魔法少女まどか☆マギカ~幻想殺しと魔法少女 (わかなべ)
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科学と魔術(?)が交叉する時
8月28日、天気は晴れ。
黒髪のツンツン頭な高校生、上条当麻(かみじょうとうま)と銀髪の暴飲暴食シスター、インデックスはどういうわけか学園都市の外に来ていた。
近年になってから都市化が進んだここ──見滝原(みたきはら)には、とても日本の風景とは思えない西洋チックな町並みが広がっており、イギリス出身のインデックスは目を輝かせていた。
「見て見てとうまー! 日本にもこんなところがあるんだねー!」
「なんで俺ヨーロッパにいるんだっけ? あ、そっか……ここは『外』だったな」
通常、学園都市の外に学生が出るのは難しい。何故なら、機密保持と各種工作員による生徒の拉致を未然に防ぐべく、外に出る為には許可書だの血液採取だの、さらには保証人まで用意しなくてはならないという面倒臭い手続きがある……のだが。
上条の場合は一週間前に
この噂は爆発的に学園都市内に広がり、じゃあ上条の地位が向上したか……と、言えばそれは大嘘になってしまう。上条は
この騒ぎに頭を抱えた学園都市上層部は、上条を一時外へ退避させる事を決定。こうして上条当麻とついでにインデックスは、学園都市の外に出る事になったのだが……。
(しっかし、若干ヨーロッパみたいな所ってのが悪意を感じる……)
上条にとって西洋とはあまりいい思い出がない。そもそも、上条は一ヶ月ほど前以前の記憶は失っているのだが、記憶を失った後も三沢塾やヘビースモーカー不良神父の事もあり、西洋=魔術師と勝手に脳内変換されるようになってしまった。
見滝原(ここ)に来て嫌な予感がすると思ったのは、まさに今までの騒動のせいである。
と、ここで上条はインデックスの顔色を伺った。なにやら嬉しそうだが、上条にはインデックスが嬉しそうにしている理由がすぐにわかった。
このシスターは単純大食い娘だ。そして今、上条の鼻にもいい匂いを感じている。
大体の理由がわかった上条はため息をつき、
「食べるのはお世話になる家についてからな」
「そ、そんなことわかってるんだよ!」
「へいへい、精々
上条達がお世話になる先は鹿目さんという家らしい。なんでも、上条の父親とそこのお父さんが知り合いらしく、しかし上条の父親は海外出張で忙しいとの事で、そこで上条の父親はしばらく上条がお世話になる家を用意した。そこが鹿目家というわけである。
(父さん……か。結局会えなかったけどどんな人なんだろう……?)
くどいようだが、上条は一ヶ月以上前の記憶を完全に失っている。それはつまり、自分を生んだ親の顔や自分の生まれ故郷、自分が学園都市に入った経緯すら覚えていないというわけだ。
親や故郷の事を覚えていないとは、なんとも複雑な気分にさせるものだが……。
(まっ、考えたって仕方ねえか。とにかく、鹿目さんに迷惑かけねえようにしねえとな)
そんな事よりも、もっと重要な事が目前に迫っていた。上条は、いかにインデックスのお腹を満たして鹿目家の負担を最小限に抑えるか、真剣に悩んでいた。上条家の財政はただでさえインデックスの食費に消えているのに、今度お世話になる鹿目家は育ちざかりの子供もいるらしい。
学費や食費も半端じゃないだろう。そこにまた、腹ペコ上条ともっと腹ペコで大食いなインデックスが加わるのだ。きっと、鹿目家は1日もしないうちに財政難になるだろう。
長い事お世話になる予定はないが、自分達が去った後の鹿目家が心配だ。
なので上条はインデックスに我慢を覚えさせるか、それとも自分の有り金を叩いて何かを食べさせてあげるべきか、真剣に悩んでいたのだ。
前者は多分無理だ。インデックスは我慢ができない子である。なら後者、それは上条家の財政がさらに悪化するという意味だが、鹿目家を財政難にさせたくはなかった。
仕方ない。辛い日々が続くかもしれないが、人様に迷惑を掛けない為だと思い、上条は笑いながら振り向いてインデックスに声をかけ、
「よし、インデックス。鹿目さんの家に行く前に何か食って──」
言いかけた言葉が止まる。
さっきまで隣にいたハズのインデックスがいないのだ。
魔術師……なわけがない、そんな気配は全くなかった。それにインデックスが姿を消した理由として最もそれっぽいものがある。
食べ物。
そう、さっきから香る食べ物のいい匂い。インデックスは多分、このいい匂いに釣られて上条放置で何処かに姿を消したのであろう。
「早速インデックスさん迷子!? くそっ! 何か地元の学生がいっぱい歩いていて食欲シスター発見できねえし。ちくしょう不幸だ、やっぱりお前は脳に食い物しかねえじゃないか!」
道行く近所の見滝原中学校の生徒達が、上条のことを不審者を見る目で見ていたが上条はそんな事などお構いなし。思う存分頭を掻き毟って叫びまくっていた。
「おーいインデックス~」
いつまでも騒いでいるわけにはいかないと、とりあえが上条はインデックスを探すべく見滝原を走り始めた。大通から小道に恐る恐る入り、インデックスがいないか目を凝らす。しかしインデックスの気配はおろか、この小道には人の気配すら感じられなかった。
それでも上条はインデックスを見つけ出すべく、小道を突き進んだ……が、
「うわ、このままだと俺が迷子になりそうだっ」
冷や汗が出てきた。知らない街で上条が迷い始めたのだ。
と、ここで馬鹿な上条も一つ──いい事を思いついたようだ。
(そうだ、携帯だ!)
慌てた様子でポケットから携帯電話を取り出し、それをガバッと開く……が、悲惨な事に携帯電話に電源が入っておらず、ボタンを押しても電源が入らない。
電池切れ。
そういえば、と上条は思い出す。三日前から充電した記憶がない。あんまりメールはしないタイプの上条だが、昨日は悪友の青髪ピアスや土御門元春(つちみかどもとはる)と、スク水少女について熱い議論を交わしていた気がした。
そのせいで4日は持つハズだった充電が、一気になくなってしまったのだろう。
「……不幸だっ」
上条はいつもの口癖を呟き、深いため息をついた。
……瞬間。
世界が世界が一変した。
単なる路地裏だったはずのそこは、不気味な色で彩られた奇妙な空間へ変貌した。
(なんだ……?)
不思議に思った上条はキョロキョロと、顔を左右へ振りまわす。
ステイルの人払いのルーン……とも違うようだ。ステイルのソレとは違い、世界そのものが変わってしまったような摩訶不思議な雰囲気。
思わず、上条の拳に力が入る。
「まさか……魔術か?」
一方通行(アクセラレータ)の仕業なわけがない。御坂美琴(みさかみこと)と言う
あの常盤台のお嬢様(?)は精々、自身の能力である超電磁砲(レールガン)でコインをふっ飛ばしたりビリビリと電撃を放ってくるだけだ。
そもそもソレは超能力のものとは何かが違う。やはり魔術、それもステイルのルーン魔術とはまるで別物な感じである。どう考えてもお友達になりましょうと言う空気ではない。
そこで、上条は一つの大切な事を思い出す。
「──ッ! インデックス!」
不気味な空間を走り回り、上条はインデックスの名を叫んだ。しかし、白い修道服を着た少女の姿はおろか、インデックスの独特の声すら全く聞こえない。
ここにはインデックスはいないのか。
それとも、インデックスは既に何者かに襲われてしまったのか。
インデックスが消えた原因を考えていた──その時。
「──、」
ケタケタケタと、上条の周りで不思議な生命体のようなものが、聞いてるだけで背筋が凍る不気味な笑い声をあげていた。
さらに上条の頭上では誰にも持たれていないハサミが、勝手に動いて重そうな鎖をチョキチョキと切刻んでいた。細かく切断された鎖の中の数本が、勢いよく上条目がけて降ってきた。
当たれば、人間などペシャンコにしてしまう鎖の大群。
「くそっ!」
上条は咄嗟に右手を頭上へ突き出す。逃げても無駄だと思ったんだろう。そのせいか上条は逃げずに右手を頭上へ突き出したのだ。普通に考えれば自殺行為であった。しかし……降り注ぐ鎖の中の一本が上条の右手に触れた瞬間──。
ガラスが砕けるような音が響き、鎖は粉々に砕け散った。
それが異能の力なら神の奇跡だって打ち消す、上条の右手に宿る能力だ。特別喧嘩が強くなるわけでも女の子にモテるわけでも、成績がよくなるわけでも幸せになるわけでもない。むしろ神の奇跡を打ち消すので、不幸を呼ぶ右手であるのだが──それでも異能の力を打ち消せる。
つまり、魔術師や超能力者と対等に渡り合える事が出来るのだ。
「右手で打ち消せた……やっぱり魔術か!」
驚きの直後、確信した──これは魔術だと。
上条はキョロキョロと、周囲を見回した。周囲には異形の生命体に、再び上条を押しつぶそうと宙を舞う鎖の数々。鎖を相手にしていてはキリがないだろう。なら、と思った上条は──、
「──おォァああっ!」
ダッ! と駆け出した上条は拳を握り締め、一体の異形の生命体に狙いを定める。
得に反撃しようとする素振りは見せない。チャンスと感じた上条は、その主砲である右拳を一気に異形の生命体へと叩きこんだ。
バキン! と生命体はバラバラと崩れて姿を消した。だがその直後、数百と戯れている生命体が一斉に上条に襲いかかってきた。後方へ一歩ずつ跳躍しつつ、時々右腕を振るい、拳を当てて生命体を打ち消していくが、上条一人で相手をするにはあまりにも数が多すぎた。
「く、そ──キリがねえっ!」
そんな上条を襲うかのように、頭上から鎖が何本も落下してきた。それらは上条には直撃しなかったものの、上条のすぐ前に落下した鎖が埃を舞い上げた。
「──ぐっ!」
そのせいで視界が遮られる。
咄嗟に上条は腕をクロスさせ、右目だけは閉じず最低限の視界を確保しながら、自分の身を守ってみせた。上条自身にダメージはなかったが、舞い上がった埃のせいで視界は悪い。霧の日に峠道を走るよりも視界が悪く思えた。それでも、時間が経つにつれて埃は何処かへ飛んでいく。
ようやく視界が回復し、上条は咳き込みながら両目を開けた……が、
「……っ!?」
上条の眼前に異形の生命体達が迫って来る。四方で戯れる生命体に完全に囲まれ、こんな状況では頼りの
数の前には優れた能力も無力なのである。
どうしようもないと判断した上条は、咄嗟に身を屈めて防御の態勢に入った。
……次の瞬間であった。
「な、なんだ──?」
包み込むような何かが上条の周囲で巻き起こり、彼を包囲していた異形の生命体や彼を押し潰そうとしていた鎖が、一瞬にして一斉に数十メートルほど吹き飛んだ。
何事か。驚いた表情になった上条は周囲を見回す。
吹っ飛ばされた生命体以外には誰もいない、いるハズがない。
「危なかったわね」
「──っ!」
それなのに背後から──全てを包み込むような優しげな声が聞こえてきた。
身体ごと振り返ると、奇妙な背景から伸びている不気味な階段から、やや大人びてはいながら上条よりは少し幼く見える、どこかの学校の制服を着た少女が現れた。縦ロールの金髪に、インデックスとは対象的な胸を持ち、左手に不思議な物体を持つ少女は微笑みながら上条に近付く。
優しくも怪しげな雰囲気を放つ少女を眼前に、上条は自然と後退りをする。
その態度は初対面の人に対し──失礼極まりないものだ。
「──でももう大丈夫」
にも関わらず──金髪の少女は安心感ある言葉を掛けてきた。
見た所、悪いヤツには見えない。そう思った上条は勇気を振り絞り、
「ぉ、オイお前、ここは危な──」
「さて、ちょっと一仕事片付けちゃおうかしら」
少女は上条の言葉など聞かず、怪しげな動きを見せる。すると、次第に制服姿だった少女の衣服が変化してゆく。インデックスが普段見ている、超機動少女(マジカルパワード)カナミンのように。
少女は余裕そうな笑みを浮かべたまま、一気に何十メートルも飛び上がる。手を一振りすれば無数の単発式マスケット銃が、少女の周りに次々と現れる。
ソレは上条が知っている、ステイル=マグヌスのルーン魔術とは明らかに違う。どちらかと言えばアウレオルス=イザードの
上条が唖然とする中、無数のマスケット銃が一斉に火を噴いた。無数の弾幕が異形の生命体へと降り注ぎ、大地を揺るがすような大爆発を起こす。
赤い炎に黒い煙が立ち込める中、金髪の少女は優雅に着地してみせた。
それと同時に奇妙な世界は崩壊し、上条が気付いた時には元の路地裏に戻っていた。
「世界が……戻った?」
「魔女は逃げたみたいね」
「お、お前は一体?」
「そうね、自己紹介がまだだったわ──巴(ともえ)マミよ」
不思議な魔術のようなものを扱う少女──巴マミ。
この2人が交差した今──物語は動き始めた。
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第1話,記憶にない知り合い
巴マミ。
その金髪縦ロールの少女は、上条が見滝原で最初に知り合った人物である。とりあえず危険な所を助けてくれた彼女にお礼をすると、今度はマミが上条に話をかけた。
それも、少しばかり不満げな表情を浮かべながら──。
「それにしても貴方、どうしてあの場所にいたのかしら?」
「あぁ、ちょっと連れと逸れちまったから、その子を探していたんだ」
「そ、そう……」
あまりにも普通すぎる回答が、かえってマミにとっては不思議に思えた。それは彼女が上条の事を普通の人間ではない、何らかの組織に雇われた特殊な人種とでも考えたからだ。マミがそう考えた理由は言うまでもなく、上条の右手──
(おかしいわね、魔女やその使い魔は魔法少女にしか倒せないハズ……それなのにっ)
マミは再び上条の右手を凝視する。一見なんてことのない右腕だ。細くてそこそこ筋肉はあるかもしれないが、とても鍛えているとは思えない、ごく普通の高校生の腕である。だが、マミは上条と使い魔の戦いを最初から見ていたので知っている。
上条の右手は、使い魔やその攻撃を打ち消していた──。
それだけでも十分、マミにとって上条はイレギュラーな存在に思えた。
さっきから右腕を凝視するマミの視線に、どうやら上条は気付いたようで、
「ん、俺の手がどうかしたか?」
「いや、なんでもないわ。それより最近はこういう事も多いらしいから気を付けて」
「ああ、わかった。お前も気を付けろよ」
「ええ、またいつか会いましょう」
そう言い残し、マミは髪を靡かせながら路地裏の奥へ消えていった。マミの後ろ姿が見えなくなるまで彼は同じ方向を見続けた。マミはマミで上条の事を不思議がっていたが、上条もまたマミの事を不思議な目で見ている。
マミが何らかの力で創りだした無数のマスケット銃。
結局彼はマミの事について聞きはしなかったものの、上条はマミの事を、どこかの魔術師だと思いこんでいた。彼にはアレが魔術にしか見えなかった。アウレオルスの
何より一番気になるのは、仮に魔術師だとして──巴マミはインデックスの敵か味方か。
それこそが一番気になる所であり、最も重要な事である。
(……って、情報が少なすぎて考えてもわからねえな)
しかし、全てを決めつけるにはあまりにも情報が少な過ぎた。
結局マミの正体がわからぬまま、上条はインデックス探しに戻る事にした。あの食欲シスターを見つけない限り、これからお世話になる家に行く事が出来ない。
◆ ◆ ◆
インデックスは意外にもわかりやすい場所にいた。
最初こそ彼女を探すのは不可能だと思っていたが、 大通りに出てみると、最初に目に入ったカフェの野外席に、見覚えのある修道服に身を包んだ少女の姿が見える。上条はよ~く目を凝らして怪しげな少女を見てみると……その子は探し求めていたインデックスだった。
「あ、とうまだ!」
見知らぬ人と楽しげに会話をしているインデックス。その姿を見て、散々彼女を探した挙句不幸な出来事に巻き込まれた上条は、一気に気が抜けて地面に転ぶ。
突然の物音に、インデックスともう一人の赤髪の少女が反応した。
「ごらあああああああああ! キサマはこんな所でなにやってんだ! 散々探しまくった挙句面倒くさい事に巻き込まれた俺の苦労はなんだったんだ!?」
「私はこの人にお菓子を食べさせてもらってたんだよ!」
上条はインデックスの言う、
赤い髪のポニーテールの少女だ。口にケーキか何かを銜えており、八重歯らしきものがケーキにしっかりと刺さっている。
どうやら、インデックスはこの人に菓子を奢ってくれたらしい。
必死に彼女を探し、途中で不幸な出来事に巻き込まれていた間に……。
「はぁ……つまりアレか。てめえの脳には食い物しかなくて、上条さんという人物の検索結果は0ってわけですか」
「とうま」
「あ?」
「お菓子、食べる?」
上条の言葉をスルーし、太陽も驚くような笑顔を浮かべるインデックスを見て、
「……不幸だ」
上条は今までの不幸を全て吐きだすように、お決まりの一言を言った……が、上条が不幸に浸っていたまさにその時。バン! と、勢いよくテーブルが叩かれた。衝撃でテーブルに乗っていたコーヒーがコップから零れる。
恐る恐る、上条は左側へ首を向けると……。
食べ物を銜えた奢り少女が、不機嫌そうに立ち上がっていた。そして、加えていたケーキをお皿に戻して、キッと上条の事を睨み付け、
「ちょっとアンタ!」
「は、はい!」
上条は何故か恐怖を覚えた。インデックスにお菓子を奢った少女は、どういうわけか鬼のような形相を浮かべ、上条の事を敵のように睨んでいたのだ。
思わず上条の背筋がピンと伸びる。次第に冷や汗が吹きだしてきた。
「テメェ……食い物を粗末に扱うなよ」
「……はい?」
「だから、折角食い物をくれるって言ってくれたのに、それを不幸だって言うな! 世の中には食い物が食えないヤツだっているんだ」
「す、スミマセンデシタァ!」
なんだかよくわからないが、とりあえず謝っておこう。
上条はそう思い、実際に頭を下げた。
ここで謝っておかないと、インデックス並に食意地の張った女の子に、右腕が切れて無くなるまでボコボコにされそうな予感がしたからだ。
「わかればいいんだ。ほれ、これアンタも食えよ」
さっきまで白熱していた少女は、一気に大人しくなった上にケーキを差し出してきた。
なんだったんだ? と上条は思いながらも、そのケーキを受け取る。受け取ったケーキに彼女の歯型がついているが、上条はそんなものを気にする人間ではなかった。同時に、ケーキを差し出した少女も間接キスなど気にしない人のようである。
最も、お互い意識していない事も理由の一つかもしれないが……。
「あ、これうめえな」
「とうま……とうまは私のお菓子は食べないんだ」
「えっ? い、インデックスさん?」
「つまりとうまは私のお菓子は嫌なんだね」
「あの~インデックスさん? これはその、色々ありましてですね……って」
セリフを切った瞬間──猛獣インデックスが思いっきり上条の頭に噛みついた。
カプリ、と。
インデックスの歯は上条の頭皮に刺さっていた。
「びゃ、 びゃああああ! ちょっと待てインデックス! こっちはさっき色々あって超お疲れモードなんだよ! だから噛み付くのは勘弁してくださいお願いします!」
「色々? 色々って何!? まさかとうまはまた私に内緒で魔術師と戦ってきたの!?」
「違うの! 違います違うんです三段活用!」
「一体何様なのかなとうまは! 見え見えの嘘をついても無駄なんだよ! とうまの行動パターンは単純だから必死に否定する時は怪しいかも!」
「いててて! くっそ~ああもう! 不幸です不幸すぎますー!」
シリアスな場面でも出なかった大声を、上条はギャグのような場面で出していた。こんな光景は上条とインデックスにとっては日常茶飯事。
しかし、そんな事を知っているハズもない赤髪の少女は、
「おもしれーヤツらだなぁ」
なんだか羨ましそうな表情を浮かべ、一言そう呟いていた。
ちなみに、上条の頭からインデックスが離れたのは、この5分後の事である。本日の噛み付きは今までで2番目くらいの長さであった。
顔や頭には歯型だらけ、可哀想な上条である。
◆ ◆ ◆
上条とインデックスは赤髪の少女と別れ、今度こそ目的地の鹿目家を目指し、ゆっくりと見滝原の風景を楽しみながら歩いていた。もう一度眺めてみると、ここは本当に日本ではなく、ヨーロッパのどこかの国の都市のように見える。
不思議と心が落ち着く風景だ。
やがて、2人は閑静な住宅街に足を踏み入れ、その中の一軒家の前で足を止める。
現代的な造りの立派な家でであった。
とある番組で匠が設計、建築した雰囲気を放つ家。そこの表札には『鹿目』と、しっかりとしながらもやや可愛らしい字体で刻まれていた。
「ここが鹿目さんの家かぁ」
「わあ~、とうまの家より広そうなんだよ!」
「てめえにだけは言われたくねえけど、でも本当そうだろうから別にどうでいいや」
しかしこれだけ大きいと、インターホーンを押すのに緊張するものだ。それを押そうとしていた上条の右腕も、不思議とビクビク震えていた。
「とうま、度胸が足りないんだよ」
「うっせ黙れ!」
ツッコミを入れたインデックスに、上条はイライラしながら怒鳴り返した。その勢いで一気にインターホーンへ指を押しつけ、ピンポンと言う機械的な音を鳴らす。
外部と内部が通じ、女性の『は~い』と言う返事が聞こえる。
「すいません、上条ですけど……」
『あぁ当麻君ね。待ってて、今あけるからさぁ』
この馴れ馴れしさ……もしや知り合いか? と、上条は思う。記憶喪失の上条はクラスメイトの名前さえ一部を除いて覚えていない。そんな上条が、学園都市の外にいる知り合いの顔や名前なんて覚えているハズがない。やっぱり、鹿目さんは知り合いのようである。
と、その時不意にドアが開く。
玄関にはショートヘアの美しい女性と小さな少年。さらに眼鏡の男に、上条よりも年下であろう小柄な少女が立ち並んでいた。
「やあ、いらっしゃい。久しぶりだね当麻君」
眼鏡の男──おそらく上条の父親の知り合いであろう男が、いかにも上条の事を知っていますという感じで挨拶をする。その隣で小さな男の子もニコニコと笑っており、さっきの声の主であろう女も笑みを浮かべていた。
その影で一人、学校から帰ったばかりなのか、まだ制服を着ていた少女はチラチラと上条の事を何度も見ている。そんな4人の姿を見て、とりあえず上条は推測する。
(上条さんは知っている。こういう反応をする人達は大体知り合いだってな)
普通に考えればそうなのだが、上条の普通の感覚は地味に狂い始めている。なんせ彼の主な知り合いは隣にいる不思議シスターさんや、ヘビースモーカーの不良神父。そして、常盤台中学に通うビリビリ中学生など、普通じゃない人達ばかりだからだ。
そのせいで、上条はそこまで深読みをしてしまったのである。
とりあえず上条は笑顔を浮かべて、
「どうも、お久しぶりです」
「こんにちはなんだよ!」
インデックス……その挨拶はねーだろ、と思いつつ、上条は笑顔を崩さず、ずっと4人に対してニコニコしている。しかし、若干顔が引きつっているのはここだけの話だ。
「他人行儀だなぁ、昔みたいに本当の親だと思ってもいいんだよ」
「そうだぞ当麻君。ほら、まどかも……ね?」
「ま、ママっ!」
意味あり気に言う女──鹿目詢子(かなめじゅんこ)に対し、その娘である鹿目(かなめ)まどかは恥ずかしそうに叫んでいたが、例によって上条はそれほど気にしていなかった。
むしろ、まどかの反応が気になっているのは、上条の隣にいる穀潰し──。
「とうま。とうまの影響はこんな所にまで及んでるんだね」
「ちょ、ちょっとインデックスさん? 何故貴女は怒ってるんでせうか?」
「やっぱりとうまはとうまなんだよ!」
「意味がわからねえ! お前は何で怒ってんだよ!?」
「うぎぎ、と~う~ま~っ!」
インデックスがギラリと輝く歯を見せた瞬間。
それがカプリ、と上条の頭に突き刺さる。本日二度目の噛みつき攻撃である
いつもの事とは言え、毎度毎度噛みつかれるのはやっぱりゴメンだ。
「ぎゃあああああっ! 理不尽だ理不尽です不幸だァあぁああっ!」
インデックスを振り払おうと頭を振りまくる上条を、まどかの父親である鹿目知久(かなめともひさ)は突然の事に驚いているようで、詢子はニヤニヤ。まどかの弟である鹿目(かなめ)タツヤは3歳児なので上条が噛まれている理由など、知っているハズがない。
だが、2人やりとりが面白いので、きゃっきゃと笑い声を上げていた。
そしてまどかは……、
(あの子……誰なんだろう? も、もしかして彼女とかじゃないよね……?)
なにやら一人、上条とインデックスの事で不安に思っている様子であった。
どうやら、上条タツヤ以外の3人とは面識があるようだ。
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第2話,上条当麻
「不幸だ……」
またしても、お決まりの文句を呟く彼──上条当麻。
頭や顔どころか、服にまで歯型がしっかりと残っている。それは全部、上条家の財政を悪化させている穀潰し──インデックスのせいである。
インデックスは怒ると噛みつく癖があるらしい。全く迷惑な癖である。そして、上条はほぼ毎日その癖の犠牲になっているのだ。慣れているとは言え、やっぱり髪付き攻撃は痛い。それ以上に同居人に噛まれる事がショックなことかもしれない。
「そろそろ寝る時間かぁ……」
時計を見て確認する。
今日はマトモな晩御飯を食べれて幸せであった。これまで、上条家の食卓と言えば安いレトルト食品のオンパレードであったが、今日はごく普通の生鮮食品を使ったマトモな料理。インデックスも「とうまの作ったご飯より500倍はおいしいかも!」と大絶賛のご飯であった。
だが、あれだけ大量にあったご飯の大半は──インデックスのお腹の中に消えたのだ。
はぁ、と上条はため息をつく。その時、コンコンと言う物音が響いた。
「ん、入っていいぞ」
ドアをノックされたようである。インデックスか……と思ったが、あの不思議シスターさんが礼儀正しく部屋に入ってくるわけがない。
いきなり豪快に扉を開け、上条の名前を叫びながら突撃してくるだろう。
なら、詢子あたりが妥当なものかと上条は思った。
しかし、
「当麻お兄ちゃん、お邪魔するね」
「えっ? か、鹿目?」
部屋に入ってきた意外な人物を視界に捉え、上条は思わず声を上げる。
「当麻お兄ちゃん、それじゃまるで初対面の人だよ? 今まで通りまどかでいいんだよ?」
「えっ、ああ悪かった。久々だから俺も緊張してたんだ」
「ティヒヒ、当麻お兄ちゃんも相変わらずだね」
上条は肝心な事を忘れていた。鹿目家の父と母が上条と面識があると言うことは、当然娘のまどかとも面識があるというわけだ。つまり、記憶にない昔のこと──上条とまどかは何処かで会っているということになる。それが何時、何処で、そこで何があったのか。
細かい事はおろか、まどかがどういう子なのかすら彼は覚えていないのだが。
(とにかく、知り合いだってんなら演技しねえとな)
記憶喪失であることは決してバレてはいけない。記憶のない上条は、覚えていない以前の上条を演技する必要があるのだ。
「ほらこれ、去年のお正月の写真だよ」
まどかが上条の隣に座ると、突然携帯電話を取り出し、画面を上条に見せつける。
温かく、柔らかくて甘い匂いのするまどかの感触も気になるが、それ以上に上条の興味を引いたのは携帯に映っていた写真である。写真はどこかの神社の鳥居をバックに、ジャージ姿の上条にしがみ付く桃色の髪の少女が移り込んでいた。
写真が映っている携帯の画面を、上条は本の僅かに頬を赤く染め、まどかのほうをチラチラ見ながら写真を見る。やっぱり……写真に写っているのは隣にいる子──まどか本人だ。
「ああ、そういえば去年行ったよなぁ」
本当は行った記憶なんてないのだが、写真が何よりの証拠だ。それに、自分が記憶喪失である事をバラせばまどかは悲しむか、あるいはインデックスのようにお怒りになるか。
どちらにしても、好ましい展開とは言えない。
それに上条はようやく、自分とまどかの関係が理解できたようである。
(そっか……俺とコイツは幼馴染みたいなモンだったのか)
そう、まどかは上条の妹分のような幼馴染。義妹とまではいかなくとも、彼の悪友である土御門元春が喜びそうなポジションにいる子──それが鹿目まどかという少女である。
「今年もまた一緒に行けるかな?」
「そうだなぁ……今もこうして再開出来たんだし、今年も行けるんじゃないか?」
「……うん! 私、楽しみにしてるね!」
──それから、上条とまどかの会話は続いた。何気ない日常会話である。ただし上条は学園都市の人間で、まどかは学園都市の外の人間である。その違いは非常に大きく、故にまどかは学園都市の話に興味を示し、上条も学園都市の外の話に興味を示していた。
さらに、2人には高校生と中学生という違いもある。その違いがあるだけで、無限に話題が沸いてきて2人の会話は留まるところを知らなかった。
そうしているうちに、上条にとって一日目の夜は更けていく、
「あっ、いけない! そろそろ寝ないと明日学校に遅刻しちゃうよっ」
「学校? そっかぁ、外の世界はもう夏休みが終わってるだったな」
「当麻お兄ちゃんはまだ夏休みなの?」
「今月の31日までが夏休みだな」
「いいなぁ~夏休みが長いって、羨ましい!」
「そうか? ぶっちゃけ補習受けてた記憶しかねえけどな」
「当麻お兄ちゃん、もしかして勉強苦手なの?」
「ぐはっ! 今ので上条さんは心にマリアナ海溝より深い傷を負いましたよっ!?」
「はわわっ! ご、ごめんね!」
最も、能力が全てという空気が充満している学園都市において、たとえ勉強が出来たとしても能力が使えなかったら、地位が向上することなんてありえないのだが。
「別に事実だからもういいよ。それよりまどか、そろそろ寝ないとまずいんじゃねえか?」
「う、うん! そうなんだけど……っ」
「……? どうした、顔赤いぞ?」
「きゃうっ!? な、なんでもないよ! おやすみ当麻お兄ちゃん!」
「あ、ああ……っ」
バタバタと、まどかは逃げるように上条の部屋(仮)から去っていった。なんだか恥ずかしさのあまりに逃げ出す感じだったが、そんなものが上条に伝わっているわけもなく、
「……なんだ、アイツ?」
ただ、一人でまどかの様子がおかしかった理由を悩んでいた。
最も、まどかの様子がおかしい理由は、誰が見たって悩むほどの事でもない。それでも上条当麻と言う男にはわからなかったのである。
まどかの胸に隠れている──ある莫大な感情の正体が。
──SGB──
上条当麻や鹿目まどかが寝ようとしていたその頃、見滝原のとある建物の屋上にて三人の人物が秘密裏に話し合いを行っていた。
「へぇ、それで
語尾ににゃーという、大変ふざけた口調で話すこの男。
短い金髪に青いサングラスをかけた、アロハにハーフパンツの少年は、妹と大きく記されたうちわを仰ぎながら喋っていた。
土御門元春(つちみかどもとはる)。
普段は上条当麻や青髪ピアスといった、悪友達との会話に花を咲かせる彼も、本来の姿は裏の社会で暗躍する
それも大変怪しいものだが……。
「ええ、2人はその筋のプロだと聞いてるわ」
「確かに、我々は対魔術師の技術に特化した人材を数多く抱えています」
土御門の近くには2人が立っている。
一人は少女だ。長い黒髪を掻き分ける仕草を頻繁に見せる容姿端麗な少女は、どうやら
一方、それに対して2メートルを超える日本刀を腰に下げる女。
後ろで束ねた長い黒髪、しなやかな筋肉を覆う肌は白く、絞った半袖のシャツに片足だけを強引に立ち切ったジーズンとウェスタンブーツ。この露出度の高い衣服は、どうやら「左右非対称のバランスが術式を組むのに有効」という理由があるらしい。
神裂火織(かんざきかおり) 。
彼女も土御門と同じ、
「しかも、ねーちんは世界に20人といない
「ええ、だからこそのお願いよ。一緒に
長い黒髪の少女──暁美(あけみ)ほむらは、土御門達にそう頼んだ。
通常、魔女やその使い魔と呼ばれる者達を倒すためには、魔法少女の魔力を込めた武器が必要なのであるが、その魔法少女に近い存在──魔術師ならどうであろうか?
種類こそ違うとは言え、魔法を使うと言う点では魔法少女も魔術師も共通している。
「その話はステイルから聞いています。ワルプルギスの夜と呼ばれる魔女はスーパーセルを起こし、周囲に甚大な被害を齎(もたら)すらしいですね」
「しかも、今回は見滝原(ここ)に発生する可能性が高いらしいが、歴史を辿ればソイツはどこにでも登場するモンらしい。下手をすれば学園都市──いや、世界を混乱させる存在だぜよ」
「ということは……あなた達っ」
ほむらは目を見開き、神裂と土御門をチラチラと交互に見る。
まさかとは思った。だけど、現実そんなに上手くいくものなのだろうか?
何があっても巻き込まず、それでもって守りたい対象がいるほむらにとって──あまりに都合が良すぎる話が、果たしてあるものなんだろうか?
今まで
それでも──絶望ばかりを見てきた少女を、彼らは見捨てなかった。
「あぁ、オレたちこの問題を解決する為に、イギリス清教(せいきょう)から派遣されてきた──魔術師なんだぜよ」
「それじゃあ……っ」
「はい、あなたと我々の目的は概ね一致するようです」
「それに、お前にだって守りたいもんがあるんだろ?」
「私は……っ」
守りたい。
その為に
魔法少女の本質や
ほむらはその強い決意を表すように、鋭い目つきで土御門達の事を見つめた。
「共にワルプルギスの夜と戦いましょう、私も協力します」
「それに今回の件には、
「……っ、恩に着るわ」
こうして、魔法少女と魔術師の利害関係が一致した。
イギリス清教
災いを齎(もたら)すと言われるワルプルギスの夜。
そして、今回の件に関わっているとされる
今まさに──新たなる戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
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第3話,夢の中で……
ここは白と黒の世界。
なにもない、ただ2色が存在するのみの、果てしなく寂しく悲しい世界だ。
ただ、この空間には廊下のようなものがあった。白と黒の2色で彩られた、空間に存在する通路を駆ける人の少女──鹿目まどか。
彼女はひたすら駆ける。何かを目指すかのように──慌てた様子で走っている。
桃色の髪を靡かせながら走る彼女は、やがて行き止まりにぶつかる。白と黒の空間を貫くような廊下がある場所で終わった……っと思ったが、
(……いや、これ……ドア?)
広場で【EXIT】と言う緑色に輝く看板を見かける。不自然に階段が伸び、その奥は真っ暗でよく見えないが、まどかにはドアのようなものが見えるらしい。
恐る恐るまどかは階段を上り、変な構造のドアに手をかける。
重い。
開けようと押したドアは予想以上に重たいものであった。中学生のまどかでも、思いっきり力を入れないと開けられない。
それでもドアは開いた。異常に重たいドアを開け、まどかは静かに開眼する。
「──ッ!」
その瞬間、恐ろしい光景が目に入り──まどかはその場で固まってしまった。
まず整理すると、ここはどうやら大きな木の上らしい。空は暗く、輝きを失った無数の金色の歯車が空を舞っていた。何よりまどかが驚いたものは──空に浮かぶ巨大な物体。それはドレスを着た巨大な歯車の化け物であった。
都市は化け物を中心に破壊され、化け物は不気味な声を上げている。
まどかは静かに前に進み、もっと化け物の姿が見やすい場所へ移動した。
「…………ッ!」
荒れ果てた街の中に、一人の少女がいた。左腕に盾のようなものを装着した、まどかとは対照的な雰囲気を放つ黒髪の少女である。
少女は何かを決意したかのように跳躍し、歯車の化け物へ飛びかかった。だが、大きく飛び上がった少女に何故か──巨大なビルが降ってきた。
ビルとビルが衝突し、ドロドロとした黒煙と、ガラスの雨が降り注ぐ。
だが──それでも少女は生きていた。
黒煙の中から颯爽と姿を現し、少女はビルから飛び降りるように降下する。そんな少女を狙う七色の太い光線のようなものが伸びてきた。何発も、何発も……しかし少女は倒れない。避けたというよりは光線をかき消しているようであった。
左腕に装着している盾が、効力を発揮しているのだろう。
「ひどい……ッ!」
地獄のような光景を見ていたまどかが一言、素直な感想を叫んだ。
「仕方ないよ、彼女一人では荷が重すぎた」
しかし、まどかに釘を刺すような一言が何者からか放たれる。
ソイツは人間ではない。声は人間のようなもので、女性に近い者だったが……白い外見のマスコットのような4足歩行動物。
それが何かはわからない。どんな生き物かさえも──そもそも生き物なのかすら。
「でも、彼女も覚悟の上だろう」
そう語る白い生命体と、それを聞いているまどかの上空では──今も少女が戦っている。
戦況は最悪だ。黒髪の完全に押され気味、このままでは命さえ危ないだろう。突如放たれた赤色の一撃に少女は耐えられず、飛ばされて背中を何かに強打する。
「そんな、あんまりだよ! こんなのってないよ!」
あまりにひどすぎる光景に、まどかは感情的になり、気がつけば叫んでいた。
一方、大木の吹き飛ばされた少女は静かに瞳を開け、起きあがろうとする。それでも身体へのダメージが大きいようで、おそらく目もぼやけているのだろう。
意識はあっても、立ち上がれない。
「……っ」
少女とまどかの目が合う。大木の上で、少女は必死に何かを叫んでいるが、騒然たる空間のせいでまどかの耳に少女の叫びは入ってこない。
まどかはただ、少女のいる場所を見ていた。
だ、そんな時──隣の小さな白い生き物がまどかに話をかける。
「諦めたらそれまでだ」
その言葉に、まどかは小さく見上げる。
白い動物はまどかの行動が終わるのを確認した後、言葉を続ける。
「でも、君なら運命を変えられる」
「……っ」
小さく驚くまどか。その時、近くの赤く光る街灯が不気味な音を発し、まどかは恐怖と驚きから咄嗟に目を瞑り、両手で耳を塞いでしまった。
それでも白い動物は構わず──話を続ける。
「避けようのない滅びを、嘆きを、すべて君が覆せばいい。その為の力が君には備わっているんだから」
「……ホントなの…………? 私なんかでも……ホントに何かできるの? こんな結末を変えられるの?」
まどかは小さな歩幅で少しずつ進みながら、半信半疑で白い動物に問う。
白い動物の答えは簡単だ。
「もちろんさ、だから──」
一言告げると、くるりとまどかのほえへ振り返り、小さく頷きながら──、
「
一瞬戸惑った。
本当に自分が力になれるのか。この白い動物の言うことが本当なのか。
それでも何かをしたい。目の前で少女が苦しんでいるのに。それ以前に、あの化け物が発生したせいで多くの人々が死んでいるというのに。今までだって、多くの友達を失ったのに。
みんな頑張っていた。あの化け物を倒す為に必死だった。でも自分は? 自分はあの化け物を倒すために何かをしたのだろうか? いいや、していない。していないからこそ、あの少女は化け物に一人で立ち向かっているのだ。だからあの少女は負けそうになっているのだ。
まどかは──その事実が許せなかった。
「……ッ」
何かを決意し、真顔でまどかは白色の生命体を直視した。
◆ ◆ ◆
「……っ!」
目が覚めた。
布団が気持ちいい。カーテンの隙間から太陽の光が入りこんでいる。ピンク色の動物の抱き枕の抱き心地は極上であった。
「……ふぁぁ、夢オチ?」
起きあがり、抱き枕を抱きながら一言そう言った。
そう、夢オチ。
今までまどかは──夢を見ていたのである。
天変地異の中、一人で化け物と戦う少女をバックに、魔法少女にならないか? と勧誘を受ける不思議で意味不明な夢であった……。
──SGB──
まどかの朝が早いように、居候の上条当麻の朝も早かった。
「いてええェえええェェええええッ!」
「う、かっぷぁっ! 朝からなんてモノを見せているのかなとうまは!」
「ちょ! インデックスさんアレはですね! 男の生理現象だから仕方ない事でして……って、そもそも人の布団に勝手に潜り込むお前はどうなんですかあああァあああッ!?」
「とにかくとうまは配慮が足りないんだよ! とうまのエッチ!」
「朝からなんなんだよ! ああもう、不幸だあああああああッ!」
馬乗りされた上条は、インデックスに頭をガブガブと連続で噛まれていた。格闘ゲームで体力ゲージが三本、一気に青から赤に減ったような気分である。
「それで、とうまはどんな夢を見ていたの?」
「え? ゆ、夢って……ハハッ! 上条さんが変な意味の夢を見るわけがないでしょう!」
本当は寮の管理人とアハハウフフな展開になる夢を見ていたのだが、噛み付き癖という嫌な悪癖を持つインデックスに、そんなトンデモな告白が出来るわけがなかった。
既に服が何着かダメージを受けているし、こんな若いのに頭皮のダメージについて真剣には考えたくない。とにかく、彼は噛まれない選択肢を選ぼうと必死である。
「ホント? 天にまします我らの父に誓って言える? 変な夢を見ていなかったって」
「誓います絶対見てないです! アレはホントに生理現象で仕方ないモンなんですー!」
「やっぱりとうまはとうまなんだね……仕方ないから特別に許すんだよ」
「えっ?」
渋々、インデックスは上条から降りると、静かに部屋の外へと向かっていった。
「お、おかしい……っ」
本気でそう思った。
あのインデックスが──あの程度の言い訳で納得するハズがない。
にも拘らず、インデックスは割とあっさり退き、上条の部屋(仮)から退室。噛み付かれも怒鳴られもしなかったのだ。
上条にとっては幸運かもしれない。しかし、それはそれで気持ちが悪い気がした。
(それにしても……)
部屋の中を見回し、自然が背景のカレンダーを見る。今日は8月29日、上条とインデックスの学園都市の外滞在2日目。滞在は明日までであり、8月31日……要するに、夏休み最後の日は学園都市に戻って、翌日から始まる学校の準備をするというわけだ。
「……さて、そろそろ起きるかぁ」
滞在2日目。学校もないし、何かに巻き込まれる気配もない。
今日は何をして過ごそうか。そんな感じで上条の朝も始まったのである──。
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