アイシールド21 Reset the game (アリスとウサギ)
しおりを挟む

ONE 時を超えるアイシールド

「5分も待ってやんねーよ! コイツは今この場で、二度と立ち上がれなくしてやる!!」

 

 来る! 阿含さんの手刀。

 ダメだ。ここでファンブルしたら(ボールをこぼしたら)、試合が終わる。

 

「ボールごとぶっ壊してやんよ」

 

 恐ろしく、悪意に満ちた声が僕の耳に届く。後ろからは仲間たちの不安げな声が。

 怖い、でも逃げちゃダメだ。ただのボールじゃないんだ。みんなで約束したんだ。

 絶対に全国大会決勝( クリスマスボウル )に行くって。だから……

 

「これでめでたく、GAME OVERだァ」

 

 死んでもボールだけは渡さない。両手でぎゅっと抱え込む。攻撃権さえ向こうに渡さなければ、まだ逆転のチャンスは残ってる。だから……

 

「あがっ……!」

 

 しかし、そんなチャンスはどこにもなかった。

 視界が暗転する。

 光が遠のく。

 フィールドは戦場だ。闘いから逃げた臆病者に、敵に立ち向かうことを選ばなかった敗者に、勝利の女神は決して微笑みなど浮かべない。

 ヒル魔さん、モン太、まもり姉ちゃん……仲間たちの悲痛な叫びを最後に、僕の意識は完全に途絶えてしまった。

 

▪︎

 

 アメリカンフットボール。

 それはパワー、スピード、タクティクス。三拍子揃った地上でもっとも熱いスポーツ。

 この物語は、長年パシリ生活を送っていた少年。

 小早川 (こばやかわ)瀬那(せな)が、ひょんなことからアメフト部に入り、地獄のような練習に励み、そしてなんのイタズラか時をさかのぼり、また戦場 (フィールド)走り抜け(かけぬけ)、仲間たちとともに全国大会決勝 (クリスマスボウル)を目指す。

 その一大青春物語である。

 

▪︎

 

 朝のまどろんだ日差しが、カーテンの隙間から燦々と差し込む。

 

「まもりちゃんが迎えに来てくれたわよ。早く起きなさい!」

 

 下の階から、いかめしい声が飛んできた。長年の習慣から身体 (からだ)は無意識に動き、制服に着替えて階段を降りる。

 角を生やした母さんからのお小言を最小限に抑えつつ、玄関の扉を開けた。

 

「おはよう、セナ」

「……おはよう、まもり姉ちゃん」

 

 笑顔で僕──小早川瀬那 (セナ)を迎えたのは、幼なじみの姉崎まもり(まもり姉ちゃん)だった。紅髪碧眼のアメリカ人のクォーター美女。年は1つしか違わず、血も繋がっていないが、小さい頃からいじめられていた僕をいつも助けてくれた、面倒見のいい本当に姉のような幼なじみ。

 しかし、そんなまもり姉ちゃんに対し、僕は笑みを返すことができなかった。

 記憶が少々曖昧だが、負けたのだけは覚えている。そう、試合に負けたのだ。関東大会に敗者復活戦は存在しない。つまり、泥門 (でいもん)デビルバッツの全国への夢は終わってしまったのだ。

 僕に負担をかけさせないためか、いつも通りの明るい口調で話しかけてくるまもり姉ちゃんに、最低限の相槌だけを打って通学路を歩く。

 これまで何度も利用してきた道を沿って進み、目的地にたどり着いた。

 私立泥門高校。門の前はなぜか異様な人だかりで賑わっていた。

 

「セナ、受験番号の用紙は?」

「……受験番号?」

 

 まもり姉ちゃんの問いに首をかしげる。すると、僕の反応に何を思ったのか、目の前の幼なじみは「仕方ないなぁ」と、ため息を吐いた。

 

「また忘れ物したんでしょ? 021番よ、セナの番号」

 

 そう言いながら大きな掲示板に指を向け、こちらの視線を誘導してきた。特に逆らうこともなく、僕はそちらに顔を向ける。

 そこにあったのは様々な数字が羅列した白く大きな紙。というか、どこか見覚えのある紙……というか、どこか見覚えのあるシチュエーションだった。

 

「あった! あったセナ (021)の番号!」

 

 まだ事態を飲み込めない僕の代わりに、大喜びするまもり姉ちゃん。「えらい、よく頑張ったね」と満面の笑みを浮かべる顔はとても演技には見えなかった。

 だけど、セナ本人にはわけのわからない状況だった。これは自分が泥門高校に入学した時の光景。よく見れば服装も普段の高校のブレザーではなく、中学の頃の制服で……

 

「あの、まもり姉ちゃん……」

 

 これってなんのドッキリ? そう訊こうとした僕を置いてきぼりに、彼女は入学案内を取りに行ってくると言って、その場を去っていった。

 あまりの展開に呆然と立ち尽くす。そんな無防備な獲物を、泥門の悪魔は舌なめずりしながら待っていた。

 

次のターゲット(合格者)発見」

 

 土煙を巻き上げ、蛭魔妖一(ヒル魔さん)栗田良寛(栗田さん)が駆け寄ってきた。流れるような動きで腰を担ぎ上げられる。

 

「え? なになに!?」

「合格、おめでとう! Yaーhaー!」

 

 未だ状況を把握できていない僕は、二人に胴上げをされ、ゆっくりと地面に降ろされる。続けざまヒル魔さんが自身の携帯を渡してきて……

 

「さあ、この携帯でご両親に報告してあげるといい」

 

 と、ヒル魔さんを知っている人物なら、誰もが感じる違和感バリバリの親切を押し出してきた。

 あまり頭がいい方とはいえない僕だが、この悪魔が善意で動くことはないことだけはよく知っていた。

 

「ヒル魔さん、今度はいったい何を企んで……」

「チィ! 誰だ漏らしやがった奴は!」

 

 表情は一転、すぐに普段の威圧的な空気に戻る。

 

「ヒル魔〜、やっぱりこの方法よくないよ」

「ごちゃごちゃくっちゃべってんじゃねぇ糞デブ。アメフトは一人でもベンチに数が多い方が有利なんだよ。ま、コイツはしゃあねぇ。次行くぞ!」

「え? あ、ちょっと待って……」

 

 慌てて呼びかける僕を無視して、ヒル魔さんと栗田さんの二人は人混みの中へと消えていった。

 

▪︎

 

 あれからヒル魔さんたちは見つからず、まもり姉ちゃんに腕を引っ張られ自宅へと帰還した。

 家に帰ってきた僕が最初に行ったのは日付の確認だ。

 確かに僕はあまり頭のいい方ではない。だが、異常事態に気づかないほどバカでもない。けれど、それでもこの状況はあまりにも馬鹿げている。だから確証が欲しくて、できれば自分の考えを否定してくれる証拠を見つけるために、現在の日付を確認した。あらゆる方法で。

 新聞、テレビ、カレンダー、両親への聞き込み。思いつく限りの方法で確かめ、出てきた結論は……

 

「時間が戻ってる?」

 

 馬鹿げた、とても現実離れした回答だった。ありえない。誰だってそう思うし、自分でもそう思う。でも、周囲に存在する全ての証拠が逆行(それ)を事実と物語っていた。

 いくらヒル魔さんでも、新聞やテレビの改竄ができるとは思えない。以前、アメフトの中継でデビルバッツのCMを流すことはしていたが……それはそれ、これはこれだ。何より……

 

「筋肉痛がない」

 

 昨日、僕たち泥門デビルバッツは、優勝候補筆頭の神龍寺ナーガと苛烈な激戦を繰り広げたのだ。なのに、酷使した脚どころか、全身のどこにも痛みがない。いや、それどころか身体が明らかに縮んですらいる。

 いくらヒル魔さんが何かを企んでいたとしても、人体に悪影響を及ぼすようなことまではしない。あの人は、悪魔のように見えて、実は悪魔かもしれないけど、でも仲間想いの泥門(ぼくたち)の司令塔だ。それだけはチームの誰もがわかっている。

 つまり……

 

「僕は本当にタイムスリップをしたってこと!?」

 

 いやいやいや、そんなバカな。ありえないでしょ、そんなこと。でも、じゃあ、どういうこと?

 それから延々と悩み続けた結果、僕は思考を放棄して眠りにつくのであった。

 





 アメフトクリニック。
Q.アメフトってどんなスポーツ?
A.アメリカンフットボール。通称アメフトは、日本ではあまり馴染みのあるスポーツじゃねーが、アメリカでは野球やサッカーよりも絶大な人気を博した一大スポーツなんだぜ。
 ルールは複雑で全て説明することはできねーが、要は2チームによる陣地取り合戦だ。パス、ラン、キック。方法はなんでもいい。とにかく相手チームのエンドゾーンまでボールを運んで得点をゲットしろ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最強の証

 合格発表(あれから)から数日後。見事? 高校デビューを果たした僕は、まもり姉ちゃんと一緒に通学路を歩いていた。

 

「セナ、今度はちゃんと友達作んなきゃダメだよ」

「ははは、大丈夫だよ。まもり姉ちゃん」

 

 苦笑ながら返事を返す。結局、寝ても起きても現実は変わらず、時間は過去のままだった。

 最初は誰かに相談しようかと考えたのだが、こんな与太話、誰も信じてくれるわけがない。未だ自分でも信じられないぐらいなのだ。

 だから僕は、この件に関して口をつぐむことにした。

 

「そうだ、部活に入りなよ」

「部活……」

「あ、でも一人だけ絶対に関わっちゃいけない奴がいるの。ヒル魔っていうんだけど、風紀委員でも手を焼いてて、目をつけられたら最後。他人の弱みを握る悪魔みたいな奴で、セナなんか簡単に……」

「イヤぁぁぁぁぁぁあああ!!」

「オレの黒歴史をばら撒かないでくれぇぇ!!」

 

 まもり姉ちゃんがヒル魔さんの名前を出した瞬間、通学路のそこらかしこから高周波レベルの悲鳴が響き渡った。

 まあ、ヒル魔さんの悪行を考えれば当然だと、そう冷静に考えられるようになった事実が我ながら恐ろしい。

 

「まもり姉ちゃん、実は入りたい部活は決まっていて……その……」

「あ、ここからはお別れね。もう高校生なんだから、パシリとかしちゃダメよ」

 

 入りたい部活、というより入る部活は決めてある。だが、それを告げる前にまもり姉ちゃんは自分の教室へと向かっていった。

 仕方ない、学年も違うし、言える機会はこれからいくらでも存在する。まあ、説得には一苦労かかりそうだけど……

 扉を開け、慣れた席に着席する。自分以外の同級生からすれば、新しい出会い、新しい学園生活なのだろうが、僕からすれば通い慣れた教室で、見慣れた顔立ちばかりだ。新入生特有の胸を膨らませる期待もなければ、不安もない。当たり前のように座り、暇つぶしに教科書を開く。

 数分後、担任の先生が教室に入ってきて、自己紹介の時間となった。以前の自分はどんなことを話したんだっけ? そんなことを考えていたら、出番が回ってきた。席を立ち、声を発する。

 

「小早川瀬那です。これからよろしくお願いします。好きなことはアメフトで、将来の夢は──仲間たち全員で全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くことです」

 

 場が静まり返った。みんなが僕のことを驚いた表情で見ている。何かおかしなことを言っただろうか? 

 が、疑問は口にする間もなく自己紹介が次の人に移る。何か「かっけー」とか「かっこいい」とか聞こえた気がするが、さすがに僕のことではないはずだ。

 その後、これまた過去に一度受けた説明やらなんやらを過ごして、放課後となる。

 ここからだ。僕は気持ち的には新入生でもなんでもないにもかかわらず、期待と高揚を胸に教室の外へ出た。

 

▪︎

 

 まだ建て替え(リフォーム)していない、懐かしさを感じさせる部室の扉を開ける。

 間取りは狭く、お世辞にも綺麗とは呼べない状態だったが、それでもここは僕にとって夢のはじまりの場所。泥門高校アメフト部の部室だった。

 二年生は授業が長引いているのだろうか? ただ待っているのももったいないので、軽くだが部室の掃除をすることにする。

 約十分後。扉は再び開かれる。現れたのは190cm以上の巨漢、栗田さんだった。

 僕を見つけるや否や、その目がカッと開かれる。

 

「も、もしかして入部希望者!?」

「はい、そうです」

 

 迷うことなくうなずく。

 

「ほ、本当に? やったぁー! 今年初の入部希望者だよ。あ、おもてなししなくちゃ」

 

 そう言って、栗田さんはほがらかな笑みを浮かべながら、ケーキとコーヒーを用意し始めた。

 

「砂糖は何十個?」

「……一つで大丈夫です」

 

 目の前で注がれる砂糖の山々。もう、コーヒーと言うより、砂糖を飲んでいるようなものだ。

 当の栗田さんは美味しそうに飲んでいるので、たぶん問題ないのだろうが。

 

「あ、名前教えてもらってもいいかな? 僕のことは栗田って呼んで」

「小早川瀬那です。これからよろしくお願いします、栗田さん」

「うん、よろしくねセナくん。それでセナくんはアメフト経験者? 希望のポジションとかあるかな?」

「はい、僕は……」

 

 ぐいぐい迫ってくる栗田さんに、僕が応えようとした、直後。騒々しい物音が後ろから襲ってきた。

 

「ったく、扉がガタついてやがる。また校長脅して、建て替えてもらうか? 部室ごと」

 

 そんな悪魔の所業を口にしながら入ってきたのは、逆立った金髪、特徴的な長い耳にピアスを付けた男。

 泥門デビルバッツの司令塔、ヒル魔さんだった。

 

「あ、ヒル魔〜。聞いてよ、ついにデビルバッツに新しい仲間が。名前はセナくんで……」

「あ? 泥門(うち)にやる気のねぇ雑魚はいらねーぞ」

「ちょ、ちょっとヒル魔。せっかく来てくれたのに」

 

 ヒル魔さんと栗田さんは、このデビルバッツの創設者の二人。その性格は対極と言っていいほどで、どちらが飴でどちらが鞭かは語るまでもないだろう。

 空いたパイプ椅子に、ヒル魔さんがどかりと座る。

 

「糞チビ、アメフト経験はあんのか?」

「はい、あります」

 

 僕がうなずくと、ヒル魔さんは疑心の眼差しを向けながらパソコンを開いた。

 この見た目だ。僕の身体は平均的な高校生と比べても小柄で、とてもスポーツをやっているようには見えない。疑うのは当然だし、仕方ないが、それでも嘘はつけなかった。

 ここで嘘をつけば、今まで経験してきたその全てに嘘をつくことになる。タイムスリップのことはとても言えないけど、ここだけは泥門デビルバッツのメンバーとして、曲げるわけにはいかなかった。

 

「小早川瀬那。中学の体力テストは反復横跳びだけ一位。アメフト経験はなし」

 

 パソコンを叩いていたヒル魔さんが、僕の個人情報を読み上げる。

 とても色んな意味で高校生のやることとは思えないけど、これがヒル魔さんだ。今さらつっこんでも遅い。

 

「えーと、公式とかには載ってないかもですけど、経験があるのは本当です」

「……ポジションは?」

ランニングバック(RB)です」

 

 今もなお疑いの視線を向けるヒル魔さんに、僕は自分のポジションを告げる。

 ランニングバック。走ってボールを前に運ぶのが役目で、脚の速い僕にはピッタリなポジションだ。

 答えを聞いたヒル魔さんの目が一瞬こちらを見定めるものへと変わり、そしてすぐさま挑発的な色を帯びる。

 

「ほぉー、ランニングバックねぇ。随分と自信があるみてーだが、実力の方はどうなんだ? そんなナリで試合に出たら、その若さであっけなく殺される(おっちぬ)かもな? なんせ、高校のアメフトには化け物みてーな連中がごろごろいやがる。さっきも言ったが泥門に雑魚はいらねーぞ」

 

 明らかにこちらを試す問いかけ。栗田さんが横であわあわしているが、僕の覚悟はとっくの昔……いや未来? で決まっている。

 

「僕は力もないし、作戦とかも立てれない。ルールもまだ全部は把握しきれていないし、背も小さいです。でも──スピードなら誰にも負けません」

 

 言い切った。でも、嘘を言った覚えはない。仮にもし嘘だったとしても、今度こそその嘘を本当にしてみせる。

 小早川瀬那の唯一の武器であるスピード。スピードでは誰にも負けるわけにはいかない。いや、負けることは許されないのだから。

 

「ケケケケケ、スピードでは誰にも負けないか」

「せ、セナくん……」

 

 爆笑するヒル魔さんに、なぜかおろおろし続ける栗田さん。もしかして信じられてない? 

 が、しかし。ヒル魔さんはおもむろに立ち上がると、栗田さんに向かって指示を出した。

 

「面白え。なら、テメーの脚を見せてもらおうか。おら豚まん、久しぶり 40ヤード(約36m)をやんぞ。さっさと準備しやがれ!」

「わ、わかったよヒル魔」

 

▪︎

 

 グラウンドに出る。今さらながらの疑問だが、なぜこの時期だと部員数すらままならない泥門のアメフト部が、こんなに広々とグラウンドのスペースを使えるのだろうか? 湧いた疑問はその瞬間に消えた。ヒル魔さんがいるからだ。それで全ての説明がつく。

 きっと生徒や先生の弱み(脅迫手帳)を握って、無理やり黙らせたのだろう。

 深入りすると身を滅ぼすことになりそうなので、僕は疑問をゴミ箱に捨てた。

 

「いつでもいいよ〜」

「おっし、始めんぞ」

 

 準備万端の三人。栗田さんは走る構えを取り、僕はストップウォッチを構えて、ヒル魔さんはバズーカを構えた。

 

「よーい」

 

 ドン!!! 凄まじい音が空気を震撼させた。

 どすどすと効果音が聞こえる勢いで、栗田さんがグラウンドを走り抜ける。線を踏み越えたところでタイマーを止めた。

 

「何秒だ?」

 

 ヒル魔さんに6秒5と記されたストップウォッチを見せる。すると、血管をはち切れさせながら栗田さんの方へ向かっていき、その長い足で蹴りを入れた。

 

「この糞デブ! 朝練してるくせになんで遅くなってやがんだ!」

「ご、ごめんよヒル魔〜」

 

 40ヤードの平均タイムは、大体5秒台だ。それを考えると確かに栗田さんは遅いのだけど、でも栗田さんのポジションは(ライン)だ。

 敵を倒し、仲間を守るアメフトにおいて縁の下の力持ちであり、もっとも過酷な場所である。そして、そこでもっとも重要となる(パワー)を栗田さんは誰よりも持っていた。

 だから、なんの心配もないはずなのだが、ヒル魔さんはお気に召さなかったらしい。まだ栗田さんを蹴っている。が、こちらが待っていることに気づいてか、今度は自らスタートラインに手をついた。

 

「スタートの合図を出しやがれ!」

「は、はい!」

 

 さすがにバズーカを放つわけにはいかず、普通に合図を出し、タイムを計測した。

 

「何秒だ?」

「5秒1です」

「YAーHAー! 自己ベスト更新!」

 

 ビシッとポーズを決めるヒル魔さんに、僕と栗田さんは「おおーー!!」と、称賛の声を上げる。

 そして、次の番がやってきた。

 

「さーて、セナくん。あれだけ大口を叩いたんだ。せめて、4秒8ぐらいは出してもらわなきゃなぁ?」

「4秒8って、普通にエース級のスピードじゃ……」

「コイツの体格で試合に使うなら、それぐらいのスピードは必要なんだよ。中央からじゃどうしても限界があるからな」

 

 話し込むヒル魔さんと栗田さんから離れ、スタートラインに立つ。すぐさまバズーカが構えられた。

 

「よーい!」

 

 集中する。雑音を消す。過去に来てから走り込みの練習は欠かさなかった。まだまだ鍛え足りないけど、でも、40ヤードぐらいならなんとか走れるのは既に実証済みだ。だから……

 ドン!!! 発砲音と同時に飛び出した。ゼロから一気にトップスピードで駆け抜ける。タイム計測は誰よりも速く終わった。脚はガクついているが、動けない範囲じゃない。

 横を振り向き、ヒル魔さんたちの方を見ると……

 

「YAーーHAーー!! おい見やがれ!」

「う、うそ……これって」

 

 記録は見なくてもわかる。

 40ヤード走、4秒2。

 

「高校記録なんて目じゃねぇ。 NFL (プロ)のトップスピードだ! こんなもん誰にも止めらんねぇ! 黄金の脚だ!!」

 

 興奮冷めやらぬ二人。「凄いよセナくん〜」と、こちらを踏み潰さん勢いで迫ってきた栗田さんをなんとか躱すと、ヒル魔さんが近づいてきた。

 

「テメー、なんで泥門に入りやがった?」

「へ?」

 

 予想もしなかった質問に首を傾げる。

 

「この脚だ。いくらでも選択肢はあっただろ」

 

 いえ、ありません。そもそも僕が自分の脚に気づいたのはアメフトを始めたからであって、半年前までスポーツすらまともにやったことがなかったのだ。

 

「その……成績がよくなくて、まもり姉ちゃんに勉強を教わって、なんとか入れたのがこの高校だけで……」

「まもり姉ちゃん?」

 

 聞き慣れない単語に、ヒル魔さんが頭をひねる。

 

「なら、その俊足はどこで身につけた? 記録にも残らねーほど少ない試合経験じゃ、どうやったって身につくもんじゃねえ」

「パシリです」

「……あ?」

「その、昔から怖いのとか、痛いのがイヤで。いつも人のいうことを聞いて何年もパシらされていたら、自然と身につきました……」

 

 うう……改めて口にすると、自分でも情けない。栗田さんだけでなく、あのヒル魔さんまでもが可哀想なものを見る目でこちらを見つめてくる。やめてくださいそんな目で見ないでください。

 

「せ、セナくん。頑張ったんだね」

「ケケケケケケケケケ。バカだ、とびっきりのバカがここにいるぞ」

 

 栗田さんは悲壮な顔で、ヒル魔さんは……元に戻った。そして悪魔のような笑みを浮かべながら、僕にヘルメットを投げつける。

 

「パシリだろうが、なんだろーが構やしねえ。試合で使えるなら文句はねーよ。その黄金の脚でフィールドをねじ伏せろ! 今日からテメーのコードネームは“アイシールド21”だ!!」

 

 受け取ったアイシールド付きのヘルメットを見る。

 最強の証(これ)をつけるからには、誰にも負けることは許されない。その、重い覚悟を背負って。

 

「はい!」

 

 僕は力強くうなずいた。

 




 アメフトクリニック。
Q.セナのポジション。ランニングバックってなに?
A.ランニングバック(RB)は、相手陣地に攻め入るオフェンスポジションのひとつだ! アメフトの攻撃の大半はランプレーか、パスプレーに分けられ、ランニングバックはその大役を担う重要なポジションなんだぜ!
 この物語では黄金の脚を持つ小柄なセナがそのポジションについているが、実際のところは脚の速さだけじゃなく、身体で無理やりボールをねじ込んでいける体格や、敵を躱す足捌きなんかも求められることを覚えておいてくれ。Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

揃わない11人

 40ヤード走の後、三人でできる簡単な練習を終えてから片付けに入る。

 用具を押し入れに詰め込んで、ユニフォームから制服に着替えた頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 

「部員が三人になるなんて創部以来だね。今年は結構いいとこまでいけるかも」

「いけるかもじゃねえ、勝つんだよ。春大会はすぐそこまで迫ってるんだぞ」

「そうだね。日程いつだっけ?」

 

 気軽に訊ねる栗田さん。そして、そこで僕も思い出す。確か春の大会は……

 

「明後日」

「「もうすぐだーー!」」

 

 僕と栗田さんの驚愕が重なる。

 いや、僕は未来の知識で知っていた。前も入部していきなり大会だった。

 普通こういうのって、もう少し余裕があるものなんじゃ……とは思うけど、本当に二日後には大会が始まるのだ。

 

「仲間を集めなきゃ」

 

 僕が呟くと、待ってましたと言わんばかりに、ヒル魔さんがクリップボードを叩く。

 

「糞チビの言う通りだ。大会までに助っ人最低8人、手分けして集めんぞ!」

 

 3+8で11。アメフトの試合を行う上でルール上、最低限揃える必要のある人数だ。

 

「ノルマは1人3人! どんな手を使ってもかまわねえ。とにかく運動できる奴を集めてこい!」

「わかった」

「はい」

 

 ヒル魔さんの司令に、僕たちは首を縦にする。

 幸い、僕には心当たりがあった。未来で得た記憶を使うのは卑怯かもしれないけど、でも、泥門デビルバッツのメンバーは彼らしかいない。

 そう意気込んで、その日は帰路についたのであった。

 

▪︎

 

 次の日の放課後。

 僕はすぐさま動き、ターゲットたちを捉える。同じクラスの不良組、ハァハァ3兄弟(十文字くんたち)だ。

 

十文字一輝(十文字くん)黒木浩二(黒木くん)戸叶庄三(戸叶くん)、明日アメフト部の試合があるんだけど、メンバーが足りなくて……一緒に出てくれないかな?」

 

 当然のように三人を誘う。こんないかにも不良ですといった風貌をした三人だが、僕は知っている。

 十文字くんたちは栗田さんと並んで、デビルバッツには欠かせない五人のラインマンのメンバーであるということを。

 しかし……

 

「ハ?」

「はァ!?」

「はぁぁあぁあ!?」

 

 返ってきたのは「はあ?」の三段活用だった。あまりにも息ぴったりで、そのさまは未来のデビルバッツの面々からハァハァ3兄弟と名付けられるほど。

 

「オレらが!」

「アメフトなんか!」

「やるわけねーだろ!」

 

 “アメフトなんか”

 僕の知っている三人なら、絶対に口にしないセリフを聞いて、頭をがつんと殴られた気分になる。

 そうだ。ここは過去の世界だ。十文字くんたちだって過去のままで、まだアメフトをやったことがない不良組のままなんだ。

 

「じゃ、助っ人なら誰か別の奴にでも頼んでくれ」

 

 ショックを受けている間、相手が待ってくれるわけもなく、三人組はそのまま教室の外へと出て行ってしまった。

 切り替えよう、同じクラスなんだ。誘う機会はまだある。それにまだ心当たりもあった。

 決断した僕は教室を飛び出し、次の目的地へ向かった。

 

▪︎

 

 次に僕が訪れたのは泥門高校野球部。ここに来た目的はただひとつ。デビルバッツのキャッチの達人(レシーバー)を誘うことだ。

 探し人はすぐに見つかった。

 

「モン太!」

 

 と、その人物のあだ名を呼ぶ。すると、僕と同じく小柄で、鼻に貼りつけたテープと猿を連想させる個性的な顔作りをした少年、雷門太郎(モン太)が、なぜか怒り心頭といった表情で近づいてきた。

 

「オイ! そのモン太ってのはまさかオレのことか?」

「え? そうだけど……」

 

 何を当たり前のことを? そう首を傾げる僕に、モン太はさらなる怒りのエネルギーを発散する。

 

「オレの名前は雷門太郎(らいもんたろう)だ! 二度とふざけたあだ名で呼ぶんじゃねえ!」

「ええええ!!」

 

 いや、未来では自分から『オレのことはモン太と呼んでくれ』って言ってたじゃないか……とは口にできないが、やっぱりええええ? あんなに気に入ってた呼び名なのに。

 とはいえ、今重要なのはメンバーを集めること。ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

「ええーと、じゃあモン太……じゃなくて、雷門くん? 今アメフト部の助っ人を探していて……」

 

 が、僕のセリフは最後まで続かなかった。

 

「おっと、悪いなアメフト部。オレはプロ野球選手になるって決めてんだ。オレのキャッチングセンスに目をつけて誘ってくれたのは嬉しいが、他のスポーツに浮気はできねえ。悪いが他の奴を探してくれ」

 

 と言って、モン太は野球部員とともに消え去っていった。

 まさかの二連続で勧誘失敗。想像ではモン太に十文字くんたちを加えて、一気にデビルバッツを強化して春の大会を勝ち進む予定だったのだが……

 

「現実って、そう上手くいかないようにできてるんだね」

 

 わかっていたことだが、改めて思い知らされた。時間もだいぶ経った。もう四の五の言ってられない。

 僕は確実に助っ人になってくれるだろう人物のところへ脚を進めた。

 

▪︎

 

 僕が次に訪れたのは陸上部。泥門デビルバッツ最強の助っ人がいる部活だ。

 扉をノックして入ると、お目当ての人物がそこにいた。

 

「石丸さん、すみません。アメフトの大会に出場するのにメンバーが足りなくて……一緒に出てもらえませんか?」

「アメフト部? ああ、いいよ。出よう」

 

 こちらの事情もほとんど聞かず、そう応えてくれたのは石丸哲生(石丸さん)。こう言っては失礼になるが、なんというか影の薄い人で、あまり目立たない人物なのだが、アメフト部の大恩人である。

 ポジションはランニングバック兼コーナーバック。時には僕とともに走り、時には僕の走行ルートを切り拓き、時には相手のパスをカットする。ほとんどアメフト部みたいな助っ人だ。

 

「大会日はいつ?」

「明日です」

「明日!?」

 

 日程を聞いた瞬間、石丸さんの表情が申し訳なさそうにうつむく。

 

「あー、すまん。まだバイトの配達が残っていて……」

「あ、あの! 配達僕も手伝います!」

「え、いやそれは……」

「昔、似たようなバイトをしたことがあるので戦力にはなります。お金もいりません。その代わり試合に出てもらえませんか?」

 

 必死に頼み込む僕に、石丸さんは驚いた顔を見せる。そして、やはり詳しいことは何も聞かず、こちらの意思を汲み取ってくれた。

 

「わかった。そこまで言われたら応えないわけにはいかないな。さっそく配達の仕事手伝ってくれるか?」

「任せてください!」

 

 それから僕は夜の街を走り回り、なんとか助っ人を一人確保することができた。

 ちなみに、足りない人数は全てヒル魔さんが集めてくれた。きっと多くの運動部員が涙を流したことだろうが、ごめんなさい。僕も試合に出たいので許してください。

 

▪︎

 

 翌日。休日にもかかわらず、僕は制服姿で家を出る。アメフトの大会があるからだ。泥門デビルバッツの初戦、負けるわけにはいかない。

 と、意気込んだところで、思わぬ人物と鉢合わせした。

 

「あれ? セナどこに行くの?」

 

 僕にそう訊ねてきたのは、近所に住んでるまもり姉ちゃんだった。まさかこんなタイミングで出くわすとは……

 でもいい機会かもしれない。

 

「今日、アメフト部の大会があるんだ」

「え! セナ、アメフト部に入ったの!?」

 

 うん。驚くのはわかるよ、まもり姉ちゃん。以前の僕なら絶対に自分から入ろうだなんて思わなかっただろうし。でも……

 

「ヒル魔くんには近づいたらダメって、あれだけ忠告したのに……まさか脅されたの?」

 

 まもり姉ちゃんの目がスッと細まる。たまに見せる怒ってる時の仕草だ。僕の返答次第では、あのヒル魔さんと闘うことも辞さないオーラを漂わせている。

 だからこそ、自分の口で告げた。

 

「違うんだ、まもり姉ちゃん。僕、自分からアメフト部に入ったんだ」

「嘘よ、絶対。セナは虚弱で、ひ弱で、へっぴり腰で、弱虫で、最弱なんだから!」

「…………」

 

 あれ? 大会前なのに、心が折れそうなんだけど、なんでだろう?

 でも、時間はない。ここでいくら言葉を尽くしてもまもり姉ちゃんを説得できるわけがない。彼女を納得させるには、プレーで証明(しめす)しかない。

 だって、僕は……

 

「大会は午後一時から天界グラウンドで。僕はヘルメットの上にアイシールドまで着けてるから顔とかはわかんないかもだけど、背番号は21番だから。もし時間があったら見に来てくれないかな?」

「セナ?」

 

 不安そうな表情をするまもり姉ちゃんを振り切り、泥門駅へ向かう。僕にできることは、最高のプレーで応えることだけ。

 だって僕は──ひとりのアメリカンフットボールの選手なのだから。

 




 アメフトクリニック。
Q.ラインって、どんなポジションなの?
A.実はラインと一口に言っても、その役割は様々なんだぜ。人数の多いチームとかだと、オフェンスやディフェンスでメンバーを入れ替えたりもするが、この物語ではそこまで攻撃と守備でメンバーを入れ替えたりはしねーから、重要なところだけ説明してやる。
 オフェンス。パスプレーの時は屈強な身体で時間を稼いで、クォーターバック(ボールを投げる人)を守れ! ランの時は敵のラインに風穴をこじ空け、ランニングバック(走る人)の通る道を切り開け!
 ディフェンスの時は逆だ! 敵のラインを吹っ飛ばして、相手のパスやランを止めろ!
 ライン。つまり壁は基本的にボールに触れることはねーが、攻撃でも守備でも重要なポジションだ。ここが弱けりゃ、そもそも試合になんねーからな。
 アメフトの原点。パワーで全てをねじ伏せろ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恋のキューピット

 天界グラウンド。空は晴れ晴れとした天気で、まさにアメフト日和であった。

 いや、アメフトは雨が降ろうが中止になるスポーツではないのが、気持ち的にはやっぱり晴れの方がうれしい。

 そのはずなのだが……

 

「あー、怪我とかしそうで怖いんだけど」

「さっさと終わらして家に帰ろーぜ」

 

 泥門の士気はガタガタだった。

 無理もない。ほとんどヒル魔さんに脅されて集められたメンバーだ。チーム一丸で敵に挑むなんてことには……

 と、その時だった。

 

「おっと、ごめんよ」

 

 向こうからボールが飛んできた。ゆったりとした動作で相手の選手が泥門ベンチまで取りにくる。

 今日の対戦相手。恋ヶ浜キューピッドのキャプテンである初條薫(はつじょうかおる)さんだ。隣には恋人らしき人物の姿も。

 カップル(それ)を見たデビルバッツの面々は、目から血涙を流さん勢いで歯を食いしばる。

 

「ん? あれれ? おっかしいーなあ? 女の子が一人もいない。泥門は男子校だったかな?」

「うぐぐぐぐぐぐ……」

 

 助っ人に集まった面々が、ついに歯ぎしりし始めた。が、その嫉妬の炎に悪魔がガソリンをぶち込んでいく。

 

「恋ヶ浜キューピッド。入部条件は彼女がいることで、メンバーは全員彼女持ち。試合のたびに毎回彼女と手作り弁当の持参が義務付けられてるらしいな」

 

 後ろでパソコンをカタカタいじりながら、ヒル魔さんが追撃の一撃を投下した。

 それを聞いた初條さんが、前髪をフッとかきあげる。

 

「いやー、すまないね。こちらは黄色い声援ばかりで」

「ねえー、こんなむさ苦しいところにいてもしょうがないでしょ。早く向こうに戻ろ」

「そうだねハニー。泥門の諸君、アデュー」

 

 とてつもない嫌みを残して、カップルの二人は恋ヶ浜キューピッドのベンチへ戻っていった。

 すると、それを見送ったデビルバッツの助っ人メンバーが各々顔を見合わせて……

 

「「「アイツら、ぜってぇー潰してやるぅぅ!!」」」

 

 男子高校生の怨嗟の叫びが、天界グラウンドにこだました。デビルバッツの思いが、悲しくもひとつになった瞬間である。

 

「ケケケ、いい感じに闘争心が煮詰まったな」

「はははは……」

 

 僕は苦笑を漏らしながら、主犯格の一人であるヒル魔さんに近づいた。

 

「あのヒル魔さん、僕もそろそろ着替えたいんですが、場所がわからなくて……」

 

 アイシールド21の正体が(セナ)であることは、当分の間デビルバッツ内での秘密となっていた。

 まもり姉ちゃんに話すことだけは僕が説得することを約束に、ヒル魔さんから許可を貰ったのだが、それ以外は内緒にすることになっている。僕自身、脚の速さがバレて他の運動部に、助っ人として引っ張られるのは困るので仕方ない。

 だから他の面々と一緒に着替えるわけにはいかず、少し時間をおいてから着替えようとしていたのだが……

 

「テメーは泥門の秘密兵器だ。ヤバければ別だが、今のところ出す予定はねーよ」

「え?」

「見てみろ」

 

 ヒル魔さんがあごで指した方角に目を向ける。そこにいたのは東京最強の呼び声も高い、王城ホワイトナイツのメンバー。進清十郎(進さん)桜庭春人(桜庭さん)の二人だった。

 

「……進さん」

「テメーも奴のことは知ってるか。なら、わかんだろ。奴は強い、強すぎる。王城が偵察に来てんだ。わざわざテメーを見せびらかしてやる必要はねえ」

 

 それはヒル魔さんらしい言葉であると同時に、ヒル魔さんらしくない発言だった。

 

「出ます。出してください」

 

 まさか反論があるとは思わなかったのか、細長い眉が吊り上げる。

 

「オレの話を聞いてなかったのか? 奴らを相手に勝率を1%でも上げるには、テメーの情報はひとつでも隠した方が……」

「それで全国大会決勝(クリスマスボウル)に行けるんですか?」

「……何?」

 

 ヒル魔さんの口が止まる。

 

「僕の情報なんてすぐにバレます。泥門が勝ち進めば、勝ち進むほど。たしかにヒル魔さんの言ってることはいつも正しくて、勝つために策を練るのは当然のことかもしれないけど。でも、僕はもう立ち止まるわけにはいかないんです」

「……テメー」

「もう二度と負けるわけにはいかない。進さんにも。ここで逃げたら一生追いつけなくなる」

「…………」

 

 無言でスポーツバッグを渡された。

 

「これは?」

「テメーのユニフォームが入ってる。着替える場所はそこの更衣室だ。とっとと準備しやがれ!」

「はい!」

 

▪︎

 

 セナが更衣室に向かっていくのを尻目に、栗田がヒル魔に近づいてきた。

 

「よかったの? セナくんはギリギリまで隠すって」

「ケケケ、糞チビにあんなこと言われて黙ってるわけにはいかねーだろ」

 

 ──全国大会決勝(クリスマスボウル)

 

 それはヒル魔と栗田、そしてここにはいないが武蔵(ムサシ)と三人で約束した夢の話。

 

「あの糞チビ、本気で勝つつもりでいやがる」

 

 ヒル魔は自分の顔に、自然と笑みが浮かんでいるのがわかった。泥門が全国大会に行ける可能性が1%上がったから。

 

「今日の試合、負けるわけにはいかないね」

「ったりめーだろ糞デブ。負けていい試合なんてねえ」

 

 まあ、セナを試合に出すのは構わねえ。どの道、アイツの実力は一度ちゃんと見ておく必要があった。

 だが、やはり王城の連中にみすみす情報を渡してやる必要はない。取りあえず桜庭(芸能人)だけでも消しておくか。

 

「おや? あそこにいるのは芸能人の桜庭春人くんかな?」

「「「え? 桜庭くん???」」」

 

 わざとらしく声を張り上げると、客席にいた多数の糞女どもが桜庭に向かって突撃を始めた。

 嬉しい誤算だったのが、人雪崩(それ)に巻き込まれ、なぜか進まで消えたことだ。

 

「よし、これで王城に情報が漏れることはねえ」

「うわー」

 

 横では糞デブが呑気な感想を漏らしていた。だが、これでいい。邪魔者は排除した。

 あとは、セナ(テメー)の実力をこの目で見るだけだ。ヒル魔は静かに口角を上げた。

 

▪︎

 

 ショルダーパッド(防具)の上に、赤いデビルバッツのユニフォームを着こむ。これまで何度も着てきたアメフトの防具だ。

 最初の頃はどうやって着るのかすらわからなかったが、今では何も考えずとも勝手に手が動くぐらい慣れてしまった。それでも油断はしない。自身の身体を守ってくれる防具だ。丁寧にひとつひとつ確認していく。

 

「ヒル魔さん、よく僕が出ることを許してくれたなぁ」

 

 先ほど進さんの姿を見たら、試合に絶対出なくちゃと思って、気づいたらヒル魔さんからバッグを渡されていた。自分でも何を言ったのか覚えていない。

 もしかして無意識のうちに、何かすごく失礼なことを言ってたりして……

 

「ひぃぃいい、考えただけでも恐ろしい!」

 

 いや、大丈夫なはずだ。何も覚えていないけど、もし何かしていたら、自分はとっくに原型を留めていないはずだ。未だに生きているということは、何も心配いらないはずだ、たぶん。

 それに余計なことを考えてる場合じゃない。今から試合が始まるのだ。僕はアイシールド付きのヘルメットを被り、部屋の扉を開けた。

 泥門ベンチに戻ってきた僕を見て、栗田さんが駆け寄ってくる。

 

「うわー、アイシールドがかっこいいね、セナ……っ!」

「あ? 背中が痒い? よーし、優しく蹴り飛ばしてやる!」

「ご、ごめん。ついうっかり……」

 

 アイシールドで正体を隠している意味が、一瞬でなくなるところだった。栗田さんを蹴り飛ばしたヒル魔さんが、そのまま前に出る。

 

「紹介しよう。泥門デビルバッツの秘密兵器。光速のランニングバック、アイシールド21だァ!!」

「「「お〜」」」

 

 全員が野太い声を上げる。なんか思ったより反応が小さかった。記憶ではもっとちやほやされていたような?

 

「アメフトで求められんのは実力だけだ! アイシールド、せっかくテメーの我がままを聞いてやったんだ。情けないプレーをしたらぶち殺す!」

「はい! 精一杯やります」

 

 そうだ。僕は過去にきてから、まだ何も成し遂げてなんかいない。試合で証明しなくちゃ。

 

「よーし、全員集まりやがれ」

 

 試合開始の時刻だ。ヒル魔さんのかけ声にみんなが輪を描く。

 

「いいかテメーら。負けたら終わりのトーナメント、いい試合をしようなんて思うなよ。ぜってぇ勝つ、それだけだ」

 

 息を大きく吸い込み……

 

「「「ぶっ殺す!! YAーHAー!!」」」

 

 ありったけの勢いで吐き出した。おっかないかけ声。でも、気合いの入るかけ声だ。

 

「それでは、泥門デビルバッツ 対 恋ヶ浜キューピッドの試合を始めます」

 

 初條さんのキックオフで試合が開始する。

 山なりに蹴られたボールは、ちょうど僕のところに飛んできた。危なげなくノーバンでキャッチする。

 

「ぶっち切れ!!」

 

 離れたところからヒル魔さんの叱咤が飛んできた。迫り来る敵を躱して前進(ゲイン)を稼ぐ。

 まずは一人、二人と抜き去り、残り九人。

 

「どこまで(リターン)させるつもりだ! 早く止めろ!」

 

 キューピッドのディフェンスが僕に押し寄せる。しかし、デビルバッツの助っ人たちも、伊達にヒル魔さんに脅されてきたわけじゃない。

 

「オレたちが壁になる(ブロックする)よ」

 

 石丸さんたちが盾になり、僕の走行ルートを確保する。これで五人抜いた。残り六人。

 

「なっ……!?」

 

 高校の大会では滅多にお目にかかれないビッグリターンに相手のディフェンスが動揺を見せる。

 その一瞬は、アイシールド21(セナ)にとって大きすぎる隙だった。残り四人、三人。

 

「ゴールまで残り、35ヤード!」

 

 たかが高校大会の一回戦。たかが弱者校同士の対決。会場にいる誰もが、それほど大きな期待はしていなかった。

 だが、アイシールドの走りに呼応してアナウンスにも熱が入る。

 

「行けッ!」

「そのままタッチダウンだあああ!」

 

 ヒル魔さんと栗田さんがブロックに入る。残り一人。

 

「こ、この……」

 

 そのまま、ほとんど棒立ちになっていた初條さんを抜き去り、ボールをエンドゾーンまで運び切った。

 刹那の静寂の後、審判が両腕を上げる。

 

「た、タッチダーゥン!!」

「YAーーHAーー!!」

 

 ヒル魔さんの無言の蹴りが飛んできた。

 

「す、すげえええええ!!」

「めちゃくちゃはええ!!」

「陸上部に入ろう」

 

 デビルバッツの面々が、タッチダウン(得点)を決めた僕に駆け寄ってくる。プレー前とは違い、歓迎ムード一色だ。

 ヤバい、正体がバレないように声を変えなくちゃ。できる限り低くして……

 

「あー、アー、ウウン。この得点はみんなで勝ち取ったものだ。ありがとう、キミたちがいなければ、最後まで走り切ることはできなかった」

「おー、性格までかっこいい!」

「よっしゃー! みんな、キューピッドの連中に、彼女の前で恥をかかせてやろうぜ!」

「「「おおーー!!」」」

 

 なんか、最後とんでもないまとまり方をしてしまったような……いや、やる気というか、殺る気があるのはいいことなんだけどね。

 

「すごいよ、デビルバッツが先制点決めたのっていつ振りだっけ? しかも、キックオフリターンタッチダウンだよ」

「ケケケケケ、一回戦は貰ったな」

 

 ヒル魔さんと栗田さんも歓喜の声を上げながら、デビルバッツに刻まれた6点の数字を見ていた。

 だが、決して手を休めるようなことはしない。相手に1%でも勝てる可能性が残っている限り、全力で()りにいく。それがデビルバッツだ。

 

「よーし、テメーら。このまま糞前髪にトドメを刺すぞ!」

「「「おおーー!!」」」

 

 糞前髪(初條)さんへの恨みはまだなくならないどころか、助っ人メンバーの心に炎が燃え盛る。

 試合はそのまま、終始デビルバッツの押せ押せムードが続き、終了のホイッスルが鳴り響いた。

 

  泥門デビルバッツ(30)()恋ヶ浜キューピッド(0)

 

「やったーー!! デビルバッツ初勝利!」

 

 どこからともなく花火が打ち上がる。間違いなくヒル魔さんの仕業だろう。

 でも、栗田さんだけでなく、ヒル魔さんもそれだけ嬉しいのだと、今の僕にはその気持ちがよく理解できた。

 

「よくやった、糞チビ」

「はい!」

 

 ヒル魔さんからの労いの言葉に、短く返事を返す。

 

「おら、正体バレるわけにはいかねーだろ。時間は豚まんに稼がせっから、先に着替えてこい」

「わかりました」

 

 そううなずいて、僕は急いで更衣室に直進する。

 扉に手をかけ、中に入ろうとした瞬間。

 

「…………」

 

 人の気配を察知した。横を振り向く。

 

「セナ?」

「まもり姉ちゃん?」

 

 そこにいたのはまもり姉ちゃんだった。

 試合を観に来てくれていたらしい。が、このままここにいるとデビルバッツの面々がやってきて、色々ややこしい事態になりかねない。

 

「ごめん、少し場所を変えてもいいかな?」

「わかったわ」

 

 更衣室の近くはマズイので、近くにあったプレハブ小屋の裏に回り込む。ここなら誰も来ないと判断した僕は、アイシールド付きのヘルメットを脱いだ。

 

「……本当に、セナだったんだ」

「……うん。デビルバッツで、ポジションはランニングバックを任されてるんだ」

 

 まもり姉ちゃんの表情は、驚きと瞠目に染められていた。無理もない。ついこの間まで、パシリ生活を謳歌していた僕がアメフトをやっているなんて、想像できるわけがない。

 だけど、それでも言わなくちゃいけない。呆然と立ち尽くすまもり姉ちゃんに言葉を続ける。

 

「今までずっとまもり姉ちゃんに迷惑ばかりかけてきて、いや、これからもかけることはあるかもだけど。でも、少しずつでも変わらなくちゃいけないんだ。だから、アメフト部で頑張るの、まもり姉ちゃんにも認めてもらいたい」

「セナ……」

 

 涙を浮かべながら、僕の名前をまもり姉ちゃんが呼ぶ。え? 涙?

 

「え? あの、いや」

「いつの間にか大きくなってたんだね」

「え、あ、その……大きくなったというか、むしろ小さくなったというか……」

 

 思考が支離滅裂になる。ただ涙の意味は理解できた。純粋に僕の成長を喜んでくれているのだ。

 いや、それはそれで嬉しいような、恥ずかしいような。

 そんななんともいえない空気を切り裂いたのは、悪魔の笑い声だった。

 

「ケケケケケ、こりゃあ姉弟(きょうだい)っつーより、親子だな」

「ヒル魔くん!?」

 

 慌ててまもり姉ちゃんが目元を拭う。

 

「もう! どうして空気のひとつも読んでくれないの!」

「こんな目立つ場所で内緒話なんかしてんじゃねえ、糞風紀委員」

「…………」

 

 何やら火花を散らす二人に、僕はたじたじと後ろに退がる。

 

「大方、オレがその糞チビを脅してアメフト部に入れたとでも勘違いしてたんだろ?」

「う……今はわかんないけど、ヒル魔くんがこれからもセナのことをいじめない保証はどこにもないでしょ!」

「ケケケ、今日の試合を見て、そんな貧相な感想しか出てこねーのか? コイツが誰かにいじめられるタマか?」

「それは……」

 

 思わず言葉を詰まらせるまもり姉ちゃん。意外にも二人からの評価は、僕が自分で思っている以上に高いのかもしれない。今日の試合で少しは証明できたのだろうか?

 

「言っておくが、オレの脅迫手帳にセナ(こいつ)の名前は載ってねえ。くだらねぇ心配なんかしてねーで、テメーは糞教師どもの手伝いでもしてろ、糞風紀委員」

「私はそんな名前じゃありません!」

「あ、あの……」

 

 白熱するデットヒートに、僕は勇気を振り絞って割り込んだ。この二人、というより、デビルバッツの仲間が言い争うとこなんて見たくない。

 

「その、僕もまもり姉ちゃんがいてくれたら心強いというか、マネージャーとかになってくれたら嬉しいなぁというか……」

 

 本当はまもり姉ちゃんを巻き込むつもりはなかった。でも、いてくれたら心強いのは本当だ。

 未来のデビルバッツだって、まもり姉ちゃんがいなければ、あんなに強くはなれなかっただろうし……

 

「マネージャー!? それって私がなってもいいの?」

 

 そうヒル魔さんにまもり姉ちゃんが問いかける。前もこんな感じで、マネージャーになってくれたんだっけ。

 そんな懐かしいことを思い浮かべる僕に反し、なぜかヒル魔さんの表情は険しい状態のままだった。

 

「糞風紀委員、オレたちがどこを目指してるか知ってるか?」

「え? ……アメフト部をもっと強くするとか?」

全国大会決勝(クリスマスボウル)だ! テメーもそうだろ糞チ……いや、アイシールド21!」

「……! はい、そうです」

 

 迷うことなく肯定する。

 

「今日の試合ではっきりとわかった。コイツがいれば、全国大会決勝(クリスマスボウル)は決して手の届かない目標なんかじゃねぇ。まだ可能性は数%もありはしねぇが、0%じゃねぇ。だったらオレたちはそこへ行く、死んでもいく。泥門にやる気のねえ雑魚はいらねぇ。テメーにその覚悟はあるのか?」

 

 なんだ、これ? 前はこんなやり取りなかったはずなのに。緊張の糸は途切れない。睨み合う二人を僕はただじっと見つめる。

 

「……ヒル魔くんたちと比べて、アメフトにかける想いは微々たるものかもしれない。けど、セナのことは何年も見てきた。この子がすごいアメフト選手になるのなら、私はそれを最後まで見届ける。その覚悟ならヒル魔くんにも負けていないわ!」

「……ケケケ、そうかよ。なら、特等席で見せてやる。コイツが全国大会決勝(クリスマスボウル)で活躍する姿をな」

 

 と言って、ヒル魔さんはこの場を去っていった。ようやく張り詰めた空気が霧散する。

 

「セナ、これからはアメフト部でもサポートしてあげるからね」

「う、うん。ありがとう、まもり姉ちゃん」

 

 素直に感謝を述べながら思った。あれ? これって僕、何も成長していないような……

 




 アメフトクリニック。
Q.タッチダウンってなに?
A.タッチダウンってのは、敵のエンドゾーン。つまりゴールまでボールを運んでいく得点方法のひとつだ!
 オフェンスがランかパスでボールをエンドゾーンまで持っていけば、それで6点ゲットだぜ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

矛と盾

「何しに行ったんだ! このバカ者どもがー!!」

 

 私立王城高校アメフト部。簡古素朴でありながら、歴史の重さと誇りに恥じない立派な内部装飾が施された室内にて、庄司監督による落雷が直撃した。

 

「練習を抜けてまで偵察に行ったくせに、カメラだけを壊して帰ってきただと!? 本当に何しに行ったんだ!」

「ひっ! そ、それが監督。いきなりファンの女の子たちに追いかけられて……」

「誰が言い訳を話せと言った、桜庭ぁ?」

「す、すみません」

 

 びくびくしながら、隣にいる桜庭が謝罪の言葉を口にする。だが、桜庭だけの罪ではない。その咎を背負うべきなのは自分も同じだ。

 

「監督。責任は自分にあります。自分が現場を放棄しました」

「……進」

 

 監督は一度目を閉じた後、自分に処遇を下した。

 

「ならば進! お前は次の泥門戦、スタメンから外させてもらう」

「……わかりました」

 

 進は反論もなくうなずく。

 

「他の者たちもだ! お前たちは最近、どいつもこいつもたるんどる! そういう精神的な隙が失点に繋がるんだ! アメフトは0点に抑えれば、1点だけでも勝てる。アメフトで大切なのは防御(ディフェンス)だ! 今年こそ、ディフェンスの王城ホワイトナイツが制する年! 必ず優勝旗を掴んで帰れ!」

「「「はい!」」」

 

 監督の言葉に、ホワイトナイツの面々が力強く応える。

 そうだ、今年こそ王城が優勝する年。にもかかわらず、自分はスタメン落ち。

 

「己の心に隙があったからだ」

 

 じっとなどしていられない。トレーニングルームに向かい、ベンチプレス(140kg)を持ち上げる。下ろして、息を吐きながらもう一度持ち上げる。甘ったれた己の身体を鍛え直すために。

 

「ばっはっはっは! 140か、ついに抜かれてしまったわ」

 

 豪快な笑い声とともに入ってきたのは、王城ホワイトナイツのラインマン、大田原誠(大田原さん)だった。

 

「アメフトは力だけの世界ではありません」

「お前は力だけじゃないだろ。高校最速の脚(40ヤード走4秒4)もある。ただのタックルが(スピア)と呼ばれてるぐらいだ」

「……不遜な言い回しになりますが、自分はこれまで、自分より速く動く人間を見たことがありません」

 

 ゆっくりと腕を下ろし、上体を起こす。

 

「ですが、もしそんな男が実在するのなら。触れもしないスピードには、どんなパワーも通じない」

 

 「そんな奴、哺乳類にいるのか?」と、鼻くそをほじりながら屁をこく大田原さんに、進は返せる解答を持ち合わせてはいなかった。

 

▪︎

 

「ヒル魔、あのアイシールド誰なんだ!? 陸上部にも紹介してくれ」

「ケケケケケ」

 

 恋ヶ浜戦の帰り道、電車の中で石丸さんがヒル魔さんに詰め寄っていた。他の助っ人メンバーもアイシールドの正体に興味があるらしく、こっそりと聞き耳を立てている。

 

「奴はうちの秘密兵器だ。簡単には正体を明かせねぇな。アイシールド21、アメフトの名門ノートル大に飛び級留学し、日本人でありながらその名を轟かせた、世界最強のランニングバック……とだけ言っておこう」

「…………」

 

 僕の正体を知っている栗田さんとまもり姉ちゃんが、なんともいえない視線でこちらを見てくる。ごめんなさい、こんなインチキヒーローでごめんなさい。

 

「アメフトで大事なのは攻撃(オフェンス)だ! 99点取られようが、100点取りゃあ必ず勝つ!」

 

 僕たちを見回しながら、続けてヒル魔さんが言った。

 

「オレらはブロックで走行ルートを確保。そうすりゃ、あとはアイシールド21、奴が必ず──その手で100点(勝利)を掴み取る!」

 

 拳に力が入る。心臓が熱く燃える。

 そうだ、それだけは嘘にしてはいけない。勝たなくちゃ。アイシールド21の名を背負う限り、僕に敗北は許されないのだから。

 

▪︎

 

 泥門高校アメフト部室。春大会の二回戦を控えて、僕、ヒル魔さん、栗田さん、まもり姉ちゃんの四人は小さな作戦会議を行っていた。

 

「コイツがボールを持って走る。以上だ」

 

 そして作戦会議が終了した。話し合いもクソもない。

 

「ちょっとヒル魔くん! なんでセナだけに走らせるのよ!」

 

 いや、まもり姉ちゃん(悪魔に逆らえる人物)がいてくれたおかげで、話し合いにはなるかも?

 

「どうしても、こうしてもねえ。それ以外に選択肢がねーんだよ」

「パスがあるでしょ! ランだってセナ以外にもいるじゃない」

 

 至極当然のツッコミだ。ただ、今回ばかりはまもり姉ちゃんの想定が甘かったかもしれない。

 

「相手が恋ヶ浜みてーな雑魚なら、それもありだったかもな。だが、次の対戦相手はあの王城だ」

「王城?」

 

 一夜漬けでプレーブックを読み、複雑なアメフトのルールを全て理解するという意味不明な偉業を成し遂げたまもり姉ちゃんでも、さすがに高校のアメフト事情までは把握していなかった。

 

「王城ホワイトナイツ。都内最強チームで、全国の高校を合わせても間違いなく最強に近い力を持ったチームなんだ」

「東京最強……」

 

 栗田さんの説明に、まもり姉ちゃんが息を呑む。

 

「オレはクォータバック(QB)、糞デブは(ライン)、コイツ以外攻め手がねーんだよ。素人の寄せ集めじゃ、王城には歯が立たねえ」

「でも、さすがに全プレーは厳しいっていうか、スタミナ持たないというか、無理というか……」

 

 遠慮がちに抗議を入れるが、ヒル魔さんは意にも介さず説明を続ける。

 

「本当に全プレーテメーで行くわけじゃねえ。だが、勝負所では必ずテメーで行く。泥門(うち)が王城に勝てる可能性がゼロコンマ数%でもあるとしたら、それしか道はねぇんだよ」

 

 会話を打ち切るようにヒル魔さんが立ち上がった。

 

「よし、筋トレに行くぞ。個々の能力も把握しておきてぇ」

 

 そう言って、こちらの返事も待たず部室から出ていってしまう。

 

「もう! セナ、本当に大丈夫なの? 最強チームが相手だなんて」

「ごめんね……本当は姉崎さんが言ったように、キャッチできる選手が一人でもいてくれたら話は違ったんだけど……」

 

 心配そうな顔で、まもり姉ちゃんと栗田さんがこちらを見つめてくる。正直、ものすごく不安だ。でも……

 

「大丈夫だよ、まもり姉ちゃん。どの道全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くには、いずれ王城にだって勝たなくちゃいけないんだから。どこまでやれるかわかんないけど、やれるだけやってみるよ」

 

 そう。勝てるか、勝てないかは関係ない。相手が誰でもそれしか道はないんだ。

 すると僕の言葉に共感したのか、栗田さんがうむりとうなずき。

 

「そ、そうだよ。全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くためには、それこそ王城より強いチームとだって闘う必要があるんだ! ビビってばかりじゃいられないよ!」

「はい!」

 

 栗田さんの決意に僕もうなずく。まもり姉ちゃんからはバシッと背中を叩かれた。

 

▪︎

 

「セナ!? セナが死んじゃう!!」

「うぎ、ぎぎぎぃぃ」

 

 場所は移って、トレーニングルーム。僕は現在、ベンチプレスに挑んでいたのが、一番軽い20kgの重りに生命を絶たれようとしていた。

 すぐさま栗田さんが救助してくださったことにより、なんとか一命を取りとめる。

 

「このォ糞チビ! 20kgも持ち上げられねぇとか、今までどんな人生を送ってきやがったんだ!」

「まあまあヒル魔、人には向き不向きがあるし……」

「向き不向き以前の問題だろーが! ミジンコかテメーは!? 死ね! チワワと争って死ね!」

 

 お、おかしい。つい数週間前まで、40kgは持ち上げられていたのに……

 

「ヒル魔くん! セナはひ弱なの! トドメを刺すような真似はやめて!」

 

 うん。今まもり姉ちゃんに刺されたよ。

 

「チッ! テメーのパワーには期待しちゃいなかったが、まさかここまでとはな」

「あははは、あのこれから筋トレ頑張ります」

「王城戦は二日後にあんだよ! 間に合うわけねーだろ、このォ糞チワワ!」

 

 さすがの僕もチワワには負けないような……いや、やめておこう。負けるかもしれない。

 

「しゃーねえ。練習変えっぞ。柔軟の後はグラウンドでパス練をやる」

「パスの練習?」

「ボールの受け渡し、受け取ったフリ、ショートパス、バックパス、全部だ!」

「はい!」

 

 過去に戻って身体は小さくなり、体格も元に戻ってしまった。でも、嘆いていても仕方ない。やれることを全部やるんだ。

 

「糞デブ、テメーはいつも通りラインの練習。糞マネ、テメーは王城のデータを頭に叩き込んでおけ」

 

 こうして、泥門は王城との決戦に向けて、少しずつ力を蓄えるのであった。

 




 アメフトクリニック。
Q.ヒル魔くんのポジション、クォータバックってなに?
A.クォータバック(QB)は、オフェンスの司令塔だ! 作戦を考えること以外にも、パスを投げたり、ボールを渡したり、時には自分でボールを持って走ったり、その役割は多種多様。チームの攻撃時はクォーターバックを中心にプレーが進むんだぜ! 
 走力、腕力、判断力、瞬発力、統率力、その全てが要求されるクォーターバックは、まさにアメフトの花形ポジションだ! チームの勝利を思い描け! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

泥門vs王城 決戦の火蓋は時を超えて

 聖泉球技場。今日その会場は、日本ではまだそれほどメジャーなスポーツではないアメフトの、しかも地区大会の二回戦目が行われるだけなのにもかかわらず、席が埋め尽くされるほどの大歓声に恵まれていた。

 取りわけ黄色い声援が大半を占め、まるでアイドルの応援団がこぞって集まったような状態だった。グラウンドの端では、テレビに映すカメラすら回っている。

 

「な、何よこれ?」

 

 動揺を隠せないまもり姉ちゃんが、周囲の異様な光景を見渡す。

 

「桜庭くんの応援だね。ほら、今人気アイドルの」

 

 栗田さんの説明に、まもり姉ちゃんは再度周囲を見渡した。まあ、決勝とか強豪同士の対決ならいざ知らず、二回戦でこの集まりは異常と捉えても仕方ない。

 それほどまでに、現在進行形でカメラを独占している王城の選手、桜庭さんの人気が凄まじいということだ。

 

「聞こえますか? このすごい歓声! み〜んな、エース桜庭さん率いる、王城ホワイトナイツの応援ですよ!」

「……別にオレが率いてるわけじゃ……王城(うち)の本当のエースは……」

「またまた、謙遜しちゃって。可愛いんだから!」

 

 まあ、桜庭さん自身はあまり嬉しくなさそうなのだが……

 これだけの声援を浴びて……とは思うが、でも、僕には桜庭さんの気持ちが痛いほどわかった。

 実力がないのに勝手に担ぎ上げられ、必死に応えようとしても急に強くなれるはずもなく空回りばかりして。

 でも……

 

「…………」

 

 進さんを見る。それじゃダメなんだ。応えなくちゃいけないんだ。仲間の期待に。応援しに来てくれるみんなの想いに。

 それがアメリカンフットボールの選手なのだから。

 

「よーし、いいかテメーら! 今日の試合は前回とはわけが違う。あんなママゴトフットボールじゃねぇ、戦争だ!」

 

 ヒル魔さんの激に、僕と栗田さん以外の面々が一同にうつむく。

 僕が泥門に入部する前のことなので、詳しくは知らないが、以前、王城と対戦した時は99対0というほとんどコールドゲームレベルの大差で負けたとか。

 そんなみんなの不安を打ち消すように、ヒル魔さんが語る。

 

「安心しろ。今回、ボールを持つのはアイシールドだ。進のタックル含めて、王城の狙いは奴に向く」

 

 不安は打ち消されたのではなく、押しつけられただけだった。僕に。なのに、周りの面々は「よかったー」とか、「それなら怪我することもねーか」などと好き放題言っていて……

 けれど、僕はそれに続く。みんなの期待に応えるように。

 

「はい、僕が走ります!」

 

 力強く告げた。すると……

 

「おおーー!!」

「マジか! いやでもいけんじゃね?」

「ああ、だってノートルダム大だもんな!」

 

 みんなが口々に自信を取り戻す。もちろん、ノートルダム大のエースなんてのは真っ赤な嘘だ。ヒル魔さん十八番(おはこ)のただのハッタリだ。でも、それでもいい。それで王城に勝てるのなら、ハッタリでもなんでも使わなくちゃ。

 デビルバッツの悪くない雰囲気に、ヒル魔さんと栗田さんも笑みを浮かべる。

 

「ケッ! 王城相手に言ってくれるじゃねーか」

「頼もしいよ、セナ……アイシールドくん〜」

「あはははは……」

 

 中身はただのインチキヒーローだけど、それでも勝つんだ! あの王城ホワイトナイツに!

 

「間もなく試合開始です」

 

 アナウンスが入り、両チームが円陣を組む。向こうは大田原さんを中心にして。こちらはヒル魔さんを中心にして。

 

「騎士の誇りにかけて、勝利を誓う。そう、我々は敵と闘いに来たのではない──倒しに来たんだ!」

「オレらは敵を倒しに来たんじゃねえ──殺しに来たんだ!」

「「「glory on the kingdom!!(王国に栄光あれ)」」」

「「「ぶっ殺す! YAーーHAーー!!」」」

 

 かけ声とともに、両陣営が一斉に駆け出した。

 

「さあ、いよいよキックオフです! 我らが王城ホワイトナイツが、果たして何点差をつけるのか!」

 

 完全に王城贔屓の実況が入る。まあ、無理もない。それほどまでに両チームの間には、実力にも知名度にも大きな差が存在するのだ。でも……

 アイシールド()は飛んできたボールをキャッチする。間髪入れずに王城ディフェンスが潰しに来るが、ゼロからの急加速により、なんとか一人目を躱した。

 

 ──残り、十人。

 

「行かせるか!」

 

 さすが守備の王城。ディフェンダーの一人一人がまさしく壁のように迫ってくる。

 それでも脚は止めない。続く二人目を回転(スピン)で躱して、三人目はこちらに手が届く前にスピードで引き離した。残り、八人。

 

「泥門ごときにどこまでリターンさせるつもりだ! 早くそいつを外に寄せろ!」

 

 泥門ごとき? いや、違う。泥門デビルバッツはそんなチームじゃない。いくら王城でもなめてかかっていいチームじゃないんだ!

 王城の監督指示を振り払う勢いで、さらに加速する。残り、六人。

 

「く、くそ」

「コイツら、止めらんねぇぞ」

 

 助っ人のみんなが、頑張って王城ディフェンスを止めようとしてくれているが、やはり厳しいみたいだ。ほんの一瞬、十分の一秒程度で押し潰され、走行ルートの確保が困難を極めていた。

 けれど問題ない。その一瞬さえ稼げれば、十分だった。

 加速する。加速する。もっとだ。もっと。もっと。

 

「ゴールまで、残り40ヤード」

 

 瞬間。アイシールド21(小早川瀬那)は人間の限界値に到達する。40ヤード4秒2。一瞬の──日本最速(光速の世界)

 

「ぶっち切れ!! アイシールド21!」

 

 ヒル魔さんが最後のディフェンスをブロックする。一番厄介な大田原さんは、その巨体で栗田さんが止めてくれていた。もう止まらない。誰にも止められない。

 

「止めろ! そのアイシールドを止めろォ!」

 

 王城ベンチから指示が飛ぶ。後ろから進さんの次に、王城で俊足の名を馳せている猫山圭介(猫山くん)が追いかけてきた。けれど、次の瞬間には完全に引き離す。

 

「30ヤード、20ヤード! 10ヤードっ!」

 

 守備の王城、日本高校最強の城塞を速さ(スピード)でねじ伏せたのは……

 会場全体が沈黙に包まれる中、審判は両手を上げた。

 

「た、タッチダーーゥゥンッ!!」

 

 泥門デビルバッツのエースランニングバック。アイシールド21だった。

 

「YAーーHAーー!!」

「オレたち、王城相手に先制点決めちゃったよ!」

「さすがノートルダム大のエース!」

 

 後ろから、歓喜に満ちた叫びが飛んできた。

 恋ヶ浜戦に続き、二試合連続キックオフリターンタッチダウンを決め、泥門デビルバッツは聖泉球技場に鬨の声を上げた。

 

▪︎

 

「会場にいる誰もが、予想し得なかったことが起こりました。試合開始ゼロ分、王者王城ホワイトナイツに先取点を決めたのは……無名のチーム。泥門デビルバッツです!」

 

 会場全体が困惑と熱狂の、相反する反応で盛り上がる。だが、進の耳にその歓声が届くことはなかった。

 己の瞳に映るのは、ただひとり。相手チームの21番。たった今、王城相手に試合早々タッチダウンを決めた選手だった。

 40ヤード走4秒4。それが自分のタイムだ。それはこれまで高校最速と呼ばれ、音速の脚という評価を得ていた。だがしかし……21番が見せた最後のあの走りは……

 

「あれが、光速の世界……」

 

 ベンチから見ていてもわかった。奴は、間違いなく自分より速かった。隣に佇む庄司監督も、呆然とした様子であの21番を見つめている。

 

「監督、自分を出してください」

 

 気づけば呟いていた。しかし。

 

「ダメだ」

 

 厳かな声で庄司監督が否定する。

 

「こちらにも面子(めんつ)というものがある。一度スタメンから外すと言っておきながら、すぐにお前を出してみろ。それは、お前抜きでは泥門に勝てないと認めるようなものだ」

「……あの21番は、そんな程度の低い相手ではありません。奴は、王城の脅威となり得る存在です」

 

 普段、監督の指示に逆らうような真似は絶対にしない進だが、今回ばかりは違った。何より、庄司監督自身が、自分の発言に自信を持てていないように感じられた。

 

「……お前の言いたいことはわかっている。もし、次に王城がピンチに陥る事態がくれば、その時はお前を出す」

「…………」

 

 それではダメだ。その油断は、間違いなく次の失点に繋がる緩みとなる。あの21番は、一瞬の隙すら逃しはしないだろう。

 

「…………」

 

 自分はこんなところで何をやっている。そう思いながらも、進には耐えることしかできなかった。

 

▪︎

 

 6対0で泥門が王城にリード。タッチダウンの後のボーナスゲーム(トライフォーポイント)は、ヒル魔さんがキックするもゴールに入るわけもなく、王城に攻撃が移る。

 キッカーがいない上に、(ライン)も栗田さん以外は素人だから、ここは割り切るしかない。

 と──

 王城の攻撃となった瞬間、会場が溢れんばかりの大狂乱に包まれた。

 

「さあ! いよいよです! ジャリプロのアイドルにして、王城のエース桜庭春人くんの登場です!!」

「「「きゃ〜〜!! 桜庭くん〜〜!!」」」

 

 声援だけじゃない。桜庭さんの顔が映った手作りうちわから、手作りボードまで掲げられ、球技場はさながらライブ会場へと早変わりだ。それはもう、審判たちがお手上げするほどに。

 

「うるせええええ!」

「何が桜庭だっ! ()っちゃってください、アイシールドさん!」

 

 客席とは裏腹に、デビルバッツの助っ人たちからは大不評のようだった。初條さんの時以上に、殺意の波動を滲ませている。

 

「いいか、よく聞けテメーら。泥門(うち)の素人ディフェンスで王城の攻撃を100%止めるのは無理だ。パスもランも。が、そこでだ」

 

 桜庭さんの応援で、試合が一時中断した貴重な時間を利用して、ヒル魔さんが僕たちに指示を出す。

 作戦内容は至ってシンプル。わざと隙を作って王城からのパスを誘い、チャンスがきたら僕の超スピードでカットするというもの。前回(過去)のプレーと同じだ。

 

「アメフトに偶然はねえ。ラッキーパンチは狙って出すもんだ!」

 

 ラッキーパンチ。確かにその通りかもしれない。この作戦は、相手がこちらの戦力を計り違えるか、ミスをするかにかかっている。運の要素が絡んだ作戦だ。

 でも、ただの運任せじゃない。そのチャンスは、常に狙っていなければ自分のものにはできないのだから。

 続けてヒル魔さんが指示を出す。

 

「それからテメーら、ちゃんとブロックしやがれ!」

「で、でも王城相手だとパワーが違いすぎるし……」

 

 石丸さんが、控えめな口調で意見を述べる。周りの面々もうんうんと首を縦に揺らした。

 

「誰も完璧なブロックなんざ期待しちゃいねーよ」

 

 しかし、ヒル魔さんは手のひらを開き、助っ人メンバーに告げた。

 

「0.5秒だ。各々オレが指示したターゲットを0.5秒足止めしろ。それだけ稼げれば、あとはアイシールドがぶち抜く」

 

 その言葉に僕もうなずく。

 

「お願いします。王城のディフェンスを抜くには、みんなの助けが必要です」

 

 と言うと、周りの面々は互いに顔を見合わせてから、全員がこくりとうなずいてくれた。

 

「わかった。それぐらいなら、オレたちでもなんとかなりそうだ」

「任せてください! その代わり、王城の奴らに目にもの見せてやってくださいよ!」

 

 士気が高まったところで、試合が再開となる。王城が攻撃、泥門が守備の陣形を取った。すると……

 

「何!? いきなりゴールラインディフェンスだと?」

 

 泥門の展開したフォーメーションに、知的な眼鏡をかけた王城のクォーターバック、高見伊知郎(高見さん)が吟味の表情を浮かべる。

 ゴールラインディフェンスとは、ディフェンス陣形(フォーメーション)のひとつで、本来であれば文字通りゴール前の(ラン)に備えて敷く戦術のことだ。

 (ライン)を中央に固めることで突撃に強くなり、相手の力押しに対抗し易くなる。が、当然欠点もあり、中央に人を集めた分、後ろへのパスプレーには普段よりも対応しにくくなるのだ。

 

「……なるほどね。守備を(ラン)に絞って、パスは栗田のラッシュで潰すつもりか。甘く見られたものだ」

「ばっはっはっ。思い通りにはさせんぞ、栗田ァ。先ほどの借りはきっちりと返させてもらう!」

 

 高見さんと大田原さんが、気を引きしめながらスナップ体勢に入った。

 

「SET!  HUT!」

 

 ボールが高見さんの手に渡った瞬間、両チームのラインマンが激突する。王城は完全にパスプレーで攻めてきていた。

 僕は作戦で指示された通り、桜庭さんのマークにつく。けれど高見さんの安定感のあるパスは、吸い込まれるように王城の捕球者(レシーバー)、桜庭さんの手の中へと収まった。

 だが、それ以上は進ませない。着地と同時に桜庭さんを取り押さえる。

 

「パス成功! 8ヤード前進(ゲイン)!」

「「「きゃぁあ〜〜!! 桜庭くん〜〜!!」」」

 

 会場が黄色い声援に満たされる。

 

「さすがエース桜庭くん! 先ほど先制点を決めた泥門のエース、アイシールド選手も、王城のエースには一歩届かないようです!」

 

 実況の内容がやはり王城贔屓に感じられる。ただ、王城の強さは本物だ。堅実で、確実なプレー。

 大田原さんが栗田さんを止めて、高見さんが的確なターゲットにパスを出す。教科書通りの、基本に忠実なプレーだが、自力が違いすぎる泥門には、当たり前のプレーをされるだけで防ぎようがなかった。

 その後もパスが通り、連続攻撃権(ファーストダウン)を獲得され、一方的な展開が続いた。ついに泥門はゴール目前まで追い詰められる。

 

「さあ、桜庭くんの大活躍により、王城の快進撃が止まりません!」

 

 大田原さんがスナップし、ボールが高見さんの手に渡る。パスターゲットは、やはり桜庭さんのようだ。

 が、そこで。ゴールが目の前に来たことで功を焦ったのか、高見さんの正確無比なパスが僅かに、ほんの僅かに甘いタイミングで投げられた。

 いくら僕の脚が速くても、このボールは取れないだろう。そんな小さな油断を孕んだパス。

 これなら取れる。確信した僕は一気に加速した。

 

「え?」

「「「桜庭くんの邪魔をしないで〜〜!!」」」

 

 桜庭さんからは緩んだ声。観客席からはブーイングが。けれどどちらも関係ない。このパスは絶対に取る。

 両手の親指をつけて、ボールの軌道に手をかざした。

 

「ケケケ、詰めが甘ぇんだよ糞メガネ。アイシールド21をなめた時、テメーら王城が死ぬ時だ」

 

 アイシールド21vs桜庭春人。競り勝ったのは──泥門()の方だった。

 インターセプト。パスをカットして、敵から攻撃権を奪取する。アメフトの試合でたまに観ることができるビッグプレーが成立する。

 

「ま、待てっ!」

 

 力ない手を伸ばす桜庭さんを振り切り、王城陣地へ直進する。

 

「た、攻守交代(ターンオーバー)だ! 戻れ戻れ!!」

「みんなっ! アイシールドくんの道を開けて開けて!」

 

 高見さんと栗田さんが声を張り上げる。ゴールラインまで、残り90ヤード。いくら脚に自信がある僕でも、王城のディフェンスを全て躱しながら進むのには、あまりにも無謀すぎる距離。

 そう、ひとりでは無謀な距離だ。

 

「僕たちを盾に使って!」

「みんなでアイシールドさんをカバーするんだ!」

 

 栗田さんや助っ人のみんなが、ヒル魔さんの指示通り走行ルートを切り拓いていく。これだけのブロックがあれば……行ける!

 

「来たーー!! アイシールド21!!」

「行けェー、糞チビ!!」

 

 仲間のブロックに合わせて急激な曲がり(カットバック)を切り、王城ディフェンスを強引に躱していく。意表を突いたターンオーバーにより、相手の戻りもいつもに比べて明らかに遅い。走行ルートが次々と拓いていく。

 50ヤード。フィールドの半分を越えたところで、ついに爆走ランが始まった。

 

「止めろォ! 猫山ァ!!」

 

 後方から猫山くんが追ってくる。だがその走りに先ほどの切れはなく、追いつけないとわかっていながら、選手としての義務感だけで追いかけてきているのがありありと感じ取れた。

 そんな相手に捕まるわけにはいかない。当然のように引きちぎる。

 

「ご、ゴールまで残り30ヤード!」

 

 こんな展開、想像すらしていなかったのか、実況に戸惑いと狼狽が乗る。

 

「残り、10ヤード!」

 

 次の瞬間。

 

「タッチダーゥン! YAーーHAーー!!」

 

 空に向かってヒル魔さんが拳を突き上げた。泥門のスコアボードに、12の数字が刻まれる。

 泥門デビルバッツが、王城ホワイトナイツを相手に二本目のタッチダウンを決めたのだ。

 

「なんで〜〜。桜庭くんの見せ場だったのにぃ」

「でしゃばるんじゃないわよ!」

「味方の連中がだらしないのよ! きっとそうよ!」

 

 客席から飛んでくる不平不満の嵐。

 

「……あらら、オレたち完全に悪者扱いだな」

「まったくだ。こっちは一生懸命スポーツに勤しんでるだけだっつーの。ジャリプロと違って」

 

 それに泥門のメンバーが皮肉を漏らす。ただセリフとは裏腹に、その表情はどこか晴れ晴れとしていた。

 

「悪役上等! ここにいる奴ら、オレたちを除いた球場にいる全員が王城が勝って当然……そう思い込んでやがる」

 

 悪魔の笑みを携えて、泥門(我ら)の司令塔が怒号を発した。

 

「悪役が負けると決まってんのは、絵本の御伽話(おとぎばなし)の中だけだ! 悪役(ヒール)だろうがなんだろうが構やしねえ。勝ちゃいいんだ! 王城(奴ら)を主役の座から引きずり降ろしてやれ!!」

「「「おおーー!!」」」

 

 12対0。泥門の圧倒的な優勢に、チームの心がひとつになる。

 その後、例のごとくボーナスゲーム(トライフォーポイント)は失敗するも、無名チームに追い詰められるというまさかの事態に、王城の選手たちはメンタルを削られミスを連発。攻撃権は再び泥門に移る。

 大番狂わせが起きるのでは? 誰もがそう思い始めた時だった。

 

「…………!」

 

 背筋に悪寒が走った。咄嗟に後ろを振り返る。

 王城のベンチから、ひとりの選手がフィールドに出てきた。

 

「……進」

「はい」

「終止符を打ってこい」

「──はい」

 

 ついに出てきた。日本史上最強のラインバッカー(LB)にして、王城のエース。進清十郎(進さん)

 

「ケケ、ライバル様のご登場か。いけるか、アイシールド?」

「──はい」

 

 “決勝で待つ”

 僕は結局、進さんとの約束を果たすことができなかった。秋大会では西部に負けて。関東大会では神龍寺に……

 でも、だからこそ!

 

「今度こそ負けません」

「抜かせはしない」

 

 決戦の火蓋は、時を超えて切られた。

 





 アメフトクリニック。
Q.進さんのポジション、ラインバッカーってなに?
A.ラインバッカー(LB)ってのは、守備の司令塔だ。チームの真ん中で、敵からのありとあらゆる攻撃に対応するディフェンスの要だぜ! 
 ディフェンスと聞いちまったら、誰もが防御よりのイメージをしてしまうかもだが、一流のラインバッカーはちっとばかし違う。走りも、捕球も、投球も、全部止めちまうラインバッカーの守りは、まさに敵を倒す攻撃だ! ヒット&タックルで、敵をねじ伏せろ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アイシールド21vs進清十郎

 フィールドに脚を踏み入れる。王城の士気は過去に類を見ないほど、失意の底を彷徨っていた。

 しかし、戦場に降り立った(自分)の姿を見て、その気勢に僅かながら希望を見いだす。

 

「……進、出てきたか」

 

 最初に話しかけてきたのは大田原さん。どうにか気持ちを切らさないよう努めているが、その表情からはいつもの豪胆さが影を薄めていた。

 

「待たせてしまい、申し訳ありません」

 

 チームの面々に一言だけ謝罪の言葉を述べる。泥門を相手にここまで苦しい展開を強いられるようになったのは、自分がスタメン落ちするという不甲斐なさを見せてしまったからだ。

 だが……

 

「ばっはっはっ! 気にするな! お前が悪いわけじゃない。だが、あの21番が厄介でな……」

「何も問題はありません。点差はまだ12点のみ。王城(うち)であれば、十分に取り返すことは可能です。そして……これ以上点差が開くことはない」

 

 断言した。その眼に赤の21番を捉えながら。

 

「アイシールドは、自分が止めます」

 

 朗々とした声域で言い放つ。するとそれを聞いた王城の面々から期待の眼差しが向けられ、全員の顔にいつもの生気が蘇ってきた。

 

「ああ、進なら何も心配はいらないな」

「そうだ! 進さんはオレたちのエースだ! アイシールドにだって負けやしねぇ!」

 

 その称賛に、進は毅然とした態度で応える。腕から指先に力を入れた。本番はここからだ。

 泥門が攻撃の陣形を取り、王城はそれに合わせて守備の体制を取る。進の参戦によりチームから浮ついた空気が消え、地に足をつけた普段通りのディフェンスがその真価を見せ始めた。

 

「SET! HUT !」

 

 栗田からのスナップで、両陣営が一斉に飛び出した。しかし進は一呼吸の間動きを止め、冷静な瞳で観察に徹する。

 泥門の陣形、一見するとアイシールドに大外を回り込ませるよう見せているが、栗田を筆頭に壁を中央に集中させていた。ベンチで観察していても読み取れたが、向こうのクォーターバック、蛭魔妖一はこの試合、ここぞという場面では必ず栗田とアイシールドの二人を起用している。にもかかわらず、その栗田が中央にいて、アイシールドだけが大外に向かおうとしていた。

 

「──方向転換(カウンター)か」

 

 アイシールドが大外から中央に切り返す直前、相手の作戦を看破した進が動き出す。泥門のブロッカーを薙ぎ払い、ボールを保持する21番、アイシールドを潰さんと手を突き出した──瞬間。奴が加速する。

 しかし、それでは一歩遅い。泥門の作戦を先読みしていた進は、アイシールドより半歩早く中央に向かって動き出していた。指先が標的を捕らえる。が、進が捕らえたと確信した──瞬間。その指先はあっさりと弾かれた。

 

「……!」

 

 回転(スピン)。アイシールドはこちらが奴の身体を完全に捕らえきる直前、全身をコマのように円運動させ、迫り来る進のタックルから強引に抜け出してきたのだ。

 マズい! 奴のスピードで縦に抜かれれば、それを止める術はない。間に合うか!?

 

「オォォオオ!!」

 

 気づけば思考より早く手を動かしていた。弾かれた手とは反対の手で、強引にタックルを繰り出す。

 

「1ヤード前進(ゲイン)!」

「「「おおおおおおおお!!」」」

 

 周囲から歓喜の叫びが上がる。

 

「よくやった! さすがだな、進!」

「すげえ!! アイシールドを止めた!」

 

 仲間たちから感嘆の嵐が降り注ぐ中、進は己の手のひらを見つめていた。

 危なかった。もし自分が泥門の作戦を先読みできなければ、もしアイシールドの体格に人並み程度の筋肉がついていれば、抜かれていたのは自分の方だったかもしれない。

 ふと視線を前に向ける。薄く煌めくアイシールドに隠れてはいるが、それでも尚、隠しきれない奴の闘志が伝わってきた。

 

 ──今度こそ。

 

 こめかみから、冷や汗が流れる(つたう)のがわかった。

 だが……

 

「面白い」

 

 たった一回。たったワンプレーの邂逅だが、理屈も根拠も関係なく、進はそれを理解した。

 アイシールド21。彼こそが、自分の生涯のライバルなのだと。

 

▪︎

 

「アイシールドさんが止められるの、初めて見た……」

 

 泥門の助っ人メンバーが驚きの声を発する。

 いやいやいやいや。僕なんて、しょっちゅう止められているから。むしろ、これまでが上手くいきすぎていたぐらいだから。

 

「……ケッ、ま、そう楽はさせちゃくれねぇか」

「……やっぱり進くんは強いね」

「問題は進だけじゃねぇ。奴が入ったことにより、王城のディフェンスが完全に息を吹き返しやがった」

 

 ヒル魔さんの意見に、僕も同意する。単純に、進さんひとり抜けばいいなんて話じゃない。王城全体が、ようやく本来の力を取り戻したのだ。

 

「行けっか、糞チビ?」

「はい。次も(ラン)で行かせてください」

「ケッ、あの(バケモン)を相手に、自ら突っ込んでいくか」

 

 楽しそうな顔でヒル魔さんが笑う。そうだ。確かに進さんは強いけど、強すぎるけど、でも、やっと同じ戦場に立つことができたんだ。

 過去の一戦(あのとき)はほとんど向き合うことすらできなかったけど、今は違う。自分からぶつかって行くんだ、進さんに!

 

「SET! HUT!」

 

 栗田さんからヒル魔さんへ。ヒル魔さんから僕にボールが手渡される。密集地帯の中央からじゃ、やっぱり厳しい。セオリー通り外へのルートを選択する。しかし。

 

「がっ……!」

 

 止められた。進さんの片腕を伸ばすタックル、スピアタックルで。

 

「「「進ーーッ!!」」」

 

 王城の選手が進さんの周りに集まる。ダメだ、やっぱり一筋縄じゃいかない。でも。

 

「そうだ、これが進さんなんだ」

 

 無意識に心が高揚する。僕がアメフトにのめり込むことになったきっかけ。進さんとの闘いがあったからこそ、進さんに勝ちたいと心の底から願ったからこそ、今の僕があるんだ。負けられない。

 もう一度(ラン)で攻撃する。が、やはり抜くことはできず、泥門は四度目の攻撃にキックを選択。

 孤を描くキックが、泥門陣地から王城陣地へ。

 

「チッ」

 

 しかし、当然のように泥門の選択を読んでいた王城が、そのボールをキャッチする。走る選手(リターナー)は、猫山くんだ。

 

「糞猫を潰せーー!!」

 

 泥門が相手のリターンを阻止しに動く。

 

「させるかーー!!」

 

 それを王城が防ぐ。ボールとの間に無理やり身体をねじ込み、猫山くんの走行ルートを切り拓いていく。

 

「行かせないっ!」

「負けんぞ栗田ァ! 東京最強ラインマンがどちらなのか、はっきりとわからせてやる!」

 

 栗田さんをブロックした大田原さんの背後から、猫山くんが素早い身のこなしでフィールドを駆け抜ける。

 その真横から、今度は石丸さんが止めにかかるも、王城のブロッカーに捕まり動きを封じられてしまった。

 

「糞チビ! テメーが最終防衛線だァ!」

「はい!」

 

 ヒル魔さんの指示より早く、僕は脚を動かしていた。僕が止めなきゃ。けれど、それを通すほど王城は甘いチームではない。

 

「お前の相手はこのオレだ。アイシールド21!」

 

 進さんだ。最強のラインバッカー、進さんが猫山くんをリードブロックして、僕の(ラン)を食い止める。もう、止められない。

 駆け寄った審判が、両手を上に掲げた。

 

「タッチダーゥゥン!!」

「ああああああああああ!!」

 

 先ほど、僕との(ラン)合戦で自信をなくしていた猫山くんが、その場でヘルメットを脱ぎ捨て、目尻に涙を貯めるほど激情を乗せた雄叫びをあげた。

 

「「「猫山ぁぁーー!!」」」

 

 王城チームから歓喜の声が飛び交う。

 その後、ボーナスゲーム(トライフォーポイント)まで決められ、点差は12対7にまで詰め寄られた。

 

「王城が初得点を決めました! ここからついに逆転劇が始まるのか!?」

 

 実況にも熱が戻る。猫山くんのタッチダウンは、それほどまでに場の空気を変えたのだ。

 第一クォーターが終了し、第二クォーターは泥門の攻撃から開始する。だけど、勢いを取り戻した王城には、僕の(ラン)も、意表を突いた石丸さんの(ラン)も、助っ人へのパスも、その全てが通用しなかった。

 攻撃権は泥門から王城へ。そこからの展開はあまりにも一方的なものだった。ただ走って、短いパスを投げる。ただそれだけのなんの変哲もないプレーに圧倒され、泥門は王城の攻撃を止めることができず、点差は12対14。

 試合も中盤戦に差しかかったところで、逆転劇を許してしまった。

 

「あああ〜〜。どうしよう、ヒル魔!?」

 

 スコアボードに刻まれた数字を見ながら、栗田さんが目を泳がせる。

 

「安心しろ、まだ試合は終わっちゃいねえ。泥門にも勝ちの目は残ってる」

「え? 本当?」

「ああ、2%ほどだがな」

「「に、2%……」」

 

 あまりの確率の低さに、僕と栗田さんは肩を落とした。けれど、ヒル魔さんの顔に敗北の文字は記されていなかった。

 

「十分よ。素人の寄せ合わせチームで、王城相手に勝機があるんだ。0%でなきゃ、勝負捨てんのはまだ早え」

 

 そうだ、まだ勝負を捨てるには早すぎる。勝てる可能性だって0じゃないんだ。

 攻撃ターンは再び泥門に回り、全員が配置につく。

 

「SET! HUT HUT!」

 

 ボールがヒル魔さんから手渡され、僕は石丸さんとともに大外を回る。

 しかし、それを一瞬で察知した進さんが、盾の石丸さんを押し退け、僕の(ラン)を最小限の被害で潰した。

 

「…………」

 

 寡黙な進さんは、何も告げずに王城陣地に戻っていく。

 だけど、僕を徹底的にマークしているのは、これまでのプレーでも感じていた。

 

「さすがのテメーも、この状況で進の相手は厳しいか?」

 

 珍しくヒル魔さんがそんなことを訊いてきた。僕はすぐさま否定する。

 

「いえ、行けます! 次も……」

 

 「(ラン)で行かせてください」と言おうとして、ヒル魔さんの表情に気づく。今まで何度も見てきたその風骨は、何かとんでもない手を隠している時のそれだった。

 

「なら、次は練習したあのプレーで行くぞ」

「……あ、はい!」

 

 僕はうなずき、すぐさま攻撃の陣形についた。栗田さんがどっしりと構えた瞬間、ヒル魔さんが合図を出す。

 

「SET! HUT!」

 

 途端、僕は飛び出した。横に向かって。

 

「…………!」

 

 しかし、ボールは未だにヒル魔さんの手の中にある。わざと視界に映るよう高々と掲げられたボールに、王城の選手たちが目を釘付けにされた、その瞬間。ボールはアイシールド()の方へ投げつけられた。

 今まで、散々ランプレーの印象を植えつけてからのパスプレー。

 

「誰も、泥門(うち)にパスがねえと言った覚えはねぇ」

 

 いける! 僕とヒル魔さんはそう確信した。

 初めて披露する戦術な上、王城は完全に僕の走りを警戒した中寄りの守備陣形を敷いていた。

 これなら通る! そうだ、本来なら間違いなく通っていた。

 が──

 

「うおおおおおおお!!」

 

 そのボールはあと数cmのところで、進さんの手によって弾き飛ばされた。

 ボールは一時的にフィールドの外へ。パス不成功(パスインコンプリート)

 

「このォ、糞バケモンがッ」

 

 うめくようにヒル魔さんが漏らした。

 止められた。未来ですら身につけていなかった、正真正銘、過去(ここ)で新たに身につけたパスプレーを、最初の一回で。

 

「言ったはずだ、アイシールド21。お前の相手はこのオレだと」

「……進さん」

 

 それだけを告げて、進さんは自身の仲間のもとへと戻っていく。

 打つ手のなくなった泥門は、もう一度僕の(ラン)で攻めるも、焼き回しのように進さんに止められ、距離(ゲイン)を稼ぐことはできなかった。

 

「抜かせはしない、試合終了の笛が鳴るその時まで。アイシールド21、お前はオレが全力で止める」

 

 全力で止める。そんなの僕だって一緒だ。だって相手は進さんなんだ。全力を出したって足りないぐらいなのに……

 

「全力を出したって……」

 

 全力? 僕は今のプレー、本当に全力だったか? 待てる力の全てを使っていたのか?

 

「時間がもったいねえ。すぐパント(キック)すんぞ」

 

 ヒル魔さんの号令に、泥門が陣形を取り始める。

 そうだ。今負けてるのは泥門なんだ。逆転するには時間が必要なんだ。だから、早くプレーを再開しなくちゃいけない。なのに、僕は叫んでいた。

 

「もう一度、(ラン)で行かせてください!」

 

 ほとんど無意識のうちに叫んでいた。この会話は王城にも筒抜けだ。それでも止められない、止まるわけにはいかない。

 

「? 聞いていなかったのか糞チビ。泥門(うち)は既に三回攻撃を失敗してる。ここでミスったら……」

 

 が、それを遮って。

 

「進さんを抜きます!」

「────」

 

 時間が止まる。それは秒にも満たない時間だった。

 そして、時計の針は動き出す。

 

「全員突撃! 作戦名は掃除(スイープ)だ! 完全に止める必要はねえ! “進以外”の奴を足止めしろォ!!」

「「「おう!!」」」

 

 僕と、ヒル魔さんと、栗田さん以外、泥門デビルバッツのメンバーはみんなただの助っ人だ。本当なら試合に出る必要すらないのに、全員が僕たちのために身体を張ってくれているんだ。なら、せめて僕もプレーで応えなくちゃいけない。

 だって、僕は──

 

「ばっはっはっ! 正気か貴様ら? 王城ホワイトナイツ相手に、バカ正直に正面から挑むつもりか?」

「セナく……じゃない。アイシールドくんがやる気なんだ。だったら僕たちがその道を作らなくちゃ!」

 

 だって、僕は──

 

「SET! HUT!!」

 

 小細工なし、宣言通りに僕にボールが手渡される。

 

「アイシールドさんに道を作れっ!」

「一秒でも長く足止めするんだ!」

 

 仲間たちが最強守備を誇る王城を相手に、捨て身のブロックを作る。狭いけど、本当に僅かな間だけだけど、僕が通れる走行ルートが拓いていく。

 しかしこの程度の状況は、王城側も織り込みであった。

 

「策に溺れたな、ヒル魔。確かに栗田に大田原を止めさせ、進以外にターゲットを絞れば、一瞬なら素人ディフェンスでも足止めぐらいはできるかもしれない。だが、肝心のその進がフリーだ」

 

 眼鏡をくいっと上げながら、ベンチに座る高見さんが論説を語る。

 

「ケケケケ、言っただろ糞メガネ。アイシールド21をなめた時、テメーら王城が死ぬ時だ」

 

 続けざま、会場全体を震わせる威勢を纏わせた弾丸が、ヒル魔さんの口から放たれた。

 

「行けっ、アイシールド21!! 凋落の王家を、玉座の間から引きずり降ろしてやれ!!」

 

 走る。走る。走る。

 心のどこかで思っていた。未来で得てきた力を使うのは卑怯だって。時間をさかのぼってやり直すのはズルだって。

 でも、もうそんなのは関係ない。アメフトに卑怯なんて言葉は存在しない。

 ──勝つ、それだけだ。

 手を抜いちゃいけなかった。ヒル魔さんも、栗田さんも、石丸さんも、助っ人のみんなも、王城の選手も、そして進さんだって。みんなみんな今できることを全力でやってるんだ。ひたすらに前だけを見て走ってるんだ。だったら、僕も手なんか抜いていられない。

 加速する。正面から進さんが来る。みんなが決死の覚悟でブロックしてくれたおかげで、スペースが空いた。

 進さんと真っ向からの一騎打ち。ここで使うしかない。

 刹那、身体を大きく前に倒した。身体は覚えていなくとも、心が、魂に刻ませた強敵たちとの闘いの記憶が覚えている。スピードを落とさないブレーキで、一歩でジグザグに踏み切る。

 

「抜かせん!」

 

 進さんの片腕(スピア)タックルが迫ってくる。

 が、一瞬。進さんのスピアタックルが、こちらに届くより一瞬だけ速く、アイシールドの姿が球場から──消えた。

 

「……ッ!」

 

 40ヤード走4秒2のスピードから繰り出される、まったく減速しないクロスオーバーステップ。

 アイシールド21(小早川瀬那)の必殺技。

 

 ──デビルバットゴースト。

 

 正面から進さんのスピアタックルを完全に回避して、左に作り出したステップ(ゴースト)を囮に、右サイドから走り抜ける。

 

「そんな、バカな……進のスピアタックルが!?」

「YAーーHAーー!!」

 

 王城からは激震が、泥門からは奮起の咆哮が。

 だが……

 

「まだだ!」

 

 進さんが来る! まだだ。まだ脚を止めるわけにはいかない。このまま光速の世界(トップスピード)を維持し続けたまま走り抜けるんだ!

 

「…………」

 

 実況が止まる。客席から応援の声が消える。この球場にいる全ての人間が、アイシールド21と進清十郎。二人の起こす世紀の(ラン)合戦に目を奪われていた。

 

「行かせはしない、アイシールド21!」

 

 超高校級のスピードで、進さんが追いかけてくる。でも負けるわけにはいかない。スピード勝負なら、相手が進さんでも負けることは許されない。

 だって僕は、僕が──アイシールド21(時代の最強ランナー)なんだから。

 

「…………」

 

 次の瞬間。僕は進さんを引き離す。

 触れもしないスピードには、どんなパワーも通じない。

 

「「「…………」」」

 

 球場全体が沈黙と熱気に覆われる中、審判が両手を上にして告げた。

 

「タッチダーーゥゥンン!!」

 




 アメフトクリニック。
Q.試合で選手たちが動く前にクォーターバックが叫ぶ「セット、ハット」って、どんな意味?
A. SET! HUT!とは「位置につけ、注目しろ!」ってな感じの意味だぜ。チームによってかけ声を変えるところもあるが、日本だとこれが一番有名なかけ声かもな?
 作戦会議で何度目のハットコールで動き出すかを予め決めておいて、相手のリズムを狂わせるなんて使い方もできるんだぜ! あと稀にハットコールのかけ方で作戦を伝えたりするトリッキーなチームもプロの世界にはいるんだ。有利な状況を作り出せ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローは、誰だ?

「YAーーHAーー!!」

 

 タッチダウンを決めたことにより、泥門に6点が追加され、点差は18対14。逆転に成功した。

 

「やっべぇーー!! なんだ今の走り!!」

「鳥肌が立った! オリンピックを生で見た気分っ!」

「アイシールドくん! すごいよ〜」

 

 泥門のメンバーがこぞって僕の方に駆け寄ってくる。それに応えようと、僕も立ち上がろうとして……

 

「ぐっ……」

 

 その場で倒れ込んでしまった。脚が、動かない?

 

「タイムアウトォ!」

 

 異変に気づいたヒル魔さんが時計を止めた。栗田さんに背負われ、僕はフィードの外へと運び込まれる。

 

「せ……っ、アイシールドくん!?」

「糞マネ、アイシングの用意だッ!」

 

 ベンチから血相を変えたまもり姉ちゃんが近寄ってきて、ヒル魔さんが指示を出す。

 脚の骨に異常がないのを確認した後、僕は膝にアイシングを当て、熱を冷ますように冷却を始めた。

 

「大丈夫なの? 痛くない?」

「大丈夫だよ、まもりねぇ……マネージャーさん。少しよろけただけだから」

 

 嘘だ。デビルバットゴーストからの光速ラン。

 未来ではこれぐらいの無茶をしてもまだまだ走ることができたが、過去に来て、身体も鍛えていない今の状態では、さすがに無理がたたったようだ。

 

「糞チビ、進を抜いたあの走りはなんだ?」

 

 座って脚を休ませている僕に、ヒル魔さんが問いかける。

 

「あれはデビルバットゴーストと言って……その、一応僕の必殺技みたいな感じの技です」

「……デビルバットゴースト、か。なかなか悪かねえネーミングセンスだ」

 

 いえ、名付けたのは僕じゃありません。

 

「こんな土壇場まで隠していやがったのには、文句のひとつも言ってやりてえところではあるが……どうやら相当、諸刃の剣みてーだな」

「……はい」

 

 隠しきるのは無理そうなので、素直にうなずく。今もまだ脚が思うように動かない。

 試合が始まってから、ずっと動き続けてきたのだ。思っていた以上に、自分の身体に無理をさせてしまっていたらしい。

 

「……交代だな、糞チビ」

「……え?」

 

 え? 今なんて? 交代?

 

「待ってください! まだ走れます!」

「ダメよ! 無理をしちゃ!」

「やっと進さんと勝負ができるんです! こんなところで……」

 

 まもり姉ちゃんに心配をかけているのはわかっている。でも、今だけはやらせて欲しい。

 そう思って前を見ると、ヒル魔さんの顔は──笑っていた?

 

「勘違いすんな、糞チビ。誰もあきらめちゃいねーよ」

「え? それってどういう?」

「何か作戦でもあるの、ヒル魔?」

 

 僕と栗田さんは同じ疑問を口にする。

 

「第三クォーター丸々、テメーをベンチで休ませる。勝負所はラスト、第四クォーターからだ。それまではオレたちに任せろ」

「……任せる?」

 

 周りを見渡す。ヒル魔さん、栗田さん、石丸さん、泥門の助っ人のみんな。みんな泥だらけになりながらも、あきらめの表情なんて浮かべていなかった。

 そうだ。何も僕ひとりで頑張る必要はないんだ。僕たちはみんなで闘っているんだから。

 

「はい、みんなを信じます!」

 

 僕の言葉に、全員が任せろと応えてくれた。

 

▪︎

 

 王城ベンチは現在、お通夜ムードと化していた。

 前半二回のタッチダウン、あれは自分たちが実力を出し切れていなかったから。そういう言い訳ができなくもなかった。だが、今のタッチダウンは違う。王城は間違いなく、実力勝負で泥門に押し負けたのだ。

 全員の頭にはっきりと浮かぶ、敗北の二文字。

 

「うろたえるなッ!!」

 

 それを跳ね返したのは、庄司監督だった。

 

「点差は18対14。まだたったの4点差だ。タッチダウン一本取れば逆転できる」

 

 その通りだ。互いの総合力を冷静に分析すれば、逆転できない方がおかしい点差である。

 しかし、王城メンバーが懸念している箇所はそこではなかった。

 

「で、ですが、また泥門にボールが渡った時、誰があのアイシールドを止めるんですか?」

「進を正面から抜き去っていく奴ですよ? あんなのオレたちじゃどうしようも……」

「確かに! だが、あのアイシールド、どうやってお前のスピアを躱したんだ?」

 

 すがるように問いかける面々の中、唯一元気の有り余っている大田原さんが訊ねてきた。

 

「……わかりません。初めて体験する感覚でした。自分は確かに奴を捕らえた、否。捕らえたつもりでいた」

 

 だが、気づいた時には既に遅かった。もしあの走りを自在に操れるのであれば、まさに悪魔の走りと評する他ない。

 

「お前たち、プロの走りを目の前で見たことがあるか?」

 

 突如投げつけられたその質問に、全員が否定の反応を浮かべる。そんな自分たちに庄司監督は続けて言った。

 

「本当に、煙のように──消えるんだ」

 

 全員の喉元から唾を飲み込む音が聞こえた。

 ああ、それだ。実際に体験した自分だからこそわかる。奴の、アイシールドの走りはまさにそれだった。

 

「…………」

 

 掠らせることすらできなかった己の手のひらを見つめる。恐ろしい。手の届かない相手とは、こんなにも恐ろしいものなのか。だが、それと同じぐらい、いや、それ以上に気持ちが昂っている自分がいることを、進は明瞭に自覚していた。

 何を考えている。自分の失態で点を決められておきながら、いったい何を……

 

「進」

「……ッ!?」

 

 ハッとなって前を向く。庄司監督が自分の名前を呼んでいた。

 

「進、お前も少しは大田原を見習え」

「ん?」

 

 大田原さんを見習う? もっと声を出せということか。

 

「……念のために言っておくが、試合中に尻をかきながら鼻くそをほじれと言ってるんじゃないぞ。もっとお前もバカになれと、そう言ってるのだ」

「バカに?」

 

 己の理解力が足りないせいか、監督の言いたいことがよく飲み込めなかった。すると、それを察した庄司監督が継いで話す。

 

「余計なことは考えるな! この試合、もし、またあのアイシールドが出てくることがあれば、お前は奴を止めることだけに集中しろ。他のことは、他の奴に任せてしまえ」

「……!」

「闘いたいのだろ? 奴と」

「……はい」

 

 思考もなくうなずいていた。

 

「猫山、中脇(なかわき)、お前たちは進のサポートに徹しろ!」

「「はい!」」

 

 二人が監督指示に了承を返す。

 

「いいかお前たち! 今この場で認識を改めろ。泥門はただの弱小校ではない。王城の優勝を阻まんとする歴然たる難敵だ! 一秒たりとも気を許すな。試合が終わるその時まで、全力で押し潰せッ!」

「「「はい!」」」

 

 気合いの入った返事にうむと首を縦に動かしつつ、庄司監督は自分(こちら)に顔を向ける。

 

「長年、アメフトの監督を続けてきたが、あれほどの人材を見るのは初めてだ。あれは論ずるまでもなく、高校最強のランニングバック(RB)。いや、数年後には日本最強になっていてもおかしくはない。才能もさることながら、よき指導者にも恵まれたのだろう」

「…………」

「だが、もう一人、それに並ぶ選手がここにいる。お前だ、進ッ!」

「──はい」

「奴を、アイシールド21を、その手で仕留めてこい!」

「はい!」

 

▪︎

 

「いいかテメーら! 死ぬ気で王城に食らいつくぞォ!」

「「「おおォ!!」」」

 

 第三クォーターが始まり、王城の攻撃からスタート。僕は脚を休ませながら、まもり姉ちゃんの隣でみんなの応援に参加する。

 

「頑張って、みんなーー!!」

 

 まもり姉ちゃんが声を張りあげる。泥門のみんなは本当に頑張っていた。ベンチでプレーを見るなんて、ほとんど初めてに近い経験だったけど、選手たちの気迫がここまで肌で感じることができるほどすごかった。泥門のみんなも、あの王城相手に、本当に必死で食らいついていて……

 でも、気迫だけでは実力差をひっくり返すことはできず、ついにタッチダウンを決められ。さらに第三クォーター終了間際にキックによる3点も追加された。

 点差は泥門が18点、王城が24点となり、再逆転を決められた形となる。

 けど、みんなが頑張ってくれたおかげで、奇跡的に一本タッチダウンを決めれば、追いつくことが可能な点差だった。僕も十分に脚を休ませることができた。

 だから……

 

「行くのね、セナ?」

 

 そう問いかけるまもり姉ちゃんに、僕は言った。

 

「うん、行ってくるよ」

 

 第四クォーター。僕は再びフィールドに降り立つ。

 すると……

 

「さあ、お待たせしました! ついに泥門のエース、アイシールド選手の復活です!」

「行けーー! アイシールドォォ!!」

「逆転劇を見せてくれっ!!」

「あきらめるなよ、泥門デビルバッツ!!」

 

 球場がアイシールド()の登場に沸いた。

 もちろん、桜庭さんと比べるなんて烏滸がましい数だけど、試合が開始した直後の泥門に対するアウェーな感じは、いずこともなく消え去っていた。

 

「うわー、すごい人気だね〜。泥門(うち)が声援を浴びるなんて、初めてかも」

「ケケケ、球場にいる糞観客どもも、ようやく理解し始めやがったんだ」

 

 感動を口にする栗田さんに、ヒル魔さんが応える。

 

「何もスポーツに限った話じゃねーが、極めた一芸ってヤツは玄人素人関係なく、人間の心を揺り動かす。つまり、奴らの闘いはそういう次元に達してるってこった。なんせ今から見れんのは……下手すりゃ、日本最強走者(ランナー)を決める闘いだからな」

 

 進さんと視線がぶつかる。雑音が消え、遠くにいるはずの進さんの声だけが耳に届く。

 

「ようやく出てきたか、アイシールド」

「進さん……」

 

 両者の間に、目に映らない闘志の渦が巻き起こる。

 

「お前のあの悪魔の走り、オレが必ず止めてみせる」

「はい、僕も全力で進さんにぶつかっていきます」

「受けて立とう」

 

 相対する進さんの視線を真っ向から受け止め、僕は泥門の輪に加わった。

 

「待ってました、アイシールドさん!」

「まだ点差は6点差、タッチダウン一本で逆転できる。行けるな? 糞チビ」

 

 ヒル魔さんの問いかけに、僕はまっすぐに応えた。

 

「行けます!」

 

 そして、試合の行方を決める第四クォーターが開始した。

 蹴られたボールを石丸さんがキャッチして、進さんに止められたところから、泥門の攻撃が始まる。

 

「SET! HUT!」

 

 ヒル魔さんのハットコールから、栗田さんがボールをスナップし、そのボールが僕へと手渡される。第四クォーター最初の攻撃は、僕のランプレーで口火を切った。

 中央からの突破は厳しい。定石通り、外からの(ラン)で攻める。だが、そのルートは当然向こうにも読まれていた。進さんが来る。

 

「日本史上最強のラインバッカー、進選手に立ち向かうのは、この球場に突如として現れた謎のスピードスター、アイシールド選手! 試合の命運はこの二人の手に握られたと言っても過言ではありません!」

 

 観客たちが、固唾を呑んで勝負の行方を見守る。そうだ。パスが使えない今、僕が進さんを抜くしかないんだ。でも、力勝負じゃ勝ち目はない。詰め寄られる前に躱すんだ!

 上体を傾ける。スピアの間合いを見極め、最後の一歩で踏み切る。今度は右に作ったゴーストを囮に、左側から走り抜けた。いや、走り抜けたつもりでいた。

 しかし、地面に倒されたのは僕の方だった。

 

「「はぁ、はぁ、はぁ」」

 

 僕を止めたのは、猫山くんともう一人の王城の選手。進さんの陰から現れた彼らは、デビルバットゴースト発動後の隙を突いて、僕が走り切る前に止めたのだ。

 

「1ヤード前進(ゲイン)!」

 

 進さんを躱して少しだけ進むことはできたが、その距離は微々たるもの。

 

「チッ、王城の奴ら、早くも対策を練ってきたってわけか」

 

 舌打ちを鳴らしながら、ヒル魔さんが状況を冷静に分別する。僕の(ラン)に集中警戒する。王城からすれば、取って当然の策だった。

 二度目の攻撃、泥門はもう一度ランプレーで攻める。先ほどとは逆の方向から、先ほどと同じ左側から抜きにかかる。が、またしても後ろに備えていた二人の選手に僕の(ラン)は潰された。

 本来なら猫山くんたちを、泥門の誰かがブロックしてくれれば抜き去ることは可能なのだが、そうすれば今度は(ライン)が崩壊して、ランプレーどころの話じゃなくなってしまう。ここにきて、両チームの自力の差が大きく出始めた。

 

「SET! HUT HUT!」

 

 そして、三度目の攻撃。ヒル魔さんからボールを受け取った僕は、もう一度外からのルートを選択。

 (ライン)のみんなは、ほとんど助っ人メンバーばかりなのに、それでもなんとか頑張ってくれているんだ。無茶でもなんでも僕が得点を決めなくちゃ。

 

「抜くんだ、進さんを! 何度でも!」

 

 片腕から繰り出される、進さんのスピアタックル。

 しかし、僕はそれよりも一瞬だけ早くデビルバットゴーストのステップに入っていた。左に作ったゴーストを囮に、今度は右サイドから抜いていく。

 否、抜いたつもりでいた。されど……

 

「捕らえたぞ、悪魔の走り」

「!」

 

 言い知れぬ震えが背筋を凍えさせた。が、気づいた時には遅かった。

 進さんのもう片方の腕が伸びてくる。スピアタックルを囮に、もう一度スピアタックル! 先ほどの片腕は囮だったのだ。

 

「あがっ……!」

 

 痛みが身体を襲う。見切られた。完全に見切られた。

 進さんの射程の長さは知っていた。だから、僕もそれに合わせてデビルバットゴーストのステップを踏み込んでいた。それでも捕らえられたということは──成長したということだ。進さんが。闘いの中で。恐るべき早さで。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 激昂が球場を破裂させる。

 そんな進さんの姿を眺めながら、僕は「やっぱり進さんはすごいや」と、場違いな感想を抱いていた。

 

▪︎

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 オレはその激昂をベンチから聞いていた。

 

「あの冷静沈着な進が……」

 

 初めて見た、進のあんな姿。あれほどまでに感情を表にする姿は。

 

「いいぞ、進! よく止めた!」

 

 鬼監督として有名な庄司監督が、手放しで進に声援を送る。ああ、初めてではないが、これも珍しい光景だ。でも、監督の気持ちは自分──桜庭にも理解できた。それほどまでに、今の闘いはすごかった。そして思った。

 

「やっぱり次元が違う」

 

 顔をうつむける。オレだって練習はいっぱいしてきた。そりゃあ、進ほどストイックにはなれなかったけど、それでもやれることはやってきたつもりだ。

 小さい頃から運動はよくできた方だった。だからアメフト部に入った時も、なんの根拠もなく自分はすごい選手になれると、そう信じて疑わなかった。

 

「けど、現実は違った」

 

 いたんだ、本物の天才が。自分とは違う、本物の才能を持つ男が。その上、その男は誰よりも努力した。勝てるわけがない。いつからそう思うようになったのだろう? いつから、相手はあの進なのだから勝てなくても仕方ないと、自分に嘘を吐きはじめたのだろう?

 でも、そんな言い訳は、今日の試合で完膚なきまでに打ち壊された。いたのだ、あの進と闘える選手が。そして思った。

 

「なんでオレじゃないんだ……」

 

 進だから勝てなくても仕方ない? はは、本当に嘘ばっかりだ。アイドルを始めたのだって、本当は言い訳からのただの逃避だ。

 

「あ……」

 

 考え事をしていたら、ヘルメットに貼っていたアメリカンバーガーのシールが剥がれて落ちた。

 桜庭の所属するアイドル事務所、ジャリプロが契約している飲食店のひとつで、このシールは常に身につけておけと、プロデューサーからも指示されていた。

 

「拾わなきゃ……」

 

 身体を乗り出し、無意識に手を伸ばす。

 すると……

 

「いいいい!?」

「え?」

 

 自分のところに、進と熾烈な激闘を繰り広げていたはずのアイシールドが突っ込んできた。

 ぶつかる! と思った瞬間、目にも止まらぬ超スピードでアイシールドがフィールドの外に出て、事なきを得る。

 

「何をやっているんだ桜庭ァァ!!」

「ひぃ……!?」

 

 庄司監督に怒鳴られた。そして気づく、今、自分がいる場所に。

 

「あ、オレ……」

 

 ベンチにいるはずのオレは、フィールドの中に脚を踏み入れていた。アイシールドが来たんじゃない、オレが試合に割り込んでしまったんだ。

 

「すまない。プレーの邪魔をしてしまった」

 

 あの庄司監督が、アイシールドに向かって頭を下げる。

 

「ええええ!? いえ、大丈夫ですから、気にしないでください」

「大丈夫なわけあるか、糞チビ!」

 

 慌てふためくアイシールドの後ろから、泥門のクォーターバックが駆け寄ってくる。

 マズい、オレはとんでもないことをしでかしてしまった。そう認識した瞬間、足元に黄色い布(イエロー)が投げ込まれた。

 

「アンスポーツマンライクコンダクト。王城ホワイトナイツ。18番。15ヤード後退」

 

 審判からの反則を告げるコール。反則? 誰が? オレが?

 

「す、すみませんっ!」

 

 慌てて頭を下げる。向こうのクォーターバックも、審判とやり合うつもりはなかったのか、舌打ちひとつ残してその場を去っていった。

 罪悪感に苛まれながら、オレはベンチに戻る。

 

「監督、オレ……」

「…………」

 

 怒られると身構えたのだが、監督は何も言わずオレの隣に座った。

 

「…………」

 

 ああ、何をやっているんだ、オレは。

 

「ついに、アイシールド選手をその手に捕らえた進選手! だが、アイシールド選手も負けじと突っ込む! 激しく動くシーソーゲームを制するのは、いったいどちらなのか!?」

 

 実況が二人の闘いに入れ込む。客席にいる人たちも同様だ。

 ここにいるみんなはジャリプロのアイドル、桜庭春人を応援しに来たはずなのに、いつの間にやら関心は進とアイシールドの二人に移ってしまった。

 わかってる、自分でもそうする。オレだって客席にいたら、オレなんかより、あの二人を応援するに決まっている。わかってるんだ、そんなこと。なのに、なんでこんなに悔しいんだ。

 こんな顔、ファンの人たちには見せられない。

 

「……自分がみじめだと思うか、桜庭?」

「……はい」

 

 消えそうな声で、監督の問いに返事をする。

 

「涙のひとつも流せない男に、強くなる資格など存在しない」

 

 オレは反則までしてチームの脚を引っ張ってしまった。なのに監督の声は、かつて聞いたことがないほど穏やかなものだった。

 

「なぜ、お前を王城のレシーバーに選んだか。わかるか、桜庭?」

「…………」

「アイドルだから? いや違う。身長が高いから? いやそれも違う。お前が王城のレシーバーの中で、一番強くなれるからだ」

「!?」

「前を見ろ、桜庭。今は遠くに感じてしまうだろう。だが、あそこがいずれ、お前の闘う場所だ」

 

 その言葉に釣られ、前を見た。進とアイシールド。二人が競い合う場所を。

 目が霞む、視界がぼやけて前が見えにくい。それでもオレは、その場所から目を背けることができなかった。

 

▪︎

 

 王城がペナルティーを食らった後、しばらく泥門の攻撃が続くも、守備の王城が名の通りその貫禄を見せつけ、こちらの攻撃を防ぎきり、タッチダウンを決めることは叶わなかった。

 そして、攻守交代。そこからの流れは止めようがなかった。王城の基本に忠実な攻撃に、来るとわかっていても対応することができず、泥門は得点を許してしまう。

 点差は試合終盤、泥門が18点。王城が30点。追いつくどころか、逆に引き離される形となってしまった。

 その後、再び攻撃権は泥門に移るも、じりじりと時間を稼がれ、試合時間は残り二分に迫っていた。

 

「あー、くそ! やっぱ王城つえー」

「途中勝てるかもって思ったけど、さすがにオレらじゃ厳しいよな」

 

 泥門のメンバーから、あきらめの声がちらほらと聞こえ始める。僕自身、このままじゃ負けてしまうと考えていた。

 ゴールまで残り42ヤード。普段なら軽く走れる距離が、途方もなく遠く感じてしまう。さらに絶望的なのが、泥門は既に攻撃を三回失敗していることだ。事実上、次がラストチャンスということだった。

 

「大会、終わっちゃうのかな……」

 

 栗田さんの口から、悲しい声が漏れる。

 いやだ、こんなところで終わりたくない。そう思って周りを見渡すと、ヒル魔さんと目が合った。思考が重なる。

 

「糞チビ、状況はわかってるな?」

「……はい」

 

 僕たちの会話に、みんなの視線が集まる。

 

「できるできないは関係ねえ! やるしか勝つ道はねーんだ! もう一度、高校最強のラインバッカー、進清十郎を抜いて来い!」

「はい!」

 

 決意を秘めて、返事を返した。

 

「いいか糞ガキども。ここが最後の勝負所だ! 向こうに作戦がバレていようと構やしねえ! アイシールドで行く。テメーら全員、死ぬ気で王城の壁に食らいつきやがれ!!」

「「「おう!」」」

 

 配置につく。心臓が高鳴る。ここで決めなきゃ試合が終わる。だから勝つんだ、王城に、進さんに。

 

「SET! HUT」

 

 進さんと目が合う。

 

「HUT HUT」

 

 言葉にしなくてもわかる。必ず止めるという意思が伝わってくる。

 

「HUT HUT HUT」

 

 作戦はバレバレだ。それでも行くしかないんだ。

 

「HUTーーッ!!」

 

 七回目のハットコールで試合が動き出した。

 フェイクもなし、直球勝負でヒル魔さんからボールを受け取る。

 

「通させんぞ、栗田ァ!」

「僕だって負けるわけにはいかないんだ!」

 

 ラインマン同士が、中央で激しい衝突を繰り広げる。僕はその隙を突いて大外から回り込んだ。

 しかし、そのスピードに進さんだけがついてくる。時間をかければかけるほど、他のディフェンスに囲まれて、捕まる確率が高まっていく。

 この一瞬で勝負を決めるしかない。

 

「勝つんだ! 進さんに!」

「来い! アイシールド21!」

 

 瞬間。加速する。40ヤード4秒2。光速の世界。

 

「うおおおお!」

 

 来る! 進さんのスピアタックル! ここでステップに入るしかない。姿勢を屈め、トップスピードの状態からクロスオーバーステップに入った。

 急に歩幅を変えて、最後の一歩で踏み切る。

 

「…………!」

 

 左のゴーストを囮に、狙い通りスピアタックルを誘発させて回避する。だが、まだ決着はついていない。

 右サイドから抜けようとする僕に、進さんのもう片方の腕から、本命のスピアタックルが穿たれる。

 

「これで終わりだ」

 

 指先が僕の身体を掠めた。ここだ。ここしかない。

 

「──抜く」

 

 デビルバットゴーストの正体。それはトップスピードを維持したまま、まったく減速しないブレーキを用いて敵を抜き去っていく超高校級のクロスオーバーステップ。

 しかし、この技にはまだ続きがあった。仮に敵に捕まったとしても、それを回転抜きで弾き返して突き進む、デビルバットゴーストからの連続技。

 

 ──デビルバットハリケーン。

 

「!?」

 

 パワー勝負になったら、天地がひっくり返っても進さんには勝てない。アメフト選手としての総合力なら、僕は圧倒的に進さんに劣っている。

 けれど、時代の最強ランナーは──アイシールド21()だ! それだけは、たとえ相手が進さんでも譲るわけにはいかない。

 

「勝つんだ! 試合の後ぶっ倒れてもいい。でも、この脚だけは絶対に止めない!」

 

 進さんのスピアタックルを、デビルバットハリケーンで弾き飛ばした──次の瞬間、人間の限界値、40ヤード4秒2の超スピードでフィールドをねじ伏せる。

 走る、走る、走る。芝を蹴り、エンドゾーン目掛けて駆け抜ける。

 

「くっ、行かせん!」

 

 だが、そうは問屋が卸さない。急転換からの猛烈な全力疾走で、進さんが追いかけて来た。

 もう脚はボロボロだ。いつ止まってもおかしくない。でも、止まるわけにはいかない。進さんが後ろにいる。目で見なくてもわかる。だから絶対にスピードを緩めるわけにはいかない。

 最後まで、光速の世界(このスピード)を維持し続けたまま走り抜けるんだ!

 

「おおおおおっ!!」

 

 ゴールが見えた。無我夢中だった。ダイブする勢いでエンドゾーンにボールを叩き込む。

 審判が駆け寄ってきて、両手を上に掲げた。

 

「タッチダーーゥゥン!!」

「うああああああああああああっ!!」

 

 ありったけの想いで球場に叫んだ。

 

「YAーーHAーー!!」

「「「YAーーHAーー!!」」」

 

 後方から、無言の蹴りと称賛の嵐が飛んできた。僕もみんなと一緒になって笑みを浮かべる。

 やった、やったんだ! 試合はまだ終わってなんかいないんだ!

 今のタッチダウンで互いの点差は、24対30に詰め寄った。か細い光だけど、まだ泥門にも勝てる可能性が残ってる。

 

「見えますでしょうか? 無名チームの掲げた小さなナイフが、ついに城塞の喉元にまで届きました! 泥門デビルバッツ、王城ホワイトナイツに鍔迫り合うーー!!」

「いいぞー、アイシールド!!」

「進さまー、負けないでー!!」

 

 球場全体が声援の中に包まれる。まだ二回戦にもかかわらず、その盛り上がり方は決勝戦にも負けないほどだった。

 

「ケケケ、なんとか首の皮一枚繋がったな」

 

 口角をあげてそう言ったヒル魔さんの眼には、微かだが勝算の展望があった。

 

「どうするの、ヒル魔?」

ボーナスゲーム(トライフォーポイント)じゃ、どうやったって追いつかねえ。いくぞ、オンサイドキック」

 

 栗田さんの疑問に、ヒル魔さんが応える。だが、周りの助っ人たちには意味が伝わらなかったようだ。

 

「ヒル魔、そのオンサイドキックって、なんだ?」

「普通にボールを蹴ったら、次はそのまま王城に攻撃権が移る。だが、そうなったら作戦会議(ハドル)で時間を潰されて負けてる泥門(うち)は詰みだ。だからわざと近くにボールを蹴って、乱戦に持ち込み、無理やり攻撃権を奪うギャンブルキック。それがオンサイドキックだ」

「……なるほど。つまり上手くそのボールを取れば、こっちがもう一度攻撃できるというわけか」

「ケケケ、飲み込みが早えじゃねーか、陸上部」

 

 助っ人代表として質問した石丸さんに、ヒル魔さんが説明を入れる。

 要は作戦もクソもない。泥門と王城の二チームで、近くに蹴られたボールを先にどちらが確保するかという勝負だ。

 ただ、オンサイドキックの成功率は低く、おそらく今の条件だと泥門が取れる確率は、甘く見積もっても10%がいいところだろう。

 

「リスクは承知! 相手に取られたら即試合終了のデスゲームだ! 糞ガキどもォ、身体中の穴から、最後の一滴まで活力を絞り出しやがれ!!」

「「「おお!!」」」

 

 全員が声を張り上げる。

 そして、向こうから王城の選手たちが出てきた。大田原さん、桜庭さん、猫山くん、進さん。守備も攻撃も関係ない。王城のベストメンバーが戦場に出揃う。

 

「ケケケケ、もしこれで泥門(うち)がボールを確保すれば、王城(テメーら)の春大会はここで終了だな?」

 

 最後の最後まで、相手にプレッシャーを与えようとするヒル魔さん。まあ、少しでも勝率を上げるためだろうけど。

 しかし、そんなヒル魔さんの口撃(こうげき)に、王城のメンバーは毅然とした対応で反論してきた。

 

「そんな揺さぶりは王城(うち)には通用しない。たとえ、万が一の確率でボールを取られたとしても、その時はオレがアイシールドを止めるだけだ」

 

 僕の方を見ながら、進さんが宣言する。その言葉を信頼しているのか、王城のメンバーからは不安の感情は窺えなかった。

 

「……ケッ、ならこっからは、暗中模索の大乱戦と洒落込もうか」

 

 このワンプレーで勝敗が決まる。

 泥門と王城。

 戦場に立つすべての選手が、己が胸にそれぞれの想いを宿しつつ、互いが決められた通りの配置についた。

 

「…………」

 

 音が消失する。

 これで試合が決まる。この場にいる誰もが、そう確信していた。

 

「……キック、か……」

 

 小さく呟きながら、ヒル魔さんがボールの向きを変えた。

 本来であれば蹴りにくい縫い目を内側に。ボールに不規則な動きをつけ、軌道を読みにくくするためだ。

 ──数呼吸後。

 

「YAーHAー!!」

 

 運命のボールが蹴り込まれた。

 

「「「取れーー!!」」」

 

 泥門と王城。互いのメンバー、総勢二十二人がひとつのボールを求めて、一斉に駆け出した。

 

「最後の勝負だ、栗田!!」

「絶対に負けない!!」

 

 フィールドの中央で、栗田さんと大田原さんが激突する。いや、激突はそこらかしこで起こっている。

 けれど、今はそこに意識を向けない。今大事なのは、相手チームより先にボールを掴むことだ。

 

「取らなきゃ、ボール!」

 

 僕はボールを追って走り出す。

 しかし……

 

「言ったはずだ、アイシールド21。お前の相手はこのオレだと!」

「進さん!?」

 

 まさかのボールを無視して、進さんが僕のことを完全マーク。

 なんとか抜きにかかるが、先ほどの爆走で脚を使い切ってしまったせいか、上手く踏み込むことができない。これじゃ、ボールを追いかけるなんて無理だ。

 ……無理? いや、違う。それじゃあダメだ。モン太がいない分、キャッチも僕がやるんだ! 

 ──と、そこで。

 

「王城ボール!!」

 

 頭が真っ白になった。

 王城ボール?

 ここでボールを取られたら、泥門は……

 ふと視線を泳がせる。乱戦の中、ひとり地べたにうずくまっている選手がいた。桜庭さんだ。桜庭さんは涙を流しながら──その手にボールを抱えていた。

 

「……ああっ、やった。取れたっ、取れたよ、オレっ……う、ぁぁぁぁ」

 

 最後のワンプレー。僕はボールに触れることすらなく、試合を終えてしまった。

 

 春大会の二回戦。泥門デビルバッツは──王城ホワイトナイツに負けた。

 





 アメフトクリニック。
Q.トライフォーポイントってなに?
A.トライフォーポイントってのは、タッチダウン後のボーナスゲームのことだ。タッチダウンで6点取れるのは、もう覚えてくれただろうが、実はそのタッチダウンの後に、もう一度点をもぎ取るチャンスがあるんだぜ!
 ゴール前からキックが入れば、プラス1点!
 ゴール前からさらにボールをねじ込めば、プラス2点!
 いいキッカーがいれば、タッチダウン後のプラス1点は、ほぼ確実にゲットできるし、ライン陣に自信があるのなら、2点も狙える。どちらでも好きな方を選べ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

敗者はいない

 泥門デビルバッツ(24)()王城ホワイトナイツ(30)

 

「な、なんと……ボールを確保したのは、桜庭春人くんです! ドラマは最後に待っていた!!」

「「「きゃーー、桜庭くん!!!」」」

 

 桜庭さんのファンが、大歓声をこだまする。

 しかし、当の桜庭さんはいつものように声援(それ)に応えることはなく、ただただ喜びを噛みしめていた。

 

 ──キミはもう、誰にも負けることを許されない。

 

 未来で、とある選手に言われた言葉。その言葉が今になって、重くずっしりと乗しかかる。

 

「ああ、そうか……」

 

 僕たちは、僕は、また負けたんだ。

 

「くっ……」

 

 膝をつき、地面を叩く。流れる涙を止めることができなかった。

 

「うおおおおおお〜〜ん!! せっかくいい勝負ができたのに、また負けちゃったよぉおおおっ!!」

「うっ……みんな……」

 

 栗田さんとベンチにいるまもり姉ちゃんも同じだった。

 だけど、そんな僕たちを迎えたのは、惜しみない拍手の雨だった。

 

「よくやったぞ、デビルバッツ!」

「いい試合だったーー!!」

「すごかったぞォ! アイシールドーー!!」

 

 球場にいるほとんどの観客たちが、僕たちに力いっぱいの拍手を叩き続けていた。

 そうだ、試合はまだ終わっていない。整列しなくちゃ。

 泥門と王城。互いの選手が一列に並ぶ。敵チームだった相手の監督に感謝の気持ちで頭を下げ、僕たち(泥門と王城)は交差する。

 

全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くのは──王城だ!」

全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くのは──泥門です!」

 

 進さんと僕は、同じ決意を胸に、聖泉球技場をあとにした。

 

▪︎

 

 次の日の放課後。僕はまもり姉ちゃんと二人で、試合の時に撮った写真の整理を行っていた。

 アメフトは戦略も重要な要素となるスポーツ。たかが写真一枚からでも、得られる情報量は意外と多い。

 

「あ、これセナが写ってる!」

 

 そう言って、まもり姉ちゃんが一枚の写真を差し出してきた。僕がタッチダウンを決めた時のやつだ。

 

「セナ、ほんと大活躍だったよね! 私、感動しちゃって……ううん、それじゃダメね。次からはデビルバッツのマネージャーとして、私も頑張らないと」

「…………」

 

 試合が終わった翌日なのに、まもり姉ちゃんはもう次のことを考えて、自分のやるべきことをやろうとしている。

 でも、僕は違った。頭ではわかってる。秋大会に向けて頑張らなきゃいけないって。

 けど……

 

「僕は知っていたんだ。デビルバッツの強さは、まだまだあんなものじゃないって。なのに……」

 

 なのに、結果は前回と同じ。そりゃあ、過去の試合よりは接戦だった。でも、1点差だろうと、100点差だろうと負けは負けだ。

 

「勝てるチャンスはあったんだ。それなのに、僕はそれを活かすことができなかった」

「セナ……」

 

 労わるように、まもり姉ちゃんが口をつぐむ。

 その時だった。教室に新たな乱入者が現れたのは。

 

「ったく、まだ整理終わってねーのか?」

「お疲れ様、二人とも」

 

 ヒル魔さんと栗田さんだ。二人は僕たちの座る席までやってきて、仕事の進み具合を確認する。

 

「ヒル魔さん……」

 

 勝てなきゃなんも意味はねえ。ヒル魔さんがいつも言ってる言葉だ。

 正直、僕は普段そこまで強く勝ちにこだわっているわけじゃないのだけど、試合中や試合が終わった後、そして今は強く思う。その通りだと。

 どんなにいい試合をしても、負けてしまったら意味はない。

 

「糞チビ……」

 

 窓を眺めながら、ヒル魔さんが言った。

 

「テメーは進を相手に負けちゃいなかった。泥門(うち)が負けたのは……オレたちが弱かったせいだ」

「……え?」

 

 なんて? ヒル魔さんたちが弱かった?

 

「ち、違います! そんなことは……」

「だったらテメーも、いつまでもうじうじしてんじゃねえ!」

「ひぃいいい!?」

 

 どこから取り出したのか、久しぶりにヒル魔さんが機関銃をぶっ放す。

 ここ教室の中なんですけど!? あ、弾はビービー弾だった。

 

「オレたちの本番は秋だッ!」

「はいいい、その通りです!」

「なら、いつまでも負けた試合のことなんか引きずってねーで、とっとと切り替えやがれ! 闘いはもう始まってんだぞ!」

「!?」

 

 そうだ。秋に向けての闘いはもう始まってるんだ。そして、そこの勝者だけが全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くことを許される。時間なんて、いくらあっても足りないぐらいなんだ。悩んでなんかいられない。

 いてもたってもいられず、僕は立ち上がった。

 

「すみません、少し走ってきます」

「えっ? ちょ、セナ!?」

 

 驚くまもり姉ちゃんを振り切って、僕は教室から飛び出した。

 残された三人は、互いに顔を見合わせる。

 

「……写真整理が、まだ」

「あの糞チビ! 生意気にも仕事押しつけていきやがった!」

「まあまあ二人とも。せっかくだし僕らでやろうよ」

 

 こうして泥門デビルバッツは、負けた経験から一歩前に進み始めたのであった。

 

▪︎

 

 場面はさかのぼり、試合後の王城ベンチ。

 二回戦を勝ち進んだ王城の庄司監督に、インタビューのカメラが向けられていた。

 

「庄司監督。思わぬ激戦でしたが、何か感想をいただけないでしょうか?」

 

 マイクを向けられた庄司監督は、王城の選手たちと、向こうのベンチにいる泥門の選手たちを一瞥した後、目線をカメラに戻した。

 

「今日の試合に勝者はいない! だが、勝負の世界は挫折した者だけが強くなる! 今年はまだ始まったばかりだ!」

 




 貴方は敗北した時、いったい何を感じますか? 他人を非難するのか、ただ落ち込むだけなのか。それとも情熱を持って、新たな挑戦に進むのか。
 フィールドでプレーする誰もが、必ず一度や二度、屈辱を味わわされたことがあります。負けたことがない選手など存在しません。
 しかし、一流の選手はすべての努力に敬意を払って、速やかに立ち上がろうとします。並の選手はそれが少しばかり遅い。そして敗者は、いつまでもグラウンドに横たわったままである。
 敗北したことを恥じないでください。敗北し、立ち上がらないことこそが、貴方の恥となるのです。

 テキサス大学フットボールチーム「ロングホーン」ヘッドコーチ。
 ダレル・ロイヤル


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空飛ぶもぎ捕りモンキー

 次の日。僕はアメフト部の部室へ向かった。扉を開けたら、そこはカジノと化していた。

 

「…………」

 

 そういえば、前回もそうだったっけ? どんな手品を使ったのかわからないが、部室はとんでもない魔改造を施されていた。

 外観はまだわかるが、部屋の面積までもが広がっているように見えるのは、どういった理屈なのだろう?

 手品というより、魔法と言い換えた方がいいのかもしれない。

 

「おう、来たか」

 

 ヒル魔さんに誘われ、部室の中へ入る。すると、何やらウキウキした表情のまもり姉ちゃんが近づいてきて、丸めたポスターを僕の目の前で広げて見せた。

 

 ──アメフトの名門。ノートルダム大のエースが泥門にやって来た!! キミもフィールドに立ち、一緒にアメフトやろうぜ!!

 

「どう? すごいでしょ、これ!」

 

 うん。まもり姉ちゃん、絶対ヒル魔さんに毒されてるよね? というか、完璧超人に近いまもり姉ちゃんだけど、美術と複雑な機械操作は苦手だった記憶が……

 どうやって作ったんだろうか。文字だけでなく、でかでかと僕の写真まで載ってある。アイシールドの姿だけど。

 

「あの……畏れ多いというか、嘘というか」

「正部員を募るためのポスターだ。こんくらい派手な方がいい」

 

 あぁ、やっぱりヒル魔さんも絡んでいたんですよね。

 これが今から校内に貼られるのだと思うと、申し訳なさで肩身が狭くなってきた。

 

「部員、来てくれるかな?」

「来てくれるかなじゃねえ、見つけるんだよ! 今のまま秋大会に出ても、ただ負けるだけだ」

「そうだね、せめてひとりでもレシーバーが見つかれば、攻撃パターンも増えるんだけど……」

 

 レシーバー? そうだ、言わなくちゃ。

 

「あの、僕、レシーバーになってくれそうな人に、心当たりがあるんですけど」

「え? ほんとに!」

「どんな奴だ?」

 

 栗田さんが期待の表情を浮かべ、ヒル魔さんは興味をしめす。

 

「その、名前はモン太で。今は野球部に所属してるんですけど、すごくキャッチが上手いんです」

「ほう……」

 

 突如、ヒル魔さんがパソコンをカタカタと鳴らし始めた。

 

「モン太? こいつか? プロ野球チーム集英ベアーズのキャッチの名手、永遠の80番。本庄勝(ほんじょうまさる)に憧れ、キャッチのヒーローを志す。中学時代はバナナ愛好会に所属。野球は天性のノーコンが足を引っ張り、試合で活躍したことはほとんどない」

 

 相変わらずの情報網。バナナ愛好会なんて、僕も聞いたことがなかった。まあ、バナナ好きなのは一目瞭然だったけど。

 

「野球部って確か今日、試合形式のテストがあるんじゃなかったかしら?」

「そういえば去年もやってたよね。泥門(うち)の野球部、人気高いから競争率も高いし。いいなぁ、人が沢山いて……」

 

 まもり姉ちゃんと栗田さんが、先輩にしかわからない会話を繰り広げる。ヒル魔さんがパソコンを閉じた。

 

「ま、糞チビのお墨つきだ。一度見てみる必要はあるが、今はとにかくポスターを貼んのが最優先だ。夕方に泥門(うち)と王城の試合映像がテレビに映る。流れに乗っかるには今すぐポスターを貼りまくるしかねえ」

 

 よかった。上手く話を通すことができた。これでモン太の勧誘もスムーズに進むかも。

 あとは、今度こそ僕が説得するだけだ。

 

「全員で四等分だ。場所はどこでも構わねえ、オレが許可する」

「私が許可を取りました!」

 

 いつもの言い合いを聞きながら、僕たちは校内中にポスターを貼りに出た。

 途中、グラウンドで野球部が入部テストを行なっているのを見かける。結果が出るのは明日だったっけ?

 

「頑張れ、モン太」

 

 僕は一言だけ声援を送って、その場をあとにした。

 

▪︎

 

 一時間後。ポスターを貼り終えた僕は、デビルバッツの部室へと帰還する。

 

「お疲れ様、セナ」

「おかえりセナくん」

「遅えーぞ糞チビ。試合が始まんぞ」

 

 三者三様の出迎えを受けながら、僕は空いた席に着いた。

 部屋の天井からスクリーンが落ちてくる。明かりを消せば、さながら小さな映画館の出来上がりだ。

 

「すごっ!」

「校長先生、大丈夫かな……」

 

 驚きの感想もつかの間、大画面に映像が流れ始めた。

 

『高校アメリカンフットボール。王城ホワイトナイツvs泥門デビルバッツ。当初、王城の圧勝かと思われた試合ですが、まさかまさかの大接戦。両者ともに死力を尽くした激闘を繰り広げ、球場にいたファンたちを大いに沸かせました!』

 

 ん? 過去(以前)と内容が違うような? 前はもっとこう、桜庭さん特集みたいな感じだったはずだ。

 

『その中でも特に試合の流れを大きく握っていたのは、王城ホワイトナイツに所属する、現在高校生でありながらも、既に一部のアメフト関係者からは日本史上最強のラインバッカーと称される進選手』

 

 大画面に進さんの顔が映る。改めて思う、やっぱり進さんはすごい。

 

『対するは、突如として球場に降り立った、本名、年齢、素顔。その全てが謎に包まれた日本最速のランニングバック、アイシールド選手』

「え?」

「すごいセナっ! テレビに映ってるじゃない!」

 

 無邪気な顔で、まもり姉ちゃんが嬉しそうに声をあげる。いやいやいや、前はこんな紹介のされ方してなかったはずなのに。

 スクリーンでは、僕と進さんの(ラン)合戦が映し出されていた。自然と拳に力が入る。試合には負けてしまったけど、あの進さんと正面から闘うことができた。それだけは胸を張ってもいいんだ。

 

『そして、試合の命運を決めたオンサイドキック。ここで最後にボールを掴み取ったのが、アイドル事務所ジャリプロに所属する桜庭選手です』

 

 最後の最後で桜庭さんが画面に映る。

 そうだ、最後のあの場面。あの時に泥門がボールを取れていたら、まだ試合はわからなかった。

 だからこそ悔しい。ほとんど泥門に勝ち目がなかったのはわかってる。けど、それでもと考えてしまう。

 

『えー、ここで追加情報です。アイシールド選手から試合についてコメントが届きましたので読み上げますね』

「ん?」

 

 コメントなんて書いた覚えはない。嫌な予感をひしひしと感じる中、テレビの映像は流れ続けた。

 

『オレの走りを見たか? 王城相手に4タッチダウン! これが世界最強の走りだ! 相手選手についての感想? お前たちは道端に生えてる雑草の名前をいちいち覚えているのか? オレと闘う資格があるのはかろうじて進清十郎ぐらいで、他の奴らはただの雑草に付着した犬のフンにすぎねぇ。アメフトを知りてえなら、オレの走りだけ見てな! YAーHAー! ……とのことです』

「「「…………」」」

 

 空気が停止する。いやな汗が身体中から流れ出てくる。ついでに脚まで震えてきた。風邪でもひいたのかな。

 

「セ・ナ!!」

「ち、違うよ! 僕じゃなくて……これ、絶対ヒル魔さんですよね!?」

「おう、当たり前だ」

 

 悪びれもなく肯定された。

 

「アメフトはビビらしたら勝ちだ。敵にはとことん悪になれ!」

 

 いや、あれは悪というより、ただの悪目立ちじゃ……どうしよう、王城の皆さんに顔向けできない。

 

「ヒル魔くん! なんでこんなことするの!?」

「泥門の勝率を1%でも上げるためだ、糞マネ。やらねえで後悔するよか、やって後悔した方が百億倍マシだ」

 

 ヒル魔さんの機関銃を相手に、まもり姉ちゃんが竹箒一本で応戦する。

 

「ま、まあ、宣伝効果はばっちりだろうし……」

「……そうかもしれませんね」

 

 栗田さんの慰めが、せめて本当であることを祈るしかなかった。

 

▪︎

 

 翌日。今日は泥門高校野球部の、入部テストの合格発表がある日だ。僕は放課後、すぐさま掲示板に脚を運んだ。

 そこで、ひとりの生徒と鉢合わせる。モン太だ。

 

「三軍……」

 

 モン太は、掲示板に記された自分の名前を見上げて、絶望に打ちひしがれていた。泥門高校野球部で三軍とは、野球部とは名ばかりの愛好会。つまり、試合どころか、部活の練習に参加することすら許されないのだ。

 彼の気持ちを思えば、もしかしたら何も話しかけないのが、この場においての正解かもしれない。それでも、僕はモン太に話しかけることを選んだ。ここだけは曲がるわけにはいかないと思ったから。

 

「モン太……」

「お前はたしか、アメフト部の?」

「少し、場所を移さないかな?」

 

 そう言って、僕らは校門の外に出た。もしかしたら会話を拒否されるかもと思ったけど、モン太は僕のことを突き放すような真似はしなかった。

 しばらく脚を進めると、いつぞやの川沿いに到着する。二人はそこの地面に腰を下ろした。

 

「はは、カッコ悪いな、オレ」

「…………」

「小さい頃、本庄さんの試合を観に行ったことがあんだけどよ、その時にこのグローブを貰って。それからはキャッチ一筋よ。それこそ命を懸けて練習してきたんだ」

 

 知ってる。モン太がどれだけ本庄さんに憧れているのかも。どれだけキャッチに自分の全てを注いできたのかも。僕は知っている。でも、黙って耳を傾けた。

 

「最初はフライひとつ捕れなかったけどよ、オレもいつか本庄さんみたいなヒーローになるんだって、心に誓って。雨の日も、風の日も、ひたすら練習し続けてきたんだ」

「…………」

「でも、待っていたのは、男なら誰もが通る人生の挫折ってヤツだ。誰もがある時、ふと気づくんだ」

「…………」

「自分は“プロ野球選手にはなれねえ”って」

 

 その一言は、僕の胸に深く、深く突き刺さった。モン太がどれだけの努力を払ってきたのかがわかったから。けど、だからこそ言わなくちゃ。

 

「前にも少し話したよね。うちのチーム、レシーバーを、キャッチのできる選手を探してるんだ」

「…………」

「目指したものとは違うかもしれない。心に描いた夢とは違うかもしれない。だけど、僕は知ってる。モン太がどれだけキャッチに命を懸けてきたのかを」

「……お前」

「数合わせなんかじゃない。慰めなんかじゃない。モン太に来て欲しいんだ。泥門デビルバッツに!」

 

 ──今、一番好きなスポーツは。

 

 知ってるんだ。モン太はアメフトでキャッチのヒーローになれることを。

 

「……悪い、誘ってくれたのはありがとよ。でも、引き返せないバカもいるんだ」

「待っ……」

 

 まだ話は終わっていない。そう手を伸ばそうとしたその時、とてつもない何かが僕を目がけて突っ込んできた。

 

ガフォガフォガフォ!!(ようやくオレさまの出番だぜ!!)

「ええええ!?」

 

 ヒル魔さんの相棒にして、おそらく泥門のマスコットキャラ。ケルベロスだった。

 一応犬の形をしてはいるが、フォークやナイフを使ったり、時にはカメラまで使い回して、明らかに人語を理解している超生物である。

 

「な、なんでケルベロスがここに!?」

ガフォガフォガフォ(テメーが部活をサボりやがったからだ)ガフォ!(非常食野郎!)

 

 服を噛みつかれ、そのままズルズルと引きずられていく。というか、なぜかケルベロスの言葉が理解できるような……

 

ガフォガフォガフォ、(大人しくついてきやがれ、)ガフォガフォガフォ?(この場で人肉ステーキにしてやろうか?)

「ひいいいい!? なぜだかいつもより恐ろしい!」

 

 こうして二度目の勧誘は、失敗に終わってしまった。

 

▪︎

 

 さらに翌日。またしても僕はモン太と鉢合わせる。下駄箱の扉を開けた時、ちょうど隣にいた。

 

「おはよう、モン太」

「アメフト部……」

 

 気軽に声をかけたつもりだが、モン太から発せられる空気の質は重かった。昨日の今日だ。簡単に切り替えられるわけがない。

 どう話を切り出せばいいのか、考えを巡らした……その時だった。

 突如、鋭い回転のかかったアメフトボールが、モン太を目がけて放たれる。

 

「うお!? あちちちち」

 

 が、その摩擦の帯びたボールを、モン太はなんなく片手でキャッチしてみせた。

 すごい。僕なら来るとわかっていても捕れたかどうか。などと心の中で思った次の瞬間。

 

「YAーHAー!!」

「むむむむむむ!?」

 

 ロープで簀巻きにされたモン太が、そのまま檻の中へとぶち込まれる。本人に言ったら怒られるかもしれないが、動物愛護団体に見られたら、戦争が起こるような絵面だった。

 

「よーし、運べ、糞デブ」

「うん、わかったよ」

 

 そうこうしている間に、襲撃者の二人……ヒル魔さんと栗田さんは、モン太の身柄を部室という名の密室現場に運び始めた。

 ヒル魔さんが悪魔みたいな人なのは周知の事実だが、よくよく考えれば、共犯者の栗田さんもなかなかアレである。そして。

 

「ごめん、モン太」

 

 二人を止めようとしない僕も、我ながらどうなのかと自問することになってしまった。

 

▪︎

 

 数分後。アメフト部にたどり着く。

 そこで僕たちを迎え打ったのは動物愛護団体の方々ではなく、まもり姉ちゃんだった。

 

「何してるの!」

「うちの入部希望者だ」

「明らかに拉致現場でしょ!」

 

 一喝してから、まもり姉ちゃんはモン太を檻から解き放ち、ロープを紐解いていく。

 

「……チッ!」

 

 それを見たヒル魔さんは、最終兵器である脅迫手帳を制服のポケットから取り出そうとしていた。さすがに、モン太のことを脅すのは反対なのだが……

 

「大丈夫? どこも怪我はない?」

「大丈夫っス。助けていただき、ありがとうございます」

「あ、手が擦りむけてるよ」

「え? いや、これぐらい……」

「ダメ! 小さい怪我だってバカにはできないんだから。絆創膏をあげるから、部室にきて」

「は、はひ……」

 

 なぜか顔を赤くしたモン太が、しどろもどろに返事を返す。するとその様子を見たヒル魔さんは、何かを閃いた様相で脅迫手帳をしまった。

 なぜだろう? 何かダメな予感がする。

 だけど、止める手立てもなければ、何をするのかも正確には把握できていない僕には、そのまま事態の成り行きを見守るほか道はなかった。

 

「糞マネ、少し耳貸せ」

「……今度は何を企んでるの?」

「……あの糞猿を」

「……ダメよ、そんなこと」

「レシーバーが入ったら、糞チビの負担も……」

「……今回だけ……」

 

 二人はこちらが聞き取れないほど小さな声で、何かを言い合っていた。僕と栗田さんは何をするでもなく、ただ部室に突っ立っている。

 そして、犯行は白昼堂々と行われた。まもり姉ちゃんがモン太の隣に座る。

 

「モン太くんは、ボールをキャッチするのが上手なのよね?」

「え? は、はいっス! ってオレの名前は……」

「モン太くんよね?」

「…………はい、自分の名前はモン太です」

 

 ものの数秒で、役所も通さず改名の書類が受理された。

 

「聞いたよ、野球部はモン太くんを見放したって」

「そ、それは……」

 

 言い淀むモン太。

 相対するまもり姉ちゃんも、なんだか少し様子が変だ。

 

「可哀想なモン太くん。今までキャッチに全てを賭けて、血の滲むような努力をして頑張ってきたのに……」

「……そ、そんなことは……」

 

 やはり何か変だ。

 いつもはこんなにずけずけとパーソナルスペースを踏み荒らすコミュニケーションの取り方、絶対にしないはずなのに。

 

「でも、私たちはわかってる。モン太くんは、本当はすごい男の子なんだって」

 

 明らかに演技だとわかる耳が蕩けるような甘い声。

 にもかかわらず……

 

「あ、ああああああああああ。優しくも温かい音色が、オレの脳みそをMAXフルーティーに!? これがうわさで聞いたことのあるASMR(なんかいい音)!」

 

 モン太は全身を悶えさせ、瞳から人間が本来持つべき知性の色を消失させていく。

 なんだか雲行きが怪しくなってきたような……

 

「私たちにはあなたが必要なの」

 

 ついに定番のセリフまで出てきてしまった。

 

「お、オレが必要? でも、オレは野球……」

 

 人のいいモン太が流されそうになる。僕は友人の将来が心配になった。高い壺とか買わされそうだ。

 

「モン太くん? あなたはここに何しに来たの?」

 

 いや、自分の意思でここに来たわけじゃないよね?

 

「え? オレは何しにここに?」

 

 しかしモン太は首をひねり、答えのない答えを考える。

 

「ここはどこ?」

「こ、ここはアメフト部の部室で……」

 

 当然の回答。テストならこれ以上ない100点満点の答えだった。

 

「モン太くんは、アメフト部に入って何がしたいの?」

 

 ……今、何かズレたような?

 

「へ? オレ、オレはアメフト部に入って……?」

 

 いつの間に自分の入部が決まったのか、ここにきてさすがのモン太も困惑の表情を浮かべる。

 しかし、捕食者の張った糸は決してターゲットを逃しはしない。まもり姉ちゃんがにじり寄った。

 

「アメフト部に入って?」

 

 美人の笑顔が圧をかける。怖い。

 

「へ……? いや、その……まもりさ……」

「アメフト部に入って?」

「…………」

「アメフト部に入って?」

「キャ、キャッチのヒーローになりましゅ……」

 

 退路を塞がれた獲物は、自らの死期を悟ったように呟いた。捕食者の笑みが深まる。

 

「もう一度続けて言ってみて?」

 

 慈悲の笑みを浮かべつつ、詐欺師の所業で言質を引き出しにかかる。

 間違っても無理やりではないと。あなたは自分から入部したのよね。と、本人の口から言葉にさせる。

 

「お、オレ、オレはアメフト部に入って、キャッチのヒーローになるんだ!!」

 

 ヤケクソ気味にモン太が立ち上がった。その手にアメフトボールを掴み取る。

 

「オレは今日からアメフト部に入って、本庄さんの名に恥じないキャッチのヒーローを目指します! みなさん、よろしくお願いします!」

「「「…………」」」

 

 控えめにいって、ドン引きだった。頼んだはずのヒル魔さんまでもが、まもり姉ちゃんから一定の距離を取ろうとしている。

 というか、ここ数日の僕の頑張りはいったい……

 

「……糞マネ、やりすぎだ」

「ひ、ヒル魔くんが頼んだのでしょ!」

 

 怒りと羞恥で顔を赤く染めながら、まもり姉ちゃんが抗議を入れる。

 僕にわかるのはただひとつだけ。まもり姉ちゃんが行ったアレ、アレはASMRなんて甘ちょろいものじゃない。洗脳だ。見ていただけで本当に怖かった。

 モン太は大丈夫なのだろうか? いろんな意味で。

 

 後日談になるのだが、モン太は次の日にはちゃんと正気に戻っていた。

 弊害があったとすれば、しばらくの間はまもり姉ちゃんに近寄れなかったことぐらいで、それも数日後には元通りに片付いた。

 

 かくして、泥門デビルバッツは新たな仲間を。

 泥門のエースレシーバー、モン太を迎え入れることに成功したのであった。

 




 アメフトクリニック。
Q.モン太くんのポジション、レシーバーってなに?
A.正確にはワイドレシーバー(WR)と呼ばれるポジションで、役割は空中戦を制し、投げられたパスをキャッチするのが仕事だぜ! オフェンス時はランニングバックと双璧を成し、敵陣に踏み込んでいけ!
 基本的には身長が高く、キャッチングセンスがあり、脚の速い選手が好まれるポジションで、パスルートの知識や、自分以外の選手で攻める場合はブロックに回る必要も出てくるぜ!
 この物語ではそうでもないが、プロのチームとかだと、レシーバーがチームの最速屋であることも珍しくはない。一気にフィールドを駆け抜け、大気を切り裂く超ロングパスを決めた時の疾走感はあらゆるものを凌駕する。空と陸、その両方を掴み取れ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宣戦布告

 モン太の加入から数日後。

 僕たち泥門デビルバッツのメンバーは来るべき日に備え、各々がグラウンドで汗を流しつつトレーニングに励んでいた。

 柔軟の後は、地獄のような筋トレとポジション別練習。他の三人は元々運動をやっていた側の人間だが、僕はこの身体ではほとんど鍛えたことなどなかったので、なかなか辛いメニューを強いられていた。

 

「お疲れ様。はい、ドリンク」

「ありがとう、まもり姉ちゃん」

 

 渡されたスポーツドリンクを受け取る。

 ちなみに、モン太には僕がアイシールド21の正体であることをすぐに話した。正式にアメフト部へ加入したこともあって、ヒル魔さんも口止めはしなかったのだ。これで秘密を打ち明けた人数は、合計で四人となる。

 

「モン太くんも入ってくれたおかげで、泥門(うち)もついに五人になったんだ。姉崎さんはマネージャーだから試合には出れないけど、やっぱり人が増えると嬉しいね〜」

「こんなところで喜んでんじゃねえ、この豚まん! メンバーが足りねえことに変わりはねーんだ」

 

 人数が増えて嬉しい気持ちは僕も栗田さんと同じだが、ヒル魔さんの言う通り、まだまだ人数が足りないのも事実。

 アメフトで試合をするには、最低でも1チーム11人が必要となる。しばらくの間は、助っ人頼りの状況が続きそうだった。

 

「テレビにも映ってたし、部活自体は結構有名なはずだけど、なんで誰も来ないんスかね?」

「うーん? そもそもみんな、アメフトのことをよく知らないんじゃないかしら? ほら、日本だとあまり馴染みのあるスポーツじゃないし、イメージが湧きにくいのかも」

 

 首をひねりながら疑問を口にするモン太に、まもり姉ちゃんが憶測を立てる。

 アメフトは、日本ではそこまで有名なスポーツではない。それこそ、名前すら知らない人がいてもおかしくないレベルで。

 

「……なるほど、一理あるな」

 

 すると、それを聞いていたヒル魔さんが携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

 通話はものの一二分で終了する。そして言った。

 

「テメーら、今週末に泥門(うち)のグラウンドで試合を組んだぞ」

「「「早っ!?」」」

 

 僕らは口を揃えて驚きを発した。まあ、ヒル魔さんならこれぐらいのことはするよね。

 泥門(うち)で試合をするということは、生徒のみんなに試合を観られるということだ。宣伝としては、確かにうってつけかもしれない。

 

「つーわけで糞チビ糞猿、ランニング&用具の買い出しに行ってこい!」

 

 どういうわけかわからないが、この人に命令されて逆らえるわけもない。僕とモン太の二人は買い出しのメモを受け取り、ダッシュで校門の外に出た。

 たわいもない会話を交わしながら脚を進める。

 

「やー、でもいきなり試合か。ワクワクするような、ちょっと怖いような……」

「……そっか、モン太にとっては初試合になるのか」

「おうよ! オレがキャッチのヒーローになれるかが懸かった、大事な一戦だぜ」

 

 そうだ。僕からすれば、モン太はずっと一緒にフィールドで肩を並べてきた仲間だが、本人からすれば、次の試合がデビュー戦となる。緊張するのも無理はない。

 と──、その時だった。こちらに向かって、ある人影が近づいてきたのは。

 遠くからでもその独特な雰囲気を測り違えることはない、進さんだ。

 

「…………」

「…………」

 

 無言になる。無視するのは違うけど、話しかけるのも違うような……

 だって、試合中はずっとアイシールドで顔を隠していたから、向こうからすれば、僕はまったく面識のない人物になるだろうし……

 だが、互いがすれ違うその瞬間。進さんは脚を止めた。

 

「アイシールドか?」

 

 投げられた言葉に、僕も脚を止める。横で並走していたモン太も同じように。

 

「進さん……」

「…………」

 

 過去(以前)もそうだったが、なんでバレたのだろう? 

 頭に疑問を浮かべてる間、進さんは隣にいたモン太のことを一瞥し、すぐこちらに視線を戻した。

 

「ようやくレシーバーを見つけたか」

「「!?」」

 

 驚きが重なる。いや、一目見ただけなのに、なんでわかるの!?

 

「疑問に思うことはない。防具や服などといった装飾品は、あくまでも人体を守るためのもの。眼を凝らせば、身体についた筋肉や骨格から、その人物の情報を読み取ることは不可能ではない」

「す、すごすぎMAX……」

 

 思わずといった様子で、モン太が感嘆の息を漏らす。そして、それは僕も同じだった。

 進さんのすごさは十分に理解していたつもりだったが、どうやらまだまだ想像の上を行くらしい。

 

「秋大会までに、全てを整えてこい。王城もさらなる成長を遂げる」

「はい」

 

 ──決勝で待つ。

 

 約束の言葉を残して、進さんはその場を去っていった。

 

▪︎

 

 買い物を終え、両手に紙袋を携えたまま部室へと帰還する。

 扉を開けた僕たちを出迎えたのは、世にも恐ろしい光景だった。

 

「ほーう、泥門(うち)に勝つつもりでいんのか? なら五百万賭けるか?」

「上等だ! 吐いた唾は飲み込めねーぞォ!」

 

 悪魔と番長がメンチを切り合っていた。

 ヒル魔さんを相手に一触即発の喧嘩腰で対面しているのは、賊学カメレオンズのクォーターバックにして、エースラインバッカー。葉柱ルイ(葉柱さん)だった。

 まあ、この時期に泥門が対戦を組んだと聞いた時点で、僕には予想できた事態だったが……

 

「カッ! 雑魚王城に負けた泥門ごときが賊学(うち)になめた口を利いたこと、必ず後悔させてやる! 週末までに覚えておけ。今や最強のラインバッカーは、進なんてゴミじゃねえ。この葉柱ルイだってことをな!」

 

 椅子を蹴り飛ばし、葉柱さんが外に出てきた。

 だが、モン太が道を譲る仕草をした瞬間、僕は逆に塞ぐよう回り込む。

 

「あ? なんだチビ?」

「王城は、進さんは雑魚なんかじゃありません」

 

 過去(未来)では、僕たち泥門は葉柱さんたちに色々とお世話になった。大会の試合に遅れた時だって、わざわざバイクで駆けつけに来てくれて、試合会場まで運んでくださったりしたぐらいだ。

 でも、だからといって、進さんをバカにするのは許せない。

 

「はっ……」

「セナっ! 危ない!?」

 

 まもり姉ちゃんの悲鳴と同時に、葉柱さんの長い腕が伸びてくる。けれど遅い。進さんのタックルは、これまで僕が闘ってきた強敵たちは、みんなもっともっとすごかった。

 

「チッ! すばしっこいチビめ!」

「…………」

 

 攻撃を躱した僕は、一対一で葉柱さんと向き合う。

 

「……葉柱さんがすごいラインバッカーなのは、この場にいる誰よりも僕が知っています。でも、最強のラインバッカーは進さんです! そこだけは譲れない」

「カッ! 譲れないだと? 一丁前な口を利くが、譲れなかったらなんだ? まさか、テメーがオレを倒すつもりか?」

「……僕は選手じゃないから、試合には出られないけど」

 

 僕がそう言うと、葉柱さんは鼻で笑って上から見下してきた。

 

「はっ、試合にも出れねえ奴が、しゃしゃり出てんじゃねえ」

「……確かに僕は試合には出れないけど、その代わり、僕に代わって進さんが最強であることを証明する選手が泥門にいます」

「大口叩いておいて結局人頼みか、情けねえ。で、誰だ、そいつは?」

「アイシールド21」

 

 僕がそう応えると、モン太とまもり姉ちゃんが息を呑んだ。まあ、正体を知ってるから当然なんだけど。

 

「はっ、アイシールドか。ちょっとテレビに取り上げられたぐれぇで、天狗にでもなったつもりか。いいか……」

「フィールドに立ったら、アイシールド21は誰が相手でも絶対に手は抜きません」

 

 セリフを遮って、告げる。

 

「だから葉柱さんも──全力できてください」

「!?」

 

 一瞬、まるで何かに怯えるように葉柱さんが後ろへ退がった。が、次の瞬間にはいつもの気迫を取り戻す。

 

「……もう一度言う、最強はこの葉柱ルイだ」

 

 そう言い残して、葉柱さんは部室から出て行った。

 

▪︎

 

「うひゃ、うひゃ、うひゃひゃひゃひゃっ!」

「セナ! なに危ないことをやってるのっ!」

 

 ヒル魔さんの爆笑が鳴り響く中、現在僕はまもり姉ちゃんのお叱りを受けていた。

 

「ご、ごめんなさい。その、進さんをバカにされたと思うと、つい……」

「もう! 友達思いなのはいいことだけど、時と場合ぐらいは考えて!」

「……はい、おっしゃる通りです」

 

 いや、友達って。僕と進さんの関係は……ん? 改めて言葉にすると難しい。

 本当はライバルだって言いたいけど、さすがに恐れ多いというかなんというか。

 

「す、すごいねセナくん。あんな怖い人と向き合えるなんて……」

「相手はあの葉柱ルイだぞ!? まあ、一瞬だけセナの方がちょびっとだけ怖かったけど……」

「はははは……」

 

 栗田さんとモン太の所感に対し、僕は苦笑いで誤魔化した。

 葉柱さんと向き合えた理由は、度胸や自信などではなく、ただ未来の記憶があったからだ。葉柱さんが見た目通りの悪いだけの人ではないことを、僕は知っていたから。ただそれだけのこと。

 

「やるじゃねーか、糞チビ」

「えーと、ははは……」

 

 おそらくヒル魔さんが言いたいのは、よく逃げずに立ち向かったという感じの意味なのだろう。

 だけど僕は、進さんのことを悪く言われて怒ったのも事実だけど、それと同じぐらい葉柱さんのことが、なんというかもったいないと思ってしまったのだ。

 本当は僕たちと同じぐらい、アメフトのことが好きなはずなのに……

 

「ところでヒル魔先輩、なんで賊学の番長が泥門(うち)のアメフト部なんかに来てたんスか?」

「あ? 週末に賊学と試合すっからに決まってんだろ」

「いいぃ!? あの賊学と!?」

 

 ヒル魔さんの回答に、モン太が悲鳴に近い叫びをあげる。

 

「いや! なんでここら一帯をシメてる不良集団が、アメフトなんてやってるんスか!?」

「ったく、対戦相手のチェックぐらいしとけ糞猿」

 

 毒を吐きながら、ヒル魔さんが月刊アメフト雑誌を机の上に広げた。

 

「『賊学カメレオンズ』エースラインバッカー、葉柱ルイの加入で一躍実力上位チームに!?」

 

 読み上げていたまもり姉ちゃんが、最後の文言に驚きの感想を漏らす。

 

「そうなんだ。さすがに王城とかと比べたら、まだマシだとは思うけど、最近有名になってきたチームのひとつでね」

「で、でも! 今はまだ春大会の期間中なんスよね? 泥門(うち)と練習試合できるってことは、そこまで強いチームじゃないんじゃ……」

「……それが大会は試合で負けたんじゃなくて、賊学の選手が試合中、審判を殴ったから退場になったんだよ」

「マジっスか……」

 

 栗田さんの補足に、モン太は唖然と言葉を失う。

 審判を殴るとか、よく退場だけで済んだよね。

 

「糞猿、賊学戦はアイシールドを囮にして、テメーを主軸に使う」

「セナじゃなくて、オレを!?」

「連中もバカじゃねえ。泥門の闘い方も研究してくるはずだ。十中八九、アイシールドの(ラン)を警戒してくる。さっき、いい感じに糞チビが挑発したのも効いてるだろうからな」

「いや、別に挑発したわけじゃ……」

 

 一応否定するが、ヒル魔さんは気にも止めず会話を進める。

 

「敵はアイシールドの突撃に備え、陣形を整えてくる。そこで新たな秘密兵器の登場だ!」

「!?」

「ランプレーを警戒してる相手に、パスプレーで翻弄し、点をもぎ取る! テメーの見せ場だ」

「オレの、見せ場……」

 

 葛藤が垣間見える。

 相手はあの有名な不良集団、賊学だ。できることなら関わりたくない相手に、あろうことか自分から挑みにかかるなんて、誰だって躊躇するに決まっている。

 それでもモン太は、逃げる道を選ばなかった。

 

「おーっし! 任せてくださいっス! キャッチのヒーローになるって決めたんだ! 賊学が相手でも、ビビってなんかいられねえ! 漢・雷門太郎。次の試合で見事、花道を飾ってみせます!!」

「おお〜〜」

 

 賊学戦。モン太にとっては初めての試合なのに、ここまで言い切るなんて。

 決めるところは、きっちりと決める。泥門のキャッチの達人は健在のようだ。

 

「……えと、うん。頑張ってね、モン太くん」

 

 まもり姉ちゃんも、遠慮がちに応援を送る。

 ん? 遠慮がちに?

 

「デビュー戦で花道を飾ってどうする、花は咲かせるもんだ。誰か、猿でもわかる日本語の教科書を持ってきてやれ」

「い、いいでしょ、ヒル魔くん! 本人がせっかくやる気なんだから!」

「…………」

 

 最後の最後で台なしだった。

 とにかく、試合に向けて頑張るしかない。僕は心の中で、そう締めくくった。

 




 アメフトクリニック。
Q.試合の流れを、もう少し詳しく教えて?
A.アメフトのフィールドは、縦に100ヤード。日本人にもわかり易く換算すると約91mあるんだぜ。
 試合時間は40分。大きな流れで4つに区切り、ひとつのクォーターは10分、前半のことを第一、第二クォーター。後半を第三、第四クォーターと呼ぶんだ。ただ、実際のところは時計を止めたりして進めるから、試合の終了時間は二時間、場合によっては三時間を超えることもしばしばあるぜ。あと、国や年齢によってプレー時間そのものが変わることもあるから、あくまで参考程度に覚えておいてくれ。
 ちなみに、点数が引き分けになれば、サドンデスの始まりだ! 互いに決着がつくまで試合は続くぜ! もっとも、日本だと普通に引き分けで終わることもあるけどな。
 ランやパスでボールを陣地ごと前に進めて、点が入ったり、攻撃を止められたら攻守交代。試合の流れ次第では、大量リードされていても逆転は可能だ! 最後まであきらめるんじゃねーぜ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Bad Bat Bad

 暖かな春風が、室内に花の香りを運び込む。

 そんな穏やかな昼休み、泥門高校に恐怖の悪魔が襲来した。

 

「YAーHAー!! 爆烈重大臨時ニュースだ!!」

 

 ヒル魔さんだった。どうやら放送室を占拠したらしい。校内放送が拡散する。

 

「今週の土曜、校庭でアメフト部の試合をやるぞ! 敵は賊学カメレオンズ。賭け金五百万の大勝負だァ! これまで賊学に泣かされてきた泥門生の諸君、オレたち泥門デビルバッツがキミたちに代わって、あの不良集団をコテンパンのギッタンギタンにのしてやるぜ! もちろん話題のデビルヒーロー、ノートルダム大のエース・アイシールド21もやってくる! 見物料は無料! 見なきゃ漢じゃねえーー!!」

 

 ぶつりと音が切れた。途端、校内は放送の話題で持ちきりになる。

 

「すげぇ、あの賊学と試合だってよ」

「五百万ってマジ?」

「興味はあるけど、賊学が来るんだろ? 怖くね?」

「でも、アイシールドは一度見てみたい!」

 

 好奇心が関心を呼び、関心が意識を引き出していく。

 以前、テレビにあげられた効果も相まって、生徒たちからちらほらと試合を観に行く話が出始めた。

 

「……絶対、負けられなくなっちまったな」

「ははは、そうだね……」

 

 モン太の意見に同意する。これで負けたら、残りの学園生活は生き恥をさらすようなものだ。

 残りの数日、僕たちは必死の覚悟で訓練に励んだ。

 

▪︎

 

 そして当日。賊学との練習試合の日。

 僕、モン太、まもり姉ちゃんの三人は、こぞって上を見上げていた。そこにある、大それた看板を。

 

「一応訊くけど、セナの仕業じゃねーんだよな?」

「……うん、僕じゃないよ」

「はぁ……ヒル魔くんね」

 

 泥門vs賊学を宣伝するための看板。だが、問題なのはその内容だった。

 賊学の番長──葉柱さんの隣で、アイシールド()が中指を突き立てている。おかしい。こんな写真、少なくとも今回は撮られた覚えがないのに……

 僕だってバカじゃない。過去(前回)の経験を活かして、警戒はしていたのだ。まあ結局、無意味に終わったのだけど。

 

「何がアイシールドだッ! なめやがって!」

 

 僕の顔、というか看板の方に、トマトのジュース缶が思い切りぶつけられた。賊学の生徒が投げたものだ。意外と健康に気を遣っているらしい。

 滴るトマトジュース(血痕)から目を逸らしつつ、そそくさと部室へ向かう。

 道中、僕たちがアメフト部であることを察した賊学生から襲われそうになるも、ケルベロス(最強の番人)に助けられ、無事に部室へと到着。手早く着替えを済ませた僕らは、ダッシュでグラウンドに出た。

 

「お! テレビに出てたアイシールドだ!」

「頑張れ泥門!」

「賊学を倒してくれーー!!」

 

 周囲は泥門の生徒(見物人)でいっぱいだった。予想以上に、アメフト部は注目を集めていたらしい。どこで呼び寄せたのか、審判まで用意されている。

 

「間もなく、泥門デビルバッツ 対 賊学カメレオンズの練習試合を始めます」

 

 両チームのメンバーが、フィールドに出揃う。

 賊学の僕らを見る目は、明らかにスポーツマンのそれではなかった。ヒル魔さんとは別の意味で、どんな手を使ってでも勝つという邪な意思が感じられる。

 だけど、負けられない気持ちはこちらも同じだった。

 

「キャッチのヒーローを目指すからには、最初の一戦からコケるわけにゃーいかねえ。必ず勝とうぜ!」

「うん!」

 

 その通りだ。たとえ練習試合でも負けるつもりはない。全力でプレーするだけだ。

 時間も迫ってきた。互いのチームがフィールドに輪を描く。

 

「「「ぶっ殺す! YAーHAー!!」」」

「「「ぶっ潰す! ボッコボッコ!!」」」

 

 かけ声とともに、選手たちが散っていく。

 賊学のキックオフから、試合が開始した。

 

「カッ! 王城戦のデータは調べてきてんだよ。アイシールドにリターンはさせねえ。爆竹キックだッ!」

 

 普通、最初のキックは敵陣深くに蹴り込むのがセオリーだ。なぜなら距離が伸びれば伸びるほど、それだけ相手の攻撃難易度が跳ね上がるから。

 しかし、賊学のキッカーが選んだのは、地面を跳ね回るキック。僕にボールを取らせないことを最重視したキックだった。

 

「キッショーー!」

「こんなん取れるわけねーだろ!」

 

 泥門の面々もボールを追いかけるが、難解な軌道を描くボールを掴むことができない。

 が、今の泥門には一人、それをあっさりとキャッチできる選手がいた。

 

「なっ!?」

 

 向こうから驚きの声があがる。モン太の加入は、王城戦の後だ。データを取れていなかったのだろう。

 僕はすぐさま方向転換し、ボールをキャッチしたモン太のもとへ。ノーコンなのはよく知っているから、自分から取り行かなくちゃ。

 しかし、僕の思いは半分しか伝わらなかった。

 

「よーし、アイシールド!」

「いいいい!?」

 

 まさかのパス。案の定ボールはあらぬ方へ飛んでいき、プレーが止まった。

 

「何やってやがんだ、この糞猿ゥ!!」

「まあまあ。あのボールをキャッチできただけでも、十分すごいよ」

「うおー! オレの初プレーが……」

 

 怒るヒル魔さんを栗田さんがなだめる。モン太の方は頭を抱えて悔しがっているけど、もしあの場でキャッチできなければ、ボールはもっと遠くにいっていた。やっぱりレシーバーがいるだけで、チームの安定感が全然違う。

 その後、まもり姉ちゃんや観客の声援のおかげで復活したモン太に続き、泥門は攻撃陣形についた。

 

「SET! HUT!」

 

 栗田さんからヒル魔さんにボールが渡る。そのまま流れるような形で、後ろから突進する僕にボールを手渡す仕草を見せた。

 

「テメーら泥門の攻撃パターンは読めてんだよ!」

「王城戦でも、パスの成功率はゼロだったからな!」

 

 賊学のメンバーが僕の(ラン)に備えて、(ライン)を中央に固める。しかし、ボールを託されたのは僕ではなかった。

 さっきのハンドオフは、ヒル魔さんお得意の渡したフリ。本命はランプレーじゃない。

 

「受け取れ! 糞猿!!」

「何っ!?」

 

 ディフェンス陣の間をかすめて飛ぶ、回転(スパイラル)のかかったパス。唯一、葉柱さんだけが反応するが、その手がボールに触れることはなかった。

 強烈な勢いで放たれたボールは敵をすり抜け、レシーバーの手の中へ。キャッチしたのは泥門のエースレシーバー──モン太だ。37ヤードのビッグ前進(ゲイン)が成立する。

 

「泥門に、パスだと!?」

「すごーい! モン太くん、ナイスキャッチ!」

 

 賊学からは驚きが、観客からは歓声が飛ぶ。

 王城戦では実質、僕のランプレーしか攻撃パターンがなかった。けど、今は違う。

 モン太が入ってくれたおかげでパスが増え、パスが増えたことにより、ヒル魔さんのトリックプレーが活き、相手がパスを警戒すれば、僕に割かれる守備が減る。泥門の攻撃パターンは、一気に何倍にも膨れ上がっていた。

 

「SET! HUT!」

「ぐっ……次こそアイシールドの(ラン)だ!」

 

 そして、僕の(ラン)に過剰な警戒をみせている賊学には、後ろへの攻撃──ロングパスへの対抗手段がない。

 先ほどと同じくヒル魔さんの投げたパスが宙を裂き、敵陣を深く駆け抜けるモン太のもとへ。

 

「本庄さん、オレ、野球じゃダメだったけど──約束します。今度こそこのアメリカンフットボールで、キャッチのヒーローになってみせます!!」

 

 ボールを掴み取ったモン太のところへ審判が駆け寄り、両手を上げた。

 

「タッチダーゥゥン!!」

「YAーーHAーー!!」

 

 直後、ヒル魔さんの蹴りがモン太を襲った。

 

「痛えっ!? え? なんで蹴られたんだ?」

「……黙ってキックは、褒めてる証だよ」

「うん。パスで泥門(うち)が点取ったの、これが初めてだから。ヒル魔も嬉しいんだよ」

 

 僕と栗田さんが、疑問を掲げるモン太に答える。

 その後、僕たちはハイタッチを交わして、スコアボードに記された6点の文字を見た。モン太の初得点だ。

 ボーナスゲーム(トライフォーポイント)は失敗するも、これで6対0。泥門のリードとなる。

 そして、攻撃権は泥門から賊学へ。しかし、勢いに乗った泥門は見事賊学の攻撃を防ぎきり、再び攻撃のチャンスを得ることに。

 

「今度こそアイシールドの(ラン)だ!」

 

 賊学のメンバーが目を血走らせ、僕の(ラン)を止めようと躍起になる。

 だが、僕はボールを持っていないことを見せ、それに気づいた相手が数秒遅れでパスに反応するも……

 

「タッチダーゥン!!」

「キャッチM〜AX!!」

 

 モン太の快進撃は止められず、賊学は二度目のタッチダウンを許すことになる。

 これで点差は泥門12点。賊学0点となった。

 

「いいぞー! さるぅーー!!」

「モン太くん、ナイススーパーキャッチ!」

「ナイスプレーだ! 雷門!!」

 

 試合開始早々、八面六臂の大活躍を見せるモン太に、観客たちから称賛の言葉が降り注ぐ。

 よく観察してみれば、野球部の面々までもがモン太の応援に駆けつけにきていた。

 

「あ……」

 

 感動に浸るモン太の尻に、ヒル魔さんから無言のキックが蹴り込まれる。決してモン太本人には見せないけど、その顔には間違いなく喜びの笑みが浮かんでいた。

 

「すごいよモン太くん! 泥門(うち)がこんなにパスで点を取れるなんて〜」

「あ、あざっス!」

 

 栗田さんからも激励を受け、モン太も照れくさそうに返事を返す。

 僕とも手を叩き合って、そこで第一クォーター終了。

 続く第二クォーター。悔しくも賊学にタッチダウンを決められた泥門は、気を取り直して反撃に出る。

 両チームのメンバーが、自陣で二十五秒の作戦会議を始めた。

 

「どうしましょ? あの猿にはパスがありますよ?」

「チッ、仕方ねえ。猿のマークに二人を回せ。残りはアイシールドの(ラン)を警戒しろ! 相手に合わせて闘い方を変えんのがカメレオン流だ! 作戦は後出しした方が勝つ!」

「テメーら、こっからは今までとは逆に、糞猿を囮にしたプレーパターンも混ぜていく。敵に合わせても遅え。作戦は先出しした方が勝つ!」

 

 作戦会議(ハドル)が終わり、プレーが再開する。

 

「SET! HUT!」

 

 スナップされたボールがヒル魔さんの手に渡り、そこに僕が駆け込む。手を出し、ボールを受け取るフリ──ハンドオフフェイクを見せる。

 だが、何度も同じ手に引っかかってくれるほど、賊学も甘くはなかった。

 

「バカが! もう騙されるか! アイシールドにボールは渡してねえ、パスだァ!!」

 

 葉柱さんの指示に従い、賊学のディフェンス陣がモン太を集中マークする。さすがにこれではパスが通せない。

 

「なら、石丸に走らせるだけだ」

 

 突如、パスを投げるフリから、今度は石丸さんへの手渡し。ボールを受け取った石丸さんが敵陣を走り抜け、当然のように連続攻撃権(ファーストダウン)を獲得する。

 石丸さん。陸上部なのに、ヒル魔さんからの咄嗟のハンドオフにも対応できるなんて……昔は当然のように感じていたけど、よくよく考えればすごいことなのでは?

 

「すごいすごいっ! パスがひとつ増えただけで、こんなにも変わるだなんて!」

 

 ベンチからまもり姉ちゃんの声が届く。そうだ。パスだけで、こんなにチームが動けるようになるなんて。

 やっぱりアメフトは面白い!

 と──

 何かイヤな気配を感じた。賊学のメンバーが、明らかに何かをしようとしている。

 

「ヒル魔さん……」

「……配置につけ、糞チビ」

 

 進言しようとするも、ヒル魔さんから返ってきたのは素っ気ない返事だった。僕は仕方なくポジションにつく。

 

「SET! HUT HUT!」

「潰せ」

 

 スナップされたボールをヒル魔さんが受け取った瞬間、賊学のディフェンス陣が、泥門のラインマンを襲った。

 アメフトにおいて、攻撃側の選手と守備側の選手がぶつかり合うのは当然のことだ。でも、本当になんでも許されるわけじゃない。いわゆる反則と呼ばれるプレーも存在する。

 今、賊学のメンバーが行ったプレーがそれだった。硬く握り締められた拳が、泥門のライン陣の顔面に向かって放たれる。

 だが……

 

「ハ?」

「はぁ?」

「はああああ!?」

 

 その拳が彼らに届くことはなかった。それどころか、賊学メンバーのラフプレーを正面から受け止め、自ら反撃まで繰り出している。いや、相手も相手だが、こっちもこっちで思いきり反則なんだけど。

 良くか悪くか、土煙で審判には見られず、総崩れとなった賊学の壁を通り抜け、またも石丸さんが連続攻撃権(ファーストダウン)を獲得する。

 

「おお!? 思わぬ掘り出しものだな」

 

 目をキラキラと輝かせながら、ヒル魔さんは賊学の攻撃を防いだ三人組──十文字くんたちを見ていた。

 うん。試合が開始する前から気づいてはいたのだが、どのような手を使ったのか、泥門の助っ人メンバーにいつの間にやら十文字くんたちが加えられていた。

 三人の様子を見る限り、今のところアメフトの楽しさに目覚めたのではなく、ヒル魔さんに無理やり連れてこられただけみたいだが……

 

「チッ、役立たずどもが」

 

 こちらに暴力が通じないと悟ったのか、賊学によるラフプレーでの襲撃は、その一回きりで終わった。

 その後、石丸さんのランプレーも交えつつ、モン太の猛攻が続き、点差は泥門が24点、賊学が10点で第二クォーターが終了する。

 油断はできないが、泥門の圧倒リードであった。

 

「おーし、いい感じに場もあったまってきやがった。糞チビ! 後半からはテメーの出番だ!」

「はい!」

 

 二つ返事で応える。

 

「今回の試合は、新入部員の宣伝も兼ねてる。テメーの走りを見せてやれ!」

「はいっ!」

 

 僕が返事をしたところで、ハーフタイムが終了。後半戦へと突入する。

 爆竹キックから変わって、弧を描く賊学のキックオフからプレースタートだ。

 フィールドの半分より手前付近から、泥門の攻撃が始まる。

 

「SET! HUT!」

 

 ヒル魔さんからボールを受け取る。本日初となる、僕のランプレーだ。

 

「来やがった!? アイシールドだッ!」

「「「ぶっ潰してやらァーー!!」」」

 

 賊学の皆さんがすごい表情で迫ってくる。

 でも、モン太のパスを警戒して守備を割り振っているおかげか、王城戦の時とは比べものにならないぐらいマークが緩い。いける!

 

「なっ……!?」

「コイツ……っ!」

 

 外から回り込み、一人、二人と切り抜け、敵陣エリアに侵入した。

 

「来たァ! アイシールドだ!!」

「すげえ! 明らかにレベルが違うだろ!?」

 

 観客が盛り上がる中、さらに回転(スピン)でディフェンス陣を躱わし、次の瞬間には置き去りにする。

 栗田さんや十文字くんたちがライン組をブロックして、さらにモン太が複数の敵を引きつけてくれていた。走れるルートが一気に拓く。

 敵のディフェンスはラストひとり。完全な一騎打ちだ。

 

「ぶっち切れ!! アイシールド21!!」

 

 刹那、加速する。40ヤード4秒2。光速の世界。

 

「シャーーッ!! 教えてやるぜ! 真の最強は、この葉柱ルイだってことをな!!」

 

 リーチの長い、葉柱さんの手が伸びてくる。けれど、スピードは遅い、鋭さもない、パワーも進さんのタックルと比べたら全然怖くない。

 姿勢を屈める。急に歩幅を縮めて、最後の一歩で踏み切る。

 

「!?!?」

「ハ?」

「はぁ?」

「はぁあああああぁああ!?」

 

 デビルバットゴーストで葉柱さんを抜き去った僕は、十文字くんたちの激励を背中に受け、フィールドを駆け抜ける。

 そのまま最後まで走りきり、ボールを上に掲げた。

 

「タッチダーーゥン!!」

「YAーーHAーー!!」

 

 無言の蹴りが飛んできた。

 これで泥門はさらに6点追加となる。

 

「や、やべえ! 震えが止まんねえ!」

「高校生の、いや人間の走りじゃねーだろ!」

「ノートルダム大のエースって、ヒル魔のハッタリじゃなかったのか!?」

 

 泥門生からの称賛が耳に届いた。正直、大袈裟な気もするけど、自分が認められるのはやっぱり嬉しい。

 

「セナ、お前こんなすごさMAXの奴だったのか!?」

「いや、えーと……」

 

 そんなことはないと言いたいけど、スピードだけは誰にも負けたくない気持ちもあって、少しの間、返答に窮する。

 

「オレも十年間、野球をしてきたからわかっけど、あんな走り初めて見たぞ!」

「あー、ほら! その代わりモン太と違って、キャッチとかは苦手だから」

 

 そうだ。すごいのは僕だけじゃない。泥門デビルバッツは、みんなで強くなるんだ。

 今度は僕の意思がちゃんと伝わったのか、目を見開いてモン太がうなずく。

 

「……なるほど。ああ、オレもキャッチなら誰にも負けないぜ! もちろんセナが相手でもな!」

「うん。わかってるよ、モン太」

「オラぁ! くっちゃっべってねーで、プレーに集中しやがれ糞チビども! まだ試合は終わってねーんだぞ!」

「「はい!」」

 

 ヒル魔さんが来たことにより、僕たちは頭を切り替える。

 点差は、30対10。泥門(うち)の大量リードだが、ここから巻き返される可能性だってゼロじゃない。

 最後まで全力でプレーに集中するんだ!

 

▪︎

 

 試合は第四クォーターに入っていた。スコアボードを見る。

 42対10。誰が見たって、アメフトの素人が見たってわかる。賊学(うち)の負けだ。どうあがいても、勝ち目なんてあるわけがない。

 

「テメーら気ィ抜くんじゃねぇ!! 攻めて攻めて、攻めまくれっ! 攻撃あるのみだ!!」

「「「おう!」」」

 

 向こうから気合いの入った声が飛んでくる。

 いや、あんなことほざいちゃいるが、ヒル魔の野郎も明らかに自分たちの勝利を確信していやがった。

 周りの見物人どもも、それどころか賊学(うち)のチームメンバーですら、完全に泥門の勝利だと決めつけていやがる。

 

「テメーら、なに地面にへばりついていやがるッ!! 試合はこっからだァ! 泥門のカスどもごときに、賊学なめさせんじゃねえ!!」

「「「…………」」」

「聞いてんのか、テメーらァ!! ぶっ殺されてえか!!」

 

 声を張りあげる。脅してでも奮起させる。いつもそうやってチームを纏めあげてきた。

 なのに……

 

「いや、無理っすよ、葉柱さん……」

「こんなん勝ち負けどころか、勝負にすらなりませんって」

 

 返ってきたのは腑抜けた言葉だった。

 そうこうしているうちに、次のプレーが始まる。

 

「SET! HUT!」

 

 栗田からヒル魔にボールが渡り、ヒル魔からアイシールドにボールが手渡される。

 

(ラン)だ! テメーら死ぬ気で止めやがれ!!」

 

 大声で指示を出す。

 だが、その動きはとても見れたものじゃなかった。手を抜いてるなんてレベルじゃない。勝とうとすらしていなかった。

 

「クソが!」

 

 無論、そんなディフェンスであのアイシールドが止まるはずもない。数秒後には、自分と一騎打ちの体勢に入る。

 

「ぜってえ、ぜってえ止めてやる!!」

 

 腕を広げる。アイシールド越しに奴と視線が交わる。

 

 ──フィールドに立ったら、アイシールド21は誰が相手でも絶対に手は抜きません。

 

 思い出すのは、泥門のアメフト部室の前でオレに生意気な口を利いたチビの言葉。

 

 ──だから葉柱さんも、全力できてください。

 

 アイシールドは、本気だった。

 誰だってわかる。本当はオレだってわかっている。この試合の勝敗が既に決まっていることぐらい。

 なのに、このフィールドで奴だけが、オレに本気で勝負を挑みにきていた。

 まだ、試合は終わっていない、と。

 だったら、だったら。

 

「負けねえ!! オレは賊学の葉柱ルイだァ!!」

 

 次の瞬間。奴の身体は煙となって消えた。

 なんだ、これは!? これが人間の走りか!? こんなバケモンが存在していいのか?

 気づいた時には、オレの後ろを走り去っていく。

 いや、違うだろ。まだ勝負は終わちゃいねえ!

 

「あああああああああ!!」

 

 急いでアイシールドのあとを追う。自分の脚でこんなに全力で走ったのはいつ振りだ。

 けれど、奴の背中は一瞬で遠ざかっていく。その光景は、残酷なまでに輝いて見えた。

 

「これが、アメリカンフットボーラー」

 

 この試合、オレは一度も奴を捕らえることができなかった。

 

▪︎

 

 泥門デビルバッツ(48)()賊学カメレオンズ(10)

 

「試合終了!!」

「やったぁ〜。デビルバッツの大勝利!!」

 

 新しく参戦したモン太の活躍もあり、練習試合は泥門の勝利という結果に終わった。

 そして、グラウンドの隅では恐ろしい闇取引が行われる。

 

「五百万」

「は、払えるわけねーだろ!!」

 

 笑顔で手を差し出すヒル魔さんに、葉柱さんがバタフライナイフを取り出す。すると、対する泥門の悪魔はありったけの機関銃を取り出し、応戦の意思を見せた。

 刃物と銃。その勝負の行方は、古来より定められている。

 

「……勘弁してください」

「じゃ、身体で払ってもらうしかねえなぁ? 当分の間、パシリ決定!」

 

 善良な一般市民は、こうして悪魔の奴隷とされていく。

 社会の縮図を見せられながら、見て見ぬフリをして、僕たちは勝利の余韻に浸るのであった。

 




 アメフトクリニック。
Q.ファーストダウンって、なに?
A.アメフトは一回得た攻撃権で、実は最大四回まで攻撃が可能なんだ。そして、その攻撃権を連続して得るチャンスもある。自分の陣地から10ヤード前に進むことだ!
 そして、それをわかり易く連続攻撃権獲得=ファーストダウン。と、呼んでいるんだぜ!
 アメフトにおいてダウン=downとは、日本語に直すと止まる、区切りをつけるみたいな意味もある。ファーストダウンを獲得したら、そこから仕切り直してまたプレーが始まるから、そういった意味でもぴったりな呼び名だ!
 ただ、四回攻撃を失敗したら、今度は相手の方に攻撃権が移っちまう。だから、四度目の選択肢は慎重に選んでくれ! だいたいわかったか? Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヘル・タワー

 賊学戦を経て、僕たち泥門デビルバッツを取り巻く環境は一変した。

 ヒル魔さんの策略が功を成したのか、校内でちらほらとアメフト部に入ってみようかな? という前向きな声が出始めたのだ。

 こんなチャンスを逃す手はない。僕たち泥門デビルバッツは、少しばかり期間のズレた新入部員の勧誘面接を行うことを決定した。

 

▪︎

 

 そして現在。僕、モン太、栗田さんの三人は、とある洋菓子店に足を運んでいた。

 シュークリーム店『雁屋(かりや)』。僕にとっても馴染みのある店だ。

 何を隠そう、まもり姉ちゃんは大のシュークリーム好きで、その嗜好はマニアの領域に脚を踏み入れている。中でも、この雁屋のシュークリームは彼女イチオシの一品だった。

 シュークリームの核ともいえるホイップクリームは北海道産の濃厚クリームを使用し、対となるカスタードには専属農家から仕入れた新鮮卵を惜しげもなく投入。見た目はくっきりとした焼き目が美味しさを際立たせ、芳ばしい香りからはほのかな甘みが食欲を誘うのだ。

 いざ手に取ってみると、ふわふわした見た目に反して、中のクリームがずっしりと手のひらの感覚を楽しませる。口の中に入れると、とろとろしたクリームが舌の上で踊り、瞬時に旨みが蒸発するのだ。なのに後味はすっきりとしていて、大人から子どもまで満足のできる食べ応え。たったひとつの洋菓子が、遍く人々を幸せに導く。それが雁屋のシュークリームであった。

 いやなことがあった時、是非ともこのシュークリームを一日の終わりに食べてみてほしい。

 また、明日も頑張ろう。そんな気持ちになれるはずだ。

 

「ここってすごく人気だよね? 自分で買う時は、スーパーの値引きのやつしか買わないけど……」

「有名店のひとつだからなぁ。何個ぐらい買っていくんスか?」

 

 僕と雑談をしていたモン太が質問を投げつける。

 すると、同じ行列に並んでいた栗田さんがパチリと目を見開き、拳を突き上げ叫んだ。

 

「100個!!」

 

 まさかの三桁。店員さんや他のお客さんも驚いていたが、誰よりも僕たちが驚いていた。そんなお金どこにあるのかと。

 しかし、入手経路は不明だが、ヒル魔さんから軍資金は大量に預かっていたらしく、結局僕たち三人は箱詰めにされたシュークリームをきっちり100個、アメフト部室まで持って帰ることとなったのだ。

 

▪︎

 

 帰還する。部室の外は、まさかの長蛇の列を描いていた。

 予想外の人気っぷりに、栗田さんは涙を流して大喜びする。逆に僕とモン太は、そのあまりの数に少々萎縮を覚えながら部室の扉を開けた。

 

「三人とも、おかえりなさい」

「ただいまー」

「ただいま戻りました、まもりさん!」

 

 お使いを終えた僕らを、まもり姉ちゃんが笑顔で労う。続けざま、さりげなく僕の持っていた袋を奪い、ごくりと喉を鳴らしていた。

 まさか、食べるつもりじゃ? と、一瞬疑ってしまったが、まもり姉ちゃんは煩悩を振り払うように首をぶんぶんと振り回し、予め用意してあったお皿にシュークリームを乗せ始めた。外で待ってくれている入部希望者たちに配るためのものだ。

 手洗いうがいをしてから、僕たちもまもり姉ちゃんの手伝いをする。なぜか食器とシュークリームの数が合わなかったが、きっとお店の人が数え間違えたのだろう。

 

「ケケケ、風紀委員がシュークリームをつまみ食い」

「う……」

 

 部室の隅でパソコンを動かしていたヒル魔さんに、顔を赤くしたまもり姉ちゃんがからかわれていた。

 やっぱり食べたんだ……

 と──

 準備を終え、ついに面接の時間がやってきた。

 ヒル魔さん、栗田さん、モン太、僕、まもり姉ちゃんの順番で横一列に座り、訪問者を待ち構える。さながら面接官の気分だ。どうしよう、ちょっと緊張してきたかも。

 落ち着く間もなく、扉が開かれる。

 

「し、失礼します!」

 

 最初に入ってきたのは、僕のよく知る人物だった。礼儀正しく、びしっとした動作で用意されたパイプ椅子に座る。

 

「に、2年4組。雪光学(ゆきみつまなぶ)です」

 

 雪さん。未来でもお世話になった、泥門デビルバッツのメンバーのひとりだ。

 これまでずっと勉強一筋だったせいか、体格はお世辞にも良い方とはいえず、下手をすれば僕以上の運動音痴の持ち主。でも、すごい努力家で、関東大会でついにレギュラーの座を獲得するまでに至った、尊敬すべき先輩のひとりである。

 なのにその試合で、僕たちデビルバッツは……

 

「あ? 2年にロクな奴は残ってねーはずだが?」

「え? やっぱり厳しいでしょうか?」

「そ、そんなことないよ!」

 

 意識を戻す。

 ヒル魔さんの苦言に慌てる雪さんだったが、栗田さんのフォローもあって、表情にやる気を携えていた。

 

「えーと、それではアメフト部に入部しようと思った理由をお聞きしてもいいでしょうか?」

 

 空気を変えるためか、まもり姉ちゃんが無難な質問を口にする。

 

「その、小学校の時から塾通いで、部活とかしたことがなかったんです。でも3年になったらすぐ受験だし、このまま高校生活を終えるがイヤで……最後に、何かひとつでも思い出が欲しくて……」

「思い出だッ!? うちは勝つためにやってんだよ糞ハゲ!」

 

 本当に容赦ないヒル魔さん。糞ハゲって……いや、確かに頭のアレがアレだけども……

 

「も、もちろん、やるからには勝つつもりでやります! 最初は役立たずかもしれないけど、やれることはなんでもやります!」

 

 負けじと身を乗り出し、雪さんが一生懸命に自分の意思を述べる。そして、その言葉に嘘がないことを僕は知っていた。

 やれることはなんでもやります。言うのは簡単で、誰もが一度は口にしたことのある言葉だと思う。だけど、それを実際にやり遂げられる人はいったいどれほどいるのだろうか。

 

「ほら、セナも何か訊かなきゃ」

「…………」

 

 隣にいたまもり姉ちゃんにひじで突かれる。何か訊く? 何を? 

 僕は思考をまとめることができず、思ったことをそのまま口にしていた。

 

「……雪さんは、今まで運動してこなかった分、これから他の人の何倍も、何倍も努力しないといけなくなると思います」

「は、はい……」

「それでもすぐに脚が速くなるわけでもなければ、ボールをキャッチできるようになるわけでもない。試合に出られるようになるまで、すごく時間もかかると思います……」

「そ、それは……」

 

 雪さんの顔に動揺が走る。

 

「ちょっと、セナ!?」

「いきなりキツすぎMAX……」

 

 隣に座る二人から小声の抗議が入る。わかってる。すごく失礼なことを訊いてるかもしれない。

 でも、それでも僕は訊かずにはいられなかった。

 

「そして、いざ試合に出られたとしても、その試合で勝つことができるかもわからない。それでも……後悔はありませんか?」

 

 わかってる。こんなこと、ここにいる雪さんに訊いても意味はない。だって、あの敗北を知っているのは僕だけなのだから。

 ヒル魔さんも、栗田さんも、モン太も、まもり姉ちゃんも知らない。僕以外、誰も知らない闘いの記憶。

 だけど、口が勝手に動いていた。

 

「…………」

 

 僅かな沈黙の後、雪さんが語る。

 

「……たしかに、あなたの言う通りだと思います。僕なんかが試合で活躍したいだなんて烏滸がましいのかもしれません。でも、僕よりも小さな身体で敵に立ち向かっていくノートルダム大のヒーロー、アイシールドさんを見ていたら、なんか、こう胸が熱くなって……あの人みたいに僕もなりたいって、そう思って……」

「…………」

 

 違う。僕はヒーローなんかじゃない。

 だって、雪さんが初めて出場した試合。神龍寺戦、最後の逆転チャンスで、僕は──何もできず負けてしまったのだから。

 後悔はありませんか? なんて意味のない質問なんだろう。試合に負けて、後悔しないわけがないのに。

 でも……

 

「わかりました。不躾な質問をしてしまい、すみません」

「い、いえ! 大丈夫です! むしろ、気が引き締まりました」

 

 そう応える雪さんに、いや……泥門デビルバッツのみんなに、僕は心の中で誓う。

 今度こそ、負けない、と。

 

「次の方、どうぞ」

 

 一人目の面接が終わり、二人目が呼ばれる。

 

「きゃっ!?」

「なんだなんだ!」

 

 扉をぶち破る勢いで入ってきたのは、またもや僕のよく知る人物であった。

 

小結大吉(こむすびだいきち)! で、弟子!」

 

 小結くん。背は僕より小さいが、パワーはデビルバッツの中でも栗田さんに次いだ記録を保持。

 その力は攻守の土台となるライン戦において、絶対に欠かしてはならない存在で、未来(過去)の闘いでも、幾度となくピンチを救ってもらった。

 ちなみに、しゃべる言語は基本パワフル語で、パワフルな漢同士にしかわかり合えない特殊言語を用いる。

 

「弟子?」

「もしかして、僕と同じライン志望?」

 

 栗田さんがそう問いかけると、小結くんは首を縦にした。

 

「や、やったぁーー!! ついにライン仲間ができたぁ! 一緒に頑張ろうね!」

「ふ、フゴオオオオオオオ!!」

 

 感極まった小結くんが、再度扉をぶち破る勢いで外へと飛び出していった。

 これで二人目。

 雪さんに、小結くん。ここまでの新入勧誘は大成功だった。

 だが、ここからはまさに下り坂となる。

 曰く。

 

「アイシールドさんのサイン欲しいなー」

 

 とか。

 

「オレもテレビに映りたい」

 

 とか。

 

「ヒル魔先輩のおこぼれにあずかりたいな〜。部費も手下もいっぱいいて、マジ尊敬するッス」

 

 などなど。とてもじゃないが、入部を許可できるような人材ではなかった。

 普段は温厚なまもり姉ちゃんでさえ眉をひそめ、モン太にいたっては頭に怒りマークを露わにしている。

 最後の面接が終了し、ヒル魔さんがパタリとパソコンを閉じた。

 

「……こりゃ、入部テストが必要だな」

 

▪︎

 

 その日の気温は、五月晴れという季語から大きく離別した、うだるような熱気のこもる炎天下に見舞われていた。

 泥門高校から地下鉄を経由して、赤羽橋駅を降り、徒歩五分。目的地へとたどり着く。

 333mの高さを誇る自立式鉄塔──東京タワー。

 本日、東京のシンボルタワーは、我らが泥門デビルバッツの貸し切り場となっていた。

 説明するまでもなく、ヒル魔さんの仕業である。どんな手を使ったのだろう? 恐ろしくて真相を解明しようとは思わないが……

 

「東京タワーとか、マジかよ」

「カッ! ヒル魔の野郎、オレたちをトラック代わりに使いやがって」

 

 周囲には既に百名近い泥門生に加え、機材などを運ぶため駆けつけてくださった葉柱さんを含む賊学生の顔ぶれで溢れ返っていた。

 今日、この東京タワーを利用して行われるのは、泥門デビルバッツアメフト部の入部テストである。

 拡声器を持ったヒル魔さんが前に出た。

 

「聞きやがれ糞ガキども!! ルールは単純。ゴールは特別展望台! 糞デブがかき氷を食おうと待ってるから、そこまで氷を袋に詰め込んで届けやがれ! 量はいくら運ぼうが自由! 途中で溶けた場合は補充に戻っても構わねえ! ゴールに着いた時、一欠片でも氷が残っていればクリア! 晴れてデビルバッツの一員だッ!!」

 

 葉柱さんたちがわざわざ運んでくださった、大きな箱いっぱいに敷き詰められた氷の欠片を手に取ってみる。日差しと手の体温だけで溶け始めていた。

 

「ははは、やっぱりこの暑さだとすぐ溶けるね……」

「セナも登るのね、アレに……」

 

 まもり姉ちゃんが、呆れた表情で東京タワーを見上げる。

 そう。今回のテストは、デモンストレーションも兼ねて、僕とモン太まで参加する形となっていた。無論、僕はアイシールドの姿である。

 袋に氷を詰め込んだところで、モン太がやってきた。

 

「セナ、このテストはお前とオレの一騎打ちになるな」

「え? 参加者は僕たち以外にもたくさんいるけど?」

 

 僕がそう応えると、モン太はチッチッチと人差し指を揺らす。

 

「バカやろー、正部員であるオレらが他の連中に負けるわけがねえ。だから実質お前とオレとの勝負だ!」

「なるほど……?」

 

 モン太は相当やる気のようだ。そういえば、過去(以前)も勝負形式だったような……

 だけど、どうしよう。僕は過去で同じテストを受けているから、ほとんどカンニングをしているようなものだ。公正な勝負にならない。

 しかし、僕が断る間もなく時はやってきた。ヒル魔さんがバズーカを構える。

 

「早速始めんぞォ! よーい」

 

 ドン!!! 発砲音と同時に、みんなが一斉に飛び出した。僕より数歩上の位置からは「負けた方が、相手に一週間弁当奢りー!」と叫びながら、モン太が逸早く駆け上っていくのが見える。

 仕方ない。勝負なら僕も手を抜くわけにはいかない。最近はランニングコースに階段も組み込んでいるため、このテストもそこまで苦ではないはずだ。

 先頭からワンテンポ遅れて、僕も飛び出すのであった。

 

▪︎

 

 特別展望台。勝負の決着は、僕の勝利という結果に終わった。

 道中、地獄の門番(ケルベロス)地獄の監獄(暖房機器の部屋)などの妨害を受けながらも、予め内容を知っていた僕はトラップに引っかからず、モン太だけが見事に引っかかり、その分リードできた形となったのだ。

 ただ、やっぱりズルい気がするので、賞品の弁当は少食だからと断った。

 すると……

 

「セナがあんま食えねぇのはわかった。だが、勝負は勝負だ。漢として一度交わした約束を反故にはできねえ。だから、弁当の代わりに一週間、お前の分のバナナを持ってきてやる」

 

 と言われ。まあ、バナナぐらいなら貰ってもそこまで罪悪感はないかな? と思った僕は、そこで話を落ち着けることにした。

 それから数分後。ちょうどアイシールドの姿から普段の制服に着替え終えたところで、ドタドタとした騒々しい足音が下の階から迫ってきた。

 

「フゴォオオオオオオオ!!」

「は」

「はぁ」

「はぁぁぁ」

 

 ゴールまでたどり着いたのは小結くん、そして息を切らした十文字くん、黒木くん、戸叶くんの四人だった。

 なぜか小結くんと十文字くんたちは、ここまで登り切った自分たちのことを讃えるような真似はせず、互いにメンチを切り合っている。昔からこの四人は事あるごとに張り合っていたので、今回の入部テストもしのぎを削り合いながら登ってきたのだろう。

 

「豚まんJr.、ハァハァ3兄弟。合格!」

 

 ヒル魔さんから合格を言い渡される。

 

「やったね、小結くん!」

「フゴッ!」

 

 栗田さんに褒められ、嬉しそうな小結くん。

 だが、残りの三人は違ったようだ。

 

「ま、待て」

「なぜか合格しちまったが」

「オレたちはアメフトなんて汗臭えスポーツ」

「「「やるつもりはねえ!!」」」

 

 断固として、拒否反応を示す三人組。

 ここまで嫌がるのなら、なぜ自分たちからテストに参加したのだろうか?

 素朴な疑問を頭に浮かべていると……

 

「ほほーう」

 

 満面の笑みでヒル魔さんが立ち上がった。ポケットから最終兵器(脅迫手帳)を取り出す。

 パラパラとページをめくり、怪しげな箇所で手を止めた。宴の始まりだ。

 

戸叶庄三(とがのうしょうぞう)。中学の頃から不良で名を通しているが、大の漫画好き。普段は硬派な漫画しか読まないが、半年に一度聖戦と称し、漫画と漫画の間にちょっとエッチな漫画を挟んで購入するのが数少ない生き甲斐である」

「ああ!? なんでオレの君に捧げる愛の歌(ハードロック・ラブソング)がバレてやがる!?」

 

 戸叶くん……いや、たまにそんな購入の仕方をする同級生がいるのは、僕も耳にしたことがあるけど……

 

黒木浩二(くろきこうじ)。同じく不良であるが、地元ではゲーマーとしても名を馳せており、ゲーセンの格ゲーエリアにおいて、今もなお無敗伝説を打ち立てている。過去に開かれた大会では、何度か優勝経験も存在する。大会で得た賞金は、大体数日の豪遊で消し飛んでいるが、一度だけ海外の子どもたちに寄付したことがある……あ? これのどこが秘密なんだ!?」

「やめろォォ!! 不良がいいことってなんか恥ずいだろーが! オレのモットーにもかかわるぅ!!」

 

 黒木くん……まあこの三人、不良であることを除けば、わりといいところがあるのは知っていたけど……

 

「チッ、次だ……お! コイツはいいな」

「や、やめろテメー!!」

 

 何かを察した十文字くんが、必死の形相でヒル魔さんに掴みかかろうとする。

 だが、当然のごとく栗田さんに阻まれ、さらには後ろの二人からも羽交い締めにされて、動きを止められていた。

 

「一人だけ逃げようたって、そうはいかねぇ」

「オレたち一連托生だろ、カズちゃん」

「バカ! テメーら放しやがれ!」

 

 なんとか抜け出そうとするが、数の暴力で取り押さえられる。

 そんな三人を歯牙にもかけず、ヒル魔さんの暴露大会は佳境に差しかかった。

 

十文字一輝(じゅうもんじかずき)。彼の休日は、一杯のコーヒーから始まる」

 

 語り部が優雅な口調に変わる。

 

「身を清め、正装(スーツ)に着替えた彼は、戸締まりを確認し、家を出た」

「おい! やめ……むぐっ!」

 

 今もなお暴れようとしていた十文字くんは、黒木くんと戸叶くんに発言を封じられた。

 

「いつもは高校生でありながらタバコを嗜み、年中バイクを乗り回している彼だが、その日は違う。人混みに揉まれながらも電車に乗るその立ち姿からは、普段の不良然とした面影は完全に消え失せ、ひとりの紳士と化していた。年老いた老人に席を譲り、窓の景色を観賞する」

 

 ページがめくられる。みんなの興味は次第に話の内容へと引き寄せられていった。

 

「都内の某駅から約十分。とある喫茶店にたどり着く。扉を開けた彼を出迎えたのは、給仕服に身を包んだうら若き女性たちからの『おかえなさいませ、ご主人様』という心洗われる挨拶だった」

「「ぶっひゃっひゃっひゃっ!!」」

 

 床をばしばしと叩く、黒木くんと戸叶くん。

 僕とモン太もオーバーなリアクションこそ取らなかったが、話の続きは気になっていた。

 後ろから鋭い視線を感じるが、気づいていないフリをする。

 

「注文するメニューは決まっている。“ひよこさんオムライス”。ケチャップでメイドが文字とイラストを描いてくれる至高の一品だ。出来立てのオムライスをスプーンで掬い、口へ運ぶ。丁寧に、米の一粒も残さず食べ終えた彼は席を立ち、会計を済ませて店を出た」

 

 意外だ。メイド喫茶といえば、正直、ちょっといかがわしいイメージがあったのだが、十文字くんは本当に食事をするだけで終わったようだ。

 

「メイド喫茶。そこは男たちに一時の憩いを与える楽園。であるならば、自分たちはそこで働くメイドたちに、恥じないお客様(ご主人様)であらねばならない。彼女たちに迷惑をかける行いなど言語道断。入店の前には必ず身を清め、身だしなみを整え、食べ終えたら一言だけ感謝を述べて帰路につく。これがメイド喫茶を楽しむマナーである。みんなのご主人様、十文字一輝より」

 

 ぱたりと物語は締め括られた。 

 

「「「…………」」」

 

 沈黙が場を支配する。

 どうしよう。一瞬、さすが十文字くん! とか思ったが、予想以上にアレだったらしい。黒木くんや戸叶くんでさえ、なんだか気まずそうな表情をしている。

 やっぱり人の秘密なんて簡単に暴こうとするものじゃない。僕はまた一歩、大人の階段を登った気がした。

 

「さーて」

 

 悪魔が拡声器を装備する。

 

東京タワーから拡散だ(みんなに言いふらそう)!」

「「「やめてくれ! わかった! アメフト部に入る! だからそれだけはやめてくれ!!」」」

 

 十文字くんたちがついに陥落した。ヒル魔さんの「ケケケケ、ライン組ゲ〜ット!」という支配者の笑みがこだまする。

 前回もどうやってこの三人を仲間に引き入れたのか気にはなっていたが、まさか僕の知らないところでこんな事が起こっていたとは……

 少しだけ、十文字くんたちを見る目が変わってしまいそうだ。

 と──

 そうこうしている内に、日が沈み始めた。夜景が東京の街を照らし出す。

 

「もう、誰もいなくなっちゃったわよ」

「……引き上げ時だな」

 

 まもり姉ちゃんの声に、ヒル魔さんがそう応えた。

 周囲を見渡す。僕、モン太、まもり姉ちゃん、ヒル魔さん、栗田さん、小結くん、十文字くん、黒木くん、戸叶くん……ひとり、足りない。

 

「あ、あの! もう少しだけ待ってみませんか? まだ、誰か来るかもしれませんし」

「…………」

 

 なんとか時間を稼ごうとする。そんな僕の真意を問いただそうと、ヒル魔さんがこちらを見た瞬間だった。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 バシャッ! と、袋に入った水を豪快にぶち撒けながら、雪さんが扉の外から倒れ込んできた。

 

「うお! ホントにひとり来たぞ!?」

「大変っ!」

 

 モン太とまもり姉ちゃんが急いで駆け寄る。

 よかった。間に合ったみたいだ。僕は安堵の息を漏らし、雑巾を片手にワンテンポ遅れて駆け寄った。

 しかし……

 

「なんだこりゃ? 全部溶けてんじゃねーか」

「え?」

 

 後ろを振り返る。ヒル魔さんの言う通り、袋の中身は全部溶け、液体へと変わっていた。

 あれ? それじゃ雪さんは……

 

「…………」

 

 意識を失って倒れている。再チャレンジできる体力はどう見ても残っているようには見えない。

 なら、雪さんはどうなるのか?

 もしかしてこのまま不合格に……

 暗い不安が胸を覆い始めた、その時だった。

 ぽちゃんっ。小さな音が後ろから聞こえた。

 

「お! 一個残ってんぞ!」

「ええ〜! ホント!」

 

 ヒル魔さんの指摘に、栗田さんが喜びながら容器を確認する。

 そこには確かに一個、一欠片の氷が水の上を漂っていた。先ほど確認した時はなかったはずなのに。

 

「もしかしてヒル魔さんが?」

 

 顔を盗み見るが、その表情から真相を読み取ることはできなかった。

 だけど……

 

「糞ハゲ、合格!」

 

 これで未来(過去)と同じように、泥門デビルバッツの仲間たちが、みんなテストに合格することができた。

 その日から僕たち泥門デビルバッツは、ライン組の十文字くん、黒木くん、戸叶くん、小結くん。控え選手の雪さんを加えて、合計10人のチームとして動き始めるのであった。

 




 アメフトクリニック。
Q.ライン組について、もう少し詳しく教えて。
A.なら、今回はオフェンスラインについて話してやるぜ。
 前回も大ざっぱに説明したが、一口にラインと言ってもその役割は違うんだ。
 センター(C)は栗田が担うポジションで、アメフトのプレーはこのセンターがボールをスナップした瞬間から始まるんだぜ。ボールの渡し方は、基本股下からクォーターバックにスナップするのが主流だな。
 次はガード(G)。黒木と小結が担うポジションで、位置的にはセンターの両隣。普段は目の前の敵をブロックするのが役割だが、セナがボールを持って走る時とかは一度下がって、外側の敵もブロックしたりもするぜ。だから、パワーだけでなく小回りも重要になるんだ。
 最後はタックル(T)。十文字と戸叶が担うポジションだな。ラインの外側に位置する二人は、目の前の敵だけでなく、外側から侵入してくる相手に対し、プレッシャーを与えるのも仕事になるぜ。パスプレーの時は、クォーターバックの死角を守るのも、基本彼らの役目だ。
 これは余談になるが、オフェンスフォーメーションによっては、十文字がフルバック(FB)のポジションも担い、セナと一緒に走って敵をブロックしていることもあるぜ。ちなみに、普段は石丸がそれらの仕事をこなしているんだ。アイツは本当に陸上部なのか?
 ざっくり説明したが、どうだ? イメージはできたか! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東京最強決戦 ナイトvsガンマン

「ハッ!」

「ハァッ!」

「ハァーーッ!!」

「フゴォォーー!!」

 

 トレーニングルーム、ベンチプレス測定。今日は新メンバーであるライン組の身体測定が行われていた。

 ちなみに記録の結果は、十文字くんたちが65kg。小結くんにいたっては驚異の110kgである。

 その数値、実に僕の約三倍。本当に同じ男子高校生なのだろうか……

 

「ハン」

「「「このフゴデブッ!!」」」

 

 余裕の煽りをみせる小結くんに、十文字くんたちが感化され、四人は張り合いながら筋トレに励む。

 

「ケケケ、こういう奴らは伸びる」

「うん! ラインマン五人で練習できるだなんて、夢にも思わなかったよ〜」

 

 ヒル魔さんと栗田さんも嬉しそうだ。

 特に栗田さんの喜びようは、僕たちの比じゃない。ずーっと待っていたのだから。何年間も、仲間ができるこの日を。

 

「では、ライン組は栗田先生が担当するので、後衛組(バックス組)はヒル魔先生と一緒に、グラウンドに出ましょう」

 

 まもり姉ちゃんの指示に従い、ヒル魔さん、僕、モン太、雪さんの四人は外に出る。

 優しい栗田先生と銃を構えるヒル魔先生。なんだか某国の貴族と平民ぐらい格差があるような……

 

「アイシールドさんと一緒に訓練ができるなんて、感激です!」

「い、いや。こちらこそよろしくお願いします」

 

 雪さんや十文字くんたちには、アイシールドの正体が僕ということは未だ内緒になっていた。

 すぐに話そうと思ったのだが「秘密にしておいた方が奴らにとって都合がいい」とヒル魔さんに言われ、こういう時は言われた通りにしておいた方がいいと経験則で知っていた僕は、内心申し訳なさでいっぱいだったが、デビルバッツの未来のため口を閉ざすことにした。

 

「よーし、糞ガキども! 今日はパスの基礎を叩き込んでやる!」

 

 ヒル魔さんが一枚の紙を取り出した。僕たちの顔面に突きつける。

 

「なんスか、これ?」

「攻撃のプロフェッショナルが活用する武器、パスルートだッ!」

 

 パスルート。パスを受け取る側が走る道筋のこと。

 その種類は千差万別。ただまっすぐに走るものもあれば、複雑なルートを指示するものもある。

 ヒル魔さんが手に持つ紙の表紙には……

 

・ヒッチ。5ヤード地点で振り返る、超ショートパス。

・クイックアウト。少し進み、アウトサイドに。

・アウト。まっすぐ進み、アウトサイドに。

・イン。まっすぐ進み、インサイドに。

・スラント。まっすぐ進み、45度でインサイドに。

・カムバック。まっすぐ進み、急ブレーキをかけ戻る。

・ポスト。スラントに似ているが、進む距離を稼ぐ。

・コーナー。ポストの反対。アウトサイドに切り込む。

・ストレート。まっすぐ走り続け、ロングパスを獲得。

 

 などなど。他にもまだまだ種類が存在する。

 

「これ全部覚えろってことか!?」

 

 頭を抱えてモン太がうなる。

 わかる、わかるよその気持ち。かれこれ半年以上アメフトを続けてきたが、未だに全てのパターンは覚えきれていないから。

 

「パスルートって、こんなにも綿密に分けられているんですね……でも、アイシールドさんとかは全部覚えているんですよね?」

「たりめーだ。何せ、ノートル大のエースだからな」

「…………」

 

 いえ、覚えていません。

 ヒル魔さんのハッタリに騙され、一生懸命覚えようとしている雪さんの前では言えませんが。

 

「ムッキャー! こんなもん覚え切れるわきゃねーー!! 普通に努力MAXで走って、ボールをキャッチするだけじゃダメなのか?」

「ほほー」

 

 咆哮するモン太に、ヒル魔さんがあくどい笑みを浮かべる。

 なんだろう、いやな予感が。

 

「ま、口で説明するだけじゃ味けねーわな。つーわけで糞チビ」

 

 ビシッとこちらを指差し。

 

「糞猿と勝負だ!」

「いい!?」

 

 モン太とキャッチ勝負!? むりむりむり、勝てるわけがない。なのに。

 

「おおー! 面白え! セナ……じゃねぇ、アイシールドには東京タワーでの借りもあるからな!」

 

 相手の方はやる気MAXだった。

 二人の作った流れを止められるわけもなく、仕方なく配置につく。

 レシーバーは僕とモン太のみ。パス一本の一騎打ちだ。ヒル魔さんがボールを構える。

 

「カムバック! 走りやがれ、糞ガキどもッ!」

 

 合図とともに、僕たちはスタートした。

 パスルート、カムバック。このプレーは敵を振り切り易い側面、クォーターバックとの連携も重要になるパスプレーだ。

 10ヤードほど進み、急ブレーキをかけ、瞬時に体勢を切り替える。

 

「YAーHAー!」

 

 投げられたボールは、吸い込まれるように僕の手の中へと収まった。

 

「「へ?」」

「す、すごい! さすがアイシールドさん!」

 

 雪さんの声援が聞こえるが、僕とモン太はそれどころではなかった。

 え? 僕が捕ったの?

 

「ムッキャー!! キャッチで負けたーー!!」

 

 いや、違う。僕がモン太にキャッチで勝てるわけがない。

 これはそういう話ではなく、もっと別の……ヒル魔さんが近づいてきた。

 

「わかったか、糞猿」

「え?」

 

 モン太の頭に?マークが浮かぶ。

 

「確かにテメーのキャッチ力は一級品だ。だがな、たとえキャッチ力で劣っていたとしても、作戦次第では相手を振り切るぐらいわけねェ」

「……それが、パスルート」

「どうだ? これでもまだ必要ねぇと豪語できっか」

 

 ヒル魔さんの問いに、モン太は首を横に振った。

 

「いや、十分っス。パスルートを覚えなきゃ、オレがキャッチのヒーローにはなれねーのはよーくわかった」

 

 瞳が燃え盛る。そんなモン太の様子に、ヒル魔さんは一瞬だけ何かを考える素振りを見せた後、どこからともなくパソコンを取り出した。

 

「一度、新人たちに試合を見せておくか。おあつらえ向きのが午後からありやがる」

 

 パソコンを閉じ、次に携帯を取り出す。

 ヒル魔さんがいったい誰を呼び出したのか、それがわかったのは今から数時間後のことだった。

 

▪︎

 

 春季東京大会。決勝戦。王城ホワイトナイツ 対 西部ワイルドガンマンズ。

 都内最強を決める闘いが今、始まろうとしていた。

 タクシー代わりに呼ばれた葉柱さんたちのおかげで、僕たちデビルバッツの面々は無事、試合が始まる直前に栄光グラウンドへとたどり着く。

 

「送っていただき、ありがとうございます」

「カッ!」

 

 礼を述べてから観客席に移動する。会場は既に熱を帯びた人々の歓声であふれ返っていた。

 

「うへー、すっげぇ人……」

「アメフトって、こんな人気のスポーツだっけか?」

 

 愚痴を溢す黒木くんと戸叶くん。この人混みだと無理もない。

 

「もうすぐ始まるね、小結くん」

「フゴ!」

 

 栗田さんと小結くんの師弟コンビは目を皿に、今か今かと待機していた。

 この師弟、まだ出会って数日しか経っていないのに、びっくりするぐらい仲がいいよね。

 

「王城っていやぁ、この前会った進先輩のいるチームだよな?」

「うん」

 

 隣に座るモン太にうなずく。

 

「決勝まで勝ち進んでたのかよ! すれ違っただけでもビシビシプレッシャー感じたが、とんでもねーなぁ」

 

 確かに進さんはすごい。でも、この試合がどう転ぶかはわからない。王城に負けず劣らず、西部も強いチームなのだ。

 僕はそれを、身をもって体験している。

 

「これより、春季東京大会決勝。王城ホワイトナイツ 対 西部ワイルドガンマンズの試合を始めます」

 

 いよいよ試合が開始する。

 

「「「 glory on the kingdom(王国に栄光あれ)!!」」」

「「「WILD & TOUGH!!」」」

 

 王城のキックオフから、ゲームスタートだ。

 

▪︎

 

 敵の走る人(リターナー)を止め、自陣に戻る。

 決勝だからといって気負いはしない。だが、純然たる事実として、西部は強敵だと進は認識していた。

 おそらく彼我の実力差は五分と五分。故に、一瞬の油断が命取りになりかねない。余談ない姿勢で守備につく。

 

「SET!  HUT!」

 

 センターがボールをスナップし、敵のクォーターバック──キッドが受け取る。西部の攻撃陣形はショットガン。確実にパスを通すためのフォーメーションだった。

 中央を陣取っていた進だが、レシーバーの数が多すぎる。到底ひとりではカバーし切れない。マークの外れた選手にボールが投げ込まれた。

 

「5ヤード前進(ゲイン)!」

「…………」

 

 陣形、配置、作戦、個々の能力。今のワンプレーで得られた情報をもとに、頭の中で対策を構築する。

 

「大田原さん」

「どうした? トイレか?」

「いえ、体調管理は万全です。次のプレー、自分が通る隙間を作ってください」

 

 ショットガン。この陣形の特徴は、レシーバーの数が多いところだ。普通の守備で0ヤードに抑えるのは難しい。が、当然対抗策も存在する。

 電撃突撃(ブリッツ)。敵がパスを投げる前に潰すことだ。

 レシーバーが多いということは、逆にそれ以外の攻撃パターンが少ないということ。発射台であるクォーターバックを潰せば、この陣形(フォーメーション)の強みは瓦解する。

 

「SET! HUT!」

 

 ボールがスナップされた瞬間、両陣営のラインマンが激突する。

 

「ばっはっはっ! 相手にならんわ!」

「「テメーは二人がかりだっ!」」

 

 大田原さんは全国でも屈指のラインマンだ。が、敵も決勝まで勝ち上がってきた強者。力を作戦でカバーし、人数の利で大田原さんの進軍を阻止する。

 しかし、大田原さんを二人がかりで止めるということは、他のスペースを手薄にするということ。

 

「…………」

 

 事前の作戦通り、敵の(ライン)に穴が空く。その隙間を矢を放つ勢いで進が駆け抜けた。

 まだ、ボールはキッドが保持している。この距離ならパスを投げる前に確実に潰せる。

 が──

 

「悪いな、オレにレシーバーを探す時間は必要ねえ」

 

 パスが、投げられた。

 

「!?」

 

 モーションすら見えなかった。目にも止まらぬ早撃ちが小さな山を描く。相手レシーバーの手にボールが収まった。

 

「5ヤード前進(ゲイン)! 連続攻撃権獲得(ファーストダウン)!」

 

 先ほどの攻撃と合わさり、10ヤードの前進を許してしまう。

 

「「「WILD WILD GUNMANS!! WILD WILD GUNMANS!!」」」

「早撃ちキッド、なめんなよ」

 

 連続攻撃権を獲得し、西部ベンチが盛り上がる。

 だが、進の耳に雑音の入る余地はなかった。相手のクォーターバックを視界に捉える。

 先ほどの常軌を逸した早撃ち。明らかにこれまでの試合より速くなっていた。試合前に手に入れたデータはもはや参考にすらならないだろう。

 あの早撃ちを前に、電撃突撃(ブリッツ)は意味をなさない。

 

「…………」

 

 思考を回し、策を練りあげる。が、成果は出ず、ついに今大会、泥門戦でアイシールドに決められて以来のタッチダウンを取られてしまう。

 その後、キックによるトライフォーポイントも決められ、点差は王城0点のまま、西部が7点。決勝戦は西部のリードから試合が進むことになった。

 

▪︎

 

「いきなり王城が点を取られたぞ!?」

「あの糞ゲジマユ毛、決勝まで手ぇ抜いてやがったのか……?」

 

 試合は西部が一歩リードという状況。

 下馬評では王城優勢とされていたが、今の攻防を見て、周囲の人間はその判断を改める。

 この試合、どちらが勝ってもおかしくないと。

 

「ま、問題は糞ゲジマユ毛の早撃ちだけじゃねえ。西部を強豪たらしめる要因はもうひとつある」

 

 パソコンの画面に、西部の選手データが映し出される。

 

鉄馬丈(てつまじょう)。40ヤード走5秒。ベンチプレス115kg」

「オレと同じスピードの上、小結並のパワー!?」

 

 あまりの数値に、あんぐりと口を開けるモン太。

 だが、本当に恐ろしいのはそこじゃない。

 

「コイツがヤベェのは、数字じゃ測れねえところだ。鉄馬は指示されたルートを決して踏み外さねえ。オレが調べた限り、奴は公式戦において、キッドから受け取ったパスをただの一度足りとも取りこぼしたことがねえ」

「いいいぃ!! 一度も!?」

「まさに無敵。ついたあだ名は鉄の馬(アイアンホース)──関東最強レシーバーの一人だ」

「!?」

 

 その一言にモン太が目の色を変える。視線で穴を空けるのかという熱量で鉄馬さんを凝視する。

 愚痴を吐いていた十文字くんたちでさえ、今や意識を試合に集中させていた。

 フィールドに顔を戻す。得点は7対0。現在西部の一歩リード。だけど、王城がこのまま終わるはずがない。

 

「……進さん」

 

 視線が交差する。戦場に立つ進さんの瞳が僕を捉えた。

 あの進さんが、このまま終わるはずがない。

 その予想は、すぐに現実のものとなった。

 

▪︎

 

 何かが変わったというわけではない。

 脚が速くなったわけでもなければ、力がついたわけでもない。数字の上では特に何も変化は起きていない。

 それでもあの泥門戦以降、奴の中で何かが変わったのだ。

 

「取れ!! 桜庭ァ!!」

「うおおおおおおお!!」

 

 西部のレシーバー、鉄馬丈に張り合う勢いで桜庭が快進撃を進める。無論、ミスがないわけではない。相手に当たり負けして、ボールを取りこぼすこともある。

 だが、それでもめげずに桜庭はボールを追い続けた。審判が両手を上にあげる。

 

「タッチダーゥン!」

「「「桜庭くぅ〜〜ん!!」」」

 

 味方の歓声とともに、スコアボードに6の文字が刻まれた。

 トライフォーポイントも決め、点差は7対7。同点となる。

 攻守交代。進は再び戦場に降り立った。

 

「!」

 

 ふと気配を察知し、視線を上に向ける。観客席から自分がライバルだと認めた男がこちらを見ていた。

 

「アイシールド」

 

 意識を戦場に戻す。

 先ほどのような無様な姿はさらさない。ベンチで身体を休めている間も、有効となる策は講じていた。

 両陣営が配置につく。

 

「SET! HUT HUT!」

 

 スナップされたボールがキッドの手に。

 

「走れ、鉄馬ァ!」

「…………」

 

 西部の陣形はお馴染みのショットガン。敵のレシーバーがフィールドに散る。

 瞬間、進は駆け出した。重機関車・鉄馬のところへ。

 

「……!」

 

 相手の顔が驚愕に染まる。が、それは一瞬。

 

「……なるほど。オレの早撃ちを封じるんじゃなくて、そっちを潰しにきたか」

 

 そう。発射台を潰さないのなら、受け取り台を潰せばいい。他のレシーバーは自分以外のディフェンス陣に任せ、進は鉄馬を徹底マークする。

 もっとも、この挑戦を受けるかどうか。選択権は向こうにあるのだが……

 

「逃げるわけにはいかない、よな。鉄馬」

「…………」

 

 やはり受けてきた。ここで逃げるような選手が、ここまで勝ち上がってくるわけがない。

 おそらく当初の作戦通り、定められたルートに沿ってボールが投げ込まれた。途端、鉄馬が進路を変える。

 

「!」

 

 完全に進の虚を衝いたパスが放たれた。ボールは宙を跳んだ鉄馬の手に。

 

「よーしィ!」

「鉄馬は無敵! 鉄馬は機関車! その進路は誰にも止められない!」

 

 西部陣営が盛り上がりをみせる。

 確かに、インターセプトは叶わなかった。キッドと鉄馬、彼らが長年積み上げてきたホットラインを完全に断ち切ることは進でも叶わない。

 だが、こちらの策もまだ終わってはいない。

 腕を引き絞る。槍を突き出すように。

 

「……! まだだァ、鉄馬ァァ!!」

 

 キッドが狙いを看破する。しかし、もう手遅れだ。

 たとえ重機関車といえど、浮かんでいる間は進路を変えられない。

 

「うおぉぉおおおお!!」

 

 進のタックル、スピアタックルが鉄馬に突き刺さる。

 アイシールドはその超人的なスピードを以て、タックルの支点をズラしていた。

 だが、他のプレイヤーにそのような芸当は不可能。故にその破壊力は、否応なく敵を打ち砕く。

 

「っ……!」

 

 無敵。関東最強レシーバー。一部でそう称されている鉄馬の身体が吹き飛んだ。

 

「さ、3ヤード前進(ゲイン)

「「「うおーー!! 進が鉄馬を止めたァァ!!」」」

 

 王城メンバーが歓喜をあげる。

 完全に止めることはできなかった。超スピードを乗せたタックルをもろに受けても、鉄馬はボールをこぼさず、自分の仕事をやり遂げている。

 それでも、3ヤードなら何も問題はない。一度にできる攻撃は四回まで。だが、四回目の攻撃は失敗すると相手チームに攻撃権を渡してしまうため、実質アメフトは三回の攻撃で連続攻撃権(ファーストダウン)を勝ち取らねばならない。

 故に、3ヤードなら支障はない。いずれ止められる。

 西部はキッドの早撃ち。そして、止めることのできない鉄馬の無敵の突破力を売りにしたチーム。

 その片方を押さえた。他のレシーバーは、自分以外のディフェンスが対応する。戦況を覆す俊足のランニングバックも西部には存在しない。

 油断はしない。キッドと鉄馬の眼はまだあきらめていない。それでも………

 

「勝敗は決した」

 

 言葉を残し、陣地に戻る。

 キッドと鉄馬。その二人を除いた西部選手の表情は、敗北と恐怖に満ちていた。

 エースレシーバーである鉄馬が吹き飛ばされる姿を見て、怖気ついたのだ。

 “あんなタックル、自分は喰らいたくない”と。

 あれではもう勝負にならない。

 アメフトは、二人で勝てるスポーツではない。

 

「試合終了ーー!!」

 

 王城ホワイトナイツ(27)()西部ワイルドガンマンズ(20)

 

 春季東京大会。優勝トロフィーは王城ホワイトナイツが掴み取った。

 

▪︎

 

「……どっちもヤバかったな」

「……うん」

 

 震える声で相槌を返す。

 勝利を掴み取った王城はもちろん、その王城最強のラインバッカーである進さんに徹底マークされて尚、立ち向かい続けたキッドさんと鉄馬さんもすごかった。

 結局、キッドさんの早撃ちは誰にも止められず、鉄馬さんは何十回と進さんのスピアタックルをその身に受けながら、一度もボールをこぼすことはなかった。

 

「最強レシーバー、鉄馬先輩も無敵力MAXだったが、王城の桜庭先輩も努力MAXだったぜ」

 

 それは僕も感じていた。

 レシーバーの世界は想像しかできないけど、周りは自分より優れた選手ばかりなのに、最後まで闘い抜き、勝利に貢献した精神力は並のそれじゃできないだろう。

 

全国大会決勝(クリスマスボウル)に行くためには、コイツら全員を倒さなきゃならねえ」

 

 泥門メンバーが息を呑む。

 王城と西部。東京二大巨頭。

 現時点でも明らかな格上の二チーム。だが、秋にはもっと強くなっている。

 西部の方は、春大会ではなぜか姿を見せなかったが、秋大会では僕の走りの師匠である陸が加わる。

 王城も間違いなくさらなる進化を遂げて帰ってくる。

 

「かっー、ヒーロー道は険しいなぁ。でも、勝とうぜ。セナ!」

「うん。勝とう!」

 

 興奮の余韻が冷めぬまま、僕たちは試合会場をあとにした。

 




 アメフトクリニック。
Q.パスルートについて、もう少し詳しく教えて?
A.種類については頑張って覚えてくれ! ただ、物語でも使うたびに説明が入るだろうから、なんとなくでも大丈夫だぜ!
 では、なぜ選手たちがルートを覚える必要があるのか。理由はいろいろあるが、一番重要なのは、アメフトの攻撃は基本、守備側である相手ディフェンス陣の裏をかく作戦を組み立てる必要があるからだ。
 極端な話、ただ遠くに投げて取るだけだったら、ライン組の押し合いとレシーバーの脚の速さだけで勝負が決まっちまう。だが、実際はそうじゃねえ! アメフトはパワーやスピードだけが勝負を決める鍵じゃない。虚を衝くことができれば、格上相手にも勝負は成立する! 
 パスルートを極め、敵を翻弄してみせろ! Yaーhaー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最初の一歩

 高校へ進学し、アメフト部に入って早二ヶ月。

 ここしばらく、我らが泥門デビルバッツはさらなる部室の増築に勤しみ、休日の日でも午前中は土木作業による基礎トレーニング。午後からはグラウンドを利用した、個々の実力向上を図った鬼のような練習に励んでいた。

 数週間後。工事を請け負ってくださった武蔵工務店の方々と一緒に汗水流した甲斐あって、ついにアメフト部にて個人使用可能なロッカールームが完成する。

 

「YAーーHAーー!!」

「「「完成だァーー!!」」」

 

 さっそく中へ入る。自分たちで苦労して造ったこともあり、その感動はひとしおだった。

 貼りつけられた名札を見る。僕、モン太、ヒル魔さん、栗田さん、小結くん、雪光さん、石丸さん、そして……

 

「「「なんでオレらは一緒なんだよ!」」」

 

 ハァハァ3兄弟(十文字くんたち)のロッカーが三人一組というハプニングも残しつつ、全員が床に倒れこむよう息をついた。

 自分たちが使うもの、体力アップや筋トレ代わりという名目があったのも頭の中では理解していた。が、やはり土木作業はキツかったのだ。そこから解放されたとなると、心身を休めたくもなる。

 と──

 床に置いてあった一冊の雑誌を、栗田さんが拾い上げた。

 

「あ、これ今月の月刊アメフト。まだ見てなかったや」

 

 パラパラとページがめくられる。

 

「月刊アメフト杯? へー、創刊20周年を記念して、アメリカの高校と試合を組むんだって。申し込み用紙から抽選か。いいなー」

 

 羨ましそうにつぶやく栗田さんに、モン太が顔を寄せる。

 

「でも、来週にやるってなると、まだ関東大会中っスよね? 日本で負けたチームが本場アメリカに挑むのは、ちと無謀すぎるんじゃ……」

 

 うん。モン太の言うことは正しい。

 大会を勝ち進んでいるチームが余計な試合を組めるわけもなく、そうすると必然的に申し込みのできるチームはトーナメントで敗退したチームだけとなる。

 日本の大会ですら勝ち進めなかった選手たちが、アメリカと対戦だなんて普通はありえない。だけど……

 

「ああ、先週の間に申し込んでおいたぞ」

「「「無謀ーー!!」」」

 

 ヒル魔さんの口からあっさりと述べられた事実に、僕以外のメンバーが口をそろえて叫んだ。

 すると、次の瞬間。びっくりするぐらいいいタイミングで、ヒル魔さんの内ポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。

 

「…………」

「うわっ!?」

 

 一瞥後、その物体がこちらに投げつけられる。思わず落としそうになりながらも携帯をキャッチして、メール画面に目を落とした。

 

「えーと、『ご応募ありがとうございました。厳正な抽選の結果、対戦校は太陽スフィンクスに決まりました』だって」

「あー、ホッとしたような。ちょっと残念なような」

「抽選で選ばれなかったんなら、仕方ねーよな」

 

 みんなに聞こえるよう内容を音読する。結果を聞いた栗田さんとモン太の二人は、口惜しそうに心情を吐露した。

 しかし……

 

「……厳正な抽選というわりには、随分と無難すぎるチームだな」

 

 懐疑的な口調でヒル魔さんが独白する。

 太陽スフィンクス。神奈川県代表のチームで、その超ヘビー級重量ラインは、(ライン)だけの力で強豪校と呼ばれるほど。

 もっとも、神奈川にはそれ以上に恐ろしいチームが存在するのだが……

 

「よーしィ、豚まん。明日、月刊アメフトに乗り込むぞ」

「ええええ!?」

 

 いつの間にやら、雑誌を作っている本社に突撃することが決まっていた。

 優しく常識人の栗田さんが止めようとしているが、こうなったヒル魔さんは誰にも止めることなどできやしない。

 それに僕も、アメリカの高校とは闘いたいし……

 

「ははは、頑張ってください」

 

 だから、陰ながらエールを送ることにした。

 

▪︎

 

 翌日。ヒル魔は嫌がる栗田を無理やり引き連れ、月刊アメフトへと乗り込んだ。

 数分前にアポも取ったおかげか、相手も快くこちらを迎え入れる。

 

「ふざけるなっ! 代表は厳正な抽選の結果、太陽スフィンクスに決定したとメールで送っただろ!」

「ほほー、厳正な抽選ねぇ」

 

 なぜか激怒している月刊アメフトの編集長をおざなりに、ヒル魔は長い脚を机の上にどかりと乗せた。

 なめ腐ったその態度に、当然編集長も頭皮のヅラをズラしながら怒りのボルテージを上げていく。

 

「ヤラセの間違いじゃないんですか?」

「フン! 何を根拠に。言いがかりをつけたいのなら、証拠も一緒に添えてもらおうか。もっとも、貴様にそんなことができるとは到底思えんがね」

 

 突き詰めるヒル魔に、しらを切る編集長。

 応接室に暗雲が立ち込める。

 

「まあまあ、落ち着いてくださいよ」

「そ、そうだよヒル魔。揉めるのはよくないよ」

 

 隣に座る記者の熊袋(くまぶくろ)と栗田の二人が、殺伐とした空気をとりなそうとする。

 しかし、そんな甘言に耳を傾けるぐらいなら、最初から殴り込みなんて手段を選んではいない。やるからには徹底的にだ。脅迫手帳を取り出す。

 

「編集長。あなたは最近、薄毛に悩みがあるそうですね」

「なっ!?」

 

 慌てて頭を押さえる編集長。頭部の一部分がズレた。

 さすがのヒル魔もそこにつっこむことはせず、周りに合わせて気づいていないフリに徹する。栗田と熊袋も全力でその存在を無視していた。

 

「成人男性が薄毛に悩む原因。昔は遺伝子だと一蹴されていましたが、最近の研究者によって、ある仮説が立証されたのをご存知ですか?」

「ある、仮説?」

 

 ごくりと唾を飲み込み、編集長が身を乗り出してきた。

 

「その原因は……ストレスです」

「……ストレス」

 

 はっとした表情で目が見開かれる。

 

「編集長、貴方は多大なストレスに身を蝕まれてはいませんか? たとえば……そう、仕事のストレス。特に人間関係などで」

「そ、それは……」

 

 心当たりがあるのか、編集長は言葉を濁した。

 ヒル魔はカンニングペーパー、もとい。脅迫手帳に視線を落とし、言葉の先を紡いでいく。

 

「『HAHAHA。すまないね、Mr.編集長。来週の予定はキャンセルさせてもらうよ。ああ、もちろん費用はそちらで払っておいてくれ』」

「…………!」

「月刊アメフトの編集長ともなればアメフトの本場、アメリカとの交流機会も増えるでしょう。そして、日本人をなめ腐っているアメリカ人様は、猿どもと交わした約束なんざ簡単に反故にする。さて、Mr.編集長。貴方はこれまでいったい、どれだけ似たようなセリフを聞いてきたのかな?」

「あ、あ、あ、あ……」

 

 編集長の顔色が信号機のように点滅する。赤から青へ。青から赤へ。

 どうやら想像以上に、いろいろと溜め込んでいるらしい。右往左往するトラウマの数々が、文字通り目に見えて読み取ることができた。

 口角を上げる。たたみかけるなら今だ。

 

「そこでものは相談だ! 来週行われる代表戦、泥門に譲れ!」

「なっ!?」

「太陽なんざ闘わせても、観客の見せ物にされて終わるのがオチだ。泥門(うち)なら、奴らに一泡吹かしてやれる」

「……お前たちなら、アメリカに一矢報いれると?」

「一矢なんて目じゃねえ。テメーが失った髪の毛と同じ数だけ、奴らの鼻を明かしてやる」

 

 慇懃無礼な口調へと変貌したヒル魔に、編集長は戒めの言葉すら吐かず、まるで同士を見つけたかの瞳で決断を揺れ動かす。

 あと一歩で殺れる。そう確信した瞬間だった。

 

「随分な物言いだな。余のチームが見せ物だと」

「は、原尾くん!?」

 

 突如、話し合いの場に現れたのは、三名の太陽スフィンクスの選手たち。

 その中心に立つ男。ストレートパーマに容姿端麗な顔立ち。太陽のクォーターバック、原尾王成(はらおきみなり)の姿に熊袋が驚きを発した。

 

「ようやくのご登場か。だが、話はもう終わった。代表戦はオレたち泥門が出てやる。テメーらはとっとと地元に帰って、バックギャモン大会でも開催してな」

「何をー!? 泥門なんて無名校が出ても勝てるわけないにー」

 

 にー、にー、という独特な口癖を持つ太陽ラインマンのひとり。笠松新信(かさまつにいのぶ)がヒル魔の挑発に非難をあげる。

 

「貴様らが国の代表では、日本中に恥をさらすことになるのがわからぬか」

「ケケケケ、結構なことじゃねーか。せっせとアメリカ様の見せ場を作り、ゴマをすることしかできねぇテメーら太陽(日の丸)よりは億倍マシだ」

「余の太陽スフィンクスを愚弄するかっ!?」

 

 激昂する原尾。

 しかし、ヒル魔は口撃を止めずに弾丸を放ち続ける。

 

「確かに泥門は春大会の二回戦で負けた。だが、今も勝ち続けているあの王城に4タッチダウンを決め、最終スコアは24対30の接戦にもつれ込んで、だ。で、地区大会の準決勝まで勝ち進んだ自称日本代表の太陽スフィンクスは、どんな輝かしい成績を残したのかな?」

「くっ……」

 

 唇を噛む原尾の顔に影が差す。

 太陽スフィンクスの最終成績。対戦相手は関東最強を冠する神龍寺ナーガ。試合の内容は、ヒル魔も動画で見ていた。

 結果は41対0の惨敗。まるで手も足も出ていなかった。

 太陽は決して弱いチームではない。まだまだ弱小の泥門と比べるどころか、全国を相手にしても十二分に闘える力を有している。それぐらいヒル魔にもわかっていた。

 その太陽が、神龍寺の前ではボロ雑巾にしかなりえない。

 

「…………」

 

 そこまで考えて、思考を断ち切る。

 今重要なのはそこではない。今重要なのは泥門に一試合でも多く経験を積ませること。

 頭をこねくり回す。ハッタリでもなんでも構わない。泥門にとって少しでも利となる結果を導き出す。

 

「……泥門と王城の試合。オレも観させてもらった」

「ほうー、それは勉強熱心なことで」

 

 ここまで発言を控えていた男が割って入ってきた。

 2m近い高校生離れした体躯。スキンヘッドが特徴的な全国屈指のラインマン──番場衛(ばんばまもる)の言動に、ヒル魔は全神経を集中させる。

 

「いい試合だった。素直に称賛しよう」

 

 そこで一度区切られ、次の瞬間。

 決定的な一言が放たれた。

 

「あのアイシールド以外にもまともな選手がいれば、泥門の勝利もあり得ただろうな」

 

 番場は泥門を称賛したのではない。こき下ろしたのだ。セナ以外の選手を。

 

「…………」

 

 そしてヒル魔は、その評価に異を唱えることはしなかった。

 負けた奴が何をほざいても無価値でしかない。アメフトはそういう世界だ。

 だけど……

 

「…………」

 

 横に座る栗田に視線を送る。番場の醸し出す空気に当てられ、自慢の巨体が完全に縮こもっていた。目線を戻す。

 

「ケケケケ、注目するのはアイシールドだけか。ま、否定はしねぇ。だが、そのセリフはそのままテメーらにも跳ね返ることを忘れてやがる」

「……どういう意味だ」

 

 番場の眉の部分が吊り上がる。ヒル魔は脚を組み替え、煽るように放言した。

 

「どうもこうもねェ。テメーら太陽もライン以外は見るところのねぇカスチームだっつってんだよ」

「…………」

「あわわわわわ」

「ひ、ひ、ひる、ヒル魔ぁ〜〜」

 

 ど直球な侮蔑に、熊袋と栗田が狼狽する。

 だが、対称的に番場は口をつぐみ、こちらの真意を探ろうとしていた。わかり易い挑発を放ってみたが、乗ってこないなら意味がない。

 分が悪いと悟ったヒル魔は、すぐさまターゲットを変更する。

 

「特にクォーターバックの……誰だったか? 印象が薄すぎて名前も顔も覚えてねーが、太陽の穴だって有名な奴がいんだろ」

「なっ……」

「太陽のラインマンは全国でも通用する。それだけデカい図体してりゃバカでもわかる。なら、なんで太陽が中堅どまりなのか……バカでもわかるよな?」

「痴れ者が! 余を愚弄するか!」

 

 予想通りの反応が返ってきた。

 ヒル魔は悪魔の妖気を携え、標的を原尾に絞る。

 

「お? なんでテメーが怒ってんだ、余」

「白々しい! 即、穢らわしいその口を閉ざせ! それ以上の背反は、我ら太陽スフィンクスの業火を免れぬと知れ!」

「ほーう、悪魔を名乗る泥門を焼くか。面白え」

 

 席を立ち、義憤の炎で自らを焦がす原尾と真正面から対峙する。

 

「是非とも裁いてもらおうか、やれるもんならな。悪魔が勝つか、太陽が勝つか。勝った方がアメリカと闘う権利を得る──日本代表決定戦だァ!」

「……いいだろう。下々の者に、道理を教えてやるのも一興だ」

 

 原尾の決定に逆らう気はないのか、番場と笠松は不平ながらも閉口していた。

 あとは……様子を見守っていた熊袋たちが口を開く。

 

「ま、両チームに異論がないのでしたらいいんじゃないでしょうか? 確かに対戦校は最初から太陽だと決まっていましたが、僕が引いたくじ引きだと泥門でしたし……」

 

 ここにきてとんでもない爆弾が暴露された。

 横にいる豚まんは「え?」みたいな顔で驚き、編集長は額に手を当てる。

 

「……お前、わざわざバラすな」

「すみません。興奮のあまり、つい……」

 

 そんな謝罪をこぼしつつ、熊袋は続けて話す。

 

「これは決して太陽や他のチームを悪く言うわけじゃないのだけど、僕も一記者として、毎年どうしても贔屓してしまうチームができちゃうんだ。そして、今年の僕のイチオシは泥門デビルバッツ、キミたちのチームだ」

「ほほーう。それはそれはお目が高いようで」

 

 意外な称嘆に、ヒル魔は相手の意図を測ろうとする。しかしその瞳から感じとれたのは、純粋な賛助の気持ちだけであった。

 無論、一番の理由はセナが泥門にいるからだろうが、それ以外のメンバーに対しても大なり小なり期待を寄せている。そのことが伝わってか、萎れていた栗田の目にも微かな気勢が戻っていた。

 

「だから、キミたちの試合を間近で観ることができるのは、僕にとっては嬉しい誤算だよ」

「ケケケケケ。だったら見物料として、しっかり宣伝してもらおうか。来週には泥門(うち)の試合が二試合もタダで観れることだしな」

 

 言外に太陽に勝つと宣言する。

 すると……

 

「どうやら月刊アメフトは、雑誌の中身だけでなく社員の質も落ちたらしい。編集長はまともにスケジュールも組めず、雑誌記者に至っては眼が節穴ときてる」

「王城とマグレでいい勝負ができたからって調子に乗ったこと、絶対後悔させてやるにー!」

 

 そう毒を吐き、太陽の連中は応接室から出ていった。

 

「…………」

 

 視線を横に向ける。なんとか口八丁で代表戦にこぎ着くことはできたが、本番はここからだ。

 相手はあの太陽スフィンクス。次の試合、間違いなく泥門はライン組の真価が問われることになる。

 

「はぁ……」

 

 しかし、ライン戦の要となる栗田良寛は、結局最後までその身を縮こませたままであった。

 

▪︎

 

「いらっしゃいませー」

 

 扉を開け、喫煙席を指定し、店の中へと入る。

 

「うお、でっけー」

「栗田みたいな奴だな」

 

 後ろを歩いていた黒木と戸叶が何やら呟いていたが、十文字は気にも止めず、さっさと席に着いた。

 くだらないことでフゴデブこと小結と張り合い、例の東京タワーの試験に挑んでから今日に至るまで、思い出したくもない地獄の日々が続いていた。

 アメフトの試合に出るだけならまだいい。いや、よくはねえが、数時間我慢すればいいだけだ。

 だが、休日まで返上した拷問じみた練習に強制参加。果ては部室の増築だかなんだか知らねーが、土木作業にまで駆り出される始末。これでは完全に奴隷扱いだ。いくら脅されているとはいえ、我慢の限界がきていた。

 が、ここにきて、厄介なヒル魔が休みときた。

 だったら自分たちがサボっても文句は言わせない。中学の頃からつるんでいた黒木と戸叶を誘い、部活の練習から抜け出した。

 久しぶりの休みだ。正直、心が躍っていた。

 けれど夢の時間は、始まる前に潰されることとなる。

 

「なんだ、この下賤な店は?」

「す、すまにー。この辺だとここしか座れる店が……」

 

 女みたいな容姿をした男が、カッパ頭のデカブツを罵っていた。

 

「まったく、困ったものだ。泥門などという矮小な存在が余の威光に歯向かうなど」

「あ?」

「今、泥門って聞こえなかったか?」

 

 席に座ろうとしていた黒木と戸叶が、女男に目を向ける。

 ここまでならよかった。別に泥門高校に愛着なんてねえ。不快には感じるが、無視することもできた。

 だが……

 

「まあよい。先日、葉柱議員の息子が泥門と試合を行ったらしいが、51・52・53のラインマンが絵に描いたクズらしくてな」

 

 は?

 

「はあ!?」

「はぁああああ!?」

 

 誰がクズだって?

 

「しっしっしー! そんなカスがいてくれりゃ、うちも楽できるにー!」

 

 カス。クズ。ああ、否定する気はねーよ。

 自分より弱い奴を脅し、暴力を振るい、タバコまで吸ってる。確かに否定する要素はどこにもねえ。

 だから我慢できた。バカにされたのが──オレだけだったら。

 身体が勝手に動いていた。席を立ち、オレたちを嘲笑ったカッパ頭の肩を掴む。

 

「51番はオレだ。誰がカスだって、黒ガッパ!」

 

 和気あいあいとしていた昼の喫茶店に、ひりついた静寂が舞い降りた。周りの客たちはハラハラした様子でこちらを見守っている。

 

「「…………」」

 

 黒木と戸叶がバッグから金属バットを取り出そうとして、しかし、オレはその手を止めた。

 

「バットはいらねェ。力でコイツらをねじ伏せてやる」

 

 特に理由はなかった。それでもあえて理由をつけるのであれば、コイツらの土俵で、コイツらをねじ伏せてやりたかったから。

 そうすれば二度とオレたちのことを、黒木と戸叶のことをクズ呼ばわりできなくなるから。

 

「……番場、一分だ」

「一分は長すぎる。十秒で十分だ」

 

▪︎

 

 夕暮れ時。

 ヒル魔さんと栗田さんは昼すぎには帰ってきたのだが、十文字くんたちが顔を見せることはついぞなかった。

 

「どうしたんだろ? 三人とも何かあったのかな?」

「フゴ……」

 

 栗田さんが心配そうに漏らす。同じライン組の小結くんも、どこか元気なさげであった。

 

「サボりじゃないスか? だってあの三人、いつもやる気なさそうだったし」

「そ、そんな〜」

 

 歯に衣着せぬモン太に言い分に、栗田さんの表情が不安で歪んだ。

 その時だった。彼らが現れたのは。

 

「──どうやったらライン戦で勝てる」

 

 沈む夕日を背景にして現れたのは、練習をサボったはずの十文字くんたち。その身体は、なぜか全身ぼろぼろだった。

 

「あー! 三人とも来てくれたんだね〜。部活の時間は終わっちゃったけど、今からライン組だけで居残り練習しようか?」

「フゴーー!!」

 

 ナチュラルにとんでもない提案をする栗田さん。弟子の小結くんもやる気に満ちあふれている。

 だけど、今回ばかりは三人の熱量がそれを上回っていたかもしれない。

 

「ああ、何時間でも付き合うぜ」

「このままおめおめ引き下がれるか」

 

 ぼろぼろの身体を引きずって、黒木くんと戸叶くんが前に出る。

 

「教えてくれ」

 

 十文字くんたちが栗田さんに教えを乞う。

 

「負けっぱなしは、趣味じゃねえんだ!」

 

 それは、無理やり練習をやらされてきた三人が、初めて自分たちの意思でアメフトの世界に脚を踏み入れた、その瞬間だった。

 




 アメフトクリニック。
Q.「YAーHAー!」ってかけ声は、どんな意味?
A.ぶっちゃけ意味なんてねえ! だからその意味は自分で決めろ! 
 タッチダウンを決めた時。受験に合格した時。仕事先が見つかった時。ゲームのガチャで最高レアを引き当てた時。彼女ができた時。好きな男子からプレゼントを贈られた時。破局するカップルを見つけた時。
 どんな時でも構やしねえ! 魂が震えたその瞬間、腹の底から叫びやがれ! YAーーHAーー!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。