いちごの世界へ (うたわれな燕)
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第一話

 ……あぁ…やっぱり、納得いかねぇなぁ…。

 

 左手に漫画本を持ったまま、ベッドに背中からボフッと音を立てて倒れる。

 

 倒れたまま、左手に持つ漫画本の表紙に書かれている二人の少女の内の一人、長髪黒髪の少女に目をやる。

 

 少女の名前は『東城綾』。この漫画『いちご100%』のヒロインの内の一人。

 

 そして俺が持っているこの巻は、その『いちご100%』の最終巻。

 

 ベールを付けた二人の少女が描かれたその巻は、俺の中学、高校時代の青春が詰まった集大成のモノだったりするのだが……。

 

 はぁ……俺は一人深い溜め息を吐き出す。

 

 知らない奴の為に、この『いちご100%』という漫画のあらすじを紹介しておく。

 

 中学3年生の『真中淳平』(こいつが主人公)はある日の放課後、学校の屋上で一人の美少女の「いちごパンツ」を目撃してしまう。

 

 この美少女が『東城綾』なのだが、それが分かるのはこの日から随分と経ってからになる。

 

 そして、その日以来『真中淳平』はその美少女が誰なのか確かめるために、学校中を探し求めるようになる。

 

 だが真中は、その美少女を学年トップアイドルの『西野つかさ』(この少女が俺の持っている巻のもう一人の方だ)だと勘違いし、不思議な関係で二人と付き合っていく事になる。

 

 はじめ真中は西野と付き合うことになるものの、次第に自分が探していた美少女の東城に惹かれていく。

 

 なぜなら、東城は真中の『将来の夢』に近い夢を持っていたからだ。

 

 そんな真中の様子に気付いた西野は、真中への想いを胸に秘めたまま、彼らとは別の高校へ進学してしまう。

 

 高校に入学した真中は、新しい同級生になった『外村ヒロシ』『北大路さつき』を交え、中学時代からの友人である『小宮山力也』とともに映像研究部を立ち上げる。

 

 こいつらは、学校に残されていた過去の映像コンクール応募作品を発見し、それを超える作品をつくろうと東城が脚本、真中が監督を担当し、文化祭での発表と映像コンクールへの応募を目指して作品を作り始める。

 

 そして物語は、東城、西野、さつきという3人の美少女による真中をめぐる恋の混戦を描き出していく…と、長々語ってしまったがあらすじはこういうものだ。

 

 つまり……俺が何を言いたいのかと言うと…「真中は何で東城を選ばないんだよ!!!」と…これに尽きるのである。

 

 西野はそりゃあ可愛いと思う。それは俺も否定はしない。だが、真中が東城に何をしてやったというのだろう?

 

 中学、高校生の時は俺も西野派だった。でも、この年になって改めて漫画を読んでみると、東城の役割というかそういうのが、西野の引き立て役になっているような気がして、嫌になってきたわけだ。

 

 俺が主人公の真中なら、絶対に東城と付き合っていたと思う。学校のアイドルに告白するとか考えただけで無理だし、その時点で西野と俺は接点を持てない筈なんだ。

 

 まぁ、漫画の中で西野は真中の事を以前から知っていたっていうエピソードがあったが、あんなもんは後付けに決まっている。

 

 それに、東城じゃなかったとしても『北大路さつき』がいると思う。なぁ、実際にだぞ?友達で尚且つ親友みたいに仲が良い女と、学校のアイドルで一度も話した事のないような女、どちらと付き合いたいと考える?

 

 俺は断然、『友達で尚且つ親友みたいに仲が良い女』だ。アイドルみたいな可愛い女と付き合いたいに決まっている、と言ってるそこのお前。そんなに、アイドルと付き合いたいなら真中淳平みたいに告白してみろよ。正直言って、馬鹿を見ることになる。

 

 あの告白は漫画だからこそ、成功したようなものなんだ。何?東城やさつきと出会って仲良くなるのも難しいだと?そんなもん、知らねえよ!

 

 上で言ったモノは、全部俺がそう思うって話なんだから。それに、俺は東城やさつきと絡めって言われたら絡める自信はある。

 

 東城とは絶対に趣味(小説関係)が合いそうだし、さつきとは馬鹿な話をしまくれば仲良くなると思う。

 

 ま、映画の事はこれっぽちも知らねえから外村の妹の『外村美鈴』とか、後輩になる『端本ちなみ』とかとは絡みもしないと思うが…。

 

「はぁ…って誰に話しかけてんだよ、俺は…。そんな事言っても、漫画の中に行ける訳なんてねぇのにな。それに…IFの事を言ってても仕方ねぇっての」

 

 左手に持つ本を枕元に置いて、部屋の電気を消すと掛け布団を頭まで引っ張る。明日は就職先の会社に行かなきゃならねぇし、寝よ寝よ…。

 

 出来れば『いちご100%』の夢が見られたらいいな。俺の妄想が膨らんだそんな夢が……。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 ジリリリリリリ………。

 

「ふぁああ〜…朝か……」

 

 欠伸を一つしてからノソノソとベットから這い出る。今日は会社に行かなきゃならないから早く起きたんだよなぁ…。

 

 まだあと1ヶ月は大学生だから、もう少し寝ていたいけど…。そうもいかないよな。はぁ…世の中って本当によく出来てるよ。

 

「そんなに人生は甘くねぇってか?…ふぁあ〜〜」

 

 そんな事を言いつつ、眠ぼけた頭のまま部屋から出ようとしてハタと気が付く。

 

「ん?ドアってこっちだったか?」

 

 そう。本来なら向こう側にあるべきドアが、俺の右側にある。はて?…俺はいつの間に模様替えをしたんだ?

 

 ……ま、気にしていても仕方ないか。今はそんな事より、洗面所に行くのが先だ。

 

 ドアを開けて直ぐ目に入ってくる階段を降りて行き…って階段がない??いやいや、寝惚けてるだけだ。きっと、半分寝たまま降りてきただけだ。

 

 さて、そんな事よりも、洗面所に行って顔を洗って来ないと……???

 

「…洗面所がリビング??って、母さんいねぇし……てか、家のリビングってこんな部屋だったか?」

 

 本来ならある筈の洗面所ではなく、テレビやテーブル、ソファがある普通のリビングがそこにはあった。俺の家にこんなテーブルあったか?

 

 ……なんだこれは…。

 

 ダダダ…っと、その部屋のドアを閉めてから先ほど俺が出てきた部屋に走った。

 

 なんなんだ?これは……なんなんだ!?

 

 そこには、階段なんてものはなく、普通に部屋があるだけ。そして、その部屋のドアを開けて確認してみると……。

 

「ここは…どこだ??」

 

 そこには、俺の部屋ではない『十代の少年』が住んでいそうな部屋があった。サーッと血の気が引いていくのが分かる。だが、今はそれを無視して確認しなければならない。

 

「ッ!!母さん!」

 

 踵を返して、この『建物』の中にある部屋という部屋を全て確認して回るが、母さんの姿はどこにもない。

 

 洗面所にトイレ、風呂場に誰かの部屋…そして最初に入ったリビングへと戻って、その先の台所へと向かう。朝なら朝食を作っている筈…いや、作っていてくれ!!

 

「母さ…ん……」

 

 だが、そこには母さんの姿はなかった。

 

 あるのは、ラップをされたおかずにサラダ、裏返してある茶碗とお椀。そして、メモ帳大の紙だけ。その紙を手に取り、何が書かれてあるのか調べてみると…。

 

 『淳平へ』 

 母さんは、今日父さんの仕事の関係で駅に行かなきゃならなくなりました。朝食は、作っておいたので食べてください。くれぐれも、学校に遅刻はしないように。

 『母より』

 

 淳平??俺は○○だ。淳平なんて名前じゃない。なら、こいつは淳平っていう奴の家って事か?俺は勝手にそいつの家の部屋で寝てたってのか?

 

 ………いやいやいや!!そんな筈はないッ!俺は確かに昨日、自分の『家』に帰って、自分の『部屋』で寝た筈だ。漫画本を読んでいて遅くなったのも覚えている。なら、この状況はなんなんだ!?

 

 拉致られた?俺なんて平平凡々の学生を拉致って何をするでもないから、これはないな。

 

 誘拐??それも、拉致同様あるわけがない。いや、可能生としてはあるのかもしれないが、俺を自由にしておく訳がないし、見張り?とかをする奴がいない事から、これもない。

 

 だとしたら…夢か?頬を抓ってみると…痛い。という事は夢でもない。なら……これはなんなんだ??知らない部屋、知らない建物、知らない少年の名前…名前??

 

 混乱して手で握ってしまっていた、それを広げてみる。

 

 『淳平へ』

 

 そうだ。『淳平』…これは俺が寝る前に読んでいた漫画の主人公の名前だ。そう考えると、行動は早かった。俺は、先ほど見つけた洗面所に駆けこむと、鏡に映る自分の顔を凝視した。

 

「…俺……なのか??」

 

 鏡には、いつも見慣れた俺の顔ではない違う『男』の顔があった。それも、俺の知らない顔ではない。

 

 二次元での顔しか知らなかったが、三次元での顔もこうであると分かる顔。

 

「真中…淳平なのか?」

 

 フラフラになりながら俺が寝ていた部屋に再度戻り、学生服を乱暴にベットに放り投げて、目当てのモノを漁る。

 

 そして、そう時間も掛らずに目当てのモノを探し出した。学生服から手を離し、手帳程の大きさのそれを開いた。

 

「………まじかよ…」

 

 そこには今の『俺』と同じ顔の男、つまりは『真中淳平』の顔写真があった。



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第二話

 あれから、呆然とする事1時間とちょっと。腹がぐぅ〜となった事により、まずは朝食を食べる事にした。

 

 テーブルの上に置いてあった朝食を震える手を何とか駆使して食べ終わり、洗面所で顔を洗って、歯を磨いた後、再度自分が寝ていた部屋に戻った。

 

「俺が本当に『真中淳平』になったのか、それを確かめるためにも、学校に行くしかない…か」

 

 投げ捨てていた学生服に袖を通し、『真中淳平』が昨夜寝る前に準備したであろう鞄を持って泉坂中学へと登校することにした。

 

 学校の場所は分からないが、既に時計の針は10時を指している。遅刻は確定…なら学校に向かいながら、本当にここが『いちご100%』の世界なのかを確かめて行くことにしようと思う。

 

 気持ちを引き締めて、玄関に手を掛けて外に出る。夢であるようにと、内心で思いながらも目に入ってくる光景は、俺が見た事のないモノだった。

 

 これで、ここが俺の住んでいた家ではないという事が確実となった。

 

 道行く道、目に入る建物、そのどれもが見たことのないモノだった。深夜お世話になっていたコンビニは知らない建物になっているし、足繁く通ったゲーセンはピアノ教室やっていますと書かれた建物に変わっている。

 

 ここが、俺のいた町ではない事も確実となった。

 

 生徒手帳に書かれている、住所の所にあるだろう泉坂中学に向かう為足を動かし続ける。

 

 俺が本当に『真中淳平』になっているのかを確かめに…。また、本当にそこに原作のキャラ達がいるのかを確かめに……。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 電信柱や標識に張ってある住所を頼りに道を歩いていくと、右の方に大きな建物が見えてきた。

 

 あれは…学校?ちなみに、道中『真中淳平』の家までの道を覚えながら来ている。

 

 校門は既に閉まっていて、中に入れないようになっていた。その校門の横にある表札??には『泉坂中学校』と書かれている。

 

 本当にあった…。まだ、内心で本当にあるとは思っていなかった学校が目の前にある事に少しだけ呆けてしまう。

 

 数秒後、俺は溜め息を一つ出してから思考を切り替えて校門を乗り越える事にした。そして、学校の中に入るために生徒用玄関に向かう。

 

 腕時計を見てみると、10時30分を少し過ぎている事に気付く。という事は、3時間目が始まっているところなのだろう。

 

 それにしても、今が体育の時間じゃなくて助かった。じゃないと、誰かに見つけられた可能性が大だから。

 

 そんな事を考えながら生徒用玄関と思しきところから、『真中淳平』と書かれた下駄箱を探し出し、上履きに履き替えて自分のというか『真中淳平』の教室へと向かう。

 

 生徒手帳に書かれている学年とクラスは、既に確認済み。あとは、俺が、本当に『真中淳平』になったという事実を『確かめる』だけだ。

 

 3年4組…そう書かれている教室の後ろのドアに手を掛けた。教室では、国語か古文の教師の声がしている。そして俺は、意を決してドアを開いた。

 

「…遅れてすみません。寝坊してしまって……」

 

「真中か。仕方ない奴だな。あとで担任に、直接言って来い。直ぐに教科書を開いてノートを取った方がいいぞ。今、期末テストに出るところをやっているからな」

 

「はい…」

 

 『真中』か……本当に、俺は『真中淳平』になっているんだな。

 

 一つだけ空席になっている席に座り、鞄から国語の教科書とノート、筆記用具を取り出す。

 

 クラスの奴らはそんな俺の行動を一目見てから、教師に顔を戻していく。だが、二人の男だけは俺に顔を向けたままでいた。

 

 そいつらは、『大草』と『小宮山』。原作では直ぐに天地に場所を取られた二枚目キャラと最後まで出続けた不細工キャラだ。

 

 俺はそいつらに構わず教科書とノートを机に広げて、黒板に書かれている全てをノートに書き写していく。

 

 それは内心、本当の本当に『真中淳平』になってしまった事にままならない感情を抱いて頭がパニックになっていたからで、今は少しでも気持ちを落ち着かせるのを先決しようと思ったからである。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「よぉ〜真中、何で今日は遅刻して来たんだ?」

 

「それにさっきの時間、俺達の事を無視するし…どうしたんだ、お前?」

 

 俺の席に近づいてくるなり、そう言って来るのは『大草』と『小宮山』の二人。今の時間は3時間目が終わり、次の授業の準備をするための10分休憩の時間だ。

 

 それに、こいつらが俺の所に来るだろう事も分かっていた。それはこいつらが『真中淳平』の友達だからだ。

 

 そして、俺は『真中淳平』であって『真中淳平』じゃない。『外身』は同じでも『中身』が違うのだから当然だな。

 

「…寝坊したからだって先生に言ったろ?無視したのは、先生がこっちを睨んでたからだ。むしろ、俺はお前らを助けたんだぞ?」

 

「あぁ〜確かに言ってたな。何だよ、お前もやっとコッチに興味出てきたのか!」

 

「小宮山、お前はうるさい。でも、先生が睨んでたかぁ〜それなら仕方ねぇな。礼は言わねぇけど」

 

「真中も遂に分かったんだな。なら、今度俺のA○貸してやるから、お前が持ってる○V貸してくれよ!」

 

 『小宮山』が横で中学生男子がするような事を言ってくる。はっきり言ってうるさい。

 

 『大草』は小宮山を無視して俺に話し掛けてきているが…正直凄いと思う。まぁ、俺もこのうるさい奴を無視することには賛成なんだが…。

 

 こうまで、はっきりと無視されているのにも関わらず、話し続ける小宮山もある意味で凄い奴なのかもしれないな。

 

「…次の時間がそろそろ始まるみたいだし、席に戻った方がいいんじゃねぇか?話なら昼休みに出来るだろ?」

 

「…それもそうだな。なら、昼休みにな」

 

「で、俺のA○ってのはな、女○師モノでよ、これがまたエロいのなんのって…って、大草が席に戻るみたいだし、俺も戻るか」

 

「あぁ…それから小宮山。偶にはお前も授業中寝てないで、少しは黒板に書いてあるのくらい、ノートに写せって。さっきの時間も寝てたしよ」

 

「…真中がそんな事言うなんて珍しいな。まぁ、でも大丈夫だ。俺は天才だから授業なんて寝てても怖くねぇんだよ。ハハハハハ!」

 

 泉坂高校に補欠合格をしたお前が言っても説得力はないぞ。ま、それは原作の『真中淳平』もだが…。

 

 それにしても……斜め横に顔を向ける。そこには黒髪を三つ編みにして、分厚いビン底のようなメガネをした少女が文庫本を読みながら次の授業が始まるのを待っている姿がある。

 

 『東城綾』…やっぱり、この時はまだ周りにその美貌は知られていないのか…。

 

 というか、この時期は原作の初っ端なのか?…放課後屋上に行けば東城に会えるかもしれない……行ってみるか。

 

 東城から視線を切り、次の授業の準備をする。次は、数学。俺の苦手な科目の時間だ。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして、昼休み。俺達(俺、大草、小宮山の三人)は購買でパンをそれぞれ買って、俺は職員室に遅刻した事を告げに、大草と小宮山は教室へと先に戻って行った。

 

 怒られる事、約10分。素直にすみませんと頭を下げ続けたお陰だろう。その時間で説教を終える事が出来、俺は自分の教室に戻る事になった。

 

 『自分の教室』…か。まだ2時間程しか過ごしていない教室をそう感じるのもおかしいな話だ。

 

「なぁ、つかさちゃん。いい加減さ、俺と付き合ってくれない?3日連続で告ってんだけど俺ってば」

 

「だからぁ、あたしはあなたと付き合う気なんて、これっぽっちもないって言ってんの。それに、こんなにしつこい人を好きになる子なんて、きっといないよ」

 

 教室に向かう途中、そんな話し声が聞こえてきた。おそらく告白の現場らしいが、なぜ『西野つかさ』の告白現場に出くわさなければならないんだ…。

 

「な、なぁに言ってんのか分かってる?俺ってば、ボクシング部に入ってて、高校からもスカウトされてんだけど、知らないかなぁ?」

 

「ボクサーが何なの?あたしは、あなたと付き合わないって言ってるだけ。力に頼る事しか出来ないなんて…本当、あたし…あなたの事嫌い」

 

 西野。お前の言いたい事は俺も分かる。そんな奴とはお前は釣り合わないと思う。それは、この『真中淳平』も然りなんだけどな。

 

 でも、それ系の男からの告白をそんな風に蹴るのは良くない。お前が嫌いな直ぐに力に頼る事を、その男は絶対に使ってくるんだから。

 

「……顔はこんなに可愛いのに、言う事がいちいちうるさい女だな。…だが、いいさ。それなら俺の事を『好きになってもらえば』いいだけだからな!」

 

「何を言って…キャッ!!」

 

 西野は男に腕を取られ、男の腕の中にその細い身体を抱かれる。

 

 西野はその事に嫌悪の表情を出して、自由な方の腕で男から距離を取ろうとするが、それも西野の細腕じゃ無理に決まってる。

 

「離しなさいよ!こんな所、先生にでも見つかったら…」

 

「はっ!ここは職員室からは見えねえよ。この場所に誘い出すのには苦労したが、これでお前は俺のもんだ」

 

 はぁ……全く、俺はまだこの『世界』に来て半日も経ってないんだぞ?それなのに、何でこんな現場に出くわすんだよ。

 

 これはあれか?俺に西野を助けろって言ってんのか?俺が西野と交流を取らないつもりだと分かったからか?

 

 ……はぁ、目の前で助けを求めている女がいたら、助けない訳にはいかねぇよな。

 

 それが例え、この『世界』から『俺』に向けられたモノだとしても…。

 

 でも、この身体が荒事に向いているとも思えないし………ここはコレしかないな。

 

「先生来てください!こっちで西野さんが襲われています!!」

 

「な!?誰かいやがったのか!ッチ…つかさちゃん、放課後にまた会おうね」

 

「誰があんたなんかとッ!」

 

 男は俺のその言葉を聞くと、直ぐに西野を離してその場から去って行った。

 

 その場に残ったのは、男に掴まれていた腕を抑えて地に座っている西野と、影から出てきた俺だけだ。

 

「怪我はしてないみたいだな。よっと…」

 

「んっしょ…君が助けてくれたの?ありがとう」

 

「いいよ、気にしなくて。それより、放課後は友達の女の子数人と帰った方が良いと思う。さっきの男が来るかもしれないし。んじゃ、俺はこれで…」

 

 俺は西野に手を貸して立ち上がらせると、背を向けて今度こそ自分の教室に向うために足を前に出した…のだが、俺の足は前に進む事が出来なかった。

 

 それは、後ろから手を掴まれたからで、誰が手を掴んでいるのかも分かる。分かるのだが…。

 

「ねぇ…なら、君が送って行ってよ」

 

「………」

 

何でこうなるんだ…。そして、それと同時に昼休みの終わりを告げる鐘がなった。まだ、昼食を食べていないんだけど俺…。

 



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第三話

 西野に捕まり?昼食を食べ損ねた俺は、教室に向かいながら急いで食べる事になった。

 

 その教室へと戻る際に「私、2組の西野つかさ。君は?」なんていう自己紹介イベントが起こる事になったのは言うまでもない…。

 

 不本意だが、ここは『いちご100%』の世界。そして、この身体は『真中淳平』のモノ。ならここは……「4組の『真中淳平』だけど…」と名乗るしかない。

 

 「へぇ〜君が真中君かぁ〜」なんていう意味深な呟きを西野は吐いたかと思うと、何を思ったか知らないが……。

 

 俺が歩きながら食べていたカツサンドにパクついたかと思うと、そのまま俺のカツサンドを口に咥えたままあの何人も笑顔にしてしまう笑顔を浮かべて、廊下を走って行ってしまった。

 

「俺のカツサンド……」

 

 まだ半分以上残っていたカツサンドを西野に持って行かれた事に若干イラつきながら、残っていたもう一つのコロッケパンに齧り付き、四組の教室に入る。

 

 すると大草と小宮山に「何で教室に来なかったんだ?」という顔で見られてしまった。

 

 イライラしていた事も手伝い、5時間目もそろそろ始まってしまう時間のため、片手で『すまん』というジェスチャーで応えから、俺は自分の席に着いて手に持っていた最後の一口となったコロッケパンを口の中に放り込んだ。

 

 5時間目は社会、歴史の授業。歴史は得意科目の一つだったから、多少は楽が出来ると思う。それに…。

 

 斜め横で席についている東城を見ると、数時間前と変わらぬ文庫本を読んでいる姿がそこにあった。

 

 3時間目と4時間目、そしてこの学校に来るまでに考えていた事は、俺が『真中淳平』に本当になっているなら、東城を幸せにしたいというモノ。

 

 『いちご100%』の設定では、東城は夢のパートナーで西野が恋のパートナーとある。だがそれは間違いだと俺は思う。

 

 男女が夢だけのパートナーでいられる訳がない。恋が生まれない訳がない。

 

 恋が生まれなかったのは、『真中淳平』に西野という別の恋のパートナーがいたからなのだ。

 

 俺は中学、高校と西野が好きだった。なぜなら、女性キャラクターの中で一番可愛いと当時感じていたからだ。

 

 だが昨日の夜、『いちご100%』を読破して思ったのは、東城こそ真中の恋人に相応しかったんじゃないか、というモノだった。

 

 だがそれは、俺が一読者としてだったから言える事であるし、俺の考えであるからだ。でも、今は違う。

 

 『俺』が『真中淳平』になっているんだから。なら、俺がこの物語をどうしようと、どう変えようと、『俺』の自由なわけだ。

 

 『コレ』が夢なのか、俺がおかしくなったのか、それは今現在でも分からない。でも、夢なら夢で良い。

 

 俺は『東城』を幸せにしたいのだから。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 5時間目、6時間目と授業は進みやっと放課後になった。大草と小宮山の二人と少し話をし、西野が教室に来る前に西野のクラスへと向かう。

 

 というのも、昼休みに一緒に帰る云々の話が気に掛ったからだ。俺は確かに女友達数人と帰れと言ったが、西野のあの様子からして俺の話を聞いていたか不安になったからである。

 

 さらに西野が俺の教室に来たら…分かると思うが、西野はこの泉坂中学のアイドルだ。そんな奴が平平凡々の俺に話しかける…想像しただけで鬱になる。

 

 俺が2組の教室に着くという所で、ドアからダダッと飛び出てくる金色が目に飛び込んできたかと思うと、その金色は俺に体当たりを仕掛けてきた。

 

 それを辛うじて受け止める事に成功し、何がぶつかって来たのか確認しようとしたところで、その場の雰囲気が変わっていることに気付いた。

 

「おい、あいつ4組の真中じゃね?」

 

「だよな?何であいつがこんなとこにいるんだよ」

 

「あぁ、それにつかさちゃんにぶつかっておいて何にも無しとか…ふざけてんのか?」

 

「西野さん、可哀想…」

 

 あぁ…と、これは……。

 

「やっほ♪待ちくたびれて出て来ちゃった」

 

 はははは…西野、お前何してくれてやがんだよ、おい。

 

「まずは、頼むから離れてくれ。…俺がこいつらに殺される……」

 

「えぇ〜…ちぇ、仕方ない。じゃ、行こっか」

 

 西野は俺から離れると可愛く舌をベッと出し、俺の腕を取ってずんずんと廊下を進んで行く。

 

 その途中、その場で固まる生徒の多い事多い事。これ、現代版モーセの十戒か?

 

 てか、待て待て。俺はこのまま帰るつもりはねぇっての。

 

「西野、ちょっと待てって。俺はお前と帰るつもりで2組に行ったんじゃない」

 

「ん?じゃあ何で2組に来たの?てか、送ってくれるって言ったじゃん」

 

 いや、いつ俺がそんな事言ったよ。あの時俺は無言を貫いた筈だ。というか、いい加減この腕を離せって。周りの奴らの俺を見る目が怖いのなんのって…。

 

「西野、まずはこの腕を離してくれ……頼む。それに俺は一言もお前を送るとは言ってないぞ?」

 

「さっき離れてって言ったと思ったら、今度は腕を離せ〜なんて…他の男の子なら泣いて喜ぶ筈なんだけどなぁ〜」

 

 …こいつ、俺が言った後半を無視しやがった。

 

「『他の奴』なら多分そうなんだろうけどよ…。いや、俺も嬉しいっちゃ嬉しいんだが、こいつらの目があるからな……それから俺はお前を送れないぞ。この後少し用があるから」

 

「ぶぅ〜……君って他の子と違うよね。昼休みの時も、あんな怖い子に絡まれてるあたしを助けてくれたし……。ね?何でなの?」

 

「……目の前で助けを求めてる女の子がいたら、男なら普通は助けるだろ?」

 

 西野は俺のその言葉を聞くと、俺の顔を真っすぐ見て来た。それに恥ずかしがる事もなく俺はこいつの目から逸らす事をしなかった。

 

「………うん。やっぱり君は面白いね。決めた。私は君と付き合う。うん、絶対決めた」

 

 ………………はぁ????こいつは今何を言った?付き合う??俺と????何を根拠に言ってるんだこいつは?

 

「いやいやいや、お前何言ってるのか、分かってんのか?こんな所でそんな事言ったらそれこそ、まじで噂になるだろうが……。それに、俺はお前と付き合えない。…この後、俺は用があるからそろそろ行くけど…。西野、お前は絶対に一人で帰るなよ。友達だってまだいる筈だし、その子達と一緒に帰れって。それじゃあ、俺は行くぞ。じゃあな」

 

 そう言って、俺は西野に背を向けて歩き出した。向かう先は、東城がいるであろう『屋上』だ。

 

 後ろの方で、西野が何か言っていたが、俺の意識は既に屋上にいるであろう東城に向いていたから、それに気付かなかった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 屋上に続く階段を上って行く。その途中には、立入禁止と書かれたチェーンがあったが、そんなものは当然無視する。

 

 そして、屋上に続く重いドアを開け放つと、そこには綺麗な夕焼け空が広がっていた。

 

「あぁ…自分の目で見るここからの夕焼けはこんなにも綺麗なんだな…」

 

 そんな言葉が自然と口から洩れる。と、俺の呟きが聞こえたのか、慌てたような声が上から降ってくる。

 

「え?だ、誰??」

 

 やっぱりここにいたんだな、東城。俺は君に会いにここに来たんだ。

 

「4組の『真中淳平』だけど、誰かいるのか?」

 

 声の主が誰か分かってはいるが、それを口にはしない。

 

 俺こと『真中淳平』と『東城綾』は、この時点では話した事もなければ友達でもないのだから。

 

 だがそれも…この時からは違う。

 

「ま、真中君!?キャンッ!」

 

 そして、可愛い叫び声を上げて上から『落ちてくる』のは東城綾……って落ちてくる??

 

 上を見てみると、スカートを抑えることもせず、両手を上に上げて落ちてくる東城がいた。

 

 また、俺の目には『いちごパンツ』が近づいてきているようにも感じられた。

 

 時期がそうかもしれないと思っていたが…まさか、原作はじまりの日だとはな。お陰で良いモノが見られたからいいんだが…。

 

「っと…大丈夫か?」

 

「え、えと、その……ありがとう、助けてくれて」

 

 俺は落ちてくる東城を両腕を広げて捕まえて、地に降ろしてやる。すると、頬を真っ赤に染めた東城が恥ずかしそうに俯いたまま、俺に礼を述べてきた。

 

「いいよ。でも、何で上から落ちてきたんだ?」

 

「そ、それは…誰にも言わない?」

 

「言わねぇよ。でも、それはお前が誰かを先に教えてくれたらかな。お前は俺の事を知ってるみたいだけど、俺はお前の事を知らないからさ」

 

 そう。まだ東城は俺に自分の名前を教えていない。それなのに、東城だとすぐに分かるのはいくらなんでもおかしいからな。

 

「あっ!そういえば私今メガネも髪を編んでないんだった…えっと、私は真中君と同じ4組の『東城綾』です。えと、さっきも言ったけど、助けてくれてありがとう、真中君!」

 

 東城は自分の顔と髪に手をやって仕舞ったというような顔をしたあと、首を少し傾げて舌を出し、俺に自分の名前を教えてくれた。

 

 その時の東城の顔は……俺が今まで生きてきた中で見た笑顔の中で一番綺麗だったと、それだけ言っておく。

 

「東城…か。随分と雰囲気が変わるんだなぁ…。いつもの姿も良いと思うけど、俺はそっちの方も良いと思うぞ」

 

「えぇえええッ!?そ、そそそそんな事…」

 

「そんな事あるって。東城は自分の容姿に気付いてないのか?」

 

「あうぅぅぅ…」

 

 顔を真っ赤にしてしまう東城をよそに、俺は東城が忘れたと思うノートを回収するために、後ろのドアの上に続く、壁に付いている梯子を上っていく。

 

 立入禁止の屋上で、尚且つこの梯子を上って小説を書くなんて…東城も結構行動力あるよな。

 

「ま、真中君??」

 

 東城はいきなり俺が上に上っていくのを不思議に思ったのか、小首を傾げて俺を見てくる。

 

 それに、苦笑しながら上り切り、目当てのノートを手に取って一気にそこから飛び降りた。

 

「ッと、ほらコレ。東城のじゃないのか?」

 

「あ!!うん、それ私の…でも、何でこれが上にあるって…」

 

「あぁ、上を見て見たらノートの端っこの部分が見えて、これは東城が忘れたのかなと思ってな」

 

 そう言うと、「ほぇぇ…真中君って視力良いんだねぇ…」とちょっとズレた事を呟く東城。それが東城らしいと思えるし、東城の魅力だと思う。

 

 それに…俺がそれに気づけたのは原作の知識があってこそなんだ。それがなかったらそのノートを回収する事も、こうして東城に会いに来る事も出来なかったんだから。

 

「もうすぐ日が暮れそうだけど…一緒に帰るか?暗い道を女の子が一人で歩いていたら危険だし、送って行くよ」

 

「え!?で、でもそれは悪いって言うか、なんて言うか、ほ、ほら私って、真中君の家と反対方向だし」

 

「俺がそれでも良いって言ってもか?」

 

「えと、んと、その……お、お願いします」

 

 東城からの返事に「おう」とだけ返して、俺は自分の鞄を背に担いでドアを開ける。

 

「お先にどうぞ」

 

「はぅ…あ、ありがとう」

 

 そして、屋上のドアを閉めてから俺達は並んで階段を下りて行く。

 

 原作では、東城をそのまま帰してしまった『真中』はいちごパンツの女の子を探す事になるが、俺はこのまま東城を東城の家まで送ってやるつもりだ。

 

 俺の事を東城が好きになってくれるのか、それは分からない。だが、この子を幸せにしてやりたい。俺はそう思う。

 

 だが、東城。俺の家とお前の家が反対方向って、なんで知ってるんだ?

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 東城と話しながら下駄箱で靴を履き替えて、生徒用玄関を出て行く。

 

 話す内容は、文庫本は何を読んでいるのか、どんなストーリーの物がいいか、この文庫を読んだ事があるか等々、多岐に渡った。

 

 東城も俺が本に興味があるとは思わなかったようで、話す度に俺達は仲良くなっていくのが分かった。

 

 それが、どうして分かるのか。それは、東城の顔に浮かんでいるのが自然の笑みだったからだ。

 

 自分が読んでいたモノを他人が読んでいると知れば、それについて語りあいたくなるのが人の気持ちというものだと俺は思う。

 

 だから、こうして話す俺達は本当に楽しくて、いつまでもこの時間が続けばいいと思っていた。だが、それは一人の人物によって砕かれる。

 

「おっそぉおい。遅くなるなら遅くなるって言ってよ、淳平君!」

 

「……どうして、お前がここにいるんだ、西野?」

 

「西野さん??」

 

 そう、俺と東城が校門を通り過ぎようとして、横から現れたのは西野つかさその人だった。

 



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第四話

 さて、あの後西野に捕まった俺達がどうなったかというと……。

 

 『俺の隣にいた東城に興味を持ったのか』はたまた『俺が東城と一緒にいたから興味を持ったのか』それは分からない。

 

 分からないが、とにかく西野は俺の隣にいた東城に話しかけた。

 

 昼休みに俺にしたのと同じように自己紹介をする西野。東城はいきなりの事にまごついていたが、何とか自己紹介を終えた。

 

 そして、俺は右に東城、左に西野を連れて歩いている訳なんだが……。

 

「ねぇねぇ、東城さんって淳平君と同じ4組なんだよね?」

 

「う、うん、そうだけど…どうして?」

 

「うん。えっとね東城さんって、いつもテストの成績が良いじゃない?だから覚えてたんだ」

 

「あはは……で、でも、西野さんの方こそ知らない人はいないんじゃないかな?クラスの男の子達が学校のアイドルって言ってるの良く聞くから」

 

 俺を挟んで会話をする二人。西野は俺を待っていたらしいんだが、なんでだ?

 

 俺は確かに友達の女の子数人で帰れって言った筈なんだが…。まぁ、西野が待っていてくれた事に、少しだけ嬉しいと感じてしまったのも確かだけどな…。

 

 あ、ちなみに東城はメガネと髪を元に戻している。屋上では、誰もいないからメガネと髪を解いてリラックスしているんだそうだ。

 

 リラックスしていると、創作意欲が湧くとも教えてくれた。でも、リラックスするためにあそこに上るのは止めた方がいいと俺は思う。

 

 東城って何気ドジだった気がするし……落ちたら洒落にならないからな。

 

「でも、びっくりしたよ。淳平君を待ってたら、東城さんも一緒に来るんだもん。ねね、どうして?」

 

「ふぇ!?いや、その、えっと……」

 

 東城はその質問に俺と西野の間に目をキョロキョロと走らせる。東城、そんな事をしたら何かあったって言ってるようなもんだぞ。

 

「はぁ……東城とは学校の屋上で偶然、会っただけだよ。職員室に今日遅刻した事を言いに行った帰りに、屋上で空気を吸いに行こうと思って、その時にな」

 

 本当は東城に会いに行くつもりだった〜なんて事は口が裂けても言えないな。職員室には昼休みに行ったんだし……。

 

「ふ〜ん……偶然…ね。ま、淳平君を信じるよ。それに、東城さんと友達になれたんだし、これはこれでラッキーかな」

 

「えっと…あ、ありがとう?」

 

 西野のそんな言葉に、語尾に?を付けてしまう東城はおかしくはない。

 

 というか、東城の家の方向が西野の家の方向と一緒だとは俺も思わなかった。そこら辺の情報って俺知らないからなぁ…。

 

「あ、そうだ!ねね、今度勉強教えてくれない?あと2週間でテストだし、もう少ししたら受験じゃない?あたし数学弱くて……だから、東城さんに教えてもらいたいんだけど…駄目かな?」

 

「駄目じゃないよ。うん、今度一緒に勉強しましょう」

 

「あ、その時はもちろん淳平君も一緒ね。淳平君って頭そんなに良さそうじゃないし♪」

 

「えッ!?真中君も!?」

 

「……西野、俺はお前にどういう風に見られてるのか、分かった気がする。…あと、東城。俺が一緒じゃ駄目…か?」

 

「あはははは!冗談だよ、冗談。ホント、淳平君って面白いね♪」

 

「そ、そそそそんな事ないよ!私は真中君と勉強したいよ!うん!」

 

 はぁ……西野はカラカラと笑いながら俺の腕をグイッと掴み、東城は東城で、俺に必死になってそう伝えてくる。

 

 学園のアイドルと隠れ美少女。そんな二人に挟まれている俺は、きっと幸せな奴なんだろうな……。

 

 西野が俺を面白いと言うが、俺は特に何もしていない。それに『真中淳平』の顔はカッコよくもないが、面白くもない筈だ…いや、そうであって欲しい。

 

「面白いって何だよ…それから西野、頼むから俺の腕を掴まないでくれ…それは何かと心臓に悪い……東城も、そんな必死にならなくてもいいんだぞ?言いたい事はちゃんと伝わってるから」

 

「まぁまぁ、今は学校じゃないんだし」

 

「う、うん。ありがとう真中君」

 

 会話を続けながら歩を進める俺達。そして、先に東城の家の前に着いた。

 

 東城が俺と西野に頭をペコペコ下げてきたから、それをやんわり止めさせて「また、明日な」と言って東城の家を離れる。もちろん後ろで東城がどんな表情でいるのか想像しながらだ。

 

 次に、西野を家まで送り届けると「送ってくれてありがとう、淳平君。それじゃまた明日♪」と笑みを浮かべて家の中に入って行った。

 

 ……迂闊にも、西野のその笑顔に照れてしまったが、それを西野に悟られる前に西野は家の中に入ったので、俺のこれは見られなかった…と思いたい。

 

 はぁ…俺が『真中淳平』になってからまだ半日しか経ってない筈だが、疲れがどっと来ている気がする。

 

 これが、明日も、明後日も続いていくのか分からないが、続くとしたら……。

 

「楽しまないと損だよな」

 

 そう呟いてから、俺は『家』へと向かう。そうだ。俺は今『真中淳平』なんだから。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 翌日、俺は『自分の世界』に戻っている事を密かに願っていたが、それも叶わずに相も変わらず『真中淳平』の部屋で目を覚ました。

 

 そして、昨日はいなかった『真中淳平』の母親に挨拶をしてから、朝食を食べて玄関のドアを開き、鞄を肩に掛けて泉坂中学に向かって歩を進めていく。

 

 東城にあの小説の続きがどうなるのか、聞かないとな。あんな終わり方をされたら、凄く気になる。

 

 ……あ、いきなりで分からなかったか。実は昨日、屋上からの生徒用玄関に向かっている途中で東城の小説が書かれているあの『ノート』を借りたんだ。

 

 そして、昨夜遅くまでその小説を読んでいたわけで……寝不足気味だったりする。でも、あれは面白かった。本にするべきだと俺は思う。

 

 そんな事を考えていたからか分からないが、直ぐに泉坂中学に着くことが出来た。

 

 昨日は道を確認しながら、それも知らない所に向かうために遅くなってしまったが、今日は違う。道は昨日の内に覚えたからだ。

 

 直ぐに生徒用玄関に向かい、上履きに履き替えて自分の教室へと向かう。東城がいたら小説の感想を話すのもいいかもしれない。

 

 教室に着いた俺はドアを開いて教室の中へと入る。何人かから、「おはよう」と挨拶が来たので、俺も無難に「おはよう」と返しておいた。

 

 『真中淳平』が変わった事に気付くような人間は、『真中淳平』に近しい者達だと思う。

 

 それは、昨日帰ってから顔を合わせた母親だったり、大草や小宮山の友達だったりの事だ。

 

 母親には「俺もちゃんとしなくちゃいけないと考えるようになっただけだよ」と、大草や小宮山には「変わってねぇよ」と言おうと思う。

 

 違和感を感じるだろうが、それも日が経つにつれてなくなっていくと思うし、それが妥当だと思う。

 

 自分の席に着き、斜め横に顔をやると東城がこちらを見ていて、俺と目が合うと直ぐに逸らした。

 

 はぁ……東城のあの照れ屋というか、恥ずかしがり屋というか…まぁ、そこが東城の魅力の一つだと言えば、そうだと思う。

 

「東城」

 

「は、ひゃいッ」

 

「おはよう」

 

「あ……お、おはよう」

 

 挨拶は大事だからな。東城も頬を赤くしながらも笑みを向けてくれる。それが見れただけで俺は今日一日頑張れる、そう感じた。

 

 東城と話したいのも山々だが、大草と小宮山が席に鞄を置いて俺の席に近づいて来るから、東城とはまたあとで話す事にする。

 

 東城もそれが分かったのか、【また、あとで】と口パクで言ってくれた。それに頷いて返すと東城は顔を正面に戻し、文庫本を取り出して読み始める。

 

 すらっと伸ばした背筋、凛とした雰囲気、そして文学少女……これを大和撫子と言わないでどうするのか。

 

 そんな考えが頭に浮かぶ。だがそんな考えも、次いで現れた小宮山と大草によって遮られることになるのだが……。

 



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第五話

 4時間目終了の鐘が鳴ると、購買へとダッシュする者、弁当を取り出して広げる者とに分かれる。

 

 たまに、彼女が作ってきた弁当を受け取っている男子もいるが……それは彼女のいない男子から呪詛のような視線を貰っているから、一概に良いなとは思えない。

 

 そして俺も例に洩れず、『真中淳平』の母親が作った弁当を食べる弁当派。

 

 昨日購買に向かったのは、ただ単純に『真中淳平』の母親が朝忙しかったからだったりする。だから、今日はこうして弁当があるわけだが…。

 

「どうして4組に来ているんだ、西野?」

 

「えぇ〜どうして?いいじゃん、一緒に食べようよ。ほら、東城さんもこっちに来て一緒にお弁当食べよ!」

 

 そう。俺が自分の席に着いて弁当を食べようとしたその時…。

 

「こんにちはぁ!!淳平君、お弁当一緒に食べよう!」

 

 と、教室の前側のドアを開いて西野つかさが俺の席に向かって来たのだ。

 

 それに伴って俺に突き刺さる視線の痛い事痛い事……。お前には少し自分の人気振りを考えてもらいたい。それから、東城だが…。

 

「えぇ!?わ、私は…」

 

 …一緒に食べたかったら俺の事を窺ってないで、西野みたいに来れば良いのにな。まぁ、西野の場合それを少し抑えてくれればいいんだが…。

 

「東城、俺からも頼む。こっちに来て一緒に食べないか?西野と二人だけだと…コイツらに俺が何をされるか……」

 

 ゴゴゴ…と黒いオーラを放っている男子生徒達。その中には、購買へと走って行った大草と小宮山の姿もある。

 

 確か原作だと小宮山の奴は廊下で告白まがいのモノをして西野にフラれ、大草は西野が好きだった筈だが、いつの間にか原作に出なくなっていったからよく分からない。

 

 だが今の二人は告白もしていなければ、いなくなってもいない訳で……。顔があまりにも凄い事になっている二人を正しく説明出来る言葉は俺にはない。

 

「東城、西野……悪いがコイツら二人も入れてくれるか?この二人とはいつも一緒に食べてるからさ」

 

 俺がそう言うやいなや「お、俺、小宮山力也って言います!つかさちゃん、髪切ったんだぁ!?その髪型もすっごく似合うなぁ〜!!」と小宮山が空いている席にドカっと座り、西野の隣に机を寄せて話し始めた。

 

 大草はその小宮山の様子に苦笑を浮かべると、その小宮山の隣で買ってきたパンを食べ始めた。

 

 東城はそんな三人に怯んだのか、静かに少しずつ口の中に弁当のおかずを入れて行く。

 

 ちなみに言っておくと、俺の両隣はそれぞれ東城と西野だ。西野は言わずもがな、自分で勝手に空いている机を俺の机にくっつけて弁当を開いた。

 

 東城はおずおずと席に座って俺にもう一度確認を取ってから、机をくっつけて今に至るというわけだ。

 

「そ、そう?ありがとう……あ、そうそう。ねぇ、淳平君。昨日言ってた勉強会なんだけど、今日からやらない?放課後に一緒にやれば帰りも一緒に帰れるし。東城さんもそれでいいよね?」

 

「えっと…真中く「勉強会!?真中、当然俺達も一緒だよな?」「それは当然だろう。何たって、俺達は『真中』の友達なんだから」…あぅ……」

 

 東城が怯えてるからその不細工の顔を引っ込めろ、このタコ介。それから大草…。

 

 お前はさり気無く言ってくるんじゃねぇよ。西野を狙っている周りの奴らの視線も怖いが、コイツらの迫ってくる感じも怖いな……。

 

「…俺は構わないぞ。どっちにしろ、俺はお前らの事を誘うつもりだったしな。俺一人だと、『コイツら』に何されるか分からないからな」

 

「淳平君がそう言うなら…」

 

「う、うん。私も真中君が良いって言うならそれで…」

 

 東城と西野からもOKが貰えたから、これからはこいつらと放課後に勉強する事になる訳なんだが……。

 

 原作と違うのは朝と放課後の違いだけか?ま、朝早くに勉強なんて俺は勘弁したいから、これはこれで良しとしよう。

 

 そして、昼食を食べ終わった西野は「次の時間2組は体育だから、先に行くね」と言って席を立ち、黒板側のドアに向かった。

 

 俺はドアに向かう西野の背に、「じゃあ放課後にな」と声を掛ける。西野も俺のそれに「了解♪」と簡単な敬礼の真似をして、4組の教室から出て行った。

 

 西野が教室を出て行くのに伴い、小宮山と大草から説明を求める視線が来ているのに気付いたが、それを無視して東城に昨日借りた『ノート』を鞄から取り出して、東城に話を振る。

 

「東城、『コレ』面白かったぞ」

 

「ッ!?…そ、そんな事……文章も幼稚だし、ありがちな話だし…勉強の合間に思いついた事をただ適当に書き殴っただけで……」

 

「適当に書いてあれなら、東城には凄い才能があるんだと思う。俺はあの小説を読んで凄く興奮したんだ。何て言うんだろうな…そう。まるで、映像が頭の中に流れてくる感覚って言ったらいいのか…とにかく、俺は面白いと思った」

 

 そうなんだ。真中淳平があんなに興奮して語っていたのが俺にも分かる。思い出しただけで凄く身体が震えるんだから。

 

「……ありがとう、そう言ってくれたの真中君がはじめて」

(見せたのも真中君が初めてなんだけどね)

 

「そうか?まぁ、この続きが書けたら教えてくれよ。すっかり、ハマっちまったからさ」

 

「うん!」

 

 それから、残りの時間を東城と楽しく会話をして昼休みは終わった。あ、それから小宮山と大草は西野がいなくなった瞬間にこの場から離れて行ったから、この数分は東城と二人だけだったとだけ言っておく。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして、放課後。俺は担任の連絡を軽くメモってから、鞄を背に掛けて東城の方に顔を向けると、鞄を手に持って俺の方に顔を向けている東城と目が合った。それに、どちらからともなく笑ってから教室を一緒に出た。

 

 勉強会。西野が提案したそれは、図書室でやる事になった。そこに俺と東城は二人で向かっている。

 

 なぜ大草と小宮山がいないのかと言うと、大草は部活の後輩と話してから行くと予め俺に話していたし、小宮山はHRが終わった瞬間に教室を飛び出して行ったからだ。

 

 おそらく、先に図書室に行って西野といろいろ話すつもりなんだろう。

 

 その小宮山の目的の西野だが、俺と東城が廊下の角にある階段に差し掛かるといった所で、飛び出してきた。

 

 そのせいで東城は尻もちを付き、俺はというと「はぁ…」と手を顔に当てる事になった。

 

 なぜこんな事をしたのか、その理由を尋ねると「びっくりするかと思って♪」と悪びれもせずにそう言ってきた。

 

 それに怒る気も起こらず、東城にだけ謝るように言ってから、俺達は図書室に連れだって向かった。

 

 小宮山が一人図書室で待っているかと思うと少しだけ可哀想に感じるが、それもあいつが先走ったせいだと思いなおす事にして歩を進めていく。

 

 図書室のドアを開くと、勉強をしている者、本を読んでいる者と、どこにでもある図書室の光景が目に入ってきた。

 

 だが、その中の一つの場所だけ異様なオーラを放っている事に気付き、そこに目をやってみると案の定というか…。そこにいたのは一人寂しく待っていた小宮山だった。

 

「あ、あははは…小宮山君が先に来て、場所を取っていてくれたんだね……」

 

「そ、そうみたいだね……でも何でだろ…。あたし、あそこに行きたくないんだけど……」

 

 東城と西野が引き攣った笑みを浮かべているが、あれはしょうがないと思う。俺も出来るならあそこじゃなくて違う場所で勉強したいからな。

 

 ……でも、行かないという選択肢がないのも確かだ。

 

「はぁ…行こうぜ、二人とも。ここでこうしてても仕方ないし……」

 

「う、うん」

 

「そうね……」

 

 三人で苦笑を浮かべて、小宮山がいるそこに近づいていくと、小宮山の奴が俺達にというか、西野に気付きバッと顔を上げて、茹でタコのように顔を真っ赤にして席を立った。

 

「つ、つかさちゃん、真中達と来たんだぁ!なんだぁ、それなら俺も真中達と一緒に来ればよかったぁなんて!!あ、隣どうぞ」

 

 俺と東城には目もくれず、小宮山は一気にそこまで言った後、自分の隣の椅子を引いて西野が座れるようにした。

 

 そんな小宮山に俺はこいつ凄ぇ…という視線を、東城は単純にびっくりしている視線を向けた。そして、当事者の西野はと言うと……。

 

「あ、ありがとうね。で、でもあたし、東城さんに勉強教えてもらいたいから、ごめんね。さ、東城さん、淳平君座ろ!」

 

 可愛く手を胸の前で合わせ、少し身体を傾けて謝った。これは、可愛い者がすればどんな男でも許さずを得ない……そんな男が一度で良いから可愛い女の子にして欲しい仕種の一つだ。

 

 それを突然された小宮山は、さらに顔を赤くさせたかと思うと、椅子を元に戻して「そ、そうだよね。ごめんごめん気にしないで、つかさちゃん」と言って自分の座っていた椅子に座ると、幸せ……という顔を浮かべた。

 

 こいつ……絶対、将来女に騙されるタイプだ…。俺は小宮山に今度女には気を付ける事を伝えなければ、と考えながら席に着く。

 

 東城も俺に続くように俺の隣に座り、西野は小宮山に言ったように東城の隣に座る。さて、小宮山がまだアッチに行ってるようだが、勉強会を始めるか。

 

 それから、大草が来るまで小宮山はアッチの世界から戻って来なかったが、俺達は1回目の勉強会を恙無く(つつがなく)終わらせる事になった。

 

 勉強会は終始、大草が西野に話しかける。小宮山はそんな大草に対抗して西野に話しかける。東城は俺と西野に分からない所を教えた後、自分の勉強をする。西野は男二人のソレに最後まで笑みを崩さず対応し、俺は東城と同じように一人勉強をしていた。

 

 



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第六話

 そしてそんな勉強会はテストの前日まで続き、俺達はテスト当日を迎えた。

 

「大丈夫だ…ブツブツ…あんなに勉強したんだから……ブツブツ」

 

「小宮山君…大丈夫なのかしら?何だか、いつもより暗い気が…」

 

「あぁ、大丈夫大丈夫。あいつは、テストの日はいつもあぁだから」

 

 自分の席でブツブツ言ってる小宮山を、俺と東城それから大草の三人は見ていた。あれは、本当に大丈夫なのか?俺には今から処刑台に向かう囚人のように見えるんだが…。

 

「てか、真中。俺はお前にびっくりしてんだけど」

 

「なんだよ突然…俺は何もしてないぞ?」

 

 大草は俺の前の席に着くと、横を向いて足を組んで俺に話しかけてくる。こいつって顔がいいから、こんな格好も様になるんだよな…羨ましくなんてねぇぞ。

 

「いやいやいや、勉強会の時にも思ったけど、お前ってそんなに頭良かったか?いつも、小宮山と同じ…とはいかないけどさ、単語帳出して悪あがきしてたじゃんか」

 

 あぁ、成る程。こいつは、『真中淳平』の頭がいきなり良くなった事にびっくりしてんのか。

 

 それは、『中身』が違うんだから当たり前。俺は大学に通っていたし、もう一月(ひとつき)で会社に入社するっていう予定だったんだ。中学の勉強が出来ないわけがない。

 

 だが、それを言うわけにはいかないから、ここは上手く誤魔化すしかないな。

 

「俺達だってもう少しで受験なんだ。勉強しないとって思うのは当然じゃねぇの?てか、大草みたいに推薦が決まってないからな、俺は」

 

 俺がそう言うと、何か釈然としない顔をしていた大草だったが、「…そっか。まぁ、今から勉強したからって間に合うか分かんねえけど、頑張れよ」と言って、イケメン特有の笑みを俺に向けてきた。

 

「…真中君はどこを受験するつもりなの?」

 

 俺が大草のその笑みに苦笑で以って応えていると、東城が小さくもはっきりとした口調で俺にそう聞いてきた。

 

「俺は、一応だけど泉坂高校かな。偏差値はそこそこ高いけど、今から勉強すれば十分間に合うと思う」

 

「…泉坂高校かぁ…受験先変えようかな……うん。それじゃ、私も自分の席に戻るね。お互いテスト頑張ろうね、大草君も」

 

 東城は、最初俺にも聞こえない声で呟いたかと思うと、次の瞬間には笑みを浮かべて自分の席に戻って行った。

 

 それを見送った後、俺はまだ正面にいた大草に、「お前も自分の席に戻れよ」と言って、テストが始まるまで窓の向こうに見える空に顔を向けた。

 

 今日は……快晴か。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 ふぅ……。今日、最後のテスト(俺の苦手な数学)が終わった。苦手な教科だが、二回目の中学生のテストだ。

 

 ある程度、テストに出そうな所は分かっていたから、その部分を重点的にやったお陰で、全部の解答欄をうめる事が出来た。

 

 小宮山とかの頭悪い組にとって、俺のこの状況は大変ズルいモノだと思うが、こっちだって何が楽しくて中学生をやり直さなければならないのかと思っているんだから、勘弁してほしい。

 

 …とにかく、今日のテストは終わった。あとは、明日と明後日を乗り切るだけだ。

 

 俺の元いた『世界』の学校では、テストは2回に分かれて行われていたが、この『世界』では3回に分かれてテストは行われるらしく、この三日間は午前で放課だったりする。

 

 午後の時間をどう使うのか、それは生徒の自由らしいが、俺は明日のテスト勉強に使おうと思う。

 

 泉坂高校の偏差値は俺が元の『世界』で受けた高校よりも低いモノだが、油断は禁物。

 

 補欠合格などしないためにも、今から少しでも中学の範囲を勉強し直さなければならないと俺は考えている。考えているのだが……。

 

「淳平君はどこに入りたい?私はあそこのドーナッツが食べたいなぁ♪東城さんはどう?」

 

「私は真中君が入りたい所でいいよ」

 

「……はぁ…なら、西野が言ったそこに入ろう」

 

 西野がやったぁとか言って、東城の手を引っ張って店に入って行く。それにまた溜め息を一つ出して、俺も二人の後を追って店に入る。

 

 なんでこんな事になっているかというと……。

 

 テストが終わり、一息吐いていた所に金色の弾丸よろしく西野が4組の教室に文字通り、『飛び込んで』きた。

 

 それに驚く奴もここ2週間でいなくなり、今では恒例なモノになりつつある。それはここ2週間程、同じ光景がここ4組で見られているからだ。

 

 「何か食べに行こうよ!」と、言って俺の腕を掴む西野。そして、まだ帰りの準備が終わっていない東城の所に俺の手を引っ張って行き、東城の腕も掴んで教室から出て行く。

 

 「あ、あの西野さん?」「………」そんな俺達というか東城の言葉を無視して……。

 

 と、そんな事があったせいで、三人でドーナッツを食べる事になった。まぁ、この西野の暴走??は今日に始まった事ではないから、俺も東城も既に慣れ始めていたりする。

 

 というのも、西野はことある度に放課後の勉強会が終わった後、俺と東城を誘ってこうして食べ歩きに来ている。

 

 …まぁ、俺がこうして二人というか、西野と行動していても男子の怒りを買わないでいるのは、大草と小宮山のお陰だったりする。あれは、一週間前の事だ。

 

 何でも、俺が2組のクラスに行った時に、西野の『付き合う』発言を聞いた奴らがその日、『有り難く』もその噂を流して下さったらしく、俺はその翌日から全校の男子に敵意の目で見られていたらしい。

 

 そのせいで俺は、その日から一週間くらい軽い虐めを受けていた。(正直ガキ臭くて怒る気にもならなかった)

 

 そして、一週間も過ぎたあたりからその虐めが無くなった。それを不思議に思い、クラスの男に聞いてみると、こんな事を言ってくれたのだ。

 

「ん?なんだ、その事か。ある奴から聞いた話によると、『4組に東城って奴いるじゃん?そいつと西野が仲良くなったから4組に行ってて、真中とは東城を通して仲が良いだけらしい』って事らしいからさ。いやぁ良かったよ真中、お前は俺達を裏切っていなかった」

 

 ……は?誰がそんな事を……そう思って後ろを振り返ってみると、大草と小宮山が俺に向けてサムズアップしているのを見つけた。……こいつらのお陰って事か?

 

 この二人のお陰で、俺が西野と付き合っていないと分かった奴らが、俺に何のちょっかいも掛けて来なくなったのは、正直助かるが……。

 

 二人に何を請求されるか、それが怖い。

 

 と、まぁそんな事があり……凄く不本意だが、大草と小宮山の『ため』に、二人が西野と一緒にどこかに遊びに行けるように話をする事になった。

 

 西野がそれにOKを出すかそれは分からない。俺は西野に話を『する』だけなんだから。まぁ、無理そうなら俺と東城が一緒だと言えば、西野は首を縦に振ると思うけど……。

 

「…真中君、何か考え事?」

 

「ん?いや、何でもねぇよ。それより二人とも、何食べるか決めたか?」

 

 今日はなぜか俺が奢らなくてはいけなくなった。まぁ、奢る事に関しては何も文句はないが、『なぜ』と思ってしまうは仕方ないと思う。

 

「う〜ん…決めた!私はこのセットにする。東城さんもこれにしちゃえば?」

 

 おいおい、一番高いのかよ!ホント、このアイドルは遠慮をする事を知らない。

 

 東城は、俺に顔を向けて【いいの?】と目で聞いてきた。この文学少女は遠慮をし過ぎるし…はぁ……本当に、全く正反対の性格だよなこの二人。

 

「東城、こんな時は西野を見習って遠慮しないもんだぞ。まぁ、西野の場合、少しは遠慮する事を覚えた方がいいと思うけどな」

 

 ひど〜い!とか言って笑っている西野に苦笑して、東城に笑みを向けてから、「俺はコーヒーを、二人にはセットを」と店員に頼んで、二人に席を取って来るように言って俺は壁に背を預ける。

 

 東城は俺に【ありがとう】と口パクで言うと、西野の後ろを付いて行く。

 

 『真中淳平』になって2週間と少し、俺はこの状況を楽しんでいる自分に気付く。

 

「お待たせしました。コーヒーとセット二つのお客様」と店員の呼ぶ声で、その商品を受け取って二人がいる所に向かう。

 

「こっちだよ!こっち!」

 

「真中く〜ん!」

 

 そんな呼ばなくても、分かるっての。

 

 元気いっぱいの笑みを浮かべる、学校のアイドル、西野つかさ。

 

 照れているのを隠しながら笑みを浮かべる、隠れ美少女、東城綾。

 

 東城を幸せにしたいという考えは今でも変わらない。でも、西野ってやっぱり可愛いんだと感じているのも確かだ。

 

 ……真中淳平が揺れたのも頷けるよ、本当に。

 

 高校に入れば、北大路さつきにも会う事になる。

 

 ……はぁ…本当に『幸せ者』の悩みって奴だよな。

 



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第七話

 東城と西野、そんな美少女二人との放課後デート??をした帰り道。俺は一人の『女』と出会う事になった。まぁ、その『出会い』は最悪なモノだったわけなんだが……。

 

「だぁかぁらぁ〜さっきから謝ってるじゃない!」

 

「…………」

 

 痛む後頭部を摩りながら、目の前で威張った態度で謝罪をしてくる女に目をやる。長い茶髪を後ろで一つに括り、15年でそこまで育つかと思う程育ちに育った二つの果実を持ち、キリッとつり上がった目をしているものの整った顔立ち、更にはさっきまで一緒にいた東城達の制服とは違う制服を着用……そして、ここまで態度がデカい女を俺はこの『世界』で一人しか知らない。

 

「もう、悪かったってば!ちょっとムカついた事があって、そこにあった小石蹴ったら、あんたの頭に当たっちゃったんだから仕方ないじゃない!」

 

 腕を組み頬を少しだけ染めて、謝罪と言うよりも愚痴を言いだすこの女…お前に会うのはもう少し先じゃなかったか?なんでお前の事を考えた矢先に会わないとならないんだよ……。

 

「……」

 

「あぁ〜もう!!あんたもしつこいわね!あたしがこんなに謝ってるのに、なんで何も話さないのよ!」

 

 いや、お前がやった事についてはどうでもいいんだ。そりゃあ、まだ痛いけど…そんな事より、俺は目の前のお前にびっくりしてるんだから。

 

「はぁ…分かったわよ。そこの自販機のジュース奢るから、それで勘弁しなさい」

 

 そう言って、俺達の直ぐ傍にあった自販機に近づいていくその女の後を俺は目で追って行く。

 

 信じられない…なぜ…そんな気持ちを持ったまま俺はその女に目をやり続ける。

 

「ん〜〜〜と…ねぇあんた、何が欲しい?」

 

「……コーヒーで…」

 

「コーヒーね、分かったわ。…良くこんな苦いモノ飲めるわね……」

 

 コーヒーを悪く言うのは止めろ。コーヒーは目を覚ますのに一番効くし、何より俺の精神安定剤なんだから。

 

 その女は自販機のコーヒーが並んでいる部分で一瞬悩んだかと思うと、「これで良いわよね…」と言って砂糖の入ったコーヒーのボタンを押した。出来ればブラックが良かった……。

 

 ガコンッと音を立てて落ちてきたそれを手に取ってから、「投げるから取ってよ〜」と言って俺にコーヒーの缶を放り投げてくる女。

 

 それを危なげなく受け取り、女の方にまた目を向ける。女は今度は自分のモノを買うらしく、「う〜ん……ど・れ・に・し・よ・う・か・な……」と指を動かしている。…こいつってこんな可愛い事する奴だっけ??

 

「…い・う・と・お・り!良し、これに決めた♪」

 

 そしてボタンを押して出てきたのは、とてもメジャーな炭酸飲料だった。(中身の色は茶っぽい黒だ)それのプルタブを開けて口を付けて飲んで行く女は、プハァ〜!と言って一端口からその缶を離す。

 

 可愛いと思ったら、やっぱり男っぽいな。でも……俺はそっちの方が好きだ。こいつはこうでなくちゃならないと思う。

 

「ん?あんたも飲みなさいよ。このあたしが誰かに奢るなんてめったにないんだから。有り難く飲みなさい」

 

「……あぁ、ありがとな」

 

「…ふ、フンッ」

 

 礼を言われるとは思っていなかったらしく、女は頬を染めてその事を誤魔化すように再び缶に口に付けて飲んで行く。

 

 それに、笑みを浮かべてから手に持っているコーヒーの缶のプルタブを開けて、一口だけ飲んだ。うん、甘い…。

 

「でも、これでさっきのはチャラだからね。これ以上なんか言っても何もしないから」

 

「いや、俺は何も言ってないんだが…」

 

「…あんたって、何かムカつくわね」

 

「そんなことを言われたのは、はじめてだな」

 

 俺のその言葉に、イライラし出す女だったが、はぁ…と大きな溜め息を吐くと肩を竦めて、苦笑をその顔に浮かべた。

 

「あんたみたいな男、あたし初めて会ったわよ。って、まだ自己紹介してなかったわよね。あたしは…「ちょっと待った」……何よ?」

 

 女が自分の名前を言う前に俺はそれを遮った。ここで互いの名前を教え合うのもいいとは思う。

 

 だが、こんな所で自己紹介をするよりは、今度…また、俺とこいつが会った時にする方が面白いと思った。だから、まだ自己紹介はしないでおきたい。それが例え俺の我儘だとしても。

 

 ……まぁ、原作『通り』なら泉坂高校で再び会う事になるとは思う。だが、原作とは『違って』この女が泉坂高校を受験しないとも言い切れない。まぁ、こんな所で会う事になったんだ。運命を信じる事にする。

 

「ここはこのまま別れないか?俺はお前とまた会う気がするんだ。名前はその時にでも教えてもらうよ」

 

「……まさかあんた、あたしを口説いてんの?」

 

「いや、お前は可愛いとは思うけど、まだ互いの名前も知らないんだ。それなのに口説くも何もないだろう?」

 

「それなら……何でよ」

(か、可愛いとか、普通その当人が目の前にいるのにそんな事言う!?)

 

「まぁ、俺の勘…かな。俺の勘がお前とはまた会うって言ってるから」

 

「………そ、そうなんだ…」

 

 女は自分の後ろ髪を弄りながら頬を染める。それに笑みを向けていると、今度は怒り出した。

 

「わ、笑うなぁ!!あ、あんたが変な事言うから……もういい!帰る!!!」

 

「じゃあな、『ポニテ』」

 

「っ!!『ポニテ』って言うなぁ!!!!」

 

 ポニテを振り振りしながら走って行くそいつの背にそう声を掛けると、振り向いてガアァ〜っという感じで怒鳴って、今度こそ俺の前から走り去って行った。

 

 その際に頬だけでなく耳まで真っ赤になっていたのに気付いたが、それに笑みを浮かべるだけで言葉にはしなかった。

 

「またな……『さつき』」

 

 そう一言呟いて、俺も自分の家へと帰るために『さつき』が走り去った方とは逆方向に足を向ける。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして、その翌日。

 

 テスト二日目を終えてから、いつも通り図書室で勉強会をしていた時だった。西野がそんな事を言ってきたのは……昨日、今日、明日のテストの三日間、勉強会は休みにした筈だった。

 

 だから昨日は東城と西野の二人と出掛ける事になったんだが…それはまぁ今は置いておく。

 

「ねぇ、淳平君。淳平君ってどこの高校受けるの?」

 

「泉坂高校。まぁ、滑り止めでもう一校受けるけど、あくまで本命は泉坂だ」

 

「えぇ〜!?何で?どうして?だって、泉坂って偏差値高いんだよ?」

(そうだよ!芯愛高校を第一志望にしてる私にはちょっと難しいんだから!!)

 

 ……こいつ、それは俺が馬鹿だと言っている事と同義だと分かって言っているのか。

 

 いや、こいつの場合そんな事分かってねぇんだろうな。思った事を即実行って奴だし…。

 

「知ってるよ、そんな事…。だからこうして放課後の勉強会を続けてるだろ?というか、西野も自分で言ってたろ。『受験もあるし』って」

 

「う……そ、それはそうだけど…」

 

 西野が言葉に詰まっているようだが、俺はそれに肩を竦めてから自分の勉強に戻る。

 

 えぇ何何…右の図のように、2つの関数y=2分の1x二乗…①、y=ax二乗…②のグラフがある。2点A、Bは①のグラフ上の点であり……スラスラ…良し、これで当ってる筈だ。

 

 苦手な数学を重点的に勉強したお陰なのか分からないが、中学時代に解けなかった問題も今では少し考えるだけで解けるようになった。

 

 これは俺の力だけでなく、絶対に東城の教え方が良いからだって事は忘れてはならない。東城は先生にもなれるな…。

 

「じゃ、じゃあ東城さんはどこの高校を受けるの?」

 

「え!?わ、私は…」

 

 俺が一人数学と格闘している際に西野と東城がそんな話しをしているのに気付いた。

 

 なぜなら、東城が俺の方に視線をチラチラとやっているからで、それに気付かない程俺も鈍感じゃないからだ。

 

「私は……私も泉坂かな」

(真中君に小説読んで貰いたいもん…)

 

「そうなんだぁ……数学さえ頑張ればあたしも………うん!決めた!!あたしも泉坂受けるよ!」

 

 !!!…図書室でそんな大声出すなよ馬鹿。しかもこんな至近距離で……お陰で耳キーンだっての…向かいに座っている大草と小宮山もびっくりしてるし…。

 

「西野さん、ここ図書室だから…」

 

「あ……ごめん」

 

 東城が西野にそう言うと、西野は頬を染めてチロっと舌を出した。西野は恥ずかしいのを誤魔化す時によくこんな仕草を見せる。

 

 小宮山は言わずもがなこの顔に撃沈し、大草は柄にもなく鼻頭を掻いてそれを誤魔化している。まぁ、周りの男連中もそんな二人に洩れず同じように誤魔化しているのが目に入ってくる。

 

「てか、東城も泉坂だったんだな。俺はてっきり桜海を受けるもんだと思ってたよ」

 

「えっと…桜海も受けるんだけど、本命は泉坂なの」

 

 大草のその言葉に東城はそう応える。西野は小宮山からの執拗なちょっかい??を受け流していて東城の話を聞く余裕はないみたいだ。

 

 でも、西野は泉坂じゃなく桜海に行く筈……って、原作と全く一緒って訳じゃねぇんだし、西野が桜海に行かない可能性も考えておかないと…。

 

「つかさちゃんが泉坂受けるなら俺も受ける!!そんでもって、つかさちゃんと…ゲへへへ……」

 

 小宮山のその気持ち悪い笑みにこの場にいる全員が引き、各々勉強を再開しようとしたところで、またタコ介が性懲りもなく口を開いた。

 

「そういや真中、お前昨日違う中学の女子と一緒にいたけど、何してたんだ?」

 

「淳平君!!」

 

「真中君!!」

 

 はぁ…恨むぞ小宮山……。

 

 それからが大変だった。もはや勉強会どころではなくなり、俺に詰め寄ってくる東城と西野、そんな二人を見て怒りを露わにする周りの奴ら。

 

 そうなったらもう図書室にいれなくなるのは自明の理。俺達は図書室から文字通り『放り出されて』しまった。

 

 だが、放り出されても東城と西野からの詰問は終わる事はなく、二人を送っている最中にもその質問攻めに耐えねばならなかったとだけ言っておく。

 

 あぁ、勿論さつきの事はボカしておいた。今はまだ中学なんだ。さつきは高校からって事でいいと思うから。



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第八話

「よっしゃあああああ!!!やっと地獄が終わったぜぇええええ!!!」

 

 煩いぞ、小宮山。お前の気持ちは痛いほどよく分かるが、その声のデカさだけは許容出来ん。小宮山は最後のテストが終わるのと同時に椅子から立つと机に片足を乗せてそう雄叫びを上げた。

 

 そんな小宮山に醒めた目を送るクラスの奴ら。俺も例に洩れず醒めた目を向けているし、大草も呆れたような顔をしている。更に、あの東城ですら苦笑を浮かべているんだから相当だ。

 

「こ、小宮山君嬉しそうだね……」

 

「今回はいつにもまして勉強してたからな。まぁ、『アレ』はやり過ぎな感じだけど……」

 

 東城と大草が小宮山に目をやりながら俺の席の所に寄って来る。その二人に合わせるように俺も口を開いた。

 

「気持ちは分かるけど、『アレ』はな……ところで、テストはどうだった?」

 

 最後のテストは英語。俺は得意でも不得意でもない科目だが、小宮山にとっては大嫌いなテストだったようだ。まぁ、それであんなテンションなんだろうが、少しは周りに気を配った方が良いと思うんだが…。

 

「えっと、私はそれなりかな」

 

「俺は赤点取らなきゃ良いから適当にって感じだ。そう言う真中はどうなんだ?」

 

「俺も東城と同じでそれなりに解けたかな。まぁ、テストが返ってきてからのお楽しみって事だ」

 

 俺のその返答に大草はフュ〜と口笛を吹く。『真中』って原作を読んで分かっていた事だが、本当に頭が悪かったようだ。これは、マズッたか?いや、そんな事を考えてももう遅い。高校に上がれば自然と大草とも離れて行くだろうし、それまでは我慢しておくか。小宮山は馬鹿だから気付かないだろうしな。

 

「真中が『それなり』ねぇ〜」

 

 大草はそう言うと俺の額に手を当てて、空いている方の手で自分の額に手を当てた。……熱なんてねぇよ。

 

「……熱はないな。あんまりおかしな事ばっかり言ってると、小宮山みたいになっちまうぞ」

 

「うるせぇよ」

 

 横を見てみると東城がクスクスと笑っているのが目に入って来る。どうやら、俺と大草の話を聞いていて面白くなったみたいだ。俺はちっとも面白くないんだが…。

 

 と、そんな事をやっていると担任の先生が教室のドアを開けて入って来た。それに、慌てて自分の席に戻る大草と東城。他のクラスの奴らも友達と駄弁っていたから急いで自分の席に戻る。そんな中、一人だけまだ自分の世界にいる奴が…。

 

「小宮山…」

 

「げへへへ、この後はつかさちゃんと……ん?げ!?せ、先生!!」

 

「……机に乗せている足を退けて、席に着け。俺はお前がこのまま高校に上がると思うと心配でならんよ…」

 

「す、すいません……」

 

 担任の気持ちも分かる。こんなアホを高校に上げでもしたら……泉坂中学の恥だと思う。…小宮山もやっと自分の席に着き、担任からの連絡事項を聞いて放課となる。今日は、勉強会あるんだろうか。はたまた無しのままなのか。……ま、どうせ西野が決めるんだろうけどな。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして、放課後……。俺の予感は的中し、俺は今西野に連れられてゲーセンに来ている。もちろん、俺の他にも東城はいるし、大草と小宮山も一緒だ。まぁ、ゲーセンに入って早々にバラバラになったが…。

 

「ねね、今度はこれやろうよ♪」

 

「え、えっとこれ?」

 

 俺の前では西野が東城とシューティングゲームを始めようとしている。俺はそれを長椅子に座って見ているという訳だ。大草は他の中学生か高校生だろうと思われる女達に逆ナンされてどっかに行き、小宮山は格ゲーに夢中になっている。

 

「この銃を使ってゾンビを倒すんだよ、東城さん。って、始まるよ!」

 

「ぞ、ゾンビって…私怖いの苦手……」

 

 東城のそんな意見を聞かなかった事にして始まる『ゾンビ殺し』。まぁ、正式な名前はあるんだが、それは妙に長ったらしいので俺の方で略した。まぁ、間違ってはいないから大丈夫だろう。

 

「よっ!ほっ!東城さんそこで屈んで!!」

 

「え!?屈む?どうやって……キャァアアア!!!来ないでぇえええええ!!!!!!」

 

 西野は軽快に一匹ずつゾンビを倒して行くが、東城はめちゃくちゃに銃のトリガーを引きまくる。本当なら弾が無くなる筈なのだが、『めちゃくちゃ』に押しているので弾は直ぐに補充され、西野の援護役としてこれでもかと言うくらい活躍している。

 

「東城さん、その調子で援護しまくって!」

 

「キャァアアアァアアア!!!!」

 

 ……そして、気付けば俺の周りに人、人、人。まぁ、こんなめちゃくちゃにしていて、どんどんステージをクリアしていくんだから当然とも言える。だが、この人の多さは勘弁して欲しい。俺は座っていられなくなり、二人の直ぐ傍で見る羽目になっている。

 

「初めてここまで来た……いよいよ、最後の敵だよ、東城さん!」

 

「も、もう嫌だよぉ…」

 

 半分泣いているだろう東城に顔を向けずに嬉々として顔を輝かせているだろう西野。そんな二人の後ろからは、声援が飛んでいる。まぁ、時折ウザい声(西野に声を掛けている男の声)が飛ぶがそれを完全無視する二人。

 

 声優ネタとして、西野に某商会の二挺拳銃よろしくFuck!!もしくは超時空要塞のゼントさんみたいにミシェル!!とか言って貰いたい俺がいるのだが、それをされると今度は西野を西野として見られなくなるから、やはり駄目だな。

 

 そして、それから数分……画面いっぱいにエンドロールが流れてやっと俺の方に身体を向けてくれる二人。

 

「ん〜〜気持ち良かったぁ!!いっぱい遊んだから疲れたし、ちょっと休憩しない?」

 

「……ゾンビが…ゾンビが……」

 

 西野は両手を解しながら俺の隣へ。東城はブツブツとそう呟きながら俺の制服の袖を掴んでくる。対照的な二人に溜息と苦笑の両方をしてから、人垣を避けながら進んで行く。東城はゲームしている間にセットしていた髪が崩れて前髪が落ちて来ていた。そのせいか、周りにいた奴らの中から東城に声を掛けてくる奴もいたが、それらを完全無視して進んで行く俺達。

 

「俺は賛成だ。東城もこんなだしな。大草と小宮山は……どこにいるのか分からないな」

 

「なら、そこらで休憩して待ってよっか。喉も乾いたからジュース飲みたいし」

 

 西野のその言葉に東城は頷きだけで応えると、俺の袖を掴んでフラフラの足取りながらも付いて来る。お疲れさん東城。ゆっくり休みな。

 

 そして、休憩が出来る所を見つけた俺達は東城が復活するまで休憩し、その後はクレーンゲームやプリクラなどをして遊んだ。東城は前髪が崩れたから直してくると言ったが、それを西野が許すはずもなく、そっちの方が可愛いよと言ってそのままにさせた。当然、東城は頬を染めていたし、俺もそっちの方が可愛いと言っておいた。

 

 クレーンゲームは、西野に取って欲しいモノがあると言われ、1500円使って取ったのは笑点のマークが付いたバスタオル。何でも、笑点のファンだからだそうだが、学校のアイドルが笑点のファン…天は二物を与えないというのは本当のようだ。

 

 東城には、イチゴのクッションを取ってあげた。これも西野と同じ1500円目で取れたから、どっちにも角が立たなかったのは良かったのか?まぁ、そんな感じであとはプリクラな訳だが、小宮山達を待ってからと言う俺の意見を無視して進んで行く二人。そう、あの東城でさえも俺のその言葉を無視して進んで行った。どうやら、この世界の東城は原作の東城よりも行動力があるらしい。

 

 三人で入ったプリクラの中は……狭いような、そうでないような微妙な広さだった。俺を真ん中にして西野は左側、東城は右側に。そして、シャッター?が何度も切られていった。西野はその都度ポーズを変えて、東城も西野にならって頬を赤らめながらポーズを取っていく。俺は、無難に笑みを浮かべて……。

 

 そして、最後のシャッターが切られようとした瞬間、西野は俺の左腕を、東城は俺の右腕を、それぞれ掴み俺に身体を密着させてきた。これには俺もさすがに緊張しない訳にもいかず、そのままシャッターは切られた。

 

 その後は、赤面する俺と東城を他所に、プリクラに悪戯書きをする西野だったが、最後に取った写真には『仲良し三人組み』と書いただけだった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして、泉坂高校の受験日まで1週間を過ぎたある日……。

 

「…悪い、もう一回言ってくれ……」

 

 幻聴が聞こえたんだ。そうだ。そうに違いない。

 

「もう!何で一回で聞きとらないかなぁ〜仕方ない、もう一回だけだからね!」

 

 片手を腰に当て、片手の人差し指を俺に向けながら、ちょっとだけムッとした顔を浮かべて俺を見てくる西野。今は西野を家に送っている最中だったりする。東城とは数分前に東城の家の前で別れて、今はこいつと二人だけ……。

 

「ちょっとだけ、あたしん家に寄って行かない?今日お母さんいなくて、あたし一人だときっと勉強サボっちゃうから…それに、明日って学校休みだし!だから、ね!」

 

 ……はぁ…俺の耳がおかしくなった訳じゃなかったか…というか、西野。俺はお前の恋人じゃないんだぞ?それを……はぁ…顔に手をやって溜め息を出す俺を期待している目で見ている西野。それを見て、再度溜め息を吐き出す。いつか、言いだすとは思っていたが、まさか今日だとは……。

 

「…親がいない時に、彼氏でもない男を自分の家に招き入れる……西野、世間的にも常識的にもそれは駄目だと思うぞ」

 

「それはあたしも考えたんだよ。でも、淳平君なら大丈夫だよ。だって、他の男の子と違ってあたしに変な事するような人じゃないしね♪」

 

 こいつは……ニカって笑みを浮かべて俺を見てくる西野。確かに俺はお前に手を出す気はないが……それでも、世間とか常識とかで考えると…うん、やっぱり駄目だな。

 

「お前が良くても、俺が駄目だっての。一人だとサボるってんなら東城を呼んで一緒にやればいいだろ?お前らの家って俺の家より近いんだし、お泊まり会とかって言って誘えばいいんじゃねぇか?」

 

「成る程、お泊まり会か……東城さんに電話してみる。あ、淳平君も「俺は無理」…淳平く「無理」…じゅ「絶対無理」……分かったよ。ふんッ」

 

 西野に何か言われる前に無理と言い続けた結果、俺の事は諦めてくれたようだ。まぁ、その代わり東城が付き合う事になるんだが……悪い、東城。俺の代わりに西野に勉強を教えてやってくれ。西野が東城に電話している傍らで俺はそんな事を考えていた。

 

「うん、そうなの。今日家にあたし一人でさぁ…うん、だから今日あたしん家に泊まりに来ない?え?大丈夫大丈夫。遠慮なんてしないで、ね?って言うか、あたしが勉強教わりたい感じだから……うん、うん……じゃあそこのコンビニで待ってて、直ぐに行くから。うん…じゃあまた」

 

 携帯を耳から離して鞄の中に仕舞う。そして俺の方に振り返って……いや、そんな不満そうな顔をされても俺は絶対に嫌だ。

 

「東城は何て言ってた?」

 

「ふんっ!どっかの誰かさんには関係ないですよ〜だ!」

 

 西野はそう言うとべーっと舌を出して家の中に入って行った。……はぁ…俺も帰って勉強しないとな。

 

 休み明けに東城に聞いてみると、お泊まり会自体は楽しかったそうだが、西野の家で出された夕飯は何やらオリジナリティ溢れる物だったらしく、困った笑顔で「独創的だったかな?」と語ってくれた。………行かなくて正解だった。

 

 泉坂高校受験まであと5日。さつきに会えるのかも分からないし、西野が泉坂に本当に来るのかも分からない。ただ、言えるのは…。

 

「楽しい3年間にしたいよな」

 



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第九話

 受験日まであと三日に迫った俺達。桜海の受験日はとうに終わっているが、西野は原作と違って受けていないらしい。まぁ、原作では真中と距離を置くため?東城と勝負するため?とかなんとか理由があったと思うけど、この世界ではそんなものは…ないとは言い難いが、現に桜海を受けなかったのだからそうとしか考えられない。

 

 まぁ、俺と同じ高校を受けるという単純な理由なのかもしれないが……。あの廊下での告白を拒否してから今日まで、西野の気持ちは変わっていないのか、それとも変わっているのかそれは確認していないから何とも言えない。

 

 だが……西野の俺に対する態度を見ていたら、それも分かるというもの。西野は俺の事を変わらずに想っていてくれているのだ、と。たまに、クラスの女子や男子に西野と本当に付き合ってないの?と聞かれることもある。それに、返す言葉は決まって『そんな訳あるか』といったモノ。

 

 西野の想いは正直嬉しい。だが、俺は誓ったんだ。『東城を幸せにする』と。だから、俺が西野のその想いに応える事は……はぁ…まぁ、俺の西野に対する考えは置いておくとして、今は目の前の東城と西野の事に関して考えようと思う。

 

 なぜ、そんな事を考えるのか。それは原作の二人の関係よりも、この世界の二人の関係の方が良いからである。そんな事、別にいいじゃないかと思う奴もいるかもしれないが、俺にとっては違う。なぜなら、二人の関係は『俺』というファクターがあって初めて、生まれた物だからだ。

 

 原作では俺と言うか、『真中淳平』と既に付き合っていた西野だが、『真中淳平』は自分よりも好きな人がいると分かるし、それが東城だと知る。逆に『真中淳平』に想いを馳せる東城だが、『真中淳平』は西野と付き合っているし、それを実現させたのが自分の『運動しながらの告白』という発言のせいだと思っている。

 

 そんな二人が心から仲良くなるのは無理があったのかもしれない。

 

 まぁ、原作ではそんな感じで高校が別々になってしまってそれから徐々に仲良くなっていく?みたいな描写があった。しかし、この世界の二人はそんな事はない。西野は心から東城の事を友達だと思っているし、東城もそれは同じだ。それは、この前のプリクラなどが証明してくれる。

 

 だから、俺は原作の二人よりもこの世界の二人の方が好きになってきている。まぁ、心情的に余裕があるからかもしれないが……そういった訳で、『俺』つまりは『真中淳平』の行動一つで結果がこうも変わるという事が分かったためだ。実際、原作とは違う行動をしている。だが、こんなにも変わるモノなのかと実感を味わっている所だ。

 

「ちょっと、聞いてる淳平君!」

 

「なんだがボーっとしていたみたいだけど……大丈夫?」

 

 西野と東城が俺の目の前に来て、片や不満げに、片や心配げに、俺の顔を下から窺って来る。その二人に、少し考え事をしていたと言って歩を進める。言っていなかったが、今俺は恒例の二人を家まで送っている最中だったりする。もちろん、図書室で勉強会をしてきた帰り道だ。

 

「ま、淳平君がそう言うなら良いんだけどさぁ〜。でも、女の子の話を聞かないで何を考えていたのか……教えなさい」

 

「ん?受験を三日後に控えているのに、こんなにも緊張感のない俺達に少しだけ思う所があってな」

 

 本当の事を教えられる訳がない。二人の事を考えていたなんて事を言った日には、どうなる事か……考えたくはない。

 

「あ、あははは……確かに、緊張感ないよね私達。で、でも、勉強会のお陰だからじゃないかな?ほら、みんな過去問解けるようになってきてるし」

 

「小宮山君以外はね……」

 

「あぅ…」

 

 東城、お前が気にする事はないぞ。あれは小宮山という名のタコが悪いんだ。決してお前の教え方が悪い訳じゃない。だから、そこまで気にするな。

 

「東城、気にするなって。お前の教え方は先生より上手いんだ。現に西野も数学の問題解けるようになってるし。俺も、東城のお陰で助かってる」

 

「う、うん。ありがとう、真中君」

 

「だよねぇ。東城さんの教え方上手いのに、どうして小宮山君は分からないのかな?」

 

 それはあいつが、只のエロダコだからかもしれない。なんて事を西野も東城も、薄々感じて来てるみたいだが、口には流石に出さないようだ。

 

 大草と俺は、そんな馬鹿な小宮山に『毎回』教えようとしている東城に、尊敬の眼差しを向けている。

 

「ま、あいつの事を気にしていても仕方ないだろ。俺達は俺達で確実に合格出来るように勉強するだけだって」

 

 俺のその言葉に、苦笑を浮かべながら二人は頷く。

 

 そしてそんな時、だんだんと春に近づいていくのが分かる冷たいような、温かいような風が俺達の横を通り過ぎていき、俺より少しだけ前にいた二人のスカートがその急に吹いた風によって捲れあがり、スカートによって隠されていたソレがあらわになった。

 

「きゃッ……もう、いきなり吹くんだもんびっくりしたなぁ」

 

「う、うん。本当にびっくりした……」

 

 二人は気付いていないのか、俺に顔を向けずに風に対する愚痴を言い合う。ちなみに言っておくと、西野は青と白のボーダーで、東城は……いちご柄だったと言っておこう。風、良い働きをしたな。

 

「と〜こ〜ろ〜で、淳平君」

 

「…………」

 

 と、思っていたらやはり違ったようで俺に詰め寄ってくる西野。東城は頬を染めたまま鞄を持った両手で口元を隠すようにして俺を見ている。

 

「見たんでしょ?その…あたし達の……」

 

 西野、お前も恥ずかしいならそんな無理をしないで、東城みたいに黙っていればいいだろうに。態々俺に確認しにくる女はお前だ……いや、さつきもしてくるか…。

 

「まぁ、見てないって言うと嘘になるから言うけど……見たぞ」

 

 その俺の言葉で更に頬を染める東城。詰め寄って来ていた西野は俺のその言葉に頬を染めて俯いてしまう。どこぞの、ラブコメのように殴られるのか?と冷静に考えてしまう俺はなんなんだろうか……実年齢、22歳。今更中学生のパンツごときに照れないという事か?

 

 そして、それから数十秒西野と東城は固まっていたが、立ち直った?のか分からないが二人で顔を寄せ合って話し始めた。??俺の予想では、絶対に西野は殴り掛って来ると思っていたんだが…外れたか?

 

 それなら、それでいいんだ。一発くらいなら、甘んじて殴られる気ではいたが、やはり殴られたくはないからな。そんな風に、自己完結していたところに声が掛った。それも、俺がびっくりするくらいの声量で。

 

「淳平君!」「真中君!」

 

「っ!!な、何だよ?」

 

「あたし達の…その……ぱ……を見たんだから、君にはあたし達の命令を一つだけ、聞く義務が発生しました!!」

 

「そ、そうです!発生なんです!」

 

 命令?義務?いや、あれは俺が故意にやったんじゃないぞ?風が勝手に……そんな事を口にしようとするが、二人が詰め寄ってくるために口を開く事が出来ない。更には、二人で勝手に話を進めていく始末。しかも、頬には朱が散っていてただでさえ可愛い二人が…。

 

「ただであたしの……見たんだから、ぜっっったいに聞いてもらうからね!」

 

「そうです!聞いてもらいます!」

 

 はぁ……東城なんて、同じような言葉を繰り返してるし…。まぁ、無理難題なモノじゃなければ、聞いてやるか。俺が二人のパンツを見た事は事実だしな。

 

「…分かったよ。命令じゃなくてお願い、それから俺に出来る範囲で、最後に一人一つだけ、って事なら聞いてやる」

 

 後日、俺は自分の言ったこの一言を悔やむ事になるのだが、それはあとの話。今は、目の前でやったぁ!!と互いの手を掴んでいる二人に溜め息を吐くだけだ。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 西野side

 

「フフ〜♪お願い何にしようかなぁ〜♪」

 

 ベットに座りながらクッションをぎゅ〜と抱きしめて、さっきまで一緒だったあの男の子の事を考える。『真中淳平君』あたしが危ない時に助けてくれた男の子。そして、他の男の子とはちょっと違う男の子。

 

 彼の事は前から知ってたけど、今みたいに話すようになったのは、あたしを乱暴な男の子から助けてくれた時からで、あたし『から』話しかけるようになった初めての男の子でもあるんだ。

 

 漫画とか小説の主人公みたいな助け方じゃなかったけど、あたしの胸はキュンってなって、それで初めて自分から告白したんだけど、あえなく玉砕。

 

 なんでって聞いても、「なんででもだ」って言うし……。はぁ…初めて付き合いたいって思ったんだけどなぁ…。でもでも、あたしは諦めないんだ!だって、あたしの勘が「淳平君を逃すな!」って言ってるし!

 

「って、今は淳平君に聞いてもらうお願いを考えないといけないんだった」

 

 東城さんは何をお願いするんだろう…。聞いてみようかな?でも、話合ってる時の東城さんの顔赤かったしなぁ……って、あたしも赤かったのかな?ううん、きっとそうだよね。

 

 あたしだって、男の子にぱ…パンツを見られたら恥ずかしいもん、仕方ないんだよ!

 

 でも、淳平君のあの反応の薄さ…。はぁ……女の子として自信失くすよ……そうだ!うん。お願いはこれにしよう!あの淳平君でも、これなら少しは反応する筈!!フフフ、待っているんだ淳平君!!

 

「つかさちゃ〜ん!ご飯ですよ〜!」

 

「っ!は、はぁい!今行くよお母さん!」

 

 っと、その前に、美味しいご飯を食べなくちゃね♪

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 東城side

 

 お家に帰って来て部屋着に着替えても、顔の火照りがまだ取れていないのが自分でも分かった。だってだって!また真中君にパンツ見られたんだもん!!プシュ〜と頭から湯気が出ているような錯覚を覚えるけど、枕に当てている顔が熱いからあながち錯覚でもないかもしれない。

 

 『真中淳平君』……同じクラスだけど話した事は今までなかったし、これからもないと思っていた男の子。でも、3週間前の屋上で初めて話をしたら、私と同じように本が好きで、面白い人だって分かった。それから、私の小説を読んで面白いって言ってくれて、私の事をその…可愛いって言ってくれたりもした。

 

 学校のアイドルの西野さんに迫られても他の男の子みたいにならないし、こんな地味な私を西野さんと同じように扱ってくれる変わった男の子。そして、いつの間にか……好きになっていた男の子。

 

 何で今まで話をしなかったんだろう?とか、何で西野さんみたいな可愛い人と私みたいな地味な子を一緒みたいに扱うの?とかいろいろ考えたけど、真中君と今こうやって話が出来る事の方が重要だって思って、そんな疑問はポイする事にしたのはちょっと前の事。

 

「…お願い、かぁ……」

 

 真中君にぱ、パンツを見られたから、私と西野さんとで真中君に提案した事。私ははじめ頭の中が真っ白になっていたんだけど、西野さんがいたお陰で意識をどうにか保つ事が出来たんだ。それで、西野さんは命令って言ってたけど、真中君が命令じゃなくてお願いならって言った事で、お願いになったんだけど…。

 

 お願い…直ぐに浮かぶのは、今度二人で小説の話がしたいって事。でも、それはお願いしなくても真中君の方からしてくれるから……うぅ…どうしよう。いざ、お願いを聞いてくれるって言われると何をお願いしていいか……西野さんはもう決めたのかな?真中君の事が好きなもう一人の女の子の事を考える。

 

 私みたいに地味でもなく、明るくて元気な可愛い女の子。男の子なら誰だって好きになると思う。そんな彼女と私は同じ人を好きになった。そんな私達だけど、今まで話した事がなかったのが嘘みたいに仲良くなったんだ。

 

 西野さんに聞いてみようかなぁ……でも、なんかそれは違う気がする。うん、私のお願いなんだもん。私が考えないと駄目だよね!

 

 ガチャ…

 

「姉ちゃん、母さんがご飯だっ…何してんの?」

 

「しょ、正太郎!の、ノックしてっていつも言ってるでしょ!」

 

 考え事をしていたら、急に私の部屋に弟の正太郎が入って来て、話しかけてくるからびっくり。何で、いつも急に来るのよ!

 

「ノックしたけど、返事がないから入ったんだっての。それより何してんの?枕なんて抱いてさ…。それに、顔も少し赤いし…。って、も、もしかして姉ちゃん、好きな人が出来たのか!?誰なのそいつ!俺、そいつブッ飛ばしてくるから!!」

 

「うるさいうるさいうるさぁああい!いいから、出てってよ!!」

 

 そう言って、何とか正太郎を部屋から追い出したけど…はぁ……。

 

「好き……かぁ…」

 

 ベットに背中を付けて、枕を両手で持ってそこに好きな人の顔を思い浮かべる。それだけで、胸が、顔が、頭が熱くなってくる。……真中君は今、何してるのかな…。

 



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第十話

 翌日……学校に登校するために玄関で靴を履いていたら『母さん』に話しかけられた。

 

「淳平、あんたちゃんと勉強してんの?ほら、最近帰り遅いから母さん少し心配なのよ……」

 

「大丈夫だって母さん。帰りが遅いのは放課後に勉強会してるからだって言ったろ?それに、泉坂高校って私立を受けるんだし、絶対一発合格するから安心しなって。それじゃあ行ってきます」

 

 『母さん』にそう言って、玄関から出て歩を進めて行く。『真中淳平』の母親を『母さん』と言うのも慣れたな…。はじめのうちは、やっぱりぎこちなかったけど。ま、人間は慣れる生き物ってのは本当だって事だな。

 

 てか、この生活自体にも慣れてきたし。この世界に来て3週間か……。まぁ、夢だと思ってた時期もあったが、こんなに時間が経ってしまえばもう夢でもねぇよな。

 

 そんな事を考えながら歩いていたからか、俺は突然出てきたそいつにびっくりして、歩を止めてしまった。お前の家って、俺の家と正反対だよな?なのに、何でいるんだよ……東城。

 

「お、おはよう!真中君!」

 

「お、おはよう、東城。もしかして、俺を待ってたのか?」

 

「えっと、そんなに長い時間待ってたわけじゃないんだよ。その…ね。小説の続き書いたから読んでもらいたくて。あ、でも、明日受験だっていうのに迷惑だよね…ごめんなさい……」

 

 長い時間待ってたってわけじゃないって…そんな嘘直ぐに分かるっての。こんなに手と頬を赤くしてるんだから、最低でも20分は待っていた筈だ。それに、俺がお前の小説を読むのを迷惑だって思うわけないだろうに…はぁ……。

 

「迷惑じゃねぇよ。それにこの前言ったろ?東城の小説を楽しみにしてるって。それから……ほら、手袋」

 

 付けていた手袋を取って、東城に手渡す。東城は、赤い頬を更に赤くして、「うん…」と頷いておずおずと俺の手袋をその赤い手に付けていった。それに、笑みを浮かべてから俺は東城を促して学校に向かって止まっていた足を再び動かしはじめた。

 

「でも、こんな場所じゃなくて学校でも良かったんだぞ?寒かったろ?」

 

「うん。そうなんだけど…ほら、学校に行ったら行ったで皆がいるし…ね」

 

 そう言って笑う東城の顔はマフラーで半分隠れていた。そして、呟くように言った東城の次の言葉は俺には半分しか聞き取れなかった。

 

「もう少し、二人だけの時間があればいいのに……」

 

「ん?もう少し、何だ?」

 

「あ!いや!そうじゃなくて!ほら、その、ね!あ、あははは……」

 

 誤魔化すの下手だな…ま、なんにせよ。東城の小説の続きが読めるのは僥倖だな。勉強の息抜きに読むとしよう。それに、明日の受験が終わったらもうしばらく勉強しなくていいし、東城と本巡りに行くのもいいかもしれないな。

 

「ふ〜ん…ま、良いけどな。それじゃあ、学校に急ぐか」

 

「え?まだ、遅刻する時間じゃないよ?」

 

「東城とこうやって話しながら行くのもいいけど、早く東城の小説も読みたいんだよ」

 

 そう言って東城の頭をポンポンと撫でてやると、東城はあぅぅと言って前髪で残り半分の顔を隠してしまう。それに、笑ってから東城に右手を差し出した。

 

「ま、真中くん?」

 

「手を繋いで走らないと、誰かさんが転んじゃうからな」

 

 そう言ってまた東城をからかうと、少しだけ怒った東城がもぅ!と言ってくる。だが、次の瞬間には俺の手を握って笑みを向けてくれる。それを見てから、今度こそ俺は東城を引っ張るような形で学校へと向かった。途中、あわわわ!と転びそうになる東城を助けながら……。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 学校についた俺達は早速東城の書いた小説を読むために鞄を机の脇に掛けて、いざ読もうとしたがそれは叶わなかった。なぜなら……。

 

「なぁなぁ、東城。お前ってそんなに可愛かったのか?」

 

「確かに、何で今まで気付かなかったんだろうな」

 

「今度、俺とどっか行かない?もちろん全部俺の奢りだから!」

 

 ……どっから湧いてきやがったこいつら…。東城が今座っている席は俺の隣だが、その俺と東城の間にある少しのスペースに入って来る男子、男子、男子。

 

 さらに東城の座る席の周りを取り囲むように男子生徒がたむろって来る。東城の姿に慣れていた俺も悪い。今日の東城は、前髪を下ろし尚且つ、髪を三つ編みではなくただ二つに括っているだけだったのだ。

 

 そんな東城のイメチェンに、クラスのアホ共は反応して、こうなってしまった。

 

「ご、ごめんなさい。私……」

 

 そう言って、困ったような声を出す東城にさらに興奮して迫り出すアホども。俺は溜め息を一つ出して、ダンッと机を叩いて席を立った。その音でクラスにいた男子女子の全員が俺の方を向くがそれに構わず、横にいる男子を退かして東城の側による。

 

「真中君……」

 

「…逃げるぞ」

 

「っ!う、うん!」

 

 朝早くにも関わらず結構の人数が教室にいたが、群がって来る男子共を振り切って俺と東城はドアから飛び出した。教室から廊下へ…だが、廊下にも生徒達はいる。それに舌打ちをして、一気に駆け抜ける事にした。

 

 廊下を注意しながら駆け、階段を東城に気を付けて駆け下り、駆け上り…向かうは、俺と東城がはじめて会話したあそこだ。

 

 バタンッ!とドアを開けると、澄み切った冷たい風が俺と東城を迎えた。ドアの付近に手を繋いだまま倒れこむように座って、東城は下を向いて、俺は天を仰ぐようにして息を整えていく。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……だ、大丈夫か、東城」

 

「はぁ…はぁ……う、うん。大丈夫だよ。でも…はぁ……今日は走ってばっかだね」

 

「確かに……そうだな」

 

 全く、西野の次は東城か?本当に、迷惑な奴らだ。ま、東城のこの姿を見られたのはクラスの奴らと、ここまで走ってくるまでに会った奴らだけだ。なら、ここで髪を直せば何とか……。

 

「はぁ…でも、本当にびっくりしたぁ……。皆、今まで見た事ない顔で見てくるんだもん。ちょっとだけ怖かったかな…」

 

「あれは、あいつらが馬鹿なだけだ。ま、気持ちは少しだけ分かるけどな。それでも、あれはやり過ぎだ。はぁ……東城、教室に戻る前に髪直した方がいいぞ。たぶん、そのせいだ」

 

 そう言うと、東城は今更ながらに自分の前髪が崩れている事に気付いたみたいで、あせあせと直し始めた。俺としては三つ編みにもして欲しいところだが、それは時間がかかるから仕方ない。

 

「朝走ってきちゃったからかも……ちょっと待ってて、直ぐに直すから!」

 

「あぁ。でも、始業ベルまでまだあるからゆっくりでいいからな」

 

 俺のその言葉を聞いて、ごめんねと言って表情を曇らせる東城。そんな東城の頭を朝来る時にしたように、ポンポンと叩いてやってから、気にすんなと言ってやった。

 

 それでやっと笑顔を浮かべてくれる東城は、髪が直らないのかヘアピンで前髪を止める事にしたらしく、二本の赤いヘアピンが日の光を浴びてキランと光った。

 

 これから、クラスの奴ら他東城の事を知った奴らをどうするか…。はぁ……明日が受験だってのに何やってんだろうな俺は…。そして、始業ベルが鳴るまで俺と東城は屋上で寒さに震えながら話をしたのだった。

 

 その時に、「でも、何だか小説みたいだったね」「ばぁ〜か」といった会話があったのを言っておこうと思う。

 

 屋上から教室に戻った俺達は当然クラスの奴らに見られる事になったが、それら全てを無視して俺は自分の席に戻った。気にしてても仕方ないしな。でも、東城は自分に向いて来る好奇の視線に堪えられないようで、俯いたまま席に着いた。

 

 担任が来たところでそのクラスのざわつきは収まるわけもなく、今日一日はこんな感じで過ぎていくだろうなと思いもしたし、東城はあぁ言っていたが大丈夫なのかといった心配も抱いた俺は東城に視線をやると、東城が俯いたまま俺の方を見ている事に気付いた。

 

 担任が今日一日の連絡をしているのを、耳で聞きながら目は東城から離さない。東城も、俺と同じようで口パクで【大丈夫だから】と言ってから、笑みを向けてきてくれた。それを見て、はぁ……と溜め息を出し、心配して損したと思いながら、【分かった】と俺も口パクで返した。

 

 東城って、ここまでメンタル強かったか?と思いもしたが、あぁ『西野のせい』か、と思い直して納得するのだった。この一言にどれだけの言葉が詰まっているのか、それは3週間で俺が西野に振り回された間に思った言葉の全てであると言っておこう。

 

 そして、俺と東城のそんな様子を見た男子がゴゴゴといった暗いオーラを出し、女子は女子でお得意の内緒話をしていた事を知ったのは、この後大草に言われた時であった。

 

 ついでに言っておくと、大草と小宮山の二人は、俺と東城が二人で時間ギリギリで教室に入って来た事に疑問を持ったらしいが、それもクラスの変な空気で悟ったらしい。

 

 東城は大丈夫。なら、問題は……金色の弾丸よろしく、いつも飛び込んでくるこの学校のアイドルを思い浮かべる。

 

 腕を組んで『あたしの知らないところでそんな面白い事してたんだ』と怒るのか、はたまた、『なんで?どうして?あたしは…』と泣くのだろうか……。はぁ…これは、西野とちゃんと話す必要があるな…。俺は一段と深い溜め息を出してから、この後待っている西野との会話に頭を抱えたくなった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「っで、話って何?」

 

「う……西野、怒ってるのか?」

 

「別に?あたし、怒ってないよ。それで話って…何?」

 

 はぁ……昼休みに話に行こうって考えたのは、まずかったか?いや、でも、授業(授業と言ったが、受験のある生徒達のために自習となっている)の合間にある5分休憩に話に行っても、変なところで戻る事になってたと思うし…はぁ……。

 

 今の時間はさっき言った通り昼休みで、場所は以前西野がボクサーだとか言っていた男子に暴力を振るわれそうになった場所である。

 

 なぜ、こんな場所で話す事になったのか。それは、西野が俺から逃げたためであり、それを追いかけていたら、この場所だったという……都合が良いのか悪いのか、俺には判断がつかない。

 

「それを怒ってるって言うんだと思うけど、まぁいいさ。お前も東城の事は知ってるだろ?東城が、その…可愛いってのを」

 

「うん。東城さん可愛いもんね。それで?」

 

「はぁ……でだ、それがとうとう今日の朝にクラスの奴らにバレてしまった。それで、困ってる東城を見兼ねて俺が助けた。っで、まぁ色々学校中で噂されてるようだが、そんな噂全部嘘だって事くらい、お前も分かるだろ?」

 

 そこまで言ってから西野の顔を見てみると、今私すっごく怒っていますという表情を張り付けている。それは、この3週間ではじめて見る顔だった。

 

「分からないよ……何で?どうして?あたしが分からないと駄目なの?もう、何も信じられないよ…。東城さんの事も、淳平君の事も好きだけど…今は嫌い……嫌いだよ…」

 

「……はぁ…全く、いつも元気な西野はどこにいったんだ?」

 

「っ!!淳平君にあたしの何が「分かるって」え……」

 

 西野が叫ぶかのように声を上げ切る前に、俺は被せて言った。『分かる』と。

 

「お前と話すようになって3週間。お前のたくさんの笑顔と、元気な声はちゃんと俺に届いてるぞ。それから、実はちょっとだけヤキモチやきだって事も」

 

 東城を幸せにするって誓ったんだけどなぁ……でも、こんなに真っすぐ感情をぶつけてくる奴を、放っておくなんて俺には出来ない。

 

「今回の事は、俺も東城も注意が足りなかった。東城も本当なら一緒に謝りたいって言ってたんだぞ。俺がそれを止めてもらったから今いないけど」

 

「……どうして?」

 

「俺がお前と二人きりで話すべきだって思ったからだな。ま、こうして嫌いって言われちまったけど」

 

 頬を掻きながらも、西野の目から俺は自分の目を逸らさなかった。逸らした瞬間、俺達と西野の関係が終わると思ったからであり、何より、俺が逸らしたくなかったから。

 

「でも、まぁ。お前には悪い事をしたからな。それは事実だし、謝らないといけねぇ。ただ、東城の事だけは嫌いにならないでくれないか?あいつは、何も悪くねぇんだからさ」

 

「ッ!!淳平君は、何にも分かってないよ!」

 

「あ、おい西野!」

 

 西野は目から一滴の涙を流して、俺の前から走り去って行った。西野を追いかけようと思えば、追いついて話をまた出来たかもしれない。だが、この時の俺は西野を追いかける事をしなかった。この時、俺の頭の中にあったのは、追いかける事ではなく、女の子に泣かれるのはこっちの世界でも変わらず辛いんだな、という事だけだったから。

 



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第十一話

 小鳥の囀り(さえずり)が朝独特の冷たい空気と合わさって俺の心を清々しく…なんて、なるわけもなく。覇気のない顔でトロトロと道を進んで行く。いつもなら欠伸の一つも出るのだが、今日ばかりはベットから這い出てから一つも出ていない。欠伸に変わって出るのは……。

 

「…はぁ……」

 

 という、深い溜め息だ。今までも溜め息は出してきたが、昨日から今日に掛けての頻度はヤバい。『溜め息ばかり出していると、幸せが逃げていく』という迷信があるが、今の俺の状態がまさにその幸せが逃げている状態だと思う。

 

 東城や小宮山、大草あたりからも心配はされたが、これは俺の自業自得の為すところ。よって、誰にも相談することなく帰ったわけなんだが……。

 

「…はぁ……」

 

 再び溜め息を吐き出してから、肩に掛けるようにして持っている鞄を掛け直し、なんとなく空を見上げてみる。

 

 漫画やアニメ、小説などでは主人公が落ち込んでいたり、今の俺のようになっていたりすると天気は『曇り』である筈なのだが、実際には俺が見ている天気は快晴も快晴で、雲なんて千切れ飛んでいるのがポツポツとあるだけだ。現実は厳しいモノだとしみじみと思ってしまった。

 

 それに実を言うと、俺は昨夜一睡も出来ていなかったりする。今日が泉坂高校の受験日だっていうのは知っていたし、この日のために勉強してきたのだから、昨日は何もしないで寝る事にして寝た筈だった。そう、寝た筈『だった』。

 

 実際は一睡もすることなく、万全の状態でなく寝不足の頭が働かない状態で受験をしなければならなくなってしまった。だが、それは仕方のない事…あんな事があれば、誰だって眠れなくなると思う。

 

 そして、帰ってから何度考えたかしれない……。『どうして、泣かせてしまったんだ』と。西野が泣いた理由はなんとなく分かってはいる。自分の好きな相手から違う女の子の名前が出たり、自分じゃなくてその女の子の事を可愛いと聞かされたり、好きな相手を嫌いになるのは良くて、その恋敵である女の子の事を嫌いにならないで欲しいと言われたり…。

 

 西野に対してこれだけの事を言ったんだ。泣かれて…走り去られて…当然だった。東城を幸せにする事は、西野を無下にする事じゃないというのに……。

 

「…はぁ……」

 

 何度目かの溜め息を出して、いつの間にか止まっていた歩を再開させる。こうやっていても、仕方ない。まずは、今日の受験を無事に成功させる事だけを考えなければ駄目だ。

 

 『真中淳平』の母さんは、原作通りに昨日の晩ご飯からカツと名が付く料理を出して、今朝もトンカツを食べさせられた。気落ちしている今の俺にこんな重いモノを朝から食わせるなんて…とは思ったが、なけなしの根性で食べきって家を出てきたというわけだ。

 

 もちろん、真中家に伝わるゲン担ぎとして靴を右足から履かされもした。その時には既に文句を言う元気もなくなっていたので、為すがまま、されるがままだった。

 

 原作では、真中はいちごパンツの女の子が東城だと知ったせいで受験をボロボロで終わったが、俺は西野との事でボロボロになりそうで怖い…。なぜ、こんな大事な時に!と思わずにいられないが、さっきも言ったように、コレは俺の自業自得で西野は何も悪くない。

 

「…はぁ……」

 

 でも、溜め息を出すのだけは許して欲しいと思う。溜め息も駄目と言われたら、俺は本当に受験に失敗してしまうと思う…………。

 

「お、おはよぅ…真中君……」

 

「?…あぁ、おはよう、東城。なんだ、俺を待っててくれたのか?」

 

「う、ううん!歩いてたら前に真中君の背中が見えたから、それで……」

 

 そう言われて見ると、いつもの通学路じゃない道に入っているのに気付く。考え事をしながら歩いても、目的の場所にちゃんと向かっていてくれていたようなので、俺の身体を褒めたい。

 

「そうか……なら、一緒に行くか」

 

「うん!」

 

 俺が西野との事をまだ解決していない事は、東城も分かっているのだろう。俺にそう返事した後は、黙々と歩いてくれるからそれが分かる。東城にまで気を使わせてるんだ。泉坂高校に行って西野に会ったら、受験前に謝ってしまおう。西野がちゃんと聞いてくれるか分からないが、俺は誠心誠意謝るしかないんだから。

 

「わぁ…人がいっぱい……」

 

 そして歩く事数分、受験する泉坂高校の校門前に着いた。東城は受験生の多さにびっくりしているようで、目を大きく見開いていた。それを見て少しだけ気持ちが軽くなった俺は、ざわざわとうるさい受験生の波に沿うように歩いて……。

 

「あ、西野さん!」

 

「ん?あぁ〜東城さんに淳平君!」

 

「え……」

 

 多くの男子生徒に囲まれながらも、昨日の面影など一つとしてなく、いつも通りの元気で明るい、何人も笑顔にしてしまうような笑みで手を振っている『西野つかさ』と会う事になった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「おっそ〜い!二人の事待ってたんだからね」

 

「ごめんなさい。私達もちょっと前に会ったばかりなの。西野さんはいつ来たの?」

 

「へへぇ〜♪実はぁ…あたしもついさっき来たばっかりなんだよね♪まだ、テストを受ける教室が書かれてる用紙貰ってないでしょ?あっちの受付で貰えるらしいから、貰いに行こうよ!」

 

「うん。皆一緒の教室で受けれるといいね」

 

 俺の目の前で話す二人。俺は話に加わらずに混乱する頭で、西野の顔を見続けていた。どうしてお前は笑ってるんだ?どうしてお前は元気なんだ?どうして、どうして、どうして……。

 

「ほら、淳平君。行くよ!」

 

「……」

 

 俺の腕を引っ張って行く西野。俺に向けてくる顔も東城に向けていたのと同じ笑顔。後ろから東城も付いてきているのが分かるし、この状況は一体なんなんだ???

 

 俺がそう考えている間にも、西野は受け付けの先生らしき人から用紙を貰い、俺も何が何だか分からない内に用紙を受け取り、東城も受け取ったのを確認してから、西野は再び俺の腕を引いて歩を進めていく。

 

「でも、皆一緒の教室で良かったよね。一人だけ違う教室とか嫌だし」

 

「そうね。これで席も近くなら、なお良いんだけど」

 

「…………」

 

 気付けば東城もいつもの定位置となっている俺の右隣りにいるし、西野も俺の腕を引きながら東城に顔を向けて話をしている。俺は、わけが分からないから当然無言。

 

 そんな俺を無視して楽しそうに話をする二人だが、急に西野が廊下の真ん中で足を止めた。それにつられるようにして、俺の足も止まり、東城も止まった。

 

「東城さん、ちょっとだけ淳平君と話があるから先に行って待っててくれる?」

 

「フフ。うんいいよ。それじゃあ真中君、西野さん。先に行って待ってるからね」

 

 東城はそう言って、俺と西野に笑みを見せてから教室へと一人向かって行った。そして、残された俺達だが……。

 

「ねぇ、淳平君。昨日の事だけど……」

 

「!!ごめん!西野の事分かってるとか、言っておいて何一つ分かってなかった。お前の気持ち、全然分かってなかった」

 

 西野に昨日の事と言われた瞬間、俺は頭を下げていた。それまで、混乱していた事を全部どこかにやってから、西野に言わなければならない事を全部言う事だけに頭を使った。

 

「泣かれてはじめて気付くなんて、馬鹿だと思う。そんな俺だけど……お前と仲直りがしたい」

 

「………はぁ…頭上げなよ淳平君」

 

 西野に言われて頭を上げて見ると、呆れたような顔をした西野がいた。謝り方が駄目だったのか?なら、許して貰うまで謝り続けるだけだ!

 

「ごめ「良いよ、もう」……は?」

 

「良いって言ったの。それに、こんな廊下の真ん中で頭下げないでよ。……恥ずかしいじゃん」

 

 西野に言われてはじめて気付いたが、俺達に奇異の目を向けている多くの受験生達。おそらく、俺達と同じ教室で受ける奴らもこの中にいるのだろう。俺も急に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていく。

 

「淳平君が顔赤くしてるのはじめて見たかも。えへへ♪だからそれで勘弁して上げようじゃないか♪」

 

「に、西野…お前なぁ……」

 

 思わず西野を睨んでしまった俺だが、西野の笑顔を見ているとしょうがないという気持ちになってくるから不思議だ。確かに恥ずかしい思いはしたが、西野と仲直り出来るなら、それも気にならない。

 

「ほら、東城さんも待ってるし、早く行こ!」

 

「そうだな……行くか」

 

「うん♪」

 

 西野に腕を引かれながら、俺は東城が待つ教室に向かう。背中に、男子生徒からの嫉妬の目線が突き刺さって来るような錯覚を覚えるが、それも今の西野の笑顔を見るだけで気にならなくなるから不思議なものだ。

 



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第十二話

西野side

 

 淳平君の腕を引きながら、東城さんの待つ教室に向かう。ちらっと後ろを見て見ると、困ったような顔をしながらもちゃんと付いてきてくれる淳平君がいる。あたしが見ているのに気付くと、何だよ、って目で見てくるのもいつもの事。ただ、今日はそれに笑顔が付いてる。それが、何より嬉しいな。

 

 あたしは、もう淳平君とこんなことが出来なくなると思ってた。昨日淳平君の前から走って行った時、追いかけて来てくれないの?引き留めてくれないの?って想いと、追いかけて来ないで、引き留めないで、って想いの二つがあった。でも、正直言うと追いかけて来て欲しかった。それは、あたしの我儘(わがまま)だけど、それでも東城さんじゃなくてあたしの所に来て欲しかったんだ。

 

 結局、淳平君は追いかけて来てくれなかったし、放課後も久しぶりに一人で帰る事になった。たった3週間だけ一緒にいただけなのに、なんでこんなに寂しいって思うんだろう。なんでこんなに涙が出て来るんだろう。そんな事を考えながら家に帰ったんだ。

 

 そして、家に帰ってからは更に酷かった。お母さんからお帰りって言われたけど、それを無視して自分の部屋に入ってそれから晩御飯の時間になっても部屋から出なかった。ベットに伏せるように倒れたまま時間が過ぎていって、明日淳平君に会いたくないなって思った時、机の上に置いていた携帯が鳴った。

 

 今は誰とも話したくない。そう思って、鳴り続ける携帯を無視してたんだけど、いつまで経っても鳴り止まなくて、それにイライラし出して結局出る事にしたの。

 

「もしもし?今誰とも話したくなくて後で掛け直すから……」

 

 自分でもこんな不機嫌な声が出るとは思わなかった。友達と喧嘩した時も、ここまで酷い声じゃなかったと思う。でも、もっとびっくりする事になったのは、電話をしてきた人が誰か分かってから。

 

『ごめんね。でも、西野さんと話したかったから……』

 

 え?この声って……。

 

「東城…さん?」

 

『うん、私だよ』

 

 携帯のディスプレイを見ないで電話に出たから気付けなかった。東城さんとの電話はこの3週間で何回もしたけど、まさか今日してくるとは思わなかった。だって……。

 

「……話って…何かな?」

 

『うん。今日の朝の事と真中君の事』

 

 予想はしていた。東城さんが今あたしと話したい事っていうのがそれだって事は。でも、なんで今日なの?今日は、もう誰とも話したくないのに……そんな事を考えていたら、東城さんが話し始めた。

 

 淳平君が言ってたように、今日の朝に男子に囲まれて大変だった事、その時に淳平君に助けられた事、噂は全部嘘だって事、そして、淳平君は悪くない事……昼休みに聞いた事を繰り返し聞かされているような気がしたのは、仕方ないと思う。でも、それだけじゃなかった。

 

 淳平君が悲しそうな顔をしていたと教えてくれたんだ。あたしだけが、悲しんでたわけじゃなかった。あたしだけが、嫌だって思ってたわけじゃなかった。淳平君も、あたしと同じように思ってくれてたんだ。そして、最後にそんな淳平君を見て東城さんが嫉妬したという事を教えてくれたんだ。

 

『私達はどっちも真中君の事が好きで…お互いがお互いに嫉妬して…何だか、おかしいよね?』

 

「うん……おかしいね?」

 

『フフ。でも、私は西野さんの事も大好きよ』

 

「……あたしも、東城さんの事大好きだよ」

 

 そして、あたし達はどちらからともなく笑いだして、どちらからともなく泣きだして、あたし達は電話をしながらまた仲良くなったんだ。変な話だけど、お陰で淳平君に対して思っていた嫌な気持ちはなくなっていて、淳平君に会いたいっていう気持ちに変わっていたんだ。

 

「あたし、今淳平君に会いたいかも」

 

『うん、そうだね。私も真中君に会いたいな』

 

 それから、またお互い笑いあって、少し話した後に電話を切ったんだ。気付けば夜の10時を過ぎていて、慌ててお風呂に向かった。その時にお母さんにごめんって言うのも忘れなかった。

 

 そして、今。淳平君の手を掴む事が出来ている。淳平君に笑顔を向ける事が出来ている。それが、何より嬉しくて、幸せなんだ。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 西野に腕を引かれて教室に入った俺は、教室にいる男子という男子に嫉妬の視線をこれでもかと貰う事になったが、それを悉く無視して自分の席に着き、テストが始まるまで心を落ち着かせる事にした。西野は東城と何か話があるようで、コソコソと内緒話を始めたが、それについては関与しない事にした。

 

 気にならないわけじゃなかったが、楽しそうに話している二人を見ていると邪魔はしない方がいいなと思ったからだ。あぁ、そうそう。言い忘れていたが小宮山もきちんといて、男子達と同じように俺に嫉妬の視線を向けてきたので無視していただけだ。

 

 俺は、外村や東城と同じくらいの点数とまで行かなくても、高得点を取りたい。そのために、今は余計な事に気を使わないようにして……。

 

「ねぇ、淳平君」

 

「真中君」

 

 ……はぁ…考えた瞬間話しかけてくるとは、もしかして狙ってるのか二人とも?西野と東城の席は俺の席の後ろ二つで、西野は身を乗り出すようにしている。俺は身体を横にしてから、右側に二人が来るようにして、顔だけを二人に向けた。

 

「…どうした?」

 

「へへ〜〜♪お・ね・が・い、していい?」

 

「私も…いい?」

 

 お願いって確かこの前の…って、凄い笑みだな二人とも…。特に西野。お前のその笑みは、俺には何か企んでいるように見えるんだが……。

 

「……はぁ…あぁ。俺が出来る範囲のだからな。無茶なお願いは絶対に聞かないからな」

 

「大丈夫大丈夫♪」

 

「うんうん」

 

 東城……お前性格変わり過ぎだろ。何が原因なんだ?俺か?俺のせいなのか?お前まで、俺の事をからかうようになったら俺は………だが、俺には昨日のアレがあるから西野のお願いは大抵の事は絶対叶えてやらなければならない。…頼むから、善意あるお願いを頼むぞ二人とも……。

 

「…はぁ……どんなお願いでありましょうか、お嬢様方?」

 

 片手で顔を覆いながら、口を開く。

 

「東城さん東城さん、お嬢様だってさ、あたし達!」

 

「あぅあぅ…は、恥ずかしいね、西野さん」

 

「…………はぁ…」

 

 余計な事言った……あぁ…俺も意識し出したら恥ずかしくなってきた……。

 

「フフ〜♪えっと、あたしのお願いは今度二人きりでデートがしたいかな」

 

「えとえと…私は……一緒に本屋さんに行きたいです」

 

 ………は?そんなのでいいのか?

 

「それでいいのか?別に、遠慮しなくていいんだぞ?まぁ、お前達がそれでいいって言うならいいけど……」

 

 俺のその言葉に、二人は「うん♪」と頷いて頬を染めて笑みを向けてくる。それに照れてしまい二人から顔を逸らして周りを見て見れば、男子達が俺に殺気を向けているのに気付いた。はぁ……高校に入ったら、大変そうだな…。

 

 そうこうしていると、試験官の先生が教室に入って来て受験生達を席に戻した後、テスト用紙を配り出した。さて、これからいろいろしなければならないかと思うが、まずは受験に集中だな。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 キンコーン……。

 

「終わったぁ〜!!」

 

 ガタっと音を立てて椅子から立ち上がり、両手を上げてそんな事を言うのは…小宮山だ。この前の期末テストの時と同じような光景に、俺と東城は呆れ顔で、西野ははじめて見るのもあってこの教室にいる他校の生徒達と同じようにドン引きの顔で小宮山を見ている。

 

 試験官の先生でさえ一瞬フリーズし、直ぐに注意することが出来ていない。こいつって、社会に出たらどうなるんだろうな…。

 

 数秒後、気を取り直した試験官の先生が小宮山に注意をしてから、答案用紙の束を持って教室から出ていった。今度こそ、本当の終わりだぞ小宮山。まぁ、いくらお前でも二度同じ事なんて…。

 

「終わったぁ〜〜!!!」

 

 そして、さっきと同じように立ち上がる小宮山。こいつ…意外と大物なのかもしれない……。

 

「あとは合格発表を待つだけだな!あ〜疲れた」

 

「……お前、凄い奴だよホント…」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「…何でもねぇよ」

 

 そっか。と言って俺との会話を打ち切って後ろにいる西野の所に向かう小宮山。後ろから、つかさちゃん!という小宮山の声とあ、あはははは……という西野の困った笑い声が聞こえる。西野、小宮山の相手は任せた。

 

「お疲れ様真中君。テストどうだった?」

 

「東城もお疲れ。う〜ん…まぁボチボチかな」

 

「ボチボチ、かぁ。なら、大丈夫だね!」

 

 後ろの東城と話すために椅子から立ち上がって机に腰を掛けた。西野の方を見て見ると、助けてというような目を俺と東城に向けているのに気付いた。それに、東城と顔を見合わせてどちらからともなく苦笑を浮かべて、西野を助ける事にした。

 

「ほら、小宮山。そういうのは、帰りながらでも出来るだろ?」

 

「ん?確かにそうだな!なら、つかさちゃん一緒に帰ろうね♪」

 

「あ、あはははは……そ、そうだね…」

 

 西野すまん。これが限界だった。俺はジェスチャーで西野に謝り、東城もごめんねと小さな声で言っていた。これは、小宮山と別れた後大変だなぁ……

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして案の定、泉坂高校からの帰り道で小宮山が惜しむようにして別れたあと、西野は俺に愚痴り出し、東城と二人で慰める事になった。小宮山は面白い奴なんだが、如何せんあの顔、あの口で、迫られたら…女の子じゃなくても気持ち悪いと思ってしまう。

 

 小宮山、お前の事を愛してくれる奴(少しの間だが端本ちなみ)がいる。それまで、どうか…どうか、西野をそっとしておいてやってくれ。

 

「はぁ…あたし、本当に今度小宮山君に、顔が怖い人好みじゃないって言おうかな……」

 

「西野さん、いつも大変そうだもんね…」

 

「俺は良いと思うぞ。小宮山もはっきり言って欲しいと思うしな」

 

「二人がそう言うなら……」

 

 西野のその言葉に頷きで応えて、空に顔を向ける。朝に見た空と同じ空なのに、今見ている空は気持ちいいと思える。昔の人が言っていたが、気の持ち用とはよく言ったものだと思う。

 

「あ、ねぇねぇ。入試の問題答え合わせしていかない?」

 

「私はいいよ。ちょっと英語が心配だったから」

 

「俺もいいぞ。数学の問題、過去問と違ってて少し心配だからな」

 

「あ!それあたしも思った!それにあたしの苦手なところばっかり出るんだもん!ひどいよねぇ〜」

 

 西野のその話に俺も東城も、笑いながら歩を進めていく。一日一緒に帰らなかっただけなのに、こんなにも懐かしく感じるものなのか。俺は今この瞬間が好きなんだとはっきり自覚した。この瞬間を守るためなら、俺はどんな事でもしようと思う。東城を幸せにするのもそうだが、この瞬間を守りたいと思う気持ちも本物なのだから…。

 

 もう二月(ふたつき)もすれば、桜の花びらが綺麗に舞う季節になる。この肌寒い風も、柔らかな温かいモノとなり、俺達は今の制服じゃなく泉坂高校の制服へと変わる。そんな未来は、少し先の話だ。今は、この二人とこうやっている時間を楽しむ事にする。

 

「ホント、信じられないよあの問題!この前のテストより難しい問題ってどうなのよ!」

 

「でも、あの問題って前の問題の応用だったような……」

 

「東城さんは頭が良いからそんな事が言えるんだよ!!淳平君も数学苦手だから分かるでしょ?」

 

「まぁ、難しかったけど、何とか俺は解いたぞ。放課後の勉強会のお陰だな」

 

「淳平君の裏切り者〜〜〜!!!」

 

 本当に楽しい時間だ。西野が怒って、東城が困ったように笑って、俺が宥める(なだめる)。こんな時間が続けばいいのに……ま、そんな事を考えると決まって何か起こるんだけどな。

 

「ねぇ…あの女の子……」

 

「うん…何だか、困ってるみたい……」

 

 二人が揃って、コンビニの方に顔を向けているのに気付き、俺もコンビニの方に顔を向けて見ると、一人の女の子が二人のチャライ男にナンパされている姿があった。

 

「ねぇ、淳平君助けてあげようよ。何か、他人事とは思えなくて……」

 

「私からもお願い。あの子きっと助けて欲しいって思ってるよ」

 

 二人に言われなくても、あの状況を見れば助けるだろ普通。まぁ、あの女の子が本当に助けて欲しいのか分からないけど、あの困った顔を見れば一目瞭然だろ。

 

 鞄を東城に預けて、その女の子を助けるためにコンビニに向かう。でも、どうやって助けよう?自慢じゃないが腕っ節なんて一般人と同じくらいだし、あの二人のチャライ男に話し合いが通じるとは到底思えない。なら……この『周り』を見方に使うしかないな。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

???side

 

 あぅあぅ……お、男の人がち、ちち、近くにいるよぉ!!!受験の帰りにちょっとだけコンビニに寄って帰ろうって思っただけなのに、なんでこうなっちゃったんだろ……。

 

 こんな時あたしに彼氏がいたら、カッコよく助けてくれるんだろうなぁ……。彼が、目の前の男の人達をやっつけて、それからあたしの事を抱き締めてくれて、それから、それから…………。

 

「ねぇねぇ、どこか遊びに行こうよ」

 

「そうそう。俺達楽しいとこ知ってるんだよね」

 

「…あ、ご、ごめ…」

 

 言葉にしようとしても声が出ない。ほんと、どうして男の人苦手なのかなあたしって……。頭の中じゃ平気なのに…なんでこうなのぉ!!!って感じにあたしが困っていたら、男の人達の後ろの方から声がしたの。

 

「ちょっとあんた達、その子困ってるんだからその変にしておいた方がいいんじゃないですか?」

 

「あぁ?今俺ら忙しいからガキは帰ってくれない?」

 

「そそ。この子も行く気になってんだからさぁ」

 

 嘘です!うそうそ!!あたし、そんな気なんてこれっぽちもないです!!そう声を出して言いたいけど、男の人がいると口が開かない。助けて欲しいのに…助けてって、言えない……。

 

「行く気になってる、ねぇ………ねぇ、君。この人達の言ってる事ってホント?」

 

 そう言って、あたしの顔を見るために男の人達の外側から顔を見せてくれる男の子。顔は好みのタイプじゃないけど、優しい声を持っている男の子。その男の子に向かって助けてって言えればいいのに、口は相変わらず開かない。でも、首を動かす事くらいは出来るよね、あたし!

 

 ブンブン…と、本当は勢いよく振りたいけど、あたしの身体はかなしばりにあったように、小さくしか動かなかった。あたしでも、絶対に気付いてくれないと思うくらいの小さな動き。でも、その男の子は……。

 

「そっか。やっぱり困ってたんだ。ほら、本人もこう言ってるし、止めておいた方がいいですよ。それに、人も増えて来ましたし、あんた達もこれ以上は…困るでしょ?」

 

「っく!おい、行くぞ」

 

「お前、覚えてろよガキ」

 

 男の人達は男の子にそう言って、あたしの前から消えていった。そしたら、あたしの身体はペタンとコンビニの前に座りこんじゃった。腰が抜けたんだって分かる。それを恥ずかしがっていたら、目の前の男の子が手をあたしの前に出して来てくれて、大丈夫って聞いてくれて……。

 

 え?このシチュエーションって、ある意味ロマンチックだったりする!?あぁ、どうしよどうしよ!ま、まずは、自己紹介から?つ、次はお友達?それで友達になった後はつ、つつ、付き合う事になって、その後は、彼のお部屋に行って……。

 

「え、えっと……ホントに大丈夫か?」

 

 っ!!は、話掛けられてる…助けてもらったんだし、ちゃんとお礼言った方がいいよね……で、でも声出せるかなぁ…。

 

「だ…大丈夫です……あ、あり…」

 

 だ、駄目…やっぱり声出ないよ!そう思いながら、あたしが顔を両手で覆っていたら、男の子が優しく声を掛けてくれた。

 

「ゆっくりで良いよ。体に力が戻るまで、どこにも行かないからさ」

 

 そう言ってから男の子は後ろを振り向いて、二人の女の子を呼んだ。二人の女の子の一人は金髪の可愛い子で、もう一人はメガネを取ったら可愛いのにって思う子だった。

 

「大丈夫だった?」

 

「は、はい」

 

 金髪の可愛い女の子は、近くで見るとテレビで見るどのアイドルより可愛くて……自分と比較してしまって悲しくなった。

 

「真中君のお陰だね」

 

「まなか…さんって……」

 

「あぁ、俺の事。俺は真中淳平。で、こっちが東城綾、そっちが西野つかさだ」

 

 メガネの女の子が言うまなかって人が誰か分からなくて首を傾げちゃったけど、あたしを助けてくれた男の子が自分の名前だって言ってくれて、他にも二人の女の子の名前を教えてくれた。その後二人も、よろしくって言ってくれたから、今度はあたしの番だよね。男の子が近くにいるけど、なんだか言えるような気がする……。

 

「あ、あたし、『向井こずえ』です。助けてくれてありがとうございました。真中さん!」

 



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第十三話

「へぇ~幼稚園から中学まで女子校だったんだぁ。なら、高校も女子校なの?」

 

「は、はい。で、でも、一応女子校だけじゃなくて、共学の高校も受験したんです」

 

「共学の高校ってどこの?」

 

「え、えと、泉坂高校っていう高校なんですけど……」

 

「えぇ〜!!あたし達もついさっきそこで受験してきたんだよ!凄い偶然だねぇ」

 

「そ、そうなんですか!?わわ……で、でも、あたし男の子と話せないから、やっぱり女子校に行くかも…です」

 

 そんな感じで話しているのは、東城と西野、それからさっき俺が助ける事になった『向井こずえ』の三人だ。

 

 そもそも、どうしてこんな状況になってしまったのかと言うと……緊張が解けたからか安心したからかそれは分からないが、兎に角腰が抜けてしまった向井が動けるようになるまで俺達は待つ事になった。

 

 待っている間に女子三人が仲良くなってしまい、向井が動けるようなったらなったで、コンビニの近くにあったマ○ドナルドで話をしようという事になって、俺は西野に手を引かれて連れて行かれて……。今に至っている。

 

 というか、なぜ俺はお前とこんな所で会わないとならないんだ?お前とは確か、高校最後の年に会う筈じゃなかったか?なぜ、中学の……それも、高校受験のその日に会わなければならないんだ?しかも、都合良くナンパされてるとか…。

 

 男が苦手なら友達と帰るなりなんなりすれば良かったろうに……。

 

 それに、容姿が原作と違うから名前を言われるまで分からなかったぞ?原作でのこいつの容姿は小柄なのに胸があって、髪が飛び跳ねているような感じだったと俺は記憶している。

 

 だが、今目の前にいるこいつは原作同様に小柄だが、胸は西野と同じくらいで、髪がさつきばりに長い。あの髪形になるのは女子校に入ってからなのか、三年になってからなのか分からないが、今のこいつは長髪だ。俺が分からなくても不思議はない。

 

 と、いろいろと不意打ちのように感じられるんだが、どうすればいいんだ?話を聞く限り、こいつも泉坂高校を受験したという。だが、男性恐怖症のせいで女子校に通う事になるかもしれないとの事。

 

 正直俺としては、こいつと会うのが今になろうが高校最後の年になろうが一緒だ。原作では、何気に好きなキャラだったが、今の俺には東城と西野、それからさつきの三人で精一杯だ。なのに、こいつもそれに加わったら……無理だ。俺の許容量をオーバーする。

 

 よって、俺は向井と距離を置くようにして、さっきから三人の話に加わっていないんだが……。今も俺抜きで話している三人だけど、向井はたまに俺の方をちらちらと見てくる。それに、普通ならば反応するのかもしれないが、俺は気付いていない振りを続ける。

 

 こればっかりは、俺の許容量の関係だからすまない。だから、そんな潤んだ目を向けてないでくれ。頼む…。

 

「ま、まま、真中さん!」

 

 ……どうやら、俺の祈りは通じなかったらしい。あっちの方から行動を起こされたら……仕方ない、な。

 

「…どうかしたか?」

 

「えと、その……ま、真中さんも…泉坂高校に行くん…ですか?」

 

「まぁ……ね。一応、本命だから」

 

 向井は俺の言葉を聞くと、考え込むようにして顔を俯かせた。さっきまでは挙動不審というか、どもっているというか、そんな感じでいたのだが、今はもう自分の妄想の世界に入ったのか、体の震えはなくなった。

 

 だが、確かに言われてみると、泉坂高校じゃなければならない理由はないと思う。東城を幸せにするだけなら、泉坂高校には行かずに違う公立の高校に行けばいいだけなんだから。俺はただ漠然と泉坂高校に行こうと思っていた……目的、か。

 

 東城の今の時点での性格改変。

 

 俺と付き合っていないためなのか、分からないが桜海に行かない西野。

 

 さつきや向井といったキャラとの早い段階での出会い。

 

 ……原作との差異がここまでになったのは、俺が『真中淳平』じゃないから…だと思う。…いや、そうだ。そうに違いない。

 

 人が違えば、物語が変わるのは当たり前。人と同じ事など出来る筈がないのだからそれは当然だったんだ。

 

 なら俺は、原作とは違う『俺』という『真中淳平』が織り成す高校生活を送る事で、東城達と絡んでいこう。そして、原作と違う高校生活を送る事によって、東城を幸せにしよう。それが…俺が泉坂高校に行く目的だ!

 

「淳平君が、泉坂に行くっていうから頑張って勉強したんだよ、あたしは」

 

「ふふ。西野さん頑張ってたよね」

 

「ああ!東城さんだって淳平君が泉坂受験するから桜海受けなかった癖に、良く言うよね〜」

 

「そ、それは!ち、違うんだよ真中君!わ、私は本当に泉坂を受けたかったからなんだよ!本当だよ!」

 

「へぇ〜。淳平君は関係ないんだ〜。ふ〜ん」

 

「あぅ…ほ、本当は真中君がいるからです……」

 

 えっと……東城。お前今、何気に凄い事言ってるんだけど気付いてるのか?というか、俺が聞いていい話だったのか?

 

 ……何だか、東城を幸せにするっていう誓い、直ぐに達成出来そうな気が………。

 

 それに東城。西野に口で勝つのは多分お前には無理だと思う。顔から首まで真っ赤になっている東城を西野はクスクスと笑いながら見ている。この二人の厚意は、素直に嬉しい。

 

 西野からの厚意を少し前までなら、無視するか、気付いていない振りをするかだった俺だが、今では素直に嬉しいとそう感じる事が出来る。

 

 これは俺の中で西野が東城と同じくらい大切な存在になっているということだと思う。はぁ……我ながら、優柔不断だと思うが、今はこの状態を維持したい。

 

 最後にどんな結果になったとしても、東城を幸せにする事だけは絶対に守る。だから、それまで……それまでは、この状態を……。

 

 その後、向井が妄想の世界から帰って来るまで俺達は談笑し、向井が帰って来てからも談笑を少しだけしてからマク○ナルドを出て向井とその前で別れる事になったのだが、その時に予期せぬ出来事が起こった。

 

 ○クドナルドを出るころには、びっくりする事に向井は俺と普通に話せるようになっていて、「今日は本当にありがとうございました」と言ったあと、おずおずとメモ帳台の紙を渡して来た。

 

 …原作で真中と普通に話せるようになったのも結構経ってからなのに、なぜこんなに早く俺と話せるようになってるんだ?それにこの紙……俺の予想通りなら、この後『大変』な事になるような気がする。

 

「こ、これ、あたしの携帯の番号とメアドです。よ、よかったら、またお話してください」

 

 はい、予想通り。尚且つ、許容量オーバー。というか、展開早いと思う俺は変なのか?これが普通の早さなのか?そこら辺教えて欲しいんだが…。

 

 受け取った時から変わらない姿勢でいると、向井は頬を染めて「そ、それじゃ!」と言ってクルッと踵を返して走り去ってしまった。残されたのは、頭の中で疑問符が渦を巻いている俺と、それまでの一部始終を見て『笑み』を浮かべている美少女の二人。西野と仲直りしたばっかりでこれは…ないよなぁ……。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 向井を二人のチャライ男達から助けた日の翌日。昨日は公欠扱いとなっていたが、今日は普通に学校があるために登校しなければならない。中学も気を利かせて受験した次の日くらい休みにすればいいのに、と思わなくもないがこれも少しだけ早い社会の洗礼と割り切るしかないんだろうな。

 

 昨日はあの後、当初の予定通りに入試問題の答え合わせをファミレスでやった。だが、その答え合わせの時間は……これまた予想した通り『大変』だったと言っておきたい。

 

 ファミレスに入るまでは左右から二の腕を抓られ続け、ファミレスに入って席に座ったと思ったらネチネチと小言を延々と聞かされ続け、答え会わせをやっと始めるといった時に『お願い』が楽しみだと笑顔で言われ……何とも濃い時間を過ごす事になってしまった。

 

 二人がしたお願いとは、西野はストレートに言ったが東城も言いたい事は同じで、所謂(いわゆる)デート。日取りについてや、その日に何をする、どこに行くなど、俺の予定なんて関係ないとばかりに、話を進めていく二人を苦笑しながら俺は見ていた。

 

 そして決まったのは明日の土曜に西野とのデート、次の日曜に東城とのデートという事。内容については、「内緒だよ♪」「内緒です」と揃って人差し指を立てて言われてしまい、聞く事は出来なかった。

 

 知らないで行くのは別にいい。だが、内緒と言われると……知りたくなってしまうのが人の心理で、少しだけ聞き耳を立ててしまうのも仕方なかった。

 

 聞こえた単語は、『10時』『お店』『教える』……おそらく、10時とは待ち合わせの時間で、お店というのはどこかの店に行くという事、そして……『教える』。この単語については見当がつかない。まぁ、明日と明後日になれば自ずと分かるのだからいいとしよう。まずは、今日という日を何事もなく終わらせる事だな。

 

「真中、ちょっと待てよ〜」

 

「ん?」

 

 考え事をしながら歩いていると、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきたので振り向いてみる。すると、手を振っている小宮山とそれを見て呆れている大草がいた。確かに、この年で手を振る男がいたら呆れもするな……大草は片手を少しだけあげて、よっと言ってきたので、俺も同じようにして返した。

 

「おっす真中!いやぁ〜昨日は疲れたよなぁ〜」

 

「おっす小宮山。確かに疲れたなぁ。まぁ、今日からは勉強会もねぇしゆっくり出来るぞ」

 

「お?何だ何だ?真中も自信なさげなのか?」

 

「いや、入試問題はマーク式だったし、解答欄も全部埋めれたから、大丈夫だと思うぞ。てか、『も』って何だよ」

 

 大草が誰の事を言っているかなんて分かってはいるが、一応聞いておかないとな。というか、大草が何かを我慢しながら俺の横に来たんだが、どうしたんだ?

 

「え…解答欄って一個余るんじゃねぇの?」

 

「……は?…」

 

 ま、まさか、原作と同じミスをするとは思っていなかった…。原作では東城の素顔を見たから呆けてしまったのだと思っていたんだけど、こいつの場合…素の状態で『コレ』だったんだな。

 

「アハハハッ。な?こいつすげぇよな。絶対に分かるミスなのに、試験中気付かずに5教科全部そうしたんだってよ。ここ来るまで、笑うの我慢してたんだけど、やっぱ無理だわ!アハハハハハッ」

 

 大草が、左腕を俺の方に置いて右手で自分の顔を押さえて笑い声を上げて笑い続ける。大草、確かに目の前のタコ顔は絶対にありえないミスをしたかもしれないが、いくらなんでもそんなに笑うのは………ククッ…。

 

「お、大草、そんなに笑うなって。ククッほ、ほら、小宮山が怒るって。ククッ…」

 

 だ、駄目だ。大草が笑うせいだろうが、小宮山の顔が赤くなって本物のタコみたいで……ククッ…。

 

「わ、笑うんじゃねぇええええ!!例えミスっていたとしても、解答欄のズレる一つ前までが合っていたら大丈夫だろうがっ!!」

 

「い、いや小宮山。ククッそのズレる前までの答えが全部合ってたらって、お前そこまで頭良くないだろうに。アハハハッ」

 

 大草、いくらなんでも言い過ぎだ。確かにこいつは馬鹿だが、そこまで言ったらこいつだって怒るぞ。現に今も茹でタコになって……いやいや、怒髪天を突くって感じに怒ってるし。……だが、あの顔は…ククッ……。

 

 それから学校へと行くまで時間、小宮山をネタにして笑う俺と大草、俺達に怒る小宮山という図が構成される事になり、他の生徒達から奇異の視線を向けられて後で後悔する事になるのだが、それはまた別の話…。

 



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第十四話

 左手に付けた腕時計を確認してみると9時45分を過ぎている。目の前を通り過ぎていく人、人、人…。その人の波を何ともなしに眺めながら、待ち人を待ち続ける。昨日の帰りに言われた時刻は10時。

 

 そして、待ち合わせ場所は駅前のここ。待ち合わせ時刻よりも30分も早く着いてしまった俺は、人間観察をしながら待つ事にして、15分の時を無為に過ごしていた。

 

 前の世界で誰かが『待つ時間も楽しい』というような事を言っていたが、何が楽しいのか俺には今一つ理解出来ない。

 

 そして、俺の待ち人も「絶対にあたしより先に来ててね!絶対だよ!」としつこく言ってきたが、なぜ男が早くこなければならないのか、甚だ(はなはだ)理解に苦しむ。

 

 おそらく、こんな考えを女に聞かせようものなら、1時間2時間じゃ足りないくらい小言を言われるだろうから、この考えは絶対に口にはしない。

 

 そんな事を考えながらも、目では人の波を眺め続けている。この人の波の中から待ち人は出てくるのだろうか?それとも、違う所から来るのだろうか?そんな事を考えた瞬間、目の前がいきなり暗くなった。というか、目が圧迫された。

 

「だぁ〜れだ♪」

 

「……西野、目が痛ぇから離してくれ」

 

「もぅ〜こういう時は、『この声は…西野か?』とか言うんだよ、淳平君」

 

 目の圧迫がなくなった事で目を開く事が出来るようになり、後ろにいるだろう俺の待ち人である西野に体を向けた。

 

 そういうのは、漫画やアニメ、小説の中だけの話であって、実際はそんな事やってるような奴を俺は見た事がない。

 

「はいはい」

 

「はぁ…淳平君だもんね、仕方ないか。それじゃあ、改めて…おはよう淳平君。今日は楽しいデートにしようね♪」

 

 呆れた表情を一瞬だけ浮かべるが、直ぐに笑みを浮かべてくる西野。良く見ればいつもはしていない化粧を薄くしているのに気付いた。

 

 服も……タイトな黒のセーター、チェックのミニスカート、ロングブーツ、そしてキャメルのコートを上に着て、白いマフラーを巻いている。まぁ、簡単に言うと凄く似合っていて、凄く可愛い。だが、そのまま言うと俺が恥ずかしいので、少しだけボカして言う。

 

「お、おう…それから服、似合ってるぞ」

 

「へへ♪ありがとね♪」

 

 そっぽを向いてそれだけ言うが、西野にはお見通しなのだろう。二ヒヒっというような笑顔で俺を見てきたから何となく分かる。文句の一つも言いたいのだが、あまりにも罰が悪いので何も言えない。

 

 だから、最後の抵抗として西野を無視して歩き出す。西野が慌てて追って来て、眉を下げた笑みでごめんと言って来たので、歩の早さを緩めて並んで歩く事にする。

 

 デートは終始西野に連れまわされる事になった。

 

 服屋では女の下着売り場に連れて行かれそうになったり、アクセサリー店ではペアのが欲しいなぁとさり気無く言われたり、昼食のために入ったパスタ専門店でアーンをされそうになったり、ゲーセンではプリクラを撮って携帯に転送したと思ったら、東城に送ったと言われたり、ボウリングをしようと言ったと思ったら、やっぱりカラオケがしたいと言ってみたり……。

 

 とても疲れたが、とても楽しい一日だったと思う。

 

「うーん!!楽しかったぁ!!ありがとね淳平君」

 

「俺も楽しかったし、そう思ってくれたなら良かったよ」

 

 今は西野を家まで送っている途中で、時間も午後の6時だったりする。季節も冬という事もあり、辺りは真っ暗だ。いつもはこれより幾分か明るい時間帯に送っているので、不思議な感じがする。

 

「あぁ〜あ。なんで楽しい時間って早く終わっちゃうんだろ」

 

「そうだなぁ……」

 

 デートの余韻とも相まって、変な空気が俺達の間を流れる。ちらっと西野を見て見ると、白いマフラーに顔を沈めて風を凌いでいる。

 

「……ねぇ淳平君」

 

 タタッと急に小走りに前に行くと、俺が正面に来るように体を向けてくる西野。俺は歩を止めて西野に話を促した。

 

「どうした?」

 

「お願いって……絶対に一個だけ…かな?」

 

「…そういう約束だった気がするが…仕方ねぇな。特別にもう一個だけ聞いてやる」

 

 気付くと俺はそう口にしていた。俺は自分自身に驚いたが、西野も俺のその言葉には驚いたみたいで、一瞬だけ間が空く。両手を胸の前に持ってきてギュッと組んで俺に一歩近づいた。

 

「冗談っていうのは無しだよ?」

 

「そんな事言わねぇよ」

 

 さらにまた一歩近づく西野。付き合うとかそんなのじゃない限り、聞いてやるさ。

 

「絶対だよ?」

 

「おう」

 

 そして、遂に触れようと思えば触れる事が出来るところまで近づいた。そして、マフラーから顔を出して、俺の顔を下から覗いて来る。

 

「……なら、頭を撫でて」

 

「…は?」

 

「だからぁ、頭を撫でて欲しいって言ったの!」

 

「……それがお願いか?」

 

「そうだよっ!何か悪いっ!?」

 

 暗くて良く見えないが、おそらくは頬に朱を散らせながら、勢いに任せてそう言って来る西野。子どもみたいな西野……かなりレアだな。ま、頭撫でるくらいいいか。そう考えてから、西野の頭に手を置いて髪がぐしゃぐしゃにならないような強さで撫でる。

 

「……」

 

「〜〜♪」

 

 無言で撫で続けていると、笑みを浮かべている西野に気付く。こんなのが嬉しいのか?……女って不思議だな。そして、いつまでも撫で続けるのもなんなので、キリをつけて頭から手を離した。

 

「あれ?もうおしまい?」

 

「何分やってたと思ってんだよ。これくらいなら、いつでもしてやるから……ほら、帰るぞ」

 

「…うん♪」

 

 止まっていた歩を再開させて、まだ歩き出さない西野にそう言うと、西野は晴れやかな笑みを浮かべてタタタッと走ってくると俺の隣に来て再び並んで歩きだした。

 

 西野がしたこのお願いと、俺が不用意に言ったこの言葉が後に波乱を巻き起こす事になるのだが、それは近い未来の話である。

 

 翌日は東城とのデートだったが、昨日の西野とのデートと違って終始落ち着いた雰囲気で過ごす事になったが、ゲーセンへと行きプリクラを撮るのだけは昨日と同じで、携帯に転送したそれを西野に送るという昨日の西野と同じ行動をした東城は楽しそうだったと言っておく。

 

 ちなみに行ったところは、本屋と公園、さっきも行ったがゲーセンで、お昼はなんと東城の手作りだった。原作ではあまり上手じゃないと言っていたが、とても美味しく頂いた。あれは東城の謙遜だったのだと分かった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「あ!あった、あったよ!!」

 

「な……なかった…クソッ!」

 

「良かったよぉ…本当に良かったよぉ……」

 

 そこかしこで、泣いたり笑ったり悔しがったりと忙しくしている中、俺、東城、西野、小宮山、大草の五人は目の前にある掲示板に張られているモノに視線を向けていた。

 

 そう。今日は泉坂高校の合格発表の日なのだ。いきなり何日か飛んだような気がするが……気のせいだな。合格発表のこの日まで特に何もなかったので、気にしなくても良いと…あぁ、一つだけあったな。

 

 西野がデートの最後に言った『頭を撫でて』というお願いのせいで、男子生徒から殺気を浴びる事になった。これは別にどうって事はなかった。西野と仲が良いという事で既に同じようなモノを向けられていたからな。だが……だが、あの笑みだけは堪えた。

 

 それは、休み明けの月曜。昼休みに西野がいつも通り俺達のクラスに来て弁当を食べていた時だった。急に「さっきの時間の数学で、応用問題解けたんだよ。だから、頭撫でて?」と言って来たのは。俺はその時何も考えずに、西野の頭に手を伸ばして撫でてやったんだ。

 

 すると、それまで騒がしかった教室の音が無くなり、男子の殺気はその時に出て、俺が堪えた笑みもその時に出た。

 

「真中君……何…してるの?」

 

 正直、背中に冷たい汗が流れた。東城のあの笑みは……ヤバかった。俺は直ぐに西野の頭から手をどけて、後ろに持って行ったが遅かったらしく、その日一日東城からはその笑みしか向けられなかった。

 

 ……そんな事があったから、俺は今東城に頭が上がらない状態だ。少し前までは西野に頭が上がらなかったが、今度は東城とは……なぜか、原作より複雑になったような気がしないでもなかった。

 

 と、まぁ述べる事はそれくらいだ。掲示板の前にいた奴らがいなくなったようなので、俺達も確認してみようと思う。俺達の番号はそれぞれ154、155、156、157だ。

 

「小宮山が154で、真中が155、東城が156、西野が157だよな?俺が見てきてやるから、待ってろよ〜」

 

 そう言って掲示板の前に行くのは大草。あいつは推薦が決まっているから少しも躊躇いを見せない。

 

「あいつ、自分が推薦で決まってるからって……神様お願いです。俺につかさちゃんと甘い青春を過ごせる権利を…どうか……どうか!」

 

「あ、あはははは……」

 

「小宮山君、本気なんだねやっぱり…」

 

 俺の隣でそんな事を言っている三人。西野、お前俺が東城にあの顔を向けられてる時笑ってたよな?俺は覚えているからな。

 

「154…154…15……5?156、157。……小宮山…」

 

 やっぱり、5教科全部ズラして解答してたら、そうなるよな。ズーンという効果音が鳴ったような錯覚を覚えて横にいる小宮山を見て見ると…………両手両膝を地に付けて、ブツブツと呟いている姿があった。

 

「…あ!小宮山君小宮山君!こっち!」

 

「ほらっ立って!」

 

 と、そこに原作と同様に東城と西野が掲示板の横にあった小さな張り紙を見つけたようで、沈んでいる小宮山の手を取ってそこまで連れていく。

 

 俺と大草は、三人のあとを付いていくのも何なので、その場で待つ事にした。すると、よっしゃああああ!!!という雄叫びが上がり、俺と大草を含むその場にいる全員がその音源に視線を向けた。

 

 そして、そこにいたのは…両拳を天高く上げて涙を滝のように流して嬉しさを表現している小宮山がいた。

 

 やっぱり、こいつ大物だな…。

 



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第十五話

 小宮山が雄叫びを上げるのは別に良い。だが、それは『俺達』に不利益をもたらさなければ、だ。小宮山は雄叫びを上げた後、俺と大草に抱きついてきた。涙と鼻水を垂れ流した顔を近づけてきた時は、大人気なくも殺意を抱いてしまった。

 

 そしてあろう事か、小宮山は東城と西野にも抱きつこうとしたものだから大変だった。何とかそれは西野のローキックで未遂に終わったが…。まぁ、そんな事があって、恥ずかしくなった俺達は小宮山を置いてその場から走って逃げる事になり、今は追いついてきたタコを交えて五人で歩いているところだ。

 

「それにしても良かったよな!全員合格しててよ」

 

「いや、お前補欠合格じゃん……」

 

 小宮山は晴れ晴れとした顔で馬鹿な事を言い出し、大草がそれに対して正しい突っ込みをいれる。俺はこの会話にはノータッチ。というか、東城と西野に抱きつこうとした小宮山に対してムカついているから話さないだけなんだがな。前にいる東城と西野の二人が、苦笑を浮かべて小宮山を見ている。

 

「ん?だから合格したろ?」

 

「はぁ……っんとにお前は馬鹿だな。補欠合格ってのは、合格した奴らの中で他の高校に行きたいって奴がいた場合にだけ合格扱いにするって事だよ」

 

「……つまり、どういう事だ?」

 

 こ、こいつ……大草がもの凄く簡単に説明したのに分かってないのか!?小宮山力也、こいつは近年稀にみる馬鹿だ。西野なんて呆れてるし、東城は……可哀想な人を見る目で小宮山を見ている。

 

「小宮山君は、まだ合格したわけじゃないって事だよ」

 

「つ、つかさちゃん?」

 

「西野さんの言う通りだけど、きっと小宮山君も合格出来るよ。……たぶん」

 

「と、東城……そうだよな!絶対合格してるよな!つかさちゃんびっくりさせないでよ〜」

 

 東城の小さく呟いた一言はどうやら小宮山の耳には聞こえていなかったようだ。タコは、西野に近寄りながら体をくねらせている。はっきり言ってキモい……。

 

 会話に加わらず、頭の中でいろいろ言いながら歩いていると、トントンと肩を軽く叩かれたので、ん?と叩かれた方に顔を向けて見ると、東城が眉を八の字にして笑みを浮かべていた。

 

「どうかしたか東城?」

 

「え、えっとね。真中君あんなに頑張って勉強して合格したのに、少しも嬉しそうにしていない気がして……」

 

「いや、嬉しいは嬉しいんだけどよ。あいつの事を考えると……な」

 

 あ……と俺の言葉に納得してくれたのか、東城は小宮山の方に顔を向ける。本当は、小宮山の行動に振り回されたせいなんだが・・・日本語って便利だよな本当に。けど、東城の顔を曇らせたままにしておくのも、な。

 

「大丈夫だって東城。あいつのこういう時の運って凄いんだぜ?」

 

「……フフ♪なら、きっと大丈夫だね」

 

 『ぜ』って何だよ……。まぁ、東城が笑ってくれているからいいか。困った顔をしている西野に話しかけている小宮山。それを笑いながら見ている大草。そして俺の隣でそれを笑顔で見ている東城。大草とはどうなるか分からないが、原作ではこれからも絡んでいく三人。

 

 そして、北大路さつきとまだ顔も見ていない外村を合わせた五人で高校生活を送る事になるだろう。まぁ、それはあと少し先の事。まずは、『真中淳平』が原作で卒業式にした珍事件を回避出来た事を喜ぶとしよう。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 合格発表から数日後。一ヶ月と少ししか通っていない泉坂中学を卒業する日となった。勿論、寝坊なんてせずに登校し、後輩から『卒業おめでとう』と書かれた花を付けてもらった。

 

「あぁ〜あ、まさか行く高校が決まらないまま卒業する事になるなんてなぁ……」

 

 と、ボヤいているのは小宮山だ。原作では『真中淳平』もボヤいていた気もするが、俺はちゃんと合格したのでそんな事はしない。そんな小宮山の背中を叩きながら慰めている大草の顔には、笑みがある。まぁ、あいつは式が終わった後の事を楽しみにしているだろうって事は何となく分かる。

 

 そして、同じクラスの東城は女友達数人に囲まれながら談笑している。あ、言い忘れていたが、この卒業式までの数日で東城は三つ編みとメガネをしなくなった。理由を聞いてみても、「ま、真中君は前の方が良い?」と訳が分からない事を言い出す始末。

 

 どうやら、西野が何かを言ったらしい事だけは掴んだが、西野にそれを聞こうにも、「女の子同士の秘密だよ♪」とはぐらかすばかり。

 

 俺としては、どちらの東城も好きだから別に良いわけだが、周りにいる男共がいつか暴走してしまうのではないか、と心配しているのも事実。

 

 それと合わさって、東城に告白する奴らがここ数日でワラワラと出てきたのだが、それをごめんなさいと一蹴しているところを見る限り、東城が西野に次いで学校のアイドルとなったのは言うまでもなかった。

 

 そして、そんな学校のアイドル二人と一緒に下校している俺に対する視線が、はっきりと殺意を孕み出したのもこの辺りからだった。

 

 大草が「背中には気をつけろよ」と言って来たが、本当に刺されるんじゃないかと戦々恐々していたのを知る奴は本人の俺だけだ。と、そんなこんなありつつ卒業の日を迎えたわけである。

 

 そこかしこで、友人達と会話をしている奴ら。内容は殆んどの奴らが「高校に行っても……」というお決まりのモノ。俺はそんな輪に加わらずに、廊下から見える桜の蕾に目を向ける。

 

 この世界に来て一ヶ月と少し。いつ元の世界に戻るのか、はたまたこのままずっと『真中淳平』のままなのか。はぁ……と溜め息を一つ溢していると、卒業生の皆さんは体育館に移動してください、というアナウンスが聞こえた。

 

「真中〜行くぞ」

 

「…おう」

 

 大草に声を掛けられて、体育館に足を向けて歩きだす。俺は今日中学を卒業する。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 恙無く(つつがなく)式は終わった。原作みたいに『真中淳平』の母がドーンと登場するでもなく、『真中淳平』つまりは俺が壇上から落ちるでもなく、それはそれはどこにでもある普通の式だった。

 

「くぅ〜!まじでダルかったなぁ〜。てか、校長とPTAの会長の話長過ぎだっつの」

 

「確かに長かったけどよ、式って普通ああいうもんじゃねぇの?」

 

「高校……泉坂高校…高校……」

 

 式が終わって、ゾロゾロと大草と小宮山の二人と話しながら歩いている。まぁ、話しているのは俺と大草の二人だけだが…とそんな時、「大草くん。ちょっと話が……」「いたいた!大草せんぱーい!!」という黄色い声が大草を連れて行ってしまい、話す相手がタコしかいなくなってしまった。

 

「だ、大丈夫だ小宮山。きっと今日の内に連絡あるって」

 

 内心めんどくせぇと思いながら、励ますようにして小宮山の背中を叩く。すると、それまで萎れていた小宮山が急に体を起こした。

 

「……俺、家に帰って電話掛けてくる」

 

「……は??」

 

 何言ってんだこいつ…と思っていると、小宮山はそのまま走って校門を出て行ってしまった。こ、こんな描写原作であったか?というか、放置されたのか俺?……俺も帰るか。東城と西野はきっと女友達と一緒に帰るだろうし。

 

 そう考えて、卒業証書が入った筒を肩でポンポンやっていたら、背中にもの凄い衝撃が走った。いや、背中だけではなくその衝撃は体全体に及び、危うく前に倒れそうになってしまった。

 

 何が…と後ろを振り向いて見ると……。二ヒヒといった笑みを浮かべた西野が背中に抱き付いている姿が目に入った。

 

「…………西野…」

 

「フフフ〜♪驚いた?つかさちゃんロケットだよ♪」

 

 一つも悪い事をしたと思っていないその笑顔。このやるせない怒りを向ける事は……俺には出来ない。矛先の見失った拳をわなわなと開き、なんとか怒りを静めることに成功する。

 

「淳平君を探してたら男子に囲まれそうになってさ〜。それでそれから逃げてたら偶然にも淳平君っぽい男の子が目に入って…思わず、ね♪」

 

「…成る程、よく分かった。だから、まずは俺から離れろ。後ろの奴らからの殺気が凄い事になってる…」

 

 そうなのだ。西野を追いかけていた奴らが俺と西野の5m後ろで殺気を放ちながら、距離を保っている。正直、この距離が怖い。西野が俺から離れた瞬間を狙っているのだと分かる。

 

 だが、西野が離れないとどんどん殺気が増加していくから尚タチが悪い。そして、その中には西野に告白して断られて更には俺が邪魔をしたボクサーのあいつもいたりするから、めんどくさい事この上ない。

 

「なぁ〜真中。お前つかさちゃんとどういう関係な訳?てか、まじ邪魔だから消えてくれね?」

 

「「「そうだよ!!消えろ!」」」

 

 原作でこんな不良的な奴らって出て来たか?……いや、出て来ていない筈だ。これも、俺が『真中淳平』じゃないからなのか?

 

「西野…お前が連れて来たんだから、あいつらを何とかしてくれ」

 

「えぇ〜?こういう時は、『西野、先に行ってろ。俺も後から追う』とか言うべきだと思うんだけどなぁ〜」

 

 こいつは……筒を持っていない方の手で顔を覆ってから溜め息を吐き出す。その間も、奴らの殺気は止まない。

 

「頼むって。今度何か奢るから」

 

「も〜仕方ないなぁ」

 

「おい!何俺らの事無視して話してんだよ!!」

 

 あぁ〜うるさい。俺が西野と話していると奴らがそうだそうだ、と騒ぎ立てる。そんな奴らの前に一歩近寄り、西野は腰に左手を当てて右手の人差し指をビシッと奴らの方に向けた。

 

「君達!他人に迷惑を掛けちゃ駄目だろ!それに、今日は卒業式で偉い人達も来てるんだから、悪い事してたら……分かるよね?」

 

「っく!!で、でも、俺達つかさちゃんが!」

 

 西野の言葉に一瞬詰まる奴らだったが、次の瞬間には自分達の想いを西野に伝えようとする。しかし、それも西野によって途中で止められてしまう。

 

「ストーップ!君達の想いは本当に、本当に、嬉しいんだけど……ごめんなさい。やっぱりその気持ちには応えられない」

 

「…そいつが、いるからなのか?」

 

 西野が頭を下げてきっぱりと奴らの想いを断ると、顔を伏せる奴、顔に手を当てる奴、隣にいる奴の胸を借りる奴と様々いたが、その中でただ一人あの時西野に手を上げようとしたボクサーだけが言葉を発した。

 

「うん。他の人達からしたら何で?って思うかもしれないけど、あたしにとってはとっても大事で、いつも隣にいたい人なんだ」

 

 西野がどんな顔をしてそんな事を言ったのか、後ろにいた俺には分からない。だが奴らには、ボクサーにはその顔が見えている。ボクサーは顔を一瞬だけ歪めたと思ったら、顔を上げて「そんな顔で、そんな事言われたら、引き下がるしかねぇじゃねぇかよ…」と呟いた。

 

 そして、その歪めた顔を引き締めて、他の奴らの方に顔を向けると小さく奴らにしか聞こえないくらいの声で何かを言い、次の瞬間には姿勢を正して俺というか、西野に対して頭を一斉に下げた。

 

「「「三年間、西野つかさが好きでした!!!そして、三年間ありがとうございました!!」」」

 

 小宮山の雄叫びなど可愛いモノとでも言うかのような、野太い声がその場に響き渡った。それは、決して嫌な気にさせるモノではなく、奴らの純粋な想いが籠ったその野太い声は、西野だけでなくきっとまだ校舎の内外にいた人達に綺麗に感じた事だろう。勿論、その一人には俺も含まれる。

 

「真中淳平!つかさちゃんを泣かせたら俺達が許さねぇからな!」

 

「そうだ!もし泣かせたら、絶対にお前を地の果てまで追いかけて、血祭りに上げてやるからそのつもりでいろよ!!」

 

「つかさちゃん…うぅ……」

 

 奴らは、頭を上げると口々に俺に対して言って来たが、そのどれもがいつも受けていた殺意の孕んだモノではない事に、俺は気付いていた。中には泣いている奴もいたが、それも他の奴が励まして、背を向けて去って行く。

 

 最後に、あのボクサーが俺に近寄ってくるとさすがに西野が不安になったのか、俺とボクサーの間にキョロキョロと目を走らせた。

 

「お前だろ?あの時、俺の邪魔をしたの」

 

「…まぁ、嘘を言っても仕方ないし……そうだよ。あの時お前の邪魔をしたのは俺だ」

 

「はぁ……本当にムカつく野郎だ。誤魔化しもしねぇし、俺の目から逸らしもしねぇしな」

 

 ボクサーはそう言うと、ビュッと左拳を俺の顔スレスレで止めた。所謂(いわゆる)寸止めってやつだ。

 

「……俺のジャブが飛んで来ても目を閉じねぇのかよ。はぁ…こりゃ本当に諦めねぇと駄目みたいだな。おい、真中。本当につかさちゃんを泣かせるんじゃねぇぞ。ちらっとでも、そんな事が俺の耳に届いた時は……殺すからな」

 

 いやいや、急にそんなことされてびっくりしただけなんだが…それに内心冷や汗でいっぱいだ。だから、ゴクッと唾液を飲むのだけは許して欲しい。前の世界でも喧嘩沙汰とは無縁の生活を送っていた奴が、現役ボクサーにケンカを売るとか……ただの馬鹿だな。

 

「……じゃあな。つかさちゃん、この間は…その…ごめん。……それじゃ」

 

 ボクサーは背を向けて、最後に西野に背中越しにそう言うと走り去ってしまった。というか、卒業式の珍事件を回避したと思ったら、何か更に濃いイベントが起こった気がするんだが……これは、あれだな。

 

 これからも、原作とは違うイベントが起こるかもしれないということだな。…心の準備だけはさせて欲しいと思う俺は間違っていない筈…。

 

「ふぅ…なんだか、凄い事になっちゃったね」

 

 西野が一仕事終えたような顔で、そんな事を言って来る。はぁ…全く…。

 

「確かに、『凄い事』になったな」

 

 顔に片手を当てて、溜め息を一つ。西野を泣かせたらあいつらが俺を殺しにくるとか……めんどくさ。

 

「まぁまぁ。そんなに溜め息ばかり吐いてたら、幸せが飛んでっちゃうよ?」

 

 指の隙間から西野を見てみると、両手を後ろに回して少し前かがみになって俺を見ているのに気付く。

 

「……」

 

「もぅ、無視すんな〜!」

 

 何となく…何となくだが、原作で『真中淳平』がこいつを好きになった気持ちが、何となく分かったような気がする。まぁ、気がするだけだが、な。

 

「はいはい、悪い悪い。というか、西野。クラスの奴らとはもういいのか?」

 

「ぶぅ〜〜……クラスの子達とはさっきおしゃべりしてきたから大丈夫だよ。だから、今日もお家までよろしく♪」

 

 ピシッと前かがみの状態で、右手で敬礼の真似ごとをして歯を見せて笑う西野。いちいち、可愛い仕草しなくていいってのにこいつは…。

 



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第十六話

 西野を送る事になったわけだが、西野『だけ』を送ると近い未来に大変な事が起こると俺の勘が叫んだため、東城を待つ事にした。

 

 西野は、いいよと言ってくれたが、その後に小さくッチという舌打ちのような音が聞こえたので、いいよと思っていない事が分かる。

 

 原作でもこんなに露骨な態度を取っていただろうか…。まぁ、今更原作どうこう言っていても仕方のないところまで来てしまったような気もけどな。

 

 と、そんな事を考えながら東城を待っていると、男子や女子に囲まれて困った笑顔をしている東城が校門にいる俺と西野に気付いたようで、周りにいた男子と女子に何かを言ってこっちに走って来…!!

 

 ふぅ……東城がドジっ子だということを忘れていた。転びそうになりながら、東城が小走りで駆けて来る。

 

「はぁ…はぁ…二人とも待っていてくれたの?」

 

 こんなちょっとの距離を走っただけで息を切らすとは…東城、もう少し運動した方がいいかもしれないぞ?

 

「うん、そうだよ。というか、東城さんモテモテだね〜♪」

 

「そ、そんなんじゃないよ!私がメガネ取ったからみんな珍しがってるだけだよ。それに、西野さんの人気には勝てないよ。さっきもなんか凄い声が聞こえたし…」

 

「う〜ん…確かにあれは凄かったかな?って、そんな事はいいの!東城さん一緒に帰れるの?」

 

 西野のその言葉に、残念そうな顔をする東城。言葉にしなくてもその顔で分かる。一緒に帰る事が出来ないということだろう。おそらく、後ろの男子達女子達とどこかに行く事になったんだと思う。

 

「ごめんね。これから皆でご飯を食べに行く事になったの。二人とも、本当にごめんね。待ってくれていたのに…」

 

「気にするなよ東城。俺達は一緒の高校に行くんだし、これからもたくさん話は出来る。だけど、あいつらとは今日で最後になるかもしれないんだし、行って来いよ。てか、西野もクラスでそういう話が出たんじゃないのか?」

 

「誘われたけど、あたしは行かないよ。淳平君は?」

 

 西野の質問に首を横に振るだけで応える。クラスで何かをやるなんて事は聞いていないし、大草は女子に連れて行かれ、小宮山は家に即帰ったからな。

 

「なら、いいじゃん。淳平君はあたしと一緒に帰るの♪」

 

 そう言って、俺の左腕に自分の腕を絡めてくる西野。こいつ、段々と原作のさつきに性格が似て来てないか?というか、目の前の東城が怖いから離れてくれ…。

 

「……」

 

 東城は無言で俺と西野の腕が絡んでいるところを凝視してくる。それを俺は頬をヒクつかせながら見ていることしか出来なかった。

 

「東城さーん!まだ〜?」

 

「綾ちゃ〜ん!早く行こうよ〜!」

 

 と、そこに後ろの奴らから東城に声が掛かる。前のが女子のモノで、後のが男子のモノだ。

 

「と、東城。呼ばれてるみたいだぞ?」

 

「……そうみたいだね。それじゃあ、真中君、西野さん。私行くから」

 

 そう言って、『笑み』を浮かべて東城は俺と西野に背を向けて、後ろの集団の中へと入って行った。

 

「じゃ〜ね〜。よし、それじゃあたし達も帰ろっか♪」

 

「……そうだな…」

 

 西野も東城のあの『笑み』を見ただろうに……西野も東城も、性格が変わり過ぎだろ…。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 それから俺は真っすぐ家に帰る気がない西野に連れ回され、結局いつもと同じ時間になるまで外で遊ぶ羽目になった。それを嫌とは感じないんだが、西野に振り回されるので疲れるのだ。

 

 遊びまわって気が済んだのか、ついさっきやっとの事で西野を家まで送り届ける事に成功し、俺も自分の家へと帰るために重い足取りで歩いていた。

 

「…結局いつもと同じ時間、か。それに……」

 

 と、顔を上げてみる。6時を回っているのに、空はオレンジ色のまま。三月になったせいか、日が長くなってきたようだ…。

 

 と、そんなどうでもいい事を考えていると、信号機のあるところまで来ているのに気付いた。そして、その信号機というと青から赤になったばかりのようで、止まっていた車が走り出すのが横目に入った。

 

 はぁ…ついてない。この信号機は赤から青に変わる時間が長く、近所では有名なムカつく信号機だったりする。だが、そんな信号機の下で待ちぼうけを喰らったのは俺だけではなかったらしい。

 

「…東城……」

 

「真中君…」

 

 向こう側で俺と同じように赤信号によって足止めを余儀なくされていたのは、東城綾その人だった。

 

 たくさんの車が俺と東城の間を通り過ぎていく中で、俺は東城を、東城は俺を見ていた。

 

 そして、やっと信号が青に変わり足を動かそうとすると、東城が小走りでこっちに向かって駆けてくるのに気付く。

 

 こんな時、漫画やアニメではお約束としてドジっ娘属性を持つ女の子が転びそうになるが……。

 

 と、そこまで考えた時には既に俺の足は動きだしており、予想通り横断歩道の真ん中辺りで転びそうになる東城を助ける事になった。

 

「わ、とと…あ、ありがとう、真中君」

 

「……いいけど、今度からは気を付けろよ」

 

「うん。ごめんね」

 

 東城が眉を下げて謝って来る。いや、怒ってるわけじゃないんだが……それより、まずはここから離れる事が先だな。

 

 横断歩道の真ん中で抱きあっている男女…どう考えても恥ずかしい事限りない。

 

 東城の謝罪に「いいよ」とだけ返して、東城の片手を掴んで東城が来た方に向かって歩を進める。手を掴んだ後ろで、東城が「ま、真中君?」と疑問と緊張を孕んだ声で俺の名を呼んでくるが、今はそれを無視してここから離れることだけを考える。

 

 少し行ったところに公園があったような気がするので、そこに向かう事にして早歩きになりながら歩を進めた。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「ごめんな。勝手にここまで連れて来て」

 

「ううん!大丈夫だから気にしないで」

 

 そう言って、両手でホットレモンを飲む東城。俺達は、公園のベンチに座りながら入口近くにあった自動販売機でそれぞれ買った缶コーヒーとホットレモンを片手に話している。

 

「打ち上げは楽しかったか?」

 

「うちあげ??もしかしてご飯の事かな?」

 

 東城のそれに、首を縦に振って応える。やっぱり、缶コーヒーはブラックだな。手に持つ缶コーヒーを口に運んで傾ける。

 

「えっと、楽しかったよ?今まで話した事のない人達と話せたし、ご飯も美味しかったから」

 

 缶コーヒーを口から離し東城に顔を向けてみるが、言葉とは裏腹に微妙な顔を東城は浮かべていた。だが、それを追求しても東城が困るだけだと思うので、話を変える事にする。

 

「ふ〜ん……なら、俺も今度そこに行ってみるかな?東城、その時は案内頼むな」

 

「…う、うん!その時は任せて!ちゃんと案内するから」

 

 東城の顔から微妙なソレは消えて、頬に朱を散らせて少しだけ興奮している東城になった。東城の顔にいつもの笑みを戻らせる事に成功したのを喜ぶのと同時に、その店に行く時は西野も付いて来るんだろうな、と確信に近い何かを感じた。

 

「あぁ、頼む」

 

「うん♪」

 

 笑みを浮かべて、両手で持つホットレモンの缶に口を付けて、ちびちび飲んで行く東城。それを横目に俺も片手に持つ缶コーヒーを口に運びグイッと流し込む。

 

 それから、俺と東城は他愛のない話を続けた。勉強会の事、デートの事、受験の事、東城の書いているノートの事、と本当にいろいろだ。

 

 中には、この一ヶ月の間の事ではないモノもあったが、その時には聞き役に徹して難を逃れた。そして、今日西野と帰った事の話になると、東城が東城『さん』になってしまったとだけ言っておく。

 

「西野さんばっかりズルいよ。私だって、真中君と帰りたかったのに…」

 

 東城さん。そういう事は、俺がいない時に話すのが常識です。とは、さすがにツッコめない。

 

「真中君。今度本屋さんに行こうね。絶対だよ!」

 

「お、おぅ…」

 

 こういう時の東城には逆らっては駄目だとここ何日かで悟った俺だった。

 

「フフ♪」

 

「何でそこで笑うんだよ?」

 

「えっと、こんな風に私が誰かに強く何かを言うなんて、ちょっと前までなら考えられなかったなって思って」

 

 そう言って、東城はさっきまでの怖い笑みではなく、いつものような自然で優しい笑みを浮かべてクスクスと笑う。そして、ベンチから立つと俺の目の前に立つ。

 

「これも全部真中君のおかげなんだよ?地味でクラスの皆からも声を掛けられなかった私に声を掛けてくれて、お家まで送ってくれて、勉強会にも誘ってくれて…本当に、真中君には感謝の気持ちでいっぱい」

 

 両手で持つホットレモンの缶を片手に持ちかえて、『いっぱい』のところで両腕を大きく広げる東城。そして、頬に朱を散らせた笑みを俺に向けてくる。

 

「だから……ありがとう、真中君」

 

「…どういたしまして」

 

 俺はそう返すのがやっとだった。何で、今日一日でこんなに可愛い笑顔を二度も見なくちゃならないんだ。本当に、誰かに背中刺されるんじゃないか??

 

「そ、それから……これからもよろしくお願いします」

 

「よろしく…な」

 

 頬を人差し指で掻きながらそっぽを向いて応える。すると、クスクスという笑い声が前から聞こえ、顔を前に戻すと東城が片手を口に当てて笑っていた。

 

 それを見て俺も声を上げてハハハと笑う事にした。そして一頻り笑い終えた後、東城が「あ!」と声を上げて俺に近寄って来た。

 

「どうした?」

 

「第2ボタン…西野さんにあげなかったんだ……」

 

「あげなかったって言うか、何も言われなかったからな」

 

 そう言えば、原作では西野が『真中淳平』の第2ボタンを歯で噛み千切るというイベントがあったが、この世界の西野は特に欲しいとは言わなかった。

 

 けど、思いだしてみれば西野の奴、俺の制服をチラチラ見ていたような……もしかして、ボタンが欲しかったのか?

 

「……真中君。真中君の第2ボタンを私にください!」

 

「お、おぅ……別にいいけど…」

 

 そう言うと、東城は本当に嬉しそうな顔をして俺の制服に手を掛けた。…手を掛けた?

 

「ううん…固くて取れない……」

 

 いやいや、俺が取るから離れろって。ごそごそと俺の制服に手を掛けて、ボタンを外そうとしている東城の顔は真剣そのもの。

 

「と、東城。俺が取るからさ、だから…」

 

「恥ずかしいけど……えいっ」

 

 東城は、俺の言葉が聞こえなかったのか頬に朱を散らせたまま、顔をボタンに近づけると、ボタンに食い付いた。はむはむと口を動かしながら、俺のボタンを外そうとする東城。

 

 原作の西野は直ぐにボタンを噛み千切る事に成功したが、東城は「あれ?」や「むむ〜!!」と言って、まだ噛み千切る事が出来ない。

 

「……東城、取るなら早く取ってくれ。頼むから…」

 

「ふぉんなふぉといふぁれへも〜」

 

 ……お願いだ神様、この苦行を今すぐ終わらせてくれ。頼む…。

 

 それから数分後、やっとボタンを噛み千切る事に成功した東城は幸せ〜といった表情で、そのボタンを大事そうに頬に当てている。

 

 そして俺はというと、精魂付き果てたといった感じでベンチにぐったりと座り、制服に目をやると東城が頑張って噛み千切った部分に染みが出来ているのに気付く。これは、東城の……何を考えているんだ俺は…はぁ…。

 

 そして、俺は東城を家まで送る事を伝え、東城が大丈夫だよ、と遠慮する前にベンチを立ち、東城の家の方向に足を進めた。

 

 後ろから、タタタと小走りで近づいて来る東城に顔を向けず、日が落ちそうになっている空を見上げる。来月から高校生、か…。はてさて、何が起こるか今から楽しみであり、不安だな。

 



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第十七話

 泉坂中学の卒業式から約二週間。今日は念願の泉坂高校の入学の日。

 

「うわぁ!!二人ともやっぱりサイコー!!セーラー服なんてダセーって思ったけど、二人が着るとマジ可愛いもん♪」

 

「あはは…あ、ありがとね……」

 

「あ、ありがと…」

 

 後ろの方でそんな会話がされているが、それらを完全無視して俺は歩を進める。というか、小宮山の奴がなぜここにいるかだが……。驚くなかれ。あのエロ蛸、卒業式後に俺に向けて呟いたのかどうか分からない言葉を有言実行しやがったのだ。

 

 何をしたのかというと、泉坂高校の職員室もしくは事務室に電話を掛け、あろう事か自分を入学させてくれと頼み込んだらしい。勿論、高校側はそんな事は認めらないと断ったそうだ。まぁ、普通の奴ならそこで引くだろう。というか、普通の奴は電話を掛けるなんて事をまずしないと思う。だが……小宮山力也という奴は、普通じゃなかった。

 

 断った高校側の人相手に、泣きながら何度も何度も頼み込み、高校側の人が電話を切っても直ぐに掛け直し、遂には泉坂高校の職員室へと出向き、そこで土下座までしたらしい。全て後ろにいる小宮山から電話で聞いた事なので事実だと思う。そして、その小宮山の姿勢に呆れたのか、感心したのか、はたまた面倒になったからなのかは分からないが、小宮山は見事泉坂高校への入学を勝ち取ったのだ。

 

 この話を聞いた瞬間、俺は自分の時が止まったような錯覚を覚えてしまった。後で聞いた話だが、大草にも同じような電話があったらしく、俺と全く同じようになったと言っていた。小宮山力也……漫画を読んでいた時も感じていたことだが、俺は改めてこいつが『変人』なんだと再認識する事になった。

 

「そういえば大草君はどうしたのかしら?」

 

「確かにいないね。ねぇ淳平君。大草君はどうしたの?」

 

「ん?あぁ、あいつはもうサッカー部の朝練があるらしくて、先に学校行ってるってさ」

 

「大草ももったいないよなぁ〜。二人のこ〜〜んな可愛い制服姿見れないなんて!」

 

 いやいや、高校にいけばいつでも見れるだろ。小宮山にそう心の中でツッコミを入れて、はぁ…と溜め息を一つ出して泉坂高校までの道を歩いて行く。道中、何度か東城と西野に話を振られて話しに加わったが、終始小宮山が頑張って二人に話しかけるという図が構成されたのだった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

『新入生の皆さんは体育館に入場する前に、自分のクラスを確認してください。繰り返します。新入生の皆さんは……』

 

 そんな放送が流れているが、殆んどの奴らが校門前で配られたクラス表なるA4の紙に目を落としているので、この放送に意味があるのか俺には疑問だったりする。まぁ、そんな事は些細な事なので流す事にしよう。

 

「お、あったあった!俺3組だ」

 

「あたしは……5組」

(ほ…小宮山君とは違うんだ…)

 

「私は…あ、私も5組」

(小宮山君とは違うクラス…良かったぁ…)

 

「えっ本当!やったぁ!これから一年間よろしくね東城さん♪」

 

 西野のそれに、「うん。よろしくね」と柔らかい笑みを浮かべて返す東城。そんな二人を他所に、小宮山が「なんで俺は一緒じゃないんだぁ!」と項垂れていた。俺はそんな小宮山を横目で見つつ、自分がどこのクラスかを確めるべくクラス表に目を落とす。

 

 1組から5組まで目を通したが、そこには自分の名前はない。という事は、東城と西野の二人とは違うクラスという事。原作だと『真中淳平』は東城とは同じクラスだった気がするが……西野が泉坂にいる時点ですでに原作知識なんてアテにならないのかもしれないな。

 

 そんな事を考えながらクラス表を斜め読みしていると最後のクラスに自分の名前を見つけた。

 

「8組、か」

 

 原作では『真中淳平』と東城、そしてさつきと外村がいたクラスだが、俺以外にこのクラスなのは……。

 

「えぇ!?淳平君、あたし達と一緒のクラスじゃないの!!」

 

「真中君…一緒じゃないんだ……」

 

 他に誰が一緒になるのかを見ていた俺の耳に、西野のそんな大声と東城の控え目な声が届いたために、俺はクラス表に落としていた目を二人に向けた。

 

「まぁ、これもしょうがないだろ。東城と西野以外みんなキレイにバラバラだし」

 

 と、俺がそこまで言ったところで、さっきまでとは違う放送が流れた。ちなみに大草は1組だ。

 

『それから次の2名は入学式の前に一度、事務室前に集合してください。北大路さつき。小宮山力也。以上2名は一度、事務室前に集合してください』

 

「げ……」

 

 放送を聞いた小宮山はカエルが潰れたような声を出すと、「何の用だよ!!」と今の放送に悪態を吐きながら、事務室に向かって走って行った。俺と東城、西野の三人はそんな小宮山の背中を見送った後、「…とりあえず、体育館に行くか」「「うん」」といった会話をしてから体育館に向かう事にした。

 

 ちなみに体育館に向かう道中で、西野が俺と違うクラスだということにブゥたれて、それを何とか東城と二人で慰める事になって大変だったと言っておく。更に付け加えておくと、東城も若干だがブゥたれていたのか、最初の方は西野と一緒になって俺を困らせていたというのも言っておく。性格ってこんなにも変わるものなのだろうか。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

さつきside

 

 あぁもう!!ムカつくムカつくムカつく〜〜〜!!!何なのよッあのタコ男!!人の胸ばっか見てきやがってッ〜〜〜!!事務のババァがいなかったら絶対ぶん殴ってたわね。

 

 入学式が終わって、あたしは自分のクラスに向かって廊下を歩いている。てか、マジであいつキモかったぁ……。あいつも補欠合格って事だけど、あの顔だもん。絶対あたしより頭悪いと思う。ま、まぁ、あの男とは同じクラスじゃないみたいだし、それだけでも良しとしておこっと。

 

 そ・れ・に〜階段から一番近いクラスだったんだもんね♪これでちょっと寝坊して来ても大丈夫。そんな事を考えながら、早速教室の中に入って自分の席を探したら……。やっり〜♪一番後ろの席だ。あたしってばやっぱりついてる〜♪

 

 一人でそんな風に浮かれていたら、そこかしこで話し声がするのに気付いた。話し声のする方に顔を向けてみると、もう友達になったのか隣同士で話をしている子達や、グループを作っている子達がいた。たぶん中学の時からの友達なんだろうねぇ。

 

 椅子にもたれかかって、頭の後ろに手をやりながらそんな事を考えていると、いつか聞いた事がある声が横から聞こえた。そしてそれは、あたしに向かっての言葉だった。

 

「何やってんだお前?」

 

「……あんた…」

 

「もしかして覚えてないか?まぁ、一ヶ月も前の事だし仕方ないよな」

 

 忘れるわけないじゃない。あんたみたいな変な奴、後にも先にもあんただけよ。そう言いたいのに、あたしの口は思うように動いてくれないし、体も金縛りにあったみたいに動かない。そんなあたしを無視して、そいつはあたしの後ろを通ってあたしの左隣の席に鞄を置いて、椅子に座った。

 

「まぁ、でも俺の勘は間違ってなかったな。こうしてお前とまた会えたし」

 

 勘……そう。あんたは確かそう言ってた。でも、本当にこんな…こんな事って……顔が、体が、あの時みたいに熱くなっていくのを感じる。『可愛い』と言われた時にも感じた熱さが。

 

「あの時は名前、教えてなかったよな?俺は『真中淳平』。名字でも下の名前でもお前の好きなように呼んでくれ。これから三年間よろしくな、『ポニテ』」

 

「ッッッ!!ポ、ポニテって言うなって言ってるでしょ!!あたしの名前は北大路さつき!今度ポニテって言ったらぶん殴るわよッ!!!」

 

 気付いたら椅子から立ち上がって、あたしは目の前の男に向かって指を突き付けていた。そして、目の前の……『真中淳平』はそんなあたしに苦笑を浮かべて「分かったよ、『さつき』」と言ってきた。

 

「わ、分かればいいのよ!」

 

 やっぱりこいつ……変な奴だ。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「それでは、高校生活最初の出席を取る。安部、伊藤、小野寺……」

 

 黒川先生が出席を取っていく声を聞き流しながら、右側からの視線に耐えているわけだが……。北大路さつき。原作では、『真中淳平』を巡る恋戦に真っ先に乗った女。そして、男女の友情がきちんと存在することを証明してみせた女でもある。そして俺が二番目に好きなキャラだった女。

 

「北大路」

 

「はい」

 

 と、黒川先生の出席を取る声に返事をするさつきだが、顔は俺に向けたままだ。

 

「佐藤、鈴木……」

 

 そんな女が、今俺を睨んでいる。いや、睨んでいるという言葉は正しくないな。『見られている』という言葉が今の状態には相応しいのかもしれない。さつきとの再会は想像したモノと大差ないモノになったわけだが、例外が一つだけある。それが、今も尚俺に浴びせられているこの視線だ。

 

「藤崎、藤田、真中」

 

「はい」

 

 黒川先生の出席を取る声に遅れずに答え、さつきからのあまりにもしつこい視線にとうとう俺は屈してしまった。

 

「……何か用か?」

 

 出席を取り終わった黒川先生がこれから高校生活を送る事になる俺達に向けて注意する事や、行事の事など話しているのを邪魔しないように小声でさつきに話しかける。

 

「べ、別に用なんてないわよ……」

 

 俺に話しかけられるとは思っていなかったのか、さつきはそれまで俺に向けていた視線を切り、小声でそう返してきた。……用がないのに俺は見られていたのか?…謎だ。

 

 黒川先生の話に意識を向けると、委員会や部活の話になっていた。やはり、映画関係の部活はないようだ。原作の真中もこうしてちゃんと話を聞いていれば、早い段階で気付くことが出来たのにな。まぁ、俺には関係ないか。俺は映画にそこまで興味はないし、部活もどこか普通の所に入ろうと思う。

 

「よし!今日はこれで終わりだ。明日からは授業も始まるので、時間割をきちんと見てくるように。それでは解散!!」

 

 起立して、礼。日直も、委員長も決めていないというのに、自然と俺達はその動作をしていた。これが所謂(いわゆる)カリスマというものなのだろう。僅か十数分で男子の過半数を虜にした黒川先生は教壇から降りると、流し眼を俺達男子に向けてすると颯爽と教室から出て行った。

 

 黒川先生が出て行ってたっぷり数十秒後に生徒達は動きだした。男子は言わずもがな、既に黒川先生の色香に惑わされているし、女子も女子であの色香はどうやったら出せるのだろう、といった話で盛り上がっている。

 

 それを尻目に、俺は帰る支度をすると静かに席を立って鞄を持ち、教室から出るためにドアに向かった。正直に言おう……黒川先生の流し眼は、クラッと来てしまうくらい色っぽかった。だが、そんな想いも束の間、隣からの視線と突然頭の中に出てきた西野と東城のあの『笑み』によって現実へと戻される事になり、俺は早々と教室から出なくてはならなくなったのだ。

 

 あのまま教室に居続けたら、話した事もない男子連中の輪に加わる事になっていたと思う。いや、絶対そうなっていただろう。廊下を進みながら、そんな事を考える。すると、後ろの方からタタタッという駆ける足音が聞こえたので、誰だ?という軽い気持ちで振り返ってみると……北大路さつきが俺の後ろで仁王立ちしている姿が目に入って来た。

 

「……何か用か?」

 

 この質問も二回目だな。立ち止まって首だけをさつきの方に向けたまま、さつきの答えを待つ。

 

「変!!」

 

 ……は?

 

「あー……何だって?」

 

「変よ!あんたって絶対に変!なんで?どうして?普通の男ならあんな流し眼されたら一発でバカになる筈でしょ!なのに、あんたはバカにならないし、もう帰ろうとしてるし、何なのよあんたは!!」

 

 まだ多くの生徒が教室や廊下に残っているだろうに……俺から言わせると、お前の方が変だっての。何でこんなところでそんな大声を出す?ほら、後ろの方の教室のドアを開けて何人もの奴らがこっちを見てるぞ?

 

「…さつき、まずは声のボリュームを下げろって。じゃないと、めんどくさい事になると思うんだ」

 

 まだ入学してまもないのに、こんなアホな事で他の奴らに顔を覚えて貰いたくはない。それに、さつきだけがそうなるならいいが、さつきが話しかけているのは、どう見ても俺だ。だから、頼むさつき。その暴走中の頭を冷やしてくれ。

 

「それだけじゃないわ!何なのよあんた!あたしの事ポニテとか言って来るし……それにこの前なんか、か、かか、可愛いとか言って来るし……でも、さっきのホームルームじゃそんな事がなかったような顔でいるし……何なのよあんたは!!!」

 

 途中声を小さくしたが、最後は元の大声に戻して言い切るさつき。はぁ……これは完全に俺のミスだな。もうお決まりとなりつつある片手を顔に当てるポーズで反省していると、「こらぁ!!そこの二人!廊下で何をうるさくしている!」と数分前に聞いた事のある声が聞こえた。

 

 それは案の定、俺達の担任である黒川先生その人だった。

 

「全く……入学早々、こんなバカ騒ぎをしたのはお前達が初めてだぞ?それに、私のクラスみたいだしな。よし、お前達には美化委員としてこれからこの一年の廊下をワックス掛けしてもらおうか?心を綺麗にするという意味でも、お前達は美化委員決定だ」

 

 ……まさか、原作通りに美化委員になるとは…。それも、この廊下を今からワックス掛け?しかも、俺達二人で?……東城と西野には悪いが、先に帰ってもらうしかないな。

 

 黒川先生登場で俺の隣に来ていたさつきに目をやってみると、あきらかに『不満』『不機嫌』といった顔をしていた。いや、こうなったのはお前のせいなんだが……そこのところを間違ってもらっては俺が困る。

 

 それから、俺とさつきは一年の生徒がほとんどいなくなったのを確かめてから、ワックス掛けをすることになった。途中、東城と西野がやってきて「うわぁ、災難だったね淳平君」「私、手伝うよ?」とそれぞれ声を掛けて来てくれたのだが、後ろにいるさつきの物言わぬ視線が背中に突き刺さった事もあり「大丈夫だ。今日は二人で先に帰ってくれ」と言って、二人を先に帰らせることにした。

 

 それでも何度も俺を待つと言ってくれる二人をどうにか…どうにか、言いくるめて帰らせる事に成功した俺だが、その代わりに多大なる労力を使う事になったのは言うまでもない。

 

 モップなど掃除用具が入っているロッカーからモップをさつきの分も含めて二本取り出し、ワックスの入ったバケツを取りに行ったさつきを待っていると、ブスッとした顔を浮かべて階段を上って来るのが見えた。

 

「あーやだやだ!男って本当ああいう女に弱いんだよねー」

 

 こいつ……俺と二人の会話を隠れて聞いてたんだな。だがまぁ、それを隠そうとしないで、正直でもないがこんな風に言って来るのがさつきらしいと言えば、さつきらしい…か。

 

 と、そんな事を考えていると俺に何の合図もなく、さつきは手に持っているバケツに入ったワックスを前方に向けてぶちまけた。…一声くらい掛けろよ。

 

「もう生徒も少なくなったし、パパッとワックス掛けるわよ!廊下の右半分あんたね。それじゃ、よーい…ドン!!」

 

 俺の左手にあったモップを分捕り、自分の担当はこっちと言わんばかりに廊下の左の方『だけ』をモップ掛けしながら走りだすさつき。

 

 それに苦笑と溜め息を吐き出して、さつきを追うために俺もモップを両手に走り出した。

 

「あ、ちなみに負けた方は勝った方にジュース一本奢りね!!」

 

「ったく、分かったよ。でも、ズルはなしだからな」

 

 さつきの横を走りながら、それだけを告げてワックスを掛けていく。さつきは、フンッと鼻を鳴らしはしたが、その顔に笑みが浮かんだのを一瞬だけだが見る事が出来た。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「やったぁ!!あたしの勝っち〜。へっへ〜だ♪」

 

「いやいや、お前のは塗り方が雑過ぎるんだよ。まぁ、仕方ない。ジュースくらい奢ってやるよ」

 

 廊下の端から端までのワックス掛けは思ったより時間をかけずに終わらせることが出来た。まぁ、しっかりと丁寧にやっていたらこの倍の時間は絶対に掛っていた筈だが……。

 

 あらかじめ置いておいた水の入ったバケツに、ワックス掛けに使ったモップを入れて体を伸ばしていると、それまで自分が勝った事に嬉しがっていたさつきが「そういえば…」と思いだしたように口を開いた。

 

「あたし達、教室に荷物置いて来たわよね?」

 

「……あぁ。そう言えばそうだな」

 

 そうして、自分達の今いる場所を確認したさつきが、「ここ一組で……あたし達八組よね?」と聞いてきたので、それに首を縦に振って応える。そして、原作の真中のように仕方ない、と言って俺は廊下を歩きだす。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「良いからお前はそこで待ってろよ。荷物はお前の分も俺が取って来るから」

 

「な、何よ、それ!!あたしも行くわよ。あんたに借りなんてつくりたくないし!」

 

 さつきはそう言うと、ワックスの掛った廊下に足を一歩踏み出した瞬間、ツルッと滑って盛大に尻餅をついてしまった。

 

「いったぁ〜い!!何なのよもう!」

 

 そう言って自分のお尻を摩るさつきだが、如何せん俺とさつきの立っている場所が問題だった。何が問題なのか。それは……。

 

「あぁ……さつき、一応言っておくがこれは不可抗力だからな。それだけは分かってほしい」

 

 俺のその言葉の意味が分からないのか、さつきは頭をコテっと傾げてくる。それに、溜め息一つ出してさつきに背を向けてから口を開く。

 

「……パンツ。見えてるぞ」

 

「…ッッッ!!」

 

 俺の言葉で自分の今の姿が分かったのか、前に放りだすようにしていた足をババっと引っ込めて、真っ赤になった顔で俺を睨んできているだろうさつきを背中越しにではあるが感じた。

 

「あ、ああ、あんた……「まぁ、不可抗力でも見てしまったのは本当の事だし、その怒りは荷物を取って来てからって事で頼む。今大声出されたら、今度は何をさせられるか分からないからな」……わかったわよ」

 

 さつきが無言で頷いたのを首だけ振り向いて確認し、俺は二人分の荷物を取りに廊下を進む。途中、何度も転んでしまったのはカッコ悪いが事実であり、その度に後ろの方からケラケラという笑い声が聞こえて、俺の方が恥ずかしい想いをする事になった。これで痛み分けとなってくれればいいが…無理だろうな。はぁ…。

 

 ちなみに、さつきのパンツの色はピンクという可愛らしいものだった。意外と可愛いモノ好き?なのかもしれないな。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして現在、俺はさつきと肩を並べて下校しているところで、さっきから横でケラケラと笑われている最中でもある。

 

「あははは!…け、けど、ぷぷ……ほ、本当に派手に転んだよねーあんた。計21回って…ぷぷ、あははは!お、おかし過ぎるッ」

 

「…言い加減笑うの止めろよな。体中からワックスの匂いがして、さっきから気持ち悪いんだってのこっちは」

 

 俺のその言葉に「ごめんごめん」と言って顔の前にジュースを持ったまま手を合わせて笑っているさつき。こいつ……と、片手を顔にあてて溜め息をまた一つ。

 

「あ〜こんなに笑ったの久々〜!!だから、さっきあたしのパンツ見たの許してあげるよ」

 

 そう言ってニカッと西野に負けないそんな笑みを、俺の前に回ってしてくるさつき。それを見られただけで、恥ずかしい想いをしたのも悪くはなかったなと思えてくるから不思議だ。

 

「それから……」

 

 右手を俺に向かって差し出してくるさつき。俺はその手を見てからさつきの顔を見る。そこには、頬に朱を散らせながらも笑みを浮かべているさつきの顔がある。

 

「さっきは言えなかったけど、これから三年間よろしくね!」

 

「…あぁ、よろしくな」

 

 俺の右手とさつきの右手が合わさる。この年になってする握手は照れ臭いのもあったが、それ以上に・・・・これからの高校生活が面白くなるという期待でいっぱいになった。

 



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第十八話

 さつきと再会したあの日からかれこれ一週間。その間で特別な何かが起こるでもなく、俺は平和に高校生活を満喫……出来ていなかった。

 

「また5組に先輩達来てるらしいよ〜」

 

「西野さんと東城さん可愛いもんねぇ〜」

 

「ねぇ〜それにくらべて我ら8組の美少女といったら……」

 

 数人の女子達が俺の隣にいる件の『美少女』に顔を向けている。俺もそれにならって横目で見てみると、ふぁ〜……と大きく口を開けて欠伸を一発。それを見た女子達は、はぁ…と一斉に溜め息を吐き出し、俺も苦笑を浮かべる。

 

 さつきが俺の苦笑に気付き、「何?」と聞いて来るがそれに「何でもねぇよ」と返し、次の授業の準備に取り掛かる。

 

 この一週間というもの、先輩達や他のクラスの奴らが一目だけでも件の三人の美少女を見に一年の階に来ていた。

 

 8組にいる美少女と言えば俺の隣にいるさつきなのだが、如何せんこいつの場合『美少女』の頭に『残念』が付く。だからなのか分からないが、早い段階でさつきに見切りを付けた奴らは、5組にいる西野と東城の二人を見に行っているという訳だ。

 

 その西野と東城の二人はというと…。

 

『中学の時と同じだし、気にしてても仕方ないかな〜って』

 

『西野さんが一緒のクラスで本当に良かったよ。じゃなきゃ、学校に行けなくなってたかも……』

 

 中学の頃からそんな視線に慣れていたからか西野は笑っていたが、東城は男子からのそういった視線に曝されるのにまだ慣れていないため、泣きそうになっていた。

 

 性格的にもカラッとしている西野と違って、溜めこんでしまう東城には辛いと思う。

 

 何度か二人を見に行っているクラスの男子が言うには、「西野さんはリアルにアイドルっぽくて良い!東城さんは、大和撫子っぽくてそれがまた良い!」という事らしい。

 

 この男子は別に小宮山病を発症していないらしいが、本当かどうか俺には分からん。

 

 そんな俺だが、クラスの一部の男子から嫉妬や憎悪といった中学の時と同じような視線を貰い、一部の女子からは疑問と興味といった視線を貰っている。

 

 一部というのは、どのクラスにも必ずいるイケている男子グループと綺麗系の女子グループの事だ。

 

 ここで冒頭にあった、俺が平和に高校生活を満喫出来ていないという文句につながる。クラスの一部ではあるが男子と女子にそんな視線を貰いながら、平和に高校生活を送れる訳がない。

 

 勿論、他の男子や女子とは普通に会話も出来ているので、孤立無援ということはない。

 

 俺がなぜこのような立ち位置になっているかというと、それは勿論西野と東城、おまけにさつきといった件の美少女達と仲が良かったりするからである。

 

 一緒に下校するのを始め、中学ではもうお約束となっていた昼休み時の西野の俺のクラス訪問は、ここ高校でも続く事になったからである。この時に三人で自己紹介があったりしたが、それは別にいいだろう。

 

 また中学の時とは違い、東城が西野と同じクラスなので二人で来るものだから更に大変だった。金魚のフンよろしく先輩やら同期やらの男子、更には二人と仲良くなりたい女子がゾロゾロと二人の後を付いて歩き、廊下を一時だけ一方通行にするまでとなったのだ。

 

 これはもうあれだ。小宮山病は伝染病であったという事だとこの時俺は悟った。

 

 二人が8組の教室に入るまで廊下はそんな馬鹿達であふれるが、入ってしまえば不承不承散って行くからまだ良かった。そして、二人が俺の席に近付き一緒に食べるとなった時、俺の隣にいるさつきが「あんたも良いわね。両手に花で」と言うものだからまた大変。

 

 教室に残っている男子から殺気と呼ばれる類のものが突き刺さり、廊下に残っている奴らからも同様のモノが飛んでくる。

 

 二人に『昼休みは別に取ろう』と何度頼んでも、『嫌♪』『駄目だよ』と良い笑顔で言われるから困ったものである。さつきとは一緒にご飯を食べるわけでも、下校するわけでもなかったが、無難に仲が良い女友達という関係を築いている。

 

 まぁ、他の男子と比べると俺との仲が最も良いのかもしれないが……。

 

 と、そんなこんなありつつ俺は一週間高校生活を送っていた。

 

「それにしても一週間もよく飽きないで続けるわよねー男子って」

 

 欠伸をしてから、細目で廊下を行く男子を見ていたさつきが何ともなしに口を開く。俺に言ったのか分からないが、俺はそれに答える。

 

「お前も三日前までアレの対象だったのにな」

 

「きっと飽きたんでしょ?ま、ウザくないからあたしとしてはラッキーだけど」

 

 廊下に向けていた顔を俺に向け、頬杖を付くさつき。行儀が悪いぞって言えば、別に良いじゃんと返ってくるので、それに関しては何も言うまい。

 

「って言うかさーあんたどうやってあんな可愛い子達と仲良くなったのよ。言っちゃ悪いけど、あんたの顔ってそこまで良くないし。如いて言うなら、普通?」

 

 こいつ……口が悪いにも程がある。まぁ、俺も『この顔』は普通だって思うし間違ってないんだが、聞いていて気分の良いモノじゃないのも確かだ。

 

「うるせーっての。二人とは同じ中学だから仲が良いだけで、他意はねぇよ」

 

「ふーん…でも、あんたと同じ中学でカッコいい男子がいるらしいじゃん。そいつとは仲良くないみたいだけど?」

 

 それって大草の事だよな。あいつ高校に入ってから俺らと絡まなくなったからなぁ……。ま、女子の話を聞くに西野と東城と似たような状況みたいだし、来れないだけだろ。

 

「ってかさ、あのエロダコもあんたと同じ中学だったって本当?あいつだけ、他の男子と違って毎日あたしに話しかけてくるんだけど」

 

 小宮山…俺だけじゃなく、こいつにもエロダコ言われてるぞ。ま、あいつは大草と違って昼休みになればここに来ているし、他の男子よりは二人やさつきと話してるかもな。

 

 あいつは良くも悪くも『馬鹿』だから、他の男子のそういった視線なんか感じてないっぽい。ちょっとだけ、小宮山が羨ましいと思ったのは内緒だ。

 

「大草は、西野が好きらしいけど西野は相手にしてないからな。小宮山は可愛い女子が好きなだけの馬鹿だから、諦めた方がいいぞ」

 

「……あの顔じゃ無理でしょ」

(またこいつさらっと可愛いって…)

 

「…そんな事言うなって。小宮山が可哀想だろ?」

 

「…そんな顔で、そんな事言ってもフォローにならないわよ」

 

 さつきと軽口を言い合っていると、授業開始のチャイムが鳴る。次の授業は、黒川先生の数学だ。……当てられないように静かにしておこう。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 翌日、高校に登校していると何やら廊下で騒ぎが起きていた。それを尻目に、自分の教室に入ろうとすると騒ぎの向こうから知っている声が聞こえてきた。

 

「サイテーッ!見てくれで態度変わる男って糞以下だね!あんたみたいなアホ共がウロウロしてて、あたしら一年本当に迷惑してんのよ!!とっとと失せなッボケ共!!」

 

 おいおい、さつきの奴また廊下で大声出して何や…ッ!!これって確か!騒ぎの起こっている所に走って行くと、思った通りの状況になっていた。

 

 三つ編みにメガネを掛けた東城を後ろに庇い、大小の先輩二人と対峙しているさつき。と、俺がそれを確認した瞬間、さつきの踵落としが小さい先輩の方に炸裂し、小さい先輩は行動不能になった。

 

「やったー!見よう見真似のかかと落とし。あたしってば才能ある〜♪」

 

 馬鹿。そんな事言ってないで、もう一人の方に集中しなきゃ駄目だろ。そんな俺の想いも虚しく、原作同様さつきの踵落としは大きい先輩の手に寄って防がれてしまう。仕方ない、助けるか。東城もいることだしな。

 

「馬鹿か?踵落とし予告されてりゃ防ぐのなんてわけねぇーよ。しっかし、顔は可愛いけど、おっかねぇ奴だな」

 

「は、離しなさいよ!」

 

「いや、離したらまた蹴って来るだろッ」

 

「もーっ!さっきからパンツ丸見えなんだってばー!!」

 

「え……」

 

 二人が話している間に、野次馬となっている生徒達を縫って進み、大きい先輩の真後ろに着く。そして、大きい先輩がさつきのパンツを見て油断しているところで……俺はその先輩の急所を『思い切り』蹴り上げた。

 

「☆●〒§¶ΓΘッ!!」

 

 後ろの方で、男子が自分の股間に手をやり内股になっていたりしたようだが、それには目もくれず足を急に離されてバランスを崩し、尻餅を着いたさつきに手を差し出す。

 

「後先考えずに良くやるよな、お前って。ほら、立てって。さっきからパンツ丸見えだぞ。東城も大丈夫か?」

 

 さつきから東城の方に顔を向けると、少し眉を八の字にしながらも「うん。北大路さんが助けてくれたから」と答えてくれる。その言葉通り怪我もしてないようだし、良かった良かった。

 

 てか、さつきパンツ丸見えだぞ……それに、イチゴ柄はお前に似合わねえよ。

 

 この時の俺は気付いていなかった。原作でも、さつきにフラグをきちんと建てる事になる出来事がコレだったという事に……。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「なぁなぁ、あの話って本当か?」

 

「あぁ、東城綾だろ。三つ編みにメガネ掛けたらまるで別人。俺一瞬で冷めたし」

 

 授業中そんな話がそこかしこでされている。朝のあの事件は、なぜか問題にならなかった。なんでも、先輩二人が自分の名誉の為に無言でいるとかなんとか…。

 

 逆に東城の事は噂になり、ついさっきの出来事にも関わらず既にクラスの大半に知られている。東城の事をよく知らない奴らが何を言ってるんだ、という気持ちもあるがそれを抑えて、黒川先生が黒板に書く事をノートに写していく。

 

 東城をあの後直ぐにやって来た西野に任せたが…心配だな。東城の性格上、男は怖いモノと思ってしまったかもしれない。後で、小宮山を連れて行くか。あいつのタコ踊りは、東城のツボだ。きっと、笑ってくれるだろう。

 

「でも本当にびっくりよねー。助けなきゃって思ったあの子が、東城さんだったなんてねー。皆のヒロインにもああいう一面があるってあたし好きかも。西野さんにもあんな一面あるのかしらね〜」

 

 隣で足を組み、体を俺に向けながら話すのは朝の事件の当事者でもあり、一番の被害者(パンツを不特定多数の奴らに見られたという意味で)のさつきだ。

 

 こいつってば俺の手を掴んで立ち上がるなり、風のように自分の教室に走って行って、俺が教室に入って見たのは机に顔を押し付けて悶えている姿だった。

 

 それが少し時間が経つとこんな感じになるのだから、こいつは本当におかしな奴だと思う。

 

「ま、それで幻滅した男子はたくさんいるかもしれないけどねー♪」

 

 そう言って俺をからかうさつきに溜め息を一つ出して小声で返す。

 

「俺は東城のあの姿は前から知ってたし、どうも思わねぇな。ま、それで東城の周りが静かになるんだったら良い事だな」

 

 からかってきたさつきに業とそんな口調で返す。いつもはそこで軽口に発展するのだが、今回ばかりは勝手が違った。なぜかさつきが苛立ちを見せたからだ。

 

 授業中ということもあり小声で話していたのだが、さつきの声が段々と大きくなっていく。

 

「何それ!分かった風な口聞いちゃってさッ!あんたになんで東城の気持ちが分かるのよ!」

 

 いやいや、まじで勘弁してくれよ。椅子を立ってまで、詰め寄ってくるさつきの体を押しとどめるために肩に手を乗せる。

 

 だが、何を勘違いしたのか近くにいたクラスの奴が「真中が…北大路の胸を掴んでる」いやいやいや!!!どっからどう見ても肩だろ!胸なんて掴んで…。

 

「変態ッ!!!」

 

 さつきを押さえつけるために俺も立ち上がっていたのだが、咄嗟にそんなことを口走った奴に顔を向けてしまった為にそれを防ぐ事も、避ける事も俺には出来なかった。

 

 さつきの右ストレートという拳を。

 

「ガフ…」

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「ッツー…まだズキズキする」

 

「でもさ、ホント見事に赤いよね。拳の痕クッキリ見えるし」

 

「私のせいで怒られたんだよね?ごめんね真中君…」

 

 放課後。俺は西野と東城の二人と下校中。二人が俺を挟むようにして、右が東城で左が西野だ。これも、もはや定位置となってきている。

 

 さつきに殴られた場所の痛みがまだ消えていない事から、思った以上に強く殴られたという事だと思う。

 

「東城のせいじゃねぇよ。これはクラスの奴が間違った事をぬかしたから、それに恥ずかしくなったさつきが止むなくやってしまったモンだからな」

 

 これは本当の事。あの後直ぐはさつきも恥ずかしかったからか、『自業自得よ!』なんて言っていたが、帰る際に小さな声で『…さっきはごめん』と顔を赤くしながらも呟いてくれたのだ。

 

「ま、淳平君がそう言ってるんだし、東城さんももう気にしない気にしない!それより、東城さんに酷い事言った先輩達ホント許せないよ!!あたしがいたら、つかさちゃんパンチ喰らわせてたのにッ!」

 

 シュッシュッと口で言いながら、右に左と拳を突き出す真似をする西野。つかさちゃんパンチて…さつきの踵落としの方が強そうだな。

 

 俺と東城はそんな西野に苦笑で返し、西野はそんな俺達の反応が不満なのか、「何よーあたしのパンチ強いんだよッ!」とむくれてしまう。

 

「ごめんなさい西野さん。でも、あんまり危ない事はしないでね。真中君も。私のせいで二人が怪我するなんて、嫌だから…」

 

 西野を宥めようとした東城が、再び悲しそうな顔をするから今度は西野が困ってしまったようだ。全く…本当に似てない二人だよな。

 

「東城も西野も、終わった事なんだからもう気にすんな。じゃないと…小宮山呼ぶぞ?」

 

『ごめんなさい!!』

 

 ……小宮山、お前って二人にどのくらい嫌われてるんだろうな。全く同じタイミングで、頭下げたぞ二人とも。強く生きろよ、小宮山力也…。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

さつきside

 

「何よ…真中の奴デレデレしちゃってさ!あ、あたしには真中なんて関係ないけど…」

 

 西野さんと東城さんの二人と帰っている真中を、あたしは後ろの方から見ている。本当はこんな事しちゃいけないんだろうけど、二人と一緒に校門を出て行く真中を見たらなんとなく…そう、なんとなくモヤモヤして、気付いたら三人から隠れるようにして付いて来たんだ。

 

 真中…あたしが殴ったとこ摩ってる…やっぱり痛かったんだ。クラスの男子が変な事言うから、恥ずかしくなって目の前にいる真中を殴っちゃった。あたしは真中に怒られても何も言えないのに、真中はあたしを怒りもしないで、逆にごめんって謝って来た。

 

 なんで?どうして?殴ったあたしが悪いのに、なんで何にも悪い事してない真中が謝るの?なんで?ねぇ、なんでよ。

 

 はぁ……何やってんだろ、あたし。こんな事しても、意味ないのに……。それにあの二人と話してる真中は、本当に楽しそう。あたしと話してる時に見せない顔をする真中をこれ以上見たくなくて、三人から目を離す。帰ろ…。

 

「うーん、まいったなぁ。男と一緒の写真なんて使えねぇもんな…」

 

 帰ろうと思って体を三人と反対側に向けるとそんな声が聞こえた。気になって、声がした方に顔を向けてみたら……高そうなカメラを持った、前髪で顔を半分隠している変な男がそこにいた。しかも、あたしと同じ泉坂高校の制服を着ていることから、同じ学校の男子って事も分かる。

 

「ん?君も可愛いね。どう?記念に一枚♪」

 

「……死ね」

 

 機嫌が悪かったのもあるけど、こいつは何だかあのエロダコと同じくらい気持ち悪い感じがしたから、自然とそんな言葉が口から出た。

 

 パシャッ

 

「うーん♪その顔も良いけど、やっぱり笑った顔が欲しいなぁ」

 

 だけど、こいつにはあたしの言葉は何の意味もなかったみたいで、写真を取られてしまった。……無視しよう。早く帰りたいし。

 

 まだ、何か言っているその気持ち悪い男を無視して真中達とは逆方向にある自分の家に向かって足を進める。はぁ…明日真中に会ったらどうしようかなぁ…。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 その翌日、学校に登校してみるとメガネと三つ編みをしていない東城と西野が俺を見るなり廊下を走って近づいて来た。

 

 廊下を走ると他の奴らの迷惑だぞー。そして、俺が一番迷惑するぞー。そんな俺の願いも虚しく、二人は俺の前で止まり少しだけ前屈みになった。

 

「おっはよーっ!今日も一日頑張ろうね、淳平君♪」

 

「真中君おはよう!元気に頑張ろうね」

 

 ……それを言うために態々走って来たのか?廊下にいる殆んどの男子から殺気が飛んで来てるんだが…。朝からこれで俺、大丈夫か?

 

 それから二人と別れ、俺は自分の教室である8組に入る。教室に入るまで、無数の殺気が背中に突き刺さって痛い痛い。朝からは勘弁してくれよ、本当に。

 

 はぁ…と溜め息を一つ出して、自分の席に行こうとして気付く。席に行けないという事に。

 

「聞いたわよ!昨日のあんたの武勇伝ッ!伝統ある泉坂高校女子柔道部を立て直せるのはあんたしかいないわっ!!」

 

「ううん!その運動神経ならどんなジャンルのスポーツだって完璧にこなせるわ!だから、是非バレー部に!」

 

「いいえ!あたし達バスケ部にこそ、あなたは必要よ!」

 

「何言ってるの!囲碁将棋部にこそ必要よ!!」

 

 柔道部、バレー部、バスケ部、囲碁将棋部、etcetc……運動部、文化部の女子の先輩達がさつきの席を取り囲んでいるので俺は席に座る事が出来ない。

 

 と言うより、この熱気…他のクラスの奴ら引きまくりなんだが大丈夫か?勧誘されているさつきに至っては、心ここにあらずって感じでボーっとしている。……黒川先生、早く来てくれ…。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 ピピーッと笛の音が校庭に響き渡る。それに続いて「では今から50m走の記録を測る!」という野太い声が続く。今は四時間目、授業は体育。

 

 最初の週だからだろう、体力測定を二時間に分けて行われている。今日は、50m走と100m走、1500m走のタイムを測るらしい。…走ってばっかりだな。

 

 7組から始めるらしく、8組の俺は地面に座って順番を待っている。それにしても暑いな。春だっていうのにこの暑さは異常だろう。そんな事を考えていると、影が差した。

 

「お前さ、西野つかさと東城綾の二人と仲良いよな。ちょっと話してもいいか?」

 

 顔を上げてみると、そこには前髪で顔が見えない男子がいた。こいつ……誰だ?

 

「………」

 

「外村だよ!外村ヒロシ!同じクラスの出席番号14番!!」

 

 おお!そういえば、外村も同じクラスだったな。一週間も同じクラスなのに、俺はこいつを授業中以外見なかったから話せなかったんだが、こいつからコンタクトを取って来るとは…。いや、これ原作でもあったような…。

 

「お前って人の名前と顔覚えるの苦手だろ?それじゃあ女子にモテないぜ?って、お前の場合あの二人と仲良いから別にいいのか。と、そんな事より、西野つかさと東城綾、二人のスリーサイズ教えてくんない?」

 

「………」

 

 ストレート過ぎる。というか、そんな事俺に聞いてどうする。知りたかったら当人に直接聞きに行けよ。まぁ、西野にローキック喰らわされて終わりだろうがな。

 

「…なぁ、聞いてる?スリーサイズだよ、スリーサイズ!お前しかいないんだって。他のどんな奴よりお前が一番あの二人と仲が良いんだからさ!」

 

 しつこく聞いて来るところ悪いが、お前声でか過ぎ。周りの奴らも聞き耳立ててるし、向こうの女子にまで聞こえてるみたいだし…。

 

「…せめて、何か反応してくれって。話してるの俺だけって結構クるものあるんだぜ?」

 

「いや、知らねえから何も言えなかっただけ。てか、お前声でか過ぎ」

 

「………口開いたと思ったら、結構毒舌なのなお前って…」

 

 いや、毒舌も何も本当の事だし。てか、前髪邪魔じゃないのか?漫画だから違和感なかったが、実際にこんな奴近くにいたら話しかけないぞ、絶対。

 

「まぁ、いいや。てか、知らないなら早く言えって。はぁーみんなからスリーサイズの質問が一番多かったから、その希望に応えたかったのに…まぁ想像で書けばいいか。んー西野のバストはBかな?東城のは…うん、Fだな」

 

「…一つ質問していいか?」

 

「ん?何?」

 

「みんなからの質問って言ってたけど、そのみんなって誰?」

 

「ネットだよ。ネット!俺自分でホームページ開いててさぁ。『ボクの見つけた美少女♪』ってのがテーマなんだけどな」

 

 …こいつ、通報されたら絶対言い逃れ出来ないで、有罪だな。外村は頼んでもいないのに、ネットアイドルがどうのこうのと熱く語っている。

 

 それに、はいはいと生返事を返しながら順番を待っていると、今度は二人のいる5組と一緒の体育じゃないのが悔しいらしく、手でカメラの形を作って女子の方に向けている。

 

「今は趣味だけど、将来はそういう芸能プロダクションを設立したいわけよ、俺ってば♪」

 

「…まぁ、この年で将来設計をきちんとしてるのは凄いと思うぞ」

 

「そう?サンキュー。それより他の女の子も扱ってんだけどさ、ウチのクラスだと北大路さつき!あの子もかなりの人気だね。ちょっと生意気な表情と以外にセクシーな体つきがいいんだよねぇ〜♪東城に負けず劣らず胸大きいし♪」

 

 小宮山とタメ張れるくらい、ヤバいなこいつ。原作で知っていたが、直に接して初めて分かるキモさだ。二人とさつきに忠告しとくか。小宮山と同じくらいの奴がいるって。

 

 それから外村がさつきが現代のくの一だとか、東城は看護婦だとか、西野はチャイナだとか、などなど色々言っていたが話し半分に聞き流して行く。

 

 順番が来るまで女子の方はどうかと見てみると、女子の方は男子と逆で先に8組が50m走をやるようで、さつきがスタートラインに立っていた。

 

 と、何となく見ていたら…さつきと目が合った。びっくりしたような顔を一瞬浮かべたさつきだが、ニカっと笑みを浮かべ、「真中ぁーあんたもちゃんと走りなさいよッ!」と大声を出した。しかも名指しで。

 

 …はぁ……さすがはさつきだ。予想外の事を簡単にしてくれる。全く、東城、西野、さつきと…いちごのキャラは個性が強過ぎだ。

 

 さつきが俺の返事を待っているようなので、片手を上げて左右に振って返事とした。こんなところで大声を出すなんて、俺には無理だからな。

 

 というか、さっきまで元気に話していた外村が俺の顔を見て「ふーん…」と意味深な視線を送って来るのに気付く。

 

「何だよ…」

 

「いやさぁ〜やっぱお前何か持ってるわ。東城と西野だけじゃなく北大路とも仲良いなんて、一年男子全員敵に回しても文句言えないって。ま、俺は黒川先生一筋だから、別にいいけど」

 

 持ってるのは原作知識だけで、他には何も持ってないぞ。まぁ、そんな事は言えないけどな。

 

「次は8組だ。7組と変わって準備しろー」

 

 と、やっと俺達の番か。腰を上げ7組の奴らと位置を変わる。さて、無理せず走りますかね。

 




感想の返信ができなくて申し訳ありません。
こちらでは、いちごを更新していくので精一杯で、感想に返信するのが全く出来ておりません。なので、このあとがきで皆様への返信とさせていただきたいと思います。

いちごはナルトの方が詰まってしまったが為に、変わりに書いてみようと思った作品でした。なので、ナルトよりもおろそかにしてしまうのは、本当に申し訳ありませんがある程度そうなのかと思ってください。

しかし、更新が遅くなろうとも、完結だけはしたいと思っていますので、よろしくお願いします!


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第十九話

 これもまた…原作にはない俺専用のイベントなんだろうな…。

 

「こらぁ!待ちやがれッ!!」

 

「待てと言われて、素直に待つ馬鹿がどこにいるってのよッ!」

 

 背中にたくさんの罵声を張り付けながら、複数の人が追い掛けて来ているだろう足音が聞こえてくる。それらから少しでも遠ざかるべく、足を動かし続ける。

 

「はぁッはぁッはぁ……。しつっこいわねッ!真中!そこッ右に曲がるわよ!」

 

「はぁッはぁッ。了解ッ」

 

 喋るのが億劫なので一言だけで返し、俺は並んで横を走るポニテの言葉に従い右へ曲がると、その後はまたひたすら走る事に集中する。

 

 原作の真中より体力はあると思っていたが、実際はもう限界間近だ。だが、背中に掛かる罵声が消えてくれないので、足を止める事は出来ない。

 

 疲労が蓄積していく足を叱咤し続ける中、俺は再び胸中で呟いてしまう。

 

 こんなイベント、俺は頼んでない…。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 体育の授業を終えていつも通りの昼食時間。だが、今日はいつもとは少し違っていた。それは何故かと言うと…。

 

「でね、あたしってば今のところ女子の50m走で一番早いらしいの。って、聞いてる真中?」

 

「あぁ、聞いてるよ」

 

 …さつきの様子がおかしい。何がおかしいかと言うと、俺も断言出来ないのだが…。敢えて言うなら、いつも以上に絡んでくる気がするということか。

 

 現に今も、いつもなら昼食時間はいなくなるのに今日に限っては俺の机に自分の机をくっつけ、尚且つ西野のように身を乗り出しながら俺に話しかけてくる。

 

 はて…?いつ俺はこいつにフラグを建てたのか…。

 

「す、凄いんだね、北大路さんって。私、運動するの苦手だから羨ましいわ」

 

「アハハ、そうでもないよ東城さん。この人みたいに体力は馬鹿みたいにあるけど、勉強できる頭がないっていうのは可哀想なんだよ。ねぇ〜北大路さん♪」

 

「ア、アハハハ…でも、容姿『だけ』の人に言われたくないかなぁ~。あ!その容姿もある『部分』はあたしと東城さんには勝てないんだっけ?ごめんなさいねぇ〜西野さん♪」

 

「「…………」」

 

「あぅあぅ…ま、真中君。二人が…二人が…」

 

 俺の制服の袖口を摘んで、泣きそうな顔を向けてくる東城。そんな東城や俺、それから小宮山の三人を無視して睨み合いを続ける西野とさつきの二人。

 

 弁当を食べ始めて直ぐに、この二人はこんな感じで皮肉を言い合っていた。それと言うのも、いつもならここにいない筈のさつきが、自分以上に俺に絡んでいる事に西野がイラッとした事から始まったのが原因のようだ。

 

 さつきが今日はこっちで俺達と一緒に食べると言い出して、はじめの内こそ西野もさつきと笑顔を交えて仲良さそうに話をしていた。

 

 それを見て安心したのも有り、俺は自分の弁当を食べるのに集中できていたんだが…いつの間にかこのような雰囲気へと、この場は変わっていた。

 

 さつきの話を聞くためにさつきの方を見れば西野が…。

 

 西野の話を聞くために西野の方を見ればさつきが…。

 

 と、いうように徐々に俺を挟んで激しい睨み合いが開始され始めたのだ。俺にはどうしようもなかったとだけ言っておきたい。

 

 東城に至っては、その睨み合いに参加する事がまず出来なかったようで、今は俺の左隣で成り行きを見守っているといった具合だ。

 

 小宮山に視線を移せば、この場に漂っている空気が分からないのだろう。さっきから西野とさつき両名へと頻りに話し掛けている。

 

 だが、案の定小宮山の話を無視して二人は互いを睨み続けている。「アハハハ」という愛想笑いとも言うべき笑い声を時折交えながら…。

 

 教室の空気も段々と侵されて行っているのか、また一人、また一人と教室から出て行っている。……高校の昼休みは中学の時よりも長いのだが、この時ばかりはそれが却って仇となった。

 

 頼む時間よ、どうか早く過ぎてくれ……。そう願う俺の気持ちとは裏腹に、昼休み終了の鐘が鳴るまでの時間は、体感時間でいうと前の世界と合わせてもトップ3に入る程の長い時間となったと思う。

 

 ただ小宮山という一人の男は、時折東城に話を振りながらも終始笑顔で二人へと話し掛け続けていた。…空気を読めない奴が始めて羨ましいと思った瞬間だった。

 

 そして、拷問のような昼休みを過ごした後、5時間目、6時間目と何事もなく授業を受け終わり、下校の時間となった。

 

 やっと今日という日が終わったと椅子に体を倒してダレているところに、西野が前のドアをバーンと開けて入って来た。ちらっと顔を窺って見ると、まだ機嫌が悪いと分かる顔を浮かべている。

 

 そんな西野に続いて東城も苦笑を浮かべながら静かに入って来る。いつも思うが、二人を足して2で割った普通の入り方は出来ないのだろうか。

 

「淳平くーん!早く帰ろー!」

 

「…分かったから、そんなに大きな声出すなって」

 

「真中君…疲れてるみたいだけど大丈夫?西野さんが帰りにカラオケに行きたいって言っているんだけど…」

 

「そうだよ淳平君!つかさちゃんは『今』カラオケの気分なのッ!だから、早く行こうよー!」

 

 椅子に倒していた体を元に戻してみると、俺の机の上に両手を着いて俺を見ていただろう西野と目が合った。

 

 すると、何を思ったのか。西野は目を閉じて俺の顔へと自分の顔を近づけ始めたのだ。

 

 教室の中にいた殆どの奴が「あぁー!!!」と五月蝿くする中、俺は冷静に右手をデコピンを放つ際の構えにし、近付いてくる西野の額へと狙いを定め、弓のように撓っているかのような中指を一気に解き放った。

 

 ベチッ

 

「いだッ!?」

 

「馬ぁ鹿。阿保な事やってないで帰るぞ」

 

「ぅぅ…はぁ〜い」

 

「に、西野さん、ぬ、抜け駆けは無しなんだよッ」

 

 机の横に掛けていた鞄を持って後ろのドアの方へと向かう傍ら、ふとさつきの方に顔を向けてみると、今度はさつきと目が合った。

 

 だが、直ぐにさつきの奴は机の方へと顔を逸らしてしまう。それを疑問に思いながら、さつきに「また明日な〜さつき」と言って今度こそドアへと向かって足を進める。

 

 背中に「ま、真中もまた明日!」とさつきの声が返って来たので、後ろ手で手を振って教室から出ていく。直ぐ後ろの方で、東城がさつきに何か一言言っているのを何となく聞き流しながら、これからの予定について考える。

 

 西野がカラオケだけで帰るとは思えない。はぁ…また出費が嵩むな。そう思いながら、階段を降りて行く。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「んー歌った歌った♪」

 

「西野さん歌上手だもんねぇ。ま、真中君もその、かっこよかったよ」

 

「ありがとな、東城」

 

 学校から帰る途中、西野の提案通りカラオケを2時間程やって今は近くのファミレスでドリンクバーを頼んで休憩しているところだ。

 

 しかし、何度も思うが西野の奴…歌上手すぎ。東城も上手いと思うが、こればっかりは西野に脱帽だ。

 

 歌の選曲も今のアイドルが歌うような物から、ちょっと昔の有名な曲、そして演歌までといった感じでボキャブラリーに非常に富んでいる。

 

 更に点数も全て95点オーバーと…。東城はそんな西野に羨望の眼差しを向けながら、自分の飲み物である『オレンジジュース』を一口飲む。

 

 東城がかっこよかったと言った俺の歌だが、80点から85点の間をウロウロするといった感じで普通の点数だ。

 

 東城は最初こそ恥ずかしがっていたが、最近は普通に歌えるようになってきている。まぁ、俺と西野以外の奴がいたら、また違ってくるんだろうけど…。

 

「淳平君はもう少し、抑揚をつけないとね〜♪じゃないと90点の壁は超えられないよ」

 

「楽しく歌えれば点数はどうでもいいっての。それに、目の前に99点とか普通に出す奴がいたら、頑張ろうって気も普通なくなるだろ。なぁ、東城?」

 

「え!?で、でも、真中君の歌私好きだよ?」

 

「いやいや、東城さん。それじゃ淳平君の答えになってないって」

 

「あ、えっと、その、あぅ…」

 

 と、東城をイジって俺と西野が楽しんでいると、窓の向こうに俺達と同じ高校の制服を着たポニテ女が、ガラの悪い男達に絡まれているところを発見した。

 

 その周りを見てみるが、それに気付く奴はいても見て見ぬ振りをして通り過ぎている。

 

 ファミレスの中の奴らも、気付いてはいても自分から進んで助けに行こうとはしていない。

 

 俺はもう一度、窓の向こうにいるポニテ女を見てみる。やっぱり、あいつだよなぁ。はぁ…何だっていつもいつもこうして、俺の前で問題が起こるんだ?…だけど、助けに行かない訳にはいかないよな。

 

「悪い二人共。今日は送って行けそうにない。ドリンクバー代は置いていくから、もう少し経ってからここを出ろよ。じゃ、また明日」

 

「ちょ、淳平君!?」

 

「ま、真中君?」

 

 二人の声を背に俺は鞄を手に持って、レジにいる店員に「連れが自分のも払いますので」と言ってドアを開けて店から出る。

 

 店員の「ありがとうございました」という声がドアの向こうから聞こえたような気がしたが、それも今はどうでもいい。

 

 今も尚言い争っているポニテ女とガラの悪い男達。道路を挟んで向こう側にいるために、右と左を見て車が来ない事を確認してそこに向かって足を進めていった。

 

 そういえば向井の時も確かこんな感じだったな…。あいつから貰ったメモどこにやったんだったか…。

 

 まぁ、携帯を持っていない俺にはメール出来ないけどな。いきなり電話もなんだし、向井には悪いがまたどこかで会った時に謝ろう。

 

「なぁ、良いじゃん?俺達とこれから楽しいところ行こうって」

 

「そうそう。女の子一人が嫌って言うなら、友達も呼んでさ」

 

「何なら、俺の女友達も呼ぶからさ。ね?行こうよ」

 

「五月蝿いわねッ!行かないって言ってるでしょッ!!もう良いから、どっか行きなさいよッ」

 

 近付く度に、ナンパ野郎特有の誘いと聞き覚えのある声が聞こえてくる。全く、あいつも断るのが下手だな。

 

 あんな言い方じゃ、どんどん悪い方に行ってしまう事に気付いて…いないからあんな言い方なんだよな。

 

 俺の目に数時間前に教室で見たあいつの姿が入ってくる。声こそ頑張って虚勢を張っているが、脚がガクガクと小さく震えている事が分かる。

 

 はぁ…高校の男子だけじゃなくて街の不良達にも目を付けられる事になるんだな俺は…。

 

「あのーすみません。そいつ、俺の彼女なんで連れて行っていいですか?」

 

 ナンパ野郎達の近くに着き口を開く。嘘100%の言葉だが、一番効率的な言い方だと思う。まぁ、それもバレなければだけど。

 

「ん?何だ彼氏いんのかよ。シラケるわぁ」

 

「いやいや、こんなモヤシ君彼氏でも関係ねぇって。ボコって捨てればいいことだし」

 

「うわッお前って悪いねぇ。でも、俺も賛成。俺らシラケさせた罰は受けてもらわねぇとな」

 

 ナンパ野郎達の三人の内二人がリンチを推奨。これは逃げるしかないな。

 

「誰よッあたしは誰とも付き合ってなんか…」

 

 ナンパ野郎達の向こうにいるポニテ女、『北大路さつき』が一瞬声を荒らげるが、俺が顔を見せると口を噤んで吃驚した時の顔を浮かべた。

 

「おい、聞いたかよ。こいつ彼氏でもねぇみてぇだぞ?」

 

「あぁ、まさかこんなご時世に正義の見方君がいるとは思わなかった」

 

「っぷ。喧嘩もやった事がなさそうなモヤシ君が、正義の見方。マジウケる!」

 

 ナンパ野郎達の声が五月蝿いが、この際全て聞き流す。今はこいつらの向こうにいるさつきにどうにかして近づかないと…。

 

 さつきを見れば、どういうつもりよ!って感じの顔を浮かべていた。それに呆れながらも目線でさつきからしたら左側に合図を送る。

 

 見る限り三人のナンパ野郎達の内、右の奴だけヒョロイ感じがする。後二人は、喧嘩っぱやい感じを言動から察する事が出来る。

 

 右の奴をさつきが突き飛ばして、それに気を取られるだろう二人の足に俺が足払いを掛けて、コケた隙に俺もさつきと一緒の方向に逃げる。

 

 …うん。これしかないな。

 

 向井の時に使った、周りの人を使うやり方はここでは意味なさそうだし…。

 

「正義の見方って訳でもないですよ。ただ、知り合いが絡まれてるのに気付いたので助けようと思っただけです」

 

 ナンパ野郎達の気を俺に集中させて、さつきにタイミングを図らせる。

 

 そして、俺の言葉に釣られてまた何か口々に言い出したナンパ野郎達の内、ヒョロイ奴がさつきから少し離れて俺に近付いた瞬間、さつきが自分の鞄を下から掬い上げ、ヒョロイ奴の後頭部に鞄の角を炸裂させた。

 

「ぐぇッ!」

 

 ヒョロイ奴の口から蛙の潰れたような声が出ると同時に、そいつは前のめりに倒れる。

 

 その瞬間さつきは空いた隙間を利用して、ナンパ野郎達の包囲から抜け出して走り抜けていく。

 

 仲間が行き成りそんな声を出したので、俺に罵詈雑言を吐いていた二人のナンパ野郎達が仲間のヒョロイ奴に顔を向けた瞬間、俺はしゃがんで足払いを掛ける。

 

 アキレス腱を狙って掛けたが、面白いようにそれが成功する。「うわッ」「なッ」と口から声を洩らして尻餅を付く二人のナンパ野郎達。

 

 俺は直ぐに立ち上がって、さつきの逃げた方に向かって駆けていく。走るのに鞄が邪魔だが仕方ない。放り出して、俺の身元を知られるより我慢して走るしかない。

 

 後ろから罵声が掛かるが、それを無視して駆けて行く。

 

 ポニテをフリフリ走るさつきを追い掛けて行くと、俺を待っていたのかさつきが足を止めていた。あの馬鹿!と胸中で毒付き、口を開く。

 

「何止まってんだ!逃げろよ、馬鹿ッ!」

 

「う、五月蝿い!あたしの勝手でしょッ」

 

 俺がさつきに近付いていくとさつきは再び走り出し、いつの間にか俺とさつきは並走するような形になっていた。

 

 口を開けば馬鹿だの阿保だのといった暴言を吐きかねない心境の俺だったが、さつきが小さくも辛うじて俺の耳に聞こえるくらいの声を出したのに気付いたので、もっときちんと話すように促す。

 

「…して、…けたのよ…」

 

「はぁッ?聞こえねぇよッ。もっとデカい声で言えってッ」

 

 全力疾走に限りなく近い速度で走りながら口を開くことは、本来なら褒められる事ではない。だが如何せん背中に掛かる罵詈雑言や、俺達の走る足音のせいで殆どさつきの声が聞き取れない。

 

「……あんたって本当に変って言ったのよッ」

 

「…その変な奴に助けられた馬鹿な奴は誰だよ」

 

「……あたしです」

 

 そう言ってバツが悪いのか走っているせいか分からないが、頬をほんの少しだけ赤くするさつき。

 

 それを横目に見ながら、俺はそれ以上口を開く事はせずに走る事に集中することにした。そして走り続けて数分後、冒頭に至る。

 

「はぁッはぁッ…次を左に曲がったら、建物の影に隠れましょッ」

 

「はぁッ…異議なしッ」

 

 もう足の方が限界だったので、さつきの提案は渡りに船だった。この世界に来て約二ヶ月の俺よりも、この世界のこの街で育ったさつきの土地勘にここは賭けようと思う。

 

 もし万が一にも捕まるような事があったら、その時はその時でまた何か考えて切り抜ける事にする。リンチなんて誰が受けるものかッ!

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「…行った?」

 

「…たぶんな」

 

 あれから俺達は再び曲がり角を利用してナンパ野郎達の視界から一時的に消えると、直ぐ近くにあった建物と建物の間にある狭いスペースへと身を隠した。

 

 狭いといったが本当に狭い。人がやっと一人通れるくらいの広さしかない。それも体を横にしてやっと入れる広さだ。

 

 そんな狭いスペースの中で奥がさつき、手前が俺といった感じで隠れている。

 

 そして、息を潜めること数分。俺達の後ろを追ってきていたナンパ野郎達の声が聞こえなくなったところで、ようやく人心地付くことが出来た。

 

「はぁ…疲れた」

 

 口からそんな言葉が漏れるほど、俺は疲れていた。体育の時間で散々走った後なのに、また走る事になったからだということは、さつきも何となく理解したのだろう。

 

 苦笑しながら、壁に体を預けている。流石に体力馬鹿のさつきも今回ばかりは疲れたんだな。

 

 それから、しばらく互いに口を開かずにいるところに、さつきが口を開いた。

 

「ねぇ……」

 

「ん~?」

 

「どうして…助けてくれたの?」

 

「…知らない仲じゃないしな。別に理由なんてねぇよ」

 

 それは本当の事だ。絡まれている女がさつきだと分かった瞬間、俺は助けない事は考えなかった。

 

 それがなぜなのか分からないが…西野の時、向井の時、東城の時、そして今回…。

 

 俺はめんどくさいと思いながらも、原作キャラであるこいつらを助けるべく行動を起こしている。

 

 自分の事なのだがそれを不思議に思っている俺がいる。前の世界なら絶対に関わろうとしない出来事に、積極的とは言わないが自分から関わろうとする。

 

 それについての考察は徐々に形になってきてはいるが、決断を下すにはまだ早いとも思っている。

 

「この前の廊下の時もそうだけど…ありがとね、真中」

 

「なんだよ急に…まぁ、今回は俺がいて良かったけどよ。今回みたいに俺がいるとは限らねぇんだ。もう少し上手く追っ払う方法覚えた方がいいぞ」

 

 さつきの顔に恥ずかしそうな、照れたような、そんなハニカんだ笑みが浮かぶ。それを直視出来るほど俺はさつきの笑顔に耐性がないため、視線を逸らして口を開いた。

 

 いや、東城や西野の笑顔を見てれば慣れるだろ?って思うかもしれないが、これが全然慣れない。

 

 おそらくだが、俺は一生慣れる事はないだろう。と、そんな事を考えているとさつきがニヒヒと笑っているのに気付く。ッ!こいつ、確信犯だったか…。

 

「真中ってばなぁに照れてるんだか。東城さんや西野さんっていう美少女二人を侍らしてるくせに、女の子の笑顔に弱いなんて。案外可愛い奴だったんだね、真中って!」

 

「…ほっとけッ」

 

「アハハハ♪ごめんごめん。でも、本当にありがとね。あんたってやっぱ他の男子と何か違うよ。今まであたしが見てきた男の中で一番変で、一番馬鹿で…」

 

 …変はまぁいいとしよう。だが、一番馬鹿って何だ?小宮山よりも、外村よりも馬鹿だって言うのか?…本気でそう思われているとしたら、やり切れないぞ俺は。

 

「そして、一番格好イイ男だと思う!」

 

「……」

 

 ふ、不意打ちだろ、それは。そんな事言われ慣れてないからか、俺の体はカッと一瞬で暑くなる。おそらく顔も真っ赤になっていることだろう。

 

 なぜこんな狭くて暗い、おまけに汚いところでこんな話をしているんだろうか俺達は。

 

 俺は居た堪れなくなりスペースから抜け出して、深く息を吸って吐いた。これで、少しばかりは気も紛れるだろうと思っていると、さつきもスペースから出てくると、開口一番…。

 

「あたし、西野さんや東城さんに負けないよ!あたしを本気にさせたんだから…責任取ってよね♪」

 

「……」

 

 原作と多少違いはあったが、結局はさつきからも好意を寄せられる事になった。…背中を刺される確立の上がった音がどこかでしたような錯覚を覚えつつ、俺は曖昧な笑顔を浮かべてこの場を収める事になった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 ナンパ野郎達から逃げ切る事に成功した俺とさつき。その後俺は半ば強制的にさつきを家まで送る事になり、疲れていた足に鞭打って自分の家とは真逆の方へ向かう事になった。

 

 その道中、さつきから色々と西野に負けない位の誘惑をされる事になり、精神的にも疲れる事になったのは言うまでもない。

 

 そして、明けた今日。高校への道を歩きながら、今日という一日をどう乗り切るか考えている。教室に入ってさつきと会えば、俺への接し方が変わるだろう事は容易に想像出来る。

 

 それによって教室の奴らだけでなく、密かにさつきを狙っていた違うクラスの奴らや上級生らに目を付けられる事になるのも同じく容易に想像出来る。

 

 原作では、多数の男子が真中とさつきの仲を認めているような雰囲気だったが、この世界ではそんな雰囲気には絶対にならないと俺は思う。

 

 なぜなら俺は西野や東城といった、既に学校のアイドルと化している二人と常に一緒にいることで、不特定多数の男子達に睨まれているからだ。

 

 そんな俺が、さつきとまで仲が良くなったら…どうなるか分からないな。

 

 それに…心配事はそれだけじゃない。昨日はさつきを助ける為とはいえ、東城と西野を置いて途中で抜け出してしまったから…二人と顔を合わせるのが怖い。

 

 はぁぁぁ…と深い溜め息を一つ出し、どんよりとしたオーラを出しながら高校への道を歩いていく。

 

 そして、十数分程歩いてやっと校門へと着いた時、ポニテ女が校門のところに背を預けているのが目に入ってきた。教室に入るその時まで考える猶予くらいはあると思ったんだが…。

 

「あッ!おーい真中ぁ!」

 

「…何やってんだお前?」

 

 俺に気付いたさつきは大きな声で俺の名を呼び、尚且つ手を振っている。それに伴い、校門を通り抜けていく生徒達が俺とさつきに視線を送ってくる。勘弁してくれッ。

 

「何やってんだって、真中を待ってたに決まってんじゃん。ほら、早く教室行こッ」

 

「わ、分かったから引っ張るなよッ」

 

「いいからいいから」

 

「いや、全然良くねぇよ…」

 

 さつきに右手を取られて、引っ張られて行く。いきなりの事だったので、俺はされるがままだ。

 

 そんな俺達に校庭にいる生徒達から色々な感情の篭った視線が送られているのに気付くが、さつきはそれを意に介さずズンズン進んでいく。

 

 そして校舎の中へと入ってからも、さつきは俺の右手を放してはくれなかった。おそらく、このまま教室の中へと入るのだろう。

 

 西野である程度の耐性は付いた気になっていたが…強引さでいったら、さつきの右に出る奴はいないのかもしれない。

 

 そうこうしている内に、教室の前に着く。後ろ側のドアをさつきが開けると、教室の中にいた奴らは揃いも揃って、『とうとうさつきまで…』といった顔で俺達というか、俺を見てくる。

 

 こいつらが普段、どういう目で俺を見ていたか分かった気がする。

 

「さつきの奴…真中と一緒に登校するなんてはじめてじゃね?」

 

「あの野郎ッ東城さんや西野さんだけじゃ飽き足らず、さつきにまで手を出しやがってッ!!」

 

「真中君とうとうさつきまで落としたんだ。やるねぇ〜」

 

「本当。東城さんと西野さんだけでも男子達に睨まれてるのにねぇ〜」

 

 さつきに引っ張られながら自分の席へと向かう途中、小声でそんな会話がそこかしこでされているのに気付く。

 

 …こんなモテ期欲しくなかった。席に着いたところでやっと手を放してくれたさつきは、ニコニコと笑顔を振りまいている。

 

 俺は机に額を押し当てて、男子連中からの視線を完全にシャットアウトしつつ、これからの事について考える事にした。

 

 教室の奴らだけじゃなく、校庭で俺達を見ていた奴らが何人もいた。おそらく今日一日の内にこの事は学校中に広まるだろう。

 

 勿論、東城と西野の耳にも入る事になる。…昨日の昼休み以上の空気になる事は必至か。

 

「お〜す、真中。やるねぇ、あの北大路まで落とすなんてよ。今度あいつのスリーサイズ教えてくれ」

 

 これからの事について色々と考えているところに、呑気な声で馬鹿な発言をして俺の思考を遮ってきたのは外村ヒロシ。

 

「………外村、俺は今お前に構っている暇はねぇ。頼むからそっとしておいてくれ」

 

 顔を上げずに、外村の声がした方へ左手で追い払うように払いながら口を開く。だが、そんな事でめげないのは小宮山も外村も一緒。再度俺に声を掛けてくる。

 

「悪い悪い。でも、スリーサイズは後でこっそり教えてくれよ。んで話変わるけど、お前ってもう部活決めてたりする?」

 

「……まだ決めてねぇけど、それが?」

 

「いや〜お前や西野達と同じ中学の奴に小宮山っているじゃん?昨日の放課後俺ってばあいつと仲良くなったんだよね」

 

 これはまさか…いや、そんな…まさか……。

 

「で、色々話してたら部活を俺達で作ろうって事になったわけ。名付けて『映像研究部』!体育の時間に話したけど、例の俺のやってるホームページ『ボクの見つけた美少女♪』なんだけど、昨日のアクセス数が一昨日の約3倍!これは本格的にやっていって将来の糧にしたいかなぁって思ったわけよ。んでもって、そのホームページでも人気の女の子三人と仲が良いお前が必要なわけッ!お前が入ってくれれば、西野も東城もそんでもって北大路も入る筈だしなッ!そうすれば俺のホームページのアクセス数もウナギ昇り…ゲヘヘ♪」

 

「…悪い、外村。俺は興味ねぇからパ「何何?真中部活入るの?」…」

 

 外村に入らないと言おうとしたところでさつきの奴に遮られてしまった。それも興味津々といった感じで。

 

 頼むからもう少しだけ女子同士で話しててくれよ。なんで、そうタイミングが良いんだよお前はッ。

 

「そうなんだよ!俺が作る部活なんだけど、北大路もどう?」

 

「う〜ん…あたし高校で部活入る気なかったんだけど」

 

「止めといた方がい「淳平君ッ!どういう事!」「真中君!?」…」

 

 はぁ…俺は最後まで言えないのか?次に俺の言葉を遮ったのは、西野と東城の声だった。声のした方に顔を向けてみると、前側のドアを開けて仁王立ちしている西野と、その西野の後ろに隠れるようにしながら、眉を逆八の字にしている東城がいた。

 

 そして、ズンズンとこちらに近付いてくると、俺の横にいるさつきに睨みを利かして、西野は低い声を出してくる。

 

 東城に至っては、東城『さん』となって俺を見ている。…やっぱり、こうなったか。

 

 と、俺を他所に口論を始める西野とさつき。東城は変わらず俺を見続けているし、外村はチャンスだとばかりに自分をアピールしている。

 

 …これで小宮山までいたら、もっと凄い事になるんだろうな。だが、今は…。

 

「おい、そろそ「何をやっているかぁッお前達!また真中と北大路か。それから五組の西野つかさと東城綾だな。お前達もうHRが始まる時間だッ。痴話喧嘩なら昼休みにやれッ」…」

 

 最後は黒川先生までに遮られるか…今日はおとなしくしておこう。

 




えぇと…まずは挨拶から。こんばんわ。うたわれな燕です。
こちらの更新を停止してから早五ヶ月…。本当に申し訳ありません。
ハーメルン様の方に顔を出す事自体本当にしばらく振りの事で、以前よりもたくさんの作品が出て来ていて、びっくりしました。
特に進撃の巨人の二次創作…。新しいですねww

ナルトの方はまだにじファン時まで上げていませんが、こちらはもう追い付きましたので、これからは最新話を書いて行く予定です。更新速度は本当に遅いとは思いますが、お暇な時にでも思い出して覗いてみていただければ幸いです。

それでは、次回は最新話にて!


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第二十話

 修羅場と化したあの朝の出来事から早くも放課後。俺はなんとか生き残ることが出来ていた。まぁ昼休みは結構危なかったけど…。

 

「真中ぁー今日これから暇?」

 

 …これだよ。朝のアレで懲りてないのかこのポニテはッ。お前のせいで今日の昼休みは生きた心地がしなかったんだぞッ!と心中で突っ込むが表には出さない俺を誰か褒めてくれ。

 

「暇っていえば暇だけどよ、お前先輩達に部活誘われてたじゃん?そっちに行かなくていいのか?」

 

「あー昨日の朝のアレ?ないない。てか朝にも言ったけど、あたし高校で部活するつもりないしね。そういう真中は?」

 

 原作通り部活入る気ないのな。でもさつきの運動神経を考えるに、柔道とか空手じゃないにしてもバスケとかサッカーとか候補はいくらでもあると思う。

 

 ま、こいつの決めることだし別にいいけどさ。それにさつきって貧乏学生だったような気もしなくもない。兄弟多くて母子家庭だったような…。

 

「俺はまだ決めてないだけで、どっかには入ろうとは思ってる。けどもったいねぇよなー。俺にもお前くらい運動神経あれば絶対運動部入ってんのに」

 

「へー…美少女二人も侍らせてるモテ男君が部活にねぇ。あ、今はあたしもいれて三人か。っていうか何よもう。褒めたって何も出ないわよ?」

 

 こいつってば本当にメンタル強いよなぁ。周囲にこれでもかって見られてるってのに、周りを煽る煽る。マジでやめて下さい。割と本気で。

 

「侍らせてる云々の話はマジでやめろっての。ここ最近マジで生きた心地しねぇんだから。それに別に褒めてるつもりはねぇよ」

 

 周囲の奴らからの死ね死ねオーラが凄い。前世の時には、モテまくってた奴にこんな感情を自分が向けていたなんて思いもしなかった。因果応報とはよく出来た四文字熟語だ。

 

 帰る準備をしながらさつきと話していると、「ちょっと待ったぁー!」とここ最近絡んでくるクラスメイトの声が俺とさつきの会話を中断させた。

 

 朝の時と授業間の休み時間、さらには昼休みに放課後までとは…。外村の奴凄い執念だな。

 

「なぁ、良いじゃん真中。俺達と一緒に映研やろうぜ?な!?」

 

「だから何度も言ってるけど俺は興味ねぇんだって。それに…もし仮にお前達の作る『映像研究部』に俺が入ったとしても、お前達のしたい事は出来ないぞ?」

 

 俺とさつきの机の間にグワっと入って来たのは、小宮山と類友である外村ヒロシだ。

 

 さつきの奴は嫌そうな顔を外村に向けていて、俺と外村の会話に入ってこようとはしない。懸命な判断。俺もさつきの立場なら絶対に無視するだろう。

 

「それでも良い!とにかくお前が入ってくれればあとはこっちでどうにかする!だから頼むッ」

 

 俺の机の上に頭を擦り付けてお願いしてくるこの馬鹿を俺だけでなく、隣の席のさつきを含め教室中の奴らが見ている。あまりにも必死な外村の様子に、真中入ってやれよという視線があちらこちらから飛んでくる。

 

 お前ら人の事だと思いやがってと心中で罵り、さてと目の前で頭を下げている男に思考を戻そう。

 

 映像研究部。略して映研。原作で真中達が青春を送った部活だ。俺としてはどうしても映研に入らなければならないという考えはない。

 

 それというのも、俺が原作の真中と違って映画というものにそこまで思い入れがないのが理由だ。そんな奴が外村の作る映研に入って何をすればいいというのだろう。

 

 外村や小宮山と一緒になって東城達の水着姿やらに興奮していればいいのか?……それは色々な意味でアウトだろう。

 

 でもまぁ、こいつと話すのもわりと楽しいと思っている俺がいるのも事実。どうしようかね。

 

「はぁ…いいじゃん真中。そいつの部活入ってあげれば」

 

「お前そんな簡単に「おおっ!!北大路もっと言ってくれ!」」

 

「あんたは黙ってなさいよ。いい真中、こいつってばこんなにしつこいのよ?入るって言わなきゃ少なくても一学期の間中、絶対に付き纏われるって。もしかしたらそれ以降も…だからここは入ってあげなって。正直、休み時間からこっちうるさくてしょうがないんだよね」

 

 はっはっは。北大路さつき、歯に着せぬその物言い非常に気に入ったぞ…とでも言うと思ってんのかッ!!でも、さつきの言うことも一理ある…。

 

「…分かった、分かったよ。外村の作る部活に入る。これでいいんだろう?」

 

「よっしゃああ!!これで俺のサイトはビッグになるぜぇッ」

 

 俺の返事を聞いた外村の反応が今のこれだ。小宮山のそれを彷彿とさせる劇的な反応。これはやってしまったのではないだろうか。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 そして、時間はあっという間に過ぎていった。原作では外村によって東城と二人で体育館の倉庫に閉じ込められたり、さつきと共に怪我をして体育の授業を見学したり、西野がしばらく振りに会いに泉坂高校へ来たりと、一学期という期間には結構イベントがあったように思う。

 

 だが、原作であったそれらのイベントは一つも起こることなく、現在俺は夏休みに入る前の諸注意…つまりは校長先生の『有難い』話を頂戴している真っ最中であった。

 

「であるからして…」

 

 ……何回同じ事言えば気が済むんだよこいつ。言葉とかが違うだけで、内容はどれも一貫して「この学校の生徒という自覚を持って」ってことだしな。

 

 周りを見てみれば、既に飽きて隣同士で話をする奴や、立ったまま寝ている奴など、誰一人として校長の話を聞いている奴はいないのが現実だ。

 

 先生達も本来なら「校長の話をちゃんと聞け!」と怒るところなんだろうが、俺達同様この無駄に長い話を聞くしかない先生達も俺達に同情してか、無視してくれている。

 

 普段こうして話をする機会がない分、校長は張り切って話をしているんだろう。自己満足の何者でもないと思うが、それを指摘できるような奴がいないのも事実。

 

 俺に出来るのは、一秒でも早く校長が満足して話を終えてくれるのを祈ることのみ。と、そんな事を考えていたら一人の救世主が現れた。

 

「校長先生。そろそろ時間も推していますので、この辺でどうでしょうか?生徒達も校長先生のお話をしっかりと聞いていたようですし」

 

 先生達の並んでいるそこから発せられたそれは、ここにいる校長以外の全ての者達の代弁であり、まっことの英雄だった。そしてそれを発言してくれたのは言うまでもなく…。

 

「黒川先生がそう言うのなら…」

 

「ありがとうございます。お前達!校長先生に礼ッ」

 

 俺達一年八組の担任、黒川栞。彼女のカリスマによって、体育館に集まっていた生徒達約1000人は一斉に壇上に立っている校長に向けて礼をしたのだった。

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

「いやぁさっすが黒川先生!俺もう限界ギリギリだったんです!あ、肩お揉みします」

 

「はっはっは。毎年毎年、あのジジイには私もイライラしていたからな。思い切って言ってみるものだ」

 

 ここは俺達、映像研究部に貸し与えられている部室の中だ。長い足を組んで椅子に腰かけた黒川先生の肩を揉んでいるのは、外村と小宮山の二人。

 

 俺はというと、窓の冊子に腰かけてそんな三人を眺めていた。

 

「でも確かにアレはヤバかったわね。先生が言ってなきゃ、あたしあのハゲをどうしてたかわからないかも」

 

「北大路さん。その、シャツのボタンが外れてるよ?男の子もいるし直した方が…」

 

「いいのいいの東城さん。その人の場合、男子に見られたがってるんだから」

 

 部室の反対側に顔を向ければ、女子三人が仲良く?話している。そうそう、外村に誘われて入らざるを得なかった映研だけど、俺以外にも三人の女子が入部することになった。言わずもがな、東城に西野、さつきの三人だな。

 

 さつきの奴は、自分のせいで俺が入ったと分かっているので芋ずる式で入ることになったけど、東城と西野の二人にはびっくりした。

 

 二人は俺がどの部活にも入らないと思っていたらしく、自分達は思い思いの部活に入る気でいたようだ。それも後で知ったことだけど。

 

 東城は原作でも入っていた文芸部に、西野はなんと料理部に入ろうとしていたらしい。なんでも、東城を家に泊めた際に夕食として出した手料理が不評だったのが不満だったとのことだ。

 

 これは本人に言う東城が凄いのか上手くなりたいと向上心のある西野が凄いのか…。まぁ、そんなわけで二人は入部届けを書き終わり、俺に話してからそれぞれ部活の部長に提出するつもりだったらしい。

 

 と、そんな折俺が映研という部活に入ることになったこと、並びに『さつき』もその部活に入るということを知った二人がとった行動は、自分達が書いた入部届けを破り捨て、外村に映像研究部と上に書いた入部届けを出すことだった。

 

 それから起こった狸、狐、鼬の三匹による三竦みの戦いのようだったとは外村の言だ。どの動物が誰を刺しているのか、それは各々で考えてもらいたい。俺は自分の机の上に伏せて縮こまることしか出来なかったからな。

 

「見せる物もないくせに」

 

「何か言ったかしら北大路さん?」

 

「いいえ何も言ってませんわよ西野さん?」

 

「あぅあぅ…二人とも喧嘩しないで、ね?ね?」

 

 三人のこんな会話は今に始まった事じゃない。この三ヶ月というもの、毎日繰り広げられている光景だ。…気づいたであろうか皆様。そう俺はこの光景を毎日見せられている。休日こそ唯一一人になれる時間だったが、部活に入るにいたり休日出勤も止む無くなった結果がこれだ。

 

 平日は八組の教室で、休日は部室でと三人というか西野とさつきは言い争いとまではいかないが、火花を散らしている。

 

「あぁそこのお三方ちょっとでいいんで僕の話を聞いてはくれないでしょうか?」

 

 と、今日も今日とて火花を散らしている二人とオロオロとしている三人に向かって外村が話しかけた。実は今日が終業式ということもあり、午後は四人で遊ぼうと話していた矢先、外村に部室に集合という俺はそこまでだが、三人にとっては非常に遺憾な声が掛かったのだ。

 

 この三ヶ月というもの放課後や休日に集まるのはいいものの、何もせずただただ駄弁りながらお菓子を食べるという、部活としてどうかという活動をしていたにも関わらず、部活初日以来来ていない黒川先生も呼んで何をしようというのだろう。

 

「ゴホンッ今日集まってもらったのは他でもない。夏休みが明けた二学期。泉坂高校が誇る学園祭、嵐泉祭が来る。それに向けて俺達は映画を上映したいと思ってるわけ。ま、映像研究部って部活名だし学園祭で何もしないっていうのは拙いからな」

 

 外村のその言葉にそれでいいよーとばかりに、俺を含めた皆が特に異を唱えることはない。だが、そんな中でふふんとばかりに足を組みどこぞの女幹部のようにしている人物に自然と視線が集まる。

 

「お前達、嵐泉祭をただの学園祭だと思っているようだが、それは間違いだ。嵐泉祭で売り上げ一位となった部活またはクラスには、ある特典が与えられる」

 

「特典?」

 

「そうだ北大路。お前が今考えた事が許されるとしたら…どうだ?」

 

「早弁出来るんですか!?」

 

 特典という単語から早弁を思いつく女子はお前だけだよ。そんな俺の心中を余所に、黒川先生は東城と西野にも話を振る。二人は「抜き打ちテストなし…」やら「図書室の本の補充…」など、自分の欲望を口に出している。

 

「お前達の中では東城の物が現実的ではあるが…特典とは休日祝日関係なく、10日間の休みを貰える他学校から少なくないボーナスが貰える。まぁ、赤点をなかった事にしてもらった奴や持ち物検査で見逃してもらった奴などいるがな」

 

「赤点なし!?」

 

「持ち物検査回避!?」

 

 赤点なしと叫んだのはさつき。持ち物検査回避と叫んだのは小宮山だ。どっちも理由が容易に想像出来るな。

 

「そして、生徒達だけでなく私達教師にもその特典は与えられる」

 

「よっ流石黒川先生。自分の為と素直に言えるあなたを僕は心の底から愛しています!」

 

 外村のゴマすりならぬよいしょならぬ愛の告白を受けても黒川先生は微塵も揺るがない。むしろ俄然調子に乗ったのか、席を立つと自分が座っていた椅子に片足を乗せ、自分の胸に手をやると東城達女子に視線を向ける。

 

「幸いこの部には、美人どころが私を含め四人いるからな。色香で男子どもを集めれば、売り上げ一位など簡単だ!」

 

 そう言って自分の胸を揉む黒川先生は、何だか残念な人に俺には見えた。

 

「よ、良ければ僕が揉んで差し上げますよ?ゲヘゲヘ」

 

「お、俺も!ゲヘゲヘゲヘ」

 

 あぁ、ここにアホ二人がいたな。

 と、いうことで、これから嵐泉祭に向けて第二シーズン始まりですかね?




シレっと投稿します。このssまだ読んでくれている方がいるかわかりませんが、完結させたい気持ちは変わっていませんよ?ww
ネット小説漁りブームがまだまだ治まらないうたわれな燕ですが、これからも頑張ります!今年は三十話まで投稿したいかな?

あ、一応言っておきますか。
あけましておめでとうございますww(*^^*)


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第二十一話

 

「と、まぁここまでは一位になった時の特典ばかり話したが、当然その逆もあり得るわけだ」

 

「逆というと…」

 

「最下位ってことよね?」

 

 外村と小宮山の二人が黒川先生の足元でヘラヘラと笑っているのをこの場にいる全員が無視し、黒川先生の話の続きに耳を澄ます。原作だとこのまま合宿に行く流れになった気がするけど、果たしてこの世界ではどうなるやら。

 

「そうだ。売り上げ最下位となった部は、部の消滅及び勝者の奴隷となる」

 

「「「奴隷ッ!?」」」

 

 女子三人の声が重なり、そこに至って外村と小宮山の二人も現実に帰ってくる。奴隷ってそんな大袈裟な…。先輩達からのパシりとかそんなんだろ?

 

「男子は主に肉体労働。西野や東城、それに北大路なんて可愛いんだから、何されるかマジでわかったもんじゃないな」

 

「と、外村が言うようにそんな事が起こるかもしれない。まぁ、最下位にならなければそれは自動的に回避されるがな」

 

 正直、東城達三人がいれば最下位にはならねぇとは思う。黒川先生っていう大人の色気ムンムンの人もいるわけだし。

 

「とまぁ色々言ったが、ようは一位を取ればいいわけだ。さっきも言ったが、ここには美人所が四人もいるわけだ。これを利用しない手はないだろ?」

 

 黒川先生は、上から三人の顔を右から左というように見回していく。それに「う…」「あう…」「上等よッ」とそれぞれ反応を返しはしているが、あれは黒川先生の雰囲気に飲まれてしまってるな。

 

「ふん。それじゃあ詳しい事はまたお前達の方で考えておいてくれ。私が手伝えるものは極力手伝うからな」

 

 俺達というか女子三人を煽るだけ煽って、黒川先生は部室を出て行く。西野はその背に向かって舌を出し、東城は俯いてため息を出し、さつきは黒川先生に向けて拳を突き出している。

 

「よしッそれじゃあ今日はこのまま解散!各自どんな映画を上映するかとか色々考えてくること。明日もまたこの時間に部室集合な」

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

 外村の言葉を最後に、三々五々散るように部室を後にした。と、言えればなんとなく小説っぽいんだが、いかんせんこれは現実。俺は今、三人の女子達と一緒にファミレスでドリンクバーを飲んでいるところだ。

 

「ふぅーでも淳平君達の先生凄いよねぇ。あの色気とか普通の先生には出せないでしょ」

 

 向かいの席でミックスジュースを作って飲んでいる西野が、背もたれに背を預けてうーんと伸びをしながらそう話す。色気云々よりも、ドリンクバーを頼んだらジュースを混ぜるその癖を治した方がずっと大人になる近道だと思うけどな。

 

「あんたに同意すんのは悔しいけど、確かにあの人の色気には勝てないわね。胸があるとかないとか、あの人には関係なさそうだし」

 

 西野の隣で、レモンティーを飲むさつきは部室で黒川先生がしていたように、自分の胸をぐにゅぐにゅしながら話す。マジでこいつアホだろ。こんな公共の場でそんな事すんじゃねぇよッ!こっちが恥ずかしいわボケッ。

 

 と、文句を言いたいのを我慢して明後日の方に顔を向けて黙ってコーヒーを飲む。文句を言っても、直ぐに言い返されて負けるのがオチだ。さつきには口喧嘩で勝てる気がしない。

 

「あはは…でも色気で勝負っていうのは私は嫌だなぁ。恥ずかしいし…」

 

 俺の隣でそんなことを言うのは東城だ。眉を八の字にして困っている、

 

「まぁねぇー。でも最後のアレを見る限り、あの先生絶対に何かあたし達にさせようとしてるよね。外村君達もだけどさ」

 

「やるのは別にいいけど、真中以外の男に見られるってのがちょっと引っ掛かるかなぁー。ってそうだ!真中ッ夏休みだし、海行こうよ海!」

 

「あぁッ!ちょっと何勝手に淳平君誘ってんのよ!こっちは前から約束してるんだからね!」

 

 ああだこうだと、また始まった二人による口論を東城と俺は苦笑を浮かべて見るしかない。必ず、どこかで俺もしくは東城が巻き込まれることになるからだ。

 

 と、今回は東城が西野によって巻き込まれ、三人がわちゃわちゃと話しているのを横に、なんとなく窓の向こうに目を向ける。

 

 まだ、お昼が過ぎて間もないというのもあり、外ではたくさんの人々が行き交っている。本来なら俺もあの人たちと同じように、仕事に精を出していたかと思うと不思議な気持ちになってくる。

 

 勉強することが学生の仕事。自分の生活を守る為、家族の生活を守る為、大人は給料を貰う為に働いている。労働が大人の仕事なのかな。学生がするバイトとも違う、大人の仕事には責任が伴ってくる。

 

 …俺は誰のために仕事をするんだろう。自分の為?それとも…。ふと、外にやっていた視線を隣にいる女の子に向ける。

 

「…君の為なのかな?」

 

「え?」

 

 って何考えてんだよ俺は!東城だけじゃく、西野もさつきも俺の方見てるし、何より東城の顔真っ赤だぞ!?俺何言った?口から出てたのか?

 

「ま、真中君、どうしたの?あの、いきなり、君の為って言われても、その…」

 

 …マズい。明らかに口走ってたなこれは。西野とさつきの顔を怖くて見れない。

 

「ま~な~かぁ?」

 

「じゅんぺ~くん?」

 

「ハハハハ…気のせいじゃね?」

 

 その後、俺の誤魔化しは当然通用するはずもなく、三人と別れるその時までイジリ倒されることになってしまった。油断大敵。これを俺の心の辞書に入れておこう。

 

 とにもかくにも、俺達は嵐泉際で上映する映画をどうするか考えることになった。原作だと映画を自分達で作っていくわけだけど、真中が俺だからなぁ。映画を見るのは好きだけど、撮るのは好きじゃない。というか、ビデオ自体撮ったことが殆どないってのが正直なところ。

 

 携帯のムービーとか、そんな簡単な物なら俺だって撮ったことはある。友達とふざけて撮ったのが大半だけど。

 

 ま、実際どうなるかわからねぇけど、俺は俺でTUTOYAで色々借りてくるか。ジャンルも色々あった方が面白いだろうし、東城とか西野、さつきの三人だけでも選んでくるジャンルは違いそうだから面白いよな。

 

 さて、三人を送ったら早速借りて来よう。映画を決めるだけでダラダラと時間を潰しても仕方ないしな。 

 

▼ ▼ ▼ ▼

 

唯side

 

 …ここは本当に変わってないなぁ。引っ越してから5年も経ってるのに、あの時のままだ。…『アイツ』も変わってないのかな。って、変わるわけないか。

 

 それにしても、お父さんってば本当に心配性だよね。唯だってもう中3だよ?半年も経てば高校生だって言うのに…。

 

 ガラガラと着替えとお土産を入れたトランクを引きながら、今も覚えている道を私は歩いていく。

 

 あ…ここ、犬に追いかけられたところだ。私が小4の時だから6年前か。アイツってば、唯の肉まん投げちゃうんだもん。せっかくアイツに奢らせて、食べるの楽しみにしてたのに。

 

 でも…。あの時のアイツ、ちょっとカッコよかったな。

 

 唯の記憶の中で、走って逃げたから息が苦しくなって、でも唯に笑いかけてくるアイツの顔は、何だかちょっとだけ誇らしいんだ。

 

 覚えてるかな、唯のこと。…もし忘れてたりしたら蹴っ飛ばしてやろっと。

 

「待ってろよ。泣き虫じゅんぺー!」

 

「…どなたを待っていればよろしいんでしょうか、おちびさん?」

 

「うぇッ!?」

 

 後ろから突然話しかけられてビックリし、直ぐに振り向いてみればツンツン頭の男の人がそこにいた。

 

「え、えと、その…」

 

 いつもなら初対面の人でも普通に受け答え出来るのに、今は聞かれていた恥ずかしさとおちびさんと言われたことにムカついたので、頭がいっぱいになってしまった。

 

「たく…人の名前に泣き虫なんて付ける癖に、何も言えないのなお前って。まぁ俺は大人であるからして、君を許してあげようと思う。どうかなおちびさん?」

 

 ッ!!また唯の事おちびって言った!初対面の女の子にそんなこと言う!?マジでムカついた!恥ずかしさなんて、この怒りの前では塵にも等しいと教えてやるんだから!!

 

「人の事おちびおちびって失礼でしょ!それに、唯が待ってろって言ったのは、アイツの事であんたの事じゃ……」

 

 そこでハッとなって、改めてツンツン頭の男の人を見てみれば、唯の知ってるアイツを大人にしたような顔がそこにあった。

 

「ほぉ~それじゃあおちびは誰を待ってたのかな?じゅんぺーって名前は確かに俺以外にもいるし、俺の人違いだったらすま「じゅんぺー!!」おっと」

 

 じゅんぺーだ!唯が助けて上げてたじゅんぺーだ!でも、目の前にいるじゅんぺーは唯の知ってるじゅんぺーより大きくて、ガッシリしてて、…ちょっとカッコ良かった。

 

「人違いじゃなかったな。そう、お前の知ってる淳平は俺だよ。んで、4、5年前に引越ししたおちびがどうしてここにいるんだ?」

 

「おちびって言うなってば!これでも、14…cmはあるんだよ!」

 

「いやいや、誤魔化すにしても無理があるだろ。で、マジでどうしたんだ?そんな荷物持って。確か中学も夏休みだろ?」

 

 そう言ってじゅんぺーは唯が手を放したせいで転がっていたトランクを起こした。あ、もう傷が付いてる。お父さんに買ってもらったばかりなのに…。

 

「ん?あぁこれはさっき落とした時に付いたんだな。って、こんくらいで泣くなっての!確かさっき買ったジュースに…よし、このシール貼れば目立たねぇだろ」

 

 じゅんぺーは持っていたビニール袋の中からペットボトルを取り出して、その口先に付いていたオマケのシールをトランクの傷付いている所に貼った。

 

 そのシールはご当地ヒーロー物みたいだった。黄色のトランクとそのご当地ヒーローがちぐはぐしていて、思わず笑ってしまった。

 

「お、気に入ったのか?こんなのが嬉しいなんて、おちびはまだまだ子どもだな」

 

「子どもじゃないしおちびでもないってば!」

 

「おーおーそれだけ元気が出れば大丈夫だな。さて、こんな荷物を持ったまんまじゃ流石にかわいそうだから、俺ん家行くぞ~」

 

「あッま、待ってってばー!」

 

 じゅんぺーの背中を慌てて追いかければ首だけで振り返って。

 

「そういや、あいさつがまだだったな?おかえり…唯」

 

 なつかしいような、でも今は高校生っていうちょっと大人なその顔は…

 

「…ただいまッ淳平!」

 

 ちょびっとだけ、そうちょびっとだけ!カッコいいかも?……ううん。やっぱり気のせいだ。だって…だって…

 

「ッてじゅんぺー!女の子がこんな重たい荷物持って歩いてるんだよ!?普通なら持って上げるのが男だろー!!」

 

「俺は男女平等主義」

 

 やっぱり、じゅんぺーはじゅんぺーだった。これでも、引っ越ししたあっちじゃ唯だってちょっとはモテるのに…。馬鹿じゅんぺーッ!

 

 




……シレっと投稿してみたりします。
大変にお久しぶりです。まだ読んで下さる方がいることにびっくりしつつ、
本当にしばらくぶりに指を動かしてみました。
文字数も全然足りませんし、投稿したら変に期待させてしまうかもとも思いましたが、リハビリも兼ねて書いてみました。
やはり、文章を書くことって難しいです。
次の話を投稿するのか、はたまた時間を開けてしまうのかそれはまだ分かりませんが、どうぞ期待をせずにお願いします。
それではまた、いつか。
うたわれな燕。


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