君の知らない僕らの出逢い (唐笠)
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雪と出逢いと知らないあの子

お久しぶりの方も、初めての方もこんばんは。
にじふぁんから移転しました唐笠です。

明瑞LOVEの精神で、今回もいきますよ!


 

それは、過去の思い出。

いつまでも色褪せることなく、同時に僕に一抹の後悔を抱かせるもの…

 

もし、あの時の僕にもう少し勇気があれば…

もし、臆病にすらなれないバカだったなら……

 

今の僕はこんなに苦しまずにいられただろう。

どのような答えが出ていようとも、答えを求めることも、聞く勇気もない今よりはマシであろうと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、僕が小学3年生の冬も終わりに近付いたある日の出来事。

 

その日は春がすぐ側に迫っているというのに、雪が降っていた。

 

白く、儚い、それは空から舞い落ちるとすぐに消えてしまう。

だけれど、その消えてしまった雪が冷やした地面には次第に雪が積もっていった。

 

一つ一つ積み重ねるように、雪は着実に積もっていき、いつしか校庭を埋め尽くしてしまったのだ。

 

辺り一面、見渡す限り白銀の世界…

汚れを知らぬような真っ白な雪が全てを埋め尽くす。

 

ここまでの大雪は当時の僕にとって初めてであり、遅らせばせながらの今年の初雪ということで心が浮き立ったのものだ。

 

「みんな、遊びに行こうよ!」

 

今すぐにでもあの雪で遊びたい!

そう考えた僕はクラスメイト全員を誘って校庭へと赴いた。

 

雪合戦、雪だるま作り、かまくら作りと思い付く限りの方法で遊び、存分に雪を満喫する。

しかし、途端にさっきまでなんともなかった身体が肌寒く感じてきたのだ。

 

「ハクシュ!」

 

くしゃみの拍子にでた鼻水が即座に冷えてくる。

それは、肌寒さに拍車をかけるようにして僕を苦しめた。

 

「あっ、アキくんの鼻水凍ってるよ!」

 

「ホントだ!おっかしぃ!」

 

一人の男子の声を合図に、みんなが僕のところに集まってくる。

みんなが口々に何かを言っているが、段々と意識が朦朧としてきた僕はなにがなんだか判らなかった…

 

それに、さっきまで肌寒く感じていたのに今はやけに身体がポカポカと暖かいや……

そこまで考えたところで、僕の身体に冷たい何かに包まれた。

朦朧とする意識を傾けると、どうやらそれは雪であるようだ。

 

でも……なんで…雪が………

まぁ…………きもち……いいか………ら………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

意識が戻った時には、僕はベッドに横たわっていた。

たしか、外で遊んでいたはずなのになんでだろう…?

 

そんな疑問と共に視線をずらせば、未だに外には雪が降っていた。

あくまで憶測だが、日は跨いでいないようである。

 

まぁ、この際、そんなことはどうでもいいので早くあの雪で遊びたい。

もう一度、あの真っ白な雪と戯れたい!

 

幼い僕の頭には、自身の状況を理解しておらず、保健室のベッドから跳ね起きようとした。

 

「あれ…?」

 

しかし、身体が思うように動かないのだ…

それに覚醒したばかりの意識がまた朦朧としてきた……

 

いったい、僕はどうしてしまったのだろう…?

それに、みんなはどこに行っちゃったんだろう……

 

思い通りにならない身体

誰も傍にいない孤独

 

それは、今までの僕が味わったことのない感覚だった。

たぶん、その時の僕はたしかに『恐怖』を感じていたのだろう…

その二つは、手を伸ばせばいつも届く場所にあったからこそ感じる、失うことへの『恐怖』

 

もう、僕は動けないのかもしれない。

そうなれば、みんな僕とは遊んでくれないだろう…

 

出口が見えない気がした…

解決策などないように思えた……

 

気づけば、自然と頬に涙が伝っている。

それは土と雪で汚れた僕の顔に一筋の跡を残す…

 

カタッ

 

そんな絶望の静寂を一つの物音が打ち破った。

そちらに視線を移せば、見知らぬ女の子が部屋の入口でこちらを心配そうに見ているではないか。

 

「大丈夫…?」

 

「……………………………」

 

鈴を鳴らすように澄み渡る綺麗な声。

それは僕を絶望の静寂から救ってくれるように思えた。

 

しかし、なぜだか僕は言葉を返せなかったのだ…

いつもの僕なら空元気でも笑ってみせたであろうに、なにも発することができなかった……

 

のどに言葉がつまり、出ていかないのだ…

もしかしたら、僕は軽い混乱に陥っていたのかもしれない。

何にかと聞かれれば、その答えは8年経った今でもわからない…

だけれども、その時の僕は『普通』ではなかったのだろう……

 

「先生、いないんだね…」

 

先生というのは保健室の先生のことだろう。

健康体そのものだった僕は保健室の先生と面識はないが、この子の言い方からしていないことも多々あるようである。

 

ガチャガチャ

 

僕がそんなことを定まらない意識で考えていると、その子はなにやら湿布や体温計の入った棚を弄り始めた。

そして、ほとんど迷う様子もなく、そこから熱冷まシートにタオル、それと小さな桶を取り出した。

 

ここまで場所を知っているということは、おそらくこの子は保健室の常連なのだろう。

そんなちょっと失礼なことを考えてる間にも、その子は手際よく作業を続けている。

 

「目、瞑っててね」

 

桶にはった水で塗らしたタオルを絞り、その子は汚れた僕の顔を拭いてくれた。

絞りきれていないタオルに残った水が首を伝い、服の中にまで染み込んでくる。

 

いつもなら、ひどく不快なはずなそれは僕にとって言いようもない安堵を与えてくれた。

汚れた僕の顔を濡れたタオルが撫でる度に訪れる安堵。

 

決して上手ではない

むしろ、下手な拭き方とさえ言えるだろう…

 

だけど、そこには確かな温かさがあった。

僕が失いたくないと思ったものがあった気がしたのだ…

 

「ちょっと、待っててね」

 

顔を拭き終わったその子は、そう言うと僕から離れて熱冷まシートを置いた机の方へと向かっていく。

なんとなく名残惜しくなった僕は目でその姿をおった。

 

その子の奥にある窓からは、未だに外には雪が降っているのが見える。

朦朧とする意識はその景色に霞をかけていった…

 

霞がかる雪景色の中に佇む見知らぬ女の子。

その子は僕を救ってくれた…

 

まるでおとぎ話なような情景。

 

たぶん、その子からしてみればなんでもない出来事。

それは僕にとっての大切な『出逢い』だった。

 

「ありが…と……」

 

それだけをやっと言うと、僕の意識は急激に遠のいていった。

まぶたの裏に残る、その子の姿。

そして微かに聞こえる誰かの声…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………き……ん

あ………くん!アキくんってば!」

 

僕を呼ぶ誰かの声。

さっきの子のものとは違うそれは、僕の意識を再び覚醒させていく。

 

「んく………」

 

僕は上半身を起こすと、声のする方へと目を向ける。

そこには、心配そうにこちらを見るみんなと先生がいた。

 

僕はまだ………見捨てられてなかったんだ……

 

そう実感した途端に涙が流れて出してくる。

 

「アキくんどうしたの!?」

 

「もしかして、どこか痛むの?」

 

泣いている僕を心配してくれているのだろう…

だけど、みんなのその優しさが更に僕に涙を流させた……

 

こんなにも優しいみんなに囲まれている。

僕はその幸せを噛み締めるように一人一人の顔を見渡していく。

 

元気に笑う人、いまだに心配そうにしている人…

だけど、そこにあの子はいなかった……

 

「ねぇ、みんな、僕以外に一人いなかった?」

 

「アキくん以外に?」

 

「いなかったと思うけどなぁ…」

 

「私は見てないよ」

 

どうやら、みんながくる前にどこかへ行ってしまったのだろう。

でも、その子はいったいなにをしに保健室に来たのだろう…?

 

「アキくん、その女の子の名前わかる?」

 

「名前……」

 

そう言えば僕はあの子の名前を知らない。

僕を助けてくれたあの子の名前を……

 

記憶を遡っても名前を聞いた覚えがない。

あるのは雪景色の中に佇むあの子の姿だけ……

 

でも、いつかは会ってお礼を言わなくちゃならない。

学年も組みもわからないけど、いつの日か……

 

その日のために、いつまでも『あの子』じゃ失礼な気がするから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユキちゃん……かな」

 

僕は君にそう名付けた




さて、後編はようやく10.5巻に入ります。
ただし、あくまで都合のよい捏造だということをお忘れなく←オイ

では、次回もお付き合いいただけれれば幸いです


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今へと続く僕らの始まり

遅らせばせながら、更新です。
感想をくださいました、ヲタク大王さん、ありがとうございました!


あれから数日、僕は外で遊ぶ時や教室を移動する時に『ユキちゃん』がいないか気にかけていた。

しかし、校庭にも教室にも『ユキちゃん』はいないのだ…

 

誰か人に訪ねようものにも、なんと聞いたらいいかわからない…

解っているのは、僕がつけた『ユキちゃん』という名前と虚ろな記憶の中にいるその姿だけ……

 

これでは僕以外の人に探してもらおうにも無理というものだ。

そしてなにより、なぜだか『ユキちゃん』のことを他の人に話すのを恥ずかしく感じた。

 

それは、それまでの僕が感じたことのない感情。

その名前を今の僕は知っている。

きっと、いつまでも消えることなく残り続ける、それは叶わない願い…

だけど、僕にとってはかけがえのない感情だったんだ……

 

まぁ、話は戻して結論からいうと僕はユキちゃんを見つけることができなかった。

そんな僕らが再会したのは四年生に上がるときのクラス変えの時…

 

新しいクラスメイトと早速じゃれあっていたところに息を切らせ、登校してきた生徒。

小柄で華奢な体躯にふわりと伸びる桜色の髪。

そんな子供ながらにも助けてあげたいと思うような容姿の子が息を切らせて登校してきたのだから、みんなの注意は当然ながらそちらへと向いた。

 

知り合いなのか、その子の周りを囲む数人の生徒や、なにやらヒソヒソ話を始める生徒と状況がさっきまでとガラッと変わってしまった。

そんな中、取り残された人物が二人…

唖然として動けないでいる僕と、どうしたらいいのか解らないのかオドオドしているユキちゃんである……

 

なんでここにユキちゃんが…?

同じ学年なら少し探せば見つかったはずなのに……

 

それは当時の僕にはわからない問い。

だが、病気がちだったのが関係してるのかもしれないと7年経った今さらながらその考えに至る。

 

なにもアクションの起こせない僕と動けないでいるユキちゃん。

事態が進展するはずがなかった…

そして、それは先生が教室に入ってくるまで続いてしまい、僕は大事な初手を逃してしまうこととなった……

 

 

 

 

しかし、事態は思わぬ好転をみせることとなる。

なんの悪戯か僕とユキちゃんは隣の席になったのだ。

 

よし、今度こそは!

そう意気込んで話かけようとしたところで――――――

 

「今から学級会を始めます」

 

先生が係りや委員会を決める学級会を開始してしまった…

 

「学級委員長やりたい人いますか?」

 

「はーい」

 

「図書委員やりたい人いますか?」

 

「はーい」

 

トントン拍子といった具合に進んでいく学級会。

僕は去年と同じ体育係でもやろうかと考えていた時、調子よく決まっていた委員会決めが停滞した。

 

「飼育委員をやりたい方はいませんか?」

 

さっきまでと違って中々決まらないのか少し困った様子で尋ねる先生。

飼育委員は放課後や昼休みの時間が制限されるため、やりたいと思う人は少ないのであろう。

 

「飼育委員には姫路瑞希さんがいいと思いまーす」

 

そんな中、突如として上がる声。

僕の隣のユキちゃんがビクッとするのが横目に見えた。

 

余談だが、ユキちゃんの名前が『姫路瑞希』だというのは学級会前の自己紹介の時に知っている。

だけど、僕の中では変わらずに『ユキちゃん』であったのだ…

 

「私も姫路瑞希さんがいいと思います」

 

「ちょうどいいよね、地味な係だしさ」

 

「"地味好き"さんにはピッタリだもんねー」

 

捲し立てるように数人がユキちゃんに飼育委員を押し付けてくる。

最後の人の言葉が気になったが、おそらくは『ひめ"じみずき"』と言ったのを僕が聞き間違えただけだろう。

 

たしかに、飼育委員はほとんどの人がやりたい仕事ではないだろう。

しかし、それが他人に押し付けていいはずがない。

ましてや、複数人でやるなんて苛めにも等しいとさえ言えるだろう。

 

たぶん、このままじゃユキちゃんは推しに負けて飼育委員を引き受けてしまう。

飼育委員自体が悪いのではない。

だけど、僕はそのやり方が気にくわなかった。

 

「イヤなの?」

 

「……………うん」

 

しばし間の空いた返答。

それは、飼育委員を拒否することへの罪悪感からくるものなのであろう…

 

「そっか、イヤならちゃんと言わなきゃなね」

 

そんな心中を紛らわそうと僕はできるだけ明るい笑顔を向ける。

それが僕がユキちゃんに向けた初めての笑顔。

 

それを意識して一つのことに気づく。

そっか…

あの時の僕と今の僕は似ても似つかないんだ……

 

そう、保健室で失うことへの絶望に苛まれていた僕は汚れた顔と相まって、普段の僕と同一人物と思う人はいないだろう。

そう実感できる程に、あの時の僕は深い絶望に囚われていたのだ。

だから、そこから救ってくれたユキちゃんの力になりたかった。

 

「瑞希ちゃんでいいんだよね?」

 

確認などとる必要はない。

だけど、その頃の僕には『ユキちゃん』と呼ぶのが悪いことのように感じられ、その名をグッと胸にしまい込んだ。

 

「先生!

瑞希ちゃんはイヤらしいです!」

 

そして、見事なまでの過ちを犯したのだったが、それはまた別の機会に話そうと思う…

 

 

 

 

 

あれから、僕の思慮のなさが暴走してユキちゃんを大いに困らせるはめとなってしまった。

そして、それは幸か不幸か僕とユキちゃんが飼育委員になるきっかけも与えてくれたのだ。

 

「瑞希ちゃんも抱いてみない?」

 

そんな感じで飼育委員となった初日、僕はユキちゃんにウサギを差し出しながら尋ねる。

フワフワしていて丸まっている姿がとても愛らしいウサギ。

だけど、ユキちゃんはそんなウサギを見ながら固まってしまっている。

 

「あっ、もしかして動物が苦手だったりする?」

 

「えっと……その………」

 

反応を見る限り、少なからずとも動物と慣れ親しんでいないことは容易に想像できた。

問題なのは、その程度の問題である。

 

仮に動物全般が嫌いとなってしまえば、僕はユキちゃんにとんでもなく苦痛な仕事を与えてしまったこととなる…

経緯はどうあれ、僕のせいでユキちゃんが飼育委員をやっていることには変わりないのだから……

 

「(好きになって貰うには、自分が相手を好きになるのが一番…)」

 

そんな中、ユキちゃんが小声でそっと呟いたのが聞こえた。

たぶん、本人も気付かない内に出していたであろう無意識の内の言葉。

 

だからこその紛れない本心であると確信できた。

ユキちゃんはウサギたちと仲良くなりたいのだと…

 

「瑞希ちゃん?」

 

「あっ、な、なんでもないです」

 

「そう?」

 

「そ、それより早く掃除を始めないと」

 

そう言いながらユキちゃんはウサギから目をそらしてしまった。

だけどその時、僅かに見せた名残惜しそうな目。

 

ユキちゃんも歩み寄ろうとしているんだ…

なら、僕が下手に手出しするものではない。

 

だって、優しいユキちゃんならきっとウサギ達も受け入れてくれるはずだから……

 

それを自分の中で確認した僕は、なるべくユキちゃんとウサギが触れ合う機会が多くなるよう、少し離れた場所で作業を始めた。

僕は自分の作業を続けながらも時折、ユキちゃんの方を見ながら様子を確認する。

 

徐々に歩み寄ろうとするユキちゃん。

頑張れ。僕は心の中でそう応援しながら、それを見守る。

そして、徐々に縮まっていった距離はついに0となった。

ユキちゃんがウサギを撫で、ウサギもそれに嬉しそうに反応している。

 

今もなお記憶に残っている雪景色の中でのユキちゃんの姿。

そして、雪のように真っ白なウサギたち。

 

その異なる1つの光景は僕に『雪ウサギ』という言葉を連想させた。

当時の僕は雪ウサギを知らなかったけれども、それが自然と連想できるほどに僕の中で印象的であったのだ。

そして、それは僕の中での『ユキちゃん』をより確固なるものにしていった。




字数制限のため続きます


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今へと続く僕らの始まり2

まさか、字数制限にかかるとは…


~更に数日後~

 

僕とユキちゃんが飼育委員に決まってから数日後のある日、体育の授業でやるドッジボールで僕らのチームが一人足りなくなってしまった。

そこで、他のチームで余りがでたユキちゃんが僕たちのチームに入ることになったのだが…

 

「姫路さんより、私の方がずっと役にたつよ?」

 

クラスメイトである神田麗香ちゃんがその話に割り込んできたのだ。

その言葉に確かに含まれている嫌味。

役にたつ、立たないなんてのは道具に対して使う言葉だ。

 

それを人に……

しかも、クラスメイトに使うなどと僕には信じれなかった。

 

「じゃあ、私は元のグループに―――――――」

 

「そういう言い方、僕は嫌いだよ」

 

だからなのか、それともそれは建前なのかわからない…

わからないけど、僕はユキちゃんが言い終わる前に言葉を遮る。

そして、ユキちゃんの手を掴むと同時にキッと睨み付けた。

 

「な、なんで…」

 

自分が選ばれなかったことが信じられないといった様子で神田さんが唇を噛み締める。

そんなこともわからない時点で底が知れてるというのに…

 

軽蔑にも似た感情を抱いた僕はユキちゃんと共にグループのみんなの所に戻ろうとする。

 

「調子にのらないでよね!

あんたなんか明久くんに同情してもらってるだけなんだから――――地味好き!」

 

しかし、僕の歩みはその言葉で一度止まる。

対する神田さん…………いや、麗華はそんな僕に気付かずに元のグループへと戻っていった。

 

「(気に入らないな…)」

 

人を見下した態度、自分が持て囃されて当然といった考え。

そして、なによりユキちゃんを『地味好き』などと呼んだことが気に入らなかった。

 

今度は聞き間違えではない。

確かに麗華は『地味好き』と言っていた。

それは僕の胸の内に秘めた『ユキちゃん』を汚されているようで、無性に苛立つ。

 

わがままだ。

利己的な理由なのはわかっている。

だけど、それでも僕はそれが許せなかった。

 

「吉井君…?」

 

「ん?どうしたの?」

 

考え込んでいた僕を気にかけてくれたのかユキちゃんが僕の顔を覗き込んでくる。

そんなユキちゃんに内心を探られないよう、僕はいつも通りに取り繕って見せる。

 

でも、このままじゃ僕の気が収まらない。

なにより、貶されっぱなしのユキちゃんが可哀想である。

 

ユキちゃんもなにか一生懸命話そうとしているが、試合開始まで、そう時間はない。

それを確認した僕は、これから僕のやろうとしてることだけを手短に伝えることにした。

 

「さっきの麗華ちゃんなんだけどさ、僕たちでやっつけちゃわない?」

 

数分後、見事に僕のこの言葉は実現した。

僕とユキちゃんで麗華をドッジボールで倒したのだ。

それもユキちゃんの投げたボールによって…

 

 

 

 

だけど、それで終わりでなかった。

あの日を境に気付くと元気がなかったり、落ち込んだりしているユキちゃんを見かけるようになったのだ。

 

十中八九、麗華が絡んでいるのだろう。

だけど、その確証はなく、下手気に指摘すればユキちゃんがどんな目にあうかわからない。

当然ながら、ユキちゃん本人に聞くなどもっての他である。

 

ユキちゃんにも麗華にも気付かれずに調べる必要があった。

だが、チャンスが中々ないままに過ぎていく日々…

時折見せる、ユキちゃんの悲しそうな顔が僕の胸を苦しめた……

 

そんな中、転機が訪れる。

林間学校で飼育委員の日割りが変わったのだ。

ユキちゃんには申し訳無いけど、これなら僕が飼育委員に出なくても誤魔化しがきく。

 

罪悪感を抱きながらも、僕は麗華のことを学校に残っている同級生に聞き回った。

そこで判ったことは3つ。

 

ユキちゃんと麗華は3年の時も同じクラスであったこと

『地味好き』という呼び名は麗華が言い始め、広めたということ

そして、麗華が僕を好いているらしいという噂があることだ。

 

虫酸がはしる。

そんな表現が正しいだろう。

あんな人の気持ちをわかろうともせず、運動が苦手などいった表面しか見ないやつが僕を好いてるだって…?

 

だから、僕がユキちゃんと仲良くしようとしたからユキちゃんに嫌がらせしたっていうのか…?

 

気にくわないなんてものじゃない。

金輪際、関わってほしくもない。

だけど、その前に1つしなければならないことがある…

 

夕焼けが照らす校内で僕はそう決心すると麗華がいるはずの教室へと向かった。

 

徐々に近付いていく教室。

渡り廊下から中に3人と入口に1人いるのが見える。

そして、その入口で俯いているのがユキちゃんだと気付いた時には既に走り出していた。

 

麗華のやつ、放課後にまでユキちゃんに嫌がらせする気なのか!

 

「私は別に吉井君のことなんて好きでもなんでもないんです!」

 

そんな怒りと共に走ってきた僕に降りかかる一言。

僕の方に向けられた言葉ではない。

だけれど、その言葉の中にある『吉井君』とは確かに僕のことだった…

 

「あっ、えっと…

僕、聞いたらまずかったかな…」

 

なんとか平静を保とうと僕は言葉を返す。

 

「あ、明久くんどうしてここに!?」

 

「帰らなかったっけ?」

 

「飼育委員があったの思い出して、急いで戻ってきたんだけど、もう終わっちゃったみたいだね。ごめんね、瑞希ちゃん」

 

そう言って僕は頭を下げる。

とっさについた嘘だが、これなら僕が走ってきた理由にもなるだろう。

 

「………………………」

 

そう安堵したのも束の間、ユキちゃんは無言で僕の脇を走り去っていってしまった。

 

「瑞希ちゃん!」

 

「いーよ、明久くん。

それよりも私たちとちょっとお話しない?」

 

それを追い掛けようとした僕を引き止める麗華。

 

「…………いいよ、ちょうど僕も麗華ちゃんに話があったんだ」

 

僕の脇を横切るユキちゃんの頬に伝わる微かな涙を見ながら、僕はそう言った。

 

 

 

~グランド~

 

「明久くん、本当にそれでいいの?」

 

「うん。

その代わり、ちゃんと約束は守ってもらうよ」

 

「明久くんの方こそ、ちゃんと約束守ってよね」

 

夕日も沈みかけたグランドで僕と対峙するのは麗華。

そして、僕の左右を取り囲むように麗華といつも一緒にいる二人組がいる。

その3人は1つずつボールを抱え込んでいる。

 

今からやるのはドッジボールだ。

それも3vs1の変則ルールでの…

そして、この勝負に負けた方が勝った方の言うことをなんでもきくというルールもついている。

 

そう、僕の話とは麗華にこの勝負を持ちかけることだったのだ。

だけど、不利な状況で麗華がなんでも聞くという条件を呑むわけないと踏んだ僕は、ゲームの内容を全て麗華に任せた。

 

結果がこれである。

左右2人は倒さなくてもいいが、ボールは全部で3つ。

更に麗華はもちろんのこと、その2人の運動神経も中々のものであった。

いくら僕が運動が得意と言っても不利であることには代わりはない。

 

おそらくドッジボールにした理由は、あの日のことを根にもっているからであろう。

だけど、ドッジボールなら僕だって負けない。

いや、なんであろうと僕は負けられないんだ!

 

「じゃあ、いくよ!」

 

僕の決心と共に麗華がボールを投げる体勢にはいる。

左右の2人もそれぞれ微妙にタイミングをずらし、モーションへとはいる。

 

取っていたらやられる!

 

そう判断した僕は正面からきた麗華のボールを右によけると、すぐに身体を捻り左から投げられたボールをかわす。

最後には身を屈め、頭上を過ぎ去っていくボールをやり過ごした。

 

だが、状況が好転した訳ではない。

僕がボールを取らなければ、ボールはコート外に出て麗華とその仲間の手に渡ってしまうのだ。

 

そうした状況が何回続いただろう。

既に日は沈んだも同然と言ったところにまできていた。

 

「さすが明久くん、やるわね…

2人は下がってて」

 

麗華の指示に従い一歩下がる2人組。

いったい、なにを企んでるんだ…?

 

僕が警戒してると知ってか知らずか、麗華は大きく振りかぶる。

確かに大きく振りかぶれば、威力や速さは出るだろうが軌道を読むのは容易くなる。

 

「姫路さん、明久くんのこと好きでもなんでもないんだって」

 

そう高を括っていた僕はその一言で固まってしまう。

あの場は取り繕ってみせたけど、今はそれを思い出しただけで頭が真っ白になりそうだった。

 

迫りくるボール。

一瞬の隙であったが、その速さにはその一瞬で充分であった。

避ける手立てなどない。

 

ごめん、ユキちゃん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『好きになって貰うには、自分が相手を好きになるのが一番』

 

バシッ!

 

僕の懐にきっちりと収まるボール。

 

「えっ…」

 

それを見て唖然とする麗華。

たぶん、今すぐ投げ返せば僕の勝ちが決まるだろう。

だけど、その前に1つ言っておかなければならないことがある。

 

「確かに瑞希ちゃんは僕のことを好きでもなんでもないと思ってるかもしれない。

だけど、好きな人には自分から歩み寄らなくちゃいけないから…

だから、僕は諦めない!僕が瑞希ちゃんを好きだっていう気持ちには代わりはないんだ!!」

 

渾身の一投。

その時、僕は不思議な感覚に包まれた。

それは今まで感じたことがなく、そして7年後に再び訪れるもの。

 

それは絶対的な力とかそんなんじゃない。

もっと曖昧で儚いものだけど、僕になかったものをくれた。

そんなものを込めた僕の一投は麗華目掛けて飛んでいった。

 

そして、それは受け止めようとした麗華の手をすり抜けて地面へと落ちる。

 

「ま、負けた…

わ、私が負けた……」

 

力なく、その場にへたれこむ麗華。

僕はそんな麗華に近付いて一言言う。

 

「瑞希ちゃん…………いや、ユキちゃんに謝れ」

 

それだけを言い残し、僕は踵を返した。

 

また、ユキちゃんに助けてもらっちゃったね…

 

 

 

 

 

~現在~

 

目を閉じ、あの日のことを思い出していた僕はキッと眼前の扉を睨む。

 

学年が変わって僕たちは疎遠になってしまった。

だけれども、また今こうして共に過ごせていられる日々を大切に思う。

 

もう、失いたくない…

それは僕のわがままだと思っていた。

だけど、ここにくる前、姫路さんは「私も明久君と一緒にいたいです。私の大好きな明久君と一緒に…」と言って、僕にウサギの髪飾りをくれた。

 

姫路さんの言う好きは僕のそれとは違う。

だけれども、その言葉は僕のわがままに意味をもたせてくれた…

 

姫路さん…

これが最後になっても構わない。

だから、僕の最大で最低で、なによりも大切なわがままに力を貸して…

 

そう心の中で呟いた僕は右手の中にあるウサギの髪飾りを握り締め、扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝負だ、高城!」




これにて終了ですが、おそらく説明が必要な部分が多々あるでしょう。
感想、及び質問など受け付けていますので、お暇がありましたらお願い致します


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