【柴犬?】の無双から始まる、冒険者科女子高生の日常はかなりおかしいらしい。 (加藤伊織)
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柴犬? ヤマトとの出会いの巻
第1話 テイマー志望の女子高生、柴犬と出会う


 世界中に突如「ダンジョン」が現れてから17年。

 今まで神話や伝説、もしくは小説や漫画、そしてゲームの中にしかなかった「モンスターが現れるダンジョン」がいつの間にか身近な物になってしまった。

 

 ダンジョンのモンスターの多くは一般人では太刀打ち出来ないが、ダンジョンの外に出てくることはないし、魔物を倒して得られるドロップ品は世界のエネルギー情勢や資源状況を一変させた。

 レアメタルはもはやレアではなく、未知の物質が溢れていろんな技術が一気に進み、世界は未曾有の好景気に沸いた――。

 

 ……なんてことは、親世代から聞いた話。

 私は物心ついたときからダンジョンが既にあって、ドロップ品やそれを使った製品が身の回りに溢れていたのがもうデフォルトだったから、その前どうだったかは記録映像とかでしか知らない。

 

 私はダンジョンアタック配信を見て育った、いわゆるダンジョンチルドレン第一世代ってやつだ。

 

 私――(やな)(がわ)(ゆず)()は、この春県立北峰高校冒険者科に入学した。

 専攻が分かれるのは来年だけど、テイマー専攻を目指している。理由は、動物が好きだから。テイマーになると魔物を従魔にして使役出来る以外にも、一般の動物もうんと言うことを聞きやすくなる。

 

 どっちかというと、冒険者になりたいと言うよりそっちが目当てかな。私の夢は動物園の飼育員だ。

 

 そして今、友達とやってきたダンジョンの第2階層で、飼い主とはぐれたっぽい柴犬と何故か向かい合っている。

 一緒にダンジョンに来た友人たちは入った早々に犬に惹かれて立ち止まった私を置いて先に進んでしまった。彼女たちの今日の目標は第4階層らしい。

 

 どうしようか、犬の飼い主を探すのには警察に届けるのも必要だけど、SNSとかでの拡散力も必要だ。

 

 私はourtube(アウチユーブ)という動画配信サイトで小学生の頃から配信をしていて、高校に上がって6月からダンジョン配信を始めた。

 チャンネル登録者は高校生になって伸びて20人くらい。JKダン活というのがかろうじて視聴者を繋いでくれているけど、悲しいことに底辺配信者である。

 それでも小学生の頃なんか3人とかだったから、今はちょっとましだね。

 

「えーと、突然だけど『ゆ~かのダンジョン配信』はっじまっるよー。

 今日はいつものサザンビーチダンジョンに来てるんだけど……見て、柴犬! 首輪を付けて無くて迷子っぽいから、保護して飼い主のところへ届けたいと思います。犬を探してる人を知ってたら是非コメントお願いします! あと、迷子犬の情報拡散とかもよろしく!」

 

 空中浮遊型自動追尾撮影付きスマホのカメラに向かって手を振ってから、スマホと連動したスマートウォッチでカメラを操作して柴犬を映す。

 タグに#柴犬 と付けたせいで、普通の動画を見に来た人がダンジョン配信とは気づかずに見て驚いたりしてる。なお、#JKも忘れずに付けているので、視聴者はすぐ二桁になった。

 

「柴犬は子犬じゃないですねー。でも成犬までは育ってないから、私の中ではこの状態を中犬(ちゆうけん)って呼んでます。このくらいって元気いっぱいでとにかく可愛いよねー。

 色は良く見る赤柴で、お腹が白くて背中がキツネ色。犬なのにキツネ色とはこれいかに。口の周りは白くて、お口の周りが黒い柴犬も可愛いんだけど、目の前のこの子ももちろん可愛い。そして耳! 小さい三角の耳がふわふわだあ! あー、あの耳をもふもふしたい!」

 

『配信者の欲望がここまで如実に出た配信があっただろうか。いや、ない』

『ダンジョンになんで犬!?』

『仕込みやろ』

『まさか遺棄された犬じゃなかろうな』

『動物を不幸にする奴は私がコロコロしてやる』

 

 スマートウォッチの方にコメントがざーっと流れてくる。うわあ、いつもはこんなにコメントないのに。やっぱり動物ネタはどこでも鉄板なんだなあ。

 

 そして、私の犬好きオーラがダダ漏れになっているのか、首輪を付けていない柴犬はとてとてと歩き、私の1メートルくらい先で立ち止まった。うかつに捕まえようとして逃げられてはいけないと思って、私はぐっと様子見。

 

「おいで」

 

 しゃがんで、首を傾げている柴犬に向かって手を差し伸べて呼びかけてみた。柴犬は黒くてつぶらな目で私をじっと見ている。

 私は敵意を示さないようにしながらその視線を受け止めて微笑む。あー、可愛い。この「可愛い」を視聴者に伝えるのも私の役目。

 

「前足の先が白くて、靴下を履いてるみたいで可愛いなあ……。お父さんかお母さんとはぐれちゃったんだね。ほら、おいで。怖くないよ」

 

 一歩一歩にじり寄り、下から手を出して怖くないよという事を示す。柴犬はふんふんと匂いを嗅いでからペロリと私の手を舐め、口を開いてニコッと笑ったように見えた。

 

「くぅ~! 柴犬の笑顔! 愛くるしさプライスレス!! 今すぐ抱きつきたい! モフってお腹に顔を埋めて犬吸いをしたい! ほら、まるで運命の出会いみたいにビリビリと全身に衝撃が――」

 

『個体αが柳川柚香をマスターと認定。柳川柚香にジョブ【テイマー】を付与します』

 

 ビリビリと電撃が体を走り抜け、無機質な女性の声が私の頭の中に響き渡った。



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第2話 君の名前はヤマトで決まり!

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


「はえっ!?」

 

 驚いているところで柴犬にどーんと体当たりされて、それを受け止めると顔中をべろんべろんとなめ回される。犬好きの至福タイム! じゃなくて、私は今頭の中で聞こえたアナウンスに困惑していた。

 

「お座り。うん、グッド。ちょっと待ってて」

 

 勢いで落ちてしまったスマホを拾って、慌ててダンジョンアプリを立ち上げる。

 

 このアプリはダンジョンが世界中に出来た後、アメリカの有名IT企業に送られてきたらしい。

 内容はダンジョンアタックする人間には必須の項目ばかりで何故かダンジョン内情報とも紐付けられていたので、「ダンジョンを作り出した何者かが作った」と言われてる。

 

 ――まあ、誰が作ったかは私には興味ない。これがないと困ると言うことだけはわかるけど。

 

ゆ~か LV2

HP 44/45

MP 5/5

STR 8(+3)

VIT 12

MAG 3

RST 2

DEX 6

AGI 11

ジョブ 【テイマー】

装備 【初心者の服】【初心者の盾】【初心者の剣】

従魔 【個体α】

 

「えっ!」

 

 アナウンスの通りに、私のジョブがテイマーになっていた。

 自分の名前の所は変更出来るので、配信用の名前。そして、従魔の欄が新しくできていて、そこにさっき言われた【個体α】が表示されている。

 慌ててスクショを取って、それを配信アプリの方に流した。

 

「見て! これ見て! なんか私テイマーになっちゃった! てことは、この子はモンスターなの? どう見ても柴犬なんですけどー!」

『うP主GJ! とりあえず名前変えてやれ』

『もしかして:柴犬じゃないのかも……』

『仕込みやろ。元々テイマーだったんちゃうか』

『いいや、ゆ~かたんは昨日まで正真正銘の無職だった!』

 

 コメントがざーっと流れていく。あ、常連さんがいるんだ……なんか女子高生としては嬉しい反面複雑な気分になるね。とりあえず、画面に向かって笑顔で手を振っておく。

 

「こんな何も出来ない配信者なのにいつも見てくれてありがとー!」

『ゆ~かたんはドジっ子だから目が離せない。見てないとどこかで落とし穴に嵌まったまま誰にも気づいてもらえなさそうで』

「ぐぬうっ!」

 

 コメントが痛い。小さい頃実際に似たようなことをやったことがあるから刺さる!

 そして、待ちくたびれたのか足下で柴犬がキューキュー言い始めた。

 

「そうだ、君にも名前を付けようね。はい、ちょっと立って。オスかな、メスかな? うん、オスだから名前はヤマトで決まり」

『なんでこんな速攻で名前が決まるん』

『ゆ~かたんが昔やってた牧場ゲーム実況のシリーズの定番だな、柴犬は雄がヤマトでメスがヒカリ。オスで2匹目がいるときはタケル』

「なんでそこまで知ってるの!? 常連さん逆に怖いよー」

『怖くないよ~^_^』

 

 チャリーンと言う効果音と共にスパチャが入る。いや、このタイミングで入るのが怖いんだってば! パパ活とか絶対にしないから!



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第3話 柴犬ってマイペースだから

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


ゆ~か LV2

HP 44/45

MP 5/5

STR 8(+3)

VIT 12

MAG 3

RST 2

DEX 6

AGI 11

ジョブ 【テイマー】

装備 【初心者の服】【初心者の盾】【初心者の剣】

従魔 【ヤマト】

 

 ステータスを確認して私はうんうんと頷いた。HPが1減ってるのは、多分ヤマトにどーんと体当たりされたときに尻餅付いたからだね。今の私は紙防御だから、些細なことで案外HPが減ったりする。

 

「うん、ちゃんとヤマトの名前の所も変わりました! ヤマトはうちに連れて帰るけど、ダンジョンに連れてくるのは無理だよねえ……って言った側から!!」

「ガウッ!」

「ステイ! ヤマト、ステイ! ノー! うわー、そもそも躾が出来ていないから言うこと聞いてくれなーい!」

 

 このダンジョンの最弱モンスター、スライムを見つけてヤマトが突撃していく。確かにスライム弱いし、私でも倒せるくらいだけど酸を吐き出したりするし……。ヤマトが怪我したら嫌だよ!

 

「ヤマトー! 止まってー!」

 

 ヤマトを追いかけて全力で走る! 走る! 走る事しか私にはできない!

 これでも高校に入ってから冒険者科は週5で体育があるから、スタミナだけは自信あるんだ!

 

『テイマーの定義が俺の中で変わった瞬間』

『やばい、このテイマー全然言うこと聞いてもらえてない』

『柴犬可愛いよ柴犬。もし火傷したらこれでポーション買ってあげな』

 

 チャリーンとスパチャのSE。スパチャありがとー! とおざなりに叫んで私はなんとかスライムの直前でヤマトに抱きつき、左腕に装備した盾でスライムを自分の下敷きにして倒した。

 酸が飛んで火傷の危険があったけど、「確実に火傷する」よりはまし。ヤマトの確保が最優先で、腰に下げてる剣を抜く余裕なんて無かった。

 

「はーはー……今、盾を使ってスライムを倒しました。魔石だけ残ってます。ヤマトを捕まえたまま剣とか出せなかった。ヤマトは無事です……って、ステイ! ちょっとこの柴犬、中犬なのに力が強いー!」

 

 私が抱え込んでいるにも関わらず、私をずるずると引きずってヤマトが潰れたスライムの残骸に向かう。そして、そこに落ちている黒くてギザギザしている魔石を――食べた!

 

 まるでおやつ感覚で、カリカリと噛んでいる音が聞こえる。噛み心地どうなの!? あんなにとげとげしてたけど! そして、ごくんとヤマトは魔石を飲み込んだ。

 

「ぎゃー! 魔石食べちゃった! 吐いて!」

 

 私はヤマトの口に手を突っ込んで魔石を出させようとする。ヤマトはいやーんって顔をして私の手を前脚で邪魔しようとする。

 くっ! 犬の口に付いてるゴムパッキンが邪魔をする!

 

『おちつけ!』

『あれって人体に有害とは言われてないから犬も平気かもしれないけど、ギザギザしてるから飲み込んだら腹痛起こしそうだな』

『がんばれ、ゆ~かたん!』

『ダンジョン配信を見ていたはずなのに、何故かJKと犬の取っ組み合いを見ている件』

『それな。世界は平和だな』

 

 私はとうとうヤマトに魔石を吐き出させることを諦めた。ヤマトは私の前でお座りしてピンク色の舌を出し、首を傾げて「なにがいけなかったの?」という顔をしている。

 

『我テイマーですけど、従魔のステがあるから確認してみるべし。もし状態異常とかあったらそこに出るから』

 

 そんなコメントを見て、アプリをチェック。私のステータスからヤマトの名前の所を押すと、

 

ヤマト LV1 従魔 

HP 100/100

MP 60/60

STR 120

VIT 130

MAG 80

RST 80

DEX 120

AGI 160

種族 【柴犬?】

マスター 【ゆ~か】

 

 はい?

 とりあえずスクショして配信で流してみる。真顔で。

 この私の混乱を、視聴者さんにもお裾分けという名の押しつけをしたくて。



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第4話 柴犬……なんだよね?

『うは、これはこれはw』

『従魔LV1でこれは規格外』

『これ絶対柴犬じゃないよ!』

『芝犬だったりして』

『ゆ~かちゃんが引きずられるわけだ』

『むしろ秋田犬』

『もしかして、レアモンスター?』

『何故アプリの種族にクエスチョンマークが……』

『ゆ~かたん、同接見て!』

 

 気がつくと、同時接続が500を越えていた。これは私にとっては新記録なんだけど、完全にヤマトのおかげだよね……。

 

「みなさん、楽しそうですね……」

 

 言うことを聞かない柴犬を抱えて死んだ目でスマホに向かって疲れ切った声で呟くと、スパチャが凄い勢いで入ってきた。

 

「んもー! スパチャありがとう! でも完全に楽しんでるでしょ! 他人事だと思ってー!」

『他人事最高ww』

『他人事最高ww』

『他人事最高ww』

『他人事最高ww』

『むしろ配信に他人事以外何があるとwww』

 

 ぐぬう……。とりあえず貰ったスパチャで頑丈な首輪とリードを買おう。……ヤマトに引きちぎられないものがあるかは謎だけど。

 

「貰ったスパチャで頑丈な首輪とリード買おうと思うから、お勧めあったら教えてください。あっ、ヤマト!」

 

 私が気を抜いた一瞬を突いて、ヤマトが私を振り切って駆け出す。

 向かった先には雑魚の定番ゴブリン。この第2層は弱いモンスターがソロでいるだけで、私でも倒せるくらいだからほとんど危険は無いんだけど……。

 

「ヤマト、待ってー!」

 

 ヤマトを追って私が走る。走る。走る。間に合わずにゴブリンがワンパンでヤマトにやられている。

 追いつくかと思ったときには別の場所でゴブリンがリスポーンしてヤマトがそっちに走る……。

 

 その後はヤマトが満足するまで彼の狩りに付き合わされた。実に3時間。

 一番敵が弱い第2層での非効率的な狩りにも関わらず、結局ヤマトのレベルは2になり、私のレベルは4まで上がった。

 

 魔石はヤマトがボリボリとスナック感覚で平らげ、私はゴブリンのドロップ品を両手に抱えている。ゴブリンの棍棒とか、ゴブリンの腰巻きとか、そういう微妙すぎるアイテムね。

 ちなみにスライムは魔石以外はドロップしないらしい。

 

『テイマーがレベル上がりやすいってそういう事だったのか』

『いや、それは伝説のドラゴンテイマーとかの話じゃないのか?』

『欲しいものリストも貼っとけ……ドックフードくらい送ってやるよ』

『しかし、ゆ~かちゃんよくこれだけ走り回れるな。恐ろしいスタミナ』

『若いっていいねえ』

 

 最後の方はぜーはー言ってたり転んだりしてる私への同情的なコメントばかりが流れていった。

 

「ヤマトが……満足したっぽいので、はぁはぁ……今日の配信は……ここまでにします……はぁ。見てくれた人ー、コメくれた人ー、スパチャくれた人ー、みんなありがとう! もし良かったらチャンネル登録、高評価よろしくお願いしまーす!」

 

『なんだかんだ言ってゆ~かちゃん、素直でいい子だなあ』

『禿同』

『あんなに走り回った後で笑顔出せるのが凄いぜ』

『でもテイマーとしては要修行だな』

『禿同』

『禿同』

 

 

 そして、言うことを聞かない柴犬を追って走り回る私の動画は、後で知ることになったけど50万再生というとんでもないバズりをしたのだった……。



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第5話 おうちに帰るまでがダンジョンです

 一緒にダンジョンに来た友達は、私が走り回っている間に帰ってしまったらしい。メッセアプリに目の離れた腹立つ顔の魚のスタンプで「お・さ・き」って入ってた。世知辛い……。

 

 ダンジョンの隣にある、海の家ならぬダンジョンハウスのロッカーで自分の荷物を回収して、買い取り屋さんにゴブリンのドロップ品を買い取って貰った。

 本当は魔石だとスライムのでも1個100円とかになるから、これだけ戦ったらいいお小遣いになるんだけど……全部ヤマトのお腹の中です。

 

 ゴブリン装備は初心者シリーズより1だけ攻撃も防御も高いんだけど、その1のためにボロボロ腰巻きを巻いたりは絶対に出来ない。だって腐ってもJKだもの。こっちの買い取りはまとめて2000円になった。

 

「ヤマトー、これからおうちに行くけどね、車が走ったりしてるところを通るから、急に暴れたりしちゃダメだよ。いい?」

「ワン!」

 

 ああ、いいお返事。そしていい笑顔! 絶対本犬理解してない奴だよ、これ!

 ダンジョン前の駐輪場には、学校名のステッカーの付いた自転車が一台ぽつりと止まっている。サザンビーチダンジョンこと湘南ダンジョンは、実は不人気ダンジョンなんだよね。近いからよく来るんだけど。

 

 階層が少ない初級ダンジョンだっていうのもあるけど、湘南ダンジョンは「全国ダンジョン徹底調査! 地震の時にいたくないダンジョン堂々の1位」に輝いてしまったダンジョンなのだ。

 

 理由は、もう立地にあるとしか言えない。

 国道134号線沿いの砂防林の中に、唐突にこのダンジョンの入り口がある。周りは松林、100メートルもいけばもう波打ち際。一度地震が起きて小さな津波が起きたとき、ダンジョンの入り口すれすれまで海水が来たらしい。

 

 世界でもダンジョンの入り口が津波や大雨で浸水したという話は聞いたことがないので、もしかしたら何か謎のパワーで守られてるのかもしれないけど、ちょっとやだよね。

 

 私はヤマトを自転車のカゴに入れた。案外大人しくカゴに入ったヤマトは、前脚をカゴにちょこんと掛けてとってもラブリー♡

 

「うん。そのままそのまま、大人しくしててね。すぐ着くからね」

 

 そのままヤマトはお利口さんにしていて、私は自転車を走らせて帰宅することが出来た。

 ヤマトを抱えてインターフォンを押し、「ただいま」と呼びかけるとガチャリと音がして玄関ドアが解錠された。私はドアを開けながら中に呼びかける。

 

「あのね、ママ……」

「お・か・え・り♡ ユ~ズ、早くヤマト抱っこさせて♡」

「なーぜー知ってるし……」

「そんなん配信見てたに決まってるですしー」

 

 足下にハチワレのサツキと黒ブチのメイという2匹の猫をまとわりつかせながら、犬用おやつを手にしたママが玄関で待ち構えていた……。

 

 

「ヤマト、お座り。うん、いい子ね。そのまま『ステイ』よ。グッド! はい、ご褒美。きゃー、可愛い~」

 

 ヤマトはママの言うことはいきなり聞いた。くるんと丸まった尻尾をぶんぶん振りながらママの手からおやつを貰っている。

 

 ヤマトを飼っていいかという問題に関しては、私は最初から心配してなかった。我が家はパパもママも動物好きで、猫も保護猫出身のサツキ・メイ・カンタっていう3兄弟がいる。

 犬も私が小学3年生の頃まではいたんだけど、虹の橋を渡ってしまった。私と兄弟みたいに育ったあの子も柴犬だったんだよね。だから私は犬の中でも柴犬が特に好き。

 

 飼ってもいい? と聞いたところで、うちは「どうぞどうぞ」しか返ってこない家なのだ。今まで犬がいなかったのは、単純に出会いがなかっただけ。

 

 私の動物好きは完全に血筋。だって、道歩いてるとママが時々「猫落ちてないかなー」って言いながら車の下覗いてるもんね。

 一度、本当に車の下から子猫を引っ張り出したときにはめっちゃ驚いたけど。それが後のカンタである。サツキとメイはその後近くにいたのをママによってゲットされた。

 

 そのカンタだけど。

 猫たちの中で一番ヤマトにビビって、やんのかステップで廊下を後ずさりしていった……。

 



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第6話 犬は家の中で一番若い人のひとつ上の立場だと思ってる

 ヤマトはサツキとメイにじゃれつこうとして猫パンチの洗礼を受け、この家における上下関係を理解したらしい。

 ていうか、私の言うことはあんなに聞かなかったのに猫には既に服従ってどういうことなの!?

 

「ほらユズもヤマトの訓練しないと。ステイは最初は2~3秒でいいのよ。やってみなさい」

 

 私がプロテインを飲み終わったのを見計らって、ママが犬用おやつを一粒渡してくる。それを左手に握って、私はヤマトと向かい合った。

 

「ヤマト、お座り」

 

 ……しかしヤマトは後ろ足で自分の鼻の辺りを掻いている!

 

「ヤマト、お座り」

 

 ……しかしヤマトはあくびをしている!

 

「……できません」

「ググれ」

「ググったらできんのかーい!」

「ググりもせずにできませんって言うのかーい!」

 

 ……ぐぬう。こう言えばああ言う!!

 うちのママは理解あるオタクなので、こういうノリの時は同じノリで返してくれる。面白いし基本優しい方だと思うけど、勉強することに関してはちょっと厳しい。

 

 私は仕方なくスマホで犬への躾の仕方を調べた。

 小さい頃飼ってた犬は物心ついたときにはもうママによって躾済みだったから、お手もお座りもステイも何もかも教える必要が無かったんだよね……。

 ママが躾けた方が早いんじゃ? って思うけど――多分それを言った途端、ヤマトは「ママの犬」になる! それは嫌! あんなに走り回ったのに! こんなに可愛いのに!

 

 

「ヤマト、お座り」

 

 ヤマトがペタッと座った瞬間に私は言葉を被せる。そして「グッド!」と褒め讃え、ドッグフードを一粒。

 茶番だなあと思うけど、これを繰り返すことで「座る」という動作と「お座り」というコマンド、そして言うことを聞くとご褒美がもらえるという事が繋がっていく。

 

 ええ、ググって勉強しましたとも。テイマーになりたかったんだし、将来は動物に関わる仕事をしたいと思ってるしね。

 

 ステータスのせいなのかわからないけど、お座りは3回繰り返したらマスターしてくれた。

 その次は「ステイ」。

 お座りさせた状態で飼い主が正面に立って2~3秒待たせて、それからご褒美をあげる。お座りが出来てる間にご褒美をあげるのがコツ。

 

 ……らしいんだけど!!

 

「クゥ~ン」

 

 私の手の位置が近いのか、座った瞬間ご褒美持ってる左手をペロペロし始めるヤマト。待つことが出来ない。

 左手をぎゅっと握って堪えてたら、ガブッとされましたよ。

 

 もちろん、流血の大惨事。STR120よ? ゴブリンワンパンよ? 咄嗟に悲鳴を飲み込んだ私、物凄く偉いよ。いや、悲鳴上げた方が教育のためには良かったのかもしれないけど。

 

「ノー!」

 

 そんな時私までドキッとするほど鋭く響くママの声。ヤマトはビシッと座り直し、私の手を解放した。

 

「水道水でよく洗って、血を絞り出して! その後でポーション掛けなさい!」

「イエスマム!」

 

 すっごい痛かったけど、一噛みでHPが0になったりしなくて良かった……。ヤマトは、これでも凄く手加減したんだよね。

 多分、甘噛みのつもりだったんだと思う。STR120のせいで甘噛みが甘噛みにならなかっただけで。

 

 緊迫した空気に気づいたのか、ヤマトは自分がいけないことをしたとわかったらしい。しょんぼりと下を向いて、体をブルブルさせている。

 

 私は救急箱から急いでポーションを出して、ヤマトの目の前で傷に掛けて見せた。見る間に血が止まり、痛みも止まる。

 まあ、常備薬のポーションはここまでで、歯で空いた穴までは塞がらないんだけど。

 

「ヤマト、ほら見て。もう痛くないよ。いけないことしたね、わかったよね」

 

 ヤマトは私の手の傷を一生懸命ペロペロと舐めてくれた。ああ、この子、優しい子だ。

 

 そんなヤマトを抱きしめて、体中をなでなでする。空気読まないところもマイペースなところもあるけど、今絶対私のこと心配してくれてる。

 ヤマトは、優しい良い子だよ。

 

「大丈夫だよー。私はヤマトが大好きだよ。でも人間と一緒に暮らすにはいろいろルールがあるからね、それを憶えていこうね」

「キューン……」

 

 人間の言葉がそのまま犬に通じるわけじゃないけど、声に出して言うことできっと伝わる「何か」があると思う。だから私は「大好きだよ」と繰り返した。

 

 ヤマトがうちに来て初めての日は、レッスンはここまで。この後お風呂に入れて、ふっかふかにしてやったよ。

 

 夜寝ようとしたらケージの中で寂しいのかキューキュー言うから、ママには内緒でこっそり出してあげたら、私のベッドで添い寝してきた。

 ……でもそこはサツキの定位置なんだな。ヤマトは鼻に強烈な猫パンチをお見舞いされ、私の足下で寝ることに妥協したみたいだった。

 

 右脇の下には丸くなって寝るハチワレのサツキ、足下にはサツキとあまり大きさが変わらないヤマト。

 温かくて可愛いなあ。多分ヤマトが大きくなると私の寝る場所なくなってくる気がするけど……。

 



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第7話 ははははは、冒険者科を甘く見ないでくれたまえ!

 朝6時、私はアラームが鳴った瞬間目を覚ました。寝起きがいいのは私の超特技。

 サツキは夜中に運動会してることもあるし、朝起きたときはまずいない。ヤマトは私の足下で、のびのびと仰向けで寝ていた。あ、よだれ垂れてる。

 

 うう、可愛いね……可愛いね……撮影しておこうね。後でSNSに上げよっと。

 枕の横に置いてたスマホ取って、すかさずヤマトの寝姿を何枚も撮影。うん、可愛い可愛い。伸びてる姿も、顔のアップも可愛い。

 

 昨日はヤマトに噛まれた後、入念なストレッチをしておいたから、さすがにふくらはぎに張りは感じるけど筋肉痛にはなってない。

 これぞ、専攻分かれる前の冒険者科の授業の賜物だよー。

 毎日ランニングはさせられるし、体育の授業も毎日だし。ランニングと体育の後にはみんな揃ってプロテイン飲んでるし、どこの何味が美味しいとかそういう情報が飛び交ってるし。

 

 プロテイン、女子の間では入学直後からついこの前までZAVASのミルクティー味が人気だったんだけど、MATPROTEINのピーチマンゴーが今は一番人気。

 

 運動の後の吸収率ならホエイプロテインがいいっていうけど、「腹持ちが良くてイソフラボンが入ってて、美容にもダイエットにも効果有り」となったら女子はソイプロテイン飲むに決まってるよね。

 

 うちの学校の自動販売機、牛乳だけ売ってるやつが3つ並んでる。もちろんプロテイン作るときに使う奴。みんなロッカーの中にはマイプロテイン置いてるし。

 

 ……考えてみると異常だな。でも冒険者科だからおかしくて当たり前なのか。

 

「ヤマト、おはよう~。今日も可愛いね~」

 

 私は寝てるヤマトのお腹に顔を埋めて犬の匂いを堪能してから、ヤマトの小さいお顔を手でもしゃもしゃした。ヤマトは驚いちゃったみたいで「ゥオン!」って吠えたけど。

 うんうん、起きた後、「あれ? ここどこ」みたいな顔して辺り見回してるのも可愛いねー。

 

「ヤーマト、おはよう。ちゃんと憶えてるかな? 君のマスターの柚香だよ」

「アウン!」

 

 ヤマトはぶんぶんと尻尾を振って、私の顔をべろべろなめ回す。ふふっ、くすぐったいけど幸せー。

 

「顔洗って着替えてくるから待っててね。朝のお散歩に行こう!」

「ウーワン!」

 

 私が何か言う度に、嬉しくてたまらないって顔をしてヤマトは頭を低くしてバタバタする。

 ランニング用のトレーニングウエアに着替えて、顔を洗って髪をポニーテールに結う。部屋から出るとヤマトも一緒に付いてきた。

 

「おはよう、ユズ。はい、ハグー」

「おはよう、ママ。はい、ハグ~」

 

 ママはもうキッチンで朝ご飯とお弁当の準備をしていた。

 朝起きたときにハグをするのは我が家でのお約束。小さいときから変わらない。喧嘩しててもこれだけは必ずすることになってる。

 だから我が家は仲がいいのかな?

 

「ユズ、昨日ヤマトをケージから出したでしょ。ケージに慣れさせないといざというときヤマトが可哀想なんだからね」

「ごめんなさい。キューキュー寂しそうに鳴いてたからさー」

「可愛がるのと甘やかすのは違うってのを憶えときなさいよ。あと、謝る相手はママじゃなくてヤマト」

「う~、ごめんねえ、ヤマトぉ。少しずつケージも慣れていこうね。あと、首輪とリードもね」

 

 ソファの上には昨日パパが仕事帰りに買ってきてくれた首輪とリードがある。どっちも普通のだけど、大丈夫かな……。

 

「ママ、ヤマトめちゃくちゃ力強いんだけど、リードで平気だと思う? ハーネスの方がいいかなあ?」

「リードでダメだったら考えなさいよ。それより見て見て!! この首輪めっちゃ可愛くない? ここのお店の手作りの首輪可愛くて、これとこれとこれ、寝る前に買っちゃった!」

「もう買ったんかーい!」

 

 ママが見せてきたスマホの画像は確かに可愛いけど、パパが買ってきた首輪があるのに3つも買うのは衝動的すぎやしないだろうか。……まあ、うちのママってこういうノリで生きてるところがあるけど。

 

「あ、そうそう。昨日のユズの動画、50万再生超えてるよ」

「はいっ!?」

 

 リビングでストレッチをしていたら、とんでもない言葉が聞こえてきた。

 え、嘘……。そういえば昨日配信終えた後、何も確認してなかった……。

 ヤマトが可愛くてそっちに夢中になってて、完っ全に忘れてた。

 

 慌ててourtube(アウチユーブ)開いたら、確かに通知が思わず引くほど入ってる。チャンネル登録者数は一気に2000人超えてるし、再生回数も確かに50万回超えてる。

 

 一晩で? 50万回? 世界中の人は暇なの?

 

「ちなみにママも4倍速で2回くらい見た」

「犯人がここにいまーす!!」

 

 ……そうだよ、私のアップした動画は、いつだって一番回数見てるのママなんだわ。小学生だった私が実況動画やりたいと言ったときに、動画編集を教えてくれたのもママだし。

 

 ストレッチは最後にフォワード・アンド・サイドランジからレッグスイングをして、走るのに使う筋肉をほぐし、体を温めてウォーミングアップ。

 

 首輪とリードを付けてもヤマトは嫌がらなかった。

 お水の入ったペットボトルと、ビニール袋とスコップの入った犬のイラスト付きの小さいトートバッグを渡される。

 あ、お水は私用じゃなくて、ヤマトがおしっこしたときにそこに掛ける奴ね……。凄いなあ、昨日私がヤマトをテイムしてから、どんだけ爆速でいろいろ揃えたんだろう。

 

「7時までには帰ってきなさいね」

「イエスマム! じゃ、ヤマト、行こうか!」

「ワンッ!」

 

 私に向かってびょんびょん飛び跳ねてヤマトが喜ぶ。

 そして家を出てからだいたい5キロほど、ダンジョンの時みたいな無軌道な爆走じゃなくて、時々飛び跳ねて喜ぶヤマトと私は朝のお散歩という名のランニングを楽しんだのだった。



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閑話 【暴走柴犬】ヤマト&ゆ~かをまったり見守るスレ【ひよっこテイマー】

1 名無しのダンジョン民

JKテイマーゆ~かちゃんと柴犬? 従魔ヤマトのファンスレです。誹謗中傷発言は禁止です。基本まったり見守れ。あいつら凄いすっとこどっこいだ。

 

2 名無しのダンジョン民

>>1 スレ立て乙。というか、1が誹謗中傷に見える件w

 

3 名無しのダンジョン民

仕方ない。あんな笑顔で見られるダン配は他にねえぞ……。

 

4 名無しのダンジョン民

昨日は気づいたら3時間経ってて驚いた。見ようによっては無邪気に駆け回って(モンスに)じゃれる仔柴と、おっかけっこするJKに見えてお花畑なんだが。

 

5 名無しのダンジョン民

>>4 おまえの斬新な見方にとんこつラーメン吹いた。返せ。

 

6 名無しのダンジョン民

>>5 いや、俺もそう見えた。

 

7 名無しのダンジョン民

>>6 モルダー、あなた疲れてるのよ……。

 

8 名無しのダンジョン民

>>7 年がばれるぞ、そのネタw

てか、最近のJKってなんなん? ゆ~かのスタミナ異常じゃね? あんなに走り回れるもんなのか? おじさん10分も走れないぞ。

 

9 名無しのダンジョン民

ゆ~かちゃんはただのJKと違うぞ、俺らの頃には存在しなかった「高校の冒険者科」だからな。

別スレで聞いてビビったけど、毎日体育があって、朝活で学校の周り5周だってよ。同じ学校かどうかは知らんけど、どこもそんな感じらしい。スタミナ偏重モンスが育つわけだぜ。

 

10 名無しのダンジョン民

うはwww 昨日の動画50万行ってるぞw

 

11 名無しのダンジョン民

>>10 そりゃ、こんなスレが立つくらいだもんな。

 

12 名無しのダンジョン民

2:23辺りの、見事にどべーっとすっ転んだ後に笑顔で「スパチャありがとー!」って言ってるところ、エンドレス再生してる。多分もう1万回くらい見た。

なんだ……なんかよくわからんけど、凄い癒やされる……。序盤で一回死んだ魚のような目になってたのにな……。

 

13 名無しのダンジョン民

前世でどんな徳を積んだら、あんな可愛いもふもふ従魔をテイムできますか。

 

14 名無しのダンジョン民

>>13 まず五体投地しながらチベットの聖地巡礼をしてこい。

 

15 名無しのダンジョン民

>>14  ヽ(。ゝω・)ノ⌒イッテキマ-ス☆

 

16 名無しのダンジョン民

夜中エンドレス再生しながら、なんで走ってバーサクしてる柴犬とそれをJKがひたすら追いかけるだけの動画がこんなに中毒性あるのか考えてたんだけどさ、悲壮感がないんだよな。

なんか、コント見てる感覚なんだよ。わかる奴いる?

 

17 名無しのダンジョン民

>>16 わかる。わかるぞ。往年のドリフ感がある。志村後ろー! 的な。

 

18 名無しのダンジョン民

過去のゆ~かの動画も見返してみたんだけど、ポンコツなのに気がつくと応援してる自分がいるんだ。

 

19 名無しのダンジョン民

>>18 小学生の頃のゲーム実況見てみろ。凄いぞ。なんでこれが埋もれてたんだ。

 

20 名無しのダンジョン民

>>19 見たwww レトロゲー死にまくり実況w

 

21 名無しのダンジョン民

マリオにあんなに死に方のバリエーションがあるなんて思ってもみなかったぜw

 

22 名無しのダンジョン民

>>21 あと、かならずゴールのポールにジャンプするとき失敗して下に落ちて「あっ……」って言ってるんだよなwww

 

23 名無しのダンジョン民

>>22 それな。100%それやってるからネタなのかと思ったけど、「あっ……

」がマジの「落ちちゃった、がっくり」の(こわ)()なんだよ。

 

24 名無しのダンジョン民

配信始まった! 今日も祭りだ!

 

25 名無しのダンジョン民

こうしてみるとヤマト小さいよな。普通に抱っこされてる。てか、体重4キロってうちの猫より軽いんだが!? 4キロの柴犬がJKを引きずってたのか!?

 

26 名無しのダンジョン民

>>25 STR120だからな。多分本気出せば10tトラックくらい跳ね飛ばすぞ。

 

27 名無しのダンジョン民

あああ、既に暴走始まったw 早いw これ、サザンビーチダンジョンの地下10階くらいまで走り抜けられるんじゃないか?

 

28 名無しのダンジョン民

言ってる側から転んでるんだがw

 

29 名無しのダンジョン民

よく見ろ、リードも持ってるし、装備が「転ぶ前提」のニーパッド&エルボーパッドだ。

 

30 名無しのダンジョン民

あの暴走ドッグにリード付けてたら転ぶに決まってんやろがいw

 

31 名無しのダンジョン民

むしろ、ローラーブレードとか履いたら凄い高速移動が出来るんじゃ?

 

32 名無しのダンジョン民

>>31 ダンジョン童貞乙。床が平らじゃないからそんなもん履いたら即転ぶ。

 

33 名無しのダンジョン民

移動スピードが半端ねえ。もし近くにいたら「ヤマト、ステイ!」がドップラー効果かかって聞こえるんだぜ、これ。

 

34 名無しのダンジョン民

今日はヤマトはまっすぐ下の階層に行きたい気分なのか。そりゃ、昨日あれだけ2層のモンスと遊んだら飽きるよな。

 

35 名無しのダンジョン民

>>34 そこで飽きないか、そもそも最初から見向きしないのが柴犬なんだよ……。

 

36 名無しのダンジョン民

マジで10層一直線か! おい、なんかやられてる奴いるぞ!

 

37 名無しのダンジョン民

祭りだヾ(^▽^)ノワッショイ♪



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第8話 この脳筋ども

「かーれーんーちゃ~ん? どうして昨日私を置き去りにしてったのかな~?」

 

 教室で昨日一緒にダンジョンに行った友達が登校してきた途端、私はおんぶおばけをしてやった。

 高校1年にしてアシンメショートなんて尖った髪型をしてる友達は、私の重さなんぞ気にしてない様子でそのまま通学用バッグの中身を机に入れていく。

 

「だって、柚香ってさー、動物見ると地蔵になるじゃん。動かないじゃん。なので置いていきました。帰りは楽しそうに追いかけっこしてたからスタンプだけ送った。以上」

「あの腹立つ顔の魚の!」

「サカバンバスピス。可愛いよねー」

「可愛いの基準がわからんわー。私は両生類以上進化してないとちょっと」

「意外に守備範囲広いじゃん。で、今日も行くんでしょ、犬とダンジョン。50万再生おめー」

 

 50万再生、という言葉に教室がざわっとなった。みんなこっちを見てる。

 

「50万再生……? 誰が?」

「柳川の昨日のダン配がだよ」

「何? どういうこと?」

「俺も知らん」

「情弱かよ!」

「配信とかしたことないし……」

 

 うーん。まずこのクラスには、ourtube見てる人と見てない人がいる。同世代は全員見てるもんだと思ってたからちょっと驚きだな。

 そして、配信したことある人とない人がいる。更に、あうつべ(ourtube)見てる人の中に、昨日の私の配信を(多分後から)見た人もいる。――こういうことかな。

 

「えへー、昨日かれんちゃんたちとサザンビーチダンジョン行ったときに柴犬見つけてね、迷子犬だと思って保護しようとしたらなんかテイム出来ちゃって、テイマージョブ付いて、柴犬も従魔になったの」

「その後、その従魔の柴犬が暴走しまくって2層のゴブリンとスライムをリスキルして、柚香は必死に柴犬を追いかけてたら、動画がバズったという謎の現象」

 

 私が軽~く説明して流そうとしたら、かれんちゃんが補足を入れてくれた。全く、謎の現象だよ。「ジョブがついただと?」とかみんなはざわざわしてるけど。

 

「7chにスレも立ってるよな。俺も実際見てみたけど、ヤマトって柴犬の強さが異様なのと、その暴走を止めようとステイを連呼しながら追いかけ続ける柳川のシュールさがなんか……。

 結局、『柴犬可愛いよ』に全てから逃避して行き着くんだけど。ぶっちゃけ、ちょっと大きくなったくらいの柴の子犬が無双してるのが癖になって延々見てしまう恐ろしさがある」

「そうなの! ヤマトめちゃ可愛いの~! 写真見る? 今朝のよだれ垂らして寝てたとこ」

 

 いそいそと私がスマホを出そうとしたら、なんかその場にいた全員の「あー、納得しました」みたいなため息が聞こえた。しかも誰も見てくれなかった。おのれ。

 

「柳川の動物好き異常だもんな」

「おまえ、プレハブ裏のニワトリにも餌付けしてただろ。野球部の奴が朝練の時うるさいって言ってたぞ」

「動物園の飼育員目指して、冒険者科のテイマー専攻狙ってるっていうのがもう。近道なんだか回り道なんだか」

「でもまあ、ダンジョン配信で50万再生って夢だよな! あやかりたいから握手してくれ」

「なぜに……?」

 

 その後私は自分の席で机の上に正座させられ、ひとりひとりと握手した後「バズりますように」って拝まれたのだった。

 

 いやー、冒険者科ってほんと変な奴ばっかりだね!



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ゆ~か、いろいろダメなアイドルを助けるの巻
第9話 サザンビーチダンジョン、空前の大ブーム


ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


 帰宅した私を待っていたのは、可愛い可愛いヤマトだった。

 足音で判別したのか、玄関のドア開けたら玄関マットの上で足踏みしてたよ。

 くぅ~、知ってたら動画撮りながらドア開けたのに!

 

「ヤマトー、ただいまー」

「ヒャンヒャン!」

 

 待ってましたとばかりに私に飛びつき、口の周りをベロベロとなめられる。

 あー、私犬飼ってるって実感! うちに犬いるよ、とびっきり可愛い子が!

 

「ユズ、お帰り。今日もダンジョン行くの?」

「うん、ヤマトの散歩がてら行くつもり。何かある?」

「今日も動画見返してたんだけどね……」

 

 何かちょっと考えてる様子のママだけど、うはぁ……どれだけ再生数を回すつもりなんだろう。

 

「転びまくってたでしょう。あんまり傷にはなってなかったみたいだけど。今日はこれ持って行きなさい」

 

 ママの指さす先には、ニーパッドとエルボーパッド。……あれは、ボルダリングやってたときのだね。確かに、何も無しで転ぶよりは見てる方も安心だろうな。

 

「あと、初心者の剣は役に立ってないから、持って行かない方がいいわ。昨日一度も抜いてなかったでしょう? 盾はそこそこ使ってたけど」

「うっ……まあ、確かに。盾は左腕に固定してるからなんとかなるけど、右手が剣で塞がるとどうにもならなくなりそうで」

「今後の戦闘スタイルも考え直した方がいいねえ。本来テイマーは後衛だけど、ユズは魔法系の才能は皆無みたいだから、遠距離武器とかちょっと考えておきなさいよ」

 

 専業主婦のはずのママのアドバイスが的確な件! これが……いろんなゲームで状況判断を鍛え上げたオタクの力!!

 

「あとね、スパチャ結構入ってたでしょう? あれが振り込まれたらいい防具を買いなさい。戦闘はヤマトに任せるつもりで、ユズはサポート役をするの。まあ、今の段階ではサポート役と言っても何も出来ることはないけどね」

「イエスマム!」

 

 それ、実は私も思ってたことだった。

 

ゆ~か LV4

HP 50/50

MP 6/6

STR 12

VIT 17

MAG 4

RST 5

DEX 15

AGI 18

ジョブ 【テイマー】

装備 【――】

従魔 【ヤマト】

 

 今のステータスはこうなってて、AGI・VIT偏重型なんだよね。DEXも何故か急激に上がってた。これはもしかしたらテイマーというジョブを得たことで補正が付いたのかもしれないけど。

 

 ……というか、AGI・VITが増えたのは、補正でも何でもなく、昨日やたらめったら走り回ったからでは? という気もする。気もすると言うより、多分それが正解。

 

 それに比べてMPとMAGの伸びのしょっぱさよ……。LVが2上がったのにどっちも1しか上がってないって、どれだけ魔法の素質がないんだろうなあ。

 まあ、戦闘スタイルに関してはLV10まで上げて、その伸び率を見てから決めるのが一般的。まだ、どうなるかわからない。

 

「もしママがこういうステータスのキャラをゲームで使うなら、回避盾だなあ。高DEXを生かして後衛から弓攻撃もいいけど、パーティー次第かな。うんうん、戦術の幅があっていいねえ」

「回避盾かあー。ヤマトが突っ走ってってワンパンで倒しちゃうから、まずタンクの必要性を感じないけど。サザンビーチダンジョンの第2階層はモンスがソロでしか出ないしね」

「今まで学校の子とパーティー組んでたんでしょ? その時はどうしてたの?」

「んー、一応パーティーにはしてたけど、全員バラバラに戦ってたよ。ゴブリンとスライム弱いし。――そういえば、一定以上距離が離れると、パーティーって自動解除になるんだね。昨日置いてかれちゃったでしょ? 階層が2階と4階になっちゃったし離れてる時間が長かったから、ヤマトが倒した経験値は私にだけ入ってたよ。かれんちゃんたちには入らなかったって今日聞いた」

 

 ――という話をリビングで制服脱ぎ散らかしながらして、【初心者の服】と言う名の丈夫さだけが取り柄のジャージを着る。

 これはダンジョンハウスで売っていて、(えん)()色で腕の外側部分と脚の外側には白い2本ラインが入った古式ゆかしい芋ジャージだ。防御力は紙だけど、転ぼうがスライムに酸を掛けられようが破けないのが本当に凄い。

 

 今日はリュックを持っていくことにした。ヤマト用におやつとお水と、ダンジョンに付いてから装備するための初心者の盾とニーパッドとエルボーパッド、それと念のためにポーションを1本入れる。

 ダンジョンハウスで着替えしたりしないで今日は直行直帰! 戦利品はリュックにどんどん放り込む戦法で! 拾えるかどうかはヤマト次第だけど。

 

「ヤマト、お待たせ。ダンジョン行こうか。今日はうちから走って行くよ!」

 

 昨日は学校から友達と直接行ったから自転車だったけど、今日はヤマトもいるし、そもそもダンジョンが家から近いし、このまま行く。

 

「ヤマト~、ダンジョン楽しみ?」

「ゥ~ワン!」

 

 人間の言葉にしたら「行きたいです!」って感じの鳴き声が返ってきた。

 

「じゃあ、ちょっとだけ練習しよう、まず昨日のおさらいからね。お座り。グッド! ヤマトちゃんはいい子でちゅねぇ~?」

 

 お座りしてるヤマトが凄く得意げだ。私は左手に一粒ドッグフードを持った。

 

「うん、そのままお座りしててね」

 

 座っているヤマトの正面に右手をかざして、「ステイ」と言う。ヤマトは脚をちょっともじもじさせたけど、3秒ステイすることができた。ご褒美に左手を開いてドックフードをあげる。

 

「グッド! できたねえ~! 偉いでしゅね~! お利口ですね~、ヤマトしゃんは~♡」

 

 昨日失敗して流血大惨事になったステイが成功したので、「私は物凄く嬉しいよ!」というのをハグとなでなででヤマトに伝える。ヤマトも嬉しそう。

 

「じゃあ、もう一回だけね。お座りしてて。ステイ……まだよ。もうちょっと頑張って」

 

 ヤマトに先程と同じように手をかざしながら、私は3歩下がった。ヤマトは釣られて歩くこともなく、2回目のステイも成功した!

 

「グッド! ああ~ん! ヤマトしゃんは天才かな~? 今日はちゃんと私の言うこと聞いてね-」

「何故そこでフラグを立てたし」

 

 ママが不吉なことを言う。ぐうっ、フラグじゃないもん!

 

 

 そうしてヤマトにリードを付け、走って向かったサザンビーチダンジョンは昨日と全く様子が変わっていた。 

 駐車場はいっぱいで待ち列すら出来てるし、自転車置き場も隙間無し。走ってきて正解だったわこれ。

 

「昨日までは過疎ってたのに何故……」

 

 呆然と私が呟くと、少し先から黄色い悲鳴が飛んできた。

 



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第10話 予想外の展開 

「もしかしてゆ~かちゃんとヤマトちゃんですか?」

 

 黄色い悲鳴が聞こえたと思ったら、私の所にダダダダって走ってきた人がいる。話しかけてきたのは大学生っぽいお姉さん。背が高くて髪の毛ふわふわで女子! って感じの綺麗な人だ。

 ……普段なら、絶対ここ(ダンジョン前)で見かけない人種だあ……。

 

「あっ、ハイ、そうです」

「動画見ました~。生ヤマトちゃんヤバイ可愛い~♡ 一緒に写真撮って貰ってもいいですか?」

「私とですか!? むしろこんな芋ジャー着てる人と写真撮っていいんですか? ()えないですよ?」

「いいの! 生ゆ~かちゃんって感じするし! えーとね、じゃあ、『サザンビーチ』で撮るよ。ゆ~かちゃんはヤマトちゃん抱っこして。ハイ、サザンビーチ!」

「サザンビーチ! イェイ!」

「イイ感じ♪ ありがとー。頑張ってね!」

 

 そうか、チで口元がいい感じに開くんだ。地元民なのに知らなかったご当地ネタを知った気分。

 

「お姉さんは入らないんですか?」

「近くだから、ちょっとだけ入ってみようかな~って思って来たんだけど、この人の多さを見たらもう……。もしかしたらヤマトちゃんみたいな可愛い従魔をテイム出来るかなーなんて思ったんだけど」

「人の多さはそれかー!」

 

 お姉さんの言葉でやっと私は気がついた。

 ここで私は昨日ヤマトと出会った。

 

 てことは、もしかしたらまた【柴犬?】な従魔がここに出るかもしれないって事だ。動画がバズった分、柳の下のドジョウを狙った人がたくさん来たんだ!

 

 そんなことを考えてたら、ドンって結構な勢いでぶつかられた。

 いや、私よろけませんでしたけどね。

 

「痛って~……おまえどんな体幹してんだよ。こけろよ」

 

 今度は知らないお兄さんに話しかけられた……ってか、わざとぶつかってきたな、この人。でも見た感じ一般人だから、VIT17のステータスを持つ私をぶつかっただけで転ばせられるわけがない。

 

「おまえ、ゆ~かだろ。その犬よこせよ。おまえなんかより俺がもっと上手く使ってやんよ」

 

 お兄さん改め(やから)がヤマトに手を伸ばしてきたから、私は片足を引いてヤマトをその男の手から遠ざけた。

 取られると思ってるんじゃなくて、もしヤマトが噛みついたら大怪我必至だし最悪片腕ちぎれたりするだろうし、絶対慰謝料とか大騒ぎされるに決まってるし。

 

「渡すわけないでしょ。従魔がマスターを選ぶんだよ。私がもしヤマトを手放しても、ヤマトが認めなければあんたはマスターになれないんだから」

「うっせえんだよ! いいからよこせ……あぁん?」

 

 男の振り上げた右手は、別の男性によって掴まれていた。慌ただしいな……。

 

「ゆ~かちゃんの邪魔するな。恐喝の現行犯ですって警察呼ぶぞ。ここにどれだけ人がいておまえの今の行動見たと思ってるんだ」

「そうよそうよ!」

 

 一緒に写真を撮ったお姉さんも声を上げてくれた。そして、ダンジョンの入り口付近にいた人たちの中から、何人かが走ってきて私たちを囲む。

 

「こんなこったろうと思ったよ! 馬鹿が出るだろうなと思って待機してたらガチヒットとか」

「ゆ~かちゃん、ヤマトを連れて早くダンジョンに入るんだ。輩は俺たちが押さえておくから」

「昨日の動画、凄く良かったよ! 転んでも転んでもめげずにヤマトと走り回るゆ~かちゃん見てたら、くだらないことでくよくよしてるのが馬鹿らしくなった」

「ゆ~かちゃん、転んだらスパチャ100円入れたげるから今日も頑張れよ!」

 

 知らない人たちが口々に私のことを話している。――なんか、凄く不思議。一夜にして本当に私有名人になったんだなあ……。

 走って転んでヤマトと笑って、時々ゴブリンを盾でぶん殴って――それで笑顔になってくれる人がいるんだ。

 

「守ってくれてありがとうございます! あと、動画見てくれて本当に嬉しいです。もし昨日スパチャ入れてくれてた人がいたら、それもありがとうございます! でも、今日は転ぶつもりないですよ! 行ってきまーす!」

 

 私がダンジョンに入れるように、他の人が周りの人を誘導してくれた。

 近くにいた人に、ふと思ったことを聞いてみる。

 

「なんでみなさん、こんなに良くしてくれるんですか?」

「こどもは大人に守られて当たり前なんだよ」

「それ、かっこいい! ほんとにありがとうございました!」

 

 よし! 私は今日も楽しい配信をするぞ! 可愛いヤマトをうーんと見せびらかそう。――それを楽しみにしてくれる人がいるって知っちゃったから。



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第11話 なるほど実感、犬まっしぐら!

 ダンジョンの入り口をくぐると、そこは新宿駅だった。――いや、ただの比喩だけど。

 

 人多すぎ! モンスターの出ない第一層なのに、ここで見たことがないほどの人がいる。

 とりあえずここに用はないので、私はヤマトを抱っこしたままで第二層への階段を降りた。ここも人だらけ。モンスターよりも人が多いってどういうことだろうね。もう、ゴブリンもスライムも湧いた側からキルされている。

 

 うーん、ヤマトもいるし、5層以下を目指そうかな。配信するにしても、あんまり人の映り込みが多いと肖像権とか問題になりそうだし。人が多すぎて、ヤマトがさっきからそわそわしてるんだよね。

 

「ヤマト、ちょっと下に行こうか」

 

 一応言ってみると、ヤマトは口を開いて笑顔になった。私はヤマトを下ろすと、リードを持って走る体勢に入った。

 

「ヤマト、ゴー!」

「ワン!」

 

 その一言で始まる、異様な速度のダッシュ。朝のランニングよりも速い!

 

「あっ、犬がいるぞ!」

「あれがヤマト! 可愛いー!」

「50万再生のシンデレラガール、今日も芋ジャーか」

 

 うっさいわ! これは初心者の服っていうれっきとした初心者3点セットなんだから! まだダンジョン入り始めて数日だから、他の装備持ってないんだもん!

 

 2層に溢れるダンジョン初心者と思われる人の間を縫って、私とヤマトは走る。

 そして、3層に降りてもやっぱり人が多い! どうしようかなと思っていたら、ヤマトは明らかにある一点を目指して走っていた。

 

 モンスターかなと思ったら、第4層への階段だ。私はまだ一度も行ったことがない。かれんちゃんたちも昨日が初4層だったはず。

 ちょっと迷ったけど、ヤマトを信じて第4層へ。

 

 第4層は、さすがにあんまり人がいなかった。サザンビーチダンジョンは第1層から第3層までが何のギミックもないただの土の地面だけのフロアで、第4層からは森林エリア。

 聞いた話だけど、7層以降はここのダンジョンの周囲のような砂浜エリアだそうだ。走りにくい分スタミナを鍛えるには良さそう。――いや、それなら普通に海岸走ればいいか。

 

 ここの最深部は第10層で、レベルが10を超えてれば踏破できてしまう。それが初心者ダンジョンと言われる所以(ゆえん)なんだけど。

 

「ヤマト、ちょっと待っててね。準備しちゃうから」

 

 私がリュックを下ろすと、ヤマトはぺたんと腹ばいになった。ああん、なんという可愛さ! スフィンクスのポーズだね。

 

 リュックからニーパッドとエルボーパッド、そして初心者の盾を取り出して装着。スマホも通常モードから空中浮遊自動追尾機能をオンにする。

 これはダンジョンが出来てから、ダンジョン産のオリハルコンを原材料として使って開発されたシステムらしくて、昔のスマホは浮かなかったんだよと聞いて驚いた覚えがある。

 

「『ゆ~かのダンジョン配信』はっじまっるよー! 今日もヤマトと一緒でーす。なんと、昨日体重を量ってみたら。ヤマトは4キロでした! 軽いですね。うち3匹猫がいるんですけど、全員より軽かったです! でもこれからどんどん大きくなるんだよね~、ヤマトしゃ~ん♡」

 

 準備が出来たので、ヤマトを抱っこして配信開始。スマホに向かって、笑顔で手を振る。驚いたことに、すぐにコメントが流れていった。

 

『待ってました!』

『ゆ~かちゃん、50万再生おめ!』

『事前に予告が欲しい。6月に入ってから毎日配信してたアーカイブが残ってたから、今日もこのくらいの時間だと思ってたけど』

「ああっ! そうか、事前に告知しないといつ始まるかわからないもんね! えーとね……って、ヤマトぉぉぉ!」

 

 耳をピコン! と一方に向けたヤマトが突然走り出した。さっきまでとは勢いが違う!

 

「ヤマト、どうしたの!? 何かあるの? モンス? モンスなの? ぎゃー!」

 

 しゃべりながら走っていたら、木の根っこにつまづいて早速転んだよ! んもう!



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第12話 ダンジョンマナー

『はい、スパチャ^^』

 

 チャリーンと音がして100円のスパチャが入る。これ、多分さっきの人だよね。100円はスパチャでは一番低い金額だけど、私が転ぶ度に入れてたら……いや、確かに今日は転んでも平気な装備で来たけど、そもそも転ぶつもりはないんだ!

 

「スパチャありがとう! さっきのおじ……お兄さん!」

『忖度ありw』

 

 立ち上がって土を払っている間も、ヤマトは一方向を見つめたまま。そっちに何かあるのは間違いない。

 

「何かあるんだね? 行こうか、ヤマト」

「ウワン!」

 

 ヤマトは目を輝かせて走り始めた。――勢いよすぎてリードをぶっちぎって。

 しまった! 朝のランニングで何も起きなかったから油断してた! ここはダンジョン、ヤマトのホームグラウンドだ。

 

「んがっ! ナスカン壊れたぁぁぁ~!」

 

 リード自体がちぎれたんじゃなくて、首輪にリードを繋げていた部分のパーツが壊れている。やっぱりハーネスじゃないとダメか!

 

「ヤマト、ステイ! ステイだよ! ええええ、さっきは聞いてくれたのにー!」

『2回目にして既にお約束の展開』

『やっぱり言うこと聞いてくれないのかw』

「今日ステイを習得したと思ったのに! とりあえず、ヤマトを追いかけます!」

 

 もうコメント欄を見ている余裕がない。今日のヤマトはちらほらいるモンスターに目もくれず、一直線に走っている。

 第5層、第6層と最短距離で階段を降りて行きながら、もしかしてヤマトは最下層を目指してるんじゃないかと思った。

 

 走る。走る。今日もひたすら走る。でもなんとなくヤマトの意図を理解出来たから、ヤマトを信じて走る。

 

「どうしよう、今気づいたんだけど、今モンスに襲われると私すっごい危ないです! ヤマトとは50メートルくらい離れてます!」

『さっきから襲おうとしてるモンスを振り切って走ってるのに気づいてなかった……だと?』

 

 マジか! 私そんな速さで走ってたんだ! AGI18は伊達じゃないって事か。ここはLV10でクリア出来るダンジョンの第6層だもんなあ。

 

「とにかく今はヤマトを追いかけます!」

 

 7層8層9層……足下が砂で本当に走りにくい。中学の時マラソン大会は砂浜走らされたんだけど、それを思い出す。

 時々砂に足を取られて転ぶ。そのたびに響くチャリーンという音。

 

「スパチャありがとうっ! でも転びたくなーい!」

『頑張れ、ど根性JK』

『損して得取れ^^』

 

 ついにヤマトは最下層への階段を駆け下りていった。私も数秒遅れて走り抜ける。

 ……って! なんか海があって、海の中から半身を出したでっかいモンスターと、砂浜からそのモンスターと戦ってるふたり組がいる!

 

「ヤマト、ステイ! それはダメなの!」

 

 ダンジョンにはいくつかマナーがある。誰かが先に攻撃していたモンスターに後から攻撃して横取りしてはいけないというのもそのひとつ。今ヤマトはそれをやろうとしちゃってる! 

 

 ああ、どうしよう、従魔が言うことを聞いてくれないのはテイマーとしての私の力不足のせいだ。今戦ってる人に怒られる……。

 

 と思ったら、でっかいギャラ○スみたいなモンスターの吐き出した水球を受けて、ひとりが倒れた! 結構距離跳ね飛ばされてる。すぐに起き上がらない所を見ると、ダメージでっかいのかも。

 

(せい)()! おい聖弥! 大丈夫か! 返事しろ!」

 

 戦っているもうひとりの声は男性で、案外若かった。もしかしたら私とそんなに違わないかもしれない。そして、聖弥と呼ばれた倒れた人は動かない。

 

 こ、これはルール特例、「誰かが先に攻撃していたモンスターは横取りするべからず。ただし、相手が助けを求めていた場合は除く」ってやつだ!

 

「くそっ! 【ライトヒール】! 目を覚ませよ聖弥!」

 

 青年の構えた杖の先端から小さな光が聖弥という人の体に吸い込まれていく。ヒーラーか! 【ライトヒール】は一番初級の魔法だけど。

 聖弥という人の指先がピクリと動いた。

 でも、防戦一方なのは何も変わらない。私は思いきって声を張った。

 

「ねえっ! 手助け必要? だったら今すぐ助ける!」

 

 青みがかった髪の青年は、突然掛けられた声に驚いたんだろう。振り向いて私とヤマトを見て目を見開き――次の瞬間、「頼む!」と叫んだ。

 



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第13話 助けた亀は駆け出しDアイドルでした

「まっかせてー! 戦うの私じゃないけど! ゴー、ヤマト!」

「ワン!」

 

 元気のいいお返事が響いて、ヤマトはギャラ○スもどきに向かって駆け出した。

 波打ち際でジャンプして、敵の首元に飛びかかるとがぶっと噛みついて、全身を振り子のように振る。

 

 ボキッと、鈍い音が響いた。まさかあれ、首の骨折ったの?

 体を振った反動で更に飛び上がったヤマトは、モンスターの頭を思いっきり蹴り飛ばした。

 

「グァワァァァァ……」

 

 きらきらと光の粉を振りまいて消えるギャラ○ス。おお、ボスモンスターは消え方も違うね。

 

 そして、何かがボチャンと海の中に落ちた。ヤマトは足場にしていたモンスターが消えて、そのまま海に落ちる。

 

「ヤマト!」

 

 どうしよう、そういえばあの子が泳げるか確認してない!

 私が焦っていると、一度見えなくなったヤマトが何かをくわえて、犬かきで戻ってきた。

 

「ヤマトぉ! 君泳げたんだねー、よかったよぉぉぉ!!」

 

 喜んで抱きつこうとした私をすっとかわして、ヤマトは再び海へダイブ。そして、今度は青い魔石をくわえて戻ってきた。……知ってた。柴犬ってときどきこうだよね。

 ブルブルして水を飛ばすなり、ヤマトは伏せの状態で前脚の間に魔石を挟んで、ガリガリと骨ガムみたいにかじり始めた。やっぱり食べるんだね……。

 

「お、おい。その犬魔石かじってるぞ、平気なのか?」

 

 倒れた仲間のところに駆け寄ってた青年が、ちょっと青い顔で私に尋ねる。

 平気なのかと言われましても、私にもよくわからないんだけど。

 

「うーん、よくわからないけど、多分平気? 昨日もゴブリンとスライムの魔石食べまくってたし」

「わかんねえのかよ! 止めろよ!」

「止めようとしたけど無理でした! 見たでしょ? この子すっごい強いの」

 

 ああ……と頭を抱えて悩んでしまう青年。よく見ると結構なイケメンだね? 私には刺さらないけど、目力が強くてキリッとしてる。

 私も倒れている人のところへ行って、リュックからポーションを出した。

 

「意識は?」

「戻ってない」

「とりあえずポーション掛けてみるね」

「悪い、助かる」

 

 私はポーションの瓶を開けると、倒れている聖弥さんという人の全身にザバッとポーションを掛けた。どこに怪我があるかわからない場合、全身に掛けろって学校で習ったから。

 

「……うっ」

 

 呻きながらうっすら目を開ける聖弥さん。でも凄く苦しそうだ。

 

「聖弥! 大丈夫か? どこが痛い?」

「大丈夫じゃないっぽい……背中が痛くて、あと肋骨多分折れてる。胸がすっごい痛い」

「大変、ポーション1本しか持ってきてないし、体の内側の怪我とかには効かないんだよ。とりあえず地上に出て救急車呼ぼう?」

 

 そこで聖弥さんは私に気づいたらしく、あれっ? という顔をした。

 

「聖弥がやられた後、そいつとあの犬が来て、シーサーペントを倒してくれたんだ。ポーション掛けたのもそいつ」

 

 イケメンヒーラーが私のことを説明する。オウオウ、口が悪いなあ。命の恩人相手に「そいつ」って。

 それにしても、あのボスはシーサーペントだったのか。10層に来るのはまだ先だと思ってたから調べてもいなかったよ。考えてみればギャラ○スなわけないもんね。

 

「私はゆ~か。その激烈可愛い柴犬は私の従魔でヤマト。ヤマトが私をここに連れてきたの。――もしかしたら、ふたりが戦ってるのに気づいてたのかも」

『人命救助凄い! ヤマト凄い!』

『しかもイケメンだ』

『全然実力足りてなかったっぽいけどな』

「実力足りてなかったって言われてるよ」

 

 私のスマートウォッチでコメントを見せると、イケメンヒーラーは悔しそうに顔を歪めて舌打ちした。

 

「俺は(れん)安永(やすなが)蓮。それでこいつは()()(せい)()。俺たちはふたりで『SE-REN(シーレン)』ってユニット組んでるDアイドルだ。今日は事務所の社長に言われてここのシーサーペント倒しに来たんだけど、やっぱりレベル7じゃ足りなかったな……」

「えっ、私よりレベル高いの!?」

「俺よりレベル低いのか!?」

 

 何故か私たちはふたりして叫ぶと、ダンジョンアプリ開いてステータスを確認した。

 



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第14話 同レベルの応酬は腹が立つ

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


「あ、レベル上がってる。6になってる」

「俺は8になった」

 

 私の場合はヤマトが倒したから経験値が入ったんだけど、イケメンヒーラーは最初から戦ってたから入ったんだろう。

 経験値横取りしてなくて良かったー。

 

 なんとなく流れでお互いのステータスを見せ合い、私たちは揃って目を剥いた。

 

ゆ~か LV6

HP 55/55

MP 6/6

STR 14(+3)

VIT 20

MAG 4

RST 5

DEX 17

AGI 21

ジョブ 【テイマー】

装備 【初心者の服】【初心者の盾】

従魔 【ヤマト】

 

 うっ、MPとMAGとRSTがまた上がってない! これはちょっと弱い敵の魔法攻撃とか食らっておかないとダメな奴かな?

 

 それに対してイケメンヒーラーのステータスは私と真逆だった。

 

安永蓮 LV8 

HP 18/30

MP 3/25

STR 6

VIT 7

MAG 15

RST 17

DEX 13

AGI 10

 

スキル 【初級ヒール】

装備 【ブルーローブ】【集中の杖】

 

 スキルっていうのはジョブとは違う。ジョブは職業でスキルはスキル……あれっ? つまりスキルはできることってことかな。

 ジョブがクラフトマンでスキルがクラフトっていう感じ。クラフトマンはいろんな物をダンジョン素材から作れるジョブで、武器や防具などそれぞれ専門分野に分かれている。

 

 初級ヒールはMAGとMPが一定値あればダンジョンアプリで取れるスキルだ。

 さっきイケメンヒーラーが使ってたHPを僅かに回復する【ライトヒール】と30%の確率で様々な状態異常を回復をする【ライトキュア】の魔法が使えるようになる。

 

 ちなみに私は条件を満たして無くて取得出来ませんでした!!

 

「なんで俺よりレベルが低いのに、おまえの方がステータス高いんだよ」

 

 納得いかないというようにイケメンヒーラーが口を尖らせる。

 

「大体理由は知ってるけど、腹立ったから言わない!」

「ガキか、おまえ!」

「命の恩人に対する態度がそれ?」

「れ、蓮……やめなよ……」

 

 やいやいと言い合う私たちに、怪我を負っている聖弥さんが震える腕を上げて止めに入ってくる。

 

『ゆ~かちゃん、ドロップ確認してないよ』

『ボスを倒してドロップ確認しない冒険者初めて見た』

「あっ、そうだった!」

 

 視聴者からのコメントで気がつく。さっきヤマトが魔石の前に何か拾ってきてたっけ。

 砂浜に遠き島より椰子の実ひとつ……ではなく、放置された黒い短剣が1本。

 ダンジョンアプリのカメラ機能で撮影して鑑定すると、【カーボンナイフ】と表示された。

 

 合羽橋で売ってそうな……。ボスのドロップとしてはしょっぱくない? それとも私がボスドロに夢を見すぎてるのかな。

 

「カーボンナイフだって。魔石はヤマトが絶賛かじってるから、これはそっちの取り分ね」

 

 海水で濡れているカーボンナイフをイケメンヒーラーにさしだす。彼は聖弥さんと顔を見合わせて、首を横に振った。

 

「俺たちが倒したんじゃないし、おまえが受け取ってくれ」

「ええ……カーボンナイフより高価と思われる魔石をうちのヤマトがかじっちゃってるから、これはそっちで受け取っていいよ。そもそも、最初に戦ってたのはふたりなんだし、使わなければ換金すればいいし……って、ヤマトォ!? どこに行ったの!?」

 

 気づいたらさっきまで波打ち際で魔石をかじってたヤマトがいない!

 最下層はボス以外のモンスターが出ないからって、あまりに油断してた!

 

 私は慌てて周囲を見回した。砂浜、偽物の海、そしてさっき下ってきた階段――ぐるっと見て、遠くにあるダンジョンの壁に向かって走っているヤマトを見つける。

 

「いた! 良かった!」

 

 砂に足を取られつつまた走る。

 私がヤマトに追いつく前にヤマトはダンジョンの端である壁に辿り着き、ふんふんと周囲を嗅ぎ回っていた。

 

 やがて、匂いの発生源がわかったらしく、壁をガリガリと前足でひっかき始める。この壁の奥に、何かある?

 サザンビーチダンジョンに隠し部屋があるなんて聞いたことないけど。

 

 私も初心者の盾を壁に向けて、思いっきり体当たりした。

 ヤマトのパンチと私の体当たりが効いたのか、壁がガラガラと崩れていく。

 

「か、隠し部屋だ……ヤマト、凄いよっ!」

「ヒャン!」

 

 濡れてるのを気にしないでヤマトを抱きしめてなでなでする。ああ、本当にうちのヤマトは強くてお利口で可愛くて、地上最強過ぎるでしょ!!



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第15話 ファンの気持ちを考えろ

『サザンビーチダンジョンに隠し部屋だと!?』

『あそこは初級故に探索されつくしたと思ってたのに』

『昨日は柴犬従魔で今日は隠し部屋……なんという豪運なのか』

『イケメンも拾ったしな』

 

 コメント欄が物凄い勢いで流れていく。みんな、まさかの隠し部屋発見に盛り上がってる。私も驚いてるよ。ダンジョン潜り初めて4回目でこんなことになるなんて。

 

「私もサザンビーチダンジョンは探索されつくしてるって思ってました! 多分、ヤマトの嗅覚がなかったら見つけられなかったんじゃないかな? 隠し部屋に入ってみます! っと、その前に」

 

 私は隠し部屋の前から、アイドルふたりの前まで走って戻った。

 Dアイドルで、事務所社長の命令でギャラド……じゃなくてシーサーペントを倒そうとしてたんなら、彼らも配信してたはず。

 

 怪我して、見ていたファンを心配させて終わりなんて悲しすぎる。

 私にはわかる。だって、ペンライト6本振りながら推しのライブ見てるママを身近で見てるから。

 

「ねえ、イケメンヒーラー……じゃなくて、えーと」

「安永蓮だよ、いい加減憶えとけ。おまえ、心の声ダダ漏れ過ぎないか?」

「蓮くん、あっちで隠し部屋を見つけたから、一緒に行かない?」

 

 私の提案にイケメンヒーラー改め蓮くんは驚きすぎたのか薄く口を開いて固まった。ああー、アイドルがそんな顔しちゃダメでしょ。

 

「なんでだ? 俺たちと関係ないだろ」

「関係ないよ。でも、配信してたんでしょ? このまま終わったらファンの人も心配したまま終わって悲しいんじゃないかと思って。

 私はあなたたちのこと知らないけど、推しがいる人の気持ちはちょっとわかる」

『ゆ~かちゃん、優しい!』

『しかしアイドル相手にいきなり名前呼びは度胸ある』

『いいから隠し部屋ー、早くー』

 

 ふたりを撮影していたらしいスマホはまだ浮いている。それを見ながら蓮くんは少しだけ悩んで――。

 

「気遣いサンキュ。じゃあ、一緒に行こうぜ、隠し部屋。

 聖弥、悪いけどあとちょっと待っててくれ。未発見の隠し部屋が撮れる機会なんてないだろうから」

「大丈夫、ここならモンスターも出ないし、僕の代わりに隠し部屋の財宝撮って来なよ。頼んだよ、蓮」

 

 あ、ヤバ、一瞬「尊いっ!」って叫びそうになった。

 なんだろう、このお互いのことを信頼してるのが伝わってくる感じ、BでLな漫画とかにありそうな!

 

「……おい、その邪悪な目付きは何だよ」

 

 うっ、一瞬よこしまな妄想に走りかけたのに気づかれた!

 

「ナンデモナイヨー! じゃあ、行こう」

「うわっ、ちょっと待て、おまえいきなり走るなよ! 追いつけないだろ!!」

 

 そんなこと知らないよー。まあ、隠し部屋の入り口で待ってあげるけどね。

 私が砂浜を往復で走って息も切らせてないというのに、蓮くんは隠し部屋の前に辿り着いたとき、肩で息をしていた。

 

 うーむ、私よりレベルが高いのに……でも、アイドルって言ってたし冒険者科に入ってるわけじゃなさそうだし、こんなもんかなあ。

 

「お待たせしました。シーサーペントに挑んで負けたアイドルが可哀想だったので、一緒に隠し部屋初公開の瞬間を映したいと思います」

『意外に毒舌』

『いや、優しいだろ』

『俺なら絶対ひとりで行くぞ』

「……どうも、情けを掛けられた駆け出しDアイドル、『SE-REN(シーレン)』の安永蓮です……」

 

 首を斜めに倒して、死んだ魚みたいなよどんだ目をした蓮くんが私の隣に立つ。

 

「ワンワン!」

「そして、世界最強に可愛い柴犬、ヤマトきゅんで~す♡」

『存じております』

『存じております』

『存じております』

『はよ隠し部屋入れ』

「はい、じゃあサザンビーチダンジョン最下層の隠し部屋、初公開です!」

 

 私はさっき体当たりで壊した壁の穴を潜って、隠し部屋に踏み込んだ。

 そこにあった物は――。

 

「うわぁー! 凄い、きれーい!」

 

 海のダンジョンにふさわしい青が広がっている。その光景に私は思わず声を上げていた。

 



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第16話 隠し部屋には

 私の目に飛び込んできたのは、まるで最高級のサファイアのような美しい青色で、パールのような鈍い輝きを放つ六角錐の鉱石だった。

 それが、こう、ゴロッゴロと転がっててね。とっても綺麗!

 

『まさか、アポイタカラ?』

『えっ、幻の?』

『しかし、幻想的な光景だ』

『赤箱もあるぞ! 大当たりじゃねーか』

「えーと、この鉱石、アポイタカラ……って言うの? あんまり聞いたことないですね」

『ヒヒイロカネの色違いだよ』

『沖縄のニライカナイダンジョンで前に見つかったことがあるけど、それ以来発見例がない』

 

 ひ、ひええええ、凄い物を見つけてしまった! ヒヒイロカネといったら、オリハルコン、ミスリルと並ぶ伝説金属!

 そのアポイタカラの鉱石が、ゴロゴロと落ちているんですよ。思わず綺麗! って言っちゃうほどに。大事なことだから2回言いたくなるよ!

 

「おい、何やってんだよ、拾わないのか? 配信見てるヤバい奴が横取りしようと考えて降りてくるには十分な時間があったぞ」

 

 言葉の後半はスマホが拾わないように私の耳元で小声で、蓮くんが忠告をくれる。

 そうだ、ダンジョン前に輩が待機してたくらいなんだから、少しでも腕に覚えがあってダンジョン内で待機しながら横取りをしようと思ってる悪い奴がいたら、ここまで降りてきてもおかしくない。

 

「でも、持ち帰れる量には限りがあるし……」

 

 私は背中のリュックを示した。

 

『ゆ~かちゃん、宝箱!』

『宝箱を見つけてすぐに開けない冒険者初めて見た!』

「あ、そうか、まず宝箱を開けよう! それから優先度を付けて持ち帰ろう!」

 

 内心、アポイタカラがさっきのシーサーペントの魔石とちょっと似てたので、いつヤマトがかじり出すかと気が気じゃない。

 

「赤箱です! これはさすがに私も期待します!」

 

 宝箱には種類があって、リスポーンしないけどいい物が入ってるのが確定の青に金の縁取りが入った通称青箱、リスポーンするけど、中身は開けられなかった時間分豪華になっていく赤に金の縁取りの赤箱、それとリスポーンする一般宝箱の黒箱がある。

 

 そして、これは15年間開けられなかった赤箱……! とんでもない物が入ってるはず。

 

「あ、私が開けていいかな?」

 

 隣にいる蓮くんに一応確認したら、凄い驚かれた。

 

「いや、俺はお情けで撮影させて貰ってる駆け出しDアイドルだから? 宝箱の権利はないし」

「卑屈な感じがしたけど、じゃあ開けますね」

 

 私はえいやっと宝箱を開けた。途端に流れる怒濤のコメント。

 

『罠の警戒しないんかい!』

『ゆ~かちゃん、もっと慎重に!』

『罠、罠あったら危ないよ!』

「あ、大丈夫ですよ。隠し部屋の宝箱には罠はないって学校で習いました」

『知らなかった……』

『冒険者科凄いな』

『ゆ~かちゃんの配信、なにげに勉強になるな』

 

 そう、ダンジョンの普通のエリアにある宝箱は罠の危険があるんだけど、隠し部屋の中の宝箱は罠の心配が無い。授業で習った。

 とはいえ、隠し部屋の存在自体が少ないから、「今まで罠があった前例がない」というくらいの信頼度でしかないんだけど。

 

 じゃあ失礼して中身を……って、宝箱の中身はすっごいシックなショルダーバッグだ。シンプルで、でもどっかのブランドで見たような感じでお高そうな……。

 って、ただのショルダーバッグが宝箱に入ってるわけはないから、ダンジョンアプリで撮影して鑑定してみたら【アイテムバッグ(大)】だった。

 

 あ、あの伝説のアイテムバッグ!! 正直、アポイタカラより私はこっちの方が嬉しい。

 

 これは大きさを問わず500個のアイテムが入るそうだ。試しにそこら辺のアポイタカラに触ったら、バッグよりはるかに大きいのにするっと入った。

 

『【アイテムバッグ(大)】の所有権を柳川柚香に設定しますか?』

 

 あっ、ヤマトが従魔になった時と同じ声のアナウンス。

 

「アイテムバックです! しかも触った途端頭の中に声が響いてきて、所有権を私に設定するかって聞かれてます。これはもちろん、『はい』で」

 

『続いて、使用権設定です。柳川柚香以外の人間に使用権を付与しますか? 後から変更する場合はアプリの設定画面から選択することが出来ます』

 

「おおー、便利~。使用権設定もできるそうです。とりあえず今は私以外に使用権設定はしない。これでいいかな」

 

 システムの返事はなかった。あとはアプリでやれって事なんだろう。

 密かに、ダンジョン入るときにいた(やから)みたいのにアイテムバッグや中身を奪われたらって心配してたけど、杞憂だった。

 

「アイテムバッグを手に入れたので、アポイタカラをありったけ持ち帰ります! うわー、どうしよう、ウハウハだ!」

『本当になんという豪運』

『これで芋ジャーから卒業出来るね』

『JKの芋ジャーもおもむきがあったのだが……』

「好きで着てるんじゃないですよ、初心者シリーズ。今度買い換えようと思ってたところですし! 芋ジャー愛好家の方、ごめんなさい」

 

 隠し部屋の壁の一部も青くきらきら光ってるから、あそこも鉱床なのかもしれない。

 でも掘り返す道具は持ってないから、地面に落ちてる、既に精製済みっぽくも見えるアポイタカラを全部拾った。

 

「じゃあ戻ろうか」

「ワン」

「しかし、凄いもん見たな……俺の方のビューワーも増えてるし、コメント増えてる。……喜んでもらえて良かった」

「それは良かったね!」

 

 私たちの後に来る人も、アポイタカラを掘れるだろう。

 サザンビーチダンジョンは不人気だったのにこれはもう、当分人が絶えないね。

 



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第17話 行きが本番とは限らない

 聖弥さんの外せる装備は外して、蓮くんの武器もまとめてアイテムバッグへ。

 そして、この中で一番頼りない蓮くんが聖弥さんを背負うことになった。

 

「大丈夫? その状態で砂浜歩ける? 私が背負った方がいいんじゃない?」

「やめろ、それだけは絶対やめてくれ! 俺のプライドが死ぬ!」

 

 蓮くんが頑なに遠慮するので、私とヤマトが彼らの護衛をしながら地上へ戻ることにした。

 

 というか、担架があればよかったな。肋骨折ってる疑惑がある人を背負って運ぶっていうのは、見てる方も心臓に悪い。

 

 蓮くんはゆっくり砂浜を歩いた。きっとあれは聖弥さんに衝撃を与えないためだよね。体力無くてサクサク歩けないんじゃないよね……。

 

 途中、カニの形のモンスターのミニカルキノスとか出て来たけど、私の盾での裏拳一発かヤマトの噛みつきで倒していく。出た魔石はヤマトが美味しくいただき、ドロップがあったらぽいっとアイテムバッグへ。

 

 最初、カニが出て来たときヤマトが反復横跳びをしながらじゃれつこうとして、ハサミで鼻を挟まれてキャイン! って鳴いてたのはいい思い出です……。次からは敵認定したらしくてしっかり戦ってた。

 

 6層の森林エリアへの階段を上ったとき、蓮くんがはーはーと息を切らしながら立ち止まった。

 

「5分、休ませてくれ……」

 

 そう言いながらも聖弥さんを下ろさないのは偉い。

 

「そうだ! 聖弥さんをアイテムバッグに」

「絶対入れるな! スプラッタだ!! おまえ、学校で習わなかったのか!?」

 

 むう……怒鳴る元気あるじゃん。

 というか、アイテムバッグなんておいそれと手に入るアイテムじゃないから、情報はそんなに出回ってないんだよね。学校でもまだ習ってない。

 

「生体はアイテムバッグに入らないんだよ。あと、同じ種類のアイテムは複数入れても1スロットしか消費しないから、小のアイテムバッグでも思ったより物が入るんだ」

 

 柔らかい声で聖弥さんが補足してくれる。知らなかった……。

 ダンジョンアプリを開いてみたらアイテムバッグの項目が出来てて、確かにアポイタカラはまとめて1スロットの扱いになってる。数は32って表示されてるね。

 ポーションとか複数持つとかさばるから、この仕様は助かる。

 

「ポーションがあと2本あったら、ふたりに1本ずつ飲ませられたのにね。不測の事態に備えて多めに持ち歩くべきだったよ」

 

 聖弥さんの場合は体内の損傷部分の回復で、蓮くんは疲労回復だ。

 骨折は治るのに時間がかかるけど、ポーションを飲めば痛みを抑えられるし、少しだけ治りも早くなる。

 

「気にすんな。1本も持たないで来た俺たちが準備不足だったんだよ」

『ポーションは2本は持っとけ』

『いや、できれば3本。最低1本だな』

『駆け出しアイドル、金がないのか』

『でも芋ジャ……初期装備シリーズじゃないんだな』

 

 私の方で流れるコメントを見て、蓮くんのこめかみにピキッと青筋が立った。

 

「どうせ駆け出しで金がねえよ! あと、さすがにアイドル名乗るからにはあれは着られなかった! それで装備買ったから資金が尽きた!」

「なーるほど」

 

 休んでいる間に飛んできたジャイアントバットは、ヤマトが飛びかかって撃退する。あーん、なんて優秀な護衛!

 

 5分が経ってそろそろ出発しようかというとき、階段に向かってきた集団が私たちを囲んだ。

 

「へいへい、お嬢ちゃん、いい物持ってるじゃーん。それ、ちょっと手に取って見たいなあ」

 

 ナイフをちらつかせながら、アロハ姿のいかにもな輩が4人組で絡んでくる。

 

「アロハは市役所職員だけでごちそうさまです。おととい来やがれ」

「おまっ! 挑発すんなよ、俺動けないぞ!?」

「大丈夫、私とヤマトがいるから」

 

 男たちは私からすると強そうには見えない。今日は人がたくさんいるから6層まで降りてこられたんだろう。

 

「ふーん、自信満々じゃん。50万再生したからってイキッてんじゃねえよ! このメスガキが!」

 

 いや、別にイキッてませんけど……。こういう人たちって、痛い目見ないとダメなのかな。

 

 舌打ちをしたひとりが、ナイフを振りかざしてこちらに襲いかかってきた。私に向かって手を伸ばすけど、私は半身でかわす。

 哀れ、男の手はバッグをかすっただけで……いや、かすってない! バッグが半実体化して男の手をすり抜けた!

 

 凄い凄い! 所有権と使用権が私にしかないってこういう事なんだ! こーれーは便利。

 

 そして、男はヤマトにガッツリ脚を噛まれて悲鳴を上げながら地面を転がった。

 その間、僅か10秒程度で……。

 

 この人たち、私が貴重なアイテムを持ってることは知ってても、動画は見てないのかな? ヤマトが常識外れに強いって知らないの? 所有権設定もしたって間違いなく実況でさっき言ったよね?

 命知らずのバカって怖いねー。こういう大人にはなりたくないな。

 

「今の配信されてたから、こっちの正当防衛だって証拠残ってるよ。同接3000人が証人だよ。それと、治療費はびた一文たりとも払いません! これ以上文句があるなら、ヤマトよりは弱い私がガチで相手するけど?」

『そうだそうだ!』

『通報しました。リアルに』

『ぶちかませ、ゆ~かちゃん!』

『ゆ~かがガチで戦う、だと?』

『ステはそれなりだけど、カニ相手以外にどれだけ強いか未知数だな。これは見物(みもの)

 

 右足を一歩引いて、左腕にある初心者の盾を男たちに向ける。こっちに来たら盾でぶちかますぞ、って構え。腰を落とした私の(そんなに)隙のない構えに、男たちは顔を青くしてお互いに目配せし、「憶えてろよ!」という古典的な捨て台詞を残して逃げていった。

 

「ヤマト、グッド! 偉ーい! さすが強いでしゅね~♡」

「むしろおまえ、何者なんだよ……」

 

 蓮くんの顔が青い。怖い思いをしちゃったのかな。私はヤマトが全員瞬殺してくれるって信じてたから、何も怖くなかったけど。

 

「私は偶然ヤマトをテイムしてバズっただけの、ダンジョン初心者だよ。まあ、格闘術とか武器戦闘とかは学校で習ってるけど」

「冒険者科……恐ろしいところだぜ」

 

 ぽつりと蓮くんが呟く。恐ろしいところというのは認める。通ってて時々学校の正気を疑うもん。

 そこで本当に休憩は終わりになって、後は私とヤマトがモンスターを片付けているだけで地上に辿り着けた。そこで配信は終了。

 

 ダンジョンから出た途端、また囲まれる。今度は良識ある大人の人たちに。

 救急車を呼んでくれる人、ダンジョンハウスで買ったらしいポーションを蓮くんに飲ませてくれる人、ヤマトをモフる人……。

 

 そして、私のスマホがブルブル震えて着信を知らせた。

 

『ユズ! 大変なことになってたね! 車で迎えに来てるから、今車駐めてそっち行くわ!』

 

 うわー、ママが来た……。

 



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第18話 モンスターなペアレント

 間違いなく実況配信を見ていたママが、事態を察して迎えに来た。

 これは下手に動くとすれ違いになるから、ここで待ってた方がいいんだろうな。

 

 周りの人にお礼を言ったり、隠し部屋発見のお祝いを言われたり、ヤマトを抱っこさせてあげたりしていたら、羽根つきのサンバなお面を被った、見たことある感じの人がやってきた。

 

 うん、見たことある感じ……着てる服とか凄く見たことある。具体的には家を出る前。仮面は見覚えないけど。

 

「……怪しい奴! 名を名乗れ!」

「ママだよ! オア~!」

 

 謎のサンバ仮面は、頭をくねくね動かして「やんのか」的な威嚇をしながら、口を開いて私のおでこにおでこをぶつけてきた。

 私も同じ動きでやり返す。

 

「オア~! うん、確かにママだ」

「……それ、何の儀式だ?」

「コブダイの喧嘩」

 

 お互いに口を開いたままおでこで押し合う私たちを見て、蓮くんがめちゃくちゃ呆れている。

 

「人が多いって聞いたから、ゆ~かの母って顔バレしたくなくて」

「だからって、そんな羽の付いた仮面付けてこなくても。今おでこぶつけたときくすぐったかったよ」

「これしか顔を隠せそうな物がなかったの!」

 

 ド派手な登場をしたママに、周りの人がどよめいている。中には「さすがゆ~かちゃんの母……普通じゃない」とか聞こえたけど。いや、聞いてない聞いてない。キイテナイヨー。

 

 そんな中、サイレンが近づいてきて救急車が到着した。蓮くんが救急隊員に駆け寄って地面に横たえられた聖弥さんの元に誘導する。

 

 救急車からストレッチャーが降ろされて、聖弥さんは救急隊員さんの手でそれに乗せられた。そのままストレッチャーは救急車の中に運ばれていく。

 

「どういう状況だったんですか」

 

 誘導した蓮くんに救急隊員さんが尋ねる。そうしたら、その横にいたママがサンバ仮面のままですらすらと答え始めた。

 

「怪我人の名前は由井聖弥さんです。ダンジョン最下層でシーサーペントのウォーターボールを受けて倒れた感じでした。

 本人は背中と胸が痛くて肋骨折ってるかもと言ってましたが、しばらく気絶してたようですし、あの倒れ方では頭を打っている可能性もあります。意識レベルは今のところ明瞭です」

 

 うっ、簡潔で的確な説明で、言葉だけ聞いてると凄く出来る人に感じてしまう! サンバなのに! サンバなのに!!

 

「なるほど、わかりました。病院で検査をすることになるでしょう。今受け入れ先の病院を探していますので」

「はい、病院が決まったら教えてください。彼の同行者は私が車で連れて行きます」

「……失礼ながら、保護者の方ではないんですよね?」

 

 今!? 今気づいたの? 救急隊員さんー!

 私はあわあわとしていたけど、ママは落ち着き払って返事をする。

 

「関係で言うと、無関係ですね。目撃者ではありますが」

 

 目撃者(配信越し)か……。でも私が説明するより、ママが説明した方が説得力があったのは間違いないな。

 

 救急車って患者を乗せたらすぐ発車するのかと思ってたけど、受け入れ先の病院が決まってから移動を開始するらしい。私は初めて知った。

 

 そして蓮くんは、力の抜けたような声でぽつりと呟く。

 

「あ……社長に電話しないと。聖弥が怪我したって……配信、見てたかな」

「安永蓮くんね? 今日マネージャーは来てないの?」

 

 ママが蓮くんに話しかけている。マネージャー! そうか、アイドルだからそういう存在がいるんだ!

 

「マネージャーはいません。……うち、弱小事務所で社長と俺たちふたりが所属してるだけで。社長兼マネージャーって感じで、社長命令でダンジョン配信やってるんですけど、一度もダンジョンに来てくれたことなくて」

「待って、それ詐欺じゃないの? 搾取されてない?」

 

 私が疑問を持ったことを尋ねたら、蓮くんは困ったように首を振った。

 

「一応、前は俺たち以外にもいたんだ。そいつらが独立するとき、マネージャーも連れてっちゃって」

「なるほど、わかったわ。社長に報告するんでしょう? 今ここで電話しなさい」

 

 毒が抜けたように大人しく頷いて、蓮くんは電話をかけた。

 お疲れ様ですとか言ってるけど、蓮くんたちの方が絶対お疲れだよ!?

 聖弥さんが怪我をしてこれから救急車で運ばれるってところまで蓮くんが説明したら、ママが凄い圧のある声で「代わりなさい」と言った。

 

 蓮くんは若干怯えた様子を見せながらママにスマホを渡す。ママはスゥと深呼吸すると、落ち着いた声で話し出した。

 

「もしもし、お電話代わりました。わたくし、聖弥くんと蓮くんに同行したゆ~かの母です」

 

 ――しかし、ママの声が落ち着いていたのはそこまでだった。次の瞬間から、私だったら逃げ出したくなるような怒号が辺りに響き渡る。

 

「こんな若い子をマネ付けずにダンジョンみたいな危険な現場に出すなんて、何考えてんの!

 ダンジョン配信は上手くいけば当たるかもしれないけど、この子たちが怪我したりしたとき、悲しむのは彼らを推してるファンもなの! ファンを悲しませるのは一番やっちゃいけないことだってのはわかってんでしょ!?

 推しがいる身としてそういう行為は断固として許せん。弱小事務所で人が回らないって言うなら運用考え直せ。それがおまえの仕事だろ。

 夜道歩くときは気をつけろよ、じゃあな!」

 

 ママは後半になるにつれドスのきいた低音で社長を脅すと、怒りが冷めやらないのかフンと鼻を鳴らして電話を切った。

 オタクの怒り、コワイ……。



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第19話 おまえVSイケメンヒーラー

「うわあ……凄い啖呵切った」

 

 夜道歩くときは気をつけろよ、って私たちに絡んで来た輩よりたち悪くない?

 まあ、ママの場合は本当にただの脅しなんだけど。いや、ただの脅しって何だ、脅しは脅しだわ……。

 

「おまえの母親、凄えな……」

 

 さっきから脱力してる蓮くんが、ママの迫力に圧倒されて風に吹き消されそうな声で呟いた。

 大丈夫かな? なんかダンジョンの中にいたときより存在感が希薄になってるように見えるけど。

 

「モンペなの。モンスターペアレント。ていうか、モンスターなペアレント? いや、ファンだからモンファン? 推しの事になると私のこと以上に熱いから」

「でもそういう人がいてくれると、嬉しいな」

「大丈夫大丈夫、きっと蓮くんたちにもいるって」

「他人事、気楽だよな……」

 

 あ、口が悪いのは健在だった。大丈夫そうだ。

 

 救急隊員さんがママに近付き、搬送先が決まったことを伝えていた。搬送先は南部総合病院らしい。茅ヶ崎にある大きい病院の中ではここから一番近いところかな。

 

「搬送先は、茅ヶ崎の南部総合病院です、と」

 

 早速蓮くんがLIMEで社長さんにメッセージを送っている。うん、さっきママが怒鳴りつけたから、こういうときは一方的にメッセージ送るのがいいね。

 

「じゃあ、行こうか。蓮くんもゆ~かと一緒に送っていくわよ。

 みなさん、いろいろありがとうございました。これからもゆ~かのことをよろしくお願いします」

 

 手伝ってくれた周りの人に深々とお辞儀をするママ。でもサンバ仮面だからいまいち締まらない!

 

「あの、ゆ~かちゃんのお母さん、写真アップOKですか?」

「仮面付けてるのでいいですよ。ホホホ」

 

 しかも写真出しOKしてるよ……。仮面付けて素顔がわからなければいいと思ってるのかな。むしろこれ被ってることで目立ちまくってるんだけど。

 

「ヤマト、おいで」

「ヒャン」

 

 ヤマトは周りの人に入れ替わり立ち替わりご機嫌でモフられていたけど、私の一言で駆け寄ってきた。

 う~ん、可愛いでしゅね~! ちゃんとマスターの言うこと聞いて偉ーい!

 

 

 車に乗るときにヤマトを犬用ウェットシートで全身拭いて、後部座席に乗って私の膝の上で抱っこ。

 ヤマトはちょっとおねむみたい。ほかほかしてる。今日は大物と戦ったからね。瞬殺だったけども。

 

 蓮くんも私の隣に座り、ママが車を発進させた。

 

「そういえば、おまえさ……」

 

 蓮くんがふと思い出したという様子で私に話しかけてきた。おまえ、という呼び方にいい加減イラッとするなあ。

 

「なんですか? イケメンヒーラー」

「その、褒められてるのかけなされてるのかよくわかんねえ呼び方やめろ! さっきまで蓮くんって呼んでただろ!?」

「私もゆ~かっていうOネームがありますぅ! 最初に名乗ったよね!? 人の名前くらい憶えなさいよ、イケメンヒーラー」

「くっ……」

 

 特大ブーメランをくらってすっごく悔しそうに下を向く蓮くん。やがて彼はぼそっと衝撃発言をかましてきた。

 

「……悪い。実はテンパってて名前覚えてなかった」

「ええええー!」

 

 びっくりだよ。人の名前くらい覚えろって散々言ってた本人が憶えてなかったとは。

 

「ごめんってば。その、ゆ~か……さん」

「気持ち悪っ! たった今まで『おまえ』呼びしてきてた人がさん付けしてくるの、予想外に気持ち悪っ!」

「ちくしょー! じゃあなんて呼べばいいんだよ! ゆ~か様か!?」

 

 あ、逆ギレした。この短い時間の付き合いで既にわかっちゃったけど、この人結構短気だよね。私も人のことは言えませんが。

 

「ゆ~かでいいよ。

 というか、配信中じゃないから改めて自己紹介するね。柳川柚香、高校1年。この子は従魔のヤマト。配信は小学生の頃からやってるんだ。ダンジョン実況始めたのは6月に入ってから。冒険者科の生徒は6月になるまでダンジョンアタック解禁されないの」

「それで俺よりレベル低かったのか。……聞きたかったのはさ、さっきダンジョンの中で配信してたとき、ゆ~かの同接3000人って言ってただろ? ダンジョン出てからもおまえ……ゆ~かのこと知ってるみたいな人たちがたくさんいたし。

 有名配信者なのか?」

「うっ、良かった、普通の人がいた!」

 

 私たちのことを知らない人がいると安心する妙な感覚!

 今朝から周りの態度が一変したから私自身も戸惑ってたんだよ。悪ノリはしてたけど。

 

「な、何だよその反応」

「私ね、昨日あのサザンビーチダンジョンでヤマトを見つけて、最初は迷子犬だと思って保護しようとしたらテイムしちゃったの。

 それだけじゃなくて、ヤマトが規格外にステータス高くて、配信見てた人たちが『何だ?』ってなってどんどん増えてって、モンスを追いかけて走り回るヤマトを止めようと私も走り回ってたら、その動画が一晩経ったら50万再生されてて、知らない間に有名人になってて」

「ご、50万!?」

 

 驚きのあまり蓮くんの声が裏返った。



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第20話 アイドルの実態に迫る

「うわっ、マジだ」

 

 私が教えたチャンネルからアーカイブを見て、その再生数を見て蓮くんがビビっている。そして、チャンネル概要とかいろいろチェックし始めた。

 

「おい、X’s(エツクス)のアカウント名書いてないぞ。まさか今まで予告無し配信してたのか」

「そうだよ。でもアーカイブから時間割り出して待機してたって人が今日いた」

「配信用のアカウント作って告知とかしろよ、あと、ヤマトの写真もそこに上げろ。犬の写真はいくらあってもいい」

「あ、それいい! よし、すぐ作ろう」

 

 私がアカウントを作っている間に、蓮くんは倍速で動画を飛ばし飛ばし見ていた。何がバズったのかチェックしてるっぽい。

 

「配信中はヤマトが走るのに振り回されててコメント拾えないことも多いだろ、雑談配信とかして質問コーナーやった方がいいんじゃないのか?」

 

 おおお、しかも配信の問題点に気づいてアドバイスしてくれるとは! これはママでも気づかなかったのに。

 

「すごーい! さすがDアイドル、詳しい! 蓮くんたちのチャンネルって登録者何人くらいいるの?」

「……38人」

 

 おお……「ヒロシです……」って悲しげな自己紹介をするソロキャンで有名な芸人さんよりも切ない声。私は聞いてはいけないことを聞いてしまったのか。

 

「……あ、ごめんね、センシティブな話題振って」

「おまえのその反応の方がよほど傷つくんだよ! くそっ、LIMEやってんだろ、友達登録させろ」

「言ってることが矛盾してる……」

「アドバイスする用にだよ! 他に意味はねえよ!」

 

 ぷんすこしてる蓮くんとスマホを取り出して友達登録をしながら、私はずっと疑問だったことを彼にぶつけてみた。

 

「ねえ」

「なんだよ」

「アイドルってそんなに口が悪くてもやってられるの?」

 

 蓮くんが凄い顔で固まってるし、いつの間にか仮面を外したママがハンドルを握ったまま「ブフォッ!」って吹き出した。交差点に入るところだったよ? 危なっ。

 

「俺はそれで売ってんの! 口が悪くてアウトローっぽい俺と、品行方正の正統派王子様みたいな聖弥って組み合わせがギャップあるだろ」

「そうよ! 2.5次元俳優で有名なリュウくんも『やろうや』が口癖の元ヤンキャラで売ってるけど、実際は凄く礼儀正しくて気配りのできる良い子だっていうし、そういうキャラ付けって必要なのよ!」

「アウトローって何? 外角低め?」

「おまえ馬鹿なのか!? ローは低いって意味じゃなくて法律って意味の方だ! つまり法律の外にいる奴、無法者のことだよ!」

「ヤバい~、うちの子面白い~」

 

 ママが運転しながら爆笑してますが。

 いや、面白いのは我が家の一般常識教育が足りてない証拠でもあるからね!? 笑ってる場合じゃないよ?

 

 しかし、アウトローって外角低めのことじゃなかったのか……。

 

「俺さあ……俺と聖弥はさ、アイドルじゃなくて俳優になりたいんだ。でも社長が人気俳優になるにはライダーか戦隊か2.5次元やるのが近道だって持論でさ」

「うん、それは間違ってないと思うわよ。若俳の登竜門ね」

 

 蓮くんの突然の自分語りに、若俳沼にハマってるママの同意が入りました。

 

「特に今は2.5がはやってるから、ミュージカルも舞台も戦闘シーンが売りなの多いし、戦闘の訓練とステータス上げして体力付けるために配信冒険者やれって言われて」

「ボイトレとかしてるの?」

「ボイトレはしたことないです」

「ううーん、舞台の殺陣(たて)とダンジョンの戦闘は違うわよー? 逆に武器によっては変な癖が付いて後で苦労するかも。

 体力はあった方がいいのは間違いないし、配信で人気でればプラスなのも間違いないんだけど、方向性がずれてる気がするわね」

「俺もちょっとそれは思ってて。でもうちの事務所、社長と俺たちふたりだけしかいなくて金ないし、社長がなかなか仕事取ってこられないからやらないよりマシって思ってダンジョン配信してたんだけど、聖弥があんな怪我して……あいつ、ステータスが戦士向きじゃないのに、俺の方が更に酷いからって無理して前衛やってて」

「なにそれ!? 酷いじゃないの! そんな事務所辞めちゃいなさいよ。ジューノンのボーイズコンテスト狙った方がまだいいわよ!! いっそフリーってのもありよ。オーディション情報とか集めるの大変だろうけど」

「ママ、詳しいね」

「あったり前よ。伊達にユズが幼稚園の時からペンラ振ってないんだから」

 

 凄く偉そうにオタク歴を自慢する母よ……。

 それにしても、蓮くんたちは本当はアイドルじゃなくて俳優になりたいのかあ。

 

「そっかー、そういう動機の人もいるんだね。

 私は動物園の飼育員になりたくて、それにはテイマーになれてるといろんな事に凄く有利で……動物と心を通じやすかったり、こっちの指示を聞いてくれやすくなったりとか」

「おまえ、既にテイマーだろ? ヤマトに全然指示聞いてもらえてねえじゃん」

「ぐっ! そ、それは言わないで! それ以外にも、ステータスが上がることでゾウを自力で押さえられたりカバの突進を止められたり、メリットがあるんだよ!」

「カバの突進を……止める?」

 

 なんだこいつ、って珍獣を見る目で私を見てくる蓮くん。いや、全然おかしくないよ! 実際冒険者やってテイマージョブ取って動物園で働いてる人もいるんだし、イルカトレーナーなんかテイマー必須とも言われてるんだから。

 

「カバって凄く強いんだよ!? 知らないの?」

 

 眠っちゃったヤマトを起こさないくらいの勢いで、私は蓮くんの方を向いて力説した。蓮くんは目を見開いて、それからちょっと私から目を逸らす。

 

「おまえ……気安いよな。他の男にもそんななの?」

「人見知りしないのが一番の長所って言われてるもん。あと、クラスの男子とはいつもこんなんだよ」

「野生の陽キャ怖ぇ……」

「陰キャアイドルよりマシかと」

「サカバンバスピスみたいに腹立つなー」

「ああ、あれ腹立つ顔してるよねー」

 

 私たちの斜め方向に飛んでいく言い合いに、ママが笑った。

 

「あなたたち、すっごい同レベル。見てて面白いわ」



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閑話 【暴走柴犬】ヤマト&ゆ~かをまったり見守るスレ【ひよっこテイマー】

325 名無しのダンジョン民

サザンビーチダンジョン行ってみたらとんでもないことになってた。

 

326 名無しのダンジョン民

そりゃあ、前代未聞の柴犬従魔となったら、犬好きは行かざるを得まい。神奈川だから首都圏のやつらは行きやすいしな。

 

327 名無しのダンジョン民

ゆ~か、昨日の配信で「いつものサザンビーチダンジョン」って言っちゃってるからな。あれやばいぞ、身バレするのも時間の問題。

 

328 名無しのダンジョン民

サザンビーチダンジョンヤバいことになると思って張り込んでたら、案の定バカが出た。ゆ~かちゃんに絡んでヤマト奪おうとした輩がいたぞ。

 

329 名無しのダンジョン民

マジか。従魔は奪えないって常識を知らんのか、そのバカは。いや、知らないバカだからそんなことするのか……。

 

330 名無しのダンジョン民

>>327 いやもう、高校は特定されるだろ。冒険者科は初級ダンジョンが近くにある高校に作られる法則があるからな。サザンビーチダンジョンに毎日通ってた時点で、茅ヶ崎の北峰高校の冒険者科で99%間違いない。

 

331 名無しのダンジョン民

>>330 それを見越して、身バレ対策の為にちょっと遠いダンジョンにわざと通ってるって事も考えられるぞ。平塚って線はないのか?

 

332 名無しのダンジョン民

>>331 あのゆ~かがそんな()(えん)なことをするとは思えん……。というか、平塚には冒険者科のある高校はない。

 

333 名無しのダンジョン民

ゾロ目ゲト☆(ゝω・)v

>>329 見た目可愛い柴犬だから、従魔として扱えなくても欲しいって奴はいるんじゃないのか? アラブの富豪でモンスターペットにしてる人がいるよな。

 

334 名無しのダンジョン民

>>333 ゾロ目おめ。しかし、ヤマトのあのステータスは野放しにしたらヤバい奴だろ。シーサーペントさくっと倒してたしな。それをマスターなしで手元に置いたら死亡フラグを立てるようなもの。

 

335 名無しのダンジョン民

>>334 だから、バカのやることだと。

 

336 名無しのダンジョン民

アポイタカラが出るとは思わなかった。ヤマトとゆ~か、恐ろしい子……。

 

337 名無しのダンジョン民

そもそも、ダンジョンの壁って体当たりで崩れる物だって初めて知ったぞ。

 

338 名無しのダンジョン民

>>337 隠し部屋とは見つけられる前提の物だから、崩れる強度の壁でも全然おかしくないと思われ。

 

339 名無しのダンジョン民

アポイタカラはニライカナイダンジョン以来ってことは、もしかして海の近くのダンジョンで出るんじゃないのか、などと考察してみる。

ニライカナイも海面に入り口がぽっかりあるしな。

 

340 名無しのダンジョン民

ゆ~かが助けたアイドルの情報わかったぞ。「SE-REN」ってアイドルで由井聖弥と安永蓮。アルバトロスオフィス所属。以上。

 

341 名無しのダンジョン民

>>340 以上てwww 配信で言ってた以上の情報ですらねえw

 

342 名無しのダンジョン民

>>341 それ以上情報がみつからねえんだわ!

 

343 名無しのダンジョン民

隠し部屋の前で駆け出しDアイドルって自分で名乗ってたしなあ。まだ出回ってる情報少ないんだろ。

 

344 SE-RENを推すモブ

聖弥くんと蓮くんを助けてくれたゆ~かちゃんも今日から推します! ヤマトきゅんかーわいい♪

SE-RENはまだ1曲しか出してないけど、ネットライブとかしてるよ。アルバトロスオフィスがもうヤバいから、活動自体は最近はダンジョン配信しかしてないんだよねえ。

ふたりとも15歳の高校1年。アルバトロスオフィス自体は横浜にあるから、ふたりとも神奈川県民の可能性高いと言われてる。

聖弥くんが盾持ちファイターで、蓮くんがヒーラー。でも、ふたりともレベルはまだ低いから、今日の配信でボスに挑んだのは驚いたけど……。

 

345 名無しのダンジョン民

>>344 ゆ~か&ヤマトスレへようこそ。情報あり。

そして結局、それでもやっぱりあんまり情報が無いという不憫なDアイドルよ……。

 

346 SE-RENを推すモブ

仕方ない。まだふたりとも15歳だし活動自体が高校入ってからだから。

これがアイドルの青田買いだ!

 

347 328のダンジョン民

【速報】ゆ~かちゃんの母、サンバの仮面被って現れるwww

 

348 名無しのダンジョン民

>>347 kwsk(くわしく)

 

349 328のダンジョン民

最初から説明しよう。昨日の配信を見てこのスレの住人になった俺は、ゆ~かちゃんのセキュリティガバガバ加減に危険を感じて、午後半休を取ってサザンビーチダンジョンに行っていた。決して芋ジャー生JKを見るために行ったんじゃないぞ。

 

午後4時頃、ゆ~かちゃんがダンジョンに来て輩に絡まれる事件勃発。俺の他にもゆ~かちゃんファンで周辺警備に来てた奴らがいたから、輩を片付けた後に一緒にその場でダン配見てた。

 

で、ゆ~かちゃんたちが地上に出て来たから救急車呼んだりヤマト撫でさせて貰ったりしてたんだが、そこへサンバ仮面被ったおばさん登場。理由は顔バレしたくないけど顔を隠せる物がそれしかなかったらしい。サンバ仮面が家にあるってむしろどういうことだ……。

 

ゆ~か母はビシバシ救急隊員の対応したり、SE-RENの事務所の社長を電話で怒鳴りつけたりしてた。あれはマジ凄かったぞ。俺が恐怖で鳥肌立ったからな。

「夜道歩くときには気をつけろよ」なんてセリフをリアルで聞くことが人生の中であるとは……。

 

350 名無しのダンジョン民

顔を隠すもの、穴あき紙袋じゃなくて良かったなwww

 

351 名無しのダンジョン民

あの天然はやはり変わり者の親の遺伝子を引いてるのかw

 

352 名無しのダンジョン民

>>350 やめろ、俺のトラウマだ。

コメントでちらほら見かけた芋ジャー愛好家は328のダンジョン民だったのか。

 

353 328のダンジョン民

何故ばれたしw

 

354 名無しのダンジョン民

何故ばれないと思ったし。いや、わかるぞ。JKの芋ジャー姿からしか得られない栄養素があるからな。

 

355 名無しのダンジョン民

しかしきっと芋ジャーは今日で見納めだな。あれだけアポイタカラをゲットしたら装備買い換え必至だろう。目から水が……。

 

356 名無しのダンジョン民

>>355 泣くなよ……俺たちにはアーカイブがあるじゃないか。

芋ジャージのポニテJKは夜空の星になっていつまでも俺たちを見守っているんだ……。

 



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第21話 雑談配信をしたいです!

 車で南部総合病院に着くと、ママは私たちを連れて救急受付の方へ向かった。聖弥さんの名前を出して、同行者であることを説明している。

 

「社長、こっちに来るそうです」

 

 スマホにメッセージが入ったらしく、蓮くんがママと看護師さんに向かって話していた。

 

「むしろ来なかったら洞爺湖の木刀持って事務所に殴り込みするところだったわ。そういえば、蓮くんと聖弥くんの親御さんは?」

「俺たちは藤沢市民で実家住みだから、家にちゃんといますよ。でもさすがに聖弥の親の連絡先は俺も知らなくて」

「それもそうね、聖弥くんも意識はあるし、むしろそういうのは社長の方から連絡すべきよ……」

 

 ママ、言葉の最後の方がホラー映画の怨霊みたいな声になってたよ……。

 

 私は救急待合の長椅子の上に、預かっていた蓮くんと聖弥さんの装備を出す。

 一旦受け取り拒否されたカーボンナイフも、人から見えないように聖弥さんの盾の下にこっそり置いた。

 

「それじゃあ、私たちはここで。社長と鉢合わせるのも気まずいし、理性が飛んでぶん殴っちゃうかもしれないから失礼するわね」

 

 わー、ママがさらっと不穏なこと言ってるよ。病院で怪我人出すつもりか。

 

「聖弥さんにお大事にって伝えてね。蓮くんも今日はお疲れ様。なんか困ったことがあったらLIMEして。ママが相談に乗ってくれると思うから」

「丸投げかーい」

「そうじゃーい」

 

 病院の廊下でまたコブダイの喧嘩を始めた私とママを見て、蓮くんがクッと笑った。

 あ、蓮くんって笑えるんだ。いや、当たり前か。

 でも、しかめっ面のイメージが強すぎてちょっと驚いちゃった。

 

「たまには笑った方がいいよ」

「唐突に何だよ」

「蓮くんのこと。おでこの皺が消えなくなるよ」

「……今のおまえの言葉でそのおでこの皺が出来そうになったんだが」

「怒りんぼ系アイドルってむしろ斬新~」

「うるせえ、その何も考えてなさそうな腹立つ笑顔はなんだよ! サカバンバスビスって呼ぶぞ!」

「病院よ、静かにしなさい」

 

 私と蓮くんの頭に、ママの拳がコツンコツンと当たった。そうだ、病院でしたね……。

 

「今日は本当にいろいろありがとうございました。ゆ~かも、あの時助けてくれてありがとな。もしあの時声かけてくれなかったら、俺たち本気で命危なかったと思う。ヤマトのことも俺の分までうんと褒めてやってくれ」

「いや、それ多分時効だよ。褒めるならその場で褒めないと」

「おまえ……本当に余計なこと言うよな。俺はお礼を言ってるつもりだったのによ」

 

 蓮くんがこめかみに青筋立てた。うーん、短い間に妙に見慣れた感じの顔。

「それじゃあ、帰りましょ。蓮くん、またね」

 

 ママがまたねと言ったので、私も釣られてまたねと言って、手を振ってその場を去った。――それがまさか再会フラグを立てたことに気づかずに。

 

 

「あー、もう今日はなんか夕飯買って帰ろ。ユズは何が食べたい?」

 

 病院の駐車場から車を出しながら、ママが私に尋ねた。

 え、そんなこと言われたら言うことはひとつなんですけど!

 

「スーシー」

「あんた本当にお寿司好きよね……。ユズのおごりならいいわよ、相当稼いだでしょ。チャンネル登録も増えてるから収益化してるし、今日のドロップも……って、やだ、忘れてたわ。サザンビーチダンジョン当分行けないじゃない! どっか別のダンジョンハウスで換金したりしないと!」

「あーっ! そうだよ、あそこ近くて良かったのにー! 治安が悪くて近づけなくなったよ!」

「でもそれ、あんたが実況で『いつものサザンビーチダンジョンに来てます』とか言ったせいだからね。どっか近場で行けそうなダンジョンはピックアップするけど、私が送り迎えしないと無理ね……」

「え? 海老名の国分寺ダンジョンくらいなら自転車で行けるよ?」

「ヤマトをカゴに入れてかーい! いや、確かにあんたやかれんちゃんたちは行けるだろうけど!」

 

 うんうん、私たちは体力バカだから、自転車があれば横浜辺りまで余裕で行けるのだ。時間は確かにかかるけど。

 

 その日の夕飯はお寿司をテイクアウトすることになった。やったー。

 私は開設したばかりのX‘sのアカウントをあうつべ(ourtube)のチャンネル概要に記載して、今日の21時から雑談配信をしますとX‘sの方に書き込んだ。

 

 おおおお、見ている間にフォロワーがどんどん増えていく。「雑談配信楽しみにしてます!」とかのコメントも山盛りだあ。

 これどこまでフォロバすべき? むしろしなくていいのかな? あとで蓮くんに聞いてみよう。

 

「ママ、今日の夜9時から雑談配信やっていい?」

 

 私の画像フォルダにあるヤマトの写真を次々にアップしながら、ママに一応確認を取る。部屋は映したくないからリビング使いたいんだよね。

 

「えー、ちょっと時間遅くない? 明日土曜日だからって夜更かしするのやめてよ」

「もうX‘sに書き込んじゃった。てへぺろ☆」

「この確信犯め! じゃあ撤回出来ないじゃない! あとでフォローさせなさい!」

「許可出さなくても勝手にフォローするんでしょ? ママのアカウント知らないし!」

「巧妙に隠してるもーん。てへぺろ☆」

 

 ママのステルススキル、本当に凄いんだよね……。実況配信にも絶対コメント入れてると思うのに、どれかわかんないんだもん。

 

「動画とか7chのスレとか、絶対ママが書き込みしてると思うのに、これだって思えるのがみつからないんだよねー。スネークなの? 段ボール被って移動してるの? それとも忍者?」

「一般人に擬態するオタクスキルをなめんなよ」

 

 アッ、ハイ、そうでした!



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第22話 雑談配信ってこんなだったっけ

「こんばんワンコー! ゆ~かとヤマトの雑談配信はっじまっるよー!」

 

 リビングのテーブルの上にスマホを固定して、ヤマトを抱っこした私は配信をスタートさせた。

 お膝の上のヤマトは仰向けで、スマホに向かって私が前脚持って振って見せる。

 

 家に帰ってきた頃にはヤマトは起きてて、それから私と一緒にお風呂に入り、サツキやメイと追いかけっこして遊んでたから今はまた眠くなってるっぽい。

 微妙にほかほかぐんにゃりしてる。

 

『ヤマトか~わいい!』

『こんばんワンコー』

『挨拶はこんばんワンコになるのか』

『アリだな』

『こんばんワンコー!』

『芋ジャージじゃない!』

『普通の服だね』

 

 わお、コメントが凄いな。これ拾いきれるかな。

 背中の真ん中辺りまである髪の毛も今はポニーテールじゃなくて下ろしてるし、服はユニ○ロのキャラコラボのTシャツにジーンズ。

 これは私の普通の格好なんだけど……。

 

『髪の毛下ろしてジャージ着てないゆ~かちゃん、別人』

『髪の毛綺麗!』

『うむ、別人』

『女子高生って感じー』

『ジャージ着てて欲しかった』

 

 何故か巻き起こるジャージコール。

 おかしい、私の見たことある雑談配信と違う。

 

「初心者の服人気だね!? 雑談配信の時もあの芋ジャージを着ろと? もう洗濯機に入れちゃいました!」

『まさか1着しか持ってないわけないよね?』

「鋭い! 確かに2着持ってますけど、着ないよ、着ないから!」

『押すなよ、絶対押すなよのパターン』

『それだー』

「はいはいはい、今日は初めてなので30分くらいで終わらせようと思ってます。

 雑談配信って言っても私がしゃべりたいことってそんなにないし、このチャンネルを見てくださってるみなさんの質問に答える感じで!

 はい、()()(おう)さん早かった!」

 

 コントに走ってるコメント欄は一旦置いておいて今日の説明をしたんだけど、思わずネタに走っちゃったよ。

 

『大喜利見てる女子高生……』

『冒険者科って何勉強してるの』

『そこで木久翁師匠をセレクトするのかー』

『冒険者科ってどんな感じなのか教えて』

『なんでダン配アーカイブが6月からなの?』

 

 大喜利見てて悪いかー。小さい頃から大喜利好きなんだもん!

 それで、質問は冒険者科の事がやっぱり多いかな。

 

「冒険者科ってなんぞやという人が多いみたいなので、今日はそのこと中心に話す感じですかね。

 えーとね、まず冒険者科は1クラスしかなくて、1年生の時は共通カリキュラム、2年生になるときに専攻が分かれて選択授業が増えます。私の場合はテイマー専攻狙いで、テイマーのジョブが取れたので多分このままテイマー専攻に進めそうですね。

 特殊なのは体育の多さ! もうね、登校するときは制服なんだけど、朝活で学校の周りランニングすることになってるからすぐジャージに着替えて、それから一日中ジャージです」

 

『ジャージから逃げられぬ運命なのか……』

 

 アイター。確かにその通りだわ!

 

「た、確かに高校に入ってから平日は1日の2/3くらいジャージ着てることになるけど、学校のジャージは芋ジャージじゃないですから! そこそこかっこいいやつですから!」

『ゆ~かちゃん、あんまり学校ジャージの事話すと学校がばれるよ』

 

 コメント欄ありがとう! 危ない危ない。いや、名前は伏せてるけど顔出しして配信してるから、わかる人にはわかっちゃうんだよね。

 

「アドバイスありがとうございます! 気をつけます。

 で、専攻なんですけど、戦闘専攻、クラフト専攻、テイマー専攻があって、戦闘の中でも魔法と物理のふたつにまた分かれてます。

 授業はー、英語とか数学とかの一般科目が3.4時間で、座学のダンジョン学が週2時間。

 6時間授業の日と7時間授業の日があるんですけど、残りは体育だらけです。陸上とか球技とかする普通の体育が毎日1時間、あとの体育は、ここは自衛隊か? ってくらい走らされたり、筋トレとかストレッチとかの正しいやり方を教わったりする通称『ブートキャンプ』と、素手格闘と武器戦闘の両方を教わる戦闘授業があります。武器戦闘はそのうち選択した武器になるんだけど、今は全種類やらされてますね」

 

 私が一旦しゃべりを止めたら、「……」ってコメントが弾幕になった!

 えええええ、そんなに衝撃的だったの!?

 

『地獄か』

 

 的確なコメント! その言葉、学校で何度聞いたことか。

 

「それ、地獄! 4月に入学して、多分学校で一番聞いた単語です。私は元々いろいろスポーツやってたから体力あったけど、クラフト専攻志望の人とか死にそうになってた! 

 これが、専攻分かれてない冒険者科1年生の地獄です!」

 

『恐ろしや……』

『平気な顔してるゆ~かちゃんの異常性が際立つわ』

 

 チャリーンと響くスパチャの音が鳴り止まない。

 え? 私そんなに異常に見えるの!?

 



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第23話 アレが乱入してきた

「スパチャありがとうございます、芋ジャーLOVEさん、くるっくさん、やまちーさん……あああああ、全員名前呼ぶの無理ー、呼べなかった人ごめんなさいっ!

 あの、本当にありがたく思っています! 小学生から配信始めて一昨日まで底辺配信者だったので。装備を買い換えたりするのに使わせていただきます」

 

『装備買い換えないでくれー』

『女子高生の芋ジャーからしか摂取出来ない栄養素があるんだー』

『ゆ~かちゃんはいつからダンジョンに潜ってるの?』

 

 芋ジャー勢の質問は華麗にスルーして、さっきも見かけたダンジョン歴に関する質問に答えることにしますよ。

 

「いつからダンジョンに潜ってるかって質問なんですけど、冒険者科の生徒は1年生は6月になるまでダンジョンアタックしちゃいけない決まりがあるんです。

 それまではひたすらに基礎体力作りですね。生徒の安全考慮だそうです。

 実際、今日蓮くんたち見てて学校の方針は正解なんだなと思いました。

 なので、6月に入ってから潜り始めたからダンジョン歴は4日だけですね」

 

『ダンジョン歴4日でこんなことに……恐ろしい子』

『高校入って2ヶ月であんな体力が付くものなのか?』

『豪運ガール』

『ブートキャンプの成果なんだねー』

『いつもソロアタック?』

『前世で一体どんな徳を積んだんだ』

「ソロは今日が初めてです。一応今までは学校の友達とパーティー組んで……あ、サツキきた」

 

 私がヤマトを抱っこしてソファにひとりで座ってるのに気づいたのか、サツキが来て腕の隙間から無理矢理潜り込んできた。そして、寝ちゃったヤマトをせっせと毛繕いし始める。

 ううう、可愛いね~、可愛いね~、犬と猫でWで可愛いよ。

 

『猫きたー!』

『可愛い!』

『ヤマトお世話されてる』

『突然の癒やし映像』

『猫の名前は?』

『猫って犬が嫌いなのかと思ってた』

 

 猫効果さすがだね! コメントの流れが一気に変わるよ。

 サツキはヤマトに教育的猫パンチはするんだけど、基本的にお姉ちゃん気質なのと、やっぱりヤマトがまだこどもだってわかるからか、打ち解けるのが異様に早かった。

 カンタはまだやんのかステップしてるんだけどね。

 

「うちには猫が3匹いて、このハチワレの子がサツキ、あと妹の白に黒ブチのメイと弟でキジトラのカンタがいます。尻尾はみんな長いです。

 サツキはとってもお世話焼きなので、初対面の時はパンチしてたけど今日私が学校行ってる間に仲良くなったみたいですね」

 

 そんなこと言ってる間に、サツキはヤマトとくっついて私の膝の上で無理矢理丸くなったよ。狭い狭い。落ちないように両手で支える私は犬猫の下僕です。

 

『ネーミングがト○ロじゃん……』

『猫の兄弟ってどうやって見分けるの?』

「うちの3匹は一緒に保護したから多分兄弟なんだけど、性格でなんとなくこの子がお姉ちゃん、この子が弟、って感じに勝手に決めてます。

 サツキは世話焼きでしっかり者だからお姉ちゃん。メイは自分が可愛いのをわかってるあざといちゃっかりさんなので妹。ビビりのカンタは弟って感じに」

 

 弾幕で流れる「なるほどー」。まあ、基本的には3匹ともママをお母さんと思ってるから、兄弟の序列決めたのはママなんだけど。

 

『専攻って1年から分かれないの? クラフト専攻かわいそう』

 

 あ、いい質問が来た。世間的にも冒険者は多いんだけど、冒険者科が高校にできたのはつい最近のことで、認知が低いんだよね。

 

「それはね、クラフト職人もテイマーも、戦闘ができないとレベルが上がらないからなんです。スキルからレシピをゲットするのもレベルアップの時と、後は宝箱からレシピ出たときでしょ?

 ジョブやスキルが付いても結局それを磨くにはダンジョンでのレベル上げが必要なんです。だから、1年生は共通で強制ブートキャンプです。世の中厳しいー!」

 

『ちゃんと理解してるんだねえ』

『ゆ~かちゃん、ダンジョンだと天然炸裂だと思ってたけど案外しっかりしてる』

「そーーーなんです。ゆ~か、案外しっかりしてるんですよ! 時々抜けてるのは確かなんですけど。

 どーもどーも、ゆ~かの母です。みなさん、娘を応援していただきありがとうございます」

 

 うわーーーーーーーー!

 ママが乱入してきたーーー! リビングでやったの大失敗だこれ! 私の座ってるソファの後ろにきて、きっちりカメラに収まってる!

 

 しかもサンバ仮面!! サンバ仮面で画面に向かってお辞儀してる。何狙いなのこれ!?

 服や仕草は落ち着いた大人の女性って感じなのにサンバ仮面で一気に変人だよ。ギャップ萌え狙いなの?

 

「やめてよ、サンバ仮面! オア~」

「オア~」

 

 サツキとヤマトを抱っこしたまま、後ろを向いてサンバ仮面状態のママとコブダイの喧嘩をする。

 これは我が家では意見のぶつかり合いがあったときにやる儀式なんだよね。ぶつかり合ってる間に割とどうでもよくなるという効果がある。

 

『今の何?』

『突然の奇行』

『困惑でアイス溶けた』

『ゆ~かちゃんママも変な人か』

『今日湘南ダンジョンに来たときもああだったぞ』

 

「我が家では今のは『コブダイの喧嘩』と言ってます。コブダイがどんな喧嘩するのか知らないけど」

『コブダイじゃなくてムツゴロウの喧嘩じゃない?』

『……今、それなりの力で押してたように見えたけど』

「うん、ちょっとおでこ痛いくらいの力で押し合ってます」

『ゆ~かちゃんのSTRに対抗出来るママさんis何者……』

「ええっ!!」

 

 視聴者さんからの指摘で気づいて、私は慌てて後ろを振り返った。

 そうだよ! ぶつかってきた輩にもよろけない私だよ!? その私とコブダイの喧嘩が出来るママってどういう事なの!?

 

「オ~ホホホホホ! 邪魔したわね、さらば!」

 

 私から何かを訊かれる前に察して、ママは怪盗がマントをバッサーってするみたいなポーズを取って逃げていった。

 

『困惑ー』

『困惑ー』

『困惑ー』

「私も困惑ー……あ、30分過ぎてる。なんか納得いかないけど切りがいいので今日はここまでで。サザンビーチダンジョンにはちょっと行けなくなっちゃったから、次回からはライブ配信するときにはX‘sに告知します。

 それでは、おやすみなさーい」

 

 画面に向かって笑顔で手を振り、サツキとヤマトを抱えたまま手を伸ばして配信停止の操作をする。

 

 サンバ仮面め……いつか見てろよ……。

 次から雑談実況は部屋でやることにしよ。



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第24話 オタクの高スペックを思い知りました

 配信を終えたら予定の30分をちょっと過ぎていた。

 時間足りなかったかな? でも1時間持たせられる自信は無いんだよね。私には配信者としてその辺のスキルがまだ足りない。

 

 そして、浮上してきた疑惑にスパッと切り込んでみます。

 

「ねー、ママってもしかして冒険者してたの?」

 

 こういう時はストレートに行くのがいいんだよね。ダイニングの方に引っ込んでたママはサンバの仮面を外して、それを壁に掛けていたところだった。

 

 ええええ、それインテリアにするのー? やめて欲しいなあ。

 

「ユズ、ママが冒険者してる暇があったと思う?」

「……確かに」

 

 少なくとも私の記憶の中では、ママが冒険者の装備的な物を持ってたり、ダンジョンに行ったりしてたことはなかった。

 幼稚園の時は毎日送り迎えされてたし、小学校に上がってからは土日はママさんバレーやってたし。

 

「でも、コブダイの喧嘩に対抗してるってのは」

「あのね、冒険者ってステータスが上がるでしょ? ユズはまだそんなにLV自体高くないから『一般人の鍛えてる人』の枠を出てないけど、上級冒険者なんかはとんでもないことになるらしいわよ。

 

 そういう人たちが日常生活を普通に送れるのは、無意識もしくは意識的に力をセーブしてるからなの。これ、冒険者に興味ある人の中では割と常識な話よ。

 コブダイの喧嘩はユズが小さい頃からやってたから、『これをするにはこのくらいの力』ってリミットがユズにはかかってるんじゃないの?」

「詳しくない!? やっぱり冒険者してたんでしょ?」

「あんたが『高校は北峰の冒険者科に入りたい』って言い出してから2年経ってんのよ!? オタクの情報収集能力なめんなよ!」

「そうかー! ヤマトだってうちの中ではステータスフル活用してないもんね!」

 

 ダンジョンで走るときのヤマトと、猫たちと追いかけっこしてるときのヤマトは全然違う。あれって自分でリミットかけてるのか。

 多分私を噛んじゃったことで、ヤマトは自分の力が強すぎるって気づいたんだろうなあ。

 

 ……などと考えていたら、LIMEのメッセージが入った通知サウンド。

 かれんちゃんたちからダンジョンへのお誘いかなと思ったら、蓮くんからだった。

 

『こんばんは』

 

 スタンプもなく、ベタ打ちの文字!

 うわあ、蓮くんSNSだと丁寧になるタイプ? 調子崩れるなー。

 とりあえず、同じテンションで返してみる。

 

「こんばんは」

『今日は本当に助かった。ありがとう。

 あの後社長に話聞いたら、ゆ~かの50万再生を知った社長が、サザンビーチダンジョンなら一山当たるかもと思って、ボス倒せって言ったことがわかった』

「うっは、殴って良し!」

『いや、自分の所属事務所の社長を殴らねえよ。どんだけ血の気多いんだよ柳川家』

 

 あ、昼間の調子に戻ってきたね。キャラ作ってるって言ってたけど、これは8割以上素だと思われるなあ。

 

『じゃなくて』

「じゃないんかーい」

『社長がゆ~かの母の脅しにマジで怯えてて、明日謝罪に行きたいから都合を聞いてくれって言われて』

「わかった。ちょっとママに聞いてみる」

 

 ママのところへ行ってスマホ見せようかと思ったけど、私のお膝ではサツキとヤマトがおねんね中である。合計8キロで身動き取れない。

 

「ママ~、蓮くんからLIME来てて、なんか社長がママの脅しに怯えてて明日謝罪に来たいんだって。都合聞いてくれって言われてるんだけど」

「はァン?」

 

 ひっ、もう既に最低クラスに音程の下がった声! 怒られてるの私じゃないのに怖くなるよ。

 

「うちの敷地に入ったら命の保証はないと伝え……いや、ちょっと待って。そうだなー、この際だから蓮くんたちのためにもシメとくか。明日の午後なら空いてますって伝えてくれる?」

「イエスマム!」

 

 ママ、隠しきれない殺意が滲んでる気がするんだけども、社長さんうちに来て大丈夫かな……。

 

「午後なら平気だって」

『サンキュー☆』

 

 おっ、初めてスタンプが来たぞ。私も持ってる犬のアニメスタンプだ。

 その後、何回かのやりとりがあって明日の午後2時に社長さんと蓮くんがうちに来ることになった。

 

 

 翌朝、学校がある平日と同じ6時に起きて私とヤマトはランニングに行ってきた。

 昨日リード壊れたんだけど、新しいリードは昨日のうちにママから連絡を受けたパパが用意してくれてた。娘ガチ勢の配信チェック、こういうときに便利だよね。

 土曜日はお弁当がないから、さすがに朝7時でもママはキッチンにいない。

 ……と思ってたら。

 

「いただきまーす」

「いただきます」

「おはようございます」

 

 いつもより30分遅く家族3人で囲んだ朝食のテーブル、手を合わせたままひとりだけ間違ったセリフを言った人がいるよ……。

 

「ママ……それはご飯の時に言う言葉じゃないよ」

「ぐふっ」

 

 ママが食器を上手く避けて沈没してた。なんだかお疲れオーラが漂ってる。

 

「いや、ね……。昨日の配信を見返したり、SE-RENとアルバトロスオフィスの情報集めたりしてたのよ。そしたら朝4時になってて」

「おやすみなさいじゃなくて良かったな」

 

 パパが追い打ちを入れている。ママは更に沈んだ。

 

「今日のママはダメ~、アホウドリ社長が来たら洞爺湖の木刀で天然理心流の三段突き入れちゃうかもしれない~」

「朝ご飯食べたら寝なよ、食器は俺が洗っておくから。ユズは洗濯物頼むな」

「イエッサー!」

「パパ優しいー。お言葉に甘えて寝るー。来客があるからリビングの掃除もお願い」

 

 さらっと追加で家事をオーダーするママ。ちゃっかりしてる……でも掃除機掛けてたらうるさくて寝られないんじゃないかな?

 

「やっとくよ。妻が人殺しになるよりマシだし」

 

 それに対して平然と答えるパパ。

 器が大きいなあ……。ママの奇行に何も動じないもんね。これが、長年(?)連れ添ってきた夫婦力か。

 

 とりあえず、傷害事件にならないようにママを寝かせて、リビングは恥ずかしくない程度に掃除します。あ、ママが武器にしそうな物も念のためにしまっておこう。



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ダメステアイドルと柚香の特訓の巻
第25話 妖怪土下座おじさん現る


 約束の午後2時ジャスト、事務所の社長という頭のテカったおじさんと蓮くんがうちに来た。

 

 蓮くんが昨日着てたブルーローブっていう装備は、やたらベルトがついててトレンチコートをパンクにした感じの防具だった。名前の通り色は青。

 襟のところに無意味に細いベルトが2本付いてるの。存在意義がわからない!

 

 調べてわかったんだけどブルーローブは魔法使い向けにスポーツブランドが出してるもので、たいした防御力も能力補正もないのにただ格好いいってだけで4万円くらいするやつだったよ。

 びっくり。初心者の服なんて2000円で買えるのに。

 

 そんなおしゃれしたいお年頃の彼は、今日は白いワイシャツに紺スラックスという、高校の制服みたいな格好をしてた。案外本当に制服かも……、

 

 

 ママは昨日あんな脅しをした人とは思えない様子で穏やか、かつにこやかにふたりをリビングに案内し、社長さんが袋から出して差し出したお土産だかお詫びだかのお菓子を受け取ってテーブルに置いた。

 

 おお、これはかの有名な謝罪の定番辰屋の羊羹! しかも杉箱入りだ。絶対お高い奴だよ。一度食べてみたかったんだよねー。

 

 社長さんと蓮くんの前に冷たいお茶を出して私とママが座ったところで、社長さんが先手必勝の構えで口火を切った。

 

「本日はお時間を取っていただきありがとうございます。わたくし、アルバトロスオフィスの社長をしております中川と申します」

 

 しゃべりながらも名刺を出すのを忘れない。こういうところはさすが社会人。ママは立って両手で名刺を受け取ると、テーブルの上、左手の方に名刺を置いた。

 

「昨日はうちの聖弥と蓮がご迷惑をおかけしまして……」

「ふたりには何も迷惑はかけられてませんよ」

 

 思わず口出ししちゃったよね! 蓮くんたちが悪いみたいな言い方、イラッとしたもんで。

 

「そう、むしろ迷惑を掛けた元凶は中川社長、あなたです。こんな高い物をお詫びに持ってくるくらいなら、SE-RENにもっといい装備をさせてあげるとか、いろいろあるんじゃないですか?」

「誠に……申し訳ない……」

 

 たたみかける私とママの発言に、頭を下げていた社長さんはソファから滑り降りて、そのまま床にめり込むかという勢いで土下座をした。

 

「実に勝手なお願いとは重々承知しておりますが、聖弥が怪我から復帰してくるまで、ゆ~かさんに事務所に所属していただき、蓮とユニットを組んでいただけないでしょうか」

 

 おっと、謝罪かと思ったらまさかのお願いだ。謝罪ターン短くない?

 私が驚いている間に、見下しモードに入ったママが氷点下まで一気に下がった冷たい声で社長さんを問い詰める。

 

「ゆ~かと蓮くんがユニットを? ゆ~かの知名度を利用して蓮くんのファンを増やして、しかも配信収入は事務所に入るってことですか?」

 

 ママ……社長さんそこまでは言ってないよ! ほら、土下座通り越して背中が丸まっちゃってるじゃん。これじゃあガマガエルだよ。

 ママの攻撃を受け続ける社長さんがちょっとだけ哀れになった私です。

 

「そ、その……確かにそれは……仰るとおりで」

 

 仰るとおりなのかーい! 哀れ撤回! なんだこのアホウドリ社長は。社会人経験の無い私ですら驚きの自己中だよ。

 

「今までもダンジョン配信させておいて、魔石とドロップ品を売却したお金は事務所に入れさせてたんじゃないですか? それで、そのお金は事務所の維持管理費とあなたの給料になってた。違います?」

 

「ア、そ、その、それは……」

 

 更に問い詰めるママ。ああ、とうとう社長さん黙ってしまった。これは認めたようなもんだね。

 社長さんが答えないものだから、ママの視線はソファに座っている蓮くんに向いた。

 

「蓮くん、どうなの?」

「……確かに、魔石とドロップを売却した金は社長に渡してました。何に使ってたかまでは知りません」

「うわ、サイテー」

 

 おっと、思わず声が出ちゃったよ。本当に蓮くんたち搾取されてた。これは酷い。

 午前中のうちに木刀と床掃除ワイパーと、私がソフトボールやってたときのバットを2階に隠しておいてよかったー。

 いつものところに置いておいたらママが傷害罪で逮捕されたかもしれない。

 

「その話は一旦置いておきましょうか。それで、蓮くんとユニットを組むことでゆ~かにはどんなメリットがあるんでしょうか?」

「そ、それは……50万再生の知名度を活かしてアイドル活動ができるという点が……」

「ゆ~かはアイドル活動興味ある?」

「ありません」

「うう……」

 

 女の子はみんなアイドルに憧れてると思ってたのかな? 社長さんが潰れそうだ。自業自得だけどね。

 でもここで社長さんが潰れると蓮くんがいたたまれなくなるんだろうなあ。

 

「仮にユニットを組んだとして、元の知名度はゆ~かの方が上だったし、配信料は減るし、蓮くんにガチ(こい)が付いてたらゆ~かがストーカー被害に遭ったりする危険もありますよね? そういったデメリットのことはどうお考えで?」

 

 ガチ恋っていうのは、アイドルとかに実際に恋しちゃうファンのことね。

 ママの周りにも数人いるらしい。ママの場合は推しにガチ恋じゃなくて「産める!!」って叫んでるから違うと思うけど。

 

「それは、その……できるだけこちらも善処したく……」

「内容が全然無い回答やめてもらえます? 『善処します』で実際に何かした例を見たことないんですけど。そもそも蓮くんたちに対する扱いを見ていたら、親としてゆ~かをそちらの事務所にお預けすることは断固拒否します」

 

 ああ、言い切った……。わかる、わかるけどね……。

 




某老舗の室町時代創業超有名和菓子屋さんで羊羹を買うときに「謝罪用です」というと謝罪のノウハウを教えて貰えるそうです。ウケました。


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第26話 配信者として!!

「ママ、ちょっといいかな、私の意見」

「ごめん、ゆ~かの意思を無視してたわね。どうぞ」

「私は蓮くんとユニットを組んでダンジョン配信してもいいです」

「ええっ!!」

 

 社長さんがガバッと身を起こした。いいリアクションだね。

 そりゃ、ここにきて逆転ホームランみたいなもんだもんね。

 

 実は、私も昨日の夜ちょっとSE-RENについて調べたんだよね。だって、関わっちゃったし、彼らがいい状態とは思えないのを知っちゃったから。

 戦闘訓練も受けたことなさそうな人をぽいっとダンジョンに放り込むのは無責任が過ぎる。自分が潜るって言うなら止めないけどさ。

 

 それで、SE-RENの情報の少なさに驚いたし、あうつべ(ourtube)のSE-RENチャンネルの最初の頃の動画と最近の動画を見比べたら、明らかに質が落ちてるのに気づいちゃった。

 

 最初の頃は編集もちゃんとされてる企画物でふたりでへったくそな料理作ったり、MV(ミユージツクビデオ)も1本あったりしたのに、あるときからダンジョン配信だけになってるの。

 多分そこが、他の人が事務所抜けてマネージャー引き抜いてったっていうタイミングなんだろう。動画編集はそれまでマネージャーさんがやってた可能性が高いね。

 

 これは、私が考えた結果の決断。

 

「ただし、私は事務所に所属するつもりはありません。配信料は半々にしてもいいですが、蓮くん側の配信料のうち、蓮くんと事務所の取り分も半々にしてください。

 それと、ドロップ品の売却とか現場収入があった場合は事務所に納める必要は無しということで。何故なら基本的にはそれはヤマトが倒した物ですから。蓮くんに戦闘能力が無いのは昨日十分わかりました」

「……戦闘能力が無くて悪かったな」

 

 私に聞こえるギリギリの声で蓮くんが拗ねる。いや、本当のことでしょ。

 

「戦闘能力、無くていいんじゃない? 蓮くんはヒーラーなんだから。聖弥さんの怪我の原因も、適性があまりない前衛で無理矢理戦ってたせいみたいですし。

 逆に私とヤマトはどっちも前衛適正なので、後衛ヒーラーの蓮くんがいると心強いんです。これが私側のメリット」

「ありがとう! ありがとうございます!!」

 

 一度体を起こした社長さんが、またうちの床にめり込んで土下座する。

 

「あとひとつ、マネージャーを付けるつもりがないなら、活動内容に口出しはしないことを約束してください。配信は定期的に必ずやりますので、その点は安心してください」

「ゆ~か……なんでそんな条件出してまで受けてくれるんだよ」

 

 泣きそうに顔を歪めた蓮くんが私を見て尋ねるから、私は思いっきり胸を張って答えた。

 

「私も配信者だからです! 新しい動画を定期的に出さないと、見てくれる人はどんどん離れちゃうの知ってるから。

 私は一山当てたしそれでもいいかもしれないけど、アイドルの蓮くんと聖弥さんには致命的でしょう? それはね、さすがに見過ごせないよ」

「ユズゥー!! あんたいい子に育ってー! ママ嬉しいよぉー!」

 

 ママ呼び方! 元に戻ってるしヘッドロックきつい!

 社長さんは取り出したハンカチで頭の方まで汗を拭きながら、ぺこぺこと頭を下げた。

 

「誠に……ありがとうございます。お恥ずかしながら昨年末から在籍タレントの移籍や社員の退職などが続いて、SE-RENのプロデュースもまともにできていない状況で、事務所存続の危機でして」

「だからそれは、そちらの事務所の都合でしょう? 本当に恥ずかしい話ですよ。なんで離れられたかとか考えました? 在籍してるよりフリーを選ぶほど、状況が酷いって事ですよ?」

「ママ、ダウンしてる相手に追い打ちコンボやめてあげて」

「おっと、つい格ゲーマーの魂がうずいて」

 

 そんな魂のうずかせ方はやめて欲しい……ほら、また社長さん沈んじゃったじゃん。

 

「とにかく、これで一応話はまとまりました。

 最初から録音しておきましたから、後ほど誓約書にしてこちらが捺印した物を2部そちらの事務所宛にお送りしますね。そちらも捺印していただいて、1部はこちらの控えとして返送してください」

 

 にっこりと笑顔になるママ。こういうときだけ笑顔になるの酷い。あと、録音してたのは私も気づかなかったよ。用意周到すぎる。

 私の向かいに座っている蓮くんが、口をパクパクさせて私に何かを訴えようとしている。ああ、大体わかるよ。「おまえの母怖すぎだろ」とか言いたいんだね。

 

「それでは、蓮くんとは打ち合わせたいことがありますので残っていただいて、社長さんはお帰りください。本日はお疲れ様でした」

 

 立ち上がってママは優雅にお辞儀する。私も並んでお辞儀をした。うん、社長さんに関しては「おととい来やがれ」って奴だった。

 

 社長さんはしばし呆然として何か凄く言いたげな顔をしていたけど、無言で笑顔の圧を掛ける私とママに負けて背中を丸めて帰って行った。



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第27話 ステータスアップの鉄則

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


「さて、蓮くん。現状はダンジョン配信を続けるしかSE-RENには方策がないわ。ユズと一緒のダンジョン配信でお金を稼ぎつつ知名度を上げて、かつステータスもアップする。

 この先何をするにもお金はかかるし、事務所の状態からして何か他のことをするための資金がなさそうだから。

 そのダンジョン配信についてはユズと相談してちょうだい。あとこれ、胸くそ悪くて食べたくないから蓮くんの家と聖弥くんの家に1本ずつどうぞ」

 

 ママが杉箱から出した辰屋の羊羹を酷い言いざまで蓮くんに渡してるー!! なんてこったー!

 

「えーっ、私食べたかったのに!! 食べたかったの・にーーーーーー!」

「アポイタカラ売ったらいくらでも買って食べられるわよ。ネットショップもあるし、食べきりサイズの詰め合わせとかも売ってるから」

「あ、じゃあいいや」

「待って……そんな理由で辰屋の羊羹持って帰らされるの、親にどうやって説明したらいいんだよ、俺は……」

 

 出た、陰キャアイドル。ママはけろりとした顔でスマホを取り出しながら適当に答えている。

 

「社長のお詫びってそのまま言えばいいんじゃない?

 あの社長がバカやってあなたたちを危険にさらしたあげく、聖弥くんが怪我をした事実は変わらないんだから」

「そ、そう言われるとそれで行ける気が」

 

 まるっと言いくるめられている蓮くん。結構チョロいな。

 

「ところで蓮くん、そちらの親御さんとLIMEで繋がりたいんだけど、いいかしら。これからの活動についてとか保護者も確認が必要でしょ?」

「わかりました。じゃQRコード貰っていきます。ゆ~かの……」

「おばさんって言ったら腹パンするわよ。私は柳川()()。果穂さんって呼んでちょうだい」

 

 アイドルの命である顔を傷つけない無駄な気遣い……そしてさらっと名前で呼ばせてるよ。そこに見えない圧を感じたのかびくりと蓮くんの肩がはねた。

 

「わかりました、果穂さん。これからよろしくお願いします」

 

 昨日の口の悪いキャラを封印して頭を下げる蓮くん。というか、よく考えてみると終始ママには敬語だったな。さすがアイドル、上下関係に厳しい。

 

「じゃあユズ、後はよろしく」

「イエスマム! 蓮くん育成計画ね。任せて」

「育成計画!?」

 

 目に見えて蓮くんが怯えている。いや、彼は私たちにどんな印象持ってるんだろう。

 蓮くんに昨日見せて貰ったステータス、かなりヤバかったからなんとかしないといけないんだけど。

 学校で習ったけど、ダンジョンについての基礎知識も無く「なんとかなるだろ」で冒険者やる人が9割陥る失敗だそうだ。

 

「ステータス上げの方法について説明するよ。私の方がレベル低いのにステータスは高かったでしょ? あれにはちゃんとした理由があるの。

 蓮くんのステータスは今低いから、このままうかつにダンジョン配信を続けてLV10になるととてもまずいことになる」

「まずいこと?」

 

 蓮くんは真剣な顔で私の話を聞いてる。よしよし、ずっとこのくらい素直でいてくれると楽なんだけどなあ。

 

「ステータスはね、LV10になった時点の数値を元にその後の伸び率が決定するの。LV10になるまでは、それまでにやったことが反映される。

 私はMAGが低いんだけど、元が低かったせいでLVが3上がっても1しか上がらなかったくらい。一番習得難易度が低い魔法も習得出来ないから、そっちに関しては今詰んでる状態。

 でもRSTは魔法攻撃を食らうことで上がりやすくできるの。これは実は敵でも味方でも良くて、蓮くんが初級魔法のファイアーボールを憶えたら私にぶつけまくってくれると私のRSTが上がり、蓮くんのMAGが上がるってわけ」

「やべえ……俺LV8だぞ、全然猶予ねえじゃん」

 

 蓮くんが顔を青ざめさせた。そこで私は胸を張ってみせる。

 

「だから、あえて低層で経験値があまり入らないようにしながら、戦いまくるの。味方同士で攻撃し合うのもアリ。倒さなければ経験値は入らないからね。

 私のレベルが低かったのはそのせいだよ。ヤマトの暴走でLV上がっちゃったけどね。

 つーまーりー、蓮くんはこれからユズーズブートキャンプに参加して貰います!」

「なんだその恐ろしさしか感じねえネーミング! 何をやらされるんだよ」

「蓮くんはもう魔法使い路線でヒーラー一直線で構わないと思うから、それに沿ったステータスを上げるようにトレーニングします! うろ覚えだからもう1回ステータス見せて」

「お、おう」

 

 蓮くんがダンジョンアプリを立ち上げてステータス画面を私に示した。

 

安永蓮 LV8 

HP 30/30

MP 25/25

STR 6

VIT 7

MAG 15

RST 17

DEX 13

AGI 10

スキル 【初級ヒール】

装備 【――】

 

「なんでこんなにMAG高いの!? ずるい!」

 

 低い点の補い方を教えようと思ったんだけど、思わず愚痴が出たよね、羨ましすぎて。

 ステータスの中ではMAGの初期値だけが完全に本人の素質依存なのだ。これが低いと頑張りようがなくてその後上がりにくい。例えば私とか。

 

「知らねえよ! 初期値が既に8とかあったぞ」

「なにそれ寺の息子? それとも陰陽師?」

「一般家庭だよ。そういえば、うちのばあちゃんが凄え霊感強かったな。話せる触れる祓えるで、なんか近所の人の相談とかにも乗ってた」

「やっぱり遺伝か……ぐう。ステータスを見るに、(おお)(わく)(だに)ダンジョンの4層にいるっていうプチサラマンダーのファイアーブレス食らいまくったでしょ。異様にRST高いもんね」

「マジか、そんなことまでわかるのかよ」

「この近辺の初級ダンジョンの比較的低層階で魔法を使ってくるの、あそこしかないもん」

 

 私の指摘が図星だったらしく、蓮くんは頬を引きつらせた。

 はーっはっはっは! これが冒険者科の実力なのだよ!



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第28話 リアルアイドル育成計画

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


安永蓮 LV8 

HP 30/30

MP 25/25

STR 6

VIT 7

MAG 15

RST 17

DEX 13

AGI 10

スキル 【初級ヒール】

装備 【――】

 

 蓮くんの育成計画については、実は昨日から構想済みなのだ。昨日ダンジョンでちらっと見ただけだったから「とにかくヤバい」が先に立っちゃったんだけど。

 

「まず、STRは捨てよう。魔法使いでもMP切れ起こしたときのためにサブ武器でナイフとか持つ人もいるけど、ヒーラー一本で行って『口の悪いリアル癒やし系ヒーラーアイドル』の方がギャップ萌えするでしょ?」

「待て待て待て、一体おまえは俺をどの方向に育成しようとしてるんだ!? アイドルとしてか? それとも冒険者としてか?」

 

 真剣に心配してる蓮くん。彼にとってはそこ大事なのか。

 それは「俳優を目指してるからダンジョン配信は腰掛け」という前提で考えてたよ。

 でも、必ずしも望んだ道に進めるとは限らないから、ある程度稼げる程度にステータス上げはしておいた方がいいのかな?

 

「どうしたい? 蓮くん次第だよ。

 ちなみに私は『俳優を目指してるから本気で冒険者を今後ずっとやるわけじゃない。でもとりあえずダンジョン配信で困らない程度』というラインで考えてたけど」

「時々おまえすっごい的を射てくるから怖いんだよな……」

 

 蓮くんはどんよりとした空気を背負ってうつむいた。

 うわあ、悩んでるなあ。あのアホウドリ社長の下にいたら、確かに将来的にちゃんと俳優の仕事できるか不安にもなるだろうし、もう少し稼げる路線に行きたいのかな。

 

 やがて彼はばっと顔を上げると、キリッとしたアイドルフェイスを作っていい角度で私に向けた。

 

「ヒーラーのくせにいざというときは剣でモンスターを一刀両断にしたりしたら、凄えかっこいいと思うだろ? ギャップ萌えってそういうもんじゃねえ?」

「ハイ、寝言は寝てから言おうねー」

「ダメなのかよ!」

 

 思わず立ち上がって叫ぶ蓮くん。誰だよ、「柳川家血の気多すぎ」とか言った奴。あんたも十分血の気多いわ。

 

「それを狙うなら『ユズーズブートキャンプ・デラックスコース』を受けてもらうことになるけど?」

「ぐ、具体的に何をするか教えてくれ」

「教えを請う態度じゃない」

「教えてくださいゆ~かさん! ちくしょー!」

 

 私がダメ出しして蓮くんが叫んだとき、バタバタバタとスリッパで慌ただしく階段を降りてくる足音が聞こえた。

 

「あんたたち声でかすぎ! ちょっとセーブしなさいよ。……じゃなくて、大変よ!」

 

 いや、そういうママの声が一番でかいよ!? それにしても、ママがこんなに慌ててるって何だろう?

 

「調べたらアポイタカラ1グラムが今77980円よ! 鉱床も見つかったしこの先は確実に下がるから、必要な分だけ残して売っちゃいなさい!」

 

 リビングのガラス震えるかと思うほど大きい声でママが言ったことが理解出来るまで、実に3秒くらいかかった。

 人間は、想定外の事態の前にフリーズするんですね。

 

「……はいいいいいいいい!? 1グラム? 1キロじゃなくて? なんか980円が付いてる時点でスーパーの品物みたいなんだけど!」

「グラム! 金より価値があるのに1キロ77980円のわけないでしょ!」

 

 耳を疑うとはこの事だわ。昨日リビング中に立てて「キレーイ」って遊んでたあのアポイタカラがそんなお値段しちゃうなんて。

 

「1グラム77980円……昨日拾ったの一体いくらになるんだよ」

 

 ビビりながら蓮くんが口元を引きつらせる。うん、これはさすがに私もビビるけど。

 

「ちょっと待って、アイテムバッグ持ってくる。あの中に入れっぱなしだから」

 

 私は一度席を立ち、自分の部屋へ行ってアイテムバッグを持ってきた。

 アポイタカラをひとつ取り出して床に置くと、ママがそれを持ち上げた。

 

「米袋と同じくらいの重さだから、多分10キロあるんじゃない?」

「わー、主婦の計測法! 体重計持ってくるね」

 

 洗面所から体重計を持ってきて、スイッチを入れてその上にアポイタカラを載せる。おおおお、ぴったり10キロだよ。ママ凄い。

 

「てことは、これ1個でいくらになるんだ?」

「1gで77980円でしょ? 10キロだと……桁が多すぎて0の数がわかりません!」

「しっかりしなさいよ現役高校生!」

 

 リビングはプチパニックだ、全員が叫んでる。その中で唯一他人事でパニック状態が軽度の蓮くんがスマホの電卓で計算をしていた。そして――。

 

「やべえ、桁が多すぎてよくわかんねえ」

 

 あああー、こいつもポンコツだー!



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第29話 右往左往とはこの事だ

「一、十、百、千、万、十万、百万、千万……7億7980万円……ふ~ぅ」

 

 一番他人事だったはずの蓮くんが、自分で数えて最初にぶっ倒れたー!

 さすがのママも顔を青ざめさせてへなへなとリビングのカーペットの上に倒れ込み、私もなんか頭から血が下がってソファに横たわってしまった。

 

 5分くらい全員無言で倒れてただろうか。最初に復活したのは何故か一番当事者の私だった。

 

「半分くらい売ろうと思ってたけど、あんまり売らないことにしよう……」

 

 本当は、出回ってるのが少ないって聞いたから、いい装備を作るために必要な分だけ確保しておいて、残りは欲しい人のために売っちゃおうと思ってたんだよね。

 でも、そうすると10本売っただけで80億ものお金が私に入ってきてしまう。

 

 無理。

 無理です。人生おかしくなりそう。

 私はお金を稼ぐためじゃなくて、自分の夢を叶えるために冒険者をやってるのに。働かなくてもだらだら生きていけるなんて思ったら、小さい頃から抱き続けた動物に関わる仕事をするという夢が消えてしまう。

 

「もう、柳川家の家宝として代々伝えよう。そうしよう。売るのは5本だけにしよう」

「それでもほぼ40億だぞ……」

 

 蓮くんさ、なんで君がガタガタ震えているんだね……他人事なのに。

 ママは床に倒れたままでうわごとのように呟いてるし。

 

「マンション建てて運用しよ? ハワイに別荘買ったり、もういっそのこと広大な土地買って動物王国作ろ?」

「ママのそれは常日頃の妄想でしょ? ハワイの別荘はともかく、動物王国は管理が無理です。

 私が持ってるのをたくさん出すと値崩れするでしょ? そしたら鉱床掘った人は想定より儲からなくなるじゃん?

 だから売るのは5本でいいです。そもそもヒヒイロカネと色が違うだけなんだし、アポイタカラじゃないとできないことってないんだよね? このまま持っててもよくない?」

「なんでそんなに冷静なんだよ。俺、今一気に手が冷たくなったし歯の根が合わなかったぞ」

「むしろなんで蓮くんが震えてるのよ」

「タムタの体重計に載ってるこれが約8億って考えてみろよ、8億が転がってるんだぞ!?」

「あっ……やめて、私までまた震えが止まらなくなる」

 

 思考をずらさなきゃと思って冷たくなってる手でスマホを取り上げて、性能は全く同じっていうヒヒイロカネの値段を調べてみた。

 こっちは1グラムで15000円くらいじゃん!! なんでこんなに違うの!

 

「ヒヒイロカネが1グラム15000円な件!」

「ヒヒイロカネは日本でしか産出しないけど、武器防具にしか基本使い道がないの。だから値段が馬鹿みたいな事になってないの。オリハルコンなら金と混ぜて半導体に使ったりするじゃない?

 アポイタカラが高価なのは、伝説金属の中で産出量が一番少ない上に他にない色だからよ。赤い武器より稀少な青い武器の方が格好いいと思わない?」

 

 そこは好みかと思うけど、私的には確かに青い方がかっこいいと思うかも。

 私がうんうんと頷くと、ママは拳を握って力説し始めた。

 

「オリハルコンの金色にミスリルの白銀ってむしろありきたりだもん!

 あと、チャート見たら昨日までは1グラム4万円くらいだったわよ。それでも総量が少なすぎて流通してなかったからその値段で落ち着いてたみたい。

 爆発的に上がったのは間違いなくユズが隠し部屋で大量発見したからだわ。『この値段出しても買いたい』って人が出ちゃったから爆上がりしたのよ」

 

 な、なるほどーーーーーー! じゃあ、その人たちのためにも売った方がいいのかな。

 

「売って、国際こども基金とかに募金しようかな」

「それが一番無難かもよ。売ったことで税金恐ろしくかかるし、募金すると課税対象から引かれるし」

 

 そうか税金! 確か高額収入すぎると半分くらい取られるんだっけ?

 あ、ちょっと気が楽になった……消費税にさえ恨みを持つバイトしてない高校生が、まさか税金を取られることで気が楽になる日が来ようとは。

 

「わかった、半分売る。そして税金を日本政府と茅ヶ崎市に募金してやんよ! あと収入分はある程度残したら国際こども基金とかあちこちに募金!」

「きゃー、ユズかっこいい!」

「いくらなんでも決断が男前過ぎる……やべえ、惚れそう」

 

 いや、君の表情は見たことのない珍獣を見るもので、「惚れそう」って顔じゃないけどね。

 私は顎に手を当ててパチリとウインクを飛ばした。

 

「フッ……オレに惚れると火傷するぜ☆」

「惚れちゃダメよ、アイドル」

「単なる比喩ですよ! 惚れねえよ!」

「ただいまー、あれ、まだお客さんいたのか。で、このアポイタカラはなんで体重計に載ってるんだ?」

 

 ぎゃーぎゃーと言い合いをしていたら、ゴルフの打ちっぱなしに出ていたパパが帰ってきた。

 

 

 アポイタカラ顛末を聞いたパパは一度お約束のようにぶっ倒れ、ふらっと起き上がりながら爆弾発言をした。

 

「自家用ヘリを買おう。パパとママが免許を取ればいい。免許を取るまではパイロットを雇えばいいし、そうすれば近場じゃないダンジョンにも短時間で行けるようになるぞ」

「パパ賢い!! 今までで一番有益な意見出た!」

「あと、車がもう一台欲しい。キャンピングカーを買うのがパパの夢だったんだ」

「私のお金ですが、名義パパでいけるの?」

「いけるよ」

 

 前からたびたびキャンピングカーが欲しいと言っていたパパだけど、300万くらいだったよね。それを安いと感じるなんて、既に狂ってる!

 

「じゃあ私パソコン買い換えたい! もっとスペックいいやつに! 20万円くらい掛けてもいい!」

「ママも! ゲーミングPCとゲーミングチェアと自分用のテレビが欲しい! あとキャットタワー買い換えよう!」

「柳川家、欲望がささやかだな……」

「蓮くん、自分のことじゃないのに感覚狂ってどうすんの? 300万のキャンピングカーは全然ささやかじゃないよ?」

「やべえ、やべえよ……俺は一般人なんだよ……金銭感覚狂ったら終わりなんだ」

 

 頭抱えて悩み始めるアイドルよ……よくよく考えたら君は他人事じゃなかったわ。

 

「肝心なことを忘れてたけど、このアポイタカラで私と蓮くんの武器作らなきゃ。防具も」

「俺のも!? なんで!?」

 

 そりゃパーティー一緒だからだよ。なんでって聞きたいのはこっちだわ。本当に、なんで驚きすぎてひっくり返ってるのこの人。

 

「何言ってんの? 一緒にユニット組んでダンジョンアタックするから当たり前でしょ? 武器防具はパーティー共有財産だよ。ダメダメステータスの蓮くんを安全に鍛えるためにもいい防具作らなきゃ。そのためにかかるお金も売却した分から出すんだよ」

「アッ、ハイ、ソーデスネ」

 

 うわっ、ダメステータスイケメンヒーラーが白目剥いてる。絶対にファンに見せられない顔になってるわ。

 面白いから撮影しておきました。写真撮られた本人気づいてなかったみたい。

 どんだけ衝撃受けてるんだ。



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第30話 ユズーズブートキャンプ

 結局、武器防具を作るのにはそれぞれ10キロの塊が1個ずつあればいいよねというどんぶり勘定をして、武器・上半身防具・下半身防具・靴用に4つずつ、念のためあと4つを予備+柳川家家宝として残すことにした。

 

 つまり、売るのは200キロのアポイタカラ……もういくらお金が入ってくるかは考えないことにした。税金ややこしいし、そもそもまだ売却してないんだし。

 なんか、拾ったアポイタカラは後で調べてみたら律儀に全部10キロだったんだよね。そこはばらけるのが普通だし、私が最初見たときには小さい欠片とかもあったはずなんだけどなあ。

 

 聞いた話、オリハルコンなんか金と同じ感じで、肉眼でギリ見えるかどうかって凄いちっちゃいのも出るって言うし、隠し部屋の壁の一部が青く光ってたから「あ、鉱床だ」ってわかったけど、あそこを掘ったってこんな結晶は出ないよね。

 

 ……もしかしたら、アイテムバッグに入れたときにストックされて、大きさが均一化された? そんな疑惑が湧いてきた。

 

「ヤマトの首輪をアポイタカラで作ろう!」

 

 ひらめいた! みたいな顔をしてパパが言うけど、即ママの脳天チョップが入る。

 

「そんな、誘拐してくださいと言わんばかりの事をしてどうするの」

「ヤマトを誘拐出来る人間がいるかな?」

「高レベル冒険者を複数雇われたら怖いわよ。1グラム77980円よ? そのくらいやる人いる。ヤマト自体狙われたことがあるんだし」

「それもそうか……ああ、ユズ、パパも動画見たんだが、ダンジョン内でヤマトにリードを付ける意味はあるのか? リードのせいでヤマトの機動が制限される上にユズが転ぶ原因になってるだけに見えたんだけども」

 

 ……パパ賢い!! 脊髄反射で生きてる私やママと違う! なんでこの遺伝子を色濃く引かなかったんだろう。

 

「そうかー! テイマーなんだからコマンドでヤマトをリードすればいいんだよね」

「昨日見てた限り全然コマンド効いてなかったぞ。おまえテイマーの才能ないんじゃね?」

 

 何故かうちの家族の中になじんでる蓮くん、相変わらず口が悪いな。

 

(きやくそく)(こう)行進(しん)の訓練とかちゃんとしたのか? あれやっとかないとダンジョンで好き勝手走り回られるんじゃねえの?」

「や、やってない……でも朝晩のランニングの時はヤマトは暴走しないもん。ちゃんとダンジョン以外では言うこと聞くよ。

 ダンジョンでは猟犬の本能的な物なのか、私の命令より自分の欲求優先になっちゃうみたいで」

 

 必死に言い訳をしてみたけど、私に向けられた蓮くんの視線には明らかに呆れが混じっていた。おのれ。

 

「それ、なめられてるんだぞ? だから、ちゃんと訓練して常に自分の側に置いておくように躾けるんだよ。それが当たり前になればダンジョンでも暴走防げるだろ」

「蓮くん詳しくない!? 昨日のスタンプも犬だったし、もしかして物凄い犬好きなの?」

「……悪いかよ」

 

 ぷいっと横を向いたイケメンヒーラー、これは絶対かなりの犬好きですわ。

 普通の人は脚則行進なんて言葉知らないもん。私だっておとといヤマトの躾について調べたときに知ったくらいで。

 

「じゃあ、ユズーズブートキャンプ・ラグジュアリーバージョンを説明するけど」

「さっきと名前変わってるぞ! デラックスコースじゃなかったのか!?」

「そんなのどっちでもいいよ。要は全ステータス鍛える特訓コースって事だよ。

 まずは走り込みね。HPとVITとAGIに関係してくるから。生き残ろうと思ったらこれ必須。私は学校と合わせると多分1日20キロくらい走ってる。

 蓮くんはどのくらい走れる? 5キロから始めてランニングで15キロを目指すよ。ジョギングじゃなくてランニングだからね。息が切れる速さで走るの。もちろん走る前と後にストレッチ入念にね。

 それと筋肉付けるために朝起きたときにEAA飲んで、トレーニング後はプロテイン飲むこと。役割が多少違うから、それは後で自分で調べて。

 タンパク質だけ摂っても効率よく吸収されないから、亜鉛とか他の栄養素もきちんと摂ること」

 

 さーっと蓮くんの顔から血の気が引いた。想定してたより内容がきついんだよね、その反応はわかるわ。高校入ってすぐのカリキュラムの詳しい説明の時、クラスの半分くらいこんな顔してたもん。

 

「説明続ける?」

「い、一応。あと、今のプロテインとかの話は後でLIMEで送ってくれ」

「オッケー。

 初級ダンジョンの一番弱い敵が出てくるところで、盾持ってひたすら攻撃を受け続ける。できるだけ倒さないようにね。これもVIT上げでHPに影響が出る。私が攻撃してもいいんだけど、私よりゴブリンの方が弱いから楽だと思うよ。

 次にSTR鍛えるために、私が盾持ってるところに打ち込み。最初は100本から。スタミナが付いてきたら300本まで増やします。

 ショートソードとナイフと蹴りそれぞれ100本ね。これでSTRとDEXがあがる」

 

 私の言葉を遮るように、蓮くんがストップ! って感じで手を出してきた。

 

「おまえは俺を殺す気なのか?」

「生き残らせるためだってば。

 本当に猶予ないんだよ? LV9になる前にできることは全部やっておかないと。私もヤマトが強くて予想外にLV上がっちゃったから、これからは無駄にLV上げないように気をつけないといけないんだ。

 

 ガチでやればLVアップした途端にステータス跳ね上がるからね。LV10はもうこのやり方では反映しないから、蓮くんに残された機会は1回だけだよ。

 MAGとRSTは既に十分高いから何もしなくてもいいんだけど、初級魔法のスキル取ってファイアーボールを私に打ちまくれば更にMAGとMPが伸びるよ。私のRSTも上がって一石二鳥。

 今でも高いMAGを上げとくと、LV10以降は相当の火力が出ると思う。ヒールも初級ヒールじゃなくて、上級まですぐ取れるようになりそう。中級はもうLV9になったら取れるはず」

「ううう……」

 

 蓮くん、本気で悩んでるな。というか、デラックスバージョンじゃなくても走り込みだけでも十分きついんだけどね。

 

「あ、疲労回復に途中でポーション飲んでも大丈夫だよ」

「おまえ、それ先に言えよ! ポーション飲んでいいならラグジュアリーだろうがデラックスだろうがやってやる。どうせ基礎体力付けないと舞台とか無理だからな」

「言質取りましたー。ちなみに疲労回復効果があるのは1日1本だけです。これ冒険者の基礎知識ね」

「本当にそういうことは先に言えよ!! 出来ると思った俺がバカみたいだろ!?」

 

 キレっぷりが凄いなあ……。切れ芸アイドルって線で行くのもアリなんじゃないかと思っちゃうよ。まあ、もうちょっと希望持たせてあげるか。

 

「アポイタカラを売却したお金が入ったら、上級ポーション買ってあげるよ。そっち飲めば疲労は完全回復するから、行けるはず」

「ああ……借りがどんどん増えていく……」

「雪だるま式だね。利子はないけど」

「……聖弥肋骨2本折れてたけど、ポーション飲んだおかげで復帰まで2週間くらいらしい。あいつが復帰したら同じ事やらせてくれ」

 

 んんん? それは思いやりなのかな? それとも巻き添えかな。両方の線もあるね。

 

「あと、ひとつ頼みがあるんだけど……」

 

 ちょっと言いにくそうな顔の蓮くん。なんだなんだ、大変なことなのか?

 

「ヤマトを抱っこさせてくれ……癒やしが欲しい」

 

 表情と言うことのギャップにこけそうになった。深刻そうな顔して言うことがそれなんだ。完全に犬好き確定だ、これ。

 

「起きてたらね。待ってて、ケージ見てくる」

 

 今日はリビングにケージ置いておけなかったから、私の部屋にヤマトのケージがある。ドアが開けっぱなしなのは、猫たちが出入りするから。

 部屋を覗いたらヤマトのケージの中に、何故かサツキもいた。猫のジャンプ力だと簡単に入れちゃうんだよね。

 

「キュ~ン」

「お待たせヤマト~。寂しかったね、ごめんねえ。サツキ、ヤマトのお守りありがとうね」

 

 私を見た途端、立ち上がってケージに前脚を掛けるヤマト。

 うわあああああ、反則のポーズじゃん! まずは撮影!

 

 切ない鳴き声に、撮影終わったら即辛抱たまらずヤマトを抱っこして思いっきり頬ずり。私もべろんべろん舐められた。

 ……ヤマトと私の間には、信頼関係は間違いなくあると思うんだけど、なんでコマンド効かないんだろう。

 蓮くんの言うとおり脚則行進するしかないのかな。

 

 そんなことを考えながらヤマトを抱っこしてリビングに戻る。待ってましたとばかりに蓮くんが手を伸ばしてきたからヤマトを抱っこさせてあげた。

 

「ううううう、そうかー、舐めてくれるのかー。俺を慰めてくれるのか。ヤマト、可愛いなあ……可愛い、可愛い……」

 

 蓮くん、ヤマトにメロメロじゃん。ヤバい、自分を客観的に見ている気分になった……。



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第31話 呼び方問題いろいろ

「で、ユニット名どうする? SE-RENでやっていいの? よくないよね」

 

 ヤマトのお腹に思いっきり顔を埋めている蓮くんに私は尋ねた。

 ヤマトもさ、ちょっとは嫌がって欲しいな。柴犬は飼い主に忠実で他の人に懐きにくくて頑固って言うじゃん。

 でもこの子は半分仔犬のせいか、エヴリバディウェルカムオッケー! ヘーイ、カモーン! なんだよね。

 

「ユニット名……ダメだ、考えられない。名前の法則で言うと『YU-REN(ユーレン)』になって幽霊みたいだ」

 

 犬吸いに必死になってる蓮くんはIQが下がってる。

 よし、ここはダメ人間になってない私がしっかりしないと!

 

「じゃあ私が決めていい?『SE-REN(仮)(カツコカリ)』で。あ、(偽)(カツコニセ)でもいいよ!」

「『(安)(カツコヤス)』もありそうなネーミングだな」

「なんでそれ知ってるの? さては蓮くんの親も読書家?」

「元のハードカバーのを足の小指の上に落としたことがある……」

「アイター!」

 

 想像しただけで痛いな! あの本凄い分厚いもんねえ。

 

 私たちの会話でママがすっくと立ち上がり、「読みたくなった!」と叫んで2階へ駆け上がっていった。

 パパはスマホでキャンピングカーを検索しながら「このモデルは800万か……」とか呟いてる。うーん、フリーダム。

 

「ま、いいか……適当な名前の方が期間限定感が出そうだし、聖弥が復帰するまでだしな」

 

 ヤマトを吸って落ち着いたのか、それとも吸ってもヤケになってるのが治らないのか、蓮くんがまさかのOKを出したよ!

 

「マ? 『SE-REN(シーレン)(仮)(カツコカリ)』で本当にいいの?」

「重要なのは名前じゃないだろ。X‘sには一応書いといたけど、聖弥の怪我の報告を配信でやらないとな。できるだけ早めに……明日の夜やってもいいか? ここで」

「なんでうちで!?」

 

 このイケメンヒーラー、意外と図々しいよ!? 人の家をスタジオ代わりに使おうとしてくるよ!

 私の当然すぎる疑問に、蓮くんはヤマトを抱っこし直しながら答えた。

 

「ゆ~か、ヤマト連れて出るんだろ?」

「あったり前じゃん。私とヤマトはニコイチだよ」

「うち、母親が『犬好きの犬アレルギー』なんだよ……昔は犬飼ってたんだけど、その子が死んでからはアレルギーのせいで飼ってない」

 

 彼の回答を聞いて、私は崩れ落ちた。

 犬好きの犬アレルギー……なんて、なんて悲しい響きなんだ!!

 

 そんな人のいるところに、この世界の全てを虜にする愛らしくて人懐っこいヤマトを連れていくなんて鬼の所業、私には絶対できない!

 

 犬アレルギーも猫アレルギーも、基本フケが原因で起きるものだから毎日お風呂入ってるヤマトは比較的安全かもしれないけど、それでも何が起こるかわからないし、ヤマト誰でもなめちゃう癖があるし!

 

「それは……仕方がないね……ママにはくれぐれも乱入しないようにお願いして、ここでやるのがいいか」

「悪い。聖弥とふたりの時はいいんだけど、ヤマトがいるからには出したいしさ」

 

 ヤマト可愛いからねえ。出したいと思うのは仕方なし。それにうちの子だから、よそまで連れて行くのもちょっとねーと思うし。

 

「じゃあ、明日の夕方か夜配信してもいいか果穂さんに訊いてくれ」

「今上にいるよ? 自分で訊いてよ」

「おまえは……よその家で、他人の母親を呼びつけたり、勝手に階段上ってって質問したりできるのか?」

「必要とあらば。てか、仲良し加減かな?」

「勘弁してくれよ……俺はそこまで心臓強くないんだよぉ」

 

 弱音を吐きながらどさくさに紛れてヤマトに頬ずりするのは感心せんな!

 私は単純に面倒で言ったんだけど、蓮くんにとってはそうなのか。

 

 私とかれんちゃんママなんか、「かれんちゃんママ~、お湯沸騰してるよー」とか1階と2階で呼んだりするけどなあ。

 

 解せぬ、って顔をしていたら、パパがどっこいしょと声を出して立ち上がった。

 

「パパが言ってくるよ。蓮くんもそろそろ帰らないといけないだろう? どこに住んでるんだっけ、車で送っていくよ」

「ありがとうございます。俺の家は藤沢です。ここからだと山越えて反対側辺りで……えーと……なんてお呼びしたらいいですか」

 

 ママの件があるからか、うちのパパへの呼び方を蓮くんは事前に尋ねた。

 

「呼び方? いや、別におじさんでもなんでもいいよ」

「柳川家にも普通の人がいた……」

「いや、なんでそこ感激してるの? 私とママが普通じゃないみたいじゃん」

 

 ビシッと手の甲で蓮くんにツッコミを入れたら、パパと蓮くんが同時に「普通?」と聞き返してきた。

 え? パパも私とママのこと普通じゃないと思ってるの!?

 

「あ、そうだ、明日の夕方か夜に重大発表がありますって投稿しとかないと」

 

 蓮くんは私から目を逸らして片手でヤマトを抱っこしたままスマホを取り出し、パパは真顔で私に向かっていった。

 

「ユズ、よーーーーーく憶えておきなさい。世の中には『普通の人』なんていないんだよ。全員どっかしら変人だ。

 数値的な平均はあるかもしれないけど、個性の普通はないんだよ」

 

 なるほど、一見常識的に見えるけど実は凄いマニアであるパパが言うと説得力があるね……。



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第32話 驚愕! パパの過去

 翌日の日曜日、私はパパに連れられてアイテムバッグを持って海老名の国分寺ダンジョンに来ていた。

 ここはかつて相模国国分寺があったというところの近くなので、そう言われている。なんかダンジョンは名所旧跡パワースポットの近くにできることが多いらしい。

 

 私が聞いた中で一番酷いと思ったのは、京都の上級ダンジョン「清水寺ダンジョン」で、清水の舞台から飛び降りないと入り口に着かないんだって。

 ちなみに江戸時代は「清水の舞台から飛び降りた」人の生存率は意外に高くて85%もあったそうな!

 

 それは木が生えてて地面が柔らかかったせいで、今はそうじゃないから「飛び降りないでください」って看板が立ってたそうなんだけど……。 

 上級ダンジョンに入る人はそもそもレベルの上がってる冒険者だから、ダンジョンアタックする人が飛び降りても怪我はしない。

 

 世界中にダンジョンを出現させた「何か」は、絶対ギャグ担当がいると思う。

 

 

 国分寺ダンジョンの駐車場に車を駐めて、車を降りる前にパパは私に向かって言った。

 

「ユズ、ここから先はパパがいいよと言うまでしゃべっちゃダメだよ」

「い、イエッサー」

 

 今日の私は髪型変えた上におしゃれ眼鏡を掛けてて、服装も持ってる中で一番動きにく……ガーリーで大人しい物だった。

 これにあのやけに上品なアイテムバッグを合わせると、ちょっと大人びた趣味の女の子にしか見えない。

 制服より長いスカート穿いたの、恐ろしく久しぶりなんですが。

 

「じゃあ行くぞー」

 

 私に向かって不穏な警告をした割りには、パパはいつもの調子で車から降りて、ダンジョン入り口の側にあるダンジョンハウスに向かった。

 ダンジョンハウスには更衣室があって、基本的にここで冒険者装備に着替えたりするところだ。必要ない手荷物とかを預けるロッカーもあるし、売店では買い取りもしてくれるし各種ポーション売ってたりもする。

 

「すみません、中級冒険者装備一式について相談なんですが」

 

 パパが無表情の店員さんに向かって話しかける。

 え? 別に私今ここで装備買うつもりないよ?

 混乱する私を置き去りにして、店員さんはこくりと頷くと「じゃあこちらへどうぞ」と小部屋に案内してくれた。

 

 ピーンときた!

 うっはあ、スパイ映画みたい!! かっこいい、かっこいい!

 

 端から見ると、「中級冒険者装備一式について店員さんに相談に乗って貰うため」に小部屋に入っただけの人に見えるんだわ、これ!

 

「買い取りですね。品物は何でしょう? アポイタカラ、ですか?」

「ははっ、お見通しですか。さすがですね。ユズ、もういいよ」

 

 扉を閉めた途端、店員さんは平坦な声音でこちらに尋ねてきた。

 ひぃぃぃ……。そこまで気づいてるぅ。

 

「さすがもなにも。ここ最近でこんな()(ちよう)を使ってまで特別買い取りをしなければならないような案件はあれだけですから」

「パパ、ふちょうって何?」

「あいことばだよ。実は、パパは昔ちょっとだけ冒険者をしてたんだ。LVは12止まりだけどね。ユズが生まれる前のことだよ。

 少しだけやった後、ママのお腹にユズがいることがわかって、危ないことはやめようと思って引退したんだ」

 

 ほへぇ~、知らなかったよ! しかも私が生まれる前って、ダンジョンができたばっかりじゃない? その時期にダンジョンアタックしてた人か……凄いなあ。何のノウハウもない中でパパは戦ってたんだ。

 

「今では見向きもされないような物でも、その頃はちょっとでも性能が良ければ奪い合いだったからね。だから、こういった特別なやりとりの仕方が生まれたんだよ」

「なるほどー。憶えておこうっと。えーっと、中級冒険者装備一式について相談、ね」

 

 確かに、初級で相談する人はいるかもしれないけど、中級と呼ばれるLVに上がってきて、自分の武器が決まってなかったり、求める装備の方向性が理解出来てないって人はいないだろうな。

 

 私はスマホにメモしておいた。ヤマトがいるとこの先も何が起きるかわからないからね。

 

「アポイタカラの買い取りをお願いします。あと、この前サザンビーチダンジョンでドロップしたものも」

「はい、承りました。アポイタカラはどれほどでしょうか」

「200キロで」

 

 この店員さんの声って、落ち着かないんだよね。人工音声っぽいと言うか、淡々としすぎていて感情が感じられなくて。

 

「少々お待ちください」

 

 店員さんはタブレットを持ってくると、いろいろと入力していく。これはいつもの買い取りではないやつだ。多分高額買い取りの場合に限るんだろうなあ。

 

「アポイタカラ鉱石200キログラム。現在の買い取り価格はこちらです。ご承諾いただけましたらこちらの欄にサインをお願いします。買い取り金は振り込みになりますので、振込先口座もご記入ください。手数料はこちらに記載がありますのでご確認を」

 

 なんだかたくさん0が並んでるけど、もう私は気にしないことにした。数えてたら気が狂う。

 

「普段使ってない口座の方に振り込みなさい。そっちからいつも使ってる銀行に少しだけお金動かす方が問題にならないよ」

「イエッサー! で、お年玉貯めてた口座に入れることにするけど、いつもの口座にはいくらだったら入れていい?」

「100万……は多いか? 感覚狂ってるからちょっとパパも今混乱してるな。それはママと相談するから家に帰ってからな」

「はーい」

 

 口座について記入して最後にタッチペンで画面に「柳川柚香」と書き込んで、なんか一気にほっとする。

 

「アポイタカラは今ここで出していいですか?」

「はい、結構ですよ」

 

 店員さんの了承を得たので、小部屋のテーブルにアポイタカラ20本をどんどん出していく。店員さんはそれに片っ端から触れて、どこかに身につけているらしいアイテムバッグに収納していった。

 

 最後の1本だけ重さを量ってそれが10キロの塊であることを確認し、受け渡しは終了。

 

「ひとつ質問してもいいでしょうか」

「お答え出来ることなら」

「私がダンジョンでアポイタカラを見つけたとき、こう、小さい鉱石もいっぱいあって、これより大きいのもあって、それが綺麗だったのを憶えてるんですけど、アイテムバッグに入れてから出したら均一化してたというか」

「ストックとはそういうものです。合計320キロのアポイタカラがあったので、それを全てアイテムバッグに入れたら10キロの鉱石が32個という表記になります。仮に322キロだったとしたら、10キロの鉱石32個と2キロの鉱石1個で2スロット消費ということになります」

 

 ……待って待って待って!!!!

 私、配信でアポイタカラのストックが32個だったとか見せてない!!

 さすがにそれはヤバかろうと思って、映さないようにアプリを見てたもん。

 

 さーっと血の気が引いた私とは対照的に、パパはいつも通りで。

 

「じゃあ、帰ろうか。もう一カ所行かないといけないところもあるからね」

「あ……うん。あ、ありがとうございました」

「またのご利用をお待ちしております」

 

 店員さんは、最後だけほんの少し接客スマイルらしき物を浮かべた。



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第33話 私のじゃない重大発表

 SE-RENの重大発表配信は20時からということになった。蓮くんはあらかじめそれをX‘sで告知している。

 

 そして、配信開始を待機してるところなんだけど、私は何故かいつもの芋ジャージを着せられていましてね……。

 

「解せぬわ……」

「ゆ~かと言ったら芋ジャージってくらいイメージが浸透してんだよ。調べてみたけど、芋ジャージスレなんてものもできてたぞ。

 初心者の服を装備して戦ってて、かつ配信してる人間なんて珍獣だからな」

「せめてレアって言ってよ! 確かに、いきなりそれなりの防具買う人が多いのは認めるけど!」

「はぁ……だから、新しい装備を作るまでは芋ジャージ着てろ。その方が余計なヘイト稼がないぞ」

 

 ガチ恋対策か。それは一理あるかも。

 そんで、蓮くんの方はペンダントまで付けちゃって、確か2万円くらいするブランド物の黒いTシャツ着てた。

 この格差よ!!

 

「そのTシャツ買うお金もつぎ込んでたら、ブルーローブよりいい装備買えたのでは?」

「これはファンからのプレゼント。こっちのペンダントもプレゼント。配信の時に貰った物着てると喜んで貰えるし」

「えええっ、チャンネル登録者数30人台の駆け出しアイドルなのに、プレゼントとか貰ってるの!?」

 

 ここにママがいたら解説してくれただろうけど、ママはパパによって近所のお酒が飲めるお店に連れ出されている。

 

「今は増えたぞ! 70人くらいに!」

「倍じゃん! すごっ!」

「でもその導線がゆ~かチャンネルからだってのがな……」

 

 スマホの画面を見ながら落ち込む蓮くん。見てる画面はX‘sっぽいね。「ゆ~かちゃんの配信から来ました」とか書かれちゃったんだろうか。

 

「それより、おまえ段取り頭に入ってんのか?」

「大丈夫だよー。最初に蓮くんひとりでしゃべって、その後呼ばれたらヤマトと一緒に入って自己紹介したらいいんでしょ?」

 

 私がスラスラ答えたのに、何故か不安そうな顔の蓮くん。

 

「なんだ、この胸騒ぎは……」

「私が大丈夫って言って大丈夫じゃなかったことあった?」

「付き合い短すぎて判断する材料がダンジョンでのことしかない」

 

 それで十分だと思うけどなあ……。

 なんか腑に落ちてない感じの蓮くんに対して時間は無情に過ぎて、配信開始の20時を迎えた。私はヤマトを抱えて撮影される範囲外で待機。

 

 

「どーも、SE-RENの安永蓮です。今日は重大発表があるって告知したけど……うん、いつもより人多い。集まってくれてありがと」

 

 笑顔がないなー。まあ、本人クールで売ってるつもりらしいから仕方ないかもしれないけど。

 

「まず、おとといのダンジョン配信見てくれた人なら知ってると思うけど、聖弥が怪我をしました。肋骨2本折って、応急処置が良かったおかげで回復は早いけど2週間は安静だそうです。

 ご心配をおかけして、申し訳ありません」

 

 カメラに向かってきっちりしたお辞儀。

 私のスマホで見てた限り『蓮くんのせいじゃないよー』『謝らなくていいよ』『蓮くんまで怪我したりしなくて良かった』っていうコメントが目に付く。

 

 なんだ……? この私の配信とのコメントの差は……。これが、アイドルチャンネルの登録者!

 

「社長とも相談して、聖弥不在の間は助っ人とユニットを組んで活動することになりました。ユニット名は『SE-REN(仮)(カツコカリ)』です」

 

 うわあ、今謝罪したばかりなのに、ユニット名発表にすっごい嫌そうな顔してる。コメント欄の方は『助っ人?』『助っ人?』『誰』『アルバトロスにはもう誰もいないんじゃ』って割と勢いよく流れていくね。

 

「というわけで、カモン! 助っ人!!」

 

 蓮くんが左手で私の方に向かって思いっきり煽った。バンドマンか、君は。

 よーし、出番だ!

 私はヤマトを抱っこしたまま小走りに蓮くんの隣まで行く。もちろん笑顔は忘れないよ!

 

「こんばんワンコ~! 将来の夢は動物園の飼育係、アイドルには全くなる気がないゆ~かです! それと、この子は世界一可愛くて鬼強い私の従魔のヤマト!」

 

『ゆ~かちゃんだー!』

『えっ、助っ人? ゆ~かちゃんが!?』

『ゆ~かちゃんだ!』

『ゆ~かちゃんとコラボ!?』

『どういう方向性で活動をするつもりなの、SE-REN(仮)は』

『ヤマトちゃんがいるという、なんとも言えない頼もしさ……』

『蓮くんを守ってあげてえええ』

『SE-RENの知名度も上がる!』

『あの時助けてくれてありがとおおおおおお』

『ゆ~かちゃんの的確な聖弥くんへの処置、見てて泣きました』

 

 わあ、私に対する感謝の言葉が凄い! コメントをちょっと前のめりで読みながら、私はずっと手を振り続けていた。



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第34話 サカバンバスピスの顔に腹立つ方

「改めて、臨時ユニットSE-REN(仮)(カツコカリ)のサカバンバスピスの顔に腹立つ方、安永蓮です」

「同じく、サカバンバスピスの顔に腹立つ方のゆ~かでーす!」

 

 私が自己紹介をした途端、ピキッと怒りモードに入った蓮くんがツッコミを入れてくる。

 

「待て、同じだろ!! なんで合わせてくるんだよ」

「なんでも何も、私だってあれ腹立つ顔なんだもん! この話前にもしたじゃん!

 あっ、サカバンバスピス見たら多分追いかけ回しちゃう方のヤマトで~す」

「サカバンバスピスって絶滅してるんだぞ?」

「そうだったの!? じゃあさすがのヤマトも追いかけられないじゃん」

 

『コントかw』

『蓮くんの新しい面発見』

『おかしいな、蓮くんがちゃんと15歳に見える』

『それだ!』

『ゆ~かちゃん、聞きしに勝る天然』

 

 クールを売りにしてるのにお笑いコンビのツッコミ担当になってしまった蓮くんが、目を泳がせてからコメントを読んでない振りをした。

 

「配信は基本的にゆ~かのチャンネルとこっちのチャンネル両方で見られるようにするから。……でも、こっちで応援してくれると嬉しいな」

 

 うおっ、蓮くんがスマホに向かってちょっと悪い笑顔を見せた! やれば出来る子なんだね……。同接数100くらいしかないのにコメントが湧く!

 

『ゆ~かちゃんは蓮くんとどういう関係?』

 

 微妙なコメント来た。思わず顔を見合わせる私たち。

 

「ダンジョンで俺と聖弥がゆ~かに助けられたのはだいたいみんな知ってるよな?」

 

『それは見たよ』

『呼び捨て、気安すぎじゃ?』

 

「ゆ~かさんって言ったら、さっきまでおまえ呼ばわりされてたのに気持ち悪いって言われたんだよ。同い年だし、それで呼び捨てになった」

 

 ヤマトを抱えたまま私もうんうんと頷く。だって本当に気持ち悪かったもんね。

 

『なんかわかるw』

『おまえ呼ばわりからはねえ……』

『仲良くなるの早いね』

『蓮くんにさん付けで呼ばれるよりは呼び捨てにされたい』

『まさか、前から付き合ってたり?』

『聖弥くんにはちゃん付けで呼ばれたい!』

 

 おっと、私にとっては見過ごせないコメが入ってるな。ちゃんと否定しておかないと。……と思ったら、蓮くんも真顔で私のことを指さしている。

 

「仲良くなるの早い……って、こいつ異様に気安いんだよ。クラスの男子ともこんな感じらしい」

「イエーイ! 人見知りしないのが最強スキルでーす! 誰かを応援出来る人って凄いよね。うちのママも若俳沼の住人なんだけど、ほんと応援してくれる視聴者さんって推せます! 今日からみんな私の推しだよ! ラヴ!」

 

 芋ジャーで指ハート作ってウインクしたら、コメント欄に溢れる『ぎゃー!』『ファンサエグい!』『芋ジャージなのに可愛い!』『ゆ~かちゃんに落ちた……』『アイドルよりアイドルしてる……』『ありがとう、ゆ~かちゃんも推しだよ!』の数々……。

 

 よし、これで仲良しの輪を増やして最終的には「ヤマト可愛いね教」で世界征服でもするかな! そしたら世界は平和になるよ。

 

「関係としては、言葉の(やいば)で殴り合う犬好きの会みたいな感じです。

 いるかどうかわからないけどガチ恋の方、自分の安全のためにも絶対私に危害加えようとか思わないでね。

 ヤマトという凄まじい番犬がいるし、うちのママが恐ろしいから、社会的に抹殺される可能性もあるから。マジで、マジで! 自分を大切にね!」

 

 私自身も一般人に比べたら凄い強いんだけど、それは一応伏せておく。

 本当に、ガチ恋の人いたら不憫すぎる。女が近くにいるだけで嫌な気分になるだろうしなあ。

 

『ガチ恋の身を心配するとかw』

『言葉の刃で殴り合う犬好きの会……わかるようなわからんような』

『蓮くんのガチ恋の存在見たことない』

『そもそもSE-RENは年齢が恋愛対象外だし』

 

 流れてきたコメントに蓮くんが微妙極まりない顔になった。

 

「別にガチ恋いなくていいけど……応援してくれるならそれで」

 

 拗ね拗ねモードだ。口尖らせて横向いちゃったよ。途端にコメント欄には『可愛い~』って流れまくる。

 可愛いか? これ。大人から見たら可愛いのかもしれないけど。

 

「で、アイドル的な活動はできないのでしばらくは今まで通りダン配……」

「ダン配しません、しばらくは!」

 

『えっ?』

『ダン配しない?』

『じゃあ何をするの?』

 

 蓮くんの言葉を遮って私がした宣言に困惑するコメント欄と、頭を抱える蓮くん。そこで私はビシッと片手を上げた。

 

「アンケート取りまーす。

 蓮くんのステータスのあまりのダメさに、冒険者科に通ってる私は危機感を憶えました。だから、助っ人を引き受けました。

 聖弥さんが復帰してきて私が抜けても、今のままダン配してたら、ふたりとも危険だと思いました。

 そこで、蓮くんを鍛えるためにユズーズブートキャンプ・ラグジュアリーデラックスという特訓メニューを考えているんですが、ひたすら特訓に励む蓮くんって需要ありますか? あるなら配信します!」

「おい、打ち合わせにないこと言うなよ! ダン配しないのマジか!?」

「あと1LV上がったら危ないって思い知ってるでしょ!? 経験値取得一切禁止だよ!」

 

『見たーい』

『ユズーズブートキャンプ……なんて不穏な響き』

『見たい!』

『冒険者科在籍っていうブレーンが付いた!』

 

「こいつがブレーンってガラかよ!?」

「私はダンジョンの素人じゃないもん、れっきとしたブレーンです! 特訓メニューは既に組んだし、それ聞いた蓮くんは真っ青になってました。うん、見たいって意見が多いので、配信しまーす。初回は明日ね」

「勝手に決めるな! ……ほんと収拾付かなくなってきたから、聖弥に電話で話してみたいと思います。元々電話はするつもりだったので、病院にも了承済みです」

 

 おお、蓮くん意外に手回しいいぞ。確かに、入院してる人と電話って難しいもんね。

 

 蓮くんはスピーカーモードで聖弥さんに電話をかけた。すぐに通話が繋がって、聖弥さんの声が流れてくる。

 

『電話ありがとう、蓮。配信見てたよ』

「だよな、ありがと。具合どうだ?」

『骨折した日より今日の方が痛い……あと、仰向けから体勢変えられないし、くしゃみすると死にそうになるね』

「そりゃそうだよな……風邪引くなよ。湿気てるからな」

 

『相変わらず仲良し~』

『聖弥くんお大事にね』

『尊い』

 

 なんだ、民度が高いなSE-RENチャンネルの人たち……。

 みんな優しいしふたりのことを本当に心配してる。『他人事最高ww』っていう私の視聴者さんとは違う人種に見えてくる。

 

『ありがとう。1日でも早く復帰出来るように安静にしてるよ』

「安静期間終わったら、聖弥にもユズーズブートキャンプを受けてもらうからな」

『えっ!? 僕もユズーズブートキャンプ!? ……いたたたた』

「じゃ、マジでお大事に!」

 

 聖弥さんの質問を封じて蓮くんが電話を切った。うわあ、これは巻き込む気満々だ。こいつ、相方を売りやがった……!



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第35話 突発配信 ゆ~かのステータス講座 その1

「じゃあ、とりあえず明日夕方に特訓配信ってことで」

「待って! このまま、ゆ~かチャンネルの方で冒険者のことをよく知らない人向けにステータスの見方とかを説明する配信やるよ! そのままスライドしてくださーい!」

「だからおまえ、打ち合わせにないことやめろって」

「今思いついたんです! 思いついたときがやりたいとき! やりたいときが楽しいとき!」

「くっそ……俺もきちんと聞いときたいから止められねえ……。というわけで、今日も配信見てくれてありがと。またな」

 

 スマホに向けての決め笑顔、アーンド小さく手を振る蓮くん。

 コメントには『移動しまーす』って言葉が連なった。

 

 今度は私のスマホをセットして、その準備として私のステータスをスクショして蓮くんの方に送っておく。比較しないといけないからね。あ、ついでにX‘sにも「今からやります」って書いておこう。

 

「蓮くんは思うがままにツッコミとか質問してくれればいいから。実際冒険者やってる蓮くんでもわからないことは、大体の視聴者さんがわからないことだよ」

「た、確かに」

 

 アプリを立ち上げてライブモードにして、と。開始!

 

「こんばんワンコ~! ゆ~かのステータス講座、はっじまっるよー!」

 

『今からやりますって告知やめい。来れたけど!』

『せめて1時間前に告知してー』

『芋ジャージ来たーーー!』

『SE-RENちゃんねるから来ました!』

『連続蓮くんありがとうー』

 

 むうう、これだよ、上の3つは間違いなく私のチャンネル登録してる人だわ。

 コメントの優しさでどこ住みなのかわかるって怖いね。

 

「今日はステータスについて説明します。なんか冒険者やってる蓮くんですらわかってないってことをさっき思い出したので!

 これが現在の私たちのステータスです。はい、ドーン」

 

安永蓮 LV8 

HP 30/30

MP 25/25

STR 6

VIT 7

MAG 15

RST 17

DEX 13

AGI 10

スキル 【初級ヒール】

装備 【――】

 

ゆ~か LV6

HP 55/55

MP 6/6

STR 14

VIT 20

MAG 4

RST 5

DEX 17

AGI 21

ジョブ 【テイマー】

装備 【初心者の服】

従魔 【ヤマト】

 

『ゆ~かちゃんの方がLV低いのにステータス高い』

『Dアイドル、ステータスダメじゃね?』

 

「はい、その通り! 私の方がLV低いのにステータスは高いです。

 これはLV9までは『やったことの反映』でステータスが上がるからなの。私はLV上げないように鍛えてたから高いんです。

 LV10になったらその時点でのステータスから伸び率が決まるから、そこから先は努力しても伸び率変わりません。

 つまり、私と蓮くんは今が努力する時なのです。私が配信で2層ばっかり回ってたのはそのせいね」

 

『なるほどー』

『なるほどー』

『なるほどー』

『なるほどー』

『蓮くん、危ないんじゃ』

『蓮くん猶予ないよ!?』

 

 あ、ヤマトのお耳がほかほかしてる。配信の時に暴れ回らないようにって夕方たんまり運動させてご飯も済ませたんだけど、これはおねむか。

 

「ちょっと待って、ヤマトがおねむらしいのでソファに……」

「俺に! 俺に渡してくれ!」

 

 食い気味に犬好きが手を伸ばしてきたよ……。仕方ないなあ。

 渋々ヤマトを蓮くんに渡すと、蓮くんはヤマトを寝やすいように抱っこしてぐんにゃりした笑顔になった。

 

『蓮くんのレア笑顔!』

『見たことない顔してる!!』

『安永蓮は犬好きか』

『いやー、仔柴抱っこしたら誰でもああなるだろー』

『これだけでもこっち見に来た甲斐があったよー』

 

「……はい、と言うわけで、シーサーペント倒した時に経験値が思ったより入っちゃったので、私も蓮くんも今あまりレベルは上げたくありません。

 それは置いといてー、ステータスの解説をしたいと思います」

 

 さっきの蓮くんのステータスを映して、それを元に解説する。「見せんなよ」とか言ってる人が隣にいますけど、おねむのふにゃふにゃ柴犬を抱っこしてるのだから文句を言う権利はないのだ。

 

「はい、まずはLV(レベル)、これについては言うことなし! 次、HP(ヒツトポイント)は生命値。0になると死にます。次、MP(マジツクパワー)、魔法を使うと減ります。0になるとたまーに気絶する人がいるそうです。次……」

 

『思ったより雑だー!』

『待って待って』

『早い』

 

 えー、雑って言われましても……。冒険者ではない人にどのくらい細かく言う必要があるのか、微妙なんだよね。

 

「もっと細かくやる? まずレベル、これはみんなお馴染みでLV(エルブイ)って書いてあっても普通にレベルって読むよね。

 モンスターを倒すと得られる経験値が一定量溜まるとアップして、その時にステータスが上がります。一般的に強さの指標として見られるもの。……こんな感じ?」

 

『グッド!』

『やればできるじゃん』

『がんばれ冒険者科!』

『ゆ~かちゃん解説ありがとう』

 

「ヒットポイント、略称HP(エイチピー)。さっきもいったけど生命力です。敵の攻撃を受けたとき、防具で防ぎきれなかった分はこれが減ります。前衛の必須ステータス。

 これは走り込みしたりすると後で説明するVITと共に上がりやすくなります。回復はお馴染みポーションね。あとは怪我が大きくなければ自然回復。

 

 マジックパワー、通称MP(エムピー)。魔法習得に関係して、魔法を使用すると減ります。魔法をガンガン使うと上がりやすくなります。

 回復は時間経過での自然回復と、手っ取り早く寝るのと、マジックポーション飲むこと。魔法使いの生命線ですね。これが低い魔法使いは使い勝手が悪いです。ちなみに蓮くんは高い方です」

 

『蓮くん魔法の素質あるんだー』

『ゆ~かちゃんの6ってのは……』

『こういう解説が聞きたかったんだよ』

『ぶっちゃけ、ゆ~かちゃんのステータスだと習得出来る魔法はないね。6だとファイアーボール1発撃って終わり。あれの消費は5だから』

 

 視聴者の中に冒険者いるじゃん! まあ当たり前か。でも特にSE-REN側の方の人は詳しくないんだよね。



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第36話 突発配信 ゆ~かのステータス講座 その2

「ストレングス、通称STR(スター)。力です。力isパワー。STRが高いと力士をお姫様抱っこしたりもできます。攻撃力直結でそれ以上の意味はないけど重要ステータス。

 これが低かったら魔法の素質がある人はそっちを鍛えるか、でなければVITを鍛えてタンクやるしかないですね。

 蛇足かもしれないけど、タンクって壁役のことね。重装備で盾とかで敵の攻撃をガチで止める盾タンクと、高いAGI・DEXを活かして攻撃されながらも避けてダメージ回避する避けタンクがいます。ゲーマーのママは、私のステなら避けタンクで使うって言ってました。

 

 ヴァイタリティ、通称VIT(ヴァイト)。スタミナと生命力の両方の意味合いがあって、これも前衛の必須ステータス。これが高いと物理攻撃のダメージを通しにくくなるし、連動してHPも高くなります。やっぱり走り込みとか、あとモンスターの攻撃を受けまくることでも多少上がります。

 

 マジック、通称MAG(マグ)。魔力です。これは鍛えることもできるけど初期値が完全に本人の素質次第で、私みたいに低いと鍛える方法もないというやっかいなステータスです。蓮くんは相当高いですけど、血筋依存の事が多いらしいよ。蓮くんのおばあちゃんもバリバリ霊能者だったって。

 回復魔法での回復量と攻撃魔法での威力に関係するよ。蓮くんは見ての通り完全に魔法使い系ステータスですね。癒やし系やってるのは正解です。同じ【ライトヒール】でも、他の人より回復力があるはず」

 

『癒やし系アイドル……』

『口の悪い癒やし系……』

『癒やし系……蓮くんになんて似合わない言葉』

 

「悪かったな」

 

 顔は完全にイラッとしてるんだけど声は抑えめで蓮くんがスマホに近付いた。声が大きくなかったのは寝ちゃったヤマトへの配慮だね。よしよし。

 

「レジスト、通称RST(レスト)。魔法に対する抵抗力。VITと対を為すような能力ですね。これが低いと魔法を食らったときのダメージが大きかったり、状態異常系の魔法にかかりやすくなったりします」

 

『察しました』

『ゆ~かが低い理由はお察し』

 

「なんで!? 何を!?」

 

 なんで私がRST低い理由を察せられるの!?

 

『ヤマトを見たとき完全に魅了されてた顔だった』

『それなー』

『犬にチャーム掛けられてたのか』

『今蓮くんもヤマトにチャーム掛けられてる』

『それなー』

 

「ぐっ……そ、それは【チャーム】じゃなくてただの犬好きだからです! 見てよこの蓮くんの高いRSTを! これは魔法を食らうことで鍛えられるんだけど、箱根の大涌谷ダンジョンにいるプチサラマンダーのファイアーブレスを食らいまくった結果だそうです」

 

『あった! そんな事件!』

『SE-REN火祭り事件!!』

『あの時本気でヤバかったよね。ふたりとも死ぬんじゃないかと思った』

 

 火祭り事件……そんな物騒な名前まで付いて……。あの社長の指示なんだろうけど、本当に後先考えてなさ過ぎでしょ。

 

「あの時は……【ライトヒール】使い切って俺のMP尽きて、持ってたポーションも全部使い切って、本気で逃げて3層まで逃げ切れたから良かったけど、死ぬかと思ったな……マジで。ポーション補充出来てないのあれからだったな」

 

 凄く遠い目をして語る蓮くん。おおおお……そんなところに私行ったら死ぬじゃん。装備がきちんとできあがってから行こう。

 

「私RST低いので、アポイタカラかミスリル製の防具ができてからRST上げしようと心に誓いました。

 

 次、デクステリティ、通称DEX(デツクス)。器用さです。攻撃の当てやすさ、特に弓系の命中で特に如実に反映されます。

 クラフトの人はこの数値でまずスキルとしての【クラフト】を取得して、スキルに付随してくるレシピを何度も作るとジョブの【クラフトマン】を取れるそうです。戦闘系の人にも重要だけど、クラフトの人にも重要っていう地味だけども大事なステータスですね。

 

 私はSTRよりもDEXが高いので、ヤマトの支援で後方からの弓攻撃ってのも有りなんだけど……それをすると防御担当の前衛がいなくなって蓮くんを守れなくなるので、やっぱり近接武器かなあ? 武器に関しては今悩み中です。

 

 最後、アジリティ、通称AGI(アジ)。素早さですね。走るスピードとか攻撃の速さに関係します。これが全然違う居合いの人が同時にやると、刀抜いて切るスピードが全く違うんだって。

 低いとモンスターから逃げようとしたときに逃げ切れないこともあるステータスです。これも走り込みとか、瞬発力を鍛えるようなトレーニングで上がります。

 こんなもんかな?」

 

『アホの子だと思ってたけど見直した』

『ゆ~かちゃん凄い!』

『上げ方まで解説してくれるとは』

 

「私のことアホの子だと思ってたの!? そのコメの人、1時間正座してて!」

 

『実はずっと正座してた。そろそろ痺れてきたところ^^』

 

 ぐぬう……。正座して配信見てる人もいるのか。お詫びのつもりかスパチャがはいる。

 

「詫びスパチャいただきましたー。くるっくさん、ありがとう。憶えました!

 これで一通り解説したわけですが……蓮くん、ちゃんと理解した?」

 

 私が横を向くと、そこにはヤマトを抱っこしたままチャームの状態異常になってる人がいた。

 

「あ? ……やべえ、ヤマトが可愛すぎて右から左に流れてた」

「はァン? 半分以上誰のために解説したと思ってんの?」

 

 ママがキレたとき並に低い声が出た私に、蓮くんがぴしりと背筋を伸ばす。

 

「申し訳ありません、ゆ~か様。後で正座してアーカイブ見直します」

 

 私に向かって深々と頭を下げる蓮くん。くっ、このイケメンヒーラー、先回りを憶えたぞ。

 

『尻に敷かれてる……』

『これは色恋ないね』

『完全にお笑いコンビ』

『蓮くんの敬語レア』

『でもボケとツッコミがいい塩梅なんだよ……SE-RENちゃんねるから見てたんだけど』

『叫ばないで怒るゆ~かもレアだぞ』

 

 た、確かに。私が低い声出る怒り方するってのはレアだ。それだけ頭にきたってことだけどね!

 

「じゃあ、ゆ~かのステータス講座は以上で終了です! 今後も質問とかがあったらX‘sの方とかに書き込みしてください。

 それと、明日は蓮くんの特訓配信を夕方やりますので、可愛いヤマトと可哀想な蓮くんを見たい方はそちらもよろしくお願いしまーす!」

「んっ? おい、俺可哀想なことになるのか!? マジか!?」

 

 最後に蓮くんの悲鳴が入ったけど、私はそのまま笑顔で手を振りつつ配信を終了した。



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閑話 【暴走柴犬】ヤマト&ゆ~かをまったり見守るスレ【ひよっこテイマー】

964 名無しのダンジョン民

アポイタカラ1gが77980円だった件……。

 

965 名無しのダンジョン民

そんなこと調べようという発想もなかった。

うひぃ、あの部屋の塊を全部拾ったゆ~か、とんでもないことになったな。

 

966 名無しのダンジョン民

税収が凄くて日本国がほくほくする。

 

967 名無しのダンジョン民

売らないって線も考えられるぞ。「わー、キレーイ」って。

 

968 名無しのダンジョン民

塊を1つ売るだけで億レベルの収入だと……?

羨ましすぎる。

 

969 名無しのダンジョン民

>>967 考えられるw あのゆ~かだからw

 

970 名無しのダンジョン民

時々こういうことがあるから、ダン配視聴はやめられねえんだ。

ゆ~かは何か「持ってる」から、今後も目は離せないぞ。

 

971 名無しのダンジョン民

俺に1本わけて欲しい……お近づきになったらわけてくれないだろうか。

 

972 名無しのダンジョン民

>>971 あの子、最初はただの天然に見えてたけど、所々で凄いしっかりした面を発揮するから、そういうことは絶対してくれないぞ。

SE-RENの聖弥に対する処置はお手本のようだった。意識確認から入って、外傷の確認、これは声に出してはなかったけど、その後全身にポーション掛けたという判断から見ると、目立ってわかる外傷がないことを確認してるのは間違いなかったぞ。

 

973 名無しのダンジョン民

冒険者科って改めて凄いな。

 

974 名無しのダンジョン民

しかし、サザンビーチダンジョンが配信に使えなくなったのは痛い。

金曜日、ゆ~かちゃんがヤマトにリード付けたまま走ってきたから、あそこが最寄りのダンジョンだったのは間違いないのに。

初級ダンジョンだったからちょうど良かったのにな……。

 

975 名無しのダンジョン民

>>974 まあまあ、おかげで雑談配信なんてものをしてくれるようになったじゃないか。

 

976 名無しのダンジョン民

でも芋ジャーじゃなかった……。

 

977 SE-RENを推すモブ

【速報】SE-RENのLIVEにゆ~かちゃん登場! 聖弥くんが怪我して休養してる間助っ人するんだって!

 

978 名無しのダンジョン民

速報あり! 見てみる。

 

979 名無しのダンジョン民

ゆ~かがまさかアイドルをするのか?

 

980 名無しのダンジョン民

芋ジャージだぁぁぁぁ!!

 

981 名無しのダンジョン民

芋ジャー復活!

 

982 名無しのダンジョン民

アイドルチャンネルに芋ジャーで出てくる度胸よw

 

983 名無しのダンジョン民

男子高生アイドルを「守ってあげて」と言われる女子高生。

 

984 名無しのダンジョン民

安永蓮も結構すっとこどっこいだからな。キレるの早いし、隠し部屋配信の時とか目が死んでて「アイドルがこんな顔を見せていいのか」ってしばらく笑い転げたぞ。

 

985 SE-RENを推すモブ

>>984 言わないであげて……あの子天然の自覚無しにクール気取ってるところが可愛い子なの……。

 

986 名無しのダンジョン民

ユズーズブートキャンプ ガクブル((((;゚Д゚))))

 

987 名無しのダンジョン民

ユズーズブートキャンプ、なんて恐ろしい響きなんだ。

 

988 名無しのダンジョン民

待て、ゆ~かズブートキャンプじゃなくて、「ユズーズブートキャンプ」なんだな?

これ、本名ほぼ当たり付いたんじゃないか? 「ゆず」が入って「ゆ○か」だとすると「ゆずか」の線が濃厚だ。

 

989 名無しのダンジョン民

>>988 誰が晒せって言ったんだよ! そんなことは知らなくてもいい情報なんだよ!

 

990名無しのダンジョン民

>>989 もちつけ。確定したわけじゃないしただの考察だ。

ていうかなー、ゆ~かは本当にそういうところが迂闊だよなー。

アホの子可愛いなー! チクショー!

 

991 名無しのダンジョン民

これからの活動はしばらくSE-REN(仮)での活動ということになるのか。

どうする、ボケとボケの時とツッコミとツッコミの時がある相性最悪(もしくは最良)のあいつらだぞ。やっぱりセットで見るべきだよな。

 

992 名無しのダンジョン民

お、ゆ~かチャンネルでステータス講座するってよ。見るわ。

 

993 名無しのダンジョン民

本当に、アホなんだか馬鹿なんだか頭いいんだか読めない子だな……。

 

994 名無しのダンジョン民

地頭のいいバカってやつだろうな。そういう奴らは時々とんでもない方向性で突っ走るんだ。

 

995 名無しのダンジョン民

いや、天然という言葉をこれほどまでに体現した奴はいない。

 

996 名無しのダンジョン民

ステータス講座、凄いな。よどみなくしゃべってるぞ。

上げ方まできちんと理解してるのか。

そうか、だから2層で戦ってたのか。納得。

 

997 SE-RENを推すモブ

待ってwww 蓮くんがやばい顔になってるwww

 

998 名無しのダンジョン民

次のスレは【へっぽこテイマー】SE-REN(仮)とヤマトをまったり見守るスレ【ダメステアイドル】でヨロ。

 

999 名無しのダンジョン民

特訓配信明日からか。

何をやらされるんだ、安永蓮、不憫なヤツよ……。

 

1000 名無しのダンジョン民

他人事最高だな……鍛えられるのが自分じゃなくて本当に良かったぜ。

 

1001 名無しのダンジョン民

このスレッドは1000を超えました。

もう書けないので、新しいスレッドを立ててください。



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第37話 学校に行ったら拝まれた

 朝はちょっと小雨が降ってたけど、そんなのものともせずにヤマトとランニング。

 帰宅してプロテインガブ飲み! うーん、バナナ味は外さないね。美味しい。

 学校に置いてるのは例のピーチマンゴーなんだけど、そこのブランドのフルーツフレーバーは外れがなくて本当にありがたい。

 

 そして、登校すると――。

 

「柚香様~」

 

 おわっ! 珍しい、かれんちゃんにおんぶお化けされた!

 

「おはよう、かれんちゃん。どうしたの? 珍しいね、あ、間接犬吸い!? ヤマトの匂いする?」

「アポイタカラください」

「なんて率直な物欲の吐露!」

「友達価格で安く譲ってー。槍の穂先作れるくらいあればいいんだー」

「ひとりにそれをするとみんなが欲しがるからダメです。あとあれって1g77980円だってよ? 友達価格で半額にしてもかれんちゃんが買えるとは……」

「ぐう正論。悪かったー。私も頑張って鉱床掘ろうっと。アポイタカラ掘り出して売って、ヒヒイロカネの武器作る」

 

 かれんちゃんが渋々離れた。と思ったら!

 

「ゆーちゃーん」

「今度はあいちゃんかい」

 

 空いた私の背中にあいちゃん――(あい)()ちゃんが張り付いてくる。ついでに両手でほっぺ掴まれる。ほっぺ、ほっぺもちもちしないで。

 あいちゃんは私とパーティーを組んでたひとりだ。つまり、あの日置き去りにして先に帰った人ともいう。まだ許してない。

 

 かれんちゃん、あいちゃん、(あや)()ちゃん、私の4人はパーティーを組んでたんだけど、それは同じ中学から北峰高冒険者科に進学した以前からのお友達だから。

 特にあいちゃんは幼稚園が一緒で、小学校は違ったけどまた中学から一緒だから付き合いが長い。

 かれんちゃんと彩花ちゃんが戦闘専攻狙いであいちゃんはクラフト専攻狙い。

 クラフトに関する私の知識は大体愛莉ちゃん経由かな。

 

「装備、買い換えるんだよね。いつ行く?」

「あー、装備ね。お金もあるし作って貰おうと思ってる。アポイタカラを使って高性能なやつを」

「最近はお店でもデザイン性と機能性両立させた装備も多いんだよ。一回見てみない?」

「本音どうぞ?」

「ゆ~かチャンネルとコラボして、チャンネル登録者数を稼ぎたいでーす☆」

 

 大変素直なお返事いただきました! 私の周りは欲深い奴らばっかりか!

 

 あいちゃんは有名デザイナーの娘で、中学から本名&顔出しをして美少女ourtuber(アウチユーバー)として活動して、ファッションコーディネートの動画をアップしてたんだよね。親の七光りってやつを最大限活用してる。

 登録者数は確か5000人くらいいて、同世代のourtuberの中では頭ひとつ抜けてる方だったんだけど。

 

「えー、私のチャンネル登録者よりあいちゃんの方が……少ない、だと?」

 

 口実にしようと思ってアプリ開いたら、知らないうちに私のチャンネル登録者数が2万人超えてるー!

 昨日も配信するだけして、他のところチェックしてなかったからなあ。気づかなかったよ。

 

 これはSE-REN推しの人たちも合流してるな。チャンネル登録は気軽にできるし、別に無理に見る必要は無いから、「ちょっと気になる」程度で登録してる人もいるんだよね。

 

「うーん、まあいいよ、今日の放課後は埋まってるから、明日か明後日か」

「明日6時間だから明日いこ。みなとみらいに行けば大体揃うし。じゃあその日収録して編集して……」

「あいちゃんはすっごい自分に都合良く編集するから、ライブにしよ!?」

「くっ、伊達に長い付き合いしてないね、ゆーちゃん。抜けてるようで抜け目なし」

 

 あいちゃんはその場で「ダンジョンコーディネートのライブ配信を明日の夕方ゆ~かちゃんとコラボでします☆」という告知をX‘sにアップした。

 私はそれを引用して「しまーす」とだけ付け足してアップ。

 

 おう、早速コメントがつき始めるけど、これ全部に反応してるとジャージに着替える時間が無くなってしまうんだよね。後で時間があるときに読もう。

 

「柳川~、凄いお宝拾ったんだって? おまえ持ってんなー。拝ませて」

 

 金曜日に私を拝んでたひとりである室伏くんがまた拝んでくる。まあ、拝むくらいは許してやろう。何かねだってくるわけではないし。

 

「伝説金属で武器作るのは夢だよな!」

「ヒヒイロカネじゃなくてアポイタカラってのがまたいい! 激レア!」

「俺ミスリルソードが欲しいなー」

「総ミスリルでロッド作ると、凄いMAG修正付くって」

「ミスリルで作った防具欲しいー。RST低いから」

 

 クラスの中は伝説金属での武器と防具に関しての話題に花が咲き始めた。

 そして、何故かあるタイミングで揃ってみんなが私の方を向く。

 

「あやかりてえ、あやかりてえ」

「今度俺の代わりに10連ガチャ回して」

「どこを撫でたら御利益ある? やっぱり頭?」

「やめてやれよ、すり減るぞ。サイン貰うくらいでいいんじゃねえか? 家の西側の高いところに飾ったら金運アップしそうだぞ」

「人を縁起物扱いするんじゃなーい! あれは、ヤマトのおかげ! みんなテイマー目指して、柴犬テイムしてダンジョンに連れて行けばいいんだよ!」

「いや、テイマーになりたいなんて思ってないし」

 

 周りに群がってきた奴らを振り払って叫んだら、「何言ってんのこいつ」って目を向けられた。なんで! 私正論言ってるつもりなのに!

 

 テイマーが不人気なのは認めるよ! テイマー目指してる人って本気で冒険者やるつもりはなくて、動物関係の仕事をするから取っとこうかって人が多い。だから、高校の冒険者科からテイマー狙いは少ないのだ。

 メリットがあるほどの強い従魔をゲットするには、本人がそもそもそこに到達出来るくらいの戦闘力持ってないといけないし。そうすると戦闘専攻とやること変わらないんだよね。

 

「そもそも、普通ダンジョンに柴犬いないし」

「ヤマトだって【柴犬?】だっただろ。あれきっと未知のレアモンスターだぜ」

 

 そ、それを言われると返す言葉がないんだけども。確かに、ダンジョンに柴犬はいないよねえ……普通は。

 

 私が腕を組んで片手は顎に当てて考え込んでいたら「そのポーズ御利益ありそう」と言われて10人くらいに囲まれて拝まれた。

 

 だから、私を拝んでもなんの御利益もないってば!

 

 冒険者科、特に戦闘専攻目指してる人は一攫千金を狙う奴らばっかりで、やたらと縁起担ぐ人が多いんだよね……。冒険者は危ないこともするから縁起担ぎでも神頼みでもするっていうのはわかるんだけどさ。

 

 でも、私を拝んでも間違いなく一攫千金の利益はない。ヤマトの方を拝まなきゃ。

 

 と、動物園の飼育員を目指す私は思うのであった。



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第38話 ユズーズブートキャンプ開始!

「まずこれ着て」

「断る。絶対着ねえ」

 

 海老名国分寺ダンジョンのダンジョンハウスの前で、私と蓮くんは早速衝突していた。

 

 私が差し出したのは蓮くんサイズの2000円の芋ジャー……もとい、【初心者の服】で、かっこつけたいアイドルは断固拒否したいらしい。

 着せるけどね、絶対!

 

「多分転ぶけど、それでもすり切れたりしないよ。初心者の服は侮れないんだよ。防御力はあんまりないけどすっごい丈夫なんだから」

「マジかよ……そんなに転ぶ可能性があるのか」

「だってヤマトがいるもん」

 

 その一言で、蓮くんが黙る。私がヤマトのリードを掴んだまま転んだ動画見たんだろうな。目が泳いで、芋ジャーを直視しないようにしながらちょっと歩み寄りを見せてくる。

 

「……どんだけ丈夫なんだ?」

「スライムの酸で溶けないくらい」

 

 ありのままの事実を話すと蓮くんは目を見開いた。あ、これはきっとスライムの酸で痛い目を見たことがあるんだな……。

 

「なんだそれ、なまじの防具より性能いいんじゃねえのか!?」

「れっきとした冒険者装備で【初心者の服】っていう名前でダンジョンハウスで売ってるんだよ? つまり、ダンジョン公式装備。

 防御力自体はあんまりないけど、とにかく丈夫なの! 特訓中はこれ着ること。その4万円する装備が破けるのとどっちがいい?」

「これは、破きたくない……さすがに」

 

 人生最大の苦渋の決断、みたいな顔をして、蓮くんは初心者の服を持って男性用更衣室に入っていった。

 さて、私もこの一部に愛好家がいる芋ジャージに……着替えたくないなあ! あんなに喜ばれると変な性癖の目に晒されてる気になるんだもん!

 

 明日あいちゃんと買い物行ったときにそこそこの物を買っちゃうのも手だな。

 でもそうすると蓮くんがごねて面倒なことになるか……。私も芋ジャー着るから仕方なく、って自分を納得させてるところがあるみたいだし。

 

 着慣れた前ファスナーの芋ジャージ、私も着替えて更衣室から出て来たら、先に出て来てた蓮くんがママに激写されてた。

 

「いい、すっごいいいわ! ステージのメイキング映像見てるみたい! いかにも若い俳優の特訓風景って感じ! 萌え! 推せる! 産める! これ着てダンスレッスンしてる蓮くんが見たーい! 振り向いた瞬間に髪がなびいて汗が飛び散る『1000年に一度の奇跡の美少年』を撮影してあげるわよ!! いえ、むしろ撮影させてください!」

 

 うわ、ママの勢いがすっごい……もし本当にダンスレッスンしたら、もう一眼レフ持ち出してきて、ここぞという振りのときずっと連写してるんだろうな。汗は事前に霧吹きで吹いとけばいいし。

 

 そして蓮くんは、ママのマシンガン大絶賛に自分の姿をチェックしつつ呆然としている。

 

「マジッすか……俺にまでそんな需要が」

「蓮くんファンも喜ぶわよ! 芋ジャージからしか得られない栄養素があるのよ!! その上着を脱いで腰に巻いて、中に着てる白T見せたら最高よ!!」

「あ、中は白Tじゃないです。黒にロゴ入り」

「チッ……ロゴが入ってても白なら許せたのに」

 

 ママ、一気に目がやさぐれたよ……強火オタクだなあ。こだわりが強い。

 

「今度ダンスレッスンするときに白T着て下はそのジャージでやってちょうだい。課金するから!」

「課金!? ママは一体何をしようとしてるの? それに蓮くんにダンスレッスンさせるの? どうせなら娘の私に課金してください!」

「装備ができてきたらSE-REN(仮)でMV撮るわよ。せっかくユズもダンス出来るんだし、特訓風景ばっかりじゃなくてそういうの入れたらファンも喜ぶでしょ。楽曲は既にあるSE-RENの曲を使えば良いし、あれなら振り付けも全部決まってるから、再レッスンして撮れば良いわ。マネージャー(仮)をなめんなよ!

 ユズには習い事で散々課金しました! その結果が今のあんただ、憶えとけ!」

「MV! ……って、こいつとか……」

 

 一瞬喜んだ蓮くんが、私を見て落ち込んだ。失礼な奴め。

 あと、「やりたーい」って言ったことはやらせて貰ったのは事実なので、課金の末に今の私がいると言われるとぐうの音も出ないわ。

 

「さ、特訓始めよ! 今日は最初に走り込みしてその後打ち込みね。まずはストレッチ。モンスの出ない1層でやるよ。配信自体はストレッチ終わってからでいいね。絵面が地味すぎるから」

「走り込みも地味だろ」

「チッチッチ、甘ーい。チャンネル登録2万人超えの私が『見ててつまらない走り込み』など用意すると思うかね?」

「言っても、おまえのチャンネル登録が2万人超えたの昨日じゃん。1週間前は俺と同じ底辺配信者だっただろうが」

 

 ぐぬう、バレてる! でも、あの時と今とで決定的に違うことがあるのだ。それはヤマトの存在!

 

「ママ、ストレッチ終わったら一旦出てヤマト迎えに来るね」

「りょかー」

 

 ママはヤマトを抱っこして車へ。私と蓮くんはダンジョンへ。

 1層は敵が出ないのでこういう特訓の時に便利なのだ。ウォーミングアップにも使える。ダンジョンハウスでやってもいいけど、場所を食うと他の人の迷惑になるからね。

 

 私指導の厳しいストレッチを蓮くんが文句たらたらでこなし、配信の下準備はOK。ヤマトを連れて戻ってきたところで、私たちはそれぞれのスマホをライブ配信モードに切り替えた。

 

「こんにちワンコー! SE-REN(仮)のNOと言える日本人の方、ゆ~かでーす!」

「待てよ、その言い方、俺がNOと言えないみたいだろ!」

 

 私が黙って芋ジャージ姿の蓮くんを上から下まで眺めて見せたら、彼は頭を抱えてしゃがみ込んだ。弱いなー。

 

「くっそー! SE-REN(仮)のNOと言ったのに押し切られた方、安永蓮です! 俺は抵抗したんだ! 着たくて着たんじゃないんだー!」

「だって、4万円のブルーローブ破きたくないでしょ?」

 

『火祭り事件の時にも一回装備駄目にしたんだよね』

『蓮くんまで芋ジャージwww』

『ああ、既に可哀想なことになってw』

『今日はスクショ祭り決定ー』

 

 なんと、今日はSE-REN推しと思われる人まで面白がるコメントが付いている!

 ママは今頃「ほーらね、需要あるじゃん!」てドヤ顔だな。



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第39話 テイマー開眼

「さーて、今日はランニングからの打ち込みをする予定なんですが、せっかくヤマトがいるので参加して貰おうと思います!」

 

 スマホ搭載のカメラがヤマトを捉える。足下でお座りしててお利口だね!

 

「ヤマトが参加……?」

 

 あっ、嫌な予感を察知しましたというような顔のダメステアイドル。君はこういう予感だけは鋭く察知するな。MAGの高さか? MAGの高さなのか!?

 

 私は肩から斜めがけにしてたアイテムバッグから、フライングディスクを取り出してカメラに向けた。

 

「じゃーん! 今日はこれで、ヤマトと楽しく追いかけっこをします!」

 

『おおー』

『楽しそう!』

『恐ろしい』

『オイマテ、AGI100超えの従魔だぞ?』

 

 コメントは率直に楽しそうーって言う人と、真の恐ろしさを理解した人が半々くらいかな。

 

「いっくぞー、ヤマトー!」

「ワンッ!」

 

 広い1層で思いっきりフライングディスクを投げる! ヤマトは既にこれで遊んでいて、「追いかけて取って遊ぶ物」と理解してるから、凄く嬉しそうに駆けていく。

 

「蓮くん、ゴー! ヤマトからフライングディスクをゲットすべし!」

「げー!? あれと追いかけっこをするのか!?」

「そうです! 私も見ているだけでは自分の訓練にならないので走ります! ヤマトー、待て待て~」

 

 遊びの時は待てと言っても止まらないんだ、ヤマトは。うちは「待て」のコマンドは「ステイ」で憶えさせてるから。

 私が待て待て~、愛い奴よのう、苦しゅうないゾ、近う寄れ~とか言っても寄ってこない。

 

 さーて、楽しい地獄の追いかけっこの始まりだ!

 

「ヤマト、待て! 待てってば、ステイ! くそー! 飼い主の言うことも聞かないんだからそもそも俺の言うことを聞くわけねえ!」

 

 元気に文句言いながらも全力で走る蓮くん。これでもヤマトは手加減してくれてるんだけどなあ。

 キャッチしたフライングディスクを口にくわえて、蓮くんに追いつかれるか追いつかれないかの速度でワクワクを楽しんでる。

 

 時々蓮くんの目の前で止まって、ディスクくわえたまま反復横跳びしてる。「取れるか? 取れるか? 取ってみな!」って可愛い仕草で挑発してる。

 そして蓮くんは思いっきり手を伸ばして――こけた!

 

「ほらやっぱりこけたじゃーん!」

「こんなの、こけるに決まってるだろ!!」

 

 追いついた私にヤマトがディスクを差し出して、「また投げて」ってキラッキラの笑顔で見つめてくる。うわーお、可愛いでしゅねー、可愛いでしゅねー!!

 

「ヤマトしゃーん♡ もっと遊びたい? そーれ、今度はあっちー!」

 

 丸まった尻尾をぶんぶんと振りながら、ディスクを追いかけるヤマト。それを追いかける私と蓮くん。

 時々私がディスクをゲットして、遠い方へとぶん投げる。蓮くんは息が上がってきて文句を言うこともできなくなった。……思ったより持久力ないな。

 

 疲労の限界に近くなった蓮くんが、足をもつれさせて何にもないところで転んだから、一旦これは終了。

 うーむ、打ち込み以前にまずスタミナ鍛えないとどうにもならないな、これ……。

 

『可哀想可愛い』

『楽しそうなのはヤマトとゆ~かだけ』

『追いかけっこという名の走り込み……』

『楽しそうなのに地獄』

『見てる分には楽しい』

『ヤマトのいい表情、スクショしました』

 

 うんうん、コメント欄も概ね楽しそうで良かったよ。

 ヤマトを呼んでフライングディスクを回収……するとき、ちょっと引っ張りっこになった。まだ遊びたいヤマトVS私!!

 

「ヤマト、ステイ! グッド! また遊んであげるから、今は一旦休憩ね。はい、お水」

 

 ふー、また言うこと聞いて貰えないかと思ったけど、フライングディスクを無事に取り返せたよ。

 遥か遠くで蓮くんがぶっ倒れているが、私は気にせずヤマト用の水飲み皿を出してそこに水を入れた。すぐに水を飲み始めるヤマト。

 

 私も今のうちにお水を――と思ったら、ヤマトが何かに気づいたように顔を上げて、小さい三角のお耳をピコンとある方向へ向けた。そして、突然の猛ダッシュ!

 

「ぎゃあああああああー! そっち行っちゃダメぇぇぇぇ!!」

 

 私の気持ちを察して欲しい。

 今私たちは経験値を入れたくないのだ。だから「弱いモンスをちまちま殴る」じゃなくて、わざわざそれよりも効率の劣る方法でステータスを上げようとしてる。

 

 なのに、ヤマトの向かう先は2層への階段! このままヤマトが2層に降りてモンス狩りを始めちゃったら物凄く困る!!

 

「ヤマト、ステイ! ――ステイ!!」

 

 やばい、言うこと聞いてくれない! これは、「ダンジョンモードでのヤマト」だ! マスターである私の命令なんて聞いてくれなくて、自分の欲求最優先になってる奴!

 

 ヤマトが2層への階段へ辿り着いた。そのまま降りようとする――。

 

「ヤマト! ステイ!!」

 

 全力で追いかけてきたけど、私の距離ではヤマトに手は届かない。今の私にできることはコマンドを出すことだけ。

 腹の底から気合いを入れて叫んだら、階段の1段目でヤマトがぴたりと止まった!

 

『ヤマトがゆ~かの言うこと聞いた……』

 

 誰かのコメントがぽつりと流れていく。

 

 今、私の声に、コマンドに、何かが「乗った」!

 なんだかよくわからないけど、なんだかよくわからない感じのものがお腹の下の方から湧き上がってきて声に同化した感じがした。

 

 きちんとお座りしてステイをして私の方を見ているヤマトに追いついて、無事確保。

 はぁ~、安心したよう。

 

 私がヤマトを抱えてへたり込んでるところへ、蓮くんがよろよろとした足取りで寄ってきた。なんか変な顔してる。いや、顔は変じゃないな、変な表情。

 

「ゆ~か、おまえ今魔法使ったか……?」

「使ってませんが? ていうか、使える魔法なんてひとつもありませんが!?」

「キレるなよ……おまえのコマンドに魔力乗ってたから、テイマーに魔法があるのかと思ったんだよ」

 

 そうか、魔力! 今のが魔力なんだ! 魔力低すぎて使うことがなかったから、どういうものなのか全くわかってなかった。 

 テイマーが従魔を使役するには口で言うだけじゃダメで、魔力が必要なのか!

 

 どうやらヤマトには普通に言うこときく「飼い犬モード」と、あんまり言うこと聞いてくれない「従魔モード」があるみたいだってことは薄々思ってた。後者はダンジョンでのみ出るやつね

 

 この「従魔」状態のヤマトに言うことを聞かせるには、魔力を込めたコマンドを使う必要があるってことなのか……。

 

 でもテイマーにMP必要とか聞いたことないぞ? と思ってステータスをチェックしてみたけど、別にMPは減ってなかった。

 

「でもMP減ってない」

「魔法と違うからだろ。魔力使うのか……それじゃあ、俺は従魔をテイムしやすいってことだよな? テイマー目指した方がよくねえ?」

「これだから素人は……蓮くんのステータスで出会えるモンスターで可愛いのはいないよ。ヤマトは2層で出会ったけど特別に可愛いけどね!

 アイドルがオーガとかラミアとか連れ歩いて許されると思う?」

「……嫌な絵面だな。配信出来ねえ」

 

 蓮くんがしかめっ面になった。今のあなたのその表情も配信されてますけどね。

 

 

 凄く大事なことに気づいたんだけども、その後は上手く魔力を乗せることができなくて、飼い犬モードと従魔モードを行ったり来たりするヤマトは、フリーダムに行動し続けた。下の階に行かなかったのはよかったけど。

 さっきはたまたま2層のモンスターが階段近くまで来ちゃったのかな。それくらいしかヤマトが反応しそうなことが思い当たらない。

 

 多分魔力操作にはコツがあるんだ。これは訓練しないといけないけど、私のMAG低いからなぁー……。



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どえらい装備!! の巻
第40話 あいちゃんの配信のためにみなとみらいへ


 結局、魔力を流す方法はわからないまま。

 蓮くんに聞いてみたけど、こやつは選ばれし天然の魔法使いだから「わからねえ」と言われた。くっそー。

 

 ダンジョン1層なら広くて安全だしと思ってたんだけど、ヤマトが完全に私の命令を聞いてくれないと2層に行く危険があって良くないなあ。次回から場所は考え直そう。

 

 ポーション1本飲んでも蓮くんが再度バテたので、そこで配信は終了して私たちはダンジョンの外に出た。

 着替える前にヤマトを預けようと車に行ったら、ママが興奮気味にスマホを振り回している。

 

「速報! 知り合いの紹介で武器クラフトの職人さんと連絡取れたわ! 今度の土日にユズと蓮くんの武器を作って貰えるように頼んだから! 場所は鎌倉だからふたりで行けるわね?」

「えっ? 今度の土日? そんなに早くやって貰えるの? あっさり取れたね。てか、ママ送ってくれないの?」

「その日歩夢(あゆむ)くんの朗読劇のマチネ取れてるの!! 無理! 日曜は融流(とおる)くんのバーイベよ! 配信昼夜買ってあるから家から動かないから! 

 ……クラフト職人は依頼料が高額だけど、そんなにみんながぱかぱか伝説金属で武器を作れるわけじゃないから、スケジュールは余裕があることが多いらしいわよ、さっき聞いた話けど」

 

 ああ、ママの最優先はやはりそっちか……。オタクの推し俳には誰も敵わない。

 あっさりスケジュール押さえられたのは驚いたけど、確かに伝説金属の武器なんて、普通はホイホイ持てる物じゃない。初心者ならなおさら。

 

 普通は市販の武器か、ドロップ武器で地道にいい物へ切り替えて行きつつLVも上げるものだしね。

 

 ちなみに、銃刀法という大変な法律があるんだけど、ダンジョンアプリを入れて冒険者であることを示せば、持ち歩くだけならクリア出来る。

 街中で抜いたらアウトだし、アプリで「冒険者登録」してから長期間LV1のままでも、銃刀法逃れと見なされて逮捕されるけどね。

 

 うん、ちょっと頭が切り替わって前向きになったかな! 武器作って貰えるの楽しみ!

 MAG上げについては今度の配信の時に視聴者さんに相談してみるのもアリだ。冒険者がいるってわかってるし。

 

 私は武器がまだ決まってないんだけど、今使ってるのはショートソードで、不便は感じてない。――でもこれだ、っていう確証も持ててない。そこら辺は職人さんに相談させて貰おうっと。

 

 ダンジョンハウスで着替えて戻ってきて、蓮くんを家まで送りながら明日の特訓はないことと、当分は自分でまず走り込みで体力を付けることを指示してその日は解散。

 

 そして、次の日の放課後はあいちゃんの配信にゲスト参加だ。今回は私の方のチャンネルでは流さない。なので、誘導は念入りにしておいたつもり。――それで。

 

「やる気が見られない」

 

 茅ヶ崎駅で合流した瞬間に、あいちゃんにいきなり言われた言葉がそれだよ!

 

「どの辺? ファッションコーディネートの配信で見せるやる気ってどう表現すればいいの?」

「ナチュラルメイクのひとつもしてない。眉もいじってない。髪の毛も学校のまんま。結い直しすらしてない」

 

 流れるようなダメ出しいただきましたー……。確かに、帰宅して顔は洗ったけど普段着に着替えてそのまま来ました。アイテムバッグの中にお財布とハンカチとのど飴を入れて。

 

「まあ、ゆーちゃんのことですからァ!? こんなことだろうと思ってましたしィ!? 全部私準備してきたけどね!!!!」

「やたら荷物が多いのはそれか! さすがはあいちゃん、激おこしてる割に面倒見がいい」

「しょうがない。先にドレッサーがある化粧室寄って、顔作ってから行くよ。私の配信で芋ジャーコールはさせないからね。芋ジャーなんて連想させない女の子に仕立て上げるよ」

 

 そういうあいちゃんは学校が終わった後、ナチュラルメイクまでして髪の毛も巻いて来てる。これが、女子力! 私が持ってない攻撃力だ!

 

 

 桜木町の駅で降りてから、動く歩道でお目当ての商業施設へ。

 この動く歩道の上で歩くと、ちょっとぽよんぽよん反発があって楽しいんだけど、「動く歩道は歩くもんじゃない」ってあいちゃんにママみたいに怒られた。

 

 あいちゃんは手回しが良いので、今日回る予定の店舗は撮影許可とってるんだって。あと、歩き回るから、商業施設自体にも連絡済みだそうで。そういう段取り立てる行動力凄いんだよね。

 

 まずは化粧室で普段入らない方のエリアへ。そっちは定員3人の区切られて椅子が置いてある本当の意味での「化粧室」。鏡があって、コンセントがあって、お化粧直しに使うスペースだね。

 

「ゆーちゃんはポニテがトレードマークだから、髪は結い直してツヤ出しするだけにする。毛先だけ巻いても良いけど、どっちがいい?」

 

 ほどいた私の髪をちゃっちゃとブラッシングしながら聞かれるけども……どっちがいいと言われましても。

 

「あいちゃんのお好きなように」

「わかった。毛先だけクルンと巻こう。いつものゆーちゃんとは違うんだぜってのを見せよう」

 

 ブラッシングの途中でツヤ出しスプレーをプシャーッとされて、またブラッシング。おお……ヤマトに私がするような丁寧なブラッシングだ。

 

 

 結局、あいちゃんに何度かお叱りの言葉をいただきながら、髪を結われ、巻かれ、眉毛抜かれて、「ナチュラルに見える手の込んだメイク」をされ……。

 

「ゆーちゃんって、毎日あれだけ走り込みしてる割に日焼けしないよねー。心肺機能を凄い鍛えてると日焼けの仕方違うらしいって聞いたことあるけど、それなのかな? でも紫外線ダメージは蓄積するんだから、日焼け止めはちゃんと塗りなよ。

 一応3色持ってきたのに、私と同じ下地とファンデでいけるのが納得いかない」

「ソーイワレマシテモ……」

 

 ……もしかして、私にMAGについて文句言われてる時の蓮くんの気持ちってこんなだろうか。



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第41話 アイリとゆ~かのダンジョンコーディネート

 ドレッサーで顔を作られること15分。私、他人に睫毛にビューラー掛けられる怖さを初めて知りました……。

 お目々ぱっちり、ほっぺたはつるんつるんの卵肌……っぽさを毛穴完全カバーのパウダーで出してて、唇は薄いピンクでツヤっとしてる可愛い女子高生のできあがりだよ、驚いたなー!

 

 全部、化粧品とあいちゃんのおかげ・で・す・け・ど・も!!

 

「よしよし。ゆーちゃんは元々目がくりっとしてるから、目を強調させるメイクがやりやすいんだよね。爽やか可愛いシンデレラガールゆ~かちゃんのできあがり♪」

 

 何故かあいちゃんは、私にメイクをしている間にご機嫌になっていた。ほんと、私にはこういうところ理解不能。

 

 あいちゃんの余分な荷物は私のアイテムバッグに収納して、いざ、お店へ!

 最初はいろんなブランドを扱ってるスポーツ用品店だね。売り場が広くて、ダンジョン防具コーナーもある。

 

「アイリと」

「ゆ~かの」

「ダンジョンコーディネートー! パチパチ~! 今日はダンジョン配信50万再生のシンデレラガール、ゆ~かちゃんをゲストにお招きしてます!」

「こんにちワンコー! ゆ~かでーす。よろしくお願いしまーす! 装備たくさん見るの楽しみ!」

 

『アイリちゃんこんにちはー』

『こんにちワンコー』

『こんにちワンコー』

『アイリちゃん今日も可愛い!』

『ゆ~か、今日はなんか違うぞ』

 

 この差よ……。私のチャンネルの人たちは擬態するという習性がないのか。すぐバレるよ、コメで。

 

「ゆ~かちゃん、装備買い換えようと思ってるんだよね?」

 

 配信が始まって、猫を被ったあいちゃんが打ち合わせ通りに私に尋ねてくる。

 ちなみに、打ち合わせしたのは最初の挨拶と、ここまでだけだ! 後は幼馴染みの阿吽の呼吸だけで乗り切るZE☆

 

「んー、新しい装備を作って貰うまでは初心者の服でいようと思ってるよ。下手に私がいい物買ったら、蓮くんに恨まれるから」

「買う気ないの!? なんで来たの!?」

「幼馴染みのあいちゃんのチャンネル登録者数稼ぎに駆り出されました!」

 

 率直な本音を述べて、カメラに寄ってウインクでてへぺろしつつ顔の横でVサイン。

 そしたら美少女ourtuber(あうちゆーばー)のガワを被ってたあいちゃんが通常モードに戻って、人のほっぺたを両手でぎゅむっとしてきた!

 

「本当のことをライブで平然と言うなし! だから編集したかったのにぃ! この口が、この口がぁ~!」

「だってあいちゃん、ライブにしないと私が全然関係ないところで『いいねー』とか言った奴を凄いところに切り貼りするじゃん! この切り貼り職人め!」

「ゆーちゃんホント何しに来たの!? 暴露系ourtuber(あうちゆーばー)か!」

 

『出た、ゆ~かの天然!』

『アイリちゃん、美少女台無しだよ!』

『仲良しだねー^^』

『えっ、アイリとゆ~かが幼馴染み!?』

『アイリちゃん、猫、猫どっか行ってるよー』

『アイリちゃんの素が……』

『アイリちゃんの猫ならここに落ちてる』

『いつもの白猫ね』

 

 アイリちゃんが猫を被ってるのは割とバレてるんだ……。

 私はあいちゃんの攻撃を止めるために、両手を挙げてギブアップ! を表明した。

 

「訂正! これ絶対欲しいってやつをあいちゃんが見つけられたら買います! 買う気は0ではありません! おとといパパのクレカの家族カードを急ぎで作って貰って、しかも一時的に上限をあげてもらってます! カード会社さんありがとうー!」

「なによー、買う準備万端じゃない!」

「何かがあったときのためにね! それに、あいちゃんのセンスは信頼してるよ」

「さすがゆーちゃん! アイリ、張り切って選ぶね!」

「イエーイ!」

 

 態度を豹変させたあいちゃんとハイタッチして、私たちはお店の中を歩き出した。

 

『仲良しw』

『ゆ~かちゃんもこうしてみると可愛いね』

『普通に女子高生のお買い物だー』

 

 まだ夕方だしあいちゃんのチャンネル登録者は同世代が多いから、いかにも私のチャンネルから来ましたってコメントは少ないね。目立つけど。

 だけど、普通に女子高生がスポーツ用品店に冒険者装備買いに来ないからね!?

 

「これ、ヴェークスの最新夏モデルだよ! ダンジョンの中は特殊フロア以外温度差が年間通してないんだけど、見た目がごっつい鎧とかじゃないから、ダンジョンハウスで着替えたりせずに家から着ていける優れものなの。

 なんと、ミスリル繊維を織り込んであって、見た目が軽そうなのにステータス補正がこんなに付いてるんです!」

 

 あいちゃんがカメラに向けてマネキンが着てる服を紹介する。見た目全然冒険者装備っぽくないな! セットアップでボトムスはふくらはぎの途中までのクロップドパンツ、トップスは背中の部分があいててレースアップになってて、肩はひらひら多めのフレンチスリーブだ。

 色のバリエーションも多いし、確かに着て歩いてても誰も冒険者装備だとは思わないよね。

 

 肩周りの動きが邪魔にならないのはよし。触ってみたら伸縮性のある素材で、芋ジャーみたいに「ダブついて邪魔になるよー」ってこともなさそうなのもよし。

 

「いきなり凄いの出してきたね、あいちゃん本気モード?」

「うん。ゆーちゃんが飽きる前に片付けるつもりで巻いてる」

 

 輝く笑顔で言われてしまった……。幼馴染みの把握怖い。

 でも確かに、ミスリル織り込みっていうのはいいなー。

 

「長袖じゃないと防御力に心配があるのは私だけ?」

「どっちかというと中衛から後衛向け装備かな。MAG修正高いしRST修正も高いから、ゆーちゃんの弱いところを補えるよ。RST低かったよね?」

「私前衛だよ? 私が前衛やらないとヒーラーを守れないから」

「テイマーなのに前衛なんかーいっ!」

 

 キレのいいツッコミがビシッと私の薄い胸に入る。ああ、学校ノリ出ちゃった。

 

『アイリちゃんのツッコミ……』

『大阪ノリだった』

『これはきっと、いつもこんな感じなんだろうな』

 

 バレてるバレてる。そう、あいちゃんは気が強くてひっそりと姉御気質なんだよね。可愛い顔してババンバンってやつ。

 

「私向きじゃないけど、可愛いよねー。これ、おいくら万円?」

「えーとね、95万9800円」

「ぐふっ……」

 

 アポイタカラを売ったお金は直視しなかったから、普通に「たっかーい!」って思っちゃったよ!

 

「このお店のアプリ入れて会員登録すると、初回クーポン貰えて1品15%オフだよー」

「却下で」

「早い!」

 

 私、今日のお買い物配信のために、アポイタカラと性能が同じというヒヒイロカネ製防具の値段と性能調べたんだよね。

 おしゃれさを置き去りにした総ヒヒイロカネ製チェインメイルで2億円とかだったけど、この防具とは補正値が桁違いなんだよ。

 私は鉱石持ってるから、鉱石持ち込みで作って貰うと加工費だけで済むし。

 

 それ考えたら……ねえ……。

 

「このお店で一番いい防具を見せてください!」

「ちょっ! ゆーちゃん、それじゃあコーディネート配信にならないでしょ!」

「一番いい防具見て、それを私が気に入ったらそれに合う物を提案してよ。あいちゃんならできるよね~」

「くっ、その挑戦、受けて立つよ!」

 

 店員さんが出してきてくれた防具は、これもミスリル織り込みのもので、織り込んでるミスリルの量がさっきの服よりもかなり多いというものだった。

 お値段、なんと352万9800円! なんで必ず「9800円」が付くんだろうね!

 

「あいちゃん、残念なお知らせです。これだとカードの限度額オーバーです」

「そりゃそうでしょ~? で、この収拾はどうしろと?」

「そうだ、私ワンピース欲しかったんだ! 夏用のアクティブな感じのワンピ選んでよ。防具じゃない奴」

「自由か!! お店に事前許可取らないと撮影出来ないのー!」

 

『ゆ~か、ヤマト並みに暴走してる』

 

「ほんとそれだよ! アイリ、こんなフリーダム娘に幼稚園から高校までほとんど学校一緒で振り回されてるんだよ、かわいそくない!?」

 

『かわいそーw』

『でもどっちもどっちな感じ』

『今日はいつも見られないアイリちゃんが見られました♡』

『ゆ~かちゃんのおかげ^^』

 

 カメラに向かって思いっきり可哀想アピールをして見せたアイリちゃんは、そんなに同情してくれないコメント欄にがくりと膝をついた。

 

 ……うん、防具も持ち込みでどこかで作って貰おう。

 防具クラフトの職人さんかぁ、あいちゃんのお父さんはクラフトマンではないんだよね。

 これもママに探して貰おうかなあ。



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第42話 灯台が歩いてきた

「んもー、昨日のゆーちゃん酷かったんだから! 急に普通の服選んでーって言い出してさ! いいお店は知ってたけどその場で許可は取れなくて、私が服を選んでる間にゆーちゃんがお店の外でトークで繋いで、ゆーちゃんが試着してる間に今度は私がトークで繋いでさ!

 アーカイブ見直したら、ゆーちゃんってば幼稚園のお泊まり会で私が夜中に『おうちかえるー』って泣いたことまで話してて! サイアクー!」

「あいちゃんだって私が中学校の時に制服の下にジャージ穿いたまま登校してたことバラしたじゃん!? あのせいでまたX'sで芋ジャーコール起きたんだよ? それにあいちゃんが選んだワンピちゃんと買って、その場で着替えて出て来たんだから配信的にはOKだったよね?」

「悔しいけどワンピ着て出て来たゆーちゃんが好評で、チャンネル登録者数増えたしコメントも多かった! だから余計に腹立つ! でもあのワンピ良かったでしょ?」

「うん、ポロシャツなのが特に良かった。シンプルでスポーティーでジャスト私好み! アイテムバッグが一見高級そうなショルダーバッグだからさ、違和感なく持ち歩くためにワンピが欲しかったんだよねー」

「アイテムバッグが柚香の服選びの基準なんだ……」

 

 あいちゃんと私のマシンガン愚痴をチョコスティックつまみながら聞いていたかれんちゃんが呆れたみたいに言う。

 そりゃもうこれから服を買うときはアイテムバッグ基準ですよ! あれ便利すぎるんだもん。ダンジョンばかりか、普段のお買い物でも大活躍だからママにも使用権付与したよ。

 

 あれ本当に凄いの。コ○トコのお寿司のファミリーパックがそのまま入るの。あまりにも便利!

 昨日帰ったらママが推しのバースデーイベントを配信で見てて、夕飯にそのお寿司がテーブルの上にどーんと置かれていたから試してみたんだけどね。正直、あのままパパに内緒でこっそりお寿司を全部自分の物にしてしまおうかと思ったよ。

 

 

 今は2限が終わった後の休み時間。お菓子をつまみながらおしゃべりするのが私たちの日課になってる。お菓子っていうか、もはや早弁に近いエネルギー補給ね。

 女子はせいぜいシリアルバーくらいで済ませるけど、男子はガチで早弁してる人もいる。

 

 今日も元気にギャーギャーと言い合いしていたら、私の様子を窺うようにしながらひとりの女子がそろりそろりと近付いてきている。

 中学が違ったからあんまり知らない子だね。長い髪を三つ編みにして眼鏡を掛けた一見地味に見える子だ。

 私に話しかけたいんだろうけど、あいちゃんの勢いが凄すぎて近づけないとみた。

 

「どうしたの?」

 

 笑顔を浮かべてこっちから声を掛けると、彼女――(のり)(づき)()()ちゃんはあからさまにほっとした顔でこっちに来た。クラフト志望ってことは知ってるんだけど、かなりの内気さんらしくて必要事項以外しゃべったことがなかったんだよね。

 

「あ、あのね、柳川さんのダンジョン配信のアーカイブ、最近やっと見たの。それでね、昨日の平原さんのコーディネート配信も見たんだ。私の参考になりそうだからチャンネル登録もしたんだけど……」

「うっそ、ありがとー! アイリ嬉しいー!」

 

 早速法月さんの手を取って喜ぶ猫かぶりのあいちゃん。そしてその勢いにビビってる法月さん。あ、なんか初日のヤマトとカンタ思い出すな……。法月さんはやんのかステップで逃げていくことはないと思うけど。

 

 よーし、クラスには女子は10人しかいなくて「セミ(ダン)」って言われてるから、向こうから話しかけてくれたこの機会に仲良くなっちゃおう!

 

 セミ男って、男子だけの「男子クラス」通称「(ダン)クラ」に対して、「いくらか女子がいる、男子ばっかりのクラス」ってことね。北峰高校一般科は3年生になると選択科目の関係で、女子が多いクラスと男子が多いクラスができてしまうのだ。

 

 特にうちのクラスは冒険者科だから仕方ないけども、女子は少ない!

 中でもガチ戦闘系女子はかれんちゃんと彩花ちゃんだけで、女子は後はクラフトの子ばかり。リタイヤしちゃった子がふたりいるけど、どっちもクラフト志望の女子だったんだよね。

 

 ちなみにテイマー志望は男女問わず私ひとりです! いいもん、冒険者になるつもりじゃないんだから!

 

「うち、お父さんが防具クラフトやってて、おじさんが紡績工場やってるの。それでね、伝説鉱石から糸を作る仕事もしてるんだけど」

「えっ!? もしかしてミスリルを糸にしたりしてるところ!?」

「う、うん」

 

 あいちゃんの食いつきに一歩下がる法月さん。そのビビり方が本当にカンタに似てて、私は思わずあいちゃんの肩に手を置いて「ステイ」と言っていた。

 

「ステイ、あいちゃん……寧々ちゃんビビってるよ。食いつきすぎだよ」

「あ、ごめんー。……ってか、ゆーちゃんなんでいきなり名前呼びしてんの?」

「だって、私に話しに来てくれたんだよね? これから3年間同じクラスじゃん? じゃあもう仲良くしたら友達じゃん? というわけで、今このときから寧々ちゃんって呼ぶけどいいかな? 女の子少ないから、せっかくだしみんなと仲良くなりたいんだー」

 

 時々通学路にいる警戒心の強い猫を触ろうとする時みたいに、私はフレンドリーかつ相手の反応を見ながら距離を縮める。

 引かれるかなーってちょっと心配だったけど、寧々ちゃんはちょっと恥ずかしそうに笑顔を見せてくれた。

 

「私の名字だけじゃなくて名前まで憶えててくれたんだ。柳川さんって凄いね。男子と話すときも女子と話すときも全然態度変わらないし、元気で明るくって友達多くて」

「だから、寧々ちゃんも今日から私の友達です! 私のことも柚香って呼んで」

「柚香ちゃん……わあ、誰かのことをそんなふうに呼ぶの初めて。なんだか嬉しい」

 

 はにかむ笑顔が守ってあげたくなるような可憐さ……。うーむ、内気で控えめで、あいちゃんと足して割ったらちょうど良いような……。さすがにそれは失礼か。

 

「話戻るんだけどね、柚香ちゃんのアポイタカラからうちで糸作って布織って、お父さんが防具クラフト出来るよ。ミスリル混じりの布じゃなくて、純アポイタカラ製の布防具。

 使用感的には布に限りなく近いけど、それで作るとフルアーマーと性能は全然変わらないんだ」

「えっ! 凄っ! 灯台下暗しってこの事!? じゃあ寧々ちゃんのうちに頼めばすっごい高性能防具が作れるってこと?」

「お父さんのクラフトマンLVは40なの。スキルは凄いんだけどデザインするセンスはないから、デザイン画さえあればスキルでその通りに作れるよ」

「待って待って、凄い話すぎてちょっと頭整理させて」

 

 なんということでしょう! 昨日ミスリル織り込み布の防具もいいなーなんて思ってたら、更に凄い話が向こうからやってきたよ!

 これは早速飛びつきたい話なんだけど、アポイタカラ鉱石を糸にしてそれを織って布にして更に防具にするとなると、どのくらい鉱石が必要になるんだろう。

 

「実は土日で武器クラフト職人さんの予約取れてて、鎌倉まで武器作りに行ってくるんだ。私の武器が決まってなくて、どのくらい鉱石使うかまだわからないの。だから、月曜日にもう一回この話させてもらっていい?」

「大丈夫だよ。あのアポイタカラってどのくらい残ってるの? 今市場に出回ってるから、売ったんだよね?」

「えーとね、確か残ってるのが120キロ。でもホラ、適正武器が大マサカリだったりしたらすっごい金属使いそうでしょ? だから保険を掛けて……」

 

 余分に取ってあるんだと言おうとしたら、チョコスティック食べてたかれんちゃんがブーって吹き出してむせた。

 ジャージの袖で口を押さえてひとしきり咳き込んだ後、顔を引きつらせて私に向かって文句言ってくる。

 

「ちょっと! 想像しちゃったじゃん! マサカリ担いだ柚香! 熊に乗ってるやつ!」

「うん、お腹に金って書いてある腹掛けしてるゆーちゃんね。私も想像した」

 

 あいちゃんはすっごい残念そうな顔で頭抱えてる。どういう絵面を想像したんだろうか。私的には熊+金太郎風の私なんて可愛い要素しかないじゃん? って思うんだけど。

 

「金太郎の? あのお腹の奴腹掛けって言うんだ。へー」

「ご、ごめん……私も今吹き出しそうになるのすっごく我慢した……」

 

 寧々ちゃんまで肩を振るわせて笑ってるよ!

 そんなにおかしなことを言ったつもりはないんですが? 想像出来るでっかい武器が大マサカリだっただけなのに!



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第43話 雑談配信で文殊の知恵を狙ってみた

 お昼ご飯を食べていたらテッテレッテレ~ライム! とちょっと間の抜けた通知音が入る。開いてみたら蓮くんからのメッセージだ。

 

『ゆ~か様、中級か上級ポーションください』

 

 率直だなあ、おい! こういうときだけ丁寧語なんだよね、奴は!

 しまった、おととい国分寺ダンジョンにいったとき、ママにお金を借りてでも上級ポーションを渡しておけばよかったなあ。

 

 これは真面目に限界までの走り込みをした結果、疲労が溜まりすぎて普通のポーションでは間に合わなくなってるとみた……。そういう同級生は4月にたくさん見たから知ってる。

 

「ごめん、今日買ってくる! あと、ダンジョン以外で効率の良い訓練場所がないか雑談配信で聞いてみる」

『ありがとう』

 

 犬が土下座するアニメスタンプが送られてきた。これ、私も持ってるなあ。こういうところは妙に被る。犬好きの運命って奴かな。

 

 現在、私と蓮くんのステータス上げについて若干行き詰まっている。

 ヤマトを連れないでダンジョンに行くと、私が倒せないモンスターが出たら危ないし、私が倒せるモンスターだと経験値が入ってしまう。

 

 蓮くんはもう初歩の初歩である走り込みをとりあえずしてるしかない。

 

 その辺を悩みながら「ステ上げで相談に乗って欲しいことがありますので雑談配信しまーす」とX‘sに書き込んでおいた。ついでにママに、「上級ポーション買って蓮くんの家に届けてください」というメッセージも送っておく。

 

 

「こんばんワンコ~。ゆ~かの雑談配信、はっじまっるよー!」

 

 今日はママの乱入がないように私の部屋のベッドの上だ。後ろはカーテンだけで、他には特に見える物はない。このために必死になって片付けましたよ!

 映る範囲はバストアップに指定してあるから、ベッドに座ってるというのも多分見えない。抜かりなし。

 

『こんばんワンコー』

『こんばんはー』

 

 こんばんワンコーとしばらく返しつつ手を振って、ピシッと私は真顔になった。

 

「このチャンネル、冒険者で見てる人もいるんですよね。3人寄れば文殊の知恵っていうでしょ? きっと良い方法があると教えて貰えると信じてます!」

 

『いきなり何を』

『突然のリスナー持ち上げ』

『ゆ~かちゃん、どうかした?』

 

 戸惑う声に、私を心配してくれる声。今日は相談って書いておいたから、視聴者さんになんか心配かけたっぽいね。

 

「えーとね、今経験値を入れないように、ダンジョン外でのトレーニングを主にやってるんです。だけど、それだと配信ができなくて。

 蓮くんの事務所の社長さんに、『好きにやらせて貰う代わりに定期的に配信はする』って約束しちゃってるんですよね。

 それで、ダンジョン内で経験値を入れないようにしながらトレーニングをする方法はないかなーと思って」

 

『クラフトスキル取得時に取れるレシピの【なまくらの剣】を使って戦うと攻撃力補正が-5だよ。別名ダンジョンダンベルって言われてる』

 

 うおっ! いきなりいい情報聞いた! なまくらの剣の使い道なんてないだろうと思ってたけど、わざと攻撃力を落とすために使うのか!

 初心者の剣ですら+3はあるから、今の私だと初心者ダンジョンの敵は大体一撃で倒しちゃうんだよね。最悪拳で殴るか? でも痛いのやだなって思ってたけど-5ならギリいける!

 

「うわー、なまくらの剣ってそんなトレーニング向きの剣だったんだ!? ありがとうございます!」

 

『パーティーを組まないで、LVだけ上げたい人と一緒に行って、とどめだけその人に刺させるのもあり。俺はクラフトマンの用心棒やってるときにそうやってた』

 

「な、なるほどー! パーティー組んでなければ低レベルモンスだったら経験値も入らないもんね! さすがにシーサーペントは入っちゃったけど」

 

 クラフト志望はスタミナない人が多いからLV上げは苦労するって聞いたんだけど、この方法なら私たちはステータス上げができて、クラフト志望の人は経験値が入る。まさに一石二鳥!

 

『シーサーペントは……あれは普通LV10が4人以上で倒すものだから』

『ヤマトが強すぎた』

『ヤマトのステ、人間でいうとLVどのくらい相当かな』

『STR120だったっけ? LV上がるときにSTRが2ずつ上がったとしても……ガチ前衛職のLV45から50相当か。しかもLV2に上がったんだよね?』

 

「ひえっ!」

 

 そんな換算考えたことなかったけど、ヤマトの強さやっぱりおかしいわ! シーサーペントもあっさり倒すわけだ。

 

『そりゃあ、シーサーペントも瞬殺だよ……』

『禿同』

『禿同』

『逆に、初級ダンジョンでもそこそこ強い敵なら、わざとステ下げしたゆ~かちゃんだったらワンパンでは倒しきれないはず』

 

「そっか! 強い敵と戦った方が効率よくステータス上がるっていうし、ダメージだけ与えて離脱、別の人がとどめで行けるんだ!」

 

『そういうことー』

『やっぱりガチの冒険者は経験が違うな』

 

 これで、これで勝てる! いや、何と戦ってるんだって話だけど。

 あいちゃんは元々高DEXだった上に私よりLVあげてるから、クラフトのスキルはもう取れてるんじゃないかと思う。

 インゴットはダンジョンハウスで売ってるし、買ってその場でクラフトして貰えばいい。

 

 あいちゃんじゃなくても、クラスのクラフト志望の人に声かければ多分行ける!

 

「アドバイスくださったみなさん、ありがとうございます! うちのクラス女子にクラフト志望が多いから、友達に聞いてみます! 助かったー!」

 

『どういたしまして^^』

『解決してよかった』

『うむ、ダン配がないと芋ジャーが見られないからな』

 

「芋ジャー目当てだったんかーい!」

 

 温かいコメントの中に混じる芋ジャーコメ。私は見逃しません。

 

「本当に助かりました! みんなありがとー! ラヴ!」

 

 SE-RENチャンネルに出た時みたいに顔をアップにしてウインク&指ハートをしたら、何故かスパチャを貰ってしまった。お礼を言いたいのはこちらだったのに。

 

「あ、そうそう、スパチャで思い出した! アポイタカラたくさん売って、お金がたくさん入りました! 桁が多いので直視するのはやめたけど!」

 

『直視したくない桁だと……』

『うはあ、お金持ちだねえ』

『あやかりてえ、あやかりてえ』

 

「待って、今うちのクラスの男子みたいなコメント入った。私を拝んでも別に金運アップしないからね? 拝むのはヤマトにしておいてね。

 これから武器と防具を私と蓮くんの分作ることになるので、それにいくらかかるかわからないので使うのは控えてるんですが、基本的には余ってるお金は寄付しまくろうと思ってます!

 だから、スパチャでの応援は私じゃなくて他の配信者さんに入れてあげてください。具体的にはSE-RENとかSE-RENとかSE-RENとか」

 

『SE-RENしかないじゃねーかw』

『アイドルの武器防具もゆ~か持ち!?』

『募金か、いい心がけだ』

 

「だって、武器防具はパーティーの共有財産だから。蓮くんが弱すぎて足を引っ張られたら困るのは私だし。SE-REN、社長にドロップ品と魔石売ったお金も渡してて搾取されてて、ダン配は全部自腹だったんだってー」

 

 私の突然の告発にコメント欄がざわつく。爆弾を投下してやったぜ。さあ、アホウドリ社長よ、燃えるがよい。

 

「今日はみなさんの温かいコメント、本当に本当に助かりました! 次はダンジョン配信ね! それじゃあ、もしよかったらチャンネル登録、高評価、よろしくお願いしまーす。じゃあねー、おやすみなさーい」

 

 にこやかに手を振って配信終了。早速あいちゃんにLIMEして、一緒にダン配してとどめだけ刺してくれないか頼んでみたら――。

 

『ノーメイクで動画に出ることはNGにしてる。ダン配なんて言語道断』とバッサリ……。

 

 くうっ……コメントは温かかったのに、友達が世知辛いよ……。




カクヨムでの掲載分に追いつきましたので、明日から朝9時に1話ずつ掲載いたします。


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第44話 柚香のトラウマ

「女子限定ー、私がダンジョンでモンスを瀕死にするので、とどめ刺してLV上げたい人ー」

 

 木曜日の昼、教室にみんながいるときに立ち上がって大声で呼びかけてみたら、数人がガタッと立ち上がった。というか、女子は全員私を見てるね。

 教室にいないのは彩花ちゃんだけだ。別名スナフキンといわれてる彩花ちゃんは、仲は良いけど休み時間はふらふらどっか行っちゃう。

 

「俺もLV上げたいが!? なんで女子限定なんだよー」

 

 文句を言ってきたのは浦和くん。てか、君は戦闘系だろうが。自分で上げなさいよ。

 

「戦闘系は……自分で上げようよ。女子限定って言ったのは、クラフトが多いからだよ」

「あー、なんだ、そういうことか」

 

 彼はあっさり着席した。なんだろう、学校の授業でいっぱいいっぱいになって、自主練する余裕がないのかな。

 

 いや、その理論で行くと学校の授業以外に鍛えてる私はおかしいと言うことに……。おかしくない、おかしくないよ!!

 

「LV上げたい!」

「私、多分あと1LV上げればクラフトスキル取れると思うの」

 

 ちらほらと上がる女子の手。それと、しつこく上がる男子の手。

 

「俺もクラフトなんだけどダメ?」

 

 ああ、須藤くんか……クラスの中でも、特にブートキャンプ辛がってる男子だね。ううーん。

 

「えーとねえ、なんでこんな募集を掛けてるかから説明しまーす。

 例のダメステアイドルと一緒に私も特訓したいんだけど、あっちの事務所の社長と配信するって約束した関係上ダンジョンじゃないと厳しいのね。

 効率良いダンジョンでのステ上げについて昨日相談して貰った結果、【なまくらの剣】で攻撃力下げて叩きまくって、とどめだけパーティー組んでない人に刺させて経験値取得しないのがいいってわかってね。

 ……つまり、あの顔だけは良いアイドルと同じ画面に映っても良いかってところなんだけど。これは各自の判断にお任せします」

 

 説明しきったら、上がってた手がどんどん下がる! なんてこった!

 

「あ、ダン配するのか……。じゃあやめとく」

 

 須藤くんだけじゃなくて、顔出しになっちゃうってことで、女子も引いてしまったみたいだ。

 

「柳川、放課後まで特訓してるのか」

「どんだけ体力あるんだ?」

「そうだよな……7時間授業の後にあの50万再生動画で3時間走ってた奴だったな……」

「僕なんか家に帰ったら夕飯まで寝落ちしてるのに」

 

 男子たち、真顔でざわつくのやめい! クラフトの女の子たちまで私のことを化け物を見る目で見ちゃってるよ。あちゃー!

 

「私生まれたときから水泳やらされて、ダンスとかスポーツ切らしたことないの! 多分スタミナだけなら誰にも負けないと思うんだ!」

 

 朝活ランニングは常に1位ゴールしてるわけじゃないけど、必ず3位までには入ってるし。そもそも学校来る前に5キロ走ってから来てるし。

 

 ……あれ? もしかして私、感覚おかしい? いや、かれんちゃんと彩花ちゃんも放課後一緒に何回かダンジョン行ったし……。

 そういえば、戦闘系女子ってふたりとも私と同じ中学だ……ってことは、中学がおかしかったんだ! きっとそうだ!

 

「柚香ちゃん、私やってもいいよ」

 

 私が思考の沼に落ちていたら、そんな控えめな声がかかった。

 寧々ちゃん! 我が救世主よ!

 

「いいの!? 顔映るよ? 服はあの芋ジャージだよ?」

「う、うん……顔出すのは恥ずかしいなって前は絶対無理だったんだけど、いろいろ見てたらダンジョン配信自体が当たり前なんだなって思うようになって。

 私クラフト志望でしょ? だからあんまり戦うのは得意じゃなくて、一緒にパーティー組む相手も思いつかないし、ちょっと困ってたの」

「寧々ちゃん、ありがとー! うん、クラフトの人たちいつも体育辛そうにしてるもんね。でもきつい辛いって言いながら頑張ってるの知ってるから! 一緒に卒業しようね! 約束だよ!」

 

 寧々ちゃんの手を取って思わず涙ぐんだよ。

 クラフトの女子がふたりリタイヤしてしまった件については、彼女たちの顔が日に日に暗くなって、学校休みがちになるの見て心配してたから、どうも思った以上に私の心の傷になってるみたい。

 

 家庭の事情による転校以外で、同じクラスの人がそうやっていなくなったことなかったから。

 

「柳川さん、配信じゃないときに一緒にLV上げして! 私も鍛えて、乗り切りたいの」

「わ、私も!」

「僕も配信じゃないときに、頼むよ!」

「だから泣かないでー、一緒に卒業しよう」

 

 え、私泣いてる?

 誰かに背中さすられてると思ったら、本当にボロボロ涙こぼしてた。

 

「だってぇー、大村さんと山本さんがどんどんボロボロになって学校やめちゃったのが凄い辛かったのー。悲しくて寂しくて、でもどうにもできなくて。一緒に鍛えよ? とか言ったらランニングでも辛そうな彼女たちを余計苦しくさせるってわかってたし……」

 

 だから、だから私は蓮くんを手遅れにならないうちにどうにかしたいんだ。

 あのステータスを見たときから、「なんでこんなに使命感感じちゃってるんだろう」と思ってたんだけど、私は蓮くんにいなくなってしまったふたりのクラスメイトを重ねてた。

 

「ゆーちゃん、あんたそういうとこ優しすぎだよ。他人の心配しすぎだってば」

「あいちゃんー、あいちゃん凄い、戦闘系じゃないのにバリバリ戦ってるし放課後ダンジョンも一緒に行けるし、ほんと凄いよ。大好きだよ」

 

 泣き出しちゃった私の頭を抱えてあいちゃんがよしよししてくれた。うえーん、あいちゃん優しいー。

 

「だって私、モデル体型のためにこれでもすっごい努力して運動してきたもん。クラフトの根性甘く見ないでよね。物作りする人は粘着型が多いんだから」

「いつも体育トップの柳川さんが、私たちのことまで見ててくれたの驚いたよ」

 

 私がかれんちゃんやあいちゃんと一緒にいることが多いせいで、今まであんまり話したことがなかったクラフトの女子たちが集まってきてくれた。

 

「クラフト集合ー、みんなー、手を出してー」

 

 柴田さんが声を掛けると須藤くんや他のクラフト志望男子も集まってきた。自然と全員で円陣を組んで、真ん中に向かって手を伸ばしてる。

 

「2ヶ月、地獄のブートキャンプを耐えてきました! 2ヶ月も耐えられたんだよ、私たち。柳川さんが言うとおり、やめちゃった子がいたのは私も辛かった。

 だから、全員一緒に卒業するぞー、オー!」

「オー!」

 

 最初の2ヶ月を耐え抜いたクラスメイトたちの、気合い入った声が教室に響き渡った。

 

「須藤ー、今度一緒にダンジョン行こうぜー。パーティー組んでレベル上げすんぞ」

 

 戦闘系男子の中森くんが須藤くんの肩に腕を回してる。

 他のクラフトの子たちも、戦闘系の子たちと話し始めた。パーティー割りどうするかとか相談してる。

 もう、男子とか女子とか関係なく、今までお互い戦闘授業で知ってきた特性がうまく噛み合うように調節しながら。

 

 よかった……よかったよぅ。



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第45話 おそるべし【なまくらの剣】

 予告もしてないし蓮くんにもまだ連絡してないしってことで、寧々ちゃんとのレベリングは金曜日の放課後になった。今のうちに連絡と告知、っと。

 寧々ちゃんはLV1でまだクラフトスキルも取れてないそうなので、あいちゃんに頼んで【なまくらの剣】を作って貰うことにした。

 

 夕方はヤマトとお散歩を兼ねてランニング。たーのしー! ランニングハイってあるよね! あれで止まれなくなっちゃった人がいるっていうのは驚いたけど。

 

 そういえば、国分寺ダンジョンでコマンドに魔力が乗ってヤマトが「ステイ」を聞いてくれてから、普段のお散歩でも脚則(きやくそく)行進が当たり前にできるようになった! なんて、なんてお利口なんだヤマト!

 

 少しずつ日が延びているので、途中の公園でフライングディスクでちょっとだけ遊ぶ。

 私が高めに投げたディスクに向かってかなりの高さをジャンプしたヤマトは、ディスクをくわえて華麗に着地した。

 

 なんだ今の……動画撮っておけば良かった!

 じゃなくて、どう見ても犬のジャンプ力じゃないね。

 というか、そもそもヤマトはどう見ても柴犬だけど従魔だし【柴犬?】だから、柴犬型モンスターって可能性が高いんだけど。

 

「グッド! 凄ーい、凄ーい、ヤマト!」

 

 ディスクをくわえて「褒めて!」って顔で走ってきたヤマトを捕まえて、わっしわっしと撫でる。柴犬の笑顔、キュート!

 もう、モンスかもしれないとかどうでもいいや! 見た目が柴犬でこんなに可愛いんだもん。ヤマトが普通の柴犬と違うところは、身体能力だけだし。

 

 ……そういえば、魔石食べちゃうとかそういうこともあるっけ。まあ、そんなの些細なことだよね! 人間でも実際に魔石食べて、有害性を調べたって変人がいたらしいし。

 

 

 さて帰ろうかな、と思ったところでスマホがLIMEのメッセージ着信を知らせた。なんだろ? と思ったらあいちゃんだ。

 

『今湘南ダンジョンのダンジョンハウスにいるから来て。なまくらの剣作るよ』

 

 今からかーい! 明日一緒に行ってくれるのかと思ってたよ。

 でもそうするとあいちゃんが余計に時間食っちゃうのは確かだ。よし、これから行くか……。

 

 ダンジョンは相変わらず混んでるけど、ダンジョンハウスはそんなでもないね。

 着いた途端にあいちゃんが手を振っている。

 

「あっ、生ヤマト! かーわいいー!」

 

 あいちゃんがヤマトを見つけてしゃがんで「カモン!」してる。

 リードを放したらヤマトは「遊んでくれそうな人だ!」って気づいてあいちゃんのところへまっしぐら。で、ドーン!

 

「うわっ、力つよ! 砂付いたぁ」

 

 ヤマトの親愛体当たりを食らってあいちゃんは砂浜で思いっきり後ろに倒れた。そのあいちゃんをヤマトが尻尾振りながらべろんべろんと……メイク、してないよね?

 

「あいちゃん、メイクは!?」

「してなくてよかったよ! ちょっ、この子フレンドリーすぎじゃない? 可愛いけどさ!」

 

 うん……「柴犬は飼い主にしか懐かない武士のような性格」って言われてるんだけど、完全に個体差あるんだよね……。ましてヤマトはまだこどもだから。

 

「ひゃーははは、愛い奴め愛い奴め。今度また遊ぼうね。今日はお姉ちゃんお仕事があるからおしまい!」

 

 ヤマトが力強くても所詮は4キロ。あいちゃんはヤマトをひょいっと抱えて自分から引き剥がした。

 

「ダンジョンハウスでタングステンインゴット売ってるから、それ買って。そしたら私がクラフトで【なまくらの剣】にするから、制作費だけくれればいいよ。ゆーちゃんの分1振りだけ作れば良いんだよね?」

 

 友達の依頼でも容赦なく制作費を取るプロ意識、さすがあいちゃん。

 

「うん。蓮くんは初心者の武器でもモンス一撃では倒せないからね。てか、ダンジョンハウスでタングステンなんて売ってるんだ……」

「クラフトに使いそうなものは一通り売ってるよ。謎の品揃えだよね。タングステンは強度もあるし鉄より重いから、ゆーちゃんが訓練に使うなら絶対こっちの方がいいよ。クラフト質問板で調べておいた」

 

 ヤマトのリードを拾ってあいちゃんの服に付いた砂を払って、私たちはダンジョンハウスの中へ。そのままあいちゃんはまっすぐカウンターに向かう。

 

「タングステンインゴットの中をひとつお願いします」

「タングステンインゴットの中ですね。少々お待ちください」

 

 店員さんは合成音声みたいな感情を感じられない声で淡々としゃべると、カウンターの下に屈み込んで、割とすぐに銀灰色のインゴットを取り出した。カウンターに置くとドスン、って音がする。

 

「3万円です」

「あーーー、ちょっと待ってください。はい」

 

 電子マネーの残高が足りなかったから慌てて銀行口座からチャージして、それでお支払い。ピロリン。

 

「袋にお入れいたしますか?」

「いえ、このままでいいです」

「すみませんー、このままクラフトしたいので奥の部屋お借りしていいですか?」

 

 あいちゃんが店員さんにお願いしてるけど、奥の部屋ってそういうことにも使えるのか。

 

「どうぞ、お使いください」

「ありがとうございます」

 

 さっさと中に入っていくあいちゃん。インゴットを持ってついて行く私。てか、インゴット重っ! 見た目より重い!

 

 テーブルの上にインゴットを置くと、あいちゃんはダンジョンアプリでちゃちゃっと何かを選択した。

 

「よし、【なまくらの剣】選択っと。いくよー」

 

 インゴットの上に両手をかざし、あいちゃんがぐっと口元を引き締めた。インゴットが淡く輝き始める。

 そのままどのくらい経ったかな……多分2.3分だと思うんだけど、妙に長く感じた。あいちゃんがだらだらと顔に汗を掻いて、輝きが最高潮になった時、インゴットがぐにゃんと変形して1振りの剣がそこに現れていた。

 

「ふー、疲れたー。これだからメイク出来ないんだよね」

 

 ハンカチを取り出して汗を拭うあいちゃん……なんか、目の前でクラフト見るの初めてで、凄い物見たって感動しかない。

 

「スキルデフォルトレシピの【なまくらの剣】でこんなに大変なの!?」

「まだ熟練度が低いからだよ。慣れれば一瞬らしいし、MP消費は変わらなくてもその頃には最大MPがあがってるから疲労度も違って感じるはずだしね」

「おおおおおおおいくら万円お支払いすれば……」

「相場は5000円だね。そこで多く入れちゃ駄目だよ、今の私は修行中で、熟練度稼ぎを兼ねてるからね」

「わ、わかった……」

 

 また電子マネーチャージして、あいちゃんのスマホとアプリ同士でピロリン。

 

「わーい、クラフトでの初収入だ!」

「これが……なまくらの剣か……うん、見事なまでのなまくらだね」

 

 手に取って眺めようとしたら、これがまたかなりの重さ! これはダンジョンダンベルって異名が付くのもわかるわ!

 というか、『なまくら』どころか刃がないね。これはもはや殴る剣だ!

 

 これでモンスと戦いまくったら、そりゃあステも上がるわ……。期待しかない。



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第46話 逆パワーレベリング

 なまくらの剣と初心者3点セットをアイテムバッグに入れて、いざダンジョンへ!

 ヤマトは「出かけるのに連れてってくれないの!?」って顔をして玄関まで付いてきたけど、ごめん、ごめん、今君を連れて行くとLVが無駄に上がっちゃうんだ。

 

 ママが運転する車で、先に次に蓮くんを拾い、寧々ちゃんを拾い、向かうは海老名国分寺ダンジョン。

 

「友達の寧々ちゃんです」

「柚香ちゃんのクラスメイトの法月寧々です。よろしくお願いします」

 

 私が紹介したら、車に乗る前にママと蓮くんに挨拶する寧々ちゃん。端から見ても緊張してる。内気さんだからねえ……。

 

「よろしく……ゆ~かのクラスメイトなのか。学校大変なんだろ? 放課後にダンジョンとか大丈夫か?」

 

 冒険者科の話を聞いてからうちの学校を恐れてる蓮くんが、寧々ちゃんを心配してる。そういえば彼は私以外の冒険者科の子に会うのは初めてだな。

 

「最初は物凄く辛かったです。今でも辛いけど、辛くても頑張ってるのはみんな一緒だから……昨日柚香ちゃんが一緒に卒業しようねって言ってくれて、嬉しかった」

「ブートキャンプ2ヶ月一緒に過ごしてきたんだよ、うちのクラスの結束は1年生の他のどのクラスにも負けないよ! あと、国分寺ダンジョンに着いたら念のため寧々ちゃんには先に上級ポーション飲んで貰って、もう1本帰りに渡すからそれは明日飲んで」

「ええっ、上級ポーション!? いいの? あれって結構……」

「その先は言わない! 寧々ちゃんは学校で疲れてるのに、私たちの特訓に協力してくれるんだからこれくらい当たり前だよ。それに、私今通帳の0が数えられない大金持ちだから」

「……おまえが俺にもその調子で上級ポーションを先に渡してくれていたら……」

 

 蓮くんが助手席でぼやいた。寧々ちゃんがちょっと人見知りだから、私と寧々ちゃんが後部座席に座って、蓮くんは助手席なのだ。

 

「それについてはすみません。配慮が足りませんでした。あとお金も。おととい振り込まれたから今はあるんだけど」

「あ、えーと、いや……素直に謝られると調子狂うな……。うん、わざわざ上級ポーション届けて貰ったし、ゆ~かの協力には感謝してる」

「素直な蓮くん気持ち悪っ!」

「その言葉そのままブーメランで返すぞ!」

 

 後部座席を振り向いて蓮くんがわめく。寧々ちゃんはちょっとびっくりした後、口を押さえてくくっと小さく笑った。

 

「安永蓮くんって、本物のアイドルっていうから凄い緊張してたの。でも柚香ちゃんの配信に出てたときそのまんまなんだね。安心しちゃった」

「でしょー? なのにこのイケメンヒーラーときたら、これで『配信の時はキャラ作ってる』とか言うんだよ? どう見ても素だよね」

「うん、柚香ちゃんがクラスの男子と話してるときと同じだね。……確かに、凄くかっこいいんだけど」

 

 蓮くんは肩を落として、助手席でおとなしくなった。かっこいいって言われたんだからそこくらい喜べばいいのに。

 

「蓮くんはもう、素なのを売りにしなさいよ。まだ演技力がないからキャラが作れてないわ」

 

 あ、ママがとどめを刺した……。

 

「……メンタルに効くポーションってあるのか?」

「マジックポーションなら売ってるけど、聞いたことないね」

「いや、そこマジで答えなくていいんだよ」

 

 蓮くんは後ろから見ててもわかるくらいどんよりしてしまった。

 

 

 国分寺ダンジョンのダンジョンハウスで、まずは寧々ちゃんの分の初心者の剣と初心者の服、あと上級ポーションを多めにお買い物。普通のポーションと中級ポーションも常備薬兼私の疲労回復用として買っておく。

 ママは私たちがダンジョンに潜ってる間、夕飯の買い物とかに行ってくると言って車で去って行った。

 

 今まで私が使ってた初心者の剣と盾は蓮くんに。この装備の重さもトレーニングになる。

 

 そして、芋ジャーが3人揃ったところでダンジョンに入って、今日の配信開始!

 

「こんにちワンコ~! SE-REN(仮)のダンジョン特訓、はっじまっるよー!」

「今日も配信見てくれてありがとな。前回は地獄の追いかけっこだったけど、今日は俺たちが実際に武器でモンスターにダメージを与えて、パーティー組んでない奴にとどめを刺して貰うっていう特訓だ」

 

『こんにちワンコー』

『蓮くんこんにちは』

『なるほど、確かに実戦の方が鍛えられる』

『こんにちはー。今会社の帰りに見てる』

『逆パワーレベリングってことだな』

『それで、ゆ~かは【なまくらの剣】なのか?』

 

 昨日のうちにちゃんと予告してたから最初から割と人がいる。

 今日は学校後にふたりを拾いつつ、最寄りじゃないダンジョンに来てるからちょっと時間が遅いんだよね。

 

「お仕事帰りの人、お疲れ様! 私たちはこれから疲れることをします!

 これ、【なまくらの剣】! 見て見て、なまくらどころじゃないの、刃がないの。剣じゃなくてただの鈍器だよね。しかもあいちゃんにタングステンで作って貰ったからめちゃくちゃ重くて、期待しかありません!」

 

『そこで期待するんだ』

『ゆ~か、恐ろしい子……』

『ゆ~かのSTR14だったよな、-5しても9か』

『蓮くんのSTR6だから、【初心者の剣】で+3しても9だね』

 

 コメントを目にして、私と蓮くんははっと顔を見合わせた。

 

「ダメージ値がこのハンデで一緒……?」

「9ってことは、ギリスライムを殺さなくて済む! 私LV1のとき6で、LV2で8になって、そこでスライム一撃になったから。やったー!

 それでは、とどめ担当として特訓をお手伝いしてくれるお友達を紹介します! 寧々ちゃんです!」

 

 私が拍手して見せたところで、蓮くんも我に返って拍手する。-5と+3で同じダメージ値になったというのが地味にまたメンタルにダメージを与えてしまった模様。

 

 打ち合わせ通りに、寧々ちゃんがここでカメラの範囲に入ってきて……。

 

「ゆ……ゆ~かちゃんのクラスメイトの法月寧々です。よろしくお願いします」

「寧々ちゃん!? フルネーム言う必要ないんだよ!? これ配信で見ようと思ったら全世界から見られちゃうんだよ!?」

「え? え? あ、そうだよね! そうだった!」

 

 カメラに向かってお辞儀までした寧々ちゃんに私は焦った。今ほどライブで焦ったことないよ! 最初に「柚香ちゃん」ってつい言おうとしてたのも怖かった!

 指摘された寧々ちゃんも「やばっ!」って顔であわあわしてる。

 

『三つ編み眼鏡芋ジャー天然JKだと……?』

『属性全部盛りじゃないか。ウルトラレアだぞ』

『フルネーム言ったらだめぇぇぇ!』

『身バレしちゃうよ!』

 

 コメント欄も注意喚起でいっぱいだ。それを見た寧々ちゃんは許容範囲をオーバーしたのか、まさかの行動に出た!

 

「法月、法月寧々です! 法律の法に月と書いて法月、寧々は安寧の寧がふたつです! クラフトマンを目指してます! 伯父がやってる伝説金属から繊維を作れる寒川町の法月紡績株式会社をよろしくお願いします! それと、父の法月(たけし)はLV40クラフトマンで、法月紡績で伝説金属から作った布を使って伝説金属製布防具を作れます! 金属持ち込みでセットで頼むと割引もあります! こちらもよろしくお願いします!」

 

 あーーーーーーーーー。

 なるほどですねーーーーーーーーーーーー。

 

 凄い勢いで言い切った寧々ちゃんに、私は思わず拍手した。

 

 フルネーム言っちゃったから開き直りもあるんだろうけど、宣伝に利用したか。寧々ちゃん意外にちゃっかりしてるなあ。



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第47話 持ってる人・持ってない人

 寧々ちゃんの暴挙とも言える配信ではちょっとあり得ない感じの自己紹介に、魂飛ばしてる人がひとり。

 私は肘でそいつの脇腹に軽ーく打撃を入れた。

 

「いっ! ええええーと、じゃあ、俺とゆ~かでダメージ入れて、法月さんはとどめをどんどん刺していくってことで」

「私がゆ~かなんだから、ネネって呼びなよ!」

「お、おまえ、それはさすがに……」

「ゆ……ゆ~かちゃん、安永蓮くん困ってるし、私は法月さんで構わないよ」

「いや待てよ、なんで俺だけフルネームで呼ばれてるわけ!?」

「ええっ、だ、だって、テレビで見てる俳優さんとか、なんかフルネームで呼んじゃうから……」

「わかる、わかる! 私もそう!」

 

『カオス度が増したな』

『芸能人フルネームで呼んじゃうのわかる』

『全員天然ボケ』

『そうか……そういえば推し以外の有名な俳優はフルネームで呼んでるわ』

 

 芸能人フルネームで呼んじゃう問題は、どうもあるあるみたいだね。

 

「はいはいー、じゃあ、寧々ちゃんは私と同じ枠で、お互いに『蓮くん』『ネネ』で呼び合うように」

「どう考えてもおまえと同じ枠じゃないだろ、ゲストだぞ」

「わ、私もいきなり名前は……」

「じゃあもう、法月さんに安永くんでいいよ! はい、キリキリ行くよ。あそこにゴブリンいるから蓮くんゴー!」

「わ、わかった」

 

 強引に呼び方問題を片付けて、湧いたゴブリンに蓮くんを特攻させる。

 剣を振り上げて、あからさまに慣れてない動きで思いっきり叩きつける蓮くん。……って、キラって光ったー!

 

『クリティカルヒットだ!』

『初心者の剣でクリット!?』

『マジか、あれにDEX補正ないだろ』

『持って……いや、運がないな、イケメンヒーラー』

 

 蓮くん、倒せないはずのゴブリンをクリティカルヒットで倒しちゃったよー! なんてこったーい!

 

「うわあああああ!! 倒しちまったー!」

 

 ダンジョン内に響き渡る蓮くんの絶叫。岩壁だから響くこと響くこと!

 叫びたいのは、私もだよ……。

 もー、なんでこんな時にクリットしちゃうの!? 私でもまだ一度も出したことないのに! 

 

「蓮くん、剣使用禁止! アイテムバッグに入れるから貸して!」

「じゃあ、俺はどうやって戦えば!?」

 

 蓮くんから初心者の剣を取り上げると、蓮くんはあわあわとうろたえた。

 さっきから予想外が起きすぎて、車の中から続くメンタルダメージが累積してるらしくて、置いて行かれるヤマトみたいな目で私を見上げてくる。

 

 くっ、その目は反則……でもヤマトと蓮くんは根本から存在が違うから私は鬼になれるのだ!

 

「盾を右手に持ち替えて、盾でぶん殴って。

 スライムには盾、ゴブリンには蹴り入れて! 盾はクリティカル出ないし、キックでクリットしても蓮くんはたかがしれてるから」

「わ、わかった……」

 

 あああ、ダンジョンですら真に安全ではなかったか。

 これは家に訓練用のタイヤ打ち込み台とか置かせないと駄目かな……。

 ダンジョンに行けない日もあるんだし、後で一応送りつけておくか。木刀と一緒に。

 

「とりあえずLV上がらなくて良かった……」

 

 ダンジョンアプリを確認する蓮くんは半泣きになってた。

 寧々ちゃんは剣を持ったまま呆然としている。うん、呆然とするよね……。初ダンジョンでいきなりこんな展開だったら。

 

「気を取り直していこうー! どんどん攻撃してくよー。寧々ちゃん、とどめよろしく!」

「う、うん! 頑張る!」

 

 なまくらの剣でゴブリンの頭をぶん殴っては離脱する私。頭殴られてふらついてるゴブリンに、割と思い切りよく体当たりのようにして剣をぶっ刺す寧々ちゃん。学校で戦闘訓練してるだけあって、蓮くんとは動きが比べものにならないね。

 

 ゴブリンは消えて、後に魔石が残った。……なんだか魔石見るの久しぶりだな。全部ヤマトが食べちゃってたからなあ。

 

「とりあえずドロップは私のアイテムバッグに入れておくね」

 

 魔石を拾いつつ、上から落ちてきたスライムも剣でぶん殴る。

 なまくらの剣、重いから振るときに上腕二頭筋に力が入るのがよくわかるね。次LVアップしたら、STRがかなり上がってそう。

 

 あっちーのゴブリンー! 今湧いたスライムー! と蓮くんに指示を出しつつ私も剣でモンスをぶん殴り続ける。

 しばらくそれを続けたら、蓮くんが音を上げた。

 

「右腕痛い! これ左に変えてもいいか?」

「はやーい! 無駄な動きが多いからだよ。寧々ちゃんを見てごらん!? 最小限の動きでとどめ刺してるよ?」

「俺は冒険者科じゃないんだよ! 剣も盾も持ったの初めてなんだ!」

 

 むう……そう言われるとこっちもそれ以上言えることはない。

 ぜーぜー言ってる蓮くんの盾を外して左腕に付け替えてあげる。左腕でも裏拳――バックラーでやるシールドバッシュのことね――は余裕で行けるはず。

 

「凄い凄い、LV4まで上がったよ!」

 

 1時間くらいで寧々ちゃんがアプリをチェックして、嬉しそうに報告してくれた。

 寧々ちゃんの場合、LV3に上がった時点でクラフトスキル取得ステータスを満たしたらしい。例の脳内アナウンスが聞こえたって。

 

「じゃあ、3層に降りようか。出てくるモンスは一緒だけど、今度は集団で出るようになるから効率上がるよ」

「ちょっと怖いけど、ゆ~かちゃんがいるから頑張るね!」

 

『てぇてぇ』

『芋ジャー女子組てぇてぇ』

『ゆ~かちゃんとねねちゃん逃げてー』

 

 ちょっと女子同士で盛り上がっただけでコメントが沸く! これどういう現象?

 一方、3層に降りると聞いて蓮くんは不安げだ。

 

「俺、正直自信ない……」

「大丈夫、蓮くんが囲まれたら私が素手戦闘してでも切り開くから。最悪私はLV上がってもなんとかなる」

 

『ゆ~かちゃん頼もしい』

『蓮くん頼りない……』

 

 コメントにとどめを刺されて蓮くんがへこむ。壁に手を突こうとしてるのかふらふらと壁に寄っていったら、その足下に突然何かが現れて思いっきりこけた!

 

「ぐえっ!」

「えっ、何!? って、青箱だー! 2層で!?」

 

 宝箱が生える瞬間を見てしまった……。突然その場所に現れるって聞いてたけど、本当に突然なんだなあ。

 

『2層で青箱スポーン!?』

『前代未聞祭りだ』

『ゆ~か、やっぱり持ってるなー』

『蓮くん運がいい!!』

 

 突然の青箱湧きに、コメント欄も大興奮だ。

 というか、転んでる蓮くんは立ち直れてないけども。

 でもこれは、今日の不運とメンタルダメージを一瞬にして覆す超幸運!

 

「えっ、宝箱? ああああああああ青箱! 授業で聞いた奴! 本当にあるんだね」

「マジか、てかそれにつまづくって俺どんだけ運がないんだ……いや、運が良いのか?」

「激運じゃない!? 青箱初めて見たー! 中身レア確定だよ、お手柄の蓮くん、開けてみよう!」

「お、おう」

 

 青箱には基本罠があるんだけど、宝箱全体に言える例外として「初級ダンジョンの5層までは罠がない」というのがあるんだ。だから今日もサクッと開けて大丈夫。

 

 蓮くんが震える手で青箱を開けてみたら、なんかきらきらした容器に入った桃っぽい物が出て来た!

 

「わー、なんか凄そうなものが出て来ました! 鑑定してみます! どれどれ……【神々の果実・復活】死んだ人に食べさせると生き返る奇跡の木の実……すご……よく考えたら凄くはないな」

「死んだ人に食べさせるって、どうやるんだ?」

「細かく刻んで口に入れるとか?」

「飲み込めないよね」

「すりおろして食道に無理矢理流し込む?」

「だから、内臓系全部動いてないんだってば」

「いっそ切開して、胃にぶちこむってのはどうだ」

「それって食べたことになるの?」

 

 私たちが知恵を絞りつつ全力でうーむと悩んでたら、コメント欄が爆笑の渦に包み込まれていた。

 

『それ、ネタアイテム! 換金用!』

『ステータス上がる神々の果実の中でも唯一使えないクズアイテム!』

『そんなアイテムがあるんやw』

『持ってるなー、安永蓮!』

『ゆ~かの配信見てると前代未聞が多すぎる件』

 

「持ってる? 俺」

 

 うつろな目で蓮くんが聞いてきたから、私は自信を持って笑顔で答えた。

 

「ううん、持ってないよ!」



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閑話 【絶滅危惧種】法月寧々ちゃんを応援するスレ【三つ編み眼鏡芋ジャーJK】

1 名無しの眼鏡好き

ゆ~かチャンネルに彗星の如く現れた大型新人、法月寧々ちゃんを応援するスレッドです。誹謗中傷をする奴には我自らが天罰を下す。覚悟せよ。

みんな、まったり行こうぜ!

 

法月寧々ちゃん判明事項まとめ

・ゆ~かのクラスメイト

・ということはアイリのクラスメイト

・芋づる式に北峰高校冒険者科1年在籍確定

・おじさんが寒川町で法月紡績株式会社を経営

・お父さんは法月毅さん。クラフトLV40

・ド天然

・安永蓮より動きがいい。

 

2 名無しの眼鏡好き

>>1 スレ立てあり。なんで学校まで判明してんの?

 

3 名無しの眼鏡好き

>>2 アイリちゃんはデザイナー平原幸則の娘っていうのは、もう周知の事実なのだ。ブログにも書いてあるし、小さい頃からちょくちょくモデルもやってる。

4月にクラフトマン目指して北峰高校の冒険者科に進学しましたってブログに書かれてた時はそりゃあ驚いたもんだよ……。モデル業の為に芸能科とか行くのかなと思ってたら、デザインから全部やるクラフトの方が本命らしい。

 

というわけで、アイリの配信でクラスメイト&幼馴染みと判明してるゆ~かの経歴も大体バレちゃった。

 

4 名無しの眼鏡好き

そもそも、寧々ちゃん自身が「寒川町の法月紡績」って宣言しちゃってるから、会社のHPからいろいろ情報が出て来てる。

法月紡績のHPの中に法月毅さんのページもあって、LV40クラフトマンであることも確認取れた。

 

5 名無しの眼鏡好き

怖いこと言っていい? 伝説金属紡績ってクラフトの中でも青箱からしか出ないレアレシピなんだよ……。

 

6 名無しの眼鏡好き

というか、クラフトでLV40ってそもそも凄いんだわ。

お父さん、ファイター系ジョブも持ってると思われる。ガチ戦闘できない人がLV40まで上げるのはまず無理。

 

7 名無しの眼鏡好き

んで、法月紡績は昭和45年創業だから、「おじさん」は「伯父さん」で、長男が家業を継いで次男の毅さんがクラフトマンしてる線が高い。

これは単なる推測なんだが、元々冒険者の毅さんが偶然青箱で伝説金属紡績レシピをゲットして、兄をクラフトマンにして伝説金属紡績習得させて、自分は高レベルのクラフトマンとして稼いでるのではないかと。

そうすると家業とうまく噛み合うし。

 

8 名無しの眼鏡好き

全然ねねちゃんの話が出てこない件

 

9 名無しの眼鏡好き

まだ情報が少ないからねえ。

 

10 名無しの眼鏡好き

ねねちゃんについて調べようとして法月紡績からヒントを辿ろうとしたら、とんでもない会社&とんでもない父親だったインパクトが強すぎた。

法月紡績ってあれや。スポーツメーカーのお高い路線防具に入ってるミスリル糸とかを作ってる会社。

確か国内でも伝説金属紡績ができる会社は2社しかないはず。

 

11 名無しの眼鏡好き

ねねちゃんスレがあると聞いてやってきたら、会社と親父の話しかなくて、しかも強すぎワロタ。

 

12 名無しの眼鏡好き

あのいかにも「インドアで読書好きで育ちました」って見えるねねちゃんが、ゆ~かの話に出て来たブートキャンプを今まで乗り切ってるという事実に震えた。

 

13 名無しの眼鏡好き

しかも純粋培養にしか見えねえ。自己紹介するとき、一回ゆ~かの本名言いかけただろ、アレ。

 

14 名無しの眼鏡好き

配信慣れしてないんだろ。あの時のゆ~かの慌てた顔も凄かった。

 

15 SE-RENを推すモブ

あの時の蓮くんの「やべっ!」って顔も凄かったーw

 

16 名無しの眼鏡好き

SE-RENを推すモブじゃないか! こっちにも来たのか。

 

17 SE-RENを推すモブ

蓮くんの協力者いるところ我あり! というか16はゆ~かちゃんスレの人とみた。

 

18 名無しの眼鏡好き

そもそもここ、ゆ~かチャンネルかSE-RENチャンネル見てるやつしか存在しないぞ。

 

19 名無しの眼鏡好き

>>18 ( ゚д゚)ハッ! 確かに……。

 

20 名無しの眼鏡好き

ゆ~か&SE-RENスレの住民でも更にニッチな層が集まってるのさ……。

 

21 名無しの眼鏡好き

芋ジャースレは他にあるしな。b



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第48話 いざ鎌倉

 ダンジョンで拾ったアイテムは全部ダンジョンハウスで買い取って貰ったんだけど、【神々の果実・復活】が5万円で買い取られ、私たちはちょっと大騒ぎになった。

 このクズアイテムが5万円!? 査定理由が全くもってわからない!

 

 ダンジョンハウス、なんでも買い取ってくれるのは良いけど、謎すぎる……。

 オークションで調べてみたら、数年前に1万円で売りに出された奴が落札者いないまま終わってたもん。

 素直にダンジョンハウスで売ればよかったのに、オークションなんて欲をかくから……。

 

 なんだかんだで58000円ほどの収入があったけど、3人でわけようと言ったら「上級ポーションでお釣りが来るから」と寧々ちゃんには断られ、蓮くんが「解せぬ」って顔で1万円だけ受け取った。

 

 確かに、上級ポーションのお値段見ちゃったら、ねえ……。

 SE-RENの活動資金にもなるんだから、せめて蓮くんにはちゃんと受け取って欲しかったんだけど。

 装備を作る予定もあるし、それも私の持ち出しだから、どうしても遠慮しちゃうみたいだね。

 

 しょうがないから、蓮くんが受け取った以外のお金は鉄インゴットを買って、寧々ちゃんを家に送ったときにその場で押しつけた。クラフトスキルの熟練度上げに絶対使うからね。

 先行投資! って言ったら納得してたのでヨシ。

 

 

 翌土曜日、武器クラフトの職人さんである金沢さんの工房へ行くために、私と蓮くんは鎌倉駅前で待ち合わせをすることにした。

 

 東海道線に乗ってまずは大船へ。そこから横須賀線に乗り換えて鎌倉へ。……と思ってたら、藤沢駅でドアが開いた瞬間、目の前に蓮くんが立ってるし。

 

「なんでいんの?」

「それは俺のセリフだよ……」

 

 おかしい、鎌倉駅で待ち合わせのはずが、藤沢駅で早々に合流してしまった……。

 そりゃ、待ち合わせ時間から逆算したらこの電車になるだろうけど、車両どころかドアまで一緒になる!?

 

「なんなんだ? 俺、こいつと思考回路が一緒なのか? いや、そんな……」

「なにげに失礼な言葉が聞こえましたが」

「いや、気のせいですゆ~か様。今日はよろしくお願いします」

 

 武器を全部持ち出しで作って貰うという負い目からか、低姿勢の蓮くん。君は視聴者さんにもそんな丁寧語使ったことないよね……。

 

「まあいいや、武器クラフトのプロ職人さんに会うのは初めてだから、私は楽しみなのだ。実はまだ何の武器を作って貰うかすら決めてないんだけど」

「マジ? 武器決まってないのかよ。どうすんだ?」

「んー、その場で相談させて貰おうと思ってる」

「行き当たりばったりにも程があるだろ……」

 

 私たちがドア近くで吊革につかまって立ったまましゃべっていたら、ちらちらとこちらを見ている人が何人か。

 

「うっそ、あれ、ゆ~かちゃんと蓮くんだよね?」

「うわ、この辺に住んでるって本当だったんだ……」

「ダンジョン行く格好じゃないよね? デートかな」

 

 声潜めてるつもりかもしれないけど、聞こえてる、聞こえてるよ!

 

「わー、デートと間違えられてるー。草生えるー」

「あまりにも不本意そうに言われて俺が傷つくわ」

「ちょっとあの人たちのところ行ってくる」

「えっ!? おい、待てよゆ~か!」

 

 慌てる蓮くんを置き去りにして、私は噂話をしてた人たちが座っている席の前に立った。

 

「こんにちはー。ゆ~かでーす。動画見てくれてるんですか? ありがとうございまーす」

 

 聞こえてましたーってにっこり笑って言えば、慌てるのは向こうの方。そりゃな!

 私の服もこの前あいちゃんに選んでもらったワンピだし、おしゃれしてるように見えてもしかたないもんね。

 

「ゆ~かちゃん、本物……!」

「本物だよ!? 今日はデートじゃなくて、鎌倉まで武器を作って貰いに行くんです。今度武器のお披露目配信もするから見てくださいねっ。てか、私この顔だけアイドルとデートする趣味はありませんよっ」

「ア、アイドルスマイル! 眩しいっ」

「俺じゃなくてゆ~かが?」

 

 蓮くんまで来てしまった。噂をしてたお姉さんたちは口を押さえて「ひゃっ!」って悲鳴を堪えてる。

 うん、芋ジャーじゃない蓮くんは見た目はイケメンだからね……。動画越しに見てたイケメンが生で目の前にいる衝撃がでっかかったんだろうな。

 

「蓮くん、スマイルするタイプのアイドルじゃないじゃん」

「そもそもおまえアイドルじゃないだろ」

「でもカメラの前に立ってる時間は私の方が圧倒的に長いんだよ。配信歴5年をなめんなよ」

「どーせ、レッスンもまともにしてないアイドルだよ、悪かったな!」

「電車の中で大きい声出さない!」

「おまえの声の方がでかい!」

 

 流れるように言い合いになってしまって、車内の人々の非難の視線がこっちに向く。ああ、やってしまった……。いつもの車の調子でしゃべっちゃったよ。

 

「ガチ本物……」

「動画まんま……」

「アレ全部素なんだ」

 

 お姉さんたちに呆然と言われて、私と蓮くんは揃って肩を落とした。

 すみません、いつも素です。

 

「いきなりすみませんでしたー。デートとか言われてあまりに不本意だったのでつい」

「だからその言い方、俺が傷つくからやめろって言ってんだよ」

「もー、豆腐メンタルだなあ」

「うるせえな、アポイタカラメンタル」

「言い返せるくせに繊細ぶるのやめてくれない?」

「あっあっ、ふたりとも言い争いやめて。ごめんね、ふたり並んで立ってるとゆ~かちゃん可愛いし、蓮くんかっこいいし、お似合いに見えてつい『デートかな』なんて言っちゃって」

 

 私たちの普段どおりのかるーいジャブの応酬に、デートかなって言った人が謝ってくる。誤解さえ解ければいいんだけど、過剰に心配させちゃったかも。

 

「こいついつもこんなに口悪いんだよ。気にしないで」

 

 蓮くんがここぞとばかりにお姉さんたちにちょい悪スマイル! 今「ヒッ!」って小さい悲鳴聞こえた! ママが声を潜めずによく家で上げてる悲鳴と同じ種類のやつ!

 

「じゃあ、俺たちここで降りるんで。また応援よろしく」

 

 電車がちょうど大船駅に着いたので、私たちはお姉さんたちに手を振って電車を降りた。お姉さんたちもぼーっとした顔で手を振り返してくれてる。

 

 電車が発車したのを確認して、蓮くんがぐっと拳を握る。

 

「っしゃ! 今のでチャンネル登録3人は確保しただろ!」

「うわー、あざとい」

「草の根活動って言ってくれ。地味な努力してんだよ」

「あ、地味な努力で思い出したよ。蓮くんの家宛てに、木刀とタイヤ打ち込み台買って送りつけたから。ダンジョン行けない日は走り込みとそれでトレーニングして」

「お、おう……冒険者科よりはマシ……冒険者科よりはマシ……」

 

 心を落ち着かせようとしてるのか、何かの呪文をぶつぶつと唱え始める蓮くん。内容は聞かなかったことにしておいてあげよう。

 

 目の前に横須賀線が滑り込んできた。これに乗ったら2駅で鎌倉だね。

 いざ、鎌倉!

 



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第49話 武器クラフトの金沢さん

 金沢さんの工房は、鎌倉駅から徒歩10分ちょいくらいの場所にあった。

 途中何度も蓮くんが突然ビクッとしてたけど……まあ、あちこちから鎌倉時代の遺骨が出土する場所だしねえ。

 

 スタスタ歩いていたら、突然袖を掴まれた。何事!? と思って振り返ったら、一歩後ろを歩く蓮くんが涙目で私の袖を握っている。

 

「ゆ~か様、俺の前を歩いてください……やべえ、進めない場所がある。鎌倉初めて来たけどこんなだったとは」

「弱っ! 私何にも感じないけど!?」

「俺も正直、普通に歩いててこんな思いをしたのは初めてだ。今までこんなことなかったんだけどなあ……」

「……もしかして、MAGのステータス上がったからじゃ?」

 

 私の一言にサアアーと蓮くんが青ざめる。

 

「俺、もうMAG上げない……」

「しっかり! その理屈で言えばRSTで対抗出来るはずだから!」

「だ、だよな。俺はRSTが高い、俺はRSTが高い……」

 

 蓮くんは呪文をブツブツ唱えながら私の後ろを歩き始めた。

 ところが、またぐっと袖を引っ張られて立ち止まられる。

 

「袖引っ張るのやめてよ、買ったばかりなのに伸びちゃ……」

「ゆ~か……こんなこと頼むの本当に悪いんだけどさ……」

 

 弱々しい蓮くんの声に思わず文句を言っていた口も止まるわ。

 うわぁ……涙目な上に垂れ眉になってる! 見たことない顔過ぎる!

 

「手、繋いで歩いてくれねえ?」

「………………は?」

 

 思わぬ言葉が出て来て、私は口をポカンと開けてその場に立ち尽くした。

 

「や、やっぱ嫌か」

「いや……高校生にもなって男子に手を繋いで欲しいって言われた状況としてはあまりにもアレ過ぎると思って……」

「わ、悪い……それは確かに俺もそう思う。でも、でも、怖いものは怖いんだよぉ……見えねえけどなんか気配があって」

「あーもう、しょうがないなー!」

 

 左手でがしっと蓮くんの右手を握って、私はずんずんと歩き出した。

 蓮くんがきゅっと手を握り返してくるけど……ロマンスの欠片も見当たらねえ!

 

「人を魔除け代わりに使うのやめてよね。確かに私一切そういうものと縁がない体質みたいだけど」

「いや、凄いぞ。前方にあるもやっとしたものがゆ~かを避けて逃げていく……」

「見えてるじゃん……」

「見えてない見えてない! 断じて見えてない!」

 

 これも端から見たらデートと間違えられるのかなあ、手繋いでるし。

 ……でも、涙目で腰が引けてる男の子を引っ張ってずんずん歩いてる女の子って構図はデートとは思えないか。

 

「はい、ここ。着いたよ」

「あ、なんか大丈夫になった」

 

 あからさまにほっとした顔で脱力する蓮くん。うーむ、道すがら、どこがどことどう違ったのか、私には全くわからなかったわ。

 

「手」

「うん?」

「放して」

「ご、ごめん!」

 

 蓮くんが今まで握りしめていた私の手をやっと解放してくれた。はー、手が熱かった。男子は体温高いねえ。

 めちゃくちゃ焦ってる上に赤くなってる人がいるけど、そりゃあ恥ずかしいよねえ……こんな場面ファンに見られたら幻滅されそうだもん。クールで売ってるのに。

 

 金沢さんの工房は普通の家だね。表札の横のインターフォンを押すと男性の声で応答があった。

 

「こんにちはー。武器クラフトのお願いをしてあります柳川です」

『はいはい、今行きます』

 

 すぐにドアがガチャッと開く。現れたのは30代半ばくらいの男性だった。

 

 

 工房にしているという一室に私たちは案内された。とはいえ、入ってみたらテーブルと本棚が置いてあるだけ。鉱石とかたくさんあるのかなと思ってたけど置いてないなあ。

 

「柳川柚香ちゃんと安永蓮くんだったね。僕は金沢亮太。知ってると思うけど武器クラフトマンだよ。よろしく」

「柳川柚香、通称ゆ~かです。よろしくお願いします」

「安永蓮です」

 

 私と蓮くんは揃って頭を下げた。アイテムバッグからドスンとアポイタカラをひとつ出してテーブルの上に置くと、金沢さんは「おー」と嬉しそうな声を上げてそっちに吸い寄せられていく。

 

「これがアポイタカラかあ、初めて実物を見たよ。ヒヒイロカネは扱ったことがあるんだけどアポイタカラはなかなか出回らなくてね。

 いやあ、綺麗な色だなあ。このまま飾っておきたいくらいだ」

「そうらしいですね。私も拾ったときに初めて名前を聞きました。あと、飾っておきたくなるのは凄くわかります」

「蓮くんは魔法補助の杖ってことでいいんだよね? 柚香ちゃんは武器は決まってるかい?」

「それが、決まってなくて」

「ははは、鞭とかだったりしてね」

「鞭? なんでですか?」

「あー……ああ、僕がクラフトマンの修業でLV上げをしてた頃、パワーレベリングに付き合ってくれたパーティーがあったんだけど、その中にテイマーで鞭を使ってる人がいたんだ。柚香ちゃんもテイマーだよね。――なんとなくその人のことを思い出してね」

 

 テイマーで鞭……。従魔を叩いたりするんだろうか。いや、まさかそんな。

 

「まさか、従魔に使ったりは……」

「そんなことはしなかったよ、従魔とはとても仲がよくてね。あの人は強かったなあ」

 

 やっぱり、物理強いテイマーいるんだなあ。そもそも、テイマーが一般の職業の人が補助に取るジョブ扱いで、冒険者としては不人気なのは「基本自分が強くなければ、強い従魔をゲット出来ない」ところにあるんだよね。

 

 ヤマトは別格だと思う。LVだけは当時の私より低かったんだし。

 

「まず今日は柚香ちゃんの武器を作ろう。レシピそのものとは違うフリークラフトには結構MPを使うから、1日に複数作るのは難しいんだ。マジックポーション飲めばいいんだけどね。

 でも複数依頼はめったに無いからね、高額だし」

「そうですよね、そもそも伝説金属が高いし。……そういえば、聞いてなかったんですが依頼料はどのくらいなんでしょうか」

 

 あぶないあぶない、いくらでもお金があるという意識がやっぱりどこかにあるのか、「いくら掛かる」とか考えずに頼むところだったよ。

 

「鉱石持ち込みだから、作った武器にもよるけど小型の物だと50万、大剣みたいな大物だと200万。魔法使い用の武器なら100万円だね」

「つまり、私たちの場合200万から300万……えーと、銀行振り込みでいいんでしたよね」

「もちろん。現金で持ってくる猛者はそうそういないよ」

「そうそういないってことは、稀にいるってことですか」

 

 蓮くんのツッコミに金沢さんが頷いて笑う。いるんか、そんな現金を持って来ちゃう人!

 思わずゴクリとつばを飲み込んだ。クラフト凄いな、めちゃくちゃ儲かるじゃん。



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第50話 アポイタカラに訊くらしい!

 クラスメイトを見ててもわかるけど、クラフト職人は戦闘に興味持ってない人が多くて、体力を鍛えてなかったせいでLV上げるのが他のどんなジョブ志望より大変って聞いたから、金沢さんのLVが気になる。

 

「金沢さんはLVいくつなんですか?

 うちのクラスにもクラフト専攻志望の子が結構いるんですけど、クラフト志望は入学時点で体力ない子が多くて、ついて行けずにリタイヤしちゃった人もいるんですよ」

「ああ、わかるなあ! 僕はLVは30だけど初期は地道にソロ狩りでLVを上げて、でもやっぱりステータスの伸びは悪くてね。クラフトスキルを取るにはDEXが必要だけど、実際にクラフトマンになったら、MPとDEXしか仕事に関係がないから伸びが悪いのにも無頓着になっちゃうんだよ」

 

 そうか! クラフト志望のクラスメイトは特にブートキャンプを嫌がってるのが目立つんだけど、確かに仕事に必要なレシピを身につけられるLVだけ上げられれば、あとのステータスはどうでもいいと思っちゃうのか。

 

 クラフトマンはまずDEX上げてスキルの「クラフト」を取得して、初期にスキルと一緒に入手したレシピで一定数のクラフトを行うとジョブとして「クラフトマン」になることができる。

 

 しかもそこからLVを上げてDEXを上げないと大雑把なカテゴリ分けされてるレシピが習得出来ないときたもんだ。

 DEXはクラフトしてればLVアップでかなり上がるらしいから、他のステータスが気にならなくなるのも仕方ない。

 

 これが、冒険者科の専攻の中でクラフト志望が一番「厳しい」と言われる所以(ゆえん)

 大人になって割と長いこと苦労するか、今のうちに短期間で苦労しておくかの違いなんだ。厳しすぎるな、クラフトマン。

 

 中には自分で伝説金属の鉱床を掘りに行く人もいて、そういう人は戦闘能力もかなり上げてるらしいけど。

 

「ひとりで戦うのが厳しくなってきたら、クラフト修行掲示板ってところがあって、そこでパーティー募集をしてるから数人でパーティーを組んで戦ったりしてね。それで上げられたのはLV20までかな。そこから先は高LVの冒険者に依頼を出して、一緒に戦って貰ってパワーレベリングって奴だね。

 そのお金がLV30になるまで結構かかって、まだ借金を返し終わってないんだよ」

 

 言葉の最後の方の声が悲しげだった……。

 逆に高LV冒険者だと、そういう稼ぎ方も出来るってことなんだなあ。

 

「武器が出来たらお披露目配信の時に、金沢さんのこと宣伝しておきますね!

 私はダンジョンアタック始めたばかりなので、主にショートソードを使ってるんですけど、学校で練習で使う武器はどれもいまいちこれだっていう感じがしないっていうか、それなりに持たされる武器は使えちゃうので決められなくて」

「自慢に聞こえるのは俺だけか」

「あんただけです。テイマー自体は中衛か後衛で戦闘補助をすることが多くてボウガンとか使ってる人が多いみたいなんですが、私のステータスはバリバリの前衛適正で、近接武器の方がいいかなあって4月から悩んでます」

 

 真剣に悩んでることを打ち明けると、金沢さんは穏やかな表情でうんうんと頷いてくれた。

 

「そうか、じゃあ、柚香ちゃんと縁の深いこの鉱石に『何になりたいか』を訊いてみよう。きっと君に合う武器になってくれるはずだよ」

 

 えっ!? アポイタカラに訊く!? アポイタカラって意思が存在するの?

 

「そんなことできるんですか!?」

「僕はできるね。これはクラフトのスキルじゃなくてもっとスピリチュアルなものなんだけども。じゃあ、ちょっと待っててね」

 

 アポイタカラに手をかざして目を瞑る金沢さん。そうしたら後ろで蓮くんが「うっ」と小さく呻いた。

 

「どしたの」

 

 金沢さんの邪魔にならないように小声でささやく。

 蓮くんは顔をしかめたまま私の耳に口を近づけてきて小さい声で答えた。

 

「なんかオーラ? 気? アポイタカラのそんな奴が螺旋状に渦巻いてるのがぐわっていきなり強くなった」

 

 ひえっ、そういえばここにもスピリチュアルな人がいた。さすが霊能者おばあちゃんの孫! 魔法適正ってそういうものなの? 私全然感じません!

 

「うん、うん……形が見えたよ。これは刀だね。反りがあって、それなりの長さがある。分類で言うと太刀ってことかな」

「日本刀ですか」

「そう。やっぱり遠距離武器じゃなくて近接武器が良かったみたいだ」

 

 日本刀かー、確かに縁があると言えばあるんだよね。凄いな、伝説金属。

 

「日本刀はママに連れられて結構たくさん見てきましたよ。圧切(へしきり)長谷部見るんだっていきなり福岡日帰り弾丸ツアーとか付き合わされたり。博多ラーメン美味しかったぁー……って、そうじゃなくて。そっか、日本刀なのかー」

「おっ、柚香ちゃんは日本刀のことはそれなりに知ってるのかな? 好きな刀とかあるの?」

(おか)()(ぎり)です!」

「ははは、岡田切かあ、国宝だね。柚香ちゃんは結構目利きだね」

 

 岡田切って言って即国宝だねって返ってくる金沢さんもさすがだなあ。そういえば、本棚の本は各種武器の本ばっかりだね。

 

 私は興味ある物しか憶えてないから、たくさん見てはいるんだけど、その他の国宝の刀とかはあんまり名前憶えてない。

 (おお)(かね)(ひら)(きつ)(こう)(さだ)(むね)、あと()()(づき)(むね)(ちか)くらいは知ってるけど。

 写真見ても大包平と三日月宗近くらいしか見分けられないね。あのドヤァしてる大包平と、研ぎ減りまくってる薄い三日月宗近はさすがに他とは見間違えない。

 

「岡田切?」

 

 刀には全く詳しくないらしい蓮くんが尋ねてくる。

 

「うん。岡田切(よし)(ふさ)。吉房さんが作って、岡田さんを切った刀」

「刀のネーミングってそんなレベルで決まるのか?」

「さあ? 必ずしもそうじゃないと思うけど」

 

 蓮くんが尋ねてきたから岡田切の号の由来を端的に答えたけど、他の刀の号の由来は語れるほどは知らないなあ。

 

「刀は綺麗かどうかとか、面白そうかどうかでしか見てないから、細かいところはそんなに詳しくないんだ。聞きたいならママに頼めば2時間くらい語ってくれるよ」

「い、いや、それはいい」

「刀を綺麗という視点で見る人は多いけど、面白そうってどういう見方で思うんだい?」

 

 興味深そうに金沢さんが訊いてくる。面白かった刀と言えば、私にとってはあの二振りだな!

 

「面白かった刀は()(せん)兼定(かねさだ)()(しゆう)(きよ)(みつ)ですね。

 歌仙兼定は(つば)の方から(きつさき)に向かって明らかに細くなってて、重心が見たことないくらい手元にあって殺意高すぎて、見たとき思わず吹きました。あれ、その気になれば片手で振り回せますよね。

 加州清光は博物館で実物持たせて貰ったことがあるんですけど、まー持ちにくいこと。重心があちこちにばらけてる感じで、確かにこれは使いにくそうな刀だわって思って。某ゲーム内で加州清光モチーフのキャラが自分で『扱いにくい』って言ってるんですけど、そりゃそうだろうなあと。これを扱ってたなら沖田総司凄いですよねー」

 

 私が嬉々として面白かった刀について語ったら、金沢さんがえらいこと驚いている。

 えっ……もしかしてマニアックすぎた? 刀好きの基準がママだから、私もおかしくなってたのか!

 

「……高校1年生だよね? 随分刀は扱ってきたの? 居合いとかやってた?」

「やってません。真剣持ったのも博物館くらいですよ」

「参ったなあ、わかる子にはわかるんだねえ……うん、日本刀なのはそうなるべくしてそうなったんだと思うよ」

 

 私たちの会話について行けず、ポカンとしてるアイドルひとり。



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第51話 岡田切吉房と運命の刀

「それじゃあ、見えたことだしクラフトしてみよう。フリークラフトはね、大分類の中で好きなように作れるんだ。例えば日本刀なら『剣』というカテゴリーだね。これはクラフトでも比較的初期に取得出来るんだけど、LVを上げていかないと時間も掛かるし最大MPも上がらない。そこがクラフトの苦労のしどころかな」

「なるほどー。友達はまだスキルが取れたばかりで【なまくらの剣】一振りでヘロヘロになってました」

「なまくらの剣か……懐かしい名前だなあ。スキルが上がってくると材料変換が出来るようになって、溜まりに溜まったなまくらの剣をインゴットに戻せるようになるんだけどね。あの瞬間が一番の快感だったかもしれないなあ」

 

 溜まりに溜まったなまくらの剣……なんて恐ろしい響きなんだ。でもきっと寧々ちゃんちでも今頃、なまくらの剣ができているはず。

 

「よし、始めるよ。フリークラフトのやり方は実は人によって違うんだ。僕は僕なりのやり方があってね。少し驚くかもしれないけども、そのまま見ていてくれないかな」

 

 私と蓮くんが頷くと、金沢さんはアポイタカラの前ですぅと深呼吸をし、背筋を伸ばした。

 両手を合わせ、右手を少し下にずらす。そのまま、パァン! と柏手が打たれ、部屋の中がビリビリと震えた。

 

「掛けまくも(かしこ)(かね)に宿りたる(おお)(かみ)(もう)しあげる。(とお)つ国より来たりしこの金の、内に含めし御姿(みすがた)(あらわ)(たま)え」

 

 意味がわかるようなわからないような言葉を変わった節回しで歌うように言うと、金沢さんはアポイタカラに向かって直角に近い角度でお辞儀をした。

 それから手をかざし、集中を始めたのか目を閉じている。アポイタカラはすぐにきらきらと光り出して、見る間に一振りの刀と残りの鉱石がそこには現れた。

 

 う……わ……。なんだろう、空気がさっきまでと違う。早朝の松林の中のように潤った清々しい空気が流れてるみたい。

 クラフト完了までの時間の早さにも驚かされたけど、もっと驚いたのは現れた刀が、鞘に入っていたことだ。クラフトってそこまでできちゃうのか。

 

「すご……そうか、この家の周りが平気だったのはこういうことか」

 

 ぽつりと呟く蓮くん。そういえば、家の前に来たとき大丈夫になったって言ってたなあ。

 

「ふう、さすがはアポイタカラというのかなあ。普段とは手応えが違ったね」

 

 掛かった時間が短くても、消費したMPは多いんだろう。金沢さんはあいちゃんがクラフトした時みたいに大汗を掻いていた。

 

「さあ、柚香ちゃん、鑑定してごらん」

「はっ! なんかいろいろ凄くて忘れてました! なんか神社でやるみたいなことしてましたよね? あれはなんですか?」

「人によって精神集中の方法が違うんだ。最初に柏手を打ったのは場の気を清めるため。次に唱えていたのは祝詞のようなものなんだけど、僕は伝説金属に神様が宿っているように感じていてね。

 だから、金属の中にいる神様に、その金属の中に宿している姿を――今日の場合は柚香ちゃんに合う日本刀の形だけども――それを現してくださいとお願いしたんだよ。それから、金属に対して敬意を表して、クラフトするという流れだね」

「ほへぇ~……あ、鑑定鑑定。

 【(むら)(さめ)(まる)】魔力によって水の力を現し、鞘から抜けば露を宿らせ、更に魔力を流せば鮮血を洗い流すが如き勢いの水を出すことが出来る。……だそうです。属性は付いてないけど水に関係してる刀みたいですね」

 

 私の話を聞いて、金沢さんはちょっと首を傾げた後スマホで何か調べ始めた。すぐに求めるものが見つかったのか、「ああ!」と納得したような声を上げている。

 

「南総里見八犬伝に出てくる架空の刀だね。聞いたことはあると思ったんだけど、村雨とか村雲とか似たような名前の刀が多いから引っかかっちゃったよ」

「あー、里見八犬伝。読んだことはあります。中身は憶えてないけど」

「魔力を流せば、って。ゆ~かに使えるのか?」

 

 うっ、蓮くんの言葉が突き刺さる! どうせ私は魔法適正最低だよ!

 

「それ自体は武器の性能とは違う、おまけみたいなものだね。普通に刀として使う分には関係ないよ。柚香ちゃん、鞘から抜いてみてくれないかな」

「はい……うわー、緊張するー!」

 

 私は少し震える手で村雨丸を持ち上げ、左手で鞘をしっかり握ると右手で(つか)を握って慎重に刀を抜いた。日本刀は実際の重量より、手で持ったときにもっと重みを感じる。

 

 鞘から抜いた村雨丸を、照明で見やすいようにまっすぐに刃が横向きになるようにして見てみる。

 

 村雨丸は、青みがかった黒い()(がね)乱刃(みだれば)()(もん)が入った刀だった。

 ぞっとするほど綺麗……というか、見覚えが……()(はば)広く、反り高く、刃文は丁字(ちようじ)乱れ。華やかな刃文は福岡一文字の特徴だってママが言ってた。

 

「岡田切にそっくりだ」

「この派手な刃文は僕にも確かに岡田切に見える。多分そこはアポイタカラが合わせてくれたんだろうと思うよ。伝説金属で武器を作ると稀にそういうことがある。持ち主が何か明確なイメージを持ってるときに限るみたいだけど」

 

 金沢さんは汗を拭いてマジックポーションを飲みながら言った。

 

「まさか村雨丸なんて名前の知られた刀が、岡田切の姿で出てくるなんて思わなかった。いやあ、凄い物を扱わせて貰ったよ、ありがとう」

「とんでもないです。こちらこそこんな見事な刀にしていただいて……刃文、猫の足跡にして欲しいとか言わなくて良かったです。これはこの形が完成形ですから」

 

 私は漆塗りっぽく見える黒い鞘に村雨丸を納めると大事に抱いて、金沢さんに深々とお辞儀をした。



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第52話 マニアック? いえ、我が家ではデフォルトです

「ははは、猫の足跡の刃文作ってる人いるねえ。あの人は本職の刀鍛冶だけども。

 さて、久々に魂が震えるような刺激を受けたよ。柚香ちゃんにはこの余っている分でもう一品何か作ってあげよう。もちろん費用はおまけだからタダだよ。そうだ、太刀は一応大物だから200万円になるよ」

「200万でおまけまで作って貰っていいんですか!?」

「本当に凄い物だよ、このアポイタカラは。ヒヒイロカネの色違いって言われてるけど、今まで扱ってきたヒヒイロカネより一段上だね。霊性が違う」

 

 霊性が違う……それは私には全くの分野だけど、蓮くんは激しく頷いてる。

 

「わかります。ヒヒイロカネは写真でしか見たことないですけど、あれは物理一辺倒ですよね。やる気はあるけどまっすぐしか行く気は無い、みたいな」

「君もわかる人か! いやあ、今日は凄い日だなあ。

 そうなんだよ、青は霊性の高い色なんだよね。多分その辺が関係してると僕は感じたんだけど、ヒヒイロカネよりアポイタカラの方がおそらく能力修正も高いし魔法使い用の武器としてもミスリルにも負けないものが作れそうだよ」

 

 青は霊性が高い色? 青と言えば私の中では蓮くんのイメージカラーなんだけど、確かに霊性は高そうだね。

 

 それにしても、もう一品かあ。メイン武器が太刀だから、小回りの利く、できれば投擲武器……と言ったらやっぱりあれだな。

 

「棒手裏剣が欲しいです。アポイタカラだったらそれなりに攻撃力が出そうだし、右太ももにベルトで、こう何本か留めておいて、中距離の時はすっと抜いて投げる! 即効性のしびれ薬とか塗っておいてもいいし」

 

 棒手裏剣を構えて投げるポーズを取って見せたら、金沢さんがフリーズした。あれ? 私何か変なこと言ったかな。

 

「おじさん、君が何者なのか疑問になってきたよ……棒手裏剣か、渋すぎる」

「何者と言われましても……オタクとオタクの間に生まれたサラブレッドオタク?」

「いや、本当におまえ何者なんだよ。手裏剣なんかあの十字みたいになってるやつしか知らないぞ」

「やーいやーい、一般人~」

「うるせえ、サカバンバスピス!」

「手裏剣は幼稚園の頃に投げてみたいって言ったら、小田原城の体験会に連れて行かれて、楽しくてハマっちゃって、ママが手裏剣何種類かと的にするための畳と段ボール箱を用意してくれたんです。

 最初は嬉しくて一日中打ってたんですけど、そのうち棒手裏剣が威力高いなって気づいて。中学入ってからも、こう、テスト前でストレスが溜まったときとかドスっとやってました。受験前とか毎日めちゃくちゃ打ってたので、もし熟練度があったなら凄いことになってると思いますよ」

 

 苦笑した顔が固まってる金沢さんと、口が開きっぱなしの蓮くんが目の前にいる。

 なんでやねん。ストレス溜まったら手裏剣打ちたくなるでしょ? ならないの!?

 

「手裏剣打ちたく……」

「なったことない」

 

 言葉の途中で否定されましたわ。早い。

 

「ちなみに金沢さんは今までに手裏剣作ったことは」

「ないなあ」

 

 あっ、そこで「ほらみろ」みたいな勝ち誇った顔で見下ろしてくるイケメンヒーラー! 腹立つ!

 

「サブ武器だからナイフ的なものがいいのかと思ったんだけど……一般的にもそのパターンが多いし。投擲武器で本当にいいの?」

「メイン武器が太刀になるって、実はあまり想定してなかったんです。今まで片手剣と盾だったので、両手持ち武器の戦闘術は学校でやってるくらいで」

「学校でやるんだ!? はぁー、冒険者科って凄いねえ」

 

 凄く驚いてる金沢さん。そうか、一般的には「高校で一通りの武器の扱いを叩き込まれる」ってシチュエーションないもんね。

 冒険者科だって設立7年目とか聞いたし、まだまだ世間一般への浸透度は低い。カリキュラムだって未だに試行錯誤中らしいし。

 

「なので、もしこの太刀を落としちゃったりしてそれでも戦闘継続しなきゃいけないってことになったら、私多分素手格闘にそのまま移行しちゃうと思うんですよね……」

「素手格闘も学校でやってるんだ!?」

「やってますし、我が家の中では回し蹴りとか正拳突きとか当たり前に飛んできます。それを腕で止めて上段蹴り入れ返すまでがコミニュケーションです」

 

 なんか心当たりがあるらしく、頭を抱えてるアイドルひとり。察しちゃったね、そう、ゲームやりすぎて動きが体にまで染みついちゃったママですよ!

 あの人凄いんだよね。ミュージカル見続けて殺陣(たて)の完コピとかしたりするの。夜に庭で木刀振り回したりしてる。

 

「ちょっと待ってね、おじさん頭が混乱してきたから……。えーと……ああ、そうだった、はいはいはい。じゃあ、防具クラフトの方で手甲を作って貰う感じかな」

「そのつもりです。多分癖で左腕で攻撃受け止めようとしたりしちゃうと思うし」

「それならまあ……うん、本人が欲しがっている物が一番いい物だ。手裏剣も剣のうちだし、柚香ちゃんは結局そこに縁があるんだろうな。じゃあ棒手裏剣を5本作ろう」

 

 私の村雨丸を作った後半分くらいの大きさになったアポイタカラをテーブルの真ん中に据えて、金沢さんはまたあの祝詞を唱え、棒手裏剣をクラフトした。

 

 おー、これはアポイタカラの色そのままだあ! アポイタカラの鉱石がそのままうんと小さくなったみたいで綺麗。

 持ってみると、長さといい重さといいジャストフィット! 凄い、これは投げやすそう!

 

「わー、凄い、手にしっくりきます!! マイ手裏剣嬉しいー! ありがとうございます!」

「手裏剣が手にしっくりくる……いろいろな意味で勉強になったよ。ははははは」

 

 汗を拭きながら、何か悟りを開いたような顔で笑う金沢さん。勉強になったとは? 武器の知識に関してはプロの金沢さんの方が絶対上だと思うんだけど。




活動報告に柴犬無双第52話裏話を追加しました。こちらもどうぞ。


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第53話 蓮の武器

 本当は武器クラフトには土日金沢さんの予定を空けて貰ってる。

 蓮くんの武器はまた明日……となるはずのところだったんだけど。

 

「今やる気が満ちてるから、多少無理してでも今日中に作りきりたいね。こういうときには間違いなくいい物が作れる」

 

 私の村雨丸を作ったときにはマジックポーション飲んでたからMP消費が激しかったんだろうけど、今度は飲まずにそのまま蓮くんの武器を作ろうとしている。

 手裏剣の消費MPが少なかったから行けるって判断してるんだろうけど、大丈夫かなあ?

 

「MP大丈夫ですか?」

「魔法使い用の武器は、太刀とかに比べればそれほどではないからね。ギリギリまで行くかもしれないけど大丈夫。念のため聞いておくけど、蓮くんは特にこれという希望はないんだよね?」

「ないですね……というか、杖に種類があるとか考えたことなかったです」

 

 そっかー! 魔法使いだもん、基本的には杖でぶん殴るわけじゃないもんね。いや、補助魔法が得意な人とか、自分にバフ掛けてガチ近接戦闘する人もいるらしいって聞いたけど。

 

「つまり、能力値補正に重きを置いた運用ってことだね。じゃあ、またアポイタカラに任せてみよう」

 

 そういえば、これを見つけたとき蓮くんも一緒にいたもんね。そっちにも縁があるとも言える。

 金沢さんは手裏剣の時とは違い、一度部屋を出て顔と手を洗ってきたらしく、タオルで拭いながら戻ってきた。

 

 そして、柏手を打ってから始まるフルバージョンのクラフトだ。

 

 10キロのアポイタカラが最初はテーブルの上にあったんだけど、まだそれは半分近く残ってる。魔法使い用の武器ならあれで足りるんだろうな。

 

 クラフトが終わったときそこに現れていたのは――。

 

「これ、先端に付いてるのって……まさか」

(はす)の花の蕾だね。そこの鶴岡八幡宮の源平池に夏になるとたくさん咲くよ」

 

 ちょっと戸惑った感じの蓮くんの声。金沢さんのさくっと切り捨てる感じの断言。

 

 蓮くんの武器はもちろん杖で、先端に蓮の花の蕾が付いてた。まるで氷でできた彫刻みたいで綺麗だけど。蓮くんが鑑定したら【ロータスロッド】って。

 なんという直接的なネーミング! 草生える!

 

「……まんまじゃん?」

「俺の名前まんまだな……」

「名前というのは霊的に重要な要素をもつから、特に魔力関係では影響を受ける事が多いんだよ」

「あ、なんか属性付いてる」

「えーっ!? 激レアでは!? 何付いてる?」

「氷属性……」

 

 うっは……また大変な物を引いてるよ、この人は。

 初級魔法のスキルで取れる魔法はファイアーボールで、氷属性とは相性悪い。

 氷系の魔法は確か、結構MAGが高くないと取れないんじゃなかったかなあ。その辺は教科書ざっと見ただけでまだ授業で習ってないし、私には無縁と思ってたからうろ覚え。

 

「……元気出しなよ」

「いや、別に落ち込んでないけど。新武器お披露目配信するつもりだったけどこれはやる意味あるのか疑問に思ってきた」

「じゃあ私単独でやるー」

「蓮くんはMAG相当高いの?」

 

 金沢さんが聞いてきたので、LV8で15ですと素直に答える蓮くん。いつも思うんだけど、こやつは大人には素直だよね……。

 

「それで、霊感持ちなんだ?」

「認めたくはないけどそうみたいです。さっきゆ~かの武器を何にするかってアポイタカラに訊いてたとき、アポイタカラの中にそれまでらせん状に渦巻いてた気がぐわーっと大きくなるのを感じました」

「あ、それはね、アポイタカラの分子構造がらせん状になってるからだよ。ははは、本当に気が見えてるねえ。ちなみに霊感とMAGは無関係だよ。

 僕もあちこち出かけると入れない場所があったり、防御法を身につけるまではかなり酷い目に遭ったりしたけど、LV30でMAGはやっと20だからね」

「マジですか……」

 

 蓮くんはくたくたとその場に崩れ落ちた。――てか、それどころじゃない話を今聞いた気がする!

 

「金沢さん、気の巡らし方を知ってるんですよね?

 私MAGが低すぎて初級魔法も取得出来ないんですけど、テイマーとして従魔にコマンド出すときに魔力を乗せないと上手く作用しないことに気づいたんです。

 もし、鍛錬法を知ってたら教えてくれませんか!?」

「はっ!? 防御法も知ってるんですよね? 俺にも教えてください! ここに来るまで怖くて怖くて、ゆ~かに前歩いて貰わないと無理だったんです!」

 

 ……手を繋いで貰わないと歩けなーいって、半泣きになってた事実は華麗に伏せたか。だよねえ、かっこつけだもんね。

 

「ちょっと待ってね、汗だくになっちゃったから一度着替えてくるよ。ふたりともお昼は?」

「何か食べ歩きしようかなーと思ってました。紫いもソフトとか焼きたておせんべいとか。帰りに鳩のサブレーの一番でっかい缶を買って来いって言われますし」

「マジか。下調べ準備万端かよ。俺付き合わないぞ」

「いや別に? ここで解散して蓮くん先にひとりで帰ればいいじゃん?」

「嘘です、すみません、せめて駅まで一緒に歩いてください」

 

 さっきの金沢さんみたいな90度のお辞儀……。そんなに怖いのかー。

 

「あー、地元に住んでるとなかなかやらないやつだね。せっかくだから僕もご一緒していいかな。

 ファミレスでも、と思ったんだけども食べ歩きも楽しそうだからね。じゃあ、着替えてきたら気を巡らすコツを教えて、その後で食事して帰るということで?」

「はい、お願いします!」

「よろしくお願いします!」

 

 地元の金沢さんが一緒なら、リサーチし切れてない穴場のお店とか教えて貰えるかも! やったー!



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第54話 村雨丸鍛錬法

 着替えた金沢さんが工房に戻ってきて、私に村雨丸を出して欲しいと頼んだ。

 一度アイテムバッグにしまった村雨丸をテーブルの上に出すと、金沢さんが村雨丸を蓮くんに持つように指示する。

 

「俺が? これゆ~かの武器ですけど」

「いいから、鞘から抜いてみて」

 

 金沢さんの指示通りに蓮くんが村雨丸を鞘から抜くと――刃の上に露!

 

「ずるい! なんで持ち主の私が持ってもダメなのに蓮くんが持つと露が出るの!?」

「ああ、基本的に自然と気を巡らすことはできてるんだね。じゃあ蓮くん、その村雨丸を持ったまま、魔法を使う感じに気合いを込めてみて。呪文は唱えないで魔法を使おうとする感じに」

「はい。……うわっ!」

 

 蓮くんが持ってる村雨丸のあちこちから、ビューって水が噴き出した!! なにそれずるい! 私もやりたい!!

 

「水芸!」

「うわああああ、これどうやって止めたらいいんですかー!」

 

 自分でやらせておいて金沢さんは爆笑してるし。蓮くんは予想外のことにうろたえてるし。

 

「雑巾持ってこなきゃ! ぎゃー、床が水浸しになってるぅー!」

「止めて止めて! ゆ~か、パス!」

「えっ、いきなり太刀渡してこないでよ、危ないなあ!!」

 

 村雨丸は私が持った途端に放水を止めた。そこもなんでやねん! 持ち主は私!

 

「このびしょ濡れの太刀、どうしたら……」

「ンッフッフ……布で拭くしか……ないね……水芸、ブッ」

 

 ツボにはまって笑い続ける金沢さんが、雑巾とタオルを持ってきてくれた。

 タオルで刀を拭いていいものなのか? いや、これ(たま)(はがね)じゃなくてアポイタカラ製だからなあ。アポイタカラってどの程度錆びるんだろうか……。

 うん、水を出したのも村雨丸なんだし、タオルで拭くか。濡らしたままにして置くよりはマシだよね。

 

 水気を拭き取った村雨丸を一度鞘に納め、私も掃除に参加。蓮くんは「やっちまったー」って顔をしながら一生懸命床拭きをしている。

 

 びしょびしょになった雑巾を洗面所で絞ってはまた床を拭く。これの繰り返し。

 なんでこんなことになってるんでしょう。

 

「結局今のはどんな意味があったんですか? 無人島に行くとき村雨丸と蓮くんがあれば真水に困らないってことですか」

「道具扱いつらみ……」

「人を魔除けに使った奴に言われたくないわ」

「えーとねえ、蓮くんが意図的に気を操作することが出来てるかの確認だったんだ。まさかあんなことになるとは……ブフッ」

 

 金沢さんが思い出し笑いモードに入ってしまった!

 

「つまりこれは配信でやるとウケるやつだね」

「絶対やらねえ」

 

 心底嫌そうに言って、蓮くんは自分の雑巾と私の使ってた雑巾を持って洗面所に行った。

 もしかして、今のは気遣い?

 だが、私も手を洗わないといけないんだけどなあ。……なんで蓮くんってこう空回りするんだろう。

 

 床の水たまりがやっとなくなって、金沢さんは改めて蓮くんと私を並んで立たせて説明を始めた。

 

「足を肩幅に自然に開いて、うん、肩の力を抜いてね。気を巡らすのは瞑想でも重要だし、緊張状態や頭に血が上ったときにリラックスしたりする効果もあるから憶えておいて損はないと思う。

 ちなみに、魔力と気はほとんど同じ物だね。魔法に使うときだけ魔力と言ってるけども、蓮くんは既にある程度の気を操れるから雑霊くらいは簡単に祓えるはずだよ」

「えっ、アレを祓えるんですか?」

「気の放出が出来ればね。――さて、話を戻そうか。おへその下、指4本揃えて置いたところにあるツボのことを丹田という。ここを意識しながら、鼻から4秒掛けて息を吸い、同じく鼻から8秒掛けて吐き出す。これが基本の呼吸法だよ。

 それで、ここからが我流だけども僕がやってる呼吸法。自分に合わないと思ったら試行錯誤するなり別のやり方を探すなりして欲しい。

 目を閉じて、両手を丹田の上に置き、鼻から息を吸うときに『気を取り込む』イメージを持ちながら左半身を下るように気を丹田に送り、鼻から吐くときに『気を吐き出す』イメージを持ちながら丹田から右半身を通って気が上ってくるようにする。うまく出来てると、体がそのうちポカポカしてくるよ。

 気の鍛錬はイメージトレーニングも重要なんだ。気が自分の体を巡っているというイメージを持ちながらやることだね」

 

 目を閉じて、鼻から息を吸って鼻からゆっくり吐く。繰り返していると確かに落ち着くけど、体がポカポカするほどにはならなかった。

 

 しばらく続けた私たちの表情を見て、金沢さんは「あー、わかってるよー」という表情で頷く。

 

「いきなり出来ると思わないで、日々少しずつでもいいから続けることだね。それで、蓮くんの防御法だけど、魔法を使うときの魔力を放出する感じ、あの気を放出しきらないで自分の周りに膜状に留めておくんだ。イメージとしては、卵の殻の中に自分がいるイメージでね。その膜が張れるようになると、バリアになる。――ちなみにこれもRSTとは無関係みたいだ」

「RSTとは無関係なんですか……金沢さん、すみませんがLIME交換してください! 俺もっといろいろ教えて欲しくて」

「あー、ずるいの三乗! 私も! 私もLIME交換させてください!」

「三乗ってなんだよ、俺なにかやったか!?」

「魔力高いのずるい、私の村雨丸で露も水も出したのずるい、金沢さんとLIME交換しようとするのずるい!」

「こ、この超絶ワガママめ……全部俺のせいじゃないだろ」

「LIME……多分女子高生とLIME交換したって言うと奥さんに半殺しにされちゃうから……」

 

 ……うちのママみたいな奥さんがいるんだな、金沢さん。言葉に哀愁が漂ってたので、私は無言で取り出していたスマホを下げた。

 

「うーん、いろいろ教えてあげたいのはやまやまなんだけど。蓮くんとだけ交換でいいかな」

「よろしくお願いします!」

「今日は奥さんはいらっしゃらないんですか? 女子高生と一緒に食べ歩きしたってバレても平気ですか!?」

「それは、柚香ちゃんだけじゃなくて蓮くんも一緒だって知ってるからね。

 奥さんはね、今日は宮本歩夢くんの朗読劇の昼の部が取れたって、友達と出かけてるんだよ」

「みやもとあゆむくんのろうどくげき……う、うちのママもそれ行ってます……」

 

 世界は広いけど世間は狭い! こういうときに実感するね!

 

「そうだよね!? うちの奥さん経由で君たちの武器クラフトの話が来たから」

「つまり、ママのオタ友が金沢さんの奥さんってことなんですね」

「あー……そういうことだね。友達にもいろんな種類があるなあ」

「金沢さんは何かマニアックな沼に足突っ込んでないんですか?」

「ゆ~か、聞き方……」

「僕? 僕は見ての通り武器マニアだよ」

 

 本棚にずらりと並んだ武器関連書籍をドヤ顔で見せてくる金沢さん……なるほど、趣味を職業にしてしまった人か。



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第55話 天然と養殖はだいぶ違う

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


「それと、柚香ちゃんの気の鍛錬法だけど、今のように気を巡らすイメージを持ちながら、村雨丸を実際に持ってみるといいと思う」

「村雨丸を?」

 

 急に真剣な顔になって金沢さんは頷く。テーブルに置かれた私の村雨丸に左手をかざしながら。

 

「蓮くんのロータスロッドは、もちろん蓮くん自身と強い縁を持っている。もう名前からしてそうだしね。

 だけど、岡田切を好きなゆ~かちゃんの気持ちを反映したとしても、そこで『岡田切吉房写し』ではなく『村雨丸』である理由がきっとあるんだよ。今まで結構な数の武器を作ってきたけども、これ程までに強い繋がりを武器と持ち主の間に感じたことはないんだ。

 さっき、『太刀を落としても戦闘継続しなきゃいけなくなったら』ってシチュエーションを想定したよね。けれど、この武器は絶対に君の手元から離れない。戦闘中に弾かれたりして落っことすことはあっても、ロストすることはあり得ない。

 ――そこで、柚香ちゃんと深く繋がっている村雨丸の特性である『魔力に反応して露を出す』ことを訓練に使えばいいと思う」

 

 ひえええええ、なんかスピリチュアルな人に凄いこと言われてる! 私の手元から離れないって、例えば呪いの人形的にどっかに置いてきてもいつの間にか戻ってるってこと!?

 いや、そもそも私から手放すことがあり得ないけどね!

 

「ぐ、具体的にはどうしたらいいんでしょうか」

 

 手がかりが欲しくて食い下がったら、金沢さんは蓮くんに問いかけた。

 

「蓮くんは魔法を使うとき、気をどうやって流してる?」

「えっ……無意識に……」

「相変わらず役に立たない、この天然魔法使いめ……」

 

 いい加減私やさぐれそうだよ……。私が斜め下を向いてケッ! って思わず呟いたら、蓮くんは肩を落とし、金沢さんはまた爆笑した。

 

「あー、だめだ。天性の才能の前では努力の仕方を訊いても無理って奴だね。いや、蓮くん、落ち込むことはないよ。魔法の才能は生まれつきのものだから、努力して出来るようになる人と、ナチュラルに出来ちゃう人とでは全くやり方が違うみたいなんだよね。

 ちなみに僕は霊感はあるし気を操れるのに、何故かMAGが上がらなくて魔法は得意じゃないんだ。中級魔法を取るのが精一杯だったよ」

 

 中級魔法を取るのが「精一杯」って……。

 初級魔法も取れない私、立場が全くないんですが。

 

「……ふたりとも、私の参考にはならないみたいです」

「ごめんごめん。村雨丸を持ったままさっきの気を巡らす訓練をしてね、その時に刀を自分の体の延長だと思ってそっちまで気を流すんだ。これ自体はただの気を巡らす訓練でしかないけど、村雨丸を使う理由がひとつある。

 それはね『気を通せたとき、証拠として露が出る』ことなんだよ」

「そっか! 確かに、成功してるか失敗してるか判断に難しいですけど、村雨丸だったらそれがわかるんだ!」

 

 うわあ、震えた! 鳥肌立った! ただ切れ味がよくて美しいだけじゃなくて、私の低いMPとMAGでも魔力を鍛えることが出来る!

 村雨丸、本当に凄い! ――あ、大事なこと忘れてた。ステータス補正確認しなきゃ!

 

ゆ~か LV6

HP 55/55(+180)

MP 6/6(+50)

STR 14(+100)

VIT 20(+80)

MAG 4(+30)

RST 5(+30)

DEX 17(+90)

AGI 21(+70)

ジョブ 【テイマー】

装備 【村雨丸】

従魔 【ヤマト】

 

「はいぃぃぃぃ!?」

 

 え、えげつない程のステータス補正が付いている!!

 

「ここここここれ、これ見て」

「うわっ!? なんだその補正! やべえ、俺も装備して見てみよう!」

 

 手を出してくる蓮くんにロータスロッドを渡して、横からスマホを覗き込む。

 ロータスロッドの補正は――。

 

安永蓮 LV8 

HP 30/30(+30)

MP 25/25(+200)

STR 6(+10)

VIT 7(+15)

MAG 15(+150)

RST 17(+90)

DEX 13(+55)

AGI 10(+80)

スキル 【初級ヒール】

装備 【ロータスロッド】

 

「えぐい偏り……これを装備してやっと、素のゆ~かのSTRに近いとか」

「うわっ、これ装備したらどんだけの威力のヒールが出せるの? 一発で全快じゃない?」

「能力値補正の総合計が、HPとMPは230で、それ以外のステータスで400か。アポイタカラやっぱり凄いなあ。確かヒヒイロカネだとHPとMPの補正は合計200で、それ以外のステータスは合計350だったよ」

「ひえっ……」

「ひいいい」

 

 金沢さんの言葉に思わず怯える私たち。

 どえらい武器を持ってしまった……。



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第56話 「どうもー破れ鍋でーす」「どうもー綴じ蓋でーす」

 告知動画を撮ってX’sにアップしよう! と思ったので、紫芋ソフトを買ったところで、金沢さんにも入って貰って動画撮影開始。もちろん、片手にはソフトクリームだよ。

 

「こんにちワンコー! ゆ~かでーす! 今日は鎌倉に武器を作って貰いに来ました。こちら、武器クラフトマンの金沢さんです! はい拍手ー。わー。私今片手が塞がってるので拍手出来ないけどね!」

「あ、あ、あ、アイスが溶ける! やべえ、垂れてくる!」

「うそっ! もう、だから6月やだよー。ちょっと待って、ソフトクリーム食べさせて」

 

 しばし3人でアイスベロベロ。うん、紫芋ソフトはシャーベットっぽくって安定の美味しさ! しかもこれ、普通のソフトクリームよりお腹に溜まるんだよね。

 むう、このソフトクリーム割と溶けにくい方なんだけど、気温が……。

 

「というわけでー、武器ができあがったので私たちは金沢さんと一緒に食べ歩きしてから帰ります! 明日の夜8時からゆ~かチャンネルで新武器お披露目配信しますので、見に来てくださいねー」

「あ、俺はお披露目配信無しってことで!」

「だそうですー。バイバーイ」

 

 溶けかけのソフトクリーム持って、カメラに向かって笑顔で手を振って録画終了。

 

「よし、後でアップしよう」

「だな。現在地がバレるし」

「はー、慣れてるねえ。僕なんかこんなの初めてで緊張しっぱなしだったよ」

「その割にはずっとアイス食べてましたよね」

 

 私はしゃべってたから。蓮くんは一応「今映ってる」って意識があるから。溶けて垂れてきたときには慌てて食べたけど、それ以外の時は食べてない。

 でも金沢さん、ずっとアイス食べてた! 緊張したとかダウト!

 

「ははは、もう、何していいかわからなかったからね」

「動画見た人には、このずっとアイス食べてる人が武器クラフトマンの人なのかって認識されますよ」

「うーん、それも締まらないなあ」

 

 おしゃべりしながらソフトクリーム食べて、小町通りの方に入ってさらなる食べ歩き。食べ歩き配信とかも楽しそうだけど、人が映りすぎるのがちょっと問題かなあ。

 

 駅前店で鳩のサブレーの一番大きい缶を3つ買い、その場でアイテムバッグに入れて見せたら店員さん凄い驚いてた。

 究極のエコバッグですよ! いいでしょ!

 

 鎌倉駅前で金沢さんとはお別れして、蓮くんと横須賀線に乗り込んで――そういえば。

 

「帰り道は怖いとか騒いでなかったけど、卵の中イメトレでバリア張れたの?」

 

 行きは散々怖いよー、前歩いてくれー、手繋いでくれーって騒いでたのに、帰りはすんなり駅まで来たんだよね。

 

「そういえば……多分だけど、ゆ~かバリアが範囲広がったっぽい。金沢さんが何かしてた気配も無かったし、俺もさすがにイメトレちょっとでバリアは習得出来ねえし」

 

 なんと、私の幽霊跳ね返しバリアが強化されてる!?

 

「なんで?」

「いや、俺に訊くなよ。多分村雨丸の持ち主になったからじゃねえの? それでなければ、バッグの中にあっても俺のロータスロッドが効果発揮してるとか」

「これに魔除けの力あるの?」

「わかんねえ」

 

 わかんねえとか多分とかばっかなのに、いろいろ言うなあ……。スピリチュアルな人の言うことは私にはわからないわ。

 

 そして乗り換えて藤沢駅に着いたとき、悲劇は起きた。

 

「じゃあ俺ここで――あーっ! 杖入れて持ち帰れるような袋持ってない!」

 

 電車から降りた瞬間、ホームで振り向いて蓮くんが叫ぶ! 慌ててロータスロッドを出して差し出す私!

 

「迂闊すぎじゃない!? 剥き出しのまま持って帰れ! 持ってるだけならこの杖なら銃刀法引っかからないから! もし職務質問されたらアプリ見せなよ!」

「ちょ、ちょっと待って、ゆ~か!」

 

 発車メロディが鳴って、最後のロロロロロ~♪ってなったところで、蓮くんが私の腕を掴んでぐいっと引っ張った! とととっと思わずホームに降りてしまう私。背後で閉まる電車のドア!

 

「バカ!」

「いや、そのまま乗せてたら俺の武器持ったまま帰ることになるんだぞ、おまえ! わかってんのか!?」

「次のダンジョン特訓の時に渡せばいいだけじゃん!」

「……あ、そうか」

「バカ!! てか、私も出すの遅かった。それはごめん!」

 

 私はロータスロッドを蓮くんに押しつけた。――うん、バカバカ言っちゃったけど、渡すの忘れたまま藤沢に着いたのは間違いないんだよね……。

 

 蓮くんは「無理矢理今渡されなくても大丈夫だった」事実を忘れていたショックで。私は次の電車を待たなきゃいけなくなったショックで、それぞれその場でしゃがみ込む。

 東海道線は大体10分間隔、運がいいとそれよりは早く次の電車が来る。次の電車は――10分後!

 

「はー……じゃあ、俺帰るわ。無理矢理電車から降ろして悪かった」

「海より深く反省して。今日もちゃんと走り込みと打ち込み忘れないでね」

「お、おう。じゃあな」

 

 蓮くんはふらふらと階段へ向かって歩いて行った。

 私はため息ついてベンチに座って、告知動画をX‘sにアップ。家に帰ってからやればいいやと思ったけど、手持ち無沙汰なんだよね。

 

 

 家に帰ったら、ヤマトと猫たちがお出迎えしてくれた。カンタだけはまだヤマトに慣れないらしくて、遙か後方でやんのかステップしてるね。

 

 多分パパはゴルフの練習かな。ママは朗読劇だから、帰ってくるのは夕方か。

 

「よーし、ヤマト、これから遊びに行こう!」

「ゥワンッ」

 

 リードを見せるとヤマトが嬉しそうに飛び跳ねる。今日も私のヤマトは可愛い!

 遊びと書いて走り込みと読む! ランニングしてフライングディスクで遊んで、汗掻いてスッキリしてこようっと。



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第57話 大興奮してるマニアがいるって怖い

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


「ただいま~、夕飯はお弁当買ってきたから-。ユズ、武器出来たんでしょ? 見せて!」

 

 夕方帰宅したママの第一声がこれでございますよ。まあ、私も早く見せたくて仕方なかったけどね。

 だって、我が家で刀マニアなのはママなんだもん。これ見たら絶対大興奮だよ。

 

「そう言うと思って、テーブルの上に置いておきました!」

「おっ、おおおおおおお! えっ、日本刀なの? 太刀じゃない! 触っていい? 抜いていい?」

「自分の物にする以外はどうぞどうぞ」

「やったー! うん、この重み、いいわねー。おお……身幅広い、ママの好きな感じ。って、ちょっと待って、これってユズの好きな岡田切吉房じゃない? そんなことってあるの?」

 

 さすがママ、一目で岡田切ってわかったかー。

 

「ねー、びっくりだよ! でもこれは鑑定すると【村雨丸】なんだ」

「ああ、八犬伝のね! でもどう見ても岡田切」

「作って貰う側が強いイメージを持ってると、それに伝説金属が寄せてくれることがあるんだって」

 

 私が小ネタ的に言ったことに、ママが超反応を見せた! 村雨丸をテーブルの上に戻して、いきなり肩を掴まれて真顔で詰め寄られる。コブダイの喧嘩レベルの近さ!

 

「そんなことあるの!? ちょっとユズ、ママにも刀作らせてよ! 磨り上げ前の圧切長谷部と(おお)(かね)(みつ)を、こうドーンと飾りたいのよ!」

「えええ……数百万かけてそれをやるの?」

「何言ってんの? 圧切長谷部は国宝よ? 何億出したって手に入らないわよ?」

「た、確かに言われてみれば……でも冒険者じゃないママには無駄って言うか……あ、じゃあさ、お披露目配信の時に視聴者さんに日本刀の説明するコーナー作ってあげるよ!」

「する! だから圧切長谷部作って!」

「磨り上げ前って大太刀でしょ? (こしら)えコミで何キロあるの?」

「うーん、大太刀だし3キロくらいじゃないかな。一般人に扱えないっていう()(ろう)()()が刀身2メートル超えで4.5キロだから」

「アポイタカラ換算でおいくら万円?」

「…………チッ」

 

 ママはやさぐれた顔で私の肩を放した。なんでも娘の懐を頼るの、良くない!

 

「その村雨丸、ヒヒイロカネと同等だったらステータス補正凄いんじゃないの? でも補正を当てにしちゃダメよ。よくゲームでも途中加入の低レベルキャラに強武器持たせてレベリングして、別のキャラに装備変えたの忘れてていきなり弱々になっててやられたりってことがあるんだから」

「そーれーはー……そうですね。多分学校のダンジョン実習とかに持って行けないもんね。地道にステ上げしなきゃ」

 

 LV10になるまで実戦で村雨丸を使うのはお預けかー。

 でも、MAG上げ訓練のために毎日使うけどもね。

 

 

 そして次の日夜8時、新武器お披露目配信の時間がやってきた。今回はママが途中で入ってくるからリビングだ。

 カメラには最初映らない場所に村雨丸を置いて、と。スタンバイOK!

 

「こんばんワンコー! ゆ~かの新武器お披露目配信、はっじまっるよー!」

 

『こんばんワンコー』

『待ってましたー』

『こんばんワンコー』

『ゆ~かちゃん、こんばんは』

『昨日は東海道線で失礼してごめんなさい!』

 

 んっ? コメントの中に東海道線の文字発見。

 

「東海道線って、もしかして昨日のお姉さん? 本当に来てくれたの嬉しー! ありがとー!」

 

 笑顔でめちゃくちゃ手を振ったら、「くぁwせdrftgyふじこlp」みたいな文字列が怒濤の如く流れていった。

 もしかして、テンパらせてしまったかな。

 

「はい、今日は予告通り鎌倉在住クラフトマンの金沢さんに作って貰った武器のお披露目です!

 私は武器が決まってなかったんだけど、金沢さんがアポイタカラに何になりたいか訊くという凄いことをして、私に合う武器を作ってくれました。金沢さんのHPは概要欄にリンク張ってありますので、武器クラフトをお考えの方はよろしくお願いしまーす。さて!」

 

 私は足下に置いてあったスケッチブックを手に取った。カメラには文字書いてある面を見せないようにして持って、「んふふ」と笑う。

 

「アポイタカラ製の武器ですが、先にこっちから見せちゃうね、能力補正凄いの。これです。じゃーん!」

 

ゆ~か LV6

HP 55/55(+180)

MP 6/6(+50)

STR 14(+100)

VIT 20(+80)

MAG 4(+30)

RST 5(+30)

DEX 17(+90)

AGI 21(+70)

 

『なんこr』

『STR+100』

『DEXが100超えるのか……やべえな』

『クラフトマン並のDEX』

『補正凄い!』

『LV6なのに実質LV50のファイター並みのステータスになる!』

『アポタカ凄いな』

『MP+50も凄い』

 

 怒濤のコメント! 拾いきれない! とりあえずみんな驚いてくれてるのはわかりました。というところでスケッチブック下ろして、今度は村雨丸を持つ。

 

「こちらが、私の武器【村雨丸】です! 日本刀です! 太刀です! しかもね、抜くと私の大好きな岡田切吉房っていう国宝の太刀にそっくりなんです。見て見て!!」

 

 すらりと鞘から刀身を抜いてみせる。カメラ越しだとどのくらい見えるかわからないけど、引いて全体を映して、近づけて傾きを変えて刃文が見えやすいようにしたり、いろいろ見せ方を工夫してみる。

 

『わー、綺麗!』

『日本刀か!』

『うおおおおおおおおお』

『テイマーなのに近接なのか』

『岡田切!』

『里見八犬伝の村雨丸!!』

 

「そうそう、里見八犬伝の村雨丸なんです! 魔力を通すと露が出て、更に魔力を流し込むと刀身から水が流れるという。

 ちなみに私は露も出せませんでした! これからMAG特訓に使おうと思ってます!

 あ、あと蓮くんがこれを持って魔力流したらびゅーって水噴き出して、金沢さんが爆笑してた……」

 

『やさぐれるなよJK』

『目、目がやばいから』

『ゆ~かも頑張って練習するんだ』

『そんなに勢いよく水が出るんだ……』

 

 今日のコメント欄は比較的やさしめかな……。村雨丸の能力について私が何も出来なかったことに関して励ますみたいなコメが多い。

 

「ところで、これ見てくれてる人はどのくらい日本刀詳しいですか? 刀についての解説聞きたい人ー」

 

『はーい』

『ノ』

『ノ』

『聞きたい!』

 

「それでは、今日は刀に詳しいゲストをお招きしておりまーす。サンバ仮面さんどうぞ~」

「こんばんはー。ゆ~かの母です。みなさん、いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます。これからも娘を見守っていただけると嬉しいです」

 

 私の一言で、キッチン側で待機してたママがサンバ仮面付けて入ってくる。毎度思うんだけど、この絵面どうなの。

 

『噂の!』

『サンバ仮面だ!』

『ゆ~かちゃんのママ!?』

『サンバ……』

 

 落ち着き目の普通の服装にそぐわないサンバ仮面を付けて、当たり前のようにお辞儀をして見せたママにコメント欄は騒然としていた。



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第58話 サンバ仮面が日本刀を語る。なお絵面以下略

注)マニアックな話が入ります。サンバ仮面の解説は斜め読みでも全然大丈夫です。


 気持ちはわかる。私も人の配信見てて、その人の母親がサンバの仮面付けて出て来たらそりゃ驚くもんね。

 

「では、刀についての説明をと言われているので、遠慮なく。

 みなさんは刀と聞くとお侍さんが腰に大小の刀を差してるのを想像するのが多いんじゃないかしら? あれは江戸時代に『武家諸法度』の中で(うち)(がたな)(わき)(ざし)の大小2本の刀を身につけることを武士の正装と定めたからなの。ゆ~かの村雨丸は太刀で、打刀とも脇差とも違うのね。その違いは主に長さ。太刀は平安時代から作られ始めて、刀身が長く反りがあるのが特徴よ。時代が平安から鎌倉に移ると、武士の時代になって刀も盛んに作られるようになったの。この頃も主流は太刀ね。反りがあるのは馬上での戦闘を想定して作られているからで、腰に()いたとき――太刀を身につけるときは刃を下に向けて、下側が湾曲した形で身につけるのだけど、これを『佩く』と言います。対して打刀は刃を上に向けて身につけて『差す』と言うの。これ割と大事な違いだから憶えておいて。太刀に反りがあるのは馬上での抜きやすさの為と言われてるわね。武士の時代が続いて、鎌倉時代では鎌倉の地に多くの刀工を京などから招いて刀を作らせたの。七里ヶ浜から砂鉄が採れたこともあって、あの超有名な正宗が革命的な作刀技術を確立させて『(そう)(しゆう)(でん)』と後に呼ばれる作風を完成させ、(まさ)(むね)十哲(じつてつ)と呼ばれる彼の弟子が……」

「待ったー!! 誰がそこまで詳しく語れとお願いしましたか!? 私多少知ってるつもりだったけど、聞いてて何が何だかわかりませんでした!!」

 

 私は思いっきりサンバ仮面を画面の外まで押し出した。

 いやもう、そりゃ説明してとは言ったけど、刀の簡単な分類くらいかと思ってたよ。まさか延々と歴史を語られるとは……。

 

「やだー! せめてもうちょっと話させてよー! 打刀の特徴だけ、ちょっとだけ、ちょっとだけだからぁー!!」

 

『ママさん……』

『話させておあげ……語りたいんだよ』

『ゆ~かが大人になるとこんななんだろうか』

『大人げないママ可愛い』

『いや、割と面白いよ』

『むしろお経のような感じで聞いていた』

『サンバ仮面が日本刀を語る絵面がほんとシュール』

 

 画面の外から聞こえるママの駄々をこねる声に、同情のコメントが相次ぐ。

 マジですか……。

 

「みんな心広くない? 詐欺とか遭ってない? 大丈夫? ……じゃあ、あとちょっとだけだよ。ママー、本当にあとちょっとだけだからね」

「やった! みんな大好き~! ゆ~かの村雨丸は太刀だけど、時代が下ってくると徒歩(かち)戦闘をする足軽などの戦力が増えてくるのね。それで軽量化とかが進んで、太刀よりも短い打刀が主流になってきたの。太刀を短くして打刀にしたケースもあるし、最初から打刀として打たれる刀も増えてきたわ。打刀自体は鎌倉時代初期に(あわ)()(ぐち)(くに)(よし)が打った『鳴狐(なきぎつね)』が最古のものよ。普通刀は真上から見ると真ん中が膨らんでいて、それを『鎬(しのぎ)』と言うんだけど、鳴狐はその鎬のない平造(ひらづく)りという刀で、それまでなかった『打刀』という概念を突然変異のように生みだして……」

「長い!! もうダメ! イエローカード2枚目! ハイ退場!」

 

 私はまたもやサンバ仮面状態のママを押しだそうとした。ところが、ママは私とがっぷり四つに組んだまま、話し続けるじゃありませんか! なんという執念!

 

「江戸時代になって戦乱の時代が終わると、実践剣術は衰えていって竹刀で練習をする道場が増えてくるの! そうするとますます刀の反りはなくなって、竹刀での戦いの形が刀にも反映されてくるわ。結果、有効な戦法として『突き』が目立ってくるようになります! だから、刀を見るときには反りを見ると大体の年代が」

「そうとも限らないんじゃない!? 腰反りの太刀とか()りあげられてたらさ! もう本当に終わり!」

「やだやだー! 最後に推し刀についてだけ語らせてー! 刀は湿度に弱いから乾燥している冬の間1ヶ月だけ展示される国宝・圧切(へしきり)長谷部は正宗の弟子でありながら(やま)(しろ)(でん)の刀を作刀した長谷部国重が南北朝時代に打った刀で、皆焼(ひたつら)という刃文が全面に現れた焼き入れが特徴よ! 最初は大太刀として打たれたんだけど()りあげられて打刀まで短くなったの。織田信長から黒田官兵衛に下げ渡されて、以来黒田家に家宝として……」

「くっ!! 全力で押してるつもりなのにびくともしない!! ママ、なんでこんなに踏ん張りが利くの!?」

「スリッパの裏にゴムのブツブツ付けてきた!」

「反則にも程があるじゃん!? ()(きん)! サンバ仮面はもう一切出さないからー!」

 

『JK冒険者の配信を見てたつもりが、何故か相撲を見ている件』

『ほんとそれ』

『この親にして村雨丸ありとみた……』

『刀に縁のある血筋か……』

『前代未聞のカオス回だな』

 

「圧切長谷部は私も見たけど、殺意バリバリに高い刀でした! 以上! ゆ~かの新武器お披露目会でしたー!」

「ちょっとゆ~か! 推し刀だけ語らせてって言ったでしょ!? まだ(よし)(もと)()(もん)()について語ってない!」

「義元左文字もなんか恐ろしく殺意高い刀でした! ママは殺意高い刀が好きみたいです!! それでは、おやすみなさーい!」

 

 ママから手を離して、強引に配信を終わらせる。ハァハァ……ヤマトの暴走よりある意味厄介だった……。こういうことになるとママが強すぎる。

 

「義元左文字は歴代の持ち主の名から()(よし)左文字、宗三(そうざ)左文字とも呼ばれることがあるの。今川義元の(はい)(とう)だったんだけれど、桶狭間の戦いで義元が討たれた後に織田信長の手に渡って、信長の手で磨り上げられて金(ぞう)(がん)でわざわざ『義元を討って手に入れた刀だよ』って銘を入れられて……。って、あああー! 安徳天皇が壇ノ浦の合戦で草薙剣と共に入水したことで、後醍醐天皇が三種の神器を欠いた状態で即位することになって、そのコンプレックスからか後に刀鍛冶を月当番で招いて指導させて自ら刀を打つようになって、打たれた刀は(きく)()(さく)って呼ばれてる話し忘れたー! あれ日本刀史の上で重要事項なのにー!」

 

 ママってば、配信終わってるのにまだしゃべってる……。

 前に蓮くんに「刀の事ならママに聞けば2時間くらい語ってくれるよ」って言ったことがあるけど、多分ガチで語らせたら一晩語るやつだわ、これ……。 



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閑話 【へっぽこテイマー】SE-REN(仮)とヤマトをぬるっと見守るスレ #4【ダメステアイドル】

1 名無しのダンジョン民

立てました。

 

2 名無しのダンジョン民

>>1 スレ立て乙、てか前スレと名前違ってるw

 

3 名無しのダンジョン民

>>1 スレ立て乙。でもテンプレものっけといて欲しかった。

 

JKテイマーゆ~かちゃんと柴犬? 従魔ヤマト&SE-REN安永蓮くんのファンスレです。誹謗中傷発言は禁止です。基本まったり見守れ。あいつら全員凄いすっとこどっこいだ。

 

4 名無しのダンジョン民

>>3 テンプレ乙。

しかし、芋ジャー×3の破壊力は凄えなあ。

 

5 名無しのダンジョン民

>>4 芋ジャーを語りたいならそっちのスレで語ればいいのに。同志がいるんだから。

 

6 東海道線の女

ゆ~かちゃん、マイエンジェル!!

落ちた、完全に私は落ちたよ。そして辿り着いた先がこのパライソだー!

 

7 名無しのダンジョン民

久々のコテハン来たな。どうした?

 

8 東海道線の女

聞いてよ! 土曜日友達と東海道線に乗ってたら、近くのドアの前にポニテにワンピースの女の子が立ってたの。ゆ~かちゃんと言えば芋ジャーのイメージ強すぎて、最初はその子がゆ~かちゃんだとは気づかなかったわけ。

そしたら、とある駅でそのドアから蓮くんが乗ってきて、「なんでいんの?」「俺のセリフだよ」的なことを言ってるわけよ。

さすがにあの顔のいい蓮くんが隣にいたら、ゆ~かちゃんだって気づくでしょ?

ふたりでどっかで待ち合わせしてるのに、同じ電車の同じ車両の同じドアから乗り込んでたみたいで、しばらくふたりで動画のいつもの感じでやり合ってたんだけど、それを見て友達が「デートかな」って言っちゃったのよ。

 

9 名無しのダンジョン民

8の状況でデートと思えるその友人の恋愛脳、ある意味凄いな。

 

10 東海道線の女

そしたら、ゆ~かちゃんがスッと私たちの前に来て「こんにちはー。ゆ~かでーす。動画見てくれてるんですか? ありがとうございまーす。聞こえてましたー」って!

あの、あのスマイルで! 一見天使の笑顔で、さらっと毒を混ぜてしゃべりながら!

もう、何度頭の中でリフレインしたことか!!

 

11 名無しのダンジョン民

ゆ~かの笑顔って天使か?

 

12 名無しのダンジョン民

天真爛漫ではあると思う。バズって50万再生行ったのも、途中から無心になったゆ~かがスマイルを振りまきながらこけ続けた結果だ。

 

13 東海道線の女

これから鎌倉に武器作って貰いに行くんですーって。この顔だけアイドルとデートする趣味ありませんーって。ニコーって笑って。アレはね、天性のアイドルスマイルだった! その後蓮くんも来たんだけど、蓮くんよりゆ~かちゃんの方がアイドルだった!

確かに蓮くんはかっこよかった。高校時代あれが同じクラスにいたらと思うと「現実味ないわー」って思うくらいにはかっこよかった。

でもゆ~かちゃんが可愛すぎた! 顔の良さじゃ無くて、全体的にもう存在が可愛い!

 

14 名無しのダンジョン民

沼に沈んでおる……。

 

15 名無しのダンジョン民

沼の底のゆ~かに足を掴まれておる……。

 

16 東海道線の女

ヒッ! お披露目配信始まった! 今日も可愛い!

 

17 SE-RENを推すモブ

今日はゆ~かちゃんだけなんだよね、配信。蓮くんの武器はどうなったんだろう。

 

18 名無しのダンジョン民

>>17 魔法使いの杖だろ? あんまり派手なのにならなかったからお披露目するまでも無かったと思われ。

 

19 東海道線の女

ギャアアアア! 気づいてくれた! きづいてkるえた!!!!!!

 

20 名無しのダンジョン民

>>19 もちつけ!!

 

21 名無しのダンジョン民

アポイタカラに何になりたいかきく、ってどういう

 

22 名無しのダンジョン民

一般金属じゃ無くて伝説金属だからこそできる技だな。魔力宿ってるし。

 

23 東海道線の女

マイエンジェル!!!!

 

24 名無しのダンジョン民

補正エグッ! アポカラってこんなに補正つくのか!?

 

25 名無しのダンジョン民

HP・MPの補正合計230で、その他のステ合計400か……。どえらい補正ついてんなあ。

 

26 名無しのダンジョン民

うわあああ、刀だー!

 

27 名無しのダンジョン民

刀振るうJKとかあまりにも一部にクリティカルヒットなのでは!?

 

28 東海道線の女

マイエンジェル、かっこいいいいいいい!!!!

やさぐれ顔も可愛いよ!!

 

29 名無しのダンジョン民

同性をここまで狂わせるゆ~か、恐ろしい子……。

 

30 名無しのダンジョン民

>>29 違う。異性も同性も問わずにあの笑顔で落としてきたんだ。だからここは賑わってるんだ。

 

31 名無しのダンジョン民

>>30 ( ゚д゚)ハッ! そういえばそうだった。

 

32 名無しのダンジョン民

サンバ仮面キター!

 

33 東海道線の女

ゆ~かちゃんママ! 産んでくれてありがとう!!

 

34 名無しのダンジョン民

絵面が凄え。あの仮面を付けたまま、平然としゃべってるってどういう神経してるんだ。

 

35 名無しのダンジョン民

うはw 早口じゃないけどマシンガントークw

 

36 名無しのダンジョン民

退場させられたwww

 

37 名無しのダンジョン民

画面外からまだ叫んでるぞw

 

38 名無しのダンジョン民

この親にしてこの子ありだなあ。

 

39 名無しのダンジョン民

最近、安永蓮にツッコミ入れまくってるゆ~かばかり見てたから、ゆ~かが振り回されてるのは久々な気がする。

 

40 東海道線の女

困り果ててるゆ~かちゃんも可愛いよ……(*´Д`)ハァハァ

 

41 名無しのダンジョン民

東海道線の女は大丈夫なのか? 人生踏み外してないか?

 

42 東海道線の女

大丈夫。ファム・ファタル……。

 

43 SE-RENを推すモブ

大丈夫。これ大丈夫じゃないやつだから。

 

44 名無しのダンジョン民

矛盾してんのにSE-RENを推すモブが言うと「ああ、そうか」と思ってる現象に名付けキボンヌ!!



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ゆ~か、アイドルをする!? の巻
第59話 学校に行ったらたかられた


 

「ゆーちゃーん、武器おめでとー。次は防具だよね。デザイン描いてきたから見て」

 

 月曜日の朝一番の教室、話が早い人が約一名。てか、あいちゃんが私より早く学校来てるの珍しい!

 

「あいちゃん、フライングでは? 私まだ何も頼んでないんだけど」

「ゆーちゃんの防具は法月さんちに頼むんでしょ? お父さんがデザイン出来ないからデザイン画は必要って言ってたじゃん。

 だから私はあれからずっとゆーちゃんと蓮くんの衣装をデザインしてました!」

 

 あいちゃんは私の前の席の椅子に勝手に座って、スケッチブックを広げてきた。

 早い早い。しかも「防具」じゃなくて「衣装」って言ったよ。

 でも、確かに寧々ちゃんのお父さんに頼むならデザイン画は必要なんだけどね。

 

「ここからここまでがゆーちゃんのでー、ここから……」

「ちょっと待ったー! あいちゃんどんだけ描いたの!? まさかこのスケッチブック一冊丸々私たちの防具デザインなの!?」

「そうですがなにか?」

 

 自慢にしてる長い脚を組んで、圧を掛けてくるのはやめていただきたい。

 

「おはようー」

「おはよう」

 

 うちのクラスはみんな教室に朝入ってくるときに挨拶をする。礼儀正しくていいと思う。その中で他人の席にどっかり座って脚組んでる人もいますけれど。

 

「おはよう……って、平原ー、そこどいて~」

「やだー、ちょっと貸してて。私の席座ってていいから」

「机に鞄の中身入れさせろ」

「机前にずらして」

 

 登校してきた前の席の住人・宇野くんが抗議してるけどあいちゃんは不動の構え。強いんだよねー。「可愛いのにモテない」って言われる理由これだよ。

 

「おはようー。どうしたの? 人口密度高いね」

「おはよう寧々ちゃん。あいちゃんが宇野くんの席を不法占拠しててね」

「平原がどいてくれない……」

「ちょっと貸してって言ったじゃん。今ゆーちゃんに話があるの。あっ! 法月さんいいところに来た! これ見て! ゆーちゃんと蓮くんの衣装デザインしてきたの!」

「えっ、これ全部?」

 

 ホラ、スケッチブック見せられて寧々ちゃんまで動揺してるじゃん……。

 

「すご……凄いね! 後で全部じっくり見せてくれる? うちのお父さんデザインセンスないから、私もいろいろ勉強はしてるんだけど同い年の人が描いてると思うと参考になるよ」

 

 あ、違った! 動揺してるんじゃなくて感動してるのか、これ!

 

「うんうん、もちろんー。じゃあ学校終わったらさ、ファミレスでちょっと会議しない?」

「私は大丈夫。わあ、楽しみー。そうだ、柚香ちゃん、防具クラフトのことをお父さんと伯父さんに相談したの。

 普通はこういう仕事は金属の仕入れが大変なんだけどね、現物の鉱石持ってて私のクラスメイトだって言ったら、知り合い価格でちょっと値引いてくれるって。なんか先走って聞いちゃっててごめんね」

 

 何故か謝る寧々ちゃん。いや、ごめんねもなにも! 寧々ちゃんのお父さんに頼むつもりだったし、こちらこそありがとうございますと頭を下げたいところだよ。

 

「ありがとうございます! でもね、ダメだよ寧々ちゃん!」

 

 机に頭ぶつけるくらいの勢いで頭を下げたけど、私は寧々ちゃんにひとつダメ出しをしないといけなかった。

 ダメだよって言われて、寧々ちゃんは勝手に頼んでくれたことについてかと思ったのか、ちょっとビクッとしてる。ごめん、それじゃないんだ。

 

「防具を作って貰えるのはすっごいありがたいんだけど、そこはちゃんと定価で取って!

 むしろ知り合い料金設定は割り増ししてもいいよ。知り合いであることと、技術に対して正当な対価を払うことは別!」

 

 大変な検索してクラフトマンを探したり、順番待ちとかしないで防具作って貰えるなら、そりゃもうありがたい限りですよ。割り増し料金払ってもいいくらいだもん。

 

 金沢さんの場合はママのオタ友繋がりですぐ見つかったけど、クラフトマンはHP(ホームページ)に価格載せてない人が結構多くて、選び方がよくわからないんだよね。その点、知人の紹介ってぼったくりがやりにくいらしくてとても安全。

 

 私の言葉で寧々ちゃんははっとしたように口を押さえてる。サービス=割引って思っちゃったんだよね。わかりやすいから。でも「知り合い特典」だったら、逆にそのサービスは他のお客さんにしてあげて、って思う。

 

「あいちゃんのクラフト目の前で見たり、武器作りに行ったとき話聞いたりしてクラフトマン凄い大変だって思ったし、大変さを乗り越えてその技術を習得した人は本当に尊敬するもん。

 それに私アポイタカラ大量ゲットのせいでお金には困ってないから!」

 

 私はもうちょっとでクラフトスキル取れるDEXに到達するんだけど、クラフトを取るつもりはない。片手間にちょいちょいするのは、真剣にその道選んでる人に失礼かなって気がするから。

 いや、面倒だからってわけじゃないよ。うん。

 

 寧々ちゃんは私に言われたことで目を大きくして、それから凄く嬉しそうに笑顔になった。

 

「あ、そ、そうか、そうだよね。技術に対する正当な対価かぁ。なんか、技術を尊敬してくれる人って嬉しいな。『このくらいちゃちゃっとできるでしょ』って言う人とか結構多くて」

「クラフトの現場見たらそんなこと言えないよー。LV30の人だって、大汗かいて大変そうだったもん!

 寧々ちゃんも土日でクラフトしたんでしょ? ブートキャンプとは違う大変さじゃない? あれって」

「うん、大変だった。だからお父さん凄いなって思うし、もっとクラフトのお仕事来たらいいなって……今、ほとんどダンジョンでファイターばっかりやってるみたいだし」

「大金持ちの柳川~、牛乳おごって~」

「柚香様ー、億万長者様ー。牛乳のお恵みを~」

「なんで君ら割り込んでくるの!! もー、今日だけだよ!」

 

 何故か話の流れでクラスメイト全員のプロテイン作るための牛乳を奢ることに……。言っても3000円ちょっとだし、確かに私お金あるからいいけどさ……。

 

 今回だけ、今回だけだからね! 甘やかすのよくない!



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第60話 座学の内容を変更させてしまった!

先生のセリフはCV:大泉洋で読んでいただけると楽しいと思います。


「先生! 質問があります! 装備でステータス修正がある状態で訓練をしたら、LVアップ時のステータスの上がり方に影響はありますか?」

「おー、いい質問だな。そういえば凄い武器だったな、柳川の【村雨丸】。あのステータス補正がある状態でした訓練も、ちゃんとLVが上がるときに反映されるぞ。

 例えば、柳川の素のVITが20で修正が+80だったよな? 合計100のVITでフルマラソン全力疾走したら、次にステータスが上がるときに上昇率が良くなる。うまく訓練に使うといいぞ。

 だけど今その話してたんじゃないんだ! 罠解除の話だよ。せめて休み時間に聞いてくれれば良かった」

 

 おおっとー! 先生も配信見てたんだ!? 私のステータスも村雨丸の補正も把握済みって。

 そして、関係ない話するなとちょっと怒られてしまった。すみません、突然気になったもので。

 

 今日の座学、ダンジョン学は罠の話。実際にある罠の種類と対処法についてだ。まだ私は罠がある宝箱に遭遇したことはないんだけど、この先ダンジョン潜ってたら絶対に必要な知識なんだよね。

 

「はーい、すみませんでした! 毒矢罠のお話の続きをお願いします!」

「ちょっと待て、今みんなLV10前の訓練期間だな? ちょうどいいからステータス補正と上昇率について話をしておこう。はい、そこ、いきなり聞く気を出しましたって姿勢に表すのはやめろ。罠の話も大事だからな?」

 

 まあ、ちょっと先に遭遇するであろう宝箱の罠の話より、ステータス補正と上昇率の方がみんな真剣に聞きたいよね……なんでカリキュラムでそっちが先になってないんだろうか。

 

「ステータスはLV9になるまでは、そこに至るまで何をしてきたかという点で上昇率が変化する。ダンジョンアプリを入れて冒険者登録をした時点での初期値は、生まれてからそれまでの経験が蓄積された数値になるわけだな。もっとも、ここは一番大きいはずなんだが、初期値はそう極端には個人差は出ない。

 現在ダンジョン法によって、冒険者登録は15歳以上かつ中学卒業以降と定められている。15歳でも中学生のうちはダメだってことだな。

 そして、初期ステータスだが、現在確認されているHPの最低値は20、MPの最低値は3、後のステータスは全て2が最低値だ」

 

 今――とんでもない話を先生の口から聞いてしまった!!!!

 私のMAGとRST、LV1の時は2だったんですけどー! あれって最低値なんだー!?

 

 なにげに凄くショックを受けてる私を置き去りにしつつ、授業は進む。

 

「最高値の方はHPが50で、MPが30。その他のステータスは10。これはあくまで『現在確認されている』が前提の話だぞ。もしかすると公に確認されていないだけで、それ以外のステータスを初期で持ってた人もいるかもしれない。

 15歳から70歳までサンプルはいろいろ取っているが、現在のところ若いから低い、高齢で経験を積んでるはずだから初期値が凄く高いと言えるような根拠のある数字は出てないんだ。

 どちらかというと、15歳までにやってきたことで仮の上昇率が決定していて、LV1を取得してからの行動はそれにボーナスで付いていると思った方がわかりやすい。MAGが上がりにくいと言われてるのはこのせいだな。15歳までに魔力を使う機会がある人間は稀だから。魔力は才能依存、遺伝依存って言われる所以だ」

 

 おや? 私の周りに天然魔法使いがいるんだけど、あれはなんなんでしょうね……。

 やっぱり素質なのか、蓮くんずるいなー。

 

「先生、さっきVIT補正を付けて全力で走ればより上がりやすいって言ってましたけど、STR補正を付けてモンスを叩くと倒しちゃいませんか?」

 

 私が蓮くんを呪っている間に、男子が手を上げて質問している。先生はそれに頷いた。

「その通り。STRにボーナスを付けたくて補正を付けて攻撃をすると、確かにステータスは上がるがモンスターを倒してしまうことが多くて、結果LVアップが早くなってしまう。

 そこで、補正と上昇についてひとつの例外事項を教えておこう。『プラスの補正は上昇率に影響を与える。しかし、装備品によりマイナスの補正が付いても、素のステータスの成長率が適応される』と言うものだ。つまり、素と補正後、高い方の数値が上昇に関わってくるってことだな。

 なまくらの剣ってあるだろう? クラフトでデフォルトレシピで作れる装備だが、あれの補正がSTR-5だ。力が強くて予定外にモンスターを倒してしまうという場合はこれを使うのもひとつの方法だな」

「私それやりました! あいちゃんにタングステンでなまくらの剣作って貰って!」

「そのアーカイブ先生も見たぞ。教える前に既にやってたから驚いた。しかもタングステンとはなあ……平原、エグいな」

「てへっ」

「タングステンはレアメタルだが、ダンジョンでも採掘されるようになって今では『レア』は有名無実化してるな。金属の中では最も融点が高くて電気抵抗が大きいから、電気関係に使われることが多い。

 だが、最近の使い方では『その重さを利用して訓練用の武器にする』こともある。柳川のやっていた『タングステン製の【なまくらの剣】で実質手加減攻撃を繰り出せ、筋力も鍛えられる』方法は安全性も高い。

 じゃあハイリスクハイリターンの鍛え方は、という話なんだが……」

 

 教室中が前のめりになる。ハイリスクハイリターンの鍛え方! そんなものがあるんだ!

 

「ハイリスクってところに問題があって、先生の口からは教えられない」

 

 そう言いながら先生は黒板に「ゴーレム師匠とスパーリング」と書き込んだ。

 口からは教えられないけど板書はしてくれるんだね……。

 それにしてもゴーレム師匠? それはいかにも強そうですね?

 

「意味は各自調べろー。先生が言えることはこれ以上はない。――おっ、ちょうどチャイムが鳴ったな。質問があったら板書したこと以外なら休み時間に答えるぞ-」

 

 みんな一斉にスマホを取り出して「ゴーレム師匠 スパーリング」について調べ始めた模様。私は後で誰かに教えて貰おう。

 とりあえずの最優先事項は、今聞いた話を蓮くんにすることだ。

 

「今授業で聞いたんだけど、装備でステータス上げた状態での訓練の方が効率的なんだって! 今日からロータスロッド持って走って!」

 

 急いで送信したら、割とすぐ返信が来た。

 

『おまえ……他人事だと思って軽く言うなよ。あの全長80センチの杖を持って走れってマジか』

「マジだよ。VITも上がってるから今より速く長距離走れるよ。絶対やれ」

『命令形きた。ちょっと方法考えさせろ。なんとかする』

 

 蓮くんの場合、あの蓮の蕾付きの杖を持って走ることになるけども――確かに、他人事だからいいけど、あれ持って走るのは目立って嫌かも。

 私の村雨丸は、刀袋に入れて背中に背負おうっと!



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第61話 愛莉のターン

【幕間 放浪者】

 

「あづまよ」

 

 ああ、そういえばあの時もこんな風に富士山が見えたっけ。

 昔と今では少し形が違うけれど、不死の山はいつでも美しいね。

 

 大好きな――心から愛する人がいた。

 ボクのせいで失ってしまった、我が妻。

 別れ際の強い眼差しが、ボクに先に進めと促す眼差しが、魂に焼き付いて何度生まれ変わっても忘れられない。

 

 

 幾度も幾度も、生まれ変わって記憶が蘇る度に彼女を探し続けて。

 それでも、ずっとずっと見つけられなくて。

 やっと今生で出会えたのに――おそらくボクらは結ばれない。

 大好きと言って抱きしめれば「私も大好きだよー」と抱きしめ返してくれるけど、それは友愛でしかないことくらいわかってる。

 

 うん、仕方ないよね。あっちは記憶がないみたいだし。

 記憶を持ち続けてるボクの方が「おかしい」。

 

 でも大好きだから側にいたくて。

 側にいると辛くて。

 辛いのに離れられなくて。

 

 大昔の記憶を引きずったまま、本当ならばすり切れて消えているはずの想いを意固地になって抱きしめて、休み時間に教室にいるのは悲しくてふらふらと中庭なんかを歩いたりする。

 

 そのせいでスナフキンというあだ名が付いてることを知ったときには爆笑したけど。

 

 ねえ、ボク(わたし)はどうしたらいいのかな。

 どこへ行ったらいいのかな――。

 

________________________________

 

 

 

 

 

 放課後はあいちゃんと寧々ちゃんというクラフト組だけだとどういう暴走をするかわからないので、常識枠としてかれんちゃんにも一緒に来て貰った。

 

 学校の最寄りのファミレスでドリンクバーを頼んで、オレンジジュースとコーラをミックスだ! 後はメロンソーダふたつ。一気にコップ3つ持ってくるのをみんながやるもんだから、テーブルの上はドリンクだらけ。

 

「スケブ開く場所がないの、なぁぜなぁぜ?」

 

 最後にひとりだけホットのハーブティーを持って戻ってきたあいちゃんが、9個のコップが並んだテーブルを見て半目になってる。

 アッ、ハイ……。私と寧々ちゃんは圧に負けてドリンクを一個飲み干して、ふたつのコップを重ねた。でもかれんちゃんは平常運行。端っこにコップ寄せただけ。

 

「それではー、ゆーちゃんの衣装会議を行いまーす。ゆーちゃんは私のデザインでも良いんだよね?」

「動きにくくなければいいよ。あいちゃんのセンスは信じてるし」

「なお、先に言っておくけど私の趣味と実益を兼ねてデザインは作ったので、もしこれを採用されてもデザイン料とかは取りません。その代わり、お披露目配信で宣伝はして貰うということでおけ?」

「お安いもんよー。採用さ・れ・れ・ば・ね!?」

 

 あいちゃんと私が向かい合ってバチバチと火花を散らすもんで、寧々ちゃんがあたふたしてるね。かれんちゃんにとっては見慣れた光景だからのんびりジュース飲んでる。

 

「じゃあ自信作から見せていくね。まずはこれ!」

 

 あいちゃんがスケッチブックめくって出したページをテーブルの上にどーんと置く。

 これは……軍服モチーフかな。

 黒くてかっちりした上着は肩に金モールついてるし、ネクタイピンクだし、スカートはプリーツスカートでボックスタイプのひだから見える部分がピンク色だ。それに膝下ギリギリの編み上げロングブーツ。それと、肩からピンク色の謎布が下がってる。これは何なの?

 

「無しで」

「説明くらいさせてよ!」

 

 即却下したらあいちゃんが手を伸ばしてきて頭ぺちって叩かれた。

 

「このデザインのコンセプトは『凜々しくて可愛いゆーちゃん』ね。肩とか見ればわかると思うけど、かっちりしたデザインは軍服をイメージ。

 はい、想像してください。スカートの中は1分丈スパッツ穿くとしても、これでポニテで刀を振るうゆーちゃんを!」

「かっこいい……! if戦記のお姫様みたい。私こういうデザイン大好き」

 

 寧々ちゃん、目を潤ませて感動してるよ! そんなにツボったの? 私こんな肩周りが動きにくそうな服嫌なんだけど。おしなべて制服系って肩周りに難があるよね。

 というか、密かに寧々ちゃんもオタクだな? 制服系に日本刀持たせるのが好みなんだね?

 

「だよねだよね!? ゆーちゃん、そもそもヤマトがいなくても結構強いし、蓮くんを守ってるイメージがあるから、軍人とか騎士みたいな衣装がいいなって思って!」

「うんうん、柚香ちゃんそんなに背が高いわけじゃないのに、可愛いとかっこいいが同居してるからこんなの着たらファンが増えちゃいそう!」

「かれんちゃん、常識枠として一言どうぞ」

「ん、確かに絵面はかっこいいと思うけど、この金モールはどのくらいの柔らかさ? 肩周りの動きが制限されそうで私なら却下」

 

 言ってくれると思ってたー! 私が言うとあんまり説得力がないんだけど、客観的な立場のかれんちゃんが言うと効果が倍だよ。

 

「ぐう、肩周り……確かに布クラフトでも固くなりそう」

「そもそも、軍服モチーフって言ってもこれあからさまに一兵卒じゃなくて将校モデルじゃない? 実用性に劣る」

「さすがかれんちゃん! そこに痺れる憧れるぅ~! てか、私がこれだった場合、蓮くんはどうなるの?」

「それはねー、これ」

 

 あいちゃんがページをめくって出したのは、詰襟の軍服っぽい服の上にロングコートを合わせたデザインだった。ご丁寧に黒い手袋まで描いてあるよ。確かにただの詰襟よりは魔法使いっぽくはあるけど。

 

「暑そう……ダンジョンは年中気温変わらないっていうけど、これはさすがに暑そう」

「それなー」

 

 ずずずっとコップを空にしてかれんちゃんも頷く。

 

「蓮くんなら、格好良さを取って暑さくらい我慢してくれそうじゃない?」

 

 あいちゃんが食い下がるなー。そして割と的確に蓮くんの性格を見抜いてるなー。

 

「あー、そうだね、それはねー。かっこつけだもんね。クール気取ってるしこういう手袋とか喜びそうー。

 だ・け・ど、私的にはもっとカジュアルなのがいい。あ、この衣装どっかで見たことある気がしてたけど、ハガレンのロイのをちょっと弄っただけじゃない!? 蓮くん炎出さないよ、武器が氷属性だよ!」

「ちっ、バレたか。蓮くんの武器氷属性なの? それ初耳なんだけど。属性付くってレアじゃなかったっけ」

「滅多に付かないらしいよね」

「魔法使い系で氷属性武器かー。めんどくさいねー」

「ホントに……めんどくさい奴なんだよね……」

 

 初級魔法で取れる魔法がファイアーボールなのに、氷属性だと炎の攻撃力下げちゃうんだよね。

 物理武器として氷属性付いてるなら、クリティカルヒットの確率で相手を凍らせたりするのでかなり良いんだけど。――最悪、あのロータスロッドで物理攻撃させるかな! 殴ったら痛そうな形状だし!

 

「そういえば、デザインも大事なんだけど、全部アポイタカラで作る?

 安永蓮くんのは物理防御が欲しいから、アポイタカラでいいと思う。金属用意しなくて済むし。

 でも柚香ちゃんのはRSTを補うためにミスリルがいいんじゃない?」

 

 そっと挙手して寧々ちゃんが言うので、私はミスリルの補正を調べてみた。ミスリルは割とメジャーに出回ってるんだけど、総ミスリルっていうのはまず見ない。コスト高すぎて。

 

「武器クラフトしてもらった時は、同じアポイタカラ使っても私と蓮くんの武器は補正が違ったんだよね。総補正値は一緒なんだけど割り振りが全然違って。伝説鉱物を布にするって、その辺はどうなるの?」

「金属によって違うんだけど、ミスリルはMAGとRSTに修正が寄ってて、オリハルコンはAGIとDEXに寄ってて、ヒヒイロカネは満遍なく修正付く……はずだけど。日本であんまり出回らないけど、アダマンタイトだとVITに凄く補正入るって。

 布にしちゃうとね、個々の持ち主に寄せるんじゃなくて、性質が均一化されるみたいなの。もう布にした時点で補正が決定してるよ。

 鉱石とかインゴットから直にクラフトすると、持ち主に合わせてくれることがあるみたいだけど、布製品にはならないから重さとかが難点だよね」

 

 伝説金属紡績の話は珍しいから、寧々ちゃんの説明を3人で「へー」と聞く。

 悩ましいなあ。



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第62話 会議は踊る踊る、ぐるぐると

「総ミスリルの場合の補正値合計は、っと。250かー、意外に低いね!?」

「ゆーちゃん、250は低くないよ! 正気に戻れや!」

「やばっ! アポイタカラの補正合計が400だったから、それ基準にしてた。オリハルコンとか知名度高いからもっと補正あるのかと思ってたら、こっちは300かー。とりあえずオリハルコンはなしだね」

「確か法月紡績のHP(ホームページ)にあったような……うん、ここにあるよ、金属毎の補正値。これ伝説金属100%で作ったときので、これを元に何割使って布にするかとかメーカーの方から指定があるんだ」

「へえー、へえー! 面白ーい!」

 

 私たちは寧々ちゃんのスマホを揃って覗き込んだ。

 ミスリルの補正値は明らかに魔法使い用だなあ、HPが+50、MPが+100、MAGとRSTが+100で、VITが+20。それ以外は+10で総合計がHP・MPは150でその他ステータスは250。

 

 オリハルコンはその+100が付いてるところがAGIとDEXだ。浮遊する金属だもんね、そりゃAGIも上がるよね。その他の補正はミスリルよりちょっと良いかなって程度。VIT補正+20はちょっと辛い気がする。

 これも後衛でDEX必要な射撃系武器の人向きだなあ。近接はもっとVIT補正付かないと。

 

 アダマンタイトは+100補正がSTRとVITに付いてた。この3種の伝説金属で補完しあってる感じなのかな。そういえば、ヒヒイロカネとアポイタカラは日本でしか出ないんだよね。なんでだろう?

 そもそも日本、ダンジョンの数が他の国に比べて圧倒的に多いらしい。なぁぜなぁぜ?

 

 ヒヒイロカネは全体的に修正が付いてるね。STRとMAGだけちょびっと低いだけで、55から60くらいの修正値がある。防具としてはこちらの方がありがたいなあ。

 

「アポイタカラはヒヒイロカネの色違いって言われてるんだけど、実は補正が高いんだよね。ヒヒイロカネより50も高くて、それでヒヒイロカネみたいに満遍なく補正が付いてると最高かなー。

 寧々ちゃん、一度うちに帰った後で、法月紡績さんにアポイタカラ10キロ預けるから、それでどんな補正が付くか調べて貰えないかな?」

 

 さすがに学校にアイテムバッグは持って行ってないからね。アポイタカラは今は私の部屋のアイテムバッグの中です。

 

「うん、アポイタカラは今まで産出量が少なすぎて流通してなかったから、データが取れたら伯父さんも喜ぶと思う。どのくらい使う?」

「どーんと10キロ、全部布にしちゃってください! そうすれば私たちの防具を作るときにも使えるし、足りなかったらまだ出すし。武器が思ったより消費少なかったんだよね」

「柚香様、私もアポイタカラの武器欲しいです。ください」

「割引くらいはしてあげるけどただで上げるわけにはいきません」

 

 話のついでのようにかれんちゃんがたかってきたので、さくっと突き放す。これは最近のお約束だね。

 

「10キロかあ、凄いねえ。インゴットじゃなくて鉱石だから、ロスは出るんだけどね。布にしたら7キロか8キロくらいに減るかな」

 

 寧々ちゃんが何気なく言った一言で、実は今まで謎だったことが腑に落ちた! ピーンとね!

 

「あ、そうか! インゴットは純粋な金属だけど、鉱石原石だから、ロスが出るのかあ。武器クラフトしてもらった時、10キロのアポイタカラを使って、村雨丸と棒手裏剣と蓮くんのロータスロッドになったんだけど、できあがった物を合計しても10キロじゃないよねえって密かに疑問だったんだ!」

「棒手裏剣」

「私もそこ引っかかった」

「もしかして柚香ちゃんのサブ武器、手裏剣なの……?」

 

 え? そうですが、なんでみんなそんなに残念な物を見る目で私を見ているの!?

 

「うん。棒手裏剣5本おまけで作って貰ったんだ。太ももとかにベルトで留めてさ、即効性のしびれ薬塗っておいて投げる! 良くない?」

「サブ武器って、ダガーかナイフが定番だよね? それを太ももにベルトで留めるのは大賛成だけど。……うん、うん、太ももにダガー留めてるゆーちゃんかっこいいね。でも現実は手裏剣なのかー!」

 

 あいちゃんがスケッチブックの上に伏して嘆いてる! なんで!

 

「手裏剣って言っても、これ、こういうやつだよ!」

 

 写真に撮っておいた私の棒手裏剣見せると、あいちゃんはちょっと持ち直した。フォルムのスマートさと、アポイタカラの金属としての綺麗さが気に入ったみたいだ。

 

「うーん、綺麗。あああっ、この色でダガーだったらほんとかっこよかったのに! てかさ、ゆーちゃんこれをサブ武器にしてどう戦うの? 村雨丸使えなくなったとき、これは握ってブッ刺す感じ?」

「ううん。村雨丸が使えなくなったら素手戦闘だよ。だから、手甲を……ごめん、武器兼防具として手甲が欲しいです」

「バカー! そういうことは早く言ってよー! デザインがあらかた没になった!

 それに、手裏剣のホルダーは別口でどっかで作って貰わないと」

 

 激おこのあいちゃんにスケッチブックでばこんと頭叩かれた! 扱いが荒い!



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第63話 愛莉と寧々のターン

「まず、必要事項全部出して! やり直すから!」

「手裏剣太ももに付けます! 素手戦闘するので手甲欲しいです! 装飾過多はノーサンキュー。シンプルかつ動きやすい物を求めます! 足はごっついブーツがいい! 安全靴みたいな奴」

「柚香ちゃんはそれでいいかもしれないけど、安永蓮くんは?」

「柚香の意見オンリーで作って平気なの?」

 

 あうう……それを言われると痛いなあ。

 

「SE-REN(仮)で仮にもアイドル活動するんでしょ? デザインが直接防御力とかには関係ないんだから、ある程度見栄えも重要じゃない? 特に蓮くん! 特に蓮くん!」

 

 あいちゃんが、蓮くんを人質に取ってきた……。

 確かにねえ、蓮くんの方は今後のことも考えて、映える衣装は大事だよねえ。

 

「ぐう……ええと、蓮くんのはえーと、これだ。ブルーローブ。全然ローブじゃないけど、こういう奴。丈長目でよろしく。後は私と並んだときに違和感が出なければいいよ」

 

 私の配信のアーカイブから、蓮くんと初めて遭遇したときのシーンを引っ張り出す。

 わざわざ4万円も出してこれ買ったんだから、彼はきっとこういうのが好みなんだろうよ。

 

「ゆーちゃんはやっぱり黄色のイメージがあるよね。上はハイネックにして、ヤマトのおやつが入れられるようにポケットも付けて……下はオレンジ色のキュロットと黒スパッツかな。動きやすさを考えたらそれだと思うけど。柄はどうしようか」

「キュロットの裾に犬猫シルエットたくさん!」

「ダサ……せめてトップスの左下の方にヤマトシルエットひとつにしよ?」

「キュ~ン……」

「犬みたいに鳴いて見上げても却下。蓮くんのはやっぱり上がビビッドな青で下がインディゴ、デザインは上はお揃いの方がユニット感あっていいね」

 

 今まで使っていなかったスケッチブックの裏面を使って、あいちゃんが形の見本をざざっと描く。凄いなー、何も見ないで描くんだね。

 

「あっ、これがいいー、ちょっと空いてるタートルネック」

「オフタートルね。袖は長くして……体にフィットする方がいいんだよね、トレーニングウェアみたいに」

「うん。私はね。蓮くんは知らんけど」

「あんまり肉体派でもないだろうから、そっちはデザイン重視で行くか……法月さん、伝説金属の布の伸縮性ってどうなの?」

「一旦糸になるから、完全に布と同じで織り方次第だよ。スポーツメーカーさんとかから発注が来るときは、速乾と吸汗機能が付いたニットの事が多いみたい」

「法月紡績すごっ! 伝説金属で速乾吸汗機能って。ニットだったら伸縮性もあるもんねえ。じゃあ完全に普通の布と思ってデザインしていいのか」

 

 ほへー、寧々ちゃん、家業のことよく知ってるなあ。それにしても……。

 

「あいちゃん、今までのデザインはそういうことノーカンでやってたの?」

「趣味と実益を兼ねてって言ったでしょ。半分趣味だよ」

「わあ、わかりやすーい。足元はごついブーツにしよ! それもアポイタカラで作れる?」

「作れるよ。そっちは直にクラフトだから、それを先に作って、余りを繊維にして服を作るのがいいと思う」

 

 あいちゃんがガリガリとデザインを描き、寧々ちゃんがクラフトについて説明し、かれんちゃんはジュース飲みながらスマホでゲームしてる。

 平和だな! かれんちゃんが物申さないとどうにもならない事態にあんまりならなくて良かった。

 

「柚香はニーハイブーツで3分丈スパッツもアリだと思う。絶対可愛い」

 

 と思ってたら、ゲームはしてるけどデザインのことも考えてるんだね。

 

「前衛なのにニーハイブーツ? ちょっと動きにくそうなんだけど」

「まず根本的にさー、テイマーが前衛なのおかしくない?」

「そう言われても、私のステータスがそうなんだもん。逆に、蓮くんを絶対前に出せないじゃん。あ、あいちゃん、そこでデザイン終わりにしないで! 両手に手甲付けたいんだってば! 盾代わりと素手戦闘になった時のために」

「手甲……この服に手甲を付けろと申すかよ」

 

 Fixedってあいちゃんがデザインの上に描いたので、既に忘れられてる手甲の件をもう一回言わないといけなかったんだけど、あいちゃんの顔の治安が悪くなっていく……。

 手甲手甲と唸りながらあいちゃんが頭を抱えてしまった。しかめっ面のままでスマホ取り出して何か調べてる。

 

「こういう、フィンガーブレスじゃダメ? これだったらかろうじて許す。戦う時だけ付ければいいし。ていうか、ゆーちゃん基本足技の人じゃなかった?」

「まあね、キック力はパンチ力の3倍って言うし。……へー、何これ、面白いね。ブレスレットが中指のリングまで繋がってるの? 攻撃力高そうー」

「柚香ちゃん……攻撃力に換算しちゃダメな奴だよ、これ。おしゃれアイテムだよ?」

「これ一応アクセなんだけど、アポイタカラで作ったら間違いなく攻守こなせるものになっちゃうね。アクセクラフトの人に頼んで作って貰おう、パパの知り合いにいるからさ。肘から手首の部分は防具の強度的にこのままで行ける気もするけど。

 ……まず思い出すのは、中2のキャンプの時、ゆーちゃんが蹴りで薪を細かくしてた衝撃映像なんだけどさ……」

「あー、あったあった」

 

 おっとぉ! 私の失敗談をあいちゃんが語り出してかれんちゃんが相槌打ってる! そして寧々ちゃんは凄い驚いちゃってるじゃん! 語弊があるのに!

 

「柚香ちゃん、薪をキックで割れるの!?」

「割れないよ! 今のはあいちゃんの言い方が悪いよ。各班に炊飯用に配られた薪があったんだけど、ちょと大きすぎるのがあったから、炊事場の柱に立てかけてバキッと蹴って割っただけだよ! ちょっと加減間違えて木っ端微塵にしただけじゃん!」

 

 説明したら、「あーーーー」と寧々ちゃんが顔を覆ってしまった。

 かれんちゃんとあいちゃんが何故か寧々ちゃんの肩をポンポン叩いて、「よく来たな」とか「非常識をなんとも思わなくなる会へようこそ」とか言ってる!

 

「じゃあ、強化するべきは靴で」

「うん、靴ね。アポイタカラだから強度は十分出ると思う。ごっついブーツ、正解だと思うようになってきた」

「爪先で蹴り入れるだけで相当ダメージ入りそう」

 

 そして、あいちゃんと寧々ちゃんがうなずき合って通じ合ってる。

 

「こんなんどう?」

 

 あいりちゃんが描き上げたデザインは、肩の部分にVの字に差し色が入って、あとはシンプルに一色のトップスと、ちょっとひらひらのミニスカート、そして私は膝丈スパッツにハーフ丈の注文通りなごっついブーツ。トップスの裾の方に、尻尾がクルンと巻いた柴犬シルエット。もうこれだけで可愛いね!

 

 蓮くんのはVの字の差し色とか基本的なところは一緒で、トップスの丈がチュニックみたいに長くて、ウエスト部分に細いベルトが2本付いてた。こういう無駄にかっこいいけど用途がわからないパーツ、あの人好きだよ。多分。

 ボトムスはすとんとしたストレートパンツに、靴はお揃いになってるね。

 うんうん、かっこいいじゃん。蓮くんの意見は聞いてないけど、まあ大丈夫でしょう!

 

「スカートはスカートっぽく見せてキュロットでも良いし、どうせ中にスパッツ穿くからスカートでも良いしね。これを、それぞれ2色作ろう」

「えっ? 予定外なんですが!?」

「何言ってんの? 初心者の服だって洗い替え用持ってるでしょ? プレートアーマーとかじゃないんだから、布なんだから汚れるし、洗濯もするでしょ」

 

 うわー、真顔のあいちゃんに正論言われると圧が凄いなー。

 

「うん、そこは『金属並みの耐久性と防御力はあるけど布』だから、汚れたら丸洗い出来るっていうのが伝説金属紡績の強みでもあるんだ」

 

 当然のように寧々ちゃんも追い打ちコンボを入れてくる。……そうか、布か、布だもんね……。しかも速乾吸汗だよ。

 プレートアーマーに水ぶっかけて丸洗いもロマンがあるけど、アポイタカラ製の服を洗濯機で洗えるんだ……技術って凄いなあ。

 

 結局、デザインはほとんど同じで、私は上が黄色で下がオレンジのキュロットのバージョンと、上がピンクで下がローズピンクのミニスカのバージョンの2通り。

 蓮くんは上が青で下がインディゴと、上が黒で下がカーキの2通り。それぞれ差し色はボトムスの色。

 ……うん、すっごくスポーツメーカーの服っぽいデザインになってるね。あいちゃん、こういうデザインもできるんだなあ。

 

「頭防具どうする? 今後は必要じゃない?」

「あっ、あれがいい! インカム型頭部防具! 有名ダン配者とかが使ってる奴!」

 

 オリハルコンと別の伝説金属の合金で作るらしいんだけど、小規模だけど反発エネルギーがあるらしい。頭部に来た攻撃を跳ね返すことができるんだって。

 ただし、受注生産でとってもお高い。今の私には関係ないけどね!

 

「それなら……まあいいか……鉢金とか言われなくて良かった」

 

 あいちゃんがブツブツ言ってますが、さすがにそれはないね……。

 改めてFixedに赤ペンで丸を付けられたデザインを写真に撮って蓮くんに送信。

 

『俺がいないところで防具デザインが決まってる……だと?』

 

 なんか不平不満を持ってそうだけど、しばらくしてから『かっこいいからこれで』って返ってきた。

 思った通りだ。ちょろい!



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第64話 パパご乱心! ママもご乱心!

 一度家に帰ってから、ジャージに着替えてアイテムバッグを持って、村雨丸を刀袋に入れて背負って、とどめにヤマトにリードだ!

 

「ママ~。ちょっと寧々ちゃんちまで走って行ってくるねー。村雨丸で補正付けてるからそんなに時間掛からないと思う!」

「夕飯までには帰ってくるのよー。あと、車を撥ねちゃダメよー」

「あっ、反射テープ手首に巻いていこう! 行ってきまーす!」

「ワオオウ!」

「よーしヤマト、寧々ちゃんちまで全力で行くぞー!」

 

 片道6キロくらいあるけど全力で走ればすぐだよね!

 そう思ってかっ飛ばしたら、うわっ、何これ! スピード出る出る! ヤマトが横ですっごい楽しそうに走ってる!

 えーと、これ、あれだ! 電動アシスト自転車で走った感じ! 自分が踏み込んだのと違う出力がされてる速さ!

 

 たーのしー! どうしよう、このランニング癖になりそう!!

 ランナーズハイ的なドーパミン巡ってるぅ~って感じする!

 

 時々笑いながら走っていたら、びっくりするほど早く寧々ちゃんちに着いてしまった。ちょっと息は切れてるけど、すぐ落ち着きそうなレベル。

 

 チャイムを押したら寧々ちゃんが出て来て、ヤマト連れて走ってきた私のスピードにめちゃくちゃ驚いてた。ねっ、凄いんですよ、VIT+80にAGI+70って!

 

 ヤマトが「遊んで遊んで!」ってびょんびょんするので寧々ちゃんがおっかなびっくり触ってて、その間に寧々ちゃんのお父さんが出て来たので改めて挨拶して防具クラフトのお願いをした。

 

 技術には正当な対価を払わないとダメだよと言った話が伝わってるのか、おじさんは凄く上機嫌でちゃちゃっと私の採寸をして足型もとって、蓮くんにも明日来るようにと伝言を貰った。

 

 お代は1パーツにつき150万円。武器クラフトに比べると高く感じるけど、これは紡績+織布代も込みになってるんだそうだ。

 つまり、私はトップス、ボトムス、スパッツ、靴で4パーツになって600万。蓮くんはトップスとボトムスと靴だけだから450万。それが2セット。

 

 おじさんほくほくしてたね! 2100万だもん、ほくほくもするよね!

 とりあえず、靴もあるしどのくらい必要になるかわからないので、アポイタカラは鉱石で2本置いておくことにした。型も取ったし私の服と靴は今日から作るそうな。

 

 寧々ちゃんにたっぷり遊んで貰ってご機嫌のヤマトと、眼鏡までベロンベロンに舐められた寧々ちゃんを見て、飼い主は平謝りですわ……。

 楽しかったから良いよとは言ってくれたけど……眼鏡は舐めたらダメだよね。

 

 その後はまた爆走して、一旦ダンジョンハウスへ。気がついちゃったことがあるんだよね。

 

「すみません、中級冒険者装備一式について相談があるんですが」

「かしこまりました。奥へどうぞ」

 

 例の符丁を告げると、アンドロイドっぽくも見える店員さんがこの前あいちゃんがクラフトをした部屋に通してくれる。

 そこで私は手元に残ってる9本のアポイタカラ鉱石のうち7本を出して、店員さんにお願いをした。

 

「この鉱石をインゴットにしてください」

「12.5キロのラージバー、1キロのキロバー、500グラムのグラムバーをお選び頂けます。手数料は1本につき1000円で、大きさによる違いはありません」

 

 アポイタカラ出して見せても驚かないもんね、ここの店員さん。

 変換ロスとかも相談させてもらい、鉱石から純金属のインゴットへの変換率は75%だと教えて貰った。買い取りの時もそれが基準になっていたこともここで教えて貰った。これ、これが私が気になってたこと!

 

 買い取りの時は……数字直視しないようにしてたもんね……。控えは部屋にあるから、今確認すればわかるんだけど。

 

 悩んだ結果、ラージバーを3本、グラムバーを6本、残りは12本のキロバーにして貰うことにした。手数料は21000円。電子マネーでチャリンとお支払い。

 

 店員さんは一度アイテムバッグにアポイタカラ鉱石を入れて隣の部屋へ行き、すぐに戻ってきてテーブルの上にインゴットを並べてくれた。

 すっごいな……。これ、やっぱりクラフト系なのかなあ。それにしては汗も掻いてないし、あまりに早いんだけど。

 

 不思議だけど、ダンジョンハウスには謎が多すぎて、深く考えない方が身のためらしい。私も謎は謎のままにしておいて、インゴットをアイテムバッグに入れ、お礼を言って部屋から出た。

 

 次はあいちゃんち。ここでも手首と中指のサイズ測られて、念のために1キロのインゴットを置いていく。

 

「柚香ちゃん、お夕飯は?」

「これから家で食べます! 遅くなっちゃったから早く帰らないとー!」

 

 あいちゃんママが夕飯一緒にどうって誘ってくれたけど、ヤマトもいるし早く帰らなきゃ!

 

 そして、全力で走ると本当にすぐ側の我が家に着き、「たくさん走った! 満足!」ってお目々をきらきらさせてるヤマトの足と体を拭いて、私も手洗いうがいをしてダイニングへ。

 

 既にパパが帰ってきていて、後は私待ちだったみたい。

 私が自分の席に座ると、パパがいきなりとんでもないことを言い出した。

 

「パパ、会社を辞めようと思う。辞表も出してきた」

「えっ!?」

 

 夕食の場でのパパの爆弾発言に、いただきますを言おうとして手を合わせたまま私は固まった。

 

「自家用ヘリを買おうって話をしただろう? 免許を取るのに最低70時間くらいは飛行実績が必要だし、教官も必要だからスクールに行こうと思ってるんだ。

 会社に行きながらだとなかなか厳しいから、思い切って辞めることにしたよ」

「え、え、え、え、うちの生活費とかは?」

「あんたが心配することじゃないわよ。パパだって勝算がなくて言ってることじゃないわ。スクール費用は……ユズが出せばいいんだし」

 

 今、ママがスマホでスクール費用検索して私に押しつけてきた!

 確かに私は大金持ちですが、娘のお金で親がスクールに行くって構図はどうなの? モラル的に!

 

「ユズ、今日防具頼んだんでしょ? いつ上がるんだっけ?」

「えー? ちょっと今私の頭それどころじゃないっていうか……寧々ちゃんに訊いてみるね」

 

 ご飯を前にしたまま寧々ちゃんにスケジュールを尋ねると、「伯父さんが張り切って早速紡績始めてるから、木曜日にはできそうだよ」とすぐに返事が返ってきた。

 

「木曜日にはできそうだって。あ、明日蓮くんに採寸行くよう伝えなきゃ」

「なるほど……土日でMV撮るわよ、せっかくなんだからひとつくらいアイドルユニットらしい活動しないと! 前にも言ったでしょ?」

「ええっ、土日で!? 急すぎじゃない?」

「大丈夫! SE-RENのMV見てみたけど、曲も振りも難しくないからユズなら楽勝。問題は蓮くんの方よ。明日走って法月さんのところ行って採寸したら、そのまま走ってうちまで来いって伝えておいて」

 

 うわー、ママまでご乱心だー!!



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第65話 SE-REN(仮)、MV撮るってよ

「法月……もしかして、法月毅さんかい? 寒川の」

 

 会社辞めることにして一気に気楽になったのか、ビール飲みながらパパが寧々ちゃんのお父さんの名前を出してきた。

 

「そうだよ。うちのクラスのクラフト志望の寧々ちゃんのお父さんなの。知り合い?」

「おおー。たけやんかー、懐かしいなー! 昔のパパのパーティーメンバーだよ!」

「えええええええええええ!?」

 

 なんという運命の巡り合わせ! 今日採寸に行ったときは向こうは気づいてなかったなあ。まあ、法月に比べて柳川の方がよくある名字だもんね。明日寧々ちゃんにも教えてあげようっと。

 

 てか、パパのパーティーメンバーって言ったら、ダンジョンができたときから活動してるってことだよね……最古参クラスのクラフトじゃないの?

 

「当時はクラフトスキルを取れても、ジョブに昇格するっていうのがなかなかわからなくてなあ。たけやんはダンジョンで鉱脈見つけては掘って、ダンジョンハウスでインゴットにしてたんだよ。

 あの頃はふたりともファイターで、パパは盾持ちタンク、たけやんはそれこそ柚香みたいに刀振り回してたっけなあ。あれは家の蔵にあったやつだって言うから、ダンジョン産でもクラフト産でもない武器だったよ。たまに鉱脈掘ってるときに敵が出て来て、つるはしでそのまま倒したりしてな。ははは」

「へええー」

 

 パパは盾持ちタンクだったのか。私はその戦闘スタイルは継いでないなあ。てか、つるはしで倒すって……寧々ちゃんのお父さんパワフルだな。同じクラフトマンでも金沢さんとは全然違う。

 

「刀で戦ってるとDEXが伸びやすいみたいでね、それでかなり早くクラフトを取れたんだよ。たけやん自身は最初はクラフトにはあんまり興味なかったみたいだけど、ちょこちょこやってたらクラフトマンのジョブが生えて、DEXがますます伸びやすくなって戦闘でも強くなったんだ。

 いやー、クリティカル率が高くてなあー、凄かったよ、たけやん」

「……クラフトマンになったのに、戦闘メインだったんだ」

「初期の冒険者なんてそんなもんさ。そもそも戦闘ができなければダンジョンなんて行けなかったからな。今みたいにスタイルがファイター・メイジ・クラフト・テイマーって分かれるようになったのは、冒険者が増えたからこそってことだな」

 

 お酒が入ってるせいか、パパがよくしゃべるなあ。

 なるほどなるほど。確かに、人が少なかった&ジョブ条件がよくわからなかった頃は全部のことができちゃったり、向き不向きとは別のことをやっちゃう人が多かったんだろうね。

 

 しかし、テイマーに最初になった人なんか、どうやってテイムを成功させたんだろうなー。ダンジョンに出てくるモンスターを従えられるなんて、どうして思ったんだろうか。

 

 つらつらと考えながらパパの昔話を聞き、今とは全く違うダンジョンの状況にほへええーってなりながら夕飯を食べ終わり、とりあえずママご乱心の件に関して蓮くんに連絡をする。

 

「突然、ママがMV撮るって言い出した。そういえば前に言ってた気もするけど、今度の土日に撮るって」

 

 うーん、自分で書いておいてなんだけど、急にも程があるでしょうよ。

 私も前にSE-RENのチャンネルの動画は(4倍速で)一通り見てるけど、その時は「どんな編集をしてるか」に重点を置いて見てたので、どんな歌だったか、振り付けがどのくらい難しいかとかは全く憶えてない。

 

『?』

 

 あ、柴犬が首を傾げてるスタンプ返ってきた。可愛いなー。

 てか、こんな可愛いスタンプ使ってるのか……何が「クール」だよ。かれんちゃんより余程可愛い物好きじゃん。

 あいちゃんとか、北斗○拳とか三国志とかのスタンプバリバリ使ってるよ?

 

「前に国分寺ダンジョンでヤマトと追いかけっこしたときにママが言ってたの憶えてる? それだよ! 本気で週末にSE-REN(仮)のMV撮るって。だから、明日は『走って』寧々ちゃんちに行って採寸して貰ったら『走って』うちに来て。レッスンしてくれるって」

『今通話平気か』

 

 確かに、今リアルタイムでやりとりしてるから通話した方が早いな。

 私は洗い物をしているママの後ろにスススと移動して通話ボタンを押した。

 

「こばー」

『こんばんは……って、なんでいきなりそんな話になってるんだ? 練習期間短すぎねえ?』

「私にもわからなーい」

『わかんねえのかよ!』

「うん、防具を今日頼んできたんだけど、大体木曜日くらいにできあがるって言ったら、ママが『ひとつくらいはアイドルらしいことしないと』的な? ことを言い出して」

 

 スピーカーモードにしてたから、ママがどかっと体当たりしてきた。一言言わせろってことだな。

 

「もしもし、蓮くん? MV撮るわよ! ユズと一緒に活動してる間に、ユズの知名度を上手く使いなさい。来週には聖弥くん戻ってくるんでしょう? 防具ができたらMV撮るって前に言ったじゃない!」

『あっ、果穂さん、こんばんは。聖弥は退院はしたんですけど、まだ安静期間で、完全復帰にはもうちょい掛かる予定です。防具ができたらMV……あー、あー! 言われた気がする! 最近忙しすぎて忘れてました!』

「ちょうどいいわ、ボイトレしてあげるからこれから毎日うちに来なさい。あのMV撮ったときよりレベルアップした物を出すわよ!」

『ええええー、ボイトレ……して貰えるんですか。てか、指導できるんですか!?』

「ユズにボイトレしたのも私よ。9年も自分がボイトレ受けてればねえ、多少は教えられるようにもなるのよ」

『凄え、よろしくお願いします! てか、ゆ~かがボイトレ? なんでですか?』

「配信のためだよー。私はボイトレも滑舌トレーニングも小学校からやってるよー」

『マジかよ……俺なんかそれらしいこと一度もやらないまま歌の練習したぞ』

「でしょうね。音程は合ってるけど、声に伸びがないし、そもそも1オクターブしか音域使ってない曲よね、アレ。誰でも歌えるわ」

『ソーナンデス……』

 

 蓮くんの声があからさまに落ち込んでる! ママ、容赦ないな!

 

「ユズ、今あんたどれくらい声出るんだっけ」

「えーと、3オクターブ半かな?」

『マジか!? なんでそんなに出るんだよ!』

「練習したから~♪」

 

 ドレミファソラシド~♪の音階に合わせて歌ってみせたら、向こうは絶句してる模様。

 まあね、歌手目指してるわけでもないのに3オクターブ半出せる人間はそうそういないよね。

 

「あ、安心していいよ! ピアノに合わせて出せるのが3オクターブ半ってことで、実際に歌うときに出る声はそこまでじゃないから」

『そ、そうか、だよな』

「低音は体の構造上、個人個人で出せる限界が決まってるのよ。高音の方は練習すればかなり伸ばせるわ。いい声を出すのは練習あるのみよ。と言うわけで、ユズと同レベルとは行かないけど、軽ーくみっちり鍛えてあげるから、ちゃんと明日来なさいね!」

 

 軽くみっちりとは。……いや、軽くみっちりなんだろうなあ。ママ的には軽くだけど、蓮くん的にはみっちりって奴。

 特訓に次ぐ特訓だあ、蓮くん大変だなー。

 

 なんて他人事の顔をしてたら、ママがスマホじゃなくて私の方を向く。

 

「ユズ、あんたはMV見て聖弥くんパートの歌と振り入れときなさい」

「はーい」

 

 流れ弾! そうかー、私も歌って踊らないといけないんだよね。

 うーん、大丈夫かな……。いや、私じゃなくて、蓮くんが、ね。



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第66話 ママの特訓は厳しいぞ。なにせサンバ仮面だからね!

 たった1曲だけある、SE-RENのオリジナル曲。タイトルは「Magical Hues」。魔法の色合いとか、なんかそんな意味のタイトルだ。

 改めて歌を聴いてたら、「君の瞳に映る世界 魔法のような色彩」って思いっきりサビで歌ってたわ。

 

 はっきりいって難しい歌ではない。ハモりもないし。

 でも、妙に……うーん、なんだろう、聖弥さんと蓮くんの声の相性が良いのかな。ふたり揃って歌ってるところは、歌がうまいとかとは別の点で何故か聞いちゃう感じがある。

 

 逆に言えば、それ以外特にいいところはない……悲しいことに。

 どうすんだろ、これ。その唯一にして最高の長所を、私と蓮くんで引き出せるの?

 

 

 翌日の夕方、ぜーぜー言いながらうちに蓮くんが来た。背中には刀袋みたいなのを背負ってるね。やっぱり杖持って走らないよねえ!

 

「こん……ちは」

 

 息も絶え絶えだ。藤沢から山越えで茅ヶ崎通って寒川の寧々ちゃんち行って、そこから戻ってだから結構な距離あるもんね。ロータスロッドはVIT補正があんまりないから……。AGIだけなら補正後は村雨丸持った私と同じくらいになるんだけど。

 

「とりあえず、ポーション飲む?」

「飲む」

 

 冷蔵庫で冷やしてある上級ポーションを惜しみなくコップに入れて蓮くんに渡す。玄関でそれを飲み干した蓮くんは、「はぁぁぁー」ってファンには絶対聞かせられないような凄い声を出してから、やっとシャキッと立った。

 

「上級ポーション、ほんと効くよな。サンキュ」

「そりゃあ、24時間戦える奴だもん。そうそう、AGI補正高い武器持って走ると、スピード凄くない? 私も昨日やったけど、電動アシスト自転車みたいな加速するよね」

「あああ、それだ! なんかに似てるって思ってた。――お邪魔します」

「どうぞ、いらっしゃい、柳川家の恐怖の魔窟へ」

「恐怖の魔窟!? どこに連れて行かれるんだよ、俺!」

 

 ビビる蓮くんに向かって手招きをして、私はリビングを通り過ぎて階段に向かう。

 上り階段の隣にはドアがあって、多分普通の人はこれを見ると収納スペースだと思うんだよね。ところが我が家は違うのだ。

 

「こっち。うち、防音地下室があるの」

 

 蓮くんが「は?」ってポカンとした顔をしている。

 そうだよねー。普通の家には地下室ないって最近知ったよ。

 うち、建てるのにどのくらいの金額が掛かってるんだろう。そして、ローンはあとどのくらい残ってるんだろう……。

 

「防音地下室?」

「信じられないかもしれないけど、柳川家にはあるのだよ……別名、魔窟」

「なんで魔窟」

「行けばわかる」

 

 蓮くんを案内して階段を降りて、防音扉を開けて地下室に入る。

 途端に響くピアノの音。部屋の隅に置いてあるアップライトピアノの前でママが譜面とにらめっこしながら鍵盤を叩いている。

 

「ママー、蓮くん来たよ」

「こ、こんにちは。……何だこの部屋、凄え」

 

 ま、それしか言うことないわな。

 防音地下室は1階と同じ床面積で、一面は鏡張り、後は室内の音は響くように表面は木みたいな壁になってる。

 数年前からでっかいスピーカーも置いてあるし、たまにママがここでカラオケしてたりもする。鏡張りになってるのは、私が長いことダンスをやってたからだ。

 

 それだけだったらいいんだけど、問題は、私の手裏剣練習用の畳がここに置いてあることなんだよね……。

 穴が空きまくりの段ボール箱も何個か置いてある。

 よって、割とカオス。

 

「こんにちは、蓮くん。走ってきたわね? じゃあ、まずストレッチから。特に首の筋肉をよーく伸ばすわよ」

「走ってこいって、準備運動だったんですか!?」

「ウォーミングアップね。体温めてからやった方がいいから。はい、ユズと一緒にストレッチして」

 

 トレーニングウェア姿のママが前に立ち、私も蓮くんの隣でトレーニングウェアでストレッチ開始。

 一通りやると10分は軽く掛かるんだ、これ。ストレッチが終わったら、表情筋を思いっきり動かす練習をして、ラララララと舌を意識して動かすタンレッスン。

 

 私は慣れきった奴だけど、蓮くんめちゃくちゃ真顔! ボイトレ初体験だもんね、そうもなるか。

 だが、ボイトレはここからが本番なのだ。喉を使って声を出してしまわないよう、喉を開けて腹式呼吸の練習から。これができるのとできないのとでは声の伸びとか響き方が全然違うし、できないまま無理に発声練習すると喉を痛めちゃう。

 

 蓮くんは――思ったよりうまいな。特に低音を腹式呼吸で出すコツはすぐわかったみたいだ。

 問題は高音。音を頭のてっぺんから出すように、筋肉を引っ張るというか。頭のてっぺんどころか、それ通り越して後頭部から引っ張るように練習させられる。出ないのよ、最初は。やり続けてると出るようになってくるんだけどね。

 

 ドレミファソファミレド、から半音ずつ上がっていく発声練習が続く。これを音域2オクターブ分くらい。蓮くんは高音の部分は出きってなくて苦しそうだった。

 

「じゃ、本番の土曜日まで毎日うちに来てレッスンね。歌は後にして、振り付けの確認から。ユズ、振り付け入ってる?」

「イエスマム! 私を誰だと思ってるの?」

「幼稚園から12年間踊りまくってたダンス好き」

「えっへん!」

 

 そう。高校に入るときにやめたけど、幼稚園の時から私はダンスを習ってたのだ! ママが言うところの「娘課金」の一種ね。

 

「え……あの振りもう入ってんの? マジ? 俺割と苦労したんだけど」

「特に難しい動き入ってなかったよ? 蓮くんと聖弥さんってダンス経験なかったんでしょ」

「うわあああああ! 図星だから腹立つ!」

「曲掛けるから、歌わないでまずは振り付けだけ確認ね。いくわよー」

 

 ママの言葉で、私はMVの聖弥さんポジションに入る。最初はふたりで背中合わせで、私が右側で蓮くんが左側。

 そして、ママのスマホを接続したスピーカーからMVの曲が流れ、蓮くんにとっては地獄のダンスレッスンが始まった――。

 

「蓮くん、そこもっと右肩下げる! ステップに気を取られすぎて指先に神経行ってない! ステップの入りが逆! 一回ユズの見て憶え直して」

 

 厳しすぎる指摘! これが、これがママの鬼モードですわ! ダンスに対して特にめちゃくちゃ厳しいんだよね。完全に動きを頭に入れてから指導してくるから、間違ってるところ一発でバレるの。

 

「俺の曲なんですけどゆ~かの方が振りが正しいってことですか!? 果穂さんは何者!?」

 

 私は指摘が入らなかったのに自分は指摘入りまくりだったことに目を剥いて、蓮くんがママに問いただす。うん、気持ちはわかるけど、私の経験上この人の指導はあってるんだわ……。

 

「私? 高校はダンス部。ゴスペル9年やってたこともあるからダンスもボイトレもやったし、結構激しい振りやりながら野外ライブで生歌歌うとかやりまくってたけど。あと、推したちのMVは何千回見たかわからない。

 ユズはourtubeに上がってるSE-RENの動画から完コピしてるから、そっちが正しいはずよ。私が見てても間違えてるのは蓮くんね。ダンス歴12年のユズと蓮くん、どっちがこの場合正しいと思う?」

「柳川家恐ろしすぎだろ……生きるのに必要じゃない習得スキルが多すぎる」

「だってその方が人生楽しいもーん☆」

 

 ママが目元にピースサイン当てて、腰をくいっと曲げててへぺろしてる。キレがいいなあ、相変わらず。多分私のダンス好きはママから継いでるんだよね。

 

 ママの人生は楽しいだろうけどさ……巻き添え食らう人はたまに「楽しい」では済まないことがあるんだよね。今の蓮くんのように。



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第67話 Magical Hues

「肩反らして胸張って、アップ、アップ! 次ダウン! メリハリ付けて! ヒップホップの基本の動きとステップしか入ってないわよ、しっかり! そう、ダウンの時に左肩グッと下げる! さっきよりよくなってきたわよー! ユズ、蓮くんの後ろでこっそり高難易度ステップ入れるのやめなさい! 蓮くんが可哀想に見えるでしょ!」

「可哀想に見えるのか、俺……」

 

 一通り踊り終えた後、蓮くんは崩れ落ちた。

 

 蓮くんのダンスを録画した物を見てチェックするママ。表情が、ガチです。この分析モードに入ったママは止められません。

 

「うーん、またステップの入りで足間違えてるのよね。これは徹底的に練習して体で憶えるしかないわね。蓮くんは利き足が右なのね、踏み込むときに右から入る癖が付いちゃってるのよね、多分」

 

 ああ、膝を抱えて落ち込んでるアイドルが一名……。

 

「ここの足の入りは何回か気を付けて練習すれば、まあすぐに直ると思う。その後はMVでアップになってるシーン……」

 

 うわ、すっごい真面目な顔で何回もそこのところ再生してる!

 怖い、こっちまで怖くなるよー! ――と思ってたら、ママは突然ふにゃふにゃとデレた顔になった。

 

「なんでこんなにここだけ上手いの? 何この手つき! 視線の動かし方も! 最高タイミングの瞬き! うっはー、ご飯3杯行けるわ! 優! え、これどういうこと? この瞬きちゃんと計算してやったの? 自分にカメラ向いてアップになってるって自覚あるのよね?

 蓮くん! あなた15歳でしょ!? その色気はどこで身につけたの!? まさか既に女を転がしまくってるの!? ちょっとおばさん10年後のあなたが心配かつ激烈楽しみよ!! 前にも言ったけど推せる! 今日から課金する! ユズのお金使ってファンクラブ作ろ? 0001は私のものだからね!?」

 

 うおぅ! 突然のマシンガントーク来た! ママは一体何を見たの!? 私踊ってたから蓮くんの顔までは見てないんだけど。

 

「あのね、蓮くん、ママは若俳沼の住人だから……」

「色気出てますか!? やったー!! 特訓の成果が出たー!」

 

 今まで膝を抱えてたのに、天高く拳を突き上げるセクシーがどこかへ飛んでいった15歳。

 どういうことなのかな。色気って特訓出来るの?

 

「今ウケてるものの配信とか見まくって、セクシーって言われたりウケたりしてる人の目つきや手の滑らかさを真似できるように研究して特訓したんですよ! 斜め下に向けたアンニュイな目つきとか、薄い笑いとか、唇に置いた指の動かし方とか!」

「偉いっ! 努力を惜しまない姿勢、それを自分のものにする素質、本当にすっごい推せるわ! ユズには色気は一切期待出来ない分、対比が出て凄くいい物になるわよ!!」

 

 ママの鼻息超荒ーい……。それで、私に色気は一切期待出来ない、とは。これでもJK配信者として一応ウケてるんですけども。

 まあ、見てる人の半分以上がセクシーな服装より芋ジャージを求めてるのは間違いないんだけど。

 

「アップの部分、私何すればいい?」

 

 SE-RENのMVではそれぞれのアップシーンがあったんだけど、蓮くんは真顔(た分クール気取ってる)で、聖弥さんは笑顔だった。

 でもねえ、私が笑うと「にぱっ!」になっちゃうんだよね。激しくMVのイメージが損なわれると思われる。

 

「ユズも真顔の方がいいわね。あんたの笑顔は『にぱっ』だから。曲調と合わないのよねー」

 

 うう、ママにも同じこと言われた。振りだけ一緒で真顔か……それで行けるのかな。

 

「これ聖弥くんパートのアップね。ちょっと真似してみて」

 

 ママが動画を見せてくるので、聖弥さんの動きだけ頭に入れる。

 笑顔で画面の向こうに手を差し伸べるようなシーンだけど、これを私が真顔でやると……。

 

「音出すわよー」

 

 聖弥さんのアップシーンのちょっと前から動画を流して、ママが私を映し始める。

 真顔で、と意識しながら、ちょっと目に力を入れてキリッとレンズを見据える。そして、聖弥さんの動きを完全に真似してカメラに向かって手を差し伸べた。

 

「蓮くん、これをどう思う?」

 

 ママは録画したものを私に見せずに蓮くんに見せてた。なんで!

 

「……よく言えば凜々しいというか。画面の向こうに親の敵でもいるみたいな」

「ユズ、そういうこと! 顔が力みすぎ。手の動きは良かったわ」

「ちょっと、私にも見せてよ! どうだったのか自分で確認しないと直しようがない」

 

 ママの横から無理矢理覗き込んだら、確かにそこに映ってたのはガン飛ばしてる私でした。あちゃー!

 

「いや、でも、おまえ普段割とカメラの向こうに対して愛想がいいから、ギャップはあっていい気もする。多分」

「あーっ! ママに褒められたからって上から目線でフォローしなくてもいいですー!

 ここさ、バックを暗転させるでしょ? だったら私はアクション入れた方が差別化出来るんじゃない?」

「そうね、ユズの売りはどっちかというと陰のない笑顔よね。じゃあここはアップじゃなくて引きでアクション入れましょ。何やりたい?」

「太刀抜刀!」

「Magical Huesで太刀抜刀……おまえは何がしたいんだ」

「いや、だから、ここはお互い売りにしてる物をアピールした方がいいんじゃない? 蓮くんは練習してきたセクシーを披露すればいいじゃん。私は身体能力が売りだから、ハンドスプリングとかバク転入れればいいじゃん? それと太刀抜刀と回し蹴り」

「ハンド……? なんて?」

「ハンドスプリング、前方倒立回転。見てて」

 

 私は部屋の端まで下がって、軽く勢いを付けて全身を伸ばしたままで倒立回転をして見せた。これはね、綺麗に見せられてる自信あるんだ。すっごい練習したから。

 

「どう?」

「わけわからん」

 

 蓮くんの顔を見たら、スペキャ顔だったわ……。自分に理解出来ない物を見ましたっていうのがよく現れてるなあ。

 

「ていうか、売りが身体能力? 確かにスタミナとか凄えって思ってたけど、ゆ~かはコケるのが売りだと思ってた……」

「あっ! もう手伝わない! SE-REN(仮)は解散します!」

「すみませんゆ~か様! あとちょっと手伝ってください!!」

 

 くっ! 蓮くん滑らかな土下座を習得しおって!

 

「んもー! ヤマトのリード外してからはコケてないもん!」

「そういえばそうか……その身体能力はステータスの恩恵なのか?」

「違うよー。小さい頃からやりたいって言った物は片っ端からやらせて貰えたからだね。一部は『やれ』って言われた物もあるけど。

 えーと、赤ちゃんの時から水泳で、幼稚園からトランポリンとヒップホップダンスでしょ、それ続けながら小学校入ったら新体操。あとバレエ……はちょっとでやめちゃったけど、ボルダリングも楽しそうだからたまにやったし、走り方教室にも行ったし、小学校はソフトボールクラブで中学は体操部。回し蹴りはママから教わったのと、学校の素手格闘で」

「……もういいや、とりあえず常人の生き方をしてないことだけはわかった。どうあがいても俺が辿り着ける境地じゃない」

 

 蓮くんが表情の抜け落ちた顔でスン……となって呟いた。

 あ、なんか悟りを開いたみたいな感じになってるな。

 

「高校に入るときに全部やめたけど、アクロバティックなことは得意だよ!」

「果穂さん……柳川家の教育方針って一体?」

 

 そこでなんでママの方に聞くのかなあ!

 

「柳川家の教育方針は、『健康第一、体力があればなんとかなる!』よ。水泳はできないと命に関わるから真っ先にやらせたでしょ? ついでに体力も付くしね。後は好きなことはやらせる方向で、本人のスタミナと興味が続く限りは片っ端からやらせたわ。意外に全部長続きしたのよねー。バレエ以外は」

「うん、バレエ以外は」

 

 バレエはね、あいちゃんがやってたからやってみたんだけど、新体操とはまた違う動きの滑らかさとか芸術性が私には合わなかったんだよね……。

 



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第68話 たりないもの

「ダンスはどうにかなるのよ。蓮くんも標準的な運動能力はあるしね。……問題は、歌」

 

 一通りダンスの欠点を指摘してから、ママはピアノの前に戻った。

 

「一度ふたりで歌ってみて」

 

 今度掛けられたのは、ボーカル除去されたバージョンの「Magical Hues」だった。

 

「本気で歌ってよ!」

 

 ママが録音の準備を始める。本気で、ってガチ本気で歌っていいんだろうか……。

 私はちょっと悩みつつも、「いつもの本気」を出して歌った。私の声が入り始めた途端、ぎょっとしたような顔で蓮くんがこっちを見たけど仕方なし。

 

「あー、ダメー、やっぱりダメね」

「ダメですか……」

「やっぱりダメかー」

 

 一曲通して歌ったところで、すかさず入るママのダメ出し。私はほぼ予想通りの反応だったのでショックは少ないけど、蓮くんがあからさまにがっくりしてる。

 

「まず蓮くん、ユズに負けすぎ。声量も声の伸びも何もかも足りてない。これはボイトレを積み重ねないといけないから、まあ仕方がないわ。それとユズ、あんたは協調性が足りてない。ふたりとも『一緒に歌おう』という意識が欠片もない。歌詞だけメロディに乗せて歌うのなら誰だってできる。感情を乗せなさい。歌詞が持つ物語を声で紡ぎなさい。ユズはいくらかマシだとしても、蓮くんはまだ圧倒的に表現力が足りない。

 いい? これから私が歌うのを見てて。歌うのは賛美歌よ」

 

 立ち上がったママは一度目を伏せて、アカペラで歌い出す。曲はアメイジング・グレイス。多分誰でも一度は聞いたことのある賛美歌だ。

 防音室に響き渡る伸びやかなソプラノの圧倒的な声量。時にささやくように、時に全身で神に訴えかけるように、ママは神様を讃える歌を歌い上げる。

 ビブラートの掛かった高音は幸せそうな歌声で、転調してからは更に声を響かせ、手を天に向かって差し伸べながらその目は神様を見つめているようだった。

 

「Was blind, but now I see――」

 

 たっぷりと余韻を残して歌い終えたとき、蓮くんは呆然とした顔で自分で自分の腕を押さえていた。

 

「ドヤァ」

「ああっ! せっかく感動してたのに、今ので割と台無しになった! ……すげえ、まだ鳥肌立ってる。なのにドヤァって、それはない……」

 

 歌い終わった途端、聖母のようだったママが元の強火オタクママに戻ったので、蓮くんは情緒が混乱している模様です。私は、もう慣れてる!

 

「どう感じた? 率直に言って」

「えーと、その、なんつーか、凄い多幸感っていうか。心の底から神様を信じて愛してるんだって伝わってきて」

「そうね、そういう気持ちで歌ってる。私は無宗教だけど」

「そーなんですか!?」

 

 そうなんだよね……アメグレなんてメジャーな歌だし、賛美歌としてじゃなくてもみんな知ってる歌だもん。アメリカでは「第二の国歌」とまで言われてるし、いろんな歌手が歌ってる。

 もう、そこに宗教はあんまり関係ないのだ。特に日本人にとっては。

 

「これが、表現力というものよ。ふたりに足りてないもの――歌詞の理解と、曲にメリハリを付けること、それと、例え音を狂わせてでもいいから感情を乗せることね。今回は急だし、ミュージカル並みの歌唱力は求めてない。だけど、それができれば人間は歌ひとつだけで言葉が通じなくても人の心を揺らすことができるの」

 

 ママの言葉に、蓮くんは凄く真剣にうんうんと頷いている。

 今、いいこと言ってるんだよね。蓮くんも「凄く大事なこと言われてる」って理解してる。

 

 でも私は知ってるんだ……今、ママは推しくんのことを考えてる! ママの推しくん、凄い歌がうまいから!

 ミュージカル見ながらママが号泣してる姿を何度見たことか!

 

「蓮くんは歌詞についてちょっと考え直してみて。ユズはこっち来てこれを見て」

「はい?」

 

 ピアノの前に呼ばれて見せられたのは、手書きの楽譜! しかも、これは「Magical Hues」の主メロじゃない。ハモりパートだ!

 

「んもー、みーたんに編曲頼んだら、『いい加減9年も歌ってるんだからハモりパートくらい作れるでしょ』って言われて昨日の夜から必死に自力で作ったのよー。和音取ってるだけだからそんなに難しくはなかったけどね」

「えー!? ママが編曲したの!?」

「編曲!? そんなことまでできるんですか!?」

「初めてやった! さっきふたりが来るまで弾いてたのは、そのハモりがちゃんと合ってるかを確認してたのよ。一応音としては違和感ないけど、歌ったらどうかまではまだ試してなくて。みーたん――うちのクワイアの編曲担当なんだけどね、みーたんに有償でもいいから頼んじゃえと思ってたら、『有償でも断る』って言われちゃって」

「クワイア?」

「聖歌隊のこと。ゴスペルの場合の合唱団みたいな物よ。はい、じゃあ蓮くんは歌詞を深く掘り下げるのに戻って、ユズは音取りするからちゃんと聞いて」

「待って、録音する」

 

 私が慌ててスマホのボイスレコーダーを入れると、それを確かめてママが旋律だけを単音で弾いていく。うっ……これは、元の曲からすると難易度が2倍くらいになっている!

 

「どう? できそう?」

「できるけど、できるけど解せぬわ……元歌より難しくなってるのに私裏メロだなんて」

 

 思わずぼやいたら、ママが椅子に座ったままくるっと回転して、私の顔を真っ正面から見つめてきた。

 

「ユズは何がしたいの? 蓮くんとアイドルとしてどっちが上か張り合いたいの?」

「そんなことは思ってないけど――」

「思ってる。私の方が歌もダンスも上手いのにって思ってるでしょ。なのに主メロじゃないから拗ねてるのよ」

「あ……」

 

 そうか、蓮くんより大変なのに私が主役じゃないって確かに思ってた……。

 でも、私自身はアイドルになりたいわけじゃない。歌うのも踊るのも好きだけどそれは単なる趣味で、私の将来の目標は動物に関わる仕事をすること。

 SE-REN(仮)をやるのは、あくまで蓮くんと聖弥さんの手助けのためだ。

 

「わかった。私が蓮くんを支えればいいんだね?」

「今回のユズの役目はまさしくそうよ。だから、自分が自分がっていう歌い方はやめなさい。蓮くんの声をよく聞いてそれに合わせて歌うの。蓮くんと聖弥くんはお互いにそうして歌ってたわ。だから技術が拙くても、『聴いちゃう歌』になってたの」

「すいません……俺もさっきそういうことスパーンと忘れてて、ゆ~かの声に圧倒されてかき消されないように対抗することしか考えられなくて」

 

 ばつが悪そうに蓮くんがうなだれる。いや、これに関しては完全に私が悪いわ。

 

「ごめん、元々蓮くんのサポートをする役目だったのに、そんなことすっかり頭から消えてた。――今度はちゃんと蓮くんを引き立てるように歌うから」

 

 多分、彼に向かってこんなに真面目に向き合ったのは初めてなんじゃないだろうか。

 私が真剣に言って頭を下げたら、蓮くんも頷いてくれた。

 

「俺も、聖弥じゃなくてゆ~かと歌ってるんだってこと忘れないようにして歌う」

「ママ、もう一度歌うから、曲を掛けて」

「えっ!? おまえ、1回聴いただけであのハモり憶えたのか?」

「いやまさか! 楽譜見ながら歌うよ、さすがに」

 

 準備よく用意されていた楽譜のコピーを渡されて、私は蓮くんと向かい合って立った。合唱の練習の時には、お互いの声を聴くために輪になって歌う。それがうんと小さい単位になっただけ。

 

 音楽が流れる。私は蓮くんの声量に合わせてそれを支えるように、高音のハーモニーを歌う。楽譜を見ながら丁寧に、蓮くんの声を確かめながら。

 

 歌い終わったとき、ママの拍手が防音室に響いた。



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第69話 ヤマトの気持ちと特訓

 翌日から、私は蓮くんと一緒に「あらゆる」特訓をすることになった。

 まず日課の走り込みwithヤマト。ステータス補正の関係で、村雨丸を蓮くんが背負い、ロータスロッドを私が背負う。これで蓮くんが走れる距離はかなり上がった。

 

 私はまだLV9まで猶予があるからね、もう後がない蓮くん優先だよ。

 ヤマトのリードを持った蓮くんは、「うぎゃああああ!」って悲鳴上げながらも、ちょっと嬉しそうだ。加速ペースにまだ体が慣れないやら、ヤマトが可愛いやらで混乱してるっぽい。

 

 物凄いスピードでランニングして、終点は我が家。蓮くんに上級ポーションを飲ませて、体は温まってるからストレッチとボイトレ。後はひたすら歌とダンスの練習。

 

「頑張って! ダンス練習はAGIとVITが上がるわよ!」

「ママ、それどこ情報?」

「掲示板!」

 

 時々真偽不明の情報に踊らされたりしつつ、「今の蓮くんよりちょっと上」を目指してレッスンは続く。

 私は全然上なんだけど、「蓮くんに合わせる」のが練習の目的だ。蓮くんと聖弥さんは同レベルだったからこそぴったり合った。私は元が上手い分、うんと意識してやらないと悪目立ちする。そこの調節が大変。

 

 だって、同じ配信者として今の蓮くんと聖弥さんの状況を見過ごせないって決めたのは私なんだもん。それに、私自身が芸能人になりたいわけじゃないんだから、蓮くんを支える側に回るのは当然だし、それも期間限定のことと決まっている。

 

 

 昨日、ハモリを入れて初めて歌ったときママは拍手をくれたけど、それは「よくできました」じゃなかった。

 私と蓮くんが、担うべき役割をちゃんと認識して、そのように動き始めたことに対する「お褒めの拍手」だったんだ。

 

 あー、聖弥さん早く戻ってきてくれないかなー! 私もっとヤマトとダンジョン行きたいんだけど! でも怪我人に無理させられないし! キエー!!

 

 そうだ、そういえばヤマトはどうしたいのかな。従魔である以上はダンジョンで戦いたいのかな? それとも、案外飼い犬に満足してたりして。

 

 

 うちでのレッスンが終わって蓮くんがロータスロッド背負って帰った後、夕飯作る手伝いをしながら私はヤマトのことについてママに相談してみた。

 

 冒険者として相談するべきはパパなんだけど、パパはテイマーじゃないし動物についてもそれほど詳しいわけじゃないんだよね。ここはやっぱり、動物大好きのママの方が適役だと思う。

 

「ヤマトがどうしたいか、ねえ……」

 

 ジャガイモの皮を剥きながらママはうーんと考え込む。

 ヤマトは今日はたっぷりと走ったので、ご飯食べたらへそ天でおやすみしてしまった。「飼い犬の幸せ満喫してます!」って顔してたけど。

 

「ユズはどう思ってるの? そもそも、『ヤマトはどうしたいんだろう』って思ったのは、何かヤマトの態度について思うことがあったからなんじゃないの?」

「どうだろう……ヤマトは毎日楽しそうだよ。特に村雨丸背負って走るときは凄く嬉しそう。ディスクで遊んでるのも楽しいって顔してるし。

 でも、ヤマトってよく考えたらただの柴犬じゃないじゃん? いつも見た目のせいでただの犬みたいに思っちゃうけど、ヤマト自身は今の扱いで本当に満足してるのかなあ、って」

「少なくとも、ヤマトはユズと一緒にいて幸せそうにしてるわよねー。……ヤマトが、今の生活とダンジョンでの戦い、どっちをより『本来の自分』と思ってるのかはわからないけど、今度ダンジョンで戦ってるときによく観察してみるしかないんじゃない?」

「あー、テイマーの知り合いがいたらなあ。こんな時に相談出来るのに」

「テイマーの知り合い、ねえ……従魔の幸せって、やっぱりマスターと一緒にいることじゃないかしら」

 

 あっ!?

 今、なんかママが核心に迫るようなことを呟いたぞ!?

 

「従魔の幸せは、マスターと一緒にいること……その発想はなかった」

「だって、わざわざ【従魔】って表示されるのよ? 『従って』るのよ。ダンジョンのモンスターって、大体は目的もなく暴れてるように見えるじゃない?

 それがマスターを得た途端に行動原理ががらって変わるのよ。これって実は大変なことでしょ」

 

 そうだよ。

 ちょっと本能のままに人に襲いかかるヤマトって想像つかないけど、モンスターは人を襲う。理由はわからないけど、人に対して攻撃してくる。

 もしかしたら、縄張りであるダンジョンに踏み込まれてるからとか理由があるかもしれないんだけど、少なくとも今のところそれは人間の理解の外。

 

 でも従魔は人を襲わない。マスターに付き従って、その命令で、あるいは従魔自身の意思でマスターを守るために戦う。

 

 ヤマトに振り回されて転んだことはあるけど、ヤマトは私に危害が及ぶようなことはしたことがない。むしろ、あの無差別殺戮モードは周囲のモンスから私を守るためにやってるんだとすると、それはそれで説明が付く。

 

 よし、MV取り終わったら、私もLV10になってもいいように特訓の量を増やそう。そうしないと、いつまでもヤマトとダンジョンに行くことができない。

 ラッキーなことにその頃には防具もできてるから、ステータスの底上げがもっとできて、ハードな特訓もよりこなせるはず。

 

 ご飯の後、クッションで寝てるヤマトをじっくり見てみた。

 手が、おばけ手になってる手が時々ピクってしてる! 可愛い!

 そのお手々を握って肉球を触ってみたけど起きる気配無し。肉球は、うちに来たときよりちょっと硬くなったね。道路を走ってるからしょうがないな。

 

「ヤマトは、私次第なんだよね」

 

 その後、私は自分の部屋で金沢さんに教わった呼吸法をひたすら練習した。

 ――残念ながら、まだ露は現れないけど。



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第70話 ダンジョン、とは!?

 月曜日に先生が「ゴーレム師匠とスパーリング」と言ってたのは、中級ダンジョンにいる「固くて遅くて強い」ゴーレムと長時間白兵戦をしろってことらしい。調べようと思ってコロッと忘れてたんだけど、かれんちゃんが教えてくれた。

 

 神奈川だと中級ダンジョンはいくつかあるんだけど、有名なのは小田原城ダンジョンかな。茅ヶ崎からだと東海道線1本で行きやすいし。

 

 ゴーレム師匠とスパーリングをしてる初心者装備の人を見たら、ヒールしたり補助魔法を掛けたりして手伝ってやれって情報板にも書いてあった。

 先輩冒険者と後輩冒険者、こうやって繋がっていくんだねえー。

 

 そういえば、ヤマトの場合はどう鍛えたらいいのかな。

 そもそも元が強いから鍛える必要はない気もするけど、ヤマト自身の安全にも繋がるからステータスはできるだけ上げられるようにしてあげたい。

 

 ……と言うことをママに相談したら、スマホでまたスパパッと誰かに訊いていた。そしてすぐ返信がきて、うんうんと頷いている。

 

「あーあー、なるほど。こっちを倒そうとしない強い従魔と戦わせるのね」

「ヤマトより強い従魔? そんなのっているの?」

 

 ママが妙に納得してるので、疑問に思ったことをストレートに突っ込んだら驚愕の答えが返ってきた。

 

「フレイムドラゴン」

「なんですと!?」

 

 フレイムドラゴンって……確か上級ダンジョンにレア湧きするっていうドラゴン四天王の一角じゃん!

 そんなのを従魔にしてる人がいるの!? どんな化け物なの!?

 

大山阿夫利(おおやまあふり)ダンジョンっていう上級ダンジョンの1層に、従魔のフレイムドラゴンがいるんだって。……まあ、さすがに家にフレイムドラゴン連れ帰れないから、マスターがそこに置いてるのね。

 そのフレイムドラゴンが良く躾けられてて、従魔相手なら手加減しながら適当にあしらってくれるらしいわよ」

「え、大山阿夫利ダンジョンって、あの大山!?」

 

 あの大山って、うちから見える大山連峰の!? 阿夫利ってわざわざ付いてるから、あの大山なんだよね? 字だけだと「大山(おおやま)」は鳥取県の「大山(だいせん)」と間違えられやすいから、神奈川の大山にあるダンジョンは阿夫利って付けて呼ぶようになってるらしい。

 

 てか、そもそも寒川とか茅ヶ崎には「大山街道」っていう、昔の人たちが大山参りをするために通った街道もある。

 神奈川ではとってもメジャーな山なんだよね。

 

 上級ダンジョンがあることは聞いてたけど、まさかそんな近場に最強格のフレイムドラゴンが従魔としているなんて。

 うーん、世界は広いけど世間は狭いな。

 

 あ、でもそういえば神奈川って冒険者が多いんだっけ。

 全国でもトップ5に入るダンジョン数があるんだよね。下手すると、神奈川だけでよその国ひとつ分以上のダンジョンがある。

 名所旧跡神社古刹古戦場とか、そういう物の近くにダンジョンが出現したケースが多いし、東京はさすがにダンジョンができるような土地が足りなかったっぽいんだよね。

 

 そりゃ、上野公園にはダンジョンあるけど、増上寺の境内にダンジョンの入り口出現したりしなかったし。

 伊勢神宮の側にもダンジョンはあるけど、式年遷宮のために育ててる林の中らしいし。

 

 そうか……神奈川って駅前とか住宅地は開けてるけど、割と田舎なところも多いし、幕府もあったし戦いもあったし、ダンジョンができるのにおあつらえ向きな条件が揃ってるんだー。

 

 しっかし、フレイムドラゴンかぁー。見てみたいなー。でっかいんだろうなー。可愛いかなあ? ドラゴンだからあんまり可愛くないかもしれないけど。

 

「MV撮り終わったら、一度行ってみる?」

「行く! さすがママ!」

 

 もし可能だったら私もそこでスパーリングさせて貰おう! ヤマトと一緒に。

 

 

 そして、蓮くんと一緒にひたすら練習を重ねて、金曜日に寧々ちゃんからできあがった装備を受け取り、土曜日のMV撮影日がやってきた。

 

「ママ、そういえばMVってどこで撮影するの?」

 

 うちの地下室……じゃないよね。いくら背景合成出来ても、いろいろとあんまりだ。

 

「んっふっふ」

 

 私の問いかけに、待ってましたと言わんばかりの思わせぶりな笑顔を浮かべるママ! これはいかん、絶対とんでもないこと考えてる!

 

「近くにあるじゃな~い。一年中晴れてて、青い空と砂浜のある海が!」

「まさか……サザンビーチダンジョン?」

「そうよ! サザンビーチダンジョン最下層! 24時間変わらない明るさで、実物よりも綺麗な海と砂浜! 最高のロケーションじゃない? やっぱりアイドルのデビュー曲なんだから爽やかに行かなきゃ」

「で、でも、行く途中に襲われたら!?」

 

 今経験値を入れたくはないんだよね! 特に蓮くん。

 私の懸念に、ママはまたにやりと笑って「チッチッチ」と指を振った。

 

「思い出してみなさい、蓮くんと初めて会った日のことを。あの時のユズは、補正のない装備で最下層まで駆け抜けたのよ。その間一度も戦闘にならなかったでしょ。だったら、防具で補正付けた状態なら尚更問題なく最下層まで行けるわ。

 しかも、最下層はボスが2週間前にやられたんだからまだリポップしてないはずだし、ボス以外のモンスターが湧かないんだから安全。これ程撮影に適した場所ってある?」

 

 うわーーーーーー。

 超理論きたーーーーーーーーー。

 

 いや、言ってることは確かに間違ってないんだけど、ダンジョンをダンジョンと思ってないよね!?

 蓮くんたちと初めて会った日は、そもそも凄い人口密度が高い状態で、他の人がモンス狩りをしてたからこそ駆け抜けられたんだけど。

 

 でも。

 うーん? うーーーーーーん。補正なしでモンスに追いつかれずに最下層まで突っ切ったのは間違いない事実で。

 

 私は昨日上がってきた新防具を着たときのステータス補正のスクショを見直した。

 

ゆ~か LV6

HP 55/55(+50)

MP 6/6(+100)

STR 14(+65)

VIT 20(+70)

MAG 4(+65)

RST 5(+70

DEX 17(+65)

AGI 21(+65)

ジョブ 【テイマー】

装備 【アポイタカラ・セットアップ】

従魔 【ヤマト】

 

 昨日は名前見た瞬間笑ったけどね。何よ、「セットアップ」って。確かにセットアップだけどさあ。

 私の防具はトップスとボトムスとスパッツと靴で構成されてるけど、それ全部ひっくるめてひとつと見なされたよ。蓮くんは1パーツ少ないのに補正同じなの。ずるい!

 

 AGI補正が防具だけでも+65。これは防具としては最高級。なにせ総アポイタカラだしね。

 この防具のいいところは、全体的に補正がバランス良く付いてるところなんだよね。

 つまり、蓮くんのVITも大幅に引き上げられている。

 

 だったら行けるか?

 あれ? でも、ママは!?

 

「ママはどうするの? まさか私の村雨丸背負っていこうとしてる?」

「そのまさかでーす。ヤマトも連れて行けばまず大丈夫でしょ? あと、愛莉ちゃんにも声かけてあるわよ。スタイリストとして必要でしょう?

 愛莉ちゃんと蓮くんとユズがパーティーを組んでおけば、万が一雑魚モンス倒して経験値が入っても三分割されてLVアップのリスクは低くできるわ。愛莉ちゃんにはロータスロッド持って貰えばいいのよ。これで、4人ともまず戦闘になることなく最下層まで行けるってわけ!」

 

 あいちゃんにも声かけてあるのか!

 ママP、さすがだわ。

 

 などと、このときの私は思ったのであった。



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第71話 アイドルって大変だね!

 ママの車で蓮くんを迎えに行き、なんか妙に荷物多いのでビビってる私です。

 

「なんでそんなに荷物あるの?」

「メイク道具だよ」

 

 あっさりと蓮くんが答えたけど、私は思いっきり顔を覆ってしまった。

 そっかー! あいちゃんが呼ばれてるってそういうことかー!

 アイドルは、男子といえどもお化粧するんですねー!

 

「蓮くん、自前のメイク道具持ってるの!? メイクなんてできんの!?」

「ちなみにおまえはできないんだろ? 俺は一応できる! 動画見て凄え研究してるし」

 

 うわ、謎のマウントを取られましたわ。しかもこっちのことも見抜かれてるよ。

 

「男子のメイク動画!?」

「あるぞ! 俳優がやってるチャンネルとかで。アイテムは特別男性用とかなくても、やるのとやらないのとでは変わるからな」

「あー、あるある、男子のメイク動画。私も『ぼくたち広場』とかで見たわ」

「やっぱり果穂さんは知ってたか……そうです、『ぼく広』で見ました」

 

 私を置いてけぼりにした会話が続く。「ようくん可愛いわよねー。女装の天才」とか「あれくらい売れたい」とか。

 ママと蓮くんふたりでしゃべってるように見えるけど、話題の方向性は若干ずれてる。

 

 察するに、「ぼく広」ってのは2.5次元の舞台にも出てる俳優さんたちが複数でやってるバラエティチャンネルみたいなものらしい。途中で聞いた名前が聞き覚えあるかなと思ったんだけど、多分ママの4推しくらいの人だったかな。

 

 蓮くん、研究してるんだなあ。

 私から与えられたトレーニング課題をこなし、ママから課されたレッスンもこなし、俳優になる夢を叶えるためにアイドル活動もやり……あれ? メイクどこで必要なの?

 

「メイクって、メイクさんがやってくれるんじゃないの? 舞台とかだと」

「甘いな、自分でやるケースも多いんだ。まして今回みたいな全部こっち持ち出しの企画だと、そこまで予算回せないこともあるし。だから、メイク技術は身につけておくに越したことはないんだよ」

「ほー」

「おまえだって前、コラボ配信でメイク……ああ、アイリがメイクもしてくれたのか」

「あれ見てたの? そうそう、あいちゃんがやってくれたから。今日あいちゃんも来るよ。衣装デザインあいちゃんだし、メイクも一通り任せられるからママが呼んだみたいなんだけど」

「そーなのー。私自分の顔にはメイクできるけど、人にメイクしたことなくって。

 愛莉ちゃんだったら人にメイクするのはそこら辺の大人より慣れてるから。一応ライブ出演用のメイク道具は持ってきたんだけどね。

 ステージ上と自然光だと光の加減も変わるし……ダンジョンのアレを自然光って呼んでいいのかは謎だけど、見た感じでは自然光っぽいのよね」

 

 ママもいろいろ考えておるなあー。

 あれ? もしかして、私が一番何も考えてないんじゃない!?

 

「……私が一番何も考えてない気がしてきました。なぁぜなぁぜ?」

「実際ユズが一番何も考えてないんじゃない? 今回は企画に関してはほとんど私がやってるし、蓮くんもMV作るってなってから、告知鬼のように打ってるわよね」

「気づいてくれてる人がいた!」

 

 おっと! 私それも気づいてなかった! てか、蓮くんのX‘sアカウントをそもそもフォローしてなかったことに今気づきました!

 言い訳をひとつさせていただくと、私普段X‘sあんまりやってないんだよね!

 

「えーと、いろいろすみません」

「いや、別に。ゆ~かに元々プロデューサー的なことは期待してないし、俺が知らない冒険者としての知識を教わったり、特訓メニュー考えてくれたりしただけでも十分だよ」

 

 私がぺこんと頭を下げたら、蓮くんが……珍しく優しい!?

 

「蓮くんが優しい! どうしよう、予定外ボス湧きとかのフラグ!?」

「おっまえさー! この付き合いももうすぐ終わりだなーと思っていろいろ寛容になってる俺に対して酷すぎじゃね!?」

「あっ、そういうことかー。じゃあ、この付き合いももうすぐ終わるから、私は全力で歌とダンス頑張るね!」

「そうそう、ユズは考えることにはあんまり向いてないもんね。SE-REN(仮)のアイドル方面でのプロデュースはママに任せておきなさい。ユズと蓮くんは、MVを完成させることに今は全力を尽くせばいいわ。

 ふたりだけで全部できるとか、そういうことは思わない方がいいのよ。周りにスキルがあって任せられる人間がいたらどんどん引きずり込みなさい。愛莉ちゃんだって、自分が衣装デザインしてメイクも担当して、SE-REN(仮)のMVが話題になったらメリットがあるから引き受けてくれてるのよ」

「アイリって、そういうタイプなのか……」

「うん、白猫被ってて利に聡い、視聴者さんには可愛く見せてるけど素はおっさん的な」

 

 そういえば蓮くんはあいちゃんとまだ直接会ったことはなかったんだよね。動画見ただけならあの本性はわかるまい。

 私とかれんちゃんと彩花ちゃんとあいちゃん、同じ中学から友達同士で北峰に進学した4人の中で、一番凶暴なのはあいちゃんだよ。足が長いからってすぐ蹴り入れてくるし、スケッチブックで殴ってくるし。

 

 多分、周りの私たちが割と強いから、「このくらいやっても平気」って思ってるんだろうけどね。

 

 そして、そのあいちゃんですが――。

 

「なんで【初心者の服】着てるの?」

 

 サザンビーチダンジョンの駐車場で、出口のところに芋ジャーの人が立ってると思ったらあいちゃんだった!

 しかも、いつもと全然違う! すっぴんなのは仕方ないとしても髪の毛は低めツインテだし、眼鏡も掛けてるし!

 

「いや、だって、仮にもダンジョン最下層まで走破するんでしょ? これ以外着てくるわけなくない? ダンジョンで戦ってるときとか絶対撮影拒否だよ、私は。

 むしろゆーちゃんママどうするの?」

「私はトレーニングウェアに着替えてから行くわよ。ユズと蓮くんも最初の衣装に着替えて、それから走って行く予定。そうしないとステータス補正が全員に付けられないからね」

 

 あ、ママも着替えるのか。そりゃそうか。

 あいちゃんすっぴんだと顔出しNGなんだよね……。

 モデルやってるしやっぱり芋ジャー姿は見せられないか。

 

 いやー、大変だな、顔で売ってる人たちは!



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第72話 撮影準備

 更衣室で衣装――じゃなくて新しい防具に着替える。

 1着目は私が黄色とオレンジ、蓮くんが青とインディゴの奴ね。

 隠し部屋を使って衣装チェンジをしながら3本動画を撮って、後で私がいい所を選んで繋ぎ直すのだ。だから、多少の失敗もOK。

 

 

「わあっ! 似合うー。ゆーちゃんも蓮くんも似合ってる! 凄いぜ私!」

 

 着替えて出たら、あいちゃんが拳突き上げて大興奮だ。

 うん、アポイタカラ製布防具、トレーニングウェアのような着心地でフィットしてるし、凄くいい!

 昨日ママが服に向かって包丁突き立てるの見たときには悲鳴上げたけど、傷ひとつついてなくて感動した。あれで防御力は実感したね。

 

 靴はワーキングブーツで、ちょうど足首辺りにごっついベルトが付いてそれがかっこいい。これも爪先が凄い固くて、ベニヤ板に蹴り入れてみたらバリッと割れたけど私の足はノーダメージ!

 防具で攻撃力上がってるって何事かな? って気もするけど、丈夫な防具って素晴らしいね。私が初心者の服を推す理由も「丈夫だから」なので、そういう意味でもこの防具は最高!

 

「あ、安永蓮です。デザインありがとう」

「どーもどーも、平原愛莉です。蓮くんが売れた暁には私の宣伝もよろしく」

 

 ちゃっかりしてるよ、あいちゃん。

 蓮くんとあいちゃんが服のデザインについて話してる間に、私は車からヤマトを連れてきた。リード付きで、今日はヤマトはママが連れて歩く予定。ママとあいちゃんの護衛みたいなもんだしね。

 

「準備いい? 2層に降りる階段から駆け抜けるわよ。メイクとヘアセットは下に着いてからね」

 

 ママはどっかで見たことあるようなジャージ着てる……と思ったら、あれだ! 胸に漫画に出てくる高校名が書いてある! グッズを実際に着るのかー! 鑑賞用に買ったんじゃないんだー。

 

「ママ、そのジャージ……」

「いいでしょ!」

「いいでしょじゃなくて、万が一破いたりしたら後悔しない?」

 

 胸を張ってドヤ顔してるママは、ふっと遠くを見つめて微笑んだ。

 

「いいの。もし破けたりしたら、マキくんが特訓の末に破いたジャージって設定で飾っておくから。それはそれで美味しいし」

「わあ、オタクの想像力逞しい-」

 

 むしろ今日はジャージ破けた方が嬉しいのかもな……普通にしててなかなか破ける物じゃないから、ママの中ではレア度が増すかも。

 

 前に蓮くんたちと初めて会った日は、サザンビーチダンジョンは恐ろしく混んでいた。あれから2週間経って、それは落ち着いたみたいだ。

 まあねえ、あれだけの人数が隠し部屋とか探しまくったらもう見つかっちゃうだろうし、激レア従魔なヤマトだって「どこに出るかわからないから、むしろ一度出たサザンビーチダンジョン以外の初級を当たれ」って言われ始めてるみたいだし。

 

 私たちはヤマトと一緒にダンジョンの1層に踏み込んだ。あいちゃんに蓮くんのロータスロッドを背負わせ、ママは村雨丸を背負う。そして、私と蓮くんとあいちゃんでアプリ使ってパーティー登録。

 これで、万が一経験値が入っても3分割だから蓮くんのレベルアップのリスクは回避できる。

 

「ヤマト、いい? これから一直線に最下層へ行くからね。途中でモンスターが出ても戦わないでね」

 

 私が言い聞かせると、こっちの顔をじっと見るヤマト。理解してるかな? と思ったら口を開けて「てへっ」て感じに首を傾げた。

 か、可愛いー! 可愛いけど、これはちょっと期待できないかも!

 

「ママ、頑張って着いてきてね」

「大丈夫大丈夫! ヤマト、ユズの後ろを付いて走るのよ。わかったわね。ユズと蓮くんはひたすら先を走って。こっちはそれに付いていくから」

 

 ママが真剣に言い聞かせたら、ワンっていいお返事をするヤマト。なんでー。くうっ、最初の日もそうだったけど、ママの言うことは結構聞くんだよね。

 やっぱり、ママは「ママ」なのかな。サツキとメイとカンタもママの言うこと聞くし。

 

「じゃあ、行くよー!」

 

 私は階段を降りてダッシュした。すぐ後ろを蓮くんが走っていて、あいちゃんとママも遅れずに付いてきてる。ヤマトは――ママにちゃんと併走してる!

 

「解せぬぅぅぅー!」

「なにこれー、すごいスピード出る! きゃーはははは! 楽しい!」

 

 あいちゃんは初体験のスピードに大はしゃぎだ。

 前回とは比べものにならない速さで私たちはダンジョンを突っ切り、10層にあっという間に到着した。

 

 今日は10層には誰もいない。宝箱もボスも、リポップするにはまだ早いみたい。

 隠し部屋を覗いてみたら、鉱床も掘られた後でまだ壁が再生してなかった。

 

 うーん、確かにこれは、今一番来るメリットがない場所かもしれない。

 なまじあの配信で有名になったから、今一番「うまみがない」と思われてるみたい。

 

 10層まで来るのに汗も掻かなかったから、そのままメイクに入ることになった。

 アイテムバッグからママのドレッサーをドンと出すと、蓮くんが呆然とし、あいちゃんが爆笑してた。

 だって、ママが「このまま入るでしょ」って言うからさー!

 

「アイテムバッグ便利じゃーん、私も欲しいなー」

「あいちゃんも冒険者続けたらどっかで拾えるかもよ?」

「じゃあ、次ゆーちゃんが見つけたら売ってよ、容量小さくてもいいからさ。予約ね!」

「いや、私も高校出たら冒険者続けるつもりないけど。テイマーになれたし」

「あ、そうだよねー。待てよ、そうすると私の方がダンジョンに潜る回数は増えそう」

「クラフト大変だってー。あいちゃん頑張れ」

 

 しゃべってる間もあいちゃんの手は無駄なく動き、私の髪を結い直した。最後までここは悩んだんだけど、結局実際に戦うときは頭部防具付けるからってヘアアクセはなし。前髪だけちょっと指先でワックス付けて流れ整えて、後はみなとみらいの時みたいに顔を作られた。

 

 その間に蓮くんは自分でメイクして、髪の毛もワックスでナチュラルっぽくくしゃっとさせて、掛かった時間は2人とも同じくらいかな。

 

「わー、本当だ、なんか違う。どこがどうと具体的には言えないけど」

 

 蓮くんのメイク、何やってるかは私からは見えなかったんだけど、こう、目力が増して顔が立体的になってるというか?

 

「ちゃんとノーズシャドウとか入れてるのよね、私ライブでもそこまでやらないわー。蓮くん凄いわねー」

 

 ママの方は蓮くんのメイクの過程を特等席でバッチリ見てたらしい。凄い真剣な顔してるけど、この人は推しを見るとき笑顔通り越して真顔になるんだよね。

 

「今日はよく出来てる。特訓の甲斐あった」

 

 蓮くんも満足げだ。

 ちなみにこの間、何組かのパーティーが来たけどボスがいないのを確認して回れ右している。ボスのいない最下層、居座る意味がないもんね。

 

 そして、ダンジョンの最下層の海と砂浜をバックに、私たちのMV撮影は始まった。



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第73話 事故った!!!!

 私と蓮くんの準備ができたところで、いよいよ撮影に入る。

 今回は私メインに撮るカメラと、蓮くんメインに撮るカメラ、全景撮るカメラと3種類の映像を同時に撮る。これを3回やるわけ。

 

 なので、私と蓮くんとママのカメラがふよふよ浮いて、ターゲットをロックオンして、撮影開始。あいちゃんのスマホに移した音源で私たちは振りを始める。

 

 今日ここで撮るのは、振りだけ。

 曲の方はちゃんと調整した奴に明日スタジオで歌吹き込んで完成させる予定。結構本格的だよねー。

 

 まあ、これもママのこだわりなんですけども。フィーチャリング映像は絶対に欲しいのー! って大騒ぎしたのママですしね!

 

 イントロは蓮くんと背中合わせで始まる。歌詞に合わせて、カメラに向かってそれぞれ手を差し伸べて。

『夢の中へと歩き出す未来を描く 君と二人 輝く星が導くように』

 

 一応口パクはします! 後で歌に全然合ってないとそれはそれで困るしね!

 僅か1週間の特訓で、蓮くんの動きはかなり良くなった。多分ステータスの恩恵受けてるんじゃないかな。

 ママが言ってた「ダンスはAGIとDEX上がるわよ!」も案外眉唾じゃないのかも。

 

 思った通りの動きをするには、自分の体をちゃんと把握しないといけないし、指先まで神経を行き渡らせるのは技術がいる。

 まあ、確かにAGIとDEXが関わってくるよね。

 

 蓮くんと聖弥さんは並んだときにほとんど身長が変わらないんだけど、私と蓮くんは15センチ近く違う。そのふたりでユニゾンをしたときに違和感が出ないように、沈み込む深さとか肩を下げる高さとか、調節するのは私の役目。

 身長が違っても、肩を下げる角度とかが一致してれば揃って見えるからね。

 

 蓮くんはダンスの完成度を上げるのにいっぱいいっぱいで、私に合わせるなんて芸当はとてもじゃないけどできなかった。だから、これはダンスの技術的に余裕がある私がやること。

 

 笑顔で踊りながら、私はこの2週間近くSE-REN(仮)で活動してきたことを思い出し――いやあ、面倒だったなー!

 これがなかったら、私もっとステ上げ特訓してたもん!

 ヤマトとも一緒にダンジョン潜ってさ!

 

 しかし、あれもこれも全部、MV撮り終わって編集して、聖弥さんが戻ってきたら終わりだー! ヒャッホー!

 

「うん、ユズいい笑顔ね! その調子よ!」

 

 おおっと、内心の開放感が表情に出てしまった模様。こんなこと考えてましたなんてバレたら叱られる。

 蓮くんと一緒にいるうちに、大涌谷ダンジョン行きたいなあ。火祭り事件再来だけど、プチサラマンダーに囲まれてファイアーブレス食らいまくりたい。今の装備ならダメージカット余裕だし、蓮くんのヒールもあるし。

 

 ……などと考えていたら、1回目の撮影が終了した。

 

「ママ、どう? 次行って平気?」

「私が見てた限りは平気よ。ふたりとも着替えてきて」

「えーと、どこで着替えたら……」

 

 次の衣装を渡され、困惑する蓮くん。そうだよね、困惑はすると思う。

 だけど、ここには隠し部屋があるじゃないか!

 

「あそこ! 中で着替えればこっちから見えないでしょ?」

 

 隠し部屋を指さしたら蓮くんが仰け反っていた。

 

「隠し部屋を更衣室に使うとか! いや、まあ有りだな。部屋は部屋だし。ゆ~かはどうするんだ? 交代制?」

「私? 私はこのドレッサーの裏で着替えるよ。ママとあいちゃんしかいないし」

「それでいいのか、おまえ……普通そっちが隠し部屋使うべきじゃないのか……」

「でも私スパッツ穿いてるから、下半身肌が見えるほど脱ぐわけじゃないし」

「うわああ!! そういうこと言うなよ! わかった、着替えてくる!」

 

 何故か赤くなって走って行く蓮くん。

 果たして今のは、「下半身一度全部脱ぐ自分」と「スパッツだけになってる私」どっちを想像したのだろうか。

 

「いやー、こういうときにスカートって楽だよねー」

「でしょ? 私を褒めてよ」

「あいちゃん天才~」

 

 私は今穿いてるキュロットの上からスカートを先に穿いて、その後でキュロットを脱いだ。学校でもよくやる気替え方法だね。こうすれば、あんまりいろいろ見えないから。

 上だけは一度脱がなきゃいけないけど、どうせ中にドライ&クールなTシャツ着てるし。全然恥ずかしくもない。

 

 メイクは崩れてないので、髪型ちょっと直してメイクも軽ーく直しただけで2回目の撮影は順調に終わった。

 

「じゃあ、3着目の衣装これね」

「正気か?」

 

 蓮くんがチベットスナギツネの顔になってる! そして言外に拒否してる!

 

「正気だよ? この衣装の人気舐めちゃダメだよ」

「ぐぬぬぬぬぬ」

 

 蓮くんにぐいぐいと芋ジャーを押しつける私VS受け取ろうとしない蓮くん。

 ママが最初「芋ジャーも着て」って言ったとき私も「正気?」って言っちゃったけどね!

 でも、やっぱり私たちと言えば芋ジャージなわけですよ! 期待されてるわけですよ!

 

「思い出して! 蓮くんが初めて芋ジャー……初心者の服を着たときのコメント欄の反応を!」

「思い出したくない!」

「『今日はスクショ祭りだー』って言ってた人がいるじゃん! 蓮くんの芋ジャーは保存されちゃうんだよ」

「尚更嫌だろ!? 俺が今後売れたとき、『15歳の時は芋ジャー着て特訓してました』って言われるんだぞ」

 

 私たちが言い争いをしていたら、ママがスススと寄ってきて蓮くんの肩を叩いた。

 

「蓮くん、この先売れるために今できる努力はするのよ。私の頭の中にある画を撮るには芋ジャージが必要なの」

「アッ、ハイ」

 

 ママの圧に負けた蓮くんが芋ジャーを持って肩を落としたまま隠し部屋に向かう。

 ママ強いな! さすがPだわ。

 

「ママ、MVの完成図が頭にあるの?」

「ありませーん☆ 編集はユズ任せよ。ほら、蓮くんを説得するにはああいうのが一番でしょ?」

 

 てへぺろしてるママP……。蓮くんが哀れだな。まあ、私が芋ジャーがいいアクセントになるように動画を編集するか!

 

 そして3回目、ふたり揃って芋ジャーでダンス。前もって一応蓮くんにはポーション飲むか訊いたけど平気だって言われた。

 今まで動いた分は防具の補正が掛かってたから、スタミナがまだ残ってるみたいだね。

 

 3回目の曲が終盤にさしかかったとき、背後でザッバーン! って凄い音が聞こえた。

 

「振り返らない! 踊り続けなさい!」

 

 振り返ろうとした瞬間、ママの鋭い声が飛んできて私たちは慌ててダンスに集中する。

 何が、何が起きてるの!?

 

『時が過ぎても忘れないよ この瞬間ずっと一緒にいたい願いを胸に』

 歌詞の途中で聞こえる、ボチャンという何かが水に落ちた音。

 

 嫌な予感マーックス!!

 

 なんとか最後まで踊りきった私が振り返ると、海からヤマトが上がってくるところで、砂浜について柴ドリル。さっきのボチャンはヤマトが海に飛び込んだ音か。

 

 じゃ、じゃあ、その前の「ザッバーン」は……。

 

 慌ててスマホに駆け寄って、今録画した物の後半を再生する。というか、私の視界の隅であいちゃんがお腹抱えたままうずくまってるんですけどね。肩がぷるぷるしてるから、笑いをこらえてるんだな。

 

 そして、私は見た。

 芋ジャーで踊る私たちの後ろに突然湧いたシーサーペントと、そこに跳び蹴り食らわすヤマトを。

 

「これかー!!」

「うわあああ、俺の経験値!!」

 

 同じく動画を確認して事態を把握したらしい蓮くんがスマホアプリをチェックし始めた。

 そして、芋ジャーのままでばったりと砂浜に倒れ込んだ。

 

 ああ……言わなくてもわかったよ……。

 今のでLV9になっちゃったんだね……。



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第74話 不運すぎる男と幸運な女

 1ヶ月に2回も、同じダンジョンのボス倒しちゃう人っている?

 いや、倒したのはどっちもヤマトなんだけどさ。

 

「ボス湧き期間……あーーーー」

 

 ママが何やら検索して、画面を見せてくれた。

 有志で作られてるダンジョンデータベースの、初級ダンジョンのボス湧き期間をグラフ化した奴だね。

 倒した報告と湧いた報告を有志で集めてて、それの集大成としてできあがったデータベースだ。多分この前のシーサーペント倒した奴も動画見てた誰かが登録してくれたんだろう。

 

 せっかくなので、データの信頼性向上のために日付とダンジョン名を入れて、「湧いた」と「倒した」に両方チェックを入れて送信。

 

「ボス湧き最短は10日で、最長は61日。これでいうと中央値は35日くらいだけど、実際の最頻値は30日――どっちにしろ、2週間でリポップは早いしそれに出くわすのは相当運が悪いとしか言えないわね」

「蓮くん聞いてる? 運が悪いって」

「やっぱ俺か、俺なのか……」

 

 ママがグラフを見てざっくり解説してくれたけど、どっちにしろ30日プラスマイナス10日以上の日数の湧きはガクンと減ってる。

 この前の青箱もそうだけど、蓮くんは「レアを引き当てるのに運が悪い」って奴なのかな。

 

 私は運いいはずだよ! ヤマトに出会ってテイム出来たしね! ヤマトが隠し部屋も見つけてくれたし。あれ、これ全部ヤマト関連だね。運がいいのはヤマトか!

 

「上がっちゃったものはしょうがないよね。私も1上がってる」

 

 蓮くんは……その前は知らんけどLV8に上がる前にぎりぎりまで経験値溜まってたのかもしれないなあ。そこにシーサーペントの経験値が入って、かつ、一応ソロで国分寺ダンジョンでゴブリン倒しちゃってるから、9に上がってしまったと。

 

「あいちゃん、LV上がった?」

「ひー、おかしかったー! 芋ジャーで踊る2人の背後に湧くボスに、即ヤマトの跳び蹴り。LVね、上がってるだろうなー。おっ! 私も9にあがったよー、順調ー」

 

 あいちゃんの方がLV高いのか。まあ、金沢さんも言ってたけど、クラフトはMPとDEXが大事で他はあまり気にならないそうだし、あいちゃんは学校で鍛えてるからステータスはそこそこ高いだろう。

 

 問題は蓮くんだよね。

 私はぶっ倒れたままの蓮くんの手元に落ちてるスマホを覗き込んだ。

 

安永蓮 LV9 

HP 50/50

MP 35/35

STR 9

VIT 13

MAG 20

RST 21

DEX 16

AGI 15

スキル 【初級ヒール】

装備 【初心者の服】

 

「ええええー、何このステータス!」

 

 思わず叫んでしまった! MAGが20って何事!? てかRSTも何もしてない割に上がってるじゃん!

 私の叫びに蓮くんが顔を上げて、スマホを持ち上げて画面を確認した。

 どうもさっきはLVが上がってしまったことに絶望して、それ以上チェックしてなかったみたいだね。

 

「STRが9……」

 

 ステータスを見た蓮くんが呆然としている。STRは確かに低い。そしてMAGとRSTは異様に高い。他のステータスはそれなりに私の予想通りの上がり方をしたんだけどなあ。STRはせめて12くらいは行くと思ってた。

 

「多分、才能が無いんだ、これ。私のMAG上がらない現象と同じだよ。

 蓮くんは根本的に魔法向きなんだよ」

「とどめを刺すな……俺は今凄いショックを受けてるんだ……」

「でもHP20も上がったじゃん! 凄いよ!」

 

 前に撮っておいたスクショと見比べると、特訓の成果は確実に出てるんだよね。HP20上がったのは凄いと思う。STRも3上がってるから、私の「MAGが1も上がりませんでした」よりは全然いい。

 

「そ、そうだな。装備で補正も付くし、中級ヒール取ればかなりしぶとく戦える」

「はいはーい! そこでステータス見て考え込んでる場合じゃないわ。それは車の中にして。蓮くんとユズは最初の服に着替えて撤収!」

 

 ママがパンパンと手を打って私たちを急かした。そうですね! ここで時間取っててもしょうがないや。 

 私たちは着替えて、帰りもダッシュで第一層まで戻った。このスピードだと初級ダンジョンのモンスターは追いつけないってのが確信できたよ。まあ、初級ダンジョンに行く人間が着ている装備じゃないし!

 

 私たちはママが運転する車の中でそれぞれ自分のステータスを確認する。

 蓮くんは中級ヒールと、初級・中級魔法が出て来て悩んでる模様。魔法系のスキル取得はちょっと特殊なんだよね。この前レッスンの合間に教科書見せておいたんだけど、それがなかったら多分蓮くんは中級ヒールを迷わず取得してたと思う。

 

「LVが7から9に上がったよー。うまうまー」

 

 一方、あいちゃんはお気楽にLVが上がったことを喜んでる。横から覗き見したら、DEX27だって! さすがだな、クラフト!

 それと、蓮くんには絶対見せられないと思ったけど、あいちゃんのSTR12あった。うん、戦ってLV上げするとLV10前後でだいたいこのくらいの数値にはなるらしいんだよね。

 

 蓮くんのはやっぱり「才能ない」んだろうな……いや、初期からMAGが突き抜けちゃってた弊害か。あれを見てSTRを伸ばそうって思う人あんまりいない。

 蓮くん自身は魔法も剣もどっちもできたらかっこいいだろうって思ってたみたいだけど、聖弥さんがきっと「この高いMAGを活かすべき」って思ったんだろうね。

 

 実際、クラスの中でもMAGが10超えてるのはほんの一握りで。

 だからこそ、蓮くんのMAG20は凄いのだ。本人がそれをありがたがってないけどね。

 

 

 うちに着いてから、ママが地下の防音室で鏡の設定をいろいろ弄って黒背景にして、その間に私と蓮くんはメイク直し。私はそんなに崩れてないけど、蓮くんは顔に砂付けちゃったんだよね。

 車に乗る前に「ちゃんと落としてから乗りなさい」ってママに叱られてたし。

 

 ヤマトは家に着いた途端、ママから連絡を受けてたらしいパパによって捕まってお風呂場へ連行されていた。ヤマトのお風呂は楽でいいんだけどね。猫たちに比べて。

 今日は青魔石はヤマトがかじる前に取り上げたんだけど、「やーん、返してー」って顔してたから売らないで持ってきた。

 後でおやつにかじらせます。どんなおやつだよ!

 

 メイク直しが終わったら、ソロでアップになるシーンの撮影。これで撮影自体は終わりだ。ひとり当たり3秒くらいのシーンだけど、スローにする予定なので撮影はママのOKが出るまで続く。

 

 蓮くんは前にママに絶賛された「目を閉じたまま下から顔を上げて、目を開けて前を見据えて、軽く笑って手を差し出してくる」やつ。最初にやったときより完成度がアップしてるらしくてママが悶絶してた。

 

「蓮くんは、お手本があればそれをいくらでも吸収出来るのね。だからお手本になる物をたくさん見れば、引き出しが増えていくの。こういう子は化けるわよー。たくさん引き出しを作りなさい! そのためならいくらでも協力するわ!」

「はいっ! 頑張ります!」

 

 おやおや? 私抜きで師弟関係ができてるように見えるなあ。SE-REN(仮)の活動が終わっても、ママは蓮くんたちのサポートやりそうな感じ。

 

 蓮くんの撮影が終わって、私は汚れてないブーツに履き替えて腰に特製のベルトを巻き、そこに村雨丸を吊った。刀の反りは下向きになっていて、実際にこれからダンジョンに行くときはこうして装備する。

 

 黒背景になってる鏡の前に横向きで立って、私は右足を深く踏み込んで気合いを入れて太刀を抜いた。――って、ああっ! 滴が飛び散った!

 

「ねえ、今の撮れた!?」

「撮れてる、バッチリ! 普段の練習でできなかったのに滴が出たじゃない!」

「やったー!」

 

 思わず太刀を持ったままジャンプしてしまうよね! 嬉しすぎる!

 

「ゆ~かは魔力操作に成功してるのに、俺のSTRは9……」

 

 蓮くんは地下室の隅で膝を抱えてしまった、その隣であいちゃんが蓮くんの爪先を自分の足でうりうりしている。

 

「気にしない方がいいよ。ゆーちゃん、たまーにだけど『前世でどんな徳を積んだら?』ってことを引き起こすから。ゆーちゃんが応募したミュのチケット、最前列ドセンで取れてたことがあったし」

 

 あの時はママが狂喜乱舞してたなあ~。ママのチケット戦争に助っ人参加しただけだし。

 そのミュージカル、私は行ってないんですよね!

 



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第75話 ゆ~かはできる子なんですよ! あなたが思ってるよりも!

 村雨丸を抜いたときに露が出たもんで大はしゃぎしてしまったけど、私はもう一個技を入れないといけないんだよね。

 アクロバットするから、ベルトごと村雨丸を外して、ちょっとウォーミングアップ。

 

「バク転とバク宙と後ろ回し蹴りとハンドスプリングどれがいい?」

「いや、どれがいいって言われても……おまえはMagical Huesをどうしたいんだよ」

 

 蓮くんに聞いてみたら、質問で返ってきた。うーん、どうしたいと言われても「蓮くんや聖弥さんと被らないように私っぽさを入れる」としか考えてないんだけど。

 

「一通りやってみて、撮影して、いいの選べばいいじゃない?」

 

 投げやりっぽくも聞こえるけど、正論なママの声。ではそうしますか。

 

 そして一通りやってみて、4人で撮った動画見つつ意見を言い合い、採用されたのは後ろ回し蹴りだった。

 理由は、他は顔があんまり映ってなくて、これだと顔がバッチリ映ってからの軸の回転でポニーテールがいい感じになびいてるから、って。

 

 足の高さも凄いから、柔軟性が良く出てる、とはママのお褒めの言葉です。

 

「じゃあこれで、撮影は一通り終了ね。愛莉ちゃんお疲れ様。蓮くんはこのまま歌のレッスンして、明日のレコーディングのために仕上げるわよ。ユズは動画編集入っちゃって」

「イエスマム!」

「お疲れー。じゃ、私走って帰るわ。ヤマトは? 遊んで帰ろうと思ったんだけど」

「ヤマトお風呂だよ。まだ洗ってるんじゃないかな」

「残念。猫でもいいけど逃げられるんだよねー」

 

 あいちゃんは猫を過激にモフろうとするから、我が家の猫たちからは嫌われてるね。

 うちの猫たち、あんまりよその人に懐く子たちじゃないからなあ。

 

「あいちゃん、荷物あるし送っていこうか?」

「ゆーちゃん優しい! もうLV9になったからランニングしなくていいやって思ってたんだよね。じゃあこのメイク用品お願い」

 

 言っても、歩いて10分くらいの距離だけどね。家は近いんだけど、ちょうど間の道路で小学校の学区が分かれてて、小学校だけ別だったんだよなー。

 

 アイテムポーチにあいちゃんのメイク道具一式を入れて、何故か「もうランニングしなくていい」とか言ってたはずなのに私たちは結局走ってしまった。癖なんだよね……もう、癖になってる。

 

「動画のお披露目配信の時呼んでねー」

「いつになるかわからないけどねー」

 

 平原家の玄関で荷物を出して、私はまたそこから走って戻る。

 そういえばお昼どうするんだろう。ママは蓮くんに掛かりっきりだよね。

 うーむ。

 

 家に帰ったら、ちょうどドライヤーの音がしてた。ヤマトは結構ドライヤー好きなんだよね。温かいのが気持ちいいらしくて。

 

「パパー、お昼どうする? ママから何か聞いてる?」

「いや、何も聞いてないな。何か買ってくるか?」

「はっ! 待って、先にキッチン確認してくる」

 

 一瞬嫌な予感がしたのでキッチンに行ってみたら、かたやきそばの袋とシーフードミックスがおいてあった。Oh! これは作れってことですね……。

 また、シーフードミックスがいい具合に解凍されてるよ。きっと朝家を出る前に出しておいたんだろうなあ。

 

 しょうがないから、一度普段着に着替えてきて、野菜適当に切って、冷蔵庫の豚肉も適当に切って、シーフードミックスと一緒にごま油で炒めて、中華風調味料とオイスターソースで適当に味付け。だいたいなんでもこれで中華っぽくなるんだ。

 火が通ったら水溶き片栗粉を入れてあんかけにして、ここでストップだ! 私は麺はパリパリがいい派なので。

 

 お皿4枚出して麺を載せて、ママと蓮くんを呼びに地下室へ。

 

「お昼ご飯できたよー」

「ありがと! あれでわかったでしょ?」

「パパが何か買ってこようかって言った時に瞬間的に嫌な予感がして、見に行ったら察しました」

 

 ママはもう、「言わなくても見ればわかる」状況にするのをやめていただきたいね。

 そして蓮くんは「おまえ料理できんの?」って顔に出すのをやめなさいよ!

 

「おまえ……」

「私、一応料理できるよ! そんなに難しい物は作れないけどね!」

 

 キャンプのカレーとか焼きそばとか、そういうのは得意だよ! 調味料が2つまでの奴!

 

「だ、だよな。家庭科でもやるしな」

「そうそう、なんか蓮くんはさー、私のこと運動神経と運だけだと思ってるでしょ」

 

 あ、目を逸らされた。これは図星って奴ですね。

 

「ユズは家の手伝いをよくしてくれるから、料理はある程度任せられるのよねー。カレーとかシチューとか。酢豚は厳しいけど、肉じゃがも作れるし」

「うん、肉じゃがはお肉とジャガイモとタマネギを切って、圧力鍋でコーラと一緒に煮ればできあがり!」

「圧力鍋が使えるのホント偉い! 義妹(いもうと)ちゃんは最初使い方わからなくて、圧力かけ忘れたままずっと使ってたらしいし」

 

 えへん! 褒められるとやる気が出るよね。

 ずっと解せぬわーって顔してる蓮くんを連れてダイニングに戻って、パパの隣に座らせる。

 お皿を並べてからあんかけを掛けたら、「うわっ、まとも!」とか失礼な事を言われました。

 

 食べてる時も「普通に美味い」とか言われたから、チューブからし握ったままで「それは褒め言葉? ディスり?」と聞いたら「褒めてる褒めてる!」って慌ててお皿をガードされた。

 いや、そんな怯えた目で見なくても、からし掛けたりしないわ。これは今私が自分のに掛けようと思ったんだよ。

 

 

 お昼の後は、それぞれ歌のレッスンと動画編集に。

 ヤマトは私に付いてきて「ちょーだい」って顔をしてるので、魔石出してあげました。早速尻尾ぶんぶん振りながら、魔石をガジガジし始めるヤマト。

 

 魔石、美味しいのかなあ。それとも、歯ごたえがいいのかなあ。

 ……今度かじってみようかな。

 



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第76話 SE-REN(仮)の大一番

 翌日、私たちはSE-REN(仮)としての多分最後の大仕事、レコーディングに来ていた。

 レンタルスタジオでスタッフさんがひとり付いてくれて、時間単位でレンタルできるってところ。

 たまーにテレビで見たりする黒い部屋を想像していたら、実際にオーディオルームに入ったら結構雑然といろんな楽器がおいてあってびっくり。

 

「ここ、学割効くのよー。良かったわねー」

 

 ママがマイクとかチェックしながらそんなことを言った。

 てか、土日だからいつもより高いけどね……。

 

「はぁぁぁ、緊張する」

 

 ママは歌う本人じゃないし、私はこういうことで緊張するタイプじゃないし、結局緊張してるのは蓮くんひとりだけ。

 なんか、今日は朝から「緊張する」って20回くらい聞いてる気がするんだけど。

 よくその緊張感、もつなあー。

 

「おまえ、なんで平然としてるんだよ」

「えっ……むしろ、何時間も緊張し続けられる蓮くんが凄いと思ってた」

 

 だって、朝うちまで来てさ、開口一番「緊張するー」でしょ?

 その後ストレッチしたり発声練習したりして、その間も時々「緊張する」って吐きそうな顔で言ってて、喉開いて歌い始めてからも部屋の隅で壁に向かって「緊張する」だもん。

 

 緊張の大安売りですわ!

 

「はいはい、ちゃんと話聞きなさいねー。このマイクはボーカルマイクよ、普通のカラオケとかで使うマイクと違って、指向性が高いの。真っ正面から歌わないと音を拾って貰えないから気を付けて」

「は、はい……一応前回レコーディングしたときも同じタイプの使いました」

「私は知ってまーす。ママたちがライブで使うよね」

 

 ちょっとでもマイクの正面から逸れると、音を拾って貰えない悲しいマイクだよ。

 カラオケのマイクとは本当に全然違うの。

 

「もう一度流れの確認ね。音源はみーたんにお金積んで作って貰ったから、それを聞きながらまず蓮くんが歌って、一番いいテイクを取るわ。それをその場で簡単に編集して、それをユズが聞きながら歌う。

 蓮くんはもう好きなようにのびのび歌いなさい。ユズが帳尻合わせるから」

 

 うわあ……私の責任重大だあ。

 でも、蓮くんの一番いいテイクを取るなら、まあ大丈夫かな。

 

 ちょっとは心配したけど、蓮くんは前より上手くなってるから、ママが「現状での期待値」よりちょっと上に設定してある目標をとりあえずこなすことができた。

 音を外さないは前提として、前よりも声に伸びが出るようになったね。

 

 思ったよりも早く私の番が回ってきて、私はヘッドホンをしてマイクの前に立つ。

 流れてくるのは、ここ1週間で何百回聞いたかわからないSE-RENの「Magical Hues」。みーたんさんが結局いろんな機材使って作ってくれた音源に、蓮くんの声が入っている。

 

「夢の中へと歩き出す未来を描く 君と二人 輝く星が導くように心を重ねて進もう」

 

 イントロは同じ音を歌う。私は声が高いから、聖弥さんと蓮くんのようにはどうしてもならない。

 そこからはずっとハーモニー。蓮くんの声を前に出して、私は後ろからずっとメロディを支え続ける。

 

 ああ、なんかこの歌、私たちの2週間みたいだね。

 私が私がってやることもできたけど、別に凄いやりたいとかでもないアイドルまがいのことをしてるのは、同じ配信者で同い年のSE-RENを放っておけなかったから。

 

 知名度を底上げして、蓮くんのステータスが上がりやすくなるようにメニュー考えて特訓して。

 武器も防具も一緒に作って……あれ?

 

 むしろ私、やり過ぎでは!?

 多分蓮くんたちがサザンビーチダンジョン最下層で戦ってたからヤマトはそこに向かったんだろうし、そのおかげで隠し部屋を見つけられたけど。

 お金、かけ過ぎでは?

 

「はい、やり直し~。途中から別のこと考えてたでしょ」

 

 あっさりママにリテイク食らいました……ぐう。

 そこからは心を入れ替えて、歌詞を私なりに解釈した表現で歌いきった。

 

 ママとスタッフさんが編集をしている間、私たちはロビーで一息ついていた。

 もう、蓮くんが魂抜けた顔してるよ。

 

「終わったな……」

「蓮くん的には終わったけど、私的にはまだ動画編集が残ってるんだわ」

 

 だって、2本作らないといけないんだもん、蓮くん中心のと私中心の。それぞれ、SE-RENチャンネルとゆ~かチャンネルにアップするから。

 

 でも構成自体は一緒だから、「ここで画像2テイク目のに切り替えて、ここで全景入れて」って昨日のうちに構想は立てたから今日からはズバババっと作業に移るよ。

 

「ゆ~か」

 

 突然真顔で蓮くんが呼ぶので、自動販売機の前で私は振り返った。

 

「今まで、いろいろありがとうな」

「……なんか終わったつもりでいるみたいだけど、多分SE-RENに今後もママが関わるんだろうし、うちにレッスンしにくるんだよね?」

「あー! そうだった!! 全然終わりじゃねーじゃん」

 

 多分格好付けてるつもりだったのに、私に指摘されて蓮くんはクールぶってるのを吹っ飛ばして頭を抱えた。

 うーん、締まらない男だのう……。

 あっ、ジュース買おうとしてたのに、タイムアウトしてしまった! なんてこったい。

 

 

 1時間以上経った頃、ようやく編集が終了した。

 ママがドヤ顔でSE-REN(仮)版のMagical Huesを流す。

 

 おおおおお……。

 凄い、ちゃんと編集してあると感じが違う。

 低めの蓮くんの声と、私の高音がハーモニーになる。聖弥さんと蓮くんのを聞いたときには「ふたり揃って歌う声の相性の良さが最高の長所」だったけど、私の声が入った物はそれとは全く違う物になってた。いや、当たり前だけども。

 

「いつも顔合わせればぎゃーぎゃー言ってた2人だけど、こうして歌うと声が合ってるのよね。聖弥くんの時にはなかった奥行きが歌に出てるわ」

 

 ママが褒めてくれたけど、私と蓮くんは無言で曲を最後まで聴いていた。

 そして、アウトロが終わると蓮くんが噛みしめるように言う。

 

「おまえ、凄いよ。ほんと凄い。聖弥が怪我してどうなるかと思ったけど、あれがなかったらこの曲は聴けなかったんだな」

「うん……ここまで何千万かかったことか……」

 

 みーたんさんにお金積んでって言ってたけど、結局いくら掛けたんだろうなあ。前に一度編曲する段階で断られてたから、ママは結構な額を積んだと思われる。

 

「くっそ! 俺が感動してるのにその言い様はないだろ!」

「いや、正直な感想だよ!? かかったお金いちいち計算してないけど、武器作って防具作って、その末にこれがあるんだなあと思うと私も感慨深くて」

「わかったよ! ゆ~かのRES上げに協力するから!」

 

 土下座モードに入った蓮くんが、自発的に協力を申し出てくれたよ。やったね!

 蓮くんの特訓は終わったけど、聖弥さんにもユズーズブートキャンプしなきゃだし、もう少し付き合うことになりそうだ。



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Y quartet結成! の巻
第77話 学校に行ったら決闘を申し込まれた


 それは火曜日の出来事だった。

 2時間目と3時間目の間にある業間休みの時に、中森くんがずしずしと私の席の横に来て、机にバーンと手をついてきたのだ。

 

「おい、柳川ー」

()が高いなー」

 

 思わず椅子に座ったまま、真下からギロって睨み付けちゃったよね。

 175センチ超えの男子にそれをやられると相手の頭の位置が高いんだわ。

 

 中森くんは一瞬ビクッとして、机に手をついたまましゃがみ込んだ。それでちょうど私と目線が同じくらいになったんだけど……ポーズが、可愛すぎやしないかね。

 

「これで()が高くなくなった?」

「うん。どうしたの?」

 

 ちゃんと確認してくる辺り、いい奴ではあるよ。

 

「女子の間で匿名で『守って貰いたい男子』を投票して貰ってランキングにしたら、柳川がぶっちぎりで1位だった」

 

 何やってんだろうな、うちのクラスの男子はさ! 暇なのか!? 走れよ!

 というか、私アンケート取られてないんですが!? 女子ですよ!?

 

「えっ!? 私女子なんだけど」

「そうなんだよ! これを放っておいたら男の股間に関わる!」

「股間に関わらせるな、バカ! ()(けん)だよ!」

 

 すかさず分け目チョップを中森くんのつむじに叩き込む。手加減はもちろんしてますけども!

 中森くんは打たれた頭を抱えたまま、「知ってました」みたいな顔で言い直した。

 

「あ、そう、こけん、こけんな」

 

 冒険者科は「なんで入試を突破出来た?」ってバカが時々いるんだ……。

 学校での勉強はなんとかクリアしたけど、小中学校の放課後は外で運動してばっかりで、本読んだりゲームしたりあんまりしたことないってタイプ。

 

 てか、そうじゃない! 私が言ってるのは「私が1位になってることに対する異議申し立て」じゃなくて、「女子扱いされておらず、集計対象から外された」ことだよ。

 

「私にも投票させてよ! ずるい!」

 

 こっちの異議申し立てですよ。私の清き一票を入れさせろと主張したら、フレンドリーバカ中森くんはあっさりと嬉しそうな顔に変わった。

 

「おー、誰に投票する?」

「彩花ちゃん!」

「長谷部だって男じゃねえだろ!」

 

 だって、彩花ちゃん強いんだもん。中学の時からたまに木刀+なんでもありで手合わせしてたけど、あっちに本気出されたら勝てない。

 

「えー、だってー。やっぱりそこは信頼関係とか相手の腕っ節とかいろいろさー」

「と言うわけで、俺と決闘だ!」

 

 どこら辺から「と言うわけで」に繋がったんでしょうか。中森くんの思考回路なぁぜなぁぜ?

 2位が中森くんだった、という可能性もあるけど、その線は薄いなあ。

 うちのクラスの脳筋筆頭だもんね。

 

「えー、ダル……てか、私一応このクラスでは実技成績トップのはずですがー、決闘で勝てると?」

「戦闘実技の時に本気出す奴はいないだろ。つまり、ガチ勝負だ!」

「せんせー、次の戦闘実技の時に模擬戦闘をしたいと中森くんが言ってるんですけどいいですかー」

 

 次の授業が始まるので先生が入ってきたから、話はそっちにぶん投げた。

 授業外で決闘とかしたら、後できっと怒られるもんね。

 

「おー、いいぞー。武器は何選んでもいいからな。柳川と中森の本気戦闘か……先生も見てみたい」

 

 うわっ、軽い答えが返ってきた! 先生も、「見てみたい」じゃないでしょー! そこは止めないといけないところじゃないの?

 

「中森、マジで柳川と決闘すんの!?」

「蛮勇ってこういうことを言うんだな……」

 

 ほら、男子の中からも「恐れを知らぬ奴め」みたいな目で見られてるじゃん……。

 

 結局、うちのクラスメイトって、私の動画見てる人多いんだよね。

 特に寧々ちゃんと一緒にダンジョン行って蓮くんを鍛えたときのなんかは、割と見られてるみたい。あの時はクラスの中で大々的に「手伝ってくれる人~」って募集掛けたし。

 

 それもあるし、いつも一緒に授業受けてるんだし、誰がどのくらい強いかって大体わかってる……と思ってたんだけどなー!

 

 

 結局5限の戦闘実技の時に、冒頭ちょびっと時間を貰うことになった。

 武器は当然刃を潰してあるし、防具も着ける。頭防具と胴だね。

 刃は潰してあるとはいえ武器はそれなりに重さがあるし、重さもない武器で練習しても本番で役に立たないから。

 

 戦闘実技の時間は、先生が3人付く。クラス担任と、実技指導の講師がふたり。先生不足って言われてるけど、その辺冒険者科は新設だけあって手厚い。

 

 中森くんが選んだ武器は両手持ちロングソード……ああ、もう、攻撃しか考えてないんだな。そのリーチの内側に入られたらどうなるかを想定してない。

 きっと今までそこに入れたモンスがいないからなんだろうけども。

 

 ロングソードはそりゃあ強いですよ。でも、振り上げてから切り下ろすまで素早くやるにはそれなりの筋力が必要。――つまり、まだ鍛え中の私たちが迂闊に使うと動作が遅くなる。

 

 私のセレクト、バックラーとナイフ。中森くんの攻撃を受けるつもりはないけど、万が一タイミングが狂って長剣の間合いに入っちゃった時のためね。

 STRで競り勝つのも多分可能なんだけど、高いAGIを活かしてちゃちゃっと終わらせよう。

 

 始め、って声で私は思いっきりダッシュした。体低くして下段蹴り、中森くんが完全に私の動きに追いつけずに体勢崩したところで、ナイフで首をかすめておしまい。

 実戦だったら、中森くんは私に首を掻き切られてた。

 先生が笛を鳴らして終了の合図をすると、体育座りのギャラリーが湧く!

 

「きゃー、柚香かっこいいー!」

「中森、棒立ちだったじゃねえか!」

「柚香ちゃーん、守って~!」

「柚香様ー!」

 

 甲高い黄色い悲鳴と野太い茶色い悲鳴だ。なんで男子まで私に向かって守ってコールをするのか!

 そして、あまりにもあっけなく終わってしまったのでもう1回コールも起きてる。当の中森くんも手を叩きながら「もう1回! もう1回!」って叫んでるわ。

 

「せんせー……」

 

 めんどくさぁい、って思って先生に振ったら、輝くような笑顔で「じゃ、武器合わせてもう一度やってみろ」ですと!

 

 しょうがないからバックラー外して、私もロングソードを手に取る。

 ショートソードは割と使ってきたけど、ロングソードは自分ではあまり選ばないなあ。長さ的には村雨丸と同じくらいだけど、日本刀と西洋剣ではそもそも使い方が違うし、ママが大好きな某ミュージカルのせいで私も日本刀の動きの方が身についてる。

 

 さて、どうしよう。

 多分、さっき素早さ特化の戦いを見せて勝っちゃったから、別の勝ち方をしないと中森くんは納得しないだろうな。

 

 先生の合図で私たちはお互い接敵して、ロングソード同士をガン、と打ち合った。

 力負けは、しない。しないんだよ、これが!

 

 でかい中森くんと身長158センチの標準体型の私じゃ、どう見たって私の方が力はなさそうに見えるんだけど、そこはステータスの恩恵がね。

 

 私と中森くんは3合ほど切り結んだ。私が力勝負に合わせてきたから、向こうの顔は凄く動揺してる。

 そして中森くんが剣を振り上げたところで、私はそれは無視して胴に思い切り突きを入れた。振り上げて振り下ろすより、突く方が速いんだよ!

 

「うごっ!」

 

 剣を振り上げて重心が上がったところで私に突かれたので、中森くんは呻いてよろけた。それと同時に先生が笛を鳴らす。

 

「力勝負でも中森が勝てないのか……」

「恐るべし柳川」

「ゆーちゃあああああん!!!! かっこいいよー!!」

「柚香ちゃーん! 守ってぇぇぇ!」

「あっけねえなあ……」

 

 そりゃ、あっけないだろうよ……。

 それまで剣道やってたりした生徒は時々いるけど、剣道と戦闘実技は全然違うし、まして西洋剣なんていう一般の人は死ぬまで握ることはないだろうって武器を選らんじゃってんだもん。

 

「先生、模擬戦するなら長谷部さんとやりたいです」

 

 あっけなくない戦闘を見せてやんよ! 相手が乗るかどうか次第だけども。

 

「おっ、ご指名か。長谷部、どうする?」

「じゃー、やりまーす」

 

 だらーっとした動きで彩花ちゃんが立ち上がる。あくびしてるな、眠そう~。

 

 同じ中学から一緒に進学した友達のひとり、そして私の知る限りクラス最強格のはずなのに手抜きしまくって正当な評価を得ていない人。

 

 その名は長谷部彩花。通称スナフキン――。



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第78話 長谷部彩花

「武器どうする?」

「ハンデなし、いつもので」

「りょー」

 

 私と彩花ちゃんは淡々とショートソードを選び、バックラーを付ける。

 いやー、正直、乗ってくるかどうか5割だと思ってたね。彩花ちゃん、面倒くさがりだから。

 

 私と向かい合って立ってる姿も、全然力んでない。両手だらーんとしてて、長い髪を1本に束ねただけなのを後ろに払ったりしてて。

 

「始め!」

 

 何度も手合わせしてる相手だから、奇襲はまず効かない。お互いにそれを知ってるから、私たちは相手の様子を見つつじりじりと間合いを詰めた。

 

 先に切り込んだのは私だ。できる限り予備動作をなくした、速さが命の突き。胴のど真ん中を狙ったのに、彩花ちゃんはためらいもなくショートソードを手放し、滑らかに仰け反ってそのままブリッジで剣を避けた。

 ブリッジからバク転に入るときの反動で蹴り上げられる! バックラーに重い衝撃。私はバックステップで距離を取った。

 

 震えるね、この圧倒的な柔軟性! 彩花ちゃん自身のポテンシャルを活かすには、絶対布防具じゃないとダメだと思う!

 

 私がちょっと距離を取った隙に彩花ちゃんがショートソードを拾い、こっちに踏み込んで来た――と思ったら、ショートソードぶん投げてきた!

 

 ギャラリーの中から「んげっ!?」とか「なにぃ!?」とか叫び声が聞こえるね。そりゃそうだ、戦闘中に武器をぶん投げるバカは滅多にいない。

 でも、相手の「想定外」を意図的にやってくるのが彩花ちゃんなんだよ。

 

 こちらに飛んでくる剣を見て、私はとっさに防御態勢に入ってしまった。軌道を見定めてバックラーで受けようと。

 でも、同時に彩花ちゃんが体を低くして突っ込んでくる!

 

「なんだあの速さ……」

「長谷部っていつもあんなじゃないよな」

「手加減されてたってことか」

 

 呆然とした男子の呟きが聞こえる。そうだよ、みんな、本気の彩花ちゃんを知らないんだから。

 

 判断が遅れた! 剣を盾で受け止めてたら彩花ちゃんにやられる!

 飛来する剣を、そして遅れて長身から放たれる蹴りを、私は左方向に飛び込みながら前転して避けた。

 

 バックラーを付けている左腕で受け身を取る。素手戦闘に移行した彩花ちゃんに対して、私はショートソードを放さない。

 私と彩花ちゃんは身長が5センチは違う。素早さが同じだったら、そのリーチが、戦闘の勝敗を分けてしまう。

 

 顔面狙って繰り出される拳を髪1本の差で避ける。視線は彩花ちゃんの顔に固定したまま、私はまっすぐショートソードを突き出した。でもショートソードは彩花ちゃんの脇腹をかすっただけ。

 

 ぐっと彩花ちゃんが沈み込むように見えた。――これは、あの技の予備動作!

 素早い上段蹴りを、思いっきりしゃがんでかわす。そしてショートソードの腹を思いっきり彩花ちゃんの軸足の脛にぶちかます!

 

「痛ぁー! 降参降参、やっぱりゆずっちは強いねー。ボク、強い女の子大好きだよー」

 

 片足でぴょんぴょん跳ねながら、一瞬前までのひりつくような緊張感をかき消して彩花ちゃんが両手を挙げて降参してきた。

 いや、痛がってるけどさあ、直前に人の顔面狙って拳を入れてきたよね!? あれ当たってたら痛いどころじゃ済まなかったんですが!?

 

「はぁ……今日は勝った……彩花ちゃんやっぱり最強。でも手加減された! 悔しい~!」

 

 相手が降参したから、勝ったには勝ったよ。でも、手加減されたから勝ちに数えたくない!

 

「え、手加減!? あれで?」

「どの辺が手加減だったんだ?」

 

 かれんちゃんとあいちゃんは知ってるから良いけど、他の面々が呆然としてるね。

 そりゃそうだよね……。

 

「手加減に見えなかったかもしれないけど、最後の上段蹴りの前に予備動作あったでしょ!? 何回もあれ食らってたら憶えるじゃん! それ知ってる相手に出すことなんて彩花ちゃんにしたら手加減なんだよー!」

 

 地団駄踏みながら悔しがる私じゃなくて、いつものへらへらモードに戻った彩花ちゃんの方にクラスの視線が集中してる。

 わかるよ、ダークホースって奴だね。

 今まで「平均よりちょっと上」を装って埋没してた彩花ちゃんが、本当はどんだけ強いのかみんな思い知ったんだ。

 

 見たか! 彩花ちゃんは私より強いんだぞ! 守って欲しいに1票入れたくなるでしょ!

 

「予備動作……あったか?」

「全然わかんなかった」

「ゆずっち、気のせい気のせい~」

 

 ひらひらと手を振って彩花ちゃんがうそぶくけど、そんな態度にはこっちは騙されん!

 

「ずるいずるい! 彩花ちゃんそうやって本気の実力隠してるー!」

「だーって、めんどくさいしー。本気はダンジョンでだけ出せばいいじゃーん。学校の訓練で死ぬわけないんだしさー」

「長谷部……それを先生の前で言ったら終わりなんだぞ」

「しまったー」

 

 先生のツッコミにてへぺろしてる彩花ちゃんはいつも通りで。

 でも、私と戦ってる最中のあの射貫くような目は、私しか知らないんだ……。

 その瞬間その瞬間の最善手を息つく間もなく打ってくる、生粋の戦士。それが私の知ってる長谷部彩花。

 

 世の中、たまーにこういう化け物がいるんだよねー。あ、褒め言葉としての化け物ね。

 

「中学3年間も私にわざとマラソン大会の1位取らせてたけど、普段ガチ勝負すると彩花ちゃんの方が走るの速いの! ずるくない!?」

「長谷部ぇ……この先手加減は先生が許さんぞ~」

「ゆずっちぃ! 裏切り者ー! ボクの平穏な高校生活を返せよう!」

 

 ガバッと彩花ちゃんが私に抱きついて、頭ぐりぐりしてくる。

 

「あのさー、冒険者科に入っておいて平穏な高校生活とか、むしろ何言ってるんですか? って言いたいんだけど」

「だってだってー、今目立っちゃったから、次から次々男子に挑まれるんだよ? 今までのんびりやれてたのにー」

「いや、挑まねえよ、長谷部にも柳川にも」

「のんびりやれてた……だと?」

 

 私と彩花ちゃんのやりとりに、またもやポカーンとなってるギャラリー。そうですね! 戦闘実技はのんびりした授業じゃないですよ、普通の感覚ではね!

 

「柳川も長谷部も凄かったな。先生もびっくりしたぞ。だけど他の生徒は真似をしないようになー。じゃ、そろそろ今日の授業に入るか」

「真似するなって……できません、あんなこと!」

「先生、そもそも剣を投げるって戦法として有りなんですか!?」

 

 興奮冷めやらない一部の生徒から、先生に質問が飛んだ。先生たちは3人揃って「ナイナイ」と手を振って否定する。

 

「普通に無しだ! 今のは1対1の対人戦だったから有効だっただけで、モンスターとの戦闘では基本的に武器は手放すな。サブ武器はあくまでサブ武器だから、例えば武器を思い切りモンスターに噛まれてそのままだと身動き取れないとかいう局面でない限り、武器は手放すな。

 最初から投擲目当てだったら、投擲武器を使え。スローイングナイフとか手斧とかな。ただし確実に回収できるわけじゃないから気を付けろ」

「そうだー、先生、私サブ武器に棒手裏剣作って貰ったんですよー!」

「ほら、こういう奴がたまにいるんだ! サブにならないサブ武器を持つ奴が! まあ、棒手裏剣が完全にサブ武器にならないかと言えば、戦法次第とも言えるけども……あれを握って思い切り敵に突き刺せば、接近戦でもダメージを与えられないわけじゃない。

 まあ、柳川の場合はサブ武器と言っても棒手裏剣はあくまで投擲用だろう? おまえ主武器を手放したら格闘するつもりだろう」

 

 うぐう、先生に私の戦法を読まれてる!

 

「ゆーちゃん、先生に見透かされてるよ!」

「いいかー、くれぐれも長谷部や柳川の真似をするなー。たまにいるんだ、化け物みたいに強い奴。ステータスじゃなくて、戦術を駆使してくる強さって奴だな」

 

 あれぇー!?

 彩花ちゃんはともかく、私も化け物枠ですか!? 解せぬよ!!



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第79話 おお、勇者よ!

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


 さて、今週中には聖弥さんが復帰してくる予定なんだよね。

 SE-RENへのサポートとしては、聖弥さんにブートキャンプをして、武器防具を作ってあげて、それで終わりにしようと思ってる。

 

 防具はホラ、衣装も兼ねてるし蓮くんのが2着もあるから、今後蓮くんと聖弥さんでお揃いで着るためにも統一感のあるデザインの方がいいしね。

 

「というわけで、聖弥さんには今日からこのアポイタカラ鉱石と寝食を共にして貰います」

「えっ? どういうこと?」

「聖弥……こいつが言ったことは大体『えっ?』と思うようなことでもそのままの意味なんだ。寝食を共にして貰いますとは、寝食を共にしろということなんだよ」

 

 火曜日の夜、藤沢市内の聖弥さんの家にて。

 今日のレッスンを終えた蓮くんに案内させて、私は由井家の玄関で10キロのアポイタカラ鉱石を抱えて立っていた。

 

「蓮くん、金沢さんから返事来た?」

「土日空いてるってさ」

「じゃあ、土曜日お願いしますって頼んどいて」

「わかった」

「待って待って、話が見えない。えーと? 金沢さんって聞いたことある気がするけど……」

 

 蓮くんはもう私のペースに慣れてる感があるよね。

 聖弥さんに対して説明省いてるところとか、まさにそんな感じ。

 

「聖弥さんが復帰したら私は抜けるでしょ? でもユニットで片方だけいい装備なのはバランスが悪いじゃん? だから、聖弥さんにも武器と防具を作ります。

 で、アポイタカラみたいな伝説金属は縁が強ければその人に合わせた武器になってくれるらしいので、これから土曜日まで、学校行ってる間以外はこれを抱っこかおんぶしながら過ごすように!

 寝るときももちろん一緒だよ!」

「寝食を共に、ってそういう……」

 

 蓮くんに比べて「正統派王子様」みが強い聖弥さんだけど、思いっきり顔が引きつってるよ。

 その聖弥さんの肩を、やけに穏やかな笑顔で蓮くんがポンと叩く。

 

「諦めろ、聖弥。俺は杖だったから種類も何もなかったけど、おまえの場合はどういう武器になるかで今後の活躍が大きく変わるんだ。たかだか10キロ、米袋を担いで生活してると思えばいいだろ?」

「蓮も何か前と変わったね? ……まあ、あの配信見てたら、大変だったことは察するよ。ふたりとも上がって話す?」

「ううん、これを渡しに来ただけだから、すぐ帰るよ。あ、そうだ、トレーニングメニュー考えるから、ステータス見せて。あと、LIME登録して」

「なんか、ここまでして貰っちゃって悪いなあ。あの時助けてくれて応急処置してくれただけでも凄いことなのに、社長説得して配信料の分配とかもマシにしてくれたし、何よりSE-RENの知名度がゆ~かちゃんのおかげで前とは桁違いなんだよね。

 ステータスはこれ」

「袖すり合うも多生の縁って言うし、助けたからには見届けないとね。……て、こ、これは……」

 

 聖弥さんのステータス画面を見て、私は思わず絶句した。

 

由井聖弥 LV8 

HP 50/50

MP 14/14

STR 10

VIT 10

MAG 9

RST 11

DEX 11

AGI 9

装備 【――】

 

 びっくりするほどド平均!!

 そ、そういえば前に蓮くんが「聖弥も前衛向きじゃないのに俺の方が酷いから、無理して前衛やってた」みたいなこと言ってたっけ!

 

 これはいわゆる、「勇者ステータス」だ。

 魔法も物理も何でも行けて、でもどれも専門職には劣るという……。例えば物理では私に及ばず、魔法では蓮くんに及ばず、っていう。

 でもパーティーにひとりいると、欠けてる部分を全方向で補えるから便利なんだよね。あくまで「便利」止まりなんだけど。

 

「むしろ、何をやって生きてきたら、こんな綺麗な勇者ステータスになるんだろう……」

 

 ステータス見たときは一瞬顔が宇宙猫になったけど、見れば見るほど謎であるよ。

 普通、得手不得手ってものがあって、ステータスは何かが高いけど何かが低いってなるものなんだけど。

 

「勇者ステータス?」

 

 聖弥さんが不思議そうに訊き返してくる。蓮くんは何か察したらしくて眉間に皺を寄せて目をつぶってしまった。

 そうだね、「ヒーラーなのにいざというときは剣でモンスターを一刀両断にしたりしたらかっこいいだろ」とか前に寝言言ってたもんね。

 

 あれは蓮くんの場合ただの寝言だったけど、聖弥さんがこのバランスのまま成長すると、それが実現できる。

 そもそも、多分あと1LV上がるとMAGが10に達して、初級ヒールか初級魔法が取れるようになるし。

 

 うう、なんなのよSE-REN、ずるいのばっかじゃん! 不遇だけど!

 

「勇者ステータスっていうのは、勇者っぽいステータスのことです」

 

 おっと、うっかりあの政治家構文でしゃべってしまった。

 

「つまり、なんでもできるけど、どれも特化型には及ばないっていう汎用ステータスのことね。珍しいんだよ? 普通は何かしら得意なものと不得意なものがあるんだから」

 

 例えば私の場合はAGIとVITが高くて、MAGとRSTが物凄く低い。

 あの彩花ちゃんですら、ステータスはでこぼこしてるもんなんだよね。今日私に決闘売ってきた中森くんなんかは、STR偏重型。MAGなんか私と並んでクラス最下位だし、ぶっちゃけ「AGIとDEXが低くなった私」みたいなステータスだ。

 

「そういえば、聖弥ってなんでもできて苦手なものってないよな」

「そんなことないよ。これでも勉強もスポーツも全方向頑張ってきたつもりだけど」

「それだー! 好き嫌いがあっても、どの科目も同じように時間を割いて勉強したりするタイプでしょ!」

「うん、そうだね」

 

 私の指摘に聖弥さんが頷く。

 まさに、それ!

 

 ステータスの伸び率は「何が得意か」で決まらない。「何をやってきたか」で決まる。

 聖弥さんはある意味とてもストイック。自分の好きなことばっかりやらずに、そんなに気乗りしないようなことでも平等に平均的にやろうとした結果がこれ。

 

 しかし困ったぞ……今LV8でしょ? このステータス、どの方面に持って行くべきなの?



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第80話 困ったぞ?

 念のため、聖弥さんのステータスのスクショをLIMEで送ってもらった。

 作業的に動画編集をしながら、時々チラリとそっちに意識が行って、私はその度に頭を抱える。

 

 正直、SE-RENの活動的なものも考えると、じっくり時間を取ってステータス上げは厳しい。

 私もそれにずっと付き合うわけにはいかない。

 

 ……………………。

 

 うん、考えるのはやめよう!

 まずは本人に訊く。これだ!

 

「突然ごめん、聖弥さんは方向性としてどうステータスを伸ばしたいとかある?」

 

 LIMEを送ってから十数分後、ピロリンと返信が来た。

 

『僕と蓮はあくまで俳優を目指してて、冒険者をやってるのもステータスをあげておけば体力が向上したりいいことがあるからっていうのと、事務所都合だから。

 蓮の場合は打たれ弱すぎて特訓も必要だったと思うんだけど、蓮の防具のステータス見せて貰ったらあれでも十分なくらいダン配としては活動できると思う。

 それに武器のステータス補正が乗ったら、もう全然問題なくLV上げしていけると思うから、無理に特訓するのも、方向性を決めるのも必要ないんじゃないかな』

 

 そ、そうかー!

 そもそも、俳優を目指してるから冒険者として大活躍まではしなくていいんだ。武器と防具のステータス補正が乗れば、聖弥さんのあの勇者ステータスなら確かに何でもできる。

 

 基本物理攻撃だとしても、遠距離では魔法も使えるし、最強格武器防具のおかげでガンガンLVアップできるよね。そして、多分聖弥さんの場合、そのLVアップによるステータスの底上げこそが冒険者をやる最大のメリット。

 

 だったら、いいのかぁー。

 

 ……いいのか、なあ?

 本人がいいって言ってるからいいのか。

 

 まあ、もしかしたら武器が聖弥さんの深層心理なりなんなりをくみ取って、物凄ーく物理特化とかになるかもしれないしね。

 そうなるとむしろこの勇者ステータスは強みなんだよね。

 

 勇者にはつよつよ専用武器がつきものなんだし。

 あいちゃんには聖弥さんの衣装の方向性決めるからステータス教えろって言われてるんだけど、これは武器ができるまでわからないな。

 

「了解です! 武器次第で今後どう立ち回るか決まるから、むしろ先に武器を作ってから少しだけ訓練した方がいいかもね」

『それから、僕も明日から蓮と一緒にボイトレ受けさせて貰うことになったから、よろしくね』

 

 ん? それはママからも聞いてないよ?

 SE-REN、なにげに私の生活に食い込んでくるなあ……。

 

 昨日も今日も、蓮くんは学校終わった後うちに来てママからレッスンを受けていた。

 なんとなく先週のせいで「当たり前」のようにそれを受け入れてる私に気づいてしまったけど、聖弥さんも来るとなると割と謎の構図だね?

 

 ……まあ、SE-RENがもっとお金稼げるようになって、ちゃんとしたボイトレの先生に教わることができるようになるまでだろうけど。

 ママPも、自分がプロ並みに指導できないってことは自覚してるから、あくまでストレッチとか自分がプロのシンガーから付けられてるボイトレに従って基本的なことをやらせてるだけだし。

 

 私は聖弥さんに犬が敬礼してるスタンプを送ると、ヘッドフォンを外して編集中の動画を保存した。

 

「ヤマトー、寝ようか」

 

 足下で伸びてたヤマトに声を掛けると、ヤマトはうつ伏せで後脚伸ばして寝てたー。

 激写!!!! 肉球可愛い!!

 

 むちむち肉球の写真をX‘sにアップすると、「配信マダー?」ってコメントが素早く付いた。

 そういえば先週は一度も配信してないね! それどころじゃなかったし、さすがにMVのための練習風景は事前にアップできない。

 

 配信、配信どうしようかな。寧々ちゃん誘って国分寺ダンジョンでステ上げしようかな。それとも……。

 

 ベッドに潜り込むと、健康優良児の私はそこで意識がすうっと途切れてしまった。

 

 

「おはよう、ママ。はい、ハグー」

「おはよう、ユズ。はい、ハグー」

 

 翌朝、お約束のハグをママとしたところで、昨日の夜聞いた話をぶつけてみる。

 

「今日から聖弥さんもボイトレに来るんだって?」

「そうそう、昨日の夜に決まったのよ。聖弥くんもなかなか大変ね……というか、割と蓮くんがお気楽だったのかなあ」

 

 現在SE-RENのマネージャー兼プロデューサーとなっているママが、眉間に皺を寄せて悩んでいる。

 

「蓮くんが、お気楽?」

 

 あれはあれで割と苦労性っていうか……どっちかというとネガティブ要素が強かったりするイメージがあるんだけど。

 

「聖弥くんに比べたらお気楽だと思ったわ。少なくとも、あんまり深いこと考えてないわよね」

「た、確かに」

 

 深いこと考えてないって点については同意するかも。

 

「割とユズに似てるとママは思った。もう目標が決まってるから、そこに向かってがむしゃらに努力してればなんとかなるだろうって考え方」

 

 アイター! 確かにそうですけどね!

 でも、現段階でできることってそれしかないんだもん。

 

 将来動物園の飼育員になりたいから、どうやったらなれるかは調べた。

 特に必要な資格というものはなくて、普通免許は持ってるといいよみたいな話があったけど、多分それはどんな仕事でも日常生活でも必要になるところだし。

 

 採用試験の時に生物学とかの知識が必要になるという話もあって、高校卒業後の進路として大学の生物学科に進むか専門学校に進むかの二択かなと思ってるけど、冒険者科の授業が受験向きじゃないから専門学校になりそうな気配。

 

 でもそれも、2年生中頃くらいの成績次第かなって。

 生物は得意科目だから、それだけに限って言えばいけるんだけどねー。

 

 うん、やっぱり私は今はステータス鍛えて、足腰弱った象を抱え上げられるくらいまで強くなるのが優先かな!

 すっごい強みじゃない? テイマージョブ取得してて、大動物を押さえ込める力があるのって。ライオンすら保定できるんだよ。

 

「考えてみたけど、今の私がやるべきは、学校の勉強とステータス上げだと思いました! まる! じゃ、ヤマトとランニングしてくるね」

「ユズはそれでいいのよ。……でも聖弥くんはねえ。親が、私より強火なのよねー。弁護士だし」

 

 ママより強火!? そ、そんな恐ろしい人が私の周囲にいるのか……。

 

「念のため、今日は学校から直でダンジョン行ったりしないで一度帰ってきなさい」

「わ、わかった」

 

 なんだろう、怖いな。

 そこはかとなく、嵐の予感。



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第81話 嵐、来たれり

 昼ご飯の最中に、蓮くんから突然の連絡があった。

 今夜SE-RENが配信するって。……えっ、何を?

 

「配信って、何やるの?」

『わからない……』

 

 いや、わからないって、当事者が何を言っているのかね!?

 私がぽかーんとしていると、続けてメッセージを受信。

 

『聖弥が重大発表があるって。復帰宣言かと思ったんだけど、内容聞いても教えてくれなくて』

「こわ」

『何故かゆ~かの家でやることになったから』

 

 なぁぜなぁぜ!?

 そこはもう本当に「何故」だよ。

 

 慌ててママにLIMEで聞いてみたら「そういうことになったのよ」とだけ返ってきた。これは……ママが何か絡んでるな。

 

 蓮くんが内容を把握してない配信。

 しかもうちでやる。ママPが絡んでるってことだから、SE-RENの今後の活動に関することは間違いない。

 

 そういえば……。

 

「ママから、念のため学校終わったらダンジョンに行かずに一度帰ってこいって言われてる!」

『こわ』

 

 多分今私と蓮くんは、見事にシンクロしてると思う。

 

「どうしたの? イルカアタックを食らったフグみたいな顔になって」

 

 一緒にお弁当を食べていたかれんちゃんに、よくわからない喩えをされた……。何故かすかさず彩花ちゃんが私の顔を撮影してる。

 

 かれんちゃんは魚介類が好きだねえ……、サカバンバスピスといい。

 イルカアタックを食らったフグはわかるよ。でも、人間の顔ってああはならぬよな!

 

「ええ~、それどんな顔? 人間に復元可能な奴?」

「こんな顔~」

 

 彩花ちゃんが私に画像を見せてきた。

 お、おお……確かになんか口開いたままびっくりした顔だわ。

 

「それ、消してよー」

「やーだ。ゆずっちフォルダに入れておく」

「他人には……他人には見せてはならぬ……」

「だいじょーぶ、他人に見せないから。ボクだけの楽しみ~」

 

 にまにまと彩花ちゃんはスマホを操作して、私の写真を振り分けしたみたい。てか、私専用のフォルダとか作ってるんだ。どういう趣味だ。

 

「SE-RENが今夜配信するんだって。しかもうちから。で、蓮くんは何を配信するのか知らないんだって」

 

 私がイルカアタックを食らったフグの顔になった原因を説明すると、かれんちゃんと彩花ちゃんは「こわっ!」と口を揃えた。

 あいちゃんだけが右手に箸を持ったまま左手でスマホを弄っていて、半目になってる。

 

「X‘sでは告知されてるよ。しかも由井聖弥のアカウントから。それを蓮くんが引用してる」

「あ、私蓮くんフォローしてないんだった」

「お互いをフォローしてないユニットってある意味凄くない? 期間限定とはいえ」

 

 呆れられました、ぐう正論。でも忘れてただけですー。今のうちにフォローしておこう。

 

 妙な胸騒ぎを感じつつそれ以上の情報が得られないので、私は家に帰るまでSE-RENの配信のことは考えないことにした。

 聖弥さんに聞く?

 そんなこと、怖くてできない……。

 

 

 帰宅して動画を編集していたら、蓮くんと聖弥さんがやってきた。

 まだなんとなく「怖いなー」と思いつつリビングに降りて行ったら、ソファに蓮くんと聖弥さんが並んで座ってて、反対側にママが座っている。そして「ユズはここ」と問答無用でママの隣を指定されました!

 

 こわーい!

 

「先に一言断っておくけど、今回の件は私は何も口出ししてないからね。聖弥くんがご家族と相談した上で決定した措置よ」

 

 ママの前置きが既に不穏なんですが! 措置って何!?

 私と蓮くんがガクブルとしていると、聖弥さんがちょっと怒りを含んだようにも見える顔で切り出した。

 

「アルバトロスオフィスとの契約を解除する旨の退所届を、今日の朝一番に内容証明郵便で送ったんだ」

「えっ」

「事務所辞める!?」

 

 聖弥さんの爆弾発言に、私と蓮くんが思わず前のめりになる。

 あれ? 蓮くん聞いてなかったのかな? 学校一緒じゃなかったの?

 

「蓮くんも聞いてなかったの?」

「お、おう……聖弥に訊いても『後でまとめて話すから』って言われて」

「それはごめん。僕もさすがに、精神的に何度も説明したい内容じゃなくて」

 

 うっわーーーーーー。

 空気が重い!!!!

 

「社長、僕が救急搬送されたときに一度来ただけで、入院中も自宅療養中も一度もお見舞い無かったし、お詫びはあの辰屋の羊羹1本だけだったし、もちろん入院費の負担とかも一切無かったし。

 僕も苛ついたけど、両親がブチ切れちゃって」

 

 えっ、辰屋の羊羹って、アホウドリ社長がうちに持ってきたけど、「蓮くんの家と聖弥さんの家に1本ずつ」ってママが蓮くんに無理矢理持たせたあれだよね?

 

 つまり、アホウドリ社長は実質聖弥さんには、何もしてないってことなの!?

 それは、あまりにも酷い!

 

「蓮くんと聖弥くんの親御さんとは、LIMEで繋がってるのよ。それで、聖弥くんのお父さんが事務所との契約を結んだときの契約書から、一方的に契約関係を破棄する方法を割り出して、内容証明郵便でアルバトロスオフィスに退所届出したって連絡来たの。

 それが、今日の午前中ね」

「今までもずっと思うところはあったけど、今回のことで完全にあの事務所でやっていくのは無理だと思ったよ。

 そこへゆ~かちゃんが昨日アポイタカラを持ってきてくれただろう? ――つまり、ゆ~かちゃんからの武器防具の支援があるだけで、僕も蓮も最大の目的であるステータスアップと知名度アップが確実にできる状況になったんだ。

 社長よりゆ~かちゃんの方がよっぽど頼りになるって親も言っててね」

 

 あれー? もしかして、この騒動の原因って私!?

 ……違う違う、大本はアホウドリ社長だよね!! あればっかりは私も庇う気にならない。

 

「で、でも、それじゃ俺はどうしたいいんだ? 聖弥が抜けたらSE-RENは……」

 

 悪いのはアホウドリ社長だー、って開き直れた私が足を組むほど態度でかくなったのに比べて、蓮くんは真っ青になってる。やっぱり苦労性ネガティブだよね。

 

「蓮も辞めるべきだ。今回の一番の肝は、『お互いの信頼関係を著しく損ねる行為』っていうところだから、あの時一緒にダンジョンでピンチになった蓮にだって十分な理由になる。――そもそも、僕はもうあの社長をひとかけらも信頼してない」

 

 聖弥さんの声が……ブリザードだ。背後にダイヤモンドダストが見える。

 嵐の予感は微妙に感じてたけど、こんな冷たい嵐が吹き荒れるとはさすがに思ってませんでしたよ……。



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第82話 甘い人たち

現在、体調不良でお休み&隔日更新とさせて頂いております。
活動報告をご覧ください。


 うちのリビングで、暗い顔でソファに座って悩んでるアイドルふたり。

 

 というか、片方は暗い怨念のオーラを背負っており、片方はテンパっている。どっちがどっちとか言わないけど。

 

「俺たちまでいなくなったら……事務所はどうなるんだ。社長以外誰もいなくなるんだぞ? 今後もし誰か入ったとしても、仕事できるとは……」

「蓮くん」

 

 頭抱えて悩む蓮くんに、ママがなんか呆れたような調子でその名を呼んだ。

 立ち上がり、足を肩幅に開いて腕を組むママ。圧が、圧が凄い!

 これはヤバいやつだよ!

 

「蓮くん、あなた15歳の分際で他人の人生まで背負おうなんておこがましいわよ」

 

 おこがましいわよ、と言われて蓮くんがびくりと身をすくめる。

 聖弥さんはその隣でうんうんと頷いている。

 

「社長は大人!! こどもに支えられなくてもなんとかするのが大人なの。それができないなら、ただのヒモよ。成人女性ならともかく未成年に寄生したらヒモと言うよりクズ。

 社長があなたたちの人生を心配するならともかく、その逆は不必要!」

 

 ママのでかい声にリビングのガラスがビリビリ震える。「ガラス割る高音」と言われてるだけのことはある!

 

 それなーーーーーーーー!

 私も傍観しながら蓮くんお人好しすぎないか? と思ってたわ。

 蓮くんは、ママに一喝されてハッと目を見開いていた。

 この世の真理に気づきました! みたいな顔で急に立ち上がってる。

 

「そう言われるとそうですね!? なんで俺、あのダメ社長の心配までしてたんだ?」

 

 目から鱗が落ちたんだな。急に憑き物が落ちたようになってるよ。

 

「あの人がダメすぎるからだと思うよ」

 

 私がぼそっと言うと、聖弥さんとママはうんうんとそれに同意する。

 

「蓮は結構お人好しだから」

「蓮くん、身内に甘いわよね」

「いや、そこは切り捨てられる聖弥が思い切りすぎじゃねえ? ……とにかく、さすがに俺もゆ~かに何千万も使わせてるのに、社長の支援が何もないのはおかしいと思う」

「えっ! 何千万も使わせてるの!? それは蓮がヒモレベルじゃ?」

「武器と防具とポーション類と訓練道具だけだよ! 武器が200万で防具が600万だから、1千万まで行ってないよ。私の防具の方がお金掛かってるし」

 

 聖弥さんが私を生ぬるーい目で見てくる。蓮くんは改めて「社長が全然お金出してないのに私が凄い金額掛けてる」事実にセルフ打ちのめされてソファの上で打ち上げられた魚みたいになっていた。

 

「ユズが一番甘いわね……そもそもあの社長がうちに来たとき、ユズに蓮くんとユニット組んでくれって言われて私は断ったのよ。それを受けたのがユズだしね」

「このご恩とこの金は、一生掛けて返します……」

「いや、返せとか言わないから! 私は同じ配信者として、SE-RENがこのままだとヤバいしそれは可哀想って思ったから手を貸しただけだよ。見返りを求めてるわけじゃないからそれは憶えといて。

 それに、私だって全部の人を助けようとかそういうことは思ってない!

 蓮くんと聖弥さんの場合、目の前で危ないところに遭遇して、それを助けちゃったんだからその後が気になるのは当たり前でしょ?」

 

 ぬるい眼差しで頷くママと聖弥さん、そして私を拝む蓮くん。なんだこれ。

 

「結局余裕があるのよ、ユズは。体力的にもお金的にも、その他いろいろも。冒険者科に入ったのはテイマーになるためだったけど、それはもう叶えちゃってるでしょ。高校3年間は回り道しても、もう誤差でしかないのよ。……そこでひとつ提案があるの」

 

 ――ママが突然切り出した「提案」は、私たちをひっくり返るほど驚かせた。

 

 

 ママの提案騒動の後、蓮くんと聖弥さんはボイトレに。私は動画編集の続き。

 あとちょっとで1本は終わるからね、ちょうどよく聖弥さんがいるから見せようと思って。

 今回は字幕もいらないし、BGMを切り貼りする必要もないし、あんまりエフェクトに凝る必要もないし、楽と言えば楽だよ。普段の動画編集の方が10倍くらい時間掛かるね。

 

「よし、でーきた!」

 

 2窓で同じ編集ソフト動かしてたから、片方を書き出してる間にもう1本も仕上げる。構成的には全く同じで、使う素材が所々違うだけだから、本当に楽!

 

「この間撮ったMVの編集できたよー。見る?」

 

 防音地下室に顔を出したら、3人が同時に「見る!」って振り向いた。

 

「ちょっと待って、今非公開でアップしてくる」

 

 ourtubeにアップしちゃえば、ママのタブレットから私のアカウントで入って見られるし。

 手慣れた作業をちゃちゃっとして、再び練習室へ。

 ママのタブレットを操作して私のアカウントでログインし、非公開になってる動画を再生。

 私は何度も見てるやつだけど、他の人に見せたのは初めてだから、ちょっと緊張するね。

 

 3人は無言で一度MVを見て、それから口々に興奮してしゃべり始めた。

 

「蓮くん! やっぱりいいじゃない! こうして動画になると生で見たのと全然違うわ!」

「ゆ~かちゃん、歌もダンスもうまいね!? 僕たちより全然上だよ」

「凄いな! もう本当にこのままアップできるし、前のより完成度高いだろ!」

「褒めよ! 讃えよ! トレーニングしながら作ったんだから!」

「これ、今日の生配信の中でカウントダウン公開しない? 絶対反響でるよ」

 

 聖弥さんがそんなことを言い出した。カウントダウン公開! それは楽しそう。

 こそっとアップして「アップしました」って告知するだけのつもりだったけど、その方が絶対盛り上がるね。

 

 というか、シリアスすぎる前置きがあるから、このくらいお楽しみがあった方がファンの人は報われるよね。

 

「おっけー! SE-RENのアカウント、名義は蓮くんなんだっけ。そっちでログインして予約投稿するよ。20時半でおけ?」

「うん、そのくらいがいいかな。蓮、LIMEでIDとパスワード送ってあげて」

「わかった。――てことは、ゆ~かチャンネルにも同時に公開するのか?」

「予約だからそれもできるね。そうしよっかな」

「じゃあ、SE-REN(仮)の活動の締めくくりと、僕たちの告知ってことで、ゆ~かちゃんもゲストで出演ってことでいいかな?」

「うん、いいよー」

 

 私は気づかなかった。

 聖弥さんが王子様フェイスの下に隠し持ってる策士の顔に……。

 さくっとオッケー出しちゃった後にあんなことになるとは。

 

 そして、後に「由井の変」と呼ばれる大事件が、この後始まる――。

 



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第83話 由井の変

「こんばんワンコー! SE-REN(仮)とSE-RENの配信、はっじまっるよー!」

 

 私が参加することになってから慌ててX‘sに「出ます。重大発表あります」と告知を打ち……。

 

『こんばんワンコー』

『こんばんワンコー』

『聖弥くんだー、久しぶりー!』

『こんばんワンコー』

『SE-RENやっと揃った』

『重大発表って何?』

『配信久しぶりー』

『ゆ~かちゃあああああああん!!!! こんばんワンコーー! 会いたかったー!!!!』

 

 完全にコメントがSE-RENファン(?)の人と私のチャンネルの人で割れてるな。ひとりだけすっごい私の強火担がいるけど。

 

 聖弥さんの重大発表は退所届出しましたってやつだけど、私と蓮くんの重大発表はMV発表なんだよね。

 この温度差よ……グッピー死んじゃう。

 

「こんばんはー。みんな久しぶり~」

「こんばんは」

 

 にこやかにカメラに向かって手を振る聖弥さん。爆弾を抱えてるように見えない怖い人。

 それに対して蓮くんは目の端がピクピクしてる。

 

「今日は突然の告知なのに見てくれてありがとう! さーて、今日の配信ですが、ドドン!」

 

 私はスケッチブックを取り出して、「1・聖弥さんの重大発表! 2・SE-REN(仮)重大発表! ○○作ったよ!」と書かれた面を見せた。

 

『重大発表2つー!』

『何を作ったんだ、何を』

『楽しみな気持ちと怖い気持ちが』

 

 こっそりと胃を押さえる蓮くんを隠すように位置取りしつつ、私は「じゃあ、早速ですが聖弥さんどうぞ」と話を振った。

 今日はスマホのカメラをママが操作してる。いつもはズームしたりとかしないんだけど、今日は使った方がいいだろうってことで。

 

「由井聖弥です。この度は、僕が怪我をしたことでみなさんにご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」

 

 カメラに向かって真顔でお辞儀をする聖弥さん。コメントは『もう大丈夫?』『聖弥くんのせいじゃないよー』『うん、心配したよー』とか聖弥さんを案じるものばっかりだね。

 SE-RENファン、人数は少ないけど温かいな……。本当に、社長さえまともだったらよかったのに。

 

「両親とも相談して決定したことですが、僕は本日付でアルバトロスオフィスを退所しました」

 

『えええええええ』

『ええええーーーー!?』

『退所!?』

 

 多分予想外だったんだろうな。コメントが阿鼻叫喚だ。中には釣られて驚いてるだけの人もいるだろうけど。

 

 聖弥さんはカメラに向かって、ぴらりと1枚の紙を見せる。用意いいなあー。

 

「これが、僕がアルバトロスオフィスに所属契約をしたときの契約書です。

 注目していただきたい点はここ。

『甲、乙共に契約関係を損ねる重大な()()がない場合、一方的な契約破棄はできないものとする』という部分があります。

 これはおそらく乙――僕たちがスキャンダルを起こしたりしたときに一方的に事務所から解雇宣告をするための項目だと思うんですが、その逆もまた当てはめることができます。

 未成年の僕たちに保護者的な人物を付けることもなく危険なダンジョン配信を強要し、更には怪我を負った際にも十分な補償や見舞いなどがなかったことは、『契約関係を損ねる重大な瑕疵』と判断します。これを社長が受け入れなかった場合、法の場で争うことも辞していません。

 ちなみに、僕が怪我をした当日はゆ~かちゃんのお母さんが社長を叱りつけたため慌てて病院に飛んできましたが、それ以降は一度の見舞いなどもなく、蓮経由で辰屋のお詫び用の羊羹が1本来ただけです」

 

『十分な補償がなかった!?』

『社長、頭までアホウドリなの!?』

『ああ、あれ凄かったなあ。その場にいたけど』

『逆にどんな補償があったの』

『辰屋の詫び羊羹1本で済むレベルじゃないぞ……』

『ゆ~かママ、強いな』

 

 聖弥さんがアップで映ってるので、コメントでみんなの反応をまったりと眺めてる気楽な私ですよ。半目になってるけど。

 法の場で争うことも辞していません、かぁ……。高校1年生が普通口に出す言葉じゃないよね。

 親が弁護士って怖いねえ。

 

「これを事由にして、本日退所届を内容証明郵便で事務所宛に発送しました。これをもって、アルバトロスオフィスを退所しましたことを報告いたします。

 ――で、今この場で蓮にも同様の退所届を書かせます」

 

 最後だけ何故か笑顔になる聖弥さん。

 この人、怒らせちゃいけない人だ……。

 

『退所届記入生配信とな』

『社長のHPはもう0よー』

『もう引導渡してやれ』

 

 ここでカメラが引いて、元の画角に戻る。半分目が死んでる蓮くんが、聖弥さんが用意してきた用紙とペンを持ってテーブルの前に座る。

 

「はい、これ僕の書いた退所届の写し。名前だけ変えて丸写しすればいいから」

「わ、わかった……これ、書き間違えたらどうする?」

「10枚くらいコピーして持ってきてるから大丈夫だよ!」

 

 これは……BでLなジャンルで言うと、聖弥さんが左で蓮くんが右な立場だね……。詰めの甘い蓮くんに比べて、聖弥さんが用意周到すぎるんだわ。

 

「あ」

 

 思い出したことがあってつい声を出してしまったら、蓮くんと聖弥さんの目がこっちに向く。

 これは……きっと勘違いさせたままにしておくとよくない案件だよねえ。

 

 そろりそろりと私が挙手すると、聖弥さんが「どうしたの?」と尋ねてくる。うん、この人、当たりは柔らかいんだよね。

 初対面時に「アイドルって口が悪くてもやれるの?」って言われた蓮くんとは確かに反対。

 

「ひとつ、大変な補足があります……」

 

 言いたかないけど言わなきゃいけないやつだよ。気が重くなるね。

 

「さっき聖弥さんが言ってた『辰屋の羊羹1本だけ』の話ですけど、実はあれ社長がうちに持ってきたやつなんです。杉箱に2本入ってて、お詫び1割お願い9割くらいの感じで謝罪に来て。

 で、私は食べたいって言ったんだけど、ママが蓮くんと聖弥さんの家に1本ずつって蓮くんに持たせたものなの。

 つまり――」

「社長は、実質俺たちには謝罪も補償もなーにもしてません」

 

 私の言葉の後を、退所届書きながら蓮くんが引き取った。うん、そういうことだね。

 

『あほかぁぁぁぁぁあ!!』

『社長!』

『ゆ~かもそこで食べたいとか言うな。突き返せ!』

『今すぐやめていい! 俺たちが証人だ』

『とんでもねえ暴露配信になった』

 

 ピキッと青筋立てる聖弥さん。青筋も立つね。唯一のお詫びだと思ってた羊羹が実はうちから回ってきたものだなんてさ。

 コメント欄が再び阿鼻叫喚だ。

 

 でも、これでいいんだよ。SE-RENは正当な理由をもって退所して、アルバトロスオフィスはタレント所属0のオフィスになって、しかも社長のしでかしが同接4000人の前で明るみに出た。

 

 しかも、内容が内容だからこの配信、アーカイブで見る人がたくさんいてバズるよ。

 

 社長、終わったね。



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第84話 SE-REN(仮)活動終了! そして

明日か明後日辺りから通常の毎日更新に戻れると思います!


「蓮が退所届を書き終わったら、僕の方の『重大発表』は終わりかな。なかなかないよね、ダメだと思ってた人が予想以上にもっとダメだったケース。

 楽しみだなあ、この配信の再生数どこまで伸びるかな? どうせならネットニュースとかで大々的に扱って欲しいな。もう、アルバトロスオフィスと中川社長を再起不能にして欲しい」

 

 笑顔で言うことかな、それは。

 腹の中に抱え込んでた物を爆発させてスッキリしたらしい聖弥さんは、ものすごーく爽やかな王子様スマイルだけど……笑顔と発言の中身のギャップが酷い。

 

「えーと……」

「こういう奴なんだよ、聖弥は」

 

 私が中途半端な顔で困っていると、ぼそりと蓮くんが呟く。

 それも配信で言っていいことなのかな!?

 

 ていうか、こいつら今たくさんの人に見られてる配信中だっていう自覚が薄くない!?

 アイドルが自分で自分の黒いところ暴露してどうするのさ!

 

「ねえ、仮にもふたりともアイドルだよね!? ファンに見せていい顔とそうじゃない顔は分けるべきじゃない?」

 

『わあ。ゆ~かが正論を』

『確かにちょっと思った』

『聖弥くんは前から時々漏れてたよ。何もなければ王子様でいられるんだけど』

『ゆ~かちゃんが一番アイドルだよ!!!!!!!!!! ファムファタル!!!!』

 

「今までも時々漏れてたんだー……。私はアイドルじゃないから素を見せてもいいけどさあ……」

 

 流れるコメントを見ながら思わずがっくり来たね。ママも配信してる蓮くんのスマホの後ろで「ナイナイ」って手を振ってる。

 

「でも、余程のことがない限り、僕がキレることはないし。前にも漏れたのは確かだけど、それは火祭り事件の時だけだよ」

「うん、聖弥は基本的には穏やかな奴だよ。滅多にキレないから、キレたときが怖いだけだ」

「蓮は軽いことで軽くキレるよね、僕もそのくらい小出しにできればいいんだけど」

「あー、わかるわかる!」

 

 軽いことで軽くキレる蓮くんはわかる!

 でも、私も同じタイプだー……。

 

 おや、ママが何かジェスチャーで指示してる。次へ行けってことかな。

 確かに、このままぐだぐだしてるのはあんまり良くない。

 

「じゃあ、次のコーナーに行きます。蓮くんはそのまま書いててね。

 SE-REN(仮)重大発表! ○○作ったよ! です。さーて、何を作ったでしょうか!」

 

 力技で話題を切り替えると、コメントがまたガーッと凄い勢いで流れる。

 

「雪だるま? 今雪ないよ! 料理、惜しい。料理は確かに作りました。でもその話じゃないんだ。新曲? おおっ? 惜しいなー、でもこんな短期間で新曲は作れない。惜しいから木久翁さんに座布団1枚!」

 

『相変わらず大喜利好きだな』

『木久翁さんのこと大好きなんだな』

『アクスタ! ブロマイド! むしろ作って!』

 

 うん、大喜利大好き。でもそろそろこの大喜利状態は切り上げて正解を出そうか。

 

「正解は、なんとMV(ミユージツクビデオ)です! SE-RENの『Magical Hues』を私と蓮くんで歌って踊って、MV作りました! 音源も新規収録。当たり前か。しかも、私メインカメラで撮ってるのと蓮くんメインカメラで撮ってるのの2本あります!」

「おかしい……俺が退所届を書いてるのに、俺にまつわる重大発表がゆ~かひとりによって行われている……」

「ごめんて。でも蓮くんが書き終わるまで待ってると話進まないから」

 

 ぐう、と呻いて情けない顔になりつつも、手は止めない蓮くん。偉い。というか早く終わらせたいんだね。

 でも書くのは物凄く遅い。書き損じると面倒になるからみたいだけど。

 

『MV作ったの!?』

『ゆ~かが歌って踊った!?』

『凄い! 早く見たい!』

『先週配信がなかったのはそれかー』

 

「お、鋭い人がいる。そうです。ここのところ配信がなかったのは、ママが突然MV作るって言い出して、そのためにレッスンとかしてたせいです。……あれ? なんでMV作るって言い出したんだっけ?

 あー! そうだ、防具作ったんですよ! 寧々ちゃんのところに頼んで、総アポイタカラ製の布防具を! あああー! どうしよう、お披露目配信の時に呼べってあいちゃんに言われてたの忘れてた!」

 

『物凄いgdgd感』

『これぞゆ~か』

『なんで防具作ったらMVなのかがわからない』

『圧倒的説明不足』

 

 むう……。私のチャンネルの人たちはツッコミが多いね。

 確かに、今思いついたことをだーっとしゃべっちゃったけど。

 

「時系列で説明します!

 まず、武器を作って貰った直後、私と蓮くんの防具を作って貰いました。デザインはあいちゃんで、法月紡績さんにアポイタカラで布を作って貰って、寧々ちゃんのお父さんにクラフトして貰いました。

 それが先週の木曜に上がってくるって話で、そしたらママが『MV撮るわよ』って言い出して……なぁぜなぁぜ?」

 

 結局私には説明しきれなかった。ガクリ。

 

「アイドルユニットを自称してるんだから、ひとつくらいアイドルらしい活動しないとダメでしょって思ったのよ!」

 

 とうとう、カメラの後ろからママがツッコんでくる。私と蓮くんと聖弥さんは揃って「なるほどー」と頷いた。

 

『ママさんいるのか』

『なるほど、サンバ仮面の差し金か』

『ゆ~かちゃんママ、ありがとう!』

 

「まあ、アポイタカラ製布防具にするのは決まってたし、蓮くんと聖弥さんがこの先もユニット活動で使えるようにと思ってデザインして貰ったしね。でも(仮)もあったから、私までお揃いデザインになっちゃった。

 MVですが、この後20時30分にこのSE-RENチャンネルと私のチャンネルでアップされるように予約しております!

 聖弥さんが復帰してきたし、これでSE-REN(仮)は活動終了ということでいいのかな。

 時間近づいてきたら一緒にカウントダウンしようねー!」

 

『ゆ~かの進め方が圧倒的に手慣れてる件』

『活動終了かー』

『一番アイドルらしいのがゆ~か』

『蓮くんよりアイドル……』

『もうすっとこどっこいコンビが見られないのは寂しいけど仕方ないか』

 

 言われてる! 言われてるよ連くん! そして打ちのめされている!

 

 その後は、やっと退所届を書き終わった蓮くんを交えて、MV撮影の裏話とかで時間を潰した。

 ボイトレをママがやった話とか、あいちゃんがメイク担当で来た話とか。

 言っておかないと、後であいちゃんが激おこするからね。

 

「僕もさっき見せて貰ったけど、前に作ったMVより出来が良かったので期待してください。パソコンとかで2窓できる人はそれで見て、無理そうなら一旦こっち出てMV見てから戻ってきて欲しいな。

 じゃあ、カウントダウン行くよー」

 

 何故かMVに関わってない聖弥さんが笑顔でカウントダウン始める。

 蓮くんは緊張してるらしくて真顔。私は笑顔。

 そして、SE-REN(仮)の活動を締めくくるMVが公開された――。



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第85話 「計画通り(ニヤリ)」してる人がいます

とりあえず体調は戻りました。ご心配をお掛けしました。
今日から毎日更新に戻ります。


 私の手元のスマホでMVを3人で見る。

 コメントもちょろちょろ入るけど、今は「見る時間」なので私たちの返しは無しで。

 

 蓮くんのアップね……これ、見る度にびびっちゃうんだよね。

 なんだろう……顔がR指定? 制限無しに垂れ流しちゃっていいもの? ってくらいいつもと違ってセクシーがヤバい。

 

 案の定、そこのシーンではSE-REN推しの人たちの悲鳴が凄かった。

 その次のカットは真顔の私が抜刀して、村雨丸から露が飛び散るという方向性的に正反対なもの。こっちもなんか凄い悲鳴がひとりから上がってた。

 

『SE-REN(仮)のセクシー担当は安永蓮の方だったのか』

 

 ぽつんと流れたコメントに苦笑しちゃうね。そもそもセクシー担当なんていなかったんだよ! ボケの蓮くんとツッコミの私だったんだよ!

 

 約4分のMVを見終わると、誰からともなくパチパチと拍手が上がった。

 

『888888888』

『凄いの撮ったなあ』

『88888』

『ゆ~かちゃん歌上手!』

『蓮くん上手くなってる』

『思ったよりまともにアイドルしてた』

 

「でもこの場の誰もアイドルになるつもりがない件」

 

 私がぼそっと呟くと、蓮くんと聖弥さんがうんうんと頷く。

 

「それだよね。僕たちは俳優になりたいわけだから」

「でも、俺は舞台に立ちたい派だから、歌もダンスもやっておいて損はないと思った。ポップスとミュージカルだと歌い方とか違うけどな」

「はいはーい、私がなりたいのは動物園の飼育係です!」

 

『存じております』

 

 ずらーっと並ぶ『存じております』の字! そこは私のチャンネルの人だけじゃなくてSE-RENチャンネルの人も規定事項になっちゃってるのか!

 

「僕たちは認知度を上げたりする必要があるから、フリーで活動を続けるつもりだけど。ゆ~かちゃんもなんかもったいないね。こんなに歌もダンスも上手いなんて、全然知らなかったよ」

「ゆ~かは規格外の人生歩んでるからな。小6からourtuber(アウチユーバー)だろ? そのために滑舌レッスンもボイトレもしたって聞いて驚いた」

 

『確かにもったいない!』

『蓮くんがゆ~かちゃん有識者になってる』

『この中で一番ゆ~かちゃんがアイドルらしい!!』

『でも聖弥くんたちもアイドルだよ』

 

 ん? なんか流れが微妙な方向に来てない?

 ――と思った瞬間、聖弥さんが輝く笑顔でこっち向いた。

 

「ゆ~かちゃん、これからも一緒にユニット組んでくれないかな? これから僕たちもダン配とかするわけだし、ゆ~かちゃんが一緒だと心強いからね。知名度ボーナスもあるし」

 

 キタコレ!!!!!!!!!!!!

 さては、ゲストで配信に出て欲しいと言ったときからこういう流れに持って行くつもりだったな!?

 

「せ、聖弥……おまえ、これ以上ゆ~かに負担掛けさせようとするなよ」

 

 うっは、蓮くんに庇われる私。確かに今、イルカアタックを食らったフグに一瞬なったけどね!

 

「ええええええええ、だから私はアイドルになるつもりないって」

「うん、それはわかってるよ。でもそもそも僕たちも今のMVみたいにアイドルらしい事ってそうそうできないから。それに、ほら、さっきの話……」

 

 さっきの話。そこで不自然に聖弥さんが言葉を切る。配信で言えない話で、「さっき」の話……ママの爆弾発言のことか!

 

「うーーーーーん、さては、私が情に厚くてSE-RENを見放せないってわかって言ってるね?」

 

 蓮くんと聖弥さんはボイトレとダンスの基礎レッスンのために、当分うちに通うことになってる。それをしながらたまにダン配というのがSE-RENの当面の活動になる。

 

 だけど、それ以外にちょっと重大な案件で私は彼らに関わることになりそうなのが、ママの爆弾発言なんだよね。まだどうなるかは決まってないんだけど。

 

「そうそう、ゆ~かちゃんって配信見ててもわかるけど面倒見いいからね。このままの僕たちを放っておけないでしょ」

 

 自分たちを人質にするとか。腹黒王子だなあ……もう。

 結局、私の目の届くところにSE-RENが居続けるってことなんだよね。

 私が武器防具を支援し、蓮くんにブートキャンプをし、散々世話を焼いてきたんだけど、彼らが近くにいてもそれを「はい、終わり」と割り切ることができるかって話なんだけど。

 

「ちょっと考えさせて……うん、わかった。やるけどひとつだけ条件があります。それはSE-RENのチャンネル登録者数が1万人に達するまでの期間限定ってこと。

 私がやりたいことの中にアイドルはないんだもん。だから、知名度ブーストだと思って」

 

 SE-RENのチャンネル登録者は今2000人くらいだ。

 登録者数をグラフで見たけど、(仮)の発表後まず一気にドカンと増えて、その後も右肩上がりに増え続けてる。

 

 順調に行けば、少なくとも高校生でいるうちには終わる。この勢いを保持できれば、そもそも今年中に終わる。

 

「ゆ~か! 甘過ぎじゃねえ!? 聖弥も無理に誘うなよ」

 

 蓮くんに甘いと言われるのもなあ……。まあしょうがない。甘いんだよ、私は!

 

「どうせ私もダン配するしね、それを一緒にやるだけだと思えば。……蓮くんと聖弥さんのユニットはそのまま保持して欲しい。それに加えて時々私、みたいな感じならいいよ」

 

『やったー!』

『SE-RENの安全が確保された! めでたい!』

『お人好しだなあ。でもそこがいい』

『ゆ~かちゃん女神! 天使!』

 

「ありがとう、ゆ~かちゃん! それで疑問なんだけど」

「はい?」

 

 私がこれからも彼らと活動を共にすることになって(聖弥さんの企みにまんまとハマって)、聖弥さんはニッコニコだよね。そりゃ、あの社長を叩きのめす武器になったようなものだし。

 

 だけど、次に彼の口から出た言葉はちょっと予想外のものだった。

 

「なんでゆ~かちゃんは蓮のことを『蓮くん』って呼ぶのに、僕のことは『聖弥さん』なの?」

「そういえばそうだな!?」

 

 蓮くんが今更なことに声を上げた。本当に今更だなあー。

 

「えーと、偉そうだったから?」

 

 すかさず返す私。なんかもう出会った瞬間から、蓮くんのことは「こいつは同レベル」って判断してた気がする。

 

『偉そうwww』

『謎判断w』

『でも確かに聖弥くんと蓮くんだと、聖弥くんの方がちょっと歳上に見えるときがある』

 

 偉そうって言われて聖弥さんは「アイドルがその顔を配信で出していいの?」というチベスナ顔になり、蓮くんはなんとも言えない表情になった。

 

「別に偉くないから。これからは僕のこともくん付けで呼んで貰いたいなあ」

「うん、わかった。じゃあ、聖弥くんと蓮ね」

「待て、なんでそこで俺が呼び捨てになった!?」

「えっ? だって、聖弥さんが『さん』から『くん』にランクダウンでしょ? そうしたら蓮くんも『くん』から呼び捨てにダウンすべきじゃない? 平等に1ランクダウンだよ」

「どういう基準だよ!? えっ、もしかして初対面の時からゆ~かの中で俺と聖弥はランクが違ったって事か!?」

「そうだよ! 蓮くんからは私と同レベルの匂いがしたもん! 聖弥さんはなんか偉そうだったから1ランク上だったの!」

 

『謎基準www』

『この謎っぷりがゆ~かなんだよなー』

『さん、くん、呼び捨ての順にランクわけされてるのかw』

 

 私たちがやいやいと言い合いしてるのを見て、コメントもツッコミが入りまくりだ。

 

「あはははは! いいよ、聖弥くんに蓮で行こう! ゆ~かちゃんって面白いなあ。蓮もきっと2週間楽しかったでしょ」

「いや、地獄だったぞ、俺は……」

 

 晴れ晴れとした聖弥くんに対して、蓮の怨念のこもった顔ときたら。

 確かに厳しいトレーニングさせましたよ! でもしないとまずかったんだもん!

 

「これで3人お揃いの防具でも問題なくなったね、ユニット名どうする?」

 

『へっぽこトリオ』

『SE-REN++』

『コント青信号』

『えー、難しいよー』

 

 聖弥くんがユニット名まで決めようとしてるぞ。

 というか、今気づいたけど、今日の出来事全部この人に誘導されてなかった!?

 思うところはあるけど、今は配信中だし自重しよう!

 

 と、思ってたところにトコトコとヤマトが階段を降りてきた。夕飯の後私のベッドで寝てたんだけど、起きたら私がいなかったので探しに来ましたって感じかな。

 

「お、ヤマト! おいで!」

 

 でも真っ先に呼ぶのが蓮なんだなあ……私は配信中だからって自重したのに!

 てってって、とやってきたヤマトは生配信に乱入し、しゃがんで呼んだ蓮の腕にずぼっと頭を突っ込んだ。可愛い!!

 

『Y トリオは?』

 

 ふと目に入ったそのコメント、思わず復唱してしまった。

 そういえば、安永も由井もYが頭文字。私は柳川でもYだけどゆ~かでもYだ。

 3人の共通点と言ったら確かにそれなんだけど。

 

「トリオ、になんかお笑いの波動を感じるのは私だけ?」

「でもYを付けるのはいいかもしれない。由井に安永、それとゆ~かちゃんだし」

「ヤマトもYだぞ!」

 

 ひらめいた! って顔で叫ぶ蓮。そうだー! ヤマトもYだ!

 

『カルテットだ!』

『Y カルテットだ!』

 

「そうだよね!? 私はダン配するならヤマトを連れて行くし、実質これはもうカルテットだよ! 決まり!」

 

 私が喜んでるので、なんかヤマトもはしゃいで私に飛びついてきた。可愛い!!

 

 

 こうして、新しく「Y quarte(カルテツト)t」というユニットが誕生したのだった……。

 でも当分アイドルはいらん! お腹いっぱいです!

 今度の日曜日はママに大山阿夫利ダンジョンに連れてって貰うんだから!!



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閑話 【へっぽこテイマー】SE-REN(仮)とヤマトをぬるっと見守るスレ #12【ダメステアイドル】

397 名無しのダンジョン民

最近配信ねえなあ。暴走ドッグ見たいのに全然見られねえぞ。

今日SE-RENは重大発表で配信あるらしいが。

 

398 名無しのダンジョン民

安永蓮の特訓が続いてるんだろ。ユズーズブートキャンプ。

特訓の絵面は地味だからな……。

ゆ~かは根っからのourtuberだから、撮れ高のないものは使いたくないんじゃないのか。

 

399 名無しのダンジョン民

ところで、スレタイずっとこのままなん? 変わったまま戻んねえな。

 

400 名無しのダンジョン民

>399 面倒ダカール

 

401 400だぞ

>399 面倒だからだろ。前のからコピってるからな。

 

402 名無しのダンジョン民

>400 なんだその誤変換はw

 

403 SE-RENを推すモブ

今日の配信にゆ~かちゃんが出るってよ!

 

404 400だぞ

>402 わからん。ダカールなんて行ったことねえ……。

 

405 名無しのダンジョン民

SE-RENの重大発表にゆ~かが? 由井聖弥の復帰の発表じゃないのか?

 

406 東海道線の女

ゆ~かちゃんがこのままアイドルしてくれればいいのに!!

 

407 名無しのダンジョン民

ゆ~かの告知が遅いんだよなー。いや、前は告知無しだったから、これでも成長したのか。

 

408 名無しのダンジョン民

配信ハジマター

 

409 名無しのダンジョン民

あぼーん

 

410 名無しのダンジョン民

とんでもねえ……。

 

411 名無しのダンジョン民

わー、暴露配信だ! これは燃える。

SE-REN火祭り事件ならぬアルバトロス火祭り事件だな。

 

412 名無しのダンジョン民

きっと画面外でゆ~かが凄い顔になってるんじゃねえ?

 

413 名無しのダンジョン民

>412 そのくらいは打ち合わせしてるだろ。わざわざアップになったって事は、カメラを操作してる人がいるって事だし。

 

414 名無しのダンジョン民

アルバトロスオフィスの社長、\(^o^)/オワタ

 

415 名無しのダンジョン民

\(^o^)/オワタ

 

416 名無しのダンジョン民

由井聖弥、用意がいいな。退所届記入生配信なんて見たことないわw

 

417 名無しのダンジョン民

あぼーん

 

418 名無しのダンジョン民

うわあああ、あそこの社長本当にダメだな! これは訴えられていい案件だ!

 

419 名無しのダンジョン民

そこで「食べたいって言った」のがゆ~かなんだよなw アホの子可愛いなw

 

420 名無しのダンジョン民

まあ、アホウドリがどうなろうが俺たちの知ったことじゃないが……子供を食い物にするのはさすがにどうなんよ、って思うわ

 

421 名無しのダンジョン民

MV作った!? それで先週丸々配信がなかったのか!

てか、なんでもやるなあ……。

 

422 名無しのダンジョン民

ゆ~か母(サンバ仮面)がアイドル好きなんじゃなかったっけ?

 

423 名無しのダンジョン民

あのサザンビーチダンジョン事件の時、サンバ仮面が社長を電話越しに怒鳴りつけるのを生で見たけど、確かにそんな事は言ってたな。

 

424 東海道線の女

アイ……ドル

 

425 名無しのダンジョン民

>424 死ぬなwww

 

426 名無しのダンジョン民

いや、でもこれはアイドルだw

 

427 名無しのダンジョン民

でもこいつら誰もアイドルになりたいわけじゃないんだよなあ。

 

428 東海道線の女

今、私の心の神棚にあの村雨丸を抜くゆ~かちゃんの雄姿が飾られました。

 

429 SE-RENを推すモブ

ぶっちゃけ、ゆ~かちゃんが歌もダンスもぶっちぎりにうまいね。(´・ω・`)

 

430 名無しのダンジョン民

雲行きが怪しくなってきたな……由井聖弥の笑顔は輝いてるが。

 

431 名無しのダンジョン民

結局アイドルも続けるんかい! ダン配減るのか?

 

432 名無しのダンジョン民

いや、アイドルになりたいわけじゃないって言ってるけど……ゆ~か、致命的にお人好しなんだな。

 

433 名無しのダンジョン民

いいか! よく聞け!!

SE-RENのチャンネル登録者が1万人を超えるとゆ~かが離脱する。

ってことは、1万人を超えない限りゆ~かのアイドル活動も見られるって事だ!

ここ見てる奴、今すぐSE-RENのチャンネル登録しろ。

で、1万人を超そうになったら抜けろ! それで人数をある程度は調節できる!

 

434 東海道線の女

>433 天才か!? マイエンジェルのアイドル活動を伸ばすことができる!

 

435 名無しのダンジョン民

ゆ~か自体は別にやりたがってないのになあ……。

 

436 東海道線の女

>435 でも見たいんだもん!!

 

437 名無しのダンジョン民

ゆ~か、動物園の飼育員になりたいんだな。じゃあ冒険者は腰掛けってことか。

そこのスタンスはSE-RENの「俳優になりたいから冒険者は腰掛け」と同じって事だな?

案外、いいんじゃないのか? 全員が片手間にやるくらいが。高校生なんだし。

 

438 名無しのダンジョン民

>437 この板にも常識人がいたんだな……。

 



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第86話 聖弥の武器 って、これはー!?

「ゆ~かバリア、やっぱり強化されてる」

 

 鎌倉の街を歩きながら蓮がそんなことを言った。

 なぁぜなぁぜ? 私の魔力修行は一向に進まず、MV撮った日に露が出たのが奇跡に思えるレベルだよ。

 

 

 今日は土曜日。蓮と聖弥くんと3人で、金沢さんに武器を作って貰うために鎌倉へやってきた。

 配信した日に聖弥くんが早速アポイタカラを持ち歩いてなかったので説教したんだけど、次の日からは紫色の風呂敷に包んで、ちゃんとうちにも持ってくるようになったのでまあヨシとしよう。

 

 前回来たときにはビビりまくりの蓮に盾にされたけど、「ゆ~かバリア」の謎の強化によって怖い物はかなり遠ざかるようになったらしい。

 理由がわかりません。心当たりがあるとしたら、前回帰るときからだから、村雨丸を持ち歩いてるから、かなあ。アイテムバッグの中だから装備扱いになってないんだけど。

 

 前回の愚痴を言いながらも金沢さんの家に着くと、とてもにこやかな金沢さんがすぐに出迎えてくれた。

 

「やあやあ、今回もご依頼ありがとう。柚香ちゃんの配信のおかげで、問い合わせも増えたんだよ。まだ依頼自体は来てないんだけどね」

「由井聖弥です。今日はよろしくお願いします」

 

 礼儀正しく挨拶をする聖弥くん。

 この人は、何事もなければ腹黒モードは出ないんだよね

 

 スキップでもしそうな足取りの軽さで、前回と同じく工房に案内される。

 今日も聖弥くんは風呂敷包みを抱えていて、それだと誰が見ても「アポイタカラ抱えてます」とは見えないね!

 

「もしかして、その風呂敷に包んであるのはアポイタカラかな? テーブルに載せて」

 

 おっとぉー! 見抜く人がいた! でも金沢さんは仕方ないか。多分この人、伝説鉱石の波動とか感じちゃいそうだし。

 

「どんな武器になるのか楽しみですねー」

「柚香ちゃんは武器が好きだよね」

「好きは好きですけど……聖弥くんのステータス見たら、今日どんな武器ができるかで今後の運命が変わる状態なので」

 

 えっ、と驚く金沢さんに、前に送って貰ったスクショを見せる。

 目が点になる金沢さん。うん、驚くよね。

 

「勇者ステータスか……確かにこれは、どんな武器になるか……というか、どういう補正が付くかがこの先の分かれ目だね」

 

 工房の隣にある洗面所で手を洗って清め、金沢さんは風呂敷から出されたアポイタカラに手をかざす。

 そして、目を瞑って神経をアポイタカラに集中し始め――ん?

 

 なんか、すっごい眉間にしわ寄ってません?

 

「こ、これは……まあ、あるっちゃあるけど……」

 

 なんか悩んでる様子の金沢さんに、おののく私たち3人!

 

「武器に出来ないような物とかですか!? ゴルフクラブとか!」

 

 聖弥のお父さんゴルフ好きだし、と蓮がいらん情報で叫んだ。

 

「ゴルフクラブは武器になるよ。パターだと困っちゃうけども。一番酷かったのだと、クラフトしたら角材になったってケースがあるからね」

「鉱石をクラフトして角材!?」

 

 まさかの情報が金沢さんから飛び出して、私も思わずツッコむ。

 適正武器が角材って、どんな人なの!?

 

「いや、ゴルフクラブよりは角材の方が武器としては強いけども……。その人は角材を脇に抱えて敵に突っ込む戦い方で、『横須賀の()(じよう)(つい)』って二つ名がついたくらいだよ」

「横須賀の破城槌……うわ、強そう」

「ま、まさか僕も角材ですか?」

 

 不安そうに聖弥くんが尋ねる。いや、私角材もアリだなって思うようになった!

 打撃武器扱いだろうし、ゴーレム特攻とかついてそう!

 

「角材だったらいいな! 角材で戦う聖弥くん見てみたい!」

「ゆ~かちゃん!? ちょっと僕的には無しだよ、それ!」

「撮れ高はいいよな……」

「蓮も! 他人事だと思って言ってるだろう!」

 

 私たちがぎゃいぎゃい言い合っていると、角材をクラフトしたときのことを思い出したのか、金沢さんが笑い止まらなくなってた。

 

「いや、ね。今回はちゃんと剣だよ。西洋剣だね。

 問題は、盾が一緒に見えてることなんだよね。たまにいるんだ、盾が適正武器とセットで出てくる人。

 どうする? こういうこともあるから僕は盾クラフトもできるけど、別料金になっちゃうんだよ。大型武器だから200万円で、盾もこの形状だと200万円なんだけども」

「構いません。お願いします」

 

 私は即答した。そこは別にいいんだ。一番大事なのは安全であることだからね。

 私もバックラー愛用者だったけど、村雨丸にバックラーが合わないので持たないだけでさ。

 

 合計400万のクラフトにサクッとOKサインを出した私に、聖弥くんがちょっと顔を引きつらせている。

 

「なんか……ごめんね。こんなにお金掛けさせちゃって」

「んー、角材だったらもっと良かったんだけど。でも聖弥くんにだけお金掛けてるわけじゃなくて、金沢さんの技術に対しての敬意料みたいな意味合いが強いから気にしないで」

「おまえは……もう少し一般の金銭感覚を忘れない方がいいぞ」

「そう思うなら、これからダンジョンと配信でガッツリ稼がせてください!」

 

 私が言い返したら蓮と聖弥くんは揃って「ハイ……」とおとなしく頭を下げた。

 

 先に剣の方をクラフトすることになって、金沢さんは表情を改めるとパァン! と柏手を打った。

 クラフトを見るのが初めてな聖弥くんは、食い入るように金沢さんの一挙手一投足を見守っている。

 

 歌うような祝詞のあとに再び金沢さんが手をかざすと、鉱石が光り輝いて一振りの剣と残りの鉱石に分かれた。

 何回見ても凄いなあ……。

 

「なんか凄いのができた気がするよ。鑑定してみて」

 

 噴き出した汗を拭きながら、金沢さんが聖弥くんに促す。

 聖弥くんは緊張の面持ちでダンジョンアプリのカメラから、剣を鑑定した。――そして、固まった。

 

「どうした!?」

「何が出たの!?」

 

 この反応は普通じゃないよね!?

 私と蓮は聖弥くんのスマホを覗き込み、揃って絶句した。

 

 【エクスカリバー】アーサー王が湖の乙女・ヴィヴィアンより授けられた聖剣。この剣の鞘には魔法が掛けられており、身につけていると傷を受けても癒やす力がある。

 

 

 どえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 



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第87話 草不可避w大平原www

「ちゃんと確認して!? エクスカリパーじゃないよね? 濁音だよね!?」

「説明文からして本物だろ! ウルトラレアじゃねえ!?」

「うわあ……手応えは感じたけど、まさか自分がエクスカリバーをクラフトするとは思ってなかった……」

 

 私と蓮と金沢さんはパニック状態になり、聖弥くんは顔色を白くして崩れ落ちた。

 あ、人間、凄すぎる事態に遭遇すると、喜ぶより貧血起こすんですね。

 

「聖弥くん、装備装備! エクスカリバーって名前が大事なんじゃなくて、ステータス補正がどう掛かってるかが大事なんだよ!」

「そ、そうだね……」

 

 聖弥くんは震える手でエクスカリバーを取り上げると、再びスマホを確認した。

 そして、今度は妙な真顔。

 なぁぜなぁぜ?

 

由井聖弥 LV8 

HP 50/50(+130)

MP 14/14(+100)

STR 10(+67)

VIT 10(+67)

MAG 9(+66)

RST 11(+67)

DEX 11(+67)

AGI 9(+66)

装備 【エクスカリバー】

 

 わあ。

 これは。

 酷い……。

 

 草木も生えぬ……いや、草生えまくりの大平原。真っ平らな補正値が付くと誰が思っていたでしょうか!

 

 そうかー、寝食を共にしたアポイタカラ、聖弥くんの器用貧……万能型勇者ステータスを「最大限に」活かす方向へ行っちゃったのかー。

 

「見たことない補正値の付き方をしてるね。……ぷっ」

 

 金沢さんが震えながらフォローにならないことを言って、吹き出した。金沢さんですら見たことない付き方してるのか。

 どんだけ器用貧乏追求する気なのかな、聖弥くんは。

 

「……まあ、いいんじゃねえ? 聖弥を体現したような武器だよ」

 

 自分の名前が入っちゃってるロータスロッドを爆誕させた蓮が、そんなことを言って目を逸らす。

 腹黒とはいえ、王子だからかな?

 それとも、名前に「聖」が入ってるからかな?

 

「ちょっと自分でも、方向性に困り始めてきた。……でも、まだ盾があるのか。という事は防御型になるのかな?」

「そうだね、盾を作ってみよう」

 

 金沢さん、ノリノリである! 置いてあったマジックポーションをぐいっと飲み干すと、もう一度手を洗ってきて今度は盾のクラフトを始めた。

 

 これは、カイトシールドってやつかな。凧のような形をしてて、胸元から足の方まで守れる大きい盾。

 縁と中央に描かれた十字が白くて、他の場所が青い。十字の真ん中には女性が描かれててかっこいい盾だね。

 

「鑑定鑑定!」

「う、うん……ええっ、これも!?」

 

 これもって何!

 

【プリトウェン】アーサー王の盾。中央に聖母マリアが描かれている。魔法の船として使うこともできる(1人乗り)。

 

「聖弥くんは前世アーサー王なの?」

「注意書きが……ぶふっ」

 

 私は宇宙猫になり、金沢さんは吹き出し、SE-RENのふたりは固まっている。

 

「ま、まあ、多分適性が剣と盾で、剣の方にエクスカリバーが来たから盾がそっちに寄ったという可能性が高いね。名前が残ってる盾というのはごく少ないから」

 

 金沢さんが笑いながら解説してくれた。

 確かに、盾ってあんまり知らないなあ。アイギスの盾くらいかな。

 

「――やべえ、魂飛んでた。聖弥、こっちも装備してみろ!」

「はっ、なんか、伝説が飽和状態ですっかり意識が。一旦エクスカリバーは置いて、と」

 

 ――そして、私と金沢さんは笑い崩れ、蓮と聖弥くんはぶっ倒れた。

 

 

「こんばんワンコー! Y quarte(カルテツト)tの武器お披露目配信でーす!」

 

 あまりに地味だったらお披露目配信しない予定だったんだけど、エクスカリバーは出さなきゃダメでしょということで、その日の夜に急遽お披露目配信をすることになった。

 

『ゆ~か、楽しそうだな』

『聖弥くんの武器どんなだろう』

『蓮くんの目が死んでるけど何があった』

 

「まあ、これを見てくださいよ! 聖弥くん、カモン!」

 

 私が元気よくヘーイ! と腕を振ると、ちょっと生気が抜けた感じの聖弥くんが剣と盾を装備して入ってきた。

 

「えーと……今日、蓮とゆ~かちゃんの武器を作ってくれた金沢さんにクラフトして貰った僕の武器と盾です。剣と盾がセットでした」

 

『おお、西洋剣だ!』

『かっこいい!』

 

 コメントが湧いているけど、名前を聞いたらもっと湧くよね!

 私が後ろで「早く、早く」とワクワクしてるので、聖弥くんは何かを諦めたようにひとつため息をついてからカメラに向かって剣をかざす。

 

「この剣ですが、鑑定したら【エクスカリバー】でした。そしてこっちの盾は【プリトウェン】、アーサー王の剣と盾です」

 

『はぁあああああああ???????』

『エクスカリバー!!』

『伝説の剣来た』

 

 物凄い盛り上がりを見せるコメント。降り注ぐスパチャのSE!

 しかし、お楽しみはここからだよ!

 

「まずこれを見てください! これが聖弥くんの素のステータスです。ドン!」

 

 スケッチブックに書いた勇者ステータスを見せると、コメントに困惑が混じり始める。

 続いてエクスカリバーのステータス補正を見せると、困惑が『www』に取って代わられ始めた。

 

「そしてこれがとどめだ! 【プリトウェン】のステータス補正がこちら!」

 

HP 50/50(+130)

MP 14/14(+100)

STR 10(+66)

VIT 10(+67)

MAG 9(+66)

RST 11(+67)

DEX 11(+67)

AGI 9(+67)

 

『エクスカリバーと同じじゃねえかー!!』

『大平原!』

 

 乱れ舞うツッコミの嵐! これだ! 私はこれが見たかった!!

 

「違うの! よく見ると違うの! +66の補正になってるのが、エクスカリバーはMAGとAGIで、プリトウェンはSTRとMAGなの! 一応プリトウェンの方が盾っぽい補正になってるの!」

 

『細かすぎてよくわからない選手権優勝』

 

 誰かが私の気持ちを代弁してくれた。本当にそれですわ。見た瞬間笑うしかなかったもん、この数値。

 

「ちなみに、聖弥くんが私たちと同じ防具を装備して、エクスカリバーとプリトウェンを装備するとこうなります。ドドン!」

 

HP 50/50(+310)

MP 14/14(+300)

STR 10(+198)

VIT 10(+204)

MAG 9(+197)

RST 11(+204)

DEX 11(+199)

AGI 9(+198)

 

『なんこれ』

『………………』

『見たことないステータスの形』

『おお、勇者よ……』

 

 なんと、フル装備の聖弥くんのステータスは、MPとMAGが蓮に負けてるけども、それ以外の数値は全てトップに踊り出てしまったのだ!

 プリトウェンに補正がちゃんと入ったのが大きかったなあ。

 だけど……。

 

『戦闘スタイルが全く見えない数値』

『剣でも魔法でも壁でもなんでもできるけど、何をやるべきか迷いそう』

 

 それですわーーーー。

 



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強くなります! の巻
第88話 レッツ、特訓! 大山阿夫利ダンジョン!


 いやー、昨日のお披露目配信は楽しかったなあ。

 暴露配信の時にはあんなに生き生きとしてた聖弥くんが、しおれてたもんね。

 

 エクスカリバーだけだったら良かった。いや、良くはないか。

 エクスカリバーの補正値がもっと偏ってくれてたら、もしかしたらプリトウェンは出なかったかもしれない。

 

 しかし、エクスカリバーとプリトウェンのふたつが揃ってしまい、あの補正値だからもうお笑いにしかならなかった……。

 そして、さすがのママですら、エクスカリバーは両手剣だと思ってたらしい。片手剣と両手剣の中間っぽい形のエクスカリバーを見て困惑してたくらいだもん。

 

「だって、エクス・カリバー! よ? 問おう、あなたが私のマスターか、よ?」

「聖弥くんに女体化しろと?」

「ぶっちゃけ、西洋剣にはあんまり詳しくないのよねー。ほら、柄の部分もショートソードよりは長いけど、真ん中が握りやすいようにくびれてるでしょ。でも、ロングソードよりは短いし、両手でも握れる形状じゃない? 分類的には片手半剣――つまりバスタードソードに当たるわね。

 片手で振るには長いし、両手で振るには短い。そして切りに特化した形には至らず、突きにも特化していない。――簡単に言うと、なんでもこなせる反面、特化型の武器とは違って盾とセットで扱うには結構な訓練が必要になるわよ」

「いや、十分詳しいです」

 

 問おう、あなたが武器ペディアか――。と言いたくなるようなママの解説に、冷静に蓮がツッコミを入れる。

 

「やっぱり、使いこなすには訓練が必要なんですね」

「素人では盾も一緒の運用っていうのは厳しいと思うわー。ちゃんと習う必要があるわよ。ユズもできれば剣術をきちんと教えてくれる人に付いた方がいいくらい。

 ああー、こんな大変そうな武器が出るくらいなら、ハルバードが出た方が私的には余程ロマンがあったわ。ハルバードっていうのはね、長柄武器のひとつで斧と槍が一体化したようなものなの。振り回して斧の部分で叩きつけてよし、槍の部分で突いてよしの万能武器よ。斧の刃があるところの反対側にも鉤爪があってね、引っかけるっていう戦い方もできるの。もちろん長柄武器だから振り回したときの遠心力によるダメージの大きさは凄いわよ。日本だと似たようなものでは、宝蔵院流槍術で使われた十文字槍が有名ね。『突けば槍、払えば薙刀、引けば鎌』とも言われた万能性で……」

「はい、ストーップ! ママ、もう武器の話はいいから! X‘sか何かで今度話させてあげるから!」

 

 私は暴走モードに入ったママの口にビッグマシュマロを突っ込んで止めた。

 これが始まると長いんだ……。村雨丸お披露目配信の時も困ったけど。

 

 蓮はともかく、聖弥くんが半端な笑顔で固まってるね。

 気のせいか、頭の上に「?」が浮いてるようにも見える。

 

「ところで、明日ヤマトの訓練に、大山阿夫利ダンジョン連れて行ってくれるんでしょ?」

「そういえばそうだったわ。蓮くんと聖弥くんも行くの?」

 

 むぐむぐとマシュマロを食べてからママが答える。

 忘れないでいただきたい! 私は明日フレイムドラゴンと遊ぶのを楽しみに、今週を乗り切ってきたんだから。

 

「僕はちょっとまだ激しい運動は控えろって言われてて。とりあえず今月いっぱいは軽い訓練だけにしておきます。少し走るのならともかく、フレイムドラゴンはさすがに……」

 

 そうだ、聖弥くんは怪我が治ったばっかりだ。しかも肋骨って面倒らしいんだよね。

 

「蓮は来て欲しい。回復役が欲しいから」

「……わかった」

 

 ヤマトはレベルこそ低いけどステータスが高いから、フレイムドラゴンの方が手加減してくれてもヤマトの方がダメージ与えちゃうと思うんだよね。

 誰かがそっちを回復してあげないといけない。マスター以外の手でポーションを飲んでくれるかはわからないから、魔法が無難。

 

 

 というやりとりの翌日、私と蓮とヤマトは大山登山をしていた。

 ……いや、まさか、大山阿夫利ダンジョンが大山の頂上にあるなんて!

 

 ママときたら、登山道入り口で私たちを降ろした後「お豆腐懐石食べてくる~」ってルンルンで観光に行ってしまったよ。

 私も食べたかった!! 大山豆腐は有名だもん! スーパーでも売ってるけど懐石料理は食べたことないし!

 

「フル装備で来て良かった……」

 

 アポイタカラ・セットアップにロータスロッドを背負った蓮がぼやいている。私はフレイムドラゴンと戦うときにできるだけ補正を付けないように、初心者の服だ。

 山登りの最中は村雨丸を刀袋に入れて背負っていくけどね。

 

「大山ごときでひーひー言ってられないよ? 金時山はもっときついよ?」

「いや、登らねえし。登る必要がねえし」

「登るんだよ……そのうち」

 

 私がテンション落としてぼそっと言うと、蓮はガタガタと震え始めた。うん、何かを察してくれたみたいだ。

 

「よーし、駆け上がるぞー! よーいドン!」

「ワンッ!」

「えっ!? マジかー!」

 

 私より余程ステータス補正付けてる人がなんか悲鳴上げてますけど、構わず山道を走るよ! 村雨丸を持ってるからAGIとVITの補正のおかげで楽々だね!

 ヤマトも初めての山にはしゃぎながら、私たちは身軽に山を登っていく。

 

 ……蓮は、補正こそ付いてるけど山登り自体が慣れてないみたいで、ステータスを生かせてなかった。

 

 そして約30分後、私たちは大山の山頂にどーんと入り口を広げている大山阿夫利ダンジョンの前に辿り着いていた。

 

 ここが、上級ダンジョン!

 実力的にはまだ潜れるところじゃないけど、1層だけはモンスターが出ないから入ることができる。

 

 ここに、伝説のテイマーの従魔であるフレイムドラゴン師匠がいるんだ。

 わあー、ドキドキする~!

 



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第89話 このドラゴン、可愛すぎるっ!

 ダンジョン前にいた人が、私たちに気づいてこっちにやってくる。

 にこやかに手を振ってるけど、この人がママに情報を教えてくれた人かー。

 

「柚香ちゃんと蓮くんだね、動画見たよ。最初は気づかなかったけどまさか、か……柳川さんの娘さんだったとは。大きくなったなあー」

 

 熟練冒険者っぽい身のこなしの中年男性だけど……あれ? この人、前に会ったことがある!?

 

「えーーーーーーーーと、前にお会いしてましたっけ?」

 

 大きくなったなあって言われるということは、小さい頃の私を知ってるって事だよね。

 

「ああ、ごめん、一方的にね。写真で見たことがあった程度だよ。小学校の入学式の写真だったかな。俺はお母さんの知り合いで毛利拓哉。LV64のファイターだよ」

「れ……べる……ろくじゅう、よんっ」

 

 ぜーはーしながら蓮がびっくりしている。私もびっくりだ。

 だって、寧々ちゃんのお父さんがダンジョンできた頃からやってる冒険者で、LV40クラフトマンでしょ?

 LV64って、日本でもトップクラスの人なのでは?

 

「毛利さん、凄い人なんですね! えっ、ママの知り合いなんですよね? 一体どういう繋がりが……」

「趣味仲間、かな」

 

 毛利さんがさくっと短く答えた。

 あー。

 なるほど、ゲーム繋がりかな。異様にママって顔が広いんだよね。金沢さんの奥さんとも友達だし。いろんなところに足突っ込んでるオタクだから、思わぬ人と繋がってたりする。

 

「確かにLVは高いし、日本の中でも上位の冒険者ではあるんだけど……アグさんのおかげの部分が大きいんだよなあ」

「アグさん?」

 

 ちょっとトホホって顔で毛利さんは言い、後ろにあるダンジョンの入り口を示した。

 ダンジョンの入り口は全部共通らしくて、よくあるRPGの洞窟みたいに、土がぼこっと盛り上がって人が出入りできる入り口がぽっかり開いている。

 数段の階段を降りると、土の地面で何も障害物がない第1層というのも共通。

 

「アグさんはフレイムドラゴンの名前だよ。もうマスターが引退しちゃったんだけど、そのマスターと俺は同じパーティーだったんだ」

「フレイムドラゴンと一緒は強いですね」

 

 羨ましそうに蓮が言う。うん、私も羨ましい。

 

「じゃあ、早速入ろうか。最初は君たちを紹介しないといけないからね」

「紹介……うわあ、ドキドキしてきた」

 

 ドラゴンに紹介されるなんてシチュエーション、人生にあるでしょうか!

 少なくとも、私はヤマトに出会わなかったらなかったと思う。

 

 若干ビクビクしてる蓮と、ワクワクが止まらない私、そしてテンション高めのヤマトは毛利さんに続いてダンジョンへと入った。

 

 うん、上級は初めて入るけど、初級ダンジョンと本当に1層は同じだね。

 ぐるっと見回すと、端っこの方に赤い塊発見!

 

「おーい、アグさーん!」

 

 毛利さんが呼ぶと、その塊はむくっと起き上がって首を伸ばし――でっかいな!?

 

「ギュロロロ~」

「うはっ、可愛い!」

 

 甘えた声を出しながらこっちにドスドス歩いてくるアグさんを見て、思わず声が漏れたよね!

 

 これが、フレイムドラゴンか……。

 全身赤くて艶々とした鱗に覆われていて、大きさは立ってる状態で4メートルくらいかな?

 小さめの前足と、ぶっとい後ろ足、そして太くて長い綺麗な尻尾。

 あと、翼! 立ち上がったとき一度バサッと広げてからまた折りたたんだけど、翼が大きかった。あれは飾りじゃなくて多分飛べる奴!

 

「凄え……」

 

 蓮がぽかーんと口を開けてアグさんを見上げている。

 アグさんは毛利さんに首をこすりつけてから、「だぁれ?」って顔でつぶらな瞳をこっちに向けた。

 

 もっと凶悪な顔をしてるのかと思ったけど、思ったよりずっと可愛いなあ。

 

「アグさん、この子たちも冒険者なんだ。従魔を鍛える手伝いをして欲しいんだって。今日も頼むよ」

「ギョワー」

 

 わかった、というようにアグさんが頭を上下に振る。これは、賢い!

 

「私が触っても大丈夫ですか?」

 

 毛利さんには馴れてるだろうけど、私は初対面だからどうだろう。でも触りたいな! と思って訊いてみると、毛利さんは当たり前のように頷いた。

 

「大丈夫だよ。もう何年もアグさんはここでテイマーたちの手伝いをしてるからね、人馴れしてるんだ」

 

 そっか……でもそれは、寂しいなあ。

 

「マスターさん引退しちゃったんだ。それは寂しいね。アグさん、よろしくね」

「グルグルグル……」

 

 私がアグさんを撫でると、アグさんは心地よさそうに目を細めて喉を鳴らした。

 か、可愛いーーーーっ! 人馴れしてるドラゴンがこんなに可愛いなんて!!

 

 しかも! しかも! アグさんはその長い首を伸ばして私の頭に自分の頭をすり寄せてくれた。これ、甘えてるんだよね? ふんふん匂いも嗅がれてるけど。

 

「アーギャス」

「君もアギャス族か……じゃあサンドイッチ食べる?」

「ギョロロロロロ……」

「わー、アグさん可愛いねえ。ヤマトとは方向性が違うけど。ドラゴンをテイマーした人羨ましいなー」

 

 お弁当に持ってきたサンドイッチを1切れ差し出したら、パクッと食べて凄く嬉しそうにしてる。なんかサンドイッチ多めに入ってたから、3切れくらい続けて食べさせてあげた。

 ドラゴンっていわゆるでかい爬虫類でしょ? こんなに表情があるの凄いな! かーわいいー!!

 

「可愛いっ! 可愛いっ! うちの子にしたい!!」

 

 私がアグさんの首に抱きつくと、アグさんが喜んでグルグル言ってるのが伝わってくる。わー、でっかい猫みたいだなあ。どうしよう、ドラゴン見つけたらテイムしたくなっちゃうかも。

 

「アグさん……」

 

 案内してくれた毛利さんが、そんなアグさんの様子を見ながら何故か悲しそうに呟いた。

 

「どうしたんですか?」

「いや、こんなに喜んでるアグさんを見るのは久しぶりでね。……きっと今まで寂しかったんだろうなあ」

「でも、従魔を鍛えにくるテイマーが今までもいたんですよね? アグさんはそのお手伝いをしてるんでしょう?」

「まあ、それはそうなんだけどね。柚香ちゃんみたいに可愛い可愛いってアグさんのことを甘やかす人はこの子のマスター以来で」

「それは……普通はそうでしょうね」

 

 むしろアグさんに抱きつく私が信じられない、みたいな感じの声。そういう蓮は渋い顔だ。

 それはつまり、私が普通じゃないって事!? なんで!

 

「だって可愛いじゃん! 確かにひんやりしてて爬虫類の手触りだけど、これはむしろでかい猫だよ!」

「俺、犬派だから」

 

 私がアグさんに抱きついてる隙にヤマトを抱き上げながら、蓮がスンとした顔で言う。

 ぐぬぬ……この可愛さがわからないとは、鈍い奴め!



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第90話 このドラゴン、強すぎるっ!

「アグさんのステータスもアプリで鑑定すれば見られるから、時々チェックしてあげて。えーと、回復方法は」

「回復は大丈夫です! そのためにヒーラーを連れてきました!」

 

 私が元気よく答えると、毛利さんは笑って頷いた。

 

「そうだった。蓮くんはヒーラーだったね。今のステータスは?」

「ええと、こんな感じです」

 

安永蓮 LV9 

HP 50/50(+80)

MP 35/35(+300)

STR 9(+75)

VIT 13(+85)

MAG 20(+215)

RST 21(+160)

DEX 16(+120)

AGI 15(+145)

スキル 【初級ヒール】

装備 【アポイタカラ・セットアップ】【ロータスロッド】

 

 蓮のスマホを覗き込んだ毛利さんがびっくりしている。

 デスヨネー。

 

「これは、率直に言って凄いね。ザ・魔法使いっていうステータスだ。惜しいなあ、このまま成長したら日本でもトップクラスの……そういえば、ウィザード系かヒーラー系かは決めてるのかい?」

「それは、まだ決めてません」

 

 ため息混じりの蓮は、本当にここのところスキルについて悩んでる。

 

 スキルで攻撃魔法を3種類取ると、ジョブとしてウィザードになることができる。そして、回復魔法を3種類取るとヒーラーになれるんだけど、ステータスの補正値がそれぞれちょっと違うんだよね。

 

 一般的には回復役をジョブ取ってるかどうか関係なくヒーラーと言う。クレリックとかプリーストじゃないのは、そこに宗教的概念がないかららしい。

 

 スキル取る条件もMAG依存なので、どっちか片方を狙っていくのが常道らしいんだけど。

 もしかすると、蓮だったら両方取れるんじゃないかと思うんだよね。

 

 まあ、「冒険者を続ければ」の話なんだけどね!

 

「うーん、見れば見るほど惜しい。俳優志望だよね、冒険者続ければ本当に凄いことになると思うんだけど。

 MAGが伸びる人っていうのは稀少なんだよ。LV10行く前にMAG20っていうのは初めて見た」

「ええっ、そうなんですか!?」

 

 驚く天然魔法使い。こやつは、自分の特異性をよく理解していないんだね!

 

「うちのクラスでも、LV10でMAG10が最高かな。多分聖弥くんもそこを抜くんだけど、それに比べると蓮がどれだけおかしいかわかる」

「俺が……おかしい……ゆ~かじゃなくて俺の方がおかしい?」

 

 なんでそこで混乱してるのかなあ! 私なんか補正が付いたあの勇者聖弥くんに、何ひとつ勝ってないんですけどね?

 

「初級魔法のファイアーボールは取っておいた方がいいよ。ジョブヒーラー狙う人もあれだけは押さえてる。他の魔法と違って、延焼させることができるから使い勝手がいいんだ」

「なるほどー! 例えば毛とか衣服を燃やせば、継続してダメージを入れられるって事ですね? うわー、ママが好きそうな戦術!」

「火が効きにくいモンスターも多いけど、完全にダメージが通らないっていう相手は少ないからね。これだけMAGが高ければ、それなりのダメージは入る。ロータスロッドは氷属性か……ううん、氷系の魔法は中級が範囲魔法でちょっと使い勝手が難しいんだよね。また、面倒な属性が付いてるなあ」

 

 凄い! こんなアドバイス貰ったの初めてだ!

 そもそも、学校でもあんまり魔法のことはまだ習ってないんだよね。理由は簡単で、魔法が使える条件に達してる人が少ないから。

 

 教科書には載ってることは載ってるけど、私には縁のないことと思って読んでません。

 

「そっか……そうするとやっぱりここで取るべきは中級ヒールと初級魔法か」

「蓮はよく悩んでてください。毛利さん、そろそろヤマトの訓練を始めたいんですが」

「案外、蓮くんみたいに『冒険者になるつもりがない』って埋もれてるだけで、魔法使い向きの人っているのかもしれないなあ……。ああ、訓練だね。アグさん、訓練を頼むよ。これからアグさんに頼みたいときは『訓練お願い』か『訓練頼む』で通じるからね」

「ギャス」

 

 頷くアグさん、賢いな! 爬虫類系って頭悪いイメージがあるんだけど、そこはやっぱりモンスターでドラゴンだから違うんだろうな。

 

 アグさんはドスドス歩いて中央の十分に周囲に余裕がある場所まで行くと、空気をビリビリと震わせる咆吼を放った。

 

「ガウッ!!」

「ぐわっ!」

 

 私も鳥肌立ったけど、蓮に抱っこされてたヤマトが激しく暴れ、蓮を蹴り飛ばしてアグさんに突進していく。勢いよく蹴られた蓮は後ろに思いっきり倒れて、地面でバウンドした。

 

「わー、ヤマト!! って、蓮も! 頭打ったよね!? ぎゃー! どっちに行ったらー」

 

 なんでこんなときに頭打ちますかね、この人は!

 私がわたわたとしていると、毛利さんが「大丈夫」と言って蓮を介抱してくれる。

 

「すみません、お願いします!」

 

 毛利さんに蓮を任せ、私はヤマトを追って走って行った。

 ヤマトは一直線にアグさんに向かい、飛びかかっていく。凄い速さだ! これは、見慣れた暴走状態!

 

 だけど、アグさんは飛びかかってきたヤマトを、尻尾の先でぺしっと弾き返した。

 そりゃもう簡単に。人間がハエを払うが如く。

 

 お、おう……さすがフレイムドラゴン。たかだかLV5くらいのヤマトでは相手にならないのね。

 念のためにアグさんを鑑定し、私は思いっきり息をのんだ。

 

アグえもん LV52 従魔 

HP 1084/1084

MP 682/682

STR 793

VIT 971

MAG 330

RST 617

DEX 599

AGI 640

種族 【フレイムドラゴン】

スキル 【咆吼】【ファイアーブレス】【自動回復】【威圧】

マスター 【縺9⊇ψ溘s】

 

 マスターのところが文字化けしてるのかな? それも怖いけど、ステータスが凄すぎるよ!

 HPが4桁か。ということは、普通にドラゴンと戦ったらこの数値が敵になるわけで……アグさんのマスターさん、よくこれをテイムできたなあ。

 

 あとひとつ、引っかかったのは名前が「アグえもん」だったことだね!

 アグっていうのが名前だと思ってたよ。

 

「もしかしたら、回復いらないかも」

 

 思わずそんな言葉が漏れた。VIT971って……ヤマトの攻撃通るのかな。



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第91話 アグさん師匠

「アグさん、私も一緒に叩かせてもらっていい? 弱いから!」

「ギャス」

 

 なまくらの剣を装備して、刃の部分を手のひらでポンポンと叩いて見せ「この武器、切れないんだよ」という事をアグさんに示してみた。

 アグさんは「いいよー」と軽いノリで言うように一声鳴く。

 

 凄いなあ、意思疎通できるんだもんねえ。

 私なんか下手すると、ヤマトとすら意思疎通ができないんだけど。

 

 多分だけど、アグさんのマスターさんは、たくさんたくさんアグさんに話し掛けたんだろうなあ。

 

「ヤマト、その調子で頑張って! 私も一緒に戦うからね」

「ガルルル!」

 

 犬歯をむき出しにして唸るヤマト。こっちはどうも本気っぽいな。アグさんは完全に手加減してるんだけど。

 さっきの「咆吼」に挑発効果でもあったのかなあ? ヤマトは見たことないくらいバリバリの戦闘モードになってアグさんに何度も向かっていく。

 飛びかかったところで尻尾で「ぺしっ」されてるんだけどね。

 

 私もなまくらの剣の腹で、アグさんに攻撃をした。補正が-5だからはっきり言ってダメージは全く通らないってわかってるんだけど、痛いかなあ? って思っちゃうとつい手加減しちゃうね。

 

 なまくらの剣をアグさんの体に打ち付けると、凄い固い手応えがある。さすがVIT900超えのドラゴンだよね。

 

「ごめん、アグさん! 早めに終わらせるから、本気でいかせてね!」

「ギャーオ!」

 

 アグさんが長い首を縦に振った。ついでに、尻尾に噛みついたヤマトをぶんっと上に放り投げる。

 

 ヤマトはまるで猫みたいな身のこなしで、飛ばされた天井を蹴ってアグさんの首筋にくらいつこうとした。うわっ、殺意高っ!

 首を噛まれるとちょっと良くないんじゃないの? アグさんの尻尾は首筋に届かないし、手は短いし――と思ったら、その長い首を振って頭でヤマトをぶっ飛ばしたー!

 

 あ、これ心配いらないやつだ。

 アグさんはフレイムドラゴンという「そもそも強い」下地がある上に、LV52っていう経験値がある。

 つまり、湧いて倒されてしまう普通のフレイムドラゴンとは違って、「成長し続けた」フレイムドラゴンなんだ。ステータスもだけど、戦術も身につけてるから破格に強い。

 

 毛利さんたちと一緒に、たくさんたくさん戦ってきた強いドラゴン。

 私如きが心配する相手じゃないんだわ。

 

「毛利さん! 蓮は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ! 気絶もしてないし、念のためポーションも掛けておいたから」

 

 さすが熟練冒険者、処置が的確だ。

 

「蓮、アグさんじゃなくてヤマトを鑑定して! HPが減ってたらライトヒールで回復させて!」

「わかった!」

 

 視界の隅で蓮がスマホを構える。私はアグさんの背中の固い場所を狙って、なまくらの剣で攻撃をし続けた。

 

 

「休憩! 休憩しよう! 柚香ちゃん、ヤマトを止めて!」

 

 そう毛利さんが声を掛けたのは、どのくらい経った頃だろう。私も集中しちゃってて、よくわからない。

 蓮が3回くらいヤマトにライトヒールを掛けたのは見えてた。

 

「止められるかな……ヤマト、ストップ! ストップだよ! ……うーん、ダメかー」

「まだ従魔を止められないと!?」

 

 私のコマンドが効かないヤマトに、毛利さんが驚いてる。――訂正、ヤマトを止められない私に驚いてる。サーセン!!

 

「グー、ガウッ!」

 

 なんどぶっ飛ばされてもアグさんに飛びかかっていくヤマト、全然スタミナ切れしないな! いや、最初に出会った日から凄いスタミナ持ってたのは知ってるけどね。

 

「キュ~……グォワァッ!」

「キャインッ!」

 

 アグさんは離れようとしないヤマトに「困った子だね-」みたいに唸った後、凄い声で吠えた。

 アグさんに噛みつこうとしていたヤマトは、顔を間近に寄せられて至近距離から咆吼をくらい、悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 

 私は慌ててヤマトを抱き上げて、走ってアグさんから遠ざかった。

 

「ダメージではないみたいだけど、鑑定して!」

「今のは指向性の強い【咆吼】に【威圧】を同時に使ったんだよ。相手とのLVが開いているとこんな風に気絶させることもできる」

 

 慣れた調子の毛利さんの解説。なるほど、例えば「口が向いてる方向から130度の範囲」とか効果が限定されているんだろうな。私には声は聞こえたけど効果は感じなかった。

 レコーディングしたときのボーカルマイクみたいなものだね。使い方は逆だけど。

 

「LV差があったら気絶させられるって、反則級に強いじゃないですか……」

 

 一応ロータスロッドを構えたまま、蓮が呆れ顔で呟いた。

 確かに、「差があれば」強いけども……。

 

「うん、でもアグさんは自分より高LVの相手と戦うことは多かったけど、咆吼で気絶させられるほどの低LVの相手はあまりしてこなかったからね」

 

 それですわ。そもそも、毛利さんが高LVなのはアグさんのおかげが大きいって言ってたから、アグさんをテイムしてからはきっと戦いまくりだったんだろうね。

 

 ヤマトにポーションを掛けると、首をブルブルっと振って起き上がった。

 バーサク状態は解除されてるらしくて、飼い犬モードのヤマトだ。

 

 私がアイテムバッグからお皿と水を出してあげると、喉が渇いていたらしくてがぶがぶ飲んでいる。あれ、そういえば?

 

「時間、どのくらい経ちました?」

「1時間半経ってんぞ? おまえ、おかしいよ」

 

 しっぶい顔するなあ、蓮は!

 でも1時間半って言われて自分でもびっくりだよ。

 

「柚香ちゃん、凄いスタミナだね。高校生でここまでの体力がある子は見たことない。脱水を起こさないように十分水分補給して」

 

 私は毛利さんの言葉に従って、スポーツドリンクを開けて飲んだ。一口飲んだら喉が渇いてるんだって体が気づいた感じで、1本を一気飲みしてしまった。

 

「うわー、一気飲みしちゃった! ダンジョンの中ってむしろ外より涼しいのに」

「特に夏になると、そのせいで脱水を起こす人が多いよ。外と比べちゃうんだ。俺たちはダンジョンに潜ったら1時間に1度は小休止を入れる。安全なところがあれば、少しずつでも休む。そうしないと集中力が切れるからね」

「ためになります。……憶えとけよ、ゆ~かも」

「山とかでは気にしてるんだけど、ダンジョンだと周りに敵がいることが多くて、休み損ねるんだよね」

 

 2本目のスポドリを飲みながら答えると、毛利さんはうんうんと頷いている。

 

「柚香ちゃんはまだ本格的にダンジョン攻略をしてないから、その意識が薄いんだろう。そもそも同じ階にいることが多いみたいだしね。

 モンスターは特殊な例を除いて層の移動をしないから、階段が安全地帯っていうのは常識だからね。上級ダンジョンだと隠し部屋と階段が安全地帯だけど、レア湧きが層を移動できるせいで階段は絶対的な安全地帯じゃなくなる」

「そうですね、学校で習いました。初級ダンジョンではレア湧き報告例が一切なくて、中級でも物凄く少ないから、そこまでは階段で休んでいいって」

 

 学校で習いました、に驚いたのか毛利さんが目を丸くしている。蓮は最近冒険者科ネタでは驚かなくなってきたんだけどね。

 

「学校で習うのかー! やっぱり時代は変わったなー。若手冒険者が最近はめきめき頭角を現してるけど、きっと冒険者科の卒業生も多いんだろうね」

「言っても設立7年目なので、4年分出てるはずなんですけどね。でも1学年35人しかいないのが、神奈川の場合県内に5校で175人だとして、そこから戦闘専攻だけを考えると更に半分くらいになるから……結構いますね」

 

 うん、思ったよりいました。神奈川は多い方で、県によっては2校しかないところとかもあるらしいんだけどね。

 

 ヤマトは水を飲み終わると、さすがに疲れたのか後ろ足を伸ばして伏せの姿勢になった。ピンク色の舌を出してへえへえいってる。

 走り回って自分より弱いモンスターをワンパンチで倒すのよりも、アグさんと戦うのは疲れるんだねえ。



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第92話 特訓後半

「ヤマト、疲れた? よしよし、頑張ったね」

 

 私が手を伸ばしてヤマトの頭をわしわしと撫でると、ヤマトは伏せたままで尻尾をぶんぶん振った。

 そして柴犬スマイル。へっへっへ、と息をつきながら「まだ行けるよ!」みたいな笑顔。

 

 うーん、確実に疲れてるみたいなんだけど、あれかな。体育祭の後の興奮状態というか、体は疲れてるのに脳内麻薬かなんか出てて「まだ行ける!」って思っちゃってる奴。

 

「毛利さん、犬にポーションって飲ませて平気だと思います?」

「犬に……ポーション?」

「そもそもヤマトは従魔だから厳密に言って犬じゃないね。大丈夫だよ」

 

 宇宙猫の顔をした蓮とは対照的に、あっさりと毛利さんは頷いた。

 そうだ、そもそもヤマトは犬じゃないんだった……いつも忘れるよ。

 

「飲んでみるかーい?」

 

 空になったヤマトのお皿に、たぷたぷと上級ポーションを注いでみる。

 すると、何かを感じたのかヤマトは急に立ち上がって、がぶがぶとそれを飲み始めた。

 

 上級ポーションって黄色い炭酸飲料の味がするんだよねえ。ああ、炭酸は入ってないから栄養ドリンクが近いかな。……匂いもそっち系だし。よく飲む気になったなあ、ヤマト。

 

 綺麗に皿の中身を空にし、ヤマトは「シャキーン!」って効果音が付きそうな勢いで立ち上がった。よし、私も上級ポーション飲んで、あとちょっと頑張ろう!

 

「毛利さん、ひとつ聞いてもいいですか?」

 

 私が上級ポーションを飲みながら尋ねると、「ん?」と彼は振り返った。

 

「アグさんのマスターさんは、いきなりアグさんをコントロールできたんですか?」

「柚香ちゃんはヤマトをちゃんとコントロールできてないんだね?」

 

 念押しするかのような毛利さんの聞き方。ハイッ、すみません!!

 

「できてません! というか、テイマーになったら命令を聞いて貰えるもんだとばかり思ってて……一度だけコマンドに魔力が乗った感じがして、その時は命令を聞いてくれたんですが。アグさんのマスターさんは、どのくらいMAGがあったんですか?」

「MAG自体はそんなに高くなかったよ。確か引退する直前、LV50くらいあった時点で20ちょっとだった気がする」

 

 あれぇー?

 私の予測と違うなあ? ていうか、LV50でMAG20はかなり低いんじゃないかなー?

 

 てっきり、魔力が乗らないと言うことを聞いてくれないから、高MAGの方がテイマーとして向いてるのかと思ったんだけど……。

 

「魔力必要、みたいなことは確かに言ってたね。でもそれは運用の話で、テイムするのに必要なわけでもなくて、高いからって言うことを聞いてもらえるわけでもないらしい」

「えええっ、じゃあ、どうやって言うことを聞いてもらうんですか?」

「俺はテイマーじゃないから実感はできないけど、『気合い』って言ってた」

 

 気合いか……。やっぱりそこなのか。

 

「実際、モンスターを従えるには凄い気力が必要だと思うよ? 柚香ちゃんみたいに低レベルでテイマーになった人は他にいないんじゃないかな?

 本来モンスターは敵対存在だから、簡単には(くだ)ってくれないし……アグさんの時も凄かったよ。フレイムドラゴン前にして、いきなり『うちの子にする!』って言い出して数時間睨み合いでね。本当に怖かった……あ、マスターの方が怖かった、ってことだけど」

「数時間! ひえええー」

「フレイムドラゴンと睨み合い……俺には絶対無理だ」

「本来テイムってそういうものなんだよ。うんと格下ならともかく、自分と対等か、それ以上に強い相手をテイムしようとしたら、一歩間違えたら死ぬ危険もあるからね。あの時はアグさんが睨み合いに応じないでブレス吐いてたら、そこで終わってた」

 

 確かに、そうなんだよね。

 だからヤマトはおかしいというか、初対面からこっちに好意的だったから私もまさか普通の犬じゃないなんて思わなかったし。

 

 それにしても、気合いか……。

 魔力必要なのに気合い? ああー、ちっともわからないよー!

 ひとつだけ、ひとつだけわかったことがあるけどね!

 

「よし、あとちょっとスパーリングしたらLVあげちゃおう! 多分もう特訓よりもLV上げしてった方がいい段階に来てる! MAGの高さとコマンドの成功率が関係しないなら、MAGが上がらない問題は一旦どけておいて。

 上級ダンジョン2層のモンスってどのくらい強いんですか?」

「お、おい、ゆ~か、おまえまさか……」

「そうだなあ、LV40相当から、ってところだよ。2層でちょっとだけLVあげるつもりなら、柚香ちゃんもフル装備で補正付ければ戦えないこともない。俺もいるし。……問題は、ヤマトかな」

 

 名前を呼ばれて「なんですか?」って首を傾げるヤマト。可愛いねえ、可愛いねえ。

 でも暴走ドッグなんだよね……。

 

「ヤマトが片っ端からモンスに喧嘩売ってたら、収拾付かなくなる可能性が高い」

 

 ため息交じりの毛利さんの言葉に、私も思わずため息をついた。

 それですよねー。

 さっきのアグさんみたいに、敵が器用に気絶させてくれるわけじゃないしね。

 

「いや? ヤマト連れて行かなきゃいいんじゃないですか? 俺がここでヤマト押さえてるから、毛利さんとゆ~かだけが戦ってくれば」

 

 当たり前のようにヤマトを抱っこしながら蓮が言った言葉が冴えてる!

 なーるほどー! パーティー登録しておいて1体だけ倒せば、LV40の敵なら私もヤマトも蓮もLVアップするね。

 

「ああ、それなら大丈夫そうだ」

「ちょっと待って、アグさんのHP確認してみる。――うん、ほとんど減ってない。じゃあ私、着替えてくる!」

 

 ヤマトと私の素殴りだったらアグさんにほとんどダメージは入ってない。つまり、蓮がアグさんを回復してくれること前提だけど、村雨丸さえ使わなければ、防具の補正が付いてもたいしたダメージは入らないっぽい。

 

 じゃあ、着替えてきますかね! ステータスが高い方が特訓効果が上がるんだし!

 

 公衆トイレでささっと着替えさせて貰う。マナー違反なんだけど、他に着替えられるところがないんだよね。

 黒のスパッツにオレンジのキュロット、黄色のトップスに着替えると、改めて初心者の服より動きやすいなーと思う。あいちゃん様々ですわ。

 

「お待たせ~。じゃあ、休憩は終わりにしてもうちょっとアグさんと戦わせて貰おう! 今度は素手でいくぞー」

 

 私が気合い入れて声を張ると、真ん中の辺りで牛乳を入れたお皿に顔を突っ込んでいたアグさんが「ギョ?」って顔を上げた。

 

 く、口の周りに牛乳付いてるよ、このドラゴン……。

 ああ、もう、可愛いなあっ!

 



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第93話 ついに! レベルアップ!

ステータスの説明については活動報告に解説がございますので、そちら 「柴犬無双・ゆ~かのステータス講座」 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303509&uid=439660 をご覧ください。


 ワンツーキック、ワンツーキック。そのテンポで私は左右のパンチと蹴りをアグさんの背中に向けて叩き込む。

 一応左右の足を交互に使ってるけど、これは……たいくつだ。

 

 剣の時はいろんな打ち込み方を試してみたけど、「そういえば私の武器は村雨丸で、ショートソードじゃなかった」と思い出してしまったのですよ。

 

 なまくらの剣は、分類的にはショートソードだ。休憩前はあのクッソ重い剣を振りすぎて右手がガクガクになるかと思ったけど、それも上級ポーションで回復した。助かるなー。

 

 最初にまたアグさんに咆吼をして貰ってヤマトを戦闘モードにしたので、ヤマトはまた飽くなき執着心で戦いを挑んでる。

 

 休憩してたとき見た感じ、通常の状態ではヤマトはアグさんを敵とは認識してないみたい。スイッチが入るまでは飼い犬モードだし、アグさんの顎に付いてる牛乳舐めようとしてたから止めた。

 そのくらいの距離まで平気で近付くんだよねえ。

 

 ところが、バーサクが始まったら「このドラゴンが親の仇か!」ってくらい執拗にくらいついていく。

 考えてみたら、ヤマトが倒せなかった相手ってアグさんだけなんだなあ。だからかな? 倒すまで戦い続けちゃうのかもしれないな。

 

 

 と、まあ、ここまで考えるくらいの余裕があるんですよ。ワンツーキック。

 

「おーい、30分経ったぞ!」

 

 ヤマトに1回、アグさんに1回ライトヒールを掛けた蓮が、こっちに向かって声を掛けてきた。

 よし、気合い、気合いだ。絶対にヤマトを止めるという気合い!

 

「ヤマト、ストップ!」

 

 お腹から声を出したとき、金沢さんに教わった丹田を意識した気がする。

 あ、声にまた魔力が乗った!

 

 ヤマトは――「なんで!?」って不満げな顔をしてるけど、アグさんに対する攻撃を止めている。

 

 やったー!!

 ヤマトがいうことを聞いたよー! これで2回目だよー!

 

「ヤマトぉぉぉ! グッド! グッドだよ! やればできるじゃん!」

 

 ヤマトをぎゅうぎゅう抱きしめてめちゃくちゃに撫でたら、ヤマトはすぐにご機嫌になって尻尾をパタパタと振った。

 

「ゆ~かが、ヤマトを止めた……だと?」

 

 ……蓮が目をかっぴらいて驚いてますが……。そこまで驚かれることかなー!?

 うん、驚かれることですねー! 自分でも驚いたもんね!

 

「キュルルルル」

 

 訓練終了という空気を感じ取ったのか、「こっちも撫でて」と言わんばかりにアグさんが頭を寄せてくる。私はヤマトを抱っこしたまま、アグさんに顔を寄せて頬ずりをした。

 

「アグさんー、ありがとう! きっとステータスがたくさんあがると思うよー。

 たくさん叩いたり蹴ったりしてごめんね」

「ギャオ」

 

 目を細めて私にスリスリしてくるアグさん、可愛いっ!

 

 でも、アグさんを可愛いと思えば思うほど、私の気持ちは重くなった。

 テイマーと従魔の繋がりは、その命が尽きるときまで。

 その重さに耐える自信がないって、テイマーにならない人もいる。

 従魔を亡くしたテイマーが、精神的に立ち直れなくなる事もある。

 

 中には、本当に従魔を捨て駒的に使うテイマーもいて、テイムして、肉壁にして見殺しにして、また別のをテイムしてというのを繰り返す人もいるらしい。

 でも、そういう人は少数。そういう事を平気でできる人間に、パーティーメンバーとして命預けたくないし。

 

 アグさんは、いつまでここにひとりぼっちでいるんだろうな……。

 

 

 という思いを、2層のデストードに思いっきりぶつけましたけどね!

 デストード、ガマガエルをうんとでっかくして、不細工にして、あちこちに人面が浮き出してるようなコブが付いたカエルのモンスターね。

 カエルも嫌いじゃないけど、これはさすがに可愛くないな!

 

 LV40で浅い層とはいえ上級ダンジョンにでるモンスだからめちゃくちゃ警戒してたら、あんまり動きが速くないし図体はでかいし……と思ってた時期が私にもありました!

 デストードは、四肢に毒を持ってるんだって。

 しかも、粘着性のある舌を伸ばしてくるスピードが凄い早い!

 

「おっと!」

 

 舌が飛んできたので、バックステップで避けて、手にした村雨丸でとっさにスパッと切り落とす。

 ああ、初めて切ったものが「カエルの舌」になってしまったね、私の村雨丸よ。

 

「ナイス、柚香ちゃん! あとは毒に気を付けながらダメージを与え続ければ勝てるよ」

 

 いつでも手助けに入れるように位置取りながら、毛利さんがアドバイスをくれる。

 そうか、やっぱり毒が怖いんだな。ここだとすぐ上に上がれるしダンジョンハウスにキュアポーションも売ってるから、そんなに毒は怖くない気もするけど。

 

「デストードの毒は即効性がある上に痺れるからね!」

「なるほど、デスが付くわけですね! 気を付けます!」

 

 デストードの毒、欲しいなあ。それを棒手裏剣に塗りたい。即効性のある痺れ毒なんて最高では? 取り扱いを間違うと自爆しそうだけど。

 

 重心をグッと下げながら、村雨丸で上段から切り下ろす。――ひえっ、凄い切れ味! カエル肉がスパッと切れるよ!

 

 一発で深手を負わされたデストードが、私を飲み込みそうな勢いでこっちにダイブしてくる。私は迷わずに踏み込んで、下からその喉元に突きを入れた。そして、全体重を掛けて左側に倒れ込むようにしてデストードの頭を切り裂く!

 

 首を半分以上切られたデストードは、血を降らせるとびくりと痙攣し、べしゃっという音を立てて倒れた。油断なく刀を構えたまま様子を見ていると、そのまま体が消えてドロップアイテムと魔石が残る。

 

 はぁぁぁぁぁ……倒したぞ、LV40! ちょっと血が掛かっちゃったけど!

 

「お見事! 避けないで下に入り込んでいったからドキッとしたけど、あのまま狩っちゃうとは思わなかったよ」

 

 血振りすると、刀身から水が滴って簡単に血を洗い流すことができた。うわ、便利!

 ていうか、私今魔力通したね!? 凄い凄い、快挙だ!

 

「急所をさらけ出してくれたので、今かなって思って。意外に柔らかかったからいけると思いました」

「急所を……それってやっぱりお父さんに教わったのかい?」

「いえ、ママに教わりました。どの動物もだいたい喉は急所だって。だから狩りする動物は喉を狙ってくるって」

「あ、あの人は……娘に何を教えてるんだ……」

 

 毛利さんが頭を抱えてしまった。とりあえず、撤収撤収! 他のモンスターが来ないうちにね。……って、ドロップ拾わなきゃ! いつもはヤマトが魔石食べちゃうから拾い損ねるんだよね。

 

 落ちてるなんか湿った袋と魔石を掴み、アイテムバッグに放り込む。そして急いで階段を上がって1層へ帰還。

 私たちが思ったより早く帰ったせいで、蓮がヤマトを抱えたまま驚いてる。

 

「運が良かった。すぐにモンスと遭遇したし、デストードだったからね。これがマッドゴーレムだったりしたら僕が手を貸さなきゃいけないところだったよ。ここの2層は湿地エリアだから、一癖あるモンスが多い」

「デストードって運がいい方なんですね。あんなに攻撃が早くて毒持ちなのに」

「戦ってわかったと思うけど、打たれ弱いんだ。毒のないキリングトードっていうモンスターもいるけど、そっちは皮が丈夫であんなに斬撃は通らないんだよ。皮を切っちゃえばダメージは入れやすいんだけどね」

「うわぁ!」

 

 私たちの話を聞いて頷きながらスマホをいじった蓮が叫び声を上げた。――あ、そうか! LV確認しなきゃ!

 

ゆ~か LV16

HP 122/122(+230)

MP 18/18(+150)

STR 38(+165)

VIT 42(+150)

MAG 6(+95)

RST 6(+100)

DEX 50(+155)

AGI 51(+135)

ジョブ 【テイマー】

装備 【アポイタカラ・セットアップ】【村雨丸】

従魔 【ヤマト】

 

 なるほどわからん! 強いのか弱いのか!

 一気にLV9あがったせいで、本当によくわからん!

 わかるのは、MAGとRSTが凄い低確率でしか上がらなかったということだけ!

 

 そしてヤマトは――。

 

ヤマト LV16 従魔

HP 171/374

MP 110/198

STR 294

VIT 333

MAG 156

RST 152

DEX 317

AGI 419

種族 【柴犬?】

マスター 【ゆ~か】

 

 わーお。

 前のスクショと見比べないと何がどれだけ上がったかよくわからないけど、とにかく凄い高ステなのはわかる!

 

 そして。

 

安永蓮 LV17 

HP 95/95(+80)

MP 52/87(+300)

STR 15(+75)

VIT 22(+85)

MAG 48(+215)

RST 42(+160)

DEX 39(+120)

AGI 37(+145)

スキル 【初級ヒール】

装備 【アポイタカラ・セットアップ】【ロータスロッド】

 

「は?」

「は?」

 

 蓮のステータスを覗いた私と毛利さんの声が被った。

 

「MAGが……48? え? LV17でもう俺より高い……これが、真性の魔法使い」

「ずるいぃぃぃぃー!」

「好きでMAG上がってんじゃねえよ!!」

 

 阿鼻叫喚である……。

 



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第94話 魔法使いェ……

 MAG48――これがどれだけ凄いかというと、「MAG30で上級魔法・上級ヒールのスキルを取れるようになる」という事実でわかると思う。

 MAG依存の魔法スキル習得条件は、初級がMAG10、中級がMAG20、上級がMAG30。その他にジョブ取ってると取れるようになる魔法とかあるけどそれは割愛。

 

 で、MAGが5上がるごとに1つのスキルを選択できるから、蓮は今魔法の初級・中級・上級と、ヒールの中級・上級から7つ選択できる状態。いや、5つ取れば全部取れるけどね!

 

 今日の特訓前に「取るべきは中級ヒールと初級魔法か」って言ってたのは、MAGが20だったからだ。MAG10を超えたところで初級ヒールを取ってたから、選択できるのは中級まででふたつ。

 

 だけど、一気にLVアップしたことで、もうえらいことになってる!

 

「魔法系全部一気に取れるじゃん! 取っちゃえ!」

「ええええ、俺のここんところの悩みは一体……」

「待った待った、先にジョブを取ろう。回復と魔法攻撃と補助魔法、どれを優先したい?」

 

 面倒な魔法の習得が一気にできると知って、「全部取ろう!」と突っ走った私だけど、熟練冒険者の毛利さんが止めてくれた。

 確かに、ジョブを取るのは大事! ジョブごとのスキルも付くし、専用魔法も取れるようになる。

 

「うーん……どっちかというと、回復優先です」

 

 蓮は悩みつつもそう答えた。まあ想定内かな。「初級魔法と中級ヒール」って言ってたくらいなんだし。

 

「じゃあ、まずは中級ヒールと上級ヒールを取って、ジョブヒーラーになろう。その時に解放されるスキルの中でも、MAGによるポイント消費型で取れるものがある。それを見てから後の選択肢を決めたほうがいいよ」

「なるほど!? そうします!」

 

 蓮が指先を震わせながら中級ヒールと上級ヒールを取得した。そしてステータス画面に戻ると、ジョブ【ヒーラー】という文字が増えていた!

 

「……なんでMAG更に上がってるの?」

「ジョブボーナスだよ。柚香ちゃんもDEXが上がっただろう?」

「えっ? 私は確か次のLVアップの時に上がりましたよ?」

「それはLV10に達してなかったからだね。『LV10までは、それまでやったことでステータスアップ率が決まる』の法則だよ。一律でジョブボーナスは+5だけど、成長率の中に組み込んじゃうと更に上がりが良いからね」

 

 な、なるほどー! 確かに「妙にDEX上がった」とは思ってたんだよね!

 というか、テイマーのジョブボーナスはDEXなのか。MAGじゃないのか。そこはMAGであって欲しかったなあ……。

 

 そうか、テイマーが後衛で戦闘支援やってる率が高いのは、高DEXになるからなんだね。前衛不向きじゃなくて、後衛向きになるからなのかー。

 

 私の場合、日本刀を使ってて更にDEXが伸びやすく、元々のステータスが前衛向きだ。

 DEXが上がると「遠距離武器の命中率が上がる」よりは「近接武器のクリティカル率が上がる」運用をした方が良くて、避けながら接近戦というスタイルになる。

 

 遠距離武器よりは絶対そっちの方が、私の性格にも向いてるしね!

 

「なんかいっぱいある!?」

 

 驚きすぎて語彙力がなくなった蓮が、助けを求める顔でアプリ画面を私と毛利さんに見せてくる。

 

 うわ。

 なにこれ。

 

 私の場合、ジョブテイマーだけど、特別な項目は【従魔】だけ。ヤマトのステータスも見られるけど、ヤマトも魔法型じゃないから、魔法には無縁。

 

 そう、私は、魔法には無縁!! 教科書も読んでないほど無縁!

 つまり、魔法の名前がたくさん書いてあるところを見せられても、目が滑る!

 

「おいゆ~か、なんで目を逸らすんだよ!」

「専門外なので……自分で調べるなりなんなりして。なんだったら私の教科書貸すし」

「教科書に載ってるのか? 俺の今の状況!」

 

 なんかパニック気味になってるから、私はちらりと蓮のスマホに視線を戻した。

 

安永蓮 LV17 

HP 95/95(+80)

MP 52/87(+300)

STR 15(+75)

VIT 22(+85)

MAG 53(+215)

RST 42(+160)

DEX 39(+120)

AGI 37(+145)

ジョブ 【ヒーラー】

スキル 【初級ヒール】【中級ヒール】【上級ヒール】【回復力アップ】【護りの祈り】

装備 【アポイタカラ・セットアップ】【ロータスロッド】

 

「無理! もうこれだけで十分目が滑る! 護りの祈りって何!? 蓮は聖女か何かなの!?」

「知らねえよ!」

「ああ……これは。金沢くんが見たら笑い転げる奴だ」

 

 そういう毛利さんはそれほど驚いてないけど。――あれ? 今「金沢くん」って言ったよね?

 

「笑いの沸点が低い金沢さんって、武器クラフトの金沢さんですか!?」

「そうだよ。彼の修行中に護衛をしたことがあるからね」

 

 ごくあっさりと返ってくる答え。なるほど! 世間は狭いなあ。そもそも神奈川県内のことだしねえ。

 

「護りの祈りは、防御力を上げるスキルだよ。魔法スキルの方でもバフは取れるけど、こっちの方がMP消費が低い。――ちなみに、うちのヒーラーはLV57でMAG44だったかな。それでも上級ヒールまで使えてジョブヒーラーになってるけど。つまり、多分蓮くんに魔法に関して教えられる人は、日本国内を探してもあまりいない……。ヒーラーかウィザードかどっちかという人ならいるけど、両方って人はごく一握り」

 

 毛利さんの説明を聞いて、蓮の体がふらりと(かし)ぎ――ぶっ倒れたー!

 

「え? 倒れるところ? えええー?」

 

 なんか気絶してるっぽい蓮を、ヤマトがふんふんと嗅いでいる。お腹の辺りを前脚でてしてししている。「おまえ、何寝とんねん」って感じかな。

 

「いや……仕方ないと思うけど。蓮くんは常識的なんだろうね、だから自分が一般からどれだけ逸脱してるか認識が難しかったし、受け入れがたかったんだと思うよ」

 

 一般から逸脱……。確かに、俳優になりたくて、回り道だけどアイドルしてて、そのついでにやってる冒険者でこんな有り余る才能を突きつけられても困惑するんだろうな。

 

 あと、蓮は意外に小心者だから、自分が努力してる分野ならいざ知らず、「普通じゃない。凄すぎる」って言われても「まさかそんなー」ってシャットアウトしちゃいそう。

 

「もういいや……面倒だし寝かしとこ。魔法のことはうちの学校の先生にでも相談してもらえばいいし。そうだ、さっき拾ったドロップ鑑定しなきゃ」

 

 デストードを倒した時に拾った、なんか湿った袋! 取り出して鑑定したら【デストードの痺れ毒】だった。ただし、取扱注意の上にこのままだとうっかり私が触って毒状態になりそう。

 

「これは……この袋の口を開いて、中の毒液に棒手裏剣を浸せば? でもなんか棒手裏剣投げるときに間違って触りそうー」

「アイテムクラフトの職人に頼むといいよ。毒系はそのまま使う方法もあるけど、薄いシート状に加工してその両面にビニール貼ることもできる。そうすると垂れてきたりしないから、使うときに剣に貼り付けたりして使えるんだ。割と便利だよ」

「湿布みたいな感じですね? それは良さそう! 戦う前に棒手裏剣に貼り付けておけばいいんだ! 垂れてこないってのがポイント高い! それなら村雨丸にも使えるし」

 

 クラフト凄いなあ! 武器と防具以外にもいろいろある。アクセサリークラフトの人もいるし、アイテムクラフトの人はポーションとか作ってるって聞いてたけど、そんな加工もできるのか。

 

「毛利さん、もし知り合いのクラフト職人さんがいたら紹介してもらえませんか?」

 

 図々しく頼むよ。だって金沢さんの護衛もしてたっていうし、毛利さんみたいな高LV冒険者なら、いろんなクラフトの人と知り合いの可能性が高い!

 

「いいよ、LV上げを手伝ったりした縁で繋がりがある人も多いしね。俺としても知り合いに仕事が入るのは嬉しいから。

 やっぱりこういうのは直接その人を知ってるかどうかが大きくて、HP(ホームページ)とかでは判断しにくいところがあるからね」

「わーい、ありがとうございます! そうだ、今日こんなにお世話になると思ってなかったんですけど、御礼はどうしたらいいですか?」

 

 当たり前のようにLIMEの友達登録画面を出して差し出したら、毛利さんは友達登録してくれた。やった! これでこの先もわからないことが聞ける!

 

「御礼? いらないいらない。生ヤマトに会えて、柚香ちゃんにはアグさんと遊んでもらえて、それで十分だよ。現役冒険者科の高校生に話を聞けて参考にもなったし、良い気分転換にもなったからね」

 

 毛利さんは顔の前で手を振りながらニカッと笑った。やっぱり、稼いでる人は心に余裕があるなあ。

 

「もしよかったら、特訓はもう終わりだろうけど、たまにアグさんと遊びに来てもらえると嬉しいよ。柚香ちゃんには随分懐いているしね」

「それはもう、私にはご褒美です! 時々来ますね!」

 

 さて、特訓は終わり、私たちは山を降りなきゃね。最後に休憩の時に半分食べたサンドイッチの残りをアグさんに食べさせて、思いっきり撫でさせてもらった。

 

「アグさん、今日はありがとうねー。また来るね-」

「グルグルグル」

 

 アグさんにペロって顔を舐められた! うわー! ドラゴンに舐められたー!

 なんかヤマトも舐められてる! 首を伸ばしてヤマトを舐めるアグさん、可愛いっ!

 ヤマトはよろけないように踏ん張ってる。こっちも可愛い。

 

「さて、俺も帰るか……ああ、蓮くんはおぶっていこうか? それともポーションで起こすかい?」

「いや、いいですよ。私が担いで降ります。アルゼンチン・バックブリーカーで」

 

 持ち物は全てアイテムバッグに収納して、私より10センチ以上でかい蓮の体をひょいと担ぐ。防具の補正は入ってるからこのくらい余裕だね。

 毛利さんは顔を覆って「尊厳……」とか呟いてたけど、気絶してるからいいのだ。

 

 

 後で意識が戻った蓮が、死にそうになってたのは言うまでもない。

 



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第95話 ママの爆弾発言

「安永蓮です。戦闘専攻志望です。よろしく」

「由井聖弥です。同じく戦闘専攻志望です。僕らを知ってる人もいると思うけど、今日からよろしくお願いしまーす」

 

 夏休みも近いぜという頃になって、冒険者科に転入生が来た。

 突如現れた顔面偏差値の高いふたり組に、教室がめちゃくちゃざわめく。

 

 そして、説明を求める顔をみんな私に向けてくるのなぁぜなぁぜ!?

 本人に訊こうよ! 確かに「おまえの動画に出てた奴だよな?」って言いたいのわかるけど!

 

「柚香……」

 

 かれんちゃんが隣から手を伸ばしてつついてくる。

 求む、説明、って顔してるね。だから本人に訊けってば。

 

「うん、SE-REN。……まあ、諸事情あって」

 

 

 事の発端は、聖弥くんの暴露配信の日だった。

 SE-RENが事務所と手を切ってフリーになることを決めたとき、ママがとんでもないことを言い出したのだ。

 

「このままふたりとも冒険者を続けた方がいいわ。フリーだしまず知名度を上げましょう。知名度が上がればオーディションへのオファーがあるかもしれないし、他の事務所へ所属する道も開きやすくなるでしょう」

 

 うんうん、まあそれもそうだね。先を焦ってアホウドリ社長みたいな無能にもう一度捕まるのも嫌だし。

 蓮と聖弥くんもママの言葉を頷きながら聞いている。

 

「それに、俳優を目指すなら体力はどれだけあっても損しない。マチネとソワレの1日2公演を休演挟むとはいえ2ヶ月走りきるとか、体力付けてないと絶対無理よ。冒険者やってステータス上げた方が手っ取り早いのよ。

 私の知ってる俳優さんでも何人か、筋トレついでにダンジョンでステータス上げてるわよ」

 

 うん……? まあ体力が必要なのは間違いないけど、「舞台メイン」を当たり前に考えてる辺りがママらしいね?

 私としては、テレビドラマとかに出てる俳優の方が知名度高そうで良いんじゃない? って思うんだけど。

 

 蓮は真顔で頷いてるけど、聖弥くんはちょっとずれたのがわかったらしくて「うん?」って感じになった。

 逆に言えば、蓮は舞台俳優志望ってことなのかもしれない。いや、こやつのことだから、ママの言うことは全部鵜呑みにしてるだけの可能性もあるけど。

 

「ユズ、クラスメイトふたり脱落したって言ってなかった?」

「うん、クラフト専攻志望だった子が、やっぱり付いてこられなくてふたりリタイヤしちゃった」

「芸能科のある高校に行くより、むしろユズと同じ冒険者科に通ってもいいくらいよ。お金があれば新曲を自分たちで依頼することもできるしMVも作れるでしょう? 藤沢から北峰だったら自転車で通えるわよね」

 

 うん!?

 確かに芸能科にこれから転校するのは大変そうだけど、うちも――入れるのかな? 定員割れはしてるから、行けるっちゃ行けるのかもしれないけど。

 

「地獄の冒険者科に転入!? で、できるんですか? 俺まだ高校入ったばかりなのに」

「それは学校側に尋ねてみないとわからないけど、少なくとも今の蓮くんはユズーズブートキャンプをクリアして、他の生徒について行けるレベルになってるんじゃないの? ユズから見てどう?」

「なってるよ。むしろうちのクラスの半分より上だよ。まあ、その半分って大体クラフトだけど」

「マジか……そんなに鍛えられてたのか」

「ちなみにうちのクラスのトップは私だから」

「道理で鬼教官だと思ったぜ……もう、高校入った時点で他の奴らと違っただろ」

「とーぜん♪」

 

 ふたりは最初戸惑ってたけど、ママが説明する冒険者科のメリットの前に屈した。

 一番は、直接的にお金が稼げる冒険者スキルを伸ばせるって事だね。

 

 高校3年間で配信冒険者をしながらお金を貯めつつ、知名度を上げる。体力も底上げする。あわよくばジューノンのボーイズコンテストとかに応募していい線取る。

 ここでいろんな意味の貯金ができれば、その後は自由に行動しやすいってこと。

 

 あとひとつ良かったのは、北峰高校の普通科は県有数の進学校だってこと。

 ふたりが今通ってる藤北高校よりは全然知名度も高くて、「北峰通ってます」と言うのはちょっとしたステータスになるのだ。

 実際、冒険者科は普通科より偏差値10くらい低いんだけどもね……。

 

 この提案は親会議にも掛けられ、「まあ却下されるだろうけど、希望は出すだけ出してみようか」ってことになった。

 ふたりは転入試験を受け、そこで先生たちをめちゃくちゃ驚かせてしまったらしい。

 

 

 冒険者科は設立7年目だ。いろんなケースのデータ取りもしてる。

 そして、このふたりの特殊なステータスは、冒険者協会も通した結果「要経過観察」となったらしい。らしいってのは、毛利さんから聞いた話だからだ。

 なんとあの人、冒険者協会神奈川支部の理事だって! さすが高LV冒険者ー。

 

 というわけで、「まあ、通らないだろう」とあらかたの関係者が思っていた転校希望は、思惑を外れて通ってしまったのだ。

 ぶっちゃけ、私も通るとは思ってなかった。通ると思ってたのは言い出したママぐらいだと思う。

 

 

 男子の制服はうちも藤北も学ランだから、夏は確かにまるきり同じなんだよね。冬服も多分校章入りのボタン付け替えれば平気な奴。

 でもなあ……同じ教室の中に、制服を着たあのふたりがいるのは変な感じだなあ。

 

「なんか知らんけど、私の生活に食い込んでくるんだよね、彼ら」

「それはむしろ柚香が悪い気がするけど」

 

 さくっとかれんちゃんがぶった切ってくる。確かにそうですね!

 

「なんか、芋ジャーじゃないジャージを着たゆ~かが同じ教室にいるの、変な感じだ……」

 

 私のふたつ後ろの席で蓮がぼやいている。聞き捨てならぬな!?

 

「ちょっと蓮、言っていいことと悪いことがあるでしょ」

 

 ガタッと立ち上がって指摘したら、「やべっ」って顔をしている蓮。思ったなら言うなよ!

 

「学校でOネームで呼ぶのマナー違反じゃない!? 学校ではゆ~かって呼ぶな!」

「そっち!?」

「そっちかよ!」

「そこなんだー」

 

 何故かそこかしこからあがるツッコミの声。あれ? そっちって、もうひとつは何よ?

 

「え、えーと……柳川さん?」

「うわっ、その呼び方気持ち悪っ! 散々今まで呼び捨てにしてたくせに、名字にさん付けで呼ばれるとか、予想外に気持ち悪っ!」

「おい待て、なんかこのやりとり前にもした気がするぞ!?」

 

 うーん、私も確かに既視感!

 



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第96話 SE-REN火祭り事件、リベンジ

「こんにちワンコー! Y quartet(カルテツト)のダンジョン配信、はっじまっるよー!」

「始まっちまうなー」

「始まるねえ……」

 

 夏休み前最後の土曜日、私と蓮と聖弥くん、そしてヤマトの「Y quartet」は箱根に来ていた。

 目的は、大涌谷ダンジョン踏破! そう、「SE-REN火祭り事件」へのリベンジのため!

 

『こんにちワンコー!』

『久々のダン配だな』

『ゆ~かちゃーん! こんにちワンコー!』

『大涌谷ダンジョンか。プチサラマンダーがおるダンジョンじゃな、初心者のRST上げに最適と言われておるぞ』

『火祭り事件の舞台だね』

『聖弥くんの新衣装だー!』

『後ろの2人は顔が暗いぞ』

 

 おお、早くもコメント欄が盛り上がってますねー。

 私はノリノリだけど、後のふたりが暗いのは確か。ぶっちゃけここはトラウマの地だからね。

 

 だからこそ、早めに克服しておかなければならない! あと、新装備のお披露目もしなきゃいけなかった。

 しないとあいちゃんが怖いから。

 

 聖弥くんの武器ができてから、その写真と補正データをあいちゃんに送ったら「引くわ」って一言返ってきて、月曜日にはデザイン案見せられたんだよね。

 蓮はもうわかりやすい魔法使いだからよかったんだけど、戦闘スタイルも想像つかないしどうしろと? ってキレてた。

 

 なので、できあがった聖弥くんの装備は、無難にショート丈のトップスに、蓮と同じボトムス。色違いだけどね。上が白で下がベージュなのと、上が緑で下が黒のセット。

 

 あのあいちゃんが、あまりのイメージ掴めなさに、聖弥くんに色の希望を訊いてたよ……。聖弥くんは白と緑が好きらしく、それをトップスに持ってきて、下は各々合わせやすい色で。

 

 あいちゃんは自分で色指定しておいて、「冒険者が白なんか着るんじゃねーよ、汚れが目立つだろうが……」とか凄い言い方でぼやいてたけど、洗えるからいいんじゃないかな!

 

「これでY quartetの全員の新装備が揃いました! 総アポイタカラ製の布防具です! デザインはあいちゃんで、寧々ちゃんのお父さんに作って貰いました! わー、拍手ー!」

「これ言わないとアイリが怒るから。あいつ結構怖い」

「蓮、それ言っちゃダメだよ」

 

 はははははー、こいつら明後日あいちゃんに実技でフルボッコにされるぞー! まだまだ武器の扱いではあいちゃんの方が上なのだ。

 

『3人お揃いだ』

『総アポイタカラ製布防具……いつ聞いても脳がバグる』

『芋ジャーを返して』

『あなたが芋ジャーを着ることで救われる命があります』

 

「ないよ、そんな命!」

 

 初心者の服はアレはアレで便利だけど、ステータス補正が一切ないからね……。PVとか撮るときにやむを得ず着ることはあるかもしれないけど、実戦で着るものではない。

 

「今日は、火祭り事件のリベンジです……」

「蓮、もっと笑顔で!」

「いや、ゆ~かちゃん、無理だから……」

 

 いつもは無駄にスマイル振りまいてる聖弥くんも、今日は冴えない顔だよ。

 それだけ、火祭り事件の時に大変な目に遭ったってことだけども。

 

「大丈夫だってば! 3人の中で一番RST低い私でも補正込みで106もあるんだよ? プチサラマンダー、恐るるに足らず!」

 

 私が拳を突き上げると、ふたりはのろのろと拳をあげた。やる気なーい!

 

「とりあえず、4層までは突っ走ります。いくぞー、ヤマト!」

「ワンッ!」

 

 今日は実戦だから、あいちゃんのお父さん経由で頼んで貰ったリングブレスも両手に装備してる。左手の方は更にアタッチメントを付けて、肘まで覆う形にしてもらった。

 アポイタカラの元の色からはちょっと薄くなって水色っぽいんだけど、これを付けると黄色い服だから目立つんだよね。

 

「ほら、ふたりとも、走れ~!」

 

 あまり意気が上がらないSE-RENをせっつくと、ふたりはため息をつきながら移動を始めた。

 

 もうね、やっぱりこの装備の前では初級ダンジョンのモンスターはザコなんだよね。

 ステータスは高くても白兵戦の動きは身についてない蓮を、私が守る形で進んでいく。

 私は殴る蹴るで近付くモンスターを蹴散らし、聖弥くんは盾でゴブリンとかをぶっ飛ばしている。そっちの方が当たりやすいのは確かだね。

 

 初級ダンジョンは迷路みたいになってる場所が凄く少なくて、大涌谷ダンジョンもだだっぴろい赤土の地面がむき出しになってるだけだ。

 ただしそれは3層までで、4層に入った途端私たちを熱気が襲う。

 

「うわ、暑いっ」

「プチサラマンダーがいなくても、このフロア嫌なんだよ」

 

 びっくりする私に、ぼやく蓮。さっそくコメントで解説が入る。

 

『溶岩エリアじゃな』

『うわー、見てるだけで暑そう』

『足下、でこぼこが多いよ。気を付けて!』

 

「これが大涌谷ダンジョン4層かー! 確かに溶岩ありますね、端っこの方に。あれだけでこんなに暑いんだ!」

 

 そう、視界の隅っこの方にちょっとだけ、妙に明るくて赤い部分がある。

 この層の地面は、黒い岩でゴツゴツしてる。溶岩が冷えて固まった感じなのかな。

 

「じゃあ、まず一番RSTが高い上にLV10になってない聖弥くん、突撃~!」

「ええー、嫌だなあ」

 

 嫌だなあと言いつつも、聖弥くんは一番近くにいるプチサラマンダーに向かって、プリトウェンを構えてスタスタ歩いて行く。

 向こうのファイアーブレスが当たったところで、所詮は初級4層のモンスだし、このステータスを通るダメージは与えられない。

 

「RST上げだよ! 浴びまくれー!」

 

 効率上げのために、私は走り回ってプチサラマンダーの注意を引き、聖弥くんの方へ誘導する。

 

『なんだ、この鬼畜の所業は』

『でも、まあ大丈夫だろ、あの補正なら』

『ゆ~かが鬼だ』

 

「大丈夫! 聖弥くんのRSTは補正込み215だよ! 私の倍以上あるからね!」

 

 鬼鬼とコメントで言われたので、絶対安心の理由を一応言っておく。コメントには「……」が溢れた。

 

「うわっ」

 

 聖弥くんを遠巻きにしたプチサラマンダーが、火の玉を飛ばし始めた。

 大涌谷ダンジョン以外にも、火山近くにある初級ダンジョンには似たようなエリアがあるらしい。総じて「初級最難関ダンジョン」と言われてる。

 

 これが、その理由。物理攻撃してくるモンスが多い中で、魔法攻撃かつ、遠距離の攻撃をしてくるのがプチサラマンダーだから。

 

 火の玉が盾に当たってそのままぷしゅっと消える。うん、ダメージは入ってなさそう。

 

「聖弥、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫みたい。わー!?」

 

 大丈夫と言った側から、数匹のプチサラマンダーに囲まれて次々火の玉を浴びる聖弥くん。でも、盾どころか服に当たっても燃えたりしない!

 

「あっ、これ凄いね! 攻撃が全然効いてないよ!」

 

 集中砲火を浴びながら、なんともないと気がついた聖弥くんがこっちに向かって手を振る。

 やっぱり凄いな、この防具!

 

「キュアッ!」

「キョキョッ!」

 

 聖弥くんに向かって火を吐いているプチサラマンダーたちは、「なんだこいつ、ブレスが効かないぞ!?」って驚いたのか、体の大きさなりの鳴き声を上げた。

 

 プチサラマンダーは、でかくて赤くて火を吐くトカゲですね。

 私の視点からすると、ちょっと可愛い。ヤマトがいなかったら、これをテイムしてたかもしれない。火を吐くって便利そうだし。

 

 なーんて、余裕綽々で見てたら、仲間の鳴き声で呼び寄せられたのか、私たちの周りにフロア中のプチサラマンダーがわらわらと寄ってきてしまったのであった!



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第97話 伏兵だ!

 援軍が来たぞー! ただし、敵の。

 わあー、プチサラマンダーが一杯だ! どうしよう、これ。完全に包囲されてる。

 

「ヤマト、ステイだよ」

 

 まだヤマトは暴走しないけど、私たちにもときどきファイアーブレスが飛んでくるので、当たると嫌そうな顔はしてるね。

 

「ダメージ、本当に来ないな」

「うん、なんか当たってる『ぽすっ』て衝撃は感じるけど、それ以上のものはないね」

「ダメージは感じないけど、僕はちょっと怖くなってきたよ!」

 

 私と蓮からちょっと離れたところで、特撮の爆発シーンかよって感じに炎に包まれながら聖弥くんが叫ぶ。

 

『絵面が凄え』

『ある意味火祭り事件再び……』

 

 撮影してるスマホはちょっと高いところにあって、俯瞰っぽく映してる。ファイアーブレス当たって壊れたら嫌だしね。

 モンスターはスマホのことは敵と認識しないっぽいので、安全っちゃ安全なんだけど。

 

「そのまま10分くらい耐えて! 頑張れ!」

「ゆ~か……さらっと鬼畜なこというなよ!」

「えー、絶対凄いRST上がる奴だよ? 私もLV10になる前にやればよかった!」

「ダメージは通らないけど、これ暑いんだけど!!」

 

 確かに……。

 ただでさえ暑いエリアなのに、プチサラマンダーが炎を吐きまくるので余計気温が上がってるね。

 

 って、あれ? なんか、微動だにしないプチサラマンダーが何匹かいるな? 鑑定してみよ。

 

プチサラマンダー LV3 

HP 12/12

MP 0/30

STR 4

VIT 7

MAG 10

RST 10

DEX 6

AGI 3

スキル 【ファイアーブレス】

 

「うわーっ! プチサラマンダーがMP切れ起こしてる!!」

 

『そんなに打たせたんかい!』

『あれだけ燃え上がってればなあ……』

『モンスをMP切れさせるとは』

『wwwww』

『ほんと、ゆ~かチャンネルは前代未聞の動画がたくさん見れるぜ』

 

 コメント欄、大盛り上がりです! 何故かスパチャも入る!

 

「MP切れ!?」

「えっ、MP切れしてるのがいるの? じゃあそろそろ倒し始めていいかな?」

 

 素直に驚く蓮に対して、そこで笑顔になる聖弥くんよ……。そういうとこだよ!

 

「仕方ないなー、そろそろ倒そうか! ヤマト、ゴー!」

 

 聖弥くんを中心に半円になっているプチサラマンダーの中に、ヤマトが勢いよく飛び込んでいった。ワンパンチでどんどんプチサラマンダーが倒されていくね。

 だけど、魔石出る度に拾って食べてるから、ちょっと倒す速度は遅いな……。

 

 私も村雨丸を抜いて斬りかかっていく。聖弥くんもエクスカリバーを片手で振るって何匹かまとめてなぎ倒した。

 

「アクアフロウ!」

 

 蓮がロータスロッドを構えて、この間憶えたばかりの水属性中級魔法を――って、なにあれー!!

 

 回復魔法の時はぽわーって光るだけだったのに、杖の先に付いている蓮の花の蕾がパァァっと開いて、そこから水の塊が飛んでいった!

 

『魔法少女だー!!!』

 

 同じコメントが荒れ狂う!! 私が思っても言わなかったことですよ!

 

「こんなギミックいらねえ!!」

 

 杖を抱えたままで、蓮が4層に響き渡るような大声で叫んだ。

 声、随分出るようになったね――じゃなくて。

 

「ロータスロッドの蓮の花、飾りじゃなかったんだ!?」

「俺も今知ったぞ!! 金沢さんー!!!!」

「多分金沢さんも知らない奴だよ!!」

 

『ごめん、僕も知らなかった!! wwwwww』

 

「ねえ、視聴者さんの中に金沢さんがいる!」

「くっそー……意図的に金沢さんがそうしたわけじゃないことはわかってるけど、なんか腹立つ!」

 

 金沢さん、見ててくれたんだなー。きっと今頃お腹抱えて爆笑してる奴だよ、これ。

 

「アクアフロウ!!」

 

 やけっぱちになった蓮が放った水球が、こっちに迫って――って、ぎゃー!

 

「キャイン!」

「キャーッ!」

 

 周囲のプチサラマンダーごと巻き込まれて、吹っ飛ばされる私とヤマト!

 痛ーっ、なにこれ!? いや、水の塊なんだから重くて当たり前か!?

 

『フレンドリーファイアーか……攻撃魔法に不慣れな初心者がやりがちなミスであるな』

『ヤマトとゆ~かが悲鳴上げてるぞ!?』

『ゆ~かちゃああああああああん!?』

 

 えっと……5メートルくらい吹っ飛ばされましたかね……。蓮の魔法、威力おかしい!!

 慌ててアプリ立ち上げてステータスを確認して、私は絶句した。

 HPが半分以下になってる! 被害甚大すぎ!!

 

「ちょっとー、仲間殺す気!? HP半分持ってかれてるじゃん! 敵のどんな攻撃より痛いじゃん!

 私とヤマトと聖弥くんだけで片付けられるから攻撃しないで! そこの隅っこで膝抱えて反省してて! あと、罰として配信の間中、自分のことを『俺様』って言うこと!」

「悪かった! 俺様もうヒールだけに徹するわ……」

 

 蓮はしおしおとうなだれ、階段まで下がると本当に体育座りをした。

 

『WWWWW』

『蓮くん可哀想可愛い』

『こんな哀れな俺様キャラ初めて見たw』

『味方に当てる奴も初めて見たw』

 

 コメントは盛り上がってるけど……確かに、撮れ高はよかったけど!!

 

「ゆ~かちゃん、大丈夫?」

 

 聖弥くんがたいして心配もしてなさそうな顔で尋ねてくる。元気よく怒ってる私を見てるから大丈夫だってわかって言ってるんだろうけど、もう少し親身に心配しなさいよ!

 

「だいじょばない!! キエエエエエエ!」

 

 私とヤマトは、鬱憤をプチサラマンダーにぶつけまくったのであった。



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第98話 へっぽこがひとり、へっぽこがふたり

 最大の敵である蓮を退けてからは、プチサラマンダー狩りは順調に進んだ。

 最初は1匹1匹斬ってたんだけど、聖弥くんが大振りでまとめて倒してるのを見たらそっちの方が効率よさそうで、途中から私も真似。

 相変わらずヤマトは倒しては魔石ボリボリしてるけど、拾える魔石は拾っておく。

 

「ふいー、こんなもんかな?」

 

 一ヶ所に集まってたせいで、殲滅にはそれほど時間が掛からなかった。

 まだリポップには間があるみたいで、一時的にこの層からはモンスが消えている。

 

『層のモンスを全滅させるとは、これはもはや狩り場荒しのたぐい』

 

 そんなコメントが付いて、うぐっと私は胸を押さえた。確かにやり過ぎたとは思ってたんだよね。

 

「す、すみません! 包囲されちゃったから抜け出すには倒さないといけなかったし」

 

『気にすんな! どうせすぐ湧く』

『高校生に向かって大人げないぞ』

『1時間もすればリポップしてるから平気だぞー』

 

「蓮、ゆ~かちゃん、今のうちに下に降りよう!」

 

 尻尾振りながら魔石ボリボリ中のヤマトを抱え上げ、大汗かいた聖弥くんが声を張る。

 確かに、ここで止まっててもしょうがない。

 

「聖弥くん、犬飼ってるの?」

 

 なんか手慣れた扱いにそう尋ねれば、「ううん」と予想とは逆の答えが返ってくる。

 

「うちは猫。どいて欲しいところにいつも座り込むから、こうやって持ち上げて移動してる」

「なるほどー!」

 

『猫のお約束!』

『どいて欲しいところに座るのが猫』

『猫の名前は?』

 

「猫の名前はレオンです。メインクーンのオスだから11キロくらいあって、それに比べたらヤマトは全然軽いよ」

 

 11キロの猫! それはもはや米袋よりでかいのでは!? アポイタカラの鉱石ともほとんど変わらないね!

 

「いいなー! 今度撫でさせて!」

「いいよー」

「聖弥のうちの猫、マジででかいよな……。立つと俺……俺様の腰より上に頭が来るし」

 

 ダンジョンなのにのんきな会話をしつつ、モンスがいなくなった4層を移動。私たちは5層に降りる階段で小休止をした。

 HPが一気に減った私はポーションを飲み、ヤマトはお水。蓮はヤマトにヒールを掛けてから、聖弥くんと一緒にスポドリを飲んでいる。

 

 初級最難関ダンジョンの意味が、なんとなくわかった。

 今までなかった魔法攻撃が飛んでくる上に、この暑さだ。他のダンジョンより遥かに体力と気力を消耗する。

 

 プチサラマンダー自体は、はっきり言って全然強くない。でも初級ダンジョンに潜るLV帯で、遠距離の魔法攻撃を打たれるのは凄くきつい。

 こういうのって、情報として知ってても、体感すると全然違うものなんだよねえ。

 

「トラウマの大涌谷ダンジョン4層を終えて、SE-RENの感想は?」

 

 ただ休憩してるのももったいないので、ふたりにインタビューしてみた。

 蓮は思いっきり眉間に皺を寄せ、聖弥くんは困ったような笑顔でカメラを見ている。

 

「前回は本当に死ぬかと思ったけど、大怪我を負ったりはしなかったんだよね。今回は装備の性能が凄くよくて、装備さえちゃんとしてればこんなものなのかって驚いたよ」

「ハイ、お手本のような感想をありがとうございますー。蓮は?」

「俺……俺様はゆ~かとヤマトに魔法を当てたのがトラウマになりそう」

「海より深く反省せよ! 食らったのが私たちじゃなかったら死んでた!」

 

『蓮に厳しいw』

『どんだけダメージ出てたんだ、あれ』

『武器防具の補正が付いてなかったら確実に死んでたぞ』

『経験的に初心者なのに、強大な力を得るとこういう弊害が起きるんだな』

 

 本当にそれだよー!

 私と聖弥くんは白兵戦してるから、力余りでもそれほど大胆なミスは起きない。

 でも蓮は遠距離かつ、事前練習しないで魔法打ったから大惨事。

 

「次からは1層で魔法の試し打ちしてから使うこと! 補正付けてるのと付けてないの両方で!」

「本当に……すみませんでした……」

 

 ペットボトルを1本空にして、蓮はため息をつきつつそれを潰した。本来は堅めなペットボトルは、簡単に「くしゃっ」て蓮の手の中で絞った雑巾みたいになった。

 

「あっ! 凄え簡単に潰れる!」

「STRに補正付いてるから! いい加減学習して!」

 

『へっぽこだなあ』

『蓮くん、その防具になるまでSTRにあんまり修正はいってなかったんだよねえ』

 

 コメント欄はツッコミやら擁護やらで忙しい。蓮はあわあわしてるけど、そういえば私と聖弥くんはこういうやらかしはしないな?

 

「そういえば、前にママが言ってたんだけど、ステータスが上がっても普通は『いつも生活してるときにはこのくらい』って無意識に調節が入って、大変なことにはならないって」

「うっ……」

 

 調節できない蓮がアイターって顔をしている。でも、これは慣れるしかないんだろうな。

 

「かといって、いつもその服を着てろって事はできないんだよねえ。合宿もあるし」

 

 夏休みに入ってすぐ、冒険者科は合宿がある。もちろんその時には私物の装備は持ち込み不可で、いつもの補正に慣れきってると――ああっ!

 

『合宿!?』

『冒険者科の合宿のこと?』

『詳しく!』

 

「ゆ~かちゃん……」

「すみません失言しました! 聞かなかったことにしてー!」

 

 私はカメラに向かってぶんぶんと腕を振ったけど、「聞いた」が弾幕で横切っていく!

 

『もう聞いた』

『聞かなかったことにしてやろうぜ……』

 

 SE-RENが転校したことはまだ公表してないんだよ!

 ママから聞いた話では私の学校はもう特定されてるみたいなんだけど、このふたりの場合学校の特定まではいってなかったみたいで。

 

 だから、迂闊に合宿の話なんか出しちゃいけなかったのにー! 私のバカー!

 

「はい、休憩終わり! さっさと10層まで行っちゃおう!」

「そ、そうだな!」

 

 焦って立ち上がる私と蓮に対して、聖弥くんは空になったペットボトルを持ったままカメラに向かって笑顔で右手を突き出した。

 そして、笑顔のままでペットボトルをキュッと握りつぶす。

 

「見て見てー、補正、凄いよね」

 

『……』

『……』

『背後がドス黒いんじゃあ……』

『これ以上つっこんではならぬのだ……世の中には知ってはいけない事もある』

『さっきは何も聞かなかった、いいな』

 

 視聴者さんの忖度よ……。



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第99話 大涌谷ダンジョン攻略

 5層と6層はプチサラマンダーに囲まれる前に、進行方向にいる奴だけを倒してささっと進んだ。

 7層に入ったら森林エリアで、ダンジョン内なのに思わず深呼吸してしまった。

 

「あー、フィトンチッドー! 溶岩エリアの後だから凄く清々しい!」

「確かにね。敵さえ出なければここで寝っ転がりたい」

「敵が出なきゃな……」

 

『森にはヘビが出るぞ』

『あと化けキノコとツノウサくらいか』

『初級だから毒のない、でかいだけのヘビな』

 

 ダンジョン情報が流れてくる。見てる人も多いから、こういう情報も貰えて助かるね。

 

「サザンビーチダンジョンの4層からも森林ですよ。あんまり敵と戦ったことはないけど」

 

『確かに、前も駆け抜けてたような』

 

 うんうん、多分それは蓮たちと初めて会った日のことだね。あの時は帰りは戦ったけど、行きは確かに駆け抜けた。

 あとはMV撮影したときにも行ったけど、その時も駆け抜けてる。

 

「ヘビ、嫌だな」

「蓮は前にヘビに絡まれてるから」

 

 心底嫌そうな顔の蓮と、やっぱりため息をつく聖弥くん。SE-REN、いろいろされてるなあ……。

 

「えっ、サザンビーチダンジョンで?」

「そうそう、行きに確か5層辺りで、木の上から落ちてきたヘビにビビってたら、ツノウサに突撃されて、ひるんでるところでヘビに巻き付かれてた」

「聖弥が剣で切ってくれなかったらヤバかった」

「ええええ……確かに、全くステータスあげてなくて装備も付けてない一般人だとダンジョンは危ないけど、仮にも一応冒険者なのに初級ダンジョンでそんなにピンチに陥るもんなの?」

「陥るもんなんだよ!」

 

『ゆ~かと一緒にしてはいけない』

『あの時は見てて叫びそうになったよー』

 

 蓮の叫びに同調するようにコメントが入る。ううむ……そうなのか。

 サザンビーチダンジョンの森林エリアは4層からで、大涌谷ダンジョンの森林エリアは7層からだから、こっちの方がちょっと敵が強いんだよね。

 

 確かに、ヘビとか割とどこから出るかわからないからなあ。

 

 ……とか思ってた時期が私にもありました。

 ヘビことグリーンスネークは出たけど、ヤマトに首を噛まれて一撃だったし、化けキノコは私の棒手裏剣2発で倒せた。

 

 あとは、ツノウサことミニアルミラージ。これは割と人気のあるモンスターで、角の生えたウサギだね。黒い角が特徴で、ミニが付かないアルミラージはそこそこ強いモンスターなんだけど、いかんせん「ミニ」なんだよね。

 動物関係の仕事に就くためにテイマーを取ってる人たちは、これをテイムすることが多い。弱いからテイムしやすいし、小さいし、家で飼えるからね。

 

 ツノウサは突進してきたんだけど、聖弥くんが盾で弾いたら結構いい音がした。

 これは……角で思いっきり盾にぶつかったな?

 見てみたら、脳震盪起こしたらしいツノウサがひっくり返ってる。そして、サクッとヤマトにとどめを刺されてた。

 

『強さがインフレ起こしてる』

『初級に潜る強さじゃないんよ』

『でも経験不足なんだよなあ』

『装備品の強さだからねえ』

 

 それなんですよね……。だから、今日は配信のためにダンジョン潜ってるけど、強くなることに関しては合宿の方が期待大なのだ。

 

 この辺りの敵も相手にならないので、サクサク進む。そして私たちはあっさりと10層に辿り着いた。

 運がよければボスが……いたー!

 

「うわ、ここも溶岩か……」

「ボスもいるね」

 

 相変わらずSE-RENは嫌そうに言うなあ! そこは喜ぼうよ!

 

「ふたりとも、配信してるって意識をもっと持とうよ! わーい、ボスがいた! って喜ぶところでしょ!」

「わーい、ボスがいた! 頑張るよ! 蓮が!」

「俺様ぁ!?」

 

 わざとらしく喜んで見せた聖弥くんが、蓮にさらっと押しつけてる。

 まあ、わかるけども。

 

 ここのボスは、レッサーサラマンダー。

 サラマンダーの、下位種って奴だね。本物のサラマンダーはもっと強い。四元素の精霊ってくらいだし。

 

 プチサラマンダーはトカゲ型でサラマンダーを小さく弱くした奴だけど、レッサーサラマンダーは赤いサンショウウオみたいな奴だ。

 でかくて、のたのたしてて、火を吐く。ほらぁ!

 

「うおっと!」

 

 プチサラマンダーの吐くブレスとは全然大きさが違う! それがこっちに飛んできたけど、私たちは軽々避けた。

 

「私たちが叩いても良いけど、ここは蓮でしょ」

「僕もそう思う。今日はいいとこがなかったし」

「聖弥までそんな事を言うんだ……」

 

『あれだけでかければ的も外さないし』

『蓮くん頑張れ~』

『頑張れ魔法少女』

 

「魔法少女じゃねえから!」

 

 コメントに叫び返しつつ、蓮はロータスロッドを構えた。

 

「アクアフロウ!」

 

 レッサーサラマンダーの吐いたファイアーブレスよりも、蓮が打つアクアフロウの方が大きいなあ……。

 水の塊がどかっとレッサーサラマンダーにぶちあたり、オアアアア……って悲鳴だけがこだまして、ボスは倒れた。

 

 一撃か……。

 強くなったなあ~。

 

「あっけなかったね……」

「火属性に水魔法をぶつけるのは常道だよね」

「おおおおおおおお俺が、ボスを一撃で?」

 

 蓮は狼狽してるけど、補正込みでMAG250越えだよ?

 魔力「だけ」なら日本屈指だよ、君は……。

 

「いや、多分あれ、オーバーキルだった」

 

 私が呟くと、コメント欄も同意の渦!

 

『アクアフロウの水球は、普通あんなにでかくない』

『もしかするとゆ~かか聖弥でも一撃だったかもしれない』

『遅くてでかい相手だと、遠距離でぶつかられる魔法は安定するね』

『でもレッサーサラマンダーは魔法系だから、RSTはそれなりにあったはずなんだが』

 

 RST100越えてる私でも、さっき一撃でHPが150以上削られましたけどね……。

 初級ダンジョンのボスだから、多分ヤマトでも一撃なんだよね。シーサーペントがそうだったし。

 

 残念ながらボスドロはなし。そして赤い魔石が出たけど、さっそくヤマトが前脚の間に挟んでボリボリしております。骨ガムの如く。

 うーん、さっきひとつだけ拾えたツノウサの角と、プチサラマンダーの魔石だけが収穫かあ。

 

「なんか、あっけなかった。SE-REN火祭り事件みたいな撮れ高を期待してたのに」

「いや……蓮がゆ~かちゃんに魔法ぶつけたから、もうそれで十分じゃないかな」

「ああ、そうだよね!? そういえばさっき蓮、『俺』って言わなかった!?」

 

『言った!』

『言ってた』

『LVどうなった?』

 

「そうだ、LV!」

 

 聖弥くんが慌ててアプリをチェックしてる。そして、スン……って顔になった。

 うわ、嫌な予感!

 

由井聖弥 LV10 

HP 58/58(+310)

MP 17/17(+300)

STR 12(+198)

VIT 11(+204)

MAG 11(+197)

RST 13(+204)

DEX 12(+199)

AGI 11(+198)

装備 【エクスカリバー】【プリトウェン】【アポイタカラ・セットアップ】

 

「平たい……」

 

 一番低いステータスが11で、一番高いのが13ってどういうことよ。

 しかもRSTが高いのは、さっきのプチサラマンダーの集中砲火のおかげだよね?

 AGIが伸びないのはなんとなくわかるよ。AGIが上がりそうな動きしてないもん。盾持ちファイターだし。

 

 解せぬのは、MAGの上がり方だね! なんでLV2上がって、何もしてないはずなのにMAGも2上がってるの!

 

「聖弥くん、MAG上がってるのなんで!? 私なんかLV9上がってやっと2上がったのに!」

「それは、蓮から聞いて金沢さんから教わった魔力の訓練法をしたからだと思う」

 

 さらっと答える器用貧乏。それだよ……。

 

「というか、それはわかった。納得できた。だけど、同じ事をしてるはずなのに私のMAGが上がらないのはなんでかなあ!」

「才能がないからだろ」

 

 いつも私に「STRの才能がない」って言われてる蓮が、「へっw」と言わんばかりの顔で言う。

 

「気にしてるのに! 気にしてるのに! デリカシーがない!」

「俺……俺様だって気にしてるんだぞ!?」

 

 蓮の首を絞めようとする私と、必死に私の腕を掴んで阻止しようとする蓮。

 くっ、何故かこういうときだけ「日常生活ではこのくらい」の修正が入るんだなあ! 圧倒的にステータスでは私の方が強いのに、止められる!

 

『ぐだぐだしてんなあ』

『こいつらはこれでいいんだよ……』

『男ふたり女ひとりなのに色恋の気配が全く感じられない件』

『だがそれがいい』

 

 結局、「蓮が死ぬから」って聖弥くんに引き剥がされたけど、私的にスッキリしないなあ、いろいろと!

 



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冒険者科夏合宿の巻
第100話 合宿準備


 夏休みに入った直後、冒険者科の合宿がある。

 場所は南足柄にある、冒険者協会神奈川支部のセミナーハウス。ここを冒険者科のある高校で交代に借りることになってる。

 

 なんか、貸し切りじゃないときには宿泊施設として一般にも開放されてて、お安い値段で泊まれるらしい。……言っても、場所が場所だし、あんまり観光客が泊まるところじゃないけど。

 箱根のすぐ側だけど、セミナーハウスの地図を見る限りは近くにバス停もないし、かなり不便。

 

 じゃあなんでこんなところにわざわざ冒険者協会が合宿所を作ったかというと、ここは目の前に初級の金太郎ダンジョン、少し離れた徒歩圏内に中級の足柄ダンジョンのふたつがあるというとんでもない立地なのだ。

 高校冒険者科の合宿所としては、この上ない条件だね。

 山奥だけど。

 

 

 蓮と聖弥くんが転入してきてから、合宿に向けてクラスでは準備が進んでいた。

 ステータスを基準にした班分けとか、いろんな当番決めとかね。

 

「先生! ヤマトは持ち物に入りますか!」

 

 まず最初に私が確認したことはそれだ。

 だって私はテイマー! 従魔ありきで戦闘するのが本来のスタイルだし。

 かれんちゃんが呆れて、隣の席からぺしっとツッコミを入れてきた。

 

「そんな、『バナナはおやつに入りますか』のノリで従魔を連れていこうなんて……」

「ああ、それなー、職員会議でも紛糾したんだが」

「既に職員会議の議題になったんですか!?」

 

 驚いた蓮が立ち上がって先生にツッコんでいる。大真面目に腕を組んでうんうん頷く先生。マジですか……職員会議で取り上げられたんだ。

 

「柳川をテイマーとして扱うなら許されるべきなんだろうけども、1年生のこの時期にテイマーのジョブを既に取得して従魔がいた前例がなくてな……何せまだ設立されて7年だから、前例のないことばかりなんだ。

 会議の結果、柳川は今回戦闘専攻枠に数えることで、従魔はなしということになった。ヤマトが強すぎて実習にならない可能性も大きいしな」

「だよなー」

「あれは反則」

「クラス最強なのが従魔な時点で問題がある」

「でも柚香ちゃんの言うことあんまり聞かないよね」

「言うこと聞かねえ従魔なら、もっと問題有りじゃねえ?」

 

 クラスのあちこちから上がる意見に、ぐぬぬとなる私。

 確かに学校で使う装備だとあんまり補正が付かないから、ヤマトのステータスは文字通り桁違いの強さになっちゃうんだよね。

 

 私だって分かってますよ。ヤマトがいるとバランス崩壊するって。

 

 でも、毎日一緒にいたいんだもんー!!

 

「うえーん、ヤマトに2日も会えない……」

「それが本音なのか……。誰でも一緒だよ、大好きなペットに2日会えないってのはさ」

「ヤマトはペットじゃないもん!」

「従魔だもんって言うんでしょ?」

 

 かれんちゃんに完封された……。

 確かに、ペットなら連れて行けない。ワンチャン、従魔ならと思ったんだけどやっぱり甘かったか。

 

 私がしおしおとなっている間に、黒板にはなんか名前の書かれた紙が張り出されていた。パーティー決めを始めるらしい。

 クラス全員の名前が書かれた横に、AとBというアルファベットが書いてある。書いてない人もいる。なんだこれは?

 

「これから合宿中のパーティーを決める。できるだけ強さが均等になるように、提出して貰ったステータスと実技評価を基準にランク分けをした。Aは各パーティーにひとり、Bは各パーティーにふたり。あとは無印ふたりで5人パーティーを7つ作って貰う」

 

 えーと、つまり先生から見てAってのは「一緒にすると他のパーティーとのバランスが取れなくなる強い生徒」って事なのか。

 メンバーは、私、彩花ちゃん、かれんちゃん、倉橋くん、中森くん、前田くん、蓮……蓮!?

 

「俺、Aなんですか!?」

 

 おっと、自分で「俺強くない」と反論してる人がいますけども。

 確かに、実技ではダメダメだね。武器持たせてもセンスが欠片も感じられないし。

 でも、自分が天然魔法使いだって自覚がないのかな。

 

「むしろ、魔法有りで1on1をしたら、安永が一番強い可能性が高い」

「ていうか、その条件だと死人が出ますよ……」

 

 大涌谷ダンジョンで蓮の魔法を食らったばかりの私が呟くと、クラスの大半がうんうんと頷いた。

 MAG50超えだもんね……一方、最大HPが50に達してない生徒の方が多いし、RSTは普通そんなに高くなるもんじゃない。蓮と聖弥くんの上がり方がおかしいだけ。

 

 つまり、蓮に威力の高い中級魔法を打たれたら、きっちり避けない限り死ぬ。もしくは、魔法打たれる前に高AGIで突っ込んで蓮を潰すしかない。

 距離によっては詠唱の方が圧倒的に早く終わって、最悪至近距離で魔法を食らうことになるし。

 

「安永は回復も攻撃魔法もいけるからな。1年生というか、そもそも在学中にここまで魔法系が強くなった生徒は初めてだぞ」

 

 蓮はポカンと口を開けたまま、反論できなくなってた。

 毛利さんにも「一般からどれだけ逸脱してるか認識できてない」って言われてたけど。大涌谷ダンジョンで私のHPを半減させるという大惨事を起こしても、まだそう思ってるのか!

 

「蓮、もしかして自分が強いのって装備のせいだと思ってない?」

「お、思ってる」

「ふざけるなー! MAGがそんなに高いくせに! ドアホ!」

 

 思わず席を立って行って、ルーズリーフでびしばしと蓮を叩いたらかれんちゃんと聖弥くんが慌てて止めに入ってきた。

 

「柚香ちゃん! 蓮がもっとアホになるから!」

「先生のいる前で暴力ダメ!」

「待て……叩かれてるの俺なのに、聖弥にまでディスられた……」

「柳川~、席に着け。納得いかない気持ちは分かるが、先生も安永の自覚ないっぷりに驚いたところだ」

 

 むう……先生がそう言うなら仕方ない。

 

 Bランクにされてるのは、A指定されてない戦闘志望の人と、あいちゃん。あいちゃんはクラフト志望だけど戦闘力に関しては戦闘専攻と同レベル扱いか……。

 聖弥くんもBだった。でもここで注意が入って、聖弥くんは蓮と同じパーティーにするのはやめろって。

 理由はMAGが10行ってるから、聖弥くんの選択によっては1パーティーにヒーラーがふたりになってしまうからだってさ。MAGが10行ってるもうひとりこと宇野くんも、同様の指示が入ってる。宇野くんの場合はもう既に初級ヒールを取ってるから、絶対蓮のところはやめてくれとまで言われてた。

 

 なかなかめんどくさいな……でも私は誰と組んでも前衛を期待されるから、立ち回りに関してはあんまり悩まなくていいかも。

 

 結局、わやわやと教室中をみんながウロウロしながら相談した結果、私のパーティーは私と聖弥くん、あいちゃん、寧々ちゃん、須藤くんに決まった。

 結局なんだかんだで、割と仲いい人と組んでるんだね。聖弥くんは、蓮と一緒じゃないなら私っていうセレクトだったみたいだし。

 

 テイマーひとり、戦闘ひとり、クラフト3人っていう異色の組み合わせだけど……あれ?

 

 もしかして、このメンバー、全員近接戦闘では……。

 



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第101話 合宿へ出発だ

 朝散歩でヤマトとたっぷり遊んで、合宿に出発する前にヤマトをぎゅうぎゅう抱きしめて、「ヤマトぉー、2泊3日出かけてくるね、私のこと忘れないでね」って言ったら、わかってるのかわかってないのかベロンベロンに舐められました。

 もう一回顔洗わなきゃ。犬は多分忘れないよね。

 

 サツキたち猫兄弟は、拾ったばかりの頃に私の小学校の修学旅行があって、帰ってきたらカンタにやんのかステップされたんだよね……。一番ビビりだからかもしれないけど、1泊で忘れられたのはショックだった。

 

 荷物はそれなりにあるけど、基本的に合宿中はジャージだ。ダンジョンに潜るときは初心者の服ね。

 パジャマとかお菓子とか諸々の荷物は、全部アイテムバッグに入れていく。

 ママに「えー、買い物に使えないー、置いてって」と言われたけど、私がいないときまでエコバッグ代わりにしないで欲しい!

 

 下はジャージ、上はTシャツという格好で学校に着くと、路線バ