リプレイ (お冨)
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発端

 せっかくなので、自サイトのヒカ碁話を全部載せてみました。これが最後の話です。
 今読み返すと、かなりの要約ぶりですね。テンボはいいけれど、物足りないと言うか(笑)
 
 色々加筆訂正、改定を入れていこうと思います。


 

 

 

 

 

     ……神様、お願いだ! 一番はじめに時間を戻して!!……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起きたのか、実のところはオレにも分らない。ただ、気がついたら、時間が戻っていた。戻っていたんだから仕方が無い。囲碁幽霊だってタイムスリップだって、もう何が起ころうと、常識なんか無視して現実を受け入れるしかないじゃないか。

 気がついたらじーちゃん家の蔵で、隣にはあかりが居た。背がオレより高くて、どう見ても小学生のあかりが。

 

 蔵はオレの記憶にあるよりやけに広くて、階段(というより、梯子段という感じ。梯子よりは立派だけど)の段差が大きく、意識して足を伸ばさないと届かない。体を支えようと踏込みに手をついたら、目に入ってきたのは、小さくて丸みがあってプクプクした子供の指だった。

 

 鏡を見るまでもなく、オレには分かってしまった。今のオレは小学六年生。佐為に出会ったころの子供だと。

 

 オレがどんな思いで蔵の二階に駆け上がったか。

 期待と、不安と。

 そして、待っていたのは絶望だった。

 

 佐為の存在しない世界。じーちゃんの蔵の碁盤には、最初からシミが無かった。いくら呼びかけても、何の応えも返ってこない。何もかもが白紙で、佐為に出会う前の俺に戻ってしまっていた。

 

 

 いや、違う。オレには記憶が残っている。佐為と暮らした三年あまりの記憶が。それに何より、オレは碁を打てる。全然初心者のはずのオレが、プロ級の腕を持っている。誰にも説明できないけれど、佐為が存在していたという何よりの証だ。

 

 本因坊秀策は、たくさんの棋譜を残した。誰も秀策本人に会ったことは無いけれど、棋譜を通じて秀策の、ひいては佐為の存在を知ることが出来る。

 

 オレは、佐為の存在を棋譜の形でこの世に残したかった。ネットの棋士saiを知る人が増えれば増えるほど、佐為の居た証が増える気がした。

 誰もsaiを知らないなんて、オレには耐えられなかったんだ。

 

 

 

 

 一つ、思い違いがあった。オレは小学五年生だった。

 じーちゃんちの蔵にあかりと行った日が佐為の世界と違っていたのに、何か意味があるのかどうか。さっぱり見当つかなかった。

 

 放課後、オレはネットカフェへ直行するのが日課になった。

 saiの名で対局しまくった。相手が違うから、俺の覚えているsaiの棋譜を完全に再現することは出来なかったけど、出来る限り佐為に成りきって打った。

 あいつの打ち方なら、俺が一番良く知っている。

 

 オレは出来の悪いマガイモノだけど、それでも、連戦連勝した。佐為に指示されて言われたとおりマウスをクリックしていた時とは、理解が全然違っていた。佐為の一手一手の意味が良く分った。

 強い相手とぶつかったときは、佐為ならどう打つかと考えるのが楽しくて仕方なかった。

 

 けれど、そんな日々は長く続かなかった。理由は簡単。軍資金が底をついたんだ。

 

 三谷のおねーさんのコネは使えない。まだ三谷と会ってもいないし、だいたい、三谷のおねーさんがバイトしていなかった。

 小学生のオレのこづかいでは、ネットカフェに通い続けるには無理がある。お年玉とか臨時収入をためといた定期預金を解約したけれど、それでも、一月しか保たなかった。

 

 お金が欲しい。オレは切実にそう思った。

 

 だけど、おこづかい以外の収入は見込めない。小学生じゃ、アルバイトなんて雇ってくれるところあるわけない。

 オレに出来ることと言ったら……プロ棋士になることだけだった。

 

 ナリは小学生でも、中身は中学三年生。少しは世間の風だって知っている。どうすればいいか、必死で考えた。

 

 プロ試験は平日だから学校休まなきゃなんないし、それが二月も続く。しかも受験料が要る。

 貯金をとっとけば良かったと思っても、後の祭りだ。親の財布を当てにするしかないけど、いきなりプロ棋士になりたいと言ったって、OKはもらえないだろう。

 

 囲碁の塾に通いたいと言えば、院生試験くらい受けさせてもらえる。院生になればプロ試験は自動的に受けられる。親には事後承諾で済ませればいい。佐為といた時だって、そうしたんだし。

 

「ねえ、オレ、囲碁を覚えたいんだよ。じーちゃん負かしてこづかいもらうんだ」

 子供らしい言い分で、せっせと親を説得した。

 

 院生試験申込書を前にして、どう書こうかとちょっとばかり悩んだ。後々のことを考えて、囲碁暦もでっちあげた。なるべく本当のことをまぜた嘘だ。

 

 持参する棋譜は、佐為と家で打っていたものの中から、自分でも上出来だと思えるものを選んだ。saiが誰かは知らない、ネットで打った相手だと説明すれば問題無い。

どこにもほころびの無い、完璧な作り話だった。

 

 

 

 囲碁暦三年、始めたきっかけはテレビゲーム。

 

 ネット碁をしている内に本物の碁盤と石で打ちたくなった。

 

 じーちゃんの家はしょっちゅう出入りできるほど近く無いし、他に身近な碁敵もいない。碁会所はお年寄りばかりで敷居が高い。

 

 院生なら子供だと、それもみんな強い奴ばかりだと聞いた。オレも仲間に入りたい。

 

 

 

 

 院生師範の篠田先生との対局は楽しかった。

 久々のプロ相手の対局につい夢中になって、中押し勝ちしてしまった。

 プロ試験に合格できるから院生になる必要は無いと言われて、焦りまくった。とにかく子供の対戦相手が欲しいからと、拝み倒してなんとか合格にしてもらった。

 

 和谷が居た。伊角さんが居た。真柴だって居た。本田さんも奈瀬も居た。

 

 オレは出来るだけ指導碁を打った。指導碁だとバレないようにだ。実力で圧勝するより神経を使うから、いい勉強になった。なんとなく持碁の多面打ちをしていたときを思い出した。

 

 佐為がオレと打ってたときも、こんな風に力をセーブしてたんだろうか。

 思えば、あれだけすっごい力量の差があったのに、いつも互戦だった。佐為は打ちにくかったんじゃないのかな。置き碁にしていれば、佐為も少しは楽しめたんじゃなかったかな。

 

 オレは佐為を見習って、わざと負けることだけはしなかった。相手に失礼だからだ。連勝を伸ばして、すぐに一組一位になった。

 

 若獅子戦では倉田さんが参加していて、このときばかりは燃えに燃えた。実力全開、思いっきり打ち合った。

 結果は辛勝。当然、若獅子戦の優勝だってモノにした。余勢をかってプロ試験も全勝した。それがどんな結果を生むかなんて、そのときのオレは考えてもみなかったんだ。

 

 

 この年、プロ試験に受かった三人は、オレと、真柴と、そして塔矢アキラだった。

 

 塔矢は、初めて会ったときの小学生そのままだった。

 おかっぱ頭に全然違和感が無くて、美少女そのもの。すんごく礼儀正しくて、なんだか強引じゃない塔矢は塔矢じゃないみたいで、変な感じだった。

 

 そうか。こいつ、オレを追っかけてなけりゃ、小学生でプロになってたのか。中学の囲碁大会に出ることも無かったんだな。

 そこまで考えて、オレははっと思い当たった。

 

 

 そうか、オレ、もうプロだから中学の大会に出られないんだ。

 

 

 

 

 これからどうなってしまうんだろう。何もかもが違ってきている。

 

 わけの分らない不安が、のしかかってくるのに。

 

 

 

 佐為が居てくれたらと思っても、オレの佐為は、どこにも居ない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 次は、院生試験の先生視点にしようかなと思案中。


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院生試験

 サルベージ第二弾です。
 ヒカルの大嘘の見事さに感心してください。あらかじめ分かっていたので、細かいところまで嘘を作りこみました(笑)


 

「進藤ヒカル君だね」

「はい」

「じゃあ、そこに座って」

 

 すとんと碁盤の前に座った少年は、ずいぶん幼く見えた。

 小学五年生では、まだ本格的な成長期に入っていないのだろう。男の子ならなおさらだ。

 前髪だけが金髪なのはファッションだろうか。学校があるから、染めたりしたら問題だろうに。それとも地毛だろうか。

「棋譜はこれだね」

 ざっと目を通してみる。

「三枚とも、君が黒なんだね」

「はい、そうです」

 確認してみて、奇異に思った。どれも白番の勝ちだったからだ。

 普通、院生試験には勝った棋譜を持ってくる。少しでも合格に有利になるように、会心の一局を持参してくるのだ。

 精一杯背伸びした棋譜は、いくらか割り引かないと実力を反映しない。だからこそ、実際に打って試す必要があるのだが。

「おや、相手の人が皆同じだね。このsaiさんというのは。外国の人かい」

「いいえ、saiは日本人です。それ、インターネットのハンドル名で、本名は分りません」

 落ち着いた物言いだった。緊張している様子がない。ずいぶん大人びて見える。

「ほう、ネット碁かね」

「はい。saiは、オレの師匠みたいな人です。ずいぶん鍛えてもらいました」

 嬉しそうに言って、進藤君は笑った。なるほど、良く良く見れば、白は指導碁を打っている。なかなかの力量の持ち主だ。

「では、打とうか」

「はい、お願いします」

 ぺこりと頭を下げると、彼は石をつまみ上げた。なんと、人差し指と親指でだ。そのまま碁盤の上にゴトリと置いたので、私は驚いてしまった。

「君、」

「あ、持ち方変ですいません。オレ、本物の碁盤で打つの、今日が初めてなんです。中指と人差し指で打ちたいんだけど、どうやれば上手く持てるんですか」

 絶句、だった。

 私も長年院生師範を務めているが、石の持ち方を知らない子なんて、初めてだ。

「……碁盤で打ったことが無い?」

「はい。ずっとテレビゲームとネット碁だけなんです。テレビの囲碁解説見たりして、オレ、本物の碁盤で打ってみたくて。でも、碁会所って、おじさんばっかで入り辛いし、ここなら子供がいっぱい居るって聞いてきたんです」

 

 ……時代だな。

 

「いいかい、まず、こう持って……」 

 ゆっくりと打ち方を見せてあげながら、この調子では、この一局は長くかかるなと、覚悟を決めた。

 

 

 

 なんて子だろう。本当に初心者なんだろうか。

 石を持つ手つきこそ危なっかしいが、筋はとてつもなく堅実だった。判断が的確で素早い。攻守バランスが取れているし、センスも申し分ない。

 高段者の私に引けをとらない。いや、私より上か?

 果たしてどこまで打てるのか、確かめる気になった。文字通り手加減なしで本気で打ったのだが、進藤君は、しっかり食らいついてきた。

 通常、子供は必ず不得手な部分を持っている。未完成なのだから当たり前のことだ。

 私の務めは、弱点を克服させ、長点を伸ばすことにある。

 院生試験は、個々人の長所短所を見極めるためのものでもあるのだが、しかしこの時、私は進藤君の弱点を見つけることができなかった。

「……ありません」

 まさか、院生試験で私が中押し負けするとは。

 いささかならずショックを受けたが、同時に、ワクワクしてしまった。これだけの逸材が棋界に入れば、どれだけ素晴らしいだろう。

 

「えっ、オレ、勝ったの?」

 きょとんと言われて、またもや絶句してしまった。

「進藤君、これだけ大差がついているだろう」

「えーっと、」

 なんと進藤君の指が、一目、一目、わざわざ押さえ始めた。 

「ごぉ、ろく、ひち、はちぃ、」

「進藤君? もしかして、整地を知らないのかい」

「セイチ? それ何? あっと、何ですか」

 聞けば、ネット碁ではクリック一つで数字が出るのだという。整地など、したことがなくても無理はない。

「そっかあ、テレビで対局の後やってたの、あれが整地なのかぁ。何してるんだろって、ずっと思ってました」

 つまり、打っている間は目算していないということか。意外な弱点だが、ひたすら有利になるように打っていれば、関係無いのかも知れない。

 どちらにしろ、やり方さえ覚えれば、すぐに出来るようになるだろう。

 

「ありがとうございました。あの、オレ、合格ですか」

 目を輝かせて訊いてくる進藤君に、私は首を横に振った。

 

「ええっ、どうして!」

「不合格だよ。君は院生になれない。というより、なる必要がないと言うべきだろうね。今の実力で十分プロ試験に合格できる。院生になっても、意味はないでしょう」

「あります! 意味はあります。オレ、オレ、子供と打ちたいんです。囲碁を打てる友達が欲しいんだ! お願いです、オレを院生にしてください。邪魔にならないようにちゃんとしますから。お願いします」

 そうか。友達か。君には、身近な碁敵がいないんだね。それはとても寂しいことだろう。

 

 

「……いいでしょう。では、来月から来てください」

 

 

 

 

 

 

 

 




 うん、ちゃんとします。ちゃーんと指導碁打ちます。
 指導碁なんてどこでやり方覚えたのかと突っ込まれないように気を付けながら(笑)


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