突然変異緋色のゲヘナ学園生徒 (エヴォルヴ)
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便利屋68社員、赤時ヒドリ君

不定期更新なのでこっちは期待するな。期待するなら君達が書こう!!俺もやったんだからさ!!書くよね?ね?(同調圧力)


 眼光が鋭い少年が、誰もいない夜の食堂で黙々と出された食事を食べ続けていた。給食トレイには、彼が支払った分の目玉焼きとハム、ボウルサラダに山盛りご飯と味噌汁。

 

「美味しいと思うけどなぁ、この料理」

 

 その呟きは、少年が食堂で食事をする度に呟く言葉だ。鷹のように鋭い眼光────というか半分真っ赤な鳥なのだが────を持っているとは思えないほどの穏やかな声だ。

 

「おかわりもあるからね、ヒドリ君」

 

「あ、ありがとうございます、フウカさん。ジュリさん、このケーキ二枚くれます?」

 

「はい、どうぞ!」

 

 毒々しい色をしたケーキだろうが、何であろうが笑みを浮かべて食べ続ける緋色髪の少年────赤時(あかし)ヒドリは、皿を全て空にしてから手を合わせる。

 

「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」

 

「お粗末様でした。本当によく食べるね、ヒドリ君」

 

「気持ちのいい食べっぷりでした。あ、ところでヒドリさん、今日のケーキなんですけど……」

 

「生姜と柚子が入ってましたね。斬新な発想でした」

 

 緋色の翼を揺らしながら料理の感想を述べるヒドリに、給食部の二人は心穏やかに、そして複雑そうに笑みを浮かべた。忙しくて少々雑な料理であっても美味しく食べてくれるいい子なのに、所属している部活が────

 

「便利屋68……大丈夫なの?」

 

「まぁ、そこそこ楽しいですよ」

 

 ヒドリの顔が苦笑一色に染まる。己が所属している部活が、どのような活動をしているのかを理解しているからである。ヒドリもその所属ではあるため、一応各方面から警戒はされているのだ。

 

 しかし、直接的な被害がない分、警戒レベルは低い。ヒドリの温厚さは、血の気の多い者が複数いるキヴォトスでも珍しいのだ。

 

 揉め事に巻き込まれないようにしたり、巻き込まれたとしてもできる限り戦闘を行わなかったり……トリニティの生徒に馬鹿にされても気にせず穏やかに笑っている。

 

 とにかく、そういった点とゲヘナ学園でも珍しい非暴力性がヒドリを、ゲヘナ学園の突然変異個体と呼ばれる由縁となっている。

 

「感情がたくさんあって飽きません」

 

 たくさんの感情、美味しそうで楽しいよ。そう言って笑うヒドリに対して、フウカとジュリは首をかしげた。感情が美味しいとはどういうことなのか、と。

 

「楽しいってことです。色とりどりで────あ、ごめんなさい」

 

 ヒドリが電話を確認すると、電話の相手は己の上司たる少女。フウカとジュリに一言断りを入れて電話を取ると────

 

『ヒドリ、今どこにいる?』

 

「あ、カヨコ先輩。お疲れ様です。ゲヘナの食堂にいますよ」

 

『すぐに事務所に来て。仕事だよ』

 

「あ、はい。分かりました」

 

 電話が切れたのを確認し、ヒドリは次の献立を考えている二人に声をかける。

 

「すみません、仕事が入ったので失礼します」

 

「あ、分かった」

 

「気をつけてくださいね」

 

「はい。じゃあ行ってきます」

 

 大きな緋色の翼を揺らして食堂を後にするヒドリ。鍛えられた脚力によって階段を飛び抜けていき、すぐに屋上へと到着。クラウチングスタートのように助走と加速を乗せ────柵を飛び越えながら翼を広げた。己を覆い尽くすくらい大きな翼は風を掴み、ヒドリを空へと導く。

 

「えーと……事務所は確か……変えたからあっちか」

 

 バッサバッサと効果音が聞こえんばかりに翼を動かすヒドリは、自身が所属する便利屋68の事務所へと飛翔する。キヴォトスでは翼の生えた者も少なくないが、ヒドリのように飛べる者はいない。

 

 空を飛び始めてからものの数分で事務所前まで来た緋色の彼。換気のために開かれていた窓を通り抜けて事務所内へと降り立つ。

 

「あら、予想より早かったわねヒドリ」

 

 事務所に訪れたヒドリを最初に迎えたのは、コートを着た赤髪の少女。便利屋68の社長である陸八魔アルその人だ。ヒドリが便利屋68に所属している理由であり、ヒドリがヒドリであるための支柱の一つである。

 

「こんにちは、社長。仕事、あるんですよね?」

 

「ええ。カイザーPMCからの依頼よ」

 

「えー……」

 

「何か不満でもあった?」

 

「あ、ムツキ先輩こんにちは。……カイザー、結構なヤバい企業ですよ? 甘苦いドロドロした感情の匂いが無くならないですし」

 

 ヒドリの言葉を聞いた便利屋68全員の警戒レベルが一気に上がる。ここにいる四人全員が、ヒドリの秘密を知っている。キヴォトス人とは少々異なる人間であることや、体質、その身が抱える化け物が何者なのかも。

 

 ゆえに、彼の感覚の正確さはキヴォトスの中で一番よく知っていると言っても過言ではない。

 

「あ、あの……ヒドリ君……食べてません、よね?」

 

「食べるなら全身丸ごとですよ。お腹減ってないので食べませんが。美味しくなさそうですし」

 

 ハルカの質問に対してこの発言。無自覚に生物としての違いを見せつけているのだから、質が悪い。

 

「本当に食べてないよね?」

 

「もちろんですよカヨコ先輩。こんな僕でも節操はありますから」

 

 緋色の翼をパタパタ動かしてカラカラ笑う彼の姿に、カヨコは呆れ半分に苦笑した。

 

「キヴォトスは美味しそうなのが少ないですからね。食べてもいい研究者とかいないかな」

 

「質が悪い冗談はやめなさい! ……とにかく、行くわよ。アビドスの砂漠へ!」

 

 社長の号令によって便利屋68が動き出す。メンバーは人間四人鳥一羽。キヴォトスの人々からすればいつものメンバー、知る人が見れば異質な一羽と、それを従える三人だ。

 

「あ、社長。アビドスは580円のラーメン屋さんがありますよ」

 

「あら、いいじゃない。ラーメンは久しぶりに食べるわね」

 

「僕が奢りますよ。是非とも常連になってほし────?」

 

 不意に、ヒドリの言葉が止まる。そして数秒後、緋色の羽や髪がザワザワと蠢き、真っ赤な瞳がギョロギョロと動き始めた。その兆候を、便利屋68は知っていた。知っていたからこそ、驚き、呆れ、頭を抱える。誰が彼を解き放つための祝詞を口にしたのか、と。

 

「聞こえる……聞こえた……でも……? 誰? 誰? 誰? 僕を呼んだ? 誰が僕の原野に招かれた?」

 

 首をかしげたヒドリは、自分で持っている血に染まった紙を取り出して閲覧する。食事は済ませているのだから、食べる必要はない。そう結論付けて。祝詞が書かれた紙を見て、落ち着きを取り戻す。

 

あかしけやなげ緋色の鳥よ。くさはみねはみけをのばせ。

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 百合園セイアという少女は夢を見る。夢、と言っても未来予知の類いなのだが、今回の予知夢は彼女の精神を揺らがせるほどのものだった。

 

 キヴォトスの空が、赤く染まっている。血のように赤く染まった世界で、セイアは一人立ち尽くしている。

 

「何だ……これは……!?」

 

 一人、二人、三人、四人。一人、また一人と啄まれ、飲み込まれ、食い尽くされていく。その中には抵抗した痕跡や、キヴォトスの実力者も含まれていた。

 

 だが、嘲笑うように喰われていく。捕食行動は終わらない。赤い、赤い、空より赤い、緋色の鳥は、その大きな翼を広げて、一人、また一人と食い荒らしていくのだ。セイアの目の前で絶叫することすら叶わず喰われた者がいた。一口だ。一口で喰われていく。

 

「足りない……足りない……足りない……足りない……満たされない……こんなに……こんなに……」

 

 

たくさんの命を食べているのに!! ちっとも満たされない!! 

 

 

 嘆くように、寂しがるように、泣き叫ぶように、緋色の鳥は叫ぶ。つんざくような咆哮はキヴォトス全土に響き渡る。

 

「いない! いない! どこにも! 皆! 皆がいない!」

 

「君は……何だ……?」

 

「どうして! どうして! どうしていない! いなくなった!」

 

 そして、夢はクライマックスを迎える。空より飛来する、謎の存在。■■と呼ばれた、外からやって来た、得体の知れない何かが。本来の世界であれば、彼女がそれを見るのはもう少し先で、ヘイローを破損しかける出来事になるはずだったが……

 

「アルも! ムツキも! ハルカも! カヨコも! フウカも! ジュリも! 皆を! お前が! お前が奪ったのか!? 皆を……返せェエエエエエエエエッッッッ!!!!」

 

 皮肉にもそれ以上に恐ろしい化け物が怒り狂い、食い荒らすために翼を広げる姿が衝撃過ぎて、そうはならなかった。落ちても、墜ちても、何度でも挑み続ける。何度でも、何度でも。何度かの飛翔と共に────────

 

「……はっ!?」

 

 セイアは目を覚ました。嫌な汗をかいている。喉も渇いて仕方がない。

 

「……あれは、何なんだ?」

 

 夢に現れた、赤い、緋色の鳥は。あんな存在をセイアは知らない。あれについて調べようとして、思考が止まる。それは、生物としての本能だった。あれを知れば、後戻りができないものであると、本能が理解している。

 

 あれは、キヴォトスを破滅させることができる代物だと。存在してはいけない代物であると、セイアは感じ取った。あれがいつ現れるのかは、分からない。だが、少しでも対策を練らなければ。

 

 セイアは思考を回し、しかし止めてしまう。対策ができるものではないと理解したのか、本能が考えることを止めさせたのかは、分からない。とにかく、セイアは今夜眠ることはできず、思考が回らなかった。

 

 だから、だろうか。枕元に、御守りとでも言わんばかりに、恐ろしいほどに美しい、緋色の羽が添えられていることに、気付かなかった。

 

 

 

 





あかしけやなげ緋色の鳥よ
くさはみねはみけをのばせ
なのとひかさす緋色の鳥よ
とかきやまかきなをほふれ
こうたるなとる緋色の鳥よ
ひくいよみくいせきとおれ
煌々たる紅々荒野に食みし御遣いの目に病みし闇視たる矢見しけるを何となる
口角は降下し功過をも砕きたる所業こそ何たるや
其は言之葉に非ず其は奇怪也
カシコミ カシコミ 敬い奉り御気性穏やかなるを願いけれ
紅星たる星眼たる眼瘴たる瘴気たる気薬たる薬毒たる毒畜たる畜生たる生神たる我らが御主の御遣いや

今こそ来たらん我が脳漿の民へ
今こそ来たらん我が世の常闇へ
今こそ来たらん我が檻の赫灼ヘ

緋色の鳥よ 今こそ発ちぬ


祝詞が長いよホセ。


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仕事はこなすよヒドリ君。意外と強いぞヒドリ君。

セリカと面識ないのおかしくね、とか言わないでくれると嬉しい。

ところで、息抜きの方が筆が乗るのって何か理由があるのかしら?

ヒドリ君の容姿ですが、下記の通りです。

身長:173cm
翼:全長5m
尾羽:6m(基本的には半分以下に小さくしている)。
髪:緋色。半分羽毛
目:緋色。ルビーやガーネットよりも赤い
顔立ち:穏やかそうな顔つきだが、カヨコのように目が鋭い。全体的には少しだけアルに似ている。
服装:ゲヘナ学園の制服を動きやすいように改造している。誕生日にもらった中折れ帽子を仕事中はいつも被っている。

好きなもの:食事

以上です。よろしくお願いします。


 赤時ヒドリの膂力は凄まじい。アル、ムツキ、ハルカ、カヨコの四人を大きくて頑丈な籠に入れて空を飛べるのだ。そんな怪力ヒドリと便利屋68は現在、空の旅に出ていた。

 

「来た時も思ったけど……凄い砂漠地帯ね、ここ……」

 

「暑いですけど……気持ち悪い暑さではない、ですかね?」

 

「防暑対策が役立ちましたね」

 

 巨大な翼が定期的に動き、それによって風が吹き、用意した日傘が日差しを完全にカット。冷たい飲み物を飲みながらのアビドス空の旅は、意外にも快適である。

 

「ヒドリは暑くないの?」

 

「それがですね、カヨコ先輩。意外と暑くないんです」

 

 その証拠に汗一つかいておらず、顔色も普段通りだ。人間とは全く違う存在であるため、当然である。

 

「あなた、環境で体調が左右されることとかあるの?」

 

「多分ないですよ? 熔鉱炉に放り込まれたら……ワンチャンありますかね?」

 

 恐らく死なないだろう。便利屋68の全員がそう考えた。ヒドリがその程度で死ぬのなら、化け物に枠組みされる存在ではない。熔鉱炉に落とされようと、次の日にはケロッとした顔で朝食である山盛りの蒸しキャベツと目玉焼きとご飯を貪っているに違いない。ちなみに、ヒドリは仕事探しもやっているお陰で、便利屋68の収入もわりと上がっていたりするのだ。

 

 砂漠を飛ぶこと約四十分。ヒドリは大きな建物を発見する。

 

「社長、あの大きい建物、多分目的地ですよ」

 

「あら、結構早かったわね。着陸できる?」

 

「余裕ですよ。……でも、もしかしたら撃ち落とされるかもですね」

 

「えっ」

 

 ヒドリの目は非常に良い。停止状態または歩行中であれば、ダチョウとほぼ同じ程度の距離────20kmまで視認でき、飛行および走行中であれば3kmまで鮮明に見えている。その気になれば、超長距離スナイプすら可能とする最強の殺し屋にもなれるだろう。

 

 その視力で捉えていたのは、校庭で完全武装をした生徒と一人の大人だった。

 

「まぁ、僕が壁になればダメージはそこまでないと思いますので、着陸しますね。あとは手筈通りに」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさぁあああああ!?」

 

「ヒドリ君これ大丈夫なんですかぁあああああ!?」

 

「あはは! ジェットコースターみたーい!!」

 

「かかるGが凄いね、これ……!」

 

 高度2000mからの急降下による強制着陸の実行。それを攻撃と見なしたのか、完全武装した少女達の銃口が便利屋68に向くが……何かするよりも前に、ヒドリの着陸の方が速かった。

 

「到着。どうも、アビドス高等学校の皆さん。僕は赤時ヒドリ。便利屋68平社員兼足係です。あ、こちらつまらないものですが」

 

「“あ、これはご丁寧に……って、いつの間に!?”」

 

「「「「「ッッ!!?」」」」」

 

 バッ、とアビドス高等学校のメンバーが後方にいる一人の大人────先生を見る。先生の前には、緋色の翼と美しい尾羽を揺らすヒドリが立っていたのだ。

 

 籠を置き、頭を下げたところまでは、アビドス高等学校廃校対策委員会全員が見えていた。だが、見えたのはそこまでで、その後、いつ先生の目の前まで接近したのか分からない。未知の体験、未知の存在、先生ではないキヴォトスでは珍しい学生の男性の存在が、分からない。

 

「“君は?”」

 

「赤時ヒドリです。さっき名乗りましたよ? 聞こえませんでした?」

 

「“ああ、うん、ごめんね?”」

 

「声を張らなかった僕にも非はありますので。……あ、ところで皆様、僕ばっか見てていいんですか?」

 

 戦い、始まっちゃいますよ? 

 楽しそうに笑みを浮かべたヒドリの言葉の直後、先生の目に映ったのは、籠の中から飛び出したゲヘナ学園の生徒達。各々が武器を構え、突っ込んでくる。

 

「“皆、戦闘態勢!!”」

 

「先生から離れて……!」

 

「ん? あいたぁ!?」

 

 ほぼゼロ距離からのアサルトライフルの弾丸を喰らい、悲鳴を上げるヒドリ。だが、その悲鳴にしてはダメージが少く────否、全く効いていない。

 

「ごきげんよう、アビドス高等学校! 私達便利屋68はあなた達に宣戦布告するわ!」

 

「あ、でも菓子折りはちゃんとしたやつだから皆で食べてね!」

 

「アル様が選んだものです……間違いないですよ……!」

 

「皆油断はしないでね」

 

 ヒドリの頑丈さに全員が目を向いている間に、便利屋68との交戦が始まる。アビドス高等学校のメンバーは一人一人がしっかり強い。多対一を繰り返すように指示した先生は、悲鳴を上げたわりには結構ピンピンしている少年に目を向けた。

 

「“ホシノ!”」

 

「やぁやぁ、ちょ~っとおじさんに付き合ってもらうよ?」

 

「……?」

 

 シールドバッシュと共に放たれた声を聞いたヒドリは、頭にたくさんの疑問符を浮かべる。まるで、別人を見ているような、初対面の彼女を見ながら、首をかしげていた。

 

「情報と違う?」

 

「んー? おじさんのこと知ってる感じ?」

 

「数年で人は変わるらしいし、そういうものか」

 

 納得したように手を合わせて首を縦に振ったヒドリが足の調子を確かめるように跳ねた。その足に装着されているのは、ヒドリが持つ唯一の護身用武装である。

 

「僕、戦闘が苦手なんです」

 

「そんなこと言っても手加減はしないよ?」

 

「ああ、いえ、ちょっと僕は特殊で……」

 

 ヒクイドリ、という鳥がいる。大柄な体躯に比して翼が小さく飛べないが、長距離なら時速50km程度で走ることが出来る他、非常に殺傷能力の高い爪を持ち、性格は臆病で気性が荒い。そんな鳥だ。彼らの武器はやはりその鋭い爪と膂力から放たれる蹴り。

 

「銃を使うのが苦手なんです。なので────」

 

(────速)

 

「こうして蹴り飛ばすことにしてるんです」

 

 ヒドリの脚力から放たれる蹴りは、ヒクイドリと同等かそれ以上の威力を発揮する。そこにブラックマーケットで拾ってきたジャンクパーツを掛け合わせて作られた靴の鋭いインパクトが乗る。ヒドリの武器は己の肉体なのだ。

 

「うへぇ……これはちょっと本気出さないといけないかなぁ?」

 

 盾で受け止めず、受け流すことを選択したホシノは、ヒドリの胴体目掛けて引き金を引く。だが、ヒドリにその程度────ましてや神秘の籠っていない一撃は、緋色の鳥に通用しない。

 

「アザになったらどうするんですか」

 

「……マジ?」

 

 夕焼けよりも真っ赤な翼が、ショットガンの弾丸を全て受け止めていた。その頑丈な翼と、動きやすいように改造されたゲヘナ学園の制服を見て、ホシノは思い出す。

 

「君、ゲヘナの怪鳥とかいうゲヘナ学園の生徒かぁ」

 

「? 僕のことですか?」

 

「うん。ゲヘナ学園────キヴォトス唯一の男子生徒、赤時ヒドリ……学園最高戦力の一人」

 

 ヒドリは知らなかったが、ゲヘナ学園────いや、キヴォトスの勢力は、ヒドリの持つ戦力を最高戦力の一人として認識していた。銃が使えないという点を除いても、彼は単騎で風紀委員会の大規模部隊から逃走に成功、反撃に成功している。

 

 全てを嘲笑うかのように暴れ回り、飛翔する姿を見た者達が呼んだ二つ名はゲヘナの怪鳥。暴れ回った理由は空腹だったことと、要領を得ない言い分、爆発による食事の消失及び資格勉強の本の焼失が噛み合った結果だ。

 

「そんな君がどうしてアビドスに?」

 

「依頼で。アビドスを襲撃しろ、と」

 

「誰に……は、答えてくれないよね?」

 

「クライアントですしねぇ……でも、そろそろ帰りますよ」

 

「へ?」

 

 突然の言葉に驚き、止まってしまうホシノ。気付けば、ホシノとヒドリ以外の戦闘も終わっており、どういうわけか便利屋68のメンバーから名刺を配られている。

 

「だって、襲撃してこいとは言われましたけど、全滅させろとも言われてないですし……全滅させるなんて難しいですし?」

 

「“それでいいのかい?”」

 

「金払いも良くなかったので。あ、僕からも名刺を」

 

 ヒドリのポケットから取り出されたフェイクレザーの名刺入れ、それから『便利屋68社員 赤時ヒドリ』という名刺が取り出され、先生とホシノに渡された。

 

「改めまして、便利屋68社員兼足係の赤時ヒドリです」

 

「おおー? これはご丁寧に……立派な名刺だねぇ」

 

「社長の意向で、名刺はしっかりしたものを、です」

 

 戦いが終わればノーサイド。厄介者扱いされることは多いが、便利屋68は真のアウトローもとい、ハードボイルドを目指す集団なのだ。誕生日プレゼントに貰った中折れ帽子を被ったヒドリは、いつもの笑みを浮かべる。

 

「対価を払ってくださるなら、何でも承ります。ご利用の際は名刺の下にある電話番号まで。相談までは無料ですので」

 

「“商魂逞しいね”」

 

「それが便利屋68の僕ですから」

 

「ヒドリー! ラーメン食べに行くわよ!」

 

「今行きます! というわけで、僕達は行きますので!」

 

 眼鏡を掛けた青年────先生は、赤時ヒドリという生徒がどういう生徒なのかを少しだけ掴む。便利屋68のメンバー全員から信頼され、信頼している。強い繋がりを持った彼ら彼女らは強い。あの五人が本気になってアビドスを落とそうとすれば、最悪流血沙汰になっていただろう。

 

「“アロナ、ヒドリの────いや、便利屋68の情報を集めてくれるかな?”」

 

『お任せください!』

 

 飛び去る便利屋68の情報を集めるため、先生はタブレットの中にいる少女のアロナに指示を出す。強敵にも、心強い味方にもなりえる便利屋68と、アビドス高等学校廃校対策委員会の邂逅はこうして終えた。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

「本当に良かったのかしら?」

 

 柴関ラーメンで味噌ラーメンを啜るアルが、そう呟いた。

 

「良かったって、何がです?」

 

「依頼の内容を曲解したことよ」

 

 鶏白湯ラーメンを啜っていたヒドリの問いかけに、アルは答える。今回の依頼内容はアビドス高等学校の襲撃。つまりは撃破してこい、というものだったはずだ。だが、ヒドリやカヨコが別に全滅させなくてもいいのでは、と考えたのである。

 

 なぜなら、襲撃してこいとは言われたが、撃破してこいとは言われていない。しかも、金払いが良くなかったために、仕事が雑であろうと構わないと曲解した。

 

「お金を払わない時点で騙して悪いが消えてもらう、ってするつもりだったと思いますよ。あ、ハルカさん、鶏ハム食べます?」

 

「あ、ありがとうございます……と、ところでヒドリ君……こんなに頼んで良かったんですか?」

 

 ハルカの疑問は、テーブルに並べられたたくさんの料理にある。全員が食べているラーメンの他にも、にんにく抜き餃子、チャーハンなど、たくさんの料理が並べられている。

 

「え? ああ、もちろんですよ。実は貯めてたんです。こうして使うためのお金」

 

 ヒドリの月々に使うお金は多くて3000円程度。便利屋68の仕事は確かに安定しないが、ヒドリが中心に探してくる仕事のお陰で貯蓄はある。ゆえに社員全員に少くない給与も与えられているのだが……ヒドリは貯め続けていた。

 

「どうあっても僕は緋色の鳥()で、認識の鳥()ですから。救われたんです。四人に」

 

 自分は化け物。両親から捨てられるようにキヴォトスへと送られたヒドリにはその自覚がある。どれだけ取り繕っても空腹に(人を食べたく)なる。食事をしなければ、餓えは満たされない。心を喰らい、成長する怪物は、だからこそ便利屋68に感謝していた。

 

怪物()が赤時ヒドリでいられるのは、四人のお陰です。だから、少しでもお礼がしたいんです」

 

 誰かと食事をすることで、感情を共有し、空腹から解放される(人を食べなくていい)。それを見つけてくれた便利屋68の四人に少しでもお礼をするために、ヒドリは自分のお金を貯め続けていたのだ。

 

「美味しいものは皆で食べたいんです。これからもずっとは難しくても、その時が来るまでは」

 

 それだけ言って食べることを再開したヒドリに、アル達は呆れたような、小恥ずかしいような笑みを浮かべる。ヒドリの言葉はいつも本心からの言葉である。喜怒哀楽、全部が本心から発せられる言葉であり、今伝えられた感謝も、邪念のない純粋な言葉として彼女達に伝わっていた。

 

「本当にこの子は」

 

「くふふっ、そのうち、色んなところで女の子引っ掛けて来そうだよねー」

 

「ヒ、ヒドリ君が不良に……!? ……でも、ヒドリ君がナンパしてるところ、イメージできませんね」

 

「うん、ならないと思うよ。そもそも女の子に興味無さそうだし」

 

 その言葉を最後に、全員が料理に舌鼓を打つ。会計の時、計算より安くなっていてヒドリと柴関ラーメンの大将との一悶着があったのは、また別の話。

 

 

 

 



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錦より赤く、香りは高く。美味しく炊き込めヒドリ君。

炊き込め炊き込めヒドリ君。美味しく炊き込めヒドリ君。


 ブラックマーケットという闇市がキヴォトスには存在する。取り締まりが難しいために、各学園から警戒されながらも放置されている場所だ。

 

「あれ? ヒフミ先輩?」

 

「あ! ヒドリ君! こんにちは!」

 

 キヴォトスの闇市には似つかわしくない少女を見つけたヒドリが声をかけた。阿慈谷ヒフミ────トリニティ総合学園二年生帰宅部。誰が呼んだか史上最強のペロキチ。一富士二ペロロ様三茄子という初夢を見るくらいにはぶっ飛んでいるトリニティ総合学園の少女である。

 

「こんにちは。ヒフミ先輩はペロロ様グッズですか?」

 

「はい! 先程親切な方達に助けてもらって手に入れました!」

 

「素晴らしい。それ、限定品ですか? 見たことないグッズです」

 

「分かりますか? アイスクリームを食べるペロロ様です!」

 

 なるほど、だからこんなにも興奮しているのか。ペロキチの行動力にいつも驚かされているヒドリに対して、ヒフミは不思議そうに彼を見た。

 

「ところで……ヒドリ君はどうしてそんな格好を?」

 

「僕の独学、赤鶏の炊き込み御飯の売り込みです」

 

 割烹着を着たヒドリが立つテントの横、そこに設置された大きな釜に入っているのは、炊き込み御飯であった。

 

「ブラックマーケットに入り浸る生徒って、お腹空かせてますから。こうして低価格で売ってるんですよ」

 

 木製の蓋を開くと現れる紅色の炊き込み御飯。見事に引かれた出汁とスパイス、炊き立てのご飯と山菜や肉の香りは空腹だったヒフミの胃袋に直撃する。

 

「はう……」

 

「食べますか?」

 

「え、いいんですか?」

 

「試食程度なら無料ですよ。気に入ったら買ってください」

 

 そう言って使い捨ての茶碗に炊き込み御飯を盛り、ヒフミに差し出すヒドリ。おずおずと茶碗を受け取ったヒフミは、赤い炊き込み御飯を口にする。────瞬間、鶏とスパイスと山菜の旨味が脳天を吹き抜けた。

 

「うわぁ……凄く美味しいです!」

 

「ありがとうございます」

 

 甘辛く味付けされている炊き込み御飯の米一粒一粒に、食材の旨味が乗っている。そこにやってくる唐辛子や山椒の痺れるような辛さ……だが、この料理の主役として立っているのはやはり鶏肉。ヒドリは鶏肉の扱いがキヴォトスの誰よりも上手い。

 

 噛めば噛むほど旨味がやってくる。パサパサしておらず、恐ろしいまでにしっとり。タケノコの食感も楽しい。

 

「一杯何円で売ってるんですか?」

 

「200円です。大盛は250円です。諸々トッピングも合わせると……ワンコインくらいですかね?」

 

「赤字にならないんですか!?」

 

「本職じゃないので大丈夫ですよ」

 

 ヒフミがおかわりを────並盛で────購入してすぐに、ちらほらと客がやってくる。ヒフミが驚いたのはその後……喧騒に包まれているブラックマーケットとは思えないほどの民度の高さで並んでいく人々だ。

 

「大盛! あ、ネギも!」

 

「はい、280円です。……20円のお釣りです」

 

「私並盛で鶏そぼろ!」

 

「うちは大盛で卵焼きかな」

 

「合計510円です。……はい、丁度ですね」

 

 行列に難なく対応するヒドリの手際は中々のもので、何度もやっているのだろうと感じさせる。500人以上いたであろう客がいなくなる頃には、大きな釜は空っぽになっていた。

 

「完売です。売上、伸びてますねぇ」

 

「人気でしたね、ヒドリ君の炊き込み御飯」

 

「嬉しいことです。……連邦生徒会から許可が降りれば、フライドチキンも売れるのですが……」

 

「あはは……あれは凄かったですもんね……」

 

 おいしさ やばげ 緋色の鳥よ あぶらみ あかみ てをのばせ。

 

 その言葉の下、ヒドリが黙々と作り上げたスカーレット・フライドチキン。その美味しさは中毒者が出ると危険視されたほどで、現在は連邦生徒会の許可が降りない限り作ってはならない、売ってはならないと決められてしまっている。この味を求めて、日々抗議している者がいるとか、いないとか。

 

「痺辛、燃辛、ピリ辛……辛いの苦手な人には甘辛も……と作ったのですがね」

 

「暴動があったので仕方ないかと……」

 

「ええ……なので、いつかお祭りに出してみせます。体育祭みたいなのとかに!」

 

 ヒドリもまたキヴォトス人である。連邦生徒会から許可をもぎ取るまで、何度でもチャレンジするつもりらしい。フライドチキンがダメでも、炊き込み御飯のおにぎりくらいは出せるようにと。

 

「ま、その前にやることはあるんですが」

 

「やること?」

 

「燻製作りです」

 

 保存食の作成はもはや趣味と言ってもいい。少し昔であれば、収入のない時の非常食として用意していたのだが、今となってはヒドリの趣味の一環になっている。

 

「スモークチキンとか美味しいんです。チーズなんかもいいですね」

 

「ヒドリ君はどこを目指してるんですか?」

 

「美味しいものは皆で食べたいんですよ、僕」

 

 ヒドリはポケットに入れていたらしい包みを開き、猪ジャーキーを噛みちぎる。先日無理を言って風紀委員の狙撃銃を使える人間に狙撃してもらい、素早い血抜きをしたお陰で、キヴォトスを騒がせていた巨大猪は見事な牡丹肉となった。

 

 その肉は現在、熟成も兼ねてゲヘナ学園最高セキュリティ搭載冷蔵庫に眠っている。あとでゲヘナ学園全生徒を巻き込んだ鍋パーティーを開催予定だそうだ。この祭り、実はヒドリが入学してから定期的に────数ヶ月に一回の頻度で────開催されていたりする。入場料は無料、ゲヘナ学園生徒でなくとも参加可能なため、時折ゲヘナ学園生徒ではない人間もいたりする。

 

「あ、ヒフミ先輩も今度のお祭り、良かったら」

 

「あ、ありがとうございます。今回は牡丹鍋……? 牡丹ってお花ですよね?」

 

「猪肉のことを牡丹肉って言うんだそうです。山鯨、なんても呼ぶそうですよ」

 

 キヴォトスでも時折出回る鯨肉。ヒフミは食べたことがなかったが、それと似た味なのかもしれないとイメージする。

 

「ちなみに、猪の体脂肪率は驚異の10%です」

 

「ほぼ筋肉じゃないですか……!?」

 

 余談になるが、豚の体脂肪率は15%であり、鶏の体脂肪率は5%以下。意外と引き締まっている。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

1:名無しの先生

 う、美味い……! 新発売ブルアカ公式商品の赤鶏炊き込み御飯……! 辛さと旨味のダブルパンチに加えて、米一粒一粒に味が染み込んでいやがる……!! 酒! 飲まずにはいられないッ! 

 

2:名無しの先生

 食レポ乙。マジで美味いよな。

 

3:名無しの先生

 初めてヒドリ君見た時は「あ? なんやハーレムか?」と思ったけど、今では便利屋68の弟みたいな目でしか見れない。そんな彼が作った料理を忠実再現とか頭おかしい。いいぞもっとやれ。

 

4:名無しの先生

 おいしさやばげ緋色の鳥よあぶらみあかみてをのばせ

 

5:名無しの先生

 ブルアカ公式イベントで一瞬にして売り切れたスカーレット・フライドチキンの話はそこまでだ。

 

6:名無しの先生

 買いたかった……

 

7:名無しの先生

 通販でもいつも売り切れてる。抽選だからしゃーないけど、そろそろ当たってほしいわ……

 

8:名無しの先生

 ヒドリ君、君どうして便利屋68にいるの……? 給食部じゃないの……? 

 

9:名無しの先生

 お? イベント未プレイ勢か? 

 

10:名無しの先生

 よく来たな。まぁ、座れよ。

 

11:名無しの先生

 ここは初めてか? 肩の力抜けよ。

 

12:名無しの先生

 歓迎しよう、盛大にな!! 

 

13:名無しの先生

 ちくわ大明神

 

14:名無しの先生

 誰だ今の

 

15:名無しの先生

 ヒドリ君はあれだよ。便利屋68に拾われたペットだよ。

 

16:名無しの先生

 ペット……? 

 

17:名無しの先生

 あれをペットとは言わない(戒め)

 

18:名無しの先生

 色んなところで女の子と仲良くなる天才だよ。たまにバッドコミュニケーションぶち当てるけど。

 

19:名無しの先生

 人間との違いを見せつけてくるタイプの上位存在でしょあれ。

 

20:名無しの先生

 飛べる、歌えるヒドリ君やぞ。

 

21:名無しの先生

 もしかしてあの輪唱のこと言ってらっしゃる……? 

 

22:名無しの先生

 まぁ、歌えてはいたよね。

 

23:名無しの先生

 本気で歌わないタイプの鳥

 

24:名無しの先生

 トリカス? 

 

25:名無しの先生

 ヒドリ君はトリカスじゃねぇよ!? 

 

26:名無しの先生

 とりあえずヒドリ君に石を投げたトリカスは死んでもろて……

 

27:名無しの先生

 死ぬなんて……そんな野蛮な……ここは穏便に拷問で……

 

28:名無しの先生

 物騒じゃねぇか!? 

 

29:名無しの先生

 ヒドリ君は気にしてないみたいだけど……俺達が気にする。

 

30:名無しの先生

 おじさんのこと本気で本気で怒らせちゃったねぇ! 

 

31:名無しの先生

 ホシノかな? 

 

32:名無しの先生

 おじさん(先生)ゾ。

 

33:名無しの先生

 あっ、そっかぁ……

 

34:名無しの先生

 でもあの時、ヒドリ君しかいなくて助かったよな、あのトリニティ生徒

 

35:名無しの先生

 誰かいたらフルボッコなんだよなぁ……

 

36:名無しの先生

 そもそもヒドリ君怒らせたら世界の終わりでしょ。

 

37:名無しの先生

 キヴォトスが滅ぶな! 

 

38:名無しの先生

 え、そんなヤバイの、あの子。

 

39:名無しの先生

 認識の鳥はなぁ……ね? 

 

40:名無しの先生

 下手すりゃ世界が食われる

 

41:名無しの先生

 未来演算する機械が見せた最初に眠る者になったら終わりだよ。

 

42:名無しの先生

 その前にセイアの夢が現実になったら終わるんだよなぁ……

 

43:名無しの先生

 あれは……ヤバイよ。ヒドリ君だよね? ……本当に? 

 

44:名無しの先生

 真っ赤な鳥なんてヒドリしか思い付かねぇよ。……てか、マジで枷が外れたらヤバイんだよ。どうにかしろゲマトリア。

 

45:名無しの先生

 手に終えないでしょゲマトリア。

 

46:名無しの先生

 食べられて終わりよゲマトリア。

 

47:名無しの先生

 つか、ヒドリ君の枷ってやっぱり便利屋68? 

 

48:名無しの先生

 フウカとジュリも

 

49:名無しの先生

 片や拾い主、片や食事提供者。うーん、ヒドリ君の今を作ってる。

 

50:名無しの先生

 何を言ってるのか分からなかったけどな。PV、あの鳥の声が曇りすぎて

 

51:名無しの先生

 解析班、なんとかしろ

 

52:名無しの先生

 今終えたぞ

 

53:名無しの先生

 有能

 

54:名無しの先生

 優秀。

 

55:名無しの先生

 1145141919810点上げるわ

 

56:名無しの先生

 多過ぎィ!? 

 

57:名無しの先生

 で、結果は? 

 

58:名無しの先生

 貼るわ。

 

「足りない……足りない……足りない……足りない……満たされない……こんなに……こんなに……」

 

「たくさんの命を食べているのに!! ちっとも満たされない!!」

 

「いない! いない! どこにも! 皆! 皆がいない!」

 

「どうして! どうして! どうしていない! いなくなった!」

 

「アルも! ムツキも! ハルカも! カヨコも! フウカも! ジュリも! 皆を! お前が! お前が奪ったのか!? 皆を……返せェエエエエエエエエッッッッ!!!!」

 

 以上! 解読してた全員が気づけば泣いてたよ……あれ、ヒドリの泣き声だもん。咆哮全部が、ヒドリの泣き声だったよ……

 

59:名無しの先生

 おっっっっっっっっも

 

60:名無しの先生

 解析班よくやった……今は休め……! 

 

61:名無しの先生

 解読音声も残しておく……おやすみ……

 URL:────────────────

 

62:名無しの先生

 乙

 

63:名無しの先生

 マジでお疲れ様でした解読班……

 

64:名無しの先生

 ヒドリ君の慟哭が壮絶すぎる……

 

65:名無しの先生

 解読音声やべぇ。

 

66:名無しの先生

 心が……心が……死ぬ……! 

 

67:名無しの先生

 ヒドリ君、寂しかったんやろなぁ

 

68:名無しの先生

 寂しさで人を食べるとは? 

 

69:名無しの先生

 叱られたかったとか? 度が過ぎてるけど

 

70:名無しの先生

 あの未来には行かぬ……我らは先生だからな。

 

 

 



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羽ばたけ、ヒドリ君。

時間も物語もサクサク進める。息抜きだもの。感覚でやるんだ。ブルアカはフィジカルでやるんだ。


 砲撃の雨が、飛んでいたヒドリに降り注いだ。ヒドリの落下によって屋根に穴が空いてしまったラーメン柴関の建物の中には、先生と大将、そして便利屋68のメンバーとアビドス高等学校廃校対策委員会の面々がいた。

 

 今日は先生から────ひいてはアビドス高等学校廃校対策委員会の依頼があると伝えられたため、クライアントとの打ち合わせに来ていたのだ。交渉はスムーズに進み、アビドス高等学校廃校対策委員会の面々は強力な武力と移動手段を、便利屋68はカイザーから支払われる予定だった金額よりも高額な報酬を手に入れた。

 

 その際、嫌な予感がしたヒドリは空から巡回していたのだが……それが見事に的中。

 

「……痛い」

 

「“痛いで済むの!?”」

 

「ん、ヒドリは凄く頑丈」

 

「いや、これは頑丈どころじゃないでしょ」

 

 ヒドリの体はとてつもなく頑丈だ。だから砲撃の雨が降り注いでも痛い程度で済んでいる。

 

「大将さん、ごめんなさい。穴が……」

 

「いや、いい。怪我はねぇか?」

 

「大丈夫です。それより……全員移動を。僕が囮になってる間に。……これは、便利屋68の問題なので」

 

「ヒドリ……やっぱり来たんだね」

 

「はい。風紀委員会です」

 

 敵が来たことを伝えたヒドリは、翼に力を込めてもう一度飛び立つ。今度はジグザグに、ハヤブサを思わせる速度で飛び回る。ヒドリには政治も、正義も分からない。ただ、美味しいものを皆で食べるとさらに美味しいということしか知らない。

 

 先の砲撃で家族同然の少女達が傷付く可能性もあった。その怒りは……もちろんある。あるが、それ以上に許せなかったのは、先程の砲撃が一般人がいることを想定していない砲撃であったことだ。

 

 別世界で認識災害と呼ばれていたヒドリにとって、自分を認識するあらゆる存在が餌になる。自然界で例えるのなら頂点捕食者……食物連鎖の頂点に立つ存在だ。そこに便利屋68の社長たるアルの善性、ムツキの友愛、ハルカの忠義、カヨコの思慮深さが混ざった。緋色の鳥────認識の鳥が赤時ヒドリでいられる枷。彼女達から一般人をなるべく傷付けてはいけないと言われ、今までそうしてきたからこそ、先程の砲撃が許せなかった。

 

「僕だけなら……いい。皆は怒るけど」

 

 砲撃を行った存在を捕捉したヒドリは急降下を開始する。亜音速へと到達した落下攻撃に反応できる者はおらず、改造されたFlaK18が爆発した。

 

「無差別に傷付けるのは、許さない」

 

「て、敵しゅ────」

 

「だから……」

 

「ゴボッ!?」

 

「僕が倒す」

 

 内臓が揺れるようなボディブローを喰らい、泡を吹いたゲヘナ学園風紀委員の一人。ヒドリの蹴りをまともに喰らえば、一般人であれば血反吐を吐くだろう。腐っても風紀委員の一人。頑丈である。

 

 一人、また一人と薙ぎ倒していく。戦車装甲を切り裂くブレードが使われた爪先も、戦艦の分厚い甲板をぶち抜くパイルバンカーも使わず、巨大な翼と拳、そして頑丈な頭を使って次々と潰していく。

 

「た、助け────ヒィアイイイイアアアアア!!?」

 

「いやぁああああああああ!!?」

 

 時には風紀委員を掴んで天高くまで飛び上がり、亜音速一歩手前で急降下……を気絶するまで繰り返したりもしている。その間に銃撃を何度も喰らうが、ヒドリには傷一つ付かないし、びくともしない。

 

「赤時ヒドリ……!」

 

「まさか、これほどとは……」

 

「……まだ続けますか、イオリ先輩、チナツさん」

 

 ヒドリの強襲から約五分。風紀委員会の部隊の半数以上が気絶に追い込まれた。

 風紀委員会からの評価は、極めて温厚なゲヘナ学園生徒だが、便利屋68所属のため、一応注意すべし、だった。しかし、この状況を単騎で作り出したのは、ヒドリその人。イオリが彼の戦闘能力の修正を行う中、チナツはいつもヒドリが腰に吊るしている物に対して、違和感を覚えていた。

 

 なぜ、いつも懐に入れているはずの頑丈な紙を、文字が見えるように腰に吊るしている? 

 

「これだけの大部隊……僕達を拘束するためじゃない、ですよね?」

 

「……」

 

「ましてやパトロールでもない。……一体いつからゲヘナ学園風紀委員会はアレキサンダー大王の真似事を?」

 

 挑発、ではない。イオリもチナツも、ヒドリがそういう煽りを行わない生徒であることを知っている。純粋に問いかけて、純粋に批難しているのだ。その証拠に、言葉の所々に怒気が混ざっている。

 

「明らかに越権行為……ここはアビドス。演習だとしたら許可は取っているんですか? 砲撃は? 市民への被害は? 損害賠償は? 保障は?」

 

「ぐ……それは……」

 

「僕達便利屋68が原因なのは……何となく分かります。けど、砂漠地帯で仕掛けることもできたはずだ」

 

 イオリとチナツの首筋から冷や汗が流れる。温厚な人間ほど怒らせると恐ろしい。今のヒドリはそれを体現していた。

 

「僕だけに砲撃を当てて良かったですね。……あそこには、アビドス高等学校の方々もいました。……意味、分かりますよね」

 

「「……!!」」

 

「戦争になってましたよ、あのままだと」

 

 しかも宣戦布告のない奇襲による攻撃。どちらが叩かれるかなど、明白。人の口に戸は立てられぬ。エデン条約が締結する前にこのような事態となれば、トリニティの格好の餌になってしまうだろう。

 

「戦争。いい響きですよね。1人食べれば殺人、半分食べれば英雄、全員食べたら神となる。どれだけ食べても怒られない。勝てば官軍、負ければ賊軍の世界」

 

(食べる……?)

 

 チナツが感じた言葉の違和感。ヒドリの言葉の使い方が、普通ではない。

 

「僕としてはそれでもいいんですけど……もっと美味しいものが食べられなくなるのは嫌です。お祭りだって控えてます」

 

 今回は牡丹料理のフルコースですよ、と笑うヒドリの得体の知れなさに、イオリとチナツ────合流してきた風紀委員会の面々は冷や汗が止まらない。まるで、空腹のライオンがいる檻に放り込まれたような感覚を味わっていた。

 

「ああ、伝え忘れてました。僕は赤時ヒドリ。便利屋68社員兼足係。今は────」

 

『アビドス高等学校廃校対策委員会の協力者でもあります』

 

「そういうわけです。よろしくお願いしますね?」

 

 通信回線が開き、仮想モニターにアビドス高等学校廃校対策委員会のメンバーその一人、先生のように小さく笑みを浮かべている奥空アヤネが投影された。

 

「僕達はアビドス高等学校からの依頼でアビドスに訪れています。簡易なものですが、風紀委員会にも、万魔殿にも報告書を提出しています」

 

『正式な文書は先程提出しました。責任者はシャーレの先生です。武装を解除し、許可のない発砲、砲撃について詳しくお聞かせください』

 

 アヤネの口から放たれる最終勧告と共に、地の利を持つアビドス高等学校と便利屋68が顔を見せる。ヒドリだけに目を向けていた風紀委員会は囲まれていることに気付いていなかった。学園最強戦力だけに目を向けた結果がこれである。

 

『この作戦の最高責任者の方に繰り返し、勧告します。直ちに武装解除を行い、許可のない発砲、および砲撃について詳しくお聞かせください』

 

「ヒナ先輩じゃないですよね。あの人がこんな無駄なことするわけがない」

 

「む、無駄……」

 

「はい、無駄です。あの人なら自治区を出る前に仕掛けてます。どうしてゲヘナ学園の自治区の外に出る前に仕掛けないんですか?」

 

「うぐ……」

 

「目的の人間がゲヘナ学園自治区にいないから、ですよね?」

 

 ヒドリは便利屋68の英才教育を受けた人間だ。たくさんのものを乾いたスポンジのように吸収していく彼を面白がって、四人が自分の知ることを吸収させた結果、ハイブリッドが生まれた。カヨコの教えた情報処理能力の面目躍如である。

 

 ヒドリのパイルバンカーについても、ムツキとハルカが監修した。爆発の威力がしっかり杭に乗るように教え込んだのだ。

 

「じゃあ誰を狙ったのか。……自由に動けるシャーレの先生。あわよくば僕の拘束、ですね」

 

「そしてこの作戦を発案したのは風紀委員長じゃない。……そうでしょ、行政官天雨アコ」

 

 通信越しに聞いているであろう行政官に対し、ヒドリの言葉を引き継いだカヨコが告げる。数秒の沈黙の後、仮想モニターに青い少女が投影された。

 

『厄介ですね、便利屋68』

 

「“……君が、行政官?”」

 

『ええ、初めまして、先生。私は天雨アコ。ゲヘナ学園風紀委員会行政官……まぁ、委員長の補佐です』

 

「? カヨコ先輩、補佐って仕事を増やすのが仕事なんですか?」

 

 首をかしげるヒドリの言葉に吹き出しそうになる便利屋68の面々と、シリアスな空気を消し飛ばすような天然発言に驚くアビドスと先生。風紀委員会は心の中で「ごもっとも……!」と叫んでいた。

 

『し、失礼ですね赤時ヒドリさん。これもエデン条約での面倒を避けるため────』

 

「え? そういう政治関係は万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)がやるんですよね? 学園サイトにも書いてましたし。仕事増やすのが仕事なんですか?」

 

 純粋な言葉による殴打。アコに約100のダメージ。

 

「そもそも朝にアビドス行きますね、っていうメール出しましたよ? 万魔殿からは返信が来てましたけど、風紀委員会から来てません。……もしかして、ご覧になってないんですか?」

 

 目の敵にしている万魔殿を引き合いに出されての言葉の殴打。風紀委員会に200のダメージ。

 

「風紀を守る人達がどうしてルールや風紀を乱すような行動をしてるんですか?」

 

 風紀委員会に300のダメージ。

 

「ところで、そろそろ定期テストがありますけど、勉強してますか? シフト制だとしても、皆さんが教室にいるところ、あんまり見ないんですけど……」

 

「「「ガフッッッ……!!!!」」」

 

 ゲヘナ学園生徒に6868のクリティカルダメージ!! やはり風紀委員会であっても学生は勉強が嫌いであった。

 

「え、衛生班────ッッ!!」

 

「便利屋68に所属してること以外はわりと品行方正な赤時君による正論の殴打……! 心が削れる……!」

 

「おいしっかりしろ! 傷は深いぞ!」

 

「そういえばどうして私達はアビドスまで赴いてるの……? 喉渇いた……」

 

「ちくわ大明神」

 

「誰だ今の。てかありったけの経口補水液持ってこい! 熱中症で倒れてる人いるぞ!?」

 

 ゲヘナ学園の中でも品行方正な部類で、ゲヘナ学園の公式食事会主催者のヒドリからの言葉は、ことごとく風紀委員会のメンバーに突き刺さっていた。

 

「うへぇ、言葉の暴力だねぇ……君こそ勉強はしてるの?」

 

 いつの間にか合流していたホシノがヒドリに問うと、彼は当たり前のように頷く。

 

「参加できない時はリモートで受けてますよ。分からないところも、四人に教えてもらってます」

 

「おおー、偉いねー。おじさん感心しちゃうよ」

 

「ありがとうございます。あ、アビドスの問題が片付いたらぜひゲヘナ学園へ遊びに来てください。来月にお祭りがあるので」

 

「お? ありがと。皆で行かせてもらうねー」

 

「ぜひぜひ。────あ、先生、僕、水配ってきますね。アコ先輩との交渉はお願いします」

 

「“え、あ、うん。分かった”」

 

 さっきまでの圧は何だったのかと思うほどに、ヒドリはカラッとして向こうに歩いていった。いつから持っていたのか分からない籠の中から大量の経口補水液と、ソルティ◯イチを覗かせて。

 

「……命拾いしたね、アコ」

 

『……何のことです?』

 

「あのまま進んでたら、ヒドリ、読み上げるつもりだったよ」

 

「“……読み上げる?”」

 

 カヨコの言葉に首をかしげたのは先生だけではなく、彼女らの会話を聞いていたアビドスの面々もだった。心なしかアコの血色が悪いのは気のせいだろう。

 

「“カヨコ、読み上げるって、何をだい?”」

 

「……聞かない方がいいよ、先生。ヒドリだって未遂だったし」

 

『カヨコさん、それはヒドリさんの腰に吊るされたものですか?』

 

「ああ、あれね。あの何だっけ……確か、あかしけやなげ────」

 

「セリカさん、ダメです!!」

 

 セリカの口が祝詞を告げようとした直後、ハルカが咄嗟に口を塞いだ。

 

「むむむむ!?」

 

「すみませんすみませんすみません……! でも、それはダメなんです……! 見るならまだしも、読んだらダメです……!」

 

 切羽詰まったハルカと、便利屋68のメンバーに気圧されてセリカが頷く。その行動だけで、あの腰に吊るされていたものがどれだけ危険なのかを知らせてくる。

 

「あれは祝詞よ。ヒドリが飛び立つための、呪詛と言ってもいい」

 

「ヒドリ君の精神安定剤でもあるけどね。読み上げたらダメ。招かれちゃうから」

 

「招かれる……ですか? どこに?」

 

「……知りたいなら、ヒドリに聞いて。多分、答えてくれるから」

 

 アビドスも、先生も、アロナも、向こうで飲み物を配っているヒドリを見る。ヘイローが無いはずなのに、銃弾を弾き、砲撃を痛いで済ませる彼が抱える秘密に疑問を抱えて。

 

「“ヒドリについては────”」

 

「これは、どういう状況?」

 

 不意に、威厳のある声が響いた。カツ、カツ、と軍靴の音が響き、全員が振り向く。そこには────

 

「あ、ヒナ先輩。お疲れ様です。ソルティラ◯チ飲みます?」

 

「気持ちだけ貰っておくわ」

 

 ゲヘナ学園最強の風紀委員長、空崎ヒナが立っていた。

 

 

 

 



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僕は僕で、僕は僕で、僕は僕。匂いを辿るよヒドリ君

低評価で心にダメージが来る、低い評価が悪口に見えてしまう……そう思ってしまう方々を応援するために、私の兄の名言をここに置いておきます。

「低評価はお前の作品を貶めるためのものではない」

「『自分の方が面白く書ける、面白い作品を生み出せる』という宣言なのだ」

「ゆえに、折れることはない。低評価の数だけ、面白い作品が生まれるのだから」

「低い評価を付けている者は皆、それだけの『覚悟』と『執筆意欲』を持って評価しているのだ」

「無論、高評価してくれる者は、純粋に面白いと思ってくれた者だ。感謝しないといけない」

「そして高評価を付けてくれた者にも、『この作品よりも面白い作品を書いてやる』……という思いを持ってくれる人がいるかもしれない」

「だからこそ、俺達は書くべきなんだ。エタるのも、その作品への熱意が再燃するまで辛抱すればいい。だから、自分が面白いと思ったものを書け」


うちの兄、たまにはいいこと言うんです。

ちなみにこれは、ヒドリ君デフォルメの姿。おいしさやばげペロロ様

【挿絵表示】



「……大体の事情は分かった。ヒドリ、まずはお礼。エデン条約の前に、大きな問題が生まれないようにしてくれてありがとう」

 

 事情聴取を終えたゲヘナ学園風紀委員会委員長空崎ヒナが、ヒドリに頭を下げる。

 

「あ、はい。……お疲れ様です。スパドリ飲みますか? 自信作です」

 

「……ゲヘナの購買に売ってたものと同じだ」

 

「僕特製のスパイスドリンクです!」

 

 ヒドリの手にはクケーッ、と鳴いているデフォルメされた赤い鳥の絵が印字されたドリンクが握られていた。ヒドリのスカーレット・フライドチキンの副産物、スパイスドリンクである。

 

「カフェインは入っていませんが、各種スパイスと柑橘系フルーツによるデトックスドリンクです。寝る前とか、休憩中に飲むのがおすすめです。あ、皆さんもどうぞ」

 

「“さらっと商品を布教してる……”」

 

 配合されているのは、ターメリック、フェンネル、シナモン、サフラン、コリアンダー、そしてレモンとオレンジ、生姜である。

 

 ターメリックは消化器系の強壮作用や、肝臓と胆嚢を刺激する作用があることで知られており、ニンニク同様にコレステロール値を下げる効果があるとされ血液の凝固も防ぐ。

 

 フェンネルはむくみを予防し、豊富な食物繊維が消化不良や便秘の解消にもいい。

 

 シナモンは代謝を促進させて、毛細血管を若返らせる。

 

 サフランは消化不良や排尿不全を改善する他、ホルモンバランスを整える効果があることが知られている。

 

 そして最後にコリアンダー。パクチーとも呼ばれるそれは、胃腸を整えたり、美肌効果も期待できるスパイスの一種だ。

 

 飲みやすいように調整されたドリンクは、ゲヘナ学園の購買で販売されており、食堂でも購入可能だ。ミレニアムのとある少女が取り寄せているとか、いないとか。

 

「正式な文書はあとで送るとして……この場で謝罪させてもらう」

 

 ヒナが頭を下げることがどういうことか、その意味を知らない人間はこの場にいない。風紀委員会の代表、ゲヘナ学園最強のトップが自身の組織の非を認めたのだ。

 

「今後、許可なく風紀委員会がアビドスの自治区に踏み込むことはない。……帰るよ。回復したら撤収作業開始」

 

 有無を言わせない圧を感じさせながら与えられた指示に対して、風紀委員会のメンバーは全員動き出す。統率の取れた動きで撤収作業を行う風紀委員会を横目に、ヒナはホシノに目を向ける。

 

「小鳥遊ホシノ……一年生の時から本当に変わった」

 

「うへ、おじさんのこと知ってるの?」

 

「会ったことはないけど、知ってる。要注意人物として登録されていたから」

 

 その会話を聞いていたヒドリは、自分が見たことがある情報を思い出す。ヒドリが知っているホシノの写真は髪が短く、鋭い目付きをしていたのだ。ヒドリは人間の成長が分からない。二年で人はこうも変わるのかも、ヒドリにとっては分からない。ヒドリはどこまで行っても怪物である。怪物に、人間の変化は分からないのだ。

 

 理解できないことにモヤモヤはしない。所詮自分は怪物であると知っている。それでもいいと受け入れてくれた人達がいる。それだけで十分ではないか。

 

「……それと、ヒドリ」

 

「はい?」

 

「枷が緩んでる。……それだけ」

 

 それだけ言い残して、ヒナは風紀委員会を率いて去っていく。

 

「“……ヒドリ?”」

 

「……緩んでる……? ………………ああ、確かに……美味しそうに見える」

 

「ヒドリ、落ち着きなさい」

 

「あたっ……」

 

 アルに叩かれる直前、ボソボソと呟いたヒドリの顔に貼り付いていたのは、恐ろしい笑みだった。三日月のようにつり上がった口元から覗く鋭い牙、ギョロッ、ギョロッと動く瞳、ザワザワと蠢く髪。

 

 一部とはいえ、セリカが読んだ祝詞がトリガーとなり、ヒドリの本性が一部飛び出そうとしていたのだ。

 

 ヒドリ本来の姿を知っている便利屋68のメンバー以外が感じ取ったのは、濃厚な死のイメージ。忘却と死が同時に襲ってくるような、おかしなイメージである。

 

「……」

 

 祝詞が書き記された紙を見て、昂りを抑えたヒドリは、紙を懐に仕舞い、ペコリと頭を下げる。

 

「ごめんなさい、怖がらせてしまいました」

 

「“今のは……? いや、それよりも君は一体……”」

 

「僕は僕です。僕は赤時ヒドリ()。僕は■■■■()。僕は■■■■()。どこまでも飛ぶ鳥です」

 

「えっと……何て言ったんですか?」

 

「■■■■ですよ。……あ、聞こえませんよね、すみません」

 

 頭を抱えたアビドスの面々と先生、そしてモニター越しにヒドリを見ていたアロナ。ヒドリの言葉は、便利屋68のメンバーにしか伝わらなかった。

 

「知らなくてもいいことって、世の中にはたくさんあると思うんです」

 

「“それは、ハルカが止めた祝詞が関係してるの?”」

 

「まぁ、そうですね。はい、関係してますよ。教えませんけど」

 

 教えて何か僕に利があるんですか? と首をかしげるヒドリを見て、先生は驚愕した。秘密を隠すでもなく、あると肯定して拒絶する。しかもメリットがないのなら教えないと言い切ったのだ。

 

「“私が今、それを声に出すと言ったら?”」

 

「どうぞ? おすすめはしませんが。お腹も減ってきましたし、食べます」

 

 食べる。その言葉は比喩表現ではない。この場にいる全員がそれを理解し、便利屋68のメンバー以外の全員の空気が張り詰めていく。

 

 誰かがその空気に耐えきれなくなる、その寸前でアルが口を開いた。

 

「……ヒドリ、ダメよ。約束は守りなさい」

 

「……分かってますよ」

 

 今まで纏っていた重々しい空気は何だったのかと思うほど、ヒドリの纏う空気が変わる。朗らかな笑みを浮かべたヒドリは、冷や汗と脂汗を流し続けている先生に頭を下げた。

 

「僕のことは、いつか……そうですねぇ……気が向いたらお話ししますよ。皆さんにはまだ……抱えている問題があるでしょう?」

 

 それが終わるまでは、話すつもりはない。終わったとしても話すか分からない。ヒドリにとって優先順位は便利屋68>友達>食事>>>>知り合い>>>>>>仕事────なのだ。アビドスと先生は知り合いと仕事の関係。ぶっちゃけると『仕事だから関わってるけど、別にどこで死んでもどうでもいい』という考えである。人間は、どうでもいいものに関心を持つだろうか? 

 

 ちなみに、ヒドリの知り合いから友達へとジョブチェンジするには、そこまでハードルが高いわけではない。彼を本当の意味で知る覚悟を持つだけで友人へとジョブチェンジできる。だが、今の先生とアビドスにその覚悟があるかと聞かれると難しい。言ってしまえば現在の彼ら彼女らは、興味や疑問の解消のためにヒドリの秘密を知ろうとしている状態である。それを覚悟を持つとは言えないだろう。

 

「うへ……隠したいことは誰でもあるよねぇ。皆、とりあえずいいんじゃないかな」

 

「“ホシノ?”」

 

「だって、ヒドリ君、多分守ろうとしてくれてるんでしょ?」

 

「?」

 

「あり? 自覚無し? 教育者が優秀なんだね」

 

 ホシノだからこそ────キヴォトス最大の神秘を持つからこそ感じ取ったヒドリの無意識の気遣い。本人は特に考えていないが、己の異常性をできる限り抑えながらの言葉だったのだ。それが分かる者がキヴォトスにどれだけいるか。

 

「おじさん達の問題が解決した後、落ち着いたら話してよ。ちゃんとしとくからさ」

 

「はい、いいですよ。約束は守ります」

 

 約束のための指切りをして、ヒドリはホシノに一枚の羽を渡す。

 

「約束の証明です。お守り代わりにどうぞ」

 

「おー、立派な羽だ」

 

「……あ、皆さんもどうぞ。数枚程度すぐに生えてくるので」

 

 先生とアビドスの面々に羽を配るヒドリは知らないが、ブラックマーケットにヒドリの抜け落ちた羽を使った羽根飾りが売られていたこともある。それほどまでにヒドリの羽は美しい緋色なのだ。その羽根飾りは通りすがりの芸術家が購入していったそうだ。お値段まさかの三万円中々に高額である。

 

「あ、ちょっと見に行きたいものがあるので、僕達は行きますね。何かあったら社長のモモトークにお願いします」

 

 どこからともなく引っ張ってきた頑丈な籠に乗り込んだ便利屋68は、ヒドリの羽ばたきによってアビドス砂漠が広がる方向へと飛び立つ。再び始まった空の旅で、カヨコが声をかけた。

 

「ヒドリ、どこに向かってるの?」

 

「ずっと気になってたところです。……とっても美味しそうな匂いがするんです」

 

 それだけでアルは白目を向き、ハルカは顔を青くし、ムツキは微笑み、カヨコは呆れる。ヒドリのこういう発言は、間違いなく面倒事か、脂の乗った猛獣がいるか、本当に美味しいお店があるかの三択だからだ。

 

 三番目の選択肢は間違いなくないため、ほぼ二択────否、一択。ヒドリは面倒事の匂いに引き寄せられている。

 

「一応聞いておくけど、どんな匂い?」

 

「んー……表面は焦げてるけど希望に満ちてて……それでいて、後悔がたっぷり乗せられた……」

 

(死体よね!?)

 

(死体だね、これ)

 

(死体かぁ……)

 

(死体……ですよね……?)

 

 そうこうしている間にやって来たのはアビドス砂漠の端。渓谷の下に降り立った便利屋68は、あり得ない痕跡を発見することになった。

 

「……何、これ」

 

「巨大な……蛇でしょうか……?」

 

 明らかに生物とは思えない何かが這いずり回った形跡。あちこちが焦げ、削れた渓谷の底。凄まじい光量を持つヘッドライトで周囲を照らすヒドリは、漂ってきた匂いの主をいとも容易く見つける。

 

「……あれ? 腕と足だけだ」

 

 発見されたのは、白骨化した腕と足。人間の骨格がどうとか、そういった専門的なことをヒドリは説明できないが、若い女性の腕であることを直感的に感じ取っていた。

 

「……それが匂いの本人?」

 

「はい。……でもこれ……よく嗅いだら知ってる匂いですね……」

 

 クンクンと骨の匂いを嗅ぐヒドリは、嗅いだことのある匂いであることに気付く。

 

「これ、ホシノ先輩の匂いです」

 

「小鳥遊ホシノの匂いですって?」

 

「で、でもヒドリ君……生きてましたよね、あの人」

 

「あ、いえ……えーと……ホシノ先輩がこの人に寄せてるみたいです。こっちの方が匂いが濃い」

 

 この骨がアビドス高等学校の関係者であることを理解した便利屋68は、その骨の処遇をどうするかを目配せだけで決めた。

 

「届けましょう」

 

「届けるべきだね」

 

「届けましょう」

 

「届けよう」

 

「さすがに食べられませんね、これ」

 

 赤の他人なら食べたかもしれないが、クライアントの知り合いを食べるわけにはいかない。できるだけ形が崩れないように柔らかい布で骨を包んだヒドリは、一番近くにいたアルにそれを渡す。

 

「いつ渡します?」

 

「すぐによ。もしかしたら、行方不明になっていた人かもしれないわ。遺族の方も、探しているかもしれない」

 

「分かりました」

 

 善は急げ。便利屋68はハードボイルドでアウトローを目指しているが、やはり社長の根が善性の塊なのだ。それを知っているからこそ、この場にいる誰もがアルについていこうと思う。ヒドリが今、怪物として羽ばたかないのも、アルが一番の理由なのかもしれない。

 

 

 

 

 



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ヒドリ君は分からない

こちら、ボールペンのみ下書き無しヒドリ君になります。

【挿絵表示】


(ゲヘナモブ×アル×ムツキ×ハルカ×カヨコ÷ネル先輩)÷私の画力=上記の絵。

ちょっとメスガキっぽいというか……一部方面によっては分からせたい感じになってしまった感は否めないが、これがヒドリ君です。ちなみに前の回においしさやばげペロロ様もいます。


 小鳥遊ホシノと十六夜ノノミは知っている。他のアビドス高等学校廃校対策委員会が知らない先輩の存在を。

 

 彼女らは覚えている。手足が千切れ、凄惨な死体として見つかった先輩の姿を。

 

 何度も探した。彼女の千切れた手足を。探して、探して、探し続けて……遂に見つからなかった、頼りなくて、穏やかな先輩の手足。それが今────

 

「ぅぁ……」

 

「……うそ」

 

 なぜか夜に会おうと連絡してきた便利屋68の社長、陸八魔アルの腕の中に、大事そうに抱えられていたのだ。

 

 二人はその骨が直感的に、自分の先輩であった少女の骨であることを感じ取り、喉が干上がる感覚を味わっていた。

 

「これ……どこで」

 

「遠くの渓谷、その底に眠っていたわ。……やっぱり、知り合いだったのね」

 

 柔らかい布に包まれ、大事に抱えられていた骨を、アルがホシノに手渡すと、まるで壊れ物や宝物を触るかのように優しく……震える手で骨を抱き締める。

 

「ぁ……ああ……そん、なところに……」

 

「ユメ先輩……」

 

 この場にいるのは、便利屋68全員とホシノとノノミのみ。アルの勘が冴え渡った結果のメンバーである。

 

「その人、何か後悔があったみたいですよ」

 

「何で……分かるの……」

 

「僕が僕だからです。……寂しい、会いたかったって、そういう後悔の匂いでした。今は匂いませんけど」

 

 そういう匂いはしなくなったと呟くヒドリを尻目に、ホシノとノノミはその骨を大事に大事に抱き締めていた。余程大事な人物だったらしい。

 

「届け物は終わったし……僕達はこれで────」

 

「待って」

 

 去ろうとしたヒドリを引き留めたホシノは、震える声で恐る恐る問う。

 

「ユメ先輩────この骨は……他に、何か言ってた?」

 

「え? 声は分かりませんが…………希望。さっきより強く匂います」

 

 まるで、夢を託した、信じていると言わんばかりに放たれる強い希望と期待、信頼の匂い。今までは小さくしか感じなかった強い匂いは、化け物のヒドリには眩しすぎるほどに輝いていた。

 

「その人……喜んでます。まるで、夢を託したみたいに」

 

 ヒドリの言葉にブワッ、とホシノとノノミの瞳から涙が溢れる。溜め込んでいたものが一気に溢れたように、止まらない涙は、二人の視界をぐちゃぐちゃに歪めていた。

 

「僕は……その人を知りません。けど……えーと……二人が頑張ってたのを、多分、その人は知ってたと思います。だから……自分を許してあげても、いいんじゃないですかね」

 

 怪物に言えることはたったそれだけだ。それだけ伝えて、ヒドリはいつの間にか遠くにいなくなっていた便利屋68のメンバーに追い付き、帰路を歩む。

 

「社長」

 

「何かしら」

 

「僕達の行動は……間違っていたのでしょうか」

 

 ヒドリは困惑していた。遺品を届けて、お礼を言われるなどとは思っていなかったが、彼女達が泣き出してしまったことに。本質的に化け物であるヒドリには分からない。どうしてあの二人が泣いていたのか、全く分からない。

 

「あれがあの二人にとって正しい選択なのかは分からないわ。傷付けてしまったかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

「……?」

 

「でもね、私達は届けると決めた。なら、その行動が間違いだと疑ってはダメよ。少なくとも私達はね」

 

 首をかしげ続けるヒドリの背を叩き、アルは不敵に微笑んだ。

 

「自分の行動は必ず返ってくるの。この行動が正解か不正解かは……その時分かるはずよ」

 

 人の行動って、そういうものよ。

 

 そう言ったアルにハルカは目を輝かせ、ムツキとカヨコは微笑む。言葉を与えられたヒドリは、分からないなりにその言葉を解釈しようと頭をこねくり回す。

 

「とりあえず、帰って寝るわよ。ヒドリ、まだ飛べる?」

 

「え? あ、はい」

 

「ならお願いできるかしら?」

 

 本日三回目、籠に乗り込む便利屋68。ヒドリは籠を掴んで飛び上がる。雲一つない夜空には輝く星達。振り向けば、どこまでも広がる砂漠────間違いなく絶景だろう。

 

「綺麗……」

 

「でもちょっと寒いかなぁ」

 

「ムツキ、毛布あるから使って」

 

 取り出された赤い毛布……こちらも察しの通り、ヒドリの羽が使われている。作るために大量の羽を使ったが、それはそれ。熱を逃がさない毛布による寒さ対策により、便利屋68は寒さが堪える夜のアビドスを越える。

 

 事務所に帰ってきた時には10時を回っており、便利屋68全員の頭に眠気がやってきていた。

 

「お風呂入れてきますね。入浴剤も」

 

 ソファに倒れ込むようにして座ったアル達を一瞥してから、ヒドリは風呂場の準備を始める。現在の便利屋68の事務所は、まぁまぁ広い。

 

 ヒドリという移動手段もあるため、アクセスはそこまで考えていないが、それでもある程度のアクセスは確保されており、防音対策もしっかりされている。さらに、風呂場も大きい。自給自足もできるように、屋上には畑も存在するのだ。

 

 こんなにも良い物件だが────諸々の管理費含めて、総額月々六万円。不動産屋としても、早々に手放したかったという事故物件だったらしいが、ヒドリという呪いなどというオカルトですら認識すれば喰らう化け物がいたため、問題なし。

 

 大きな湯船にお湯張りをしながら、ヒドリは渓谷の底で見た痕跡について考えていた。

 

(あんな大きな生き物……砂地で生活はできないよね)

 

 ベルクマンの法則、という法則が存在する。これは、恒温動物において、同じ種でも寒冷な地域に生息する個体ほど体重が大きく、近縁種についても大型の種ほど寒冷な地域に生息する……という法則だ。去年の秋、ヒドリが便利屋68のメンバーやスナイパーライフル使い達と共に狩った巨大猪についても、その類いであろう。

 

 また、逆ベルクマンの法則というものも存在する。こちらについては変温動物や昆虫などのサイズが暖かい場所であれば巨大化しやすいというものだと考えていい。

 

 その法則に当てはめれば、巨大な蛇が存在してもおかしくはないが、キヴォトスに訪れてからアルに渡された図鑑を読み漁っていたヒドリは、砂漠に生きる生物がどのような進化を遂げているのかを学んでいた。確かに、砂漠にも蛇は存在するが、そこまで巨大化しない。しない方がいいのだ。

 

(アビドスには餌がない……)

 

 巨体のエネルギーを賄うための餌が、アビドスには存在しないのだ。ならば、あの巨大な生物の痕跡は何なのか。ヒドリは何となく当たりを付ける。

 

(ロボット……それも、環境を滅茶苦茶にするような)

 

 あれだけの巨体が地中を突き進めば、地脈を滅茶苦茶にすることで自然環境を破壊する。ニュースにもなっていた砂嵐、その原因がそのロボットにあるとすれば、辻褄が合うものもある。

 

(でも……誰がそれを作ったんだろ……分からないなぁ)

 

 最近購入したヒノキボールを湯船に放り込み、考えを断ち切る。情報不足で分からないことは、あとで考える方がいいとカヨコに教えられたからだ。思考を打ち切った頃には、風呂場の準備が完了していた。

 

「皆さん、お風呂準備できましたよー」

 

「あら? ヒドリが先に入るんじゃないの?」

 

「え?」

 

「え? だって、今日一番動いてるのはヒドリじゃない」

 

「え?」

 

「え?」

 

 漫才のようなやり取りが起こり、その後すぐに譲り合いが発生する。また始まったと肩をすくめるカヨコは、いつも思っていることを口にした。

 

「面倒だし、全員で入っちゃえば? 仕切りあったよね?」

 

「ありますよ。……でも、いいんですかね、それ」

 

「掃除大変だし……効率的じゃないかな」

 

 便利屋68のメンバーにとって、ヒドリは男性ではなく、背丈が高いだけの幼さがある弟である。しかも、ヒドリは女性の体を見て興奮するような存在でもない。それはからかいついでにムツキとカヨコが実証済みである。わちゃわちゃと脱衣場で騒いでいた時、ボディソープを切らしていたと普通に入ってきて、ムツキをあしらいながらそのまま詰め替えて去っていったのだ。

 

「それと、羽。洗うの大変でしょ?」

 

「え? ああ……まぁ……大変、ですね」

 

 これについては大きな翼、小さな翼、羽を持つ生徒の悩みであろう。友人に洗うのを手伝ってもらう者が多いが、ヒドリは常に一人で洗っていた。あれだけ大きな翼と尾羽、洗うのにも多くの時間を要してしまう。

 

「わ、私も手伝います……! ヒドリ君は、いつも頑張ってますし……」

 

「節約にもなるしね。いいんじゃない? ね、アルちゃん?」

 

(い、いいのかしら? でもヒドリだし……うーん……)

 

 心の中の数人の小さなアルが会議を行う。全員で入った場合のメリット、デメリット、入らなかった時のメリットとデメリット。秤に掛けて────アルは決定する。

 

「諸々の節約にもなるし、皆で入りましょうか」

 

「いいんですかね、それで?」

 

「一応水着を着用することにするわ。ほぼ家族みたいなものとはいえ、一応、男女だしね」

 

 結果、全員で入ることになった。大浴場並みに広い風呂場で水死体が発見されたこの事故物件だが、本当に風呂場が大きいのだ。全員で入っても空きがあるくらいには。

 

「あ、じゃあその前に布団敷いてきますね」

 

「ヒドリ君、それ、私がやっちゃいました……」

 

「あ、ありがとうございます、ハルカさん。……明日のご飯どうしましょう? お弁当作りますか?」

 

「それは皆でやろう。明日も早いよ」

 

「賛成! ヒドリ君ばっかりにやらせてたら悪いしね」

 

 見つけた仕事のことごとくが終わっているか、皆でやることになっていく。そして、この後水着を着用した便利屋68全員で風呂に入り、今後のアビドスとの連携についてや、巨大な蛇のような痕跡について話すことに。だが、どれだけ話しても仮説の域を出ないため、会議が終わる。

 

「そういえば、アビドスにはリゾート地がありましたね」

 

 湯船に浸かりながら、ヒドリがふと思い出したように呟く。今となっては整備されていないであろうリゾート地にはなってしまうが、ヒドリは笑みを浮かべた。

 

「海の上を飛んだことはあるけど、泳いだことはないなぁ」

 

「そもそもヒドリ君って泳げるの?」

 

「どうでしょう? 泳いだことがないのでなんとも」

 

 ムツキの問いかけに翼を動かしながら答えるヒドリ。ちなみに彼の呟きは水着を見たから、着たから思い出したことだ。大した理由はない。

 

「リゾート地……楽しそうなイメージですよね」

 

「そこのところ、どうなんでしょうか、カヨコ先輩」

 

「私に聞かれても分からないかな……」

 

「リゾート地じゃなくても、大きなプールに行ってみるのもいいかもしれないわね」

 

 依頼が終わった後に待っている夏の予定を話し始める便利屋68の面々。それは部活や会社仲間というよりも、まさに家族のようであった。

 

 

 

 

 



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ゲヘナの怪鳥ヒドリ君

アビドスはここで締めます!ビナーは色彩シナリオまで待ってろ!! 多分食べに行くから!


 遺骨を届けてから三日。今日もアビドスへと赴いて復興の手伝いをする予定の便利屋68は、弁当箱に料理を詰めていた。今日の弁当は卵焼き、青菜のごま和え、唐揚げ、ひじき煮、茹でたブロッコリーに握り飯である。給食部にデリバリーしてもいいのだが、某美食探求者の妨害が考えられるためやめた。

 

「……何ですって?」

 

 そんな弁当を詰めて、いざアビドスへ────というところで緊急連絡による電話が鳴る。その電話を取ったアルが、目を細めた。こういう時の内容は、間違いなく面倒事の類いだ。

 

「ええ……ええ……なるほど。……ええ、分かったわ。じゃあ、あとでね」

 

 ガチャン、と受話器を置いたアルは、集まる視線に向けて口を開く。

 

「小鳥遊ホシノが失踪したわ」

 

「? 家出ですか?」

 

「失踪よ。家出じゃないわ」

 

 シャーレの先生から伝えられたことは一つ。小鳥遊ホシノが今朝からいなくなっているということだけだ。残されていたのは一通の手紙だけ。

 

 その手紙には、自分がいなくなった理由と、アビドスのこれからのこと、謝罪。そして、便利屋68へのお礼が綴られていたという。

 

「モモトークに送られてきたわ。確認しなさい」

 

 

……それから便利屋68の皆には、本当に感謝してもしきれないくらいの恩ができたよ。おじさん達がどれだけ探しても見つからなかった、大切なものを見つけてきてくれたんだから。ありがとう、私の大事なものを見つけてきてくれて。……それと、お祭り……できれば行きたかったけど、ちょーっと難しそう。ごめんね。

 

 

 短い……本当に短い文章。その中に込められた感謝の思いは、実物を見ていない便利屋68も────そしてヒドリにも伝わっていた。

 

(……ああ、そっか)

 

「間違っていなかったんだ」

 

 遺骨を届けたことは、間違いじゃなかった。無駄ではなかったのだと、ヒドリは理解する。その直後、ヒドリは────緋色の鳥は、認識の鳥は、えもいわれぬ満足感と熱を感じた。便利屋68のメンバーや、給食部、友人と食事をした後のような、空腹が満たされる感覚。餓えが遠ざかる気配。あの時、寒い冬の日、便利屋68に拾われた時のような冷たさが消えて、多幸感で視界が広がる感覚だ。

 

「社長、ごめんなさい。わがままを言ってもいいですか」

 

「何かしら?」

 

「便利屋68以外のために、翼を広げることを、許してください」

 

 手に入れた繋がり。与えられたものを返したいと思う気持ち。それがヒドリを突き動かした。便利屋68のためではなく、新しくできた友人のために、緋色の翼を広げたいと願ったのだ。それをわがままなどヒドリは言ったが、便利屋68は────陸八魔アルは、それをわがままとは言わない。

 

「もっと簡単に言いなさい。あなたはどうしたいの?」

 

「ホシノ先輩に会いに行きます。後悔しないように」

 

「それは誰の後悔?」

 

「分かりません。けど、多分僕だと思います。……だから────」

 

「ダメよ」

 

 有無を言わせぬ厳しい言葉を投げるアルに少しの驚きを見せるヒドリ。何か反論しようと口を開く直前、ムツキが吹き出した。

 

「くふふっ、アルちゃんってばこういう時に限って不器用~!」

 

「な、何よ!? せっかく格好付けようとしてたのに!?」

 

 厳格なボスのイメージが崩れ落ち、ムツキを非難するアル。パチパチと瞬きをするヒドリに、ハルカが声をかける。

 

「ヒドリ君、多分一人で行こうとしてたんですよね……?」

 

「はい」

 

「アル様は……それが嫌だったんだと思います」

 

 陸八魔アルという少女は、社員を、身内を蔑ろにする行為を許さない。便利屋68の誰かが傷付くかもしれない場所に、一人で行かせることをよしとはしない。それが、どれだけ頑丈で人間ではない存在であったとしても。

 

「そもそも依頼が来てるの。勝手な行動は許さないわよ」

 

「社長、依頼って?」

 

「作戦名【ホルスの帰還】、その参加よ」

 

 つまりは、小鳥遊ホシノ救出作戦への参加要請。ヒドリの進言がなくとも、アルは助けに行くつもりだったのだ。

 

「作戦の決行は今日の深夜2時。……あの先生がゲヘナとトリニティに土下座までして行われる作戦。失敗は許されないわ」

 

 あのいつも半目で疲れ目のメガネをかけた先生が土下座。少しシュールな光景ではあるが、一人の生徒のためにそれだけの覚悟を見せた先生に対して、アルは大人の強さを見出だしていたようだ。

 

「行くわよ、便利屋68。アビドスへ!」

 

「皆で行くよ、ヒドリ。武器の整備はしてる?」

 

「……はい。ありがとうございます、皆さん」

 

「あら、何のことかしら。とにかく行くわよ」

 

 不敵な笑みを浮かべて事務所を後にするアルの背中についていく四人。

 

 ────────便利屋68、ホシノ救出作戦への参加、決定。緋色の鳥の手綱を握る悪魔達が今、牙を剥いた。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 かつてアビドスの本校があった、砂漠の廃墟。今となってはカイザーの手中にあるそこで、アビドス高等学校廃校対策委員会の生徒四人は、カイザーPMCに挑んでいた。全ては連れ去られた小鳥遊ホシノを助けに行くために。

 

 アビドスの最高戦力たるシロコ、セリカ、ノノミ、アヤネは、先生の指揮を受けながら、ホシノが監禁されているというアビドス本校跡地まで攻め込んだ。

 

 その襲撃に対して、カイザーPMCは、動きを読んでいたかのように兵力を集め、数の暴力でアビドスに襲いかかる。

 

 シロコ達が獅子奮迅の活躍を見せても、先生の全力の指揮があったとしても、あまりにも圧倒的な戦力差。戦いは数であると言わんばかりの兵力だ。誰が見ても絶望的。だが。

 

「なぜだ」

 

 だが。

 

「なぜだ……!」

 

 だが。

 

「なぜ諦めない……! アビドス!!」

 

 アビドスは、先生は折れない。

 

「ノノミ! 一斉に薙ぎ払え!!」

 

「覚悟してくださいね~!」

 

 彼らは……彼女らは……諦めるという言葉を知らない。先生は知っている。ホシノがどんな気持ちでカイザーへと向かったのか。ノノミは知っている。大切な先輩を失ったホシノがどれだけ頑張ってきたのかを。

 

「シロコ先輩、合わせて!!」

 

「ん、出力最大。援護する」

 

 止まろうとも、引き返そうともしない。セリカは知っている。いつも昼寝をしているようなのんびりしたホシノが、誰よりも頼りになることを。シロコは知っている。ホシノがどんな人よりも優しい先輩であることを。

 

「後方支援、投下! 各自回復と補給を!」

 

 どれだけ遅くとも、一歩、また一歩と進んでいく。アヤネは知っている。ホシノがどれだけアビドスを愛していて、自分達後輩を可愛がっていたのかを。

 

「補給部隊! どうなっている!?」

 

 

 

『こ、こちら補給部隊! 現在ゲヘナ学園風紀────ギャア!?』

 

『補給部隊を行かせるな! 風紀委員会の意地を見せてやれ!!』

 

『イオリ、皆を下がらせて。一掃する』

 

『キキキッ! イロハ! 砲弾装填急げ! 風紀委員会ばかりにいい顔をさせるな!』

 

『ならあなたも敵を潰してください』

 

『当然ッ! イブキも見ているしな!!』

 

 

 

「風紀委員会と万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)……!? ゲヘナ学園が動いただと!? 二番隊はどうなっている!!」

 

 

 

『HQ! HQ! こちら第二補給部隊! トリニティの砲撃による妨害を受けています!!?』

 

『撃ち続けてください! 砲身が焼け落ちるくらい!』

 

『第三、第四、第五砲撃部隊! 一斉掃射!! ゲヘナの連中に目にもの見せてやれ!!』

 

『Yes Ma'am!!』

 

 

 

「ええい、なぜだ!? なぜたった一人! たった一人のためだけにゲヘナもトリニティもまでが動く!?」

 

「理事! このままでは部隊の補給物資が尽きま────カハッ!?」

 

 カイザーPMC理事に報告をしていた部隊の人間が、赤い閃光と共に先生達がいる方向にぶっ飛ぶ。それと同時に、後方から響く爆発音と銃撃の音。カイザーの大部隊が混乱に飲まれる中、アビドスのメンバーと先生は笑みを浮かべた。

 

「すみません、遅くなりました」

 

「“いいや、ナイスタイミングだよ。便利屋68!!”」

 

 バジュウウウウウウッ!! と排熱機構を全開にしている靴でカイザーPMCの人間を踏んでいる赤い翼の少年に、先生は喝采の声を上げる。

 

「聞くまでもないでしょうが……一応聞きますね、皆さん。まだ戦えますか?」

 

「「「「「“もちろん!!”」」」」」

 

「それは良かった」

 

 小さく笑みを浮かべたヒドリは、大きく息を吸って、前を向く。

 

「僕は鳥。四人を連れて飛び続ける。赤き原野を飛ぶ緋色の鳥────」

 

 真紅の瞳がカイザーPMC部隊を捉え、巨大な翼が風を起こす。歩兵だけでなく、重装甲兵、ドローン、戦車に装甲車、数々の兵力が揃うカイザーPMC大部隊に対して、ヒドリはアルのように不敵に笑った。

 

「便利屋68社員兼足係赤時ヒドリ。小鳥遊ホシノ先輩、アビドス高等学校の友人として……お前達を食い荒らす……ゲヘナの怪鳥だ」

 

 ヒドリが羽ばたき、上空からの落下攻撃を仕掛ける。撃ち落とそうにも、ヒドリを見ればアビドスの攻撃が届く。かといって放っておけば大きな被害は免れない。

 

 シロコのドローンが、セリカのアサルトライフルが、ノノミのマシンガンが火を噴く。

 

 さらに爆発音と轟音によって混乱に飲まれていくカイザーPMC。ショットガンとスナイパーライフルによる攻撃でねずみ算の如く減っていく兵力。カイザーPMCは限界に近付きつつあった。

 

 あれだけいた兵も、一人、また一人と倒れていく。その光景を見ていたカイザーPMC理事は叫んだ。

 

「なぜだ!?」

 

 最後の一人が倒れ、グラニテも再起不能。カイザーPMC理事だけになっても、彼は叫ぶ。

 

「なぜ、もう希望など潰え、衰え切った絶望しかない学校に! いつまでも、いつまでも、縋り続けるのだ!?」

 

「……」

 

「あれほど、あれほど痛めつけた! 進む先に光など無いはずなのに!!」

 

「…………」

 

「金で! 人間で! あらゆるものを使い、苦しめた! 徹底的に苦しめたはずだ! 二人だ! たった二人だったはずなのだ!!」

 

「………………」

 

「だが、どうだ!? 三人! 四人! 五人! 増えていく!!」

 

「……………………」

 

「なぜ増える!? なぜ留まる!? なぜ、あんなにも! 希望などないはずなのに! 毎日毎日楽しそうに笑う!? 貴様らは異常者────ひでぶッ!?」

 

 気付けばヒドリの拳が、カイザーPMC理事の顔面に炸裂し、壁に激突する。ヒドリは苛立っていた。意味のないであろう拳を振るうほどに、苛立ちを覚えていた。この苛立ちは、昔便利屋68を馬鹿にされた時にも感じたものだ。

 

「“ヒドリ?”」

 

「……アビドス高等学校は、希望で繋がっていた」

 

 ヒドリが口を開く。

 

「希望は潰えていない。夢を、希望を、託され、繋がってきた」

 

 力強く、地面を踏み締めながら、カイザーPMC理事に近付いていく。

 

「衰えてなんかいない。眩しいくらいに輝いていた」

 

 誰もが、言葉を失った。息を飲んだ。不気味なあの死のイメージではない、どこまでも美しく、高潔な光のような雰囲気と怒りを纏う彼に。

 

「どれだけ痛めつけられても、叩き潰されそうになっても。光に向かって(もが)いて、足掻いてきた」

 

 ヒドリはアビドス高等学校廃校対策委員会がどれだけ頑張ってきたのかを、よく知らない。

 

 だが、砂漠の中、一等星にすら負けない強い輝きを────どんなに辛くて、苦しくても、日々を楽しく笑おうと歩みを止めなかった彼女らの生命の輝きを、涙が出るほどに食べることを躊躇うほどに美しい生命の輝きを、便利屋68に見出だした輝きに似たものを見たのだ。あの遺骨にも、それを見た。

 

「借金、僕達みたいな何でも屋や傭兵、全部、跳ね返してきた」

 

 胸倉を掴み、真っ赤な瞳でカイザーPMC理事を睨む。

 

「たった二人────いや、たった一人から、一人、また一人と希望を、夢を繋いできたんだ」

 

 ヒドリの鼻に漂ってきた、遺骨と同じ希望や夢の匂い。それはアビドス高等学校廃校対策委員会全員が纏う匂いである。

 

「私利私欲のためにアビドスを潰そうとしたお前が、それを消せるわけがないだろ」

 

 カイザーPMC理事の巨体を放り投げて、回し蹴りを叩き込んだヒドリは食べる価値もないと吐き捨てて、息を整えた。

 

「……すみません。いいところ、全部持っていってしまって」

 

「うへ、気にしないで。言いたいこと全部言ってくれてありがとね」

 

「……やっぱり脱出してましたか、ホシノ先輩」

 

 瓦礫の下にあった地下室への道、そこに立っていたのは、いつも通りの笑みを浮かべる小鳥遊ホシノだった。

 

「いやぁ、ごめんごめん。意外と地下室の見張りが多くてさぁ」

 

 武器もない状態では、見張りを制圧するには時間がかかったとぼやくホシノ。そんな彼女はどこかスッキリしたような表情を浮かべている。

 

「おじさん、もう少し頑張ってみるよ」

 

「そうですか」

 

「うん。これでもアビドスの先輩だし。それに……託されたからね」

 

「……なら、その先輩としての責任を果たしてあげてください」

 

 ヒドリの視線の先には、それぞれの笑顔を浮かべてこちらに向かってくるアビドス高等学校廃校対策委員会と先生────そして便利屋68。

 

「「「「ホシノ先輩!」」」」

 

「うへぇ~!?」

 

 もみくちゃにされて悲鳴を上げるホシノを一瞥して、ヒドリは便利屋68に合流する。

 

「“助かったよ、ありがとう”」

 

「仕事をこなしたまでよ。また何かあったら言ってちょうだい」

 

「ヒドリ君ってば、さっき凄く怒ってたねー?」

 

「あれだけ怒ってるヒドリは久しぶりに見た」

 

「そう、ですね……確かに……」

 

「はい。何か気に入らなかったので」

 

「うんうん、ちゃんと成長してるね。偉い偉い!」

 

 話をしながら、しっかり帰りの準備をしている便利屋68。やはりどこから取り出したのか分からない頑丈な籠を組み立てて、ヒドリは先生に声をかける。

 

「それでは先生。僕達はこれで」

 

「“皆と話さなくていいの?”」

 

「いいんです。僕はアビドスではありません。僕は便利屋68の社員兼足係ですから」

 

「“……そっか”」

 

「はい。……それでは」

 

 翼を広げ、天高く羽ばたく。アビドスの砂漠の先で、昇ってくる朝日を浴びて、便利屋68はアビドスの大地を後にした。

 

 

 

 



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便利屋68とお祭り騒ぎ~ゲヘナ学園食事祭~

イメージはイベストです。

ゲヘナ学園のスキル上げに使うアイテムとかたくさん手に入るイベントです。欲しい……私によこせ……(願望)


 ヒドリの朝は早い。アルがなぜか五人で眠れるくらいのベッドを買ったため、便利屋68全員が一緒に寝ているベッドで目が覚めたら、ヒドリの翼を握って眠っている便利屋68メンバーを起こさずに抜け出す。

 

「……」

 

 覚醒しかけている意識を動かして、事務所のキッチンに訪れる。冷凍庫に入れていたティーパック茶を取り出して、マグカップで飲む。その頃には意識が完全に覚醒して、いつものヒドリだ。

 

「おはよ、ヒドリ」

 

「あ、カヨコ先輩。おはようございます。お茶、飲みます?」

 

「ん、貰うよ」

 

 シャワーを浴びていたらしいカヨコが風呂場から出てくる。彼女がヒドリから受け取ったお茶は、給食部の食料輸送護衛の報酬で譲ってもらったハーブティーで、一つ一つパックで小分けにされている。毎日朝に飲むのがヒドリの楽しみなのだ。

 

 口の中に広がるハーブの香りを楽しみながら、カヨコはそういえば、と口を開く。

 

「ヒドリは色々食べるけど、記憶に残るくらい美味しかったものってあるの?」

 

「人間」

 

「それ以外は?」

 

「……給食部が作ってくれた料理と……あ、便利屋の皆で食べたものは何でも覚えてますよ」

 

 屈託のない笑みで答えたそれに、カヨコは小さく笑みを返した。その言葉に表裏はなく、純粋に美味しかった思い出を伝えてくれる。便利屋68の誰か────もしくは全員で食べたものは全て覚えていると言ったことは、カヨコにとって嬉しくあった。

 

「じゃあ、最初に食べたのは覚えてる?」

 

「皆でなら……水炊きでしたね。カヨコ先輩とは……キャラメルアイスでした」

 

「よく覚えてるね」

 

「全部覚えてますよ。カヨコ先輩にカビたパンを食べようとして怒られたのも覚えてます」

 

「ふふ、そんなこともあったね」

 

 まだ安定した食事や欲求のコントロールができていなかった頃、ヒドリは餓えから逃れるために、腐っていようがカビていようが食べようとすることがあった。その度にアル、ムツキ、カヨコ、ハルカの誰かに怒られて、矯正していったのである。

 

「あの頃から変わったね、ヒドリは」

 

「変わりましたかね?」

 

「うん、変わったよ」

 

 酷い時には、唸り声を上げながら自分の腕や翼を噛み千切ろうとしたこともあった。この仕事が安定するまでは────定期的に血を啜らないといけないほどに、ヒドリは不安定だった。それからだろうか……便利屋68も、ヒドリも変わり始めたのは。

 

「少なくとも……血を飲まなくてもお腹空かないでしょ?」

 

「はい。……あの時はありがとうございました」

 

 ヒドリのような異常を収容して実験しようとするような連中がこの話を聞けば、嬉々としてヒドリに血を与える実験を行うだろう。そして滅ぶ。諸行無常である。

 

「いいよ。今ヒドリがこうしてるから、私達も助かってる。……ところで、血にも味とかあるの?」

 

「ありますよ。カヨコ先輩はアフォガートで、ハルカさんはブドウ……ムツキ先輩は蜂蜜で、社長はココアです」

 

 何の躊躇いもなしに味を伝えてくる。今まで知らなかったヒドリが感じていた便利屋68の味。

 

「それはそうと、カヨコ先輩。今日の朝ごはんは少し少なくしましょう」

 

「? 別にいいけど、何かあった────って、ああ、そういうことね」

 

「はい、お祭りですよ」

 

 美味しいものを皆で食べよう────その思いからヒドリが一人で企画、人員集めを行ったイベント、ゲヘナ学園食事祭。数ヶ月に一度行われるそれのため、ゲヘナ学園生徒の中にはダイエットをしたりする者もいる。その開催初日が今日なのだ。

 

「牡丹肉ですよ、牡丹肉。僕もフウカさん達とメニューを監修したんです」

 

「確か、初日は揚げ物なんだっけ?」

 

「はい。二日目は焼き物で、最終日に鍋です」

 

 我こそがとゲヘナ学園だけではなく、各学園自治区から出店しに来る店もある。その中にはキヴォトス生徒やプロも含まれる。ゲヘナにはあの美食研究会がいるというのに、恐れを知らぬ猛者ばかりだ。

 

「ヒドリは店出すの? 揚げ物なんて、得意分野じゃん」

 

「テントは借りてますよ。ただ……連邦生徒会からの許可が降りませんでした……!」

 

「あー……残念だね」

 

 思い出すのは、おいしさやばげなスカーレット・フライドチキン騒動。連邦生徒会が禁止したあれがあるため、ヒドリはテントを借りられても、初日の出店は不可能なのだ。二日目は焼き物……ハンバーグやボロネーゼなど、焼いたり炒めたりするものをメインとする店が追加される。ヒドリが出店できるのはその日から。最終日は巨大な鍋を使った牡丹鍋のため、給食部が担当である。

 

「せっかくメンチカツとか、牡丹カツとか作ったんですけどね……」

 

「まぁ、次の機会があるよ、多分」

 

「はい。……というわけで、初日と最終日は皆さんで回りたいと考えてます」

 

 ヒドリの餓えを凌ぐ方法は大きく分けて三つ存在する。一つは祝詞を唱えた人間を赤い原野に招き入れて捕食すること。二つ目、友人と共に食事をすること。そして三つ目が……食事をするたくさんの人間の感情を少しずつ喰らうこと。述べた順に効率がいい。

 

「なら、皆を早く起こしてこないとね」

 

「そうですね。僕が起こしてきます。カヨコ先輩、ご飯の用意してもらえますか? 残り物ですけど」

 

「分かった」

 

「ところで、何か嫌な夢でも見ましたか?」

 

「……何でもないよ」

 

「そうですか」

 

 そう言ってヒドリは寝室に消えていく。いつものようにアル、ムツキ、ハルカを起こすのだろう。それを見送り、キッチンに立ったカヨコは、呟く。

 

「変な夢を見ただけだよ」

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 祭り開催の合図となる昼間でも輝く花火が打ち上げられるゲヘナ学園自治区、広場。たくさんの店舗が立ち並ぶそこに、ヒドリ達便利屋68はいた。

 

「さぁさぁ、回りましょう。揚げ物メインとはいえ、他にも串焼きとかも売ってますよ」

 

「本当に大規模になったわね、このお祭り」

 

 最初は、ヒドリが餓えを凌ぐために一人で黙々と料理を作って振る舞うだけのイベントだった。そこに給食部が加わり、料理や出店に興味がある生徒が加わり、少しずつ大きくなって、遂にはゲヘナ学園全てを巻き込む祭りになったのである。

 

 第二回は給食部と便利屋68による合同巨大カレー。第三回はラーメン、第四回はゲヘナ学園創立記念寿司……その後も何度も何度も開かれて、今では定期的に開催される祭り。ちらほら見える、ゲヘナ学園以外の制服を着た少女達や一般人。何だか只者ではなさそうな狐集団がいたり、公園で暮らしていそうな兎集団がいたり、史上最強のペロキチがいたり……エデン条約が締結されていないはずだが、幾人かの黒い服を着ているトリニティ生徒もいる。

 

 規模が大拡張された祭りを初期から見ていたからこそ、感慨深く呟いたアルに、ヒドリは笑う。

 

「エデン条約が締結されたら、トリニティも巻き込みます」

 

「トリニティもですか……でも、いいんですか? あの学園の生徒は……」

 

「? 何かありましたっけ?」

 

「ヒドリ君、石投げられたことありましたよね……?」

 

 ハルカにそう言われて、ようやく思い出すヒドリ。トリニティ総合学園自治区をミラクル5000を買って喜びながら歩いていたヒドリは、気味が悪い、ミラクル5000を買ったという醜い嫉妬などの理由で石を投げられたことがあった。それをやった生徒は偶然通りかかったヴァルキューレの生徒に逮捕されたが。

 

 ヒドリは気付いていないが、言葉による攻撃もされている。たとえ聞いていたとしても、ヒドリは気にも止めないが。その辺に転がっている石を気にする人間はいないのだ。

 

「いいんですよ。それに、ヒフミ先輩とか、ツルギ先輩とかもいるんです。悪い人ばかりじゃないですよ、トリニティ」

 

「ツルギ……? どうしてヒドリ君が正義実現委員会の人と?」

 

「え? 屋根の上でぼんやりしてたら会いました。紅茶淹れるの上手なんですよ」

 

 妙なところで縁を広げてくるヒドリ。そんな彼は便利屋68を先導しながら、トンカツならぬシシカツ店のテントに訪れる。出店願いが来ていた時からマークしていた店だ。

 

「ヒレカツ5つください」

 

「あいよ! ヒレカツ5つ入りやしたー!!」

 

「「「ありがとうございます!!」」」

 

 気迫のある声が響き、衣が油で揚げられる音が耳を叩く。朝食を少なめにしていた便利屋68は、それだけで食欲が沸いてくるというものだ。五人で1000円ちょっと。低価格でプロの味を楽しめるのも、この祭りの醍醐味でもある。

 

 ちなみに、生徒が出している店は無料で料理を食べられる。無論、給食部が審査した選りすぐりなので、味も満足できる出来映えだ。

 

「はい、お待ち! 猪のヒレカツだ!」

 

「ありがとうございます」

 

「揚げ物は揚げたてが一番よね」

 

 食欲をそそらせるヒレカツをハフハフと噛れば、臭みのない深い赤身の旨味がやってくる。

 

 牡丹肉は本来クセも食べにくさもほとんどない、非常に旨味の濃い肉なのだ。

 

「あら、想像以上に美味しいわね、これ!」

 

「へぇ、猪ってこんな味なんだ。豚肉に似てるね」

 

 味わいは豚肉に似ているが、赤身は豚肉に比べてより濃厚で臭みがなく、もちもちとして押し返すような弾力がある。そして深い滋味、甘みを味わうことができる。

 

「しつこくもないから食べやすいね。このサルサソースも美味しい」

 

「ピリ辛で、さっぱり食べられます……!」

 

 更に驚くべき美味は脂身で、とろけるようでありながらしつこさ、脂っぽさを感じさせません。食感はサクサクしており、さっぱりとしたコクが舌に広がるのだ。

 

 迅速かつ丁寧に処理された猪の肉を料理人が調理する。美味しくならないわけがない。

 

「……うん、美味しい」

 

「ヒドリ君、口に衣が付いてるよ」

 

「え? ああ、すみません」

 

 口元を拭き取り、また食べ始めるヒドリ。そんな彼を便利屋68の面々は笑みを浮かべて見ていた。

 

 朝にカヨコが言った通り、ヒドリの不安定な時期を知っているからこその表情。彼女らが変わったのも、不安定なヒドリがいたからこそだろう。

 

 腐っていようが、カビていようが、餓えから逃れるために何でも食べようとしていたヒドリを知っている。留守番を任せていた頃、人間を、便利屋68を、友人を食べたくないと自分に言い聞かせて、自分の腕や翼を噛み千切ろうとしていたヒドリを見た。

 

 ヒドリが完全に壊れる前に変えなくては、変わらなくてはいけない。四人はその日からヒドリを連れて歩くようになり、多くの依頼をこなすようになった。

 

 ヒドリがいなければ便利屋68の印象は、仕事はやれるけどやらかすことが多い集団という認識だったかもしれない。だが、ヒドリが変えた。ヒドリの存在が便利屋68という組織の繋がりを強くしたのである。

 

「? 何ですか?」

 

「何でもないわ。……さ、次のお店に行くわよ! 私はこのシシメンチが気になるわね」

 

「うーん、私は口直しの飲み物が欲しいな! ほら、このレモネード美味しそうだよ?」

 

「私は……この揚げ餃子が気になります……」

 

「私も口直しが欲しいかな。今日は揚げ物メインみたいだし」

 

「かき氷とかも売ってますよ」

 

 さすがと言うべきなのか、ヒドリはこのイベントに出店している店の品物を全て記憶している。食べ終えたヒドリと便利屋68は、紙皿と割り箸を捨てて、次の店を目指すことに。

 

「ところで、美食研究会は?」

 

「え? ああ、あそこのモニュメントに。ほらあれ」

 

 ヒドリが指差す方向にあるのは、某ペロキチ自慢の力作、グルメペロロ様像(木製)に縛られている美食研究会の姿が。食料と飲み物は支給されているが、首にかけられた「私達はメイン食材をつまみ食いしようとしました」という木札によって白い目で見られているのは公然の秘密。もはや恒例行事である。

 

「正直、僕が作ったスカーレット・フライドチキンが売れなくなった理由の半分は、あの人達にあると思います」

 

「もしかして、私怨が混ざってる?」

 

「まさか。風紀委員会からもやれと言われたのでやっただけですよ」

 

 これに懲りたらちゃんとイベントを楽しんでほしいですね、と呟くヒドリと、懲りないだろうなぁと苦笑する便利屋68。途中で見つけた串カツを手にして歩くそんな五人の前に、見覚えのある人影が。

 

「やーやー、便利屋68の皆」

 

「あ、ホシノ先輩達と……先生。串カツ食べます?」

 

 祭りが、始まった。

 

 

 

 




カヨコが見た夢(声のみ一部抜粋)

「お腹空いたなぁ……」

「美味しくないなぁ……」

「どこにもいないなぁ……」

「…………………………寂しいなぁ……」

「…………………………………………もう、寝よう」


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便利屋68とお祭り騒ぎ~一日目~

以下、これのイベントPV的なやつ。

「「「「「Yostar」」」」」

「ゲヘナ学園恒例のお祭りです」

「美味しいがたくさん集まる食事祭り。今回はどんなお店が出てるのかしら?」

「あ、アル様、あれ美味しそうですよ」

「くふふっ、目移りしちゃうね!」

「本当に大きくなったね、このイベントも」

「ブルーアーカイブ、イベント開催中」



 アビドスの面々と先生に出会った便利屋68は、串カツを片手に祭りを回っていた。

 

「“凄い規模だね”」

 

「ゲヘナ学園自治区で一番広い広場を借りてますからね」

 

 最初こそ小さなコテージを借りる程度だったのが、いつの間にか大規模なイベントに。ここまでの規模になるまでにヒドリはそこまで努力したわけではない。面白そうと集まってきた者達が、客を手にするチャンスだと集まってきた料理人がここまで大きくしたのだ。

 

「僕としては砂祭りも行ってみたいんですよね。開催できますか?」

 

「まだ難しいですけど……きっと実現してみせます」

 

「はい。先輩との約束もありますから!」

 

「うんうん、おじさんも頑張らないとね。……ところで、どうして砂祭りなんて知ってるの? 開催したの、もうずっと前だよ?」

 

「ちょっと前に調べたんですよ」

 

 感情を喰らうことで餓えを凌ぐことができるヒドリは、祭りという祭りに目を付けていた時期がある。結局、食事の方が効率的だと気付いて興味を失ったが。

 

 それでも、アビドスの砂祭りは覚えているのだ。珍しい出土品の数々は、ヒドリにとっても興味を引くものばかりだったからである。

 

「屋台も出るんですよね? アビドスと言えば……スイカなんかがイメージしやすいです」

 

「よく知ってるわね、アビドスのスイカなんて」

 

「中々市場に出回らない高級品ですよ? あと、ザクロとか」

 

 農家がいなくなったことも関係しているのだろうが、アビドスで採れた果物や野菜は高級品として出回っている。そんな話を聞いたアビドスのメンバーは、借金返済のために奔走していた頃、確かに果物や野菜について聞いてきたお店があったこと思い出す。

 

「ヒドリ君、詳しいですね」

 

「うん。ヒドリは食べ物とか、そういうのに関心が強いから。私達が知らない名物とかも出てきたりするし」

 

「しかも全部当たりなんだよねー!」

 

 へぇ、とアビドスのメンバーが驚く。先生はアロナに調べてもらった時、確かにヒドリの目撃情報は飲食店が多かったと思い返した。そして、その店の評価が軒並み高いことも。

 ヒドリの嗅覚は見事なものである。先生は、今度お世話になっている生徒達の労いも兼ねて、美味しいお店を紹介してもらおうと決意する。

 

「あ、そういえば……便利屋68の皆さん、この前はありがとうございました」

 

「お陰でアビドスの借金問題はどうにかなりそうです! ……まぁ、それでも三億もあるんですけどね」

 

「「「「「三億!」」」」」

 

 ヒドリが入ってから便利屋68が稼いだ金額の二倍以上の金額だ。これを学生だけで返していくとなれば、長い時間がかかるだろう。

 

「でも、土地を取り返したお陰で、アビドスに人が少しずつ戻ってきてるし、何とかなるわよ」

 

「ん、柴の大将も協力してくれるって言ってくれた」

 

「特に、アビドスから出ていっても、お野菜を送ったりしてくれていた農家さんが戻ってきてくれてるんですよ~。土地の権利書が返ってきたって喜んでました!」

 

 つまり、幻と言われてきたスイカやザクロなどが高級市場だけではなく、普通市場にも出回るようになってくる。これは間違いなく新聞の一面に載せられるような情報だろう。

 

「楽しみにしてます」

 

「うん。そのうち、お手伝いも頼むかもね。その時はよろしくねー」

 

「もちろんよ。便利屋68一同、いつでも待っているわ」

 

「とりあえず、明後日までのお祭り、楽しんで」

 

 アビドスも便利屋68も笑顔で会話をする中、先生はヒドリに気になっていたことを問いかけた。

 

「“ヒドリの靴、どうなってるの?”」

 

「これですか? ジャンクパーツをブラックマーケットとか、廃棄場とかで集めて作りました」

 

 ヒドリの靴兼武器であるそれ────【PHENIX-TYPE-Ⅶ】は、銃が使えないヒドリが自作したからなのか、はたまたヒドリの身体能力に耐えきれないのか……もしくはパイルバンカーの衝撃やヒートブレードの熱に耐えられないのか、よく壊れてしまう。現在の靴は7代目。そろそろ8代目になるだろう。

 

「“カッコいいよね、それ”」

 

「そうですか?」

 

「“うん。ロボットアニメに出てきそうだ。……エンジニア部の皆が好きそうだな”」

 

「エンジニア部?」

 

 ミレニアムサイエンススクールの部活だが、ヒドリはミレニアム方面に足を運んだことがない。ミレニアムの自治区では常に視線を感じるためだ。

 

「“ヒドリの靴も改良してくれるかもね”」

 

「遠慮しておきます」

 

 妙な機能を付けられても嫌ですし、と直感で拒否したヒドリ。確かにBluetooth機能とか、タバスコとか付けそうだと先生が思ってしまうのは日頃の行いの成果か。

 

「“気が向いたら声をかけてよ。紹介するからさ”」

 

「分かりました。その時は連絡します。……あ、ハルカさん、揚げ餃子見つけましたよ」

 

 山海経高級中学校自治区にある中華料理店、その揚げ餃子を牡丹肉で作るというチャレンジ。そもそも猪を扱う店が少ないため、どの店もチャレンジ中なのだが。

 

 揚げたての揚げ餃子十一人分、合計金額は2000円ちょっと。やはり手頃な値段だ。

 

 カリカリに揚げられた衣と、溢れる肉汁と野菜の甘味。醤油メインの味付けの奥に潜むゴマ油の香りも素晴らしい逸品で、串カツやヒレカツも美味だったが、こちらはこちらで美味。口直しに購入した微糖レモネードとマッチしている。

 

「“あー……ハイボールとかが欲しくなるなぁ……”」

 

「あら、先生はお酒を飲んでたのね?」

 

「“嗜む程度だけどね”」

 

 そう言った直後だった。

 

「────────ん?」

 

 ヒドリの顔面目掛けて銃弾が撃ち込まれてくるのは。なお、神秘がそこまで込められていない一撃のため、ヒドリは回避せずに鋭い牙を使って噛み砕いた。

 

「……ぺっ」

 

「“銃弾を歯で止めた!?”」

 

「神秘が込められた対物ライフルじゃないなら、別にどうとでもなりますよ」

 

 やはりこの生徒只者ではない。そんな考えをアビドスと先生がしていると、銃弾を撃ち込んできた下手人が現れる。

 

「赤時ヒドリ……! いや、便利屋68!!」

 

「? どなたですか? 社長、知ってます?」

 

「え? さぁ……記憶にないわね。ハルカ、何か知ってる?」

 

「い、いえ……私も……ムツキさんはどうですか……?」

 

「んー……分かんないなー? カヨコちゃんは?」

 

「記憶にない。……誰だろ。ヒドリ、知らない?」

 

「“ループしてない?”」

 

 現れたのは、銃を構えた男達。ロボットの体の者が多い彼らは、ヒドリに対して────いや、便利屋68に対して強い憎悪を向けていた。なお、便利屋68の全員が首をかしげている。

 

「あの人達は確か……」

 

「あ、ブラックマーケットにいたカイザーの……!」

 

 便利屋68がうんうん頭を悩ませている間に、アビドスの面々が連中の正体を割り出した。

 

「ようやく……ようやく見つけたぞてめぇら……! てめぇらのせいで! 俺達は無一文になっちまった! どうしてくれるんだ、ああ!?」

 

「やっぱり記憶にありません。誰ですかね」

 

 ヒドリ達は覚えていないが、彼らはカイザーと癒着していた行商人であった。ブラックマーケットの裏オークションを仕切っていたが、史上最強のペロキチこと阿慈谷ヒフミの依頼を受けた便利屋68が裏オークションを襲撃。徹底的に叩き潰したのだ。ちなみに、その後ヒフミは非売品となった幻のペロロ様グッズを適正価格で手に入れている。

 

 しかし、連中は懲りずにまた稼ごうとした。そんな頃合いに覆面水着団による銀行襲撃やカイザーPMC撃沈が起こり、さらにカイザー系列の汚職や癒着が判明。蜥蜴の尻尾切りをされてしまった。お陰様で無一文。因果応報というやつである。

 

「まぁ、とりあえず……何のご用で?」

 

「決まってんだろ! てめぇらから慰謝料ふんだくるついでに、この祭りもぶち壊────あべしっ!?」

 

 言い切る前にヒドリのドロップキックが炸裂。パイルバンカーやヒートブレードを使わないだけ温情だ。

 

「じゃあ、ぶっ潰しますね」

 

「ふ、不意討ちなんて卑き────ぶべらっ!?」

 

「「「タコスッ!!?」」」

 

 空から降ってきた影に潰され、完全に沈黙する裏商人達。その影の正体を見た瞬間、常に笑みを浮かべているヒドリの表情がスンッと真顔に変わる。それだけで、便利屋68の面々は誰が現れたのかを察した。

 

「あら、何か踏んでしまいましたわ」

 

「この方もお祭りを楽しんでいたのでしょうか?」

 

「でも銃持ってるよ? ……あ、もしかして銃の形の食べ物とか!?」

 

「いや、普通に不審者だと思うんだけど」

 

 上空から現れたのは、縛りつけていたはずの美食研究会(ほぼテロリスト)。そのリーダー黒舘ハルナの脇には縄で縛られたフウカの姿が。

 

「ヒドリ君、ごめん……捕まっちゃった……!」

 

「何してるんですかフウカさん」

 

「美食研究会にご飯を届けたら、縄抜けしてて……! しかも爆発物まで……!」

 

「あら、私達、爆発物は使っていませんわよ? 突然爆発しましたの」

 

 美食研究会の言い分に嘘はない。この祭りを滅茶苦茶にしてやろうとした連中は、現在完全に伸びている裏商人達だけではない。便利屋68は良くも悪くも活躍し過ぎたのだ。裏の住人達が無視できないくらいに。

 

 ────さて、爆発を起こした連中はどうなったのだろう。思い出してほしい。黒舘ハルナ、赤司ジュンコ、獅子堂イズミ、鰐渕アカリ……合計四名で構成された美食研究会が、どこに縛られていたのかを。

 

「……あはは……許しません……」

 

 そう、阿慈谷ヒフミ────人呼んで史上最強のペロキチの渾身の力作、二ヶ月と半月かけて作り上げた食事をするペロロ様、グルメペロロ様像があった場所に縛られていたことを。

 

「あ、ヒフミ先輩。こんにちは。揚げ餃子食べます?」

 

「それは後でいただきますが、その前に! この人達を牢屋に放り込むのが先です!!」

 

「牢屋に放り込むだけですか?」

 

「ペロロ様の素晴らしさを教え込みます!!」

 

「さすがヒフミ先輩です」

 

 キレている。自称普通の女子高生阿慈谷ヒフミの周囲────正確にはペロロ様型リュックを中心に空気が歪んでいるようにすら見える。さすがペロキチ。さすがペロキチ凄まじい。もはやゲヘナよりゲヘナしているのではなかろうか。その気迫はキヴォトス最大の神秘を持つホシノすら汗を垂らすほどであった。

 

「というか命知らずよね、この人達」

 

「“それはどうして?”」

 

「だってこのお祭り────」

 

『キヒヒヒ────キハハハハハハハハハハ!! ぶっ殺す!!』

 

 聞き覚えのある叫び声が響き、凄まじい銃撃音が響く。

 

『せっかくのお祭りを潰すとは……許せません!!』

 

『お祭りくらい楽しませろ!!』

 

 あちらこちらで怒声と銃撃の音が響き渡る。

 

「キヴォトス各地から生徒も来てるのよ?」

 

 銃撃の音と野太い悲鳴は聞こえるが、露店の悲鳴は聞こえてこない。奇しくも実力者が揃っていたため、店への被害をほぼゼロに抑えながら戦うことなど有象無象相手なら容易いのだ。あと数分もすれば完全に鎮圧されて、祭りが再開されるだろう。

 

「あ、そうだ。一番売上が伸びてるのは……おお、さっきのヒレカツ店。生徒だと……メンチカツですか。社長の気になってたところ、一番人気だそうですよ」

 

「二番人気は?」

 

「レモネード店です。口直しに特化させてきましたね」

 

 生徒はお金を取ることができないが、代わりの引き換え券を集めることで、後程ゲヘナ学園自治区で使える食事券に変換できることになっている。五枚集めて500円分食事券一枚と交換が可能だ。

 

「“ちょっと待って。もしかして、このお祭りの主催者って……”」

 

「僕ですよ。言ってませんでしたか?」

 

 驚きを隠せない先生とアビドス高等学校廃校対策委員会の面々。美食研究会はいつの間にか失踪していた。

 

 

 

 




アロナちゃんねるで食事に関しての話題が出た後にこのイベントがやって来ます。


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便利屋68とお祭り騒ぎ~二日目~

以下、ヒドリ実装の時のPV

「Yostar」

「こんにちは、先生。便利屋68社員兼足係、赤時ヒドリです」

「ええ、というわけで僕が実装されます。あ、それとガチャの排出率が二倍だそうです」

「ブルーアーカイブ」

「認識の鳥は、いつでも便利屋68と共に」


いやぁ、ブルアカのライブはいつも驚かされますね(存在しない記憶)


 ゲヘナ学園食事祭り初日の盛り上がりは、過去最大を記録していた。売上についてもヒドリの予想を大きく超えるもの。トラブルはあったものの、初日閉幕セレモニーまでどうにか辿り着くことができた。

 

 そしてそんな翌日────ゲヘナ学園食事祭り二日目。ヒドリ達便利屋68は……

 

「チャーシュー丼四人前上がりです」

 

「ヒドリ、注文。牡丹麻婆豆腐三人」

 

「シシピン6個注文入りました……!?」

 

「アルちゃーん、配膳お願いしてもいい?」

 

「ああもう、大忙しね!? あ、熱いから気をつけて食べなさい!」

 

 長蛇の列を成すヒドリのテントで、料理を振る舞っていた。最初はヒドリだけで回せていたのだが、一人、また一人と客足が伸びていった結果、便利屋68全員で回さないと手が回らないほどの状態に。

 

 その理由はヒドリの得意なもの────香辛料にあった。山海経の料理に四川料理というものがある。味、種類が多彩なそれは香辛料を使った辛味や痺れが特徴の料理。元祖四川料理のように、ヒドリの料理も全てが辛いわけではないが、それでも病み付きになる辛さなのだ。また、気になるメニューは以下の通り。

 

 一番人気、甘辛いタレを絡めて焼いた牡丹肉のチャーシュー丼(温泉卵乗せ)。大盛にすることも可能。

 

 二番人気、痺れる辛さが病み付きになる、牡丹麻婆豆腐セット。お粥と白米のどちらかを選べるセットである。

 

 三番人気は牡丹肉の生姜焼き定食。なめこの味噌汁と糠漬け付き。こちらもご飯大盛、キャベツ大盛などオプションがある。

 

 同率三番人気は牡丹肉を使った胡椒餅(フージャオピン)────略してシシピン。片手で食べられるため、食べ歩きに最適なのだ。

 

 四番人気は肉巻きおにぎり。こちらについても食べ歩きに最適。

 

 便利屋68内で人気な家庭的、定食屋的な味わいやトッピングが追加されたことで売り上げが伸びているのだ。どうすれば美味しく食べてもらい、満たされるのか……ヒドリは頂点捕食者として計算し続けている。

 

「フウカさーん、ジュリさんはどこに?」

 

「食品の補充!」

 

 ヒドリのテントの隣にも長蛇の列ができている。そう、結構本気になっているフウカ達給食部がいるのだ。ゲヘナ学園の中にいた料理に興味のある生徒が勇気を出して給食部へ入部した結果、ほぼワンオペまたはツーマンセルの状態から解放されたフウカは余裕がある。

 

「フウカさん、リンゴが足りません!」

 

「飴色玉ねぎ、在庫が尽きました!?」

 

「ブイヨン残り僅かです!」

 

「あ、こっちの使います?」

 

「ごめん、貰うね!」

 

 凄まじい勢いで消えていく食材、途切れることのない長蛇の列。作り手もフル活動しているが、それでもマンパワーが足りなくなる状況だった。

 

「ヒドリ、もう食材無くなるよ。そろそろラストオーダーにした方がいいと思う」

 

「んー……まぁ、そうですね」

 

 便利屋68は大分稼いだ。食事券もある程度手に入るだろう。ヒドリ的にも、空腹を半分満たす程度には感情を食べることができたため、満足である。

 

「すみません、あと二十食でラストにします! 食材が無いので!」

 

 列から不満の声が聞こえたが、その後すぐに「まぁ仕方ないかぁ」、「凄い列だったもんね」と納得の声が聞こえてくる。二日目開始時刻、9時から四時間、ぶっ通しで回していたため、便利屋68のメンバーは少しだけ疲れていた。

 

 作りかけていた料理と、ラストオーダーの残り二十食、その全てを全力で作りきり、そして。

 

「全食材使い切りました。便利屋68、閉店です」

 

 ある程度の売り上げを叩き出して、終了した。現在の売上成績のトップは、プロ枠では揚げ物部門『牡丹せいろ』、焼き物部門は『シシドック』。生徒枠では給食部の『牡丹カレー』、便利屋68の『チャーシュー丼』。その背中に張り付くようにして売り上げを伸ばしているのはまさかの『レモネード』と『プリン』。口直しに特化するという素晴らしい着眼点だ。

 

「フウカさん、ヘルプ入りますか?」

 

「大丈夫! ヒドリ君はお祭り楽しんできて!」

 

 現在の給食部の人数はフウカとジュリを除くと五人。合計七人体制となった今、二人で回していたあの頃が懐かしいと苦笑するフウカとジュリを見るようになった。ちなみにこの五人、妙に強い。美食研究会を相手に善戦するくらいには強い。銃に寿司のようなグッズが付いていたり、寿司への造詣があるのは勤勉だからだろう。

 

「ヒドリ、今日はどうする?」

 

「うーん……あ、ヒフミ先輩が美味しかったって言ってたラーメンを食べに行きませんか」

 

 グルメペロロ様修繕工事を祭り初日の夜に完了させてみせたヒフミ。そんな彼女から送られてきた写真を見せながらヒドリが提案する。そのラーメンの写真には見覚えのある大将が。

 

「柴関ラーメンじゃない。今日出店だったのね」

 

「飛び入りでしたがねじ込みました」

 

「それ、大丈夫だったの?」

 

「キッチンカーなので大丈夫でしたよ」

 

 柴関ラーメン、その商品はまさかの豚骨ならぬ猪骨(ししこつ)ラーメン。獣特有の臭みをどう撃退したのかが気になる一品である。

 

「アビドスの皆さんからも美味しかったと聞いています。手が早いですねぇ」

 

「そういえばアビドスの皆ってアビドスから通ってるのかな?」

 

「あ、付近の安いホテルに泊まってるそうですよ。確か……ピンクハートホテル?」

 

「へえッ……!?」

 

 アルが白目を向く。ゲヘナ学園自治区で、ピンクと名が付いているホテルはそう多くない。というかキヴォトスでも多くない希少な名前だ。そして、そのホテルの本来の目的は────甘酸っぱい物語(ピンクアーカイブ)を行う場。

 

「た、確かに安いけれど……!」

 

「まぁ、安いよね。ビジネスホテルとして使われてるらしいし」

 

「? あの、ハルカさん、僕は何か変なこと言ったんでしょうか?」

 

「へ? い、いえ、分かりません……!」

 

 首をかしげるヒドリと、どう説明したものかと頭を悩ませる便利屋68の四人。思い出すのはヒドリが加入する少し前。住む場所が見つからなかった時、格安のホテルに泊まった時に見つけたあれこれ。さすがのカヨコとムツキも真顔になったものだ。

 

「ヒドリ君、そのホテルの詳細は知ってる?」

 

「? ビジネスホテルですよね? 何だかネオンを使ってるみたいですけど」

 

 ヒドリは性知識が全く無いに等しい。そもそもそういう知識が必要ない存在だから当たり前なのかもしれないが。

 

「まぁ、あとで説明するとして……ラーメン食べに行きましょうか」

 

「? はい」

 

 そういう施設もあるのだと、少しでも教えておくんだったとほんの少し後悔しながらも、便利屋68は柴関ラーメンのキッチンカーを目指す。今日も今日とてたくさんの人がやって来ており、あちこちから美味しい、楽しいという感情が流れてくる。ヒドリはやろうとも思わないが、これで三日飲まず食わずで活動可能だろう。

 

「そういえば、ヒドリ。あなたが食べた風紀委員って結局どうなったの?」

 

「生きてますよ? その時の記憶は吹っ飛んでますが」

 

 ヒドリが不安定だった頃────便利屋68に出会った日。単騎で風紀委員会の大部隊と激突した。あの時は空腹で、我慢できずに祝詞を響かせ、喰い漁ってしまったのだ。一応喰われた風紀委員は死んではいないことを記しておこう。彼女達は今でもしっかり風紀委員会に所属して仕事をしている。当時の記憶は無くなっているが。

 

 そのことを知っているのは風紀委員会ではヒナ、アコのみ。万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)に至ってはマコトのみが知っている情報だ。

 

「今でも食べたいって思ったりするの?」

 

「ええ、まぁ。でも……それ以上に皆さんとご飯を食べるのがいいんです」

 

 どこまで行っても化け物なのだろう。それはきっと、変わることがない。それでも、化け物としての自分をこうして繋ぎ止めてくれている便利屋68と食事をしていたい。今のヒドリはたくさんの枷によって、とても安定している。

 

 便利屋68を象徴するような悪魔のような禍々しい枷、給食部のように温かい湯気にも似た枷、アビドスの砂のような枷────その他にも、たくさんの枷が存在し、ヒドリの本来の姿である認識の鳥を雁字搦めにして、彼はそれを甘んじて受け入れているのだ。

 

「ところで、餃子とかもあったりしますかね? 楽しみです」

 

「あ! いた!」

 

「あれ? イオリ先輩。こんにちは」

 

「ああ。……って、それどころじゃない! ちょっと来てくれ!」

 

「おお……?」

 

 慌てた様子でやって来た、風紀委員会の突撃隊長銀鏡イオリに手を引かれて連行されていくヒドリ。顔を見合わせた便利屋68の四人は、ヒドリとイオリを追いかける。便利屋68と風紀委員会はあまり仲がいいとは言えない。そんな組織に所属しているイオリが便利屋68のヒドリを連れていくなど、只事ではないのだ。しかもこの先は────────猪の肉を保存している巨大冷蔵庫がある。

 

「ヒナ委員長、連れてきました!」

 

「ああ、ありがとうイオリ。ヒドリ、待ってたよ」

 

 冷蔵庫の前には、風紀委員会の幹部とイオリの部隊が待機していた。

 

「お疲れ様です、風紀委員会の皆さん。シシピン食べますか?」

 

「「「食べる!」」」

 

「余分に作ってると思ったら、風紀委員会の差し入れにするつもりだったんだ」

 

 風紀委員会にまだ温かいシシピンを配りながら、便利屋68は厄介事の気配を感じ取る。しかも、祭りが中止になりかねないような、厄介な出来事が起きる気配を。

 

「それで……何があったんですか?」

 

「それについては私から。……まずはこれを」

 

 そう言ってゲヘナ学園風紀委員会行政官の天雨アコが冷蔵庫のロックを解除する。するとそこには熟成された巨大猪の肉や骨、内臓が小分けにされて────────────いなかった。

 

「……これは」

 

「空っぽ……!?」

 

「そ、そんな……!? 三日目で使い切る計算で、ヒドリ君達が分配したはずなのに……!?」

 

 巨大冷蔵庫の中はもぬけの殻。内臓の一つも残っていない。最終日、もつ煮などの煮物も追加され、メインディッシュとして巨大な鍋を使った牡丹鍋が振る舞われる予定だったのだ。しかし、これでは……

 

「最終日を迎えられない」

 

「なっ、何ですって────────!!!???」

 

 ヒドリが便利屋68に入ってから、久しく白目になりながら叫んでいなかったアルが叫ぶ。もはや懐かしさすら覚える叫びに便利屋68の初期メンバー三人が少しの感慨深さを覚える中、イオリが奥歯を噛み締めた。

 

「クソッ、やられた! 警備の穴を狙われたんだ!」

 

「美食研究会は────」

 

「いや、無いです。フウカさんのテントで舌鼓を打ってます。開始時刻からずっと」

 

「それはそれで問題ですし、あとで拘束が必要なのでは?」

 

 チナツの発言に対し、この場にいる全員が苦笑する。だが、それよりもまずは、無くなった肉達がどこに行ったのかを調べなくてはならない。

 

「一応隅々まで調べましたが……監視カメラにも映っておらず……」

 

 何か痕跡がないか調べたという風紀委員会の言葉を、便利屋68は信じた。仕事に忠実なのは知っている。制空権を手に入れている現在こそ逃走も容易だが、今まで何度も追い詰められた記憶がある。

 

「カヨコ先輩、ここ、死角になる場所ってありましたか?」

 

「いや……無いはずだよ。今までだってそうだからここに保管していたんだし」

 

「ですよね。……なら、どうやって────────ん?」

 

 スンスン、と匂いを嗅ぐ素振りを見せるヒドリ。牡丹肉の匂いが残る冷蔵庫の中に、妙な匂いを捉えたのだ。

 

「ヒドリ?」

 

「この匂い……何だ? 香水? 火薬? ……真似事の匂い……?」

 

 ぶつぶつと呟きながら、冷蔵庫の中に入っていくヒドリに風紀委員会の誰もが疑問符を浮かべる中、便利屋68の四人は何か手掛かりを嗅ぎ付けたことを理解する。

 

「……ここ、変だ」

 

 くるくると歩きながら冷蔵庫の奥まで来たヒドリは、ミレニアムから特注した冷蔵庫の底を叩く。ここだけ、音が違うのだ。そして、よく見ると溶接した痕跡がある。ヒドリは躊躇い無く【PHENIX-TYPE-Ⅶ】のパイルバンカーを炸裂させた。

 

「ちょっ、ヒドリ君!?」

 

「何を────って、それは……!?」

 

「地下への道ですね。……水路、でしょうか」

 

 パイルバンカーがぶち抜いた先に、地下水路へと繋がる道────しかも無理矢理開通させたような────が現れた。火薬の匂い、これに気付かなかったのは、爆発物特有の匂いの少なさと、使われてから時間が経っていたということもある。それは間違いなく初日の爆発と同じ。

 

「……あの時か」

 

 何者かが陽動に爆発物を起動、ヒドリ達の気が向いている間に、冷蔵庫に穴を空けて、いたのだろう。ヒドリは冷蔵庫の温度が少し上がっていたとジュリに言われたのを思い出す。しかし、肉が傷むようなものでもなかったために気にしもなかったのだ。

 

「……この先に、多分います。肉を盗んだ人達が」

 

「すぐに行くわよ、ヒドリ。せっかくのお祭り、成功させないと」

 

「もちろんです。……あ、風紀委員会の皆さんに────ヒナ先輩にお願いが」

 

「何?」

 

「先生と……そうですね、美食研究会にこの情報を流してください」

 

 確実に捕まえます。

 

 そう言ったヒドリの翼は、怒りでざわめいていた。

 

 

 

 



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便利屋68とお祭り騒ぎ~強襲戦~

心が折れて仕事を辞めましたが私は元気です。

まぁ、それはそれとして。感想、いつもありがとうございます。全部確認させてもらっています。わりと淡白な返信にはなってしまっていますが、しっかり見ています。


さて……ところで皆さんはヒドリ君引けましたか?(存在しない記憶) 私は完凸天井しました。(存在しない記憶&白目)


 猪の肉を盗んだ人間の話をしよう。彼女は、彼女達は、巷を騒がせている慈愛の怪盗の真似事をしている存在だ。そこに美学など存在しない。慈愛の怪盗を超えるほどの名を上げるため、手始めにこの牡丹肉を狙ったのである。

 

 ゲヘナ学園、その最強戦力の一人が主催する祭りの妨害。これに成功すれば、赤時ヒドリの顔に泥を塗るようなことになり、それを成功させた自分達の名が世間に響く。そういう計画だった。

 

「上手く行ってるわね!」

 

 本当に上手く行っている。怖いくらいに上手く行っている作戦。便利屋68に恨みを持っているゴロツキを唆したこともあって、肉を保管している冷蔵庫を爆破しても気付かれなかった。

 

「この後、あの肉はどうするんだっけ?」

 

「海に捨てて、私達の名を────」

 

「聞き捨てなりませんね、それ」

 

 赤い光が、彼女達の真横を通り抜ける。ギャギャギャギャギャッッ、とヒートブレードを地面に突き刺して減速、完全停止した存在を見て、彼女らは目を見開く。

 

「あ、赤時ヒドリ……!!」

 

「な、なんで……!? まさか、バレた!?」

 

「ああ、はい。バレましたよ。残念でしたね」

 

 怒っていた。怒髪天を突く勢いで、ヒドリは怒っている。髪が、翼が、尾羽が揺らぎ、空気が悲鳴を上げているように歪んでいるようにすら感じさせた。心なしか、ヒドリの目も……いつも以上に赤い。

 

「で、肉はどこに?」

 

「……遅かったわね。もう船に到着しているはずよ」

 

「ああ、そうですか。………………ところで、その船はこちらの船ですか?」

 

 仮想モニターに映し出されたそれ。それは爆煙を上げて沈んでいく船と────そして、それをやったであろう便利屋68と、どさくさ紛れに肉をつまみ食いしようとしたのか風紀委員会に縛られている美食研究会。

 

 そして……アビドス高等学校廃校対策委員会と、ミレニアムの変態────エンジニア部を連れた連邦捜査部シャーレの先生が、袋詰めにされている牡丹肉の山をコンテナに詰め込んでいる姿が。

 

「「「……それですね」」」

 

「そうですか。残念でしたね」

 

 あまりにも早すぎる終幕。自分達が練り上げた計画の全てが、たった数十分で泡沫の夢に消えた。呆然として立ち尽くす彼女達は気付くべきだった。計画が破綻したことを理解した時点で投降するべきだった。

 

「徹底抗戦よ! 抗ってやるわ!」

 

「ここまで来て、引き下がれません!」

 

「私達だって……私達だって……!!」

 

 そうすれば、そうすれば────────

 

「あ、そうですか。なら……食べられても文句はありませんよね?

 

 喰われることも、なかったのに。

 

あかしけ、やなげ、緋色の鳥よ……

 

 その声が水路に響いた瞬間、ぞぶっ……と、アサルトライフルを手にした少女の足が食い千切られたように消える。

 

「ひっ……ギイィイイイイイイイイイ!!!?」

 

 続いて、ショットガンを持っていた少女の視界が黒く染まる。

 

「見えな……見えない……!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」

 

 そして最後に、ハンドガンを持っていた少女の腕が消えた。

 

「────────────────!!!???」

 

「……どうしました? 手足を押さえたり、目を押さえたりして」

 

「「「はっ……?」」」

 

 気付けば、無くなったはずの手足や目が戻ってきている。だが、あの喪失感は……あの想像を絶する痛みは、間違いなく自分達が感じたもののはず。

 

「え? は? 何、が?」

 

「まぁ、次は内臓にしましょうか」

 

 やって来たのは腹の中をぐちゃぐちゃに掻き回される感覚。叫ぶこともできず、ブチッ、ブチッ、と啄まれ、引きちぎられる感覚が襲いかかる。痛みもある。血が噴き出すような感覚もある。なのに、気付いた時には戻っている。

 

 何か、何か得体の知れないことが己に起こっているのだ。それだけは分かる。

 

 えもいわれぬ恐怖から逃れようとして、三人は走り出す。しかし遅い。恐怖で縛られた人間は思ったように本来のパフォーマンスを発揮することができない。

 

 脛を喰われた。元に戻る。腿を喰われた。元に戻る。肩を喰われた。元に戻る。腹を、背骨を、腸を、心臓を、脳を、耳を、肝臓を、腎臓を、あばら骨を、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。喰われて、喰われて、喰われ続け、貪られ続けて。それでもやっぱり次の瞬間には元に戻っているのだ。

 

「あ……ひ……」

 

「ひひ……ひひひ……」

 

「ひゅー……ひゅー……くひゅっ……」

 

「あれ? もう壊れちゃいました?」

 

 心底つまらなそうに呟いたヒドリは、記憶を飲み込む。喰われた記憶は無くなって、気付いた時には牢屋の中だろう。糸の切れた人形のように沈黙した三人を縄で縛り、ヒドリは通信を行う。

 

「社長、主犯格三名の捕縛、完了しました」

 

『そう、よくやったわね。……記憶の処理はした?』

 

「はい」

 

 ヒドリの本来の力は、祝詞を聞いた、祝詞を見た、祝詞を唱えた、祝詞を知った者を赤き原野へと誘い、何度も食い荒らしてその記憶を消してまた食い荒らすというもの。だが、何の間違いか現世に産み落とされた認識の鳥であるヒドリは、肉体と精神の境目を曖昧にする力を手にしていた。

 

 彼女達が喰われたのは、精神世界の体。だが、境目が曖昧になれば、肉体も痛みを感じるようになる。精神が忘れても、肉体が痛みを覚える。肉体が忘れても、精神が痛みを感じる。本来ならば、忘れるはずだが、ヒドリはあえてそれをしなかった。壊れてからすぐに記憶の処理を行ったため、精神は無事だろう。

 

 少女達はヒドリと戦闘を行ったはずなのに、気付けば牢屋に入っていた状態だ。

 

「それで、どれくらいが無事でしたか?」

 

『七割と言ったところかしら。残り三割は内臓系ね。傷み方がちょっと酷かったわ』

 

「そうですか」

 

 ヒドリは小さく息を吐いて、内臓の破棄を指示する。加熱すれば食べられないこともないのだろうが、それでも味は落ちてしまう。下手をすれば食中毒だってあり得る。肉と骨が無事だっただけ良しとすることにした。

 

『お店にはどう説明する?』

 

「僕から伝えておきます。皆さんは肉と骨を持って祭りの会場へ。僕は……もう少し警戒しておきます」

 

 通信を切り、靴に搭載した排熱機構が閉じていることを確認。クールダウンが終わったそれの調子を確かめながら、現れたタキシードの少女を見る。

 

「それで……あなたは?」

 

「はじめまして、赤時ヒドリさん。私は慈愛の怪盗。そこで伸びているお嬢さん達が真似ようとしていた本物……と言うべきでしょうか?」

 

「そうですか。それで、何か? 僕、今忙しいんですよ」

 

 店に連絡をしないといけないため、忙しいのだと話す彼に対して、慈愛の怪盗と名乗った少女は微笑みを浮かべたまま話す。

 

「今回は私の偽物────模倣犯が失礼を。私が後始末をするつもりでしたが……どうやら解決してしまったようですね」

 

「……律儀なものですね」

 

「美学もない者が私の真似事など、許せなかっただけですよ」

 

 だから後始末をしようとしたが、その前に動いたヒドリ達が解決してしまった。そう話す慈愛の怪盗に、ヒドリは便利屋68のような気配を感じ取る。ハードボイルドや真のアウトローを目指すアルにも似た、美学を信条に宿す人間の輝きを。

 

 そして、知っている匂いであることも。

 

「用件はそれだけです。それでは……また会う時があれば」

 

「……あ、最後に一つ」

 

「何でしょう?」

 

「お祭りはどうでしたか、先輩」

 

 はじめまして、ではなかった。ヒドリのテントに必ず現れていた少女だ。正体がバレるとは思っていなかったのか、少し驚いた素振りを見せながらも、彼女は笑みを浮かべる。

 

「………………ええ、いつも楽しませてもらっていますよ」

 

「そうですか。では、三日目も────二日目はまだ残っていますが、楽しみにしていてください」

 

 そう言って、ヒドリは主犯三名を引きずりながら来た道を戻る。店への電話をしながら。

 

「……あ、いつもお世話になってます、赤時ヒドリです」

 

『おう、便利屋の(あん)ちゃん!』

 

 ワンコールで繋がったのは、某ヴァルキューレ局長がいそうな屋台の店主である。

 

「えと……明日のもつ煮なんですけど……キャンセルできますか?」

 

『ん? 何かあったのかい?』

 

「いえ、僕の管理不足と冷蔵庫の故障で内臓系がダメになってしまいまして……」

 

『ありゃりゃ……珍しいねぇ、兄ちゃんが食材をダメにするなんてよ』

 

 ヒドリの言葉に心底驚いた様子の店主。彼もまた、ヒドリがよく利用する店で、毎回この祭りに出店してくれる店でもあった。

 

「本当にすみません」

 

『いいって、いいって! 他の連中にはこっちから伝えとくよ』

 

「え、いや、僕から────」

 

『牡丹鍋枠になったってな!』

 

「え」

 

 キャンセルどころか、出店はそのままにして牡丹鍋を出すと言ってきた店主に、目を開くヒドリ。肉は確かに大量に残っている。牡丹鍋を作ってフィニッシュになるように調整しているためだ。三日目、全店舗に肉を配っても問題ないくらいには残っている。

 

「キャンセルじゃなくていいんですか?」

 

『おうよ。というかキャンセルなんてしようとしたら、連中怒るぜ?』

 

 ヒドリ主催の祭りに参加したことで、あまりウケていなかった料理が脚光を浴びるようになった。たんぱく質はもちろんのこと、ビタミンの豊富さや糖質の低さから、某ミレニアムのトレーニング少女もホルモンを食べている。また、肉と比べると安価に入手できるため、購入している生徒も増えているとか。

 

 下処理は大変だが、塩揉みや酒に漬けるなどすれば臭みは取りやすい。あとは好みの焼き加減で焼くなり、好きな味付けで煮込んだり。ゲヘナ学園の食堂でもホルモンは実装されている。

 

『ま、任せておけって。んじゃ、俺は連絡と下拵えするんでな。んじゃ、明日は期待してくれや』

 

「あ、はい。分かりました」

 

 通話を終えて、ヒドリは考える。少し考えて、そしてその後。

 

「まぁ、これはこれで解決……になるのかな」

 

 解決したことにした。時には考えないことも大切なのだ。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

「クックックッ……ご無沙汰しています、先生」

 

 ゲヘナ学園食事祭り二日目の夜。祭りの様子を一望できる屋上テラスにいた先生の前に現れたのは、黒いスーツを着込んだ存在。

 

 体は影の様に黒く無機質で、右目にあたる箇所には発光部があり、そこから顔全体に亀裂が走っている。また、黒い手袋を着用しており、手袋と袖の間の地肌のような部分にも同様に亀裂が確認できた。

 

 キヴォトスの外側に存在する謎の組織、ゲマトリア。そこに所属する黒服が、そこにいた。

 

「“……何の用だ”」

 

「いえ、これと言って用事はありませんよ。ただ、この祭りの様子を眺めていただけですので」

 

「“信用できない”」

 

「クックックッ……嫌われたものですね」

 

 先生が黒服を睨むが、黒服は笑みを浮かべて祭りの様子を眺めるのみ。何かするつもりもないようだ。

 

「先生、素晴らしい盛り上りだとは思いませんか」

 

「“……”」

 

「クックックッ……この祭りは、最初はこのような規模では無かったのですよ」

 

 先生は何も言わず、黒服と同じように祭りを一望する。夜の9時まで行われているこの祭り。出店しているプロだけではなく、生徒も楽しそうにしている。そこにどの学校の生徒、という枠組みはない。

 

「最初は……そう。ただの恩返しから始まりました」

 

「“恩返しだって?”」

 

「ええ……お世話になった方々へ、少しランクの高い食事を振る舞う。それだけの催しだったのです」

 

 黒服は知っている。最初は卵料理────卵を主役とした料理を振る舞うだけだった。そこから一つ、また一つと協力者が増えていった。

 

「その次はカレー、その次はラーメン、その次は寿司……多種多様な食文化を、テーマ食材と共に振る舞う催しとなったのですよ」

 

「“妙に詳しいね”」

 

「クックックッ……それもそうでしょう。────私は、この祭りのファンでもあるのですから」

 

「“嘘でしょお前”」

 

「事実です」

 

 驚いて顔が引きつる先生は、黒服が何のためにこの祭りのファンをやっているのかと疑問視する。黒服は典型的な悪い大人だ。嘘は吐かないが騙さないわけではないという大人。清濁併せ呑むことを知り、表と裏を上手く使い分けるような存在。生徒を実験の対象としか見ていないはずのやつが、なぜ。

 

「私はね、先生。見たいんですよ。あの認識の鳥が……どこに至るのかを、ね。これは経過観察のようなものですよ」

 

「“認識の鳥?”」

 

「おや……ご存知でなかったとは。……まぁいいでしょう。ところでご存知ですか、先生? この祭りでは────」

 

「お届け物です」

 

「この屋上や、向こうのビルの屋上に料理を運んでくれるサービスがあるんですよ」

 

「“ヒドリ!?”」

 

 二十階建て以上あるビルに突然降り立つヒドリ。その手には、湯気が出ている何種類かの料理が。夜の部で便利屋68が作っていた汁無し担々麺に、麻婆豆腐、焼き肉定食……さらには飲み物の無糖レモネードとデザートの杏仁豆腐だ。

 

「今回も屋上とは。たまにはその足で購入してみては?」

 

「クックックッ……この成りですからね。ヴァルキューレに捕まるのがオチでは?」

 

「そうでしょうかね。……では黒服さん、先生。ごゆっくり」

 

 落下するようにビルから飛び立ったヒドリを見送り、黒服はテーブルに置かれた料理を配膳していく。

 

「料理も来ました。食べましょう、先生」

 

「“……今回だけだ”」

 

 何だか釈然としない先生であった。

 

 

 

 

 



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便利屋68とお祭り騒ぎ~最終日~

ヒドリ君に合う曲って何かあるかなぁ、と思いながら書いてたら、
『ねぇ、どろどろさん』
『stereo future』
『Day After Day』
『シビュラ』
『ambiguous』
『不可逆リプレイス』
『My Dearest』
『VORACITY』

がパッと浮かんできた不思議。ヒドリ君の声は全く想像してないんですけどね。多分ネル先輩と同じかそれよりちょっと低いくらいなんじゃねぇですかね。


「ええ、はい。おはようございます、会場にお集まりの皆様」

 

 グルメペロロ様の前でマイクを持ったヒドリは、会場に集まった人々に声をかける。

 

「今日でお祭りも最終日。ええ、今日は〆です。素晴らしい〆です。鍋ですよ、牡丹鍋」

 

 なぜかパワーアップしてナイフとフォークを持ってハンバーグを食べているグルメペロロ様を囲むように配置されたイベント会場のテントでは、グツグツと煮込まれた鍋の数々。店員も、客も、今か今かと待ち望んでいた。

 

「いいですよね、鍋。皆でつつくと美味しいです。……まぁ、御託はこの辺でいいでしょう」

 

 大きく息を吸って、ヒドリは笑う。

 

「お客さん、まだまだ食べられますか?」

 

「「「おおー!!」」」

 

「出店した皆さん、まだまだ作れますか?」

 

「「「おおー!!」」」

 

「はい、ありがとうございます。……それでは、最終日スタートです!」

 

 歓声と共に、各テントから漂ってくる美味なる匂い。給食部を筆頭とした醤油ベースの牡丹鍋、味噌ベースの牡丹鍋、変わり種のカレー鍋やカツ鍋まで、食欲を刺激する匂いがあちこちから漂ってくる。

 

 やはり人気なのは給食部の牡丹鍋。次にもつ煮を作る予定だった店が集合した牡丹鍋連合の鍋。夜になれば〆の雑炊やうどんなどが追加されて、全ての鍋が空になるのだ。ちなみに生徒の売り上げについては、後日食事券が送られる予定である。

 

 開会式を終わらせたヒドリは、行列でごった煮している道を抜けて、給食部の用意したテーブル席に座っている便利屋68のメンバーに声をかけた。

 

「皆さん、お待たせしました」

 

「お疲れ様、ヒドリ」

 

 労いの声と共にアルから渡されたのは、大きな木製の器に注がれた牡丹鍋。素朴さすら感じさせる給食部の力作だ。出汁のベースは昆布と猪の骨。白濁しないように仕込んだスープはよく澄んでいる。

 

「じゃ、食べましょう」

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 まずはスープを一口。肉と野菜、そして出汁の香りや味がよくスープに溶け込んでいるスープだ。ヒドリは濃い味付けよりも、少し味が薄いものを好む傾向にある。もちろん濃い味付けも美味しく食べるが。

 

 次に口にしたのはメインの牡丹肉。雑味のない濃厚な味が口一杯に広がるのを感じながら、香味野菜も口にする。ご飯が欲しくなる味というやつだ。

 

「今回はちょっと大変だったね」

 

「まぁ、すぐに解決しましたけどね」

 

「で、でも……よかったです……ヒドリ君の食事の機会が無くならなくて……」

 

 あの後、主犯達の身元を調べた結果、ヒドリに石を投げたりしていたトリニティの人間であることが判明した。三大派閥の三つどこかに所属していたはみ出し者達である。ヒドリは全く気にしていないし、誰なのかも知らなかったが。

 

 とにかく、ティーパーティーからすれば余計なことをしてくれた、という心情だろう。一派閥の一部であれば、末端が暴走したとして処理もできただろうが、まさかの三大派閥全てのはみ出し者がやらかしたのだ。ゲヘナ学園からの糾弾は免れない。

 

 ティーパーティーの三名────ナギサ(何も考えてなさそうな人)は震える手で紅茶を飲み、ミカ(よく分からないゲヘナ嫌いな人)はピキりながらロールケーキをねじ込まれ、セイア(コミュニケーションが下手そうな人)は夢の内容とヒドリの翼の色が一致して頭を抱えている。大丈夫だろうかこの幹部。

 

 ちなみにこの件についての沙汰を任されているのは主催者のヒドリ────だったのだが、ヒドリが「じゃあ傷んだホルモンを半生で食べてもらいましょう。そうですねぇ……三ヶ月くらい」と笑顔で言ったため、先生が沙汰を決めることになった。

 

 ……のだが、やはりここでも問題発生。先生の判断が甘過ぎたのだ。反省させるための謹慎と食事制限、それと二ヶ月の奉仕活動という案を提案。さすがのアビドスとミレニアム、ゲヘナの全員がドン引いた事件であった。

 

 その後、結局万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)を通してトリニティに抗議し、主犯格は矯正局送りとなっている。

 

「先生は凄い人だとは思うけど……あれは優しすぎよ」

 

「命の問題が無かったからこその判断だろうけどね。不謹慎だけど、祭りが台無しになるだけだったわけだし」

 

 便利屋68は少なからず先生を尊敬しているし、その在り方も素晴らしいものだと理解している。だが、それでも家族同然の者がここまで大きくしたイベントが台無しになるかもしれなかった犯人の沙汰を、あの程度で抑えられてはモヤモヤするものだ。

 

「ヒドリ君的にはどうなの?」

 

「え? いえ、別に。ああいう考えの人だからこそ、誰彼構わず手を掴めるんでしょうし」

 

「それは……褒めてる……んですか?」

 

「褒めてますよ。あの人は撃たれたとしても助けるんじゃないですかね」

 

 料理に舌鼓を打ちながら会話を続ける便利屋68。スープも具材も食べ終えた後、次の味を試す。味噌、塩、カレー、カツ鍋……そしてまた醤油に戻ってくる。一周するだけで便利屋68の四人は問題なかったが、ヒドリは五周してようやく満足した。

 

 口直しにレモネードを飲みながら、ヒドリは祭り開始直後から感じていたことを口に出す。

 

「ところで……カヨコ先輩、やっぱり嫌な夢見てますよね?」

 

「……どうしたの、いきなり」

 

「あ、でも、それは皆さんもですね。どうしました?」

 

 余韻に浸っていた便利屋68の四人が目を細める。自分達が同じような夢を見たなどと、ヒドリには言えない。ましてや、灰色になったヒドリが自分達の亡骸を抱えて泣いている夢を見たなど、冗談話の類いにもならないのだから。

 

「僕には言えない感じですか?」

 

「いえ、そうじゃないけど……そう、あれよ。昔、カップ麺を四人で分けてた頃を夢に見たのよ!」

 

「私は、爆弾でちょっと失敗しちゃった時の夢だったな~」

 

「わ、私はその……昔のいじめられてた頃を夢に見て……」

 

「私は昔、改まった所に行ってた頃の夢」

 

 だから、隠そうとした。しかし、ヒドリに隠し事は通じない。

 

「僕が何かやらかす夢でも見ましたか?」

 

「……!」

 

「図星ですね、社長」

 

 ヒドリは家族同然の者に嘘を吐かれたことに怒っても悲しんでもいない。彼女達なりの気遣いだったのだろうことを理解しているからだ。だが、同時に分からない。夢程度で何を隠そうとしているのだろう、と。

 

「そこまで隠されると逆に気になるんですけど……」

 

「アルちゃん、話してもいいんじゃない? ヒドリ君気になってるみたいだし」

 

「けど………………いいえ、そうね。くよくよ考えるよりも、隠すよりも聞けばよかったわ。今までだってそうしてきたのだし」

 

 レモネードを飲みながら、アルは夜に見た夢の内容……というよりも、疑問に思っていたことを口にする。

 

「ヒドリ、あなた灰色になることはあるの?」

 

「灰色……ああ、鈍色の鳥ですか?」

 

「……知ってたのね」

 

「自分のことですからね。……まぁ、あれは条件が満たされない限り成れませんけど」

 

 それは、世界そのものとなる。誰もいない認識、存在するはずのない世界全てが埋もれる。あらゆる灰がそれの下にしだかれる。灰は全て土でもあるのだ。この世界に存在の境界は本来無い。

 

「僕が全てを食べ尽くした先、餌はもうありません。探しながら、あらゆる所に消化物を置いていく」

 

「……食べ尽くしたら、成るってこと?」

 

「さぁ? 僕も成ったことがないので、分かりません。……それが世界そのものであり、宇宙の中にある知性と最終的なエネルギーの特異な現象になる」

 

 全ての知性は、一つの根源的サイクルの模倣であり、それがそうしているから、生命もそうするに過ぎない。

 

 種から芽吹く全ては、種の前の構造と知性を憶え、根源的サイクルの存在する無意識野に於いて模倣を実行する子機知性に過ぎない。

 

 その知性の一つが、やがては誰かを見つける。

 

 灰色の世界を歩き、僅かな輝きを集めて飲み込み、種を残して去って行く。

 

 際限なく太りながら、また際限なく痩せてゆく。全てを喰らいながら、全てを産む。

 

 それが生物。生物が模倣する形がここから生まれている。世界が知性で満ちている。

 

「それは最後に来たるもの、それは最初に眠るもの。────鈍色の鳥。それが僕が至る可能性のある存在です」

 

 オカルトよりもオカルトしている説明。ヒドリの言葉はいつも分かりやすいものが多いが、自分のことを説明する時だけはよく分からない。便利屋68と出会った時、自身を知った四人への説明も七割以上が俯瞰した場所からの説明のようだった。アル、ムツキ、カヨコ、ハルカはもはやフィーリングで聞いている。

 

「まぁ、条件が満たされない限りは成りませんよ」

 

「その条件は?」

 

「え? んー……一つは満たされてますけど……残りは無理かと」

 

「もう一つは満たされてるの!?」

 

「はい。僕がここにいる時点で」

 

 第一の条件は認識の鳥が誰かに見つけてもらえること。第二、第三とまだまだ条件があるが、ヒドリにはその条件が分からない。そもそも枷がある時点で、本当の意味で飛び立つことすら難しいのだ。

 

「それにしても……四人全員が同じ夢を見るなんて、面白いこともあるものですね」

 

「多分ただごとじゃないよね~。あ、ヒドリ君は夢って見るの?」

 

「見ませんよ。脳の情報処理は起きてる時に全部終わりますし」

 

 ヒドリの脳のスペックは人間を凌駕している。その大部分を食事や便利屋68のことなど使っているため、普通の人間よりも賢い程度に留まっているが、それらを排した時のスペックは今の状態を容易く凌駕するだろう。

 

「ということは……本当なら寝ることも必要ない?」

 

「本来ならそうですね。皆さんに引っ張られて寝るようになってますけど」

 

 そもそも精神世界に存在する認識の鳥は、睡眠など取らないのだろう。しかし、家で飼っている猫などが飼い主の生活バランスに引っ張られるようになって、夜行性ではなく昼行性に寄るように……ヒドリも便利屋68の生活バランスに引っ張られていた。

 

 ヒドリは────認識の鳥は、緋色の鳥は、間違いなく人間としての自我を、生活習慣を手にしていた。

 

「というか皆さん、あれ使わないんですか? 作りましたよね?」

 

「ああ、あれですか……」

 

 ハルカの言うあれ、というのはヒドリの羽を使った羽毛布団のことだ。夏が近付いているとはいえ、まだまだ夜の冷たさが厳しいこの季節。全員が被れる大きさの羽毛布団を作ったヒドリは、なぜあれを使わないのかと首をかしげる。

 

「ヒドリ君の翼だけでも……十分温かいからでしょうか……?」

 

「でも寒がってるじゃないですか、皆さん」

 

「この季節は難しいのよね……」

 

 布団を被れば暑く、被らなければ寒い。そんな季節に苦心する面々。暑かろうと寒かろうと問題ないヒドリには分からない悩みであった。

 

「翼のサイズ大きくしましょうか?」

 

「できるの?」

 

「背中の面積までなら大丈夫ですよ」

 

 尾羽を仕舞っているのと同じ要領で、翼のサイズも変更可能だ。ヒドリの服の背中にはそのためのジッパーが付けられており、どのサイズにもできるようになっている。

 

「そのサイズは後で調整してもらうとして……ヒドリ」

 

「はい?」

 

「次のお祭りは何をするの?」

 

 暗かったり、調整が必要だったりする話ばかりでは肩が凝る。アルはそんなことよりも、次の祭りについて問いかけることにした。

 

「次ですか……次は……そうですねぇ……テーマは夏、なんてどうでしょうか」

 

「漠然としてるね」

 

「食材を決めてもいいんですけどね。夏だと……何でしょう?」

 

 そう言いながら鞄から取り出したのは、季節の食べ物が記録されている分厚いルーズリーフのノート。

 

 野菜であればトマト、きゅうり、ナス、とうもろこし、オクラ、ズッキーニ、ゴーヤ、ミョウガ、スイカ、メロンが旬となる。果物ならば桃、梨などが旬だ。

 

 魚介類であればアジ、アマダイ、アユ、カサゴ、ガザミ、カマス、キス、クルマエビ、コハダやスズキ、タチウオ、ウナギ、ハモ、マゴチなども上げられる。

 

「やはり食材を決めない方が良さそうですね」

 

「このノート……こんなに厚かったっけ?」

 

「増やしました」

 

 次の祭りのことを考えながら、ヒドリ達便利屋68の一日は過ぎていく────はずだったのだが。

 

「よう、そこの赤色のゲヘナ学園生徒」

 

「ん? 僕ですか?」

 

 メイド服の上にスカジャンを羽織っているという奇抜な格好をした、ミレニアムサイエンススクールの学生証を着けた少女によって、それはぶち壊される。

 

「……えーと……?」

 

 小学生と見間違うような小柄な体格だが、人相は険しく、纏う雰囲気が普通のキヴォトスの生徒とは全く違う。

 

「クライアントからの依頼でな。ちょっと面貸してくれるか?」

 

「……んー……?」

 

「んだよ」

 

「いや、何だか僕と目付きが似てるなぁ、と。鍋食べます?」

 

「はぁ? 鍋は食うけどよ」

 

 器を受け取り、ドカリと座った少女。並んでみると、目付きや顔付きが似てなくもないような気もする。背丈は全く違うが。

 

「……ん、うめぇな」

 

「美味しいですよね」

 

「ああ……って、そうじゃねぇ。面貸せって話なんだけどよ」

 

「祭りが終わったらいいですよ。一応主催者なので」

 

「あ? この祭り、ゲヘナ学園が開いてんじゃねぇのか」

 

「新規さんですか? おすすめはあそこの鍋ですが、あえてシシカツを食べに行ってもいいですよ」

 

 新規顧客ゲットに余念のないヒドリ。そこに熱意があることが伝わってくるため、断ろうにも断れない緋色の少女。そんな彼女を見て、カヨコはアルに耳打ちする。

 

「社長、あの人確か……ミレニアムサイエンススクールの最強生徒だよ」

 

「ええ……!? そ、そんな人がヒドリに用って……何事なの!?」

 

 祭りは終わって眠りがやってくるが、キヴォトスは眠らない。まだまだ問題は、終わらないようだ。

 

 

 

 



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お菓子にハマるよヒドリ君。バスソルトにもハマってるよヒドリ君。

原作との違い

リオがちょっとだけ(当社比)人を信用している。合理主義だけど一応鑑みるところはある。(当社比)
とある文献を見つけてしまっている。


ヒドリ君がいることでバタフライエフェクトならぬバードエフェクトが起きていますがそれはそれ。

ヒドリ君の絵を増やしたいけどあれが私の限界なんだよなぁ……


 祭りが終わって二日後。よく晴れた日、ヒドリは緋色の少女────美甘ネルの後ろを追うようにして歩いていた。

 

(……こいつ、隙が無ぇ……!)

 

 キョロキョロと物珍しそうにミレニアムサイエンススクールの廊下を歩くヒドリの前を歩くネルは、ヒドリの評価を上方修正する。何か下手なことをした場合、ヒドリを撃てとクライアントから指示されているため、一応狙撃手を待機させている。だが、ヒドリはその狙撃を躱すであろうという予感があった。

 

『リーダー、恐らく気付かれている』

 

「だろうな」

 

 なお、ネルが所属するC&Cはヒドリを撃つつもりは毛頭ない。なぜクライアントがヒドリを警戒するのか分からないため、ポーズを見せるだけに留めている。

 

「ネル先輩、ミレニアムって、監視の目が多いんですか?」

 

「あ? いきなりどうした」

 

「ほら、監視カメラが多いですし……ドローンも飛んでるし」

 

「あー……そういや、初めて来るんだったか、ミレニアム」

 

 ヒドリがミレニアムサイエンススクールに近寄らなかったのは、この監視カメラの数も理由の一つだ。しかも視線を常に感じるため、できるだけ近寄ろうとはしなかった。ヒドリにとって、それは酷く不愉快に感じるものだったからである。

 

「大体が実験とかで使われてるやつだな。起動してるのはもっと少ねぇ」

 

「へー……」

 

「というか、マジで一人で来るとは思わなかったよ。警戒とかしねぇのか?」

 

「え? この程度で、ですか?」

 

 ゾワリ。スコープ越しにヒドリを見ていた角楯カリンが、ネルが────監視カメラやドローン越しに見ていた者が感じ取った、異質な気配。赤時ヒドリという少年の言動は、笑みは、頂点捕食者のそれだ。

 

 そして今更ながら、ネルは気付く。自分が今立っているのは、彼の間合いであると。

 

「ゲヘナ学園とかブラックマーケットの方が混沌としてますので。この程度なら警戒する必要もありませんよ」

 

 いつもの靴は履いているが、その気になれば飛び去ることも可能なのだ。それは油断ではなく、余裕。確かにカヨコから説明されているが、ヒドリ的には「ヒナ先輩の方が怖いかなぁ」、であった。

 

 キヴォトスの学園最強は五人いる。アビドス高等学校三年小鳥遊ホシノは神秘の最強。ゲヘナ学園三年空崎ヒナは最優の最強、トリニティ総合学園三年剣崎ツルギは消耗戦最強、そしてミレニアムサイエンススクールのネルは近接戦最強。そして────────ゲヘナ学園一年赤時ヒドリ。耐久性、機動力を鑑みて、最強とされている。

 

「逃げ場は結構ありますしね」

 

「あ? 逃げれると思ってんのか?」

 

「ええ、まぁ。神秘が籠ってないなら、どうとでもなるかと。その気になれば音速で飛べますし」

 

「どんな身体能力だよ!?」

 

 ヒドリが戦う時は、便利屋68が受注した依頼を遂行する時か、正当防衛の場合。今のヒドリは戦うつもりはないが、攻撃してくるようなら抵抗するつもりだった。

 

「それで……そろそろクライアントについて話をしてくれませんか?」

 

「本題に行くまでの間が長いな」

 

「そうですか?」

 

 首をかしげるヒドリが纏う雰囲気は、さっきとは違う穏やかな────そう、食事を終えて満腹になった肉食動物と同じような穏やかな雰囲気である。ドローンからの視線が消えたため、大分落ち着いたようだ。

 

「ミレニアムに知り合いは────一人はいますけど、その程度なんですよ。その人の連絡先は貰ってますし……僕を呼んだのは誰ですか?」

 

「もう少しで嫌でも会える。それまで待ってろ」

 

「いやぁ、事と次第によっては相応の対応をしないとですので」

 

 そう言ってちらつかせてくるのは、ゲヘナ学園の生徒であれば誰でも使える万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)と風紀委員会に繋がる緊急ホットライン。事と次第によってはゲヘナはミレニアムに相応の対応をしなくてはならないと言外に言ってきている。

 

「頭が回るなぁ、おい。二日後って言ったのもそれのためか?」

 

「? 学区外に出るんですから、常備するのが基本ですよね? ミレニアムとかにはこういうの無いんですか?」

 

「あー……ねぇな」

 

「そうですか」

 

 用意周到で、狡猾。それでいて大胆で純粋。ネルの中でのヒドリの評価はこんなところだ。締めるところは締めるし、礼儀もある程度できている。さらに度胸もあり、戦闘能力もそこそこ。

 

「ミレニアムにいたらスカウトでもするところだったぜ」

 

「? ありがとうございます?」

 

「おう。……さて、着いたぜ。ここがクライアントがいる部屋だ」

 

 案内されたのは、生徒会室。ミレニアムサイエンススクールのラボと応接室が混ざったような部屋の奥で、黒髪ロングヘアーの女性がヒドリを見据えていた。

 

 部屋に入った瞬間から……いや、部屋のドアを開けた時から放たれる重々しい空気の中、二人は歩みを進め────────

 

「初めまして、赤時ヒドリ。私は調月リオ────ミレニアムサイエンススクールの生徒会長を務めているわ」

 

「こちらこそ初めまして。僕は赤時ヒドリ。便利屋68社員兼足係です」

 

 名刺交換を行った。

 

「何で名刺交換してんだよ!?」

 

「? 名刺交換はマナーですよね? ネル先輩にも渡しましたよ?」

 

「当たり前のことよ、ネル。マナー講習は受けた?」

 

「あたしが非常識なのか!?」

 

 素晴らしいツッコミが炸裂する。ネルのツッコミスキルが磨かれる音がした。

 

「それにしても、凄いところですね、ミレニアム。発明品とか、計算式とかがたくさんあって」

 

「ええ、自由に研究、創作して実績を出している子達が多いわ」

 

「ミレニアムの冷蔵庫、凄いですもんね。お祭りのために使わせてもらってます」

 

 まずは世間話。軽いジャブとパリィの応酬を行い、ヒドリとリオは相手がどんな人柄なのかを確かめていく。身だしなみはお互いにほぼ完璧。第一印象はまずまずの印象といったところだ。

 

「古いもの、新しいもの、どちらにも良い面と悪い面があるから、良い面を取り入れていく努力をしている子が実績を出しやすいわね」

 

「なるほど。確かに料理も新しいだけじゃなくて、古い手法から良さを取り入れますね」

 

(この二人、まさか意外と相性がいいのか?)

 

 ヒドリがバッドコミュニケーションを引かない限りは問題ないだろう。世間話をある程度行い、リオは本題へと移る。

 

「貴方を呼んだのは私よ。ネル達C&Cに依頼したのも」

 

「じゃあ、ドローンの監視とかも?」

 

「ドローン? 私はC&Cに依頼しただけよ。ドローンの監視はしていないわ」

 

 リオは合理主義だ。自分の目指す未来に到達するための最短距離を行く。今回のヒドリとの邂逅についても、可能な限りヒドリを刺激しないように注意していた。その方が会話ができると考えたためである。

 

「スナイパーは?」

 

「あれは私の指示ね。何をするか分からないなら、監視の目は必要でしょう?」

 

「なるほど、一利あります。まぁ、それはそれとして。なぜ僕を呼んだんです?」

 

「貴方に聞きたいことがあるからよ。赤時ヒドリ────いいえ、認識の鳥」

 

 直後、ヒドリの目が細められる。ヒドリの本来の姿、認識の鳥については、便利屋68とゲヘナ学園の一部以外は詳細を知らない秘匿情報の類いだ。認識の鳥、緋色の鳥、鈍色の鳥、そのどれらかを話す時、ヒドリは周囲の記憶を奪って秘匿している。祭りの会場で話をしていたのも、それがあるからこそだ。それをなぜ、目の前のリオが知っているのか。

 

「どこで知ったのかは省きますが……何を聞きたいんですか?」

 

「貴方がキヴォトスにやってきた理由は何か。それだけよ」

 

「僕が来た理由? 覚えてませんよ、そんなこと」

 

「覚えていない?」

 

「両親に捨てられたってことだけは分かってますよ。その前のことなんて知りません」

 

 突然投下された重い過去にリオも、ネルも────近くに待機していたメイドも少々怯む。捨て子など、キヴォトスでも中々出会うこともない存在だったからだ。

 

「気付いたらキヴォトスにいました。その後は便利屋68に拾われて、ここまで生きてきましたよ」

 

「……なら、これから何をするつもり?」

 

「僕は便利屋68と共にいると決めました。それは誰にも邪魔させません」

 

 何があろうとヒドリは便利屋68の四人と共にいると決めたのだ。寒い冬の日、拾われたあの日から、ヒドリはあの四人のために翼を広げると決めている。それを邪魔するのなら、神であろうとヒドリは牙を剥く。

 

 さて、ネルはヒドリの正体について知らない。だが今、リオが名を告げたことで、知った。認識した。ヒドリの正体。赤き原野に佇む、鎖に縛られた一羽の鳥を。

 

 先生も黒服に伝えられたことで認識したであろうそれは、真っ赤な瞳でこちらを見ている。動くことはなく、ただじっと見ているだけのそれは、やってきた者を追い返すように一鳴きした。そしてネルは自分がリオとヒドリが話す部屋にいることを思い出す。

 

(今の……まさか、この赤毛か!?)

 

「……あれ、ネル先輩は早いですね戻ってくるの。肉体強度とか関係あるのかな?」

 

「マジで何者だよお前」

 

「ネル先輩の見た通りですよ?」

 

 力が制限されているからこそ、赤い原野から自力で脱出が可能だが、普通であれば祝詞を書き記さねばならない。さらに言えば、ヒドリは今満たされている。満たされているからこそ、餌はいらないのだ。

 

「さて、話は終わりですか? 今日、午後から予定が埋まってるんですよ」

 

「最後に一つだけ。……無名の女王。この言葉に聞き覚えは?」

 

「無名の女王? 誰ですかその人」

 

「…………そう。────聞きたいことはそれだけよ」

 

「なら帰りますね。あ、渡し忘れてましたが、これ、皆さんで食べてください」

 

 鞄から取り出されたのは、紙に包まれたいくつかの箱……菓子折りであった。ゲヘナ学園の自治区にある洋菓子店の贈答用菓子────つまるところ高級洋菓子詰め合わせである。

 

「では、そういうわけで」

 

 換気のために開け放たれていた窓に足をかけて、いつものように大空へと羽ばたいたヒドリ。本当に飛べるとは思っていなかったのか、見送った誰もが目を見開いていた。

 

(無名の女王……誰だろう?)

 

 帰り道を飛ぶ中で、ヒドリはリオの問いかけに現れた存在について考える。

 

 少なくとも、ヒドリの知り合いにそんな者はいない。昔、食文化を調べるために考古学などにも目を向けていたが、ヒドリの知る女王はどれも名前が付いていた。

 

 興味本位でジャンクパーツで鎧を作ったことはあったが、女王の服っぽいものを作ったことはない。

 

「んー……」

 

 考える途中、帰りに寄るつもりだったスーパーへ。午後セールで卵、豚肉、カンパチの頭、タイの頭、にんじん、ほうれん草、玉ねぎ、キャベツ、じゃがいも、果物各種、牛乳、天然塩、植物油、精油を購入。後ろ三つはヒドリが最近ハマっているバスソルトを作るための材料だ。ハーブは事務所の屋上にある植木鉢で育てている。

 

「……まぁ、いいか」

 

 敵対するなら倒せばいいし、そうでないなら静観すればいい。ヒドリはそう結論付けて、帰り道を飛ぶ。今日の午後はバスソルトを作る予定なのだ。それとフルーツタルトを食卓に並べる。少し前にアルとムツキが読んでいた雑誌に載っていたタルトが美味しそうに見えたので、それっぽいものを作るつもりだ。

 

 タルトの土台は出来上がっているため、あとはカスタードを作ってフルーツを盛り付けるだけ。ヒドリは夜な夜な起きてスイーツを作るという行為に、背徳的なものを感じるようになったのだ。バレないように毛布を被せているが、たまにカヨコにバレて、口止めのためにノンカフェインコーヒーやココアを淹れたりしている。カヨコが味を占めている感すらあるのは気のせいだろう。

 

 

 

 



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合間の紹介

読み飛ばせ。本編とは関係ないからな。


赤時ヒドリ

 あかしひどり

 

 ゲーム『ブルーアーカイブ』のキャラクター。

 

 

「便利屋68の社員兼足係です。よろしくお願いします」

 

 

 

プロフィール

 

学園ゲヘナ学園
部活便利屋68
学年一年生
年齢15歳?
誕生日1月1日
身長172cm
趣味食事、料理
CV???
デザイン???

 

 

 

人物

 

 ゲヘナ学園1年生。便利屋68に所属しており、社員兼足係。

 よく便利屋68の誰かと共にいるところが目撃される。

 

 

 

 緋色の髪、緋色の瞳、緋色の翼と尾羽……といった感じに緋色に染まっている少年。

 少々人相が悪いかもしれないが、珍しく比較的温厚なゲヘナ学園の生徒。

 

 

 所属する便利屋68の引き締め役なのか、ヒドリが便利屋68に所属するようになってから、彼女らの収入が増え、仕事の成功率が上がったようだ。

 足係というのは車を運転できる、ということではなく、キヴォトスで唯一空を飛べるため、その力で便利屋68の四人を運んでいる。

 

 

 料理を食べること、作ることが好きなようで、夜の食堂で給食部に料理を作ってもらったり、自分で料理を作って振る舞ったりと食文化について造詣が深い。

 その趣味が段々と大きくなり、コテージを借りて、『お世話になった人達へ料理を振る舞う』ということを行い、遂にはゲヘナ学園全体を巻き込む『ゲヘナ学園食事祭り』の主催者となるまでに至った。そのうちトリニティ総合学園も巻き込みたいと考えているらしい。

 

 

 表向きは上記のように温厚でかつ、義理人情に厚い生徒だが、便利屋68に拾われるまでの過去を自分で覚えていなかったり、唯一覚えている過去は両親に捨てられたということだけなど、キヴォトスでも類を見ないくらい重い背景を持っている。「便利屋68に拾われなければ凍死していた」という発言からも、着の身着のままで捨てられたことが窺える。

 

 

『認識の鳥』と呼ばれる謎の生物と関係しているようで、ゲマトリアの黒服からは「認識の鳥がどこに至るのか興味がある」と語っていた。

 

 

 初登場したメインストーリーvol.1『対策委員会編』では、先生達から「何だぁ……てめぇ……?」、「菓子折りとか真面目かよ」、「ハーレム」、「おいそこ代われ」などと散々な言われようだったが、戦闘を開始すればその評価が覆った。スキルの使い方を誤ると溶けていくホシノのHPに吐き気を催す先生もいたほどである。

 続くゲヘナ学園風紀委員会との戦闘では、戦闘能力による圧倒的な蹂躙劇だけではなく、風紀委員会へ純粋な言葉の暴力で鎮圧するなどして、学生時代を思い出した先生達から「止めろヒドリ、その言葉は俺に効く」と言われた。

 

 

 行く場所がある、と言って向かった先でビナーの痕跡を見つけたり、アビドス高等学校に所属していたと思われるユメの遺骨を発見したりと伏線や考察の領域を一気に広げてくる曲者でもある。

 

 

 

衣装

晴れ着

「謹賀新年。今年もどうぞよろしくお願いします」

 イベント「新春狂想曲第68番」で他の便利屋メンバーと共に晴れ着姿で登場し、初回では実装されなかったが、2023年3月の復刻に際し、カヨコと共に実装。ちなみに着物はレンタルで、アル曰くイメージ戦略の一環らしく、3rd PVで男物の着物が中々見つからず、店を転々としている便利屋68が見られる。

 

 

緋色の騎士

「限定解除……で、どうしてこの姿に?」

 

 エデン条約編で登場。オーパーツのように幾何学模様が刻まれた機械的な鎧の姿。己の枷をいくつか外して力を行使した結果、なぜかこのような姿になったらしい。翼部分から放出される赤い粒子の羽などは某ロボットなどを彷彿とさせ、男の子な先生達は大興奮。バルバラやベアトリーチェとの戦闘以外で登場することはなく、実装を求める声が多い。

 

 

 

武器

 固有武器【PHENIX-TYPE-Ⅹ】はヒートブレードとパイルバンカーが搭載されたロマンの塊の靴。ゲーム内の説明によると、ヒドリがジャンクパーツで作ったもの。

 

 

 

性能

通常版

「じゃあ、ぶっ潰しますね」

 

初期レアリティ攻撃防御役割ポジションクラス武器種
☆☆☆貫通特殊装甲STRIKERFRONTタンク

 

 EXスキルは敵単体に貫通属性特大ダメージを与え、次の使用コストを「1」下げる。

 ノーマルスキルでは、敵を倒すとコストの回復速度が上昇する(神秘解放すれば便利屋68の会心値も上昇)。

 コストは「6」と重めであるが、それに見合う威力を誇る他、主にシールドオートマタ等の敵タンクやデカグラマトン等の重装甲ボス向けのスキルとなっている。

 

 便利屋68専用のパッシブスキルとサブスキルを持っているが、爆発属性ではないため、組み込みにくいかもしれない。

 

 

晴れ着

「せっかくの正月なのですが……」

初期レアリティ攻撃防御役割ポジションクラス武器種
☆☆☆神秘特殊装甲SPECIALMIDDLEサポーター

 

 EXスキルは味方全体の会心率と会心ダメージ率を強化する。効果時間が他のバッファーの半分ほどしかない代わりに、倍率が非常に高いことが特徴で、どういうわけか晴れ着ハルカと効果が重複する。

 

 ノーマルスキルは50秒毎に15秒間のリジェネフィールドの展開。流石に発動間隔や倍率は生粋のヒーラーには劣るものの、そもそもバッファーが回復スキルを所持している時点で強力なためさほど気にはならない。

 

 パッシブスキルは味方全体の会心率の増加で、サブスキルは味方全体の治癒力の増加。どちらも腐ることがない良スキルであるため、できる限りレベルを上げておきたいところ。

 

 EXスキルのバフが非常に強力且つヒーラーもある程度はこなせるため、総力戦などの対ボス戦コンテンツではヒマリ、アコと並んで人権クラスの活躍を見せることが。便利屋68のサポートではなく、他の生徒を強化する姿から、派遣社員のヒドリという概念が生まれた。

 

 さらに、会心抵抗率の高いゴズやホドなどにも優位に立ち回れる上に全ての攻撃が確定会心となるミカがいるため、アコと並ぶほぼ全ての敵に対して最適解となるぶっ壊れサポーターとしての地位を確立した。

 

 なお、アコのように通常攻撃や定数ダメなどが火力ソースとなっている置物特化の生徒とは相性が悪いためそこだけは注意が必要。

 

 ちなみに、便利屋68へのバフ倍率が高いということもあり、アル社長やハルカなどを使ったダメージチャレンジも行われている。

 

 

 

 

 



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お菓子を焼くよヒドリ君。勉強だってできるぞヒドリ君。

バードエフェクト

リオが清濁併せ呑むことを覚えた結果、ある程度ごたつくだけでパヴァーヌが片付きそうになっている。

エデン条約編が原作よりも早くスタートしており、先生が激務に追われている。


 草木も眠る静かな夜。ゲヘナ学園自治区郊外にある一軒家のキッチンで、極力音を出さないようにしながら動く影があった。

 

「……えーと、これをこうして……あとは焼くだけだ」

 

 キッチンだけ明かりを灯して、調理を進めるのは便利屋68の社員兼足係のヒドリ。バスソルト作りとスイーツ作りにハマっている認識の鳥である。

 

 夜な夜な作っているのはクッキーシュークリーム。正気の沙汰ではない*1。体重などが気になりそうかもしれないが、そこは便利屋68……仕事がなくても走り回っているため、カロリー消費はバッチリである。

 

「……またやってるの?」

 

「あ、カヨコ先輩。起こしちゃいました?」

 

 リビングにやってきたカヨコは、週一~二回行われる夜中のスイーツ作りに乗じて、ヒドリがこっそり購入して保管しているコーヒーやココアを飲むことが夜の楽しみになっていた。アル、ムツキ、ハルカが知らない間にそれを飲む……その背徳感が堪らないようだ。

 

「今日くらいかなって思ってたんだ」

 

「お見事です。……どれ飲みますか?」

 

「コーヒー。お願いできる?」

 

 カヨコの指示に応じたヒドリがミルで挽く。香りが立ちやすい豆なのか、挽いただけで部屋にコーヒーの香りが少しだけ漂ってくる。

 

「うーん……僕秘蔵の豆がどんどん無くなっていく……」

 

「私達しかコーヒー飲まないけどね。皆もたまに飲むけど」

 

「まぁ、そうなんですけどね」

 

 苦さを抑えるために低温で淹れる中、ヒドリは昔コーヒーを淹れた時のことを思い出していた。

 

「昔……」

 

「ん?」

 

「昔、喫茶店のお爺さんが教えてくれたな、と」

 

 それは、かつて便利屋68が受けた仕事の一つ。今は無き小さな喫茶店……その店主からの依頼で、コーヒーの淹れ方を学んだことがあった。一番覚えが良かったのはヒドリで、今ではその店の味をほぼ完璧に淹れることができる。

 

 その店はもう無くなり、店主も存命ではない。ヒドリしか────いや、便利屋68にしか、その店のコーヒーを作れない。美食研究会すら知らないコーヒーの味だ。

 

「思えば、あの人……僕のこと気付いてましたよね」

 

「……そうだね」

 

 もういない喫茶店の店主のことを思い出しながら、ヒドリはコーヒーを淹れる。苦味が少なく、コーヒーのコクとまろやかさを引き出した一杯である。カフェインレスコーヒーでありながらも、この味を出せるのは店主の淹れ方が素晴らしいからなのだろう。

 

「……うん、美味しい」

 

「コーヒー、これ以外で飲めなくなっちゃいましたねぇ……」

 

 温度を変えて淹れる場合の淹れ方も学んでおり、やろうと思えば喫茶店をもう一度開くことも可能だろう。しかし、ヒドリはそれをしない。便利屋68の所属であることもあるが、あの喫茶店はあの店主だけのものだと考えているのだ。

 

 お金がない時期、賄いでオムライスとスープを出してくれた喫茶店の店主、彼直伝のコーヒーを味わいながら、ヒドリは焼き上がるのを待つ。家事全般を趣味としたヒドリこと認識の鳥を見て、カヨコは小さく笑う。

 

「そういえば、そろそろ定期試験の発表があるね」

 

「始まりますね」

 

「どうだった?」

 

「70点は固いです」

 

 ヒドリは覚えたことをあまり忘れない。忘れかけた頃に便利屋68全メンバー揃って復習と応用を行うためなのか、余程難しい問題が来ない限り問題ない程度には学力がある。

 

 特に特化しているのが社会……歴史に関するもの。古語も問題なく読み取れるため、時折四人がヒドリに聞くこともあるくらいだ。食文化に結び付けているのか、ヒドリは歴史が得意である。

 

「意外と勤勉だよね、ヒドリって」

 

「テスト中も皆さんからたくさんの感情を食べられますから。好きですよ、テスト」

 

「ああ、そういうこともあるんだ」

 

 テスト中の人間から放出されるのは苦楽の味。「あ、ここ勉強したところだ」、「これは何なの!? 知らない問題が出てきたんだけど!?」、「裏まであるじゃん!?」などなど、大量の感情が放出されるため、ヒドリの食事にもなるのだ。

 

「今回のテストなんて、凄かったですよ」

 

「トリニティと同じ問題だったんだけっけ?」

 

「本気になれば、学力がほぼ変わらないことが実証されそうですね」

 

 欲望に忠実で混沌としているゲヘナ学園と、陰湿さが天元突破しているトリニティ総合学園。その学力はほぼ互角と言っていい。テストに合格しなければ欲望は満たせず風紀委員or万魔殿の監視の下で補習、テストに合格しなければ陰湿さの餌食になる────五十歩百歩、どんぐりの背比べ。欲望と陰湿の殴り合い。意地と意地がぶつかって、スーパーノヴァが巻き起こる。マウント合戦の始まりだ。

 

「エデン条約も近いですし、皆ピリピリしてますね」

 

「確かに……ヒドリ、何か変わったこととかはあった?」

 

「変わったこと……トリニティの自治区に行く時、ヒフミ先輩と歩くと視線を感じるくらいですかね」

 

「ヒフミと?」

 

「皆さんがヒフミ先輩の強さに気付いたのかもしれません」

 

 ヒドリの交流は次の通りに多い。

 

 便利屋68>>給食部=ヒフミ>ツルギ=アビドス>>ゲヘナ学園風紀委員会=万魔殿────である。ヒフミの優先順位はまずまず高いのだ。

 

「カヨコ先輩は知ってると思いますが、ヒフミ先輩は強いんですよ」

 

「だろうね」

 

 その気になれば不良にも対抗できるくらいには強い。ペロロ様のデコイの頑丈さは見事なもので、ペロロ様のことになると止まらなくなる。その行動力の凄まじさは、便利屋68を驚かせたこともあった。

 

「最近はペロロ様の造型にも力が入ってるみたいで、あのデコイ、踊るようになったんですよ」

 

「あの子はどこを目指してるの?」

 

「ああいう方がクリエイターになるんだと思います」

 

 キレッキレのダンスを踊るペロロ様という光景を想像すると吹き出しそうになるが、ヒフミのペロロ様に懸ける情熱はそれほどまでに凄まじいのである。

 

 さて、そうこうしている間に生地が焼けたことをオーブンが伝えてくる。オーブンの扉を開けた瞬間、甘くて香ばしい匂いがリビングに広がった。

 

「……しっかり焼けてるみたいですね」

 

「本当に上手くなったね、料理」

 

「ありがとうございます。えーと……少し冷ましてからクリームを入れるのか……」

 

 上手く膨らんだ生地が少し冷めたのを確認して、クリームを注入する。今回のクリームはカスタードと生クリームを半々で混ぜ合わせたものだ。

 

 クリームの注入を終えて、ヒドリはそれらを冷蔵庫に投入。つまみ食いはしない。それが終わったらすぐに料理をした痕跡を抹消────洗い物、消臭剤の使用などを駆使して痕跡を消して、歯を磨いたらあとはバレないようにベッドに戻るだけである。

 

「カヨコ先輩、コーヒー飲み終わりましたか?」

 

「うん。ごちそうさま」

 

 マグカップを受け取り、洗い終えてから歯磨きを行う。ヒドリとカヨコは共犯者のため、素早い動きである。

 

 歯を磨き終えたら、リビングの隣の部屋である寝室へと向かう。便利屋68の事務所は屋上を合わせて三階建て。一階が事務所になっており、二階が居住区だ。頑丈な設計なのか、二階に風呂があるという不思議な構造をしている。

 

 毛布を被ってぐっすり寝ているアル、ムツキ、ハルカは起きる気配がない。ヒドリとカヨコは三人を刺激しないようにベッドに横たわる。その時、毛布から翼に変えることも忘れずに。

 

「おやすみ、ヒドリ」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 こうしてヒドリの一日は終わりを告げる。本来なら眠ることすら必要ないのだが、便利屋68に引っ張られて眠るようになった。うつ伏せのまま目を閉じて、微睡みの中に落ちていく。ヒドリの意識は赤い原野に溶けていった。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

「「「補習授業」」」

 

「「ですか?」」

 

「“うん。私は少しミレニアムのごたつきを解決しないとだから、ちょっと時間が欲しくて”」

 

 夜のお菓子作りから一週間。便利屋68は事務所にやってきた先生に依頼を持ちかけられていた。依頼内容は、トリニティ総合学園のとある生徒達────────補習授業部と呼ばれる部活に所属する生徒の勉強を手伝ってほしいというものである。

 

「先生、それはトリニティの人達は知っているのかしら?」

 

「“うん。ティーパーティーの一人からも許可は取ってるよ。補習授業部の皆からもね”」

 

 便利屋68は先生の依頼を優先的に行うことを約束しているため、依頼を受ける前提で話を進めている。その内容をアルと先生が中心となって詰めている中、ヒドリは隣に座っていたハルカに声をかけた。

 

「……ハルカさん、ティーパーティーの一人って誰だと思います?」

 

「えっ? えーと…………桐藤ナギサさんとか……でしょうか?」

 

「その心は」

 

「えと……聖園ミカさんはゲヘナ嫌いですし、百合園セイアさんはあまり人への関心がないと聞きますから……」

 

「なるほど」

 

 ヒドリから見てティーパーティーという生徒会長のような役職三人は、ナギサ=余裕がなくて何も考えてなさそう、ミカ=余裕がなくてメンタルが弱そう、セイア=余裕がなくてコミュニケーションが下手そう、であった。三人全員が余裕がなくて、どこか視野が狭い。それがヒドリの第一印象である。

 

 ゆえに第三者の視点を────ハルカからの視点を欲したのだ。近くにハルカしかいなかったからというのもあるが、ハルカは意外と人をよく見ているのだ。

 

「と、ところでヒドリ君……冷蔵庫のシュークリームは食べていいんですか……? アル様がチラチラ見てましたけど……」

 

「あ、はい。どうぞ。一人二個です」

 

「ありがとうございます……!」

 

 二階の冷蔵庫に向かったであろうハルカを見送り、ヒドリは端末に入れてあるテスト範囲の問題集を引っ張り出す。どこが間違いやすいだとか、どの公式と入れ換えると楽だとかが書かれたもので、作るのに便利屋68だけではなく、ヒフミとツルギも関わっている。

 

「ヒドリ君、補習授業部のメンバーは確認した?」

 

「え? まだですけど………………えっ」

 

 確認したメンバーに思いがけない人物がおり、ヒドリは珍しく驚く。メンバーのうち知らないのは三人。二年の浦和ハナコ、一年の下江コハル、同じく一年の白洲アズサ。そして知っているメンバーが一人……

 

「何でヒフミ先輩が……?」

 

「ペロロ様絡みじゃない?」

 

「そういえばゲリラ公演に行ってきたと言ってたような……?」

 

 ムツキの言う通り、ヒフミはペロロ様のゲリラ公演を見るためにテストをサボタージュしたのだ。さすがペロキチ。さすがペロキチ極まっている。ペロロ様のためにテストをバックレるとは、中々に仕上がった不良だ。

 

「あ、あの……シュークリーム持ってきましたよ……」

 

「ありがと、ハルカちゃん。────んっ、美味しい!」

 

「サクサクして、でもふわふわしてます……!」

 

「“それ、シュークリーム?”」

 

「はい。先生も食べますか?」

 

 アルとカヨコに配った後、余分に作っていた分を先生に渡すと、あまりの忙しさに朝から何も食べていない先生はクッキーシューに大きくかぶりつく。

 

「“昨日の昼以来の固形物は美味しいなぁ……!”」

 

「先生、何も食べてないんですか?」

 

「“ちょっと忙しくてね……ミレニアムとトリニティを行き来するのは大変だよ……”」

 

「ああ、遠いですもんね」

 

 ヒドリにとっては全く遠くはないが、車や電車を使っても中々遠いミレニアムとトリニティ。そこを行き来するのは、先生にとっても苦行だろう。

 

「とりあえず一週間。私達は補習授業部の試験勉強を見ることになったわ! 一人一教科でね!」

 

「“よろしく頼むよ”」

 

「分かりました。最善は尽くしましょう」

 

 文字通り、ヒドリは────便利屋68は最善を尽くすつもりだ。依頼期間一週間で、補習授業部を解散できるように。依頼を完璧に終わらせられるようにするために。

 

 国語はアル、カヨコは英語、ムツキは数学、ハルカは科学、ヒドリは社会(古語)。便利屋68に舞い込んできた依頼が今、始まろうとしていた。

 

「ところで、会場はどこなんですか?」

 

「“ゲヘナ学園の自治区って聞いてるよ”」

 

「罠ね。カヨコ、どう思う?」

 

「間違いなく罠だね。ハルカは?」

 

「罠ですね……ムツキさんはどう思いますか……?」

 

「罠かなぁ。ヒドリ君は?」

 

「罠でしょうね。先生はどう思います?」

 

「“何か隠し事があるな、とは思ってるよ。アルはどう思う?”」

 

「あら、先生も私達のノリが定着してきたわね!」

 

 大丈夫だろうか、補習授業部。

 

 

 

 

*1
作者はシュークリームを作ると爆発するか焦げるか縮みます



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教師役だよヒドリ君。

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補習授業部の拠点がゲヘナ学園自治区にある。うーん、火薬のかほり。


 補習授業部の合宿一日目、最初の授業はヒドリが担当する古語であった。

 補習授業部のメンバーは以下の通り。

 

 オープンスケベの痴女浦和ハナコ。なぜか既に水着である。

 問題集とにらめっこし続けている白洲アズサ。その机にはスカルマンのぬいぐるみとペロロ博士。

 ムッツリスケベで耳年増のエリート(仮)の下江コハル。参考書の下にはR-18作品。

 そして最後に史上最強のペロキチ、阿慈谷ヒフミ。モモフレンズ絡みとなれば誰にも彼女を止められない。

 

 以上、カオスなメンバーの補習授業部。ヒドリは全く顔色を変えずに口を開く。

 

「古語担当の赤時ヒドリです。正直古語は簡単なのでちゃっちゃと覚えましょう」

 

「簡単なのか?」

 

「はい、アズサさん。簡単ですよ。所詮は古い言い回しと文字を使ってるだけなので」

 

 黒板に書かれた古語。それは補習授業部の手元にある問題集の中にもあるものだ。ハナコは読めているようだが、ヒフミを含めたアズサ、コハルの三人の頭には疑問符が浮かんでいる。

 

「ヒフミ先輩、単語は理解していますか?」

 

「前の言葉だけなら……確か、女性を指す言葉ですよね?」

 

「正解です。コハルさん、あなたはどうでしょうか」

 

 急に当てられたことに驚いたコハルは、黒板と問題集を見比べて、呟く。

 

「……後ろの言葉一つだけなら。傘を差している、でしょ?」

 

「素晴らしい。アズサさんはどうですか?」

 

「…………すまない、分からない」

 

「いえ、大丈夫ですよ。ハナコ先輩、いかがでしょう」

 

「確か……真ん中の言葉は────~を、~は……ですよね?」

 

「お見事です」

 

 ヒドリは答えてくれた全員を称賛しながら、黒板に重要なポイントを書いていく。それは、ヒドリが古語を覚えた時に使った手法である。

 

「ぶっちゃけると、接続詞は放っておいてもいいです」

 

「えっ!? どうして!?」

 

「接続詞の前後の言葉で何となく伝わるんですよ」

 

 黒板の古語を和訳すると、『女性は傘を差して男を待っている』となる。ヒドリが持ってきた問題集は、テスト範囲の言葉に書き直した古語の恋愛物語。この作品、書き直したとはいえ、ニュアンスが分かりやすいものばかりなのだ。

 

「女性、傘差して、男待っている。……ある程度は伝わるでしょう?」

 

「た、確かに……」

 

「あとは言葉に合うようにニュアンスを整えてあげればいいんです」

 

 幸いなことに~は、~を、~がという接続詞は古語には一つしかないのだ。最適な接続詞を組み合わせてやれば、確実に伝わる言葉となる。さらに言えば、古語のテストはマーカー式。ある程度のニュアンスが分かっていれば答えるのは簡単だ。

 

「古語は基本的にこんな感じです。今日覚えてもらいたいのは、接続詞の前後を理解すること。それだけです」

 

 あとはこれを読んで、テスト範囲と噛み合わせればどうとでもなります、と言い切ったヒドリ。読めないということで苦手意識を持っていたアズサとコハルは、これなら何とかなりそうだと内心呟き、ヒフミはケアレスミスが怖いなぁと苦笑する。そして────────

 

「ところで……この問題集はどうして恋愛物語なのですか?」

 

「「「え?」」」

 

「? 一番分かりやすいものがそれだったんですよ。特に意味はありません」

 

「それにしては、生々しいお話もある作品を選びましたね?」

 

「そんな話ありましたっけ?」

 

 頭をこねくり回して、生々しい描写のある場面を思い出そうとするヒドリ。

 

「…………………………ああ、もしかして五章と最終章のシーンの話をしてますか? 問題集は一章の一部抜粋したものですよ」

 

 確かに存在する、生々しいシーン。五章で行われる男女の交わりと、最終章のディープキス……確かに存在するが、ヒドリにはそれを行う理由が分からない。単なる生殖行為、それを盛り上げる意味は理解していないのだ。

 

「あら、そうでしたか?」

 

「はい」

 

 ちなみに、ヒドリはハナコの愛読書たるカーマ・スートラを三日で読破している。

 

 カーマ(性愛)は、ダルマ(聖法)アルタ(実利)と共に古来からインドでは人生の三大目的とされてきたが、ヴァーツヤーヤナはカーマの研究の重要性を説き、本書の最後には、情欲を目的としたものではないことをことわっている。

 

 そんな『カーマ・スートラ』は、七部三十五章に渡って書かれており、第二部は赤裸々に性行為について綴ってあるため、特に有名である。

 

 そんな本を読んでも、ヒドリは「人間って不思議だなぁ」とか、「性欲の研究って、不思議だなぁ」程度の感想しか浮かばなかった。

 

 つまるところ、ヒドリに下ネタなどをぶつけても首をかしげられるか、「そういう考え方もあるんだなぁ」としか思われないのである。

 

 そもそも、美少女ばかりのキヴォトス。そんな中で毎日のようにアル、ムツキ、カヨコ、ハルカというそれぞれ系統が違う美少女達に囲まれていても、裸を見ても、認識の鳥は何も感じない。普通にスルーしてシャンプーの詰め替えもする。つまり何が言いたいのか────────ヒドリにR-18系の話を仕掛けても何も起こらないのだ!! 

 

「意外と初心じゃないんですね、ヒドリ君って」

 

「? 作品を読むのに初心とか関係ありますか?」

 

「あら……?」

 

「とりあえず授業を進めますね」

 

 これがヒドリ。これが認識の鳥。茶化そうとしても、からかおうとしても、カウンターを喰らうか、そもそも相手にされない。ゲヘナ学園はそういうものに耐性があるとか、そういうものではなく、普通に通用しないのだ。あの先生ですら怯んだりしたというのに。

 

「あ、次のハルカさんの授業ですけどわりかしスパルタなので、注意してくださいね」

 

「「「「えっ」」」」

 

 合宿が今、始まった。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

「お、終わったぁ……!」

 

 朝の7時から始まった授業は12時ピッタリ────いや、11時を少し過ぎたところで終了した。30分の授業を休憩やコラムを挟みながらやったため、疲労感は少ないはずだが、濃厚すぎる時間に押し潰されていた。

 

 便利屋68の授業は、とにかく分かりやすく勉強できるように作られたものだ。ヒドリをここまで育てたのは便利屋68。レベルに合わせて授業のレベルを上げたり下げたりするなどは簡単にできる。間違いなく便利屋68の学力はヒドリが来る前よりも上がっているだろう。

 

「ヒフミ、ゲヘナ学園にはあんなに凄い人達がたくさんいるのか?」

 

「えーと……ヒドリ君達便利屋68は特殊な立ち位置ですけど……それでも色んな人がいますよ」

 

「ヒフミ、詳しいのね」

 

「あはは……お祭りにも行きますしね」

 

「そうですね。ヒフミ先輩はよく祭りに来てくれます」

 

 バッ、と振り返った先にいたのは、昼食の準備をしていた便利屋68の社員兼足係のヒドリ。その手には山積みになった平べったい生地の乗ったトレーがあった。

 

「明日以降は皆さんで夕飯を作ってもらいますが……今日の昼と夜は僕達が作る予定です」

 

「あれ? ヒドリ君、もしかしてそれって……」

 

「はい、タコスです」

 

 タコス。トリニティ総合学園の自治区にも一店だけある料理。トウモロコシ粉と小麦粉を合わせた生地からは、香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「好きなものを好きなだけ乗せて食べる。そういう感じの食べ物よ」

 

「確か、前回のお祭りでもありましたね! 美味しかったです!」

 

 続いてアル達が野菜やソースを運んでくる。テーブルに置かれたタコスのパーツ達に、空腹だったヒフミ、アズサ、コハルは目を輝かせ、その様子を見てハナコが微笑む。

 

「ライムはお好みでどうぞ」

 

「「「「いただきます!」」」」

 

 タコスの生地にレタス、セロリ、チーズ、豚肉、炒めた玉葱、サルサソース、パクチーを乗せて、一気にかぶりつく。はしたないと言われるかもしれないが、これが一番美味しい食べ方なのだ。ヒフミに続くようにして、三人もかぶりついた。

 

「美味しいです!」

 

「パクチー、あんまり好きじゃなかったけど、これなら食べやすいかも……!」

 

「凄いな……これがタコスか……!」

 

「こういうのも、悪くないですね~」

 

 サルサソースだけではなく、ワカモレソースも悪くない。変わり種と思われるかもしれないが、ワカモレもサルサの一種である。タコスに乗せる順番が違えば、かけるソースも好みで違う。ライムをかけるかかけないかでも味が変わるため、タコスは奥深い。

 

「午後は勉強じゃなくて、プールで遊びましょう。その方がメリハリができて効率的ですし」

 

「そうだね。ヒドリの泳ぐ練習にもなるし」

 

「ですね。いい加減クロールくらいはできるようになりたいものです」

 

 アビドスの依頼が済んだ後、いい機会だからとキヴォトスの中でも大きなプールに遊びに行った便利屋68の五人。その時にヒドリがそこまで泳げないということが判明したのだ。アルはこれを由々しき事態と認定、泳ぐ練習が始まっている。来週末もプールで泳ぐ練習を行う予定であった。

 

「ヒドリは泳げないのか?」

 

「泳げませんね。浮かべはするんですが、クロールとか泳法はできません」

 

「あら……なら、手取り足取り教えて上げましょうか」

 

「ハナコ、あんた何するつもり……!?」

 

「うふふ……内緒です♡」

 

「だ、ダメ! エッチなのは駄目! 死刑よ!?」

 

「……? 社長達にも教えてもらいますけど……教えてくれるならお願いします」

 

 ヒドリは何にも染まることがない。もう便利屋68という色に染まりきっているからだ。ゆえに、ハナコの提案も普通に応じるし、下心もない。トリニティでは中々いない純粋な存在は、ハナコには眩しく見える。醜いものを見て、触れてきたハナコにとって、この場にいる誰もが輝いているように見えた。

 

 そんな感情をヒドリは感じ取っており、便利屋68も情報にある浦和ハナコとは似ても似つかないことに違和感を感じていた。自由と欲望による混沌の坩堝であるゲヘナ学園生徒は、力こそが正義。だが、トリニティはそうもいかないらしい。

 

「ところで、ここ、ゲヘナ学園の自治区だけど、よく借りられたね?」

 

「あはは……ナギサ様が便宜を図ってくれたようで……」

 

「トリニティの生徒会長が、ね……」

 

 探りを入れたいところだが、ヒドリの知り合いのツルギはこの件についての裏を知らないだろう。ヒフミも恐らく知らない。ただ分かっているのは、ティーパーティーのナギサが何かをしようとしているということだけ。

 

 しかし、情報がないまま憶測で話を進めるとろくなことが起きない。便利屋68は情報については専門家に聞くことにした。

 

「ヒドリ君、調理場に置いてある果物取ってきてくれる?」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 ムツキの指示に応じたヒドリは、そのまま部屋を出て調理場へと向かう。そしてスマホから知人へと電話をかける。その電話は数コール鳴った後に繋がった。

 

『珍しいね。君が連絡してくるなんて』

 

「こんにちは。皆さんにちょっと調べてほしいことがあるんですよ。……チヒロ先輩」

 

『はぁ……ジャンクパーツ五個は貰うからね』

 

 

 

 

 

 



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便利屋68、キレた!!

実は、『頑張れ!キグルミ先生』という作品を書いてた時期がありました。キヴォトスの先生が猫のような、熊のような姿をしたキグルミで、シッテムの箱を使わないと、指揮はできるけど話せないという物語です。……誰か書きませんか?


それはそうとバードエフェクト

温泉開発部に流された情報が違う。

ゲマトリアが先生だけではなく、ヒドリ(認識の鳥)と便利屋68を見ている。


 合宿二日目の明朝。ヒドリはリビングでコーヒーを飲みながら、セキュリティの強度が異常なまでに高く設定されているスマホをいじる。そのスマホには多くの情報が入っていた。全て昨日、ミレニアムの知り合いである各務チヒロがヴェリタスと共に調べてくれた情報だ。

 

『ヒドリ、調べた内容は全部録音してるし、データにも送った。事務所に書類としても送ってある』

 

「はい、ありがとうございます」

 

『うん。結構トリニティのセキュリティが穴だらけだったのが驚きだけど……お陰で色々情報が手に入ったよ』

 

 徹夜明けでありながらと解説をしてくれるチヒロにありがたみを感じながら、ヒドリは話に耳を傾ける。

 

『まず一つ。エデン条約に乗じて何かを企む連中がいるみたい』

 

 一つ目の資料に記載されていたのは、トリニティからさらに派生した先で妙な波形を出していたサーバーから抜き取った情報。そこにはアリウスと記されており、ヒドリは首をかしげる。

 

「アリウス?」

 

『アリウスは結構前に無くなったトリニティの分校。インフラがまだ生きてるところがあるなんて驚いた』

 

「それで……アリウスについては?」

 

『妙に強いセキュリティだったから撤退せざるを得なかった。けど、エデン条約の調印式で何かするのは間違いないね』

 

 エデン条約が調印式された時、ヒドリの夢も叶う。トリニティも祭りの中に巻き込むという夢が。それを邪魔されるのは少々困る。

 

『次にティーパーティーなんだけど……今、三人全員が集まってないみたい』

 

「? 集まってない?」

 

『百合園セイアが消息を絶ってる。機密情報扱いだったけど、簡単に抜き取れた』

 

 ヴェリタスのクラッキングが凄まじいのか、トリニティのセキュリティがザルなのか。半日も使わずに引き抜いてきた機密情報の山にヒドリは苦笑していた。

 

『多分死んではいないと思う。ティーパーティーの一人を殺したっていう実績があれば、アリウスは攻勢に出てるはず。アリウスはトリニティを恨んで消えていったらしいから』

 

「ゲヘナの可能性はありませんか?」

 

『ないね。裏取りのためにゲヘナのサーバーからも情報を抜き取ったけど、それらしい情報はなかったよ』

 

 ゲヘナ学園のサーバーもわりとザルだったと話すチヒロ。自分の学校もザルかぁ、とヒドリは思いながら、次の質問を投げ掛ける。

 

「チヒロ先輩、ゲヘナ学園自治区の合宿場なんですけど……」

 

『調べてるよ。三つ目の資料を見て』

 

 タップして表示された資料と録音データ。そのデータから読み取れたのは、どうあっても補習授業部のメンバーを退学にしようとしているナギサの情報だ。その声から感じ取ったのは疑心暗鬼や、迷い、困惑、不安など。

 

『ヒドリなら分かると思うけど、今のティーパーティーは普通じゃない。張り詰め過ぎて今にも破裂しそうな状態だよ』

 

「ええ、凄いですね。凄い匂いですよ」

 

 チヒロはヒドリの正体について知っている。ブラックマーケットでヒドリの空腹に巻き込まれそうになった時、祝詞を聞いてしまったからだ。幸いなことに便利屋68が近くにいて、ヒドリは枷を付けられていたため喰われてはいないが。

 

『イレギュラーは間違いなく起こる。気を付けて』

 

「ありがとうございます、チヒロ先輩」

 

『……それと、ジャンクパーツのリストアップは済ませてる?』

 

「あ、はい。今送りますね」

 

 ヒドリが事務所の近くにある倉庫で保管しているジャンクパーツのデータをチヒロに送信すると、モニター越しに見えるチヒロの表情が少し輝いたように見えた。

 

『……相変わらず、掘り出し物を引き当てるのが上手いね』

 

「靴の作製に必要なので」

 

『なるほどね。エンジニア部を紹介しようか?』

 

「先生にも言われましたけど、大丈夫です」

 

『そう。……って、このラジエーター、二世代前の非売品!?』

 

 ヒドリの持っているジャンクパーツは、エンジニアやチヒロのような電子機器系の趣味を持っている人間にとって宝の山である。ブラックマーケットだけではなく、あちこちに廃棄されているジャンクパーツを集めて、無意識に選別するため、有用なものが多い。

 

 中にはチヒロが目を見開くような非売品や、再販が望まれるパーツなどもある。

 

「それ、貴重なんですか?」

 

 なお、靴の製作に必要ではないものにはあまり興味がないヒドリ。使えそうなパーツを集めて、使えないと分かると保管庫に押し込んでしまうのである。

 

『超が付くくらいレア物だよ。こんなところで見つけるなんて……』

 

「一つ目はそれでいいですか?」

 

『うん。あとは……うわ、限定モデルのPCパーツまである……』

 

 今回ヒドリがリストアップしたパーツは、チヒロが選んだラジエーター、旧世代ではあるが根強い人気がある限定モデルのPCパーツ、よく分からない機械のモーターらしきもの、オーバーテクノロジーの匂いのする小型スラスターやモジュール、データチップなどだ。

 

 例えミレニアムでなくとも、その価値を理解する者ならば言い値を払うほど貴重は品も含まれている。

 

『…………………………これと、これと……あとこれと、これかな』

 

 散々悩んだ末にチヒロが選んだのは、非売品となったラジエーター、電子機器機能拡張盤、旧世代PCパーツ、絶版されたドローン二種。エンジニア部が見たらヨダレを垂らすような品々ばかりだ。

 

「じゃあ、郵送しとくので、受け取りお願いしますね」

 

『うん、よろしく。……じゃあ、私はこれから寝るから……何かあったら後輩のハレに電話して』

 

「ハレ」

 

『うちの後輩。天才的なエンジニアだよ』

 

 エンジニア、と聞いてヒドリが思い浮かべたのは、昔読んだ本に登場した主人公の相棒。超常的な力を得た主人公のピンチを救うお助けキャラクターのイメージだ。持ち前の明るさは、ダークヒーローのような主人公の支えとなっていた。

 

「凄い人なんですね、その人」

 

『うん。ハレにも伝えておくから、何かあったらそっちにね』

 

「分かりました。ありがとうございます、チヒロ先輩」

 

 通話を終えた頃にはコーヒーを飲み終えており、ヒドリはグイグイと体を伸ばす。今日も補習授業部の合宿場で授業を行うのだ。一つ上のレベルでも問題なさそうなので、それを実行するつもりである。

 

「ヒドリ、何か掴めた?」

 

「あ、おはようございます、社長。ええ、掴めました。チヒロ先輩達に感謝ですね」

 

 アルが寝癖を直しながらリビングに現れる。その後ろにはまだ眠そうなムツキとハルカ、羽の調子を確認しているカヨコの姿が。

 

「大きなヤマになりそうですよ、この依頼」

 

「そう。その情報は先生にも共有しておきなさい。全員、いつ戦闘が起こってもいいように警戒は怠らないように」

 

 仕事の顔になったアルが指示を出せば、便利屋68はどれだけ眠かろうとしっかり切り替える。

 

「ヒドリ、今日は上空からの出勤にするわ。その時に要所要所を説明すること。いい?」

 

「分かりました」

 

「カヨコ、情報をまとめたら作戦を立てるわ。お願いね」

 

「うん、了解」

 

「ムツキ、ハルカ。あなた達は爆発物を可能な限り作っておきなさい。C4よりもEMPとかが望ましいわ」

 

「わ、分かりました……!」

 

「くふふっ、りょうか~い!」

 

 ヒドリはこういうアルしか知らないが、他の三人はアルが変わったことをよく知っていた。気が緩んでいる時などにはあの頃の姿を拝めるが、現在のような仕事中ではハードボイルドへと片足を踏み込んでいる。

 

 成長を感じるカヨコ、いつも通りに微笑むムツキ、目を輝かせるハルカは、アルの成長を感じ取っていた。そんな感慨深さに想いを馳せていた直後。

 

 

 

ドゴオオオオオオオンッッッ!!!!!! 

 

 

 

 爆発の衝撃が突き抜けた。地震かと思うほどの爆発は、いとも容易く便利屋68の事務所を廃墟にするような威力で────────

 

「よっしゃあ! 温泉が出たぞ!! 情報通りだ!!」

 

「民家も吹き飛んだけど温泉が出たからヨシ!!」

 

「何だかよく分からんがヨ────うわらばっ!!?」

 

 工事用ヘルメットを被っていたゲヘナ学園生徒が横にぶっ飛んだ。

 

「……潰す……」

 

 廃墟となった事務所からいち早く飛び出してきたヒドリの蹴りが、先程吹き飛んだゲヘナ学園生徒にもう一度炸裂する。胃袋を揺らすような蹴りを食らった彼女は吐瀉物に濡れながら気絶した。

 

「うちの事務所で、何してるのかなぁ……!?」

 

 続いて廃墟から出てきたのは、ガチギレしているムツキ。放っておくと目の前にいるもの全てを爆殺しかねないほどに怒っている。

 

「許さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……!」

 

「……はぁ……節操がないね」

 

 普段怒らないハルカとカヨコも、今回ばかりはキレていた。苦労して貯めたお金で購入した事務所を一瞬で廃墟にされたとなれば、怒るのも当然だ。

 

「宣戦布告、ってことでいいのよね……?」

 

 その中でも一番キレていたのは、便利屋68の社長であるアルだった。────────正直なところ、アルは、便利屋68のメンバーは、建物を壊されたことに怒ってはいない。怒っているのは、大事な……家族のような存在を傷付けかねない行為を平気で行ったことに対してである。警告もなしに行われた行為。便利屋68の堪忍袋の緒が完全に切れた。

 

「便利屋68各員戦闘開始! 誰に喧嘩を売ったのか……教えてあげなさい!!」

 

 ゲヘナ学園の部活の一つで、名前の通り各地で温泉を求めて開拓活動をしている温泉開発部。

 

 これだけ聞くと物珍しくもアウトドア系の真っ当そうな部活だが、問題なのは温泉開発のためならそこが市街地だろうが他校自治区だろうが首を突っ込んでは、それを口実とするかのような大規模な破壊活動を行う。

 

 その異常な熱意と、「実際温泉が見つかるかどうかや、開発の過程で周囲にもたらす被害など知ったこっちゃない」としか考えてないようなそれ以外への無頓着さ。

 

 そのせいで特に対立関係にあるトリニティの正義実現委員会からは美食研究会共々テロリストとまで言われており、風紀委員会を悩ませている。

 

 そんな部活の規模は凄まじいが、便利屋68は完全にキレていた。数など関係ない。今はただ、目の前にいる温泉開発部の部員と、そのリーダー達を叩き潰すことしか考えていなかった。

 

「あと、ヒフミに遅れると連絡しておくこと! 依頼を受けたんだから!」

 

「社長、食べてもいいですか」

 

「ダメよ。こんな連中、あなたが食べる価値もないわ」

 

「社長、ヒフミに……あと、先生にも連絡しておいたよ。事情を説明したら、倒したら建て直しもさせて、損害賠償も払わせるくらいやっていいって」

 

「あら、先生も成長してるようね! 聞いたわね!? 思う存分暴れなさい!!」

 

 その日、ゲヘナ学園は思い出した。便利屋68もゲヘナ学園の生徒であり、一人一人が間違いなく実力者であることを。空崎ヒナがいなければ、一夜にして風紀委員会を制圧できるほどの集団であることを。

 

 ゲヘナ学園は恐怖した。いつも比較的穏やかな者がキレるとどうなるのかを。

 

 情報を流した者は自分のやらかしに戦慄した。情報を流したことがバレたら、報復されるのは自分であると知って。便利屋68という存在を侮っていたのかもしれない。

 

「クックックッ……!! ああ、素晴らしい……!! 素晴らしいですよ、本当に……!!」

 

 遠くで認識の鳥を観察していた研究者は酷くおかしそうに、興味深そうに笑った。ヒドリは()()()()()()()()()ではなく、便利屋68から与えられた数々の愛により、独自の進化を遂げ始めていると知って。これからの認識の鳥と便利屋68の動向に目が離せないと笑った。

 

「ああ……素晴らしいインスピレーションが……! しかし、私の手元には鉛筆とノートのみ……!!」

 

 その隣にいた芸術家はインスピレーションに双頭を震わせた。ブラックマーケットで購入した羽根飾りもそうだったが、あの緋色の鳥と便利屋68は、自身に凄まじいインスピレーションを与えてくれる存在であると理解して。手元に鉛筆とノートしかないことを嘆いた。

 

「ペンが……ペンが止まらない……! 史上最高の傑作完成の予感がします……!!」

 

『そういうこった!!!!』

 

 モニター越しに見ていた文豪は心を踊らせて万年筆と原稿を掴んだ。家族愛、友愛、怒り、悲しみ────喜怒哀楽多くの感情が便利屋68を中心に吹き荒れる姿はまさに原稿を走らせるにふさわしいと。

 

 エデン条約調印式を目前にして、ゲヘナ学園自治区に便利屋68の怒りが降り注いだ。

 

 

 

 

 



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便利屋68と合宿二日目

バードエフェクト

キヴォトスの歴史(捏造)

温泉開発部にドでかい被害。

それはそうと、AC6楽しいですね。実家にPS4置いてきたので、今はやれてないですが。


「遅くなりました。……はぁ」

 

 便利屋68が合宿場に訪れた時、時計は午後1時を回っていた。所々焦げ付いた服を着たヒドリは、小さく溜め息を吐く。

 

「あはは……お疲れ様です、ヒドリ君」

 

「ニュースになってたわよ、あなた達」

 

 便利屋68の攻撃により、ゲヘナ学園自治区は一部が焼け野原と化した。その全てが温泉開発部が堀り当てた温泉と温泉施設があった場所である。温泉開発部の誰もが泣き叫び、ムンクの叫びのような顔をして、真っ白に燃え尽きていたがそれはそれ。シャーレの先生の許可と風紀委員会からの黙認があったため、便利屋68は全く遠慮しなかった。

 

 現在温泉開発部は事務所の建て直しを休みなしで行っている。その監視をゲヘナ学園風紀委員会に任せているため、しっかり遂行するだろう。建て直しが完了するまでは安いホテルに部屋を取るつもりである。

 

「さて……温泉開発部は置いておいて……模擬試験はどうでしたか?」

 

「えーと……これが結果ですね」

 

 提出されたテストの結果を確認して、便利屋68の五人は目を細めた。

 

 浦和ハナコ28点。

 下江コハル32点。

 白洲アズサ58点。

 阿慈谷ヒフミ79点。

 

「いいですね」

 

「紙一重届かなかった……」

 

「でも、全員成績が伸びてるわね! これは大きな進歩よ!」

 

 アルの称賛に頷く面々。授業の成果はしっかり出ているようだった。

 

「さて……これを踏まえて授業────の前に。お伝えすることがあります」

 

「あら、何でしょう?」

 

「補習授業部、このままでは退学の危機です」

 

 隠すこともなく、真面目な顔でヒドリは補習授業部の面々に告げる。突然の通達に誰もが驚く中、便利屋68のブレインたるカヨコがデータを表示した。

 

「この補習授業部が設立された理由は不穏分子の排除。その証拠に……次のテストの会場はここ」

 

「ここって……ブラックマーケット!?」

 

「この部活を設立した人は、どうしても合格を阻止したいみたいだね」

 

 ブラックマーケット、それも奥地に会場を設けるという露骨な対応。創設されてから間もないというのに、形振り構わない対応に対して、補習授業部のメンバーは目を見開く。これではまるで、自分達を退学させたいと言っているようなものだからだ。

 

「何それ……私達が何したって言うの!?」

 

「さぁ……そこは何とも。ただ、トリニティで何か起こってるみたいですね。でも、僕達がやることは変わりませんよ」

 

「ええ、簡単なことよ。全員で合格して、逆境をはね除けてやるのよ!」

 

 やられたことは必ずはね除ける。ゲヘナ学園の生徒は力こそが正義である。

 

「というわけで、ギアを上げるよ」

 

「えっ」

 

「だ、大丈夫ですよ……密度が上がるのが精々なので……」

 

 三十分で脳をショートさせた授業の密度が上がる。それを聞いた補習授業部全員の口元がひきつった。しかし、それを考慮していては策略に嵌まって終わってしまう。温泉開発部を相手にした後の便利屋68は、策略を叩き潰すことを最優先事項として設定していた。

 

「まぁ、基礎は固まってますし、何とかなるでしょう」

 

「うんうん、何とかなりそうだよね!」

 

 鞄から取り出されたのは、予想されるテスト範囲全てを網羅した問題集。厚さはそこまでではないが、密度が恐ろしいことになっていることが窺える。

 

「……では、早速授業を始めます。今日は面白い授業になると自負してますよ」

 

 目の負担を下げるための眼鏡をかけたヒドリは、問題集を配ってからすぐに授業を開始した。

 

「今回の題材は食文化です」

 

「しょ、食文化……?」

 

「はい。今ではスーパーで色々と購入できていますが、昔はそこまでインフラ整備ができていません」

 

 ゆえに、古語の中には過去の食文化が残っていたりする。例えばアビドスならば、砂漠地帯特有の食文化が、百鬼夜行ならば今も残る和食の文化が……と言ったように。

 

「食文化を読み解くと、歴史も読み解けます。逆もまた然り、ですね」

 

 例えばトリニティ総合学園やゲヘナ学園が所持する無人島。そこには多くのレモンやライムが自生している。しかし、自然と生えてきたものではない。

 

「さてここで問題です。問1……この古語、何を伝えているのでしょうか?」

 

「えーと……接続詞の前後だから……航海中、船員、顔色悪い、船酔い違う、貧血、出血……?」

 

「壊血病……ですよね、ヒドリ君」

 

「正解です、ハナコ先輩」

 

 コハルが読んだそれを和訳すると、『航海中、船員の顔色が悪い。症状は船酔いではない。船員の中には貧血や皮膚、粘膜からの出血を伴う者もいる』────である。

 

 壊血病……ビタミンCの欠乏によって生じる病気だ。ビタミンCは体内のタンパク質を構成するアミノ酸の一つの合成に必須であり、欠乏すると組織間をつなぐコラーゲンや象牙質、骨の間充組織の生成と保持に障害を受ける。これがさらに血管等への損傷に繋がることが原因である。

 

「この古語が書かれた頃、船には柑橘類などのビタミンCを取れるものは積んでいなかったようですね」

 

 治療のためにはビタミンCを多く摂取した後、栄養価の高い食事が必須となるのだが、当時はそれを発見するまでに時間がかかった。

 

「さて、続きの和訳ですが……アズサさん、できますか?」

 

「……ああ、うん。────戻った時、レモン、飲ませる、食事と安静……改善。船員にレモン果汁を飲ませた後、食事をさせて安静にしたら治った……だろうか?」

 

「お見事。正解です」

 

 この時の医者が優秀だったようで、早い段階でレモンなどのビタミンCを取り込めるものを用意して症状を改善させたのだ。そこから、船や港……そして開拓中の無人島にレモンやライムを植えた……というわけである。

 

「ですので、現在も港にはビタミン補給用のドリンクサーバーが設置されていたり、船にビタミン剤などを積むようにしているんですよ」

 

「へぇ……!」

 

「まぁ、今は船に冷蔵庫があるので、簡単にビタミンCを摂取できますし、何日も海に出るということもあまりありませんが」

 

 この知識については、ヒドリがゲヘナ学園自治区の港にいるベテラン漁師や、ヘルメット団の一派『ジャブジャブヘルメット団』に話を聞いたことも混ぜ合わせている。

 

「もし自治区管理下にある無人島に行く機会があれば、想いを馳せてみるのも面白いかと」

 

「ねぇ、ヒドリ。他には何かあるの?」

 

「ありますよ。問6を見てください。こちらは挿し絵から読み取るアビドスの食文化です」

 

 そこに描かれているのは、何かの植物。黒い粒や、赤くて細長いもの、八角形のものなど、様々描かれている。

 

「あ、もしかしてこれって……スパイスですか?」

 

「はい。昔のアビドスには欠かせない品々です」

 

 暑さの厳しい場所では、唐辛子を始め、スパイスを多用した料理が多く食べられていた。

 

 その理由の一つに、辛い料理の発汗作用がある。辛いものを食べて一時的に暑くなって汗が多く噴き出すことで、汗が体温を奪いつつ蒸発することで、涼しくなるというわけだ。

 

 また、香辛料の香りや辛みといった風味には、食欲増進や消化促進といった効果もあり、保存性を高めるのにも役立つ。体力を消耗しやすい気候の中で、しっかり食べられる工夫として、昔から受け継がれてきた文化であろう。とはいえ、元々辛いものを食べ慣れてる人ならともかく、そうでない人が無理に食べると、かえって胃腸を痛めかねないのだが。

 

「辛いラーメンなんかもアビドス経由で多く出てますね。柴関ラーメンが一番ですが。……はい、こんな感じで、古語は食文化が多く記されたりもしています」

 

「教典だけじゃないのね……」

 

「実は教典の方がマイナーだったりしますよ? 物語やこういったものが多く出土してますし」

 

 そんな豆知識を披露しながらも、ヒドリの授業は進む。三十分の短い授業だったが、それでも補習授業部の全員の中に刻まれるような授業であった。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 時は流れて夜。郵送ドローンがあの爆破によって破損したため、自分で報酬を持っていく羽目になったヒドリは、便利屋68の四人に先生への報告などを任せてミレニアムサイエンススクールに訪れていた。

 

「えーと……ヴェリタスってどこにあるんだろう……」

 

 便利屋68の四人は現在、合宿場に向かっている先生の警護も兼ねているため不在。ミレニアムに訪れる機会が少ないヒドリは完全に迷子になっていた。

 

「ん? ……………………ここは違────────」

 

「おや、何か探し物かな?」

 

 そしてヒドリは出会う。出会ってしまう。出会ってしまった。出会(でくわ)してしまった。エンカウントしてしまった。

 

「部屋を探しているんです。ヴェリタスの」

 

「ゲヘナ学園の生徒の君がかい?」

 

「各務チヒロ先輩に届け物があるんですよ」

 

「なるほどね。チーちゃんが言っていた客人か」

 

 長い紫色の髪を揺らす少女は、穏やかに微笑む。

 

「緋色の髪に、緋色の瞳……そして大きな緋色の翼。なるほど、君が赤時ヒドリ君だね?」

 

「確かに赤時ヒドリですが、あなたは?」

 

「ああ、すまない。私は白石ウタハ。エンジニア部所属のマイスターさ」

 

「エンジニア部……」

 

「チーちゃんがいるところまで案内しよう。君とは是非一度話してみたいと思っていたんだ」

 

 有無を言わせずヒドリの背中を押して、案内を開始するウタハ。少しの警戒があったが、ヴェリタスの部室がどこにあるのか知らないのもまた事実……ヒドリは案内を受けることにした。

 

「ところでマイスターとは?」

 

「機械製作や修理、ハードウェア・ソフトウェアなどにおいて極めて優秀な成績を修めた者が名乗れる称号さ」

 

「へぇ……ウタハ先輩は凄い人なんですね」

 

 皮肉でも何でもない、純粋な称賛にウタハは笑う。

 

「部員の皆も優秀だよ。……君もミレニアムに入ればすぐになれると思うよ」

 

「? 僕はゲヘナですよ」

 

「例えばの話だよ。その靴、君のオリジナルだろう?」

 

 キラキラした目でヒドリの【PHENIX-TYPE-Ⅷ】を見てくるウタハ。ヒドリの靴の七代目は役目を終えて、八代目へと受け継がれた。

 

 ヒートブレードの出力は拾った小型ジェネレーターによって向上。さらにパイルバンカーの出力はバネ式と炸薬式を組み合わせることで、威力が格段に上がっていた。排熱に時間が掛かるが、許容範囲に収まっている。

 

「独学かい?」

 

「銃が使えないので、ジャンクパーツをかき集めて武器を作るしかなかったんですよ」

 

「へぇ?」

 

「撃つよりも蹴った方が早いですし、何より便利屋68の皆さんの方が銃の扱いが上手いですから」

 

 ヒドリは小型コンテナを引きながらウタハの横を歩く。ヒドリの装備は、ウタハにとって────否、エンジニア部にとって酷く興味をそそられるものだ。先生やチヒロから話を聞いた時から、エンジニア部はヒドリと仲良くできそうな予感があった。

 

「ヒドリ君、今度ぜひエンジニア部に寄ってくれ。君のお眼鏡に叶うようなものを用意しよう」

 

「ええ、機会があれば」

 

「頼んだよ。さて、ここにチーちゃんがいるはずだけど……彼女に届け物とは、何を持ってきたんだい?」

 

「ジャンクパーツですよ。集めたはいいけどいらないやつです」

 

 そう言ってタイヤ付きの小型コンテナの中身を伝えるヒドリに対して、ウタハの目の色が変わる。

 

「ヒドリ君、このパーツをいくつかエンジニア部に────」

 

「ウタハ、それは私のだよ」

 

「……冗談だよ、チーちゃん」

 

 仮眠室から出てきたジト目のチヒロに肩をすくめるウタハだったが、ヒドリはウタハが結構本気で言っていたことに気付いていた。

 

「チヒロ先輩、こんばんは。届け物です」

 

「うん、ありがとう。……災難だったね」

 

「まぁ、損害は全部温泉開発部に持たせることができてるので、とりあえずはいいです」

 

「そっか。……うん、中身は全部大丈夫そうだね」

 

 中身を軽く確認したチヒロはそう言って頷く。その時中身を見たウタハはやはり物欲しそうにしていた。

 

「チーちゃん、折り入って相談があるんだけど」

 

「ダメ」

 

「まだ何も言ってないじゃないか」

 

 エンジニア部────のちのヒドリの武装である【PHENIX-TYPE-Ⅹ】を作ることになるとは、今はまだ誰も知らない話である。

 

 

 

 

 



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合宿三日目。先生、参戦!

素敵だ…ご友人♡
スロー、スロー、クイッククイックスロー…♡

待ち遠しいですねミルクトゥース…♡

何度やってもこいつだけ濃すぎるぜAC6!!

どっかで書いた気がするけど、私はコラボとかやってる人を滅茶苦茶尊敬しています。だって、作風も画風も違う別の主人公を取り扱うんですよ? しかも魅力的に描写するとか狂気です。素晴らしい……だからこそ、素敵だ…ご友人♡(意識がコーラルに散乱した成れの果て)

あと、昨日夢でネルのメイド服が喋ってる夢を見ました。

ネル「行くぞ、掃除の時間だ!!」

メイド服『ネル、血圧が上がっている。あまり興奮し過ぎるな。熱すぎる血は私にとってあまり良くない。それと、少し太ったか? 健康的な体型に近付いているな』

ネル「贅沢言ってんじゃねぇ!あとなんでそんなこと知ってるんだメイド服!!?」

っていう夢でした。CV.?関さんだったよ?(キルラキル)



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ナギサ様が原作以上に結構焦ってる。

便利屋68のジャブジャブヘルメット団との交流及び、ブラックマーケットの不良達の環境の変化。

補習授業部の成績の伸び率が上がっている。


「“……凄いな”」

 

 先生は模擬試験の点数を見て、純粋な称賛の声を上げる。三日────いや、二日間だけの授業で全員の点数を二十点も上げた便利屋68の手腕は、教職の先生にとっても驚くべきものだった。

 

「便利屋68は、家庭教師の仕事もやってるんです……」

 

「“そうなの?”」

 

「くふふっ、ブラックマーケットの不良集団を集めて補習したり、ジャブジャブヘルメット団の授業をしたりしてるんだよ」

 

 チンピラ崩れだとはいえ、学生は学生。どこかの学園に入学、編入したいと願う者は少なくない。そんな彼女達に食事と勉強できる環境を与えてやれば、しっかり授業を受けてくれる。中には本当にどこかの学校に編入、入学する者もいるのだ。

 

 路地裏で貧困に喘いでいたかつての不良学生だとしても、本気で変わりたいと願えば変われる。お金も住処もなければ、食料にも貧するような、略奪と簒奪、暴力と血に濡れた裏社会で、永遠に溺れ続けるような存在だった彼女達は、ヒドリという浮き輪を掴めた。便利屋68が風紀委員会と衝突することがあっても、ある程度黙認される理由がこれだ。

 

 ヒドリは便利屋68に拾われて生きてきた。救われた自分の命を便利屋68のためだけに使いたいと伝えた時、アルから言われたのは、「その分を私達や他の人達にも返してあげなさい」という言葉だった。

 

 ヒドリが人間について学ぶ中で、分からないながらもブラックマーケットで授業や炊き出しを行い始めたのも、それが理由である。自分がやってもらったことを、周りにも行ってきたのだ。

 

 だから、ブラックマーケットに入り浸る不良達は便利屋68に感謝している。便利屋68が何か困っていれば助けようとするくらいには、恩義を感じている。

 

「“そっか……そういうやり方もあるんだね”」

 

「ええ、発想の勝利というやつよ」

 

「正直なところ、ギリギリのところを走ってるけどね。シャーレに引き継いでもらった方がいいくらいだよ」

 

 テストの採点を終えて、廊下を歩く中で、カヨコはシャーレにヒドリが行っていることを引き継いでもらうように伝える。週に一回のペースで行われるそれは、便利屋68の業務にも差し支えるほどの人数になり始めていたのだ。ならばシャーレを経由して、複数の学校を巻き込みたいという算段である。

 

「“少し時間が欲しいかな。手続きがありそうだから”」

 

「分かった。色好い返事を期待してるよ、先生」

 

 色好い返事を貰えなくとも押し付けるつもりではいるが。先生はこの話を聞いた時点で便利屋68の罠に嵌まっている。子供だからと侮るなかれ。一年で一億五千万を稼いだ実績のある便利屋68が、ただの子供であるわけがない。

 

 余談になるが、便利屋68の授業を受けているブラックマーケットの不良達は、もれなく強くなっている。便利屋68がヒドリに教育を施した時に使った漫画────そこに描かれた『一撃でも有効打を当てたらサボってもいい』という手法。それが意外と不良達には好評だったのだ。

 

 これにより、便利屋68の実力も上がっている。単騎であれば得意分野の押し付けを行い、五人揃えば風紀委員会も手を出しにくいレベルにまでレベルが引き上がる。

 

「“……ところで、ヒドリは何をしてるの?”」

 

「さぁ……カヨコ、何してると思う?」

 

「さぁね。ハルカ、どう見る?」

 

「え、えと……分かりません……ムツキさん、どうですか?」

 

「くふふ~! 朝からラブコールが止まらないんだって。エンジニア部から」

 

 メール対応に追われているヒドリを見るムツキの言葉に、便利屋68の三人は目を見開いた。

 

「答えが出た……!?」

 

「えっ、えっ、えっ……!?」

 

「まさか答えが出るなんて……!?」

 

「“そんなに珍しいのこのパターン!?”」

 

 便利屋68恒例の無限ループは、答えがでないことがいつものパターンだ。理由は知らない、覚えていないのどちらかなので答えが出ないのである。

 

 しかし、今回はヒドリから答えを聞いていたムツキが答えを出したため、全員が驚いているのだ。

 

「ところでラブコールって?」

 

「ジャンクパーツだと思うよ?」

 

「ああ、あの倉庫の……」

 

 奇跡的に無事だった倉庫のジャンクパーツ。確かにあれはエンジニアからすれば宝の山であろう。

 

「……よし、面倒なので着拒です」

 

「“火の玉ストレート!?”」

 

「あーあ……やっぱりしつこいとダメだよねぇ」

 

 ヒドリはしつこいものが苦手だ。食べ物であれば別に問題なく食べるが、人付き合いでしつこいものは苦手である。

 

「エンジニア部には先生を通すように伝えておきました」

 

「“あれ? 私の負担が増えたような……?”」

 

 哀れ先生。エンジニア部の対応をヒドリに押し付けられてしまった。便利屋68と関わった時点で何かを押し付けられることは決まっていたのだ。先生、あなたは押し付けられる側なのだから、絶対に耐えろ。

 

「そういえば、テストの合格点上がったらしいですね」

 

「“え、ああ、うん。90点以上が合格点だって”」

 

「そうですか。舐められたものです」

 

 ヒドリや便利屋68の成績はぴったり70点を叩き出すが、勉強時間をもう少し増やせばオール90点以上を出すことも可能である。

 

「あの四人は簡単に課題を攻略しますよ」

 

「授業のペースが予想よりも早い。残りの時間を授業じゃなくて、模擬試験に使った方がいいくらいだよ」

 

 一週間丸々使って終わらせるはずの課題を、彼女達は僅か二日で七割終わらせてしまっていた。例えテスト範囲を広げたとしても、彼女達を阻む壁にはなり得ないだろう。

 

「“なら、テストをメインにする?”」

 

「いいえ。ここはあえて休みにするわ。忘れた頃────そうね……テスト二日前に模試を行って復習させる。これがいいかも」

 

 忘れかけた頃に復習を行うという手法は、覚えたことをほぼ忘れないヒドリにはあまり効果的ではなかったが、ジャブジャブヘルメット団などの不良達には有効だった。

 

「“じゃあ、ちょっとした思い出作りだね”」

 

「そうですね……あ、ヒドリ君、あの本に載ってたのをやりませんか……?」

 

「あれですか」

 

「“あれって?”」

 

「ナイトプールです」

 

 最近、キヴォトスで流行り始めている存在、ナイトプール。便利屋68は行ったことはないが、ああいった場所についての特集を組んだ雑誌を見て、今度行ってみようかという話をしていたりする。自宅の大浴場? あれはプールではないだろう。

 

「“そんな施設あるの?”」

 

「最近流行ってるそうですよ。夜のプール」

 

「普段と違うっていうのが人気なのかもね」

 

 その語感通り、ナイトプールは夜に営業するプール系施設だ。ガチで泳ぐような場所ではなく、水辺を楽しむ為の場所であったり、間接照明として浮かべたライトボールとプールを背景に写真を撮ったり、プールサイドで飲食をするような施設だ。

 

 また、日焼けを気にせず水着になれる、幻想的で写真映えする、体型その他をごまかしやすい、と女性人気は非常に高い。そのせいかパリピやウェイ系のイメージが付きやすいが、普段とは違う体験ができるということで、キヴォトスで流行り始めている場所でもあるのだ。

 

 ちなみにヒドリはもう目ぼしいナイトプール施設をマークしており、後日リサーチする予定である。

 

 ────ヒドリのリサーチの仕方は少々独特だ。まずは雑誌を確認し、次に個人サイトや総合サイト、店の公式サイトなどを確認。次に訪れた人達の口コミ、周囲の施設などを吟味して、ようやく店へアポを取ったり、来店したりする。そして最後に自分の個人的な感想と客観的な感想をノートに書いて、便利屋68のメンバーや友人に勧めるかどうかを決める。

 

 だからこそ、ヒドリの勧める店は当たりばかりだし、満足度の高いサービスが展開されている店ばかりだ。

 

「差し当たり、僕は軽食やノンアルコールカクテルの準備をしてきます。皆さんは、可能な限り仮眠するように伝えておいてください」

 

 食べ物に関してのこだわりが強いヒドリ。環境やコンディションによっても美味しく感じたり感じなかったりすることは学習済みだった。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 これは、まだ先の話。まだ、訪れない物語。訪れるかもしれない物語。

 

ははっ、凄いですねぇ……まだ壊れないなんて。頑丈ですね、人間にしては」

 

 怪物が、ガスマスクを着けた少女を掴んで叩き付ける。持ち上げて、叩き付ける。持ち上げて、叩き付ける。何度も、何度も、丁寧に、執拗に、しっかりと、壊れるように。

 

「や、めろ……! それ以上は……姫が……!!」

 

「? どの口が言ってるんですか? というか触らないでくれますか、テロリスト風情が

 

「────────────ギィッッ!!?」

 

 頑丈なキヴォトス人の腕を鋭い杭が撃ち抜いた。こみ上げてくる痛みと流れる血に絶叫する少女に見向きもしない怪物は、包帯をあちこちに巻いた少女の足を掴んで、まるで玩具のように振り回し始める。その表情は特に何も感じていない────────いや、表情が変わっていないだけで怒っていた。纏うオーラが明らかに違う。

 

 ヘイローを破壊する爆弾の余波を受けて、家族が傷付いた。友人が傷付いた。希望となるはずの調印式が滅茶苦茶にされた。彼の心は決まっている。目の前にいるこの不届き者達を完膚なきまでに叩き潰せと、喰う価値すらない者を、粉砕しろと己の中にいる怪物が叫んでいた。

 

「僕が攻撃される程度なら別にいいんですよ」

 

 ズガァンッ! という轟音を放つ対物ライフルの狙撃が少年に直撃するが、全くの無傷。この程度、効きもしませんし────と呟いた後、包帯を巻いた少女を壁に突き刺さる勢いで放り投げてスナイパーに牙を剥く。

 

「ひっ────────!?」

 

「ただ、誰のものでもない、過去の他人の憎悪を借りてるような人が」

 

 半月蹴り、卍蹴り、踵落とし────────蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。しぶとそうなので念入りに、丹念に、起き上がらないように蹴りつける。

 

「覚悟すらろくにできていないやつが」

 

「や……めろぉおおおお!!?」

 

「少なくとも、アズサさんは考えることを止めなかったのに」

 

 腕を負傷してもなお襲いかかってきた少女を、容赦なくかち上げて地面を蹴り、殴る。

 

「考えることを諦めたやつが」

 

 少年が読んだ漫画の中に描写されていたボクシングのように、地面を蹴り、殴る。ジャンクパーツで作られたガントレットが駆動し、一撃で二撃分の衝撃を与えた。一撃で内臓が揺れる。一撃で脳が揺れる。体の中身を全てぶちまけるような痛みと衝撃が、少女に襲いかかり、泡を噴いて倒れた。

 

「手を伸ばすことも諦めたやつが、誰かの夢を、希望を、邪魔するな」

 

 赤い鳥は、蹂躙した。ただ、それだけの話。これは、起こり得るかもしれない物語だ。今はまだ────────可能性があるだけの夢物語。とある少女が見た、ただの夢だ。

 

 

 

 

 



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枷を締めるよヒドリ君

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カヤがワーカーホリックに。


あ、ちなみにですがアリウススクワッドは救われますよ。アリウススクワッドは、ね。











リョナ注意……に、なるのかな?


 その夜、補習授業部の拠点でナイトプールが設営された後。ヒドリはプールサイドで、何やらジャンクパーツを組み立てていた。

 

「“ヒドリ、何してるの?”」

 

「……」

 

「“えっと……?”」

 

 先生の声に全く反応しないヒドリ。便利屋68はその状態とパーツを見て、いつもの靴の製作ではないことを察する。目を閉じても改造できるくらい組み立ててきた靴に、ここまでの集中をすることがないのだ。

 

「ヒドリ、新しい武器を用意するみたいだね」

 

「そうね。あの感じだと……ガントレットかしら?」

 

 アルが言う通り、彼が作っているのはガントレットである。銘を【NABERIUS-TYPE-Ⅰ】。ヒドリはこのガントレットに三つの特徴を持たせるつもりだ。

 

 一つ目は靴に組み込まれたパイルバンカーを小型化して打撃版に。一度目の打撃に、二回のインパクトを重ねるようなイメージである。

 

 二つ目は小型ジェネレーターを利用した加速装甲。これを付けるために肘の辺りまで作る必要があったが、許容範囲だ。この加速装甲はパイルバンカーの威力の底上げだけではなく、体を無理矢理別の方向へと動かす時にも使える。

 

 三つ目は圧縮変形機構。オーパーツを使うことで可能とした変形機構であり、制服との癒着剥離を自在に行えるようにする他、コンパクトな籠手へと変形させる目的もある。ちなみにこのオーパーツ、なぜか神秘を『吸収して蓄積し、圧縮して解放する』という四つの力が込められている。まるで、強大な何かに備えるためのパーツのようだとヒドリは思った。

 

 ガチャガチャとジャンクパーツを組み立てること約三十分。ヒドリの新たな武装のガントレットが完成した。

 

「“早ッ!?”」

 

「こんなものかな、初代は」

 

 ガントレットを手に装着し、挙動を確認するヒドリ。ジャブ、ジャブ、ストレートの繰り返しから始まり、足技を混ぜた演舞のような攻撃へ。流れるような攻撃モーションを行い、両手の拳を握って頷く。

 

「うん、大丈夫そう」

 

 体術と耐久という点において、キヴォトスで最も強力なのはヒドリだろう。そもそも彼には、ある程度神秘を纏った攻撃でないとダメージが通らないのだ。

 

 そんなヒドリがガントレットの調子を確かめ終えた頃、彼の近くに置いてあった時計が鳴り響く。

 

「……もうそんな時期でしたか」

 

「“ヒドリ、何かあった?”」

 

「いえ。特に問題はありませんよ」

 

 直後、ヒドリの纏うオーラが膨れ上がった。ヒドリが普段から抑え込んでいたものが、一部放出される。これはいわゆるガス抜きの一種……ヒドリという人の形をした怪物を押さえ付ける枷を嵌め直す際に起こる現象だ。

 

 現在、ヒドリに嵌められた枷の中で、最も重要なのは便利屋68のメンバー四人にちなんだものである。

 

 右翼を縛る第一拘束具【紫紺の忠義】はハルカ。左翼を縛る第二拘束具【純白の明晰】はカヨコ。脚を縛るのは第三拘束具【白銀の友愛】はムツキ。そして、首を縛る第四拘束具【深紅の恩寵】はアル。

 

 上記の四つは、解錠するために便利屋68の許可が必要となっている。どれか一つでも外せば、ヒドリは強大な力を得ることになる。キヴォトスを片手間で滅ぼすような、そんな力を。

 

「前にも緩んだけど、最近は特にね」

 

 ジャリッ、という鎖が擦れる音の後にガチリ、と施錠するような音が響く。ヒドリから放たれていた夕焼けよりも赤い神秘と恐怖は消え去り、先程のヒドリが戻ってくる。

 

「不知火防衛室長にも言われましたよ、それ」

 

「彼女とまだ交流してたんだ」

 

「はい。僕は嫌いじゃないですよ、あの人」

 

 キヴォトスには必要だと思います、ああいう人も。と笑うヒドリの言葉に、先生は連邦生徒会防衛室長不知火カヤの顔を思い浮かべた。

 

 不知火カヤ……本来であれば少々超人への憧れが先行してしまった少女であった。だが、偶然の出会いが彼女を変えた。『そんなものに憧れている暇があるなら、発掘調査で発覚した超兵器やら何やらの対応や、キヴォトスの治安維持が最優先。ところで私の徹夜用深煎りエスプレッソはどちらに?』────という考えへとシフトしているのが今の不知火カヤという少女である。

 

 お陰で先生が挨拶に行った時、

 

『こんにちは先生、挨拶はこのくらいにして早速仕事をお願いしますね。ええ、シャーレにワカモを所属させるのであれば手綱をしっかり握っていただきましょう私は仕事がありますので失礼……っと、こんにちは七神連邦生徒会長代行、例の件についての書類が完成したので明日の14時までに確認を』

 

 と隈を化粧で消している彼女に息継ぎもせずに捲し立てられた。リンやアオイも戦慄するくらいには仕事を回しているらしい。

 

「“カヤとは付き合いが長いの?”」

 

「私達を省いたら、一番付き合いがあるかもしれません……」

 

「“そんなに長いんだ!?”」

 

 付き合いの長さであれば便利屋68、不知火カヤ、給食部、阿慈谷ヒフミ、風紀委員会、万魔殿の順番である。面白い縁だ。

 

「……あ、そういえば先生」

 

「“何かあった?”」

 

「後ろの軽食類、皆さんで食べてください。僕はちょっと用事があるので」

 

 そう言って翼を広げて空へと羽ばたくヒドリ。先生が首をかしげる中、便利屋68の四人らはすぐに納得する。もうそんな時期かと小さく頷いて、軽食とノンアルコールカクテルの準備を始めた。

 

「あら、このコーヒー……ふふ、いい報告ができそうね。先生、これ飲んでみて」

 

「“うん? ────────美味しい”」

 

「くふふっ、ヒドリ君ってば、またコーヒー淹れるの上手になったんだね」

 

 今日は満月。今日は喫茶店が店仕舞いをした日。だからだろうか……用意された軽食の数々が全て、かつての喫茶店で出されていた料理であるのは。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 そこに降り立ったヒドリは、鞄に入れていた食べ物や飲み物を取り出す。

 

「店長、こんばんは」

 

 ヒドリが訪れたのは、小さな────それでいて丁寧な装飾がされている墓であった。そこに眠っているのは、ヒドリがコーヒーを飲むようになったきっかけであった人である。

 

「今日は満月ですよ。懐かしいですね、満月の日限定のセットとか」

 

 墓前で楽しげに話すヒドリは、あの頃よりも人を理解している。感情を理解している。

 

『ヒドリさん……あなたは、たくさんのものを見てみるといいかもしれませんね』

 

『そうすればあなたのオリジナルコーヒーも、もっと美味しくなってくるはずですから』

 

『ただの老い耄れのお節介です。忘れてしまっても構いませんよ』

 

「昔、あなたが言っていたこと、何となく分かるようになってきました」

 

 口にするのは、いつものコーヒー……ではなく、ヒドリが焙煎、配合したオリジナルブレンドのコーヒー。細いお湯で、少しずつ抽出したコーヒーからは、コーヒーの香りの奥からカカオのような香りがする。

 

 最初は飲めたものではなかったそれは、店主の指導によって少しずつ矯正されていき、今に至る。

 

「……それで、いつまで後ろにいるつもりですか」

 

「……やはり気付かれていたか」

 

 ヒドリの翼が不機嫌そうに動く中、現れたのはガスマスクを装着した集団だった。そんな集団を見て、ヒドリはつまらなそうに、酷く嫌そうに口を開く。

 

「何の用です? こっちは死者を悼む気分なんですが」

 

「赤時ヒドリ、貴様を連れ去れとマダムから指示されている。同行してもらおうか」

 

「嫌ですけど」

 

 即答である。何の逡巡もない即答に対して、ガスマスクの集団は銃を構え、そのまま墓へと発砲。墓石が砕ける。

 

「抵抗するのであれば────多少、痛い目を見てもらうぞ」

 

「そうですか。……まぁ、驚いてますよ、正直なところ」

 

 ぞろぞろとヒドリを囲むように現れるガスマスクの集団────アリウス分校の生徒達。彼女達から放たれているのは、強い憎悪と憤怒の感情……本来であれば感情を喰らう性質上喜びそうなものではあるのだが。ヒドリはとてもつまらなそうな表情を崩そうともしない。

 

 彼の呟きに、アリウス分校の生徒が口を開いた。

 

「……それは負け惜しみか?」

 

「それとも自分への言い訳か、忌々しいゲヘナめ」

 

「はぁ……全部言わないと分かりませんか?」

 

 ガシャコンッ、とガントレットが戦闘形態となり、ヒドリの両腕を覆い尽くす。それと同時に靴もヒートブレードがオンラインに。

 

「……ああ、本当に、分からないんだろうなぁ……」

 

 酷く嫌そうに、心底忌々しそうに、苛立ちを隠すこともなく、赤い瞳を大きく開き、構えを取る。ヒドリは枷を締め直した直後のため、祝詞を書いた紙を取り出さねばあの力を振るえない。だというのに紙を取り出さずに構えを取る、ということは彼にとって喰う価値もない存在であるということの証明だ。

 

「この程度の神秘と武力で僕をどうにかできると思ってるその低能ぶりに驚いてるんだよ、ゴミクズ共」

 

「「「ッッッ!!?」」」

 

 断られた後すぐに退けば、ヒドリは見逃した。死者を悼む気持ちを学んだ緋色の鳥は、喰う価値もない存在よりも喫茶店の店長を優先したはずなのだ。

 

 しかし、アリウス分校の生徒達はヒドリを攻撃することを選んだ。しかも、脅しのために墓石を撃ち抜いて。彼女達は、頂点捕食者の逆鱗に触れた。獅子の尾を踏み抜いた。────さて、不機嫌な猛獣にちょっかいをかけた者はどうなるだろうか? 誰でも分かる答えに行き着く。

 

「ゴッボォオオ────オオエエエエエエッッッ…………!!?」

 

 最初の犠牲者は、墓石を撃ち抜いた少女であった。鳩尾に叩き込まれた一撃は二重の衝撃を与え、内臓を揺らし、ガスマスクの中を吐瀉物で溢れさせる。

 

「ギュブッ!!」

 

 二人目の犠牲者はその横にいたグレネードランチャーを抱えたアリウス分校の生徒。顔面に重い一撃を叩き込まれ、頑丈なガスマスクを砕かれながら地面に叩き付けられた。

 

「イ゛ッ゛……ギィイイ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!?」

 

 三人目は、皮膚が剥がれるほどの一撃────鞭打を受けてこの世のものとは思えない悲鳴を上げて悶絶する羽目になる。焼けるような痛みによる絶叫は相当のもので、痛みによる支配を受けてきた彼女達にとって日常的なものであり、最も恐ろしいものだ。

 

 反抗的な者はあらゆる拷問を受けるが、その時に聞こえてくる叫びよりも耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。刑罰として与えられる鞭打ちとは違うそれが、アリウス分校の生徒達の耳に響き渡る。

 

「覚悟してたんだよな、お前達は」

 

「ヒッ……!?」

 

「僕を連れていくために、武力を使うなら……」

 

 一人、また一人と殴られ、蹴られ、斬られ、打たれ、叩き付けられ、振り回され、掴まれ、引き摺られ、潰されていく。百人はいたはずのアリウス分校の部隊はどんどん消えていく。

 

 それだけならまだ────まだ、抵抗する気力が湧いただろう。憎きゲヘナを倒すため、マダムからの指示を遂行するために。

 

「ぶっ潰される覚悟は、してるんだよな?」

 

 ヒドリは笑っていた。認識の鳥は嗤っていた。全て無駄だと言わんばかりに、弾丸は弾かれ、また一人犠牲となる。

 

「クソッ! これならどうだァッッ!!」

 

「ん? ああ、面白いもの持ってるなぁ」

 

「ガギャアアアアッ!?」

 

 神秘を────ヘイローを破壊するという爆弾を投げようとした瞬間に接近され、爆弾を握る腕を小枝を折るかのようにへし折られたアリウス分校の生徒。なお、綺麗に折られているため、しっかり治療すれば後遺症は残らないだろう。

 

「まぁ、こんなので僕はやられないけど」

 

 わざわざ上空まで飛び、爆発を受けて無傷であることを見せつけるヒドリ。あらゆるものを嘲笑うかのような行為は、便利屋68の四人が見ていれば咎めたかもしれないが……残念ながらこの場に便利屋68のメンバーはいない。

 

「あーあ、残念でしたね」

 

「こ、の……化け物────ごはっ……!」

 

「? 何を今更」

 

 枷を締め直した直後のパワーダウンをものともせず、アリウス分校の生徒達と戦闘開始後、僅か200秒ジャストで殲滅。アリウス分校の被害、合計百名の生徒の重傷。対するヒドリは墓石を破壊されたのみ。

 

 圧倒的な、悪夢のような蹂躙であった。

 

 

 

 

 




ただし、他のアリウス分校の生徒が犠牲になるとは言っていない。良かったね。君達へのリョナは無くなったよ。サオリ、アツコ、ミサキ、ヒヨリ、あなた方は押し付ける側です。アリウスは皆、教訓と痛みと絆で繋がっている。きっと彼女達も本望ですよ。…………ああ、素敵だ、ご友人。四人を救うために彼女達を犠牲とする道を示してくださったのだから。私も悩んだんですよ、アリウススクワッドの救い方。報いは受けるべきですが、救われなくてはならない。しかしヒドリ君がそれをできるかと言われると難しい気もする。ならば、報いを受ける者を四人以外にしてやれば、他の面子も溜飲が下がるというものでは?……ええ、非人道的かもしれませんね。しかし、アリウスは罪を犯した。死者が眠る墓標を傷付け、死者の尊厳を辱しめた。それに罰がないのはおかしいのでは?

ああ、その憎悪する表情も、嫌悪感を剥き出しにしている表情も素敵だ、ご友人。私は感謝していますよ、ご友人。お陰で報いと救いの釣り合いが取れたのですから。(責任転嫁はお家芸)


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赤時ヒドリという生徒について

与太時空のスレ。

ここだけの話、ヒドリが最も得意な武器は剣と槍です。ブレオン機体かな?

イラスト描けないからあれだけど、ヒドリにやらせたい言葉リストは以下の通りです。

「今まで、僕の口から出た言葉は嘘だったんじゃないかと思えるぐらい……腹の底から出た本音」

「それがあの人達の前で、命を張らない理由になるのか?」

「あの人達には、僕みたいな化け物を背負った……背負わせてしまった!!それでも、僕を受け入れてくれるんだよ……!!あの人達に何かあった時が、僕の死だ!!!!」

他にもありますが、とりあえずこれくらい。


1:名無しの先生

 便利屋68の足係に死にかけた先生、手を上げなさい。

 

2:名無しの先生

 呼んだ? 

 

3:名無しの先生

 私だ

 

4:名無しの先生

 俺じゃん? 

 

5:名無しの先生

 お、ナカーマ

 

6:名無しの先生

 全員だろ

 

7:名無しの先生

 ゲボハキソウ

 

8:名無しの先生

 み ん な の ト ラ ウ マ

 

9:名無しの先生

 クリティカル確定!! ダメージ上限パイルバンカー!! 

 

10:名無しの先生

 ヴォエッ! 

 

11:名無しの先生

 なおその上がある

 

12:名無しの先生

 お、これ無理ゾ

 

13:名無しの先生

 メスガキみたいな見た目しやがって……! 

 

14:名無しの先生

 普通にまともなんだよなぁ……

 

15:名無しの先生

 明らかに人とは違う何かだけどな? 

 

16:名無しの先生

 嫌いじゃないわ! 

 

17:名無しの先生

 エデン条約編でも良かったな。

 ヒドリ「……まぁ、驚いてはいますよ」

 アリウス「負けた時の言い訳か」

 ヒドリ「言わないと分かりませんかね。────この程度の神秘と戦力で僕を倒せると思ってるその低能ぶりに驚いてるんだよ、ゴミクズ共

 その場にいるアリウス「ッッッ!!」

 

 これワイのお気に入り

 

18:名無しの先生

 最高過ぎる

 

19:名無しの先生

 見下すようなスチルもあって最高だった……いつものヒドリとは違うあのギャップがな……

 

20:名無しの先生

 ブルア廻戦いいよね……

 

21:名無しの先生

 礼服ヒドリも、いいぞ……

 

22:名無しの先生

「今まで、僕の口から出た言葉は嘘だったんじゃないかと思えるぐらい……腹の底から出た本音」とかやってほしい……

 

23:名無しの先生

 イラスト出してる人いるから見に行きなさい

 

24:名無しの先生

 うっそマジで!? 

 

25:名無しの先生

 そのうち「あ゛────? そうか? そうだな、そうかもなぁ!!」とか言いそう

 

26:名無しの先生

 言うか? 

 

27:名無しの先生

 見たくないかと言われたらちょっと見てみたい

 

28:名無しの先生

 それはそう

 

29:名無しの先生

 ……で、この子は何者なの? 

 

30:名無しの先生

 便利屋68

 

31:名無しの先生

 社員

 

32:名無しの先生

 足係

 

33:名無しの先生

 コックカワサキ

 

34:名無しの先生

 クッキングバード

 

35:名無しの先生

 蹴り技バード

 

36:名無しの先生

 ゲマトリアのバードウォッチング対象

 

37:名無しの先生

 敵対者絶対殺すマン

 

38:名無しの先生

 多分世界が違えばSCPの類いにいるやつ

 

39:名無しの先生

 わりと『青のすみか』とかが似合いそうなやつ

 

40:名無しの先生

 Unwelcome schoolが似合わない男

 

41:名無しの先生

 そもなぜ便利屋68にUnwelcome Schoolなのか。

 

42:名無しの先生

 歓迎されてないんだろ

 

43:名無しの先生

 何に

 

44:名無しの先生

 世界に

 

45:名無しの先生

 誰が? 

 

46:名無しの先生

 ヒドリが

 

47:名無しの先生

 なんで? 

 

48:名無しの先生

 化け物だから

 

49:名無しの先生

 便利屋68の四人「「「「あ゛?」」」」

 

50:名無しの先生

 ヒエッ……

 

51:名無しの先生

 許し亭……

 

52:名無しの先生

 私は許そう。だが便利屋68が許すかな!? 

 

53:名無しの先生

 これが大人の責任かぁ……

 

54:名無しの先生

 ところでヒドリ君の声いいよね……

 

55:名無しの先生

 いい……

 

56:名無しの先生

 優しい感じがいい

 

57:名無しの先生

 これは正実モブが告ってくるのも分かる。

 

58:名無しの先生

 そんな話あったっけ? 

 

59:名無しの先生

 グルスト

 

60:名無しの先生

 読んでくるわ(グルスト見てない人間)

 

61:名無しの先生

 グルストは、いいぞ……

 

62:名無しの先生

 ハァイ、ジョージィ……イベント、走ってる? 

 

63:名無しの先生

(首を横に振る)

 

64:名無しの先生

 Oh……面白いのに。素材たくさんだぞ? 

 

65:名無しの先生

 どうせ高難易度も混じってるんだろ、騙されんぞ! 

 

66:名無しの先生

 高難易度はチャレンジのみで、ゲヘナ学園の生徒────特に便利屋68のメンバーを育成するための素材を交換とクエストで集められるんだ! 

 

67:名無しの先生

 なんか良さそう! 総力戦やってくるわ! 

 

68:名無しの先生

 待てや! 

 

69:名無しの先生

 ペニワイどこにでもいるな

 

70:名無しの先生

 用水路あればどこにでもいるんじゃねぇかな……

 

71:名無しの先生

 んで、マジでヒドリは何者なのさ

 

72:名無しの先生

 さぁ? 

 

73:名無しの先生

 分からぬ……

 

74:名無しの先生

 ケイが言ってた「緋色の騎士」ってのがワンチャンヒドリなんじゃねぇかとは言われてるけどな? 

 

75:名無しの先生

 緋色の騎士ねぇ……でもケイが言ってたってことは古代兵器とかの類いだよな? ビナーとかと同じような

 

76:名無しの先生

 アリスが無名の女王でケイは鍵。そんなケイがパヴァーヌのラストで「緋色の騎士も目覚めているようですね。……呼んでも全く反応しませんが」と言ってるし、確実にどっかにはいるはずなんよ。

 

77:名無しの先生

 何だっけ……無名の騎士とかいうやベーやつ。緋色の騎士はその二人の子供だっけ。

 

78:名無しの先生

 二人組の総力戦一番の嫌われ者。フィジカルゴリラとフィジカルゴリラが合わさり最強に見える

 

79:名無しの先生

 ヒドリ出すと特殊演出ある時点でほぼ確定よな、ヒドリ君緋色の騎士説

 

80:名無しの先生

 でもあれ、便利屋68出しても出るよ? 

 

81:名無しの先生

 保護者の面接かな? 

 

82:名無しの先生

 幾何学模様も解読班が解読してたよね? 

 

83:名無しの先生

 よぉし、解説しろ! 

 

84:名無しの先生

 説明が必要なら! 

 

85:名無しの先生

 うわでた

 

86:名無しの先生

 出やがったなイカレ野郎! 

 

87:名無しの先生

 ま、なんと呼ぼうと構わないけど……僕からすればイカレてるのは全部だ。例外なんて、存在しないんだよ。

 

88:名無しの先生

 解説しろ! 

 

89:名無しの先生

 あいよ。あの無名の騎士はヘイロー持ち。がしかし、片方は男。なのにヘイローがある。その時点でおかしい。ここまではいいか? 

 

90:名無しの先生

 おうよ

 

91:名無しの先生

 大体な

 

92:名無しの先生

 分かった……

 

93:名無しの先生

 よし。んで、我々解読班は画像を拡大した。元々は騎士の鎧の造形を確認するためだったんだが……あの二人のヘイローが幾何学模様ではなく、文字であることが確認された。

 

94:名無しの先生

 ようやるわ……

 

95:名無しの先生

 へ、変態だ……

 

96:名無しの先生

 それから解読を進めると、不可解な情報が入ってきてな? 「あの子はどこだ」「あの子は無事か」「あの子は……幸せなのか」

 という文字列が固まっていた。

 

97:名無しの先生

 探し物かな

 

98:名無しの先生

 あの子ねぇ……

 

99:名無しの先生

 んで、ヒドリ君所持してる解読班が検証中、文字列が変わっていることに気付いた。

「元気そう」「幸せに生きてるのね」「お腹は空いていないか」「強くなったね」などにな。

 

100:名無しの先生

 もう察したわ

 

101:名無しの先生

 面白い────いや、胸糞悪いのはここからだ。第二形態からは「壊して」「殺せ」「殺して」「あなたを、壊す前に」「お前を、殺す前に」「「────プロトコル、確認」」「「忌ミ者ヲ、目標ヲ、抹殺スル」」

 という文字列へ。

 倒すと「良かった」「本当に……強くなったね……」「大切な、私達の……子……」「お前とはもっと……話を……」「言葉は、これだけ……」「「愛してる」」

 になる。

 

102:名無しの先生

 うっっっっっわ

 

103:名無しの先生

 人の心とか無いんか? 

 

104:名無しの先生

 ああ、あいつ(運営)が全部持って行っちまったよ

 

105:名無しの先生

 結論! ヒドリ君は緋色の騎士で確定。

 

106:名無しの先生

 てことは……アリスと同じ……ってこと!? 

 

107:名無しの先生

 ワァ……! 

 

108:名無しの先生

 ヤハ

 

109:名無しの先生

 でもヘイロー無いのは? 

 

110:名無しの先生

 忌み者ってのがキー? 

 

111:名無しの先生

 そこら辺は分からんが……無名の女王に、無名の騎士……それらの他、ゲマトリアが言っていた無名の司祭。こいつらが何か知ってるはずなんだよな。

 

112:名無しの先生

 司祭とか絶対ろくなやつじゃねぇ。

 

113:名無しの先生

 お、そうだな。

 

114:名無しの先生

 とりあえず殺ってしまえばいいか! 

 

115:名無しの先生

 間違いなく敵。

 

116:名無しの先生

 ヒドリのガントレットのオーパーツも多分、無名の時代のやつだよな。

 

117:名無しの先生

 無名の騎士の武器がヒドリ君のやつに似てるのも多分……

 

118:名無しの先生

 あれ? そういえば、無名の騎士ってヒドリ君と血の繋がりあるの? 

 

119:名無しの先生

 なんで? 

 

120:名無しの先生

 だって、ヒドリ君って、本体はクソデカバードなわけだろ? 

 

121:名無しの先生

 あっ

 

122:名無しの先生

 あっ

 

123:名無しの先生

 確かに……!? 

 

124:名無しの先生

 血の繋がりがないとしても分からんでもないが……どこで拾ってきた? 

 

125:名無しの先生

 というかヒドリ君、親に捨てられたとか言ってなかった? それにしては無名の騎士のヘイローからは滅茶苦茶な愛を感じるんだけど……

 

126:名無しの先生

 ヒドリ君が何かを勘違いしているのか、それとも……あの騎士が何かをしたのか。

 

127:名無しの先生

 でも、ヒドリはあんまり気にしてないよね

 

128:名無しの先生

 今が幸せだからじゃね? 

 

129:名無しの先生

 重い話はこれくらいにして、君たちに聞きたい

 

130:名無しの先生

 ほう

 

131:名無しの先生

 なんだ? 

 

132:名無しの先生

 言ってみろ

 

133:名無しの先生

 …………ifのヒドリ君はどれがいい? 

 

134:名無しの先生

 あっ

 

135:名無しの先生

 こいつ、言ってはいけないことを……!? 

 

136:名無しの先生

 公式から「ヒドリはどんな組織、どんな学園、どんな部活に拾われようと便利屋68に収束します」って言われたダルルォ!? 

 

137:名無しの先生

 C&C執事服ヒドリ

 

138:名無しの先生

 うっ

 

139:名無しの先生

 うっ

 

140:名無しの先生

 うっ

 

141:名無しの先生

 風紀委員会ヒドリ

 

142:名無しの先生

 やめないか! 

 

143:名無しの先生

 アビドスヒドリ

 

144:名無しの先生

 よく喋る! 

 

145:名無しの先生

 正実ヒドリ! 万魔殿ヒドリ! アリウスヒドリ! 

 

146:名無しの先生

 ヤメルルォ!! 

 

147:名無しの先生

 どうあっても皆の脳が焼かれるやつ

 

148:名無しの先生

 一年後の進化先を紹介するぜ! 

 

 C&Cヒドリ→便利屋68ヒドリ

 風紀委員会ヒドリ→便利屋68ヒドリ

 アビドスヒドリ→便利屋68ヒドリ

 正実ヒドリ→便利屋68ヒドリ

 万魔殿ヒドリ→便利屋68ヒドリ

 アリウスヒドリ→便利屋68ヒドリ

 給食部ヒドリ→便利屋68ヒドリ

 ヴェリタスヒドリ→便利屋68ヒドリ

 エンジニア部ヒドリ→便利屋68ヒドリ

 百鬼夜行ヒドリ→便利屋68ヒドリ

 連邦生徒会ヒドリ→便利屋68ヒドリ

 

 以上! なお、向こうからヒドリへの好感度が上がっても、ヒドリからの好感度は全く上がらないぞ! しかも給食部以外だと笑いもしない! 感情表現を全くしないぞ! 便利屋68に入らないと喫茶店イベントが起こらないからな! 

 

149:名無しの先生

 人の心定期

 

150:名無しの先生

 つまり……あれか? いつの間にかいなくなっていた笑わないヒドリが、便利屋68に所属して、そこでは楽しそうに、毎日が幸せそうに笑っている姿を見ることになる……? 

 

151:名無しの先生

 脳が焼かれる……! 

 

152:名無しの先生

 ヒナがゲヘナシナシナシロモップになる……

 

153:名無しの先生

 アコはアルちゃんに二人も寝取られたことに……? 

 

154:名無しの先生

 ネル含めた一部は意外と「良かった。今は笑えてるんだな」って喜んでくれそう。内心寂しいけど、それを隠して。

 

155:名無しの先生

 み、見てぇ~~~~~~ッッ! 

 

156:名無しの先生

 ??? 「うへ、動いてないのに息苦しいよ~」

 

157:名無しの先生

 うう、チヒロ、笑おうとも怒ろうともしなかったヒドリ君が幸せそうに笑ってる姿見てて……

 

158:名無しの先生

 普通にチヒロは喜びそう

 

159:名無しの先生

 シナシナになるのは誰だ……? 

 

160:名無しの先生

 ヒナ

 

161:名無しの先生

 アコ

 

162:名無しの先生

 アリウス

 

163:名無しの先生

 ホシノ

 

164:名無しの先生

 アビドス

 

165:名無しの先生

 百鬼夜行組……は、喜ぶか。

 

166:名無しの先生

 ワンチャントリニティ

 

167:名無しの先生

 トリニティシナシナモップとかも見れるのか……

 

168:名無しの先生

 幸せそうなヒドリと楽しげに話す便利屋68のメンバーの姿を様々と見せつけられて心臓が張り裂けそうになるキヴォトス生徒……? 

 

169:名無しの先生

 み、見たい……!! 

 

170:名無しの先生

 殺してやるぞ陸八魔アル……ってのが流行りそう

 

171:名無しの先生

 天晴れだ、陸八魔アル。生涯貴様を忘れることはないだろう。

 

 

 

 



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宣戦布告とヒドリ君

バードエフェクト

ベアトリーチェがゲマトリアしてる。

あとブルア廻戦してる。


素敵だ、ご友人!ええ、とても素敵ですよ、ご友人。ああ、カーラ(とばっちり)あなたはいつも新しい性癖の開拓をしてくれる……

それはそれとして。ヒドリ君の得物の紹介だ!!

【PHENIX-TYPE-Ⅹ】
ミレニアムの技術を使ったパイルバンカーとヒートブレード搭載靴。排熱性能が更に向上した。なお、エンジニア部は教えるだけで手を付けていない。ヴェリタスに縛られながら口出ししていた。可哀想にねぇ……

【NABERIUS-TYPE-Ⅰ】
機能モリモリ盛るペコガントレット。

朱涅(あかね)
夕焼けのように真っ赤な剣。よく斬れる。ヒドリが拾われた時に大事そうに抱き締めていた。所々にオーパーツのような幾何学文様がある。

柄の部分には古代の言葉で『やがて夜がやってくる』と刻まれている。

夜叢(やぐさ)
夜の帳ように真っ黒な槍。よく斬れる。ヒドリが拾われた時に大事そうに抱き締めていた。所々にオーパーツのような幾何学文様がある。

柄の部分には古代の言葉で『そして朝がやってくる』と刻まれている。


『ごめんね、ヒドリ……』

 

『ごめんなぁ……ごめんなぁ……!』

 

 誰かが、泣いている。傷付いた少年を抱き抱えた夫婦が、全身を真っ赤に染めた夫婦が、少年を抱き締めて、泣いている。

 

『もっと一緒に……もっと、愛してあげたかった……!』

 

『お前の力を、お前の存在を、やつらから隠す……それくらいしか……してやれない父さん達を許さないでくれ』

 

 周囲から聞こえてくる、罵声、絶叫、怒号。多くの者が、少年を殺すために集まっているらしい。深い眠りの中にいる灰色の少年はそれに気付かず、夫婦は続ける。

 

『……色んなものを見て、知って、たくさんのことを学びなさい』

 

『たくさん食べて、よく寝て……』

 

『色んな人と、会って、話して……友達を作れよな……父さんは、苦手だったけど……』

 

『大事な人を見つけて……一緒にいなさい……父さんと母さんの子供だもの。きっとモテモテよ』

 

 変わる。変わる。変わっていく。灰色が、赤色に。鈍色の翼が、緋色の翼に変わっていく。命が循環していくかのように、少しずつ、色が、命が、変化していった。

 

『お風呂にもしっかり入って……趣味も見つけなさいね……』

 

『あとは……まぁ……お前が幸せになれるなら、何でもいい……ああ、あと、女王に会ったら、色々謝っておいてくれ』

 

 少年の体が透き通り、揺らいでいく。ここではない、遠い場所へ────────時間を越えた、どこか遠くに送るために。

 

『────お前の記憶は多分……俺達がお前を捨てたと認識するだろう……それでいい。それでいいんだ……!』

 

『生きなさい、ヒドリ。生きて、生きて、生き続けて……幸せになりなさい……! こんな私達なんて、忘れて……!』

 

 いつか、どこかで、少年を大事にしてくれる人が、愛してくれる人が現れる。そう信じて、夫婦は少年を送り出す。

 

『貴様ら……! あの忌み者をどこへやった!?』

 

『理解できぬ……理解できぬ……! なぜ、あんなものを守ろうとするのか、理解できぬ!!』

 

『驕るなよ、ただの騎士風情が────!』

 

『……はっ。教えてやるかよヴァアアアアカッッッ!!』

 

『親が子供を守るのに、理由がいるのかよ!!』

 

 司祭を前にして、剣と槍を構える夫婦。そこで、視界が暗転する。

 

 これは、記憶だ。少年が────ヒドリが覚えていない記憶。朧気にしか知らない、霞がかかった記憶。親に捨てられたと認識している認識の鳥が知らない、遠い記憶。

 

 ────そして。

 

『あら……!? な、何でこんなところに人がいるの!?』

 

『アルちゃん、この子怪我してるよ?』

 

『ぅ……ぁ……だ、れ……』

 

『酷い怪我……こんなになるまで、何をされたんだろ』

 

『と、とにかく手当……ですよね……!?』

 

 出会った四人の記憶。忘れることのない、ヒドリの記憶。今でも鮮明に覚えている、大切な記憶だ。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 ヒドリが便利屋68に拾われた時、彼が大事そうに抱えていたものがある。祝詞の書かれた頑丈な紙と、赤い剣と灰色の槍だ。錆び付いた形跡もない、よく手入れされた美しい二振りのそれは、便利屋68の事務所の中で大事に保管されている。

 

「……」

 

 そんな二振りを、ヒドリは定期的に手入れしている。研いでみたり、油を塗ってみたり。丁寧に、丁寧に、大事に手入れをしていた。

 

「ヒドリ、あなた機嫌悪い?」

 

 本日の便利屋68は先生からの依頼を終えた休息日。全員が思い思いの休日を過ごしている。カヨコはヒドリと見つけた猫カフェに向かい、ムツキはブラックマーケットに爆弾を収集しに。ハルカは雑草探しと爆薬探しへ向かっている。アルはヒドリと共に留守番────ではなく、手入れが終わり次第買い物に行くつもりだ。

 

「……かもしれません」

 

「そう」

 

 沈黙が広がる。ヒドリが不機嫌になったとして、変わることは特にない。あったとしても、武器の手入れの時間がいつもより長くなるのみ。理由は分からないが剣と槍を手入れしている時、心が落ち着くのだ。

 

「その剣と槍……いつ見ても綺麗ね」

 

「はい。……誰のものかは知りませんが……」

 

 手入れを終えた赤い剣【朱涅(あかね)】と黒い槍【夜叢(やぐさ)】を握り、ヒドリは笑う。

 

「これを触っていると、なぜか懐かしい感じがするんです」

 

「懐かしい、ね……」

 

「もしかしたら、僕が捨てられる前、両親が持っていたのかもしれませんね」

 

 ヒドリは両親に捨てられた。真相がどうかはヒドリが気にしていないため、便利屋68も調べようともしないし、彼自身が嫌がるだろうと考えて調べていない。

 

「どうして捨てられたのか、なんて僕がこれだからでしょうけど」

 

 彼自身、自分が緋色の鳥となる前を知らない。生まれた時から認識の鳥なのか、生まれる前は普通の人間だったのか。はたまた生まれたから認識の鳥となったのか。それとも、鈍色の鳥が眠ったから緋色の鳥となったのか。ヒドリは何も知らないのだ。

 

「それはそれとして……いつまでそこにいるおつもりで?」

 

「………………気付かれていましたか。流石は認識の鳥、でしょうか」

 

「────いつの間に」

 

 いつの間にか、長身で、長い黒髪に赤い肌、白いドレスを身に纏う貴婦人が立っていた。目がついている翼で埋め尽くされた毛玉の様な頭部を持つ女性で、口の中は乱杭歯となっており、禍々しい雰囲気を放っている。

 

「申し訳ありません。あなた方に危害を加えるつもりは、まだありません」

 

「まだ、ね……」

 

「ええ、まだです。時期尚早ですから」

 

 この貴婦人めいた存在こそ、ゲマトリア所属ベアトリーチェ。アリウス分校の理事長を務めている崇高への道を模索する存在の一人だ。

 

「まずは自己紹介を。私はベアトリーチェ。ゲマトリア所属、アリウス分校の理事長を務めております。……ああ、こちら名刺と菓子折です。社員の皆様とお食べください」

 

「便利屋68社長陸八魔アル。ありがたく頂戴するわ。ヒドリ、お茶を淹れてくれる?」

 

「便利屋68社員の赤時ヒドリです。ベアトリーチェさん、お茶、紅茶、コーヒー、どれがよろしいですか?」

 

「ではコーヒーを」

 

 やはり名刺交換から始まる。ビジネスの始まりは名刺交換から始まるのだ。

 

 コーヒーを淹れながら、ヒドリは現れたゲマトリア所属の大人に対して妙な感覚を覚えていた。見えない────というよりも、どこかズレているような感覚がある。そこにいるはずなのに、そこにいない……のではなく、電波はあるのにチャンネルがズレているために聞こえないラジオやテレビのような感覚があるのだ。

 

 コーヒーを配膳し、ソファに座った三人。三人の会話の口火を切ったのはベアトリーチェ。

 

「まずは先日の件について謝罪を。赤時ヒドリさん、あなたへの攻撃を謝罪いたします」

 

「……あなたの指示ではなかったんですか?」

 

「私は可能であれば連れてきてほしいと指示したのみ。その後拒否されたのであれば退け……そう言ったのですが」

 

「恐怖だけじゃ人は完璧に指示を受けませんよ」

 

「耳の痛いご指摘ですね」

 

 恐怖政治だけでは完璧な行動を人は取れない。成功例だけを指標にして、失敗を過度に恐れる。そうなってしまえばヒドリを襲ったあのアリウス分校の生徒達のようなことになるのだ。

 

「それで、ヒドリはどうするの?」

 

「謝罪は受け取ります。……これだけが用件ではないのでしょう?」

 

「ええ、もちろん。本題はここからです」

 

 ベアトリーチェの雰囲気が変わったのを期に、アルとヒドリも姿勢を改める。目の前の存在は、キヴォトスで見てきたどの大人よりも手強く、強かな存在であることを認識し直すためだ。

 

 ヒドリを認識の鳥として理解しておきながら、ヒドリの五感による認識をズラすことができる力────または技術は、祭りによく現れる黒服も使っていた。ならば、彼と同等の能力があってもおかしくない。

 

 アルは社員の安全を守るために兜の緒を締め直す。

 

「認識の鳥、緋色の鳥。あなたのその力をゲマトリアにて使うつもりは?」

 

「ありません。僕は便利屋68と共にいると決めました」

 

「そうですか。……ああ、これは断られると理解した上での問いかけですので、お気になさらず」

 

 そう言ったベアトリーチェは、唐突に高性能ビデオカメラを搭載したドローンを展開する。録画────ではなく、ネットワークの波に配信という形で何かを残そうとしているらしい。

 

(きた)るエデン条約調印式の日。私達アリウス分校はゲヘナ、トリニティに対して攻撃を仕掛けます」

 

「……何ですって?」

 

 ベアトリーチェの放った言葉にアルが目を細め、ヒドリは沈黙を保つ。あの言葉を期に、配信の視聴者数も上がっていく。

 

「アリウスはトリニティから排斥され、ゲヘナからも被害を受けた。その報いを戦争という形で受けてもらいます」

 

 それは長きに続く怨嗟の声。過去の行いによって自分達が貧困に喘いでいる生徒の憤怒、それでもなおトリニティは手を差し伸べることもせず、放置していることへの殺意と憎悪……ヒドリはベアトリーチェを通して、あの襲撃者達とはどこか違う、虚無と負の感情を感じ取った。

 

「ゲヘナ学園とトリニティ総合学園……そしてシャーレ……有力者達を我々は叩き潰す」

 

 ヤバい。目の前の大人は、アリウスは間違いなく本気でゲヘナとトリニティ、そしてシャーレを叩き潰すつもりだ。そう感じ取ったアルはヒドリへの捕食許可を出す。

 

「ヒドリ……!」

 

「無理です。ズレてます」

 

「あなたを……あなた方を前にして対策をしないわけがないでしょう?」

 

 本来であれば、認識がズレていようが関係なく捕食できるはずだ。しかし、ヒドリには枷がある。祝詞を読み上げねば食うことはできず、認識しても食らうことはできない。さらにドローンを利用した戦術も、ヒドリに対して恐ろしく面倒で……それでいて効果的に機能していた。こんな状態で祝詞を読み上げれば、キヴォトスに多大なミーム汚染が発生するだろう。

 

「地獄絵図を作りたくなければ、死力を尽くして戦いに挑みなさい」

 

 そしてようやく気付く。これは便利屋68という多くの学園との交流がある団体を利用した宣戦布告。便利屋68を利用したメッセージであると。

 

 ベアトリーチェが知る中で、最も厄介な存在を封じ込めた状態での宣戦布告は成功した。彼女はその結果を得て満足げに笑みを浮かべ────

 

「思う存分、潰し合いましょう」

 

 そう言ってドローンと共に、まるで結び目がほどけるように消え去った。部屋に充満していた凄まじいプレッシャーも消え、アルは全身から冷や汗を吹き出しながらソファに深く腰掛ける。

 

「……カイザーなんか目じゃないくらいの大人ね、ゲマトリアの大人は……」

 

「ええ。……それに、何か秘策もあるんでしょう、あの感じだと」

 

 アリウス分校がどこにあるかは、チヒロ経由で手に入れた情報によって知っている。しかし、チヒロやヴェリタスの力を持ってしてもカタコンベのルートを全く特定できなかった。他の情報は簡単に引き出せたのに、だ。

 

「奇襲……から始まるでしょうが……ちょっと心配ですね」

 

「ええ……ゲヘナもトリニティも今ピリピリしてる……この張り詰めた緊張がエデン条約調印式の宣戦布告によってさらに……」

 

 調印式の日、何時に行われるのかが分からない襲撃への警戒。それには恐ろしいほどの緊張があるだろう。

 

 元々ピリピリしている今、宣戦布告が成された。間違いなくゲヘナもトリニティも完全なパフォーマンスを発揮できないであろうことは明白である。

 

「……ヒドリ」

 

「はい」

 

「とりあえず買い物に行くわよ!」

 

「そう言うと思いました」

 

 便利屋68の全員が得意ものは、意識の切り替えだ。公私を分けることができるその切り替えは、今の状態でも変わらず使える。現実逃避かもしれないが、考えすぎてパフォーマンスが低下すれば目も当てられない。まずは今日の予定を果たすとしよう。アルはそう決めて立ち上がる。

 

「礼服も用意しないとね」

 

「礼服……? 制服でいいんじゃないんですか?」

 

「うちの社員、全員改造制服じゃない。礼服も改造はするけど、ちゃんとした服は必要よ」

 

 エデン条約の調印式には便利屋68も呼ばれている。ドレスコードがある場所への潜入も行ったことがある便利屋68は、ドレスも持っているが、調印式の場には相応しくないだろう。

 

「ヒドリの礼服もちょっと丈が短くなってたしね」

 

「あれ? 皆さんのサイズは大丈夫なんですか?」

 

「事前にスリーサイズも計ってるわ。メモもしてあるし、行くわよ」

 

 そう言って歩き出すアルと、それを追うヒドリ。二人が扉を開いた瞬間────

 

「クロノス新聞の者です! 取材をさせていただいてもよろしいでしょうか!?」

 

「日刊キヴォトスの者です! こちらも取材をお願いしたく!」

 

「週刊ミレニアムの────」

 

「アポを取りなさい。常識ないの?」

 

「「「ごもっともです!!」」」

 

 中々休まらない休日を過ごすことになりそうだと、二人は溜め息を溢した。

 

 

 

 

 



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どんなもんだ、ヒドリ君

バードエフェクト

「あはは…それなりに楽しかったですよ、ナギサ様とのお友達ごっこ」が、「あはは…ティーパーティーって覚悟が足りないですよね。私の友達と違って」「何かを奪えるのは、奪われる覚悟がある人だけですよ」になっている。この世界のヒフミはわりとはっちゃけてるヒフミなので、普通に言った。お労しやナギ上……ちなみにこの後のアリウス&ミカでも「どいてください!!! 私は補習授業部ですよ!!!」と言った。ペロロデコイは超キレッキレに踊った。もはや誰も彼女を止められない。

アリウス分校の教義が教義であり、課題となっている。バニバニに対する答えを見つけること。解答者はこれまで一人しかいない。


イラスト描けたら色々やれんだろうが……厳しいですねぇ……腹の底から出た本音ヒドリ君とか描きたいけど……無理。ただでさえ緋色の騎士描いて挫折してんのに!!

一応、ヒドリ君にも弱点はあります。超高温+超低温+高周波の攻撃を与えると纏っている神秘がある程度剥がれます。


 ゲヘナ学園自治区にある道場で、少女────便利屋68の社員伊草ハルカが畳に叩き付けられていた。ハルカを投げ、叩き付けたのは慣らしのために礼服を着たヒドリである。

 

「うーん……何がダメなんでしょうか……?」

 

「うーん……?」

 

 お互いに首をかしげながら畳に座る二人。二人がやっているのは受け身の訓練────ではなく、体術訓練────でもなく、ヒドリの感覚を利用した神秘の活用方法の模索だ。

 

「ハルカさんは間違いなく神秘を流せてますよ」

 

「でも……ピンポイントではできてない、ですよね……?」

 

 ヒドリの目は、神秘の流れを見ることができる。キヴォトスのヘイローを持った生徒達が宿す神秘……それが常に彼女達の体表を覆っているのを認識しているのだ。この膜────仮称として神秘膜は、ダメージを受けた瞬間に膨れ上がる。HP弾を喰らっても貫通せず、気絶や痕が残る程度なのはこれが影響しているのだろう。

 

 この神秘膜の放出量や質や性質は、人によって差がある。例えばヒナとツルギ。ヒナが機関銃を設置した軽戦車だとすると、ツルギは自動修理機能が備えられた装甲車であろうか。

 

「はい。でも、常に50%は循環してます」

 

「それは……どうなんですか?」

 

「素晴らしいことです。便利屋68の皆さんの中で一番使えていると言えますよ」

 

 ハルカの体を包む神秘は、常に総量の50%を放出及び循環させている。これは大抵の生徒のように無意識ではなく、意識的に流しているため、効率的に循環させることができている。

 

「ち、ちなみにヒドリ君は……?」

 

「僕ですか? 大体44.4%くらいですね。残りは枷で回せないので」

 

「……ということは……元々の神秘の総量と肉体強度が高い……?」

 

「そうですね。ある程度の力比べなら負けませんよ」

 

 面倒なのでやりませんが、と呟くヒドリをハルカは苦笑する。そもそもの話、ヒドリと真正面から力比べをするなど自殺行為にも等しい。

 

「……さて、ちょっと休憩にしましょうか」

 

「あ、はい。……そういえば、あの大会は……まだやってるんでしょうか……?」

 

「さぁ……やってる人はやってるんじゃないですか?」

 

 ゲヘナ学園の一部生徒間で流行中の壁ドン大会────その優勝者兼殿堂入りはヒドリである。ルールは簡単で、壁ドンされたらそれをカッコよく返すだけ。ちなみにポイント審査制。面白がってムツキがヒドリを参加させたことがあり、当時の相手はこう語る────────

 

『ヒドリ君の壁ドン? ……あれね、凄いよ』

 

『私も自信あったのに、小さく笑いながら手を掴まれてさ』

 

『そのままグルンって壁側に移動させられたと思ったら、足でドンッッッ!!!! だもん』

 

『びっくりしたけど、何か、こう……扉が開きかけた感じがする。あ、私この人に壊されるって思ったというか……ね?』

 

 ちなみにこの取材はアルが行った。まるで過保護な姉が弟が粗相をしなかったか確認しているようだったと、当時のことをムツキは笑っていた。なお、取材相手が雌の顔になった瞬間からアルとムツキの目が笑わなくなった。姉を認めさせられるような生徒はいるのだろうか。

 

「壁ドン、あれ結構有効な攻撃手段ですよね」

 

「攻撃手段にするのは、ヒドリ君だけだと思いますよ……?」

 

 ヒドリのイメージする壁ドンは敵の顔を掴んで壁に叩き付けるというもの。もはや壁ドンでもなんでもないただの暴力になっている。

 

 それはそれとして、と話を切り替えるヒドリは立ち上がり、ガントレットを装着した。

 

「ハルカさんには────いえ、便利屋68の皆さんにはこれくらいはできてほしいんです。でないとちょっと危ないので」

 

 そう言って的の前に立った彼の瞳孔は細まり、神秘が溢れる。

 

 本来であればハルカは神秘を知覚できない。だが、神秘を認識するヒドリの神秘をほんの少しだけ流し込まれた、今この瞬間という状況のみ、ハルカの目はヒドリの体から溢れる神秘を知覚していた。

 

 ヒドリの神秘は、外側が夜のように黒く、内側は夕焼けのように赤い。そんな神秘を纏った拳が的に激突した瞬間────────空間が歪み、赤黒い神秘が弾けた。

 

「……凄い」

 

「外から入ってきた漫画からインスピレーションを得ました。これができるようになれば、ハルカさんは────便利屋68はもっと強くなります」

 

 神秘をドンピシャで攻撃に乗せる技術。ヒドリが便利屋68の四人に身に付けてほしい技術である。これができるようになれば、神秘の精密操作が可能になり、エデン条約の調印式で傷付く可能性が少なくなるだろうから。

 

「……ま、もう少し時間もありますし、間に合うと思います。さて、続けますか?」

 

「続けたい……ですけど、そろそろ時間ですよ」

 

「……あ、本当ですね。じゃあ今日はここまでにしましょうか」

 

 今日の体術訓練をここまでにして、ヒドリとハルカは道場を後にする。帰りはもちろんヒドリが飛ぶ。ハルカはヒドリが持ってきていた一人用の籠に入って空の旅へと臨む。

 

「そういえば……ヒドリ君と最初に食べたものって────」

 

「お好み焼きですね。キャベツ多めの……豚玉です。それがどうかしましたか?」

 

「その……あそこのお店、無くなるそうなんです……」

 

「え、そうなんですか?」

 

「は、はい……店長夫妻がもう隠居するんだとか……」

 

 ゲヘナ学園自治区にある、安くて美味いお好み焼きの店。入り組んだ路地裏に居を構えたそのお店は、ヒドリとハルカが初めて二人で食べた場所であった。お好み焼き店でありながら、なぜかピザやら、まぜそばやらも食べることができた店の味をヒドリは寸分違わず覚えており、喫茶店の思い出と同じくらい記憶に残っていた。

 

「残念ですけど、あのお二人が決めたことですしね。……寄りますか?」

 

「い、いいんでしょうか……?」

 

「テイクアウトもしましょう。皆さんも喜びます」

 

 進路を変更し、思い出のお好み焼き店へと向かう二人。時刻は昼時13時。少し遅めの昼食となる。

 

 ヒドリがその店の前に降り立った直後、お好み焼き店の扉が開き、暖簾を持った店主の女将と共に店内の熱気が二人を襲った。

 

「……おや、ヒドリ君とハルカちゃんじゃないか!」

 

「ご無沙汰してます、女将さん」

 

「こ、こんにちは……女将さん……」

 

 ヒドリとハルカが頭を下げると、女将は快活に笑いながら二人の背中を叩く。

 

「こんな婆に畏まってんじゃあないよ! ほら、入んな! あんた! ヒドリ君とハルカちゃんが来たよ!」

 

「ん? おお、ヒドリ君とハルカちゃん! 随分と久しぶりだ!」

 

 カウンター席の前で鉄板に油を引いていた熊のようにふくよかな男性は、彫りの深い顔を嬉しそうに歪めて笑う。女将も熊の大将も御歳75ではあるが、まだまだ若い者には負けていない。

 

「お店を閉じると聞いて……来ちゃいました……」

 

「はっはっはっ! 嬉しいねぇ。ちょっと前にもカヤちゃんが来てくれたよ。あの狐っ子達と兎っ子達を連れてね」

 

「「兎?」」

 

「何でも直属の部下なんだと。美味しいものを食べさせるのも────って、うんたら言ってたよ」

 

 三週間ぶりに手に入れたせっかくの休日すら部下のために使うようになってしまったワーカーホリック、防衛室長不知火カヤ。どうやら彼女は直属の部下と、その後輩にこのお好み焼きを奢っていたようだ。

 

 不知火カヤの優雅な休日は相棒の深煎りエスプレッソを片手に報告書(マイベストフレンド)とにらめっこするところから始まる。もはや誰かが止めなくてはならない。

 

「ま、とりあえず食ってきな。何にする?」

 

「豚玉を」

 

「じゃあ、私も同じものを……」

 

「あいよ。豚玉二丁ね」

 

 カウンター席の前に敷かれた巨大な鉄板の上で、特製の生地が焼かれていく。生地は粉よりも卵やキャベツなどの比率が多いそれは、高温の鉄板の上でソースとマヨネーズ、鰹節をかけられて完成した。

 

「そら、熱いうちに食いな!」

 

「「いただきます」」

 

 エデン条約のこともあるが、便利屋68のメンバーはそこまで気にしていない。目の前に現れた障害を叩き潰すなど、いつもやっていることであったし、ヒドリの教える技術は必ず獲得して使えるようにするつもりだったから。例え相手が強大な力を持った大人だったとしても。

 

「あ、持ち帰りで豚玉五つお願いします」

 

「あいよ。……店仕舞いする前に二人が来てくれて良かったよ。隠居前に、いい思い出ができた」

 

 常連客が名残惜しそうにしながらこのお好み焼きを食べに来ると、笑いながら話す夫婦にヒドリとハルカも笑う。エデン条約調印式まで、残り二ヶ月……便利屋68は体術訓練以外、特に変わらない生活を過ごすことになる。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 カタコンベを抜けた先。アリウス分校の自治区────その中で最も真新しい建物の一室で、数名の生徒と大人────ベアトリーチェが睨み合っていた。

 

「……どういうことですか、マダム」

 

「言葉の通りですよ、サオリ。便利屋68のメンバー……特に赤時ヒドリとの戦闘は極力避けなさい」

 

 声を荒上げるのは、黒く長い髪の少女。錠前サオリその人だ。その後ろには気弱そうな水色の少女と、包帯を巻いた少女、そしてフルフェイスタイプのガスマスクを装着した少女がいる。

 

 彼女達こそ、アリウス分校最高戦力たるアリウススクワッドのメンバーである。

 

「それをした場合、あなた方が生きている保証がない。それだけのことです」

 

「私達の実力が信用できないってこと?」

 

「いいえ。あなた方が強いことは百も承知していますよ。しかし、彼は【指向性のある世界崩壊兵器】です」

 

「………………?」

 

 フルフェイスタイプのガスマスクを装着した少女が、手話で問いかける。するとベアトリーチェは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。

 

「詳細は話せません。ただ言えるのは、『アレ』は……あなた方には荷が重い存在です」

 

「な、なら……どうやってエデン条約の調印式を襲撃するんですか……?」

 

「そのための巡航ミサイルと、知り合いからいただいた『ミメシス』……そして、特殊兵器です。それらを活用し、彼を抑え込む」

 

 診療所の病床────そのほぼ半分を埋め尽くすのは、あの夜ヒドリに潰されたアリウス分校の生徒達。ベアトリーチェへの恐怖と崇拝の念がごちゃ混ぜになっていた彼女達は現在、中々治らない傷と消えない痛みに呻き声や泣き声を上げながら入院中である。

 

「彼女達の仇を、と思うのも分かります。しかし、サオリ……その感情を剥き出しにしたあなたが、果たして彼と、生徒……そしてシャーレに勝てますか?」

 

「……ッ」

 

「vanitas vanitatum et omnia vanitas.……」

 

 全ては虚しい。どこまで行っても、全ては虚しいものだ。ベアトリーチェがアリウス分校を支配した時、彼女達に教えた教義であり、課題の一つ。課題の達成者は、ベアトリーチェが知る限り一名のみ。

 

「この言葉に対する答えすらまともに出せないのであれば……あなた方は白洲アズサにすら勝てずに終わるでしょう」

 

「なっ────────!!」

 

 それだけを言い残して、ベアトリーチェは部屋を去っていく。アリウススクワッドを病室に残したまま。

 

「中々手厳しいことだ、ベアトリーチェ」

 

「……マエストロ、ミメシスの調整は?」

 

「69%と言ったところだ。認識阻害をかけると、ミメシス側の形が保てなくなる」

 

「そうですか」

 

 誰もいない廊下を歩く異形の二人。ベアトリーチェの隣にいるのは二つ首の木製のデッサン人形────のような存在。ゲマトリアのマエストロである。

 

「認識の鳥……名もなき神々の時代にいたという、翼ある一族の中で信仰された存在」

 

「ではなぜ、彼が認識の鳥となったのかは疑問が尽きませんね。依り代でもない。あれは本物です」

 

「信仰がそれを生み出したのか、それとも何かを染め上げて生まれたのか。そもそも作られた存在なのか。……はたまたイレギュラーとして産み落とされた存在なのか……」

 

 疑問は尽きない。だが、考察をする時ではない。残り二ヶ月……戦いの時は刻一刻と近付いてきていた。

 

 

 

 

 



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開戦

デュエル開始の宣言をしろ、磯野!!

デュエル開始ィイイイイイ!!!(フライング一番槍)

せっかくだから俺は、このワンターンキルジャガーノートデッキを使うぜ。


今回凄く短いです。多分3500文字くらいに収まってます。


話は変わりまして、ヒドリ君の声は最近だとFF16のジョシュアをイメージしてます。あと、感想じゃないメッセージで聞かれてたことなんですが……『ヒドリ君がもし、性欲というものがあったら、処理とかどうするの?』という質問が来てました。お答えしましょう。

特に何も起こりません。ヒドリ君は性欲があったとしても滅茶苦茶薄いです。あるとしても、便利屋68のメンバーの匂いがいい匂いだと思う頻度が増えるだとかその程度です。


 遂に訪れたエデン条約調印式。招待されている便利屋68のメンバーは制服ではなく、裏の住人達が作った礼服に身を包んでいた。

 

 この礼服、裏社会の住人達が作ったからなのか、複数の機能が組み込まれている。防弾、防塵、防刃、耐爆、耐炎────など、まるで戦闘に使ってくれと言わんばかりの性能。質感はシルクの生地にも近い。お値段一着259,000円。中々の金額であるが、これでも割り引きされた状態だ。

 

「……さて、ヒドリ。どう来ると思う?」

 

「まず僕の足止めに何かしてくると思いますよ。広範囲攻撃とか」

 

 儀礼用と言わんばかりに、今回【朱涅】と【夜叢】を持ってきているヒドリは、武器の調子を確かめながら呟く。便利屋68は希望的観測をしない。どれだけ最善の道を進んでいたとしても、常に最悪の可能性が脳裏にちらつく。

 

「準備はしてきた方だと思うよ。……ゲヘナとトリニティはちょっとピリピリしてるけど」

 

「爆弾もあちこちにセットしておきました……! ……雀の涙ですけど」

 

「まぁ、雀の涙だろうけどねぇ……」

 

「そうね。けど、準備しないよりはマシよ。……今回は本当の殺し合いになるかもしれない。先生がそれを許すか否かはともかくとして、そうなる可能性は高い」

 

 戦わなくては、殺さなくては生き残れない。手加減したせいで、手を抜いたせいで隣の誰かがいなくなっている。そんな戦場になるかもしれない。便利屋68は裏社会も見てきたが、そういう戦いに身を置いていた怪物達を何度も相手にしていた。

 

 今回の戦いも、そういった類いの敵を相手にするであろうことも、何となく察している。ゲヘナとトリニティを壊せるなら死すら厭わない死兵だって現れるだろう。

 

「ヒドリ、その時は────」

 

「喰います。僕が全部」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝らないでください。僕はそもそもそういう存在ですから」

 

 命のやり取りをするには、ゲヘナもトリニティも幼い。便利屋68の四人ですら────遠い昔、違法薬物を売り捌いていた闇商人を摘発した時、命を奪ったことを今でも夢に見る。ヒドリに人殺しをさせることだって、本当ならしたくない。

 

 ヒドリに余計なものを背負わせたくはない。ヒドリが、緋色の鳥が、認識の鳥が人間を完全に喰らえば、存在すらなかったことにされてしまう。ヒドリしか、知らないし覚えていないことになってしまうから。

 

 彼は妙なところで律儀だから。喰った人間も、全員覚えている。便利屋68は覚えていない。闇商人が本当は六人いたことも、ヒドリに教えてもらえなければ、覚えていなかった。

 

「僕にとって、人間を食べることは食事をするようなものです。今のこの状態がおかしいんですよ、本当は」

 

「それでも、私達はあなたに背負わせてしまう」

 

「背負ってもらってるのは僕の方ですよ。……まぁ、納得しないでしょうが」

 

 便利屋68の会話が終わる頃、エデン条約調印式の鍵となる連邦生徒会長────が推薦し、立ち上げた独立組織であるシャーレ、その先生が訪れる。彼の顔には緊張が張り付いており、襲撃に気を張っていることは明白だ。

 

 そんな彼が訪れてからすぐに、エデン条約の調印式が始まる。本来であればマーチングなどの余興があったのだが、アリウス分校からの宣戦布告が行われた今、そんなことをしている暇はない。

 

「エデン条約……ゲヘナ学園と、トリニティ総合学園、双方の和平を願う条約です」

 

 ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の代表者が前に出て、条約を結ぶための碑に学園の名を綴る。

 

「宣言しよう。我らゲヘナ学園は」

 

「宣言します。我々トリニティ総合学園は」

 

「トリニティ総合学園との和平を願う」

 

「ゲヘナ学園との和平を願う」

 

 代表者の言葉に続くようにして、参加者達から拍手が贈られる。あとは先生が連邦生徒会長の代理としてエデン条約を締結すれば、エデン条約は完成するのだ。そんな中で、ヒドリは導かれるように立ち上がり────────

 

「上、来ます」

 

「可能な限り防ぎなさい、ヒドリ」

 

「分かりました」

 

 大きな翼を広げ、天井を突き破りながら外に出た。この行動を確認したゲヘナ学園風紀委員会とトリニティ総合学園の正義実現委員会は、すぐさま戦闘態勢。彼女達もまた、何も準備してきていないわけがない。

 

 空へと飛び立ったヒドリは、高速で飛来するそれを見て目を細める。いかに治安が悪いキヴォトスと言えど、それを見ることはなかった。音速で飛来する光の名前は────

 

「巡航ミサイル……しかもステルス性能が高いやつ……?」

 

 巡航ミサイルを目視したヒドリの行動は早かった。いくらヒドリ────認識の鳥とはいえ、枷が邪魔をして防ぎきることは不可能。ならばどうするか……ここに来るまでにガントレットへと蓄積させていた神秘を一気に圧縮して解放することで、ミサイルの数や威力を僅かでも少なくすることを選択した。

 

 雲を貫きながら近付いてくる巡航ミサイルを正面に捉え、一気にトップスピードへと突入したヒドリ。可視化する程に圧縮された赤黒い神秘と、ミサイルの光が激突する直後────────巡航ミサイルが空中分解を始める。

 

「……!?」

 

 突然の空中分解に面食らったヒドリは、その後すぐに空中分解した理由を理解した。空中分解していく巡航ミサイルだったものは、ただの巡航ミサイルではない。中から出てきたそれら全てが爆弾……つまりはクラスターミサイルだったのだ。圧縮した神秘を解放したとしても、大きな被害は間逃れない。

 

 だが、それでもヒドリは神秘を解放する。少しでも被害を軽減するため、少しでも戦力を確保するために。

 

 赤黒い神秘が、クラスターミサイルと激突した。

 

 

 

 ────────────────────────────────────

 

 

 

 降り注ぐ殺意に晒されたエデン条約調印式の会場、その瓦礫の中から出てきた便利屋68の四人は、既に始まっていた戦闘の規模に表情を歪めた。想像以上の破壊工作と、想像以上の戦闘。風紀委員会、生徒会、正義実現委員会、ティーパーティー……各々が力を振るうが、消耗はこちら側が大きい。

 

「ヒドリは……まだ空ね」

 

「ミサイルじゃないけど……何かと戦ってる?」

 

 カヨコの目────正確には、ミレニアムから仕入れたコンタクトタイプのデバイスが拡張した視覚が捉えた情報。ヒドリがクラスターミサイルを叩き落としてもなお、空から降りてこない理由をはっきりと認識していた。

 

 ヒドリが相手をしているのは、青白い……生きた人間とは思えない容姿のガスマスク集団。その手にはチェーンソーのようなものが握られている。なぜ飛べるのかは分からないが、ヒドリと空中戦を行っていた。

 

「空を飛べる人が……ヒドリ君の他にも……?」

 

「……とりあえず動こっか。手筈通り、先生の避難が最優先……次点で応戦」

 

「そうね」

 

 ヒドリを心配していないわけではないが、仕事が最優先事項。それに、ヒドリがやられることを便利屋68は信じない。仮に────億が一負けたとしても、相討ちに持っていくであろうことは予想している。

 

「今は空崎ヒナが守ってるみたいだけど……ジリ貧だね。ハルカ、爆弾は?」

 

「数個だけ……生き残ってます……でも、そこまで有効にはなりません」

 

 さて、どうしたものか。戦術を組み立てるためにカヨコの頭脳が高速で回転する中、アルの思考もまた、加速していた。

 

(考えなさい、陸八魔アル。相手が一番嫌がることは何?)

 

 アルの頭脳は、一度動き出せばこのキヴォトスの中でもトップに食い込むレベルの思考能力を見せる。世界がスローモーションに見えるほどに思考が加速するのだ。カヨコがその場で複数の想定を組み上げる並列思考タイプだとすれば、アルは超加速型直列思考タイプ。

 

(先生の離脱? 確かにそれも嫌かもしれないけど……もっとあるはず。……ヒドリの足止めがその理由だとすれば……そういえば祝詞は? あれを使えば簡単に────)

 

「社長、可能性があることを何個か考えたよ」

 

「相変わらず見事ね。こっちは一つ辿り着いたわ」

 

「なら、一番高い可能性は────」

 

「「ヒドリの参戦」」

 

 空で戦い続けているヒドリが、なぜ祝詞を使わないのかを考えた結果、行き着いたベアトリーチェや黒服の認識阻害。あれが上空の青白い者達にも使われているとすれば、ヒドリは使わない。

 

 そこまでしてヒドリを封じ込めておきたい理由など、彼がベアトリーチェの中で最もイレギュラー的存在だからだろう。ゆえに、アリウス分校────もとい、ベアトリーチェは青白い者達────ミメシスに対ヒドリ用の兵器を持たせていた。その名も、高周波炎冷ブレード。ヒドリの数少ない弱点であるものを詰め込んだ代物である。

 

「その次は私達の参戦だね。その証拠に……」

 

「明らかに私達への攻撃が少ない」

 

 認識の鳥の地雷を踏み抜くほど、ベアトリーチェも馬鹿ではない。便利屋68がヒドリの地雷であることを理解し、できるだけ刺激しないようにしていた。

 

「な、なら……先生の離脱を援護するよりも……」

 

「引っ掻き回した方が嫌がりそうだね。……いいよね? アルちゃん」

 

「ええ。────便利屋68、仕事の時間よ!!」

 

 

 

 

 



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破滅が来たりて喇叭を鳴らす

詰め込みました。読みづらかったらごめんなさい。

ビジター、RaDのチャティ・スティックだ。ボス曰く、やはり報いは必要だろう、だそうだ。

用件はそれだけだ。じゃあな。


 ジクジクとした痛みがヒドリを襲う。嫌いな感覚だ。熱くて、冷たくて、ガタガタとうるさい振動があって。ヒドリの身体を切り裂くブレードに、彼は苛立っていた。

 

(面倒な武器……)

 

 自分にどの程度ダメージが通るのかを確認するためにわざと受けた右腕、そこからドクドクと流れ続ける血液を一瞥しながら、ヒドリは自分を取り囲むミメシスをどうやって処理するかを考える。

 

(こいつらもズレてるせいで捉えられない……)

 

 祝詞を使えば簡単に終わる戦闘が、認識阻害によって終わらない。しかも、殴っても殴っても追加がどこからともなくやってくる。ほぼ無限ループ的な存在を相手にするのは中々にストレスを蓄積するのだ。

 

(しかも治りが遅い……本当に面倒……でもまぁ……)

 

「なーんか、知ってるんだよなぁ……その武器」

 

 血が流れ続けていた右腕の完治を確認したヒドリが翼を広げる。

 

「お前達と戦ったことなんて、一度もないのにさ」

 

「────!?」

 

「殺してやりたくて、仕方がないんだよ」

 

 ガスマスクを貫手でぶち抜き、口を縦に引き裂く。その勢いは凄まじいもので、喉から下も剥がれている。こうしてもまた増援が来るだけだが……ヒドリは賭けに出た。引き裂いたミメシスの臓物────心臓を消える前に丸呑みにしたのだ。

 

「……まっず」

 

 味を覚える。血を、繋がりを、縁を、見つける。見つけたそれらを掴み、捉える。認識のズレを捕食することで修正する。ちなみにヒドリの舌は便利屋68のメンバーの血を飲み続けたことで肥えてしまっており、わりかしグルメになっていた。

 

(……これで、捉えた。けど、祝詞は使えない、か)

 

 ベアトリーチェが使っていたドローンが飛んでいるかもしれない。報道のためのカメラやマイクが祝詞を通してしまうかもしれない。大規模なミーム汚染など笑えない状態になってしまう。

 

 そういったリスクを避けるため、ヒドリはさっきまで攻撃を防いでいたせいで壊れたガントレットとパイルバンカー、ヒートブレードをオフラインに。腰に吊るしていた深紅の剣【朱涅】を片手で構える。

 

「……これの使い方は、何となく知ってる。何でかは分からないけど……起こす方法を、知ってる」

 

 過去の記憶がないというのに、この剣と背負っている漆黒の槍の使い方を何となく知っていた。まるで何度もそれを見てきたかのように、朧気でありながら、鮮明に。はっきりとしていながら、ぼんやりと。

 

 矛盾を孕んだ認識の中で、ヒドリは左手を朱涅の刃に添えて……目覚めの祝詞を口ずさんだ。

 

「緋色の輝き、友焼け子焼け」

 

 ヒドリから────否、ヒドリの左手から滴る血液から、剣から炎が溢れる。

 

「沈みて業々、原野を照らす」

 

 炎が収まった瞬間、まるで意思を持った炎のように揺らめく結晶が出現し、ヒドリの左腕と左翼に纏わり付く。

 

「堕ちろ、【朱涅】」

 

 ヒドリの知らない、ヒドリの記憶。ヒドリの知らない、これから先も知ることはないであろう母が振るった一振の剣。今のキヴォトスでは再現できない力の一つが今、この瞬間解放された。

 

 迫り来るミメシスを、灼熱を纏う刃と敵を焼き尽くすまで消えない炎の結晶で迎え撃つ。再生しようが、その上から焼き尽くしていく様を見ながら、ヒドリは現在の状態を俯瞰していた。

 

(……思ったより辛い。神秘が持っていかれる。あと、熱い)

 

 圧倒的な力を発揮している状態のヒドリは内心、朱涅が吸い上げる神秘の量に冷や汗をかいていた。ヒドリの神秘は枷がある以上、44.4%しか使用することができない。それでもホシノ以上の神秘の総量があるはずのヒドリだが、現在、身体を循環する神秘は10%を下回っている。莫大な量を朱涅が吸い上げ続けているのだ。

 

 しかも、朱涅が凄まじい熱を放っているせいで、右手が嫌な音を立てて焼けている。人様に見せられない程の火傷を負っているのは間違いないだろう。

 

(甘く見積もって三分……枷がないことを前提とした武器なのかな……それか、僕の親が上手くやりくりしてたのかな?)

 

 いくら認識の鳥といえど、神秘の総量が減ると体力が消耗する。長くは持たないと理解したヒドリは、短期決戦に持ち込むことを決意する。

 

「まず一体」

 

 突っ込んできたミメシスを切り裂く。凄まじい火力によって焼き斬ることで傷口を塞ぎ、再生をさせずに殺す。

 

「二体目」

 

 後方から迫っていたミメシスを炎の結晶が纏わり付く右翼で薙ぐ。真上から奇襲を仕掛けてきた三体目は左腕で受け止め、剣を振るって対処する。

 

 その動きは少しずつ効率化していく。下手をすれば自分を殺しかねない武器を振るい、ミメシスを一体、また一体と着実に処理していくヒドリ。彼の表情は処刑台に立った罪人を裁く処刑人のように、何も感じていないかのように凪いでいた。

 

(これ、皆さんから久しぶりに血を貰わないといけないかも……)

 

 気を抜けばすぐに眠ってしまいそうな程、ヒドリは消耗していた。それでもミメシスを殲滅する手を休めることはなく、加速していく。増援が間に合わなくなる程の速度で殲滅して、ようやくミメシス達は全ていなくなる。

 

 灰が舞う上空で、朱涅の炎が消えたのを確認したヒドリは、治りの遅い重度の火傷を負った右手をしばらく見つめた後、下の状況を見た。

 

「……押されてる……けど、社長達のところは被害が少ないな」

 

 それだけ便利屋68の戦闘能力が高まっているというのもあるが、意図的に便利屋68との戦闘を避けようとしているようにも見える。その違和感の理由をすぐに察した彼は、疲労感を振り切って、赤い礼服を身に纏うアルの近くに降り立つ。

 

「状況は」

 

「最悪一歩手前かしらね。……先生が撃たれたわ」

 

「なるほど、それは最悪一歩手前です。それ以外は?」

 

「大半をやられたわね。だけど、殺されてない。……多分、あなたの地雷がどこにあるのかを正確に知らないんだわ」

 

 アルの銃はスナイパーライフルであるが、とんでもなく頑丈に作られている。整備の回数を節約するためでもあるが、近付かれた時、鈍器として扱えるようにするためだ。現に今、アルの近くには近接戦を仕掛けてきたアリウス分校の生徒の山がある。鈍器で殴る、ヒールで蹴るなどは当たり前。便利屋68のメンバーは全員がヒドリの体術訓練を履修ているのだ。

 

「ヒドリ、撤退するわよ。これ以上は徒に被害を生むだ────」

 

「────────社長?」

 

 ヒドリの目の前で、鮮血が舞う。暖かくて、美味しそうな、真っ赤な血がヒドリの目の前で。

 

「ぁ……!?」

 

 冷や汗と脂汗をかきながら脇腹を押さえているアルを抱き止め、ヒドリは目を見開く。

 

「油断したわ……! 撃ってこないと、思ってた……!」

 

 アルの脇腹を貫通していった、神秘を含んだ弾丸。それはスナイパーライフル────否、対物ライフルの弾丸。身体が吹き飛ばなかったのは、アルの山勘が当たったから。ヒドリとの訓練によって神秘の膜を限界まで強化していたからこそ、この程度の負傷で済んでいた。

 

「ヒドリ、聞いてるわね……!?」

 

「社長、血が……!」

 

「内臓はやられてないから大丈夫よ。安心しなさい」

 

 この戦場で最も消耗しているヒドリの思考判断力は低下しており、火傷の痛みがなければ小さな子供程の言語や行動しか取れなくなっていただろう。滅多にないアルの────恩人の負傷に混乱するヒドリを宥めるように、アルは彼の頬に手を添える。

 

「カヨコ、ムツキ、ハルカ……一番近いのは?」

 

「…………ハルカさん────いえ、皆さん向かってきてます」

 

「好都合ね……皆に私を運ばせなさい」

 

 負傷しようが冷静に指示を飛ばすアル。ヒドリはアルの落ち着きぶりと、添えられた手の温かさによって、何とか冷静さを保っていた。

 

「ヒドリは撤退……がいいんだけど、聞かないわよね」

 

「……ごめんなさい……」

 

「いいのよ。ヒドリ、全力で敵を足止めしなさい。私を助けたいなら」

 

 殺す必要はない。殲滅する必要もない。重傷を負いながらも、アルはヒドリの手を汚さないように指示を出す。下手人は彼の手を汚す程の価値はないと決めつけて。

 

「ア、アル様……!!」

 

「アルちゃん……!!」

 

「……ふぅっ……、ハルカ、ムツキ、運ぶよ。三人で、できるだけ揺らさないように」

 

 腸が煮えくり返りそうになりながらも、冷静さを欠かないように指示を出すカヨコと、同じく怒髪天を突いていながらも、渋々その指示に従うハルカとムツキ。彼女らが渋々ながらも指示に従う理由など一つだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

 別段、枷が外れかけているわけでもない。それどころか気を抜いたら身動きができないくらいに疲れているのに、身体が押し潰されそうな重圧と神秘を噴き出している。

 

「ヒドリ、いいわね? 絶対に殺さないこと。祝詞も使わないで」

 

「……」

 

「私が起きた時、始末書とか嫌だからね? お願いね、ヒドリ」

 

「……はい」

 

「いい子ね。……じゃあ、頼んだわよ」

 

 そう言って、アルはカヨコ達に運ばれていった。未だ戦闘が続く調印式会場跡、その一角で佇んでいたヒドリは、自分の前に現れた四人を前にして────────完全にキレた。

 

「え、えへへ……結構、消耗してるみた────ぶぎゅえっっっ!!?」

 

 その怒りの最初の被害に遭ったのは、アルの脇腹を撃ち抜いた水色髪の少女。反応できない速度で接近されたと思えば、顔面をガントレットを装着した拳で殴られたのだ。お陰で水色髪の少女────アリウススクワッドの槌永ヒヨリは吹き飛び、太い支柱に激突する。

 

「ヒヨ────ぐっ!?」

 

 ヒヨリがぶっ飛ばされたことに瞠目していたアリウススクワッドのメンバーの中で、最も早く意識を復帰させた錠前サオリに襲い掛かった交差した腕が砕けかねない威力の二重打撃。ベアトリーチェが用意していた防御装置がなければ腕が使い物にならなくなっていたであろう一撃を打ち込んだ張本人は、身体の底から湧き出てくる怒りを抑え込もうともしない。

 

「……ああ……お前達が……」

 

 それは、人間を学んだ認識の鳥が、緋色の鳥が、赤時ヒドリが、カイザーPMC理事を蹴り飛ばした時などに感じた怒りを通り越す……今までの自分が嘘だったと思える程に。

 

(今まで、僕が口にしたことは全部、嘘だったんじゃないかと思えるくらい────────()()()()()()()()()

 

「ぶっ殺してやる」

 

 夕焼け小宅、太陽沈んで夜が来る。破滅の喇叭が今、アリウススクワッドに向けて鳴り響いた。

 

 

 

 



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破滅の大盤振る舞い

また詰め込みました。

バードエフェクト

ベアトリーチェが現場主義になっている。モニタリングだけでは終わらない。

アリウスのメンバーが頑丈になっている。

便利屋68の性能が上がっている。


 驕っていた。慢心していた。襲い掛かったアリウス分校の生徒を殲滅したからといっても、いくらベアトリーチェが彼に手を出すなと言われていたとしても、あれだけ消耗しているのなら勝ちの目があると思っていた。

 

 怒りに身を任せる者の動きは読みやすい。そのはずだったというのに。

 

「……ッ! 効いてな────」

 

 包帯を巻いた少女────戒野ミサキのスティンガーミサイルが直撃しながらも、全くの無傷。ヘイローを破壊する爆弾と同じものを組み込んでいる特殊弾頭であったというのに、だ

 

「これ使うのに、どれだけ許可申請かかると思ってんの……!」

 

「知るか。そんなゴミに頼るお前らよりも駄菓子の方がまだ価値がある」

 

「がっ……!? ぎっ……!? やめ゛っ……!!」

 

 ミサキがヒドリに足を掴まれ、地面に叩き付けられている中、ガスマスクの少女、秤アツコはぶっ飛ばされたヒヨリの様子を確認する。ヒヨリの意識は覚醒しているようだが、身体が思うように動かせないでいる。医療ドローンやアンプルなどを動員して治療を施す間、アツコは動けない。それがいけなかった。

 

「あれ、何してるんだよ」

 

「……!?」

 

「ほら、受け止めろよ、仲間なんだろ?」

 

 ゴヂュッ、という人体から鳴ってはいけないような音を立てながら、アツコと人間ヌンチャクにされているミサキが激突する。自傷行為もしていたミサキの腕や足の包帯からは血が滲んでおり、振り回された影響で鼻血も流れている。

 

 対するアツコは自前の治癒能力とベアトリーチェのドローンによって何とか事なきを得ていた。しかし、アツコは確信を得る。治るということは────治らなくなるまで攻撃されることが確定したということを。

 

「頑丈だなぁ、お前。どこまで壊れても治るんだ?」

 

「ぎっ……ァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!? 

 

 およそ、人間が出したとは思えない絶叫が戦場に響き渡る。腕を引き千切られたことにより発生したその絶叫は、皮肉にも戦闘を止めることに協力した。

 

「ぐっ……ぅぅぅぅ……!!」

 

「へぇ、治せるのか。ツルギ先輩みたい……じゃないな。周囲も治してるし、別系統か」

 

 ツルギがダメージを一気に回復させる爆発型だとすれば、アツコは神秘をドローンなどで共振させて継続的に回復を行う広域リジェネ型。呑気に神秘の考察を行うヒドリの後方から、声にならない叫びを上げながら突貫してくる影があった。錠前サオリだ。

 

 だが、それを読んでいないヒドリではない。サオリのナイフによる攻撃を漆黒の槍【夜叢】で受け止める。

 

「姫から離れろ、赤時ヒドリッッ!!」

 

「そんなに叫ばなくても聞こえてるよ、テロリスト!!」

 

 アルの命令によって殺してはいけないため、手加減をしているヒドリの神秘が回復し始める。朱涅から神秘が返されてくる感覚を感じながら、ヒドリは夜叢の刃に右手を添えた。

 

「緋色の輝き、夢見の帳」

 

「何を────!?」

 

「昇りて煌々、原野を覆う」

 

 凄まじい冷気が夜叢と、ヒドリの右手を中心に吹き荒れる。先程使っていた朱涅とは全くの真逆の現象。それが収まった直後、右腕と右翼に纏わり付いた氷の結晶。

 

「昇れ、夜叢」

 

 ガントレットを装着してもなお、凄まじい冷気がヒドリの左腕を中心に、身体を凍えさせる。父の槍を目覚めさせたヒドリの口からは白い息が出ていた。

 

 夜叢は、解放された朱涅と真逆の性質を持っている。朱涅が炎────動の力であるなら、夜叢は氷────静の力を持っている。回復した神秘を全て持っていった槍を握りながら、ヒドリはサオリに向けて槍を振るった。

 

「これは……!?」

 

 直感に従って手放したサオリの銃は一瞬で凍り付いており、彼女の指先も少しだけ凍っている。先程、夜叢は朱涅と真逆と語ったが、二つが共通していることがある。()()()()()()、という性質だ。正確には、持ち主と敵対者の間にある距離、空間、物体など────持ち主が認知しているものをすり抜けて敵対者を攻撃できる性質である。無論、その力は神秘の量によって効果が強くなったり弱くなったりするが、ヒドリには関係のない話だ。

 

「どうせお前達は借り物の怒りと虚無感を自分のものだと思ってここまで来たんだろ? 匂いで分かるよ」

 

「何……?」

 

「テロリストさん、戦争だよ、これは」

 

 気絶していたヒヨリとミサキまでも飛び起きるほどの重圧。アリウススクワッドが感じ取ったのは、ヒドリから放たれる濃密な────今まで浴びたこともない殺意と怒り。アリウスの罰則で味わったあの事務的な敵意ではない、本物の敵意。

 

「ゲヘナも、トリニティも、アリウスも間違い続けてきた。今更修正なんて不可能だ。……この戦いは、正しさの押し付け合いだよ。正義だの悪だの、そんな大層なものじゃない」

 

 知らない。知らない。こんなものを、私達は知らない。こんなにも恐ろしい存在を、私達は知らない!! アリウススクワッドのメンバーが、アリウス分校の生徒が、ゲヘナの生徒が、トリニティの生徒が────────この戦いを中継で見ていた、ヒドリをよく知らないキヴォトスの人々が、心の奥底から湧き出る恐怖に硬直する。

 

 なお、ブラックマーケットに入り浸る不良達やジャブジャブヘルメット団などの関わりを持っている者達は、「赤時君ぶちギレてる……提出物やったっけ?」とか、「今度店に来た時、ちょっとサービスしてやるか……」などわりと呑気なことを考えていた。

 

「vanitas vanitatum et omnia vanitas.……」

 

「ん? ……ふふっ……」

 

 サオリが思わず呟いたその言葉に、ヒドリは嗤った。

 

「……何が、おかしい……?」

 

「ああ、いや? アズサさんが言ってたなって。……だが、それでも今、最善を尽くさない理由にはならないって続けてたけど」

 

 元アリウス分校の生徒白洲アズサは、ベアトリーチェに向けて己が至った答えを伝え、見事出ていった。彼女達が最後に見たアズサは、憑き物が落ちたような、どこか晴れやかな表情であった。

 

「答えを探しもせず、目の前のことだけ必死で、自分はこれだけ苦しみました。だからお前達も過去の人達の報いを受けろって? 甘いんだよ、テロリスト」

 

 スタートは間違いなく同じだったはずだ。なのにどうして、アズサと彼女達でこうも違うのか……それは恐らく、暗がりの広野の中で、嵐の中で光り続ける希望を捨てなかったか否かの差であっただろう。

 

 心のどこかで諦めていたアリウススクワッドと、それでもと足掻いたアズサ。その差を様々と見せつけられた気がして。

 

「なら、どうしたら良かったの……! あんたらみたいに恵まれたやつが! 私達からすれば奇跡みたいに恵まれたやつが! 訳知り顔でごちゃごちゃ言わないでよ……!!」

 

 ミサキが叫ぶが、ヒドリはどこ吹く風。ふっ、と微笑んで口を開いた。

 

「確かに僕は恵まれたんだと思う」

 

 懐かしそうに、寂しそうに、楽しそうに笑みを浮かべるヒドリは、この戦場で明らかに浮いている。

 

「ハルカさんと爆弾を作ったり」

 

 枷が、揺らぐ。

 

「ムツキ先輩と街を歩いたり」

 

 枷に封じ込められた化け物が、立ち上がる。

 

「カヨコ先輩とコーヒーを飲んだり」

 

 枷を填めたまま、化け物が────認識の鳥が、緋色の鳥が瞳を開く。

 

「アル社長と昼寝をしたり……色んな人達に会った……皆、必死に生きてきた。……なのに、お前達は」

 

 ビクッ、とアリウススクワッド達の身体が震える。

 

「自分を生きることすら諦めて、本当の自分も探そうともしない。過去の人達の憎悪を自分のものだと本気で思い込んで、死兵みたいに。馬鹿じゃないの」

 

「ッッッ!」

 

「そんなやつらのことなんて、知りたくもないね。────さて、長々と話したし、そろそろ死ぬ一歩手前までぶっ殺してや……る……?」

 

 ふと、ヒドリは自分の神秘膜が消えていることに気付く。それどころか、自分の左胸から突き出ている刃物のように鋭い腕にも────今、ようやく気付いた。

 

「ようやく、隙を見せましたね」

 

「……本丸がここに来て登場とは」

 

 念には念を、と言うべきなのか、ヒドリの胸を貫いたベアトリーチェは認識阻害を最大まで上げ、そこにいるのにそこにいない、という矛盾を作り出して潜伏していた。アリウススクワッドはベアトリーチェの潜伏を聞いてはいない。先程の問答も、ヒドリが怒りによってハイになっていたことで時間稼ぎになっていただけであり、本来であれば普通に気付かれていただろう。

 

「しかし、この程度では死なないのでしょう?」

 

「まぁ、そりゃあ死にませんよ」

 

「ですが、治すまでに時間がかかる。それに、治ったとしても、私達を追う気力はない。……違いますか?」

 

「……ええ、正解です」

 

 ズボッ、とベアトリーチェの腕が引き抜かれた瞬間、ヒドリを胸から大量の血液が噴き出す。通常のヒドリであれば、胸を貫かれたとしても数分で完治するはずだが、神秘の使いすぎによって消耗したヒドリは、身体の修復に時間がかかる。

 

「アリウススクワッドの命令違反は私自ら折檻します。あなたの出る幕はありませんよ、赤時ヒドリ」

 

「……さて、僕は……便利屋68はやられたらやり返すが基本ですよ。絶対に見つけ出してやる」

 

「ああ、それはとても恐ろしいことですね」

 

 その言葉を最後に、ベアトリーチェはアリウススクワッドのメンバーを含め、アリウス分校の生徒全員を何かの装置によって転移させて、自分も消える。各地の戦闘が終わったことが伝達される中、ヒドリは胸の穴を塞ぐことに注力した。

 

「……手酷くやられたな、ヒドリ」

 

「おや……ツルギ先輩。ようやく合流ですか?」

 

「青白いシスターフッドみたいな連中が中々厄介だった」

 

 ジュクジュクと音を立てながら再生するヒドリの胸を一瞥したツルギは、思い出したように口を開く。

 

「陸八魔アルが怒っていたぞ」

 

「そうですか」

 

「いたぶるのはお前らしくはない……だそうだ」

 

「休んでおけばいいのに……」

 

「愛されてるな、お前は」

 

 しばらくヒドリとツルギが会話をしていると、医療部隊の生徒が報告しにやってくる。負傷者はいるものの、死人は出ていない。あと、アルは意外とピンピンしている。そんな報告を聞いて、ようやくヒドリは警戒を解く。襲撃を死者なしで乗り切ることができたことに、ではなく、アルがわりとピンピンしていることを知って。

 

「……やるもんじゃないですね、慣れないことは」

 

「自覚があったのか」

 

「さすがに疲れました。……こいつら、使い勝手が悪すぎです」

 

 エデン条約調印式会場前戦闘結果────────ゲヘナ、トリニティ、軽傷者及び重傷者の合計100人。アリウス分校、130人。引き分け────以上の結果がそこにはあった。

 

 エデン条約の権限はアリウスに奪われ、先生は意識不明の重体。どちらかと言えば、アリウス分校の勝利で終わる。だが────────

 

「ところでツルギ先輩。アリウス分校の追跡についてご相談が」

 

「奇遇だな。私としてもそのつもりだった」

 

 ただ負けてやるなど、死んでも御免だ。

 

 

 

 



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入口探しだよ、ヒドリ君

バードエフェクト

ゲヘナとトリニティの戦力が増えた。アリウス分校の自治区に攻め込むつもりである。

マコトがアリウスと内通していない。わりと仕事してる。

カヤ上が極限のワーカーホリックへと進化している。お労しやカヤ上。


ところで、皆様は『Feed A』という曲を聴いたことはありますか?GOD EATERのTVアニメOPなんですが……最高にカッコいいんです。ゲーム内BGMの『Blood Rage』なんかもお気に入りですが、やはり『Feed A』の殴りかかるような曲調が最高なんです。ヒドリ君のバトルがこの曲流しても栄えるようなものにしていきたい所存。


 エデン条約────ひいては学園の平穏を取り戻すための作戦会議で、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園、ミレニアムサイエンススクール、アビドス高等学校、そしてブラックマーケットに入り浸る不良達とジャブジャブヘルメット団が集っていた。

 

 作戦会議の会場は、連邦生徒会防衛室長御用達の結構広い超防音セキュリティ会議室。本来であれば申請を出さなければ使えない場所だが、緊急時のため申請を独断で割愛してくれた不知火カヤは今夜も防衛予算(マイソウルブラザー)とにらめっこ。お労しやカヤ上。

 

「ぶっちゃけ、ゲマトリアが関わってるとなると面倒です」

 

「うーん……それはおじさんも同感かなぁ。厄介だよ、あの大人」

 

 先生が倒れたという情報はアビドスにも届いており、戦力が必要だということでムツキがアルの代理で連絡したら二つ返事で来てくれた。ヒドリの発言に対して、ゲマトリアの大人を知るホシノが頷く。

 

「あの……ゲマトリアとは?」

 

「キヴォトスの外にある大人の組織です。厄介。それだけ覚えておいてください」

 

 チナツの疑問にサクッと答えたヒドリは、便利屋68が独自に考えた今回の戦争の目的についての資料を取り出す。

 

「ゲマトリア────ベアトリーチェが宣戦布告を行ったのは恐らく、ルールに沿うことで正当性を生み出すためです」

 

「「「正当性?」」」

 

「アリウスは基を辿るとトリニティ、そしてゲヘナが原因でああなってます」

 

 資料の二枚目に記された記録。それはヴェリタスがぶっこ抜いたシスターフッドの秘匿情報の類いである。これにはシスターフッドの代表として参加していたサクラコも開いた口が塞がらない。

 

「この情報は……!」

 

「すっぱ抜きできる時点でお笑い草だよ。秘匿情報ならデータの海に残しておくべきじゃなかったね」

 

「まぁ、このようにチヒロ先輩達にお願いしました。……話を戻しますが、手酷く弾劾されたアリウスは僻地へと。人道的支援は全く無かったみたいですね」

 

 これは酷い。さすがのゲヘナも呆れてしまうほどの後始末のなさであった。何の物資もなく僻地へと向かわせて、はいさようなら、はさすがに酷い。過去のトリニティのやり方に、トリニティ総合学園の生徒も顔を不快感で歪ませた。

 

「シスターフッド……ユスティナでしたっけ。執行者。審判の神の名の下に断罪する存在。審判の神が何なのかは知りませんが、断罪し終えたら後始末をしないって杜撰過ぎません?」

 

「ぐうの音も出ないご指摘です……」

 

「とりあえずこの資料を前提に話をします」

 

「……ヒドリ、一つ聞きたい」

 

「はい、何でしょう、ツルギ先輩」

 

「お前の後ろにあるその包みはなんだ?」

 

「お気付きになられましたか」

 

 ツルギ、遂にツッコミをかます。ヒドリの後ろに置かれていた山程の包み。そこから漂ってくる香辛料の香り。ブラックマーケットに入り浸る不良達は今にもよだれを垂らしそうな勢いである。

 

「お昼になりますので、試作品を持ってきたんです。実験台になってください」

 

「思った以上に明け透けだ!?」

 

 イオリの言葉を聞き流すヒドリの手の中で包みが開かれた瞬間、官能的なまでに香る香辛料と暴力的な旨味を閉じ込めたであろう唐揚げが現れた。

 

「あら? それは確か禁止された────」

 

「スカーレットフライドチキンは禁止されましたが、緋色の唐揚げは禁止されていません」

 

「……屁理屈では?」

 

「屁理屈で暴言を投げてきたトリニティの方がそれを言いますか? そもそも何ですか、角が気持ち悪いって。トリニティの自治区に鹿の角生えてる店主が経営してる紅茶店ありますよね? ティーパーティー御用達の」

 

 ティーパーティーの代表として出席していたナギサへの、幼馴染みがヒドリの前で言い放ったことに対しての強烈なカウンター。過去の行いは決して消えないのだ。

 

「言葉にも行動にも責任が伴います。次に社長やカヨコ先輩に向かってそんな発言したら即刻喉を潰しますよ、あの人……何でしたっけ、ピンク色の人」

 

「聖園ミカだ、赤時」

 

「ああ、その人です。ありがとうございます、マコト先輩」

 

(ミカさん、本当に何やらかしてくれたんですか……!!)

 

 現在、トリニティ総合学園の牢屋の中で投獄ロールケーキ生活をしているミカに悪態を吐くナギサ。次に目の前のゲヘナ学園生徒は本当に喉を潰しかねない。それどころか顔面が滅茶苦茶になるまで殴る蹴るの暴行をした後にジョロキアを口に突っ込むまでやるかもしれない。それだけで済めば御の字かもしれないという、最悪の可能性をナギサは感じ取っていた。

 

(便利屋68のメンバーがいないせいか、いつもよりキレキレだね、ヒドリ。……というか、こっちが素なのかな?)

 

 腹の底から出た本音を吐き出したヒドリは、また一つ人間を学んだ。ゲヘナらしくなっているのかもしれない。

 

「まぁ、僕のあれこれはどうでもいいんです。食べながら話を聞いてください」

 

 弁当を配り終えて切り替えたのか、仕事の顔になるヒドリ。徹底的に調べ上げたのか、アリウスの情勢、ゲヘナとトリニティの状態など、こと細やかに記されている。

 

「アリウス分校の自治区へ向かうためには、山を越える必要があります。そうですよね、マコト先輩」

 

「ああ。公務で調査した際に、山を二つ────いや、三つ越えた。かなりの距離だ」

 

「空からは強力な電磁波みたいなのがあって侵入できませんでしたよ。輸送機がとんぼ返りしました」

 

 マコトとイロハの発言に頷いたヒドリは、五枚目の資料を見るように指示する。そこには、エデン条約調印式会場の付近の下水道や水路、地下鉄などといった地下施設についての記載があった。

 

「水路などについても、ジャブジャブヘルメット団に調べてもらいました。正義実現委員会と風紀委員会が交戦したアリウス分校の出現場所について違和感がありましたから」

 

「違和感?」

 

「あの人達、何で無傷でやってきたんですか?」

 

「「「あ……!!」」」

 

 その時戦闘に参加していなかったメンバーも含めて、全員が目を見開く。あれだけの空爆に巻き込まれず、警戒網にも掛からず、どうやって現れたのか。対空システムに引っ掛かった輸送ヘリなどの存在も、ステルス機もなかったのに。

 

「地上から現れた……のであれば、アリウス分校の自治区がある方角的に、ブラックマーケットを通らざるを得ない」

 

「でも私達はそれを見てない……! あんな武装をしてるやつらならすぐに気付く!」

 

「……水路からの侵入、ですか」

 

 結論をアコが弾き出すと共に、ジャブジャブヘルメット団の代表として出席している河駒風ラブが口を開く。

 

「昨日の今日で調べたからちょっと雑にはなるけど、トリニティの水路は他と比べると妙に入り組んでるんだ」

 

「入り組んでいる?」

 

「うん。まるで迷路みたいに。だけど、必ず排水できるようにはなってる。浄化とかの仕組みのためかと思ったけど……違った」

 

 水路などについて全て暗記しているのか、考える素振りも見せず仮想ボードに写真や図面を透過、必要な場所だけを可視化させていくラブ。作業を見ていた全員が、ラブの手際に舌を巻くと共に、現れたそれに驚愕する。

 

「道になっている……!!?」

 

「トリニティの地下────いや、ゲヘナの地下水路にも繋がってる!!」

 

「ちなみにアリウスが作ったものではないよ。何十年も前の産物だ。多分……ゲヘナとトリニティがそこまでいがみ合ってなかった頃の……共同開発の緊急避難路なんだと思う」

 

 一応、記録を見るとゲヘナとトリニティがいがみ合っていなかった時期があったのだ。その頃に作られた避難用地下通路が、そのまま残っていた。アリウスはそれを利用して奇襲を仕掛けてきたのだろうと結論付ける。

 

「だが赤時……ベアトリーチェには転移があったはずだ」

 

「多分、制限があるんだと思います。一度使うと、その後何日か使えないような制限が」

 

「土壇場での緊急脱出装置みたいなもの……ですか」

 

 下ネタ発言をしないハナコの呟きにヒドリは頷く。ヒドリは神秘の流れを見ることができる。その目が、ベアトリーチェの転移に対して莫大な量の神秘が必要であることを読み取っていた。

 

「出口は各所にあるみたいですし、そこから現れたと考えていいでしょう」

 

「なら、すぐにそこを利用して────」

 

「あ、それは無理。塞がってるから」

 

 あのクラスター爆撃の際に起爆したのか、通路は完全に塞がってしまっていた。水回りの仕事をしているジャブジャブヘルメット団は後日水路修理の仕事が入っている。意外と実入りがいい。

 

「あの転移があるからこその奇襲だったわけね……」

 

「じゃあ、どうやってアリウスに攻め込むの?」

 

「そこはシスターフッドの方が知ってるはずですよね、サクラコ先輩?」

 

「……カタコンベ、ですね」

 

 トリニティ総合学園自治区、シスターフッドの領域にあるカタコンベに繋がる道。これについてもヴェリタスが調べた。ルールがどうとかを語っている暇はもうないのだ。

 

「あそこから向かえるはずですよ、アリウス分校の自治区に」

 

「ええ。……ですがあの道は古代の遺産で、迷宮のようになっており、そう簡単には……道を示すような書物も解読が……」

 

「古代の産物なら僕が読めますので大丈夫です。……あとは先生が起きないとダメですね。ヒナ先輩にも復帰してもらわないと」

 

「なぜそこに先生が?」

 

「エデン条約は連邦生徒会長の提案から始まってます。なので、その人が推薦したという先生なら正式に調印が可能かと」

 

 ヒドリの意見に納得する面々。しかしそこでふと、疑問が浮かび上がった者がいた。

 

「あ、あの……」

 

「はい、何でしょう?」

 

「その……結局、ベアトリーチェという人が宣戦布告した理由は……正当性を手にするだけのため、だったんでしょうか……?」

 

 その疑問を口にしたのは、正義実現委員会の中である程度の実力はあるものの、まだ幹部のお付きに留まっている見習い少女である。だが、そんな彼女の発言はこの場にいる誰もがハッとする発言であった。

 

「というと?」

 

「え、えっと……宣戦布告なんてしたら、奇襲の意味が無くなりますよね? なのに、あの大人は宣戦布告をしました。その理由が最初の説明だけじゃ分からなくて……ご、ごめんなさい! どうでもいいこと────」

 

「いえ、素晴らしい着眼点ですよ。……ツルギ先輩、ハスミ先輩。いい後輩に恵まれてますね」

 

 ヒドリが人を褒めることは別段驚くことではない。便利屋68や、喫茶店の店主が言っていた「素晴らしいことには正当な評価を」という言葉を実践しているのみである。

 

「宣戦布告の理由。それは正当性の他にも、事後処理のためでもあるかと」

 

「事後処理……?」

 

「はい。仮にアリウス分校が負けたとします。その時、どうアリウス分校を裁きますか?」

 

「それは……裁判?」

 

 ゲヘナ学園とトリニティ総合学園、その二つの学園を交えた弾劾裁判となるだろう。それは、過去の行いの繰り返し。歴史を繰り返すことになる。それも、過去よりもっと酷い状態での繰り返しとなることは明白だった。

 

「しかし、それがベアトリーチェというアリウス分校の理事長────ひいては大人による行動、生徒達への洗脳が原因だったとすればどうでしょう?」

 

「……情状酌量の可能性は極めて高い」

 

「はい。ゲヘナとトリニティに勝てなかったとしても、アリウス分校の生徒に重い罪を与えることは不可能です。だって、ベアトリーチェ以外のアリウス分校の考えを、誰も知らないんですから」

 

 ゲマトリアの大人は狡猾で、清濁併せ呑むことを知って行動できる大人達だ。そして、その全員が自分の思う『崇高』への道を突き進む存在。

 

 その『崇高』が何なのかはともかくとして、ベアトリーチェの保険は『仮に負けたとしても責任が全て自分に行くようにすること』なのだ。実際に痛みと恐怖で支配していたわけで、それらは洗脳にも近い効果を発揮していた。彼女の保険は間違いなく機能している。

 

「しかも、アリウス分校をある程度統治していたということは……」

 

「ええ、投獄などすれば確実にアリウスのインフラや統治がおかしくなりますね」

 

 万が一投獄が決定したとしても、ベアトリーチェは大人────子供の経済力とは違う経済力を持っている。法外な保釈金だって支払えるだろう。

 

「それはそれとして、借りは返します。うちはアリウスに社長をやられてますし」

 

 そう言って拳を握ったヒドリの全身から溢れる神秘は、それを知覚できない者達であっても身震いする程であった。

 

「そのためにも、皆さんと先生の力が必要です。よろしくお願いします」

 

 ヒドリは便利屋68のために翼を広げる。便利屋68のためなら自分の目をくり貫くことも、腕を切り落とすことも、命を賭けることもする。

 

 この場にいる誰もが感じ取ったのは、覚悟だ。赤時ヒドリという男の、仲間を────家族を想う者の覚悟。もし、ここにいる者が誰一人賛成しなかったとして、彼は一人でアリウス分校の自治区へ向かう。やると言ったらやる、そういう凄味がヒドリにはあった。

 

「うへ、ヒドリ君には助けられたし、おじさん達も協力するよ」

 

「ん、言われなくても協力してた」

 

「まぁ、大将のお店、よく来てくれるし……一緒にホシノ先輩を助けた仲だしね」

 

「恩返しにはまだまだ足りませんけど、私達をじゃんじゃん頼ってくださいね」

 

「アビドス高等学校は便利屋68の皆さんに協力しますよ。頑張りましょう、ヒドリ君」

 

「赤時君に────便利屋に助けられたからあたし達がいるんだ! 行かせてくれ!」

 

「私も行くよ! 連れていってくれ!」

 

「陸八魔さんに、便利屋68に少しでも恩返しさせて!!」

 

「ま、乗り掛かった船だし、最後まで付き合うよ」

 

「サポートは任せてくれ。最高の作品達も用意しよう」

 

 誰よりも先に協力することに頷いたアビドス高等学校と、ブラックマーケットの不良達と、ジャブジャブヘルメット団、そしてミレニアムサイエンススクール。そんな彼女達に感化されたのか、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の生徒達も口を開いた。

 

「元はと言えば、私達ゲヘナとトリニティとの問題だ。行かなきゃダメでしょ」

 

「手酷くやられた分は、返さないとな……」

 

「ええ、私達も参ります」

 

「ユスティナ────シスターフッドの前身が現れるのであれば、シスターフッドが出ないわけにはいきません」

 

 覚悟は、決まった。方向も決まった。ヒドリは小さく笑ってから声をあげる。

 

「作戦名は『Payback time』。決行は────まぁ、先生が起きてからです。それまでは皆さんで準備を」

 

 楽園を取り戻す戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 




以下、与太世界線の『先生、ちょっとお時間いただけますか』


「先生、おはようございます、赤時ヒドリです。今週から僕が出向します」

 そう言って頭を下げるヒドリ。いつものゲヘナ学園の改造制服に身を包んだ彼は、ポケットからメモ帳を取り出して何やら読み上げる。

「伝言です。『ごめんなさい、先生! ちょっと仕事が立て込んでて行けないわ!』……だそうですよ」

「……はい。本当なら社長が来る予定だったんですが、仕事の兼ね合いで僕が来ました」

 仕事が山積みなんですよ、意外と、と呟いた後、ヒドリは咳払いをして口を開く。

「まぁ、今回は一問一答。ユウカ先輩もそこから始まったと聞きます。早速始めましょう」




Q.名前は? 

「赤時ヒドリです」


Q.年齢は? 

「15歳ですね。高校一年生です」


Q.身長は? 

「大体170cmくらいです」


Q.体重は? 

「昨日計った限りですが、54kgでしたよ」


Q.……ご飯しっかり食べてる?

「食べてますよ」


Q.お風呂の時、体はどこから洗う? 

「基本的に翼からです。面積が大きいので」


Q.便利屋の皆と入ってるの?

「はい。どうしてそんなことを聞くんですか? ……家族に興奮する人はいませんよね?」


Q.男女七歳にして席を同じゅうせずって言葉があるし……気になって。

「少なくとも、便利屋68は違うんですよ」


Q.ゲヘナの怪鳥って知ってる? 

「気付いたら付けられてましたね、それ」


Q.便利屋68に何か一言ある? 

「いつもありがとうございます。拾ってくれたのも、感謝してます」


Q.最近困っていることは? 

「そうですね……特に何も。僕は便利屋の皆さんといられるなら、それでいいんです」


Q.その紙って何? 

「この世には知らない方がいいことだってあるんですよ、先生。知りたいなら、それはそれでいいですけどね」




「……こんな感じでしょうか? でも、ちょっと時間が余りますね」


「ああ、それと。この紙の内容は見てもいいですよ。声に出して読まなければ」


「声に出したらどうなるのかって? ……試してみますか?」


 “何が起こるの!?”


「ふふ、冗談ですよ。まぁ、僕が見てる側で、僕がその気にならない限り、声に出しても大丈夫ですが」


「変わりといってはなんですが、こっちの方ならいいですよ」


 “あれ、それってもしかして……!”

 ヒドリが赤い剣と黒い槍を構える。

「緋色の輝き、友焼け子焼け」

「沈みて業々、原野を照らす」

「堕ちろ、【朱涅】」


 “おお……! やっぱりカッコいいね、それ!”

「ありがとうございます。……さて、次はこっちですね」


「緋色の輝き、夢見の帳」

「昇りて煌々、原野を覆う」

「昇れ、夜叢」


「……お気に召しましたか? ────それなら良かった」



「ブルーアーカイブ。今週も頑張りましょう、先生」




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再認識だよ、ヒドリ君

バードエフェクト

???「あの、この電車に乗ってたら、何だか真っ赤な場所に来たんですけど……」


 その夜、ヒドリは何となくぼんやりと赤き原野で空を眺めていた。赤き原野に行くことは特に難しいことではない。ヒドリの肉体が眠っている間、ヒドリの意識はこちらにあるのだから。

 

 大きな鳥の姿のまま、鎖に縛られているヒドリはふと、この領域に入ってくる存在を感知する。

 

「黄昏てるね、ヒドリ君」

 

「……来たんですか、ムツキ先輩」

 

 調整が面倒なのか、緋色の鳥の姿から人間の姿へ変わった後、髪や翼などを調整せず出しっぱなしにするヒドリ。お陰で髪は三メートルを超えた凄まじい長さだ。

 

「鳥のままで良かったんだよ?」

 

「それだと一々風が吹いて邪魔でしょう」

 

 鎖でぐるぐる巻きにされた状態で話す姿はまるで罪人。ヒドリの傍には、真っ赤な剣の【朱涅】と真っ黒な槍の【夜叢】がある。この二振りもまた鎖で縛られており、ヒドリくらい危険な代物であることが示されていた。

 

「こんな殺風景な場所に来るとか、変わってますね、ムツキ先輩」

 

「そう? 綺麗だと思うけどな?」

 

「……僕はいつもこの景色を見てるので、飽きたのかもしれません」

 

 どこまでも続く赤い原野と、どこまでも際限無く広がり続ける赤い空。そして周囲に転がる骸や機械の残骸は、ヒドリにとって見慣れた景色である。────いや、最近その景色に一つだけ、何やら見慣れないものが追加されていた。

 

「遠くで、電車の音が聞こえるんです」

 

「電車?」

 

「はい。害がないようですし放置してますが」

 

 よく耳を澄ませると、確かに遠くでガタン、ゴトン、と電車が走る音が聞こえてくる。ヒドリの本体が住まう唯一の居場所に、なぜ電車が走っているのかは疑問だが、その電車はこちらに向かってくることはないらしい……というよりも、ヒドリを中心とした赤き原野に満ちている神秘が濃すぎて近付けないといったところか。

 

「具合とかは悪くなってないの?」

 

「何か害があるようなら消しに行ってますよ」

 

「ふーん……体調が悪くなってないならいっか」

 

 電車に乗っている者はいつ喰われるか分かったものではないため、冷や汗ダラダラであろうが、ヒドリからすれば勝手に自分の領域に入ってきたのが悪い。喰われても文句は言えない立場だろう。

 

「と・こ・ろ・で……ヒドリ君、アルちゃんに怒られたでしょ?」

 

「はい、そうですね。怒られました」

 

 ヒドリは作戦会議の後、医療部隊にいたセナやミネがドン引きするレベルのスピード復活を果たしたアルに怒られた。理由はアリウススクワッドとの戦いがあまり良いとは言えなかったからだ。

 

「くふふ、どんなこと言われたの?」

 

「やるんだったら綺麗に折るまでにしておけと言われました。あと、なぜ顎を狙わずに殴ったのかと」

 

「あー、やっぱり?」

 

「正直自分でも反省した戦いです」

 

 隕石を落とす力を持つ聖園ミカですら、隙を生じぬ三段構えの拳と脚で脳震盪を起こしてダウンさせたヒドリだが、アリウススクワッドとの戦いではそれをしなかった。痛め付けることをしなければ、ベアトリーチェからの不意打ちを喰らわずに済んだというのに。

 

 怒りと慢心があったと反省するヒドリは、笑みを浮かべるムツキを見る。

 

「ムツキ先輩、今回の作戦なんですが……」

 

「短期決戦だから、拘束を外したい……でしょ?」

 

「はい」

 

「私の一存じゃどうもできないけど……アルちゃん達には伝えてあるの?」

 

「一応は」

 

 ヒドリを拘束する枷の量は凄まじい。今まで出会ってきた、関わりを持ってきた者から受け取ったものが全て枷となっているのだから。お陰で祝詞を読み上げねば人を喰うこともできない程、認識の鳥は弱体化していた。

 

 だが、ヒドリはこの状態では勝てないことを認識している。ベアトリーチェが────狡猾な大人が切り札を残していないとは言えないからだ。

 

 彼はユスティナのミメシスの心臓を喰らった際、複製品の原典を知り、記憶を取り込んだのだが、その記憶の中に凄まじい強さを誇る聖女がいた。ユスティナ聖徒会史上、最も強かったとされる聖女バルバラである。それに併せてベアトリーチェまで戦闘に加われば、さしものヒドリも不覚を取りかねない。

 

「ドローン対策はどうするの?」

 

「チヒロ先輩にジャックしてもらいます」

 

「なるほどね」

 

 ムツキはしばらく考える素振りを見せた後、いつものように小さく笑みを浮かべた。

 

「いいんじゃない? ヒドリ君がその方がいいって思ったんでしょ?」

 

「安牌を取りたいので。……でも、ちょっと疑問があるんですよね」

 

「疑問?」

 

「一部解除でどうなるのかが分からないんです」

 

 完全解除であればヒドリの本来の姿が顕現するだろうが、一部拘束を解除した限定解除ではどうなるのか。ヒドリには未知数の領域である。

 

「あれじゃない? 脚とかが鳥になるとか」

 

「うーん……どうなんでしょうか……」

 

 分からない。どれだけ考えても全くどうなるのかが分からない。恐らくアルの世話をしているカヨコとハルカが話し合いに参加したとしても、その結果は分からないだろう。

 

 分からないことを結論として、ヒドリとムツキは議論を終わらせる。そして、ふとムツキが思い出したように問いかけた。

 

「ヒドリ君って、今まで食べた人のこと覚えてるんだよね?」

 

「? はい。食べた人は骸になって転がってますよ。向こうで死んでない人も含めて」

 

 ヒドリの近くに転がっている大量の骸は、今まで食べた人間の数。どう足掻いてもヒドリは何人もの人間を喰い殺してきた化け物であることには変わりないのである。

 

「じゃあ、この機械の残骸も?」

 

「さぁ……僕はこんな機械と会ったことないはずですけど」

 

 前々からムツキはこの残骸について気になっていたのだ。便利屋68が戦ったことがある機械にこんなものはいなかった。しかし、ヒドリの領域にあるということは、破壊したことがあるはずのもの。……だが、当の本人は知らないという。

 

 蜘蛛、海月、蠍、熊、蜥蜴など、生物の形を象ったであろう機械の残骸を一瞥しながら、ヒドリは口を開いた。

 

「もしかしたら、記憶が無くなる前に戦ったのかもしれませんよ」

 

「ああ、それなら納得かも?」

 

 そんな話をしていると、荒野に吹く風のように乾いた風が吹いた。ヒドリは何もしていない。だが、風が吹いたということは、現実世界に朝が近付いているということだ。その証拠に、赤き原野を照らす光が沈み始めている。朝だろうが夜だろうが赤き原野には関係ないが。

 

「さて、朝になりますね。そろそろ先生も起きてますかね?」

 

「どうだろうね~?」

 

 呑気に会話をしながら、ムツキは赤き原野からいなくなる。向こうで意識が覚醒したのだろう。自分も起きなくてはならない。そう思った矢先────

 

「あ、あのー……?」

 

 聞き慣れない声がヒドリの耳に届く。

 

「? 誰ですかあなた」

 

 振り向くとそこには、青とピンクの髪を長く伸ばした少女が立っていた。

 

「えー……一応会ってるんだけどな、君と」

 

「? ……………………すみません、記憶にありません」

 

「酷い!?」

 

 事実、目の前の少女について、ヒドリは全く記憶にない。彼の反応に対して、少女は凄まじいショックを受けた表情を見せる。

 

「カヤちゃんやリンちゃんと一緒にコーヒー飲みに行ったのに……お祭りにも参加したのに……」

 

「コーヒー?」

 

 その言葉でやっと思い出す。目の前の少女が喫茶店で働いていた時、何度か来ていた少女であることを。

 

「………………ああ、店長のお店に来ていた自称超人の……」

 

「じ、実際仕事はできてたよ!?」

 

「引き継ぎしないで消えたくせに仕事できる発言はいかがなものかと」

 

「ぐふぅっ!!」

 

 吐血するかのように膝を折った少女────連邦生徒会長に家畜を見るような目を向けるヒドリ。食べる価値を見出だせないでいると、連邦生徒会長は何とか復活した。

 

「……ふぅ。赤時ヒドリ君、あなたに聞きたいことが────」

 

「今更取り繕っても無駄かと」

 

「それは言わないで!?」

 

 泣きそうな連邦生徒会長と、どうでも良さそうなヒドリ。透き通るような青と、光さえ飲み込むような赤。その二つは重なり合うことはない。

 

「で、聞きたいこととは?」

 

「ああ、そうでした。……おほん。赤時ヒドリ君、あなたはどうしてここにいるの?」

 

「はい?」

 

 言っている意味が分からず、ヒドリは首をかしげる。それに合わせて鎖もジャリッ、と音を立てた。

 

「君は強い。その気になればキヴォトスを片手間に滅ぼせる。なのにそれをしない。本能に振り回されることなく、その拘束を甘んじて受け入れている」

 

「はぁ……特に何もありませんよ。ただ、僕は便利屋68に拾われました。色んな人から受けた恩を返しているだけです」

 

 そこに他人の意見は存在しない。ヒドリが初めてそうしたいと感じたからやっていることである。しかし、それだけでは連邦生徒会長の表情は晴れない。ヒドリはどうしたものかと少しだけ考えて、また口を開く。

 

「僕は便利屋68の皆さんが好きです」

 

「ふぇ?」

 

「アル社長の真っ直ぐなところが好きです」

 

「あ、え?」

 

「ムツキ先輩の自由なところが好きです」

 

「え、ちょっと?」

 

「カヨコ先輩の冷静なところが好きです」

 

「何でそんな話に……?」

 

「ハルカさんの義理堅いところが好きです」

 

 あれも、これも。どれもこれも。便利屋68の四人の容姿も、仕草も、匂いも、心も、血の味も────何もかも、その全てが大好きだ。

 

 そう言い切ったヒドリの言葉に、連邦生徒会長は度肝を抜かれたような、気恥ずかしそうな表情を見せる。少女がまるで人の告白を見ているような気分でいると、ヒドリが続ける。

 

「僕は、どうあっても化け物です。人を喰らい、際限無く成長する怪物です」

 

 そう。そこはどうあって変えられない。どれだけ取り繕っても、ヒドリは化け物なのだ。

 

「だけど、そんな僕のことを、それでもいいと言ってくれた。好きだと言ってくれた。便利屋68はこんなどうしようもない程に化け物な僕を背負ってくれた」

 

 直後、連邦生徒会長の肌を突き刺すような、ビリビリとした気迫がヒドリから放たれる。鎖で縛られ、ろくに身動きができないはずなのに、それでもなお彼女が気圧されそうになるような気迫が。

 

「……あの人達は多くを背負ってくれた。……僕が背負わせた!! 

 

 アルに、ムツキに、カヨコに、ハルカに、自分という指向性のある世界崩壊兵器を背負わせてしまった。それでも、だというのに、彼女達はヒドリを兵器として見ない。化け物として見ない。仲間として、同僚として、家族として見てくれる。

 

 そんな彼女達がヒドリは大好きだ。そして、彼女達が大好きだと言ってくれる自分が好きだ。皆と何かを食べている自分も、足係の自分も。全て引っ括めて、自分は赤時ヒドリなのだ。

 

(なんて気迫……! これが、あの司祭達が恐れた最強の────────!!)

 

「あの人達に何かあった時が、僕の死だ。社長を傷付けてしまったあの時、僕は一度死んだも同然。あの人達を守るのが、僕がここにいる理由だ……!!!!」

 

 感情の昂りに呼応するかのように、朱涅と夜叢がそれぞれに宿った神秘を解放する。消えぬ炎と砕けぬ氷────否。まるで彼に寄り添うかのように一瞬だけ、二人の騎士の姿が見えた。ヒドリには見えなかったが、連邦生徒会長には見えていたそれは、彼女が瞬きをしてすぐに消えてしまう。

 

 ヒドリの神秘と気迫を正面から浴びながらも、連邦生徒会長は直立不動で笑みを浮かべた。

 

「それが、君がここにいる理由なんだね」

 

「ええ。それを邪魔するやつは誰であろうと倒します」

 

「ふふ、そっか。……うん。そうだね。君はそういう子だった」

 

『ヒドリ、起きなさい』

 

 アルの声が聞こえた。

 

『アルちゃん、ヒドリ君もたまには遅く起きたいんだよ』

 

 続いて、アルに絡むムツキの声が聞こえた。

 

『よく寝てる。……夢を見ないって言ってたけど、本当は何か見てるのかな』

 

『ヒ、ヒドリ君、起きてください……朝ですよ……?』

 

 カヨコの、ハルカの声が聞こえる。そろそろ起きなくてはならないだろう。

 

「じゃあ、僕は起きますのでこの辺りで」

 

「うん。……あ、私はこの電車に乗ってるから、たまに話に来てもいいかな?」

 

「お好きにどうぞ。僕はここから動けないので」

 

 そう言って、ヒドリの意識が現実世界へと戻っていく。それと同時に連邦生徒会長も電車に乗り込む。終わりのない線路を進んでいく電車の中で、少女は呟く。

 

「……緋色の鳥、認識の鳥。かつていた、翼ある一族の信仰した神なる鳥。忘れられた神」

 

 古い、昔話だ。

 

「信仰は神秘を、神格を宿し、形を成し、遂には人の体を得て、女騎士に宿った」

 

 連邦生徒会────シャーレの地下に眠っているはずの、秘匿された、赤黒い────血に染まった碑文に遺された、歴史の断片。

 

「生まれた子供は翼ある一族からは神子(みこ)と呼ばれ、多くの者からは忌み子と呼ばれることになる……」

 

 誰も知らない、消された歴史。

 

「騎士の間に生まれた子供は、騎士となり、最強となった」

 

「しかし、忌み子をよく思わない者達は、子供を殺そうとした。司祭達は煽動し、翼ある一族を、騎士を、継ぐかもしれない子供を根絶やしにしようと」

 

「けれど……一族は強かった。女子供までもが、神子を守った。焼かれ、凍らされてもなお、抵抗した」

 

 地獄のような、記録。さしもの連邦生徒会長も解読した時、何度も吐いた。食べたものも、胃液も、胆汁も、空になるかと思うくらい吐き出した。

 

「そして────繋がった。神子は逃げ延びた」

 

 記録はそこで終わっている。だが、神子は────認識の鳥は生き延びて、便利屋68に拾われた。

 

「赤時ヒドリ君────どうか君が……」

 

 幸せでありますように。

 

 電車の音はまだ、止まらない。

 

 

 

 

 




鎖で雁字搦めになってるヒドリ君とか、便利屋68業務日誌の表紙絵みたいなの描ければいいんだけど、いかんせん画力が足りない。


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音量上げろ!!生前葬だ!!!!

タイトルは気にしないでくれ。実はこの作品、作る直前まではクソトカゲをモデルにした主人公にしようかなとか思ってましたが止めました。


さぁ、バードエフェクトだ!

マエストロの作品の一つが起動しない。人工天使?こちとら天使すら噛み砕く緋色の鳥じゃい。




ところで皆さん、『Blood Rage』とRe:Endの『The Over』って曲聴いたことあります?オヌヌメです(突然のステマ)


 アリウス分校自治区へと至る道、カタコンベはヒドリ達の想像よりも広い。ヒドリが古代言語を読めていなければ、突撃部隊は同じ場所をひたすら歩くことになっていただろう。

 

「次はこっちですね。ランダムって言っても、パターン化してしまえるなら────」

 

『私達のサポートが可能だよ』

 

 ミレニアムの最新機器によるナビゲートと、古代言語の読破によるルート構築。どれだけランダムに出口が生成されると言っても、所詮は数十個の出口。読み解き、パターン化してしまえばヴェリタスの領域だ。

 

 ルートは問題ない。それよりも面倒なのは────

 

『『『────────』』』

 

「邪魔」

 

「退け」

 

 度々現れる古代の遺物達の存在である。厄介なことに、妙に硬い。銃弾を集中放火で喰らっても倒れず、デストロイヤーやブラッド&ガンパウダーの弾丸をゼロ距離で喰らってようやく倒れるくらいには硬い。

 

「神秘を込めてこれか……」

 

「けど、敵が増えているということは、近付いてるってこと」

 

「“皆、油断しないようにね”」

 

 何とか歩けるまでに復活した先生の声に頷く生徒達だったが、彼女達の視線は先生ではなく、最前線で機械をスクラップにしている便利屋68に集中していた。

 

「死んでください」

 

 ハルカのショットガンから吐き出される神秘の込められた弾丸が、機械を怯ませる。

 

「方向、角度良し。誘導完了。ムツキ」

 

「くふふっ! そ~れっ!!」

 

 そこにムツキの爆弾が投擲され、カヨコのハンドガンの弾丸が機械を貫通しながら爆弾に直撃。凄まじい爆発を以て機械を複数体消し飛ばす。残った機械達はというと、

 

「目を閉じても当たるわね、この距離なら」

 

『────!!』

 

「ヒドリ」

 

「はい」

 

 アルの狙撃と、ヒドリの蹴りや拳によって粉砕された。全員が全員、一撃で機械達を殲滅してみせた。

 

(前より強くなってる……やっぱり、風紀委員に引き込めなかったのは悔やまれるわね。それにしても……)

 

(ヒドリの拳……インパクトの後に、もう一つのインパクトがあるな。それに……)

 

(あの時手加減されてたんだろうけど……私、よく生きてたなぁ……それはそうと……)

 

(((いつもと何か違うような……?)))

 

 ヒナ、ツルギ、ホシノ────キヴォトスでも類を見ない実力者が感じ取った違和感。ヒドリの背後に、まるで寄り添うような気配が複数あるのだ。それに加えて、ヒドリの一挙手一投足が今までと少しだけ違う。機械達もヒドリを相手取る際、複数の人間を一度に相手しているような動きを見せていた。

 

「ヒドリ、調子は?」

 

「まずまず、ですね」

 

 ────いや、そもそもヒドリの姿が変わっている。エデン条約調印式の際にも着ていた礼服まではいい。だが、ヒドリの髪が膝下までの長さになっているのが凄まじい違和感だ。急激に伸びたと言うにはあまりにも長すぎる。

 

 さらにはエンジニア部監修の下【NABERIUS-TYPE-Ⅱ】および、【PHENIX-TYPE-ⅩⅠ】の開発が行われた。どちらも頑丈さを向上強化と拡張パーツの取り付け程度ではあるが、機械を何度も殴りつけ、蹴り壊しておきながら全く壊れる気配を見せないのは流石と言うべきだろう。

 

 さらには朱涅と夜叢による戦いも行っている。ヒドリとハルカが突っ込んだだけで粉々になる機械もいた程だ。

 

「神秘の調整は?」

 

「できてます。よく馴染んでますよ」

 

「ならいいわ」

 

 違和感、と言えば便利屋68の四人もいつもと少し違う。いつもより動きにキレがあるのだ。まるで、握っていた手綱を手放したかのように。

 

「あなたの総量はキヴォトスで一番多いからね。調整しなくても別にいいでしょうけど……」

 

「メリットはありますよ。ブラフにも使える」

 

 そう言って先を急ぐ便利屋68と、その後を追う先生と生徒達。進む中でガシュッ、とヒドリのガントレットからカートリッジが空の薬莢のように吐き出され、腰に吊るしてあるポーチから新たにカートリッジが捩じ込まれる。

 

「ヒドリ、それは……」

 

「僕の神秘を入れたカートリッジです。温存したいので事前に作っておきました」

 

 ヒドリは朱涅と夜叢を使う際、思った以上に神秘が持っていかれることを理解し、学習した。故に作ったのがこのカートリッジ。自身の神秘をカートリッジに詰めておき、朱涅と夜叢を使う時にガントレットを通じて神秘を流し込む。そうすることで神秘の温存を可能としているのだ。

 

「ここまでに使ったカートリッジは五本。残りは三本ですけど……まぁ、問題ないですよ」

 

 ちなみに、聖園ミカは桐藤ナギサと百合園セイアと共にお留守番。理由は簡単。作戦を立てたヒドリが邪魔であると考えたためである。隕石を落とす力は確かに強力だろうが、どう考えても集団戦向きではないし、精神的に安定していない彼女を運用できると考える程相手を楽観視している便利屋68ではないからだ。

 

 あと、溜まっていた書類の処理に忙殺されている。どちらかと言えばこれが一番の理由。お労しやミカ上。

 

 先生ありきで作戦を立てたとすれば、運用できるかもしれないが、先生が落ちた瞬間、その作戦が破綻してしまう。そもそも、ヒドリがそこまで先生を信じていないというのもあるが。

 

 ちなみにだが、相手が生徒だからと手加減や手心を加える可能性が少しでもあるのなら、ヒドリは────便利屋68は、無慈悲なまでに先生を切り捨てる。どっち付かずの存在など作戦を遂行する上で邪魔者以外の何者でもないのだ。

 

 進軍する便利屋68と生徒と先生。ヴェリタスが割り出した出口までもう少しで辿り着く────はずだったが、想定にない大きな広場が彼らを迎えた。

 

「……ここは?」

 

『予測に存在しない空間……改築されたのか?』

 

「ええ、突貫工事ではありましたが」

 

「“────ベアトリーチェ……!”」

 

「こんばんは、先生。そしてキヴォトスの生徒達」

 

 音もなく現れたのは、赤い肌と複数の目を持ったドレスの女性。ゲマトリアのベアトリーチェ、そしてその後ろにいるのはアリウスの戦闘部隊、アリウス・スクワッドとアリウス生徒と、数体のミメシスが待機していた。

 

「こうして会うことは初めてでしたね。ゆっくり話をしたいところですが……」

 

「“そのつもりはないよ”」

 

「そのようですね。ですがこれは戦争……互いの思想をぶつけ合うこともまた、開戦前の儀式となります」

 

 言外に思想をぶつけ合うまでは攻撃をしないと伝えてくる彼女に対して、先生は口を開く。

 

「“どうして子供を利用した?”」

 

「ふむ……利用ですか……利用した覚えはありませんが……そうですね……」

 

 短く考える素振りを見せたベアトリーチェは、先生からの問いかけに対して回答する。

 

「私はきっかけです。アリウス生徒が抱いていた不満、不平、怒り、憎悪へ方向性を与えたのみ。私が干渉せずとも、この戦争は始まっていましたよ」

 

「“タラレバ論を聞くつもりはないよ”」

 

「答えを急くのは嫌われますよ。……私はただ、見たかったのです。子供が、虚しさを感じながらも、どこへ至るのかを」

 

 嘘ではない。ベアトリーチェがアリウスを支配し、『vanitas vanitatum et omnia vanitas』という言葉を与えた理由も、そこが起因している。先生と問答を繰り返すベアトリーチェはふと、先生と共にやってきた生徒達の中に見覚えのある顔があることに気付く。

 

「白洲アズサ。アリウスを飛び出した強い子供」

 

「マダム……!」

 

 アズサの隣にいたヒフミは、ベアトリーチェの視線に侮蔑などが含まれていないことに気付いた。含まれているのは、純粋な敬意と、好奇であると。

 

「もう一度聞かせてください。vanitas vanitatum et omnia vanitas────それに対しての答えを」

 

 あの日、アリウスを飛び出した時と同じように。あなたはどこまで成長したのか、教えてほしい。まるで卒業した生徒が訪れたような眼差しを向けられる中、アズサは目に強い意思を宿して言葉を紡ぐ。

 

「私は……皆と一緒にいる中で、暗闇の中にいるべきだと思っていた」

 

 それは、楽しかった思い出。補習授業部に入部して、ヒフミに、ハナコに、コハルに、たくさんのことを教えてもらった。便利屋68や、先生を交えての授業も楽しかった。それでも、心のどこかで自分はここにいてはいけないと思っていたのだ。

 

「でも、それでも……私がここにいていいと言ってくれた友達ができた!」

 

 ヒドリが────緋色の鳥が強い感情を感じ取り、目を開ける。

 

「だから……だから、全てが虚しくても!」

 

 その意思の強さはこの場にいる者、モニタリングしている者、その全てが気圧される程に強い力を宿していた。

 

「例え、空虚であったとしても、それは今日最善を尽くさない理由には────いや、友達のために最善を尽くさない理由にはならない!!」

 

 その答えを聞いたアリウス生徒やアリウス・スクワッドは目を見開いた後、アズサだけに気圧された自分達を自覚して驚愕する。問いかけたベアトリーチェは、満足そうに頷き、アズサの隣にいる少女────ヒフミに目を向けた。

 

「あなたが白洲アズサを大きく成長させた理由の一人ですね。……あなたはどう考えますか?」

 

「難しいことは分かりません!」

 

 断言。これには誰もがキョトンとするが、便利屋68の五人だけは笑みを浮かべている。

 

「私は平凡で、普通で、大したこともないです! だけど! 自分の好きなものについては絶対に譲れません!」

 

(((普通……?)))

 

 ここまで進軍していく中で、多くの実力者達がヒフミが普通ではない実力を持っていると思っていたが、本人は普通だと思っているらしい。

 

「友情で苦難を乗り越え」

 

 枷が、揺らぐ。

 

「努力がきちんと報われて」

 

 ミメシスの体が、ゆっくりと揺らぎ始める。

 

「辛いことは慰めて。お友達と慰め合って……!」

 

 最初に違和感に気付いたのは、誰であっただろうか? 少なくとも、先生でも、ベアトリーチェでもない。恐らく、それを作り出した存在が最も最初に気付いたであろう。ミメシスの形が少しずつ歪み始めているのだ。

 

「苦しいことがあっても、最後は誰もが笑顔になれるような! そんなハッピーエンドが! 私は好きなんです!!」

 

 アズサの手を握ったヒフミが叫ぶ。アズサと同等か、それ以上の意思が込められた言葉。ヒドリが感じ取り、口にした感情は、凄まじいエネルギーを宿している。

 

「誰がなんと言おうと! 誰がどれだけ邪魔しても! 何度だって言い続けます!」

 

 それは、

 

「私達の道は! 描くお話は! 私達が決めるんです!!」

 

 涙が出るような、眩しい感情で────

 

「終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!」

 

 緋色の鳥が食べることを勿体無いと感じる程、尊く、美しい輝き。

 

「私達の物語! 私達の、青春の物語(ブルーアーカイブ)を!!」

 

 カタコンベが────教会の真下に作られた広場が、哭く。まるで、ヒフミの声に呼応して、新たな教義を生み出そうとしているかのように。

 

「これは……!」

 

「……先生、今です」

 

「“うん! ────ここに、宣言する。私達が、新たなエデン条約機構(ETO)!!”」

 

 それは、連邦生徒会長が結ぶはずであった条約。だが、その生徒会長は不在。しかし、彼女が設立した超法規的機関シャーレの先生がいる。

 

 それでも、完全に制御されたエデン条約の解釈を歪めることなど不可能。────先生と、異議を申し立てた生徒がいるだけならば。

 

「認識阻害。あれはいいインスピレーションになりました。父上も母上も面倒な真似をする……」

 

 だが! 

 

「……! まさか……!!」

 

 だが! ここには! 例外がいる!! 

 

「ええ。エデン条約だろうが僕の領域。認識を歪めさせてもらいました」

 

 ベアトリーチェが────今もこの状況を見ているであろうゲマトリアが知らない、認識の鳥。認識の鳥、緋色の鳥、鈍色の鳥が人間としての肉体を得たことにより宿した力。

 

「そう来るか! 緋色の鳥!!」

 

「……」

 

 枷が具現化する。四つの枷が、ヒドリを縛りつける四つの鎖が、ギチギチッ……と音を立てて軋んでいる。

 

「第一拘束具【紫紺の忠義】、解錠。我、紫紺により忠義を得る者」

 

 バキリ、と紫色の鎖が砕け、右翼が解放される。

 

「第二拘束具【純白の明晰】、解錠。我、純白により学びを得る者」

 

 純白の鎖が砕け、左翼が解放される。

 

「第三拘束具【白銀の友愛】、解錠。我、白銀により友愛を得る者」

 

 白銀の鎖が砕け、脚の枷が消える。

 

 そして、

 

「第四拘束具【深紅の恩寵】、解錠。我、深紅の王より恩寵を賜る者」

 

 首にあった深紅の鎖が砕け散り、具現化していたヒドリの鎖が全て消えた。

 

 鎖が消えた瞬間、ヒドリの体からあり得ない量の神秘が解き放たれる。可視化されるまでの密度とその奔流は、相応の実力者でなければ立っていられない程に凄まじいもので、先生もアロナのバリアがなければ立っていられなかっただろう。

 

「限定解除、実行」

 

 ヒドリの中から溢れ続ける神秘が止まり、巻き戻されるかのようにヒドリの体の中に入っていき────ヒドリの体を守る鎧が構築されていく。

 

 構築されていくのは、鈍く輝く灰色を基調とした機械的な鎧。流麗なデザインの鎧、ガントレットも取り込んだその指先は獣のように鋭く、武器が無くとも敵を引き裂くことができるだろう。

 

 猛禽類────鷹や隼をモデルにしたような兜が顔を覆い隠す。長く伸びていた髪は粒子のように消え、翼があったはずの部分には翼を模したスラスターがある。

 

 脚には腕と同じように取り込んだパイルバンカーとヒートブレードが取り付けられていた。

 

「なんでこの姿に? ……こんな鎧でしたかね、僕の鎧」

 

 関節部分や、装甲の隙間などからブシュウウウウッ、と蒸気を吹き出し、スラスター部分からは赤黒い粒子が漏れ出している。

 

「ま、どうでもいいですが改めて自己紹介を」

 

 限定解除に伴い、朱涅と夜叢も本来の力を解放している。焼けるような熱を放つ剣は夜叢の解放によって纏う氷によって冷却され、夜叢の放つ凍てつく冷気は朱涅の解放によって纏う炎によって温められており、全く問題がない。

 

「僕は赤時ヒドリ。便利屋68の社員兼、足係」

 

「────総員、戦闘体勢」

 

「翼ある一族、その生き残りにして、最強の騎士。最後の審判者」

 

「“皆、勝つよ!!”」

 

「偉大な父と母によって降り立ち、手を取ってくれた彼女達のために翼を広げる、緋色の騎士だ」

 

 長いようで短い、エデン条約を巡る最後の戦いが今、始まった。

 

 

 

 

 




緋色の騎士の鎧は……まぁ、あれだ。俺は描けないから誰かに任せるよ。


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終戦だよ、ヒドリ君

よぉし、サックサク行くぞぉ!!戦闘描写が少ない?知るかぁ!!苦手なんだよ畜生!!


 緋色の騎士。その姿となったヒドリの神秘は、ほぼ全て鎧に回されている────というよりも、肉体自体が鎧に置き換えられているため、肉体自体が神秘の塊と化しているのだ。間違いなくキヴォトスで最も頑丈な存在となっているだろう。

 

「僕の相手は────お前か」

 

「────────!」

 

 そんな彼に激突するのは青白い肌を晒すガスマスク。ミメシスの中で最も強い、ユスティナ聖徒会最強バルバラ。そしてそれを補助するはベアトリーチェ。

 

 この決戦に向け、ベアトリーチェはマエストロにバルバラの強化を依頼していた。その一つがヒエロムニスとグレゴリオの融合である。これに対してマエストロは渋ったが、バルバラという最強に、人工天使達を混ぜ合わせたらどうなるのかという好奇心に負けた。

 

「彼女はそう簡単には倒せませんよ」

 

「でしょうね。でも、僕は一人じゃないので」

 

 右腕の幾何学文様が光り、腕に接続されていたカートリッジのようなものから赤黒い粒子溢れ、ヒドリの後方へと流れていく。その到達点にいるのは────便利屋68の突撃役、ハルカ。

 

「な、何が…………は、はいぃ!?」

 

「「「武器が変わったァ!!?」」」

 

 赤黒い粒子がハルカが握っていたショットガンと右腕に纏わりついた後、姿を変えた。禍々しくも近未来的なデザインへと姿を変えたショットガンに、ヒドリの鎧と少し似ているが装甲の厚さが全く違う右腕装甲。ハルカは混乱しながらもヒドリの前に出て銃のトリガーを引く。すると────

 

「はわわわ……!?」

 

 凄まじい反動と共に、電磁波を纏う弾丸が吐き出された。

 

「レールガン……!?」

 

「“ショットガンだよねそれ!?”」

 

「あ、やっぱりいいですね、それ。厄介な相手でしたけど、本当にいい武器です。名前は確か……ロンゴミニアドでしたか」

 

『『『ふぉおおおおお!!? レールガン! ショットガンなのにレールガン!!』』』

 

 ヴェリタスと共にモニタリングしていたエンジニア部が大興奮している。レールショットガン【ロンゴミニアド】。ヒドリがかつて戦い、勝利した騎士が使っていた槍とショットガンが混ざり合った特異な銃。そしてそれを片手であっても使えるようにする分厚くも軽い装甲は、ちょっとやそっとの攻撃では壊れない。

 

「次元ごと貫くレベルの威力が出せるはずなんですけど……再現度が足りないか……んじゃ次はこれです」

 

 次は左腕の幾何学文様が光り、同じく左腕のカートリッジのようなものから赤黒い粒子が溢れる。それは意思を持っているかのようにヒドリの後方に向かい────カヨコのハンドガンと左腕に纏わりついた。

 

「これ…………なるほどね」

 

 姿を変えたハンドガンと、左腕の装甲。ハルカの装甲とは違い、補助を目的としているのか装甲が薄い。だが、その分補助機能が盛り込まれているようであった。

 

「デモンズロア改め、【縁裁厄除(えにしぎりやくじょ)】。その能力は────」

 

(まさか────緋色の騎士、その能力は……!!)

 

「────────!?」

 

「因果すら超えて、魂まで切り裂く音響。これも厄介な相手でした。……あれ、やっぱり再現度が足りませんね」

 

 緋色の騎士、その能力は────【認識再現】。自分が戦い、勝利した者の力を再現する力。本来であればほぼ完璧に再現が可能のはずだが、キヴォトスに辿り着いてから全く使ってこなかった能力でもあり、当時よりも弱体化しているヒドリにはそれが扱いきれていない。

 

 だが、それでもバルバラには凄まじいダメージリソースとなっている。ヒドリの拳を喰らってもびくともしていなかったバルバラの右肩から、大きく裂けるような切り傷が生まれていた。

 

「しかし、まだバルバラは倒せませんよ……!」

 

「それはそうでしょうね。だからダメ押しはし続けますよ!」

 

 剣と槍の攻撃をしながらも、また脚のカートリッジのような部分から赤黒い粒子が溢れ、ムツキの銃と足に纏わりつく。

 

「あはっ! 何これ面白~い!!」

 

 空気を踏みつけるように飛び上がるムツキは、禍々しく姿を変えたMGを構える。銃身が二つに増え、マガジンも二つに増えているそれを軽々と構え、トリガーを引いた瞬間、吐き出された弾丸。バルバラだけではなく、ベアトリーチェも狙ったそれが彼女達に着弾した瞬間────雷が降り注いだような凄まじい爆発を起こす。

 

「爆発弾……!!?」

 

「【雷霆(ケラウノス)】。強かったよなぁ、あの戦士……」

 

 その能力は着弾した地点に雷撃のような爆発を起こす弾丸を発射するというもの。死に体になりながらも突っ込んでくる戦士を思い出して苦笑するヒドリは、首に近い背中のカートリッジ部分から赤黒い粒子を放つ。それが向かうのはやはり便利屋68────そのリーダー、陸八魔アル。禍々しいデザインのスナイパーライフルと、バイザーが接続されたアルは不敵に笑っていた。

 

「最高よ、ヒドリ」

 

 光も、音も置き去りにして、その弾丸はバルバラの心臓を貫く。

 

「【グングニル】……マジで強すぎるんだよ、あの戦士……マジで何だったんだ……でもまぁ……」

 

 これで詰みですね。

 

 そう言って放つのは炎の剣と氷の槍による斬撃と刺突。本来であれば先生であっても大人のカードを何度か使わなければ勝てなかったであろう凄まじい強敵。しかし、それは生徒の────便利屋68との数回の攻防によって撃破された。

 

「さて……次はあなたですね、ベアトリーチェ」

 

「そのようです。……しかし、私にも意地がある」

 

 突如、ベアトリーチェの神秘が膨れ上がった。それは神秘だけではなく、反転した────恐怖も含まれた力だ。

 

「これは────!?」

 

「マダム……!」

 

「“アリウスの生徒達から力を吸い上げてるのか……!?”」

 

 アリウスの生徒達や、バルバラの亡骸から神秘を吸い上げ、いつの間にか片手に握られていた錫杖のようなものに収束していくベアトリーチェ。

 

「完成には至っていませんが、あなた方を倒すには────絶対破壊の一撃が必要です」

 

 完成に近付いていく純粋な力の塊。ヒドリですら冷や汗を流す程に力が凝縮された錫杖と、ヒドリの剣と槍がぶつかり合う。

 

「……!!」

 

「驚きましたか? 私は椅子にふんぞり返るだけの大人ではありません。こう見えて────」

 

「“ヒドリ!?”」

 

「現場主義ですので。こうして戦えるように鍛えてはいます」

 

 実はドレスの下が密度のある筋肉で引き締まっているベアトリーチェ。そんな彼女の膂力によって振り抜かれた鎖付きの錫杖がヒドリの体に激突すれば、凄まじい勢いで吹っ飛ぶのは必然的であった。

 

「痛ってぇ……なぁああッッ!!?」

 

 そんな攻撃を受けたのにも関わらず、ヒドリは瓦礫の中から飛び出した。

 

「やはり頑丈ですね……!!」

 

 鎖の調整によって射程範囲を自在に操るベアトリーチェに対して、凄まじい量の赤黒い粒子を噴き出しながら突撃していくヒドリ。先生の指揮によって援護射撃も逐一行われているが、錫杖や神秘のバリアによって弾かれてしまう。それはアリウスの生徒達も同じであった。

 

「解放した力! そう長くは持たないのでしょう!?」

 

「それはお互い様だろうがァッッ!!」

 

 何度も、何度もぶつかる力と力。剛と剛。柔と柔。技と技のぶつかり合い。お互いに傷だらけになりながらも、ヒドリとベアトリーチェは戦いを激化させていく。

 

 一撃、一撃がお互いを必殺に至らしめる攻撃。片やヒドリは鎧に置き換えられている体から凄まじい神秘と金属片を飛び散らせ、片やベアトリーチェは切り傷や擦り傷によって血を滲ませる。

 

 剣が、槍が、錫杖が、拳が、脚が、パイルバンカーが、ヒートブレードが、神秘が、恐怖が、ぶつかり続ける。その応酬は援護射撃を行っていた生徒達が自然と銃を下ろしてしまう程に、美しい戦いであった。

 

 戦争などではなく、ただひたすらに、意地と意地とがぶつかり合う戦い。それは先生やゲヘナ学園、トリニティ総合学園、アリウス分校の誰もが息を飲み、声にならない叫びという名の声援を送るもの。

 

「……フゥゥウウウウッッッ……!!」

 

「はぁ……!!」

 

 何度も行われた暴風のような攻防だったが、お互いにこれが最後の一撃。お互いにそれを確信していた。

 

 決着をつけるべく神秘を収束させていくベアトリーチェは、こちらに鋭い眼光を向けるヒドリが剣と槍を重ねて神秘を放出、圧縮を繰り返しているのを見ながら、彼のいる方向へ向って歩き出した。

 

 圧縮され、解放される瞬間を今か今かと待ち望む神秘が宿る剣と槍が、ありったけの神秘と恐怖が収束された錫杖が、終わりへと向かっていることを示す。

 

 その身体にあるほぼ全ての神秘と恐怖を錫杖に込めた漆黒の一撃。その勢いのまま放たれるであろう神速の打撃。血走った複数の目と、戦意の籠った視線が交錯し、ヒドリもまた同じように構えた。限界まで力を込めた剣と槍をベアトリーチェに向けて、集中力を最高に引き上げる。

 

「ッッッ!!」

 

 思い浮かべるのは便利屋68や、友人、思いを託してくれた多くの者達。記憶を取り戻した今だからこそ分かる。その全てが、ヒドリをここまで連れてきたのだと。

 

「「────────」」

 

 奇しくも同じ構え。純白の錫杖を構える淑女に真紅の剣と漆黒の槍を構える騎士。二人の間に流れる空気が張り詰めていく。互いに持てる全ての力と想いを乗せた一撃がぶつかり合う。

 

 凝縮される時間、交差する互いの視線。まるで時が止まっていたかのように一歩も動かなかった彼らが、ほぼ同時に激突した。

 

 ────────かつて真紅の騎士と漆黒の騎士という騎士がいた。

 

 あらゆる困難を越え、最強と謳われた騎士がいた。戦場を駆け抜けてきた二人は互いに恋に落ち、一人の子を授かった。それは灰色の髪の子供。翼ある一族が信仰してきた神鳥が人の肉体を得て生まれてきたのだ。

 

 彼らは息子を溺愛した。それはもう凄まじい溺愛ぶりであった。そんな子供はいつしか最強と謳われるようになり、今、ベアトリーチェと対峙している。

 

 激突する瞬間、ベアトリーチェの方が一手速い。

 

「獲った────!!」

 

 勝利の叫びを放つベアトリーチェ。その声を聞き、無駄とは分かっていながら援護しようとするヒナやツルギ達。だが、だが、先生は……便利屋68は……動かない。信じているのだ。ヒドリが勝利する姿を、信じているのだ。

 

 そして、その思いは現実となる。

 

「……な、にぃいいいいッッ!!!??」

 

 ヒドリの手を離れた朱涅と夜叢が、誰かの手によって握られていた。それはまさしく、かつて最強と謳われた騎士。真紅の騎士赤時アカネと、漆黒の騎士赤時ヤグサの二人────その再現体であった。

 

「一番近くで見てきたから……父上も! 母上も! 僕が一番近くで見てきた!! だから、簡単に再現できた……!!」

 

 炎の剣がベアトリーチェの錫杖を両断し、氷の槍がベアトリーチェの体を貫く。それでもなお止まらないベアトリーチェは、両断された錫杖を両手で掴み、攻撃を仕掛けるが……それは届かない。三人の騎士の攻撃が、ほぼ同時に放たれる。

 

 一撃目は、何とか凌いだ。だが、二撃目、三撃目と重なっていくごとに、凌げなくなっていく。数十に及ぶ連撃の前に、ベアトリーチェは遂に隙を晒す。

 

 詰み(チェックメイト)だ。

 

「……終わりだ、ベアトリーチェ」

 

「……ふっ……見事です、赤時ヒドリ……そして、シャーレ!!」

 

 二人の騎士に背中を押されるようにしてスラスターを吹かしたヒドリの蹴りが、ベアトリーチェのがら空きになった腹に突き刺さる。

 

 その蹴りによって吹き飛ばされたベアトリーチェは、壁に激突して意識を失う。

 

「ふぅうううううううううう……………………はぁ。────────僕達の、勝ちだ!!」

 

 鎧が消え去り、元の姿へと戻ったヒドリが叫ぶ。その叫びを聞いて、ゲヘナ学園、トリニティ総合学園、ブラックマーケットの不良達、モニタリングしていたヴェリタス、エンジニア部────その誰もが勝鬨の叫びを上げた。逆に、アリウスの生徒達は立ち尽くしていたが、その誰もがどこか憑き物が落ちたような表情を浮かべている。

 

「……ヒドリ、大丈夫……じゃないわね」

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ…………ははっ……さすがに……疲れました……」

 

 倒れそうになったヒドリを抱き止めたのは、やはりアルであった。病み上がりだというのに、ヒドリの体を抱き止めながら笑みを浮かべる彼女に対して、ヒドリは小さく笑った。

 

「あとは私達が何とかするわ。あなたはとにかく休みなさい」

 

「はい…………あ、社長」

 

「何?」

 

「今度のお祭り、トリニティも……巻き込み……ます、から……」

 

 それだけ言い残して、意識を赤き原野へと送ったヒドリ。長い緋色の髪を撫でながら、アルは微笑む。

 

「お疲れ様、ヒドリ」

 

 エデン条約を巡る戦争が今、終わりを告げた。

 

 

 

 

 



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戦後処理だよ、ヒドリ君。

さっさと進めるぞ…!

多分次回は掲示板かお祭りです。おら、ゲマトリア、出資しろ。


 ヒドリが目覚めたのは、ベアトリーチェとの戦闘から五日経過した頃であった。

 

(……傷は治ってる)

 

 久しく使っていなかった鎧の顕現による神秘の消費はまだ回復していないが、動く分には問題ない。そう判断したヒドリは右手から神秘を放出して、とあるものを再現しようとする。

 

「……やっぱりダメか」

 

 再現しようとしたのは、緋禽という銘を付けられた一振りの剣槍。緋色の騎士、赤時ヒドリが振るっていた得物であったが、その再現は不可能であった。理由は分かっている。あの剣槍はあの襲撃の夜に完全に死んだ。赤き原野にも残っていないそれを再現することは不可能なのだ。

 

 緋色の騎士の力を発動する条件は『再現する存在に打ち勝っていること』と、『再現する存在の一部を喰らっていること』である。ヒドリは向かってきた者全てを喰らってきたため、多くのものを再現可能であった。父と母については、元々再現できていたため、直系の血族は能力の発動条件が若干違う。

 

(というか枷がある状態で再現は難しいな……神秘が足りなくなるかも)

 

 制限下でやれるとすれば、一回の再現が精々だろう。そう結論付けたヒドリは、ベッドから降りて、便利屋68の四人が待っているであろうリビングへと向かう。

 

「あ、ヒドリ君……おはようございます……!」

 

「おはようございます、ハルカさん。……皆さんはどこに?」

 

「えと……事後処理に行ってます……私はヒドリ君を見ておくようにアル様から言われてます」

 

 エデン条約を巡る戦争が終結してからまだ五日しか経っていない。その中心となった者達は後処理をしたり、裁判を行ったりとてんてこ舞いになっている。誰もかもが疲れを見せている中、便利屋68も働いているのだ。

 

「ヒドリ君、体は大丈夫……ですか?」

 

「神秘がまだ完全に回復してませんが、大丈夫ですよ」

 

 ハルカの座っていたソファに座ったヒドリは、テーブルに広げられていた新聞を見て状況を把握していく。

 

「……なるほど。これがこの戦争の落とし所ですか」

 

 新聞に掲載されていたのは、アリウス分校の生徒達のトリニティ総合学園またはゲヘナ学園への強制転校についてと、アリウス分校の理事長ベアトリーチェが保釈金を支払ったことで牢獄から出所という内容。この落とし所に至るまでに何度も審議が交わされたようだった。

 

「アリウス分校の生徒達にはGPSも取り付けられて、定期的なカウンセリングをしながらの経過観察処分……」

 

「どう思いますか……?」

 

「悪くないと思いますよ。死者がいなかった戦争の落とし所としては」

 

 正直なところ、アリウス・スクワッドをもう一度殴りたい気持ちがないわけではないが、負傷させられたアル本人がどうでもいいと言っていたため、その気持ちは捨て置くことにしている。

 

「死人が出ていれば、角が立っていたかもしれませんが……重傷者が何名か出ただけで終結してますし」

 

「そう……でしょうか……?」

 

「ベアトリーチェが本気で殺しに来ていたら、間違いなく誰か一人は死んでました」

 

 その気になれば何人か殺されていた。特に先生はキヴォトスの中で最も弱いと言える存在。先生が死んでいた可能性は高い。運が良かったと呟くヒドリの隣にいるハルカはふと、あの戦争を終結させた戦いでのことを思い出す。

 

「あの、ヒドリ君……あの時の銃って……?」

 

「銃……ああ、ロンゴミニアド。出しますか?」

 

「あ、いえ。それはいいです……」

 

 ハルカが思い出すのはあの感覚。まるでその銃を長年使ってきたかのような、手に馴染むあの感覚だ。あんな銃をハルカは一度だって使ったことがないはずなのに、なぜ。そんな疑問を持った彼女に対して、ヒドリは口を開く。

 

「僕は三つの側面があります。認識の鳥の赤時ヒドリ、人間の赤時ヒドリ、そして緋色の騎士の赤時ヒドリですね」

 

「緋色の騎士……ああ、あの鎧ですか?」

 

「はい。あれも、もう少し装甲があったんですけど……まぁ、それはそれとして。あの時の僕は認識の鳥としての力が使えなくなります」

 

「使えなくなる……?」

 

「えーと……使えなくなる、というよりは変化する、ですかね?」

 

 緋色の騎士となったヒドリは緋色の鳥としての力が変化する。認識した者を喰らうのではなく、喰らった者の力を抽出し、吐き出すような能力になるのだ。どちらかと言えば緋色の鳥というよりも、鈍色の鳥に近い。

 

「あの鎧の状態の時、僕の力は【認識再現】。再現するものの経歴、記憶、歴史、何もかもを再現します。そして他者に与える場合はその武器に対する認識を植え付けます」

 

「……あ、だからあの時……」

 

「はい。ハルカさん達が使いこなせた理由はそれです」

 

 ヒドリが遥か昔、最強と謳われた理由はこの力と、能力にかまけることなく研鑽を積んだ点にある。生身では徒手空拳、鎧では剣と槍────銃が扱えないヒドリは近接戦闘を極めたのだ。

 

「…………ところでヒドリ君……」

 

「なんですか?」

 

「記憶、戻ったんですか?」

 

「はい、戻りましたよ。戻ってもこんな感じですが」

 

 ハルカは内心ホッとしていた。ヒドリが記憶を取り戻したことにもだが、一番は記憶を取り戻したことによる精神状態の変化がないことにだ。ヒドリを保護した初期の頃の精神状態が戻ってくる可能性もあったから。

 

「僕は捨てられていなかった。逃がしてもらった側だった。それが知れた。十分です」

 

「そう、ですか……?」

 

「それに、皆さんがいます。過去がどうであったとしても、僕は変わりませんよ」

 

 その答えにハルカは小さく笑う。記憶を取り戻したヒドリは全く変わっていないようだった。

 

 ヒドリとハルカの二人が三人が帰ってくるまでに風呂やら食事やらを用意しようと決め、雑談しながら準備を進めていると、事務所のドアが開く。

 

「ただいま────あら、ヒドリ。おはよう」

 

「おはようございます、社長。……なんか窶れてますね」

 

「寝坊助さんだったね、ヒドリ君」

 

「案外元気そうだね」

 

「お二人もなんか窶れてますね。お風呂沸いてるので入ってきてください」

 

 少し窶れた表情で帰ってきた三人を風呂場に放り込み、ヒドリは冷蔵庫の中を確認する。ハルカは三人が風呂場で気絶しないように監視をしに向かっている。

 

(四人がお風呂から上がるまで大体三十分……まぁ、簡単なものなら色々作れそうですね)

 

 今日は例年より早い梅雨明けだったためか、六月中旬だというのに朝から中々暑い日。さっぱりとしたものならスルスル口に入るだろう。

 

 そう思ってヒドリが取り出したのは、梅干しと鰹節とわさび。梅干しの種を取り出したあと、全て包丁で叩き合わせる。この他に薬味で大葉、ミョウガ、生姜、ネギも刻む。

 

 次に用意したのはきゅうり、メカブ、釜揚げしらす、オクラ、ナス、ピーマン。きゅうりとナスを細かく刻み、メカブと釜揚げしらすと共に混ぜ合わせる。ここに塩、醤油、ストックしていた出汁を混ぜ入れ、ゴマを入れて完成。ここにそうめんや蕎麦、うどんを入れてもいいし、ご飯を掻き込んでもいい。

 

「……そういえば豚肉もありましたね。……結構ギリギリだ」

 

 大葉とチーズを豚肉で巻いて、熱したフライパンの上に乗せて蓋をする。焼き目が付いたらひっくり返し、しっかり火を通したら皿に盛る。味付けはシンプルに塩コショウのみ。

 

 冷凍庫に入っていた猪チャーシューをタレと一緒にじっくり煮込んでいる間に、ヒドリは電子レンジに放り込んでいたじゃがいもの皮を剥いて潰す。そこにマカロニ、マヨネーズ、醤油、炒めた玉葱、塩揉みしたきゅうり、黒胡椒、パセリ、ベーコンを入れて混ぜ合わせる。窪みを作り、卵黄を乗せてポテトサラダの完成だ。

 

「……チャーシューもいい感じ」

 

 チャーシューの具合を確かめ、問題なさそうだったため、大皿に盛り付ける。ここにはチンゲン菜と白髪ネギを添えるだけ。

 

 最後に棚から取り出したのは、少し前にキヴォトス一のワーカーホリックこと不知火カヤが贈ってきたそうめん。スーパーで見るような袋に入ったものではなく、木箱に入っているそれを表記通りのお湯で時間通りに茹でる。風呂場からドライヤーの音が聞こえてくる辺りでそうめんが茹で上がり、すぐさま冷水で締める。

 

(さすがはいいところのそうめん……艶とかも全然違う)

 

 皿に盛り付け、作った料理全てをテーブルに乗せたヒドリは、久しぶりの食事に心を踊らせる。テーブルに乗せられた山盛りの料理達。普通なら食べきれないかもしれないが、ヒドリや空腹の便利屋68は普通に食べきる。

 

「さっぱりしたらお腹空いてきたわね……」

 

「お腹空いた~! ヒドリ君、おかわりとかってある?」

 

「ありますよ。冷蔵庫の賞味期限近いやつ全部使いましたから」

 

「しばらく事務所にいなかったしね。ありがたいよ」

 

「いても一人ずつでしたもんね……」

 

 久しく食べていなかったゼリー飲料を食べたという四人。ゴミは全て捨てられていたが、確かに棚の中にストックしてあったゼリー飲料が減っていた。それだけ仕事で時間がなかったのだろう。

 

 テーブルを囲んだ五人は手を合わせて、同時にいただきますと言った後、そうめんに出汁をかけて食べ始める。

 

「ん……久しぶりの固形物は美味しいね。さっぱりしてて食べやすいし」

 

「このポテトサラダも美味しいわね! 前にも食べたことがあるような……?」

 

「フウカさんから教わったものですから」

 

 給食部のフウカがヒドリに料理を作ったり、教えているのは便利屋68の中で周知の事実だ。先輩のはずなのに、なぜか先輩呼びではなくて、さん付けなのも。ヒドリ曰く、先輩というよりも料理教室の先生みたいだかららしい。

 

「この肉巻きも美味しいー! ヒドリ君、ご飯ある?」

 

「炊飯器に入ってますよ。丁度炊けてるはずです」

 

「チャーシューもしっとりしてます……! 梅出汁そうめんもさっぱりしてて……」

 

 思い思いに食べ進める便利屋68の五人。少し前まで戦争していたとは思えないくらい日常を取り戻している。

 

「そういえば……建物の復興とはどこが担当するんですか? カイザーは潰れてますよね?」

 

「えーと……確か……」

 

「レッドウィンター連邦学園の工務部」

 

「おや、ミノリ先輩達が担当なんですか」

 

 ヒドリがレッドウィンター連邦学園で知り合った者は工務部の人間以外にいない。ヒドリ主催の祭りに使う櫓や、木造ペロロ様なども彼女達の力があってこそだ。

 

 ちなみに、安守ミノリを筆頭にした工務部だが、適正報酬や出来によってはボーナスなどを支払う便利屋68を善きクライアントとして見ているらしく、便利屋68が依頼をすると意外と融通が利いたりする。利かない時は全く利かないが。そういう時はプリンで釣る。

 

「お祭りの準備もありますし、そろそろ通知しますかね」

 

「あ、通知アプリ作ったんだっけ」

 

「はい。回るのもいいんですけど……時間が足りなくなったり、忙しい方もいますから」

 

 そう言ってアプリを開いたヒドリは、運営からのお知らせ欄に祭りのお題とエントリー期日を記載、間違いがないかを確認した後投稿した。

 

「今回のお題は夏の食材。何が来るか楽しみですね」

 

「……あ、早速参加受付完了したお店がありますよ……」

 

 次々に参加枠を埋め尽くしていく画面と鳴り止まない通知。戦争があったからこそ、人々は暗闇を蹴散らすようなイベントを欲しているのだろう。

 

「柴関も出ますね。夏のラーメン……ラー、メン……?」

 

「アビドスって年がら年中暑いわよね?」

 

「夏……? 夏の食材を使ったラーメン……ですか……」

 

 イベント前日になるまで何が出品されるのかが分からないのも、この祭りの楽しみである。どんなお店が出るのかは分かるが、料理は分からない。前日のサイトが重くなる理由もそこにあるのだが、そこはミレニアムサイエンススクールが管理するサーバー。何とかなっている。

 

「トリニティのお店は……三店舗かな?」

 

「あ、増えた。十店舗……ギリギリに滑り込んだね」

 

「今回のお祭りは何もなければいいんですけど……」

 

 戦争が終わり、祭りが近付く。キヴォトスは今日もある程度の平和を保っている。

 

 

 

 

 



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