‐STRIKE WITCHES‐[戦車と魔女・Panzer-und-Hexe] (白岩)
しおりを挟む

私が生きるとこ

 時は西暦一九四二年。ネウロイが各地の土を汚してゆく中、北アフリカの戦闘でハルファヤ峠に孤立した連合陸軍部隊を救出するために立ち上がった一二人のウィッチがいた。ブリタニア王国陸軍所属の彼女達は祖国で製作された陸戦ユニットを利用しネウロイと交戦。連合空軍と残存部隊との絶妙な連携をとった善戦の末、多くの陸戦型ネウロイを破壊し、孤立していた部隊の救出に成功した。

 

 この戦闘とブリタニア王国陸軍、第四戦車旅団C中隊の行動は全世界に報道される事になる。その後、資源と魔導エンジンに余裕がある国は陸戦用ストライカーユニットをこぞって設計・製作・現地へ投入する不毛な競争が始まった。しかし、急いで前線へ配備させるあまり輸送の大半はウィッチ一人とユニット一機、整備パーツは後送してくる「アフリカ弾丸旅行」と称された方法でアフリカ戦線へやってきてしまった。転属された各国のウィッチ達は満足に同型のユニットと編隊を組むことも出来ず、統合本部の辞令で無理矢理に出身国の違うウィッチ達で部隊を編成させられる事になる。この事については現地のウィッチ達に抵抗は無く、以外にも「スオムスの独立義勇隊みたいで面白い」とのコメントが各隊の隊長から返って来る始末であった。

 

 それは北アフリカ最大拠点『トブルク』より約九〇〇キロ離れた都市『トリポリ』来訪している第三〇九連合軍統合戦闘機械化装甲団「Rolling・Witches」も例外では無かった。今日も先日の戦闘による疲弊を癒すためもあったが、トブルクに存在する連合軍人事支部へ補充兵の申請を行っていたので、今回は補充兵のお迎えが本当の来訪の目的である。

 

 いくら沿岸の都市でもアフリカの乾季である10月までは最低気温は27度を下回らず、最高気温は三〇度を裕に超えるので、暑い。そんなトリポリの港に1隻の連合軍属貨客船が入港する。全長が六〇メートル、全幅が一五メートルほどの船は数十分かけて船着場へ到着、荷降ろしを始めていた。貨客船の船首には[八女(ヤメ)]と白ペンキで塗られていた事から、扶桑皇国製の貨客船だと分かる。

 

「え…えぇ~っと…確か私のストライカーユニットは白い木箱に納まってて…赤い札が…アレだ!!…あった!あった!」

 

 漁港も兼ねる船着場であるため魚介類の腐臭が酷く、乗客は荷物の配達を港の入り口まで頼み、さっさと乗降口を後にする中。荷降ろしを続ける船着場で大きな木箱にしがみ付く不審な少女がいた。

 彼女の名前は竹西(タケニシ)・一美(ヒトミ)。扶桑皇国陸軍出身の軍曹で、年齢は一三歳。何故この歳にして下士官並の階級であるかと言うのは話さなくても良いだろう。扶桑の西に位置する大きな島の北部にある気高い山々に囲まれた村で育ち、五歳の時に家で飼っていたチャボの『吾郎』と契約を果たした後、僅かながら魔法を使用することができた。

 

 戦争が始まってからというものは国に一定量の米を供出せねばならず、家の食い口を減らすため、ウィッチを募っていた扶桑陸軍に入隊、難なく航空歩兵の身体テストに合格、ずば抜けた測定結果のため簡単な筆記試験で練習飛行にまで漕ぎ付ける異例の事態が起きたが、やはり体力だけでは不十分な箇所があり、複座式の練習機(アカトンボ)を訓練時に何機も墜落させている。実際なら強制除隊をされて当然な行為をしているが、その事を惜しく思った扶桑陸軍人事部は急遽「特別派遣措置」制度を作り、そして派遣される場所をアフリカに選んだのだ。

 

「ハァ~~…(もぅ、何で朝食中に西住中尉が私の配属辞令をいきなり机に置いてくるのよぉ。『昼飯前には出発だ』なんて言われて思わず了解しちゃったけど、原隊の配属先を見たのはその後だもんなぁ~)」

 

 一美は長旅の疲れからだろうか、長い溜息をついている。まさか練習機を壊した弁償が理由だと言う事には気づいていないのだろう。

 

 中には新品の飛行用ストライカーユニットが入っているはずの大きな木箱の隣には一美がちょこんと体育座りしていたので、彼女の近くに寄ってきた荷運びトラクターは木箱を回収せずに人ごみの中へ消えて行く。結果として一美の身の丈以上に大きな木箱は波止場に釘付けとなった。

さすがに持ち上げる事も適わず、引き摺るのは扶桑軍人の威厳として許されない。どうしようも無い事態に深く溜め息をついた一美の前に一台のトラックが停車する。しめた、相手が軍なら拾ってもらえるかもしれない。

 

「すいませ~ん、この辞令に書かれてる部隊に行きたいのですが~」

 

 一美は背伸びをしながらトラックの運転席に辞令の入った封筒を見せる。革張りの窓覆いからニュッと手が伸び辞令を引っ手繰る。しばらくトラック内の運転手は黙ったままだったが、いきなり車体のドアがばたんと開いた。

 

「お前が私達の新しい隊員なのか! 良かったぁ~。町中を探し回らずにすんだよぉ~!!」

 

 手間が省けた事に喚起している運転手は一美とさほど年は変わらない容姿をしているが、明らかに扶桑の人間ではない。一美が持つ綺麗な黒髪のロングヘアー、扶桑の流行髪型と違い、栗色のショートヘアを後頭部で結んでいる。今まで日差しの弱い場所にいたお陰で綺麗な一美の柔らかそうな肌と相対し、彼女の顔は強い日差しのせいか何処と無く赤っぽい。瞳の色も茶色と青色で大きく違うし、第一スタイルが大きくかけ離れている。 穿いているズボンも一美の真っ白なローレグでは無く、ズボンの上から薄青のタイツを穿き込んでいる。

 彼女は大きく開いた茶色い防暑シャツの胸元に下げる認識票を取り出し、一美にちらつける。

 

「私はマリア・T・フィールランド。リベリオン合衆国陸軍第九師団…まぁこれはべつにいいや…まぁ簡単に言えばリベリオン陸軍の中尉さんだよ。ようこそ!!我等が第三〇九連合軍統合戦闘『機械化装甲団』ローリング・ウィッチーズへ!!」

 

 マリアは右手を一美の前に差し出し、握手を求める。

 

「あ…あのぉ、フィールランド中尉どの…今の部隊名って、兵科は……」

 

 一美は額からダラダラと汗を垂らしながらマリアに質問する。

 

「お? 私達は『装甲歩兵』の第三〇九連合軍統合戦闘機械化装甲団・ローリン……」

 

「そんなぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 一美は両手で顔面を覆い、その場の人たちが驚いて振り返るほどの大声で泣き始める。これまでの長旅で疲れていた事と、誰とも接せない寂しさから開放された状態に先ほどの言葉はどんな刃物よりも一美の心に深く突き刺さっただろう。何も無いアフリカの空を飛べると言う希望だけを持って単身で海を渡った少女を裏切る事になろうとはマリアも予測していなかった。

 

「おおおちつけ!!?? ほら、きっと疲れて泣き出しちゃったんだなぁ?君の姉さんになる人たちがお風呂にいるから、入るついでにご挨拶行こうか? ね?? (何か何だか知らないけど…隊長は公衆浴場から出てこなくなって丸一日だし。ミイラ取りはとっくにミイラだしなぁ…でも、この事態は私じゃ解決できないって…ここは浴場まで連れて行くか…)」

 

 泣き喚く一美を抱き寄せ、彼女の口を自慢の胸で押さえつける。こうすることで必要外の騒音をカットでき、通りすがりの人が野次馬になる心配も無くなった。マリアは一美を抱き締めながらトラックの運転席に登り、すすり泣きに変わっている一美を助手席に座らせる。マリアの固有魔法を利用し、トラックの荷台へ木箱を浮遊させながら積載させ、自身は再度運転席によじ登る。周囲に集る人ごみをクラクションで追い払い、この運命的な出会いを果たしたトリポリの漁港兼船着場を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファーストイントルーダー

「そうか~…それであんなに泣いちゃったんだねぇ まぁ…これでも食べて落ち着いてね♪ リベリオンの製菓会社が軍と共同で作ってるんだよね。なんでもコレを食べるとウィッチの魔力が回復するんだってね」

 

 トリポリの賑やかな市場を走り抜けるトラックの運転席には二人の少女が座っている。二人のうち運転席の少女、マリアはリベリオン陸軍の特徴的なカーキ色の上着ポケットからチョコバーを取り出し、助手席に座る元気が無い少女、一美の眼前に差し出す。彼女は渡されるままにチョコバーを口へ運び、半分まで一気にかじる。おいしい、と一美の口から漏れたとき、一美の表情から曇りが消えた。

 

「まぁ補給が薄いアフリカでも三〇九なら補給に困らないね。…まぁ…お菓子だけだけど…ねぇ…」

 

 マリアは途中まで自慢げに話していたが、途中で言葉に詰っていた。その途中にも一美はチョコバーの全てを口に納めていた。

 

「お菓子だけ? どうしてですか?」

 

 笑顔を取り戻した一美を見たマリアはほっと胸を撫で下ろした。隊長と対面する前に泣き止ませていないと自分に責任が回ってくるはずなので、それだけは絶対に避けたかったらしい。トラックは市場沿いの大きな車道に出た後、道なりに進んで行く。

 

「まぁね。私の親がその会社の社長なんだよね。会社と軍の関係を深めるために私をアフリカまで派遣したのね。会社のコネで入営直後から准尉の階級を貰ったけど、それは嬉しくなかったね。だから私は私自身の腕で今までのし上がったんだよね。ネウロイの撃墜数は二十一…小型が十八で中型が三で大型は〇、これは今までのユニットで稼いだ数だよ。今日はようやく本国から新型ユニットが届くんだよね~。楽しみだね! はははは!!(全部共同撃破なんだけどなぁ……)」

 

 マリアは右手でハンドルを叩いて喜びを表現している。

 

「撃墜二十機以上!? 凄いじゃないですか!!」

 

 涙跡を拭っていた一美も目の前にいる手練れに興奮する。

 

「だろう? 陸上ユニットも捨てたもんじゃないんだぞ~。…おおっ、あっちに第三〇一装歩団のウィッチ達がいるな♪」

 

 トラックは市場を抜けて小さな噴水の前に停車する。噴水の向こう側には三人の少女が雑談をしていた。マリアが声をかけるだけで少女達はわらわらと集まってきた。

 

「こんにちはフィール中尉! 今日もお菓子ありますか!!」

 

 金髪のショートカットをロマーニャ陸軍の略帽に隠した少女が元気一杯に運転席へ近寄る。一美に負けず劣らずの身長だったが、陸戦用ストライカーユニットを履いたままなので身長が伸び、簡単にマリアと話すことができた。他の二人はゆっくり、後ろからノシノシと歩く。

 

「いつも言ってるだろう、私はお菓子の無料配布所じゃないんだってね。ほら、いつもの3人分だぞ~」

 

 マリアは運転席に置いてある鞄から三つの板チョコを取り出し、期待の目を向ける彼女へと手渡す。

 

「ありがとうございます!! って、誰ですか? この人は?」

 

 当初の目的を果たした少女の視界にようやく一美が認められる。

 

「この子は第三〇九装歩団の補充員だよ。本当は扶桑の航空歩兵だったんだけど…辞令の手違いか何かでこっちへ来ちゃったんだね。」

 

 『航空歩兵』と言う言葉を聞いた途端に少女はハッとして後ろへ下がる、その表情も段々と険しくなって行く。

 

「ねぇねぇ…あなたは航空歩兵なの?、いや、『だった』の?」

 

 少女は嘲笑的に一美へ言葉を投げかける。どうやら彼女達は航空歩兵に良いイメージを持っていないようだ。

 

「…わ…わたしは…まだ陸戦兵じゃ…ない…」

 

 一美は喉を震わせて反論する。三対一では口喧嘩でも不利な状況だ。

 

「あはははは! こりゃケッサクだ!! 空も飛べない陸も走れない。そんなんで良く軍に入れたわね? まさか扶桑の入営試験はアナタみたいな馬鹿でも受かるザル試験なわけ!?」

 

「やめろ! 今は扶桑の軍事を挟む時じゃないだろ! 一美は単なる辞令の手違いで…」

 

 思わずマリアが仲裁に入る。どんな形でも自分達の隊に着任した者なら家族も同然だ、罵られる光景に耐え切れるはずも無い。

 

「コラ! そこまでだサンドラ!」

 

 マリアの言葉を遮ってもう一つの仲裁が割ってはいる。一美を挑発する少女の襟首を引っつかみ、脳天に一発の拳骨をかましたのは後ろからやって来た彼女の同僚だった。

 

「フィールランド中尉殿。申し訳ありませんでした!」

 

 ピシッとした略礼で謝罪する少女は容姿こそ大人びているが、声色は未だに子供の名残をもっている。

 

「良いよ良いよ、この暑さじゃ双方ともまともに人の話を聞いてないと思うしね。あとサンドラ曹長は疲れ気味だと思うからパトロール後にちゃんと風呂に入れてあげてね。ルチア曹長」

 

 上着から数枚のコインを取り出したマリアはトラックの窓から身を乗り出し、サンドラ曹長に制裁をかけたルチア曹長の手のひらへ握らせる。トリポリの公衆浴場なら無料で入れるのである、なのでこのコインは風呂上りに何か飲んでくれと言うメッセージだった。転じてこのメッセージは『頭を冷やせ』とも見取れ、ルチア曹長も怪訝そうな表情をした。

 

「こ…光栄であります…それでは私達もパトロールへ戻りま…」

 

 その時、トリポリの街中にけたたましい警報機の雄叫びが響き渡る。重低音から始まったサイレンなら偵察に来た陸上ネウロイが接近する合図、高音から始まるサイレンなら大型の飛行型ネウロイが接近している合図だ。現在発動した警報は前者であるので住民ごと避難地へ撤退する必要は無いのだが、外出禁止令も兼ねるので住民達は急いで最寄りの建物へ逃げ込んだ。

 

「ネウロイ!? なんでこんなちんけな市街地にまで侵攻してきたの??」

 

 三人目の少女が全員分の武装を抱えて二人に合流する。

 

「きっと偵察に出現したネウロイとパトロールに出た第三〇五装歩団がかち合ったんだよ!!小型だからって碌に報告もしないで戦った結果だと思うよ!」

 

 マリアの表情が一気に険しくなり、ダッシュボードに入っていた装填済みのコルトM1911自動拳銃を取り出して車外へ飛び出す。

 

「一美はユニットを穿け!!これは緊急事態だ!!」

 

 トラックの幌を取り払うと、荷台からユニットが入る木箱が露わになった。

 

「我々はここでネウロイを迎え撃ちますから、中尉は自らのユニットを取りに言ってください!!」

 

「わ…わかった!!」

 

 ルチア曹長が自らの持つブレダ三八・八ミリ機銃を点検しながらマリアに一時撤退を促す。ルチアの持つブレダ機関銃は銃身をなるだけ切り詰めた改造品を背中に二挺背負い、両手で四七ミリ高初速砲を抱えている。彼女達が穿いているユニットはロマーニャ陸軍が製造するカルロ・アルマート中戦車の系列であり、世界レベルで見ると型落ちの感が否めないが現地駐在の威圧や小型ネウロイ相手なら十分に活用できる。因みに本シリーズはガリア解放軍にも払い下げており、知名度はそこそこ高い。

 

「アンタも早くユニット穿けば!?死にたいわけ??」

 

 すでに運転手のいないトラックの助手席から動こうとしない一美に戦闘準備をするよう喚くサンドラが穿いているユニットはルチアの穿くM13より古いカルロ・アルマートM11中戦車といわれるユニットだ。前者の砲口径より十ミリ少ない三七ミリ砲をベルトに巻き左腰にマウントすることで両手をフリーに可能、ブレダ機銃を両手で射撃することができる一見優れものなのだが。実は本ユニットの採用も四一年に終了しており、今でも穿いているウィッチは物好きかユニットを良く壊す者のどちらかである。

 

「ネウロイ進入経路出ました! トリポリ南方より時速二五キロ、歩行で進入します。経路的には…この噴水がルート直上だそうですよ!?」

 

 三人目の少女が穿いているユニットはロマーニャ陸軍のアウトブリンダAB41装甲車であり、二人が穿いている履帯タイプのユニットとは違い、大腿とふくらはぎにゴムホイールを一つずつ装着したものである。彼女は元来の武装であるブレダ二十ミリ機関砲に加え、巨大な軍用無線機を背中に背負わされている。

 

「ば、馬鹿にされたお返しですよ??」

 

 一美も負けてはいられない。もしかしたら木箱に入っているユニットだけでも飛行型かもしれないからだ。異動が失敗でも、割り当てられるユニットまでは間違う筈が無いから…一美は助手席から飛び降り、荷台へ登るためのスロープへ手をかけた時、辺りをとてつもない衝撃が襲った。

 

 トリポリからネウロイまでの距離は、ほんの数十キロまでに迫っていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相棒

「きゃっ! …痛てて」

 

「早く起きなさい! すぐそこまでネウロイが来てるのよ!?」 

 

 トラックの荷台に登れず地面に落下し、尻餅をついた一美をルチアが急いで起こす。ルチアの後ろではもう一人のウィッチが背負っている無線機を地面に置き、ダイヤルを弄っている。先ほどの衝撃で無線機の周波数が狂ってしまったようだ。彼女は必死に幾つものダイヤルを回し、辛うじて通信が復旧させた。

 

「《……こちら…ロマーニャ陸軍アフリカ方面軍所属第四九機甲部隊…現在ネウロイと交戦中…誰か聞こえていたら応答してくれ!!…私は隊長のフランキ中尉だ!!》」

 

 無線機からは雑音と一緒に男の声が聞こえてくる。無線機ごしには銃声や砲声、戦車のエンジン音が耐えず、男もかなり必死なようだ。

 

「こちら第三〇一連合軍統合戦闘機械化装甲団です!! 大丈夫ですか!!??」

 

 彼女は必死に受話器へ向けて言葉をかける。ネウロイと交戦中とあればトリポリの周辺、先ほどから聞こえる砲声の主だろう。

 

「《市内のウィッチか!!ありがたい!!現在、我々は戦力の温存を考えてトブルクまで撤退する!!我々は第三〇五装歩団の負傷者も連れているので組織的な戦闘は不可能である。頼むから残りは君達でやってくれ!!》」

 

 聞こえたのは想定外の報告だった。ネウロイに対しての主要攻撃手段がウィッチによる魔力を込めた攻撃でしかないのは事実だが、それを見据えてこの部隊は負傷者を連れてさっさと撤退してしまうのだろうか。なぜ負傷者だけをトリポリに搬送し、残りの戦力を以てトリポリを死守する行動をしないのだろうか。

 

「サブリナ、その行動を阻止させて! 撤退なんて無茶なんだから!!」

 

 無線機と対面する彼女、サブリナ軍曹へ指示を出すルチア。

 

「はい!! 《こちら三〇一、トリポリには未だ多くの市民が避難できていません!!なのにネウロイを市内に引き込んで市街戦をやれと言うのですか!?》」

 

 彼女は焦りが止まらない。偵察に出没する小型ネウロイであれば既存の火砲でも撃墜可能だが、戦闘に特化した中型以降のネウロイだとそれは難しくなる。体躯が大きくなればネウロイの装甲厚が高まり、コアまでの距離が離れてしまうからだ。たとえ砲撃を命中させても、コアを破壊する前に装甲が自然治癒してしまう。

 

「《来るぞー!!…伏せろ!…………》」

 

 無線機からはその言葉と爆発音の後、ノイズしか聞こえてこなかった。その後、いくら無線機のダイヤルを回しても二度とフランキ中尉と連絡が繋がる事は無かった。

 

「前衛に出ていたロマーニャの部隊がやられたぞ!」

 

「あの役立たず共め!!貴重なウィッチともどもくず鉄になりやがったか!!」

 

「トリポリだけは死守しろ!!タイガーを前面に押し出せ!周りを四号戦車で囲め!!」

 

 噴水の周囲では怒号が飛び交い、噴水から少し離れた大通りではカールスラントの戦車部隊が右往左往している。一美がようやく荷台に登り、備え付けのバール…のようなもので木箱を開けようとした時、一台のキューベルワーゲンがトラックに衝突した。一美はまたしても吹き飛ばされ、噴水の中へ落ちる。

徐行してはいたものの、容易にトラックを横転させてしまった。キューベルワーゲンの運転手は二言三言ルチア曹長に謝った後、大通りへと消えてしまった。

 

「うわぁ…水浸し……濡れちゃった…」

 

 一美はずぶ濡れになりながら噴水から起き上がり、木箱を見やる。トラックの荷台から転げ落ちた木箱は粉々に砕け、横倒しになったユニット固定具が露になっていた。

 

「いけない!!」

 

 壊したら怒られる、その緊張が彼女を揺り動かした。いそいで噴水から抜け出そうとした彼女のブーツにコツンと何かが当たった。

 

「(なんだろう?ってこれ扶桑刀じゃん!?)」

 

 拾い上げた物体は扶桑陸軍で下士官以上の兵士に広く使われている九五式軍刀だった。一美はアルミ一体成型の柄を掴み駐爪を外す、爪を外すことで鞘と柄が分離し、カーキ色の鞘から刀身を引き抜けた。反りは浅く、樋も入っていない。一見すればただの水浸しの軍刀だが、刀身が微妙に青みがかっている。それにさきほどから何物かが一美の頭の中へ語りかけてくるのだ。その声の意味を聞き取ることができなかったが、段々と意味が伝わるようになる。

 

[やれやれ…真っ黒の世界からやっと解放されたってのに、起きたら溺れる寸前とか笑えないぜ。ニワトリを水に沈めるなんて、俺の頭を水平線(フラットライン)させて食べようとしたのかい?誕生日が晩餐会かと思ったら笑えないぜ?お友達(カウガール)]

 

「だ…誰!?」

 

 一美は声の主を探すも、周りに男の姿は無い。いるのは三〇一のウィッチが三人だけ、あるのは横転したトラックと自分のユニットだけである。となれば声の主はこの刀となる。

 

[誰?って言われてもな…俺はアンタのそばにいつもいるんだぜ?アンタが五歳の時からずっと、な? そして今、こうやって会話できるのはこの扶桑刀のお陰だ。この刀は扶桑陸軍の新製品だそうでな、折ったら指名手配モノらしいな]

 

「あなた…もしかして吾郎なの!? そしてやっぱりこの刀のせいなのか!?」

 

 刀に向けて話しかける一美。

 

[そういや…そんな名前(エイリアス)で呼ばれていた時代もあったなぁ。アンタが言いやすいヤツで結構だ、最適な名前が見つかるまで吾郎で呼んでくれよ?結構気に入ってるんだからな]

 

「わかったよ吾郎。あ! そろそろネウロイがココに来ちゃうんだよ!!どうすれば良いの?吾郎」

 

 ルチアは周囲に散らばる木片を片付けていると、噴水の中で立ちながら一人の少女が刀に語りかけているのを見つける。 

 

「アナタ、何やってるのよ…」

 

 奇異な目で一美を見つめる。

 

「あ…それがこの扶桑刀、使い魔と話ができるんです!! 聞こえないんですか!?」

 

 光る扶桑刀をルチアに見せる。刀を振り回すと〔やめてくれ!〕といった声も聞こえてくる。

 

「はぁ? アナタ噴水に落っこちて頭でも打ったの? さっさとココから…」

 

 木片を片付け終わったルチアの手前に巨大な戦車が停車する。円柱形の砲塔は市外を向いて動かなかったが、キューポラのハッチを開けて一人の軍人が出てきた。彼は黒い制服を纏って御揃いの制帽を被っている。その上から皮製の耳当てをしている事から戦車長だと見て取れる。

 

「君達に良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたいか?」

 

「良いニュースから聞かせてください!!」

 

 無線機を噴水の脇に置き、手持ちの二〇ミリ機関砲を手に取るサブリナが車長に言う。

 

「わかった。 トブルク本部の飛行場は現在大急ぎで航空歩兵を空に上げている。周辺空域を飛行中の航空隊が一つも無いからな。増援はネウロイがここ、トリポリ到着後二〇分になる。それ以下に到着するのはありえないだろうってさ。Bf109Gの偵察型を穿いたウィッチ達を先頭にしてるらしいが、どうも対地型を穿いた子達は遅れるそうだ」

 

「悪いニュース…悪いニュースはなんですか!?」

 

 噴水から出た一美が車長に尋ねる。

 

「あぁ…実はトブルク本部が、今回の防衛が失敗したらトリポリを手放す事に決定したそうだ…」

 

 車長は残念そうに制帽を目深に被る。途端に戦車のエンジンが唸りをあげ、履帯が徐々に動き始める。

 

「まぁ心配するな新入り、トリポリはいつもネウロイの危険性にさらされているわけだ。俺のタイガーが死ぬ時が俺の死ぬ時、トリポリ防衛隊の意地を見せてやるさ。死ぬなよ! 若いの!!」

 

 彼はキューポラから右手のみを出し、軽く手を振る。ハッチが完全に閉められた時、タイガー重戦車は大通りへと姿を消していった。

 

「二人とも聞いたでしょう、何としてもここの噴水を死守するの! 他の場所は味方に任せれば良いから!!」

 

「「了解!!」」

 

[なんとも馬鹿でかい車だな。アレでガールフレンド迎えに行ったら踏み潰しちまうかもな]

 

「吾郎は黙ってて! それよりユニットを穿かないと…」

 

 一美は横倒しになったユニット固定具を引っ張り、正常な状態に戻す。その状態でようやく前に回りこみ、ユニットの全容を確認した。

 

「やっぱり…陸上ユニットだったのかぁ…」

 

 一美の目の前には茶色と黄色と緑色の三色迷彩が施されたユニットが一つ、固定具の横には細長い戦車砲が装備されており、今までの扶桑が使用していた九七式中戦車・(チハ)が使用していた砲身が短い五七ミリ砲とは大きくかけ離れた武装である。固定具の周りには『Type1-Medium-Tank (TIHE)』と刻印されており、どう見てもチハではない。

 

[それが答えだそうだな。もうネウロイだって味方の防衛線を突破してると思うぜ? さぁ、ここは一つ行ってみるか、相棒さんよ]



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アハト・アハト

「ネウロイ捕捉!! 左三十度、距離約六千! 突っ込んでくる」

 

「目測で距離三千になるまで発砲するな! 銃列を引き、火力を十分に引き出せ!!」

 

 トリポリ南部を防護する外塀に集合した各国の戦車隊の内、先陣をきって定位置についたブリタニア王国陸軍第七師団のマークを持つクルセイダー巡航戦車『アールグレイ』から全車に向けネウロイ発見の報告が入る。カールスラントやブリタニア、ロマーニャやリベリオンから貸し出されたブリタニア所属の戦車達が一斉に並んでいる光景は壮観であり、また今まで互いに戦っていた仲の彼らが一つになっている光景でもある。

 

「でけぇ…なんて砂煙だ……」

 

「ネウロイにトリポリを奪われて二年、今年の初めに…ようやく奪還できたのに。ようやく普通の生活が戻ったのに…」

 

「なに、俺達だけで撃退できなくてもウィッチ達がいるさ。もう堕とさせない…」

 

 遠くに見える砂煙がネウロイのあげた物だと分かり、一列横隊に展開した戦車達から動揺が聞こえる。どの車両もハッチを閉じているので発言の大半は無線によるものだ。

 

「小銃なんて持ってきてどうするんだお前は!! ちゃんと木箱の中からMG34を持って来いって言っただろ!! 魔法力でも込めて撃つつもりか!! 近くの機関銃中隊に頼み込んでルイス機関銃でも貰って来い!!」

 

「土嚢は三角に積め! 戦車砲の衝撃で倒れちまうぞ!!」

 

「一点に弾薬を集積するな!! ネウロイの一撃でドカンだ!」

 

「高塀の上に配置しているFlak18(エイトエイト)が射撃する時には照明弾が上がる、照明弾を確認次第、耳を塞がないと鼓膜が破けちまうから気をつけろ!!」

 

 動揺しているのは戦車兵だけではない。鉄の騎馬に群がる歩兵達もまた、トリポリを守るために精一杯の抵抗を行う準備を行っていた。たとえ、その抵抗が結果的に無駄だったとしても、ネウロイの進行を少しでも食い止めることができれば良い、自分達にできる仕事はそれ以外にないのだ。と故郷へ向けて手紙を書いてしまったのだから。

 

「ウィッチ部隊が準備を終えるまでが正念場だ! 気合い入れてけ! 本日は遥か東方の扶桑皇国より馳せ参じたウィッチもいるのだ!」

 

 先ほど一美達に出会った、あのタイガー重戦車はトリポリの南門中央に堆く積まれた土嚢に車体を囲われ、その周りを更にカールスラントの三号戦車や四号戦車で囲まれている。それが意味するのは、このタイガー戦車こそトリポリ防衛の要である、厳格に言えばタイガーが備える八八ミリ対戦車砲と高塀に設置されたFlak18高射砲が撃ち出す徹甲弾が切り札である。他の戦車や機銃はそれらを援護する立場にしか無い。

 

「敵ネウロイ、Flak18の有効射程内に入りました!! 距離五千!」

 

 高塀に配置されたブリタニアの下士官が測距儀でネウロイの姿と距離を確認する。ネウロイは丸っこい体躯をしているが、昆虫的な六本の歩行脚を器用に使い高速でトリポリへ接近している。実際にはFlak18の射程圏内は十キロを超えるのだが、砲角が間に合った砲が三門しかない上に連続的に射撃しなければならず、砲身の冷却も計算に入れなければならない。

 

 となれば砲弾の威力が落ち込む事の無い、射程五千メートルより攻撃するのがベストとなる。観測報告をしたブリタニア下士官の手指示に従い、既に砲座についたカールスラントの砲撃班がそれぞれ徹甲弾を装填し、照準手が照準鏡を覗き込む。中央に配置された砲がネウロイの正面を、左右に配置された砲がそれぞれネウロイの歩行脚を狙う。

 

「本国から送られてきた新式の対ネウロイ用砲弾なんだ! 飛行型ネウロイ用の弾薬量を削ってまで多く送ってもらった甲斐があったぜ!…射撃準備完了!!」

 

 準備完了を告げる信号弾が塀の上から撃ち出され、オレンジ色の煙が空へ向かい一直線に上がって行く。それを見た機関銃部隊や工兵部隊が一斉に耳を塞ぎ、耳当てを持つ者は耳当てで耳を塞いでからその上に手を置く。

 

「ネウロイめ、目にモノ見せてくれる。撃てぇ(Feuer)!!」

 

 真南の塀に置かれている第一砲座が真っ先に火を吹き、後を追うように南西の二番砲座、南東の第三砲座が射撃する。地面は砂地であったが、震動は兵士の両脚や心にビリビリと響く。三発の徹甲弾は地面へ落ち込む事も無く、ネウロイへ向かいまっしぐらに飛んで行く。通常の弾頭より堅い鋼で鋳造された徹甲弾は三発中二発が命中、右翼の三番砲座が発射した砲弾はネウロイの直下に着弾した結果としてとても巨大な砂埃があがり、ネウロイの姿は隠れてしまった。

 

「どうだ!? ネウロイに損傷は見られたか!!」

 

 一番砲座のカールスラント砲兵将校がブリタニアの下士官に撃墜の有無を尋ねる。

 

「駄目です。敵ネウロイの機影を消失(ロスト)、索敵に入らせます。」

 

「発見は急いでくれ。各砲座は第二射の準備を進めろ、ネウロイに接近されて砲を壊されたんじゃ敵わない。西・東門の砲座担当も気を抜くな!」

 

 無線の後、それぞれの砲座が次弾の装填を進め始めた。初弾の空薬莢を排出し、近くへ投げ捨てる。接敵中なので、どの砲も砲身の掃除を省略しているようだ。

 

「ネウロイ発見!! 距離約三千! 近い!!」

 

「こちらアールグレイ! ネウロイとの距離が近すぎる!! 自身の砲を撃ちながら後退を開始する!!」

 

 トリポリの前方二キロにまで進出していた『アールグレイ』の無線手が金切り声で報告する。ネウロイとの距離が二キロを切ると、長距離射程ビームを持つ大概のネウロイが攻撃を開始する距離だ。しかし、全滅したと思われるロマーニャの四九機甲部隊が撤退を考えられる事ができたのだから、今回のネウロイはそれほどビームの射程距離が長く無いのだろう。それを確信し、手柄を焦った『アールグレイ』は他の車両より前へ進んでしまったのだ。

 

「あの先行したクルセイダーを援護しろ! 砂埃の中にありったけ撃ちこめ!!」

 

 タイガー戦車の車長が車内へ叫ぶ。途端にタイガー戦車の主砲が轟音と共に砲弾を撃ち出した。それを確認したカールスラントの戦車隊は一斉に攻撃を開始する。彼等の砲声を聞いたロマーニャ軍の戦車隊が非力な砲ながら援護射撃を始める。ブリタニアの戦車も友軍を守るため必死に射撃を開始、万が一に備えて解体用工具と消火器を載せたジープのエンジンに点火もさせている。

 

「俺達も撃つぞ!! 第二砲座はネウロイがいると思われる空間に向け……」

 

 双眼鏡を覗くカールスラントの砲兵将校は鏡内の砂埃中で光る赤い点を見つけた。その赤い点が何かであるのを確認する時間さえくれなかったが、彼はその点が何たるかの理解は出来ていた。

 ネウロイのビームだ。あのネウロイは決して近接戦闘型では無かったのだ。飛行型に見られる典型的な直線状ビームは第二砲座に配置されたFlak18の砲身を横一文字に切り裂き、一瞬の内に使用不能にさせてしまったのだ。

 

「第二砲! お前達はすぐに避難しろ! 後は一番と三番でやる!!」

 

 その間にも、ネウロイの狙いは混乱している一番砲を目標に外し、初弾のミスを取り戻そうと躍起になってネウロイを撃ち続ける三番砲へと当てられていた。

 

「糞!! 奴は何が重要であるのかが分かっているのか!? だが例え我々が役立たずになろうと、まだタイガーの主砲もある!! ウィッチがいる……そういえばウィッチの姿が見当たらないぞ!?」

 

 カールスラントの砲兵将校が双眼鏡の向きを百八十度反転させ、レンズには街の情景を捉えるようにすると、四人の若年ウィッチが陸戦用のユニットを穿いて南門へ向かい走っているのが見えた。四人の内三人は見覚えがある三〇一装歩団の子達だと分かったが。もう一人、トサカのような赤い毛を後頭部に生やし、真っ白な羽毛が腰からはみ出しているウィッチがいた。見慣れない三色迷彩のユニットを穿き、手に軍刀拵えである扶桑刀を抱えて走っている。

 

先ほどライヒ少佐が自らの乗車から発した無線で行っていた『扶桑のウィッチ』なのだろうか。ここ、トリポリも随分とウィッチが多くなったものだ。ノイエ・カールスラントへ無事に逃げた家族に自慢の手紙でも書いてやろうか、町の砂を詰めた瓶も同封してみようか……

 

 カールスラント・アフリカ方面軍第二八高射砲連隊・第一中隊砲兵将校、セアド・バスナーは四人のウィッチ達に自分の娘達の面影を重ね合わせ、一瞬だが自分がかなり危険な状況だと言う事を忘れてしまった。既に第三砲座もネウロイのビームにより砲を破壊され、ネウロイは己が第三目標に割り当てた第一砲座へと照準を合わせていたのだった。

 




アールグレイ
=ベルガモットを使い柑橘類の芳香をつけた紅茶で、フレーバーティーの一種。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロックンロール

 トリポリへ迫り来る中型ネウロイを撃墜し、功を得ようとしたが為に先行し過ぎてしまい、それに危険を感じ超信地旋回で撤退していたクルセイダー巡航戦車『アールグレイ』の最大速度は凡そ時速四十四キロ、それをビームも撃たずに追いかけるネウロイは今までより格段に速度をあげており、ざっと時速六十キロ程度だろう。相対速度が時速一六キロでは振り切れる余裕も無い、闇雲に撃ち続けていた四十ミリ主砲も有効弾を出していない内に、ネウロイはいとも簡単にアールグレイを腹下に捉えたのだった。

 

「何だ!? 味方の援護が止んだぞ!? 停車させろ!!」

 

 皮製の飛行帽を被り、金髪を隠している車長兼装填手のブリタニア戦車兵はアールグレイの特徴的な造型を持つ砲塔の左正面に備え付けられた物見窓でトリポリの高塀を見て隣の射手兼無線士へ伝える。彼らは遂に味方が自分達を見捨てたのだと思っていたが、本当は違った。戦車隊は彼らを援護しようにもネウロイとの距離がほぼ一緒である。旧式である時限信管式の対ネウロイ散弾しか搭載していない車両は少なくなく、今それを撃ち込んでは必ずアールグレイにも損傷が出てしまう。

 

 幸いネウロイの動きは停止しており、塀下の兵士達は思わず土嚢から顔を上げ、其々の戦車長も砲塔のハッチを開け、双眼鏡でアールグレイの観察をしていた。

 

「馬鹿野朗!! 奴は真上だ! 早く走れ!!」

 

 アールグレイの無線機に幾つもの声が発進を急がせる旨の通信を飛ばしている。スピーカーから漏れた声を聞いた運転手が車長の命令を無視し、前進用のレバーを倒しギアを一段階に掛けたがアールグレイは発進しなかった。

 

「車長!! ラジエーターに破損あり! エンジンルーム内に冷却液が漏れています!! エンジンの熱が下がるまで発進できません!!」

 

「なんてこった!! これじゃどうにもできんぞ!!」

 

 液冷エンジンの短所がここで現れることになろうとは、彼らにとっても予想外だった筈だ。そのくせ真昼のトリポリはたとえ沿岸部だろうと塀を越えれば灼熱の大地が広がるのだ。そのような土地でエンジンの冷却を待つのは酔狂である、しかも実際にしようものなら確実に日が暮れる。

 

「まずい、もう構わん!! 各自徹甲弾をネウロイに撃ち込め!!」

 

 タイガー重戦車の車長であるライヒ少佐が右手で前方の鉄塊二つを指差し、砲撃指示を仰ぐ。しかしどの戦車も砲撃を開始しない、周囲の四号戦車や三号戦車すらもだ。

 

「どうした! なぜ撃たない!?」

 

 ライヒは皆の行動を理解するのにそれほど時間はかからなかった。ブリタニアの戦車隊が受け持つ列から一台のウィリス・ジープがネウロイに向け飛び出していったのだ。ライヒは命知らずなジープの存在に驚いたが、双眼鏡で搭乗者を確認して更に驚いていた。

 

「こりゃたまげた。魔女が箒じゃなくて、鉄の馬に乗ってるとはな。」

 

______________________________________________

 

「もっとスピード出ないの!? 今ネウロイに撃たれたら一網打尽だよ!! 」

 

 金色の髪から生える真っ白な毛に覆われた耳をたなびかせたサンドラは走行中であるジープの助手席から危なく立ち上がり、構えているブレダ機関銃の照準をネウロイに合わせ引き金を引く。魔力が込められた銃弾は数発がネウロイの胴体に命中、戦車砲で作った窪み以上に大きな窪みを作ったが、コアに至るまではとても遠い。

 

「大丈夫よ! 私達にはシールドがあるんだから!!」

 

 運転席に座っているルチアは角ばった三角状の耳を頭に生やしている。ジープのアクセルを踏みやすくするためユニットを足から外し、そのユニットを荷台に座る一美に持たせている。

 

「この…ユニット…すごく重いです……」

 

 左手を使い、荷台に置かれたルチアのユニットを押さえつけ、膝立ちの状態でジープの荷台に座っている一美。サンドラと同じく、自身のユニットである一式中戦車を穿いたまま乗車しているのでジープの重心は少し後方に移動している。これもジープのスピードが上がらない要因だろう。

 

「ネウロイ、行動を再開! 脚が動いています!!」

 

 トリポリの高塀に残る砲は遂に第一砲座のみとなり、他の砲座には人影も見られない。それにウィッチが迎撃に駆けつけたのならもうFlak18を使用する必要もないのだ。これにより第一砲座操作員も半数が撤収、バスナー大尉を含む数人が塀の上に残り、ネウロイと三人のウィッチを眺めていた。

 

「彼女達にジープを貸し出すなんて、ブリタニアも良い事するんだな」

 

 双眼鏡に写るジープの車体に描かれたブリタニア王国陸軍の紋章を見ながら隣で直立するブリタニアの下士官に顔を向ける。彼もまた双眼鏡を覗いていたが、表情は脅えきっている。

 

「ネウロイ…こっち向いてる…なんかやばくないですか…」

 

「大丈夫だ! ウィッチさえ来てくれれば俺達が標的になるなんてこと…」

 

 大尉は今までに見てきたウィッチ達と彼女達を対等に見ていた。一度はネウロイに占領されたトリポリを奪還するために借り出された航空ウィッチ達の動きは目覚しい物であり、自分達は後方から市街の確保にあたるだけで良かったのだ。しかし、ジープに乗る彼女達には数百メートルも離れた塀を防御出来るほどのシールド張る余裕は無かった。

 

「撃った!?」

 

「何で私達の方を撃たないの!?」

 

 ネウロイの頭部に当たる球体から集束して放たれたビームはジープの右上空を突き抜け、塀へ一直線に飛んで行く。あと数秒で第一砲座のFlak18を撃ち抜き、周囲の砲兵も蒸発させんとした瞬間、バスナー大尉達の目の前に小さいながら青白い円盤が出現した。その円盤はネウロイが水平に放った赤いビームを九十度上空に跳ね返し、ビームはアフリカの霞がない綺麗な青空へと消えていった。

 

「やったね!! この距離で遠隔発動できたのは新記録だよ!!」

 

 一瞬の出来事に第一砲座の兵士達は動揺し、ブリタニアの下士官に至っては腰のホルスターからブローニング・ハイパワーを引き抜き、そのまま明後日の方向に放り投げる程のパニックに陥っていた。唯一、塀の下から聞こえた声を聞き取れたバスナー大尉が欄干に身を乗せ下を覗くと、一人のウィッチがとても嬉しそうにはしゃいでいるのが見えた。彼女は噴水の方面から走ってきた四人とはまた違う、とても顔馴染みのウィッチだった。

 

「マリア中尉!! 今のはやっぱりアナタでしたか!! 助かりましたよ!!」

 

 塀の下に向け声をかけると、そのウィッチはポニーテールに留めた栗色の髪を陽に照らして大尉へ手を振る。マリアの右腕には五角形の防盾が取り付けられた砲が握られており、両脚には従来のリベリオン正規品であるユニット・M4中戦車が持つ流線的な装甲ではなく、直線的な装甲をもっている。そんなとても真新しい新型ユニットを穿いている上機嫌なマリアの後ろからは何人ものウィッチが歩いてくる。彼女達の先頭に立つ茶髪のロングヘアーを肩まで垂らしたウィッチはカールスラント陸軍が採用している砂色の士官服の上着のみを着、足には明るいブラウン色をしたユニットを穿いている。しかし手に持つ武器は大砲のような武器ではなく、小さな短機関銃が一丁のみである。

 

「第三〇九統合戦闘装甲兵団・ローリングウィッチーズ隊長のミヒル・エイトリン大尉以下九名、只今帰って参りました!! って私より前へ出るなお前ら!!」

 

 碧い瞳を持った人形のような美しい顔立ちとは似合わない野太い声でそう叫ぶミヒルを尻目に、部下である八人の武装をしたウィッチ達が我先にと土嚢へ辿り着き兵士達から双眼鏡を引っ手繰る。

 

「いたいた!! あの子が新入りですか!?」

 

「随分と大仰な装備してるじゃないか。こりゃ改造のし甲斐がありますね」

 

「あのぉ…なんで皆様は援護しないのですか? あそこに私達三〇一の人もいるのに…」

 

 彼女達は口々に一美の印象について話し始めるが、一向に援護をしようとはしない。

 

「エトナ、あいつらが舞い上げた砂埃が目に入った私の代わりに補充員の姿を見てくれ…あいつら…補充員が初撃墜終えた後には覚えてろよ…」

 

 先ほどまでの威勢良い声色も何処かヘ消え、ミヒルは必死に両目を擦っている。彼女の隣には、薄い緑色の軍服を着た少女が単眼鏡を覗き込んでいる。

 

「うん。あれだけ質量がありそうなら“投げる”のに適してそうね。ミヒル」

 

「そう言うことはいいから、そう言うことはいいから。補充員がネウロイを破壊したら呼んできて、私はちょっと井戸まで行ってくる…あいつらが援護に飛び出さないように見張ってて、痛てて…」

 

 ミヒルは弱弱しくそう吐き捨て、道に散らばるトマトをストライカーユニットで踏み潰しながら路地へと消え、残されたエトナは艶のある銀髪を手で弄りながら溜息をつき、部下達のいる土嚢へと歩き始めた。

 

 

「ちょっとアンタ!! ちゃんと撃ってる!?」

 

 一美とサンドラ・ルチアは既にジープを乗り捨て、別々に走りながらゆっくりと歩行するネウロイへ肉薄していた。三人は一点に固まらずに行動するよう事前に決めているようである。三〇一の二人はジグザグに走りながら攻撃を加えているものの、一美はジープの傍から離れようとしなかった。

 

「だ…だって…実戦なんて初めてだし…ネウロイなんて間近で見たのは初めてだよぉ…」

 

[俺も見るのは初めてだ…正直これは引くぜ…やっぱりクロスホエンから飛び出すモンじゃあ無いな…]

 

 その通り、周囲を海に囲われた扶桑国にはネウロイが襲来する事例が極端に少ないのである。ネウロイは山脈や海洋を嫌うので、世界にはそれを防衛線に利用している国も少なくは無い。そんな扶桑国の陸軍学校から半ば強制的に転属させられた未熟なウィッチがネウロイと交戦経験があるはずも無い。これは仕方が無い事でもあるだろう。使い魔でさえ微妙に怖がっているようだ。

 

「いいから! 早く撃ちなさい!! アンタの武器が一番威力ありそうなんだから!!」

 

 サンドラは左腰にマウントされた三七ミリ砲をネウロイに向け撃ち込むも、決定打にはならない。

 

「私達だってこんなでかいネウロイと戦った事なんてないんだから…きゃあ!!」

 

 ルチアは両手に持つブレダをネウロイの腹部に当たる部位に向け連射を続けていたのが災いしたか、ネウロイのビームがルチアへ向けて撃ち出された。ルチアはユニットによって増幅されたシールドを張り難を逃れたが、押されているのは確実だ。

 

[このまま負け犬になるのは好きじゃないな。俺が火器の管制をやってやるから、さっさと荷台の砲を取れ]

 

「う…うん!」

 

 左手に握られた扶桑刀から聞こえる吾郎の指示に従い、一美はジープの荷台に載せられた四七ミリ砲を手に取る。今までは航空歩兵用の軽機関銃しか扱った事しかなく、案の定に一美は砲を水平に保つ事にも苦労しているようだ。

 

[飛行型でも地上型でも、コアさえ狙えばゲームセットだ。奴にはコンテニュー権さえ残っていないんだ、さっさとやっちまおうぜ]

 

 今度は吾郎の声に無言で頷き、ジープのボンネットに自らの右ひじを乗せ、右腕に握った砲を安定させる。砲に備え付けられた照準鏡を覗き込み、ネウロイの頭部を十字線に捉える。その瞬間、引き金に指もかけていない砲から勢い良く砲弾が飛び出していったのだった。

   

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空を飛べなくても

 多々ある種類の銃弾にしろ砲弾にしろ、この世ではたった三つに分類できる、目標に当たった弾と当たらなかった弾、目標に当てなければいけない弾だ。前者は銃を射撃し是を遂行することによって、今日を生きるのに必死でウィンチェスター銃を持って走り回る猟師なら今夜のメインディッシュを獲得し、警察官ならスナッブノーズ(獅子っ鼻)な回転拳銃で中心に穴をポッカリと撃ち抜いた標的紙を同僚に自慢し、スプリングフィールド小銃で二十ヤードの標的を狙う新兵なら上官に後ろからケツを蹴られなくて済む。もし彼らが標的に撃つ弾を外してしまったら?

 

 猟師なら今夜の夕食が質素になって家族に怒られるし、警官なら同僚に茶化され金輪際ネタにされる、新兵なら上官にケツを蹴り飛ばされた上にグラウンド二周の罰を貰うだろう。

 

 では、当てなければいけない弾とは何なのだろうか。それは戦車から撃たれる砲弾が代表となる。今日に於ける戦車戦では、初弾を必ず命中させるのが大切となる。敵に出会った時、初弾を外してしまうと敵が戦車なら反撃のチャンスを与えてしまうし、対戦車兵の集団なら後は神に祈るしかないだろう。何にせよ、物事を首尾良くこなすには早い内が良い。

 

 

 ネウロイに向け放った徹甲弾はいとも容易く頭部にあたるバルーン状の球体に大きな穴を穿った。ゴルフボールほどの大きさになった穴の奥からは小さな空が見え隠れしている。

 

「当たった!! この勢いなら勝てる!」

 

[牽制成功で浮かれるのも良いが…あいつの狙いは完全に俺達へ移行したようだな…さぁどうする? お友達]

 

ネウロイが持つ自然治癒装甲により一美が開けた穴も数秒後には跡形すら残っていなかったが、一美は確かな手応えを感じていた。

 

「決まってるでしょ!! コアがある場所を探して、一気に弾を撃ち込むの! 教科書通り、まずはネウロイの広範囲を削れる弾が必要だけど…飛行隊みたいに散弾銃使用者(マタギ)がいる訳無いし…」

 

 訓練生時に読んだ教科書通りに奇襲戦闘を行えば必ずネウロイに勝利できる。そう教官に言われたことを思い出したのだ。後は彼女が覚えている限りの戦闘法で戦えば良い。

 

[良し、わかった。直ぐに物陰に隠れてくれ…榴弾が有るからそいつで代用出来ないか?]

 

 腰に提げたカーキ色の鞘に納められた九五式軍刀から吾郎が指示を出し、ネウロイに突進する一美を一旦ジープの影に隠れさせる、一美の動きが十分に静止した後、四七ミリ砲に装填されている砲弾が徹甲弾から榴弾へ『ジャコン』と湿った金属音と共に切り替わる。幸いにもネウロイは頭部に攻撃を受けた事は認識していても、一美の存在には全く気づいていないようだった。ネウロイに見えているのは稼動不能となった戦車から乗員三名を救出しているウィッチ二名だけらしい。そして戦車兵達は最優先攻撃対象にもなっていない。これでネウロイの狙いがトリポリに到達する事だと言う事がわかる。

 一美はジープに載せられていたブリタニア陸軍の鍋みたいな鉄帽を拝借し、それを頭に被る。胸当てや腰板を装着してこなかったのは誤算だったが、どうにか頭の防護だけはすることが出来た。

 

[オーケイ、ヤツはこっちにノーマークだ。仕掛けにいこうぜ]

 

「よし…やらなきゃ…いつかはこうなる時がくるんだから…それが偶々今日だっただけ…」

 

 そう小声で自分に言い聞かせてからジープの影から颯爽と飛び出し、ネウロイの四角い胴体に四七ミリ砲を向ける。引き金を右手の人差し指で引いた瞬間、低く唸る砲口から榴弾が放たれた。榴弾はネウロイの胴体に命中、着弾点を中心に浅い窪みを作り上げる。ネウロイにとっては予想外の攻撃だった。まさか自分の真下に敵がいるとは思わなかったのだから。

 

「見つけた!! 頭と胴体のつなぎ目だ!! 榴弾から徹甲弾に変更! 一気にぶっ放すよ!!」

 

[そいつは問題なし。ヤツの脳波を水平線(フラットライン)させてやれ]

 

 榴弾の破片によってネウロイの表皮が剥がれた時、頭部と胴体の間で僅かに光る箇所があることを一美は見流さなかった。すぐさま砲を構えなおし、第二射を放つ。

 鋼鉄製の徹甲弾は少し狙いが逸れ、ネウロイの頭部にまた命中した。これには流石にネウロイも目標を変更したらしく、頭部の球体を捻って一美を探し始めた。ネウロイとの距離はほんの十数メートル、一美は簡単に捕捉された。

 

「(まずい…シールドの張り方を忘れちゃった……どうしよう…)」

 

 ネウロイは一美がいる方向に向き直り、表皮上に配置された幾つものレーザー発射補助機から頭部の先端めがけて細いレーザーを収束させる。集められた光が空に放たれた時には、彼女も跡形も残らないだろう。 そんなレーザーが目の前から向かってくると思った一美は腰を抜かしてしまった。

 

「こんな時、教官ならどうしたのかな…」

 

 一美が地面にへたり込み、腰を抜かしてから数秒が経った。ネウロイもビームを連射しすぎたせいか、次弾に時間が掛かるようだった。

 

「教官…中尉…やっぱり自分には軍人なんて無理だったんです…生意気ばっかり言ってごめんなさい…起床時間より早く起きて物音たててごめんなさい…あと迷宮入りした教官のズボンが洗濯中に無くなった事件の犯人は…」

 

 何とも微妙な走馬灯が駆け巡る一美の耳に電子的な雑音が入る。どこかの無線とインカムが接続された合図なのだが、それが一美を現実に引きもどす景気にもなった。

 

「すいません、それ私が犯……」

 

 誰も得しない自白が終わりきる前に一美のインカムへ通信が入る。

 

《頭の中で壁を作れ!! それを自分の前に突き出すイメージだ!!》

 

 低いながらも綺麗な声でそう指示がなされる。その瞬間、一美は両腕を前に出し、頭の中で目の前に大きな壁があると思い込む。そうすると一美の目の前に半径四メートル程の青白いシールドが出現したのだ。

 

「はい! できました!(その言葉…教官も同じ事を言ってた気がする。誰なんだろう…)」

 

 その瞬間、ネウロイから真っ赤なビームが放たれたが、一美のシールドにあっさり跳ね返された。一美はその場から微動だにしない事から、ルチアが張ったシールドより大きさも強度も卓越しているようだ。

 

《よぉし! そいつはビーム発射から次弾発射まで時間がかかる、一気にカタをつけろ!! やれるか!?》

 

 通信の向こう側では兵士や住民の歓声も聞こえてくる。皆が共通語のブリタニア語ではなく、故郷の言語で自分を応援してくれている。その事が一美のネウロイに対する恐怖心を払拭した。

 

「はい!! やれます!!」

 

 ネウロイの真正面に立った一美は右手に携えた四七ミリ砲をネウロイの頭部と胴体部に向け、狙いを合わせる。思いのほか手ブレが無いのは吾郎が補正を加えているのだろう。十分に気持ちを静めてから引き金を引く。徹甲弾を迎え入れるネウロイも自身の最後を感じ取ったのか、徹甲弾がネウロイのコアを砕く瞬間までも回避行動を一つもとらなかった。

 コアが砕かれた音と共にネウロイの全身は無数の光る粉となって地面に降り注ぐ。一美は右手に持つ戦車砲を砂地に放り、呆然と空を見上げている。

 

「空を飛ばなくても…守れる物はあるんだね…」

 

 ベルトに提げた軍刀の柄を握る左手が震える、鞘と刀身がぶつかり合いカタカタと小さな音が鳴る。左手に釣られて上着の裾を掴んでいた右手も震え始めた。一美は我慢していた恐怖心を解放したようだ。

《初戦闘で初撃墜とは…しかも中型ネウロイだぞ…流石は扶桑のウィッチって事か…マリア! あいつを回収しに行くぞ! あの勢いならすぐに寝ちまう!》

 

 インカムから聴こえる声は次第に遠くなる、一美はミヒルが予想した通り、空を見上げたまま背中から倒れ、暖かい砂のベッドの上にそっと目を閉じた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アフリカの雷鳴

「ん…ここは…? 今まで砂の上に寝てたのに、なんかお尻がフカフカする…」

 

 瞼を貫通して目を刺激する眩しい光に一美は夢の中から覚める。 ぼやけた視界で辺りを見回してみる、壁には扶桑では滅多に見られない綺麗な格子ガラスが嵌め込まれ、そこからオレンジ色の陽光が差す。 フローリングの床には飴色のニスが満遍なく塗られている。 天井だけはひび割れが多かったが、現在自分がいるのは高級士官が使うような部屋であり、また寝ていたベッドもスプリングが上質な物だ。

 

 

「お…起きたか。 ざっと3時間17分8秒、私のベッドを部下に占領された時間では新記録だな」 声の主はネウロイとの戦闘時に聴こえた声と声色が似ているし、そしてベッドの持ち主とだけはわかる。机をよく見ると先程は見逃していた人影があった。夕日に照らされ美しく光る茶髪の凛凛しい顔立ちをしたカールスラント人、一美にとっては本物のカールスラント人を見るのは初めてだった。

 

 

「『カールスラント人を見るのは初めて』って顔をしているな。私はカールスラント陸軍のミヒル・エイトリン特務大尉だ。明日から君の上官であり、第309統合戦闘機械化装甲団の一員になる。まぁ肩の力を抜きなって、誰かを呼ぶときには階級も不要だぞ」

 

 

 ここで言う特務大尉はウィッチが戦闘要員として統合戦闘団に所属中まで適用される特殊な階級だ。

 この制度は国によって度合いが異なり、例えば扶桑陸軍の特務階級であれば本来の階級から一段階上の権限、例えば特務曹長なら准尉か少尉相当の権限が与えられる。ミヒルの場合、カールスラント陸軍だと二階級上の権限、特務大尉なら中佐相当の権限が与えられる事となる。

 

 

「とりあえず、その鞄に入ってる辞令を渡してくれ。この書類に写しを取らなきゃいかなくてな…ほら」

 

 

 ミヒルは机の下に落ちている雑嚢を拾い上げ、一美が乗るベッドの上にドサと投げる。一美は慣れた手つきで言われたとおりに雑嚢を開き、茶封筒に入った転属辞令書をミヒルに手渡そうと腕を伸ばす。

 

「………!?」一美は腕を伸ばし、封筒を渡しかけてから事の全容に気づく。

 

――――――――――ちょっと待て と一美は心の中で囁いてみる。

 

 もしもこの辞令を渡してしまえば、自分は正式にこの油と砂と煤がお友達な陸亀部隊の一員になってしまう。闘う事で誰かを救えるならそれでも構わないのだが、故郷には『立派な航空ウィッチになります!』と言って汽車に乗ってしまったのだから嘘は付けない。

 

 

 

「お…おい…指離しても…良いんだぞ??」

 

 

 

 緊張のあまり一美の握る力が上がり、少しの間ミヒルと一美は封筒を使った一進一退の攻防を行っていた。

 

 

「いいから寄越せ! 原隊が航空隊なら飛行型ストライカーユニットを上申してやるから!!」

 

 

 ミヒルは空いていた左手で一美の頭をバシッと叩く。その拍子で封筒から一美の両手がすっぽ抜け、辞令が入った封筒はミヒルの手元に。

 

 

「ふむ。事前連絡では名前と階級だけしか分からなかったが、取りあえず原隊は立川飛行場の訓練学校のまま…同期生が卒業するまでは原隊も無し、ってとこか。ハハハ、残念だったな」

 

 

 封筒から取り出した紙に刷られている文字をスラスラと読みながら手元の書類に要項を書き写す。

 

 

「隊長…いやミヒルさん? どうして扶桑の文字を読めるんですか??」

 

 

「ん? あぁ…これには別に深くない訳があるんだが…まぁ今は教えなくてもいいだろう。人間、隠し事の一つや二つ有った方が生き生きするのさ。もうすぐ夕食の時間だから食堂で皆に挨拶しな」書類の束を片付けたミヒルが机から立ち上がる。

 

 電気スタンドのスイッチを切ってから一美をベッドから引き摺り下ろす。まだ歩きが覚束無い一美の両肩を右腕で包み込み、部屋を出た先にある食堂へ誘導してやる。裸電球が幾つも釣り下がり、ある程度の明るさがある食堂では既に夕食の準備が完了しており、全隊員も集合しているようだ。

 

「よーし、みんな良く聞け。今日から我が三〇九に配属されることになった隊員を紹介する。ネウロイ侵攻時に現場へ到着した際、砂埃を巻き上げて私の視界を奪ってまでして姿だけは見た者もいるようだが、名前を知ってるのはマリア中尉と私ぐらいだ。自己紹介にもう一回は無いぞ、耳の穴かっぽじって良く聞いておけ!!」

 

 

 ほら、とミヒルに背中を押され、四人ずつ掛けている二つのテーブルの真ん中に一美は立たされる。

 

 

「えぇ…っと…竹西…一美です。扶桑陸軍の軍曹で年齢は十三歳…まだ陸戦ユニットも上手く扱えませんが、みなさんの足手まといにならないように精一杯頑張ります!!」

 

 「足手まとい…ねぇ」そんな声がテーブルの周りから聞こえてくる。

 

「取りあえず、座る場所はどこでもいいからな。数週間すればテーブルを作り変えてもらうよ」

 

 一美が空席を探していると、マリア中尉が忙しく手招きをしているのが見えたので近づいてみる。案の定、隣に座れと言われたので命令に従う事にする。

 

「初出撃で初撃墜とは凄いなぁ~お前は。私なんて三回目の出撃でようやく初撃墜だったのにな~」

 

 マリアは自らの配膳トレーに置いてあったゆで卵を一美の座っていた場所にあるトレーに置く。一美の夕食にはゆで卵が一つ増えた。ここで一美は自分の配膳トレーを見てみると、いかにも堅そうなパンが一つに、近くの地面で抜いてきたような草を炒めた物が盛られた皿が一つ、どれもこれも到底食べられた物では無さそうだ。強いて言うなら主皿である『鯛のような魚』が塩焼きにされているのが美味しそうなだけだった。

 

「一美の目の前にいるのがへレーネ・ソルヴェーグ中尉、隊長と同じカールスラントの出身だよ。部隊の支援全般をやってくれる、今日の食事もへレーネの担当だよ」

 

 トレーを視界から外し、今度は目の前を見てみる。一美の向かい側にはミヒルと同じ砂色の制服を纏った黒髪の少女が座っていた。ミヒルより大人しそうな顔作り、家事ならそつなくこなしそうだが、料理は不得手に見えた。

 

「貴女が新人さん? 今日の戦闘は見てたわよ、褒美に私特製『野草の炒め物』、サービスしてあげるわ♪」

 

 一美の配膳トレーにもう一つの皿『野草盛り』が増える、自分のトレーにあった野草とは明らかに種類が違う。本当に食べられるのかが疑問である。 

 

「この料理、へレーネさんが作ったんですか!?」一美は野草に顔を近付ける。

 

「そうだよ~。味見はしてないけど…多分美味しいわよ。」多分、と自ら言ってしまう。

 

 冗談じゃない。一美は心の中でそう呟いた。

 

「んで、向かって左奥…へレーネの隣がアリシア・ビエナット曹長だ。部隊の出来事を映像記録として残してくれる」

 

「君は服装から見て扶桑出身だろ? やっぱり扶桑の映画は凄いよなぁ~。役者といい演出といいカメラワークといいどれも一級品だよ! まぁリベリオンも負けてないがねぇ~、そんでこれはお近づきの印だ!!」

 

 アリシアの人形のような細く白い腕から堅パンが放たれ、テーブルを滑りながら一美のトレーにぶつかり静止する。ここまで来ると彼女等の魂胆が眼に見えてきた。

 

「あっちのテーブルにいるのは…右から、オルガ・ロンカイネン曹長 シャロン・エルミニア・タルファッロ中尉 ロゼ・マートリン少尉 クリス・ロンザプトン少尉 レイ・ソランジュ曹長かな。あと隊長の隣にいるのがエトナ・アンダルシア少佐、部隊の軍事顧問だ。 あのタルファッロ中尉さ、ロマーニャ人なのにミドルネームあるんだよ! 珍しいよね!!」

 

 後ろを振り向いてもう一つのテーブルを見ると、数人が食事を止めてまで此方を見返し、手を振ったり笑い返したりしてくれた。まるで良いように罠に掛けられた鶏を哀れむような目で。

 

「まぁ今日は疲れたろ? いっぱい食べて大きくなるんだよ~♪」マリアが魚に手をつけながら笑う。

 

「は…はい…」震える手で木製のフォークを手に取り、二倍に増えた野草盛りを掬い上げる。

 

 未だ誰も手を付けていないらしく、一美の行動に全隊員が見入っている。口に運ぼうとすれば皆が力み、躊躇うと更に力んでいる。

 

「(南無三!!!!)」目を瞑り、少し焦げ気味な野草を口に放り込む。

 

 二~三回咀嚼してみると、やはり苦い。フォークを置き、右手で口を押さえてからテーブルに置いてある筈の水を探す。しかし、どこを探しても水は無い。

 

「おいおい、今日は水が無いのか?」マリアがようやく異変に気づいた。

 

「ごめんなさいね。今日も井戸は枯れてたし、定期補給日は明日なのよ。」へレーネがくすくすと笑いながら魚の肉を小分けにしている。

 

「あ~あ。このままじゃ地獄だな、毒見役ご苦労様~」ゆで卵の殻を剥き、テーブル中央の岩塩に銃剣を突き立てているアリシアも笑う。

 

「み…水…」苦い液体が喉を伝わり食道に到達し、遂に一美は限界を迎える。席を立ち、井戸と見られる四隅をコンクリートで固めた穴めがけて歩こうとする。しかし思うように足が動かない。草に毒でも入っていたのか、凄く膝が痙攣するのだ。

 

「うぐぇ!!」一美は床に両膝をつき、そのまま前へ倒れて強く頭を打つ。腰だけが床についておらずとてもだらしが無い。

 

「おい!! へレーネ担当日に久しぶりの犠牲者だ!! 食費の予算を削った罰が下ったらしいな!」

 

 食堂の空気は険悪緊張が続くようではなく、まるで毒当たりした新人を見て楽しんでいるように…正確には楽しんでいるといって過言ではないだろう。一美は薄れ行く意識の中で、この部隊はある意味ネウロイより末恐ろしいのだと思った。

 

 

 

――――こうして、扶桑陸軍に籍を置いている竹西・一美軍曹は正式に第三〇九統合戦闘機械化装甲団『ローリングウィッチーズ』に配属されたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

FUSO-DOLL

「おい起きろ、もう午前の訓練が始まってる時間だぞ?」

 

「訓練!? 遅れたら大変だ!」

 

 耳に入れるだけで嫌な言葉を聞いた一美が銃声を聞いた水鳥のように隊員用ベッドから飛び起きる。ベッドのスプリングを軋ませ、ボロボロの毛布から顔を出すと目の前にマリアが座っていた。

 

「そんな訓練が嫌なのか? まぁ一美は午後の訓練から参加すれば良いからな。私は一美が目を覚まし次第、隊長室に呼んでくれと隊長に言われたから…ほら立って」

 

 一美は言われるがままに立ち上がると、マリアは一美の乱れた制服を正し始めた。

 

「どうしたんですか? 急に」

順番を違えた制服のボタンを修正されている一美が苦しそうに質問する。

 

「あなたに来客だよ。どうしても一美に会いたい人がいるんだってさ」

 

「来客? 私は昨日ここに着いたばっかりだから…挨拶廻りとかですか?」

 

「そんな事はしないよ…これで完成だ!」外れかけた肩章を留め、一美の両肩をポンと叩く。

 

一美はまるで『新品の制服を着て戦争ごっこに興じる女学生』と言った出で立ちだ。昨夜に野草の毒に当たって倒れた形跡は微塵も見当たらないだろう。

 

 寝起き特有である足の震えが抜け切っていない一美をミヒル隊長の部屋まで連れて来たマリアは「私も訓練に参加しないと」と言って、兵舎に隣接された武器庫へ訓練用の道具を取りに消えてしまった。少しだけ開いた扉を押すと、まず目に入ったのは隊長だった。

 

 彼女は部屋の真ん中にあるソファに座り、低いテーブルに置かれた籠の果物(きっと一美に贈られた物だ)を躊躇いも無く食べている。そして見知らぬ男性が一人、向かいのソファに座り、ミヒルと話していた。二人の奥には三つの丸椅子にちょこんと座る三人の少女、こちらは見覚えのある小奇麗な黒シャツを身に着け、その袖には第三〇一統合戦闘装甲団の腕章『履帯を全身に巻きつけた木乃伊(ミイラ)』が縫い付けられていた。

 

「遅いぞ一美! 上官をどれだけ待たせたと思っている。罰として果物の籠盛りから林檎を除外させてもらう!!」ミヒルは籠に手を伸ばし、その中に入っている色の薄い林檎を取り出す。

 

 きっと自分が食べたいだけだろう、と心の内で呟く一美にはそんな事もどうでも良いようだ。テーブルの果物よりも、やはり男の存在が気になるようだった。海のように青い瞳としっかりした目鼻立ち、片手には鷹の羽が付いた帽子を持っている。

 

「この方はフランキ・マツェーニ中尉だ。ロマーニャ軍アフリカ方面軍所属第四九機甲中隊の指揮官を任されている…」

「お会いできて嬉しいよ、竹西軍曹。貴女たちトリポリの部隊がネウロイの気を引いていなかったら、我が部隊はネウロイに一人残らず殲滅されていたところだ。我々が救出に向かった第三〇五部隊も無事じゃなかった筈だ。本当に感謝しているよ」

 

 サブリナ軍曹が背負っていた無線機から聞こえた男の声だ――そう思った一美は丸椅子に座り、あの時に無線機を背負っていたサブリナをちらと見、また視線をフランキに戻す。

 

 

「昨日の夕方、アレクサンドリア補給基地に中尉の部隊と三〇五部隊が到着したとトリポリの電信室が連絡を受けたんだ。損失した乗員と車両はアリエテ戦車師団やブリタニアの歩兵戦車隊とかから補充されるらしい。それに連合軍アフリカ本部からの通達で最終的にはアレクサンドリアの防衛隊に編入されることになったんだってな。」バインダーに挟まれた紙に刻されたタイプ文字の要点だけを読み上げるミヒル。

 

「ええ…編入は早くて明日、遅くても二日後になると思います。だから、まだ自分が指揮官でいる間に竹西軍曹へお礼を言いに来たのです…」

 

「では用件は済ませたな、マツェーニ中尉。ほら、次はお前達だ」

 

「は…はい」三〇一部隊の三人が椅子から立ち上がり、一美の前まで歩み寄る。

 

「まぁ、昨日は悪かったわよ…戦車兵の救助を優先してアンタだけ置いて逃げた事はね」

 恥ずかしそうにそっぽを向いて話すサンドラ。

 

「実戦も、他隊との合同行動も私達は初めてだったのよ。今回の責任は私の減俸で丸く収まったから心配しないで」

 

 三人の中で一番の年長者であるルチアがゴムで束ねられた始末書を一美に見せつける。

 

「私達の部隊長が外出中だから…訓練を抜け出して謝りに来たの。その果物籠は私の家から送られてきた物なんだけど、どうか頂いてください」

 

 少し黄色味を帯びたローカットの靴下を穿く他の二人とは違い、高価そうな刺繍が施された純白のニーソックスを穿いているサブリナを見た一美は彼女が裕福な家の出身だろうかと思考を巡らせる。

 

「あ~その、昨日の夜にお前らの隊長と話したが…今日の訓練には参加しなくて良いみたいだぞ? その代わり、竹西軍曹にトリポリ市内を三人で案内してやってくれ。 正午には我々の部隊から迎えを出すからな。」

 

 一度ネウロイが出没すると、再出没するまでの数日間だけだが小さな平和が訪れる。取り分け戦闘の翌日はウィッチ達の安息日でもある。

 

「では大尉どの、竹西軍曹をお借りします」

 

 ドアの手前で鍔無しの略帽を被り直したルチア曹長がミヒルに対して敬礼を行う。それを見たミヒルは食べかけの林檎をテーブルに置いてから、返礼。

 彼女に続いて、サブリナとサンドラが部屋を出る。サンドラの腕はいつの間にやら一美の腕をがっしりと掴んでいた。一美は抵抗しているのか、ズルズルと引き摺られながら隊長室を後にしたのだった。

 

 

―――――――――「そういえば、アナタの名前を聞いてなかったね。なんて言うの?」

 

 隊舎の入り口正面に駐車されたジープ(ルチア達が昨日の混乱に乗じて掻っ払ったモノ)のエンジンが力強く唸る。その音に混じり聞こえた声は運転席に座ったルチアの物であり、一美は助手席に収まっていた。

 

「あ…竹西一美…です」

 

「へぇ~、キレイな名前をしてるじゃない。扶桑のウィッチなんて本物を見るのは初めてだよ。扶桑人形なら持ってるんだけどね」

 

「ねぇサンドラ、その人形はフィール中尉が私にくれた物じゃない?」

 

「マリア中尉の親が手紙と一緒に扶桑人形を送ってくる時があるの。父親が扶桑ウィッチの熱狂的なファンでね。でも置き場所に困ると私達にくれたりするんだよ」

 

「ほぇ~扶桑人形がアフリカにもあるだなんて驚きですよ~」

 

 実家にあった人形なんてモノは木彫りの熊程度しか無かったし、扶桑人形なんて大層なものは立川飛行場の学校にいた時も休暇で都心へ行った時に見たぐらいである。『坂本美緒』の人形が一番安かったが(失礼だが)、それでもウン百円の代物だ。そんな人形をドカ買いする海外の富豪とは…一美はある種の恐怖を覚えていた。世界は想像以上に広いなあ、ギラギラと照りつけるアフリカの太陽光に額を濡らせながら一人ごちる一美であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

より良い一日を

「これおいしいですね~。なんの肉なんですか?」  トリポリ市街のマーケット通りに店を構えるレストラン『ロックブレイカー・キャメルミート』の屋外席に座る四人の若年ウィッチ。その中で唯一、服装の違う黒髪のウィッチが皿に盛られたやや大きめな肉を頬張っていた。 焦げ一つない茶けた焼き色を持った肉はナイフを筋に添って力強く動かす必要があったが、比較的簡単に切り分けることができた。

見た目は豚肉と言うより牛肉に近いが、脂身の量は鶏肉のそれに近い、不思議な味だ。

 

「それラクダの肉だよ、食べたこと無いの?」

 

 反抗的な態度で質問に答えるルチアは、持っている書類に鉛筆で事細かに何かを書き込んでいる。一美が質問すると、これは昨日の戦いを司令部に報告する書類を書くための準備で、当時の状況などを時間経過を軸に記録しているのだそうだ。早く書かなきゃ記憶が曖昧になってしまう、だから「今」書いているのだ。

 

「動物園とかで見たことないの? それとも扶桑には動物園が・・・あれ? バネどこやったっけ…?」

 

 ラクダの肉が置いてある皿の目の前でベレッタ自動拳銃の分解清掃をするサンドラ。こちらは昨日の戦闘で拳銃を落としてしまい、内部に砂が入ってしまったんだと言っていた。食事の席で機械油まみれの汚いパーツを弄る事には一美も抵抗が無かった。ストライカーユニットの組み立て教練が最後まで終われず、泣く泣く格納庫で食事をしていたのは訓練生時代でもよくあったのだ。そんな事より、一度地面に落としただけで作動不良に陥るロマーニャ製の自動拳銃の方によっぽど驚いた。

 

「え~っと…ラクダラクダ……あ! 来た来た!!」

 

 周囲にラクダの絵でもないかキョロキョロと目を皿にして通りを眺めていたサブリナが、此方へやって来る一組のラクダ騎兵を見つけたのだ。彼らが近づいてくる、そのやる気の無いラクダの顔が一美の目に飛び込む、そしてパートナーとよく顔が似た、ブリタニア領インドから派遣された兵士の方も一美をじっと見つめていた。

 

 少しばかり扶桑の人々と顔立ちが似ているインドの兵士は、やおら腰の小さな角笛を手に取ったかと思うと、思い切り息を込めて角笛を鳴らしたのだった。

 

ブーブーブー

 

 蹴飛ばされた豚が断末魔を上げるような、悲痛な音が通りに響く。その爆音にビクッと驚いた一美は銀製のフォークを、驚いた一美に驚いたサンドラは最後までバネが見つからなかったままで組み上げたベレッタ自動拳銃をそれぞれ放り投げてしまった。

 

「少尉殿!! こっちでさぁ! いましたよ、ニワトリムスメ」

 

「なんですかそれ! ししし失礼ですよ!!」

 

 軍刀を兵舎に置いてきて良かったと思う。これを吾郎が聞いていれば激怒していただろう。それも激怒を通り越して契約を破棄されそうな勢いで軍刀が叫びだすのが容易に想像できる。

 耳を押さえておきながら悪口は聞こえていた一美の前に、ラクダの裏から一人の少女が現れた。黄金色の髪は背中まで伸び、頭頂をカールスラント製のソレによく似た規格帽で隠している。上着は混紡のゴワゴワした野戦服で、下着は白の紐ズボンだけ―――ウィッチだ

 

「あれ…?昨日の食堂で見たような…?」

 

 ナイフを皿に置き、まじまじと目の前に現れたウィッチを見つめる。あの時は野戦服も着ていなくて、上は薄手のシャツ一枚という無防備な格好をしていたのだから服装では判断できなかった。だが奥のテーブルで見た北欧系のウィッチに良く似た横顔だったので、同じ隊の人だと認識した。

 

「そりゃあそうでしょ、同じ隊なんだから」

 

 やっぱりだった。彼女は更に話を続ける。

 

「そりゃ昨日もお早く寝ちゃったんだから無理もないか…。あらためまして、私はオルガノビッテ・ロンカライネン少尉だ。スオムスじゃ結構活躍した装甲歩兵だぞ。オルガで良い、堅苦しいのはキライだ」

 

 オルガは床に落ちたフォークとベレッタ自動拳銃を拾い上げる、フォークは皿の上に戻し、拳銃は自らのカバンにサッと忍ばせた。

 

「それあたしのじゃん!!」

 

 サンドラが喚く。

 

「官給品が故障したなら申請出してもらえば良いだろ。これで故郷に土産ができた、ありがとな~」

 

 悪びれる様子もなく、勝手にお礼までしている。オルガは隣のインド兵に小遣い程度の報酬を渡し、店員にも全員分の勘定を済ませて一美を連れ出した。どうやらミヒル隊長の言っていた『正午の迎え』とはオルガのことらしい。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「お前、扶桑のどこらへん生まれか?」

 

 解放時の戦闘による弾痕が目立つ壁、路溝には凹んだ小銃弾やMG42の薬莢ガラがあちらこちらに散らばった人気の無い通り、月日が経っても消えない火薬の匂い、そこで一美が受けた質問は何とも簡単なものだった。「西の…九州です。あ、生まれは九州でウィッチの訓練は東京の立川で行ってました!」

 

 ふぅん、と顎をさするオルガは淡々と話しを始めた。

 

「わたしな、戦争が始まる前に数週間だけだけど扶桑に住んでたんだよ、それも東京にな。親が大使館ではたらいてたから」

 

(東京に…スオムスの大使館なんてあったっけ?)

 

 東京には各国の大使館が集中して存在するのは知っていた。実際に一美達は訓練学校の社会科見学とし

てカールスラントの大使館を訪れたりしていたので一応の理解はある。

 

「それで聞きたいんだけど、その…扶桑食は…作れるか?いや味は二の次で良いから!作れるか作れないかだけ…聞いておこうと」

 

 よほど在扶時の生活が気に入っていたのだろう。オルガの蒼い瞳がアフリカの強い日差しで爛々に輝いていた。

 

 海外派遣された扶桑のウィッチが他国のウィッチに食事をせがまれるのは日常茶飯事なもので『扶桑撫子なるもの、食に疎くて恥かくな』と言われ、訓練学校でも食事は生徒が作り、訓練の一つにもなっていた。

 

「いちおう作れますよ? 材料さえ足りてれば」

 

 ここは野営地では無い。あくまでも流通の中枢、潮風かおる港町なのだから材料には困らないはずだ。少しでもケチろうとすれば、昨日の夕食の二の舞だ。

 

「米は市場でも手に入りますが、味噌とか扶桑独特の調味料は無理ですね。たぶん近いうちに仲間達から贈り物が届くんで、もしその中に調味料が入ってたらすぐに作りますよ。」

 

 サンドラ達と一緒に市場を散歩していた時に得た情報が初めて役に立ったのだ。

 

「ほんとか!! そりゃありがたい、あと今日の夕食当番は私だから、ちょっと手伝って欲しいな。最近はマトモな料理を食べてないから…」

 

 

「もっちろんです! お役に立てるならなんでもします」

 

 会話は一美が道に転がる弾薬箱に思い切り脛をぶつけるまで続いた。

 

――――――――――――――――――――

 

 オルガに案内されるがままに歩くと、二機のストライカーユニットを積んだトラックが郊外へ向け出発しようとしていた。運転手に一言だけ断ったオルガがひょいとトラックの荷台に乗り込む。それを見た一美が続こうとしたが、中々あがれない。オルガが手を差し伸べたことでようやく荷台に乗り込むことができた。

 

 遮光用の幌が張られたおかげで荷台は案外快適な空間だった。ストライカーユニットをしまう金属の箱も程よく冷たい。一美が寄りかかる金属の箱は倉庫から出した直後なのだろうか、どこか埃っぽい。一美は小さく咳をしながら服に付いた砂やズボンの周りに付いた砂を落とす。

 

「到着するにも最低二十分は掛かると思うよ~。今の内に私は寝るから…おやすみ~」

 

 向かいに座ったオルガは防錆の油が程よく塗られた金属の箱に寄りかかり、さっさと目を瞑って眠りに入ってしまった。先ほどとは一転、全くもって退屈になった一美も眠ろうと目を瞑った、箱の中から聞こえる金属摩擦音のせいで眠れない。横になって寝ようとした、箱から漏れる埃や鉄粉が顔に降りかかって眠れない。

 

 結局は演習場に到着するまでオルガは快適な睡眠を堪能し、一美は荷台の中央に座り込んで震動との戦いを続けていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Sham Battle・前編

 二人の乗ったトラックは、トリポリ以東五キロ地点にそそり立つ鉄製の見張り櫓のたもとに停車した。

 

オルガは自らの歩行脚が入った鉄の箱を掴み、使い魔を解放することで易々と重そうな箱を持ち上げ、さっさと降車してしまう。

 

それを見た一美もオルガを真似て使い魔を解放し箱を下ろそうとしたが、腰から生えた真っ白な羽毛が邪魔をして思うように降車できなかった。

 

 やっとのことでトラックを降りると、トラックはトリポリへと戻っていった。さっさと消えてしまったオルガのせいで一人ぼっちになってしまった一美、辺りを見回しても周りは双眼鏡やカメラを持った将兵ばかりだったので、まずは見知った顔を探す。

日陰もない場所を歩き続け、途中で見つけた給水車がくれた水筒の水を飲みながら探すこと五分、ようやく人ごみの奥にある天蓋の隙間からマリアが手招きをしているのを発見した。

 

「ちょっとすいませ~ん とおりま~す」

 実家の畑を荒らすイノシシを追い掛け回したときのように素早い身のこなしで将兵をかわし、まっしぐらに天蓋へと向かう。

「お待たせしてもうしわけありません!! ちょっと迷子になって…」

 

「そりゃあ天蓋の場所も教えてなかったんだから無理もないよ。隊長もそこらへん反省してたしぃ…」

 

 マリアの目線は一美の顔から水筒へと少しずつ移動していた。どうやら天蓋の中に入る為には入場料が必要なようだ。

 

「それ…飲んで良い?」

 

 単刀直入に言ったあたり、綺麗な水は久しぶりに見るほどなのだろう。給水車の当番兵には『頼まれてもあげるなよ』と言われたが、上官の命令には逆らえない。

 

「ど、どうぞ」

 

 躊躇なく水筒を差し出す一美、受け取ったマリアは嬉しそうな顔で緑色をしたダチョウの卵みたいな水筒の蓋を開ける、そして大事そうに一口を飲む。

 

「ふぅ~、生き返った。そうだ、隊長がお待ちだよ」

 

 水に目が眩んで本題を見失いかけたマリアは一美を天蓋の中に入らせる。布越しに当たる日差しで蒸し暑い天蓋の中はマリアと先に到着していたオルガ、目の前の机でふんぞり返るミヒル、その隣でクリップボードを扇代わりに暑さを凌いでいるエトナを除いた他の隊員の姿は無かった。

「あ~暑い…演習は夕方から始まるってのに、なんでこんな集合時間が早いのかなぁ、喉も乾いたし?…ん~? 良いモノ持ってるじゃないの、一美さん?」

 

 口が悪い隊長が部下をさん付けで呼ぶあたり、やはり砂漠では水が貴重品なのだ。水資源が豊富な扶桑では考えられない事がアフリカでは日常そのものなのだろう。ミヒルに渡した水筒をがぶ飲みされてから、給水車の当番兵の言葉の意味を初めて気づいた。

 

「アフリカじゃあ水の一杯で一儲けだってできるの。まぁ儲けた金も、ここじゃあ薪の火付けぐらいにしか役に立たないでしょうけどね」

 トリポリに着いた時には考えてもいなかったアフリカの水事情。数キロ離れた場所ですら飲み物に困っているらしい。

そんな土地でネウロイ相手に戦争が成り立つのだろうか、一美は机に敷かれた北アフリカの地図を眺めながらそう思った。

 

 地図に記されたトリポリには赤鉛筆で丸が付けられている。トリポリから伸びる太い矢印が西へ、西へと続き、最終地点であるチュニジアにも赤い丸が付けられていた。

 

 先週、同期の子から回ってきた新聞に書いてあった矢印と大体が一致する。その記事の内容がこの地図と同じならば、アフリカ戦線の決着は近いということになる。

 

「早速だけど、今のアフリカの状況はヒドいものよ。ここに着いたばかりのお前に言う私もヒドいだろうね。毎日続く暑さよりは新米への悪口なんてまだ生易しいほうだね、全く」

 

 そう冷たい声で言い放ったのはエトナだった。名前といい顔立ちといい、暑さに人一倍苛立っていることからいかにも寒い寒い北国出身だとわかる。

 

「大丈夫ですよ少佐、一美は初めての実戦でネウロイをぶっ潰したんですよ。お菓子食べてばっかりな私なんかより素質はありますって」

 

「確かに、竹西軍曹は元々が航空歩兵科の志望なだけあって、基礎的な戦闘技能は持ってるみたいだな。 後は陸戦歩兵特有の特殊動作さえ叩き込めば実戦でも十分に使える。 三年も陸戦歩兵やっておいてアフリカに来る前は実戦もロクに経験してない『元』パットンガールズよりは育てやすいかな。」

 

 一美は、エトナの挑発にうまく話しを切り返せず 「あぅぅ」と唸っているマリアの制服左袖に縫われた『パットンガールズ』、リベリオンの猛将パットンの私兵部隊であるソレの部隊章に気付く。

 

 親のコネで入隊した先が将軍の私兵組織とは、製菓会社がそれなりに世に顔が利くのもさることながら、マリア自身の才能も高く買われているのだろう。

 

 パットンガールズと言えば、このアフリカにて活動していた装甲歩兵団である。防塵処理を施したM4シャーマン型歩行脚を駆り、常に一体のネウロイにつき数人で攻撃を加え、ネウロイを撹乱させた後、確実に撃破する戦法を得意としている。

 

 平凡な性能しか期待できないブリタ二アとリベリオンの歩行脚は、数で押してこそ価値を見出す事が可能となる。それを率先し、模範となっているのだ。

 

 パットンガールズの出身であるマリアもM4歩行脚かと思ったが、一美の隣に置いてあった歩行脚は似ているようで似ていなかった。

 

「昨日の貨物に入ってたヤツなんだ。前のM4ユニットを壊したから予備部品の申請を出したんだけど…新型ユニットが届くって言われてな、砂漠地帯での動作試験も任されたから さっそく今回の模擬戦闘に持ち出すのさ」

 

「も…模擬戦? 私も出るんですか?」

 

 一美はようやく目の前の机に置いてある銃弾達の用途に気が付いた。薬莢こそ真鍮製だが、弾頭は実包ではない、非殺傷のペイント弾だ。机に置いてある紙製の弾箱は九ミリ、七.六二ミリ、十一ミリと主要な口径は揃っている、見回すと、外には携帯砲に使う弾薬も木箱に入っていた。

 

「当たり前だ。でも一美のユニットは隊舎でシャロン大尉が砂漠に対応させる改造中だから使えないから、持ってきた箱に入ってるユニットを使ってくれ」

 

 ミヒルに言われた通り、自分がノリで持ってきた箱の蓋に手を掛け、ガタンと開け放った。蓋を開けたその瞬間、機械油の匂いが一美の鼻を貫く。本能的に息を止め、中身を取り出す。一式中戦車型歩行脚より小型だが異常に重たい、気を抜けば落としてしまいそうになる。

 

「でたでた、懐かしいなぁ~。それはな、私のお下がりなんだ」

 

 現れた歩行脚は灰色の軽歩行脚だった。所々に弾痕が残る装甲板に守られたエンジンは宮藤理論の提唱より以前の物らしく、動力源は魔力の他に圧搾空気ボンベを使用しているようだ。右腰に付けるシールド補強板に刻印された文字を見ると『Panzer―Kampfwagen01-A』と書かれていた。

 

「カールスラントが最初に開発した陸戦型歩行脚、一号戦車A型だ。私はそれがあったからここまで生き延びた」

 

「ミヒル、確かソイツを使ってベルリンの戦いに参加したのよね。そのままダンケルクまで撤退して…」

 

「オラーシャ義勇軍にいたエトナに会ったんだっけか。アレから何年経つんだろうな。あの時は同じ少尉だったのに、いつの間にか先を越されて」

 

 天蓋の中に漂いはじめた重苦しい空気に耐え切れなくなった一美が水筒の水をグビグビ飲んでいた時、辺りに設置された拡声器から“模擬戦闘に参加するウィッチ、記者は速やかに本部へ出頭のこと”といった旨の放送が流れる。思いのほか本番の準備が速く終わったのか、開始時刻を前倒しで開始するらしい。

 

「じゃあ、皆さんそろそろ…行きません??他の隊員も待ってるでしょうし…」

 

 こっそりと身支度を終えていたオルガが沈黙を破って外に出る。続いてマリアとミヒルが歩行脚に足を通し、各々の銃器を持って入り口の覆いを抜ける。

 

「私は最後に出るから、先に行ってなさい」

 

 エトナ少佐に追い立てられ、一美も一号戦車に足を通す。古い魔道エンジンのせいか震動も大きい、口いっぱいに水をためた一美は、同梱されていたMG13機関銃と七.九ミリ口径の模擬弾の箱を抱えてオロオロと外に飛び出して行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Sham Battle・中編

「第三一○統合戦闘装甲団、全員集合しました!」

 

「こちら第三○八統合戦闘装甲団、欠員無し!」

 

「第三三五統合戦闘装甲団、ただいま到着です」

 

 北アフリカに展開する幾つかの部隊がトリポリに集結し、小さな日覆いに設営された本部に各自の点呼を行っていた。どうやら他の隊は今日付けで到着していたらしい。

 

 実戦の機会を失って落胆するウィッチや、昨日のネウロイの残骸……水色の結晶を集めて自慢しているウィッチもいた。

 

「第三○九統合戦闘装甲団、参加者はこれで全員です」

 

 一美はミヒルのやる気ない声を、そして『装甲団』という単語を聞いても反応しなくなるのを感じ“あぁ、

やっぱり私は装甲歩兵になるんだ”と胸中で呟いていた。

 

「どしたのさ一美? お腹痛いのか?」

 

 帰国した際の言い訳を考えていた一美のしかめ面にマリアが心配する。

 

「ん~と、その顔はきっと故郷の風景でも想像していたんでしょう? だいじょうぶ、私達はこれから故郷の土を踏めるかも分からないんだから♪」

 

 いつの間にやら、一美の隣にはへレーネが、他にもテントにいなかった隊員達が立っていた。彼女も周りと同じように最小限の戦闘用装備を身に付けている、へレーネに至っては過激な言葉も相俟って相当にやる気が満ちているようだ。

 

「おぉ、もう集まってたか。じゃあ早速だが分隊の発表をするぞ」

 

 受付の役割を果たしていたカールスラント製無線指揮車Sd.Kfz.250/3グライフから戻ってきたミヒルとエトナが書類と紫色に染められた1~11の番号が振られたビブ(ゼッケン)を持って戻ってきた。

 

「まずはA分隊として……隊長がエトナ少佐、副隊長にシャロン 突撃員にクリスとオルガとロゼ 無線はヘレーネが担当してくれ。 B分隊は隊長がわたしで……副隊長にマリア 銃手はアリシアと一美 無線手をレイ に決定した。 A分隊はネウロイ役である三一〇統合戦闘装甲団AB分隊に突撃を行い、ソレをB分隊で援護する算段だ。A分隊が三一〇と戦闘を行っている間にわたし達B分隊が前線を突破して、あそこの……B17の残骸がある地点に篭城する三三五統合戦闘装甲団を叩く。」

 

「んで、A分隊の生き残りが後続友軍の三〇八統合戦闘装甲団と合流してB分隊の援護をすれば良いわけね? なんかミヒルの作戦って突撃ばっかりよね、もう少し距離をおいて戦っても十分だと思うけど……」

 

「やっぱり前線を進めないと何も変わらないわよ。 さ、移動しましょう。他の隊も移動しはじめてる」

 

 模擬戦に参加するウィッチ達が続々と即席演習場に向かって行く。 三〇九の隊員も遅れないように集団についていった。 これ以上の迷子はごめんなので、一美はマリアの背中に抱きついていた。 はたから見れば微笑ましい光景だが、彼女達は両脚に物々しい機械を穿き、腕には可愛らしい容貌とは似つかない無機質の小銃や携帯砲、短・軽・重機関銃を抱えているのだ。

 

 受付の装甲車から開始地点までは歩いて三十秒程度だった。 後ろには報道陣や見物客の詰める天蓋と櫓もある。 今回の模擬戦は陸戦ウィッチの技術向上というより、世間に陸戦ウィッチの活躍を広めて志願者を増やすイメージアップが第一の目的なようだ。

 

「観客の視線を集めればいろんな業界からスカウトされるわよ!」

 

「次の募兵ポスターの被写体は私が頂くわ!」

 一美の後ろで待機している第三○八統合戦闘装甲団に所属するウィッチが急に落ち着きを失っていた。

 

「マリアさん、陸戦隊って宣伝しないといけないぐらいウィッチは人手不足なんですか? 扶桑の飛行学校でも去年は陸軍航空隊だけで十人も連合軍に召集されてますけど…」

 

 扶桑の戦車学校を一美は見た事も無いので詳しくはわからないが、飛行学校よりは人数も多いだろうと思っていた。

 

「生まれつきウィッチの能力を発現できる子は少ないからね、各国の軍が適正検査を呼びかけてるんだって」

 

 

「けれどやっぱり人気は航空歩兵だよ、素質のある子は総じて航空歩兵の仲間入りだよ。おかげで陸戦ウィッチの人気はだだ下がり、今回の模擬戦はわたしたち陸戦ウィッチの命運がかかってるんだ。」

 

 アリシアの顔がキラキラと輝いていた。やはり映像業界に対して人並みならない情熱を持っているようだ。

 

「各国で志願者が増えなかったら連合陸軍の予算は大幅カットらしいからな、そりゃ誰でも気合いが入るさ」

 

 ネウロイに侵略された今では珍しい、カールスラント製の刻印が入ったMP40短機関銃の点検を始めていたミヒルの顔は曇りきっていた。 凛々しい顔が勿体無いぐらいに。

 

“本番四十秒前!”

 

 受付のスピーカーから聞き覚えのある声で開始準備のアナウンスが流れた。 ややカールスラント訛りのブリタニア語、昨日のタイガー戦車に乗っていた車長の声だった。

 

“本番二十秒前!、入場許可証を持っていない者は演習場から退場せよ!”

 

 横にいるマリアやミヒル、初めて間近で見たレイ軍曹が武器を構え始めるのに合わせて、一美もMG13機関銃に据え置き式銃架を装着したものを慣れない手つきで背負う。

 

「(こんなの持って突撃するのかぁ……)」使い魔を解放しているので重量は苦にならなかったが、異常に長い銃身は一美の頭二つ分は突き出ていた。 軍刀は隊舎に置いてきてしまったので吾郎の声も聞けない。 こういう時こそ助言を聞きたかったが、仕方がない。

 

“十秒!……五、四、三、二、一……”

 

 乾季の砂漠に沈み行く西日は未だに暑い、ウールで編まれた扶桑陸軍の制服は、緊張と体温から出た汗を吸って重さを増す。 ちらつく陽光に目を細めるウィッチも多かった。 有視界戦闘では先に相手を発見した方が有利である、どうやら外出時に制帽をかぶってきたのは正解だったようだ。

 

“ゼロ!、訓練開始ィィィ!!”

 

 開始を告げるアナウンスて共に、獣耳を生やしたウィッチ達が一斉に行動を始める。隣に展開していた第三○八統合戦闘装甲団の隊員はすぐさま稜線の影に隠れ、ネウロイ役が籠城するB17の残骸までの距離を測り始めた。

 

「A分隊ついてきて! こっちはシールド使って良いんだから残弾だけ気にしてればいいのよ!」

 

 まずはエトナが先陣を切り、後ろからついて行くA分隊の陣形を指図する。 決定された陣形は一列横隊、敵に射撃対象を増やすことで目移りさせる目的だ。

 

「さてさて、いっちょ行きますか~」

 

 ‘紫の五番’のビブを着たオルガは目の前の稜線を越え、双眼鏡でB-17の残骸を確認する。 残骸の中ではネウロイ役のウィッチが配置に着き、武器をこちら側に向けていた。

 

「もうちょい……もーちょいなんだけど……」

 

 倍率が小さいのかピントが合わないのか、だんだんと上体が稜線に乗り出す。 周りのウィッチは彼女が狙撃されないか心配でならなかった。 そして彼女達の予想は的中することになる。

 数発の乾燥した銃声が聞こえたのとほぼ同じ時、オルガの身体が二~三度よろめいたかと思うと、最後の衝撃で思いきり真後ろへ吹っ飛んでしまった。 オルガの身体は、そのまま一美達のところまで転がり、仰向けで停止した。

 

“紫の五番がやられました! オルガノビッテ.ロンカライネン少尉です!! スオムス陸軍代表、早々の退場です!”

 

 観客席の民間人達が簡単に状況を知れるように、実況スタンドからリアルタイムに模擬戦の様子を伝えていた。実況スタンドは櫓の上であり、上方視点からの的確な戦闘推移が可能なようだ。

「痛っ……あぅぅ~」と呻くオルガの胸には青い塗料がべったりと付着していた。 一美に負けないぐらいの膨らみ無き双丘への着弾、威力は相当だろう。

 

「……とまぁ、被弾するとこんな感じにむなしい結果になる。 私は観客席に戻るとしようかね」

 

 寂しい背中を見せて退場するオルガを全員で見送り、エトナ率いるA分隊は敵線へと突っ走ってしまった。

 

―――――-------------------------------------

 

「いい? まず私とシャロンで敵前面へ制圧射撃。 その間にクリスがシールド張りながら敵線へ突貫、それにロゼも続いて!!」

 

「えぇ!?? わたしの歩行脚って砲兵科用の筈じゃ!?」

 

「そ……そうですよアンダルシア少佐! リベリアンなんかに私の援護が務まるはずありませんわ!!」

 

 先日の戦闘でスクラップの烙印を押され、演習の遮蔽物として第二の人生(セカンドライフ)を歩み始めたクルセイダー中戦車『アールグレイ』の裏に隠れたA分隊。 砲塔の影から敵線を覗くエトナの隣には、突撃命令を受けたクリス、その隣にはロゼが待機していた。

 

 小柄で赤毛のロゼが言うとおり、彼女の歩行脚はM4シャーマンを改造したM7プリースト自走砲だった。 本ユニットは後方からの砲撃に特化した砲兵科仕様であり、シールド防御力と機動力を犠牲にしている。

 

 完璧な人選ミスだった。 分隊を編成したエトナの目には、ロゼの背負う105ミリ砲は『なんかデッカい大砲』としか見えていなかったようだ。

 

「少佐、突撃に向かないマートリンはここに待機させて、まずロンザプトンから突っ込ませましょうよ。」

 

 長身を窮屈そうに屈め、ブロンドの長髪を持て余していたシャロンがエトナに進言する。 エトナも良い作戦が浮かばないのか、黙って首を縦に振った。

 

「良いかクリス、まずお前が前進すると同時に私が煙幕を投げて前進を助けよう、あとはロゼが支援射撃を八秒間行うから、その後にシャロン中尉と私が続く、わかったか?」

 

「がってん!」

 

 エトナが雑嚢から煙幕手榴弾を取り出し、ピンをクリスの目の前で引き抜く。 それを合図にアールグレイの影から飛び出すクリス。 彼女の使うブリタニア製の巡航ユニット『カビナンター』は動作も良好で、右へ左へ乱射する2ポンド砲も十分に敵を怯ませていた。 だが、いざ突撃しようとした瞬間、クリスの足がもつれ、アールグレイより前方およそ6メートルあたりで顔面からコテン、と転倒した。

 

「へへ……こけちゃったぁ……」

 

 自分の痴態をとても恥ずかしそうに立ち上がり、赤面した砂だらけの顔をエトナたちに向ける。

 

「な……」

 

 事の一部始終を見守っていたエトナの手から煙幕手榴弾が三人の風上にポロリと転げ落ちた。 煙幕はエトナの足元から風下にいるシャロンとロゼに当たり、二人の視界を著しく低下させた。

 

「う~ケムい~。とりあえず援護射撃……と」

 

 ロゼは命令された通り、高飛車でおっちょこちょいなブリタニアンをイヤイヤ援護する状態に入っていた。 しかし流れてくる煙幕に視界を奪われ、手の平に握る砲角ハンドルの仰角調整が段々と乱れ始めていたが、ロゼは全く気づいていなかった。

 

 バゥン!!、とロゼの背負う榴弾砲から時限炸裂のペイント弾が撃ち出される。 弾頭はきれいな放物線を描いて敵線にまっしぐら----とはいかず、現実ではどぎつい放物線を描き出し、弾頭はクリスの真上で炸裂した。

 

 小さな赤い霧を上空に漂わし、飛散した塗料は容赦なくクリスの全身を覆った。クリスが全てを理解するより前にアナウンス。

 

“おぉ~っと! 紫の四番、ロゼ・マートリン少尉が味方に誤射、誤射しました! 紫の九番、クリス・ロンザプトン少尉ここで退場です!”

 

 頭からつま先まで真っ赤な塗料に包まれ、茫然自失していたクリスだったが、意外と潔く自分の敗北を認め退場して行った。

 

「(コレは絶対わざとよ、わ・ざ・と! べぇ~っだ!!)」

 

 ハズだった。 どうやらクリスは相当にロゼを恨んでいるようで、今回も退場する時にロゼへ向けて舌を出し、挑発していた。

 

「クリス少尉がいなくなっては仕方がない。 A分隊は全員で敵へ突撃する!! 続けぇ!!」

 

 こうなればヤケクソだと言わんばかり、エトナは革のホルスターからナガン回転式拳銃を引き抜き、彫刻や埋め込まれた真珠で煌びやかに光る歩行脚を唸らせ、敵へと突撃してしまった。 続いて無線機を背負うシャロンがヤレヤレと肩をすくめ、自衛用に持ってきた『リベリオン・スプリングプレインス造兵廠製M1ガーランド半自動小銃』を構えてアールグレイの影から飛び出して行った。

 

「わ、私は砲兵だもん! 別に突撃しなくたっていいんだから!!」

 

 当たり前なことを叫び、突撃と言う名のやけっぱち行動を辞退するロゼ。 その声は興奮しているエトナの耳に入ることも無く、無線機の周波数を弄ってロマーニャのラジオを聞いていたシャロンの耳にも聞こえなかった。アールグレイの影に隠れ、敵側から聞こえる銃声と奇声に耳を傾ける。 最初は複数聞こえていた銃声も次第に数が減り、遂にはパタリと一切の銃声が止んでしまった。

 

 不思議に思ったロゼがアールグレイの向こう側を覗くと、砂埃の向こうに突撃した二人の影がうっすらと確認できた。 嬉しそうにこちらへ手を振っている。 信じられない。 十人は下らない敵の陸戦ウィッチを二人で片付けてしまったのだ。 それも一人は回転式拳銃、もう一人は半自動小銃でだ。

 いや、もしかしたら難を逃れた敵の生き残りがいるかもしれない。 全滅していて欲しい、そう願いたいと思っていたロゼの肩を何者かの腕がガシッと掴んだ。

 

「わぁ!! 敵だ敵だ!!」

 

「ちょ、ロゼさん落ち着いて!! 私です一美です!! ひぃ! 拳銃向けないで!!」

 

 自分の肩を掴んだのは敵ではなく味方だったことに安心し、スプリングプレインス社製のコルト自動拳銃をホルスターに戻す。

 

「あぁ……昨日付けの新人か。おまえB分隊だろ? なんでここに?」

 

 とりあえず味方が増えたことに安心したロゼだったが、この真っ白な羽毛が邪魔臭い扶桑魔女がやって来た理由について尋ねなければならない。

 

「いやぁ~。 ちょっと隊長に“新兵は現場を見て育つ!”と言われまして、エトナ少佐の戦いざまを見に来たんです。 百聞は一見にしかずと言うか、習うより慣れろと言いますか……」

 

 彼女はエトナ少佐が東部戦線で『プリンセッサ・ナストプレニエ』とあだ名されていた過去を知らない。 少佐の夫役であるミヒル隊長にうまく騙されたようだ。

 この純粋で素直な扶桑の魔女が、いつか命知らずなオラーシャ貴族の息女と同じような行動をするようになるのか、とロゼは重い溜息をついたのだった。




※1、スプリングプレインス
 この世界でのスプリングフィールド造兵廠にあたります。「野=Field」を「平野=Plains」に置き換えただけです。単純です。

※2、プリンセッサ・ナストプレニエ
 ロシア語で「攻撃的お姫様」って意味です。そのまんまです。ナストプレニエって単語は、対ロシア戦モノのゲームでよく目にしますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Sham Battle・後編

 トリポリ郊外で開催された模擬戦演習も、ネウロイ役の第一線を突破するという中間地点を迎え終盤へ突入していた。

 

 よくニュース映画とかでもてはやされる航空歩兵の模擬戦。実は撃墜や被撃墜の判定ラインが甘く

 

『いまのは尾翼だもん』

 

とか

 

『まだ飛べてる』といった駄々こねもあり、結果もうやむやに終わってしまう。

 

 しかし、陸戦歩兵の模擬戦はペイント弾が一発でも当たれば退場と極めて単純である。明確なルールは馬鹿なウィッチでもわかりやすい。

 

 それは勿論、一美にとってもである。

 

「エトナ少佐、ブリタニアンの代わりが到着しましたよ~」 B-17の残骸を利用したネウロイ役の陣地と陸戦歩兵のスタート地点を分断するように掘られた塹壕はエトナとシャロンの手により制圧。後続としてロゼと合流した一美が二人の元に到着した。

 

 想定されるふたつの戦闘の内ひとつが終わり、後方に待機していた他隊のウィッチがネウロイ役のウィッチと場所を交替する。固定砲型ネウロイに似せる為に掘られた塹壕は、今度は陸戦歩兵用の遮蔽壕としての役割を果たしてくれる。

 

「そうか、クリスよりは使えそうな気はするが……この羽毛じゃ格好の的だな」

 

 一美の腰から生える真っ白な鶏の尾羽、それに赤みがかかっている頭頂部の毛髪。 どうみても鶏そのものだ。

 

「し、仕方ないじゃないですか!! いちおう鳥の使い魔ですよ!」

 

 航空歩兵となるウィッチの中でも、使い魔が鳥であるウィッチは能力が数枚上手である場合が多い。

 

「ほう。では共に行こう、敵陣へな♪」

 

 それもそうか、とエトナが頷き。援軍を待たずして敵陣へと突撃する準備を始める。要するに敵の準備が終わる前に前面を叩けば、たとえ戦法が拙くても十分な戦果を挙げられるということらしい。

 

 巧遅は拙速に如かず。一美は学校の図書室で読んだ孫子の兵法書の一部を思い出す。

 

 やるんだったら、やるしかない。それが扶桑陸軍航空隊立川飛行学校高等科丙組の標語だった。

 

「ミヒルたいちょ~。こっちは準備OKで~す♪」

 

 A分隊無線士のシャロンが、塹壕の右奥に待機していたB分隊へ向けて口頭で呼びかける。

 

 無線を使わず、声を上げて。

 

「こら!! 無線つかえ! 無線!!」

 

「眠い……ひまぁ……」

 

 それでは無線士の意味が無いだろう、と言わんばかりに呆れ帰ったミヒルと。隣にちょこんと座り、交信の無い無線機を背負って退屈そうにしているレイ曹長の姿があった。

 

 トラックの中で聞いたオルガの話によれば。レイ曹長はガリアはパリの出身であり、ネウロイ侵略後にブリタニアへ渡った戦災者であるという。しかし避難時の騒動で家族とも離れ離れとなり、ブリタニアの孤児院に預けられていた。

 

 来るべきバトルオブブリテンの為、ウィッチの募集をしていた士官が彼女をスカウトし軍人となる。

 適正診断ではナイトウィッチであると判明し、夜間防空要員として航空歩兵と高射砲とのやり取りを繋ぐ連絡員として従事したという。

 

 なぜ統合戦闘装甲団へ配属されたかは不明だが、本人の強い要望があっての異動だったそうだ。

 

「隊長! 敵が発砲し始めました!! 挑発だと思います!」アリシアが叫ぶ。

 

「左側面の友軍、進撃を始めました!!」マリアが声を荒げる。

 

 友軍の第三〇八統合戦闘装甲団は愚かにも敵の挑発に乗り、塹壕から飛び出して行く。歩行脚の履帯から砂埃を上げ猛然と進む三〇八部隊。それを確認した敵は残骸の間から各々の銃身を伸ばし、狙撃を始める。

 

 何発ものペイント弾が彼女達を襲い、容赦なく真っ青に染め上げる、どうやら抵抗させる隙すら与えないようだ。最初は十人近く残っていた三〇八部隊も五人、六人とじわじわ減り、遂には二人のみとなってしまった。

 

 二人は残骸正面の小さな窪みに逃げ込み、必死にシールドを張って誰かの助けを待っていた。

 

 そんな仲間の窮地にも、三〇九部隊は指を咥えて見ているしかないのだった。

 

「あれじゃ助けにも行けない、釘付けどころか……ワザと命中させないで楽しんでやがる」

 

 敵の注意は全て二人に向いているのだろうか。ミヒルが塹壕から身を乗り出して光景を眺めていても流れ弾すら来る事は無かった。

 

「わたしが、わたしが助けに行ってみます!!」

 

 自己犠牲の精神が働いたのか、それとも暑さで頭がおかしくなったのか。一美はそう言って立ち上がり、自らの機関銃を手に取る。

 

「無理だよ一美。アレを助けるのは私でも難しい……」

 

「見殺しにはできませんよ!! 何か方法があるはずです!!」

 

 なだめるマリアを振り切り、正面から突撃しようとする一美。

 

「やめておきなさい。無謀すぎるわよ」

 

 エトナもいい作戦が浮かぶまで全員を待機させておきたいと思い、一美を引き止める。

 

「嫌です! 模擬戦ですら味方を守れないで世界を守ろうなんて馬鹿げて……」 

 

 バシンッ-----、一美の顔を素早い平手打ちが凪ぐ。

 

「新米のペーペーに何が分かるんだ!! そりゃあ私達は航空歩兵みたいに有名でもない! それはな……報道される前に死んじまうからなんだよ!!」

 

 一美を叩いたのはミヒルだった。平手打ちした右手は震え、目には涙が浮かんでいる。

 

「死んでも世間の美談にされる航空歩兵と違って私達は死んでも世間は何とも思わない! ただ死体となってカラスに食べられるだけなのよ……私は自分の命が惜しい!……模擬戦だろうが何だろうが……死んだらお終いなのよ!!」 

 

「……す、すいません。頭に血が上って……」

 

 平手打ちの衝撃で首が変な方向に曲がった一美。すぐさまミヒルの顔を見ようと首を正面に戻した瞬間。ミヒルは一美をギュッと抱き寄せた。朝に炊いた扶桑のお香が制服に残る一美と違い、昨日の午後まで風呂に入っていたミヒルの体からは、既に砂の匂いしかしなかった。

 

「いいんだ。お前はまだ何も知らない」

 

 ミヒルの腕力がグイグイと増し、顔を真っ赤にした一美に鯖折りをかけんとばかりに締め上げる。そして更に言葉をかけた。

「知ってなくて当然なんだからな。ほんと、お前を見てると昔の自分を思い出すよ」

 新兵には二種類の者がいる。上官に叱られた者と叱られなかった者だ。

 

 無論。前者は上官に死んで欲しくないからなので、上官の命令を傾聴していれば自然と古参兵の仲間入りを果たせる。

 

 一方、見放されたとも言える後者は寿命も長くはない。

 

 今、ミヒルは曲がりなりにも『戦場』で新兵を叱った。味方に背中を預け合う場所で、『死んで欲しくない』と伝えたかったのだ。

 

「とりあえず、当初の作戦は実行不可能ね。ミヒル、竹西軍曹の言うとおりにしたほうが良いわ」

 

 正面に気を取られた敵の背後に回り込む作戦にはエトナも賛成のようだ。

 

「わかった。私とマリアそして一美とアリシアで稜線の影から敵陣地に接近する。無線士の二人はここに待機して、残りはエトナと一緒に味方の救出に向かってくれ」

 

 第三○九部隊の生き残り全員が静かに頷く。この作戦がどんなに難しいものだろうと、それ以上に困難な実戦を乗り越えてきたのだ。

 その中で一人、まだミヒルに叩かれた頬がヒリヒリして少し厭戦気分に陥っていた一美であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決着

「まずい……あまりに時間がかかり過ぎる」

 

「少佐殿、終了予定時刻より二時間も余裕があります。彼女らの演習はまだまだですよ」

 

 演習を監視塔から観戦していた黒い士官服の中年男と、ツレの青年。

 

中年男のあだ名は『女嫌いの万年少佐』本名はライヒ・シュタイバーンズ。

 

ツレの青年はヘッセ・ワイゼルト。互いに戦車乗りで、かつ車長と射手のコンビでもある。

 

 ベルリン撤退戦を生き抜いた嘗ての猛者も、さほど激戦地ではないアフリカに配属されると腕時計の針にすら敏感になってしまうのだろうか。

 

「違う、そういう問題じゃないんだよ、ワイゼルト君。ここで演習開始のアナウンスと演習終了のアナウンスさえ入れれば簡単な仕事なんだが……」

 

 ライヒは手持ちのクリップボードに挟んだ『連合空軍航空機飛行予定表・トリポリ上空』の書類をヘッセに手渡す。

 

「確かに、私達がネウロイに徹甲弾を撃ち込んで『生還する』よりは簡単な仕事ですね」

 

 慣れた手つきで六月のページを開き、今日トリポリ周辺を通過する航空機の有無を確かめる。

 

「そろそろ連合軍の航空隊が通過予定時刻ですが、それがどうかしたのです?」

 

 連合軍の航空機であれば通過前に無線連絡が必ず入る、それに民間の航空機は彼らに随伴する事が多い。

 

 ライヒはじわじわと垂れる額の汗を拭い、いつになく重たい唇をもごもごと動かす。

 

「実は、昨日のネウロイ襲撃の件で上層部がトリポリ駐留部隊の監視能力の低さを疑ったのだよ……」

 

 はぁ~、と深くため息。そしてライヒは続きを始める。

 

「上層部は“ネウロイが如何にしてトリポリまで接近できたのか探る必要がある。検分に向かう部隊は丁重にもてなしてやってくれ”と言われたのだ」

 

 確かに、ネウロイの行動パターンや進行ルートを見極められるのは地上からでは無理だろう。しかし、ちょうど陸戦ウィッチ達の模擬戦中に上空を通過するのは、何か嫌な予感しかしない。

 

「早く終わると良いですね、模擬戦」

 

 何かを悟ったようにカールスラント陸軍のヘルメットを被り、戦車眼鏡を装着したヘッセだった。

 

―――――――――――――――

 

 

「とりあえずエトナ達が敵の注意を引いてる内に決着を付けないとな」

 

 B17の胴体に隠れた十人前後のウィッチを背後から攻撃する為に稜線の影から回り込み、そこで指示を出すミヒルと随伴するマリア、一美は歩行脚のエンジンを切り、機会を待っていた。 エンジンの駆動音で相手に場所を気付かれてしまう危険を未然に防ぐ為だ。

 

「あのエンジンの裏から狙撃すれば数人は倒せそうですね。アリシアを呼んで狙撃させましょう」

 

 無線士から銃手となったシャロンの無線機を引き継いだマリアが無線の受話器を手に取り、

声を抑えてアリシアに自分達と合流するよう要請する。 暫くしてアリシアが到着すると、彼女も歩行脚のエンジンを切った。

 

「ビエナット曹長ただいま到着。 んで、狙撃ポイントはどこです?」

 

 アリシアの穿く歩行脚はM5スチュアートと言う軽歩行脚だ。 搭載可能火器やシールド強度を犠牲に軽快な走行を実現した当機はリベリオン陸軍のスカウトウィッチ達を始め、多くの部隊で評価を得ている。

 

「あのエンジンが見えるか? あの裏から狙えばB17の胴体から死角の位置で狙える筈だ。お前の腕なら大丈夫だろ」

 

 ミヒルがB17の胴体からやや斜め後ろに転がる焼け焦げたエンジンを指差す。

 

「がってん! 私とコレさえあれば四人は片付けられますよ!」

 

 自信満々に自らの小銃を一美達に突き出すアリシア。 それはガリア製の狙撃眼鏡を装着したスプリングプレインス製M1903ライフル、初期のリベリオン軍が使用したボルトアクション式の小銃だ。

 

「よし、 じゃあ行ってこい。 私の期待を裏切るなよ」

 

 あいあい と口早に返事をしたアリシアは歩行脚の履帯を使わず、走ってエンジンの裏へ滑り込んだ。 幸い敵にも見つかっていない。 陰から覗けば敵役のウィッチがエトナ達に雨あられとペイント弾を撃ち込んでいる。

 

「(距離は……ざっと四十メートル―――風は向かい風―――手前のあの子はラベンダーの香水ね……まず一発!)」

 

 狙撃眼鏡に右目を押し付けたアリシアは狙いを付けたラベンダーの匂いがするウィッチめがけて素早く引き金を引いた。 ドパァンと低音の銃声が響く。

 

 一美達には良く見えなかったが、 ラベンダーの匂いがするウィッチの右胸には赤い塗料がベッタリと付着していた。

 

 未だに見つかっていないのを良いことに、アリシアは続けざまにB-17の胴体に隠れた生き残りを狙撃して行く。B-17の胴体から少し離れた場所に置いてある千切れた先端部に隠れている数名の敵が狙撃されていることに気づき、サッと身を隠す。

 

 B-17の胴体に隠れていた全てのウィッチが体のどこかしらに赤い塗料を付けて外に出てきた。 どうやら胴体部の制圧は終了したようだ。 放送席の実況も彼女達の名前を忙しく読み上げている。

 

 

「アリシアの地点からだと先端部の狙撃は無理だな。だが相手は隠れたまんま、さっさと接近してさっさと終わらせよう」

 

 そう部下に言って聞かせたミヒルの目には、残骸の向こう側でエトナ達が手信号を繰り返しているのが見えた。 釘付けにされていた味方の救出作業が終了した事を知らせたいようだ。

 

 残るはB-17の顔である機首に隠れた三人ほどの敵。 こちら側は二倍以上の戦力を残している。操縦席に二人、機首銃座に座るのが一人だ。

 

 ミヒル達別働隊は歩行脚のエンジンを入れ、突撃準備に入る。 一美も自らの歩行脚へ息を吹き込み、 背中に背負ったMG13機関銃を地面に置く。

 

「一美が八秒間の事前射撃を行った後、 残骸の影から近づいて制圧する。 必要以上の模擬弾は撃ち込むな、 けっこう痛いんだから! よし一美、撃て!」

 

 一美は車輪付き銃架に装着したMG13の引き金を絞り、銃身の跳ね上がりに注意しながら機首の残骸へ向けて援護射撃を開始した。模擬弾に詰められた塗料が機首を赤く染め上げる。それに合わせてミヒルとマリアが残骸へ向けて前進を始める。

 

「(――六つ――七つ―――八つ!!)」 頭の中で数字を数え、言われたとおり八秒目で指を引き金から離す。援護した二人も残骸に取り付いた。

 

 想定される接近戦の為にミヒルは携帯砲を――マリアはM1A1短機関銃を地面に置き、各々が腰のホルスターから拳銃を引き抜く。

 

「(おいマリー、上官命令だ。先に突入しろ!)」

 

「(冗談きついっすよ体長。いつも菓子が食べれるのは誰のおかげだと思ってるんですか!)」

 

 機首の切断部で待機している二人は小声でどちらが先に突入するか揉めていた。

 

 ミヒルの拳銃は9mmルガー弾を使う『尺取虫』のルガーP08、マリアの拳銃は11.7mmのガバメント自動拳銃だ。どちらも接近戦なら無類の強さを誇るが、使う本人が怖じ気づいているなら性能を発揮できない。

 

「(わかった、わかりましたから隊長! だからこっちに銃を向けないで下さいよ!)」

 

 争いはミヒルがルガーの銃口をマリアに突き付けたことで収束した。マリアは溜め息混じりにガバメントの遊底を引き、初弾を薬室へ送り込む。ミヒルも同様にルガー本体後部のトグルを引っ張る。

 

 マリアは機首に隠れている敵がエトナ達へ射撃を再開したのを見計らい、彼女達が持つ携帯砲の砲身を交換する瞬間を突入の機会とした。

 

「そろそろ砲身が焼けそう……ジャニス、交換するから援護して!」

 

 機首の中から銃声に紛れてそんな声が聞こえてくる。続いて携帯砲の砲身を機関部から引き抜く音が聞こえた。

 

 遂にチャンスは回ってきた。操縦席に陣取る二人のうち一人は砲身の交換中、もう一人は弾幕の不足分を補う為に視界はエトナ達に釘付けだ。さらに一人は前方機銃座の座席を利用していた情報が入っていたので、今は真後ろが完璧にガラ空きなのだ。

 

 まず始めにマリアが機首へ突入した。砲身の交換を終えたウィッチが携帯砲をマリアへ向けるが早いか、マリアのガバメントが先に火を噴いた。

 ゼラチン質の塗料塊が彼女の携帯砲に――腹に――腕に――胸に当たって行く。異変に気づいたジャニスと呼ばれたウィッチが振り向くが、彼女もまたマリアに撃たれ、両脚と右肩に模擬弾を受けた。

 

 残る前方機銃座のウィッチは自らの後ろに敵が回り込んで来た事を理解したのか、風防から突き出していた携帯砲――オルガを倒した得物を捨て、振り向きざまに彼女も腰の拳銃を引き抜いた。

 

「チェックメイトだ! くらえ!」

 

 勝ち誇った顔でマリアはガバメントの遊底に乗っかる照門と照星の三点を真横一文字に並べ、彼女の腹部めがけて引き金を絞る。

 

 バチン、と乾いた金属音が操縦席に木霊する。実は今まで腰だめで射撃し、ここにきてはじめて右目で照準を覗いたマリアはガバメントの遊底が後ろに引ききったままな状態なのに気づかなかったのだ。

 

「きゃははっ! 馬鹿ね、自分の残弾も覚えてないなんて!!」

 

 相対する敵のウィッチは必死に弾薬ポーチからガバメントの弾倉を探すマリアを笑い、自らの拳銃をマリアに向ける。ルガーによく似たノイエ・カールスラント製のP38拳銃が日光で妖しく光っていた。

 

 P38拳銃の引き金は躊躇うこと無く指をかけられた。突き出た銃身から模擬弾が放たれ、マリアの開かれた胸元に色の花を咲かせる……はずだった。

 

「(あれ? おかしいな……)」

 

 自信満々に引き金を絞ったウィッチが疑わしそうに弾の出ないP38拳銃を持ち上げる。

 

 あれぇーおかしいわねー。そう彼女が呟いた瞬間、マリアの後ろから銃声が聞こえたかと思えば、彼女はP38拳銃を投げ出し、眉間に真っ赤な塗料をつけて機長席に力無く寄りかかる。

 

「馬鹿なのはお前だ。安全装置(セーフティー)が入りっぱなしだぞ」

 

 なかなか決着がつかない機内の状況を心配したのか、マリアには荷が重かったと反省したのか、はたまたヒーローは遅れてやって来る展開を待っていたのか定かではないが、ついにミヒルが颯爽と機内に現れたのだ。

 

「ふ、二人もいるなんて聞いてないわよ!」

 最後の抵抗と言わんばかりに文字通り顔を真っ赤にしたウィッチがミヒルとマリアに怒鳴る。

 

「ふん、私達を倒したところで外には羽毛が目立つけど機関銃を構えた待ち伏せが一人いるわ。あと、さっきから持ち場を離れてずっと操縦席を見物していた狙撃手が一人。彼女達を倒せたところで前方の牽制に手一杯だったあなた達が勝てたのかしら?」

 

 ミヒルが弱者を見る目で彼女を見下ろす、敵は最初から籠城戦を行うのに後方の警戒を怠ったのが敗北の原因だろう。

 

 少しもリスクを負わずに回り込めた事にミヒルは光惚し、快感さえ覚えていた。今も敵の隊長を見下ろしていると背骨の中の神経がぞくぞくするのだ。

 

「隊長~助かりましたよぉ~!」

 

 死体役のウィッチ達がいるにも関わらず、マリアは思い切りミヒルへ抱きつく。

 

「ばっ……お前やめっ! どかせっ! お前の右足が私のアレに当たって……あうっ!」

 

 その頃、観客席や本部からも中の様子は見れないので、皆が固唾を飲んで見守る。今までは談笑していた『墓地』で待機する退場したウィッチ達も自然と静かになっていた。

 

 きっと残骸内で熾烈な戦闘が起きているに違いない。それは誰もが思っていたことだった。でも操縦席の様子を見れたのは機内の死体役と、照準眼鏡越しに見物していたアリシアだけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ニワトリと星

「マリアさんマリアさん!! マリアさんのミドルネームの『T』ってどういう意味ですか?」

「おぉよく聞いたな、じゃあ一美にだけ教えてあげよう……実はな…『トーマス』なんだよ」

「えっ……」


[訓練の結果、第三○九統合戦闘装甲団のウィッチが勝利を収めました!]

 

 観客席に付けられたスピーカーから模擬戦の決着を伝える放送が流れる。カメラを構えた報道陣や撃たれて退場していたウィッチが我先にと帰ってきたウィッチ達に群がった。

 

「ふー、やっと終わった……」

 

 いまいち出る幕の無かった一美の周りには一人の記者も集まらない。記者のような矢継ぎ早に言葉を投げてくる人は苦手だったが、やはりインタビューの一つでも来て良いんじゃないかと思い、溜め息が出た。

 

「お疲れ~!最後まで生き残ったなんて凄いな!私なんて真っ先に帰ってきたのに~」

 

 さっさとテントへ帰ろうとする一美を第一敗者のオルガが引き留めた。塗料で汚れた上着は脱いだのか、オルガの上半身は黄色がかった白シャツを着ているだけだった。

 

「は、はい!なんとか生きてました!!」

 

「よしよし、それでこそ私の子分だな♪」

 

「いつ子分にしたのさオルガ、一美は私が拾ったんだぞ?」

 

「あ、マリアさん!お疲れ様です!(私を拾ったって……)」

 

 二人の会話にマリアも参加してきた。何だかんだ大活躍した彼女に記者がくっついていないところを見ると、手柄は全てミヒルが持って行ってしまったようだ。

 

「皆さん、拾うなんて言葉を使って恥ずかしくないのかしら?仮にも人間でしょう?」

 

 そこへ塗料を垂れ被ったクリスも現れた。既に塗料は洗い落としていたようで、やけに髪の毛が湿っていた。

 

「(に……人間!? 仮にも!?)」

 

 自分の扱いの酷さに目を白黒させる一美。口の悪い愛情表現かもしれないが、何かアブノーマルな雰囲気がある愛情だ。

 

「お、もうお前ら集まってたのか。全く仲良しだな」

 

 彼女達の輪に取材を振り払って来たミヒルにエトナやヘレーネ、レイ、シャロンといった別働班も輪に加わる。

 

 それから数分間に渡って各々の良かった点や悪かった点を言い合い、戦闘隊長であるエトナが手帳に内容を全て書き込んだ。いわゆる反省会(デブリーフィング)である。

 

 一美も訓練生時には演習終わりに同じような事をやっていたので割と違和感なく溶け込めたようだ。

 

そんな時だった―――

 

「(ん……何か来る…演習場から百キロメートル地点……数は三個以上だけど倍以下…んんん…形状まで分からない、かなり低く飛行してる…)」

 

 全員が一通り意見を出し終えた時、演習場の遥かかなたから飛来する物体をレイの魔導アンテナが捉えた。大まかな座標は特定できたが形状までは分からない。しかし、飛行物体は高度十メートル以下で接近してきている事は分かった。

 

「レイどうした? アンテナ出てるぞ?」

 

 青い光線で編まれた笠型のアンテナがレイの頭上でくるくる回っていたのにミヒルが最初に気付いた。

 

「ネウロイじゃない何かが飛んできてるです。それも綺麗な編隊で……」

 

「なに? 綺麗な温湿布だって? 帰ったら肩に貼りたいな~」

 

 マリアが肩を回しながら呟く。

 

「Fomentation(温湿布)じゃない、Formation(編隊)だ。これだからリベリアンは……」

 

 すかさずミヒルが間違いを正す。

 

「(マリアさんとアリシアと一緒に私がリベリアンで一括りにされた……)」

 

 西海岸育ちな自分と東海岸育ちなマリア、中部育ちのアリシアとを一括りにされたロゼがどんより落ち込む。

 

「そんなこと言ってるうちに来てますよ皆さん!」

 

 一美の言う通り、複数の機影は演習場へ入る寸前で高度を上げながら彼女達の頭上を通過する。その存在に見物客や他隊の隊員も気付く。

 

「あらぁ~、航空歩兵さん達がやって来たわねぇ~♪」

 

 待機場の真上で進路を反転する際も、編隊が乱れる事はなかった。まるで一つの飛行物体のようだ。装甲歩兵の大半はあまりの美しさに見とれてしまっていた。

 

「でも何か様子が……撃っただと!?」

 

 航空歩兵が撃ったのは地上の装甲歩兵。撃たれた彼女は腹を押さえてよろよろと地面に倒れる。ミヒルは自身の目が捉えた映像に誤りが無いか何度も頭の中で再生した。

 

 美しい花には棘があるものだ。上空の航空歩兵達は突如として地上の装甲歩兵へ向け攻撃を開始した。逃げ惑う者や抵抗するにも容赦なく銃撃を加えていく。

 

「あいつら頭おかしいよ! 早く隠れないと!」

 

「う、撃て!!」

 

 逃げ腰なオルガの意見は通らず、エトナの命令に従った隊員達は急いで手に持つ武器を構えて引き金を絞る。

 

「あれ?……しまった模擬弾だ!!」

 

 シャロンの携帯砲が弾詰まりを起こしたと思えば、真っ赤な塗料が砲口から垂れ落ちた。さっきまで演習を行っていた自分達は実弾なんて持ち合わせていない。

 

「いいから撃ちなさ……」

 

 携帯砲を航空歩兵へ向けたヘレーネへ向けてヒュンと流れ弾が飛び、運悪く弾はヘレーネの下腹部に命中する。

 

「あ~らら、なんだか……眠く」

 

 ヘレーネの頭から使い魔であるアライグマの耳が消え、腰から出ていたしましまな尻尾も同様に消え去った。ヘレーネはその場にばたりっ倒れ込んだが、すやすやと寝息を立てている。

 

「麻酔? 魔力を吸い上げる奴かな?」

 

「くっそー! こんな時に部隊の医療担当がやられるって、そりゃないよ!!」

 

「オルガもロゼも黙ってろ! 急いでテントまで走れッ!」

 

 ミヒルが歩行脚を起動し、自分達のテントまで向かう。何発かは撃ったものの、気づかれてはいなかった。後の者もミヒルに続き、歩行脚を起動させた。一美も仲間に続いてテントまで走ろうと歩行脚のエンジンを起動させたかに見えた。

 

 が――――

 

「(あれっ……エンジンが、エンジンがかからない!! エンスト!?)」

 

 我先にとテントまで逃げ込む隊員達から取り残された一美。真っ白な羽毛をフリフリさせながら必死に歩行脚のエンジンをかけようてしていた。

 

 恐らく砂塵が駆動輪から内部に入ってしまったのだろう。エンジンをかけようとしても詰まった砂が邪魔をして異音を発させるのだ。

 

「(どこでも良い、どこでも良いから隠れないと!)」

 

 皆が逃げ込んだ部隊専用のテントまでは距離が有りすぎる。仕方が無いので一美は真横に建っていたテントの隙間から中へ潜り込む。

 

「(誰もいない……安心安心、えへへへ)」

 

 逃げ込んだテントは備品置き場らしく色々な機材を詰めた木箱が沢山並んでいた。一美は木箱の間にしゃがみ、ここなら大丈夫だと安心しきっていた。

 

――――――

 

「敵の総数は幾つだ!」

 

「凄い機動をしながら装甲歩兵を狩っているのが一人、それをもう一人が援護してます! あっ……まだ上にも二人います!!」

 

 戦いを始めていたのは魔女だけではない。突然の襲撃で慌てふためいている一般兵士達も大半が上空の彼女達の銃弾を浴び、眠ってしまっていた。見物に来ていた観光客や記者達は被害を被っていないのを見るに、飛行脚を穿いた魔女達は相当の手練れだろう。

 

 既に櫓を降りていたライヒとヘッセも自分達の戦車に同乗する仲間と合流し、模擬弾を装填し対空銃架に据え付けられたMG42で以て上空のウィッチへ反撃していた。

 

別に撃墜しようとは考えていない。侵入コースさえ阻害すれば痛い思いをしないで済むからだ。

 

「くそ、早すぎる! 化け物か!」

 

 ヘッセは銃架に付いている環型照準器を忙しく振り回し、上空のウィッチを照準の中央へ収めようにも動きが早くて適わない。

 

「やはり、黄の14か……奴が来たのか…」

 

 侵入コースの阻害もあえなく、弾幕を突破しながら仲間達へ模擬弾を命中させながら上空を掠めていったウィッチの顔をライヒは見逃さなかった。

 

 それは、アフリカ方面カールスラント空軍の略帽を被り、紫外線で脱色しかけている短髪を靡かせたウィッチが駆けて行く光景。

 

 彼女がいるなら―――間違いない、『黄の14』は近くにいる!

 

 ライヒが制帽を脱いで空を見上げようとした時、背中に何か柔らかいものが命中した感触を覚えたと思えば、轟音を立てて背中側から前方に頭上を掠めて行くウィッチと偶然目が合った。

 

 黒革のフライトジャケットに薄いピンク色をした長髪がビビットである彼女は嘲笑的な眼差しでライヒを一瞥すると、そのままテントの密集地へと飛んでいってしまった。

 

 瞼が重いライヒが見たのは、彼女に生えていた鳥の羽と、飛行脚に描かれていた『黄の14』の文字。

 

 第31統合戦闘飛行隊「アフリカ」、又の名を「ストームウィッチーズ」――――アフリカ戦線に於ける最強の火消し部隊がトリポリへやってきたのだ。我々の警備の甘さを身をもって体感させるために。

 

「くそっ……こんな流れ弾みたいな弾で……我々に貴女達が撃てない事なんて分かっていた筈…だったのに」

 

 いくら撃ってきたとはいえ、救国の英雄となるべきウィッチに銃口を向けるなんて事は許せなかった。機が熟した時、必ずや祖国カールスラントを救ってくれる。我々に出来なかった事を成し遂げてくれる存在だからだ。

 

 特殊な模擬弾の効果で視界がぼやけ、遂にライヒは砂の上に仰向けに寝転んだ。黒い戦車兵の制服に細かい砂がつき、傍らに落ちた制帽も既に砂まみれとなっていた。

 

 空襲に不慣れな装甲歩兵達は予測射撃もままならないままに狩られ、睡眠状態へ移行してしまう。運よくテントに逃げ込んだ者は助かったが、それも上空の巨砲を携えたウィッチがテントに模擬散弾を打ち込むまでの数分間のみだった。

 

 彼女達「アフリカ」の狩りは続く。まるでアフリカの砂嵐そのものが装甲歩兵である彼女達に挑戦をしかけているような光景が演習場にあった。

 

「(あ~。早く帰ってくれないかな……ちょっとこのテント暑苦しいなぁ…)」

 

 そんな事もいざ知らず、隅にあるテントの中で汗を拭っていた一美だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空飛ぶニワトリ

「じゃ、じゃあどうしてトーマスなんて名前が真ん中に?!」

「私のパパが役所に名前を出すとき、ミドルネームに祖父か祖母の名前を付けたかったらしくてな」

「女の子だったら祖母、男の子だったら祖父の名前にしようと思ったんですね?」

「そう、そして生まれた当日にパパは役所へ出生届を提出したのさ」

「あぁ……そこでですね?」

「つまり、そういうことさ」

「あっれ? リベリオンってどこの州も住民票なかったような、中尉は選挙登録でもしてるんです?」

「おおアリシアか、きっとおまえ保険入れられてないよ……」

「えっ」


 アフリカ隊の襲撃を受けた演習場は一転として静まり返り、点々と装甲歩兵や兵士達が寝転んでいた。

 

 報道陣や見物客は天蓋を張った古い防空壕へ逃げ込み、時折カメラを持った者が現れて数枚写真を撮っては駆け込む。

 

「全ての装甲歩兵を制圧。指令書通りだけど、やっぱり奇襲攻撃はダメだよティナ」

 

「予定到着時刻から三分遅れてたんだ。なに、遅れを取り戻しただけのことだろう?」

 

 本部のグライフより数メートル上空を浮遊していたライーサ・ペットゲン少尉は、ティナと呼ばれた目の前のハンナ・ユスティーナ・マルセイユ中尉を諭していた。それでもマルセイユは楽しかっただろと意味不明な事を喋っている。

 

 いくら何でも味方を撃てと言われたから撃っただけで、ティナみたいに半ば遊び半分だったわけじゃない。楽しそうだと隊員の過半数が参加に賛成したからこうなっただけで、自分は最初から来たくは無かったのだ。

 

「ハンナ、とりあえずはココの責任者に事情を説明しないと……」

 

「悪い、それっぽい奴を撃った」

 

「な、何ですって!? じゃあ真美、地表に降りて話が出来そうな人を探してきて」

 

 マルセイユとライーサが浮遊する地表よりうんと高い上空百メートル地点で旋回を続けるアフリカ隊の隊長、加東圭子はライカのファインダー越しに話の分かりそうな佐官を探し始めた。

 

 了解です。と加東の命令に頷き、地表へ降下した隊員の稲垣真美軍曹は、意識のありそうな人影を捜索を開始した。しかし地上は嵐の去った後のような静けさで、話が通じそうな人すら見当たらない。

 

 マルセイユを覗くアフリカ隊の面々は少々困惑してきていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 その頃、天蓋に隠れていた一美は目の前の木箱を解体していた。最初はどかすだけと考えていたが、箱の中から嗅ぎ覚えのある匂いにつられて無意識な内に釘抜きを手にしていたのだった。

 

「(う~ん? 解体しちゃまずかったかな……どうみてもストライカーユニットだし…)」

 

 木箱の中から現れたのは新品の飛行脚だった。魔導エンジンが積まれているので宮藤理論発表後の物らしい。機体には弓道に使う的のようなラウンデルが描かれており、最初はブリタニア空軍の顔であるスピットファイア系列の飛行脚だと思っていたが、胴体がやたらずんぐりむっくりだし、第一に名前は木箱に焼印されていた。

 

「(名前……ん、『マートレット』……?)」

 

 名前が違えばスピットファイアではない、それぐらいのことは一美にもわかる、これ以上触ってはいけないことだってわかる。だが生まれて初めて見た戦闘用の飛行脚、一美はあらぬ思いを抱いていた。

 

「(ちょっと穿くだけ、穿くだけ~♪)」

 

 機械油が漏れて足にかかり、尋常じゃないむず痒さを生んでいたミヒルの一号歩行脚A型を脱ぎ捨て、固定具についたマートレットに両脚を通してみた。

 

 どうやら死蔵品らしく使われた形跡も無い。ラダーも昇降舵も練習機のそれより素直に反応する。やはり戦闘用は一味違う、そんな感想を言いたくなるほど良品だった。

 

 もっといじりたいと思った一美は固定具に挟まれていた説明書を手に取り、じっくり読み始めた。

 

 この飛行脚はリベリオンからブリタニアへ貸与された飛行脚『F4Fワイルドキャット』であり、相違点は胴体のラウンデルと表面の塗装ぐらいである。ワイルドキャットが紺色なのに対してマートレットは黄土色だ。

 

 本来はリベリオンがガリアへ向け八十機を輸出するはずだったのだが、そのガリアがネウロイに滅ぼされたので受け取り手がいなくなり、ブリタニアへ給与された経緯がある。

 

「大体の操作は赤とんぼと変わらないよね、エンジン始動だけやってみよ」

 

 間近で見た海外製の飛行脚、それが今自分の思い通りに動かせる。こんな機会を逃せるはずが無い。興奮冷めやらぬ一美は飛行訓練の際に使ったエンジン起動手順を正しく踏むため、魔力を両脚から放出させる。次第にマートレットの表面が青白く輝き始め、排気筒からバスンバスンと空気を吐き出しながら光のプロペラは回転を始める。

 

「(あれ? エンジン起動だけならプロペラは回らないはずじゃ……?)」

 

 固定具の周りに扶桑の魔方陣が現れ、禍々しい光がテントの中を照らす。一美自身には離陸の意思は無い。だとすれば離陸の意思がある存在はもう一人。いや、一羽だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ちょっとすいませんケイさん。あのテント光ってません?」

 

 一美のいるテントの異変に最初に気づいたのは稲垣だった。テントの周りには自分達が離陸するときに発生する魔法陣と同じものが現れている。

 

「扶桑の魔法陣みたいね。でも扶桑の魔女がここ(アフリカ)に来てるはずが無いと思うけど……真美、見に行って」

 

 いくら情報通の加東でも昨日今日の事は滞在地の事ぐらいしか分からない。まして装甲歩兵の事情なぞ知る由も無かった。

 

「(私達以外に航空歩兵? そんな話は聞いたことないけどなぁ……)」

 

 稲垣はテントの近くに携行する八十八ミリ砲を置き、テントの真上五メートルの地点まで移動し、そのまま静止していた。ネウロイじゃない事は確かだが、幽霊かもしれないと怖がっているようにも見える。

 

「この中……この中にいるんだよ……ね?」

 

 恐る恐るテントの天井に近づき、布を捲ろうと手を掛けた瞬間、それは起こった。

 

「とめてぇーー!!」

 

 そんな声と共に何かが天井の布を突き破って飛び出してきたのだ。その黒い物体は稲垣の胸部に衝突し、そのまま抱きついてきた。残念賞な稲垣の胸は衝撃に耐えられるようなものではなく、かなり痛そうに顔をしかめていた。

 

「やった止まって――――ない!?」

 

 稲垣にぶつかった黒い物体は言葉を発した。それは黒髪を生やした頭だったのだ。その頭の下は扶桑陸軍の制服ではあったものの、自分達が着ているような戦闘用ではなく濃緑色の平常軍衣、訓練生か装甲歩兵科の着る制服だ。

 

「ちょっと!! あなた離れなさ――――」

 

「お願いだからエンジンの切り方―――――」

 

 二人の目が合った時、言葉が止まった。見覚えのある顔が目に入ったからだ。

 

「もしかして竹西?!」

 

「そういうあなたは稲垣先任じゃ!?」

 

 二人は面識があった。それは訓練学校の卒業生と後輩という関係。そして稲垣の訓練生時に近接格闘演習での決着が決まっていない相手でもあった。

 

「なんでアンタがここにいるのよ!!」

 

「ここで遭ったが天祐! あの時の決着、つけちゃいましょう!!」

 

 抱き合った二人は空いてる手で相手の体をポカスカと叩き、飛行を妨害しようとする。しかし相手を叩こうとする度に自らのバランスを崩し、思うようにダメージを与えられない。

 

「私は装甲歩兵として生まれ変わるんです! その為に先任は私の人生の礎になってもらいます!! そしてヘレーネさんの仇!!」

 

 一美は稲垣の腰に提げられたホルスターから南部式拳銃を抜き取ると、弾倉の端が模擬弾用に青く塗られているのを確認してから稲垣の腹部へ向けて発砲した。発砲音をほぼ同時に青い塗料で稲垣の下腹部が染まり、稲垣はふらつきながら飛行高度を下げて行く。一美はゆっくりと揉み合いから離脱し、高度と速度を稼ぐために緩い上昇を始めた。

 

「(装甲歩兵としてって……おもいきり飛んでるじゃん……なにそれぇ…)」

 

 思いがけぬ奇襲をくらった稲垣は背中から地面に着陸する。青い塗料をくらうと飛行脚の出力が制限され、最後には着陸せざるを得なくなるのだ。ふと横を見れば、とあるテントの入り口手前で自分が停止していたことに気づく。

 

「(やばい、早く逃げないと!!)」

 

 テントの中にいる装甲歩兵達に気づかれて捕まれば何をされるか分からない。稲垣は自らの飛行脚である三式飛燕を脱ぎ捨てようとじたばたするが、既に羽交い絞めにされテントの中に運ばれていた。稲垣が最後に見たのは、そのテントの隣に『309』と書かれた木の札だったという。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闘鶏

「そういや扶桑ってミドルネームが無いよな?」

「明治時代に姓名のあり方が制定されたんです。それ以前はミドルネームみたいなのがありましたよ♪」

「どんなのだ?」

「えーっと、『因幡守』とか『筑紫守』とか『刑部省』とかでしょうか……」

「なんか、とっても古い情報を聞いた気がする……」


「ティナ!!あいつマミを倒したよ!」

 

「グラマーのF4Fか、奇襲なら飛燕が相手でも打ち勝てるだろうが……これ以上は無理だな。行ってこいライーサ!」

 

 一部始終を見ていたライーサとマルセイユ、二人は高度を稼ぐ扶桑のウィッチを許さず、自分達が相手をする姿勢をとった。

 

 しかし一対一のサシで勝負したいのか、ライーサが戦闘機動に入ってもマルセイユはその場を動かなかった。

 

「(やっちゃった……先任に零距離で撃っちゃった!)」

 

 その間にも一美はマートレットの魔導エンジンのスロットルを上げ、地上から百メートル地点に差し掛かっていた。

 

「(しかも……後ろからもう一人来てるー!!)」

 

 一美が操るマートレットは垂直面での軽快さが売りのBf109にいとも簡単に追いつかれていた。

 

「(あのシルエットはマートレットのMk.1だ。旋回性能はあっちが上だけど直線上にいるなら勝てる……墜ちてもらうよ!!)」

 

 真美がやられた報復か、ライーサは躊躇いも無くMG34の引き金を絞った。しかし曳光弾の描く綺麗な線上に彼女の姿は無かった。一美は幸運にもすんでのところで右に旋回し、攻撃してくる航空歩兵を振り払おうとしていた。

 

「(しまった! 避けられた、まずい!!)」

 

 ずんぐりで鈍重そうな風体をしているマートレットもといF4F、実は旋回性能がカールスラントのBf109のそれより高い。だからこそライーサは最初の一連射で勝負を付けたかったのだ。しかし彼女は勝負を付けられなかった。すでにマートレットを穿いたウィッチは必死に右旋回するライーサの頭上を抜け、背中を向けながらライーサの後方を左に抜けて行く。

 

「ちょっと! わたし左に曲がりたかったのに!? どうして言うこと聞かないの?!」

 

 恐懼するライーサと打って変わり、一美は自分の意志で飛んでいるわけではなかった。どうやら使い魔が勝手に操縦しているらしい。そうでなければ訓練生だった一美は先ほどのライーサの一撃で全身を塗料で染めていただろう。

 

[左に旋回するラダーの効きが甘いんだ! 右旋回を守らないと尻掘られるぞ!!]

 

 一美と契約した使い魔の鶏である吾郎は模擬戦開始時から必死に一美へ言葉を投げかけていた。しかし彼女は対話できる媒体である試験品の軍刀を提げてなかったのを見て話すのを辞めようと思った。だが吾郎は一美を信じて喋り続けていたのだ。いつか刀なんて解さずに話し合える日が来ることを願って。

 

「あ、でも撃ってきた人が前に見えてる……凄い、凄いよ吾郎!! これならあの人に勝てるかもしれない!」

 

[喋ってる暇があったら近付け! 近づいてから撃て!! 俺達に機関銃なんて武器は無いんだ!]

 

 大幅に旋回半径をとるBf109に対してマートレットは容易に後方を占位していた。旋回半径が小さいおかげで一美はライーサの上方から銃撃をけしかける事が可能だったが、持っている武器は真美より奪った八連発の十四年式拳銃が一つだけ。しかも一発を使ったので中には七発しか入っていない。

 

 少々無理をしている旋回で両腕を突き出し拳銃を構えるだけでも辛い。風が目に当たって瞳が乾く。目が乾きがちな一美は訓練生の実習飛行・演習中には航空眼鏡と飛行帽を使用していた。

 

 ライーサとの相対距離を十メートルまで縮めた一美が拳銃の引き金を絞り、ライーサの背中へ模擬弾を発射するも、すんでのところで弾はライーサの股の間をすり抜けた。

 

「(今のは下にずれた。じゃあ次は少し上を狙う!)」

 

 一美は初弾で対象へ命中させるほど動体射撃は上手く無い。だからこそ一発目で大まかな見当を付けたのだ。

 

 もう一度、拳銃から模擬弾が放たれ、ライーサの右足に穿いていた飛行脚にベシッと着弾する。特殊な塗料はライーサの飛行脚から魔力を放出させ、両飛行脚の出力に大幅な差異が生まれた。

 

「まずい! 右足に力が入らない!? やられた!!」

 

 必死に右の飛行脚へ魔法力を流し込むライーサだが、次第にプロペラは息をつき、流し込んだ魔力すら放出されてしまった。おかげでライーサは左側の飛行脚だけで不安定な飛行を続ける羽目になった。

 

[今だ! やれ一美!!]

 

「(もう一人いたはず……どこだ?)」

 

 一美はライーサに戦闘能力が無いと踏んでもう一人の影を探そうと左にラダーを切った。

 

「(甘いなぁ……カールスラントの、アフリカの星の僚機である私はね、これぐらいじゃ倒れないよ!)」

 

 片肺になったライーサは一美が左旋回に入ったのを確認し、八の時を描くように一美の後方をとらえる事に成功する。フラつく体を制御しながらMG34を構え直し、銃口から突き出た針型の照準を一美の後頭部に合わせ、引き金に指を掛けて射撃態勢に入った。

 

 それと同時に一美は目の前に緑色の物体を荷台に載せたトラックが迫ってきていた。

 

[おいバカ一美! 後ろ後ろ!]

 

「(うわ、馬糞車が近い! あのトラックけっこう車高あるなぁ……)」

 

 演習場までテントの布やらを運んで来た馬車の馬が出した糞を集めるトラックにぶつかりそうになった一美が上昇で以てそれを回避する。馬のだろうが人のだろうが、ここリビアの砂漠では畑を作るのに欠かせない肥料になる。

 

「よくも真美と私を!! ぶちこ―――」

 

 普段、優しいライーサは怒りで我を忘れていた。なぜ見たことも聞いたこともないウィッチに真美と自分までもやられるのか、まだマルセイユ中尉が残ってはいるが、なぜ自分は倒せなかったのか、と。

 

 だから右足の飛行脚が停止していて機動力が半減していた事も忘れて、尚且つ一美が上昇する事に気づくのが一テンポ遅れてしまった。

 

 今、ライーサの目の前には緑色のこんもりしたゴツゴツの柔らかい山が見えている。ライーサは死に物狂いで旋回しようと両手に構えるMG34を上空へ放り投げ、身体を軽くした。

 

 しかし時すでに遅し、ライーサは緩いスピードで馬糞トラックの積み荷へ衝突し、グシャッという気持ち悪い水音とともにトラックが数回揺れ動いた。

 

[モズってやつぁ、どうしてこうも最後まで詰めが甘いのかねぇ……※1]

 

 吾郎はライーサの焦りによる失敗に同情しながらも一美から操縦権を奪い、空中を自由落下に任せて漂っていたMG34をマートレットの翼にスリングを引っ掛けてキャッチする。

 

「わぁ~吾郎って本当にすごぉい♪」

 

 笑顔の一美が飛行脚を撫で撫でしながらMG34を両手で構える。既に操縦権は一美に戻っている。

 

 敵は一人、だがアフリカの星の異名を持つ世界的エースだ。勝ち目は無いが、一美の精神は何故だか『負けない』と叫んでいる。もしかしたら、もしかするかもしれない。

[さあ、戦争ゴッコといこうかい? 竹西一美(お友達)]

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巨星墜つ

「オルガさん、ウィッチが弱い物って何だと思いますか?」

「いきなりどうしたんだよ一美。 んで弱い物かぁ~、ワタシだったら甘い物だと思うな。美味しいものがキライなはず無いからな」

「そうですか~(在り来りな答えだなぁ……)」

「次に、隊長は何だと思いますか?(どうせお金とか言い出すんだろうな)」

「腐った卵」

「え?」

「腐った卵」

「(それ……みんな弱いよ……)」


「おい! 外の様子がおかしいぞ!!」

 

「何だ!? 知らないウィッチがマルセイユ中尉殿と空戦やってやがる」

 

「馬鹿、 あの子は昨日トリポリを襲ったネウロイを倒した鶏っ子じゃねえか」

 

「じゃ、賭けをして良いぜ? 俺はマルセイユ中尉殿が勝つのに四ドル賭けた」

 

「うおぉ! 特ダネだぁぁ!! 撮れ撮れぇぇぇ!!!!」

 

 今まで静まり返っていた演習場に人声が漸く戻ってきた。 彼らは二人のウィッチが空戦を始めるのを見て、金に目が無い奴はどちらかが勝つか賭けを始め、 記者は被写体を目で追いながら必死にカメラを振り回す。

 

「(あの子が昨日ネウロイを実質一人で倒した子なんだな……悔しいけど、使い魔はかなりの手練れみたい)」

 

 ライーサが撃破されても全く動じないマルセイユは見知らぬウィッチがライーサと戦っていた時、彼女が取っていた回避起動は彼女自身の意思ではないということを見抜いていた。

 

「(マートレット相手じゃ格闘戦に持ち込めば分が悪いか。ライーサも格闘に弱いBf109で負けてるしな。よし、なら一撃離脱でやらせてもらうか!)」

 

 マルセイユはMG34のコッキングハンドルを引き、模擬弾が薬室に入っていることを確認してから垂直に上昇する。既に空は夕方の薄いピンク、真昼より視認性は落ちる。

 

「あれ? あの人はどこだぁ?」

 

 馬糞まみれなライーサがトラックの荷台から這い出してくるのを見届けた一美はマルセイユの姿を探していた。 先ほどまでグライフの真上にいたのだが、今は誰もいない。 その代わりに地面はテントから出てきた観客達が一美に声援を上げていた。

 

「わぁ~♪ 今日も私は人気者~♪」

 

 一美はにこにこしながら彼らに手を振り返す。

 

[馬鹿野朗! 上だ上!!]

 

 吾郎がそう言ったのも束の間、一美の頭上から重々しい風切り音が轟き、地上のテントに青い塗料の点が幾つも現れる。

 

「(どこ!? どこ行ったの!)」

 

 一美は吾郎がやったように右へ旋回し追撃を回避、そのまま体を逆さにさせて上空を見回す。 既にマルセイユの姿は無く、ピンク色の空が広がっているだけだった。

 

[さすが鷲だな。上空からの急降下で獲物を仕留めるに徹する気だな、俺たちゃさしずめ追い掛け回される鶏だな。フムン]

 

「(とりあえず回避方法は教科書を思い出して……っと)」

 

 右へ左へゆらゆらと規則的に飛行するハーフバレル機動で上空からの攻撃タイミングをずらす。この機動をしている間はマルセイユもおいそれと攻撃ができず、高度を下げまいと低い雲の中に隠れる。

 

「攻撃して来ない!? 私にびびったのかな?」

 

[おい一美、あのウィッチが誰か分かってて言ってるのか? アフリカの星相手にお前が勝てるはずが無いだろ馬鹿が! おとなしく撃墜されるのがお似合いだな]

 

「うわわっ! また撃ってきた!」

 

 逃げ回る一美の上空にマルセイユの影が現れ、その影が進路上に模擬弾を撃ち込んでくる。一美が振り向いて応戦するとマルセイユは高度を得る為に回避機動をとりながら上昇して行く。その光景はまるで狩りを楽しんでいる鷲と、鷲から必死で逃げ回る捕食対象の小動物を髣髴とさせた。

 

「頼むよ吾郎! 勝ちたいの! 空に見切りをつけるチャンスなんだよ!」

 

 軍刀が無いので昨日のように吾郎と対話は出来ない。しかし一美は彼に届くようにと必死に呼びかける。

 

[全く、仕方ないな……]

 

 そう呟いた吾郎はマートレットもとい一美の操縦権を一美自身から自分に切り替える。そう、彼女の言葉は吾郎に届いている事を行動で表現するのだ。マートレットの角ばった翼のエルロンがバタバタと動き、地面にたまる暖い風が冷やされて上空に向かう流れを掴み取った。

 

 吾郎は気流を利用し鋭い角度で上昇、そして失速の一歩手前で更に背面を地上に向けて一回転する。その動作の間に同じ程度の高さを飛ぶマルセイユを補足し、また急降下を開始した。

 

「(動きが変わっただと? ……ふふ、面白いじゃないか! 私に本気で喰いかかってくる奴なんて久しぶりだ!)」

 

 マルセイユもお遊びを辞めたのか、徹底的に一美を撃墜せんと急降下を始めた彼女を追いかけるべく、自らも降下を始めた。

 

「ふぇぇ、追ってきてるぅ……」

 

 MG34の照準を合わせて引き金を絞る以外に仕事の無い一美は後方から迫るマルセイユを確認していた。確かに地上すれすれを飛べば敵から身を隠せる、しかし敵に見つかっていればただの的になってしまう。

 

「(どうにか追い払う方法を……ピンときた!!)」

 

 腰から生える真っ白な羽毛を見て何かを思いついた一美は飛行脚を操っている吾郎に提案した。

 

 

「ねえ吾郎、今から背面飛行に移して! それとこの尾羽……冬毛だ!! 早く抜かないと大変だよ!!」

 

[まじか!! 通りで暑いと感じてたんだ!!]

 

 背面飛行に移った一美の真っ白い尾羽は物凄い速さで抜け落ちる、一美の真後ろへ流れたその羽毛はマルセイユを包み込み、彼女の視界を遮断する。あまりに突然すぎた奇襲にさしもの世界的エースでも対応できなかったのだ。

 

「くそ! 何だこれは! 前が見えないぞ!!」

 

 細かい羽毛が目に入ったマルセイユは速度を上げて羽毛を振り払おうと必死にもがく。背衣服の間に入った羽毛もマルセイユをくすぐったくさせているだろう。彼女は羽毛布団の中にいるも同然の状態だ。

 

「(慌てすぎて操縦権も私に戻ってる。ありがとう吾郎、おかげで踏ん切りをつけれそうだよ)」

 

 一美は魔導エンジンの活動を弱め、減速しながらMG34を真上に構える。そして数秒後、一美の正面に羽毛まみれなマルセイユが現れた。一美は迷わず引き金を絞り、バシッ―――バシッとマルセイユの飛行脚に模擬弾が撃ち込まれてゆくのを見届ける。本当はマルセイユ自身にも模擬弾を当てたかった一美だったが、相対速度の計算ミスと早くマルセイユを視界に捉えようと減速したせいで飛行脚にしか命中弾を出すことが出来なかった。

 

 全て一美にはスローモーションで見えていた。硝煙を纏って空中に投げ出された薬莢も――着弾して弾け飛んだ塗料の滴も――Bf109型飛行脚の光プロペラの回転も――そして、羽毛の中から垣間見えたマルセイユと目が合った瞬間も。

 

 マルセイユは体に纏わり付く羽毛の間からこちらに銃口を向けるウィッチの姿を見ることが出来たが、自らのMG34を構える暇すら与えられなかった。運命の女神(フォルトゥナ)なんてものは気紛れで、たまには大金星をあげる新米の姿でも見たかったのだろうか。どちらにせよ、アフリカの星は運命に見捨てられた。今まさに、名も知らないウィッチに飛行脚へ模擬弾を撃ち込まれ、演習を落伍するマルセイユが誕生した。

 

「ちょっとミヒル! あいつアフリカの星を倒したぞ!! こっから見える!!」

 

「いいからエトナも捕まえたこいつを押さえるの手伝ってくれよ。たぶん一美より残念な乳してるなこいつ」

 

「やだー! そこまで私はアイツに負けたくないですー!!」

 

「後で比較するから正面と真横、フラッシュ焚いて……撮る!」

 

 それは全世界の装甲歩兵達が夢見ていた「一度は有名な航空歩兵をぎゃふんといわせたいよね」という願いを叶えた瞬間でもあった。同じ時、309のテントでも有名な航空歩兵を「ある意味」ぎゃふんと言わせ、その一部始終を部隊の記録係によって撮影されてしまったのは内緒である。

 

  

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

しろい、ちっさい、ふかふかする

「やーい、クリスは島国の変質者~♪」

「汚い言葉を使いますわね、ロンカイネン少尉殿。私はちっとも変じゃないですわ?」

「クリスさん、島国の変質者って言われる気分はどうですか? 全然想像できないです(嫌味)」

「一美さん?あなたの国も島国ですわよ、まじでけんか売ってんのか殴るぞ」

「ふぇぇ……ごめんなさいぃぃぃ」


「凄いぞ! 誰かがアフリカの星を下した! 賭けは俺の勝ちだ!! 大穴狙いが的中したぜ!!」

 

「誰かがって何だよ、あの子の名前は……なんてんかな?」

 

「だから昨日トリポリを守った……名前が出てこない」

 

「これは大ニュースだ! お前ちゃんとカメラで撮ったか!!」

 

「それが先輩、カメラのシャッターが壊れちゃいまして……」

 

 演習場は先ほどの静寂から打って変わって大歓声が上がっていた。しかし「誰が倒した」という肝心な情報はものの見事にすっぽ抜けていた。

 

「白い羽毛の……使い魔は鶏……小柄の黒髪……扶桑陸軍の軍衣だけど戦闘装束じゃないわね」

 

 その頃、一人生き残った加東はと言うと、皆にばれないようこっそり着陸し、こっそり飛行脚を脱いで二人の空戦を観察していた。その間にマルセイユを倒したウィッチの特徴を手帳に記し、自分の記憶の中で当てはまりそうなウィッチを探す。

 

「―――あ! まさか西住さんが愚痴言ってた『第二のデストロイヤー・竹西一美訓練生』じゃない!!」

 

 噂は立川飛行場の教官職に就いた知り合いの西住中尉から何度も手紙で聞かされていた。「うちの訓練学校に赤とんぼを平気で壊す『デストロイヤー』がいる」と、破壊された飛行脚と墜落しておきながらも無傷で照れ笑いする訓練生、その隣で今にも殴りかかりそうな形相でカメラ目線の西住中尉が写った写真まで同封して送られてきていた。

 

 その事について、つい最近「今度扶桑に帰れる機会があったら、その娘に会ってインタビューしてみたい」なんて冗談半分に返事を書いた矢先の出来事だった。

 

「へー、任官して前線送りねぇ……ますます興味が湧いちゃう♪」

 

 本当は黒江にでも見学に行ってもらおうと思っていたが、まさか目の前に現れるとは予想外。そして稲垣、ペットゲン、マルセイユとアフリカ隊の核を一人で打ち破ったときた。これに興味が湧かないわけがない。

 

「あの娘が着陸したら質問のひとつふたつでも掛けてみるかぁ~。ライカの準備しないといけないわね」

 

 加東は一美の着陸に合わせてインタビューをしに行こうとしたが、彼女が着陸した瞬間には既に多くの装甲歩兵が周りを取り囲んでしまい、簡単にはたどり着けそうになかった。

 

「うぅ~。加東大尉ぃ~やっとみつけたぁぁぁ~」

 

 そう言いながら突入の機会を窺う加東の短い緋色のスカートを引っ張っていたのはライーサだった。頭からつま先までおぞましい物体にまみれ、草いきれのような臭いが加東の鼻を突く。

 

「うわライーサが草くさい」

 

「ふぇぇ、もうちょっと柔らかくいってくださいよぉ~」

 

 加東は黙ったままベニヤ板で作られた真四角の小屋、ちょうど公衆電話ボックス並みの大きさをしたそれを指差す。それは装甲歩兵達が使っていたシャワー機材だった。つまり「いいから体洗って来い」と言いたいのだ。ライーサもシャワー室を見つけると目の色を変え、衣服を脱ぎながらシャワー室に突進して行ったのだった。

 

「凄いじゃないか一美! あのアフリカの星を倒したんだぞ!?」

 

 やや失速気味に地面へ着陸し、マートレットを外した一美の元へ、真っ先に近づいてきたオルガが思い切り彼女に抱きつく。

 

 

「あ……オルガざん、やめ……ぐるじぃっ」

 

 二人の胸の間に緩衝材となるものは軍服以外にはまともに無い。一美は思い切り抱きしめられて苦しそうにもがいていた。

 

「こらこら、断崖絶壁コンビが抱きつくんじゃないよ。そのままじゃ一美の背骨が折れちゃうよ。扶桑じゃ『鯖折り』って技だったかな? 」

 

 駆けつけたマリアにとてつもない屈辱的な呼び名で呼ばれたオルガと一美が体を離し、顔を真っ赤にして自分の胸に手を置いてみる。そして互いに睨み合い、右手のひらを突き出して互いの胸に手をあてる。

 

「うわオルガさん何も無い」

 

「うそダロ?……なんで微妙に感触が……」

 

 その直後に一美は両手を空に掲げ、オルガは地面にドシャアとくず折れた。

 

「ほらほら、劣等感の塊みたいな茶番はそれまでだ馬鹿ども。はやくトリポリの司令かライヒの馬鹿を起こさないと……って他の部隊の連中が起こして回ってるから別に良いや」

 

 それを眺めていたミヒルが一美とオルガの頭をポンと叩き、腹を抱えてげらげら笑っているマリアに膝蹴りをお見舞いする。そんなミヒルの隣では一美に負けないぐらいな絶壁を持ったロゼが顔面蒼白になってがたがたと震えていた。

 

「ほらほら一美、写真撮るからこっち向いて~。目線ちょうだ~い」

 

 アリシアはさっきまで稲垣のお恥ずかしい写真を撮っていたカメラを構え、ファインダーに一美を捉えてシャッターを押す練習をする。

 

「じゃ~撮るよ~。笑って~……まぶしっ!!」

 

 それからフィルムダイヤルを巻き、もう一度カメラを構えてシャッターを押そうとした時、アリシアの目の前に何者かが現れた。アリシアはその者が持っていたカメラのフラッシュを至近距離で受けたのだ。

 

「そんなやっすいカメラで撮るより、こっちのカメラの方が良いんじゃないかしら?」

 

 加東は目の前の少女が構えるカメラがリベリオンのアーガス社で製造されたC3である事を瞬時に見抜き、少し悪戯をしてやったのだ。確かにアーガスのC3カメラはライカを買うお金で四台買えるほど安価で大量生産向きなカメラだけに画質は劣る。

 

「くぅ~、いきなり出てきてフラッシュで目くらましして挙句の果てに私のC3を馬鹿にしたぁ~!」

 

 半べそをかきながらエトナの後ろへ隠れるアリシアを尻目に、加東は一美に近づいて軍隊手帳を取り出す。

 

「初めまして、竹西一美軍曹。私は元扶桑皇国陸軍飛行第一戦隊、現扶桑皇国陸軍アフリカ派遣独立飛行中隊隊長の加東圭子大尉よ。西住中尉からお話は聞いて……」

 

 加東は途中で話すのを辞めた。なぜなら目の前の一美が頬を紅くし、そして目を潤わせて自分を見ていたからだ。まるでお菓子の家が自分のものになると言われた子供のような感激に満ちた顔だ。

 

「ほんとに……加東しょ……大尉殿なんですね」

 

「ま、まぁそうだけど……もしかしてアレ読んでたりするの?」

 

「はい! 訓練学校の図書室で何度も読んでました! あと自分のも持ってます!」

 

 三〇九のテントへ走り、戻ってきた一美の手には加東の著書「来た、飛んだ、落っこちた」が握られていた。訓練学校の眠れない夜や退屈な船旅の友であり続けたそれは表紙もボロボロになるまで読み倒されていた。

 

「人気なのか休暇に本屋へ行っても売ってなくて、仲間の子達と一緒に探した結果、神保町の本屋で五銭で買えました!! みんなこの本を色々な人に読んでもらいたくて神保町に行くんですね!!」

 

 加東は知らぬ間に著書がひどい(?)扱いを受けていることに気を失いそうになったが、ぐっと堪える。

 

「えっと、じゃあ竹西軍曹。マルセイユ中尉と空戦をやってみた感想は如何かしら?」

 

「えっと……かなり手強くて、勝てないって思ってた節もあります。でも、心の何処かで『勝てる』と思っていました。どうしてかわかんないですけど――――」

 

「無効だ!! もう一戦だけ戦わせろ!!」

 

 二人の間に今度は頭から塗料を被ったマルセイユが割り込んでくる。どうやら勝負の勝敗に不服なようだ。

 

「無理よティナ。これから私達はトブルクに帰還しなきゃいけないのよ? 夜間飛行になるわ、無駄な魔法力は使わないほうが良いから」

 

 加東の言葉にマルセイユは頬を膨まし、一美の顔を覗き込む。

 

「運が良かったな、鶏の。今回はお前の勝ちで良い、Jg52の連中でも取れなかった勝利だ、誇って良いぞ? それに、今度会うときはチュニジアだろうな。そのときにこそ借りは返す」

 

 きょとんとした一美の頭を撫で、彼女が持っていた本を取り、持っていたペンで裏表紙にさらっとサインしてみせる。

 

「私が自分からサインしたいと思った相手はお前が初めてだ。何なら私達の部隊に来るか?」

 

 本を一美に返したマルセイユが肩の部隊章を一美に見せ付ける。一美が憧れた航空歩兵団からのスカウトだ。加東も仕方なさそうに首を振っている。それに打って変わって三〇九の面々は突然のスカウトに右往左往し、一美の返答を待っていた。

 

「あの~。申し訳ないんですけど……お誘いはお受けできません!」

 

 三〇九の隊員たちは更に面食らって固まってしまった。加東とマルセイユも驚いて理由を聞いてくる。

 

「私、このままで良いんです。今日のもまぐれで、いつもは飛行脚を平気で壊すような『ですとろいやー』ですから……それに、私にできた新しい仲間を裏切るわけにもいかないですし――――」

 

「こいつ、良い事いうじゃんか。鶏の、名前はなんだ?」

 

「はい。 元・扶桑陸軍航空学校甲科生、現・連合陸軍第三〇九統合戦闘装甲団所属、竹西一美軍曹です!」

 

「鶏のヒトミ、か。覚えておくよ」

 

 その後、マルセイユとライーサがシャワーで汚れを落としている間に加東が一美へのインタビューを終わらせた。二人が着替え終わるとアフリカ隊の三人が飛行脚を穿き、そそくさと離陸して言ってしまった。

 

「それにしても、バカだな一美。あのまま連れて行ってもらえば航空歩兵になれたのに」

 

 マルセイユ達を見送ってテントに帰る途中、エトナがため息混じりに一美へ言った。

 

「……あ、そうだった!!」一美が後悔し始める。

 

「(やっぱり馬鹿の子だったのか……隊長やってて良かったって思ったのに……)」

 

 呆れ返ったミヒルがテントの布を捲ると、いつの間にか起きていたヘレーネが何かを襲っていた。最初の内は変な虫と戦ってるのかと思ったが、どうやら人間を襲っていた。

 

「お姉さんがかわいがってあげる♪ よくも私のお腹に一発お見舞いしてくれたわね、兵舎に戻って一日中お人形さんみたいに遊んであげるから……うふふ♪」

 

「ぜったい私じゃないです~! 誰か助けて~! 加東大尉~ライーサさん~もう竹西でもいいから誰か~!!!!」

 

 襲われていたのは稲垣だった。そういえば不時着した稲垣を捕まえてお恥ずかしい写真を撮ったまでは良いが手、足を縛ったままテントに置いてきたのをすっかり忘れていた。しかも一番単独行動させちゃいけない隊員と一緒に。

 

「アフリカの奴ら、とんでもない忘れ物をやってったな……」

 

「(稲垣先任が泣いてる~、ぷぷぷ)」

 

「癪だからその絡み写真も撮ってやる。ほら、目線よこさんかいチビ!」

 

 稲垣の先任であるアリシアが安価なアーガスC3で何枚もテント内の写真を撮りまくる。後にその写真がトリポリ市内、いや世界中の裏市場(ブラックマーケット)で高値の取引をされるような一品になるとは思いもしていなかっただろう。

 

 遠征してきた装甲歩兵達はトリポリ市内に兵舎を持つ部隊に頼んで泊めてもらい、今日も一つの長い一日が終わった。だが、この演習は彼女達の戦いのほんの始まりに過ぎないのである。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな旅路へ

 波乱に満ちた演習から三週間後、トリポリは今までと変わらない毎日を送っていた。三週間前に第三〇一・三〇九統合戦闘装甲団に共同撃破された現れたネウロイも以前撃破された巣の生き残りと判断された事もあってか警報すら鳴らない日々の中、司令部の隊長会で基地に駐留する統合戦闘装甲団とトリポリの守備隊に任地の異動命令が下った。

 

 『チュニジアに残存する全ネウロイの掃討、若しくは西方への追放を開始せよ』

 

 命令書には始めにそう書かれていた。既に三月中でチュニジアは開放した筈だったのだが、新たに数箇所に渡り施設型ネウロイの存在を航空機が確認したのだ。施設型ネウロイの発見報告は五月初旬であるが、六月中旬の現在、全施設型ネウロイに動きも見られず、内部で小型ネウロイを製造している様子も観測出来なかった。

 

 これを好機と見た連合軍北アフリカ戦線総司令部はリビア、エジプト国境以西に展開する部隊に対してチュニジア一帯に残存するネウロイの殲滅に乗り出したのだ。その中でトリポリ、ミスラタ、シルテ、ガザラ、ベンガジ、エル・アゲイラから派遣される部隊はカセリーヌ峠に集結せよとの命令だった。同時期にエジプトではスエズ運河奪還作戦である「スフィンクス作戦」が展開されており、エジプトへの補給線を持つトブルクからは少数の自動車化中隊のみの派遣になった他、ベンガジからはチュニスまでの船で補給品を送るのみに留まった。つまり、埋め合わせはトリポリ、ミスラタ、シルテ、ガザラ、エル・アゲイラの部隊が行わないといけない事になる。

 

 命令を受けた数日後、トリポリの大通りには自動車化された守備隊が出発の準備を進めていた。市内に残るのは持って行きようの無い88mm高射砲を装備する高射砲中隊だけで、他の対戦車砲や迫撃砲、野砲すらも持ち出してチュニジアまで向かうのだ。

 

「おはようございます竹西軍曹殿! 昨日は良く寝れたでしょうか!?」

 

「チュニジアでの作戦に向けて何か一言お願いします!!」

 

「どうしてマルセイユ中尉に勝っても装甲歩兵でい続けるのですか? 詳しくお聞かせください!!」

 

「あぁもう!! あの時からずっとこれ!! だからわたしは只の一端の装甲歩兵なんですから囲まないで下さい!! 荷物が置けないじゃないですか!」

 

 兵士達が出発までの準備に走る中、隊列の最後尾に駐車していたオペルのブリッツ軍用トラックに荷物を詰込みながら記者達の質問に嫌々受け答えしている一人のウィッチがいた。そう、一美はマルセイユ撃破という快挙のせいで一躍時の人となってしまったのである。加東の書いた記事のせいで全国の記者たちがダイヤの原石を探さんとトリポリに殺到したのだ。一美にとっては良い迷惑だがトリポリの宿屋や飲食店等は繁盛したらしく町での評判は良かったし、お礼にと食事を差し入れてくれたりしてヘレーネの作った料理を食べずに助かったこともあった。つまり、一美はトリポリのヒーロー、救世主みたいな扱いを受けていたのだ。

 

「竹西さん? 置いてかれたら向こう数ヶ月は記者に囲まれますわよ?」

 

 先に荷台へ上がっていたクリスが一美に手を差し伸べる。

 

「ほら一美~。はやく荷物積まないと置いてかれるぞ~」

 

 運転席のシャロンがサイドミラー越しに一美が"また"囲まれているのに気づき、早く荷物を積むように呼びかける。一美が荷物を投げ入れ、クリスの手を借りてブリッツの荷台によじ登ると、大急ぎで荷台の無線機の受話器を取って何やら連絡を入れている。

 

「全く、あれ位の記者ぐらい振り払っても良いだろうが……」

 

「あ~ら隊長、やきもちですか? 隊長もダンケルクから逃げてきたときは新聞社はおろか、ラジオ局にまで呼ばれたじゃないですか」

 

「まぁ、そうだけどさ……あれとは違う気がする……」 

 

 助手席でご立腹のミヒルは地図とにらめっこしながら後ろの一美が荷物を荷台に載せたのを確認すると、シャロンの肩を叩いてブリッツのエンジンをスタートさせる。

「隊長~、私達も準備完了ですよ~」

 

 ブリッツの真横に停車しているリベリオン製M3半軌装車の銃塔からロゼが顔を出してミヒルに手を振る、運転席のマリアと助手席のアリシアも親指を上げて準備完了と合図を示す。この半軌装車は装甲歩兵用に改造された特別仕様で、後部の乗車スペースをニメートル程長くし、完全装備の装甲歩兵を三人まで搭載可能である。

 

 リベリオンの三人組が乗っているM3とミヒル達の乗るブリッツは借り物で、その後ろに停車していた改造型M3半軌装車こそ部隊の備品である「あ〃愛しのカティア号(Katia del amor ah)」だ。カティア号にはオルガとレイとヘレーネ、そしてエトナが乗車している。

 

 カティア号は他のM3との違いが多く、大半のM3は車体をオリーブにするかダークイエローに塗るが、カティア号は車体全体をピンク色に塗っている他、据付機銃をM2重機関銃からエトナの武装であるDP28軽機関銃に取り替えているのだ。

 

 カティア号の名付け親と車体をピンク色に塗ったのはシャロンで、彼女がアフリカに来て間もない頃に見たブリタニア軍の特殊工作部隊の乗るジープに影響を受けたのだという。そして据付機銃がDP28である理由は、ただ単に隣の三〇一がM2を壊したので貸して欲しいと嘆願してきたからだった。他にも側面の地雷置き棚を外して丸めた寝袋や毛布を載せられるように改造したり、壊れたブリタニア戦車から湯を沸かせる機械を持ってきたりと結構やりたい放題な魔改造である。

 

「隊長、無線の電波も良好です。先頭の部隊への報告も終わらせておきました。ふぅ……」

 

 無線機の受話器を置いた一美がため息をつきながら荷台の椅子に座る。もしも逸れても良いように部隊の無線機にバッテリーを入れ、車列の先頭を走るグライフと連絡を取り合えるようにしていたのだ。

 

「ありがと一美。まあこれだけの集団で移動するんだから道に迷うなんて事も無いだろうが、念には念を入れないといけないからな」

 

 どんどんと前の車両が進んでいく中、出発のタイミングを合わせてシャロンがブリッツのアクセルを踏み込んだのだが、目の前に停車するもう一台のブリッツ、そう第三〇一統合戦闘装甲団の乗車するブリタニア製のベッドフォードトラックへ軽く追突する。シャロンとミヒルは予測出来た為に踏ん張る事が出来たが、一美とクリスは思い切り荷物の上に倒れこんだ。

 

「馬鹿! 早く出せよラナタ!」

 

「煩いわね!(Noioso!) エンジンがかからなくて出られないのよ!」

 

「ラナタ隊長あんまり怒らないで、私達が悪いんだから……大人しくスターターケーブルもらいましょ?」

 

 ラナタと呼ばれた長身の少女が運転席から身を乗り出し、拳を振り回してミヒルに怒鳴る。彼女が第三〇一統合戦闘装甲団隊長のラナタ・フラッシェ大尉だ。その助手席に座り、ラナタを落ち着かせるのが副官のスーザ・ボレリ中尉。三〇一の補給担当はロマーニャなので、隊員は全てロマーニャ陸軍の出身である。

 

「お前今なんて言った 助けて欲しい筈なのにそんな物言いで良いのかよ!!」

 

「あら? 助けないとあなた達三〇九も出発できませんわよ~♪」

 

「くそ!(Scheiße!) 分かった分かった、シャロンを向かわせるから良いだろそれで……」

 

「じゃあミヒル隊長、後ろの荷物から工具箱と角砂糖持って行きますね」

 

「駄目ですわタルファロ中尉。甘くない紅茶なんてティータイムには最低ですの」

 

「いてて……扶桑の緑茶は砂糖なしですよぉ……」

 

 こんなやり取りをしている間にも車列はどんどん遠ざかり、既に通りには彼女達のトラック群しか存在しなかった。シャロンがベッドフォードのエンジンを点検し、ちゃんとエンジンが動作するまでに一時間も待ちぼうけを食らった他の隊員たちのストレスは計り知れない物だったろう。

 

 そして、トリポリに駐在する二つの統合戦闘装甲団が出発できたのは本隊の出発から一時間半後の事だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二者択一

 二つの統合戦闘装甲団がトリポリを出発して一日目、トリポリから二百キロの距離にある最初のキャンプ地点であるチュニジア領ベンガルダーヌに到着した309の隊員たちは知った、既に他の部隊がキャンプ地点を撤収し、次のキャンプ地点である百キロ先のガベスまで進んで行ってしまっている事に。彼らは装甲歩兵達がまだ来ていないことを心配して幾つかの物資を置いて行ってくれたが、彼女達が今一番欲しい物は手に入らなかった。

 

「で、どうだ? 動きそうか?」

 

 ピンク色のM3半軌装車カティア号の銃塔に腰掛けるミヒルがブリッツの車体下で蠢く物体に話しかけた。

 

「駄目です隊長。シャフトが思いっきり折れてますよ」

 

 ブリッツの車体下で蠢いていたのはシャロンだった。彼女はタンクトップにズボンだけという軽装でブリッツの破損箇所を探していたのだ。そう、彼女達が一番欲しいのは工具類だった。まさかシャロンが三〇一のベッドフォードに工具箱を置いてきたなんてお笑い種にも程がある。

 

「やっぱりコイツは外れだったのか。まぁタダで貰えたんだから仕方ないか……」

 

「我慢しなミヒル、私の仲間達はトラックも回されないような戦線で戦っているんだ。東部の泥濘はタチが悪いのによく馬で頑張るよ」

 

 カティア号の運転席でくつろぐエトナが修理不能のブリッツを見てうなだれるミヒルの尻を叩いて元気付けさせる。その後ろではカティア号の荷台に詰まれていたエトナのBT-7快速歩行脚やヘレーネの4号D型歩行脚やオルガのT-34歩行脚が地面に降ろされ、快適な空間を求めてやってきた隊員達で溢れていた。

 

「皆さ~ん、お昼の用意が出来ましたよ~」

 

 軍衣の袖をまくった一美が木箱の上に鉄皿を置きながらトラックの中にいる仲間へ昼食の準備が出来た事を伝える。

 

 置いてかれた物資の中には小型のドラム缶に入った真水も残されており、四個の内二個を部隊の取り分にした。後の二個は三〇一の為に残しておくのだ。

 

 しかしドラム缶一個を無理やり持って行く訳にもいかないので、ミヒルは一美に昼食用として自由に使って良いと命令を出した。そして一美は捕虜交換と呼ばれた稲垣をアフリカ隊へ返還する時にお詫びの品として扶桑の食材をかなり貰っていた。

 

 なので一週間近くは三食全ての食事を一美に任され、たまにオルガやマリアといった気の利く仲間に手伝ってもらいながら隊員達と打ち解けていった。ミヒルもそれが狙いで一美に炊事係を頼んだかと言えば定かでは無いが。

 

 扶桑食には大量の水が必要になる。今までは街にいたので水の確保は容易だったが、これからはご飯も炊けるか分からない状況が続くので出発までの間に大半は食いつぶしたり兵士たちに配ったりしたのだが、余ってしまった米と味噌はブリッツに載せて来ていた。

 

 キャンプ跡に水が残っていた事は一美にとってありがたかった、何故なら早い段階で米と味噌を処理出来るからだ。

 

 テーブルに見立てた木箱の上にポンポンと真っ白い握り飯が並び、味付けに塩を薄くまぶしただけの質素な食事だが、仲間達が何やら作業中なのを見た一美が作業の片手間でも食べられるようにといった配慮でもあった。

 

「タケニシ~、このスープの器はどうすんのさ~」

 

 手伝いを買って出ていたロゼがかき混ぜている鍋には具無しの味噌汁が入っている。ただ塩分を補給するだけなら味噌をお湯に溶くだけで十分だからだ。

 

「あ~、それは皆さんのコップに注ぎますから、他の人達を呼ぶ時にコップも持ってくるように言って下さると有り難いです」

 

 ロゼは溜め息混じりにかき混ぜ棒から手を離し、ブリッツの修理や調子の悪い車載用無線機を弄る隊員達の元へと走る。その間に一美は味噌汁の中にどばっと何かを入れた。

 

 すぐに来たのは無線機を弄っていたマリアとアリシア、何もしないでくつろいでいたエトナとオルガも一美のところへやって来た。レイは先行した部隊の無線を掴めないかとアンテナを展開させて体育座りの真っ最中なので迂闊に集中を妨害させてはいけないらしい。

 

「わ~、すごい貧乏な昼飯になったねぇ~」

 

「日持ちしないのは先に食べちゃいましたからね、我慢してくださいオルガさん」

 

 開口一番に不満を垂れるオルガの隣にいたエトナがオルガの頭に拳骨を落とす。要するに黙って食べろと言う事らしい。エトナも一美の料理上手な点は高く評価しており、当番制でなければずっと炊事係をしていて欲しいとさえ思っていた。

 

 米が手に入ったので一美にオラーシャ料理であるヨージキ※1の作り方を教えたら一日で製法を覚えたのにもまた感心していた。まだまだ一美は陸戦の技術は拙い部分が多い、しかし部隊の台所になってくれるのは有難かった。他に料理ができるのはミヒルとソランジュ曹長ぐらいで、他の隊員は携帯糧食を出してきたり、ただのパンを出してきたりするので可愛げのない。ましてソルヴェーグ中尉のような危険な食事を作るなんてもっての他だった。

 

「じゃんじゃん食べてくださいね~。お味噌汁は余りがありますからね~」

 

 作業中の隊員も手を止めてお握りを取りに来るついでにコップを出して味噌汁をもらう。喉が渇いていたアリシアはお握りよりも早く味噌汁を飲み始めたが、何かが唇に当たることに気がついた。

 

「ん? なんだこれ、豆?」

 

「そういや茶色い豆が入ってるな……なんかネトッとしてないかこれ」

 

 アリシアのコップを覗き込んだミヒルも味噌汁を口に含み、口内で中に入っていた豆を転がしてみる。その豆は大豆ほどの大きさで、すこし表面が皺っぽく、なによりネトネトしていた。

 

「それは納豆っていう食品ですよ。昨日のうちに余った大豆を稲藁に詰めておいたんです。そして布で包んで暖かい砂に埋めておいたんです。砂中はちょうど四十度前後で安定するみたいですから、もしかしたらと納豆を作ってみました。お握りの中にも入ってるのがあったような……あ、クリスさん、当たりです」

 

 皆が少し嫌な顔をする中、お握りを中ほどまで頬張っていたクリスの口からキラキラとした細い糸が垂れていた。その味と臭いにクリスは一切の思考を止め、ひたすら咀嚼を繰り返していた。

 

「ありゃりゃ……いいとこの嬢様には合わないんじゃないかな。糸引く豆を食べようなんてまず思わないけど……なぁ」

 

 放心状態であるクリスの顔を覗き込むマリアは納豆も平気なのか味噌汁を躊躇いもなく飲んでいる。

 

「何だかんだで扶桑の食材なんだろ? 体にはどうなんだ一美?」

 

 クリスの手から納豆入りお握りを離し、自らのお握りと交換したミヒルが一美の隣に立つ。

 

「はい、納豆は体に良いんですよ! 何ならまた作りましょうか?」

 

「そいつは良かった。その納豆に残りがあるなら後で来る三〇一の連中にもくれてやってくれ」

 

 クリスの食べかけを少しかじったミヒルも顔をしかめたが、れっきとした食品である事は理解してくれたようだ。

 

「べ、別に食べれなかった訳じゃありませんわ! 初めて食べたから戸惑っただけよ!」

 

 何も入っていないお握りを照れながら食べるクリスは無理に納豆汁を飲み、また思考を停止させる。

 

「私は別に美味しいと思うけどな……あ、あのトラックは三〇一のだ~」

 

 納豆が気に入ったアリシアは稜線の影から飛び出してきたトラックの影を視界に捉えた。まだ地面の熱気でトラックの影が歪んでいたが、もうここを通る部隊は三〇一しか残っていない。

 

 三〇一を乗せた三台のトラックは一美達を見つけたのか、段々と三〇九の所へとハンドルを切った。そして食事中の彼女達の前に停車し、ラナタが助手席から降りてきた。

 

「あれ? 本隊のキャンプはどこ?」

 

「本隊ならとっくに先へ行ったよ。無線で確認すりゃ良いのになぜ確認しないんだ?まぁ私達の無線は壊れてて人の事は言えないがな……」

 

 ラナタの目の前に立ったミヒルが現在の状況を話す。数時間前の自分達みたいに三〇一の隊員達はキョトンとしている。

 

「あら偶然ね♪ 私達の無線もバッテリー切らしてるのよ~♪ でもね、私達には地図が二枚あるから、道に迷ったりしないのよ♪」

 

 何やら変な事を言っていたラナタの手にはマップケースが二つも握られていた。そのうちの一つはミヒルにも見覚えのある凹みや染みがちらほらと確認できる。つまり。

 

「ちょっと待ってて……あ! 私の鞄にケースが無い!?」

 

 いつマップケースを鞄から抜いたのだろうかミヒル自身にも分からない。此処に来るまでは先行した部隊の轍を探す方法を使ったので地図なんか使っていないのだ。

 

「んじゃ、私達はここらへんで失礼しますわ♪ あなた達はそこで干からびると良いわね~♪」

 

 ベッドフォードトラックを直してやった恩はどこへやら、ラナタはひょいとベッドフォードの助手席に座り、運転席のスーザが困惑しながらもエンジンをスタートさせる。筈だった。

 

「た、たたた隊長……エンジンが掛かんないですぅ~……」

 

「え……? ガス欠?」

 

 ベッドフォードに乗るラナタとスーザ、そして荷台にいたサンドラ、ルチア、サブリナ達三人は顔が青くなった。二号車、三号車の隊員はまだ何が起きているか気づいていない。

 

「おいお前、その馬鹿隊長をこっちに引き渡せば、あそこにある水をくれてやる。パスタも茹で放題だぞ? 逆に引き渡さないなら今日の風呂に使ってしまうが。どうする?」

 

 不適な笑みを浮かべるミヒルが運転席のスーザに交渉を持ちかける。とりあえず、この愚かなラナタをとっ捕まえるべきだ。パスタという単語に彼女達が弱い事も計算済み、第三〇一統合戦闘装甲団は補給担当国から装備、隊員まで全てロマーニャ出身で統一されているからだ。

 

「ちょ……あんた達離しなさい!! こんな事して良いと思ってるの!?」

 

 荷台から降りたサンドラ達が真っ先に動き、助手席からラナタを引き摺り下ろしてミヒルの目の前に立たせる。三人の目はまるで「早くパスタを茹でたい」と言っているかのように潤んでいた。

 

「……どうする? こいつらはお前よりパスタをとったみたいだけど……」

 

「じゃあ私もパスタ茹でる」

 

 三人の純粋な食欲に困惑するミヒルを前にラナタはしれっと罪から逃れようとする。もちろん、半ば同情気味に彼女を許しかけていたミヒルの良心に火を点けたのは間違いない。

 

「じゃあ一美、三〇一の分のパスタを作ってやれ。アレを入れてな」

 

「パスタって……あぁ、お蕎麦みたいなやつですね? 了解で~す♪」

 

 それから数十分後、歩行脚に羽のついたロマーニャ陸軍の鉄兜、背嚢や弾薬蓋等の行軍用装備を全てつけたラナタが汗だくになり、悪態つきながらベッドフォードの周りを延々と走り回る。その横では一美の作った『納豆入りパスタ』が二部隊の中で人気となり、ブリッツの修理、ベッドフォードの燃料補給なんて忘れて愉しい時間を過ごした。

 

 勿論、夜になってしまったので出発は明日と言うことで意見が一致した三〇一と三〇九は歩哨を立てて車中泊する事にし、暑苦しい砂漠の一日が終わりを告げたのだった。明日からは海岸沿いを進むルートを取る、きっと涼しい風に暑さもマシになるだろうと装甲歩兵達は遠足前夜みたいにどきどきしながら眠りに就いたのだった。

 

 




※1 ロシアの伝統的料理です。肉団子の周りをご飯が包んでるおかず的な物です。そのとげとげした姿がヨージキ(ロシア語でハリネズミ)にそっくりだと言うことで名づけられました。なんか安直過ぎですね~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

眠れぬ夜に

一美「大変です! ついにこの物語にも付きそうで付かなかったタグが付いてしまいました!!」

マリア「となると……この話からGL要素が始まるとなるよね」

ミヒル「さぁ、良い子の諸君は22話を待とう! この話を抜かしたところで伏線も何も置いてないから直接ストーリーには関係無い!!」

ロゼ「(それって……別に投稿しなくても……)」

レイ「(作者がネタに困ったんでしょう)」

オルガ「(ああメタいメタい……)」


「(うぅ~寒い……早く交代が来ないかな……)」

 

 既に砂漠の大地から太陽は消え失せ、煌々と月が青白く砂漠を照らす中、六台の軍用トラックが寄り添うように停車していた。今頃は車内で仲間の装甲歩兵たちがぐっすりと夢の中だろう。そんな夜中に一美はたったひとりで歩哨に立っていた。歩哨の当番は公平なくじ引きにしようとアリシアが提案したのだが、こうも下っ端の自分に回ってくるとは全く以てついてない、むしろインチキを仕組まれてたんじゃないかと疑ってしまう。

 

 歩哨を嫌がるのもその筈、砂漠の夜は極端に寒いのだ。確かに昼の灼熱よりかは気楽で良いものだが、冷たい風に頬を抓られるような感覚は好きになれない。ウール地の軍衣を着てきて良かったと思えた瞬間だった。歩行脚を穿いているとはいえ、露出の多い航空歩兵用の戦闘装束では確実に風邪を引いていただろう。こんな寒暖差の激しい場所であの格好で以て一日中過ごせる辺り、稲垣先任を尊敬できた。そこだけでしか尊敬していないという意味でもある。

 

「(交代は〇一三五分に来るって言ってたよね。今……〇一四九分)」

 

 あと数分で交代が来る、そう考えていて数十分は過ぎた。待てども待てども交代が来ない。もしか夜中全ての歩哨を自分に任せて、あのトラックの中で眠る人たちがいい思いをする算段なのか、冗談ではない。

 

「(もうすぐ交代が来るはずだから、ちょっと寝ても良いよね……ちょっとだけだから。別にネウロイもいないし、交代の人も来ないよね……おやすみ~)」

 

 こんな場所にネウロイも出る筈はない。もし出てきたとしても装甲歩兵が二十人近くいれば中型ネウロイまでならものの数十秒で屠れるだろう。一美は歩哨の存在自体に疑問を投げかけた瞬間、両足の力が抜けてしまった。歩行脚の魔導エンジンも回転数が落ち、バタンと一美は砂の上に寝転がる。

 

「竹西さん……交代の時間よ♪」

 

 満点の星空を捉えた視界の端に見慣れた顔が写りこむ。音もなく忍び寄ってきていた顔、それは癖毛の茶色髪を首まで伸ばた顔、ヘレーネ中尉のものだった。おっとりとした口調で交代を知らせると、一美の隣に添い寝するように倒れこんだ。

 

「ヘ……ヘレーネさん!? 何してるんですか?」

 

 なぜ歩哨をサボろうとした自分を叱らず、あろう事か隣に寝そべってきたヘレーネの行動を一美は理解できなかった。

 

「ふふ、やっぱり近くで見るとお人形さんみたいね♪ マリーも少佐も隊長も可愛がる訳ね~♪」

 

 動揺する一美を置き去りにするかのように自分の世界に入ったヘレーネは一美の白い頬を指でなぞる。一美も言葉が出せずに体を震わせていた。この事態から抜け出そうにも足はエンジンを切った歩行脚に拘束されており、尚且ついつの間のにかヘレーネの腕が背中を抜け、両肩をがっしりと押さえつけられていた。

 

「ちゅ……中尉殿!!」

 

 振りほどきたいには振りほどきたいが、相手が上官だと分が悪い。訓練学校ならたまに浴場で同期にちょっかいを出されるのにも慣れていたのだが、さすがにこの事態は洒落にならない。一刻も早く逃げ出さないとなにか大切なものを失いそうだった。

 

「そんな堅苦しい言い方しないで♪ 『お姉ちゃん』で良いから♪」

 

 耳元に猫撫で声でそう呟かれたと思えば、妖しくうねるヘレーネの舌が一美の口内に侵入してきていた。それまで呆気に取られて口を開けていた一美はいとも簡単に唇を奪われてしまった。それも同姓に。一美は何とかヘレーネの舌を追い出そうと自らの舌で抵抗したが、抵抗虚しく寧ろ濃厚に舌を絡めるだけに終わってしまった。

 

「こういうの初めてかしら? やっぱり純粋な子が一番ね♪」

 

 キスと同時にズボンの上から指で秘部をぐりぐりと押し付けられていた一美は既に息を荒くして紅潮している。軍衣のボタンを外され、ヘレーネにサラシ越しだが小さな乳を弄られる。サラシで押さえつけていた分、実際はオルガよりも大きいのだが、それでも容易くヘレーネの掌に収まるサイズだ。

 

「ちゅ……中尉ぃ……」

 

 夜な夜な稲垣がヘレーネにとっ捕まっていたと思えばこんな事をさせられていたのだろうか、そんな事を考えていた一美だが自然と何も考えられなくなってくる。サラシも解かれ、小ぶりな乳をヘレーネに嘗め回される。ズボンの上から弄っていた指もいつしか一美のズボン内へ侵入し、一美の秘部を直接刺激し始めた。

 

「もう濡れてる♪ 感じやすいのね、そんな姿見てるだけで私も濡れてきちゃう♪」

 

 初めて知る感覚に全身を震わせる一美。大腿には透明な液が伝い、乳首も硬化している。ヘレーネも快感に善がる一美を見て両足をもじもじさせている。

 

「中い……ぉ、お姉ちゃん……もう許して……なんか来ちゃう!!」

 

 一美はヘレーネに言われた通りに呼んで止めてもらうように頼んだが、相手が喜ぶような事をすればヘレーネだって燃えてしまう。中を激しく掻き回された一美は限界を迎え、空を飛んでいるようなふわふわとした感じから墜落するような強い衝撃が電流となって体中を走った。小便とは違う得体の知れない液体が大量に噴出してズボンを一層と濡らし、両足も下腹部も感電したかのようにびくびくと痙攣している。顔も舌を突き出して目を見開いている、意識はあるが会話は出来ないだろう。

 

「うわ♪ 早いわね~♪ じゃあ気も済んだところで今度は私が気持ち良……」

 

 ヘレーネが砂色の上着を脱ごうとした時、ブリッツの荷台から飛び出してきていたロゼとアリシアがランタンを片手に一美とヘレーネのいる場所に到着した。ちょうど車群からは稜線の影で見えないのでアリシア達はいきなり凄まじい物を見せ付けられたようで。

 

「うわっ!! 試しに嵌めてみたら、もう食べられたのか!?」

 

「あ~あ、タケニシにそんな趣味があったなんて私は失望だねぇ~」

 

 どう見てもヘレーネが一方的に一美を押し倒したようにしか見えない。しかしヘレーネを言葉で責めると自分達に矛先が向くと言うことを知っていての発言だった。

 

「あ……ロゼさんにアリシアさん……わたしなんかとってもへんなきぶんですぅ♪」

 

 赤面しながらゆったりとした口調で二人に挨拶する一美、まだ初めての体験に頭の理解が追いついていないのだろうか。ヘレーネは一美の隣で寝息を立てている、本当に自分の欲求のままに動いている。

 

「(どうするよ……みんなで一美を歩哨にしようと嵌めたらこうなっちゃったよ……?)」

 

「(私達だって兵舎で無理やりソルヴェーグ中尉の玩具にされたでしょ……所謂通過儀礼って事にしとけば隊長も分かってくれるよ)」

 

 二人もブリッツの荷台で一緒に寝ていた三〇一の隊員がおっぱじめたのに嫌気が差して逃げ出してきたのに、逃げた先でも情事だとはつくづく運の悪い。朝になれば一美を嵌めて歩哨にした罪で隊長に怒られるだろうが、その隊長でさえカティア号内に明かりを点けてアンダルシア少佐と何かやっているのだ。

 

「とりあえず水飲んどけ、心拍数下げないといけないからな」

 

 アリシアが水筒の水を飲ませて一美の体温を下げる。すると一美も冷静さを取り戻し、急いでサラシを外して軍衣のボタンを留めた。仕方が無いが露出するよりマシだ。

 

「ヘ、ヘレーネさんっていつもこんな感じなんですか!?」

 

 漸くしっかりとした語を話せるまで回復した一美が隣で寝ているヘレーネの顔を覗き込みながら二人に尋ねる。二人もその質問には首を縦に振るしかなかった。彼女達も被害者であり、被害者の会の会員でもある。

 

「この人に勝てたのは隊長と少佐とソランジュぐらいかな……あの底なしの欲はどこから沸いてくるんやら……」

 

 アリシアもヘレーネの顔を見て肩をすくめる。正直困ってはいたが、別に嫌な世界ではないので満更でも無かったのだ。ロゼはしっかりとした教育を受けた故にこの手の事はてんで駄目で、白馬の王子様を信じているぐらいなのだ。なので隊内の性癖持ちは特殊な存在と見なしており、一美にもその気があるんじゃないのかと心配していた。

 

「ふぅ……歩哨の交代は確認しました。とりあえず私はあのピンク色の変なトラックに戻ります……」

 

 あ、そっちは―――そう二人が言うよりも前に一美がぐったりと肩を落としたままカティア号へと足を進める。まだ今夜の出来事を反芻するのに時間がかかるみたいで、ある種の放心状態だったのは間違いない。しかし心の何処かにあった緊張感に似た靄は取れたようだった。

 

 段々と足取りが軽くなり、カティア号の後部観音扉を開ける寸前には笑顔だった一美が次に見た光景、それはミヒルとエトナの納豆遊びだったという。

 

 

 




どう見ても乱心した結果です本当に有難う御座いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠い空から

ラナタ「そろそろ戦闘パートに入っても良いと思う今日この頃だわ」

スーザ「まあ何て言うか……仕方ないですよ」

シャロン「どうせ戦闘になってもあんた達南部の人間は直ぐに逃げ出すさ」

ラナタ「そこのチロル人! 私達は地中海人と呼べといってるでしょう!!」

スーザ「(そこに突っ込むんだ……隊長)」


《はぁい♪ 世界中で戦ってるウィッチの皆さん、お早うございます、そしてこんにちは、そしてこんばんわ♪ そろそろ欧州も暖かい陽気に包まれてる時期でしょうね。アフリカはずっと暑いでしょうし、スオムス・オラーシャは雪解けで地面が大変みたいです。 私の故郷ベルリンは例年通り、寒い日が続いているらしいです。 ここニューヨークも昨日、夏日を記録しました♪ 局内の皆さんは半袖で歩き回っていましたよ、まるで南国の島に来たみたいな感じです♪ 私の第二の故郷になるノイエ・カールスラントも今頃は日焼けしそうな天気ですかね♪》

 

 まだ涼しい風がブリッツの車内へ通る中、無線機から暢気なジャズ音楽と若い女性の声が聞こえてくる。その無線機の前にはロゼとアリシアが食いついていた。

 

「そのままラジオ抱えて動かないでよレイ、やっと電波が入ったんだから!!」

 

 そう無線機を抱えるレイへ釘を刺したアリシアは少し眠たそうだった。それもその筈、車中泊にて朝を迎えた第三〇一・三〇九統合戦闘装甲団は日の光で砂漠の気温が上がる前に出発していた。シャロンが夜なべして修理した無線機で友軍が次の合流点で待っていてくれていることを確認できた外、遠くリベリオンはニューヨークで放送されているウィッチ向けラジオ番組の「ベルリンローズ」を受信できたのだ。

 

「これ、けっこう疲れる……」

 

 シャフトが折れたブリッツを捨てた三〇九の隊員たちは二台のトラックに分乗することになり、まるで野戦救急車のような缶詰ぶりだった。その中でレイは使い魔と魔導アンテナを開放し、無線機へラジオ電波を送っているのである。

 

《今日は良いニュースと悪いニュースの二本立て♪ 先に良いニュースから話そうかしら♪ スエズ運河奪還作戦に参加した連合軍第三一統合戦闘飛行隊の皆さんは順調にスコアを伸ばしているみたいです、そろそろマルセイユ中尉も新しい勲章が貰えるんじゃないでしょうか?♪ マルセイユ中尉と言えば、トリポリの防衛隊へ抜き打ちテストを行った際に、連合軍第三〇九統合戦闘装甲団のタケニシ・ヒトミ軍曹と格闘戦をやって、最終的に“撃墜”されたんですってね。いつも地面に這いつくばって頑張っている装甲歩兵の皆さんも、タケニシ軍曹を見習わないといけませんね♪

 

「おい聞いたか? 私たちゃ一美を先生に崇め立てないといけないみたいだね」

 

 助手席で爆睡するミヒルに代わってハンドルを握るマリアが後ろを振り返りながら言う。

 

「タケニシも有名人だねぇ~♪ さぞや嬉しいだろうなぁ~♪」

 

 ロゼも数日振りに部隊の名前が出てくることに純粋に喜んでいるようだ。最近はアフリカ戦線も取り上げられていなかったからである。

 

「………昨日、撃墜させられたもん……」

 

 荷台の隅で体育座りし、荷物に埋もれている一美はラジオを聞いても別に嬉しそうでは無かった。自分の記事が載っている新聞を渡されたときは凄くはしゃいでいたのに、今では何もしたくないような無気力オーラが一美を包んでいた。原因はきっと夜の事件だろう。

 

《きっと次は我がカールスラントが誇るウルトラエースの“黒い悪魔”エーリカ・ハルトマン中尉がお相手してくれるかもしれませんよ♪ 他には~……ゲルトルート・バルクホルン大尉とかいかがでしょうか、最近は妹さんの容態も絡んで、撃墜スコアも伸び悩んできているみたいですし……狙い目かもしれませんよ?♪》

 

「ほんと、このカルラっていう人……航空歩兵の味方なのか装甲歩兵の味方なのか、分けわかんないわね……」

 

 アリシアから借りていたラジオ番組雑誌を読んでいたクリスが呆れている。このラジオ「ベルリン・ローズ」のキャスターは一七歳のカルラ・ダイスラーという元ウィッチが務めているのだ。彼女はダイナモ作戦に参加し、最後の出撃に向かう為の離陸直前で飛行脚が爆発し、両足が動かなくなる大怪我を負ったが奇跡的に生還。最終階級は曹長だが、この仕事を請け負うようになってカールスラント空軍が特別に許可を与え、晴れて少尉へ昇進したようである。

 

《じゃあ今度は悪いニュース。 我が帝政カールスラント陸軍の中央、南方軍集団は五月から計画されているツィタデレ作戦で想定されるネウロイとの会戦に備え、オラーシャのクルスク近郊で戦闘準備を整えているとの事です。クルスクは鉱物資源も多いですから、ネウロイの質と量も半端では無いと思われます。本当に戦争って感じがしちゃいますね…死んだら損ですから、私みたいに意地でも生きて帰って来てくださいね♪ 帰りの船でも“とても狭い個室”じゃ寂しいですから♪》

 

「向こうも頑張ってるみたいだが、オラーシャ軍がどれだけ頑張れるかだな。東方の部隊が突破されたらネウロイに逃げられるしな」

 

 カティア号の車載無線機でもレイの受信電波を貰ってラジオを聴けていた。運転席のエトナも悪いニュースには耳を傾けていた。ドーバー海峡の小競り合いばかり報道するこの番組で久しぶりに東部戦線の新鮮な情報を聞けたからだ。 助手席のオルガもエトナの声に黙ったまま首を縦に振っている。

 

《じゃあここで一曲、この曲はエジプトで戦っているアフリカ隊のイナガキ軍曹やキタノ軍曹、チュニジアのタケニシ軍曹やその他欧州で戦う扶桑撫子達、そして……前回の放送から今回の放送の間に亡くなった人達にも送ります。こちらで言うところの小学校にあたる尋常小学校の唱歌で『ふるさと』》

 

「ほら一美、扶桑の曲が流れて―――――」

 

 まだ荷台の隅でいじけているんじゃないかとマリアが心配して振り返ると、一美はロゼとアリシアの間に割り込んでラジオに聞き入っていた。無線機から流れてくる曲のメロディはどことなく郷愁の念に駆られるのはブリッツの中にいる全員が分かる。その上に歌詞を理解できる一美はいつの間にか大粒の涙を頬に伝わらせていた。

 

「うわわっ!? 泣くなよ一美!??」

 

「そんな……私を見て泣かないで下さい…」

 

 動揺するアリシアとレイに釣られて荷台の年少組は一美を泣き止ませようとするも一美は曲が全て終わるまで延々と泣き続けた。扶桑を出て数ヶ月しか経っていない一美にとって、扶桑の曲は故郷の記憶を鮮明に思い出させる起爆剤になる。しかしそれ以上にネウロイに祖国を蹂躙され望郷の思いも叶わず、二度と故郷の土を踏めるかわからない隊員もいるのだ。たかだか海外派遣数ヶ月にしてびぃびぃ泣く一美を白い目で見るのかと思いきや、ミヒルは爆睡でレイは釣られて慌てていたのだった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

《カティア号より三号車へ、こいつに積んでた無線機に本隊からのモールス通信が入った。既に残り数キロといったところで合流できるかもしれないらしい。影は見えないが電波強度の強い方向へ進んでいることは確かだ》

 

 ベルリン・ローズの終了後、ブリッツの無線機からエトナの声が聞こえてくる。ラジオの電波強度が良さそうな丘ばからり進んでいたら、偶然舗装された道に出ることができたので車列は今までの倍近い速度で前進していた。

 

「了解だエトナ。そのままエトナの勘に任せる、いざとなればレイのアンテナを……って寝ていたか。とりあえず遅刻の理由と置いてきたブリッツの言い訳を考えないとな」

 

 助手席と運転席を交換し、今度は眠りから目覚めたミヒルがハンドルと無線機の受話器を握る。その隣ではマリアが死んだように眠っている。荷台のアリシアやロゼ、レイやクリスも荷物に埋もれながらぐぅぐぅ寝ている。一美も荷物をベッドにして寝ていたが、体の部位を枕代わりにされてとても辛そうに見える。ポジションが悪かったみたいだ。

 

 ミヒルは体の良い言い訳を考えながらブリッツを運転する。どうして部隊の隊長がハンドルを握り、部下が睡眠中なのかを考えたが、途中で辞めることにした。きっとカティア号の中はヘレーネの欲求不満が祟り、お陰で大変な事になっているだろうから。

 

 既に国境を越え、チュニジアへと着いた自分たちが漸く大きな作戦に駆り出される。今まで陥落しなかった施設型ネウロイ、決して簡単に済む戦いでは無さそうだ。自分たちは今日中に本隊へ合流し、明日には作戦打ち合わせがスタートするのだ。既に他の方面からやってきた部隊は作戦司令部近くの集合地点に集まっている、トリポリと周辺都市から送られてきた部隊が最後の到着だ、せいぜいなめられないよう、少しは隊長らしく振舞おうかとミヒルは考えていた。

 

 そして本隊と合流した時、乱暴運転でブリッツを壊して放棄した言い訳を考える事をすっかり忘れて怒られる三〇九統合戦闘装甲団の隊員たちだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

解放への切り札

一美「そういえばマリアさんの持ってるチョコ菓子って全然溶けませんよね。何でですか?」

マリア「熱帯用でウィッチに売られてるタイプのは蜜蝋が入っててね、そう簡単には溶けないようになってるんだよ」

一美「凄いですね~♪ 普通の兵隊さん用のチョコ棒にも入ってるんですか?」

マリア「そんな高級品を配れないよ。ここだけの話、一般用には安いって理由で石油から取れる蝋を使ってるんだ」

一美「えええええええ!?」



 本隊から大幅に遅れて出発した第三〇一・三〇九統合戦闘装甲団は紆余曲折を経て漸くガベスへ到着した。到着した次の日、隊員たちは久しぶりに見る建築物に嬉しそうにはしゃいでいたが、今まで彼女達を待ってくれていた本隊はとっくに休息を終えており、遅れを取り戻すべくさっさと汽車に乗って出発してしまったので装甲歩兵に与えられた休息時間は確実に足りなかった。

 

 ガベスは四三年初頭の時点でネウロイに占領されていた土地だったが、南部に位置するマレスを拠点としたガリアの部隊によって解放されたのだ。これによりアトラス山脈およびファイド渓谷とカセリーヌ峠までの一本道が完成し、サウゼやチュニス、ビゼルトといった港湾拠点へ直線で移動できる。行軍のスピードは格段に向上するのだ。

 

 そして、ガベスを出発して二日後にはカセリーヌ峠に一番近い連合軍の飛行場があるセレステ近くにたどり着いた。トリポリから派遣された部隊はあと一つの山を越えれば飛行場だという場所までやってきていたのだった。

 

「いつもすまないな君達、こんな重たい戦車を押してくれて感謝するよ!!」

 

 荒涼とした硬い砂漠の地面にエンジンをフル回転させて坂を上ろうとするタイガー重戦車、それを後ろから数人の装甲歩兵が使い魔を解放して車体を押している。タイガーの前方でも二台の半軌装車が車体を引っ張っている。別に砂に履帯を取られたとか、見えないネウロイに攻撃されて故障してしまったとか言うわけではない。このタイガー戦車の動作は他の三号戦車や二号戦車、クルセイダーと同じようにも快調そのものなのである。それでも急な坂は苦手なようで、車長のライヒ少佐はちょっとだけ罪悪感が湧いていた。

 

「重い~!! もっと力入れなよ一美!!」

 

「地面は硬いのに……歩行脚がめり込んでます~!!」

 

 タイガーの排気煙を浴びながら苦しそうに車体を押すマリアと、その隣で顔を苺のように真っ赤にさせて車体を「持ち上げ」ようとし、歩行脚が地面に沈んで行く一美は背後に控える他の隊員たちを乗せたブリッツを見やる。

 

 昨日の砂嵐でものの見事に幌を吹き飛ばされたブリッツの荷台には今までタイガーを押していたオルガやアリシアが汗まみれの上着を脱ぎ、シャツ一枚の姿で折り重なっている。ロゼもオルガたち二人と一緒にタイガーを押していたがポジションの関係で排気煙を吸いすぎて具合が悪くなり、カティア号に載せられていた。

 

 ロゼを載せる為に満員のカティア号に乗っていたヘレーネがブリッツの荷台へ移動し、クリスやレイと共にのぼせたオルガとアリシアを診ていた。もっとも書類で仰ぎ「自分へ」風を送ったりするレイや熱い紅茶を無理やり飲ませようとするクリスの方が無害と言えるぐらい、ヘレーネの接近を恐れた一美は自らタイガー押し仕事を志願したのである。

 

「少佐ー! あの向こうに見えるでかいモンは何ですか……戦艦!? 戦車!??」

 

 丘を登りきった時、照準鏡越しに景色を眺めていたヘッセが何かを見つけた。目の前の開けた土地に停まっていたのは巨大な戦車だ。全長は三十メートルあるだろうか、高さも十メートルはある。何本もの巨大な履帯とこれまたでかい砲塔には戦艦の主砲並みの大きさを持つ大砲が二つも搭載されていた。車体の左右には中戦車クラスの側砲が幾つも据え付けてあり、さながら戦車というより「要塞」と言うべきか。つまり陸を走る巡洋艦である。

 

「確か我が国が設計した超重戦車でラーテとか言う名前だったか。 去年の今頃にリベリオンへ製造依頼を出したらしいが……たった一年で作ったのか」

 

 

 

 沿岸や海上に現れた小型の巣やドーム型ネウロイであれば艦砲射撃で破壊も可能だが、内陸部に現れたネウロイに対しては艦砲の射程範囲が足りない事も多々あり、全て装甲歩兵や非力な砲で対抗するしか無かった。そこでノイエ・カールスラントの陸軍兵器局は内陸部に進出できる巨大且つ援護が無くとも自力で戦闘が可能な自走砲の設計を開始し、ラーテ超重戦車という答えにたどり着いたのだ。

 

 車体や砲塔、側砲等の製造はカールスラント陸軍技師の監修のもと、資源に余裕のあるリベリオン合衆国の工場で行われ、完成後は走行試験の為に広大な北アフリカのモロッコに部品単位で輸送されて現地で組み立てられた。試験自体は好調だったものの、肝心の武装は取り付けられておらずエル・アラメインやファイド峠の戦闘には参加できず仕舞いだった。

 

 しかし、先の戦闘で損傷を受け、修理中の軍港でネウロイの襲撃を受け大破したカールスラント海軍のシャルンホルスト級戦艦二番艦「グナイゼナウ」の解体に伴い、無傷だった主砲の二八・三センチ砲の二門だけを貰い、アフリカに運んで砲塔に取り付けた。既に活躍の場を失ったと思われたラーテを最初で最後の実戦テストも兼ね、カセリーヌ峠に潜むネウロイの掃討に使うのだ。

 

 

「漸く来ましたか。良い目印になるでしょう? このラーテ。我がカールスラント陸軍兵器局の集大成が詰まってますよ」

 

「あぁ……確かに凄いが、ただの的になりそうで跳弾が怖いな」

 

 乾燥した暑さの中、ライヒ少佐は集合地点に到着した旨を本部のテントへ報告しタイガーへ戻る帰り、この技術中尉にしつこく付きまとわれている。早くタイガーに戻って部下達と休息をとりたいと願っても、この技術中尉が彼の右斜め前を歩いているのでなかなか追い越せない。

 

「とんでもない、ラーテの装甲厚は最大で三五〇ミリ、最低でも一五〇ミリありますよ。ネウロイの光線なんて簡単に跳ね返す筈です。それに少佐殿とお連れの搭乗員は跳弾の心配に晒されませんしね。ほら、少佐殿は気に入ってなくても、ウィッチの皆さんは気に入ってるみたいですよ?」

 

 なんだか変な事を言う中尉だ。ふと真横のラーテを見ると、転輪に使う錆止め用のコールタール塗料で車体に落書きをしている少女達がいた。よく見るとトリポリから連れてきた第三〇九統合戦闘装甲団の隊員がラーテの整備士からタールの入ったバケツを奪い、落書きのペンキ代わりにしている。あの竹西軍曹、トウキョーまで七千五百マイルなんて大まかな数字を書くんじゃない、もっと刻め。早くこの中尉を退かさないと彼女達を怒れない。タイガーまで残り数メートルまで来たところで、ライヒは三号戦車を背にして中尉に話しかけた。

 

「中尉、お前は何が目的で俺に付きまとうんだ? あいにく俺にはその手の趣味が無いからな。どんなアピールかけたって動じないからな!!」

 

 それを聞いた技術中尉は口をポカーンと開け数秒間固まってしまった。そして何かに気づいたかのように首を振り、焦りながら口を開いた。

 

「い……今から起きることを言おうとしてたのですが……その、あそこの……ラーテの右前方にあるスペース、見えますか?」

 

 ラーテの車体を見上げたライヒは車体の左前方に設置されているタイガーの砲塔が目に入った。その砲塔に描かれていた番号には見覚えがあったのだ。一九四三年の始めにビゼルト港で故障のため放棄された二台のタイガー戦車の内一台を修理してトリポリの部隊で使うと打診し、汽車を乗り継いで引き取りに行った時に見かけたもう一台のタイガーの番号と同じだった。そして、右側にはもう一つタイガーの砲塔が載っていなければならないが、そこには砲塔の姿は無い。ライヒの頭の中は嫌な予感でいっぱいだ。

 

「実は、トリポリの部隊に召集をかけたのは装甲歩兵の補充とラーテを支援する中戦車の類。そして八・八センチ砲を搭載したタイガー戦車の砲塔を調達する為なんです。お上からの命令なので私達は従うしかありませんでして……へへへ」

 

 三号戦車の背後でクレーンのワイヤーを巻き取る駆動音がする。何か重たいものが吊り上げられる金属音もする。そんな軽い金属なんて物じゃない、重戦車の砲塔を吊り上げたような重々しい音だ。この三号戦車の裏にあるのは自らの駆るタイガー。予想は的中。

 

「止めろ!! 止めろ!! おいヘッセ、車長呼んで来い!!」

 

「すげぇ……砲塔が……そ、空を飛んでる……」

 

 酒を飲むため車外にいた壮年の操縦士が慌てている、便所から帰ってきたヘッセも愛車の惨状に茫然と立ち尽くしている。今まさに音も無く忍び寄っていたラーテの傍らにいた自走式組立クレーンがタイガーに近づき、乗員の目を盗んでフック砲塔に固定し、車体と砲塔を繋げる部品を外した上でタイガーの砲塔を車体からスポンと抜いてしまっていた。ゆらゆらと空中で揺れる砲塔はゆっくりとラーテの車体右前方へ運ばれ、そのまま車体に空けられた丸い穴にスポッと収まった。

 

「跳弾の心配が無いとか、初めから俺達をあのデカブツに乗せるからじゃねぇか!! 最初からそう言え!!」

 

 ライヒは顔を真っ赤にして技術中尉の胸倉を掴み、今にも鉄拳が飛びそうな剣幕で捲し立てる。

 

「やっぱりそうだと思ってましたよ。でも拒否されたら面倒ですし……」

 

「ばかやろぉぉぉぉ!!」

 

 その数秒後、砲塔の無いタイガーの周りには右往左往する乗員と頬を押さえて地面に転がる技術中尉、右手の拳骨を押さえて痛そうに蹲るライヒという奇妙な光景が広がっていた。彼らの上では何事も無いように砲塔の取り付け作業が進んでいた。

 

「お絵かき愉しかったですね~♪ ちょっと東京までの距離が曖昧ですけど」

 

「地図が無いからヘルシンキまでの距離が分からず仕舞いだったなぁ~」

 

「こんな事やってる間に戦争なんて終わっちゃえば良いのにねー。」

 

 彼らの直ぐ隣では落書きに飽きた一美・オルガ・アリシアが自分達のテントへ歩いていた。今日の夜、外が涼しくなった辺りでカセリーヌ峠攻略作戦南部方面隊の隊長会議が開かれる。そこで各部隊の目標や移動ルートが通達され、部隊ごとに設定された出発時刻に合わせて集合地点を後にするのだ。なので隊の一般隊員はテントの中で待機し、食事睡眠や休息をとる。明日からは本格的に戦闘が始まる部隊も戦闘が起きずに作戦が終了する部隊も存在するだろうが、歩兵も戦車兵も装甲歩兵も共通して願っていた事がある。

 

それは、ネウロイとなんて鉢合わせませんように、である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

隊長会議

一美「今回の話では私達、とっても空気みたいですよ!?」

マリア「何だって!? もしかしたら名前すら出ないのか!!」

一美「なんかそうみたいです、主人公(笑)ですよ本当に!!」


「つまり、君は観測機の得た情報を基に少数の装甲歩兵で組んだ斥候隊を既に確認された施設型ネウロイの他に存在するネウロイがいると思われる座標まで行かせ、その正確な位置をあの山の麓に作った砲兵陣地に伝達して砲撃を仕掛けると言うのかね?」

 

 ラーテの最後の武装組み込みが終了した頃、辺りはすっかり夜になっていた。隊長会議が始まる数分前、南部方面隊の最高責任者であるブリタニア王立陸軍の中将はラーテの整備士達に無理を言って車内の作戦室を貸し切り、そこで隊長会議を行うことになった。ラーテの作戦室に置かれた長机にはカセリーヌ峠の地図が敷かれ、消しゴムや鉛筆に部隊番号や兵科を記した簡易コマを転々と置いて議論していた。

 

 本来なら作戦が始まる数日前には行軍ルートも役割分担も決めているはずなのだが、集合が作戦開始の前日までに立て込んでしまったので今更議論を行っているのだ。割と大規模な部隊だが所詮は東・西部戦線に引き抜かれず現地警備に残された部隊が殆どなので精鋭とは言い難かった。

 

 そんな部隊の内、今回の南部方面隊に於いて総指揮権を持つブリタニア王国陸軍中将アーロン・ブレンダン・アッテンボロー中将は作戦室の全体が見渡せる位置に座っている。彼の周りにはカールスラント陸軍やロマーニャ陸軍の佐官が座っている。中将は先ほどの作戦行動の一部を立案したカールスラント陸軍の中佐を睨み付け、彼の言葉に誤りが無いのか釘を刺す。

 

「その方法が一番手っ取り早いと思われます、ほ、砲撃で大半のネウロイを破壊してから取りこぼしを戦車や装甲歩兵で一掃する計画でありまして……斥候隊の犠牲は免れませんが被害を少数に留められると思います……斥候隊は我々の指揮下にある第三三五統合戦闘装甲団を主体として――――」

 

 作戦室にいる将校達の視線を一身に受ける、丸眼鏡を掛けたまだ若い中佐は緊張でしどろもどろになりながら行軍中に急ごしらえで作った書類を読み上げる。しかし彼の説明は装甲歩兵の部隊名が出た所で止まることとなった。止めたのは中将の拳、彼の拳が机を叩いたとき、静かだった作戦室が更に静寂さを増した。ただ一人の軍人を除いては。

 

「貴様! その斥候に装甲歩兵を使うと言ったな!! 我々の貴重な戦力をそんな無駄な場所に割ける筈が無いだろう! 彼女達は世界の希望、人類を解放に導く者達だ! 貴様らが使うような吸着地雷とは違うのだぞ!!」

 

 アッテンボローは声を荒げて中佐を罵る。彼は中佐の言う装甲歩兵を使い捨てるような作戦行動には反対のようである。

 

「(ねぇミヒル、あの中佐……ちょっとかわいそうじゃない?)」

 

 会議には一般部隊の隊長や司令部勤務士官の他に、装甲歩兵部隊の隊長らも同席している。今回の作戦には十人規模の部隊が五つ参加するので、隊長の席は五つだ。つまり約五十人の装甲歩兵が投入される作戦であるが、エジプトで奮戦するようなマイルズ隊とは違い、今回が初の実戦である部隊を二つも抱えている有様だった。彼女達は机の一番端に座らされていたので実質会議に参加というより傍聴席に座っているという感覚だった。

 

「(まともな将校の大半はガリアで土に還ってるからな……人命も省みない、ただ計算上の説だけで作戦を組んでも無理ないさ)」

 

 青ざめた顔で席に座る中佐を見たラナタが隣に座るミヒルへ耳打ちする。二人はブリタニアで行われた部隊再編時からの付き合いであり、エトナが親友以上と言うならラナタは悪友である。

 

「(それにしても後ろの娘、なんか怖いぞ……たぶん私とラナタより目つき悪い)」

 

 統合戦闘装甲団の隊長の席には一人ずつ中将の秘書と思われるブリタニア陸軍の熱帯用戦闘服に身を包んだ少女が付いている。彼女達はミヒル達と違って下を『穿いている』のでウィッチかどうかは怪しいが、その挙動や目つき、直立不動の態勢は装甲歩兵より凛々しい。もしかすると航空歩兵より礼儀正しいのではないかといい雰囲気を漂わせる。

 

「(これに乗った直後から各隊長に一人ずつくっついてる……護衛かしら? 気持ちミヒルに付いてる人が一番強そうな気がする)」

 

「(私達を護衛する必要なんてあるか? そりゃ確かにうちの隊員が落書きしたりしたけど……大の隊長が悪戯なんてするわけ―――)」

 

 ないじゃない、そう言おうとしたミヒルの目の前にいきなり背後にいた少女の顔が現れる。東欧系の鷲みたいな尖った顔立ちにエトナに似た青い瞳、とうていブリタニア人とは思えない美貌だ。あんな紅茶くさいクリスと比べる事自体失笑モノと言える。

 

「うるさいですよ。 会議に集中してください」

 

 彼女は氷柱に似た冷たい声でミヒルの言葉を遮る。鳶色の瞳を持つミヒルが見た彼女の瞳には輝きは無く、どこまでも潜っていけそうな程に沈んだ青だった。これには部隊の中でも怖いもの知らずなミヒルも思わず竦み上がる。

 

「しかし、犠牲を出さないもならその計画も使えるかもしれん。三三五の隊長さん、やれますかな?」

 

 アッテンボローの質問に第三三五統合戦闘装甲団の隊長が胸に手を当てて立ち上がる。第三三五統合戦闘装甲団と言えば先の合同演習で三〇八を撃破したものの三〇九に奇襲を食らって敗退した部隊だ。そしてミヒルの向かい席に座っていたのは紛れも無くミヒルが放った模擬弾を眉間に食らった間抜けな魔女だった。

 

「はい! この第三三五統合戦闘装甲団隊長、フリーデ・エッダ・バウムガルテン少佐にお任せください!! 必ずネウロイの居場所を見つけ、生還して見せます!!」

 

 そう言って座ったフリーデと名乗った三三五の隊長はしたり顔でミヒルを見つめる。童顔に顎の高さで切りそろえた金髪に小さな髪飾りを付け、カールスラント陸軍の熱帯用野戦服にも少佐の階級章横にペンダントを付けていかにもお嬢様風の着飾りだ。こんな成りをしていてもネウロイには勝てないと言うのに、何かを勘違いしている。

 

「宜しい、では我が空軍の偵察機を回してくれるように無線連絡を入れよう。そうすれば座標送信後に彼女達を収容して安心な生還を約束できる。他の装甲団は自分の部隊が何をするか覚えているかな? そこの三〇九の隊長、言ってみなさい」

 

「えぇ!?……あ、あの……わ、私達の任務は……え~っと」

 

 いきなり話を振られて同様するミヒル。こういう会議にはエトナに頼み込んで代理で出席してもらっていたが、今回は会議するだけで復唱は無いと思っていたのだ。緊迫している作戦室の中で愛想笑いしかできないミヒルに呆れ気味のラナタが立ち上がり、ミヒルの尻を叩いた。

 

「第三〇九統合戦闘装甲団は我々第三〇一統合戦闘装甲団と共に施設型ネウロイの手前までラーテを護衛、ラーテが戦闘を開始したら護衛を終了しネウロイの側面から奇襲を掛けます。施設型ネウロイの破壊を確認したら作戦終了であります」

 

 尻を叩かれて変な声が出たミヒルに代わってラナタが復唱する。

 

「そうか、合同で行動するなら良いか。他の部隊も復唱は省略するが全て頭に叩き込んで置くように。隊長が忘れてはいかんからな」

 

 顔を赤らめたミヒル座りながらがラナタに小さく「馬鹿」って呟く。作戦室の空気を和ませる事は出来たが、装甲団の隊長達は口に手を当てて笑っている。間違いなく馬鹿にされているのだ、しかし後ろの少女達はピクリとも笑わない。ミヒルもラナタも会議そっちのけで少女達の動向を探っていたが、結局最後まで何もわからなかった。

 

「今回の会議はここで終了とする。各自部隊のテントに戻って休息をとる様に。では解散だ」

 

 作戦室の全員が起立し敬礼を行う。アッテンボローが返礼し、手の平を下ろすと他の将校たちが腕を下ろした。作戦室から段々と人が減り、あの失言を犯した中佐も作戦室を出ようと鞄に書類を詰め、最後に通路へ出ようとした所、側近の少女達に囲まれた。

 

「いやぁ、怒鳴って悪かったね中佐。君の作戦も別に悪いわけではない、むしろ凄い合理的だと思ったよ」

 

 笑いながら近づくアッテンボローの声はちっとも笑っていない。まだ怒っているのだろうか。この期に及んで側近の少女達も笑っていない。

 

「いえ、とても人命軽視な作戦を立案した自分が恥ずかしいです。収容まで考えた中将殿に……遠く及びません」

 

「いやいや、私も若い頃は無理な計画を立てたりしたものだよ。それに君、眼鏡にゴミが付いてるぞ?」

 

 中佐も愛想笑いをして眼鏡を外し、持っていた布巾で眼鏡のレンズを拭く。中将は彼の周りを歩きながら話を進める。

 

「そういう時は上官が私に休暇をプレゼントしてくれた。休暇を満喫した後の作戦立てでは頭が冴えるんだよ。良かったら君も休暇なんてどうだね?」

 

「有り難いです、元連合軍幕僚である中将殿からそのようなお言葉が頂けるとは。それで休暇は作戦が終わってからですか?」

 

 そう言って眼鏡を拭き終わり、また両目に掛けようとした中佐の右腕を側近の少女が掴む。フリーデの後ろにいた赤毛の少女だ。

 

「いいや、『今から』だよ――――中佐殿」

 

 その瞬間、ミヒルの後ろにいた少女が中佐の眼鏡を右手で払い落とし、空いた左腕で中佐の左肘を間接とは逆方向にへし曲げる。中佐の左肘はいとも簡単に砕かれ、あまりの痛さに苦悶の声を上げようとするが、それより早くにラナタの背後に立っていたアジア系の少女が繰り出した掌底によって喉仏を潰された。息が苦しくなった中佐は右腕を必死に振り回し、右腕を掴んでいた少女の手を振りほどくと腰に提げていたP38拳銃を引き抜こうと黒革のホルスターに手を掛けた。

 

 床に落ちた丸眼鏡を踏み潰して遊んでいた北欧系の少女が中佐に走り寄り、中佐の手より早くホルスターから拳銃を抜き、慣れた手つきでスライドを引いてから弾倉を外して分解用レバーを回転させ、スライドと銃杷を分離させる。

 

 抵抗手段が無くなった中佐は四人の少女に殴打され、床へ仰向けに倒れている。まだ自分の状況が理解できていないらしく、薄れる意識のなかで中将を見上げる。今度の中将は笑っていた、側近の少女達も笑っている。なのに自分は許されたような気がしない、意識が遠のく、体に力が入らない。早く他の部隊に伝えねば、この中将の本当の狙いを―――――――

 

 

「私の狙いはこの作戦での功績を独り占めする事にある。幸い此処に集まった部隊長は皆が受身的性格の者ばかりで助かったよ。しかし君は違った、君も私みたいに出世を狙っていたんだ、だから消させてもらう。 道理に適っているだろう? って、もう聞いていないか」

 

 禿げた頭を制帽で隠し、如何にも悪人とでも言った方が相応しい風貌のアッテンボロー中将、今までは連合陸軍を支える柱の一つを受け持つ程の大物であったが、ある日の会議で彼の汚職が判明、連合軍幕僚を解任させられていた。

 

 汚職と言ってもあの手この手で脱税した金をブリタニアの孤児院へ寄付していたとか、私欲で使った訳ではなかったのでブリタニア国内で罵声を浴びせられる事はなかった。

 

 彼の目的はもう一度連合軍幕僚へ返り咲く事であり、彼に付き従う側近達も彼の為にあらゆる手を尽くしてきた。拉致も誘拐も殺しも、全て孤児院出身の彼女達の仕事だ。孤児院を対象にした魔女検査で素質ありと判定されながらもウィッチ入隊を拒んだ少女を中将は莫大な給金を条件に登用し、幕僚の仕事を手伝わせたりさせていたが、最近は現幕僚の夜の相手だとか殺しの仕事ぐらいしかやっていない。全員が処女で無くなり、二人も魔力を失った。しかしそれでも中将に付いて行くのだ。全ては自由と富をくれたアッテンボロー中将の為に。

 

「そいつを離れたところに埋めて来い、誰にも見つからないようにな。他の面々には彼が夜中の内にマレスの補給基地へ発ったとさせておこう。その途中で飛行機事故にて死亡、こりゃ良いシナリオだ」

 

 床の絨毯に中佐の死体を包んで通路に運び出す少女達。既にラーテの車内に人影は無い。乗員も居住区で就寝しているので死体を運び出す分には最適な時間だ。端から見ても車外へ絨毯を運び出す魔女二人としか見えない。もし歩哨に見つかっても絨毯に飲料を零したので砂洗濯するんだと言えば良いのだ。

 

 アッテンボロー中将もリーダー格の少女と共に自らのテントへ戻る。『喫煙禁止』と書かれた張り紙の隣で葉巻に火を付けた中将は、まるで何事も無かったかのようにラーテを後にした。

 

 

 中将がテントに帰った頃、死体を埋めに行った少女三人はラーテから数十メートル離れた斜面の裏側に穴を掘り、絨毯ごと埋めようとしていた。砂漠の地形は変わりやすいし、万一地表に出たとしても此処はまだ生物がいる。虫か鳥にでも食べられれば残りは骨程度しか残らないだろう。

 

 そんな作業を知ってか知らずか、三人の所に近づく一人の影があった。お腹を押さえて気だるそうに歩いているのは濃緑色の勤務服を着た一美だった。

 

「(うえぇ~……井戸水そのまま飲んだらお腹がゴロゴロしてきた……)」

 

 どうやら用を足す格好の地点を探しているらしく、三人と死体が隠れている斜面の頂上をぽつぽつと歩いている。三人は作業を止めて見知らぬ装甲歩兵の動向を見つめていたが、運悪く目が合ってしまった。

 

「そこの三人さ~ん。絨毯敷いてお楽しみするなら風下で用足しても良いですか~?」

 

 何も知らない一美は絨毯を抱えて人目の付かない場所にいる三人がおっぱじめるんじゃないかと思っていたが、三人のうち赤毛の一人が物凄い形相で睨んでくるので一美は尻尾を巻いて逃げ出した。

 

「……顔、見た?」

 

「いいえ、でも緑色の制服着た女の子だった」

 

「……ばれる前に、あの娘も消す?」

 

「私達で片付ける問題、ちゃんと“姉妹”で話し合いましょう」

 

 中佐の死体を『埋葬』した三人は中将のテントへ戻ったが、目撃者の話は中将には話さず、側近の仲間にしか話さなかった。結論は明日の出発前に目撃者を炙り出し、本当に現場を目撃したか確認を取ろうと言うことで終わった。その頃の一美は毛布に包まってガタガタと震えていた。相当睨まれたのが怖かったようだ。

 




すごくお話がややこしくなってきました(笑)

彼、アッテンボロー中将はブリタニア優勢のミリタリーバランス構築とかを考えず、ただ自らの名声の為に動いてるだけなので政治的要素は一切ありません。
それでも邪魔者は殺します、自国の将校だと側近に頼んで骨抜きにさせます。

P38拳銃のテイクダウン方法がちょっと分からなくて苦労しました(汗)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

309は2度死ぬ

 第三〇一及び三〇九統合戦闘装甲団が集合地点へ到着した次の日、兵士達が作戦開始時刻に合わせて次々と集合地点を後にする。長距離行軍用の荷物は置きっぱなしで出発するため、これから出発しようとしている部隊の兵士達は自分の荷物すべてに名前を書いている。それは装甲歩兵達にも言えることで、長い間自分の大切な荷物(大半は替えの上着やズボン)を無防備に手放す事はかなり危険な行為なのだから。

 

 鍵付きの長箱を司令部から支給された三〇九の隊員達は要らなくなった荷物を全て箱へ詰めていく。今日からはトラックは使えない。カティア号も積載スペースを確保しなければならない、つまり常時歩行脚を穿いて数日は行動する。いつ会敵するかもわからない状況、油断はできないのだ。

 

「どうですかこれ、似合ってますかぁ~♪」

 

 一美はテントの中で一式中歩行脚に同梱されていた装甲歩兵用の戦闘装束に着替え、他の隊員達に見せびらかしていた。大体の形状は稲垣先任や加藤大尉が着ている物と同じ巫女装束で、相違点を挙げるならば手甲や腹掛けが少し分厚く縫製されているぐらいだろう。

 

「すごーい、なんかとっても涼しそう!」

 

「いいなー、なんで合衆国(ステイツ)のは地味なんだろ……」

 

 十人近くいる隊員の中で、一美のファッションショーに参加しているのはアリシアとロゼだけだった。他の隊員は黙々と箱に荷物を詰め込む作業に専念している。

 

「ほらお前達、早く荷物の準備する! それにマートリン少尉は後五分で出発でしょ? 一美に見とれるのは良いけど初対面の人に迷惑は掛けたりしない!! あと出発前に仮設整備所で歩行脚を診てもらうこと!! もぐりのエンジニアだと故障するかもしれないからな!!」

 

「あ!! そうだった!!」

 

「ひどいっすよ隊長、これでもみんなの歩行脚整備を一手に引き受けてんですから~。 もう隊長の歩行脚は修理しませんよ~?」

 

「ぐぬぬ……それは困る……」

 

 何かを思い出したロゼは急いで荷物を整え始める。 シャロンは自分の歩行脚であるガリア製のR35軽歩行脚の清掃をしながらミヒルの言葉に頬を膨らませていた。 ネウロイによるガリア侵攻時に持ち出された大量のガリア製歩行脚は武装こそ貧弱なものの、操縦性の高さから各国が練習用にと購入し使用している。 シャロンの使うルノーR35歩行脚は主砲口径、最高速こそ他の歩行脚に劣るが、その分操縦性はレイの使うリベリオン製のM4A1中型歩行脚を卓越している。

 

「あれ? ロゼさんは別行動なんですか?」

 

「そーだよ。なんか南部方面隊の意向で、砲兵科の兵士と装甲歩兵は皆で一塊の集団になって陣地をつくるみたい。そのほうが火力を集中させやすいんだってさ」

 

 二人の間を遮るように現れたミヒルが異動願いの書類と新しい名札をロゼに手渡す。名札には彼女が第三〇九統合戦闘装甲団所属であることが記されていた。ロゼの首から下がっている認識票には氏名年齢血液型が刻されたタグの他に原隊であるリベリオンの砲兵部隊に所属していることを刻したタグがついているだけで、第三〇九統合戦闘装甲団に所属しているとは一目見ただけでは分からないのだ。

 

「もしお前が首なしで帰ってきても、それを持ってれば気づいてやれるって訳さ。安心して死んで来い」

 

「やだなあ隊長、なんで後方部隊の私が死ななきゃいけないんですかぁ~ じゃいってきまーす」

 

 小さく笑ったロゼが最低限の荷物を持ち、テントから抜け出す。 同時に入ってきたのはM10駆逐歩行脚の熱帯に於ける使用データの提出を済ませてきたマリアだった。 集合地点には手紙を港まで運ぶ郵便車も出張してきていたので他の隊員が書いた手紙も同時に投函してきていた。

 

「お、似合ってるじゃん一美。 ん~……でも一段と目立ちそうで困るなぁ~、今までの服じゃ駄目なの?」

 

「い……いや、あの服は暑くて暑くて、それにずっとしまったままじゃ服も可哀相ですし♪」

 

 一美は昨夜に見た光景が只事ではないぐらいは分かっていた。 昨日と同じ服を着ていると危ない、そう思えた一美は戦闘装束を引っ張り出して袖を通したのだ。これで少しばかりあの人達を誤魔化せるだろう。

 

「そっか~、 ずっとしまってたら虫に食われちゃうもんな! あ、此処にそんな虫いないか! あっはっは!!」

 

 マリア中尉が抜けている人で良かったと、一美はほっと胸を撫で下ろした。 呆れた顔で部下達を見つめるミヒルの背後、テントに空いた小さな穴から彼女達に覗かれているとは知らずに。

 

「あの娘……? 昨日私達を見たのは……」

 

「わかんない、でも背丈は同じくらい」

 

 三〇九のテント脇で覗きをしていたアッテンボローの従兵である二人の少女が小声で話し合う。片割れの赤毛を後頭部で一つに束ねた少女が解れた穴を覗き、横に立つ北欧系の少女が特徴を手帳に記している。手帳には五部隊分の「容疑者リスト」が記されており、一美と同程度の身体的特徴を持つ装甲歩兵が疑いにかけられていた。三〇九の中では一美の他にオルガとロゼの名前が手帳に収められている。

 

「あの娘だったら楽勝だよ。 明らかに馬鹿っぽいもん」

 

「でもあの竹西って奴、エースのマルセイユを倒したらしいじゃん」

 

 余裕を見せる赤毛の少女に心配したのか、北欧系の少女が最近読んだ新聞記事を思い出して彼女に教えていた。

 

「しってるよ、あれ奇襲で偶然勝っただけ、あんな目立つ服着てきゃっきゃって喜んでるなら、私達が奇襲で片付ける。 私なら一瞬で頭を撃ちぬけるもん」

 

 赤毛の少女がフンと鼻で笑いながら目を穴から離し、その場を後にしようとする。 だが二人の前に一人の装甲歩兵が立ち塞がる。彼女達とは頭二つ分ほどかけ離れた背丈で長い銀髪がカーキ色の上着に良く映える。二人に立ちはだかったのはエトナだった。

 

「こら、私の仲間達の着替えを覗いてるのか? 生憎だが私の仲間はゴダイヴァ夫人じゃないんだ。他をあたってくれないか? ピーピング・トムさん達」

 

 ちょうど二人が帰る時に鉢合わせたので一美の暗殺計画が持ち上がっていることすら知らない。 仮設の海水風呂に行ってきた帰りのエトナには二人が出歯亀にしか見えなかったのだ。

 

「言われなくてもそうするよ~♪」

 

「じゃあね~おばさーん♪」

 

 感付かれる前に二人はラーテへと戻り、エトナに挑発も仕掛けておいた。

 

「な……おばさん!? まだ二一歳だぞ!! 現役だぞー!!」

 

 安い挑発に乗せられて顔を真っ赤にするエトナも既に二十歳を一年過ぎている。 しかし魔力も衰えず未だに第一線で活躍できているのは使い魔との契約時期が十三歳と遅かったからなのか、 それともエトナ自身の才能なのか、 こればかりはエトナ自身にも分からないでいる。

 

「全く……どこの部隊の悪がき共だか……」

 

 不機嫌なままテントの入り口を潜り、濡れた髪に巻いていた布を払う。エトナの帰還を確認したミヒルがロゼを除いた全員に机へ集まるように指示を出し、カセリーヌ峠の地図を指差した。

 

「はい注目、私達はあと四分後には此処を出て、ラーテっていうでかい戦車の護衛をする。前衛兼斥候を私達が務め、後衛を三〇一の娘達がやる。無線機はレイに任せた、ちゃんとラーテとの相互通信をするんだぞ」

 

 はい、と小さく頷いたレイは眠たさを感じさせない程に目を見開いている。

 

「レイの護衛は一美に任せた。私を含んだ他の隊員は傘型陣形で索敵を行う。ネウロイを発見した場合は短距離通信を使わないこと、ネウロイに察知されることを考えて手信号を使う。わかった? 返事!!」

 

「「了解!!」」 「りょ、了解!」

 

 テントの中で隊員の声が響き渡る、そして一拍遅れて一美が言った。ミヒルが解散と言うと同時にラーテの艦内ブザーが鳴り響く。出発の時間がやってきたのだ。

 

 外に準備していた歩行脚に足を通し、持てるだけの武器を背負い、魔導エンジンに命を吹き込む。 一美にとっては初の作戦参加、しかし緊張と言うより期待と好奇心が織り交ざる気持ちで一杯だった。

 

 この峠を超えた先に何があるのか、一美はネウロイの親玉に早く会いたいと願っていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本当の敵

「視界良好、ラーテ前進に支障する障害物及び砲台型ネウロイの機影、共に無し。 先行した第三〇九統合戦闘装甲団との定時連絡、異常なし。」

 

「機関全速、北部方面隊に遅れは取るな! 二八〇粍連装砲の操作員を砲塔上部の八八粍連装高射砲に半分回せ! 飛行型ネウロイへの警戒を怠るな!!」

 

 移動を開始したラーテの艦橋は各区画と伝声管で繋がっており、艦橋の兵士から機関部や側砲、主砲等の他区画へ迅速な連絡が可能となっている。陸上戦艦とは良く言ったもので、ここまでくると本当に軍艦が陸上を走っているようにも見える。

 

「本作戦の主導権は我々に有る! これまでこの灼熱の大地に散った同胞達の弔い合戦としようではないか!!」

 

 艦橋でひと際大きな声で兵士達を鼓舞しようとしているのは、ラーテ艦長の任を受けた自由ガリア陸軍准将のフェルナン・エドモン・コンスタンという丸眼鏡で禿頭の老将だった。彼もまたアッテンボローと同じく、ガリアに英雄として帰りたい願望を持って本作戦に参加していた、そんな彼がどうしてラーテ艦長の任を続けているのか、実は隊長会議は代役を立てて欠席していたのでアッテンボローに消されずに済んだのである。

 

 その声は伝声管を伝って瞬く間に艦内全体へ響き渡り、その言葉に共感する者や共に鬨を上げる者もいた。しかしそれらの多くはガリアの兵士が多く、ブリタニア・カールスラントの兵士は何ら興味も示していなかった。

 

「でかい声だすなぁ。いつの時代に生きてんだか……あのじじいは」

 

 誰も興味を示していないと言えば嘘になるようで、むりやりラーテに配属させられたライヒ少佐と乗車「だった」タイガー重戦車のクルー達は伝声管に装着されていた電気スピーカーのせいで危うく耳を壊しそうになっていた所だ。 中でもキューポラの覗き窓が油汚れで見えなくなっているので、向かいの砲塔クルーに布巾を貰いに行こうと通路へ降りかけていたライヒの耳にはダイレクトにコンスタンの枯れ声が劈いたようだ。 

 

「少佐と一緒で、死に場所を探してるのかも知れませんよ?」

 

 車高が格段に変わった為、照準器に無視できないズレが生じているのをダイヤルで調節する射手のヘッセがライヒの呟きに答える。

 

「阿呆か、勝手に俺を自殺願望者に仕立て上げるな。 せっかく生きる目標を見つけたってとこだぞ」

 

 制帽を被り直し、通路へと向かうライヒの背中を見送ったクルー達は互いに小突きあいながら彼の事を話し合い始めた。ラーテ自体のエンジン音は凄まじかったものの船体前方に配置された砲台まで音は聞こえない。クルーはスロートマイクを着けてはいたが使わずに会話していた。

 

「おい聞いたか? あの少佐に『生きる目標』だってさぁ!」

 

「女か!? いやいやこんな砂漠のド真ん中でそんなわけねえよなぁ!!」

 

 無線手のグロスコップ軍曹と操縦手(動かしようが無いので装填助手になっている)のライトマイヤー軍曹が下卑た笑いをしながらライヒの事を詮索し始める。

 

「いるでしょう。 ベルリンに住んでた頃からの幼馴染が此処アフリカに」

 

 装填手のトンベック伍長が弾薬棚を点検して榴弾と徹甲弾の配置を確認しながら詰らなさそうに答える。

 

「お前、ひょっとしてエイト嬢が!? 証拠は!!?」

 

「少佐に限ってあんな高飛車女を選ぶって訳は……」

 

 愕然とした表情でトンベック伍長を見る二人に、彼は興味なさそうにそっぽを向く。

 

「証拠? ありますよ、 トリポリを出発する前に撮った写真です」

 

 上着のポケットから手帳を取り出し、趣味で撮っている写真の中から一枚の白黒写真を二人へ手渡す。 写真の内容を見た二人は驚きのあまりに開いた口が塞がらなかった。

 

 その頃、ラーテの進路を確認しながらルートを偵察していた三〇九の隊員達も周囲の警戒をしながら施設型ネウロイへ少しずつ接近していた。 しかしラーテと同じように張り詰めた空気の中で進軍していたわけでは無かった。 数分前、突然ミヒルが大きなくしゃみを三回もしたので、 隣を歩いていたマリアが「お大事に」と返し、ミヒルも「ありがと」と返したまでは良かった。

 

「およ? 隊長、 こんな砂漠で風邪でも引いたんですか?」

 

「やかましいぞアリシア。 私はいたって健康だ、他人の心配するぐらいなら自分の心配しなさい。 今に貴女のお顔へ風穴を開けたいって屑鉄(ネウロイ)が来るかもね」

 

「ネウロイも馬鹿じゃないから、真っ先に狙うべき目標だって知ってますよ。 あの丘に登ってる二人が、いま最高に危ない状況だとおもいます。 もう一人ぐらい護衛を増やしたほうがいいんじゃないですか? 隊長」

 

「大丈夫じゃない? 一美は初陣で初撃破を挙げてるし、 なにより航空歩兵出身且つマルセイユ中尉を模擬戦で撃破したからな。 世間はこの事を忘れても私は言い続けるぞ~、『竹西一美を育てたのはわたしだ』ってさ♪」

 

 部隊の中心を走るカティア号の銃座に腰掛けていたアリシアが冷やかしても、ミヒルは簡単にあしらってみせる。 そんな会話に割り込む誰かの声。

 

「扶桑だと『くしゃみの数、一そしり二笑い三惚れ四風邪』って言葉があるんです。一回のくしゃみだと、誰かが噂話。二回だと笑いの種にされて、三回は誰かに惚れられ・惚れてて、四回も出たら風邪って意味なんですよ~♪」

 

 レイが二回目の定時報告の為に通信機を抱え、小高い丘へ登るのを手伝っていた一美は、耳に着けた短距離通信機で隊員達に扶桑のくしゃみ事情を得意げに話す。 一美は最初、誰もが聞き流していたと思っていた。 だが丘の下を歩いていた三〇九の隊員が騒がしそうにしている。 内容は一美とレイには良く分からなかった。 複数人が喚きだすと航空歩兵が使い倒した旧式の通信機なんて直ぐに混線してしまうのだ。

 

「オラァァァ!! 一美降りてこんかぁぁい!!!」

 

「落ち着けミヒル! たかだか極東国の迷信だろ!!」

 

「一美! いま降りないほうがいいよ! 死ぬぞ!?」

 

 通信機から聞き取れた会話はこれだけだ。 双眼鏡で部隊を見てみると、 丘にいる一美を睨んで怒っているのは隊長で、 隊長が丘へ来ないように抑えているのがエトナとマリアだった。 他の隊員はミヒルの激昂具合を見て腹を抱えて笑っている。 そういえば隊長のくしゃみは三回だった気がする。 てっきりくしゃみは二回だと思っていた一美の顔からさぁっと血の気が引く、青ざめる。

 

 その後、レイと共に丘を降りてきた一美はミヒルに理由も分からずこっぴどく叱られ、 理由もわからず『小休止中および作戦中は嗜好品抜き』の刑を言い渡された(そもそも小休止中にのんびりお菓子を食べられるほどの余裕は一美は持ち合わせていない)。最後まで怒られた明確な理由は分からなかったが、 いつも目つきの悪い隊長の眼が恥ずかしそうにしていた印象が残った。

 

 既に作戦が開始しているのに、この余裕とは大した物である。誰かがジョークを始めると必ず誰かが反応し、笑うときは全員で笑う。既に部隊がネウロイのテリトリーに差し掛かりつつあっても、引き返そうなんて言葉は誰からも出ない。 ネウロイなんてかかって来い、そんな余裕ぶりを見せていた。

 

 そんな無警戒なのか警戒しているのか分からない三〇九の行列を見下ろせる岩場には、もそもそと動く二つの影があった。

 

「無線機を出したってことは、本隊とだいぶ離れたみたいだね。そろそろ口封じといきたいけど反撃されたら……」

 

「あんな具合だったら私たちがどこから撃ったかなんて分かんないでしょ、へーきへーき♪」

 

 岩場にうつ伏せで寝そべっていたのは、出発前に三〇九のテントを、一美を覗いていた少女二人であった。二人は共にエンフィールドNo.4-Mk.1小銃を背負っている。赤毛の少女が担ぐエンフィールドには三.五倍の狙撃眼鏡が装着されていた。そして北欧系の少女の手には双眼鏡が握られていた。

 

 犯行の現場を見られた訳ではない。しかし気取られる前に消してしまわないと主人の計画が台無しになってしまう。少女は自身が中将の傀儡だ、使い捨ての道具だと自覚しながら、同年代の少女を手にかけようというのだ。

 

「……風だ」

 

 一美の鉄兜に照準を合わせ、後は引き金を絞るだけだった赤毛の少女がぽつりと呟いた。時計を見るとちょうど正午と数分が過ぎたあたりを指している。狙撃眼鏡の向こうでは隊長格のカールスラント人がしきりに腕時計を気にして他の隊員達にマフラーと防塵ゴーグルを装着させている。ターゲットの扶桑魔女はマフラーをうまく巻けずに右往左往していて照準が定まらない、そこへ日焼けしたリベリアンが手伝いに入って盾になってしまった。赤毛の少女が右目を狙撃眼鏡から離した時には、渓谷は既に砂嵐で見えなくなっていた。赤毛の少女は急いで防塵ゴーグルを手に取るも、砂が目に入ったのか視界が真っ暗になった。

 

「ギブリだ! 糞!! 引き上げるよ!!」

 

 北アフリカでは昼ごろに強い地方風が吹く。暑く乾いたギブリと呼ばれるこの風は時に砂を巻き上げながら縦横無尽に吹き荒れる。つまり砂嵐だ、ラーテを敵の目に晒すことなくカセリーヌ峠へ進入させる為に砂嵐を利用したのだ。アッテンボロー自ら考案したこの計画は順調だった、しかし部下の少女達にギブリの来る時間を教えていなかったのは別の計画を破綻させた。

 北欧系の少女が悪態をつきながら鞄から防塵ゴーグルを取り出す。リーダーの指示に従って出発地で奴を殺していれば良かった。そっちのほうが尾行も先回りもせずスマートに事を運べたのに。

 

「ん、引き上げるよ……? ねえ、どこ言ったの?」

 

 横をみると赤毛の少女は消えていた。彼女がいた場所には狙撃眼鏡つきのエンフィールド小銃と鞄だけが置いてあった。声も物音も何も聞こえなかった。音も無く彼女は消えたのだ。きっと斜面を下って岩にでも身を隠したのだ、そう考えて自分も荷物を置く。谷から此方は見えないだろう、そんな慢心から立ち上がった彼女の顔面に飛来する黒い塊があった。その物体を彼女は見た、そして大きな衝撃の後、彼女の意識は無くなった。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大列車強盗

 ラーテを旗艦とする南部方面隊は、視界不良の中、目標である施設型ネウロイに少しずつ接近していた。車輌のエンジン音は掻き消せないが、排気煙の匂いを流すにはうってつけの向かい風だった。嵐は十数分しか続かないが、それでも十数分は姿を消せるのだ。本隊では見張り員以外の者は車内に避難できる、しかし本隊と別行動を取っている装甲歩兵達は砂嵐の中を己の脚で切り抜けないとならない。無論、第三〇九統合戦闘装甲団の面々も真っ向から砂嵐を浴びていた。

 

「砂嵐なんてー!! わたし初めてですー!!」

 

 列の真ん中を歩いている一美が振り返り、後ろのマリアに話しかける。一美の前にはサブリナ号が徐行しているので、ぴったりとくっ付いていれば口は開けられるのだ。

 

「黙ってろ! 砂が口に入るぞ!! ぺっ!!」

 

 案の定、反応して口を開いたマリアが服の袖で口を拭う。

 

「そろそろ砂嵐も晴れるから、もーちょいの辛抱だよ~」

 

 サブリナ号の後部扉の隙間から余裕に満ちたアリシアの声が聞こえる。サブリナ号の武装であるDP軽機の駆動部に砂が入らないよう、毛布で覆いをした彼女はさっさと車内に避難していた。さぞ快適だろう。

 

「ケツ見てる暇あったら防塵眼鏡して前見てくれアリシア! 糞、目が痛くてハンドルが……」

 

 運転手のシャロンがアリシアを引き戻そうと声を張り上げる。運転席の窓はガラスを嵌めていないので、ひさしを下げて砂から車内を守るしかない。それでも不整地の振動で偶にひさしが動いてしまい、不意打ちで砂がシャロンの顔を直撃するのだ。ハンドルも整備はしたのだがステアリングの遊びが強く、定期的に左右へハンドルを切らないとどちらかに進行方向がずれてしまう。

 

「どうだレイ、ネウロイの反応はあるか?」

 

「こんな状況だと私のアンテナじゃあ無理です。すみません」

 

 列の最後尾を歩くエトナが前方のレイにネウロイの存在を聞くも、あっさり返される。ここまで砂が細かいといくらレイが電波を発しても周りに届かない、名うてのナイトウィッチでも探査は困難だ。

 

「おいミヒル、あと何分だ、あと何分で砂嵐が晴れる!!」

 

 エトナは先頭のミヒルに聞こえるよう、声を荒げる。

 

「そうだなあ、あと……2分!!」

 

 なんだ、意外と早いじゃないか。あと2分の間我慢していれば砂嵐は解決する。他の隊員達は安心しきっていた。砂嵐が止めば武器の防塵カバーを外し、来るべき戦闘に備えるだけだ。

 

「あと30秒」ミヒルは腕時計とクリップボードを何度も見比べ、残り時間を伝える。

 

「10秒、5秒、晴れるぞ!!」

 

 予報は的確だったようで、ミヒルの声と共に砂の煙は少しずつ薄くなり、顔を叩く砂と風の強さも段々と弱まった。皆が安堵する中、一人だけ顔を青ざめさせている。

 

「先行している301の反応を確認しました。でもこっちに戻ってきています!! その後ろに大きな影が2つ! 高速で此方に接近しています!!」

 

 いち早く異変に気付いたのはレイと先頭に立っていたミヒルだった。隊列の前方は大きな石壁があり、左右に道が分かれる丁字路となっている。そこを右折していたはずの第301統合戦闘装甲団が引き返しているのだ。ある者はもんどりうちながら逃げ回り、ある者は装備を捨ててこちらへ逃げてくる。

 

「なんだお前ら! たかだか警戒型のネウロイ相手に情けないぞ!」

 

 ミヒルがすれ違った301の隊員をひっ捕まえて一括する。 黒髪を短く切りそろえた長身のロマーニャ人は雑嚢やマントなどは捨てているものの、愛銃なのであろう狙撃眼鏡付きの小銃は手放していなかった。

 

「でかいとか強いとかそういうもんだいじゃないの!! はやくておそろしいんだよ!! 逃げろ! “轢かれる!”」

 

 その時、峠中に木霊するほどの汽笛が鳴った。耳を貫くというより、腹にズシンとくる低い汽笛だ。船の汽笛のように聞こえたが、これは蒸気機関車の汽笛音だ。

 

 ミヒルが音に怯んだ隙を狙い、手を振り払って近くの崖を昇り始める301の隊員。周りの309の隊員達も異変を感じたのか、武器の防塵布を外し始めた。

 

 峠の右折側からネウロイが現れるのにはそこまで時間は掛からなかった。ネウロイの姿は入り組んだ長方形で、横に長く、そして前進するための車輪が側面に幾つも付いていた。そのネウロイは309のいる道へ入ろうと左折するも、曲がりきれずに壁に激突し、動かなくなった。

 

「汽車だと!? 嘘だろ! なんで汽車が!!」

 

 ネウロイの姿に驚いたエトナは手にした三十七粍砲に徹甲弾の弾倉を差込み、棹桿を引いて初弾を薬室に込める。彼女に続いて後続の隊員達も銃器を構える。

 

「そうだ! 第一次ネウロイ大戦でもここは戦場になったんだって、そのときに使った機関車がこの辺に廃棄されて墓場みたいになってるって新聞に書いてた!!」

 

 アリシアはサブリナ号の機銃搭から身を乗り出し、DP本体にパンのような円形の弾倉を装着させる。

 ネウロイは鉄材を吸収して巨大になる際、地中の鉄分から生成せず撃破した兵器や町の造形物を取り込む事がある。その際、質量が核の吸収量限界値と吸収する鉄材がほぼ一緒だった時に、その造形物の形質を受け継いだ形態になりやすい事が確認されている。鉄の乏しいアフリカで、巨大化するには廃棄された機関車がちょうど母体に最適だったのだろう。アリシアはDPの引き金を絞り、静止しているネウロイめがけ長い連射を行う。もともと装甲歩兵の支援車輌なので銃弾も二発に一発が曳光弾だ。敵の位置を仲間に知らせる事が目的なので撃破は行わなくて良いのである。

 

「散開! 各個に撃て!、車輪だ! 車輪を狙え!! あと誤射に注意!」

 

 ミヒルの判断で全員がネウロイの動輪を狙って射撃する。 隊員達が持つ携行砲の準備には時間が掛かる歩行脚が多いので、予備である短機関銃や汎用機関銃を構え、続けざまに発砲した。

 部隊では弾薬の融通を効かせるため、大半は四五か三二口径規格の短機関銃と三十口径の小銃弾を使用する。ミヒルとオルガがそれぞれ使用するMP40短機関銃とわざわざスオムスから持ってきたKP31短機関銃が三二口径以外、他の隊員はM1およびM3短機関銃とM1903小銃、M1半自動小銃やM1918自動小銃「BAR」を携行していた。

 

「速い、狙いが付けられない!!」

 

「ちょっと肩借りるぞ!!」

 

 狙撃眼鏡付きのM1903小銃を構えるアリシアは高速で此方へ向かってくるネウロイに照準を合わせられず、しどろもどろしたいた所に背後からを構えるマリアが現れ、アリシアの両肩に肘を載せ強引にBARを構えてネウロイの正面に発射速度を「高速」で設定した状態で連射を開始した。

 一九四二年型のBARは所謂A2型と呼ばれており、連射速度を「高速」か「低速」に設定する事ができた。高速では毎分六百発の連射速度、低速は毎分四百発の連射速度である。どちらが発砲音も大きくなる。して、その機関部がアリシアの右耳の隣に存在している、これから始まるアリシアへの拷問も想像も難くないだろう。

 

「あああああ耳元で撃っちゃだめだってええええぇぇぇ」

 

 アリシアの悲痛な叫びも、BARから放たれる発砲音に掻き消されてしまった。そんな彼女の「強制的」協力もあってか、機関車の所謂「顔」に被弾したネウロイはたまらずコースを逸らし、崖の岩壁に右側面を擦りながら隊伍の左側をすり抜けた。

 

「追うぞ! アリシア、大列車強盗だ!!」

 

「え!? 聞こえないよ!!」

 

 BARのせいで耳が遠のいたアリシアが惚けた顔でマリアの呼びかけに答える。ネウロイは地面に落ちていた岩に車輪を乗り上げてバランスを崩し、岩壁へ激突し、それが核にヒビを入れたのかネウロイはあっけなく青白い粒子となって霧散する。衝突された岩は真っ二つに割れ、その間から第三〇一の隊員達が見え隠れしている。実はそこまで遠くに逃げておらず、その岩の陰に逃げていたのである。これなら逃亡した隊員を追いかける手間もなさそうだ。

 

「あぁ、確かにあれは無声映画だね! しかも凄く短いさ!!」

 

 マリアは大して悪びれもせず、“十二分の伝説”の事を話し始める。その間にもネウロイの欠片は全て砂へと還っていた。時速六〇キロメートルは出ていたネウロイは急制動も不可能に近く、そして本体として取り込んだ物体が古い機関車とあって防弾性も皆無だったことが救いであっただろう。

 

「……はい、それでネウロイは機関車型。色は?……それは黒と赤に決まっているじゃないですか」一美に背負われた無線機でレイが遭遇したネウロイの報告を行う。どうやらラーテ側でもそのネウロイは確認しており、本来ラーテへ向かってきていたネウロイが八八ミリ砲の射撃に驚き錯乱した結果、抜け道を通って第三〇一に襲い掛かったと言うのだ。

 

 突然の来襲に慌てた第三〇九と逃げ回った第三〇一は隊伍を組み直し、ネウロイ発見の報告をしてから再度出発を始める。気付けば遭遇地点も今まで進んでいた準警戒区域から危険区域の境目である。ここからが正念場だと改めて気付かされた。

 今気付いた段階では、まだ彼女達が既に包囲されている事に気付ける筈は無かったのである。




大列車強盗とは1903年に製作された上映時間十二分の西部劇無声映画です。映像が現存している中では最古の西部劇映画となっております。(1年ぶりの投稿だということには何も触れない屑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。