように笑みを浮かべた。それを見てラグナは思わず瞬きを繰り返す。理解できないといったラグナの仕草にベルは追い打ちを掛ける。

 

「ラグナには、才能がないよ。今回のことで分かったでしょ?冒険者なんて辞めて故郷に帰ろう?僕の病気を治そうとしなくていいから、僕のことなんて気遣わなくていいから…!だから辞めて…冒険者を!」

 

「ベル、落ち着け……」

 

「ラグナは僕のために、冒険者になったんでしょ?なら僕のお願いを聞いてよ!冒険者なんて辞めて、幸せになろう?その方が絶対…幸せになれる」

 

「……っ」

 

壊れてしまった。ラグナの死を間近で感じて、底しれない絶望と無力感に襲われた。もともと壊れかけていた心を砕くのには十分過ぎた。

 

ラグナは嫌な汗が流れていることを肌で感じた。怒ってる時とは違う。初めて見せた圧力は毒のようにラグナの自由を奪う。

 

答えは決まってる。冒険者を辞めるわけにはいかない。この世界は刻一刻と終わりが近づいている。それを知っているラグナだけは止まることを許されない。

 

でも断ったら。目の前の少女を傷付けることになる。だからゆっくりとラグナは口を開いた。

 

「才能がないなんて、俺が一番知ってる。このままじゃダメだって俺が一番よく分かってる。俺はベルを笑顔に出来ない。きっと安心させてやれない。前も言っただろ?俺は笑えるぐらい弱いんだ」

 

「そんな……」

 

「冒険者を辞めることはできない。俺は誓ったんだ、お前を絶対に治してやるって…その過程で何を失おうが、どうでも良い…!そのためにお前の力が必要なんだよ、ベル!」

 

真っ直ぐにラグナはベルと目を合わせる。矛盾していると自分でもわかる。ベルを治すために、ベルの力を借りるなんて。

 

それでもラグナは本心をぶつける。ベルの身体は震えていた。

 

ミノタウロスの戦いの時を思い出す。ミノタウロスが『咆哮』を使った瞬間。ラグナは動けなかった。石のように固まった身体を見て、正直死んだと思った。

 

それを救ったのは紛れもないベルだ。

 

「あの時、ミノタウロスに【魔法】を使ってくれなかったら。俺は死んでたよ」

 

「っ」

 

「お前の力は俺が知ってる!その力を俺に貸してくれ、頼む」

 

ベルは混乱する。彼に失望されたと思っていた。でも違った、彼が認めてくれた。

 

それが嬉しくて嬉しくて。でも同時に悲しかった。彼はベルを安心などさせてくれない。笑顔になんてさせてくれない。

 

なんともカッコ悪い台詞だ。こんなのは英雄譚には載ってなかった。ベルは思わず笑ってしまいそうだった。

 

心を壊していた黒い炎は鎮まっていた。自己嫌悪していた感情は今はない。

 

「僕は役に立てる?足手纏いにならない?」

 

「なるわけない。俺がお前のことを、そんな風に思うわけない」

 

「そっか…よかったぁ」

 

先程までの泣きじゃくっていたベルはいない。宝石のようにベルは笑みを浮かべる。それは今まで見た、どんな笑顔よりも輝いていた。

 

ラグナはそれを見て安心したように、顔を綻ばせた。

 

⬛︎

 

その光景を【剣姫】は見ていた。黄金の瞳には漆黒だけが映っている。

 

ラグナと言った少年。年は同じくらいだろうか。彼は冒険者になって一週間も経っていないらしい。そんな彼がミノタウロスに立ち向かったことにアイズは驚く。

 

そして白髪の少女を見てアイズは思ってしまった。

 

───羨ましい。

 

白髪の少女には英雄がいた。何を失っても戦う覚悟を決めた男が。あの漆黒の瞳はどこか、自分と似ている気がする。

 

誰が見ても美しい容姿をした少女は、少年のことが気になってしまう。

 

お母さんが言っていたことを思い出す。いつかあなたにも英雄のような人が現れるって。

 

でも誰も助けてくれなかった。英雄なんて現れなかった。心の奥底にいる幼いアイズは今も泣いている。だから自分が強くなる道を選んだ。

 

怪物を倒して、倒して、倒して。いつか竜を殺すために憎悪を燃やして。苦しいという感情も、悲しいという感情も燃やし尽くして戦った。

 

そんな少女は思った。もしも、私があの子なら。この心は満たされるのだろうか。

 

 




クソ難産だった……評価ありがとうございます。
たくさんのコメント嬉しいです。本当に感謝。


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十話 豊穣の女主人

 

 

どこにでもあるカフェ。食事、珈琲が美味しいと評判の店は妙な静寂に包まれていた。

 

カフェの一番奥。そこには二柱の神が話し合っていた。片方は誰もが知る都市最大派閥の主神ロキ。真っ赤な髪色と糸目は印象に残りやすい。

 

その都市最大派閥と相席しているのは、【ファミリア】結成して間もない【ヘスティア・ファミリア】の主神ヘスティアだった。

 

「見舞いは終わったんか?」

 

「なんとかね……怪我も完璧に治ってて良かったよ」

 

「あの守銭奴の所やからな、重症でも完璧に治せるやろ」

 

その分お金は高いけど。ロキは少し遠い目をしながら話した。いつもなら出会った瞬間に喧嘩が勃発するが、今回は不思議と落ち着いて話せている。

 

主神だけの話し合い。本当ならば団長が自ら謝罪して詫びを入れるはずだったが。遠征帰りのため、色々と立て込んでいるという。

 

そのためロキ自ら、カフェを貸し切って話し合いの場を設けた。

 

「今回の事故。ドチビの眷属(こども)に助けられたわ、そこは感謝しとく」

 

ロキは今回の事故について思い返す。【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンからの報告は驚きの連続だった。

 

ミノタウロスが逃げ出して上層に逃げたことも、ミノタウロスの足止めをしたのが【ヘスティア・ファミリア】の眷属と聞いた時は転げ落ちた。

 

その少年が足止めしなければ、冒険者に被害が出ていた。

 

そうしたら【ロキ・ファミリア】の名声に傷が付いただろう。ミノタウロスを逃した都市最大派閥(笑)みたいな感じで馬鹿にもされる。

 

ダンジョンの突然異常(イレギュラー)は仕方ない所もある。それで傷付く名声なんてたかが知れてるが。それでも名前に傷が付くようなことを避けたかった。

 

最近【ファミリア】を結成したばかりの【ヘスティア・ファミリア】に貸しを作ったことに、ロキは心底嫌な顔をする。

 

「それで、何が欲しいんや?」

 

神に貸しなんて作ったら更に大変なことになる。それを知っているロキは借りを返すためにヘスティアに問い掛けた。

 

その意味を理解したヘスティアは思い悩む。正直なところ何が欲しいと言われても、すぐには決められない。

 

お金だって貧乏だから欲しい。でも命を張ったのはラグナだ。ならあの子のために何かしてほしい。

 

ラグナは修羅の道を進もうとしている。周りの神が聞けば鼻で笑うほどの不可能に挑戦しようとしている。

 

その挑戦には武器が必要だとヘスティアは考えた。このままロキに武器を強請るのもいい。だが身の丈に合わない武器は身を滅ぼす。神友の鍛治神が言っていたことをヘスティアは覚えていた。

 

それなら防具を頼もうかと考えるが。【ロキ・ファミリア】の財産で買われる防具なんて、他の冒険者に狙われそうだ。高級な防具は見るだけで分かってしまう。武器と違って隠すことは出来ない。

 

唸り声を上げながら、悩むヘスティアを見てロキは呆れ果てる。数分経ってようやくヘスティアは口を開いた。

 

「それなら、ラグナくんに──」

 

そのヘスティアの言葉にロキは目を細くした。

 

⬛︎

 

「よし、始めるか」

 

ラグナは身体の調子を確かめるために軽く身体を動かす。故郷でゼウスとやっていた準備運動は身体に染み付いていた。呼吸するように体を動かして、体を温めていた。

 

身体の調子を確認してラグナは治療院を後にする。ちなみに治療費は【ロキ・ファミリア】が払ってくれたらしい。それに感謝しながら街を歩いていく。

 

「それにしても驚いたな……ディアンケヒト様がミアハ様と協力して薬を作ってたなんて」

 

今日の朝方に初めてディアンケヒトと出会った。ミアハ様に薬の製薬をお願いした日に頼まれたらしい。

 

この二人は仲良くなかった気がするが。どうして薬を作ってくれたのだろう。少し疑問も残るが、医神二人が協力してくれるなら。こんなに心強いことはないだろう。

 

本当ならばベルと帰る予定だったが。薬の効果はベル本人しか分からない。そういうことで、ベルは【ディアンケヒト・ファミリア】に滞在することになった。

 

滞在といっても三日ぐらいで終わるらしいのだが。その間は一人でダンジョンに潜ることになりそうだ。

 

ラグナは久しぶりに落ち着いて街を探索する。こんな風に街を見る時間すらなかった。

 

都市には様々な人がいる。露天を開いてネックレスなどの宝石を売っている男。子供達が街を走り回っていたり。冒険者がダンジョンに向かってたり。見ているだけでも飽きない世界が広がっている。

 

でも、一年もすれば世界は終わる。ここにいる人は全員死ぬ。そう思うと、思わず拳に力が入る。

 

ダンジョンの攻略と『黒竜』討伐。この二つを命賭けで達成する。改めて遠い目標にラグナは、溜息を吐きながらも決意を更に固めた。

 

ホームに戻って鍛錬でもしようと。ラグナはホームに向かった。

 

そんな時だった。少女の声が聞こえたのは。

 

「──冒険者さん!」

 

どこか弾んだ声。少し甘ったるい声にラグナはロボットのように身体を硬くする。ラグナは後ろを振り向いて、姿を確認した。

 

薄鈍色の髪と瞳。どこか上目遣いの少女は誰が見ても可愛いと絶賛するだろう。だが原作知識を持っているラグナは断言出来た。

 

この都市で一番厄介なのは彼女だと。

 

「これ落としましたよ?」

 

魔石を手に近付いてくる少女。ラグナはダンジョンの時と同じ装備だ。防具は壊れて着けていないが、それでも冒険者と一目で分かる格好だった。

 

そして魔石を入れる小袋。穴なんて空いてるはずがない。そう思って確認すると、小さく裂けたように破れていた。

 

ラグナは驚愕で目を見開いた。昨日までは破れていなかったはず。ミノタウロスから逃げている最中に破れたのだろうか。小袋の中身は空になっていた。

 

「あっ。やっぱり、破れてるじゃないですか。どうぞ、受け取ってください!」

 

「あ、ありがとう。気付かなかった……」

 

表情を取り繕いラグナは答えた。魔石を受け取ってポケットに入れる。そして目の前の少女は、人に好かれるだろう笑みを浮かべた。

 

少女はラグナの漆黒の瞳を見て。体を少し震わせた。ラグナは彼女の異常な行動に、訳も分からないまま立ち尽くす。

 

「私の名前はシル・フローヴァです。名前を教えてくれませんか?」

 

「……ラグナ、です」

 

「ラグナさん。実は私、酒場で働いているんです。豊穣の女主人って言うんですけど……実はなかなかお客さんが来てくれなくて……」

 

目元に手を当ててシルは嘘泣きをする。わざとらしい素振りにラグナは大きな溜息を吐く。

 

「分かった。今夜行くよ」

 

「やった!じゃあ……約束、ですよ?」

 

シルは表情を綻ばせて、近くの酒場に入っていった。なんだがドッと疲れた気がする。どこか嫌いになれないような少女の性格に、ラグナは塔の上をなんとなく見てしまった。

 

ラグナは先程までの軽い足取りはなく。鉛のように重い足でホームに帰った。

 

⬛︎

 

夜だ。ラグナは遂に訪れてしまった夜に溜息を吐いて着替える。冒険者用の服装ではなく。故郷でも来ていたような服装だ。とてもじゃないがオラリオで着るような服ではない。

 

まあでも食事するだけなら良いだろう。そんな楽観的な考えで、ラグナは適当に服を選んだ。

 

本当ならば主神であるヘスティアと共に行きたかったが、ヘスティアは今日の朝からいなかった。

 

机には手紙が一通だけ置かれていた。しばらくホームを留守にするという手紙が。今夜は一人だけの食事会となりそうだ。

 

ラグナは適当に飲食出来る程度の金銭を持って外に出た。既に空は闇色に染まっている。ラグナは豊穣の女主人に向かった。

 

明るい酒場。外からでも冒険者達の騒いでいる声が聞こえる。あまり騒がしいのは好きじゃないが。これも冒険者の仕事なのだろう。

 

命を賭して戦った冒険者の心を癒す儀式。ラグナは勇気を出して、酒場に足を踏み入れた。

 

「あっ!ラグナさん。待ってましたよ!」

 

冒険者達の騒ぎ声の中。ラグナに気付いたシルは駆け寄ってくる。ラグナはシルに席を案内されて座った。

 

目の前には妙に威圧感のある店主。ミアがラグナを見て笑っていた。

 

「おまえさんが、ラグナかい?今日は店を盛り上げるほど飲んでくれるんだろ?」

 

「は!?そんなこと言ってないですけど……」

 

ラグナは意味が分からないとシルの方を見る。シルは「ダメだった、ですか?」なんて言ってるが。ダメに決まっていた。

 

そもそも【ヘスティア・ファミリア】はただの貧乏じゃない。全財産約一万ヴァリス。冒険者にとって必須な回復薬を買えないほど切羽詰まっている。そんな状況だから節制しているというのに。

 

メニューなどを見ても、どれもジャガ丸くんの何倍も高い。ラグナは仕方なくリゾットを一つだけ注文した。

 

「あいよ」

 

「───え?」

 

予想より早い速度で、並々に注がれた麦酒(エール)が思いっきり机に置かれた。頼んでないと、声を出そうとすると。ミアは鋭い視線を叩き付けた。

 

有無を言わさない圧は、今までにないほどに強い。

 

「い、いただきます……」

 

恐る恐るラグナはお酒に口を付ける。なんとも不思議な苦味がラグナを襲った。喉に強い刺激が来て、ラグナは微妙な顔をする。

 

その後に来たリゾットは絶品だった。というか多分、この世界で食べた料理で一位二位を争うぐらいだった。

 

「楽しんでますか、ラグナさん?」

 

「酒は苦手ですけど、食事は美味しいし。楽しんでます」

 

「良かった……騒がしいのが苦手そうだったから」

 

シルは周りの冒険者に視線を向ける。ダンジョンの出来事を笑い話にしている者。好きな女の好みについて語り合う者。多種多様な冒険者達がそこにはいた。

 

「私、ここが好きなんです。色々な人がいて、毎日が飽きない」

 

「……」

 

「ラグナさんも、ここを好きになってくれたら嬉しいです」

 

ラグナはその言葉を聞いて少しだけ表情を緩めた。彼女の正体が何であれ。この言葉は嘘じゃないと思った。

 

それに変に警戒するのは疲れる。ラグナは吐息を洩らして体から力を抜いた。

 

そんなラグナの姿を見てシルはこぼれるような笑顔を見せた。

 

夢中で食べ進めていると、店が一気に騒がしくなる。リゾットを貪りながら、ラグナは店の入り口を見た。

 

「あ、来たか……」

 

原作でも大事なイベント。ラグナは記憶を掘り起こすように、この後の出来事を思い出していく。

 

主人公のベルはこの場所で変わった。冒険者としても男としても、成長した場所。店に入ってくる【ロキ・ファミリア】を見て、周りは目を丸くした。それもそうだろう。

 

都市最大派閥が目の前にいるのだから。都市最強の冒険者達は、そんな反応に慣れているのだろう。何の反応もなく席に座っていく。

 

その中でも一際目立つ存在はやはり【剣姫】だった。周りの冒険者は全員魅了されたように、アイズから目を離せない。

 

「それじゃあ。みんな、遠征ご苦労様さん!好きに飲めやー!」

 

『────乾杯!』

 

遠征帰りの【ロキ・ファミリア】が無事帰ってきたことを祝って、乾杯を交わしていた。元々騒がしかった酒場が更にうるさくなる。

 

思わず耳を塞ぎたくなるような話し声に辟易する。

 

「【ロキ・ファミリア】さんはお得意様なんですよ」

 

「そうなんですね……」

 

原作知識として知っていたため、反応に困りながら相槌を打つ。既に腹は満たされた。もう帰っても良いのだが、ラグナは【ロキ・ファミリア】の団員達を観察する。

 

大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ。

 

怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ。

 

凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 

重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック。

 

九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヲス・アールヴ。

 

団長である【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。

 

そして【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

全員が英雄になる資格を有した冒険者。その強さは想像も付かないほどだ。その背中は果てしなく遠い。

 

「──あっ」

 

「ん?」

 

金色の瞳と漆黒の瞳が交差した。金色の長髪は美しく揺れる。誰もが彼女の動きに集中している。ラグナは妙な寒気を感じた。たまたま目があっただけ。そう思って酒を飲み干す。

 

「また、会ったね」

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが、ラグナの席に来て美しい声色で話す。その言葉にラグナは飲んでいたお酒の味が分からなくなるほどに混乱する。

 

アイズはラグナを穴が空くほど見つめてくる。その瞳は黄金に煌めいていた。

 

 




ランキング二位!?
ありがとうございます!!


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十一話 意思と救い

 

 

「また、会ったね」

 

息を呑むほど美しい容姿をした少女は微笑みかける。ラグナは混乱した頭で、目の前の少女のことを考えた。

 

アイズ・ヴァレンシュタイン。言わなくてもわかる。ダンまち世界のメインヒロインだ。二つ名は【剣姫】と世界中でも知られている有名冒険者。

 

まるで王女のような容姿は男冒険者にも女冒険者にも人気だ。そんな彼女に話しかけられている。それだけで周りの冒険者からは嫉妬の炎で殺されそうだった。

 

「あー、あの時助けてくれてありがとうございます……」

 

「ううん。あれは私達の責任だから、ごめんね」

 

普段無口のアイズが喋り掛けに行った少年に【ロキ・ファミリア】の視線が集まる。それを肌で感じたラグナは肩を震わせた。物凄く逃げたくなる気持ちを抑える。満面の笑みの少女を見て溜息を吐きそうになった。

 

「おー。お前がドチビの子か!」

 

赤髪の女神ロキは面白い玩具を見つけたとばかりに笑顔を見せる。ラグナは軽く頭を下げて会釈する。都市最大派閥の主神は舐め回すように顔を見る。そんなロキの行動にラグナは目を丸くする。

 

「なかなか、可愛い顔しとるやん」

 

「ど、どうも……?」

 

初めて言われた言葉に更に困惑する。気に入られたとは違う感じ。やっぱり玩具としか見られていなそうだ。

 

「君が……そうか。今回のダンジョンの件すまなかった」

 

「私からも謝ろう」

 

「いやいやいや!謝らないで大丈夫ですから!」

 

ラグナは頭を下げる【ロキ・ファミリア】の団長と副団長に目を剥く。この二人は正に英雄のような存在だ。そんな彼等に頭を下げられると必然的に周りからの刺すような視線を向けられる。

 

容姿端麗な二人は、焦っているラグナを見て頭を上げる。そして近くにいた狼人(ウェアウルフ)女戦士(アマゾネス)が近づいてくる。

 

「お前は……あの時の冒険者か!」

 

「ミノタウロスを逃して、ごめんなさいね」

 

「まさか、逃げるなんて思わなかったよねー」

 

鋭い目つきのベート・ローガ。どこか露出の激しい服をしているティオナとティオネ。いつの間にか逃げる場所がなくなっていた。

 

アイズは隣の席で相変わらず無言で視線を向けてくる。まるで石化したように表現も瞬きもしない。それを必死に無視しながら、どうやって帰るか考えていた。

 

「──お前、冒険者になって一週間も経ってないんだってな」

 

そんな時。目の前にいる狼人(ウェアウルフ)は嘲笑うように話した。それに酒場の空気が一変する。

 

その瞳はラグナにぶつけられている。隣にいるアイズはベートから守るように、手をラグナの前に出す。

 

「自分が犠牲になるつもりで、女を守った気分はどうだ?」

 

「っ!?」

 

「最高だったか?その女を救って満足したか?」

 

ベートの言葉にラグナは沈黙する。彼の言っていることは間違ってない。ラグナは原作知識として知っていた。あの時のミノタウロスは【ロキ・ファミリア】が失敗して逃した怪物だと。

 

ラグナの頭の中には常にアイズの姿があった。誰よりも強い主人公が憧れる冒険者。絶対に助けてくれる、そう確信してたからラグナは足止めをする事が出来た。

 

じゃあ知らなかったら。きっと逃げていた。自分でも笑えるほどに結論がすぐに出た。ミノタウロスに勝てるわけがない。そう思って逃げ出したはずだ。

 

「やめろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の失態だ」

 

リヴェリアがベートを止める。リヴェリアの言うことは間違っていない。命賭けで少女を救った。それは褒められるべきことだ。それは【ロキ・ファミリア】の団員達もそう思った。

 

「駆け出しの冒険者が、ミノタウロスから逃げるなんて当たり前でしょ?この馬鹿狼は何言ってんのよ」

 

「お前は黙ってろ」

 

「──は?」

 

今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気。肌に電気が纏ってるような、圧力に他の冒険者は恐れて離れていく。

 

ラグナは己の不甲斐なさに笑っていた。あの時はベルを逃すのに集中した。そして逃した後は安心した。あとは【ロキ・ファミリア】が助けてくれるって。

 

これからの戦いに救いなんてない。地獄みたいな戦場に足を踏み入れる覚悟をしたはずだ。なのに無意識のうちに助けて欲しいと願った。

 

世界を救うために戦うと決めた人間の思考じゃない。

 

「お前は他人に救ってもらおうとした軟弱者だ。そんなの冒険者とは呼ばねえ!」

 

ベートの言葉は核心を突いていた。実際ラグナはその言葉を聞いて納得してしまった。自分の意思で行動したのは、ベルを投げ飛ばした時だけだ。それ以降は救ってもらうことだけ考えて行動していた。

 

そんな覚悟じゃ辿り着けるわけがないのに。怒りで震える。ゼウスの言葉を思い出す。最後までゼウスは言っていた。逃げるのも戦うのも、全て自分の意思だと。

 

ミノタウロスの時のラグナは違った。意思なんてないのも同然だった。前世の知識に操られて、意思を捨てていた。

 

これはラグナ()の物語だ。自分の意思を貫かなければ、英雄なんて超えられない…!

 

手から血が滲むほど握る。漆黒の瞳はベートの鋭い視線とぶつかり合う。ラグナはお金の入った小袋を置いて、外に出た。

 

もしかしたら原作のベルもこんな気持ちだったのかもしれない。無力感と情け無さで壊れてしまいそうだった。

 

暗くなった都市を走る。目指す場所は決まっている。

 

「強く……なってやる」

 

曇り空を貫く塔を目指して、少年は走る。もう一度覚悟を決めよう。あの儚い雪のような少女のために、世界で暮らす人々のために。

 

呆気なく散ってもいい。ただ最後まで自分の意思で戦い抜こう。少年はもう一度己を奮い立たせるように、拳を握った。

 

⬛︎

 

アイズは気付いたら付いて来ていた。黒髪の少年は全速力で都市を走っている。それを余裕で捉えながらアイズは付いていく。

 

唐突にベートが罵倒を始めた時は驚いた。レベル1の冒険者がミノタウロスに襲われて助けを求めるのは当たり前だ。でもベートはそれを許さないようだった。

 

今はそんなことはどうでもいいと頭を振り払う。問題は少年の方だ。武器も防具も装備していない。そんな装備でダンジョンに入って行った。

 

危険すぎる行為にアイズは瞠目する。新人冒険者が防具も無しにダンジョンなんて自殺しに行っているようなものだ。

 

危ないと思いアイズも階段を降りていく。

 

長い螺旋階段を降りた先にダンジョンの一階層は存在する。ダンジョンと地上では空気が違う。怪物の存在するダンジョンは少しだけ空気が重かった。

 

少年は疾走を止まなかった。出会った怪物に拳で攻撃していく。殴り、蹴りはあまり慣れていないのだろう。怪物が2体、3体現れると当然後ろを取られる。

 

──助けないと。

 

そう思うも少年は回避出来た。身体に染み付いているようだった。それは生半可な修行では身に付かないことだ。数に囲まれて背後を取られれば一級の冒険者でも危ない。

 

回避した後、拳で怪物を潰す。どこか鬼気迫る表情にアイズは過去の自分を見た。

 

【人形姫】そう言われた時代のアイズは荒れていた。誰も助けてくれないから、強くなるために剣を取った。

 

一刻も早く強くなるために剣を握った。英雄なんて幻想を振り払って剣を振った。怪物を殺して、殺して、殺して。怒りと憎悪のままに戦った。

 

目の前の少年の瞳は怒っていた。弱い自分に、情けない自分を憎んでいた。

 

「私と、一緒……」

 

どうして強くなろうとするのだろう。アイズは昔から変わらない。『黒竜』を殺すため。怪物を根絶やしにするため。でも彼はどうだろう。

 

それはもしかしたらあの時の、白髪の少女のためなのかもしれない。そう思うとアイズは黒い炎が心を焼いたことに気付く。

 

熱く壊れてしまいそうなほどに苦しい。羨望、嫉妬、妬み、感情が溢れかえる。幼いアイズは感情を総べる方法を知らない。ずっとダンジョンで戦っていた少女には嫉妬の感情なんて知らない。

 

復讐姫(スキル)】を使ってる時とは違う感覚。それにアイズは溺れてしまう。

 

「……羨ましい、羨ましい、羨ましい!」

 

だから燃え上がる炎は、少女を襲おうとした怪物に向かう。回し蹴りは凄まじい轟音を響かせて、怪物とダンジョンを傷付ける。

 

怪物は断末魔を残すことなく消える。アイズは金色に輝いていた瞳を漆黒に変える。

 

「私には、私にはいなかった!なのに……なのに!」

 

今にも泣きそうな表現で怪物を殺す。夜のダンジョンは静寂に支配されていて、アイズの声はよく響いた。拳からは皮膚が剥がれて血が滴り落ちる。

 

その痛みでようやくアイズは落ち着いた。興奮は少しずつ収まっていく。アイズは誰かが近づいてくる足音に気づいた。

 

「──大丈夫か?」

 

ダンジョンの奥から少年が現れる。アイズが放った轟音を聞いたのだろう。壁に空いた穴を見て少年は目を剥いていた。

 

それを空けたアイズの腕を見て、更に理解出来ないように震える。少年はアイズに近づいて、シャツの端を千切った。

 

それをアイズの手に巻いて応急処置をする。あとは回復薬を使えば簡単に治るだろう。巻かれた白色の布は、少しずつ赤色に染まっていく。

 

「あ、ありがとう……」

 

アイズは嬉しくなった。彼は心配して来てくれたのだ。そう思うと心はお風呂に浸かってるみたいに暖かくなる。幼いアイズは感情を表に出すことはできない。相変わらず無表情のアイズに少年は困ったように笑った。

 

「というか、なんでダンジョンに?【ロキ・ファミリア】の宴会はどうしたんだ?」

 

「あっ」

 

今更黙って出て行ったことに気付く。きっと心配で宴会どころではないだろう。そんな少女の焦りを見た少年は大きく溜息を吐いた。

 

──呆れられた…!

 

アイズは一瞬だけ悲痛に表情を歪めた。

 

「それじゃあ、俺は奥に進む。さっさと帰ったほうがいいぞ」

 

「ま、待って!」

 

黒髪の少年はアイズの声を聞いて立ち止まる。アイズはどうしても聞きたかったことがある。

 

「──ラグナ、くんは。どうして強くなりたいの?」

 

アイズは恐怖を感じながらラグナに聞いた。アイズの頭の中にあるのは白髪の少女だった。今まで見たことのないような綺麗な髪色。どこか庇護欲を擽られそうな可愛い容姿。

 

彼女のためだったらどうしよう。頭の中で幼いアイズが慌てている。ぎゅっと目を瞑りアイズは返答を待った。

 

そんなアイズの言葉にラグナは思い悩む。一言で言えば白髪の少女のためだった。ベルのことを話そうとしてラグナは嫌な予感を感じた。

 

それを言ってしまえば、取り返しが付かないことが起きそうだ。何の根拠もないけど、そんな気がした。

 

だからラグナは頭に浮かんだことを話す。

 

「黒竜を倒すため」

 

「────!」

 

「まあ、遠い目標だけどな」

 

ラグナは改めて遠い目標に苦笑しながら、ダンジョンの奥に進んでいく。アイズはふと立ち上がった。

 

嬉しいと思う気持ちと悲しい気持ち。それが混ざり合ってアイズは苦しくなった。彼は自分と同じだった。彼は自分の英雄になりえた人だった。

 

でももう遅い。心の中にいる幼いアイズは泣いていた。どうしてもっと早く助けてくれなかったと。子供のような我儘を言っている。

 

もうアイズは強い。オラリオで彼女に勝てる冒険者はほとんどいない。覚悟も決意も、普通の冒険者とは訳が違う。

 

だから彼と並べないのが寂しくて、悲しくて。でも嬉しい。一人ぼっちだと思っていた世界には、一人だけいたのだ。

 

「ラグナくん……ううん、()()()

 

アイズは名前を呼んだ。あの少年の名前を頭に焼き付ける。

 

「私と同じ人」

 

手を包む白い布。アイズの血で徐々に紅に染まっていく。その痛みをアイズは大事そうに撫でる。

 

「早く強くなって──私を」

 

───助けて。

 

 




異端児編が楽しみだなぁ……(白目)


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十二話 師匠

 

 

「何だったんだ、あれ」

 

ダンジョンの三階層。敵が弱く数も多くない浅い場所は防具と剣を持ってないラグナが行けるギリギリのラインだ。もちろんリスクを冒して五階層以降に潜ることもできる。

 

流石に剣がないと無傷で戦えるとは考えていない。回復薬も買えないほどお金がない【ヘスティア・ファミリア】は怪我なんてしたら一気に借金する羽目になるかもしれない。だから浅い階層で戦っていた。

 

ラグナが思い出すのは金髪の少女のことだ。数分前に轟音が鼓膜を揺らした。その音に向かって見ると、アイズが壁を殴っていた。

 

意味が分からない行動をしている少女は暗い迷宮のせいなのか、昏い表情をしていた。でもそれは一瞬のことだったので気のせいなのだろう。

 

とはいえ原作とは違う行動をしている少女に、ラグナは動揺しかけた。なんでダンジョンにいるんだって思った。それを考えると、やはりミノタウロスのことが関係しているのだろう。

 

おそらく責任を感じて、心配してダンジョンに付いてきた。そう考えるほうが自然だろう。少しだけ申し訳ない気持ちになった。彼女も遠征帰りで疲れているだろうに。ラグナは敵を殴り殺して、ゆっくりと息を吐いた。

 

「(ベートさんが、発破してくれてよかった)」

 

豊穣の女主人の出来事を思い出す。ベートがラグナに仕掛けた罵倒。それは的確にラグナの背中を押した。

 

あれがなかったら、英雄を超えてやるなんて思えなかった。原作で凄まじい活躍をしている英雄達。それには【ロキ・ファミリア】も含まれる。

 

あの一級冒険者より強くならなければ、黒竜討伐もベルの治療も全てできない。改めて認識を改める。『成長スキル』のないラグナが戦って【ランクアップ】するためには、中層を目指す必要がある。

 

熟練度だって、おそらく中途半端にしか増えていない。早く強くなりたい想いは誰にも負けていない。でも【スキル】は素質が絶対条件。ベルのように都合良く【スキル】を獲得出来る気はしなかった。

 

⬛︎

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。清潔に掃除された部屋は、魔石灯に照らされて美しく映えている。製薬室と呼ばれる場所に一人の老神がいた。ディアンケヒトと呼ばれる医神だ。

 

彼は机に並べられている薬の材料で、薬を複数作っていた。薬の材料には『レアドロップ』と呼ばれる怪物の素材もある。これを冒険者が売ったなら、簡単に50万ヴァリスは売れるだろう。

 

そんな高級な素材を使って、製薬室に籠ること二日。成果は芳しくなかった。今日は試薬品をベルに試したが。何の反応もなかった。色々と試していくうちにディアンケヒトは思い出していく。過去にメーテリアに作った薬の数々を。

 

記憶の中に一つだけメーテリアに効きそうな物があったことを思い出す。その薬を飲んだ時だけメーテリアは楽そうに呼吸をした。

 

でももう一度作ろうとも素材がない。その珍しい素材は、十階層の霧が出る階層にしか出現しない『スライム』のドロップ品だった。

 

過去に冒険者依頼を出したことがあったが、霧のせいで見えない。または小さすぎて追えない。あるいは速すぎて倒せない。そんな感じで徐々に存在を忘れられていた怪物。

 

「あれがあれば、もしかしたら……」

 

このことは黒髪の少年に伝えるべきだろう。ダンジョンに潜る彼なら、もしかしたら素材を持ってくるかもしれない。

 

ディアンケヒトは髭を触りながら、更に調合を始めた。

 

 

⬛︎

 

翌日のことである。ラグナはお金を稼ぐためにダンジョンに向かおうとしていた。ホームには誰もいない。少しだけ寂しげな静寂にヘスティアとベルの顔を思い出す。どこに行ったのだろう。いや、原作の知識の大事な部分は覚えている。

 

でも一人一人の行動とか覚えてはいない。流石に17年間生きてきて、忘れてしまうことは仕方ないだろう。そのため原作知識は完璧じゃない。その時の状況に応じて最適解を叩き出さなければならない。

 

既に原作はある程度変わっているだろう。予想外のことが起きても動揺しないように頑張ろう。そう決意したラグナはダンジョンに向かう準備をして、教会の外に出て走り出そうとした。

 

「え?」

 

すると奥から怠そうに歩いてくるのは【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガだった。昨日見た人物にラグナの脳は思考を停止する。

 

昨日よりも威圧感のある表情に身体が震える。怪物と相対するより怖いかもしれない。そう思っていると、ベートはラグナの前に立ち瞳を覗き込んでくる。

 

「──強くなりたいか?」

 

「強くなりたい、ですけど……どういう────!」

 

「ならさっさと付いてこい」

 

有無を言わせない。そんな雰囲気を目の前の青年には感じた。ラグナは唐突すぎて理解できない。それでも必死に背中を追って歩いた。結構な距離を歩いていると『黄昏の館』。【ロキ・ファミリア】のホームに到着した。

 

門が大きく開く。いくら掛かったのか想像も出来ないほどのホームにラグナは目を回す。そんなラグナに一瞥もせずにベートは奥に進んでいく。そして一つの広間に入った。

 

恐る恐る入ると、そこには【ロキ・ファミリア】の幹部達が勢揃いしていた。

 

「よっ、ラグナきゅん!」

 

「えーとロキ様」

 

「昨日はすまんかったな。うちのベートが迷惑掛けて」

 

「いえ本当のことだったので」

 

椅子に座り、ロキは手を上げながらラグナに会釈する。それに倣うようにラグナも頭を下げた。

 

なんでここに連れて来られたのだろう。昨日のことについての謝罪ならば、ラグナは受け取るつもりはない。あれはラグナの背中を押してくれた、必要な言葉だった。

 

「実はな、ミノタウロスの件でドチビから頼まれてん。ラグナきゅんに修行を付けてくれってな!」

 

「修行…?え、いいんですか!」

 

「し・か・も!指名制や、この中から好きに師匠選んだってくれや!」

 

ヘスティアに心の中で感謝して、ラグナは椅子に座ってる一級冒険者を見た。妙に胸を張ってこちらを見ている【剣姫】。あまり興味が無さそうな【怒蛇(ヨルムガンド)】。少し眠そうな【大切断(アマゾン)】。

 

重傑(エルガルム)】に【九魔姫(ナインヘル)】そして【勇者(ブレイバー)】。

 

都市最大派閥の一級冒険者達にラグナは瞠目する。誰に戦いを教えてもらいたいか。剣を教わるなら金髪の少女アイズだろう。彼女の怪物を殺す技術は凄まじい。それを少しでも教わったなら力になる。

 

魔法などを使えないラグナはリヴェリアを選べない。ティオナ、ティオネの姉妹も殴りなど超接近戦に強い。正に女戦士といったところか。

 

ガレスは力の種族と呼ばれるドワーフ。その力は計り知れない。でも教わるのは違う。

 

フィンは技術、知識など凄まじい。指揮をするつもりはないので、少し違う。

 

やっぱり一人しかいないとラグナは思う。後ろを振り返って、鋭い瞳のベートを見つめた。

 

「ベートさんで、お願いします!」

 

「……チッ」

 

ベートは舌打ちして不機嫌そうに睨んでくる。それでもラグナはベートしかあり得ないと考えていた。格闘能力を鍛えたいというのもあるが。本気でボコボコにしてくれる冒険者は、ベートだけだった。

 

「アンタ、大丈夫?ベートに殺されるわよ」

 

「大丈夫です。なんとか、頑張ります」

 

「まあ、私達は教えるの面倒くさいと思ってたからいいけど。ところで、アイズに何かした?」

 

「……何かしたんでしょうか」

 

金髪の少女は美しい髪が逆立ちしそうなほど怒っていた。無言でベートを睨みつけている。ベートは身に覚えのない殺意に困惑している。

 

アイズの異常に流石に気づき始める。全員が初めて見たアイズの姿。怪物に怒ってる姿とロキのセクハラに怒っているところは見たことがある。だが、こんな風に憤怒を露わにしているのは珍しかった。

 

「ラグナきゅんは、なんでベートを選んだん?」

 

「ベートさんなら、俺を容赦無くボコボコにしてくれそうだから」

 

「ドMって、ことか!」

 

「いや、違う!」

 

ロキは驚いたように目を見開いて叫ぶ。その風評被害にラグナは初めて声を荒げた。だが周りの【ロキ・ファミリア】の幹部達は全員、納得したように頷いている。

 

昨日の罵倒も嬉しくなって逃走したのだろう。そんな的外れな考察をされている気がする。そもそもラグナきゅんってなんだ。無視していたが、そんな風に呼ばれたのは初めてだ。

 

「わ、私も、ラグナをボコボコに出来る!」

 

「え、えぇ……」

 

「ベートさんじゃなくて、私を選んで欲しい!」

 

「ドS美少女アイズたん来たー!!」

 

混沌(カオス)に包まれた室内。団長と副団長二人は遠い目をしていたそうだ。結局、アイズとベートが交互に修行を付けることになった。なんとも贅沢だけど、どこか命の危険を感じるのは仕方ないことだろう。

 

 



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十三話 修行

 

 

【ロキ・ファミリア】の中庭。そこは空気が静電気に触れたような緊張感が走っていた。今にも人を殺しそうなほど殺意を目にしたベート、それに対してラグナは固唾を飲んだ。

 

ラグナは距離を詰めて殴り掛かる。左腕でジャブを繰り出した、それを簡単に避けてベートは軽く蹴り飛ばす。第一級冒険者の蹴りは鋭く重い。ラグナは内臓が潰されたような感覚に陥って、悶えている。

 

朝何か食べていたら吐いていただろう。それほどの衝撃を容赦無く与える。観戦している団員達は身を震わせた。

 

「殺す気で来い。そんなんじゃ、ゴブリンにも勝てねえぞ!」

 

「は、い!」

 

そこからは地獄だった。避けることに専念しているラグナの動きを先読みして殴り続ける。一発も躱すことが出来ない。それほどまでに速い拳は普通の冒険者の意思を折る。

 

鍛錬なんて物じゃない。痛みで徹底的に教えていく悪魔のような教育。それでも心を折らずに立ち向かっていく姿は凄まじいの一言だった。

 

第一級冒険者には効かないだろう一撃を必死に繰り出す。恐怖心と焦りと怒りで、頭の中は沸騰しているのかと思うほど熱かった。

 

ラグナが繰り出す攻撃は全て躱されるか、弾かれて反撃の一手にされる。ベートは容赦無くラグナの腹を殴り飛ばす。

 

「あああああ!!」

 

「うるせえ、さっさと立ち上がれ」

 

痛みに苦しむ少年を見ても、ベートは表情一つ変えない。側から見たら残酷な光景だろう。第一級冒険者と新人冒険者。それは大人と赤子のような力の差がある。

 

ベートは痛みを必死に我慢して、脂汗を吹いている少年を睨む。この程度の痛みなら耐えられるだろう。この程度に耐えれないなら冒険者なんて辞めろ。視線で伝える。

 

それを受け取った少年は必死に立ち上がる。顔を涙と血で濡らして、震えているのがわかる。だが、目が死んでいない。回復薬を飲むと構えを取る。

 

「ハッ、それでいい」

 

目の前の少年はミノタウロスから女を守る根性を見せた。駆け出し冒険者が命を張って助ける。命よりも、その女が少年にとっては大事なのだろう。考えればすぐにわかる話だ。

 

──ならば強くなれ、もっと吠えろ、痛みを力に変えろ。

 

「来い、強くなりてえんだろ?」

 

「ッッはい!」

 

少年は必死の形相で向かってくる。血が流れて冷静な判断を失っている状態で、フェイントを交ぜてくる。第一級冒険者としての経験は、簡単にフェイントを見切れる。

 

それでも同じレベル1だったなら。ベートは避けることができなかったかもしれない。目の前の少年はそれくらい強い。幼い頃から訓練していたのだろう。掌には剣を持った者の努力の証が刻みついていた。

 

【ステイタス】は貧弱なのだろう。新人冒険者なのだから当たり前だが。それも時間で解決するだろう。

 

何より格上と戦って得る経験値は凄まじい。ベートも容赦なく攻撃しているため、一気に伸びるのは間違いないだろう。

 

やがて数時間。中庭が夥しい量の血に濡れた。拳と蹴りだけで、ここまで出血するなんてことはないだろう。

 

まるで剣で斬られたような痕跡に、【ロキ・ファミリア】の人間は顔面蒼白する。ここまでされるものなのか。修行なんて物じゃ到底ない。改めてベートには心がないと感じる団員達だった。

 

熾烈な鍛錬を見ていたアイズは表情を歪ませる。回復薬は体を回復させることはできる。しかし、失った血は補給できない。

 

そんな状態でアイズと訓練できるはずもなく。今日のところは訓練を終わることになった。

 

ボロボロの身体に外傷はない。それでも疲れと貧血で身体を動かすことすらできないくらい辛い。貧血を回復させるためには食事を摂るしかない。そのため【ロキ・ファミリア】の食堂で、ご飯をご馳走になった。

 

普通、他の派閥の人間がホームに入ることなど許さない。だが流石にあの死闘を見てしまえば、ラグナを認めてしまうのも無理はない。普段のラグナなら遠慮しただろうが。

 

零細の【ファミリア】で貧血を治せるほど食べられるわけがない。ここは遠慮なんてしないで、口に詰め込んでいった。そんな食事をして、ようやく動けるようになった後。ラグナはホームに帰宅した。

 

 

⬛︎

 

「頼む、ラグナ君に武器を作ってくれ!」

 

ヘスティアは土下座していた。彼女の神友のタケミカヅチから教わった、最終奥義。その土下座を見て、赤髪の女神ヘファイストスは大きな溜息を吐く。

 

一日前に鍛治場にやってきたヘスティアはずっと土下座をしていた。その神友の姿にヘファイストスは、会わなければ良かったと後悔し始めていた。

 

【ファミリア】を作ったという手紙を貰い。彼女にもようやく眷属が出来たことを喜んだ。下界に降りてきて間も無い彼女と契りを交わす人間は中々いないだろう。

 

冒険者志望なら、元から探索系として活躍しているファミリアに入るのが普通だ。知識も経験もお金も足りていない新人ならば、有名なファミリアに入りたいと思うことが普通。

 

手紙に書かれていた眷属の名前はラグナとベル・クラネル。出会いから何まで手紙に書かれていて。文字越しでもわかるぐらいに喜んでいた。

 

天界に降りた頃。彼女はヘファイストスのところに転がり込んで、堕落の日々を過ごしていた。眷属なんていつでも出来ると舐め腐っていた。そんな神友の姿に怒って、ようやく成長してくれたのだ。

 

そんな成長した彼女なら会ってもいいと、ヘファイストスは思って鍛治場に招待した。出会った瞬間に土下座されたヘファイストスは、意味が分からないと困惑することになった。

 

「貴方の子供、ラグナだっけ?初心者に私の作った武器は、新人冒険者に扱えると思えない。その子の成長にもならない。だから断るわ」

 

「そこをなんとか!」

 

「あのねぇ。何回も言うけど、その子の成長にもならない───」

 

ヘファイストスは目を剥いた。天界でも下界でも、グータラしていた女神が。決意に染まった瞳をしている。その瞳からは彼女の司る聖火を彷彿とさせる。

 

「あの子は、これから修羅の道を走る。自分の全てを捨てる覚悟で、前に進もうとしている!ラグナくんの力になりたい、その道には絶対な武器が必要なんだ!」

 

ヘスティアの言葉は真っ直ぐだった。怠惰な日々を過ごしていた彼女はいない。いるのは眷属のことを思う優しい女神の姿だけが、そこにはあった。

 

ヘファイストスはそこまでする理由が、その眷属にはあるのだろう。それこそ神の打った武器が必要だと思うほどに。

 

断ろうと思っていた。でも目の前の女神を折ることは至難の技だろう。彼女は昔から、根性だけはあった。

 

ヘファイストスは仕方ないと槌を手に取る。

 

「それで、その子が使う武器は?」

 

「作ってくれるのかいっ!?」

 

「ええ、貴方を折るなんて私には出来ないもの」

 

「ありがとう、やっぱり君はボクの最高の神友だよ!」

 

ヘスティアが抱き付いてくる。それに頬を赤くしながらもヘファイストスは使っている武器を聞いた。

 

「剣を作ってくれるかい?」

 

「剣ね、大きさは?」

 

「えーと、普通ぐらいの」

 

その曖昧な注文(オーダー)にヘファイストスは、好きに作らせてもらおうと剣の形を思い浮かべる。

 

ヘファイストスは鍛治神として、様々な武器を作ってきた。その数は億を有に超える。その中でも自信があるのが剣だった。

 

ただの剣なら簡単に打てる。問題は新人冒険者が持っても成長を妨げないような武器。最後までラグナという少年と歩める。そんな武器を作らないといけない。

 

神友に頼まれた武器。生半可な物を作るわけにはいかない。ヘファイストスは久しぶりに感じるプレッシャーを楽しんでいた。

 

「さあ、始めるわよ」

 

 

⬛︎

 

「(剣……誰かに教わってたのかな?)」

 

アイズは黒髪の少年の剣を弾いて思考する。昨日はベートに訓練の時間を全て取られた。そのため今日一日はアイズが剣を教えることになった。弟子なんて初めての経験で、少しだけ楽しみにしていたのだが。

 

ラグナの剣技は既に完成されていた。恩恵にまだ振り回されているが、それでも十分に美しい剣。敵の攻撃を弾いて、反撃の一手を繰り出す。独自の剣技。

 

アイズは剣の鞘、ラグナは【ロキ・ファミリア】の使っていない剣を使用している。数回打ち合うだけで、ラグナの努力が垣間見えてアイズは楽しそうに鍛錬をする。

 

いつも無表情で剣を振っている時とは違う笑顔に【ロキ・ファミリア】の団員達は心を奪われる。それを引き出したのが、余所者というのだから悔しがる者もいる。

 

昨日と違って、ラグナには鋭い視線が集まった。昨日のベートと行った訓練とは全く違う。

 

「(……格闘も上手くなってる。昨日見た時とは違う)」

 

剣を使いながら、回し蹴りなどを入れてくる。昨日観察した蹴りとは比べ物にならないほど鋭い。それはベートの蹴りと似ている物があった。心の中でアイズは頬を膨らます。

 

そんなアイズは昨日の惨状を見て、腕を抜いてしまっていた。ベートによる調教は、見ている側でも恐ろしかった。何より黒髪の少年の意思の強さ。アイズは単純に凄いと思った。

 

でも少年はどこか物足りなさそうだった。昨日の戦闘と比べたら天国のような物だろう。

 

「もっと、速くするよ?」

 

「お願いします!」

 

きっと目の前の少年は満足しないと思った。ダンジョンに籠っていたアイズのように、少年は貪欲に強さを求める。ならば優しさを捨てて、アイズも鬼になろう。

 

「──行くよ」

 

そこからは昨日と変わらない光景が広がった。昨日よりは応戦出来ているラグナだが、それでも単純な技術でボコボコにされる。真剣だったら少年は何百回も死んでいただろう。

 

使っていた鍛錬の剣はボロボロだった。【ロキ・ファミリア】の武器は余り物でも業物だ。それをボロボロにしてしまうほど、鍛錬は厳しいものだった。その剣は使い物にならないと。ラグナは貰えることになった。

 

ミノタウロスの一件で武器が壊れていたためありがたい。そして明日もベートと訓練だと思うと気が遠くなりそうだった。それでも一気に強くなれるなら、どんなことでもしよう。

 

ラグナはホームに帰って、意外と元気な体を酷使してダンジョンに向かった。

 

⬛︎

 

憧れているアイズと、少年の戦いを見て山吹色の少女は思った。

 

───凄い。

 

昨日のベートとの戦いから見ていた。観戦しているこちらの方が痛みを感じそうなほど血が舞う。それを見ていた団員達は目を離せなかった。もしも自分が彼なら挑めるだろうか。

 

無理だと思った。最初の一撃で心折れていたかもしれない。第一級冒険者の攻撃は恐ろしく怖い。一撃でも受けてしまったら、立ち上がる気力を奪う。しかも彼は冒険者になって一週間も経っていない新人冒険者。

 

絶望すると思った。すぐに折れて酒場の時のように逃げ出してしまうだろうと。でも違った、予想を遥かに上回る精神力でベートに喰らいついた。

 

「負けてられません!」

 

そんな姿を見て感化されないわけがない。新人に負けていられるかと団員達も鍛錬に力を入れるようになった。

 

【ロキ・ファミリア】の魔導士レフィーヤ・ウィリディス。彼女の瞳は憧れの金髪の少女ではなく。黒髪の少年ラグナの方を集中して見ていた。

 

その気高い咆哮を耳にして、熱くなった身体を抑えきれないまま。ダンジョンにレフィーヤは向かった。

 

 



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十四話 ギルド職員

 

 

不気味な青が混じっている壁。剣と鋭い鉤爪がぶつかり合う。敵の名前は『ウォーシャドウ』。上層の新人殺しの一体だ。身長は160Cと人間ほど。武器は殺傷能力が他の怪物と桁違いの鉤爪だ。

 

ラグナはアイズとの鍛錬の後。ダンジョンに向かっていた。ベートと鍛錬した日は動けなかったが。今回は少しだけ余裕があった。

 

血もそれほど流していない。身体も傷は回復薬で癒えている。そんな状態ならダンジョンに行けると考えた。

 

5階層で敵を倒していて、ラグナは敵の拳が恐ろしく遅く感じた。やはり一級冒険者と戦った経験は活きている。そのため5階層では物足りなくなったラグナは初めて6階層に進出した。

 

その初めての遭遇(エンカウント)がウォーシャドウだった。

 

『……!』

 

三枚状に折り畳められた鉤爪。その攻撃を見切り後ろに回避する。するとウォーシャドウは畳んだ爪を広げて、攻撃範囲を広げた。思わず目を見開いて、剣を間に挟む。

 

剣を叩き付ける一撃。凄まじい金属音がダンジョンに響き渡った。もしもベートとアイズの訓練を受けていなかったら、危うかったかもしれない。

 

反応が早くなっている。動体視力も前とは比べ物にならない。何より死の恐怖を味わって、遥かに剣の技術も向上した。

 

ゼウスのような、雷霆のような速さの剣はまだ遠い。それでも少しずつ前に進んでいる。

 

そのまま鉤爪を流すように弾いて、剣を胸に突き刺す。剣の威力と魔石を狙ったおかげで、簡単に一体のウォーシャドウは消えた。

 

安心したのも束の間。休む暇を与えずにダンジョンは新たに怪物を生成する。壁に亀裂が走り、怪物が生み出される。

 

「ウォーシャドウが三体か。……行ける」

 

ラグナは剣を握り締めて、地面を蹴った。

 

⬛︎

 

エイナは溜息を吐いていた。ミノタウロスに巻き込まれた少年は一向にエイナに顔を見せない。というか白髪の少女に限っては一回だけしか顔を見ていない。

 

静かな怒りがエイナの中に蓄積する。こんなにも心配しているのに、黒髪の少年はエイナのことをなんだと思っているのか。

 

そんなことを考えて作業机に並んだ書類を片付けていると。一人の冒険者が入ってきた。その姿を見たエイナは驚いて、席を立った。

 

「ラグナくん、無事だった!?」

 

「あ、エイナさん。そういえば、全然会ってなかったような……」

 

「心配したんだからね!?全く顔を見せないし、ミノタウロスに5階層で遭遇なんて。そもそも新人冒険者の君が、5階層は危険だって何回言えば分かるのかな!?あの時の説教を忘れたの?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

物凄い剣幕で怒るエイナに、周りの冒険者の視線が集まる。それを理解したエイナは、咳払いをした後。「着いてきて」と一言だけ話す。

 

何度も味わってきた有無を言わせない圧力。それにラグナは静かに頷いてエイナに着いていく。

 

個人で話すことができる個室。そこに入るとエイナは大きく溜息を吐いた。

 

「君が、何を焦ってるのか。私には分からない。冒険者になって間もない君が、5階層なんて自殺しに行くような物だって言ったでしょ?」

 

「……はい」

 

「冒険者は冒険しちゃだめ。じゃないとすぐに死んじゃうよ、わかった?」

 

「……でも俺は強くならないといけません」

 

正座で話を聞いていたラグナは顔を上げる。その瞳を見てエイナは息を呑んだ。決意と誓いに染まった漆黒の瞳。たくさんの冒険者を見てきた、エイナが見たことのないほどの力強さ。

 

「実はベルが病気なんです」

 

「……ベルちゃんが病気?」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】でも治せないほどの病気で……」

 

ラグナの言葉にエイナは改めて口を閉ざす。都市最高の回復士を抱える【ファミリア】でも治せない。それほど深刻な病気を患っていたことに目を剥く。

 

最初に顔を見た時ののことを思い出す。確かに彼女は恐ろしいほど腕が細かった記憶がある。それは病気の影響なのだろう。

 

でもそれが、ダンジョンの先を進む理由なのだろうか。エイナは眉を下げて、困ったようにラグナに聞いた。

 

「君が焦っている理由って、ベルちゃんのことだったんだ。ダンジョンを急いで探索して、ベルちゃんが良くなるの?」

 

「それしか方法はないんです。ダンジョンの最深層の未知に頼るしか」

 

「……」

 

その言葉を聞いてエイナの脳は無理だと冷静な判断を下す。深層の更に下。怪物の強さ、ダンジョンの異常頻度。全てが難易度が高い。

 

【ロキ・ファミリア】でも橋を何度も叩いて渡っている。そんな地獄のような場所。有名な【ファミリア】でもダンジョンの最深層の情報は公開されていないほどだ。

 

そんな場所に彼が向かっている。恐らく向かわせたら十中八九死ぬ。それだけは確信して言えた。どれだけ幸運だろうと、どれだけ強かろうと。ダンジョンの脅威は、それを打ち砕く。

 

「だから、俺は一刻も早く強くならないといけない」

 

「でも、君が所属している【ヘスティア・ファミリア】は。君とベルちゃんしかいないんだよ?」

 

「今はそうかもしれないけど。俺はやります」

 

その頑固な姿勢にエイナは溜息を吐いた。そして理解もする。彼が命を張る理由は全て彼女のためなのだろうと。

 

それは素晴らしいことだ。とても立派な夢だろう。でもダンジョンは、そんなのお構いなしに襲い掛かってくる。

 

そんな場所の最深層なんて、過去の英傑も数えきれないほど死んだ。そんな場所に新人冒険者の彼が向かうなんて認めちゃダメだ。

 

認めたら、彼はきっと。亡骸も残らずに死んでしまうだろうから。

 

だから駄目だと、口を開こうとした。でも声を発することができない。目の前の少年の瞳が爛々と光っていたからだ。

 

漆黒の瞳からは強靭な意志しか感じない。数多の冒険者を見てきた。それこそ一級冒険者も。そんな彼等よりも彼の瞳が輝いて見えた。

 

「……俺は弱い。エイナさんの知識がないと、多分死ぬ。怪物の情報、迷宮の情報、全部教えて欲しい。あなたにしか教えてほしくない」

 

「っ」

 

「お願いします。エイナさん、俺に協力してください」

 

エイナはこの瞬間に迷いを捨てた。彼に何を言っても無駄だ。なら無理矢理にでも知識を詰め込んで、生存率を上げる。

 

エイナの持つ知識全てを彼に捧げよう。あとは彼の力次第という。昔のエイナなら考えられないような選択だ。

 

ギルド職員は冒険者に肩入れしては行けない。死んでしまった時に悲しいから。でも彼なら成し遂げるかもしれない。英雄のような偉業を。

 

責任放棄なんて思われるかもしれない。それでも彼を助けになることをしよう。エイナはラグナの瞳と目を合わせる。

 

「協力するよ、でも約束してほしいな。絶対に死なないって」

 

「……約束します、精一杯死なないように頑張るって」

 

その言葉を聞いてエイナは微笑んだ。嬉しかったのかもしれない。彼の決意の理由を知れて。

 

彼は言ってくれた、自分の力が必要だと。それをどうしようもなく喜びんでしまう。心配という気持ちは無くなってない。危ない目に遭うだろう彼を応援することしかできない。

 

ギルド職員は冒険者のことを本当の意味で助けることはできない。出来るのは同じ冒険者だけだ。エイナは祈った彼の仲間が、いい人に恵まれるように。

 

その後、『ウォーシャドウの指爪』を換金所に出したラグナに絶叫するエイナがいたそうな。

 

⬛︎

 

快晴の空。地下室には差し込まない太陽が燦々と黒髪の少年の白い肌を照らす。鍛錬の後にダンジョンに行ったからだろう。疲労が蓄積しているのを、ラグナは感じていた。

 

体力には自信があるラグナだが、流石に限界を超えているようだ。戦いの最中に回復薬を使うと、体の疲労が分からなくなる。

 

今日はベルが昼頃に帰る予定だ。そのため鍛錬が終わった後にダンジョンに向かおうと考えていた。だが、今日の鍛錬の相手はベート。間違いなく限界まで殺されかけるだろう。あの鋭い拳と蹴りを思い出すと身体が震えてきそうだった。

 

ベートとアイズの鍛錬で、ラグナは強くなっている。それは自覚していた。ダンジョンの怪物と相対した時。あまりに動きが遅すぎて物足りなかったぐらいだ。

 

もちろん【ロキ・ファミリア】の武器を使っているから。という理由もあるのかもしれないが。間違いなく成長している。というか、あの地獄の鍛錬で強くならないわけがない。

 

ラグナは街を駆け抜けていく。【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)は北に位置している。走って数十分ほどで到着する。

 

何度見ても壮大な館に瞠目する。流石都市最大派閥というべきか。ラグナは門の人に挨拶して、いつもの中庭に向かった。

 

「来たか、始めるぞ」

 

「はいっ!」

 

そこで立っていたベートはポケットに手を入れて、睨んでくる。ラグナは拳を握り締めて、発走する。

 

新人冒険者にしては速い初速。そこから拳を繰り出す。連続で放たれた拳は、簡単に避けられてしまう。

 

反撃の気配。後ろか、左右か。どちらに回避するか迷った結果。反応が遅れて、ラグナは蹴りを喰らった。

 

「グッ……!」

 

痛みを我慢して、上手く着地をする。そのまま反撃に入る。間合いに入って、一瞬で拳を振り抜く。痛みからか、最初の連撃よりも威力がある。それを簡単に避けられる。

 

それも予想済みだったラグナは、後ろに回避して蹴りを放つ。初日とは大違いの動きにベートはニヤリと口を歪める。

 

才能があるかどうか。それはベートには分からない。ただ分かるのは、この目の前の少年は覚悟が決まっているということだ。

 

死ぬほど痛いだろう。今すぐ地面に転がりたいだろう。そんな想いを精神で押し潰して、反撃に移っている。

 

その漆黒の瞳からは不滅の炎を幻視する。誰にも消すことは叶わない、そんな絶対的な炎。

 

「もっと来い!」

 

「はいっ!」

 

いつの間にか。中庭には団員達が集まっていた。この二人の攻防は団員達の心を震わせる。新人冒険者に負けるか…と心を燃やす者。自分じゃあんな風にはなれない…と落ち込む者。

 

良くも悪くもラグナとベートの関係は周りに影響を与えていた。鍛錬三日目で動きが桁違いに変化しているラグナ。

 

意識的にベートの戦い方を盗もうとしている。それを見ていたアイズは悔しいと思ってしまった。

 

やはり剣を抜いて斬りかかった方がいたのだろうか。それとも殴打の方が嬉しいのだろうか。純粋無垢な彼女は、ラグナが喜んでくれることを考える。

 

昨日のアイズは手加減してしまった。ベートのように容赦ない攻撃はできない。それでも何度も壁まで吹き飛ばして、骨を折ってはいた。

 

それでも人間を相手にすると、剣が鈍る。相手がラグナだからという理由もあるのだろうが。

 

「……そうだ、二対一の訓練をしよう」

 

悪魔的な考えがアイズの頭をよぎる。アイズは鞘を構えて、ラグナの背後を狙った。

 

その鞘を振り抜き、ラグナの背中に大きな打撃音が響き渡る。ラグナは壁際まで吹き飛んで、驚きの表情でアイズを見る。

 

「後ろも、警戒が必要……」

 

「あ、アイズ……てめぇ……」

 

容赦ない一撃にベートはドン引きした。背中を殴打されたラグナは痛みに悶えながら、頭を混乱させる。

 

それもそうだろう。目の前にいる一級冒険者で精一杯なのに、後ろからも一級冒険者が攻撃してくるなんて普通考えない。

 

「……訓練にはなるだろ。さっさと立て、雑魚!」

 

ベートは思考を放棄して、ラグナの訓練を再開させようとする。それにアイズは頷いて、鞘を構えた。

 

「え……えぇ……?」

 

「早く、始めよう……」

 

その日はボコボコなんてレベルじゃなく。ベートの過酷な鍛錬にアイズも加わって更に地獄を生み出していた。

 

それを見ていた団員達は同情の視線をラグナに送る。必死に防御する表情は、青白く染まっていた。

 

 



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十五話 聖火剣(ウェスタ)

 

 

白髪の少女ベルは、太陽の眩しさに思わず目を瞑った。あまり太陽に当たった経験がないため、ベルは太陽が苦手だった。

 

病のせいでほとんどの時間を家で過ごしたせいで、吸血鬼のような肌の白さをしている。だが彼女の容姿と相まって、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

先程までいた【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。

 

身体の検査と薬の効果を調べるために、治療院で過ごしていた。薬の効果は全くといっていいほど効かなかった。分かったことは普通の薬なんかじゃ、身体を治すことなんて不可能ということだ。

 

だが10階層には発作を治せるかもしれない材料があるらしい。希少怪物(レアモンスター)と呼ばれる怪物は、運が良くないと見つからないらしい。それでも見つけて薬の製作が出来たら、ダンジョンの深くまで探索できるだろう。

 

ベルは隣で歩いている黒髪の少年ラグナを見る。少年はボロボロだった。服は血に濡れて、表情も元気がない。身体はヨロヨロと病弱のベルより頼りない。

 

「何かあったの?」

 

「あぁ……実はな」

 

彼は覇気のない声色で話し始める。ミノタウロスを仕留め損なった【ロキ・ファミリア】に戦い方を教えてもらっていると。

 

それを聞いてベルは心配の色を濃くした。第一級冒険者の訓練なんて、想像も付かないほど過酷なのだろう。

 

でも彼を止めるわけにもいかない。ラグナが逃げずに戦っているなら、その背中を支えよう。もしも助けを求めていたら、ベルは都市最大派閥とでも戦ってみせる。

 

そんな想いを滾らせながら、ベルとラグナは進んでいく。

 

「今日はダンジョンは休もう。流石に今の状態じゃ危ないよ」

 

「だが……お金が……」

 

「はいはい、さっさとホームに帰るよ」

 

ベルはラグナの手を取る。石というより岩のような硬さの掌。ベルは彼の努力の証が好きだった。

 

いつ頃だろう。彼が畑仕事以外のことを始めたのは。最初の頃は誰か分からないほど顔を腫らして帰って来た物だ。

 

心配するベルとは裏腹に祖父は笑っていたが。そもそもラグナに剣を教えるぐらい、祖父は凄い剣の使い手だったのだろうか。少し不思議に思いながら、故郷のことを思い出して恋しくなる。

 

都市を歩いて数十分が過ぎる。ベルの体力に気遣いながら歩くラグナ。そんなゆっくりと時間が過ぎる感覚に、ベルは不思議と心を落ち着かせていた。

 

ふと目の前に少女が現れる。薄鈍色の髪色と瞳をした美少女。どこか人を虜にするような笑みを浮かべる。

 

「ラグナさん!」

 

少女はラグナに抱きついた。

 

「────は?」

 

ベルの心に炎が点火する。ラグナは少女の抱擁を解いて、距離を取った。それに安心するのも束の間、少女は甘ったるい声でラグナに話しかける。

 

「ラグナさん、どうして会いにきてくれなかったんですか……」

 

「え……いや……」

 

「私、寂しかったんですよ?」

 

上目遣いでラグナを見て恋人のような言葉を吐く。目の前の少女は隣にいるベルに興味を示さずに、ラグナだけを見ている。

 

上機嫌だったベルの感情は一気に冷めた。ベルは薄鈍色の少女の前に立つ。身長差から、ベルは見上げる形になった。

 

そんな修羅場を周りは興味津々に見ていた。白昼堂々と始まりそうな喧嘩に、周りの視線が集まっていく。

 

「ラグナに近づかないで……!」

 

「あなた誰ですか?私はとても仲がいいラグナさんと熱い熱い、抱擁を交わしているだけですけど……」

 

「……僕の名前はベル。ラグナとは家族以上の関係って言ったら分かるかな?君がなんでラグナに抱きついたのか、どうでもいいけど。僕のラグナに近づくのはやめてくれない?」

 

ベルと少女はお互いに睨み合う。ラグナはそれを見てただ震えるしかなかった。ベルの身体からは般若のような圧倒的な雰囲気を感じる。

 

その怒りは旅立ちの日にゼウスに怒った時以上のものだった。それに対してニコニコと表情を崩さないシルにも恐怖を感じる。

 

あのベルの怒りを真正面から受けても、動揺していない。むしろ負けじと睨みを利かせている。

 

さすがに止めないと。そう思ってラグナはベルの肩を掴んだ。すると近くの酒場から、一人の女性が現れる。

 

「シル、何をやっているのですか」

 

翠色の髪色。種族の特徴でもある美しい顔。その店員の服装は酒場でも一度見たことがある。リュー・リオン。彼女はベルの姿を見て目を剥いた。

 

そしてすぐに戦闘態勢になる。まるで心傷(トラウマ)を思い出すように、体が勝手に反応しているようだった。

 

ラグナは一瞬でベルの前に立って、彼女がベルを傷付けないようにする。

 

「あなたが、なぜここにいる、アルフィア!」

 

「……は?」

 

初めて会った人間から、敵意を持たれたベルは意味が分からないと声を漏らす。ラグナは改めてベルの格好を見る。黒い洋服に、白髪の髪色、瞳の色は紅と灰色。

 

アルフィアは過去に都市で『大抗争』を引き起こして、冒険者を蹂躙した『最凶』。ベルと同じ魔法を操り、英雄の資格を持った人間を圧倒した英傑。

 

そんなアルフィアと瓜二つのベル。大抗争を戦い抜いたリューが警戒するのも無理はない話だ。

 

「人違いしてますよ!よく顔を見てください」

 

「確かに、髪の色も背丈も違う。瞳の色も紅ではないが……」

 

それでもあまりにも似ている。アルフィアの血縁者である可能性を、リューは感じ取った。

 

リューは警戒を解いて、頭を軽く下げる。

 

「すいません。私の人違いでした」

 

「……別にいいですけど、その女をさっさと連れていってください」

 

「シル、ミア母さんが怒っています。急に外へ飛び出して、喧嘩とはいいご身分だと」

 

「そんなぁ……」

 

ベルは不機嫌そうにリューに吐いた。リューはミアの伝言をシルに伝えて、彼女と共に酒場に戻ろうとする。

 

「ラグナさーん!また、来てくださいよー!」

 

「……また機会があったら」

 

「約束ですからね!」

 

シルは酒場に入る直前に振り返って、ラグナに伝える。それを聞いたラグナは溜息混じりに返事をした。

 

ベルとラグナはまた歩いて【ヘスティア・ファミリア】の本拠地に到着する。不機嫌そうなベルに対して、ラグナは何をしたらいいのか分からなかった。

 

⬛︎

 

鍛治神ヘファイストスの鍛治場。魔石灯にぼんやりと照らされた部屋は熱気に包まれていた。剣を打ち始めて、二日ほどになる。ヘファイストス自身も、こんなに長く打ったのは久しぶりだった。

 

そんなに時間が掛かった理由は使っている武器の材料のせいだ。『オリハルコン』という鉱石は、様々な鉱石の中でも最高に硬い。そんな鉱石を熔かすのも、打って形を変えるのも大変な作業だ。

 

これが出来るのはヘファイストスの技術があってこそだった。

 

額から汗が滴り落ちる。瞬きすらしないような集中。それをヘスティアは真剣な表情で見つめる。

 

天界で何度も見た鍛錬。何度も振り下ろされる槌からは、音楽のように小気味よく金属音が響く。ヘスティアは彼女のサポートに徹して、邪魔しないように見守る。

 

最初は形が変わる気配がしなかった鉱石が。徐々に剣の形に変形していく。そこからは早かった。ヘファイストスは形が変わった瞬間に、叩く速度を上げる。

 

やがて剣は完成した。色は黒く、剣の形はどこか『刀』に似ていた。

 

「……完成と、言いたいところだけど。ヘスティア、この剣に血を垂らしなさい」

 

「血を……?わかった」

 

その剣を受け取り、ヘスティアは指を傷付けて血を垂らす。すると不思議な感覚をヘスティアは感じた。

 

まるで恩恵を刻んでいるような感覚。しばらくすると、剣は元の黒色に戻った。困惑していると、ヘファイストスが汗を拭いながら口を開いた。

 

「その剣は生きている。冒険者と共に成長する武器よ」

 

「生きている……?」

 

「私も作ったのは初めてよ。こんな邪道な武器、鍛治士から見たら冒涜よ」

 

普通の武器は打った瞬間にいい武器が決まる。だが、この武器だけは違う。持ち主と共に成長していく。成長次第では世界で一番強くなるかもしれない。でも成長しないままなら、弱い武器。

 

そんな持ち主次第の武器。それをヘファイストスが作ってくれたと知って、ヘスティアは満面の笑みを浮かべる。

 

この武器なら彼の冒険に付いていける。ヘスティアはそう確信した。

 

「言っておくけどね、この代金はあんたが返しなさいよ?」

 

「うぐっ……分かってるよ。ボクが君にお願いしたことなんだ。何年掛かっても、絶対に返すよ」

 

いくらなのか見当も付かない。それでも黒髪の少年の命を助けてくれるなら、どれだけ高くても安いとヘスティアは考えていた。

 

「そう、ならいいけど。それで、その剣の名前はどうするの?」

 

ヘスティアは抱えている剣を見て考える。これはヘスティアの恩恵が刻まれた、極論を言えばもう一人の眷属だ。

 

「……聖火剣(ウェスタ)なんて、どうだろう」

 

「ふーん。ヘスティアにしては、いい名前なんじゃない?」

 

ウェスタとはヘスティアの司る炎の名前。決して消えることのない不滅の炎。汚されることもなく、永遠に彼を支えてくれるように。ヘスティアは剣を撫でながら想いを込めた。

 

「よし、君の名前は今日からウェスタだ!」

 

⬛︎

 

リューは思い返す、あの少女のことを。アルフィアと似ている顔と瞳。背丈と髪色は全く違ったが、それでもアルフィアと見紛えてしまうほど瓜二つだった。

 

皿を洗いながら、リューはアルフィアの最期を思い出す。彼女の最後の遺言を。彼女は最後にメーテリアとベルという言葉を吐いていた。

 

どこか後悔を感じた最後の顔をリューは昨日のことのように覚えている。

 

「……彼女が、ベル?」

 

答えに気づいたリューは震えてしまった。あの後、リューは独自に調べた。メーテリアという少女のことを。

 

【ヘラ・ファミリア】に所属していた女性。レベル1でアルフィアと同じ病を患っていた。そんな女性は若くして亡くなった。未知の病を治すことが出来ずに。

 

それならベルという少女は何者だ。リューの頭がぐるぐると回る。そして辿り着く。

 

メーテリアという女性の子供という可能性に。もしもそれが本当ならば、リューは償わなければならない。

 

彼女の唯一の血縁者であるアルフィアを殺したのだから。

 

「……謝って済む問題でも、ない」

 

アルフィアを殺したことに後悔はない。大量虐殺をした彼女は止めなければならなかった。

 

ベルという少女がアルフィアを知ってしまったら、彼女は傷ついてしまうだろう。そもそも謝罪自体が自己満足のようなものだ。

 

リューは感情をぐちゃぐちゃにしながら、頭を悩ませていた。

 




少し更新遅くなりました。
ちょっと語彙力を磨くために、時間を掛けて書きたいと思いますので、少しだけ更新スペースが落ちるかもしれません。よろしくお願いします


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十六話 街娘(シル)

 

修羅場があった翌日。青白い空にようやく太陽が現れた頃。ラグナは街を走り出す。修行を受けて4日目。初日に比べて更に地獄になった訓練は、日課のように身体に馴染んでいく。

 

今日こそは鍛錬が終わったあとにダンジョンに向かう予定だ。そのためには血を流し過ぎずに、耐え切る必要があった。

 

路地裏を使い、近道を行く。街の大通りは駆け抜けるには少し狭い。人のいない路地裏を使ってラグナは身体を暖めていた。

 

「……あれは?」

 

ラグナは路地裏で体を動かしている女性に気がつく。翠色の髪をしたエルフ。豊穣の女主人の店員の女性、リュー・リオン。

 

ラグナの目標にも必要不可欠な人だった。彼女は木刀を振って、邪念を払うように真剣な表情だった。

 

昨日ベルと出会ったことが関係しているのだろうか。正直に言って、リューの反応はラグナにとっては想定外だった。

 

確かに、ベルはアルフィアに似ている。とはいえ、身長も髪色も違う。見紛うはずがないと思ったが。

 

あの時の雰囲気に圧倒されて、そう見間違えてしまったのか。そんな感じで離れたところから視線を送っていると、リューは鋭い視線を向けてくる。

 

「────何を見ている」

 

「あ、ごめんなさい。剣が綺麗で見惚れてました」

 

「あなたは昨日の……すまない、シルの想い人でしたか。確か名前はラグナさん」

 

彼女は視線を和らげて話す。その言葉にラグナは頭を傾げる。シルの想い人になったつもりはない。

 

昨日の抱擁も揶揄うためにしてきたはずだ。あの時の意味深な笑みは間違いない。それに彼女に好かれるのは、物凄い怖いとラグナは考える。

 

何をしてくるのか予想ができない。原作知識を持っているラグナでも、一番予想外の行動をしてきそうだからだ。

 

「私の名前はリュー。……いきなり申し訳ないのですが、彼女の話を聞かせてもらえないでしょうか?」

 

「彼女って言うと、ベルのことですか?」

 

「はい、彼女について教えてください」

 

リューの言葉にラグナは小さく頷いた。教えるといっても何を教えればいいのだろう。そんなことを考えながらラグナは話していく。

 

ベルが病気なこと。赤ん坊の頃から祖父とラグナで暮らしてきたこと。その病を治すために迷宮都市にやってきたこと。

 

それを包み隠さずに話した。するとリューの表情が少しだけ青くなった気がする。

 

「……その病気を治すためには、何が必要なんでしょうか?」

 

「治すためには、70階層以降に進んで。秘薬と呼ばれる物があると」

 

「もしかして、あなたは……最深層を目指しているのですか!?」

 

リューの表情が驚きに染まる。都市に来たばかりの新人冒険者が、過去の英傑達でようやく辿り着いた領域を目標にしているのだから。

 

都市最大派閥でも、簡単に近づかない領域。そんな場所に向かう覚悟が彼にはあるのだろうか。

 

リューは彼を観察する。漆黒の瞳からは不純が感じられない。黒曜石のような硬い意思をリューは肌で感じ取る。彼は本気なのだとリューは目を剥いた。

 

「それほどまでに、彼女のことを治したいのですね」

 

「……はい。そのためには何でもするつもりです」

 

「……すいません、足を止めて。どうぞ、行ってください」

 

リューは頭を下げて、走り行く黒髪の少年を見送る。彼の目標、夢は遠いものだ。

 

正義を掲げて理想を追っていたリューの道よりも、遥かに遠い。彼も分かっているはずなのに、その瞳からは絶望を感じない。

 

あるのは希望の灯だけだった。

 

「……私のやるべきことが見つかりました」

 

リューは静かに呟く。誰よりも正しいことを成そうとしている彼を助けたい。そしてベルという少女を救う。

 

それが贖罪だとリューは思った。

 

⬛︎

 

激しい剣戟が火花を散らす。ラグナは前と後ろからの猛攻を必死に耐えていた。一番警戒すべきは射程が広いアイズだとラグナは考え、アイズを視線から離さない。

 

しかし、ベートは容赦なく背後から蹴りを入れる。それに吹き飛ばされて、アイズにぶつかる。そのラグナにアイズは更に蹴りを入れる。ベートとアイズの連携に、ラグナは壁際まで吹き飛ばされる。

 

団員達は一瞬だけ目を覆ってしまった。それほどまでに残虐な行為だろう。この二人ならば、深層の階層主すら討ててしまいそうなほど強い。そんな戦力がレベル1を痛めつけている。

 

一対一なら見ていられたのだが。二人を相手しているラグナの姿を見て、団員達はラグナに尊敬の念を抱いていた。

 

「……凄過ぎないか?」

 

「俺ならとっくに折れてると思う。というか折れないラグナ先輩やばい」

 

「私も……最近じゃ痛みに悶えることもなくなったし。どういうこと?」

 

【ロキ・ファミリア】の団員達は、遠くからラグナの勇姿を見守る。防御だけじゃなく、反撃まで考えている動きは団員達にとって勉強にしかならない。

 

「……アイツらは、どこいった?」

 

「さあ、また落ち込んでるんだろ。まあ、分からなくもないけど」

 

最初は共に観戦していた団員。レベル1が一級冒険者に挑んでいる姿を見て、落ち込んでいるらしい。

 

【ロキ・ファミリア】にもレベル1は多くいる。そんな彼等が、同じレベル1の戦いを見て落ち込むのも仕方ない。

 

【ランクアップ】を果たすのには才能がある人間でも一年掛かる。才能がない普通の人間で、三年以上。

 

もしくは一生涯をレベル1のまま過ごす冒険者だっている。それほど【ランクアップ】という壁は高い。

 

「絶対、アイズさんの記録抜きそうだよなぁ……」

 

「……半年とかで【ランクアップ】しても信じるぞ」

 

アイズの最速【ランクアップ】は一年。でもラグナの戦いを見ていれば、間違いなく抜いてしまうだろう。

 

一級冒険者と修行をして、何度も死にかけている。そこから得られる経験値は想像以上だろう。

 

「俺もダンジョン行ってこよ……」

 

「俺も行くわ、というか行かないと情けなくて泣いちゃう」

 

団員達は観戦をやめて、ダンジョンに向かう支度をしに自室に戻る。尻目に見た黒髪の少年の瞳は爛々と輝いていた。

 

⬛︎

 

 

神塔。雲を貫き、神々しさすら感じる塔。その最上階から、美神はいつものように観察する。その表情は冷たさすら感じるほど無表情だ。彼女が無表情な理由は、彼のことだった。

 

【ヘスティア・ファミリア】のラグナ。冒険者としては赤子といっても差し支えはない。そんな冒険者にフレイヤは興味が尽きなかった。

 

容姿、魂、実力。全てがフレイヤの水準を大きく超えていた。今すぐにでも奪いたい、そう思うほどに黒髪の少年は輝いている。

 

昔のフレイヤなら我慢ならず奪っていたはずだ。でも、それをしないのは何故か。彼がフレイヤの正体に気づいていたからだった。

 

街娘の姿で近づいた時。彼は意味深に神塔の屋上を見た。フレイヤの鋭い観察眼はすぐに分かった。彼は街娘の正体が美神であると気づいていると。

 

初めての体験にフレイヤは目を丸くした。こんな感情になったのは、いつ頃だろう。不思議と心が躍った、だから決めたのだ。

 

───街娘の姿で、彼を虜にすると。

 

「あの子の魂。まるで原石のよう。少しずつ、少しずつ。英雄のような光を放つ」

 

ロキのところで修行しているのが影響しているのだろう。瞳の奥には更に決意を感じる。フレイヤは彼の輝きを、もっと見たい。ならば試練を与えるしか方法はない。

 

「……そういえば、怪物祭が始まる頃ね」

 

【ガネーシャ・ファミリア】が始めた催し。調教を施した怪物を使った見せ物。それを利用して彼を襲わせるのは、どうだろう。

 

彼の輝きを間近で見れるチャンスは一度だけだ。明日始まる怪物祭、絶好の機会を逃すわけにはいかない。

 

「ああ、楽しみね。私の英雄(オーズ)……」

 

 

 

 

 

 




ちょっと短めです。


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十七話 怪物祭(モンスターフィリア)

 

ダンジョン6階層。上層の浅い層だが、冒険者の死亡率が一気に上がる領域。その理由は一体の怪物が原因だった。

 

新人殺しウォーシャドウ。鋭い鉤爪のような指先は殺傷能力が高い。5階層までなら防具が無くても良かったが、6階層からは武具を揃えないと厳しい。

 

壁に亀裂が走る。その亀裂からウォーシャドウが4体生まれ落ちる。新人冒険者からしたら地獄のような光景だろう。

 

そんな場所に1人の少年が疾走する。決して速いとはいえないが、怪物の虚を突くには十分だった。

 

ウォーシャドウの胸を突き刺し、瞬殺する。ようやく残りの怪物達が黒髪の少年ラグナに気づいた。

 

すぐに反撃しようと鉤爪を繰り出す。それをラグナは簡単に避ける。第一級冒険者の攻撃を受けてきたラグナは、怪物の攻撃なんて喰らうはずがない。

 

そのまま一体を切り裂く。しかし、倒した瞬間に怪物がまた産まれ落ちた。5階層と比べて、やはり怪物が産まれるのが早い。

 

少し面倒くさいと思いながら、剣を構える。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

どこか楽器のような美しい声。そんな声は一言だけ発声する。それだけで最強の一撃が誕生した。

 

音速の攻撃は距離という概念を殺す。音速の一撃は敵の防御を砕く。たった一度の魔法でウォーシャドウは全滅した。

 

それにラグナは冷や汗を掻いた。何度見ても恐ろしいと感じてしまう【魔法】。

 

長い詠唱を必要としない、一言だけの発声だけで放てる魔法。しかも音速の速さで敵を砕く。修行を積んでいるラグナでも勝てる気はしなかった。

 

「精神力はどんな感じだ?」

 

「ん……有り余ってるかな」

 

「なら、このまま7階層まで行けそうだな」

 

5階層まではラグナが怪物の処理をしていた。6階層からはベルのタイミングで魔法を放ってもらうことにした。

 

何かしらの突然異常(イレギュラー)がない限りは余裕で対処できるだろう。

 

目標は10階層。そこにいる希少怪物(レアモンスター)の討伐及び戦利品の回収だ。

 

「進むか」

 

「うん、行こう」

 

戦利品を拾って、ラグナとベルは更に下に降っていった。

 

⬛︎

 

「9階層!?」

 

冒険者ギルドにエイナの絶叫が木霊する。ダンジョンから帰還したラグナとベル。いつも通り換金をしようと冒険者ギルドに足を運んだ。

 

冒険者ギルドにはシャワーなどの施設もある、それを利用するためという理由もあったが。

 

エイナは美しい顔を驚愕で歪めながら、すぐにいつも通りの受付嬢の顔に戻る。

 

「怪我は…?」

 

「無傷ですね。というか何の心配もなかったというか……」

 

怪物がベルに向かっていった時は焦ったが、その怪物も【福音(ゴスペル)】されて瞬殺だった。

 

9階層まで辿り着いて、ベルの精神力が心配になったので帰還した。10階層に向かうなら回復薬を買いたい。それにラグナが使う防具も買わなければならない。

 

それに10階層からは怪物の宴(モンスターパーティ)が発生する。もう少しだけ準備しないと危険だと判断した。

 

エイナは無傷と聞いて、安心したように息を吐いた。

 

「君と他の冒険者を比べたら、ダメな気がしてきた……」

 

「ははは、俺は普通の冒険者ですよエイナさん」

 

「冒険者になって、一週間で9階層なんて聞いたことないよ……」

 

エイナは疲れたように顔を伏せた。作業机には、山積みになった書類がたくさんだった。どこか忙しそうと思いながら、ラグナは換金場に向かった。

 

ベルと戦った影響で戦利品の数が半端ない。間違いなく過去最高金額を超える自信があった。

 

換金場に戻ったお金をラグナは受け取った。

 

「……25000ヴァリス」

 

「そんなに!?」

 

「や、やばいぞ。ジャガ丸君250個買える……」

 

隣にいた無表情のベルも目を剥いている。それぐらいの大金を1日で稼いだ。回復薬を買えるし、なんなら防具を買うお金にもなる。

 

「……順調だ」

 

今のところラグナの思った以上に事が進んでいる。あとは【ランクアップ】を原作のベルと同じぐらい。もしくはそれよりも早くレベル2にならなければ。

 

今後の戦いにも影響するだろう。ラグナとベルは疲れた体を癒すためにシャワー室に向かった。

 

⬛︎

 

翌日。今日の鍛錬は休止ということになった。アイズとベートは【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンに怒られたらしい。

 

理由はあの地獄のような特訓だろう。新人冒険者に言葉ではなく暴力で教えていく。2人とも師匠として教えた経験がなく、不器用なのだろう。

 

いや不器用という次元は超えている気がするが。まあ、とにかく。今日は休養日ということで、ラグナは都市を歩いていた。

 

「……確か、怪物祭か。昨日から何か準備していたようだったけど。それが理由か」

 

ラグナは原作知識を掘り起こして思い出す。【ガネーシャ・ファミリア】が主催の怪物を使った催しだ。

 

怪物を調教して、民間人に見せる。それを見ながらお酒、食事などを楽しむ。そんな祭りの賑やかさに、ラグナは目を細めた。

 

転生して初めて祭なんて見た気がする。ベルを連れて行こうかと、ラグナは足を運ぼうとする。

 

すると見覚えのある神がいた。

 

「──ヘスティア様!?」

 

「ラグナくんかい!?」

 

黒髪のツインテール。神特有の神威。何日かぶりの姿にラグナは顔を綻ばせる。突然留守になって、全然帰ってこないものだから。心配していた。

 

ヘスティアは背中に大きな包み状の物を背負っている。彼女の背丈と同じくらいの棒は、今にも落としそうなほど不安定だった。

 

「ベルも心配してたんですよ……どこに行ってたんですか?」

 

「実は、君に渡したいものがあるんだけど……」

 

「流石に人が多いですね……」

 

ラグナは原作知識である程度は知っている。彼女がヘファイストスという鍛治神に頼んで武器を打ってもらうことも。

 

でも実際に目の当たりにすると、心が渇きに満ち溢れる。彼女は、出会って間もない自分のために頼んだのだろう。

 

ヘスティアという神は、本当に凄い神だと思った。

 

しばらくヘスティアと共に歩く。流石にお祭りということで、人通りが盛んだ。肉を焼く音、どこからか聞こえてくる音楽。

 

少しだけ祭りの気分に圧倒される。

 

「ベルくんと一緒に回らないかい?」

 

「いいですね、ベルも祭なんて初めてだろうし」

 

この光景をベルにも共有したい。ラグナはそう思った。おそらく隣にいるヘスティアも同じ気持ちだろう。

 

教会がある西側に帰ろうと歩く。すると一気に人が雪崩れ混んでいく。その人混みに流れるように、ラグナとヘスティアは教会とは反対方向に進んでしまう。

 

そのためヘスティアの手をラグナは握り締めて、雪崩から守るようにする。ヘスティアの身長では、巻き込まれて怪我をする可能性がある。

 

ラグナはヘスティアを守りながら、避難できる場所を探したら。

 

「ら、ラグナ……くん」

 

「だ、大丈夫ですか?さすがに人が多いですね、一旦人がいないところに逃げましょう」

 

「あ、そうだね。うん、そうしよう!」

 

どこか頬が紅くなったヘスティア。それに気づかずに人のいない場所を探すラグナ。少しずつ、時間は過ぎていった。

 

⬛︎

 

並べられた檻。怪物達の唸り声からは興奮を感じられる。その怪物達の視線は1人の神に集中していた。

 

それは美だった。人、神、怪物でさえ虜にするような抗えない美。彼女は美しい容貌を晒して、怪物を吟味する。

 

彼女の目的はただ一つ。冒険を。黒髪の少年の勇ましい戦いを目にしたい。そこで逃げるようなら期待外れ、もしも立ち向かうなら。彼は英雄の資格を手にする事ができる。

 

死んでしまったとしても問題はない。魂は不変だ。天界に還った愛しい彼を抱きしめるのもいいだろう。

 

「そうね、あの子は十分強い。普通の怪物じゃ勝負にならないかも」

 

フレイヤは一つの石を取り出した。深い紫紺の色をした魔石。大きさと質は明らかに上層の物とは訳が違う。

 

「さあ、出てきなさい。あなたなら、彼の本気を引き出せる」

 

魅了で奪った鍵を使って、檻から一体の怪物を出す。その怪物は上層でも珍しい怪物だった。

 

『インファントドラゴン』上層の希少怪物。体躯は4Mと凄まじい。今回の怪物祭が盛り上がっている理由の一つだ。

 

竜という存在は、古代から人類を殺し続けてきた最強種。そんな怪物を調教出来る【ガネーシャ・ファミリア】は凄まじい。

 

その竜の鱗を触り、美神フレイヤはつぶやいた。

 

「さあ、小さな女神(わたし)を追いかけて?」

 

その竜の瞳は蕩けて、彼女の言葉に答えるように咆哮で答えた。

 

 



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十八話 竜種

 

 

人混みが緩やかに進む。暖かい日差しに包まれながら、ラグナは妙な静けさを肌で感じ取った。

 

こんなに人がいるのに、まるで何かを恐れて声が出ないようだった。そのすぐ後、その理由をラグナは知る。

 

「怪物が、怪物が脱走したぞぉぉぉぉ!」

 

その大声に鼓膜が揺れる。ラグナは遠くを見て、目を剥いた。

 

「────なんで」

 

ラグナは原作知識として知っている。怪物祭で起きる事件は美神フレイヤが起こしたことを。その時に脱走する怪物は『シルバーバック』という大猿だったはずだ。

 

ベルが追いかけられた末に戦い勝利した上層の怪物。強さでいうと【ステイタス】の熟練度がそれなりにあるレベル1なら勝てる。

 

今回の戦いは今のラグナなら、問題ないはずだった。確かに【ステイタス】では劣っているだろう。でも技術では負けていない。

 

でも目の前の怪物は訳が違う。怪物の中でも最強種。『竜』がそこにはいた。

 

鎖が身体に巻き付き、どこか動きずらそうにしている。その表情は何かに取り憑かれたように、酷く興奮している。

 

『インファントドラゴン』と呼ばれる上層の怪物。希少種と呼ばれる怪物は、滅多にダンジョンに出現しない。

 

そして出会ってしまった場合。レベル1のパーティが全滅することも多々ある。

 

そしてラグナは一瞬で最悪の状況に気付く。このまま怪物がヘスティアに気付いたら、間違いなく人が多く逃げているメインストリートまで追いかけてくる。

 

一般人が怪物に敵うはずがない。間違いなく未曾有の被害を生み出してしまう。

 

「ごめんなさい!」

 

「え、え、えーーー!」

 

ヘスティアを横抱きにして、人通りが少ない場所を進む。怪物は逃げ出したラグナとヘスティアに気付いたように、瞳孔を細くする。

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

見つけた。そう言いたそうな咆哮に、ラグナは必死に走る。後ろから大地を蹴り上げる音が、恐ろしく心臓の鼓動を早くする。

 

考える限り最悪の状況。ラグナは意図的にダイダロス通りと呼ばれる場所まで走る。ここからは人が少ないと判断する。怪物の咆哮を聞いて、人々は既に逃げ出していた。

 

「……くそっ。どこなら人がいない?どこなら戦える?」

 

「ラグナくん……」

 

「大丈夫です、絶対になんとかしますから!」

 

心配そうなヘスティアに気休めの言葉を吐く。今のラグナの装備は剣だけだ。防具を買っておけばよかったと今更後悔する。

 

ヘスティアの持っている剣があったとしても『インファントドラゴン』に勝つには全然足りない。

 

【ステイタス】も技術も何もかもが足りていない。ラグナは後ろから迫る竜を見て、更に加速する。

 

「……速い!」

 

『オオオオオオオオ!!』

 

ラグナの敏捷より高い。そのため直線距離では追いつかれる。そのため迷路のようなダイダロス通りを利用して、右左と動いていく。

 

焦りから汗が滲み出る。太陽の光が路地裏には差し込んでおらず、どこか暗い雰囲気に更に不安が加速する。

 

「ラグナくん、落ち着いて。ゆっくり呼吸するんだ!」

 

ヘスティアの言葉にラグナは目を剥く。その言葉の通りに深呼吸をして、心臓を落ち着かせる。ゆっくりと呼吸していくうちに頭が冷静になった。

 

「……ありがとうございます、大丈夫です」

 

ヘスティアに感謝しながら、ラグナは背後から迫り来る竜に目を向ける。涎を垂らして、ヘスティアを追い掛ける様は正に狂気。

 

なんとか距離を離そうと努力してはいるが。その竜の体躯に見合わない敏捷性にラグナは顔を歪める。

 

インファントドラゴンとの距離は10Mといったところか。そのデカい体躯のせいで、家が壁が削れて落ちていく。

 

「────あ」

 

ラグナは思わず呟いた。目の前に泣いている子供が蹲っていた。怪物に混乱した時にはぐれたのだろうか。

 

このまま進めば子供は巻き込まれる。今はヘスティアを狙っているとはいえ、竜は小石を蹴るように子供を殺すだろう。

 

横抱きにしていたヘスティアを、片手で抱きかかえる。子供をすぐに拾って、ダイダロス通りを抜けていく。

 

「……ぁ、ドラゴン?」

 

少女はか細い声を漏らす。無理もない話だ、怪物が後ろまで迫る恐怖はラグナでも怖い。言葉すら出せないような緊張に気を失う。

 

最悪の状況にラグナは笑いそうだった。おそらく道は一つだけだ。ラグナが足止めして2人を逃す。それが唯一の道。

 

本当は【ステイタス】更新をしてもらいたかったが。そんな時間も安全な場所もない。ダイダロス通りの奥に続く、下水道。そこから逃げてもらう。

 

「ヘスティア様は、少女を逃してください」

 

「ラグナくんは!?」

 

「俺は、足止めします。多分だけど、あれは強化種だ。エイナさんから聞いた容貌と少し違う」

 

オレンジ色ではなく、紫色。しかも脚が速い。間違いなく『強化種』と呼ばれる存在だ。

 

怪物が魔石を喰うことによって起きる突然異常。ただ今回のは意図的に行われた物だろう。

 

おそらく、あの性悪女神のせいだ。

 

「その子を逃がせる機会は一度だけです。お願いします、ヘスティア様!」

 

「……わかった」

 

ヘスティアは苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。それを見てラグナは見えてきた下水道に、ヘスティアを降ろして子供を任せる。

 

「ラグナくん、これを使ってくれ」

 

ヘスティアは背負っていた剣をラグナに渡す。それを受け取ったラグナは、感謝を伝えようとする。だが、すでに目の前に竜は立っていた。

 

狙っているのは、相変わらずヘスティア。苛立っているのだろう。唸り声が低く響き渡る。

 

「ラグナくん、すぐに助けを呼ぶから。だから耐えておくれ!」

 

ヘスティアは子供を背負って、ラグナに向けて叫んだ。下水道の空洞に響き渡る、ヘスティアの声。その直後に竜の咆哮が、下水道にまで響いてきた。

 

⬛︎

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

「っ」

 

強制停止(スタン)を狙った咆哮。それを舌を噛んで対抗する。今のラグナには抵抗(レジスト)できるほどの力量はない。そのため力技で対抗する。

 

唇の端から血が流れていく。口の中が鉄の味で支配されていく。そんな感覚を覚えながら、ラグナは包まれていた剣を露わにする。

 

金色と白色の鞘。そこから抜剣して、ラグナは目を剥いた。

 

浮き上がる神聖文字(ヒエログリフ)の羅列。恩恵の更新をしたように、剣が光り輝いた。

 

「……行くぞ」

 

戦闘は始まった。先制攻撃を仕掛けたのはインファントドラゴン。細長い尻尾を鞭のように使い、叩きつける。

 

凄まじい速度と威力に周りの壁は削れて、威力が下がっていく。それでも十分に脅威の攻撃。

 

ラグナは転がるように回避する。ラグナが居た場所が粉々にされる。威力が落ちていても、即死する可能性がある。それを知った時、ラグナは久しぶりの死の感覚に震える。

 

ミノタウロスの時みたいだ。相手はあの時のミノタウロスより遥かに強い。倒すには魔石を潰す必要がある。

 

「次は俺の番だ」

 

剣を構えて、発走する。今まで触った剣とは違う。本当に半身のように手に馴染む。ラグナは竜の弱点の胸を見る。鎖で阻まれているが、鱗がない。その胸を深く突き刺せば、間違いなく倒せる。

 

だが今のラグナの【ステイタス】では、間合いに入ることすら危険。一瞬で噛みつかれて喰われるか、爪で攻撃されて死ぬ。なら隙を作る必要がある。

 

ラグナは【ロキ・ファミリア】に貰った剣を、投擲する。不安定な軌道を描きながらも、顔に向かう。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

咆哮で剣を吹き飛ばして、ラグナの動きに注視している。瞳孔が鋭く、ラグナを貫く。

 

様子を見ているラグナに痺れを切らした、竜は突進してくる。少し前のミノタウロスの時を思い出す。あの時も突進の攻撃をしてきた。

 

『グオオオオオオオオオオオ!!!』

 

ミノタウロスの突進よりも、速いスピードでラグナを轢き潰そうとしている。瓦礫が弾丸のように弾ける。それを剣で叩きながらラグナは必死に回避する。

 

「があああああああああ!!」

 

突進を回避することに集中して気付かなかった。竜が尻尾を振り回していることに。ラグナは回避することが出来ずに、地面に叩きつけられた。

 

口から吐き出る鮮血。鳴り止まない警鐘。腹から焼けるような痛みが襲う。咄嗟に剣を盾にしていなかったら、即死だった。

 

だが肋骨は折れて、今すぐに治療しないと不味いと分かる。身体中から危険信号が出ている。鼓動と脈がうるさいくらいに音を立てる。

 

『オオオオオオオオ!!』

 

「……まだ」

 

脳は諦めてしまった。心も戦いたくないと弱音を吐いている。それでも魂だけは負けてなかった。

 

「まだ……」

 

どれだけ骨が折れようと、どれだけ絶望的な差があろうと。立ち上がるしかない。

 

───それが己を賭すということだろう。

 

「まだだ────!」

 

ラグナは竜の噛みつきを、剣で防御する。激しい金属音が辺りに散る。力でも耐久でも敏捷でも敵わない。

 

そんな圧倒的な力の差。それを覆すのが技と駆け引きだ。

 

相手が見せた隙を、一撃で切り裂く技。それは過去にゼウスが使った技。本人は極東の神の真似だと言っていたが。ラグナの脳に焼きついている。

 

ラグナは剣を鞘に収める。極東に伝わる居合い。前世の記憶でも知っている技。下半身に力を込めて、地面と一体になる感覚。

 

『オオオオオオオオ!!!』

 

怪物は別の攻撃準備を始める。それを気にせずに、ラグナは構える。一撃、たった一撃でいい。

 

あの雷霆のような一撃を怪物にぶつける。狙うは上胸、魔石がある場所を破壊する。

 

ラグナが呼吸した瞬間。怪物は爪を振りかぶった。突進、尻尾、牙、爪。怪物の全ての攻撃を受けた中でも、殺傷能力が高い一撃。

 

回避はしない。防御もしない。やるのは神の模倣。

 

鞘から抜き放つ。関節、筋肉、骨すらも壊していい。目の前の怪物を倒すために全てを込める。

 

そんな一撃は間違いなく、ラグナの中では最高の速さだった。

 

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

怪物の胸を切り裂いて、魔石に当たる。だが破壊するには至らない。怪物は怒り交じりの一撃をラグナに放つ。

 

「ガアアアアアアアアアアアア!!」

 

竜の爪は一撃でラグナの腕を奪った。即死ではない。それでも腕を失った痛みと恐怖で、脂汗が身体中から噴き出る。

 

血が水溜まりのように、噴き出る。すぐに止血しないと死ぬ。

 

痛い、痛い、痛い。どうすることも出来ない痛み、もうすぐ死ぬ恐怖。全て覚悟していたはずなのに。

 

実際に死に直面すると、身体は恐怖で動かない。怪物は厭らしい笑みを浮かべて、ラグナを喰おうと口を開く。

 

少しずつ近づいてくる怪物。ラグナは立ち上がって、剣を構える。痛み、恐怖、絶望。

 

それでも死にたくないと身体は動いた。まだ何も成していないと魂が叫んだ。

 

「はは、はははははは!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

涎を垂らして怪物は近づいてくる。必死にラグナは剣を握る。右手の握力だけで握る剣は、とても不安定だ。情けない姿にラグナは自笑する。

 

「……来い!」

 

ボロボロの身体で、爛々と目を輝かせる狂人。その姿に竜は初めて恐怖を覚えた。

 



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十九話 代償

 

 

痛みが鈍くなっていく。既に死ぬ寸前のような身体に鞭を打って、怪物の攻撃を防御する。

 

片腕だけで竜の攻撃を防御出来るはずもなく。簡単に吹き飛ばされ、弄ばれる。

 

左腕を止血したが、血が止まらない。このままラグナが生き残るには竜を倒して、すぐに治療院に向かうしかない。

 

「……まだ動く、まだ痛みはある」

 

ならば戦える。ボロボロの身体を、命を必死に使い剣を振る。普段の軌道とは比べ物にならないほど、遅い剣速。

 

怪物は嘲笑うようにラグナを吹き飛ばした。魔石は見えている。回復出来るような能力は持っていない。

 

あと一歩。何かしらの一撃を与えれば、竜を倒せる。

 

「あと、一撃……!」

 

もう最後だ。ならもう一度捨て身の特攻を行なって竜を殺す。居合いの構え、その態勢に竜は警戒したように目を鋭くする。

 

竜は尻尾を振り回して注意を散らそうとする。その動きに警戒しながらも、ラグナは一気に発走する。

 

『──オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

「はあああああああ!!!」

 

ラグナの最後の一撃。あまりにも情けない速さ。こんな姿を見て、ゼウスとベルはどう思うだろう。

 

白髪の少女を助けるって誓った。黒竜だって殺して、世界を平凡に生きられるようにする。そう決意した。

 

でも怪物の目の前では、そんな覚悟と決意は無駄になる。

 

世界が一気に遅くなる感覚を覚える。走馬灯という奴だろうか。この攻撃を喰らえば間違いなく死ぬだろう。

 

仕方ない、そう思うしかない。自分には才能がなかった、英雄になる資格など持っていなかった。最初から分かっていたことだ。

 

「レギオン、『レギオン』って叫ぶんだ!」

 

どこからか、そんな声が聞こえた。不思議と脳に入ってくる言葉。無条件に信じられる神からの言葉。

 

ラグナは迷うことなく。その言葉を口にする。

 

「【誓約代償(レギオン)】」

 

硝子に亀裂が入ったような、そんな幻想を一瞬見た。身体中が沸騰して、熱い。傷口から溢れ出していた血液は、回復薬を掛けたみたいに治る。

 

怪物が鞭のように振り回している尾が、とても遅く感じる。五感が強化されている。それに身体能力までも普段のラグナとは段違いだ。

 

ラグナは竜の攻撃を回避して、深呼吸する。剣を構えて、もう一度斬りかかる。

 

『オオオオオオオオ!?』

 

突然動きが変わったラグナに困惑したように、竜は咆哮を上げる。既に胸には魔石が見えている。

 

ラグナはもう一度だけ、居合いの構えを取る。竜はそれを見て、危険と判断したのだろう。背中を見せて逃げようとする。

 

だが逃げる暇を与えない神速の斬撃。ラグナの攻撃の中でも最高の速さの剣速は竜の首を鮮やかに飛ばした。

 

『────ガアアア!?』

 

最後は竜としては情けない表情を晒し、怯えも混ざらせた竜は呆気なく灰となって消えた。最後に綺麗な宝石のような鱗を残して。

 

その最後を見たラグナは糸が切れたように倒れる。片腕は失い、肋骨は折れて、血を流しすぎた。

 

重症なんて段階ではない。最後に聞こえた神の声がなければ、死んでいた。

 

「ラグナくん!!」

 

意識が途切れる直前。ラグナは黒髪のツインテールを見た気がした。

 

⬛︎

 

艶やかな銀髪を靡かせ、美神はそれを見ていた。普段のフレイヤからは想像も出来ないほどに動揺している。

 

フレイヤは『インファントドラゴン』に勝てるとは思っていない。一週間程度の冒険者が、竜種に勝てることは万が一にもないはずだった。

 

黒髪の少年は成し遂げてしまった。前代未聞の偉業を。それを見てフレイヤが動揺した、そういうわけではない。

 

問題は最後に使った彼の【スキル】だ。身体の出血が瞬時に止まり【ステイタス】も倍増していた。それほど強力なスキルには代償が付き物だ。

 

その代償をフレイヤは知ってしまった。

 

「──()()()()

 

彼の勇ましく輝く魂に傷がついた。そもそも魂に少しでも傷が付いた時点で死んでもおかしくはない。それほど魂とは脆く弱い物だ。

 

彼が死ななかったのは、魂が二つあるからだとフレイヤは考えた。彼の魂は二つ混ざり合ったような複雑な形をしている。そんな彼だから耐えられた。

 

でも次は?その【スキル】をもう一度使ってしまったら。もう手遅れになる。フレイヤはそう思った。今なら『神の力』を使って、魂の保護が出来る。

 

規則違反となってもいい。彼ほどの英雄の資格を持った人間の魂を殺すわけにはいかない。

 

フレイヤは矛盾した自分の考えに気づかず思考を回す。その表情は昏く、青白い。

 

「……ラグナ」

 

⬛︎

 

焦りと怒りで呼吸が荒くなる。空気が重く苦しい。白髪の少女は今までにない速度で治療院に向かっていた。

 

話を聞いたのはギルド職員のエイナからだった。ラグナが帰ってこないことを心配して外に出ていたベルに、ラグナが大怪我を負ったと報告してくれた。

 

ベルは今まで走ったことなどなかった。何回も転びそうになり、それでも前に進む。そして治療院を駆け抜けて、ラグナのいる部屋を直感で入る。

 

「ラグナ!」

 

そこにはベッドで安らかに呼吸をして眠るラグナがいた。横にはヘスティアが座り、手を握っている。ベルはベッドに近づいて、椅子に座る。

 

身体は全治していた。傷なんて本当にあったのかと思うほどに綺麗。ベルは安心して息を吐いた。

 

「神様、何があったんですか?」

 

「……竜が脱走したんだ。それでラグナくんは怪物が街に行かないように囮になって」

 

「怪我は大丈夫だったんですか?」

 

「……左腕欠損、内臓損傷。でもギリギリで助かった。それは彼の【スキル】のおかげだ」

 

ヘスティアは表情を暗くして話す。自己嫌悪と罪悪感で彼女の心は一杯だった。絶対に【スキル】を使わせたくない。そう思っていたのに。

 

彼に生きて欲しくて、教えてしまった。それは間違っていない行動なのかもしれない。それでも彼を崖から落としてしまったように感じて、ヘスティアは手が震えていた。

 

その様子を見たベルは困惑する。ラグナが【スキル】を持っていたという事実に。ヘスティアが【スキル】を隠す、それはつまり扱いが危険な物なのだろう。

 

「その【スキル】の詳細を教えてください」

 

「……わかった」

 

その【スキル】の効果をヘスティアは話していく。【誓約代償】というスキルは能力の倍増、感覚の強化、身体の回復。

 

欠損などの怪我は治らないが、骨は完璧に治るほどの治癒力。その代償が魂の摩耗だと聞いて、ベルは表情を青くする。

 

その強力な効果を得るためには、魂を傷つける必要がある。その事実はベルの冷静な思考を一瞬で奪う。

 

「……大丈夫、なんですか!?」

 

ベルは二つの気持ちが混ざり合い吐きそうになる。助かって良かったという気持ちと、魂が傷付いて本当に無事なのか。

 

ヘスティアはベルの叫びに無言で俯く。それはヘスティア自身にも分からないようだった。魂が傷つくことなんて、下界でも天界でもない。

 

回復出来る物でもないだろう。

 

「……僕が、一緒にいなかったからだ。僕が、僕が隣にいたら。絶対に助けてたのに。あの時誓ったはずなのに、僕がラグナを助けるって……!なのに、なのに」

 

ベルはラグナの表情を見て、ぐちゃぐちゃの感情を吐露する。彼は凄い人だ、街の人間を守るために命を張った。まるで英雄だ。

 

そんな人の隣に立つには、病弱なんて弱音でしかない。こんな身体なんて捨てる覚悟をするべきだった。

 

深紅の瞳と灰色の瞳は昏く決意する。もう【スキル】を使わせることはない。冒険なんてさせることはない。

 

全ての敵を代わりに蹴散らしてやる。

 

「……ヘスティア様、行ってきます」

 

「どこに、行くつもりだい……?」

 

「ダンジョンです」

 

「待っ──行っちゃった……」

 

部屋を飛び出したベルにヘスティアは何も言えずに立ち尽くした。神として何も出来ない無力感に、ヘスティアは苛まれる。

 

神として下界に降りて。初めての眷属を持って。これから【ロキ・ファミリア】より強くなってやる。そんな夢を見ていた。

 

本当は難しいだろうとわかっていた夢。寂しい地下室暮らしに、泣きそうになった夜。それが眷属が出来てなくなった。

 

でも2人はヘスティアの夢よりも遥かに遠い夢を見ていた。最深層の攻略、黒竜討伐。どんな冒険者よりも目標が高い。

 

そしてそれを実行するための才能がある。

 

ヘスティアができたのは恩恵を刻んであげたことだけだ。どんな神にも出来ることだけだった。だからこそ神友に頼んで、剣を打ってもらった。

 

それでも彼の役に立った実感は全くなかった。

 

「ラグナくん、ボクはどうすればいいんだい?もう分からなくなってきちゃったよ……」

 

ヘスティアは蒼い瞳を潤ませて、1人の少年につぶやいた。

 

⬛︎

 

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

たった一言で敵は吹き飛ぶ。たった一撃で敵を粉砕できる。この力があれば少年の役に立てる。

 

そんな幻想はもう抱かない。この力だけじゃ何もかも足りない。彼を守るには、彼と共に並ぶなら。

 

走って簡単に息が切れる。今にも倒れそうなほどに身体がよろめく。視界が霞んでよく見えない。

 

そんな弱音を塗りつぶす。たまに思うことがある。もしも女じゃなくて男に生まれていたら。

 

何か変わっていたのだろうか、彼の隣に立てるほど強くなれたんじゃないか。そんな妄想を抱くことがある。

 

それを今ほど思ったことはない。体力、筋力、全てがベルに足りないものだ。ベルはダンジョンの敵を吹き飛ばして、次々と進む。

 

『オオオオオオオオ!!』

 

「───五月蝿い」

 

『ガアアアアアア!?!?!?』

 

「うるさい、うるさい、五月蝿い……!」

 

雑音が頭に響き渡る。さまざまな妄想、幻想、思想が混ざり合ってベルの脳を壊す。ベルは八つ当たりするように【魔法】を放つ。

 

気づいたら敵は周りにはいなかった。魔石、戦利品が散らばっている。あまりに威力が高すぎて、魔石までもが砕かれている。

 

ベルは目指していた10階層を。でも体力の限界は訪れる。精神力の体力消費に加えて、体力の限界。

 

様々な負荷(ストレス)がベルの持病を悪化させる。そんなベルを見ているように怪物は、新たに産まれ落ちる。

 

「──はああ!」

 

そんな勇ましい声がベルの耳に響いた。薄い視界の中。凄まじい速度で敵を蹴り飛ばしているエルフがいた。

 

翠色の髪。空色の瞳。あの時の店員だった。そんな店員が凄まじく強いことに驚き、助けられたことに気づく。

 

「付いてきて正解でした、あなたの表情はどこか迷子のようだったので」

 

「……ありがと、うございます」

 

「お礼は結構です。【今は遠き森の歌。懐かしき生命(いのち)の調べ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を】」

 

膝を突いて、そのエルフは詠唱を口にする。流れるような詠唱は、一瞬で魔法を完成させる。『高速詠唱』と呼ばれる技術にベルは瞠目する。

 

そして発光する手を額に当てられ、エルフは呟く「【ノア・ヒール】」と。すると限界だった身体が回復した気がする。

 

「……名前を教えてくれませんか?」

 

「……リュー・リオン」

 

「リューさん、ありがとうございます」

 

「気にすることはない。それより早く帰りましょう、貴方の体力は限界だ」

 

リューはベルの手を取って、立ち上がらせる。それでもベルは地上に戻る気はなかった。目標はまだ下の階層にある。

 

「僕のことは気にしないでください。まだダンジョンに潜ります」

 

「ダメです。このままではあなたは簡単に死にます。そうなれば、悲しむのはあの少年でしょう」

 

「……ラグナのこと何も知らないくせに、そんなこと言うな!」

 

ダンジョンに響き渡るベルの声。その鬼気迫る表情にリューは表情を少しも変えない。

 

ベルはリューを無視して先に進もうと足に力を入れる。それは失敗に終わって、ゆっくりと倒れていく。

 

そんなベルをリューは抱きしめる。

 

「あの少年が大怪我を負ったことは、知っています。それであなたが焦っていることも。闇雲に進んで、状況は良くなることはない。あなたが強くなりたいのなら、私が教えましょう」

 

「……」

 

「……気絶しましたか、無理もない。ここは8階層だ、魔導士の新人冒険者が立ち入る場所では到底ない」

 

リューはベルを抱えて地上を目指す。その表情はどこか決意に満ち溢れている。

 

「……これが私の贖罪だ、アルフィア」

 

誰にも聞こえないような声量で、リューはつぶやいた。

 



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二十話 美神の力

 

ゆっくりと瞼を開く。知っている天井から黒髪の少年は、ここが治療院であると知った。左腕を咄嗟に触り確認する。

 

肩から先まで全て治っていた。もう腕は治らないと思っていたため、瞠目する。周りを見渡すと、横で寝ているヘスティアがいた。

 

おそらく武器を作ってもらうために、寝ていなかったのだろう。そのためラグナはヘスティアに布団を掛けて、ベッドから立つ。

 

「(普段と変わらない……?)」

 

少し貧血気味ではあるものの。身体は普段の時と変わらないように思えた。身体の調子を確かめていると、ヘスティアが唸り声をあげて目を開けた。

 

「ラグナ、くん?」

 

「おはようございます、ヘスティア様」

 

「……ラグナくん!」

 

ヘスティアは目を覚ましてすぐにラグナに抱きついた。そんなヘスティアを受け止めてラグナは思い出す。

 

おそらく治療院まで連れていってくれたのは彼女だと。最後に見えた彼女の表情は迷子の子供のようだった。

 

そんなヘスティアの心配に少しだけ申し訳ない気持ちになった。

 

「……ヘスティア様がくれた武器のおかげです。ありがとうございます」

 

「違う、君の力があったからだよ。それに言わないといけないことがあるんだ」

 

「言わないといけないこと?」

 

ヘスティアは顔を上げて真剣な表情になる。その表情に釣られるようにラグナも背筋を伸ばした。

 

「君の【スキル】のことだ。ボクは君に隠していたんだ」

 

「……もしかして『誓約代償(レギオン)』ってやつですか?」

 

「そうさ。その効果は能力の倍補正、感覚の超強化、そして自動回復」

 

その【スキル】の効果を聞いてラグナは目を剥いた。予想以上の強さの効果だ。おそらく【レアスキル】と呼ばれる物に該当するだろう。

 

なんで早く教えてくれなかった。という言葉は出なかった。彼女の表情から、このスキルには何かしらの代償があると理解したから。

 

「……その代わりに()()()()。つまり魂に傷がつくことになる」

 

「魂の、摩耗?」

 

ラグナは良くわからない代償に頭を傾げる。今のところ身体に異変は起こっていない。本当に傷なんか付いているのだろうか。

 

「……君の目標について理解はしている。でも、このスキルをなるべく使わないで欲しいんだ」

 

「それは……」

 

ラグナは口を閉ざした。この先の戦いは今のラグナの力では厳しい。でも【スキル】があれば、間違いなく戦いを有利に進めれる。

 

もちろん代償を考えて使うのは考えるが。それでもヘスティアの言葉に頷ける自信はない。

 

「もしも魂が完全に壊れたら、死んでしまった時に転生できなくなる。新しく生まれ変わることも出来なくなってしまうんだ!」

 

その言葉を聞いてもラグナの表情は揺らがない。ヘスティアの言っていることは理解できる。

 

でもラグナは次の人生に興味はない。今世で終わっていいと思っている。それは転生しているからなのかは、分からないが。

 

魂が砕けたとしても、ベルを治せるならそうする。黒竜を倒せるなら、魂だって砕いてみせる。その覚悟は絶対に揺らがない。

 

「……ごめんなさい、ヘスティア様。それでも俺は前に進みます。どれだけ魂が傷ついても、辿り着かないといけないから」

 

「……っ」

 

ヘスティアは目を伏せる。彼女も分かっていたのだろう。ラグナを説得なんてできるわけがないと。

 

ラグナの意思はどんな鉱石よりも硬い。それを砕くことはヘスティアには出来ない。でも彼の魂が壊れゆくのを見過ごすことはしたくない。

 

ヘスティアが彼に出来ることは恩恵の更新ぐらい。彼が強くなるように手伝うことしか出来ない。

 

下界に降りた神は本当に無力だ。それをヘスティアは身に染みて実感する。悔しさ、不甲斐ない気持ち、全てが神だった頃は感じれなかったことだ。

 

「ボクは何が出来る?」

 

「ヘスティア様……?」

 

「ボクは君達に何をしてあげれる?」

 

蒼い瞳からは雫が溢れそうだった。そんな悲痛な表情のヘスティアを見て、ラグナは瞠目する。

 

彼女が弱音を吐くことところは初めて見た。そこまで追い詰められていたとは、ラグナは知らずに動揺する。

 

だがラグナは自然と口を開いていた。

 

「……弱い俺を支えてくれませんか?」

 

「支える……?」

 

「はい。きっとこれから、ヘスティア様には迷惑ばっかり掛けると思います、心配だって。そんな情け無い俺を支えてください」

 

その言葉を聞いてヘスティアは口を閉ざす。彼は情けなくない。一人で竜と戦って勝利した英雄の卵だ。

 

そんな彼を支える。それはどれだけ難しいことなのだろうか。ヘスティアには分からなかった。

 

でも漆黒の瞳に見つめられると、心が熱くなる。ヘスティアは自信なさげに頷いた。

 

「……ボクに出来るかな?」

 

「出来ます、ヘスティア様にしか出来ません」

 

「そうかな……そっか。ならボクが君を支える、だから──死なないでおくれよ?」

 

ヘスティアは囁くようなか細い声でラグナに言う。その瞳は澄んだ青色ではない。海のように深い青色のようだった。

 

彼女は本当に大切に思ってくれている。その気持ちを受け取り、ラグナは頷いた。

 

 

⬛︎

 

美しい月光が窓から姿を現す。その月光を浴びながらラグナは考えていた。それは武器のことだった。

 

ラグナの新しい武器。『聖火剣(ウェスタ)』という名前の剣は、ヘスティアが作ってくれたラグナ専用の武器だった。

 

原作の【ヘスティアナイフ】と特性は同じ。使い手の得た経験値によって、武器も成長している。つまり、この武器は生きているのだ。

 

この武器は折れない。切れ味だって衰えない。正しく一級品の武器のおかげで、ラグナは今ここにいる。

 

そして原作にはなかった鞘。これもヘファイストスに頼んで、ヘスティアが作らせた物だった。あまり豪華な感じではないが、この鞘にも驚くべき特性がある。

 

ラグナは剣を抜いて、ベッドに置く。そしてラグナ自身は鞘と共に遠くに離れる。

 

「──戻れ」

 

一言発声すると、剣が吸い込まれるように鞘に収まった。この特性はなかなかに面白かった。原作でもないような、鞘の特性。

 

剣に【ステイタス】が発生しているから出来た芸当らしい。そして鞘にもヘスティアの神血が入っている。これを作っていたから、帰ってくるのが遅くなっていたとは知らなかった。

 

ラグナは剣を天井に掲げて、宝物のように胸に抱いた。神様からの贈り物はやっぱり嬉しかった。

 

そろそろ眠りに就こう。そんな時に扉のノック音が耳に入る。こんな時間に誰だろう。そう思いながら、どうぞと声に出す。

 

「失礼するわ」

 

どこか高級楽器のような、美しいソプラノ音が鼓膜を撫でる。ラグナは目を見開いて驚いた。今回の事件の元凶の、女神フレイヤがそこにいた。

 

紫紺の瞳はラグナの漆黒の瞳と絡み合う。ラグナは睨み付けながら、周りの視線に気づいた。

 

囲まれている。おそらくフレイヤの護衛だろう。物凄い殺気がラグナを襲って、身体を動かなくする。

 

シルの正体が美神フレイヤということをラグナは知っている。それがバレたのだろう。いつバレたかは知らないが、絶体絶命の状況にラグナは緊張する。

 

「ごめんなさいね、貴方を危険な目に合わせたこと謝罪するわ」

 

「……謝罪はいい。目的を言え」

 

「あら、私はただ貴方を助けたいだけよ?」

 

フレイヤは妖しい笑みを浮かべる。フレイヤはラグナの近くにある椅子に腰を掛ける。そしてどこか楽しそうにラグナの手を取った。

 

嫌悪感を抱くことはなかった。それは彼女が美しいからなのだろうか。いや、なんとなく違う気がした。

 

彼女はどこか悲しんでいるようだった。まるで取り返しのつかないことをしてしまったように。

 

「私は貴方の戦いを見たかっただけ。流石に竜はやりすぎたかもしれないけど……。そこで予想外のことが起きてしまった」

 

「……俺の【スキル】か」

 

「魂を代償にするスキルなんて、予想外だった」

 

フレイヤは目を伏せる。それは後悔しているようだった。何に後悔しているのかは分からないが。

 

「貴方が死んでもいいと思った。それなら、私が天界で貴方を探すだけだから」

 

「……はあ」

 

「でも魂が傷付いたら、転生することも出来ない。今なら間に合う」

 

やはりこの神はおかしい、ラグナはそう思った。つまり肉体が死んでも、魂が無事ならばそれでいい。そういう考えはまさに神らしい。

 

だがラグナにとって魂とは、そこまで重要ではない。大事なのは今の人生だ。ベルの病気を治し、黒竜を倒せば満足して死ねる。

 

「本当は神の力を使うつもりだった。でも違反で天界に送還された後。貴方は私の眷属達に殺される」

 

「だろうな」

 

「だからやめた。なら最後の手段。貴方の目的を代わりに達成する」

 

「────は?」

 

ラグナは一瞬思考を奪われる。

 

「貴方の幼馴染のベル。あの子の病気を治すために、私の眷属達の力を使う」

 

「……そういうことか」

 

今の弱いラグナより都市最大派閥の最強達が、最深層を目指すなら現実的だろう。おそらく成功率だって遥かに高い。

 

でもラグナは頷くわけにはいかない。確かに【フレイヤ・ファミリア】に丸投げすれば、ベルも戦わなくて済む。

 

だがそれで秘薬が見つかるとは思えない。それに原作通りに進まなければ、今後の戦いに必要な人間が死ぬ可能性もある。

 

「断る。俺は、俺の力で目的を達成する。魂がどうなっても俺はどうでもいい」

 

「……そう。なら、貴方を私の眷属にしましょうか?」

 

「っ!?」

 

瞳が妖しく光る。ラグナは身体が固まる感覚に陥った。フレイヤは魅了を使って脅そうとしている。

 

魅了を使われれば間違いなく、ラグナは傀儡になる。思考も何もかも奪われて、人形に成り果てる。

 

「どうする?私の眷属になるか、諦めて冒険者を辞めるか」

 

「……こうする」

 

ラグナは自身の首に剣を突きつけた。ラグナは魅了を使おうとしたら自殺する。相手が脅してくるなら、こちらも脅そう。

 

フレイヤに剣を突き付けるなら間違いなく【フレイヤ・ファミリア】に殺される。だから自分を人質にする。

 

「……貴方が死んだら幼馴染の子は悲しむでしょうね。本当は死ぬつもりはないんでしょう?」

 

「当たり前だ。アンタに魅了されるぐらいなら、死んだ方がマシというだけだ」

 

「……私の身体、全てあげるのに?」

 

ラグナは鼻で笑った。彼女は確かに美しい。男なら全員が一瞬で獣になるのだろう。でもラグナはどうでもいい。

 

「いらない。確かにアンタは美しい、でもそれだけだ。俺はやるべきことがある」

 

「やっぱり、貴方は美しいわね。ますます欲しくなっちゃった」

 

フレイヤは椅子から立ち上がり、残念そうに話す。でもその目は肉食獣のようにギラついていた。

 

「いつか、貴方を奪うわ。心も身体も私の物にする、覚悟しておきなさい」

 

「……誰が、お前の物になるか」

 

「ふふ、ゾクゾクしちゃう」

 

最後まで鋭い視線で睨みつける。その漆黒にフレイヤは身体が熱くなるのを感じた。その視線を受け止めて、フレイヤは扉から去った。

 

ラグナは緊張が一気に解れる。もしも魅了されていたら、今のラグナに抵抗する術はない。

 

「本当に、厄介な女だな……」

 

 




体調が悪くて遅くなりました!
よろしくお願いします!


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二十一話 白と金

 

 心地の良い陽射しが窓から差し込む。白髪を輝かせる少女は姫のように美しい。太陽を浴びて少女ベルはゆっくりと瞼を開いた。起きたばかりで回らない脳を回転させて、ここはどこなのかを考える。

 

どこか質素で清潔な部屋。物はベッドと机に椅子と生活できるのか怪しいほどに少ない。あとは知的な本が机に置かれている程度で、とても寂しい部屋だとベルは思った。

 

でもどこか故郷の部屋と似ている気がする。少し懐かしい気分に浸っていると、扉が開いた。翠色の髪色、空色の瞳。

 

端正な容姿に、尖った耳は間違いなくエルフの特徴だった。服装はダンジョンでも着ていた店員の服だった。

 

「起きましたか、身体の調子はどうですか?」

 

「身体は……大丈夫です。えーと、助けてくれてありがとうございます……」

 

 昨夜に彼女に失礼なことをしてしまった。そのことを思い出してベルは後悔する。あのまま10階層を目指していたら、間違いなく死んでいた。

 

そんな彼女に暴言を吐いてしまった。ベルは身体を曲げてお礼をする。そんなベルにエルフの女性リューは優しい表情で口を開く。

 

「気にすることはない。私がやりたくて、やったことだ」

 

「……」

 

 ベルは凄い人だと思った。エルフは種族の中でも傲慢になりやすい。エルフは魔法種族と呼ばれるほど、魔法に長けている。

 

それだけじゃなく容姿、知性、長寿と種族としては最高の能力を誇る。そのため周りの種族を見下す傾向があった。

 

だがリューという女性は違った。少し話しただけで分かるくらい、彼女は真っ直ぐだった。

 

「……戦い教えてくれませんか?」

 

「気絶して、聞いていないかと思ったのですが。覚えていたのですね」

 

「はい、今の僕には力が必要です。だから、教えてくれませんか?」

 

 今のままではラグナを助けられない。冒険者を辞めるように説得することは、ベルには出来る気がしなかった。

 

きっと誰に何をされてもラグナは冒険者を辞めない。【スキル】だって躊躇いもなく使用するだろう。

 

ならラグナの敵を全て倒せるほど強くなればいい。それをやる自信がベルにはあった。

 

でも今のままではダメだ。『魔法』の使い方、駆け引きなんて技術はベルにはない。師匠が必要だとベルは考えていた。

 

そしてダンジョンで助けてくれたリューという女性。彼女は思わず見惚れてしまうほど、動きが軽やかだった。彼女が師匠になってくれるなら、それほどありがたいことはない。

 

「元から、教えるつもりでした。今日からというわけにはいきませんが、明日から修行を始めましょう」

 

「リューさん……ありがとうございます。でも、なんでそこまでしてくれるんですか?」

 

 ベルは疑問から質問する。ほぼ初対面のような自分に彼女は優しすぎた。その空色の瞳には、別の誰かを見ているような気がした。

 

リューは少しだけ表情を固くする。少しだけ目を伏せて、リューは口を開いた。

 

「……貴方は知人に似ていた。だから助けになりたかった」

 

「知人って……アルフィアって人ですか?」

 

「……ええ、そうです」

 

 ベルは納得する。確かにあの時のリューの表情は、今でも鮮明に思い出せるほどに驚いていた。

 

リューは少しだけ表情を暗くする。その知人のことを思い出して悲しんでいるのか。ベルには分からなかった。

 

「一度、ホームに帰りましょう。私が送ります」

 

 リューは表情を切り替える。その切り替えの早さに驚きながらも、ベルはラグナのことを思い出す。

 

「あの、治療院に行っても良いですか?」

 

「了解しました、では行きましょう」

 

 もうそろそろ目を覚ましている頃だろう。ベルとリューは外に出る。燦々と輝く太陽に照らされながら、二人は治療院を目指した。

 

 

⬛︎

 

「退院したい!?」

 

 治療院全体に広がる少女の声。銀髪の少女は目を丸くして、黒髪の少年を鋭い視線で突き刺した。

 

怪物祭(モンスターフィリア)』から1日後。女神フレイヤが突然入ってきたり、色々あったが体は全快した。

 

ダンジョンに潜ったり、修行をしたいのでアミッドに退院したいと話して今に至る。

 

「貴方は、片腕を失っていたのですよ?分かっていますか?」

 

 アミッドは必死に怒りを鎮めて、ラグナに問い掛ける。その表情の裏にはどこか鬼が見え隠れしていた。

 

ラグナはアミッドの言葉に頷く。彼女の言っていることは何一つ間違っていない。死にかけたのに退院を申し出る人間なんていないだろう。

 

でもラグナには時間がない。ここで入院して時間を無駄にするわけにはいかなかった。アミッドに恐怖を感じながらもラグナは意を決して口を開いた。

 

「お願いします、アミッドさん!」

 

「駄目です。あなたの目的は聞きました、貴方が焦る理由も分かりますが。諦めてください」

 

「そこをなんとか!」

 

 アミッドにも治療師としてのプライドがある。腕を無くした患者を1日で退院など出来ない。だがそれでもラグナは引けない。

 

話は平行線になるかと思った。だがアミッドは大きな溜息を吐いて、呟くように言った。

 

「……三日。三日間の入院で退院していいです」

 

「……二日で」

 

「本当に貴方は……!……分かりました。でもその間はしっかり安静にしていてくださいね!」

 

 アミッドの言葉にラグナは何度も頷いた。本当ならば一週間以上入院しないといけなかったのが、一気に短くなった。

 

これで早めにダンジョン攻略に行ける。10階層の探索にも行ける。ラグナは拳を握りしめて、次の予定を組み立てていく。

 

そんなラグナを見てアミッドは再度、溜息を吐くのだった。

 

⬛︎

 

 金髪の少女は走っていた。【剣姫】と呼ばれる彼女の疾走は、目にも止まらないほどに速い。それを見た住人達は彼女の容姿に見惚れる暇もなく、その疾走を見届ける。

 

アイズ・ヴァレンシュタイン。都市外までその名を轟かせる少女は焦っていた。『怪物祭(モンスターフィリア)』という催しのせいで、都市に大きな被害が出るところだった。

 

それに加えて新種の怪物(モンスター)も現れて、昨日は休む暇がなかった。ようやく落ち着いた時に、住民達の声が聞こえてきた。『竜』が脱走して、黒髪の少年を追いかけていると。

 

アイズの頭の中に浮かんだのは、ラグナだった。レベル1の新人冒険者。アイズは焦って『魔法』を使用して駆け回った。

 

だが新種の怪物の戦いで時間を使いすぎてしまったせいか。到着した時には既に手遅れだった。

 

そこにあったのは竜の『戦利品』と、満身創痍のラグナだった。アイズは一瞬だけ嬉しいと思ってしまった。

 

新人冒険者なのに竜を倒してしまった。凄まじい偉業にやっぱり間違っていないと、彼は間違いなく私の英雄だと思った。

 

そして次の瞬間には身体が震えていた。そんな彼は腕を無くして、今にも死にそうなほどに息が小さい。

 

──私の英雄が死ぬ。

 

アイズは凍ったように固まり、立ち尽くしてしまった。気づいた時には彼はいなくなって、治療院に運ばれたことを知った。

 

お見舞いに行こうとも思った。でも彼が死んでいたら、と考えると足が竦み行けなかった。

 

そんなアイズの背を押したのは、ベートだった。『アイツが簡単にくたばるわけねぇだろ』と。

 

ベートの瞳はラグナが生きていることを疑っていなかった。新人冒険者が竜と戦って生き残る、その難しさは冒険者なら誰でも分かる。

 

ベートは認めているのだろう。少しだけ嫉妬心を抱きながら、アイズは治療院に向かった。そして今、ようやく到着した。

 

「……アミッドは、いない?」

 

 いつもは受付にいるはずの彼女がいなかった。患者の治療に向かっているのだろうか。アイズは奥に進む階段を登って、入院しているだろう部屋に向かう。

 

その階段を登る最中にアイズは思い出す。ミノタウロスの時のことを。あの時の英雄のような言葉はアイズの頭の中に残っている。

 

そして白髪の少女のことも、頭に焼き付いている。あの幸せそうな笑顔、それを思い出すだけで嫉妬の炎で焼かれそうだった。

 

「……ここ、かな?」

 

 アイズはミノタウロスの時と同じ部屋に着いた。緊張が身体に走るが、アイズはゆっくりと扉を開いた。

 

そこには五体満足で本を読んでいる。黒髪の少年がいた。左腕は本当に怪我をしたのか疑ってしまうほどに治っている。

 

顔色も悪くはなく、退屈そうに頁を捲っていた。扉を開けたアイズに気づいたラグナは、目を丸くして驚いていた。

 

「……大丈夫、だった?」

 

「アイズさん?えーと、身体は大丈夫でしたけど……」

 

 アイズはよかったと安堵感に頬を緩める。ベッドの隣に置いてある椅子に座って、アイズはラグナの漆黒の瞳を見つめた。

 

豊穣の女主人の時も、こうやって瞳を見つめていた。ラグナは視線を誤魔化そうと本を読み直す。

 

「……どうして、竜を倒せたの?」

 

 アイズは気になった言葉を吐いた。新人冒険者なのに、竜に勝てた理由。その理由を知れたら、アイズはもっと強くなれる気がした。

 

ラグナはその質問に唸る。アイズとベートの訓練、ダンジョンの探索、ヘスティアからの武器、そして【スキル】。

 

その全てがラグナを勝利に導いた。

 

「……アイズさんとベートさんのおかげかな」

 

「……私?」

 

「駆け引き……はあまり教わらなかったけど。第一級冒険者と戦う怖さを知れたから」

 

 ラグナは思い出す。竜と相対する時の重圧感を。今まで戦ってきた怪物よりも遥かに強い。一瞬で実力差を理解してしまうほどに重かった。

 

でも第一級冒険者の蹂躙を体験していたラグナは、何度も立ち上がることが出来た。きっと少し前の自分なら、諦めていたかもしれない。

 

ラグナは頭を下げて、アイズに感謝した。

 

「……そっか」

 

 アイズが望む答えではなかった。けれど彼の力になれたということに、アイズはどこか満足感を感じた。

 

アイズはラグナの掌を握る。昨日失われた左手は暖かく脈も感じられた。アイズは無意識に手を繋ぐ。

 

「え……?」

 

 ラグナの困惑したような声が聞こえた気がする。でもアイズはそれを無視して、固い手を握りしめた。

 

そんな時。ふと扉が開いた音が聞こえた。風が部屋の中に入り込む。掌が大きく震えた気がした。

 

「────何してるの?」

 

 深紅(ルベライト)の瞳がアイズの金色の瞳と絡み合う。白髪の少女が、そこに立っていた。

 



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二十二話 一途

 

 

 一瞬で空気が張り詰める。たった一人の少女の圧だけで身体が震えそうだ。雪のような白い髪、深紅の瞳と灰色の瞳。容姿は美しく、どこか鋭い雰囲気を放っている。

 

ベルは怒り狂っていた。意中の相手の手を握られたからという理由もある。それよりも目の前の少女が、黒髪の少年を奪おうとすることが許せない。

 

第一級冒険者。都市では数十人ほどしかいない、英雄の領域。そこまで辿り着いた人間は、普通の人間とは住んでいる世界が違う。

 

そして金髪の少女は【剣姫】と呼ばれる冒険者。美しい容姿、凄まじい剣技、その全てを神が認めている。

 

そんな()()()()()()()()()が、ベルにとって唯一の少年を奪おうとする。許せるわけがない、許すはずがない。

 

産まれた時から一緒だった。そんな彼がいなくなったら、奪われてしまったら。ベルはゆっくりと右腕を突き出す。

 

彼女の身体を纏う魔力。新人冒険者ではあり得ない魔力量に空気が歪む。

 

「待て、ベル!」

 

 ベッドから飛び出すラグナ。その表情は凄まじく焦っている。突き出している右腕を、包み隠すように握った。

 

ベルの身体を纏っていた魔力は霧消した。それにラグナは安堵するのも束の間、鋭い視線をベルから感じ取る。

 

「……アイズさんはお見舞いに来てくれただけだ。少し落ち着いてくれ」

 

「恋人みたいに、手を握ってたのに?」

 

「それは……」

 

 なんで彼女が手を握ってきたのか。それはラグナにも分からなかった。彼女の思考と行動は予測不可能だ。

 

ラグナが口を閉ざしたのを見たベルは剣のような鋭い視線をアイズに突き刺す。

 

それを見たアイズは彼女が自分に敵意を向けていることを知る。それは少年の手を握ったことが原因だとも気づいている。

 

それでも離れたくない。彼の体温を感じていたい。アイズはベルに負けない強い力で、睨み返す。

 

その二人の睨み合いにラグナは萎縮する。とてもじゃないが、二人を落ち着かせる方法はない。

 

だがここで暴れられたら。間違いなく治療師のアミッドに大目玉を喰らう。そうなったら、二日間の入院がなくなってしまう。

 

ラグナは意を決して口を開いた。

 

「……ベル、なんでもいうこと聞くから。ここは収めてくれ」

 

 それは最終兵器(土下座)に次ぐ、最終手段だった。ゼウスが絶対に使うなと言っていた、言葉をラグナは使った。

 

ベルの視線は柔らかくラグナに向かう。その瞳は嘘じゃないのか、確かめているようだった。

 

「……なんでも、って言ったよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「ふーん。そっか、良いよ。許してあげる」

 

 表情を緩めきったベルはアイズの方をわざとらしく見る。そして満面の笑みを浮かべた。

 

アイズはその表情を見て、雷に打たれたように目を剥いた。幼いアイズでもわかる、彼女は少年に物凄いことを要求するつもりだと。

 

それが何なのかは分からないが、とにかく不味い。このままでは白髪の魔女に英雄を奪われてしまう。

 

「ラ、ラグナは……私の英雄(もの)。返して……!」

 

「──は?」

 

 アイズは竜の尾を踏み潰す。その冷たい瞳にアイズは身体が震えていることに気づく。

 

実力差は明確だ。アイズなら余裕で彼女の首を落とせる。そのはずなのに、身体が震えている。

 

灰色の髪色をアイズは思い出してしまった。才能の化物と評される女性と、目の前にいる少女は似ていた。

 

雰囲気、容姿、佇まい。アイズのことを赤子のように捻った女性の名前はアルフィア。

 

アイズは大きく目を見開いた。そして理解する。彼女は『悪女』だと、『魔女』に間違いはないと。

 

だからといって何が出来るわけでもない。黒髪の少年は白髪の女を大切に思っている。あの時に聞いた言葉は一語一句覚えている。

 

彼女を傷つけて、彼に嫌われるのが一番嫌だ。アイズは嫌な想像をして、手を震わせる。

 

だがこの場所にいれば、アイズは黒い炎を燃やして暴れてしまうかもしれない。だからアイズは表情を歪めて、ラグナに近づく。

 

「──ラグナ、待っててね」

 

「え……?」

 

 最後に一言だけ、そんな言葉を残して彼女は外を飛び出していった。ベルは勝ち誇ったように笑みを浮かべて、彼女の背を見送る。

 

ラグナは最後まで理解不能な彼女の言動に、立ち尽くして困惑していた。

 

 

⬛︎

 

 ダンジョンに妙な音が響き渡っていた。怪物の肉と骨が断つ音、魔石がぐちゃぐちゃに潰れる音。その全てが雑音となり、白髪の少女の耳朶に染みつく。

 

その【魔法】の威力を空色の瞳は観察していた。【魔法】と【スキル】には個人の才能、経験、思考、心象。全てが反映する。

 

何故アルフィアの魔法を彼女が使えるのか。リューは未だに理解できていない。それは超越存在ぐらいしか分からない領域なのだろう。

 

ベルの魔法は強力だ。威力、速度、射程、何より詠唱が短い。確かに魔力の制御は必要だが、それでも一言(ワンワード)で終わる。

 

近距離戦に持ち込まれても問題はない。音の魔法は近距離、中距離、遠距離の概念を潰す。

 

今のベルに足りていないのは何か。リューは頭を回転させて考える。

 

「質問なのですが、魔法の空き欄(スロット)はいくつでしょうか」

 

「あと二つです、かね?」

 

「……ありがとうございます」

 

 リューは静かに瞠目する。魔法種族のエルフならともかく。ヒューマンの彼女が魔法の空き欄を最大の三つ所持している。

 

やはり彼女は魔導士としての才能がある。これから他の魔法を得る可能性があるなら、魔力と精神力の強化を行う必要がある。

 

他にも高速詠唱、並行詠唱、詠唱保持などの技術はあるが。今の彼女には必要はない。

 

「ではまず、限界まで魔法を打ってもらいます」

 

「……え?」

 

 リューは単刀直入に話す。ベルの魔法の威力を高めるためにも、何発も連続して放てるようになるためにも。

 

魔力と精神力の強化は必須。そう話すとベルも納得したように頷いた。そこからはベルが何度も怪物に向けて魔法を連続発射する。

 

怪物は爆散して、魔石すらも残さない。怪物を見つけたら、すぐに魔法を放つ。それを繰り返すだけで、体力と精神力は簡単に減っていく。

 

ベルは額から汗を垂れ流し、今にも倒れそうなほど足元を不安定にさせる。

 

精神枯渇(マインドダウン)になると。意識は朦朧として、痛みすら感じるほどに身体が怠くなる。

 

リューは大鞄から取り出した魔力回復薬を渡した。精神力を回復させる薬によってベルは少し落ち着きを取り戻す。

 

「ではもう一度」

 

 リューの澄んだ声がベルの耳に入る。ベルは悟った、このエルフは鬼だと。何度も繰り返して魔法を放っていくと、徐々に精神枯渇にも慣れてくる。

 

冷静に魔力回復薬を飲んで修行を続けられている。そんな姿を見てリューは感心した。

 

魔導士にとって精神枯渇とは日常茶飯事だ。そんな時にも冷静に対処できる能力は必要なのだが、目の前の少女は全く問題ないように思えた。

 

「ベル、魔力向上訓練は終わりです」

 

「……もう、限界です」

 

「はい、あとは私が運びましょう」

 

 リューは倒れそうなベルを背負って、地上を目指す。ベルは霞む視界の中で、一言だけ呟いた。『エルフ…怖い』と。

 

⬛︎

 

 空は朱に染まり、白髪の少女の髪を眩く輝せる。リューと訓練が終わり、体力を回復させたベルはホームに向かっていた。

 

普段は一人で帰宅などできなかったが。恩恵の力で身体は昔とは違う。ホームに帰るぐらいなら、ベルでも出来るようになった。

 

発作も最近は起きていない。視界が揺らぐことは多数あるが、それも我慢できるレベルだった。

 

ベルはメインストリートに人が多く行き交っているのを確認して、路地裏に入る。この奥を突き進むと、教会がポツンと建っている。

 

なんで、あんなところに建てられているのかベルは疑問に思った。しばらく歩みを進めていると、足音が聞こえてくる。

 

恩恵の力で五感も強化されているため、はっきりとわかる。遠くから男の怒号も耳に入る。ベルは気になって、奥に進む。

 

すると運悪く、走ってきた少女と鉢合わせた。栗色の瞳と深紅の瞳が合い、そのままぶつかり転がる。

 

「いたた……」

 

「ぅあ」

 

 ベルは尻餅をついて、少女は怯えたように身を萎縮させる。そのすぐ後に怒号を放っていた男が近づいてきた。

 

男は抜剣しており、瞳には殺意が渦巻く。容貌はいかにも冒険者らしく野蛮。その剣をパルゥムの少女に向ける。

 

パルゥムの少女は小さな悲鳴をあげて、ベルの後ろに下がった。男はようやく白髪の少女に気づく。

 

「さっさと、どけガキ!俺は後ろのパルゥムに用があるんだ!」

 

「……はあ」

 

 ベルは男の声に面倒くさそうに溜息を吐く。男は一気に苛立ちを覚え、少女の容姿を舐め回すように見た。

 

雪のような白髪は穢れを知らず。宝石のような瞳は見ているだけで、欲しいと思わせてくる。身体は細いが、十分に女らしい。

 

男は下衆な笑みを浮かべて、少女に近づく。その瞳には既に女しか映っていなかった。ベルは冷たい瞳で、一言呟くように発声した。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「がっ?がああああああ!!」

 

 路地の壁に激突する男。死んではいないだろが、死んでいたとしても問題はない。初めて【魔法】を人に放ったが、手加減してもこれだ。

 

ベルは立ち上がって、砂を払う。そして少女と目を合わせた。パルゥムの少女は栗色の瞳を潤ませて、また悲鳴をあげる。

 

強力な【魔法】を見せたせいで、怯えているらしい。ベルは少女の手を取って立ち上がらせる。

 

「……何があったの?」

 

「い、いえ……何もありません!それより助けてくれてありがとうございます!」

 

 ベルの質問にパルゥムの少女は取り繕うように笑う。それほど恐れられるとは思わずベルは、少しだけ表情を悲しそうに歪ませた。

 

それをどう感じたのかパルゥムの少女は冷や汗を掻いて、更に少女のことを警戒する。

 

一目見て冒険者だとは分からないほどの軽装。身を守っているのは戦闘衣(バトルクロス)だけ。武器も杖も持っていない白髪の少女は、一般人と変わらない。

 

しかし先程見せた【魔法】。一瞬だけ感じた魔力の力、儚い雪のような魔力は一瞬で魔法を完成させた。

 

短文詠唱だとしても早すぎる。威力も凄まじく、速度も見えないほど。この少女からは一級冒険者にも負けない圧を感じた。

 

本当は今すぐ逃げ出したい。でも彼女が魔法を放てば、パルゥムの少女は死んでしまうかもしれない。

 

「怪我は?」

 

「ありません、冒険者様のおかげです!」

 

「……ベル。あなたの名前は?」

 

「ルル、ルルって言います!」

 

 ベルは少女のことを観察して、考える。あの男は間違いなく冒険者だ。その冒険者の所属している【ファミリア】から報復が来る可能性がある。

 

それはラグナとヘスティアに迷惑を掛けるかもしれない。少女ならば、あの男の契約している神を知っているかもしれない。

 

「あの男の所属しているファミリアは?」

 

「……【ソーマ・ファミリア】です」

 

「そっか、ありがとうルル」

 

 ベルは所属している【ファミリア】を聞いて、路地裏の奥に進む。パルゥムの少女はようやく解放されたと、走って路地裏から抜け出した。

 

⬛︎

 

 教会のホーム。ベッドには白髪の少女が背中を天井に向けて、目を瞑っている。その細く白い背中に一滴の血が垂れる。

 

ヘスティアは一度もしていなかった『ステイタス』更新を、ようやく行っていた。時間の都合、巻き込まれた事件などにより全く時間を取れていなかった。

 

ヘスティアは後悔しながら『経験値』を恩恵に反映させていく。そしてヘスティアは一つの『スキル』が発現できることに気づいた。

 

ヘスティアは迷いなく【スキル】の発現を選ぶ。そして神聖文字の羅列を見て、瞠目する。

 

 

『ベル・クラネル』

Lv1

力 I0→I6

耐久I0→I4

器用I0→I95

敏捷I0→I9

魔力I0→I145

『魔法』 【サタナス・ヴェーリオン】

     ・詠唱式『福音(ゴスペル)

     ・超短文詠唱

     ・音属性

     ・単射魔法

『スキル』【運命廻継(アルメー)

     ・病弱付与。

     ・身体能力低下。

     ・耐久力低下。

     ・魔力に高補正

     ・精神力高補正。

     【英雄一途(リアリスフレーゼ)

     ・能動的行動時、蓄積(チャージ)実行権。

     ・魔導の一時的発現。

     ・覇光の一時的発現。

     ・想いの丈により効果上昇。

 

「──へ?」

 

 

 

 




更新遅くなってごめんなさい!


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二十三話 魔導書

 

 

 白髪の少女は街を歩きながら、昨夜ヘスティアと話していた内容を思い出す。

 

新しく発現した【英雄一途】という【スキル】は、分かりやすい能力上昇などではない。簡単にいえば必殺の力とヘスティアは話していた。

 

まだ不明な部分は多くあるが、間違いなく強力なのはわかる。もしかしたら『代償』なんてものもあるのかもしれない。

 

なので不用意に使うことは避けるようにヘスティアからは注意された。その忠告に不満はない。今のベルは【魔法】だけで十分戦えている。

 

一応使い方を知るために、今日もリューと共に修行する予定だったのだが。彼女の働いている豊穣の女主人の店主に怒られたらしく、ベルの修行は後日ということになった。

 

少し残念そうで、少し安堵を感じた。今日はひとまずダンジョンに向かおうと噴水広場に向かっていた。

 

雲を突き抜ける神塔が近くにあり、何度見ても目を奪われてしまうほどに壮大だ。ベルはダンジョンに向かう冒険者を見て、思わず口を開いた。

 

「人、多いな……」

 

 やはり迷宮都市は異常なくらい人が集まる。名声欲しさか、それとも一括千金を狙ってか、はたまた迷宮の魔力に惹かれてなのかは分からないが。

 

故郷ではずっと祖父と少年と共に過ごしていたため、慣れない人の集団に圧倒される。ダンジョンに向かおうと思ったが、一人でダンジョンに潜るのは危険だ。

 

ベルのように病気を持っている人間が、一人でダンジョンに潜るのは自殺しに行くようなものだろう。

 

だからといって、今日は探索を休むことは出来ない。一刻も早く強くなる必要があるからだ。ならどうするか、ベルは周りの冒険者を見渡した。

 

どれもパーティを組んでダンジョンに向かっている人間ばかりだ。一人でダンジョンに潜る冒険者なんて、そうそういるわけがなかった。

 

パーティに入れてもらうことも考えたが、報酬の分配など面倒くさいことになりそうだ。

 

今日は諦めようと考えて踵を返そうとした時。ベルは一人の少女を見て、立ち止まる。

 

「あの子は……?」

 

 フードを深く被って背丈に似合わない大鞄を背負っている少女。昨日出会った少女と同じ背丈をした少女にベルは近づいた。

 

少女がベルに気づくと一気に身体が凍ったように動かなくなった。まるで肉食動物に睨まれた、草食動物のようだ。

 

「昨日、路地裏で逃げていた子?」

 

「ひ、人違いだと思います」

 

「でも、背丈とか髪と目の色も同じだったような……」

 

 ベルは記憶力には自信があった。英雄譚などの好きな本の内容は全て覚えているほどだ。

 

だが少女はゆっくりとフードを外して、可愛らしい猫耳を露わにした。ベルはそれを見て、目を見開いた。

 

「ごめんなさい、本当に人違いだったみたい」

 

「い、いえ。気にしないでください」

 

 少女は額に汗を流しながら、取り繕った笑顔を見せる。ベルは疑問を心の奥底に残しながら、少女の格好について気になった。

 

武器を持っているわけでもなく、背中に大きな大鞄を背負っているだけ。冒険者ではない、後衛職だろうか。

 

ベルの観察するような視線に少女は、苦笑いをしながら口を開く。

 

「サポーターを見るのは初めてなんですか?」

 

「サポーター……?」

 

「はい、魔石を拾ったりするだけで地味な仕事ですけど」

 

「そんなことないよ、大事な仕事だと思う」

 

 戦う際に魔石を拾ったり、戦利品を取るのは大変だ。戦いに集中できるのは大きい利点だろう。

 

それに回復薬、武具などの重量のあるアイテムを持ってくれる。それだけで武器が壊れた場合でも、すぐに対応できる。

 

冒険をする上で重要な役目だとベルは思った。

 

「僕の名前はベル・クラネル。君の名前は?」

 

「……リリ、リリルカ・アーデです」

 

「リリ、実は一緒にダンジョン潜ってくれる人探してたんだけど……」

 

 ベルはリリの栗色の瞳と目を合わせて話す。リリは苦笑いを浮かべて、冷や汗を背中に流す。

 

「パーティ組まない?」

 

 リリは重い岩を動かすようにゆっくりと頷いた。それにベルは笑みを浮かべて、パーティを結成した。

 

⬛︎

 

 怪物の咆哮が鼓膜に響く。ダンジョン5階層の敵は何も考えずに、冒険者に襲い掛かる。『コボルト』という人狼の怪物は、鋭い爪と牙を武器にした怪物だ。

 

速度も上層の中では速く、新人冒険者が殺されることも珍しくない。そんな怪物は白髪の少女に向かっていく。

 

涎を垂らし、牙を剥き出しにして少女の喉笛を喰おうと疾走する。それに対して少女は一言だけで、勝負を決める。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 腕を突き出して、狙いを定めることはしない。向かってくる怪物全てを砕くための全体を狙った魔法。

 

轟音が鳴り、怪物は一瞬で消滅する。たった一言で戦闘が終わったことに栗色の少女リリは、恐れるしかない。

 

「制御難しいね、やっぱり狙い定めないと難しいかな」

 

 白髪の少女は灰になった怪物を見て呟いた。『福音(ゴスペル)』を全体に当てようとすると、とんでもない集中力と魔力の制御が必要になる。

 

それに加えて威力は分散してしまうため、あまり使えそうにはない。でもこれから先で怪物に囲まれてしまった場合などは使えるかもしれない。

 

「……ベル様、拾い終わりました」

 

「あ、リリ。ありがとう」

 

「い、いえ。これがリリの仕事ですから!」

 

 白髪の少女は化物と呼ぶに相応しいとリリは思った。彼女は冒険者になったばかりの新人冒険者だという。

 

それに加えて彼女が倒した怪物は戦利品をよく落とす。才能にも運にも恵まれている少女に嫉妬してしまう。

 

こういう人間が第一級冒険者という領域に辿り着くのだろう。リリは前に進む少女を見て気持ちを切り替える。

 

「ああ、でも羨ましいなぁ」

 

 リリが呟いた声は怪物の咆哮と轟音によって掻き消される。リリは常人じゃ持つことの出来ない重さの大鞄を背負い直して駆け抜けた。

 

⬛︎

 

「……20000ヴァリス」

 

 栗色の少女は小さく呟いた。一回の探索で10000ヴァリスを超えることは珍しい。というか上層を潜っていても、そこまで稼げる冒険者はいないだろう。

 

しかも今回は前衛のいない、魔導士だけでこの金額だ。合間に魔力回復薬を飲んではいたが、それでも少女の精神力の総量には驚くほかない。

 

白髪の少女は半分に分けた10000ヴァリスをリリに手渡した。ずっしりと重さを感じる小袋にリリは目を剥く。

 

「こ、こんなに頂けるんですか?」

 

「うん、リリには頑張ってもらったから。それに同じパーティでしょ?」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 リリは白髪の少女に渡されたお金を大事に握って感謝を伝える。普通の冒険者なら荷物持ちに半分なんて渡さない。

 

それに彼女は魔導士だ。精神力を消費して、消耗も激しい。なおさらお金の分配は間違っている。

 

でも少女はそれを当たり前だと思っている。冒険者の汚い部分が全くない。ここまで純粋な人間は見たことがなかった。

 

「明日も一緒にダンジョン潜れるかな?」

 

「……リリで良ければ、また明日もお願いします」

 

「じゃあ、また噴水広場で」

 

 リリはサポーターの自分をパーティメンバーと認めてくれる少女に、嬉しさを感じてしまった。

 

こんな自分でも認めてもらえた。無能だと、雑魚だと蔑まれてきた自分が。こんなに強い少女に仲間だと思ってもらえた。それだけでリリは自尊心が満たされてしまった。

 

少女はギルドから出て、白髪の髪を朱色に染める。それを見てリリも歩みを進めた。

 

⬛︎

 

 

「いいですか?くれぐれも無理をしないように!」

 

 銀髪の少女からの注意に俺は何度も頷いた。【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。早くも二度もお世話になった彼女に、俺は軽く頭を下げて口を開いた。

 

「アミッドさん、ありがとうございました!」

 

 少女に感謝を告げる。命が助かったのも腕が治ったのも全て彼女のおかげだ。しかも事情を汲んで、早く退院出来るようにしてくれた。

 

何度頭を下げても足りない恩がアミッドさんにはある。俺は治療院から出て街を歩く。ちなみに治療院の料金は全て【ガネーシャ・ファミリア】が立て替えてくれた。

 

竜を逃した失態、それを討伐した俺にお詫びと感謝を伝えてくれた。神に謝られるのは、とても居心地が悪くすぐに頭を上げてもらった。

 

『何かあったら、俺を頼るといい。このガネーシャにな!』

 

と言っていた。病室で騒がしくしてアミッドさんに怒られていた姿は記憶に新しい。そんな善神の姿はとても微笑ましかった。

 

俺はとりあえず教会に帰ろうと思い足を進める。人が多く行き交う中、俺は一人の少女を見つけてしまった。

 

「げっ」

 

 俺は薄鈍色の少女を見つけ、表情を歪める。少女は俺に気づいて元気よく手を振ってくる。

 

ここで逃げたりすると報復が怖い。俺は重い足に鞭を打って、豊穣の女主人の前に来た。

 

「ラグナさん、退院したんですね!」

 

「はい、ついさっきですけど……」

 

「『竜』を倒した、新人冒険者がいるって酒場の皆さんも騒いでましたよ。英雄の再誕だって」

 

「……英雄の再誕?」

 

 俺はその言葉を聞いて頭を傾げた。そういえば今日ダイダロス通りの人達は、家の中に隠れていたんだった。

 

おそらく俺が戦っている姿を見ていたのだろう。情けなく、腕を失って戦う俺の姿を見て、英雄なんて思うのだろうか不思議に思う。

 

「英雄なんて烏滸がましいですよ……」

 

「でも、あんな姿を見たら。みんなラグナさんのファンになっちゃいますよ」

 

 シルさんは近づいて囁くように話す。俺はすぐさま距離を離す。あからさまに警戒されていることに気づいたシルさんは頬を膨らませた。

 

警戒されるのも無理はないと思うが。『竜』を脱走させて、さらに病室に侵入してきて、魅了まで使おうとしてきた。

 

それだけのことをされて、警戒しない人間はいないだろう。だがシルさんは諦めずに、距離を詰めてきた。

 

「ラグナさん。今日はお暇ですか?」

 

「いや、特に予定はありませんけど……」

 

「じゃあ、デートしましょう!」

 

「──はい!?」

 

 思わず大声が出る。なんでデートなんてしなきゃいけない。そう言おうと口を開こうとしたら、どこからか殺気が突き刺さる。

 

この少女の護衛だろう。もちろん、その冒険者は【フレイヤ・ファミリア】の団員。この場で少女の提案を断ったら、俺の首はすぐさま落ちる。

 

俺は全身から汗が吹き出るのを感じながら、仕方ないと了承することにした。

 

「……わかり、ました」

 

「じゃあ、行きましょう!」

 

 太陽のような明るい笑みを浮かべる少女に、俺は心の中でため息を吐きながら、彼女の手に引かれて先を進む。

 

都市は相変わらず賑わっている。世界の中心と呼ばれている場所だから当たり前なのだろうが、まだまだこの光景に慣れそうになかった。

 

彼女がどこに向かっているのか見当も付かないまま、10分ほどが経過した。見えてきたのは、お城だった。

 

いくらお金が掛かっているのか分からないほどの、大屋敷。【ロキ・ファミリア】の本拠地も見たことはあるが、それを凌駕するほどの高級感。

 

戦いの野(フォールグヴァング)!?」

 

「正解です!さあ入ってください」

 

 シルさんが近づくと城門が音を立てて開く。その門を開いている門番の男二人は俺を鋭く睨み付けて顔を逸らす。

 

シルさんと仲良くしている俺が気に入らないらしい。シルさんは笑顔を崩さないで先に進んでいく。

 

長い廊下を歩いて、一つの部屋に到着する。中は図書館のような設計になっていて、本の宝庫がそこにはあった。

 

近くにある椅子にシルさんは座り、俺も隣の椅子に腰をかける。

 

「ごめんなさい、みんなピリピリしてるんです。次の遠征の準備で」

 

「……次の遠征?」

 

「はい、最近はダンジョン探索をしていなかったんですけど。ようやく再開することになったんです」

 

 シルさんの話に俺は目を剥いた。俺の目標の秘薬の入手、そして最下層の攻略を先に進める。病室でフレイヤが言っていたことを早くも実践しようとしていたらしい。

 

でも正直に言って難しいと俺は思う。オラリオの全盛期。レベル7が両手で数えれるほどいた時代で、頂点に君臨していたゼウスとヘラでも70階層以降を超えることは出来なかった。

 

今の【フレイヤ・ファミリア】はどこまで辿り着けるのか全く分からない。というかそれよりも、俺をなんでこの場所に呼んだのか。

 

「あ、ラグナさんを連れてきた理由は差し上げたい物があったんです」

 

 シルさんの近くに侍女が近づいて一冊の本を手渡す。その本の色は塗りつぶしたような黒色をしていた。

 

おそらく『魔道書(グリモア)』と呼ばれるもの。強制的に魔法を発現させる、希少魔道具。

 

その価値は3千万ヴァリス、もしくはそれ以上。冒険者にとって『魔法』とは武器であり、命綱でもあり成り上がるための技だ。

 

それを発現できる魔道具は当然高価だ。そもそもお金を払っても手に入れられない。

 

「ラグナさん、これどうぞ」

 

「……受け取れない。借りなんて作ったら、何で返ってくるか分からないからな」

 

「えー。善意なのに……」

 

 シルさんは頬に人差し指を当てて、あざとく頬を膨らませる。それを俺は冷めた瞳で見ていた。

 

確かに【魔法】は欲しい。でもメリットとデメリットが吊り合っていない。彼女に借りを作るぐらいなら魔法なんていらない。

 

「なら、私のことシルって呼び捨てにしてください。それでお渡しします」

 

 その簡単な要求に俺は目を剥いた。この少女は本当に何を考えているのか読めない。彼女は俺に何を求めているのだろう。

 

だが彼女を呼び捨てにするだけで魔導書が貰える。迷うことはないのだろうが、裏があるような気がして不安だ。

 

「……シル」

 

「はい。じゃあ受け取ってください」

 

「……ありがとう」

 

 魔導書を受け取って、俺はお礼を言う。だがこのまま帰っていいものか不安になる。

 

遠くから半端ない眼力で睨んでくる侍女とか、遠くからシルを護衛しているだろう冒険者の殺気とか。

 

今にも暗殺されそうな状況に俺は震える。

 

「大丈夫ですよ、暗殺なんてないです。……多分」

 

「多分!?」

 

 俺は目を剥いて絶叫する。シルはえへへと笑っているが、可愛さで誤魔化そうとしても無駄だ。

 

「……とりあえず、外出るまでは一緒に行きましょうか」

 

「お願いします……」

 

 俺は殺意に怯えながら『戦いの野』から脱出した。改めて【フレイヤ・ファミリア】は最凶だと再認識した。

 

⬛︎

 

 教会の本拠。地獄は昼過ぎ、ヘスティア様はバイト。ベルはダンジョン探索に行っているようだ。

 

お見舞いに来てくれた時に言っていたが、サポーターを雇ってダンジョンに潜っているらしい。そのサポーターの名前はリリルカ・アーデ。

 

物語(ストーリー)でも重要な人物だ。運命なのか、それとも原作の強制力のような何かが働いているのか分からないが。

 

ベルとリリは出会った。爺さんが話していたことだがダンまちの世界と、俺が今生きている世界は違う。

 

いわゆる並行世界というやつだと爺さんは言っていた。この世界とダンまちの世界では、物語の流れが変わる可能性が高い。

 

そんな中でベルとリリが出会ったことは、本当に運命と呼ぶしかない。ベルには何か不思議な力が働いている。

 

俺はソファに横になりながら思考を回す。

 

「魔導書、俺が使うか……?」

 

 シルから貰った魔導書。漆黒の表紙は禍々しさすら感じる。ベルは魔導士で空き欄も残り二つある。

 

俺じゃなくてベルに使ってもいいと思うが。この魔導書は二つ目の魔法が発現する可能性が確実ではないのだ。

 

そのためベルが使って不発に終わることもある。それをするぐらいなら、俺が使った方がいいのかもしれない。恐る恐る本を捲る。

 

「……『魔王への道』?」

 

 目次に書かれている文字に俺は不思議も目を奪われる。次の頁を捲ると、魔法の説明が書かれていた。

 

『魔法には多種多様の種類がある。有名なのは攻撃魔法だろう。詠唱を紡ぎ、敵を倒す一般的な魔法。次に回復魔法。肉体の傷、または毒などの状態異常を治すものまで幅広い』

 

『その種類は己の心で定まる。苦痛、憧憬、想像、夢想、決意、誓い。それら全てが魔法に注がれる』

 

いつの間にか視界は真っ白に染まっていた。それは雪のようでもあり、灰のようでもある。

 

目の前に突如、人が生まれる。黒髪の男は静かに口を開き、笑った。

 

「じゃあ、始めよう」

 

 脳に直接話しかけてくるような感覚を覚える。そしてすぐに何かが始まった。

 

「俺にとって魔法って?」

 

 武器。敵を倒すための武器。破壊的で、幻想的で、絶望すら感じるような武器。

 

「俺にとって魔法ってなに?」

 

 力だ。決意を貫き通すための力。何もない俺を勝たせる最強の力。

 

「お前にとって、魔法ってどんなもの?」

 

 どんなものかと言われたら雷。圧倒的で誰も触れられない、破滅の雷。大気を揺るがし、天を駆ける豪雷。爺さんの雷が俺は欲しい。

 

「魔法で何をしたい?」

 

 救う。あの白髪の少女を救い、黒竜を倒して、古代から続いた戦いに終止符を打つ。英雄(ベル)の代わりになりたい。

 

「本当は無理だって、思ってるのに?」

 

 どれだけ無理難題でも、俺はやる。やらなきゃいけないんだ。

 

「それで死んでも?」

 

 死にたくない。それでも精一杯足掻いて、全力で駆け抜ける。どれだけ惨めでも、情けない姿を晒しても。

 

「カッコ悪いな」

 

『でも、それが俺だ』

 

 その瞬間。顔に冷や水が掛けられたような感覚に陥って、目を覚ます。本は全てが白紙になっている。

 

俺は不思議な魔導書の感覚に、気持ち悪さを感じた。これで本当に魔法が得られたのだろうか。

 

時刻は夕方。そろそろベルとヘスティア様が帰ってくる頃合いだ。俺は魔導書をゴミ箱に捨てて、二人の帰りを待った。

 

 

 




遅くなってすいません!


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二十四話 魔法発現

 

 

 少年の筋肉質な背中に、ヘスティアは血を垂らす。時刻は夕方を過ぎて、空は暗闇に包まれている。白髪の少女もダンジョンから帰宅して、久しぶりに【ファミリア】全員が揃った。

 

食事を済ませ、ようやく『ステイタス』更新が始まった。一週間ほどやっていなかったため、間違いなく経験値は貯まっていることだろう。

 

【ロキ・ファミリア】の幹部の訓練。ダンジョンの探索。そして竜の討伐。それに加えて彼は新人だ、その分経験値も跳ね上がる。

 

背中から神聖文字が浮かび上がる。その羅列は長い年月勉強して、ようやく理解出来るほど難解な文字だ。

 

「……は?」

 

 その羅列には魔法発現可能と書かれている。更に『スキル』まで発現出来そうだった。

 

ヘスティアは瞠目する。『魔法』と『スキル』の獲得には、経験値による影響が大半だ。彼は新人冒険者では耐えられない修羅場を戦った。その戦いで得られた上質な経験値が、彼の魔法とスキルの発現に影響したのだろう。

 

ヘスティアは経験値を恩恵に反映させて、発現した魔法とスキルを確認する。

 

『ラグナ』

Lv1

力 I46→G223

耐久I8→E436

器用I25→G278

敏捷I30→H193

魔力I0→I0

『魔法』 【ケラノウス】

     ・詠唱式『白い雪、黒き終焉、終わりの(べる)が鳴る前に。破滅の雷霆、不滅の聖炎、届かない英雄の幻想(かげ)。誓いはここに、終末(おわり)の刻まで駆け抜けろ』

     ・付与魔法。

     ・雷属性。

     ・全能力(アビリティ)を魔法威力に変換。

『スキル』【誓約代償(レギオン)

     ・特殊条件達成時、任意発動。

     ・使用時、魂の摩耗。

     ・全能力の倍補正。

     ・感覚の超強化。

     ・肉体損傷自動回復。

     【終末戦炎(ラグナロク)

     ・戦闘時、獲得経験値増幅。

     ・格上撃破時、獲得経験値大幅上昇。

     ・経験値限界獲得による、能力限界突破。

 

 ヘスティアは何から考えればいいのか分からなくなった。まず熟練度の大幅上昇。たった一週間の冒険で、ここまで能力が向上する冒険者はいない。

 

もちろん経験値を限界まで貯めれば出来なくもない。でもそんなことをする神はいないだろう。冒険者になって日が浅い彼だから出来た芸当だ。

 

次に『魔法』はヘスティアもよく知っている神の雷霆だ。彼はゼウスと関わりがあったのだろうか。一気に流れ込んでくる情報量にヘスティアは混乱しそうだった。

 

しかも【終末戦火】というスキル。経験値の増幅という効果は聞いたことがない。間違いなく『レアスキル』と呼ばれるものに違いない。

 

どれだけ能力が向上するのか、ヘスティアには予測ができない。そして経験値を限界まで貯めると、能力の限界突破という文字。

 

ヘスティアは理解するのを諦めた。静かに羊皮紙に共通語でステイタスを書いて少年に渡した。

 

「経験値増幅……!」

 

 少年は能力値の向上には目もくれず。『スキル』に喜びを感じたようだ。それもそうだろう。彼の目標の最下層到達には、第一級冒険者以上の強さが必須になる。

 

都市最大派閥でも成し遂げれない領域に到達するためには、【ランクアップ】をして器を強化しないといけない。この【スキル】は間違いなく、そのための武器になる。

 

ヘスティアは複雑な気持ちに包まれる。彼が強くなるということは、敵も相応に強大となる。これから何度も死にかけるのだろう。

 

ヘスティアは彼の歩みを止めることはできない。少女のために命を賭けて戦う少年は正に英雄のようだった。

 

夢中で自身の【ステイタス】を眺める少年を慈愛の瞳で見つめる。初めて見た子供らしい表情に、ヘスティアは自然と笑顔を浮かべていた。

 

そんな神のことを白髪の少女は、深紅の瞳で見ていた。

 

 

⬛︎

 

 

 俺は寝静まった二人を見て、ゆっくりと階段を登って外に出た。空は暗黒に包まれ、星の輝きが際立って見える。幻想的な光に目を一瞬奪われるが、すぐに気を取り直して歩みを進める。

 

俺がダンジョンに行く時に通っている道は酒場などが多く並んでいて、冒険者達が毎晩のように騒いでいる。

 

その中には豊穣の女主人もある。ここは神も利用する人気店なので、遠くからでも賑わいが伝わってくるほどだ。料理も美味しい、酒も美味しい、店員も美人と評判だ。

 

俺はダンジョンに向かいながら、今日の【ステイタス】のことを考える。まず魔法の発現。魔導書の効果で手に入れた、魔法は付与魔法というよくある種類の魔法だった。

 

属性は雷。名前は【ケラノウス】。間違いなくゼウスに影響されている。少し気恥ずかしい感じもするが、問題は威力だろう。

 

冒険者の中で付与魔法はそこまで強くないとされている。魔法の強みといえば遠距離からの砲撃だ。ベルの魔法がいい例だろう。

 

相手の攻撃が届かない距離からの絶大な魔法は厄介極まりない。だが付与魔法は武器、または身体に纏わせるような形になる。つまり己の身体能力、技術などに大きく影響される。

 

アイズさんのような付与魔法は期待できないだろう。

 

俺はダンジョンに到着して少し息を吐いた。とりあえず一階層に入ろうと足を進めた。

 

「……着いた。怪物は……いないな」

 

 攻撃魔法というわけでもないから、問題はないだろう。俺はゆっくりと深呼吸して、詠唱文を思い出す。

 

「えーと……【白い雪、黒き終焉、終わりの鐘が鳴る前に】」

 

 初めて感じる魔力。それを一点に集束させるイメージ。詠唱を紡いでいると、戦いながら詠唱するなんて本当に出来るのか疑問に思ってしまう。

 

今の俺には並行詠唱、高速詠唱などの技術は不可能だろう。漆黒の魔力が左手に集まり、更に詠唱を進める。

 

「【破滅の雷霆、不滅の聖火、届かない英雄の幻想(かげ)】」

 

 膨れ上がる魔力。制御の難しさに目を剥きながら更に集中を深めていく。

 

「【誓いはここに。終末(おわり)の刻まで駆け抜けろ】」

 

 魔法の完成。たどたどしい詠唱は終わり、あとは魔法名を発声するだけで完成する。その魔力に吊られたのか、怪物が近づいてくる。

 

「【ケラノウス】」

 

 身体の奥底から爆発したような雷鳴が轟いた。己の身体ごと破壊する威力に、脳が警鐘を鳴らす。

 

「───ぁぁぁぁ!?」

 

 目がちかちかと雷で点滅する。痛哭で喉が軋んで、今にも倒れそうだ。急いで魔法を解除しても、身体中が感電で動けない。

 

自分すら破壊する威力に、俺はすぐに膝を突いて倒れた。徐々に失われていく意識の中、薄紅色の髪をした少女が見えた気がした。

 

⬛︎

 

 ヘイズ・ベルベットは【フレイヤ・ファミリア】の治療師だ。都市最高と謳われる【戦場の聖女】には敵わないが、彼女の次くらいには回復魔法の自信がある。

 

二日前。ヘイズの敬愛してやまない、女神が遠征再開を宣言した。その目標階層は最高到達層を10層も上回る階層。70階層だった。

 

最下層と呼ばれる領域は熟練の戦士達が多くいる【フレイヤ・ファミリア】でも辿り着けるか怪しい。

 

異常事態が起きることなんて日常茶飯事。回復薬も尽きれば、武器だって消耗する。それにギルドが情報を公開していないのも大きな理由だ。

 

そのため【フレイヤ・ファミリア】の団員達は忙しなく準備を進めていた。もちろんヘイズも準備をしていた最中に女神に呼び出された。

 

戦いの野の神室。なかなか本拠に訪れることのない女神からの呼び出しに浮き足が立っていたが、その話の内容を聞いて目を丸くする。

 

「あの子のこと、見張ってくれないかしら?」

 

「あの子とは……ラグナのことでしょうか?」

 

 ラグナという少年の話はヘイズも知っている。女神が脱走させた竜を討伐した冒険者。新人冒険者が竜を討伐したという情報は都市中に広がっている。

 

その少年のことを女神が気に入っていることも団員達は知っている。今日は娘の姿で少年を連れて楽しそうだった。

 

神々が言うお家デートという物だろう。それを見た団員達が怒り殺意から、原野の戦いが苛烈になっていたが。

 

「ええ、もちろん他の子に頼んでもいいのだけれど。あの子を傷つけてしまいそうだから」

 

「……了解しました」

 

 女神の言葉にヘイズは頷き、その命令を受けた。他の団員が見張りなんて出来るわけがない。

 

殺気で監視されていると気づかれるだろう。だからこそヘイズがその役目に選ばれた。

 

その命令を受けた数十分後には、外を出て監視を開始していた。

 

⬛︎

 

 

「英雄候補かぁ……」

 

 ヘイズは教会から数十M離れた家の屋根から監視していた。ヘイズは昼の出来事を思い出す。

 

娘の姿で満面の笑みを浮かべる姿を。今まで見たことのない宝石の笑顔。そんな表情を引き出したのは、都市に来たばかりの少年だった。

 

彼に夢中になる理由もわかる。新人冒険者で竜を倒すなんて、英雄譚のお話のようだった。

 

でも嫉妬心は消えない。何十年と彼女に身を捧げたヘイズでも女神の、あの笑みは引き出せる自信がない。

 

本当は考えることすら烏滸がましいのだろう。彼女は美の女神、本来であれば近づくことすらできない偉大な神。

 

ヘイズは夜風に当たって溜息を吐く。一度女神のことを考えるの熱くなってしまう。

 

ボロボロの教会を見て、ヘイズは扉が開くのを目視した。

 

「……外に出た?」

 

 教会から出てきたのは黒髪の少年だった。エルフにも劣らない容姿は、幼い子供のように輝いている。

 

『魔法』を手にしたことが嬉しいのだろう。意外にも子供らしい少年に、ヘイズは音を立てずに屋根を走り抜ける。

 

向かっている先はダンジョンだろう。都市で魔法を使うことはできない。追跡すること十分ほどでダンジョンに到着する。

 

そこから地下の螺旋階段を降りていく少年を追って、更にダンジョンの一階層に到着する。

 

そこから彼は周りを確認して、詠唱を開始した。

 

「【白い雪、黒き終焉、終わりの鐘が鳴る前に】」

 

 少年の初めての詠唱はとても下手くそだった。まるで本を読み聞かせているような遅さに、ヘイズは呆気に取られる。

 

漆黒の魔力は禍々しい雰囲気はない。まるで夜空のような輝きを放っている。

 

「【破滅の雷霆、不滅の聖火、届かない英雄の幻想】」

 

「【誓いはここに。終末の刻まで駆け抜けろ】」

 

 少年は感覚を探りながら、魔法を完成させた。女神が夢中になるほどの少年の魔法。ヘイズは期待しながら、その魔法の強さを確認する。

 

「【ケラノウス】」

 

 その瞬間。彼の近くにいた怪物は消し飛んだ。眩い閃光、激しい雷鳴、全てを破壊しようとする雷霆は、少し離れた場所にいたヘイズにまで雷が届く。

 

その鋭く青白い雷霆はヘイズの頬を焦そうとして消滅した。その絶対な威力に瞠目する。

 

少年が音を立てて倒れる。その音を聞いてヘイズは慌てて近寄った。何が起こったのか理解出来ない。

 

少年は気絶していた。少年が使った魔法は恐らくだが、付与魔法だろうとヘイズは考える。

 

外傷はない。精神疲労かと思ったがそれも違う。強力すぎるあまり、身体が耐えきれなかったと考えるのが正解だろう。

 

つまり今のままでは自爆魔法と変わりはない。ヘイズは気絶した少年に手を翳して詠唱を始めた。

 

「【我が名は黄金。不朽を誓いし女神の片腕】」

 

 慣れたようにヘイズは詠唱を紡ぐ。原野にて戦い続ける戦士達を癒した少女の技術。高速詠唱と呼ばれるものは、魔導士と治療師にとって必須の技術だろう。

 

「【焼かれること三度、貫かれること永久に。炎槍の獄、しかして光輝は生まれ死を殺す】」

 

「【(くる)え、祝え、祝え。我が身は黄金。蘇る光のもと、果てなき争乱をここに】」

 

「【ゼオ・グルヴェイグ】」

 

 長文詠唱を感じさせないほど迅速に魔法は完成した。その黄金の光は、少年の内側の損傷を即座に回復させる。

 

ヘイズは一仕事終えたと、汗を掻いていないのにも関わらず拭う仕草をする。そして気絶した少年を見て考える。

 

「……どうしましょうか」

 

 すぐに目を覚ますことはないだろう。ダンジョンに置いていくことは当然しない。本拠前に置いていくことも考えたが、野晒しにしておくのは可哀想だ。

 

ヘイズは仕方ないと溜息を吐いて少年を背負う。その足は地上を向かって歩いていた。

 

⬛︎

 

 

「……ぁ?」

 

 意識がゆっくりと覚醒する。白い天井に知らないベッド、住むために必要な家具が揃っていて、全てどこか高級感を感じる。

 

俺は魔法を使って、そして気絶していたはずだ。誰かが助けてくれたのだろうか。俺は状況を確認していると、扉が突然開いた。

 

薄紅色の長い髪をした少女がそこにはいた。前世の看護師のような格好は、彼女が治療師だと教えてくれる。

 

「あ、起きました?」

 

「いまさっき、起きたんですけど。あの、助けてくれたんですか?」

 

「そうですよ、私の回復魔法であなたを治しました。あ、私の名前はヘイズです、普通の治療師です」

 

 少女は笑顔で話す。ヘイズさんという人の言葉に聞き覚えがあるような、ないような。

 

少し朧気で分からないが、とにかくヘイズさんに助けてもらったのは間違いない。

 

それに自室までは運んで、ベッドに寝かせてくれる女性なんて普通いないだろう。

 

とりあえずお礼して、この場所はどこなのか聞き出そうとする。そうしたら、扉が大きく開く。

 

ヘイズさんは慌てて、俺に覆い被さって姿を隠した。花の香りが自然とする。意味分からず困惑していると、男の怒号が聞こえてきた。

 

「──おい、ヘイズ!さっさと『原野』に戻れ!」

 

「はいはい、行きますから。女性の自室に勝手に入ってくるなんて、モテませんよ?」

 

「うるせえ!お前がいなきゃ回復が回らねぇんだよ。早く来い」

 

 男は苛立ちを隠さないまま、扉を閉めてどこかに消えて行く。俺は背筋から冷や汗が垂れてくる。

 

ヘイズさんは男が行ったのを確認して俺を離した。俺は震えを隠さないまま、少女に問い掛ける。

 

「……もしかして、ここって」

 

戦いの野(フォールグヴァング)、ですね」

 

 ヘイズさんの言葉に俺は思わず白目を剥きそうになった。昨日連れてこられた【フレイヤ・ファミリア】の本拠地。

 

フレイヤに狙われている俺は、団員達から敵意を持たれている。そんな場所に他派閥の人間が侵入していたら。大義名分を掲げて殺してくることは間違いない。

 

「……ま、まずい」

 

 俺は絶望を感じながら静かに呟いた。そんな絶望している俺を見て、ヘイズさんは乾いた笑みを浮かべた。

 

 



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