勝手にセイバーマリオネットJ (ニラ)
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Prologue

 

 

 Prologue

 

 

 数百年以上も昔の話、22世紀も終りの頃。

 加速度的に増加した人類は、最早地球という一つの星の中で生きるにはその数を増やし過ぎていた。

 住む場所の問題、貧困の差、他にも多くの問題を抱えていたが、それらに加えて最も厄介なのが食糧問題だ。

 既に人類は、地球の中だけでそれらを処理することは出来なくなっていたのだ。それ程までに人は増え、増加していったのだ。

 

 改善されることの無い、種々の問題。にも関わらず、それでも尚増え続ける人口。

 当時の地球人類は、其の問題を打破するために一つの方法を選択した。

 それは、人類にとっての新たな揺り籠――第二の地球を開拓することである。

 惑星間航行機能を有した移民船を使い、人類を未だ見ぬ、新たな新天地へと旅立たせようと言うのだ。

 

 要は、総人類移民計画であった。

 地球でのそのような試みから数百年……。地球から遠く離れた銀河の端、そこに存在する惑星テラツー。

 

 この星には、『新天地を求めて旅だった地球人』達によって、新たな文明が築かれていた。

 

 時間にして300年前。

 惑星間航行艦、『メソポタミア号』に乗ってやって来た者達。

 その末裔たちによって富み、栄えた新たな地球である。

 

 地球に於ける人類の歴史から見れば、それはほんの微々たる時間でしか無い300年と言う僅かな月日の中で、人々は増え、広がり、そして文明を桜花していった。

 道を作り、都市を作り、生活圏を広げ、此処は正に人類にとって第二の地球――テラツー(TERRA tow)と呼ぶに相応しいまでになったのだ。

 

 ……だが、ただ一つ。

 そう、たった一つを除いて、この星は地球と似ても似つかない所が存在した。

 

 それは――この星には、『女』が全く居ないのだった。

 

 もっとも、それは300年前の段階からして、既に問題を孕んだ状態だったのだ。

 この惑星テラツーの大地に降り立ったのは、なんと僅かに6人。

 

 徳川家安、

 ゲルハルト・フォン・ファウスト、

 アレクサンドル・キーシン、

 ジョイ・ヒューリック、

 王庸平、

 ヴィレイ・メディチ

 

 3000人居た乗組員の内、無事にテラツーの大地に足を踏み入れたのは僅か6名だけだった。

 そのうえ、彼らは皆が男だったのだ。

 女の居ない環境で子を成すことが出来るはずも無く、彼らの取れる方法は限られていた。

 皆が其々星を渡り歩き、自身の安住の地となる場所に其々の体細胞から培養、クローニングした子孫を伴って国家を作り上げたのである。

 

 故に、この星には女は居らず、ただ男が存在するのみ。

 

 そして女という、男にとって……いや、生き物にとって切り離すことの出来ない存在を無くしたまま、彼らは文明を築きあげてきた。

 とは言え、だからといって彼らが女という存在を忘れたのか? と言うと、決してそうではない。

 彼らは女という存在を忘れないために、それを模した存在を作り出したのだ。

 機械の身体と人工の肉体を併せ持った存在――通称マリオネットを。

 

 



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01話

 

 

 テラツー歴307年

 

 季節は春……とでも言うのだろうか?

 麗らかな陽気と暖かい風が、道行く人達の気分も良くさせるのか?

 街中を行く者達は笑顔を向け、それぞれが互いに笑い合っていた。

 

「今日は良い魚が――」

 

「ウチも良い大根が入ってさ――」

 

「さぁさぁ、見てってくんな。今日は何と――」

 

 道々で商売に精を出す人々の声が聞こえ、正に平和……と言う言葉がしっくりと来る。

 とは言え、時刻は未だ朝の7時を回った程。本当に活気が出てくるのはこれからまだ先のことだろう。

 

 さて、そんな騒がしい街並みから一本外れた路地裏に、一つの集合住宅があった。一棟の建物を水平方向に区分し、それぞれを独立した住戸とした建物……まぁ、所謂『長屋』というやつだ。

 テラツーに存在する6つの都市の一つである、此処“ジャポネス”では、それ程珍しくも無い住居形式の一つである。

 だがしかし、そう、しかし……である。

 そんな何処にでも有るような、取り立てて珍しくも無いような長屋である筈なのにである。

 それも此処、“かさはり長屋”ではほんの少しだけ、他所とは違う所があった。

 それは……

 

「いい加減にしやがれってんだッ! この野郎!!」

「んギャォワ!!」

 

 ゴギン!!

 

 と言うような、とても人の肉体から聞こえるような音ではない、そんな破壊音を周囲に響かせながら、一人の男の怒鳴り声が反響した。

 

「ったくよ! 毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝毎朝! 手前は飽きるって事を知らねえのかっ!」

「――そんなっ!? 飽きるだなんてとんでも無いよ! ……良いかい、小っ樽ク~ン、僕はね、キ・ミ・を……」

「だから、そういうのを止めろって言ってんでぃ!」

 

 バゴォン!!

 

 と、ほんの少しの会話を挟んで、再び酷い打撃音が聞こえてくる。

 この長屋ではこんなやり取りがほぼ毎日……年間を通して350日程の割合で行われていた。

 それが此処、“かさはり長屋”が普通とは少し違うところである。

 その為――と言う程の物ではないかも知れないが、この長屋に長く住み着いている者ならば兎も角、新たに引っ越してきた者などは中々に馴染めるものではなかった。

 そんな訳でこの長屋、常時入居者募集中だったりする。

 

 だがこんな傍迷惑な朝の出来事も、この長屋に住み着く者達にしてみれば

 

「あぁ……今日も朝がきたか」

 

 と言った具合だったりするのだった。

 

 隣の部屋(要は小樽の部屋だが)から聞こえた喧騒によって眼を覚ました少年は、一言そう呟くように言うと、グッと大きく身体を伸ばした。

 そして首を2~3度ほど左右に倒して、『ゴキ、ゴキ』と鳴らすと

 

「さて、顔でも洗いに行くかな」

 

 と言って立ち上がるのだった。

 

 さてこの少年、年の頃はザッと見ると17~18歳程。身長は低い訳ではないがそれ程高くも無く……170前後といった所だろうか?

 眼は鋭く、薄く脱色したような茶色い髪の毛を無造作に切り分けた髪型。それに加えて寝間着の作務衣のような物を着ている。

 

 少年の名前は、『天内蔵人《あまないくらんど》』という。

 この“かさはり長屋”に一年程前から住んでいて、既に朝の騒動にも慣れてしまった住人であった。

 

 ガラッ! と玄関で有る引き戸を勢い良く開け、蔵人は共同の水場へと向かった。

 そして井戸から水を汲み出すと、それでザブザブと顔を洗う。

 

「ッはぁー……相変わらず冷ったいな」

 

 前かがみの状態から顔をあげると、如何やら眠気は綺麗に晴れたらしい。蔵人はブンブンと顔を左右に振りながら、サッパリした表情で言葉を漏らした。

 続いて蔵人が歯を磨こうとしていると

 

「――ったくよ、花形の野郎は……毎度毎度……」

 

 蔵人の後ろから別の少年――先程の騒ぎの中心人物が歩いてきた。

 短く切り上げた髪の毛を、後ろ側だけ軽く縛れるようにした髪型をしており、根巻きの代わりにしていたのか甚兵衛のような物を着込んでいる。

 背は160前後だが、年の頃は16~17と、こちらは先に来ていた蔵人と比べても然程変わらないような年齢に見えた。

 

 蔵人は、歩いてきた人物に視線を向ける。

 

「小樽、お早う」

「おう! 蔵人もな。しかし、相変わらず早ぇんだな?」

「別に早くはないっての」

 

 歩いてきた少年、『間宮小樽《まみやおたる》』に軽く手を挙げて挨拶をすると、小樽も元気に挨拶を返して蔵人の横に並んだ。

 そして井戸から水を汲んで顔を洗うと、

 

「くぅー……! 効くぜぇ!」

 

 と口にする。

 蔵人はそんな小樽に「ハハハ」と軽く笑うと、「あも」と擬音を発しながら歯ブラシを口に含んだ。

 

 小樽もそれに遅れて、同じ様に歯ブラシを口に含む。

 

 『しゃこしゃこ』と歯を磨く音がする中、蔵人は不意に小樽に向かって声をかけた。

 

「しかし、何だな? ……朝からなんだが、お前のところは相変わらずだよな?」

「あー……花形の事か? 正直な所さ、俺も結構まいってるんだよな。ったく、毎朝毎朝、堪ったもんじゃねぇぜ」

 

 蔵人の言葉に小樽は少しばかり眉を顰め、ゲンナリしたような表情を浮かべながらそう返してきた。

 

 小樽の言う『花形』と言う人物。

 それはジャポネスに資本を置く巨大百貨店、『上州屋《じょうしゅうや》』の跡取り息子である、花形美剣《はながたみつるぎ》のことだった

 何でもその花形、此処に居る間宮小樽の事が好き(愛している)らしくて、事ある事に周囲の迷惑も省みずにラブコールを送っているのだった。

 

 朝、昼、晩、の関係なく、

 仕事中だろうが、

 食事中だろうが、

 睡眠中だろうが、

 厠に居ようが、

 銭湯に居ようが関係なく。

 

 目的である小樽に付いて回るといった事をしているのだった。

 

 正直、される側としては堪ったものではないだろう。

 

 ……一応補足しておくが、女が存在しない『宇宙一汗臭い惑星、テラツー』に於いて、同性愛と言うのは別に変でも何でもない。

 まぁ、自然だとは誰も言ったりはしないだろうが、この300年と言う年月の中で、それがむしろ普通である――といった状態には成っている。

 現にこの星でもしっかりと冠婚葬祭業は存在しており、年間に結構な数の男×男カップルが誕生して婚姻を結んだりしているのだ。

 

 もっとも、流石に婚姻届は存在しないようだが……。

 

 蔵人は小樽の言葉に、件の花形のことを思い浮かべ――

 

「ま、少なくとも、普通にしてる分にはアイツも悪人じゃあないんだけどな」

 

 と口にした。

 まぁ、どうやらそれは小樽も同感で有るらしく

 

「そりゃ、そうなんだけどさ。付き纏われるこっちの身にも成ってくれってんだ」

 

 とのこと。

 それには蔵人も「まぁそうだよな」としか返すことが出来ないでいた。

 

 見てる分には面白いかも知れないが、もしそれが自分に及んだら――と想像すると、正直蔵人としても気がきではない。

 むしろ『そんな事をされれば、きっとその相手をどうにか処理してしまうかな?』と、随分と物騒な考えをしてしまうのだった。

 

 蔵人はそんな思考にたどり着くと、

 

 ポンっ

 

 と軽く小樽の肩に手を置いた。

 そしてやおら真面目な顔をする。

 

「何だよ、急に真面目な顔して?」

「小樽……慣れろとは言わないが、辛くても殺しだけはするなよな?」

「ブッ!!」

「おわっ、キタねぇ!!」

 

 蔵人の言葉に驚いた小樽は、口の中に含んでいた歯磨き粉(既に泡になっているが)を吹き出すと咽たように咳き込みだした。

 蔵人も突然の事に対応しきれず、幾つかソレを被弾してしまう。

 

「いきなり何を言いやがるんでぃ! 俺がそんな事するわきゃねーだろうがっ!!」

「……そうかい、悪かったね」

 

 続けて言われる小樽の怒声に、それと同時に口から大量の歯磨き粉が蔵人に飛来する。

 蔵人も今回はそれらを匠に避けつつ、先程被弾した分をタオルで拭きながら返答するのだった。

 

 因みに

 

 今まで二人の間で行われた会話は、実は歯磨きをしながら行われたものなので周りからは殆ど

 

『ほへひひへほ……』とか

『はー……ははははほほほは?』等の奇妙なハ行言葉にしか聞こえていなかった。

 

 あらかた歯を磨き終えると、二人は揃って口に水を含み

 

 ガラガラガラガラ――……

 

 と口を濯ぐ。

 だが丁度吐き出そうとしたタイミングで、スッと人影が横に入ってきた。

 その人影に二人は「何だ?」とぞれぞれ目をやると、蔵人は直ぐに

 

(なんだ……)

 

 と内心呟いて視線を前に戻し、何事も無かったかのように口から水を出した。

 しかしそんな蔵人とは違い、小樽は思わず口に含んでいた水をゴクリと飲み込んでしまう。

 

 蔵人は、そんな小樽の行動を見て『きったねーな……』と考えつつ、肩に掛けたタオルで口元を拭くのだった。

 

 さて、横から入ってきたその影。それは長く美しい黒髪をしており、また露出度の高いミニの振袖を着た、魅惑的な美しい女性――では無かった。

 この惑星に女性は存在しないのだから、それが女性で有る筈が無いのだ。

 今こうしてこの場に居るのは、女性型アンドロイド。通称、マリオネットと呼ばれるロボットだ。

 

「小樽……コレには良い加減に慣れろよ。その娘は、源内爺さんのところの“じぇみに”ちゃんだぞ」

「オ、オウ! 解ってらい! ……す、すまねーな、その、これから朝飯の用意なんだろ?」

 

 小樽は頬を紅くしながら、自身の隣に居る“じぇみに”そう言葉を掛けた。

 

 そんな小樽の言葉に対して、“じぇみに”の反応はアッサリとしたものだ。

 特に飾る訳では勿論無い、単調で抑揚のない反応で言葉を返す。

 

「はい。間もなく、ご主人様のお目覚めになる時間ですので」

「そ、そっか。……ハハ」

 

 だが小樽の反応はそうではなく、何やら照れたような反応を“じぇみに”へと返している。

 

 この間宮小樽と言う男、度胸は十分で切符もよく、それにカラッとした性格をした……所謂いい奴であるのだが、どうにもこの星に生きる人間として見た場合、変わり者の分類に入るような人物であるのだ。

 それがこの、機械であるマリオネットに対して、どういう訳か照れの反応をしてしまうところにあった。

 

 惑星テラツーに女は存在しない。

 

 だがそれでも、女がどう云うモノであるのかを忘れないように……との事で、マリオネットは女を模して造られているのだ。

 とは言え、実際はそれも既に遙か過去のこと。

 今となってはマリオネット=労働力としての図式が成りたっており、それが一般的な解釈や認識と成ってしまっていた。

 つまりは、小樽のようにマリオネットに対して何らかの感情を抱く、又は一人の人間のように接する人間は、この世界では非常に珍しい……いや、むしろ変人の部類に入るとさえ言えた。

 

 とは言え、そんな小樽のことを横で見ている蔵人も

 

「またか……」

 

 と言葉に出しはするものの、心では

 

(まぁ、気持ちは解らなくも無いけどな……)

 

 と思うのだった。

 

 実のところ、小樽と蔵人。

 此の二人がそれなりに仲が良さげなのは、蔵人がこうした小樽の嗜好を理解している相手だからだったりする。

 

 とは言え、蔵人の場合は小樽の

 『マリオネットを伝説の女のように思ってしまう』のとは違い、

 『女の姿形をしたマリオネットを、無碍に扱いたくはない』といったものだ。

 

 人が聞けば、その考えに、いったいどれ程の違いが有るのか?

 と首を傾げるだろうが、だが本人からしてみれば、二つの考え方には天地ほどの開きがある……らしい。

 まぁどの道、マリオネットを大切に扱い過ぎる――という点では、二人はやはり似てるのかも知れない。

 だがそれでも、蔵人はある程度の慣れみたいなところがあって、ある種、割り切りに近い考え方をしているようだ。

 そのため、小樽のような慌て方をしたりはしない。

 

 もっとも、この世界の一般的な視点で見てみれば二人は間違いなく変わり者であり、異常性愛者に分類されるのかも知れない。

 

 しゃかしゃかしゃかしゃか……

 

 水場に米を研ぐ音が響き、それに加えて小樽の「はは……ははは」といった渇いた笑い声が重なる。

 既に歯磨きを終えた蔵人は、少し離れた場所からそんな様子を腕組しながら眺めていた。

 

 そして“じぇみに”は米研ぎを終えると、二人に一礼して去っていった。

 蔵人は軽く「じゃあな」と言葉を掛け、小樽は「オ、オウ! 爺さんに宜しくな」と、何やら声を挙げて言うのだった。

 

 そうして“じぇみに”の居なくなった水場で、小樽はガクッと肩を落とすと

 

「はぁ……。なぁ蔵人、マリオネット相手に欲情しちまう俺はさ……やっぱ、どっか変なのかな?」

 

 と、小樽は蔵人に尋ねるようにして聞いてくる。何やら朝から、随分と落ち込んでしまったようだ。

 だがそんな小樽の問い掛けに、返すように蔵人は溜息を一つ吐いた。

 

「あのなぁ小樽。その質問を俺にするのは、今回でなんと32回目だ。……しかも、今年に入ってな」

「そっか……すまねぇ」

 

 実のところ、蔵人は小樽に同じ様な質問を何かと言うと問われ、そしてそれに対して必ず同じ答えをもって返事を返していた。

 当然小樽もその事を理解していて、蔵人がどう言ってくるのかを解ってはいる。

 

 だがそれでも、こうしてその言葉を聞くことで安心をしたいのだ。

 それを解っている蔵人は幾分面倒だと思いつつも、いつも小樽に同じ様に返事を返してやっていた。

 それは――

 

「小樽、お前は――」

「小ッ樽君ーーーーッ!! 君は、間違ってるっ!!」

「どぅわっ! 花形!?」

 

 蔵人が軽く笑みを浮かべて小樽に声をかけようとすると、その間隙をぬって一人の男……花形美剣が飛び込んできた。

 そしてそのまま、花形は小樽に抱きつくようにして力強くしがみついている。

 

 場を挫かれた蔵人は、一瞬、『ヒクッ』っと口元を歪めた。

 

「良いかい小樽君っ! あんなのは唯の機械だ、金属の塊だ! それを、そんな風に欲情しちゃうだなんて……。どう考えても異常だよっ!!」

「おま、花形……離れろッ! 気色悪ぃ!!」

「いいや、離れないぞ!!……離れるもんか。僕はね小樽君、君が望むなら……その熱い獣欲を幾らでもこの体『ドガン!』でッ――!?」

 

 猫なで声になりながら小樽に縋り付いていた花形に、蔵人は横から蹴りを入れて引き剥がした。

 

「ゲ、ゴンギャはぁ!!」

 

 どうやら結構な力で蹴られたらしく、花形は地面を数m程滑って転がって行く。

 そして長屋の壁にドッカーン!! と激突すると、ピクピクと身体を震わせて痙攣をし始めた。

 蔵人はそんな花形の末路を見てから「ふん……」と鼻を鳴らし、クルッと小樽の方へと向き直る。

 

「大丈夫か? 小樽」

「あぁ、すまねぇ……ったく、何考えてんだ、あの野郎は!」

 

 倒れ込んでピクピクとしている花形に目を向けながら、小樽は乱れてしまった服装を整えるのだった。

 だが、花形という男は『何』で出来ているのだろうか?

 それなりのダメージを負っている筈なのに、何処にも怪我らしい怪我をつけた様子もなく、不意にガバっと立ち上がってきた。

 顔に蔵人の足跡を付けて。

 

「何をするんだい蔵人! ……ハッ、まさか!? 前々から薄々とは感じていたけど、君も、君も小樽君を愛して――駄目だ! 絶対に駄目だ! 小樽君の事はずっと前から僕が!!」

 

 バゴォォォォォンッ!!

 

「だから、ソレを止めろって言ってんだよ!!」

 

 蔵人に対して今にも飛び掛らんばかりに興奮していた花形の顔を、今度は小樽が思いっきり殴り飛ばすのだった。

 

 



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02話

 

 

 惑星テラツーは地球からの移民船メソポタミア号に乗ってきた6人の生き残り達を祖先とする、クローニング技術によって栄えた男だけの惑星である。

 そしてその6人の直系クローンを元首とする6つの都市国家が存在し

 

 徳川家安《とくがわいえやす》を祖とする『ジャポネス』

 ゲルハルト・フォン・ファウストを祖とする『ゲルマニア』

 アレクサンドル・キーシンを祖とする『ペテルブルグ』

 ジョイ・ヒューリックを祖とする『ニューテキサス』

 王庸平《おうようへい》を祖とする『西安《しーあん》』

 ヴィレイ・メディチを祖とする『ロマーナ』

 

 これら6つの都市が、其々の文化を持って国家を運営しているのだった。

 

 だが惑星への不時着から300年。

 遺伝子操作やクローン技術の発達などはあるものの、星の影響かどういう訳か? 彼らは一向に女を創りだすことには成功していない。

 この惑星は300年言う短い期間で、それこそ途轍もない進歩をした星ではあるが、それと同時に刻一刻と滅びの道へと突き進みつつもあった。

 女の居ない歪な世界。そこで代わりに造られたのが機械の乙女、マリオネットである。

 

 当初は正に、『女の代わり』として存在したマリオネットだったが、今ではその役割を失くし、人の手の届かない所への労働力ととして使われるように成っている。

 それは軽作業から重作業、または介護から軍事と多岐に渡る。

 マリオネットはその本来の意味を亡くしてはいても、人にとって『大切なモノ』という事に関しては、今尚受け継いでいるのだった。

 

 ジャポネス城・天守閣・謁見の間

 

 そこには恰幅のいい体格をした初老の男……第十五代将軍・徳川家安《とくがわいえやす》と、

 そして幕臣の一人である大江久保彦左衛門《おおえくぼひこざえもん》、更に二体のマリオネットが居た。

 マリオネット達ははそれぞれが妙齢な女性の姿で造られており、いずれも美しい顔立ちをしている。

 

 一方は白み掛かった薄紫色の長い髪の毛をしており、つり目がちな瞳をしている。

 手には薙刀を持ち、また着流した赤い着物の胸元からは肉つきの良い胸が見え隠れしていた。

 

 もう一方のマリオネット、こちらは翠色の髪の毛を後ろ手に縛り上げ、背中に二本の長刀を差している。

 丸みを帯びた瞳をしていて、全体的に青や緑を基調とした着物を身につけた……前者に勝らずとも劣らない肉体の持ち主である。

 

 とは言え、それでもこの二体はマリオネットである。

 その為か両者の瞳には力ない光が宿るだけだった。

 

 家安はその場に居る者達に軽く視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。

 

「さて彦左《ひこざ》よ……ゲルマニアの、ファウストめの動きはどうじゃ?」

 

 部屋の最奥、上座に位置する場所に座っている将軍が、正面で正座をしている彦左衛門に尋ねた。

 彦左衛門は軽く頭を下げると、キッと真面目な視線を家安へと向ける。

 

「はっ!……ゲルマニアの動きを、此処に居ります『梅幸《ばいこう》』と『玉三郎《たまさぶろう》』に調査をさせましたところ、どうやら上様の御言葉通り」

「むぅ……」

 

 彦左衛門の言葉に、家安はその後方へと控えていた二人のマリオネットに目を向ける。

 するとその内の一体、薄紫の髪の毛をしたマリオネット『玉三郎《たまさぶろう》』が一歩前にでてくる。

 

「御報告いたします。ゲルマニア領内に間諜《かんちょう》を放ち、情報を集めましたところ……どうやら大規模な軍事行動が取られている模様でございます」

「軍事行動とな?」

「御意に。恐らくは、他国への侵略準備ではないかと」

 

 す……と頭を下げながら言った玉三郎の言葉に、家安は口元に手をやって唸ってみせた。

 

 そして思う……「やはりな」と。

 

「やはり動き出したか……。年初めに行った、我々元首6人による会談の時から、何やら怪しいとは思うておったが」

 

 唸るような声を挙げながら、家安は当時のことを思い出して言った。

 

 ゲルハルト・フォン・ファウスト

 

 惑星テラツーに降り立った6人の生き残りの内の一人、ゲルマニアと言う国を作り上げた男、そして嘗ての――

 

 家安はそこまで考えると、頭を振って考えを止めた。

 すると間を見てのことだろうか、彦左衛門が家安に向かって問い掛けてきた。

 

「上様、ゲルマニアへの対処……如何がいたしましょうか?」

「うむ……恐らく、ゲルマニアと他の国家間の地理関係を見るに、最初に攻めるのはペテルブルグであろう」

「アレクサンドル・キーシン殿の……」

「念のため、アレクサンドル殿には『ゲルマニアに危険な予兆有り』と伝え、警戒を促しておくとしよう」

 

 家安はそう言ったが、内心『恐らく余り意味は無いのだろうが……』と付け加えていた。

 

 無論、家安はペテルブルグとゲルマニアの戦力を全て把握している訳ではない。

 しかし其れでも尚、家安はペテルブルグがゲルマニアに勝利出来るとは思えなかった。

 恐らくペテルブルグのアレクサンドル・キーシンにゲルマニアの事を伝え、迎撃準備をしたとしても陥落までの時間が幾分遅くなる程度だろう。

 

「玉三郎、儂から言伝じゃと開発部に伝えておけ、『菊花《きっか》の量産体制を急げ』とな」

「御意」

 

 家安が玉三郎に向かって言うと、玉三郎はスッと小さく一礼をして後ろへと退がった。

 その事を確認すると、家安は視線をもう一方のマリオネットへと向ける。

 

「では続いて……梅幸《ばいこう》よ、ジャポネス領内の方はどうじゃ?」

 

 するともう一人のマリオネット、翠色の髪の毛をした『梅幸』と呼ばれたマリオネットが一歩前に出た。

 

「……はい。現在までの間に他国からの侵入者、並びに間諜の類は発見されてはおりません。それ以外に調査中の案件ですと、マリオネット製作に欠かせませぬ『ジャポニウム鋼』の密輸を行う者達が居るという程度ですが……とは言え、そちらの方も鋭意捜索中で御座います」

「密輸団……か」

 

 『ジャポニウム鋼』とは何か?

 惑星テラツーで採掘する事が出来る金属の一種で、主にマリオネットの骨格部分や内部機構を作るために使用される鉱石である。

 この金属はその特性として、アホみたいに柔らかく、アホのように硬く、そしてアホのように軽いと言う、ある種インチキめいた特性を持っていた。

 

 その為、人の形に作る事になるマリオネット製作には、どうしても欠かすことの出来ない鉱石なのである。

 普通に鉄などで作っては、とても数十㎏では済まないからだ。

 家安は梅幸の報告に考えるような素振りをしてから軽く手を上げると、

 

「玉三郎、梅幸。御主達二人はジャポネス領内に目を光らせよ。こう成った以上、ゲルマニアの手の者が入ってこぬとも限らん。またその密輸団の事じゃが……何処と繋がりが有るかも解からんからな。背後関係をしかと洗え……良いな?」

「はッ!」

「御意!」

 

 シャッ

 

 玉三郎と梅幸の二人は、跳躍するようにしてその場から消えた。

 二体のマリオネットが居なくなった部屋で、家安と彦左衛門は互いに顔を見合わせる。

 

「あ奴らも、あれでもう少し愛想と言うものがあれば良いのじゃがな……」

「それは上様、あの者達には酷と言うもので御座居ます」

「そうじゃな……それもそうじゃ」

 

 家安の言った言葉を彦左衛門は何の気なしに返答を返したのだろうが、だが当の家安は心なしか気を落ち込ませているようにも思える。

 しかし、彦左衛門の言葉はむしろ正しいものではあった。

 

 確かに遙か昔のマリオネット達は人間の女を元に作られており、その頃は今とは違い『心』を持っていたらしい。

 だがそれもやはり過去のこと。

 マリオネットが労働力として使われるように成ってから彼女達は『心』を奪われ、今ではその技術さえも失われてしまっていた。

 

 初代の頃から記憶を受け継ぐ直系の子孫で有る、十五代目将軍・徳川家安。

 彼はその事を半ば『仕方が無いこと』と理解しつつも、そのことをまた『哀しい』とも思ってしまうのだった。

 

「時に彦左よ……覚えておるか?」

「は?……『覚えて』と、申しますと?」

「3年前の事じゃ」

 

 家安の言う『3年前』との単語に、彦左衛門は成程と納得をした。

 

「3年前……と申しますと、ジャポネス郊外に落着したと思われる『飛行物体』の件、ですかな?」

「そうじゃ」

 

 家安はコクリと頷いて返すと、その場から立ち上がり壁に向かって歩き出す。

 そして窓を開け放つと外を見つめた。

 

「この星は階層惑星……幾つもの大地が折り重なるようにして、その地表を構成しておる。

 しかし、3年前のアレはそんな階層を幾つも破壊しながら落下してきた。間違いなく高々度からの落下によるものじゃろう」

「上様は……もしやそれが、ゲルマニアの手によるものだとお考えで?」

 

 彦左衛門は眉間に皺を寄せて家安に尋ねるが、とうの家安はその言葉に首を左右に振ることで答えた。

 

「正直それは無い……とは言い切れぬが。まぁ、可能性は低いじゃろうな。お主も知っていよう? この惑星テラツーの上空では、絶えず強力なプラズマ雲が発生しておる。そんな中で、わざわざ空を飛ぼうなどと考えたりするなど有る訳が無い」

 

 惑星テラツーの上空には地下から発生した強力なプラズマが上空に舞い上がり、電離層として絶えず存在する。

 それは人々からプラズマ雲と呼ばれ、地上から宇宙へ向かうのを邪魔し続けている状態にあった。

 また宇宙に行かずとも空を飛んでいればその猛威に晒される事になり、テラツーの大地から飛び立とうと言うものは例外なくその洗礼を受けることになる。

 そもそもプラズマ電離層などが存在していなければ、彼らの始祖で有る6人はこの惑星テラツーに降り立った時点で地球に救難要請をしていることだろう。

 

「それにじゃ彦左……仮にもその様な大それた実験を、わざわざ自国の領外で行う意味がなかろう?」

「確かに……もしその事が他国に知られれば、それだけで自国にとっての不利益へと繋がりますからな」

 

 他国への無断侵入、そして明らかに軍事転用可能なシステムの開発など、知られれば避難を浴びる程度で済むことではない。

 その事を踏まえて考えれば、話の種となっている3年前の事件とやらが他国によるモノでは無い……と、伺うことが出来る。

 だが――

 

「ですが、それでは……アレは一体……」

 

 『何だったのでしょうか?』との言葉を飲み込んで、続きを尋ねる彦左衛門に家安は

 

「そうさの……皆目見当はつかぬ」

 

 と返事を返した。

 

 他国の物ではなければ、自国が行ったものか? だがそれは無い。

 

 家安とて馬鹿ではない。当然その可能性も考慮に入れて調査を行ってきた。

 だが、ジャポネス領内で『その様な事』が行われていた形跡は全く無かったのだ。

 

 更に、家安の予想通り現場に何かしらが落着したのであれば、

 それを回収するためにそれなりの数の人――又はマリオネットが動員される筈である。

 にも係わらず、そのような痕跡は露程も見られなかったのだ。

 

 他国の兵器実験でもなければ、それこそ自国の事でも無い。

 その事が、3年経った今となっても家安が気に留めてしまう要因となっていた。

 

「彦左よ……当時、あの近辺に住んでおった者達は、その事を何と言うておったかの?」

「は……確か報告によりますと、『緑に光る流れ星が落ちてきた』……と」

 

 調査を行なった際に、近隣住民に聞き込みをした結果の事だ。

 『凄い揺れを感じた』『とんでもなく大きな音が聞こえた』等の当然あったが、それ以外の証言で多かったのが『緑に光る流れ星が落ちてきた』といったものなのだ。

 

 普通に考えると訳が解らない内容ではあるが、それが一人二人なら兎も角、次から次へと同じ様な証言をする者達が現れては話は別だ。

 

「流れ星……か。船が故障して不時着でもした、宇宙人かのぉ?」

「上様、あまり笑えませぬな」

 

 微笑みを浮かべながら言う家安に、彦左衛門は苦笑を浮かべるのであった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 ダダダダダダダ――――!!

 

「ちっきしょうっ! いい加減にしやがれってんだ、花形っ!!」

 

 ジャポネスの街中大通りを、小樽はそんな悪態をつきながら全力疾走していた。

 そしてその後方から、これまた全力疾走しながら

 

「小樽君ーーーっ! そんなに照れなくたって良いじゃないかぁ!」

 

 と、花形が両手一杯に薔薇を持って追いかけてくる。

 一見すると、ただのヒョロヒョロの優男にしか見えない花形の、いったい何処にこれだけの体力が存在するのだろうか?

 逆に逃げている小樽には、若干の疲れの色も見えている。

 

「照れてんじゃねぇっ! 嫌がってるんでぃ!!」

 

 とは言え、花形の愛の告白(?)に律儀にも答えながらも、小樽は一向に速度を緩めずに走り続けていた。

 

 前を行く人、向かいから来る人、それらを上手くよけながら小樽は走る。

 逆に花形は小樽が人を避ける度にちょっとした道が出来るため、なんら問題なく真っ直ぐ向かって走っていた。

 まぁ、単純にその違いだろう、二人の疲れ具合の理由は。

 

 そんな二人に対する、街の人達の反応は? と言うと

 

「あぁーあ、またやってるよ、あの二人」

 

 といったところだ。

 どうやらこの騒ぎ、ジャポネスのこの辺りの地域では取り立てて珍しい光景ではないらしい。

 

 さて、女の居ない男だらけの惑星テラツー。

 そこに女が居なければ当然……と言うか何と言うか、恋愛の対象はどうしても同性である男へと向くことになる。

 まぁ皆が皆でそうだと言う訳ではないが、花形のように男が男に愛を語るのも取り立てて珍しいことではないのだ。

 

 21世紀の地球でも一部の地域……国家では、同性間の婚姻を認めている所もある。

 

 女が居ても、そんな社会が出来たりしてしてしまうのだ。

 その場所に男しか居ないのであれば、そう成ってしまうことを一体誰が止められようか?

 

 まぁついでに言うのなら、花形美剣が間宮小樽を追い回す姿は珍しい訳では無かったりする。

 自他共に認める優男、変な髪型と変な服装をする人物ではあるが、この花形美剣という男――紛れも無く金持ちで有る。……親が。

 

 ジャポネスに住んでいれば知らない者など居ない――と言うような、巨大百貨店の一人息子だ。

 しかも大人しくしているのなら兎も角、こうも街々で騒ぎを起こしていれば嫌でも有名になる。

 そして、そんな人物が毎日のように一人の男を追い回しているのだ。

 周りで見ている者達も慣れようというモノ。

 

 とは言え、追われる側からすれば堪ったものではないだろう。

 現に、こうして逃げ惑う小樽からは少しばかりの照れも感じず、ただただ本気で嫌がっているとしか感じられないのだから。

 

「あーもぅ、畜生! いい加減に!!」

 

 今まで人ごみの中を縫うようにして全力で走り続けていた小樽だが、急にブレーキを掛けるように足の動きを止めると、グンッと身体を半回転させた。

 そして――

 

「小樽君、やっと止まってくれ――ごべびゃっ!?」

「――しやがれっ!!」

 

 振り向きざまに振るった右ストレートが、花形の頬を貫くのだった。

 小樽に抱きつこうと両腕を広げた状態に成っていた花形は、当然それに抗うことが出来るはずも無く、正にカウンターの要領で受けるハメになったのだった。

 

 衝撃で花形は地面を滑走するかの様に滑っていき、通りの八百屋の中にダイブする。

 

「良いかっ花形! こっちはお前の所為で、えれー迷惑してるんでぃ! 新しい仕事もクビになるしよ!」

「何を言うんだい、小樽君! 大体、仕事なんてマリオネットでも買ってソイツにやらせれば良いじゃないかっ! その為のお金が必要ならさ、そんなの僕が幾らでも――」

「うるせーっ! 俺はそういうのが、でぇ嫌いなんでぃ!!」

「あ、待ってよ小樽君!!」

 

 小樽は花形に強く言い切ると、視線をそらしてズンズンと歩いていってしまった。

 

「あぁ、小樽君。今の君の心は、先の見えない悩みという名の袋小路に閉じ込められてしまっているんだ。 いつの日か必ず、その君の心を僕の愛で救い出してみせるよ。……兎に角、その『いつの日か』が今日に成るように……」

 

 花形は一人そんな事を口にすると、先に行ってしまった小樽を再び追いかけようと立ち上がるが――

 

「ちょいと待ちなよ、上州屋の美剣《みつるぎ》坊ちゃん」

「へ?」

 

 グイっと肩を掴まれて、花形はそちらの方へと顔を向けた。

 見ると小樽に殴られた拍子に突っ込んだ店の店主が、何やら額に青筋を浮かべて花形を睨んでいる。

 頭にはねじり鉢巻を巻き。髪の毛はジャポネスでは珍しく、髷では無くパンチパーマだ。

 

「これはこれは結構な被害を出して頂いて……お買い上げ、有難う御座います」

「お、お買い上げ……?」

 

 眉間に皺を寄せ、目を細めて言ってくる店主。

 花形は周囲を確かめるように見渡すと、自身を中心に大根、人参、きゅうり、ゴボウ、トマトなどの野菜がばら蒔かれており、またそれらの野菜はみないい具合に傷物となっていた。

 正直、とても店頭に並べられるような状態では無い。

 

「はは……ははは、えーと――」

「まさか、そのままトンズラしよーってんじゃ……無いでしょうね?」

 

 ギンッ!

 

 とでも聞こえそうな程、強烈な視線(メンチビーム)を花形にぶつける店主。

 明らかに堅気には見えなさそうな雰囲気をしている。

 

「ひ、ひぇええええっ! と、とととんでも無い! ――コホン、お、お幾らかね?」

 

 情けない声を挙げながらも、花形は体裁を取り繕うように言って懐から財布を取り出した。

 すると店主はそれをすかさず奪い取り、中身の確認をし始める。

 

「ほうほう……流石は上州屋の跡取り息子。結構持ってるじゃねーか。……ちょいと足りねーが、毎度あり。取り敢えず今日の所は『コレ』で勘弁してやらぁ」

 

 と、店主は『財布』を握り締めながら言ってきた。

 

「そ、そそそんな、まさか全部!?」

「あん! 全部で本当は幾らすっと思ってんだ!!」

 

 まるで地球に居たヤッちゃん(ヤ○ザ)の様な店主に、胸ぐらを掴まれて睨まれた花形は、「アワアワ」と奇妙な擬音を発しながら涙を流していた。

 

「お、おおおおおお――小っ樽君!! 助けてーーーっ!!」

 

 悲痛な叫び声を挙げる花形。

 だが当然というか何と言うか……それに応える者は何処にも居ないのだった。

 

 

 

 

 

 



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03話

 

 

「むぅ……」

 

 何やら不機嫌そうな、如何にも『悩んでいます』とでも言いたそうな唸り声を挙げている男が居る。

 

 間宮小樽だ。

 

 花形の魔の手から逃げおおせた小樽は、歩きながら一人腕組みをしつつ頭を捻っていた。

 要は、考え事をしていた。

 それは自身の『嗜好』に付いてである。

 

 この世界……惑星テラツーの主な労働力は、人の手から機械であるマリオネットに移り変わっていた。

 勿論、代わりの効かない場所――というのは現在も存在し、そういった場面では今も人の手で作業が行われたりする。

 だがそうではない所……一般的な生活の場面では、人の代わりにマリオネットがその役目を担っていた。

 例えば商売の店番、育児の現場、家庭に於ける家事、警察組織や果ては軍隊に到るまで、マリオネットは人に変わる労働力として使われている。

 

 そして

 人々はマリオネットを購入し、そのマリオネットを働きに出すことで給金を得て日々を生活する。

 

 そんな事が既に常識となっている世界で、小樽のように自ら働こうという人間は他には居ない――とまでは言わないが、だが少なくとも珍しい部類には入る。

 しかも、かなりの変わり者としての部類ではあるが。

 しかし当の小樽からしてみればマリオネットを、言い方は悪いが奴隷のように扱うことに抵抗があるのだ。

 それは小樽の持つ嗜好、即ち――『マリオネットに特別な感情を抱いてしまう』所に起因する。

 

(やっぱし……変なのかな……俺?)

 

 小樽は一人歩きながら、内心で溜息を吐きつつ自問をした。

 

 マリオネットには感情がない。

 人と同じ様に……いや、それ以上に仕事はこなすし、学習機能によって賢くも成る。

 だが、そこには人と同じ様な感情など存在しない。

 主人として登録されている人間に対し、ただただ盲目的に従うようにプログラムされた機械なのだ。

 

 何かをするように言えば黙ってそれを行い、また何かをするなと言えばそれに従う。

 悩みや葛藤を持つことの無い、唯のロボットでしか無い。

 

 にも関わらず、小樽はそんなマリオネットをまるで人と同じ様に扱ってしまうのだ。

 そして小樽は、そんなマリオネットに働かせて自身が楽をするなど許すことが出来ないでいた。

 それは恐らく、小樽自身は知らなくとも、

 彼の持つ『男』としての記憶がそうさせるのだろうか?

 

「あーもぅ、訳わかんねぇ!! 俺は――!!」

 

 ガシガシと小樽は自身の頭を掻き、大声を挙げた。

 そして大きく頭を振ると、今度はガクッと肩を落として溜息を吐いた。

 

(大昔に居たっていう……『女』ってのを、マリオネットを通して見てるって事なのかな?」

「……さぁな、どうなんだろうな?」

「おわぁあああああッ!!」

 

 突然横から掛けられた声に小樽は大声を出して驚き、ズザァッと一気に飛び退った。

 

「そんなに驚くことは無いだろ? ……傷つくな」

 

 小樽が声のした方へと顔を向けると、そこには「やれやれ……」と肩を竦める天内蔵人が立っている。

 朝方とは違い、今はねずみ色を中心とした羽織袴姿をして目元には眼鏡、そして右手には扇子を持っていた。

 

「な、なんでぃ、蔵人か……。人の心の声に反応するんじゃねぇよ! 脅くじゃねぇか!!」

「いやいや、しっかりと声に出てたからな? それにだ、あんな大声を出されて、驚いたのは寧ろ俺の方だからな?」

「うぐぅっ……」

 

 少しも驚いた風には見えない顔で、蔵人は目を細めながら小樽にそう言った。

 声に出てたという事で、小樽は何やら気恥ずかしくなったのか顔を紅くしてしまう。

 

 蔵人は手にした扇子を口元に運ぶと

 

「ふむ……」

 

 と軽く口にして小樽に視線を向け、それから視線を上から下へと移動させて何度か往復させた。

 そして何度かそうすると、「うむ」と声に出して何やら納得したような顔を浮かべる。

 

「よし、解った。小樽、お前これから暇だろ? 少しだけ俺の仕事を手伝え」

「はぁ!?」

 

 突然の蔵人の言葉に、小樽は素っ頓狂な声を挙げる。

 まぁそれも、『どうして予定が無くなったことを知ってるのか?』といった事が理由だが。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんだって俺の今日の予定が無いなんて……大体、今朝だってちゃんと仕事に行くって――」

「ふむ……小樽よ、ちょっと空を見てみろ」

「空ぁ?」

 

 言われるままに空を見上げてみる小樽、そこには視界いっぱいに広がった青空と、暖かな太陽が有る。

 太陽は真上近くに位置しており、現在が昼に近い時間であることを教えてくれた。

 そしてその太陽の眩しさに小樽が目を細めると、蔵人は言葉を挟んで説明をしてくる。

 

「解るか? 今の時間は昼前だ。んでお前が務めていたのは土建屋――詰まりは、工事屋さんだな。そんなお前が、昼前のこの時間に普通フラフラ出来る訳ないだろ? にも関わらずそうしてるって事は、今までの経験からして『仕事が無くなった』か、それとも単にお使いを頼まれたかのどっちかだ。だろ?」

「……う、返す言葉もねぇ」

「それにだ、仮にお使いだとしたら、お前のフラフラした足取りも変だし、わざわざ『こんな所』に居る理由にも成らないからな」

「こんな所?」

 

 蔵人の推理に驚きつつ、小樽は『こんな所』を確認するべく首を動かした。

 周囲に人気は無く、近くには木造の建物が一棟建っているだけ、そしてその建物は

 

「ここは……ジャポネス歴史資料館?」

「何だ? 気づかずに来てたのか?」

 

 小樽が見上げる視線の先には木製の看板があり、そこには墨で『じゃぽねす歴史資料館』と書かれている。

 名前の通りジャポネスの歴史について色々なものが展示して有る公共施設なのだが、現在では人が来ることも滅多に無く、また管理するお役所も御座形な管理しかしていないため見た目にもかなりのガタが来ているのが解る。

 周囲には雑草が生い茂り、また壁には蔦が張っていて一見廃墟にも見えるほどだ。

 

「まー良いや。でだな小樽、仕事ってのはこの資料館での事なんだ。……ほら、ここって見るからに随分とボロいだろ?」

 

 クイ、クイっと扇子で差して言う蔵人。

 小樽は腕を組んで目の前の建物を見ると「うーん……」と唸った。

 

「……まぁ確かに、随分と痛んじゃいるけどよ。つってもこの建物って、確か随分と前に建てられたんだろ?」

「そ、築云十年――じゃあ効かないな。何でもジャポネス建国と同時くらいに出来ていたらしいからな。ざっと200年以上は経つだろう」

「うへぇ……。そりゃガタも来るってもんだぜ」

 

 200年以上前から、現在と同じ様な管理の仕方がされていたのかは解らないが、

 少なくとも築200年ではそうなっても仕方が無いだろう――と、小樽は思った。

 

 とは言え、地球には築1000年以上を誇る木造建築の建物も存在するのだが、300年程度の歴史しか持たないこの惑星テラツーの住人である小樽がそれを知るはずも無い。

 

 蔵人は扇子を使って自身の肩を『トン、トン……』と叩きながら言葉を続ける。

 

「なんでも、この『ジャポネス歴史資料館』を立て直すって話が有るらしくてな。 俺の所に『使えそうな物の下取りを頼みたい』って話が来たんだよ」

「下取り? 何だって蔵人の所にそんな話が行くんだよ?」

「…………」

 

 不意に、蔵人の片眉がピクリと動いた。

 小樽はその蔵人の変化に気付いたが、「あん?」と言葉に出して首を傾げる。

 

「……お前さ、念のため俺がどんな仕事してるのか言ってみ」

「そりゃ、マリオネットのパーツ専門店だろ?」

 

 蔵人からの問い掛けに、小樽は迷うこと無く答えを返した。

 

 天内蔵人、

 彼は3年ほど前から、ジャポネス領内でマリオネットのパーツ専門店を経営している。

 

 一般的な物からコアなものまで、自国に限らず他国の物も有る品揃えの良さ。

 更にはマリオネットの服や下着、修理に改造、ハンドメイドパーツの製作等々。

 それこそマリオネットに関係することなら何でも揃う、その道では知らぬ者はないような店。

 

 その名も『天内工房』

 

 彼はそこの初代社長にして店員一号なのだった。

 まぁ社長兼店員と言っている時点で、その規模は推して知るべしだが。

 

 だが、その事は小樽も解っている。

 解っているからこそ、どうして蔵人のところに『下取り』の話が行ったのか、と疑問に思ったのだ。

 

 とは言え、それは彼の『本来の仕事』知っていれば――否、『一般の者達』ならば誰にでも解ることであった。

 

 蔵人はジッと小樽の目を覗き込むように見つめると

 

「まぁ、それもやってるけどさ……他には?」

「他? 他にも何かやってんのか?」

 

 小樽にも『言えば解るだろう』程度の気持ちで聞いた蔵人だが、返ってきた答えにガクッと肩を落とした。

 さて、天内蔵人が言ったもう『他に』とは何かと言うと

 

「あのなぁ、小樽。俺は『天内工房』の他に、古物店の経営もしてるんだぞ? 古物店『Milky Way』って知らないのか? テレビCMも組んで、費用削減のために俺が出演してるのに……」

 

 そう、ちょっとばかり落ち込んだ風に言う蔵人は言った。

 

 古物店『Milky Way』

 ジャポネスでは有名な店の一つで、それこそありとあらゆる物を取り扱っている何でも屋である。

 古くなった物、要らなくなった物等を買取、それを他の者に売る。

 

 まぁ質屋……と言うよりも、現代で言うところの"リサイクルショップ"に相当するような店だ。 

 

 これまた蔵人の経営している店では有るのだが、どちらかと言うとこちらが本職。

 先程の『天内工房』等は、半ば趣味に近い店である。

 まぁ本人自身、「どちらの店が好きか?」と問われれば、間違いなく「工房の方が好き」と答えるのであろうが、

 とは言え「どちらの方が生活に必要な店か?」と問われれば、間違いなく『Milky Way』だと答えるだろう。

 

 蔵人自身、生活のために始めた商売だったのだがこれが思ったよりもヒットし、今では巨大店舗を構えるほどの店へと変わり、テレビCMを流すほどに成っていた。

 

 もっとも、本人は余り店の方へと顔を出したりはせず、主にその仕事はマリオネットが行っているのだが。

 

 とは言えテレビCMに自分自身が出演している事もあって、世間様一般の認識としては、天内蔵人=Milky Wayの店長……となっている。

 

 だと言うのに、それなりに付き合いの長いはずの小樽がその事を知らないという事で、蔵人は少し、ほんの少しだけだが気持ちが凹んだのだった。

 

 だが小樽はそれとは逆に、蔵人の言葉に納得がいったとばかりに頻りに首を縦に振っている。

 

「あぁっ! あの店か!! 知ってる知ってる、テレビのCMも見たことあるぜ! 『貴方の~街の素敵なお店 良い物 何でも揃ってる~♪』ってのだろ? いやーそっかそっか、あれに出てるのが蔵人だったのか。 何か知ってる奴に似てんなぁ……とは思ってたんだけどよ。まさか本人だとは思わなかったぜ!」

 

 と言ってきた。しかも、本当に悪気の無いような笑顔を向けてだ。

 コレには蔵人も苦笑いを浮かべるしかない。

 

 さて、この間宮小樽という男。

 典型的な『ジャポネスっ子』で有るらしく、まずは細かいことを気にしない。

 更に人情家で正義感に溢れるものの、意地っ張りで喧嘩っ早く、駄洒落好きだが議論は苦手といった性格をしていた。

 

 まぁ所謂、地球で言うところの『江戸っ子』と言う奴だ。

 

 その為CMを見たことが有っても、まさかそれが自身の友人である『天内蔵人』本人だとは思いも寄らず、また、特にそれを確認しようとも考えなかったようだ。

 

 しかし、蔵人からすればそれは結構ショックである。

 なので――――

 

「……お前と友人をやっていて本当に良いのかどうか、ちょっと不安になった」

 

 と、軽く小樽に言うのだった。

 

 さて、資料館の外で少しばかり言葉を交わした小樽と蔵人は、早速館内へと入って現在は二人揃って廊下を歩いていた。

 

 ギシ……ギシ……

 

 と、歩く度に廊下が軋み、音を鳴らしている。

 小樽も蔵人も、出来うる限り最善の動作でゆっくりと歩いているのだが、それでも此処の床は既に天然の鶯張りと成っており、その苦労も意味を成さないようだ。

 

 流石は築200年以上、と言う事か。

 

「……なぁ、ところでよ。一体、此処にある何を買取るってんだ?」

 

 廊下を歩きつつ、周りに視線を向けながら小樽は蔵人にそう尋ねた。

 

 館内にある物といえば、ジャポネスの歴史に関係するような品々、例えば初期型マリオネットのレプリカや、ジャポネスの歴史年表、それに当時に起きた事件やその時々の品等……。

 

 小樽にはとてもでは無いが、それらが商品に成るような物で有るとは思えないのだった。

 

 そんな小樽の質問に、蔵人は扇子で首元を『トン……トン……』と叩く。

 どうやらこの仕草は、天内蔵人の癖らしい。

 

「そうだな。基本的に歴史的価値のある物、要は展示物を買取る訳にはいかないが――いや、あそこに飾って有る初期型マリオネットとかは、実際に整備すればそれなりに売れそうだな」

 

 チラッと視線をそのマリオネットに向けて蔵人が言うと、一瞬だけ小樽は眉をしかめた。

 蔵人は小樽のその反応を見ると「ふむ……」と間を置いた。

 

 そして

 

「――とは言え、ああやって展示されている以上、下取りの対象には成らないがね」

 

 と言うのだった。

 小樽はその蔵人の言葉にしかめていた眉を元に戻し「そっか……」軽く頷いた。

 蔵人はそんな小樽を「解り易い奴だな……」と内心思うのだった。

 

「まぁ、それとは別の……例えば、そこらに有る案内板とか誘導用のロープとか……そういうのは買取る対象だよな」

 

 蔵人は扇子を使ってそれらを指しながらそう言った。

 だが説明を受けた小樽は、その説明に難色を示す。

 

「ってもよ、そんなの二束三文にしかならねーだろ? 大体買い手が付くのかよ?」

「うんにゃ、多分絶対に付かないだろうな」

 

 小樽の質問に、蔵人は笑顔でそう返した。

 だがそんな言葉を返されては、質問をした小樽は首を傾げてしまう。

 

 蔵人はそんな小樽の反応が面白いとでも言うように、ニコニコ笑顔のまま説明をし始めた。

 

「それでも遣り様があるんだよ。言っただろ? 此処は立て直しされるって。

 今回の事に関して俺は、『新しく立て直した際には、専属的にMilky Wayから商品を受注する』って取り決めを漕ぎ付けてあるんだ」

「っておいおい……それって、問題ねぇのかよ?」

「問題? 特に何も無いだろう。商品だってそれ用に新しく揃えるつもりだし」

「いや、そーいうんじゃ無くてよ。何てったっけ? えーと……癒着だか何とかで――」

「ん? ……良くは解からんが、大丈夫じゃないのか? そもそも向こうから持ちかけてきたんだし」

 

 小樽は蔵人の言葉に再度首を傾げたが、特に本人は気にしても居ないようなので考えるのを止めた。

 

 笑顔で言う蔵人だが、それは俗に言う『癒着』という奴に成りかねない。

 談合と言う訳ではないが、あまり宜しくない裏取引で有るには違いが無い。

 

 まぁ――

 

「いやー……今回の取引は大儲け出来そうだなぁ♪」

 

 すっかり緩んだ顔で言う蔵人を見ていると、

 

(こんな風に喜んでいるのなら、どうでも良いか)

 

 と、考える間宮小樽だった。

 

 

 館内の部屋や廊下を見て周り、その場所場所にある物を調べながら蔵人はメモをとっていく。

 何がどれだけ有るのか? といった事を記入しているらしい。

 

 とは言え、小樽からすればそれをただ見ているだけなので暇で仕方が無い。

 

 喉の奥から漏れそうになる欠伸を必死にかみ殺しながら、『なんとか気を紛らわせる物はないだろうか』と、

 周囲を見回し始めた。

 

 すると奥の部屋に一枚の肖像画が飾ってあるのを小樽は見つけ、

 ふらふらと誘われるようにそちらの方へと歩いていった。

 

「そういや……この部屋に有ったんだったよな」

 

 小樽は壁に飾ってあるその絵を見ながら呟いた。

 

 そこに描かれているのは一人の『少女』である。

 男だらけの惑星テラツーに於いて、女という存在を示唆する微かな手がかりの一つ。

 300年前に存在したらしい伝説の少女。

 

 その名をローレライと言う。

 

「………………」

 

 小樽は無言で、その絵の中の少女を見つめていた。

 

 何時からだろうか? 小樽はこの絵が好きだった。

 マリオネットには出す事が出来ない表情……微笑を浮かべた少女の絵が。

 

(俺がマリオネットに特別な感情を持っちまうのも……この絵のせいかもな……)

 

 小樽は絵を見ながら、そんな事を思っていた。

 

 この絵を見るたび、小樽は普段感じることが出来ないような、ホンワカとした、暖かい感覚に包まれるのだった。

 もっとも、小樽のこの感覚はある種正しい反応であると言えた。

 

 男だらけの世界を構築している惑星テラツー。

 その絶対的な男社会は、どうしても各部でギスギスしており、そこに住む者達の心は荒みに荒んでいる。

 犯罪率も高く、国家間のいざこざも後を絶たない。

 

 また無気力症とでも言うのだろうか? マリオネットに働かせ、自身は何もしないといった者達が増えて行き、

 明日に対する活力、生きるための気力という物を無くした者達もが増えていた。

 

 実のところ、この世界は既に200年近く新たな技術発展もしていなのだ。

 精々が、既存の技術の高性能化が幾分見られた程度。

 場合によっては大昔、それこそテラツーに植民したての頃の方が技術的に優れていた物さえある程だ。

 

 寂れた世の中での疲れた心を癒してくれる。

 そんな不思議な感覚を、小樽はこの絵から感じるのだった。

 

「可愛いよな……」

 

 ボソッと呟いた小樽は、自身の頬が紅く成るのを感じた。

 

 小樽は自身の想像の中……絵の少女とそれぞれに向い合い、二人は互いに微笑を向け合っていた。

 幾分照れたような表情を浮かべる小樽に対して、少女は屈託のない笑みを浮かべている。

 

 だが、小樽の想像はそこから止まらずに突き進む。

 互いに微笑み合っていた二人は、次第にその距離が近けていき……

 

「小樽」

 

 気づいた瞬間、小樽の目の前にあるのは蔵人の顔だった。

 

「どうぉわあああああああっ!!」

 

 突然の急接近に驚いた小樽は、ついつい蔵人に対して拳を放つが

 

 クンッ……トーンッ! ずばぁあんっ!!

 

 と、まるで申し合わせていたかのような綺麗な動きで、その拳を捌かれて投げ飛ばされてしまった。

 

 周囲の物を薙ぎ倒し(かなり宜しく無い)、壁に直撃してその後転がるように床に強かに背中を打ち付けてしまった小樽は、

 それでも「ぐ、……おおぉあっが!」と口にして、多少は余裕(?)がありそうだ。

 

 蔵人はそんな小樽の元までゆっくり脚を進めると、ニコッと『笑っていない満面の笑顔』を向けた。

 

「……おやおやおや、一体全体どういう訳なのだろうかね? いきなり殴りかかられてしまったよ?」

「ちょ……まっ……て」

 

 ニコニコ笑顔を止める事なく、蔵人は小樽に歩み寄っていく。

 だが小樽は其処ではないらしく、背中を押さえてのたうち回っている。

 

「俺はただ単に、『荷物が多くなりそうだから、今日は荷物持ちはしなくて良いよ』って、そう言おうと思っただけだったのになぁ」

 

 ズン、ズンと歩いてくる蔵人、だがその距離がもう2~3歩ほどに成ったところで

 

 カチッ

 

「おや?」

「へ?」

 

 蔵人の踏み込んだ床の一部が、妙な音を出して沈み込んだ。

 そして次の瞬間

 

「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁ――――……!!」

 

 突如床に開いた大穴に小樽の身体が吸い込まれ、そのまま自由落下宜しく落ちていったのだった。

 その後、開いた床の穴は『バタン』と音を出して閉じてしまい、蔵人はその光景を眼をパチクリさせながら見つめていた。

 

 

 

 

 『ジャポネス歴史資料館:B1(?)』

 

「いつつつ……何だってんだよ、一体」

 

 突然床に開いた穴に落ちてしまった小樽だったが、その後長い長いスロープのような物をグルグルと回って滑り落ちていった。

 そのお陰と言う訳ではないが、蔵人に投げ飛ばされた際のダメージも抜け、また床から落ちても無傷である。

 

 だが、そういった体の不調と別の処で、小樽は現在頭を捻っていた。

 

「ったく、此処は何処なんでぃ」

 

 と言うことだ。

 ほんの少し前まで居た場所――ジャポネス歴史資料館だが、そこの作りは基本的に木造建築、

 にも関わらず、同じ建物内に有ると思われる現在の場所は、

 右を見ても、左を見ても、木造建築からは遠くかけ離れたような作りをしている。

 

 良い言い方をすれば、『悪の秘密結社に有る、研究所』といった雰囲気だ。

 まぁ、良い言い方をしてそれだと言うことで、どれだけ怪しげなのかを察して頂きたい。

 

 小樽は周囲を見渡していくと、部屋の奥に、一台のマリオネット修理用のポッドが目に入った。

 

 ポッドから伸びている数本のケーブル、そして稼働していることを示す計器類の点灯、

 小樽は誘われるように、そのポッドの近くまで歩いていった。

 

「……やっぱり、マリオネット。でも、こいつは……」

 

 ポットの中を覗き込むと、小樽はそう呟いた。

 

 実のところ、小樽はそれなりに機械に強い。

 まぁ、仕事にしてしまっている蔵人程ではないが、それでも人よりは十分すぎるほどだ。

 

 花形に追われて仕事を点々としている内に、そういった――機械を取り扱う仕事に従事したこともあって、そんな技術を手にしたのだが。

 

 だがそんな小樽が見てこの部屋に有るモノ……取り分け目の前のポッドはかなりの年代物に見える。

 ……まぁ、周囲に積もり積もった埃なんかも、年代物と感じさせる手伝いに成ってはいるが。

 

「…………」

 

 小樽は言葉なく、ポッドの中に入っているマリオネットを見つめ続けていた。

 

 ガラス一枚隔たれた中に『寝ていた』のは、髪の長い、全裸のマリオネットだった。

 だがその姿は正に、『寝ている』と表現出来るような……そんな温かみを小樽に感じさせる。

 

 全身の各部に繋がれたケーブルから、そこに寝ているのがマリオネットだと理解することは出来るものの、その精巧さと言ったらどうだ?

 

 街中に居る他のマリオネットとは違って、まるで人間のような肌、

 しかも薄っすらと赤みがさしており血が通っているのでは? と、錯覚してしまいそうになる。

 

 ゴクリ……と、外に聞こえそうな大きな音を出しながら、小樽は唾を飲み込んだ。

 

「こいつは、一体ぇ……」

 

 小樽は言いながら、ゆっくりとその手をポットの方へと伸ばしていくと――

 

 プシューッ……

 

 と、まるでタイミングを合わせたように、ポットから空気が抜ける音が聞こえてくる。

 小樽はそれに一瞬だけビクっと身体を震わせたが、驚く間もなくポッドの前面部分、

 要は蓋になっている部分が開閉していった。

 

 すると、中に入っていたマリオネットはゆっくりと眼を開けて立ち上がると、

 その視線を小樽へと向けた。

 

 小樽は何が何だか解らずに、ただその動きをジッと見つめていると

 

 ガバッ――

 

「おわっ、な、何だ!?」

 

 マリオネットはいきなり小樽に抱きついて、一言

 

「抱いて……」

 

 と、そう艶めかしく言うと、妖艶な眼差しを小樽に向けるのだった。

 その時小樽は、自身の頭に血が上り、クラクラとする感覚を感じていた。

 

 小樽の貞操の危機であった。

 

 

 



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04話

 

 

 

 

 『ジャポネス歴史資料館:1F』

 

 小樽が床下(?)に落下した後、其の侭暫くは呆然としていた蔵人だったが、ハッと我に帰ると恐る恐る小樽の落ちた床に脚を乗せてみる。

 

 少しづつ体重を載せて行きなんとも無いのを確認すると、今度は『ドン! ドン!』と足を踏みしめてみた。

 だがそこから返ってくる反応はなく、普通に唯の床としてそこに有るようにしか感じない。

 

 蔵人は眉をしかめると、床に向かって

 

「もしもーし……小樽さんやーい」

 

 と声を掛けてもみたが、当然返事が返ってくる訳も無く、辺りにはシンとした静けさだけが残る。

 流石に少々焦りを覚えた蔵人は、手にしていた扇子を開き、パタパタと仰ぎ始めた。

 

「コレは……もしかして、ちょっと不味いのかな?」

 

 一瞬、蔵人の脳内に数日後の瓦版の見出しを飾る一文

 

 『ジャポネス歴史資料館の悲劇! 友人同士の間に一体何がっ!?(若き実業家A被告逮捕)』

 

 等といったモノがが浮かぶ。

 蔵人はそれに苦笑いを浮かべると、

 

「不味いよな? しかもかなり」

 

 と、呟いてから壁の方へと歩いて行った。

 そしてそこに設置してある、案内用の端末に手を伸ばすと操作をし始める。

 

 助けを呼ぶ――訳ではない。

 此処は歴史資料館である。そこに有る端末が、外と繋がっている訳がないのだ。

 

 だが蔵人は端末に指を走らせ、何度か操作を進めると、徐に画面に向けて手を置いた。

 その瞬間、一瞬だけその瞳が光ったように感じる。

 

 すると写っていた画面が切り替わり、何かしらの見取り図が映った。

 中央には光点が点滅をしている。

 

「地下に落ちた? って事か……。まぁ、良かったといえば良かったが……だが、此処に地下なんて有ったのか?」

 

 蔵人は画面に映る『B1』と言う表示を見ながらそう呟いた。

 

 少なくとも、彼の記憶の中には『ジャポネス歴史資料館は一階建て』と成っているのみである。

 

 蔵人は「むぅ」と唸りながら、自身の首を何度か扇子で叩くと

 

「回収するにしても何にしても、一度この建物の事を調べないことにはどう仕様も無いか」

 

 と言って、懐から携帯電話を取り出した。

 そして短縮ダイヤルを選択すると、耳元にそれを当てて繋がるのを待つ。

 

 すると、数回のコール音の後に電話が繋がるのだった。

 

《――はい、天内工房・本社です。電話担当プラムがお受けいたします》

 

 電話口の向こうからは、高めではあるが抑揚の低い落ち着いた声が聞こえてきた。

 その声の主はマリオネットである。

 

 マリオネットが、電話口でいう言葉としては及第点と言えるだろう。

 だが蔵人はその受け答えの言葉に対して、それはもう大きな溜息を吐いた。

 

「何を言ってるんだ、お前は? ……『電話担当』も何も、そっち(本社)にはプラムしか居ないだろうに」

《……え? あ、マスターでしたか》

 

 蔵人の声を確認してか、電話の相手――プラムと呼ばれたマリオネットは、若干声のトーンを上げて言ってきた。

 その声色には、幾分嬉しそうな感覚さえ感じられる。

 

 とは言え、その口調から感情を読み取るのは非常に難しい。

 淡々とした声色は普通のマリオネットの音声に似通っているのだが、其処に少し感情の色が見え隠れしているのだ。

 

「何が『マスターでしたか』だ。そもそも、この回線は俺しか使わないだろう?」

《そう言えば、そうだったわね。御免なさい、つい普通回線のノリで……うっかりしていたみたい。反省、するわ》

 

 本気で言っているのか、プラムは淡々とした口調でそう言ってくる。

 正直な所、マリオネットであれば抑揚の無い、機械的な声を出すのが当然なのである。

 だがしかし、この電話向こうのプラムと言うマリオネット……どうやら今ひとつ、他のマリオネットとは毛色が違うようだ。

 

 その言葉の端々には、感情の起伏を感じさせる。

 それに、少なくとも普通のマリオネットならば「~~のノリで」何て絶対に言わないだろう。

 

「ノリって、お前ね」

《仕方が無い、許して欲しい。実際、こうでもしてないと毎日が暇で暇で仕方が無いんだもの。たまに掛かってくる電話といえば、注文の電話に、間違い電話に、いたずら電話……そんなのばっかり》

「――は? いたずら電話が掛かってくるのか? 工房の方に?」

《掛かってくる。……多分だけど、適当に番号を回して掛けてくるのでは?》

 

 適当に掛けて繋がるような番号も問題だとは思うが、それはそれだ。番号が悪いのではなく、掛けてくる方が確実に悪い。

 なので番号を変えるつもりは更々無いのだが、職場にイタズラ電話というのは頂けない。本職では無いにしても、『天内工房』の方もれっきとした仕事であることには違いが無い。

 

「イタズラ電話か……近いうちにどうにかしないとな」

 

 何かしらの措置を取ろうと考える蔵人であったが、今はソレ以外にも気になる事があった。

 それは

 

「あ、ところでなプラム。イタズラ電話って、因みにどんな内容だったりするんだ?」

 

 という事だ。

 

 怖いもの見たさ――というのも手伝っての事だろうが、まぁ、高々間違い電話やイタズラ電話だ。それ程に酷い内容は無いだろう。

 しかし、とは言え興味もある。

 蔵人はプラムに尋ねると、電話向こうでプラムは何故か《コホン……》と一つ咳払いをした。

 

 そして蔵人は、プラムにイタズラ電話の内容を聞いたことを、ちょっとばかし後悔する事になる。

 

《――はぁ、はぁ、はぁ……お、お兄さん、い、今、どんなパンツ履いてるのぉ? ……とか》

「……おいっ」

 

 向こうで本当にプラムが喋っているのか? と、疑問に思ってしまうほどの声色の変化。

 携帯のスピーカーから聞こえた声は、今までの少女らしい高い声とは打って変わって、野太く厳つい声が聞こえてきたのだ。

 

 予想の上を行く声とその内容に、蔵人は口元を『ヒクリ』と動かす。

 ……当然、嫌悪感が理由である。

 

 蔵人は一言だけ言ってやろうと口を挟むが、どうやらプラムに止まるつもりは無いらしい。

 

《それに対して私は毅然とした態度で、こう声色を変えて――オホン……『今日の俺は、黒色に金のラメが入ったボクサーパンツだねぇ』っと》

「おぉいっ!! その声、何だか俺に似てないかなっ!?」

 

 電話越しのスピーカであるから多少はくぐもった様にも聞こえるが、だがそこから聞こえる声は、紛れも無く蔵人と同じ声だと言えた。

 蔵人は驚きの余り声を荒らげて問い正すが、当のプラムは何のその。

 

 特に気にした様子もなく、至って普通に返答を返してくる。

 

《それは、似ていて当然。何せ、マスターの声を参考にしているのだから》

「ちょ、おま……」

《おま……? 何かしら?》

 

 何やら一気に疲れてしまった蔵人は、閉口して言葉を無くしてしまった。

 プラムはと言うと、そんな蔵人の変化を感じ取ったのか少しだけ心配そうな声色になり

 

《マスター? ……もしもし、マスタぁ? おーい?》

 

 と、敬意の欠片も見れないような問い掛けをしていた。

 だが一向に返答の無い蔵人に何を思ったのか、プラムは《そうか……》と言うと、少しだけ間を置いた。

 

 そして何を言うかと思えば

 

《あの、ねぇ、マスター? いい加減に構ってくれないと、そろそろ私のAIが愛を求めて暴走しそう》

「……」

《……》

「ナニ言ってるんだ、お前?」

《あれ? 今の良い台詞じゃなかった?》

 

 蔵人は正直、大きく、盛大に、ソレこそ周囲に響くほどの溜め息を吐きたい気分であったが、どうにも先程の事が尾を引いていて溜め息を吐く気力もない。

 

 とは言え、流石にプラムも多少は落ち着いたのか、無言の蔵人に耐えかねて《そろそろ本題に入ってちょうだい》と言ってきた。

 

 まぁ、その言葉にも『何故に俺がかき乱したような言い回しなのか?』と蔵人は言ってやりたかったようだが。

 

《それにしても珍しい。わざわざマスターの方から、私に連絡をとってくるなんて。――もしかして、寂しかったの?》

「本当に何を言ってるんだ、お前は? はぁ……大至急、ジャポネス歴史資料館の見取り図を調べてくれ」

《ん、真面目モード……? えっと、歴史資料館って言うと、確か今日、マスターが行く事になってるところだった?》

「今現在も、その場所に居る」

 

 カタカタとキーボードを叩く音が、電話口から聞こえてくる。

 向こう側に居るプラムが、何やら操作を行っているらしい。

 

 『天内工房本社』から、ジャポネスの役所にあるデータベースにアクセスをしているのだろう。

 

《了解。見取り図の入手を完了したら、直接に届ければ良い?》

「いや、どういった届出になってるかを、口頭で説明してくれれば良いよ」

《解った――…ところで、マスター》

「ん、何だ?」

 

 蔵人は向こう側でのプラムの雰囲気の変化を感じ取り、眉を顰めて問いかけた。

 

《マスター、そろそろ私との同居……考えてくれた?》

「……む」

 

 プラムの言った内容に、蔵人は少しばかり唸った。

 

 既にお気づきとも思うが、プラムと蔵人は同じ場所で生活をしてはいない。

 蔵人はジャポネスの"かさはり長屋"に、そしてマリオネットであるプラムは"天内工房本社"で、其々寝泊りをしているのだ。

 

 まぁ、コレには色々と理由があるのだが、大まかに言うとプラムの調整作業のため――である。

 

 プラムと言うマリオネット、ゼロからと言う訳ではないが、彼女は蔵人が作ったマリオネットなのだ。

 『自身の持っている最高水準の技術で』……と手を加えたは良いのだが、どうにもその、手を加えた内部機構が不安定であった。

 自身が主に活動をしているジャポネスに連れてきた場合、もしもの場合に対応が出来ない可能性が有る。

 その為大事をとって製作後の起動からこっち、別々の場所に居たという訳だ。

 

 もっとも、それ以外にも理由があるのだが、それは今はどうでも良いことだろう。

 

 さて、ここまで来ると『天内工房本社』とはいったい何処に? と成るのだろうが。

 それは、まぁ……ジャポネスから若干離れた場所に在る――と、理解してくれれば良いと思う。

 

 もっとも、コレまた本社とは名ばかりの場所で、その場所に詰めているのもプラム一人だけ。何かの重要書類がある訳でもなければ、何かの荷物が運び込まれることも殆ど無い。

 少々……どころか、かなり寂しい場所なのだ。

 

 因みにプラムは同居云々といった言葉を使っているが、要は現在の場所が暇で暇でしょうが無いのだろう。

 

《ちゃんと解ってるの? 私がマリオネットだって事を。本当なら私は、『ご主人様』で有るマスターに直接仕えてこその存在。 つまり――》

「その事なら安心していい。そろそろ……と言うか、お前の調整がもう少しで――多分後一回くらいで終わるからな。それが済めば、俺が住んでる長屋の方に越してきても大丈夫だ」

《……え?》

 

 プラムは蔵人の言葉が理解出来なかったのか、間の抜けた返事を返してしまう。

 

 だが、元々別々に居た理由が『もしもの時に備えて』との事なので、それが問題ないのなら蔵人がこう言うのも当然なわけで……

 

 しかし、どうやらプラムからすると予想外の答えだったらしい。

 

《え? うそ、だってそれって、あれ? え……冗談?》

「だから、お前は何を言ってるんだ?」

《という事は……という事は、あれ? 本当なの?》

「あぁ、最終調整が終わったらな」

 

 答えに行き着いたプラムに、蔵人は肯定するように言葉を重ねるのだが――

 

《――……あ》

「?」

《……有り難う、マスター》

 

 ブツっ……。

 

 と、若干言葉使いを変化させて、一方的に電話を切られてしまった。

 蔵人の手に持っている携帯からは、『ツー……ツー……』との音が聞こえている。

 

「……ちゃんと、届出を調べろよ?」

 

 と、既に聞こえないだろう電話に向かってそう言うと、蔵人は懐に携帯をしまうのだった。

 

 蔵人は、

 

(これじゃあ、何のために連絡をしたのか解らないな)

 

 と、心の中で思ったのだが、

 

(まぁ、いつもの事か……)

 

 と、納得もしてしまうのだった。

 

 しかしだ、プラムに連絡をした理由は元々、小樽の落ちた場所を確認するためである。

 少なくともグルッと館内を見て回った感じでは、蔵人は地下への階段がある様には思えなかった。

 

 もしこのまま発見することが出来ないのであれば、それは最悪の場合も考慮に入れなくてはいけない。

 

 蔵人は覚悟を決めると

 

「……アレだな。もしもの場合は『え、小樽? 最初から此処には居ませんでしたよ?」――って、コレだな」

 

 褒められない形での覚悟を決めた蔵人は、そう口にするとイイ笑顔を表情に出すのだった。

 

 だが……

 

「――ほーう、随分と面白ぇ事を言ってるじゃねぇか? え、蔵人」

 

 ピシィッ……!

 

 瞬間、空気が凍った。

 蔵人の背後から聞き慣れた声が聞こえたのだ。

 

 恐る恐ると言ったふうに、蔵人は油のキレたマリオネットの様に後ろへと首を回して行く

 

「お、小樽?」

「……おう、俺だい」

 

 蔵人が首を回し視線を向けた先には、先程穴に落ちてしまった間宮小樽と、そして見慣れぬ裸のマリオネットが立っていた。

 見るとそのマリオネットの肩には、小樽の上着が掛けられていて辛うじて全裸ではない状態に成っている。

 

 勿論蔵人はそっちのマリオネットを気になりはするが、今現在は其処ではない。

 

「……」

「…………」

「いや、まぁ……無事でなにより」

「何が無事でぃ! 危うく大怪我するかと思ったぜ!!」

 

 しばし無言で見つめ合っていた二人だったが、蔵人の発した言葉が引き金になって小樽は爆発してしまった。

 

 まぁ、小樽が床下に落ちたのは一割~二割ほど自業自得な処もあるのだが、とは言え残りは蔵人の所為だと行っても過言ではないだろう。

 もっとも、投げ飛ばされた時点で大怪我をしていないのは流石というべきなのだろうか?

 

「ま、まぁちょっと待て、俺はだな小樽、ちゃんとお前のことを救い出そうと、建物の間取りを調べたりしてたんだぞ」

「……それじゃあ、さっきの台詞は一体何なんでぃ」

「そりゃ……もしもの為の予行練習を――――」

「あのなぁっ!! ――――ぐぇっ!」

 

 怒って一歩踏み出そうとした小樽だったが、丁度横から伸びてきた手が小樽の服を引っ張り、

 首を絞められるようにつんのめる事に成った。

 

 それをやったのは、小樽の隣に居たマリオネットである。

 

「――……っつぅ~、何しやがんでぃ『ライム』! いきなり引っ張るんじゃねぇよ」

「あう……ごめんちゃい」

 

 首を摩りながら怒る小樽に、マリオネットの方――ライムは、申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪の言葉を口にした。

 そこで初めて、蔵人はライムの方へとまともに視線を向けたのだが、一瞬だけ片眉をピクリと動かした。

 

 小樽はライムの表情に罪悪感を覚えたのか、表情を緩めて話しを聞くことにする。

 

「ったく、で? 一体ぇ何なんだよ?」

「あ、うん。あのね、小樽、この人って誰?」

 

 ビシッ!……と指をさしながら尋ねてくるライム。

 その指先は当然、蔵人へと向けられていた。

 

 そのライムの行動に、蔵人は「む……」と言葉を漏らす。

 

 何故なら、ライムはマリオネットだからだ。

 

 普通のマリオネットには、擬似意識――所謂『AI』が組み込まれている。

 これは人とのコミュニケーションを円滑に行うための措置なのだが、その中には『人間に対して不敬を働いてはならない』といった、

 ある種の隷属に近い命令がセットなされている。

 

 だがこのライムと言うマリオネットは、『人に対して指をさす』といった事をしているのだ。

 

 そんな行動をとる可能性としては、頭脳となる擬似意識が壊れているか、

 元々今のような反応をするようにプログラムされているか……もしくは――

 

 目の前の事に対して自身の考えを纏めようとしていた蔵人だが、どうやら予想はついても確証はないと考えたらしい。

 気を紛らわせようと、手にしている扇子を使って『トントン』と首筋を叩いた。

 

「あ、そっか。――コイツは俺の友達で、名前は天内蔵人ってんだ」

 

 小樽はライムに紹介するように、蔵人に視線を向けつつそう言った。

 だが説明を受けた当のライムは、首を傾げている。

 

「くらんど? くらんどー……くらぁんど……えーっと、それじゃあ、蔵ちゃんだね?」

「は、蔵ちゃん?」

 

 恐らくあだ名なのだろうが、蔵人は呼ばれ慣れない名前に眉をしかめた。

 

「うん、"くらんど"だから蔵ちゃん。へへへ……よろしくね、ハオっ♪」

 

 ライムはマリオネットらしからぬ笑顔と共に手を上げて、

 そして更に片側の腿を持ち上げるといった妙な挨拶をしてきた。

 

 奇妙だとは思っても、小樽も蔵人もそんな事で目くじらを立てるような性格をしてはいない。

 だが――しかし、それ以上の破壊力がそれには有ったのだ。

 

 手を上げて片腿を上げる。

 それによって、単純にライムの肩に掛けてあっただけの上着はバサりと落ちてしまい、

 正面から見ていた二人の視界には柔らかそうな双球が飛び込んでくるのだった。

 

「…………な、な」

「は、はお?」

 

 顔を紅くして無言で見つめ続ける間宮小樽。

 そしてほんの少しの照れた表情を作りながらも、一応の返事を返した天内蔵人。

 

 反応の違いこそあれ、二人に共通して言えること……それは――

 

 視線はしっかりとライムをガン見している、つまりは、二人は年相応に助平だという事だった。

 

 



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05話

 

 

 

「すると何か小樽? お前は落ちた先で、この――」

「僕ライム♪」

「――……ライムを見つけたってのか?」

 

 笑顔を絶やさないライムを扇子で差しながら、蔵人は小樽に問いかけた。

 今のライムは、上半身を小樽の改造法被、そして下半身には蔵人の羽織りが巻かれていた。

 

 正直、蔵人はそのままでも良いと思ったのだが、小樽の「絶対ぇ駄目だ!!」との言葉に、渋々羽織りを提供する事になったのだ。

 

 因みに、ライムは「動きづらいー」と口にしたが、

 小樽が「暫くはそれで我慢してくれ」と言うと、ライムは「小樽がそう言うならそうする♪」と返していた。

 

 まぁ、話しを戻そう。

 蔵人に質問された小樽は、自分が床下に落ちた時の事を思い出そうと顎先に手をやって考え出す。

 

「あぁ、そうだな……落ちた先の部屋の真ん中辺りにポッドがあってよ、んで近づいたらガバァっと開いて、中からフラっとライムが出てきたんだよ、そしたらその後イキナリ俺に抱き……だ、だだ、だき――」

「うん?」

「ほえ?」

 

 言葉の途中その時の様子を鮮明に思い出したのだろう、小樽は台詞を詰まらせると頬を紅くさせた。

 だが見ている側の蔵人とライムには、当然その変化の理由は解らない。

 二人は其々が怪訝そうな、不可思議そうな顔をして首を傾げた。

 

 だが止まらずに「抱き……だ、だだ抱き」と口にしている小樽に、ライム「ん?」と口にすると、ヒョイっと近づいて

 

「どうしたの小樽? 顔赤いよ。……熱でも有るのかな?」

 

 と、言ってオデコとオデコをピトっとくっつけた。

 すると小樽は今まで以上に顔を紅潮させて、それはまるで茹でダコのように成ってしまう。

 

 間近で顔を突き合わせ、互いの瞳を見つめ合うこと数瞬間。

 小樽はハッとしてライムの肩を掴むと、グイッと身体を遠ざけた。

 

「ラ、ラララ、ライムっ! いきなり何すんでぃ」

「はえ? 僕、何か良くないことしちゃったの?」

「あ、い、いや、別にそういう訳じゃねーけど……その……」

 

 キョトンとした顔を向けるライムに、小樽は勢いを無くして頭をガリガリと掻いた。

 

「あぁーー! もう、なんて言ったら良いのか――そうだ、蔵人っ!」

「……どうして俺に話を振るの?」

 

 急に小樽に名前を呼ばれた蔵人は、眉間に皺を寄せて言った。

 何やら少しばかり不機嫌そうである。

 

「そんなこと言わねーで、少しだけ手伝ってくれよ。それに、俺はマリオネットって初めてで……実際どうしたら良いのか」

 

 拝み手を作りながら言ってくる小樽。

 

 そんな小樽に、蔵人は溜息を吐いて肩を落とした。

 要は

 

(何だって、俺がそんな仲介みたいな事をしなくちゃ成らないんだ……)

 

 という事だ。

 だがそれでも、『やってやるか』と考える蔵人は果たして"良い奴"なのだろうか?

 

 蔵人は口の片端をニィっと釣り上げると、ライムに向かって良い笑顔を向けた。

 

「あー……なんだ。そのな、ライム」

「ほえ? なに、蔵ちゃん」

 

 声を掛けられたライムは、蔵人の言葉を待つようにジッと視線を向けてくる。

 蔵人は一瞬、その真っ直ぐな瞳に『やっぱり止めようかな……』と思ったのだが、

 自身の視界の端に小樽が映ると『やっぱりやろう』と決意をして、用意した言葉を口にするのだった。

 

「小樽はな、ライムに突然近くに来られると困るらしい」

「……小樽、僕のこと嫌いなの?」

「ちょっ――!?」

 

 急激に落ち込んだ表情へと変わったライムに、小樽はドキッとして慌ててしまった。

 そしてそれとプラスして、今度は蔵人をギロッと睨みつける。

 

「嫌ってなんかいねぇ!! ……そうじゃなくて――おい蔵人! そういう言い方をするんじゃねーよ!!」

「はいはい、解りましたよ。解ってましたよ。スイマセンでしたぁ」

 

 と、幾分も反省していないような態度を取る蔵人だった。

 しかもその表情には笑みを浮かべていて、どうやらやりたい事はやれたらしい。

 

「小樽~……」

 

 と、若干涙目に成りながら、ライムは小樽の袖をクイクイと引っ張った。

 小樽はそんなライムの頭に手を置く。

 

「だ、大丈夫だって。別にライムのこと、嫌ってなんかいねーって」

「……本当に?」

「あぁ」

「本当に、本当?」

「本当だって」

「本当に、本当に、本当?」

「本当に、本当に、本当に、本当」

 

 力強く言う小樽の言葉に、ライムは『パァッ』と笑顔を取り戻すと、

 

「小樽~♪」

 

 と言って抱きついた。

 抱きつかれた小樽は軽くふらつくが、グッと足を踏ん張るとライムの頭を撫で付けてやる。

 

 それが嬉しいのか、ライムは声に出して笑みを浮かべていた。

 ほんわか笑顔とニコニコ笑顔の二人である。

 

 だが、

 

「……なんだコレ?」

 

 ほとんど空気扱いへと変わってしまった蔵人は、ボソッと呟く。正直面白くないのだ。

 

 蔵人からすればイタズラのつもりだった。

 だが、それは決してこんな展開を望んでは無かったのだろう。

 

 目の前で繰り広げられる寸劇のような展開に、蔵人は再び溜息を吐くと、

 懐から取り出したハンカチで眼鏡を拭くのだった。

 

 目の前のイチャイチャを眺めつつ、蔵人はライムへと視線を向けると、ジッと視線を這わせて行った。

 それは頭の先から始まり、ジロジロとそれを降ろしては、胸、腰、太腿、脹脛、足先へと移動させて行く。

 

 そして視線を再び上げて、今度はライムの瞳へと視線を向けた。

 

(まるで――……だな)

 

 ライムを見ていて蔵人は自身の考えの一部を、『正しい』と判断していた。

 

 とは言え、ライムが――彼女がどんな存在であるのか?

 それは蔵人には解らない。

 簡単に推察するくらいなら出来るが、果たしてそれが何のためなのか? と成れば、きっと答えには届かなくなるだろう。

 

 とは言え、一応は考えの一部に納得したのも事実。

 蔵人はそうして暫く見ていると、不意に小さく

 

「そっか……」

 

 と口にするのだった。

 

 それは小樽には聞こえなかった小さな声だが、どうやらライムにはそれが聞こえていたらしく、

 

「どったの蔵ちゃん?」

 

 と、首を傾げて言ってくる。

 

 だが蔵人は手をパタパタと振って、「んにゃ、何でもない」とだけ言った。

 

「――ところでだ、ライムのマスターは小樽なのか?」

「ますたー?」

 

 中々に強引ではあるが、蔵人は話しを逸らすべく小樽にも聞こえるような声でそう言った。

 とは言え、コレは確認したいことに含まれている事で、蔵人としても……小樽にとっても重要なことである。

 

 だが当のライムはと言うと、マスターという言葉の意味が今ひとつ理解出来ていないらしい。

 何やら頭に疑問符を浮かべると、「マスター、ますたー?、ますーたぁ?」と、訳の分からない事を口にしている。

 

 蔵人はやれやれと息を吐くと、

 

「"マスター"ってのは、ライムが大切だと思う相手、一番側に居て欲しいと思う相手の事だよ」

 

 と、説明をしてやった。

 

 まぁ、正確に言うと違うのだが、蔵人はライムと言うマリオネットにはこう言った言い回しの方が理解しやすいだろう……と判断したのだ。

 するとその考えは当たりだったらしく、ライムは「おぉ!?」と言って手を叩くと小樽へと向き直る。

 

「それだったら小樽だ。ボクは小樽が大好き♪ ぎゅ~~」

「お、おい、だからやめろっての……」

 

 小樽を精一杯に抱き締めるライム。

 それをされている小樽は、若干照れたような表情をしているが満更でもなさそうだ。

 

 蔵人は目の前でイチャつく二人を他所に、扇子を口元に当てて考え事をしていた。

 

「ふーん、初期登録は済ませてあるのか……」

 

 蔵人の口にしていること――初期登録についてだが。

 マリオネットは起動した直後では、当然ただの人型の機械でしかない。

 購入したてのマリオネットに最初に行うこと、それはご主人様――詰まりは、主であるマスターの登録をする事なのだ。

 

 そうでなければ、マリオネットは相手が人間であればどんな相手の命令も聞いてしまう、それこそ出来損ないの機械人形になってしまう。

 

 さて、その初期登録の方法だが。

 それには幾つか方法があり、一つは、個人の情報をデータ化してマリオネットに直接そのデータを入力する方法。

 コレの良い所は、一度データを作ってしまえば、大量のマリオネットにデータ入力が可能な所である。

 

 まぁ面倒なところとしては、情報量が膨大になる可能性が有るため、初期の準備段階が面倒だと言う事。

 もっとも、こんな方法は民間でとられることはまず無いが……。

 

 二つ目は、刷り込みによる登録。

 単純に、起動後に最初に視界に捉えたモノを、自身のマスターであると判断するようにプログラムされているのだ。

 これの良いところは、余計な手続きなど必要なく即座に初期登録が完了するところで有る。

 とは言えコレにも弊害が有って、最初に視界に捉えたものならば、例えそれがどんな物でもマスターだと認識してしまうのだ。

 

 まさに、生まれたての雛と同じとも言えるプログラムで有る。

 失敗の場合はデータの初期化作業を行い、再起動が必要となる。

 

 最後の三つめ、これは先の二つを併せたような方法である。

 最初に行われるのはマスターを視界に捉える方法、そして刷り込みによるマスター登録(仮)が完了した後、

 一定時間内に、マリオネットへ個人情報――この場合はDNA情報を入力するのだ。

 それは唯のデータだったり、本人の体の一部(血液、汗、唾液、又は精液等)だったりと様々だが、それを与えることで入力を完了する。

 仮に一定時間内にデータ入力が行われなければ、再起動して刷り込みからやり直しと成る。

 

 これは単に、初期の照合を二段構えにしたと言うことだが、それだけでも再設定の面倒さが随分と減ることになる。

 何せ、失敗しても直ぐにやり直しが出来るからだ。

 

 だが最後の方法は、これまたあまり一般的な方法では無い。

 

 この世界は『男だけの惑星』である。

 喩え女の形をしているマリオネットとは言え、女を知らない彼等にとってみれば、

 ただの機械にそんな情報を与えることに拒否感がでるのは当然だろう。

 

 さて、蔵人は何故『初期登録云々』と口にしたのか。

 

 それは――ライムの事を金勘定に入れていたのである。……気持ち半分位。

 

 元々、蔵人は歴史資料館の中にあるモノを下取るために、この場所にやって来たのだ。

 とは言え、展示物に限ってはその限りではないのだが。

 ライムは展示物ではない。

 

 正確な情報ではないが、少なくとも『歴史資料館内に展示されていたモノ』では無いのだ。

 だが同時に、コレまた正確な情報ではないが、『歴史資料館内のモノ』でもある。

 

 まぁ小樽が落ちた先を、資料館の一部だと無理やり解釈すればだが。

 

 蔵人は何度か扇子を動かして思考にふけっていると、その視線を小樽に向けて問いかけてきた。

 

「なぁ小樽。俺が此処に来た理由って覚えてるか?」

「――んぁ? なんだよ藪から棒に……歴史資料館に置いてあるモノの下取りに来たんだろ?」

「あぁ」

 

 言いながらチラリとライムを見る蔵人、ライムはそれに笑顔で手を振ってくる。

 蔵人はそれに少しだけ息を詰まらせたが、一瞬だけ眼を閉じると何事も無かったように小樽へと切り出した。

 

「……でだ、そうなると当然――ライムもその対象になる」

「あっ!?」

「ふえ?」

 

 小樽は驚きを、ライムは相変わらずの疑問顔をそれぞれ浮かべている。

 

「笑って、泣いて……感情を表すマリオネットだ。欲しがる奴は探せばかなり居るだろう」

 

 表情を変えずに、蔵人は淡々と言った。

 

 さて、『欲しがる奴は探せば~』との事だが、これは嘘でも何でもない。

 実際に探せば、そういった者達は幾らでも見つかるだろう。

 

 これはライムが珍しいから……というのも勿論あるが、それとは別にマニアと言う奴で有る。

 

 小樽のように、『マリオネットを大切に』という者となると探すのも大変だが、

 そうではない――所謂、マニアと呼ばれる連中を探すのは、それ程難しくはないのだ。

 

 例えば、他所の国の『~年式のマリオネット』だとか、『初期型の~』とか、

 彼等はそう言った珍しいものに眼がなく、大抵は金に糸目をつけないのだ。

 

 つまり、仮に『表情豊かなマリオネット』をそんな連中に売り渡すとなれば、それは結構な金額での利益へと繋がる。

 

 蔵人は小樽にそう言っているのだ。

 

「……ねぇ、小樽。『したどり』って何?」

「あ、あぁ……それは」

 

 不穏な空気を感じてか、ライムは先程までの笑顔を潜めて小樽に尋ねてくる。

 しかし、小樽の言葉は歯切れが悪い。

 

 小樽は暗い表情を向けるライムを見ていると、何故か胸が締め付けられるような感覚を感じた。

 そしてグッと拳を握ると、蔵人に向かって顔を向けた。

 

「……なぁ蔵人。何とかならねぇか?」

「それは、小樽がライムを引き取りたいって……そういうこと?」

 

 キッとした真面目な顔で、小樽は蔵人に言ってきた。

 蔵人はそんな小樽の言葉に冷静に返している。

 

 とは言え、内心では「そうだよな、小樽だったらそうなるよな」と思っていた。

 

 もっとも、とうの小樽はそんな蔵人の心の声など知る筈も無い。

 

「あぁ。金が必要なら金を払う。借金してでも金は作る。……だから」

「小樽……」

 

 バッと頭を下げてくる小樽。

 そんな小樽を心配そうに見つめるライム。

 

 だがそんな二人とは違い笑顔を出している男――蔵人は、小樽に近づくとポンっと肩に手を置いた。そして――

 

「顔を上げろよ、小樽」

 

 と、恐ろしいほどの優しげな声で言葉を掛けてきたのだった。

 

 小樽が顔をあげると、そこには先程までの淡々とした表情とは違い、全てを救いとるかの様な……そう、まるで仏陀の様な笑みを浮かべる蔵人がいたのだ。

 

「安心しろよ、小樽。そもそもだ、ライムは此処の地下に居たとは言っても、恐らくマトモに管理されてはいなかったのだろう。多分、役所側でも把握していないんじゃないかな? ……だからさ、まぁ細かい手続きとかそういったのは、全部俺がやってやるから。お前は何の心配もしなくて良いぞ」

「ほ、本当か、蔵人!?」

「あぁ、お前は何も気にしないで――『うちの店』で、ライムの服を沢山買ってあげればそれで良いから♪」

「すまねぇ! 恩に着るぜ!………………は?」

 

 小樽は蔵人の言葉に感動し、再び頭を下げたのだが……。

 不意にその時の言葉の内容が頭に響き、首を傾げた。

 

 そしてボソリと小さく呟く

 

「沢山……買って?」

 

 と。

 だが、そんな呟きは蔵人にとってはどうでも良い事だった。

 蔵人はクルリとライムの方へ身体ごと向けると、一言。

 

「良かったな、ライム。小樽がお前のために、服を買ってくれるってさ」

「本当! うわっはーい! やった、やった、やったー♪ 小樽ぅーありがとう!」

 

 ニコッと音が聞こえそうな笑顔をライムに向けて、蔵人が言うと、ライムは飛び跳ねるように――いや、飛び跳ねて喜ぶと、小樽に抱きつくのだった。

 

 小樽は「え? え、え?」と言って、抱きつくライムと蔵人を交互に見ていたが、やがて溜め息を一つ吐き、ライムの頭に手を置くと

 

「お、おう! いい服を見繕ってやるからよ。任せときな」

 

 と、切符の良い返答を返すのだった。

 

 蔵人はそんな小樽とライムを見ながら

 

(まぁ、こんな所か?)

 

 と考える。

 元々蔵人には、『ライムを買い取って――』……と言うつもりは無かったのだ。

 ……いや、もしかしたら多少は有ったのかも知れないが、しかしそれも小樽次第だった。

 

 可能性としては極端に低いが、小樽がライムを引き取らないと言った場合は、自分のところに――くらいには考えていた。

 とは言え、蔵人の知る小樽と言う人物は決してそうは言わないだろうから、可能性としては殆どゼロだったのだが。

 

 だからまぁ、本当ならばそのままでも良かったのだろうがソレはソレ。

 蔵人としては正直、さっきまでの空気扱いが面白くは無かったし、それにプラスして商売人でも有る。

 わざわざ利益に成ることを諦めるのだ、少しくらいは弄っても罰は当たるまいと考えたのだ。

 

 稀少マリオネットと、マリオネット用の服装一式では、どう見積もっても懐に入るモノの桁は違ってくるが、

 

 しかし、蔵人はそれでも

 

(まぁ、良いか)

 

 と、思うのだった。

 

「じゃあ、じゃあ、早く行こうよー! ね、小樽♪」

 

 はしゃぐライムを抑えながら、小樽と蔵人は歩いていった。

 だがその道すがら、小樽は蔵人にこう言うのだった

 

「消費税は、まけてくれよな?」

 

 と……。

 

 なんともセコイようにも感じるが、小樽はとある事情(花形の所為で定職がない)によって万年金欠なのである。

 しかし蔵人はそれには応えず、

 

「ハハハハ」

 

 と言うように、軽く笑って返すのだった。

 

 

 



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06話

 

 

 

 セイバー・ライム

 

 ジャポネス歴史資料館の地下で、小樽によって目覚めさせられたマリオネットである。

 泣き、笑い、怒り、喜び、照れ……およそマリオネットらしからぬ反応を示す、変わった少女。

 

 彼女は現在、ニコッと笑いつつ"かさはり長屋"の小樽の部屋に座っていた。

 其の周りには幾つもの御膳が並んでおり、それぞれに何らかの食事が盛って有る。

 

 時刻は現在、朝の7時。

 朝食時とも、言えるような時間であった。

 

「へへへ♪」

 

 ライムは昨日とは違い、今ではちゃんと服を着込んでいる。

 蔵人の店、『天内工房・ジャポネス出張所』で買い揃えたのだ。

 

 丈の短い振袖を着て、頭をスッポリ布で覆って簪を付けている。

 

 満面の笑みを浮かべるライムだが、それに対して正面からみている小樽の表情は優れない。

 いや、むしろ青ざめてさえ居る。

 

 小樽は眉間に皺を寄せ、『目の前に広がっている御膳』を見渡してから口を開いた。

 

「……もう一回聞くぞ? ライム。この朝飯は、一体どこから持ってきたんだ?」

 

 ズラッと並ぶ御膳の数々。

 だがそれらは小樽の身に覚えの無いものだった。

 

 それもその筈、小樽にとって7時という時間はいまだ夢の中……若しくは、精々が顔を洗っているような時間だからだ。

 

 今の時間に既にそれらを終え、朝食の準備も終えている――などという事は有り得ないのだ。

 

 では、何故こうして御膳が並んでいるのか?

 それは小樽が目覚めると……いや、叩き起こされると同時に目の前に並んでいたのだ。ライムの手によって。

 

 ライムは小樽の問い掛けに、ニコッと笑顔を返すと

 

「んーっとね、えっとね……あっちと、そっちと、向こうと、斜向かいと、それから……」

「おいおいおいおい、ライム――」

『小樽ッ!!』

 

 バンッ!!

 

 勢い良く開けられた引き戸が音を出した。

 

 色々な方向を指さして言うライムの言葉に、次第にその顔の青さをましていった小樽だったが、

 自身の背後――要は長屋の入り口の方から殺気立った怒鳴り声をぶつけられて言葉を失ってしまう。

 

「やいやいやいやい! 小樽!! テメエ、人様の朝食をかっぱらうたぁどう言う了見だ!!」

「お前がマリオネットなんて珍しいと思ったら、巫山戯た真似しやがって!!」

「おぉ! 聞いてんのか!!」

 

 小樽は怯えたように顔を向けると、そこには一様に殺気立った一団、

 同じ"かさはり長屋"に住んでいる住民たちが、並び立っていた。

 

 ジャポネスっ子は総じて喧嘩っ早い。

 

 小樽も非常に喧嘩っ早いのだが、こんな状況……恐らくは100%ライムの仕業と解る状況では、そんな喧嘩に参加はできない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ皆! コレは俺がやったんじゃなくて、コイツが勝手に――」

「阿呆か!! マリオネットが勝手にそんな事する訳ねーだろうが!!」

「コイツはするんだよっ!!」

 

 小樽詰めかけてきた者達に負けないようにと、その視線に力を込めて見返したが。

 

 ギンッ!!

 

 食い物の恨みと言う奴か、彼等の視線の前では余り意味を成さないようだ。

 

 この場をどうやって治めるか?

 小樽は何とかしようと必死になって頭を働かせるが、どうにも良い考えは浮かばない。

 

 だが、そこで救いの手が差し伸べられた。

 

「グッモーニング、小樽君~。いやー今日も相変わらず、ジャポネす晴れで良い天気だね」

 

 と、空気を読まない男、花形が颯爽と登場したのだった。

 クルクルと回りながら小樽の部屋に入ってくる花形、すると丁度住民と小樽の間に来るように位置取りをした。

 

「おんやぁ……なんだか物凄く険悪な雰囲気でないのかいコレ? ちょいちょい、一体何の騒ぎなのさ?」

「アンッ?(ギロッ)」

「な、ななな何で、僕が睨まれなくちゃいけないんだよ? ……やるか? やるのか? 言っておくが僕に手を出したら、後が怖いぞぉ!!」

 

 全力のへっぴり腰を披露しながら、花形を涙目で威嚇行動にでる。

 伸ばした両手を向けながら構えを取っているようだ。

 

 しかし、どうやら花形の乱入は功を奏したようだ。

 目を血走らせていた彼等は一気にやる気を無くしたようで、

 

「ケッ……白けちまったな。オイ、帰ろうぜ」

 

 と言うと、口々に『くそ、くだらね』『やってらんねェぜ』『馬鹿馬鹿しい』等と言いながら部屋から出て行った。

 そして最後に部屋から出て行った人物が

 

「おい、小樽。今度こんな事してみやがれ、そのマリオネットをスクラップにしてやるからなっ!!」

 

 と大きな声で怒鳴りつけると、ピシャンッ!! と強く引き戸を閉めていった。

 そうして残された小樽は、ガクッと力を抜くと溜息を吐く。

 

「……はぁ、朝っぱらから疲れちまったぜ」

「元気だしなよ小樽」

「誰の所為だ、誰のっ!」

 

 ポンポンと頭を撫で付けて言うライムに、小樽は声を荒らげて返した。

 とは言え、ライムは「ほえ?」と意味が解らなそうな顔をしている。

 

 そんなライムの表情に小樽は毒気を抜かれ、ライムの頭に手を置くのだった。

 

 突然の事ではあるが、ライムは小樽に頭を撫でられて嬉しそうな顔をしている

 

「良いか、ライム。確かに飯は必要だけどな、人様が作ったモンを勝手に持ってくんのはいけない事なんだぞ?」

「そうなの?」

「あぁ」

「解った、僕もうしないよ」

 

 言ってニコっと笑うライム、小樽はそんなライムに優しい笑みを浮かべるのだった。

 そしてライムの頭に手を置いて一撫で――

 

「へぇ、小樽君も、ついにマリオネットを買ったんだ?」

「え、お、おぉ。まぁな」

 

 しようとした所で、花形が間に入ってきた。

 小樽はライムへと伸ばしかけた手が、そのまま花形伸びそうに成るのを必死で押さえ込んで相槌をうった。

 

 そしてチラッとライムへ視線を向けると

 

「?」

 

 と、ライムは首を傾げてくる。

 

 小樽はそんなライムのちょっとした仕草も「可愛い」と思うのだった。

 さて小樽は取り敢えず置いておくとして、花形だ。

 

 小樽と同じように視線をその場に居るマリオネット――つまりライムへと向けると、

 花形はその視線を上から下へと満遍なく動かして、ジロジロと見ていく。

 

「ふーん……しっかし、それにしても何だってこんな変てこなマリオネットを買ったのさ?  もっと良いのは無かったのかい? 胸だって、普通はもっと大きいのが標準だよ?」

 

 そう口にすると、花形はライムの胸をワシ掴んだ。

 そして指を動かして、グッと力を込めようと――

 

「い、いやぁあああああああ!!」

 

 ゴギャンッ!!!

 

「んギャぱ!!」

 

 胸を掴まれたライムは、瞬間大きな悲鳴を挙げて花形を殴り飛ばしたのだった。

 殴られた花形は長屋の壁をブチ抜き、外へと飛び出し、数回もんどり打って転げまわるとゴミ捨て場へと突っ込んでいった。

 

「な、何で……僕がこんな目に……?」

 

 逆さになった状態でそれだけを口にすると、花形はガクッと気を失うのだった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

「なんなのさ。な~んなのさ! 何だって僕があんな目にあわなくちゃ成らないのさ!」

 

 メカ籠(自動車)を運転しながら、花形は苛立を口にした。

 ハンドルを握る手に力が込められ、他所から見てもその怒り具合が良く分かるほどだ。

 

 そんな花形の愚痴を、後部座席に座っている小樽とライムは嫌々ながらも耳に入れている。

 

「花形、そんなにネチネチ言いながら運転すんじゃねぇ。それから、ちゃんと前見て運転しろ。あぶねぇだろ」

「小樽君! 君に、朝からゴミ捨て場の中に飛び込んだ僕の気持ちが解るのかい!?」

「い、いや、そりゃ解りたくもねぇけど」

 

 花形の言葉に、特に悩みもせずに答える小樽。

 えらく正直者である。

 

 小樽の返答に花形は「ぐっ……」と唸るようにして言葉を詰まらせたが、

 ついで放たれたライムの言葉

 

「花ちゃん、汚なかったね」

 

 で爆発をした。

 

「誰のせいだと思っとるんじゃっ!! 元々はお前が――」

「花形っ前、前見て運転しろ!!」

 

 勢い込んで後部座席に首を回したため、花形の運転するメカ籠は蛇行運転をしてしまう。

 怒っている花形に対して、ライムは急に揺れだした車内でジェットコースターではしゃぐ子供のように、歓声を挙げていた。

 

 気をつけよう、脇見運転事故の元……である。

 

「小っ樽君! 何だってこんなポンコツを買ってしまったのさ? 今すぐに返品しようよ。

 コイツってば、絶対に擬似意識に問題が有るって」

「あのなぁ……」

 

 花形は縋るような視線を小樽にぶつけて言ってきたが、ぶつけられた小樽は嫌そうにしている。

 

 さて、擬似意識とは何か?

 まぁ要は、単純にマリオネットの思考を司るAIの事だ。

 マリオネットは人に仕えるという役割上、どうしてもある程度は自身で判断して動く必要が出てくる。

 いちいち一つの仕事をするのに、『腕を内側に捻ってから肘を屈曲30度――』等とやっては居られないだろう?

 

 そのために、ある程度は自身で考えて判断する知能が必要になってくる。

 つまり、それを行っているのがマリオネットの持つ擬似意識、AIという事だ。

 

 小樽は「……む」と軽く唸って見せる。

 

 花形の意見を聞くつもりは更々無いが、小樽もライムは変わっていると思っていた。

 自由奔放に行動し、まるで人間のように悩み、考え、喜び、哀しむ。

 

 昨日の蔵人はさして驚いた風には見えなかったが、ライムの存在は花形のような普通のテラツー人は勿論、小樽にとっても不思議に映るのである。

 

(まるで人間のような……心を持ったマリオネット)

 

 ライムの行動を思い出す度、小樽はそんな考えに行き着くのだ。

 そして、"伝説の女がもし居たら、きっとこんな風に――"とも思うのだった。

 

「ねぇ、小樽。そう言えば僕たちは何処に行ってるの?」

 

 不意に、今まで窓の外を楽しそうに眺めていたライムがそう尋ねてきた。

 

「あれ? 言ってなかったか? 今日は年に一度の、ジャポネス城の一般公開日なんだよ。

 んで、折角だからそれ見に行くっつー訳だ」

「『じゃぽねすじょう』ってなに?」

「なんだよ、なんだよ。ライムはジャポネス城を知らねーのか?」

「うん」

 

 小樽は「そうだな……」と口にして、自身の顎先に手をやった。

 どう説明をすれば良いだろうか? と、悩んでいるのだ。

 

 そして悩んだ末、小樽から出た言葉は

 

「城ってのは……こう、ズガァっとでけーんだ! んで、こうバーっと広い部屋が一杯あってよ」

「ほえー……」

 

 一生懸命に身振り手振りを加えて説明する小樽だが、コレで理解出来る人間はまず居ないだろう。

 

 それが証拠に、運転をしながら聞いている花形は「小樽君……君って奴は、なんて大雑把な。でも、そこがまた愛らしい」等とうるんだ瞳で言っていた。

 しかし、そんな花形とは逆にライムは小樽の説明に納得をしたのか、やたらと瞳をキラキラさせている。

 根が子供な分、感覚的な説明のほうが解かりやすかったのかも知れない。

 

「んで――あーもうまどろっこしい!! 兎に角、こうでっけぇ部屋が一杯あってよ! 珍しい物が一杯置いてあんだよ」

「珍しい物!?」

「お、おう。……良く解んねーけど」

「小樽。僕、珍しい物見たい!」

 

 『わくわく』といった擬音が聞こえるのでは? と言うほどに、ライムの表情は明るい。

 小樽はそんなライムの反応が嬉しく成り、鼻の下をスッと擦った。

 

「よっしゃ! 花形、さっさと籠まわせ!」

 

 勢い良く前方を指差す小樽、それに続くようにライムも真似をして「早くまわせぇ!」と言っている。

 コレが現代の地球ならば、この程度の――要は、ライムの言葉程度の事は笑って済むだろうことだ。

 

 だが、この惑星テラツーに住む者達はそうではない。

 

 ライムはマリオネット、詰まりはロボットだ。

 どれほど精巧に創られていようが、機械なのである。

 それも、人間に対して絶対服従であるはずの存在だ。

 

 要は何が言いたいのかと言うと、

 テラツーに住む者達は、マリオネットに馴れ馴れしく接せられる事に慣れていないのだ。

 

 それは当然花形もそうで――

 

「小っ樽君なら兎も角! マリオネットの貴様が僕に命令するなぁ!!」

「だから、前見て運転しろっての!!」

 

 再び蛇行運転をし始めたメカ籠は、小樽の悲鳴と花形の怒声、

 そしてライムの無邪気な笑い声を挙げながら爆走するのだった。

 

 

 

 2

 

 

 

 

 暗室とまでは言わないが、少なくとも太陽の下程の光量は無いような部屋。

 周囲には何らかの計測を行うための機械類があり、そこから伸びる幾つものケーブルが一台のベットへと伸びていた。

 

 ベットに眠っているのは年端もいかない少女である。

 

 否――少女のように見える、マリオネットだ。

 

 長い紫掛かった黒髪をした彼女は、だが身体に幾本ものケーブルを繋げ、またその身体には大きな穴が空きその中を露出させていた。

 奥から見える内部機構、機械の数々。

 それらが彼女を機械の乙女、マリオネットである事を物語っている。

 

 ただ周囲が暗いせいだろうか? その細かい容姿までは解らない。

 

 そんな彼女の近くに一人の男が立っており、何やら作業を行っていた。

 男の名前は『天内蔵人』と言う。

 

 そう、詰まりは、

 

 此処は何処に在るかは秘密だが、ジャポネス郊外にある天内工房・本社であった。

 

 蔵人は先程から……正確には、どれほど前なのかも解らないが、それでも随分前の時間から何かを組み上げているらしく、その眼は真剣そのもの。

 

 だが組み上げている機械で出来たそれは、見ようによっては人の『ある臓器』に似た形をしていた。

 

 サイズとしては、精々が握り拳程度。

 パッと見、楕円に近い形状をしているが、角度を変えればそれとは違う形に見えるだろう。

 

 だが機械で出来たそれは、大きな特徴として一つ、中央に大きな、数㎝程の緑の宝石が埋め込まれていた。

 

 何処までも深く、そして何処までも透き通った様なそんな宝石が。

 

 蔵人は機械を弄り回していた手の動きを止めると、「ふー……」と息を吐き、彼女の――マリオネットの寝かされている寝台へと近づいた。

 手には先程の、緑の宝石が埋め込まれた機械を持っている。

 

 そして彼女の胸部に手をやると、先程の機械を埋め込んでいくのだった。

 

 機械は寸分の違いも無く、彼女の胸部に収まっていく。

 とは言え、それも当然だろう。蔵人はそう成るように作ったのだから。

 

 埋込み作業が終了すると、蔵人は彼女のパーツを組み合わせて『穴』を塞いでいった。

 展開していた骨格を元に戻し、パーツを合わせ、人工皮膚を被せていく。

 そして最後に、人工皮膚に電極のようなもので触れて一定の刺激を与えることで癒着させ、まるで『そこ』を開いたとは思えないような、美しい肌に仕上げる。

 

 蔵人はそこまですると、今度は寝台の横にあるコンソールを操作してプログラムを起動させていった。

 画面には大きな文字で『ASM-00P Setup …… System Start.』

 

 と、映っていた。

 

 『カタ……』っと音を鳴らし、蔵人はコンソールのEnterKeyを押すと体をベットの方へと向ける。

 

「おはよう、プラム」

 

 蔵人はスッと『プラム』の髪の毛を撫で付けて言うと、それに反応したのだろうか?

 プラムはゆっくりと、その閉じられていた瞳を開いていった。

 

 虚ろに見える緑の瞳の奥に、ゆっくりとではあるが知性の光が点っていく。

 

「――ん、……あ、おはようマスター」

 

 プラムは蔵人の言葉に答えると、身体を起こしてグッと背伸びをする。

 その御陰という事ではないだろうが、徐々にプラムの肌には赤みがさしていった。

 そしてストレッチの様な動きを何度かすると、笑顔で

 

「う、ん、絶好調」

 

 と言った。

 

 蔵人はそんなプラムの反応に、腕組をしながら「まるで人間みたいだな」と軽く口にした。

 だがプラムは、

 

「そう? ……私は、マスター以外の人間を知らないから良く解らないけど。 でも、私をこう作ったのはマスターでしょ?」

 

 と微笑んで返してきた。

 

 まぁ正確に言うのなら、プラムを作ったのは蔵人ではない。蔵人はただ手を加えただけだ。

 一応、プラムの素体を作った人間は他に居る――いや、居たというのが正しいだろうが、それも今となっては知りようもない。

 

 もっとも、誰が作ったか? 等と言うことに、さしたる重要性など無いのだろうが。

 

「作った……か。確かに、AIに関してはそうだな。それに関して言えば、このテラツーでも最高水準の技術だと自慢できる。だが他の部分に関して言えば、やろうと思えば、誰でも再現可能な技術なんだよな」

「そう、なの? 意外」

 

 言うと、プラムは手を伸ばして蔵人の身体にペタペタと触れてくる。

 『何だ?』と蔵人は思いもしたが、プラムは何度かそうして触れると、次いで今度は自身の身体を触りだした。

 

 蔵人を触っている時の擬音が『ペタペタ』だとすれば、自身に触れている時の擬音は『ふにふに』や『ふにょ、ふにょ』といった所だろう。

 だがプラムは「こんなに似た質感が再現可能なのか……」と口にしていた。

 

 プラムはその腕で、自身の腕を触り、腿を触り、脚を触り、腹を触り、そして自身の上半身に位置している胸を触る。

 

 ふに、ふに、ふに、ふに――

 

「私の感覚では、マスターの肌の質感と殆ど変わらないように感じる。胸は私のほうが、圧倒的に良い触り心地だけど。でも、こんな柔らかい質感が、この惑星(テラツー)には溢れている?」

「まぁ、一部の地域(主にそういう『モノ』が必要な性的なお店)では特に需要があるだろうからな」

「へぇ」

 

 ふにょん、ふにょん、ふにょん――と、感嘆の声を挙げながらもプラムは自身の胸を揉み続ける。

 その影響なのか、それとも目を覚まして直ぐだからなのか、心なしか肌が上気しているように感じる。

 次第に頬が紅くなり、その瞳はトロンとしたものへと変わってきているのだ。

 

「う……ん、何て言うか……コレ、凄い」

「そ、そうか?」

「えぇ、その、興奮するもの」

 

 上気した顔で何やら不穏な事を言うプラムに、蔵人は苦笑いを浮かべた。

 まぁ、その視線は胸に注がれっぱなしなのだが。

 

 縦、横、斜め――と、加える力で角度や向きを変える"おっぱい"。

 

 だがそれをジッと見られていることに気がついたプラムは手の動きを止めると、視線を蔵人へ向け、次にそれを追うようにして自身の胸へ、そして蔵人、胸、蔵人と何度か交互に見ていくと、プラムは眉間に皺を寄せて何とも言えないような、呆れたような瞳を蔵人に向けた。

 

「マスター? 私の胸、そんなに見たいの? だったらそんな盗み見るようにしなくても」

「……何のことだ?」

「何のことって、……そっか、マスターはムッツリ野郎って奴なんだ」

「むっむっつりぃ!?」

 

 とても、マリオネットらしからぬ事を言うプラム。だがその表情は妙に晴れやかで、瞳は若干細められたイタズラをする子供のようになっている。

 蔵人は、プラムに言われたことで上ずった声を出しながら、やっとプラムの胸から視線を逸らした。

 

 そして『オホン』と軽く咳払いをすると、胡散臭い笑みを浮かべる。

 

「な、な~にを言ってるのかな? 俺はただ、身体の柔らかさ具合をしっかりと把握しておきたいな……と思ってだな」

「それだったら、私が寝てる間に調べれば良かったんじゃ? その時なら、やりたい放題」

「お前ね、一応は女の子なんだから、やりたい放題とか言うなよ。ま、それにな、……ちょっと味気無くないかそれだと。どうせなら、自分で動くプラムを見ていたいし」

「よく解らないんだけど、それってムッツリって言葉以外だと、なんて表現するの?」

「……え?」

「ぅん?」

 

 単純に、疑問に思った事を口にしているだけなのだろう。

 しかし蔵人は、プラムの何の気なしに放った質問に固まってしまう。

 

 そして数瞬間、色々な言葉が蔵人の脳内を駆け巡るが、そのどれもが社会的には不名誉と取られるものばかりであった。

 

「ま、まぁ、なんだ。そのことは、もう忘れろ。俺も健全な男だってことで納得してくれ」

「……成る程。健全な男は胸が好き」

 

 なんとも微妙な納得の仕方をしてしまったプラムだったが、今の蔵人にはそれを訂正する事が出来ないでいた。腕組をして、ウンウンと頷くプラムだが、その際に押し上げられた胸元が谷間を作り、その存在感を強烈にアピールしてくる。

 

 蔵人は、懲りずに再びその谷間へと視線を向ける。

 

「マスター、見たいの?」

「……む」

 

 プラムはそう言うと、腕組をした状態から胸を覆うようにズラしていく。

 そして首を横へと傾げ、蔵人に尋ねるように聞いてくる。

 

 これが恐らく小樽だったならば、「す、すまねぇ!」と言って、照れながら視線を逸らすのだろうが、生憎と蔵人にはそんな初々しい反応は皆無だった。

 

 顔色ひとつ変えず、蔵人はただ眉間に皺を寄せると、

 

「おっぱいは好きだけど、そんな風に聴かれると何だかなぁ。お前はもう少し、恥じらいを覚えた方が良い」

「恥じらいって、何のこと?」

「えーっと慎み、だったか?」

 

 言葉で上手く説明をすることが出来ないのか、蔵人も首を傾げてしまう。同じようにプラムも首を傾げる。

 

「プラム、お前は肌を晒していて恥ずかしいって思わないのか? いや、俺は嬉しいんだけどね。裸だし」

「……うーんと、どうなの、かな? マスターなら良いかなって思うけど」

 

 言ってからジッと再び、その視線をプラムへと向ける蔵人。

 プラムは一瞬目を見開いて、驚いたような顔をしたが。腕組をして考えるような仕草を何度かすると随分と素敵なことを言ってくる。

 

「それに、見せて恥ずかしい身体はしてない、でしょ?」

 

 プラムは自信過剰なのか? それとも武士なのか、男勝りなのか解らないような事を言うが、蔵人は『それも、また良い(色々な意味で)』と思い、笑みを浮かべるのだった。

 

 とは言え、蔵人は笑みを浮かべつつも序に思うことがある。

 それは、こういったプラムの反応は『果たして成長か? それとも反応か?』という事だった。

 

 蔵人はプラムのAIを作成するに当たり、自身を主人とするようなプログラムを組んではいない。マリオネットの運用を考えるのなら理解できない措置なのだが、乙女回路搭載型のマリオネットの成長を考えるのならば、当然の判断なのだろう。

 それでも、一応はマリオネットとは何か? 人間とは何か? 両者の関係とは何か?

 これらの情報を、ある程度は入力してある。

 

 だがそれは、基本的な判断材料としてのモノである。

 

 人に例えて言うなら、『一般常識ではそう成っている』――といった程度のものである。

 

 蔵人は、自身のデータに関するものは何一つ入力していなかった。

 プラムが蔵人を主人だと認識しているのは、彼女が起動後からこっち、蔵人の調整によるものである。

 もっとも、調整中に何かをした訳ではない。

 調整なんてのは精々、内部機構の効率化や、不安定な部位の改良が主であり、それ以外の場所……この場合はAIだが、蔵人はそこに関しては触れてさえ居ないのだ。

 

 そしてそういった調整の傍ら、軽く会話をして安定を図る。

 AIに対して関係がある事とすれば、きっとそれだけだろう。

 

 誕生から半年、プラムはいつの間にか、自然と蔵人『マスター』と呼称して呼ぶように成っていた。単純に考えれば『成長した』と言えるだろうが、初期のデータ入力をした蔵人には『ソレが元でそうなってしまっただけなのでは?』とも思えてしまうのだった。

 

 プラムの製作者と言う事になっている天内蔵人。

 本人はAIを作っただけと言っているが、その本人からすればプラムの反応は嬉しい半面、首を傾げたく成るものでもあった。

 

 とは言え、人間らしい反応を返すプラムには、素直に嬉しいと思うのである。

 それは街中でマリオネット見ていて、そして彼女たちを自身の店で雇用していて、切にそう思うのだ。

 

 さらに昨日、ジャポネス歴史資料館で出会った小樽のマリオネット、あのライムを見てからその思いは大きく成った。

 前者は、他のマリオネットには無いモノをプラムが有しているという優越感から、

 そして後者は数少ない『仲間』が存在する事に対してである。

 

 蔵人はそっと優しくプラムの髪の毛に触れると、ゆっくりとした動きで撫で付けていった。

 プラムは最初は驚いたようにビクっと身体を震わせたが、その後は「……ん」と小さく漏らしてされるがままにしている。

 眼を細め、何かと気持ちよさそうに……まるで猫のような雰囲気を感じさせる。

 

「ところで、何か身体に変調があったりはしないか? 動きが鈍いとかそういうのだ」

「特に何も感じない。……至って良好。 そもそも、私は病気に成ったりとかしない」

 

 プラムの髪を撫でながら優しく言ってきた蔵人の問に、プラムは首を傾げながらもそう言ってきた。そんなプラムの言葉に、蔵人は内心『そりゃ病気にはならないだろ……』と思ったのだが、それを口には出さなかった。

 だがまぁ、実際に病気があるとすれば――

 

「そりゃまぁ、そうだろうけど。実際、プラムが風邪をひいたら、それは故障だからな」

 

 に成るわけだ。

 動きがギコチなければパーツの破損、思考に不備があるのならバグ、若しくはウィルス感染。まぁ、ネット環境が有る訳でもないテラツーでは、故意でなければウィルスに感染することなど有り得ないのだが。

 

 プラムは一瞬キョトンとすると、眼を細めてニコッと笑った。

 

「大丈夫。私のボディは、鉄より固い」

「何言ってるんだ? ちゃんと柔らかく作ってあるぞ」

「……ん」

 

 フニフニと、蔵人はプラムその『柔らかい部分』を揉むようにして触った。

 縦に手を動かせば縦に、横にやれば横に、力を加えた方向に面白いように変化して行く。

 

 そしてそれに合わせて、プラムの口から漏れる「ん……んあ」との羞恥の声が周囲に響いた。蔵人はその突き立ての餅のような感覚に、少しばかり心の高まりを覚えていった。

 

 だが……

 

「にゃにをひてるの?」

 

 『頬』を引っ張られているプラムには、正直いい迷惑でしか無いようだ。

 蔵人の手首をガっと掴むと、プラムは睨むように視線をぶつけてくる。

 

 すると蔵人は「はいはい」と言って、両方の肩をすくめて見せるのだった。

 

「マスター、私の調整はこれで終わったの?」

「……まぁ、一応は終わった」

 

 表情の奥に『ワクワク』といった雰囲気を隠しながら聞いてくるプラムに、蔵人は歯切れの悪い返答を返した。

 プラムはそんな蔵人の言葉に首を傾げる。

 

「一応? ……なんだか、随分と歯切れの悪い言い方。私自身が気付いていないような、そんな不備があったりするの?」

「いや、それはない。今回の調整で、実際内部構造も安定したし、最低限度のエネルギーゲインもマークしている。……ただ、それが予想を遥かに下回る数値しか出ていないってだけの事だ。多分、感情の振れ幅が足りない所為だと思うんだが」

「そうは言っても……そうそう簡単に、性格は変る物じゃない」

「はは、性格の問題じゃないんだよ」

 

 蔵人は言って、再びコンソールの操作をし始めた。

 すると画面一杯に幾つかのウィンドウが立ち上がり、そこには0と1の羅列が映っている。

 

「単純に性格だけの問題なら、AIの書き換えで幾らでもやりようがある。まぁ、面倒だけどな。でもそうじゃない、必要なのは『どう考えるか?』では無く『どう思うか?』なんだよ」

「どう思うか? ……なんだか、凄く抽象的な説明」

「仕方がないさ、言ってる俺自身からして、あまり良く解っていないからな。だがまぁ、圧倒的に経験が足りないのも関係してるんだろう。完成からずっと、ここから外に出ていないからなお前は。ソレに関しては済まなかったよ、俺の所為だ」

 

 蔵人は溜息を吐きつつ言うと、不意に真面目な顔つきになって謝罪してきた。

 とは言え、プラムからすればそれは謝られても困ることだった。

 何せ、蔵人の言う事で何らかのトラブルを抱えていると言うのならまだしも、基本的にプラムの身体は健康(?)そのもの。

 廃棄されるはずだった自身の修復を行い、また人格を与えてくれた蔵人に対して、感謝こそすれ文句の『感情』など湧く訳が無かった。

 

 そのためプラムの口から漏れた言葉は

 

「私は全然気にしてない。マスターが私を大切に思ってくれていることを、良く解っているから」

「そうか、有り難うな」

 

 蔵人はそんなプラムの反応に関しても、何らかの不満に近い思いを募らせた。

 とは言え、それを口にするのはお門違いも甚だしいとだ、と言うことも理解しているのである。

 

 蔵人は「……ふむ」と、お茶を濁すような一言を挟んで言葉を区切ると、

 何か別の話題は無いだろうか? と思案した。

 

「あー、そう言えばなプラム。実は先日、面白いマリオネットを見つけたんだ」

「面白い?」

 

 別の話題への転換が上手く言ったのか、プラムは『面白い』という単語に興味を示した。

 まぁ、日がな一日を都市から離れた『天内工房本社』で過ごしていたのだ、外の話題には食付きが良いのだろう。

 

「……お前にも関係する事だからな」

「私に関係する? それはどういう意味? 私はマスターが作ったマリオネット。その私に関係する、面白いマリオネットと言うのは……」

 

 自身のデータベース内に登録されている事から想像してみるが、プラムには答えが出せそうに無かった。

 腕組をして悩んでいるプラムだが、そんな仕草に蔵人は知らず知らずに笑みを浮かべる。

 

 そして壁際に移動をすると、

 

「見たらきっと、驚くと思うぞ」

 

 言って蔵人は、指で弾くようにして『カチリ』と壁に設置されていたスイッチを入れた。

 すると暗かった部屋の光量が増し、暗かった室内が一気に明るくなる。

 

「私が驚くこと。でも今日で調整が終りということは、引越しをする事でそのマリオネットに出会う機会もあるのよね。ちょっと楽しみ」

 

 遠足を心待ちにする子供のように、プラムは言葉を弾ませてそう言ってきた。

 明るくなった部屋の中、そんな事を言った場所には愛くるしい表情が……『ライム』が居たのだった。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 ジャポネス城。

 都市国家ジャポネスの王城であり、その敷地は途轍もなく広い。

 合計3333の大部屋があり、その一つ一つの大きさが"かさはり長屋"を全部併せたよりもさらに広いと言うのだからとんでも無い。

 果たしてこのジャポネス城の全ての部屋を把握している人間など居るのだろうか?

 

 さて、この日は年に一度だけある、城の一般開放日である。

 

 そのため城の内部は勿論、その周りにまで色々な出し物の店が立ち並んでいる。

 定番の物から言えば、かき氷、たこ焼き、お好み焼き、あいすくりん、りんご飴、射的、ヨーヨーすくい……と、まるで祭りのような出店の種類だが、そもそもジャポネスの人間は祭り好きなのだ。

 こうしてイベントがあれば、どうしてもそっち方面に傾くのも仕方がないと言える。

 

 で、現在そのジャポネス城の中を一人の少女が――

 いやいや、違った。

 

 一体のマリオネットが走り回っていた。

 

「うわっはーい♪ ねぇ小樽、次はあっち! あっちに行こうよ!」

 

 ライムである。

 そんなライムに手を引かれる形で、小樽も一緒に走り回っていた。

 

「ちょ、ライム! 少しは落ち着けっての!」

 

 喧嘩と祭りには特別に気合を入れる、ちゃきちゃきのジャポネスっ子である小樽だったが、ライムのハシャギっぷりには少しばかり気後れを感じてしまうようだ。

 城に到着した瞬間メカ籠のドアを蹴破り、小樽の手を掴んで走り出したライムは、それこそ子供のような笑顔で走り続けたのだ。

 

 因みに、その為か花形はさっさと置いてけ堀になっていた。

 

 そんな訳で二人で観て回っていた小樽とライムだが、それを観ていた周りの者達の反応は芳しくなかった。

 何せ、妙な反応をしているマリオネットが居るからだ。

 

 声を上げて笑い、表情を表し、そして主人である人間を引張り回しているのだから。

 

 まぁ、解りやすい表現で言うならば、『変なのが居る』といったものだろう。

 

「変なのが一杯だー!」

 

 ライムに連れられた小樽が次に来たのは、大小様々……と言うか、形さえも様々な壺が立ち並び、屏風や掛け軸、又は絵画などが所狭しと並べられた部屋だった。

 所謂『美術品のお部屋』だ。

 

「ちっちゃい壺~、おっきい壺~、それに変な絵も一杯だね小樽♪」

「変なって……まぁ、俺にも良く分かんねーけどさ」

「――まったくこれらの美術品の良さが解らないなんて……これだからポンコツマリオネットは」

「ッ!?」

 

 不意に横から聞こえてきた声に驚き、小樽はビクっと身体を震わせた。

 声のした方に居るのは花形である。

 駐籠場から早速置いてけ堀を食らったというのに、どうやってか小樽に追いついてきたらしい。

 

「花形!? って……そういや、お前も居たんだったよな」

「ひ、酷い! 小樽君それは酷い!! そもそも此処に来るのに、僕の愛『Miturugi・Hanagata,3000GT』を使ったのに!?」

「やっほー花ちゃん。遅かったね?」

 

 心底ショックだと言いたげなジェスチャーをする花形に、ライムは笑顔で手を上げて言ってきた。

 だがそれに対して、花形が笑顔を返すわけもなく。

 

「何が『遅かったね』じゃ! 一体誰のせいだと思って――」

「朝っからそればっかりだな、お前は……」

「小っ樽君、だってだって~」

「やめろ、気色悪ぃ」

 

 怒声から一変、しなだれかかってきた花形を、小樽は他所へやるように押しのけた。

 そしてスタスタと歩き始めると、後ろから「ま、待ってよ。小樽君~」と言いながら花形が付いてくる。

 

 ある程度歩いていくと、不意にライムが壁に掛けてあった『肖像画』に眼をやった。

 

「――あ、ねぇねぇ小樽。見て見て、面白い顔だよ」

「んあ? ってこりゃ……」

 

 そこにはズラリと並ぶ、総数15枚に及ぶ肖像画の数々。

 

 左端から順番に――初代家安公、二代家安公、三代家安公、四代家安公、五代家安公、六代……と、

 口髭を生やした、恰幅の良い初老の男性が描かれていた。

 

「将軍様の肖像画? ……しっかし、みんな同じ顔だな?」

 

 そう、ポーズは違えど皆が『同じ顔』である。

 最初の方では『普通』に描かれていた肖像画だが、それも後の方になるに連れてそうでも無くなっている。

 逆立ち姿、エアロビ風景、筋トレ姿、劇画調等々……どうやら家安という人物は茶目っ気好きな性格らしい。

 小樽がそんな、構図は変わっても被写体の変わらない肖像画に対して感想を口にすると、

 花形は両肩をすっと……横から言葉を掛けてくる。

 

「そりゃそうだよ。将軍様は初代からの純粋クローンで、僕達は派生クローンだからね。寺子屋で習ったでしょうが?」

「そうだっけか? 大方、風邪でもひいて寝込んでたんじゃねーかな」

「……君、風邪ひいた事ないじゃないか」

 

 花形は若干の呆れ顔で、小樽にそう言った。

 だがまぁ……そんな事で気落ちするような小樽ではなく、のほほんとした表情で周囲に視線を向けていた。

 

 すると『クイクイ』っと、そんな小樽の袖を引っ張るライムが居る。

 

 小樽は 「んあ?」と言いながらライムを見ると、何やら不思議そうな顔を小樽に向けている。

 

「ねぇねぇ小樽。今日は蔵ちゃんは一緒じゃないの? 花ちゃんは居るのに」

 

 不思議そうな顔でライムは小樽に問いかけてきた。

 小樽は瞬間、そんなライムの仕草を『可愛い』と思ったが、直ぐに首を左右に振って気持ちを切り替えた。

 

「蔵人? ……あぁ、一応アイツのことも誘ったんだけどよ、今日は何だか『約束がある』とか言ってたからな」

 

 誘った時の事を思い出しながら、小樽はそうライムに説明をした。

 当然、蔵人の言っていた『約束』というのは、彼のマリオネットであるプラムの調整なのだが、プラムの存在自体を知らない小樽には知りようも無い。

 

「ふーん、そっか。折角一緒に遊べると思ったのに――」

「蔵人だぁ~?」

 

 ヒョイっと、ライム言葉を邪魔するように花形が割って入ってきた。

 その表情は渋く、心底気に入らないとでも言いたげだ。

 

「どしたの花ちゃん?」

「そういや、花形はあんまり蔵人とは仲が良くなかったな?」

「仲良くなんて出来る訳ないじゃないか! よりにもよってアイツってば、『僕の』小樽君の隣の部屋に住んでるんだよ!?」

「……誰がお前のだ」

 

 ヒートアップしながらも『僕の』と言う花形に、小樽は表情を歪めた。

 だが当の花形は小樽の変化を見ないようにしているのか、変わらずに蔵人に対する文句を口にしていった。

 

「大体、ぽっと出てきて商売を初めてさ、偶々それが当たったからって一端の経営者みたいな顔をしてるのが気に入らない。僕は創業100年を超える老舗、上州屋の跡取り息子だよ? だってのにアイツってば、僕の事を蹴るは殴るは――」

「そりゃ、お前が蔵人に突っかかって、何人かで囲んだのを返り討ちにされただけじゃねーか」

「うん、そう……って!? 何で知ってるの小樽君!」

 

 呆れたように言う小樽、だが花形はかなり驚いたように声を挙げた。

 花形にしてみれば、これは秘密にしていた事だったからだ。

 

 だが小樽はなんて事は無いと言うように

 

「前に蔵人が言ってたぜ、『上州屋の小倅がお痛をしたから躾けておいたぞ?』ってな」

「んなッ!? ……く、お、ぅおのれ蔵人~! 小樽君に僕の悪印象を植え付けるとはっ。 何処まで僕との小樽君の仲を邪魔するつもりだ~っ!!」

「花形……だから、そういうの止めろって言ってんだろうが」

 

 半ば……いや、かなり本気の表情で呪詛の言葉を吐く花形。

 小樽は、そんな花形に溜息を吐きながらツッコミを入れるのだった。

 

 蔵人が"かさはり長屋"に引越してきて、少し経った頃の事である。

 その頃の蔵人は、すでに天内工房とMilky Wayの二つの店を軌道に乗せていて、それなりに裕福な人間に成っていた。

 ところが、である。

 

 そんな人間が、何故"かさはり長屋"のような貧乏物件に引っ越してきたのか?

 少なくとも花形は、それを『小樽君の貞操の危機だ!』と判断したのだ。

 金持ちが――と言っても、花形の実家からすればかなり見劣りするが――金の力に物を言わせて手篭めに……とでも考えたのだろうか?

 現代の常識を持ち合わせている者にとっては、其の相手が男だというだけで背筋が寒くなるような話だが、

 とは言え、当時の花形はそう考えたのだ。

 

 まぁ、多分に私見の混じった考えではあるが、しかし花形は其の考えで暴走し、ゴロツキを雇って蔵人を川辺で待ち伏せしたのだ。

 もっとも、結果は小樽の言っていたとおりに返り討ち。

 全員仲良く川に放り投げられ、揃って水浴びをする事になったのである。

 

 一応その時に、蔵人から説明という名のオハナシをされて、花形は『蔵人にその気無し』とは理解を示したものの、内心では『信用出来ない』と思っているのだ。

 その為、花形は蔵人を嫌い、何か有るたびに良く衝突を繰り返していた。

 

 もっとも、蔵人がそれで堪えた試しはないが。

 

「……あっ小樽! 見て見て、変な壺があるよ!」

 

 小樽が花形の顔面に手をやって自分から引き剥がそうとしていると、不意にライムが小樽の腕をとって言ってきた。

 「ん?」と返事を返しながら顔を向ける小樽、だが花形もそんな小樽に反応をする。

 

「小っ樽君、そんな機械人形なんて放っておいてさ、ボクと一緒に向こうを見てまわろうよ~」

「ライム、変な壺ってどんなんだよ?」

「ちょ……小樽君、僕を無視しないでよ!」

 

 ライムに付いて壺を見に行く小樽と花形、そしてその先に置いてある『国宝・でこぼこの壺』。

 まさかこんな物が騒動の原因になるとは……、この時の小樽には知る由も無かった。

 

 

 

 

 



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07話

 

 

 

「鬼ごっこだ♪ 鬼ごっこだー♪」

 

 元気いっぱいに走るライムと、必死の顔をしながらそれについて行く小樽と花形。

 そしてその三人を追うように走るのは、ジャポネス製の純正セイバーである『桜花』が数十体。

 

 小樽達は現在、ジャポネス城内を必死になって逃げ回っている最中だった。

 

「小樽君! 小樽君! 小ッ樽君!! 何で僕までがこんな風に逃げなくちゃならないんだ!」

「逃げたくなきゃ一人で捕まれよ!! でもその場合、打首獄門さらし首――その他諸々覚悟しろよな!!!」

「だから、何で僕がそんな目に合わなくちゃいけないんだよー!! 元はと言えばそこのポンコツが――」

「今更そんな事言って仕方がねーだろ!!」

 

 二人が言い合っている理由、それは少し前に逆上る。 

 

 一般公開されているジャポネス城内を見て回っていた3人は――いや、正確にはライムは、だ。ライムは展示されていた国宝の一品である『でこぼこの壺』を手に取り、よりもよって割ってしまったのだった。

 手にするだけでも厳重注意、場合によっては罰則も有り得る状況。

 だというのに、それに損壊までも加わってはどうしようも無い。

 

 颯爽と現れた警備隊に追い立てられ、小樽達は逃げの一手以外にとれる選択肢は無かった。

 

 最初は人間の警備員を含めた追手だったのだが、今ではその全てがセイバー部隊になっており、装備も『捕まえる』と言うよりは、『生かしては帰さん』レベルに成っている。

 

「ねぇねぇ小樽。これって僕たちが逃げる方で、あっちが鬼なんだよね?」

 

 前方を走っていたライムが、若干速度を落として小樽に話しかける。

 その表情は至って無邪気、悪気の欠片も見られなかった。

 

「あぁ、そうだな!……だけど、このままじゃ捕まっちまう。どうすれば――あっ!」

 

 何かいい考えが浮かんだのか、小樽は声を上げると真摯な表情で横に居る花形を見る。

 その瞳は澄んでいて、花形は一瞬ドキッとしてしまった。

 

「花形……いや、花形君」

「な、何だい小樽君?」

 

 普段とは違う小樽の呼び方に、尚も花形の心臓は動きを増していく。

 

「友情って、美しいとは思わないかい?」

「ど、どうしたのさ小樽君? こんな時に」

「男と男の間でのみ成立する友情……男同士の熱い思い。俺達の間には、そんな素晴らしい絆が存在するよな?」

「お、小っ樽君! ついに……遂に気づいてくれたん――」

「――てな訳で」

「え?」

 

 その時の小樽の行動は素早く、そして上手かった。

 一瞬で並走している花形の脚を払うと、転げる花形を後方へと蹴り飛ばしたのだった。

 

「小っ樽君~~~!ーーー………」

 

 転がりながら人波に巻き込まれた花形は、ドップラー効果のように声を遠ざけながら見えなくなった。

 とは言え、花形の功績はかなりの物だ。

 

 前方集団を巻き込んで転げまわり、倒しては巻き込み、倒しては巻き込むの大奮闘。それによって追跡の手は緩まり、小樽とライムの二人はタッタカと逃げ果せるのであった。

 

 背後からの

 

「おた、小樽君! た、助けてー!!」

 

 と言ったBGMを聞きながら。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 所変わってジャポネス郊外――というより、"関所"。

 惑星テラツーに存在するのは都市国家。

 その為、自らの治める領地を城壁で囲うようになっており、ジャポネスではその出入口として"関所"を設けているのだ。

 コレは勿論、出入する場所を制限することで、外部からの侵入者やその都市にとって不利益に成るような物を、予め排除するために作られたものである。

 こういった措置は他の国も同様にとっており、西安やペテルブルクはジャポネス同様に城壁を、ゲルマニアやニューテキサスは山岳や渓谷を利用した自然の防壁を、ロマーナはその場所を山の中腹に置くことで侵入を困難にしている。

 

 ……まぁ、他の都市に比べると些かロマーナ等は緩い気がしないでもないのだが。

 とは言え、これらの事からも多少は分かるだろうが、其々六つの都市は自身達以外を心の底から信頼してはいないとも取れる。

 

 さて、話をジャポネスの関所に戻すが、ジャポネスの領地を囲う城壁は高さ数十m、見た目は唯の漆喰の壁に見えるも中身は別。

 芯の部分には軍用セイバー等に特に使われるジャポニウム鋼を使った特別製である。並の能力のセイバーでは飛び越えることはおろか、破壊することさえ困難な作りなのだ。

 また仮に足場を用いて飛び越えたとしても、上部にはプラズマ鉄条網といった、地下を流れるプラズマを利用した柵が張ってあるといった徹底ぶり。

 

 明らかに、他国から侵略を想定に入れたような作りである。

 

 もっとも物騒なことを言いはしたが、今現在の国家間は平和そのもの。

 水面下なら兎も角として、少なくとも表面的な動きは特に無い。

 なので関所に勤める者達も、基本的にはお気楽ムードでの仕事をしていた。

 

 そう、していたのだ。

 

 ほんの少し前まで。

 

 その少し前の状況はどうか? というと……

 

「やれやれ、やっとプラムの方も目処が立った。後はアイツが客商売を出来るかどうかだが……」

 

 一台の大型メカ籠が、ジャポネスの関所に向かって疾駆している。

 当然、城壁の外からだ。

 運転をしているのは蔵人である。

 

 郊外にある天内工房本社(正確な位置不明)での所要を終えた蔵人は、もう一つの自分の店(Milky way)へと向かっている最中だった。

 何故か?

 それは起動したプラムの服を取りに行くため、である。

 起動に成功し、それじゃあ戻るか――と成ったところで、プラムの服を持って来ていないことに気が付いたのだ。

 最初から用意しておけばこんな事には成らなかったのだろうが、どうやら蔵人自身完全に失念していたらしい。

 

「どんな服にするかな……この前のライムが改造和服だったから、プラムは普通の洋装にするか?」

 

 アレコレと頭の中でプラムを着せ替えては、その姿を想像する蔵人。

 その姿が脳内で蔵人の琴線に触れたのか、時折その表情を緩めたりしている。……言っては何だが、ソレだけを見ると変態にしか見えない。

 もっとも男だけの惑星テラツーにおいて、マリオネットの服装をどうするかを考えることなど、精々が『車の内装をどうするか?』と言った程度の事でしか無い。

 

 まぁ、蔵人がそれと同じような認識かは兎も角、喩え今の蔵人を他の人が見たとしても、周囲の反応はそんなモノだろう。

 

 蔵人が走らせているメカ籠が、関所を完全に見渡せる程度まで近づくと、不意に蔵人の視界の端に黒い人影が見えた。

 城壁の直ぐ近く。だが、関所から離れた場所に見えるその人影は、何やら怪しい雰囲気を蔵人に感じさせる。

 

「なんだアレは?」

 

 蔵人がハンドル片手に遠くを見るように手をかざすと、その人影は――

 

 ピョン、ピョン、ピョ~ン……っと、あっと言う間に城壁を乗り越えていってしまった。

 垂直の壁にケリをいれ、上手い具合に跳んでいったのである。

 蔵人はその一連の動作を見ながら、

 

「……なんてデタラメな。ありゃ何処の軍用セイバーだ?」

 

 と呟いた。

 まぁ、視界に城壁を捉える距離――最低でも1km以上の距離に居る人影を発見し、

 なおかつその動きを捉えた蔵人も十分にデタラメと言えるのだが。

 

 蔵人は眉間に皺を寄せると、

 

「何だか良くは分からんが、何か起きそうな雰囲気だな」

 

 と、アクセルを強く踏み込んでいった――と言うのが、ほんの少し前の出来事である。

 

 関所に到着した蔵人は、その荒れに荒れた様子を見て「うわぁ……」と口にした。

 内側から破られたのか? 周囲には破壊されたゲートの破片が散乱し、

 中に入れば怪我をして呻き声を上げる者や、既に事切れて動かなくなっている者も見える――

 

「って、なんだ。人じゃなくてセイバーか」

 

 蔵人が一瞬死んだ人だと思ったのは、単に破壊されて動かなくなっているマリオネットだった。

 内心『いかんな』と呟きつつ、蔵人は比較的軽傷に見える男に近づいていった。

 

「――もしもし、話せますか?」

「う、く……き、君は?」

「天内蔵人と申します。知りませんか? 『天内工房』とか『Milky Way』ってお店。俺はアレの社長で――……まぁ、そんなのはどうでも良いか。何だか酷い災難に会ったみたいですね?」

 

 ヨロヨロと痛みに耐えるように身体を動かしながら、男は蔵人の声に反応して起き上がった。

 その様子に、蔵人は『あぁ、大丈夫そうだな』と判断して情報を聞き出すことにした。

 まぁ、男の方は見た目にも消耗が激しくあまり大丈夫そうではないのだが、蔵人の尺度では違うらしい。

 

 男は痛む身体を抑えながらゆっくりと立ち上がると、疲れた眼で周囲を見渡すと「クソッ!」と声を荒げる。

 

「……いきなり、金色の髪をしたセイバーが1機で襲撃をしてきて。桜花部隊も居たのだが……それも一瞬で」

「え、桜花が?」

 

 蔵人は言われて、周囲に転がるセイバーの残骸に眼をやった。

 それ等に良く目を這わせてみると、蔵人は『成程』と頷いてみせる。

 チラッと見ただけでは良くは解らなかったが、確かに散らばっているのは桜花であった。

 

 ジャポネス軍で正式採用されているセイバーマリオネット、桜花。

 

 取り立てて特筆する能力を持っている訳ではないが、だからと言って他国のセイバーに見劣りするという程でもない。

 少なくとも、五分以上の闘いが可能な性能の筈である。

 唯一桜花を圧倒できる軍用セイバーは、ゲルマニアの『クリーガァⅡ』。

 通称『赤毛(レーテス・ハール)』と呼称されるセイバーが、他の五つの国のセイバーより抜きん出て強いのだが、それでも関所一つを単独で完全破壊するまでの能力はない。

 

 蔵人はほんの少しだけ考える素振りも見せるのだが、直ぐ様『まぁ、俺には関係ないか』と、深く考えるのをやめてしまった。

 そしてグルッと周りを見渡すようにして眺める。

 

「ところで、どうするんですか? こんなになっちゃって」

「そ、そうだな。先ずは一刻も早く城に連絡をせねば――ウグッ!」

 

 蔵人の言葉に男は勢い良く動き出そうとしたのだが、それが傷に触ったのかしかめ面になって顔を歪める。

 そして情け無いような顔をすると、今度は何かを期待するような視線で蔵人を見つめてきた。

 その男の視線に、蔵人は大きな溜息を吐いた。

 

「解りましたよ、連絡だけはしておきます。それで良いでしょう?」

「すまない、助かる」

 

 男はそう感謝の言葉を口にすると、そのままドカッと地面に座り込んでしまった。

 蔵人は男に苦笑いを浮かべると視線を逸らし、役人の詰所を発見。

 そのまま移動をしていった。

 

 詰所の中に蔵人が入ると、その中は外に比べれば破壊の痕はなく綺麗だ。

 見ると通信装置も破壊されては居ないらしく、ちゃんと機能しそうである。

 

「通信、通信……っと」

 

 蔵人は手際よく直通に成っている通信機を操作していく。

 すると程なくして向こう側に繋がったらしく、スピーカーを通して声が返ってきた。

 

「こちらジャポネス警備隊、御庭番の玉三郎じゃ。火急の用件か? 申せ」

 

 聞こえてきた声は女性特有の高い声だった。

 まぁ、この惑星で女性特有とか言うのも変な話なのだが、どうやら通信に応じたのはマリオネットらしい。

 

「こちらは辰巳の関所。どうやら何者かが領内に侵入したようです。常駐していた桜花部隊を壊滅させ、役人にも多数の重軽傷者が見られます。出来れば、至急医療班を回してあげてください」

「それは真か? 心得た。……だが侵入者か。先程城内にも不貞を働く輩が居たため捉えたのだが、その侵入者の目撃情報はないのか?」

「確か……『金髪』とか言ってたような」

「『金髪』じゃとッ!?」

 

 思い出すようにしながら説明をしていた蔵人だったが、通信相手の玉三郎はその内容に驚いたような声を挙げた。

 音声しか伝わらないタイプの通信機なので、その表情までは解らないが、恐らく驚いた顔でもしているのでは? と、蔵人は思う。

 

「金髪という情報に間違いはないか?」

「? ……えぇ、確かに目撃した者の言葉によると金色の髪(をしたセイバー)だったと」

「そうか、やはりあの者が……情報に感謝するぞ。そちらには直ちに救援を回す。では――」

 

 通信相手の玉三郎は、蔵人の言葉に何やら考える素振りを一瞬見せるとそのまま通信を切ってしまった。

 蔵人は一瞬、『何だ?』と首を傾げはしたが、直ぐに『誰かホシが捕まったのか?』と思ってその事を頭から他所へと放り出した。

 

 蔵人は詰所から出ると、先程の男の所へ戻ることにした。

 そちらの方へと顔を向けると、ほんの少しだけ自分で移動をしたらしく、男は壁に背中を預けるようにして座っている。

 

「何だ、やっぱり動けるじゃないか……」

 

 蔵人はそう呟くように言うと、男のもとへと歩いていった。

 

「城の方に連絡しておきましたよ、あと少しすれば向こうから救援が来るでしょう」

 

 そう言うと、男は安堵したかのように息を吐く。

 

「そうか……何から何まで済まないな。君がこの場に現れなかったらと思うと、本当にゾッとするよ。この礼はきっと――」

「いえ、それは良いんですがね。……さっさと通行許可とかくれませんか? さっさと店に戻りたいんですがね」

 

 『ソッチの方が優先だ!』とでも言うようなそんな蔵人の言い様に、男は「は? ……へ?」と聞き返すのだが、

 再度蔵人が「通行許可ください」と言ったことで、男は先ほどとは違う意味で息を吐き「……ちょっと待ってろ」と返事を返すのであった。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 蔵人の伝えた情報。

 金色の髪の毛――といった言葉を頼りに、ジャポネス城に居る御庭番・梅香と玉三郎の二人は、

 先程捕らえた金色の髪の人物に尋問をしようとしていた。

 

 因みに……現在の小樽とライムの行動を詳しく知りたい人は、セイバーマリオネットJのアニメを見るか、

 または小説を読むようにすると良いだろう。

 

 話が逸れた。

 

 さて、件の金色の髪の毛の人物。

 その者は――

 

「いだだだだだだだだだあああああッ!! 痛ってば、痛いってのよ! 脚が、骨が!!」

 

 花形だった。

 小樽に脚を掛けられて転倒し、そのまま追手を巻き込む形で時間稼ぎをさせられた花形は、

 当然と言うかなんというかそのまま捕らえられ、そしてそこに運悪く蔵人の情報が重なってしまったのだ。

 そして――

 

「吐け! 貴様の目的は何じゃ!! 一体何を企んでおるのじゃ!!」

 

 との、拷問の時間へと突入したのである。

 とは言え、当の花形からすれば何が何だか解らない。

 しかも何について聞かれているのかも良く解らないのだ。

 これでは誤解を解くことも儘ならない。

 

「さっきから言ってるじゃないか! 僕には何のことなのかサッパリだって――」

「まだ口を割らぬか……」

「玉三郎……抱える石をもう2~3個ほど増やしてみてはどうか?」

「いッ!?」

 

 梅香の提案に玉三郎は「成程」と、逆に花形は「んなっ!?」との声を挙げた。

 因みに、現在の花形の状態はどうなっているのかというと……。

 角張った石材を並べた土台に正座をさせられ、膝の上には石を乗せられるという――所謂、石抱きの状態だ。

 

「ちょっと待てーい! お前ら一体何を考えてるんだ!! 僕を何処の誰だか解ってるのか!!」

「何処の誰か?」

 

 花形の言葉に、玉三郎は一瞬反応をしてみせた。

 ほんの少しだけだが、確かに――と思ったからだ。

 城内での捕り物騒ぎ、その際に捕らえた人物と先程の通信の際に受けた情報の一致。

 タイミングを測ったかのように合わさった二つの事……可能性的にはクロだと思われるが、身元の証明は確かに必要だろう。

 だが現在のジャポネスは、表では兎も角として水面下ではかなりキナ臭い情勢下にある。

 御庭番である梅香と玉三郎が、若干過敏気味になっても仕方がないと言える。

 

 花形は身元云々の事で目の前の梅香が反応したのを見て、「あ、コレなら直ぐに解放されそう」等と思ったのだが……。

 

「梅、それは後ほど調べるとしよう……。今は此奴から情報を引き出すことが先決だ」

 

 玉三郎の方はかなりシビアで、飽くまでも花形への拷問を優先するらしい。

 その手には幅50cm四方、厚さ10cm程の石塊が3枚。

 

 流石の花形もそれには一瞬青ざめて――

 

「待った! 待った待った待った!! い、幾ら何でもそれはやり過ぎなんじゃないのかい!?」

 

 と、必死の口撃をする。

 だがそれが返って良くなかったようで……

 

「その慌て様……どうやら尻尾を出しそうじゃな」

「もう一つ位増やして載せれば、口を割るかもしれぬぞ?」

「うむ」

 

 そしてその侭、殆んど間を置かずに花形の膝上へ4枚の石が追加され、計5枚の石が乗るのであった。

 

「ぎにゃおあーーーーーーーッ!!」

「…………中々にしぶとい」

「次は水車縛りにしてみるか?」

 

 元々情報など何も持ってはいない花形である。

 御庭番の二人を納得させることなど出来るはずもなく、

 この先行われるであろう拷問(御庭番的には取調べ)の数々に背筋を寒くした。

 

 だがそこで花形の救いの手(?)が差し伸べられる。

 

 突如、部屋に備え付けられていたスピーカーから通信が入ってきたのだ。

 

《――御庭番玉三郎、梅香。直ちに上様の元まで急行せよ!! 曲者じゃ!!》

「「――ッ御意!」」

 

 瞬く間に二人の御庭番は走りだすと、あっと言う間にその場から立ち去っていった。

 目の前に居た恐怖元が消えたことで、安堵の息を吐く花形……だが、

 

「……実際のところ、僕ってば助かってないんじゃないのかい? コレ」

 

 喜んだのも束の間、ギリギリと締め付けられる自身の脚に、花形は眉間に皺を寄せた。

 そして、

 

「小っ樽君、助けて~~!!」

 

 聞こえることのない助けを呼ぶ声を、精一杯に挙げるのであった。

 

 

 

 その頃の天守閣

 

「家安! 覚悟!!」

 

 花形の脚の上に計5枚の石が乗せられたその時、ジャポネス城の天守閣……ここでは正にクライマックス(?)に近い状態になっていた。

 声を荒げるのは、金色の髪の毛をした一人のセイバーマリオネット。

 黒い軍服を身に纏った、彼女の名前はパンター。

 ゲルマニアの国主、ファウストに仕えるマリオネットである。

 

 ジャポネスの国主である、第15代将軍・徳川家安を亡き者にしようと単身乗り込んできたのだ。

 

 この場に居るのはパンター、そして標的である家安、そして間宮小樽とそのマリオネットであるライムの4人だ。

 

 大雑把に、何故この場に小樽とライムが居るのか? について説明をすると、

 警備隊に追われていた小樽達は、城にあるカラクリで何故か天守閣の間まで運ばれ、そこで将軍・家安と対話をしていたのだ。

 

 だがその場に乱入するような形でパンターが現れ、今の様な状況になっている。

 一応、ライムも小樽を護るために戦ったのだが、パンターに一撃を加えた後は反撃を受けて眼を回している。

 

「ちくしょうめッ!」

 

 

 

 

 5

 

 

 

 

 関所での面倒を終えてから約一時間後。

 蔵人は自身の店から数点の改造着物をメカ籠に詰め込み、再び『天内工房本社』に向かって移動を行っていた。

 ハンドルを握っている蔵人の表情は明るく、

 

「~~♪ ~~♪」

 

 と、軽く鼻歌まで口ずさんでいる。

 

 自身の用意した服を、プラムがどのように着こなすか?

 それを考えると自然と気持ちが弾んでくるのだ。

 

 関所での出来事? 金色の髪の侵入者? ――……そんな事は既に蔵人の頭の中からは抜け落ちていた。

 別に忘れたと言うわけではなく、蔵人からすれば『それは、基本的に俺の仕事ではないよな』との考えからだ。

 

 今の自分の仕事は商売であり、それ以外の面倒事は御免被ると言うことだ。

 

 『面倒事は上でやって、その為に税金を払ってるんだから』

 

 蔵人はそう割り切って、元々の予定を優先することにしたのだった。

 

 まぁとは言え、何でもかんでも知らん振りでは気分も悪いと言うことで、

 蔵人はもう一度関所を通る際に、治療受けている役人たちへ差し入れを持っていっている。

 

 もっともその品物は簡単な軽食や飲料、それに蔵人の店であるマリオネット用品専門店『天内工房』の割引券だったので、

 貰った者達が嬉しいかどうかは別問題だったが。

 

 さて、現在のメカ籠は何処に居るのかと言うと、

 先程の説明からも多少は解るだろうが、ジャポネスの城壁を越えて現在は荒野の中をひた走りしていた。

 

「――しっかし、向こうの御庭番って言ってたが、金色の髪にやたらと反応してたな……。

 幾ら何でも、距離的にあの短時間で捕まえられたとは思えないんだけどな」

 

 ふと、蔵人は関所で交わした通信の内容を思い出してそう言った。

 関所に金髪のセイバーが侵入するのを確認してから、蔵人が現場に到着するまでの時間は約数分間。

 その間に迫り来る桜花部隊を全滅させ、役人達に怪我を負わせ、そしてジャポネス城へと移動。

 

 蔵人が関所に到着してから状況把握を行ない、更に通信を入れるまでの時間を考えたとしても、

 精々が10分前後時間が増える程度である。

 

 その10分程度の時間の間に関所からジャポネス城まで移動し、尚且つ城の御庭番に捕らえられたとは、幾ら何でも思えなかったのだ。

 

「きっと何か、別の奴と誤解でもしたんだろうな……そう考えれば一番しっくり来る」

 

 蔵人はそう言って、『まさか金髪って、花形の奴じゃないだろうな?』と頭の中で考えたが、幾ら何でもそれは無いか……と、常識的に考えて否定するのだった。

 

 蔵人のメカ籠が城壁を出てから暫くすると、蔵人は奇妙な音を耳にした。

 

 ザッザッザッザッザッザッ――!!

 

 何かが大地を蹴り、そして前進する音。

 所謂、走るときのような音を蔵人は聞いたのだ。

 

 蔵人はその音が聞こえた方――詰まりは外の方に視線を向ける。

 するとそこには、黒い軍服を身に纏った一人のセイバーが走っているのであった。

 

 相手のセイバーは黒い軍服の他にも目立った所がある。

 それは金色の髪の毛、右目を覆うアイパッチ、そして……

 

『ギンッ!』

 

 と、効果音が付くのではないかと言うような、強烈な視線だ。

 今現在その強烈な視線と、横を見た蔵人の視線が空中でぶつかっているのだった。

 

 蔵人は高速で走っているそのセイバーに訝しげな表情を作ると、

 現在自身の運転しているメカ籠のタコメーターをチラリと見てみる。

 

 デジタルではなくアナログ表記だが、そこにはおよそ65km程の速度が示されていた。

 

「……なんだアレ?」

 

 タコメーターの速度を見、そして再び視線を礼のセイバーへと移した蔵人は、

 変なモノでも見るような目付きでそう言った。

 走っているのは、先ず間違いなくセイバーマリオネットなのだろう。

 通常のセイバーではこんな速度で走ることは不可能だし、勿論人間にも不可能だ。

 

 蔵人は再び視線をタコメーターに移すと、その表示は75kmに――

 

「オイ!」

 

 不意に、ほんのチョット眼を話しただけだったのだが、その僅かな隙に蔵人は声を掛けられた。

 蔵人はその声がした方――要は、さっきまでセイバーが走っていた方へと視線を向けると、

 声の主はメカ籠の直ぐ側、窓から中を覗き込めるようないちまで近づいていたのだった。

 

「……はぁい」

 

 並走して走っているセイバーに、蔵人は軽く手を挙げて返事を返した。

 だがそんな蔵人の行動に、セイバーは「フンッ」と鼻で笑うと、

 

「おりゃぁーーー!!」

 

 気合一閃!

 左腕を振り上げると、セイバーは一気にメカ籠のエンジン部分へと突き刺してきた。

 

 ゴギャンッ!

 

 といったような音を立て、蔵人の乗っているメカ籠のエンジン部分が破壊される。

 

「な――っなんとー!?」

 

 途端に制御困難になるメカ籠。

 ハンドルは左右に激しく揺れ、蔵人はそれを抑えつけるようにしながら急ブレーキを掛けた。

 だが――

 

「うそーーッ」

 

 足回りを砂利に取られたメカ籠は、その車体(籠体?)を滑らせて大岩へと一直線。

 蔵人の操るメカ籠は、哀れ大岩と衝突し――

 

 ドッカーン……!!

 

 ――大爆発と成ったのだった。

 

 爆発の衝撃で、周囲にはメカ籠のパーツやら何やらが散乱する。

 

 燃料が燃える匂いと、そして炎。

 そしてそれを見つめるようにして立っている、一体のセイバーマリオネット。

 

「恨むんなら、私の機嫌が悪い時に出会っちまった……自分の運の悪さを恨みな」

 

 マリオネットはそう言うと「フン」と鼻を鳴らした。

 金色の髪、アイパッチ、黒い軍服……。知っている人は知っているだろうが、彼女の名前は『パンター』。

 ゲルマニアの国主であるファウストに使えるマリオネットである。

 

 さて、そんな彼女が何故このような場所にいるのか?

 まぁそれは一から説明するとなると面倒なので簡単にするが、要は関所破りをしたのはパンターだったのだ。

 

 少し前に、各国メディアを通じて発した家安の言葉――ゲルマニアのファウスト批判に腹を立てたらしく、

 ゲルマニアからジャポネスまで、単身家安の生命を狙いに来たのだ。

 

 何ともまぁ、一途というか短絡的というか。

 

 だが、それも実は失敗に終わっている。

 偶然その場に居合わせた、小樽とライムの二人、

 そしてその後に現れたもう一体のマリオネットJSM02C――チェリーという名のセイバーが現れた事で、パンターは撤退を余儀なくされたのだ。

 

 家安『暗殺』の為に『正面から乗り込む』というような事例からも解るだろうが、

 元々細かく物事を考えるよりも、直感的に考えて行動をする傾向が強いパンターである。

 『よくよく考えれば無謀だったかも?』と思わないでもないが、それ以上に作戦失敗のための苛立が先に立っているのだ。

 

 目標の始末に失敗し、ストレスを感じていたところに蔵人のメカ籠を発見したパンターは……まぁ、ストレス解消のため上記のような行動に出たというわけだ。

 

 立ち昇る炎を見つめながら、パンターは

 

「あーイライラする! それもコレも、あの間宮小樽とかいう小僧のせいだ!!」

 

 と、怒りを顕にして声を挙げた。

 それに合わせるように、瞬間パンターの右腕が『バチィッ!』と火花を散らす。

 

「チッ、奴等にやられた傷が……」

 

 パンターはそう呻くように言うと、左手で右腕を抑えた。

 抑えられている腕……その場所をよく見ると、そこは人工皮膚がめくれ上がり、内部のケーブルや人工筋肉が露出してしまっている。

 その中の何本かのケーブルが切れ、上手く腕を動かすことが出来ないのだろう。

 何度か腕をあげようと力を込めるが、その都度上手く行かずにダランと垂れ下がってしまう。

 

「戻ってから修理をするしか無い……か――」

「――その前に、俺のメカ籠の弁償が先だ!!」

 

 呟くように言ったパンターの言葉、だがその言葉に返事(?)を返すように、パンターの背後から怒声が響く。

 思わずその場から跳んで間を開けるパンターだったが、その声のした方を見て驚きの表情を作る。

 

 そこには羽織袴に眼鏡を掛けて、左手には僅かな衣類、そして右手には閉じた扇子を持った蔵人が居た。

 額には漫画的な表現だが青筋を浮かべている。

 

「お、お前! 一体どうやって!?」

 

 確実に死んだ――と判断していただけに、パンターの同様はかなり大きい。

 だが、それも仕方が無いだろう。

 何処の誰が、スピン→衝突→爆発炎上……のコンボを受けて無事だと思うのだろうか?

 

 パンターがそんな怪訝そうな顔を向けていると、蔵人の方にも若干の変化が見られる。

 自分を襲ったセイバー……要はパンターのことだが、

 眉間に皺を寄せて上から下まで視線を這わせて行くと、徐々に表情を曇らせていく。

 

「うん……? お前のその格好、ゲルマニアのセイバーか?」

 

 確認するように問いかけた蔵人の言葉に、パンターは『ビクっ』と軽く身体を震わせた。

 その反応だけで十分だったのか、蔵人は「やっぱりな……」と呟く。

 

 それは別に、パンターの事を知っていたとか言うことではない。

 

 幾らマリオネット関連の仕事をしていると言っても、

 それは精々民間用のメーカー品と有名な軍用セイバーが分かる程度だ。

 ワンオフ生産の機体や、最新鋭機、それに個人作成のマリオネットまで網羅するのは不可能と言える。

 

 ならば何故、蔵人はパンターをゲルマニアのセイバーだと解ったのか?

 

「ふ、ふん! ゲ、ゲルマニアのセイバーだと? 一体何を言っているんだ。わた……私には何のことか解からんな」

 

 既に蔵人には当たりを付けられているのだが、それでも知らない振りをしようとするパンター。

 そのドギマギした態度はある種好感が持てるものだったが、

 そんな行動に出るくらいならさっさと口封じをしたほうが遥かに良いだろう。

 

 現に蔵人は、そんなパンターの行動に軽く『微笑』を向けている。

 

 蔵人は笑みを浮かべたまま、右手の扇子を動かしてパンターへと向けた。

 

「――……その服、軍服だろ? それにゲルマニアの国旗が描いてある。マニアが真似して作ることもあるが……そんなしっかりした作りのはちょっとないからな」

「……あ」

 

 笑いながら言う説明に、パンターは『しまった』といった表情になった。

 逆に蔵人は、口の端を吊り上げている。

 

 パンターは怒りからか、それとも恥ずかしさからか? わなわなとその身体を震わせると

 

「えーい! もう面倒だ!! 元々私は、ストレスの解消のために攻撃したんだ!  このままお前のことをぶっ飛ばせば、綺麗サッパリそれで終りだ!!」

 

 大きな声で吠えると、パンターは一直線に蔵人へ向かって駈け出していった。

 腕を振るい、拳を握り、それを蔵人に叩きつけようとする。

 

「……その反応、お前は『普通』のマリオネットじゃないな?」

 

 蔵人はそう言うと、眼を細めて半歩前に脚を踏み出した。

 そして片手を軽く前に持ち上げる。

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 蔵人が構えをとったのとほぼ同時、目前まで接近してきたパンターがその拳を振り下ろした。

 だがその拳は空を斬り、蔵人の身体には当たらない。

 拳が振り下ろされた瞬間、蔵人は前に出した足とは逆側の脚を出して一歩だけ斜め前に踏み込んだのだ。

 その為パンターの攻撃は外れ、前に出していた蔵人の腕がパンターの懐に入り込む。

 そして――

 

「せいッ!!」

「がっ!?」

 

 そのままの流れで蔵人は腕を伸ばすと、ちょうど手がパンターの喉を直撃した。

 蔵人はそのまま腕の角度を上から下へ変えると、パンターを地面へと叩きつけた。

 

 所謂、喉輪落としだ。

 

 マトモに受ければ、脳震盪くらいではすまないような衝撃がパンターを襲う。

 もっとも、パンターはマリオネットである。

 喩え地面に叩きつけられて威力倍増の衝撃だったとしても、大した問題はないだろう。

 

 現にパンターは打ち付けられた後頭部を押さえて

 

「……いってぇー」

 

 と痛がって……

 

「え?……痛いのか?」

 

 予想外の反応に、蔵人は眼をパチパチと瞬きをして尋ねた。

 

「当ったり前だ! 何だ? お前はあんな事されても痛くないって言うのか!?」

「い、いや……間違いなく痛いだろうけど」

 

 妙な迫力で言うパンターに対して、蔵人は一瞬気圧されるようになってしまった。

 しかしそんなパンターの態度は、蔵人に一つの確信を与える結果と成る。

 それは、『目の前に居るマリオネットは、ライムやプラムと同じようなシステムが組み込んである』と言うことだった。

 

 蔵人は、自身の目の前で怒ったような表情を浮かべて文句を言っているマリオネット――パンターに、

 ほんの少しばかりだが興味を持った。

 現在自分の知っている感情を持ったマリオネットは、上記のとおりライムとプラムの二人だけである。

 一応はマリオネット技術者でありプラムの調整を行った蔵人としては、

 『似た性能を持っている他所のモノ』を、調べてみたいと思ったのだ。

 

「クソ……今日は踏んだり蹴ったりだ。家安の暗殺は失敗するし、変なマリオネットに出会うし、それに――」

「――お前、将軍の暗殺なんてやろうとしたのか?」

 

 独り言のつもりだったのか、中々に迂闊なことを口走っているパンターである。

 思わずパンターの言葉に反応した蔵人だったが、それによってパンターは「しまった」と言って蔵人に警戒の視線を向ける。

 

 もっとも"しまった"も何も、パンターの失言が原因なのだが。

 

 とは言え、パンターの事を調べたいと思っている蔵人としては、妙に警戒されているのはいい傾向とは言えない。

 蔵人はどうにか警戒を解こうと考え、ニコッと笑みを浮かべてパンターに近づいていった。

 

「まぁ落ち着け、そう慌てるな」

「ッ!?」

 

 なんの構えも無しに近づいてくる蔵人。

 パンターは左手を前方に構えて、"いつでも殺れる"状態に構えを取る。

 

「近寄るな! ……お前は油断成らない奴だ。それ以上近づくようだと、本当に殺すぞ!!」

「だから落ち着けってば。別に危害を加えたりはしないよ。――そもそも、さっきの『家安~』ってのは、完全にお前の自爆だろうが」

「う、うるさい! 人には間違いって物が有るんだ!!」

 

 『お前はマリオネットだろう……』とは、思っても口にしない蔵人だった。

 だがこんな会話の最中も、蔵人はその歩みを止めること無くパンターに一歩一歩近づいていく。

 

「――良いか? 別にお前がジャポネスの将軍を殺そうとしたからと言って、それで俺が何かすることは絶対に無い。まぁ、お前が俺の商売に茶々入れて、それで損害を出したというのなら話は別だが……」

「はぁ?」

「だから、俺の店に損害を出したら――」

「お前は一体、何を言ってるんだ!」

「うん? 優先順位の話だが?」

 

 そうやって話をしながら、蔵人は何時の間にやらパンターとの距離をほんの2~3歩程度まで詰め寄っている。

 そしてスッとパンターに向かって手を伸ばすと、パンターはハッとしたように後方へと飛び退いていった。

 

 そのパンターの反応に、蔵人は少しばかり表情を硬くする。

 

「手を伸ばされる瞬間まで、近づいてきたことに気が付かなかった……。お前、一体……」

 

 パンターは顔に驚愕の表情を浮かべ、目の前に居る蔵人に視線を向ける。

 そうなのだ。今の一瞬、パンターはボーッとしていた訳ではない。

 自身のセンサーを働かせ、蔵人に対して注意をしていたのだ。

 にもかかわらず、パンターは蔵人が急接近したことに気が付かず、触れられる直前に成ってそれに気が付いたのだ。

 これはパンターの――マリオネットの常識から、軽く逸脱した出来事である。

 もっとも、仮にその内容をパンターが自分の同僚に話したとしても、『どうせ、よそ見でもしていたのでしょう?』と言われてしまうだろうが。

 

 さて、警戒を解くつもりが返って警戒させることになってしまった蔵人は、今の状況をどうしたものかと考えている。

 

 一番楽な展開としては、互いに出会ったことを忘れて『はい、さようなら』と別れることである。

 だが、蔵人の選択肢にそれは無い。

 既に蔵人は、目の前でコロコロとその表情を変えているパンターに興味津々なのだ。

 何がなんでも調べたいと思っているし、そもそも何もしないでパンターを返した場合……

 

(完璧に、俺一人だけが丸損だからな)

 

 となるのだ。

 たまたま出会ったパンターの襲撃により、蔵人の乗っていたメカ籠は全損。

 一緒に載せていた品物の数々は炎に焼かれ、助かったのは僅か数点の衣類を残すのみ。

 これでは誰がどう見ても、蔵人の方が損しているだけである。

 

 まぁ、『はい、さようなら』とした場合、生命が助かるではないか?

 

 との意見も有るだろうが、蔵人の場合はそれは二の次であるらしい。

 

「――良いか? 俺は、お前の事を隅々まで知りたい。それは決定事項だ」

「私を知りたいだと? …………え、なにっ!?」

 

 蔵人の言葉を聞いたパンターは、一瞬驚いたように声を出した。

 そして、何故かその表情を次々と変化させていく。

 

(わ、私の事を知りたいだと? ……いきなりコイツ、それじゃあまるで愛の告白みたいで――いやいや! 何を考えているんだ私は!! 私は偉大なるファウスト様の忠実なる奴隷。 こんな小僧の言葉に心揺らされたりなんかは……でも、そんな事を言われたのは初めてだし、よく見るとコイツ、結構男前な顔をして――ハッ!? イカンイカン!! だから何を考えているんだ私は!!)

 

 流石に相手の考えていることが読める訳ではない蔵人は、目の前で急に怒ったり、悩んだり、頬を染めたりと忙しく変化をしていくパンターに奇異の眼を向けた。

 そして『やっぱり調べるのは止めようかな……』と一瞬思いもしたのだが、直ぐにそれも『システムの特徴の一つだろう』と考えて気にしないことにしたのだった。

 

 蔵人はこちらを見てるのか見てないのか判断に困る状態のパンターに対して、「さて……」と前置くと、自身の懐に手を入れてから

 

「まぁ、不意打ちみたいで多少気が引けるが――」

 

 と口にした。

 そして次の瞬間……蔵人の姿は掻き消えた。

 

「ガァッ!?」

 

 バチィッ!! と、周囲に響く何かが弾けるような音。

 そしてそれとほぼ同時に、声をあげて崩れるように倒れるパンター。

 ほんの一瞬でパンターの背後に回った蔵人の手には、弾けるような音を出した物体――高電圧スタンガンが握られているのであった。

 

 突然の衝撃に一時機能不全を起こしたパンターは、その薄れる意識の中で

 

(やっぱり、コイツは殺す……――)

 

 と思うのであった。

 さて、パンターを気絶させた蔵人はというと、

 

「……むぅ、自分で作っておいて何だが、このスタンガンは強力すぎるな。発売中止だ」

 

 等と口にしていた。

 

 



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08話

 

 

 

「ふぅ……マスター、遅い」

 

 暖かい人の明かりなどは皆無である、そんな物寂しい建物の中。

 そこで一人、小さく呟く人物が居る。

 此処はジャポネス郊外に在る、『天内工房本社』。

 そして、今現在呟きを入れたのは一体のマリオネット――プラムである。

 数時間前、彼女のマスターである蔵人は

 

『じゃあ、ちょっと服でも取って来るか』

 

 と言って、メカ籠に乗って出て行った切りであった。

 その為プラムは一人で留守番をしている訳だが、ハッキリ言えば暇を持て余している。

 一応は電話の受け答えといった仕事は有るのだが、それもしょっちゅう掛かって来るわけではないので、何もすることが無いと言っても過言ではない状況である。

 

「暇つぶしにデータを頭に入れるのは気分じゃないし、かと言って一人神経衰弱とかも欝になる……」

 

 ……なんとも微妙な事を口走るプラムである。

 とは言え、天内工房本社からジャポネスまではメカ籠を使って1時間足らず、往復で約2時間の距離だ。

 だというのに蔵人が出ていってから既に数時間――正確には、4時間28分43秒が経過している。

 プラムの当初の予想よりも、かなりの遅れが出ている状態だ。少しばかりプラムがそわそわするのも仕方が無いだろう。

 

「もしかして、何処かで交通事故にでも有った?」

 

 中々に鋭い推察をするプラム。

 だが、其の考えも少しばかり遅かったようだ。

 何故なら……

 

 ピンポーン!

 

 突然、プラムの居た部屋の中に呼び鈴の音が鳴り響く。

 プラムは慌てて中空に向かって返事を返した。

 

「ハイ、どちら様ですか?」

《――此処に直接来るのは、俺以外に居るわけがないだろう》

 

 と、スピーカーを通して聞こえてくる声は、プラムのマスター、天内蔵人であった。

 プラムは蔵人の声を聞き、

 

(やっと返ってきた)

 

 と内心で喜びの声を上げたのだが、当然それを口にすることはしない。

 蔵人の側に自身の姿が見えることはないが、それでも胸を張って

 

「おかえりなさい、マスター。思ったよりも早く帰ってきて驚いた」

 

 等と強がりを口にしていた。

 まぁ、そこら辺がプラムの性格なのだろう。

 

《これでも、遅くなってしまったかと気にしていたんだがな……まぁいい。悪いが入り口を開けてくれないか? 今は両手が塞がっていてな、自分では開けられないんだ》

 

 スピーカーから聞こえてくる蔵人の言葉に、プラムは「え!?」と声を漏らす。

 何せ蔵人は、自分(プラム)の服を取りに行っていたのだ。時間を掛けて帰ってきて、その上両手が塞がっている。

 ここまで聞けば、恐らく大抵の人物がこう思うだろう。

 

『両手が塞がる程の、大量の衣類を持ってきてくれた』

 

 と。

 当然プラムもそう考えたらしく、

 

「わ、解った! 今直ぐに行くから、ちょっと待って! そ、それまで、手に持っている物を落としたりしないで!」

 

 蔵人の言葉に、プラムは勢い良く首を縦に振った。大きな声を上げて、隠そうとする喜びも隠しきれない様子

 

 

 

 意気揚々と返事をすると、入り口に向かって走りだすのだった。

 そのプラムの返事をスピーカー越しに聞いていた蔵人は、ほんの少しだけ『なんだ?』と違和感を感じて首を傾げたのだが、

 直ぐに『まぁ良いか』と手の中の荷物――パンターを抱え直すのであった。

 

 スピーカーからプラムの返事が聞こえて程なく、蔵人が『コイツ、思ったよりも軽いな……』等と思っていると、

 自身の目の前に有った入り口が勢い良く開かれた。

 すると、中からプラムが元気よく飛び出して――

 

「おかえり、マス…タ……ァ?」

 

 少しづつ挨拶は尻すぼみになっていった。

 その視線は、蔵人の腕で抱気挙げられて眠っている(?)一体のマリオネット、パンターに注がれている。

 だが、当の蔵人は半ばお約束、そして当然のようにそのプラムの反応には気がついては居ない。

 

「あぁ、ただいま」

 

 と軽く返事を返すと、蔵人はスルリとプラムの横を通り抜けて中へと入っていくのだった。

 

「え? 待って、マスタ」

 

 プラムは慌てて先を行く蔵人を追いかけ始める。

 頭の中は若干の混乱気味である。

 

(これは、一体どういうこと? 服を取りに行ったはずのマスター。 けど戻ってきた時、その手に持っていたのは一体のマリオネット。それも、私と比べれば若干の見劣りはするけど、それでもカナリの美人。ここ数カ月の間に蓄えた、マスターの性格及び行動パターンから考えると……)

 

 プラムは何か考えが至ったのか? キッと視線を強めると、その視線を蔵人へと向けた。

 そして

 

「マスター、とうとう犯罪にまで手を染めてしまった、の?」

「何を言ってるんだ、お前は?」

 

 真顔で訪ねてくるプラムに、蔵人は一瞬歩みを止めて怪訝な表情を浮かべた。

 だが『冗談』ではない顔をしているプラムを見ると、

 

「アホ」

 

 とだけ言って再び歩き始める。

 プラムは再び、その蔵人を慌てて追いかけていくのであった。

 

 スタスタと歩いて行く蔵人が目指す場所、それはプラムの調整を行っていた部屋である。

 まぁ、当然だろう。何せ蔵人はこのマリオネット――パンターを調べたいのだから。

 

 部屋へ向かう途中、蔵人の後ろからプラムが次々と蔵人を説得しようと言葉を投げかけている。やれ『そう言うのは良くない』とか『私、マスターを犯罪者にしたくない』とか『考えなおして、マスター』などといった内容だ。

 

 蔵人に言わせれば、『パンターは偶々出会って招待をしただけの相手で、そのついでに調べ物をしたいと思っている相手だ』と言うだろうが、果たして、プラムの言葉が間違っていると言えるかどうか。

 

 因みに誤解のないように言っておくが、プラムの考えでは『蔵人が街を徘徊→変わったマリオネット発見→捕獲、無理矢理拉致→現在の状況』となっている。

 

 目的の部屋に付いた蔵人は、さっさとパンターをベットの上に寝かせると何やら怪しい電極をパンターに取り付けていく。まぁ怪しいとは言っても、それは対象のマリオネットの状態を調べるための物で、それ以上の物ではない。

 無論その事はプラムも知っているのだが、その蔵人の行動を不可思議そうに(オイオイ)見つめている。

 

「ねぇ、マスター。マスターは一体、何をしようとしているの?」

 

 たまらず問いかけてきたプラム、だが蔵人は軽く視線を向けると、

 

「プラム、先ずはコイツの修理をするから。向こうの棚から上腕用の人工筋肉と、それから人工皮膚を1ダース持ってきてくれ」

「修理? 壊れてるの、この人?」

 

 チョンチョンと部屋の隅に有る棚を指さしてプラムに言った。

 だが、それを言われたプラムは「はて?」と首を傾げている。

 

「見て解らないのか? コイツの腕、怪我してるだろう。治してやらなくちゃ可哀想じゃないか」

 

 蔵人は眼を細めて、パンターの腕を見て言った。

 その表情は本当に辛そうに……本気で心配し、気にしているような雰囲気を感じさせる。

 

「そっか、そうだよね。……うん、大丈夫。私は初めから信じてたから。マスターが犯罪に手を染めるような人間じゃないって」

「もう流石に、お前が何を考えてたのかは解ったけど、良いから、早く持ってきてくれ」

「うん、今持ってくる」

 

 蔵人に急かされて、プラムは指示された棚から必要な物を取り出して持って来――いや、

 

「それじゃあ、投げるよ」

 

 ぶん投げてきた。

 大きいとは言わないが、それでも一抱え程度は有るだろう箱を二つ。

 プラムはニコニコ笑顔で、勢い良く投げてきたのである。

 

「ア……アホか!! お前は!!」

 

 飛来するダンボール箱を、蔵人は何とか回避して事無きを得るのであった。

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「見てみろコレ……『GSM-02P,Panter』名前はパンターか。GSMということは、やはりコイツはゲルマニア製のセイバーマリオネットみたいだな」

 

 ベットに寝かされているパンター。

 既に右腕の修復は終わっており、パンターの身体には数本のコードが取り付けられ、それがモニターへと繋がっている。

 現在、蔵人とプラムの二人は其々モニターの表示を見つめている最中だった。

 画面にはパンターの簡単なデータが浮かび上がっている。

 一応、今のプラムは蔵人の持ってきた服を身に付けており、長い髪はそのままに、柄付きの白系着物を見にまとい、腰には何故か刀を挿しているといった服装だ。

 

 因みに『GSM』とは、ゲルマニア製のセイバーマリオネットの略である。

 

「ねぇ、マスター……こう言うのは良くないんじゃない?」

「む、基本出力がお前よりも高いな……だがレーダー有効半径はこっちが上か」

「だから、ねぇマスター」

「system access……『乙女回路』――」

 

 横で止めるように言うプラムの言葉を無視して、蔵人はコンソールを操作してパンターから情報を得て行く。

 型式、製造年、名前、出力、性能。そして――『乙女回路』について。

 

「やはり、乙女回路搭載型のマリオネットだったか。とは言え、ライムのそれとは若干違うようだな」

「マスター、いい加減に私の話を……乙女回路?」

 

 無視を続ける蔵人に対し流石に視線を険しくしたプラムだったが、

 その蔵人が口にした言葉……『乙女回路』という単語に興味を示した。

 

「気になるかプラム? ……お前の胸にも入っている装置だぞ」

「私の胸にも?」

「あぁ。もっともパンターのそれとは違って、俺が幾分手を加えたから……オリジナルのそれとは随分違う物になったがな」

 

 プラムは自身の胸元に手を当てると、心なしか手の平にジンワリとした暖かい感覚が広がるような気がした。

 そしてそれが、今の自分にとって大切なものであると感じたのだった。

 

「乙女回路とは、簡単にいえば感情創出回路の事だ。それが組み込まれていることで、お前やここに居るパンターは、喜怒哀楽の感情を出すことが出来る」

「それじゃあ、私が怒ったり悩んだりしているのは?」

「お前の胸に埋められている、乙女回路のお陰と言えるな。まぁしかし、この回路が造られた理由は解るが……何故普及しなかったのか」

 

 蔵人は口元に手を当てると、考えるような素振りを見せた。

 元々、マリオネットという存在はこの男だけの惑星テラツーにおいて、失われた女性の代わりとして開発された。

 今現在では一つの労働力として使われている彼女たちだが、少なくとも開発当初はそうだったのである。

 であるならば、当然より人間らしいマリオネットを開発しようと思うのは自然の流れと言えるだろう。

 

 ならば何故? こうして完成品として存在する乙女回路が有るにも関わらず、それが普及しては居ないのか?

 『実はかなり新しい回路であり、普及できる段階ではない?』

 と言った可能性もあるかもしれないが、それはあり得ない事を蔵人は知っている。

 何せプラムを発見し、改修を行った本人であるからだ。

 

「ふむ。どうやら乙女回路には、幾つかの種類が有るようだな。パッと見る限り、これはプラムに載せているモノとは違うようだ」

「マスター、いい加減そろそろ」

「……解っているよ」

 

 プラムに咎められるように言われると、蔵人はムスッとした表情でその視線をモニターからプラムへ移して言った。

 そしてコンソールを操作すると、機能停止中のパンターを覚醒させるべくコマンドを打ち込んでいく。

 

「3……2……1……はい、起動っと」

 

 『カチリッ』とキーを叩くとほぼ同時、ベットに寝かされていたパンターから呻き声が上がった。

 パンターは何度か身動ぎをすると、ゆっくりとその瞼を開いていく。

 

 丁度真上から照らされているライトが眩しく、未だ光量の補正が上手くいっていないようだ。

 

「此処は……? 一体」

「よぉ、お目覚め?」

「――ッ お前!?」

 

 軽く手を挙げて挨拶(?)をした蔵人を見るなり、パンターはベットから転がり降りて大きく飛びさがった。

 一気に蔵人やプラムと10m程間を空けたパンターは、ギリっと歯ぎしりが聞こえるくらいに表情を歪めて睨んでいる。

 

「……そこのマリオネット。そうか、何か変だと思えば……お前は奴らの仲間だったんだな!!」

「奴ら?」

「私?」

 

 ギンッ! とでも言うような強烈な視線を、パンターはプラムに向けると強く言い放った。

 だが言われたプラムは勿論、蔵人にも一瞬何のことだか理解が出来ない。

 

 だがパンターがプラムを見て言っている事で、蔵人は「あぁ、成程」と手を叩いて口にする。

 

「――いやいや、そりゃ勘違いだ。お前が見たのは、このプラムとは別のマリオネットだよ」

「何だと? 馬鹿を言うな、こんなに似ていて別人なんてことがあるか!」

「本当だ。パンターが見たのはライム、ここに居るプラムとは同型のマリオネットだからな。 それに良く見ろ、髪の毛の色が若干違うだろう?」

「む?」

 

 蔵人は自身の横に立っていたプラムの肩を掴むと、グイっと自身の目の前に引っ張ってきた。

 丁度、パンターと正面から向き合うような形である。

 

 ジロッとプラムを見つめるパンター。

 そして、いまいち話について行けないプラム。

 

 互いに互いを見つめ合うこと数秒間、

 

「……言われてみれば、確かに若干違うようだが」

 

 と、パンターはその表情をほんの少しだけ緩めたのだった。

 だが警戒を解いた訳ではないらしく、未だ眉間には皺を寄せている。

 

 とは言え、少しばかり落ち着きが出来たのも事実。

 プラムは器用に首を回すと、蔵人に向かって小さな声で話しかけた。

 

「マスター、彼女は一体何を言ってるの?」

「今日、お前に『面白いマリオネットを見つけた』と言っただろ?」

「うん、確かにそんなこと言ってた」

「恐らくだが、パンターはそのマリオネットと、お前を勘違いしてるんだろう」

「私と同型のマリオネット……?」

 

 蔵人の説明に、プラムは小さく呟いた。

 そしてふと思う。

 

(マスターは、何処から私を見つけたのだろうか?)

 

 と。

 もう一方の同型とか言うマリオネットと同じ場所か?

 それとも全く別の場所なのか?

 だがその事を聞いたとしても、恐らく蔵人は答えてはくれないだろう。

 プラムは未だ短い蔵人との付き合いの中で、自身のマスターは『そういう人物』だと認識していたのであった。

 

 さて、一応の納得を見せたパンターだが、

 

「其処のマリオネットの事は良いだろう。だが……此処は何処だ! 一体私に何をした!!」

 

 と、吠えるように言ってきた。

 蔵人は肩を掴んでいたプラムを横に避けると、パンターと向きあって首を傾げる。

 

「何かって……なぁ、プラム?」

「……どうしてそこで私に振るの?」

「いや、俺はパンターに『何か』をしたのか?」

 

 ニコッと笑いながら言う蔵人の言葉に、プラムはふと考えがよぎる。

 果たして蔵人は、目の前ので油断無く睨んできているマリオネット――パンターに何かをしたのだろうか? ……と。

 先程までの事を何かをした分類に含めるというのなら間違いなくしたのだろうが、やったのは精々が基本スペックの抜き出し程度。

 それを考えると――

 

「答えはNO。マスターは、彼女の右腕の修理をしたに過ぎない」

 

 と、プラムは答えるのであった。

 プラムの返答を聞くと、パンターはハッとしたように自身の右腕に視線をやって動かしてみる。

 パンターは気を失う前とは違い、殆んど完璧とも言えるほどに修理がされている腕に驚きを見せた。

 

「ジャポネス製の人工筋肉や皮膚を使ったから、まぁ完全に元通りとは行かないだろうがな。とは言え、問題は何も無いはずだぞ?」

 

 蔵人の言っている事は正しかった。

 パンターは先程まで動かなかった腕に力が入る事が解っているし、自身で簡易スキャンを掛けても異変は感知されないのだから。

 

「――何故だ?」

「は? 何が」

「何故だと聞いている!」

 

 端正な顔を歪め、パンターは蔵人に問い詰めるようにして声を荒らげた。

 まぁ此処に来るまでの事を思えば、パンターの言い分はもっともと言えるだろう。

 

 蔵人は腕組をして、少しだけ間を置いた。

 何と答えるのが一番なのかを考えているのだ。

 

 時間にして2~3秒。

 

 ニコッと微笑みを浮かべると、蔵人はパンターに口を開くのだった。

 

「……そうだな、確かにお前には面倒を掛けられたが、女の子が怪我をしてたら助けてあげるのが、男として当然なんじゃないか?」

「お、女の子だと!? お、私が」

「女の子だろ、どう見てもな」

「うん。立派な胸がついてる」

 

 瞬間、パンターは傍から見ても解るくらいに赤面してしまった。

 蔵人はそれで余計に調子に乗ったのか、ニコニコと更に笑顔を強くしていく。

 

「マスターは、私達マリオネットにある種の感情を持っているみたいだから。貴女の怪我を修理したのも、多分言った台詞以上の意味は無いと思う」

 

 腕組をし、若干表情を曇らせながらプラムはパンターに言った。

 だが、当のパンターはそれが聞こえていないのか、俯いてようになって何やら呟いている。

 

(女の子……私が? そんな事、ファウスト様にも言われたことは無いと言うのに。な、何故だ? 急に私の乙女回路が激しく高鳴って。この動悸は、ファウスト様に感じるモノとは又違う……悦びでは無く、喜び?)

 

 ドクンッ!

 

 と、パンターは自身の胸に有る乙女回路が強く拍動するのを感じた。

 パンターは小さく声を漏らし、胸元を抑えるように手を当てる。

 

(だが確か……奴は此処に来る前に私の事を知りたい……と。まさか、あれが昔聞いたことがある『一目惚れ』――と言うやつなのか!?)

 

 パンターは記憶中枢にある、機能不全を起こす前の事を思い出しながら思考を展開していった。

 何故か今のパンターの記憶は、蔵人との出会い自体が非常に素晴らしかったものと誤認しているらしい。

 正直、とても素晴らしいものとは思えないようなモノだったと思うのだが……これも乙女回路のなせる業なのだろうか?

 

 パンターはチラッと蔵人を盗み見るように視線を向ける。

 すると蔵人は、パンターに笑顔で手を振って返事を返した。

 

 再びドクンッ! と脈打つ乙女回路に、パンターは首を左右に振って気を紛らわせようとするのだった。

 

(こんな奴の言葉程度で動揺するな……。思い出せ、私は……私はファウスト様の奴隷だ)

 

 突然自分に起きた変化。

 その変化に驚いたパンターは、必死になって自身の主人であるファウストの姿を思い出している。

 

 そんなパンターの様子を知ってか知らずか、蔵人は椅子から立ち上がるとパンターに近づいていった。

 パンターはそれを見ると、一瞬ビクっと身体を震わせる。

 

「そう身構えずにな、もっとこう気楽に――」

「わ、私に近づくな」

 

 不用意に近づく蔵人。

 パンターは近づいてきた蔵人を遠ざけようと、腕を伸ばして押すようにしてくる。

 が――

 

「よっと」

 

 伸ばした腕をスルッと掴まれ、逆にそのまま引き寄せられてしまった。

 若干パンターよりも背の高い蔵人の胸に、パンターは顔を埋めるような形で飛び込んでしまう。

 

「折角修理をしたんだ、また怪我でもしたら損だぞ?」

「な……なな」

 

 ポン、ポン……と子供をあやすようにパンターの頭に手を当てて言う蔵人。

 パンターはその事に頭に血(?)がのぼり、思考能力が低下していく。

 口から漏れる言葉も言葉に成らず、呂律が回っていないようだ。

 

 パンターはせめてと思い、顔を上に向けて蔵人の顔を見つめる。

 

 すると、見下ろすように真っ直ぐに視線を向けていた蔵人と、自身の視線がぶつかるのだった。

 

(あぁ……何故だ? さっきからコイツの瞳に見つめられると、私は何も考えられなくなってしまう。私の主人はただ一人……ファウスト様だけだというのに。だがコイツの言葉は、何故か私の中に入り込んでくる。……このまま、流れに身を任せたくなって――)

 

 パンターは既に前後不覚、自身が何をしようとしているのかも解っていないのかもしれない。

 ゆっくりとした動きで背伸びをするように顔を上げたパンターは、そのまま蔵人の顔に自身の顔を近づけていくのであった。

 蔵人は、パンターの動きが何であるのか解っているのだろう。

 ニコッと微笑むと、逃げること無くパンター見つめ――

 

 ゴギンッ!!

 

「おグッ!」

「マスター、いい加減に離れて」

 

 横からの衝撃に頭部がブレるのだった。

 その衝撃でパンターは蔵人の手の中から解放され、代わりに蔵人は頭を押さえて蹲っている。

 

「見ろ、彼女が困っている」

「いや、むしろアレは喜んで――」

「絶対に困ってる」

 

 怒りを顕にするプラムに蔵人は言い返そうとするのだが、

 そんなモノは聞く気もないのか、プラムの表情には怒りの色が見えている。

 

 半ば取り残される形になったパンターは、蔵人とプラムのやり合いを見て

 

「な、何なんだ、コイツらは?」

 

 と漏らすのだった。

 

 

 数分後、

 一応の落ち着きを戻した蔵人とプラムだが、蔵人の顔には青痣が目立つ。

 そして「こんな風なプログラムはしてないのに……」と呟いていた。

 

 プラムはと言うと未だ憮然な雰囲気を持っており、腕組をしてそっぽを向いてる。

 

「……結局、何だって私をこんな所に連れてきたんだ?」

 

 先程の暴力事件で毒気を抜かれたのか、パンターは若干呆れたような表情をしている。

 蔵人は姿勢を正すようにして一度身体を動かすと、真っ直ぐにパンターを見つめて口を開いた。

 

「最初に言っただろ? 『俺はお前を知りたい』ってな。興味を持ったから、もっと知りたいと思った。だから此処に連れてきたし、怪我をしているから当然治療もした。それだけだぞ?」

 

 蔵人の言い分は、かなり自分勝手で相手のことを考えないものである。

 第三者の視点で見れば、人によっては顔を顰める者も多数いるかも知れない。

 だが、今のパンターにはある種のフィルターが掛かっている状態だった。

 

 『知りたい』という事も、好きな相手を知りたいとも思う現れであり、怪我を見かねてこの場所に連れてきた――と、

 誤訳してしまっているのである。

 

 パンターは傍から見てるプラムには理解不能に、その頬を赤らめて

 

「ふ、フン! 私はゲルマニアのファウスト様に使えるマリオネットだ! こんな事をしたくらいで、私をどうにか出来ると思うな!」

 

 と、そっぽを向くのだった。

 

(そんな気があるのなら、寝ている間にデータの書き換えでもしてるわい)

 

 等と、蔵人は思ったとか思わなかったとか。

 まぁそれでも一応、プラムなんかはパンターの言葉に対して返答を返し、

 

「パンター、もう少し私のマスターを信用して。確かに、性格的には問題があるし自分勝手な事を良くする人間だけど」

「おーい、ちゃんとフォローしろぉ」

「大丈夫、そんなに悪い人じゃない。……多分」

「フォローしろよ」

 

 最後の一言で蔵人とパンター両方から、微妙な視線を受けるのだった。

 

「――さて、どうするパンター? 何なら食事でも食べていくか?」

 

 間が持たなくなったのか? 蔵人は話を変えるようにパンターにそう言った。

 まぁ実際問題、パンターがジャポネス城で『家安襲撃』を行ってから既に数時間が経過している。

 陽ももうすぐ暮れようかと言う時間、要は夕飯時に成ろうとしているのだ。

 

「まぁ、修理にそれなりに時間が掛かってるから、帰るなら早く帰ったほうが良いぞ。

 なんなら簡単な道案内もしてやるし」

「そ、そんなのはいらん!」

 

 パンターは蔵人から視線を逸らすようにして言うと、ツカツカと部屋から出るように歩いて行く。

 蔵人とプラムは互いに顔を見合わせると

 

「やれやれ」

「うん、やれやれ」

 

 と言うのだった。

 

 パンターを見送ろうと、蔵人とプラムは出入口まで案内をする。

 その間、特に会話がある訳でもなく、蔵人は若干居心地が悪そうだった。

 

 出入口に着くと、パンターは無言でジッと二人を――いや、蔵人を見つめてくる。

 蔵人は何事かとジッとして待つことにしたが。

 

「……」

「………」

「…………」

「……………」

 

 何も言っては来ない。

 パンターは無言で蔵人を見つめながら、何やら百面相のごとく表情を変化させているだけだ。

 だがそれも10秒ほど、パンターは「よしっ!」と大きく口にすると――

 

「……悪かったな」

 

 と言うのだった。蔵人は訳がわからず「なにが?」と聞き返したが

 

「――何でもない! あばよ!!」

 

 と、パンターは走り去っていってしまった。

 その後姿を見つめる蔵人とプラムは

 

(……あぁ、メカ籠を壊したことか?)

(帰り道……ちゃんと解ってるのかな?)

 

 等と思っていた。

 

 しばし無言で出入口を見つめていた二人だが、プラムが横に居る蔵人に顔を向けた。

 

「何だか、慌ただしい人だったね。マスター」

「そうだな……。だが、基本スペックや乙女回路について知ることも出来たし、それ程問題は無いだろう」

 

 『メカ籠は壊されたけどな』と、蔵人は続けて言った。

 そして頭の中で(此処からジャポネスまで歩いて帰るのか……)と、少しばかり憂鬱に成るのだった。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 その頃の間宮家

 

「小樽様、夕食を作ってみたんです。お口に合うと良いのですが」

 

 小樽の目の前に並べられたお膳の上には、白米、味噌汁、焼き魚、煮物が置かれている。

 料理を持ってきたのは一体のマリオネット。

 彼女はライム――とは違う。

 ライムは小樽の隣に座り、出された食事をヨダレを垂らしながら見つめていた。

 

 ならば、此処に居るもう一体のマリオネットは何者なのか?

 

「コレ……みんな、君が作ったのか?」

「はい。心を込めて、丹誠込めて作らせて頂きました♪」

 

 照れたように、エプロンの裾を掴みながら言うマリオネット。

 小樽は彼女の其の動きに、瞬間胸がドキッとした。

 

「ねぇねぇ、小樽」

「うん、どうしたライム」

「コレ食べてもいいの?」

「そりゃ――」

 

 待ちきれないと言った様子のライムは、お預けを食らった犬のような表情で小樽を見つめてくる。

 小樽はそのライムの表情に困ったようにすると、視線をもう一体のマリオネットへと向けた。

 

 すると彼女は

 

「はい、元々食べるために作ったのですから。小樽様……感想、聞かせてくださいね?」

「あ、あぁ! ……それじゃあ、いただきます!」

「いただきま~す♪」

 

 パンッとて手を合わせて大きな声で言う小樽とライム。

 二人は勢い込んで、用意された食事をかき込んでいくのであった

 

「ぉおいしいー♪ 小樽、小樽、凄く美味しいよ」

「あぁ、こんな美味い飯を食ったのは生まれて初めてだぜ!」

「あはっ♪ 褒めてくださって有難う御座います小樽様♪」

 

 まるで少女のように頬を染めるマリオネット。

 この反応から解る人は解るだろう。

 彼女はライム同様、乙女回路を持つマリオネット。

 

「こりゃ俺が作るよりも、ずっと美味ぇや」

「何でしたら、お料理全般家事全般、全て私が受け持ちますわ小樽様」

「な、なんか悪い気がするけど……でもまぁ、そういう事ならよろしく頼むぜ。チェリー」

「はい! お任せください小樽様♡」

 

 小樽の言葉に喜びの表情を向ける、彼女の名前は『チェリー』。

 パンターが口にしていた『変なマリオネット』の一人である。

 

 今日この日、蔵人がパンターと出会った日。

 間宮小樽は新たに、乙女回路を持つマリオネットと出会っていたのであった。

 

 ――どういった出会いであったか知りたい人は……まぁ、アニメを見るか原作小説を読んでね。

 

 

 



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09話

 

 

 

 

 ジャポネスの朝は早い。

 どれくらい早いか? というと、お天道様が昇るよりも早く、元気に動き出す人間が多数居るくらいだ。

 例としてあげれば、瓦版職人、豆腐屋、鰻屋、蕎麦屋等の、所謂仕込みを必要とする職業の者たち。

 マリオネットの手では行えない繊細な作業を必要とする職種などは、今でも人間が手作業で行うため、どうしてもこれらの職業は早起きが基本になってしまうのだ。

 

 もっとも、普通の一般家庭でも早起きをしている者たちは居る。

 それは、その家庭に居るマリオネットだ。

 

 基本的に彼女(マリオネット)たちは、家事全般の能力に長けた汎用型マリオネットと呼ばれる。

 職人の如き繊細な作業は無理ではあるが、一般使用には十分に耐えうるだけの能力を有しているのだ。……まぁ、つまり何が言いたいのか? というと、彼女たちはお天道様が昇るのとほぼ同時に動き始め、自らの主人のために朝食の仕込みを開始する――と言うことだ。

 

 そして、そんなマリオネットが此処にも一人――

 

「ふ~ん、ふふ~ん♪」

 

 場所は、傘張り長屋の共同水場。

 シャカシャカと音をたて、鼻歌交じりに米を研いでいるのは一体のマリオネットである。

 左右で下ろしてある髪の毛に、薄手の桃色の着物を羽織った彼女の名前はチェリー。

 

 少し前に、間宮小樽のマリオネットとなった一人である。

 

「小樽様には、最高の物を頂いてもらわなくちゃっ」

 

 そういう言う彼女の表情は、それは途轍もなく嬉しそうである。

 基本的に、マリオネットは自分の主人には絶対的な服従を誓うように作られている。何かが有るたびに反抗されたのでは、人間側としては溜まったものではないからだ。

 だが彼女……チェリーの表情は、そういった服従心とはまた違う感想を見る者に感じさせる。

 

 それは既に、この世界の人間には解らないのかも知れない感情だが、きっと知っているものが居ればこう言うのだろう――それは『献身』だ、と。

 

「――よし、これで良いわね。長屋にあったお米の状態から導き出した、最高に美味しい研ぎかた。小樽様、喜んでくれるかしら?」

 

 ウットリしたような表情を浮かべたチェリーは、その手に米の入った釜を持ったまま、空を見上げるようにして呟いた。

 その目はここではない何処か、遠くて違う場所を見つめている。

 ……まぁ要は、自分だけの世界を見つめていた。

 

『美味い! 美味いよチェリー!』

 

 チェリーの見つめている世界。

 200%……とまでは言わないまでも、最低でも140%くらいは美化された小樽が、チェリーの用意した料理に舌鼓を打っていた。

 辺りは彼女が作ったであろう料理の山で満たされており、『先程の米は何処に?』と言うほど、ジャポネスでは見慣れない食事が並んでいる。

 

『俺は前から決めてたんだ。お嫁さんを貰うなら、料理の上手い娘にしようって……』

『そ、そうなんですか?』

 

 キラっと輝く瞳をチェリーに向けて、小樽は微笑みながら言った。

 チェリーは自身の頬を赤く染め、高鳴る胸の鼓動を抑えながら小樽の視線を正面から受け止める。

 

 すると、フッと小樽がチェリーに手を伸ばし、その細い腕を掴んで自身の元へと引き寄せた。

 

『きゃっ!?』

 

 驚く声をあげるチェリー。

 だがその身体は小樽の腕の中に収まり、全身を包まれる感覚に更に気持ちを高ぶらせる。

 

『チェリー、君は最高だ。俺にとって、最高の女の子だよ』

『お、小樽様ぁ……』

 

 クイッとチェリーの顔を上向かせた小樽は、そのままゆっくりとチェリーに顔を近づけていった。

 いったい何をされるのか? それが解らないチェリーではない。

 目を閉じたチェリーは、そのまま流れに身を任せ――

 

「――なんちゃって、なんちゃって! いやん、小樽様ーッ♪」

 

 現実のチェリーは顔を紅くしながら声を上げ、ブンブンと釜を振り回すのだった。その際に釜から米が飛び散って地面へと落ちていったが、この時にチェリーにはそれを知ることが出来ないでいた。

 ……妄想中だったからね。

 

 チェリーがその事に気付いたのは、それから数分後。

 釜から米が殆んど消え、地面に散乱しきった時だった。

 地面に膝つき、ガクリと肩を落としたチェリーは、

 

「ど、どうしましょう……」

 

 なんて口にして、自身の不始末で無駄にしてしまった米を見つめていた。

 小樽は怒るだろうか? 先ず、間違い無く怒るだろう。

 基本、花形の妨害でまともに仕事が出来ない小樽にとって、食料とは生き死にに関わる問題だ。

 間宮家にとって、食料はそれ程に大切な物なのである。

 そもそもこんな状態では誤魔化しようはないし、そのうえ嘘を付いたときの小樽の反応など、チェリーは考えたくもない。

 

(……小樽様に、ちゃんと謝ろう)

 

 チェリーがそう決断をして、顔を挙げたとき。

 

「ねぇ、何をしてるの、君は?」

 

 不意に頭上から声が掛かった。

 チェリーはその事に、一瞬だがドキッとする。

 まさか誰かに声を掛けられるとは――いや、こんな近くに誰かが居るとは思いもしなかったのだ。

 

「あ、いえ何でも――」

 

 『何でもないです』と言って、立ち上がろうとしたチェリーだったが、それはその視界に声を掛けてきた人物――否、マリオネットを捉えたところで止まってしまった。

 

 紫がかった黒く長い髪、白地に柄の入った着物を着ていて、腰には何故か帯刀をしている。着物自体は改造着物の一種のようで、丈は短く健康的な肌をした手足がスラリと伸びて見えている。

 

 主人の趣味、なのだろうか? 幾分変わった服装をしているマリオネットであった。

 もっとも、チェリーが言葉を止めたのはその服装が理由だったわけではない。

 

 『変わった服装』、要は、特注の服を着ているマリオネットは思いの外に多いものだ。

 法律である程度の制限はあるものの、それでもかなり眼を引くものを身に付けたマリオネットだって居る。

 それ等に比べれば、目の前の彼女が着ている服装などは十分地味な分類に含まれるだろう。

 

 ならばチェリーが固まった理由は何処にあるのかというと……それは服を着込んだ身体の上、詰まりは顔である。

 彼女の顔、そこには全体の約半分を覆うような、珍妙なバイザーが付いていたのである。

 

(あ、怪し過ぎるわっ……!?)

 

 深く黒いそのバイザーは、マリオネットの表情を覆い隠してしまっており、鼻の頭から上の表情は何一つ見ることが出来ないように成っている。

 見事なまでのアンバランス。

 着物とのミスマッチを狙ったのなら、確実に高得点を狙えるような、そんな物が顔についているのだ。

 

「どうしたの? なにか見える?」

 

 固まっているチェリーに、彼女は首を傾げて再度声を掛けてくる。だが幾ら何でも、「その変なバイザーが気になって……」とは口には出来そうにない。

 チェリーは一応、空気の読めるマリオネットなのだ。

 

「い、いえぇ、その……初めて見る方でしたので」

 

 苦笑いを浮かべながら、チェリーはなんとか当たり障りの無い言葉を口にする。 だがもう一方のマリオネットの方は、そんなチェリーの言葉に「あぁ、そっか」と口にした。

 

「この格好のことは、余り気にはしないで。私のマスターは少しだけ変な人みたいだから。何故かは知らないけれど、コレを付けているように私に言ってくる。本当、良く解らない」

 

 そう言いながら、そのマリオネットは自身の顔に付いているバイザーを指さした。

 だがその言葉とは裏腹に、マリオネットの口元は緩められており、恐らくは笑みを浮かべているのだろうと容易に想像ができる。

 少なくとも

 

(この人は、きっと自分のマスターの事が大好きなんだわ……)

 

 マリオネットを見ていたチェリーには、そう感じることが出来た。

 

「それよりも、驚かせてゴメンなさい。……私、昨日の遅くに此処へ引っ越してきたの。だから、御近所への挨拶がまだ済んでない」

「引っ越してきたんですか?」

「うん。そこの――」

 

 ――長屋の部屋に……と、そう彼女が言おうとした瞬間。

 

「プラムー!」

 

 『ピシャーン!』と、長屋の戸を力強く開け放つ人物が居た。

 作務衣のような物を着、眼鏡を掛けている人物――天内蔵人である。

 

 蔵人は自身のマリオネットの名前を大きな声で呼ぶと、その視線をチェリー達の方へと向けてズンズンと歩いてきた。

 ……まぁ、大抵の人は気づいていただろうが、チェリーと話をしていたマリオネットの正体はプラムである。

 

 プラムはズンズンと歩いて来る蔵人に

 

「どうしたの、マスター?」

 

 と、可愛らしく首を傾げて見せる。

 狙ってやっている訳ではないのだろうが、それは本当に絵になる。……顔のバイザーさえなければ、だが。

 

「どうした? じゃない。朝起きたら居なくなってるんだ、驚きもする」

 

 言いながら蔵人は、プラムの頭に手を伸ばしてワサワサと撫で付けた。

 髪の毛が軽く揺すられ、ほんの少しだけ甘い香りが周囲に広がった。

 恐らくはシャンプーの匂いだろうか?

 

「ん、マスター擽ったい」

 

 身体を捩って逃げようとするプラムだが、それでも本気で嫌がっては居ないのだろう。

 じゃれ付いているように、軽く身動ぎをするだけで、言葉以上に何かをすることはしない。

 

「……羨ましい」

「うん?」

「なに?」

 

 ボソリ……と呟くように言ったのはチェリーである。

 その言葉に、思わず蔵人とプラムの二人は揃って不思議そに返事をしてしまう。

 だがチェリーの存在を無視するようにじゃれていた二人は途端に照れくさくなって動きを止め、思わず口に出して言ってしまったチェリーもまた、恥ずかしさで動きを止めてしまう。

 

 因みに、チェリーが「羨ましい」と言ったのは、プラムや蔵人を自分と小樽に置き換えての事であって、決して蔵人に甘えたいと言うわけではない。

 

「……」

「………」

「…………」

 

 3人は何とも微妙な感じで互いに視線を向け合い、『何か場の空気が変わるような事でも起きないか?』なんて事を考えていた。

 だが現実はそんなに優しいものではなく、そういった類の物は起きそうにない。

 仕方無しに、蔵人はわざとらしく咳を鳴らし

 

「あー、まぁ何だ。そろそろ朝食の準備をしないとな」

 

 と、口にした。

 蔵人にしてみれば気を使った言葉のつもりだったのだが、それによってチェリーは「あう……」なんて口にして、

 落ち込んだように肩を落とす。

 

「え? あれ?」

「マスター……酷い、残酷」

「え? なんで?」

「うぅ……う」

 

 訳の分からない反応に一瞬戸惑う蔵人。

 プラムの批難の言葉に首を傾げ、更にチェリーの落ち込み具合に首を傾げた。

 

「えっと……君は、まさか小樽のマリオネットか?」

 

 ふと、口にした蔵人の言葉に、チェリーはドキッとして顔を挙げた。

 そして小さく頷きながら「……はい」とだけ返事をすると、蔵人は「そうか……」なんて、意味深な反応を返す。

 

「あいつも続けざまにこんな――っと、俺は天内蔵人だ。出てきた所を見てたんなら解ると思うが、一応はお隣さんな」

 

 蔵人は一息にそう言うと、「よろしく」と言いながら手を差し出した。

 チェリーは落ち込み顔のまま「その、ご丁寧にどうも」と言うと、蔵人の手を握って返し握手をする。

 

「さて、挨拶はコレで良いとして。……ん~?」

 

 蔵人は言いながら口元に手をやると、グルッと周囲を見渡した。

 すると辺りの様子に気が付いたのか、「あぁーそういうコトね」と、納得したような言葉を漏らす。

 そしてチラッとチェリーに眼をやると、彼女が手にしている釜を見てその考えを確信に変えた。

 

(小樽のマリオネットとか言ってたよな……。正直に話せば許してくれそうな気がするけど、アイツは食べ物に関しては厳しいからな)

 

 自分の友人である間宮小樽の事を思い出しながらそんな事を考えると、蔵人は

 

「プラム、うちの台所から米を持ってこい」

「お米?」

「あぁ。うちの分と、小樽の家の分な」

 

 ニィっと笑って言う蔵人の言葉に、プラムは「あ、そっか。了解」と言って長屋の中に入っていった。

 だが話の流れが見えないチェリーは、

 

「あ、あの……いったい何を?」

 

 と、聞いてくるのだが、蔵人はそれに対して「まぁまぁ」と言うだけで、答えようとはしない。

 チェリーは疑問に頭を傾げながら、プラムが戻ってくるのを待つことにするのだった。

 

 そして十数秒後――

 

「コレくらいで良い? マスター」

 

 手に米の入った袋を持ったプラムが、蔵人にそう言ってきた。

 袋の大きさはそれなりで、ざっと見たところは10合程は有るだろうか?

 蔵人はそれを見ると「うん」と頷き、

 

「それじゃあ、小樽のところに行くとしようか」

 

 と言うと、さっさと歩いて行ってしまう。

 当然のように後ろに付いて行くプラム、それに遅れるように

 

「え? えぇ? ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 チェリーは後を追うのであった。

 

 早朝の間宮家

 普段よりも随分と早い時間であるためか、未だ花形の襲撃はされていないようだ。

 部屋の中では小樽とライムの二人が、壮絶な寝相をしているのが見える。

 

「すっごい寝相だな」

 

 ボソリと呟いたのは蔵人である。

 だが、その言葉もこの状況を見れば納得が行くだろう。

 部屋の中央付近には布団が三つ。

 うち一つは、おそらくはチェリーの使っていたものなのだろう。

 綺麗に畳まれて、部屋の隅に移動されている。

 だが残りの二つ、それは未だ中央に敷かれたままになっていて、本来ならばその上で寝ているのが正しい姿だろう。

 しかしそこで寝ているはずの人物はというと――

 

「んがぁぁぁあああー……ごぉぉおおー……んがぁぁぁあああー……ごぉぉおおー」

 

 巨大なイビキを立てながら、何回転をしたのか? 壁に脚を乗り上げるようにしてねこけている。

 さらにもう一人はというと――

 

「小樽ゅ~大好き~……」

 

 こちらも小樽同様に数回転したらしく、玄関に片足を放り出して布団を抱きしめたまま眠っている。

 常識的に考えると、小樽の寝相はまぁいい。

 いや、良くはないのだが、人ならば程度の差こそあれ寝相の一つ二つくらいは有るだろう。

 だがマリオネットが寝相――寝返りをうつ……と言うのは、一般常識からかけ離れた状態と言える。

 

 普通のマリオネットは眠らない――とは言わないが、それは待機モードに移行して、エネルギーの消費を抑えることを指す。

 今現在のライムのように、待機してるのか動いているのか解らない状態というのは極めて特異と言えるのだ。

 

 もっともそれもコレも全て

 

(乙女回路のチカラか……)

 

 蔵人は心の中でそう呟いた。

 同じく乙女回路搭載型のマリオネットである、チェリーとプラム。

 彼女たちも同じように寝相と言うものが有るのだろうか? と、蔵人は考え、『今度確認してみよう』と思うのだった。

 

 一方プラムは言うと、

 

「…………」

 

 無言で、ジッとライムの顔を見つめている。

 バイザーのせいでその表情は読めないが、おそらくは驚いているのだろう。

 『ゴクリ』と唾を飲むように、プラムは小さく喉を鳴らした。

 

 思わずチラリと蔵人に視線を向けたが、蔵人はプラムに「後でな」と口にして言う。

 プラムは直ぐにでも問いただしたい気持ちになっていたが、とは言えそうもいかないだろう事は理解している。

 自分を含め、それに類したマリオネットは特別なものだと理解しているからだ。

 

 プラムは「わかった」と口にすると、半歩後ろに下がって蔵人の後ろへと下がる。

 するとどういう事か? 何処から取り出したのか、蔵人の手にはハリセンが握られていた。

 チェリーは思わず「えっ!?」と口に出していうが、蔵人の行動は早く

 

「起きろッ!」

 

 スパーンッ!!

 

 小樽の顔面にそのハリセンを振り下ろすのだった。

 

「――いってーー! 何しやがんでぃ!!」

 

 ガバっと跳ね起きた小樽は、その突然の刺激に怒りを顕にして目の前に居る蔵人に掴みかかろうとする。

 が――

 

「まぁまぁ、少し落ち着け」

 

 蔵人はそう言うと、パシッと小樽の脚を払い、畳の上に転がした。

 そしてパパっと手を伸ばすと、無理矢理に胡座をかいた状態へと小樽の身体を動かしていく。

 

 この間は僅かに2~3秒である。

 

「さて、実は大切な話が有るんだ」

 

 悪びれた様子もなくそう言ってのける蔵人に小樽は「あのなぁ!」と食ってかかろうとするのだが、

 

「ん? なんだ小樽?」

 

 なんて、笑顔で首を傾げる蔵人に毒気を抜かれ、小樽は大きく溜息を吐いた。

 

「――ったく。で、いったい何のようなんだよ?」

 

 呆れたように、小樽は蔵人に問いかけた。

 蔵人はそんな小樽に満足したように「うん」と頷くと、少しだけ間を置いて「実は――」と、語りだすのであった。

 

 

「お代わりぃ♪」

 

 元気よく声を上げながら、ライムは御飯茶碗をチェリーに向かって突き出した。

 チェリーは「はいはい」と言いながらそれを受け取り、お櫃から米をよそってライムへと返す。

 

「うわはぁー♪ いただきまーす!」

 

 渡されたお米をかき込むようにして食べるライム……既に4杯目である。だがそれは他の、周りに居る者たちも似たり寄ったりで、

 

「いやー、それにしても本当にチェリーの飯は美味いぜ!」

「そうだな。悔しいけど、それは認める」

「うん、凄い。こんな美味しい御飯食べたの初めて」

 

 と、上から小樽、蔵人、プラムの感想である。

 ちなみ、お代わり回数は2,2,3であった。

 

「褒めて戴いて、どうも有り難う御座います。小樽様♪」

 

 満面の笑顔を浮かべ、チェリーは小樽に返事を返す。

 余程嬉しいのだろうか、身体を動かして本当に嬉しそうにしている。

 

「――しかし、悪かったな小樽。お前のところの飯を台無しにしちゃって」

 

 『ズズッ』と茶を啜りながら、蔵人は不意にそんな事を口にしてきた。

 その表情は『申し訳ない――』といった雰囲気を感じさせる。

 

 蔵人の言っていることはどういう事か? と、言うと……

 水場にばら蒔かれていた大量の米の意味を理解した蔵人は、小樽にこう言ったのだ。

 

『お前のところの朝飯……台無しにしちゃったよ♪』

 

 と。

 

 起き抜けの一言だったので、最初は意味を理解出来ていない小樽だったが、それも数瞬。

 その直ぐ後に意味を理科した小樽は大きな声で絶叫したのだが、蔵人は直ぐ様『だから――』と続けて、

 

『今日は一緒に飯にしようぜ? 米やら何やらは俺が用意するからさ。なんなら、お詫びに、暫くは飯を要立てても良いし』

 

 そう言って、上手く小樽を丸め込んだのだった。

 

 『暫く飯を要立てる』――との言葉が利いたのか? まぁ、それだけが理由ではないだろうが、兎も角小樽は気を落ち着かせたようである。

 

「いいって、いいって。そんなに気にすんなよ。それにこうして、代わりに米だなんだと用意して貰ったんだしよ♪」

「はー……美味しかった♪ ごちそー様♪」

「お粗末さま」

 

 4杯目のご飯を食べたところで満足をしたのか、ライムは大きな声で言った。

 チェリーはそれに合わせるように返事を返すと、「それでは、私は後片付けをしますね」と言って、そのまま食器などを運んでいく。

 蔵人はそんなチェリーの姿を目で追っていたが、チェリーが長屋の外に消えるとその視線を小樽へと向けた。

 

「しかし小樽、いつの間にマリオネットを増やしたんだ?」

 

 蔵人の問はズバリ、チェリーの事である。

 つい先日ライムを家に置くことに成ったばかりだというのに、僅か1~2日でまた新しいマリオネットが家に居る。

 その上、それは乙女回路搭載型だというのだから、蔵人ではなくても疑問に思わずにはいられないだろう。

 

 既に前述したことでもあるが、乙女回路は失われた技術である。

 当然今現在流通している物はなく、『欲しい』と言っても簡単に手に入るような物ではないのだ。

 蔵人は技術者として、そしてマリオネット関係の仕事をしている人間として、その事をよく理解していた。

 だと言うのに、そんなマリオネットが小樽の下にまた一体。

 

 蔵人は諸処の事情(興味)から、小樽には何かが有るのでは? と考え、少しでも話しを聞いてみたいと思っているのだった。

 

「増やしたって、もしかしてチェリーのことか? っつーかさ、俺もいきなりで良く解らねーんだよな」

「は? 解らない?」

「あぁ。この間、ジャポネス城の見学に行ったときによ、将軍様と会ったんだよ。そしたらイキナリ、ゲルマニアの奴が攻めてきてアレヨアレヨいう間に――」

「チェリーが家に来ることになった?」

「そーそー、そうなんだよ!」

 

 正直、溜め息を吐きたい気分になった蔵人だった。だが小樽との付き合いもそれなりに長いことが幸いしてか、何を言おうとしているのか理解は出来たらしい。

 まぁもっとも、それも事前に蔵人がパンターに出会っていたから、なのだが。

 

 つまり要約すると、どういう訳かは知らないが、小樽は15代将軍家安に目通りをすることになった。

 そんな折、パンターが攻めてきて小樽ピンチ! と、なったところでチェリーが登場。

 ライムとチェリーは力を合わせてパンターを撃退。

 そして何故かチェリーは小樽に一目惚れ――

 

 と言うことだ。

 

 話だけ聞くと不思議な話でしかないが、小樽の言葉からここまで読み取る蔵人も存外に不思議な奴である。

 

「……まぁ良いや。で、小樽。当然、チェリーの服は俺の店で買うんだろ?」

「え?」

「『え?』ってなんだよ」

 

 不意に言われた蔵人の言葉に、小樽は思わず言葉を詰まらせた。

 そして「あーいやー……そうしてーのは山々なんだけどよ」と、なんとも歯切れの悪い台詞を口にする。

 

「俺んちが貧乏なのは知ってるだろ? もともとカツカツで生活してたところにライムが来て、そこにまたチェリーが来たもんだから――」

「あー、食費の問題か」

 

 ボソッと呟くように言った蔵人に、小樽は「あぁ」と力なく頷いた。

 二人は互いに、チラッとその視線をライム達の方へと向ける。

 そこではプラムが、「口元、汚れてる」と言いながらライムの顔を手ぬぐいで拭っていた。

 

「うにゅにゅにゅ」

 

 といった、奇妙な擬音を口にしながらされるがままに成っているライムに、小樽は思わず笑みを浮かべる。

 だがすぐにその表情を落ち込んだものへと変えると

 

「チェリーにもさ、本当はちゃんとした服を買ってやりてーんだ。だけどさ……」

 

 『はー……』とため息を漏らして言う小樽だった。

 そんな小樽の様子に蔵人は、懐から扇子を取り出して目を細めた。

 そして何度か『ポン、ポン』と手元で叩くと

 

「――はぁ……しょうが無い」

「は?」

「準備しろ小樽。おいプラム、行くぞ」

 

 バッと立ち上がった蔵人は、大きな声を出して言った。

 プラムは最初「行く?」と聞き返したが、蔵人が長屋の外――チェリーに扇子をクイクイと向けると

 

「成るほど、解った。ライムも行くんだよね?」

「ほえ?」

 

 と、返事を待たずにライムの腕を引いて立ち上がらせた。

 ライムは勿論のこと、小樽も事態に付いて行くことが出来ずに目を丸くしている。

 

「ねぇねぇ、どういう事?」

「これから皆で買い物に行くんだって」

 

 無邪気に問いかけてくるライムに、プラムは口元を優しげに緩めて返事をする。

 

「やったー! お出かけお出かけ♪」

「あ、オイ、ライム!」

「ボク、チェリーにも言ってくるねー♪」

 

 

余程嬉しいのだろうか、ライムは小樽の静止も聞かずに外に駆け出して行った。ココらへんは、やはり女の子とということなのだろう。

 

「ったく、しょうがねぇな」

「お前もさっさと準備をしろ。一人で残ってる訳にもいかないだろ?」

「オイオイ。だからさ、準備って一体なんのことだ?」

「お前ね、話の内容とか、あとはプラムが言った言葉とか、ちゃんと聞いてるのか? 買い物だよ、か・い・も・の」

 

 ゆっくりとした口調(馬鹿にしたようなとも言う)で説明をした蔵人に、小樽は相変わらず渋面を作ってみせた。

 もしかしたら、『だから、金がないんだ』とでも言いたいのかもしれない。

 

 だが蔵人はそんな小樽の心境など知ってか知らずか(間違い無く知りながらも無視をしているのだが)、

 

「ホラホラ、ちゃっちゃと立つ。そして準備をしろ」

 

 と急かして言い、小樽はそれに流されるようにして準備をするのだった。

 

 

 

 

 1

 

 

 

 

「チェリーのイメージだとコレだな」

 

 そう言ったのは藏人である。

 場所は蔵人の店の一つである『Milky way』。

 現在の小樽、蔵人一行は、チェリーのために服を見繕っているところなのであった。

 とはいっても随分と前にも説明をしたが、Milky wayは中古品を扱う何でも屋である。

 残念なことに新品を――という訳にはいかないのだが……。

 

 小樽やライム、それにプラムもそうだが、蔵人のコーディネートしたチェリーを囲むようにして皆が感嘆の息を漏らした。

 特にライムなどは「うわぉ、チェリーってば美人さん♪」なんて声をあげている。

 さて、チェリーがどう変わったのか? というと、左右に別れた髪の毛はそのままだが、それぞれに大きな飾りのついた簪を指していて、

 薄い桜色の着物の上に、さらに同系色の羽織りを身につけている。

 胸元には大きめのブローチが付けられ、

 着物の丈は若干詰めていて、いやらしくない程度に足が見えるくらいにした改造着物である。

 

 蔵人は満足そうに「うん、うん」と頷いているが、そんな蔵人とは対照的に小樽はピタッた動きを止めていた。

 そして口を半開きにして、呆けたように、チェリーのことをジッと見つめ続けている。

 

「あ、あの、小樽様。私のこの格好、似合いますか?」

 

 僅かに頬を紅く染め、照れの表情を浮かべたチェリーは上目つかいに小樽に聞いてくる。

 小樽はそんなチェリーの仕草にドキッとして、

 

「え? あ、あぁ。よ、よく似合ってるぜ」

 

 と、しどろもどろに口にする。

 その際に先程のチェリーのように顔を赤くしていたのだが、まぁ、当然小樽のソレは可愛いものではなかった。

 もっともチェリーからすれば、そんな小樽の反応に大満足であるらしく満面の笑みを浮かべている。

 

「あはッ♪ ありがとうどざいます、小樽様! 蔵人様、私、この服に決めました!」

「はいよ、毎度あり」

 

 蔵人は短く返事を返した。そして近くに居た店内営業用のマリオネットに、言葉をかけて会計をさせる。

 

 嬉しそうに、小樽に寄り添うチェリーを横目にする蔵人。

 

(何というか、ほのぼのとした光景だねぇ)

 

 苦笑を浮かべながら、そんな感想を思う蔵人。

男しかいない惑星テラツーでは、ある意味『変なもの』に分類されるであろう光景だが、それでも少なくとも、蔵人には『ほのぼのとした光景』に見えていたのだ。

 

 だが、これが面白くない人物もいる。

 

「小樽! ねぇねぇ小樽! ボクは? ボクも似合う?」

 

 グイッと小樽の袖を引っ張るようにして、身を乗り出してくるライム。

 思わず「おわっ!?」なんて言いながらつんのめってしまう小樽だが、なんとかバランスを保ってライムへと視線を向けた。

 

「何だってんだよライム――て、んなぁっ!?」

「ラ、ライムっ!?」

「う、うおぉう! こ、コレは!」

 

 ライムを見た小樽は驚きで表情が固まり頬を赤く、チェリーは小樽とは若干違う意味で驚きの表情を浮かべ、蔵人は興奮したように声を上げて表情を固める。

 

 ……結局全員が表情を固めてしまったのだが、まぁソレはどうでも良かろう。

 

 3人が見つめるライムの格好、それは――バニー。もう、凄いバニーだった。

 

 ライムの扮するバニーと聞いて、バニーガールを想像した人はある意味正しい。

 とても健全な、男性的な思考をしていると言えるだろう。

 逆にウサギの着包みが頭に浮かんだ人は、想像力豊かで物事の裏を読める人間だと言うことが出来る。

 

 どうか頭の中で対比して、それぞれを想像してみて欲しい。

 ウサ耳に角度の際どいハイレグ姿、そしてスラリと伸びる網タイツに包まれた麗しい脚線。

 

 かたや元気溢れるライムが扮する、白い毛皮の着包み姿。

 どちらかと問われれば、それは甲乙付けがたいものだと言わざるを得ないだろう。

 

 だがまぁ、今回に限って言えばそれは両方共に間違いなのだが……。

 

「な、ななな……」

「えへへへ」

 

 なんとか声を搾り出そうとしている小樽に、ライムは笑みを浮かべて言葉を待つ。

 だが一番早くに言葉を発したのは小樽ではなく、

 

「スンバラシイーッ! エロ格好いいな!」

 

 声を上げ、拍手を交えて賞賛の声を上げる蔵人。

 パチパチといった拍手でライムは調子に乗ったのか、ニコヤカに蔵人に手を振って返す。

 

 普通に聞いていると、何とも碌でもない蔵人の台詞だが、ある意味的を射ている言葉でもある。

 

 何故なら、ライムの服装は前述したバニーガールと着包みのハイブリット品。

 店内に置いてあった白色の毛皮を、自身の胸元と腰回りに身につけ、手には大きめの動物手袋をはめている。

 より理解しやすく説明するのなら、全裸の上に白毛皮。

 それも申し訳程度に身体を覆った状態で――と、言うわけだ。

 

 蔵人の喝采に対し、ライムは「へへへ似合う?」と言ってポーズを取ってくる。

 

「エクセレント! 大変よろしいぞ! コレは見繕ったのは誰だ? プラムか?」

「完璧な仕事だった。そして、私の方も完璧」

 

 興奮したように言って、周囲を見渡す蔵人。

 そんな蔵人の視界に、スッと現れたのはプラムである。

 

 体の各所を申し訳程度に黒い毛皮で身を包み、手にはライム同様の動物手袋。但し此方はウサギではなく、

 

「うおぉっ! クロネコ!? 黒猫かプラム!?」

「似合うでしょ?」

「ブリリアントだ! お前、良い趣味してるぞ!」

 

 クルッとターンをすると、おしり側に付いている尻尾が一緒に回る。

 それが更に扇情的で、見る者を魅了するのだった。

 バイザーが邪魔かも……なんて、一瞬考えた蔵人であるが、コレはコレで良いかも――なんて、直ぐに考えなおして頷いている。

 

「ねぇねぇ、小樽」

 

 興奮を隠そうともしない蔵人とは別に、此方は少し大人しい。

 自身に抱きつきながら訪ねてくるライムに、小樽の頭の中は少しばかりパニックになってしまっていた。

 だが、

 

「あ、あぁ。か、可愛いと思うぜ」

 

 と、赤面しながらも、なんとかライムに対して面と向かって言う。

 ライムは嬉しさのあまり小樽に力強く抱きつき、

 

「小樽大好き~。むちゅー」

 

 と、小樽の頬にキスをするのだった。

 慌てて「や、やめろって」と言う小樽だが、ライムを無理やりに引き剥がそうとはしない。

 マリオネットに対して、そんな乱暴なことを小樽は出来ないのだ。

 いや、この場合は女性に対して……と、言ったほうが良いのかもしれない。

 

 ある意味では先ほど同様にほのぼのした光景――と、言えなくもないのだろうが、先程のチェリーのソレとは物事の方向性が全く違う。

 

 当然、チェリーが爆発をした。

 

「何やってんのよライムっ!!」

 

 と。

 そしてライムとは逆側に回って小樽の腕を掴んだ。

 

「公衆の面前でそんなあられもない姿になって、小樽様を誘惑しようなんて!」 

「ゆうわく? ボクそんなコトしてないよ」

「してるじゃないのよ! 今やってることが誘惑って言うのっ!」

「ボクは小樽が好きなだけだもん。ギューっ」

「ラ~イ~ム~! ヤメなさい!」

 

 なんともカオスめいてきたやり取りではあるが、蔵人はそんな3人のやり取りを他所にプラムに質問をしていた。

 

「おいプラム、ライムにあんな格好をさせたのはお前か?」

「うん、そう。今回はチェリーの服を見に来たんだとしても、待ってるだけって寂しいから」

 

 『別に良いでしょ?』と続けて言うプラムに、特に悪びれた様子は見られない。まぁそもそも、蔵人にしてもプラムが悪いことをしたとは思ってもいないのだ。ただ、『なんで、こんなステキな事をしたんだ?』と思ったから聞いたに過ぎない。

 

 だが、プラムの返答を聞いた蔵人は

 

(まるで、保護者か何かみたいだよな)

 

 と、内心で思うのだった。

 

「――間宮小樽殿」

「なっ!? 誰でぃ!」

「上です! 小樽様!」

 

 楽しい楽しいショッピング(?)の時間を邪魔するように、突如凛とした声が蔵人や小樽達の頭上から響いた。

 

 その声に反応し、皆は身体をビクっと震わせながら視線を向ける。

 するとその先には、天井の梁に足を掛けてぶら下がるようしてして居るマリオネットが居た。

 薄紫の髪の毛と赤い着物……御庭番の玉三郎である。

 

 「な、なんだぁ!?」と、驚いた声を上げる小樽だが、そんな小樽の反応を他所に玉三郎は表情ひとつ変えることはない。

 

「小樽殿、上様がお待ちじゃ。至急ジャポネス城まで御足労願う」

「将軍様が、俺に?」

 

 淡々とした物言いに眉を顰めながらも、小樽は国のトップである家安が自分を呼んでいると言うことに驚きを隠せなかった。

 つい先日顔を合わせたばかりだと言うのに、いったい何なのだろうか?

 

(もしかして、前の騒動の時に城ん中を走り回ってて、何か壊しちまったのかな?)

 

 少しばかり思い当たる内容に気持ちを沈めつつも、小樽は自身を呼びに来た玉三郎に

 

「なんだか良く解らねぇけど、解った。直ぐにジャポネス城に向かうからよ」

 

 と返事を返す。

 玉三郎はその返事に軽く首を縦に振ると

 

「では――」

 

 そう言葉を残してその場から消えるのだった。

 その光景を見ていた蔵人は、

 

「……うちの警戒システムに引っかからなかったのか?」

 

 と、首を傾げていた。

 もっともこの時の蔵人は知らないが、実は店の警戒システムが作動しなかったのには訳がある。

 それはかなり単純で腹立たしい理由なのだが、今はその事は割愛しておこう。

 

 そもそも

 

「ねぇ小樽、『うえさま』ってさ、この間の爺ちゃんのことでしょ?」

「爺ちゃんってお前……将軍様って言えよ!」

「ほえ?」

 

 『良くわからない』といった表情のライムと、それにツッコミを入れる小樽の様子に、蔵人は「まぁ、良いか」と考えていた。

 

 さて――

 

 小樽達一行がこうして蔵人の店に居る時間、場所を少しだけ移して傘張り長屋では……

 

「グッモーニン! 小樽君!! 君の心の親友、花形美剣だ~よっ♪」

 

 くるくると踊りながら、『スパーンッ!』と勢い良く戸を開いて小樽宅に侵入する花形が居た。

 前回、ひょんな事から御庭番に捕らえられた花形であったが、どうやら無事に放免と成ったようである。

 

 何時もなら朝一で小樽のところに来る花形であるのだが――

 

「ごめんよ小樽君。今日はこの前にやられた取り調べのせいか、少しばかり寝覚めが悪くってね」

 

 と、言うことらしい。

 まぁ、あれはどう贔屓目に見ても取り調べではなく、拷問に分類されるような事だと思うのだが……花形の回復力を流石と捉えるか、変態だと捉えるべきか……。

 

「でもね小樽君! ――て……あれ?」

 

 ふと、暑苦しく口を開いていた花形の動きが止まった。

 閉じられていた目を開き、ガラーンとした部屋の中を見つめたまま、ピタっとその動きを止めている。

 

「なんか……随分と静かなんじゃないのかい? これ?」

 

 目的の人物どころか、他に人っ子ひとり居ない部屋の中で、花形は呟くように言葉を漏らすのであった。

 

 



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10話

 

 

 

 

「よく来たの、小樽よ」

「へ、へぇ」

 

 ジャポネス城、謁見の間。

 上座に座った家安を前に小樽が正座をして座っており、何故かその横には蔵人までもがその場に居た。

 本来ならば此処へ来る必要などなにも無い蔵人で有るのだが、

 

『頼む! もし弁償絡みのことだった時の為に一緒に来てくれ!!』

 

 ……そう小樽に懇願され、仕方なしに此処に居るのであった。

 とは言え、恐縮そうな顔をしている小樽とは対照的に、蔵人のそれは少しんばかり憮然とした、怒ったような表情を浮かべている。

 因み小樽や蔵人以外の人物はどうしたのかと言うと、

 

「ねぇねぇチェリー、爺っちゃんが小樽に用事ってなんなのかな?」

「……ライム、貴女前にお城に来た時、何か壊したりしなかったでしょうね?」

「ほぇ?」

「もしかしたら国宝級の物を壊してしまって、小樽様はそのお叱りを受けるんじゃ――」

「そんなの駄――っ」

 

 思わず大声を出しそうになったライムの口を、プラムは咄嗟に抑えていた。

 押さえられたライムに、チェリーは安堵の溜息を漏らす。

 プラムとチェリーが揃って『シーッ』と人差し指を立てて言うと、ライムも「む~」と唸りながらではあるが頷いてみせた。

 

「ライム、大きな声を出しちゃ駄目」

「だって……」

「チェリーも、だよ。ライムだって『自分の所為かも』なんて言われたら、ビックリして普通じゃいられない」

「それは、そうかも知れませんけど」

 

 声を落として落ち込んでしまったライム、そしてチェリーまでも悪いことをしてしまったと俯いてしまう。

 プラムはそんな二人の反応に

 

(浮き沈みが激しい。感情の、振れ幅?)

 

 と思うのであった。

 

「二人共、取り敢えず様子を見よう。何かあれば、私のマスターが上手く纏めてくれる」

「そっか! 蔵ちゃんが居るもんね!」

「そう、ですわね。少々他力本願な気もしますけど、ここは成り行きを見守りましょう」

 

 一応の纏まりを見せる3人だったが、そんな彼女たちの行動――と言うより会話だが

 

「元気が良い娘達じゃの?」

「えぇ、まぁ」

「……」

 

 家安を始め、小樽や蔵人には筒抜けであった。

 とは言え、ほんの少しばかりではあるが小樽は気持ちを持ち直したようである。

 姿勢を正して機を伺うようにすると

 

「それで将軍様、今日は俺っちに一体何の用なんです?」

 

 と、切りだすのであった。

 家安は小樽の言葉に「うむ」と小さく頷いて見せると、その視線を蔵人へと向けた。

 

「居ない方が良いのなら、俺は席を外しますよ?」

「いや、良い。聞かれて困ることではないからのぅ」

 

 気を利かせて言った蔵人だったが、家安は首を左右に振ってそのままで居るように言った。

 

「さて小樽よ、今日お主を呼んだのは他でもない。ライムとチェリーのことじゃ」

「ライムとチェリー? あの二人がどうしたってんです?」

「二人か……」

 

 呟くように言う家安に、小樽は首を傾げてみせた。

 何か変なことでも言っただろうか? と、本気で悩んでいるのだ。

 もっとも、蔵人は家安の呟きの意味を理解している。それは小樽の口にした『二人』という言い方だろう。

 世間一般の常識として、この場合は『2体』と発言するのが普通だからだ。

 もっとも蔵人にしてもそれが解ると言うだけで、もし同じ様に聞かれれば小樽同様に『二人』と口にしていただろう。

 

「なに、あの二人の様子はどうかと思うての。上手くやっておるか?」

「え、ライムやチェリーのですか?」

「うむ。あの二人、お主にはどう思う? 他のマリオネットとは違うと思わぬか?」

「あ、えぇ。上手く言えないんですけど」

 

 小樽は家康の言葉に考えるような素振りを見せると、ライムとチェリーの様子を思い出していた。元気いっぱいのライム、そして貞淑で慎みのあるチェリー。

 彼女たちの行動や言動を思い出し、それを今まで自分が見てきた他のマリオネット達と比べているのだ。

 

「なんて言うか、まるで人間みたいって言うか、殆ど人間と変わりないって言うか……」

「ライムやチェリーはな、特別なマリオネットなんじゃよ」

「特別?」

「そうじゃ。短い間だけでも一緒に居て解ったじゃろ? 普通のマリオネットにはない物を、あの二人が持っていることに」

「確かに、ライムやチェリーは何ていうか……暖かいような感じかして――」

「体温がか?」

「っな! 違ぇーっての!! こう、表情がさ」

 

 茶々を入れる蔵人に、小樽は即座に言って返した。

 だが一瞬照れたような反応をしたことから、もしかしたらライムに抱きつかれた時の事を思い出しているのかも知れない。

 蔵人はそんな小樽に「あぁ、それはそれは」と、笑みを浮かべて楽しんでいた。

 

 一方、上座に座る家安はというと

 

(ふむ……いったい誰なのかのぅ。あの少年は?)

 

 と、蔵人の存在が解らずに首を傾げていた。

 しかしまぁ、仮にも一国のトップの部屋に呼んでもいない見ず知らずの人物を通してしまう辺り……ジャポネスと言う国は平和なのかもしれない。

 

「実はな、小樽――」

 

 そう家安が口を開きかけた瞬間、それを遮るような慌ただしい『ドタドタドタ』といった足音が響いた。

 また何か問題でも起きたのか?

 家安は軽く息を吐くと、足音の聞こえてくる襖へと視線を向けた。

 

「上様ぁっ!!」

 

 スバンッ! と勢い良く襖を開け放ったのは白髪の混じった髷を結っている忠臣、大江久保彦左衛門である。

 余程急いで走ってきたのか肩が忙しそうに上下しており、呼吸もかなり荒くなっている。

 

「何事じゃ彦左。騒々しいぞ」

「も、申し訳ございませぬ。ですが上様、一大事なのですじゃ!!」

 

 普段は落ち着きを持った行動をする彦左衛門である。

 その彼がこうにも慌てる事態……家安は眉を顰めると、彦左衛門に続きを促した。

 

「わかった。彦左、何事があったのじゃ? 申してみよ」

「ハッ! ……ゲルマニアのファウストめが、単身このジャポネス城にやって参りました!!」

「何じゃと!?」

 

 彦左衛門の言葉に、家安は立ち上がって声を上げる。

 よもやゲルマニアの、それもトップであるファウストがやって来るとは。

 先日のパンターによる襲撃からたいして日も経っていないと言うのに、この行動。彦左衛門は元より、家安の緊張も理由が解ろうと言うものだ。

 

 もっとも、その場に居る小樽は当然と言うか何というか話が解っていないようで

 

「ファウスト?」

 

 と首を傾げ、隣にいる蔵人などは

 

「へぇ、そりゃ面白そう」

 

 と、更に笑みを浮かべていた。

 まぁ些か小樽の反応には疑問を持たなくもないが、そこはそれ。

 蔵人なんかは馴れたものなのか、その反応にツッコミを入れるような事はなかった。

 それどころか興味深そうに、家安の反応をキラキラした笑みで見つめている。

 

「如何がいたしましょう?」

「うむ。ファウストは仮にも一国の主じゃ、待たせるわけにもいくまいて。直ぐに――」

「私ならばもう来ているぞ、家安」

 

 バンッ!!

 

 家安の言葉を遮って、若いよく通る男の声が周囲に響いた。

 するとそれと同時に、ライム達とは反対側にある襖が勢い良く開け放たれる。

 そこには一人の男と三体のマリオネットが立っていた。

 

 男は周囲をグルリと見渡すと、「フン……」と見下すように鼻を鳴らした。

 そしてズカズカと中に入ってくると、家安の近くまで足を進める。……因みにファウスト一行は土足であった。

 

「人の城を勝手に動き回るとは……礼儀がなっておらぬようじゃの?」

「礼儀? フン、我等の間には不要なものだ」

 

 それはどういう意味なのだろうか?

 単に始祖の6人の間には、そんな他人行儀など要らないだろう――とのことなのか。

 それとも、ファウストがジャポネスを相手に礼儀など必要はない――ということなのか。

 

 不敵な笑みを浮かべるファウストに、家安は少しばかり睨むような視線を向けている。

 そんな二人の状態に更に興味深そうな顔をする蔵人だが、ふとその視線はファウストの後ろに控えている三体のマリオネットへと向けられた。

 

(あれはパンター? やっぱりゲルマニアのマリオネットだったか。……しかし、よりによって国家元首の子飼いとはな)

 

 視線の先に居るのは、先日蔵人が修理をしたパンターである。

 パッと見たところ前回とは違って破損している様子は視られないが、蔵人と視線がぶつかると、パンターはバツが悪そうに視線を他所へと逸した。

 

「どうしたの、パンター?」

「……いや、何でもない」

 

 隣にいる青髪のマリオネットが、そんなパンターの小さな仕草に反応して小声で尋ねる。だが、当のパンターはそれに短く返答をするだけであった。

 青髪のマリオネットは訝しそうに首を動かしたが、自身の主の前だからだろうか? それ以上の追求をすることはなかった。

 

「久しいな、ファウスト」

「あぁ、去年の元首会談以来か?」

「あの時から、儂はお主に危険なものを感じておったのだがな。……どうやら、その予想は間違いではなかったようじゃな」

 

 咎めるように口を開く家安。

 どうやら先立っての、ゲルマニアの武力侵攻のことを言っているらしい。

 厳しい表情で言う家安だが、対するファウストは薄い笑みを浮かべてそれに答えた。

 

「ペテルブルグのことか? ククク、より強い者が弱い者を支配する。自然界はもとより、人の歴史も正にそのとおりではないか? 私はな家康、6人の中で誰が最も優れているかを知りたいのだよ。そしてその優れた人物が、このテラツーを支配して導いていくべきだ」

「どうやら、300年は長すぎたようじゃな。よもやそのような妄執に取り付かれるとは」

 

 先程と変わらぬ顔で言うファウストだが、家安は返って表情に変化が見られる。

 それは、呆れとか言われるような表情だ。

 現に家安は、その言葉の端に溜息を覗かせている。

 

 だが家安の態度が気に入らなかったのだろうか? 後ろに控えていた三体の内の一人、赤い髪をしたマリオネットが眉を吊り上げて声を荒らげた。

 

「貴様! ファウスト様に向かって……ッ!」

 

 噛みつかんばかりの勢いで踏み出そうとするが、それをファウストは手を上げて静止する。

 

「良い。下がれティーゲル」

「ですがッ!」

「良いと言っている」

「…………はい」

 

 反論しようとするマリオネットを強い口調で抑えると、ファウストは先程とは違って笑みを消していた。

 そして家安に、その強烈な視線をぶつけてくる。

 

「乙女回路搭載型のマリオネットか。……先の騒ぎを起こした者とは別に、そちらの二体もそのようだな?」

 

 確認するように言う家安に、ファウストは答えずに口元を歪めてみせた。

 恐らくは『その通りだ』と言う意味なのだろう。

 

「家安……我がゲルマニアに降伏しろ。既にペテルブルクが陥落したことは、貴様も知っているはずだ。ジャポネスの戦力では、我が国のクリーガァⅡに手も足も出まい」

 

 自慢気に言うファウストの言葉だが、蔵人はその言葉の内容を『それはそうだろうな……』と聞いていた。

 実際問題として、ゲルマニアに比べると他の国はマリオネット開発で遅れていると言わざるを得ない。

 それは単純にジェネレーターの差であったり、行動の思考ルーチンであったり、基礎骨格であったりと様々だが、少なくとも先のペテルブルク陥落からも解る通り、ファウストの言葉を否定する材料は特にはないだろう。

 

「無益な争いを避けるのも、国政には必要なことだ。それが解らぬお前ではあるまい?

 此処で貴様が降伏を宣言するのなら、ジャポネスの民に手を出さぬと誓っても良い。……フフフ、どうする家安?」

 

 ファウストの言葉に、家安は唸るようにして口を噤む。

 言っている事はとんでもないし、やっていることも事実とんでもないのだが、確かにファウストが言っていることも解らなくもない。

 勝てる見込みが薄いというのに、無理矢理国民を危険に晒すのは避けたいとも思っているのだろう。

 反応を楽しむようなファウストだが、それと同じ様な表情をしている人間が他にも居る――蔵人だ。

 

(将軍様は、いったいどんな返答をするのかね?)

 

 口に出したりはしないが、内心ではそんな事を考えている蔵人だった。

 蔵人は徳川家安という人物を良くは知らない。

 一応はジャポネスの一般市民に分類される蔵人と、国のトップである家安との間に接点など出来よう筈もないのだから仕方が無いだろう。

 だが少なくとも、蔵人は家安から感じる雰囲気から『悪人ではないだろう』と思っている。

 かと言って『善人』かどうかも解らないが、だがそんな偽政者がこの場面でどんな判断をするのか? それに興味津々となっていた。

 

 しかし

 

「……っやろう」

「ん?」

 

 ふと、隣から何かが聞こえたような気がした。

 蔵人が思わずそちらへと視線を向けた瞬間――

 

「――べらんめえっ! 黙って聞いてれば好き勝手言いやがって! 元はと言えば手前ぇが勝手に始めた戦争じゃねぇか! それを降伏しろだの、無益な争いだの言いやがって!! そんならまず始めに、手前ぇが下がりゃあ良いんじゃねえか! この大馬鹿野郎がぁっ!!」

 

 小樽である。

 

 ダンッ!! と、大きく足を踏み鳴らし啖呵を切ると、その表情は怒りに染まっている。

 瞬間、蔵人は小樽の行動に頭がついて行かなかった。

 小樽の性格は知っているが、まさかこの場面でこの様な行動に出るとは想像していなかったのだ。

 

 呆けたように小樽を見ていた蔵人だが、直ぐに軽く咳払いをする。

 

「小樽……お前」

「止めんなよ蔵人! どっからどう見ても、悪いのはこのファウストとか言う野郎なんだからな!!」

「それは、まぁ、そうなんだけどな。でも……」

「うるせぃ! 俺は今、本気で頭に来てるんでぇい!!」

「いや、だからな――」

 

 蔵人は困ったような、嬉しいような微妙な表情を浮かべると、小樽に向かってスッと手を伸ばした。

 そして小樽の腕を掴むと、グイッと引っ張って畳にまた座らせる。

 

「なんだよ蔵人!」

「頼むから、ちょっとだけ、静かに。……な?」

「んぐ……むぅ」

 

 ホンの少しだけだが強く言い聞かせるように蔵人は言うと、今度は家安に目配せをした。

 家安はその視線に頷いて返すと、今度はファウストと睨むようにする。

 先ほどまでの困ったような表情は、もう何処にも見えなくなっていた。

 

「なんとも、よもや小樽に教えられるとはの……。ファウスト、儂の答えは先程の小樽が代弁をした。ジャポネスはゲルマニアに屈したりはせん。もしやり合うというのなら、相応の覚悟を持って掛かってくることじゃ」

「交渉決裂、ということか?」

「初めから、交渉などという生やさしい物ではないであろう?」

「フっ……良いだろう。だがな家安、その判断を後悔することに成るぞ?」

「なに?」

 

 不敵な笑みを浮かべるファウストに、家安は怪訝な表情を浮かべた。

 自国の戦力に絶対の自信を持っている……というのとは、また違う考えがある。そう思わせるような笑みだったからだ。

 

「――いけません! あのファウストとか言う人は、人間じゃないわ!!」

「チェリー?」

 

 チェリーが突然、勢い良く襖を開け放って声を上げる。

 それに驚く小樽だが、チェリーは更に衝撃的な事を告げた。

 

「その身体は作り物で、中に爆弾が仕込んであるの!」

「っ!? なんだってー!!」

「この――馬鹿やろうがっ!」

 

 聞くやいなや、ライム、プラム、蔵人の3人は動き出した。

 ライムとプラムは、自分にとって最も大切な人物の元へと走りだしていく。

 

「もう遅い……!」

 

 ファウストの凶器じみた声が聞こえた瞬間、背後に控えていたゲルマニアの3体のマリオネット大きく飛び下がった。

 すると――

 

 カッ――ドガァァアアアンッ!!!

 

 眩い閃光の後に、耳を劈くような轟音が響くのであった。

 大した破壊力――と言うのだろうか?

 天守閣謁見の間は、殆どそのまま吹き飛ばしたような状態になってしまっている。

 濛々と立ち込める爆煙のなか、チェリーは自身の顔が青くなるのを感じた。

 

「小樽様ー!! 小樽様ー!!」

 

 自身に搭載されているセンサーをフルに使い、声をあげて小樽の名前を呼んでいる。

 爆煙の影響なのか、中々センサーが反応してくれないこともチェリーの焦燥感を煽る原因にも成っていた。

 

「そ……そんな、小樽様」 

「ナンだってんだ! ちくしょー!」

「小樽様!?」

 

 怒声のような声を上げた小樽に、チェリーは泣き出しそうだった顔を笑みへと変えた。そして一直線に小樽の元へと駈け出していく。

 

「ご無事でしたか、小樽様!?」

「あぁ、何とかな。他の皆は?」

 

 チェリーの言葉に軽く反し、辺りを見渡す小樽。

 

「ふうぇ~~目が回るよ~……」

「ライムも無事だったのね!?」

「あ、チェリー? もう御飯の時間?」

「なに馬鹿な事言ってるのよ! いまはそれどころじゃ――」

 

 記憶の一部でも飛んでしまったのか? かなり場違いなことを言うライムに、チェリーは一喝をした。だがそんなやり取りも束の間

 

「ハァッ!」

「危ない!」

 

 ライムとチェリーの間に飛び込むようにして、一体のマリオネットが走りこんできた。

 

 ドバンッ!

 

 振り下ろされる腕をチェリーは既の所で避けるが、その掌が畳に触れると周囲一帯を吹き飛ばした。

 

「へぇ、上手く避けたわね……でも」

 

 チェリーを攻撃した青髪のマリオネット――ルクスは、口元を艶かしく吊り上げながら言うと再びチェリーに向って走りだす。

 一方、その場に残されたライムはと言うと

 

「死ねっ!」

「うわぁ! 何すんのさ!」

 

 上空からやって来た攻撃を跳ね起きながら避けると、その攻撃を行った赤髪のマリオネット、ティーゲルの攻撃を危なっかしい避け方で対処していた。

 

「ちょ、危ないってば! 止めてよ!」

「フン! 貴様を破壊したら止めてやる!」

 

 ルクスはその掌に高周波粉砕装置を、ティーゲルはマリオネット用の剣を持ってチェリーやライムに襲いかかっていた。

 さて、一方のパンターはと言うと……

 

「マスター! マスター何処いるの!」

「おい!」

「マスター! まさか今のくらいでどうにかなんて――マスター!」

「無視をするな! オイ!」

「ウッサイ! 馬鹿! 空気読めない! 私はマスターを探すので忙しいの! 見て解らないわけ? この大馬鹿!」

「え、あ……すまん」

 

 その場に居たもう一体のマリオネット、プラムの迫力に押されて攻撃するに出来ない状態であった。プラムはその膂力を遺憾なく発揮して畳をひっくり返し、崩れかけた壁を完全に壊し、自身の主である蔵人の捜索を続ける。パンターはそんなプラムの後ろをトコトコと付いて回り、傍目には何をしようとしているのかわからない状態になっていた。

 

「マ、マスター……」

 

 だが粗方動きまわっても蔵人が見つからないため、プラムは表情を歪めて肩を落とす。そんなプラムにパンターは気まずくなったのか、

 

「その……なんだ、あまり気を落とすなよ。俺も一緒に探してやるからさ」

 

 と、なんともバツの悪そうな表情を浮かべた。

 そんなパンターの言葉にプラムは視線を向けると、ジッと見つめ続けた後にハッと肩を震わせる。

 

「――というか貴女、パンター? ぬぅ、マスターに助けられた恩を忘れて、まさか生命を奪おうとするなんて」

「い、いや違う! 私だって幾らなんでも、そんな義理を欠くような真似はしない!」

「じゃあ、これは何!」

「こ、これは不可抗力というか、ファウスト様の命令に従っただけで……」

「それなら、ファウストとか言う奴の所為?」

「い、いやそういう訳でも……」

 

 プラムの言い分にしどろもどろになってしまうパンター。しかし

 

「何をしているんだパンター! 早くソイツを破壊して、家安抹殺を完遂するんだ!」

「あ、しまった!」

 

 プラムとパンターの状態を横目で見ていたティーゲルに怒鳴られ、パンターはハッとしたようになった。そしてキッとした視線をプラムに向けると

 

「お前に恨みはないが、これも全ては愛するファウスト様のためだ! 悪く思うなよ」

「やっぱり、ファウストとか言う奴の所為なんだ……!」

 

 そう互いに言い合うと、二人は先ほどまでとは違って一触即発の状態へと突入していった。

 ライムとティーゲル、チェリーとルクス、プラムとパンターが向い合っての攻防を繰り返す中、主人公である間宮小樽と天内蔵人は何をしているのかというと。

 

「蔵人はどこだ? オイ、蔵人!!」

 

 小樽は周囲の状況を気にしながらも、この場に居なければいけないはずのもう一人を探そうと声をあげた。

 そのもう一人が15代目将軍徳川家安ではないことが、若干哀しみを漂わせる。

 しかし畳の下や壁の向こうなど、プラムが手当たり次第に調べて回っても見つからなかったのだ。小樽はその事で、考えたくもない結果が頭によぎってしまう。

 

「クッ……蔵人ーッ!」

「五月蝿い……! 退け小樽! さっさと退け!」

 

 一際大きく発した声に返事が帰ってきた。

 その返事は小樽の直ぐ近く、足元、からである。小樽は視線を下げてみると、自身の足元は周囲と比べて盛り上がっており、如何にもバランスが悪いとばかりフラフラしている。

 

「蔵人! 其処に居たのかよ!」

「いいから早く……あぁ、もう退けっ!」

 

 ガバっ!

 自身の背中に乗っかっていた畳を持ち上げて起き上がった蔵人は、そのまま持ち上げた畳ごと小樽を床に落とした。

 

 ドスン!といった音と同時に、「ぐぇ」といった呻き声も聞こえる。だが蔵人はそんな小樽を半ば無視して、自分と一緒に畳の下に居た人物――徳川家安の安否を気遣うのだった。

 

「お、おい将軍様?」

「静かにしてくれ、小樽」

 

 家安の存在に気が付いた小樽は慌てて声を上げるが、蔵人は小樽を制するようにして手を上げた。そして家安の口元と手首にそれぞれ手をやると

 

「一応……生きてはいるな」

「本当か! ふー、将軍様にもしもの事があったらどうしようかと思ったぜ」

 

 と、安堵の息を漏らした。小樽もそれに安心したのか、息を漏らす。

 しかし蔵人は

 

(その将軍様の上に、小樽は間接的とはいえ乗っかってたんだけどな)

 

 なんて考えていた。

 と――

 

「きゃっ!?」

「うわぁっ!」

 

 絹の裂くような悲鳴が響く。見るとチェリーがルクスの攻撃によって吹き飛ばされ、ライムもティーゲルに蹴り飛ばされていた。

 

「ライム! チェリー!」

 

 弾かれて床に蹲っている二人のもとに、小樽は駈け出していった。そしてライム達の盾になるようにティーゲル達の前に立ちはだかる。

 

「何のつもりだ、小僧。私たちはファウスト様に家安の抹殺を言い渡されているが、それ以外の相手を殺すつもりはない」

「そうよ、だから退いてなさい。ボ・ウ・ヤ♡」

 

 キリッとした視線で言いつけてくるティーゲルと、そして挑発するようにシナを作って言ってくるルクス。だが並のセイバーなど歯牙にもかけない様な実力をもった二人のマリオネットを相手に、小樽は全く臆することもなくダンッ! と脚を踏み出した。

 

「うるせぃ! ライムもチェリーも俺を守るために戦ってんだ! だってのに男の俺が、後ろに隠れてなんて居られるかってんだ!! コレ以上二人に何かしてみやがれ! そんな事は俺が絶対に許さねーぞ!」

「マリオネットを相手に……何を? 貴様、生命が惜しくないというのか?」

「マリオネットだの何だの関係があるか! 俺は二人を本当に大切な……女の子だって思ってんだ!」

 

 困惑したような表情を浮かべるティーゲルだったが、そんな事などお構いなしに小樽は啖呵を切る。よっぽど怒っているのか、眉を釣り上げて今にも飛び掛からん勢いである。もっとも、もしそれで跳びかかりでもすれば、小樽の生命はパッと散ることになるだろう。だがそんな小樽の様子を蔵人は横目で眺め、まるで嬉しそうな……いや、面白そうな表情を浮かべていた。

 

「プラームっ!」

「――ッ!? yes Master!」

 

 離れた場所でパンターと相対していたプラムを蔵人は呼びつけると、プラムは即座に飛び下がってパンターと距離をとった。そして一足飛びに蔵人の元へと駆けつけると、正面を睨むようにする。

 蔵人は小樽達の元へと歩くと、皆に聞こえるように口を開く。

 

「良いか皆、相手を変えるぞ。プラムはライムと一緒に向こうの赤髪を、チェリーは目の前の青髪に集中して、俺は金髪のマリオネットの相手をする」

「そんな!? 人間の力でマリオネットの相手をするだなんて無茶にもほどが有るわ」

 

 人の身でありながら、ソレよりも遥かに優れた身体能力を有しているマリオネット相手をする。チェリーが声を上げて無茶を説くのも当然のことであった。

 しかし蔵人はそんなチェリーの言葉を手を上げて制すると、小樽へと視線を向ける。

 

「小樽! 将軍様からの遺言だ!」

「な! ゆ、遺言!?」

「ん? あ、間違えた。伝言だな、伝言」

「だぁっ!? 間違えんな! 演技でもねぇ!!」

「……仁王像に隠されたスイッチを押せ」

「は? 仁王像?」

 

 蔵人の言葉に少しだけビックリをした小樽だったが、即座に件の仁王像へと視線を向ける。それは謁見用の天守閣に、何故か鎮座している

 

「急げ! 此処は俺達で抑えておく!」

「く、蔵人、でもよ」

「いいから、さっさと急げ!」

「おわっ!!」

 

 ドンッ!

 

 蔵人の勢いに押される小樽だったが、蔵人はそんな小樽の背中を蹴り飛ばすようにして押しやった。軽く蹴ったとはいえ思わずツンノメッて蹈鞴を踏む小樽だったが、既に自身の目の前に視線を向けている蔵人は目もくれない。

 小樽はそんな蔵人に

 

「解った! やられるんじゃねーぞ、蔵人!」

 

 と声を掛けると、部屋の隅ある仁王像へと駆けていくのであった。

 

 走って行った小樽を尻目に、パンターの合流したティーゲル達ゲルマニアのセクサドールズと、ライムを始めとしたジャポネスの混成部隊は正面から睨みを利かせていた。

 

「ふん、何をしようとしているのか知らんが、只の人間が我々の足止めをするだと?」

「随分と舐められたものね?」

 

 蔵人の言動と行動が勘にでも触ったか、ティーゲルやルクスは若干の怒気を孕んだ言葉を口にする。だがそんな二人に対して

 

「まて二人共」

 

 蔵人と相対したことのあるパンターは、そんな二人を窘めようとした。

 

「先に忠告をしておく、あの男……あまり舐めて掛からないほうが良いぞ」

「パンター?」

「珍しいわね? 貴方がそんな助言めいたことを口にするなんて」

「何か理由でもあるのか?」

「リ、理由?」

 

 ルクスやティーゲルの問いかけは、パンターを良く知るものならば当然の反応であった。彼女はその性格上、どうにも細かいことを嫌ってその場の感覚やノリで行動をすることが多いのだ。そのため今現在のように、忠告をする――なんてことは、本来の彼女らしからぬ行動なのだ。しかもソレが初見の筈である相手が対象となれば尚の事だろう。

 

「理由……」

 

 ティーゲルに問われたパンターは、蔵人が『厄介』である理由について思考を巡らせた。それは全て、数日前に蔵人に修理をされた時のことが原因である。

 だが

 

(あ、あの時、アイツは確かにオレに『お前のことが知りたい』とか言ってきたが――って、違う違う! そんな事は今はどうでも良いんだ! 私はファウスト様の下僕、私はファウスト様の下僕……)

 

 当時の事を思い出すと、パンターは顔を若干赤らめて顔を激しく左右に振った。そして自分自身に言い聞かせるようにブツブツと小声で同じ言葉を言い続ける。

 そんな同僚の様子に訝しい雰囲気を感じたのか、それとも単純にチョット引いてしまったのか、ティーゲル達は少しだけ腫れ物を触るような態度で接してくる。

 

「オ、オイ、パンター? 大丈夫か?」

「はっ!? な、なんでもない! オレは大丈夫だ!」

「そ、そうか。それならいいが……」

 

 語気を強めて言うパンターに、ティーゲルはそれ以上追求するのを止めた。気圧されたという事もあるのだろうが、時間が惜しいという事もあるのだろう。

 

「遊んでる暇はないわよ。少し時間をかけ過ぎたわ、早々に家安の抹殺を完遂しなければ」

「あぁ」

「そうだったな」

 

 嗜めるようなルクスの言葉に、二人は短く返事を返した。

 セクサドールズ達にとって、此処は敵地のど真ん中である。あまり時間を掛けすぎればジャポネスの警備用マリオネットがワンサカと大挙してくるのは目に見えているだろう。いくら高性能なマリオネットである彼女たちとは言え、数の暴力には弱い。負けることは無いかもしれないが、それでも捕らえられる可能性もゼロでは失くなってしまう。

 彼女たちは早々に自身らが与えられた任務である『家安抹殺』を完遂し、そしてその命令を下した自身らの主であるファウストの元へと戻る――それが、現状での優先順位であった。

 

「雑談は終わりか?」

 

 ふと、ティーゲルたちに蔵人は声を掛ける。

 懐から取り出したのだろう、その手には扇子が握られており、軽くポン、ポン、と自身の首元を叩くようにしている。その蔵人の言葉が合図になったようで、ライムを始めチェリーやプラムも一斉に動き出した。

 

「マスターの命令だから。今度は、私とライムが貴女の相手をする」

「今度は絶対に負けないからね!」

「ふんっ! 貴様らごときマリオネットが、二体に増えた程度でどうにか成ると思ったか!」

 

 ティーゲルにはプラムとライムが張り付く。

 ライムはプンプンと怒りを顕にし、逆にプラムは冷静にバイザーの奥からティーゲルを見つめていた。そして腰を低く落として、自身の腰元に差してある日本刀《サムライブレード》の柄に手を掛けている。瞬間、ピリっとした空気が辺りに漂い、ティーゲルにも緊張が走った。

 

(コイツ……強い)

 

 ゲルマニアで戦闘訓練を受けていたティーゲルは、一目でプラムを並のマリオネットではないことを看破していた。その姿勢、その動きの一つ一つが、プラムを只者ではないと物語っていた。ジリジリと摺り足で近づいてくるプラムに、ティーゲルはシュルっと腰元から鞭を取り出して身構える

 

 が――

 

「たりゃーっ!」

「ラ、ライム!? もっと空気を読んで!?」

 

 ライムが声を上げてティーゲルに飛びかかったため、二人の緊張感は台無しになってしまった。

 

 さて、ライム達とは違って戦闘続行と言う形になったチェリーとルクスはと言うと、

 

「向こうはあの二人に任せるとして――」

「余所見している暇は無いわよ?」

「くっ!」

 

 シュピッ!

 

 空気を裂くような音と同時に、ルクスから放たれたダガーナイフをチェリーは上体を反らして回避した。ほんの少しの油断でも、どうやら命取りになりかねない状況であるらしい。チェリーは自身に搭載されている情報処理能力をフル稼働させ、目の前に相対しているルクスの分析を開始した。

 

(さっきのやり取りである程度の予測が出来るようにはなったけど……)

 

 自身がどう動くとどうなるか? また相手はどう動いてくるか?

 それを常に計算し続けているのだ。

 

「へぇ……やっぱり、貴女も私と同型のセイバーのようね?」

 

 クスリと笑みを浮かべたルクスは、チェリーの反応からそう読み取って口にする。チェリーもそのルクスの言葉に、内心では「やっぱり」と呟いていた。互いに相手の先手を奪うべく、小さなフェイントを織り交ぜた小さな動きを取り合う。

 軍事用にカスタマイズされているルクスとは攻撃力に差が出るかもしれないが、チェリーにもその掌には高圧電流を放出する機能が備わっていた。詰まりは、先に当てた方が勝つ。

 だがその為には、相手の行動を予測してソレを上回らなければならない。

 

 ルクスと同型であるチェリーにしか出来ないことではあるが、同型であるからこそ難しい。出来ればその前に、ライムかプラムが援護に来てくれれば幸いなのだろうが……

 

「フフフ、ティーゲルを二人がかりで何とか倒して、余った二人でそれぞれの援護に回る……といったところかしら? でも、そんな易々と思い通りに行くと思っているの?」

「クッ!」

 

 ルクスの言葉にチェリーは唇を噛んだ。

 そう、現在のチェリーにとって最大の問題点とは、パンターの抑え役を買って出た蔵人であった。自身のマスターである間宮小樽が信頼し、そしてこの場を任せた人物。その為に蔵人の言葉に従って、チェリーはルクスと再び相対している。

 

(なんとか、早くこの場を切り抜けないと……)

 

 僅かに心を乱されたチェリーだったが、だからと言って隙を見せる訳にもいかない。チェリーは今の自分にできる最善のこと、目の前の相手の先手を取る――に、全神経を集中させるのであった。

 

「元気そうじゃないか、パンター?」

「あぁ……」

 

 さて、今度は蔵人とパンターである。

 互いに正面に向かい合い、相手を見つめるように立っている二人。しかし二人の表情は随分と対照的である。

 バツの悪そうな表情を浮かべ、正面から見ることが出来ずに俯いているパンターとは対照的に、蔵人はまるで今の状況を楽しんでいるかのような、薄ら笑いを浮かべてニヤニヤしている。手に持った扇子を遊ぶように弄って、パンターの反応を観察しているようだ。

 

「いや、しかし何だな? こうして会うことに成るとは、ちょっと皮肉が利いている気がするよ」

「……っ」

 

 瞬間、ビクッとパンターの肩が震えた。

 蔵人自身にその積りはなかっただろうが、まるで叱られているかのような、そんな感覚をパンターは受けていた。

 互いの縁は奇妙といえば奇妙だが、しかし少なくとも赤の他人と言うには根が深い。

 

「まぁ、止めろって言っても止めるつもりはないんだろ?」

「それが、ファウスト様の命令だからな」

「ファウストね……」

 

 ふと、蔵人は先程爆発したロボット(ファウスト型)の事を思いだした。

 高い身長と、彫りの深い顔。強い意志を持ち合わせたようなあの雰囲気。思考プログラムを打ち込んだのか、それとも遠隔からの操作だったのかは解らないが、少なくとも並の人間とはまた違うモノを感じた。

 

(まぁ、友達にはなれそうにないな)

 

 思わずそう考えて、クスっと蔵人は笑みを浮かべる。

 いつの間に摩り替わったのか、手にはかつてのスタンガンが握られていた。

 

「仕方がないな。……多少の手荒い対応は覚悟しろよ。パンター」

 

 そう言った蔵人の表情は、やはり面白そうに口元を釣り上げたものだった。

 

 

 



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11話

 

 

「スイッチ、スイッチは何処だ!」

 

 部屋の隅にヒッソリと……と言うには、あまりにも存在感を撒き散らして置いてある仁王像。その仁王像に張り付くようにして、小樽は件のスイッチを探していた。

 

 頭の上から足元の台座まで、ソレこそ目を皿にする用にして探しているのだが、一向にソレらしいスイッチは目に入らない。

 

「クソッ! こんなことしてる間にも、あいつ等は危ない目に有ってるってのに!」

 

 小樽は今現在、自分のしなければならない事を良く理解しているが、ソレと同時に自分の力の無さを嘆いていた。チラリと向けた視線の先では、ライムとプラムの二人が赤毛のティーゲルと言うマリオネットを相手に奮戦しており、その脇ではチェリーが青毛のルクスというマリオネットを牽制して動きを止めている。

 

 皆が皆この状況をどうにかしようと考えて、自身に出来る事を最大限しようと必至に成っている。小樽は、自分も早く件のスイッチを探さなくては――と決意を新たにするも、もう一人危険に身を投じている人物の事が頭に思い浮かぶ。

 

『僕のことかい。小樽く――』

「オマエじゃねぇよっ!」

 

 小樽は自身の脳内に浮かんできたH少年の姿を掻き消すと、先ほどとは別の人物を思い浮かべる。

 

「蔵人は無事なのかよ!?」

 

 と、その視線を友人である蔵人捜索へと向ける。すると――

 

「な、なにーーッ!?」

 

 その場所で展開されている光景に、小樽は思わず大きな声を上げてしまうのであった。小樽が思わず大声を上げてしまうほどに、現在の状況を吹っ飛ばすような光景とは何か? 視線の先、部屋の隅っこのほうには小樽が目配せをして探していた蔵人が居る。当然、相対していたパンターも一緒になって其処に居るのだが、問題はその2人の状態である。

 

「お、おい……」

 

 信じられない、信じたくない物を見た。そういった、青褪めた表情を浮かべる小樽。

 

「く、蔵人」

 

 掠れたように言いながら、小樽はその光景から目を離すことは出来なかった。

 床に倒れこみ、抵抗するように四肢を突っ張らせるものの、それを無理矢理に抑えこまれてされるがままにされている哀れな姿が映し出されている。

 ただ

 

「蔵人……何やってるんだ、お前はーッ!」

「おい! こら! 大人しくしろっての!」

「や、止めろ! 馬鹿!? ヒャァン!?」

 

 それは蔵人ではなくパンターがであり、蔵人はそんなパンターの衣服を次々と剥ぎとっている最中であった。

 思わず腕振りも合わせて、大きくツッコミを入れてしまった小樽は、決して悪くはないだろう。

 

 さて、何故このようなことに成っているのか? というと、それはほんの少しだけ話が遡る。

 

 小樽が家安の伝言に従って仁王像へと走りだして直ぐ、ライム、プラム、チェリー、蔵人の四人は、それぞれが対応する相手を牽制することになった。

 

 ライムやプラムはその手数でティーゲルを抑えこみ、チェリーは情報戦を展開することでルクスを押さえ込んでいた。

 しかしそれでは、蔵人とパンターはどうなったというのだろうか?

 

 実のところ、その勝負は思ったよりも長続きはしなかった。

 短い会話を交わした2人だったが、その後に飛び出したのは当然のようにパンターの方だった。

 

(前に負けたのは、私の油断と慢心が原因だ! ソレさえなければ、人間に負ける訳があるか!)

 

 確かに前回、蔵人に手痛い敗北を喫したパンターだったが、今は油断も無ければ負傷もない。落ち着いて対処しさえすれば、マリオネットの――それも並みの戦闘用セイバー以上の性能を誇る自身の反応速度に付いてこられる筈がない。

 そう、判断してのことだ。

 

「全てはファウスト様のため! 覚悟!」

「甘いっての!」

「っ!?」

 

 一足飛びで踏み込み、一撃のもとに蔵人を始末しようと考えたパンターだったが。蔵人は待ってましたとばかりに、其の動きに合わせてスタンガンを持った手を前方へと突き出した。

 所謂、交叉法であるが、パンターは飛び上がった状態から身体を仰け反らせ、身体を捻って回し蹴りを返してくる。

 

「ちょ!? おわッ!!」

 

 スタンガンが外れた瞬間、蔵人はパンターの反撃を予測して左前方へと向かって前転をする。すると自身の後方でパンターの放った蹴りが空を切り、その風切音が蔵人の耳へと届いた。

 

「くっそ、予想外だな! 今ので済むと――のわッ!?」

「コノ!」

 

 受け身もソコソコに立ち上がり、ちょっとした愚痴を零す蔵人だが、パンターは隙を与えず踏み込んでくる。

 一部白熱化したような手刀を振るい、蔵人を始末しようと追い詰めてくるのだ。最初の余裕そうな態度もなんのその、蔵人は大仰しく仰け反り、しゃがみ込み、場合によっては転げまわるようにしながらも何とか攻撃を躱し続ける。

 

「おいコラ! パンター! お前、もう少し落ち着け! 俺人間、お前はセイバー! 元々の馬力の違いが――!!」

「巫山戯るな! 何が落ち着けだっ!」

「そ、そんなに急いでどうするってんだ? 人生五十年って言葉を知らないのかよ!?」

「五十年間も、放って置けるか!」

「そういう意味じゃなくて、もっと落ち着いて、呼吸を整えてだな!」

「五月蝿いッ!!」

 

 両手を向けて落ち着くようにジェスチャーをする蔵人に、パンターは徐々にイラツキを感じ始めていた。蔵人が見せていた余裕が剥がれ始め、其の様がパンターには無様に見えてきたのである。苛立ちながら襲いかかるパンターの攻撃を、辛くも避け続けている蔵人だが、しかしその動きは徐々に精細さを欠き始め次第に大きな動きへと変わってきている。

 

(私は……こんな奴に!)

 

 パンターの胸元、その奥に埋まっている1つの回路。通称、乙女回路がドクン! とザワメイた。蔵人の事を考え、そして今こうして眼の前で動いている蔵人を見ていると、不思議とパンターは更なる怒りが自身の内側から沸き上がってくるのを感じる。

 

 もっとも、パンターは何故自分がこんなにもイライラしているのか? を、理解出来ては居ない。

 恐らく、この場にいてソレを理解出来そうなのは、まだチェリーくらいなものだろう。もっとも、ルクスと向い合って戦いを繰り広げているチェリーには、敵であるパンターの様子を確認するだけの余裕はないのだが……。

 

 眉間に皺を寄せ眉を吊り上げたパンターは、最初の頃とは違って一刻も早く蔵人を叩きのめすべく、更に勢い良く飛び出していった。

 

「AHッ!」

 

 今度こそ仕留める。

 そういった、必殺の心持ちで踏み込んだパンターであったが、しかし、当の蔵人は先程迄とは様子が違っている。

 大仰に避けていたさっきまでとは違い、半身になって構えを取り、両手を前に出して構えているのだ。

 

「ッ!?」

 

 ソレを視認した瞬間、パンターは背筋にゾクッとした寒気に似た感覚を感じたのだが、未だにあらゆる経験の少ないパンターはそのまま止まることはなかった。

 大きく振りかぶった拳を、ただ力強く、真っ直ぐ蔵人ヘ向けて叩きつけようとする、が

 

「疾ッ!」

「な!?」

 

 拳を放った瞬間、既に蔵人はパンターの直近へと踏み込んで移動した後であった。そのまま止まること無く、流れる様な動きでパンターの手首を捉えた蔵人は、続けて自身の脇に抱えるようにしてグイッと腕を捻じり上げる。

 所謂――

 

「フン!」

「がァッ!?」

 

 ――『脇固め』、である。構造上、人間と酷く告示した骨格を持っているマリオネットには、一応このような関節技は有効である。しかし、それも限りなく人間に近い乙女回路搭載型の個体に限られるだろうが。

 骨格が同じでも、普通のマリオネットには痛みを感じる機能は備わってなどの居ないのだ。通常の戦闘用マリオネットに関節技など掛けようものなら、相手は自身の腕が圧し折られることも構わずに反撃に転じるだろう。そう言う意味では、蔵人の行動は相手の特性を突いた上手い作戦である。

 

「ぐ、ぐぁあ……!?」

 

 ギリギリと締め付けられる腕から痛みを感じ、パンターは苦悶の表情を浮かべる。

 

「ふぅー……。だから、落ち着けって言っただろうが」

 

 対して蔵人は落ち着いた、穏やかな口調でパンターに言う。

 もしかしたら慌てたように見えたのも、その間のやり取りなども、全てがわざとだったのかもしれない。通常のセイバー以上の能力を誇る、乙女回路搭載型のセイバーマリオネット。感情を持つが故に多大な力を発揮する彼女達であるが、感情を持つからこそムラが有るとも言い換えることが出来る。

 

 蔵人は『そういう事を理解している嫌な奴』ということだ。

 

「ぐぐぅ、は、離せ!」

「いや、だってお前、俺が手を離したらまた襲い掛かってくるだろう?」

「当たり前だ! 私と思えは敵同士なんだぞ!」

「だから敵とか味方とかな、そういう風に物事を簡単にだな……」

 

 思わず溜め息を吐いてしまう蔵人であるが、そんな蔵人の感情の変化など今のパンターには理解できないらしい。押さえ付けられている自身の腕に、無理矢理に力を込めて蔵人の戒めから逃れようとしてくる。

 

「こ、このぉおおお!」

「おい! 止めろ! 肩の骨格が圧し折れるぞ!」

「黙れ!」

「コイツ――ッ!?」

 

 怒鳴るように声を上げながら、尚も腕に力を込めて逃れようとするパンター。

 いったい何が、パンターを其処までさせるのであろうか?

 蔵人はミシミシと悲鳴をあげる、骨格の悲鳴を感じながらパンターの強い意志に眉間に皺を作っていた。

 

「私はゲルマニアの、ファウスト様の下僕だ! ファウスト様のためなら、腕の一本や二本くらい――ッ!」

「一本や、二本くらい……だと?」

 

 叫ぶように口にした、パンターの覚悟。それは普通のマリオネットには決して持ち得ないような、人間らしい感情の発露だったのだろう。

 だが、その言葉を聞いた瞬間、蔵人は

 

 プチンッ!

 

 と、自身の中で何かが切れるのを感じていた。

 先程までの悩んだような表情が一変して、眉間に深い皺を刻む。

 そして、プルプルと肩を震わせ始めていた。

 

「ぐぅうううう――え? な!?」

 

 尚も力を込めようとしていたパンターは、急に訪れた変化に驚いた声を漏らす。

 ギリギリと締め付けられていた腕に不意に力が抜けて軽やかに成る。一瞬呆けてしまったパンターだったが、直ぐにその原因を理解して疑問符を頭に思い浮かべた。何故なら、あろうことか蔵人の方から腕を開放してきたのだから。

 

 何が何やら解らぬパンターは頭を混乱させ、何度も眼を瞬かせた後で蔵人を睨みつけた。

 

「き、貴様! 一体何のつもりだ! 私に情けでも掛けたつもりか!!」

 

 激号して怒りを顕にするパンターだが、対する蔵人に反応はない。

 先ほどまでの、チョットばかり雄捗るような態度とは違い、また落ち着き払っているとも違うような――そう、蔵人の表情を正確に表すとすれば、それは怒っているだった。

 眉は若干釣り上がり、眼が座っている。

 

「おい、聞いてるのか、お前――」

「この……バカタレがぁ!!」

 

 バチーンっ!!

 

 激号していたはずのパンターが身を竦ませるほどの大声を張り上げ、蔵人はパンターを力一杯に張り倒した。無防備に張り飛ばされてしまったパンターは、畳の上を滑るように転がってしまう。

 

「ファウストのため、だぁ? なんだお前、惚れた男の為に死のうと思ってんのか? それとも、お前に死ねって、その男は言ってくるような奴なのか? ……そんな奴に惚れていて、ソレで幸せなのか?」

「な、なに、を……。き、貴様に、貴様にそんなこと言われる筋合いは無い!」

「うるっせぇ! お前は女だろ! だったら、もっとちゃんと大切にしてくれる奴に惚れろよ!」

「黙れ、黙れ黙れ! 私にはファウスト様だけだ! ファウスト様だけが、私の全てなんだ!」

 

 強く、厳しく尋ねてくる蔵人の言葉は、パンターの思考回路の奥に強く響いてくる。強く言い返した言葉の奥に、ほんの僅かだけ揺れ動く何かが見え隠れしている。

 蔵人はそんなパンターの感情を汲み取った……訳ではないだろうが、怒りながらも悲しそうな瞳を浮かべる。

 

「だから、そういう悲しいことを口にするなって言ってるだよ。ったく」

 

 ガシガシと頭を掻きながら、蔵人は畳の上に座り込んでいるパンターにズイッと近づいていく。ビクッと身体を震わせて、警戒を顕にするパンターだったが、蔵人は気にすることもせずに無造作に手を伸ばしていく。

 

 手を伸ばされた場所は――先日、蔵人が修復を施した箇所である。

 

「解るか、パンター。この部分、この部分だ」

「う、や、止め、撫でるな……!」

「少なくともこの部分には、俺が手を加えた部分が組み込まれてるんだ。少なくとも、俺に面倒かけたことが有るんだから、少しは俺の話しを聞くように便宜を図れよな」

 

 腕を掴み、グィっと力任せに引っ張る蔵人。ジィっとパンターの瞳を覗きながら、優しく言う。

 

(なんなんだ、なんなんだコイツは? 普通じゃない、絶対に普通の人間じゃない。なんで、なんでこんなに哀しそう顔をして私を見てくるんだ!? ファウスト様の、全てを捧げたく成る絶対的な雰囲気とは違う、全てを委ねたくなるような穏やかな雰囲気……)

 

 ジワジワと染みこむように、パンターの乙女回路の中に蔵人の存在が強く、深く染みこんでいく。自らの主であるファウストとは、また違う存在として天内蔵人がインプットされていく。

 

 ドキドキと早鐘を打つ乙女回路。

 その影響で、ちょっとした乙女脳に変化しつつあるパンターの思考回路は、眼の前の蔵人を勝手にキラキラ補正させて写し取っている。

 

 しかし……

 

「ふむ……」

 

 蔵人は不意に頷くように口にすると、興味深そうにパンターを観察する。まぁ、正確に言うと、パンターの修復箇所に、だ。

 どうやら蔵人は、ふと、有ることを思いついたようである。

 それは

 

「ついでにちょっとだけ、ゲルマニアの技術力を調べてみるか。……パンター、手を上げろ。服を脱がせるから」

「……あ、あぁ、解っ――へ? お前、今なんて言った?」

「お前を、脱がす」

「……え?」

 

 途端に現実へと戻される、パンターの乙女脳(思考回路)。

 ひゅー……と、風が吹き抜けるように、パンターの行動はピタリと止まってしまう。瞳を何度かぱちくりとさせるパンターは、もしかしたら未だに言葉の意味を理解しかねているのかもしれない。

 

 さて、蔵人は何を考えているのであろうか? というと、まぁ言葉通りの意味である。

 

 ゲルマニアに戻ってから、恐らくは手を加えたであろう破損場所の修復。その部分の手際について、蔵人は調べようと思ったのだ。

 恐らくは純粋に興味だけが先行しての行動なのだろう。だが当のパンターからすればたまった物ではない。

 

「おい、なにを言って――い、いきなり何をすっ!?」

「ほら、余計な力を入れるな。人工筋肉が傷付くぞぉ」

「な、ちょ、やめ! ダメだ!」

「えーい! 大人しくしろって――の!」

「へ、へんたい! 馬鹿、マヌケ! やだ、止めろってば!!」

「えーい! 往生際が悪い!」

 

 見るからに、悪漢とソレに襲われる美女の図へと変化を遂げた二人の構図。

 ほんのチョット前までキラキラと煌く乙女空間が展開されていたとは、到底思えないような状況である。パニックを起こしてしまい、蔵人を力に任せて振り払うことが出来ないパンターは、弱々しく抵抗を繰り返している。

 

 そんなパンターに蔵人は

 

 バヂリィ!

 

「アグァッ!?」

 

 非道にもスタンガンを浴びせるのであった。前にも経験した衝撃に、パンターは全身を震わせた。力なく四肢を投げ出して、その場に横たわるパンターを見下ろす蔵人は、ニコッと微笑んで一言

 

「それじゃ、サクサク調べますか。安心しろ、ちょっとした触診だけだから」

「しょ、触診?」

「あぁ、軽~くな」

 

 ニヤリっと笑う蔵人は、既にどこからどう見ても悪役にしか見えないようになっていた。最初は意味が解らずに居たパンターだが、スタンガンを使われ、そのうえ手際よく(重要)衣服に手をかけて剥ぎとっていく蔵人に、自身の危機を悟ったようである。

 とは言え、電気刺激の影響で一時的に機能不全を起こしている状態のパンターには、そんな蔵人の動きを抑えこむことなど出来はしない。

 

「蔵人……何やってるんだ、お前はーッ!」

「おい! こら! 大人しくしろっての!」

「や、止めろ! 馬鹿!? ヒャァン!?」

 

 ……と、まぁここで冒頭の部分に来るわけである。

 声を荒らげ、若干頬を染めた状態の小樽は、蔵人とパンターの状態を指さしながら非難するように言ってくる。

 

 蔵人は小樽の言葉に反応して視線を向けた。

 見れば小樽は肩で大きく息をして、何やら興奮したような面持ちである。

 

「あん? ……何やってんだ、小樽。早く仁王像のスイッチを押せってば」

「んな場合じゃねぇっての! いぃ、いったい何やってるんだよ、お前は!」

「何って――お前にはちょっと早いことだな」

「は、早いってなんだよ!?」

「え? 聞きたいのか?」

 

 蔵人の言葉に、更に頬を赤くする小樽であるが、ここで蔵人が言っている言葉の正確な意味は、

 

 お前にはちょっと早い――マリオネットの修復に関する知識が足りない

 え? 聞きたいのか?――勉強したいってことか?

 

 と、いう意味である。

 ……まぁ、頬を赤くした小樽が蔵人の言葉をどう理解したのか? に関しては、皆の想像任せるとしよう。いや、言葉というのは難しいものである。

 

 小樽の反応が今ひとつ理解できないで居る蔵人は、眉間に皺を寄せてシッシと手を振る。

 

「ま、聞きたいって言うんなら後で説明してやるけど、今は兎に角、早く自分の持ち場に戻れってば」

「だ、だって、お前よぉ!」

「小樽!」

「わ、わぁったよ!」

「――ったく。他の奴等も、チラチラこっち見んな! 仕事しろっての!」

 

 蔵人の言葉に理不尽さを感じつつも、小樽は再び仁王像の元へと戻っていった。

 ソレと同時に、チラチラと蔵人達の様子を伺っていた周囲の面々(ライム、プラム、チェリー、ティーゲル、ルクス)は慌てたように、視線を眼の前の相手に戻して戦闘行動を開始する。

 とは言え、それでもチラチラとパンター達の様子を伺っているのだが。

 

 周囲を一喝した後の蔵人の行動は、非常~に素早かった。

 殆ど無抵抗とかしたパンターに手を出し、一枚、二枚、三枚……と、その身を覆う乙女の守護壁は瞬く間に取り払われ、もはや下半身を覆う最後の絶対防壁だけとなる迄良いようにされてしまった。

 

「う、うぅ……お前、こんな、こんな」

 

 羞恥心に全身を赤く染め上げ、パンターは動きの悪い四肢を動かして身を覆うように縮こませている。

 

「……さて、パンター。調べさせてもらうぞ?」

「グ、く……貴様、殺す、絶対に殺してやるぞ!」

「あー解った、解った。また今度機会があったらな」

 

 羞恥に頬を赤らめるパンターの言葉を右から左に受け流し、蔵人は前回自身が手を加えた腕の部分にススッと撫でるように指を這わせた。

 

「あ! や、止め――あぅ!」

「電気刺激(スランガン)の影響で、触感を司る部分が過敏に反応してるようだな。そのうちに治るから安心しろ」

「ふ、ふざけ、ひゃん!?」

「傷の部分は……おいおいマジか? なんで俺が治したところが、こんなツギハギみたいに成ってるんだよ? 喧嘩売ってるのかゲルマニアは! ……あぁ、戦争(喧嘩)吹っ掛けてる最中か」

「良いから、あ! ……う、くぅ、や、止めてくれ」

「……全く、巫山戯んなよな。動くなよ、パンター」

 

 妙なテンションの蔵人は、言いながら自身の懐に手を伸ばすと一つの小さな飴玉を取り出した。

 そしてその包を剥がすと、無造作にパンターの口の中へと捩じ込む。

 

「あう、ム」

「それでも舐めて、少し静かにしてろ」

「お、お前ぇ、にゃに」

「ほれ、もう一つ」

「アウゥ」

 

 続けて2つ目の飴を口内へと入れられたパンターは、苦しそうに呻きながらも舌を動かし、自身の口の中で自己主張をする甘い塊を舌で舐っていた。

 スタンガンの影響か? それとも蔵人の指の刺激が原因か? それとも単にパンターの持つ性癖によるものなのか?

 パンターは次第に抵抗する力を失ってしまい、徐々に恍惚とした表情を浮かべ始めていた。

 

(あぁ、あぁ……・いったい、いったいなんなんだ、この男は? 奇妙な優しさを本気でぶつけて来たかと思えば、今度は信じられないくらいに強引で――)

 

 次第にうっとりとした瞳を浮かべ始め、パンターは蔵人を見つめていた。

 その間にも、蔵人の掌は撫でるような動きでパンターの体中を弄っていく。

 

「全く、折角綺麗にしたのに……。コレはゲルマニアの技術云々じゃなく、やった人間の程度が低い所為だな。オイ、パンター。お前、こんな状態でも良いとか、そんなこと言うんじゃないよ?」

「う、うぅ……す、スイマセン」

「お前は、気持ちの良い性格をした奴なんだし、こんなの勿体無いぞ?」

 

 既に今がどういう状況なのかを、綺麗サッパリ記憶回路(メモリー)から抜け落ちてしまったパンター。しかもどういう訳か、受け答えをする返事まで従順なモノに変化してきてしまっている。

 

 ――で、先程からチラチラと、そんな二人の様子を覗き見している面々は? と言うと、

 

(蔵ちゃん、なにしてるんだろ?)

(敵とはいえ、こんな公衆の面前でなんて破廉恥なことを……! でも、アレが私と小樽様だったら……♡)

(パンターの奴、只の人間を相手に何をしているッ! さっさと始末をしてまえ!)

(……彼女、あんなに可愛らしい表情を作る女だったかしら?)

 

 等々であった。どれが誰の心象台詞かは、まぁ想像してみてください。

 因みに、プラムはどうかというと

 

(……マスター、やっぱり心配していた通りの展開に。終わったら、掻っ斬る)

 

 なんて、考えるのであった。

 随分と物騒な事を考えるマリオネットである。

 

「あ、あいつ、本当に何やってんだ? ……あ!?」

 

 仁王像を手探っていた小樽は、ほんのちょっとした違和感を感じて目を向ける。すると其処には、明らかに像の作りとは異なる出っ張りがあった。

 

「コ、コレか? コレのことなのか?」

 

 小樽は困惑しながらも、今の状況を打開しなければ――と考えてスイッチを押す。一応は蔵人のことも心配している小樽であるが、なんとな~く心配損をしている気もする小樽であった。

 

「頼むぜ、仏様ぁ!」

 

 勢い良く、小樽はその出っ張り部分を力強く押し込んだ。

 

 ガチりッ!

 

 そう音を鳴らし、出っ張りは像の中へと入り込んでいく。

 スイッチ……だったのだろう。

 小樽はスイッチを押し込んだ状態のまま、何が起きるのか? と、暫し固まったように動きを止めていた。だが

 

「……あ、あれ?」

 

 一向に変化の起きない状況に首を傾げた。

 可怪しい? コレじゃなかったのか? そんな疑問が浮かびもするが、次の瞬間――

 

 ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ――!

 

 仁王像が小刻みに振動し始めると、少しづつその表面に罅が入っていく。

 ビシッ、ビシリ、ビシシシリィッ!!!

 悲鳴をあげるように割れていく仁王像。ボロボロと剥がれ落ちていく表面の奥から、少しづつ人の形をした『何か』が姿を表していく。

 

「な、なんだぁ? いったい何が起きるってんだ!?」

 

 徐々に姿を顕にしていくその『何か』に、小樽は目を奪われていった。小樽が声を漏らすと、それに反応するかのようにその人型の何かが動き出す。

 グ、ググ――バゴンっ! ミシミシミシ――ゴバンっ!

 体表を覆い隠していた部分が、ソレによって一気に剥がれ落ちていった。

 

「マ、マリオ、ネット……?」

 

 剥がれ落ちた仁王像の中から出てきたのは、燃えるような紅い髪をした美女であった。

 スラリと伸びた四肢、出る所は出て引っ込む所が引っ込むといった魅惑の肉体をした、美しいマリオネットであった。

 

「――ふぅ、窮屈なところからやっと出られたよ」

 

 マリオネット首は左右に動かして言った。

 そしてチラリと小樽に視線を向けると、口元に笑みを浮かべて小樽の前へと歩み寄ってくる。出てきて直ぐだからだろうか? 殆ど身体を覆う物がないような、肌の大部分を露出しているマリオネットに小樽はタジタジに成ってしまう。

 

 マリオネットそんな小樽の反応に気を良くしたのか、柔らかい笑みを浮かべたまま小樽に声をかけた。

 

「お前さんが、私の事を呼び起こしたのかい?」

「あ、お、お前は、いったい?」

「私の名前は、ブラッドベリー。お前さんは?」

「俺、俺は小樽」

「小樽かぁ、良い名前だね。本当はこのままイチャイチャしたい所なんだけど、そういう訳にも――」

 

 蕩けるような声色で離すマリオネット――ブラッドベリーだったが、不意に言葉を切ると視線を強めて辺りを見渡す。その視線の先にはライム・プラム組と対峙しているティーゲルが、チェリーと情報戦を行っているルクスが、そして蔵人の魔手に良いようにされているパンターが映しだされている。

 

「……えぇっと、ピンチなんだよな? 今?」

「お、おう、一応な」

「了解!」

 

 恐らくは蔵人の所為なのだろうが、疑問符を浮かべて小樽に尋ねるブラッドベリー。小樽の言葉に後押しを受けて力強く手を叩くと、ブラッドベリーは戦闘域へと踏み込んでいった。

 

「――なっ! 新たなマリオネットだと!?」

「クッ! こんな時に――戦闘能力……Unknownッ!? そんな馬鹿な!」

 

 突如現れたブラッドベリーに、ティーゲルとルクスは困惑した表情を浮かべる。

 特に分析能力を持っているルクスなどは、相手の能力が把握しきれない分だけその動揺の色は濃くなっている。

 

「いきなりで悪いけど、私はさっさと小樽一緒にシケ込みたいんでね。一気に行かせて貰うよ。……そっちも、一応は男のほうが私達の味方なんだろ?」

「おう! っていうか、何処からどう見てもそうだろうが?」

 

 相変わらず疑問符状態のブラッドベリ―に、蔵人を親指を立てて返事を返した。

 蔵人の足元に居るパンターは、尚もうっとりした状態で蔵人を見つめている。この時のブラッドベリーの困惑といえば、如何程であっただろうか。

 

「パンター、いつまで呆けているつもりだ! コッチへ来い!」

「急いで、パンター! フォーメーションを組むわよ!」

「ハッ! し、しまった!?」

 

 仲間の言葉に再び現実へと引き戻されたパンターは、未だに力の上手く入らない身体を無理やり動かし、絶対領域のみの装備でティーゲルやルクスと合流をする。

 

「ス、スマナイ、二人共。私はどうかしていた……!」

「パンターお前への文句は後回しだ、今はこの状況を打破するほうが先決だからな」

「単純な戦力差だけでも3対4。そのうえ、あの変な人間も居るとなると……」

 

 変な人間とは、間違いなく蔵人のことだろ。

 まぁ、人間である蔵人の戦闘力など、本来ならばたかが知れているのだが、どうやらパンターを手玉に取ったことで、妙に警戒されることに成ったようである。

 

 自身達と同じ乙女回路搭載型のマリオネットが3体、そのうちの1体は戦闘力が未知数となれば迂闊に動くわけにもいかないだろう。

 そんな彼女たちの警戒を、ブラッドベリーは鼻で笑うようにする。

 

「全く、ゴチャゴチャと、面倒くさいこと言ってるんじゃないよ!」

「クソっ、散るんだ!」

 

 力任せに飛び込んだブラッドベリーは、勢い良く拳を振るう。

 ティーゲルの言葉に瞬時に反応したルクスとパンターは、天守閣から抜け出すように外へと退避していった。

 

「ちょこまかと、素早しっこいねぇ!」

 

 場所を変え、距離を取ろうとするティーゲル達を、ブラッドベリーは尚も追撃する。

 屋根の上に陣取ったティーゲル達は、ルクスの分析結果に耳を傾けていた。

 

「――常識的に考えて、敵の能力が完全に未知数と言うことは在り得ないわ。他の二人の能力から考えるに、パンターと同程度の能力と見るべきよ」

「クッ……此処に来て、私達と同型マリオネットとは」

「しかも、コッチはパンターが本調子とは言えない状況。このままでは」

 

 多少動くのなら兎も角、激しい動きが必要な戦闘行動となると、今のパンターはスタンガンの影響から抜け切れては居ないのだ。パンターはグッと手を握りしめてみるが、普段の半分も力が出ない。

 

「――相談事は済んだかい?」

 

 と、見計らっていたかのように、ブラッドベリーがティーゲル達の前に降り立ってきた。外へと避難した彼女たちを、どうやら直ぐに追いかけてきたようだ。

 

 ブラッドベリーは口元に笑みを浮かべながら、自身の両手にググっと力を込めていく。

 

「それじゃあ、今度こそ! 止めを刺させてもらうぜ!」

 

 犬歯を覗かせるほどに、口元を釣り上げたブラッドベリーは勢い良くティーゲル、ルクス、パンターへと襲いかかった。

 しかし彼女たちは愚かでも考えなしでもなく、ある意味訓練の行き届いた軍人気質なマリオネット達である。

 

「させない!」

「クッ!?」

 

 飛びかかってくるブラッドベリーの足元に、ルクスは閃光弾を放ってきたのだ。突然の投擲物に反応が遅れたブラッドベリーの足元で、閃光弾が炸裂する。

 

 カ――ッ!

 

 と一瞬で周囲一体を眩しく染め上げると、

 

「ルクス、パンター、撤退するぞ!」

 

 恐らくはティーゲルの声だろう。

 光の向こうで撤退を指示し、ルクスとパンターはそれに従って各々が撤退を開始する。

 

「おい! コラ! 逃げるな!」

 

 ティーゲルの声を拾ったからだろうが、ブラッドベリーが怒りを露わにして声を上げるも、それに返事を返す者は居ない。

 光が収束して視界が戻ると、其処には彼女らの姿はなく、ただ荒れに荒らされた屋根瓦が転がっているだけであった。

 

「逃げられた、か。クソ!」

 

 悔しそうに舌打ちをするブラッドベリー。

 どうやらライムやチェリーと比べると、幾分好戦的な性分であるらしい。

 

「お、おい! 大丈夫か、ブラッドベリー!」

「うん? ああ、小樽! 大丈夫だって! 私はホラ、この通りピンピンしてるよ!」

「そっか、良かった」

 

 ヒョイッと、壁に空いった大穴から顔をのぞかせて声をかけてくる小樽に、ブラッドベリーは満面の笑みで持って返事をする。

 グッと力こぶを作るような仕草をしたブラッドベリーの様子に、小樽はホッと一息をついた。

 

 ブラッドベリーはそんな小樽に近づくと、撓垂れ掛かるように身体を密着させてくる。

 

「ねぇ、小樽。早速役に立ったことだしさぁ、私に何か御褒美をおくれよぉ」

「え、えぇ、ちょと、待てブラッドベリー!?」

「良いじゃないか。ねぇ、小樽」

 

 グイ、グイ――っと、小樽に押し付けるように、ブラッドベリーは自慢の『アレ』を惜しげも無く当ててくる。小樽はそんなブラッドベリーの魅惑的で積極的な行動に身体を硬直させてしまい、全身が赤くなるのを感じていた。

 

 もっとも、そんな状況を何もなく放っておくほど、小樽の元に居るマリオネット達は大人しくはない。

 

「小樽ぅ! ボクも頑張ったよ、御褒美、御褒美!」

「ちょっと、そこの貴女! 小樽様から離れなさい! いきなり出てきて、図々しいにも程が有りますわよ!」

 

 騒ぐようにバタバタと、小樽の元へと集まりだすマリオネット達。ブラッドベリーは小樽へと抱きつき、ライムは小樽の首をと手を伸ばして力任せに引っ張り、チェリーは小樽の両手を取って引っ張っている。

 

「グ、ぐうぇっぇぇええええ、く、苦しぃ……!?」

 

 胴体を固定され、首と両腕を非ぬ方向へと引かれる小樽の運命や如何に? といった所だろう。

 今回のブラッドベリーは、スイッチを押した人間、この場合は小樽だが、スイッチを押すことがマスター認証の方法だったのだろうか? それとも最初に見た人間を刷り込みによってマスターだと認識したのか?

 普段の蔵人ならばそんな事を考えていそうな場面なのだが……

 

 今の蔵人の状況は、正にそれどころではない状況だった。

 

「お前……なにを考えている、止めろ」

「……」

 

 光の少ないような(ヤンヤン)瞳を浮かべて腰を落としたプラムは、腰元に挿している刀の柄へと手を伸ばしている。対峙している人物は、まぁ大方の予想通りに蔵人であった。

 ジリジリと距離を詰めてくるプラムは、ちょっとした拍子にでも抜刀してしまいそうな雰囲気だ。

 若干怯えるように及び腰と成った蔵人は、目の前に存在する危険物――プラムの説得を試みていた。

 

「……うん、まぁ、なんだ。少しは落ち着け、プラム」

「落ち着く? 何を言ってるの、マスター。私は、これ以上ないくらいに落ち着いてる」

「だったら先ず、その手に持ってる電磁刀から手を離せ」

「それは出来ない。私がコレを手放したら、掻っ斬ることが出来なく成ってしまうから」

「何を?」

「ナニを」

「…………」

 

 ゾワッといった感覚が、蔵人の背中を駆け抜けていく。

 蔵人はこの時、プラムの教育方法を間違えたのか? それとも何処かで選択肢を間違えたのか? と、本気で考えるのであった。

 

 



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