ダンジョンにサイヤ人が入るのは間違っているだろうか? (雲呑麺)
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第1話 戦闘民族―サイヤ人―

「オギャ~!オギャ~!」

 

 なんだこれ!?

 どうなってんだ!?

 何故俺は赤ん坊になっているんだ?!

 

「お、覚醒したな。『戦闘力』はどうだ?」

 

 男の声……?

 てか、戦闘力だと……?

 

「出たぞ!戦闘力1600だ!」

 

「おお、生まれた時から1600はかなり有望だな!」

 

「流石、中級戦士の血筋だな!」

 

 戦闘力に、中級戦士……。

 聞こえてくる単語に聞き覚えがあるんだが……如何せん目が見えなくて分からない。

 

「早く強くなるんだぞ!お前も栄えある戦闘民族『サイヤ人』の一員なんだからな!」

 

 サイヤ人、だと……!?

 

 

 

 戸惑いまくる俺を置き去りに時間が過ぎていく……。

 その中で否応なしに情報が入ってきて、自分の状況を叩きつけられていく……。

 

 ここは惑星『ベジータ』――巨匠『鳥山明』のレジェンド漫画『ドラゴンボール』に登場する宇宙の戦闘民族サイヤ人の母星……。

 そして俺は、そのサイヤ人として生まれた新生児……。

 

 そう、俺はドラゴンボール世界に転生してしまったのだ――。

 

 まるで意味が分からない。

 何の前触れもなかったはずだ。

 普通に会社から家に帰って、風呂に入って、ビールを飲んで、ネット動画など見て、そして寝た――ちゃんと覚えている。

 起きたら翌朝で、会社に行くために歯を磨いて髭を剃って~と身支度するのだと、信じて疑わなかった。

 

 なのに、気が付いてみればコレだ。

 

 破壊神ビルスか誰かの仕業か?

 それとも超ドラゴンボールでも使ったか?

 

 そこの真相は謎……解明される気配もない。

 

 そして俺がどんなに転生の謎に悩んでも、周囲は気づきもせず、配慮もしない。

 何しろサイヤ人だ。

 

 3歳にもなれば、とっとと戦闘教育が始まる。

 教育というより虐待に近いが……。

 

 サイヤ人は生まれてすぐに戦闘力を測定され、数値が低ければ赤ん坊の内に、文明的・戦闘力的に低レベルと認定された星の生命を絶滅させる為、宇宙ポッドで打ち上げられ送り込まれる。

 原作の悟空みたいにな。

 

 しかし、俺の初期戦闘力は1600と高い数値……故に中級戦士と認定され、相応の訓練を受けさせられるのだ。

 とはいえ、初期のサイヤ人なんて殆どが戦闘狂の脳筋ぞろい……戦闘力は戦ってれば勝手に上がるものだという認識だ。

 

 だから、3歳の俺は訓練用のロボットと戦わされるところから始まった――。

 

 幸いだったのは、転生チートなのかサイヤ人の戦闘遺伝子なのか分からないが、戦い方が自然と分かり、あっさりロボットを倒せたこと……。

 俺の前世の記憶にある、ドラゴンボールを始めとした各種漫画や、あれこれ見てきた動画の知識を、すんなり体の動きに反映できたのだ。

 勿論、エネルギー弾や舞空術も自然にできたし、いつの間にか『氣』を感じ取る・高める・消すといったコントロール技術まで出来るようになっていた。

 オマケに、スカウターの使い方を覚えさせられて何度か使う内に、スカウターを使わなくても氣を感じれば戦闘力の数値をぼんやりとだが割り出せる様になった。

 

 そうして訓練を受けること1年……次第に転生した事に悩むのも忘れ、戦闘力が1800を超えた頃、上役の先輩サイヤ人から言われた。

 

「おい、“リーク”。お前も明日から『地上げ』に参加だ」

 

 遂に来た、実戦投入の時が……。

 

 ちなみにリークとは俺の名前だ、何の野菜の名前かは分からない。

 

 口には出さないが、正直、地上げなんて嫌だ。

 他所の星を侵略して、その星の人間を絶滅させるなんて、元日本人の倫理観が拒絶する行為だ。

 

 俺だって善人なんかじゃない。

 嫌がらせを受ければムカついて殴りたくなるし、時にはぶち殺してやりたいと思う事もある。

 

 だが、一方的な侵略や謂れのない暴力に嫌悪感を抱くぐらいの良心はある。

 

 転生して初めて知ったが、サイヤ人の中にも他の星を侵略することを嫌がる『穏健派』的な連中もいるらしく、そういうサイヤ人達は「軟弱者」「サイヤ人の面汚し」等々蔑まれ、出世の見込みのない後方支援というか雑用として冷遇されているそうだ。

 

 しかし、俺は戦闘力の高さからそっちに行く事は許されない……。

 もし地上げへの参加を拒めば、最悪期待外れの『裏切者』扱いで殺される可能性もある……。

 

 流石に死ぬのは嫌だ。

 だが、地上げも嫌だ。

 

「よし、逃げよう!」

 

 未練など無い。

 強いて言うならドラゴンボールワールドを、孫悟空を中心に巻き起こる冒険活劇を見てみたい気持ちが多少あったが、それを見ようと思ったら地球に行かなければならない。

 地球に行けば、やがて『ベジータ』、『フリーザ』、『セル』、『魔人ブウ』、『破壊神ビルス』といったヤバい奴らとの戦いに巻き込まれる恐れがある。

 

 それは流石に荷が重い……。

 俺は平穏を望む。

 

 よって、地球やナメック星、そしてこの惑星ベジータから、思いっきり遠い辺境の地球型惑星を目指す!

 持ち物は……戦闘服だけでいいか。

 『スカウター』は通信機能があって、地球からサイヤ人の宇宙ポッドで1年近く掛かる遥か遠い星まで通信が出来る。

 が、それは同時に盗聴にも使える……下手をすると発信機にもなって俺の居所を探されるかも知れない。

 そんな危険物は持っていけない。

 そもそも氣を感じる事が出来るから、要らないだろう。

 

 

 

 なら準備なんか要らない、すぐ出発だ――。

 

 

 

「……よし」

 

 宇宙ポッドの発着所――近くに俺より強い奴はいない。

 警備員もポッドから離れた場所で、よく分からないゲームで遊んでいる。

 

 よし、今ならいける!

 

シャッ!

 

 全力の高速移動で手近なポッドに接近――ハッチ開閉ボタンを押す。

 ハッチが開いたらすぐに乗り込みハッチを閉める。

 

『ん?!お、おい!?何してやがる!?』

 

 警備が気付いたな、だがもう遅い。

 発信スイッチポチっとな!

 

ゴゥン

 

 すぐにポッドが浮き上がり、垂直に宇宙へと飛び上がる――脱出成功!

 

 一先ず、手動で操作して惑星ベジータから全速で離れる。

 宇宙ポッドは惑星への墜落同然の着陸にも傷一つ付かない設計になっている。

 宇宙を漂う小惑星ぐらいなら砕き散らしながら進める。

 

「さて、どっちに向かうか……」

 

 ポッドの中で考える。

 一応、宇宙図は見てきた。

 地球とナメック星の位置は、ぼんやりと頭に入っている。

 今は、その2つの星から遠ざかる方向に飛んでいる。

 

 サイヤ人――というかフリーザ軍の地上げの予定と、新宙域開拓(侵略)計画で、どの方位に戦力を送り込むかも情報を仕入れておいた。

 

 なので必然、俺はその計画でまだ予定の組まれていない未開拓宙域を目指すことになる。

 宇宙はハチャメチャ広い――サイヤ人の寿命が、(ドラゴンボール世界の)平均的地球人より多少長くて、150~200年ぐらいと見積もっても、そのぐらいなら何とか隠れて暮らせるだろう。

 

 まあ、不測の事態が起きることも考えられるが……そこは考えていたら禿げそうなので考えない事にしておく。

 

「よし、セット完了っと」

 

 方位をコンピューターに入力し、長期睡眠装置を起動する。

 期間は1年――起きた時には、フリーザ軍の観測域から出ているはずだ。

 

 住み良い星が見つかるといいなぁ。

 

 俺はそんなポジティブ思考に身を委ね、長期睡眠に入った……。

 

 




 ドラゴンボールの参考は漫画及びアニメ『無印』『Z』を基本とし、『超』は破壊神ビルスの名前ぐらいしか出さない予定です。


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第2話 新天地―ニューワールド―

 ドラゴンボールの世界と、ダンまちの世界が、宇宙で遠く遠く離れながらも微かに繋がっているという設定で本作をお送りしています。
 主人公以外で、ドラゴンボールがダンまちに入り込むことは想定しておりません。

※黒竜の戦闘力がおかしかったので修正しました。


ピー!ピー!ピー!

 

「ぅ……」

 

 朝か……?

 

「んん……?」

 

 あれ……?

 ここは……?

 

「…………ああ、ポッドの中か」

 

 寝ぼけた……。

 

 そう、俺は地球から惑星ベジータに転生したサイヤ人、リーク……。

 星を脱出し、平穏を求めて宇宙に飛び立ったんだ。

 

「ふわあ~~……」

 

 うん、目が覚めた。

 

 さて、ここはもうフリーザ軍の観測も及ばない暗黒宙域……俺はこの宙域の中から、自力で定住する星を探さなければならない。

 

「ま、とりあえず飛び回りながら探すか」

 

 手動操作に切り替えて、いざ星探しへ――

 

 まずは恒星を探す、つまり太陽だ。

 

 太陽の光と熱は、生命を育むに不可欠な要素の一つ。

 太陽から程よい距離にある惑星は、地球型惑星になる可能性が高い。

 

 俺はポッドを操作し、宇宙空間の光とポッドのコンピューターを頼りに恒星を探し、その周囲の星を探査して回った。

 ポッドに積まれた最低限の非常食と水では流石に持たないので、何度か生命の氣を感じ取った星に降りて、水や食料を手に入れつつの旅だ。

 

 どんどん未開宙域を奥へと進んでいくが、中々丁度いい星が見つからず、探索は10日に及んだ。

 あっという間に地球から太陽系の外まですっ飛ぶ宇宙ポッドで飛び回っての10日だから、距離としては何億光年という次元だ。

 

 

 

 そして遂に、その惑星を見つけた――。

 

 

 

「お~、これは良さそうだぞ!」

 

 見た目は殆ど地球だ。

 太陽との距離も適度、見える地表には緑がある。

 ポッドのコンピューターの測定でも温度や湿度も適正値、大気成分も酸素・窒素・二酸化炭素・水素など地球とほぼ同じ組成と出ている。

 そして何より、沢山の人間の氣を感じる。

 これは期待できそうだ。

 

「よし、着陸開始!」

 

 操作するとポッドはその星の大気圏に突入――隕石のように地表に落下していく。

 全く、高度な技術を持ちながら、なんで軟着陸する仕様になってないんだか……。

 

 呆れながら見ていると、あっという間に地面に激突――着陸が完了した。

 中に衝撃や音が伝わらないのは、凄い技術なんだが……。

 

プシュー!

 

 エアロックが解放され、ハッチが開く。

 

 外に出ると周囲はクレーター……一応、生命体の氣が密集していないポイントを指定して着陸したはずだが、大丈夫かな?

 

「すぅ~……はぁ~……うん、良い空気だ」

 

 多少、土埃の匂いはあるが、清涼な空気と言える。

 それに体が軽い。

 どうやら重力も地球に近い1G程度の様だ。

 気を付けないと、体が跳ね上がるかも知れない。

 

「さてと」

 

 飛び上がって辺りを見渡すと、どうやら山の奥地の様だ。

 見える範囲で人里は見当たらない。

 クレーターにも人里の痕跡はないし、落下の衝撃で吹き飛ばした~なんて事もなさそうだ。

 

「よしよし」

 

 降りる。

 

 宇宙を探し回るのも飽きたし、この星に決めよう。

 氣を感じる限り、この星の最大戦闘力は大体1300前後だろう。

 それもたった一つだけ……って、あれ?

 なんだか近い、というか近づいて来ている?

 

『グワアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!』

 

「うおっ!?うるさッ!?」

 

 咆哮!?

 空から!?

 

 見上げると、上空を黒くて巨大なモノが横切った――あれは!

 

「ドラゴン!?」

 

 旋回して戻ってくるそれは、間違いなくドラゴンだ。

 山の様な巨体、漆黒の鱗、二対の翼、鋭そうな爪を備えた両腕(前脚?)、長い尻尾、角が生え鼻先が尖った頭……体形的に西洋竜と呼ばれるタイプの竜だ。

 神龍(シェンロン)みたいな蛇型の東洋龍は違う。

 あ、よく見れば片目が潰れている……何かで斬られた様な傷跡がある。

 

 という事は、何かと戦って斬りつけられたってことか。

 

『グルルルル……!!!』

 

 眺めていたら、黒いドラゴンが近くに降りてきた。

 風圧で土埃が舞う。

 ええい、汚れるだろうが。

 

『グワアアァァァァァァァァァ!!!!!』

 

 なんだなんだ?

 初対面なのに敵意剥き出しだな。

 もしかして、この辺りは奴の縄張りか?

 

『グ、グゥルルル……!!?』

 

 今度は戸惑いだしたな。

 俺が威嚇に無反応なのがそんなにおかしいのか?

 

 まあ、そうなのかもな。

 この黒いドラゴンはこの星で最強の生物だろう。

 他に感じ取れる氣は、大きいものでも戦闘力の数値にして200以上300未満というところ。

 この星のレベルは、ドラゴンボールの、悟空とマジュニア(二代目ピッコロ)が天下一武道会で対決した頃の地球と同程度なのだろう。

 

 戦闘力1800超――現状は、下級戦士に当たる悟空の兄ラディッツをちょっと上回る程度の俺でも、異次元の怪物になってしまう訳だ。

 

『グ、グ、ゥゥ……!!』

 

 さっきまでの勢いが完全に萎んだな。

 野生の勘か、この黒ドラゴンは俺との戦闘力の差を感じ取ったらしい。

 本能的な恐怖に体が竦んだらしい。

 

 しかし、残った片目の奥に濁った怒りと憎悪の炎が見える気がする。

 疑う事のなかった自分の最強が揺らいで、揺らがせたのが俺みたいな人間(サイヤ人だが)のガキで、認められなくて、許せない……そんなところか。

 

『グゥゥゥ……ッッ!!ガアアアアァァァァァァァァ!!!!!』

 

 一際デカい咆哮を上げ、黒ドラゴンは俺に炎を吐きかけてきた。

 俺は高速移動と舞空術の併用で上空に退避――戦闘力が高くても火が熱くない訳じゃないので。

 

「あっ!?」

 

 しまった!

 ポッドが!?

 宇宙空間と星への墜落に耐えられる外側の装甲板は大丈夫でも、操縦席と操作パネルが!!

 

「くそっ!」

 

 すぐさま手に氣を集中――エネルギーの円盤を作る。

 

「『気円斬』!!」

 

 最強の純粋地球人クリリンの必殺技!

 ナメック星の最長老に潜在能力を解放され、戦闘力13000近くに上げたクリリンが使って、戦闘力100万以上のフリーザ第一形態の尻尾を斬り落とした技だ。

 

 当然ながら、戦闘力1300程度の黒ドラゴンに、この至近距離で防御も回避も出来るはずもなく――

 

『ガァッ?!』

 

 高速回転するエネルギー円盤が通り過ぎ、黒ドラゴンの首が飛んだ。

 

 と、そこで驚きの現象が発生――斬り落とした黒ドラゴンの頭が、砂?塵?灰?になって崩れたのだ。

 更に、頭に続くように、頭を失ったドラゴンの胴体が地面に倒れると同時に崩れた。

 

 なんだあれ?

 真っ当な生物じゃないのか?

 

 降りて確認してみる。

 

「って、暑っ!」

 

 さっきヤツが吐いた炎で、周囲の地面が広範囲にわたって溶岩になっている。

 おかげで熱気が酷くて汗が噴き出る。

 

 って!

 そうだ、宇宙ポッド!!

 

 慌てて確認すると、崩れたドラゴンの体だった塵でクレーターが埋まってしまっている。

 先ず掘り起こさなければ――

 

「ふん!」

 

ドンッ!

 

 気合砲で塵を吹き飛ばし、宇宙ポッドを露出させる。

 

 しかし……開いたハッチ、そこから見えるシート部分が完全に焼け焦げている……。

 宙に浮いたまま近づいてみると……操作パネルは黒焦げ、あちこち罅が入っていて、完全にお釈迦だ……。

 

「あ~あ……」

 

 これで否応なく、この星に定住することを余儀なくされた訳だ。

 まあ、元々そのつもりだったから、そこはいい……いいんだが、なんだろうな?

 このやり場のないモヤモヤした気持ちは……。

 

「はぁ……」

 

 モヤモヤするが、もういいや。

 引きずっても仕方ない。

 悟空みたく「まっ、いっか」の精神でいこう。

 

 さて……じゃあ、気を取り直して確認作業だ。

 辺りに積もった黒ドラゴンの残骸というか、なれの果てというか……黒くて細かい何かの山……。

 

「ったく、折角倒したのに肉も鱗も骨も取れないとか何だよ……」

 

 ぼやきつつ黒ドラゴンのなれの果てを触ってみる……。

 手で掬ってみると、サラサラと僅かな風に舞って散っていく。

 儚い……これがあの巨大ドラゴンだったとは思えない儚さだ。

 死ぬと灰だか塵だかになって崩れるとか、本当にどういう存在なんだか……。

 このドラゴンだけがこうなのか……それとも、この星の生物が皆こうなのか……?

 

「ん?」

 

 なんだ?

 塵の中に光る物が……デカそうだな。

 

「はっ!」

 

 もう一度気合砲で塵を吹き飛ばす。

 すると、見上げるような巨大な宝石が現れた。

 

「何だこりゃ!?」

 

 ええ?!

 体が塵になったかと思えば、その中から宝石が現れるって、本当に何なんだ!?

 

 この星、変だ……。

 

ドクン

 

「うん?」

 

 心臓の鼓動の様な音が聞こえた。

 今度はなんだ……?

 

 音の方を見ると、残っていた塵の中から、何か肉塊が覗いている。

 あれもデカそうだ。

 

 宝石だけでも腹一杯なんだが……見つけてしまった以上、気になって確認しない訳にはいかない。

 

 また気合砲――そして今度現れたのは、やはり巨大で赤黒い肉塊だった。

 しかも……

 

ドクン

 

 脈打つように動いている。

 

 脈打つ……心臓?

 しかもよくよく感じてみると、僅かに氣が残っている……!

 

 まさか、心臓だけが残って生きているのか?!

 本当の本当にどうなってるんだ、この星のドラゴンは?

 訳が分からん!

 

「ええい!もうッ!」

 

 訳が分からないこと続きでイライラしてきた!

 

 深呼吸して落ち着いて考えてみる……。

 

 とにかく、この脈打つ肉塊が黒ドラゴンの心臓だと仮定する。

 そして、今現在脈打っているという事は、こんな状態でもまだ生きている可能性がある。

 生きているという事は……もしかして復活するんじゃないか?

 

 ドラゴン――竜――龍――龍族――ナメック星人――再生する

 

 そんな連想ゲームが頭の中を駆け抜けた。

 あの黒ドラゴンとナメック星人を一緒にするのは、ナメック星人に失礼かもしれないが、一度連想するとそれが正しいのではという気になってくる。

 心臓から再生したら、それこそ人造人間セル並みにヤバい化け物だ。

 

 真偽はさておき、この心臓は始末しておいた方が良いだろう。

 見た目で食欲も湧かないし、放っておいて本当に復活しても面倒だ。

 セルを連想してしまったので『復活したら前よりパワーアップ』というイメージが頭にこびり付いた。

 

 俺はベジータの様に『相手がどれほど強くなるか』に興味をもって、倒せるのに敢えて見逃すような気質は持っていない。

 敵は倒せる時に確実に倒しておくに限る。

 

 という訳で、脈打つドラゴンの心臓(仮)にエネルギー弾を発射――

 

ドオォォンッ!

 

 ドラゴンの心臓(仮)は爆散した。

 魔人ブウの例があるので、暫く飛び散った肉片を観察していたが動き出す気配はなく、集中して氣を探ってみても虫ほどの氣も感じ取れないので、今度こそ完全に死んだだろう。

 

「やれやれ……」

 

 星に降りてから1時間もしない内に、怒涛の展開だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 この日……

 世界各地に点在した『黒竜の鱗』と呼ばれるものが、突如として灰となって崩れ去る事件が発生……。

 その黒竜の鱗によって、モンスターの襲撃から身を守り、一種『守り神』として崇めていた村々が一時恐慌状態に陥ったという……。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ダンまちは、アニメ・wiki・ゲームアプリ『ダンまち~メモリア・フレーゼ~』等から知識を抽出しています。

※ちなみに主人公はダンまちを知りません。


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設定集

 少しずつ加筆していく予定です。
 9/18 更新に合わせて加筆しました。


・戦闘力設定

 ―ダンまち世界に惑星を破壊できるほどの戦闘力(万単位)の持ち主は、神を含めて存在しません。

 ―主人公リークが盗聴を警戒してスカウターは持ち出していない事もあって、数値は大雑把になります。

 ―ドラゴンボールの戦闘力設定や考察サイトなどを参考に、ぼんやりとこのぐらいかな~ぐらいの気持ちで割り出しています。

 

≪主人公リーク≫

誕生時 1600

第3話時点 1800

第11話時点 1900

 

≪三大冒険者依頼≫

『黒竜』 1300

『陸の王者』ベヒーモス 1000

『海の覇王』リヴァイアサン 1100

 

≪冒険者レベル別≫

 ※レベルの最大値と次レベルの最小値の差は、ランクアップ時に上がる分として想定※

 レベル9 225~

   ・ヘラ・ファミリア『女帝』250

 レベル8 160~220

   ・ゼウス・ファミリア『英傑』マキシム220

 レベル7 115~155

   ・ゼウス・ファミリア『暴食』ザルド150

   ・ヘラ・ファミリア『静寂』アルフィア155

   ・フレイヤ・ファミリア『猛者(おうじゃ)』オッタル150

 レベル6 85~110

   ・フレイヤ・ファミリア『小巨人(デミ・ユミル)』ミア・グランド100

   ・フレイヤ・ファミリア『猛者(おうじゃ)』オッタル(原作7年前暗黒期)110

 レベル5 60~80

   ・ロキ・ファミリア『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナ(原作7年前暗黒期)75⇒80

   ・ロキ・ファミリア『重傑(エルガルム)』ガレス・ランドロック(原作7年前暗黒期)75⇒80

   ・ロキ・ファミリア『九魔姫(ナインヘル)』リヴェリア・リヨス・アールヴ(原作7年前暗黒期)70⇒80

 レベル4 40~55

 レベル3 25~35

   ・ロキ・ファミリア『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン(原作7年前暗黒期)30

 レベル2 15~20

 レベル1 10前後

 

・一般成人男性(ドラゴンボール・ダンまち共通)5

 

≪参考――ドラゴンボール戦闘力≫

・孫悟空(赤ん坊)2

 →(原作開始時12歳)10

 →(亀仙流入門)12

 →(第21回天下一武道会)80→(尻尾再生)100

 →(第22回天下一武道会)―試合用160―戦闘用180

 →(ピッコロ大魔王編開始)190

  →(超神水飲む)260~390※氣のコントロールによる変動

 →(第23回天下一武道会)290

  →(100㎏道着・脱)360~730※氣のコントロールによる変動

・ヤムチャ(初登場)9

 →(第21回天下一武道会)12

 →(第22回天下一武道会)110

 →(第23回天下一武道会)150

・チチ(初登場)7.5

 →(第23回天下一武道会)130

・牛魔王 60

・亀仙人(平常時)120~290※氣のコントロールによる変動

 →(第22回天下一武道会・サイヤ人編)139

・クリリン(初登場13歳)8

 →(第21回天下一武道会)70

 →(第22回天下一武道会)120

 →(第23回天下一武道会)180

・チャオズ(第22回天下一武道会)90

 →(第23回天下一武道会)120

・天津飯(第22回天下一武道会)180

 →(ピッコロ大魔王編)190

 →(第23回天下一武道会)220~440※氣のコントロールによる変動

・初代ピッコロ大魔王 220~230※氣のコントロールによる変動

 →(若返り)260~390※氣のコントロールによる変動

・神(ナメック老人) 220~700※氣のコントロールによる変動

 →(第23回天下一武道会・シェン―人間に憑依)260~650※氣のコントロールによる変動

・マジュニア(二代目ピッコロ) 360~720※氣のコントロールによる変動

 

 



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第3話 迷宮都市―オラリオ―

 今更ですが、主人公の名前『リーク』は『西洋ネギ:leek』から名付けました。

※9/13報告を頂き、誤字修正しました。
monaka96様、誤字報告ありがとうございました。
※10/5誤字報告を頂き、誤字修正しました。
syrup様、報告を頂き、ありがとうございました。


 あの唐突な黒ドラゴンの襲撃から1週間――

 

 長い宇宙の旅の中、遂に見つけた地球型惑星に降り立った異世界転生者のサイヤ人、俺ことリークは舞空術で空を飛んで旅をしていた。

 

 ちなみに俺が乗ってきた宇宙ポッドと、黒ドラゴンが残した巨大宝石は、誰かに見つかって諸々面倒が起こらない様にエネルギー弾で爆破粉砕して地面深くに埋めた。

 惜しくはない。

 

 さておき、この1週間、俺は氣を頼りに人里を探した。

 目的はこの星を知る事――

 生態系、人種、文化、文明レベル等々、人間として暮らしていく為にはそれらを知る必要がある。

 

 先ず生態系――これは基本的には地球と似た様なものだと判断した。

 前世地球の知識で覚えのある動植物を幾つも見つけた。

 この星独自のものと思える動植物も同じく。

 そして勿論人間もいて、言葉も通じた(ここはちょっと不思議)。

 

 中でも独特なのが、『モンスター』と呼ばれる生物……。

 

 旅の道中で俺も何体か倒したが、こいつらは死ぬと灰になって崩れ去り、『魔石』と呼ばれる石や『ドロップアイテム』なんて物を残すらしい。

 そして、魔石はエネルギー資源として、ドロップアイテムは道具や薬類の素材として、物によっては高値で取引されるそうだ

 それらの事実と魔石・ドロップアイテムの名称を、旅の中で立ち寄った村の人に教えてもらった。

 思わず「RPGか!」とツッコみたくなったが堪えた。

 

 それはさておき――俺がこの星で最初に倒したあの黒ドラゴンも、モンスターの一種だったという訳だ。

 あの巨大宝石はドラゴンの魔石で、心臓(仮)はドロップアイテムだったのだろう。

 粉々にして埋めてしまって今更だが、ちょっと勿体なかったかも知れない。

 

 魔石やドロップアイテムの相場はまだよく分からないが、旅中で倒したモンスターが残した、小指の爪先ほどの極小の魔石でも、食べ物と水ぐらいとは交換できた。

 それにモンスターじゃない普通の獣もいたから、およそ食うに困る事はないだろう。

 

 続いて人種――人間がいるのは大体分かっていたが、人種がファンタジーだった。

 一般的な人間は『ヒューマン』と呼ばれる。

 ヒューマンの一種なのか、別種族なのかよく分からないが、戦闘能力と闘争意識とオマケに性欲がやたら高い女系人種『アマゾネス』というのもいる。

 それに、獣耳や尻尾をつけたような姿の所謂『獣人』は、それぞれの動物的特徴から『犬人(シアンスロープ)』『猫人(キャットピープル)』『狼人(ウェアウルフ)』『猪人(ボアズ)』等々、それぞれ種族が分かれる。

 あとは腕力と頑丈さに秀で、低身長かつずんぐりした体型と髭が特徴の『ドワーフ』……。

 長命で魔法に秀で、男女とも美形が多く、森を主な住居とする『エルフ』……。

 ドワーフより更に小柄で、一見子供にも見えるが思考能力に秀でた『小人(パルゥム)』……。

 この星の人種はこんなところだそうだ。

 獣人が存在するから、尻尾のある俺も不審がられたりしない点は有難い。

 それにしても獣人、ドワーフ、エルフ……完全にファンタジーだ。

 

 だからという訳ではないと思うが、この星の文化は西洋文化に近いものが主流で、そこに日本風やアジア風の文化圏も混じり、中々混沌としている様だ。

 

 文明のレベルとしては、俗に『中世』と呼ばれる時代の少し上ぐらいかと思う。

 複雑な機械はまだまだ開発されておらず、時計すら発明されていない。

 代わりに『魔法』を使った魔道具というものはそれなりに発達している様だ。

 そう、この星には魔法が存在する。

 機械と魔法は両立しない定めなんだろうか?

 

 ともかくここは、ファンタジーRPGが限りなく現実になった様な星なのだと知れた。

 

 その上、なんでも『神』が『天界』から降りてきて、人間に『恩恵』を与えて一緒に暮らしているらしい。

 神というと俺はナメック星人の老神やデンデや界王神が、そして天界はラーメンの丼の様な神の神殿が頭に浮かぶ。

 だが恐らく、この星の神は俺の思い浮かべた神とは種類が違うと思う。

 まだ詳しくは分からないが、聞いた話によると神と神に恩恵を与えられた『眷属』が、多数集まる『オラリオ』という大都市があるそうだ。

 

 そこへ行けば、もっと詳しい情報が手に入るに違いない――。

 

 という訳で、現在、都市オラリオを探して空を飛んでいる俺である。

 場所の検討は大体ついている……氣を探れば割と強い奴が多く集まった場所はすぐに分かった。

 

 その強めの氣が集まった方向へ飛んでいると、遠くの方に空に向かって伸びる縦線(・・)が見え始めた。

 

「なんだあれ?『カリン塔』か?」

 

 ドラゴンボールの地球に存在する『聖地カリン』、そこに立つ空に伸びる1本の高い塔――天界に通じる道でもあり、800歳とちょっとの仙人……いや『仙猫カリン』が住まう塔が思い浮かぶ。

 しかし、違う星であるここにある筈もない。

 そもそも見えているあの塔は、頂点も見えている。

 まだまだ距離があってあの高さなら、とんでもない高さには違いないが、それでもカリン塔よりはずっと低い。

 だが、距離があってあの太さに見えるという事は、近くで見たら地球の高層ビルよりずっと太いんじゃないか?

 あんな超高層・超大型建造物、重機も存在しないこの世界で建造しようとしたら、完成させるのに一体何百年掛かる事やら……。

 

「この星はこの星で凄えな」

 

 異世界、異星の独自文化や文明を見るのは中々楽しい。

 新鮮な驚きに心が若返る気がする。

 今の俺は4歳、いや宇宙ポッドでの長期睡眠期間があるから今は5歳か……とにかく幼児状態の俺だが、前世36年分の人生があり、ぶっちゃけ心はオッサンだからな。

 心には若返る余地があるのだ。

 

 それはさておき――あそこがきっと目指していた都市オラリオに違いない。

 道中で集めた情報の中に『巨大な塔』の話があった。

 確か『バベル』といったか。

 

 いつまでも空中で停止して眺め続けていても仕方ない。

 見つけたからには、さっさと行くとしよう。

 おっと、地上に降りて歩かないと……この世界では空を飛ぶ人間は極々限られているらしく、見つかると俺の姿も相まって騒がれそうだ。

 

 という訳で、人のいない場所に降りて徒歩――いやダッシュに切り替えてオラリオに向かう。

 本気で走ったら音の壁を超えてソニックブームが発生しかねないので、程々の速さで走る。

 噂では、神の恩恵を受けた人間の中には、馬よりも速く長く走る者もいるとか……凄い筈なんだが、今の俺から見ると微妙だ。

 

 それはどうでもいいとして――常に遠くにランドマークなタワーがあるおかげで迷う事なく、俺は日が暮れる前にオラリアに着いた。

 

「お~」

 

 近くまで来ると、塔のデカさに結構驚く。

 本当にどうやって、どのぐらいの年月を掛けて建てたのだろうか?

 それに、塔だけでなく都市を囲む城壁もデカい。

 これは地球にあっても大都市だ。

 

 さて、中に入ろう。

 

「うん?おい、そこのボウズ」

 

 城門の脇に立っていた、目元を隠す仮面を付けオレンジ色の衣を着た門兵らしきオッサンが声を掛けてきた。

 ふむ、戦闘力は30ってところか。

 

「俺の事かい?」

 

 自分を指差しながら聞く。

 前世地球では社会人故に誰彼構わず敬語で話していた俺だが、転生後は窮屈さはなるべく感じたくないので、喋りやすい口調で話す事にしている。

 まあ、相手にもよるがな。

 

「そうだよ。変わった格好してるな。そんな小っこいのに1人でオラリオに来たのか?」

 

 今俺が着ているのは黒のアンダーウェアの上下に、肩当がない旧式戦闘服と、チューブが付いた籠手みたいなヤツ……イメージ的には悟空の父『バーダック』の恰好に似ている。

 

「ああ、そうだよ。故郷を出てきた」

 

「マジか。父ちゃん母ちゃんは?」

 

「知らない。会った事ない」

 

 いや、マジで。

 惑星ベジータで親の顔なんて見てないし、教えられた事もない。

 

「くぅ、そうかぁ……!そりゃあ辛え目に遭ったんだなぁ……!」

 

 目頭を(仮面の上から)抑えて上を向く門兵のオッサン。

 言い方が悪かったか?

 どうも誤解させた様だ。

 まっ、いっか。

 嘘は吐いてないし。

 

「なぁ、おっちゃん。俺、よく知らないんだけど、ここって神様がいて、恩恵をくれるんだって?」

 

「ズズ……ああ、まあ、そうだな。よし!おっちゃんが色々教えてやろう!」

 

「おお、ありがとう」

 

「いいってことよ!」

 

 気のいいオッサンだ。

 

 オッサンの話によると、ここオラリオは『ダンジョン』を攻略する為に神と神の恩恵を受けた『冒険者』が集まる都市だという……いきなりまたファンタジーRPGな単語が出た。

 ダンジョンからはモンスターが生まれる。

 世界中にいるモンスターも元はダンジョンから地上に進出したそうだ。

 そんなモンスターが溢れ出すのを封じる為に建てられたのが都市中央のバベルの塔。

 そして、日々ダンジョンを探索し、モンスターを倒し、魔石やドロップアイテムを採ってきて生計を立てているのが冒険者。

 神と冒険者の集まりを『ファミリア』という。

 冒険者は、神の恩恵――『ファルナ』というのを受ける事で、『ステイタス』を得る。

 ステイタスは訓練やダンジョンでモンスターと戦う事で強化されていく。

 恩恵(ファルナ)が無いとモンスターとは戦えず、そもそも冒険者として登録できず、ダンジョンにも入れない。

 登録せずに勝手にダンジョンに入るのは違法で、そうして冒険者を管理して都市を運営している組織を『ギルド』という。

 

「だから冒険者になりたいなら、ボウズは先ず眷属にしてくれる神様を探さないとな」

 

「なるほど。うん、分かった。ありがとう、おっちゃん」

 

「良ければ、うちの神様に口を聞いてやろうか?」

 

「気持ちだけ受け取っとくよ。ありがとう、おっちゃん。仕事頑張ってな」

 

「おう!ボウズも負けずに頑張るんだぜ!」

 

 本当に気の良いオッサンに手を振って、俺はオラリオに入る。

 

 しかし、ステイタスに冒険者にダンジョンにギルドときたか。

 もう、完全にRPGだな……。

 こんな星もあるとは、宇宙は広い……。



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第4話 肝っ玉母ちゃん―ミア・グランド―

 さて、街に入ったはいいが、これからどうしよう?

 ダンジョンに入るにはギルドで登録しなければならない。

 登録するにはどこかのファミリアに入って神から恩恵(ファルナ)を貰わなければならない。

 

 なら問題はどこのファミリアに入るか……。

 ぶっちゃけ拘りはない、というか拘れる程この星の神様を知らない。

 この街の状況とか、各ファミリアの立ち位置とか、全然知らない。

 でも、入るならやっぱり人間関係が良い所がいい。

 前世日本のギスギスしたブラック企業みたいなファミリアは御免だ……。

 

 というか、そもそも、俺を入れてくれるファミリアなんてあるのか?

 中身はともかく、今の俺は5歳児、外見だけで判断すれば多少筋肉の発達した子供だ。

 見慣れない恰好の5歳児……そんな怪しげなの、自分の組に入れたいと思うだろうか?

 いかん……先行きに暗雲が立ち込め始めたぞ。

 

 いやいや、挫けるな!

 まだ何も始まっていない内から挫けてどうする!?

 しかし、どうすれば……?

 

グギュルルルル

 

「ヤベ、腹減った……」

 

 思えば昨日の夕方、猪の丸焼きを食って以降何も食ってなかった。

 しかし、手持ちの食料は無し……金も無し……。

 

 いかん、詰みじゃないか。

 どうする……?

 何か早急に金策を……或いは食料確保の策を……。

 しかし……金策と言っても売れる物など持ち合わせていない。

 働くにしろ、5歳児のこの見た目で雇ってもらうのは難しい気がする。

 食料確保だって、街中に狩れる獣などいる訳がないし……盗んだり食い逃げするのは前世日本人の倫理観が許さない。

 

 今の俺にあるものは……サイヤ人の戦闘服、前世の知識、サイヤ人としての戦闘能力、氣のコントロール技術……。

 戦闘服は技術力が違い過ぎて売れる代物じゃないし、戦闘能力は冒険者にならなければ発揮して稼げない……。

 クソォ、冒険者がもっと簡単になれるものなら……!

 

ゴギュルルルル!

 

「うおぉ……!」

 

 おい俺の腹よ、そこまで激しく空腹主張しなくてもいいだろう……!

 激しく空腹なのは分かってるって……!

 

「――なんだい、坊や。腹が減ってんのかい?」

 

「え?」

 

 突然の声に振り向くと、えらくガタイのいいおばさんが俺を見下ろしていた。

 今の俺がチビなのを差し引いてもデカい……腕も太いし、肩幅も広いし、身長180センチはありそうなマッチョなおばさんだ。

 結構強い、戦闘力100ってところか。

 

「随分威勢のいい腹の音だったじゃないか」

 

「あ、うん……けど、金が無くて……」

 

「来な」

 

「うえ!?」

 

 いきなり脇に抱えられた!?

 

「ちょっ!?何っ!?」

 

「いいから大人しくしてな。いい所に連れて行ってやるよ!」

 

 ひ、人攫いー!?

 

 

 

「さっ、冷めない内に食べなっ!」

 

「……なんで?」

 

 何が何だか分からない内に連れて来られたのは、木造建築のこじんまりとした酒場っぽい店……。

 俺はカウンター席の一つに座らされて、少ししたら目の前に山盛りのナポリタンに似たスパゲティが盛られた大皿がドカンと置かれた……。

 う、美味そう……!

 

 って、いやいやいや!?

 

「お、おばちゃん!だから俺、金無いって!」

 

「子供が一丁前に遠慮しなさんなっ!あたしの奢りだよ!」

 

 笑ってそう言うと、おばさんは店の奥に行ってしまう。

 残された俺は唖然とするしかない……。

 文無しの腹ペコで立ち往生状態だったのに、いきなり大盛りスパゲティを奢られるって、何この棚ぼた……?

 

ギュルルルル~!

 

「うっ!」

 

 目の前にこんな美味そうなナポリタンっぽいスパゲティを置かれて、腹が理性をぶち壊しにかかってきた!

 うぅ……食欲を刺激するケチャップっぽい匂い、太めの麺に濃い赤とオレンジ色のソースが絡んで、玉ねぎやピーマンが良い塩梅に散りばめられて、分厚く切られて焦げ目のついたベーコンが肉汁を滲ませて……!

 

ゴギュルルォオォォォ!!

 

 我ながらどんな腹の音だ!?

 あーでももう俺自身も限界だ!

 これだけ腹ペコで目の前にこんな美味そうな物ぶちかまされて我慢なんて出来るかぁー!!

 

「ズゾゾゾゾ!!!」

 

 美味ぁ!!

 腹ペコを差し引いてもこれは美味いぞぉ!!

 

「ズボボボボ!!!」

 

 フォークを使うのも面倒だ!

 サイヤ人の肺活量を見よ!

 

「ズババババ!!!ズルン!」

 

 あ、終わった。

 夢中で食べていたらあっという間だった……なんか寂しい。

 でも、腹は満たされた。

 

「ゲフゥ~……」

 

 いやぁ、美味かったぁ~。

 食ってしまった、ピーマン1本たりとも残さず。

 美味い料理は、満足感が違う。

 腹が満たされた感じはあるのに、まだまだ食べられそうな腹具合に感じる。

 

 思えばこの星に来てから、初めてのまともな食事だな。

 これまでは野で狩った獣の丸焼きだの、モンスターの魔石(極小)で交換したぼそぼそしたパンや塩辛くて硬い干し肉だの、侘しい食事ばかりだったからな……。

 

 食事は大事だよ、マジで。

 

「大した食いっぷりじゃないか!」

 

 おばちゃんが奥から戻ってきた。

 俺は、姿勢を正して向き合う。

 

「ご馳走様でした。メチャメチャ美味かったです」

 

「そうかい!そりゃあ食べさせた甲斐があるってもんだ!」

 

 豪快に笑うおばちゃん。

 肝っ玉母ちゃんって表現がドンピシャだな。

 こんな気の良いおばちゃんに奢られて「ありがとうハイさようなら」なんてのは俺が俺を許せないぞ。

 

「母ちゃ――ッ、おばちゃん!」

 

「何だい?」

 

「さっきも言ったけど、俺、金がない。奢りって言ってもらったけど、こんな美味い飯をタダ食いなんて俺には出来ない。だからせめて、この飯の分だけでも働かせてくれないか!お願いだ!」

 

 テーブルに手をついて頭を下げる。

 すると、おばちゃんの笑い声が聞こえてきた。

 

「アッハッハッハ!なんとまあ律義な坊やだね!どっかのボンクラ共に見習わせたいもんだ!いいだろう!なら今日一日、働いてもらおうかね!」

 

「っ!ありがとう!おばちゃん!」

 

「おばちゃんは止しな。一日でもここで働くからには、あたしのことは“母親”と呼びな。さっきみたいにね!」

 

「うッ!?」

 

 誤魔化せてなかった……!

 

「アッハッハッ!ああ、そうだ。名乗ってなかったね、あたしはミア――ミア・グランドってんだ。あんたは?」

 

「あ、俺はリーク」

 

「そうかい!じゃあ坊や、早速働いてもらおうかね」

 

 聞いたのに名前呼ばんのかい!?

 

 

 

 そうして俺は、肝っ玉母ちゃんことミア・グランドの店でアルバイトする事になった――。



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第5話 団長―フィン・ディムナ―

 なるべくテンポよく進めたいのですが、難しいです……。


「坊や!この酒樽、倉庫に運んどくれ!」

 

「はいよー」

 

「それが済んだら、芋の皮剥き頼むよ!」

 

「ほーい」

 

 俺、ただいまアルバイト中――。

 

 

 

 ダンジョンがある都市オラリオにやって来て、文無しで腹を鳴らしていた俺だが、唐突にマッチョ肝っ玉母ちゃん――『ミア母ちゃん』ことミア・グランドに拉致られ、大盛りスパゲティを奢られ、一飯の恩義を返す為にアルバイトする事になった。

 

 持ち前の戦闘力をちょいちょい流用して、薪割り・食材運びと力仕事中心に働いた。

 

「チビっこいのに大した力じゃないか!」

 

 俺の体ほどもある樽やら木箱をひょいひょい運んでいたら、ミア母ちゃんに褒められ、頭をガシガシ撫で繰り回された。

 ちょっと……いや、かなりの腕力で、俺は大丈夫だが、普通の子供にあんな撫で方したら頭モゲるぞ?

 

 さておき、働きぶりで気に入られたのか、徐々に力仕事以外にも色々と仕事を任された。

 

「へえ、上手いもんじゃないか!じゃあこれも頼んだよ!」

 

 芋の皮剥きを初め野菜の仕込み作業、皿洗い、果てはちょっとした調理補助まで――前世で一人暮らししていた時と、昔レストランでキッチンのバイトをした経験の名残が活きた。

 流石に夜の営業中の接客は元からいたウエイトレスのお姉ちゃん達が担当して、男で子供でチビの俺にお鉢は回らなかった。

 ミア母ちゃんの店は冒険者御用達といった感じで、様々な鎧やマントなど防具を身に着けた冒険者然とした客が大半を占める。

 チラっと聞いた話では、ミア母ちゃんも元冒険者で引退して店を開いたんだそうだ。

 しかも結構な実力者として有名だったとかで、ミア母ちゃんの実力を知ってこの店で騒ぎを起こす客はいないとか……調子に乗って騒いだ客はミア母ちゃんの剛腕で容赦なく黙らされ、叩き出されるらしい。

 それも周知の事実だから、この店に来る客は大体行儀がいい。

 ミア母ちゃんも、最低限の礼儀さえ弁えていれば、飲んで騒ぐぐらいでとやかくは言わない。

 それもまた冒険者という事なんだろう。

 

 そんな中に1人、他と雰囲気が違う客が来店した――。

 

「やあ、ミア。お邪魔するよ」

 

 親しげにミア母ちゃんに挨拶するその客――金髪に青い目、身長は多分俺より少し高いぐらいの美少年という風貌……。

 しかし、感じる氣の強さは他の客達の一段上をいく。

 戦闘力……75ぐらいか。

 他の客が軒並み30前後だから、このオラリオでは上位に立つ冒険者なんだろう。

 

「おや、フィン。今日は1人かい?」

 

「ハハハ、偶には1人でゆっくりとね」

 

 どうやらミア母ちゃんと顔馴染みの様子……酒場に来ている点と落ち着いた振る舞いから見て、どうやら見た目通りの少年ではないらしい。

 もしかして、あれが成人でも子供に見えるという小人族(パルゥム)という人種だろうか?

 そう言えば、この世界では何歳から成人なんだろう?

 あと、酒が飲める歳って幾つなんだ?

 

「おや?ミア、その子は?」

 

 金髪の小人?が俺に気づいた。

 

「ああ、この坊やはリーク。道端で腹を鳴らしてたから、飯を食べさせてやったんだよ。奢りだって言ってるのに、タダ食いなんて出来ないとか言うから、飯の分働いてもらってるのさ」

 

「へえ」

 

 母ちゃんの言葉に、金髪の小人?がこっちを見て微笑む。

 女にモテそうだな、この男……。

 

「あ、えと、リークだ。よろしく」

 

「ああ、よろしく。名乗られたからには、僕も名乗らないとね。フィン・ディムナだ。冒険者をやっている」

 

 フィン・ディムナ、覚えた。

 

「フィンさん、聞いてもいいかい?」

 

「何かな?」

 

「フィンさんって小人族(パルゥム)か?」

 

「ああ、そうだよ。小人族(パルゥム)を見るのは初めてかい?」

 

「うん」

 

 やっぱり小人族(パルゥム)だったか。

 という事は、あの外見でも成人なんだな。

 

「フフ、この外見で酒場に来ていたから、不思議だったかな?」

 

「いや、まあ、ミア母ちゃんと顔見知りみたいだから、成人なんだろうなとは思ってたけど」

 

「なるほど、中々察しがいいね。僕はこれでも今年で35歳になる」

 

 気を悪くした風もなく、笑って言うフィンさん。

 

「外見が若いのは、神の恩恵のおかげでもあるけどね」

 

「恩恵って、そんな効果もあるの?」

 

「ああ。まあ、小人は元々童顔になりがちの種族ではあるけれどね。それでも、恩恵の有る無しでは差が出る様だ」

 

「へえ~」

 

 ただ戦闘能力が手に入るだけじゃないんだな。

 まあ神の力だ、不思議な効果が幾つあっても不思議じゃないか。

 

「はいよ!お待ちどお!」

 

 ミア母ちゃんが木のジョッキと料理が乗った皿をフィンさんの前に置いた。

 

「そう言えば坊や。あんた、冒険者になりたくてオラリオに来たって言ってたね?」

 

「うん、言ったね」

 

「だったら、このフィンのところに入れてもらったらどうだい?」

 

「はい?」

 

 唐突なミア母ちゃんの勧めに、思わず疑問符が浮かぶ。

 

「フィンのところは今のオラリオ最大手のファミリアさ。人数も多いし、主神もまあまあ悪くない神だ。性格の癖は大分強いがね」

 

「ハハハ……眷属としては、擁護したいところだけど、ね……」

 

 苦笑いのフィンさん。

 癖の強い性格の神なのか……でも、この穏やかそうなフィンさんが所属しているファミリアなら、人間関係とかも悪くはないかも?

 

「……そりゃあ、入れるものなら入りたいけど……最大手なんだろ?俺みたいなガキでも入れるもんなのか?」

 

「どうなんだい?フィン」

 

「そうだね……」

 

 思案顔でフィンさんがこっちを見てくる。

 

「……ミアが勧めてくるという事は、彼は見込みがあるそうなのかな?」

 

「さあ、どうだろうね?けど少なくとも、食いっぷりとここでの働きぶりは保証するよ」

 

「なるほど」

 

 何が?

 

「リーク、一つ尋ねるが君は冒険者になって何を求める?」

 

「何って?」

 

「冒険者は皆、何かしらを求める。富、名声、力……ちょっと俗なところでは女って事もあるね。そこは人それぞれ、何を求めようと僕は非難も否定もするつもりはない。ただファミリアに迎え入れるなら、一応知っておきたいんだ。これでも、ファミリアの団長を務めているのでね」

 

「フィンさん、団長なんだ?」

 

「ああ」

 

 人は見かけによらない、というのは失礼か。

 

 それはともかく、俺が求めるものか……深く考えた事がなかったが、良い機会だし改めて考えてみる。

 なるべく思考を加速して、手早く――。

 

 富――別に強く求めてはいない。

 そりゃあ金は欲しいが、それはあくまで『衣食住』や何か欲しい物ができた時にそれを賄う為に必要なだけだ。

 

 名声――要らない。

 大した興味が湧かないものだ。

 

 力――既にある。

 ドラゴンボールの技や動きを再現するのは面白いが、強さで他人にマウントを取りたいなんて思わない。

 

 女――興味はあるが、求めるものとは違う。

 俺も男だし、前世は童貞で終わったし……恋愛とか結婚とかはまだ考えられないが、それはまた別の話だ。

 

 こんな俺が求めるもの……サイヤ人に転生して、惑星ベジータを出奔してこの星にやって来た理由にも繋がるかな。

 となると、俺が求めているのは――

 

「『自由』、かな」

 

 うん、これがしっくりくる。

 思い返せば前世ではサラリーマンとして仕事に縛られ、体力や精神力を奪われていた……。

 この宇宙に転生からは、サイヤ人の中級戦士として訓練を受けさせられ、危うくやりたくない宇宙地上げに駆り出されるところだった。

 そしてこの星に逃げてきたからには、これまでとは違う……陳腐な表現だが、自由で伸び伸びした暮らしがしたいと思ったんだ。

 

 そうだ、俺は自由を求めてこの星に、オラリオに来たんだ――。

 

「……なるほど」

 

 フィンさんが目を閉じて、しみじみといった風に頷く。

 だから、何が『なるほど』なんだ?

 

「いいだろう。『ロキ・ファミリア』団長として、リーク、君を歓迎しよう」

 

「えっ!?マジで!?いいの!?」

 

「ああ、うちの主神には僕から執り成そう」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 俺はフィンさんに頭を下げた。

 やったぞ、これでダンジョンに入れる!

 

「ありがとう、ミア母ちゃん!」

 

「あたしは何もしてないよ」

 

「フィンさんに紹介してくれたじゃないか」

 

「なぁに、ふと思いついて言ってみただけさ」

 

 そう言ってウインクするミア母ちゃん、なんと男前。

 失礼だから口には出さないが。

 

 何はともあれ、オラリオに来た目的が果たせそうでホッとした。

 

 

 

 その後、フィンさんが酒と料理を片付けるまで店の手伝いを続け――夜更け頃。

 

 

 

 

「それじゃあ行こうか」

 

「おう!ミア母ちゃん!お世話になりました!」

 

 会計を済ませたフィンさんと一緒に、店を出る。

 

「ちょっと待ちな、坊や」

 

 店の出入り口のところでミア母ちゃんに呼び止められた。

 振り返ると、小さな袋が飛んできた――キャッチ。

 

「?ミア母ちゃん、これは?」

 

「バイト代だよ」

 

「えっ?バイト代って……」

 

「あんたが食べた飯の代金なんて、とっくに稼ぎ終わってたさ。うちはぼったくりじゃないからね。それはその余りだよ。せいぜい冒険者で稼いで、また食べにおいで」

 

「っ、必ず来るよ!」

 

 全く、どこまで男前の母ちゃんなのか。

 俺はもう一度ミア母ちゃんに頭を下げて、店を出た。

 

「挨拶は済んだかい?」

 

「おう!」

 

「では行こう」

 

 フィンさんについて、俺も歩き出す。

 

 ロキ・ファミリアか、どんな所か楽しみだな――。

 




 主人公が食べた量については、ダンまちのアニメ第1期にてベルが『豊穣の女主人』で食べていた山盛りパスタを参考にしました。
 バイト代については、ミア母ちゃんの漢気込みと思ってもらえれば。


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第6話 悪戯の女神―ロキ―

※9/13誤字報告を受け、微修正しました。
あんころ(餅)様、ご報告ありがとうございました。


 ミア母ちゃんの紹介で出会った小人族(パルゥム)のフィン・ディムナさん――彼が団長を務めるファミリアに入れてもらえる事になり、俺は彼について夜の街を歩いた。

 

 夜が更けも賑わっている酒場が立ち並ぶ通りを抜け、段々と静かになっていく道をフィンさんの後ろについて行く。

 

「さあ、着いたよ。ここが僕らの本拠(ホーム)『黄昏の館』だ」

 

 辿り着いたのは、城だった……。

 

「え……マジで?」

 

「ハハハ、驚いたかい?」

 

「うん、驚いた。こんな本拠地構えるぐらい儲かってるのか、ロキ・ファミリア……」

 

「まあ、儲かっていると言えば儲かっているけれど、団員の人数もそれなりに多いし、『遠征』に出掛ける事もあるから、維持費やら消耗品費やらロキの酒代やらロキの無駄遣いやらで経済状況はカツカツというところかな、ハハハ……」

 

 フィンさんの苦笑いが印象的だ……。

 そのロキって神様、そんなに金遣いが荒いのか?

 

「さっ、中に入ろう。ロキの事だから、まだ起きているはずだ」

 

「あ、うん」

 

 フィンさんに先導されて黄昏の館へ――館をぐるりと囲む高い塀、そこに設置された門に進む。

 

「あ、団長!おかえりなさいっす!」

「お、おかえりなさい!」

 

 門の両端に立っていた、鎧を着た若い男達が背筋を伸ばしてフィンさんに一礼する。

 戦闘力は、どっちも30前後か。

 ミア母ちゃんの酒場にいた冒険者と同格ぐらいだな。

 

「ああ、ご苦労様。門を開けてもらえるかい?」

 

「は、はいっす!」

「すぐに!」

 

 男達はワタワタと2人で門を開ける。

 

「「どうぞ!」」

 

「ああ、ありがとう」

 

 フィンさんが先に中へ進み、俺も続く。

 

「あ、あの、団長!その子供は……?」

 

「彼は新入団員さ。君達の後輩になる」

 

「は、はあ……」

 

 戸惑いの表情を浮かべる男達……。

 当然か、大手ファミリアの団長ともあろう者が子供を新入団員だといって連れてきたんだから……。

 初手から俺も変に目立ってしまったか……。

 

 いやいや、人目を気にして縮こまったら自由じゃない。

 堂々としよう。

 

「まあ、今日は遅いから、また明日の朝にでも改めて紹介するよ」

 

「お疲れ様でーす」

 

「お、お疲れ様っす……?」

「お、お疲れ様です……?」

 

 困惑の男達を置き去りに、フィンさんと俺は館の玄関へ。

 そこでふと、玄関の上に描かれたピエロのマークが目についた。

 

「フィンさん、あのマークは?」

 

「あれは僕らロキ・ファミリアの団章(エンブレム)だよ」

 

「へえ~」

 

 中々洒落たデザインだ。

 

「さあ、中へ」

 

「あ、うん」

 

 館の中に入る。

 玄関を抜けると広いエントランスに迎えられる。

 本当に城だな……下手をすると迷いそうだ。

 

「こっちだ」

 

 フィンさんに従い、階段を上がって上階へ――。

 長い廊下を進み、とある一室の扉の前でフィンさんが立ち止まる。

 

 中から気を感じる、誰かいる様だ。

 けど、フィンさんに比べたら全然弱い。

 氣が小さくて逆に戦闘力が測れない。

 

 あと、何か笑い声が聞こえてくる……。

 

「はぁ……探す手間は省けたみたいだけど、これは酔ってるかな……?」

 

 溜め息のフィンさん。

 フィンさんも中に人がいるのに気付いた様だ。

 どうやら部屋の中で誰かが酒を飲んでいるらしい。

 

「仕方がない。場合によっては明日の朝だな……リーク、入ってくれ」

 

「う、うん……」

 

 フィンさんが扉を開けて中に入ったので、俺も続く。

 

 壁には天井まで届く高さの本棚が置かれ、びっしりと本が詰められている。

 その前に立派な机、部屋の中央に向かい合わせに置かれたソファとテーブル――社長室か執務室といった風情、天井のシャンデリアや暖炉の上の花瓶に壁の絵画など過剰でもなく貧相でもない落ち着きと気品のある装飾、床も絨毯が敷かれていて、豪華だが嫌味がない。

 

 ただ……。

 

「ゴッキュ、ゴッキュ、ッカァ~~!たまらんわ~!やっぱ『神酒(ソーマ)』は最高や~!」

 

 テーブルに酒壺とツマミの皿を並べ、グラスを片手にご機嫌な様子の……女?男?が部屋の雰囲気を結構台無しにしている。

 閉じているような細い目、後ろで纏めた赤い髪、へそ丸出しにホットパンツにニーソックス(だったか?)という大胆な恰好なのに大股開きという恥じらいの“は”の字もない恰好……。

 

 え、ナニコレ……?

 

「はぁ~……ロキ」

 

「んあ~?お~フィン~!おかえり~!」

 

 フィンさんの溜め息交じりの呼びかけに、グラスを持った手を挙げて答える細目赤髪。

 ん~、何となくだが……顔の輪郭や腰つき、それに微かに……本当に微かに胸の膨らみが有る様な無い様な無い様な……だから、女かな?

 あと、よくよく感じてみると、不思議な氣だ。

 これまで感じたどの氣とも違う……。

 勿論、氣はそれぞれ違って当たり前なんだが、種族毎に似た感じがあるものだ。

 この細目赤髪女(半信半疑)の氣は、人間に似ているが何かが決定的に違う……曖昧と明確が同居している、何とも違和感が拭えない氣だ。

 

「ん~~?その坊や誰や~?」

 

 おっと、向こうが俺に気づいた。

 

「彼はリーク、入団希望者さ。リーク、彼女はロキ。こんなだが、僕らロキ・ファミリアの主神だ」

 

「こんなってなんやねん!?いけずやなぁフィン!」

 

 軽いコントの様なやり取りだ。

 それはともかく、あの細目赤髪女(確定)が主神ロキか……。

 主神という事は神な訳で、人間に見えるが人間ではない。

 氣の違和感もそこから来るものか?

 

「まあええわ!そんなワケでウチがこのファミリアの主神をやっとるロキや!よろしくな~!」

 

「り、リークだ、よろしく……」

 

 この……何故か関西弁を喋る、1人で酒盛りに興じていた細目赤髪女が、神か……う~ん。

 

「しっかし、フィンが直接入団希望者連れてくるなんて、珍しいなぁ?」

 

「なに、出会いは偶然だよ。ミアの店に飲みに行ったら、そこで働いていたんだ。話を聞く内に、ミアからうちへの入団を勧められてね。僕も話していて好感を持ったから連れて来た」

 

「へえ~!あのミア母ちゃんのお勧めか~!そら一見の価値アリやな!どれどれ~?」

 

 言うが否やロキ様(一応神として敬意を払う)が近寄って来て、俺をジロジロ見始める。

 うわ、酒くさ……。

 

「ふ~むふむ~、背は小っこいけど中々ええ筋肉しとるなぁ~――ん?なんやこの鎧……?」

 

 ロキ様が俺の戦闘服に気付いた……!

 

「見た目もそうやけど、こんな素材、見た事もない……よう見たら、このシャツもそうやな?なあ、坊や……自分これ、どこで手に入れたん?」

 

 ロキ様の気配が少し張り詰めた。

 ついでにフィンさんの気配も……多分だがフィンさんも、ていうかフィンさんこそ俺の戦闘服の事は気づいていた筈だ。

 

 なら、丁度いい。

 俺の事を話しておこう。

 変に隠すより先に話しておいた方が、お互いの為に良いだろう。

 信じてもらえなければ、その時はその時だ……。

 

「ロキ様、フィンさん、ちょっと長くなるけど、俺の話を聞いてくれるかい?」

 

「……ああ、聞こう。ロキもいいだろ?」

 

「……せやな。聞く前に水一杯飲まして。酔い覚ますわ」

 

 

 

 2人の用意が整ってから、俺は自分の事情を話した――。

 

 惑星ベジータ出身のサイヤ人という戦闘民族であること……。

 元は別の世界の人間で、この世界というか宇宙に前世の記憶をもったまま転生したこと……。

 サイヤ人の悪行と、それに加担するのが嫌で逃げ出してきたこと……。

 宇宙の旅の果てにこの星を見つけ、定住したいと思い、降り立ったこと……。

 

 空を飛ぶ舞空術やエネルギー弾といった氣のコントロール技術についても、軽く実演して説明した。

 

「カァ~……こりゃあ、流石にたまげたわ。残っとった酔いが一気に吹っ飛んだわ……」

 

 ロキ様が座っていたソファの背もたれに寄りかかって脱力する。

 

「……正直、色々と受け止めきれないんだけれど……ロキ、リークが話した事は……」

 

「少なくとも嘘は1コも言うとらん」

 

「真実、という事か……」

 

 ロキ様とフィンさんの妙なやり取り……何故、フィンさんはロキ様に今みたいな確認を……?

 それにロキ様も、どうして俺が嘘を言っていないと断言する?

 勿論嘘は言っていないが……ロキ様にはそういう特殊能力でもあるのか?

 

「なあ、今のはどういう……?」

 

「うん?ああ、そうか。リークは知らないんだね。神々は僕ら下界の人間の嘘を見抜けるんだよ」

 

「もちっと正確に言えば、あくまで言っとる事が嘘かホンマかが感覚的に分かるだけやで。子供らの心の中が読める訳やないから、そこは安心しとき」

 

 なるほど、予想は凡そ当たっていたか。

 ぶっちゃけて言えば、この星の神は嘘発見器搭載という事だ。

 便利といえば便利だが、怖いと言えば怖い……。

 

 しかし、今回に限っては助かった。

 信じてもらえない事も覚悟していたから、少し安堵……。

 

 ただ、問題はここからとも言える……。

 

「それで……どうかな?」

 

「うん?」

「何や?」

 

 なんだか、2人――いや1人と一柱?にキョトン顔された。

 漠然とし過ぎて伝わらなかったか……。

 

「いや、その……こんな俺でも、ロキ・ファミリアに入れてもらえるのかなぁって……」

 

「ああ、そういうことか」

 

「んな心配いらんで。寧ろリークたんには是が非でもうちに入ってもらうわ!」

 

 リーク……『たん』!?

 

「星の海――宇宙からやって来た子を眷属にした神なんて、天界広し・下界広しと言えどウチが史上初間違いなしや!まあ大っぴらには言えへんけど、こんな未知も未知な体験逃がせへんわ!いや~下界降りてきてホンマ良かった~!」

 

 何やらよく分からないが、俺の事情はロキ様のお気に召した様だ……。

 

「僕としても酒場で言った通り、君をファミリアに迎えたい。さっき見せてもらった空を飛ぶ術や、氣の事にも非常に興味があるしね」

 

「おお!」

 

 フィンさんにも受け入れられた!

 有難い!

 入団を断られたらどうしようかと思った。

 

「ほんじゃリークたんの気が変わらん内にちゃっちゃと恩恵(ファルナ)あげとこか!ささっ、リークたん!上着脱いで背中出してや!」

 

「うん……ところでロキ様?」

 

「なんや?あ、様とか要らんで?愛情込めてロキ~って呼んだって♪」

 

「……じゃあ、ロキ。俺も、そのリークたんって呼び方止めてくれない?」

 

「え~!?なんで~!?」

 

「……なんか嫌だ」

 

「え~!?え~やんか~!この呼び方は新入団員が必ず受けなあかんロキ・ファミリアの伝統なんやでえ!」

 

「ロキ、そういう嘘は眷属としてもファミリア団長としても止めてほしいな」

 

「え~!?フィンかて昔はそう呼んどったやん!」

 

「僕もすぐ拒否した覚えがあるけど?」

 

「ぐぬぅ、この場にウチの味方はおれへんか……!」

 

「ファミリアの総意と受け取ってもらっていいよ」

 

「ぐあ~!フィンのいけずぅ~!」

 

 またコントみたいなやり取り――こうしてみると、ロキとフィンさんの間の親しみというか信頼関係が見える様だ。

 こういう気安い雰囲気は嫌いじゃない。

 

「よっと。はいよ、脱いだぜ」

 

「よっしゃ!お~、リークたん脱いだら凄いぁ……!可愛え女の子の柔肌もええけど、少年の意外な筋肉も悪ぅないなぁ……!ジュルリ……!」

 

「…………」

 

 もしかして俺は、ファミリアの選択を間違えたか……?

 

 

 

 その後ちょいちょいコントを挟みつつ、俺はロキから恩恵(ファルナ)を授けられ、無事ロキ・ファミリアの一員となった。

 記念という形で、ステイタスの写し紙を貰ったが……この星の文字――『共通語(コイネー)』が読めなかった……。

 会話はできるのに何故だ……?

 

 さておき、団員達への紹介と部屋の割り振りは明日するという事で、今日はフィンさんの部屋に泊めてもらう事になった。

 

「そうだ、リーク。一つ頼みを聞いてもらえるかな?」

 

「何だい?フィンさん」

 

「明日、僕ともう2人――ファミリアの幹部3人と戦ってもらいたいんだ」

 

「はい!?」

 

 唐突になんだ!?

 

「別の星という未知の領域の戦闘民族出身という、君の戦闘能力を把握しておきたい。ファミリアの団長としての責務という面もあるけど、その前に一冒険者として、僕自身も君という“未知”に大いに興味がある。それに君の出自や特殊な事情を、その2人の幹部達にも共有しておきたいんだ。構わないかな?」

 

「あ~……まあ、そういう事なら」

 

 あまり言い触らされるのはよくないが、フィンさんが同格と称するほど信頼を置いている人達になら、寧ろ知っておいてもらった方がいいと思う。

 俺の戦闘能力についても、氣で感じ取れる限り、この星の常識からは逸脱している可能性が高いから、信頼できる人達にオラリオでの立ち回りについて相談できるようになる点も、俺には有難い。

 

「ありがとう。入団直後に無理を言ってすまないね」

 

「いいよ。俺としても知っておいてもらった方が助かるから」

 

 そんな話をして、その日は就寝――フィンさんの部屋のソファを借りて休ませてもらった。

 ベッドも勧められたが、他人のベッドは落ち着かないので遠慮した。

 

 明日は少し忙しくなりそうだ……。

 



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第7話 三首領―ロキ・ファミリア―

 書き溜め分が尽きました……。
 毎日投稿している方々は本当に凄い……。

※9/11誤字脱字を発見し、修正しました。
※9/23ご指摘を頂き、主人公の口調を微修正しました。


 

「皆、朝食の前に聞いてくれ。僕らの新しい仲間を紹介する。リークだ」

 

「リークだ。先輩方、これからよろしく!」

 

「「「よろしくー!」」」

 

「みんな、仲良うするんやで。新人いびりとかしたらあかんで~?」

 

「「「しないって~!」」」

 

 入団から一夜明け、俺はフィンさんとロキの紹介の元、広い食堂に集まったファミリアの団員達に入団の挨拶した。

 

 こうして集まった団員を見ると、何というか女が多い……。

 猫人、只人(ヒューマン)、小人……向こうの褐色肌の露出多めの女はアマゾネスって種族か?

 

 こっそり隣のフィンさんに女多めの件を尋ねると――

 

「ああ、ロキの趣味でね……」

 

 と、苦笑いしていた……。

 なるほど……。

 

 

 ともあれ、入団挨拶は恙なく終わり、俺も朝食の席に混じる――。

 

「リーク、朝食が終わったら昨日の部屋に来てくれ」

 

 席に着く前にフィンさんに言われた。

 きっと、昨日言っていた件――フィンさんを含めた幹部3人との試合の話だろう。

 

 幹部……まだ紹介はされてないが、目星は付いている。

 

 1人はドワーフ――茶色でボサボサした髪、髪と繋がって顎から鼻の下までを覆う髭、ずんぐりと太い胴、フィンさんよりは高いが程々の背丈、もう「ドワーフとはこう!」という外見をしたオッサン。

 戦闘力はフィンさんと同等、75かもう少し大きいぐらい。

 見える限り、体形はずんぐりだが筋肉量は多そう……やっぱり斧とかハンマーで戦うのかな?

 

 もう1人はエルフ――長い透き通る様な緑色の髪、切れ長の目、白い肌、シュッと高い背丈、背筋も伸びて気品を感じる立ち姿、忘れちゃいけない長く尖った耳、全体的に少々キツめな印象の美人という印象のお姉さん……歳下の娘から『お姉様』とか呼ばれそう。

 戦闘力は70ぐらい、エルフは魔法が得意と聞いているが魔力とかは氣の大きさに関係するんだろうか?

 

 フィンさんと合わせて、ロキ・ファミリアの最強格は間違いなくこの3人――

 

 この3人と試合をするのか……う~ん、どうしよう?

 戦闘力三桁にも届いていない人達、下手をすると致命傷を負わせてしまう恐れがある。

 氣を抑えて手加減して戦う必要があるが、余り露骨に加減するのは失礼な気もする……。

 悩ましいな……。

 

「う~ん……パク、モグ、パク、モグ……あ」

 

 もう朝飯なくなった、全然足りない……。

 

「先輩、朝飯ってお代わりできる?」

 

 隣の先輩に聞く。

 

「ん?ああ、もう食べたのか。出来るぞ、あそこのカウンターで言うといい」

 

「ありがとう」

 

 トレイを持って先輩に教えてもらったカウンターに向かう。

 結果から言って、お代わりしても全然全く足りなかった……。

 でも食い足りないからって満腹までお代わりなんて、そんな厚かましい真似はできないので我慢する……。

 拙いな、ファンさん達との試合の時間によっては空腹で力が抜けるかも……さりとて外で食べようにも、手持ちはミア母ちゃんの心付けのバイト代のみ、ダンジョンに潜って稼ぐまでは節約したい。

 時間もないし、やはり我慢だ……。

 

 そして朝食を終えて昨日の部屋で待つ事暫し――

 

「待たせたね、リーク」

 

 フィンさんが、ロキともう2人――俺が当たりを付けていたドワーフのオッサンとエルフのお姉さんを連れてやって来た。

 

「紹介しよう。僕と同じく、ロキ・ファミリアの古株で幹部を務めているガレスとリヴァリアだ」

 

「ガレス・ランドロックじゃ。よろしくな坊主!」

 

「私はリヴァリア・リヨス・アールヴだ。よろしく頼む」

 

 にこやかなオッサンと、クールなお姉さん――ドワーフとエルフという所を除いても対称的な2人だ。

 おっと、名乗られたなら俺も名乗らなければ。

 

「改めて、リークだ。よろしく、ガレスさん、リヴェリアさん」

 

「ガッハッハッ!そんなに畏まらんでもいい。もっと気安く呼んでくれて構わんぞ」

 

「えっと、じゃあ……ガレスのおやっさん」

 

「んんっ?おやっさん?おやっさんか……フッ、ガッハッハッハッ!いいな!気に入ったぞい!今後はそう呼べ!」

 

 何となくで呼んでみたらウケた。

 

「全く騒がしい……。まあ、ガレスに同調する訳ではないが、私達は同じ主神を仰ぐ仲間――謂わば“同胞”だ。最低限の礼を失さなければ、喋り方も呼び方も好きにして構わない」

 

「分かった。じゃあ……リヴェリア姐さん」

 

「む……『ねえさん』か……ふむ、まあ言った手前だ。好きにしてくれ」

 

 リヴェリア姐さんも、気に入ったかは分からないが受け入れてくれた様だ。

 

「ところでフィンさん……いや、フィン団長」

 

 敬意を込めて呼び直すと、フィン団長は特に感情の変化などは見せずにこっちを向いた。

 

「おやっさんと姐さんに、俺の事はもう?」

 

「ああ、昨日聞いた話はロキと一緒に話してあるよ」

 

 それでも、おやっさんや姐さんの態度は、俺を訝しむ感じではない。

 

「おやっさんも、姐さんも、信じてくれるのか?俺の話……」

 

「他所の星からやって来た戦闘民族、そして前世の記憶を持ちながら転生した……まあ、どちらも信じ難い話ではあったがのう。ロキから見て、嘘がないという事なら信じるしかあるまい」

 

「我々が暮らすこの世界が、空に浮かぶ太陽や月と同様、全容が分からないほどの巨大な球体であるという学説は知っていた。それが真実であるとすれば、この大地の他にも人間や生物が暮らす星があっても不思議ではないと唱える者もいたと聞く。無論、ロキの保証があってこそ信じられた事実はあるが、子供が夢想した夢物語としては少々高度過ぎるからな」

 

 なるほど、ロキの、神の嘘を見抜く能力のおかげか。

 この星では、それほど当たり前に受け入れられている事なんだな、覚えておこう。

 

「それでフィン、本当にリークと私達で試合を行うのか?」

 

 リヴェリア姐さんが振り返ってフィン団長に尋ねる。

 

「ああ。そこはリークにも納得して受け入れてもらっている。リークは僕らが初めて出会う未知の人種だ。僕らのこれまでの常識が通用しない可能性もある。そんな彼をファミリアに誘い、彼から自身の秘密を打ち明けてもらった僕には、その能力を正確に把握する義務があると思っている。ただ僕とロキだけでは視点が少ない。そこで、ほぼ同期で信頼のおける君達に情報を共有してもらいたいんだ。君達なら、僕とはまた違った視点でリークを測れると思ってね」

 

「なぁに、小難しく考えることはあるまい」

 

 そこでガレスのおやっさんが口を挟む。

 

「こうして言葉を交わせておるのだ。どこで生まれたどんな種族であろうと、リークの坊主はワシらと大して変わらん“人間”じゃ。少なくともワシは、坊主を見てそう思った。ならばやる事は詰まるところ『新人の歓迎を兼ねた腕試し』という事じゃろう。ワシに異存はない。寧ろ、フィンにあそこまで言わせた坊主の実力とやらに、大いに興味をそそられるわい!ガッハッハッ!」

 

 豪快に笑い飛ばすガレスのおやっさん。

 

「ふぅ、やれやれ……。まあ、いいだろう。多少抵抗はあるが、お前達の言う事にも一理ある。私も参加しよう」

 

 溜め息交じりに言うリヴェリア姐さん。

 

 どうやら話は纏まった様だ。

 

「よし、決まりだ。それじゃあ、各自準備を整えて玄関に集まろう。揃い次第、ダンジョンに向かう」

 

「おう。さて、一応、装備一式持っていくとするか」

 

「そうだな、近頃オラリオはより不安定になっている。不測の事態にも対応できるよう、準備するとしよう」

 

 そう言いながら、おやっさんと姐さんは部屋を出て行った。

 

 オラリオが不安定……?

 

「……フィン団長、リヴェリア姐さんが言ってた『オラリオが不安定』って、どういうことだい?」

 

「そうだね、今は時間が余りないから簡単に説明しようか」

 

 フィン団長の説明によると――

 

 オラリオには8年前まで、とある2つのファミリアが君臨し、その圧倒的な戦力で都市を治めていた。

 『ゼウス・ファミリア』『ヘラ・ファミリア』、屈強の猛者揃いのファミリアは半ば同盟関係にあり、他の追随を許さなかった。

 そんな二大ファミリアが合同で、総力をもって挑んだとある『冒険者依頼(クエスト)』があった。

 最強最悪のモンスター『隻眼の黒竜』の討伐――『黒き終末』・『生ける厄災』と言われるそのモンスターに挑み、二大ファミリア連合は……見事に返り討ちに遭った。

 二大ファミリアは屈強の猛者だった筈の団員の殆どを失い、その力をほぼ完全に失い、果てはオラリオから追放される事になった。

 

「なんで追放……?クエスト失敗の責任か?」

 

「……まあ、そういう側面もあったけど、殆どはオラリオにおける勢力争いの結果かな」

 

 なんと、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアを追放に追い込んだのは、他ならぬロキと『もう一柱の女神』だというではないか。

 しかも、そうして空いたオラリオの頂点の座……二大ファミリアの後釜に座る形で、ロキ・ファミリアともう一柱の女神のファミリアが台頭したと……。

 

 思わずロキを見てしまう。

 

「そ、そんな目で見んといてえや、リークたん!しゃーない事やったんや……大人()の世界にも色々あんねん」

 

 そう言って気まずそうに頭を掻いたロキ……その様子を見て、何となくだが、ゼウス・ヘラの追放には単なる私利私欲とは違う“何か”がある様な気がした。

 

「……分かった。その件について、俺は何も言わない。ロキを非難もしないよ」

 

「……ありがとうな、リーク」

 

 そもそも新参者の俺が、聞いた話だけでロキを責めるなんてお門違いだ。

 過去はどうあれ、俺も今はロキの眷属――ロキ・ファミリアの仲間だ。

 大事なのは仲間、仲間の方が大事だ。

 

 さて閑話休題――話のポイントはここから。

 

 最強のゼウス・ヘラの二大ファミリアが去った後、厄介な連中がこれ幸いとオラリオで暴れだした。

 俗に『闇派閥(イヴィルス)』と呼ばれる、下界に災いを齎すことを喜びとする『邪神』率いるファミリアの一種の連合……。

 そいつらは都市を崩壊させたいらしく、あちこちで恩恵(ファルナ)を持たない一般人すら巻き込んで暴動を起こしている。

 その所為で、オラリオ中のファミリアは治安維持や闇派閥討伐に駆り出され、ダンジョンの探索が思うように進められず、ダンジョン産の魔石やドロップアイテムの輸出を主要産業の1つとしていたオラリオの景気も士気も日々下がり続けているとか……。

 

 どこの世界にもいるんだ、他人を苛まなければ生きていけないというような輩が……胸糞悪い。

 

 つまり、ガレスのおやっさんやリヴェリア姐さんが装備を持ってくるというのは、途中で闇派閥が現れた時に戦えるように――という事な訳だ。

 

「だから今後、リークも注意を払ってほしい。現オラリオの二大派閥であるうちの団員……特にステイタスの未熟な新人は狙われやすい傾向にあるからね」

 

「分かったよ、団長」

 

 俺はフィン団長に頷いて見せた。

 

 さて、俺も準備を――って何もなかった……。

 

 あれ?

 そう言えば……フィン団長が言っていた『三大冒険者依頼(クエスト)』の『隻眼の黒竜』って……もしかしてアイツか?

 俺がこの星に来て、最初に倒したあの黒ドラゴン……そう言えば、片目が潰れて隻眼だったな……。

 

 史上最強の二大ファミリアを壊滅させた……?

 

 最強最悪のモンスター……?

 

 俺……アイツ……一撃……。

 

 …………。

 

 よし、墓まで持っていこう……!

 

 



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第8話 重傑―ガレス・ランドロック―

 何とか書けました。

 感想を下さった皆様、本当にありがとうございます。
 この先も続けていけるよう頑張ります。

※9/12サブタイトルを修正しました。


 フィン団長、ガレスのおやっさん、リヴェリア姐さん――ロキ・ファミリアの幹部3人に連れられて、俺は都市中央に聳え立つバベルの塔の一階、ギルドの受付にやって来た。

 

「失礼するよ。今いいかな?」

 

「これはディムナ氏!おはようございます!」

 

 フィン団長が受付で、制服姿の眼鏡を掛けた若い男性職員に声を掛けると、職員は畏まった様子で対応する。

 

「本日はダンジョンの探索ですか?」

 

「その前に新人の冒険者登録をお願いするよ」

 

 フィン団長が少し横にずれたので、俺が前に出る。

 すると職員が俺を見てくる。

 

「この子が、ですか?」

 

「ああ、先日うちのファミリアに加わったリークだ。登録が終わったら、今日は彼のダンジョン見学を兼ねて上層を軽く探索するつもりだ」

 

「はぁ、なるほど。承知いたしました。では、少々お待ちください」

 

 そう言って、職員は席を立ち奥へ行った。

 そして少し待つと、長い黒髪のお姉さんを連れて戻って来た。

 

「お待たせしました。そちら、リーク氏でしたな。リーク氏の担当は、このサンドラに務めさせます」

 

「初めまして、ディムナ氏、リーク氏。サンドラ・リポルと申します。以後、リーク氏の担当職員として、精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 

「あ、えと、リークです。こちらこそよろしくお願いします」

 

 丁寧に頭を下げられたので、俺も頭を下げ返す。

 サンドラさんか、印象としては仕事のできるOLって感じだ。

 有名人らしいフィン団長の前だからとか仕事だからとかあるのかも知れないが、ビジネスライクだろうと何だろうと、丁寧に対応してくれるのは有難い。

 何せ俺は見た目子供だから、多少侮られることも覚悟していたんだ。

 まだ背も低いし……ちょっと背伸びしないと受付の上が見えないっていう……。

 

「それじゃあサンドラ、後は任せるよ。ディムナ氏、失礼いたします」

 

 男性職員はまた奥へ行った。

 

「それでは登録手続きに移らせていただきます。失礼ですが、リーク氏は字は書けますか?」

 

「えっと、書けません……」

 

 仕方ない事だが、少々恥ずかしい……。

 早いところ習わないと。

 

「承知しました。では、私が代筆しましょうか?」

 

「えっと、フィン団長?」

 

「頼んでいいと思うよ。別に珍しい事じゃないからね」

 

「じゃあ、お願いします」

 

「承りました」

 

 そしてお姉さん――サンドラさんは俺に質問しながら、羽根ペンで手元の用紙に記入していく。

 

「こちらでお間違いないでしょうか?」

 

 サンドラさんが用紙を差し出してくる。

 読めないのでフィン団長に確認してもらった。

 

「……うん、大丈夫だね」

 

 確認が取れたので、用紙を返す。

 

「ありがとうございます。これでリーク氏の冒険者登録は完了です。ギルド及びダンジョン探索の規則についてのご説明はいかがしましょう?」

 

「すまないが、それは後日にお願いできるかな?今日中にリークにダンジョンを見学させたいんだ」

 

「畏まりました。これからすぐにダンジョンへ入られますか?」

 

「ああ、そのつもりだ」

 

「承知いたしました。それではダンジョン探索の受付もこの場で処理しておきます」

 

「ありがとう、よろしく頼むよ。それじゃあリーク、行こうか」

 

「うん」

 

 フィン団長に促され、受付を後にし、待っていたガレスのおやっさん・リヴェリア姐さんと合流――そのまま案内されてダンジョンへ向かう。

 

 その途中――

 

「おい見ろ……!」

 

「『勇者(ブレイバー)』だ……!」

 

「『重傑(エルガルム)』と『九魔姫(ナインヘル)』もいるぞ……!」

 

「ロキ・ファミリアの『三首領』が揃ってやがる……!」

 

「あのガキ誰だ……?」

 

 俺達と同じくダンジョン探索に向かうのだろう他の冒険者達がざわついていた。

 流石は最大手ロキ・ファミリアの幹部――有名人らしい。

 ちなみに『勇者(ブレイバー)』『重傑(エルガルム)』『九魔姫(ナインヘル)』というのは、それぞれフィン団長・ガレスのおやっさん・リヴェリア姐さんの“二つ名”というもので、ステイタスがレベル2にランクアップすると、神々に付けられる称号の様なものだそうだ。

 フィン団長曰く『神々のお遊び』の一環らしい。

 あと『三首領』というのは、団長・おやっさん・姐さんの3人を一纏めにした通称とのこと。

 有名になると、色々な呼ばれ方をする様だ。

 

 それはさておき――。

 

 ダンジョンへの入り口は先ず石畳の螺旋通路とデカい吹き抜けから始まる。

 それを降りると岩壁の通路に出る、そこからがダンジョン1階層――道中軽く教えてもらったが、1階層から12階層までを『上層』と呼び、そこから深くなる毎に『中層』『下層』『深層』と呼び分けられる。

 その辺り詳しくは担当職員のサンドラさんや、リヴェリア姐さんがいずれ教えてくれるそうだ。

 

 で、今日は上層で適当な広さの『ルーム』という空間を探して、そこで試合をするという。

 

 上層は恩恵(ファルナ)を受けたばかりの駆け出し冒険者でも、油断しなければ倒せる雑魚モンスターしか出現しない階層らしい。

 しかも出現率自体も低く、中層以下の階層に比べれば比較的安全地帯である為、ステイタスの向上を目指す駆け出しの冒険者や戦闘訓練を目的とした上級冒険者達が訪れることもあるとか。

 勿論、ここでも油断すれば死ぬこともある……ダンジョンで油断は厳禁と念を押された。

 

 暫くダンジョンを進みながら、辺りの氣を探ってみると不思議な感覚に気付く。

 いつもは集中すれば惑星中の氣すら感じ取れた筈なのに、ダンジョンの中だとその感知範囲が著しく狭くなる……。

 まるで何かに遮られている様な……一定の距離が開くと急にぼやける様に感じ取れなくなる。

 感知範囲内に大した氣は感じないし、遮られているとはいえそれなりの広さをカバーできるから問題はないと思うが……こんな事は初めてだから不思議だ。

 

「あ」

 

「どうしたんだい?」

 

 通路を歩いている途中で、近づいてくる氣に気付く。

 思わず上げた声に、フィン団長が聞いてきた。

 

「そこの通路の先から、小さな氣が3つ近づいてくる」

 

「そうなのかい?」

 

 で、少し待っていると――

 

『ギギィ……』

 

 今の俺と同じかそれよりも小柄で姿勢も悪く、頭が大きめで体系のバランスも悪い人型のモンスターが3匹現れた。

 

「ふむ、『ゴブリン』じゃな」

 

 ガレスのおやっさんが軽く言う。

 

 ゴブリン……RPGでも定番の雑魚モンスター、知った名前や単語が出るとどうしてもパッと思い浮かんでしまう。

 

「数も合っている。リークはモンスターの気配を感知できるのか」

 

「うん。モンスターに限らず、生物なら余程小さなものでなければ感じ取れるよ」

 

 リヴェリア姐さんに答える。

 

「なるほどね。ところでリーク、さっき『小さな氣』と言っていたけど、あのゴブリン達は君から見てどの程度に感じるのかな?」

 

「メチャメチャ弱い。小突いただけで死にそう。数字で言うと、戦闘力5とか6とかそんなもんかな」

 

「へえ……ちなみに、その戦闘力というので表すと僕は幾つになる?」

 

「大体75ぐらい。ガレスのおやっさんやリヴェリア姐さんもそのぐらいかな」

 

「ふぅん、なるほどね」

 

 顎に手を当てて思案顔になるフィン団長。

 何を考えているかは流石に分からないな。

 

 その後、ゴブリンはさっさとガレスのおやっさんが片づけて、俺達は先へ進んだ。

 流石にエンカウント無しとはいかず、通路を進んでいると色々とモンスターに遭遇する。

 

 ゴブリンは勿論、二足歩行の狼人間『コボルト』や一つ目カエル『フロッグ・シューター』、天井や壁を這う茶色い巨大ヤモリ『ダンジョン・リザード』、影の人型『ウォーシャドウ』等々……色々と出てきて少し好奇心を刺激される。

 

 しかし、感じ取れる氣はどれも小さく弱い。

 どいつも戦闘力10前後というところだろう。

 全てフィン団長達が軽く倒していった。

 俺は一応新人だからか、今は戦わなくていいと言われておとなしくしている。

 

 そうして暫く歩き、5階層まで降りたところで手頃な広さのルームが見つかった。

 

「このぐらいの広さがあればいいかな」

 

「そうじゃな。天井までもそれなりにあるし、フィンが槍を振り回して飛び跳ねるのにも丁度ええじゃろう」

 

「正規ルートからそれなりに距離もある。魔法を使っても他の冒険者を巻き込む心配もないだろう」

 

 フィン団長、ガレスのおやっさん、リヴェリア姐さん……それぞれの見解で、このルームで決まりの様だ。

 

「よし、では始めようか。リーク、準備は良いかな?」

 

「俺はいつでも」

 

「では、先ずはワシが相手じゃ」

 

 ガレスのおやっさんが進み出てくる。

 そして何を思ったか、持ってきていたドワーフらしいデカい斧で地面に線を刻み始めた。

 5メートルぐらいの円……?

 

「よし、こんなもんかのう」

 

 円を描き終えると、おやっさんは斧を地面に突き刺して円の中に入る。

 

「坊主、『スモウ』は知っておるか?」

 

 相撲?

 

「えっと、一応知ってるけど……土俵っていう専用のリングの上で一対一で審判の合図と共にぶつかり合い、相手を土俵の外に押し出すか、土俵に相手の足の裏以外を着かせたら勝ちっていうルールで合ってるかい?」

 

「おお、正にそれじゃ」

 

 合っていた様だ。

 この星にも相撲があるんだな。

 

「つまり、俺とおやっさんで相撲を取る、と?」

 

「そういうことじゃ。ワシが見たいのはお主の『力』じゃ。スモウは純粋な力を測るのに打ってつけの格闘技じゃからのう」

 

 そう言いながら、おやっさんは円の――即席の土俵の中央でしゃがんだ。

 俺も土俵に入り、おやっさんの向かいにしゃがむ。

 

 これはいい、俺としてもおやっさんと殴る蹴るの戦闘はできれば避けたかったところだ。

 オヤッさんの言う通り、相撲なら怪我をさせずに力を見せられる。

 

「それじゃあ、僕が審判を務めよう」

 

「おう。いつでも始めてええぞ」

 

「俺も」

 

「それじゃあ……確かスモウではこう言うんだったかな……両者、見合って」

 

 ガレスのおやっさんと俺は、しゃがんだまま姿勢を前屈みにして、両手を握り込み、開始の合図に備える……。

 

「はっけよい――残った!」

 

「「――ッ!!」」

 

 ほぼ同時に拳を一瞬地面に着いてから激突――俺とおやっさんはがっぷり四つに組み合う。

 

「ッ!??」

 

 おやっさんの体が一瞬揺れた。

 恐らく、俺の力を感じたんだろう。

 

「ッ、ぬうぅぅぅぅ……ッッ!!!」

 

 唸り声と共におやっさんの押す力が強まる。

 俺も押されない様に対抗して踏ん張る。

 

ボゴッ

 

 すると、俺とおやっさんの足が着いた地面が凹み、ひび割れ始める――。

 

「ば、馬鹿な……!?膂力でガレスと互角だというのか!?」

 

 リヴェリア姐さんの驚く声が聞こえた。

 その間にも、おやっさんの押す力はどんどん強くなるので、俺も対抗して踏ん張る力を強める。

 

「ガアァァァァッッ!!!!」

 

 空気すら揺らすようなおやっさんの咆哮――同時に地面の罅割れは土俵を越えて広がり、俺達の足が膝近くまでめり込んだ。

 

「ググ、ギギギ……!!!」

 

 押す力の強まりがなくなってきた。

 この辺りがおやっさんのフルパワーかな?

 

「グ……!?う、お?!おおぉ……ッ!?」

 

 少し待ってみたが、どうやらこれ以上は無さそうなので今度は俺からおやっさんを押し出す。

 すると、ズルズル(ガリガリ?)とおやっさんの体が後退していく。

 

「ぐおあぁぁぁッッ??!!」

 

 めり込んだまま踏ん張っているので、後退するおやっさんの足が地面を削っていく。

 

 その後も一切止まる事なくおやっさんは後退し続け――やがて、その足が土俵を割った。

 

「ッ、そ、それまでっ!!」

 

 フィン団長の掛け声で、勝負が決まる――。

 

「勝者……リーク!」

 

 勝負は俺の勝ち――

 

「ブハァ!!ゼェ、ゼェ、ゼェ……!!」

 

 力を抜いて組んでいた腕と体を離すと、ガレスのおやっさんは両手をついて四つん這い状態になり、肩を揺らして荒い息を吐く。

 

「お、おやっさん、大丈夫か……?」

 

「ゼェ、ゼェ、ああ……!ゼェ、ゼェ……!」

 

 呼吸を繰り返しながら答えると、おやっさんは徐に体勢を変えて胡坐をかいた。

 

「……力自慢のドワーフが、随分な姿になったな。ガレス」

 

「フゥ……フゥ……ふんっ、喧しいわ、高慢ちきエルフめ」

 

「フ……減らず口が利けるなら問題は無いな」

 

 あれは、ガレスのおやっさんとリヴェリア姐さんの軽口なのかな?

 

「……それで、どうだった?ガレス。リークの力は……」

 

「……見ての通りじゃ。ワシなど、及びもつかん」

 

 フィン団長の問いに、おやっさんは頭を左右に振りながら答える。

 

「組み合った瞬間、山とでも組み合ったかと錯覚したわ。それでもワシは渾身の力を込めて坊主を押そうとしたが、ビクともせなんだ……。しかも恐らく、坊主は全力の半分……いや、下手をすれば10分の1も出しておらんだろう」

 

「「!?」」

 

 おやっさんの言葉に、フィン団長とリヴェリア姐さんが目を見開いてこっちを見た。

 

 う~ん、何と言えばいいやら……。

 

 



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第9話 九魔姫―リヴェリア・リヨス・アールヴ―

「「…………」」

 

「……え~と」

 

 ガレスのおやっさんと相撲で勝負して、圧勝してしまった俺……。

 フィン団長とリヴェリア姐さんにジッと見られて困ってます……。

 そんな信じられないものを見るような目で見られても……。

 

「……フィン、どうするのだ?」

 

「……そうだね、どうしようか?」

 

 姐さんと団長が揃って溜め息を吐く様に呟く。

 

「あの……どう、って?」

 

「……ガレスがその自慢の膂力で完敗を認めた。これは、ガレスをよく知る私達にとって非常に衝撃的な事だ」

 

「……時にいがみ合う事もあるけれど、僕らはこれで結構長い付き合いなんだ。ガレスの戦士としての誇りと技量を誰よりも信頼している。こと単純な力なら、ガレスはオラリオで最も強い男だと僕らは信じていた」

 

 フィン団長の言う事は、何となくわかる。

 おやっさんと姐さんと団長、この3人が強い信頼で結ばれているってことは、昨日今日会ったばかりの俺でも察せるぐらい明確だと思う。

 

 もしかして俺は、その信頼を崩してしまったんだろうか……?

 

「ああ、誤解しないでほしいんだけど、ガレスが君に負けたからと言って、ガレスへの信頼が崩れたりはしないよ、リーク。僕らのお互いへの信頼は、そんなに軟じゃない」

 

「!」

 

 顔に出てたか……。

 フィン団長に、やや凄みのある笑みで釘を刺された。

 暗に「侮るなよ?」と言われた気がした……。

 

「話を戻そう。さっきの『どうしようか?』というのは、僕の誤算から出た言葉だよ。君の、他の星の戦闘民族の力量というものを、僕らは侮っていた。僕らと同格のガレスを、余裕を持って圧倒できるだけの腕力の持ち主が、腕力だけが優れ、その他が劣っているなんて事はない筈だ。すると、凡そ僕もリヴェリアもまず太刀打ちできないという事になる」

 

 そうか、するともう試合をする意味がないってことか。

 じゃあ、もう今日はこれで終いにするのかな?

 

「……だから、腕試しはもう止めだ。ここから気持ちを切り替えて――『強者への挑戦』といこう」

 

「……はい?」

 

 いや、フィン団長……何故にそんな不敵な笑みを……?

 

 と、思っていたらリヴェリア姐さんが進み出て、持っていた杖を掲げてきた。

 しかも、姐さんも何か口角が上がっているような……あと、何か氣が少し上がっている?

 

「先にやらせてもらうぞ、フィン」

 

「ズルいなぁ、リヴェリア。僕が行こうと思っていたのだけど?」

 

「ここは団長としての器量を見せろ」

 

「リヴェリアこそ年長者の貫禄を見せて譲ってくれてもいいんじゃないかい?」

 

「歳の事を挙げるならば尚の事、歳下として年長者に譲るがいい」

 

「口達者だなぁ。まあ仕方がない」

 

 なんか付き合いの長い者同士の軽口の応酬があった様だが、試合は続けるってことでいいのか?

 

 で、次の相手はリヴェリア姐さん、と……。

 

「リーク、私はエルフであり魔導士だ。故に魔法が主な攻撃手段であり、最も得意とするところだ。これに関しては、現オラリオ随一を自負している」

 

「あ、うん」

 

 そう言いながらも、リヴェリア姐さんの氣はまだ高まり続けている。

 今は大体、戦闘力90ぐらいか。

 

「お前が圧倒的強者であると分かった今、得意とする魔法をぶつける以外、私に出来ることはない」

 

 リヴェリア姐さんの足元に光る魔法陣が浮かぶ。

 氣は更に高まり、戦闘力120代まで上がった。

 

「だから、無茶を承知で頼みたい。避けずに受けてくれ」

 

「おう?」

 

 なんですと?

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

 青い魔法陣が広がり、姐さんの長い髪とローブがはためき、氣は更に上がる。

 これは……魔法や魔力の類も、氣の高まりとして感じられているのか?

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬――終焉の訪れ。間もなく、()は放たれる】」

 

 青かった魔法陣が、赤に変わった。

 

「【忍び寄る戦火、(まぬが)れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり。悉くを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!!」

 

 瞬間、魔法陣から赤い光の線が四方に走り、ルームの床から壁、壁から天井へと巡り――やがて全ての線が集結して俺を取り囲んだ。

 戦闘力――140!

 

「『レア・ラーヴァテイン』!!」

 

 リヴェリア姐さんが叫んだ次の瞬間――俺の目の前が真っ赤になった。

 

「ぐおぉぉぉ!??」

 

 熱い熱い熱い!?

 炎!?

 体に受けた熱風の衝撃は耐えられるが、炎の熱はちゃんと熱いと感じるし何なら火傷だって負う!

 リヴェリア姐さんの気迫に押されて馬鹿正直に受けたが、これ以上は無理!!

 

「ふんっ!」

 

ドンッ!

 

 全身から気を放出して、炎を吹き飛ばす――あー、熱かった……。

 辺りが大分焦げ臭い……。

 見れば俺を中心に地面と天井が黒焦げどころか、赤熱して軽く溶けている……!

 これ、戦闘服のブーツがなかったら足の裏に大火傷を負っていたかも……。

 

「……まさか、まるで効いていないとはな……」

 

 あ……リヴェリア姐さんが納得したような、悔しいような、複雑な表情を俺を見ている。

 

「いや、効いてない訳じゃないよ!?ちゃんと熱くて、あのまま喰らってたら火傷を負いそうだったから、氣で吹き飛ばしただけで……!」

 

「……本来、あれは相手に火傷どころか『熱い』とすら感じさせる間もなく焼き滅ぼす魔法なのだがな……。そう易々と、吹き飛ばせるものでもない筈なのだがな……!」

 

 あ……リヴェリア姐さんが悔しさ全開の厳しい表情になった。

 てか、焼き滅ぼすって――そんな魔法を俺に撃ったのか!?

 

「姐さん酷くないッ!?」

 

 避けなかった俺が言うのも何だが!

 

「五体満足で耐えておいて何を言う!」

 

「俺を五体不満足にするつもりだったんかいッ!?」

 

「それぐらいの気構えで放たなければ痛痒にもならないと判断したのだ!事実そうだっただろう!」

 

「そりゃ結果論ってもんだろう!!」

 

 クールで知的と見ていたエルフのリヴァリア姐さんが、割と脳筋寄りだった……!?

 

「ガッハッハッハッ!リヴァリアの魔法も弾き飛ばされるとはな!」

 

 ガレスのおやっさんが笑いながら言った。

 

「どうじゃ、リヴァリア。さっきのワシの気持ちが、少しは分かったか?」

 

「……ああ、分かった、分かったとも。野蛮なドワーフと気持ちを共有するのは、甚だ不本意だがな」

 

「ふん、それだけ減らず口が叩ければ問題なかろうな」

 

「……意趣返しのつもりか」

 

「ハッハッハッ!」

 

 う~ん、また軽口の応酬……なんて言うか、姐さんとおやっさんには会ってまだ丸一日も経っていないが、最初に会った時より若くなっている気がする。

 もしかすると、ファミリアの幹部として団員達へ示しとか威厳とか、それと闇派閥とかいう輩の事とか、考える事が多くてストレスが溜まってたとか……?

 人の上に立つ事が苦労が多いのは、前世も併せて経験のない俺でも何となく想像がつく。

 想像するだけでも面倒だから、実際はそれ以上だろう事も……俺は正直ご免被りたい。

 

「さて、リヴェリアの挑戦は一先ず終わりでいいかい?」

 

 おやっさんと姐さんの軽口がひと段落した頃合いを見計らったか、フィン団長が口を挟んだ。

 

「……ああ、今のまま何度繰り返したところで、結果は変わるまい。私の負けだ……」

 

「ガレスに続いてリヴェリアも完敗宣言か……凄まじいな」

 

 しみじみといった風に言うフィン団長だが……その槍を持った手に力が入っているのは、俺の見間違いではないと思う……。

 

「じゃあ、今度こそ僕の番だね」

 

 フィン団長はそう言い、手にした槍を空気を裂くような速さで振り回し、流れる様な動きで脇に抱える様に構えを取り、リヴェリア姐さんと入れ替わるように俺の正面に進み出てくる。

 

「リーク、胸を借りるよ」

 

 気の所為かな……?

 笑みを浮かべたフィン団長の背後に、何か猛獣の様な幻が見えるような……。

 




 リヴェリアの戦闘力の上昇については、ドラゴンボールの孫悟空達が『かめはめ波』等の気功波の技を撃つ際に上昇する設定を流用しました。
 他の冒険者達でも、魔法やスキルを使用した際に戦闘力が高まるものと考えています。


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第10話 勇者―フィン・ディムナ―

 幹部『三首領』との試合――どん尻はフィン団長。

 

「それじゃあ――いくよ!」

 

 言うや否やフィン団長が素早く距離を詰め槍を突き出してくる。

 まあ速いと思うが、余裕で見切れる。

 

 が――狙いが完全に心臓なのと結構な殺気が込められているのはどういうこと……?!

 

「ッ!」

 

 体を捻って槍の穂先を躱す。

 考えずに躱す事を選択したが、素肌ならまだしも、サイヤ人の戦闘服ならもしかしたら当たっても貫けないかも?

 

「はあッ!!」

 

 裂帛の気合と言うのか、鋭い槍の一閃――今度は頭狙い、いやこれ眼狙いだ、団長エグい。

 首を傾けて最小限の動きで回避する。

 

「ふッッ!!」

 

 想定内と言わんばかりにフィン団長の動きは止まらない。

 

 連撃、連撃、連撃――止まらない。

 穂先を避ければ蹴りが、蹴りを避ければ石突が、石突を避ければ柄の薙ぎ払いが――止まらない。

 淀みや硬直が殆どない息つく暇も与えないという気迫が込められた怒涛の連続攻撃が――止まらない。

 

 巧みな槍術と格闘の組み合わせ、激しい攻撃だがどこか洗練を感じる。

 てか団長、やっぱり俺を殺しに掛かってるよな……?

 纏う殺気がどんどん研ぎ澄まされてるんだが!?

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が(ひたい)を穿て】」

 

 攻撃の手は止めずにフィン団長が何か言葉を紡ぐと、その指先が赤く光る。

 その赤い光が槍の穂先の様な形になり、団長はそれを自分の額に当てた。

 

「『ヘル・フィネガス』!!」

 

 次の瞬間、団長の青い眼が赤く変化する。

 同時に、団長の氣が跳ね上がる。

 戦闘力――150!

 

「ガアアアアァァァァッッ!!!!」

 

 フィン団長の様子が変わった――歯を剥き出し、喉の奥から吐き出す様な叫び声、そして攻撃は一層苛烈に、直線的になる。

 

「グガアァァアァァァァッッ!!!」

 

 さっきまでの洗練された戦闘法じゃない――兎にも角にも、俺に攻撃を当ててぶっ倒す事しか考えていない様な猛烈な勢い、まるで猛り狂う獣だ。

 

「ウオオォォォォォォォッッ!!!!」

 

 ただ……言っちゃ悪いが、これなら別にどうって事ない。

 スピードもパワーも格段に上がっているのは間違いない。

 しかし、動きは大雑把、攻撃の繋ぎというかそういう部分に隙があって、俺から見ると反撃し放題という状態だ。

 これなら俺としては、さっきのフィン団長の方が攻撃し難い印象だ。

 

 それに……。

 

「ググ、ウガアァァァ……!!グゥッ……アアアァァッ!!!」

 

 どんどん動きが雑に、遅くなっていっている。

 額にも汗が滲み、表情にも苦しさが混じり始めている。

 氣も段々減っている……。

 

 これは……所謂“ピークが過ぎた”というヤツでは?

 限界以上の『界王拳』を使った悟空の様に、或いは“宇宙の帝王”フリーザのフルパワーの様に――どっちにせよこのまま続けるのは危なそうだ!

 

「よっ」

 

「グッ!?」

 

 突き出された槍の穂先を指で摘んで止める。

 一瞬の硬直――フィン団長が次の動きに移る前に懐に入り、掌底で胸を打つ。

 

「ガハッ!?」

 

 肺や心臓を傷つけない様に衝撃は貫通させるつもりで打ち込んだ。

 残る威力でフィン団長の体が吹き飛び、ルームの壁に激突する。

 

「う、ぐぅ……!」

 

 壁からずり落ち、膝をつくフィン団長。

 氣が大分落ちた……もう激しい気配もないし、さっきの状態は解除されたと見て良さそうだ。

 

「団長!大丈夫?」

 

「はぁ、はぁ……あ、ああ、大丈夫だよ……」

 

 声を掛けると、フィン団長は息を吐きながら応えてきた。

 

「ふぅ、参ったな……『ヘル・フィネガス』まで使って敵わないどころか、槍が掠りもしないとは……」

 

 気落ちはしていないと思う。

 フィン団長も、ガレスのおやっさんやリヴェリア姐さんみたく、悔しさとある種の爽快感が混ざった様な複雑な気配が漂っている気がする。

 

 少なくとも、俺と戦った事で自信喪失という事はない――と思いたい。

 

「礼を言うよ、リーク」

 

「え?」

 

 突然なんだ?

 

「久しぶりに全力を絞り出して、どこかスッキリした気がするよ」

 

「そうじゃな。このところ闇派閥への対応やらギルドからの強制依頼(ミッション)やらで忙しかったからのう。気兼ねなく思う存分に力を振るえて、溜まっとった鬱屈とした気分が吹き飛んだわい」

 

「それに何より、私達がまだまだ未熟である事を思い出せたのが大きい。ファミリアの幹部として過ごす内に、いつの間にか自身が高みを目指す事を忘れていたように思う」

 

 フィン団長、ガレスのおやっさん、リヴェリア姐さんが口々に言う。

 とりあえず、俺の戦闘力との差を知って、悲観していないなら良かったか。

 手を伸ばしても届かないと思ってしまったら、人によっては絶望してしまう事もある……。

 

 その点、フィン団長達はメンタルの強さが現代日本人とは次元が違う様だ。

 

「よぉし、次はワシの番じゃ!」

 

 なぬ?

 

「おやっさん、また相撲か?」

 

「いいや、今度は戦士として挑ませてもらう。得物も技も、使えるものを全て使わせてもらうぞ!」

 

 そう言っておやっさんは斧を手に構える。

 

「待てガレス。私が先だ」

 

 え?

 リヴェリア姐さん?

 

「何を言っとる?一巡したなら次はワシに決まっとるだろうが」

 

「年功序列だ。今度は私も、持てるもの全てを使って挑む」

 

「勝手を抜かすな、高慢ちきエルフ!何度やっても結果は変わらんとほざいとったのはお主じゃろうが!」

 

「今度は先程とは違う事を試す!貴様こそ及びもつかんと敗北宣言していただろう、野蛮なドワーフめ!」

 

 また軽口……いや、今度はちょい激しいな。

 おやっさんと姐さん、下手すると今にも2人でバトり始めそうな雰囲気だ。

 

「ハハハ、すっかり火が着いてしまった様だね。まあ、2人の気持ちは分かるけど……」

 

 苦笑いのフィン団長の最後の呟きが聞こえてしまった。

 

 いや、でも、第二ラウンドはちょっと……あ!

 

ゴギュルルルルル~!

 

「「「!?」」」

 

「おう!?」

 

 ヤバ……!

 急激に腹が減って腹が鳴った!

 そして急激に力が抜けていく……!

 

「あふ……」

 

 うぅ、腹が減って力が出ない……。

 悟空の『(りき)が出ねえ』はこんな感じだったのか……?

 

「「「……プフッ……アッハハハハハハッ!!」」」

 

 団長達に揃って笑われた……。

 

「ハハハハ!2人とも!今日はここまでにしよう!」

 

「ガッハハハ!そうじゃな!」

 

「プッ、フフフっ!ああ、子供に無理をさせるものではないからな」

 

 フィン団長も、ガレスのおやっさんも、リヴェリア姐さんも……笑いながら言わないでくれよ……。

 

「ふぅ、想定外に熱が入って思ったより長く時間を掛けてしまったかな。思えば僕も少し空腹を感じるよ」

 

「うむ、ワシも随分力を使って腹ペコじゃわい!」

 

「フフ、下品とは言うまい。私も大分精神力(マインド)を消費したからな。それに、リークの力量を測るという当初の目的は達したと言っていい。ロキにも報告せねばなるまい」

 

「まあ、リークの力量に関しては測り切れてはいないけどね」

 

 また苦笑のフィン団長だった。

 

 

 

 ともかく、その日はそれでお開きとなり、俺達は本拠(ホーム)に戻った。

 団長達から試合の結果が報告され、ロキはかなり驚いていた。

 

「はあ~、フィンら3人が束になっても敵わんやなんて……リークたん、もしかして“色ボケ”のトコの『オッタル』より強いんと違うか?」

 

 "たん"止めい。

 あと“色ボケ”とは何ぞ?

 聞けば、試合の前に聞いた話のゼウス・ヘラの両ファミリアを追放に追い込んだもう一柱の女神『フレイヤ』の事だという。

 “美の女神”との事だが、ロキ曰く――気に入ったら男だろうが女だろうが、神だろうが他所のファミリア所属の人間(子供)だろうが手当たり次第に食い散らかす“色ボケ女神”なんだとか……。

 そいつが率いるファミリアは、うちと並ぶ現オラリオ最大手の1つ――その戦力もうちと同等かそれ以上。

 そして『オッタル』とは、現オラリオにおいて最強のレベル6を誇る冒険者だそうだ……。

 

「そのオッタルって奴、もしかしてバベルの頂上辺りに住んでたりする?」

 

「んん?バベル……?ああ、なるほどな!確かにあの色ボケ、バベルの天辺に居を構えとったわ!リーク、ホンマのホンマに気配探せるんやなぁ!」

 

 ロキが言うには、バベルの上層階には神の住居スペースがあり、その中でも最上階に女神フレイヤも居を構えているそうで、ファミリアの団長でもあるオッタルは護衛として女神フレイヤの傍に控えている事が多々あるという。

 確かに言われてみればオッタルと思しき氣の傍に、微弱だがロキに似た神と思しき氣を感じる。

 これが恐らく女神フレイヤなんだろう。

 

「リーク。参考までに聞くけど、オッタルの戦闘力は幾らだい?」

 

「そうだなぁ……110ってところかな?」

 

「110か……なるほどね、流石『猛者』か」

 

 フィン団長は納得したのか、頷いていた。

 

 さておき、今後のこと――

 俺は暫く、団長達『三首領』に交代で面倒を見てもらうことになる。

 俺の戦闘力については、当面はなるべく隠し、必要な時が来たら発揮するという事に決まった。

 何しろ、オラリオというかこの星において俺の戦闘力は桁違い……現在育成中の団員達に悪影響を及ぼす恐れもあるし、下手に周囲に知れると俺の力を巡って只でさえガタガタのオラリオの秩序が致命的に崩壊する可能性もある。

 

 なので、とりあえずは年齢とオラリオの治安問題を口実に団長達が連れ歩くという事にして、俺が団長達の『特訓』の相手をする。

 というのも、俺との試合の後、報告ついでに団長達がステイタスの『更新』とやらをしたら、今までにない程の上昇値を見せたというのだ。

 ここで補足的にステイタスについて詳しく教えてもらった。

 ステイタスの時点でRPGっぽいと思っていたが、『基本アビリティ』『発展アビリティ』『魔法』『スキル』『レベル』と、聞けば聞くほどRPGっぽい……。

 上がり方も大体似たようなもの、訓練や実戦を経て強くなり数値が上がっていく訳だ。

 今回フィン団長達が上がったというのが基本アビリティ、読んで字の如く基本的な能力値の部分だ。

 恐らく、短いながらも圧倒的実力上位者(俺)との戦闘を経て、上質の経験値(エクセリア)を獲得したからだろう――と、フィン団長達とロキが分析した。

 これらの結果を元に、俺は密かにファミリアの戦闘教官役に任命される事となり、先駆けとして団長達が先ずステイタスを伸ばす。

 その後、団長達から見て信用できる団員を俺と引き合わせ、同じく特訓を行いステイタスを伸ばす。

 そうして徐々に俺の戦闘力をファミリア内に浸透させていくと同時に、ファミリアの戦力強化を図る。

 

 一朝一夕とはいかないが、俺というイレギュラー的存在を活用しつつ、俺を仲間として受け入れる為の策としてフィン団長達が考えてくれた。

 なら、俺も協力は惜しまない。

 俺の力が役に立つ――こんな実感は、前世からこっちずっとなかった事だ。

 必要とされるのは、照れくささも感じるが嬉しいものだ。

 

 俺ももうロキ・ファミリアの一員――仲間の為に、出来る事があれば喜んでやろう。

 



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第11話 剣姫―アイズ・ヴァレンシュタイン―

 少しだけ設定集を更新しました。


 俺がロキ・ファミリアに入団し、秘密の戦闘教官に就任してから約二ヶ月が経った――。

 

 この二ヶ月、オラリオは中々騒がしく、我らロキ・ファミリアはメチャメチャ忙しい……。

 全部、闇派閥(イヴィルス)の所為……いや、半分くらいはギルドの所為か。

 

 闇派閥はこちらの都合など関係なく、所構わず暴れる。

 その鎮圧にオラリオの主要派閥は大忙しだ……街は壊れるわ、負傷者は出るわ、戦闘で物資は減るわ、都市の経済は低迷するわ……何一つ良い事がない。

 一体何が闇派閥の奴らをここまで突き動かすのか、どうしてそこまでしてオラリオを崩壊させたいのか、俺にはさっぱり理解できない……。

 

 そんな大忙しの俺達冒険者に追い打ちを掛けてくるのが、味方の筈のギルドだから本当にやってられない!

 ギルドは都市運営を担う組織で、オラリオの各ファミリアに強制依頼(ミッション)を出す権利を持っている。

 やれ闇派閥を暴れさせるな……やれダンジョンから魔石かドロップアイテムを取ってこい……やれダンジョンの未到達領域を開拓しろ……ふざけるなと言うんだ、まったく……!

 拒否すれば罰則(ペナルティ)を課せられてしまうから断れず、最近、頻繁に強制依頼を押し付けられてファミリアの皆が過労気味だ……。

 皆忙し過ぎるが、特にフィン団長はオラリオ屈指の頭脳と指揮能力から、治安維持の現場指揮から闇派閥への対策会議の纏め役まで担っていて、本当に尋常じゃないほど多忙を極めている……。

 

 そんな中でも、俺との特訓をこなす事でフィン団長とガレスのおやっさんとリヴェリア姐さんは急速にステイタスを伸ばした。

 その事を団長達とロキがかなり喜んでいる。

 

「リークたんが来てから、フィンらのステイタスがめっちゃ上がっとる!こりゃもしかしたら、近い内にランクアップもいけるんちゃうか!?」

 

 だから“たん”止めいと言うのに……ロキはもう……。

 

 まあそうした特訓の傍ら、俺も出来る範囲で団長達の強制依頼を手伝う様にしている。

 ダンジョンに潜ってモンスターの魔石やドロップアイテムの採取する仕事なら、俺の戦闘力を役立てられるからな。

 大量の魔石や入手困難なアイテムを取って来て実績を重ねれば、ファミリアの評価も上がる。

 ギルドもこちらがきっちり強制依頼を果たせば文句は言わないし、散々面倒を押し付けている手前それらを片付けて実績を上げ実力を示せば俺達に強硬な姿勢は取れなくなる。

 都市に所属している以上、この柵から逃れる訳にはいかないから、もう正面から乗り越え正攻法で捻じ伏せていくしかないのだ。

 

 しかし……ステイタスが上がり続ける団長達の一方で、俺のステイタスは全然上がらない。

 団長達の特訓の相手や強制依頼でモンスターを倒し続けてきたというのに、二ヶ月で基礎アビリティがトータルで“2”しか上がっていない……。

 レベルは元々簡単には上がらないものらしいが、何もしていないならまだしも訓練や戦闘を経ても基礎アビリティすら初期値から殆ど上がらないのは前代未聞だそうだ……。

 

「考えられるとすれば……実力に開きがあり過ぎて、リークには僕達との訓練やモンスターとの戦闘は、大した経験になっていないという事かな」

 

 フィン団長はそう分析していた。

 レベルの上がった冒険者が、上層で弱小モンスターをどれだけ倒しても基礎アビリティが上がらないのと同じ状態だと……。

 まあ、言っちゃ悪いが……特訓で強くなってきたとはいえ、団長達の戦闘力は平均80程度……サイヤ人の俺からしたら誤差の範囲になってしまう。

 そりゃあ大した経験値にならないのも仕方がない……。

 

 ただ、少しだけおかしな点もある――。

 

 俺もこの二ヶ月、何もフィン団長達の特訓相手やモンスター討伐だけしてきた訳ではない。

 年齢の面から都市の見回りの役目を免除されている俺は、空いた時間に自分の修業をしている。

 ドラゴンボールの技の再現などをメインに戦闘力を上げる為に試行錯誤した。

 

 ただ、本拠(ホーム)である黄昏の館には広い庭があるものの、そこで気功波の類を試し撃ちしてドッカンバッカンやらかす訳にもいかない。

 そこで考えた末に、ある画期的な修業法を編み出した。

 名付けて『精神世界修業』――元ネタはドラゴンボールのマジュニア、二代目ピッコロがよく修業の時にやっていた、座禅を組んで目を閉じているアレだ。

 俺はアレを『氣のコントロールの修業』と『頭の中のイメージによる模擬戦闘』を並行してやっているのではと解釈している。

 頭の中に仮想空間を作り、その中で自分と想定する強者と戦う事で戦闘能力を高めているのではないかと……。

 

 それを思い出して自分なりに再現したのが『精神世界修業』――頭の中で極限までリアルにイメージした仮想敵と戦闘を行う事で疑似的ながら戦闘経験を積むのだ。

 氣の力を併用した脳内超リアルシャドー、と言い換えてもいいかも知れない。

 俺はこれの効果を実感している。

 何故なら、精神世界修業を繰り返したことで俺の氣が確かに上がっているからだ。

 自分の戦闘力を客観的に測るのは少し難しいが、少なく見積もっても恐らく戦闘力1900ぐらいには上がった筈だ。

 

 上がった筈なんだが……何故かステイタスの数値はちっとも上がらない。

 ロキもこんな事は初めてで、原因がさっぱり分からないと言っている。

 

「う~ん、ホンマ何でや……?ウチの恩恵はちゃんと刻まれとるし、更新をミスっとる訳でもないし……あー!あかんわ!全然分からん!」

 

 結局、原因は分からず仕舞いのまま現在まで来ている。

 まあ俺としては、戦闘力はちゃんと上がっている訳だから、仮にこのままずっとステイタスの数値が上がらなかったしても特に問題はない。

 ただロキは……眷属のステイタスが一向に上がらない事で他の神から何か言われて面倒があるかも知れないが……。

 

「そんなんは好きに言わせとくか、しつこい身の程知らずのアホが出たら黙らせればええだけや。問題無いで、リークたん♪」

 

 だから“たん”言うなと何度も……いい加減にしないと吊り天井固め(ロメロスペシャル)ブチかますぞ。

 

「ぎえぇぇぇ!!??肩と背中と腰と脚が逝ってまうぅぅぅ!!??ギブギブぅーー!!」

 

『お~!いいぞいいぞ~!』

 

 と、こんな感じにロキ・ファミリアにも大分馴染んだ俺だ。

 

 

 

 そうしてロキ・ファミリアの一員として過ごしていた、ある日――。

 

 

 

「ねえ」

 

「うん?」

 

 日課の精神世界修業をしようと、庭に出て軽く準備体操をしていたら、声を掛けられた。

 振り返ると、金髪に金色の眼の美少女がいた。

 俺はその子の名前だけは知っていた。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインさんか」

 

「うん」

 

 俺が名前を呼ぶと、コクリと頷くアイズ・ヴァレンシュタイン……長いファミリーネームだ。

 彼女の事はフィン団長達からそれとなく聞いている。

 特にリヴェリア姐さんから『一応、歳も近い事だし、良ければ仲良くしてやってくれ』と前に言われていた。

 団長達以外からもアイズ・ヴァレンシュタイン――長いし先輩だからアイズさんと呼ぶか、とにかく彼女の事はそれなりに耳にしている。

 

 二つ名は『剣姫』だが、他にもあだ名で『人形姫』とも呼ばれているとか、オラリオにおけるレベルアップ――こっちでは『ランクアップ』と言うソレの最速記録を叩き出した驚異の美少女だとか、2年ぐらい前までかなり荒れていて団長達(特にリヴェリア姐さん)が頭を悩ませていたとか、屋台で売っている『じゃが丸くん』という一種のジャンクフードが好物とか、彼女に酒を飲ませてはいけない絶対の(ルール)があるとか……まあ色々だ。

 

 本拠内で何度か見掛けたことはあったが、色々と忙しくてちゃんと話した事はなかった。

 そんな彼女が、俺に一体何の用なのか?

 

「あなたは、リーク、だよね……?」

 

「うん、そう。話すの初めてだな。俺に何か用?」

 

「……あなたは、強いの?」

 

「んん?えーと……聞き返してごめん。どういうこと?」

 

「リヴァリアが、言ってたの。『少しリークを見習うといい』って……」

 

 リヴァリア姐さん……子供に対して『誰某を見習え』はあんまりよろしくない言葉だと思うんだが……。

 

「それに、フィンやガレスとも、よく一緒にダンジョン行く、よね……」

 

「それは、うん、行くね」

 

「何だか、楽しそうだった……」

 

 そう言うアイズさんは無表情に近く、どんな感情で質問をしているのかよく分からない。

 元々、他人の感情の機微に敏感とは言い難い俺には、難易度が高過ぎる娘だ。

 

「……さっきの質問の答えだが、俺は、大して強くないよ」

 

 いや、本当に……。

 俺の戦闘力は1900程度、悟空やピッコロやベジータは遥か異次元の高み、地球人のクリリンやヤムチャにだって劣る。

 この先死ぬまで修業を続けたとして、果たして戦闘力1万に届くかどうかも分からない。

 仮に俺が地球に行って、これから起こるドラゴンボールの死闘に次ぐ死闘に巻き込まれたら、一体何回死ぬ事になるか……考えるのも恐ろしい。

 生き返れるからオッケー、じゃないんだよ……。

 

 この星の人間を含む生物は……言っちゃ悪いから口には出さないが、ただ俺よりもっと弱いだけだ。

 

「……私と、戦ってほしい」

 

「……ナンデ?」

 

 何言ってんの、この娘?

 今の話の流れで何でそうなる?!

 

「ガレスが言ってた……『いつかリークと戦ってみるといい』って」

 

 おやっさーーーん!?

 少女に何を勧めているんだ、あのオッサン!?

 

「私は、強くなりたい……!」

 

「っ!」

 

 急に感情を見せた。

 目の奥にチラっと黒い炎が見えた気がした……これは、憎しみってヤツか?

 それで強くなりたい……すぐに連想するのは“復讐”か?

 まだよく分からない……。

 俺はまだ、この娘を知らないからな……。

 

 なら、今の俺に出来ることは……。

 

「……分かった」

 

 アイズさんを拒絶しない事――これぐらいだ。

 分からないからこそ、逃げない。

 まず知るところから、その一歩としてアイズさんからの申し出を受ける。

 

「じゃ、やろうか」

 

「……いいの?」

 

「君が頼んできたんじゃないか」

 

「そう、だけど……」

 

「アイズさんがどうして強くなりたいのか、とかはまだよく分からないが、俺と戦って何か少しでも気が済むならいいよ。でも、思った通りにならなくてもそこは勘弁な?」

 

「……うん、分かった」

 

 頷いたアイズさんは、持っていた剣を鞘から抜いて構える。

 俺も一応、両手の指を鉤爪の様に折り曲げ、片方を腰溜めに、片方を縦にして構える。

 アイズさんの武器は細身の剣、レイピアというヤツか?

 下手に受け止めたりしたら折れそうだな……。

 

「あなたは、武器、使わないの……?」

 

「ああ、俺はもっぱら素手」

 

「危ないよ……?」

 

「大丈夫、危ないのは慣れてるから」

 

 何しろ、近頃はフィン団長達も自分の得物を遠慮なく全力でぶん回してくるからな。

 ていうかそれ以前に、「危ないよ」とか言いながら迷いなく殺傷武器を構える辺り、この美少女も大概ヤバいのでは……?

 今更俺が言えた義理ではないか。

 

「そう……じゃあ、行くよ」

 

「おう」

 

「……フッ!」

 

 俺が応えると、一拍置いてアイズさんが仕掛けて来た――。

 



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第12話 吹き荒ぶ風―テンペスト―

 感想を下さった皆様、ありがとうございました。
 励みになります。

※9/22話数を間違えていました。修正しました。


「やあぁ!!」

 

 素早い踏み込みからアイズさんの細剣の切先が俺の胸目掛けて飛んでくる。

 こんな美少女まで躊躇なく急所を狙ってくるのは本当にどうなっているのか……?

 まあ、避けるが。

 

「ッ!?」

 

 アイズさんの一瞬の硬直――俺は空いたその背中を軽く押す。

 

「ッ、はあぁ!!」

 

 つんのめりそうになるのを踏み止まり、振り返り様に首狙いの斬撃――その軌道から首を傾けて外す。

 

「はあ!やあ!たあぁぁ!!」

 

 袈裟斬り、右斬り上げ、左薙ぎ、逆袈裟斬り、突き……的確な狙い、当たれば相手に致命的なダメージを与える連続攻撃――前世の感覚で言えば紛れもなく“超人”、間違ってもこんな少女が出来る動きじゃない。

 

 だが、フィン団長の槍術より遥かに遅い。

 宇宙の蛮族、戦闘民族サイヤ人である今の俺には、余裕で躱せてしまう。

 

「――!?全然、当たらない!?」

 

 アイズさんが驚きと戸惑いの表情を見せる。

 仕切り直しか、一旦俺から距離を取った。

 

「あなた……本当にレベル1?」

 

「フィン団長達から聞いたのか?それともロキ?」

 

「どっちも……」

 

 ふむ、その辺りはこの娘に隠さなくてもいいっていう判断になったのか?

 まあ、俺としては別に隠す様なことでもないからいいんだが……。

 

「本当にレベル1だ」

 

 基礎アビリティが全く上がらない、という異常はさて置くとして……。

 

「っ、でも……!私より、強い……!」

 

「ちょっと違うな」

 

「え……?」

 

「君が、今の俺より弱いだけ(・・・・・・・・・)だ」

 

「むっ……!」

 

 アイズさんの目に不服の色が宿った。

 強くなりたいと願うなら、弱い事は不服か。

 

「っ、【風よ(テンペスト)】!」

 

「む?」

 

 風?

 それを感じた次の瞬間、アイズさんの体と剣を何かが覆ったと感じた。

 あれも魔法か?

 氣も上がっている――さっきまで戦闘力30ぐらいだったのが、今は50近くまで上昇した。

 

「はあぁぁ!!!」

 

 さっきより速く地面の上を滑る様に突進――足が地面から浮いている。

 あの状態だと舞空術みたいに空も飛べるのか?

 だが、確かに速いが誤差の範囲だ。

 当たる寸前で体を捻って最小限の動きで回避――

 

ブワッ

 

「うおっ?」

 

 突風!?

 飛ばされはしないが不意の事で驚いた。

 

 そうか、これがあの魔法の効果か――風を体に纏う。

 そして攻撃力・防御力・スピードを上昇させるのか。

 

「やあッ!!」

 

「ッと」

 

 驚いた拍子に反応が遅れた――続いた斬撃を、少し慌ててバク転で避けて距離を取る。

 アイズさんはすぐに追い縋って来た。

 

「たあぁぁぁ!!!」

 

 再びの連撃――斬撃と突きの連続攻撃。

 刃を躱しても風が俺を吹き飛ばそうと、或いは引き寄せようと吹き荒れる。

 だが、その風の強さはもう慣れた。

 これぐらいじゃあ吹き飛ばされも、引き寄せられもしない。

 

「ッ!【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 更に風が強まった――気が上がった。

 戦闘力――65、いや70!

 

「はああぁぁぁぁ!!!!」

 

 更に速くなった――おいおい、そんな無理やり戦闘力を上げて大丈夫なのか?

 無理な戦闘力の引き上げは、後で体に反動が来るっていうのがセオリーだぞ?

 

「っ……やあっ!」

 

 案の定、アイズさんの動きがぎこちなくなってきた。

 痛みに耐える様な表情をチラチラ見せながら剣を振ってくる。

 

 これ以上は危険だ――止めよう。

 

「よっと」

 

「ッ!?」

 

 振り下ろされた剣を摘んで止める。

 すかさず剣の鍔部分を蹴り上げ、アイズさんの手から跳ね飛ばす。

 

「あ!?」

 

 更にすかさずアイズさんの腕を掴み、一本背負いで地面に倒す!

 

「くはっ!?」

 

 背中を打ちつけ息を漏らすアイズさん。

 なるべく衝撃を和らげようと、地面に着く寸前で腕を引いたが、上手くいったかな?

 

 おっと危ない――さっき蹴り上げた剣が戻って来たのでキャッチ、流石に無防備だと刺さるからな。

 

「はい、俺の勝ちな」

 

「っ、強い……!」

 

「だから、俺は強くないって。アイズさんが、俺より弱いだけ」

 

 アイズさんに剣を返す。

 

「……もう一回!」

 

 剣を受け取り立ち上がったアイズさんは、すぐに剣を構え直す。

 ここで『今日はここまで』とか言っても、彼女は納得しなさそうだ。

 なら、気が済むまで相手をしようじゃないか。

 

「いいよ。さあ来い!」

 

「っ!うん、行く!吹き荒れろ(テンペスト)!」

 

 

 

 その後、アイズさんは俺に倒されては「もう一回!」を都合8回繰り返した――。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 地面に大の字で寝そべり、顔に大粒の汗を浮かべ、荒い息を繰り返すアイズさん。

 流石に体力も精神力(マインド)もガス欠の様だ

 

「はぁ、はぁ、全然……当たらなかった……!はぁ、はぁ……!」

 

「うん、当たらなかったな」

 

 俺はその傍に胡坐をかいて座り、アイズさんの呼吸が落ち着くのを待っている。

 

「はぁ、はぁ……リーク、本当の、本当に、レベル1なの……?」

 

「ああ、本当の本当にレベル1だよ」

 

「どうして……ふぅ、ふぅ……そんなに、強いの?」

 

「強くはないが、う~ん……」

 

 何と言えばいいかな……?

 変な嘘をつくのもアイズさんに悪い気がする……。

 言える範囲で、って感じか?

 

「俺はとある戦闘民族の出身でね。戦う事が得意なのは、一族の血だな」

 

「血……?」

 

「うん、戦ってばっかりの蛮族の血。碌でもない一族だよ」

 

 そして、やがて滅亡する一族……滅ぼすのはフリーザだが、サイヤ人の因果応報には違いない。

 他者を虐げる強い力はいつか、より強い力で捻じ伏せられるのだ。

 

「アイズさんは、何の為に強くなりたいんだ?」

 

「っ……怪物(モンスター)を、殺すため……!」

 

 また、目の奥に黒い炎……。

 モンスターを殺すため、か……こんな幼い少女が、こんなに深い怨みを抱えるなんてな……。

 

怪物(モンスター)がいるから、誰かが泣く……!怪物(モンスター)の所為で、誰かが悲しむ……!誰かが……死ぬ……!私は、許せない……!」

 

 誰か、か……多分、泣いているのも悲しんでいるのも、アイズさん自身なんだろうな……。

 

「だから……私は、強くなりたいの……!」

 

「……そうか」

 

 これは、俺が口出しできる問題じゃない。

 怨みや憎しみはそれを抱く各個人の心の問題……「気持ちは分かる」なんて軽々しく言ってはいけない。

 「復讐に意味なんかない」とか「復讐の連鎖を生むだけ」とかよく言われるが、それは他人目線の綺麗事だ。

 果たさなければ前に進めない怨みだってあると思う。

 

「じゃあ、先ず生きないとな」

 

「……え?」

 

「生きてないと強くなれないからな。死んだらモンスターだって殺せない。つまり、生きようとする事が強くなろうとする事って訳だ」

 

 我ながら『何言ってんだ?』とちょっと思う……口をついて出た言葉だ。

 だが、まあ、死に急ぐなっていう話を、マイルドに表現したって感じか?

 『死ぬな』より『生きよう』の方が前向きというか……うん、頭がこんがらがるな。

 

グキュルルル~~

 

「「っ!?」」

 

 ええい、こんな時でもマイペースな俺の腹め!

 しかし変にシリアスな空気も壊れた!

 

「……よし!運動して腹減ったからじゃが丸くんでも食いに行くか!」

 

「!じゃが丸くん……!」

 

 よし、乗ってきたな。

 アイズさんはじゃが丸くんが好物という情報が役立った。

 いい感じに黒い炎も鳴りを潜めた、このままの流れでいこう。

 

「そう!食う事は生きる事!つまりじゃが丸くんを食うのも強くなる事に繋がる!」

 

「っ!!美味しくて……強くもなれる……!?」

 

「そうさ!よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む――これが強くなる秘訣だな」

 

 By亀仙人――あの爺さんは良いこと言った、仙人は伊達じゃない。

 

「さっ、善は急げだ!行こう!」

 

「うん、行く!」

 

 アイズさんは仰向けからうつ伏せに体を回して、立ち上がろうと体を起こす。

 それを見て、俺も立ち上がろうとした――その時。

 

「あ」

 

 疲労からかバランスを崩したアイズさんの手が、俺の尻尾を掴んだ――!

 

「イィィーーー!!??」

 

「っ!?」

 

 掴まれ握られた尻尾から高圧電流が走った様な衝撃――全身が痺れる様に、力が抜けていく……!

 

「あが、が、が……!?」

 

「ど、どうしたの……!?」

 

 わ、忘れていた……!

 サイヤ人の、尻尾の、『弱点』……!

 

「ぁ、ぅ、ぅぅ……」

 

バタリ

 

 ち、力が、抜けて……体が、言う事を、聞かない……。

 

「り、リーク!?」

 

 倒れた俺を見てアイズがオロオロしている……が、へろへろになった俺は暫く答える事もできなかった。

 

 完全に忘れていた、サイヤ人の尻尾が抱える弱点――強く握られると力が抜けてしまう事……。

 無印ドラゴンボール最初期の悟空や、Zになって最初に現れた悟空の兄『ラディッツ』も、尻尾を握られると立つ事もできなくなってしまっていた。

 悟空は後に訓練で克服し、ナッパやベジータは登場時すでに克服済みだった事……そしてその後は尻尾そのものがなくなってしまった事から、ほぼ忘れ去られたサイヤ人の生態……。

 

 事実、俺もその事を忘れていて克服せずに置いた結果、この有り様だ……。

 これから訓練するか……それとも、いっそのこと切ってしまった方がいいか……?

 

 

 

 さて、その後の事だが……復活した俺はアイズさん――いやアイズと街に繰り出し、屋台でじゃが丸くんを買って食べた。

 道すがら、多くはないがぽつぽつ話をする内に打ち解け――

 

「アイズで、いいよ」

 

 と、言われたので、以後はそう呼ぶ事にした。

 

 ちなみにじゃが丸くんを俺は10個、アイズは3個食べた……。

 俺を真似してもっと食べようとしたアイズを、必死に説得して3個に留めた。

 しかし数ある味の中から迷いなく『小豆クリーム味』を選ぶとは恐れ入った……。

 じゃが丸くんって、前世の感覚から言うと“肉の入ってないコロッケ”なんだが……お惣菜系なんだが……。

 まあ、好みは人それぞれ。

 俺もいずれ小倉クリーム味に挑戦してみるのもいいだろう。

 

 

 

 更にその後、アイズも俺と特訓をするメンバーに加わる事になった。

 フィン団長達から正式に許可が下りたのだ。 

 

「丁度、僕達の方から引き会わせようかと考えていたところだったからね」

 

「坊主との訓練なら、ダンジョンに潜らせるより安全かつ効率良く経験値(エクセリア)を得られるからのう」

 

「それに、あの娘には歳の近い者との交流が必要だ。戦う事以外にも目を向ける、良い切っ掛けとなるだろう」

 

 この時知ったが、アイズは現在7歳とのこと……今の俺の2コ上だった。

 そう言えば、よく思い出すと少しアイズの方が背が高かったな…………いいや俺はこれから10年が勝負だ!

 

 

 あと余談――

 

 

「痛っ……!」

 

 尻尾の弱点にどう対処するか……結局、尻尾は切る事にした。

 この二ヶ月……というか転生してから今まで色々あって、尻尾に纏わるもう一つ重大な事を忘れていた……。

 

 『大猿』――サイヤ人は満月を見ると、巨大な猿に変身してしまう。

 

 そしてこの星にも、月がある。

 月の光は太陽光が跳ね返ったもの……月に照り返された時のみ太陽光には『ブルーツ波』が含まれる。

 そのブルーツ波が満月になると『1700万ゼノ』という数値を超える。

 1700万ゼノ以上のブルーツ波を、目から吸収すると尻尾に反応して、変身が始まる……!

 

 ちなみに俺は出来ないが……限られたサイヤ人のみ1700万ゼノを超える満月を自ら作り出す事が出来る。

 星の酸素と『パワーボール』という特殊なエネルギー球をミックスする事で……。

 

 ベジータは変身しても理性を失う事はなかったが、悟空は理性を失い、凶暴性を剥き出しにして目に映るもの全てを破壊する怪獣と化してしまった……。

 そして、意図せず育ての親たる『初代孫悟飯』をその手で殺してしまう事に……。

 

 思い出した時にはゾッとした……!

 俺は一応中級戦士と言われていたが、果たしてそれが理性を失うか失わないかの境界なのかは分からない。

 万が一、俺が理性を失った大猿になってしまったら、オラリオが消滅してしまう……!

 

 しかし、尻尾さえなければ万事解決だ。

 大猿になるには、満月と尻尾の両方が揃っていなければならない。

 尻尾を切り落とした今、俺はもう満月を見ても大猿にはならない。

 

 今まで変身せずに済んだのは本当の本当に運が良かった……!

 これからは気を付けなければ……何しろサイヤ人の尻尾は時間が経つと再生するからな。

 

 

 それから、満月の夜の前には尻尾が再生していないかを確認するのが俺の日課となった――。

 

 



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第13話 正義の眷属―アストレア・ファミリア―

「――闇派閥(イヴィルス)だぁーー!!」

 

 あー、もう、またかよ……!

 

 ここ一ヶ月、闇派閥がやたらと活発に暴動を起こしている……。

 フィン団長達も、都市の憲兵『ガネーシャ・ファミリア』も、うちの対抗馬であるフレイヤ・ファミリアも……表の派閥の人間達は過労死するんじゃないかというほどの過密労働状態に陥っている。

 冒険者、一般人を問わず死傷者も多数……ほぼ毎日誰かしらが死傷している。

 これでもフィン団長達に言わせると、ゼウス・ヘラの二大ファミリアが都市から去った『暗黒期』初期の頃より随分持ち直しているというんだから、恐ろしい話だ……。

 

 で、ロキ・ファミリアの一員であり、オラリオに暮らす人間の1人である俺も闇派閥との接触は避けられない訳で――

 

「ふん!」

 

「――ガッ!?」

 

 街で暴れる闇派閥構成員に、思いッッ切り加減した飛び踵落としを脳天に叩き落としたりする事になる訳だ……。

 

 都市の巡回にこそ不参加だが、気分転換に散歩に出る事はある。

 そうして出歩いていると、どうしてもどこかで悲鳴や爆発音が耳に入ってしまう。

 聞きつけてしまった以上、見て見ぬ振りは気分が悪いので俺は現場に向かう――近ければ走り、遠ければ舞空術で空から――そして、暴れている闇派閥どもを見つけてはシバき倒している。

 

 こうした闇派閥の被害は地上の都市だけに止まらない……最近では、ダンジョン内で『冒険者狩り』なる襲撃事件も多数起こっている。

 その都度、うちや他のファミリアの団員達が対処に走っているが、幾ら叩いても次から次へと湧いて出てくる……まるで鼠かゴキブリだ。

 

「よっと……全く、キリがないな」

 

 今日は7人……全員戦闘力10~15程度の雑兵だ。

 全員蹴りかパンチで気絶させた後、両肩と両脚を外して動けなくしてからそこらで縄を調達して縛り上げておいた。

 後はガネーシャ・ファミリアかどこかのファミリアの団員が処理してくれるだろう。

 

 俺はとっとと退散退散――。

 

「ん?」

 

 ふと気づく――オラリオに覚えのない氣が2つ……。

 しかし……よく探ってみると変な位置にいるな。

 少し下の方に氣が感じられる……これは、地下か?

 オラリオに地下水路があるとは聞いているが……だとすれば何故そんな場所に?

 

 居場所の不可解さを一旦置いておくとしても……2つの氣の内、1つは戦闘力150、もう1つは戦闘力155はある。

 この大きさの氣は、今までオラリオ近辺にはいなかった。

 冒険者最強だというフレイヤ・ファミリアの『猛者(おうじゃ)』オッタルさえ110、それに次ぐのはミア母ちゃんの100だ。

 ミア母ちゃんは教えてくれないから知らないが、オッタルがレベル6……なら、この2人はレベル7以上なんじゃないか?

 

 そんな奴らが今まで都市内で隠れ潜んでいたとは考え難い……この星には氣の概念がない、よって氣を消す技術もない筈だ。

 もし都市内に元からいたなら、オラリオに来てから何度となく氣を探ってきた俺が気付けなかったとは考え難い。

 となれば、この2人はオラリオの外からやって来た人間である可能性が高い……。

 闇派閥の動きが活性化している今、外からやって来たと思しき正体不明の高い戦闘力の持ち主達……嫌な予感がする。

 

「……これはフィン団長達に知らせておいた方がいいな」

 

 

 

 俺は急ぎ本拠(ホーム)に帰還し、フィン団長達にこの事を報告した――。

 

 

 

「……正体不明の、オッタルを超える戦闘力の持ち主が2人か」

 

 俺の報告を聞き、フィン団長達は一様に眉を顰めた。

 

「……過去の強豪共(オシリス・ファミリア)の例もある。第一級冒険者並みの戦力を隠し持っていた可能性も捨てきれんが、いずれにせよ近頃の闇派閥どもが以前に増して活発に暴れ回る様になった原因は、そやつらという事かのう?」

 

「……もしそうだとすれば、由々しき事態だ。『猛者』はレベル6、それを上回るとなればレベル7以上の手練れという事になる。そのような者達が闇派閥の戦列に加わったとすれば……!」

 

「……これは、闇派閥の一斉蜂起が近いのかも知れない」

 

「「!?」」

 

 フィン団長の言葉に、ガレスのおやっさんとリヴェリア姐さんが目を見開く。

 

「ガレスが言った通り、闇派閥が攻勢を強めている原因がリークが言う手練れ2人が加入した事によるものだとすれば、一連の闇派閥の動きは、一斉蜂起への準備だと仮定すると説明がついてしまう……」

 

「「…………」」

 

 何やら深刻な雰囲気のフィン団長達三首領……。

 秘密の戦闘教官とはいえ新入団員の俺には、あまり多くの情報を共有されていないから、フィン団長が言う『一連の闇派閥の動き』とやらは詳しく知らない。

 街で聞いた噂の限りだと、あちこちで暴動を起こしているとか、どこかの工場が破壊されたとか、どこそこの冒険者が殺されたとか、そんな程度だ。

 

「……もう、あまり猶予はなさそうだ。ヘルメス・ファミリアからの報告次第だが、次の定例会議では、やはりこちらからの『掃討作戦』を提案しよう。リーク、よく知らせてくれたね。礼を言うよ」

 

「いいよ、これぐらい。それより団長、いざとなったら俺も戦うぞ」

 

 今までこそ闇派閥との戦いには駆り出されていないが、必要とあればいつでも戦う準備はある。

 元より俺はサイヤ人、戦いこそ本領発揮の場だ。

 

「……ファミリア団長として、そして冒険者の先輩として、極めて情けない限りだけど……すまない、今は頼らせてもらう。君の力を貸してくれ、リーク」

 

「水臭いこと言いっこなしだ。任せてくれ」

 

 報告を終えて、俺は一先ずその場を後にした。

 

 

 

 それから2日後――

 

 

 

「今日は晴れたか。“炊き出し”にはちょうど良かったかのう」  

 

 俺はガレスのおやっさんと一緒に街に出ていた。

 ギルド主催で冒険者による一般市民への炊き出しが開催される事になり、闇派閥対策としてガレスのおやっさんに会場の警護の強制依頼(ミッション)が来たのだ。

 俺はその手伝い――勿論、他のファミリアからも冒険者は来ているから、それなりの戦力はある。

 

「――感謝をすれば人は幸せになって、感謝される方も笑顔になれる!これが本当のオラリオの姿なのよ!」

 

 やけに通る明るい女の声――見れば、赤い髪をポニーテールに纏めた活発そうな女冒険者がいた。

 

「おやっさん、あれ」

 

「おお、ありゃあ『アストレア・ファミリア』の娘っ子どもじゃな」

 

 アストレア・ファミリア……チラっと聞いた事がある。

 確か、アストレアは正義を司る女神で、その眷属は全員女で『正義の味方』をこれでもかと実践して見せる新進気鋭のファミリアだったか。

 その在り方と結構な実力、更に女神から眷属まで一人残らず美女・美少女ばかりな事から高い人気を博しているとか。

 実力の面で言うと……あの赤髪の娘は戦闘力35ってところか。

 あ、その横にもう1人――長い金髪のエルフがいた。

 尖った耳に青い吊り目、何となく気が強そうな印象を受けるのと……何故か覆面(マスク)で鼻から下を隠している。

 こっちは戦闘力30……アイズと互角ぐらいか。

 

「ずっと塞ぎ込んでいた空も今日はこんなに晴れてる!太陽も一緒にみんなと笑っているわ!だから、私達も灼熱(バーニング)よ!」

 

 ともすれば暑苦しいとも言える赤髪の娘の熱血ぶりだが、不思議と悪い感じがしない。

 おかしいやら微笑ましいやら、とにかく思わず笑ってしまうような暖かさを感じる娘だ。

 

「ハッハッハ、相変わらず威勢のいい娘っ子じゃわい。どれ、挨拶でもしておくかのう」

 

 そう笑うとガレスのおやっさんはその娘達の方に歩いていく。

 俺もおやっさんに続いた。

 

「よお。相変わらず騒がしいな、アストレア・ファミリアよ」

 

「あ、ガレスのおじ様!」

 

 おやっさんが声を掛けると、赤髪の娘が人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「お、おじっ?おじ様っ?……『重傑(エルガルム)』が?」

 

 エルフ娘が目を丸くする。

 おやっさんの事を「おじ様」なんて気安く呼んでいるのが、かなり意外な様だ。

 俺は寧ろ、赤髪の娘の印象とおやっさんの印象から、妙にしっくり来てしまうんだが。

 

「ガレスのおじ様も炊き出しの手伝いに来たの?」

 

「ああ、ロキ・ファミリアからはわしと若いのが来ておる。ま、わしに限って言えば警備だな」

 

「若いのって、その子?」

 

 お、赤髪の娘が俺に気付いた。

 

「ああ、そうじゃ。少し前に入った新入りで、リークという」

 

 紹介されたからには、自己紹介もしないとな。

 

「リークだ。初めまして」

 

「あら!自己紹介には自己紹介を返さなくちゃね!私はアリーゼ・ローウェル!『紅の正花(スカーレット・ハーネル)』の二つ名を持つ、正義の使者!」

 

 なんか急にポーズを決めて喋りだしたぞ?

 

「弱気を助け強き挫く!たまにどっちも懲らしめる!差別も区別もしない自由平等、すべては正なる天秤が示すまま!願うは秩序、思うは笑顔!その背に宿すは正義の剣と正義の翼!――そう!私こそ、清く正しく美しいアストレア・ファミリア団長よ!」

 

「そ、そっすか……」

 

 あれ?

 なんだろう?

 目の前の娘が急激にアホに見えてきた……。

 なんとなく、そう……『ギニュー特戦隊』っぽいというか……。

 

「ふっふ~ん!今日もまた、この格好良さで幼気な少年の心を圧倒してしまったわ!さっすが私!」

 

「アリーゼ……貴女はもう少し正確に現実を捉えた方がいい。あれは、完全に、その……ちょっと“アレ”な人物を見る目です……」

 

 隣のエルフ娘が、困り顔でおずおずと赤髪の娘――アリーゼに訂正を促す。

 なんだかアリーゼには、さん付けとかする気にならんな……雰囲気的に。

 てか、言葉を濁しているがこのエルフ……仲間相手に“アレ”って……。

 

「そ、それにしても!アリーゼは、『重傑(エルガルム)』とは知り合いだったのですか……?」

 

「私が会う度にはしゃいでいるだけよ!そして私が余りにも煩いものだから、ガレスのおじ様も無視できなくなったの!」

 

「大体その通りじゃが、分かっとるなら少しくらい態度を改めんか、馬鹿娘」

 

 その通りなんだ……。

 でも、不覚にもアリーゼの言う事は分かる。

 

「おやっさん、格好良いもんな」

 

「そう!そうなの!おじ様は格好良いのよ!」

 

 うおっと、凄い食いついてきた?!

 

「おじ様は凄いの!暴漢だろうとモンスターだろうとボカンボカン殴り飛ばしちゃって!私はそんな勇姿に憧れたのよ!」

 

「分かる」

 

 ダンジョンで強制依頼(ミッション)を手伝った時に見た、巨大な斧をぶん回すおやっさんの姿は俺の失くしかけていた“少年の憧れ”を揺さぶったものだ。

 

「リークだったかしら!あなたとは気が合いそうね!ガレスのおじ様に憧れる者同士、仲良くしましょうね!」

 

「おう!」

 

ガシ!

 

 俺とアリーゼは自然と同時に手を組んでいた。

 

「ええー……」

 

「何をやっとるんじゃ、お主ら……」

 

 いかん、エルフ娘はアリーゼの方だが、俺はおやっさんに呆れられてしまった……。

 

「わし相手にはしゃぎ回るのは『紅の正花(スカーレット・ハーネル)』くらいのものだと思っとったが、リーク、お主もか」

 

「何とでも言ってくれ。俺はフィン団長みたいな“王子系”より、おやっさんみたいな“重戦士系”に憧れる派なんだよ」

 

「分かるわ!」

 

 アリーゼが満面の笑顔で言う。

 

「私もドワーフに生まれたかったもの!」

 

「………………」

 

 エルフ娘が物凄い微妙な表情を浮かべている。

 

「凄まじいほど微妙な顔をしておるのう、『疾風』よ……」

 

 おやっさんから見てもそうか。

 『疾風』っていうのは、エルフ娘の二つ名かな?

 

「あ、いや、これはっ……その……!」

 

 慌てた様子で弁解しようとするエルフ娘……だが、それより先にアリーゼが語り出す。

 

「ドワーフの大きい体はみんなを庇える!その頑丈な体は、沢山の人を守ってあげることができる!」

 

「!!」

 

 エルフ娘の表情が変わった。

 気付かされた、そんな顔だ。

 

「私がスラっとしたボディを持つ美少女じゃなかったら、世界は悲しんだかも知れないけど、まあそれはそれよね!私より綺麗で可憐な人は一杯いるし、うん、問題ないない!だから、私はドワーフになりたかった!」

 

「アリーゼ……」

 

 エルフ娘は、何か感じ入る様に彼女の名前を呟く。

 

「その理屈だと、ヒューマンもその身軽な脚で誰かを庇えるかもしれんし、エルフもその歌で誰かを救えるかもしれん」

 

「むっ、それもそうね!やっぱり今のナシナシ!私は別にドワーフになれなくてもいいわ!」

 

 前言撤回早っ!?

 おやっさんの言う事は尤もだと思うが、それにしても意見を覆すのが早過ぎないか!?

 

「アリーゼ……」

 

 ああ、エルフ娘の表情と気配がまた微妙な感じに……。

 アリーゼに振り回されまくってるな、この娘……。

 

「フッハッハッハッ!相変わらず面白い娘だ!自信満々で何でも言うくせに、ちっとも発言に責任を持たん!」

 

「違うわ!非があったのなら、すぐに認められる柔軟な発想を持っているだけよ!」

 

「よく言う」

 

 おやっさん、呆れた風に言っているが良い笑顔だ。

 

 実際、こんな調子でもやっぱり悪い感じが一切しないから、アリーゼは不思議な魅力のある娘だ。

 所謂、大物ってヤツかな。

 恥ずかしいから言わないが、俺はこの娘好き(LIKE)だ。

 

「しかし……ドワーフに生まれたかった、か。年甲斐もなく嬉しかったわい」

 

 おやっさんが笑顔のまま言う。

 

「お主の素直な声はやかましいが、確かに『美徳』だ。その調子で1人でも多く笑顔に変えてやれ。炊き出しの方、任せたぞ。リーク、行くぞ」

 

「ああ。じゃあな、アリーゼ。それと、えっと……?」

 

 エルフ娘の名前を聞いてなかった。

 

「ああ、失礼しました。私は、リュー・リオンといいます。アリーゼと同じく、アストレア様より恩恵を賜り眷属となった、アストレア・ファミリアの一員です」

 

「じゃあ俺も改めて――俺はリーク。ロキ・ファミリアの新入り、以後よろしく。じゃあ、またな、アリーゼ、リューさん」

 

 自己紹介を交わし、別れを告げて俺もおやっさんに続いてその場を離れた。

 

 

 

 それから少し経った時――

 

 

 

「っ!」

 

 俺はこの場にそぐわない嫌な氣の接近を捉えた。

 

「どうした?リーク」

 

「嫌な感じの氣が近づいてくる……!」

 

「何っ?」

 

「結構、強いぞ……戦闘力60くらいのが1つ、他にも戦闘力15前後の似たような嫌な氣が5つ!」

 

「ッ!闇派閥か!案内しろリーク!」

 

「こっちだ!」

 

 走る――その嫌な気に向かって!

 この氣の持ち主が闇派閥なら、炊き出し会場の他の冒険者は多分太刀打ちできない!

 そもそも戦闘力を殆ど持たない一般人も多い!

 

 間に合ってくれ――!

 



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第14話 殺帝―ヴァレッタ・グレーデ―

「――いやぁああああああああああああああ!!??」

 

 悲鳴――畜生ッ、間に合わなかったか!!

 

「炊き出しなんて、良い香りがするじゃねぇか~。私達も交ぜろよ、ギルドのクソ共」

 

 鈍いピンク色の髪、毛皮付きのオーバーコートを羽織り、見ているだけでムカッ腹が立つ様な嫌ったらしい薄ら笑いを顔に張り付けた女――その足で踏みつけた倒れた血塗れの冒険者の姿が無かったとしても、あからさまに堅気じゃねえ!

 

「クソはてめえだッ!!」

 

「あん?――ゴッッッ!??!」

 

 なんやかんや考える前に、俺は湧き上がる嫌悪感と怒りの衝動に身を任せ、虫唾が走るその女の顔面に飛び蹴りを叩き込んでいた――陥没して少しは見れた面構えになったな!

 勿論、それだけで終わる様な威力じゃない。

 虫唾女は地面から浮いて水平に吹き飛び、先の建物の壁を突き破り土埃の中に消えた。

 

「「「「「ヴァ、ヴァレッタ様ぁーー!!??」」」」」

 

 変な白装束の奴ら――こっちはよく見た闇派閥の構成員、分かり易い恰好をしてくれて実に結構。

 おかげで迷わず間違いなく叩き潰せる!

 

「ふんッ!」

 

「ゴゥッ!?」

「ゲェッ!?」

「ギッ!?」

 

 ボディブロー――顎蹴り上げ――側頭部蹴り――

 

「らあッ!」

 

「ガッッ!?」

「ゴゲッ!?」

 

 脳天エルボー――腹へ飛び蹴り――

 

 それぞれ一撃ずつ――闇派閥の白装束、始末完了。

 掛かった時間は大体1秒ぐらいか。

 

「リーク!」

 

 あ、おやっさんが追い付いてきた。

 

「おやっさん、こっちは終わったよ」

 

「瞬く間か、流石じゃのう」

 

 ニヤリと笑うガレスのおやっさん。

 おやっさんは俺と何度も特訓しているから、俺の実力をある程度知っているからな。

 

「おやっさん、ここ頼んでいいかい?あっちに蹴り飛ばした奴が埋まってるから掘り出して運んでくる」

 

「おう、任せろ」

 

 その場の諸々の対処をおやっさんに任せて、俺はさっきの虫唾女の回収へ向かう。

 

「強く蹴り過ぎたな、こりゃあ……」

 

 ヤツが飛んで行った方向――建物の壁に穴が開き、更に向こうの壁まで貫通していた。

 あまりにもムカッ腹が立ったもので、思わず力が入ってしまった。

 

「あ、いたいた」

 

 やっと見つけた、手間取らせやがって……地面に寝そべっていい気なもんだ。

 顔面は陥没して血みどろでもう原型を留めていないが、土埃に塗れてはいても服装と髪色と髪型でさっきの虫唾女だと分かる。

 ピクピクと僅かに動いているから、死んではいない。

 死んでもいいんじゃないかと思うが、闇派閥の野郎共が『ヴァレッタ様』なんて呼んでいたからには、それなりに上役の人間なんだろう。

 尋問でもすれば情報を搾り取れるかもしれない。

 この世界にも『ポーション』という、『仙豆』みたいな便利な回復アイテムがあるから、死んでなければ回復させることが可能な筈だ。

 

 俺は虫唾女――ヴァレッタとやらの足を掴んで引き摺りながらガレスのおやっさんのところに戻った。

 

「ただいま~」

 

「おう、戻ったか――ッ!?そやつは!?」

 

 引き摺って来た虫唾女(ヴァレッタ)を見て、おやっさんが目を剥く。

 

「おやっさん、この虫唾女知ってるのか?」

 

「……虫唾女か、ハッ、言い得て妙じゃな。面は潰れておるが、その髪と恰好で分かる。その女はヴァレッタ・グレーデ。『殺帝(アラクニア)』の二つ名を持つ、長らくギルドのブラックリスト筆頭に名を上げ続けた闇派閥の最高幹部の1人じゃ」

 

「へえ……」

 

 こいつが闇派閥の……もう2・3発蹴り入れておいた方がいいか……?

 

「こいつは大手柄じゃぞ、リーク。こやつを捕縛できたとあれば、闇派閥の動きを大幅に鈍らせる事が出来るかもしれん」

 

「じゃあ早速ギルドに持っていく?」

 

「そうじゃな、頼めるか?お主なら万が一もあるまい」

 

「おう、任せてくれ」

 

 おやっさんにその場を頼み、俺は舞空術で虫唾女をギルドに運ぶ。

 

『ざわ、ざわ……!』

 

 飛びながら、街がざわめいているのを感じる……。

 血みどろの女を足掴んでぶら下げながら空を飛ぶ小さな子供――そりゃあ注目・二度見必至だろう。

 俺としては別に構わない。

 いつまでも隠していたらまともに動けないし、今は急ぎだ。

 ただ、こういう特殊な技能を持つ団員を抱えているという点で、フィン団長やロキに面倒がいくのは不本意ではある……。

 俺の方で出来る対策でもあればいいが、正直、思いつかない。

 

 そうこう考えている内に、中央広場(セントラルパーク)を抜けてバベルの入り口に到着――着地して、ギルドの受付に向かう。

 

「おーい!誰でもいいからちょっと来てくれー!」

 

「き、君は……!確か、ロキ・ファミリアの……!」

 

 受付にいた職員が俺に気付いた。

 

「ああ、新入りのリークだ。闇派閥の幹部っていう女を捕まえたから運んできた」

 

「や、闇派閥の!?ま、待ってくれッ!――おーい!誰か!大至急ギルド長にこの事を伝えろ!!あ、あとガネーシャ・ファミリアにも連絡をッ!それとアダマンタイト製の枷とブラックリストの資料を持ってこいッ!」

 

『は、はいッ!』

 

 ギルド職員達がバタバタと駆け回り始める。

 

「り、リーク氏!す、すまないがこのままここで待ってもらえるだろうか?!」

 

「うん?ああ、そういう事か。心配いらない。こいつは俺が捕まえておくから。『重傑(エルガルム)』のおやっさんに任されてるから信用してくれていいよ」

 

「か、感謝するっ!」

 

 

 

 その後、ギルドの最高責任者――白髪メタボエルフ爺の『ギルドの豚野郎(ロイマン・マルディール)』がその憎たらしい腹を揺らしながら現れ、虫唾女(ヴァレッタ)の姿を見て目を剥き、ギャーギャーブーブー喚き散らして五月蠅いから聞き流してやった……。

 

 続いてフィン団長とうちのファミリアの団員達、それにガネーシャ・ファミリアの団長で青髪クールビューティーの『シャクティ・ヴァルマ』さんが団員達を引き連れて登場――虫唾女を引き取ってもらった。

 ガネーシャ・ファミリアが管理する地下牢獄にぶち込んで厳重に拘束し、これから尋問にかけるそうだ。

 

「本当によくやってくれたよ、リーク。闇派閥からこの女を引き離せたのは極めて大きな功績だ」

 

 そう言って褒めてくれたフィン団長だが、虫唾女を見る眼の奥に何か赤黒くヤバめの光が迸っていた気がした……。

 

「後の事は、僕やガネーシャ・ファミリアに任せておいてくれ……」

 

 その謎の凄みにちょっと引いた……あんなフィン団長は、初めて見る。

 

 

 

 ともあれ、虫唾女の事はフィン団長とガネーシャ・ファミリアに任せ、俺は炊き出し会場に戻りガレスのおやっさんと合流した。

 会場の被害は軽微――虫唾女を蹴り飛ばした後、散発的に闇派閥の構成員が暴れた様だが、すぐに鎮圧されて怪我人は少々出てしまったが死者は無し。

 炊き出しは続行され、日が暮れるまで活気ある風景が続いた――。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 地下牢獄にて……。

 

「ぅぅ……こ、ここ、は……?!」

 

 ポーションによってリークから受けたダメージを回復させられたヴァレッタ・グレーデ……。

 辺りを見渡し、自身が捕縛され投獄された事をすぐに悟った。

 

 そして、次の瞬間――

 

「――やあ、ヴァレッタ。お目覚めの気分はどうだい?」

 

「――ッ!?フィン!?」

 

 鉄格子の向こう側……魔石灯によって薄っすらと姿を見せたのは、ロキ・ファミリア団長フィン・ディムナ――ヴァレッタにとって最大の怨敵であり、尋常ではない執着を見せる相手でもある。

 

「会えて嬉しいよ。君とは、こうして1対1でじっくり話がしたいと思っていたからね」

 

「……はッ、あたしもだぜぇ、フィン~。てめえのその澄ました面を、じっくり嬲りてぇといつも思ってたぁ……!」

 

 自身が捕縛されている事を忘れているかのように、ヴァレッタは顔を歪ませ、狂気的な笑みを浮かべて口を動かす。

 内心には、自身の策謀への自信があった。

 

(ドジ踏んじまったが、まあ仕方ねえ……。あたしがいなくても例の作戦発動の手筈は整ってる……!騒ぎさえ起きちまえば、こんなトコ逃げ出すのは訳ねえ……!勝ち誇ってられるのも今の内だぜぇ~……フィン~……!最後に笑うのは、このあたしだからなぁ~……!!)

 

 そう思っていた――しかし、次の瞬間にはその表情は凍り付く事になる。

 

「……は……?」

 

 ヴァレッタが見たもの……それは、赤く、鈍く、鋭く輝くフィンの瞳だった。

 

「おや?どうかしたかい?ヴァレッタ……」

 

「て、てめぇ……その眼……!?」

 

「眼?ああ、これかい?フフ……“(あいつ)”との特訓の成果、かな?」

 

 フィンは、その瞳を度外視すれば一見穏やかに微笑んでいるように見える。

 しかし、ヴァレッタは明らかな恐怖を感じていた……。

 

(な、何故だ……!?こいつの『魔法』は、発動すれば能力(ステイタス)を激上させる代わりに、碌な判断が出来ねえ凶戦士に成り下がる……知性も何もないただの獣になる筈の代物だ!なのに……なのに!何故こいつはいま理性を保ったままでいやがるッ!??)

 

「“あいつ”との中々苛烈な特訓を経て、近頃は魔法(コイツ)をある程度制御できるようになってな……。それから初めて知った事だが……どうやら、怒りが突き抜けると魔法(コイツ)を使用しても、逆にかろうじて理性を保ってしまうらしい」

 

 フィンは自分の額を突きながら、至って平坦な口調で説明する。

 

「こうしてお前を目の前にして……今、相当にキている(・・・・)ようだ。自分でも驚いている。()がこんなにも、身勝手な激情持ちだったなんてな……。今日までお前をこの手で捕えられなかった、自分の無能を棚に上げて……()はお前を血祭りに上げたい。今日までお前らが奪い、踏み躙って来た命の分を……兆倍にして報復したい……!」

 

(こいつ……!理性を保ちながら……狂ってやがるッ!?)

 

 フィンから発せられる、凍える様な冷徹さと、底知れぬ狂気と、焼け焦げる様な憤怒をその身に叩きつけられ――ヴァレッタは魂の奥底から湧き上がり抑えられない恐怖に、その体を震わせ始めた。

 

 やがてフィンは、槍を手にゆっくりと立ち上がり、鉄格子の鍵を開け檻の中に足を踏み入れる。

 

「情報なんか吐かなくていい……寧ろ、1秒でも長く、今まで通りのお前でいてくれ、ヴァレッタ」

 

「ッ!?く、来るなぁ……!?来るなぁあああああああああああああ!!??」

 

「その方が……()も遠慮なく嬲れる」

 

 

 

「――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれぇ?ヴァレッタちゃん……?………………え、マジで?」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 



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第15話 大抗争の始まり―ダークネス・レコード―

「ヘルメス・ファミリアの調査で、闇派閥(イヴィルス)の拠点が判明した。それに伴い、3日後、ギルド及び各派閥合同による掃討作戦が決行される事が決定した」

 

 闇派閥幹部『殺帝(アラクニア)』ヴァレッタ・グレーデらの襲撃・捕縛騒動から2日後――本拠(ホーム)にて、団員全員を集めてフィン団長から宣言があった。

 

 先だって開催された表派閥の主要メンバーが一堂に会する闇派閥(イヴィルス)対策定例会議――そこでフィン団長が提案し、決議された作戦だと聞いた。

 作戦案が決議されるに至った要因として、ヘルメス・ファミリアが闇派閥の本拠地と思しき地点を探り当てた事が一つ……そして、あの虫唾女を捕えた事が一つ……。

 

「ゼウスとヘラが君臨していた頃から、闇派閥の参謀役として暗躍していた『殺帝(ヴァレッタ)』を捕縛できたのは、本当に一大事件だからね。まあ、当のヴァレッタは残念ながら、情報を何も吐かせられないまま、不慮の死(・・・・)を遂げてしまったけどね……」

 

 そう言って肩を竦めたフィン団長から、何か背筋が冷えるものを感じたので、詳しく聞くのは止めておいた……。

 

 とにかく、後手に回り続けてきた闇派閥との抗争――その流れがこちらに傾きつつあるとして、この機を逃さず一気に攻勢に打って出るという訳だ。

 判明した拠点は3ヶ所――それを俺達ロキ・ファミリアが1ヶ所、フレイヤ・ファミリアが1ヶ所、そしてアストレアとガネーシャの二派閥混成部隊が1ヶ所ずつ担当し、一気に強襲・制圧する。

 この拠点判明が罠である可能性も考慮して、ヘルメス・ファミリアを初めとした都市に存在する有力派閥全てに協力を要請し、都市全体に警戒網を敷く。

 

 この戦局を決定づける重要大作戦――その中で俺は、フィン団長から別の任務を頼まれた。

 

 それは作戦当日、前に俺が報告していた戦闘力155と150の奴らを探し出し、必要とあれば無力化して捕える事――団長が言うには、定例会議で他のファミリアからその2人と思しき人物の存在が報告されたそうだ。

 

 1人は生粋の戦士……たった1人で他派閥の混成ながら第二級冒険者を揃えた守備隊を瞬殺・全滅させ、超硬金属アダマンタイトで作られた工場の壁を純粋な“力”のみで破壊する手練れ……会議で見積もられたその戦士の実力は、レベル6以上……。

 

 もう1人は魔導士、或いは魔法剣士だと思われる正体不明の女……ガネーシャ・ファミリアが『悪人共の違法市(ダークマーケット)』の“倉庫”を制圧した際に遭遇し、これまたたった1人で、レベル4のシャクティさんを含めた総勢30人のガネーシャ・ファミリアの団員が手玉に取られたという……。

 

「その2人がリークの見立て通りの戦闘力の持ち主だとすれば、僕達は勿論、オッタルですら太刀打ちできない相手になる。更に、その2人がもし闇派閥に与しているとして、いずれかの部隊の前に立ち塞がったとすれば、この作戦は最悪の形で失敗する事になる……」

 

 今のオラリオに、俺以外にその2人に対応できる戦力がいない。

 その2人が固まっているにしろ、分かれたにしろ、作戦当日にどこか俺達以外の部隊に遭遇してしまったら……その部隊は返り討ちに遭い、最悪全滅する事も考えられる。

 都市の主要派閥のどこかが落ちたとなれば、その戦力的欠落を闇派閥に突かれ、オラリオが一気に瓦解しかねない……。

 

 そうならない為の俺だ――。

 

「引き受けてくれるね、リーク」

 

「任せてくれ、フィン団長」

 

 団長とそんな会話をした時、俺は妙な高揚感を感じていた。

 大きな戦いになる……そんな事を望む気質は持っていなかった筈だが、やはりサイヤ人の性なのだろうか?

 

 ともあれ、その日から作戦に向けて準備が進められた。

 闇派閥にこちらの動きを悟られない様に細心の注意を払い、武器・防具の整備やポーション類の調達に団員達が都市を巡った。

 勿論俺も、このサイヤ人パワーを活かして、準備を色々と手伝った。

 

 

 

 そして時間は過ぎ……俺達は、作戦当日を迎える――。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 夕刻……都市の外れにて……。

 

「……なあ、アルフィアよ」

 

「……なんだ、ザルド」

 

 人目に付かない路地の裏で、1人の男と1人の女が佇んでいた。

 

 男の名はザルド、かつてオラリオに君臨したゼウス・ファミリアの幹部にしてレベル7、『暴食』の二つ名を持つ戦士……三大冒険者依頼(クエスト)の一角『陸の王者』ベヒーモスを討伐せしめた屈強の猛者であり、重厚な黒の全身鎧に身を包み体躯に見合った大剣を携えた姿には隠し切れない強者の風格が漂う。

 女の名はアルフィア、同じくかつてオラリオにゼウスと並び君臨したヘラ・ファミリアの幹部にしてレベル7、『静寂』の二つ名を持つ魔導士……閉じた目、輝くような銀の髪、身に纏う黒のドレス、一見すれば美しき令嬢の姿……しかし、その実態は『才禍の怪物』『才能の権化』と謳われ、ザルドと同じく三大冒険者依頼(クエスト)の一角『海の覇者』リヴァイアサンを討伐せしめた恐るべき強者……。

 

 そんな人類最強クラスの強者である2人は、今、揃って額から汗を流し、緊張に身を強張らせていた。

 

「今から馬鹿げた事を言う……鼻で笑ってくれて構わん」

 

「奇遇だな……私も馬鹿げた事を考えていたところだ」

 

「そうか……。じゃあ言うぞ……今、目の前に、ガキの姿をした『化け物』がいる……!」

 

「……笑えん話だな。私も、同じことを考えていた……!」

 

「……そうか、同じか」

 

「ああ……同じだ」

 

 最大級の警戒……2人の視線の先には、1人の小柄な少年の姿があった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 作戦当日、空が夕陽で赤く染まる頃……フィン団長達が作戦の為に部隊を展開し始めている中、俺は任された別任務で都市の外れの裏路地に来ている。

 

 そこにいたのが、目的の戦闘力155と150の奴ら――銀髪で黒いドレスを着た美女と黒い全身鎧の大男……少し驚いたが、戦闘力が高いのは女の方だった。

 空から見つけてすぐに高速移動で背後に立ったが、奴らは瞬時に俺の存在に気付き同時に振り返った。

 そして俺を見て奴らはすぐに臨戦態勢に入った。

 かなりの緊張と警戒……どうやら勘もいい様だ。

 俺は特に氣を消したりはしていなかったものの、その反応速度は中々のもの……かなりの修羅場を潜り抜けてきたと見た。

 

 残念ながら、確かにフィン団長達では歯が立たなかっただろう。

 俺が来て正解だった。

 

 さて……凡そ確定だとは思うが、一応聞いておくか。

 

「聞くが……あんた等、闇派閥に与する者か?」

 

「「……っ」」

 

 沈黙と微かな反応……それはもう肯定だよな。

 

「……だとしたら……」

 

 と、女の方が口を開いた。

 

「だとしたら……どうする?」

 

 はい、確定――。

 

「こうする」

 

シャッ!

 

 高速移動で2人の背後へ――

 

「――ッ!?【(ゴス)ペ――がッッッ!!??」

 

 先ず女の後頭部に蹴りを入れる。

 すかさず――

 

「――ッ!?なん――ごおッッッ!!??」

 

 宙で体を捻って大男の後頭部にも蹴り――

 

ドサァ!

ドサァ!

 

 ほぼ同時に吹き飛び、うつ伏せに倒れる2人。

 

「へえ」

 

 ちょっと感心――この2人、直感か何か知らないが、そこそこ力を入れた俺の蹴りに微かに反応してみせた。

 女は回避――何か叫ぼうとしつつ屈んで避けようとしたし、男は防御――衝撃に耐えようと体に力を入れていた。

 結構長く特訓しているフィン団長達でも中々反応できないのに、初見で反応するとは……!

 

 と、感心している場合じゃない。

 さっさと確保を――

 

「……ッ、ぐぅ、くッ……!」

「……ぅ、ぐ、ぉッ……!」

 

 マジか!?

 2人とも起き上がろうとしている!

 加減し過ぎたか?

 それとも、この2人が想像以上にデキる奴らだったか?

 

 いやいや、だから感心している場合じゃない!

 

「ふんッ!」

 

「ぐはッ……!?」

「がはッ……!?」

 

 起き上がろうとしたところ悪いが、それぞれ首筋に肘を叩き込んで意識を刈り取る。

 念の為、少しの間様子を見ていたが、今度こそ気絶した様だ。

 思ったより手こずった。

 

 2人の気絶を確認してから、フィン団長から預かった最硬金属『オリハルコン』製の鎖を体に何重にも巻き付け、同じくオリハルコン製の枷を両手両足に嵌めて拘束――これで任務完了だ。

 

「よし、後はこいつらをギルドに届けて……」

 

 俺もフィン団長達の元へ行こう――そう考えた時だった。

 

ボォォン……!

 

「なんだ!?」

 

 遠くの方で爆発音が聞こえた。

 すぐ空に昇り、辺りを見回すと、少し遠くに黒煙を上げている場所を見つけた。

 

 あそこは確か……今日の作戦で襲撃を仕掛ける地点の1つだ!

 担当しているのはガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアだった!

 

 闇派閥の抵抗か!?

 こちらの作戦の中に、制圧後に敵拠点を爆破する予定はなかった筈だ!

 

 どうする!?

 俺も行った方がいいか!?

 でも、拘束したとはいえ戦闘力の高い女と大男を放っておく訳にも……て、運べばいいだろ!

 

 突然の事で混乱して判断が遅れた。

 すぐ降りて、拘束した2人を両肩に抱え上げ、再び空へ――しかし。

 

ドォォン……!

ボォン……!

ドカァン……!

 

「な、何ッ!?」

 

 再びの爆発――今度は一度ではない、まるで連鎖する様に次々爆発が起こる!

 しかも、都市のあちこちで!

 

「な、なんだ……!?何が起きているんだッ!?」

 

 思わずその場に止まってしまう……。

 

 

 

 宙に浮く俺の眼下で、都市が、炎と黒煙に包まれ始めた――。

 

 

 

 



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第16話 絶対悪―エレボス―

 ダンメモ『アストレア・レコード』は凄いです……。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

 

「――何ぃ!?ザルドとアルフィアが捕えられただとぉ!?」

 

 爆発音が響くオラリオの一角にて、男の叫び声が響く。

 男の名はオリヴァス・アクト、乱れた白髪、狂気的な瞳、死者の如く白い肌をした『白髪鬼(ヴェンデッタ)』の異名を持つ闇派閥の幹部である。

 

 闇派閥の一斉蜂起作戦が開始され、炎と悲鳴に包まれるオラリオを眺め上機嫌だったオリヴァスだが、部下からの報告でその表情を一変させた。

 

「馬鹿なッ!?奴らは揃ってレベル7だぞ!?今のオラリオに奴らと渡り合える戦力はなかった筈だろうが!!」

 

「そ、それはそうなのですがっ……ど、同志からの報告では、確かに拘束されたザルド様とアルフィア様が運ばれて行くのを見たと……!」

 

「馬鹿な……そんな馬鹿な……!?」

 

 盛大に顔を顰め、狼狽えるオリヴァス。

 先の同志である『殺帝(アラクニア)』ヴァレッタ・グレーデの捕縛に続き、今回の作戦最大の切り札であったはずの、元ゼウス・ファミリアのザルドと元ヘラ・ファミリアのアルフィア……今回の一斉蜂起の引き鉄でもある最強の援軍の、まさかの捕縛の報……。

 都市を崩壊させ闇派閥が勝利を収める為には、都市全域に配置した“人間爆弾”と元々の闇派閥の戦力だけでは足りなかった。

 多少の傷を強いる事は出来ても、やがて戦況を立て直され、結局最後は屈強の冒険者を抱えるオラリオ側が勝利、闇派閥(自分達)は敗走する――その総力戦の前提を覆すのが、闇に下ったかつての最強であるザルドとアルフィアだった。

 彼らならば、現オラリオ最強の『猛者(おうじゃ)』をも打ち倒す事が出来る――だからこそ、“あの邪神”の『脚本(シナリオ)』に乗ったのだ。

 

 しかし、今、その『脚本(シナリオ)』の土台が崩れた……。

 元々の総力戦の前提が復活してしまう……。

 

「お、オリヴァス様っ!我々はどうすれば……!?」

 

「ッ!狼狽えるな!」

 

 オリヴァスは自身の狼狽を押し込め、部下に檄を飛ばす。

 

「例え奴らが捕らわれようが、我らのやる事は変わらん!!――殺れ!1人でも多く!!オラリオに真の絶望をもたらすのだ!!」

 

「「「はっ!!」」」

 

 持ち直した闇派閥構成員達が周囲に散り、破壊と殺戮を繰り広げ始める。

 オリヴァスは1人、思考を巡らせ自身を落ち着けた……。

 

(そうだ、まだ負けてなどいない!あの邪神(かみ)の『脚本(シナリオ)』において、地上の蹂躙など前戯に過ぎん!真のオラリオ崩壊の策は、既に動いている!!)

 

 その時、都市全体を震わす衝撃と、炎より遥かに強烈な光が周囲を照らした――。

 

 それは光の柱……それは『神の送還』――地上に降りた神は、人間に等しい地上での肉体が死を迎えると、神の力(アルカナム)の光の柱によって天界へと送還される。

 そして、一度地上から送還された神は、二度と地上には降りて来られない。

 

 光の柱、神の送還は更に続き、その数は計九柱……。

 それは、地上の冒険者達から『神の恩恵(ステイタス)』が消失する事を意味する。

 どれほど名を馳せた強者であろうと、恩恵を失った冒険者はもはや只の無力な人間……。

 

 容易く蹂躙できる――!

 

 

 

『――聞け、オラリオ』

 

 

 

 神の送還に続き、都市に響き渡る声――それは不可視の威圧を孕む、邪神の宣誓。

 

 

 

『――聞け、創設神(ウラノス)。時代が名乗りし暗黒の名のもと、下界の希望を摘みに来た』

 

 

『【約定】は待たず、【誓い】は果たされず。この大地が結びし神時代の契約は、我が一存で握り潰す』

 

 

『全ては神さえ見通せぬ最高の【未知】――純然たる混沌を導くがため』

 

 

『傲慢?――結構。暴悪?――結構』

 

 

『諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそ邪悪にとっての至福。大いに怒り、大いに泣き、我が惨禍を受け入れろ』

 

 

『――我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり!』

 

 

『冒険者は蹂躙された!脆き神の恩恵を失い、いとも容易く!』

 

 

『神々は多くが還った!自身の安泰を過信する余り、耳障りな雑音となって!』

 

 

『貴様等が『巨正』をもって混沌を退けようというのなら!我らもまた『巨悪』をもって秩序を壊す!』

 

 

『告げてやろう。今の貴様等に相応しき言葉を』

 

 

 

『――脆き者よ、汝の名は『正義』なり』

 

 

 

滅べ、オラリオ。

 

――我らこそが『絶対悪』!!

 

 

 

 それは、闇の勝利宣言――。

 

 

 

「……くふふッ、そうだ、もう止められん!止められるものかあ!!オラリオの崩壊は、もう既に始まっているのだあ!!フハハハハハハハハハッッ!!!」

 

 オリヴァスは、目前に迫った勝利に酔いしれ、高らかに嗤い続けた――。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

 

 夜が明けた……。

 

 本当ならフィン団長達が闇派閥の拠点を潰して、凱旋して、いよいよ闇派閥を追い詰めるぞと士気を上げていたはずだった……。

 

 なのに……結果はどうだ?

 都市は燃え、冒険者も一般人も、とんでもない数が死んだ……。

 

 あの夜の邪神の宣言で、闇派閥は何故か一時撤退……。

 

 昨日俺が捕えた銀髪の女と大男は、既にフィン団長達の手に引き渡した。

 地下牢獄の最奥に、見張りを付け厳重に投獄されていると聞いた。

 その時に知ったが、銀髪の女は『静寂』のアルフィア、大男は『暴食』のザルドといい、8年前に追放されたヘラ・ファミリアとゼウス・ファミリアの幹部だった奴ららしい。

 どちらもレベル7……大方の見立て通り、立ち塞がれば俺以外は勝てなかった。

 フィン団長やガレスのおやっさん、リヴェリア姐さんは驚きと共に『大手柄』と俺を褒めてくれた。

 

 だが、俺は喜ぶ気にはなれなかった……。

 あの都市の惨憺たる様を見てしまっては……。

 

 炎に包まれた都市、響き渡る爆発音と悲鳴、そこら中に転がる冒険者や住民達の死体……思い出すと頭の中がグチャグチャに掻き乱される……。

 

 闇派閥が退いた今、あちこちで生き残ったファミリアの団員達が懸命に救助活動をしている。

 フィン団長から教えてもらったが……昨日の掃討作戦、俺達は罠に嵌められていたらしい。

 拠点が判明した事から仕込みだったのか、どこかから作戦が洩れたのかは分からないが、襲撃した拠点で闇派閥の信者達が『火炎石』という一種の爆弾で自爆攻撃を行い、こちら側に多数の死傷者が出てしまった。

 特にガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアの合同チームに被害が大きく、ガネーシャ・ファミリア団長のシャクティさんの妹『アーディ』さん、そしてアストレア・ファミリア団長のアリーゼが重傷を負い、一命は取り留めたものの現在も治療中……。

 

 そんな中、闇派閥は俺達を休ませない様に都市のあちこちで散発的な襲撃を繰り返し、その度にどこかの派閥が出撃しなければならず、じわじわと追い詰められている状態に陥っている……。

 

 更に追い打ちを掛ける様に、どこからか湧いて出た闇派閥の軍勢が都市を包囲した――。

 

 なのに、昨夜の戦火を恐れ、都市外に逃げ出そうとする住民達が門に詰めかけ、ギルド職員や冒険者が対応に追われ、闇派閥と住民達の板挟みに……。

 

 

 

 その現状を打開する為、俺はフィン団長から、都市の外を包囲する闇派閥の殲滅を任された――。

 

 

 

「うおおおおおおおッッ!!!」

 

ズガアアァァァァァンッッ!!!

 

『ぎゃああああああああッッ!!??』

 

 気功波の連発――技名など無い、只管オラリオの市壁の外を取り囲む、闇派閥の軍勢を薙ぎ払う攻撃!

 都市の外はほぼ建物がなく、また立っている人間は闇派閥のみ――被害を気にする事なく気功波の技が使える!

 

「ひぃぃ!??ば、化け物だぁああ!!」

 

「お前らにだけは言われたくねえ!!ばッ!!」

 

ズガアアァァァァァンッッ!!!

 

『うわああああああああッッ!!???』

 

 エネルギー波で前方に広がる闇派閥の軍勢を爆破――サイヤ人中級戦士のナッパが地球で街を消し飛ばしたり、悟空との戦いで使用した、俗に『クンッ』などと呼ばれる無名の技だ。

 威力は加減したが、この一撃でこの辺りの闇派閥の輩共はこれで殲滅できたようだ。

 

「よし、次!」

 

 舞空術で移動――闇派閥の奴らは都市の門の前に部隊を配備し、逃げ出そうとする住民達を狙う。

 

 更に、手が回り切らない市壁の上からも爆弾や魔法を撃って、門の内側に詰めかけた住民達と冒険者を翻弄する。

 

 だから俺は移動のついでに、そいつらも片付ける――!

 

「だりゃあッ!!」

 

「ぐああッ!??」

「げはあッ!??」

「ごああッ!??」

 

 市壁の上の奴らは、肉弾戦で排除する。

 爆弾や魔法を撃つアイテム『魔剣』に誘爆すると、市壁が崩れて内側の誰かに瓦礫が当たる恐れがあるし、何より不必要な混乱を招く。

 

 たった1人での連戦――実のところ、この采配は有難かった。

 

 昨夜、こちらの作戦を逆手に取られ、都市を破壊され、冒険者や住民が殺され……あの光景を見せられてからずっと、俺は腹の底が煮える様な苛立ちに苛まれ続けていた。

 

 こうして普段抑えているパワーを幾らか解放して暴れさせてもらう事で、少しは苛立ちを解消させてもらえる……。

 フィン団長がこれを狙ってたかどうかは知らないが、とにかく俺は感謝している。

 団長達の役にも立てて、俺の憂さ晴らしにもなる――一石二鳥だ。

 

「だから――」

 

 精々、派手に吹き飛んでくれ、闇派閥共――!!

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 リークが都市外の闇派閥を蹴散らしている一方、都市中央バベルの一室にて……。

 なし崩し的に都市の総司令官的役割を担うフィン、その主神ロキが現状を整理しつつ、敵の狙いを思案し、対策を協議していた。

 

「敵はオラリオを包囲していた。だが、リークのおかげでその包囲網は瓦解寸前。状況が落ち着けば、援軍も見込めるし、補給路も復活する。港街(メレン)に民衆を避難させる事も叶う」

 

「ああ、下手すりゃあウチ等が『兵糧攻め』、或いは『籠城戦』を強要されるところやった」

 

「負傷者の看護に、瓦礫の撤去、食料の調達……やるべきことは山積みだが、このままいけば持ち直せる。懸念事項だった、不安感を募らせた民衆についても、今を乗り切れば何とか暴発の危機は回避できそうだ」

 

「極限状態の負荷(ストレス)ほど怖いもんはない、か。なんも打開策がなかったら、最悪は民衆の錯乱(パニック)か暴動か……守るべき(モン)に後ろから刺される~なんて洒落にならんで、ホンマに……」

 

 そう言って肩を竦めるロキだが、その表情は未だ厳しさが抜けない。

 

「港街の方も何とかしようとしとるみたいやけど、今んとこ全部闇派閥に潰されとる。いざとなったら、リーク派遣するか?」

 

「するとしても、それはこっちが片付いてからだね。まだまだ気が抜ける状況でもない」

 

「せやな。んで、そのこっちの事やけど……闇派閥の奴ら、戦力差を理解しとるからか、それとも巨大都市(オラリオ)を包囲すんのに手勢の大部分を割いたからか、今んとこ内側(こっち)へ派手に攻撃してこん。それは正直、助かるっちゃあ助かるんやが……」

 

「――どうにも敵の目論見(・・・)が見えてこない」

 

 敵の首魁は邪神エレボス――この大抗争の筋書(シナリオ)を書いたのは、あの男神であるのはほぼ間違いない。

 しかも、最強のゼウス・ヘラ両ファミリアの生き残りであるザルドとアルフィアを引き連れて……リークによって2人が初手で捕られられるという想定外こそあったものの、これら絶対的戦力と『原初の幽冥(エレボス)』の智謀知略があればこそ、ここまで大規模な一斉蜂起が決行された。

 

 そして、都市に大きな損害を与える事には成功した――が、現状の成果はそれだけでしかないとも言える。

 

 一時的に劣勢に立たされたものの、オラリオは徐々に態勢を立て直しつつある。

 

「……敵の狙いは十中八九、バベルだ」

 

「せやな、ダンジョンの『蓋』たる神塔(バベル)を落として、モンスターを地上に流出させる……大方、そんな腹積もりやったんやろ」

 

「ああ。それがオラリオを崩壊させるには、最も手っ取り早い。あの大抗争の日、敵方の動きから言ってもそれは間違いない筈だ。あの夜、闇派閥が攻め込まなかった理由としては、ザルドとアルフィアを欠くという想定外の事態があったからだろう。神の連続送還によって、多くのファミリアが瓦解し、オラリオは窮地に立たされた……が、僕らロキ・ファミリアもフレイヤ・ファミリアも主戦力は悉く健在。レベル7の戦力を失った闇派閥には、そこからとどめを刺しにいく事は出来なかった。ヴァレッタという頭脳を失い、決定力の核たるザルドとアルフィアをも失い、闇派閥は撤退を余儀なくされた……今もなお、現状は刻一刻と僕らの有利に傾きつつある――にも拘らず、敵は消極的ながら攻勢を維持し続けている」

 

 敵の現状分析から浮かぶ不可解な行動……フィンは何か情報の見落としがあるのではという考えが拭えなかった。

 

(神の遊戯(ゲーム)だと言われればそれまで、と言う事もできなくはないが……エレボスは敗色が徐々に濃くなっている現状を理解できない程、思慮の浅い男神(おとこ)には思えない。ザルドとアルフィアを欠いても尚……この盤面を覆す『何か』があるのか……)

 

 

 

 結局この日、フィンも決定的な解答を導き出せず、都市は闇派閥の散発的な襲撃に耐える形で一日を終えた……。

 

 しかし、状況は確実に好転している。

 その日の内にリークの手により、都市外を包囲していた闇派閥は殲滅され、補給路が復活した。

 ヘルメス・ファミリア及びデメテル・ファミリアが中心となり、不足していた物資が幾らか供給され、民衆の不安も一時的に和らいだ。

 

 また、これは一部への朗報になるが、アストレア・ファミリア『紅の正花(スカーレット・ハーネル)』アリーゼ・ローヴェル及びガネーシャ・ファミリア『象神の詩(ヴィヤーサ)』アーディ・ヴァルマが重傷状態から回復――戦線に復帰し、各ファミリアの士気が盛り返した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 



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第17話 超克の時―オッタル―

 何とか書けた……。
 文章とはなんて難しい……。

※誤字報告をいただき、誤字修正いたしました。
あんころ(餅)様、ご報告ありがとうございました。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「……想定外、と言わざるを得ないなぁ……」

 

 オラリオの地下深く、闇の中……邪神エレボスは頭上を眺めながら呟く。

 

「やれやれ……とんだ茶番になってしまったか」

 

 頬杖をつき、溜め息をつく。

 燻ぶっていた闇派閥(イヴィルス)を焚きつけ大抗争を引き起こし、オラリオに戦火を撒き散らし、一応は同胞である神さえも送還(殺害)し……そして、辺境に隠れ潜んでいたかつての覇者達を説得し引き込んでまで事を起こした。

 

「……ザルドとアルフィアには、悪い事になってしまったなぁ……」

 

 しかし、大抗争初日でザルド・アルフィアは“謎の圧倒的存在”によって捕縛され、二日目には都市を包囲させた闇派閥の兵も同じく“謎の圧倒的存在”によって全滅……。

 結果、都市の補給路は復活し、時間が経てば援軍すら見込めるまでに戦局を巻き返された。

 

 『絶対悪』を標榜した闇派閥の一斉蜂起……最初の勢いは何処へやら、今では戦力も半分以下にまで減少し、エレボスが来る前と同様の散発的かつ小規模の遊撃(ゲリラ)戦を仕掛けるのがやっとの状態……。

 

 それでもどうにか闇派閥が士気を保っているのは、最後にして最大の一手(・・・・・・・・・・)が今尚進行中だからである。

 

「……当初の予定から大幅にズレたが、今更、止める選択肢はない。例え道化に成り果てたとしても、最後まで走り抜けようじゃないか……それが俺の責任だ」

 

 エレボスの呟きは、闇の中に消えていった……。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 また一夜が明け、都市は緊張が解けない朝を迎えた……。

 

 度重なる闇派閥の襲撃も『勇者(ブレイバー)』フィンの采配の下、各派閥の冒険者達により撃退され、戦況はオラリオ側のやや優勢と言える程度に巻き返している。

 また、少しずつ物資が補充され、避難民への炊き出しなども行われ、民衆の不安も若干ながら緩和されている。

 

「…………」

 

カツ、カツ、カツ……

 

 そんな中、オラリオの地下牢獄へと続く階段を筋骨隆々の巨漢、猪人(ボアズ)の男が1人降りていた。

 現オラリオ最強の冒険者、フレイヤ・ファミリア団長『猛者(おうじゃ)』オッタルである。

 その表情は、普段に増して険しく、苛立ちを隠せていない……。

 

 歩みを進めた先……牢獄の最奥、最上級危険犯罪者を投獄する為、鉄格子から壁面、天井に至るまで超希少にして最硬を誇る金属オリハルコンで造られた檻の前で、その足は止まる……。

 

「……ああ、ようやく知った顔が来たな」

 

 その中にいたのは、鎧のまま鎖で幾重にも縛り上げられたゼウス・ファミリア幹部『暴食』のザルド……。

 

「出来れば戦場で会いたかったが……久しぶりだな、クソガキ」

 

「ザルド……!」

 

「――煩い」

 

 その声が聞こえたのは隣の牢――ザルドと同じくオリハルコンの牢に捕えられていたアルフィアだった。

 

「存外心地よい静寂に身を委ねていたというのに……耳障りな荒い鼻息を響かせおって……」

 

「アルフィア……!何故、お前達が……!」

 

「俺達が何故ここにいるか、か?そんなくだらん事を聞きに、わざわざこんな穴倉の奥まで来たのか……?」

 

「……!『陸の王者(ベヒーモス)』の戦い、そして『黒竜』の戦いを最後に行方を暗ませ、死んだとまで噂されていたお前達が、何故今になって……」

 

「亡霊にでも見えるか?俺もアルフィアも足は付いているぞ?」

 

「……わからん」

 

「何がだ?」

 

「俺には学がない。しかし、それを差し引いてもわからない……。かつては隆盛を極め、都市を守ってきた眷属(お前)達が、何故今になって唐突に姿を現し、闇派閥につきオラリオを脅かそうとしたのか……。その矛盾は……一体なんだ!!?」

 

「…………」

 

「おいおい……何かと思えば、本当にくだらんな。この期に及んで、敵の動機など知って何になる?知らなければ、この先戦えないとでも抜かす気か?……何たる惰弱、何たる脆弱。派閥は違えど、お前の『泥臭さ』を俺は評価していたが……見込み違いだったか」

 

「……っ!」

 

 自身の問いにアルフィアは沈黙を、ザルドは溜め息を返す……その姿に、歯噛みするオッタル。

 

「……まあいい。今更だ、暇つぶしに語ってやろう。俺の、俺達の矛盾とは、今のお前に抱いた様に――全て『失望』の延長だ」

 

「失望、だと……?!」

 

忌まわしき神々(ゼウスとヘラ)の増長を許し、この現世に甘い幻想(ゆめ)を見せた。ならば、眷属たる俺達に一端の責任はあるだろう。だから……その幻想ごと潰そうと思い至った。このぬるま湯の様な神時代を、ふやけ腐り果てたお前ら冒険者どもを、終わらせようとな……」

 

「く……!」

 

 オッタルは気圧された。

 鎖と枷に拘束され、檻に入れられている筈のザルドとアルフィアから発せられる、衰えを感じさせない最強の眷属のオーラに……。

 

「ふん、つくづく惰弱、とことん脆弱……話は終いだ。失せろ、クソガキ」

 

「ッ……最後に問う!お前達を捕えたのは何者だ!?」

 

「「――ッ!」」

 

 最後と称したオッタルの問いに、主に会話に応じていたザルドのみならずアルフィアさえも強い反応を見せた。

 

「今の話を差し引いても、お前達が自ら降ったなどあり得ん!お前達を!かつての最強をっ!降したのは一体誰だッ!?」

 

「……やはり“アレ”はあの女神(フレイヤ)の眷属ではないか」

 

 そう呟いたのはアルフィアだった。

 

「……ザルドとの問答で凡そ察しは付いていたが……これだけ情報が規制されている様子を鑑みるに、あの小僧(パルゥム)が噛んでいるな。となると、ロキの眷属か……」

 

(パルゥム……フィン……ロキ・ファミリア……!)

 

 アルフィアの呟きから、オッタルは昨日の事を思い出す。

 都市の市壁の外を包囲していた闇派閥の軍勢が、半日にも満たない時間で殲滅され、オラリオの補給路が復活した。

 それはロキ・ファミリア団長『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナの策と“切り札”によって成功したと公表されたが、その策と切り札の詳細は伏せられていた……。

 

 フレイヤ・ファミリアは基本的に、主神である女神フレイヤに心酔し、忠誠を誓う女神至上主義の戦闘集団……団員は精強の強者揃いであるが、情報収集能力はそう高くない。

 更に策謀に長けたフィンとギルドが速やかに情報統制を行った結果、オッタル達は都市外で起こった闇派閥殲滅戦の詳細な情報を掴めていないのである。

 

 しかし今、アルフィアが呟いた事で、僅かな情報が繋がりを見せた。

 

(フィンが隠す切り札……それがザルドとアルフィアを捕えた……それもたった1人……!)

 

 思い至った事柄にオッタルは身を震わせる……。

 

 8年……いやそれ以上の過去になるが、オッタルはザルドとアルフィア、その両方に敗北している。

 傷一つも付けられず蹴散らされ、死の淵すら彷徨い、その屈辱を糧に自身を鍛え抜き、強くなった。

 しかし、戦士としての勘が告げている……レベル6に昇った今の自分でも、目の前にいる男と女に劣っていると……戦えば敗北必至であると――。

 

 そんな2人を生かしたまま捕える――それには、2人と互角の実力では足りない。

 更に上の、圧倒的な力がなければ実行不可能……。

 

 そんな人間が、知らぬ間にオラリオに存在していた――。

 

「――ッッ!!!」

 

 瞬間、オッタルは血が沸騰する様な灼熱を感じていた――それは憤怒、自身を焼き焦がさんばかりの激怒。

 

 知らぬ間に、自身を上回る者が存在していた――。

 知らぬ間に、自身を上回る者など存在しないと信じ込んでいた――。

 

 いつしか敗北の泥に塗れていた過去の事実を、ただの過去の記憶へと風化させていた――。

 いつしか屈辱と感じていたはずの『最強』の二文字を、漫然と受け入れていた――。

 

 何たる思い上がり……!

 何たる恥知らず……!

 

 己はいつからこれ程までに腐り果てたのか――!

 

(――今、かつてない程にッ、己が憎い!!)

 

「……どうした?猪……血が零れているぞ」

 

「――ッ!!」

 

 ザルドに言われ、オッタルも気づく。

 舌に感じる血の味、両の拳に感じる鈍い痛みと滴る血の熱……。

 

「この『空気(かおり)』……分かるぞ、今のお前の『状態(あじ)』が――お前、怒っているな?俺が今まで目にしたことがない程に」

 

 ザルドは、相対する存在の状態を味覚や嗅覚を通して感知できる。

 レアスキル『神饌恩寵(デウス・アムブロシア)』――自らの二つ名『暴食』の文字通り、獣・人・モンスターなど万物を食らうことでスキルの発動中、自身の能力を向上させる。

 長年に渡り、あらゆるものを食らい、悪食を極めた事で身に付けた異能である。

 

「そんなに俺達を己の手で捕えたかったか?それとも、語ってやった俺達の動機が癇に障ったか?」

 

「――黙れ……!」

 

「何?」

 

「御託は、もういい……!」

 

「……?」

 

「御託だと?……何を言っている?」

 

 オッタルの絞り出す様な声に、ザルドは怪訝な表情を浮かべる。

 隣の牢で沈黙を保っているアルフィアでさえ、オッタルの言葉に微かな反応を示した。

 

「ザルド……お前の御託に、投げかける俺の言葉など、無いと言っている……!もし、問う事があるとすれば、それは――」

 

 オッタルは目を見開き、ザルドに指を突き付ける。

 

「――ザルド!その鎧の下、どこまで侵されている?!」

 

「――っ!」

 

 今度は、ザルドが目を見開く番であった。

 

 投獄されているザルドが、鎧姿そのままである理由……端的に言えばそれは、強者への恐怖ゆえである。

 捕縛当初、リークによって意識を刈り取られていたものの、いつ目覚め暴れ出すか分からない恐怖から、ザルドを拘束するオリハルコンの鎖を緩められなかったのだ。

 アルフィアも同じく……。

 

 そしてオッタルが言う、ザルドの鎧の下――肉体は、とある地上最強の『猛毒』に侵され、蝕まれていた。

 

 『黒竜』との敗戦以前に行われた、三大冒険者依頼(クエスト)の一角『陸の王者(ベヒーモス)』の討伐……ザルドは、その大戦の中でベヒーモスの『猛毒』に侵されていた。

 先述のザルドのレアスキル『神饌恩寵(デウス・アムブロシア)』――強大なベヒーモスに勝利する為、ザルドは猛毒を司る巨獣の肉を、全てを蝕み、全てを溶かし、全てを殺す古の怪物の毒肉を、直接食らった。

 それにより能力を増強したザルドの渾身の一撃でベヒーモスは討てたものの、大きな代償が残った。

 取り込んだベヒーモスの毒肉は、呪いの如くザルドの肉体を内から腐らせ、蝕むようになり、ザルドは後の戦線離脱を余儀なくされた……。

 

「お前もだ、アルフィア……!“あの病”、癒えてはいまい!」

 

「――っ!」

 

 アルフィアもまた、閉じていた目を見開く。

 

 アルフィアは生まれた時から大病を患っていた。

 それは恩恵を得ても改善できず、寧ろとある『悪種(スキル)』として発現し、より悪化する結果を招いた。

 『才禍代償(ギア・ブレッシング)』――ステイタスの常時限界解除(リミット・オフ)を約束する代わり、交戦時及び発作時、『毒』『麻痺』『内臓機能障害』を始めとした複数の『状態異常』を併発し、発動中は半永久的に能力値(アビリティ)、及び体力・精神力の低下を伴い続ける……文字通り、逸脱した才能の代償……。

 魔法や道具を駆使しても決して癒える事のなかった、アルフィア唯一にして最大の制約……。

 アルフィアもまた三大冒険者依頼『海の覇者』リヴァイアサン討伐の立役者であるが、その大戦により、病状を悪化させるに至った。

 

 スキルの内容も相俟って極秘情報となっているこれらの事実を知る者は、現在のオラリオではごく僅か……オッタルの他、フィン・ガレス・リヴェリア達ロキ・ファミリア『三首領』など、8年以上前のオラリオを知り、ゼウス・ヘラの両ファミリアに挑み続けた古参にして上位の冒険者に限られる。

 

「お前の言った通りだ、ザルド……!俺は、腐り果てていた!ここに来て、お前達に相対するまで……俺は、惑い、苛立つばかりで、いつしか停滞を受け入れていた己に気付きもしなかった!!今も俺は弱いまま!!こうして再び、お前達を立ち塞がらせた(・・・・・・・・・・・)、この身が憎い!!」

 

 それは悔恨……或いは、慟哭……。

 かつて目標とし挑み続けた先達に失望を抱かせ、その手で護り続けた都市(故郷)に牙を剥くを決意させた――

 

「なんたる惰弱!なんたる脆弱!――俺は!お前達の失望以上に、俺の『無様』を呪う!!」

 

「……それで?」

 

「だからこそ!!俺の歩む道は変わらん!!」

 

「それは?」

 

「お前達を超える!!」

 

 それは宣誓――壁を乗り越え、限界を打ち砕き、前人未到を踏み越える――弱者(挑戦者)の咆哮。

 

「俺は最早、俺に立ち止まる事を許さん!!この身が燃え尽きるまで!!高みに昇り続ける!!」

 

「ほざいたな――俺達に一度として勝てなかった(わっぱ)!生涯負け続けてきた畜生め!!」

 

 オッタルの魂の叫びと、ザルドの強者の咆哮がぶつかる。

 

「そうだ!今までもこれからも、俺は数多の屈辱と敗北の『泥』に塗れる!身の程など弁えず壁に挑み続け、倒れては土の味を噛み締めながら何度でも立ち上がる!!俺は『泥』を、『礎』に変える!!『超克の礎』に、変えてのける!!」

 

「やってみせろっ、クソガキがぁ!!吐いた唾は飲めねえぞ!!吠えたからにはその身をもって示せ!!『勝者は敗者の中にいる』と、証明してみせろぉ!!」

 

「ああ!見せてやる!!――見届けるがいい!!英雄どもよ!!」

 

 オッタルは踵を返し、振り返る事なく、牢を後にした――。

 

 

 

 そして、地上への階段の前に来た時――

 

 

 

「……フィン、ガレス、リヴェリア……」

 

 そこにいたのは、ロキ・ファミリア三首領……その面持ちは、揃って険しい。

 

「ここまで響いていたよ、君の咆哮がね」

 

「……好きにしろ。俺は進む――進み続ける」

 

「ああ」

 

 オッタルは階段(・・)を昇っていく――その場に残ったフィン達もまた――

 

「進むさ、俺達(・・)も」

 

「いつまでも立ち止まっておれるものか」

 

「ああ、停滞はもう十分だ」

 

 同じく階段(・・)を昇る――。

 

 地の底から『高み』を睨みつけながら――。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 



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第18話 迷う正義―リュー・リオン―

 なんとか間に合った、というか間に合わせました……。

※10/3誤字報告を頂き、誤字修正いたしました。
牛乳魔人様、ご報告、ありがとうございました。


 都市の外を包囲していた闇派閥を全滅させた次の日……俺はフィン団長から休息を言い渡された。

 

「あれだけの大仕事を任せてしまったからね。都市の巡回などは気にしなくていい。ゆっくり休んでくれ」

 

 そう言われたものの……正直、やる事がなくなって逆に落ち着かなくなった。

 

 だからという訳ではないが、俺は街を歩いていた。

 勿論、ちゃんと団長に許可をもらった上でだ。

 

「…………」

 

 街は、まだまだ酷い状態のままだ。

 建物は壊れ、瓦礫が散乱し、ガネーシャ・ファミリアを中心に冒険者が忙しなく行き来している。

 正しく戦争中の街の風景……思わず気分が滅入りそうになる。

 落ち着かないからと街に出たのは失敗だったか……。

 

「……ん?ここは……」

 

 ぼうっと歩いていたら、俺はいつの間にか工業区に来ていた。

 住宅や商店とは建物の種類が違う。

 だが、壊れているのは同じ……。

 

「……そういえば、この辺りだったか」

 

 あの掃討作戦の襲撃地点の1つ……正確にどの建物かまでは分からないが、作戦前に見せてもらった地図と今見えているバベルの位置から考えて、確かこの辺りだったはずだ。

 思い出すと、裏を掻かれ都市を火の海にされた悔しさが蘇る……。

 

「……あれ?」

 

 ふと、近くから覚えのある氣を感じた。

 

「この氣は……確か、アリーゼと一緒にいたエルフの……」

 

 リュー・リオンさん、だったか。

 種族が違う所為か、氣の波長が結構違うので覚えやすかった。

 都市の巡回にしては1人でいる様だが、何をしているんだろうか?

 

 少し気になったので、俺はリューさんの方へ向かった。

 そこは焼け焦げ、崩れかけた工場……その中にリューさんの氣がある。

 やはり、リューさん以外にこの工場に人はいない。

 

 入ってみると中も外と同じくボロボロ、微かに焦げ臭さが残っている。

 瓦礫を踏み越え、リューさんの氣を辿って奥へ進む――と、薄暗く広い空間に、リューさんが1人佇んでいた。

 

「……アリーゼ……アーディ……」

 

 微かに呟きが聞こえた。

 アリーゼの名前に……アーディって、確かガネーシャ・ファミリア団長のシャクティさんの妹さんだったよな。

 重傷を負っていたが、治療の甲斐あって昨日の内に回復して戦線に復帰したと聞いたが……。

 今考える事ではないが、重傷が1日で治るって凄いな……ポーションや治癒魔法も一種のチートだと思える。

 

 さて、どうしよう?

 恐らくは自分の意志で1人でいるのだと思うが、果たして放っておいてあげた方がいいのか……それとも一声かけた方がいいのか……。

 

ガラ

 

 あ、しまった……!

 

「っ!誰だ!?」

 

 くそ、足元の瓦礫が崩れてしまった……こうなっては仕方ない。

 

「……俺だよ、リューさん」

 

 逃げ隠れする意味もないので、素直に出ていく。

 

「貴方は……ロキ・ファミリアの……」

 

「ああ、リークだ」

 

 何となく勘だが、彼女が余り近寄ってほしくなさそうな気がしたので、一定距離を取って止まる。

 

「……何故、こんなところへ?」

 

「それは俺も聞きたいところなんだが……まあいいや。フィン団長から、休んでていいって言われてね。やる事が無くて落ち着かないから街を歩いてた。で、偶然この近くを通ったら、リューさんの氣を感じた。こんな場所で1人でいるのが気になって、様子を見に来た」

 

「……そう、でしたか」

 

 どうにも、リューさんに覇気がない。

 元々活発な性格でもなさそうだが、それを抜きにしても前に見た時より雰囲気が弱弱しい。

 アストレア・ファミリアは掃討作戦で敵拠点の1つを担当していた……そして裏を掻かれ、闇派閥(イヴィルス)の一斉蜂起を許し、団長のアリーゼも重傷を負った……。

 

 今でこそ戦況は持ち直しているって団長が言っていたが……リューさんは、自分達のミスだと悔やんでいるのかな?

 

「「…………」」

 

 こ、困ったぞ……何を話せばいいのか分からない。

 襲撃チームに参加していない俺が、団長達から聞いた話だけで作戦の時の事を蒸し返すのも如何なものか……。

 かと言って場違いな話も出来ないし、そもそも俺に気の利いたトークなんて無理!

 

 ここは強引でも、このまま立ち去るのが無難か?

 

「……貴方が、『殺帝(アラクニア)』を捕えたと聞いた」

 

 と、思ったらリューさんの方から話しかけてきた。

 立ち去るのは止めだ。

 

「まあね」

 

「その幼さで、レベル5の『殺帝(アラクニア)』を捕えるとは……凄まじい、そして素晴らしい働きだ」

 

「どうも」

 

「しかし……貴方の功績を称える声は、殆どない……」

 

「ん?ああ……」

 

 確かにあの一件、俺があの虫唾女(ヴァレッタ)を蹴り飛ばしてひっ捕らえた事は公には伏せられている。

 混乱を避ける為に、フィン団長がギルドに手を回して情報規制をしたと聞いている。

 あと俺が高速で動いて虫唾女も闇派閥の奴らも倒したから、一般の人々には何が起きたか分からなかったというのもあるらしい。

 情報規制について、表立って俺の功績を称えられない事を団長に謝られたが、俺は別に気にしていない。

 

「貴方のおかげで、あの炊き出し会場での被害は大きく抑えられた。闇派閥の襲撃を許して尚、死者が出ずに済んだ……。それだけ大きな功績を上げたのに、然るべき賞賛を得られないなんて……貴方は、不服ではないのか?」

 

「いや、別に」

 

「っ!ど、どうして……?!」

 

「いや、だって、うちのフィン団長やガレスのおやっさん、それにリヴェリア姐さん達は認めて褒めてくれたしな。それに、あの後、炊き出しも無事に続けられたんだろ?だったら俺はそれで十分さ」

 

「っ!!…………貴方は、高潔なのだな」

 

「は?」

 

 俺が高潔……?

 

「貴方は、賞賛よりも民衆を守れた事を誉れとしている……!それは、正しき“正義の在り方”だ!」

 

「んん~……?」

 

 なんだ?

 正義?

 一体、リューさんは何を言っているんだ?

 

「幼くして正義を体現する貴方に比べ……私は……」

 

 暗がりでも分かるほど、リューさんの顔が暗く落ち込んでいる……。

 これは、何かあったな……多分『正義』云々に関わる何かが……。

 アストレア・ファミリアの主神である女神アストレアは、『正義』を司る神だと聞いている。

 だからか、うちのロキはアストレア様を嫌っているとも……。

 

『あんなやつ様付けなんかして呼んだらあかん!』

 

 とか、最初ロキに言われたな……。

 それは置いておくとして。

 

「……リューさん、何かあったのか?」

 

「っ、そ、それは……」

 

「俺で良ければ話ぐらい聞くぜ?まあ、聞いたからって大した事は言えないが……誰かに話すだけでも、少しは気分もマシになるかもよ?」

 

「……っ……」

 

「勿論、無理にとは言わない。ファミリアの問題で、他所のファミリアの人間には言えない事もあるだろうしな」

 

「っ、い、いえ、ファミリアは関係ない!これは、私個人の問題で……」

 

「そうなのか。で、話す?止めとく?」

 

「…………」

 

 俯くリューさん。

 かなり言い難そうだ……これは相当根の深い悩みか……。

 

「…………聞いて、貰えますか……?」

 

「!――おう」

 

 そして、徐に、ポツポツと……リューさんは語った。

 

 事の始まりは、この大抗争が始める前の事――

 

 リューさんはアリーゼと都市を巡回中、スリに遭った男神に出会う。

 スリはそこに駆け付けたガネーシャ・ファミリアのアーディさんの手で捕縛――されたかと思えば、アーディさんは二度と悪事を行わない事を条件にスリを解放した。

 初め、リューさんはその行為に納得がいかなかったという。

 罪を起こした者には相応の報いがあって然るべき、そうでなければ周囲に示しが付かず、秩序が乱れる――それがリューさんの意見だった。

 

 それに対してアーディさんは――

 

『……リオン。私はさ、君が言っていることは強い人だから言える事だと思う』

『私達が“正論”を言えるのは、私達が力を持ってるから』

『だからじゃないけど……リオン、赦すことは『正義』にならないかな?』

 

 そう訴えた。

 しかしリューさんは、何かを感じたものの、その場で答えは返せなかった。

 

 その時、スリの被害に遭った男神が声をかけてきた。

 助けられた礼を言い、自らを『エレン』と名乗り、そしてアストレアの眷属であるリューさんに興味を示してきた。

 神エレンはリューさん達を賞賛する一方で、その“正義の在り方”を、まるで観察するような態度を見せる。

 

――潔癖で高潔。しかし未だ確たる答えはなく。まるで雛鳥。正しく在りたいと願う心は誰よりも純粋――

――こんな時代に、(リューさん)達がどう考え、どう染まるのか。そして、どんな『答え』を出すのか――

 

 悪意もなく、敵意もなく、見下してもいない……だがリューさんは、神エレンの捉えどころのない態度に奇妙な不快感を抱いた。

 

 そんな神エレンとは、また後日出会うことになる――

 

 それは、またリューさん達が巡回を行っている最中の事――再開早々に剽軽な態度を取った神エレンだったが、唐突にこんな事を聞いてきた。

 

――その巡回は、いつまで続けるのか?――

 

 その質問の意図を図りかねたリューさんが尋ね返すと――

 

――君達は毎日オラリオの為に無償の奉仕をしている。では、君達が奉仕をしなくなる日は、いつなのか?――

 

 そう改めた神エレンの問いに、リューさんは思うまま『悪が消え去り、都市に真の平和が訪れるまで』と答えた。

 

――君達の『正義感』が枯れるまで、ではないのか?――

 

 そう聞き返され、リューさんは明らかな不快感を抱いていた。

 明確ではなかったが、その時にはもう『この神は自分達の行いを否定している』と感じていたそうだ。

 

 そんな神エレンは言葉を止めない。

 

――見返りを求めない奉仕とは、きつい。自分から言わせればすごく不健全で、歪、だから心配になった――

――君達が元気な内は、いいかもしれない。しかし、もし疲れ果ててしまった時、本当に今と同じことが言えるか?――

――君達が儚く崩れ落ちた光景を目にした時……とても悲しくて、そして禁断めいた興奮を抱くのだろう――

 

 もはや隠す気もないのか、明らかにリューさん達を煽る様な言動……リューさんも一緒にいた仲間も一様に不快感と怒りを示し、神エレンを無視して立ち去ろうとする。

 

 それに対して神エレンが最後と称して、この問いを口にする――

 

――正義とは、何か?――

――自分は常々考える。下界が是とする『正義』とは何かと。全知零能の神の癖に、未だ下界へ提示できる絶対の『正義』というものに確信が持てない――

――だからこそ君達に問いたい。正義を司る女神、その眷属たる君達に――

 

 応えず、立ち去る事を提案する仲間を振り切り、リューさんは半ば意地で答えた。

 

『無償に基づく善行。いついかなる時も、揺るがない唯一無二の価値。そして悪を斬り、悪を討つ――それが私の正義だ』

 

――善性こそが下界の住人の本質であり、『巨悪』ならぬ『巨正』をもって世を正す――

――善意の押し売り、暴力をもって制す――力尽くの『正義』――

 

 そうではない。

 巨悪に立ち向かうには、相応の力が必要――でなければ何も守れず、救えない。

 

 言い返すリューさんを、再び飄々とした態度で受け流し、神エレンは去っていった……。

 敵意も悪意もないどころか、いっそ好意すら持って接してくる……その姿は、リューさんは不気味に感じたという。

 

 ここまでの話で、俺は一つ気付いた事がある。

 

「なあ、リューさん。そのエレンって男神(かみ)……もしかして?」

 

「……そう、邪神エレボスです」

 

「やっぱり……」

 

 『巨悪』に『巨正』、その言葉を使っていた辺りで察した。

 あの邪神野郎……大抗争の前から陰でチョロチョロしてやがったか……。

 

「エレボスは、あの炊き出しの日にも姿を現しました……」

 

 リューさんは再び語り出す。

 

 それは俺があの虫唾女を蹴り飛ばした後の事――

 

 闇派閥の襲撃とあって、やはり炊き出し会場周辺に混乱が広がり、怪我人は出た。

 リューさん達が救助と治療に奔走する中、エレボスはふらりと現れ、転んだのか膝から血を流し涙を流す少女を助けた。

 その姿に、リューさんは感謝を述べた。

 しかし、エレボスが次に口にした言葉で、その感謝も吹き飛ぶ事になる――

 

――傷付いた者、弱き者を助けると、こんなにも心が満たされる。充足する、喜びを感じる、これは病みつきになる――

――君達の行いを『見返りのない奉仕』と言った事を謝罪する。これは無償などではない――

――『代価』はある。他者を助けてやったという優越。感謝されるという快感。施しを授ける満足――

――こんなにも気持ちいい。君達の献身は不健全などではない――

 

 エレボスの言葉に、リューさんは激怒した。

 それは侮辱、自分達は自尊心の為に『正義』を利用しているのではない。

 

 そう訴えても尚、正義を問うエレボスに、リューさんは前と同じ答えを返した。

 周囲に広がった、混乱の光景を指し示しつつ……。

 

 しかし、エレボスはそれを『自己満足』と称した。

 働いても金も貰えず、パンもスープも分けて貰えず、富と名誉だけでなく、一時の感謝さえ求めていないというのなら、リューさん達が言う『正義』とは、ただの『孤独』である、と……。

 

 自分達の掲げる『正義』を汚す言葉に怒りを露わにするリューさんに、エレボスはまた“あの問い”を投げかける。

 

――君達の『正義』とは、一体何なのか?――

――答えられないのなら……君達が『正義』と呼んでいるものは、やはりとても歪で、『悪』よりも醜悪なものだ――

 

 怒りが頂点に達したリューさん……仲間の制止がなければ、どうなっていたか分からない……。

 

 これ以降、リューさんの中に“迷い”が生じたという。

 エレボスの言葉が頭から離れず、悩み、自問自答を繰り返す……。

 

 そしてある時、アーディさんに悩みを打ち明ける機会があった。

 リューさん曰く、アーディさんは自分よりもずっと深く、重く、『正義』について考えている人だという。

 杓子定規の『正義』を妄信し続けようとしていた自分の一方で、アーディさんは普遍の『正義』の在りどころをずっと探していた……。

 

『……『正義』って難しいよ、リオン。押し付けてはいけない、背負ってもいけない、そして秘めているだけでも、何も変えられない時がある。真の『正義』なんか本当はないんじゃないかって、そう思っちゃう』

 

『難しい事なんか考えないで、誰も傷つかないで……みんなが笑顔で、幸せになれればいいのに』

 

 彼女の願いは子供染みていて、何よりも尊かった。

 とても簡単で、難しいものだった。

 

 そしてアーディさんは悩むリューさんの手を取り、突然踊り始めた。

 訳もわからず、アーディさんに振り回される形で踊ってしまうリューさん――しかし、その周囲には次第に笑顔が溢れた。

 

 闇派閥に怯えていた住民達が、踊るアーディさんとリューさんを見て、笑顔になる。

 それを見てアーディさんはより一層、笑顔を輝かせた。

 

『――リオン!『正義』は巡るよ!』

 

 アーディさんは言った――。

 

『たとえ真の答えじゃなかったとしても、間違っていたとしても!姿形を変えて、私達の『正義』は巡る!』

『私達が伝えた正義は、きっと違う花になって咲く!もしかしたら、花じゃなくて星の光になってみんなを照らすかも!』

『私達が助けた人が、他の誰かを助けてくれる!今日の優しさが、明日の笑顔をもたらしてくれる!』

 

『だからリオン、笑おう!巡っていく『正義』の為に、今日を笑おう!』

 

 その時、リューさんも笑っていた。

 アーディさんの笑顔から、言葉に出来ない大切なものを受け取った気がしたという。

 



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第19話 巡る正義―リュー・リオン―

 12時には間に合いませんでしたが、書けたので投稿します。



「『正義』は巡る――か。なんか良いな、それ」

 

 リューさんから聞いた、アーディさんの話――なんだかほっこりしたというか、聞いていて不思議と気分が良くなった。

 上手く表現はできないが……そう、気持ちの良い言葉だと思う。

 アーディさんとはまだ会った事がない、会ってみたいな。

 

「……ですが、あの日……」

 

「ん?」

 

 嬉しそうに微笑んでいた表情が一転、また暗い顔になるリューさん……どうやら、話のポイントはここからの様だ。

 

 話は、あの『掃討作戦』の日に移る――。

 

 事前の打ち合わせ通り、リューさん達アストレア・ファミリアはガネーシャ・ファミリアと連携して闇派閥の拠点を襲撃した。

 初めの内は順調だった――敵の抵抗はあっても、冒険者のレベル差による戦力の差は大きく、闇派閥構成員達は次々に無力化され、捕縛され、敵拠点制圧は時間の問題と思われた。

 

 しかし、事態は敵拠点の最奥に辿り着いた時に一変する――。

 

 待ち構えていた闇派閥を変わらず順調に制圧していくリューさん達だった……が、そこでアーディさんが1人の信者と対峙してしまう。

 それは子供、少女だった……。

 アーディさんは、自身にナイフを向ける少女を説得し、武器を捨てて投降するよう促した。

 優しい彼女らしい行動だった。

 

 その時、アリーゼが何かに気付き、アーディさんの元へ全速で飛び込んだ――。

 

 そして次の瞬間――少女は、爆発(・・)した。

 

「っ!?それって、例の“人間爆弾”か!?」

 

「ッ……そうです。言葉巧みに洗脳し、我々冒険者や無辜の民を道連れにするよう仕込まれた信者達……!」

 

「ッ……反吐が出るッ……!!」

 

 フィン団長から話は聞いていたが、そんな子供まで……!

 どこまでも胸糞悪い……!!

 闇派閥のクソッタレ共が……どいつもこいつも、命を何だと思っていやがる……!?

 

 幸いと言うべきか、アリーゼが間一髪ギリギリのところで間に合い、2人とも重傷を負ったものの命は助かった……。

 しかし、その少女の爆発を皮切りに、敵兵が次々と自爆を始め、リューさん達は撤退を余儀なくされた。

 

 闇派閥は予め、最初の一発の爆発を『合図』として、一斉に自爆する様に信者達を洗脳していたという事だ。

 俺があの2人――ザルドとアルフィアとか言った2人を捕まえた後に起こり、都市を火の海にした爆発の連鎖は、それだったのだ。

 

 炎に包まれる都市、響き渡る爆発音、悲鳴を上げて逃げ惑う住民達、そして……重傷を負い意識を失ったアリーゼとアーディさんの姿……。

 

 そしてとどめ――あの“神の連続送還”に続く邪神エレボスの宣言……。

 

 一気に、怒涛の様に押し寄せる地獄の光景、そしてエレボスに叩きつけられた『正義』の現実に、リューさんは足元が崩れ落ちる様な絶望を感じたという……。

 

 夜が明ければ、日に照らし出される更なる地獄……瓦礫の下、道端、あちこちに転がる死体の群れ……。

 救い出せず、命を落とす住民達……助けられなかった無念に泣く仲間達……。

 

 俺も散々見てきたから、リューさんの絶望も少しは分かる……。

 あれはキツい……俺みたいな鈍感でもそうなんだ、真面目で繊細そうリューさんには発狂モノだろう。

 

 事実、その光景を目の当たりにして、リューさんは『正義』とは何なのか分からなくなったという。

 自分達が追い求めていた秩序は、こんなにも容易に『悪』に屈してしまうのか、と……

 

 更に悲劇は続く……。

 

 時間が経てば経つほど心身ともに疲弊していく自分達……それでも闇派閥は襲ってくる。

 更なる被害拡大を防ぐため、リューさんは無事な――まだ動けるという意味――仲間と巡回に出る。

 

 そして、とある仮設キャンプに行きついた時――避難民達が、リューさん達に罵声を浴びせた。

 

――アストレア・ファミリアは正義の派閥ではなかったのか?

――みんなを助けてくれるのではなかったのか?

――みんなを守ってくれるのではなかったのか?

 

 最初の一言を皮切りに、次々と巻き起こる批難の声――まるで『全てお前達の所為だ!』と言わんばかり……挙句には、石まで投げつけられる有り様……。

 

 なんだ、この仕打ちは……?

 これが戦った者に対する返礼か!?

 戦い、傷つき、倒れ、それでも必死に都市を守ろうとした者達に向けるのが、罵声と石礫……?!

 

 瞬間、とめどなく湧き上がる“怒り”と“悲しみ”――リューさんは、今度こそ自分の中で砕けた音を聞いたという……。

 砕けたのは、罅だらけでボロボロで、今まで辛うじて保っていた『正義』……。

 

 リューさんは、そこで気を失ったそうだ。

 その時に、暗くなった目の前に現れたのは、邪神エレボスの幻影……。

 蘇ったのは、リューさんの根幹を揺るがした“あの問い”……。

 

――君達の『正義』とは、一体何なのか?――

 

 その悪夢から目覚めた時、リューさんはアストレア・ファミリアの本拠(ホーム)にいた。

 気を失ったところを、仲間達が連れ帰ってくれたと、すぐ傍にいた仲間から知らされた。

 

 その仲間――アストレア・ファミリア副団長『ゴジョウノ・輝夜』さんは、起きたばかりのリューさんにすぐに都市に出る準備を急かした。

 いつもと変わらない表情、口調……それが酷く癇に障ったリューさんは、輝夜さんを問い詰めた。

 

『……どうして、あんな事があったのに、平然としていられる?』

『多くの者が散ったのに……守れなかったのに……それを責められ、石さえ投げられたのに!』

『アリーゼやアーディが傷つき倒れたのに!!どうして、そんな顔をしていられる!?』

 

 そんなリューさんに、輝夜さんはそれこそいつもの調子で『馬鹿め』と一蹴した。

 

『『正義』を名乗る時点で、批判、中傷、叱責、そして『犠牲』など覚悟して然るべきものだ』

『私達は皆、覚悟していた。お前だけは、覚悟していなかった』

 

 その言葉が、リューさんの胸を抉った。

 

『今の状況が堪えていない訳がなかろう。しかし、あらかじめ覚悟していたなら、受け止める事は出来る』

 

 続く輝夜さんの言葉に、リューさんは納得がいかなかった。

 

 あらかじめ犠牲を見据えた覚悟など、『正義』と呼んでいい筈がない――

 少なくともアストレア様が掲げる『正義』は違う――

 

『『現実』を見ろ。『世界』というものを知れ。誰しも『選択』する日を迫られる。……そう言っても、今のお前には届かんな』

『どれだけ強くとも、やはり私達の中で、お前の心が最も弱い。お前は、潔癖で……青過ぎる』

 

 溜め息交じりに返され……侮辱されたと感じ、リューさんは激昂した。

 激情に駆られ掴みかかろうとした時――仲間からアリーゼが意識を取り戻した事を伝えられ、踏み止まった。

 

 しかし、リューさんは……その時の自分の『無様』を見られたくない一心から、アリーゼには会わず、本拠を飛び出してしまったという。

 

 そして、街を彷徨い、偶然ガネーシャ・ファミリアの一団に出会い、アーディもまた意識を取り戻した旨を知らされた。

 安堵と共に湧き上がる『自己嫌悪』……正義に迷い、苛立ちと失意に苛まれ、仲間に八つ当たりをした挙句飛び出してきた自分が、無性に恥ずかしかった。

 アーディさんに合わせる顔がなかった……無様な自分の姿を見られたくなかった……。

 

 そしてまた、リューさんはその場を逃げ出してしまう……。

 

 

 

 そうして無我夢中で都市を走り回り……息を切らして立ち止まり、気付いた時、今のこの場所にいた……。

 

 

 

「……そうか……そうだったのか」

 

 経緯は分かった。

 リューさんが思い悩んでいた事も……全てなんて烏滸がましい事は思わないが、ほんの少しぐらいは理解できたと思う。

 

 話を聞いて、俺がリューさんに言える事……。

 

「……リューさんは、アリーゼやアーディさん、それにその輝夜さんの事も、凄く好きなんだな」

 

「は?」

 

 俺が思った事を言うと、リューさんが目を丸くした。

 

「な、何を……?今の話を聞いて、何故そうなる?!」

 

「いや、だってさ。アリーゼやアーディさんは言わずもがな。輝夜さんに対して怒ったのだって、輝夜さんに犠牲を“切り捨てる”様なことを言ってほしくなかったからだろう?」

 

「そ、それは……まあ、そうですが……」

 

「それってつまり、リューさんは輝夜さんなら“諦めない事”が出来ると思っている。期待している。そういう事だと思う」

 

「期待……?」

 

「端から期待してない奴が何かを投げ出す様な態度を取っても、それこそ“仕方ない”と諦めがつくじゃないか、『こいつはそういう奴だよな~』って。でも、リューさんにとって輝夜さんはそうじゃない。気が合わなくても、いがみ合っても、心の深いところで信頼と期待を寄せている。だから怒るんだ、『お前はそんなもんじゃねえだろ!』ってな。きっとそれは、輝夜さんから見たリューさんも同じだと思う」

 

「っ!?」

 

「今まで色々と言われてきたんだろ?ダメ出しとか、馬鹿にされたりとか……でも、よくよく思い返して、癇に障るのを我慢して言葉だけ拾ってみるとどうだ?アドバイスになってたりしないか?」

 

「……ぁ……」

 

 リューさんの目が、また少し開いた。

 

「輝夜さんはきっと、犠牲を諦めてるんじゃない。どれだけ手を伸ばしても、どうしても届かない場所がある『現実』を知っていて……それでも自分の死力を振り絞って、出来る事を全てやり尽して、一つでも多くの命を救える限りを救い続ける。命の『選択』をして犠牲を出してしまった時、不甲斐ない自分の腹を掻っ捌きたくなるのを必死に堪えて、犠牲となった命の重み(・・・・・・・・・・)を背負いながら生きていく――輝夜さんの覚悟っていうのは、そういう事じゃないか?」

 

「――ッ!!?」

 

 リューさんの話を聞いた限りだが、輝夜さんという人は自分自身にこの上なく厳しい人だと感じた。

 自分に一切の甘えを許さないと決めている……そういう印象を受けた。

 腹の据わり方が尋常じゃない……そうなるまでにどんな経験をしてきたのか、興味もあるが恐ろしくもある。

 

「ッ、わた、しは……私はっ……!輝夜のッ、そんな覚悟も、知らずに……!」

 

 見れば、リューさんは涙を流していた……。

 

「ぁぁ、どうして……っどうして、気付けなかった……!?どうして、私は……今までッ、何を見てきたんだッ!?」

 

ダン!

 

 床を叩く音が鈍く響く……膝をつき、拳を床に叩きつけるリューさんの姿は、痛々しい……。

 

 だが――

 

「――そこで涙が流せるならいいじゃないか」

 

「え……?」

 

 リューさんが顔を上げる。

 俺はしゃがみ、その涙でぐしゃぐしゃの顔を正面から見据える。

 

「悔しくても、悲しくても、辛くても、涙を流すほど他人(ひと)を強く想えるなら、その想いは本物だ。本物の想いを向けられる相手なら、それは本物の仲間だ。仲間の覚悟に気付きたかったと本気で悔やめるなら、もうその覚悟を共有したも同然だ。覚悟を共有できるなら、想いも共有できる。きっとそれが、『想い(正義)は巡る』って事だ!」

 

「――ッッ!!」

 

「だから、リューさんの中に正義はある!正義(仲間)へ想いがある!仲間から受け取ってきた正義(想い)がある!リューさんが生きている限り、その正義も生き続ける!間違えたって良い、迷ったって良い――でも、その想い(正義)だけは死んでも手放すな!」

 

「――ッッうわあああああああああぁぁぁぁ~~~~~~!!」

 

 俺が差し出した手に、両手で必死にしがみ付き、顔を伏せて泣き声を上げるリューさん――でも、さっきと雰囲気が全然違う、まるで子供みたいだ。

 だから、ついもう片方の手でその頭を撫でてしまう。

 

 本当は立ち上がる支えになればと手を差し出したつもりだったが、こうなっちゃったか……まあ、でも、勘だが、リューさんはもう大丈夫だろう。

 

 はぁ~、それにしても……我ながらクッサイ台詞をベラベラ語ったもんだ。

 元日本人で、サイヤ人の俺が、正義がどうのこうのなんて……烏滸がましいっつーの!

 あ~思い返すと恥ずかしいな!

 リューさんの話に、当てられたか?

 

 これも一応『正義は巡る』って事……なのかな?

 



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第20話 偽善者―ゴジョウノ・輝夜―

 リークがいる事の影響を入れ込むのが難しく、苦労しました……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 リューがアストレア・ファミリアの本拠(ホーム)を飛び出してから一晩が明けた頃……。

 

 紫檀色の和装に身を包んだ黒髪のヒューマンの美女と、桃色の癖毛をした子供の様に小柄な小人族(パルゥム)の少女が連れ立って街を歩いていた。

 アストレア・ファミリア副団長『大和竜胆』ゴジョウノ・輝夜と、団員『狡鼠(スライル)』のライラである。

 

 彼女達は、本拠を飛び出してしまったリューを探しながら、街を巡回していた。

 それぞれ性格から口には出さないが、彼女達がリューを懸命に探す理由はひとえに、リューが仲間であり、友であるからである。

 

「ったく、リオンの奴、どこに行きやがった……?アタシ達がこんなに探してるってのに、見つかりゃしねえ……」

 

「日も跨いでしまったな。道中で会ったシャクティも、見ていないと言っていたし……」

 

「なあ、輝夜」

 

「なんだ、ライラ」

 

「リオンの初めての家出、何日で終わると思う?」

 

「或いは二度と帰ってこないかもしれない。エルフの中でもあれは繊細過ぎる。しかも時期が時期だ……」

 

 そう口にしつつ輝夜は内心、『それも仕方ない。寧ろその方がリューの為かも知れない』とも考えていた。

 自身で口に出した通り、リューは余りにも潔癖で繊細……正義の二文字を背負うには、脆すぎると言ってもいい。

 清濁を併せて吞む覚悟を決められないのなら、それは重荷となり、リューを圧し潰してしまう……。

 それならば、いっそ逃げ出してしまった方が楽だろう――輝夜は逃げる事を恥とは思っていない。

 というよりも、仲間であるリューが壊れてしまうぐらいなら、全て投げ出し、逃げて生きている方がマシだと……。

 

「お前はホントに醒めてんなぁ。いや、『楽観』と『希望』をとことん自分に許してねえ」

 

 輝夜の様子に肩を竦めつつ、ライラは溜め息交じりに言う。

 

「ずっと前から思ってたが、お前、極東でどんな面倒くせえ人生を送ってきたんだ?」

 

「……ライラ。この際だから言うが、私はお前と2人でいるのが嫌いだ。その鼠の様な目が、無遠慮に何もかも見透かそうとするからな」

 

 輝夜の言葉……それは、ライラの言葉が的を射ている証拠であった。

 見透かされている事実、そしてライラの見透かす観察眼を認めている発言であった。

 

「そんな大っ嫌いなアタシと一緒にいてまで探そうとするなんて、リオンは愛されてんなぁ~?」

 

「……だからお前といるのは、嫌いだ」

 

 ニヤリと笑ったライラの言葉を、輝夜は否定しなかった。

 

 

 

 やがて2人は、とある避難所(キャンプ)に辿り着く。

 そこは、リューも含めた3人で、避難民達から罵声と石を投げつけられた場所であった……。

 

「……いけね、見覚えのある場所に来ちまった」

 

「ここの住民と接触するのは、得策ではないな……」

 

 ライラと輝夜は、すぐに避難民の目に触れないよう物陰に身を隠した。

 念の為、リューがいないかを確認しようとしたその時――ある光景が2人の目に留まる。

 

「――はい、どうぞ。あったかいスープです」

 

 そこでは1人の少女が、避難民にスープを配っていた。

 

「俺にもくれ!」

 

「ちょっと!押さないでよ!」

 

「皆さん!喧嘩はしないでください!まだまだ沢山ありますから!」

 

 灰色の髪をしたその少女は、鍋の前に並ぶ避難民達に声を掛けながら、器にスープを盛り付けていく。

 

「炊き出しか……」

 

「しかもギルドの配給じゃねえ。すげえな、多少物資は回ってきたとはいえ、まだまだ余裕ってほどじゃねえこの状況でやるなんて……」

 

 輝夜もライラも、その光景に目を見張り、思わず感心していた。

 

「炊き出しなんて、ありがたいよ……みんな、どこも大変なのに……」

 

「困ってる時はお互い様です、それに心配しないでください。このスープは『豊穣の女主人』というお店の差し入れですから」

 

 少女が言った『豊穣の女主人』――それはリークがオラリオにやって来た際、空腹で立ち往生していたところを、そこの女主人たるミア・グランドに連れて行かれ、食事を振舞われた店であった。

 

「すごく怖くて、でも都市で一番安全な酒場なんです。皆さん、もし困ったら西のメインストリートに来てくださいね!」

 

「嘘でも、嬉しいです……そんなこと言ってもらえて」

 

「ああ……今のオラリオに、安全な場所なんて……」

 

 僅かな希望、多くの悲観……戦況は僅かながら好転しつつある事実はあるが、都市を破壊され多くの死傷者が出たのもまた事実……。

 戦えない一般人からすれば、戦況を冷静に捉える余裕などないのが現実である。

 

「う~ん、嘘を言っているつもりはないんですけど……皆さんを明るくするには、先にお腹一杯になってもらった方がいいですね」

 

 そう言って、少女はスープ配りを再開しようとした――その時だった。

 

「――こんな炊き出しなんか、意味ねえよぉ!!」

 

 1人の男の叫びが、その場を凍らせた。

 

「俺たちはもうおしまいだ!家も何もかもぶっ壊されて、これからどうしろってんだよ!?」

 

「……おしまいなんて、そんなことないと思います。そうならない様に今、冒険者様たちが……」

 

「冒険者……?そんなの頼りにならねえよ!闇派閥の奴らにいいようにやられたじゃねえか!!」

 

「それは……」

 

「『守ってみせる』なんて調子のいいこと言って、期待させておいて……あいつらは、俺の妹を守ってくれなかったじゃねえかッ!!」

 

『…………』

 

 涙ながらに叫ぶ男の様子に、避難民達の表情は暗く落ち込んでいく……。

 

 その慟哭は、数日前、リューや輝夜やライラも投げつけられたものであった……。

 

「……」

 

「……石、投げられる方がまだマシだったな」

 

 陰から様子を窺っていた輝夜とライラにも、その叫びが突き刺さる……。

 

「……どうせ守れないなら、最初から期待なんかさせるなよ!口だけの『正義』なんてただの自己満足だろ!だから、俺は、冒険者(あいつら)に……!」

 

「――じゃあ、みんなで死んじゃいましょうか?」

 

『は……?』

「「はっ?」」

 

 少女の余りに唐突な衝撃発言に、周囲の避難民、そして輝夜とライラの言葉が重なった――。

 

「辛くて、悲しくて、苦しいから、そんなことを言うんですよね?それなら死んでしまえば、きっともう、何も感じなくなります。天に還れば、貴方の妹さんにも会えるかもしれません。大丈夫、神様達の話が本当なら、いつか生まれ変われますから!」

 

「え、あ、いやっ……な、なにを……」

 

 にこやかに語る少女に、叫んでいた男も戸惑い、声を詰まらせる。

 しかし、少女は止まらない。

 

「みなさーん!この方とご一緒に、死にたい人はいらっしゃいませんかー?もう苦しむことはありませんよー!」

 

ざわ、ざわ……

 

「「…………なんだ、あの女……ヤベえ」」

 

 避難民達も、輝夜とライラも、ドン引きであった……。

 

「お、俺は……何も、死にたいわけじゃ……」

 

「はい、そうですね。意地悪でごめんなさい」

 

 さっきまでの勢いを消沈させた男に、少女は笑顔のまま謝罪する。

 

「――でも、冒険者様達も、皆さんを決して死なせたいわけじゃない」

 

「っ!!」

 

「冒険者様達は、今も頑張っていますよ?誰よりも傷つきながら、皆さんを守ろうとしてる。勿論、守れなかった人達もいる。そして、その事を誰よりも責めているのは、あの人達自身……。私の場合は、意地悪な勘違いだけど……皆さんはどうか、冒険者様達のことを、勘違いしないで上げてください」

 

『…………』

 

 少女の言葉に、避難民達は何も言えなかった。

 誰もが実は分かっていたのだ……少女が言った事を。

 しかし、それでも、悲しいものは悲しい……そこで誰かに責任を求めてしまうのが、人間である。

 

「……だけど……だけどよぉ!守れないのに、守るなんて言うのは嘘じゃねえか!騙しじゃねえか!だから俺は石を投げたんだ!あんな奴らを、『偽善者』っていうんだ!!」

 

「――『偽善者』、結構じゃないですか」

 

「え……?」

 

「簡単に人が死んでしまって、みんな自分を守る事で精一杯。そんな中で、それでも誰かを助けようとする『偽善』は――とても尊いものだと、私は思います。例えそれが、上辺だけの『正義』だったとしても。こんな状況で、『偽善者』になれる人こそ、『英雄』と呼ばれる資格がある。私はそう思う」

 

『…………』

 

「冒険者様達が戦っている様に。皆さんも、苦しみや悲しみと、戦ってみませんか?『英雄』にはなれなくても……『英雄』の力になれる様に」

 

 その場にいた誰もが、少女の言葉に聞き入り、そして今度こそ何も言えなかった……。

 

 そして――

 

「……おい、『英雄』だってよ」

 

「……よせ。体がむず痒くなる。それは、私にとっては最も縁のない言葉だ」

 

 ――少女の言葉に救われた者達(・・・・・・)が、確かに、そこにいた。

 

 と、その時だった。

 

ボオォォンッ!

 

 突然の爆発音――次いで起こる避難民達の悲鳴。

 

「い、闇派閥(イヴィルス)だぁああああああああ!!??」

 

 一気に恐慌状態に陥り、避難民達が逃げ惑う。

 そこに現れる、白装束の集団――闇派閥の構成員達。

 

「都市内地だからといって油断しきりおって……護衛も用意していない、愚かな民衆め――我らはまだ負けてなどいない!お前達の断末魔の声をもって、冒険者どもに絶望を与えてやる!!」

 

「――みなさん逃げて!早く!」

 

 灰髪の少女が避難民達を逃がそうと声を上げる。

 しかし、それは闇派閥の注目を集めてしまう。

 

「シャアッ!!」

「死ねえ小娘ぇッ!!」

 

「っ!」

 

 凶刃を振り上げて迫る闇派閥――しかし。

 

ザシュ!

 

「「ぐげえッ!?」」

 

 凶刃は届かず、飛び込んだ2つ(・・)の影に阻まれ斬り伏せられた。

 

「「――輝夜/リオンッ!?」」

 

 方やエルフのリュー・リオン――方やヒューマンのゴジョウノ・輝夜――

 探されていた者と、探す者――

 奇しくも、1人の少女を救うために飛び出すという全く同じ行動を取る事で、再会する2人――それもすぐに3人となる。

 

「――リオン!お前、今までどこに!?」

 

 やや遅れながらもライラも駆けつけ、アストレア・ファミリアの3人がそこに集まった。

 

「貴方達は……!」

 

「「「っ!」」」

 

 再会のやり取りは後回し――リュー・輝夜・ライラはすぐに表情を引き締める。

 

「なぁに――ただの『偽善者』だ」

 

 

 

 輝夜のその言葉で合図に、3人はそれぞれ闇派閥に躍りかかり――程なく鎮圧した。

 

 

 

「……片付きましたね」

 

「これだけの騒動、ガネーシャ・ファミリア辺りがすぐ来るだろう。残った連中の捕縛は任せるか」

 

「ああ。リオンも見つかった事だし、他所へ――」

 

 混乱が収束したことを確認し、揃って立ち去ろうとした時だった――。

 

「あ、あんた達……」

 

「……私達、あんな酷い事をしたのに……守って……」

 

 避難民達が集まり、リュー達を遠巻きに見つめていた。

 一様に、罪悪感を漂わせた表情を受かべて……。

 

「…………行くぜ、輝夜、リオン」

 

 ライラがそう声をかけ促すと、輝夜とリューも、無言で避難民達に背を向け、今度こそ3人揃ってその場を立ち去った……。

 

 そして、避難所から離れた通りを歩きながら、輝夜が先を歩くライラに声を掛ける。

 

「……良かったのか、何も言ってやらなくて?石を投げられて、お前も相当に腹を立てていただろう?」

 

「バーカ、何も言わずに立ち去るのがミソなんだ。あいつらの顔を見たか?勝手に罪悪感に苛まれて、胸も超すっきりってもんだろ?」

 

「うわぁ……本当に性根の腐った小人族(パルゥム)ですことぉ……」

 

「それに、アレだ――こっちの方が、『正義の味方』っぽいだろう?」

 

「……違いない。性には合わんがな」

 

 ライラと輝夜、2人は揃って曇りの晴れた笑みを浮かべる。

 

 が、それも束の間――すぐに2人は後ろを歩くリューに向かって振り返った。

 

「それはともかくとしてだ――よぉ、家出エルフ。ほっつき歩いて散々迷惑かけやがって、アタシ達に何か言う事はあるか?」

 

 ライラが茶化すように言う。

 

「ええ、勿論あります」

 

 リューは振り返り、真っ直ぐに2人を見据え、迷う素振りもなく頭を下げた。

 

「輝夜、ライラ……本拠を飛び出し、自身の責務を放棄して今まで姿を暗ませていた事、心より謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

「「……?」」

 

 リューの余りにも素直な謝罪に、輝夜とライラはそれぞれ疑問符を浮かべた顔を見合わせる。

 

「……おやおやぁ、これは殊勝なことでぇ。いつぞや、わたくしに掴みかかってきたエルフ様が随分と様変わりされましたなぁ。空腹に耐えかねて、何か悪いモノでも拾い食いなされたのではぁ?」

 

「フフ、今、貴方に言われるまで、空腹など忘れていましたよ、輝夜」

 

「「……??」」

 

 いつもの皮肉にも反論する事なく、寧ろ自然に受け止め冗談めかして返すリューの姿に、輝夜とライラは疑問を強める。

 

「……では、どこぞで頭でも打たれたのでは?正直、その変わり様が不気味だぞ……何があった、リオン?」

 

 相手を煽る、皮肉を利かせる時の口調も続けられず、素で聞き返す輝夜。

 リューはあくまで動じることなく、自然に語る。

 

「私が……愚かだったと、やっと気付けたのです」

 

「何?」

 

「私は、調和や秩序、そして『正義』というお題目ばかりを唱えるのに夢中で……本当に大切な事なんて、何一つ分かっていなかった……。輝夜、貴方が言った通りだ。私は、青過ぎた……」

 

 語りながらリューが思い返すのは、今までの己の姿……。

 

「アストレア様は正義を司る女神様だから……アストレア・ファミリアは正義の眷属だから……『正義』を標榜し、その体現に邁進する事が当然だと思っていた」

 

 正義とは何か……疑わない事こそ美徳と考え、己で考える事を避けてきた。

 思い悩み、迷う事を恥と捉え、思考を半ば放棄してきた……。

 

「無償に基づく善行。いついかなる時も、揺るがない唯一無二の価値。悪を斬り、悪を討つ……何の具体性も無い。耳障りの良い言葉を並べただけの、外見だけを取り繕った中身のない張りぼて……それが私の正体だった」

 

 邪神エレボスに見透かされ、図星を突かれ、狼狽し、翻弄された……。

 

「輝夜、貴方は言った。『正義』を名乗る時点で、批判、中傷、叱責、そして『犠牲』など覚悟して然るべきものだ、と――私はあの時、この言葉の意味するところを理解できなかった。ただ犠牲を諦め、自身が楽になる為に切り捨てる……諦観を気取った怠惰の言葉だと、何も考えず決めつけ、ただ感情のままに否定した」

 

 そんな訳がなかった……。

 犠牲をただ切り捨てる様な者が、正義を掲げ、力を尽くし、命を懸けて戦い続ける筈がない。

 

「いつだって貴方達は先を行き、その背中で示し続けていた……『正義()』の“責任”を背負う『覚悟』を!その『覚悟』を分かち合い、認め合い、支え合う姿を!」

 

 愚かしい……正義とは言葉で示すものなどではないのだ。

 自分は、こんな事すら分かっていなかった……。

 恥ずべきは自身……他者の考えに否定を述べるばかりの癖に、他者に分かり易い答えを求め続けた。

 

 主神たるアストレア……親しみと尊敬を寄せるアリーゼ……友情を交わしたアーディ……。

 

 常に答えは示されていた。

 ただ、自分が気付けなかっただけなのだ。

 

 そんな自分の濁った目を拭い、自分の中に『正義』がある事を教え導いてくれた、ロキ・ファミリアの少年リーク……。

 

 幼い容姿に見合わない賢さ、自分の話だけで輝夜の覚悟と正義の在り方まで見抜いた。

 アリーゼとはまた違う、尊敬を抱いたヒューマン……彼からもまた、大切なものを受け取った。

 その小さくも大きな(・・・)手に縋り付き、子供の様に泣き叫んでしまったのは……少々恥ずかしいが。

 

「私は……私は!そんな貴方達に報いたい!ようやく気付けた、貴方達から受け取ってきた想い(正義)を、貴方(仲間)達に返したい!」

 

「「…………」」

 

 リューの叫びにも似た告白、それは心からの言葉だったと輝夜もライラも感じていた。

 そして、リューが心の葛藤を乗り越え、覚悟を決め、大きく一歩を踏み出したことを――。

 

「…………フッ、ぶわぁ~~かめッ!」

 

「っ!?」

 

「青臭い台詞をペラペラと!全く少しはマシな面をするようになったかと思えば、相変わらずの青二才め!聞いてて背中が痒くて堪らんわ!」

 

「っ、何とでも好きに言ってください!私は、この青さ(想い)は失くさないと決めた!輝夜!貴女が幾ら言ってもその皮肉が過ぎる性格(現実主義)を改めない様にな!」

 

「言うではないか!ポンコツ妖精めが!言っておくが、サボりのツケはきっちり払ってもらうぞ!しばらくお前の仕事は、我々の下僕だ!ぶぁーかめ!」

 

「っ、ポンコツ呼ばわりは不服ですが、望むところです!幾らでも借りを返しましょう!」

 

 いつもの、そして何かが変わった輝夜とリューのやり取り――それを見て、ライラもいつも通り、肩を竦め、皮肉めいた笑顔を浮かべてからかう。

 

「はぁ~、やれやれ……お前ら、相変わらず仲良しこよしだな。イチャイチャしやがってよぉ」

 

「っ、い、イチャイチャなどしていないっ!ライラ!貴方はまたそのような戯れ言を――!」

 

「おやおやぁ、そちらの性根の腐った小人族(パルゥム)様ぁ?性根同様、腐ったその目を抉り取って取り換えてはいかがですぅ?――今なら手伝ってやらん事もないぞ?ああん?」

 

「お~、こえーこえー」

 

 口には出さない――しかし、3人ともそのやり取りを心地よく、嬉しく思っている。

 

 

 

 正義の眷属に、『希望の光』が帰ってきた瞬間であった――。

 

 

 

「ところでよぉ~リオン。さっき話の途中で、チラっと顔が赤くなってたのはどういうことだぁ~?」

 

「ッ!?そっ、そんな事実はないっ!」

 

「い~や、あったね。アタシの目は誤魔化されねえぜ。さては、男だなぁ!」

 

「ち、違うっ!いや確かに彼は男性だが、ライラが考えているような事ではありませんっ!!」

 

「おやおやおやぁ、自白した事に気付いてらっしゃらないのでぇ?流石はポンコツ雑魚エルフ様ですことぉ~」

 

「か、輝夜まで!?あとポンコツ雑魚エルフ言うなッ!」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 



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第21話 もう1人の迷う正義―アリーゼ・ローヴェル―

 ああ、ストーリーが進まない……。
 この先、どう進めたらいいものか……。

※10/11誤字報告を頂き、誤字修正しました。
ずわい様、ご報告、ありがとうございました。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 リューが輝夜・ライラと合流した一方――復帰したアリーゼの指揮の下、アストレア・ファミリアは闇派閥への警戒と民衆の救助活動を続けていた。

 

「補給、これだけか……?」

 

 白灰色の髪と褐色肌の狼人(ウェアウルフ)、ネーゼ・ランケットはギルドから運ばれてきた補給物資を見てぼやく。

 

「辛抱してくれ。民衆への支援物資が優先されていて、我々に回る分はまだ少ないんだ。武器の整備は鍛冶師達にやらせる。今はそれで、凌いでくれ」

 

「凌いでくれって……っ、はぁ、仕方ないか……」

 

 思わず出そうになった文句を止め、ネーゼは溜め息交じりに言う。

 

 ロキ・ファミリア団長『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナの()により、都市外を包囲していた闇派閥は殲滅され、補給路が復活し、少しずつ物資が供給され始めている。

 しかし、それも十分な量とは言い難い……食料、医薬品、装備、アイテム……あらゆる物が不足しているのが現状であった。

 物資が一般の民衆に優先して回される事は、都市の防衛・警戒に当たっている冒険者達に既に通達されている。

 それ故、ネーゼも不服を飲み込んだのだ。

 

「欲しがりはダメよ、ネーゼ!」

 

 そこに掛かる活発な声――アリーゼである。

 

「清貧の心は『正義』の基本!ファミリアが小さかった頃の節約殺法を思い出すの!ダンジョンアタックで大赤字を喫して、野草と塩のひっどいスープを『いいのよ』と微笑むアストレア様に七日七晩飲ませた時と比べれば、何てことないわ!」

 

「おい止せヤメロぉ!?こんな時に私達の黒歴史を掘り起こすなぁー!」

 

 羞恥に頭と狼耳を押さえて悶えながら叫ぶネーゼ。

 つい先程までの深刻な雰囲気を吹き飛ばし、その場に笑いが満ちる。

 

「ふふっ、そうね。あの時と比べれば、私達、まだいけるわ!」

 

 薄青色の長い髪にやや下がり気味の目尻がおっとりした雰囲気を醸し出すヒューマン、アストレア・ファミリア団員マリュー・レアージュが微笑みながら言った。

 

「いざとなれば、またその辺に生えてる野草を食べてやります!」

 

 マリューに続くのは、焦茶色の髪をショートヘアにしたヒューマンの少女、アストレア・ファミリア団員ノイン・ユニック。

 

「ああ、ちくしょうめっ。こうなったら、やってやる!これでいいんだろう、団長!」

 

 ネーゼも元気を取り戻し、アリーゼに向かって笑みを向ける。

 アリーゼもそれを笑顔で迎える。

 

「ええ、百点満点!気合と知恵で乗り切りましょう!準備を済ませたら、またここに集合して!」

 

 その号令で、ネーゼ達は各々の仕事に取り掛かる為、解散していく。

 

「……ふぅ」

 

 その場に1人残ったアリーゼは、先程までの笑顔を消し、短く息をつく……。

 

 思い返すのはギルドからの報告――

 

 現在、把握できているだけでも死傷者は二万人を超えていた。

 医療系ファミリアの『ディアンケヒト・ファミリア』及び製薬を中心とした商業系ファミリアの『ミアハ・ファミリア』を中心とした治療師・薬師達が不休の治療活動を続けており、その疲労はピークに達し、状況は逼迫している……。

 フィンの指示により都市外縁部の守備を放棄、中央部に戦力と避難民を集中している。

 ただ、一部のキャンプが要請に応じず、完全な戦力の一極集中は実現できていない。

 已む無く、そちらにも冒険者の巡回と警護を回しているが、散発的な闇派閥の襲撃も続いており、大局的に見れば戦況はオラリオ側に傾きつつあるものの、まだまだ予断を許さない状況は続く……。

 

 都市に広がる不安と恐怖は、まだ払われていない――。

 

(このままじゃいけない。希望を示さなくちゃ。不安と恐怖を吹き飛ばす、強き『意志』を……だけど、今の私は……)

 

 果たして、都市の希望足り得ているのだろうか……。

 

 アリーゼが自身に疑問を抱いていた時だった――。

 

「――あ!おーい、アリーゼ!」

 

 悩むアリーゼに呼びかける声がした。

 

「あ……リーク?」

 

 振り返ったアリーゼの視線の先、声がした方向には、駆け寄ってくる黒髪の少年――リークの姿があった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 リューさんと別れて、俺はまた街を歩いていた。

 その途中、覚えのある氣を感じてそっちへ行ってみたら、そこには数日前にガレスのおやっさん繋がりで仲良くなったアリーゼがいた。

 

「あ!おーい、アリーゼ!」

 

「あ……リーク?」

 

 重傷から復活したと聞いていたが元気そう……でも、ないのか?

 なんだか、前の炊き出し会場で会った時より、元気がなさそうだが……。

 

 こっちに気付いたようなので、軽く走って近づいてみると……うん、やっぱりどこか元気が欠けている。

 病み上がりで働いて、疲れが出たんだろうか?

 

「アリーゼ、動いて大丈夫なのか?作戦の時に大怪我して、少し前まで意識がなかったって聞いて心配してたんだぜ?」

 

「あー、うん、もう大丈夫よ。ディアンケヒト・ファミリアの治療師に治療魔法も掛けてもらったし、ポーションも飲んだし。都市がこんな状態なのに、私だけ寝てる訳にはいかないものね!」

 

 そう言って腕を上げて笑うアリーゼだが……やっぱりどこか無理をしている感じがする。

 氣も若干弱っている……が、そこはまた別か。

 

 この感じ……何となく、さっき会ったリューさんに似てるような気がする。

 

「……アリーゼ。もしかして、何か悩んでたりする?」

 

「っ!」

 

 あ、図星っぽいな。

 

「もし俺で良ければ、聞くぐらいはできるぞ?」

 

「……」

 

 

 

 そして、アリーゼは徐に口を開き――堰を切った様に愚痴り出した。

 

 

 

「――という訳で団長も大変なのよ!他にも対外的なアレとかソレとか一杯あって!それからそれから――!」

 

「ま、まだあるのか……」

 

 ヤバい、アリーゼが止まらねえ……!

 もう彼是1時間以上喋っているんじゃないか……?

 つい悩みがあれば聞くぞ~なんて言ったが、これは迂闊だったかも……。

 

「折角こうしてまた会ったんだもの!それに私が弱音を吐くのは貴重だから、ぜひ聞いていって!」

 

「う~ん……」

 

 まあ、話を聞く前よりはアリーゼも少しは元気が戻って様な気もするし……ここは乗り掛かった舟だ。

 色々と混じっていたが、話を纏めると、だ――

 

「……アリーゼが今一番悩んでるのは、仲間達に『正義』についてどんな『答え』を示せばいいのかが分からなくなった、って事でいいか?」

 

「ええ……でも、リオンや皆への『答え』だけじゃない」

 

「うん?」

 

「人々から、都市から、世界から……『絶対悪(てき)』からも、『正義』を問われている」

 

「問われている……?」

 

「気の所為なんかじゃない。私達が出す『答え』によって、絶望は絶望のままか、それとも希望に裏返るのか、決まる。私は、そう思ってしまった」

 

「う~ん……」

 

 気負い過ぎじゃないのか?

 と、俺はつい思ってしまうが、きっと俺がそう指摘しても意味はないな。

 これはアリーゼが、自分で抱える事を望んだ(・・・・・・・・)問題だ。

 

 『正義』か……リューさんといい、アリーゼといい、その若さで難しい事をよく考える。

 これは、異世界の文化とかそういう話とも違う……言ってはなんだが、この世界でも彼女達は“異端”の部類なんだろう。

 『正義』という難題に挑み、人々の『希望』になろうと励むなんて、そんな物語の“英雄”の様な振舞い――老若男女を問わず、そうそう出来るものじゃない。

 

 少なくとも、俺には無理。

 本当に凄いよ、アリーゼやリューさんは……。

 

「……アリーゼ、俺は『正義』の『答え』なんて分からない。でも……俺には、アリーゼやリューさんが輝いて(・・・)見えるよ」

 

「輝いて……?」

 

「うん。そうやって『正義』ってもんに真剣に悩んでるアリーゼ達は、光ってる。ちょっと眩しいくらい」

 

「私達が……?」

 

「実はさ、少し前にリューさんに会ったんだよ、俺」

 

「リオンに!?無事だったのね!」

 

「ああ、怪我とかはなかった。けど、心はかなり参っていた……『正義』について、痛々しいぐらい思い悩んでいたよ」

 

「リオン……」

 

 心配そうに視線を下に向けるアリーゼ。

 

「それで、ちょっとでも気が晴れればと思って、話を聞いたんだよ。あの、都市が燃えた日から何があったのかを……どうも邪神エレボスに散々心を引っかき回されたらしい」

 

「そうだったの……きっとあの日、エレボスが初めて私達の前に現れたあの時、リオンの誰よりも繊細な心を見抜いたのね」

 

「その辺も聞いた。エレンとか名乗って現れたんだよな」

 

「ええ、そうなの。私達、すっかり騙されちゃったわ」

 

 アリーゼは今度は眉を顰め、少し曇った空を睨みつける。

 俺も倣って空を見上げた。

 

「……今日は曇ってて、太陽が見えないな」

 

「そうね……」

 

「アリーゼ、俺は今まで『正義』ってもんについて考えた事はなかった。けど、アリーゼやリューさんに会って、話して、少し考えるようになった。それで今、『正義』って太陽みたいだなぁって思ったんだ」

 

「太陽みたい……?」

 

「うん。太陽が出てると、明るくて、暖かくて、気分が良くなる。逆に曇ってて太陽が見えないと、薄暗くて、肌寒くて、何か気分も落ち込む。太陽は空の彼方に在って、見えているのに手を伸ばしても届かなくて、でもその光と暖かさで地上の生きとし生けるものに活力を与えてくれる――『正義』と似てると思わないか?」

 

「っ!確かに、そうね。凄く似てる!」

 

「今のオラリオは、この空と同じ……曇ってて太陽(正義)が見えなくなっている。でも、雲の向こう側に太陽はちゃんと在る。空の上から、光と暖かさを届け続けている。だから今、俺達は真っ暗闇じゃないんだ」

 

「……そうね、きっとそうだわ!アストレア様がここにいたら、同じことを言ってくれる気がする!」

 

 また少し、アリーゼに元気が戻った様だ。

 

「アリーゼ、リューさんが話してくれた事の中に『正義は巡る』って言葉があった」

 

「っ!正義は、巡る……」

 

「ガネーシャ・ファミリアのアーディさんが言ってたんだってさ」

 

――たとえ真の答えじゃなかったとしても、間違っていたとしても!姿形を変えて、私達の『正義』は巡る!

――私達が伝えた正義は、きっと違う花になって咲く!もしかしたら、花じゃなくて星の光になってみんなを照らすかも!

――私達が助けた人が、他の誰かを助けてくれる!今日の優しさが、明日の笑顔をもたらしてくれる!

――だからリオン、笑おう!巡っていく『正義』の為に、今日を笑おう!

 

「――!!」

 

 アリーゼが目を見開く。

 

「その話も合わせて、やっぱり俺は『正義』とは太陽なんだと思う。太陽の光が生命に活力を与える様に、『正義』を示そうと奮闘する姿が人々に希望という活力を与える。アリーゼ知ってるか?星って太陽の光を反射して光ってるんだぜ?」

 

「えっ?そうなの?!」

 

「そうだよ。だから、アリーゼ達は“星”なんだよ。太陽(正義)の光をその体に受けて、夜空を照らす(人々を導く)星……その星の優しい光を見上げて、人は安らぎを感じる。その星の光が、別の星を照らす事もあるかもな。そうやって『正義は巡る』んじゃないか?」

 

「…………!!」

 

「アリーゼ達は、そのままで良いと思う。悩んでても、迷ってても、『正義』を示そうと努力する姿は輝いている。少なくとも俺にはそう見える。アリーゼやリューさんの光を受けたから、俺なんかでも少しは『正義』について考えられたんだ――俺は君達から『正義』を受け取ったんだ」

 

 きっとそうなんだ。

 前世日本人で、今世サイヤ人で、『正義』なんてファンタジーの言葉でしかないと思っていた様な凡人の俺が、こうやって尤もらしく『正義』について考えて語れるのは、アリーゼ達という本気で『正義』を示そうとする人間達を目の当たりにしたからに違いない。

 不覚にも、やっぱり当てられちゃった訳だ。

 

「きっとリューさんや他のアストレア・ファミリアの団員達も、アリーゼのそんな姿から光を貰ってきたんだと思う。リューさん達だけじゃない、もっと沢山の人達がアリーゼの光を受け取った筈だ。そしてアリーゼも、リューさん達や大勢の人達から光を貰ってきた。だから、アリーゼ達はそのままで良い。悩んで、迷って、疲れたらちょっと立ち止まって……そうやって少しずつ進んで行ったらいい――ってうおッ!?」

 

 なんだなんだ!?

 アリーゼがいきなり抱き着いてきた!?

 

「っ!ありがとうっ!リーク!」

 

「なッ、何が!?」

 

「私……今、貴方から沢山の光を貰っちゃった!」

 

「うえっ!?」

 

 俺が狼狽えて間抜けな声を上げた直後、アリーゼは俺から体を離し、一段と輝く笑顔を見せた。

 

「私、うんと悩んでみるわ!沢山たくさん考えて、皆に私を受け止めてもらって、私も皆を受け止めたい!今の私の『答え』を、皆に届けたい!」

 

「……そっか。うん、出来るさ、アリーゼなら。いや、もう出来てるさ」

 

「本当にありがとうっ、リーク!なんだかやる気がメラメラ湧いてきたわ!今、私の心は灼熱(バーニング)よ!」

 

 どうやらアリーゼの調子が戻った様だ。

 俺なんかの浅い言葉でも、アリーゼが元気を取り戻す切っ掛けになったなら、良かった。

 この、追いかけて来るようにじわじわと湧いてくる小っ恥ずかしさもっ……少しは報われるってもんだっ!

 

 うぐおぉーーーー!!??

 誰もいないところで猛烈に地面を転がりたいぃーーーー!!

 ぎゃああぁぁーーーー!!??

 



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第22話 正義復活―アストレア― ※改訂版

※こちらは多くのご指摘を頂き、第22話の内容を考え直し、書き直した改訂版になります。
※なるべく、その場の状況とアストレアの性格を考え直したつもりです。
※比較の為、1週間ほど改訂前の第22話も残しておきます。

※拙い作ではありますが、よろしければお楽しみください。



 アリーゼと話をして別れてから数時間が経ち、街を歩いていた俺は――唐突な闇派閥(イヴィルス)の襲撃に遭った。

 

「ふんッ!」

 

「ぐはッ!?」

「ごあッ!?」

「げがぁッ!?」

 

 で、襲い掛かってきた連中は返り討ちで瞬殺させてもらった。

 どうやら他の場所でも襲撃が起きているらしいので、近場に闇派閥の討ち漏らしがいないのを氣で確認してから、他の場所へ飛ぶ――。

 

 爆発音や悲鳴、怒号があちこちから聞こえてくる。

 今までの散発的な襲撃よりも範囲が広く、同時に起こっている様だ。

 同時多発テロという印象の、広く浅い攻撃……フィン団長の読みが外れた?

 しかし、俺達が巻き返しつつあるこの状況で、こんな規模だけは大きな攻撃……何か切っ掛けらしい切っ掛けがあったか?

 何だか中途半端な感じだ……これに狙いがあるとしたら俺の頭じゃあお手上げだぞ。

 

「死ねぇ!冒険者どもぉー!!」

 

「オラリオに死と破壊をぉ!!」

 

 いやいや、今は考えるより動く事だ――それが俺の本分!

 

「はあッ!!」

 

「ぐわぁぁ!?」

「ぎゃあぁ!?」

 

 闇派閥を速攻で蹴散らす――奴らが何かをやらかす前に倒す!

 そうすれば犠牲者も減る、あわよくば0に出来る!

 何だかんだ言っても今の俺はサイヤ人!

 

「おりゃあッ!!」

 

「「「うわあぁぁぁ!!??」」」

 

 戦いこそ一番活きる場面だ!

 暴れているのが雑魚ばかりで張り合いはないが、最近らしくないクサイ台詞を多く吐いていた所為かフラストレーションが溜まっていた。

 八つ当たりが混じって悪いが、一般人に襲い掛かるお前らが一番悪いという事で、ぶっ飛ばさせてもらう!

 

 

 

 そうして10ヶ所ほど飛び回って闇派閥の襲撃を潰した時だった――

 

 

 

『――神エレボス!あの時のお前の問い、私の『答え』を聞かせてやる!!』

 

 遠くの方から響く声――これは、リューさんの声だ。

 

『『正義』は巡る!数多の星の輝きとなって、違う誰かに受け継がれていく!』

 

 それはリューさんが言っていた、アーディさんに教えられたこと――。

 

『――私が生き続ける限り!仲間が生き続ける限り!人々が生き続ける限り!『正義』もまた生き続ける!!たとえ私達が力尽きたとしても!『正義』は決して終わらない!だから――私は今を尽くす!』

 

 戦いの音は続いているのに、リューさんの声は決して消されない――。

 

『――お前がどんな理不尽を叩きつけたとしても、この命ある限り絶望に抗い、この身が燃え尽きるまで戦ってやる!』

 

 いつの間にか、周りで戦っていた冒険者達も、その声に聞き入っていた。

 

『――盟友(とも)達から受け取ったこの“想い”を胸に!1人でも多くの者を救い、『正義』を託す!命が生きる事こそが『正義』!!』

 

 その声に、胸の奥から沸々と湧き上がるものを感じる……!

 それはきっと、俺だけじゃない筈だ……!

 

『――その『正義』を途絶えさせないこと!それが私の『答え』――私の『絶対正義』だ!』

 

 あの邪神エレボスの宣言に対する、真っ向から立ち向かう徹底抗戦の宣言――!

 

 おいおい、リューさん、輝き過ぎだろう!

 空を覆う雲さえ吹き飛ばす勢いじゃないか!

 

 リューさんの氣の近くにアリーゼと、同じく偉く綺麗な感じの昂る氣が9つ……これがアストレア・ファミリアか!

 

「むっ?」

 

 アストレア・ファミリアの氣からほんの少し離れたところに、氣が2つ……これはどっちも神だな。

 いや、待てよ?

 片方の氣には覚えがあるぞ……?

 

 これは――邪神エレボスか!

 

「しめたぞ……!」

 

 敵の首魁を捕えれば、闇派閥の勢いを更に弱められる!

 この戦争紛いの抗争も、終わらせられるかも知れない!

 

 俺は空に飛び上がり、真っ直ぐエレボスの氣に向かった――!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「問おう、アストレア。答えてくれ、女神よ」

 

 とある元教会の廃墟の中――闇派閥と冒険者の戦いの場に程近いその場所で、黒髪の若者の外見をした男神と栗色の長い髪を背中に流した美しい女神が対峙していた。

 

 男神は、大抗争の引き鉄を引いた“原初の幽冥”を司る地下世界の邪神エレボス――

 女神は、アリーゼ達の主神である“正義と秩序”を司る女神アストレア――

 

 2柱は互いに言葉による戦いに臨んでいた。

 エレボスは問う。

 

「下界における『正義』とは?」

 

 対するアストレアの答えは――

 

「『星々』」

 

「へえ?」

 

 淀みなく答えるアストレアに、興味深そうに声を漏らすエレボス。

 アストレアの答えは続く。

 

「或いは、それに類するもの。空に浮かぶ数多の輝きと同じように、この地上にも数々の『正義』が存在する」

 

「随分と詩的じゃないか。だが俺が聞きたい事は、そういうことじゃない。真実、或いは『絶対の正義』とは何だ?」

 

「断言しましょう。『絶対の正義』は存在しない」

 

 正義を司る筈のアストレアの口から出た、『絶対の正義』の否定――エレボスは微かに眉を顰めた。

 

「おや?ついさっき、君の眷属が『絶対正義』を高らかに宣っていたが?」

 

「リューが掲げたのは『絶対正義』、『絶対の正義』とは似て非なるものよ」

 

「何が違う?」

 

「『絶対正義』はリューが自らに課す覚悟と、それを貫かんとする信念。『絶対の正義』は唯一無二を良しとし、他の『正義』の存在を許さない排他的思想……」

 

 アストレアはエレボスを真っ直ぐに見つめる。

 

「『正義』が一つに確立された時、下界は破綻を起こし、子供達は朽ちていく。支配、圧制、従属――自由は消失します」

 

「それは統一と同じだろう?いいことじゃないか。少なくとも争いは無くなるかも知れない」

 

「たとえそうだとしても、確立した『正義』の中で序列が生まれ、序列の数字は残酷な『絶対』となって下の者に恭順を強いる。やがて恭順は停滞となり、停滞は退廃となる――世界は腐り果てる」

 

「それは『正義』が一つじゃなくても同じだろう?今の下界の姿が全てを物語っている」

 

 エレボスの指摘に、アストレアは迷わず首を横に振る。

 

「いいえ。異なる正義は『共存』できる。反発し合う『正義』が絶対的に多かったとしても、手を取り合える。今のオラリオのように……あの子達のように。私達はそれを『光』と呼び、『希望』と呼ぶ」

 

「なるほど……『星々』、そして『希望』か。つまり、不完全な下界の住人に向けた、群体の『正義』という訳だ。だが、群体の『正義』を語る時点で、やはり俺の望む答えは聞けそうにない。残念だよ、アストレア」

 

「……エレボス。何故『正義』を問うの?『絶対悪』を掲げておきながら、どうして貴方は、下界の『行く末』を知りたがるの?」

 

1柱(ひとり)でここまで来たのは、それを問いただしたかった為か?」

 

「ええ。貴方の神意(真意)を知りたい」

 

「そうか。だが残念。それはもう君の眷属に散々答えた。知りたいのなら娘達に聞け。納得できるかは知らないがな」

 

「…………」

 

 問いへの答えを避けるエレボス、それでもその真意(神意)を読み取ろうと試みるアストレア――と、その時。

 

バンッ!

 

 教会の扉が音を立てて開いた。

 

「――邪神エレボス、覚悟しやがれ!」

 

 そこには、黒髪の少年――リークが立っていた。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 勇んで突入してみれば、どういう状況だこれは……?

 

 エレボスの氣を辿って飛んで来てみれば、元教会らしい廃墟の前に闇派閥の白装束とそれを率いる黒服で細目の狐みたいな男が屯していた。

 そいつらを秒で蹴散らして中に入ってみれば……胸元を開けたスーツっぽい服を着たチャラそうな白髪交じりの黒髪イケメンと、サラサラの薄茶色のロングヘアー美女が向かい合って立っていた。

 

 イケメンの方が邪神エレボスだな、氣が同じだ。

 美女は氣からして女神みたいだが会った事がない……誰だろう?

 

「貴方は……」

 

「おっと、これは不味いな……どうやら長話をし過ぎた様だ」

 

 エレボスが俺を見て、引き笑いを浮かべる。

 どういう意味だ、その顔は……?

 

「まさかここでザルドとアルフィアを捕えたロキの子供に出くわしてしまうとは……ヤバいな、俺、終わったかも?」

 

 なんだと……?

 

「おい、邪神エレボス……てめえ、なんでソレを知ってる?」

 

 その事はフィン団長がギルドと協力して秘密にしていた筈だ……。

 仮に俺がザルドとアルフィアを運んでいたところを目撃されていて、それを他の闇派閥の連中から聞いたんだとしても、見た目はガキの俺が、元とはいえ最強派閥の眷属2人を捕えた事や、ロキの眷属という事まで知っているのはおかしい……。

 

「……さあ?なんでだろうな?」

 

「……」――イラ

 

 ほーほー、そうかそうか。

 答える気はねえって事だなこの野郎?

 よーし、ならもういい。

 

「あっそ。じゃあ覚悟しな。ボコボコにして両手足ヘシ砕いてフィン団長とロキの前に引っ立ててやる」

 

「――あ、ヤベ、マジで終わった、俺」

 

 今更、顔を引き攣ってももう遅い。

 俺をイラつかせたそのイケメン面――『ドドリアさん』に整形してやるぜ!

 

「――待って!」

 

 と、拳を握ったところで美女神からストップが掛かった。

 

「……何だい、女神様?こんなクソ邪神野郎を庇うのか?」

 

「庇うつもりはないわ。彼をここで捕えるのは構わないけれど、せめて穏便にしてあげてくれないかしら?」

 

 そう言って、困った様に笑う女神様。

 

「穏便にって……女神様、こんな奴に慈悲を恵む必要ないと思うけど?」

 

「慈悲ということでもないわ。ロキの子供、リーク」

 

「あれ?俺のこと知ってるのかい?」

 

「ええ。自己紹介をさせてもらうわね。私はアストレア、アリーゼやリュー達の主神を務めているわ」

 

「ああ、あんたがアストレア様か!」

 

 リューさんやアリーゼ達アストレア・ファミリアの主神!

 まさか、こんなところで会う事になるとは……。

 

「私の娘達がとてもお世話になったそうね。きちんとお礼がしたいのだけれど、それは後日改めてね。話を戻すわ。実はロキから、貴方の力の事は聞いているの」

 

「ロキから?」

 

 確か聞いた話では、ロキはアストレア様の事を嫌っていたはずだが……よく俺の事を話す気になったな。

 

「ええ、今後の事を考えてという事で、私を含めた極一部の神には伝えられているの。勿論、子供達には決して話さないという誓約の上でね。まあ、嫌っている私に教えるのは身を切る様な葛藤があったみたいだけど」

 

「そうだったんだ」

 

 確かに、ロキやフィン団長、それにギルドだけで隠し通すのは限界があるか。

 その辺り、公私は分けられたんだな、ロキも……あ、いや、俺の為に私情を飲み込んでくれたのか。

 それに口で「嫌いだ嫌いだ」と言っていても、俺の戦闘力の事を話す辺り、ロキもアストレア様の神格を認めて信用しているという事だろう。

 

「それで?」

 

「貴方の途轍もない力でエレボスをボコボコにしてしまうと、この場で“送還”されてしまうかも知れない。それは避けるべきだわ」

 

 送還――つまり地上での神の死……ロキや団長達から聞いたっけな。

 地上に降りた神は、恩恵を持たない人間に等しい仮初の肉体で暮らしていて、その肉体が死を迎えると、神の世界である天界に送還される。

 そして、一度地上から送還された神は、二度と地上には降りて来られない。

 

 また、人間が神を殺す『神殺し』は地上最大の罪であり禁忌、死後に何らかの報いを受けるとか……。

 聞いた時は『なんだ?その神優位のルールは?』と思ったが……。

 

「大罪を犯しているのはエレボスなのに、彼を送還する事で貴方が『神殺し』の罪を背負うなんて余りに理不尽だもの。そんな事は、ロキも決して望まないと思う。それに……」

 

 そこでアストレア様は邪神エレボスに視線を向ける。

 

「これは私の個神的な考えになるのだけれど……私は、エレボスの神意(真意)を知りたいの。彼が大罪を犯すに至った動機――『絶対悪』というものを掲げ、『正義』に問いを投げかけ続け、都市に破壊をもたらしながら下界の『行く末』を知りたがる、その訳を……」

 

「真意、ねえ……」

 

 二万人の虐殺に関わり、都市を戦火に包んだクソ邪神野郎の真意なんか知って何になるのか、と俺は思うんだが……。

 しかしまあ、それとは別に、アストレア様の言う事も一理ある。

 今はアストレア様と話している内にイラつきは治まっているが、さっきまでの勢いでエレボスをボコっていたら、確かに力加減を間違えてうっかり送還()していた可能性は高い。

 

 俺は別に『神殺し』の大罪とやらを恐れはしない――俺が死後、この星の天界とやらに行く事になるのか、あの世のスーツを着た『閻魔様』のところに天国行きか地獄行きかの裁きを受けに行くのかは分からないが、そこは別にいい。

 問題は、ロキやフィン団長達に迷惑が掛かる事だ。

 『神殺し』の大罪人を抱える神とファミリア――そんなの外聞が悪いにも程がある。

 俺の所為で、ロキや団長達まで責めを受けるのは我慢ならない。

 

 ここは冷静に考えて、エレボスは無傷で捕えておいた方が無難か……。

 

「……分かったよ、アストレア様。エレボスは無傷で捕まえる」

 

「ありがとう、リーク。捕えたエレボスの処遇は、ロキやギルドと協議の上、私が責任を持ちます。正義と秩序を司る神アストレアの名に於いて、必ず報いを与えると誓約します」

 

「報い……具体的にどうする、と聞いてもいいかい?」

 

「……最後には必ず、私の手で送還します」

 

 それはつまり、アストレア様がエレボスを……。

 俺に他人の心を読むなんて事は出来ないが、アストレア様は本気で言っている気がする。

 本気である事を訴えてくる、真っ直ぐな眼差し……戦闘力とは全く違う“力”を感じさせる眼だ。

 何となく彼女は信じられる気がする。

 アリーゼやリューさんが敬愛する女神様という事もあるし、エレボスの事は彼女に任せて良さそうだ。

 

 さて、じゃあ話が決まったところで――

 

「……聞いての通りだ、エレボス。抵抗は無駄だ。余計な痛い目に遭いたくなければ神妙にお縄に着け」

 

 邪神エレボス、逮捕だ。

 

「ははは、抵抗は本当に無駄そうだな。やれやれ、とことん道化に成り果てたなぁ、俺……。ああ、分かったよ。大人しく捕まるよ」

 

 乾いた笑みを浮かべ、肩を竦めてから両手を上げて、降参のポーズを取るエレボス。

 出来れば手足を縛りたいところだが、生憎、手元にも手近なところにも縄は無いので、已む無くそのまま担いでいく事に――俺が(まだ)チビだから、割と背が高いエレボスを地面に立ったまま担ぐと、ヤツの手とか足とかを引き摺るから、舞空術で飛ばないといけない。

 

「痛たたたッ!せ、背骨が軋む!?ちょ、担ぎ方おかしくない!?」

 

「うっせえな。騒いで暴れるとボキッといくぞ」

 

「こっ、こんなぞんざいな運ばれ方は、流石に生まれて初めてだなぁ!?」

 

 背中が肩にくるようにして担ぎ上げる――所謂カナダ式背骨折り(カナディアンバックブリーカー)の体勢でエレボスを担いでいるからな。

 別にね、背が高いのを僻んでるわけじゃないんだよ?

 エレボスは邪神で、闇派閥の首魁な訳だから、逃げられない様にってだけでね?

 

「じゃあ、アストレア様。俺はこの野郎をバベルに運ぶんで、これで」

 

「ええ、なるべく折らないであげてね?」

 

「善処するよ」

 

 また困った様な笑みを浮かべるアストレア様をその場に残し、教会の出口へ向かう。

 

「ぐあぁぁ!?あっ、一つ聞きたいんだが……!」

 

「なんだ?」

 

「教会の外に、俺の唯一の眷属がいたと思うんだが……!どうしたかな……っ?」

 

「眷属?ああ、細目の狐みたいな男か?そいつなら外でおねんねしてるよ」

 

「そ、そうか……!」

 

 エレボスの唯一の眷属か……という事は闇派閥の幹部に当たるのか?

 という事は、あいつも回収しておいた方が良さそうだな。

 

 という訳で、教会の外に出ると、件の細目狐男がさっき蹴散らした時のままの状態で倒れていたので、エレボスを押さえているのと逆の手で襟首を掴んで拾っておいた。

 

 

 

 そして、エレボスとその眷属の細目狐男を運びながらバベルに向かって飛んでいる途中――

 

 

 

『――さあ、産声を上げましょう!』

 

 響くアリーゼの声――俺は思わず空中で止まり、声がした方に振り返った。

 

『――今、ここで!都市の皆にも聞かせてあげるの!絶望を切り裂く光の歌を!希望をもたらす『正義』の雄叫びを!』

 

 力強い、体の芯に響いてくるような凛とした声だ。

 

――使命を果たせ!天秤を正せ!いつか星となるその日まで!

 

――秩序の砦、清廉の王冠、破邪の灯火!友を守り、希望を繋げ、願いを託せ!正義は巡る!

 

――たとえ闇が空を塞ごうとも、忘れるな!星光(ひかり)は常に天上(そこ)に在ることを!

 

――女神の名のもとに!天空を駆けるが如く、この大地に星の足跡を綴る!

 

 

 

――正義の剣と翼に誓って!!

 

 

 

『おおぉぉーーーーーーッッ!!!!』

『わあぁぁーーーーーーッッ!!!!』

 

 アリーゼ達アストレア・ファミリアの宣誓に続き、都市中から、冒険者の雄叫びが――民衆の歓声が――希望に満ちた声が聞こえてくる。

 俺も両手のお荷物さえなかったら、拳を空に突き上げて吠えていたところだ。

 

「……はは、なるほど。これが、アストレアの娘達の『光』、『希望』か……」

 

 俺の肩で仰向けのエレボスがそんなことを呟いていた。

 

 そうだな、彼女達こそ光だ――!

 

 輝いているぜ、アリーゼ!

 リューさん!

 

 アストレア・ファミリア!!

 

 

 

 この日、『正義』の光に照らされて、オラリオは蘇った――。

 

 

 

 



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第23話 正邪の決戦―オラリオ・ウォー―


※感想にて疑問の声が多かった『神の氣』について、今作におけるガバガバ設定をご説明いたします。

 前提として、筆者は『ドラゴンボール超』をあまり詳しく知らず、元祖『ドラゴンボール』を主な知識としています。
 そして原作漫画『ドラゴンボール』及びアニメ『ドラゴンボールZ』にて、孫悟空が氣を感じ取ってその相手の元に移動するヤードラット星人の『瞬間移動』で、界王様の元に移動する描写もありましたので、『ドラゴンボール超』で明かされた『神の氣』に関する設定は、深く考えておりませんでした。

 また、ダンまちにおける『神』は、天界から降りた際、人間に殆ど等しい肉体で『神の力(アルカナム)』を極力封じて暮らしていると筆者は認識しています。

 それら二作品への認識をぼんやりと統合して――

 ・ダンまちの神は、界王様に比べれば神としての格はかなり下位であり、ドラゴンボール基準で言えば“人間以上神様未満”の存在である。
 ・彼らが持つ『神の力(アルカナム)』はあくまで『ダンまち世界=星』の中だけで有効な少々特殊な力であり能力。
 ・そして肉体は下界で暮らすための仮初のものであり、リークが氣を感知する際は『仮初の肉体の生命エネルギー=純粋な人間とは少々違う氣』を感じ取っている。

 ――というような設定で考えておりました。

 今後も、このような設定で執筆していこうと思っています。
 長々と、失礼いたしました。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「ぐぅぅ……!クソォ……!!」

 

 地下深くにて……闇派閥(イヴィルス)の幹部『白髪鬼(ヴェンデッタ)』オリヴァス・アクトは、目を血走らせ、歯を食い縛り、血が滲むほど拳を握り締め、煮え滾る怒りと屈辱に耐えていた。

 

 自分達の敗色が日に日に濃くなる現状に焦り、手勢を率いてオラリオ各所に襲撃を仕掛けたオリヴァスだったが、結果は大敗――駆けつけたアストレア・ファミリアに半ば一蹴され、ただでさえ激減している兵力を更に減らすだけの結果となった。

 いや、それだけに留まらず、アストレア・ファミリアの鼓舞を受けた都市は一気に勢いを取り戻してしまった……。

 

 闇派閥の減勢は止まらない――先頃、今回の大抗争の引き鉄を引いた邪神エレボス捕縛の報を受けて、“死”を司る神『タナトス』及び“嵐”を司る神『ルドラ』が抗争から手を引くと言って、残った各々の眷属共々姿を消した。

 後の世の利益目当てに裏で協力していた商人達など、とっくに逃げ出したか連絡を絶っている……。

 

 最早、闇派閥は風前の灯火……一時は目前かと思われたオラリオの崩壊も、今や遠退く一方……。

 

「諦められるかぁ……!諦められるものかあぁーー!!」

 

 オラリオの崩壊、秩序の滅却、混沌の訪れ――それらを悲願としてきたオリヴァスは、この期に及んでも撤退を拒否した。

 

 最後の頼みは、エレボスが最初から(・・・・)進めていた計画(シナリオ)、最後の“切り札”――これだけは今日まで順調であり、既にエレボスの手を離れて進み続けて……いや、上がり続け(・・・・・)ている。

 

 しかし、オラリオの上級冒険者――特に第一級冒険者は軒並み健在である。

 フレイヤ・ファミリアの『猛者(おうじゃ)』を筆頭に、『女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)』、『黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)』、『白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)』、『炎金の四戦士(ブリンガル)』――

 ロキ・ファミリアは『勇者(ブレイバー)』、『重傑(エルガルム)』、『九魔姫(ナインヘル)』――

 

 通常であれば敵対派閥同士であっても、オラリオの危機となれば結託する。

 本来であればそれら第一級冒険者達は、ザルドとアルフィアによって押さえられる手筈だったが、その目論見も2人の捕縛によって潰えている。

 如何に邪神が残した最大の謀略であっても、それだけの第一級冒険者が一丸となったなら、打ち砕かれてしまうかも知れない……。

 

 何とかしてオラリオの戦力を分散させなければ――オリヴァスはその考えに行きつき、行動を始める。

 

「成し遂げてやる……!今度こそ……今度こそぉ……!この私の手でぇ……!オラリオの崩壊をぉぉ……!!」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 邪神エレボス捕縛の翌日――また日付が変わろうとする深夜……オラリオの全派閥・全戦力が中央広場に招集された。

 

 それら冒険者達の前に立つのは、我らがフィン団長だ。

 

「――聞いてくれ」

 

 その一言で、集まった冒険者達が静まる。

 

「敵の『真の狙い』が明らかになった。大抗争――最初の夜の戦いから今の今に至るまで、全ては『前準備』に過ぎなかった」

 

 次いでフィン団長から告げられた事実――闇派閥の真の目的、それはダンジョン内における『大最悪(モンスター)』の召喚だった。

 闇派閥は禁忌を犯し、ダンジョンに邪神を送り込み、その邪神を囮にする事で『大最悪(モンスター)』を地上に誘導するつもりだという。

 

 俺は事前に、この事実に纏わる各種事情を、フィン団長から教えてもらった――。

 

 ダンジョンに神は入れない――入ってはいけない……。

 それはダンジョンを管理するギルドが定めた規則だが、その本質はダンジョンの“性質”にある。

 

 ダンジョンは神を憎んでいる(・・・・・)――己を押し込め、封じようとする神を憎悪し、その存在を己の内に感知したならば、その憎しみを爆発させ、神を抹殺する為の強大なモンスターを産み出し、刺客として放つ。

 ちなみにこの事実はギルドの主神でありバベルの『創設神』である老神ウラノスの意向により、ごく限られた神と眷属しか知らされていない上、許可なく口外も厳禁となっている。

 

 その憎き神への刺客である『大最悪(モンスター)』が、闇派閥によって意図的に産み出され、標的()を追って地上に向かってダンジョンを上がって来ていると言うのだ。

 

 フィン団長は各種情報を精査する内に敵の狙いに気付き、ダンジョン内に偵察部隊を派遣し、『大最悪(モンスター)』発見の報告を受け、その事実を突き止めた――。

 

「――本日の正午時点で『目標』の位置は24階層。すべての階層を破壊しながら、無理矢理上へ上へと進出している」

 

 偵察隊の報告によれば、『大最悪(モンスター)』は超大型――その進撃速度と破壊規模から見て、ギルドはその戦闘能力を『深層』の“階層主”、『迷宮の孤王(モンスターレックス)』と呼ばれる所謂“ボスモンスター”と同等か、それ以上と断定した。

 

 『深層』とは真の死線(トゥルー・デッドライン)なんて呼ばれる、現在確認されているダンジョンの最大危険領域――ギルドの定めている適正能力基準はレベル4……しかし、油断すればレベル5以上の第一級冒険者、つまりフィン団長達でも命の危険が伴う危険地帯。

 当然、出現するモンスターも全て強く厄介で、その階層主(ボス)ともなれば大規模なパーティを組んですら全滅の危険を孕むという、恐るべき存在なのだ。

 

 フィン団長は説明の中で“同等”という言葉を使ったが、口振りから察するに件の『大最悪(モンスター)』は『深層』の階層主(ボス)を超える戦闘力を持っていると半ば確信しているんだろう。

 

ざわざわ……

 

 流石に、集まった冒険者達がざわつき始めた。

 ここまで説明で、殆どの冒険者達も闇派閥の目的――正確には邪神エレボスの企みにほぼ察しがついただろう。

 

 真の狙いは、地下からバベルを崩壊させる事――その計画は、最初からずっと進んでいた。

 

 あの大抗争が勃発した日の夜……地上で行われた『神の一斉送還』、あの時地下でもエレボスの作戦がスタートしていたのだ。

 一斉送還とタイミングを合わせて、闇派閥の邪神がダンジョンに侵入し、内部で『神の力(アルカナム)』を解き放ち、『大最悪(モンスター)』を召喚した。

 

 通常であれば、ダンジョンを“祈祷”によって鎮めているウラノスがすぐに感知していただろうが、エレボスはそれをさせない為に地上で『神の一斉送還』を行った。

 神の送還時に発生する光の柱は、それ自体が『神の力(アルカナム)』の塊……凄まじいエネルギーの発現……それがあの夜、9つも発生した。

 ウラノスを筆頭とした神々は、それら地上を揺らす強大な波動に邪魔されて、誰もダンジョンの異変を感知する事が出来なかった――感知させてもらえなかった(・・・・・・・・・・)

 

 『神の一斉送還』は『大最悪(モンスター)』を召喚する為の『生贄』であり、『陽動』であり、『隠れ蓑』だったという訳だ……。

 

 しかもエレボスは、オラリオの神々だけでなく、味方である筈の邪神まで送還している。

 こっちの目を欺くためだけに、躊躇なく仲間にすら手をかけた……。

 

 狡猾、冷酷、残虐……『絶対悪』なんてものを名乗るだけあって、やる事がえげつなさ過ぎる。

 

 本来であれば(・・・・・・)、ここに大戦力のザルドとアルフィアが加わり第一級冒険者を押さえるか排除、更に闇派閥の多勢によるオラリオの包囲網で冒険者達を生かさず殺さず弱らせ続け、“その時”が来ればダンジョンから特大の『爆弾』が炸裂――抗う手段を全て潰されて、絶望の果てにオラリオは崩壊……。

 

「――ていう計画だった訳だな、クソ邪神野郎(エレボス)

 

 俺は後ろに立っているエレボスを睨みつける。

 

 今、俺がいるのは中央広場から少し離れた、それでも広場を見渡せる位置に建つ、塔のような建物の屋上――そこで俺は、捕縛した邪神エレボス、そして同じく捕縛したザルドとアルフィアと共にフィン団長の話を聞いていたのだ。

 

 何故かと言うと……事の顛末をこいつら見届けさせる為、だとかでフィン団長に頼まれたからだ。

 この最悪の1柱と2人を纏めて押さえられるのが俺だけというのと、あと……最後の戦いは、俺という“超戦力”抜きで片づけたいと言われた。

 更に、今回の騒動が片付いたら、今まで以上に苛烈な特訓を付けてくれと頼まれてしまった。

 フィン団長やガレスのおやっさん、リヴェリア姐さんまでが目の奥に燃え滾る炎を宿しているような気迫で頭を下げてきたもんで、俺は断れなかった……。

 俺の知らないところで“何か”があった様だが、詳しくは教えてもらえていない。

 だが、フィン団長達がそこまでして頼んでくる事だ、俺に否やはない。

 

「ああ、正解だとも。百点満点。両手が自由なら、拍手喝采していたところさ。流石はロキの自慢の眷属『勇者(ブレイバー)』だな。よく俺の目論見に気付いたと、素直に賛辞を送ろう」

 

 エレボスめ……手枷と鎖で縛られた状態で、スカした顔で肩を竦めやがった。

 自分の計画がバレたっていうのに、おまけに完全に拘束された状態だっていうのに、余裕かましやがって……死なない程度にシバいてやろうか、それともキン〇を蹴り上げてやろうか……いや、それは死ぬか。

 

「――これからどうすんだよ、勇者様ぁ!!」

 

 むっ、野次か?

 女の声だったが知らない声だ……誰だ、こんな時に……。

 あんな事言ったら――

 

ざわざわざわ……

 

 それ見た事か……広場のざわめきが大きくなっちまった。

 だが――

 

「――迎え撃つ」

 

『っ!!』

 

 フィン団長の一言が、ざわめきを一瞬で鎮めた。

 

「これより戦力を地上と地下に二分。闇派閥の攻撃に対する迎撃隊、そして『大最悪(モンスター)』を打ち倒す討伐隊とで分かれる。前者はほぼ全てのファミリアによる派閥連合。後者は選り抜きの少数精鋭。闇派閥と『大最悪(モンスター)』、どちらもバベル陥落が目的と予測される中、敵の“挟撃”を受け止め、これを殲滅する」

 

 挟撃……今回のソレは“前後”ではなく“上下”――地上と地下、地面という隔たりがある為に援護や救援は難しい。

 ダンジョンを上がって来ている強大な『大最悪(モンスター)』は言うに及ばず、闇派閥の残存戦力とて対処を怠る訳にはいかない。

 忌まわしい“人間爆弾”、未だ残る闇派閥の武闘派眷属、保有しているという調教(テイム)されたモンスターの群れ――俺があれだけ吹き飛ばした、オラリオを包囲していた闇派閥の信者や眷属どもを差し引いても、まだそれなりの戦力を有しているというんだから、本当の本当に鼠やゴキブリみたいな輩共だ……!

 

 つまり、どちらかを倒し損ねたら……バベルを崩されてオラリオは一巻の終わり、という事だ。

 

「――ならば、あえて断言しよう。僕達ならば『可能』だ」

 

ざわ!

 

 フィン団長は淀みなく言い切る――。

 

「より正確に言うのなら、僕達にしか出来ない。これより始まろうとしているのは――『量より質』を掲げる神時代の幕開け以降、人と人による間違いなく最大の“総力戦”。オラリオを置いて、どこの誰に任せる?オラリオが制さずして、誰が成し遂げる?僕達ならば、勝機はある。いや、その多寡に関わらず、必ずやその勝機を手繰り寄せる。そして、もう一つ、敢えて問わせてもらおう――君達は負けたままで終われるのか?」

 

 この大抗争が起こった時点で、現在のオラリオにいる冒険者達は闇派閥に敗北している。

 

「自覚しろ!ここにいる者達、全てが『敗者』だ!」

 

 ゼウスとヘラはその最強の威を以って、オラリオを護ってきた。

 しかし、彼らが去った今、闇派閥は現存する冒険者達を脅威と見做していなかった。

 

「あの夜にむざむざと敗れた負け犬ども!隣を見ろ!そこに友はいるか!」

 

 数多の犠牲者が出た……。

 

「後ろを見ろ!そこに愛した者はいるか!」

 

 友を、仲間を、家族を……共に生きたかった者を失った者達は数知れず……。

 

「いないというのなら、誰が死した者達の無念を晴らす!?一体誰が、怒りと悲しみに燃える君達の雪辱を果たす!?」

 

 失った事に涙を流し、力なく膝をつくだけでは、何一つ戻ってくるものはない。

 立ち上がらなければ――!

 

「――僕達だ!!絶望の連鎖を断ち切り、喪失の悲鳴を食い止め、この手をもって決着をつける!あの地獄の再来を二度と許すな!僕達は既に敗北の味を知った!ならば屈辱の泥こそ糧とし、今度こそ奴らに勝ちに行く!」

 

 敗北を受け止め、自分達の弱さを乗り越え、勝利を掴み取る意志を――失ったものを取り戻す決意を示さなければならない。

 

「意地を見せろよ、冒険者!立ち止まるな!倒れても何度でも立ち上がり、進み続けろ!!誰よりもしぶとく、何よりも生き汚い無法者達!真の勝者は最後まで立っていた者だと教えてやれ!!」

 

 生きる事こそ強さの証明――

 

「ここは、英雄が生まれる約束の地!そして、冒険者の都だ!」

 

――ウオオォォォォォォォッッ!!!!

 

 遂に冒険者の士気が爆発した――!

 流石はフィン団長――その言葉は、皆の心を奮い立たせて、『勇気』を与えてくれる。

 

 “勇者”とは勇気ある者――そんな名言が某ドラクエ漫画にあったか。

 

 なるほど、あれは正しかった。

 フィン団長は正しく『勇者』、その勇気が冒険者達に伝播して、目の前の苦難に立ち向かう力を与えたんだ。

 

「これは『英雄達の前哨戦』に過ぎない!世界の最果てで待つ『真の終末』への、肩慣らしだ!過去の伝説達(ゼウスとヘラ)の栄光を踏み越え、名実ともに僕達が次代の英雄であることを証明する!!」

 

――ウオオォォォォォォォッッ!!!!

 

「喰われまいとする……いや、もはや喰らわんとする獣の咆哮か、いいぞ……!」

 

「騒々しい……相変わらず、口が回る小僧(パルゥム)だ」

 

 俺のすぐ後ろでそう言ったザルドとアルフィア――俺の耳には、2人の声が高揚している様に聞こえた。

 

 俺がこれから始まる最後の戦いに参加せず、この2人を外に連れ出し押さえておく任務を任されたのは、最強を誇ったゼウスとヘラの眷属達にずっと挑み続けたフィン団長達が、過去の敗北の歴史を乗り越え、団長自ら言った『次代の英雄であることを証明する』為――

 

 過去の英雄達(ザルドとアルフィア)に、決意と覚悟を示す為だ。

 ならばその役目を全うしよう――。

 

「敵は『絶対悪』!!ならば気高き星乙女(アストレア)の名を借り、ここに宣戦布告する!」

 

 それは闇派閥だけに向けた宣戦布告ではない。

 ここにいるザルドとアルフィアに――そして先に逝った英雄の先達に対するものでもある。

 

「始めるぞ!『正義』の正戦を!!」

 

 高らかな宣言、爆発する歓声と雄叫び――。

 

 

 

 史上最大の戦いが、幕を開ける――。

 俺は、この星の英雄の生き様を、この目に焼き付ける――。

 

 

 

 



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※打ち切りのお知らせ※


 一身上の都合により、急遽、今作を閉じる事と致しました。

 以後、執筆活動からは完全に撤退する所存でございます。

 これまでお付き合いくださっていた皆様、誠に申し訳ありません。

 勝手ながら、これにて失礼させていただきます。


 

 その後の話――

 

 オラリオ史上最大の『大抗争』は、オラリオ側の勝利で幕を閉じる。

 

 地上においてはフィンが敵を倒しながら他の冒険者達を指揮するという離れ業を成し遂げ、指揮能力に乏しいオリヴァスの拙い采配はまるで振るわず、都市側の被害はほぼ無しという結果に――。

 

 ダンジョン内においてはオッタル・ガレス・リヴェリアを中心に連携し、苛烈な攻めを以って『大最悪(モンスター)』を撃破――一時、アイズが暴走する一幕はあっても、アストレア・ファミリアの活躍で最悪の事態は回避された。

 

 リークはダンジョンに捕縛したエレボス・ザルド・アルフィアを連れて潜り、『大最悪(モンスター)』と討伐隊の戦いを見守った。

 エレボス・ザルド・アルフィアの1柱と2人もまた、その戦いを見届け、エレボスは満足したが、ザルドとアルフィアは一応の納得は得たものの一抹の不安をぬぐいきれなかった。

 

 やがて、エレボスは当神の希望もあってアストレアの手で、天界に送還――ザルドとアルフィアは、再びオラリオを追放される事となる。

 その際、オラリオの外でザルドとアルフィアはリークと戦い、惨敗……ボロボロになりながらも生かされ、その後放逐――その足でかつての主神達の元を訪ねたとか、住み着いたとか……。

 

 オラリオは戦災復興が進められ、並行してリークがその戦闘力を活かして闇派閥の残党狩りに注力し、数年後、闇派閥の残党が殲滅され、暗黒期の終わりを告げた。

 

 その後もザルドとアルフィアから意志を受け取り、魂に火が着いたフレイヤ・ファミリアのオッタルがレベル9、同じく火が着いたフィン・ガレス・リヴェリアがリークの特訓を受ける事でレベル8に昇り、各ファミリアの団員達、そして志を持った各派閥の冒険者達がその後に続いて次々とランクアップを果たした。

 それにより、名実ともにフレイヤ・ファミリア、ロキ・ファミリアを頂点の双璧として君臨し、新しいオラリオの勢力図が築かれ、ダンジョンもゼウス・ヘラの踏破記録を塗り替えていった。

 

 

 誰かが言った――新たな英雄の時代が始まったと。

 

 誰かが言った――今代の英雄達は、かつての最強(ゼウスとヘラ)を超えたと。

 

 

 

 やがて時が経ち、1柱の善なる女神がオラリオへと降り立つ……。

 

 やがて時が経ち、1人の冒険者に憧れる少年がオラリオへとやってくる……。

 

 女神と少年が出会い、英雄の都オラリオでどのような出会いをし、どのような戦いを経て、どのような成長を遂げるのか……。

 

 それはまた、別のお話である。

 



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