優しい龍 (ハトスラ)
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プロローグ プロローグ

 ──それは一つの“災い”だった。

 

 

 

 業火の残り火と、焼け落ちた都市。

 かつてこの場所に住んでいたものですら、ここが栄華を極めた都だったなどとは思えまい。そこかしこに積み上げられた瓦礫の多さだけが、かつてこの場所に都市があったことへの証明へと成り果てている。

 

 その瓦礫の合間から覗く血塗れの腕。業火に焼かれ炭化した何者かの手足。ひび割れた石畳に焼き付いた亡霊めいた影。

 およそ人の姿など保ててはいないそれらこそが、かつてここに住んでいた者たちの成れの果て。

 

 

 すでに都市は都市としての形をなさず、そこに住む者たちは残らず死に果てた。

 

 

 ここには“死”しかなかった。

 

 

 誰が見ても、生存者がいるなどと、浅はかな希望は持てはしない。

 それほどの絶望、それほどの破壊、それほどの業火だった。

 

 だが、その中に、たった“2つ”の動く影。

 

 眼下を見下ろすこともなく、この地獄から飛び去る黒く禍々しい龍。

 業火に身を焼かれながら、飛び去るそれを見上げることしか出来ない男。

 

 男の腕の中には、かつて人だったものの亡骸が眠る。

 それを、かつて“誰よりも愛した者”だったそれを、力一杯抱き締めて、男は虚空へと消え去る黒き龍を睨み付けた。

 

 この地獄を創り出した“災い”そのものといっていい存在と、その地獄の中で喘ぐことしかできないちっぽけな男。

 天と地ほども隔たるその力の差を前に、男は自身の全てをかけて叫んだ。

 

 

「てめえは絶対に、俺が……、俺の、生涯をかけて、殺してやるッ!!」

 

 

 果たしてその叫び声は、黒き災いに届いたのか。

 龍の姿をかたちどる災いは、男の声に振り返ることも、その黒き翼を休ませることもなく、とうとう虚空の彼方へと消え去った。

 

 

 やがて、災いが連れてきた禍々しい色の空は、それの移動とともにその色を変えてゆく。

 邪悪で濁った色から澄みわたる蒼へ。

 それを、いずこかへ消え失せていた雲が覆い隠す。

 

 瞬く間に表れた曇天は、もうすぐ雨が降るのだと告げていた。

 

 

 雨が降れば炎は消える。

 そうすれば、やがてこの灼熱地獄も消え去るのだろう。

 

 けれど、失われた命は戻らない。壊された都市も直ることはない。

 業火の中、男が胸に灯した復讐の炎もまた、消え去ることなどありはしなかった。

 

 やがて、ぽつぽつと降り始めた雨の中、業火と災いの姿を胸に男は意識を手放した。

 

 その瞬間まで離さなかった愛しい者の亡骸。

 これから離さないだろう今日という日の記憶。

 

 

 

 ──これが黒き災いと復讐者の最初の出会いだった。



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第一章 《運び屋》 船酔いハンター

 中天高く昇る太陽からの陽射しが心地いい。

 中腰の姿勢で作業をしていたアルは、その手を休めて伸びをした。

 

 ここはハンター達から『密林』と呼ばれる狩り場だった。

 名前の通り木々が密生する狩り場で、その穏やかな気候からか多くの動植物達がここで暮らしている。

 

 見上げた空は青々として、一目で今日が快晴だとわかるほどだが、空を遮るかのように張り巡らされた無数の枝のせいで、どこか少し薄暗い。

 もっとも、そのお陰で本来なら“クソ暑い”陽射しが“心地いい”程度に収まっているのだが。

 

「あー、くったびれたなあ!」

 

 頭を覆っていた『ギアノスヘルム』を外して、アルはそう叫んだ。

 解放された黒髪を、密林を吹き抜ける風が弄ぶ。尻尾のように長く伸ばした襟足部分の髪が、風に揺られてアルの視界へと入った。

 

 ふう、と一息つく。

 本来なら狩り場で、不用意に大声を上げるなど愚の骨頂である。それも兜まで外して、だ。

 

 それぐらいのことは、まだまだ駆け出しのアルにもわかっていたが、ずっと座りながらの作業をこなしていた身としては、これくらい許されて然るべきだとも思う。

 それに、今この密林に大型モンスターがいるという情報はなかった。近くには数頭、草食性のアプトノスがいるのみである。

 こいつらはおとなしいことで有名で、こちらから仕掛けでもしない限り、ずっと草を食ってるだけだ。

 

 要するに何が言いたいのかというと、今、取立ててこの場には驚異となりえるものはいないということ。

 油断をしている訳じゃあないが、もし何か危険な状況に陥ることがあったなら拠点に戻ればいい。そのくらい、ベースキャンプは目と鼻の先にあった。

 

「うーん、採掘はまた今度でいいか」

 

 とりあえず、さっきまで採取を行っていた場所を確認すると、アルは誰に言うでもなく呟いた。

 

 今回ここに来た目的は、既に達成していた。

 『特産キノコの納品』という、およそハンターらしくはない依頼ではあったが、仕事は仕事だ。

 アル個人としては、大型モンスターを狩ってみたいという欲求もあったのだが、新人ハンターにそんな依頼を回すほど、ハンターズギルドは甘くはなかった。

 

 ハンターに仕事を斡旋するこの組織は、独自に定めた基準を元に、その人物がその依頼を達成できる能力があるかどうかを判断する。そしてその基準をクリアしていると判断すれば、そこで初めてハンターに仕事を引き受けることを許可するのだ。

 つまり依頼を達成可能だ、と判断されなければ仕事を受けることさえ許されない。強いモンスターと戦いたければ、難しい依頼を受けたければ、多くの経験を積み、強くなった上でギルドに認められろ、ということなのだ。

 

 それになんだかんだ言っても、この手のクエストを受けることは、アルに狩りを教えた人物との約束でもある。

 

 そんな訳で、アルが故郷の村を出てエルモアの街にやってきてから、これが通算十八回目のキノコ狩りになる。

 なんというか、何度もこなしたせいで、すっかりキノコの生えている場所や、上手なキノコのとり方を憶えてしまった。キノコ採集なら他のハンターには負けないんじゃねえの? と自惚れてしまうほどである。

 

 

 ──ぐぅー…

 

 

 と、キノコの一杯入った袋と、ギアノスヘルムを抱えた時、何かが鳴いた。いや、鳴った。

 

「……腹もへったし、帰るか」

 

 完全に自分の腹の虫だとわかっていたので、特に気にすることもなく、アルはベースキャンプへと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 密林からエルモアの街までは、片道でおよそ半日だ。

 危険指定された狩り場と、人の大勢住む街との距離としては驚くほど近いが、だからといって、この街が特別危険という訳でもない。

 街と密林の間には巨大な河が流れていて、陸上に棲むモンスターでは移動が出来ないのだ。

 

 無論、河に生息する水棲モンスターが街を襲う危険はあるのだが、そこは海沿い、河沿いの街ならば危険度はどこの街でも同じである。

 一応、港の大きさを制限しモンスターの侵入を阻むといった対策や、定期的にハンターズギルドの人間が見回りにくる、といった対策も取られている。それにどうやら、この河にはエルモアの街が設置した守りを突破できるような大型のモンスターはいないらしかった。

 

 

 さて、密林で狩りを行うハンターは、大概の場合この河を船で横断して狩り場を目指す。

 陸路を使えば、倍以上の期間を移動に取られることになるので、ある意味でそれは当然のことと言えた。

 

「あー……、気持ちワル」

 

 だがまぁ、たとえ半日だったとしても船酔いはする。

 加えて言えば、たかが河を渡るのに半日は長過ぎる。

 

 ふらつく足に気合いを入れて、街にたどり着いたアルはそう思った。

 

「おぅ、ボウズ! まーた、船酔いか!?」

 

 あ、吐きそう。

 ハンターズギルドの管理する船から降りてすぐ、アルはそう感じた。そのアルの背中にバカデカイ声がかかる。

 

「あ、おっちゃん」

 

 正直、振り返るのも少し辛かったのだが、無視するのもマズイ。

 振り向くと思った通り、そこには漁師のオッサンがいた。

 

「うるへー、体質なんだからしゃーねーだろ」

 

 もう顔馴染みになってしまった漁師のオッサンにそう応える。オッサンは、男のクセに情けないぞ! と実にイイ笑顔でおちょくってくれたが、それを一々相手するほどの元気は、今のアルには残されてはいなかった。

 というか、最初の頃は『吐きそう』どころか簡単に吐いたんだから、自分ではかなりの進歩だと思う。

 とりあえずオッサンにはぞんざいに手を振りつつ、アルはハンターズギルドに向かって歩き出した。

 

 

 

 あまり激しく動くと間違いなく吐くので、アルの歩みは普段のそれより随分ゆっくりだ。

 とはいえ港から街の中心に入るころには、吐き気は相当治まってきた。

 これも、もういつものことで、吐き気が完全に治まると同時に酒場に入る。

 

 時間は丁度夕暮れ時で、飲み始めるには良い頃合いだ。だが、アルは別に飲もうと思ってここに来たわけではない。この酒場自体がハンターズギルドと一体なのだ。

 ハンターはここで依頼を受け、狩りの成果を報告し、食事をして帰る。

 

「おーっす」

 

 酒場の入り口を通ったアルは、その喧騒に負けないように声を張り上げた。

 

 酒場の中は昼夜問わず、酒を飲んでいる者が多い。

 アルコールが、彼らの感情のタガを外す手伝いをするのだろう。

 あり得ないくらいテンションの高い者や、逆に暗すぎる者、さまざまいるが、その浮き沈みの理由が『狩りの成果』だという辺りは、さすがにハンターだと思う。

 

「あ、おかえりなさい。アルさん」

 

「おう、シエル。相変わらず繁盛してんな」

 

 かけられた声に、アルは片手を挙げて応じた。

 アルに気が付いたのは、ギルドの受付嬢だ。アルよりも小柄な少女で、赤く染められたエルモアハンターズギルドの制服がよく似合っている。名をシエルという彼女は、この辺りの地方では珍しい黒い髪が特徴的だった。

 シエルはまだ新人だそうだが、この街にきて日が浅いアルの顔を覚えていてくれるあたり、記憶力はいいのかも知れない。

 

 シエルも含めた受付嬢たちは、ハンターへギルドからの依頼の紹介をするほか、酒場の給仕も任されているらしく、今も数名がテーブルの合間を忙しなく動き回っていた。

 

 それを横目に見ながら、アルはキノコのつまった袋をかかげて、カウンター席に腰掛ける。

 

「依頼達成、報酬を受け取りにきたぜ」

 

 笑みを浮かべてそう言うと、すぐにシエルは袋の中身を確認して、契約書にサインを走らせた。

 

「お疲れ様でした、ご無事で何よりです」

 

「いや、キノコ集めで怪我とかマヌケすぎるよ……」

 

 笑顔で報酬を手渡してくるシエルに苦笑する。

 

 が、狩りに絶対はない。

 それを、自分のような新人にも配慮してくれる辺り、シエルには頭が下がる思いだった。

 

「何か食べていきますか?」

 

「じゃあ、いつものやつ。それと時間が空いた時でいいから、俺でも受けれるクエストリストを持ってきてくれると助かる」

 

 俺はあっちにいるからさ、と騒ぎの中心になっているテーブル席を指差して立ち上がった。

 報酬を受け取った今、いつも忙しい受け付けの前に、いつまでも陣取っているのはマズイと思ったからだ。

 

「わかりました。それじゃあ、両方あとでお持ちしますけど……」

 

 シエルは、そこでいったん言葉を切ると、少し上目遣いでこちらを見つめてくる。

 

「たまには、ちゃんと休んでくださいね?」

 

「わーってるよ。じゃ、よろしく」

 

 軽く手を振って、アルは喧騒の中心へと潜っていった。



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いつもの=ジャリライス

 アルが隅のテーブル席について間もなく、クエストリストとジャリライス炒めが運ばれてきた。

 持ってきてくれたのはシエルだったのだが、給仕の方が忙しいらしく、大した会話もできないまま「ごめんなさい」と一言残して去っていってしまった。

 

「別に謝ることねえのによ」

 

 ジャリライスをかきこみながら、アルはクエストリストに目を通す。

 

 アルの背後では食器の割れる音や怒号が飛び交っているが、そんなことは気にならない。なんせ、ここでは喧嘩なんて日常茶飯事だ。

 

「キノコ集めに、卵運び、ランポス狩りに、ハチミツ集めねぇ……」

 

 どれもこれもやったことがあるような仕事だ。キノコ集めなんか十八回だ。十八回。

 

「お、ドスランポス狩り」

 

 大型モンスターの狩猟に思わず目が止まる。

 ドスランポスとは、このエルモアの街に来てから、一度だけ戦ったことがあるが、あれは手強かった。

 もう一度あれと戦って、果たして勝てるだろうか。

 

「ま、なんとかなるかな。さすがにそろそろ大型モンスターを狩らないと金が……」

 

 ない──訳ではない。キノコ集めなど、今のアルが多く受けている採集系の仕事でも報酬金は手に入る。

 だが、そろそろ武器の強化がしたいのだ。

 武器の強化にはそれ相応の金がかかる。そして、採集系の仕事と大型モンスターの狩猟では、後者の方が報酬金が高くなりやすい。

 

「うーん……、でも準備にも金かかるしなぁ」

 

 迷ったのはそこだ。大型モンスターの狩猟は報酬金も多いが、リスクも普段より大きい。回復薬や罠など、十分な準備をしておかねば万が一、ということもあり得る。そして準備にはそれなりの金が入り用になる訳で。準備金のことも含めて考えると、報酬金の多さだけで依頼を受けるのは少し考え物だ。

 

 やっぱり地味にキノコ集めとか、ランポス狩りにするかー。と、アルがそう考えた時、目の前に誰かが立っていることに気付いた。

 

 ……ハンターだ。

 見たこともない朱色の鎧を身に纏って、背中にはランスのような物を背負っている。加えて、頭部を覆うのは兜というよりも覆面だった。

 

「……?」

 

 座りたいのだろうか?

 辺りを見渡すと、いつの間にかテーブル席はどこも人でいっぱいだった。

 

「すまないが」

 

 アルが「どうぞ」と言う前に、目の前のハンターが口を開いた。

 

「アルバート、というのは、お前か?」

 

「……へ?」

 

 思わずマヌケな声をあげる。

 何故、赤の他人が自分の名前を知っているのかがわからない。普段は『アル』という愛称で通しているが、アルバートというのは間違いなく自分の名前だ。

 アルはこの街に来てから、一度も他のハンターとクエストに出たことはない。新人ゆえ、名前が売れる程の狩りをこなしたわけでもないし、見知らぬ誰かがアルの名前を知っているハズがないのだが。

 

「そう、だけど……えーと」

 

「あぁ、すまない。私は楓という」

 

 そう言って差し出された右手が、握手を求めているのだと気付くのに、たっぷり五秒ほどかかって、アルは楓の手をとった。

 

「お前に頼みたいことがあるのだが、話だけでも聞いてくれないだろうか?」

 

 そう言ってから、彼女は慣れた様子で給仕に酒を頼むと、アルの正面に座った。

 

「……まぁ、とりあえず聞くだけなら」

 

 アルとしては、楓の意図が掴めないので、迂濶なことは言えない。

 私欲のために新人のハンターを利用する、なんてこともあるらしいと、伝え聞いたことがある。

 

 このままでは埒が明かない、とでも感じたのだろうか。いっこうに警戒を解こうしないアルに対し、楓は僅かに溜め息を吐くと、その顔を覆っていた兜を脱ぎ捨てた。

 

「───あ」

 

 

 一瞬、息をするのも忘れた。

 

 西日を受けて輝く、長く艶やかな銀の髪。

 細長く整った眉と、すらりとした鼻梁。

 白にやや黄色を混ぜたような肌に、意志の強そうな瞳は、深い蒼に染まって。

 

 顔を覆っていた防具が外れたことによってあらわになったその顔は、本当に──本当に呼吸を忘れるほど、端正なつくりをしていたのだった。

 

 

「これで少しは緊張がとけたか?」

 

「あ、え……いや、えっと」

 

「顔も見せない相手は信用できないだろう?」

 

 

 そう言って、楓は柔らかい笑みを浮かべた。

 整っているが故に、どこか冷たい印象すら与えていた彼女の笑みは、そんな第一印象を簡単にひっくり返すくらいには優しい。

 

 実際問題として、アルの警戒心は驚きやら何やらでとっくに吹き飛んでいた。アルに気を遣って顔を見せてくれたらしいが、兜の下がそんな美人だと思っていなかったこちらとしては、もうそれどころではない。

 

「さて、そろそろ本題に入るが……と、どうした?」

 

「え、あー、あははは。その……女の人だったんだなー、って」

 

 

 さすがに『美人すぎて見とれた』なんてことは恥ずかしくて言えなかったので、当たり障りないように答える。

 

 だが、口に出してしばらくしてこれは失言だったと気付いた。

 彼女の装備は見たことのない種類ではあったが、女性用のそれだ。声は確かに低い方かもしれないが、明らかに男性のものではない。

 

 

「ふ……、よく言われるよ」

 

 やばい機嫌悪くなるかも、と思った矢先、楓はそう言って笑った。その声色に、トゲはない。

 本当に気にしていないのか、ただ感情を表に出さないほど大人なだけなのか判断がつかず、アルは曖昧に笑うことしかできなかった。

 

 

「まぁそれよりも話だ。……これを見てくれ」

 

 

 そう言って渡されたのは、クエストの内容を記した契約書だ。ついさっきまでアルが眺めていたクエストリストと同種の物である。

 

「えーと……。飛竜の卵二個の納品、場所は森丘。……目撃モンスターは、リオレウス」

 

 その内容を声に出して読み上げて、念のためもう一度読み直す。

 なんてことはない。よくある普通の卵運びだ。

 

「これが、なんだよ?」

 

「出来ればでいいが……、お前に手伝ってもらいたい」

 

「は? ……あ、レウスを?」

 

「いや卵運びを、だ」

 

「え?」

 

 アルは今一度クエスト内容を確認した。

 記載されている情報を信じるなら、特別なことなどない。

 

「なんで?」

 

 楓の装備は、とても駆け出しハンターが作れる代物に見えなかった。

 それなりの経験があるハンターなら、卵運びくらいどうということはないハズだ。実際、駆け出しのアルですら、数回卵運びをしているのだから。

 

 実力者がわざわざ卵運びを手伝ってもらいたい理由がわからず首を傾げると、楓は困ったように表情を崩した。

 

「情けない話だが、私は運搬が苦手でな……。どうしても卵を割ってしまうんだ」

 

「なら受けなきゃいいじゃん」

 

 苦手だからといって避け続けるのでは、いつまでも弱いままだ、とはアルの師匠の言葉だ。

 

 けれど、人には得意不得意があるのも知っている。どうしても無理ならば諦めるのも大事だ、とアルは思っていた。

 

 だが楓は、苦笑して首を振ると「それは無理なんだ」と言った。

 アルが、わからない、と首を傾げる。

 

「普段なら受けない、で済むんだがな……。あいにくと依頼人から私に名指しの依頼だ」

 

「なっ……!?」

 

 それで思い知った。

 今、アルの目の前にいる女性は、アルよりも遥か高みにいる存在だと。

 

 

 通常、ハンターはギルドを通して“受けたい”依頼を選んで受ける。

 依頼人はギルドに依頼をするだけで、どのハンターが依頼を受けるかはわからないのだ。

 

 そこには、依頼さえ達成してくれればそれで良い、という考えが根底にある。実際、誰が依頼を達成しようが結果は同じだからだ。

 

 

 それが普通。それが常識なのだ。

 

 

 だから、“名指しでの依頼”などというのは、本来ならあり得ないし、依頼を受けるハンターを選ぶなんて意味のない行為でもある。

 それを承知で指名されるハンターというのは、まず間違いなく一流だ。

 この人にやってほしいと思わせる“信頼と実力”があるということなのだから。

 

 

「そういう訳で、どうしても受けなければならない。断ることもできるだろうが、ハンターも一応は信用商売だからな」

 

「……それは、わかりましたけど」

 

 明確に実力が違うとわかってしまったせいで、アルの口調がかたくなる。

 

「なんだ?」

 

「なんで、俺なんですか? ……俺なんてまだまだ駆け出しだし、俺より凄いハンターくらいアンタならいっぱい知ってるでしょ!?」

 

 うん? と綺麗な眉をひそめて、楓は少し考えるそぶりを見せた。

 

「私は大抵一人だったからな、知り合いが少ないんだ。……お前のことはな、受付嬢から聞いた」

 

 楓の視線を辿った先には、給仕の為、忙しく動き回るシエルがいた。

 

「ギルドの受け付けで、腕のいいハンターを紹介してもらったんだが……。駆け出しとは、少し意外だったな」

 

 その言葉にアルは、シエルが気を遣ってくれたのだろう、と推論を立てた。

 卵運びなら、アルにも出来る。狩りの難易度も、一人よりは二人の方が確実に下がる。

 

「……やっぱ、新人なんかじゃダメですよね」

 

「いや? お前なら(・・・・)問題ないだろう。少し意外だっただけだ」

 

 

 『お前なら』

 

 

 それがどういう意味なのか、アルには分からなかったが、どうやら新人なのを理由に「やっぱりくるな」とはならないらしい。

 

「で、どうだ? 私に協力してくれるか?」

 

 問われるまでもなかった。

 

「ああ、俺で良ければ」

 

 きっとこの人との狩りはいい経験になる。

 そう思って、アルは力強く頷いた。



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森丘 ~遭遇戦~

 森丘──その名の通り、うっそうと生い茂る木々と、緩やかな丘からなる狩り場である。

 

 

 ベースキャンプについたアルと楓は、それぞれの荷物を整理し始める。

 

 と言っても、卵運びだ。

 別に大型モンスターの狩猟をするわけではない。

 なので、邪魔にならない程度の荷物を持って、ベースキャンプを出た。

 

 拠点を一歩出て、外の眩しさに少し目を細める。木々に覆い隠されていた拠点とは違い、外には頭上を遮るものは何もない。

 見上げた空には雲一つなく、そこから降り注ぐ日の光が気持ちいい。絶好の狩り日和だった。

 

 

「さて、まずはどうすればいい?」

 

「あ? あー……っと、普通に飛竜の巣に向かえばいいんじゃねえか……っと、ですか」

 

 

 天気の良さに体を伸ばしていたアルは、楓の質問に体を硬くした。

 

 

 エルモアの街から森丘までは移動に一週間近くかかる。

 その移動時間で二人は今回の作戦──というよりも、方針を決めていた。

 

 

 アルが狩りの指揮をとる

 

 

 ハンターとしての腕は楓の方が遙かに上だろうが、卵運びは別だ。

 なんせ、“どうしても卵を割ってしまう”人間と、ハンターになってこのかた、“一度たりとも卵を割ったことがない”人間が組んでいるのだ。

 少しでも運搬の成功率を上げるなら、アルの言うことを聞いた方がいい。

 

 というのは、楓の言葉だった。

 

 

 アルとしては、自分よりも優秀なハンターに指示をとばすのは気が引ける。

 

 しかし、今更そんなことを言っても仕方がない。

 これは決定事項だし、アル自身、どちらかが指示を出した方が良いだろうとは思っていたからだ。

 

 

「よし、では行こう」

 

 そう言った楓に軽く頷いてから、彼女の後ろについて歩く。

 

 楓は以前見た時とは違う、紅い鎧をまとっていた。

 以前酒場で見た朱色の装備がどこか鋭角的なフォルムだったのに対し、今現在の鎧はどちらかと言えばゆったりとした印象を受ける。

 頭部を守るのは兜ではなくティアラ。腰の装備は長いスカートのような形状。遠目に見る分には完全に紅いドレス、といった形をしているのだが、その見た目の印象とは裏腹に、装備から伝わる力の気配は以前見た朱色の装備よりもずっと強い。

 

 その彼女の背中には、対照的な蒼い色のランス。

 よほど強い竜の素材を使用しているのか。こちらも紅い鎧同様に、アルにすらわかるほどの強力な気配を放っている。

 

 楓が歩く度にガシャガシャと音を起てるそれらの武具を見て、強そうだな、とアルはぼんやりと思った。

 と、同時に自身の武具との性能差を比較してしまう。

 

 

 アルの腰の辺りには片刃の剣──片手剣がぶら下がっていた。

 

 片手剣はハンターが扱う武器の中では軽量で、取り回ししやすい。

 大型の武器と違い狭い場所でも振るえ、標準装備として盾を備える。攻守のバランスが良く、比較的簡単に扱えるこの武器は、駆け出しのハンターを中心に人気の武器カテゴリーだ。

 

 だが、

 

(攻撃力ないんだよなぁ……)

 

 武器の威力は、武器の重量とほぼイコールなのでそういうことである。

 

 

 楓のランスは確かに重そうではあったが、同時に『いいなぁ』という憧れもあった。

 

 アルにはまだ、大型の武器を扱えるだけの技量がない。

 無論、片手剣の方が向いているかも、という思いもあったのだが、それはそれ。これはこれ、だ。

 

 

「……っと」

 

 

 丘の中腹辺りに差し掛かった時、不意に楓が足を止めた。

 考えごとをしていたアルは、ぶつかりそうになるのをなんとか堪えて立ち止まる。

 

「どした? なんか……、」

 

 ──あったのか

 と、後に続くハズの台詞は、楓の前方を確認して、最後まで言う必要はなくなった。

 

 

 巨大な青い体に、立派なオレンジ色のトサカ。

 獲物を引き裂く長い爪と、ぎょろりとした金眼。

 群れを率いて二本脚で大地に立つモンスター。

 

 

「ドスランポスだ」

 

 

 縄張りに入り込んだ愚かな人間を餌食にしようというのか。

 リーダーに続くように、どこからかランポス達が集まってくる。

 最初、ドスランポスを含め四頭だけだった群れは、あっという間に一桁数が増えてしまっていた。

 

 

「どうする、アル」

 

「数を減らして、リーダーを片付ける!」

 

「了解だ!」

 

 

 立ち止まっていた場所から動き出しながら、短くやり取りしてランポスの群れへと向かっていく。

 

 本当なら余計な戦闘は避けたかったのだが、ランポス──鳥竜種は鼻がきくらしい。飛竜の卵から出る匂いを追って、運搬中のハンターを襲ってくることがある。

 

 それも今回はリーダー付き。統率力のある群れを相手に、卵を守りながら逃げるのは少々キツい。先手を打って、群れ自体を潰しておくことも手だった。

 

 

「けどッ!!」

 

 

 アルの顔面を狙って繰り出された爪をかいくぐって、一撃を浴びせる。

 鋭い一撃に怯んだランポスにさらに二撃、三撃と浴びせて、その場から飛び退いた。

 

 直後、さっきまでアルが剣を振るっていた場所に別のランポスが飛び込んでくる。

 飛びかかり攻撃直後の硬直で、動きが止まったランポスの、その側頭部に回転斬りを叩き込むと、アルは追撃をかけずにあっさりと引き下がった。

 

 

 ギャアギャア叫びながら、ダメージを与えた二頭のランポスが、アルへ向かってくる。

 もし彼らの表情がわかるなら、激しい怒りに燃えているのが見てとれただろう。

 

 自らの傷の大きさが、怒りで吹き飛んでいる。

 足下は既にふらついているというのに、自分を傷つけた相手を八つ裂きにしたくて仕方ない、といった感じだ。

 

 

「ふっ!!」

 

 

 与えたダメージの差で、二頭のランポスの前進にばらつきが出る。

 前転を駆使してランポス達の間に潜り込むと、立ち上がり際に剣を振るって一頭を片付けた。

 

 

「おおぉぉっりゃ!」

 

 

 二頭目が牙を剥くより速く、アルの剣がランポスの頭部を抉る。

 巨大な身体が二メートル近く吹き飛んで、ランポスはそれきり動かなくなった。

 

 

「ハァッハァッ……、あの人は……?」

 

 

 息を整えながら辺りを見渡し、楓を探す。早々に二頭を片付けたものの、ランポスはまだ増え続けているようだった。

 

 キリがない、そう思った時、ランポスの悲鳴がアルの耳を打った。

 

 悲鳴がした方向に視線を向ける。なだらかな丘の上。その一角に、やたらとランポスが群がっているのが見えた。

 

 

「……っ、あそこか!?」

 

 

 ランポス達の青い身体の合間から、楓の紅い鎧が見え隠れする。

 アルが近付こうと踏み出しだした時、二頭のランポスが勢いよく吹き飛んだ。

 

 楓、とアルが叫ぶより先に、アルと楓を阻んでいたランポスが、さらに数頭吹っ飛んでゆく。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 その光景に、思わず目を見開いた。

 視界を遮っていたランポスが消えたことで、アルの位置からでも楓の動きが良く見える。

 

 楓に群がるランポスの数は十頭以上。その中には、群れのリーダーであるドスランポスも含まれる。

 

 だというのに、彼女の動きには全く危なげがなかった。

 まるで後ろに目があるかのように、まるで生物としての格が違うとでもいうかのように。

 

 二頭、三頭と吹き飛ばすようにランスを振るう度に、蒼い刀身からは火花というには大きすぎる火炎が舞う。

 属性武器だ、とアルが思うのと同時、楓は自身の後方へ向けて軽く──本当に僅かに跳んだ。

 

 

 楓の移動に伴って出来たスペースに、ランポス達が殺到する。

 彼らが誘い込まれたのだと理解する前に、楓のランスがランポス達を薙ぎ払った。



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紅 ~軍神~

 悲鳴を上げて、大きく吹き飛ばされるランポス達。

 アルが楓の技量に目を剥く間に、さらに数頭、ランポスが発火する槍の餌食となった。

 

 楓に群がるランポス達は、彼女へと気を取られ、背後から接近するアルの存在に気付かない。

 楓の強さに驚きつつも、ランポスとの距離を一気に詰めたアルは、手近な一頭に背後から斬りつけた。

 

「楓!」

 

「アルか」

 

 獲物が増えたことに気付いたドスランポスが、さらにけたたましく鳴き始める。

 

 アルと楓は一度だけ視線を交わらせると、追いすがるランポス達をかわして左右に別れた。ちょうどドスランポスを挟み撃つようにだ。

 

 どちらの獲物を狙おうかと、ドスランポスが一瞬硬直する。

 アルは、その一瞬で迷うことなくドスランポスとの距離をゼロに詰めた。

 

「ふっ!」

 

 息を吐き出しながら、すれ違いざまに一撃加えて飛び退く。

 致命的な一撃ではない。だがドスランポスの注意は、確実にアルに向いた。

 ギョロリとした瞳がアルを捉え──る直前に、その背後から容赦ない突きが襲いかかる。

 

 

 何が起こったなぞ、わざわざ語る必要もない。

 

 

 背後からの、予期しなかった攻撃に、ドスランポスの身体が泳いだ。

 僅かな、しかしアルにとっては充分な隙。

 

「うおおぉぉ!!」

 

 雄叫びと共に頭部に、腹部に斬りつける。

 通常の個体とは異なる感触に腕が痺れる。

 

(やっぱり、堅ぇ!!)

 

 ともすれば、武器がスッポ抜けてしまいそうになる衝撃を抑え、さらに頭部に一撃。

 そこから左足を軸に、身体を半回転させ遠心力を加えた一撃を──、

 

「アル!」

 

「っ!?」

 

 楓の警告に攻撃体勢を無理矢理、回避に持っていく。

 バランスなんぞ考えなかった回避は、当然華麗に見えるハズもなく、端からはよろけて尻餅をついたようにしか見えなかっただろう。

 

 あんまりにも格好悪いが、倒れ込む寸前に聞こえた風切り音に、羞恥の感情なぞぶっ飛んだ。

 

「……ランポス!!」

 

 アルを襲ったのは通常体。

 

 少し大型モンスターに集中するとこれだ。

 今は『個体』と戦っている訳ではなく『群れ』と戦っているという認識が薄れる。

 

 すぐさま起き上がって、状況を確認するが、その時には既に、ドスランポスは再びフリーになってしまっていた。

 恐らく、楓が倒れたアルのフォローに回った結果だろう。この場合は攻めに徹しようとして、状況を見失ったアルが悪い。

 

「悪りぃ!!」

 

「いや、気にするな」

 

 アルの背中を守るようにポジションを取った楓は、こちらの謝罪に簡単に返した。

 その眼は既にアルからドスランポスに向けられている。

 

「しかし、キリがねえな……、群れ相手がキツいってのは知ってるけど……」

 

 言いながら、迂闊に飛び込んできたランポスを仕止める。

 その直後、攻撃後のアルの隙を狙ったランポスが、けたたましい鳴き声と共に絶命した。

 

「……っ」

 

 楓だ。

 自身もランポスの群れとやり合いながら、未熟なアルの隙を守る。

 本来、片手剣より圧倒的に隙が多いハズのランスで、だ。

 

 協力者としては、頼もしいことこの上ないが、同時にアルは心中複雑な思いだった。

 同じハンターとして、アルと楓との間には大きな差が横たわっている。

 そんなことはわかっているつもりでいたが、やはりこうまでフォローされっぱなしだと情けないやら、悔しいやらで泣きたくなるものなのだ。

 

「確かに、な……。ランポス狩りがメインなら、この程度モノの数ではないが」

 

 そう嘆息した彼女には、しかし疲労も焦りも認められなかった。

 飛び掛かってきたランポスを盾でいなし、軽くステップを踏みながら返り討ちにする。

 と、同時に、次の目標を突くのに最適な位置へ。

 

 数多のランポスは同時に、あるいは分散して楓に襲いかかるものの、かすり傷一つ負わせることは出来ていない。

 むしろ彼女に近づくことは、必殺の間合いに飛び込んで行くことに等しい。

 

 斬撃による血飛沫と、発火するランス。

 その中で秀麗に動きまわる楓は、軍神を連想させた。

 

 ランポス達にも、この場にいる2人の内、どちらがより危険かがわかったらしい。

 アルにかかってくる実に数倍の数が、楓に群がっていく。

 

「楓!」

 

「問題無い」

 

 切迫したアルの叫びとは対照的に、楓の声はどこまでも落ち着いたものだ。

 

 槍で牽制をかけ、盾で攻撃を逸らし、巧みな足捌きでかわす。

 そして繰り出す一突きは、どれも一撃必殺。

 

 これだけの数のランポスを相手にして、余裕を浮かべるに足る実力が、彼女にはある。端から見ているアルにも、それが見て取れた。

 

「それよりも、リーダーを仕止めろ」

 

 言われて気付く。

 そうだ。楓に大半の通常体が群がっているなら、アルは限りなくフリーなのだ。

 

「……わかった!!」

 

 そう叫んで駆け出す。

 その瞬間の楓が、アルには僅かに微笑んだように見えた。

 

「うおおおお!」

 

 群れの頂点である個体に、数多いる通常体を振り切って肉薄する。

 

 モンスターの中では小型で、小回りがきくランポスだが、総じて視力は良くない。

 反面、嗅覚が発達しているらしいが、それでも『高速で動きまわるもの』には簡単には対応出来ない。

 故に、アルが全速で駆ければ、振り切ることは容易かった。

 

 もっともそれは、群れの大半を楓が受け持っているからであり、平時──つまり独りきりの狩りでは、まず成功しない。

 

「グアアァァ!!」

 

 アルが攻撃の間合いに入る直前、ドスランポスが雄叫びを上げた。どうやら奴の『視界』に入ったらしい。

 威嚇のつもりだろうその声を無視して、アルは飛びかかると同時に剣を振り抜いた。

 

 ドスランポスの肩口から侵入したアルの片手剣が、赤黒い血飛沫をまき散らしながら走る。

 ドスランポスの声が、威嚇から悲鳴に変わった。

 

「ギャァァアア!?」

 

「うる……っさいんだよ!!」

 

 悲鳴にそう返しつつ、アルは軽くステップを踏む。僅かに開いた距離から再び飛びかかり、剣を振る。そうしてまたステップを踏み、飛びかかる。その繰り返しだ。

 けれど、この程度ではまだ足りない。ならば。

 

 

 斬る。

 

 

 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る止めどなく。

 

 

 攻撃力に乏しい片手剣がモンスターに致命傷を与えるには、それしかない。

 

 されど忘れるなかれ。

 ここは狩り場。そして自分の敵は『群れ』だと言うことを!

 

「せえぇぇぇい!!」

 

 ガツリ、と鈍い音を起てて、刀身がドスランポスの側頭部に食い込む。

 返ってきた衝撃を、攻撃の速度で無理やりやり過ごして、自分よりも大きなドスランポスを吹き飛ばした。

 

 振り切った腕がじわりと痛む。

 今ので、楓との連携で与えた傷に加えて相当の斬撃を浴びせたハズだ。

だが、その余韻に浸る暇なぞ狩り場にはない。

 

「ふっ」

 

「グアアァァ!?」

 

 アルの視界の端から、こちらに追い付いたランポスが飛び込んでくる。

 それをかわして、普段の間合いより一歩多目に距離を取った。

 

 攻撃を外されたランポスが足踏みしている隙に一気に踏み込み、二撃ほど加え離脱。直後、離脱した空間にさらに別の個体が割り込む。

 

 やり口は最初と同じだ。

 焦らず、距離を取り、そこから生まれる余裕で状況確認し、行けると思ったら、容赦なく斬りかかる。

 

 ドスランポスに固執し過ぎて、自らを危険に追い込むような愚は、二度と繰り返さない。

 そして、通常体に固執し過ぎてリーダーを見逃すことなど、もっとしない!

 

「逃がすかよ、テメェ!!」

 

 アルが通常体を相手取った僅かな時間で、ドスランポスは立ち上がり逃走を始めていた。

 そのことに驚きはしない。元々、あの程度のダメージで倒せるとは思っていない。

 

 目の前のランポス二頭。内、傷つけた一頭に斬撃を叩き込み、よろけた隙にランポスをスルーする。

 無傷の方が追いすがろうとするが、よろけたランポスを障害物代わりに使って、アルはランポス達を置き去りにした。

 

 背中を見せて逃走中のドスランポス。

 アルとの脚力、歩幅は比べるべくもないが、傷ついたせいか距離はみるみる縮んだ。

 

「うおぉぉ!!」

 

 ザクリと、片手剣がドスランポスの背中に突き刺さる。

 血を撒き散らしながら、振り返ったドスランポスの瞳は、血走った金色だった。

 

「グアアァァ!!」

 

「ちぃ!?」

 

 苦し紛れに放たれたであろう爪を、備え付けの盾で凌ぐ。

 金属が削れるような音が響いたが、問題はそれよりも衝撃でアルの体勢が崩れたことだ。

 

 その間に、ドスランポスが完全に振り返る。

 更に今度は、明確な狙いを付けて爪が襲い掛かった。

 

「……っ」

 

 受けるよりもかわすべきだと判断して、飛びずさる。

 崩れた体勢のままの危うい回避だったが、爪は手甲にかすった程度で済んだ。

 

「グアアァァグアアァァ!!」

 

 安堵も束の間。今度はアルに追いついた通常体の攻撃が迫りくる。

 それすらも避けて見せるが、これは不味い。

 

(一気に防戦かよ!)

 

 ここにきて、連携のタイミングを外され続けたドスランポス達に、連携が復活した。

 加えて、回避に手一杯のアルは体勢を立て直すことが出来ない。

 

 いくら何でも、無理な体勢でこれ以上の攻撃をかわし続けることなど──、

 

「退け、アル!!」

 

「……!」

 

 背後から聞こえたその声に、反射的に身を投げ出して離脱した。

 

 アルのいたスペースを紅い残像が駆ける。

 

 瞬く間にランポスに肉薄した紅は、神速の踏み込みからランスを引き抜き、容赦なくランポスを貫いた。

 

「楓!!」

 

 アルが立ち上がると同時、ドスランポスが楓に飛び掛かる。

 

 だが、楓は盾を構えることも回避の素振りも見せない。

 どころか、ランスを構えたまま僅かに身を屈めて──

 

「おおぉぉぉぉぉおお!!」

 

 凡そ彼女に似つかわしくない雄叫びと共に、伸び上がる力を利用して、“空中のドスランポスを貫いた”。

 

「グアアァァアアアア!?」

 

 一際大きな悲鳴をあげて、空中でドスランポスが更に跳ね上がる。

 

 それを見て、アルはしばし茫然とした。

 空中の相手にタイミングを合わせる。

 言葉にするのは簡単だが、一歩間違えれば自分の首を絞めるだけになりかねない。

 

 

 だが、楓の攻撃はこの程度では終わらない。

 

 

 跳ね上がったドスランポスの落下地点を予測すると、浅い踏み込みから更に槍を突き上げる。

 

 血飛沫と爆発。

 

 だが、今度はドスランポスの身体がランスに深く突き刺さったのか、その切っ先に食い込んだまま離れない。

 

 それでも楓は落ち着いた顔のままトリガー(・・・・)を引いた。

 

「なっ!?」

 

 直後に起きる爆発。

 ランスの先端部から発生したそれは、属性攻撃の炎とは受ける印象が違う。

 アルの驚愕を余所に、楓が更に立て続けにトリガーを引くと、三度目の爆発でとうとうドスランポスは槍の先端から解放された。

 

 ボロ雑巾のように地面に撃ち落とされたドスランポスは、しかし未だに存命だった。

 

 ランスの爆発に頭部の一部と、左腕を失ってもまだ、だ。

 生への執着からか、ドスランポスは懸命に起き上がろうとする。

 

 ドスランポスが吹き飛んだせいで開いた距離をゆっくりと詰めながら、ガチャリ、と楓はランスの根元を振るわせる。

 熱を帯びた空の薬莢が、ジュウ、と音を発てて地面に転がった。

 

 未だ息のあるドスランポスに追い討ちをかけるには、あまりにもゆっくりとし過ぎた動作。

 しかし受けたダメージの大きさからか、楓がドスランポスの元に立ったとき、それは未だに立ち上がれずにいた。

 

 そうして彼女は、ランスの先端をドスランポスに向ける。

 

 突かないのか、とアルが疑問に思った瞬間、楓のランスの切っ先が僅かに発光し始めた。

 

 ランスの先端部から起こった、属性攻撃とは違う爆発。空の薬莢。光始めた切っ先。

 そこでようやく思い至る。

 ランスの内部構造に手を加えることによって、突く以外の攻撃方法を獲得した武器があったことに。

 

 そして、その武器の最大の攻撃は、斬撃でも砲撃でもなく、火竜の身体構造を真似た──

 

「消し飛べ」

 

 無慈悲な声と、ドスランポスがようやく立ち上がったのは同時。

 

 直後、熱と轟音が辺りに降り注いだ。



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失敗をバネに人は高く翔べるのよ

 剥ぎ取り用のナイフを使って、辛うじて傷付いていない青い皮を引き剥がす。

 

 辺りにランポス達の姿はない。

 あるのは彼らの遺体だけだ。勿論、全滅させた訳ではなく、逃走した個体もいるのだが。

 

 

「剥ぎ取りは終わったか?」

 

「ん、あぁ」

 

 

 アルがランポスの遺体から剥ぎ取りをしている間、周囲に危険がないか警戒してくれていた楓が、声をかけてくる。

 それに軽く返して、中腰の姿勢から背筋を伸ばした。

 

 ほんの数分前には戦場であったハズなのに、辺りは静かなものだ。

 あるのは勝者と遺体に成り果てた敗者だけ。

 しかして、敗者の生き残りが勝者に襲いかかってくることもない。

 

 

(これが、弱肉強食ってことなんだろうな)

 

 

 食うために襲う。

 生きるために見捨て、逃げる。

 そこに善悪はなく、あるのは純粋な自然界のルールだけだ。

 そして、ハンターとして狩り場に立っている以上、アルも同じルールに生きているのだ。

 

 

「どうした? ……まさか、どこか負傷したのか?」

 

「いや、別に」

 

 

 苦笑して首を振る。

 何を感傷に浸っていたのやら。そんなのはハンターになったのなら今更だろうに。格好悪い。

 

「それ、『ガンランス』だったんだなーって思って」

 

 格好悪いので当たり障りのない話題を提供する。

 

 武器の造形はそれぞれの使い方と名を表すものだ。

 

 巨大な盾に、長大な槍。

 その特徴から、てっきり楓の武器はランスだと思っていたが、ドスランポスを片付けた攻撃方法は、ランスのそれとは一致しない。

 

「あぁ。ガンランスを見るのは初めてか?」

 

「まあな。最後のアレ、竜撃砲って言うんだろ? スゲー威力だったな……でしたね」

 

「竜車の時にも思ったが、別に無理に口調を改めなくてもいいんだぞ?」

 

 苦笑しながらそう言われて、こちらも苦笑を返した。

 我ながららしくない言葉遣いだったとは思う。そのせいで、却って失礼をかましているんじゃないか、とも。

 そういう意味で、楓の言葉はアルにはありがたいものだった。

 楓の方もアルの態度でそれを察したのか、これ以上は特に何を言うでもなく、竜撃砲の解説に入る。

 

 

「ガンランス最大の攻撃方法だからな。威力は申し分ない。反面、使用制限も多いが」

 

 

 使用制限。

 

 アルも聞いたことがある。一度使用すると、二度目の使用までに時間がかかるという。

 放熱時間の問題なのだそうだが、それを差し引いても凄い威力である。

 

 

「さすがに、駆け出しと言ってもハンターだな。この程度は知っていたか。……ただ、まあ、それだけ、ということも無いのが少々困りものなんだがな」

 

「他にもまだ何かあんの?」

 

「本当なら、自分で気付くべきなのだろうが……、ガンランス使いと共闘する機会もあるだろうしな」

 

 

 アルの疑問に、彼女はそうやって一度区切って、

 

 

「まずは放熱。これはお前の言った通りだな。ランスに熱が残っている状態で再び使用すると、刀身──というか砲身だな、が耐えきれずに爆散するらしい」

 

「爆っ!?」

 

「そうさせない為に、放熱完了までは使用出来ないようリミッターがかかっている」

 

「って、使おうにも使えねえってことか」

 

「ああ。次に切れ味だな。これは竜撃砲に限った話ではないが、穂先から砲撃を行う以上、切れ味の低下が著しい」

 

「そっか、言われてみりゃ確かに」

 

 

 武器の切れ味は剣士にとっては最も重要な物だ。

 切れ味が低下するとロクなダメージが与えられないし、甲殻に弾かれたりすると攻撃してるこっちの方が隙だらけになりかねない。そういうわけで狩り場においては、常に最高の切れ味を保つことが理想とされている。

 

 

「そして最後だが……これが一番問題でな。使用中は足が止まる」

 

「足が……?」

 

「気付かなかったか? 竜撃砲は引き金を引いてから、砲身に熱を送るまでに少々の時間が掛かる。加えてあの威力だ。使用する側にもそれなりの反動が、な。それを受け止める為には、相当に足を踏ん張る必要があるんだ。一対一ならともかく、集団が相手の狩りには向かないな」

 

「でも、さっきは──」

 

 

 言いかけて、思い出す。

 ドスランポスに追い討ちをかけた楓は、確かに足を止めていた。

 

 アレでは他のランポスから狙い撃ちにされてしまう。

 あの時、アルは楓の動きを追うのに必死で気付かなかったが、かなり危険だったのではないだろうか?

 

 あんな風に足が止まってしまうなら、もっとこう、群れから引き離すとか、誰かが牽制するとか──

 

 

「……って、俺がやらなきゃいけなかったのか」

 

 

 気付いて落ち込む。

 結果的にアルの牽制無しでも竜撃砲は撃てたが、やれたハズのことをやれなかったのは凹む。

 それが狩りの命運を分けるなら尚更だ。

 

 

「……なっさけな」

 

「? ……どうした?」

 

「いや、結構強引なタイミングで竜撃砲使わせちまったなぁ、って。……もうちょい余裕出せただろうに」

 

「タイミング的には確かにギリギリだったがな、それなりに引き離していたし……本当に危うくなればお前が割って入ってくれたろう?」

 

 

 それは、どうだろうか。

 だが少なくとも、彼女は自身で竜撃砲を放てる環境を整え、同時にアルのことも信頼してくれていたのだと理解する。

 

 アルはまだ未熟だ。そのことは僅かな期間とはいえ、ともに過ごした楓にも十分にわかっているだろう。

 それでも楓はアルを信頼してくれていた。自分を信頼してくれた相手に応えたいと思うのは当然の感情だ。

 

「次は失敗しねえ」

 

 聞こえないように呟いた言葉は、しかし聞こえてしまったのかも知れない。楓の口元が僅かにほころんだ気がした。

 

 

 

 

「よっし! そんじゃ行くとしますかね!」

 

 気合いを入れる目的も含めて声を張る。

 

「そうだな。ランポス相手にそれなりに時間をかけた」

 

「あぁ、急ごうぜ」

 

「いや、時間自体には随分と余裕がある。焦る必要はないだろう。

 ……と、そうだ。一つ訊いておきたいことがある」

 

「ん、何?」

 

「お前はエルモアに来て一月程だと言っていたが、ドスランポスを狩った経験はあったのか?」

 

「……いっぺんだけ」

 

 楓の質問に少し間を空けて答えた。

 やはり狩りの経験は、事前にすべて伝えておくべきだったのだろうか?

 別に悪いことはしてないハズだが、伝えてなかったことに少しばかり罪悪感が募る。

 

「一度、か。それであの動きなら、それなりだな」

 

「はい?」

 

 間の抜けた声が出た。

 怒られるんじゃないかと身構えていたので、正直拍子抜けだ。

 

「ならば、自身の実力を鑑みて『狩れる』と判断した訳だな?」

 

「まあ一度狩った相手だし、何よりアンタがいたからな。少しくらい無茶でも、後のことを考えるなら狩った方が良いと思って」

 

 実際、一人きりだったなら本腰をいれて狩らなければならない相手だ。何かの“ついで”にドスランポスを狩れる実力は、まだない。

 なのでこれは、見ようによっては、実力が不確定な楓を、一方的に頼った形になってしまう。

 今更ながらにそれに気付いて、アルは内心舌打ちした。

 

(情けねえ上に、寄生かよ!)

 

 だが、楓は特に気を悪くした様子も見せずに笑った。

 

「私を信用してくれた、という訳か。まあ実際、大局を見るならばアソコで仕掛ける決断も間違いではないだろうしな。

 ……どうだ? 私はお前の期待に応えられたか?」

 

「お、おう! バッチリだ!」

 

 またしても楓の回答はアルの斜め上をいく。

 なんというか、器量の広い人だ。

 

「なら良かった。卵を運ぶ段階になれば、恐らく私は役たたずだろうからな」

 

「そっちは任せてくれ。さっき役にたてなかった分を取り返す」

 

 アルの言葉に、楓は僅かに首を傾げ「いや、充分だったと思うが」と疑問符を浮かべる。

 

「私としては、二度目であそこまで動ければ大したものだと思うが……。それにお前の判断力も見れた」

 

 いいのだ。

 これはアルが勝手に役にたてなかったと思っているだけなのだから。

 

 だから、勝手に取り返す。

 

 そう決意表明すると、楓に背中を叩かれた。

 

「そこまで言うなら、卵運びはお前に任せよう。いや、元よりそのつもりだったが、そこまでやる気を出されては私の出番は本当に無いな」

 

 そう微笑み、

 

「期待しているぞ」

 

 その一言で、アルの中のやる気は急上昇した。





ないわー……。

武器の造形に明るくないったって、ランスとガンスを間違えてるとかないわー……。

身近に使う人間がいなかったからって、ガンスだって気付かないとか。アル、お前さ……。


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紅 ~焼肉~

 さて、ハンター達から森丘と呼ばれるこの狩り場には、森の中心をぶち抜くような形で、高い山がそびえ立っていた。

 楓が言うには、その山頂が飛竜の巣になっているのだという。ならば目的の卵も、そこにあると見てまず間違いはない。

 

 実は森丘に来るのは初めての経験なので、アルとしてはゆっくりと狩り場を見てみたかったのだが、なんとなく言い辛いので、楓の歩くペースに合わせての行軍である。

 

 それでも、キノコの採れそうな場所。薬草の採れそうな場所。魚を釣るのに最適な場所、を探してしまうのは、もう何か職業病かも知れない。

 採集ハンター的な意味で。自分で言ってて、情けなさで泣きそうになるが。

 

 そうして歩き続けたアルと楓の二人は、程なくして山頂近くまで辿り着いた。

 

「着いたぞ。飛竜の巣だ」

 

 楓が指さした方向に視線を向けると、山頂近くにぽっかりと空いた洞窟の入り口が見えた。その洞窟の中が飛竜の巣、ということだろう。

 

 後は卵を見つけて運ぶだけだが、その前にこの質問は必要だった。

 

「リオレウスは……?」

 

「いないようだな」

 

 アルの質問に、洞窟内を覗き見た楓が答える。

 

 よし。と一息。

 

 あんな狭そうな空間で、飛竜と鉢合わせたら、卵どころではないのだ。

 そうして、リオレウスがいないのを確認しながらも、やけに慎重にアルは巣の中に踏み入れる。

 

 洞窟の中は思いの外、広かった。

 恐らくは飛竜の出入口なのだろう。天井には巨大な穴が空いていて、洞窟の中だというのに明かりが必要ないくらいには明るい。

 踏みしめる地面の感触は、想像していたものよりもずっと柔らかくて、外の地面の硬さと比べて驚いた。

 だが、ここで彼らが眠ることを考えるなら、それもまあ当然か。アルだって堅い床よりは柔らかいベッドで眠りたい。

 あとは、卵のためだろうか。実際のところは知らないが、そっちもやはり堅いよりは柔らかい場所に置いておいた方がいい気がする。

 とすると、この柔らかい地面を作るために、リオレウスやらリオレイアは土を運んできたり耕したりしていたことになる。なんとなくそれを想像して、アルは吹き出しそうになった。巣、という以上そういうこともあったのかも知れないが、『凶暴な竜』というイメージからはかけ離れている。

 

 そんなことを考えていたからだろうか。柔らかな土の感触とは別の、堅い感触を踏みつけて、その正体もわからぬまま思わず身を竦ませた。

 目を向けると湿気った茶色い土と枯れ草に混ざって、薄汚れた無数の白いモノが見える。

 それが食い散らかされた生き物の骨だと認識して、一瞬でもこの場所で気を抜いた自分を殴りたくなった。

 リオレウスに見つかれば、アルだってこの骨の仲間入りを果たしてもおかしくない。

 

 気を引き締め直して、卵を探す。

 と、辺りを見渡した中に、アルの身長程の岩棚を見付けた。

 

「あ、卵」

 

 注意深く目を凝らしてみると、そこには探していた物があった。

 両手を使って抱えなければならない程の卵が、合計三つ。別に隠してある訳でもなく無造作に。

 

「見付けたか」

 

「おう。後は、ちゃっちゃっとズラかるだけだ」

 

 近付いてきた楓に返答して、ニヤリと笑う。

 

「依頼内容は、二つ納品。……どうする、一気に運ぶか?」

 

 楓の提案に、アルは首を横に振った。

 

「一つずつ運ぼう。俺が運ぶから、護衛を頼む」

 

 往復は辛いが、成功率を上げるならばこちらの方が有効だろう。

 楓が卵運びが苦手なのは知っていたし、二人が二人とも卵を持っていては咄嗟の時に対応出来ない。

 なんせこの卵はバカみたいに重い上に、中身が固体じゃないせいでたぷたぷ揺れるのだ。挙げ句、衝撃にはとことん弱いので、持ち上げたら最後、下手に地面にも降ろせない。

 

「それが賢明か。……悔しいが、運ぶことに関しては私は役にたたないからな」

 

「まあ、不安かも知れないけどさ。ここは俺に任せてくれよ」

 

 苦笑した楓に苦笑で返す。

 さて、それじゃあ運びますかね。と、アルはポーチから手のひら大のボールを取り出した。

 

「なんだ、それは?」

 

「ん? 消臭玉」

 

 言って、卵の近くで炸裂させる。

 次の瞬間、飛竜の巣内部に漂っていた、生臭さと腐臭、血の臭いを混ぜたような嫌な空気が和らいだ。

 

「消臭玉……というと、アレか?」

 

「ま、読んで字の如くのアレだな……っと」

 

 笑いながら、しかし両手でしっかりと卵を持ち上げる。

 

「卵運びに消臭玉?」

 

 よっ、と卵が安置されていた岩棚から飛び降りた。

 屈伸を使って衝撃を殺してやるが、何度やってもこの瞬間は緊張するものだ。下手に勢いがつきすぎて衝撃を殺し損ねれば、そのままバランスを崩して卵を投げ出してしまいかねない。

 

「その、何か意味があるのか?……私は聞いたことが無いのだが」

 

 アルとは違い荷物を抱えていない楓は、軽やかに岩棚から飛び降りると、何だか微妙な表情をしていた。

 

「あー、ほら、飛竜の卵ってのは臭いがキツいんだ。ランポスなんかはその臭いに釣られてやってくるんだよ」

 

「消臭玉でその臭いを消している、と?」

 

 さすがに鳥竜種が卵の臭いに釣られてくる話は知っていたらしい。あっさりと答えに辿りつく。

 

「臭いは卵の中から常に発生してるみたいだから、気休めだけどな。……それに親竜も、卵を探す時は臭いを辿るらしいから。ま、簡単なモンスター避けみたいなもんだよ」

 

「成る程。考え得る対策を自分で講じている訳か」

 

「確かに一般的じゃねえよなー。あんまし効果が長続きしねえからかな?」

 

「そうかも知れないが……。うん、さすがだ」

 

「……っ」

 

 本気で関心してそうな楓の台詞に、ちょっと恥ずかしくなる。

 というか、最後に向けられた微笑みが自分的にヤバかったので、全力で目を逸らしてみたりする。

 

 あ、グギッていった。

 

 と、そんな感じで二人は一つ目の卵を運び始めた。

 

 

 

 

 

 

 よいしょー! とベースキャンプにある赤い箱の中に飛竜の卵をぶちこむ。

 ぶちこむ、と言っても緩衝材の上に安置するように、そーっとだが。

 

「これで後一つだな」

 

「……ああ」

 

 結論から言ってしまえば、アル達は首尾よく一つ目の卵を運び終えた。

 だというのに、何故か楓の表情は暗く感じられる。もしや警戒し続けて疲れているのだろうか?

 

「いや、こうもあっさり運ばれてしまうとな」

 

「まあ、リオレウスとも鉢合わせなかったし。散発的に襲ってくる連中は、楓がなんとかしてくれたからな」

 

 ドスランポスを片付けておいたのは、やはり正解だった。

 群れで襲われてはさすがに逃げにくいし、例え楓であろうとも群れを相手にアルを庇いながらなんて──うん。なんかなんとかしてしまいそうだ。

 

「……私が言っているのは、そういうことではないんだがな」

 

 じゃあ、どういうことだろう?

 アルがわからずに首を傾げていると、「わからないなら、いい」と苦笑された。

 微妙に納得がいかないが、まあいいかと割り切ることにする。実際、何か致命的な問題が起こったわけでもないし。

 

「そんじゃ、ささっと二つ目も運んじまうか」

 

「それは構わないが……。休憩は必要ないか?」

 

 そう言われて、少し腹が減っていることに気付いた。

 卵の運搬作業だけならまだしも、直前にドスランポスとやりあったせいで、自分で思っていたより消耗してしまっているようだ。

 

「あー……、じゃあ飯にしていいか?」

 

「無論だ。ちょうど私も小腹が空いた」

 

 

 ──そういう訳で昼食である。

 

 

 支給品の携帯食料は味気ない、と楓が一蹴したので、そこらにたむろしてるアプトノスを狩りに行ったり、そのついでにアルが(ついうっかり)キノコを採取してしまったりとかは、まあ別段書き記すことでもないだろう。

 

「うまーっ!」

 

 と、叫び声にも近い感想を漏らしたのは、言うまでもなくアルだ。

 

 手に持っているのは何の変哲もない骨付き肉なのだが、美味いものは美味い。いつも食べてるこんがり肉よりも、遥かに美味い気がするのは気のせいではないハズだ。

 焼いてくれたのは楓なので、その辺りのことを是非詳しく訊いてみたい。だって美味しいんだもの。

 

「……? いや、普通に焼いただけだが?」

 

「マジか……、俺の焼き方と何が違うんだ……」

 

 今度楓が肉を焼く時は、絶対近くで観察しよう。何か秘密があるハズなのだ。そんな機会があればの話だが。

 

「ふふっ」

 

「……何だよ?」

 

 唐突に笑った楓に、怪訝な顔を向けると、彼女は微笑みを浮かべたまま。

 

「なに、そんな風に旨そうに食べてくれるとな。大した手間ではないが、私が焼いて良かったと思っただけだ」

 

「あん? 美味い物を旨そうに食うのは当然だろ?」

 

「まあそうだが」

 

 言いながらも、楓の笑みは消えない。

 そんなに嬉しいもの何だろうか?

 

「狩り場で誰かと食事するのも久しくてな。その相手がお前のような美丈夫だと、尚更だ」

 

「びじょうふ……?」

 

(……って何だ?)

 

 と思ったが、自分のバカっぷりをさらけ出しそうな為に自重する。

 こういうのは言わなきゃバカだとは思われないものだ、意外と。

 

 とりあえず、楓は誰かと一緒の食事だから楽しいんだ、ということだけ解れば、この場合はオッケーだろう。

 

 アルも大抵一人でやってきた。だから、狩り場で誰かと一緒に食事するのが嬉しい、という感覚は何となくわかる。



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地域差

「それにしても」

 

 と、楓は食事の手を止め、アルの全身を上から下まで流し見た。

 

「初めて会った時から思っていたが、その防具は何だ?」

 

「は?」

 

 随分と脈絡のない質問に、僅かに反応が遅れた。

 

 ──アルの防具。モンスターの素材を活かし、鉱石で固めた鎧で、全体的に白っぽい。

 ヘルム、アーム、メイル、フォールド、グリーブと一式きちんと揃っていたが、さすがに食事中はヘルムは外していた。解放された長い襟足が、風に遊ばれて何度か自分の視界にも写る。

 

 対する楓の防具は、前述したように紅いドレスで、『鎧』というイメージとは少し遠い。

 装備が纏う気配はとても力強いので、相当な防御力があるのだろうが、頭部を守るティアラだけは見ていて少し不安になる。なんせ、ほとんど頭が剥きだしだ。

 おかげで彼女の端正な顔立ちと、長く艶やかな銀髪は、隠れることなく太陽の下にさらけ出されている。

 なんというか、これだけで本当に頭を守る効果があるのかは少々疑問だ。

 もっとも、アルが知らないだけで凄い効果があるのだろうが。

 

 とにかくパッと見る分には、ハンターというよりどこぞの貴族サマだ。ついでに言うと、『姫』というよりは『女帝』だと思う。

 で、その女帝が言うには、

 

「私が知りうる限り、そんな防具はなかったハズだが。

 ……ああ、形だけならランポスシリーズに近いものがあるな。その系統か?」

 

 防具の名は、どんな素材を主に使用しているかで変わってくる。

 たとえば飛竜の代表格と言われるリオレウスを素材とした場合、防具の名前もレウスシリーズ。

 先ほど戦ったランポスやドスランポスの素材を主に使った場合は、ランポスシリーズ、といった具合だ。

 

 楓にランポスシリーズと言われて納得する。

 確かにこの防具は、それに近いものがあるのかも知れない。なにせ、

 

「これはギアノスシリーズだ」

 

「ギアノス? 聞かない名だが……」

 

 告げられた名前に、楓が眉を寄せた。

 

「まあ、この辺にはあんまし居ないのかもな」

 

「……何?」

 

「俺、ポッケ村出身なんだー」

 

「うん?」

 

 いきなり何を言ってんだこいつは。そんな風な目で見られる。

 けどまあ、順序だてするとこうなるんだから、大人しく聞いて欲しい。

 

「西大陸のフラヒヤ山脈にある小っせえ村なんだけどさ」

 

「それはまた随分遠いな」

 

「片道で一ヶ月くらいかな? 年中雪だらけのとこでさ、そのポッケ村の周りにはギアノスってモンスターが結構いるんだよ」

 

「ふむ、環境における生息地の差か」

 

 楓はそう結論付けたが、多分それが正解だろう。

 実際にエルモアに来てから、ギアノスなんて数えるほどしか見ていない。

 

「雪山が棲みかみたいな連中だからな。楓は、雪山行ったことないんか?」

 

「ない。近い環境で凍土と呼ばれる狩り場には行ったがな、それもエルモアから遠く離れた街での話だ」

 

 そもそもエルモア周辺は温暖な気候で、寒い地域なんて見当たらん。と続けて、楓は苦笑した。

 

「そっか、そういやエルモアのギルドの管轄って暑い場所ばっかだった気がすんな」

 

「狩り場の管理をするには適切な距離が必要なのだろうな」

 

 なるほど、と頷く。

 

「そんな風に棲んでいるモンスターが違うと、こっちでは大変だろう?」

 

「どうかな? こっち来てまだ日が浅いし、ランポスなんかはまんまギアノスだからよ」

 

「何だと?」

 

 姿形はそのまま。動きのパターンもほぼ同じ。違うと言えば、色が白いくらいか。

 

 そう説明すると、楓は何かに気付いたらしい。

 

「まさか、白ランポスか……?」

 

「あー……、こっちじゃそう呼んでるのか。学術名はギアノスらしいぞ」

 

 アルはエルモアに来てから、ギアノスの姿を数えるほどしか見ていない。

 だが逆に、『数えられる程度』なら見ているのだ。ランポスに混ざって、ほんの少し。

 あの程度の数では、防具を一式作ろうにも素材が集まるまい。楓がギアノスシリーズを見たことがないのも当然と言えた。

 

「っと、食った食った!」

 

 そこまで思い至った時、手持ちの肉がなくなって立ち上がる。

 

「さ、行こうぜ」

 

「せっかちだな」

 

 楓も苦笑しながらも立ち上がる。

 

 ちなみに、アルとしては楓の装備のことを訊いて見たかったのだが、そこはぐっと我慢した。

 彼女と同じくらいの高みに上れば、きっと自分で知ることが出来るハズだから。

 

 

 

 ──とは思ったのだが、やはり興味はある。

 

 

 

「ガンランスを使うのってどんな感じなんだ?」

 

 武具の名前については我慢して、カテゴリーとしての使い勝手を訊いてみた。

 うん。普段片手剣しか使っていないと、やはり重量武器にも興味があるものなのだ。

 

「使い勝手か? そうだな……」

 

 こちらの質問に、楓は一瞬思案顔を浮かべると真顔で、

 

「悪いぞ」

 

「え゛」

 

 思わず変な声が出た。

 自分の武器のことを使い勝手が悪いと言い切ってしまうのはどうなんだろう?

 

「重いし、切れ味は悪いし、砲撃を行う度に刃こぼれするし、竜撃砲を撃つ時は馬鹿みたいに熱いし、火薬を扱うせいで普段の手入れも大変だしな」

 

「あー……、なんだ。じゃあ何でそんなもん使ってるんだよ?」

 

 不満というか、問題点ばかりポンポン挙げられると、その武器を使う理由がさっぱりわからない。

 

 絶妙な顔をして再度問いかけると、楓は優しく笑った。

 

「うん? それでも私はこの武器が好きだからな、相性が良いと言ってもいい」

 

「………あ」

 

 息を呑む。

 

 好きだから──まるで子供みたいな理由は、だからこそ単純に『それだけ』なのだと告げていた。

 

 欠点が幾つもある。

 それを知っている。

 

 だけど、それを含めても好きなんだ。

 それは、ここで下手に長所を挙げられるよりも、アルには納得出来る答えだった。

 

「いくつかの武器を扱って、たどり着いたことだがな。どんな理由があっても結局の所、『好きだから』に行き着くのだろうな」

 

「すげぇな」

 

 そんな風に自分の好きな武器に出会えることが。

 その武器を使いこなす為に努力出来ることが。

 

 相性の良い武器でも、それを自在に使いこなすには相当な努力がいる。

 加えて、好きな武器と自分の相性が良いとも限らないのだ。

 アルは自分と相性の良い武器も、好きな武器も見つけられてはいなかった。

 

「楓は、すげぇよ」

 

「そうでもないさ。我を通し続けただけだからな」

 

 何でもないことのように言い切る彼女は、しかしどれ程の研鑽を積んできたのだろう。

 少なくとも、アルが剣を振るってきた時間よりは長いと思える。

 

「俺も楓みてえに、ビュンビュン武器を振り回してぇなぁ」

 

「振り回していただろう?」

 

 楓が言ってるのはランポス戦だろうが、アルが言ってるのは少し別の意味合いだ。

 

「違ぇよ。もっとこう、使いこなしたいってこと! それがデッカイ武器なら尚更さあ!」

 

「ふむ」

 

 楓はアルの腰にぶら下がっている片手剣に一瞥をくれると、

 

「充分うまく扱えていると思うがな。それに、私が言うのも何だが……、お前と重量武器は相性がそれほど良さそうには見えない」

 

「……腕力が足りねえってことかよ」

 

 楓の言い分に口を尖らせる。

 確かに他のハンターに比べると、ほんの少し──いや多少、いやいや僅かに、華奢だが。

 

「いや、腕力は鍛えれば備わるだろう。問題は戦い方だな」

 

「?」

 

「片手剣を使った戦闘を見る限りでは、鈍重な武器を振り回すよりは軽い武器で相手の隙を衝くやり方の方が向いていそうだ」

 

 まあ、武器に応じて戦闘スタイルは変えるものだが。と続ける。

 

「お前のように、軽いフットワークから隙を誘発する戦い方ならば、片手剣や双剣が向いているだろう」

 

「あ、確かに重い武器だと素早くは動けねえか」

 

「そうだな。これからどの武器を使うにせよ、今の自分の戦い方を見詰め直す必要は出てくる。基礎堅めは片手剣で良いだろうが、そこからどうするかを判断する時、武器の特徴と自身の戦い方を冷静に視れるだけの知識と経験は必要だぞ」

 

 最悪、積み上げてきた戦闘スタイルを全て崩さなくてはならないからな。と、楓は言ったが、もしかしたら彼女自身、武器の選定のために何度も戦闘スタイルを作り替えてきたのかもしれない。

 

「目下の所、筋トレと経験値かー」

 

「ああ。だが、無理して重量武器を使う必要はないだろう?」

 

「憧れってやつだよ。

 そりゃ、武器に優劣なんて無いのはわかってるけどな。軽い武器をバカにする気もないし、そんなのはその武器の使い手に対する侮辱だからな。

 けど、やっぱ男なら一度くらいはバカデカイ剣を振ってみたいの」

 

「そうか」

 

 そう呟いた楓の表情は優しかったが、どことなく子供扱いされてるような気がした。

 実際、憧れなんて理由で新しいカテゴリーの武器を使おうだなんて、子供っぽいが。



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紅 ~閃光~

「それにしても……」

 

「あん?」

 

「よく話ながら運べるものだな」

 

 アルのやや前を歩く楓は、わざわざ振り返るとアルの持っている物を指さした。

 

 両手で抱えるようにしなければ持てない程のサイズ。

 絶えず独特の匂いが漂ってくる楕円形の物体。

 

 

 飛竜の卵である。

 

 

 ぶっちゃけると、アル達は二つ目の卵を首尾良く手に入れた。

 現在はベースキャンプに向けて絶賛移動中である。

 

「いやいや、普通だろ。ちょっと喋ったくらいで落としゃしねえよ」

 

「…………、心なしか一度目よりも移動速度が上がっていないか?」

 

 あ、誤魔化した。ってことは楓はちょっとでも集中を乱されると、卵割るのかー。

 なんてどうでもいい事実に気付いて、しかしアルは楓の質問にちゃんと答える。

 

「そりゃ一度往復した道だし、道順くらい覚えてるって。それに、さっき肉獲りに出た時に歩き回ったお陰で、歩き易い所はちゃんと確認出来たしな」

 

 言いながら、アルは足下の木の根を軽く避けた。

 卵を抱えたままでは足下なんて見えないが、そこはそれ。一度歩いた道なら、どこに転びそうな物があるか、なんて覚えていて当然だし、ちょっと視野を広めに持てば、障害物の有無だって事前に察知できる。

 障害物がある、と認識さえできていれば、それが足下にきたと思ったタイミングで避けることくらいは簡単だ。

 

「とんでもない奴だな……」

 

「何が?」

 

 思わず、と言った感じの呟きに首を傾げる。

 とんでもない奴ってのは楓の為にこそあるような言葉だ。と思ったから聞き返したのだが、なんだか絶妙な顔をされて誤魔化されてしまった。

 

 とか何とかやってる内に、アル達は歩いていたエリアの端まで辿り着いた。

 狭い林道を抜けた先は、ブルファンゴの棲みかになっていたハズだ。

 

「私が先行しよう。少し待っていてくれ」

 

「りょーかい。気ぃつけてな」

 

「ああ」

 

 障害になりそうな連中は、一つ目の卵を運んだ時に粗方片付けたのだが、念には念を。ということだろう。

 いないならいないで良し。いたのなら、楓が一掃してから進むべきだ。

 

(でも、待ってるだけって何か嫌なんだよなぁ)

 

 退屈だし。

 卵は重いし。

 何より自分の知らない所で彼女に怪我でもされたら──、

 

「……ないな」

 

 ダメだ。

 彼女がブルファンゴに後れを取るなんて想像もつかない。

 

 という結論を出して、アルの思考は『暇だー』に戻った。

 

(いっそ、何か面白いこと起きねえかな)

 

 そう思って見上げた空は蒼く澄みきって、雲一つない空というのはこういうものだな、と感心する。

 

 

 そう、雲一つなかったのだ。

 

 

 なのに突然、アルの頭上に影が落ちたのは、不自然な風が吹いたせいで木々が揺れたせいだろう。

 実際、風が吹き抜けると同時に影は消えた。

 そうして、その代わりとばかりに、ズシンという地面が揺れる音。

 その音に凍りつく。

 

 

 ──何故?

 

 

 決して振り返ってはいけない。

 

 

 ──何故?

 

 

 だが振り返らずにはいられない。

 

 

 ──何故?

 

 

 わかる。

 背中越しでも感じる圧倒的な威圧感。

 すぐそこに『それ』の息遣いを感じる圧倒的な存在感。

 振り返ったが最後、きっと理性を保てないだろう、そんな存在が後ろにいる。

 

 だがそれでも、『それ』の存在を確認しなければ、死ぬしかないだろうこともわかる。

 アルは、ろくに言うことを利かない体を反転させて『それ』を見た。

 

(……っ、冗談じゃねえぞ)

 

 金の双眸。

 赤い甲殻。

 巨大な体躯。それに似合った長大な翼。

 挑むことすら許されない、圧倒的な存在感。

 人間なぞ一息で飲み込めそうな口元からは、一瞬で人間を消し炭に出来る炎が燃えて。

 

「ゴアアァァァァァァァアアア!!!!」

 

 そうして解放された、圧倒的な殺意。

 

 認識する。

 

 アレには勝てない、と。

 そして、アレに知覚された以上、死ぬしかないだろうことも。

 

「あ」

 

 それでも、凍ってしまったように動かなかった足は自然と後退りを始めていて──、

 

「うわぁぁぁぁあああっ!?」

 

 直後、アルは絶叫しながら逃げ出した。

 

 

 絶叫し疾走する。

 

 視界は涙で滲み、逸る気持ちは足下を確かめる余裕を無くす。

 極端に狭くなった視界で、しかし全力疾走をやめることは出来なかった。

 

(死にたくない)

 

 背後からは、圧倒的な存在感。

 その巨体には辛いであろう狭い林道にあって、彼の者の疾走もまた止まらない。

 

 否。

 視界にかかる木立を吹き飛ばし、圧倒的な威力で大地を蹂躙するそれは、もはや『疾走』ではなく『爆走』であった。

 

(死にたくない!)

 

 アルと飛竜とでは歩幅が絶対的に違う。

 まともに逃げても簡単に追い付かれるだけだろう。

 

(死にたくないっ!!)

 

 だが、恐慌するアルに思考する余裕はない。

 

 そもそもこの林道は一直線。

 追われて逃げるには、バカ正直に走るしかないのだ。

 

 息が上がる。

 脚がもつれる。

 早鐘をうつ心臓は、疾走と恐怖とで破裂寸前だ。

 

 

 林道の出口はまだなのか。

 

 

 楓と分かれた地点は、既にこのエリアの端だったハズだ。

 にも拘わらず、林道の出口までがあまりにも遠い。

 

 滲む視界。その中での目視が間違っていなければ、出口まで凡そ十メートル程。

 

 そしてその十メートルの距離を走りきる前に、アルは蹂躙されるだろう。

 飛竜の息遣いをすぐ側に感じた気がした。

 

 

 死ぬ。

 

 

 せめてこの脚がもう少し速ければ、林道を抜け出せただろうに。アルは、自身の脆弱な足腰を呪った。

 

 

「ガアアァァァァァァァァ!!」

 

 

 飛竜の咆哮が迫る。

 それは死の気配に等しい。

 そうして思った。

 

 

 “だが、果たして林道を抜け出したところで何だというのか”

 

 

 林道を抜けても飛竜の爆走は止まらないだろう。

 そしていつか追い付かれ蹂躙される。

 

(はっ…………なんだよそりゃあ)

 

 結局、遅いか早いかの違い。

 自分ではここが限界だったのだと、唐突に悟った。

 

 だが恐怖は消えない。

 諦めにも似た感情の中、アルの心は恐怖に揺さぶられ続けて──、

 

 

 ──不意に、滲む視界に鮮烈な紅を捉えた。

 

 

「そのまま、真っ直ぐ────」

 

 

 紅いモノがこちらへ近付きながら、何事かを叫んでいる。

 耳を傾けている余裕などない。

 

 だがしかし、意識せずともその声は、不思議とアルの中に響いた。

 

 

「────振り返らずに走り続けろ!!」

 

 

 是非もない。

 走り続けなければ、死は一瞬の後だ。

 

 互いが互いの側に走りより、交錯する。

 すれ違い様に、それは何かを投擲した。

 

 直後、アルの影が一気に伸びる。

 何が起きたのかを確認する余裕はない。

 

「ギャオオォォォォッ!?」

 

 飛竜の呻き声とともに、殺意の塊だったそれが離れていくのを感じた。

 

「行け」

 

 離れた殺意の代わりにかけられる声。

 暖かなそれに背を押されるように、アルは林道を抜け出した。



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もう一度、ここから

 気が付いたら、ベースキャンプにいた。

 

 飛竜──リオレウスに見つかってから、がむしゃらに駆けたせいで、何をどうやって、どこをどのようにしてキャンプまで帰ってきたのかは覚えていない。

 胸を苛み続けた恐怖は、狩り場の中で唯一安心して休めるベースキャンプに着いてようやく収まり始めた。

 

 安堵。

 そうだ、安心できるということは自分は恐怖を感じていたということ。

 

 初めて見た飛竜。

 ランポスなど、取るに足りない存在に思える程の脅威。

 

 自分は、もっと動けると思っていた。

 未熟であっても、この身はハンターなのだ。

 戦えないまでも、隙を見て逃げ出すことくらい容易いと、そう思っていた。

 

 だが、突き付けられた。

 どう足掻こうとも、お前は未熟だと。臆病者だと。

 リオレウスを見た瞬間に沸き上がった恐怖に、どうすることも出来なかった。

 

「く、そ……」

 

 吐き出した声は、未だ震えて。

 恐怖と情けなさ。

 打ち砕かれた自信と突き付けられた未熟。

 

「こんなんじゃ、俺は……」

 

 ハンターとしてはやっていけない。

 

 後に続くその言葉は何とか飲み込んだ。

 吐き出したら最後、ギリギリ立っている何かが折れてしまいそうだから。

 

「アル」

 

「……っ」

 

 どれくらいそうしていたのだろうか。

 不意に背中からかけられた声に、過剰に反応する。

 

 声の主は楓だった。

 当然だ。アルを除けば、この狩り場に人は彼女しかいない。

 

「どうやら、互いに無事のようだな。安心したぞ」

 

「あ」

 

 そう言われて、思い出す。

 

 アルとリオレウスの間に割って入った何者か。

 あれは楓だ。直後にアルの影が引き伸ばされたのは、彼女が閃光玉を投げつけたからだろう。

 激しい光が飛竜の目を焼き、その場にいる者の影を引き伸ばしたのだ。

 

 改めて楓の姿を見る。

 紅い鎧に、蒼いガンランス。皮膚はおろか、その装備にすら傷らしい傷は見受けられなかった。

 

 

 空の王者・リオレウスの足止めをして無傷。

 

 

 その事実に、衝撃を受ける。

 

 傷を負って欲しかった訳ではない。

 だが、『これが本当のハンターなのだ』と、自分との差を見せ付けられて心穏やかでなぞいられない。

 

「……アル? どこか痛めたのか?」

 

 にもかかわらず、アルに問いかけてくる彼女の声はどこまでも優しい。

 

 その事実に、今まで抑えていたものが決壊した。

 

「お、俺は……、おれ、は……!!」

 

 込み上げてくるのは理性的な主張ではなく、ただの衝動。

 故に、脈絡もなければ自分が何を言いたいのかもわからない。

 

 この場に第三者がいたのなら、自分の未熟を彼女に当たっているようにも、彼女に懺悔しているようにも見えただろう。

 

 

 

 そんな、嗚咽にも似た独白を、楓は黙って受け止めてくれた。

 

 

 

 ランポスとの戦いの折、うまく楓の援護が出来なかった。

 信頼を預けてくれたのに、その信頼に応えられず、結局フォローされた。

 せめて卵の運搬で役に立ちたかったのに、楓がいなければ満足に逃げ出すことも出来なかった。

 楓のお陰で逃げ切れたのに、声をかけられるまで楓のことを思い出せなかった。

 

 恐怖で何も考えられなくなった。

 死ぬのが怖かった。

 飛竜と対峙する勇気が、この身には全くなかった。

 

 

 多分、そのようなことを延々と話したのだと思う。

 決壊したのは恐怖と不安と嫉妬と涙腺で、涙に濡れながら紡いだ言葉は、非常に聞き取り辛かっただろう。

 加えて、ぐちゃぐちゃの脳内では順序だてての会話が出来ない。

 

 それでも楓は文句一つ言わず、最後まで耳を傾けて、こちらが僅かでも落ち着いてから微笑みをくれた。

 嘲りも呆れも失望もない、ただ純粋にアルを安心させるための笑み。

 

「飛竜と相対したのは初めてだったか」

 

「……うん」

 

「怖かったのか、泣くほどに」

 

「……」

 

「それを恥ずかしいと、情けないと思ったのか」

 

「そう、……だよ」

 

 再び溢れそうになる涙を堪えて頷いた。

 情けない姿のハズなのに、楓の表情は穏やかなままだ。

 

「私は、情けないとは思わないがな」

 

「え?」

 

「飛竜を前にして懐く恐怖は本能だ、仕方があるまい。むしろ、その恐怖がなくなった時こそ、ハンターとしてはやっていけない」

 

 聞いたことがあった。

 否。教え込まれたことがあった。

 

 恐怖を懐かなくなったハンターは、ハンターとしてはやっていけないと。

 それは人ではなく獣であり、また死人だ。

 恐怖と勇気を持つものこそがハンターなのだと。

 

 楓もそう言いたいのかもしれない。

 けれど───、

 

「けどっ、楓は向かっていったじゃないか!」

 

 そう。それこそが大きな違い。恐怖に震えるだけなら誰でも出来る。

 そこから一歩踏み出せる彼女と、アルとでは開いた差はあまりに大きい。

 

「ああ、向かっていったな。

 ……だが、怖いものは怖いさ。それこそ、足を止めたくなるほどに」

 

 楓が、飛竜を怖いと言う。

 あんなにも強く、果敢にモンスターに向かっていける彼女が。

 

「だったら、どうして向かっていけるんだよ!? 怖いんだろ? あんな……あ、あんな相手に挑めるなんて」

 

「必要だから。恐怖はある、それでも前に進む勇気がそれを上回った。それだけの話だ」

 

 必要だから。

 落ち着いた声で、静かに語る彼女のそれは、どうしようもなくハンターの言葉だ。

 そうやって割り切るだけの強さが、アルには無い。

 

「俺には、無理だよ」

 

「何故だ?」

 

「俺は楓ほど強くない! 飛竜を前にして、どうすることも出来なかった! 楓が割って入らなかったら死んでた!」

 

 そうだ。ランポスの群れを掃討したのは誰だった?

 

 楓だ。

 

 ドスランポスからアルを庇い、決着を着けたのは?

 

 楓だ。

 

 飛竜の卵を運んでいる間守ってくれたのは誰だ?

 

 楓だ。

 

 リオレウスに殺されかけたアルを助けに入ったのは?

 

 楓だ。

 

 そもそも、この狩りを受けるきっかけは何だった?

 

 楓だ。

 

 そして足を引っ張り続けたのは誰だ?

 

 ───俺だ。

 

 

 結局はそういうこと。

 楓がいなければ何も出来ない。自分の未熟さ加減に、自分ですら嫌気がさす。

 

「いや、お前は大した奴だよ」

 

 なのに、楓はまだそんな風に言う。言ってくれる。

 

「私との連携がうまくいかない? 当然だ、初めて共闘する相手に合わせられるハズがない。

 私にフォローされた? 手の届く者が、そうでない者を助けるのは当然だろう。

 飛竜に恐怖を感じた? 本能的な恐怖は消せない。それが初めて見たものなら尚更だ」

 

「だけど」

 

「お前が言っているのは、全て当然のことなんだよ」

 

「だけど、だけ……、ど」

 

「お前は」

 

 抗う声は、静かな声に遮られる。

 静かな、だが重みのある声に。

 

「初めての相手と精一杯共闘しようとした。

 私に出来ない卵の運搬をやってくれた。

 飛竜に恐怖を懐きながらも、逃げることを『選択』出来た」

 

「……怖かっただけだよ」

 

「いいや、それは違う。恐怖に負けたものは逃げることすら選択出来ん。

 だが恐怖の中、お前は選んだ。そうして私に出来ないことをやった。

 そうやって選ぶ力がある以上、私はお前をハンターなのだと信じられるよ」

 

 そう、なんだろうか。

 

 アルがやったことなんて、卵を持って逃げ回ったことだけだ。

 それでも、楓の言うように何かをやったことになるのだろうか?

 

「自信を持て。逃げる選択が出来たなら、きっと挑む選択も出来るようになる。

 それにな、散々色々な言葉を尽くしたが、お前の持っている『それ』が、お前がハンターである何よりの証だと証明してくれているハズだ」

 

「え?」

 

 間の抜けた声を上げて、楓の指差した先を見る。

 

 そこにはずっしりと重く、楕円形で、独特の匂いを放つ、いましがた全力で逃げることになった原因。

 

「飛竜の、卵……? なん、で」

 

「泣きながらも、手放さなかった。お前がやり遂げたことだ」

 

 恐怖と自己嫌悪で失念していた手の中の重みが、思い出した途端に帰ってくる。

 手は震えて、足だってもう立っているのがやっとで、涙に濡れながら消えてしまいたいと何度も思って。アルはそんなヒドい状態なのに、そのアルが抱えた卵は傷一つないままで。

 

「は、ははっ……バカだぁ、俺」

 

 疲れても、怖くても、情けなくても。これだけは決して手放さなかった。手放せばもっと楽になれると知っていたのに、今すぐ放り出して倒れてしまいたいクセに、こんなにも重い卵はずっと腕の中にある。

 泣き笑いのような声に、楓はただ微笑んで、

 

「さあ胸を張れ! 依頼は完遂、怪我もない。これ以上の成功はないだろう!」

 

「……………ああ!!」

 

 その彼女に叫ぶように返して、卵を納品箱に放り込む。

 

 

 今はまだ、どうしようもなく未熟で、どうしようもなく弱虫な自分。

 

 だけどきっと変われる。変わってみせる。

 

 最後まで放さなかった卵が、お前はハンターなのだと言ってくれたから。

 もう少しだけ、頑張ってみせる。

 

 

 

 ───さあ、本当の恐ろしさを知ったここから、もう一度始めよう。




※これにて一章終了。以下、言い訳のようなあとがき。基本的にスルー推奨です。



修正前のこのお話を書いたのは、もう何年前になるのかわからないのですが執筆後、ゆうきりん先生のモンハンシリーズの存在を知りました。
当時、たしか氷上先生のモンハンシリーズを購読していた流れで、巻末の広告に目がいったのだと思います。

やっぱりプロの作家が書かれるモンハンシリーズは面白いなあ、と。
氷上版とはまたちょっと違った魅力の作品を噛みしめながら一気読みでした。

たぶん、ここまで書けば小説版モンハンシリーズを読んだ方にはわかると思いますが、衝撃の最終巻。
『エッグ・ラン』
読了後しばらく、「あ、どうしようこれ」という気持ちでいっぱいでした。

内容が、というか運搬時のアレコレの展開が……。
とはいえ、既に書きあがっている上、ネット上にupしていたので引っ込みがきかない。こちらの内容を差し替えればよかったのかもしれませんが、そんなことできる腕もなく。

偶然の一致なので仕方ない、のか? と悶々。
こちらにお引越しする際に今後の展開を変えようかとも思いましたが、相変わらず当方の腕の問題が。
モンハンネタで運搬ネタなんだからかぶることもあるだろう、と開き直りつつ。今後、ネタとか展開とかかぶらないよう注意しろという戒めのために、当時の展開のまま掲載させていただくことにしました。


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外伝 外伝 《初々しい?》

※外伝開幕。

基本的には本編と比べて緩い話になります。



 気まずい。

 

 卵を運び出した森丘は既に遠く、竜車(馬車の荷車を草食性のモンスターに引かせるのだ)はエルモアの街に向かって、ゆっくりと歩み続けている。

 

 もう一度言おう。気まずい。

 

 竜車を駆るアイルー(二足歩行の喋る猫、保護欲を掻き立てる)は、荷車の外で牽引するモンスターを操っている。

 故に、竜車の中には二人きり。

 

 自分の他には、荷車の端に座ったもう一人。

 白い色の鎧を着込んでいる彼は、外したヘルム小脇に抱えている。そのおかげで、完全装備している時には隠れがちな顔がよく見えた。

 襟足だけを長く伸ばした黒い髪に、少年と青年の中間くらいの顔つき。

 瞳は髪と同じく黒色だが、雪国出身のせいか、対照的に肌は白かった。

 

 彼に目を向けると、僅かに頬を染めて顔を逸らされてしまう。

 

「はぁ……」

 

 その様に、思わずため息が漏れた。

 意識するな。とは言わないが、こうまであからさまだとどうしたものか。

 

 別に狭い空間に二人きりだから意識している訳ではない。

 その証拠に、二人は昨日までごく普通に会話していたのだし。

 

 今回の狩り場であった森丘を発って、既に六日。予定では、じきにエルモアの街に帰れる。

 それまでの辛抱と言えばそれまでだが、このままにしておくのも問題が残るだろう。

 

 この気まずい空気の原因はわかっている。

 まず間違いなく昨日の『アレ』だ。

 

 『アレ』を引き起こした原因の一端は自分にあるのだが、どうにも彼はそうは思っていないらしい。

 さっさと忘れてくれた方が、こちらとしても助かるのだが。

 

 ああ。それにしても気まずい。

 大切なことなので何度でも言うが、気まずいのだ。

 どうすれば、この気まずさを払拭できるだろうか?

 

 とにかく、原因となった事件を思い返してみるとする。

 

 

 

 

 

 

 

 移動に片道一週間。

 街の外にはモンスターが闊歩していることを考慮すれば、移動は慎重に行うことは当然であった。

 故に竜車は、日中になるべく街道沿いを移動し、夜間は極力移動を避ける。移動しない夜間は、基本的に休息に充てる。

 

 狩り場と街はギルドの竜車で移動出来るといっても、そこはそれ。竜車に乗っているのは、人間をはじめとして生き物なので、当然休息は必要なのだ。

 

「うまー」

 

 そんな訳で、現在絶賛休憩中。少し遅めの夕食を、アルと楓とで楽しんでいた。

 

「うまうまうまー」

「馬がどうした?」

 

 幸せ。といった風な表情を浮かべながら、意味不明な言葉を口走っているアルに、楓は首を傾げた。

 ちなみに御者のアイルーは竜車を止めてすぐ、食事も取らずに眠ってしまっている。

 どうやら見張りやらなにやらは、こちらに丸投げらしい。

 

「やっぱ、焼き方にコツがあんのか? この肉うまいよー」

「間近で見ていたとおり、別に何もないのだが」

 

 狩り場でも訊かれたことだが、楓は別段特別な調理法で肉を焼いたわけではない。個人個人で焼き方にクセは出るだろうが、多くのハンターと同じ肉焼き器を使って、一般的とされる焼き方で普通に肉を焼いただけである。

 それでも、しきりに頷いて肉を頬張るアルを見ていると、楓の表情も自然と緩んでくる。

 ああ、自分が焼いて良かった。と。

 

「でも悪いな、食事の準備させちまって」

「何、気にするな。お前には依頼を手伝ってもらったし、卵の運搬のコツも聞いた。これくらいしないと割には合わんさ」

「いやぁ……、手伝うってのは微妙だったけどさぁ……」

 

 彼は後頭部をかきながら、複雑そうに笑う。

 

 とにかく移動中は暇で、竜車の中では雑談を交えた狩りの話を、二人で行っていたのだ。内容はやはり今回の狩りと関わりが深い運搬の話がメインで、楓は彼から卵運びのコツを教えてもらったりもした訳だ。

 その折に楓はアルから、『実は初めて見た飛竜は、先日のリオレウスではない』と聞かされた。

 本人が言うには、『遠目で見たことは何度かあった』だそうで、リオレウスは『間近で見た初めての飛竜』だったらしい。

 そのことが、彼の自己嫌悪に拍車をかけていたらしいのだが、どうやら立ち直ったようで安心する。

 

「さて、食事が済んだら後は眠るだけだが」

「あー、じゃあ俺から見張りやるわ」

「そうか。では私は、この辺りを一回りしてから休ませて貰うよ」

 

 安全な街の中とは違い、現在はモンスターの闊歩する野外だ。いつ襲撃を受けてもおかしくない状況で、見張りもなしで休めるハズもない。

 先に見張り役を引き受けてくれたアルにそう言って、楓は肉のぶら下がっていた骨を焚き火に投げ入れた。

 

「俺も行くか?」

「いや、軽い見回りだ。一人で充分だよ」

 

 立ち上がりかけたアルの頭を軽く叩いて座らせると、楓はその足で竜車から離れていく。

 

 見回りは習慣だ。モンスターを牽制する意味でも必要なことなので、安心して野宿するために軽くでも辺りを回る。

 

 そう、初めは軽く回ってすぐ戻るつもりだったのだ。本当に。

 なのに、

 

「泉、か」

 

 目の前には背の高い草むらに囲われた泉。

 狩り場のベースキャンプにも水場があったので水浴びは出来たのだが、

 

(それも既に一週間程前か……)

 

 移動中は大した運動はしていないのだが、やはり汗はかく。

 エルモアの街までは後二日。

 

 …………後二日もある。

 

 まあ、ハンターと言っても人間。それも女性ともなれば気になるのだ。

 その、臭いとか。

 

 僅かに逡巡する。

 辺りには特にモンスターの気配はしなかったが、ここは野外だ。いつ。どこからモンスターが沸いてくるかはわからない。

 それに竜車にはアルを待たせている。あまり長居するのはまずい。

 

 まずい、のだが……。

 

「…………」

 

 ……結局誘惑に負けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛用のガンランスだけを手元に残し、鎧とインナーは泉の脇に。

 簡単に言えば、今の楓は一糸纏わぬ姿というやつだった。

 

「ふぅ」

 

 軽く濡れた髪を払って息をつく。

 一週間ぶりの行水は、やはり気持ちがいい。

 問題は少し水温が低すぎることくらいか。あまり長く浸かっていると風邪をひいてしまいそうだ。

 

「ふむ」

 

 今宵は満月。

 月光に照らされた水面が美しい光を放っている。

 

 今の楓は下半身を泉に浸しているだけだが、光源がある以上、もう少し深いところまで行けそうだ。泳いでみるのも面白いかもしれない。

 そう思考して、しかし楓は首を横に振った。

 

「……それはまた、次の機会だな」

 

 今はアルを待たせているのだ。

 少し見回ると言った手前、あんまり時間をかけすぎると心配させてしまうかもしれない。

 そう思って、泉から岸に上がる。

 女性の入浴にすれば短すぎる時間だが、水温と状況を鑑みると長居は出来ない。何より、とりあえずの砂と汗は落とせたので良しとする。

 

 泉の脇に置いたポーチの中からタオル(汗拭き用。一旦、泉で洗った)を取り出し、水に濡れた身体を拭く。それが済めば、今度はさっさとインナーに身を包む──途中で、何者かの気配を感じた。

 

 とりあえず穿きかけだった下半身用のインナーを上げきり、側にあったガンランスに手を伸ばす。

 着替えが間に合わなかった上半身は、武器を持つ側とは逆の腕で被って体裁を繕った。

 

 モンスターだろうか。

 

 草の背丈は、成人のそれと同程度なので大型モンスターということはないハズだが。

 

(先手をとるか? ……いや、やり過ごせるならその方が良い)

 

 一瞬浮かんだ考えを自分で取り下げて、気配を絶つ。

 もちろん、向こうがこちらに向かってきた時の為に武器は手放さない。

 

 楓が固唾を飲んで見守る中、凝視し続けた草むらは一度大きく揺れて、

 

「あ」

 

 何とも間の抜けた声を上げて飛び出してきたのは、呆けたような表情の楓の相方だった。



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外伝1-2

 楓が遅い。

 

 月明かりを頼りに繁みを歩きながら、アルは紅い鎧姿を探し続けていた。

 彼女に限って危険な状態に陥るとは思わないが、やはり心配は心配である。街の外にはモンスターが闊歩しているのだ。いつ遭遇戦になってもおかしくはない。

 

 因みに竜車の方は、寝ているアイルーを叩き起こしてきたので問題はない。

 『磯部餅にして食っちまうぞ』と脅したらすぐ起きた。白い毛並みで『おもち』という名前は、伊達ではないらしい。

 

「と、こっちはまだ見てねえか」

 

 呟いて足を止める。

 目の前にはアルの背丈より、やや背が高い草むら。

 

 ここを探して見つからなかったら、一旦戻ろう。行き違いになった可能性もある。

 

 そう決めて、アルは繁みの中に踏み込んだ。

 思った以上に険しい繁みをかきわけて進む。視界不良の中、いつまでも続くかに思えた繁みはしかし、不意に途切れて広い場所に出た。

 

 今宵は満月。

 充分な光源を得たアルの目の前には、絶景が広がっていた。

 

 

 雲一つない夜空は無数の星が瞬いて。

 その下には、星明かりを受けて煌めく水面。

 周囲を緑で囲われたそこは、まるで外界から切り離されたような錯覚すら抱かせる。

 

「あ」

 

 呆けたような声は自然と漏れた。

 しかし、別にそれらに感動した訳ではない。

 だって、そんなもんどうだってよくなる程のものが泉の傍らにたたずんでいたのだから。

 

 

 まず眼に入ったのは、月光に照らされて美しく輝くアッシュブロンドの髪だった。

 そこから僅かに視線を下げた先にあるのは、女の艶やかな肌。白にやや黄色を混ぜたような色のそれは、今やその大部分を月光の下にさらけ出している。

 おそらく下着を身に着けていないのだろう。その豊満な胸元を被うように左腕が回されている。

 インナーだけの下半身が、水に濡れたように水滴を浮かび上がらせている様は、実に扇情的だった。

 

 いや、よく見ると、濡れているのは下半身だけではない。

 

 髪も肌もしっとりと濡らした姿は、その元々の美しさも相まって妙に艶かしい。

 それでもただ一点。この場に不釣り合いな程巨大な蒼いガンランスが、その右手に握られている。たったそれだけの事で、艶かしい印象だけだった女は、絵画に描かれた女神のように見えた。

 

 そう。何人たりともこれを冒せない神聖ささえ孕んでいる。

 

「アルか」

 

 そんな風に目の前を観察し続けていたせいか、かけられた声に、アルは咄嗟には反応できなかった。

 

「年頃の男ならば仕方ないとは思うが、やはり覗きは良くないぞ?」

「え」

 

 そこでようやく状況に頭が追い付いた。

 目の前にいるのは、絵画でも何でもない『ほぼ全裸の楓』で、アルはそれを正面から凝視し続けて────、

 

「え、あ……、こ、これは!」

 

 無論、状況を把握したからといって、それが好転するハズもない。

 

「だがまあ、私の裸なぞ見ても詰まらんだろう?」

「そ、そんなことねえよ!」

 

 ろくな対応が出来ないアルは、かけられた言葉に半ば反射的に返してしまってから、後悔した。

 裸見た上に、この物言いでは覗き確定。

 というか、『私は貴女の裸に興奮してまーす』と言ってるようなもんである。

 

「あ、そのあのっ……か、楓が遅かったからっ、えと」

 

 しどろもどろに吐き出された言葉は真実だったが、この状況では見苦しい言い訳にしか聞こえない。

 アルにもその事はわかっているが、いかんせん必死だったのだ。

 だが、返ってきた言葉は、アルの予想に反して温かい。

 

「そうか、心配してくれたのだな。一言、お前に声をかけるべきだった」

「あのそのえと」

「だが、そろそろ向こうを向いてくれるか? さすがに見られながらでは、着替えが出来ん」

「う、うわぁっ!? ごめんなさいぃぃぃ!?」

 

 ずーっと楓の裸体を見続けていることにようやく気付いて、アルは高速で後ろを向いた。

 その際に『グギリ』という音が鳴ったが、些細なことだ。

 

 因みにアルの脳内では……、

 

 

>>キタ――――(・∀・)――――!!

>>楓タン……(;´д`)ハアハア

>>OPPAI!!OPPAI!!

>>ふとももくんかくんかしたひ

>>ぐ、腕が、腕が邪魔だorz

>>見るんじゃない感じるんだ!(`・ω・)キリッ

>>その幻想をぶちk(ry

>>下父ヤバス

>>見るんじゃない感じry

>>らーいどおーん

>>このスレはこれ以上書き込みできません

 

 

というやり取りが繰り広げられてたとかいないとか。

 

 それはともかく。不思議な程の静寂の中、衣擦れの音に続いて金属の噛み合う音が響く。

 ともすれば振り返ってしまいたくなる衝動を抑え、待ち続ける時間は妙に長く感じた。

 

 やがて音がやむと、代わりに背後から優しい声。

 

「アル」

「……っ!?」

 

 それに思い切り肩を震わせて、アルは直立不動の体勢を整えた。

 

 もう、何て言うかぶっ飛ばされてもおかしくない状況である。

 下手したら先日のドスランポスみたいになっても、文句は言えない。

 

 なのに楓はアルの肩に片手を乗せると、

 

「今回の件は事故だ。しっかりとお前に伝えなかった私にも非はある」

 

 なんて、優しい声色のままで言うのだ。

 

「で、でも!」

 

 思わず振り返って声をあげるアルを、彼女は首を振って黙らせる。

 

「気にするな、というよりもすまんな。私の不注意のせいで、お前には見たくもないものを見せてしまった」

「そ、そんなこと……」

「さあ戻ろう。竜車の方をほったらかしにしておくのは、よくあるまい」

 

 そんな風に笑って言う彼女は、こんなことなぞ、まるで気にしていないように見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ────と、そのようなことがあったのが昨夜のこと。

 それ以来アルは、楓の顔をまともに見れていない。

 

 当然だ。どうやったって、昨日のこと(泉でのこと)を思い出してしまう。

 

(さっさと街についてくれー)

 

 心の底からそう思う。

 このまま狭い竜車の中に二人きりだと、アルの理性が持ちそうにない。

 んなこと知らんわ。とばかりに、街道を行く竜車の速度は変わらなかったが。

 

「アル」

「ひぃっ!?」

 

 突如かけられた声に、思い切り上擦った声が出た。

 

「……………」

 

 なんだろう。楓の視線がツラい。

 いつも通り涼しい顔をしている彼女が、何故かジト眼で見つめているように感じられる。

 

「まあいい。それよりも何か聞こえないか?」

「え?」

 

 真剣実を帯びた楓の声色に、パニックになりかけていた意識を無理矢理聴覚に持っていった。

 

 

 ……。

 ……………。

 ……………………聞こえた。

 

 

「これは……悲鳴、か?」

「鳴き声のような物も聞こえる。察するに、誰かが襲われているのかもしれん」

「っ、おいおもち!」

「ニャッ!?」

 

 楓の推察を聞いた瞬間、アルは弾かれるようにして、竜車を操るアイルーに詰め寄った。

 

「もっと飛ばせ!!」

「ニャッ、なんでニャ?」

「誰かが襲われてるかも知れねえ、助けるんだ」

「襲われてるニャ? じゃー危険ニャ、行きたくないニャッ!!」

「うっせ! あんこまぶして食っちまうぞ!!」

「ニャ~、乱暴はよくないニャ!」

 

 これがこんな状況でなければ、戯れているようにしか見えなかっただろう。

 しかし今は一刻を争う(かもしれない)のだ。

 

 アルは舌打ちすると、おもむろにポーチをまさぐった。

 取り出したのは、森丘でキノコのついでに採集したもの。

 

「マタタビだ、三つある。仕事次第じゃ全部やってもおぉぉぉぉ!?」

 

 語尾が意味不明になりながら、アルは竜車の中に転がった。

 理由は簡単。竜車の速度が急激に上がって、バランスを保てなかったのだ。

 

「ニャッニャッニャッーー!!」

 

 竜車を牽くアプトノスを駆るおもち。

 何か異様なオーラすら感じる。

 

 そこまで欲しいかマタタビ……。

 

 人間二人が呆れる中、竜車はぐんぐん速度を上げる。

 というか、アプトノスの脚はそんなに速くないハズなのだが、一体どうなっているのか。

 

 そんな風に思った瞬間、アルの隣に立つ楓が叫んだ。

 

「見えたぞ!」

 

 言われて、アルも竜車の前方を睨んだ。

 遠目に見える景色には、横倒しになった馬車とそれに群がるピンクの猿。

 

「コンガか!」

「ニャッ!? どうするニャッ!?」

「「突っ込め!!」」

 

 竜車を操りながら訴えるおもちに異口同音で返して、二人は武器を構える。

 

「む、無茶苦茶だニャー……」

「マタタビ」

「あああああアアアアアァァァァァァァaaaaaaaaaAAAAAAッ!!」

 

 マタタビコールと共に、既に限界速だと思われていた竜車の速度が跳ね上がる。激しく揺れる竜車は、おもちの絶叫も合わさってある種の騒音災害だ。

 というか、その絶叫の仕方はどうなっているのか。語尾に近づくに従って、お前ちょっと野生に帰ってない?

 

 無論、その騒音に気付かないコンガ達ではない。

 馬車との合間を埋めるようにして突っ込んできた竜車を、コンガ達は散々になってよけた。

 

 瞬間、

 

「ライダーキック!!」

 

 凄まじい勢いで走る竜車の荷台から、跳び蹴りとともにアルが舞った。

 キックは仮面のヒーローよろしく、近くにいたコンガにクリーンヒット。

 だが、効果は今一つのようだ。

 

「ちっ、今のでくたばっとけ……よお!!」

 

 直地とともに一閃。

 跳び蹴りを受けて上体の傾いだコンガの頭部を、アルのアサシンカリンガが切り裂く。

 

『ブモォブモォ!!』

 

 直後、馬車に群がっていたコンガ達が一斉に鳴き始める。

 アルを外敵────或いは新たな獲物と見ての行動。威嚇か、それとももっと別の何かか。

 だが、その声に怖じ気づくことは、ない。

 

「上等だ、やってやんぜ!!」

 

 アルもまた威嚇するように吼えて、コンガの群れに突っ込んでいった。



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外伝1-3

 手近にいたコンガに二、三回斬りつけて飛び退く。

 直後、四つん這いになって突っ込んできた別のコンガを踏み台にして、アルは宙を舞った。

 

 眼下にいる数頭のコンガは無視だ。

 目標は、今尚馬車に群がっているコンガ共。

 

「どけぇ!!」

 

 吼えつつ、進路上にいる牙獣達を蹴散らしていく。

 馬車までの距離は、そうない。残りはおよそ5メートル、といったところか。

 あの中に人が残っているかはわからないが、とにかく急いだ方がいい。

 もしも残っているのなら、モンスターに囲まれたこの状況は、恐ろしいほかないだろうから。

 

 だが、馬車までの距離を残り3メートルまで縮めた時、逃げ遅れの有無を確認する必要はなくなった。横倒しになった馬車から、小さな影が飛び出すのが見えたのだ。

 

(冗談じゃねえぞ!?)

 

 剣を振るいながら、眼を見開く。

 

 影は少年だった。年の頃は5、6歳といったところだろう。

 その小さな体で、群がるコンガ共に立ち向かおうというのか。少年の手には、肉厚の包丁が握られている。

 

 だが、そんな物でモンスターが傷付くハズがない。仮に傷付いたとしても、致命傷にはなるまい。

 加えて体格差だ。少年は10歳にも満たないであろう子供。対するコンガは、分類的には小型モンスターだが、立ち上がればアルよりも背が高い。

 

 恐怖は当然あるのだろう。少年の手は震えていた。

 それでも、視線は真っ直ぐに。

 自分の倍以上の大きさを持つ牙獣へ、その刃を突き立てる。

 

「ブモォォ!?」

 

 刺されたのは、アルに視線を向けていた一頭。

 予期せぬ方向からの攻撃に、コンガが悲鳴を上げる。

 

 それでも、致命の一撃にはなり得ない。

 少年は追撃をかける訳でもなく、その場でただ立ち尽くしていた。

 見ると、包丁は半ばから刀身が欠けてしまっている。

 いや、仮に刀身が無事だったとしても、恐怖の中で彼が動けるかはわからなかった。

 

 刺されたコンガが、少年へと振り返る。

 それに呼応するように、他の牙獣の意識までもが少年に殺到する。

 少年の目には涙が浮かんでいた。

 

 牙獣の、その太い腕が振り上げられる。振り下ろされた長くとがった爪が、少年のやわらかい皮膚を────、

 

「っせるかぁ!!」

 

 間一髪。牙獣の爪と、少年との間に片手剣を滑りこませる。

 そのまま刃を引き寄せるようにして、アルはとがった爪を牙獣の腕ごと両断した。

 

「クソガキ! 冗談じゃ………、ねえぞっ!!」

 

 盾を構える手で少年を抱き寄せ、コンガを瞬殺。

 だが、馬車の周りは未だコンガの群れに囲まれている。状況は予断を許さない。

 

「っ、放せよ! 邪魔すんな!」

「ああ!? ふざけんなクソガキ! 大人しく馬車の中で縮こまってろ!」

 

 腕の中の少年に怒鳴り付ける。

 今は戦闘中。故に『優しく諭す』なんて余裕はない。

 

「嫌だ、母ちゃん守るんだ! だから放せよ!!」

「母ちゃん守るだあ? そのてめえが死んだら意味ねえだろが、いいから大人しく……、」

 

 目の前のコンガを斬り伏せる。

 死体の影から飛び出た別のコンガをかわして、上空に目を向けた。

 視線の先には、跳躍したコンガ。

 

 まずい。落下点だ。

 

 かわすことは容易い。腕の中の少年を度外視すればの話だが。

 

「ちっ」

 

 舌打ちして、盾を構える。

 片手剣の貧弱な盾と、自分の細腕でどこまで衝撃を殺せるか。

 

 ある程度の負傷を覚悟して、アルは歯を食い縛った。

 

 瞬間。割って入る紅い影。

 直後、爆炎とともにコンガが絶命する。

 

「楓!」

「気持ちはわかるが先行しすぎだ」

「……悪い」

 

 静かにたしなめられて、高ぶっていた気持ちが少し落ち着く。

 

「そいつの他に人は?」

「馬車の中に母ちゃんがいる!」

 

 楓の質問には、少年が答えた。

 言われて二人で馬車の中を伺うと、確かに誰かいるのが見える。

 

「あまり怖がらせてもいけない」

「そうだな」

「一気に蹴散らすぞ」

「ああ!」

 

 右手に剣を。

 左手には守るべき命を。

 

 負けない。

 負けられない。

 

 その意志を以て、刃を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 牙獣達はその数を半分まで減らしたあたりで、散々になって逃げていった。

 ちなみに、馬車から飛び出してモンスターに挑む、なんて無茶を敢行した少年には、彼の母親とアルが二人がかりで説教を行った。

 現在は、横倒しになった馬車からの荷物の搬入中である。

 

「さあ、お前の積み荷を数えろ」

「言われなくても数えとるわ」

 

 前者がアルで、後者が少年のものだ。

 

 馬車が横倒しになる。ということは、馬車に積まれていた荷物も横倒しになるということで。加えて言えば荷物は面白いくらいに散乱してしまっていた。

 それを四人がかりで片付けて、楓達が乗ってきた竜車に積み替えたのだ。一応、搬入洩れがないか確認してもらわなければならない。

 

「しかし災難だったな」

「ええ、本当に。お馬さんも逃げていってしまったし、困ってしまうわぁ」

 

 等と、全然困っている風にみえない調子で答えたのが、少年の母親だ。

 

 なんでも、近くの村からエルモアまで荷物を運ぶ途中だったらしい。

 恐らくは積み荷が食料品だったせいで、コンガに襲われてしまったのだろう。馬車を牽いていた馬は、その時に逃げていってしまったらしい。

 馬が逃げては馬車が引けないので、荷台はここに棄てて、荷物だけを竜車で運ぼうという結論が出た訳だ。

 

「本当、ありがとうねぇ。貴女達のおかげで、おばさんもうちの子も無事だったわぁ」

「あれを見過ごせる程、人間を捨てていなかっただけだ。それに、こういうことは持ちつ持たれつだからな。あまり気にしないでくれ」

 

 楓がそう返すと、母親はふんわりとした笑顔で「ありがとう」と感謝を重ねた。

 のんびり過ぎる印象はあるが、悪い人物ではなさそうだ。と、脳内で適当に評価を下す。

 

 視線を移した先では、少年とアルが戯れていた。

 外見から察するに、アルと少年の間には相当な年齢差があるハズなのだが、何だかんだで打ち解けているあたり、アルの精神年齢も低いのかもしれない。

 

 と、そう言えば、竜車の中であったあの居心地の悪さは既にない。

 コンガとの一件でうやむやになったか。楓にとってはそちらの方が都合が良かったが。

 

「アル」

 

 呼ばれた彼が振り返る。

 そこからは竜車の中で見せたような反応は見受けられない。

 

 楓は安心して微笑むと、続けた。

 

「さっきの闘い、良く動けていた。私の援護は必要なかったな」

「いや、そんなことねえよ。やっぱ楓がいてくれる、って思うと心強いし」

「そうか? そう言ってもらえるならば、私もそれなりのものだな」

 

 少しおどけたように言うと、アルもつられたように笑顔を向けてくる。

 もう完全に昨日のことは忘れてくれたようだ。

 

「それなりっていうか、楓はすげえんだよ。……なんて言うか────、」

「美人だしな!」

 

 言いかけたアルにかぶせるようにして、少年が口を出す。

 

「そうそう美人だし、スタイルだって────、」

 

 その流れで続けたアルの言葉が不意に止まった。

 何かに気付いたように、しばし思考して────、

 

「あ」

 

 鼻血が出た。

 

 そのまま前のめりに倒れてくるアルを受け止めると、楓は天を仰ぐように溜息を吐いた。

 

「ちょっ、お前どうしたんだよ!?」

 

 少年が叫ぶが、既にアルには聞こえていないだろう。

 アルは何か顔を赤くして、鼻血を流しながら気を失ってしまっている。

 

「………いい加減忘れてくれ」

 

 結論。

 年頃の少年にあの映像は少々刺激が強すぎたらしい。

 ぎこちなさが抜けるまで、もう少しかかりそうです。




[キャラ紹介]
名前:アルバート=L=メモリ

性別:男性
年齢:17歳
身長:155cm

武器:アサシンカリンガ
防具:ギアノスシリーズ

※データは一章開始時点。

主役。愛称は『アル』。
黒い髪を襟足だけ長く伸ばした、駆け出しの片手剣使い。
狩りの基本を学んでからエルモアの街にきた。

駆け出し故か、片手剣士故か、他の武器の造形に明るくない。
とはいえ、ランスとガンランスを間違えてしまうのは、もはや困ったちゃんでは済ませられない。

採集クエストを中心に、実力に見合った討伐クエストを受けていた慎重派。
それ故、大型モンスター狩猟の経験は少ない。
因みにギアノスシリーズ一式を揃える為には『ドスギアノス』を狩る必要があるのだが、彼の師匠が瞬殺したせいで、アルはこの獲物と戦えていない。

身長が低いことと、細身なことがハンターになってからの悩み。
好物は『米』。


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外伝2 《紅と卵と腕っぷしと》

──次章予告


 それは一つの出会いでした。


 手に入れたのは魔砲のチカラ。
 やって来たのは優しい眼をした男の子。


「どうしてあなたは上手に卵を運べるの?」
「話しても意味はない。君はきっと、卵を割ってしまうから」


 伝えたい言葉と、すれ違う想い。


「お話を聞かせて」


 それでも、出会いは偶然ではなく運命だと思うから。


「狩友になりたいんだ」



 魔砲少女リリカルかえでHunter's 始まりません。



「なあシエル」

「はい。何ですか?」

 

 カウンターの向こうからかけられた声に、私は資料を整理する手を止めました。

 声をかけてきたのは黒い髪を襟足だけ伸ばした、少年と青年の中間のような人物。名前をアルバート。私は『アルさん』と呼ばせてもらっています。

 

 アルさんは、いつものようにカウンター席で『ジャリライス炒め』をかきこみながら、クエストリストに目を通していました。

 こちらに声をかけてきた、ということは、次に受けるお仕事を決めたのでしょうか?

 

 けれど、次に彼の口から飛び出してきた言葉は、仕事とは全然関係のないものでした。

 

「これ、ジャリライスじゃねえだろ?」

「はい?」

「いや、ジャリライスって言うには軟らかすぎる。水分も多めだし、粘着力もそれなりだ。……雪山米か?」

「…………」

 

 私は思わず息を呑んだ。まさか気付かれるとは思わなかったのだ。

 

 ここ、ハンターズギルドでは厳正な審査の下、利用するハンターさん達に評価を下しています。

 ハンターランクと呼ばれるもので、そのランクによって受けられる仕事の種類が変わるのだけど、それはその他も同様なのです。例えばそれは、ハンターズギルドから貸与される宿舎であったり、この酒場で提供される料理であったり。ハンターランクの低い者は、高ランクの物に手が出せない仕組みになっています。

 

 これはハンターの向上心を煽る措置らしいのだけれど、今回のこれ。『ジャリライス』と『雪山米』の問題はそれにあたるのです。

 だって『ジャリライス』は、ハンターさん達がこの酒場で注文できる最下位の食材だから。それがワンランク上の食材である『雪山米』に。

 普通なら『ランクが上がった』って喜ぶところなんでしょうけど、アルさんはそうでもないみたいです。

 

「俺のハンターランクって、前と変わってないよな?」

「……はい」

 

 つまりはそういうこと。

 日頃頑張っている彼へ、私からの内緒のサービスだった訳です。

 お米の味なんて、あまり変わらないだろうから気付かれないと思っていたんだけどな。

 

 それを言うと、アルさんは笑って「ああ、そっか。あんがと」と再びご飯を口に含んだ。

 

「けどシエル」

「何ですか?」

「やっぱ炒め物ならジャリライスだぜ。雪山米は炒飯にするには水気が多すぎる。ジャリライスは普通に食う分には固くってひどいけど、半面炒めるとパラパラに為りやすいし」

「えー……と」

 

 何ですか、これは。米に対する執念? 米ソムリエ?

 私なんかだと、お米の味なんて全部大差ないように思えるんですけど。

 

「ああ、それと。この仕事受けるわ」

「……はい。失礼しますね」

 

 話しながらも、やっぱりクエストリストには目を通していたようです。

 差し出された書状を確認して、アルさんから契約金を受け取────、

 

「あ、ごめんなさい。この仕事はついさっき別の人が」

「あ、そうなん? 結構いい条件だから、やりたかったんだけどなー」

 

 そうは言うものの、その声色に残念そうなものはない。きっと、受けられればラッキー、くらいに思っていたのでしょう。

 

「ごめんなさい。こちらの不手際で」

「いいって、気にすんな。忙しそうなのもわかってる」

 

 優しいな。

 そう思いながら、私はクエストリストに『契約中』と注意書きを走らせる。

 

「どうしてもこの仕事がいいなら、一週間もすれば同じような依頼がくると思いますよ?」

「んあ? 何でそんなことわかんだよ?」

 

 そこはほら、受付嬢の勘とか。周期的な問題とか。

 けれど、この場合はもっと単純な理由があったり。

 

 私は意識して笑顔を向けると、口を開きました。

 

「だって、多分このお仕事は失敗するでしょうから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の物を前にして立ち尽くす。

 

 ここは森丘。その中でも、飛竜の巣と呼ばれる場所である。

 その名の通り、ここは飛竜たちの休息場所で、弱った飛竜はここで体力の回復を図るのだ。そのため討伐クエストでは、多くの場合この場所で飛竜との決着を着けることになる。

 だが、今回に限ってはそんなことは関係なかった。

 

「たった3つか……」

 

 呟いた声に、若干の緊張が走っていることに気付いて苦笑する。

 私も随分弱気になったものだ。3つもあれば十分だろうに。

 

「さて、では運ぶとしよう」

 

 今回受けた依頼は『討伐』ではなく『納品』だった。

 目的の物は、目の前に転がっている飛竜の卵。これをベースキャンプにある納品箱に納品することが、今回の依頼を達成する条件となる。

 

 その卵を、慎重に慎重を重ねて持ち上げる。

 そうして卵を抱えられる位置まで持ち上げた時、私の口からは思わず溜め息が漏れた。

 なんというか、私は壊滅的にこの手の依頼と相性が悪い。こうやって卵を持ち上げるだけですら、あり得ないくらいに神経を使うのだ。

 

 だったら何故受けたし。とかツッコミが入りそうではあるが、そこはほら。私もいつまでもこのままではいけない、と思ってはいたんだ。

 

 

『楓ぐらい凄いハンターなら、ちょっとコツ掴めば簡単だと思うぜ?』

 

 

 そこにきて、先日共に狩りに赴いたハンターからの言である。

 狩りの帰り道で、その言葉とともに『運搬のコツ』も聞いていた。

 

 つまりは、『今こそ呪われた過去を……、振り切るぜ!!』という話なのだ。

 

 

 よし。と気合いを入れ直して、卵を抱えたまま一歩を踏み出す。

 

 

 ────ザッ!

 ────メキャ……

 

 

 割れた。

 落としてもいないのに、何故か。

 

「ばっ、馬鹿な!?」

 

 柄にもなく、大声をあげて狼狽える。

 もう最初からひびが入っていたんじゃあるまいか。いくら卵運びと相性が悪いといっても、これはない。有り得ない。

 落としてもなければ、ぶつけてもない以上、私にはなんの非もないハズだ。

 

 ……。

 …………、。

 ………………ハズだ。

 

「………………」

 

 ……ダメだ。

 割れた卵を見ていたら、何故だか段々自信がなくなってきた。

 

 残る卵は後2つ。

 自信がなくてもなんでも、依頼を達成するにはこの内の一つを納品する必要がある。

 とにかく気を取り直して、再び運ぶしかない。

 

「……待て」

 

 その2つ目に手をかけた時、ハタ、と思い出す。

 

 

『あれは意外と脆いかんな。重量武器を使う連中は、力の入れすぎで抱き割っちまうかも』

 

 

 いくらなんでもそれはないだろう、なんて笑い飛ばした彼の言葉。

 それを思い出して、急に真実味が増した。

 

 これは。

 もしかしなくても。

 やっぱり。

 

「く、クソッ! いったいどうすれば!?」

 

 この二本の腕が卵を抱き割ってしまうなら、そもそも卵の運搬は不可能だ。人の腕力なぞ、そう簡単には変わらない。

 

 いや、だが待て。

 そう言えば、彼はその後にも何か言っていなかっただろうか?

 

 

『対策としちゃあ、“持ち上げよう”って思うんじゃなく、“重さを支える”ってイメージを持つことかな? それで無駄な力を抜けると思うけど』

 

 

 嗚呼! お前という奴は本当に出来た男だ!

 笑い話程度にしか認識されていない例にまで、対策を講じてくれるとは!

 

「……では」

 

 恐る恐る卵を持ち上げて、“支える”。

 

「………………」

 

 割れ、ない。

 というかこの卵、この程度の力で持ち上げることができたのか。

 今までどれだけ無駄な力を使っていたのかが良くわかる。

 

 これならば……、いける!

 

 

 ────ダンッ

 ────ドスン

 ────メキャ

 

 

「…………」

 

 割れた。

 原因は段差を飛び降りた際に、衝撃を殺しきれず、卵を手放してしまったことだと思われる。

 

 

『卵抱えて段差を降りるときは、膝をやわらかくして、屈伸で衝撃を殺すんだ。後、飛び降りる時に勢いをつけると、衝撃が大きくなるから注意だな』

 

 

 ────なんて、そんなアドバイスを今さら思い出す自分に腹が立つ。

 

 ちなみに、この段差は卵が安置されていた場所な訳で。つまりは歩いて三歩で2つ目を割りました。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ……!!」

 

 悔しさと情けなさのあまり絶叫する。

 飛竜の巣の中で地べたを叩きながら叫ぶ様子は、誰にも見せられないくらいに情けない。

 こんな所で大絶叫してると飛竜がやってきそうだ、と思われるかも知れないが、大丈夫。キャンプ出る時に襲われたから、その場でぬっころした。

 

 さて、残る卵はたったの1つ。何度見返してみても、1つしか残っていない。

 

「くっ、私にどうしろと……!」

 

 私に卵運びなど、やはり無理があったのだろうか?

 少しでもやれることを増やしたい、そう願うのは許されないことなのだろうか?

 

 

『卵運ぶ時は、焦らず、心に余裕を持って。大丈夫、楓なら楽勝だって!』

 

 

 諦めようかと思った時、不思議と思い出したのは、そんな言葉。

 私なら卵の運搬くらい簡単にやってのけると、そう信じて疑わない彼を思い出す。

 

「……そうだな」

 

 たった1つ? バカな、何を絶望していた。1つでも卵が残っているのなら、充分に依頼の達成は可能だろうに。

 そうだ。アイツは『たったの1つ』たりとも割りはしなかった。

 ならば私もそうすればいい。彼から聞いた総てと、私の持ちうる総ての力をかけて。

 

 なにより────、

 

「信頼には、応えなければな」

 

 こんな私を信じて助言をくれた彼に、心から応えたかった。

 





苦手な一人称の練習。
外伝は緩く、そして実験的な部分が多いかもしれません。


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外伝2-2

『膝と足首はやわらかくして、衝撃を与えないように歩くんだ』

 

 

 大丈夫。

 

 

『視野は広く。敵との距離は、普段の安全圏より多めに見ること』

 

 

 覚えている。

 

 

『スタミナは温存。走るのは敵に追われた時だけ』

 

 

 ああ、こんなにも彼の助言は正しい。

 そう、気付けばベースキャンプの前。後は、卵を納品すれば依頼達成だ。

 

 時間はかかった。

 移動した道のりは変わらないハズなのに、彼の二倍以上の時間を費やしている気がする。

 移動中は緊張の連続だったのは言うまでもない。なにせ両腕が使えず、足下も見えない。何度も転びそうになった。

 

 それでも。

 

 そう、それでも。

 今、私はここにいる。

 無傷の卵とともに。

 

 ハンターになって初めて、卵を抱えた状態で納品箱の前に立っているのだ!

 後はこれを納品箱の中に放り込んで、フィニッシュだ!

 

 

 ────メキャ

 

 ──

 ─────

 ────────

 ───────────────割れた。

 

 

「う、うおおおおおおっ!?」

 

 

『あー、一番笑えねえのは、納品箱の角にぶつけて割っちまうとかだよなあ』

 

 

 ま、いくら何でもそれはねえかー、あはははは。なんて笑った彼の顔が脳裏に浮かんだ。

 

 直後、両腕で抱えこんだ卵を思い切り振りかぶって─────、

 

 「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 私の思いの丈をすべてぶつけるように、無用の長物となった卵を遠投した。

 

 

 

依頼:飛竜の卵を運搬せよ

 

報酬金:3000z

契約金:300z

 

指定地:森丘

目撃モンスター:リオレイア・リオレウス

 

失敗(飛竜の卵がすべて破壊されたため)

 

備考:リオ夫妻の討伐成功

飛竜の卵遠投記録:7㎞(推定)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

「ああ、本当に疲れたよ……」

 

 珍しくげっそりとした表情で私の所にきた彼女を見て、『あ、またかな』という考えが頭をよぎる。

 その予想に違わず、彼女の報告は残念なものでした。

 

「え、と……、あまり気を落とさないで下さいね?」

「ああ。わかっているよ、シエル」

 

 狩りの失敗はどんなハンターでも堪える物。

 目の前の彼女────カエデさんも、やはり落胆は隠しきれていない。

 まあ、彼女の場合は単なる失敗というよりも根が深かったりするから、余計に凹んでいらっしゃるんでしょうけど。

 

 果実酒をたのむ、と言って、カエデさんはカウンターからテーブル席に引っ込んでいきました。

 

 うん。おつまみくらい、サービスしよう。

 

 そう決めて、果実酒とクズ肉のジャンコーネギ和えを用意する。

 それらをトレイに乗せてカエデさんの所に向かうと、彼女は数人のハンターさんたちに声をかけられているところでした。

 

 赤い鎧はザザミシリーズ。その隣にいるのは、鎧から突き出た角が特徴的なディアブロシリーズ。他にも数人、見ただけで実力者なのだとわかる装備に身を包んだ男の人たちが、カエデさんの側にいます。

 

 カエデさんは同性の私から見ても、思わず目を奪われるほどの美人です。さぞ男性の目を引くことでしょう。

 加えて、ここは酒場で。当然、少なからず酒が入っている人が多くいらっしゃいます。

 さらには、今現在カエデさんが身に着けている装備は、いつもの『紅い鎧』ではなく、『チェーンシリーズ』と呼ばれる代物でした。

 運搬という種別のクエストを受けるに当たって、普段の『戦闘用』から『運搬しやすい』装備に切り替えたらしいのですけど、この装備は比較的駆け出しのハンターさんが好んで装備されている印象があります。

 

 

 美人が酒場に一人。

 酒の入った男が数人。

 女は男達よりも実力的には下に位置している。

 

 

 ナンパだ。と私は思い至りました。すぐに止めないと、とも。

 

 カエデさんは(今の)装備からは及びもつかない実力者です。だから、こんなことくらいは簡単にあしらってしまうでしょう。

 

 

 ────けれど、それはいつもならの話。

 

 

 だって今日の彼女は珍しく気落ちしてるのだ。

 そんな状態でナンパなんかされたら、されたら────、

 

(男の人達、全員ぶっ飛ばされちゃいますよぉ!?)

 

 とにもかくにも、そういうことです。

 カエデさんが無闇に暴力を奮うとは思いませんけど、やっぱり虫の居どころが悪い時もありますし。

 

「あの……ナン「人数が半端になっちまうからよ、参加してくれねえかな!? 腕相撲大会!」……え?」

 

 ナンパを止めよう、と口を開いた私を遮って、ザザミ装備の男の人が紡いだ言葉は、予想の斜め上を行くものでした。

 腕相撲? ヨソウガイデス。

 

「……腕相撲大会?」

「おう、腕相撲大会! いやぁ、偶数人数にならなくってよぉ! 参加費は100zで賞品も出るぜ」

「ほう」

 

 男の人に適当に返答しながら、カエデさんは私のトレイから果実酒を受け取りました。

 

(あんまりやる気はないのかもしれないな……)

 

 多分、この私の感想は正しかったんだと思います。「で、賞品は?」と返したカエデさんは、既に相手の顔すら見ていませんでした。

 

 やる気も無ければ、普段のおおらかさも無い。

 よっぽど運搬クエストで心を折られたらしいです。あ、何でか涙が……。

 

「おう、賞品は『飛竜の卵』だぜ!」

「な……、に?」

 

 ザザミ装備の男の人が何とはなしに言った言葉。それにカエデさんが過剰に反応したように、私には見えました。

 

「どこぞのハンターが狩りの()()()に採ってきたらしいんだけどな、なんか鮮度の問題で市場に出せないんだと」

 

 そうだったよな、と確認してくる男の人に、私は曖昧に頷きました。

 飛竜の卵がギルドの厨房にあるのは事実でしたし、鮮度の問題でさっさと食べてしまわないといけないのも事実でしたから。

 

「そこで参加費を元手に『飛竜の卵のフルコース』を頼もうって訳よ! 普段食えない料理ってのは魅力的だろう?」

 

 飛竜の卵は高価だ。

 それだけに普通の人は、あまり口にしない。

 ハンターであってもそれは同じで、一般人より食事を大事にする彼らには、より魅力的な代物に見えるのかもしれません。

 

「ついでか……、そうかついでか……」

 

 けれど、何やらブツブツ言っているカエデさんには、既に男の人の声は聞こえてなさそうです。

 ……というか、何か怖い。

 

「で、やるかい?」

「挑むところだ」

 

 そう言ったディアブロ装備の人にカエデさんは即答。呑みかけていたお酒を一気に煽って、そのまま試合を行うテーブルまで移動していきます。

 

「私が最後の参加者なら、組み合わせは決まっているのだろう?」

「モチよ! 第一試合になるけどそれでも──」

 

 男の人の言葉は、バンッ、という音に書き消されます。

 何事かと思えば、カエデさんが参加費をテーブルに叩きつけた音でした。

 

「さあ、私の相手は誰だ?」

「威勢がいいな姉ちゃん! 相手は俺様よ!」

 

 目の据わっているカエデさんに応じたのは、大柄な男の人。

 あれは……、コンガシリーズでしたっけ? それを着込んだ彼は、見るからに腕が太くて力が強そうです。

 

 そして、二人は腕を組み合います。

 男の人に比べると、ホントにカエデさんの腕が枝か何かにしか見えませんでした。

 

 組み合った腕に、レフェリーの腕が重なり、いよいよ試合の準備が完了です。

 

「ああ、最初に忠告しておこう」

「あん?」

 

 重なった腕が、二人の腕から離れる。

 「ファイト!!」と、その言葉で試合が始まった瞬間────、

 

 

 ドゴンッ、という轟音が、ハンターズギルドに鳴り響きました。

 

 

 その場にいる誰もが、何が起きたかはすぐに理解出来なかったように思います。

 

 呆けたような表情で、床に転がるコンガ装備の男性。

 その半ばから砕け散ったテーブル。

 呆然とする私達の中、ただ一人当然のように立っている人物。

 

「今日の私は、虫の居どころが悪い」

 

 その彼女が口を開いたことで、一瞬だけ止まっていた時間が流れ始める。

 

「相手をするつもりなら、相応の覚悟を持って挑むがいい」

 

 そうして凄絶に────それでいて鮮やかに笑った彼女に、そこにいた人間は思わず生唾を飲み込みました。

 

 ああ……。彼女を前にした飛竜の気持ちって、きっとこんな感じなんですね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあシエル」

「はい。何ですか?」

 

 カウンターの向こうから聞こえた声に、私は資料を整理する手を止めました。

 

 声をかけてくれたのは、やはりアルさんで、今日は『雪山米の卵かけご飯』を勢いよく掻き込んでいます。

 

「一昨日、俺が採ってきた卵どうなった?」

「あ、あれですか? ……ええと、ちょっと言いにくいんですけど……、食べちゃいました」

 

 アルさんが言っている『卵』とは鶏のものに非ず。天下の『飛竜の卵』なんです。

 

「あー、そっか。鮮度悪いって言ってたもんな」

「……ごめんなさい。食べさせるって約束でしたのに」

 

 そうなんです。()()飛竜の卵はアルさんに食べさせる約束をしていた物だったのです。

 

 普通、飛竜の卵みたいな、『素材』とは言えない特殊な物は、採ってきたハンターからギルドが買い取ることになっています。

 それを一般流通させたり、内々で使用したりするのですけど。

 

 今回のは鮮度というか。孵化までの時期を考えると、素早く処理しなければならなかったのです。

 そんな訳で、いつも頑張ってるアルさんに振る舞おうと思っていたんですけど。

 

「気にすんな! まあ、珍しいもんだから興味はあったけどな。貴族向けの卵の味ってやつ」

「でも、採ってきたのはアルさんなのに……、一声かけるべきでした」

「いいって、俺が来るの待ってたら卵ダメになってたかも知れないし。食べたかったら、また適当に採ってくるからよ」

「……はい。そうですね」

 

『適当に採ってくる』

 

 この言葉は、アルさんが口にすると、ものすごく説得力があります。

 

「それに、卵の方も、俺一人に食われるより、みんなに食べられた方が喜ぶだろうしな」

「そ、そうですね! あ、あははは」

 

 朗らかに笑う彼に、私は渇いた笑みで返した。

 飛竜の卵は巨大だ。あれだけの大きさならば、一つでも大人数の料理が作れるのです。

 実際、飛竜の卵は貴族のパーティー用に使われることが多いんですけど……。

 

(い、言えません。あれ、一人が全部食べちゃったなんて)

 

「で、シエル」

「は、はい?」

「昨日、何があったん?」

 

 アルさんは、自分の座っているカウンター席の奥────、テーブル席()()()物に視線を向けます。

 散乱した机と椅子。それだけなら未だしも、テーブルのいくつかは半ばから真っ二つになってしまっていたり。

 

「あー……、昨日、腕相撲大会をしてまして」

「うわぁー、何だよそりゃ。しまったー、そんな楽しそうなん参加すりゃ良かった」

 

 アルさんは心底残念そうに言いました。

 けど、これだけの惨状を見て『楽しそう』って言うのはどうなんでしょう?

 ハンターって、みんなこういう騒ぎが好きなんでしょうかね?

 

「で、優勝者ってどんなやつなの? やっぱゴッツイ野郎? そりゃ机潰すくらいだから、とんでもないやつなんだろうけどさ! 片手剣使いとかだと、俺にも希望があるっていうかさ!」

 

 目を輝かせて言う彼に、私は困り顔。

 優勝者の顔はきちんと思い出せますし、名前も勿論なんですが……。

 明らかに『厳つい男』を想像してそうな彼にはちょっと答えづらい。

 だってあの人もやっぱり()()なんですから。

 

 知り合いから『ゴツい』なんて思われたくないでしょうし。

 

 

「あんまり聞かないほうがいいですよ?」

「……へ?」

 

 間の抜けた顔をしたアルさんに間髪入れずに笑いかける。

 

「あの人、意外と乙女ですから」




[キャラ紹介]

名前:(かえで)

性別:女性
年齢:不明
身長:169cm

武器:蒼いガンランス
防具:紅いドレスのような鎧

※データは一章開始時点。

ガンランサー。
実力者だが、運搬が苦手。
因みにアルと『初めて』対面した時の防具は、亜種のギザミシリーズ。

美しい外見とは裏腹に、飛竜に正面から向かっていく豪胆さを持つ。
長い銀髪が特徴的だが、鎧の印象からアルは楓の『色』と言えば、紅だと思っている。

重量武器を扱う割りに細身。
おおらかな性格。というよりは、少々他人に甘い。強く優しく美しくを地で行く。


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第二章 《二人目と三人目》 《優しい龍》

むかしむかし

 

 

ニンゲンがうまれるより、ずっとずっとむかし

 

 

あるところに、一頭の白い龍がいました

 

 

龍は、神さまがつくった世界で、ひとりぼっちでした

 

 

だから、ずっとさみしい思いをしながら、まっていました

 

 

空は、いつもくもり空

 

 

ゴロゴロゴロゴロ、かみなりばかり

 

 

ふってくるのは、雨は雨でも、いしの雨なんてありさまです

 

 

海だっていつも大荒れで

 

 

すこしでも近づいたら、波にさらわれてしまいそう

 

 

海からはなれた、お山では、ぐらぐらぐらぐら、地ひびきばかり

 

 

まるで地面が怒っているようです

 

 

そこらじゅうから噴き出す溶岩は、ぐつぐつぐつぐつ煮えています

 

 

空も海も山も地面も、そんなふうにいつも怖いかお

 

 

まるで白い龍に、こっちにくるな、と文句を言っているかのようです

 

 

ひとりぼっちの世界で、世界のどの場所からも追い出されて、それでも龍はまちつづけました

 

 

この世界に、自分いがいの誰かがうまれるのを、まちつづけました

 

 

さみしくて、だけどひとりきりで、涙もながさずに

 

 

ずっとずっとずっと、まっていました

 

 

ニンゲンとケモノたちがうまれるのを、まっていました

 

 

 

 

自分いがいの生き物をまちつづけて、たくさんの時間がたったころ

 

 

気がつけば、空はくもってはいませんでした

 

 

とおいところに光が見える青い色

 

 

海もずいぶんおだやかで、お空の色をうつしだしています

 

 

ずっとゆれていた地面もいまは静かになって、

 

 

そこらじゅうを覆っていた溶岩は、もうどこにもありませんでした

 

 

ながいながい時間をかけて、世界はやっと龍を受け入れてくれたのです

 

 

それだけではありませんでした

 

 

世界にはニンゲンとケモノがたくさんたくさんうまれたのです

 

 

白い龍はもう、世界にひとりだけではありませんでした

 

 

だけど龍のさびしさは消えません

 

 

ニンゲンも、ケモノも

 

 

だれもかれもが、龍と同じカタチをしていなかったのです

 

 

かれらはみんな、自分と同じカタチのものと一緒にくらしていました

 

 

ニンゲンはニンゲンと

 

 

海を泳ぐケモノは海を泳ぐケモノと

 

 

空を飛ぶケモノは空を飛ぶケモノと

 

 

森を走るケモノは森を走るケモノと

 

 

同じカタチをしたもの同士であつまって、違うものを怖がっています

 

 

『わたしはみんなと違うから、きっとみんなをおどろかせてしまう』

 

 

そうおもった白い龍は、みんなを怖がらせないように、みんなをおどろかせないように、誰にも見つからない場所へ隠れました

 

 

あんなにさびしい思いをして、あんなにたくさんの時間まちつづけたのに、

 

 

白い龍は、みんなのために、みんなが生まれてからずっと、ひとりで隠れてくらしました



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一か月

 彼は猛っていた。

 目の前の標的に対して、激しい怒りを感じていた。

 あくまでハンターとして標的を見続けていた彼にとっては、珍しいことである。倒すべき相手だとか、狩猟対象だといった感情からは離れた、純粋な怒り。

 眼前の個体に向けられた怒りは、私怨と言っても間違いではない。

 

「いくぜ、猪野郎」

 

 彼の────アルの目の前にいるのは『大猪ドスファンゴ』。

 大猪の名に違わない姿と巨体を有した、牙獣種に分類されるモンスターである。

 

 言葉の意味はわからずとも、アルの敵意は感じ取ったのだろう。ドスファンゴは、すぐに臨戦態勢に入った。

 

 対してアルも、その得物は抜かないままに身構える。

 グリーブの裏から返ってくる感触は、固い地面のそれとは違い、沈んでいきそうなほど柔らかかった。

 

 二本足と四本足の差はあれど、彼らが踏み込みの為に足に力を溜めている点は同じである。

 

 だがしかし、『沼地』という狩り場では、確実に二本足の方が不利だと感じられた。何せ、ぬかるみに足をとられて、思うように動けない。

 対して、四本足なら多少のぬかるみは、その馬力で強引に突破してしまえるだろう。

 

 だが、そんなことは関係ないとばかりに、アルはわずかに身を屈めて、更に力を溜める。

 その姿は、さながら獲物を狙う肉食獣のよう。

 

 普段の彼からは想像もつかない程の殺気。

 もう一度言おう。彼は猛っていた。本当に猛っていたのだ。何故なら。

 

 

 この猪が、アルの食おうとしていた最後のこんがり肉を台無しにしてくれたのだから。

 

 

 だから怒っていた。自分と相手の戦力差も、地形の不利も関係なく、眼前の猪を粉砕しようと猛っていたのだ。

 

「ブモゥ」

 

 ドスファンゴが小さく息を吐いた。

 アルが腰に下げた片手剣に手を伸ばす。

 

 こいつが台無しにしたのは、ただのこんがり肉ではない。

 うまい、と言って喜んだアルの為に、楓が焼いてくれた肉なのだ。

 多目に焼いてくれていた、その最後の一つを台無しにされた。

 

「さあ、お前の罪を数えろ!!」

 

 瞬間、ドスファンゴが疾駆する。

 水分を大層含んだ泥を撒き散らしながら、アルを蹂躙しようと、その巨体を走らせる。

 

 だが、動いたのはアルも同じであった。

 

 限界まで高めた脚力を、爆発させるように駆ける。

 足場の不利を感じさせない疾走は、直前まで力を溜めていた姿と相まって、引き絞った弓から放たれた矢を連想させた。

 

 

「おおおおおおおおおっ!!」

「ブモオオオオオォォっ!!」

 

 

 互いが互いのトップスピード。

 さほどの距離も空けずに対峙していた彼らの間隔は、見る間に縮まる。

 

 故に交錯は一秒以内だ。

 

 大猪の牙が、巨体が、アルに迫る。

 ドスファンゴからすれば、完全な射程距離。

 

 そして狩人にとってもまた、この間合いは必殺のものだ。

 

 引き抜いた片手剣が、風を斬り、大猪に迫る。

 

 まさに一瞬の攻防。

 どちらにとっても必殺で、どちらにとっても致命的な間合いでの交錯。

 

 

 交錯の後、立っていられたのは、勝利した一方だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはっ」

 

 直前まで口を付けていたジョッキを豪快にテーブルに叩きつけながら、アルは唸った。

 飲んでいたのはただのジュースなのだが、まるでビールを飲み干したかのような唸り声である。

 

 テーブルの傍らにはギアノスヘルムと、愛剣『ドスバイトダガー』が立て掛けてあった。

 モンスターと立ち回るような物騒な物を持ち込まれては、店側としてはたまったものじゃないだろう。

 もしそれが『普通』の店だったならば、だが。

 

「ご注文のジャリライス炒めです」

「おう、待ってました!」

 

 運ばれてきた品を受け取って、喉をならす。

 空腹だったので、もう辛抱たまらんといった感じなのだ。

 

「あ! 悪りぃんだけど、後で──、」

「クエストリストですね。わかりました」

 

 料理を運び終えて踵を返しかけたシエルを呼び止めると、彼女はこちらの意図を察して笑ってくれた。

 

 ────クエストリスト。

 

 そんなものがあるということは、ここは『普通』の飲食店ではない、ということだ。

 ここは天下のハンターズギルド。そこに併設されたハンター御用達の酒場である。当然、武器の持ち込みが問題になるハズがない。

 

 この地方に来てから鍛えられた愛剣は、最前の狩りでも、その切れ味を遺憾なく発揮してくれた。

 『鳥竜剣・ドスバイトダガー』

 ランポスの素材で造られたこの片手剣は、最近ようやく強化できたものだ。

 

 強化に必要だったランポスの素材と資金。それらを手に入れる決め手になった狩りを思い出す。

 

 紅い鎧と蒼い銃槍を身に纏った、美しき女ハンターとの出逢い。

 

 楓との別れから一月程が過ぎた。

 怖い思いもしたが、あの狩りは自分の為になったのだと思う。

 なにより、遥か高みにいるハンターと知り合うことが出来た。

 

 口に出すのははばかられるのだが、彼女はアルの中で一つの目標となっていたのだ。

 すなわち、彼女のようなハンターになりたい、と。

 

 そう言えば、あれから楓とは顔を合わせていないが、彼女は元気にしているだろうか?

 アルが無事でいるのに、楓が怪我をするなんてことは考えられなかったが、狩りに絶対はない。

 

(ま、俺が心配してもしゃーねーか)

 

 そう思って嘆息する。

 仮に彼女がピンチになったとしても、アルにはどうしようもないのだから。

 ドスファンゴ相手に手一杯という実力的にも、アルが楓の近くにいないという現実的にも。

 

 そんな風に楓のことを考えていたからだろうか。

 目の前に誰かが立っていることに、反応するのが遅れた。

 

「よお、兄ちゃん。相席、いいかい?」

 

 その声に、顔を上げる。

 目の前にいたのは20代前半くらいの、どこか線の細い印象を与える青年だった。

 美しい金髪と空のような碧眼。加えて整った顔は『美青年』と言って間違いはない。その身に纏うのはレウスシリーズに似た防具で、肩から下げていたのはライトボウガンであるらしかった。

 

 曖昧な表現なのは、アルがガンナーの装備にそれほど精通してなかったせいでもある。

 それ以前に、本来『赤い』ハズのレウスシリーズが何故か『青かった』ことに疑問符を浮かべたこともあるのだが。

 

「あぁ、どうぞ」

 

 促しておいてから、アルは青年の隣に立っていたもう一人に目を向けた。

 

 こちらの方は、兜を外していた青年とは対照的に完全装備だ。

 上から下までディアブロ装備。背中には鉄刀と思わしき太刀を背負った、大柄な男だった。

 

 青年に倣って席に着いた彼は、そこでようやく兜を外した。

 現れたのは、厳しい印象を与える壮年の男の顔。

 堅固な意思と鋭さを秘めた眼光は、身に纏った装備の物々しさも手伝って、より一層の貫禄を男に与えている。

 

「ジェイだ。よろしく」

 

 近くにいた給仕の一人に飲み物とつまみを頼んでから、金髪の青年がそう切り出した。

 

「そんでこっちの厳つい旦那が────、」

「────レオルドだ」

 

 ジェイの言葉を引き継ぐようにレオルドが口を開く。その声は、見た目の印象に違わず重々しい。

 

「えっと、俺は」

「アルバートだろ? 知ってる」

「……へ?」

 

 ただ同じテーブルに座っただけで、ご丁寧に。とかなんとか思いながら自己紹介を返そうとして、ジェイの口から出た名前に呆然とする。

 何故に初対面の男がアルの名前を知っているのだろうか。

 

 自分ではわからなかったが、よっぽど変な顔をしていたらしい。怪訝そうな顔で「あん? まさか人違いか?」と言ってきたジェイに首を振る。

 

「そう、そうだよ。俺がアルバートだ、けど……?」

「なんだ脅かすなよ。受付がホラ吹いたのかと、不安になったじゃねえか」

「……?」

 

 何を言ってるのか、ようわからん。と、さらに首を傾げると、レオルドが「ジェイ」と一言。

 それでジェイの方も何かに気付いたらしく、「ああ、わかってる」と何やら頷き返した。

 

「単刀直入に言うぜ。次の狩り、俺達を手伝ってくれ」

「…………はい?」

 

 単刀直入っていうか、唐突である。

 出会って数秒。お互いのことも何も知らないのに、一緒に狩りに行こうとは。

 

「ま、依頼自体はこんな感じなんだけどよ」

「あ? あー……、うん」

 

 よくわからないまま、差し出された書状を受け取る。

 とにかく依頼内容を確認しなければ話が始まらない。

 状況を理解出来てない以上、いつまでたっても話が始まらないというツッコミは無しの方向でお願いしたい。

 

「んあ?」

 

 そうして目を通した書状に書かれていた内容は、至極簡単なものだった。

 肉食竜の卵の納品。

 特別、数が必要だという訳でもなく、特異なモンスターがいるという情報も書かれていない。言うなれば、『普通』の運搬クエストである。

 

 確かに特記欄には『イャンクックの目撃情報』が添えられてはいたが、彼らの纏っている防具から推察する限り、この二人の敵ではないだろう。

 

 つまりアルとしては、

 

「なんで俺? っていうか、助っ人なんて必要ないだろこれ」

 

 と、返すしかない訳である。

 

「まあ、こっちにも事情ってヤツがあってよ。最悪、卵の運搬やってる余裕がなくなりそうなんでな」

「は? 卵運びに行くのに、運搬の余裕がないって……」

「俺らの目標はこっち。てめえは余裕がなくなった時の保険ってやつだ」

 

 言って、彼が指差したのは書状の端。例の特記欄。『目撃モンスター情報』である。

 

 つまりイャンクックの狩猟をメインに据えるということだろうか。

 しかし、それはそれで不可解な話ではある。

 

「クックが狙いなら、クックの討伐依頼を受けろよ。わざわざ狩りの難度を上げなくてもいいだろ」

「事情がある、つったろ。ま、そんな複雑な話じゃねえけどよ」

「事情って────」

「頼む。力を貸してくれないだろうか?」

「……っ」

 

 さらに追及しようとしたアルは、横合いから割って入った声に口をつぐんだ。

 

 それまで会話の成り行きを見守っていたレオルドが、僅かに──アルの勘違いかもしれない程僅かに、眼を伏せて声を発したのだ。

 

「説明はまた今度する。ただまあ、誓ってお前を『カモ』にする為に誘ってんじゃねえよ」

「それはまあ……」

 

 なんとなくわかる。ハンターズギルド内でのやり取りだったし、書状もギルドを通した正式なクエストだ。

 だからこそ、自分のような未熟者が彼らに同行する意味がわからなくなっているのだが。

 

「良いハンターを紹介しろ。そう言ったら、受付嬢がてめえの名前を出しやがったんだよ」

「……俺の?」

 

 どこかで聞いたような話である。

 というか、ついこの間、こんな感じで誰かに同行した気がする。

 

 またシエルか。と、受付のカウンターに目をやると、そこに彼女の姿はなかった。

 受付嬢と言っても、いつも受付にいる訳ではない。給仕やら裏方やら事務仕事やらで席を外している場合だってある。なので、そこにシエルがいなかったのは当然といえば当然のことだった。

 その代わりと言うべきか、シエルではない別の受付嬢が、カウンターからこちらに視線をくれていた。

 

 赤い髪の、彼女の名前はなんといったか。とにかくシエルの先輩だったと記憶している。そんな彼女は、こちらがカウンターに目を向けた辺りから、意味ありげに微笑んでいるのだが。

 

「ああ、あいつだ。お前のことはあいつに聞いた」

「へ?」

 

 前回よろしくシエルが気を利かせてくれたと思っていたのだが、今回はそういう訳ではないらしい。

 でもどうして俺なんだ? と、再び微妙な気持ちになりながら、アルはジェイの言葉の続きを待った。

 

「で、返事は? 相手が信用出来ない分を差し引きゃ、それほどの危険がある仕事でもねえと思うけど?」

 

 そう言われて、しばらく思案する。

 だが、答えなんて一つしか思い浮かばなかった。

 

「俺でよければ、喜んで」

 

 そう言って右手を差し出す。

 

 こうしてアルは、この街に来てから二度目になる『複数人で行う狩り』に参加することになった。



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船酔いハンターⅡ

 ジェイとレオルド。二人に同行して狩りを行う舞台は『密林』。

 エルモアからは目と鼻の先。必然的に、エルモアを活動拠点にするハンターたちが、最も多く訪れることになる狩り場である。

 実際に、アル自身も、何度もこの場所で狩りを経験してきた。地形的な不安はない。

 

 ない、が────、

 

「ぐあー…………」

「吐くなよ? 絶対に吐くなよ?」

 

 エルモアから密林は、“河を挟んで”すぐの場所である。

 それはつまり、移動時間の短縮のために、移動には船を使うということで。

 

「うっ……ぷ、上、陸準備を……」

「アホか、大人しく寝てろ。俺と旦那でやっちまう」

 

 とどのつまり、狩り場に到着した直後のアルは使い物にならない、ということである。

 非常に情けないのだが、船酔いは体質的な物なので、この先一生治らない気がする。

 

 吐き気を堪えてもんどりうってる間に、船は岸部へと接岸を果たした。

 情けないことに────本当に情けないとは思うのだが、アルは接岸してから浜辺にあがるまでの間、何も出来なかったのである。

 

「あー、あー」

 

 真白い砂浜と、青々と繁った緑。陽光を照り返して煌めく波間は、絶景と言って差し支えない。

 ここが狩り場でさえなければ、『キャッホウ』とか叫んで海に飛び込みたくなる景色だ。

 

 ────景色だが、やはり何度も来てると感動も薄れてくる。

 というか、船酔いのせいで意識事態が朦朧としている。

 

 その絶景をきちんと認識できる頃には、いつの間にやらレオルドがいなくなっていた。

 

「あうー……、レオルド、は?」

「辺りを見てくるとよ。つか、テメエそんなんでよくハンターなんぞやってんな?」

 

 呆れたようなジェイのセリフに、アルは口を閉じるしかない。

 わざわざ他人に言われずとも、情けないことは自覚していた。

 

「んで? もう動けんのか?」

「……もう、ちょいかかりそ……う」

 

 無理して動けば吐く。絶対に吐く。

 狩り場では命懸け。そんな場所に、こんなコンディションで挑む訳にはいかないので、正直なところを伝える。

 

「そうかい。

 ……なら、動けるようになるまでの間、こっちの『事情』ってヤツを説明しといてやる」

 

 

 ────事情。

 

 

 そう言えば彼らがこの仕事を受けたのには、何らかの事情があるようなことを言っていた。

 

 それを思い出して、アルは段々と吐き気の治まってきた体で、続くジェイの言葉を待つ。

 うん。どうやら他人の話をまともに聞けるレベルまでは快復したようだ。

 

「今回のコレはな、旦那の()()()()なんだ」

「リハビリ……? ……って、あの?」

「それ以外にあるか。……旦那のヤツ、半年くらい前に右腕をやっちまってよ」

「腕をっ……!?」

 

 驚愕に、思わず声が出た。

 ハンターに怪我は付き物だ。だが、リハビリという言葉が必要なくらいの怪我ともなれば、それはハンター生命が終わってもおかしくない。

 それも、負傷した箇所が箇所だ。

 ハンターが────それも剣士が腕を負傷するというのは、それほどまでに致命的なことである。

 

 先日の様子では、彼の動きにぎこちなさはなかったが、それは日常生活での話。狩り場での肉体への負担は、日常生活のそれとは訳が違う。

 

「だ、大丈夫なのかよっ!?」

「それを確認にきてるんだろうが」

「うっ」

 

 間を置かずに言い返され、アルは自分の浅慮を恥じた。

 

「あの怪我からたった半年で、日常生活に耐えられるレベルに戻した。正直いって、あり得ねえ快復速度だ。

 だからこそ、“本当に狩りに挑めるレベルなのか”を確かめる必要があんだよ」

 

 

()()()()()()

 

 

 半年という期間は、アルにとっては、とてつもなく長い時間に感じられる。

 だが、それを『たった』なんて言い切れてしまう辺りに、アルはレオルドの傷が相当に深刻だったことを認識した。

 

「話は、なんとなくわかった。……けど」

「けど、なんだ?」

「だったら、何でこんな依頼を? もっと楽な仕事あったろ。ランポスの間引きとかさ」

 

 動きの確認をするために狩りに訪れているのなら、飛竜のいるような仕事を選ぶべきではない。

 万一の事態になれば、リハビリどころか、命を失ってしまうだろう。

 それは飛竜相手でなくても変わらないが、飛竜がいるかいないかで、やはり危険度は段違いだ。

 

 ジェイは、アルが言外に言おうとしていることを理解したらしい。

 一度溜め息のようなモノを漏らして、しかし首を横に振った。

 

「それじゃあ意味がねえのさ」

「え?」

「旦那が普段相手してたのは飛竜だ。以前の感覚を取り戻せたか確認するには、相手が飛竜じゃなきゃ意味がねえのさ」

「そいつは……」

 

 ジェイの言うことは、アルにも理解出来た。

 

 取り戻したいのは以前の感覚。

 その為に必要なのは、飛竜との戦い。

 

 だがそれは、やはり多大な危険を孕んでいると思う。

 

「その為に、俺がいる」

 

 思考に墜ちかけたアルは、その声にハッとした。

 そうだ。彼は────レオルドは決して独りではない。

 

「旦那は死なせねえ。……あんな思いは、二度とゴメンなんだよ」

「お前、まさか……」

「……ああ。旦那が傷を負った時、俺もその場にいた」

「……、」

 

 まさか、というよりも、やはり、という方が正しいのだろう。

 彼らはずっと以前から、コンビを組んでいたのかも知れない。ジェイは、レオルドのことをよく知っているような口振りだったのだし。

 そして、だからこそジェイは、責任のようなモノを感じているのかもしれなかった。

 

 想像する。

 もし自分の目の前で仲間が傷ついたら、自分は自分を許せるだろうか、と。

 

 恐らくは無理だろう。

 きっと、直接の原因が自分になかったとしても、自分自身のことを責める。傷ついた仲間が大事であるなら、大事である程に。

 

「旦那が無理だと判断したら、俺がすぐに代わる。アイツにゃ無茶はさせらんねえ」

「お前……」

「……ま、深刻に考えても仕方ないわな」

 

 アルが何か言いかける前に、深刻そうだったジェイの表情が一転。緩く薄い笑顔を浮かんでくる。

 

「きちんと事前に保険もかけたんだしよ」

「保険?」

「そ、保険」

 

 そう言って、ジェイは笑顔のままアルを指差した。

 

「は? 俺が、保険?」

「旦那のリハビリに必要な相手は?」

 

 ジェイはアルの質問には答えず、代わりにとばかりに質問で返してきた。

 アルとしては不愉快な対応だったのだが、なんとなく答えない訳にはいかない気がする。

 

「飛竜との戦いだろ?」

「今回の相手は?」

「イャンクック」

「んじゃ、今回の依頼は?」

「そりゃ────、」

 

 クックの討伐。

 そう答えかけて、アルは口をつぐんだ。

 

 違う。今回は────、

 

「────肉食竜の卵運び」

「よく出来ました」

 

 アルの返答に、ジェイは気持ちのまるでこもっていない拍手を浴びせる。

 

 同時、アルは唐突な疑問を懐いた。

 

「なあ……」

「ま、そういうこった」

 

 疑問はジェイに届いたのか、彼は薄く笑っている。

 

「欲しかった条件は、飛竜と戦える環境。

 そして求めた難度は、『最悪、俺一人で片が付く』レベル。

 さらに、万一、相手が手におえない強さだったとしても、『依頼を達成出来る』状況。

 ま、俺が望んだのはこんなところか」

 

 つまりは、彼はレオルドが使い物にならない状況でも、自分だけで何とかなる相手として、イャンクックを標的に選んだ。

 そして、仮にクックが倒せなくても、依頼を達成出来るように“討伐クエスト”ではなく、“飛竜の現れる採集クエスト”を選んだ。

 確かにこれならば、必ずしも飛竜を倒す必要はない。

 

「けど、俺が保険って意味はわかんねえんだけど?」

「簡単だろ? 旦那がダメで、俺もクックに手一杯になった時の保険。そん時は、卵運び期待してるぜ?」

 

 そこまで言われてようやく、「ああ」と、納得することが出来た。

 つまり、俺は保険の保険か、と。

 

「さぁって、そろそろ良いだろ」

「ん、もう大丈夫だ」

 

 ジェイが動き出すのを機に、アルもまた体の調子を確かめながら立ち上がった。

 

 吐き気は既にない。身体の芯もしっかりしてる。

 これならば、問題なく狩りに挑める。

 

「ちゃちゃっと、旦那に追いつかねえとな」

「わかってる。ロスさせた分は、これから返す」

 

 アルの言葉に、ジェイは笑う。

 笑って、そしてアルの背中を、ばしこーん、と叩いた。

 

「……って!?」

「良く言ったなガキ。期待してるぜ」

 

 不意の一撃に背中をさすりながら、文句を発しようとした時には、ジェイはさっさと歩き去ってしまっていた。

 

「ちょっ、お前、少しは待てよ!」

 



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剛 ~紫電~

 

 意外なことに、レオルドはベースキャンプから程近い場所に突っ立っていた。

 アルとジェイは、辺りを見渡しながらレオルドに近付いていく。

 

「ホイホイ、追い付きましたよっと! 旦那、遅くなったな。暇だったっしょ?」

「いや、狩り場での感覚を思い出していた。さほど暇ではない」

「おうおう、さっすが! そんじゃ体は温まってるな?」

「無論だ」

「うし! なら早速、クックを探すとしますか」

 

 ジェイのセリフに、レオルドは頷きを一つ返すと、ゆっくりとこちらへ振り返った。

 

「……」

「?」

 

 睨まれてる、という訳ではないのだが、何かやらかしただろうか?

 いや、確かに船酔いでしばらく動けなかったりもしたのだが。

 

「そんな気にしなくても、アルも準備は出来てる」

「そうか」

「いや、口で確認しろよ」

 

 眼で訴えられてもわかりません。

 ジェイと違って、こっちはレオルドと組むのは初めてなのだから。

 

 こちらのツッコミを華麗にスルーしてくれたレオルドは、そのまま無言で先に行ってしまう。

 その後に置いていかれないようについて、最後尾には肩をすくめたジェイが続いた。

 

 程無くして、レオルドが立ち止まる。目前には、変わらぬ木々。

 当然だ。それが密林と呼ばれる所以なのだから。

 

 しかし、その()の中にあって目をひくもの。

 青い(・・)青い(・・)身体を持った鳥竜種が、深い深い木々の合間に見え隠れする。

 

「おーおー。またガンクビ揃えちゃってまあ」

「ランポスか。ホンッと、どこにでもいるよな」

 

 顔馴染みといっても差し支えない程に、狩り場ではよく顔を遭わせるモンスターである。

 自然、ハンターたちの反応は薄くなる。

 

「どうする? かわしてクックを探すか?」

「いや」

 

 余計な消耗は避けるべきか、と提案したアルに、レオルドは短く返して、一歩前に出た。

 

「まあ、クックと殺りあってる最中に邪魔されんのもアレだしな」

「片付けるのか」

 

 軽銃を構えながらジェイが応え、それに続いてアルも片手剣を引き抜いた。

 

 ランポスたちが吠える。ようやくこちらに気付いたらしい。

 数は五頭。三人がかりなら問題なく圧倒できるだろうが、奴らは仲間を呼ぶ。

 

 その前に片付けられるか。

 

 そう思い、踏み込みかけた時、アルの行く手を阻むようにレオルドの手が伸びた。

 

「下がれ」

「……っ!?」

 

 前につんのめりそうになりながらも、何とかその場に踏みとどまる。

 

「おい、何を────、」

「俺がやる」

 

 問いかけには短い答えで返された。

 だが、それだけで彼の意図は理解出来る。

 

「無駄弾撃たなくていいなら、それに越したこたぁないけどな」

 

 言って、ジェイはボウガンを肩に担ぎ直した。

 彼はレオルドの意思を尊重するつもりのようだ。

 それも当然か。今回はレオルドのリハビリがメインなのだから。

 

「わかった、任せる。けど、数が増えたら────」

「……わかった」

 

 アルの言葉に、やはり短く返して、レオルドがランポスに向かって疾走を開始する。

 

 

 

 こうして、怪物による蹂躙が始まった。

 

 

 

 一つ所に固まっていたランポス達が散開する。

 狙うのは彼らに向かって一直線に疾走するレオルドだろう。

 

 その様を、離れた場所で見つめながら、アルは呟いた。

 

「鉄刀、か」

 

 レオルドの背にある太刀。

 反りが浅く、長大な刃を鉄で鍛えたそれは、おそらくは鉄刀と呼ばれるものだ。

 

 太刀はその長大さによる威力と射程がうりだが、木々が密集しているこのような場所で振るえるのだろうか。

 

 アルがそこまで思い至った時、不意に隣にいたジェイが口を開いた。

 

「違うな。アレは鉄刀なんてもんじゃねえ」

「え?」

「アレはな、……もっと良いもんよ」

 

 思わずジェイに視線を向けた瞬間、

 

 バチッ! と、何かが弾けるような音が辺りに響いた。

 

「!?」

 

 あわてて視線をレオルドに戻す。

 太刀を振り切った彼と、その眼前に両断されたランポスが映った。

 

 次の瞬間、レオルドは太刀の切っ先を僅かにもたげ、何の冗談か()()()それを薙ぎ払う。

 風切り音とともに振るわれた刃は、レオルドを囲むようにして接近していたランポスに、容赦なく襲いかかった。

 

 断末魔とともに聞こえる、風切り音とは違う音。

 さらに血飛沫とともに咲く、蒼白い華。

 

 

 ────属性武器

 

 

「斬破刀……」

 

 

 蒼白い光りと炸裂音が『雷属性』ならば、アルの知りうる限り、そんな太刀は一種類だけ。

 剣士にとっては有名なその武器は、その有名さとは裏腹に、入手が困難だという話を聞く。

 

 

「終わるぞ」

 

 

 一瞬、武器の造形に気をとられかけたアルの意識を、その一言が呼び戻す。

 

 気付けば、たったの二振り。

 それだけで五頭のランポスの内、四頭は物言わぬ肉塊へと姿を変えていた。

 

 残る一頭が雄叫びをあげながらレオルドへと向かう。

 それは仲間を殺られた復讐心からか、はたまたただ恐慌しただけだったのか。

 その判断はアルにはつかなかったが、少なくともこの攻撃が通らないだろうことはわかった。

 

 ランポスの前足────その先端の鋭く尖った爪が、レオルドを強襲する。

 それはつまり、ランポスにとって攻撃に適した間合いに入ったということ。

 

 しかし、レオルドにとっては『必殺の間合い』に入ったということと同義であった。

 

「────っ!!」

 

 交錯するその瞬間、レオルドがとった行動は至極単純だった。

 

 

 直上から、直下へ。

 風を巻き込みながら、刃を振り下ろす。

 

 

 ただしその威力は、ランポスを破壊するだけに留まらない。

 

 

 大地を砕く程の踏み込みの強さ。

 太刀を片腕で扱える豪腕。

 鋭利な切れ味と、白熱する雷を纏う刃。

 

 

 それら総ての力が、レオルドという一つの『武器』を通して振るわれる。

 

 片腕ですら圧倒的な速度を誇った一刀は、両の腕と充分な踏み込みの力を得て、もはや視認など出来はしなかった。

 

 不可視の一撃。

 その領域にまで達した太刀筋は“風を切る”等と言う生易しいものではない。

 『振り抜いた』と認識した瞬間、遅れてやってきたのは“轟音”と“暴風”。

 

 そう、神速と豪腕が繰り出した剛剣が生み出したのは、まさに嵐と言っても間違いではない剣圧。

 

 離れた場所にいたアルですら分かる程のそれを受けて、ランポスの周りを舞っていたランゴスタが“巻き込まれて四散”した。

 

 両断は当然。

 纏う紫電は大気を焼く。

 

 斬殺などでは言い尽くせない。

 しかし、斬殺と言うしかない、圧倒的で一方的に斬殺された死骸。

 

 終わってみれば一瞬の出来事。

 

 ランポス達は、その最後の一頭も、先の四頭と同じく物言わぬ肉塊と化した。

 

 勝利したのは強者。

 数がいようが、なんだろうが関係がない。

 弱ければ死ぬ、弱肉強食の世界。

 

 これはただ、それだけの話だった。

 



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相対

 ランポスの死骸は、無惨なものだった。

 

 アルが見下ろしているのは、レオルドに左側から襲いかかった個体だ。

 薙ぎ払いで一蹴された内の一頭だが、アルの記憶している限り、こいつは“浅く斬られた”程度だったと思う。

 切っ先が僅かに胸にとどいた程度。致命の一撃ではなかったハズだが……。

 

 まず、頭部がない。

 次いで、その下にあるハズの胴体もない。

 胸があっただろう位置を境に、そこから上が“消し飛んだ”ような死骸。

 

 一体どれほどの力ならば、切っ先が触れた程度でここまでの死体を創りだせるのか、アルには想像も出来なかった。

 

 そうして、かろうじて無傷で残っていた皮を剥ぎ取る。

 ここまでの死体に更に手を加えるのは気が引けたが、このまま素材を無駄にすることの方が、アルにはバチ当たりに思えたのだ。

 

「どうだい旦那、腕の調子は?」

「悪くはない。痛みも感じないしな」

「全快か?」

「……四割程だな」

 

 ────これで、四割。

 

 武器の差があったとしても、アルの全力はレオルドの四割にも満たないということか。

 

 剥ぎ取りながら聞こえてきた二人の会話に気が遠くなる。

 レオルドが全快ならば、一体どれほどの力だというのだ。

 

「待たしたな、剥ぎ取り終わったぞ」

「そうか、では行くぞ」

「って、旦那急ぎすぎ! ちっとくらい休憩しましょうよぉ!」

 

 やる気でなーい。とかいう意味不明なポーズをとりながら、ジェイが抗議する。

 

 アルとしては休憩なんて必要がない。というか戦ったのはレオルドだけなので、ジェイが疲れているハズがないのだが。

 

「いや、狩りの感触が残っている内にやってしまいたい。変に感覚を開けると、鈍りそうだからな」

「うっわ! ホント固いよこの人! 生真面目すぎだっつの!」

 

 そう言いつつ頭を抱えるように、ジェイは自らの髪をかき上げた。

 

 ────かき上げた?

 

「なぁ、ジェイ」

「あ? 何?」

「お前、兜は?」

 

 自分の兜を軽く叩きながら問う。

 目の前の男は、どういう訳か頭装備を身に付けていなかった。

 どのような装備品で身を固めるかは個人の自由ではあるのだが、人間にとって頭は重要な気管である。そこを剥きだしでは非常に危険なのではないだろうか?

 

 そんなアルの疑問に「ああ」と軽く返して、ジェイは自分の()を指差した。

 

「兜ってゴツいじゃーん? 重いし、視野は狭くなるし、カッコ悪いしな」

「……カッコ悪い、ってお前」

「だから、コイツだっつの! 分かりやすく指差してやってんじゃん」

「あ、ピアスね」

 

 どうやら彼が指差していたのは耳ではなく、その耳に着けていた()()()だったようだ。

 ハンターの身につけるピアスは一般的な装飾品とは異なり、装備者に特殊な能力を付与させると聞く。単純な防御力では兜に軍配が上がるだろうが、ピアスによって与えられる特殊能力を加味した場合、狩り場での有用性についてはどちらが優れているとも言い難い。。

 

「オシャレさーん、だろ?」

「でもそれ、見てて不安になんぞ」

 

 ジェイの言うとおり、頭と顔の大部分を覆う兜と違って、素の顔が良く見えるピアスは確かにオシャレアイテムではある。

 だが、やっぱり“剥き出しの頭部”が防御力のなさを強調しているように思えて、アルは不安だった。

 

「当たらなければ、どうということはない」

「それ、レオルドの真似か?」

「いんや、彗星の真似だよ」

「……お前達」

 

 水性マジックがどうこう、と言った話題で盛り上がりかけた二人を制するように、それまで口を閉ざしていたレオルドが口を開いた。

 

 苛立っている、という訳ではなさそうだが、まあ言わんとしてることは分かる。緊張感というものがあまりにも足りないのだ。

 仮にもここは狩り場のど真ん中なのだから、それではまずい。

 

「……悪い、つい」

「あー! かったいねぇ!! 少しは心に余裕を持てないかね、この人は!!」

 

 前者がアルで、後者がジェイだ。

 

(……うわ、コイツ反省してねえ)

 

 アルは呆れたが、それはレオルドも同様だったようだ。

 表情にこそ表れないが、僅かに息を吐いたのが分かった。

 

「へーへー、分かりましたよ。やる気出せばいーんだろ」

「じ、じゃあ行くか」

 

 やれやれといった感じで答えたジェイに、フォローを入れる形でアルが促す。

 というか、そのうちレオルドがキレそうで怖い。よく今までコンビを組めていたな、と逆に感心してしまう。

 

 まあ何はともあれ、これで進軍できる訳だ。

 が、いざアルが動こうと思った時、何を思ったか、レオルドはその場を動こうとはしなかった。

 

「レオルド?」

 

 狩りの進行を求めたのは彼のハズだ。ジェイのようにやる気が出ない、という訳ではないだろうに。

 それともやはり、負傷していた右腕の調子が思わしくないのだろうか?

 

「動く必要はなくなったな」

「……え?」

 

 アルがレオルドの調子を確認するよりも早く、彼自身がポツリと漏らした。

 と、同時に鼓膜を叩く、何か巨大なものが“羽ばたく”音。

 

「!?」

 

 反射的に顔を上げる。

 逆光に目を眩ませながら、中空に確認出来たのは一つの巨大な影。

 

「おいでなすったか」

 

 アルのすぐ隣でジェイがボウガンに弾を装填する。

 一歩前でレオルドが太刀の柄に手をかける。

 狩り場の空気が、徐々に張り詰めていく。

 

 そうしてその巨体を隠しもせずに、それは降り立った。

 

 そう“降り立った”のだ。

 それは何の比喩表現でもない。

 

 圧倒的な巨体と、生態としての飛翔を兼ね備えるもの。

 

 すなわち飛竜の登場。

 そして、今、この狩り場にいる飛竜は一種類だけ。

 

 それはつまり────、

 

「イャンクック!!」

 

 この狩りでの最大の目的。

 大怪鳥との闘いが始まったことを意味していた。



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追走 ~あの背中へ~

 特長的な大きく、円い鶏冠。

 巨大な身体は、周囲の緑に馴染まぬ桃色。

 どちらかというと、ツルリとした印象すら受ける甲殻。

 そして何より、“ここにいる”という圧倒的な存在感。

 

(これが、飛竜……)

 

 思わず喉を鳴らす。

 

 無論、飛竜を見るのは初めてではない。

 遠目になら何度も目撃していたし、一度は背中から追い掛けられたりもした。

 だからこの威圧は経験済みのハズだ。

 

 だが────、

 

(討伐、か……)

 

 そう、今回のこれは、逃げきればそれでおしまいではないのだ。

 あの存在感を放つものに、自ら立ち向かって行かねばならない。

 その緊張感が、知らずアルの身体を硬くする。

 

「行くぞ」

 

 短く呟いて、一歩前にいたレオルドが駆け出した。

 

 大怪鳥との距離はそうない。走破はあっという間だろう。

 にも関わらず、怪鳥がこちらに気付いている様子はない。

 三人が三人とも、意図せずに怪鳥の死角に立っていたらしい。

 

「ガキ、始める前に言っとくことがある」

「……なんだよ?」

 

 レオルドが狩猟を開始した段階で話なんて危険じゃないのか、という想いとは裏腹に、アルは若干気が抜けていくのが分かった。

 話しかけられることで、場の空気──というかイャンクックの存在感に飲まれそうな自分を引き戻すことが出来たから。

 

「旦那に巻き込まれるなよ、死ぬぞ」

「……ああ」

 

 それは死ねるだろう。簡単に。

 

 なにせモンスターを一撃で屠ることができる攻撃力なのだ。巻き込まれれば、アルの身体なぞ容易く両断される。

 

「それから、連係が無理だと思ったら遠慮せず引け。旦那のあの調子なら、クック相手に負けるこたぁねえ。いざとなったら俺もいる」

「俺はあてにしてないってこと?」

「いきなりで連係が成立するなんて考えちゃいねえだけだ」

 

 アルの少し拗ねたような言い方に、ジェイは呆れたように断ずる。

 考えるまでもなく当然のことを言われて、アルは自分の子供っぽさを実感した。

 

「そんでもう一つ。旦那の調子が悪そうだと思ったら、お前が離脱させろ」

「俺が?」

「立ち位置の問題で俺は無理だ。せいぜい離脱までの時間稼ぎがいいとこだな」

「……」

 

 戦闘中に他者を気にかけて、それを離脱させるなんて自分に出来るだろうか?

 

「頼んだぜ」

 

 言って、ジェイはアルの肩を軽く叩いた。

 

 それで覚悟を決める。

 

 やれるだろうか、ではなく、やってみせると。

 

 その間に、既にレオルドは怪鳥へと肉薄していた。

 追い付くべく、アルも疾走を開始する。

 

 怪鳥がレオルドの気配に気付いたのはそのタイミングだ。

 威嚇するでも、おののくでもなく、無造作とも言える動きで、その尾を振るう。

 怪鳥の巨体からすれば不釣り合いなほど細い尻尾だが、あれを人間がくらえばただでは済まないだろう。最悪、それだけで立ち上がれなくなる可能性もある。

 

 まさに自然が生み出した『凶器』が、風を切り、木々を薙ぎ払ってレオルドに襲いかかった。

 

 が、レオルドの攻撃は、それよりも速い。

 走りこんだ加速の勢いのまま、上方から太刀を振り抜く。

 

 紫電を纏った刃は、怪鳥の甲殻を弾き飛ばし、その内側にある肉を切り裂いた。

 

 直後、怪鳥の尾がレオルドの頭上を素通りする。

 タイミング的にはギリギリ。攻撃とともに身を屈めていなければ、直撃だったろう。

 自分のことではないのに、アルの背に嫌な汗が吹き出た。

 

「クアァァアア!!」

 

 尾を振り切った勢いで、丁度レオルドを見据えるように怪鳥は体勢を整えた。

 レオルドの背後に追い付くべく走っていたアルのことも当然視界に捉えたハズだ。

 

 声は切りつけられたことによる悲鳴というよりは、むしろ威嚇だった。

 ランポスを一撃で屠る刃を受けて無事なハズがないが、この底無しの体力こそが飛竜ということだろうか。

 しかし、レオルドには底無しの体力も、剥き出しになった敵意も関係がなかった。

 

 振り下ろした刃を水平にもたげ、浅い踏み込みとともに突き出す。

 威嚇を続けていたイャンクックの顔面に、蒼白い火花。

 堪らずに大怪鳥は悲鳴(そう今度こそ悲鳴だ)をあげた。

 

「しっ……!!」

 

 突き立てた刃をそのまま返し、下段から上段へ跳ね上げる。

 身体のバネを使った攻撃は、怪鳥の肉を裂き、鮮血を撒き散らした。

 

 疾走からの三連撃。

 

 しかし、イャンクックもただ黙ってやられている訳ではなかった。

 血を撒き散らしながら、特長的なクチバシでレオルドに食い付きを試みる。

 

 巨大で凶悪なクチバシはしかし、レオルドが後方へ下がったことによって空振りした。

 

「ギァアアアア!?」

 

 故に悲鳴は怪鳥のものだ。レオルドは傷一つ負ってはいない。

 

 紙一重のタイミングで攻撃をかわしたレオルドは、ただ避けただけではなかったのだ。

 跳ね上げた太刀を、半円を描くようにして一閃。

 太刀の重心移動に伴って、自身の身体を数歩分後方へ。

 

 攻撃と回避を両立させた妙技は、レオルドにとって当然のことなのだろう。表情に変化はなく、しかし攻撃はより鋭くなっていく。

 

「クアァァアア!!」

 

 凄まじき剣圧にさらされながら、イャンクックはついに痺れを切らせた。

 

 まとわりつくような斬撃を振り払うのを諦め、半ば強引に突進に移ったのだ。

 

「……っ」

 

 怪鳥の正面で攻勢に出続けていたレオルドも、これには堪らず後退する。

 レオルドが舌打ちしたその直ぐ脇を、イャンクックが疾走した。

 

 

 ────仕切り直し

 

 

 一気呵成になどいくわけがない。

 ないが、あれだけの攻撃を強引にねじ伏せてしまえる飛竜の体力に、アルは呆れとも驚愕とも言えない感情を抱いた。

 

 そのアルを尻目に、レオルドは開いてしまった怪鳥との距離を詰めるべく再び駆け出す。

 同時、レオルドへと振り返った怪鳥が大きく身体を仰け反らせて、まるで頷くように頭部を上下させた。

 

 そのクチバシから覗くのは赤い赤い────、

 

(ブレス!?)

 

 アルの予想は正しく、僅かなタイムラグの後、山なりの軌道を描いて火球がレオルドに襲いかかる。

 

「レオルド!!」

 

 そも、モンスターと通常の動物では身体構造が違う。

 生態系の頂点。あらゆる者を蹴落として、その場に立つ。

 飛竜はその最たる者だ。

 故に外敵を滅ぼす機能なぞいくらでも備えている。

 『火を吐く』なんて逆にメジャーすぎることでもあった。

 

 しかし、知識として知ってはいても、アルの驚愕は途方もなかったのだ。

 人が火を起こすのとは違う。当然の()()としての機能。

 底無しの体力と、圧倒的な力。空を駆ける翼に、外敵を葬る火炎。

 一体自分は、何れ程の化け物を相手にしようとしているのだ。

 

 大怪鳥のクチバシから放たれた火炎。

 人体を呑み込む程の大きさのそれは、着弾した箇所を中心に弾けた。

 生い茂る緑を焼き、大地を穿ち、熱波は離れた場所にいたアルにも届く。

 

 しかして、レオルドは健在であった。

 無論のこと、あの火球を受けてただで済むハズがない。

 だからこそ、アルは舞い上がる土砂と熱波で視界を覆われながら、レオルドが紙一重でかわしたのだと、容易に理解出来た。

 

 彼の疾走は止まらない。

 はぜた大地を後方に、瞬く間に怪鳥との距離を詰めていく。

 

 だから、それは運が悪かったとしか言いようがない。

 

 レオルドが攻撃の間合いに入った瞬間、怪鳥がついばむようにクチバシを動かしたのだ。

 火球をかわしたことで、レオルドの移動経路は僅かに制限されている。

 そこに加えて、完璧なタイミングでの攻撃。まるでレオルドの攻撃を読みきったかのような連係。

 怪鳥にしてみれば苦し紛れの攻撃が産んだただの偶然だろうが、人間にとってはたまった物ではない。何せ飛竜の攻撃は、その一撃一撃が致命的なのだ。

 

 どんな生き物も、攻撃する時には隙が生じる。

 抜刀の為に、『駆ける』ことから『踏み込む』ことへと、その足運びを変化させていたレオルドにはクチバシをかわせない。

 受けようにも盾はなく、そも両腕は背に収まった太刀へと伸ばされている。

 

 

 ────直撃

 

 

 アルの総身に寒気が奔る。

 

 そう、このままでは直撃だ。

 そしてそうなれば、レオルドは恐らくは立ち上がれまい。

 

(くっ……そ!! 冗談じゃ、ねえぞ!?)

 

 いつしか止まってしまっていた両足に力を込めて、アルはレオルドの下へ走り出す。

 

 わかっている。恐らくは────いや、絶対に間に合わない。

 それでも、

 

(諦め…………、られるかっ!!)

 

 時間にして数秒。いや、一秒にも満たないであろう刹那に選択する。

 同時、とてつもない無力感がアルを苛んだ。

 

 一瞬後の未来など容易に想像できる。

 しかし、だからこそ両足に込める力を強めて────、

 

 

 怪鳥の頭部が爆発した。

 

 

「え!?」

「クアァァアアアアッ!?」

 

 驚愕は、アルより怪鳥の方が大きかったであろう。

 突然自分の頭が────より正確に言うなら顔面が爆発したら、どんな生物でもビビる。

 そしてその驚愕が僅かにクチバシの軌道を逸らす。

 

 レオルドにはその僅かがあれば十二分だった。

 背の太刀を一気に抜刀し、そのまま大怪鳥の鼻先に叩き付ける。

 

 血潮が舞い、火花が踊る。

 

 この一撃で、イャンクックは決定的に攻撃を逸らすことになった。誰もいない空間に、巨大なクチバシが空しく刺さる。

 

 怪鳥がレオルドに向き直ろうとした時には、既に彼はその場にはいなかった。より深く斬りつける為に、怪鳥の足元へと移動していたのだ。

 

 イャンクックが不思議そうに「コッコ?」と喉を鳴らす。

 その様があまりにアレ過ぎて、アルは場違いにも吹き出しそうになった。

 

 そんな怪鳥の様子に構わず、レオルドが死角からの攻撃を実行する。

 火花めいた光りと血飛沫が、レオルドの一撃ごとに舞い散り、怪鳥の体力を奪い去ってゆく。

 

 攻撃を受け続ける怪鳥も、ここまで好き勝手されれば流石にレオルドの位置に気が付く。

 何処にそんな体力があるのかとツッコミたくなる動きで、レオルドの攻撃を振り切り向き直る。

 

 自然、レオルドは大怪鳥と正面から向き合う形になった。

 それでも、彼に焦りは微塵もなく。

 

 

 そしてレオルドが踏み出した瞬間、辺りに銃声が響いた。

 

 

 『誰』が『何』をしたかなぞ、姿を確認するまでもなく明白だった。

 

 断続的に聞こえる銃声の後、怪鳥の身体に弾丸の雨が襲いかかる。

 その雨を掻い潜るように、レオルドの太刀が嵐の如き苛烈さで怪鳥の甲殻を引き裂いた。

 

「ギャオオオォォオオ!?」

 

 狙撃手を探そうとすれば斬撃が。まとわりつく人間を排除しようとすれば、弾丸が。それぞれが、それぞれの隙を埋め合うように交錯する。

 

 思えば、()は最初からレオルドには無茶はさせないと言っていた。

 その彼が、一人無謀に怪鳥に突っ込んでいくレオルドを、黙って見ているハズがない。

 

 正確で隙の無い連係は、二人の狩りの腕前と呼吸を示していて。

 アルは唐突に、レオルドはジェイを信頼していたのだと思い到った。

 

 これだけの連係をやってのけるなら、組んだ期間も相当だろう。

 ならば、先の怪鳥のついばみを止めることすら、きっと二人には当然のことだったのだ。

 

「すげぇ……」

 

 恐らく、絶えず移動しながら狙撃しているのだろう。

 ジェイの姿は、怪鳥から離れた場所で見ているアルにすら捉えられない。

 姿を晒しているレオルドにしてみても、アルにはその太刀筋がまるで読み取れなかった。

 

「けど……」

 

 そう、けれど。

 ここで二人にだけ任せる訳には行かない。

 それではいつまで経っても()()()()()()

 

 彼らにも。そして、あの()()()()にも。

 

「いっく、ぞぉおおお!!」

 

 自らを鼓舞しながら、駆け出す。

 レオルドが、大怪鳥が、アルの声と存在に気付いた。

 

「クアァァアア!!」

 

 紫電の斬撃を無視して、大怪鳥はアルにそのクチバシを差し向けた。

 

「おせぇ!」

 

 ついばむように繰り出されたクチバシをサイドステップでかわし、怪鳥の脚部に斬りつける。

 巨体を支える太い足は、まるで大木を斬りつけたような感触をアルへと返した。

 

「ぐっ……、おおおりゃっ!!」

 

 アルの攻撃は、斬る、というより削るといった方が正しい。

 目一杯力と速度を乗せた一撃は、しかし簡単には通ってはくれなかったのだ。

 

 怪鳥が振り返る。

 否、巨体を振り回す。

 

 連動して動いた尾が、怪鳥に密着していた二人を襲った。

 

 しなる尻尾が唸りをあげ、アルの頭上を素通りする。

 対面でレオルドが、同じように身を屈めてかわしているのがわかった。

 

 身体をその場で回転させた怪鳥の、足の動きが止まる。

 瞬間、弾かれたように二人は怪鳥の足に斬りかかる。

 

 風を巻き込む一閃が鱗もろとも肉を裂き。

 一撃一撃削るような無数の斬撃が甲殻を削いでいく。

 

「コアァァアア!!」

 

 怪鳥は、煩わし気に身体を旋回させるも、二人のハンターには効果がない。

 唸る尻尾をやり過ごしてアルは叫んだ。

 

「その攻撃は、もう覚えた!」

 

 




※ちょっとした言い訳のようなもの。



本来は鳥竜な彼ですが、一般的には飛竜扱いされてるんじゃないでしょうか。
ハンターの登竜門。一番初めに戦うべき飛竜なんて言われてますし、2Gだとかの飛竜カウンターでも彼はカウントされてたように思いますし。

っていうか大きさと脅威のレベル的に飛竜クラスなら、本来鳥竜だろうが獣竜だろうが飛竜扱いでもいいよね、一般人的にも、ハンター的にも変わらない。変わるのは学者的な見解だけ。

そんな訳で作中では『みんな鳥竜だとわかってるけど、脅威のレベルと形が飛竜に近いから飛竜扱い』してます。アルたちがバカなんじゃないんだ。彼らにしたらどっちでもいいんだ。
モンスターなんて狩るか狩られるかの存在でしかないから。


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死線 ~何よりも強いもの~

 身体を旋回させる攻撃も、獲物に食らい付く攻撃も、山なりの火球もついばみも。そのどれもが、今しがた見たばかりの物だ。

 

 そんな攻撃には当たらない。

 それらの連続であったとしても、何か致命的な異変が無い限り、もうアルには当たらない。

 

「ふっ」

 

 肺に溜めた息を吐き出すと同時に、大怪鳥の足を斬りつける。

 鱗を数枚弾き飛ばす程度の攻撃力だが、この攻撃も無駄ではないとアルは確信していた。

 

 僅かばかりの痛みに、怪鳥の意識が揺れ動く。

 その僅かな隙を、剛剣が抉り、刻み、薙ぎ払う。

 

 アルの攻撃は言わば、『レオルドが斬り込む隙を誘発』する為のものだ。決定打には程遠く、隙を作ることもまた、容易くはない。

 それでも、今ここでアルが出来ることはそれだけであった。

 だからそれをきっちりやろうと、自分に言い聞かせて剣を振るい続ける。

 

 怪鳥が身体を振るう。

 アルとレオルドが身体を引く。

 木々をも薙ぎ払う攻撃は、しかし二人をかすめることすらなく空振りに終わった。

 

「おおっ!!」

「……っ!」

 

 旋回の静止を待たずに、レオルドとともに左右から同時に踏み込む。

 大怪鳥の足を中心に、片手剣と太刀を交錯させるようにすれ違う。

 同時に受ける逆方向からの衝撃に、怪鳥の足元がぐらつく。

 

 直後、怪鳥の頭部に弾丸が突き刺さった。

 

「退がれ!!」

「!」

 

 背後から聞こえた声に、反射的に従う。

 怪鳥が、引き下がろうとするアルに食らい付く────、

 

「クアァァアア!?」

 

 凶悪なクチバシがアルに届こうかという瞬間、怪鳥の頭部に刺さった弾丸が爆発した。

 

 

 ────徹甲榴弾

 

 

 獲物に食らい付いた後、爆発によって標的を蹂躙する凶悪な弾丸である。

 

 思い返せば、先の攻撃からレオルドを救った最初の狙撃。あれも恐らくは徹甲榴弾だったのだろう。

 

 脚部の関節を砕くような一閃の直後、ぐらつく身体を整えさせる間もなく頭部への狙撃。

 この連携に、遂にイャンクックの身体を支える両足が悲鳴をあげた。

 

 果たして大怪鳥は、アルに攻撃が届くか否かという地点で、横合いに吹き飛ぶように倒れたのだった。

 

「こ、の……、ビビったじゃねえか!!」

 

 後退の指示は、怪鳥が転倒するのを見越してのことだったのだろう。あのまま足元に残っていたら、あの巨体に押し潰されていたかも知れない。

 

 その点で指示は的確だったのだが、やはりビビるもんはビビる。

 あの巨体が、急にどしーんとか。

 それ以前に、離脱しようとしたアルに追いすがった怪鳥にもビビった。

 

 要するに、『二重の意味でビビったぞ、どうしてくれるこのやろう』という心境である。

 

「行くぞ」

 

 わめくアルを尻目に、レオルドが疾駆する。

 

 あれだけの巨体だ。一度倒れてしまえば、立ち上がるのは容易ではないだろう。それは言うまでもなく、こちらから一方的に攻撃出来るチャンスだ。

 

「お、俺も!」

 

 この機を逃す真似はしない、と斬り込むレオルドに一歩遅れて、アルが怪鳥に肉薄する。

 

 やや回り込んで、レオルドが怪鳥の胴体へ。

 対して、アルは正面から。怪鳥の顔面を真っ直ぐ見据えて、剣を執った。

 

 堅い甲殻や、皮膚を隙間無く被う鱗。

 それらの硬度は、アルの手持ちの武器ではどうしようもない。

 だが頭部。その一ヵ所だけは、“目に見えて”その守りがなかった。

 つまりそこならば確実に、有効なダメージを与えられるということ。

 

 身長差と、飛竜の正面に立つリスクから今まで狙っていなかったが、怪鳥が転倒した今なら届く。

 

「う、おおぉぉぉ!!」

 

 軽い跳躍から、怪鳥の脳天に一撃。

 剣を通じて思いの外、堅い感触が返ってくる。

 が、それでも他の部位より圧倒的に軟らかい。やはりこの部位なら、アルの腕力と武器でもどうにか太刀打ち出来る。

 

「ギャアアアァァアアッ!?」

 

 二撃目を繰り出す直前に怪鳥が絶叫した。

 横倒しになった怪鳥の腹部。その間近でレオルドの太刀が、風を巻き込みながら血潮を啜る。────否、血を貪る。

 彼の剛力から繰り出される攻撃の前には、怪鳥の防御など無いに等しい。

 加えて甲殻を吹き飛ばす爆撃だ。

 恐らく、ジェイがレオルドを援護するべく狙撃しているのだろう。

 斬撃で生まれた傷を拡げるような狙撃と、拡げた傷をなぞるように斬撃を繰り出す二人の連携は、見ていて美しささえ感じてしまう。

 

(すげぇ……!)

 

 手早く、淀みなく、互いが互いの最大威力を与えられるような連携。

 1+1=2、という単純な計算ではない。

 ともすれば見とれてしまいそうなコンビネーションを前に、しかしアルは自身による攻撃の手を緩めなかった。

 

 それは『至近距離で怪鳥から目を放せば殺られる』という思いからだったのか、それとも『二人に負けないように攻撃を重ねよう』という思いからだったのか。

 いずれにせよ、アルがレオルドとジェイの連携に見とれたのは一瞬で、その一瞬の後は、最前と同じように怪鳥の頭部に斬撃を叩き込むべく剣を振るった。

 

 一撃、二撃、三撃、と同じ箇所を斬りつける。

 怪鳥がアルの目前で悲鳴をあげるも、起き上がれないのだろう。痛みにのたうち回ることも出来ずに絶叫するだけだ。

 

 四、五、六────、ここで軸足を支点に半回転。

 遠心力の十分に乗った一撃を怪鳥の横っ面に叩き込む。

 

 八、九、十────、普段以上の緊張と連撃の中、息を整えもせずにさらに右腕を振るう。

 

 視線は、ただ真っ直ぐに攻撃する箇所を。

 剣は的確かつ迅速に、攻撃に適したと感じた場所を抉り続ける。

 

 ────いける。

 

 唐突にそう感じた。

 油断も慢心もする気はないが、これならいけると。

 

 レオルドとジェイの連携は圧倒的だ。

 その上、怪鳥の状態は『死に体』と言っていい。

 このまま剣を振るい続ければ、押し切れる。

 

 否、押し切る。

 

 そう決意して右腕を振りかぶった瞬間────、

 

「あ」

 

 

 ────怪鳥と眼があった。

 

 

 血走った金の双眸がアルを映す。

 いや、怪鳥からすれば初めから視界にアルがいたのだろう。アルはずっと正面から斬りつけていたのだから。

 そのことにアルが気付いた、それだけの話である。

 

 にも拘わらず、アルはその視線におののいた。

 

 

 ────殺意

 

 ────怨恨

 

 ────恐怖

 

 

 怪鳥がアルに向けた視線は、そのどれもがあって、どれにも当てはまらなかった。

 あえてその視線に込められた意思に名前を付けるなら、『生への執念』。死に恐怖し、生きることを渇望し、生きるためならば誰でも殺すことを決めた眼。

 

 イャンクックから絶えず感じていた殺意は圧倒的であった。

 それでもアルが怖じ気付かずに立ち向かえたのは、“かつて火竜から向けられた殺意”の方が尚、圧倒的だったことに起因する。

 

 だが、ここにきてアルはイャンクックの視線に動きを止めた。

 怪鳥の殺意が、生きようとする意思に変わった途端、頭が真っ白になり何も考えられなくなったのだ。

 

「あ、う」

 

 言葉にならない声を漏らすアルの前には怪鳥の眼。

 

 そう、生きようとする意思は何より強い。

 ただ圧倒的であった“リオレウスの殺意”など、取るに足らない些末事にさえ感じられる。

 

「あ、あぁ……」

 

 自分は恐怖しているのだろうか。

 それとも、こんなにも懸命に生きようとする怪鳥を殺すことを躊躇っているのだろうか。

 

 剣を握る右腕が痺れて動かない。

 盾を持つ腕は僅かに痙攣し、両の足はそこに根付いてしまったかの如く、ピクリともしなかった。

 

 呆然とするアルの前では、怪鳥がそのクチバシを大きく広げていく。

 その真っ暗な口内には、まるで陽炎のように揺らめく灼熱が見えて────、

 

「止まるな! クソガキ!!」

「っ!?」

 

 聞こえた声に、狭まった視界が急速に回復していく。

 取り戻した景色に、しかし思考は追い付かず、半ば恐慌したままアルは剣を振るった。

 

「う、ああぁぁぁ!?」

 

 剣は怪鳥の頭部を強かに打ち据える。

 しかし怪鳥は止まらない。広げきった口内から今この瞬間、灼熱が溢れ出した。

 

「退け」

「うっ!?」

 

 アルを飲み込むべく放たれた火炎は、彼の鼻先をかすめて逸れていく。

 否、アルの方が火炎から身を放していた。

 

 一瞬の浮遊感の後、背中を地面に強かに打ち付ける。

 顔を上げた先には、怪鳥からアルを庇うように立っているレオルドの姿。

 

 ────放り投げられた

 そう認識するより速く、怪鳥の雄叫び。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちと共にレオルドが飛び退く。

 その影から、姿勢を低くした怪鳥が突進してくる。

 

「しまっ!?」

 

 状況を飲み込めないアルは、未だ立ち上がることが出来ずにいた。

 

 レオルドに放り投げられる形で離脱したアルは、当然レオルドと射線が重なってしまっている。

 レオルドに向けた突進は、そのままアルに対する攻撃にもなりえるのだ。

 

 自力での回避は間に合わない。

 盾を構えようにも、ざわめく思考は左腕を動かすことはなかった。

 

(死────!)

 

「手間かけさせんじゃねえ!」

 

 迫る怪鳥に死を連想した瞬間、怒号とともに体を引き下げられた。

 直後、桃色の巨体がアルの眼前を通りすぎてゆく。

 間違いなく直撃コース。あのままなら死んでいた。

 それを悟ったアルの背中に、嫌な汗が浮かんで消える。

 

「行かせん」

「クソ!!」

「うわっ!?」

 

 突進の勢いのまま走り去る怪鳥を追って、レオルドが駆け出した。

 その様を見て、ジェイが“アルを掴んでいた左腕”を放して、彼の後を追う。。

 支えを失ったアルは情けない声をあげて、そのままその場に尻餅をついた。

 

 アルがのろのろ立ち上がるのと、レオルドが怪鳥に追い付いたのは同時。

 抜き放たれる太刀。

 翼を震わせる怪鳥。

 

「チッ」

 

 タッチの差で、レオルドの太刀は空を斬った。

 

 羽ばたく。

 アル達の前に現れたのと同じように、今度は離脱のために空を駆ける。

 ふらつく飛翔は、しかし既に太刀の射程外であった。

 

「逃がすか!!」

 

 レオルドの太刀にやや遅れて、ジェイのボウガンが火を噴く。

 剣に比べて圧倒的な射程を誇る銃弾は、寸分違わず怪鳥の翼膜に突き刺さった。

 

 それでも、懸命の離脱を試みる怪鳥が墜落することはない。ダメージを省みず羽ばたき続け、ついにはこの空域から飛び去って行った。



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決意 ~乗り越えるために~

「どういうつもりだ、テメエ! 死にてえのか、あぁ!?」

「……っ」

 

 胸ぐらに掴みかかってきたジェイに怒声を浴びせられる。

 そうされても仕方がないことをした。そのぐらいの自覚はアルにもある。

 アルはこちらを睨みつけるジェイから視線を外すと、「悪い……」と一言だけ呟いた。

 

「『悪い』だぁ? 下手すりゃ死んでたんだぞ!」

「ジェイ」

「止めるな、旦那! こういうことはハッキリさせとかなきゃならねえ!!」

 

 結局、大怪鳥はこちらの追撃を振り切って飛び去ってしまった。

 まだ『狩り場』の中にはいるだろうが、探し出すのには苦労するだろう。ジェイが声を荒げているのは、その辺りの苛立ちも手伝っているのかも知れない。

 

「何で急に立ち止まったりした!? 何か言い訳があるなら言えよ、ほら!」

「……、」

「てめえっ!」

「ジェイ。もうよせ」

 

 振り上げられた拳をレオルドが阻む。

 アルがあんな位置で立ち止まったせいで、一番危険な目に遭ったのはレオルドのハズだ。

 何せ、本調子ではない腕で飛竜の相手をして、未熟なアルを庇ったのだから。

 

 殴られても仕方ない。

 そう思っていたのに、ジェイの拳を阻んだレオルドからは、まるで怒気を感じなかった。

 

「……怖かった、んだと思う」

「あ?」

 

 ジェイに胸ぐらを掴まれ俯いたまま、アルは自らの感じたことをポツポツと語り始めた。

 せめてそのくらいのことはしなければ。ともに狩りに赴き、迷惑をかけた彼らには、あの時のアルの状況を知る権利がある。

 

「イャンクックと目が合った瞬間に、あいつの『生きたい』って気持ちが伝わってきて……、たぶんそれが怖かったんだ。……俺は」

「なめてんのか。初めて狩る訳じゃあるめえし、そんな理屈が────」

「ジェイ。もうよせと言ったぞ」

「旦那! ……ちぃ、クソ!」

 

 その感情を隠しもせずに、ジェイはアルを解放した。

 急に支えを失ってバランスを崩したアルは、倒れる寸前でレオルドに抱き止められる。

 

「……すまねえ」

「いや。……それよりも、一つ訊いておきたいことがある」

 

 レオルドの声は静かな物だったが、その分アルの中にズシリと響く重い物でもあった。

 

「イャンクックを狩るのは────いや、ヤツと闘うのは初めてだな?」

「……っ!?」

「はぁ!? ちょっと待ってくれよ旦那。そんな訳ねえだろ!」

 

 見透かされた。

 そう感じ、口をつぐんだアルに代わって、ジェイがレオルドに応じる。

 

 彼の口から飛び出したのは、『有り得ない』という感情のこもった言葉の羅列だ。

 

「初めての相手に、あの立ち回りは有り得ねえだろ。

 もしマジで初見だったとしたら……」

「どうだ? アル」

 

 伝えていなかったこと。

 特に訊かれた訳ではなかったからといって、狩りの経験を伝えていなかったのはマズかったのかも知れない。

 アルは隠し事をするつもりも、嘘をつくつもりもなかったが、結果的にそうなってしまったのかも知れない。

 

「ごめん……。俺、アイツと闘うの初めてだ」

「そうか」

 

 予測していただけのことはある。

 レオルドの声は、最前の時と寸前違わず、静かで重々しく落ち着いたままであった。

 

 対称的にジェイにとっては完全に予想外だったのだろう。

 僅かに目を見開くと、驚きを含んだ表情のまま、まくし立てる。

 

「待てコラ。じゃあてめえは、初見でイャンクックと殺り合ってたって言うのかよ」

「ああ」

「事前情報無しで? あの立ち回りを?」

「火を吐くとか、尻尾を振り回すとかは聞いたことあったし。

 ……それに俺より先にレオルドが闘ってたじゃんか。あれ見てりゃ、大体の動き方はわかるだろ?」

「お前、それ本気で?」

「え? あ、うん」

 

 何かマズかったのか。

 質問するだけ質問して、急に口を閉ざしてしまったジェイに、アルは不安を覚えた。挙げ句、何やら思案し始めたようですらある。

 

「……待て、待てよ。てめえは、アルバートで間違いねえんだよな?」

「それは……、そうだけど?」

 

 ややあって発せられた次の質問は、それまでと方向性が異なるものだった。

 脈絡が無い上に、意味があるのかわからない質問である。

 

「旦那、俺達は受付嬢に……」

「検索条件は『この依頼に最適なハンター』だったハズだ。別に嘘はあるまい」

「あぁ……、ちっ、そうかそう言うことかよ!」

 

 何やら二人の間でだけわかる会話のようで、アルにはついていけないが、どうやらジェイの認識と何かが食い違っていたらしい。

 

 彼はその輝く金髪を乱雑に掻き乱すと、ギロリとアルを睨むように見据えた。

 

「お前、これ以上やれるのか?」

「……え?」

「こっから俺達はイャンクックを追撃する。そうなりゃ、また殺意を向けられるんだ。お前に、それを超えられるのか?」

「……」

 

 ジェイの質問は、確認しておかなければならない最重度の物だ。

 先刻のようにアルが立ち止まってしまえば、狩り場にいる全員に危害が及ぶ。

 それを避ける為に、彼は質問しているのだ。

 ある意味、最後のチャンスとして。

 

 ここで無理だと答えれば、アルはイャンクック狩りから外されるだろう。

 悔しいが、正しい判断だし、アルも生き死にを決める質問に嘘をつくつもりは無い。

 

 あの怪鳥の必死な目を思い返し、アルの手は微かに震えた。

 殺意も敵意も執着も。そのどれもが圧倒的だったあの目。

 

 再認して、震えて、そしてアルは口を開いた。

 

「俺、やるよ。あの目を、超えてみせる」

「次も助けてやれるとは限らねえ。それでもやるのか?」

「……ああ。ハンターならいつか超えなきゃならないことだろ? だったらやってやる。でないと俺は……」

「でないと何だ?」

 

 この二人にも、いつかの『彼女』にも追い付けない。

 その言葉を辛うじて飲み込むと、アルはジェイの目を見詰め返して口を開く。

 

「なんでもない。信用はしてもらえないだろうけどさ、やらせてくれ、俺に」

「……」

 

 と、背中に軽い衝撃。

 何事かと振り向く前に、レオルドがアルを追い抜いて歩き去って行く。

 

「はい?」

 

 何だったの今の? と首を傾げ、レオルドの背中を見送った。

 何だ。まさか信用出来ないから置いて行くってことだろうか?

 

「期待してるとよ」

「え?」

「行くぞ。旦那に置き去りくらっちまう」

「お、おい。それじゃ、俺は闘っても……」

 

 言いかけたアルに、ジェイは大袈裟に溜め息を吐いて言う。

 

「戦力には数えねえ。すぐにどうにかなるなんざ、思えねえからな。けど、てめえは超えるつもりなんだろ? だったら見せてみろよ」

 

 置いてくぞー。と、気のない声を残してジェイもレオルドの後を追う。

 

「戦力外か……。でも、しゃーないよな」

 

 薄く笑って呟く。

 右の拳を堅く結んで、アルは二人の姿を追った。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

「近いな」

 

 先行するレオルドが短く呟いた。

 

 あの後、アルは密林中を歩き回って怪鳥を探し直す羽目になるかと思っていたのだが、追跡自体は意外なほどあっさりと可能であった。

 

 飛び去る怪鳥に、ジェイが撃ち込んだ弾丸。

 俗に『ペイント弾』と呼ばれる物の成果である。

 

 ペイント弾は、対象に着弾すると強い臭いを発生する。

 ある程度の訓練を受けたことがあるハンターならば、この臭いを辿って獲物を追うことが可能であった。

 ちなみにペイント弾と同様の効果を持つアイテムとして『ペイントボール』と『ペイント瓶』が挙げられる。

 『ペイントボール』は弾丸ではなく『ボール』なので、ボウガンを持たない剣士にも使用可能である。

 『ペイント瓶』については、やはりガンナー────その中の特に弓兵の武器でしか使えないのだが、まあ現状では、あまり長々と説明したところで意味はなさそうである。

 

 閑話休題。

 

 そういった訳で、彼らはペイントの臭気を追って狩り場を移動していた。

 怪鳥は密林をぐるりと回りながら飛行したようで、飛行時間の割りに距離は離されていなかった。

 

 先程、戦闘を行った位置は、ベースキャンプから森に入る道。

 現在、移動している位置は、ベースキャンプから『浜辺』へ抜ける道。

 

 移動距離もそうだが、ベースキャンプからの近さに、アルは少し気分が軽くなった。

 いざというとき避難できる地点が近くにあると、精神的にはかなり余裕ができる。やはり、拠点が近いと闘いやすい。

 

「……いた」

 

 白い砂浜。そこを突っ切ると、再び森に入る。

 『密林』という呼び方をしているが、事実上は『孤島』に近いので、こういった砂浜も多いのだ。

 

 怪鳥は、その砂浜のほぼ中央で休んでいた。

 

 弾け飛んだ甲殻。剥げ落ちた鱗。傷ついた頭部に、ボロボロの翼膜。

 その姿こそ、先に闘ったイャンクックに相違なかった。

 

「気付かれねえように、ってのは無理だな」

「ああ。……正面から行く。行けるか?」

 

 前半部分をジェイに、後半部分をアルに向けてレオルドが言う。

 やってやる。そう再認して、アルは頷いた。

 

「よっしゃ。そんじゃ、景気良くいってみっか!!」

 

 直後、ジェイのボウガンが火を噴いた。

 けたたましい音を挙げて、複数の弾丸が怪鳥に食らい付く。

 

「クワァァァァァ!?」

 

 完全に不意を衝かれた怪鳥は、痛みにたたらを踏む。

 アルとレオルドが攻撃の間合いに入ったのは、それと同じくしてだ。

 

「うおぉぉぉお!!」

 

 雄叫びを上げつつ一閃。

 手のひらへと返る、ガツリ、と岩を削ったかのような感触。

 弱っているからといって、怪鳥の甲殻は軟らかくなったりはしない。

 

 二、三回斬りつけて飛び退くと、対面でレオルドの太刀が翻るのが見えた。

 

 悲鳴をあげる怪鳥が、苦し紛れに尾を振るう。

 何度も見た攻撃を避けることは容易かったが、それで攻撃の手は止まった。

 

 内心で苦い思いをする。

 アルとしては、このまま押し切ってしまうのが理想だったのだ。

 そうでなければ、怪鳥はまた飛び去ってしまうかも知れないし、アルはまた気圧されてしまうかも知れなかったから。

 

「焦るな」

「……わかってるっ」

 

 怪鳥から距離を取った先で、レオルドにたしなめられる。

 そう、そうだ。狩りに焦りは禁物なのだ。

 

「コアアァァァアア!!」

 

 やがて尾を振り回し続けていた怪鳥の旋回が終了する。

 そのまま向きを調整すると、怪鳥はアルに狙いを定めたようだった。

 

 血走った金眼と、アルの眼が合う。

 そこから感じるのは、先程と同じ────否、先程よりも凄まじい生への執着。

 

 耳障りな声を挙げて、真っ直ぐこちらへ猛進してくる怪鳥に、アルは腰を抜かしてしまいそうになる。

 

 けれど────、

 

(負け……、るか!)

 

 そう、負けない。

 視線は前へ。右手は強く、両足はただ前進の為に。

 

「クワァァァァァッ!!」

「負っける、もんかぁぁああっ!!」

 

 巨体そのものを武器として、こちらを押し潰そうとしてくる怪鳥を、紙一重でかわす。

 かわしながらアルの剣は、突進してくる怪鳥の脚に食らい付いた。

 

「ギャオオォォォ!?」

 

 自重を支えていた脚のバランスを崩され、前進しながら怪鳥が盛大に転倒する。

 その重さに、砂浜と波が弾けた。

 

「舐めんなよ。いつまでもやられっぱなしじゃ、いられねえんだ」

 



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飛躍 ~そして終幕~

 襲い掛かる熱波。

 鎧をかすめるクチバシ。

 唸りをあげる鞭尾。

 

 それらが迫る度に、アルの心と身体は緊張し、硬直してしまいそうになる。

 それでも、アルは止まらない。

 

 どんなに恐ろしくても、どれほど自分との力の差があろうとも。

 “選択することを止めはしない!”

 

 

『逃げる選択が出来たなら、きっと────』

 

 

 恐怖の中、思い出すのは彼女の言葉。

 

「せぇぇぇぇい!!」

 

 恐るべき怪鳥の攻撃を前に、『避ける』のか『受ける』のかを()()する。

 『受ける』ならどう受け流すか。

 『避ける』なら、右か左か。避けた後、どう動くのか。

 

 緊張の連続だ。

 

 一瞬の判断の遅れが致命となりうる戦場で、しかも選択ミスは赦されない。

 

(……だけどよ)

 

 そう。だけど無様を晒す気はなかった。

 選択ミスを恐れて何も選ばなければ、それは結局『死』だ。

 そして恐怖に思考を止めてしまうこともまた、何も選ばないことと同義である。

 

 だから『選ぶ』。

 どんな選択肢でもいい。自分がこれだと思ったものを選び続ける。

 

 あんな風に、敵の前で呆然とするなんて、二度と御免だった。

 それに何より────、

 

 

『────きっと、挑む選択も出来るようになる』

 

 

 無様を晒し続けたアルを、優しく諭してくれた彼女に応えたかった。

 アンタが信じたバカは、バカのまま。それでも信じてくれた通り、挑む選択を出来るようになったよ、と。

 

「クアァァァァアア!!」

 

 吠える怪鳥をやり過ごし、アルは砂浜を蹴った。

 見た目に違わず身軽なアルの身体が、宙に舞う。

 攻撃をかわされた怪鳥が振り返るのと同時、アルの身体が翻り、怪鳥の顔を蹴った。

 

「うおおぉぉぉ!!」

 

 剣を空中で逆手に持ち変え、落下の勢いのまま、怪鳥の脳天に刃を突き立てる。

 

「ギャオオォォォッ!?」

 

 痛みにのたうつ怪鳥の顔を蹴り、深々と刺した剣を無理矢理引き抜く。

 怪鳥の頭部からは、まるで噴水のように赤黒い血が噴き出した。

 

 返り血を拭うこともせずに、アルは再び怪鳥に挑みにかかる。

 

 恐怖はある。

 でも、闘える。

 

 その実感が、アルの気持ちを高揚させていた。

 

「越える……」

 

 それを誓ったから。

 大怪鳥を越えて、次の狩りに進んでみせる。

 

「お前を……、越えてやる!!」

 

 その意志が、普段よりも僅かに踏み込みを強くする。

 強く強く踏み出した足から、背筋を通じて肩に。

 肩から肘、肘から腕に伝達された攻撃力を、容赦なく怪鳥の脚に叩き込んだ。

 

「クワアアァァァァァッ!?」

 

 波打ち際に怪鳥の巨体が横たわる。

 重点的に攻撃を与えた成果が出たのだろう。

 怪鳥の脚は既に傷だらけで、もはや身体を支えることすら不可能に見えた。

 

「もう……、一息っ」

 

 体力と精神力を磨り減らしながら、アルはそれでも攻勢を崩そうとはしない。

 だが動き続けて乳酸の溜まった足は、アルの思いとは裏腹に前に進んではくれなかった。

 

「ガキ! トドメはこっちで着ける!」

「退がって見ていろ」

 

 ふらつきながら走り出そうとするアルを、二人の声が制した。

 直後、怪鳥の背を無数の爆発が覆う。

 

「か、拡散弾!?」

 

 思わず驚きの声が漏れた。

 着弾とともに拡散し、爆散する弾丸は、ボロボロになった甲殻を容赦なく吹き飛ばし、怪鳥の皮膚を晒した。

 

 間髪入れずにレオルドが爆炎に突っ込んだ。

 一見、無謀な突撃にしか見えないそれは、しかし計算された行動だったのだろう。

 舞い上がる炎の中、煌めく刃がレオルドの存命を示している。

 

「………………っ!!」

 

 短く息を吐きながら振るわれる刃。

 

 上段から下段。

 下段から中段。

 中段から突き。

 突きから上段に跳ね上げる。

 

 流れるような連続攻撃に、怪鳥の血潮が溢れる。

 それは太刀を赤く染め、その軌道をも血の色に変えた。

 

 否。軌跡を描く赤色は、血の色ではなかった。

 闘気。噴き出すそれを刃に乗せて放つ絶技。

 『気刃斬り』と呼ばれる、太刀使いの奥義である。

 

「おおおおおおおおおおっ!!」

 

 低く、唸るような声は、太刀が風を巻き込む轟音と重なって、浜辺へと響きわたる。

 

 返り血と、轟音と、爆炎と、紫電と、地を震わせるような雄叫び。

 

 まるで魔神だ。と、半ば呆然とした思考でアルは思う。

 

 右から左。左から右。

 赤い軌跡は、頭上で一度円を描いて、怪鳥に襲いかかる。

 

「沈めっ………!!」

 

 円運動によってさらなる加速を得た刃は、二度、怪鳥を斬りつけてから、再び頭上に戻る。

 直上から直下。

 瞬きすら赦されない刹那の後、赤い軌跡は一閃を描いた。

 

 響くのは轟音。

 そして言葉通りに大地へと叩きつけられる怪鳥。

 

 嵐の如き乱撃。

 その終焉は、単純にも見える一閃だった。

 

 一閃の終着点────すなわち怪鳥の頭部を中心に、白い砂浜に葉脈状の亀裂がはしる。

 波打ち際での攻防────否、攻撃の跡を波が、海が埋めてゆく。

 

 浜辺に倒れ伏したまま、怪鳥は鳴き声一つ上げず動かない。

 頭部からおびただしい量の血を流しても、砂浜に頭部を半ば埋めてしまっても。その上から海水が侵そうとも。

 

 怪鳥は動かない。

 怪鳥はもう、動けない。

 

「終わったな」

「……………」

 

 ジェイに後ろから声をかけられても、アルはすぐには実感が湧かなかった。

 

 いや、実感はあったが、喜びという感覚が薄い。

 むしろ、怪鳥に対する哀れみがあった。

 

(……ごめんな)

 

 そうだ、この狩りでは別に怪鳥を狩る必要はなかった。

 アルの中の哀れみは、恐らくはそれに起因する。

 そして、もう一つ。

 

(けど、お前との闘いは活かすから……、お前を越えて先に進むよ)

 

 それだけの為に、踏み台にする為だけに闘った自覚がそうさせるのだ。

 

「さ、とっとと剥ぎ取るぞ」

「……ああ」

 

 その憐憫を隠して、アルは立ち上がる。

 

 お前との闘いを活かすと、お前の素材を活かすと誓って。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 船は進む。風に任せてゆらゆらと。

 ギルドからハンターに貸し出されている小さな船に揺られながら、アルは『密林』を見詰めていた。

 

「よぉ、初めて飛竜を狩った気分はどうだ?」

「……」

 

 背中にかかる声に無言で振り向くと、甲板で調合をしていたジェイと目が合った。

 手元にあるのは火薬類ではなさそうなので、弾丸の調合ではないのだろう。先ほどの狩りで、彼が弾丸以外の道具を使った様子はなかったのだが。

 

「これか? おめーが卵運んでる時に採集したんだ。せっかくだから時間ある時に調合しちまおうと思ってよ」

 

 解毒草と、細かく刻んだ何かを混ぜ合わせて、瓶詰めしていく。恐らくは解毒薬であろう。

 毒を武器として扱うモンスターと出会ったことのないアルには、馴染みの薄い道具である。

 

「ま、卵運びに関しちゃ、流石の手際だったよな」

 

 と、手元の道具類を片付けながら、ジェイが笑う。

 

 彼の言う通り、卵運びはあっけなく終わった。

 運搬に関しては、アルが卵を落とすハズがないし、周囲の警戒という側面でも、レオルドとジェイが危険を見逃すハズがないのだ。

 一番警戒しなければならないイャンクックを狩ってしまっていたのも大きい。

 

 そういう訳で、この依頼は無事終了。

 現在はエルモアの街に帰る船の上だ。

 

「よっ、と。……んじゃ、ん」

「……?」

 

 立ち上がってアルの側まで近付くと、ジェイが右手を差し出してきた。

 彼の行動の意図がいまいち理解できずに、アルは疑問符を浮かべる。そんなアルを見て、ジェイは薄く笑った。

 

「旦那がお前を気に入ったらしくってな。俺はこれっきりのつもりだったが……、まあこれからも組まねえか、って話だ」

「……」

 

 その気があるなら手を握れ、ということか。

 アルは少しばかり迷った。

 

 今まで、アルには明確な目標は無かった。

 その日の糧を得て、生活し、その働きで誰かが喜んでくれればいい。その程度の意識だった。

 

 今でもその根本は変わらない。

 必用以上の狩りはあまりしたくないし、誰かが喜んでくれれば嬉しいと思っている。

 

 ただ、そこに一つばかり個人的な目標という物が加わったのだ。

 

 

『あの紅い背中に追い付く』

 

 

 字面にして数文字の言葉だが、実現は遥か遠い。

 彼女に追い付く為に、アルは強くなりたかったし、難解な狩りを成功させたかった。

 

 だが、それを一人でやれるか。

 理想は、勿論一人でやってしまうことだ。

 なにせ追い付く目標が、自分は一人での狩りが圧倒的に多い、と言っていたのだから。やはり追い付くためには一人の方がいいと思う。

 

 それでも、とアルの中の冷静な部分が声を上げるのだ。

 

 一人ではきっと、いつか限界がくる。

 強くなる方法は一つではない。

 多くを学ぶことは、強くなるために必要なことだ。

 

 ジェイとレオルド。

 この二人からは、学ぶことも多いだろう。

 助けてもらうこともまた、数えきれない程あるのだろう。

 

 強くなる。

 その方法が一つではないのなら。

 まずは生き残ることを考えるなら。

 

 そう考えて、アルは宙吊りになったままの右手を差し出した。

 

「よろしく。多分、迷惑もかけると思う」

「ハッ! まあ、そんぐらい分かってるさ。正直、危なっかしくて見てらんねえからな。精々、死なねえ程度に頑張れや」

 

 握手をしながら、ジェイが言う。

 その内容こそ厳しい物だったが、彼の表情は笑顔で。

 アルは、これならうまくやっていけそうだなぁ、と思いながら、握手した右手に込めた力を強め────、

 

「あ、ヤバ。……限界」

「は?」

 

 直後、アルの中で()()()がピークに達した。

 それはつまり────、

 

「う、おえぇぇ……」

「て、てめっ! うおぉぉぉ!?」

 

 胃袋リバース。

 スーパーブレスをかますアルの餌食になったのは当然、目の前で握手を交わしていたジェイなのであった。

 

「こ、このクソガキ! い、今、この場でぶっ殺してやる!!」






※長らく更新していなくてすみません。ようやく二章終了です。


ところでモンスターハンタークロス。発売しましたね。
自分は基本的にギルドスタイルで昔ながらの狩りをしつつ、たまにエリアルとかブシドー使っています。

今作はどうにも片手剣が優遇されているらしいとききました。
それでも最終的には大剣やハンマーの方が火力が出て(当たり前ですが)戦いやすいんじゃないかな? と思っています。
とはいえ、片手剣強化は純粋にうれしいです。

皆様はどんな形で狩りをしているでしょうか。
それではよきハンターライフを!


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外伝 外伝3 《Hunt/cross silver》

※注意!

この先の『外伝3』は、以前この小説を置かせていただいていたサイトでの企画物になります。
具体的には、同サイトに掲載されていた月光カナブンさんのモンハン小説『銀色の月』とのクロスオーバー物です。

『銀色の月』を読んでいなくとも問題ない形に仕上げたつもりではありますが、クロスオーバー物ですので『銀色の月』のストーリー内容にも差し障りのない程度に触れております。

『外伝3』は飛ばしてしまってもストーリー的に問題ない章ですので、クロスオーバー物や企画物が苦手な方は、『外伝3』を読み飛ばすことをオススメします。


また、ハトスラの独自解釈を含む文章になるため、

『カナブンさん以外が書いた銀月キャラなんて認めない』
『『銀色の月』のキャラはこんなんじゃない』

など、オリジナル銀色の月が好きな方も『外伝3』を飛ばすことをオススメします。


ここまでの説明を受けて『大丈夫だ。問題ない』という方も、このページのお話は特におふざけがヒドい内容となっています。
『外伝3』の本編は次ページからとなりますので、ヒドいおふざけが許せない方は次のページから目を通して頂ければよろしいかと思います……。


※※※

あとこの章はいつもの三割り増しで厨二力が高い

※※※


それでは前置きが長くなりましたが、『外伝3章』楽しんでいただければ幸いです。



 ────それは雷のような切っ先だった。

 

 

 心臓を抉り穿つ為に放たれた刃は、真っ直ぐに胸元へと吸い込まれていく。

 それが雷光と同じ速度だというなら、人の身でそれを避けることなど不可能だ。

 

 

 ────嫌だ。

 

 

 放課後の校庭で見た、赤と蒼の人影。

 その内、赤い方に胸を穿たれ俺は死んだハズだった。────にも拘わらず、何故か俺は今も生きている。

 

 そのことに安堵を覚える間も無く、再び現れた赤い男。

 

 

『こういうのは趣味じゃないんだが……。すまないな、見られたからには死んでくれ』

 

 

 ふざけている。

 こんな、何もわからないまま死ぬなんて────、

 

 

 刃が胸に到達する。

 つい先程味わった感触を、今また味わっている。

 これが先刻の焼き直しなら、俺は今宵、再び死ぬのだろう。

 

 

 ────ふざ……、けるな。

 

 

 右の手の甲が灼熱を宿す。

 赤熱した右手は闇の中、僅かに輝いて。

 

 

 ────こんなことで、死んで……、たまるかぁぁッ!!

 

 

「何っ!?」

 

 

 瞬間、驚愕とともに、俺の胸を貫かんとしていた刃が引き戻される。

 

 

 ────そう。それは、魔法のように現れた。

 

 

「正気か!? 七人目だとっ!?」

 

 

 驚愕のまま後退した赤い男に追いすがるように『紅い残像』が奔る。

 

 三合。一瞬のうちに打ち合った『赤』と『紅』は、互いに食い潰しあうように外に飛び出した。

 否、飛び出したのは赤い方だけだ。後より出でた紅は、こちらへ背を向けるようにして残っている。

 

 

「召喚に従い参上した」

「……え?」

 

 

 言いながら、紅い背中が振り返る。

 きっと、その瞬間、俺の鼓動は止まってしまっていた。

 

 

 紅い鎧姿に蒼い槍。

 月光に照らされて輝く銀髪。

 

 

 その美しい姿をきっと、俺はこの先、忘れない。

 

 

「問おう。お前が私のマスターか」

 

 

 ────そして、俺の運命を変える夜がはじまる。

 

 

 

《Hunt/cross silver》

 

 

 

 たった14人による戦争は激化してゆく────。

 

 

「君のような美しい槍使いは初めて見るよ」

「そういうお前は分かりやすいな、セイバー。これだけの技量、加えて獣性を秘めた剣士と言えばただ一人!」

 

 赤と紅。剣士と槍兵の戦い。

 

「ライダー!」

「退がって下さい。大丈夫。僕の宝具は、他のそれを凌駕します」

 

 黒き幻想種を乗りこなす、美しき少年剣士。

 

「仕止めろ、アーチャー」

「めんどくせーなー。ま、旦那の命令なら従うしかねーけどな」

 

 始まりの夜に見た蒼い弓兵。

 

「……兄さん、また逢えるなんて」

「まさか君も……、いや君達も喚ばれていたとは」

「ふがふが」

 

 赤き剣士と暗殺者、そして魔法少女の邂逅。

 

「■■■■■■■■ーー!!」

「すまないマスター。……悔しいが、コイツ相手にお前を守り抜ける保証が出来ん」

 

 紅き槍兵を追い詰める狂戦士。

 

 

 

 戦いの火蓋は切って落とされた。

 勝ち抜けるのは、ただ一組だけ。

 

 

 

 

 汝、奇跡を欲するなら────、

 

 ────自らを以て最強を証明せよ!!




[ステータス画面]
CLASS:セイバー
真名:ロイド
マスター:ルトガー
性別:男性
属性:秩序・善

【筋力】B+ 【耐久】B 【魔力】B
【敏捷】E 【幸運】E 【宝具】?


クラス別能力

対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
セイバーのクラスにあるまじきランクの低さ。

騎乗:C
騎乗の才能。
クラス特性によりランクアップしている。


保有スキル

竜殺し:A
生前、多くの竜を殺したことにより得たスキル。
竜種との戦闘においてパラメータに有利な補整がかかる。
その特性により、モンスターハンターはこのスキルを保有していることが多い。
Aランクなら一流のハンターといって間違いない。

獣性:B(A)
己れの中に眠る獣性を解き放つことで、筋力と敏捷のパラメータを上昇させるスキル。
高ランクになるほど上昇値は大きくなるが、理性を保つのが難しくなる。
現在は理性的になろうと努めているため、一時的にランクが下がっている。

主人公:A+
特定の状況下で耐久と幸運をランクアップさせ、勝ち目の無い戦闘において、『勝利する未来』を発生させるスキル。
例え格上の相手であっても打倒できる可能性が発生する。
ランクが上がるほどにフラグという名の未来を引き寄せやすくなるが、『勝利フラグ』の他に『恋愛フラグ』『死亡フラグ』といったものまで引き寄せはじめてしまう。
『恋愛フラグ』はともかく、『死亡フラグ』はシャレにならないのであまり高ランク過ぎるのも考えもののようだ。



CLASS:ランサー
真名:楓
マスター:アルバート
性別:女性
属性:中立・善

【筋力】C 【耐久】B 【魔力】D
【敏捷】D 【幸運】A 【宝具】?


クラス別能力

対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。


保有スキル

龍殺し:B
生前、多くの龍を殺したことにより得たスキル。
龍種との戦闘においてパラメータに有利な補整がかかる。

戦闘続行:C
不屈の精神。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際であっても戦意を喪失しない。

防戦:B
自分以外の何かを護る戦いにおいてパラメータをランクアップさせ、LUC判定に有利な補整がかかるスキル。
攻勢に出ると、このスキルは失われる。
Bランク以上なら、ほぼ確実に保護対象を護り抜くことが出来る。
例え飛竜の群れだろうが、彼女の打倒なくして保護対象の破壊は不可能といっていい。


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外伝3-2 悪夢からの覚醒 ~そして交錯する~

「────はっ!?」

 

 苦悶に顔を歪めながら、ロイドは目を覚ました。

 背には嫌な汗がびっしょりと浮かんでいる。どうやらよほど嫌な夢を見たらしい。

 

 ロイドは腕利きだ。いやむしろ右利きだ。

 そのロイドをして震え上がらせる悪夢とは、お化けの夢か、最強オカマ貴公子とニャンニャンする夢か、好色ブラックドラさんの背中からノーロープバンジーする夢くらいしかない。

 多い。

 ロイドは自己分析して泣きたくなった。

 

 しかし、今回の夢はそんなレベルの夢ではなかった。

 断片的にしか覚えていなかったが、具体的には著作権法に引っ掛かってこの章消えるんじゃね? みたいな夢だ。

 

「というか、あの配役だと俺は金ぴかに串刺しか、自刃か、心臓を美味しく頂かれてしまうじゃないか」

 

 ロイドが震え上がった理由はそっちだった。どの最期も報われないのだ。主人公なのに、これ如何に。

 

「どうした? よほど恐ろしい夢を見て、頭のネジが外れたか?」

 

 戦慄するロイドのすぐ側から、低く響く男の声がした。

 誰か、なんてわざわざ確認しなくても分かる。この渋い声は『親バカ甘党ギルドナイト』、ルトガー・レッドフォートだ。

 

「いや、問題ない。俺は正常だ」

 

 息を吐きつつそう返す。

 

 ちなみにすぐ近くから声が聞こえたのは、彼のすぐ近くで眠っていたからに過ぎない。

 いや、怪しい意味ではなく。単純に位置関係の問題で。

 ルトガーには妻子がいるし、ロイドにそういう趣味はない。そういう()()()()()状態になるなら、こんなオッサンよりも眼帯中二美少女や妹系くの一、黒髪ご奉仕系メイドさんがいい。

 

 とある事情から旅を続けているロイド達一行は、現在、砂漠の街ネルダから温泉郷セルノリアへ向かう山道の途中にいた。

 この山道では昼間色々あったので、今日は無理せずにここで夜を明かす運びになったのだ。

 

 旅のメンバーがロイドをはじめとするハンターだけならともかく、昼間仲間の一人であるオカマがさらってきた(本人は否定)金髪美少女が一緒では強行軍は無理な話であること。

 仲間の内から『折角ここには山小屋があるんだから、ちゃんと寝れる時に寝ようよ』という意見が出たことが主な理由だった。

 

 しかし山小屋があると言っても、ここは山の中。四六時中警戒しなければならない状況ではないが、完全に気を緩めてしまう訳にもいかない。

 そんな訳で、現在はルトガーが見張りの番。ロイドがその近くで寝ていたのは、『目を離すと夜這いをかけにいくだろう』という理由での監視だ。監視対象は言うまでもなくロイドである。

 

「交代まではまだ時間がある。寝ていろ」

 

 見張りの順番は、ルトガーの次がロイドだった。

 

「いや、妙な夢のせいで目が冴えてしまった。このまま交代しよう」

 

 彼の気遣いは嬉しいが、あんな夢を見た後では正直眠れる気がしない。

 ロイドはルトガーに眠るように促した。

 

「そういえば、アーシアはどうした?」

 

 起き上がって、眠っているメンバーを確認した時、仲間の一人がいないことに気が付いた。

 見た目はクールな黒髪眼帯美少女。その実体は中二病腹ぺこキャラ。属性盛りすぎなくらいキャラの濃い、魔女っ子天使系ハンターことアーシア・セイクリッドである。

 

「彼女なら、夜風にあたると出ていった」

「何故一人で行かせた、夜の森は危険だ。くっ、俺がついて行ってやれば」

「アーシアもハンターだ。危険になれば合図を送るくらいのことはやってのける。遠くに行き過ぎないことを約束させたし、問題はないハズだ」

 

 というか、夜の森でお前と二人きりにする方が危険だ、とルトガーは付け加えた。

 そんなことはある! と、ロイドはたくましい胸を張った。頭の中は既にピンク色だ。

 

「しかし、少し遅い気もするな」

「……昼間の件もある。やはり俺かアンタが探しに行くか?」

 

 この辺りにはモンスターだけでなく山賊が出るらしい。

 闇に潜み、人の知性で襲いかかってくるなら、ある意味モンスターよりも質が悪い。

 

「それがいいかも知れん。頼めるか?」

「心得た。ついでにニャンニャンしてくるさ」

「殺されんようにな」

 

 ルトガーの言葉は冗談ではなく、本気だ。

 アーシアは可憐だが、苛烈なのだった。

 ちなみに、この場に残って『安らかな寝息を発てているルトガーの娘に手を出す』、という選択肢を選んでいた場合、ロイドはあっさり肉塊に変わっていただろう。ルトガーの手によって。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 違和感。

 

「何か、嫌な感じだね」

 

 一言そう呟いて眉根を寄せる。

 山小屋を離れてしばらくして、アーシアを襲ったのは強烈な違和感だった。

 

 アーシアたち一行が一泊を決めたあの山小屋。アーシアにとっては何か寝苦しくて、暑苦しかった。

 いや、逆か。暑苦しくて寝苦しい。アーシアは暑さに弱いのだ。

 

 とにかく火照った身体を少し冷まそう、とそういう理由で外に出たのだが……。どうやら、寝苦しかったのは山小屋のせいではなかったらしい。

 最初、人の密集した場所で眠っていたせいかと思っていた暑さは、山小屋を離れても尚、付きまとう。

 

 加えて、この違和感だ。

 どこがどうおかしいのか説明しろ、と言われてもうまく答えられない。が、確かに何かがおかしい。

 

 例えば、体力を徐々に奪っていく砂漠にいるような。そんな感覚。

 無論、暑いとは思っていても、この山の気温がそこまで高い訳ではない。

 それに奪われているのは体力よりも、むしろ()のような感じだ。『降竜儀』や鬼人化を使用した時とは比べるべくもないが、それでも気を削がれていく感覚というのは気持ちいいものではなかった。

 

 当然だ。生命力そのものと言っていい気。何もしていないのにそれを削がれていくなら、それは緩やかに人を殺す毒を浴びているのと同じなのだから。

 

 だが、付きまとう違和感はそれが原因ではなかった。

 何もしないのに気を削がれていく。それが原因だというなら、アーシアは仲間に忠告し、この場を離れる選択をする。

 

 アーシアがそれをしないのは、ただ()()()()()()()()()()()ことに、気が付いていたからだった。

 

 それゆえの違和感。

 確かに気を、体力を奪われている感覚があるのに()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 異常な感覚と正常な感覚が、ギチギチとアーシアの中でせめぎあう。

 不快だ。と、アーシアは我知らずこぼした。

 

 問題があるのか無いのか、何度自問しても答えはない。

 

 否。答えは既にあるのだろう。本当に気に働きかける異常があるのなら、アーシアの友人である『くの一』が気が付かないハズがない。彼女の感知能力はアーシアよりもずっと優れているのだ。

 それはつまり、この場に危険が無いことを示している。無論、()に関することのみだが。

 

(……強くなってきた)

 

 違和感は歩みを進めるごとに強くなる。

 不快感に眉を歪めながらもアーシアは歩みを緩めない。

 

(この違和感に気付いているのが、私だけなら────)

 

 そう、もしもそうならば、アーシアが調べる他にないだろう。

 

 違和感の正体がアーシアの勘違いならいい(その可能性は低いだろうが)、アーシアだけに向けられた攻撃ならば、誰が、何の目的でこんなことをしているのかを探る必要がある。

 

 攻撃で無いにしても、これだけ不快な目に遭わされて黙ってはいられない。生憎とアーシアの心はそんなに広くない。

 

「あれ?」

 

 と、疑問符とともにアーシアの足が止まった。

 

「ここ、……何処だろ?」

 

 魔法少女アーシアの属性を変更! 記憶喪失系腹ペコヒロインへ! ────なんてことはない。

 

 単に道に迷っただけである。

 いや、それも少し語弊があるかも知れない。

 

 彼女の名誉のために言わせてもらうなら、アーシアは優秀なハンターだ。密林を始めとして、砂漠、凍土、火山など様々な狩り場での狩猟経験がある。

 それは複雑な地形を記憶し、自分の有利な地形で戦闘を行うという経験が豊富だということ。それ故に、この程度の距離で道に迷うなんてことは、まずあり得ない。

 

 にも拘わらず、アーシアは道に迷った。

 否、()()()()()()()()()()()()()()()

 

(地形が……、変わった?)

 

 アーシアが歩いていたのは山道だ。草木が生い茂ってはいたものの、密林のそれには遠く及ばなかった。

 

 だが、今はどうだろう。

 

 アーシアの背丈程の雑草が生い茂り、木々の密度は先程の比ではない。山道特有の傾斜も感じられなくなった。

 

 思わず背後を振り返る。

 アーシアの目には、今まで歩いてきた()()が続く。

 それが余計に違和感を掻き立てた。

 

 まるで、ある瞬間から『全く別の場所』に繋がっているような。

 それが証拠に、臭いが、大地の固さが、草木の色が、僅かに、だが確実に変わっている。

 

 ただ唯一、身体にまとわりつく暑さだけが同じで────、

 

 

「──────あ?」

 

 

 途端。アーシアは膝から崩れ落ちた。

 別に何が起きた訳でもなく、誰かに何かをされた訳でもなく、ひとりでに身体から力が抜けていく。意識を保っていられない。

 

 白濁しはじめた意識の中で、彼女が想うのは自身の不覚。

 そう。異常を感じたのなら、何故最初から仲間に相談しなかったのか。何故、自分一人で調査などしようと思ったのか。

 

「ロ………イド」

 

 取り返しのつかない後悔を懐きながら、アーシアが呟いた言葉に、どんな意味があったのだろう。

 

 届かない言葉は風に消えて。

 アーシアの意識はそこで途絶えた。



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外伝3-3 交錯する ~もう一人の~

 その異常に気付いたのは、今夜の野営地を決めた時だった。

 

 尋常ならざる異様な気配。

 人とも竜ともつかない何者か。

 

(竜人か? だが、これは……)

 

 野営地に印を着けて、ランスを掴んで立ち上がる。

 

 気配は近い。

 普段なら息を潜めてやり過ごすか、警戒したまま気配を探るに留める。間違っても自分からちょっかいをかけたりはしない。

 

 だが、今回は()()()()()だ。

 少なくとも『相手』を確認しなければ、安心して眠れそうにない。

 

 自身の気配を殺しながら密林を進む。その度、異様な気配は近くなる。

 

「ここか」

 

 眼前には変わらない密林が続く。

 それでも、先ほどから感じ続けている異様な気配が徐々に大きくなっているのがわかった。

 警戒は解かないまま、木々の合間の暗がりを見詰め続ける。

 

 ザリ、と地面を踏み締める足音。揺れる草木。

 未知の相手に緊張感が跳ね上がる。

 

 暗がりの向こう側に、何かがいる───!!

 

 

「──────あ?」

 

 

 次に耳に届いたのは、何者かのか細い声。

 

 次いで、月光を吸収する黒髪が見えた。

 こちらへ向かって歩みを進めるソレの姿が、徐々に露になってくる。

 小柄な体躯に赤い鎧姿。盾と剣を持った、恐らくは声の主。

 

 物陰から、気配を殺してそこまで観察した時だった。

 

 突如として、その何者かが崩れ落ちる。

 

 

()()()!!」

 

 

 警戒も疑問も、何もかもを放り投げて、思わず叫んで駆け寄った。

 地に横たわる細い身体を抱き起こし、呼びかける。

 

「おい、しっかりしろ。ア────」

 

 ────違う。

 

 間近で見ることによって、曖昧だった何者かの表情がはっきりと映る。

 

 抱き起こしたのは少年ではなく、少女だった。

 端正な顔立ちに、艶やかな黒髪。怪我でも負っているのだろうか。片目は眼帯に覆われてはいたものの、可憐な少女。

 

 似たような体躯。髪色。武器。加えて視界の悪い闇夜。

 だが、だからといって少女と少年を間違えるのはいかがなものか。少女にも少年にも失礼な話である。

 

「ロ………イド」

 

 気を失った少女が、か細い声を漏らす。それは一体、誰に向けたものだったのか。

 

「……ふむ」

 

 少女を抱き起こした姿勢のまま、しばし思案する。

 

 近くに自分たち以外の気配は感じない。

 あの妙な気配もいつの間にか消えてしまっていた。

 

「さすがに、このまま放置する訳にもいかんか……」

 

 ひとまず野営地まで連れ帰ろう。

 人間。それも少女を、夜の密林に置き去りにするのは危険すぎる。

 

 そう決めて少女を担ぎ上げる。と、少女の口元が再び僅かに動いた。

 

「……………」

 

 闇夜の静寂にあっても聞き取れない程の声。

 

 それを確かに()()()()()、今度こそ野営地に向けて歩き始めた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 夢を……、見ていた気がする。

 

 遠い日の夢。

 もう帰らない懐かしい日々の────、

 

 

「目が覚めたか」

「………え?」

 

 声は視界の外から。

 何故か靄がかかったような視界を向けて、アーシアは声の主を探した。

 

 すぐ近くに感じるのは、炎の熱。

 恐らくは焚き火だろう、とはっきりしない意識で推察する。

 

 その炎の向こう側。

 炎と月光に照らされて、美しく輝く銀の髪。紅い装束。

 

「……ロイド?」

「うん?」

 

 返ってきた声は、アーシアの予想より随分と高めだった。ロイドの声にしては何処か、女性的な────、

 

「あ、れ……?」

 

 目をしばたく。

 アーシアの視界に映ったのは女性的、というよりも女性そのものだった。

 ポカン、と口を開いて炎の向こうの女性を見る。

 何か、予想の斜め上過ぎて完全に目が覚めてしまった。

 

 女性だ。間違いなく女性。

 長い銀髪に紅い鎧装束。

 端整な顔立ちは美人と言って間違いないが、整いすぎていて全体に何処か冷たい印象を与えていた。

 

 というか、髪色と鎧の色しかロイドと合致していない。

 寝起きで意識がはっきりしていなかったとはいえ、ロイドと彼女を間違えるのは失礼だと思った。主に彼女に。

 

「意識ははっきりしているか? 身体に異常は?」

「あ、えと」

「食欲は? あるなら、何か用意するが」

「いただきます」

 

 即答である。

 現状の把握よりも何よりも、アーシア的にはお腹を満たすことが最優先なのだった。

 

「ふがふが」

 

 繋ぎとして出されたチーズと果物をいっぺんに頬張る。

 その間に香ばしい匂いを漂わせた肉が焼き上がった。したたる肉汁に思わず喉をならしつつ、アーシアは一息にこんがり肉を口に含んだ。

 

「ふがふっふ、ふがふが」

「……?」

「ふがふが」

 

 うわ、この肉ちょーうめー。もっと沢山食べたいなあ。おかわりおかわりおかわりぃ。

 

 ……的なセリフを話しているのだが、食事を提供してくれた彼女には上手く伝わっていないようだ。

 

「その……、美味いか?」

「ふがふが」

 

 コクコクと頷くと、彼女は満足そうに笑った。

 むう、美人さん。笑うと印象変わるな、優しい感じ。

 

 そんなことを思いながら、出された食事をぺろりと平らげる。こんがり肉の2、3本ならアーシアには軽いものだ。

 

「あー、美味しかった」

「そうか、それだけ入るなら体調は問題なさそうだな」

 

 腹が満たされてアーシアはご満悦だった。

 ついでに言わせてもらうなら、確かに体調に問題はなさそうだ。

 というか、アーシアは多少の怪我なら、食べれば治るナイスなバディの持ち主である。満腹には遠いが、これだけ食べれば大きめの怪我も治る。

 

「ところで……」

「うん?」

 

 さて、最優先事項を済ませた所で、次にやることをやろう。まずは────、

 

「貴女は誰?」

 

 今更とも言えるアーシアの質問に、女性はケトルを火にかけながら答えた。

 

「私か? 私の名は楓という」



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外伝3-4 姉弟

 肉のこびりついた骨を焚き火に投げ入れる。

 その数、7本。全てアーシアが食い散らかした物だ。

 

「それで、アーシアはどうしてこんな場所に?」

「ふがふが」

 

 骨の行方を見詰めながら、アーシアはデザートとして提供されたリンゴを頬張った。

 瑞々しい果肉と、鼻を抜ける爽やかな香り。ふっ、いいリンゴ使ってるじゃねえか。

 

 あの後、『カエデ』と名乗った女性に名乗り返して、アーシアは食事を再開した。胃袋はそこそこ満たされていたが、それはそれ。女の子たるものデザートは別腹です。

 

「旅の途中なんだ。少し気になることが出来て、散策していたんだけど」

「夜の森を一人でか? なんというか。それはまた、豪胆だな」

 

 呆れたように言うカエデに、近くに仲間がいたしね、と返してリンゴを飲み込んだ。皆一様に()は捨てるらしいが、ここはここで歯ごたえがあって美味しいとアーシアは思う。

 

「旅の仲間……。姉妹で旅をしている、といったところか?」

「……え?」

 

 確認するように紡がれた言葉に、ビクリ、とアーシアの肩が震えた。

 

 何故。何故、今宵出会ったばかりの人間が、アーシアに姉がいることを知っている?

 

 そんな疑問が表情に表れたのかも知れない。カエデは「寝言だ」と、あっさり言ってのけた。

 

「姉様は、違う。……今は別の人達と」

「そうか。では今は、姉とは離ればなれなのだな。それは寂しいだろう」

「平気だよ。今の仲間は賑やかだから」

 

 意識して明るい声を絞り出す。

 

 姉に関する話題。

 

 カエデに深い意図はなかっただろう。恐らく彼女のセリフは、一般的には当然の疑問と気遣いだった。

 それでも不意打ちに近いそれは、アーシアを揺さぶるに十分な衝撃を含んでいたのだ。

 

 声は震えていないだろうか。

 動揺が顔に表れていないだろうか。

 

 アーシアがカエデに返した言葉に嘘はなかったが、それでも思うところはあった。それが何なのか、アーシア自身に答えがないのも、昼間あった仲間との一件でわかっている。

 

「……私にも弟がいてな」

「え?」

 

 と、おもむろにカエデが口を開いた。

 自分のことで精一杯になっていたアーシアは、咄嗟にはカエデが何を話し出したのかわからなかった。

 

「家族は良いものだ。姉と弟ではまた違うだろうが、まぁ私はアレのことが好きだよ」

 

 少しばかり頭は弱いが、と着け足してカエデは微笑む。

 

「お前のような可憐な妹ならば、姉も幸せだろう。兄弟とは、姉妹とは、結局そういう物だと思うよ」

「……カエデさんは私に惚れちゃったのかな?」

「残念ながら恋愛感情ではないが……、お前のことは愛らしいと思うよ。それこそ妹に欲しいほどにな」

 

 ミルクか紅茶、どちらが好みだ? と、問われて『ミルクティー』と返す。

 

「だがそれは無理だろう? アーシアは、アーシアの姉だけの妹なのだし。……血は水よりも濃いと言う。ならば、私は君に親しい者にはなれんよ。残念だが」

「確かに水より血の方が色んな味がするね。だけど飲むならミルクティーだ」

「違いない。もっとも、私はストレートティー派だが」

 

 温めたミルクと紅茶を混ぜ合わせてカエデが言う。

 

「出来たぞ。人の為に淹れるのは慣れていないから、味の方に期待はしないでほしいが」

「ん、美味しい」

 

 一口含んで微笑んだ。

 口内から食道へ浸入した温かい物。

 揺れていた気持ちが落ち着いていくのがわかる。

 

 気を遣わせてしまったのかもしれない。きっと動揺に感づかれた。そうアーシアは思った。

 

 姉のことは、アーシアにとって深く踏み込んで欲しくない話題だった。けれど、あの流れでは仕方ないと思う。

 そも、彼女は元々アーシアに()()()()()()()のだから、動揺こそしたもののそれを理由に彼女を責める気にはならなかった。

 

「それは良かった」

 

 彼女の言葉は真実、心から出たものだったのだろう。

 だからこそ、アーシアの心は痛みに軋む。どれほど言葉を尽くして貰っても、姉のことは自身で決着をつけるしかない。

 それがわかっているから、彼女の笑顔が、言葉が、同情が、煩わしくて、痛ましくて、眩しかった。

 

 だから、アーシアはこれ以上心配をかけないように笑う。軽口を叩く。

 

 カエデはきっと良い人だ。だけど、出会ったばかりの人に────いや、誰であったとしてもこの胸の内を開かす気はなかったから。

 

「良い腕だ。どう? 私付きの執事にならない?」

「従者というなら、執事よりむしろメイドだろう? もっとも、私にそれらは勤まらないだろうが」

 

 言って紅茶(カエデの分はストレートだ)を啜る彼女は、アーシアの姉についてそれ以上追及しなかった。

 

「メイド服あるよ? 取ってこようか?」

「残念だが寸法が合わんさ」

 

 軽く肩をすくめてカエデが言う。

 もっともな意見だ。アーシアのサイズでは、カエデには小さいだろう。今度からは大小様々なサイズが必要だ。

 

「それで、話を戻すが。旅の仲間というのは、もしや『ロイド』という名前か?」

「あれ? 話したっけ?」

 

 疑問を口にしてから、ハタ、と気付いた。

 まさか、考えたくはないが、また寝言だろうか?

 

(それじゃ、まるで私が夢の中でさえロイドのことを考えてるみたいじゃないか!!)

 

 先程の比ではない程に、アーシアは動揺した。

 というか、彼女は気付いているだろうか?

 ()()()()()()と、わざわざ前置きするということは、普段からロイドのことを考えている、という事を肯定していることに。

 

「というより、私と見間違えただろう? それで、だ」

 

 ちなみに、アーシアは知り得ないことだが、カエデはアーシアが倒れた瞬間にも『ロイド』という名前を聞いている。そこに触れられていた場合、おそらくアーシアの精神は大変なことになっていたと思われるが、まあ仮定の話は考えても詮無いことである。

 

「ああ、ごめん。ロイドと見間違えるなんて、失礼だった」

「いや、それに関してはお互い様だ」

 

 そう言って苦笑するカエデに小首を傾げる。お互い様、というならカエデもアーシアを誰かと見間違えたということだろうか。

 しかしカエデはそこには触れず、アーシアに新たな問いを投げかけた。

 

「それよりどうだ? そんなにも私は『ロイド』と似ているか?」

「全然似てない」

 

 即答する。

 強いて言うなら髪色と鎧の色が似ているくらいか。

 

 まず性別が違うし、ロイドの方がよっぽど大柄だ。

 肌の色も、ロイドは褐色だが、カエデは白に黄色を混ぜたような色。

 『和国人』に多く見られる肌の色だが、何か関係があるのだろうか? そういえば『カエデ』という名前も、それっぽいと言えばそれっぽい。

 

「そうか。まあ名前から察するに男性だからな」

「男、というよりケダモノだよ。なんていうか節操がない」

「色情狂ということか? ふむ。名前といい、それではまるで何処かの王子だな」

「王子?」

 

 ロイドはいつのまにやら王位継承券ルートに入っていたらしい。そうなると、彼の父親である博識なガンランサーは王様だ。

 

「たしか南大陸だったか……。ヴェルなんとかという国の第二王子がロイドという名前だ。

 好色なことで有名でな。第一王子が行方不明になったせいで、実質的に王位を継ぐのは彼だろう」

「それはご愁傷さま」

 

 ロイドが王様になったら国が傾く。アーシアには確信があった。

 

「さて、と」

 

 ミルクティーを飲み干すと、腰掛けていた丸太から立ち上がった。次いで愛剣を腰に挿す。

 ついつい雑談に花が咲いてしまったが、そろそろ戻らなければ。

 親切にも倒れていたアーシアを介抱して、その上食事まで用意してくれた彼女と別れるのは寂しいが、なるべく早く帰らないと仲間たちが心配してしまうかもしれない。

 

「あまり長居すると仲間が心配するから、そろそろ帰るよ。出来れば私が倒れた場所まで案内してほしいんだけど」

「…………」

 

 アーシアが告げた言葉に、それまで微笑で応じていたカエデの表情が僅かに曇った。

 

「今は、やめておいた方がいい」

「どうして?」

 

 そうして絞り出された言葉に、アーシアは首を傾げた。

 

「アーシアはこの森の名を知っているか?」

「知らない」

霞の森(かすみのもり)、というんだ」

「言われてみれば霞がかってるね」

 

 密林を覆い隠すように薄い(もや)のようなものがかかっている。

 この森が常にこの常態ならば、なるほど。確かに『霞の森』だ。

 

「それも由縁の1つだが……、それよりも注意しなければならないことがあってな」

「……?」

 

 首を傾げたアーシアに、カエデは困ったように微笑んだ。

 

「この森には、霞龍が出るんだ」

 

 

※※※

 

 

 霞龍。

 古龍と呼ばれる生物(生物と定義していいのかすらわからないが)で、その生態は多くの謎に包まれている。

 

 分かっていることと言えば、強靭な肉体を持っていること。どうやら毒を吐くらしいこと。

 

 一般的にはその程度の情報しか出回らない。

 

 情報が出回らないということは、遭遇したときの対処法がわからないということ。それはその相手が強靭であればある程に、遭遇時の死亡確率が上がるということだ。

 

「そんなのが、ここにいるって?」

 

 古龍といえば、それがどのようなものであれ、その棲息地すらわからないのが通例ではないのか。

 だというのに、この場所には『霞の森』なんて名前がついている。彼の龍の棲みかがここだと言っているようなものである。

 

「棲みかかどうかは知らんが……。目撃例が異常に多いんだ。一般人ならともかく、()()()()()()()()()程のハンターからのな」

「へぇ……、それは確かに」

 

 信憑性は高い。当然、危険度も。

 

「目撃例は夜が圧倒的だ。野営にしろ、行軍にしろ、夜のこの森は避けるべきだよ」

「そんな危険な森で、カエデさんは何をしてるの?」

「私は仕事終わりさ。商隊の護衛でエルビスまで。ギルドを通した依頼ではないから、帰りの移動が徒歩なんだ」

 

 徒歩での移動では、どんなに頑張っても、森を抜けるのに1日かかる。困ったものだよ、とカエデは苦笑を浮かべる。

 

 だがアーシアは、その言葉の後半部分を聞いていなかった。

 一瞬で、話を聞くだけの余裕をなくしてしまっていた。

 

「エルビス?」

「ああ。聞かない名か? 小さな町だから無理もないが。……そうだな、エルモアからこの森を挟んで北の町だ」

「…………っ」

 

 愕然とした。

 何だそれは、と思った。

 『エルビス』も『エルモア』も、そんな街の名前はアーシアの記憶には()()()()()

 

「この山を越えたら……、セルノリアじゃ、ない……、の……?」

「聞かない名だ。それはどの辺りにある街……、地名だ?」

「……山道を越えてすぐ」

「山道? どの山だ?」

「……っ」

 

 今度こそ、アーシアは絶句した。

 考えてみれば彼女との会話の中で、違和感はあった。

 

 カエデはこの場所を『森』としか呼ばなかった。

 アーシアはこの場所を『山道』だと思っていた。

 カエデは『エルビス』から『エルモア』に帰る途中だと言った。

 アーシアは『ネルダ』から『セルノリア』に向かう途中だった。

 

 カエデはこの森には霞龍がいるかも知れないから、無闇に動くのは危険だと言った。

 アーシアの仲間は、誰一人そんなことを知らなかった。

 

「カエデさん」

「うん?」

「ここは、何処?」

 

 それはきっと、『貴女は誰?』のすぐ後に問いかけるべき言葉だった。

 自分のいた場所から、さほど離れてはいないと思ったアーシアは、この質問をしなかった。

 

「霞の森だが?」

「そうじゃなくて……! この辺りの地図、ある?」

「ああ……?」

「見せて!」

 

 怪訝な顔をしたカエデから、地図をひったくるようにして借り受ける。

 受け取った地図を、アーシアは親の敵を見るようにじっと見詰めた。

 

「……アーシア?」

 

 カエデの声がどこか遠くに聞こえる。

 脳が痺れてしまったのかも知れない。

 マトモな思考が出来ない。

 

「……ねぇ、カエデさん」

「ああ」

「ごめん。やっぱり私を見つけたって場所まで連れていって」

「いや、だが────、」

 

 言い澱むカエデを、アーシアは強く、意思を込めた瞳で見詰めた。

 

「お願い」



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外伝3-5 強襲 ~戦う理由~

 

 霞龍が闊歩するような危険な森。

 

 アーシアは強い。それこそ一人で古龍と渡り合えるくらいには。

 だが、それを知っているからといって、そんな場所を1人で歩かせる程、ルトガー・レッドフォードは薄情な人間ではなかった。

 

 だからこそアーシアは、カエデと自分との間にある認識の差に違和感を覚えたのかも知れない。

 いや、もしかしたらもっと前から。山道と密林の()()を垣間見た時から────、

 

「アーシア。出来るだけ私から離れるな」

「わかった」

 

 そう返して、アーシアは草木を掻き分けるカエデに続いた。

 

 

『この森では神隠しも起こるんだ』

『トンネル越えたらワンダーランド?』

『森を抜けたら、だな。いや、森を抜ける途中で消えるのか』

『曰くが多いね』

『まあ、神隠しも含めて霞龍のせいになってしまっているのさ』

『アイツ、人を拐うの?』

『生態がわからん以上、なんとも言えまい』

 

 

 等と、森の深くへ侵入する直前にした会話を思い出す。

 

「カエデさん」

「どうした?」

「消えた人がいるなら、()()()()もいる?」

「……」

 

 質問に、前を歩くカエデが足を止める。

 振り返り、アーシアを見るその表情は、アーシアの言葉を肯定するでも否定するでもない、曖昧なものだった。

 

「アーシア。お前は、やはり……」

 

 ややあってカエデが口を開く。

 『やはり』と言うことは、彼女も薄々感付いていたのかも知れない。

 

 状況の違和。

 知らない地名。知られていない街。

 見たこともない地図。

 神隠しと、その()の可能性。

 

 それらの情報から、アーシアが推察し、出した結論。

 

「うん。多分、私は────」

 

 言い掛けた、その瞬間。

 

 炎が舞い踊った。

 

「「!?」」

 

 アーシアとカエデの驚愕が重なる。

 ちょうど彼女たちの進行方向。霞の森で、宵闇を晴らすかのような篝火が燃えていた。

 

「山火事!!」

「火の起こる要因なぞ、この森にはないハズだが」

 

 言葉を交わしながらも二人は森を駆ける。行き先は無論、火災現場だ。

 

「燃え広がったら大変なことになる!」

「ああ。それに、アーシアが元居た場所がわからなくなる」

 

 火災現場までは遠くない。何せ、炎が踊る音が聞こえたのだから。加えて二人の脚力は、並のハンターを凌駕する。

 

 さほどの時間もかけずに火災の中心部にたどり着いた二人は息を呑んだ。

 

「これは……!?」

「ちぃっ」

 

 息を呑み、眉根を寄せる。

 

 闇夜に踊る炎は、まるでそれ自体が意志を持つかのように、周囲一帯の木々を浸食してゆく。

 

 不幸中の幸いか。炎の侵攻速度自体はそれほど速くはない。

 常に靄がかかるほどの湿度の高さと、新緑の季節だったことが良い方向に働いたのだろう。この分なら、次に燃え移るまでに木々をなぎ倒すか何かして、被害の拡大を防ぐこともできそうだ。

 

 だが、二人は気を緩めはしない。

 それどころか、さらに気を引き締めた。

 

「リオレイア!!」

 

 炎に喰われた木々の奥、赤く照らされた大地の女王の姿が映ったから。

 

 厄介な、とカエデの呟きが聞こえた。

 女王はこちらに背を向けている。おそらく、まだ二人の存在には気付いていないだろう。

 

 だが進行方向だ。

 回り道をすればいいだけの話だが、火種を放置する訳にもいかない。

 

「火災は奴が原因か。刺激すれば、さらに火を吐く可能性もある」

「でもどうして火を吐いたんだろ? 外敵なんて見えないけど……」

「確かに無闇に火を吐くハズもないが……」

 

 そのタイミングで、リオレイアが振り返った。

 その双眸が二人を写す瞬間、およそ狙いなど着けていないだろう速度で炎が放たれる。

 

「わっ!?」

「問答無用かっ!!」

 

 驚きながらも、二人は左右に別れて回避する。

 アーシアは左。カエデは右だ。

 

「ゴアァァァァァァァ!!」

 

 回避した先。アーシアの動きを予見したかのように、リオレイアが疾走してくる。

 

(読み越されたっ!?)

 

 先のブレスにしろ、この突進にしろ、偶然にしては出来すぎだ。縄張りに侵入したものへの突発的な対応というよりも、とっくに戦闘態勢に入っていたかのような対応。

 リオレイアの足元に滑り込むようにして突進を回避したアーシアは、驚愕しつつも剣を抜いた。

 同時、アーシアを跨いで行ったリオレイアが振り返る。巨大なアギトからは既に炎が漏れていた。

 

 カエデの方には見向きもしなかったリオレイアは、どうやらアーシアに狙いを絞ったらしい。

 

「フッ、モテる女は辛いぜ」

 

 軽口を叩きながらも、アーシアは駆け出した。

 踏み込みの為の助走ではない。正真正銘、ただの全力疾走だ。

 

「ゴアァァァアアア!!」

 

 剣を抜いたままの疾走。

 絶叫する女王と交錯する瞬間に、アーシアは刃で女王を『撫で』つけた。

 

 パキリ、と数枚、鱗が弾ける音。

 

 それを背に置き去りにして、アーシアはさらに駆け抜けた。

 

 女王がアーシアに振り返る。出血はない。

 当然だ。アーシアの一撃は、速度こそあったものの威力は皆無であった。

 それこそ、ただ対象に添える程度の。『撫でる』という表現が、ぴったりと符号する程の。

 

 それでも、そのたった数枚の鱗でも、女王のプライドを傷付けるには十分に過ぎた。

 アーシアに“注意を傾けかけていた”女王は、今や完全にアーシアだけに“明確な敵意を向けていた”。

 

「ゴアァァァアアア!!」

 

 鋭く、重厚な殺意がアーシアにのし掛かる。

 だが、そんな程度でアーシアは止まらない。

 女王と擦れ違った状態────リオレイアに背を向けての全力疾走のまま、女王が焼け野原にした地帯から、緑の残る密林に飛び込む。

 

 女王もまた、アーシアを追う形で密林に飛び込んだ。

 もっとも、その巨体ではアーシアのように木々を避けるような飛び込み方はできず、木々を吹き飛ばすような強引な突撃になる。

 

「ふっ……!」

 

 太い樹木を吹き飛ばす程の突進は、それだけで恐るべき攻撃だ。

 だが、アーシアが気をつけなければならないのは、リオレイアだけではない。

 風に舞う木の葉のように、乱雑に弾け跳んだ樹木。

 一本でも当たれば、それだけで致命傷になりかねない。

 

 女王が森に突っ込んだ瞬間に反転していたアーシアは、木々の一本一本を紙一重でかわしながら、女王へと切迫していく。

 

 そして女王は、自らが吹き飛ばした樹木に視界の大半を奪われ、簡単にアーシアの接近を許してしまう。

 

 結果、今度こそ速度と、力を込めた一撃が女王へと襲いかかった。

 

「ギャオオオォォォ!?」

 

 女王にすれば奇襲めいた攻撃だったのだろう。

 頭部へ渾身の一撃を受けた女王は、驚愕のあまりその場でたたらを踏んだ。

 

「くぅっ!?」

 

 しかし、驚愕の念はアーシアとて同様だった。

 

(かっ……………、たい!?)

 

 樹木を隠れ蓑にしながらの奇襲。

 十分な助走と、踏み込みの強さから得た剣速。

 突進してくるリオレイア自身の運動エネルギーによる交差法。

 加えて、『弱点部位』であるハズの頭部への攻撃。

 

 ……にも関わらず、アーシアの剣は、弾かれかけた。

 

 愛剣・オデッセイは決して悪い武器ではない。

 水の属性と、高い切れ味を有するこの武器は、むしろリオレイアに対して最適な武器とさえ言える。

 

「ガアァァァァァァ!!」

「っ!?」

 

 グン、と、仰け反った体勢から、女王がその尾を振り回す。

 通常では考えられぬ手応えに驚愕していたアーシアの反応が僅かに遅れる。

 

 薙ぎ払うように────、否。事実、窮屈な木々を薙ぎ払う一撃を、辛うじてアーシアはかわした。

 尾が唸りをあげてアーシアの頭上スレスレを通り過ぎる。

 

 だがそれだけだ。

 

 尾が通り過ぎてからの、僅かな隙。

 一瞬とはいえ反応が遅れたアーシアは、そこに踏み込めない。

 

 その場にとどまったアーシアと、尾を旋回させたリオレイア。

 

 尾が通り過ぎたのなら、次の半回転で現れるのは、そのアギトだ。

 

 振り返った瞬間を強襲すべく、アーシアは剣を強く握り絞めて────、

 

「────っ!!」

 

 直後、()()()()()()()、女王は炎を吐いた。

 

「ガアァァァァァァッ!!」

 

 勝ち誇ったように咆哮する女王を、しかしアーシアは見ているだけの余裕がない。

 

 頭部を移動させながら放つブレスは、炎龍のそれに酷似している。

 迫る壁のような火炎を、アーシアは盾で受けるしかなかったのだ。

 

 彼女の軽い身体は、熱と衝撃によって盾ごと後退する。

 

 苦痛に顔を歪めたと同時、炎の壁を突き破ってリオレイアが突撃してくる。

 

「しまっ……!?」

 

 ブレスとは段違いの衝撃がアーシアを襲った。

 盾を通して伝わったその威力に、アーシアの身体が僅かに浮かぶ。

 

「ゴオォォォオオオオ!!」

「ガッ……」

 

 突撃の終了と同時、リオレイアは大きく翼を拡げ、大地を蹴った。

 

 サマーソルト。

 

 身体を縦に旋回させ、その強靭な尾を叩き上げるリオレイア最大の攻撃。

 突進を受け止め浮き足立っていたアーシアは、その攻撃すらも盾で受け止めるが、衝撃までは完全に殺すことができない。結果、アーシアの身体は冗談のような軌道を描いて森の深くに吹っ飛んでいった。

 

「いっ……、つ」

 

 数本の樹木にぶつかりながら密林を跳ね回ったアーシアは、数有る木々の中でも一際大きな樹木にぶつかり、そこでようやく止まった。

 

「ああ、もう。綺麗な顔が台無しだね」

 

 顔に付いた汚れを拭いながら立ち上がる。

 無論、飛竜の攻撃を受けてその程度で済むハズはない。

 

 現に、サマーソルトを含めてリオレイアの攻撃を受け続けたアーシアの左腕は、僅かに痺れてしまっていた。盾での防御はもう出来ないかもしれない。

 

「あ、れ?」

 

 と、その時アーシアは密林に不自然な色を見つけた。

 

「カエデさん?」

 

 アーシアがぶつかった大木。そのすぐ側に跪くようにいたのは、女王の初撃をかわして以降、別れたままのカエデであった。

 

「アーシア、か」

 

 立ち上がりこちらへと顔を向けたカエデは、何故か泥と血に汚れていた。

 

 

 いや、それよりもむしろ、その瞳はどこか虚ろではないか?

 

 

「カエデ、さん?」

 

 アーシアが何かを言おうとした時、轟音を撒き散らしながら女王が突っ込んでくる。

 

「ゴオォォォオオオオ!!」

「っ!?」

 

 盾を構えようとするが、痺れた腕は咄嗟には上がらない。

 直撃を悟ったアーシアの瞳に、紅い影が映り込む。

 

「退がれ」

 

 短い一言。そして轟音。

 ミシリ、と何かが軋むような音を発てて、女王の巨体が止まった。

 

「カエデさん!」

 

 女王からアーシアを護るように立ち塞がったカエデは、盾で女王の巨体を支えながら、アーシアの後方を指差す。

 

「川が見えるな?」

「え?」

 

 思わず呆けた声が出た。

 飛竜との戦闘の真っ只中で、いったい何を言ってるんだ、この人は。

 

 アーシアの理解が追い付く前に、再びカエデが口を開いた。

 

「それを上流へ。それでお前が倒れていた場所につく」

 

 そこまでで一旦区切って、カエデはアーシアの顔を見た。

 

「独りで、行けるな?」

「カエデさんは!?」

 

 反射的に返した言葉に、カエデは一瞬微笑んで、もう一度顔を引き締める。

 

「闘う理由が出来た。だが、お前まで付き合うことはあるまい」

 

 後顧の憂いを絶つ。

 そう言ってリオレイアを押し返したカエデに、アーシアは一瞬だけ思考して────、

 

「嫌だ、私も闘うよ」

「アーシア」

 

 たしなめるようなカエデの口調に、アーシアは首を振る。

 

「1人より2人。それに闘う理由なら私にも出来た」

 

 その黒髪に少しだけ触れて、口を開いた。

 

「前髪、少し焦げた!」



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外伝3-6 強襲 ~舞い降りた王と沈む紅~

 

 雌火竜のブレスを避け、密林に飛び込んだ楓が見つけたのは、全身血塗れの青年だった。

 

 「酷いものだな」そう呟くと、声が聞こえたのか、青年は僅かに視線を持ち上げた。

 

 虚ろな、焦点の合わぬ瞳のまま、青年が口を開いた。かすれるような、今にも消え入りそうな声だった。

 

 

 青年は言った。自分は近くの村に住むハンターだと。

 

 青年は言った。同じ村に住む病気の少女の為に、薬の材料を採りにきたと。

 

 青年は言った。その帰りに火竜に襲われたと。

 

 楓は問うた。何かしてやれることはないかと。

 

 青年は懇願した。薬の材料を、少女に渡してほしいと。

 

 青年は困ったように笑った。出来れば、自分の死体はこの森に埋めてほしいと。

 

 楓は一度だけ頷いた。了承したと。

 

 青年は言った。ありがとう、そして済まない。これで安心して逝ける。

 

 

 楓も青年も、治療は考えなかった。青年の傷は明らかに致命傷、既に手遅れだったからだ。

 

 静かに息絶えた青年を、楓は抱き上げた。

 青年にすれば、死に際に誰かに出会えたのは僥倖だったのだろう。飛竜に敗れたとは思えない程、その表情は穏やかだった。

 

 緑の生い茂る森の中にあってなお、一際目を惹く大木を見つけた楓は、その根本に青年を埋めた。

 竜撃砲で空けた穴に土を被せただけの、墓とも言い難い簡素なものだった。

 

 楓は、死に目に出会っただけの青年の名を知らない。人格も、信念も。この森に埋めてほしいと言った彼が、森にどんな思い入れがあったのかも何も。

 

 だが、彼がやりたかったことの一端を知った。

 

 それは小さなことだったのかも知れない。

 命をかけるには足りないかも知れない。

 余計なお世話なのかも知れない。

 

 それでも、楓にはそれだけで十分だった。

 

 薬は必ず届ける。

 リオレイアも倒す。

 

 二つ目は完全に私情だ。

 確かに気が立ったリオレイアは、周辺に被害を撒き散らすかも知れないが、それは可能性の話で、絶対ではない。何より、薬を確実に届ける為には戦闘は避けるべきであったのだ。

 

 

「おおっ!」

 

 

 盾を支点にしてリオレイアの側面に回り込んだ楓は、容赦なくその槍を突き立てた。

 ガツリ。

 甲殻を削っただけの感触に、舌を鳴らして飛び退く。

 

 女王が楓を睨む。

 その側頭部にオデッセイが食い込んだ。

 

「アーシアっ!」

 

 そう、避けるべきだった。

 にも関わらず、楓は戦闘を開始した。アーシアをも巻き込んで。

 

「ゴオォォォオオオオ!!」

 

 吼える女王からアーシアは素早く距離をとった。

 

「堅いな」

「それに怒りっぽいよ。更年期なのかな?」

「やれやれ、人のことは言えた義理ではないが、歳は取りたくないものだな」

「カエデさんは若いよ?」

「アーシアは程ではないな」

 

 互いに軽口を叩きながら、尋常ならざる堅さの女王に向かい合う。

 

 アーシアは知らないだろう。

 ついさっき息絶えた青年のことを。青年と楓がどんな会話を交わしていたのかを。

 だがそれでも、何の事情も知らなくても、彼女は楓に付き合ってくれた。

 

 いい娘だ。

 護ってやりたいと、仲間の元に還してやりたいと、そう思う。

 例え出会ったばかりでも、例え()()()()の住人だとしても。

 

「アーシアっ!!」

 

 だからか。

 楓が後先考えずに飛び出してしまったのは。

 

「え?」

 

 女王の鼻先で剣を振るっていたアーシアは、突如として自分の前に飛び出した楓を見て、困惑に瞳を揺らした。

 

 構わず楓はアーシアを突き飛ばす。

 彼女の軽い身体は、簡単にリオレイアの攻撃範囲外に逃れた。

 

 当然、アーシアの代わりに楓がリオレイアの前に飛び出すことになる。

 

 アーシアの瞳が困惑から驚愕に変わる。

 彼女の瞳に写ったのは、楓とリオレイアと、“上空から強襲するリオレウス”────!

 

 

「カエデさん!?」

 

 

 アーシアの絶叫虚しく、リオレウスの毒爪が楓を襲った。

 

 

「ゴオォォォオオオオ!!」

「ガ、ハッ……!」

 

 咆哮と苦悶が重なる。

 衝撃と灼熱感にのたうつことも出来ず、毒爪の直後に振るわれた尾に吹き飛ばされた。

 

 血が出た。

 堅固な鎧は砕けはしなかったが、その下の肉体はそうはいかない。衝撃だけで身体がバラバラになるかと思った。

 

(迂闊だった……!!)

 

 痛みと毒とで朦朧とする意識を必死につなぎ止める。

 震える足を叱咤しながら、楓は自身の不覚を呪った。

 

 

 あの青年は確かに『火竜』に殺られたと言ったのではなかったか────!

 

 

 雌も雄も火竜には違いなく、それ故『雌火竜』を見たことで、青年を殺したのはリオレイアなのだと思い込んでいた。だが、ハンターが火竜と言うなら『雄火竜』のことを指すのが通例だ。

 

(つがい)か、それとも偶然か……」

 

 呟く楓の声には覇気がない。

 

 地に降りたリオレウスが楓を追撃すべく疾走する。

 その背からリオレイアが炎を吐く。

 立ち上がったアーシアが、何事かを叫びながら駆け寄ってくる。

 

「まったく、私の悪運もここまでだったか……」

 

 すまない。

 そう胸の内で、あの青年と、アーシアに謝罪して、楓は盾を構えた。

 火竜の脚力から生み出される運動エネルギーの前では、楓の盾なぞ水に濡れた紙と同義である。

 

 結論として、楓は吹き飛ばされた。

 

 冗談のように。

 まるで壊れた人形のように。



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外伝3-7 天使降臨 ~Another World ver.~

 

 まるで現実味がなかった。

 

 

「カエデ、さん?」

 

 

 足が止まる。

 同時に、火竜に吹き飛ばされて転がったカエデの身体も止まった。

 

 うつ伏せに倒れた彼女の表情はわからない。

 だが、その身体からは刻々と血が流れ出しているのが見えた。

 

 何か、穴の空いた風船から、空気が漏れていくような。

 命が、流れて消えていってしまうような────、

 

「う、ああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 絶叫する。

 

 尋常ならざる声に、両の火竜はアーシアへと振り返った。

 

 左手。盾を投げ捨て、もう一振りの愛剣・インドラを引き抜き駆け抜ける。

 すれ違いざまに、七撃。

 水圧と電圧、切れ味鋭い刃が火竜達を蹂躙した。

 

(私がっ……)

 

 思わぬ連撃に驚いた火竜の顔を蹴り飛ばし、アーシアは跳躍。

 逆手に持ち換えた愛剣をその背に、まるで牙のように突き立てた。

 

(私がっ……!!)

 

 直後、火竜の身体を傷付けるか否かの、絶妙なラインで雌火竜の尾が振るわれた。

 大木すら薙ぎ倒す一撃だ。受ける訳にはいかない。

 アーシアは火竜の甲殻を蹴って跳躍。尾は何もない空中を薙いだ。

 

(私がっ、()()()()()()()()しなければッ!!)

 

 着地したアーシアに、火竜のアギトが襲いかかる。

 

「ッ!!」

 

 僅かに身を退き回避。火竜の牙は空を食む。

 安堵する間も無く、雌火竜が火竜を飛び越えてアーシアに踊りかかった。

 

 凶悪な風切り音を纏った剛爪。

 致命の一撃を前に、差し出すのは命ではなく自身の愛剣だ。

 首の皮一枚でインドラとオデッセイによる迎撃────、否。防衛を間に合わせる。

 

 二振りの業物は、その属性によるスパークを撒き散らしながら、雌火竜の爪と拮抗した。

 

「我は炎」

 

 武器が重圧に耐えきれずに悲鳴をあげる。

 

「我は翼」

 

 いや、武器以前に、アーシアの両腕が軋みをあげている。

 いかなハンターであろうとも、人の身で竜を押し留めるなぞ、土台無理な話なのだ。

 

「我が意志は大地の怒り」

 

 すぐ近くに雌火竜の頭が、牙がある。

 アーシアの身体が徐々に押し込まれはじめる。

 

「我が故郷は希望の空」

 

 雌火竜の影。その背に回り込むように火竜が上昇した。

 そのアギトからは既に灼熱が揺れている。

 

 

 ────眼帯に覆われた右目が僅かに疼いた。

 

 

 ギリ、とアーシアは歯噛みした。

 

 こうして雌火竜とせめぎあうだけでも、今こうして呼吸しているだけでも、刻々と気を奪われているのがわかる。

 それはまるで、毒のように。紛れこんだ異物を排除しようとするかのように。

 

 アーシアはきっと『この世界』と相性が悪い。

 それに気付いたのは闘い始めた時で、だから『温存しなくては』と思ったのだ。全力で闘えばきっと、気を使い果たして消えてしまうだろうから。

 

 そんな確信めいた予感が、アーシアにはあった。

 

「舞い降りよ天の意志」

 

 だが、その保身がカエデをあんな目に遭わせた。

 

 消えたいだなんて思えない。本気で、自分を犠牲にしてまで、出会ったばかりの他人を助けようと思える程のバカでもない。

 それは凡そ、人として持ち得る当然の感情。

 

 

 ────それでも、嫌だった。

 

 

 優しくしてくれた誰かがいなくなるのは。

 その誰かを傷付けた何者かに、怒ることだって出来た。

 だからアーシアは、彼女の抱いた感情のすべてを以て、全力で仇敵を討つと決めたのだ。

 

「その力を────」

 

 アーシアを押し潰すべく、女王は羽ばたきながら、その剛爪にさらなる力を込めた。

 空の王者は、アーシアを焼き尽くすべく、その身に宿る灼熱を解き放った。

 

 業火と暴風がアーシアへと向かう。

 形容し難き熱風圧は、直接触れずとも辺りの物を吹き飛ばしていった。

 

 

 周囲の樹木。枝葉も、その幹も、そしてアーシアの『眼帯』も。

 

 

 眼帯の下の右目が曝される。

 途端、臨界寸前の灼熱じみた闘気が噴き出す。

 

 火竜達が僅かに怯んだ。

 噴き出した闘気だけで熱風がかき消されていく。

 それはさながら、薄い色が濃い色に塗り潰されてしまうかのように。

 熱風は、新たに生まれた圧倒的な力の奔流に抗えずに消えてゆく。

 

 

「────我が身に宿せ」

 

 

 瞬間、アーシアにのし掛かっていた雌火竜が数メートル以上も吹き飛んだ。

 

 

「ゴオォォォオオオオ!!」

 

 

 アーシアにのし掛かっていた雌火竜がいなくなったことで開けたスペースに、滞空していた火竜が殺到する。

 アーシアはそれをチラリとだけ見て────、

 

 

「墜ちろ」

 

 

 一閃。

 空の王者は絶叫と共に、地に墜ちた。

 

「煉獄に墜ちるかどうかは君たちが決めろ。……そう言いたいところだけど」

 

 火竜達が立ち上がる。

 

 リオレウス、リオレイア、そしてアーシアの視線が重なる。そこに込められた絶殺の意志さえも。

 

「今日ばかりはそうはいかない。君たちは今、ここで潰える」

 

 アーシアの、その豊かな黒髪が炎のように揺らめく。吐息は灼熱を纏ったように熱い。

 そして、その華奢な体躯からは想像できないほどの、溢れ出す赤き闘気(オーラ)

 

 激情を宿したその心のまま、唄うように宣言する。

 

「誓うよ。今宵はどちらも逃がさない」

 

 怒りと灼熱を宿した天使が今、この世界に降臨した。

 



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外伝3-8 其は混沌の写し身 ~天と地の怒り~

 

 ────降竜儀(こうりゅうぎ)

 

 眼帯で覆われたアーシアの右目には、強力な竜のエネルギーが封じられている。

 降竜儀とは、その右目の力を解放し、身体能力を大幅に向上させる奥義。人の身では再現不可能なほどの、圧倒的な力の解放。まさに竜をその身に降ろす儀式。

 

 故に降竜儀。

 

 今のアーシアは先ほどまでとは別物。彼女の振るえる力の限度は、もはや人間の枠には収まり切らない。

 

 

「ギャオオオォォォォォォォォッ!?」

 

 

 アーシアの背後で、悲痛な声を上げたリオレウスがのたうち回る。

 

 力業で火竜を投げ捨てたアーシアに、正面からリオレイアの突進が迫る。

 女王の突進は、密林の樹木を容易くへし折り、吹き飛ばすほどの威力だ。

 まともに受ければ致命傷。常人はもちろん、ハンターであったとしても回避を選択する場面。

 だが、アーシアは避けるどころか女王の懐深くへと飛び込んだ。

 

「ライジング……」

 

 迫り来る女王のアギトが、アーシアを噛み千切るために開かれる。

 

 ギラリ、と光る剣山の群れを目前に急停止。そのまま上体を反らし、アーシアはこれを回避。

 雌火竜の牙を避け、重力に引かれた身体は、地面へと吸い寄せられる。

 その勢いに逆らわず、アーシアは左手を地に着け、代わりに爪先を蹴り上げた。

 

「……テンペストッ!!」

 

 降竜儀によって溢れ出した闘気を制御し、右足に集中。裂帛の気合いとともに跳ね上げた右足が、膨大な闘気噴射によって加速する。

 赤い残像めいた蹴撃は、アーシアの眼前でアギトを開いた女王の下顎をしたたかに打ち抜いた。

 

「!?!?!?!?」

 

 ガチリ、と無理矢理閉じられたアギトから、くぐもった声が漏れる。

 

「テンペスト・ツゥッ!!」

 

 衝撃に揺れるリオレイアに、容赦なくもう一撃。

 二度目の衝撃でリオレイアの巨体が浮き上がり、そのまま上体を仰け反らせるようにして、陸の女王は仰向けに地面へ倒れ込んだ。

 

「君は少し喧しいよ。私を見習って、お淑やかになるべきだね」

 

 悲鳴を上げるリオレイアに、煩わしげに声をかける。

 

 

 果たして、これは人の戦闘か。

 

 

 生態系のピラミッド、その頂点に君臨する飛竜種。

 たしかにハンターとは、その飛竜種を狩るために生まれた職業だ。ハンターの中には、単独で飛竜を相手取り勝利する者も数多くいるだろう。

 だが、そのハンターにしてみても飛竜相手に無双できるわけではない。鍛え上げた身体で、積み重ねた経験で、吸収した知識で、武器で、防具で、ありとあらゆる要素を使って、絶対的な力量差を埋めるのだ。

 

 だが、今。今ここで戦うアーシアは、双竜を前にしてあまりに圧倒的で、絶対的な姿であった。

 

「あんまり時間も無いんだ。このまま一気にカタを着けさせて貰うよ」

 

 冷酷なまでの勝利宣言。

 

 地を蹴ったアーシアが、僅か一足で彼女の持ち得る最高速に達する。

 神速。

 ふらふらと立ち上がったリオレウスに肉薄し、そのまま刃を振りかざした。

 

「──────っ!?」

 

 火竜の翼から、頭部から、脚部から血が噴き出す。

 今や赤き旋風と化したアーシアは、火竜を一撃しては飛び退きを繰り返した。

 

 瞬く間に血に染まる王者は、果たして自らに何が起きているのか理解していただろうか。

 数瞬の後、赤い甲殻を『赤黒く』染め上げた王者が、か細い声とともに地に沈んだ。

 

「次」

 

 アーシアが言うのと同時、転倒状態にあったリオレイアが起き上がる。

 その眼に写るのは怒りか恐怖か。

 いずれにせよ、女王がそれ以上暴れることはなかった。

 

「ォォォ………」

 

 原因は頭部に突き刺さった剣。

 音速に達する程の速度で投擲されたそれに反応することすらできず、立ち上がったリオレイアは再び地に倒れ伏した。

 

 それで、終わり。

 終わってみれば、アーシアの圧勝であった。

 

 

 ────こんな程度か。……こんな程度だったのか。

 

 

 それだけを思う。そこに勝利の余韻などなく、あるのはただ虚しさにも似た後悔だけだった。

 

 そのまま投擲した剣(インドラ)を回収することもなく、踵を返す。

 剥ぎ取りも、返り血を拭うのも、剣の回収も、勝利の余韻も、全て後回しだ。今、アーシアがやるべきことはたった一つ。

 

(カエデさん……!)

 

 アーシアの頭にあるのはそれだけだ。

 

 出会ったばかりの他人。

 でも優しかった人。

 アーシアを庇って、血の海に沈んだ彼女。

 

 どうして彼女はアーシアを庇ったのだろうか?

 どうしてアーシアは最初から全力で戦わなかったのだろうか?

 どうして強襲するリオレウスに気付けなかったのだろうか?

 

 

 どうして。

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?

 

 

 その疑問だけが脳内で残響する。

 

 アーシアは後悔していたのだ。もはや混乱していたと言ってもいい。

 

 もし仮に、アーシアを庇ったのがロイドだったのなら、アーシアはここまで心乱されはしなかっただろう。

 つまるところ、『出会ったばかりの他人』に命をかけて助けられた、この状況に混乱していたのかも知れない。

 もっとも、もし逆の立場だったなら、アーシアもカエデと同じ行動に出ていただろうが、それは今は棚上げしておく。

 

 とにもかくにも、アーシアは混乱のままカエデの下に走った。

 戦いに巻き込まないように距離を離したとは言え、今のアーシアなら一息で戻れる距離である。

 数分とかからずカエデの倒れた場所に辿り着ける。辿り着いて、治療できる。

 

 ────そのハズであった。

 

「っ!?」

 

 唐突に感じた背後からの殺気に、アーシアは足を止めた。

 振り返って対象を視認する。────その直前にアーシアの身体は炎に包まれていた。

 

 反射的に腕で顔を被う。

 炎が、熱が、アーシアの肌を、髪を焼いていく。

 

「あつ……」

 

 灼熱にまみれた身体を地べたに転がせて、消火を試みる。

 火竜とフルフレアの素材を使った装備は熱に強い。

 加えて降竜儀を解くことを忘れる程、混乱していた思考が、結果的にアーシアを救った。

 

 溢れ出る程の闘気は炎によるダメージを軽減し、限界以上に向上した自然治癒力は、焼けただれた皮膚を壊死したそばから治していく。

 

 程無くして立ち上がったアーシアは、加害者を見つめて絶句した。

 

「!」

 

 倒したハズの火竜達が立ち上がり、憎悪の宿る瞳でアーシアを見つめていたのだ。

 

(浅かった……!?)

 

 そう思考しかけて(かぶり)を振る。

 火竜の腱は確実に断った。雌火竜に至っては頭部を撃ち抜いた。

 火竜はともかく、雌火竜は致命傷である。

 

「これは……、まずい、かな?」

 

 アーシアの頬を脂汗が伝った。

 

 火傷は既に癒え、アーシアの身体は傷一つない状態に戻ってはいたものの、それは表面上のものである。

 降竜儀はその膨大な戦闘力に比例するように、消費体力も多い。

 加えて、降竜儀を発動させてから、世界との摩擦とも言えるこの違和感は強くなっている。

 アーシアのスタミナは既に限界寸前だったのだ。

 

 さらに、アーシアが今見ているその目の前で、火竜達の身体は再生を始めた。

 まるで何かの冗談のように、血が止まり、傷が癒える。

 

「超回復とか、笑えないよ……」

 

 それでも────否、それなら今度は首を落とす。

 

 そう決めて、オデッセイを握る右手に力を込める。

 有り得ざる回復力を持っていようが、こちらの限界が近かろうが、殺らなきゃ殺られる状況に違いはない。そも、この竜達は絶殺すると誓った。

 

 なのに────、

 

「ウソ、でしょ……」

 

 ────そう、なのに。今度こそアーシアの心は折れるかと思った。

 

 愕然としたアーシアを余所に、火竜達の変化は続いていく。

 

 傷の再生だけならまだいい。

 だが────、だが! 恐るべきは『体色の変化』が起きていること!

 

 立て続けに起きる、本来なら有り得ない状況を、アーシアは既に()()()()()

 だからこそ、その絶望は通常の比ではなかった。

 

『ガァァァァァァァァァァァァアッ!!』

 

 火竜達の咆哮に大地が震える。そしてアーシアの心も。

 

 ────かつて、アーシアは『シルバーソル』と呼ばれる火竜と戦ったことがある。

 あまりに圧倒的な力を持っていた銀の火竜は、アーシア達との死闘の末、ロイドの手によって地に沈んだ。

 アーシアが知りうる限り、アレに匹敵する飛竜を彼女は一頭しか知らない。

 

 そして、そのシルバーソルは最初からシルバーソルだった訳ではない。

 蒼から銀へ。リオソウルからシルバーソルへ、アーシア達の目の前で変容し、変質したのだ。

 

 ちょうど、今、この時と同じように。

 

「兄弟でもいたのかな……?」

 

 アーシアの軽口にも覇気がない。

 何せロイドやルトガーがいたあの時と違って、今回は『二対一』だ。

 

 それも────、

 

「けど、どっちの兄弟だろう?」

 

 そう、火竜も雌火竜も、銀色や金色にはならなかった。だからと言って、蒼色でも桜色でもない。

 彼らの変化は、凡そ火竜の体色としては有り得ない色。

 それは絶望を落とした黒色。

 混沌の写し身、『リオカオス』。

 

 圧倒的だったシルバーソルに匹敵する力を持った、黒火竜。

 その両方の力を、アーシアは身をもって知っていた。

 だからこその絶望が、アーシアを襲う。

 

「笑えないよ、ホントに……、笑えない」

 

 それでもアーシアは立ち向かう。

 勝ち目の有る無しではなく、ただ生き延びる為に、絶望に挑みかかった。





※このお話を書き終わった直後、フロンティアの方で本当に黒いリオレイアが出たと聞いて、『銀色の月』で黒火竜を登場させてたカナブンさんは予知能力かなにか持っているのか、と思った記憶があります。


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外伝3-9 一方その頃

 

「やっほー、お兄さん。こんな夜更けにどこいくの?」

 

 夜の山道に、場違いなほど明るい女の声が響く。

 アーシアを探して山道を進んでいたロイドは、その声に足を止めた。

 声は確かに女性のものではあったが、アーシアのものではない。

 

 誰だ? と問う前に、声の主は何処からともなく姿を見せた。

 

「こんばんは、お兄さん」

 

 気安く挨拶をしてくる彼女は、美しい少女。────いや、女性であった。

 年の頃はロイドと同じくらいだろうか。右目の泣きぼくろがチャーミングだ。

 真夜中の山道だというのに、白いワンピース姿にサンダルだけという、まるで安全な街中にいるかのような姿をしている。

 僅かばかりの警戒心をいだきながらも、ロイドは彼女に挨拶を返した。

 

「こんばんは、お嬢さん。だが、その質問は俺からさせてもらおう。こんな夜更けに何をしてるんだ? 危ないぞ」

「案内を。下手したら、お兄さんいなくなりそうだからね」

 

 明るく、それでいて意図の読めない返答に首を傾げる。

 

「案内だと? 君のベッドまで連れて行ってくれるのか?」

「近いものがあるけど違うね。お兄さん、今探し人がいるんじゃないの?」

「……」

 

 軽口(若干期待もしたが)を思いもよらない答えで返され、思わずロイドは口をつぐんだ。

 同時、ロイドの中で彼女に対する警戒レベルが跳ね上がる。

 

「何故、それを知ってる? まさか……」

 

 自分で自分の声が強張るのを感じる。

 腕は自然に、背中の太刀へと伸びた。

 

「うん。彼女は()に来てるけど、お兄さんの想像とは少し違うかな」

「……話を聞こうか」

「お話を聞かせて、ってね。言われなくても話しにきた訳なのよん」

 

 唄うように言って女は踵を返した。ついてこい、という訳か。

 一瞬の迷いもなく、ロイドは後に続いた。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。

 

 それから数分と経たずに、彼女は立ち止まった。

 何が嬉しいのか、足下を指差して笑う。

 

「ここが『境界』。これ以上は進んじゃダメだからね」

「……話をしてくれるんじゃなかったのか?」

「物事には順序があるのよ。とにかく、このラインからは進まないで。でないと、話が進まない」

「……わかった」

 

 状況を飲み込めないままに頷く。

 彼女は自らの足下にラインを引いた。

 

「えっと、何から説明しようか」

「君は何処の誰で、状況をどこまで知ってる? アーシアは今、何処にいて、彼女は無事なのか?」

「矢継ぎ早すぎるよ、焦んないで」

「……っ」

 

 危機感のかけた彼女の笑顔に苛立つ。

 こんな状況でなければ、ロイドホイホイな笑顔だったろうが、今は優先事項が違う。

 

「じゃ、まず一つ。状況は全部知ってるよ。『当事者でさえ知らないこと』も含めて全部ね」

「当事者とはアーシアのことか」

「んー? まぁ他にもう一人、巻き込まれたのがいるんだけどね」

 

 ロイドの問いに、女は額に指を当てて悩むような仕草を取った。

 

「……何?」

「まあそれはいいんだ、別に。問題なのは……、うん。本来、当事者になるのは別の人間だったってことで」

 

 しかし彼女は問いには答えず、話題を次につなげてしまった。

 そうなるとロイドとしても次の話題について行かざるを得ない。もとより最優先事項はアーシアの無事の確認だ。それが確認できるまでは、それ以外の疑問の優先度はそれほど高くはない。

 今重要なのは、アーシアが女の言う『当事者』になってしまったということだろう。

 

「……君の言う当事者がなんのことかはよくわからないが、アーシアは誰かの代わりになった、ということか?」

 

 そう言って、さらに問いを投げかける。

 問われた彼女はロイドを指さして、

 

「あの娘。今、大変な目に遭ってるんだけどさ。それ、本当ならお兄さんにやって貰おうと思ってたのよぅ」

 

 などと、ロイドにとって到底聞き捨てならないことを口走った。

 

「……は?」

「手違いっていうか、なんて言うか────、」

「待て、アーシアが大変な目に遭ってるって」

「百聞は一見になんたら! 見た方が早いと思うわよ?」

 

 理々刈る本気狩るなんて、訳のわからない呪文(だと思う)を唱え、女はその場でステップを踏んだ。

 

 直後、ロイドと女を隔てるかのように、宙空に薄い幕がかかった。それはさながら、靄で出来たカーテン。

 宙にかかった薄布のようなそれは、徐々に何かを映していく。

 

「アーシアっ!?」

 

 奇怪な現象に驚くよりも先に、ロイドの目は映し出された映像に釘付けになった。

 何せ、映っていたのはロイドの探し人に他ならず、挙げ句飛竜との戦闘を始めていたのだから。

 

「君っ! これは何処で、いつの出来事だ!?」

「ここから数百メートル先。今現在の映像よ」

 

 その言葉に、ロイドは弾かれたように反応する。

 一気に駆け抜けようと、走り出して────、

 

「ダメよ」

「退いてくれ」

 

 立ち塞がった女に、ロイドは低い声で応じた。

 アーシアの強さは知っているが、それでも放っておける訳がない。

 

 ある程度場数を踏んだハンターでさえ肝を潰す眼光に、しかし女は呆れたように溜め息をつくだけだった。

 

「境界を越えない、と約束させたハズなんだけどな……」

「そんなことを言ってる場合じゃない! この先にアーシアがいるなら、助けにいくだけだ。普通の飛竜ならともかく、アレは別格だろう!」

「そう、そうね。別格だわ。それが分かってるなら、言うことをきいてちょうだい」

「……退いてくれ。君を傷付けたくはない」

 

 言いながら、ロイドは既に剣呑な雰囲気を醸し出している。

 まるで、触れれば斬れてしまう抜き身のようだ。

 対し、女は臨戦態勢に入ったハンターが目の前にいるとは思えないほど、落ち着き払っていた。

 

「お兄さんがあの娘の所に辿り着いたとして、二人は絶対に帰ってこれないよ?」

「そんなことはやってみなければ────」

「やらなくても分かる。だから警告、ね。あの娘を『そちら』に帰したいなら、話を最後まで聞きなさい」

「っ」

 

 有無を言わさぬその口調。

 それに、『帰したいなら』という言葉に、ロイドは僅かに黙った。

 

「……続きを聞かせてくれ」

 

 言いたいことの大半を呑み込んで、ロイドはようやくそれだけを口にした。

 アーシアの相手は、(つがい)の『リオカオス』だ。

 だとすれば、彼女一人では相当に厳しい。救う手立てがあるなら、耳を傾けるしかなかった。

 例えこの女が信用出来なくとも、ロイドが行っても『帰ってこれない』と断言された以上は、何かを知っているハズなのだ。

 

「いい子。お兄さん、相当焦ってるみたいだから、一気に説明するね。わかんない、理解出来ない辺りも、話が終わるまでは待ってて」

 

 是非もない。話が早く終わるなら、ロイドにはそれだけで十分だった。

 

「まずお兄さんと、アーシアだっけ? 今大変な目に遭ってる娘ね。私とは存在してる世界線が違うのよ」

 

 のっけからついていけなくなった。

 なんというか、中二的な娘か彼女は。アーシアと話をしたら、絶対気が合うぞ。

 

「ま、積み重なった歴史が異なっただけで、世界の根本……、っていうか土台は同じだから、お互いに『繋がりやすい』状態なのね。ここはその最たる場所。

 年に数回、気紛れにそちらとこちらの世界を繋げる道が開いては閉じるの。

 もしかしたらそっちでも神隠しとか起きてるんじゃないの?」

「そんな話は知らない」

「そ、まあそれはいいや。

 でね、()()()()()()人の出入りはどうでもいいんだ。問題は力の流入でね。

 どうゆう成り行きか、そっちとこっちの地脈────竜脈は繋がってる。世界は確実に断裂してるっていうのに。

 その竜脈を通じて、こちら側の世界にはあってはならない力が流れ込んだの」

「それがアーシアか」

「違う。言ったでしょ? 人の出入りなんてどうでもいい。入ってきたのは『災厄』よ」

「─────っ」

 

 僅かに瞠目して、ロイドは口を閉ざした。

 その単語は、ロイドにとっては因縁深いものだったからだ。

 ある意味でロイドやその仲間たちの運命を決定付けた存在。今のロイドが旅を続けているのは、災厄を打ち倒すために他ならない。

 

 驚愕するこちらをよそに、女はつらつらと言葉を続けた。

 

「正確には災厄の力の片鱗、かな? 悪意みたいなもの? それを抑え込めるだけの力を持った人間は、『私の世界』には少ない。最悪、あの二頭の竜だけで世界は傾くわ。

 だから喚んだの、『貴方の世界』からね」

 

 災厄は、遠く離れた土地に自身の悪意を飛ばせるという。そして、人や竜はその悪意の影響を少なからず受ける。

 仮に、女の言うとおり、ロイドと女の生きている世界線が違ったとしても、竜脈が通じているとすれば、災厄が悪意を振りまくことは可能だろう。

 竜脈とは、土地そのものが持つ霊的エネルギーの強い地点。

 女が言うように、ロイドの世界と彼女の世界の竜脈が繋がっているというのなら、ロイドたちに知覚できないだけで、確実に世界間の繋がりはある。

 そして僅かでも繋がりがあるのなら、災厄にとってはただの『遠く離れた土地』だ。

 

「何故、アーシアだ?」

「言ったでしょ? 手違いよぉ手違い。ホントは別の人間を喚ぶつもりだったんだから」

 

 女はそこで一旦話を区切ると、ロイドを見て笑みを浮かべた。

 

「そう、本当ならお兄さん。貴方を喚ぶつもりだったんだよ?」

「……………」

「何か質問は? 答えられる範囲でなら、応じるよ」

 

 思わず押し黙ったロイドに、女は軽い調子で問いかけてくる。

 

「世界が違うと言ったな。それはどういうことだ?」

「まんまよ? そうね、パラレルワールドのことをお兄さんは信じる?」

「存在を否定するつもりはない」

 

 パラレルワールド。

 もしもあの時、ああしていたら。もしもあの時、あの出来事がなかったら。

 そういう、存在したかも知れない『if』の世界。

 

「端的に言えばそれよ。遥か昔にズレた世界。だけど、異常に成長が似通った世界」

「俺を喚ぼうとした理由は?」

「お兄さんの世界と、私の世界の最大の違いが分かる?」

「いいや」

「災厄の有無。私の世界は、災厄が生まれ出なかった歴史を辿ってるのよ」

「それが本当なら、平和そうでいいな」

「ん、代わりに()()()()が生まれたけどね」

 

 ロイドの言葉は本心からだったが、どうやら彼女は彼女で別の憂いがあるらしい。この女の苦笑を、ロイドは初めて見た。

 

「でね、災厄が生まれなかったってことは、それに対する力も『守護者』もいらないってことなのよ。

 だから私の世界の人間は────、というか生き物は、力を使うことに関して、貴方の世界よりもずっと未成熟。

そのせいかな? あの(つがい)、思い切り災厄色に染まって、有り得ないくらいパワーアップしてるし」

「俺を喚ぼうとしたのは『守護者』だったからか」

「大正解。災厄に対抗する手段としては、これ以上ない人材でしょ?」

 

 女が笑う。

 彼女の言う『ロイドの世界』には災厄と同時に、それに対抗するための力が存在していた。

 『銀色の月』とそれを守る『守護者』。そしてロイドは当代の守護者に当たる。

 あの飛竜の番が災厄によって強化されているのなら、なるほど。確かにその相手として、ロイドは適任だっただろう。

 

「なら、何故今俺を進ませてくれない? 納得出来る理由があるんだろうな」

「いえーっす! ざっつれふと!」

「ライトな」

 

 こんな状況だというのに、思わずツッコンでしまった。というか、その使い方は正しいのか? とも思う。

 

「存在する世界が違うってことはね、世界からのその人への認識が違うってこと。

 その世界に存在しないハズの者が存在していた場合、世界との摩擦が起きるわ」

「曖昧すぎる。具体的に何が起きるんだ?」

「存在の抹消。だって、私の世界には『いない』者だもの。

 存在しない存在がいる、という矛盾を消すために、その者の存在を消すの」

「……それが事実だとして、俺をどうやってそちらに行かせるつもりだった」

「意外と、手順さえ踏めば何とかなるものなのよ?

 その存在の矛盾を無くして、正常な状態で境界を渡らせる準備もしてたんだけど……」

 

 そこで女は顔を曇らせた。

 視線は映像(アーシアと飛竜の戦い)に向けられている。

 

「間に合わなかった?」

「違う……。いえ、そう言っちゃっていいのかな?

 こちらとそちらを繋ぐ門を開いて、後はそれに細工すればオッケーだった訳ね?

 それをさぁ……、この娘途中で渡っちゃったのよぅ」

「途中で……?」

「世界の変化に敏感なのかもね。門が繋がった瞬間から反応してたみたいだから。

 で、結果としてまだ門が不安定なまま、私の世界へと渡った、と」

「門が不安定なまま渡ると、どうなる?」

「言ったでしょ? 世界からの修整が入るの。あの娘は『気力』を削がれていると思ってるみたいだけど、それは間違い。

 本当はもっと酷い。気力どころか、彼女の『存在感』そのものが失われていってるんだから。

 ……アレは、そう長くはもたないわね」

 

 ダンッ、とロイドは手近にあった木に拳を叩き付けた。

 衝撃で、樹木が倒壊する。

 

「自然破壊は善くないわ」

「決めた。アーシアを助けに行く。

 勝ち目の有る無しなんぞ関係あるか。彼女が消えそうになっているなら、助けに行くだけだ」

「勇ましいのは素敵よ。けど話、聞いてた?

 今の状態の門では、貴方にも世界からの修整が適応されるのよ」

「消える前に、アーシアを連れ帰るさ」

「それが出来るなら行かせてるって、そうは思わない?」

「何……?」

 

 怪訝な顔をしたロイドに、女は呆れた様子で言う。

 ロイド自身では、今の案が一番現実的で、実現可能だと思ったのだ。

 世界からの修整と言っても、アーシアはまだ『消えそう』なだけで消えていないのだから。仮にロイドが今のまま門とやらを渡ったとしても、ロイドが消えてしまうまでには、アーシアと同じだけの猶予があるのではないのか?

 

「門を開くのって、意外と大変でね。

 片道分が2つ。行きと帰り。それだけしか用意出来なかったの。でね、アーシアは不安定な門を通った。

 不安定だろうがなんだろうが、一回は一回。門の一つは消え失せたわ」

「待て、それは……」

「そうよ。お兄さんが渡ったら最後、残り一つも消え失せる。そうなったら、帰り道を無くして結局帰ってこれないの」

「……もう一つくらい開けないのか? それでなくとも、ここでは門が開いては閉じてを繰り返してるんだろう?」

「自然に開くのを待ってもいいけど、次はいつかわかんないよ? 明日かも知れないし、このままずっと開かないかも知れない。

 人為的に開くのは……、ごめん。私の『権限』じゃ、二つが限界」

 

 女が顔を曇らせる。

 ロイドは口を開いた。

 

「俺は……、何が出来る?」

「……お兄さんに出来ることは三つ。

 一つは、このままここでアーシアを信じて待つこと。幸い、彼女は帰り道がここだって気付いている。飛竜を倒せば、帰ってくるわ。

 もう一つも同じ、待つこと。ただ、こっちはちょっと違くて、私が門の調整を終えるのを待って、渡るの。これなら少なくとも、飛竜を打倒することは出来る。帰り道は、用意出来ないけど……」

「……三つ目は?」

「このまま門を渡る。世界からの修整は働くけど、アーシアが生きているうちに彼女に会える。ただ、その後のことは知らない。

 私の『世界』は二番目を推してる。災厄を、なんとしてでも仕止めて欲しいの。ただ……」

 

 言い澱んだ彼女に、「ただ、何だ?」と促す。

 女は困ったように笑った。

 

「『個人的』には一番をお薦めするわ。二番も三番も、この世界から貴方を奪う行為だから。

 『守護者』が消えては、災厄が────貴方の世界が大変なことになる。

 貴方の世界も、私の世界も、両方が助かるとすれば一番。例え、アーシアが飛竜を打倒する確率が低くてもね」

「どれを選んでも、アーシアが危険なことに変わりはないんだな……」

「ええ。でも、お兄さんは三番目を選びたそうね」

「……何故そう思う?」

「顔に書いてあるもの。『どうせ危険なら、今すぐ助けに行って、力づくで門を開いて帰る』ってね」

 

 そんなに分かりやすいだろうか?

 だが、図星だ。

 こう、この辺りの木にロープでも巻き付けて、命綱にすれば行けそうな気がしている。

 

「三番目を選んだ場合、全力で止めさせていただくわ。

 こちらにとっても、そちらの世界にとっても、メリットがないから」

「私を倒して行きなさい、とでも言うつもりか」

「うん、それと警告ね。世界からの修整を甘くみてる節があるから」

「認識のズレで、そのうち消されるんだろう?」

「ええ。世界との摩擦は、『存在のズレ』を修整しようとして起こるの。いない人間はいないってね。

 ただ、その世界に『そういう者』だって認知されれば、摩擦は少なくなるし、そのうち摩擦も消えるわ。アーシアがすぐに消えてしまわないのはそのせい。

 『アーシア』に該当する人間は私の世界にはいない。だから世界は『アーシア』を抹消しようとしてる。

 けれど、私の世界の住人が『アーシア』を認知した。『アーシア』が“ここにいる”って気付いた人間がいたことで、ズレは少なくなって、『アーシア』の存在を繋ぎ止めてる。

 流石に『降竜儀』なんて物まで使われちゃ、ズレの方が大きくなりすぎてるけどね」

 

 降竜儀なんてチート、うちの世界にはないしねー。しかしカッケーなアレ。等と笑う女にロイドは困惑した。

 散々、脅しをかけておいて────、

 

「消えない?」

「多くの人、『世界』に認知されればね。たとえばそう、大都市の真ん中で『俺はロイドだー!』とか大声で自己紹介してみたりとかすれば?

 ただ、今すぐそれは求められないっしょ? 場所が場所だもん。人っ子一人いないよ、あんなとこ。

 そんで、本題。お兄さんが今すぐ門を渡るとどうなるか!」

 

 ビシッ、と人差し指を立てて言う。

 その勢いで豊満な胸が揺れた。ロイドはちょっとだけポロリを期待した。

 

「まず、私の世界には災厄がいないから、それに対抗するための『守護者』的な力もない。だからお兄さんが手に入れた『守護者』としての力はすべて消える。

 そして、私の世界からは『こちら側のロイド』として認識されてしまう」

「そちら側の……、俺?」

「パラレルな世界だかんね。その人間がいたりいなかったり。勿論、歴史が異なってるから、歩む人生もなにもかも違うんだけど。

 うーん、劇の登場人物と役者をイメージしてくれればいいのかな? ロイドって役と、役を与えられた演者みたいな。

 平行世界の俺! ってやつ。私の世界に『アーシア』って役はないんだけど、お兄さんにはそれがある。

 そして私の世界にも『ロイド・ブルーティッシュ』に該当する人間がいるのよ」

「アーシアが聞いたら悔しがりそうな話だな。平行世界の俺! とか、好きだろうに」

「あははっ、まあこればっかは仕方ないわよ。

 で、うちの『ロイド』はね。なんていうか……、王子?」

「……プリンス?」

「ヴェルロスト王国の第二王子で好色。勿論、戦闘経験なんかない。

 お兄さんが何の対策もなくこちらに来れば、世界はお兄さんを『王子』と誤認するでしょうね。アーシアと違って存在してる人間だから、世界からの修整で消されることはない。

 けど、誤認されるってことは、お兄さんのステータスが王子に合わせられちゃうってことでね。ぶっちゃけ、お兄さんの売りだった身体能力は、一般人のそれに落ち込むわ。そんな状態で飛竜を前にしても、三秒もたないでしょうね」

 

 ロイドは少し思案した。

 状況を整理する。

 アーシアは飛竜と激闘を繰り広げている。このままでは殺られるか、世界との摩擦とやらで消えるかも知れない。

 ロイドはアーシアを助けに行きたい。だが今、世界を繋ぐ門は一つしかなく、渡れば消える。

 また、調整前に渡ってしまえば、ロイドにも世界からの修整が加わり王子になるという。そんな状態では、飛竜とは戦えない。

 門を人為的に用意するのは難しく、今あるだけで限界。自然発生は期待しない方がいいという。

 

 八方塞がりか。血が滲む程に拳を握りしめた。

 

「私個人としては、お兄さんをそちらから奪いたくない。飛竜もなんとかしてもらわないと困る。アーシアが飛竜を倒してくれれば、万々歳だけど……」

「仮に、俺が進まずに、アーシアも殺られたらどうするつもりだ?」

「心にも無いこと訊くのね。

 その場合の対策も、勿論『世界』は用意してる。

 けど、これは一か八かな上に、諸刃過ぎるのよ。こう、蟻を殺すのに、大陸ごと消滅させる感じ?」

 

 ロイドは黙った。

 そして考えた。

 けれど、都合の良い解答はなかった。

 

「戦いながら移動してるわね」

「……何?」

「近いわ」

 

 女の言葉の直後、辺りに暴風が吹き荒れた。

 僅かに熱を帯びた風は、ロイドと女の髪を、周囲の木々を揺らす。

 

 普通であれば、戦いの音や映像を認知出来ておかしくない距離のハズだ。

 なのに、ロイドの目も、耳も、その情報を拾えない。

 

「本当に、断絶しているんだな……」

「まだ疑ってたのね。けどまあ、信じてくれて良かった」

 

 ロイドが拾ったのは風の感触だけだ。

 音と映像は、先程女が用意した物からしか拾えない。

 

 風は、女が立っている地点から流れている。境界だ、と宣言した地点から不自然にだ。

 

(まて、風……………?)

 

 ロイドの脳裏に、何か閃きのような物が奔る。

 

「で? お兄さんはどうするの?」

 

 女が問う。その表情は、何か呆れを含んでいた。

 どうせ貴方の答えは決まってるんでしょ? 言外にそう言われている気がする。

 

「そうだな……、答えは決まってる」

 

 言ってロイドは太刀を引き抜いた。

 

 女の表情は変わらない。やはりか、と呟いた気もするが。

 

「それが答えなら……、宣言通り止めるわよ?」

 

 対するロイドは笑った。

 状況は何一つ変わっていないハズなのに、何故か吹っ切れたように。

 

「止まらないさ。止めさせない」

 

 それは、彼を知る者なら見知った笑顔。

 

 不敵で無敵で、何より獰猛な。

 ロイドらしい、獣のような笑みであった。

 

「悪いが、俺は俺の我を通させてもらうぞ!」



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外伝3-10 陰る竜炎 ~されど復活の紅~

 限界だった。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 オデッセイが空の王に食らいかかる。

 水の属性を兼ね備えた刃は、しかし闇色に染まった甲殻に阻まれ、ろくなダメージを与えられない。

 

 剣を通じて返ってくる感触に、舌打ちを一つ返して次の一撃。

 左手に携えたインドラは、甲殻に接触した瞬間に蒼白く発光する。解き放たれた雷は、甲殻の上から王を蹂躙した。

 

 だが────、

 

「足りない……!!」

 

 オデッセイは、切れ味と水圧とを合わせて甲殻に僅かな傷をつけることが出来た。が、この程度の威力では、火竜に対して有効打が与えられたとは言えない。

 対して、腕力だけで振るったインドラは完全に弾かれた。属性は甲殻を焼いたが、これも有効打には程遠い。

 

 強靭な甲殻を切り裂くだけの力が、今のアーシアには圧倒的に不足している。

 

「ゴオオォォォォォォ……!!」

「がふっ……!?」

 

 尾を引く絶叫とともに放たれた棘尾。

 通常種では────否、亜種ですら考えられぬ速度で襲い掛かるそれを、アーシアはまともに受けてしまった。

 ハンマーの一撃すら上回る威力に、恐らくは骨が粉砕した。

 血を撒き散らしながら、アーシアの小さな身体は木々を薙ぎ倒して密林を跳ね回る。

 

「…………っ!?」

「グオォォォォォッ!!」

 

 ふらつきながら立ち上がるアーシアに、今度は女王が追撃をかけた。

 遮る木々を吹き飛ばす突進を、アーシアは紙一重でかわす。

 

 だが、女王はアーシアの前を通り過ぎる寸前、強靭な脚力で急停止した。

 勢いに耐えきれなかったのは大地の方だ。悲鳴を上げるように、礫を巻き上げる。

 

「くぅっ!?」

 

 そのまま飛び上がった女王は、体勢を立て直す前のアーシアに躍りかかった。反射的に剣で受けたものの、これはマズイ。

 

 剣から伝う衝撃にアーシアの口内から血が出た。

 冗談のような出血量に、思わず得体の知れない笑みすら浮かんでくる。

 

「ガァァァァァァ!!」

「うる……、さい」

 

 女王を押し止める両腕には尋常でない負荷がかかり、身体を支える両足は今にも膝が折れそうだ。

 

 その上、アーシアの体内では意識を手放してしまいそうな程の変化が起きている。

 先の一撃で砕けた骨を、今この瞬間にも治しているのだ。

 

 そう、降竜儀は未だ解いていない。否、解ける余裕なぞない。

 

 降竜儀をもってしても、貫けぬ甲殻と、かわしきれぬ速度。

 火竜達の剛力は、アーシアを加速度的に消耗させてゆく。

 

(ここまで、違うか……!)

 

 無論、火竜が強くなっただけではない。

 彼女自身、薄々感じている『世界との摩擦』が、アーシアの能力を著しく低下させ始めているのだ。

 

「う、おおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 凡そ、彼女らしくない獅子吼。

 腕の血管が千切れる程に込めた力は、女王を僅かに押し返す。

 

 だが、それだけだ。

 

 引き離せない。

 根比べになれば、アーシアに分はない。

 

「く、そ」

 

 アーシアは限界だった。

 圧倒的な二体の火竜を前にして、むしろ良くもった方だと言える。

 

 それでも、恐らくはここまでだ。

 女王の影。王者がこちらに疾走するのが見えたから。

 

 女王を押し返せないアーシアは、それをかわせない。

 それはそのまま死を意味していた。

 

「ロイド……」

 

 帰りたかったあの場所は、今は遠い。

 諦めたくなんてなかったけれど、もう限界だ。

 

 せめて火竜達の姿を焼き付けようと、その眼に、視線に力を込めて────、

 

「ギャオォォォォォッ!?」

 

 瞬間、絶叫した女王がアーシアから飛び退いた。

 

「っ!?」

 

 何が起きたか確認もせずに、アーシアは飛び退いた。

 一瞬の後に飛び込んでくる王者をスレスレでかわす。

 

「何が……!?」

 

 疑問符を浮かべたアーシアのすぐ側に、何か巨大な物が降ってくる。

 尻尾だ。黒く染まった女王の。

 誰かが女王の尾を切断したのだ、と理解が及ぶころには、既に火竜達は立ち直っていた。

 

『グルル………』

 

 (つがい)の火竜が、低く威嚇を繰り返す。まるで、ここにはいない誰かを警戒しているように。

 アーシアもまた、尾を切断した何者かを探すが、それらしい人物は見受けられなかった。

 

(誰が……?)

 

 思考しかけた矢先、痺れを切らした王者が疾走してくる。どうやら、見えない敵よりも、眼前の敵を屠ふることに決めたらしい。

 

 舌打ちして、よけた。この距離なら、問題なくかわせる。

 だが反撃は不可だ。すぐ側に女王が迫っている。

 

 転がるようによけて、番を見詰めた。

 身体能力もそうだが、連携も完璧だ。この連携を崩さない限り、アーシアに勝目はない。

 

「でも、一人じゃ足りない……。せめて……」

 

 後一人。後一人、飛竜と戦えるだけの力をもった味方がいれば────!

 

「そうか」

 

 声が聞こえたのは、その時だ。

 まるで、無い物ねだりをするアーシアに応えるかのように。

 

「ならば、一人足そう」

「あ……」

 

 優しく、けれど意思を込めた視線は力強く。

 紅い鎧と蒼き銃槍を携えて。

 

「気を楽にな。何、私達の敵ではないさ」

 

 そう一度だけ微笑むと、その者はアーシアを護るかのように前に出た。

 

「カエデ、さん」

 

 アーシアが瞠目する。

 けれど、そんなことは気にせずに紅は────カエデは謳うように宣言した。

 

「借りは返す主義でな。しっかり返済させて貰おうか!」



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行間 ~世界からの認識~


 ────もしも、世界からの認識で、その人の能力が変わるのなら……


 ────世界からの認識が、『多くの人々』からの認識と同義ならば……


 ────誰かに、その者は『そうだ』、と思われている限り、その者は『そう』あり続けられるのかも知れない。





「…………楓?」

「どうかしました?」

「いや、何か嫌な感じが……。ま、気のせいだろ」

 

 ジャリライス炒めをかき込んで、今しがた感じた不穏な空気を振り払う。

 不思議そうに首を傾げたシエルに、お代わりと飲み物の追加を頼むと、クエストリストに目を落とした。

 

 ここはハンターズギルド。狩人が出立し、帰還し、憩う場所だ。

 

 何かいい依頼はないかなー、といつものようにページをめくる。

 手頃なやつ。

 厳しいやつ。

 手の届かないやつ。

 様々ある依頼の中で、一つの依頼に目が止まった。

 

「お」

「いいお仕事、ありましたか?」

 

 お先に飲み物失礼しまーす、とシエルがカウンターにフルーツジュースを置いた。

 その彼女に、クエストリストを眺めていた少年────アルは笑顔を向ける。

 

「これ! 懐かしいなぁって思ってよ」

「えっと……、『森丘の卵運び』ですか?」

「そ、『目撃モンスター・リオレウス』って。前にさ、楓と二人で行ったクエストみたいだな、って思ってさ」

 

 懐かしい、と笑うアルに、成る程、とシエルは返した。

 確かあの時は、楓と組めるようシエルが手回ししてくれたので、経緯は覚えているのかもしれない。

 

「カエデさん、今どうしてるでしょうか?」

「さぁなぁ……、俺なんかじゃ及びもつかない仕事してそうだよな!」

 

 軽快に笑って言うアルに、シエルがきょとんとする。

 

「最近は一緒じゃないんですか?」

「ん? 最近も何も、楓とはあれから一回も会ってねえけど?」

「意外、ですね」

「そうか? つか、シエルも受付やってんのに知らねえの?」

 

 当然と言えば当然の疑問に、シエルは苦笑を返した。

 

「私だって、休暇は頂きますよ? それに、ここ数日は風邪で……」

「あ、そっか道理で……。悪い、知らなかった。快復祝いでもすっか?」

「いいんですよ。気持ちだけ、有り難く受け取っておきます」

 

 苦笑から微笑へ。ほんのりと頬を染めて会釈する。

 まだ熱あるんじゃねーのかな? と思ったが、口には出さなかった。

 彼女もプロだ。具合が悪いなら、自己申告するだろう。

 

「なんかさ」

「はい?」

「楓の話したら、ちょっと会いたくなったな」

「そうですね。でも……」

「?」

「ハンターは危険なお仕事ですから、無事でいらっしゃるでしょうか? 最近見てないから、余計に心配です」

 

 そう俯き気味に言ったシエルに、アルはニカッと笑って見せた。

 

「大丈夫だよ、楓はとんでもなく強えから」

「でも……」

「でももヘチマも、タンポポポでも、ドスヘラクレスでもないっ! 楓は強い。なんたってさ、俺が見てきたハンターの中で一番だからな!」

 

 まるで根拠になっていない理由を、高らかに宣言する。

 思わず吹き出したシエルを横目に、アルはさらに続けた。

 

「どんな状況だって、どんな相手だって、楓は負けないって、俺はそう信じてる」



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外伝3-11 反撃の狼煙を上げろ

 視界は陽炎のように揺れている。

 全身を包む灼熱感に脳を焼かれる。

 武器を握る腕は滑稽な程に軋みを上げ続ける。

 出血は歩みを続ける度に酷くなり。

 もうやめて仕舞えと本能がわめき続けた。

 

「カエデ、さん」

 

 それら一切を「余計だ」と、断ずる。

 そうするだけの理由が、価値が、この少女にはあるのだと、楓の心は叫び続けているのだ。

 

「すまない。苦労をかけたな」

「だ、ダメだよ!? 無茶にも程がある!!」

 

 少女の────アーシアの声を背に受ける。

 

 良かったと、そう思えた。

 彼女が生きていて良かった。

 

「お前が奮闘している間にな、しっかりと回復ができた。偶然にも解毒薬を持っていたのは僥幸だったとしか言いようもないがな」

 

 直後、アーシアが何かを言うより早く、火竜が楓達に突っ込んできた。

 猛然と突き進むそれを、一歩も引かず盾で迎え撃つ。

 

 轟音を上げて火竜がぶつかった。衝撃に身体が軋む。多分、骨はとっくにイカれているだろう。

 有り得ない程の剛力に、楓の身体が僅かに後退する。

 

 だが、行かせない。

 

 背に隠した少女を、仲間の元に届けたいと思ったから。

 だから退かない。負けない。殺らせない。

 

「ゴァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「珍しい色に染まったものだな。さながら“蝕まれた太陽”と言った所か?」

 

 身体の半分以上が不自然に変色したリオレウスを、楓はそう称した。

 リオレイアも同様に半分程が、黒く変色している。

 

 何故、全身が黒く染まりきっていないのかは知らない。そもそも何故、この色に染まっているのかも。

 

 ただ、一つだけ分かったことがある。

 

(あの異様な気配はコイツらだったか……!)

 

 アーシアを見付ける前に感じた、『人でも竜でもない』気配。

 それと似通った気配を、力比べをしている火竜から感じる。

 そして、背後に立つ少女からも。

 あの時、気配が途切れたのは、恐らくアーシアの意識が途切れたからだ。今また気配を感じるのは、アーシアの全身から溢れ出すオーラに関係するのだろう。

 

 或いは、この火竜達もアーシアと同じ世界から来たのかも知れない。

 アーシアの闘気にあてられたか、それとも別の何かか。いずれにしろ、この火竜とアーシアからは同じ気配が、いや『匂い』がしたのだ。

 

 それが『世界』の匂いかどうかは知らない。

 それすらも、「些末ごとだったな」と自嘲した。

 

 護るべきは彼女だ。それを決めたのは楓で、それ以上のことは知らない。

 

「ゴァァァァァァァァァ!!」

 

 火竜とせめぎあう楓に、上空から雌火竜が強襲する。

 楓はそれに一瞥をくれただけで、再び正面を見た。

 動こうにも、火竜の剛力を押し留めるのに必死で、動けない。

 

「大した連携だ。だが────、」

 

 絶体絶命のハズなのに、楓の口角は僅かにつり上がる。

 同時に、楓の肩を誰かが────アーシアが蹴った。

 楓の肩を借りた少女は、彼女を庇うように女王の前に躍り出る。

 

「Ladder to……」

 

 いや、『庇う』という表現は間違いだったろう。少なくとも、少女に庇う意思は存在していない。

 あるのはただ、『迎撃する』という意思だけ。

 

 一瞬とかからずに、女王と少女が交錯する。

 黒き女王の鉤爪は、マトモに受ければ致命の一撃だ。

 

 その死の鉤爪を、あろうことか、少女は『闘気噴出』でかわした。

 刹那、状況は女王の間合いから、少女の間合いへと移行する。

 

「……heaven!!」

 

 上昇する勢いと、闘気噴射。精密な体重移動で放たれたヘヴィパンチは、女王の下顎へと突き刺さった。

 

 飛竜相手に空中戦など、ましてそれに打ち勝つなど、誰が想像しうえたであろうか?

 

 音速を超える拳に、女王は弧を描きながら墜落する。

 

 それをろくに確認もせず、アーシアは空中で一回転。眼下に向かって、強烈な蹴りを放った。

 

「ライジングテンペストッ!!」

 

 重力による下方向へのベクトル。それに闘気噴射を加えた鉄槌が、楓とせめぎあうリオレウスに襲いかかる。

 

「!?!?!?」

 

 轟音と悲鳴を上げて、空の王者が地に沈む。

 

 あの脚は凶器だ、とぼんやりとする思考のまま見つめた。

 

「カエデさん」

「ああ、急造だが悪くない連携だ」

 

 こちらへ視線を投げるアーシアに、軽く頷いて拳を突き出す。

 アーシアは薄く笑って、拳に拳をぶつけてくれた。

 

「でも、こっからだね」

「ああ、無茶はしないようにな」

「それ、こっちのセリフ」

 

 違いない、それだけ言って仇敵を見据えた。

 アーシアの蹴りも拳も、普通なら勝敗を決するに相応しい威力なのだろうが、この火竜達のタフさは尋常ではないらしい。

 

 程無くして、両の火竜は身を起こした。

 

「君達は強いよ。けど……」

「こちらも負けてやる訳にはいかんのでな」

 

 火竜達の瞳に怒りが宿る。

 アーシアが剣を構え、楓は弾装を入れ換えた。

 

 そうして放つ言葉は異口同音。

 

「「私に出会った不幸を呪え!!」」

 

 今ここに、彼女達の反撃が始まった。





※※※



「もういいの?」
「ああ」

 呟く女に、ロイドは短く返した。
 『振り抜かれた』太刀は、ゆっくりとその背に仕舞われる。

「まさかこの距離から尻尾を切断するなんてね」
「人の出入りは無理でも、斬撃はその限りじゃないと踏んだ。風は、問題なく通じていたからな」

 火竜とロイドとの距離は、凡そ80メートル。ロイドにとっては、充分に斬撃が『届く』距離だ。
 超速で振るわれた太刀は真空の刃を生み、離れた距離にいる竜の尾を狙い違わず切り落とした。

「筋肉バカかと思ったけど、そうでもないのね。ま、斬撃『飛ばす』なんて出鱈目だけど」

 さらりと、傷付くことを言われた。
 酷い。ロイドはうっすら涙を浮かべた。

「アーシアはもう大丈夫だろう。あの美女、相当な実力者だ」
「急に楽観的になるのね?」
「まさか、危なくなったらすぐ飛び込むさ。ただ……」
「ただ?」

 ロイドは、飛竜相手に立ち回るアーシアを見詰めた。
 そうして、口元に僅かに笑みをたたえる。

「あの顔のアーシアは強いさ。負けないって、そう信じてる」


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外伝3-12 信じたいの、信じて

 

 猛進する女王をカエデの盾が阻んだ。

 アーシアのオデッセイが対岸から疾駆する王者を斬りつける。

 状況は悪くない。流れはこちらへ傾きかけている。

 

 そう確信しながらも、アーシアは楽観的には成れなかった。

 

「気付いたか?」

 

 その問い掛けに首肯する。

 視線は王者に向けたまま、カエデとは背中合わせになるように移動して、アーシアは呟くように言った。

 

「再生、してるね」

「活力剤でも服用したのか? 奴等の回復速度が速すぎる。これでは、決定打は与えられん」

 

 そう言うカエデの目の前で、女王は傷を再生させた。

 

 堅いだけ、速いだけ、強いだけの相手ならば、幾度となく相手をしてきた。

 しかし、降竜儀に匹敵するかという超再生。そんな相手は初めてである。

 

 この(つがい)を強者足らしめているのはそこだ。

 個体としての能力では、かつて戦ったシルバーソルや、リオカオスに一歩及ばない。

 体色が黒に染まりきっていないのが原因だろうか。だがまあ、そんなことはどうでもいい。

 問題はどう打倒するかなのだから。

 

「アーシア」

「何?」

 

 警戒は解かないままに、カエデを流し見る。

 

 肩で息をしている。動きも何処かぎこちない。

 精神力だけで立っているのかも知れない。先刻受けた攻撃は、命を失ってもおかしくないレベルのものだったのだから。

 

「リオレイアの尾。再生が追い付いていない」

「……ホントだ」

「大きすぎる欠損は修復に時間がかかるのかも知れん。大技で頭部を消し飛ばせば、或いは……」

 

 「いけるか?」 と、気遣うような声。

 一声、「もちろん」。そう返す。

 

 限界が近いのはカエデだけではない。アーシアもまた、満身創痍には違いないのだ。

 

 隠しているつもりでも、見透かされている。アーシアがカエデの不調に気付いているように。

 それでも互いがやらねばならないことをわかっていた。背中合わせに立った相手に死んで欲しくないから。

 

「いくぞ」

「うん」

 

 火竜達の威嚇行動を見ながら、アーシアは呼吸を整える。

 大丈夫。まだ、もつ。

 

 火竜が火を吐いた。

 二人が回避する。直後に襲いかかる雌火竜。

 食らい付く攻撃を咄嗟に蹴りで反らした。

 反す刃が空を斬る。雌火竜が急に退いたのだ。出来たスペースに火竜の毒爪。

 インドラとオデッセイが強襲するそれを受け流した。伝う衝撃にたたらを踏む。

 

「ふっ!!」

 

 アーシアに追いすがる火竜を、カエデの銃槍が牽制。距離を放した雌火竜からのブレスを盾が阻んだ。

 

 瞠目する雌火竜に、アーシアは肉薄。両の愛剣が複雑な軌道を描いて襲いかかる。

 強力な属性を秘めた業物は甲殻を弾き、その下の肉を引き裂いた。

 

「っ!?」

 

 黒化してから初めてのマトモな手応え。

 だが、余韻に浸る間なぞなくリオレウスに割り込まれる。

 

 反射的に飛び退いて舌打ちした。

 見る間にリオレイアの傷が再生していく。

 

「相変わらずの夫婦愛。妬けるね、まったく」

「……」

「カエデさん?」

 

 軽口に乗ってこないカエデにいぶかしむ。

 確かに軽口を叩いていられる状況ではないのだが。

 

「ゴアァァァァァアアア!!」

 

 疑問符を浮かべたアーシアに、リオレウスが迫る。

 ちょうど、カエデとアーシアを分断するかのようにだ。

 

「カエデさん!!」

 

 そのリオレウスをかわして、アーシアは叫んだ。

 分断された向こうに、カエデに飛び掛かるリオレイアが見えたからだ。

 

「アーシアっ!」

 

 思わず飛び出しそうになったアーシアを、カエデの鋭い声が制した。アーシアの足が止まる。

 反転したリオレウスが、アーシアのスレスレを通り過ぎた。

 

 邪魔だ。これでは、カエデのフォローに行けない。

 

 苛立つアーシアに、火竜の向こうから、カエデの声が響いた。

 

「私のフォローは考えるな!」

「でもっ……!?」

「今だけ……、この戦いだけでいい! 私に信頼を預けてくれ!! 庇いあうだけでは、勝てないんだ!!」

 

 迷った。

 敵が再生能力を有している以上、小さな攻撃はダメージのうちに入らない。攻勢に出ることは必要だ。

 だが、傷を負ったカエデに負担はかけたくはなかった。知らず、アーシアは彼女を庇うように動いていた。それは、結果的に攻撃の手を減らすことになっていただろう。

 

「……っ」

 

 攻撃の姿勢は必要だ。だが、それは死亡率をあげることと同義なのだ。簡単には結論を出せようハズもない。

 

 答えを出せないアーシアを嘲笑うように、火竜達の攻撃が激しくなる。

 リオレウスは上昇し、リオレイアは大地を駆ける。

 上空から雨のように降る火球を見て、アーシアは直感的に悟った。

 

 

 ────このままでは戦況を支えきれなくなる。

 

 

 苦虫を噛み潰したかのような顔をして、アーシアは意を決した。

 それを口にするのに、躊躇ったのは一瞬。

 

「カエデさん!」

「何だ!?」

 

 互いに火竜の猛攻を捌きながらの会話は、自然に怒鳴るようになる。

 

「私を信じて! そしたら、私もカエデさんを信じられるから!!」

「! ……ああ!!」

 

 返事をしたカエデの顔を見る余裕はない。

 それでもなんとなく、彼女が笑みを浮かべた気がした。



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外伝3-13 宵闇を駆ける ~The shooting star~

 上空にいるリオレウスに舌打ちする。

 アーシアの脚力をもってしてもギリギリ届かない距離。

 その位置をキープして、火竜はブレスを吐き続ける。

 

(これだけ距離を離して、この威力……!)

 

 すぐ近くに落ちた火球が大地を穿ったのを見て、アーシアの総身に寒気がはしった。

 

「……っていうか、降りてこい! この卑怯モン!!」

 

 うがー! と両腕を挙げてわめく。

 ヘタレウス、なんて言われても仕方ないじゃんか、と思った。

 

 こんなことをしている間にも、後方では爆音と絶叫が響いている。

 アーシアがリオレウスの相手をしているなら、あちらはカエデとリオレイアの死闘だ。

 射程外から攻撃を続けるヘタレと違って、嫁は勇猛らしい。

 

「絶体尻に轢かれてるよね、君」

「ぐ、ガァァァァアアア!!」

 

 図星だったのかよ。つかよく聞き取れたな、この距離で。 なんて思いながら火球をかわし続ける。

 

 リオレウスがこちらの射程外に逃れてから、もう随分経つ。

 そのうちしびれを切らして、毒爪で襲いかかってくるかと思っていたが、その気配はない。

 

「だあもう! どうしろって言うのさ!!」

 

 言いながら、打開策を練る。

 跳躍は脚下。あの高度には届かないし、空中戦では圧倒的に不利だ。

 しかしアーシアに飛び道具はない。これがルトガーなら撃ち落とすだろうけど、と嘆息する。

 

(そういう時……、ロイドならっ……、どうする!?)

 

 よく組んで狩りに行く相手とは、その戦い方を間近で見ている相手ということでもある。

 

 ルトガーは飛び道具持ちな上、あの距離にいる飛竜でも、あっさり撃ち落としてしまいそうなので除外。

 故にアーシアが思考するのは、自身と同じ、飛び道具のないロイドだ。

 

 まず、跳躍。

 あのバカ野郎は自身のとんでも身体能力に任せて跳びそうだが、降竜儀を発動させてる今、アーシアもロイドと同等の脚力がある。それで届かないことが分かっている為、脚下。

 次に真空刃。飛ぶ斬撃なんて出鱈目だが、これも届きそうにない。出来る気もしないので脚下。

 

 ────ならば、出来ることとはなんだ?

 

 ふと、手元を見る。

 アーシアの瞳に、切れ味鋭い愛剣の姿が映った。

 

(投擲────!)

 

 間違いなくロイドでもそうする、と確信する。

 武器を投げれば火竜に届く。しかし────、

 

(これだけじゃ、倒せない!)

 

 手に携えた武器は片手剣。軽い武器だ。

 重量と威力がほぼイコールならば、確実に威力が足りない。

 求めるのは『一撃で火竜を撃ち落とす』火力だ。

 

(もっと、何か────!)

 

 手元から周囲に目を移す。

 前方に見える密林の中では、今もカエデと女王が戦っているハズだ。

 時折鳴り響く轟音は、カエデと女王の存命を示している。

 

 今現在、アーシアとカエデは別れて戦っている。

 それはアーシアがカエデを信頼し、カエデがアーシアを信頼してくれた結果だ。

 

「なのに、この状況って……!」

 

 言いながら、迫る火球を避け続ける。

 カエデに『信じて』なんて言ったのに、黒火竜相手に有効な手を打てずにいる。

 カエデはあれほどの怪我を圧して戦っているのに、だ。

 

「…………って、あれ?」

 

 突然、音が消えた。正確には、『密林から響く』音が。

 

 まさか、あちらはもう終わったのだろうか?

 こっちは未だ、ヘタレにブレス吐かれているだけなのに。

 

 そこまで考えて、怖気が奔った。

 カエデは重傷だった。まさか、まさか────!

 

 しかし、焦燥感を募らせるアーシアを嘲笑うかのように、密林から紅い姿が飛び出してきた。

 

「カエデさん!」

 

 無事だった。その安堵に、アーシアは思わず声をあげる。

 カエデは密林から更地(上空のヘタレのせいで、アーシアのいる辺りは焼け野原だ)に足を踏み入れると、そのまままっすぐこちらへ駆け出した。

 

 加勢か。正直助かった、とアーシアは思う。

 直後────、

 

「───って、うそぉっ!?」

「む? アーシアか」

「ゴァァァァァァァァァァァ!!」

 

 叫ぶアーシアと、今アーシアに気付いたかのように声をあげるカエデ。そして、その後ろから爆走してくるリオレイア。

 

 さっきの沈黙はなんだったのー!? とばかりに、轟音と、周囲の樹木を撒き散らしながら女王が駆ける。

 歩幅の違いか。カエデとリオレイアとの距離はみるみる縮まってゆく。

 

「────って、これマズイよ!!」

 

 忘れがちだが、アーシアは現在、黒火竜のブレスを避け続けている最中だ。回避には当然、移動という手段を執る。

 アーシアは『真っ直ぐダッシュ』しながら火球を避けていた。

 そしてカエデは、アーシアに対して『真正面』から、『真っ直ぐダッシュ』してくる。

 

 結論を言ってしまえば、二人とも火竜達の攻撃に飛び込みに行ってるようなものなのだ。

 アーシアはリオレイアへ。カエデはリオレウスへ。

 そもそもそれ以前に、このままではアーシアとカエデがぶつかる。

 

 しかし、焦るアーシアとは対照的に、カエデは眉一つ動かさなかった。この人の胆はどうなってんだ、とすら軽く思う。

 

 そのカエデは、走る速度を緩めることなく、アーシアと、その上空にいるリオレウスをチラリとだけ見て叫んだ。

 

「墜とすぞ!」

「!」

 

 聞こえた言葉に、思考よりも身体が反応した。

 あるいはアーシアも、無意識のうちにカエデと同じ結論を出していたのかもしれない。

 

 何の打ち合わせも、何の言葉も無く、アーシアはカエデへと切迫した。

 

 互いに走り続ける二人の距離は、一瞬とかからずゼロになる。

 交錯する瞬間、アーシアは地を蹴り、カエデは槍を引き抜いた。

 

 カエデの槍がアーシアに迫る。角度的には、アーシアの胸を抉る位置だ。

 だが、アーシアはそれを跳躍で避けた。槍はちょうどアーシアの『足下』を通るように空振りする。

 

 

 否────……

 

 

「う、おおおおおぉぉぉぉ………!!」

 

 雄叫びを上げながら、カエデが軸足を強く踏み込んだ。足から伝わる力を、筋力と重心移動を使って、槍に伝えてゆく。

 アーシアの足下を捉えた────否、アーシアの足に捉えられた槍が、アーシアを乗せたまま唸りを上げる。

 

 そう、単独で火竜を墜とせないなら、協力すればいい。一人で足りない跳躍力と、火力とを補うように。

 

 その答えが、これだ。

 

「飛ぉ……べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 充分な助走距離から得た加速。それを総て集約した、『大地を踏み砕く』程の踏み込み。

 大地から跳ね返る力を、足から腰へ、腰から背筋へ、背筋から肩へ、肩から腕へと、巧みな体重移動で移してゆく。

 引き絞った(からだ)から、しかしカエデは、直ぐに槍を突き出すことはしなかった。

 

 代わりに、その場で旋回を始める。

 大地に突き刺さった軸足が、地を穿つ────否、掘削してゆく。

 

「今……!!」

 

 桁違いの膂力に遠心力。

 二つの力が重なった槍の、その穂先でアーシアは叫んだ。

 

 直後に足下────飛び乗った槍に力が集約するのを感じる。

 

 カエデの旋回速度は、想像を絶する。その中で、アーシアは、聞こえるハズのないカエデの呼吸を聞いた。

 

 

「────っ!!」

 

 

 自身の感性に逆らわずに、穂先を蹴る。

 炎の属性を宿した銃槍は、突き出された勢いと、蹴り足の反動とで、爆炎を上げた。

 

 音速に匹敵する回転速度と、それによって生み出された運動エネルギー。

 集約されたそれに、火属性の爆発力を合わせ、相乗。

 降竜儀によって限界以上に強化された脚力が、本来なら受け止め切れないエネルギー量を受け止め、アーシアの身体を飛び上がらせる。

 

「───────」

 

 

 ────弾けた。

 

 

 そう感じた瞬間に、アーシアの視界が流れた。

 彼女の桁外れの動体視力ですら、流れる景色を映像として知覚出来ないのだ。

 逆説的に、それは音速すら遥かに置き去りにしたことを意味する。

 爆発した穂先から、超速で飛び出したアーシアは、さながら赤い魔弾であった。

 

 

 魔弾は、黒き太陽を沈めるべく天を駆ける。

 

 

 対する火竜は、すでに回避行動に移っていた。

 見てから動いていたにしては速すぎる対応。恐らくは、カエデがアーシアを打ち出す直前から、何かを『感じとって』いたのであろう。

 この火竜もまた、やはり並の飛竜とは一線を画す存在だということを、まざまざと見せ付けられた。

 

 

 ────だが、その程度の予見では()()()()|!

 

 

 中天高くに位置取った黒き太陽。

 赤い軌跡を残す魔弾は、隔絶していた距離を無に還す。

 

「…………っ!?」

「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 一秒未満の交錯。

 一瞬にも満たない刹那に、アーシアは瞠目した火竜を見た。

 

 その火竜へ、アーシアの牙────オデッセイが食らい付く。

 

 打ち出された勢いそのままに、振るわれた刃は火竜の翼爪へ。僅かな抵抗すら感じずに、刃は翼爪を砕いた。

 だが、勢い付いた刃は止まることを知らない。

 そのまま、甲殻を穿ち、肉を引き裂き、骨を断ち、翼膜を引きちぎる。

 

 

 ────魔弾が太陽を撃ち墜とした。

 

 

 片側の翼を、文字通り『斬り落とされた』火竜は、自身を支えきれない。

 結果、壮絶な悲鳴と血の雨を撒き散らしながら、黒き太陽は墜落する。

 

 黒き太陽を撃ち抜いた魔弾は、墜落するそれを背に、僅かに笑った。

 

「せっかく、月が綺麗な夜なんだ。いつまでも昇ってないで、太陽らしく君は沈め」



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外伝3-14 突き抉る裁きの剣閃

「今……!!」

 

 その言葉に槍を突き出す。解放されたエネルギーを受けて、穂先から飛び出したアーシアが夜空を駆ける。

 

 

 ────魔弾が太陽を撃ち墜とした。

 

 

 槍を突き出した姿勢のまま、一瞬にも満たない時間で起きたそれを見た。

 

 楓の立ち位置は、火竜の落下点だ。

 斬り落とされた翼と、苦痛にのたうつ火竜が、地上へと────楓へと凄まじい勢いで迫る。

 

 だが、楓はそれに見向きもせずに、勢いよく────アーシアを打ち出した時と同速で振り返った。

 

「ゴアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 背後から迫りくるのは雌火竜。

 アーシアを打ち出す為に足を止めた楓に、女王が追い付くのは必然である。

 

 既に息がかかる程に接近した女王は、もうかわせない。

 しかし、防御をしようにも、盾を構える暇もない。

 

 女王が勝利を確信したかのように吼えた。

 交錯する楓と女王のすぐ側に、片翼の太陽が墜ちて来る。

 太陽は墜落の勢いのまま地を滑り、轟音と絶叫を上げて密林へと消えて行った。

 

 地を滑った火竜と、爆進する雌火竜が砂塵を巻き上げる。

 砂塵の中、雌火竜がアギトを開いた。暗い咽に揺れる炎。食らい付かれれば、人に成す術はない。

 おそらくは鎧ごとかみ砕かれ、咽に揺れる獄炎に焼き尽くされるのであろう。

 

 ────もっとも、食らい付かれれば、だが。

 

 

「ギャオオオォォォォォォォォッ!?」

 

 

 銅鑼を鳴らしたかのような轟音、暴風に砂塵が晴れる。

 悲鳴を上げながら、横倒しになった女王を、盾を『振りきった』状態で楓が見下ろしていた。

 

 ────そう。防御も回避も間に合わないなら、どちらも捨てる。

 

 左腕に構えた盾を、振り返る勢いのまま、裏拳気味に女王の側頭部へ叩き込んだのだ。

 風を巻き込んで唸る盾は、猛進していた女王のベクトルを、前進から横倒しへと変化させる。

 

 女王が瞠目した。

 

 その場で旋回した楓の、その盾が通過したならば、次にやってくるのは槍だ。

 

「勝利宣言だ」

 

 楓は振り返る勢いのまま、横倒しになった女王へと蒼き銃槍を突き出した。

 

 楓を喰らうべく開かれたアギトへ、()()()()()を発てた槍が差し込まれる。

 

「消し飛べ」

 

 冷たく、無慈悲に、そして何より冷徹に、楓の指がトリガーを引いた。

 直後に起こる爆発が、女王の口内を焼き、引き裂いてゆく。

 

 

 ────竜撃砲

 

 

 火竜の身体構造を真似た、ガンランス最大の攻撃。

 長い砲身に集約した熱量を一気に開放するそれは、確かに火竜の発炎機能を再現したものであろう。

 

 火炎放射能力を有した火竜の口内には効き目は薄い。

 だが楓の槍は口内を突き抜け、その穂先を頭部へと食い込ませていた。

 

 

 その甲殻も、その口内も炎を寄せ付けぬ。しかし、頭部、さらにその内側はその限りではない────!

 

「…………!?」

 

 爆炎と血しぶき。

 女王は声らしい声すら上げられぬまま。

 

 果たして竜撃砲は、先の宣言通りに、女王の頭部を消し飛ばした。

 

「く、流石に……」

 

 砲撃の衝撃で、二条の線を引いて後退した楓は、苦し気に呟いた。

 

 アーシアを打ち出す為のチャージと、女王の迎撃。竜撃砲の反動。

 負傷した身体で、連続して行うには無茶が過ぎた、ということか。

 

 全身の骨が軋みを上げて、膝が笑う。盾を持つ腕からは血が滲んでいた。

 

(それでも、これで……)

 

 業火にまみれた、首から上の無い死骸を見る。

 今までの超再生が嘘のように、女王の身体は沈黙を保っていた。

 

 そうだ。これで、後は────、

 

「ギャオオオォォォォォォォォォッ!!」

「っ!?」

 

 背後からの絶叫に、反射的に盾を構える。

 直後に盾を通じて奔る衝撃。楓の中で痛みが躍り狂った。

 

 苦痛に歪んだ顔で見上げた先に、片翼の黒火竜。

 その眼は、翼をもがれた痛みと、伴侶を殺られた怒りとで激しく燃えている。

 

「くぅ……!?」

 

 酷使し続けた両足は、とっくに限界を越えていた。

 怒りに任せた黒火竜の勢いを、楓は押し止めることが出来ない。

 盾を構えた姿勢のまま、数百メートル以上押し込まれていく。

 

 楓の背後に迫るのは密林だ。

 踏み止まるべく両足に込めた力は、大地を砕く程のもの。

 しかしその脚力ですら、黒火竜の剛力の前では無に等しい。

 

 二条のラインを引きながら後退する楓は、背中から密林に突っ込んだ。

 

「がっ……!?」

 

 密集する樹木を吹き飛ばし、猛進し続ける黒火竜。それに押し込まれ続ける楓は、必然的に背中から樹木にぶつかり続けることになる。

 黒火竜と楓は、10本、20本ではきかない程の木々を薙ぎ倒して、ようやく止まった。

 

「ゴアァァァァァァアア!!」

 

 黒火竜が咆哮する。その目の前で、楓が膝をつく。

 黒火竜が通った辺りだけ、その進行にあわせてゴッソリと密林が抉られていた。

 その惨状を見るだけで、楓の受けたダメージの凄まじさが伺える。

 

 故に、黒火竜の咆哮は勝ちどきの声だ。

 背に、その身に、ダメージを受け続けた楓は既に満身創痍。

 無様に膝をついた彼女なぞ、黒火竜にとっては既に脅威に成り得ないのだろう。

 咆哮の為の開口から、喰らう為の開口へと意味合いを変えて、黒火竜のアギトが楓へ襲いかかる。

 

「……勝利を確信しているところに水を差すようだが」

 

 迫るアギトを前にして、跪いたまま、楓が呟いた。

 絶体絶命の状況。しかし、彼女の声に絶望の色は、ない。

 

「そこは()()()()だ」

「!?」

 

 直後、上からの力に、黒火竜のアギトが強制的に閉じられる。

 

「ヘヴンズ・ストライク!」

 

 同時に圧倒的な水圧と、斬撃による出血。

 アーシアの鎧が返り血に染まる。

 

「カエデさん!」

「……いい位置だったろう?」

 

 そう。人である限り、飛び上がったなら重力に引かれ、落ちてくるのは必然。

 文字通り『空から落ちてきた』アーシアは、その勢いのまま、黒火竜のアギトを縫い付けるように刃を突き立てたのだ。

 

 タイミングの良さに、楓の口角がつり上がる。

 

 

「さぁ、トドメを討たせて貰おうか!」

 

 

 アーシアを頭部に乗せた黒火竜は、不穏な空気を感じとったのか、激しく頭を振り始めた。

 あるいは、人語を解することが出来たのかも知れないし、アーシアが突き立てた剣に痛みを感じただけかも知れない。

 

 それでも、アーシアを振り落とさんばかりの勢いは、彼女達にとっては迷惑他ならなかった。

 

「ちょっ!? じっとしなよ!!」

「ちっ、面倒な……」

 

 血を撒き散らしながら、黒火竜が動き回る。

 否、血走った眼は、カエデを映して────、

 

「……っ!?」

「カエデさん!?」

 

 直後、黒火竜が前進する。怒りのままに、受けた痛みを吐き出すように激しくだ。

 黒火竜の前には、未だカエデがいる。カエデを踏み潰そうという魂胆か。

 アーシアの叫び虚しく、黒火竜とカエデが激突した。

 

 轟音。そして、

 

「────っ」

 

 果たして、くぐもった驚愕は、どちらが漏らした物だったのか。

 黒火竜のアギトを縫い付けたまま、アーシアは自分が息を呑んだことに気付いた。同様に、黒火竜が瞠目しているのにも気付く。

 

「どうした?」

 

 声は黒火竜の正面、盾を構えたカエデから。

 

 その身には、飛竜を押し止めるだけの力は残っていなかったハズだ。

 現に、彼女は先の突進を受けきれずに、ここまで後退したのではなかったか?

 

「今の私なら、押し込めるとでも思ったか? あまり私を……、ナメるなっ!!」

 

 なのに真正面から、バカ正直に黒火竜の突撃を受け止めても、彼女の膝は折れない。

 どころか、逆に黒火竜の身体を押し込んで────、

 

「アーシアっ!!」

「!」

「決めるぞっ!!」

「……うん!」

 

 かけられた声に、アーシアが応えた。

 カエデの盾が、黒火竜の顎を抉るように打ち込まれる。 と、同時、アーシアが突き立てた剣を引き抜いた。

 

 僅かにぐらつく黒火竜の頭部を蹴って、アーシアは跳躍。その後を追うように、鮮血が噴き出した。

 

 血潮とアーシアの闘気が月明かりに煌めく。妖しくも美しい赤は、命を刈り取る不吉の色だ。

 

「この力は偽り。されど仮初めの竜は我が剣を猛らせ、破壊を顕現する」

 

 圧縮言語。

 本来吐息にしか聞こえない歌を、この場にいる全員は確かに聞き取った。極限の命のやり取りの中で、五感が限界以上に鋭敏化しているのだ。

 

 アーシアが空中で一回転。右と左の愛剣を、自身の頭上に振りかぶる。

 

「ジャッジメント────」

 

 黒火竜が咆哮した。アーシアの攻撃圏外に逃れようと、その両足が地を蹴り、前進を試みる。

 

 だが、カエデの盾がそれを阻む。地を砕く程の脚力を、それ以上の力で押し返した。

 

「……釣りはいらんぞ」

 

 左の盾はそのままに、右の銃槍が唸りを上げる。

 空の薬莢を吐き出し、新たな弾丸を装填しながら、だ。

 

 頭上の赤に、下方の紅。

 逃げ場のない黒き太陽に、2つの力が牙を剥く────!

 

 

「────トリニティッ!!」

「────消し飛べっ!!」

 

 

 咆哮の二重奏。

 瞬間、2人の牙がかき消える。

 

 黒き太陽の頭上で、二条の閃光が交錯した。

 雷が甲殻を砕き、水が傷を拡げる、炎が身を焦がし、そして竜の力が喰い破った。

 

 音速を遥かに置き去りにしたアーシアの剣。

 

 それと同時、下方から打ち上げる軌道で銃槍。

 交錯する二条の剣閃の、その中心点を穿つような刺突は、黒火竜の下顎を持ち上げ、突き破り、爆熱した。

 

 

 両者の牙が、文字どおり黒火竜に食らい付く。

 

 

 上方と下方。黒火竜が、2つの方向からの力に耐えたのは一瞬のこと。

 裁きの剣閃が黒火竜を十字に裂き、蒼き銃槍が十字架の中心に炎の華を咲かせる。

 

 圧倒的な力の奔流は、技を放ったアーシアすら呑み込んで、膨れ上がった。

 

 視界を埋める程の────、五感を根こそぎ持っていかれそうになる程の力の流れに、痛みと、熱と、存在感が稀薄になってゆく。

 

 微かに残った感覚は、周辺の一切合切を吹き飛ばしたことをアーシアに告げた。

 

 

 そして確かな手応え。

 

 

 ────その中で、黒き太陽の断末魔を聞いた気がした。



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外伝3-15 《それじゃあ、バイバイ》

 霞の森に静寂が戻った。

 

 周囲の惨状を鑑みると正直、やり過ぎた感はあったが、高い再生能力を有した火竜が相手では仕方ないとも思う。

 

「しんどい相手だったね」

「そうだな。私一人では、どうしようもなかった。……ありがとう、助かったよ」

「いらないよ。私だって、カエデさんに何度も庇われたし、それに……」

 

 楓の言葉に、アーシアは首を振って返す。返答する少女の声は、若干の自嘲が混ざっていた。

 

「この状態じゃ、ねえ?」

 

 『この状態』。言われて、アーシアの現状を鑑みる。

 アレだけの激闘を経て、血と泥にまみれてはいたものの、少女は無傷であった。あの不思議な赤いオーラに関係あるのかも知れないが、彼女が無傷だというなら楓にとってはどうでもよかった。

 むしろ、問題があるとすれば、戦闘が終了した直後。崩れるように膝をついたことであろう。

 

「ごめんね。怪我、カエデさんの方が酷いのに」

「気にするな。動ける者が、動けない者に手を貸すのは当然だろう」

 

 『背中』のアーシアに言って笑う。

 結論を言ってしまえば、動けないアーシアをおぶっている訳だ。

 

 黒火竜にとどめを討った大技。あれを撃つのに────いや、ここで闘うこと自体に相当消耗したのだろう。楓の背中にいるアーシアは、今にも眠ってしまいそうな顔をしている。

 

「眠いなら眠ってしまってかまわんぞ? まぁ、血と、泥と、汗にまみれた私の背中では眠れないだろうが」

「ん、平気。心地良いけど、起きてるよ。少しでも長く話していたいから」

「そうか。……そうだな」

 

 破壊の跡は後方に。アーシアをおぶった楓は少し笑った。

 

「血と土の臭いに混じって、甘い香りがする。カエデさんの体臭? ちょっとペロペロしたくなっちゃうよ」

「残念だが、それはお前の体臭だろう。

 その、なんだ。私もアーシアをペロペロした方がいいのか?」

「やだカエデさんのえっち。こんな所でだなんて、もっとちゃんとした所で」

「ふむ。では引き返して近くの町に行くか。1日程度で辿り着けるだろう」

「てーそーはかなくちる!?」

「冗談だがな」

 

 一瞬、踵を返しかけた楓に、背中のアーシアの声。楓は笑顔で応じて。次いで聞こえたアーシアの微笑に、少しだけ胸が痛んだ。

 

 

 ────別れが近い。

 

 

 歩みを進める度に、確信にも似た想いは強くなる。

 

「ねえ、カエデさん」

「ああ」

「また、会えるかな?」

「……難しいな。私とお前の考えているとおりだとすれば、だが」

「……そう、だね」

 

 住んでいる『世界』が違う。

 そんな荒唐無稽な話を、多分二人とも信じている。

 

「だが、もし────」

「もし?」

「もしも、また会えたなら……。次はもっとゆっくり、何でもない話をしたいものだな」

「……カエデさんの恋愛事情とか?」

「ははっ、むしろアーシアのそういう話を聞きたいな。……その時は、そうだな。何か美味い物でも食べよう」

「うん。楽しみだな……」

 

 そうやって笑ったアーシアの身体は、酷く軽い。

 細身だとか、小柄だとか関係なく、『異常』な軽さだ。

 

 背中には、確かにアーシアがいるハズなのに、その存在感は徐々に稀薄になりつつある。

 別れたくはないが、アーシアの方も限界が近付いてきているのだと、楓は感じとった。

 

 だが、焦りはしない。何となく分かっていたことだし、何より、目的地が見えたから。

 

「確か、この辺りだ」

「うん。間違いないよ」

 

 楓の声に、アーシアが顔を上げた。

 

「この向こうに、ロイドが見える」

「そうか」

 

 視線の先。密林の奥には、変わらぬ風景が広がっている。

 その『世界』はアーシアにしか見えないのだと気付いた。

 

「ありがとうカエデさん。ここからは、自分で歩くよ」

「ああ。では、名残は尽きないが……」

 

 ゆっくりとアーシアを下ろす。振らつきながらも、アーシアは自分の足で地に立った。

 

「うん。帰るよ」

「世話になったな。ロイドにもよろしく伝えてくれ」

 

 一つ頷いて、アーシアはふわりとした笑みを浮かべる。

 まるで天使だな、と適当な感想を抱いて、彼女の頭を撫でた。

 

「……ちょっと、寂しいね」

 

 嗚呼、彼女もそう思ってくれているのか。

 得体の知れない感情に、楓は思わずアーシアを引き寄せ、軽く抱き締めた。

 

「カエデさん?」

「……会いたくなったら、名前を呼んでくれ」

「名前を……?」

 

 抱き寄せた少女の耳元に、小さく優しく囁く。

 それは、半ば自身に言い聞かせるように。

 

「必要だと思ったら、私の名前を呼んでくれ。

 いつでも、何処からでも、きっと会いに行く」

「ホントに……?」

「多少の無茶も、理不尽も通してみせよう。

 だから今は……」

「そうだね。今は……」

 

 アーシアを解放する。

 向かい合って、泥まみれのまま、二人して笑った。

 

「それじゃあ、バイバイ!」

「ああ、元気でな!」

 

 手を振るアーシアに、同じく手を振り返す。

 

 

 ────きっといつか会いに行く。だから、今は笑顔で。

 

 

 そうしてアーシアは、密林の奥に消えていった。

 取り立てて特別なことも起きない、なんのこともない別れ。

 

 少女が消えていったのを見届けて、楓は近くの木に寄りかかった。

 そのまま滑るように腰を下ろし、空を見上げる。

 

「我ながら、無茶をしたものだ」

 

 骨は折れた。血も、随分と流した。泥々に汚れてしまったし、割りと酷い目に遭ったと思う。

 

 だけど────、

 

「この出会いに、感謝を……。私は、アーシアと会えて良かった」

 

 そう、一人こぼして微笑んだ。

 良かった。良かったと、そう思えることが良かった。

 

 やがて、座り込んだ楓を照らすように、朝日が昇る。

 東からの光を見詰めて、楓は息をつく。

 

 夜が終わるのだ。長く、不思議で、ドタバタとした夜が。

 

 

「────結局、『霞龍』は現れなかったか」






 『霞の森』の、その南。
 エルモアへと続く長い街道に、一台の竜車。

「ねえ、マスター」
「なんじゃ?」
「『これ』、僕の好きにしていいんだよね?」

 無邪気そのものな少年の声と、それに応えるしわがれた老人の声。
 少年は、『檻』に閉じ込められた『生き物』を指差し、笑う。

「こちらの用事が済めばの。元々、『これ』はその為に捕えた訳じゃし」
「早くしてね。僕、楽しみで仕方ないんだからさ!」
「頼もしいことじゃな。まぁ、そうでないと困るがの」

 楽しそうな少年の声に、老人が目を細める。
 『檻』の中身に目を落として、老人は言った。

「『これ』を運び出すことで、『世界』に影響を与えてないとよいが……」
「大丈夫じゃない? こんだけの力を持ってる生き物を『こんなに』したら、確かに歪むかも知れないけど。
 こっちとあっちで同じ様なことが起きない限り、そうそう『繋がらない』んでしょ?」
「まぁ、可能性は低いがの。『同じ様なこと』を『同じ様なタイミング』という縛りもあるしの」

 ただ、と老人は続ける。

「今、『世界』からの干渉は受けたくない。最悪、『バランサー』が動いてしまう」
「何言ってんのさ、マスター。そうなったら、むしろ好都合。手間が省けていいさ」
「時期ではない。少なくとも、『これ』を使うまではの」

 老人の言葉に、少年は不満気に口を歪めた。

「だったら早く帰ろうよ。『これ』使わなきゃね」
「そうじゃの」

 少年の声に応えるように、竜車は走る速度を上げる。
 月明りが竜車に積んだ荷物を照らした。

 檻の中に、傷だらけの巨大な竜。()()()の紫色をした、彼の竜の名前は────、

「ああ、楽しみだ。霞龍を使えるなんて、本当に」

 少年は歌う。愉快に、軽快に、そして残酷に。

 未だ交わらない運命は、ようやく動き始める。
 人知れず、けれど確実に。


 『彼』と『彼女』の未来を巻き込んで────……


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外伝3-16 彼女の見た夢

 ふらふらと歩いてきた少女が、膝を崩す。

 地に触れる、その前にロイドの腕が少女を支えた。

 

「……っと」

 

 少女────アーシアは、そのままロイドの腕の中で、眠りにつくように気を失った。

 

「よく頑張ったな」

 

 自然と漏れた言葉。支える形から、抱き上げるように変えて、ロイドは微笑んだ。

 

「随分、優しい顔をするのね。さっきのケダモノ顔が嘘みたいよ」

「失敬な。これでもイケメンで通っているのに。それとも君は、野獣みたいな俺が好みか?」

 

 背後からの声に振り返りながら、ロイドはニヤリと笑った。野獣というより、真性の変態さんみたいな顔だった。

 

 ロイドのすぐ後ろに立っていたのは、彼をここまで案内してきた女だ。

 彼女が何者かは未だによくわかってはいないが、どうやら『門』とやらを繋げる仕事が出来るらしい。

 

「優しい貴方が好みよ? それより、用は済んだんだから、早く連れて帰ってあげれば?」

「君に言われなくとも、すぐに連れかえ……、む?」

「どうかした?」

 

 抱き抱えたアーシアに目を落としたロイドは、その変化に気付いた。

 傷が消えているのは降竜儀の影響だろう。だが、顔と鎧についた汚れが、初めからなかったかのように消えている。

 

「ああ、それ? 『向こう』でのことは、なかったことになってるからね」

「は?」

 

 理解の追い付かないロイドに、女は指を立てて説明した。

 

「アーシア・セイクリッドは、『無傷』のまま世界から消えた。だからね、帰ってくる時も『無傷』でなければおかしいの。

 だって、貴方の『世界』は、アーシアが傷ついたことを知らないからね。

 知らないことが、起きるハズない。だから『世界』は修正をかけるのよ。あの闘いはなかったって」

「これは『そちら』に渡る前のアーシアの状態だということか?」

「そ。そういう状態まで、貴方の『世界』が治したって思えば、大体正解ね」

 

 世界からの修正も悪いことばかりじゃないっしょ? と、付け足して、女は笑う。

 確かに、とロイドは頷いた。傷を負う前の状態で帰ってくるなら、それに越したことはない。

 

「そんじゃね。説明役も、もういらないだろうから、アタシは消えるよ」

 

 現れた時と同じく、唐突に女の姿が消えてゆく。

 ロイドは慌てて口を開いた。

 

「待ってくれ!」

「……何?」

「俺はまだ、君が何者かを聞いていない」

「あの最初の質問? 答える意味が、あんまりないと思うけど」

「知らないままでは、いられないんだ。一応、世話になったし、キチンと礼を言いたい」

 

 ロイドの言葉に、女はキョトンとした後、噴き出した。

 

「逆でしょ? お礼を言うのはこっち。アタシの世界を助けてくれたんだし。

 それにね、私が何者かなんて答えたところで、お兄さんはそれを憶えていられないわ」

 

 そんなことはない。とは言わない。この女がこういう言い方をする時は、理由がある時だと、いい加減学んだ。

 

「何故だ?」

「世界からの修正。言ったでしょ? なかったことにされるって。

 『門』の影響で、この辺りはまだ不安定なの。これが安定すれば、お兄さんの認識も改められるわ。

 別の『世界』なんて知らない。私にも会ってないってね」

「修正を受けるのは『渡った』人間だけじゃないのか?」

「そうよ? でもま、“私と接触する”こともまた、修正対象だろうからね。

 別の『世界』があるとか、『渡る』手段とか、普通の人間には必要ない知識だもの。

 だから、私が消えた後残るのは、『アーシアを捜しにきて、見付けた』お兄さんだけじゃない? そこにきっと、私と出会った記憶は残らないわ」

 

 なら、説明するだけムダよね? と、女は笑う。

 

 ロイドは腕の中にいるアーシアを見つめた。

 ロイドが憶えていられないなら、アーシアもまた憶えていられないだろう。

 

 穏やかな寝息を発てている彼女は、『向こう』での激闘も、出会いも忘れるのだ。

 

 それは、悲しいと思う。

 

 憶えていないなら悲しみようもないが、それでも悲しいことだと思った。

 あの美女との別れ際、アーシアの表情は、友人に向けるそれだったのだから。

 

「人間の記憶は、そう簡単には消えないさ。忘れてしまっても、きっといつか思い出す」

 

 だから、ロイドの言葉は祈りだ。アーシアが、憶えていられるように、言葉にその祈りを込める。

 

 女は微笑んだ。

 その笑みには、嘲りはなかった。むしろ、優しさだけがあった。

 

「そ。なら、お兄さんが私のことを憶えていることを願って、今更な自己紹介をしましょう。

 『優しい龍の棲んでいた世界』の『案内役』で『守護者』。だけどここでは、この身体と人格の元になった名前を語らせて貰うわ」

 

 笑顔のまま、うやうやしく礼をして彼女は言った。

 

「『アイラ』と、親しみを込めて呼んでね?」

「……アイラ。アイラか。

 随分世話になった。ありがとう、アイラ」

「どういたしまして。それから、こちらからもありがとう、よ。貴方が憶えていられたら、アーシアにも伝えておいて」

「……わかった」

 

 ロイドが頷く。

 アイラは、これでやり残しはないとばかりに踵を返した。

 

「それじゃ、今度こそサヨナラ。機会があったら、また会いましょう。ロイド」

 

 最期に一度だけ、初めてロイドの名前を呼んで、不思議な女は消えてしまった。

 

 まるで、初めから何も居なかったように。跡形もなく。

 

 

 

 ──しばらくその方向を凝視し続けていたロイドは、やがて腕の中の重さに気付いた。

 

 

 

「アーシア」

 

 そう、そうだ。

 自分は帰りの遅いアーシアを捜しに来たのだった。

 

 何か、記憶に穴があるような気がするが、取り敢えずアーシアを見付けることは出来たらしい。

 安堵しつつも若干のモヤモヤを抱いて、ロイドは来た道を引き返し始めた。

 

「あ、れ? ……ロイドだ」

「ああ。目が覚めたのか」

 

 重そうなまぶたを擦りながら、ぼんやりとした顔でアーシアが口を開く。

 

「……ねえ、ロイド」

「何だ?」

「楓って、どんな花だっけ……?」

「は?」

 

 てっきり今の状態(お姫様抱っこ)のことを突っ込まれると思って身構えていたロイドは、唐突かつ予想の斜め上をいく質問に、間抜けな声をあげた。

 

「一般的に楓は……、花を咲かせない。というか、花らしい花をつけない植物だったハズだが?」

「そっか……、残念」

 

 寝起きのせいか、彼女の吐き出す声には覇気がない。

 ロイドは怪訝に思いながらも、問い返した。

 

「どうしたんだ? 急に」

「別に、ただ、なんとなく。……そう、なんとなく見たくなったんだ。理由らしい理由なんて、ないよ」

「そうか?」

 

 それきり会話が止まった。

 眠ってしまったのかとも思ったが、アーシアの目はぼんやりと開いたままだ。

 ロイドは、自分の中にある知識を参照しながら口を開いた。

 

「……花はつけないが」

「え……?」

「秋頃になると、葉に美しい色がつく」

(あか)、かな? だったらいいな」

「種類にもよるが、普通は赤色だな」

「そっか」

 

 そこで僅かにアーシアの口元が緩んだ。穏やかな微笑みだった。

 

「機会があれば、観に行くか?」

「……うん、そうだね。観に行きたい」

 

 約束だね、とアーシアは嬉しそうに言った。

 ロイドもまた、微笑みを浮かべて頷いた。

 

「秋、楽しみだなぁ……。早く楓が観たいや」

 

 それだけを言って、眠りに落ちる。あまりにも穏やかな寝顔。

 見ている夢は、きっと良いものに違いないと、ロイドは彼女を抱く腕に力を込めた。

 

「カエデ……さん」

 

 山道の帰り道。

 なんてこともない約束を交わした夜明け前。

 

 彼女が見た夢はきっと────……

 

 

 




[キャラ紹介]
名前:アーシア=セイクリッド

性別:女性
年齢:18歳
身長:163cm

武器:オデッセイブレイド/雷神剣インドラ
防具:タツジンシリーズ、レウスシリーズ、フルフレア(フルフル亜種)シリーズの組み合わせ。

※データは外伝三章のもの。

『銀色の月』の登場人物。ゲスト参戦。
黒髪、黒目。右目を眼帯で覆った美少女。
その実体は、商人の街・カナンを拠点として活動しているGクラスハンター。
ハンターとしては小柄だが、戦闘センスは群を抜いており、多くのハンターを抱えるカナンの街でもトップクラスの実力を誇る。

使用武器カテゴリーは片手剣だが、予備の愛剣を使った二刀流(つまり双剣)も得意。


通常戦闘の能力値もさることながら、彼女の能力の真髄は右目にあるエネルギー体の解放────すなわち降竜儀である。
自己強化の究極系とも言えるそれを発動させた時のアーシアは、飛竜種ですら圧倒する。

なお降竜儀の発動には大量のカロリーを必要とするため、彼女は見た目の割にすごく食べる。
いわゆるハラペコ系ヒロインというやつである。



『降竜儀』
アーシアの右目は、強力な竜の力を宿したエネルギーの結晶体となっている。
そのエネルギーを解放し、その身に纏うのが降竜儀。すなわち、竜の力を身に降ろす儀式。

具体的には、『身体能力の向上』『属性付与』『回復速度の上昇』『闘気噴射による戦闘補助』など。
わかりづらければ、『鬼人化の超強化版』と思っても良いかもしれない。


『ヘヴンズ・ストライク』
自分の持つ属性の一つを強化して、相手にたたき込む技。
降竜儀使用中のアーシアは『火属性』と『龍属性』を獲得しているため、基本的にはこれらどちらかの属性攻撃強化になる。
……が、この技は、手持ちの武器にもともと備わっている属性の強化も可能とする。
外伝の中でアーシアはオデッセイ(水属性)とインドラ(雷属性)を装備しているため、選べる属性は火、水、雷、龍の四属性から、となる。

外伝中では、リオレウスに対し、上空からの強襲に使用。この時は、オデッセイの水属性を強化して攻撃していた。


『ライジング・テンペスト』
ものすごい蹴り。
もう少し詳しく説明すると、降竜儀によってあふれ出した闘気を調節して、蹴りの威力を高めた技。

主にリオレイアの顔面を蹴るのに使った。


『Laddar to heaven』
ものすごいパンチ。
ぶっちゃけライジング・テンペストのパンチ版。
下から上への軌道で殴りつける強烈なスマッシュ。

飛竜との空中戦時に使用。


『ジャッジメント・クロス』
自身の持つ火と龍に加え、武器の属性を含めた、最大四種の属性をたたき込む技。

外伝中ではリオレウスへのトドメへ使用。
この時の呼称はジャッジメント・クロスではなくジャッジメント・トリニティ。
自分の二刀に、楓の銃槍を加えた結果の技名だと思われる。

アーシアは、技名は叫んでなんぼだと思っている節が強い。


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第三章 《女王と大猿と四人目と》 彼らの現在

 

 緑の森に、一頭の竜がいた。

 

 青々と繁った緑に溶け込むその体色は淡い緑。

 巨大な翼とそれに見合った巨体。

 それらを支える為に太く発達した両足は、捉えた獲物をズタズタにするだけの力を有していることがありありと分かる。

 

 彼女が吹けば、人間の住みかなぞ簡単に吹き飛ぶのだろう。

 そして彼女が本気で人里を襲えば、人間になすすべなどない。

 

 そう『彼女』だ。

 

 生態系の頂点にして、密林の支配者。

 圧倒的な力を持った、有翼の飛竜。

 

 

  ────雌火竜リオレイア

 

 

 別名を『陸の女王』。

 そう、まさに女王の名を冠するに相応しい存在であった。

 

 それが今、

 

 

「ゴアアアァァァァァッ!!」

 

 

 絶叫する。

 それは威嚇か。勝利の咆哮か。

 何も知らない者が聞いたなら、例外なくそう思っただろう。

 

 しかし、()()

 

 

「こ、の………、いい加減にぃ────、」

 

 

 絶叫した女王のすぐ側に、小さな────女王に比べればあまりにも小さな人影が一つ。

 

「し、ず、めぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 それは、自身の身の丈にも匹敵するほどの、巨大な鈍器を振り上げて絶叫する。

 

「ガッ、ガアァァァァァァッ!?」

 

 勢いよく、容赦なく振り抜かれた鈍器は女王の頭部を正確に打ち抜いた。

 脳を激しく揺さぶられた女王が、悲鳴を上げて大地へと倒れこむ。

 

 そう。絶叫は威嚇ではなく悲鳴。

 圧倒的な力を持つハズの女王が、自分よりも小さな人間に蹂躙されて上げた痛々しい悲鳴だったのだ。

 

「ハッ、ハッ、ハッ……」

「グ、グオオオオオォォォ!!」

 

 渾身の力を込めて女王が立ち上がる。

 その姿は万全のそれとは程遠い。

 

 飛竜の象徴である翼。その翼爪は叩き折られ、人間を容易く飲み込むアギトからは血が吹き出し、身体を守る鱗と甲殻はひび割れ、弾け飛んでしまっていた。

 

 満身創痍。

 陸の女王に似つかわしくない姿。

 

 何人たりとも、彼女を脅かすことなぞ出来なかった。

 だからこその『女王』。

 だとすれば、その『女王』を追い詰める人間とは一体何者か。

 

「はぁ、はぁ……、いいわよ。そんな簡単に狩れるなんて、思っちゃいないわよ」

 

 息を荒げながら人間が笑う。

 女王の殺意を一身に受けながら、それでも人間は逃げはしない。恐れもしない。

 

「アンタに恨みは無いけど、アタシは『リオレイア』を越えなきゃ先に進めないんだから」

「ゴアアアァァァァァッ!!」

「遠慮なく、容赦なく、アンタを踏み越えてやるから────」

 

 女王が人間に迫る。

 人間が鈍器を振り上げる。

 

「だからアンタは、ここで消えなさい!!」

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

「カーッ! うめえ!! やっぱり仕事の後の一杯は違うな!!」

 

 と、酒場の一角で声を上げたのは、黒髪を襟足だけ長く伸ばした少年だった。

 名をアルバート。大抵の場合『アル』と呼ばれる彼は、今しがた空にしたジョッキをテーブルに叩きつけて喉をならした。

 因みに酒場にも関わらず、飲んでいたのはジュースなのだが、まあそのあたりは個人の嗜好である。

 

 彼のいる酒場はハンターズギルドの窓口として機能していて、多くのハンターが仕事の情報を求めてやってくる。

 アルもまた、例に漏れずハンターなのだが、彼の場合は仕事を探しにきた訳ではなく、『一仕事終わったから一杯やるか』という、所謂祝勝モードなのであった。

 

「なんだ、随分ご機嫌じゃねえか。良い素材でも手に入ったか?」

 

 テーブルの上に置かれたステーキを口に運びかけた時、背後から声をかけられた。

 声で誰かを察したアルは、特に気構えもせずに振り返って笑った。

 

「おっす、そっちも仕事終わりか?」

「まーな。ちょいと火山まで飛竜狩りだ」

 

 そう答えてアルの対面に座ったのは、彼の予想通り金髪碧眼の青年、ジェイであった。

 青いレウスシリーズ────リオソウルUシリーズというらしい────を纏った、美しいガンナーである。

 

「火山ってーと、グラビモスとか?」

「いや、アグナコトルとかいうヤツだな」

「……強いの?」

 

 聞かない飛竜だな、と思いながら問うと、「死ぬかと思った」と返された。

 

 それだけでアルは、アグナコトルがとんでもない相手なのだと悟った。

 ジェイの実力を間近で何度も見ていたせいで、彼が並の飛竜相手にそうそう苦戦するとは思えなかったのだ。

 

 と、ここまで言えばわかってもらえるだろうが、アルはジェイとチームを組んだことがある。というか、現在進行形でチームを組んでいる。

 

 アルとジェイと、レオルドという大男の三人組だ。

 ここしばらくは三人で一緒に狩り場に出ていたのだが、今回はそれぞれバラバラである。

 というのも、定期的に一人での狩りを行わないと、いざ一人になった時に感覚の違いで致命的なミスを犯してしまう恐れがあるから、だそうだ。

 この辺りはレオルドの受け売りである。

 

「そんで? えらくご機嫌さんなお前は何を相手にしてきたんだ?」

「俺? イャンクックだよ」

「クック? あぁ……」

 

 アルが告げた名に、ジェイが何かを納得したように表情を緩めた。

 

 ────大怪鳥イャンクック

 

 正確には飛竜種ではなく鳥竜種に該当するそのモンスターは、かつてアルとジェイとレオルドで狩ったモンスターである。

 その狩りが結果としてジェイ達とチームを組むきっかけになったのだが、アルにとっては課題だらけの闘いだった。

 

「そんだけ機嫌が良いってんなら、結果は……」

「おう! ばっちり依頼達成! ま、ギリギリだったけどな」

「……そうかい」

 

 笑顔を見せたアルに、ジェイもまた薄く笑う。

 丁度そのタイミングでやって来たビールを受け取ると、ジェイはアルのグラスに自分のグラスをぶつけた。

 

「半人前になったアル君に乾杯」

「半人前って……。や、まあそうだけどよ」

 

 乾杯、と返してアルは笑う。

 一人前とはいかないことは自分でわかっている。

 それでも、前に進めていることが実感出来る。そのことが純粋に嬉しかった。

 

 そういう訳で『初めて一人でクック先生を討伐できました記念パーティー』がささやかに始まった。主役はアルで主催者もアルだが。

 因みにテーブルを囲む人数は一人増えて三人になった。

 

「とりま、俺ら三人の祝勝とアルのクック先生討伐記念ってヤツだな!」

「ああ。……よくやったな」

「あんがと。つか、レオルドは何か狩りに行ってたのか?」

 

 合流したのは言わずもがなレオルドで、ジェイの隣────つまりアルの対面でリュウノテールスープをすすっていた。

 

「ナルガクルガを狩りに行ったが、空振りだ」

「なんだそりゃ、そんなことあんのかよ」

「滅多に無いが、間が悪かったのだろう。縄張りを変えたらしい。変わりに棲みついていたヒプノックを狩ってきた」

 

 眠鳥(ヒプノック)とは、まためんどくさい相手である。

 一度三人で狩りに行ったが、アルはヒプノックが苦手だった。一瞬の隙が致命的な狩り場で、相手を眠らせてくるモンスターとか害悪以外の何物でもない。

 

「そりゃ大変だったな」

「いや」

 

 そういった意味合いを込めてかけた言葉に、返ってきたのは短い一言。

 組み始めてしばらく経った今では、こういうことにも馴れた。

 レオルドは怒っている訳でもなければ、返事がめんどくさい訳でもない。単に彼は口数が少ないのだ。

 

「まぁ旦那にとっちゃ、どんな相手でもラクショーくさいけどな」

「あー、そりゃ言えてる」

 

 笑いながらジェイの言葉に同意する。

 無論冗談なのだが、完全に『あり得ない』とは言いきれない辺りに、レオルドのステータスを感じとってほしい。

 

「つか、アグナ……なんだっけ? ジェイが死にそうだったって、どんなヤツだったんだ?」

「溶岩トカゲ。ビーム吐くぞ、ビーム」

「グラビーム?」

「アグナビィィィィムッ! ってな!」

「うおぉぉっ! 見てみてぇええ!!」

 

 と、まあこんな風に騒ぎ発てても、酒場という性質上誰も気にしない。

 因みにビームの話題で興奮するのは男なら当然なので、アルとジェイが二人で騒ぎ始めたことも気にしない方向でお願いしたい。

 

「でも、ビーム吐くんじゃガンナーにはツラい相手だったんじゃねえの?」

「いんや、その辺はブレスと変わんねえし。むしろ単純に強かったからなー」

 

 ふむ。アグナなんとかには要注意なんだな、とアルは心にメモした。

 ステーキを口に運んだ。

 美味かった。

 メモしたことを忘れた。

 

「ただ、アグナもやってらんねーくらい強かったけど、俺的には狩りが終わった後の方が、キツかったな」

「? なんかあったの?」

 

 眉根を寄せながら言うジェイに首を傾げる。

 

「原住民ってーの? なんか狩り場の近くに住んでる奴等に絡まれちゃってよー」

「は? なんじゃそりゃ」

「火の神を殺すなんて~、とかなんとか。モンスターを神様扱いってなによ? つか、命懸けで飛竜退治したのに、褒められるどころか罵声じゃ、割りに合わねえって」

 

 あー、思い出したら腹が立ってきた、と付け加えて、ジェイはビールをあおった。

 

「信仰はそれぞれだ。土地ごとの特色もあるだろう」

「あー、何かそれは分かるかも。俺の村もそうだったし」

 

 ジェイを諌めるように口を開いたレオルドに、同意する形でアルは口を挟んだ。

 

「なんだ、お前の出身地もモンスターを神様扱いかよ?」

「うん、『崩す神』だっけな。絶対氷壁の向こうにいる神様を、起こしちゃいけないんだと」

「……信仰してるのに起こすな、ってなんだ? つか、それだと絶対氷壁の向こうで寝てんのか、そいつは」

「昔、絶対氷壁に封印したとかなんとか。起きたら大変なことになるから絶体起こすな、って伝わってる。信仰とは違うだろうけどなー」

 

 破壊神か何かな訳ね、とジェイは納得した。

 それにアルは、そうそうそんな感じ、と返して、

 

「信仰っていうなら、その神様を封印したっていう英雄の方だな。村祭りもやるし」

「アル」

「うぇ?」

「お前の出身は何処だった?」

「ん? ポッケ村」

 

 レオルドの質問に返して、あれ? 言ってなかったっけ? とアルは首を捻った。

 

「どこだそりゃ」

「フラヒヤ山脈の麓」

「遠っ!? お前そんなとこから来てんの!?」

「うん」

「うへー、ありえねー」

 

 ジェイは嫌そうに顔を歪めると、スパゲティを口一杯に放り込んだ。

 それを横目で見ながら、「フラヒヤ山脈、か」とレオルドが反芻する。

 

「?」

 

 ジェイよりもレオルドの反応が気になる。が、別に特別なことなど言ってないので、アルとしては疑問符を浮かべるしかないのだった。

 

「っていうかさ、ギルドの方でそういう配慮ってないの? 現地住民に対するってやつ」

「ない。基本的にギルドはモンスターの頭数と被害状況を把握しているだけだ」

 

 そいつは厳しいこって、と適当に返して食事を再開する。

 よく考えれば、ジェイがそういう目に遭ってるんだから、その辺は当然だ。

 








※何か月ぶりかわからないくらい久しぶりに主人公が出ました……


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師匠と弟子

「あー! やめやめ! 思い出したら腹立ってきた!!」

「お前なぁ……」

 

 わしゃわしゃわしゃー! と、自らの美しい金髪をかきむしってジェイが叫んだ。

 呆れたように笑ったアルだが、気持ちはなんとなく分かる。俺だって、狩りの終わりにそんな目に遭ったらやってらんねーし、と思う。

 

「三人揃ったんだし、これからの狩りのこと考えようじぇー」

「ああ」

 

 短く返答してレオルドが『クエストリスト』を取り出す。どこに隠し持ってた? というツッコミは無しだ。とうに見馴れた。

 

「クック先生を一人で狩れたんなら、今までよりキツい相手でもやれるよな」

「……リオレウスとか」

「バーカ、そりゃキツ過ぎだ」

 

 そんなバッサリ切らなくても、と思う。確かにレウス相手はまだキツいだろうが。

 

「鳥竜、魚竜、海竜と相手にしたからな。次は、甲殻種か牙獣種あたりが妥当だろう」

「牙獣ねぇ……。お! あるじゃんあるじゃん、良さげなのが」

 

 フォークをくわえたままジェイがクエストリストを指差す。どんなだ? と、アルも身を乗り出してリストに目を通した。

 

「ババコンガか」

「おう。こんくらいなら、アルが使い物にならなくてもどうってことねえ」

「ちょ!? まだそんな風に思ってたのかよ!?」

「確かにこの程度なら、な」

「うおぉい! レオルドまで!?」

 

 確かに最初のクック先生にはビビったけど、最近はマシになってきたじゃないですかー! そういう心境で叫ぶがスルーされる。シドイ……。

 

「……俺ババコンガって見たことねえよ」

「お、それなら尚更だな!」

 

 ぶーたれながら発言すると、今度は拾われた。

 これで決まりか、とレオルドがクエストリストを持って席を立つ。

 三人での狩りでは、契約はいつもレオルドが行うのだ。

 いつものように彼を見送って、ジェイと二人食事を再開する。

 

 

「あー!!」

 

 

 と、大声。

 ここは酒場で、酔っ払いも多い。普段ならそんな声なんて、気にもとめなかっただろう。

 だが、この時ばかりはアルもジェイも、思わず食事の手を止めてしまった。

 

「師匠ー!!」

「む? ……エイナ、か?」

 

 何か見覚えのない小柄な少女が、視界の端でレオルドに突撃していたからだ。

 は? と、間抜けに大口開けたアルとは対照的に、ジェイの方は軽く眉を寄せただけだった。

 

「はい! お久しぶりです師匠!! ハンターズギルドにいるってことは、腕はもういいんですよね!?」

「ああ。完治とは言わんが、問題はない」

「良かったです! でも、治ったなら一声くらいかけてくれてもよかったのに」

 

 師匠ってば、冷たい。などとぶーたれた少女は、外見から察するにアルと同年代だ。

 

 長い金髪と青い瞳。白磁の肌に、緑と銀の鎧を纏っている。アルの記憶が正しいなら、アレは確か『レイアシリーズ』ではなかっただろうか?

 雌火竜リオレイアの素材と、稀少な鉱石を使って造られるそれは、今のアルでは到底手に入らないものだ。その事実に、アルは少しだけ負けた気分になった。

 

 ハンターの身につける装備は、そのハンターの実力を表す一つの基準でもある。

 少女がその装備の通り、リオレイアを狩れるほどの実力だった場合、彼女はアルよりも遥かに腕の良いハンターということになる。

 

「あ、そうだ師匠! アタシ、一人でレイア狩れるようになったんですよ!」

「そうか」

「師匠はこれから狩りですか!?」

「ああ」

「それ、アタシも行って良いですか!? っていうか、一緒に行きましょう! リオレイアとかリオレウスとか!!」

「いや、俺は────」

「まあまあまあエイナちゃん! ひっさしぶりだっつうのに、俺の存在は無視ですかぁ?」

 

 一気に捲し立てる少女と、言葉少なく応じるレオルド。それに割って入るように、ジェイが口を開いた。

 少女は声に反応してこちらを向くと、「げ」とあからさまに嫌そうに顔をしかめる。

 

「……アンタ、まだ師匠といたの?」

「おかげさまでな。つか、ご挨拶だねぇ。もうちょっと愛想よくしたらどうよ?」

「何でよ。別にアタシは、アンタにゃなんの義理もないしぃ」

「違いねえ」

 

 渇いた笑みを浮かべて、ジェイはビールを煽った。

 レオルドとのやりとりからなんなく予測はしていたが、やはり彼らは顔見知りらしい。

 

「あぁ、それとな。次の依頼、何受けるかはもう決まってっから」

「へぇ。その様子じゃ、アンタやっぱりまだ師匠と組んでるのね。この()()()

 

 まるで親の仇を睨むかのような視線で放たれた台詞を、しかしジェイは余裕の笑顔で受け流した。

 というか、疫病神?

 

「ついてきたけりゃ、ご自由に。ただまぁ……、な。旦那?」

「……そうだな」

「? 何ですか、師匠?」

 

 含みのある笑みを浮かべたジェイと、無表情のレオルド。困惑する少女を余所に、二人の視線がアルに集中する。

 え、何さ? と瞠目したアルと、二人の視線を追った少女の目が合った。なんていうか、こうバッチリと。

 

「…………何、こいつ?」

「いや、何って……」

「アルバート。俺らの新しい仲間だ」

 

 気持ちはわからなくはないが、割りと失礼な物言いにアルは戸惑った。仮にも初対面なんだから、もっと言い方あるだろ? というヤツだ。

 そのことを察したのか、アルを紹介したのはジェイで、彼のその台詞に少女はますます胡乱気な顔をする。

 

「なぁんかさぁ……」

「な、なんだよ?」

 

 少女はアルを上から下までなめまわすように見つめた。

 次いで、

 

「弱そう」

「ぐっは!?」

 

 会心の一撃! アルのハートに438ポイントのダメージ! アルは倒れた!

 

 …………が、生きていた。ただし、少年はちっぽけなプライドを傷付けられてしまっていたが。

 

「ろくに知らない相手に『弱そう』はないだろ!」

「あれぇ、まさかあんな一言で怒っちゃったんだ? 器の小ささが知れちゃうわよ」

「おい、ジェイ! 何なんだ、こいつ!!」

 

 アルは立ち上がらんばかりの勢いで叫んだ。ジェイは「あはぁ」と、何だかよくわからない反応を返して笑う。

 どことなくバカにされた気分になったアルに、ジェイではなく少女が口を開いた。

 

「人に尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀なんじゃないの?」

「……それをお前が口にすんのか」

「何よ? そんなことも出来ないヘタレ?」

「アルバート=L=メモリ! ハンターだ! つか、さっきジェイが説明しただろ!!」

 

 まさかのヘタレ認定にアルは絶叫する。というか、この少女、ちょっとフリーダム過ぎる。

 ちなみに、ジェイはアレ以上の助け船を出すでもなく、小さく肩を震わせて笑っていた。

 

「ふぅん。ま、それはいいや」

「…………」

 

 よくねえよ。そう思ったが口にはしない。疲れたというより、腹が立っていたから。

 

「アタシはエイナ=ドラグ、ハンターよ。アンタよりずっと優秀な、ね」

 

 優秀な、という部分をわざわざ強調して少女は言った。

 ハンターには自信家も多いが、よく知りもしない相手を前にして言う台詞ではない。

 

 アルは少女の装備から大体の実力に当たりをつけていた。だが、少女はどうだったのだろうか?

 ハンターの使う装備品は、そのハンターの実力を測る目安ではあったが、それだけで全てはわからないものだ。加えて、アルの『ギアノスシリーズ』はエルモア周辺ではまず見かけない装備なのだから。

 

「アル、こいつは昔、俺達と組んでたんだ」

「それは……、なんとなくわかるよ」

 

 エイナとは相容れないな、と渋い顔をしていると、ジェイが笑いながら解説を入れた。

 

「旦那の怪我をきっかけに、一人立ちしたんだが」

「……一人立ち?」

 

 エイナはレオルドを『師匠』と呼んでいたから、彼の弟子だったのだろう。

 だが、怪我が『きっかけ』で一人立ちとはどういう意味だろう? 師匠が『腕が使い物にならない』程の重傷を負ったのなら、普通は治るまで付き添うものではないのか。

 

「それで、どうする?」

 

 だが、アルの疑問は吐き出される前に遮られた。

 レオルドが短く呟いた声に、エイナが過敏に反応する。

 

「あ、ハイハイハーイ! アタシ行きまーす!」

「何を狩りに行くか理解してんのか?」

「何だろうが大丈夫でしょ? こんなの連れてくんだからさ」

「こんなのだぁ!?」

「まあまあまあまあ、落ち着けって」

 

 エイナ、アル、エイナ、アル、ジェイの順の発言だ。

 そこにクエストリストを持ったレオルドが割り込む。

 

「ババコンガの狩猟だ。場所は密林。やれるな?」

「はい……!」

 

 どうやらレオルドはエイナを連れていくつもりのようだ。当のエイナもやる気満々だし。

 少しばかりアルは気が重くなった。絶体エイナとは相性悪い。

 

「足引っ張んないでよ」

「……うるせえ」

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 カーテンの隙間から漏れる朝日に目を覚ました。

 

「……ねむ」

 

 一言呟いてベッドから抜け出る。温かい布団とカーテンから漏れる朝日が、まるで毒のように睡眠を促してくるが、ようは気合だ。

 起きる! という確固たる意思があれば、ほらこのとおり。一度ベッドから降りてしまえば、あとはもう動くしかないのだから。

 

 寝惚け眼のままポストへ向かい、入っていた手紙を回収。部屋のテーブルに手紙を放り投げ、そのままその足で洗顔を済ませてしまう。

 

「お、ポッケ村から」

 

 洗顔してようやく目が冴えてきたアルは、手紙の差出人を見て薄く笑った。

 食器棚からカップと皿をとりだし、パンとミルクを用意する。パンよりも米派なのだが、朝から炊飯する根性はない。

 

 軽く炙ったベーコンを乗せたパンを頬張りながら、アルは何通かある手紙の内、一通を手にとった。

 手紙の数を鑑みるに、どうやら一日一通のペースで送ってくれてるらしい。狩りに出ている間、アルは手紙を読めないし、返事も出せていないのにマメなものだと思う。

 

 飯食ったら返事書くかー、とパンをミルクで流し込む。

 一日の出来事を事細かに書かれた手紙は、『アルの愛する者』の今の状態を如実に教えてくれる。もっとも、エルモアとポッケ村は片道一ヶ月なので、この手紙に書かれているのは一月前の出来事なのだが。

 

 さっさと食事を終えたアルは、葉書と封筒を用意した。さらさらと、簡単にこの前の狩りの出来事、最近の出来事を書き綴って手紙に封をする。

 

「……っし! 行くか!」

 

 食器を流しへ放り込み、昨日のうちに用意していた荷物を引っつかむ。

 中身は狩猟用の道具と武器だ。防具は着て────いかない。どうせ移動に日数がかかる。インナーにだけ着替えると、防具は荷物袋に突っ込んだ。

 荷物袋を持つのとは別の手で手紙を握り、玄関先でグリーブに足を通す。さすがに裸足で外を歩くほどバカではない。

 

 グリーブを穿き終え、顔を上げた先。玄関の扉のすぐ横に『雪山を描いた絵』がかけてあるのが眼に入った。

 

 アルはそれに微笑を浮かべると、挨拶して家を出た。

 

「行ってきます」

 

 故郷ほどではないが、朝の街は少しばかり冷える。

 自宅との温度差に軽く身震いをして、アルはさっさと酒場に行くべく駆け出した。

 

「寒さむサム」

「何語だ、それ?」

「あ、ジェイ。おはよ」

「おう」

 

 アルの家────、もとい賃貸アパートと酒場までの道程で鉢合わせたのはジェイだ。

 彼もアルと同じように荷物を背負ってはいたが、アルのインナー姿とは異なりこちらは完全防備である。

 

「まだ集合まで時間あんのに、珍しく早いんだな」

「あー……、エイナの奴がうるせえからな。師匠を待たせるなんて、とか言ってよ」

「なーる」

 

 確かにそれは面倒だな、と思う。

 そしてここまで言えばわかるとは思うが、アルとジェイ、そしてレオルドとエイナはこれから狩りに出るのだ。

 目標はババコンガ。集合場所はハンターズギルドと決めてあった。

 

 ハンターズギルドの管理する酒場と、アルの家はそれなりの距離があるのだが、朝が早いせいか通りを歩いているのはアルとジェイだけである。

 もっとも、酒場は24時間営業だし、その周辺にあるハンター御用達の店もとっくに営業しているだろう。単純に、この区画が『人の活動する時間』に達していないだけだ。

 区画ごとに特色があるのは、広い街では珍しいことでもない。

 

 そういえば、今はちょうどジェイと二人きりだ。昨日、聞きそびれてしまったことを問うには、いい機会かもしれない。

 

「……なあ、師匠師匠言ってるけどさ、エイナってレオルドの弟子なのか?」

 

 本人たちにはなんとなく尋ねにくい。

 答えてくれなさそう、というわけではないのだが、エイナとは初対面でいきなり衝突しかけたこともあって、こういった軽い雑談のような受け答えができるとは思えないのだ。

 

 そんなアルの思考を知ってか知らずか。ジェイはあっさりと首肯すると、ぼんやりと口を開いた。

 

「ああ。ま、半分くれぇ押し掛け弟子らしいがな」

「なんだよそりゃ?」

「それでも旦那が狩りを教えたことには変わりねえ。正直、今のお前よりは強いだろうな」

「……んなこと分かってるよ」

 

 装備品の差から大体当りはつけていたが、その辺りのことを他人に指摘されるのはやはり堪える。知らず仏頂面になっていたアルに、ジェイは吹き出した。

 

「エイナも、まあ悪い奴じゃねえんだ。お前をボロクソ言ったのも、なんつうの? 性格、みたいなもんでよ」

「いや、性格なら質悪いだろ。どの辺が、嫌な奴じゃないんだよ」

 

 口を尖らせて反論する。

 そういえば、エイナはジェイにもキツイ言い回しをしていたような気がするのだが、彼は気にしていないらしい。

 

「簡単にいや嫉妬だな。俺達は旦那の『仲間』だが、アイツは旦那の『弟子』なのさ。

 旦那には対等な相手として認められたいのに、『弟子』である自分はそうはいかない。だけど自分より弱そうな奴が対等な相手として認められてる。……とまあ、それでつい言い方がキツくなんだろ。可愛いもんじゃねえか」

 

 言うだけ言ってジェイはカラカラと笑い続ける。

 

 ジェイの言ったとおりなのだとしたら、成る程。確かにそんなに嫌な奴じゃなさそうだ。

 誰かに認められたい気持ちは、アルにだってよく理解出来たから。

 

「……気にしないように努力する」

「別に気に入らないなら言い返せばいいんじゃね? 俺はその方が楽しい」

「……お前なぁ」

「うししし」

 

 脱力するアルを尻目に、ジェイは悪い顔をする。

 具体的には、『いいからさっさと激突しちまえよお前ら』みたいな顔である。

 

 そんなアホなやり取りをしてる合間に酒場へと到着した。

 入り口をくぐると、早朝にも関わらず、酒の臭いと喧騒が二人を出迎えた。

 やっぱこの空気だよなー、と思ってしまう辺り、アルはやはりハンターらしい。

 

「遅い。時間にルーズなのは相変わらず?」

 

 と、ここで不機嫌そうな少女の声。

 

「時間の指定はなかったろ? それに旦那もまだじゃねーか」

 

 声の方に視線を巡らせたジェイが、軽くあたりを見渡しながらそう返す。

 対し、少女は声のトーンを変えないまま、ばっさりと言ってのけた。

 

「師匠は仕方ないわ。腕が完治してない上に独り暮らしだし、準備にも時間かかるでしょ」

「……差別だ」

 

 酒場に入って直ぐに声をかけてきたのは、言うまでもなくエイナで、彼女はジェイ相手に眉を吊り上げていた。

 そんな彼女はハンターとしては小柄な身体をレイアシリーズで固めて、背には武器────名は知らないが種別はハンマーだろう────を担いでいる。

 

 待ちくたびれた感を隠そうともしない辺り、そこそこ怒っているようだ。あるいは、それこそがジェイが話した『軽いジェラシー』からくる物かもしれないが。

 

「ガンハンマーか。ガチだな」

「油断とか余裕は身を滅ぼすのよ。アンタ、ちゃんと火炎弾持ってきたでしょうね?」

「ここで買う」

「……準備不足」

「堅いこと言わねーの。ちゃんと買うんだからいいじゃんよ。んじゃな」

 

 言い捨てて、ジェイが購買(ハンターズギルド内には、狩りに必要な道具も多少売っている)へと消えていく。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が落ちた。

 

 ジェイがいなくなった以上、残された二人で会話を成立させなくてはならないのだが、あいにくとアルにはエイナに話し掛けられるような話題が見つけられなかった。

 いや、正確に言うなら話題自体はある。ただ、こちらが何を言っても、エイナとは場の空気が悪くなるだけな気がするのだ。

 ジェイに諭されたとはいえ、昨日の印象は拭いきれない。アルにとって、第一印象はやはり大事なものだった。

 

 一方のエイナは、昨日と同じくアルの装備を上から下まで舐め回すように見詰めている。

 ギアノスシリーズが珍しいのか、はたまた目視で防具の性能を見極めようとしているのか。

 どちらにしても、アルにとっては時間が長く感じられるほどに居心地の悪い空気である。

 

 なんか喋れよ、と思いながらも会話を振ろうとはしない。彼女も恐らくは同じ考えか、アルを見詰めはするものの話題は出さなかった。



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口は災いの元

 アル達四人を乗せた小船は、無事に狩り場へと接岸を果たした。

 

 今回の狩り場の指定は『密林』だった。もうすっかりお馴染みだが、エルモアからの移動時間は『船』で半日。

 そしてこれもお馴染みのことなのだが、アルは船酔いする。ガチで。喋れなくなる程に。

 

「うぷ……、気色わる」

「使えない奴」

 

 ボソリと言われた一言に反射的に返しそうになるものの、何か色々リバースしそうだったので諦めた。

 

 因みに、船に乗り込んでからはずっとこんな状態だったので、船上でエイナと言い合いになるようなことは無かった。

 というか、結局あの後レオルドが来るまで沈黙し続けた二人は、アルが船酔いしていなくても会話しなさそうではあったのだが。

 

 どれくらいそうしていただろうか。ベースキャンプである砂浜に仰向けに転がって、吐き気が治まるのを待っていたアルは、苦しそうな顔をしている自覚を持ちながらも起きあがった。

 

「もう行けるか?」

「おう」

 

 レオルドの問い掛けに短く応じて、ジェイが配分したであろう『支給品』をポーチに詰める。

 因みに『支給品』とはその名の通りの物で、ハンターズギルドからハンターに支給される物品である。ギルド側としても、ハンターに死なれたり依頼を失敗されるのは損失なので、最低限狩りに必要な道具をくれるのだ。

 

 支給品のうち、携帯食糧を口に放り込み腹を満たす。

 下手に何か入れていると、あっさりリバースする為、朝食は控え目。加えてちょうど昼食時だったこともあり、味気ない携帯食糧も美味しく頂けた。

 

「なんならそこでずっとヘバってれば? 足手まといはいらないし」

「……んだと?」

 

 アルがようやく、と言っていい準備を終えると、それを待っていたかのようにエイナが口を開いた。

 めんどくさい上に、ジェイの話を聞いてからは極力相手をしないでおこう────アルに相手の言葉を巧く流す懐の大きさはない────と思っていたのだが、つい反射的に返してしまった。

 

 それに勢い付いたのか、船の中では言い合い出来なかった分を晴らそうというのか、エイナは鼻息を荒くして捲し立てる。

 

「こんな程度でヘバってるなら、足手まといでしょ? ぶっちゃけアタシと師匠だけで充分なのよ」

「船酔いは体質なんだからしゃーねーだろ。それと狩りの腕は関係ない」

「三半規管が弱いってのよ。それに背だってチミッコイしぃー」

「……うっせ。お前とあんま変わんねぇだろ」

「アタシよりチビな段階で、『ふぅん』な状態な訳よ」

 

 狩りに背丈は関係ない────訳じゃないことを痛いくらいに知っている故に、アルは咄嗟には言い返せなかった。

 身長は攻撃力や体力に大いに関連するのだ。

 というか、エイナとそう身長が変わらないことに一番凹んだ。しかもよくよく観察してみれば、もしかするとエイナの方が僅かに背が高いのではないだろうか……?

 

「っていうかぁ、船の中でジェイに聞いたんだけどさぁ」

「……んだよ」

「単独での大型モンスター狩猟経験が圧倒的に少ないんだって?」

「……、」

 

 余計なこと言いやがって、とジェイを睨むも、彼は面白そうに肩を竦めただけだった。

 オモチャにされてる、とアルは悟った。アルだけではなく、アルに突っかかるエイナも含めて。

 

「それってさ、寄生じゃない?」

 

 『寄生』

 文字通り、強いハンターに着いていって、ろくな戦いもせずにおこぼれだけを頂くハンターのやり口だ。

 

 経験豊富な上位ハンター二人と、大して経験のない新人ハンターが一人。

 アル自身にそういうつもりはなかったが、端から見ればそういう風に見えるのだろう。それに、彼らの役に立っているか分からない現状では、『寄生じゃねえよ!』とは高らかに宣言できない。

 

 そんな訳で黙ってしまったアルの変わりに、口を開いたのはレオルドだった。

 

「エイナ」

「何です、師匠?」

「アルは俺が頼んでパーティに加入してもらった」

「……っ、そうですか」

 

 簡潔な言葉は、言外に『アルは寄生ではない』と告げている。

 意図せずたしなめられる形になったエイナは唇を噛んだ。ついでにアルに対する視線は強くなる。

 

 俺のせいじゃねえじゃん。

 そうは思うものの、エイナの思考には関係ないのだろう。少しだけ口を(つぐ)んだ彼女は、別の切り口からアルを攻める算段をつけたらしかった。

 

「でもさ、結局経験足りてないことには違いないんじゃない?」

「……否定はしねえよ。確かに俺は経験不足だ」

「よねぇ? 片手剣なんて使ってるくらいだし」

「あん?」

 

 エイナの言葉に顔をしかめる。何故そこで、片手剣を引き合いに出すのだろうか?

 

 が、その答えには割りとすぐに思い当たった。

 片手剣はその扱いやすさから、初心者を中心に人気が高い武器カテゴリーなのだ。よって、アルがそれを装備することによって、経験の少なさが裏打ちされているとも言える。

 

 だが、次のエイナの台詞は、アルの予想を外れた。

 いや、予想通りの軌道ではあったが、思っていた本質がまるで違ったのだ。

 

「片手剣なんて、初心者しか使わない武器を下げてるんだもんねー。攻撃力足りなさ過ぎて笑えないっていうかぁ」

「な、に……?」

 

 一瞬、聞き違いではないかと硬直する。そんなアルを余所に、エイナはペラペラとまくし立てた。

 

「軽くて攻撃力は無いし、軽い風圧にも堪えらんないし。

 小さくってリーチが足りない上に、盾だって半端。

 大体、大型モンスター倒すのに、そんな程度の性能で何とかなるって考えが浅はかよね」

 

 こいつはいったいなにを言っているのだろう?

 

 そんな風にエイナの言葉をどこか遠くに聞きながら、アルは右の拳を強く強く握った。籠手を着けていなければ自分の手を傷付けてしまう程に。

 聴覚から入ってくる情報に、脳を焼かれる灼熱感を味わいながら、アルはようやく一言だけを口にした。

 

「……うるせえよ」

「え? 何? 図星指されて怒っちゃったの? でもさぁ、普通に事実じゃん」

 

 やや俯いて呟いたアルの表情の変化に気付くことなく、エイナは鼻で笑って続けた。

 その口調は先程よりも軽やかで、()()()()()()()()()()()()()()()()に気付いている様子はない。

 

「軽くて扱いやすいってさ、実際は大した利点じゃないのよねぇ。威力がなければ勝てないし。別にあのちんけな盾で誰かを護れる訳じゃないしさぁ。遠距離からの攻撃だって出来ない訳で」

「……れ」

「同じ近づくなら大剣とかハンマーとか。守りにしたってランスがあんのよ。手数の多さは結局双剣に勝てないし、わざわざ片手剣使う理由が無いっていうかぁ。ホント、あらゆる意味で初心者向けな────」

「黙れって、言ってんだ!!」

 

 怒号が飛ぶ。

 顔を上げたアルは、真っ直ぐ、それでいて強くエイナを睨み付けた。

 見る者が見れば、その表情の険しさに気付いただろう。飛竜に向き合っている時ですら、アルの表情はここまで険しくはならない。

 

 一方のエイナは、突然の大声に僅かに硬直したものの、我が意を得たりとばかりに追撃をかけようと口を開いて────、

 

「はっ、何ムキになっ────」

「喋んな」

 

 低く、しかし鋭い声に遮られた。

 否、鋭いのは声色だけではない。斬りかかっていかないのが不思議な程に、アルは全身から怒気を滲みだしている。

 

「てめぇはもう喋んな」

 

 ベースキャンプ内とはいえ、狩り場には似つかわしくない沈黙が降りた。

 僅かに怯んだ様子のエイナに、怒り心頭なアル。

 少し離れた場所にいるジェイとレオルドは、口を開くことなく状況を見守っている。

 

「ふざけんなよ、てめぇ」

「な、なによ?」

「軽くて攻撃力が無いことだって、リーチが短いことだって、弱い盾だって、風圧に弱いことだって、んなこと全部分かった上で使ってんだよ」

「だ、だったら────」

「だったらどうだってんだ!

 じゃあ、てめぇが背中にしょってるハンマー。それは狭い場所で振れんのか? 敵の攻撃を防御出来んのか、あぁ!?」

「そ、それは……」

 

 知っている。片手剣が、あらゆる方面で他の武器に後れを取っていることなど、知っていた。わかっていた。

 

 ────だが、

 

 そう、()()なのだ。それを知っているからこそ、アルは激情を抑えきれない。

 否、抑えようとも思わない。

 

「ランスに素早さが求められんのか、ガンナーに防御は? 近接戦闘は? 残弾が無くなったら?

 大剣だって、他の近接連中を巻き添えにしないように気を付けなきゃいけねえんじゃねえのか!?

 初心者用の武器? 上等だよ、てめぇ。

 そいつは『誰にでも使える』ってことじゃねえのか。そいつの何が悪い? 使い手を選ぶ他の武器より、よっぽど優秀だろうがよ」

 

 アルは激情のまま叫んでいた。

 けれどそれは『片手剣士』だから、という訳ではない。

 むしろ、それは『ハンター』だから。

 

「ああ、そうだよ。武器に単純な優劣なんかねえ。どんな武器にだって良いとこと悪いとこがあるんだ。んなことくらい分かってる。

 だからこそ、てめぇの言い方が腹立つんだよ。俺をバカにしたきゃしろ。腹は立つけど、お前は俺を知らない。弱いって思われたって仕方ねえ。

 けどな、『片手剣』をバカにすんじゃねえよ!!」

「あ、アタシは別に……」

「別にそんなことはないってのかよ? 冗談じゃねえぞ。あんだけボロクソ言って無かったことにすんのか?

 分かってねえなら教えてやる。てめぇがさっき言ったことはな、俺をバカにしてたんじゃねえ。『片手剣を使ってるハンター全員』をバカにしてたんだぞ!

 自分の使ってる武器に誇りを持ってる人間なんて、それこそごまんといる。そんで、それぞれの武器に単純な優劣なんてねえんだ」

 

 『武器に優劣はない』

 そう、その一点。それに対して、アルは怒っていた。

 

「ここまで言われて、まだ自分の方が正しいって思えるなら、さっきの言葉そのまま酒場で叫ぶんだな」

「……っ」

 

 エイナが唇を噛んで俯く。

 反面、アルの激情は加速してゆく。

 

 熱くなる思考の中、僅かに残る冷静な部分は、このままでは決定的な一言を放ってしまうと告げていた。

 それでもアルは辞める気はなかった。例え、このことが原因でエイナと気まずくなろうとも、アルは告げる。

 

「下らねえこと言いやがって、そんな簡単なことも分かんねえようなら、お前もうハンター辞めろ」

 

 言い残して、歩き出す。これ以上、一秒だってエイナとは一緒にいたくなかったから。

 

「レオルドの弟子だって言うから、どんな凄い奴かと思ったら……お前、全然大したことねえよ」



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師匠と弟子Ⅱ

 

 ベースキャンプを抜けた先には、『密林』の名にふさわしい緑が広がっていた。

 キャンプを出れば、そこには絶対的な安全圏など存在しない弱肉強食の世界が待っている。

 既に警戒態勢に移行しなければならない場所に移ったにも関わらず、アルはそれをしなかった。否、そうするだけの余裕がなかった。

 

 手近にあった大木に拳を叩きつけ、内に溜まった激情を吐き出していく。

 しかし、くすぶった怒りは消えない。その底にある後悔も。

 

「アル」

 

 背後からかけられた声に、ピクリと反応を示して振り返る。

 立っていたのはジェイだった。軽く右手を挙げて気楽な表情をしている彼は、先程のアルとエイナのやり取りについて、さして気にしている様子がない。

 

「お前、先に行くんじゃねえよ。パーティ組んで狩りに来てんだからよ」

「……ごめん」

「ま、別にいいけどな。追い付けねえ距離じゃなかったし、最悪ババコンガに相対したとしても、今のお前ならなんとかなんだろ」

「……ごめん」

「あ?」

 

 再度謝罪したアルに、ジェイは表情を変えた。楽しげな物から、いぶかしむ物へと。それを確認してから、アルは口を開いた。

 

「つい、カッとなっちまって……。多分、言い過ぎた」

「……まぁ、な。確かにハンター辞めろ、は言い過ぎかもな」

 

 『ハンターを辞めろ』

 それをハンターに言うのはタブーだ。どんなハンターであっても、ハンターをやっている理由がある。ろくにそれも知らない人間に辞めろと言われて、腹が立たない人間はいない。

 加えて、ハンターは自分の誇りを大事にする。ハンター辞めろ、という台詞は、その場でぶっ飛ばされても仕方ない言葉なのだ。

 

「けどまあ、エイナも言われても仕方ないこと言ったと思うぜ? お前が謝る必要、ねえんじゃねえの?」

「……けどよ」

「殴らなかっただけマシだろ。俺も聞いててムカついたしな。

 つうか、アレが片手剣じゃなくてボウガンだったら、俺が殴ってただろうし」

「ジェイ、お前……」

「別にてめぇに気は遣ってねえぞ? 正直な感想だ。けど……」

「うん。分かってる」

 

 ペロリと舌を出したジェイに、つられるようにアルは笑った。くすぶった怒りが徐々に消えていくのを感じる。

 

「アイツだって、あんな事言うつもりじゃなかったってことくらい分かってる。

 けどやっぱ、俺をバカにするためだけに武器を引き合いに出したのは許せねえよ。

 ……俺は、別にそこまで片手剣に思い入れなかったけどさ。それどころか重量武器に憧れてたくらいだし。

 だけど、そういう根っからの片手剣士じゃない俺でも、腹が立ったんだよ。だから、他の人間が聞いたらと思うと……」

「許せなくて当然。そんだけ分かってんなら良いだろ」

 

 言って、ジェイはアルの隣に並び立った。そのまま流れるような動作で、ボウガンに弾丸を装填する。

 

「とりま、この話題はこれで終了だな」

「ああ」

 

 促すようなジェイの台詞に、アルもまた刃を抜くことで応えた。

 直後、二人の前方で大きく茂みが揺れる。

 

「おいでなすったか」

 

 ジェイが呟く。

 果たして、茂みの中から飛び出してきたのは桃色の毛皮をまとった獣だった。その数、七頭。

 

 二人は一度だけ視線を交わらせると、薄く笑った。

 

「援護任せた!」

「おし! 行ってこい!」

 

 先程の会話は、既に頭にない。意識は眼前の敵を屠ることだけに切り替わる。

 

「さぁ、一気にカタをつけてやんよ!!」

 

 

 

※※※

 

 

 

「何よ、アイツ……」

 

 ベースキャンプに残されたエイナは、半ば呆然と呟いた。

 言うだけ言って出ていったアルを追って、ジェイもベースキャンプから姿を消した。つまりここに残っているのは、エイナとレオルドの二人だけだ。

 

 そのレオルドは、先程からずっと沈黙を保っている。彼はそもそも寡黙な男なので、こういう沈黙は珍しくもないのだが、『今、この場において』この状況は痛かった。

 

 嫌な空気を払拭すべく、エイナは口を開く。開いてしまう。

 

「た、高々武器のことだけで熱くなっちゃってさ。ガキっていうかなんていうか……」

「……エイナ」

「か、軽い冗談だってことくらい分かんないのかしらね。そ、そりゃ、ついつい言い過ぎたとこもあったかも知んないけど、それでも……」

「エイナ」

「っ」

 

 二度目の声はやや鋭かった。エイナは怯えたように肩を震わせて口をつぐむ。

 

 レオルドは基本的に声を荒げない。しかし彼の持つ重い雰囲気は、僅かな言葉で相手を威圧するのに充分だった。

 加えて、エイナは長く彼に師事していた。故に、レオルドが何を言いたいのかが分かってしまう。

 

「ごめん、なさい」

 

 絞り出した声は、アル相手にまくし立てた時に比べて遥かに勢いがない。

 

 分かっている。自分が口にしてはいけないことを、口走ったことくらい。

 普段は心地良いくらいの沈黙が痛いのは、自分にやましいことがあるからだ。レオルドはただ、いつもと同じく、表情も変えずに沈黙を保っているだけなのだから。

 

「アタシ……、あんな事言うつもりはなくて……」

 

 それは本当だった。

 自分の使う武器を侮辱されるなど、ハンターには耐えられない。エイナだってハンマーを貶されたら殴りかかっていたかも知れない。

 

 だから、そんなつもりはなかった。

 ただ、実力も知れない相手がレオルドに認められていた。その事実に焦燥し、動揺し、嫉妬した。自分の方が彼よりも優れていると、レオルドに主張したくて、多分そんな子供っぽい気持ちから、アルを罵り続けたのだ。

 

「アタシ、バカです。あんなこと言われたって仕方ないようなこと……」

「エイナ」

「……はい」

 

 かけられた声に、覚悟を決めて顔を上げる。恐らくは、怒られる。

 

「謝罪する相手を間違えるな。お前が謝るべき相手は別にいるハズだ」

「師匠……。はい、分かっています」

「なら行くぞ。奴等だけを先行させ過ぎると、そのまま決着が着きかねん」

 

 しかしエイナの思っているような説教は飛んでこなかった。どころか、レオルドの声色からはどんな感情をも読み取ることが出来ない。

 

 いつも通りの、彼女の師匠のままである。

 その彼は、擦れ違いざまにエイナの肩を軽く叩いた。それが、自分がまだ彼の信用を失っていない証明だと気付いて安堵する。

 同時に、この信用をこれ以上落とさないようにしようと誓った。

 

「はい! 行きましょう、師匠!」

 

 ────さぁ、まずはアイツに謝るとこからだ。



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開戦

 

 戦端は既に開かれていた。

 

 ベースキャンプから駆け出たエイナとレオルドは、目の前の光景に気を引き締める。

 

 最前線にいるアルに群がるのは数体のコンガ。それからやや離れて、ジェイが狙撃を繰り返す。

 キャンプから近い位置にいたことと、コンガ達から着かず離れずな距離を保っていた余裕から、アルよりも先にジェイがこちらに気付いた。

 

「旦那、アルのフォローを頼まあ!」

「ああ」

 

 短く応じたレオルドが、アルの近くにいたコンガを蹴散らす。エイナもまた切り込もうとして、しかしその場に踏み止まった。

 

「アイツ……」

 

 レオルドとジェイの戦いに不安はない。だが、アルは別だ。エイナは彼の実力を知らない。

 最悪の場合、レオルドだけではフォローしきれないかも知れない。それ故に、エイナはアルの戦闘技術を見極めるように見詰めた。

 

 

 アルの正面にいたコンガが、彼に飛び掛かる。

 アルは軽くステップを踏んで回避。爪を空振りしたコンガ目掛けて片手剣を振り下ろす。

 額の真ん中に命中した刃は、桃色の剛毛を引き裂きながら肉を抉った。

 

「次っ!」

 

 短く吐き捨てた言葉の通り、彼に斬られたコンガは力なく崩れ落ちる。

 エイナは思わず目を見開いた。それに構わず(気付かず)アルは剣を振るい続ける。

 

 側面から押し迫るコンガを盾で牽制。同時に、逆サイドのコンガに一撃。たたらを踏んだ二頭を尻目にバックステップ。次の瞬間、アルのいた地点に、上空からのしかかろうとしたコンガが落ちてくる。

 

「せぇぇぇぇぇぇい!!」

 

 尾を引く雄叫びと共に四連撃。アルを囲んだ三頭の内、二頭が絶命する。

 

 だが、牙獣の出現には際限がない。

 残った一頭を手早く片付けたアルは、周辺を一瞥して舌を打った。

 前後左右に一頭ずつ。コンガ達はアルの攻撃後の硬直中に、包囲網をしく。

 

 が、動き始めたのはアルの方が早かった。ほとんど身を投げ出す勢いで地を転がると、そのままの勢いで正面のコンガに肉薄する。

 間合いを詰めようとした矢先。急に自分の目の前に迫ってきたアルに、コンガは思わずブレーキをかけた。

 

「ふっ!」

 

 速く鋭い一撃は、コンガの首を跳ね飛ばす。断末魔すら上げられず絶命したコンガを、アルは左腕で引き寄せ右足で蹴った。

 フラフラとよろめく遺骸が、背後と側面から迫るコンガへの障害へと変わる。

 振り返ったアルは、向かって右側のコンガを瞬殺。そのまま勢いよく左側のコンガに回り込み、背後から襲いかかる。

 そのタイミングで、残りの一頭が障害物を乗り越えた。側面から剣を振りかぶったアルへと、鋭い爪が迫る。

 風を切って振り下ろされたそれを、アルは一瞥すらくれずに盾で受けた。

 

 密林に響く金属音。

 

 耳障りな音が消える前に、アルは盾を支点に旋回。滑るようにコンガの背後に回り込む。

 

 

 エイナは息を呑んだ。

 

 ────速い。それも身のこなしではなく、『認識』の速度が。

 

 一瞥しただけで周辺の状況を把握。そこから、最も安全であろう地点を予測。変化していく状況の中で、安全地点を入れ換えながら立ち回る。

 片手剣という武器は、その性質上、一撃の威力には期待出来ない。反面、武器の攻撃速度と扱い易さという点ではトップクラスだ。

 その二点を活かして、鋭く正確な一撃を叩き込む。通常、一撃で倒しきれない相手でも、急所を抉れば仕止められる確率は上がるのだ。

 

 状況を認識し、隙を探る慧眼。獲物を手早く片付ける為に、常に急所を狙い続ける精密さ。

 

 アルの戦い方は、ある意味ではハンターの基本だ。

 それでも、エイナには真似出来ないと思った。彼女の戦い方は、師匠であるレオルドに酷似しているからだ。

 

 エイナは、見付けた隙の大小関わりなく、その隙を自身の持つ高火力の武器で無理矢理抉じ開ける。

 対するアルは、最も大きい隙を見付け、滑り込む。

 

 エイナの戦い方がやや力任せなのに比べ、アルの戦い方にはパワーは必要ない。必要なのは認識の早さと、動きの速さ。

 そして、ハンターにとって認識の早さは非常に重要な意味を持っている。

 片手剣を使うからこの戦い方を身につけたのか、この戦い方が出来るから片手剣を選択したのかは分からない。

 それでも、彼の戦法は片手剣という武器と非常に相性が良かった。

 

 加えて、アルが使う武器だ。

 コンガを斬りつける度に火を噴くそれは、『属性武器』。

 

 属性武器は斬撃時にかかる抵抗と反動が、無属性のそれよりも遥かに高い。まあ、一撃した時に、刀身から各属性を『噴き出して』いるのだからそれも当然なのだが。

 実際、エイナも初めて属性武器を使用した時は、武器に振り回され半ベソをかいた記憶がある。

 

 にも関わらず、アルが自らの武器に翻弄されている様子はない。

 ジェイの話を聴く限りでは、彼は先日、ようやくイャンクックの単独狩猟が出来るようになったばかりのハズだ。製作難易度の高い属性武器を扱う機会はそうそうないハズなのに。

 

(コイツ、もしかしてアタシより……?)

 

 押しては引き、引いては押して、アルはコンガに的を絞らせることなく動き続けていた。

 基本的で、理想的な立ち回りのまま、アルが沈めたコンガはゆうに二桁を越える。

 

 ジェイの話すアルの狩猟経験が確かなら、経験値自体はエイナの方が遥かに上だ。

 だが強い。

 コンガ相手への立ち回りは、エイナの認識を改めさせるのに十分で────、

 

(影……?)

 

 そうやってアルの戦いを注視していたからだろう。エイナは、アルに覆い被さるように落ちた影に気付いた。

 

 今日の狩り場に雲はない。気持ちいいほどの晴天だったハズだ。

 では何か?

 影を認めてから、エイナの思考がその結論に達するまでに一秒も必要なかった。

 

「アル、避けて!!」

「っ!?」

 

 突如として声を張り上げたエイナに、アルが反射的に反応する。

 

 その直後、アルを踏み潰す位置取りで桃色の巨体が降ってきた。

 巨体が起こす振動に、アルがその場でたたらを踏む。だが、奇襲めいた一撃は見事に避けきっている。

 

 思わず安堵の溜め息を吐く。次の拍子に吸い込んだ息で、エイナは気持ちを引き締めた。

 

 アルのすぐ近くに降ってきたのは、コンガをそのまま巨大化させたかのような大猿。それは、つまりこの場に『狩猟対象』が現れたことを意味している。

 

「ようやくボス猿の登場ってね。一気に粉砕してやるから、覚悟しなさい!」

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 認識の内に入ったコンガを掃討し続ける。

 新調した剣は、火の属性を持つ業物。有効属性だったことが幸いし、普段より早いペースで狩りが進行していた。

 

 いい調子だ。アルがそう思ったのと、その声は同時だった。

 

「アル、避けて!!」

「っ!?」

 

 聞こえた声に、頭より先に体が反応した。

 意識はせずとも視界の端に捉えてはいたのだろう。自分の立ち位置と重なるように落ちた影。その有効射程外まで一気に跳ぶ。

 

「うおっ!?」

 

 直後に感じる震動に、思わずたたらを踏んだ。

 何か巨大なものが落ちてきたのだ、と理解する前に、左腕は本能的に盾を構えていた。

 

「ガァ!」

「くぅ!?」

 

 短い声とともに振るわれた何か。

 それがぶち当たった衝撃で、盾を持つ手が震えた。のみならず、殺しきれない衝撃で身体ごと、数メートル以上後退する。

 

 だが、そうして距離を取ったお陰で、アルは自分の目の前に落ちてきたものの正体を知る。

 

「ババコンガ!」

 

 色も形もコンガと大差がないそれは、体の大きさだけが全く違う。

 簡単に言ってしまえばデカイ。コンガの軽く2、3倍はある。

 細部の差は、頭部だろうか。ボスの証しとでもいうように、一部の毛が鮮やかに色付き、逆立っていた。

 

「ガァァァァ!!」

 

 そのババコンガが吠える。威嚇抜きで、いきなり攻撃体勢に入ったのだ。

 巨体が、アルに重なるコースで猛進してくる。

 

「ちっ」

 

 舌を打ったアルは、後退しようとして、足を止めた。

 退避先にコンガが踏み込んできたのだ。このまま後退すれば、コンガに討たれる。

 だが退かなければ、より強靭なババコンガの一撃を貰うことになる。

 

 どちらを受けるべきかは明白であった。

 

 故にアルは、踏み留まった足に再び力を込め、ババコンガの軌道から逃れるように跳ぶ。

 結果、彼はボスと同じように猛進してきたコンガの前に、無防備で晒されることになった。

 

 一秒の後に来るであろう衝撃に備え、アルは歯を食い縛る。

 が、そのアルの目の前で、コンガは首を切り落とされて絶命した。

 

「レオルド!!」

「……」

 

 すぐ側を駆けるババコンガをかわして、アルは自分を救った者の名を叫ぶ。

 当のレオルドは、アルの声に視線だけで応じて、ババコンガへと斬りかかった。

 

「ブフゥ!?」

 

 駆けてゆくババコンガの後を追うように、背後から近付いたレオルドの、両手に握った得物が、桃毛獣の剛毛ごと身を引き裂く。

 普段よりも速いテンポで振るわれる刃は、火属性のもの。やはりレオルドもまた、桃毛獣に対し有効な属性の武器を選んだということだろう。

 

 さらに、怯むババコンガを激しく攻め立てる武器の『カテゴリー』も、普段のそれとは違っていた。

 

「……っ!」

 

 息を吐き出すのと同時、レオルドの握る刃が、振り向いたババコンガの左腕を強襲する。

 次いで、振り切った右腕を戻す勢いで、腰をひねり旋回。()()に握った刃が、直前に斬りつけた場所へ、寸分違わず叩き込まれた。

 

「ガアァァァッ!?」

 

 まるで人間のように、斬り裂かれた部分を押さえながら、ババコンガは頭突きでレオルドを潰そうとする。

 だが、もう遅い。ババコンガが身体を動かすころには、レオルドは既に動き出していた。

 人と大型モンスターの体格差を活かし、潜り込むようにしてババコンガの背後へ。振り返りざまに、()()()刃をありったけ叩き込む。

 

 縦横無尽に叩き込まれる連撃は、太刀のそれとは比べ物にならない速度だ。

 それもそのハズ。レオルドが使った斬撃は、ハンターの使用する攻撃方法で、恐らくは最速のもの。

 名を『乱舞』。左右の刃を、目にも止まらぬ速さで振るい続ける奥義である。

 

 ────そう。『左右の刃』だ。

 レオルドがババコンガ討伐に選んだ武器は、太刀ではなく『双剣』。片手剣と同じ長さの刃を両手に備えた、より攻撃的な武器だ。

 盾を捨て、防御を捨てたその武器は、その圧倒的な手数を攻撃力へと転換し、軽量武器とは思えない火力を有する。

 

 連撃は速度と威力を増し、斬りつける度に、派手な炎と血飛沫が噴き上がった。

 

 ほんの数秒の攻撃で、ババコンガの顔が苦痛に歪む。

 それほどの威力だ。当然のようにレオルドの位置取りは、ババコンガに知れてしまっただろう。

 

 だが、ババコンガがレオルドに振り向くよりも速く、何者かがババコンガの視界へと飛び込んだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 金属を緑の甲殻で補強させた鎧。黒光りする鎚を思い切り振り上げた、小柄な少女。

 

「エイナ!」

「っ!?」

 

 突如として視界に現れたエイナに、ババコンガは一瞬硬直する。

 危険なレオルドか、目の前のエイナか。なまじ判断するだけの脳があったための硬直だったのだろう。

 

 そしてその一瞬は、エイナにとって絶好のチャンスでもある。

 

「……ぶっ飛べっ!!」

 

 雄叫びとともに振るわれたガンハンマーが、ババコンガの脳天を強襲した。

 

 



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紅 ~受け取ったもの~

「……ジェイ」

「大丈夫だ、旦那。印は着けた」

 

 血と硝煙の臭いに支配された狩り場で、レオルドの短い声にジェイが抑揚のない声で応じた。

 狩りモードだ、とアルは思った。ジェイは普段、軽薄な笑みと軽快なトークを見せるが、集中が一定を越えると途端に感情の起伏が少なくなる。

 

「さぁって! んじゃ、サクサク行くぞー」

 

 もっとも、このように狩りの合間にはすぐにいつもの調子に戻るのだが。それを含めてジェイは優秀だ、とアルは思っていた。

 

 ちなみにババコンガは逃げた。

 レオルドとエイナの苛烈な攻めのせいだろう。師弟というだけあって、レオルドとエイナの連携には目を見張るものがあった。

 

 初見で大型モンスターと戦うなどという真似は、しないしさせてもらえないため、アルはジェイの護衛というかたちで後ろに下がった。その結果、入れ替わるように前に出た二人の動きがよく見えた訳である。

 

 結論として、エイナは強かった。

 さすがに、レオルドの弟子というだけはある。

 アルが大型モンスターに向かっていくより、一歩も二歩も前に踏み込む度胸。隙の大小関わりなく、自分の攻撃力で、その隙を抉じ開ける戦法。

 どこかレオルドを思わせる戦い方に加え、彼女が扱う武器もまた、強力に過ぎた。

 

 恐らくは、狩人が扱う武器の中でも、トップクラスの破壊力をもった武器カテゴリー。ハンマーである。

 

 大人の男でも持ち上げることが出来るか否か、という程の重量がある武器を、小柄な少女が、まるで自分の腕の延長かのように軽々扱うさまは、見ていて戦慄すら覚えた。

 

 ともあれ、アルはアル。エイナはエイナである。比べても仕方ないと割り切ることにする。

 ホントはちょっと、いやかなり悔しかったり、羨ましかったりするのだが。

 

「北だな」

「あんま遠くにゃ行ってねーみてーだな。早く帰りてえし、ちゃちゃっと済ませちまってくれよ」

 

 ジェイがババコンガに撃ち込んだペイント弾。その臭気から、ババコンガの移動先におおよその見当を着けたレオルドが歩き出す。

 それをきっかけに、エイナが、ジェイが同じ方向へと向かった。コンガの解体をしていたアルは、それにやや遅れるようにして続く。

 

(しっ……、かし、属性武器ってのは、思ったより負担がかかるな)

 

 腰に下げた愛剣『コロナ』を見詰めて、ふと思った。

 威力は強化前とは比較にならない程上がっているが、その分腕にかかる負担が増している気がする。

 もっとも、この程度なら扱い切れるし、多少の扱い難さは、増えた攻撃力で十分お釣りがくるのだが。

 

 そして、それに連動して思い返すのは、一人のハンター。

 

(ホント、楓さまさまだよなぁ)

 

 『コロナ』は高い火属性を宿す片手剣だ。そして属性武器の大半は、その属性の特徴に見合ったモンスターの素材を必要とする。火属性なら火竜。水素材なら水竜、といった具合に。

 

 コロナの強化に必要だったのは火竜────、つまりリオレウスの素材であった。

 しかし、当然のように未熟なアルでは火竜は狩れない。レオルド達と組んでからも、彼らがこちらへ狩りの難易度を合わせるので、そんな大物とは戦ってはいないのだ。

 実際問題、アルは火竜の素材を手に入れる機会には恵まれず、その結果コロナも作成出来ないハズである。

 

 にも関わらず、その業物はアルの腰にぶら下がっている。

 

 何故か、は考えるまでもない。どうにか『恵まれない機会』で、コロナへの強化に必要な素材が集まってしまっただけだった。

 

 

※※※

 

 

「今回は随分と世話になった」

 

 ハンターズギルドの一角。カウンターバーの側で、先ほどまで竜車に相乗りしていた人物がそう言った。

 

 紅いドレスのような鎧を身に纏い、蒼い銃槍を背負った銀髪の女性。

 名を楓という彼女は、アルなど及びもつかないような実力を秘めたハンターなのだった。

 

「いや、世話になったのはこっちだよ。楓には迷惑かけっぱなしでさ」

「私一人では完遂出来なかった依頼だ。そう卑屈になることもあるまい」

 

 そうやって楓は優しげに微笑むのだが、迷惑かけたのは事実なので、アルは苦笑を返すしかない。

 具体的にどんな迷惑かというと、援護が巧く出来なかったりとか、火竜にビビって動けなくなったりとかだ。思い出したら少し凹んだ。

 

「ところで、お前はこれからどうするつもりだ?」

「どうって……、報酬貰って、ついでに晩飯食って、帰って寝るけど?」

「いや、訊き方が悪かったな」

 

 何だろ、急に。というのが、アルの感想。

 キョトンとしたアルに対し、楓は微笑を浮かべたまま、質問を改めた。

 

「ハンターを続ける気は、まだあるか? と、訊きたかったんだ。狩り場では、何やら思い悩んでいたようだったのでな」

 

 その質問に、アルは笑顔で頷いた。

 そうするだけの、まだやってみようと思わせるだけのことを、目の前の彼女がしてくれたのだと、実感しながら。

 

「うん。まだ、もうちょっと頑張ってみるよ」

「そうか。まぁ、帰路の様子から、そういう予感はしていたがな。それを、しっかりお前の口から聞いて、やっと安心できたよ」

 

 「存外、心配性なのかもしれんな」、と楽しそうに笑う楓に、アルもまた、「そうかもな」、と返して笑う。

 

「では、機会があればまた何処かで」

「あれ? もう行くのか、報酬もまだ受け取ってねえのに?」

 

 エルモアに着いてすぐにハンターズギルドに直行し、狩りの達成報告をした訳だが、報酬の査定には多少の時間がかかる。

 現在二人は、その査定待ちなのだった。

 

「ああ、報告ついでに次の仕事を持ちかけられてな。そちらが急ぎらしいので、私の分の報酬は、その仕事とまとめて貰うように頼んだんだ」

「なんだ、忙しねえな。ゆっくり休む暇もねえじゃんか」

「違いない。これが終わったら、しばらく休むことにしよう」

 

 とはいえ、ギルド側がすぐに仕事をあてがうというのは、彼女が優秀な証拠であろう。

 羨む反面、いつか追い付きたいと心に刻んで、アルは楓を送り出した。

 

「気ぃつけてな」

「ああ。……そうだ」

 

 笑みを浮かべて歩き始めた楓は、何かを思い出したかのように立ち止まると、アイテムポーチを探って、布にくるまった何かを投げて寄越した。

 

「……っと、なんだよ?」

 

 投げ渡された物を見ながら軽く首をひねる。

 

「今回の件、その礼だ。今の私には必要ないからな、受け取ってくれ」

 

 布の中身はそれなりの大きさと重さである。

 なんだろう? と布を引き剥がすより先に、楓は「それではな」とこちらに背を向けてしまっていた。

 

「ああ、何かわかんないけどありがとな! またどっかで!」

 

 慌てて声を張り上げるアルに、振り返らないまま片手を挙げて、楓は酒場を出ていってしまった。

 

「……」

 

 しばらく無言で酒場の入口を見詰めていたアルだったが、やがて手の中にある布の中身が気になった。

 割りと丁寧に包装されているそれをほどく。ややあって、アルの目に写ったのは赤い鱗であった。

 

「これ、火竜の鱗……?」

 

 赤い鱗と聞いて真っ先に思い出したのは火竜だ。

 そして、その思考は正しいように思えた。何故なら、楓との狩り、その場所に『彼』はいたのだから。

 

「アルさん」

「ん? ああ、シエルか」

 

 呆然と見詰めていた鱗を反射的にポーチにしまって、声をかけてきた受付嬢に振り返る。

 アルの思い描いた通りの人物は、アルと目が合うと柔らかな笑顔を向けて言った。

 

「お疲れさまでした。査定の結果が出たので、報酬をお渡ししますね。今回は、アルさんの期待を上回る量かもしれませんよ」

「は? ……って、うお!?」

 

 笑顔で言ったシエルから、報酬の入った布袋を受け取る。

 差し出された報酬は確かに重かった。

 卵運んだだけなのに、こんなにかさ張るか? と怪訝に思ったアルは、早速報酬の入った袋を覗き見た。

 

 袋の中身は大量の硬貨と、いくつかの素材である。

 それ自体は珍しくもない光景だったが、随分と硬貨の量が多い。そういえば楓が持ってきた依頼状には、大した報酬金額が記載されていたように思う。

 次いで、アルの目を惹いたのは素材だった。何かよくわからない骨や、赤やら黄色やら色の着いた種。それに埋もれるようにして、『赤い鱗』が数枚袋の底に紛れ込んでいる。

 

「これ……!?」

「はい。森丘を闊歩していたリオレウスが傷付いて、人里から遠く離れた場所で療養し始めたのが確認されたので、追加報酬です」

「追加?」

 

 思わず聞き返すアルに、シエルは笑顔のまま説明をくれる。

 

「大型モンスターの狩猟の場合、どれだけそのモンスターを傷付けたかによって報酬が変動するんです。

 ギルド側としては、生態の調査もしたいので無傷での捕獲が望ましいのですが、そういう訳にもいきませんしね。傷付き過ぎて調査には使えないと判断が下った場合、その部位の素材がハンターに回されるんです」

「バカバカ傷付けると、ギルドは大損って話か?」

「必ずしもそういう訳じゃありませんけどね。破壊跡から解ることもあるらしいですし。それで、今回の報酬なんですが……」

「あ、そういやただの卵運びだぜ?」

「ええ。依頼内容が大型モンスターの狩猟でなくても、狩猟の達成でその素材を渡す規約になっているんです。

 また、狩猟達成していなくても、それに準ずる成果で報酬が与えられます。こちらは、狩猟達成に比べると、少しすくないですが」

 

 そういえば最初に「リオレウスは療養のために引っ込んだ」と言っていた気がする。

 

「つまりリオレウスを追い払ったから報酬貰えるってこと?」

「そうですね。でも中途半端に刺激したりすると、モンスターの怒りを買って、危険のなかった場所に危険を増やす結果にも繋がりますから、なるべく必要のない戦闘は自重してほしいですね。

 もしそうなったら、追加報酬どころか責任とってもらうことになりかねませんし。

 まあ、今回は観測隊から安全との報告が上がってますから、大丈夫ですけど」

「はは……」

 

 シエルのその言葉に、アルは乾いた笑みを返すことしか出来なかった。うまく転んだとか以前に、楓がリオレウスと対峙するハメになったのはアルがちんたらやってたせいなのだから。

 

 ともあれ、報酬は報酬。受付嬢から手渡される以上は正当なものなので、アルはありがたく受け取ることにした。

 

 ずしりと重い袋を掴むと同時に、あることを思う。

 

(つうか、どうやったら()()()だけでリオレウスを追い払えんだよ?)

 

 アルの中に、楓の桁違いさが改めて刻まれた瞬間だった。

 

 

※※※

 

 

(楓には、いつかちゃんと借りを返さねえとな)

 

 行軍の最後尾を歩きながら、アルはそんなことを思った。

 コロナは強力に過ぎる武器だ。生産が難しい分、その性能に申し分はない。

 

 『レッドサーベル』と呼ばれる、火竜の素材を使った片手剣がある。

 その剣に、発火能力をさらに増すための『火炎袋』。火竜の素材の中でも特に稀少な『火竜の逆鱗』を加えて、『コロナ』は完成する。

 

 火竜を狩れるハンターであっても、稀少素材である『火竜の逆鱗』が入手出来ず、生産出来ない人間も多いと聞く。

 その点、アルは運が良かったとしか言いようがない。

 

 そう。別れ際、楓がアルに投げて寄越したのは『火竜の鱗』ではなく『火竜の逆鱗』。

 稀少素材をあっさり手放す感性に、アルはそれはもう驚いた(武器屋の前で5分程硬直)ものだが、ありがたく使わせて貰ったのだ。つうか、使わないと楓に怒られる気もしたし。

 

 ちなみに、大量に必要だった火炎袋は、先日狩猟したクック先生からいただいた。発火能力さえあれば、火竜のものでなくても代用可能だとか。

 

 閑話休題。

 

 ともあれ、アルは強力な火属性の武器を手に入れた。この武器なら、ババコンガ相手でも十分通用する。

 

 と、不意に最前列を歩いていたレオルドが、こちらへと振り返った。

 

「アル」

「んあ? 何?」

「次から、いけるか?」

「……」

 

 短い確認の言葉。それにしばし考えてから、アルは頷いた。

 

「ああ。だいたい()()()

「そうか」

 

 彼からの返答は相変わらず短い。

 だが、逆にそれこそが、レオルドからの信頼なのだと思う。

 

「じゃ、前は旦那とアルに任せるわ。……エイナ!」

 

 最前列のレオルドが、最後尾のアルと会話するために後退したことで、現在の先頭はエイナだ。

 いつからこちらの話を聞いていたのか、ジェイがエイナに呼び掛ける。

 

「……何よ?」

 

 応じたエイナは仏頂面だった。

 ジェイはそれに、苦笑を一つ返して口を開く。

 

「アルと旦那がかき回すから、オメーは一歩退いて様子みてろ」

「アンタのお守りしろって?」

「違う違う」

 

 仏頂面をさらに歪ませたエイナに、ジェイは今度は苦笑ではなく楽しげな笑みを浮かべて言う。

 

「トドメは任せた」



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心 ~苛々~

 

 エイナは苛ついていた。

 

 ────トドメは任せた。

 

 そうジェイに言われてからずっとだ。いや、正確にはその少し前から。

 別にトドメを任されたことに怖じ気付いた訳ではない。

 片手剣、双剣、ハンマー、ヘヴィボウガンという取り合わせなら、ハンマーが一番トドメ向きであろう。遠距離武器としては高火力なヘヴィボウガンも、総合的な火力ではトップクラスの双剣も、一撃の威力ではハンマーには及ばない。

 

 それをエイナは正しく理解しているし、それ故に与えられた役割に納得もしている。だから苛ついているのは、それとは別の理由だ。

 

(どこにいるってのよ……!)

 

 内心でそう毒づく。

 最初の遭遇戦以来、ババコンガとは遭遇していない。反面、コンガとの遭遇戦は増えていた。

 

 依頼内容にはコンガの間引きも含まれていた。それ故に出会う度に蹴散らしてはいるが、際限なく沸いてくる猿の相手は正直、精神的にくる。

 この状況がこのまま続くようなら、エイナは爆発してしまうかもしれない。

 

 まあ、そんな理由でエイナは苛々している訳だが、もちろんそれだけではない。

 

 ちら、とすぐ後ろにいるアルを流し見る。度重なる遭遇戦によって、隊列は入れ替わってしまっていた。

 だがまあ、そんなことは些細なことだ。問題はもっと別で。

 

(会話のきっかけ……)

 

 ベースキャンプを出てからアルとは会話をしていない。きっかけがないのだ。

 会話のきっかけがない、ということは、謝罪するきっかけがない、ということで。

 

 ベースキャンプでのことを謝るつもりだったエイナは、それはもう苛ついていた。何せ、恥を忍んで謝ろうとする度に、コンガに遭遇して決意を潰され続けているのだ。これで苛つかない方がどうかしている。

 

(あー、もう! アタシらしくもない!!)

 

 頭では、さっさと謝ってしまえばいいとわかってはいるのだ。許してもらえるかは別問題として、そうしなければ、エイナの気が済まない。

 けれど、そこに生来のプライドの高さだとか、複雑な乙女心とかが絡んでくるものだから、エイナは謝罪するのにかなりの精神力を必要としてしまうのだった。

 

 悶々としたまま、何度目になるかわからないエリアの移動を行う。密林の隅に小さな池があるだけの、狭いエリアだ。

 

「なあ、旦那。そろそろ休憩しねえ? 俺、疲れちった」

「……ああ」

 

 悩める乙女を尻目に、ジェイは呑気(エイナにはそう見える)に休憩を提案する。

 ペイントの臭気を追って歩いてはいたものの、こちらの気配を読んでいるかのように移動するババコンガ。最初の遭遇からかなりの時間が経過しているし、通常体との遭遇戦もそれなりに繰り返した。

 

 さらに酷いことに、先程ペイント弾の効果時間が終了してしまったのか、臭気が消えた。これではババコンガの位置を特定出来ない。

 どれも致命的ではないが、確実に消耗し始めた今、レオルドがジェイの提案に頷くのは当然と言えた。

 

「なら、この間に武器を研ぎ直しとくか」

 

 歩きながら自身の剣に目をやり、アルが呟いた。

 謝るなら今だ、とエイナは直感する。

 

 ジェイがその辺りに腰を下ろす中、レオルドは周辺の警戒にあたる。

 普段ならジェイに文句の一つでも言ってやるのだが、その余裕は今のエイナにはない。

 

 狭いエリアの隅にある泉。その程近くに腰を下ろし、赤い剣を研ぎ始めたアルを鋭く睨む。

 

 いや、エイナには睨んでいるという意識はない。

 ただ、ちょっと気合いが入りすぎているだけなのだ。アルはその視線に気付いてはいるのか、何処か居心地が悪そうであったが。

 

 そんなアルの様子に気付く余裕すらないまま、エイナは一度深く息を吐き出した。

 よし! と気合いを入れ直してアルのすぐ側に立つ。

 

「ね、ねえ!」

 

 驚くほど上擦った声に、自分で自分に呆れてしまう。どんだけ緊張してんだ、と。

 「んだよ?」と顔を上げたアルと、エイナの視線がかち合った。

 なんでもない視線に、思わず「うっ」と言葉に詰まる。

 再度、落ち着けと自分自身に念じて、エイナは口を開いた。

 

「ちょっ、ちょっと話があるんだけど!」

(全然落ち着けてなーい!?)

 

 かつてこれ程緊張したことがあったであろうか。いや、ハンターをやってる以上は絶対にあるハズなのだが、今のエイナには過去最高の緊張に感じられた。

 

 ともあれ、アルの方も「話?」と耳を傾ける意思はあるようだ。

 バックバク五月蝿い鼓動に戸惑いながらも、「こんなもん勢いじゃー!!」と半ば自棄になって、謝罪に必要な台詞を引っ張り出す。

 

 

 ────ごめん。

 ────悪かった。

 ────すまない。

 ────堪忍な。

 ────許して。

 ────そんな怒んなくても。

 ────この度は一身上の都合でご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

 

 

 あらゆる謝罪文句が頭を巡っては消えていく。

 無数にある選択肢から、エイナが選んだのは────、

 

「い、良い天気ねー」

(……って、違ぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!?)

 

 脳内で壮絶なセルフツッコミを行うエイナとは対照的に、アルは少し眉を寄せただけだった。

 

「ん。ま、良い天気だけどよ」

「そ、それでね!」

「あん?」

 

 今度こそは! と、意気込むあまり大声が出た。というか、さっきから上擦った大声しかあげていない。アルからすれば、さぞ挙動不審な女に見えることであろう。

 

「その……さっきの、ことなんだけど」

「さっき?」

 

 ようやく、と言っていい成果に、エイナの心に若干の余裕が生まれた。

 後は、謝るだけである。

 

 もう一度深呼吸。気を落ち着けて────、よし。いける。

 

「ベースキャンプで、さ」

「っ!」

 

 その単語を聞いた途端。こちらの話を聞きながらも、どこか手元の剣に意識を向けていたアルが、急に動きだした。

 

「え?」

 

 エイナとしては戸惑うしかない。

 緊張と、アルの突然の行動とで空白になった思考は、思いもかけず一つの結論を導き出した。

 

 

 ────アルは、あの事に対して、とてつもなく怒っている。

 

 

 その証拠に、一気に立ち上がったアルの右腕は、エイナの肩を掴むように伸びてきている。

 エイナの背後には小さな泉。彼がエイナを許せずにいるなら、このまま突き飛ばすのだろうか。

 

 濡れ鼠かよー。と、どこか他人事のように思いながら、しかし当然の報いかもしれないな。と、ある程度は納得もしていた。

 

 果たしてアルの右腕はエイナの肩を掴んで────、

 

「伏せろバカッ!!」

「っ!?」

 

 押されるのではなく、思い切り、引き寄せられた。

 

 直後、凶悪な風切り音と風圧が耳元を掠めていく。

 何が起きたのかわからないままのエイナを余所に、アルは彼女を庇うように位置関係を入れ替える。

 

「ブオォォォォォォ!!」

「ぐっ!?」

 

 咆哮と金属音。

 次いで感じた衝撃に、エイナはアルとともに後退する。二人揃って、雑草生い茂る地面を滑っていった。

 

 混乱のまま顔を上げる。

 そうしてやっと見えたのは、泉の中からずぶ濡れで飛び出したババコンガ。

 すぐ側に感じる温もりは、エイナを抱き寄せ盾を構えたアルのそれであった。

 



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決着 ~言葉の意味と彼の実力~

 何事かを話そうとしたエイナを背後から襲ったのは、泉の中から飛び出したババコンガだった。

 とっさに彼女を引き倒し、体勢を入れ替えるようにババコンガの前に躍り出る。果たして、ババコンガの豪腕はアルの盾に阻まれ、エイナに届くことはなかった。

 

「ぐっ!?」

 

 それでも、盾越しに伝わってくる衝撃までは殺しきれない。エイナと二人して、滑るように後退した。

 

(水の中からとか、エラ呼吸でも出来るってのかよ!?)

 

 痺れる左腕を一度軽く振って、敵を見据える。身体をブルブルと震わせて、全身の毛から水気を飛ばすさまは、犬のそれとよく似ていた。犬の方が、遥かに可愛げがあるが。

 

 直後、ババコンガの鼻先で爆発。火炎弾だ、と思うまもなく、悲鳴をあげた牙獣目掛けてレオルドが突っ込んだ。

 

「ジェイ!」

「師匠!」

 

 エイナの声に応えず、レオルドはババコンガを二度斬りつけ、僅かに距離を取る。対し、ジェイの方は「早く前、支えろ」とアルに応えた。

 

 首肯し、エイナを掴んでいた手を放す。支えを失って倒れてしまうかと思ったエイナはしかし、意外なほどしっかりと二本の足で立っていた。

 考えてみれば、彼女も幾度となく死線を越えた(恐らくアル以上に)ハンターなのだ。今更多少の強襲でぐらつくような胆力はしていないのだろう。

 

 思考の隅でそれだけ考えると、アルは地面に転がっていた愛剣(研磨の最中に誰かを庇えば、放り出しもする)を拾い上げ、レオルドの隣に位置付けた。

 

「行けるな?」

「おう」

 

 問いかけも回答も、揃って短い。それでも両者にとってはそれで十分。

 二人めがけて飛び掛かってきたババコンガを余裕を持って避けると、レオルドは鋭い動きで大猿の懐に潜り込んだ。対照的に、アルはやや距離を離し様子を伺う。

 

「ブムゥ」

 

 よくわからない声をあげたババコンガと、アルの目とが合う。その瞳に殺意を感じ取った瞬間、アルはババコンガに向かって踏み込んだ。

 

 目に見える突撃。いくらババコンガでも、ここまで捻りのない攻撃ならば迎撃も余裕である。

 

 直線的に疾走するアルを叩き潰す為に、ババコンガの豪腕が唸りをあげる。それを視界に捉えても、アルの疾走は止まらない。むしろ加速する。一瞬でババコンガの間合いに到達したアルは、右腕のコロナを振りかぶった。

 

 だが遅い。アルは攻撃後に逃げなければババコンガに圧殺されてしまうが、ババコンガの腕は既に振り下ろされ始めている。攻撃だけならともかく、離脱の時間は、ない。

 

「ブォォォォッ!?」

 

 その時、勝利を確信しただろうババコンガを、無数の斬撃が襲った。

 

 レオルドだ。

 レオルドは大柄だが、ババコンガからすれば小さい。その体格差を活かして、大型モンスターの最大の死角、懐深くへ飛び込んだのだった。

 アルの目に見えた攻撃は、それを見越してのことだ。アルに注意を傾けさせれば、死角に入り込んだレオルドに、そうそう気付かれることはない。

 

 意識していない場所からの強烈な攻撃に、ババコンガの体勢が僅かに崩れた。ダメ押しとばかりに、振り下ろした腕────正確にはその爪に、火炎弾が叩き込まれる。

 

「せぇぇぇぇぇぇい!!」

 

 2つの要因が重なって、ババコンガの腕はアルを掠めるだけに留まった。衝撃に大地が揺れる。

 総身を奔る怖じ気を無視して、振り抜いた剣がババコンガの爪を捉えた。

 

「オオオオォォォォ!?」

 

 返ってきたのは改心の手応え。

 それに違わず、ババコンガは非常に人間くさい動きで爪を押さえて痛がってみせた。見れば、長かった爪は根元から砕けてしまっている。

 

「うわ……、いったそー」

 

 アルの呟きにババコンガが顔を上げる。怒りに歪んでいるとよく分かる辺り、顔の作りも人間に近いのかもしれない。

 

「グォォォォォッ!!」

「おっと!」

 

 妙なところで関心していたアルに、ババコンガの腕が伸びてくる。軽いステップでかわし、反撃。

 血を噴き出す二の腕に、さらに後方からジェイの援護射撃が決まり、ババコンガはその巨体をのたうち回らせる。

 

「さ、一気に決めちまうか」

 

 後方から響く声に、アルは頷きを返して、牙獣を睨んだ。

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 戦況は、もはや一方的だった。

 

 身軽なアルがババコンガに斬り込み、出来た隙をレオルドが抉じ開ける。ジェイの狙撃が、懐に飛び込んだ二人の離脱する僅かな時間を作り、二人が離れる瞬間にエイナのハンマーが唸りをあげた。

 役割分担という名の連携は、ババコンガに反撃らしい反撃を許さない。

 

 ここにきてエイナは、先程のアルの言葉の意味を思い知った。

 すなわち、『だいたい覚えた』という台詞の意味である。

 

 アルの位置取りは最前列。もちろんエイナが踏み込む時には配置が入れ替わるが、一撃離脱のエイナと違って、彼は長時間ババコンガの目の前である。それはババコンガの攻撃にさらされ続けることと同義だ。

 

 一撃でも貰えば動けなくなってしまうかも知れない。

 大型モンスターと対峙する時には、常にその緊張がついて回る。そして極度の緊張は、消耗を加速させる。

 

 にも関わらず、アルの動きに淀みはない。むしろ時間の経過とともにより至近へと近付く彼の動きは、鋭さを増し続けていた。

 

 慣れた人間ですら躊躇するような間合いで、ひたすら回避し、剣を振り続ける。

 距離が近付けば近付く程、回避の難度は高まるハズだ。『張り付く』と言って差し支えない程の位置では、とても回避行動など間に合うとは思えなかった。

 

「しっ!」

 

 ババコンガが苦し紛れに振るった豪腕が、アルの耳元を掠めていく。だが彼に焦りはない。最初から、ぎりぎりでかわすことを想定していたらしい。

 

 普通、攻撃をかわすには『攻撃を視認』することが必要となる。

 

 拳打をかわすなら、振り上げられた拳とその軌道。

 斬撃をかわすなら、武器の長さとその軌跡。

 

 大体の目測から安全圏を導き、身体をそこに滑り込ませる。稀に『視覚』を使わずに物を捉える達人がいるらしいが、そんな例外はここでは度外視する。

 ともあれ、回避行動に視覚は必須と言っても過言ではない。

 なのに、アルは()()()()()()()()()()()()()()で攻撃を回避し続ける。

 

 あり得ない、とエイナは呟いた。

 接近するのはいい。相手の気を引く役なのだから、むしろ当然の位置取りだ。

 だが近すぎる。あれでは『攻撃動作』を見てからの回避は間に合わない。そもそも巨大な相手を前に接近し過ぎれば、敵の動きなど視界には収まらない。

 

 故に、あり得ない。エイナではあの位置での回避は出来ない。恐らくレオルドでも同じだろう。彼もまた、アルよりも一歩も二歩も離れた間合いから近接し、離脱しを繰り返しているのだから。

 

 この神がかり的な回避を可能にしているのは、きっとあの一言。

 

 

『だいたい覚えた』

 

 

 書き起こせばたった数文字。だが、それがどんなに難しいことかエイナは、いやハンターは皆知っている。

 

 人とモンスターとの間には、生物学的に絶対的な壁が存在する。

 

 人間には獲物を引き裂く牙も無ければ、外敵から身を守る甲殻も無い。空を駆ける翼も無ければ、水中を自在に泳ぐヒレも無い。

 あるのは、ただただ脆弱な身体のみ。

 

 それでも人間は過酷な環境で生き抜き、繁栄した。

 たった一つ、他の生物より優れた『知恵』を以て、自然を征したのだ。

 

 いや、『征した』というのは語弊があるかも知れない。

 だが、これから先そうなっていくのであろう。事実、人は未開の地を開拓し続けているのだから。

 

 そしてその知恵の全てを、モンスターを狩る為に集約した存在が、ハンターである。

 

 牙の代わりに剣を。

 甲殻の代わりに鎧を。

 翼持つ者を墜とす為に弾丸を。

 潜水する者を引き上げる為の道具を。

 

 圧倒的な力関係を覆す為に、ありとあらゆる手を尽くす。モンスター相手の立ち回りは、その中の一つだ。

 

 何度も何度も対象を観察し、実際に立ち回り、誤差を身体で感じ、また観察し、もう一度立ち回る。

 種族ごとの特徴、地形効果、個体による行動パターン。それら全てを戦闘中に加味して、狩りを組み上げていくのだ。

 

 所謂、『凄腕』のハンター達は、この狩りの組み立てが上手いのだと思う。経験に裏打ちされた予測は、狩りを有利に進めるのだろう。

 だが、その『凄腕』にしたって、事前情報無しでは攻めあぐねるハズなのだ。個体ごとの差は言うまでもなく、初見の『種族』であるなら尚更。

 

 だから、アルの動きはあり得ない。

 

 まるでその種族のモンスターと何度も戦闘をしたことがあるかのように立ち回り、さらに個体ごとのクセすらも加味した戦いなど、『初見のハンター』には不可能なハズだった。

 

 彼の言葉を信じるなら、最初の遭遇戦。

 あのたった一度の戦闘で、ババコンガの動きを観察しつくしたということか。

 

 にわかには信じ難い離れ業は、アルがババコンガの攻撃をかわしたことによって信じる他なくなる。

 

(今の攻撃……)

 

エイナの口の中は、既に驚愕でカラカラに渇いてしまっていた。

 

(アタシの位置でも予備動作が読めなかった!?)

 

 何の前触れもなく、苦し紛れに繰り出した攻撃、というものが存在する。明確な狙いも、必殺の意思も無いそれは、逆に攻撃予測がしづらく回避が困難だ。

 

 今のババコンガの攻撃。エイナにはまさしくそう見えた。

 だが、アルは軽くかわして見せたのだ。まるでそれが当然だとでも言うように。

 

 ────と、ここでババコンガの身体が、大きく傾いだ。

 

 チャンスだ。

 エイナの中の驚愕は、最優先事項により思考から弾き出される。

 

 アルが離脱したのと同時、レオルドの双刃がババコンガの脇を掠めて発火する。ぐらついた体勢からレオルドに手を伸ばしたババコンガは、その顔面に大量の弾丸を叩きつけられて怯んだ。

 

「ぶっ…………とべぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 だめ押しとばかりに、一気に踏み込んだエイナの渾身の一撃が、ババコンガの脳天に直撃。

 立派に逆立てた頭の毛を派手に撒き散らしながら、ババコンガは激しく地を転がっていった。

 

 桃色の巨体が砂煙を上げながら手近にあった大木に激突する。衝撃に幹が僅かに傾いだ。

 

「トドメ、もらったわ!」

 

 隙の無い連携によって激しく傷付いた桃毛獣。直前に頭部に入ったハンマーの威力が抜けきっていないのだろう。自らが激突した木を支えに、よろよろと起き上がる様は、弱りきった獣のそれだ。

 

 エイナは思いきり踏み込んだ。

 

 桃毛獣の、無駄に表情豊かな顔がみるみる近付く。

 抱え込むようにして構えたガンハンマーの炸裂位置を、狂いなく間違いなくそこに照準。射程内に入れば、この炎の鉄槌が桃毛獣の顔面を焼き潰すだろう。

 

 あと数歩でエイナの間合いだ。ようやく体勢を立て直したババコンガ相手に、攻撃の空振りはあり得ない。

 

 だが、そのタイミングで気付いてしまった。

 

 

 ────何故、この好機にアルもレオルドも踏み込んでいない……?

 

 

「迂闊だ、バカ!!」

「っ!?」

 

 耳に届いたのはジェイの絶叫。

 ババコンガの双眸に怒りの焔が灯る。揺らぐ身体をそのままに、豪腕が振り上げられた。

 

『手負いの獣を侮るな』

 

 それは、ずっと昔にレオルドに言われた言葉。

 

 彼らが踏み込まなかったのは、与えたダメージと、ババコンガの動向を探るためだったのだと今更気付く。

 自分はどうやら焦っていたらしい、と目前に迫る脅威を前に、嫌に冷静な思考が結論をだした。

 

 いや冷静であったなら、真正面から踏み込んだりはしない。

 これは諦観だ。ハンマーを外すことがあり得ない距離ならば、ババコンガの豪腕にも同じことが言えるのだ。

 避けようのない一撃を前に、思考が焦りも、恐怖も感じることを放棄してしまい、一時的に感情の波が抑制されただけ。

 

(あ、ダメだわ。これ)

 

 ヤケにゆったりと流れる視界の隅に、レオルドの姿を捉える。

 ババコンガの背後に回る為に迂回していたらしい。エイナにもそれぐらい心に余裕があれば、真正面から馬鹿正直に突っ込むような真似はしなかっただろうに。

 

 ほとんど時が止まったかのような錯覚は、危機的情況を回避する為に、全感覚神経を鋭敏化させている結果だと思う。

 

 だが、感覚が普段ではあり得ない程の情報を拾ってくれるのに対し、運動神経はまるで働いてくれない。攻撃体勢に傾いた身体は、『避けろ』との脳の命令に従わず、まるで自分から攻撃に晒されにいったかのような形になる。

 

 そんな情況で、エイナが思ったのはどうだっていいこと。

 

 

 ────そういえば、彼はどうしただろう?

 

 

 恐らくはエイナがここまで心乱された理由。

 ベースキャンプでの失言を皮切りに、最初の遭遇戦での動き、そしてババコンガ相手の常識外れの立ち回り。

 彼の存在がエイナを焦らせ、視野を狭くしたのは言うまでもなかった。

 

(アイツは……?)

 

 レオルドと共に最前を支えていたのだから、同じように回り込んでいたハズだ。

 だが、視界の隅にはレオルドの姿だけ。

 どこに? という疑問と、ババコンガの拳が目前まで迫ったのは同時。

 

 果たして豪腕は、エイナを打ち抜く為に振るわれて────、

 

 

 ────割り込んだ、白い鎧に防がれた。

 

 

「っ!?」

 

 突然視界に割り込んだ者に驚愕の声が漏れる。

 耳障りな金属音を響かせて、ババコンガの一撃を受け止めたそれが、振り返りもせずに叫んだ。

 

「……っ! ぶちかませっ!!」

 

 正しい時間の流れが返る。呆けたのは一瞬にも満たない刹那。

 声に、今まで動かなかった身体は、嘘のように機敏に反応した。

 

「う、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 尾を引く絶叫。

 叫びながら白い鎧姿を追い越して、鉄槌を握る両腕が加速する。

 

「し、ず……、めぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 狂いなく桃毛獣の頭部に吸い込まれた鉄槌は、文字通り、言葉通りに、桃毛獣を粉砕した。



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心 ~伝えたかったこと~

 絶叫と轟音が響き渡った密林に、平時の静けさが戻った。

 木漏れ日が優しく肌を照らし、小鳥のさえずる声が耳を癒す。気持ちのいい、穏やかな時間だ。

 

 結局、ババコンガはエイナの一撃に絶命した。

 鈍器による撲殺はアルの想像よりもグロテスクで、遺骸の解体には少しばかり勇気を奮わなければならなかった。

 

 そんな訳で、いつもより時間のかかった解体を終えたアルは、先ほどと同じように泉の近くに腰を下ろしていた。

 

 剥ぎ取りは現在ジェイの番で、周囲の警戒はレオルドが行っている。

 アルもレオルドに倣うべきなのだろうが、狩りに集中し過ぎて緊張の糸が切れてしまっていた。警戒しようにも索敵出来そうにない。

 仕方がないと割りきって、今回はレオルドに甘えることにした。

 

「しかし、大型モンスターは化け物揃いだとわかっちゃいたが……、まさかエラ呼吸まで出来るとは」

「なわけないでしょ」

 

 一人言に間髪入れない鋭いツッコミ。いつの間にか近くに来ていたエイナが、呆れたような視線を送りながら、アルの隣に腰を下ろす。

 

「や、だって水中からザブーン! って、出てきたじゃん。お前も見たろ?」

「見たけど、ただ水浴びしてただけじゃない?」

 

 わかんないじゃんか、と口を尖らせるアルに、エイナは「はいはい」とだけ。何だかちょっぴり傷付いたアルであった。

 

「つうか、ペイント弾の効果って水浴び程度で切れちまうもんなんだな」

「いや、そういうこともあるかもだけど、違うと思うわよ?」

「だって実際切れたろ? 時間切れにしちゃ早かったし」

「まあね。でも雨の日でも匂いは追えるし、ガノトトス────水竜ね。アイツが水中に逃げた時も匂い消えなかったし」

「じゃ、なんで消えたの?」

 

 はて? と割りと真剣に首を傾げる。まさか奴自身の臭いが酷くて、ペイントの匂いを上書きしたなんてアホな理由ではあるまい。

 

「ババコンガみたいな牙獣種はね、『毛繕い』でペイント落としちゃうのよ」

「マジでか」

「マジでよ。ま、これから先、闘うことがあるなら頭に入れときなさいよ」

 

 そう言って、エイナはヒラヒラと片手を振った。

 

「そだな。結構イライラしたし。しかし狩りの最中に水遊びとか、舐めきってやがったなぁ」

「案外、木から足を滑らせただけかもよ?」

「そんで池に落ちたって? マヌケ過ぎんぞ」

「でも、あり得そうじゃない?」

「あー……、確かに」

 

 何となく、ババコンガはマヌケに見えるという話。

 勿論、勝手なイメージなのだが、足を滑らせ泉に落ちる瞬間が容易に想像出来て、アルとエイナは声を重ねて笑い合った。

 

 そうやってひとしきり笑い合った後、不意にエイナが口をつぐんだ。

 

「あん?」

 

 軽快に笑っていたのに、急にどうしたというのか。気になったアルは、彼女の顔を覗き込もうとして────、

 

「腕、貸しなさい」

「は?」

「いいから、腕を貸しなさい!」

 

 キッ、と顔を上げたエイナに左腕を捕られた。

 突然の事態に着いていけないアルに構いもせずに、エイナはアルの腕装備を外してしまう。

 

「え、ちょっ!?」

「アンタさっきババコンガの攻撃受けたでしょ」

「あ、ああ。受けたけど」

「念のために見せなさい、って言ってんの」

「いや、盾で受けたし。ちょっと痺れるくらいで」

「うっさい!」

 

 あっという間に素手にされた左腕。そこにエイナが触れる。

 触診をするためだろうか。エイナの方もいつの間にか素手である。女性特有の柔らかさに、アルの心臓が一瞬跳ね上がった。

 

「……痛い?」

「いや、別に。だからちょっと痺れが残ってるくらいで……って、痛ぁ!?」

「……」

 

 少し力を入れられたのか、左腕に奔った鋭い痛みに絶叫する。

 なんだろう。こちらをジト目で見つめるエイナの視線がとてつもなく痛い。

 

 ふぅ、と溜め息を吐いたエイナは、ポーチから薬草と取り出すと、適当な場所で潰し始めた。

 

「あの、さ」

「な、なんだよ?」

 

 ぽけー、とエイナの様子を見ていたアルはうろたえた。

 変に痛みを我満してたことに何か言われるのだろうか? それとも、エイナに手をとられてドキリとしたことがバレていて、それをからかわれるのだろうか?

 

 一連の出来事に戸惑ってばかりいたアルは、エイナの声に暗いものが混じっていたのに気付けなかったのだ。

 

「その、ベースキャンプでは、ごめん」

「あ?」

「謝ったって許されないこと言ったって自覚はあるわよ。けど、謝らないままじゃ、私の気が済まないから……。

 だから、ごめん。アンタはアタシを許さなくてもいいよ」

 

 そこまで言われて、ベースキャンプでのやり取りが鮮明に蘇ってくる。

 狩りの最中には、意図的に忘れようとしていたが、実際アレは許容してはいけない発言だった。

 

 だが、

 

「いや、いいよ」

「……え?」

「言っちゃいけないこと言ったのは、俺も同じだ」

 

 『ハンター辞めろ』

 

 いくら腹が立ったとしても、これは安易に口にしていい言葉ではなかった。

 それに、アルは知っている。エイナが、本当はそんなことを言うつもりはなかったことを。

 

「でも……」

「あんなこと言うつもりじゃなかったんだろ?」

「それは……そうだけど。だからって、言った事実は消えないでしょ!?」

「ああ。けど、そりゃ俺もだ。だからさ、謝ってくれたなら許すさ」

 

 互いに言ってはならない言葉を浴びせた。

 

 ババコンガを探している間、思考の片隅にはそれだけが引っ掛かっていたのだ。だから謝罪を受ければそれで許そう、と決めた。

 実際にそれが出来るかはわからなかったけれど、今のアルにはエイナを許そうという気持ちになれた。

 

「お互い様、って奴だろ? もう止めとこうぜ、この話題は」

 

 アルの言葉にしばらく黙っていたエイナだったが、やがて小さな声で「そうね」と漏らした。

 

 次いで、磨り潰した薬草をガーゼに染み込ませて、アルの左腕に押し付ける。

 

「ひぃっ」

「……何よ?」

「いや、思ったより冷たくて。つーか、何これ?」

「簡単な湿布よ。ないよりマシでしょ。帰ったら、ちゃんと診てもらいなさい」

 

 そう言って彼女は、ガーゼを包帯で固定していく。

 慣れたもんだなー、とアルは感心した。もしかしたら、エイナには医療の心得があるのかも知れない。

 

 そうやって左腕をぐるぐる巻きにしながら、エイナがまたポツリ、と口を開いた。

 

「それと、さ」

「う、うん?」

 

 先程と同じく歯切れが悪い。今度は何言われんだー? とアルは身構えた。

 正直、彼女が言い澱むことはベースキャンプでのやり取り以外に思いつかない。

 

 手にとったアルの左腕を俯き加減で見詰めながら、エイナは口を開きかけて閉ざす。

 どうやら相当言いにくいことのようだ。心無しか、顔も赤い気がするし、よほど緊張しているのだろう。

 

 しばらくそのまま、口を開いては閉じてを繰り返したエイナだったが、ややあって大きく息を吸い込むと「よし」と気合いを入れて、今度こそ言葉を発した。

 

「その、えっとね……」

 

 気合いを入れた割りに小さな声。

 所在なさげに視線をさ迷わせながら、それでもエイナは俯きながら、か細い声で告げる。

 

「さ、さっきは、その。ば、ババコンガから、助けてくれて……、あ、ありがと」

「…………」

 

 その様に、アルは言葉を失った。感謝を伝えられたことも意外だったのだが、それ以上の衝撃が心を揺らしたのだ。

 

 

 ────なんか手を握られながら、真っ赤になって、上目遣いで……。

 

 

 そして、不意討ちに近い何かに呆然とするアルよりも、それを言う覚悟が出来ていたエイナの方が、立ち直りが早かった。

 彼女は真っ赤になった顔をそのままに、空いた手でアルを指差しながら叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと! 無反応ってどういうことよ!? せ、せっかくこの私が、恥を偲んで、お礼を言ったっていうのにぃ!!」

 

 その音量で、アルが我に返る。

 アル自身、気付いていない内に赤くなりながら、どうにかこうにか口を開いた。

 

「い、いや! 仲間なんだから庇うのは当然っていうかさ!」

 

 声のボリュームはエイナに負けず劣らず。やはり自分も相当テンパっているらしい。互いに真っ赤になりながら、大声での応酬である。

 

 当然、それに気付かない人間など、この場にはいないわけで。

 

「おっし解体終わったぞー。そろそろ帰るけど、お前ら何イチャイチャしてんの?」

 

 二人の側面からかけられたのは、からかうようなジェイの声。

 思わず二人同時に反応して、ジェイに向かって叫んでしまう。

 

「い、イチャついてなんかねえよ!」

「い、イチャついてなんかないわよ!」

 

 その様子を見て、ジェイはさらに笑いを強くした。その後ろ。遠くに見えるレオルドまでもが笑っているように見える。

 

「息もピッタリ。オマケに手まで握っちゃって、夫婦かよ」

「なっ!?」

「ふっ!?」

 

 告げられたとんでもない言葉。二人してしばし言葉をなくし、そして────、

 

『なわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 静かな森に、二人分の絶叫が響いた。




[キャラ紹介]
名前:アルバート=L=メモリ

性別:男性
年齢:17歳
身長:160㎝

武器
三章開始時:ドスバイトダガー
三章途中から:コロナ

以後、使い分け

防具:ギアノスシリーズ


※データは三章開始時点

主役再び。
黒い髪を襟足だけ長く伸ばした、片手剣使い。

二章以降、レオルドとジェイの二人とチームを組み、何回か大型モンスターを狩猟する。

初めの頃の危なっかしさは抜けはじめ、最近では大型モンスター相手にも安定した立ち回りを見せる。
……が、やはり経験不足は否めないらしく、フォローされることもしばしば。

彼の立ち回りの基礎は完全に我流という訳ではなく、どうやら一章で組んだ彼女の影響が大きいようだ。


ちなみに身長は多少伸びたものの、それでも細身なことは変化がない。
相変わらず米が好物。



※※※


名前:ジェイ

性別:男性
年齢:26歳
身長:183cm

武器
二章:ジェイドテンペスト
三章:炎戈銃ブレイズヘル

防具:レウスUシリーズ(頭部のみ何らかのピアス)


金髪碧眼長身のイケメンガンナー。

基本的に軽いノリで、面倒くさいことが嫌い。
その一方でレオルドの怪我を負い目に感じ、彼のリハビリに付き合うといった一面ももつ。
アルと組む以前から、レオルドとはチームであり、エイナとも顔見知り。

軽く、移動制限が少ないライトボウガンがメインウェポンだが、チームにいる時は火力優先でヘビィボウガンを使うことも多い。
前衛の数、質によって使い分けしているらしいが、その基準は曖昧。


※※※


名前:レオルド=リオネス

性別:男性
年齢:不明
身長:216cm

武器
二章:鬼哭斬破刀・真打
三章:サラマンダー

防具:ディアブロXシリーズ


圧倒的な筋力を誇る剣士。エイナの師匠。
壮年のハンターではあるものの、肉体面での衰えは見受けられず、筋肉隆々、2m超の体躯から放たれる斬撃はあらゆる物を両断する。

とある狩りで負った怪我が原因で一線を退くも、僅か半年で復帰。全快ではないものの、狩りに支障はきたさない程度ではある様子。
二章時点で四割程と漏らしていた回復率は、三章終了時で六割程。

ちなみに双剣よりも重い太刀をリハビリの武器に選んだのは、『最悪無事な方の腕だけで振れる』から。
両の腕を交互、同時、時間差で動かすことが必要な双剣は、リハビリには向いていないらしい。

さらに彼は、後一つ使える武器カテゴリーを残している。


※※※


名前:エイナ=ドラグ

性別:女性
年齢:17歳
身長:160cm

武器:ガンハンマー改
防具:レイアSシリーズ(一部レイアシリーズ)


金髪碧眼の少女。レオルドの弟子。

師匠大好きっ子だが、レオルドの怪我がきっかけで一人立ち。
以後半年間ソロハンターとして活動するも、レオルドの快復を期に最加入。彼の弟子だけに戦い方がレオルドに似ている。

元々の気の強さと嫉妬心からアルとジェイに対しては、けっこうキツい物言いになる。
──が、反面世話焼きでもある。所謂ツンデレであろうか?

エイナの口撃を流せるジェイとは違い、アルとはすぐに口論になるが、お互いに本気で嫌い合っている訳ではないので決定的な喧嘩には発展しない(三章冒頭のアレは除く)

ちなみに三章終了時点でアルとは同じ身長。


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外伝 外伝4 《受付嬢の憂鬱》

エルモアのハンターズギルドでは、今日も今日とて沢山のハンターさんが出発し、また帰ってきます。

 

 モンスターを狩ったり、生活に役立つ物を探してきたりと、本当に色々なことをするハンターさんは、持っている装備や武器もバラバラ。

 性別や年齢にも一定層というものがないくらいで、本当に沢山の人が自分のこだわりをもって仕事をしてるんだとわかります。

 

 さて、そんな個性豊かな彼らにも共通項というものがありまして。

 一番はやっぱり、ギルドで仕事の受注をしていくことなんでしょう。

 

「はい。確かに受け付けました。お気をつけて」

「おう」

 

 今も一人のハンターさんを送り出して、私はクエストリストに『契約済み』とサインを走らせました。

 『送り出して』という言葉から分かって頂けるように、私はハンターではなく受付嬢をやらせて貰ってます。

 

 名前をシエル=サインボード。

 先日19歳になったばかりの、まだまだ新米受付嬢です。

 

 そんな私の仕事はハンターさんに仕事を斡旋することと、酒場も兼ねたハンターズギルドの給仕。そして資料の整理です。

 

 うん、給仕の方は先輩がやって下さってますし、今のうちに資料整理しちゃいましょう。

 そう思って資料を開く。

 

「………………」

 

 閉じる。思ったより多い。

 けれど、いつかはやらなきゃいけない仕事には変わりありませんし……。

 

「はぁ……」

 

 結局、私は溜め息をつきながらも資料を開きました。

 

「なぁによ、シエル。溜め息なんかついちゃって」

 

 憂鬱な気分のまま資料整理に乗り出した私にかかる声。

 

「あ、メール先輩」

 

 かけられた声に顔を上げると、そこには笑顔の先輩の姿。

 

 長くて綺麗な赤毛と切れ長の眼を持つ彼女は、パッと見はちょっと怖そうです。

 けれど、実際はよく笑うし、明るくて優しい先輩です。

 

 ちなみに今給仕を担当して下さってるのはさらに別の先輩で、名前をプレーヌ。

 こちらは眼鏡をかけたインテリっぽい美人さんです。見た目に違わず、敏腕な受付嬢のリーダーさん。

 

 このお二方に私を加えた三人が今日のシフトなんですけど、ちょっぴりキツいと感じてしまったり。

 ピークからはズレているのでマシではありますが、シフト三人は少しすくない気がしますよギルドマスター。

 

 と、内心でギルドマスターへの抗議文を考え始めた私に、メール先輩の嬉しそうな声。

 

「さては……、恋患いね! このこのっ、うちの看板娘は誰に恋をしたのかにゃーん?」

「ええっ!? ち、違いますよ!」

 

 溜め息の理由をあらぬ方向へと解釈されて、私は思わず大声をあげてしまいます。

 

 普段から怒声、罵声、歓声が飛び交うハンターズギルド。

 それでも『受付嬢が』大声をあげる状況は、やっぱり珍しかったらしくて、つまり結論を言いますと……、

 

「あう……」

「あははー、みんな見てるねー」

 

 そういう状況です。うう、恥ずかしい。

 

 そんな私の心境に構いもせずに、メール先輩は私の背中をバンバン叩いて笑います。

 

 …………痛い。

 

「まぁまぁ、それよりも相手は誰かね?」

「いやだから違いますって。ただ未整理の資料の多さに辟易してただけです」

「そう? じゃあシエルたそには好きな人いないの?」

「じゃあの意味がわかりませんけど、溜め息の理由とは関係ないですね」

 

 というか『シエルたそ』ってなんでしょう? 敬称って普通、『シエルさん』とか『シエルちゃん』になると思うんですが。

 そんなやり取りをしているうちに、ハンターさん達の興味も他に移ったらしく、次々と私から視線が外されて行きます。

 

 ああ、緊張しました……。

 

 そうやって安堵の溜め息を吐くと、耳元で先輩が、

 

「でもぉ、気になる男の子、一人くらいいるわよねぇ? たとえばほら、あの黒髪の子とか」

「ぶっ!? ごほっ、ごほっ!?」

 

 失礼。でも不意打ちは卑怯ですよ。

 というか、何でそんなこと知ってるんですか!?

 

「あれ図星? 冗談だったんだけど」

「…………知りません」

「わーお、怒んなくったっていいじゃないのよ。で、で? どんな子なの!?」

 

 うう、心なしか先輩の目が輝いてる気がします。これはちょっと逃げられそうにありません……。

 仕方ないので「誰にも言わないで下さいね?」と釘を刺してから、私は白状しました。

 

「え、と……、アルバートさん、です」

「アルバート? ……って、あの小さい子よね?」

 

 思案しながら口を開いた先輩に、私は頷きを返しました。

 すると何故か先輩は不満そうな顔をします。

 

 何か、まずかったでしょうか……?

 

「いや、だって小さいし細っこいわよ? 男ならさ、やっぱガチムチじゃない?」

「歹鞭……?」

「何その難しい発音? そうじゃなくて、筋肉モリモリの男の方が魅力的じゃない? ってことよ」

 

 ああ、成る程。それを我地無知と言うのですね。

 

「先輩は、たくましい男性が好みなんですか?」

「そりゃあねえ、たぎる筋肉! 浮かぶ血管! そして汗! 最高じゃない!」

「え……、と」

「ちょっと、なんで微妙な顔!?」

 

 いや、だって、その……、うっとりされても困ります。

 

 私が微妙な顔のまま固まっていると、やがて先輩は「まあいいわ」と息をつきました。

 

「結局、男の魅力は筋肉だと思うのよ」

「え、その話続けるんですか?」

「当然よ。アンタにも筋肉のミリキって奴をたっぷりと………って、痛っ!?」

「あ、プレーヌ先輩」

 

 いつの間にか給仕を終えたプレーヌ先輩は、メール先輩の頭をお盆で小突いて、自分の定位置に着席。そのまま呆れたように口を開きます。

 

「何バカな話をしてるの。仕事をなさい」

「先輩痛いですよー。てか、恋バナは女子にとっては仕事より大事ですって!」

 

 メール先輩の言葉にプレーヌ先輩は「恋バナ?」と眉をひそめました。

 

「筋肉がどうこう言ってるから、変態トークかと思ったわよ」

「ヒドイですよ。私はただ、シエルに男の魅力、イコール筋肉。それ故に筋肉のミリキをですね」

「シエルを変な道に引きずりこまない」

「変じゃないですって! ねえ!?」

「……」

「シエルー!?」

 

 咄嗟には反応出来なかった私に、すがりつくような目を向ける先輩。

 いや、でも、私も少しばかり引いてましたし、ね?

 

「それに、男性の魅力は筋肉だけじゃないでしょ?」

「そんなこと言って、先輩の旦那はガチムチだったじゃないですか」

「えっ!? プレーヌ先輩、結婚なさってたんですか!?」

 

 さらりと投下された新情報。まるで知らなかった事実に、私は思わず大声が出てしまいます。

 けどそれも仕方ないですよ。まさかプレーヌ先輩に旦那さんがいたなんて!

 

 でも、そのプレーヌ先輩は何故か渋い顔。

 対照的に明るい顔をしたメール先輩が口を開きました。

 

「なさってたなさってた! マッチョさんでね、確か狩猟笛使いのハンターでしたっけ?」

「……そうよ」

「うわぁ、うわぁ……。ハンターさんと結婚ですか。あ、あの是非、馴れ初めとか訊きたいんですけど」

 

 私がそう言うと、プレーヌ先輩はさっきの数倍苦い顔。

 

 ……? なんでしょう。馴れ初めを語るのって、やっぱり恥ずかしいものなんでしょうか?

 

 首を傾げた私に、必死で笑いを堪えて、でも堪えきれてないメール先輩が言います。

 

「そうよねぇ、聞きたいわよねぇ。せぇんぱぁい? こんな可愛い後輩の頼みなんですから、きいてあげないとぉ」

「メール、あなたね……」

「いいじゃないですか! 別に減る物じゃなし。たとえ別れてても、馴れ初めなら参考になるでしょーう?」

「……え?」

 

 立て続けに投下される衝撃的な言葉に、思わず私の思考は止まる。

 別、れた……? それってつまり……。

 

「シエル」

「は、はい!」

「玉子焼きの味付けにうるさい男はダメよ」

「あー……、わかりました」

 

 なんとも気まずい空気の中、メール先輩の笑い声だけが響いてきます。

 あの、プレーヌ先輩が怒りだしそうですから、もう少し自重して下さい……。



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外伝4-2

「さ、こんなどうでもいい話題は置いておいて、仕事よ仕事」

 

 と、プレーヌ先輩。

 地雷を踏んでしまった以上従うしかないので、私はのろのろと資料整理を始めます。

 けれど、最も自重しなければならないハズのメール先輩は、ちっとも反省した様子もなく、

 

「えー、どうでもよくはないっしょ? だってシエルの恋がかかってるんですよー」

 

 と、あまつさえ私を引き合いに出して……、ってやめて下さいよ!? プレーヌ先輩、本気で怒っちゃいますよ!?

 

「いーじゃないですか、たとえ離婚していても。そうたとえ離婚していても」

「メールゥ? あなたわざとやってるでしょう?」

 

 ヘラヘラ笑うメール先輩に、鬼のような形相をしたプレーヌ先輩。

 なんでかプレーヌ先輩の手には、モンスターの生態調査表(一冊623頁。本の形状で重い)が握られてます。

 

「ちょ、ちょっとプレーヌ先輩! 暴力はいけませんよ!?」

「違うわシエル。これは教育的指導。先輩として必要なことなのよ!」

 

 慌てて割って入る私に、プレーヌ先輩の鋭い声。

 ここにきてようやく身の危険を感じたのか、メール先輩は慌ててプレーヌ先輩から距離をとりはじめます。

 

「先輩、目! 目が据わっちゃってます!」

「誰のせいだと思ってるのかしら?」

「シエルー! 先輩を頑張って抑えてて!」

「む、無理……。限界です」

「きゃー!? シエルたそ頑張ってー!?」

 

 意味不明な声援を受け取って、私はプレーヌ先輩を抑える腕に力を……、あ、もう無理です。

 

 力なく腕を放す私。解放された先輩。ビクついてさらに距離をとり始めた先輩。

 

 なんですか? このカオス。

 

 プレーヌ先輩の武器(人を殺せる程の威力があるなら、それがなんであれ間違いなく武器でしょう)がメール先輩に襲いかかる。────瞬間、

 

「なんだ、取り込み中か?」

 

 突然割って入った声に、二人はピタリと動きを止めました。

 

「仕事、探しにきたんだけどよ」

 

 声の主は金髪碧眼のハンターさんでした。蒼いレウスシリーズに身を包み、背には軽銃を備えた美貌のガンナー。

 

「ジェイさん」

「おうシエルか。今、大丈夫か?」

 

 たとえどんな修羅場があったとしても、受付嬢として、身内の争いでハンターさんの仕事を滞らせる訳にもいきません。

 大丈夫ですよ、と返事を返そうとして、ですがその前に「大丈夫ですよ」と別の声。

 

「お探しは上位の飛竜ですかー?」

「ん、メールか。……あぁ、まあそんな感じのめんどくさくねえやつ」

「了解しました!」

 

 元気よく言って、メール先輩は資料をめくり始めます。

 その様子に、私は違和感を覚えました。

 

 一部のハンターにのみ解禁されている上位クエストは、確かにメール先輩の受け持ちなんですが、私でも手続き出来ない訳じゃありません。

 こう言っては何ですけど、メール先輩は割りとめんどくさがりですし、さっきのカオスな状況からなら、間違いなく私に丸投げだったと思うんですが……。

 

「ウラガンギンとかどうです?」

「あっついし、火山はゴメンだ」

「では、ドボルベルグはいかがですか? 渓流ですよ」

「お、涼しげでいいな。それにすっか」

 

 そう言ってジェイさんはスラスラと契約書にサインを施し、ポーチから数枚の硬貨を取り出しました。

 

「はい、確かに受付ました。それではお気をつけて」

「おう。……あ、そうだメール。お前、リップ変えたか?」

「え?」

「その色、結構似合ってんぜ。そんじゃな」

 

 去り際に一言そう言い添えて、美貌のガンナーは行ってしまいました。

 凄いカッコいい、というかキザにも取れるんですけど、ジェイさんがやるとやたらハマってますね。

 ……というか、先輩が口紅変えてらしたの気付きませんでした。

 

 さて、そんな私の心情は置いておいて、言われた当の本人はと言いますと、

 

「はぁ……、やっぱジェイさんはいいわぁ」

 

 ぽーっ、とまるで恋する乙女のようにジェイさんの去っていった方向を見詰めていました。

 

 ……って、あれ?

 

「あの、先輩ってもしかして」

「そうよ、ジェイ君が気になってる。っていうか、完全に狙ってるわね、アレは。筋肉好きが聞いて呆れるわ」

 

 文字通り呆れ顔のプレーヌ先輩は、さっきまでの剣幕が嘘のように資料整理に戻っていました。

 この切り替えの良さが出来る女の条件なんですかね?

 

「聞こえてますよー。失敬な、筋肉は大好きです」

 

 と、ここでメール先輩。

 

「先輩? でもジェイさん細身……」

「シエル。恋の前では些細な障害よ」

「つまりイケメンなら何でもいいのよその娘は」

 

 カッコをつけたメール先輩に、プレーヌ先輩からの鋭いツッコミ。

 成る程、これが俗に言う『ただしイケメンに限る』というやつですね。

 私が納得して頷くと、メール先輩は夢見るように私に告げました。

 

「あの鎧の下にはムキムキな肉体が隠されてるの。だからいいのよ」

「えっ!? そうなんですか?」

「真に受けない。メールの妄想だから」

 

 あ、妄想ですか。と私が言うのと「妄想万歳っ!」と先輩が叫ぶのは同時でした。

 先輩……、ちょっと、残念になってます。

 

「って、私のことよりシエルですよ、シエル。

 この娘、気になってる子がいるみたいだから、先輩アドバイスをですね」

「あら、それ本当の話だったの? ふぅん。確かに気になるわね、どんな子?」

「え、その……」

 

 自分の作業をわざわざ中断して、プレーヌ先輩が私に問い掛ける。

 私が恥ずかしくて言い澱んでいると、横合いから、

 

「アルって子」

「にゃあああああああああっ!?」

 

 あっさり漏らしたメール先輩に、私は絶叫。

 

 だ、誰にも言わないって約束したじゃないですかぁぁぁぁぁぁ!?

 

 動揺する私を余所に、先輩二人は一言二言確認を交わして笑い合う。

 

「あの子かぁ、シエルが受付嬢になったぐらいにハンターになった子よねぇ?」

「そうそう、あの小さい子ですよ」

「へぇ……、シエルって年下が好みなのね」

 

 うう……、なんだか勝手に盛り上がられてます。

 というか、アルさんはエルモアに越してきただけで、ハンターを始めたのはもっと前だと思うんですが。

 

「細かいことはいーの。それで? もうちゅーとかはした?」

「ししし、してませんよ!? まだ、ちょっとお話するレベルです!」

「もー、シエルは奥手ねぇ。そんなん暗がりに連れ込んで押し倒せば一発じゃん」

「メール先輩!」

「むう、怒られた。

 ていうか、そもそもあの子のどこがいいの? 背も低いし、ガチムチでもないし、イケメンでもないじゃん」

「それは……」

 

 はて? 改めて言われると、何処が好きなんでしょう?

 あえて挙げるなら優しい所? でもそれだけじゃない気もしますし。ぜ、全部……?

 

「メール。貴方のそれ、全部見た目でしょう?

 大体、好きになったなら特定の何処が好きって訳じゃなくなると思うわよ」

「おお、経験者は語るってやつですね! 離婚してるけど」

「黙りなさい」

「痛い!?」

 

 ゴッ、と鈍い音を立てるメール先輩の頭。

 今のは庇う余裕もなかったなぁ。というか、全面的にメール先輩が悪いと思う。

 

「それにね、見た目のことにしたって、アル君はこれからよ」

「えー? そうですかぁ?」

 

 納得してない風のメール先輩に、プレーヌ先輩は「ふむ」と少し思案してから、

 

「まず身長。初めて見た時はシエルと同じくらいしかなかったわよ、彼。順当に伸びてるじゃない」

「そう言えば、少しずつ離されてます」

「次に顔立ち。元々が整った方だし、最近キツい狩りの連続なせいか、あどけなさが抜け始めてる。順当にいけば、イケメンじゃないかしら」

「マジっすか」

 

 と、これはメール先輩。

 

「三つ目。彼、基本的に優しいみたいだし、報酬の一部を故郷に贈ってるくらい律儀だから、性格もいいんじゃない?

 ま、経過から見るに、早くて一年。遅くとも三年くらいでいい男になるんじゃないかしら?」

 

 そう締め括った先輩に、私とメール先輩は思わず顔を見合わせた。

 

「あの、先輩?」

「何、メール?」

「よくそんなに観察してますね?」

 

 メール先輩の意見はそのまま私の意見でもあるので、首を縦に振ってプレーヌ先輩の返答を待ちます。

 だって沢山いるハンターさんの名前と顔だけならともかく、成長具合までなんて普通覚えてませんから。

 

 するとプレーヌ先輩はバツが悪そうに顔を歪ませて、

 

「私だって女だからね。その……、旦那候補は常に捜してるのよ」

「「……さいですか」」

 

 先輩も色々大変なようです。





※※※ただしイケメンに限る※※※


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外伝4-3

「で、シエル。メールが言ってたみたいなことは無いにしても、貴方から何かアプローチをかけたりはした?」

「え、いや……、そういうの恥ずかしくて」

 

 私がそう返すと、プレーヌ先輩は疲れたような溜め息を吐き出しました。

 

「もし私がメールだったらビンタよ?」

「ええ!?」

 

 理不尽な物言いに震えあがる私。

 

 ちなみに件のメール先輩は、カウンターを離れてテーブル席の方へ。

 ハンターさん同士の喧嘩が始まったので、仲裁(盛り上げるともいう)しにいってしまいました。

 

 凄い音してますけど、大丈夫でしょうか?

 

 そんな風にテーブル席に意識を傾けようとすると、コツリ、と軽い拳骨。

 

「話はしっかり聞きなさい」

「あ、ごめんなさい」

「素直でよろしい。

 で、さっきの話。向こうは常に命のやり取りしてるハンターだからね。そういうのに興味がない、時間を割けないって人間も多いの。

 もしアル君がそうだったら、このまま進展なしよ? それでなくとも彼、最近エイナちゃんとも組み始めたみたいだし」

「エイナさんはあまり関係ない気が……?」

「甘い。生クリームキムチチャーハンに蜂蜜入りヨーグルトをかけたくらい甘い認識よ、それ」

「えと、意味がわかんないです」

 

 辛うじてそれだけを返せた私に、やや苛立った表情を向けて、先輩は説明を始めました。

 

 曰く、苦楽をともにした男女はくっつきやすい。

 曰く、命の危険がある状況なら、吊り橋効果で倍率ドン。

 曰く、それでなくても狩り場という性質上、夜になればともに寝るし、食料の分け合いで間接キスなんてざら。

 

「それにエイナちゃんの方だって、今まで周りが歳上ばかりだったからね。同年代の気兼ねする必要がない男の子って、結構グッとくるんじゃないかしら?」

「…………」

「……って、シエル?」

 

 黙ってしまった私を心配するように顔を近付けてくる先輩。

 ですが、私はそれどころではなくて……、

 

「ど、ど、ど、どうしましょう!?」

「うん。落ち着きなさい」

「む、無理です!」

「落ち着け」

「痛い!?」

 

 鋭い角度で入ったチョップに悶絶する私。

 それを無情に見下ろす先輩。

 痛みのお陰で少しは落ち着きましたけど……、やっぱり痛いし、理不尽です。

 

 ですが先輩は涙目の私を無視。何もなかったかのように、話題を次に繋いでしまいます。

 

「そこで最初の話よ。誰かに取られたくないなら、打てる内に手を打ちなさいってこと」

「た、確かに……」

「今度アル君が来たら、遊びにでも誘ってみたら?

 もしダメでも落ち込まないこと。最初なんてダメ元だからね」

「ど、努力します」

「よろしい。さ、じゃあ仕事に戻りましょう?」

 

 そう言って先輩は私の頭を撫でると、給仕の仕事をするために行ってしまいました。

 

 カッコいいなぁ、頼りになるし……。

 

 ………………バツイチですけど。

 

 

※※※

 

 

 さて、「努力します」なんて宣言をした私は、文字通り努力をしなければならない訳で。

 これが数日経っていた場合なら誤魔化しも効くんでしょうが、生憎とほんの数分前に宣言したばかりでして。

 

 何が言いたいのかと言いますと、

 

「よぅシエル。相変わらず繁盛してんな」

「あ、アルさん……!?」

 

 ……そういうことでした。

 

 仕事を探しにきた訳ではなく、食事だけしにきたというアルさんは、私に挨拶した後、『ウマイ米とチリチーズのドリア』を注文。現在は私の前で、チーズたっぷりのご飯を口に放りこんでいます。

 

「今回はジェイさんとご一緒じゃないんですね?」

「まな。エイナ入れて四人での狩りもそこそここなしたし、しばらくは一人で、ってな」

「一人じゃ大変じゃありません?」

「大変だけど、やっぱある程度は一人で動く練習もしなきゃな。

 それに、今回はのんびり採集でもしようと思って。最近ご無沙汰だったし」

 

 ま、今日は飯だけだけど。とアルさんは笑って『ジャリライス炒め』を追加オーダー。

 私はキッチンから料理を受け取ると、アルさんの前に置きました。

 

 談笑もいいですけど、そろそろ覚悟きめないと……。

 まずは深呼吸を、一回。……二回。続いて、意識して笑顔を作って……よし!

 

「あの、アルさん」

「んー?」

「のんびりってことは、予定、特に詰まってはないんですよね?」

「まあいつもに比べるとスッカスカだわな」

「じゃ、じゃあ、あのっ」

「んあ?」

 

 どした? と瞳を向けてくるアルさんに、ドキリ、と胸が高鳴ります。

 

 ああ、もう! こうなったら勢いです!!

 

「急な話なんですけど、明日大丈夫ですか?

 その、私明日お休みなんですけど、よければ付き合って欲しいな、って」

 

 い、言えたぁぁぁぁぁぁ!!

 やった。やりました。言えましたよ! あ、後はアルさんの返事を待つだけです。

 

 さて、そのアルさん。ジャリライスをペロリと平らげ(早い!)て明日? と首を捻っています。

 

「シエル」

「は、はい!?」

「それ、俺じゃないとダメか? いや、ハンターが入り用ってくらいだから力仕事とかあるんだろうけど」

「……は?」

「お前には世話になってるし、付き合ってやりたいんだけどさ。あ、それか別の日じゃダメか?

 生憎と明日は予定があってよ。明後日からならフリーなんだけど」

 

 と、ここまで告げられて、ようやく私は悟りました。

 

(こ、この人、遊びに誘われてるって気付いてないぃぃ!?)

 

 どうやら私の休日に、プライベートで『何か力仕事が必要』だと思われてしまったようです。その手伝いにアルさんを呼ぼうとしている、と。

 うう、何でこんな勘違いをされてしまったんでしょう?

 

「で、やっぱ明日じゃなきゃダメ?」

 

 私の葛藤とか苦悩を知りもしないで、アルさんは無邪気に問いかけてきます。

 

 そうだ。今ならまだ、彼の誤解を解けます。そうして改めて誘えば!

 

 ……なんて、とっくに全ての気力を使い果たした私に出来るハズもなく。

 

「いえ、急な話でしたし。予定があるなら仕方ありませんね」

 

 結局そんな風に返して作り笑い。

 アルさんは「そうか?」ともう一度こちらをうかがって、それから食事代を置いて酒場を出ていってしまいました。

 

「…………はぁ。自分が情けないです」



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外伝4-4

 そんなこんなで久方振りの休日。

 予定がない休日。

 予定をいれそこねた休日。

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………やめましょう。虚しいです。

 

 ふて寝していたらお昼を回ってしまっていたのは、さすがにマズイと思います。

 ……ので、お出かけ。お夕飯の材料買いにいくだけなんですけどね。

 

 エルモアは広い街ですので、居住区とそれ以外がきっちり分けられてしまっています。買い物する為には大通りをしばらく歩いて商業地区までいかなければなりません。

 幸い、私の家は大通りに面してますので、移動にはそれほど時間はかからないんですが、居住区の奥に住んでる方は一々大変でしょうね。

 

 さて、今夜の献立は何にしましょうか。

 最近暑いですし、バテないようにお肉料理? でも私、お魚の方が好みなんですよね。

 

 思案しながら大通りにさしかかる。大通りは街の中心から街門まで延びているだけあって、この辺りはさすがに賑やかしい。

 あちこちから、色々な感情を含んだ声と音が聞こえ────、

 

「あれ?」

 

 と、私は思わず足を止めました。

 だって街の喧騒の中に聞き覚えのある声があった気がして。

 

 そのまま耳をすませて二、三歩。声の出所に当たりをつけると、私はそのまま聴覚を頼りに大通りから脇道に逸れました。

 

 ここはまだ居住区の辺り。子供の声があちこちからするのは、確かここに広い児童公園があったからだと思います。

 そうやって声の方に近付けば近付く程に児童公園よりに。

 もしかしたら、という私の予想に違わず、『彼』はその公園の中にいました。

 

「よっしゃエミリオ捕まえた!」

「ギャース!? 放せよー!!」

「バカ者、敗者はおとなしく捕まってなさい。後はー……、メリッサとマシュー、レイモンドにヨーゼフ……。あ! ミランダの奴、脱走しやがった!?」

「あっは、マヌケー」

「うーん。どこ行ったかわかんないなぁ……。困ったぞぅ、おとなしく待ってられたらチョコあげるつもりだったのに」

「……」

「バカ! 何出てきてんだ!?」

「ミランダ再捕獲ー」

「うおー!? 汚ねえぞアル!?」

「いや、ルール破って脱走するのが悪いだろ?」

 

 ……なんて、数人の子供に囲まれながら笑っているのは、光を吸収する黒髪を襟足だけ長く伸ばした少年。

 

「アル、さん?」

 

 思わず声が漏れてしまったのは、どうしてなんでしょう?

 自分ですら答えが出せないまま、半ば呆然と立っていると、向こうが私に気付きました。

 

「ありゃ、シエル。どうしたよ、こんな所で? お前、用事はいいのか?」

「えと、それはまあ。……それよりアルさん。アルさんこそ、一体何を?」

「え? ケイドロ」

 

 至極当然といった表情で発せられた言葉に、私はたっぷり五秒程かかって、

 

「……………………は?」

 

 これだけ返すのがやっとでした。

 

 その合間にも、アルさんの周りにいる子供達──上は10歳程度から下は1、2歳程度。男女比は半々くらい──は彼に集まる。というより群がりながらこちらをうかがっています。

 

 人数にして10人程度でしょうか。地べたに座ったり、アルさんの手を引いたり、長い髪を引いたり。なんというか、フリーダム。

 

「こーら。イザベラ、髪は引っ張るな、痛いから。

 つかシエル、ケイドロ知らね? ドロケイとかドロタンとかとも言うけど」

「え、それは知ってますけど。私が訊きたいのはそういうことじゃなくって……」

 

 ケイドロは警察側と泥棒側に分かれて行う鬼ごっこみたいな遊びですよね。

 でも私が訊きたいのはそこではなく、どうして子供達とケイドロやってるかなんですよね。

 

「あ、そっち? そりゃあ……」

 

 ────アルさんの話を要約するとこうだ。

 

 ここにいるのはアルさんの住んでるアパートの近所の子供達で、いつの間にか仲良くなっていた。何の予定もない時はしばしば遊んでいて、人数も段々増えていった。

 今回もアルさんは予定がなかったので、子供達と遊ぶべく約束をしてたのだそうだ。

 

「いやぁ、ハンターってさ。一回狩りに出ると中々帰れないじゃん?

 だからさ、次の休日には思いきり遊んでやるって、こいつらと約束しちゃってたんだよ」

 

 ごめんな、とアルさん。

 それに「いいえ」、と返して笑う。

 私のことは残念でしたけど、これは正直アルさんらしいと思いましたから。

 

「なーなーアル。この姉ちゃん誰?」

「アルの友達?」

「えー? 違うよ。彼女だよ」

「ねえねえ、それより早く続きー」

 

 と、子供達的には私とアルさんの会話はつまらなかったらしくて、口々に何か言ってきます。

 というか、あの……、なんか増えてません?

 

「ま、ここにいたの捕まえた連中だけだし。逃げた連中含めりゃ、こんなもんだろ」

 

 アルさんは何でもないことのように言いますけど……。

 総勢23人。これ、遊ぶのも一苦労じゃありませんか?

 

「いや、別に?」

「アル、続きー」

「あー、はいはい。わかったわかった」

 

 なつかれているんだな、と私は思いました。

 だって子供達もアルさんも楽しそうでしたから。

 

 私は、お邪魔ですね。

 

「その、じゃあ私はこの辺で失礼しますね」

「お、そうか?」

「はい、それじゃ。……って、え?」

 

 立ち去ろうとした私の右手に引っ張られたような────いえ。実際に引っ張られた重み。

 

 何が? と視線を動かすと、私の腰ほどまでしか身長のない少女が、私の右手を握っていました。

 

「や!」

「えっ……と」

「やー」

 

 何だか必死で手を引かれてますけど……。あの、どうしたら?

 困惑する私の視線を受けて、アルさんが少女に話し掛けます。

 

「あー、ダメだぞリリィ。お姉ちゃんは忙しいから」

「ぶー。おねえちゃんもいっしょにあそぶのー」

「わがままはなしだって。今日は一日俺が遊んでやるから」

 

 そう言ってアルさんは少女の頭を撫でます。

 

 あ、いいなぁアレ。

 

 でも少女は納得してくれずに、さらに私の右手を引く力を強めました。

 「アル」と、ここで年長者らしい(もちろん私とアルさんを除いて)少女。

 

「何だケイト?」

「リリィはさ、女の人と遊んだ経験少ないから。

 私達だっていつも遊んであげられる訳じゃないし。男の人はアルがいてくれるけどね」

「それで珍しいからってシエルを?」

「うん、多分」

 

 はぁ、と溜め息をついてアルさんは少女────リリィちゃんを見ました。

 

 その間もリリィちゃんは私の手を強く握って離しません。

 周りの子供達もリリィちゃんに離すように言ってくれてはいるんですが……って、なんだか泣き出しそうじゃありません!?

 

「あ、あのリリィちゃん? な、泣かないで、ね?」

「ううー」

「あ、アルさん、助けて!?」

 

 ダメです、どうしたらいいんでしょう!?

 

「ほら泣くな。リリィは強い子だろ。……なあ、お前はお姉ちゃんにどうして欲しいの?」

「う、く……、あそぶの」

 

 アルさんの質問に涙を堪えて応えるリリィちゃん。

 よく考えたら、あのくらいの子ならすぐに涙腺が決壊してもおかしくない。本当にリリィちゃんは強い子みたいです。

 

「うん、そうだな。お姉ちゃんと一緒に遊べたら楽しいよな。でも、お姉ちゃんにも用事があるんだ」

「やー!」

「リリィはお姉ちゃんのこと嫌いか?」

 

 その問いには首を激しく横に振るリリィちゃん。

 

「だったらお姉ちゃんを行かせてあげないと。でないとお姉ちゃんに嫌われちまうぞ?

 お姉ちゃんはきっと今度は遊んでくれるから、ほら」

「ううー、ううー!」

 

 リリィちゃんは私とアルさんを何度も交互にみて、やがてゆっくりと手を離してくれました。

 

「よく出来たな、偉いぞ。

 ほらシエル。今のうちに行っちまえよ」

 

 そうアルさんが手を振りながら促します。

 

 だけど私の右手には小さくて、温かくて、力強かった掌の感触。そして目の前に涙をいっぱいに堪えた少女。

 

 ────もう、こんなの反則でしょう?

 

 だから私は微笑んで、リリィちゃんと同じ位置まで視線を落とす。

 

「ねえリリィちゃん」

「……あい」

「お姉ちゃんも遊びに混ぜてくれる?」

 

 私の言葉に、アルさんとリリィちゃんが目を丸くしました。

 

「お前、いいのか?」

「この後はお夕飯の買い物だったんですけど、たまには外食でもいいですよね」

 

 問うアルさんに笑顔で応じて、私はもう一度リリィちゃんに問いかけた。

 

「ダメかな?」

 

 リリィちゃんは首を振って私に飛び付きます。

 

「良かったな、リリィ」

「……うん!」

 

 そうやって満面の笑みを見せてくれるリリィちゃん。

 正直、私のどこが好かれたのかわかりませんが、この笑顔が見れたなら、そんなことは些細なことですよね。

 

「よおし、んじゃ続きすっか!」

『おー!!』

 

 アルさんの掛け声に応じて、総勢22人の子供達は一斉に散り散りになって逃げて行きました。

 

「ほら、シエルもさっさと逃げろよ。そしたら30数えて追いかけるから」

「おねえちゃん、いこ」

 

 アルさんの声と、リリィちゃんに促されて、私もまた子供達の輪の中に。

 

 思い描いた理想の休日とは違ってしまいましたが、たまにはこんな賑やかな休日も良いですよね。

 

 なにより────、

 

「……29、……30! おりゃあ、悪い子はいねえがー!!」

「キャー!」

 

 ────そう、なにより。貴方と過ごせる休日ですから。





※※※

泥棒と警察(ドロケイ)
警察と泥棒(ケイドロ)
泥棒と探偵(ドロタン)

地域性が出る


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第四章 《蟹味噌を求めて》 幕間 ~another prologue~

 

 ────それは一つの“災い”だった。

 

 

 業火の残り火と、焼け落ちた都市。眼下の景色からは、ここがどんな街だったのか、もはや想像も出来ない。

 

 都市は都市としての形をなさず、生き物は残さず絶え果てた。

 

 

 ここにはもう『死』しかない。

 

 

 誰が見たとしても、生存者がいるなどと、浅はかな希望など持てはしないだろう。

 それほどの破壊と業火。

 

 

 けれど燃えさかる都市の中、たった1つの動く影。

 

 

 この地獄とも言える世界の中、業火に焼かれながら、こちらを見上げるボロボロの男。

 

 男は腕の中に、何か焼けただれた物を抱えていた。

 それを何やらいとおしそうに、悲しそうに抱き締めて、憎悪のこもった眼差しをこちらへと向ける。

 

 ちっぽけな、まるで虫けらのように見える男と、それを見下ろす自分。

 天と地ほど隔たった距離を埋めるかのように、男は何事かを必死で叫んだ。

 

 

「────────!!」

 

 

 果たして、彼はいったい何を叫んだのか。

 

 それを確かめる術も、その興味すらなくこの場から立ち去る。

 

 

 ────後に残ったのは、空っぽの心だけだった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 なんだか、ガンガン痛む頭を押さえて、アルはベッドから身を起こした。

 カーテンの隙間から見える街並みは、うすぼんやりと明るくなってきている。どうやら朝日が昇る直前といったところだろうか。

 いつもなら二度寝を誘うベッドの温かさも、頭が猛烈に痛むせいで、さっぱり眠気がやってこない。

 

「あー……、何か変な夢見た気がする」

 

 ガシガシと頭をかいて洗面台へ。

 冷たい水で顔を洗って、出掛ける準備を始める。

 

 今日は狩りに行く日だ。

 集合時間は早朝なので、早めに目が覚めたのは、結果だけを見れば良かったのかもしれない。

 が、正直こんな酷い頭痛で起こされては、そんな気分にもなれないものである。

 

 結局、イライラした気分を抱えながら、アルはサクッと用意した朝飯をたいらげて、ポストに突っ込まれていた手紙を回収しに行った。

 

 いつもの通り、ポストには故郷からの手紙。乱雑に封を切って中を確かめる。

 

「ぶっは!?」

 

 噴いた。

 いつも通りの文面の最後に、あまりにもさらりと衝撃的な事実が添えてあったのだ。

 

 ────追伸。バースさんの所に、子供が産まれました。

 

 うん。そりゃ噴いてもしゃあないだろ。 と、自分で自分に言い訳する。

 ほぼ『日刊ポッケ村』になってる故郷からの手紙には、「もうじき産まれるよー」と書いてあることもあったのだが。そこから色々な報告をすっとばして、あっさり「産まれました」じゃビビる。

 確か予定日はまだ先だったし、何よりそんな大事なことなら、文頭に置いておけ。

 

 ともあれ、めでたいことである。子供の名前は、まだ決まっていないのだろうか?

 そういえば男の子か女の子かも書いてない。知り合いの子供ということもあって、そのあたりのことは無性に気になった。

 

 とかなんとかやってるうちに、いつのまにか頭痛は引いていた。

 めでたいことに続いて良いことなので、若干気分を良くしながら、さっさと出掛ける準備を終える。

 

「いってきます」

 

 そうやって、もはや習慣になった『玄関先に飾った雪山の絵』に挨拶をして、アルは家を出た。

 

 

 

※※※

 

 

 

 早朝。ようやく太陽が昇り始めた時刻にも関わらず、ギルドの管理する酒場にはチラホラとハンターの姿が見える。

 

「はよーっす」

「おぅ」

 

 みんな早起きだなー。と、自分のことは度外視して、目的の人物に声をかけると、相手は眠そうに手を挙げた。

 

「ジェイだけか?」

「まあな」

「珍しいな、エイナがまだ来てねえなんて」

 

 そう口にしながら辺りを見回すが、やはりエイナの姿はない。

 

 というか一応説明しておくと、例のババコンガ狩りの後、レオルドがエイナに『昔のようにチームを組まないか』、と持ちかけたのだ。勿論、師匠が大好きなことに定評のあるエイナが、師匠からのそんな提案を断るハズもなく。

 つまりは、アル、ジェイ、レオルド、エイナの四人パーティが完成しましたよ、という話だった。

 

「昨日は珍しくパッカパッカ飲んでたかんな。まだ寝てんじゃねえの?」

「二日酔いとかは勘弁だぞ……」

「まあ、そうなる前に旦那が止めるからな。それはねえだろ」

 

 ハンターが二日酔いでまともに動けないなど、笑い話にもならない。

 そんな風に危惧するアルとは対照的に、ジェイは何の心配もしていないようだった。

 見ようによっては、この程度のことには動じない大物のように見える。が、実際はどんなことにも適当に構えているだけである。

 

 さておき、いつまでも野郎二人でダベってても仕方ない。

 残りの二人が来るまでに、昨日のうちに話し合い、受注すると決めていたクエストの契約を済ませてしまう。

 

「つか、ホントにこのクエストでいいの? 何か、エイナはノリ気じゃなかったみてえだけど」

「んー? いいんじゃね? 昨日、結局これに決まったんだしよ。俺らが契約しちまえば、エイナももう文句言わねえだろ」

 

 いや、言うと思う。

 「アンタら、何勝手に契約してんのよ!」とか言うのが目に浮かんだ。

 まあ、昨日の時点でこのクエストを受注するのは、半ば確定してたようなものなので、エイナも強く反発は出来ないだろうが。

 

「んで? 狩りの組み立てはやっぱお前がすんのか?」

「は? なんで?」

「何でって……。これ、お前が持ってきた仕事じゃねえかよ」

 

 そのジェイの言葉に、アルは昨日のことを思い返した。



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ギルドマスター

「だから! 何度言ったらわかるのよ!!」

 

 エイナの怒号が酒場に響く。まるで誰かを叱りつけてるような口振りだが、まったくもってその通り。

 

「うるせえな! 怒鳴らなくてもわかってるっての!!」

 

 エイナに怒鳴り返す──つまり叱られてる方──は、何を隠そうアルだった。

 

 狩り終わりにはよくあるやり取りなのだが、まあ怒鳴られていい気はしない。

 因みに怒鳴られてる原因は……、

 

「わかってないじゃない! 何度も何度もモンスターの前に飛び出して! 死にたいの!?」

「なわけねえだろ!! 俺はただ……」

「『アタシを守ろう』って!? アンタに庇われなくても、アレぐらいかわせるわよ!

 だいたい、あんなチンケな盾で自分以外を守ろうなんて、バカじゃないの!?」

 

 ……という訳だ。

 

 狩りの最中、いつだったかのババコンガ戦のようにエイナを庇ったのだ。それも今回だけではなく、ほとんど毎回。

 

 アルにしても死にたい訳ではない。大型モンスターの前に飛び出すのは結構な無茶だとわかってはいる。

 

 だが、

 

「盾がある前衛が、俺だけなんだからしゃあねえだろ!? 第一、たまたまお前を庇える位置にいただけで、庇おうなんて意識してねえよ!」

 

 ……というのが、彼の言い分だった。

 

 レオルドは太刀か双剣。エイナがハンマー。ジェイがボウガンなら、必然的に盾を持ってるのはアルだけである。

 大人しく守られる連中ではないし、守れるほどアルも強い訳ではない。

 だが、危険な攻撃がきて、守れる位置にいるのなら、守ろうと思うのだ。だって仲間なんだし。

 

「今回はロアルドロスだったからマシだったけど、アンタこの先もそういう無茶する気!?」

「ま、エイナの言うことが正しいわな」

「……ジェイまで」

 

 突如として会話に割り込んできた男に目を向ける。

 金髪碧眼のイケメンガンナーは、呆れたように──それでいて楽しそうに笑っていた。

 

「なぁ、アル。お前、リオレイアが突っ込んで来ても、エイナを庇うのか?」

「いくらなんでもそこまでは……」

「ならいいさ。とにかく、仲間守るのは当然だが、無茶は程々にしとけよ。ロアルドロスの体液くらって、フラフラしてたんだからよ」

「思い出させんなよ……」

 

 ロアルドロスは海竜種に分類されるモンスターで、なんというか、パッと見はタテガミ生えたワニだ。

 

 一応大型モンスターに分類されるものの、リオレウスやリオレイアといった、正真正銘の大型モンスターと比べるとやや見劣りする。中型モンスターという呼び方のほうがしっくりきそうなサイズなのである。

 

 で、そのロアルドロス。油断出来る相手かというと、そうでもない。

 

 噛み付きや尻尾によるビンタは定番だがバカに出来ない威力があるし、四足歩行のために突進にはそれなりの速度もある。

 中でも面倒くさいのは体液で、見た目はただの水のようなのだが、なんというか重い。

 

 突進からエイナを庇った後、体勢を立て直す前にくらったのだが、すごく動きづらくなったのだ。感覚的には、水の中を鎧つけて歩いてる感じ。あるいは、体力の上限が少なくなったとか、疲労の回復が遅くなったような。

 

 あくまで感覚的な話なのでうまく説明出来ないのだが、とにかく動きにくくなった。

 まあロアルドロス自体は、その直後にレオルドが両断したため、動きにくさが致命的な状況になることはなかったのだが。

 

 

 というか、思い返してみると、割りと危ない状態だったんじゃあるまいか? あのまま狩りが長引いていたらヤバかったかもしれない。

 

「わかったよ。今度から気をつける」

 

 言った声は、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。

 彼なりに分析してみて“ヤバかった”と反省したからなのだが、エイナはそうは思わなかったらしい。

 

「どーだか。こないだもそんな風に言ってたし、また嘘なんじゃないの?」

 

 疑るような視線に、前科持ちとしてはややたじろぐしかない。

 

 べ、別にエイナの眼力にビビった訳じゃないんだからねっ! というのは後になってからの意見だが、果たしてどうだったのか。

 

 さて、取り合えず不毛な戦い(と、アルは思っている。エイナは不満気)に終止符を打った彼らの話題は、凡そ狩人らしいものになっていった。

 早い話が、次の狩りについてである。

 

「じゃ、なるべく楽で報酬たんまりなのな」

「へいへい」

 

 協議の結果、『アルのハンターランク』『甲殻種』『報酬額』の三つの条件が提示される。

 

 一つ目は、アルの無茶を防ぐため。

 二つ目も、大型の甲殻種の狩猟経験がないアルのため。

 三つ目は、ジェイが金欠なため。エイナが「守銭奴」と罵っていたが、守銭奴とは少し違う気もする。むしろ計画性の問題だ。

 

 そんなこんなで条件に見あった依頼を探すのだが、その役には今回アルがあたった。

 いつもレオルドが行くのに何故? と、問うと、そろそろ自分でやれると思った依頼をとってこいとのこと。

 

 どうせアルの腕前に合わせた仕事だ。それに加え信用されてるようで嬉しかったので、アルは嬉々としてシエルの所に向かった。

 いつも通り優しい笑みを見せてくれたシエルから依頼書の束を受け取り、ざっと目を通す。

 

 ちなみに、さっきの条件。一つ目さえクリアしていれば、残り二つは無視してもいいらしい。

 絶対にそうでなくてはならない! 訳じゃないので、選ぶ側としては気楽だが、やはり自身の経験値のために言ってくれたのだから、二番目はクリアしたいと思う。三番目は知らん。

 

「お」

 

 と、ここで良さそうな依頼を見つけたので、依頼内容の書かれた部分を持って仲間のいるテーブルに持って帰る。

 

 今の時間帯、狩り終わりの人間や、出発前の人間。それに加え、飯を食いに来ただけの人間と、酒場の混雑はピークを迎えていた。

 

 当然、行きも苦労したが、帰りも苦労するハメになるのである。

 平時の数倍の労力を使って人の合間を縫って歩くと、ようやく元いたテーブル席が見え────

 

「?」

 

 アルは首を傾げた。

 何やら、エイナ達の他に見慣れない小さな人がいたのだ。その上エイナの表情は、まるでレオルドに怒られる、と身構えてる時のように(身構えるものの、怒られたことはない)緊張で強張っていた。

 

 これでアルが疑問を深めないハズはなく、少し足早に彼女達の待つテーブル席に近付く。

 

「お、戻ったか」

「おぅ。取り合えず良さげなの見付けてきたけど……」

 

 そこでアルは一旦区切ると、エイナの正面(はアルの席だった)に座った人物に目を向けた。

 

 

 ────それは、端的に言えば老人だった。

 

 

 顔には年輪のように深い皺がいくつも刻まれ、頭髪は見事に白く染まっていた。

 ただ、一番、目についたのは、その老人の身長。

 どんなに大きく見積もっても、アルの腰程の背丈しかない。加えて、先端の尖った特徴的な耳。()()()だ、と思った。

 

 竜人族は人間以上の知識と寿命を持つ優れた種族で、多くの場合、その知識や技術を人間に提供することで、人間を助け人の中に生きている。

 そんな彼らは、幼年期から壮年期辺りまでは普通の背丈らしいのだが、老人の域に差し掛かると背丈は驚くほど縮むらしいのだ。

 

「誰?」

 

 ただまあ、そんな竜人に関する知識はこの際置いといて、アルは一番気になったことを訊いてみる。

 

 すると何故か焦ったようにエイナが「バカッ」と小声で呟いた。

 

(バカじゃねえよ……)

 

 ややぶーたれたアルに、件の老人が振り返って笑う。

 

「ほっほ、レオルドから聞いとるよ。お主がアルバートじゃな?」

「そうだけど?」

 

 レオルドに聞いた、と聞いて反射的に彼を仰ぐ。

 

「彼はここのギルドマスターだ」

 

 アルの視線に気付いたレオルドは、短くそう言った。

 いつものように、その寡黙さでスルーして、エイナかジェイがフォローするのだと思っていたアルは若干意外に思ったが、ギルドの最高責任者の前では流石にずぼらは出来ないということか。

 

「……って、ギルドマスタァッ!?」

 

 今更とんでもないことに気付いて、奇声を上げた。

 まずい。普通ギルドマスターの顔くらい知ってるものではないか? それに「誰?」とか訊いてしまった──!!

 

 内心で焦るアルを余所に、ジェイはクツクツと笑い、レオルドは黙し、エイナはハラハラとした表情を浮かべた。

 

(み、認めたくねえけど、味方はお前だけだ! た、助けてエイナ!?)

 

 この時の俺の焦りようは半端じゃなかった、と後に振り返ってアルは思う。

 

 しかしだ。そんな無礼をしでかしたアルに対して、ギルドマスターは「ほっほ」と笑っただけだった。

 さすが竜人。生きてる年月が違うと、多少の無礼では動じないらしい。動じないのはレオルドも同じだが。

 

 とにかく愉快げなギルドマスターは「改まらんでも、普通に接すればよい」とまで言ってくれた。考えてみればハンターには荒くれ者が多いのだから、無礼には慣れてるのかも知れない。

 

 いくらか気分が楽になったアルは、調子に乗って口を開いてみた。

 

「ああ、それじゃ遠慮なく。それと言いにくいんだけど、そこ、俺の席なんだ」

「おお、これはスマンことをした。久しくエイナを見とらんかったから、ついの」

 

 言って、ギルドマスターはあっさりとアルの席から退いた。エイナが焦ったように何かを口にしたが、意味のある言葉になってない。

 

 焦りすぎだろ……。

 

 と、数分前の自分とエイナにまとめて突っ込む。

 

「して、アルバートよ」

「アルでいいよ」

「うむ、アルよ」

「何?」

 

 訊ねると、ギルドマスターは答える変わりに視線をじっと、アルに向けた。

 糸のように細い眼が僅かに開かれ、ギラリと光る金の瞳がアルを写す。

 鋭ささえ感じさせる金の眼光は、以前一度だけ見たリオレウスのそれを思わせる。

 

 

 ────本能的に“ヤバい”と感じた。

 

 何がヤバいのか何て説明出来ないが、とにかくヤバい。背筋には冷や汗が滝のように流れ、動悸は狩りの最中もかくやとばかりに早くなる。

 だからと言って、視線を外すという選択肢はない。一瞬でも目を逸らせば確実に殺られ────

 

 ふっ、とギルドマスターが表情を緩めた。

 

 途端、彼から感じていたヤバさが霧散する。

 

「……え?」

 

 空気さえ軽くなったような感覚に呆気に取られたアルは、思わず間抜けな声を出していた。

 

 そんなアルに構わず、ギルドマスターは嬉しそうに言う。

 

「良い眼をしておる。……レオルド」

「はい」

「しっかりと、育ててやるのじゃぞ」

 

 言われたレオルドは、いつものように重々しく口を開いた。

 

「了解しました。マスター()()()()

 

 リオネス? どっかで聞いたことあんな。という疑問が口に出る前に「うむ。ではの」と、ギルドマスターは立ち去ってしまった。

 

 結局なんだったの? とアルは首を傾げざるを得ない。

 

 そうやってギルドマスターの消えた方を見ていると、コツン、と後ろから頭を叩かれた。

 

「ば、ば、バッカじゃないの!?」

「うおっ!? な、なんだよ!?」

「マスターに対してあの口のきき方! 心臓止まるかと思ったわよ!」

「んな大袈裟な……」

 

 呆れ半分で口にすると、ジェイも同じように思ったらしい。彼は愉しげに笑っていた。

 

「別に向こうが普通にしろ、ってんだからいいだろ?」

「俺もそう思うぜ。なぁ旦那?」

 

 レオルドは僅かに首肯すると、「彼にとっては些末事だ」と呟いた。

 

「あれ? でも、そういうレオルドは敬語使ってたよな?」

 

 ふと気付いた疑問を口にしてみる。レオルドが誰かに対して敬語を使うのは、凄く違和感があった。

 

「ああ、それね」

 

 口を開いたのはエイナだ。当の本人は説明はエイナに任せたとばかりに食事を再開している。

 

「マスターは、師匠の師匠なのよ」

「…………は?」

「だから、師匠に戦い方を教えたのがマスターなの」

「えと、もしかしてそれでお前緊張してたの?」

 

 俺の指摘に、エイナは「うっ」と言葉を詰まらせた。

 レオルドの師匠ということは、エイナにとっては師匠の師匠。レオルドに頭が上がらないのに、その師匠相手に普通に接することは不可能なのだろう。

 

「仕方ないでしょ。なんかさ、あの人たまに怖いのよ」

「え? 怒らせるとヤバいのか?」

 

 質問にエイナは首を振る。

 

「ううん。怒ったとこなんて、見たことないわ。

 けど、その……、なんとなく、たまに凄く怖く感じて」

 

 いい人なのはわかってるんだけどさ、と付け足すエイナの気持ちがアルには、残念ながら“凄くわかった”。

 

 あの人は、なんというか、底知れない。

 

 言葉にするとチンケだが、うまい言い回しが思いつかないので許してほしい。俺もちょっと怖かったな、と感想を漏らすと「よねぇ!?」と、エイナは嬉しそうに食い付いた。

 

「ジェイ辺りには言ってもわかって貰えなくて」

「そうなの?」

「あ? 別にあんな爺さん怖くねーだろ?」

 

 本気で疑問に思ってそうなジェイの様子に少し戸惑う。

 

 もしかして俺達の感性がおかしいのだろうか? と少し考えた。

 

「アル」

「ん?」

「依頼は?」

 

 レオルドに言われて、「そうだった」と依頼書をとり出す。

 それをテーブルの真ん中に乗せると、三人が注目した。

 

「依頼内容は────」



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砂漠の説明会

 暑い。

 それはもう暑い。

 

 エルモアの街は遥か遠く、アルたち四人は既に狩り場に到着していた。

 

 まずは拠点の製作からしなければならない。なので、竜車から降りたアル達は各々荷物を持って、拠点製作に適した場所まで歩いていく。

 

 ────しかし暑い。太陽さん、もうちょっと手加減してくれないッスか。死にます。このままじゃ、モンスターと殺り合う前に死にます。

 

 そんなアルの祈り虚しく、太陽は今日も今日とて絶好調である。

 

「暑い熱いあついアツいアツイATSUIアついあつつつつつつつ……、痛ぁっ!?」

「うっさいバカ! 余計暑いわ!」

 

 エイナの渾身のツッコミ(?)にアルの身体が僅かに傾いだ。

 

 あ、ヤベ。これ本格的にダメだわ。

 

 ダラダラと汗を流しながら、ヤケに冷静な思考で自己分析を終える。

 

「おい、大丈夫かよ?」

 

 さすがにヤバいと感じたのか、問い掛けるジェイに普段の軽薄な感じはなかった。

 

「ふんっ。この程度の暑さで情けない。狩り場に出たら、これの比じゃないわよ」

「……」

 

 憎たらしく言うエイナに、しかし反論するだけの元気は、今のアルにはない。

 

(……暑い。もう、口も開きたくない……)

 

 いつもなら即座に噛みつくアルが反論しないことに違和感を覚えたのだろう。エイナがアルの顔を覗き込む。アルの側に抵抗するだけの体力は残っていなかった。

 

「ちょっと。アンタ、ホントに大丈夫?」

「アルは雪国出身だ。砂漠の暑さは堪えるのだろう」

 

 気遣わしげな表情を取ったエイナに言ったのはレオルドで、いつもと変わらない声色からは暑さを苦にしている様子は感じられなかった。

 ちら、と見るとレオルドも汗こそかいているものの、表情はいつもと変わりない。

 

「……半端ねえ」

 

 尊敬よりも恐ろしさが先立つ。どんな精神力をしてんだ。

 そう、今回の狩り場は砂漠。移動に船を使わなかったため船酔いはなかったものの、まさか狩り場がこんなに暑いとは思いもしなかった。

 

「アンタ、クーラードリンク飲んだ?」

 

 エイナの言葉に力なく首を振る。

 出発前に散々無駄遣いはするな、と釘を刺されたのだ。狩猟開始まではできるだけ使わずにいたい。

 

 そんなアルの心を読んだのか、エイナは懐からクーラードリンクを差し出して言った。

 

「無理しないの。そりゃ、この程度で使ってたらアッという間になくなっちゃうけど、無理して倒れる方が問題でしょ」

 

 いざとなったらアタシの分けたげるわよ、とエイナは笑う。

 

 やべぇ……、天使に見える。

 

 なんて、アホなことを思いながら、受け取ったクーラードリンクを一気に飲み干す。

 初めて口にしたクーラードリンクは、その名に恥じない効果を彼にもたらした。

 

「どう? 少しはマシ?」

「あ、ああ。スゲェな」

 

 これはホントに凄いと思う。じわじわと体力を奪っていった暑さが、ほとんど消え失せたのだ。

 

 エイナはアルの様子に満足そうに微笑んだ。

 

「そ。じゃあさっさと荷物運んじゃいましょ。効果時間が勿体無いし」

「おう」

 

 アルは短く返して、歩く速度を上げた。

 

 

※※※

 

 

 手早く拠点の製作を終えたアル達は、取りあえず一息ついた。

 

 前回砂漠に訪れたハンター達の名残を利用して造ったので、そこまでの労力ではないのだが、いかんせんこの暑さだ。

 クーラードリンクを飲まねば体力を失う、という程ではなくとも、やはり暑いものは暑い。ジェイが溶けるようにベッドに突っ伏したのを皮切りに、アルとエイナがダレた。

 唯一ピンシャンしてるのがレオルドで、アルはホントに人間かと半ば本気で疑ったりしてみる。もしや小説なんぞでよく見る『サイボーク』とかいうやつじゃああるまいな。

 

「俺ここで待ってるからよー。おめえらで依頼済ませといて」

「何バカ言ってんのよ。このバカはー」

 

 ベッドに横たわりながら言うジェイに、エイナの力ないツッコミが響く。

 エイナの意見はとても正しいのだが、暑さにまいってしまっったアルにはジェイの気持ちもよくわかった。ついでに言えばジェイと同じようにテント内で溶けているエイナも、本心では動きたくないのだろうと思う。

 

 けれど、いつまでもチンタラやってる暇もないのも事実である。

 一回の狩猟には、ギルドから制限時間が設けられているし、何よりアルは既にクーラードリンクを消費してしまっている。

 

 クーラードリンクは優れたアイテムだが、当然効果には持続時間がある。限られた効果時間を考えると、あまり無駄な時間は過ごしたくない。意を決して、アルはテントから出た。

 

「行くのか?」

 

 そう問い掛けたのは、テントの外で直射日光を浴び続けていたレオルドだ。

 相変わらずの険しい顔に、ゴツいディアブロシリーズ。背に備えた剣は長大で、見た目だけで相当な威力が想像出来た。

 

「うん。そろそろ行かなきゃな。……ところで、それ、太刀じゃあないよな?」

 

 彼の武器を指差して問う。長さは太刀に近いものがあるが、分厚さと幅がまるで違う。

 

 レオルドはあっさりと「大剣だ」と答えた。

 

 太刀、双剣に続く三つ目の武器カテゴリー。

 どれだけの種類の武器を使いこなせんだよ……。と半分呆れながら、レオルドを見詰めた。残り半分が羨望なのは、言うまでもない。

 

「むう……」

「なんだ?」

 

 不満気に頬を膨らませると、レオルドは怪訝そうな顔をした。

 

「デカイ武器とか、使ってみたいなぁ、と思って。レオルドは太刀も大剣も使えていいな」

「はっ! アンタに重量武器とか」

 

 鼻で笑ったのはレオルドではなくエイナだ。いつの間にかテントから出てきたらしい。

 

「鼻で笑うな!」

「腕力が足りなさ過ぎて、持てないのがオチでしょ」

「ぐっ……」

 

 的確に事実を抉ってきやがった! なんて嫌な奴! と、アルはここである事実に気付いた。

 

「でも俺、お前と体型変わんねえぞ?」

 

 同じ程度の身長、同じような体型。だが扱う武器が違い過ぎる。

 

 片や最軽量武器(かたてけん)

 片や最重量武器(ハンマー)

 

 なんでだ? と疑問に思う。

 それはエイナも同じだったらしい。改めて突きつけられた事実に、彼女自身も困惑していた。

 

 ただ、レオルドだけは冷静(いつも通り)なままだ。ふむ、とアルとエイナを見比べると、ゆっくり口を開いた。

 

「恐らくは、『()』の扱いだろう」

「「気?」」

 

 アルとエイナの声がハモった。

 

「錬気や鬼人化という言葉を知っているな?」

「ああ」

「はい」

 

 二人の返事に頷くと、レオルドは説明を始めた。

 

 彼が言うには……、

 

 

 人間に限らず、生き物には必ず『気』というものがあるらしい。

 

 鬼人化に見られるように、うまく使えば身体能力を底上げすることが可能で、太刀の気刃斬りや大剣のタメ斬りなども気の力によるところが大きいのだとか。

 

「えと、つまりエイナは無意識に気をコントロールしてるから重い物が持てるって?」

「エイナに限らん。そもそも、並の人間では大剣もハンマーも持ち上げられないだろうからな」

 

 確かに。レオルドみたいなガチムチならともかく、アルのような細身のハンターにも大剣やランスのような重量武器を扱う奴はいる。

 

 身近にはエイナ。知り合いでは楓だ。

 つまり彼女らは気のコントロールが上手いのだろう。

 

「じゃあ俺も気のコントロールが上手くなれば、大剣使えるのか!?」

「人には得手不得手がある」

「……さいですか」

 

 あっさりばっさり切って捨てられると、わかってはいてもそこそこ凹む。

 というか、そこの金髪女子。腹を抱えて笑うな。

 

「確かに様々な武器を使えた方が便利かも知れん。が、それと『強者』とは別の話だ。重量武器を扱えなくとも、大成したハンターはいくらでもいる」

「それはわかるよ。でもやっぱ、一辺くらいはビュンビュン振り回して────」

「どうした?」

 

 不意に言葉を切ったアルに、レオルドが問う。

 思案顔のまま、アルは口を開いた。

 

「いやさ、鬼人化が気のコントロールで出来るなら、大剣とかハンマーで鬼人化すりゃ、メチャメチャ強いんじゃねえの? って、思って」

 

 鬼人化は双剣の奥義だ。身体能力を向上させ、普段ではあり得ない速度と強さを叩き出す。

 だが仮に、双剣以外の武器で鬼人化が出来ればどうだろう。

 武器の重量は威力とほぼイコールだ。軽量な双剣ですら計り知れない威力になる鬼人化を、大剣のような重量武器でやれれば、それこそ剛剣と呼ぶに相応しい威力になるだろう。

 

 さらに、大概の重量武器に付随する欠点である速度。

 移動速度、攻撃速度問わず、鬼人化で強化した身体能力ならば、その欠点もある程度補えるハズだ。

 

「確かにそうね……」

 

 エイナもまた、アルと同じ結論に至ったらしい。

 だが、レオルドは静かに首を振る。

 

「いや、双剣以外での鬼人化は難しい。アレは『そういう形』として完成している」

「そういう形?」

 

 理解出来ず、アルは首を傾げた。

 

「気の扱いはイメージだ」

 

 と、そうレオルドが口を開いた。

 

 鬼人化は全身に気を循環させることで、加速度的に身体能力を向上させる。その際、武器の切れ味をも上昇させるために、『武器に気を通す』のだ。

 

 自分の身体以外に気を通わせるのは、存外難しい。鬼人化や気刃斬りが『奥義』と呼ばれる所以である。

 

 

 ────故に、鬼人化の際は()()()()()()()()()()

 

 

 両の剣を、それぞれ持ち手の『延長』だとイメージ。刃と刃を重ね合わせ、身体を一つの輪に見立てる。

 そうして身体の中心から外側に向けて気を放出。重ねた刃を通じて気を循環させる。

 

 腕の延長と思える限界サイズ。

 気を通しやすい形。

 綺麗な輪を描くために必要な、左右対称に近い形

 

 鬼人化に必要な、あらゆる要素を兼ね備えた武器、それが双剣。

 

 

 対する太刀もまた、気を通しやすい形である。

 東方から伝来した独特の形は、気を奔らせることに特化している。

 使い手の攻撃の意思を汲み取り、受け手の血を啜る。命のやり取りの中で交わされる意思の応酬。太刀の刃はそれらを力へと換え、切れ味と重さを増してゆく。

 

 さらに刃に蓄積された気を、柄から切っ先へと放出することで何者にも阻むことの出来ない気の刃を生み出す。

 

 東方伝来の“気で斬る”概念の体現はまさに『気刃』。

 

 双剣が気の循環を司るならば、太刀は気の放出を司る武器なのだ。

 

「えと、つまり双剣とか太刀は他の武器より気を通しやすいから、色々出来るって?」

「大雑把に言うならば、そうだ」

 

 レオルドによる説明が終わり(普段では考えられないくらい口を開いて、正直ビビった)、アルは確認のために口を開いた。

 

「じゃあ片手剣とか、大剣で鬼人化なんて無理か」

「気の扱いはイメージだ。大剣のように巨大な武器でも、片手剣のように左右対称でなくとも、それに沿った気の扱いが出来るなら可能だろう」

 

 理論上は、と付け加えて、レオルドは言った。

 やや否定的に聞こえるのは、彼自身がその奥義に見合ったカテゴリーでしか、それらを扱えないことに起因するのだろう。

 或いは、レオルドがハンター生活を続ける中で、そういう規格外の人間と出会ったことがないのが原因なのかも知れない。

 

「なあ、さっきタメ斬りとかも気の扱いが必要だって言ってたじゃん? 鬼人化と違うのはわかんだけど、気刃斬りとは何が違うの?」

「気刃斬りは文字通り、『気で斬る』技だ。

 対して、大剣やハンマーにおけるタメ攻撃は、武器を振るう筋力を引き上げる。気刃斬りよりも、むしろ鬼人化に近い」

 

 あれ? と思う。

 鬼人化は気を循環させて、身体能力を引き上げるので、それがやりにくい他の武器では出来ないのではなかっただろうか。

 

「ああ、もちろん鬼人化程の効果は見込めん。

 気の伝導がそれほど良くない大剣は、腕から刃に気を通しづらい。それを逆手にとって、流れていかない気力を腕にタメていく。後は斬撃の瞬間に炸裂させれば、普段以上の威力を持った一撃を叩き込めるという訳だ」

 

 細かい制御は異なるが、ハンマーも同じだろう。とレオルドはエイナに視線を向けた。

 問われたエイナは「無意識にやってるんで」と、少しバツが悪そうに答えたのみだったが。

 

「つまりアレか。うまく流れていかない気力を、うまいことコントロールしてやりゃ、大剣でも鬼人化とか気刃斬り出来ると」

「ああ。結局は使い手の力量次第、とまとめてしまっていいだろうな」

「ま、その前にアンタは武器持ち上げるとこからだけどね」

「……」

 

 間髪入れずに言われた言葉に、アルは押し黙った。

 自覚していても、はっきり告げられると辛い。というか、笑うな。

 

 憮然としたアルを余所に、レオルドがテントの方に振り返った。

 同時、中からジェイが起き上がってくる。

 

「お前らいつまでダラダラダベってんだ? さっさと狩りにいけよ」

 

 その言葉にレオルドは静かに頷く。

 だが、アルとエイナは顔を見合せて────、

 

「「お前が言うなっ!!」」

 

 二人の渾身のツッコミが炸裂した



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