咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら (サイレン)
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プロローグ

こういうの見たことないなぁーと思い、書いてみました。魔王な咲さんが見たかっただけです。


 春の薫りが桜の花弁と共に舞い漂う季節。

 雲の間から差し込む陽光は暖かく、絶好の日向ぼっこ日和なそんな日に。小さな橋の架かった小川のほとりの木陰で、一人本を読んでいる少女がいた。

 彼女の名前は宮永咲。今年からこの清澄高校に入学した新入生である。見た目はどこにでもいるような普通の女子高生だ。強いて特徴を挙げるとするなら、髪が角のようにとんがっていることぐらいだろうか。

 実はもう一つ、常人を遥かに上回る超人的な“能力”と呼べるような力もあるのだが、今の状況ではあまり意味のない力である。むしろ、このご時世ではデメリットであると言えるかもしれない。少なくとも本人はそう思う節が幾度かあった。

 

「……うぅ〜んっと」

 

 丁度きりがいいところまで読み終えた咲は、伸びをして周りを見渡す。

 入学直後のこの時期に、校舎の外れで読書に勤しんでいる者など咲ぐらいしかいない。

 先に仄めかした能力にも関係あるが、ある事情から咲は人と関わるのが少し苦手であった。友人はいるが親友と呼べるような存在はおらず、一番仲がいいのは中学から付き合いのあるあの少年だろう。

 そのため、午前中に授業も終わったこんな日に、わざわざ図書室から本を借りてこんな場所でのんびり読書をしていたのだ。

 

(ん? 向こうから人が……)

 

 友達が少ない可哀想な子と他人に思われるのを避けるために、わざわざ人と出会わなそうな辺鄙な場所を選んだつもりだったのだが、少し遠くからこちらに歩いて来る少女を見かけた。

 

(うわぁ……綺麗な子)

 

 整った顔立ちは造形めいた美しさを纏っていて、二つに束ねた桃色の髪は陽光を反射して煌めいている。

 まるで女神に祝福されたかのようなその容姿は、同性の咲でも思わず息を呑む程の美麗さであった。

 そして、一番の驚愕すべき点がそのスタイルである。

 

(スカーフが同じ色ってことは同級生だよね? ……嘘でしょ詐欺でしょ大きすぎでしょ⁉)

 

 反射的に自分の胸を見下ろす咲であったが、そこには広がるのは凹凸などではなく、双丘とは夢のまた夢と思わせる貧相なもの。

 

(まぁお母さんもこんなだったから、最初から望みなんてなかったんだけどね)

 

 ため息一つついて空を見上げる。

 先程まで広がっていた青空に少し雲が目立ち始めていた。今朝観たニュースで夕方頃ににわか雨が降るという予報を思い出し、降られないうちに帰ろうと本を閉じる。

 

(もう何年も会ってないなー。お姉ちゃんとお母さん、元気にしてるかな?)

 

 ふと、そんなことを思う。

 現在咲は父と二人長野で、母と姉は東京で暮らしている。両親は離婚をしているわけではないのだが、訳あって別居状態なのだ。

 

(そう思えばあの日からだよね、色々変わっちゃったのは……)

 

 今のようになった原因とも呼べる日のことを、咲は鮮明に覚えていた。

 

 その日は、家族で麻雀をした最後の日だった。

 

 

****

 

 

「咲ッ‼ いい加減にしてッ‼」

 

 咲がこの件で、姉に叱られたのは何度目だろう。

 

「照、落ち着けって。たかが麻雀だろ? こんなことで怒るなんて咲がかわいそうだろ?」

 

 父が宥めるように声をかけるが、今の姉は全く聞く耳を持っていなかった。

 姉の名前は宮永照。咲と同じように髪が角みたいにとんがっていて、咲より少し長い髪と切れ目が似合うクールな見た目の少女である。

 

「だって、咲がまたプラマイゼロにしたんだよ! お父さんとお母さんは悔しくないの!?」

 

 大人びた印象のある照だが、この時はまだ小学生。このように癇癪を起こすことも少なからずあった。と言っても、普段はイメージ通りな温厚篤実な人柄の持ち主。

 しかし、ある事柄が混ざるとこうなるのだ。

 そのある事柄というのが麻雀である。

 

「私は悔しい‼ だって手加減されてるみたいだもん‼」

 

 照は本当に麻雀が大好きであった。実力も高く、きっと同世代の中でも並ぶものが殆どいない、他とは隔絶した強さを誇っていた。

 現在、麻雀は世界的に流行している。麻雀は賭博に使われるイメージが強いが、今では一種の知的なスポーツとして認知され、中学生・高校生の競技麻雀公式大会も行われるほどである。毎年開催される高校生雀士による全国大会は、テレビ中継されるほどポピュラーな競技になっているのだ。

 プロの女流雀士ともなると、ほぼアイドルと変わらない扱いを受けているのが今の世。

 そんな世の中だからか、小さな頃から麻雀に触れ、プロを目指す少女たちが続々と増えている。照もそんな少女たちの一人で、両親はこのままいけば間違いなくプロになれると確信していた。

 

 だが、その照すらも上回る実力を持っているのが咲であった。

 

「……まぁ照の気持ちもわからなくもないわ。確かにあまり良い気分ではないもの」

「お前まで何を言ってるんだ。そんなこと言ったら……」

 

 あぁ、またこうなるのか……と、咲は両親の口論を聞きながらため息をついた。いつからこうなってしまったんだろう。二、三年前はこんなではなかったのに。

 その頃は、咲も心の底から麻雀を楽しんでいた。でも時が経つにつれてそんな気持ちも薄れていった。きっかけは、ちょっとした賭け事みたいなのが始まったからであろう。

 それからは勝ち過ぎると嫌な顔をされ、負けると自分が損をするし手加減されたと疑われる。

 そんな状況が続いたからか、気がつけば勝ちも負けもしないプラマイゼロで終局させる技術を身に付けていた。

 最初のうちはそれでごまかせていたが、そのうち咲がプラマイゼロを意図的に打っていることが家族に筒抜けになっていた。それからはプラマイゼロで終わらせても嫌な顔をされ、最近ではこのように照に怒鳴られることも少なくなかった。

 そして、徐々にだが咲にも変化が起きていた。簡単に言えばストレスが溜まってきたのだ。

 当然といえば当然である。

 勝っても、負けても、プラマイゼロにしても怒られるこの状況は、幼い咲にはかなりの精神的苦痛であったのだ。

 それと同時に、この理不尽な仕打ちに着実に、確実にストレスが咲の中に溜まっていて、それもそろそろ限界に近かった。

 

「咲、次もまたプラマイゼロだったらお姉ちゃん、本当に怒るからね」

「そうね、咲、次プラマイゼロだったら今月はお小遣い抜きにするわ」

 

 ……今思えば。この言葉が最後の一線を越えた原因だったのだろう。

 

「おいお前たち、いくらなんでもそれは……」

 

 照と母の発言に流石に怒ろうと父が言葉を続けようとした刹那。

 

 ──ゴ ォ ッ !

 

「「「ッ!!?」」」

 

 空間を支配する圧倒的な威圧感が怒気と共に放たれた。尋常ではないオーラは重圧として三人に伸し掛かり、湧き上がる恐怖が反射的に身を竦ませる。

 驚愕から立ち直った三人は恐る恐る、オーラの発生源へと視線を向けた。

 そこには今の今まで俯いていた少女の姿はなく、年齢に似合わない毅然とした態度で家族を見据える魔物が存在していた。

 

 咲の、宮永家の運命が狂い出したのは、この瞬間を置いて他にないだろう。

 

「……分かった。じゃあ私からも勝ったら一つお願いがある。それを叶えてくれる?」

 

 咲がしゃべったことにより、硬直が解かれた三人。

 しかしすぐには返答は出来ず、暫しの間をとって父が咲に話し掛けた。

 

「……そのお願いっていうのはなんなんだい、咲?」

「勝ったら言う」

 

 代表して父が聞いたが、その剛毅な発言に対しては照と母が顔をしかめた。まるで、絶対勝てるというその口ぶりは、二人をやる気にさせたのだ。

 

「分かった。それでいい」

「お母さんもそれでいいわ」

「……お前たちがいいならお父さんもそれで構わないよ」

 

 四人が卓につく。

 最後の家族麻雀が始まった。

 

 

****

 

 

(あの後は一瞬だったな。東一局の私の親番で連荘して、三人同時に飛ばしたんだっけ。そしてお願いを叶えてもらった)

 

 お願いの内容は至極単純。『もう二度と家族麻雀をしない』、それだけだった。

 

(でも、あの日からお姉ちゃんとお母さんと気まずくなって、結局お母さんの仕事で東京に行くってなったときに、お姉ちゃんが一緒に出て行っちゃったんだよねー)

 

 その日以来、会うどころか連絡もしていない。咲としては仲直りしたかったので着いて行きたくもあったが、父を一人にさせられないし、なによりまだ気まずかったので残ることにしたのだ。ろくにお別れも出来なかったことに後悔していた。

 でもあんな別れ方をしたのだ。嫌われていても文句は言えない。此方から会いに行くなど、到底出来そうにない。

 今は何をしているのだろうと詮無いことを考えているうちに、先ほど見かけたあの少女はどこかへ行ってしまっていた。

 

「私も帰ろっかな」

「──おーい、咲ー」

 

 腰を上げた咲だが、彼女に声をかけてくる少年が向こうから走ってきた。

 

「んっ? 京ちゃん? どうしたの?」

 

 咲は少し驚いたように返事をする。このタイミングで出会うとは予想外であったのだ。

 彼の名前は須賀京太郎。咲の数少ない親しい友人である。

 あの最後の家族麻雀の日、色んな意味で覚醒した咲はその後の学校生活で困ったことになった。どうやら咲は、無意識のうちにクラスメイトを威圧してしまうほどの刺々しいオーラが、常時滲み出るようになってしまったらしいのだ。

 麻雀に興味がない、または鈍感な人なら問題ないのだが、ある程度麻雀に嗜みがある人だとそれだけで咲のプレッシャーを感じ取れてしまうらしい。

 それに気づいた咲は意識的に抑えるよう努力したのだが、効果はすぐには現れなかった。

 加えて間の悪いことに、麻雀を嗜む少年少女が増えてきたこのご時世。咲の無意識のプレッシャーを感じ取れる人が多く、そのために友人ができにくくなってしまったのだ。当時はかなりショックなことであった。

 中学生の半ばにしてに、やっと自由にコントロール出来るようになったのだが、それでも時間がかかり過ぎた。咲のコミュニティは相当小さい。

 そんな中で京太郎は、麻雀に興味なし&鈍感という、最近では珍しい人種であり、仲良くなれたのだ。

 

「いやー、丁度お前を探しててな」

「なにかあったの?」

 

 普段から付き合いがあるため軽く声をかける。京太郎が自分から咲に頼みごとなど、大抵は面倒事なのだがそこはもう慣れていた。

 

「なぁ、咲……」

「な、何京ちゃん?」

 

 ここまでためられると少し警戒心が強くなるのだが、基本それは無意味に終わる。経験上なんとなく分かる。

 

「学食行こうぜ‼」

「……なんだそんなことか。別にいいよ」

 

(あの日から私、タフになったよなぁ)

 

 こんなことを思いながら友人と一緒に学食へ向かうのであった。




加筆&修正しました。
後の話もする予定ですが、まだ全て終わるのには時間がかかりそうなので、途中で文書の形式が変化するのが気になるかと思いますが広い心を持って無視して頂けると幸いです。


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1-1

「はいッ! レディースランチッ!」

 

 ガシャンッ! と、ちょっと苛立ちを込めて運んできたトレイを机に叩きつける。

 

「おぉっ、サンキュー咲ー」

「相変わらず人使い荒いよね京ちゃん。」

「いやー、だって今日のレディースランチ、メチャメチャうまそうだったからさ」

 

 遠回しにグチる咲だったが、鈍感な京太郎は全く気づかず、すでに「頂きます」と箸を手にとっていた。

 目的のランチは想像通りの美味しさだったのか、京太郎は満足そうに舌つづみを打っている。

 そんなに美味しいのだろうかと咲は改めてメニューを見てみるが、割と普通の定食である。もしかしたら男性受けはいいのかもしれない、レディースランチなのに。暇を持て余した咲は、今度父親に作ってあげようとメニューを頭に叩き込むことにした。

 咲の様子にも気付くことはない京太郎は、しばらくすると箸を片手にスマホをいじりだした。

 

「食事中にそういうのはマナー悪いよ京ちゃん。さっきから何ピコピコやってるの?」

「ピコピコって……、お前はおばあちゃんか」

 

 今時スマホに対してピコピコなんていうオノマトペを使う女子高生など、それこそ天然記念物並に珍しいのだが、咲は生粋の機械オンチなのだ。「これ、私がいじったら爆発しない?」とか普通に言う。

 更に付け加えると方向オンチスキルも完備されてあるため、本格的に迷子になると大変な思いをする。主に周りが。

 

「むっ、別にいいでしょ。それで何してるの?」

 

 「んっ」と見せてくれた画面。

 そこには、咲にとって苦い思い出の塊が鎮座していた。

 

「ま、麻雀!?」

「うぉっ! びっくりした。急に大声出すなよ咲」

「あっ、いや、ごめん京ちゃん」

 

 普段では見られない咲の反応に京太郎は驚く。

 文学少女のイメージがある咲が、声を荒げることなんて過去何度もなかったからなおさらであろう。

 

「もしかして咲、麻雀出来んの ?」

「うっ……まぁ、その、うん……」

「へぇー、知らなかったなあ」

 

(そりゃあ隠してきましたからねぇ)

 

 辟易した顔をする咲だが、もちろんそんなことは口に出さない。

 

「俺なんて、ようやく役を覚えたばっかだけどな」

 

 京太郎の言葉に、咲は苦々しい思いを抱く。

 咲からすると、京太郎が麻雀に興味を持つことは正直やめてほしかった。だが現在は「世は正に麻雀時代!」なんて言われてもおかしくないので諦めていた部分もある。

 「小学生が普通に麻雀を嗜んでいるなんて、世も末だな……ハッ」なんていう現実逃避は、咲にとってはもう日常茶飯事なのだ。

 こんなことで落ち込んでいたらキリがないので、麻雀に関するネガティブなことは2秒で切り返す(諦め)、というスタンスを咲は身につけていた。

 

「……それにしても、麻雀っておもれーのな」

 

 スマホを操作しながらそう言う京太郎は、心の底から麻雀を楽しんでいるように見えた。

 咲がそんな気持ちで麻雀をしてたのは随分と前で。

 もう何年もやっていないのに、そんな風に楽しそうに麻雀をする京太郎は、正直羨ましかった。

 

「麻雀かぁ、私はあまり良い思い出がないからなぁ」

「なんかあったのか?」

「うーん、色々とね」

「ふーん」

 

 興味なさげな京太郎だったが、「あっ、でもいないよりかはマシか……」と呟き、残っていたランチを急いで食べ始めた。

 

「どうしたの? そんな急いで?」

 

 ガタッと、勢い良く立ち上がる京太郎。そんな彼の様子を訝しむ咲だったが時すでに遅し。

 

「ついでに付き合ってよ。面子が足りないんだ」

「面子ってまさか……」

「んんっ、麻雀部」

「……さいですか」

 

 断る選択肢はなさそうだった。

 雨が降る前にさっさと帰って読書の続きをするという、咲の完璧な予定が崩れた瞬間だった。

 

 

****

 

 

「それで、どこに行くの?」

「旧校舎。そこの屋上に部室があるんだ」

 

 旧校舎。

 咲たちが普段過ごしている新校舎から離れたところにあるそこは、思っていたよりかは綺麗にされていた。窓がガタガタとやや不穏な音を立てているがその程度だ。

 上階へと続く階段を上り、着いたのは重々しい扉の付いた一つの部屋。[麻雀部]と立て札が打たれた扉の前で、京太郎恭しくは一礼する。

 

「ようこそ、お姫様」

 

 わざとらしい演技なのだが、意外と様になっているのが微妙にムカつくとか咲は思ってない。断じて思ってない。

 まぁそのあとの「ニィッ」という人の悪い笑みで台無しだったのだが。

 

「カモ連れてきたぞー!」

「……はぁー」

 

 カモ扱いなどそれこそ人生初なのである意味新鮮だったが、ため息は隠せない。とりあえず中に入ることにした。

 外見もそうだったが、中もそれなりに整頓されている。大きなホワイトボードに、奥の机の上にはパソコンまで備え付けられていた。部屋の中央には麻雀部だからこそ存在する雀卓が鎮座している。

 意外と整っている部室に感心する咲であったが、中にいた少女の姿を見て今度は驚いた。そこには、先ほど見かけた少女がいたのだ。

 

「……お客様?」

「あっ、あの時のオッ……ゲフン」

 

 つい本音を漏らしそうになった咲だが、なんとか誤魔化すことに成功する。

 

「えっ? なになにお前、和のこと知ってんの?」

 

 彼女の名前は原村和。麻雀部の一員らしい。

 もちろんそれも含めて全然知らなかったのだが、印象が強かったので覚えていた。主にある一部分のせいで。

 

「あぁ、先ほど橋のところで本を読んでいた」

「うぇ、見られてたんですか……」

 

 咲としてはあんなところで、しかも一人でいた姿を覚えていてほしくはなかったのだが、存外和は記憶力がいいらしい。

 

(友達がいない可哀想な子とか思われてたら嫌だなー)

 

 なんて暢気なことを思うが、今更そんなことを気にする咲ではない。どうせ今日ばかりの出会いなのだから。

 

「知り合いなら話しが早いな。和は去年の全国中学生大会の優勝者なんだぜ」

「……それはすごいの?」

 

 話の流れ的に麻雀の大会のことだろうが、生憎世間一般の中学生がどの程度の強さか分からない咲はそんなことを聞く。

 

「当たりまぇ…「すごいじょー!」」

 

 呆れたように答えようとした京太郎だったが、彼の言葉にかぶさって、もう一つ別の声が聞こえた。

 

「どーーーーーーん!!」

 

 声の在りかに目を向けると同時、その声の人物であろうハイテンションな少女が部室に突撃してきた。

 

(……なんで中学生がここに?)

 

 咲がそう思うのも無理はない。

 事実としては、目の前の少女は歴とした高校生なのだが、その少女は咲がそう疑うくらいには見た目中学生だったのだ。

 この時点でかなり失礼な眼差しを向けていた咲だったが、ロリ体型な彼女──片岡優希は咲の視線を気にすることなく、元気良く戦果を見せ付けた。

 

「学食でタコス買って来たじぇい♪」

「またタコスか?」

「ん、やらないじょ」

「取りゃしねーよ……」

「……お茶入れますね」

 

 咲からすると今の会話にはツッコミどころが一つや二つはあったのだが、ここでは日常的な光景なのだろう。誰も何も言わずにスルーしている。

 呆気にとられていた隙に優希がずいっと咲に近づいてきたので反射的に仰け反るが、優希は咲の困惑した様子に気付くことなく話し始めた。

 

「のどちゃんはホントにすごいんだじょ! 去年の全国中学生大会で優勝した最強の中学生だったわけで……」

「はぁ……」

「しかもご両親は検事さんと弁護士さん。男子にもモテモテだじぇ!」

「誰かさんとは大違いだな」

「ぶっ飛ばすよ京ちゃん?」

「ごめんなさい」

 

 思わず笑顔で毒を吐く咲であるが、今のは完全に京太郎が悪いので反省はしない。

 但し事実には変わりないので、こちとら友達すら少ないですよと、持って生まれた格差を天に嘆く。

 本当にいるのなら、神様を一度は殴ってみたいなどと意味不明なことを考えていた咲だったが、

 

「あのー……」

「「ん?」」

「お茶、出来ました」

 

 その間に四人分の紅茶を用意し終えた和が雀卓の側のテーブルに配膳していた。どうやら気遣いも完璧らしい。女子力が高い。

 くだらないこと思っているうちに、対局の用意が完了していた。咲を除いた各々が、極自然な成り行きで席に着く。

 

「部長は?」

「奥で寝てます」

「じゃあ、うちらだけでやりますか」

「そうですね、始めましょうか」

「はい……」

 

(トントン拍子で既に断れない空気に……まぁいいんだけどね)

 

 既に諦めていたので、咲はおとなしく席に着く。

 幸い自動卓だったためボタン操作で準備完了。

 

「25000点持ちの30000点返しで順位点はなし」

「はい」

「タコスうま〜」

 

(結局こうなるんだね……。でも……家族以外と打つの、初めてだな)

 

 久しぶりの麻雀。

 しかも気を使わなくていい麻雀。

 人知れず咲は笑みを浮かべていた。

 

(とりあえず、一番慣れてる打ち方でいいかな?)

 

 いきなり無双してドン引きされたくない咲は、超接待麻雀を始めるのだった。



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1-2

闘牌シーンとか描写できないのでなんちゃって麻雀になってます……




 対局は咲から見て下家が京太郎、対面が和、上家が優希という席順であった。

 

(……ふふっ)

 

 牌の感触、独特な高揚感。

 久しぶりに体感するそれらに、咲は気持ちが昂っていくのを感じていた。

 

(本当に久しぶり……。全中覇者なんて大層な称号なんだから、凄く強いといいな)

 

 まぁ、それも直ぐに分かることだ。

 サイコロがぶつかり合う音を耳にして、目を開ける。

 

(とりあえずいつものように、相手の実力を測っていくことにしようかな)

 

 半荘一回目

 

「チーッ!」

 

 この局で優希が三副露目。

 鳴いているのは北と筒子の順子が二つ。

 それを見て咲は、内心で優希の実力を下方修正していた。

 

(うわーわかりやすいなー。ツモる自信があるのか舐められているのかわからないけど……。まぁ、私にとっては都合がいいかな)

 

 明らかな混一色狙い。

 それゆえに、咲にとって点数調整するのは造作もないことだった。

 

(ここかな?)

 

 持っている筒子の中で、当たりそうなのを選んで捨てる。

 

「ローーン!! 混一色、2000点!」

「えぇーっ⁉」

 

(ビンゴッ♪)

 

「振り込むか普通……筒子集めてるの見え見えでしょーこれは」

「あはは……」

 

 京太郎の指摘を苦笑いで誤魔化す。

 咲からしたらこの展開は予想通りなため、作業のように点棒を差し出す。最早茶番である。

 

(もろ初心者だじぇ〜)

 

 しかし優希は、咲の様子を見てそう判断を下した。

 別に不思議なことではない。

 麻雀でわざと振り込むような人がいるなど、普通考えないから当たり前である。

 だがその中で、和だけは若干の違和感を覚えていた。

 

(今までの捨て牌はセオリーにのっとったもの。なぜ急にあんな危険牌を? 聴牌でもしたんでしょうか? そうだとしても解せないですね)

 

 咲の顔を伺うが、その表情からは何も読み取れない。

 ポーカーフェイスではないが、当たり障りのない笑顔でその全てを塗り潰している。はっきり言って一番厄介なタイプである。

 

(やはり初心者なのでしょうか……? まぁ考えていても仕方ないですね。私はいつも通り自分の麻雀を打つだけです)

 

 とりあえずの疑問は置いといて次に切り替える。このあたりの切り替えの早さは和の長所でもあり短所でもあった。

 

 

 

 時は経ちあっという間にオーラスへ。

 

「よーし! リーチだーッ!」

 

 勢い良くリーチ宣言する京太郎だったが、そんな甘くはいかないもの。

 

(ほいっ来た、京ちゃんマジカモ)

 

「ゴメン、それロン」

「なんですとーッ!?」

 

 オーラスできっちり調整するために、わざわざ役を崩して和了った咲。しかしその所業に、京太郎は大層お気に召さなかったようだ。

 

「三色捨ててそれってどうだー!? 素人にも程があるよ」

「あぅ~あぅ~」

 

 頬を突かれて文句を言われるが、京太郎はこの和了りの不自然さに違和感は感じていないようだ。他の二人も同様で、このままなら素人で押し通せそうな様子である。咲からすれば願ったり叶ったりの状況だった。

 

「終わりですね。おかげさまで私がトップですね」

 

 和   33000 +23

 優希  31800 + 2

 咲   29700 ± 0

 京太郎 5500 -25

 

 

 

 半荘二回目

 

「ツモ」

「ふぇーっ…」

 

「ロン」

「えっーーっ!?」

 

「あっ、私もツモです」

「ぐえぇーーっ⁉︎」

「あぁ〜」

 

 今回は和が波に乗っていた。

 が、オーラスでは咲が和了り調整完了。

 

(プッラマイゼロー、プッラマイゼロー♫)

 

 久しぶりの、しかものびのび出来る麻雀で咲は頗る機嫌が良かった。

 但しやっていることは正真正銘唯の舐めプレイなので、到底褒められたものではない。

 幼少期の経験から、咲は笑顔で非道なことが可能な精神の持ち主に進化していたらしい。

 

「また和のトップかぁ〜」

「ありがとうございます」

 

 和   41000 +31

 咲   30000 ±0

 優希  17800 -12

 京太郎 11200 -19

 

 

 

 半荘三回目

 

「しかし、咲の麻雀はぱっとしないなぁ」

「点数計算はできるみたいだけどね」

「あはは……」

 

 点数計算だけでなく点数調整までできるのだが、今のところそれに気付いた者はいないようだ。

 例え気付いたところで、対処出来るかは話しが別になるのだが。

 

(というより、初心者で点数計算できるなんて普通ありえないと思うけど、案外気付かれないものだね)

 

 麻雀は点数計算は少々ややこしい。

 親になると1.5倍になる程度なら簡単なのだが、最も面倒なのは符の計算である。慣れていないと瞬時に計算などほとんど出来ない。

 役を覚えるだけなら頭に叩き込めば問題ないので数日でもあれば可能だが、点数計算を習熟させるにはそれなりの対局を経なければ話にならないだろう。

 

(その点で困ったら解決方法はただ一つ、満貫以上で和了ればいいんだよ!)

 

 暴論ここに極まれり、である。

 

 半荘三回目もオーラスを迎え、今回も和が断トツだろうなと思ったそのとき、外からゴロゴロッ! と嫌な音が轟いた。

 

「ぁん? 雷?」

「降ってきましたねぇ……」

「──……うそぉっ‼ 傘持ってきてないわよぉ⁉︎」

 

 突如として、咲からは見えない位置、部室の奥にあるベッドから悲痛な声が上がる。

 その声に咲はどこか聞き覚えがあったので視線を向ける。そこにいたのは赤い髪を肩まで伸ばした、その快活そうな女性で。

 

「あ、あれって……」

 

 聞き覚えがあったそれもそのはずである。

 なぜなら彼女は、大事な式典などでは必ず壇上に上がる立場の人間だったからだ。ここ清澄高校の在校生なら、一度は目にしていることであろう。確か入学式でも挨拶をしていたはずだ。

 

「生徒会長?」

「……んっ?」

 

 寝ぼけまなこな彼女だったが知らない声に耳聡く反応すると、そのままこちらに歩み寄って来た。

 

「今日のゲスト?」

「俺の中学のクラスメートです」

「宮永咲です」

「竹井久よ」

 

 大きくのびをする久に自己紹介をする。

 

「ちなみに、この学校では生徒会長じゃなくて学生議会長だけどね」

「……は、はぁ」

 

 心底どうでもいい情報だったため生返事になってしまう。そんな情報は求めていない、

 

「麻雀部の部長なんですよ」

「あぁ、確かさっきそんなこと言ってたね」

 

 と思ったら、なぜこんなところに? という疑問には和が答えてくれた。流石和、女子力(配慮)が高い。

 

「んんー、どれどれー」

 

 そう言って、久は後ろから咲の手牌を覗き込む。こちらは女子力が低そうだった。

 

(きれいな手張ってるじゃない。タンピン三色、最低でも7700点か)

 

 手作りの良し悪しからある程度の実力は測れるものだ。お手本のような手作りに咲が中々の打ち手だと判断した久は、部室に備えてあるパソコンへと向かう。対局のデータは必ず残すようにしてあるので、久はそれをチェックすることにしたのだ。

 

(今日も和が断トツねー)

 

 さすが全中覇者だけあって和のトップ率はかなり高い。まだまだ完成度は低いが和のデジタル打ちは中々のものなのだ。

 あくまで一般的にはだが。

 

(ん、宮永咲。あの子ね。……んっ?)

 

 本日のゲストである咲のスコア見て、久は違和感を覚えた。

 

(二連続でプラマイゼロかぁ。偶然にしては面白いわね……)

 

 麻雀においてプラマイゼロで終わることはなくもないのだが、二連続となるとそれは珍しい。

 少し疑問に思っていた久だが、その後の咲の和了りを聞いてその疑惑が強くなる。

 

「ロン、1000点です」

「うぇぇっ!?」

「せ……1000点……⁉」

 

 耳に届いた情報に久は驚きを露わにする。

 久が先ほど見た時は最低でも7700点の手牌だったので、一体何が起きたのかと久は卓に走り寄った。

 

「点数申告なー」

 

 京太郎の指示で各々が点数を数えるために点棒を出している際に、久は咲の和了り役を確認する。

 そこでは、不可解なことが起きていた。

 

({九}ツモって{六}切り……? なぜそんな、わざわざ三色と断公九を消して点数を下げるなんて真似を……? {九}は危険牌でもないのに)

 

「うわぁ、今回ものどちゃんがトップかぁ」

 

 なんて優希が悔しがっているが、久にはそれより気になることがあった。

 

「み、宮永さんのスコアは?」

「──プラマイゼロぽー」

 

(……三連続プラマイゼロッ……!?)

 

 ここまでくるとさすがにおかしいと気付く。

 点数は減ったんじゃない。咲が意図的に減らしたのだ。

 恐らく、狙いは点数調整のためだったと推測できる。しかし理由は分からない。だが、客観的に見たらそうとしか考えられない状況だった。

 背後で理解不能な出来事に驚愕している久。

 その一方で咲は、ある種危機感に包まれていた。

 

(ま、まずい……部長さんには手替わりする前の手牌が見られていたはず。そして今回の和了り、多分だけど私がプラマイゼロ狙ってたことがバレてる!)

 

 この状況で問い詰められると面倒なことこの上ない。

 理由はあるにはあるが、面倒なことには変わりないだろう。別に悪いことはしていないが、捉え方によっては悪趣味にしか映らないだろう。何せプラマイゼロは、家族を崩壊させたきっかけに派生するほどなのだから。

 今日ばかりの出会いと調子に乗った咲が悪いのだが、最後は有耶無耶にして終わらせたい。

 

(こういう時は逃げるが勝ち!)

 

 咲の判断は迅速であった。

 

「わ、私はこれで。会長起きて面子も足りたみたいですし、抜けさせてもらいますね」

「えっ? おい……」

「もう帰っちゃうの?」

「図書室に本返さなきゃ」

 

 立ち上がり、あまり不自然にならように扉に向かう。借りたばっかでまだ返すつもりもないのだが、咄嗟に出てきた嘘にしては上出来だろう。

 

「また打とうねー」

「では、失礼します」

 

 一礼してから扉を閉める。

 扉越しに気配を伺うも、此方に来る様子はない。なんとか部室からの逃亡には成功したようだ。

 

「ふぅー。危なかったー」

 

 思わず一息付くが、危ないもなにも最早バレているので問題を先送りにしただけだ。でも、もしかしたら問題にもならないかもしれない。

 だってもう、ここにはきっと来ないのだから。

 

(まぁもしなんかあっても、なんとかなるかな)

 

 この何年かで、咲はこのような切り替えは得意になっていた。この後どうなるかはまたその時に考えればいい。

 

(いやー、それにしても久しぶりに麻雀打ったなぁ)

 

 家族崩壊の原因だったため、もっと嫌悪感を抱いてるかと思ったらそうでもなかった。それどころか、結構楽しんでいる部分もあった。

 

(やっぱり私、麻雀好きなのかな?)

 

 自問自答する咲であったが答えは出ない。

 

(それにしてもあのオッパイさん……原村さんだっけ? あれで中学生優勝者かぁ)

 

 答えの出ない問は一旦無視して、今日の対局を振り返る。

 

(はっきり言って大したことなかったなぁ。多分本来の実力の半分も出せていないようだけど、今のままじゃね。他二人もだけど。まぁ京ちゃんは素人らしいしあんなものかな)

 

 今まで家族麻雀、しかもあの照としか打ってきていないため、咲からすると手応えがないのは仕方のないことだった。

 正直に言ってしまえば期待外れである。

 

(これなら、昔のお姉ちゃんの方が断然強いよ)

 

 なんてことを思いながら、咲は帰路に就くのだった。



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1-3

 

「慌てて帰っちゃいましたね」

 

 部室から慌ただしく退散した少女、咲が閉めた扉を見つめて呟く和。麻雀をしているときの彼女は楽しそうに見えていたので、一体どうしたんだろうと思う。そこまで急ぎの用事でもあったのだろうか。

 和がそう思うくらいに、咲の行動は不自然だった。

 咲が僅かに動揺したタイミング的は、久が起きてきたのと同時。もしかしたら上級生との会話が苦手だったのかもしれないと、和なりに結論を付けたのだが、優希と京太郎の見解は違ったらしい。

 

「そりぁのどちゃん強すぎだからたじぇ」

「圧勝って感じだね」

 

 二人はただ単に、負けて気を悪くしたからだろうと思っていたようだ。

 確かに今日の対局、全部で三回行われていたが、全て和のトップだった。咲の成績も悪いわけではないが、和には劣っていた。

 勝負事なのだから負ければ気分を損ねる気持ちは分かるが、たった三局でそこまで気にするだろうか。咲の様子を思い出してみても、どうにも納得出来ず首を傾げてしまう。

 

 麻雀に絶対などない。

 

 そう確信している和からすると、こんなのは偶然の産物に過ぎない。あと数回でもやれば、きっと咲が勝つことだって出来ただろうに、と。

 

 しかし、久だけはそうじゃないと理解していた。

 このまま何回対局しても、咲が一位になることはありえない。なぜなら彼女には、勝つ気そのものが皆無なのだから。

 

「……圧勝? なーに甘いこと言ってんのよ」

 

 久の声に態度で疑問を示す三人。

 当の久は相当ご機嫌なようだ。湧き上がる笑みが堪え切れないといった様子だろうか。こういう彼女は大抵、悪巧みを考えているときが多い。

 

「彼女のスコアを見て気づかないの?」

 

 その指摘を受け、三人は咲のスコアを確認する。

 三回連続プラマイゼロ。

 成績自体はすごいものではない。事実咲はこの三局で、一度も一位にはなっていないのだから。

 だがそれは、あくまで成績だけで観た話。本質をなにひとつ捉えられていない。

 

「宮永さんのスコアは三連続プラマイゼロ……まさかそれが故意だとでも言うんですか?」

「んなバカな……偶々っしょ」

 

 普通ならそう考えるだろう。

 麻雀はそこまで、自身の思い通りにコントロールできる代物ではない。

 ランダムに積み上げられた山から、これまたランダムに牌を自摸って整理し、決められた役を作って和了る。手積みの時代ならまだしも、自動卓となった今ではイカサマなどほぼ出来ない。

 

「そうだじょ。麻雀は運の要素が大きいから、プロでもトップ率三割いけば強い方……。それをプラマイゼロなんて、普通に勝つより難しいじぇ」

 

 麻雀は運に左右される競技。

 相手の捨て牌から振り込まないようにする、などの技術も回数を経ればそれなりにできることだが、自摸だけはどうしても運次第なのだ。

 ましてや狙った通りの点数が取れるなんて、それこそプロでも不可能。

 

「しかも三回連続なんて、不可能ってかい? ……でも」

 

 普通なら不可能。

 だがそれは、相手が普通だったらの話。

 ではもし、相手が普通じゃなかったら……?

 

 久は隠すことも無くその可能性を示唆する。

 

「圧倒的な力量差があったとしたら?」

 

 雷鳴が轟いた。その雷は三人の驚愕の大きさを表しているようだった。

 つまり久はこう言いたいのだろう。「貴方たちは、彼女に手加減されている」のだと。「本気を出すにも値しない程の、格差が存在している」のだと。

 

(ふざけないでください!)

 

 和は感情の赴くままに、立ち上がり扉へと駆けて行く。

 

「の、のどちゃん!?」

 

 優希の制止の声にも振り返ることはなく。あっという間に部室を出て行ってしまった。

 

「……のどか急に出て行ってどうしたんだ?」

 

 相変わらず鈍感な京太郎には、今の和の行動が理解できなかったらしい。

 一方で、久は久で別のことを考えていた。いやらしい笑みを浮かべて、物思いに耽っている。

 

「あの子うちの部に入ってくれないかなぁ?」

「咲が?」

「えぇ。そうすればまこも入れて五人。……うちの部、全国狙えるかもよ?」

 

 当初は諦めていた。だが、こうして新たに舞い込んで来た大いなる可能性に、久は心踊らせるのであった。

 

 

****

 

 

 旧校舎から出て、傘を差しながら歩いていた咲。

 外はすっかり大荒れの空模様で、叩きつけるような雨が地上を襲っている。つい先ほどには雷鳴も轟いていたので、まだまだ止む気配はなさそうだ。

 最初はどこかで雨宿りでもしようかと考えていた咲だったが、あまり遅くなっても父を心配させてしまう。少し濡れることは仕方ないかと諦め家に向かっていたのだが。

 

 左方から、急に飛び出てきた和に抱き止められた。

 

(ッ⁉ ……な、何⁉)

 

 思わぬ衝撃に傘が咲の手から吹き飛ぶ。

 咲は驚きからの硬直で、和はここまで走ったためか息が荒れていてそれを整えるために、しばらく二人ともその体制から動けずにいた。

 やがて息が整った和は、正面から咲を見つめる。

 

「……三連続プラマイゼロ、わざとですか?」

 

 強い意志のこもった瞳は、咲にこう告げているようだ。

 虚言は許さない。

 正直に話してほしい。

 

 ため息を吐きそうになるのをなんとか堪え、咲は和を見返す。言葉から大体のことが理解出来た。久が全部話したのであろう。

 

(やっぱりバレちゃってたか。それにしても、まさかこの雨の中、傘も差さずに追いかけてくるとは。さすがに予想外だったなぁ)

 

 和の身体は雨に打たれびしょびしょで、セーラー服が透けて少し肌が見える状態だ。女子なら間違いなく羞恥心を覚える場面だが、それ以上に咲を追いかけるのに必死だったと分かる。

 

(さて、どうしよう……)

 

 咲は和から離れ、吹き飛んだ傘を拾いに行きながら考える。

 

(これは何かしら話さないと解放はしてくれないだろうなぁ。適当に誤魔化すこともできなくはないと思うけど、それは得策じゃないし……)

 

 おそらく、ここで話したことは麻雀部の面々に伝わるだろう。それはつまり、京太郎にも伝わるということだ。全く関係のない他人だったらその選択肢もあったかもしれないが、日頃から交流のある彼に嘘を伝えると、今後の高校生活が過ごしにくくなるだろうことは確定的に明らか。

 

(会ったばかりの他人に話すような内容じゃないけど、仕方ないか)

 

 傘を拾い、決心を固める。

 

「少し場所を変えませんか? 原村さんも出来れば、屋根があるところの方がいいでしょ?」

 

 和としてもその提案を断る理由は無かったので、二人は近くまで来ていた食堂に足を運ぶことにした。

 

 

****

 

 

「はい、原村さんタオル使って」

「ありがとうございます」

 

 そのままの状態は衛生上まずかったのでタオルを渡す。あと男子の目線も危なかっただろう。今の和はすごい。

 体を拭き終わり、落ち着いたためか和が一息付く。

 

「助かりました。これは後日洗って返しますね」

「えっ、いいよそんなの。気にしなくて大丈夫だよ?」

「いいえ、ダメです。他人のものを借りたら、それ相応の礼儀をもって返さないといけません」

「ならいいですけど……」

 

 どこか堅苦しい感じだが、真面目なんだろうということで納得する。ここで口論しても、こういうタイプには何を言っても無駄だということは世界の真理でもある。端的に言って面倒くさい。

 

「何か頼みますか?」

「うーん、私はいいかな。あっ、でも水だけもらおうかな」

「分かりました。ではとって来るので少し待ってて下さい」

「じゃあ、私はその間に空いてる席を確保してくるね」

 

 そう言うと和はそのままコップを取りに、咲はテーブルの方に移動する。

 時間帯的にそこまで遅いわけではないが、学生は散見的にしかいない。席はほとんど選び放題だったので、なるべく人の少ない奥の方に座る。

 その後、咲が座ってるテーブルに和が二人分の水を持って来た。

 

「はい、宮永さん」

「ありがとう、原村さん」

 

 二人が席に着き、ようやく話しの舞台が整った。

 

「場所を変えた、ということは理由を話してもらえる、ということでいいんですよね?」

「うん。少し長くなるかもしれないけど大丈夫かな?」

「はい、構いません」

「そう、分かった」

 

(どうなっても知〜らないっ)

 

 咲は一口水を含み、意を決したように話し始めた。

 

 

****

 

 

「……というわけなの」

「……そんなことがあったんですか……」

 

(……ただの悪ふざけかと思っていましたが、結構ヘビーな話でしたね……)

 

 なぜプラマイゼロで打っていたのかという理由に、まさかこんな重い話が出てくるとは予想外であった。和は胸に微かに痛みを覚えるが、ここで引いてしまうのはアレだ。はっきり言って、気になって眠れない。

 

「……あの、それで、ご家族とは今、どうなっているのですか?」

「それが、最後の家族麻雀で私がブチ切れちゃって、それ以来気まずくなって。今はお母さんとお姉ちゃんが東京に、私とお父さんがこっちでっていう、所謂別居状態になっちゃって……」

 

 和は即座に後悔した。

 

(……やってしまいました……。聞かなければよかったです……)

 

「……なんかデリカシーのないことを聞いて、本当に申し訳ありませんでした!」

「いや、大丈夫だよ。私が勝手に話しちゃっただけだから」

 

 確かに悲しくもあったが、もう何年も昔の話し。今ではそこまで気にしてないのも事実であった。

 

「それから私は、極力麻雀に関わらないようにしてたんだ。今日はホントにイレギュラーな事態だったの」

「そうだったんですか……」

 

 本当は無意識のうちに他人を威圧してしまう、という事情もあったのだが、和には話しが通じそうにないのでそれは省略する。

 咲は改めて、和を真正面から見つめる。

 

「それで、今日のことだけど。私としても変に波風を立てたくなくて……。でも、気に障ったのなら謝ります。ごめんなさい」

 

 素直に頭を下げる咲。

 久しぶりの麻雀で気分が高揚していて、そこまで気が向いていなかった。今回のことは非を認めるしかなかった。真面目に麻雀に取り組んでいる相手には尚更だった。

 

「あ、あの! 頭を上げて下さい。確かに手加減されていたことには腹は立ちましたが、事情は分かりましたから。私こそ無遠慮に色々聞いてすいませんでした」

 

 そう言って和まで謝りだす状況に、しばらく二人は頭を下げていたが、互いにおかしくなってクスッと笑いだした。

 

「アハハ……じゃあおあいこってことで」

「はい、そうしましょうか」

 

 朗らかな空気に変わったところで、外の様子もさっきとは一変していた。長くなると思われた豪雨は、いつの間にか止んでいたらしい。

 

「雨も上がったことだし、私はこれで」

「あの宮永さん。一つだけお願いが」

「なに?」

「もう一回、もう一局、私と打ってくれませんか?」

 

 咲の話しを聞いて尚それが言える和は、中々に図太いとこがあるようだ。

 

「えーと、私は……」

「そ、それに!」

 

 何か言おうとした咲を遮って、和は先ほど咲から借りたタオルを取り出す。

 

「これも洗って返さないといけませんし!」

 

 ……もしかしたら、和はこのためにあんな頑なな態度をとったのだろうか。だとしたら相当の策士である。

 

(あーぁ。一本取られちゃった)

 

「……そうだね。それも返してもらわなきゃならないし、また機会があったらその時にね」

「はい!」

 

 もう一度打てるチャンスを得た和は満足した様子だった。今からどう咲を負かそうかと、必死で頭を回転させている。

 二人はコップを片付けた後、咲は家に、和は部室に戻るためそこで解散することに。

 

「では、宮永さん。また今度」

「うん、またね」

 

 そう言って歩き出した咲だが、その背に和は声をかける。

 

「宮永さん! 次打つ時は負けませんし、プラマイゼロもさせませんから!」

 

 こんな真摯に向かって来る相手は、今までいなかった。

 麻雀から極力離れていた所為でもあるが、ここまで直接的に近づいてくる相手はいなかった。

 

(こんな気持ちは久しぶりだね)

 

 咲もなんだか楽しみになってきていた。

 

「ふふっ、私のプラマイゼロはそんなに簡単には止められないよ?」

「それでも、止めてみせます!」

 

 気合十分な和だが、咲としてもプラマイゼロで打つ、と決めたら絶対に成功させる自信がある。

 

「分かった。じゃあ今度打つ時にね。バイバイ原村さん」

「はい、さようなら宮永さん」

 

 今度こそ別れる二人。しかし二人には、再会がすぐに来ることがなんとなく予想できていた。

 それぞれの想いを胸に、二人は歩きだすのだった。



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1-4

 

「ただいまー」

「おかえり、お父さん。もうすぐご飯できるから着替えて待ってて」

「そうか、分かった」

 

 台所でテキパキと動きながら夕飯の支度を進めていた頃、父が仕事から帰ってきた。

 母と姉が出て行ってから、家事は咲の仕事になっていた。最初のうちは父も手伝っていたのだが、生憎そっちのセンスがなかったようで。また、咲としてもこうなった原因に対する罪悪感が強く、せめてこれくらいはということで自然とこの形に落ち着いた次第である。

 そのおかげと言ってはなんだが、咲の女子力はここ数年で急激に上がったと言えるだろう。

 

「お父さん、出来たよー」

「おぉ、いつも悪いな咲」

「もぉ、それは言わない約束でしょ。ほら、冷めないうちに食べちゃおう?」

「そうだな」

 

 夕飯が配膳されたテーブルにつき、「いただきます」と言って料理を口に運ぶ。

 適当なバラエティーを見ながら、他愛ない会話をして食べ進めていたが、ふと父が「何か良いことでもあったのか?」と聞いてきた。

 

「えっ? なんで?」

「なんというか、咲がいつもより機嫌が良い感じがしたからかな?」

 

 咲としては、いつも通りだと思っていたが、自分では気づかないくらいには上機嫌だったらしい。単に上機嫌な咲というのが珍しい、ということもあったのだが。

 こういうことには意外と鋭い父のことだ。きっとそうなのだろう。

 

「うーん、あったと言えばあったのかなー? 自分でもよく分からないや」

「ふーん……。まぁ、咲が楽しそうならお父さんも嬉しいからな」

「そういうものなの?」

「あぁ、娘を気に掛けない父親なんていないよ」

 

 きっとそれは、姉の照のことも含めてだろう。咲はあの日から一度も連絡をとっていないが、父は何かしら照についても知っているはずだ。

 

(そう思えば、お母さんとは連絡とりあってるのかなー?)

 

 正直なところ、咲は今両親の関係性がどうなっているのか知らない。咲の件で気まずくなったのは事実のはずだが、その後は全く分かっていない。

 もしあれがきっかけで離婚、なんてことになったら目も当てられない。そこだけは切に願う咲であった。

 

(でもこっちからは聞けないからなー。……なんか急に気になってきたよ)

 

「ごちそうさま。咲、お風呂はどうする?」

「えっ……あっ、じゃあ私が先に入るよ」

「分かった。皿洗いはお父さんがやっとくから」

「そう? ありがとうお父さん」

 

 考え事をしてたためか反応が変になってしまった。誤魔化すように食器を片付けて、咲は着替えを取りに自室へと戻る。

 

(さすがにそんなことにはならないと思うけど……)

 

 新たに出来た将来の大きな不安を抱えて、咲は重い足どりでお風呂へと向かうのだった。

 

 

****

 

 

 風呂上がり、咲は家の物置きと化している部屋に足を運んでいた。そこには、もう何年も使われていない雀卓が鎮座していた。掃除が行き届いているためにホコリなどは被ってないが、物寂しい雰囲気をまとっている。

 

(今日は本当に、久しぶりなことばかりだ)

 

 久しぶりに母と姉のことを思い、久しぶりに麻雀をし、そして、久しぶりに家で雀卓と向き合っている。

 

(もうやらないと思っていたのに。世の中何が起こるか分からないものだね)

 

 強い決心があったわけではない。

 だけど自ら望んで触れることはなかっただろう。

 咲にとって麻雀とは、それくらいには嫌な思い出が詰まっていたのだ。

 

(最初は楽しくて楽しくて、毎日でもしたいと思っていたはずなんだけどね……)

 

「咲?」

「あっ、お父さん」

「珍しいじゃないか、咲が雀卓なんか触ってるなんて」

「う、うん。……実は今日ね、学校で麻雀したんだ」

「咲がか?」

「うん、成り行きでね」

 

 父は少し驚いていた。あの日から咲は一度たりとも、麻雀の話しをしなかったから当然だろう。

 気持ちの整理も付いていないのに、気付けば咲は、父に自身の中で燻る想いを口に出していた。

 

「それでね、久しぶりにやった麻雀だったんだけど、嫌じゃなくて。むしろ楽しんでる自分がいたんだ。変だよね、あんなことがあったのに」

「……いや、変じゃないさ」

 

そう言う父は、少し晴れやかな顔になっていた。まるで、咲がこうなるのを待っていたかのようだった。

 

「ちょっと待ってろ」

「?」

 

 しばらく待っていると、一冊の雑誌を持って帰ってきた。

 

「57ページ」

 

 父に言われたページをめくると、今まで見たことないような満面の笑みで写る、照の写真が載っていた。

 

「お、お姉ちゃんッ⁉」

 

 咲の驚きようは見ていて気持ちいいものだっただろう。

 咲としては、「こんな姉見たことない!」というのもあったが、それ以上に自身の知人、しかも実の姉がこんなものに載っているという事実の方が驚きだった。咲は基本的には小市民なのだ。

 記事のタイトルは『“高校生1万人の頂点”宮永照さん独占インタビュー!』と銘打ってある。

 

「照は前年度インターハイ個人戦、そして、今年の春季大会の2冠優勝者なんだよ」

「全然知らなかった…」

 

 このご時世だから特集記事を組むのに、たかが高校生といった区別はないのだろう。それに今では高校生も立派な雀士の卵。世間の注目を一身に浴びている。

 咲は知らないが、日本の麻雀協会なるものは世界一の称号を目指しているのだ。

 そのため、将来有望な照のような選手は、そろって持ち上げられている。

 

「……あと一つ気になったんだけど、なんでお姉ちゃんこんな笑顔なの? 私見たことないよ……」

「あぁ、それは母さん曰く営業スマイルらしい」

「へぇ……ん?」

 

 スルーしそうになったが、今、ものすごく大事なことが聞いた気がした。

 

「えっ⁉ お父さん、お母さんと連絡とってるの⁉」

「んっ? まぁたまにな」

「……よかったぁ」

 

 思わず安堵する咲。父の様子を見るからに、仲が険悪という雰囲気もない。これなら離婚の心配はないだろう。

 

「というより、営業スマイルって……。お姉ちゃん、そんな器用なこと出来たんだ」

「それについてはお父さんも驚いた。まぁ重要なのは記事の内容だから」

 

 そう言って父は寝室に戻っていった。あとは自由に読め、ということなのだろう。

 他にしなくてはいけないこともない咲は自室に戻り、その特集記事を読み進めることにした。

 

 

****

 

 

『みなさん、こんにちは! 福与恒子です。本日インタビューする方はこの人、宮永照さんです!』

『こんにちは、宮永照です』

『わざわざこんな企画に出演してもらえるなんて、本当にありがとうございます』

『いえ、これも応援してくださる麻雀ファンの方々への感謝の気持ちです』

『……なんて出来た人なんでしょう。私とは大違いですね! 私なんていつも上司やら友人やらにうるさいうるさいと怒られてばかりですよ!』

『あはは……』

『この前なんてですね…………』

 

『……すいません。話しが脱線しました。早速本題に入りましょう! ズバリ! 宮永さんの強さの秘訣とは?』

『秘訣と言われても、特に変わったことをしているわけではありません。確かに私には他の人にはない才能があるのかもしれません。でも一番大事なのは努力すること、だと思います』

『では宮永さんの特徴である連続和了。あれが宮永さんの才能というわけなのでしょうか?』

『はい、そうだと思います。あれは別に自分に制限を加えている、というわけではありません。ただあれが一番自分に合ってる、そう思っています』

『うーん、私などではよく分かりませんね。私にも一人親しいプロ雀士がいるのですか、その人も鬼強くて。すこやん……失礼。小鍛冶プロはご存知ですか?』

『もちろんです。むしろ麻雀に携わる人で小鍛冶プロを知らない人などいないですよ。10年前のインターハイで優勝、史上最年少のプロ8冠、国内戦無敗など、上げれば切りがないです。小鍛冶プロはまさに天上の人です』

『すこやんってそんなに凄かったんだ……ちなみに宮永さんが対局したらどうなるのでしょう?』

『おそらく手も足も出ないと思います。でも対局してみたいですね』

『では、宮永さんもいずれはプロに?』

『まだ決めていませんが、そのつもりです』

『では、当面の目標は史上初の三連覇ということでしょうか?』

『……』

『宮永さん?』

『……もちろんそれもあります。ですが、他にもあるんです』

『それはお聴きしても?』

『大丈夫です。実は、仲直りしたい子がいるんです』

『仲直りですか?』

『はい。詳しくは相手のプライバシーもあるので言えませんが、私がまだ小学生の頃、ずっと仲良くしてた子がいるんです。その子も麻雀が大好きで、そして、私以上に強い子でした』

『宮永さんより強かったんですか?』

『そうです。それで、最初のうちはその子も含めて楽しく麻雀を打っていたのですが、色々あって、気が付けば息苦しい麻雀をするようになっていました』

『……それは、勝てないのが嫌になってきた、とかですかね?』

『概ねその通りです。私も幼く、その子に八つ当たりみたいな真似をしたこともありました。』

『……それで結局どうなったのですか?』

『その子は気をつかってわざと負けることなどもしたのですが、それはそれで嫌で……。最終的には喧嘩別れみたいになってしまいました』

『そうですか……。そんなことが』

『はい。それでどうにか仲直りしたいのですが、私はその手のことに不器用で。取り柄といったら麻雀くらいしかなくて』

『でも、その子は麻雀を嫌いになっているんじゃ……』

『そうかもしれません。でもそこは大丈夫だと思うんです。その子は本当に麻雀が大好きでしたから。だから仲直り出来るなら麻雀しかないかなって思ってるんです』

『麻雀で仲直りですか……。ますます私には分からない世界ですね……。それでその子と麻雀できる機会はあるんですか?』

『それはなんとも言えないですね。でも、近い将来できる気がするんです』

『……本人ができるって言うなら私が口をだすのは野暮ってものですね。おっと気が付けばそろそろ時間のようです。では宮永さん、最後に一言お願いします』

『応援してくださる麻雀ファンの方々、一生懸命頑張りますのでこれからも変わらぬ応援、よろしくお願いします』

『ありがとうございました! 以上でインタビューを終わります』

 

 

 

「……お姉ちゃん、そんなこと思ってくれてたんだ」

 

 インタビュー中に出てきた“仲直りしたい子”とは、間違いなく咲のことだろう。

 咲としては内容は気恥ずかしくもあったが、それ以上に嬉しさが勝っていた。

 

(てっきり、嫌われてるかと思ってたよ)

 

 咲も照もどっちもどっちだったが、麻雀に対する熱意が強かったのは照だ。嫌われていても文句は言えない。

 この事実は不幸中の幸いだった。

 

「さぁてとっ」

 

 勢い良く立ち上がり、鞄に入れっぱなしの読みかけの本を取り出す。

 

「これ読んだら寝よ」

 

 照の言う近い将来、そしてこれから始まるかもしれない新しい日常に想いを馳せながら、咲は日課である読書をするのであった。



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1-5

 夢を見た。

 これは昔の記憶だ。

 

─────

 

「『嶺上開花』? なにそれ?」

 

 緑豊かな小高い丘の上で、荘厳なアルプスを眺めながらたずねる。

 

「麻雀の役の名前だよ。“山の上で花が咲く”って意味なんだ」

 

 答える女性の声は優しく、安心感を与えてくれる。

 

「“咲く”? 同んなじだ、私の名前と!」

「そうだね、咲!」

 

 少し陰が差してて、はっきりとは顔が見えない。でもきっとその顔はこちらに微笑みかけているのだろう。

 

「森林限界を超えた高い山でさえ、可憐な花が咲くこともあるんだ」

 

 山頂に咲く白い花。ひとりぼっちで咲くその花は、可憐でいて凛々しい。風に舞うその花弁は、その景色に新たな彩りを与えているようだ。

 

「咲。お前もそんな花のように、強く咲けば……」

 

─────

 

 ジリリリリリ! と、目覚まし時計が鳴り響く。

 

「……うぅ〜とっ」

 

 眠い目をこすって咲は伸びをする。大きな欠伸が漏れるが、早起きは慣れたもの。カーテンを開け、部屋に差し込む陽光をその身に浴びる。

 今日は雲一つない空模様。絶好の洗濯日和だ。

 

「懐かしい夢だったなぁ」

 

 まだ姉の照と仲が良かったころの記憶。あの時は近所でも評判の仲良し姉妹だった。

 またあんな風に姉と笑い合える日が来て欲しい。

 そう願う咲であったが、いつまでも物思いにふけってはいられない。朝はすることがたくさんあるのだ。

 

「洗濯物干して、お父さん起こして、ご飯作って、とりあえずこんなところか」

 

 手早く着替えを済ませて、部屋を出る。

 今日も今日とて、せわしない一日が始まろうとしていた。

 

 

****

 

 

「会長、おはようございまーす」

「お〜う、おはよーう」

 

 一般生徒に挨拶され、久は笑顔で返した。生徒会長としては少し破天荒な久だが、生徒からの支持はかなり高いのである。

 久は水溜りを避けて歩きながら、昨日の出来事を思い出していた。

 

(宮永咲、ね……。どうしたら入部してくれるかしら?)

 

 部室に帰ってきた和からは、咲について詳しい事情を聞けなかった。様子から判断するに、それなりにプライベートな内容の話しだったのだろう。

 とりあえず分かっていることは、和とあと一回は対局してくれること。しかし、麻雀自体にはあまり乗り気ではなさそうで、入部ともなると先行きは暗そうであった。

 

「おはようございます会長」

「うん、おはよう〜」

「……相変わらず人気者じゃの」

「んっ、まこ」

 

 声を掛けられた先に視線を向けると、知り合いである少女が木陰でベンチに座わっていた。

 彼女の名前は染谷まこ。現在二年生で、麻雀部の一員である。

 まこは朝っぱらから食べていた弁当を持ちながら、久の元へと近付いてきた。そんな彼女を見て、久は呆れたように笑みを浮かべる。

 

「また、朝から弁当食べてるの?」

「聞いたよ〜部長〜」

「……何がよ?」

 

 こっちの質問には全く答える気が無いことだけは分かった。

 

「毎回プラマイゼロで和了る一年生がいるそうじゃね?」

「あぁ、情報早いね」

 

 久が伝えたわけではないので、どこかから話しが流れたのだろう。それほどまでに『毎回プラマイゼロで和了る存在』などというのは、異質で注目度が高いのだ。

 

「んで、和は勝ったんじゃろ?」

 

 まこは矢継ぎ早に質問を重ねる。

 まこも和の実力は知っている。そのため、簡単に負けるとは思ってなかった。

 だが久はその質問に対しては、

 

「勝ったには勝ったけど……」

 

一度言葉を切り、

 

「プライドはどうかな?」

「?」

 

と、意味深なことを言うのだった。

 

 

****

 

 

「あー、下巻は貸し出し中ですね」

「そうですか……」

 

 清澄高校図書室。

 昨夜読み終えた続きを借りにここまで赴いた咲だったが、返って来た応えは芳しくなかった。続きが気になっていた身としては、これはかなりの苦痛である。

 まさか咲と同じように、こんな学期が始まったばかりの時期から図書室を利用する人がいるとは。存外ここにはぼっちが多いのかもしれない。言ってて悲しくなりそうなので、絶対口には出さないが。

 

「何が貸し出し中だって?」

 

 突如後ろからかけられた声に振り向く。

 そこには、昨日の接待麻雀を見破ったその人が。

 

「げっ、生徒会長」

「げとはなによ、げとは……。それに私は学生議会長」

「こまいのぉ……」

 

 同行していたまこがつっこむが、久は取り合わない。

 誰だろうこの人? という咲の想いを久は汲み取ることなく、「どれどれ〜?」っと貸し出し管理の内容が入力されているパソコンを覗き込んだ。

 褒められた行為ではなく「覗くなよ……」と、まこにまたつっこまれるが、それも気にしてないようだ。どこかの女王様のような傍若無人さであった。学生議会長の権力の強さが伺える。

 

「あぁ、この本持っとるよ。全集もある。なんなら貸そうか?」

「えっ⁉ いいんですか?」

「その代わり、宮永さんに一つお願いがあるの」

「なんですか? 余程のことじゃない限り、大丈夫ですよ」

 

 いち早く続きが読みたい咲は必死だった。物欲とは人を変えるには十分な理由らしい。

 意外にも食い付きが良い反応に久は気を良くする。少々手こずるかなとも思っていたので、この展開には万々歳である。

 

「話が早くて助かるわ。それでね……」

 

 

****

 

 

 連れて来られた場所は旧校舎。

 お願いの内容は先日の約束を果たすこと。咲にとってはまさに渡りに船。

 

(でも、昨日の今日で早いなー)

 

 そんなことを思わなくもなかったが、一石二鳥なこの展開を断る理由は何もなかった。

 再び訪れた麻雀部の扉を、咲は感慨深げに見つめる。再会は、咲が思ってたよりずっと早かったようである。

 

「待ち人来たる!」

「……宮永さん!」

「昨日ぶりですね、原村さん」

 

 一足早く来ていた和は、まるで来ることを知っていたかのような態度。動揺した様子は見せなかった。きっと和は、約束が果たされるこの時をずっと待ち望んでいたのだろう。

 

「あっ、そうだ」

 

 和は鞄から先日借りたタオルを取り出す。一日も経っていないのに、それは新品同然のようになっている。

 

「ありがとうございました、お返しします」

「どういたしまして。思ってたよりずっと早かったけど、約束を果たしに来たよ」

「心待ちにしてました。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」

 

(なんか今日はやる気に満ち溢れてるなぁ。まぁ、当然といえば当然か)

 

 実際は違うが、実質勝ち逃げのようなことをされたのだ。やり返すチャンスが来たら誰しも燃え上がるだろう。

 

「須賀くん、優希呼んできて」

「あっ、はい」

 

 パソコンの前で作業していた京太郎にそう言って、対局の準備を進める久。

 

「おぉ、そうか。この文学少女が例のプラマイゼロ子か」

「……今ごろ気づくか」

 

 着々と準備は進み、対局者の四人は席に座った。

 

「宮永さん、和、まこ、優希。この四人で二回戦戦って」

「会長やらないんすか?」

「私が入ったらみんな飛んじゃうでしょ?」

「ふん、言ってんさい……」

 

 冗談なのか本気なのかわからないが、今回久は見学ようだ。何か企みがあるのだと咲は思ったが、案の定その通りのようで。

 

「今回は東風戦、赤四枚ね」

 

(完璧に私のプラマイゼロ対策じゃないですかそれ……)

 

 最近の麻雀は半荘戦、東一局から南四局までの八局で争うのが主流だ。そして東風戦とはその半分、東一局から東四局までの勝負のことを示す。

 また、赤というのは赤く塗られた五の牌、通称赤ドラのことを示す。これが入るということは、ドラを絡めた高打点が狙い易くなるということである。

 今回の東風赤入りの、いわゆる短期決戦は、きっと咲の実力を見るためのものだろう。

 ただでさえプラマイゼロを狙って打つなど難しいことなのに、これで難易度は数倍に跳ね上がった。

 だが咲に困惑の表情は見られない。

 

(まぁそれで止められる程、私のプラマイゼロは甘くないけどね)

 

 咲にとってプラマイゼロは姉の照でも破れない、いわば咲にとって最強の技なのだ。咲もこの状況が楽しくなってきたのか、自然と口角が上がっていた。

 

(止めてみせてよ、──止められるものならね)

 

 昨日は意図的に抑えていたオーラを解き放つ。

 

「「「っ⁉」」」

「……?」

 

 久、まこ、優希の三人は咲から放たれたオーラに反応して、身を竦ませた。和はそんな三人を不思議そうに見ている。幸か不幸か、和はその手のもの全く信じていないため、咲の威圧が感じ取れないらしい。

 久はこの面白そうな対局に、笑みを隠せない。

 

(なるほどね、これが宮永さんの力の一端か。さぁて、鬼が出るか蛇が出るか)

 

「25000持ちの30000点返しね。始めてちょうだい」

 

 

****

 

 

 〜東一局〜

 

 優希 25000 東 親

 和  25000 南

 咲  25000 西

 まこ 25000 北

 

(もともとの約束もあるけど、二回あるのは今更気にしない。本が手に入るならむしろ万々歳です)

(今日は最初から本気で)

(普通に考えれば、毎回プラマイゼロなんて無理じゃ)

 

 各人思惑はそれぞれ。だが咲には決まっていることが一つだけあった。

 

「咲ちゃんはまたプラマイゼロにするのか〜?」

「んー、一応そのつもりだよ」

 

(生徒会長にもそう言われたし)

 

 久との取り引き内容は二つ。二回打つこと、最初の一回はプラマイゼロ目指して打つこと、この二つだった。

 ちなみにプラマイゼロとは、今回のルールでは29600〜30500点の範囲で終局させることが条件だ。まこが思う通り、普通は狙って出来るものではない。だが現に、咲は昨日三回連続でそれを成し遂げている。それが偶然なのかそうじゃないのか、見極めるのがこの対局の狙いなのだ。

 

 状況が動き出した。

 

「きたぁー! 親、リーチいっくじぇえ!」

 

(わおっ)

(早い)

(二巡目……読めんわ)

 

 優希が親リーチ。河に捨て牌がろくにないこの状況では、対策も何もない。振り込んだら事故みたいなものだ。

 

(嫌な感じがしますね)

 

 そういうのは、往々にして当たるものである。

 

「ドーン! リーチ一発ツモ、ドラ3、親っ跳ね!」

 

(おいおいおい……)

 

 思わずグチりそうになるまこ。和も和でやや困り顔になっていた。

 一方、咲は素直に驚いていた。

 

(昨日対局して分かったけど、片岡さんはホント、東場だと勢いがあるな。さすがに今回は早すぎる)

 

 咲は昨日の対局から優希と和の大体の打ち筋や実力を把握していた。この把握能力はあの家族麻雀で手に入れたものの一つである。

 いくら咲でも、自身の和了りだけで点数調整は出来ない。対局相手の打ち筋を見抜き、それに随時対応していくことで成し得るのだ。

 そのため、麻雀に関する観察眼が凡人に比べて遥かに高い。それはもう、点数調整以外にも、数々の非常識を可能にするくらいには。

 

(まぁ、南場ではかなり弱くなるんだけどね)

 

 

 

 東一局 一本場

 

 優希 43000 東 親

 和  19000 南

 咲  19000 西

 まこ 19000 北

 

「ロン、8300です」

 

 今度は和が優希にロン和了り。しかも、直前でまこが捨てた当たり牌をあえて見逃している。

 

「今、染谷先輩が捨てた牌だじぇ……?」

「直撃狙いです」

 

(原村さんは見かけによらず、超負けず嫌いだよね。こういうところが、まだデジタルになりきれてないところかな)

 

 

 

 東二局

 

 優希 34700 南

 和  27300 西

 咲  19000 北

 まこ 19000 東 親

 

「それだ! 1000点!」

「なぬ⁉」

 

 まこが優希に振り込んで、親が流れた。

 この短期決戦において安手で場を流すのは、余程早さに自信がなければ出来ない。

 

「さくさくいくじぇ!」

「逃げる気ですね。優希のやつ」

「そうね。面白い展開ね」

 

 外から状況を伺っている京太郎と久はそう判断する。

 この展開は咲を自由に打たせないためのものだろう。優希も宣言通りにされるのは面白くないのだ。

 

 

 

 東三局

 

 優希 35700 西

 和  27300 北

 咲  19000 東 親

 まこ 18000 南

 

「張っとる?」

「はい」

 

(……普通そういうこと聞く? 素直に答える私もあれだけど)

 

 まこに尋ねられたことに馬鹿正直に答えてそんなことを思った。そしてまこが捨てた牌は見事に当たり牌。

 

「ロンです。タンピンドラドラ、ピンピンロクです」

「あーいたたたた」

 

(染谷先輩だっけ? この人は特筆して注意する必要はないかな。何か特別な能力的なのもなさそう)

 

 初めての対局相手だったため、一番観察していたが、咲はそう結論付けた。

 まこは別段弱いわけではない。むしろ、相手がただ上手いだけの相手なら無類の強さを発揮するタイプだ。

 だが咲にとっては基準が照なので、殆どの人が咲の敵ではないのが現状だった。

 

(さぁて調整調整)

 

 

 

 東三局 一本場

 

 優希 35700 西

 和  27300 北

 咲  30600 東 親

 まこ 6400  南

 

「ツモ。メンホン、ツモ、チュン、ドラ1、3000、6000の一本付けじゃ!」

 

 まこは今まで銀行と化していたためか、ここにきて大きいのを和了った。当初の予定では様子見のつもりだったのが、プレイするからには勝ちたいというのが人の性だ。

 

(ナイスです、染谷先輩)

 

 まぁ咲は内心、逆に感謝していたのだが。

 

 

 

 東四局

 

 優希 32600 北

 和  24200 東 親

 咲  24500 南

 まこ 18700 西

 

 {西}{西}{西}{①}{②}{②}{③}{③}{④}{⑥}{⑦}{⑨}{⑨}

 

(今度は咲がメンホンテンパイ)

(出和了り5200点で、ちょうどプラマイゼロか)

 

 後ろから咲の手牌を覗きこんでいた京太郎と久。咲が作っている手は40符3翻の5200点。この様子だとまたプラマイゼロで和了りそうだったが、

 

「リーチ」

 

 和のリーチにより状況が変わった。

 

(リーチ棒!)

(和も意地が悪いのぉ)

(ぎゃは!)

(面倒なことを……)

 

 咲の狙いが分かっているので、妨害するのも容易い。

 この場合、妨害の方法は主に三通りある。先に和了るか、わざと咲以外に振り込むか、このように点数自体を変えるかだ。

 京太郎も和が何を狙っているのか分かったようだ。

 

「これって場に1000点増えたってことですよね?」

「そう、こうなるとプラマイゼロに出来るのは4100〜5000点まで、つまり70符の2翻のみ」

「70符って……」

 

 麻雀において、上がった際の点数は符と翻によって決まり、どちらも高ければ高いほど点数が高くなる。翻は役の数や難易度によって上下し、符は最終的な待ちの形や構成面子によって上下するのだ。

 そして、70符なんてものは滅多に出るものではなく、しかもそれを二翻で作るなど不可能に近い。それこそ役満以上にレアなもの。

 和の意地が、この土壇場でリーチを持ってきた。

 

(この私のリーチをかわして、40符3翻の手を70符2翻に変えられますか?)

 

 これを見て咲は動揺はしていないが、手替わりは余儀無くされた。そして、70符を上がるための準備が必要になる。

 

(ここはさすがと言うべきなのかな。そう簡単にはいかないか)

 

 咲は今日の和の執念を賞賛していた。昨日までだったらこのまま終わっていただろう。

 手替わりしていく咲を見て、まこは終わったな、と思っていた。諦めたのだと推測していたのだ。

 が、後ろから見ていた久は違った。手替わりしていく咲の手はまだ可能性を失っていない。

 

 {西}{西}{西}{①}{②}{②}{③}{③}{④}{⑨}{⑨}{⑨}{1}。ツモったのが{西}。

 

(……いや、これは……⁉)

 

「カン!」

 

 西を暗槓。槓することによって引けるのは、王牌に眠る嶺上牌。

 

(だけど、残念)

 

 この嶺上牌で和了れたときには、特別に一つ役が付く。

 

(この程度じゃ)

 

 その役の名前は『嶺上開花』

 

(私のプラマイゼロは揺るがない!)

 

 孤高の頂きに、真っ白な花が咲いた。

 

「……嶺上、ツモ」

 

 咲の瞳から雷が迸る。

 

「70符2翻は、1200、2300」

 

 終局

 

 優希 31400 +22

 咲  30200 ±0

 和  20900 -9

 まこ 17500 -13

 

 

 周りは咲の超人的和了りを見て、やや呆然としていた。しかしその中で久はこれを見て、鳥肌が立つのを止められなかった。

 

(鬼か蛇か、なんてものじゃないわ……。奇跡を可能にする強運、その力、神か悪魔か……)

 

 

 

 今は知らない。

 数ヶ月後に『清澄の嶺上使い』の名が全国に轟くのを、今はまだ、誰も知らないのだった。



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2-1

「咲ちゃんはまたプラマイゼロ。昨日の入れて四連続……ありえないじぇ」

 

 本日一回目の対局を終え休憩を挟んでいたが、改めて優希が咲の記録を見て驚いていた。

 一回ならともかく四回連続でやられたら、疑う余地もない。しかも今回は、事前にやると宣告をされた上でのプラマイゼロだ。半信半疑なメンバーもいたが、これで点数調整が出来ることが明らかになった。

 

「宮永さん」

「はい」

 

 麻雀において点数調整が出来るなど、はっきり言って最強に近い。しかしそれは、プラマイゼロを目指さなければ、の話しである。

 久としては、これとは別の咲の実力が見たいのだ。

 

「麻雀は勝利を目指すものよ。次は、勝つための麻雀を打ってみなさい」

 

(……まぁ、そうなりますよね)

 

 一回目をプラマイゼロで打つよう言ったのは久本人だ。

 なら二回目は当然、そういう流れになるのは予想できていた。それでも尚、咲には些かの悩みがあった。

 咲は勝つための麻雀を久しく打っていない。家族麻雀の際も、後の方はプラマイゼロでしか打っていないからだ。

 別に打てないことはないだろう。しかし、やや遠慮があった。こんなぽっと出の奴に、自分が大好きな麻雀で大暴れされたら他人は快く思わないだろう、と。

 だが、久とは前以て約束を交わしているため、ここで断ると後味が悪くなるのも事実。

 両者を天秤にかけ、損得勘定で結論を出す。

 

(……覚悟を決めますか)

 

 ただでさえ四連続プラマイゼロなんてしているのだ。進んで空気を気まずくしたくはないが、それもそれで今更な感じしかしない。

 

(……私は悪くない!)

 

 咲は開き直ることにした。

 

「分かりました」

「なっ……!」

「分かりましたって……」

「うちらには確実に勝てるっちゅうことか…」

「あっ……すいません! そんなつもりは」

 

 いきなりミスってしまった。

 後悔しても後の祭り。和なんて、今の咲の発言に拳を握りしめている。

 和は全中覇者。

 今までは同学年では最強だったのだ。整った顔立ちと抜群のプロポーションは見栄えするのもあって、雑誌などで取り扱われたことも少なくない。天才とまで言われていたのだ。咲のこの発言に対して、怒らないわけがない。

 

「点数調整と勝つ技術は別物です。いくらプラマイゼロなんていうオカルトじみたことが出来ても、簡単に勝てるとは思わないで下さい」

「和、宮永さんも悪気があったわけじゃないんだから。そうよね宮永さん」

「はい、申し訳ありません」

 

 苦言を呈する和をなだめるように久は言った。ここでこれ以上揉められても、久としても困るのだ。

 それでも、舐められっぱなしでは面白くない。久にしては真剣な表情で咲に忠告をする。

 

「でも、宮永さん。ここにいるメンバーに勝つのはそんなに簡単じゃないわよ?だからあなたも全力で戦うこと、いいわね?」

「──分かりました」

 

 前の対局で感じた以上のオーラが咲から放たれる。

 

(……あれでまだ、全力ではなかったの?)

 

 こんな強烈なオーラは今まで感じたことがない。

 プロとも親交のある久ですら、この威圧感には鳥肌が立つのを抑えきれなかった。

 

(やっぱりすごいわねぇ……。宮永さんのこの威圧感。もし相手だったらたまったものじゃないわ)

 

 相変わらずのオーラに感心していた久だったが、つくづく同じ高校の生徒だったことを感謝する。悪運は強いと自負していた身だが、最後の最後にとんでもないものが飛び込んできた。

 

(それに名前が『宮永』なのよねぇ〜。高校麻雀界において、『宮永』と言ったらあの人しかいない。唯の偶然か、……それとも)

 

 本日二度目の対局。

 咲に出された条件は、勝つこと。

 

(それにしても、勝つための麻雀かぁ。久しく打ってないからなぁ。どうしよう……)

 

 咲は絶賛考え中だった。

 そんな麻雀はもう、何年も打っていない。感覚を取り戻す必要がありそうだ。

 勝つための麻雀。

 そう聞いて、真っ先に思い浮かんだ麻雀が一つあった。

 彼女の麻雀は攻撃に特化しているが、場の支配の強さから防御も高く、まさに勝つことだけを目指した麻雀だった。咲が今まで見てきた中で、最強の麻雀。

 

(試してみますか)

 

 全員の準備が整った後、対局が始まった。

 

 

****

 

 

 〜東三局〜

 

 和  24200 西

 まこ 24600 南

 優希 20700 東:親

 咲  30500 北

 

「ツモ、1600、3200です」

 

(ここまでは、宮永さんが三局全部和了っている。特別大きなのを和了ったわけじゃないけど、手作りの早さがすごい……。そして、そのうち二回が嶺上開花……。俄かには信じられないけど、これが宮永さんの力なのかしら……?)

(ありえないじぇ……)

(わしゃあ、嶺上開花なんて和了ったことないんじゃがなぁ……)

(偶然にしてもひどすぎます!)

 

 嶺上開花。

 牌が四つ揃った際に可能な、『槓』という特別な鳴きで成立する役の名前。槓をすると、通常は引くことが出来ない王牌のうち、嶺上牌と呼ばれる牌を引くことが出来る。嶺上開花は、その嶺上牌で和了るときに追加される役である。

 説明からも分かる通り、嶺上開花を和了るのはほとんどの場合において不可能である。条件がシビア過ぎるし、役自体も一翻なので進んで和了ろうとする人がまずいない。槓した際に、とびきりのオマケとして付いてくる役というのが、一般的な認識だろう。

 にも関わらず、東三局が終わった段階で嶺上開花を二回和了るなど、異常事態もいいところ。和の思う通り、偶然にしても酷すぎるものである。

 加えて。咲は一度目の対局でも嶺上開花を和了っている。周りの面々は、その段階では恐ろしいまでの豪運で済ませていたのだが、この展開は予想外過ぎた。

 

(嶺上開花を自在に和了れるのだとしたら、とんでもないわね……)

 

 インパクトが強過ぎた。このような異能、初見で対処仕切れるものではない。

 そのせいで対局している三人と久は、もっと重大な事実に気づいていなかった。

 それに気づいたのは、麻雀初心者で咲の凄まじさが理解しきれていない京太郎だったのは皮肉な話であろう。

 

 

 〜東四局〜

 

 和  22600 北

 まこ 23000 西

 優希 17500 南

 咲  36900 東:親

 

「リーチ」

「ダ、ダブリー⁉」

 

(あははは……。嶺上開花以外にも、その強運は働くのね……)

 

 後ろで唖然としていた久だが、さらに驚愕の事実が京太郎から告げられる。

 

「部長、ちょっといいですか?」

「ん? どーしたの?」

「いや、俺自主的にデータとってたんですけど、見て下さいこれ」

「ん?」

「この対局での咲、上がる度に点数が上昇してるんです。これって偶然なんですかね?」

「……なんですってっ⁉」

 

 思わず引っ手繰るように京太郎が持っていた用紙を手に取り、内容を凝視する。そこにはこの対局での咲の各局での上がりが記入されていた。

 

(ホントだわ……東一局はツモって400、800。東二局は優希から3900。さっき上がった東三局では1600、3200。確かに打点が上昇してる‼)

 

 この現象に久は心当たりがあった。むしろ高校麻雀界にいる人なら知らない人などいないと言っても過言ではない。

 なぜならそれは、高校生最強のプレイヤーの代名詞とも言えるものだからだ。

 

(これは、まさか『連続和了』⁉ もしかしたらとは思ってたけど、宮永さんって……⁉︎)

 

「ツモ。ダブリー、一発、ツモ、4000オールです」

 

(…………これは、間違いないわね……)

 

 久はあることに確信を抱いた。

 これはきっと、高校麻雀界を揺るがすほどの事実だ。拾い物なんてレベルではない。ラスボスとのエンカウントである。

 

(その実力、はっきりと見定めたい……!)

 

「宮永さん。出来れば流れるか、誰かが飛び終了するまで、連荘してくれないかしら?」

「……分かりました」

 

 本来なら。最終局を親が和了った場合、トップじゃなかったら連荘、トップだったら終局というのが普通だ。大将以外の団体戦などなら話しは別だが、今回は後者に当たる。

 だけど久は連荘を望んだ。それはただ単純に久が見たかったからである。この後も点数が上昇していくのかどうかを。

 言わば、久のわがままだった。

 まさか咲がここまで人外な強さを持っているなど、久は想定外であったのだ。だからこそ、咲の麻雀を見届けたい気持ちが勝っていた。

 

(さぁ、見せてちょうだい。あなたの本当の強さを……!)

 

 

 

 〜東四局 一本場〜

 

 和  18600 北

 まこ 19000 西

 優希 13500 南

 咲  48900 東:親

 

(今回の宮永さんは異常すぎます……! でもこのままでは終われません!)

 

 和はまだ諦めていなかった。

 確かにここまで咲は圧倒的であったが、局が進むにつれ手作りのスピードが遅くなっていたからだ。それでも早いのに変わりはなかったが、この局なら和でも追い付いた。

 

「リーチ!」

 

 この対局で始めての咲以外のリーチだった。

 状況を動かす最後の一手だった。

 

 ──だが、勝利の女神は和には微笑まなかった。

 

「カンッ!」

 

(大明槓⁉)

 

 咲は今捨てた和の牌を大明槓する。

 槓することによって起こることは二つ。王牌から嶺上牌が引けることと。そして、ドラが一つ増えること。

 明かされた槓ドラ。

 そこには、どうしようもないほどの奇跡が詰まっていた。

 

(なっ……⁉)

(今咲ちゃんが槓した牌が槓ドラ⁉)

(そんなアホなっ……⁉)

(これは……⁉︎)

 

 ──嶺上の花が咲き乱れる。

 

「ツモ。タンヤオ、嶺上開花、ドラ4、18000の一本場は18300」

 

 〜終局〜

 

 咲  68200 +58

 まこ 19000 -11

 優希 13500 -17

 和   -700 -30

 

 

****

 

 

(……うわぁ、気まずさが有頂天)

 

 あまりの状況に日本語が意味不明になってしまった咲だが、それほどまでに今の状況は辛いものがあった。

 和は俯いて動かない。

 優希とまこはまだ驚愕が抜けないのか、目を見開いたまま固まっている。

 京太郎も大体同じで、ペンを落としていた。

 

(この状況、私にどうしろと……?)

 

 打開策が思い浮かばない咲は次第にオロオロしてきたが、ここで助け船を出したのは久だった。

 

「……とりあえずみんなお疲れさま。各自休憩に入っていいわ」

 

 それでなんとか凍った空気が溶けたようだ。和はそのまま動けていなかったが、優希とまこは揃って卓に突っ伏した。

 

「なんか、恐ろしい目にあった気がするじぇ」

「奇遇じゃな。わしも同じことを思っとったよ」

 

 優希とまこは一旦放っておいて、久は咲に話しかける。聞きたいことがたくさんあった。

 

「お疲れさま、宮永さん」

「は、はい……ありがとうございます」

 

 少しだけこの空気が緩和したからか、声は出せるようになっていた様子だったが、まだ内心オロオロしてるのが見え見えだった。

 

「もっと気楽にしていいわよ? それに勝つための麻雀を打ちなさいって言ったのは私なんだから、あなたは何も悪いことはしてないわ」

「そう言ってもらえると助かります」

「それで、幾つか聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」

「はい、答えられないの以外なら」

「そう、なら……」

 

 これまでの対局で分かった咲の能力とも呼ぶべき力は四つ。

 点数調整。

 嶺上開花。

 連続和了。

 そして、最後に見せたドラ爆。

 どれもこれも全くもって恐ろしい力だが、久はこの中でも最も気になるものがあった。この質問で全て分かるだろう。

 咲がなぜ、こんなにも強いのかが。

 

「宮永さんって、お姉さんいない?」

「よくご存知ですね。はい、いますよ」

「名前を伺ってもいいかしら?」

「……姉の名前は『照』、宮永照です」

 

「「なっ……⁉」」

 

(やっぱりそうだったのね……)

 

 聞き耳を立てていた優希とまこは、本日何度目の驚愕か分からないが、突っ伏していた顔を勢いよく上げていた。久は予想通りではあったが、内心での驚愕は隠せない。

 一人蚊帳の外にいた和は、首を傾げていた。

 

「あの、その宮永照とは誰なんですか?」

「のどちゃん、知らないのか⁉」

「はい、あまり周りのことに興味がなくて」

「信じられないじぇ……」

 

 和は麻雀では、自分が強くなること以外興味がない。

 宮永照も含めて、プロ雀士の名前もほとんど知らないのだ。

 

「宮永照さんはね、簡単に言うと高校生版の和のことね」

「それはつまり……」

「そう。去年のインターハイ個人戦、そして今年の春季大会の優勝者よ」

「……その妹さんが宮永さんなんですか?」

「うん、そうだよ原村さん」

 

 事の大きさに和もやっと気づいたようだ。

 今目の前にいるのはただの少女ではなく、高校生チャンピオンの妹なのだと。それならあの圧倒的強さも不思議ではない。

 

「それで宮永照さんには特徴的な打ち方が存在するわ」

「それは一体……?」

「これを見てみなさい」

 

 久から渡されたのは、さっきの対局を京太郎が記録した用紙。全て咲の和了りであり、自身が飛ばされた対局だ。進んで見たいものではなかったが、ここで駄々をこねても仕方ないため、大人しく記録を閲覧する。

 だが和には、咲がものすごく運が良かったとしか思えない。

 

「よく分からないのですが?」

「打点に注目してみて」

「打点ですか……?」

 

 言われて注目してみると、一目で理解できた。

 

「打点がどんどん上昇している……?」

「そう、その通り。それが宮永照さんの最大の特徴にして最強の所以ね」

「でもこれは宮永さんの記録ですよ?」

「そう、私もそこが疑問だったのよ」

 

 久がそう思うのも無理はない。

 なぜならこれは、宮永『照』の打ち方であって、宮永『咲』の打ち方ではないはずだからだ。家族だからという理由で同じ力が使えるというのがあるとも考えられるが、照が嶺上開花を和了っている姿は見た事がない。

 

「宮永さん……なんかお姉さんの話しもしてて混ざるわね。咲って呼んでもいい?」

「全然構いません。むしろそう呼んでくれると嬉しいです」

「では、私も咲さんと呼んでいいですか?」

「うん、原村さん」

「出来れば私も、名前で呼んで頂けると嬉しいのですが……」

「そう? なら和ちゃんでいい?」

「はい!」

 

 ほのぼのとした会話が繰り広げられていた。「じゃあ私のことは優希って呼んでくれると嬉しいじぇい!」と微笑ましい光景も続いたのだが、まだ本題に入っていないので久が話しを戻す。

 

「それで、咲。あなたも連続和了が出来るの?」

「うーんと、正確には出来ませんね。私のはお姉ちゃんのを真似てるだけ、いわゆる劣化版コピーみたいなものです」

「えっ……? 咲、あなたコピーなんて出来るの?」

「何年も見てきたお姉ちゃんのくらいですけどね」

「いや、普通そんなことできないわよ?」

「それには一応理由があってですね……」

 

 咲が言うには、これは家族麻雀の経験で得た観察眼によるものらしい。プラマイゼロを打っていく過程でどんどん鋭くなり、相手の打ち筋を理解し、ある程度なら真似出来るようになったのだとか。

 

(全く、この子のスペックは天井知らずね)

 

 既に人外設定していた久だが、まだ上があるのかと、驚きを通り越してやや呆れていた。

 

「なるほどね……。ちなみに、劣化版コピーって咲は言ったけど、お姉さんのはもっと凄いの?」

「何年も見てないんで今はどうか分からないですけど、きっとお姉ちゃんのは私よりさらに早いですよ? 点数の上昇スピードなら私に軍配が上がると思いますが。私は槓で無理矢理ドラを増やせますから」

 

(……恐ろしい姉妹だわ)

 

 言っていることが何処かおかしい。いや、最早全ておかしいが、これが真実なのだから受け入れるしかない。

 

「そう、ありがとう咲。満足だわ」

 

 これで聞きたいことは全て聞けた。後は咲が麻雀部に入ってくれれば言うことなしだが、そこは本人の意思次第である。

 先輩という立場でお願いしたら断れないだろう。だから久が直接勧誘するのは控えることにした。

 だが久は存外性格が悪い。

 久が直接できないのなら他の人がすればいいのだ。別に久が頼んだわけではないが、計算通りならばきっとアクションが起こるはず。

 

「そうそう、咲」

「はい?」

「約束の本はここにあるからね。これは対局の時の待ち時間用の読書本棚。麻雀部に入れば読み放題」

「そ、そうなんですか?」

「えぇ、もちろんよ」

 

 でっかい釣り針もこれでセット完了。あとは誰かが竿を引けば万事上手くいくはずである。

 そして、その竿を引く役目には、やはりこの少女しかいない。

 

「さ、咲さん!」

「ど、どうしたの、和ちゃん?」

 

 いきなりの大声にちょっと驚いてしまった咲だが、和にそれを気にする余裕はなかった。

 意を決したように、強い眼差しで咲を射抜く。

 

「約束は一回だけでしたし、図々しいことなのは分かっています。でも、それでも私は、また咲さんと麻雀が打ちたいです! ですから、麻雀部に入ってくれないでしょうか⁈」

 

 和のその必死な姿勢は、咲の想いを動かすのには十分だった。

 麻雀部に入れば姉である照の麻雀をするという望みも、再会して仲直りするという咲と照の望みも叶えられるだろう。

 だが咲は、一つだけ不安があった。

 

(もし全国に行けたとして、そこでお姉ちゃんと再会した時、ホントに自然に仲直りできるのかなぁ?)

 

 もう何年も会っていないのだ。

 そんな状況で、全国大会という大きな舞台でいきなり再会しても、互いに背負うものも多いだろうからろくに言葉を交わせないと思っている。照は麻雀でなら仲直り出来るとインタビューで言っていたがそこまで上手くいくとは、咲には思えなかった。

 なら、どうすればいいか。答えは決まっている。

 

「返答を少しだけ待ってもらえませんか?」

「……少しとは?」

「来週の休み明け。その時にここに来て答えを出します」

「……分かりました。では、ここで待ってます」

 

 和は笑顔で返してくれた。その優しさに咲は感謝する。

 

「では、今日はこれで帰りますね。失礼します」

「えぇ、気を付けて帰ってね」

 

 咲は鞄を持って部室を出る。

 その時、約束だった本は持ち出して行かなかった。

 

 

****

 

 

「ただいまー」

「おかえり、お父さん」

 

 自宅にていつものように、夕飯の仕度を終えて父が帰って来るのを待っていた。

 でも今日はいつもと違う。今日は父にお願いがあったのだ。

 

「あの、お父さんお願いがあるんだけど」

「咲がお願いなんて、珍しいな? よーし何でも言ってみろ」

 

 父は基本的に優しいので、こういう時に断ることはまずない。計画通りである。

 

「あのね、今度の土日のどっちか空いてる?」

「あぁ、大丈夫だぞ」

「じゃあ、連れて行ってほしいところがあるんだ」

「一人で行けないってことは遠出か?」

「うん」

 

 父も咲の方向オンチは知っているので、話しが早い。

 

「それで、どこに連れてってほしんだ?」

「東京」

「……と、東京?」

 

 一瞬耳を疑った父。

 そこは咲にとって縁遠い場所でもあり、縁がある場所でもあるからだ。

 それでも、咲が東京に行きたいなんて、考えられる理由はただ一つ。

 

「お姉ちゃんに会いに行きたいの!」




次回! 突撃!白糸台‼

と、思っていたのですか嘘になりそうです。
突撃はその次かと……
ごめんなさいm(_ _)m


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2-2





「……………………さて、ここはどこだろう?」

 

 まさかというべきか、案の定というべきか。

 咲は絶賛迷子中だった。

 現在咲がいるのは東京。それは間違いない。間違いないはずである。なぜなら東京までは父と一緒に来ていたから。

 でも現在は迷子。高校生になって初迷子である。

 一刻前に「これなら余裕で昼前に目的地に着けるなー」とか油断してた結果がこれ。

 自身の落ち度でもあったが、それ以上に東京の魔窟ぶりを恨む咲。それと同時にこう思わずにはいられなかった。

 

「どうしてこうなった…………?」

 

 時間は数時間前まで遡る。

 

 

****

 

 

「それにしても、咲がいきなり照に会いたいなんて言うとは思ってなかったよ」

 

 朝早くから咲は父と一緒に家を出て、東京へと向かっていた。

 咲たちが住んでいるのは長野県なので、それなりに長い道程を電車で乗り継ぐ必要があり、今は直通で東京へと行く新幹線に乗っているところだ。

 

「前から会いたいとは思ってたんだよ? あのままなんて嫌だったから。でも今までずっと嫌われてると思ってたから決心がつかなくてね」

 

 窓の外を流れる風景が緩やかに変わっていく。

 最初は緑が多く家屋をポツポツとしかなかったのに、関東圏に入り都会と言われるようなところまで来ると、見渡す限りに人工物が広がり、見上げるような高層ビルも多々見えるようになっていた。

 心なしか空気が窮屈に感じられ、散見する人々にも余裕がないような気がする。俗にいう田舎に住んでいる咲にとって、この空気を創り出している都会は肌に合わなそうだ。

 

「咲、行く場所は白糸台高校でいいんだよな?」

「だって家に行ってもいないんでしょ?」

「あぁ、昨日お母さんに電話して聞いたら今日もずっと部活らしいからな」

 

 父は昨日咲が知らないうちに、あらかじめ母と連絡を取り合っていたらしい。ちょっとしたサプライズの予定で照には内緒で話しを進めたため、今日咲が東京に来ることを照は知らない。

 そして母曰く、本日も部活で照が家にいないことが分かり、いないのなら高校の方に赴こうということになったのだ。そのため咲は清澄高校の制服姿である。

 

「さて、そろそろ東京だ。荷物を忘れないように気を付けるんだぞ」

「うん」

 

 姉に会うというのも楽しみではあったが、東京というのも初めてである。

 The 田舎民の咲だ。東京のイメージを簡潔に述べると「都会は凄い!」で片がつく。見当違いな理想もあったりして、期待に胸を膨らませていたりもした。

 

(いざ、東京へ!)

 

 この後訪れる悲劇も知らずに、咲は東京へと足を踏み入れるのだった。

 

 

****

 

 

「……満員電車、恐ろし過ぎだよ」

 

 東京に着いた後、白糸台高校の最寄り駅まで電車を乗り継ぐ際に、咲は生まれて初めて満員電車というものに遭遇した。

 ドラマや小説などでも出てくるため、その存在自体はもちろん知っていた。ギュウギュウ詰めにされた人という人が、コンパクトな車両にこれでもかと押し込まれている光景。それが咲の満員電車のイメージだっだ。

 だが、どうせ過剰な表現なんでしょ? などとたかをくくっていたのだ。言うほどきつくないんだろうと。

 

(まさかあそこまで身動きを封じられるなんて、思いもしていなかったよ……)

 

 実際乗ってみた感想はこれに尽きる。

 まず、容量に対して乗っている人の数がおかしい。きっと人口密度が半端ないものになっていただろう。

 あと、隣との人の距離は0cmなんてものじゃないくらい密着していた。密着どころか押しつぶされるまである。そのおかげである意味で体制が安定するのは新たな発見だったが、その状態で睡眠をとる猛者を見たときは目を見開いて驚いてしまった。絶対ああはなりたくない。この満員電車に慣れたくない。

 その後、乗り降りの人の波に見事に飲まれ、逆行することなど叶わずあれよあれよという間に父とはぐれた。無念であった。

 

(あれ、私とかならともかく和ちゃんが乗ったら一発で犯罪じゃない?)

 

 益もなく、更に自身にもダメージが帰ってくることをグチりながら父を探す咲。

 一応駅構内にはいるのだが、この駅が意味不明なほど広く、かつ複雑で咲には迷路にしか思えない。咲は携帯を持っていないため父と連絡を取り合うことも出来ないし、そもそも携帯番号を知らない。詰んでいた。

 迷子センターとかないかなー、と諦め半分で流浪する。

 目に入るのはほとんどが飲食店。偶に衣服を売っているお店も見受けられたが、ファッション並びにブランドに疎い咲にはそれらが有名なのか判断出来ない。どっちにしろ、父が居そうな場所ではないため通り過ぎる。

 一応同じところをグルグル回っているつもりだが、自身の方向音痴スキルはAランク相当だと理解しているため、今どこに居るのかは全く分かっていない。間違いなく詰んでいた。

 ぶらぶらと歩き続けて約10分。本格的に焦りが募り始めた頃、とあるお店が目に留まった。

 

(麻雀喫茶?)

 

 看板にそう書かれているのでそうなのであろう。その名前通り、ティータイムを楽しみながら麻雀が出来るそうだ。もちろんノーレート。

 このご時世ならではらしく、意外と需要もありそれなりに繁盛しているらしい。まだお昼前なので混雑しているわけではないが、さすがに女子高生の姿は見受けられない。しかし年齢制限があるわけではなさそうだ。

 

(……こんなところに女子高生がいたら、目立って噂とか流れるかも?)

 

 それで運が良ければ父が見つけてくれるかもしれない。自身で探すことを諦めた咲だが、あの優しい父はきっと今も必死で咲を探しているはず。

 少し罪悪感もあったが、無闇矢鱈に動き回るよりは堅実だろう。そう思った咲はその麻雀喫茶に入ることにした。

 

「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」

「はい。もしかして4人でないとダメですか?」

「そんなことはありませんよ。こちらではお一人様でしたら随時空いている席にご案内して、4人揃ったらご自由に打ってもらうということになっております」

「そうですか。ならそれでお願いします」

「かしこまりました。ではこちらに」

 

 店員に案内された卓にはすでに3人が座っていた。咲のように若い客はいなく、中年のおじさんや年配の方たちだった。正直、女子高生にこの席を案内する店員はどうかと思わなくもなかったが、こんな喫茶店で良識もマナーもない客などいないだろう。咲も特に文句はなかった。

 

「おっ? こんな若いお嬢ちゃんが来るなんて珍しいな」

「実は色々あって、父とはぐれてしまったんです。それでここにいれば父が見つけてくれるかもしれないと思いまして」

「それは災難だったな。まぁ確かにお嬢ちゃんみたいな子がこんなところにいたら噂になるかもな。きっとお父さんも見つけてくれるさ」

「心配していただきありがとうございます」

「別に礼なんていらないさ。まぁ気に病んでてもしょうがない。人数も揃ったことだし早速打ちますか?」

「はい」

「そうですね」

「では、よろしくお願いします」

 

(和ちゃんがいるわけでもなし。悪目立ちもあれだし、いつものでいいでしょ)

 

 レッツ接待麻雀。

 

 

****

 

 

 半荘二回プラマイゼロで打ち終えて、咲はこんなことを思ってしまった。

 

(もしかして私、雀荘に通うだけで暮らしていけるんじゃ……?)

 

 今対局している人たちが、一般的に見てどの程度かは参考になる比較対象がいないため咲には詳しくは分からない。恐らくでは、決して弱いわけではないだろう。それこそ、普通のベテランという感じだ。

 正直に言ってしまえば、この程度の人たち相手なら百回やって百回勝てると咲は思っている。そして、一般的な雀荘に通う人たちはこのぐらいの実力だろう。

 何より咲には点数調整が出来る。最初はプラマイゼロ、もしくは少し負けて相手を気分に乗せる。そして賭け金を吊り上げて気分を上げて色々上げて最後に堕とす。なんてえげつないことをすれば、ある程度のお金なんて一瞬で手にはいるはずだ。

 さすがにこんなことを繰り返していたら出禁間違いなしだが、そこらへんの加減が出来るのが咲。

 まぁ裏レートで「御無礼、ロンです」とかなるとシャレにならないが。

 だが普通に暮らしていくぶんには咲の実力なら簡単だろう。コンスタントに一日一万くらいなら稼げるはずである。これを一ヶ月したとすると月30万。年なら360万。サラリーマンの初年給より普通に高い。さすがに毎日はしないはずだし、ここまで上手くいくこともないかもしれないが、あり得なくはない。

 更に挑戦するなら、雀荘を巡りながら日本一周なども可能なのでは?

 日雇いならぬ日麻雀で、それこそ流浪人として全国を旅出来るのでは?

 

(……いや、やめよう。これ以上考えるのは。人生生きていくのがバカバカしくなりそうだ)

 

 そんな咲を見たら、いくら温厚な父でも怒るだろう。最悪、自分の育て方が悪かったんだと泣かれるかもしれない。それは見たくない咲は一旦思考を止める。

 

(このルートは封印……いや、最終手段にしよう、うん)

 

 まぁ最終手段に残すあたり咲もアレだった。

 

「咲!」

「あっ! お父さん!」

 

 もう半荘しようかとしてた時、遂に咲は父と合流できた。これでやっと本来の目的が叶いそうだ。

 

「お嬢ちゃんの父親さんかい?」

「はい、おかげで合流出来ました」

「いや、おじさんたちは何もしてないよ。良かったな合流できて」

「はい、それで申し訳ないですが抜けても構いませんか?」

「もちろん構わないよ。キリもいいしこれでお開きでいいですかね?」

「そうですね」

「私も構わないよ」

「だってさ」

「助かります。今日はありがとうございました」

 

 咲は一礼してその店を後にする。

 父も「娘がお世話になりました」と挨拶して出てきた。

 

「全く一時はどうなることかと思ったぞ」

「うぅ〜、ごめんなさい」

 

 本気では怒ってないようだけど、心配をかけたことに変わりないので謝るしかない。咲も好きではぐれたかったわけではないのだが、この恨みは全て東京に向けると決めた。

 

「まぁ、見つかって良かった。それじゃあ、ちょうどお昼時だしどこかで食べてから行くか」

「うん、そうしようか」

 

 

****

 

 

 その後は再び迷子になるなどというミスもなく、無事白糸台高校に辿り着いた。

 

「ここにお姉ちゃんが……?」

「あぁ」

 

 父も訪れるのは初めてなのか少し緊張しているようだ。母と連絡を取り合ってはいるようだが、父も照と会うのは別居以来らしい。

 

「だけどどうしよう? アポとってないから勝手には入れないよ?」

「うーんそうだな……。校門のところにいる警備員さんに事情を話せば大丈夫なんじゃないか?」

「それしかなさそうだね。それじゃあ行ってみようか」

 

(これでやっとお姉ちゃんと会える。……でも、この後の展開はお姉ちゃん次第かな?)

 

 正直どうなるかは予想できないが、ここまで来て後戻りなどありえない。

 でもきっとなんとかなると思っている。照は自身でも言っているように不器用な面も多いが、優しいということだけは知っている。ここまで会いに来た妹を無碍にはしないだろう。

 

(なんとかなるさー!)

 

 心の中で無理やりテンションを上げ、咲は照に会うための最後の一歩を踏み出した。




なんもかんも東京が悪い

………………違いますね、私が悪いですね
ごめんなさいm(_ _)m

次回は本当に突撃します!
照がお姉ちゃんする予定です!


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2-3

今回は説明が若干多いです

菫は苦労人ですね。間違いありません(笑)


 白糸台高校。

 高校麻雀界において知らない者はいない、激戦区である西東京地区二年連続インターハイ代表、そして全国大会二連覇中の超強豪校だ。今年は史上初の三連覇がかかっている。

 

 本日も白糸台高校麻雀部の部員は練習に励んでいた。

 超強豪校に相応しく部員数も相当だ。そのため部室や練習場も広く、多くの雀卓が用意されてあるのだがそれでも全員が打てるほどではないのだから驚きである。

 聞こえてくるのは牌を打つ音や鳴きの声。卓に着いていないものは迷惑をかけなければ一応自由なのだが、大体の者は対局を観戦したりデータを見直したりしている。部全体の雰囲気として熱気に満ち溢れていた。

 もちろんこれはインターハイの代表を決めるためなので当然なのだが、白糸台高校の代表選考は少し特殊だ。

 ここでは単純に成績上位トップ5が代表になるわけではない。部内に複数のチームが既に用意してあり、そのチームで対抗試合を行って勝ったチームが代表となるのだ。これら各チームにはそれぞれ違ったコンセプトがあり、かなり偏ったチーム構成になっている。そのためこの選考方法には色々賛否両論があるのだが、これが白糸台高校麻雀部の伝統なので変わることはないだろう。

 そしてこのチームの中で代表間違いなしといわれているチームがあった。そのチームのコンセプトは超攻撃特化型。『チーム虎姫』と呼ばれており、白糸台高校麻雀部歴史上最強のチームと呼び声も高い。その最たる理由は、圧倒的エースの存在であった。

 

 部員の皆がそれぞれ熱心に取り組んでいる中、自由時間の際に窓辺で本を読んでいる少女がいた。その少女は髪が角のようにとんがっていて、見た目はクールビューティという形容詞が似合う少女であった。

 彼女の名前は宮永照。彼女こそが先に述べた白糸台高校のエースであり、宮永咲の実の姉である。

 

「相変わらず読書が好きだなお前は。お菓子を食っていないだけマシか」

「ん? 菫」

 

 声を掛けてきたのは藍色のロングヘアーを持つ、照以上にクールな雰囲気も持つ少女。

 彼女の名前は弘世菫。

 『チーム虎姫』の一員で、白糸台高校麻雀部の部長であり実質ここのトップである。実力的には照が他を圧倒しているが、リーダーシップという面では菫が一番だった。また、部長に選ばれるだけの実力も兼ね備えている。

 

「監督との話し合いは終わったの?」

「いや、監督が呼び出されて詳しくは決められなかった。だが例年通り、合宿で代表チームを決めることになりそうだ」

「そう。他には何かあった?」

「特にはないな。ところで、淡のやつはまだきてないのか?」

「うん」

「全くあいつは……」

 

 呆れたようにため息を吐く。菫がそうなるのも無理はなかった。

 菫が言っているのは麻雀部員の一人であり、自分たちのチームの一員である少女のこと。

 名前は、大星淡。

 今年高校に入学したばかりの一年生なのだが、入部初日から他を圧倒する強さを持っていて、一年生ながらにして『チーム虎姫』に加わることを許された期待の新星である。

 正直、一年生にして部活を遅刻するなど言語道断なのだが、実力主義な一面があるここでは淡の態度に強く出られる者が少ない。また、淡自身も自分より弱いと思っている相手の言うことをほとんど聞かない。良くも悪くもフランクで、基本はアホの子だから大きな問題にはなっていないが、不満を持っている部員も少なくない。唯一淡が実力で完璧に劣る照の言うことなら大体なんでも聞くのだが、照はあまりそういうことに頓着しないため野放しにされていた。

 菫はため息をついていたが、今更自分でどうこうする気にはなれなかった。ただでさえ菫は忙しい身なのだ。問題児のお世話など見ていられない。それこそ、照一人で手一杯なのだ。

 

 それからしばらくして、遅れて監督が練習場にやって来た。

 

「「「「「こんにちはっ‼」」」」」

 

 対局している者も一時中断し、運動部顔負けの挨拶が交わされる。白糸台高校で一番厳しいのは挨拶かもしれない。監督はそんな部員に挨拶を返し満足気に見渡した後、用がある部員に呼びかけた。

 

「宮永さん、少しいいかしら?」

「はい、なんでしょうか?」

 

 呼ばれた照は本を畳み、監督の元へと歩く。

 立場上こうした呼び出しが多い照は何用だろうかと勘ぐるが、生憎と心当たりがない。なのでそれほど大した用事ではないだろうとおもっていたのだが、どうにも監督の様子がおかしい。なんというか、なんとも微妙な表情をしていた。

 

「それがですね……。応接室にあなたを訪ねに来た人たちがいるのだけれど」

「今日はそのような約束は承っておりませんが?」

「えぇ、それなんだけど……」

 

 一瞬言い淀んで監督は続けた。

 

「なんでも、あなたの父親さんと妹さんだと言う話しなのよ」

「…………えっ?」

 

 監督は半信半疑の様子だが、照の反応は劇的だった。

 普段目上の人や公の場に姿を出すときは、菫ですら引くほどの猫かぶりようなのに、今は驚きの表情が隠せていない。遠目から見ていた菫もただごとじゃないと思い近寄って来る。

 

「……その、妹はなんて名前でしたか?」

「名前は確か、宮永咲さんと言っていたけど……」

 

(──咲っ!)

 

「えっ⁉ み、宮永さん⁉」

 

 照はそれを聞いた瞬間に駆け出していた。

 そんな照を見て練習場にいるものは一人残らず驚きを露わにしていた。今まであんな照は見たことなかったから当然である。普段は無表情で無愛想がデフォルトな照が、駆け出すなどあり得ないことだった。

 

「ひ、弘世さん! 弘世さんもついて来てください!」

「わ、分かりました! 皆はそのまま練習に励んでくれ!」

 

 そう言い残して監督と菫も照を追い掛ける。

 残された部員たちはしばらくの間身動きをとることが出来なかった。

 

 

****

 

 

「ねぇ、お父さん? 私たち、もしかしなくても不審者扱いじゃない? 警察をすぐに呼ばれなかっただけよかったけど、完璧に得体の知れない人たち扱いだよ?」

「まぁ、そうだな。実際得体の知れない部分は間違ってないんだからな」

 

 一方そのころ、応接室に招かれた咲と父はのんきにそんな会話をしていた。

 警備員に話した時はほとんど信じられていなかったが、内容が内容なのでここに招き入れられ、麻雀部の監督さんと少し話して、「宮永さんを呼んできます」となって今ココ。

 疑われるのも無理はないだろう。

 第一に、事前に来るなど言っていない。

 第二に、なぜ家族がわざわざ高校に訪れるのか、である。

 その辺は掻い摘んで説明したが、半信半疑という様子なのが目に見えて分かった。

 

「まぁ、照が来てくれれば俺たちの疑いも晴れるだろう」

「もし来なかったら私たち、かなりピンチだけどね」

 

 さすがにそんなことはないと思うが、とりあえず照が来ないことには状況が動かないことは確実。そのため二人とも適当に時間を潰していた。と言っても、やることなど持参してきた本を読むことくらいだ。このような状況でも全く動じない咲は、やはり肝っ玉が太いと言えるだろう。

 

 5分程度の時間経ったそのとき、突然部屋の扉が開け放たれた。

 

「はぁ……はぁ……。……ふぅ」

 

 余程急いで来たのかそこには息を切らした照の姿があり、咲たち、正確には咲を見て目を丸くしている。

 

「あっ! お姉ちゃん来たよお父さん!」

「あぁ、これで大丈夫そうだな」

 

 咲たちは咲たちで照の驚愕に頓着することなく、とりあえず自身の無事を得て安心していた。

 照にはそんな会話は聞こえておらず、今は咲の姿しか目に映っていない。

 咲の元に照が歩み寄る。

 ゆっくりとしたその足取りは微かに震え、緊張していることが伺えた。対する咲も、どんな表情をすればいいのか分からず、曖昧な笑顔を浮かべていた。

 

「咲……」

「……お姉ちゃん、久しぶわっぷ⁉」

「咲! 咲!」

 

 なんて言おうか迷っていて、とりあえず無難に挨拶を交わそうとした咲だったが、途中で思いっきり照に抱きしめられた。

 これはさすがに予想外で、久しぶりに姉の温もりを感じて嬉しかったが、それよりも驚きが優ってた。背丈が小さい咲は、照の胸の中にいる状態なので上手く息が吸えない。

 

「お、お姉ちゃん……苦しいよ」

「あっ! ごめんね咲、大丈夫?」

「うん……。改めて久しぶりだね、お姉ちゃん!」

「うん、久しぶりだね咲!」

 

 予想外の展開ではあったが、かなり都合のいい展開であった。まさかこんなに素直に再会できるとは。それだけ、照の咲に対する想いが強かったのだろう。

 

(これだったらわざわざ会いに来なくてもなんとかなったかも。まぁ結果オーライということで)

 

「照、久しぶりだね」

「うん、お父さんも久しぶりだね。それにしても、どうして二人がここに?」

「あぁ、それは咲が照に会いたいって言い出してな」

「そう、咲が……」

 

 それを聞いた照は浮かない顔をしていた。

 

「ごめんね、咲。本来なら私から行かなくちゃいけなかったのに。あんなことになったのは咲のせいじゃなかったのに。でも、勇気が出なくて……」

「ううん、大丈夫だよお姉ちゃん。それに、私もお姉ちゃんには嫌われてると思ってたから」

「そんなことない! 私は咲のことを嫌ってなんていない!」

「うん、それが分かったから会いに来る決心がついたんだよ」

 

 そう言って取り出したのは、先日父から渡された雑誌。

 

「あっ……それは」

 

 これで何故咲が会いに来る決心がついたのか分かったのであろう。

 照としては、あのインタビューは今思うとかなりの黒歴史なので苦い顔をしているが、世に出回ってしまっているのでもう手遅れ。でもそのおかげで咲と会えたのだからまさにプラマイゼロというところだ。

 

「うん、お姉ちゃんが載ってる雑誌。他にもお父さんがいっぱい持っててね。すごいんだよお父さん! 姉ちゃんが載ってる雑誌全部持ってて、写真切り抜いてアルバムとかにしてるんだよ!」

「も、もう! お父さん!」

 

 すごく家族家族していた。

 どこからどう見ても仲良し家族だった。

 ──だが、それを追いついて後ろから見ていた監督と菫は絶句していた。

 空いた口がふさがらないとか、鳩が豆鉄砲食らったような顔とはこのことだ。それほどまでにこの光景は目を疑うものがあり、そして二人とも照に対して思っていることは同じで、

 

((………………あれ、誰だ? 私はあんなやつ知らないぞ………))

 

という身も蓋もないひどい感想だった。

 

「……あ、あの宮永さん?」

「あっ、監督」

 

 その空気の中突っ込んでいったのは監督だった。若干の勇気がいる行動だったが、そのまま放っておくと収拾がつかなそうだったので声をかけた次第である。

 

「そちらのお二方は本当にご家族だったの?」

「はい! 父と妹です!」

「……そ、そう」

 

 今までお目に掛かったことのない天然スマイル。思わず引き攣ってしまい、もう何も言えなかった。

 こんなテンションの高い照をどう扱えばいいのか分からない。監督はすごすごと引き下がったが、

 

「お姉ちゃん、監督さんと一緒にいる人は?」

 

 次は菫にお鉢が回ってきた。

 

「この人は弘世菫。私の友達で麻雀部の部長だよ」

「そうなんだ。はじめまして、菫さん。姉がいつもお世話になってます。妹の宮永咲です」

「あ、あぁよろしく。弘世菫だ。こちらこそ照にはお世話になっているよ。咲ちゃんでいいかな?」

「はい」

 

 なんとか会話をつなげることが出来たために少し余裕が出てきた。

 そこで菫は咲を改めて観察する。

 

(この娘が照の妹。確かにあの角の部分の髪型はそっくりだな。照とは違ってクールというよりかわいいという感じだが。……それで昔照より強かったと)

 

 先ほどの会話を聞いていた限り、咲がインタビューで言っていた子に間違いないだろう。正直全く強そうには見えないのだが。

 

「それで咲? この後は何か予定はあるの?」

「特に何も決めてないよ。お姉ちゃんに会うためだけに東京に来たようなものだし」

「そう……。じゃあどうしようか? 私もまだ部活中だし」

「あっ、それなら」

 

 とそこで、監督が復活した。

 

「妹さんさえ良ければ、うちの見学していかない? 実際に打ってもらっても構わないから」

「えっ? いいんですか?」

「えぇ、大丈夫よ。麻雀部監督って結構権力あるのよ?」

 

(宮永さんより強かったという実力、一度見てみたいしね)

 

 監督にも思惑があり、それ以上に興味があった。照より強いなんて、それこそ尋常ではない。

 それが意味するのはつまり、高校生最強である。照の持つその称号は伊達ではない。プロ雀士相手でも匹敵するその実力は、並大抵の強さではないのだ。確かめないわけにはいかない。

 咲にとっても、この展開を断る理由はなかった。

 

「では、お邪魔します。お父さんはどうする?」

「お父さんは一回お母さんに会いに行くよ。また後で迎えに来ればいいか?」

「うん、じゃあそれでお願い」

 

 話しがまとまった一行は、麻雀部へと向かうのであった。

 

 

****

 

 

(うわー人数多っ! 軽く100人くらいいるんじゃないの? さすが強豪校、清澄とは大違いだね)

 

 麻雀部の練習場にきてまず思ったのはそんなこと。まぁ白糸台と清澄では月とすっぽんであり雲泥の差。比べる対象自体が間違っている。

 咲は部員たちからは注目の的だった。ただでさえ部外者なのに、側にいるのは照に菫に監督というメンバーなのだからより一層に視線の的となっていた。

 

「皆、少しいいかしら?」

 

 そう監督に言われて皆姿勢を正す。

 

「ちょっと色々あって、急遽今日この娘がうちを見学することになりました。じゃあ自己紹介をお願い出来るかな?」

「はい」

 

 咲は一歩前に出る。

 そこで咲は、ちょっとした悪戯心が出てきた。

 

(強豪校だし、強い人も多いのかな? だとするとある程度のプレッシャーに耐える人も多いはず。後々のために全国レベルがどのくらいの実力なのかも気になるし。それにお姉ちゃんの妹として自己紹介するなら、お姉ちゃんの顔に泥を塗るわけにもいかない)

 

 本音と建前も用意できた咲は、息を吸い込み笑みを浮かべる。但し、見た目通りの自己紹介をする気は毛頭ない。気分はそう、手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けるヤンキーのような感じ。

 オーラの出し方は、中学生の頃から自由自在なのだ。

 

(とりあえず子供の頃のお姉ちゃんくらいで……)

 

「はじめまして、宮永照の妹の宮永咲です。よろしくお願いします」

 

(──喰らえ)

 

 ──ゴ ッ !

 

「「「「ッ‼⁉」」」」

 

 帰ってきた反応は大別すると三つ。

 口元に手を寄せたり、顔面蒼白にしたりと、要するに怯えているのがほとんど。

 目を大きく見開いて冷や汗を流すにとどめているのが少数。

 まるで動揺せず、表情を動かさなかったのは照くらいだった。

 

(……なるほど、こんなものか)

 

「こらっ、咲!」

「ご、ごめんなさいっ、お姉ちゃん。つい出来心で……」

 

 出来心でそんなことされた部員たちはたまったものではない。照が叱ったことでプレッシャーは消えたが、一瞬にして目の前にいるこの少女が格別に強いことが把握できてしまった。

 加えて、正真正銘あの宮永照の妹だということも。

 

(全く、姉妹揃って恐ろしいな。さてこの後どうするか……)

 

 この固まった空気をどうするか考えていた菫だったが、それは第三者の登場により破壊された。

 

「すいませーん、遅れましたー!」

 

 扉を開けて現れたのは金髪、ロングヘアーのどこか日本人離れした風貌の少女。纏う気配は強者のそれで、とぼけた表情の中には鋭く光る瞳が見える。

 面白そうな存在の到来に咲は笑みを深めるが、その少女は見たことのない咲を見て首を傾げた。

 

「んー? 誰その娘?」

 

 これが後に『清澄の嶺上使い』と『宮永照の後継者』と云われる、宮永咲と大星淡の初邂逅であった。




原作でも咲と照が仲良くなってほしいです


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2-4

色々と展開かんがえたんですが、これが自然かつ咲さんの魔王ぶりが発揮されるかなと

言い訳はあとがきにするのでとりあえずどうぞ


(何故だろう……? この大星さん、さっきから私に対して敵意むき出しなんだけど……)

 

 最初は見知らぬ咲に対して興味津々な態度だったのだが、照が妹だと紹介したら少し顔をしかめ、照と咲が楽しそうに会話をしていくほどにその態度が露骨になっていき、最終的にはまるで仇を見るような目で咲に敵意を向けてきた。

 どうやら、私不機嫌ですオーラが可視化されるくらいご機嫌斜めのようだ。

 咲としては心当たりが全くない。

 淡とは、間違いなく今日が初対面である。幼いころ会った記憶もないし、そもそも東京に来るのが人生初。つまり、淡は現在進行形の咲を見てこうなっているのだ。

 

(うーーーん……。私、何かしたかな?)

 

 

****

 

 

 淡は虫の居所がかなり悪かった。

 それはもう、無意識のうちに周りにオーラを撒き散らすくらいには。

 

(なんなのよあいつ! テルとあんな仲良さそうにして……)

 

 淡にとって照は憧れの存在だ。

 淡は白糸台に入るまでは、麻雀においてろくに負けたことがなかった。同年代では勝負になる相手などいなく、年上やアマチュアレベル相手でも、最初は手こずったとしても数回やれば完勝。

 本当の強者と対局してこなかったその環境は、自然と淡を増長させた。

 自信過剰で、周りは全て取るに足らない相手として見下すのは当たり前。

 今でもそれは抜けていないが、昔はもっとひどかったのだ。

 監督に勧誘されたため白糸台に入学したが、最初は全く期待などしていなかった。確かに白糸台は強豪校だが、所詮学生レベル。年上といっても最大で二つしか違わない。そんな相手に負けるなど微塵も思っていなかった。

 だが、そこで出会ったのが照だった。

 照の強さは圧倒的であった。何度対局してもまともに勝てたことがない。

 それ程までの強さを誇るのに、照は淡のように周りを見下すなどの態度はなく、ただただ麻雀に真摯であった。なぜ照は淡のように不貞腐れてないのか分からないが、淡は単純にすごいと思っていた。

 この人となら、麻雀を楽しく打てる。

 この人は、私を一人にしない。

 宿敵(ライバル)や心を置いた仲間がいなかった淡がそう確信するのは当然で、照に懐くのにはそう時間はかからなかった。

 自由時間が出来た際には常に照の側にいるようになった。そんな淡に対して、照はいつも通りの無表情ではあったが邪険に扱うことはなく、淡はそれだけで十分嬉しかった。

 同学年の部員に親しい友人は出来なかったが、淡は全然気にしておらず、むしろ自分より弱い相手と積極的に仲良くなろうなんて気は最初から存在していない。

 簡単に言ってしまうと、淡は照がいるから麻雀部にいるようなもの。照と対局するときはもちろん全力だが、他の部員と対局するときは全くやる気がなく、『チーム虎姫』のメンバーとはそれなりに真面目にしていたが本気は出していない状態。それでも勝ててしまうくらい淡は強かった。

 照や淡が扱える場の支配というのは、それほどまでに強力なものなのだ。

 そして今日、いつも通りに遅刻して来たところにいたのが咲。

 照の妹というのはそこまで気にしていなかった。

 淡が気に食わなかったのは、それをとても嬉しそうに紹介する照の姿そのものだ。

 

(私と話すときは、あんな風に笑ったことないのに!)

 

 そこらへんは部員全員が思っていたが、淡は人一倍に気になる。

 要は咲に嫉妬していたのだ。

 

「あの菫さん? 少しいいですか?」

「ん? なんだい咲ちゃん?」

 

 そのとき咲が菫を呼び、照から離れていくのが見えた。

 淡としては照と話したかったので、これ幸いと照に話しかける。

 

「テルー」

「淡、どうしたの?」

 

 再び無表情に戻ってしまった照になぜか無性に悲しくなったが、一々そんなこと気にしていられない。

 

「テルに妹なんていたんだね。全然知らなかったよ」

「言ってなかったからね。それにずっと離れて暮らしてたから」

「ふーん」

 

 自分から振ったのだが、妹の話しをする照はどこか表情が柔らかい。

 

(気に入らない、気に入らない、気に入らない!)

 

 それすらも淡の苛立ちを促進させた。

 このストレスを解消するのだったら何をしても構わない気分だった。それこそ相手を壊してでも。

 淡にとって、そんな方法は一つしかない。

 

(──潰してやる)

 

「それでテルー? 私気になったんだけど、やっぱりテルの妹も麻雀強いの?」

 

 きっかけ作りとしてこの話題を切り出した。

 圧倒的実力を持って咲を叩き潰す。

 今の淡にはこれしか頭になかった。照の妹なのだからそれ相応の強さなのかもしれないが、自分に勝てるなどとは砂粒ほども思っていない。

 完膚なきまでに粉砕して、照の前で恥をかかせる。

 そんな都合の良い未来しか想像していなかった。

 だから表面上は人懐っこい笑顔で、照に対して咲の実力を問いた。

 もしかしたら姉バカを発揮して自慢でもするかとも思っていたが、予想に反して照の反応ははっきりとはしない。どうにも、何かを言いあぐねているように見える。

 散々迷った様子のあと、淡にとって都合がいいもの応えが返ってきた。

 

「……実際に対局してみれば分かる」

「そう? じゃあ私対局したいんだけどいいかな?」

「構わないよ」

 

(……叩き潰してやるんだから)

 

 照は気づかなかったが、その時の淡は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

****

 

 

「それで咲ちゃん、どうしたんだ? わざわざ照から離れるようにして……」

「はい、その実は……」

 

 なるべく自然を装おったつもりだったが、菫にはバレバレのようだった。咲がそうした理由は簡単で、今から知りたいことは照には聞いても分からないと思ったのと、なんとなく照から離れた方がいいと思ったからである。

 

「あの大星さん? でしたっけ。あの娘からとんでもない敵意を感じるんですが、何でか分かります?」

「……あー、それか。やっぱり気のせいじゃなかったか」

「はい、私も露骨すぎて驚いています」

 

 菫もどうやら淡の様子に気づいていたようだ。よく周りを見ているとも思うが、近くにいれば自然と分かるものだろう。それほどまでに淡から感じるオーラは刺々しかった。

 

「これはおそらくなんだが、多分咲ちゃんに嫉妬してるのだと思う」

「嫉妬ですか?」

「……あぁ。淡はかなり照に懐いていてな。でも照は基本無表情で無愛想。なのに今日、私も驚いているのだが、咲ちゃんと話している照はまるで人が変わったように表情豊かなんだ。多分それが気に食わなかったんだろう」

「……言っては何ですが、それ、おもちゃを取り上げられた子供となんら変わりないですよ?」

「咲ちゃんの言う通りだな。私が言っても仕方ないがすまない。不愉快な気持ちにさせてしまって」

「まぁ大丈夫ですが……」

「ねぇーそこの二人ー!」

 

 咲と菫は声の方に振り向くと、淡がこちらを見て呼びかけている。微妙にいい笑顔なのがまた不気味だ。

 

「もしかしなくても私たちですよね?」

「……あぁ、多分そうだな」

「面倒事になる未来しか見えないんですが?」

「……本当に申し訳ない」

 

 菫が謝るのも無理はない。菫にもそう思えたのだ。

 仕方なく淡と照の側まで行き話しを聞く。

 内容は咲がどのくらい強いのか興味があるから対局しよう、というものだった。提案自体は案外普通に思えるが、淡からのオーラは益々と黒々しくなっていくのが分かる。余程咲を叩き潰したいのだろう。殺る気がすごい。

 

(ほら見たことか)

 

 咲は予想通り過ぎる展開にため息をつきたい気分だったが、ここで断る選択肢はない。というより何としてでも対局するつもりなのが分かる。

 それに監督も結構乗り気だった。咲の実力を測るのに淡は適任だと判断したのだろう。

 逃げ道は用意されていないようだ。

 

「私は構いませんよ」

「じゃああと二人だね。誰がいいかな〜?」

「それなら誠子と尭深がいいんじゃないか?」

「そうだね、じゃあ今呼んで来るからー」

 

 そう言って淡はどこかへと行ってしまった。

 さりげなく自分を逃がした菫を、咲はちょっとジト目になって見る。

 

「菫さん、見事に押し付けましたね」

「そんな目で見ないでくれ。悪いとは思っているよ。でも正直私も咲ちゃんの実力に興味があるんだ」

「まぁ、いいですけどね」

「それとこれは個人的なお願いになるんだが……」

「なんですか?」

 

 少しの躊躇いとともに発せられた内容は、思わず疑問の声を上げてしまうものだった。

 

「あぁ、出来るならでいいんだが、一回淡を懲らしめてくれないか?」

「……は?」

 

 思わず素が出てしまった。

 それくらいに菫の言っていることがよく理解出来なかった。普通に考えたら、間違ってもチームメイトに対して言う台詞ではなかったからである。

 

「変なことを言っているのは分かる。だが理由があるんだ」

「それは聞いてもいいんですか?」

「あぁ」

 

 菫が言うには、淡の日々の部活への態度は怠慢極まりないものらしい。

 今日のように遅刻するなど当たり前で、対局の際もやる気が感じられないなどなど。

 これに不満を持っている部員も多いし、何より規律というものが淡にだけないとなると、特別扱いしてるようで後々問題になる可能性が大きい。なんとかしたいのだが、淡は基本周りを見下しているから照の言うこと以外聞かない。照は照で色々と役に立たない。

 そのため、同学年である咲に負けでもしたら効果があるのではないか? ということらしい。

 

「なるほどです。別に私は問題ないですよ。それより本当に懲らしめていいんですか? あの手のタイプは一度折れると立ち上がれなくなると思うんですが?」

「多分大丈夫だと思うが、その時はその時で考えるさ」

 

 平然と問題ないと答える咲に菫は少し驚く。まだ対局すらしていない相手にも関わらずどうしてそんなことが言えるのかと。

 だが、

 

「分かりました。……要はプライドを傷つければいいんですね?」

「ッ!!?」

 

 咲の威圧感が急激に増した。自己紹介時とは比較にもならないオーラが迸っている。

 先ほどまでの可愛げな少女はなりを潜め、今ではもう臨戦態勢に入っている。それは照や淡である程度慣れている菫ですら、鳥肌が立つのを抑えられないものほどであった。

 

(……これは想像以上だ)

 

 新たに現れた人外に若干恐れ戦く菫。

 この魔物は出来れば敵に回したくない。

 

 一方咲は咲で、淡をどう調理してあげようか一考する。

 

(まだ直接打ってないから詳しくは分からないけど、見た感じ私やお姉ちゃん程ではないはず。返り討ちにしてもいいけど、それよりもやっぱりアレの方がいいかな?)

 

「お姉ちゃん、アレ使っても怒らない?」

「大丈夫、咲が好きなように打っていいよ」

「分かった。菫さん、今考えている方法だと他の二人にも少なくないダメージを与える可能性がありますが、構いませんか?」

「……仕方ないか。二人には一応対局が始まる前に意図を伝えておく。だから咲ちゃんが出来る方法で頼む」

 

 懸念だった照の許可と菫の許可ももらえた。

 これで躊躇う理由は何もない。咲もやるなら本気でやる。

 これからやるのは咲の最強の技だ。ある意味で負ける気がしないし、負けるつもりも毛頭ない。

 

(それにいくら私でも、あそこまで敵意むき出しだと腹立つしね)

 

「呼んで来たよー」

 

 淡が対局相手である二人を連れて戻ってきた。

 一人はボブヘアーで眼鏡をかけた少女で、名前は渋谷尭深。もう一人はボーイッシュな感じの少女で、亦野誠子と言うらしい。二人とも『チーム虎姫』のメンバーで、かなりの実力者のようだ。

 

「急に呼びだしたと思ったら、今から対局するのか?」

「はい。この四人で」

「あ⁉ 君は……」

「はじめまして、先ほどご挨拶した宮永咲です。今日はよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそよろしく。私は二年の亦野誠子だ」

「同じく二年の渋谷尭深です」

「誠子さんに尭深さんですね。私のことはお姉ちゃんと混ざるので名前で呼んで下さい」

「あっ、私のことは淡でいいよ。私もサキって呼ぶから」

「分かった。よろしくね淡ちゃん」

 

 互いに自己紹介を終え、準備が完了した。

 各人やる気十分。一人漢字自体が違うが、いざ始まればあとは力がものをいうセカイ。それは全員が自覚している。

 

(今日という日がトラウマになるくらい、徹底的に叩き潰してやるんだから!)

(さぁて、全国最強の白糸台。お手並み拝見だね)

 

 若干二名ほどが暗い笑みを浮かべているが、照と菫などが見守る中、咲の白糸台に来てはじめての対局が始まった。




言い訳タイムです

まず、淡の過去はよく分からなかったので適当にでっち上げました。
そして菫がこのように言ったのはまぁ本編に書いてある通りです。いや、アニメ見て思ったんですよ。会見終了後のあのマフィ…、ヤク…、みたいな規律で先輩にタメ口はどうかと。
このあとは淡の扱いがその……まぁ、うん。そんな感じになると思います。淡ファンには大変申し訳ないかもしれません。あくまで予定なので。魔王咲さんが降臨なされるかも。
次回はオーラとか能力とかオーラとか能力とかすごく使うと思いますが、今更ですかね(笑)


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2-5

(………なんというか、能力者しかいないな。すごく面倒い)

 

 対局が始まって、ある程度経ってから咲が最初に思ったことはそれだった。

 揃いも揃って特異な打ち手しかいない。白糸台が強豪である証拠とも言えるだろう。

 和ならそんなものはただの偶然で済ませるだろうが、咲はそうは思わない。

 何故なら、咲自体が麻雀においてはファンタジーの塊とも言えるからである。

 最近の麻雀は、運や勝負強さなどでは片付けることの出来ないことが多すぎるのだ。咲の嶺上開花や、照の連続和了がその最たる例である。

 

(最初からオーラ全開の淡ちゃんは、初っ端からダブリーの嵐。しかも配牌が悪くなるというセット付き。ツモが悪くなるわけじゃないし、淡ちゃんの場の支配もそこまでではないからどうにでもなるけど、面倒なことに変わりない。……まぁ、淡ちゃんは能力に頼りすぎだね)

 

 ここまで能力者が集まると、咲も嶺上開花を使わざるを得ないかもしれない。手加減して目標が達成出来るほど、甘い相手ではなさそうだ。なるべく使わないつもりだが。

 

(誠子さんは鳴きが武器なのかな? ただ攻撃に意識を割きすぎて防御がおろそかだから、調整には困らないはず。唯一の懸念は飛ばさないように注意することくらいかな?)

 

 持ち前の観察眼を活かして対局相手の打ち筋を理解していく。これがないと初見相手に点数調整なんて不可能である。

 咲はいとも簡単にプラマイゼロを達成しているように見えるが、この技術は神懸かり的な読みと場の支配がなければ到底成り立たないのだ。

 

(そして尭深さん。点数調整する上で、この人がなんか一番怖い。まだ分からないけど、各局の一打目だけ異様なオーラを纏ってる。今はそれだけで、それ以外は別にどうってことないけど)

 

 咲は観察眼が鋭いだけで、このような特異な打ち手との対局で一瞬にして相手の能力が分かるわけではない。その点で咲は照を下回っている。

 照には通称『照魔鏡』と呼ばれる力がある。

 一局を犠牲にして、対局相手の本質を見抜くことができるというものだ。本質を見抜くため相手の打ち筋はもちろん、能力なども一瞬で分かる。照もこれがあるから連続和了を比較的容易くできるのかもしれない。元々の場の支配が強いからでもあるが。

 

(それにしてもやりにくいのは、全員が攻撃特化型ってとこだよね……。放銃のやり合いは疲れるから嫌なんだけど……。淡ちゃんに至ってはバズーカみたいなものだし)

 

 一通り観察し終えた。

 あとは上手く調整するだけ。

 こんな濃い面子で打つのは初めてだったが、不思議とそこは心配していない。

 

(まぁ、なんとかなるでしょ)

 

 対局は南場へと突入していった。

 

 

****

 

 

「あんなこと頼んだが、咲ちゃんは本当に淡に勝てるのか?」

 

 見守るような気持ちで観戦していた菫だったが、南場に

突入して咲に大した動きがないことから、気付けば照にそう尋ねていた。

 菫は淡の実力を知っている。

 その力は他を圧倒できる力で、ただの打ち手には到底太刀打ち出来ないものだ。咲は昔、照より強かったというのを見込んで頼んだのだが、正直淡が負けるところなどそう簡単に見られるとは思っていない。むしろ咲が負けないかと冷や冷やもしていた。

 菫の複雑な心情などは知らない照は、対局から目を逸らすことなく菫の質問に答える。

 

「この対局では、咲は“勝た”ない。これは絶対」

「は?」

 

 照の答えは要領を得ていない。

 菫がその言い方に疑問を覚えるのは当然だろう。

 

「“勝た”ない? “勝て”ないんじゃなくてか?」

「そう」

「……どういう意味なんだ?」

「見てれば分かる」

 

 改めて対局を見てみるが、菫には咲が極めて強いという風には見えない。

 あの淡相手に何事もなく立ち回っている点は驚嘆に値するし、何かこの対局には違和感を感じる点もあるが、それでも勝っているわけではない。

 はっきり言って、照が何を言いたいのか全く分からない。

 

「菫は私のあのインタビューの話知ってる?」

「あぁ、知ってるぞ。滅多に知れないお前の過去が分かると聞いて、店に買いに行ったのをよく覚えている」

 

 今度は照が菫に話しかけた。さすがにあれだけでは分からないと判断したのだろう。

 菫の答えに、照は自らの黒歴史が見られてるということで微妙に顔をしかめていた。こんな風に表情を変える照も珍しいのだが、今日に限ってはもう驚くことではない。

 

「実は、あの話しには続きがある」

「続き?」

「うん」

 

 会話をしているうちにも対局は進んでいく。

 その間に、菫は雑誌に書かれていた内容を思い出していた。

 

「確か、咲ちゃんがわざと負けたりしたとは書いてあったな」

「そう、その続き」

「……一体それはなんなんだ?」

 

 菫にはこの話しの続きが読めなかった。

 勝ちすぎて相手の気分がよくなくなるのは理解できる。

 それでわざと負ければいいと考えるのも不思議なことではない。

 だからこそ分からない。

 この状況は、勝っても負けてもダメということだ。麻雀という勝負事においてこれ以上何があるのか。

 

「咲はね、勝っても負けても怒られる。だから勝ちも負けもしないようになった」

「……どういう意味だ?」

「……少し話を変えるけど、菫は対局前に「この対局は何点で終わらせる」って決めたとして、ちゃんとその点数で終わらせることができると思う?」

「……意味はよく分からないが、まず不可能だろうな。麻雀はそこまで簡単ではない。麻雀のセオリーだけ持った格下相手だったら、運が良ければ出来るかもしれないが、それでも十回に一回出来たら大したものだろう」

 

 急な例え話の意図が読めなかった菫だが、自身の意見を素直に答えた。そんなこと今まで考えたこともないが、普通は出来ないだろう。そんなことが意識的に出来るのなら、負けることなどまずないのだから。

 

「そう、普通は出来ない。私もそんなこと出来ない。だけど──」

 

 一度言葉を切る照。

 その瞳は、鋭く光っていた。

 

「その点咲は普通じゃない」

 

 対局はいよいよ大詰めというところまで来ていた。

 淡がダントツで、咲の逆転ははっきり言って不可能に近い。

 だがこの時の菫はまだ知らなかった。

 第一に、咲に勝つ気すらなかったこと。

 第二に、咲が何を狙っているのかを。

 

「咲はね、勝っても負けてもダメという状況が続いた後、気付いたらプラマイゼロで対局を終わらせるようになっていた」

「プラマイゼロ?」

「そう、プラマイゼロ。勝ちも負けもしない唯一の手段。この対局でもそれをするはず」

「そんなことが可能なのか?」

 

 にわかには信じられなかった。

 それはいくらなんでも非常識過ぎるだろう。つまりそれは、点数を自由自在に操れるということと同義だからだ。

 

「私も小さいころ何回もやられた。止めようとしたことも何回もあった。それこそ、プラマイゼロにされる前に誰かを先に飛ばそうとしたこともあった。……だけど出来なかった」

 

 照はそれを思い出として語る。あまり良い思い出ではないが、あの出来事があってこそ今の照がある。

 照がここまで強さに拘る最大の理由。全ては咲の『点数調整』という、神か悪魔が如き力に立ち向かうため。

 

「昔は本当に悔しかった。咲にそんなつもりは全くなかったのだけれど、菫が言っていたようにまるで自分が格下なんだと言われてるみたいで」

 

 オーラスももうすぐ終わる。

 今はちょうど咲が槓したところだ。

 淡の能力から槓自体は見慣れたものだが、槓は麻雀のベテランになればなるほどしない。デメリットのほうが大きいから。

 

「今は止められない自分が悪いんだと思えるようになったけどね」

 

 咲は嶺上牌を引く。

 その姿はまるで、嶺の上で咲く花のよう。

 

「あれが、私の妹──」

 

 他を蹂躙するわけではなく、全てを柳に風と受け流す鮮やかな手並み。

 対局相手の努力を、嘲笑うかのように点数を調整。手の平の上で転がされていたことに気付くのは、全てが終わってしまった後のこと。

 

「宮永咲の力」

 

 対局の成績は淡が一位、二位が咲、三位が誠子で、四位が尭深。

 そして咲は、照が宣言したとおりプラマイゼロで対局を終わらせていた。

 

 

****

 

 

(………飛ばせなかった? この私が? しかも誰一人として)

 

 淡は本気だった。

 本気で咲を含めて全員を飛ばすつもりでいた。なのに、咲はおろか誠子も尭深も飛んでいない。このあり得ない事態に、呆然と固まってしまった。

 淡の能力は主に三つある。

 一つ目は常時発動型の支配系能力で、配牌時淡以外の他家を強制的に五向聴以下にする。これのおかげで、相手は通常より聴牌までに時間が掛かり、鳴かれない限り他家が最速で聴牌するまで最低でも四巡必要になる。淡はこれを絶対安全圏と呼んでいた。

 二つ目は超攻撃型支配能力で毎局ダブリーが可能というもの。ダブリー時は他に役はないのだが、先に説明した能力と併用できるため性能は高いと言えるだろう。

 三つ目は二つ目の補強的な能力で、場の4列の山牌の並びを四角形と捉え、局を進めて最後の山牌に入る直前の『角』で、淡が暗槓をすると和了確定能力が発動するというもの。この暗槓した数巡後に確実に上がれるのだ。加えて、暗槓した牌が槓裏ドラとして4枚すべて乗る。

 つまり、特に制限なしでダブリードラ4の跳ね満確定という非常識な能力なのだ。

 今回淡は、この全ての能力を惜しみ無く発揮した。

 これは照以外なら問答無用で、文字通り吹き飛ばすことが可能だった。

 なのに今回は、一人として飛ばせていなかった。

 

(こんなのあり得ない……!)

 

 一位になったにも関わらず、納得していない様子の淡だったが、それは他二人も似たような思いだったらしい。何が起きたかよく分からない、そんな表情をしていた。

 一方咲は、安堵の気持ちが大きかった。

 

(最後の最後で使わざるを得なかったか。てか尭深さん、オーラス怖すぎ! 見たわけではないけど、きっと手牌とんでもないことになってるよあれ……)

 

 手牌にオーラが集まっていく時点でかなりやばいと判断したため、嶺上開花で速攻を決めたのだ。でなければ、この局は尭深が和了っていただろう。

 尭深の能力は『収穫の時(ハーベストタイム)』。

 オーラス前までの全ての局の捨て牌第一打が、オーラスに配牌となって戻ってくる能力である。最速で局が進むと七牌しか集まらないが、連荘が混ざるとオーラスで集まる牌が増え、十二、十三牌集まると速攻で役満を和了れるような、まさに一発逆転が可能な能力なのだ。

 今回は九牌だったため咲は防ぐことが出来たが、あと一つでも多かったら不可能だったかもしれない。

 しかしその点を踏まえても、初見でこの能力に対応しきる咲の実力はやはり化け物染みている。

 

(私のプラマイゼロの天敵みたいな能力だな、うん)

 

「お疲れ、咲」

「うん、ホント疲れたよ。いやー、白糸台にはユニークな打ち手がたくさんいるんだね」

「咲ほどの人はいないよ」

「あはは、それはそうかもね」

 

(なんて恐ろしい会話してるんだ、この魔物姉妹……)

 

 菫は早々に咲と照を魔物認定していた。照はすでに殿堂入りだが、咲も咲で異常というのがこの対局で理解できた。

 

(……それにしても信じられない。プラマイゼロを達成したこともアレだが、何より誠子と尭深が飛ばないようにもしていたなんて、本当にあり得ないぞ)

 

「菫さん。少し分かりにくいかもしれないですが、こんな感じで良かったでしょうか?」

「あ、あぁ。十分過ぎるくらいだ」

「サキ! この対局で何をしたのッ⁉」

 

 菫と会話していたところに淡が割り込むように怒鳴ってきた。きっと淡もこの状況が咲のせいだということは分かったのだろう。

 

(さて、懲らしめるならここからが本番だね)

 

「何って、ただの点数調整だよ?」

「点数……調整?」

「そう。今回私は最初から勝つ気なんてなかったの。プラマイゼロで上がることしか考えてなかった」

「プラマイゼロ?」

 

 対局後の点数を見る淡。

 そこには、確かにプラマイゼロで終わっている咲の得点が記入されていた。

 

「苦労したよ。淡ちゃんが大きいのバンバン和了るせいで、誠子さんや尭深さんが飛ばないようにも気を使ったからね」

「そ、そんなこと……」

「出来るわけないって? そんなことないよ。相手が“強く”なければね」

「……どういう意味?」

 

 わざわざ強調された部分を、淡が聞き逃すことはなかった。

 咲としてはあえて。遠回しに伝えてあげようという性根が曲がりに曲がった親切心だったのだが、そこまで気になると言うなら仕方がない。

 抑揚をたっぷりと付け、飛びっきりの笑顔で告げてあげた。

 

「はっきり言わないと分からない? 淡ちゃん、“弱い”って言ったんだよ?」

 

 この言葉を聞いて、淡はブチ切れた。

 

「フザけないでッ‼ 私は弱くないッ‼ 私の方が強いッ‼ 次はサキなんて、一瞬で飛ばしてやるんだからッ‼」

「その言葉。そっくりそのまま返してあげるよ」

 

 尋常でない緊張感が場を包み始めた。

 両者から発せられる気迫は空気を震撼させ、気炎万丈の闘志を立ち昇らせている。このなかで唯一平然と立っているのは照だけで、菫を含めた全国レベルのプレイヤーですら身体に震えを走らせていた。

 

(勝つ‼ 絶対に勝つ‼ 私にそんな口利いたことを、心の底から後悔させてやるんだから‼)

 

「テルにスミレ! 席に着いて」

「分かった」

「……まぁ、そうなるか」

 

 この状況でまともに打てる者はこの二人くらいしかいないと淡は判断したのだろう。事実その通りだったので二人は移動を始める。照は真っ直ぐ向かったが菫には少し寄るところがあった。

 

「えっと、咲ちゃん?」

「……すいません。売り言葉に買い言葉というやつで。まぁ、売ったのは私なんですけど。あはは……」

「ずっと見てたから知ってるよ」

「ですよねー……本当に申し訳ありません。ですが、淡ちゃんのプライドを傷つけるという点でネタバレは必要不可欠でしたし、結局こうなる運命だったと思いますよ?」

「……確かにそれもそうだな。しょうがない、責任は全て私が取る。だからここまで来たら最後まで頼むよ」

「もとよりそのつもりです」

 

 最終的な打ち合わせも終わり二人も席に向かう。

 

「お姉ちゃん、手だし無用でお願いね」

「分かってるよ」

 

 あらかじめ照に釘を差す咲。ここで照に大暴れされても困ってしまう。

 

「じゃあ始めようか」

 

 咲の本日二度目の対局は、一度目に比べ明らかに殺気立った、異常な雰囲気のなか始まった。




咲さんの魔王っぷり再確認
淡ちゃん激おこ
菫さんマジ苦労人
テルテルは超自由

という感じです。


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2-6

 淡と咲、二度目の対局。

 昂ぶる感情に身を任せ、能力を惜しみなく披露する淡。

 

(ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつくッ‼)

 

「リーチッ‼」

 

 東一局からダブリーを仕掛ける。

 今の淡に手加減や様子見と言った優しさは存在しない。咲を倒すためだけに、全力で注いでいた。

 

(この私が負けるなんてあり得ない! 点数調整だかなんだか知らないけど、私に勝とうなんて100年早いことを思い知らせてやる!)

 

 照と対局してる時ですらこんな淡は見たことがない。

 奇しくもこれが淡の今までの人生のなかで、絶対に勝つという強い気持ちを持って挑んだ対局であった。

 

(今回は角まで九巡で着く。絶対安全圏ではないけど十分勝負可能)

 

 ……だが、淡はまだ知らなかった。

 自分が今、どんな相手と対局してるのかを。

 驕り侮り、努力という努力をしてこなかった淡では、天地が逆転しなければ勝利することができない相手がいることを。

 

 

 

(これで角。そしたらサキに直撃させてやる‼)

 

「カンッ‼」

 

 嶺上牌を手に取り捨てる。

 これで和了確定条件はクリアされた。あと数巡以内に和了れる。その油断で、淡は警戒心が若干緩んでいた。

 それは麻雀において自身が最強という、余りにも傲慢な想いが産んだ慢心。

 そこを見逃す咲ではなかった。

 

「能力を過信し過ぎだよ、淡ちゃん」

「えっ……?」

「ロン」

 

 咲の手牌が開かれる。

 それを見て淡は驚愕した。

 

「なっ……⁉」

 

 開かれたその役の本来の言葉の意味は、『天下に並ぶ者が居ないほど大変に優れた者』というもの。

 麻雀においては、四暗刻や大三元と並び三大役満など呼ばれているもの。

 

「国士無双、32000で飛びだね」

 

 宣言通り、一瞬で対局が終了した瞬間だった。

 

 

****

 

 

(し、信じられん……⁉︎ 本気の淡がこうも一方的に、しかも一撃で沈められるなんて)

 

 菫は目の前の出来事に対し固まっていた。

 周りの部員も同じ心境なのか、誰一人として声を発する者はいなかった。

 淡は俯いているため表情が伺えない。

 照だけは、いつもの無表情で我関せずの態度だったが。

 

「淡ちゃんの敗因は三つ」

 

 皆が唖然とする中、咲は語り始めた。

 

「一つは私に対して能力を披露して、今回でもそれを使ったこと。さっきの対局で淡ちゃんの能力は大体分かった。一つ目は配牌時、対局相手が五向聴以下になるやつ。二つ目はダブリーだね。三つ目はすぐには分からなかったけど、多分最後の山に入る直前で槓すると数巡以内に和了れて、しかも槓した牌に槓裏ドラが乗るって感じかな? 合ってるお姉ちゃん?」

「うん、さすがだね咲」

 

 一回の対局で全てが筒抜けになっていた。

 これは淡が能力を多用したこともそうだが、咲の並外れた観察眼があってこそのもの。

 ここで一つ、疑問が残る。

 

「咲ちゃんは照と同じことが出来るのか?」

「いえ、私はお姉ちゃんみたいに一局で全て分かるわけではありません。まぁ時間と手間は掛かりますが、精度で言ったらそこまで変わりはないですね。……あっ、でもクセとかを見抜くのだったら私の方が得意ですよ?」

「……そうか。それで、どうしてそれが敗因の一つなんだ?」

「はい、淡ちゃんの能力は確かに便利で強力ですけど、それでも完璧ではないからです。五向聴以下は四巡は安全ですが、最後の山にいくまではどうしてもそれ以上掛かります。それに、そこまでいかないと和了れないということは、裏を返せばそこまでいくまでは振り込むことはないってことです」

「確かにそうだな……」

「淡ちゃんの支配自体は今の私じゃ破れそうになかったので、今回はこの能力を逆手にとりました。五向聴なら国士無双でも問題ないはずなので、少し淡ちゃんの支配に干渉しました」

 

 そんなこと出来るのか、とはもう聞かない。

 菫のこの柔軟さは、照に関わるようになって育てられたのだ。人外と接するコツは、諦めることである。

 

「ダブリーにも欠点があります。先に話した通り、和了るまではそれなりに時間が掛かり、出和了りもない。それまではツモった牌をただ捨てるだけ。こんなの私にしてみれば、ただの振り込みマシーンと大差ありません」

 

 この台詞に淡がピクッと反応を示したが、ここまで見事に敗北を喫したため言い返すことが出来ないのだろう。さっきから両手を握りこんで、身体が震わせているのが菫には見えていた。

 

「一つ目はこんなところですね。二つ目は私の能力に対しての警戒心が薄すぎましたね」

「咲ちゃんの能力というとあれか? さっきの対局で最後に見せた嶺上開花か?」

「その通りです。私は槓が武器の一つなので。そして私相手に嶺上牌をそのまま捨てるなんて、私にとってはカモ同然です」

 

 淡は俯いたまま動かない。

 

「そしてこれが最後にして最大の理由ですが──」

 

 一呼吸入れて、咲は淡を見下しながら告げる。

 

「調子乗り過ぎ」

 

 ──この一言は白糸台麻雀部に衝撃をもたらした。

 少なくない部員が言いたかった一言であり、事実今まで好き勝手やってきた淡に対しては効果が抜群のはず。

 

「喧嘩を売る相手を間違えたね」

 

 トドメとばかりに畳み込む咲。

 咲も咲で、あそこまで敵意を向けられたのを微妙に根に持っていたのだ。別に弱いものいじめが趣味というわけではない。断じて違う。

 

(あぁ、スッキリした。とりあえずはこんなところかな。あとは淡ちゃんがどう動くか)

 

 言いたいことを全て言い終え、菫に頼まれたことも達成出来た咲は様子見に徹することした。この場から離れても良かったのだが、確実に迷子になる自信があったのでなるべく姉の側から離れない方がいいだろうとの判断である。

 咲はてっきり、淡が癇癪を起こすとばかり思っていた。

 理不尽に怒るだろう淡を完全論破してやろうと、意気込んでいたため、この後の展開は咲にとって想定外のものだった。

 

「ぅ、ぇ……ぐすっ、ひっく……っ、ぇ……っ」

 

(……………………………………………………………あれ?)

 

「うえっ、……ぐす、っ……ひっく……うぅ……っ、ぇっ…く……っ」

 

(………………ヤバイ、マジ泣きだ)

 

 本気泣きだった。言語機能が忘却されたのか、聞こえてくるのは言葉にならない悲しみの声だけ。

 この展開はその場にいる誰もが予想できなかったためか、咲が国士無双で淡を飛ばした以上の沈黙が場を包んでいた。菫ですら動くことが出来ていなかった。

 静かな空間のなかで、ただただ、淡の嗚咽と洟をすする音だけがいやに大きく響いていた。

 流石の咲にも、積み重なるように罪悪感が募っていく。

 ……やばい、どうしよう。と内心狼狽えていたその時、

 

「淡」

 

 助け舟を出したのは照だった。

 この状況で照が動くこともまた予想外で、周りはもう思考を放棄し、成り行きだけを見守ることに。

 

「淡、泣くほど悔しいなら強くなりなさい」

「ひっく……ぅ、ぇぅ…ぐすっ……っ。……んっ」

 

 まともな返事はしていなかったが、それでも淡は頷いていた。稀に見る素直さで、相当の効果があったと思われる。

 それを見届けた照は更に続ける。

 

「それと、これは淡のためではなくて、むしろただ私のためになるんだけど。淡の仇は私がとってあげる」

 

(………………んっ……? それ……どういう意味?)

 

 思考放棄してた組の咲だったが、照の聞き捨てならない台詞のおかげで、再び表舞台へと舞い戻ってきた。正確には照に引きずりこまれたのだが。

 

「咲、今度は私と打とう」

「……お、お姉ちゃん? この空気の中で麻雀を打つのはちょっと……あの、その、アレじゃない?」

 

 一応の抵抗を試みた咲の抵抗虚しく、

 

「咲、お願い」

 

 返答は、有無を言わさぬ静謐な声だった。

 照の瞳は本気も本気。極黒にオーラが揺らめく。

 

(それはお願いとは言わないよ、お姉ちゃん……)

 

 まるで今までがお遊びだというような威圧感が、照から撒き散らされる。咲が知っている子どもの頃の照とは、格が一段階も二段階も違う。

 

(……散々だ……。こうなったら原因の一人である菫さんだけは巻き込んでやる)

 

「分かったよ。でもメンバーはどうするの? 菫さんは決定だとして、あと一人は?」

 

 咲の視界の先で菫が肩を落としているのが見えたが、かばう気など皆無。責任は取るとの言質もとっているため、菫には罪悪感を感じていない。道連れ万歳。

 

「それなら、私がやりましょうか?」

「監督さんですか?」

「えぇ、これでも一応元プロだったのよ。力不足かしら?」

「いえ、そんなことありません。お願いします」

 

 淡の代わりは監督がすることになり、これで対局メンバーが決まった。

 淡は誠子と尭深に慰められながら一時退散し、練習場の外へと出て行く。

 

「じゃあ、始めましょうか」

「あっ、ちょっと待ってて。ええとそこにいる五人ちょっと来て」

 

 監督は少し用事があるらしく、手の空いている部員を呼んで何かをしていた。

 菫はこれから行う対局、元プロ一人に魔物二人という状況に若干顔が強張っていたが、ため息一つ吐いて覚悟を決めた様子だ。

 咲と照は何年か越しの姉妹麻雀で気持ちを昂らせていたが、咲には一つ気になることがあった。

 

「あっ、お姉ちゃん。今回私はどうすればいいの? プラマイゼロ目指すの? 勝ちにいけばいいの?」

「どちらでもいいよ。そのうえで私が勝って、プラマイゼロもさせないから」

「……へぇ。じゃあ今度は勝ちにいこうかな」

 

 各人準備が整った。

 今回は特別ルールとして、最初の持ち点を100000点として始めることになった。これは菫と監督のお願いで、二人とも25000点じゃすぐに飛んでしまうと理解していたから。

 二人とも勝つ気も勝てる気もさらさらないのである。

 

 咲の本日三回目の対局は、念願? の姉妹対決とあいなった。

 





はーい、ごめんなさいm(_ _)m

淡ちゃんを泣かせてしまいました。
まぁ原作でも咲さんは和とか衣を泣かせているので、意外とデフォルトなのかと。

魔王になった咲さんですが人並みに罪悪感は感じているので。決して人でなしというわけではないですので。


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2-7

今回はちょっとオリジナルの設定を入れてみました。

まぁもう既にオリジナル設定かなり入っているんですが。


 〜東一局〜

 

 咲 100000 東:親

 菫 100000 南

 照 100000 西

 監 100000 北

 

(幸か不幸か私の親からか。お姉ちゃんは多分だけど、この局は和了らない。初っ端に大きいの和了れるはずだけど、お姉ちゃんの親番が二回ある。これはプラマイで言ったらマイナスかなー?)

 

 対局は咲の親番から。

 照は東一局ではまず和了らない。それは『照魔鏡』を発動するためだ。なのでこの局は、積極的に攻めることの出来るチャンス。

 

(一応、菫さんと監督さんにも気を配りつつ、私の最速でなおかつ点数を高めるなら!)

 

「カンッ!」

 

(咲ちゃんが暗槓……)

(ということは……)

 

「ツモ、嶺上開花、中、ドラ4、6000オールです」

 

 開幕パンチに跳ね自摸を和了る。

 しかし、本番はここから。

 局が終わると共に照の瞳が見開かれ、異様なプレッシャーが背後から襲ってきた。

 まるで自身の全てが覗き込まれるようなこの感覚は、懐かしくもあり、一向に慣れる気がしないくらいに不愉快なものだった。

 

(………来たね。『照魔鏡』)

 

 ここまでは咲の予想通り。

 この局でのある程度のリードは、照に勝つためには必須条件。どのくらいレベルが上がってるか咲は詳しくは知らないが、知らなくても警戒を怠ると一瞬で手が付けられなくなるだろうことは分かる。それほどまでに照の連続和了は厄介なものなのだ。

 

 照としても、ここまでは予想通りだった。

 

(今さら菫と監督はそこまで見る必要はない。問題は咲。点数調整に嶺上開花とドラ爆、このドラ爆は淡のより遥かに高性能だな。それに磨き抜かれた観察眼でコピーした私の連続和了。これの食い合いなら私に分がある。あとはまぁ、オーラの扱い方が自由自在ってところか。ちょっと出し方が特殊だけど荒川憩のような『癒』のオーラも使えたんだ。それは知らなかった。とりあえずこれならなんとかいけると思うけど……)

 

 照は表情こそ変化させないが、内心では呆れ半分驚き半分という心境だった。

 

(咲……。おそらく自分ではまだ気づいていないと思うけど、まだ上があるなんて。今は大体70%くらいかな? そしてリミッターの外し方が、なんというか簡単過ぎる……全く私の妹は)

 

 改めて自分の妹の力に驚愕する。

 今のままでも全国に敵なしと言ってもいいくらいの強さなのに、それでもまだ全力ではないとは。

 

(だけど今日は私が勝つ。その方法は唯一つ──)

 

 照もこれで準備が完了した。このあとは基本的には照の独壇場になるだろう。

 咲も理解している。だからといって、何もせずに終わる気など毛頭ない。

 

(ここからが本番だね。速さでは太刀打ち出来る気がしないから、私がお姉ちゃんに勝つには方法は唯一つ──)

 

 照と咲はどうやって戦えば勝てる可能性があるか分かっていた。

 相手のステージで戦うなど愚の骨頂。

 互いに得意分野で凌ぎを削ればいい。

 

(速さで圧倒する!)

(火力で押しきる!)

 

 長い時を経て再戦した姉妹対決は、嵐の到来を予感させるほどに騒ついていた。

 

 

****

 

 

「大星、落ち着いたか?」

「淡ちゃん、深呼吸だよ?」

「ひっく、……すー、はー……うん。もう大丈夫。ありがとう亦野先輩、尭深先輩」

 

 相変わらず先輩に対しての敬語があやふやだったが、こんなにも素直に謝意を示す淡も珍しい。同じチームということで誠子と尭深はそれなりに交流もあったが、淡はそれでもどこかでこの二人も見下していたのだろう。

 二人はそれほど気にしていないし、淡に対してもそれなりに優しいが、やはりまだどこか壁があったのかもしれない。これはその壁を取り払ういい機会だった。

 

「それにしても、お前があそこまでコテンパンにやられるとは……。宮永先輩の妹さん、咲ちゃんは恐ろしいな」

「それは私も思ったけど、今言うことじゃないよ、誠子ちゃん」

「あっ……!」

 

 気が抜けたためか、口に出してすぐ後悔する。今の今までそれで淡が泣いていたというのに配慮が足らなかった。

 だが淡はそんな二人を心配させないように、笑顔を見せた。

 

「大丈夫。もう大丈夫だから」

「そうか、それはよかった」

「でもやっぱ腹立つ! なによ私が弱いって!」

「でも淡ちゃん、結構ボコボコに……」

「それは言わないで! これでも結構傷ついてるんだから!」

「……ふふっ」

「なんで笑うのよ、尭深!」

 

 急に尭深が笑い出した。

 それにつられたのか誠子も笑い出す。

 わけが分からない淡は、笑われてるのが自分なんだと思って文句ばっかり言っていたが、やがてそういうのではないと思ったのか不思議そうに二人を見ていた。

 

「ごめんね淡ちゃん。ただ淡ちゃんとこんなに普通に話したの始めてだったから。淡ちゃん普段は照先輩と一緒で私たちとはあまり話さないし」

「あぁ、同じチームだっていうのにな」

「そ、それはその……なんか、ごめん」

「ふふっ、淡ちゃん、結構可愛いところあるんだね」

「なっ……⁉」

 

 そんなこと言われたのは始めてだったため、思わず赤面する淡。そんな様子も含めて二人のツボに入ったらしく、しばらくの間、二人は赤面しアタフタする後輩を先輩らしくいじっていた。

 

「さて、落ち着いたところでどうする?」

 

 誠子が言いたいことは淡にも分かった。

 練習場に戻って照と咲の対局を見るのか。それとも見ないのか。

 

「……見に行く。このまま引き下がるなんて私じゃない」

「そうだな。なーに心配いらないさ。宮永先輩が淡の仇をとってくれるって言ってたからな」

「淡ちゃんのためじゃないとも言ってたよ?」

「……尭深先輩、意外と毒舌なんだね。さっきから微妙に私のこと傷つけてるよね?」

「? そんなことないよ?」

「無自覚!!?」

 

 平然と首を傾げる尭深に驚愕する淡。

 知らなかった先輩の一面を見て、でもそれも悪くないと思い始めた淡も、徐々にだが良い方に変わってきているのかもしれない。

 

「まぁ、行くなら早く行こう。もうそれなりに時間経ってるしな」

「そうだね、行こっか淡ちゃん」

「うん」

 

 三人は再び練習場へと足を向ける。

 その足取りは出た時とは違い、とても軽く、そして三人の距離も心なしか近づいていた。

 

 

****

 

 

 〜南三局 二本場〜

 

 咲 109500 西

 菫  63000 北

 照 163300 東:親

 監  64200 南

 

(お姉ちゃんホント速すぎる。満貫までのアベレージが四・五巡とかふざけてるでしょ!)

 

 照は咲の予想を遥かに超える速さだった。咲ですら、満貫まではまるで手を出せない。

 その気持ちは他二人も同様だった。

 

(なんというか、今の宮永さんはいつも以上に速いわ……)

(今まで本気じゃなかったのか……? いや、それは違うか)

 

 菫は今まで照と対局したことは何度もあったが、照が手を抜いているところは見たことはない。

 だがそれは手を抜いていないだけで、本気ではなかったのだろう。

 恐らく、長年待ち望んだ咲との対局で、今まで無意識にかかっていたリミッターが外れたのだ。そう思えるくらい今の照は強かった。

 

(だけど、このままじゃ終われないよね。次は跳満。ここまでくるとお姉ちゃんも速度が落ちるしリスクも背負う。……ここで直撃奪う!)

 

 リスクとはリーチをすること。

 満貫までは闇聴が基本。だが、それ以降は翻数を上げるためリーチすることが多くなる。咲にとっては最大のチャンスなのである。

 照もそれは百も承知。だが咲相手にこの点差じゃ安心出来ないのも事実。そのためここで手を緩めるわけにはいかなかった。

 

(これで)

 

「リーチ」

「カンッ!」

 

(大明槓……これはやられたかな)

 

 嶺上牌を引く咲。

 この局から観戦を始めた淡たちは咲の後ろにいるため、咲の手牌が見えている。

 引いた牌は和了り牌。嶺上開花である。

 

(嶺上開花……。サキはホントに嶺上開花を自由自在にできるんだ)

 

 だが、咲はそこでは終わらなかった。

 

「もう一個、カンッ!」

「えっ……⁉」

 

 てっきり和了るとばかり思っていたため、声に出して驚いてしまった。照の連荘を止められるのだから、止めるのが第一のはず。その選択肢以外、淡には考えられなかった。

 それでも咲は止まらない。そのまま引いた嶺上牌はまたしても咲の和了り牌。

 

(また嶺上開花……あれ? でもこれじゃさっきと結局点数が変わらない……)

 

「もう一個、カンッ!」

 

(…………嶺上開花見逃してまたカン……。ありえない……)

 

 目を疑う光景に、もう声も出なかった。

 

(これが、サキの力……)

 

 能力としての完成度が違う。槓を武器にした咲の麻雀は、美しかった。

 淡の目の前で、嶺上の花が咲き誇る。

 

「ツモ、嶺上開花、対々、三暗刻、三槓子、ドラ4、24000の二本場は24600」

「「「なっ……⁉」」」

 

(あの照が……)

(振り込んだ……⁉︎)

(しかも三倍満……)

 

 場は騒然となった。

 普段から振り込むこと自体が珍しい照が、こんな大きいのに振り込むのは始めて見たからだ。公式戦で一昨年一回あったが、それでも満貫止まり。これはまさしく異常事態だった。

 同時に淡は悟ってしまった。

 今のままではこの二人には逆立ちしても勝てないということを。現段階では格が違うということを。

 

(でも負けない! いつか絶対倒す!)

 

 新たな決意と新たな目標。

 淡の高校麻雀は今、始まったのかもしれない。

 

 対局はオーラスへと突入する。

 

 

****

 

 

 〜南四局〜

 

 咲 134100 南

 菫  63000 西

 照 138700 北

 監  64200 東:親

 

(これで照と咲ちゃんの点差は……)

(4600点……)

(これで射程圏内。捉えたよ、お姉ちゃん!)

 

 既に観客と大して変わりない菫と監督だったが、この展開は読めなかった。ゴミ手以外なら許容範囲内。ついに咲はオーラスで照に追いついたのだ。

 おそらくだが、照がここまで追い込まれたのを見たのは咲以外は初めてだろう。白糸台麻雀部員の皆は手に汗握る思いで対局を観戦している。

 だが心配している者は少ない。

 それは絶対的エースの信頼の強さでもあった。

 一方の照は、表情に笑みが出るのを抑えるくらいに高揚していた。

 

(この勝つか負けるかの瀬戸際の対局。やっぱり麻雀はこうでないと!)

 

 普通の人なら勝ち続けられるのなら、それはさぞ気分がいいだろう、と思うかもしれない。

 だが勝ち続けている本人に言わせればそんなことはない。むしろ逆である。

 どんな状況でも負けることがないなどというのは、勝利ではなくただの作業と変わらない。いくら勝ち続けられるとしても全く楽しくない。だからこそ、そういう者達は好敵手の存在を待ち望んでいるのだ。

 だからこそ今の照は、咲に感謝していた。ここまで強くなれたきっかけである咲を。全力を出させてくれる咲を。

 

(そして咲。あなたはまだ本当の敗北を知らない。だからこそここで今、私がそれを教えてあげる!)

 

 照の瞳から雷が轟き、咲ですら思わず身を竦ませる重圧が伸し掛る。

 

(……うわぁ。ここにきてお姉ちゃんの気迫が増したよ。我が姉ながらおっかない)

 

 どっちもおっかないんだよ! という菫のツッコミは二人には届かなかった。それも今更ではあるのだが。

 周りからは「カ、カ、カメラが一台大破しましたー!」「だ、だ、大丈夫、こ、こっちも撮ってるから!」「ピ○コロさんですか……」などという震え声が飛び交っていたが、それも照と咲には届かない。

 

(さて、ここまできたら勝負は単純明快だね。先に和了った方が勝つ。なら……)

 

「ポンッ」

 

 咲が仕掛ける。

 単純なスピード勝負では咲に勝ち目はない。なら鳴きを混ぜて照のツモを減らし、なおかつ自身の手を進める、この方法が最善策。咲は槓さえ出来ればドラ4で満貫確定なのだから。

 

(聴牌。次で槓して決める!)

 

 五巡目。

 もうすでに照の速度なら危険域。この一巡で勝負が決まる。

 

 ──そして、この一巡で照は上がらなかった。

 

(これで……!)

 

「カンッ!」

 

 嶺上牌に手を伸ばそうとした咲だったが、

 

「能力を過信しているのは咲も同じだよ」

 

 照のそんな一言に動きを止めざるを得なかった。

 

(げっ……⁉ まさか……)

 

「ロン」

 

 照の和了り宣言。

 今回の咲の槓は暗槓ではなく加槓。

 加槓に対しては、それ自体を無効にして上がれる役が麻雀には存在する。

 その役は嶺上開花よりレアだとされていた。

 

「槍槓、1300。これで終わりだね」

 

 〜終局〜

 

 照 140000

 咲 132800

 監  64200

 菫  63000





……あれ?主人公淡ちゃんだったっけ?

恒例の言い訳タイムです
荒川さんは、まぁ、いつもナース服着てるし、そういう能力でもあるのかなと。
あと尭深のキャラは完璧にオリジナルです。だって原作でもあまり話さないからよく分からなかったので、はい。
それで勝敗ですが、ここで咲さんが勝つと話が進まないため、このようになりました。
何年もブランクあって、照に勝てるというのもまぁ無理があると思うし、リミッターも解除してないしということで。

ちなみに今の咲さんは70%。ということは某有名な台詞を言わせることが出来る!
まぁ咲さんには圧倒的な力(パワー)はもう必要ないかと思いますが(笑)


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2-8

 

 対局終了と同時に、練習場では歓声が巻き起こった。

 今行われたような対局は滅多に見られるものではない。それこそ、全国個人戦決勝でも見られるかどうかというレベルだ。そのために周りのボルテージが自然と高くなるのも無理はなかった。

 その中で照は小さくガッツポーズをしていた。

 普通なら若干失礼な行為であり、大人気ないと言われてもおかしくないが、そんなもの今の照には関係ない。

 照にとって咲に勝つことは長年の目標であり、願望だったのだ。未だ全力とはいえないが、それでも昔は勝てなかったのだから。

 これで、照はやっと咲に立ち向かえる力を手にいれたことが証明出来た。嬉しくないはずがない。

 咲は恨めしそうに照を見ている。ちなみに菫と監督はぐったりしている。

 

「槍槓とか……。完全に私対策じゃん、お姉ちゃん」

「当然。そのために今まで努力してきたようなもの」

「努力かぁ。何年もブランクある私には無縁だったよ。そのせいで今回は負けちゃったかぁ……」

 

 咲にとって敗北は本当に久しぶりのものだった。

 始めたばかりの頃はそれは何回もあったが、ある程度自身の能力が使いこなせるようになった頃には、ほとんど負けることがなかった。

 そのあとは気を使う麻雀ばかりしていたため、勝つ喜びも、負ける悔しさも久しく忘れていた。

 

「……うん、負けるってやっぱり悔しいね。でもこういうのもいいかも。勝つばっかりじゃつまらないもんね」

「そうだね、咲」

 

 少しだけ、あの頃に戻れたような気がした。

 小高い丘の上で、嶺上開花の話をして姉妹で笑いあったあの時に。

 咲と照、そして家族みんなで笑いあえていたあの時に。

 あながち照の麻雀でなら仲直り出来るとは間違いではなかったのかもしれない。

 

 でも、それはそれ。これはこれ。

 

「でも、やっぱ負けるのはなんか気に入らない、うん。次は私が勝つ」

「上等。なんならもう一回やる?」

「ちょっと待てお前ら! てかそれやめろ! 物騒だわ!」

 

 またしても急激に増した威圧感。

 ドス黒く蠢くオーラが鬩ぎ合い、その圧迫感は吐き気すら催しそうなほどだ。そう何回もこれがやられては堪らない。

 麻雀においては戦闘民族と大差ない咲と照の再激突を止めたのは菫だった。

 菫としてはこの二人と付き合うのはもう限界。ただでさえ咲と淡の対局から連戦なのに、これに加えてこの姉妹対決に巻き込まれるのは、体力的にも、精神的にも遠慮したかった。次巻き込まれたらストレスで死んでしまう。

 勝手に二人で争う分には構わないのだが、残念ながら麻雀は四人競技。確実に生贄が二人必要なのだ。そして、菫は高確率で巻き込まれる。止めるのはもう必然であった。

 

「お前らはもう今日は直接打つな。部長命令だ」

「「はーい」」

 

 姉妹揃って返事だけいいのがどこか気に食わないが、最大の危機は去ったので良しとする。どうやら戦略的撤退という言葉は知っていたみたいで安心である。

 

「みんなも普段通りの練習に戻ってくれ」

 

 部員全員がもれなく観戦していたため、菫の指示に「分かりました」の一言で散らばって行く部員たち。

 周りに残ったのは、咲と『チーム虎姫』メンバーと監督だけになった。

 

「監督さん、この後はどうしたらいいですか?」

「うん? 別に咲ちゃんのお父さんが迎えに来るまでは自由に打ってもらって構わないわよ?」

「それはそうですけど、もう私と打ちたい人なんているとは思えないんですが……」

 

 咲は苦笑いで答える。

 あの対局を見せられて、咲と麻雀したいなどという自殺志願者はそうはいない。現にその話しになった途端、周りにいた部員が一歩咲から離れた。ちょっと泣きそうになった。

 しかしそこに、待ったをかける人物が一人。

 

「はい、私! 私またサキと打ちたい!」

「淡ちゃん?」

 

 元気良く挙手するその姿。

 先ほど泣かした相手だから咲としては驚いていた。まさかこんなにすぐに立ち直れるとは。

 心配はどうやら杞憂で終わったようである。その一点にだけは少し安心していた。

 

「次は絶対私が勝つんだから!」

 

 だが、相変わらず態度は生意気。

 なので咲はもう少しいじめてみることにした。

 

「淡ちゃん……。寝言は寝てから言うものだよ?」

「……本当にムカつくね、サキ。こんなに泣かしてやりたいと思った相手は生まれて始めてだよ」

「あれ? 泣いてたのは誰だっけ、泣き虫あわあわちゃん? それとも、泣き虫泡姫ちゃんの方がいいかな?(超良い笑顔)」

 

 この発言に淡はまたキレた。

 

「ぶっ倒す‼ 絶対にぶっ倒してやるんだから‼ ほら亦野先輩、尭深先輩準備して!」

「はいはい」

「ふふっ、やっぱり淡ちゃん可愛いね」

 

 対局の準備を進める四人。

 それを少し離れたところから見ていた菫と照は、安堵したように笑みを浮かべる。

 

「どうやら、少しは効果があったみたいだな」

「うん。淡もなんか生き生きしてる」

「本気泣きしたときはどうなることかと思ったがな。本当に咲ちゃんには感謝だな」

「そうだね。これで淡はもっと強くなれると思う」

 

 照と菫は今年三年。

 次の大会が高校最後の大会であり、史上初の三連覇がかかっている。

 些か不安があったのだが、大将となる淡の懸念が今日でほとんどなくなった。この収穫は予想以上のものだ。

 しかもこれは淡に限ったことでもない。照にも良い影響を与えているし、部員全員にもかなりの刺激になっただろう。

 

「さて、私も少し休憩したら咲ちゃんと打とうかな」

「私はどうしよう?」

「お前は今日はもう打つな。咲ちゃんと打ったときと同じように打ってみろ。淡のように泣くやつが続出するぞ。大人しくしてろ」

「……分かった」

 

 シュンとしているが、これはもう菫にはどうしようもない。

 照は自分で言っている通り不器用なため、手加減など出来ない。

 あの対局を見たあとで、本気の照と直ぐに打ちたいなどという酔狂な部員は残念ながらいない。せめて、一日くらい跨がないと部員のみんなも覚悟が出来ないだろう。この措置は菫としてもしょうがないものだった。

 とりあえず二人は、咲たちの対局を見に行くことにするのだった。

 

 

****

 

 

「今日は部活に参加させて頂きありがとうございました」

「いえ、お礼ならこちらの台詞よ。咲ちゃんのおかげでみんなかなり成長できたから」

 

 あの後咲は『チーム虎姫』のメンバー以外にも、多くの部員と対局した。

 最初は咲を敬遠する部員も多かったのだが、咲は照と違って加減が上手く、しかも一回対局するだけで自身の長所に短所や弱点、はたまたクセに至るまで把握出来る高性能な人材。またそれを教えてほしいと頼めば、咲は素直に教えてくれる。まさにこれ以上の練習相手はいなかった。

 そのために、咲と対局したいというメンバーが続出したというわけである。

 自分より妹の方が頼られている事実に、照はかなりショックを受けていたのは余談。

 

「娘がご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「とんでもございません。とても有意義な時間を過ごせました」

「それはなによりです」

 

 大人同士が挨拶を交わしているなか、咲は菫と照に別れの挨拶をしていた。

 

「今日はありがとうございました、菫さん。とても楽しいひと時でした」

「こちらこそ咲ちゃんが来てくれて良かったよ。部員みんなも強くなれると思うし、なにより淡には本当に良い影響になった。ありがとう」

「そう言ってもらえて嬉しいです……」

 

 咲はそのあと少し悩んだような態度を見せたが、何かしらの決心がついたのか、菫と視線を合わせた。

 

「聞かれてないし、言おうかどうか迷ったんですけど、お世話になった菫さんに私からの恩返しということで、少しいいですか?」

「……なるほど、私にも何かしらあったということか。私からも頼む、教えてくれ」

 

 察しがいい菫は咲が言いたいことにすぐに見当が付いたようだ。

 

「はい。菫さんは狙い撃ちが得意なんですよね?」

「あぁ、その通りだ」

「実は菫さん、誰かを狙い撃つ時、小さなクセが二つあるんです」

「⁉ ……それは本当かい、咲ちゃん?」

「はい、まず間違いないです」

「……そうか、ありがとう。すぐにでも確かめてみるよ」

 

 そう言うと菫は監督のところに行ってしまった。

 おそらくだが姉妹の別れを二人きりにしよう、という菫なりの気遣いだろう。

 

「咲、久しぶりに会えて嬉しかったよ」

「私もお姉ちゃんに会えて嬉しかった」

「次会うときは全国大会で会おう」

「うん、そうだね」

 

 咲にもう迷いはなかった。

 

「でも、咲。長野には龍門渕高校、そこのエースである天江衣がいる」

「リュウモンブチ? アマエコロモ? その人はそんなに強いの?」

「うん、強い。でも直接やったわけではない。多分だけど、淡と同じタイプの強さだと思う」

「ふーん。……まぁ気を付けるよ」

 

 さすがにそれだけの情報ではなんとも言えないため、咲の返事は適当だった。

 もとより照以外にはそうそう負ける気がしないし、淡のような、相手を蹂躙するしか能のない相手に、咲が遅れをとるなどあり得ない。なので今は一応警戒しておこう程度の認識だった。

 

「それじゃ最後に、お姉ちゃん?」

「なに?」

 

 咲は凄絶な冷たい笑みを浮かべる。一応は笑顔なのだが目が全く笑っていない。

 

「いつまでもチャンピオンじゃつまらないでしょ? だから今度、私がそこから引きずり下ろしてあげる」

 

 対する照も大体咲と同じ表情をしていた。

 

「あまり調子に乗らないでね、咲。私の道を阻むなら今日のように容赦しない」

「よく言うよ。今日だって奥の手は使ってないくせに」

「あれ? ばれてたの?」

「当たり前だよ。まぁ次会うときは楽しみにしててね」

「そうだね。楽しみにしてるよ」

 

 全くもって和やかな別れにはならなかったが、この二人にはこれぐらいが普通なのかもしれない。

 

 

****

 

 

 照に菫、それに監督に見送られながら校門まで移動した一同。

 

「それでは本日はお世話になりました」

「いえいえ。咲ちゃん、また機会があったら是非来てね。歓迎するわ」

「はい。そのときはまたよろしくお願いします。ではみなさんお元気で」

「サキィィィィィィ‼」

 

 別れを告げ去ろうとしたそのとき、突如怒鳴り声が響いたきた。

 今日一日で聞き飽きたその声の持ち主は、長い金髪を大いに乱れさせ、睨み付けるようにこちらを見据えていた。

 

「全国では、全国では絶対私が勝つんだからねッ‼ それまで首洗って待ってなさい‼」

 

 どうやら別れの挨拶ではなく、宣戦布告のようだ。

 ちなみにあの後の淡との対局は、プラマイゼロ一回に、照のコピー版連続和了一回。要するに咲の完勝状態だった。

 

「ごめんあわあわちゃん。私、雑魚に興味はないの」

「殺すよッ⁉︎」

「淡ちゃんじゃ、私に勝つのはそれこそ10年早い。だから、期待しないで待っててあげる!」

「サキはホントムカつくッ‼ サキのバーカバーカバーカッ‼」

 

 あまりにもあんまりな捨て台詞を残して、淡は去っていった。

 監督と菫は赤面ものだ。親御さんがいる場面で、身内の恥を見られたのは中々に厳しいものがある。

 

「うちの部員がどうもすみません! お見苦しいところをお見せして、本当に申し訳ないです」

「いえ、むしろ私としては咲に友達が出来たようで嬉しいですよ」

「友達? ……あー、うーん……ん? ……うん、友達だよお父さん」

 

 随分と長い時間葛藤した結果、淡は咲の友達ということになった。

 肯定しようか否定しようか考えたが、ぶっちゃけどっちでもいいな、というよりどうでもいいわ、という結論になったためだった。

 

「それじゃ、照。体に気を付けるんだぞ」

「うん、お父さんもね。咲も。それじゃまたね」

「うん。またね、お姉ちゃん」

 

 姿が見えなくなるまで手を振りながら、咲たちは白糸台高校を後にした。

 こうして姉の照との再会は、とても充実した時間が過ごせた。

 今日を経て、咲は決心がついた。

 

「……お父さん。話しがあるんだ」

「なんだい、咲?」

「うん、私ね、───」

 

 

****

 

 

 休み明けの学校。

 放課後、咲は旧校舎へ向かっていた。

 小川にまたがる橋を渡り、長い長い階段を登る。目的地まではもうすぐだ。

 先週訪れた部室までの道に間違えずに辿り着く。最後の階段を登った先にあるのは一つの扉。そこには『麻雀部』という表札のようなものが打ちつけられていた。

 

「よしっ」

 

 一声気合を入れて、いざ扉を開ける。

 そこで待っていたのは、和を含めた清澄高校麻雀部のメンバー全員だった。

 

「咲さん」

「……約束の返事をしに来ました」

 

 一同は緊張した眼差しで咲を見る。

 返答次第で、この先の麻雀部の行く末が決まる。

 それはつまり、県予選団体戦への出場切符の購入権を得られるか否か。

 

「そう、それで?」

 

 代表して部長の久が尋ねる。

 久にはなんとなくだが、咲の返事が分かっていた。

 自分の思惑通りに事が進んでいるということが。

 

「お願いします。ここに入れてもらえませんか?」

 

 最初は驚き。

 その次には喜びに満ちた声がメンバーから返ってくる。

 久は笑みを浮かべてた。

 

「ようこそ、麻雀部へ。歓迎するわ」

「はい!」

 

 これで遂に、清澄高校麻雀部に団体戦正規人数である五人が揃った。

 咲の高校麻雀は、ここから始まったのだ。

 





はい、これにて白糸台編は終了です。
個人的にあまりにも阿知賀の白糸台が不甲斐ないと思ったので、強化フラグたてまくりました。
もし全国編まで書き続けたら展開が変わるかも?



そして次回からは清澄に戻るのですが、ここで悲しい?残念?なお知らせです

多分ですけど更新速度が落ちます。ここからは基本は原作沿いになると思うのですが、原作沿いだとどうしても読めるものに改造するのに時間がかかります。1章書いてて、というよりこれ処女作なんで、その事実に始めて気づきました。
なんとか頑張る予定ですが、県予選のところで挫けそうです。キングクリムゾン!しちゃダメですかね(笑)?


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3-1

 清澄高校麻雀部部室で、一人の女子生徒が電話していた。

 

「あっ、ヤスコ? 久しぶり。んっ? あぁ、そうそう。うちも遂に五人集まってね。今年は出場するわよ。それでなんだけどね、今度まこの喫茶店に行かせる予定だから、ヤスコに凹ませてほしい子がいるのよ。……えぇ、構わないわ。全力でやって頂戴。それでね、凹ませてほしいのは一応二人なんだけど、一人はあの中学生チャンピオンの……そうそう、和ね。それで、もう一人はまぁ……その……出来たらでいいわ。……こっちの子はちょっと規格外でね。多分だけどあの天江衣と大差ないわ。下手したらそれ以上だから。うん、まぁその辺は任せるわ、頼めるかしら? ……そう、ありがとう。それじゃこの日に。……うん、りょーかい。それじゃよろしく頼むわ」

 

 秘密の会合が終わり、通話は切られた。

 計画を練っていた彼女は、楽しそうに窓に映る景色を眺めている。

 

「さて、どうなるかな?」

 

 県予選を10日後に控えたその日に、この計画が吉と出るか凶と出るか、今はまだ彼女にも分からない。

 

 

****

 

 

「……くそっ、嵌められた。部長、後で潰す。具体的には殺気混ぜたオーラ全開でぶち当ててやる」

「咲さん? いくらなんでもそれはちょっと……」

 

 咲のその物騒な発言に、思わず和が待ったを掛けようとする。

 オーラなどといったものに超鈍感であり、またオカルトを信じていない和だが、咲の本気は何か怖いと感じられるのだ。若干引き気味になるのも無理はなかった。

 咲のそれは例えるなら、人間が光一つない暗闇を恐怖するのと同じ。つまり、原始的恐怖であり、根源的な不安に対する恐怖と同義なのだ。

 しかもそれに意図的に殺気を混ぜるとなると、碌な未来予想図は出てこない。和としても、そんなものは御免被るし、出来ればお目にもかかりたくない。

 だが、この様子だと止めることはもう不可能だろう。人を射殺せそうな瞳で凄絶な笑みを浮かべている咲を見て、嫌でもそう思えてしまった。誤って咲という魔物の逆鱗に触れた久が悪い。

 和は心の中で久にご愁傷さまです、と言うことにした。もちろん庇う気などない。

 下手に援護すると飛び移るのは火の粉ではすまない。多分火炎弾だろう、あれは。

 

 現在咲と和がいるのは、とある喫茶店。そこで二人はヘルプの給仕として働いていた。

 別にそれだけだったら、咲もここまでご立腹にはならないだろう。そこまで咲は短気でもないし、理不尽でもない。

 麻雀においては常に理不尽ではないか? というのは今は関係ないので割愛する。

 では、なぜここまでご機嫌斜めかというと、その最たる理由は現在の咲たちが着ている服装にあった。

 

「メイド服とか……どんな羞恥プレイだよ、ホント。部長絶対知ってたよ、これ」

「……まぁ、それは多分知ってたと思います」

 

 時は一時間くらい前まで遡る。

 

 

****

 

 

「はーい、ちゅうもーく! 全員集まれー」

 

 部室に備え付けてあるホワイトボードに何かしらを書きなぐった後、久は部員を招集した。

 いつになくやる気に満ちたその声は、先ほどまで寝ていた和を起こすのには十分なものだったらしい。彼女は眠気まなこをこすりながらも、律儀に部長の呼び掛けに反応し、フラフラと立ち上がっていた。思い思いに過ごしていた他のメンバーも同様である。

 

 言われた通り集まった一同は、部長の横にあるホワイトボードに目を向ける。そこには、『目指せ全国高校生麻雀大会、県予選突破‼』の文字が、意外と達筆で書かれていた。

 

「というわけで、10日後の来月頭に県予選があります。予選には団体戦と個人戦があります。今年からうちの麻雀部も県予選に参加することにしました」

 

(今年からってことは去年まで参加してなかったんだ……。中々にしょっぱいなぁ)

 

 その手の事情に全く関心がなかったが、自分が通っている高校が意外と切羽詰まってることを、咲は今初めて知った。

 

 対する久は、相当のやる気に満ち溢れている様子だ。気炎万丈の闘志を燃やしている。

 まぁそれも当然だろう。

 今の話しからすると、久にとってこれは高校最初で最後の大会なのだから。熱が入らない方がおかしい。

 

「目標はもちろん、県予選突破です!」

 

 県予選突破。つまり初出場にして全国へ行くとの宣言だ。

 目標は大きく、とは言うがそこは正しく言うが易しというもの。険しい道のりには違いない。

 

 咲としても照と雌雄を決するために、全国に行くというのは半ば使命みたいなものがあるのでそれには大賛成である。

 

 そのために必要なことはまず情報。その辺りは久が用意していたようだ。

 

「あっ、そっちのは県内の主な強豪校の牌譜ね。それからこっちは予選のルール。パソコンにも入ってるから各自目を通しておくように」

 

 と言いながら、久はメンバーに紙を配っていく。

 

「パソコン使うじぇー」

 

 優希は紙を一瞥もせずに牌譜をチェックすることにしたらしい。本能でプレイしている彼女にとって、細かなルールを頭に叩き込むという堅苦しい作業はもろに苦手分野なのだ。

 

 他のメンバーは、まずはということで紙を熟読する。

 配布された紙には団体戦と個人戦のルールが記載されていた。

 団体戦は先鋒、次鋒、中堅、副将、そして大将の五人で、一人二回の半荘で与えられた点数を奪い合うというもの。例え一人の収支が良くても負ける可能性があるという、団体戦ならではのルールである。

 個人戦はそれといって特殊なことはない。参加選手をランダムに振り分け対局する。それを何度も繰り返し、最終的な総合収支を争うというものだった。

 

(団体戦は100000点持ちで、五人リレーみたいなものか。最終的に多くの得点を持っていた高校が勝者。うん、わかりやすくていいね。個人戦は25000点持ちで大した特別ルールはない。要するに全員蹴散らせば事足りると)

 

 咲のこの思考に自信過剰と笑う者もいるかもしれないが、それを実現出来る実力を彼女は持ち合わせている。咲は個人戦は心配無用だと結論付けた。

 

 問題は団体戦である。

 こちらは一人ではなく五人。個人プレーで引っ張っていけなくもないが、それは些か辛いものがあるだろう。そして自分が先鋒でないとき、最悪の場合は自分の番になる前に勝敗が決してしまう可能性がある。それはもう、咲にはどうしようもない。

 それに、咲たち清澄高校が所属するここ長野には、全国レベルの強豪校もいるらしい。加えて、チャンピオンである照がわざわざ言ってた高校も気になる。

 

(確か名前は──)

 

「えーと、去年の県予選団体戦の優勝は……龍門渕?」

 

(そう、龍門渕)

 

 優希の呟きで思いだした。

 その優希は、丁度パソコンで龍門渕の牌譜を見ているところだった。咲もそれを後ろから覗き込む。

 

「じぇ⁉ 訳わかんないですけどこの人⁉」

「あぁ、龍門渕高校の天江衣か」

 

(確かそんな名前も言ってたなぁ)

 

 パソコンに表示されている牌譜を見る咲。

 それは件の天江衣の牌譜だった。

 

「咲ちゃん並に変だじょ」

 

 優希の素直な感想に少し顔をしかめる咲。正面きって変と言われたのだ。どんな人でもあまり良い気分にはならないだろう。

 

(変とは失礼だな……まぁ確かに普通の打ち手ではないかな。十中八九能力者。でも、これだけだと見た感じ、只の高火力プレイヤーにしか見えないなぁー)

 

 咲の感想としてはそんなものだった。これだったらまず負けることはないだろう、くらいの気持ちである。

 だが、警告してきたのはあの照だ。油断するつもりはない。

 

「そうねぇ、それまで六年連続県代表だった風越女子が去年は決勝でその天江衣を擁する龍門渕に惨敗したのよ」

 

 後ろから久の解説が入る。

 咲としては、風越ってどこ? くらいの興味しかなかった。咲には強豪校とか、誰が強いとか、その類の情報が圧倒的に不足しているのだ。久もそれが分かっているから口に出して説明しているのだろう。

 久の解説はまだ続いた。

 

「龍門渕の選手は天江を筆頭として全員が当時の新一年生だったけど、その五人にあの風越が手も足も出なかったの」

「一年生……」

「ということは今年も全員……」

「五人とも二年生で出てくるってことね」

 

 全員一年生で、しかも名門の強豪校を破って県予選突破とは普通に考えて偉業である。更に今年もそのメンバーが出てくるとなると、警戒して当たり前。事実和と京太郎は少しだけ腰が引けていた。

 だがそのような状況下でも、優希の良く言えばポジティブ、悪く言えば楽観的な感じは変わらなかった。

 

「だーが! 今年はのどちゃんを擁するうちの一年がそいつらを倒す!」

「咲もいるしな」

 

 優希の発言に同意を示す京太郎。いつの間にそこまでの信頼を向けてくれるようになったのか知らないが、無条件のそれは危ういものである。

 

「油断大敵だよ」

「歴史は繰り返すんだじぇー!」

「おぉー!」

 

 一応苦言を呈する咲であったが、優希と京太郎は全く聞いていなかった。

 まぁ咲としても負けるつもりなど毛頭ないので、全員倒すというのに変わりはない。

 

「あれ? そういえば染谷先輩は今日は来ないんですか?」

「おぉー、忘れてた」

 

(あっ、ホントにそう思えばいない)

 

 久は若干演技がかっていたが、咲は素で忘れていた。

 入部したばっかりでまだ日が浅いから、という理由ではない。

 悲しいことに、まこはこの濃いメンバーの中では若干埋れ気味になってしまう。口調に関してだけは優希を上回る個性を持っているのだが。

 

 日本語における個性とは、本当に便利な言葉である。

 閑話休題。

 

「まこの家は喫茶店をやっているんだけどね、書き入れ時のうえに今日はバイトの子が病欠で人手が足りないらしいのよ」

「じゃあ、染谷先輩もウェイトレスを?」

 

(……似合うのかなぁ? いや、見た目は普通に美人なんだけど、口調がなぁ)

 

 咲は大分失礼なことを考えていたが、もちろん口には出さない。

 表面上は大人しい文学少女で今まで通してきたのだ。実は腹黒いなんて、バレるわけにはいかなかった。

 

「というわけでね、咲と和、二人でまこの家を手伝いに行ってきてくれる?」

「「……えっ?」」

 

 狙っていたわけでもないのに、咲と和はハモってしまった。急展開だったために、さすがに久のその提案は予想できていなかったのだ。

 それに、少なからず疑問点もある。

 何故わざわざ県予選突破を説明したこのタイミングで、店などを手伝わせるのか。

 

 そして、もう一つ。

 

「って、部長は行かないんですか?」

 

 京太郎が聞いた通り、何故咲と和だけなのか。

 こういうときは、部員みんなで行くものではないのかということだ。指名するなど、普通に怪しい。

 

 問われた久も若干慌てていた。

 

「えっ? えーー……ほら私、年だから。それに学生議会の仕事もあって……」

「年って、まだ17歳なんじゃ」

「と・に・か・く。社会勉強だって麻雀に強くなるために必要よ。これも県予選に向けての特訓の一環ってことで」

「「はぁー……」」

 

 見事に建前を並び立てて強引に押し切られた。

 悲惨な未来になるとはつゆ知らず、咲と和はその提案を安請け合いしてしまったのだ。

 

 

****

 

 

「それで、お店に来てみればまさかのメイド喫茶。というより、メイドデーってなに? しかも私たちのだけ染谷先輩が着てるのと違って特別製……そうか、染谷先輩も敵だったのか」

「咲さん、染谷先輩は仲間です。それにその格好も似合ってますよ。可愛くて素敵です」

「……ありがとう、和ちゃん」

 

(私としては胸囲の格差が酷すぎて、無駄に凹むんだけどなぁー。出来れば隣に立たないでほしい。訴訟も辞さないレベル)

 

 このようにして現在に至っていた。

 何か企んでると思っていたが、まさかこんなこととは。

 久は三回は潰すと心に決めた咲。そういう風にストレス発散でもしなければやってられなかった。

 

「というより染谷先輩、なんでメイド喫茶なんですか?」

「最近は漫画喫茶だのなんだのと、ライバルが増えとるけぇ。うちじゃこうでもせんと客とれんけんねぇ」

「世知辛い……」

 

 経営など咲には専門外もいいとこ。お店に関わるまこだからこその発言だった。

 そのおかげか、見る限り店は繁盛してる様子だ。こんな片田舎の喫茶店にしては、十分混雑してると言っていいだろう。

 大半は男性客で、和には下卑た視線を向ける輩も多いのだが。確かにあのプロポーションでは仕方がない。目の保養には最適である。

 

「それで、どんなぁその制服?」

「どう見たって恥ずかしいですよ。こんな羞恥プレイは生まれて始めてです」

 

 メイド服など二度と着ない。咲は心に固く誓った。

 

「注文です」

「おおぅ、お疲れー」

「あの……あれは何ですか?」

 

 すっかり店員として順応している和だったが、先ほどから気になっていたのか、まこに疑問を投げかける。

 その視線の先には、どう見ても麻雀卓と思わしきものが鎮座していた。

 

「見て分からんか? 麻雀卓じゃ」

「いえ、それは分かりますが……何故喫茶店に麻雀卓が?」

「そりぁあ、麻雀打つために決まっとるじゃろう」

 

 キラリの眼鏡を光らせてまこは答えた。その表情は明らかに何か企んでますよ、という笑みを浮かべている。

 咲としてもこの光景には見覚えがあった。ついこの前のことなので忘れるには早過ぎる。

 

(まさか、こっちでも出会うことになるとは……麻雀喫茶)

 

 よくよく麻雀喫茶に縁があるようだ。

 咲が東京で訪れた麻雀喫茶は、テーブルの全てが麻雀卓だったが、ここではある一角一つに卓が置かれている。打ちたい客がいたら自由に打てる方式らしい。

 

 その後も色々と話しをしていたが、『チリリリーン』という店のドアに備え付けてある鈴の音と共に、新たに客が二人来店してきた。

 

「「お帰りなさいませ、ご主人さま」」

 

 やっと板についてきたメイド定番の挨拶をする咲と和。まさかこの台詞を自分で言うことになろうとはと、咲は悲嘆に暮れる。

 

「おっ、卓空いてるじゃん。打てる?」

「はーい、お二人さま麻雀卓にごあんなーい」

 

 来店した客は二人。

 麻雀打つには四人必要。

 ……ということは?

 

「私たちが打つんですか?」

「その通りじゃ」

 

(部長の狙いはこっちか。なーにが社会勉強だ)

 

 恐らく、同じ相手ばかりではなく様々な相手と経験を積ませる、くらいの理由だろう。

 だが咲と和では大抵の人には勝ててしまう。それではあまりにも意味がない。きっとまだ何かあるのだろう。

 

 とりあえず咲が今分かっていることはただ一つ。

 

「これはつまり、私の十八番である超接待麻雀のプラマイゼロを打ちまくれ、ということですね?」

「いや、それは違うじゃろう……」

「そうですよ、咲さん。手加減なんて私が許しません」

「えぇ〜」

 

 即座に二人に否定されてしまった。

 だが何故か咲も諦めない。

 ここでそれを披露しなければ、いつ披露するのか。今でしょ!

 

「だって、いいんですか? ここで私が無双したら、お客様が寄り付かなくなってしまいますよ? それじゃ染谷先輩、商売あがったりですよ?」

「うっ……それは確かに勘弁してもらいたいのぉ」

「ならやっぱりプラマイゼロしかないと思います!」

 

 まこはこれで折れるだろう。あとは和だけだ。

 続けて和におねだりを開始する咲。ストレスが溜まっている咲はその発散のためならと、全力だった。

 

「ね、いいでしょ和ちゃん?」

「いいえ、ダメです。というか私が気に食わないです」

 

 まだ折れない和。彼女は意外にも頑固な一面があるので、咲もこの程度であれば予想通りである。

 そして、そんな和を打ち崩す策が、咲にはあるのだ。

 

「和ちゃん。私にとってプラマイゼロは手加減でも何でもない。むしろ本気だよ? ……あとそれにーー」

 

 ここで咲は人の悪い笑みを浮かべる。

 

「そんなに言うなら和ちゃんが止めればいいでしょ? まぁ止められればの話だけどね」

 

 これには和もカチンときたようだ。

 和は頑固である。加えて単純でもあった。全中覇者だったから、というわけではないが元々のプライドが高く、このような屈辱は基本耐えられない。

 

 咲の見立てではまず間違いなく、この挑発に乗って来る。

 

「……いいでしょう、分かりました。今日こそそんなオカルトがありえないことを証明してみせます」

「クスクス。そうこなくっちゃ」

 

 咲の笑い方や仕草、台詞に至るまで完璧に悪役のそれだが、付け焼き刃のメイドより何百倍も様になっているのが残念なところであった。むしろ自然に見えるまである。

 

(わしが思っとった展開とは大分違うもんじゃが、まぁ結果オーライってとこかの。和もやる気になってるようじゃし)

 

 まこが苦笑いで見守る中、お客様用のスマイルを貼り付けた咲と、妙にやる気になっている和は、先ほど訪れた客二人を携えて麻雀卓に向かっていった。

 

 

****

 

 

「ツモ、300、500です」

「これで終わりだね。今度もこっちのお嬢ちゃんの勝ちか。強いねお嬢ちゃん」

 

 こっちのお嬢さんとは和のことである。三回の対局を終えて、戦績は和が全てトップだった。

 

 そして、咲は三回連続でプラマイゼロを達成していた。

 

 表面上は笑顔で。「ありがとうございます」と客に礼を言っているこっちのお嬢さんこと和であるが、今にも額に青筋が立つのではないか、というくらいには内心キレているのが咲には分かっていた。というより、偶にビキッという効果音と共に浮き上がっている。

 

(いやー、ストレス発散にはなったけど、さすがにやり過ぎたかなー。和ちゃんの気迫が怖くなってきた。あれだ、マジでブチ切れる5秒前ってやつだ、うん)

 

 咲は結構余裕であった。

 

「そんじゃ、キリのいいところで俺は終わりにするわ。またな」

「おおう」

「「ありがとうございました」」

 

 客が一人帰ってしまった。

 これでは人数不足で麻雀を打つことが出来ない。三麻であれば可能だが、さすがにやらないであろう。

 さて、どうするんだろうと思っていたところで、咲は唐突に強いオーラを感じた。

 

「んっ?」

 

 思わずそのオーラを感じた方向に目を向けると、丁度そのタイミングで一人の客が来店してきた。

 現れたその客は闇色のショートカットの女性。黒のロングコートを羽織っており、その下はパンクなゴシック・ファッションという、かなり奇抜なスタイルであった。

 

(なんだこの超場違いな人は……。でも、オーラはこの人から感じる。それこそ、子どもの頃のお姉ちゃんくらいには)

 

「いらっしゃい」

 

 投げ渡されたコートを受け取り、まこが挨拶を交わす。

 その様子から、二人は知り合いなのだと判る。一連の流れが自然な点からもそう判断出来た。

 

「あら、今日のバイトは可愛らしいわね」

 

(……なるほど、コイツか)

 

 咲はこの人物の登場によって、やっと久の本当の狙いが分かった。

 明らかに只者ではないし、タイミングも絶妙過ぎる。この人と対局させるためにこの展開を仕組んだのだろう。

 

(咲さんが反応を示しているということは、この人は相当強い、ということでいいんでしょうか……)

 

 和にはそういうのは分からないが、咲のことは少しは分かっているつもりだ。多分間違っていない。

 

 その客は常連なのか、「いつもの」の一言で注文を終わらせ、こちらに向かって来た。

 

「よろしく」

「「よ、よろしくお願いします」」

「さぁ、始めようか」

 

 少しの時間も空けることなく、謎の人物との対局が始まった。

 

 

****

 

 

「ロン、5200」

「はーい、終了でーす」

 

 まこの掛け声で対局が終了した。

 対局は計五回。結果は全て先ほど来店した謎の人物、藤田靖子のトップで終わっていた。

 しかも全部の局、オーラスまでは和がトップだったにも関わらず、最後に捲ってトップ、という展開であった。

 

「結局、私が五連続トップね」

 

(……久の話だと、この宮永咲という少女は衣に匹敵すると聞いていたのだけど、特に目立ったところはなかったわね)

 

 天江衣と大差ないと聞いていたから、どんなものかと期待していたのだが、靖子にはこの結果では咲の本質がよく理解出来てなかった。

 

 だが、和とまこは気づいている。

 やはり咲は異常だということに。

 

(咲さんは五連続プラマイゼロ。最初から合わせたら八回連続。理解不能です。それにこの人、一体何者? オーラスで決まって私を狙い打ち、しかも全部捲られた)

(この人相手でも、意味なかったのぅ)

 

 一方の咲は、落胆の気持ちの方が大きかった。

 

(……結構期待してたのになー、このカツ丼さん。なんだ、結局こんなものか。部長がわざわざ仕組んでくれたからどんなものかと思ってたけど、これは拍子抜けだよ)

 

 最初は照と同等の力があるのかと思っていたのだが、それは買い被りが過ぎたようだ。

 ついこの前チャンピオンと対局した咲からしてみれば、別にどうってことはない相手だ。はっきり言えば、友達(笑)の淡の方がまだ歯ごたえがあった。

 咲にとってプラマイゼロが出来る相手に、勝つことなど容易なのだ。今のところ例外とも言えるのは照くらいだろう。

 

 ちなみにカツ丼さんというのは、『いつもの』の注文で出てきたのがカツ丼で、対局中ずっと食べていたから、このような仇名になっていた。

 

 頃合いだろうと判断したらしい。まこは、ここでネタばらしすることにした。

 

「藤田さんはプロ雀士なんじゃ」

「「えっ⁉」」

 

(これ()プロ雀士……)

(これ()プロ雀士⁉)

 

 前者が和で後者が咲。

 一文字だけ感想が違うが、それだけで受ける印象が180度変わるのだから、日本語というのは不思議である。

 和は純粋に驚いているのだが、咲はその驚きの種類が違う。信じられないという気持ちが大きいのが分かるだろう。

 

 咲は未だに、自身がどれほど規格外の打ち手なのか理解していなかったのだ。

 

(ホントにプロなの? だって、プロってあれだよね? サッカーだったらワールドカップに、野球だったらメジャーに、テニスだったらウィンブルドンに、その他諸々だったらオリンピックに出場するような、あのプロだよね?)

 

 こう言ってしまうと麻雀のプロが霞んでしまうのは仕方ないことだろう。いくらこの“麻雀時代”と呼ばれるような今でも、サッカーや野球には勝てないのだ。

 

 だが、だからとしても咲にとって衝撃だったのは間違いない。それほどまでに咲にとって靖子は、『大したことのない』レベルだったのだ。

 

 更に話しを聞くと、この他称プロは、プロアマの親善試合でも高校生相手に負けているらしい。

 しかもその高校生というのが、照から警告された天江衣だと言うのだから面白い。咲としてはこちらの情報の方が重要だった。少なくともこれで、天江衣が靖子より強いことが分かったのだ。

 

(でも、あまり参考にならないなぁ。……使えないなこのカツ丼)

 

 最終的に敬称までなくなったのであった。

 

 

****

 

 

 久の狙いであった『二人を凹ませる』というのは、和には効果があったようだが、咲には全く意味を成せずに終わってしまった。

 そして後日、久は咲にボコボコに、ズタズタに、滅多打ちにされるのをまだ知らない。

 




今更ですけど、ここの咲さんは常にロングスカートです。
メイド服はアニメのイメージで。


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3-2

祝‼
通算UA100000突破!
感想100突破!
投票者80突破!
お気に入り2000突破!

本当にありがとうございます(≧∇≦)
出来心で始めた拙作がまさかのこれです

でも、これフェードアウトしにくくなったんじゃ……



記念ということで、今回は三本連続投稿デース
まぁ合宿編を小分けにしただけですか

それではどうぞ


「おぉ、ここですか?」

「そうよー、結構綺麗でしょ?」

「はい。驚きました」

 

 長野某所。

 咲たち清澄麻雀部一行は、県予選へ向けての最後の調整ということで合宿を行うことになった。

 和は先日、プロ(笑)相手に手厳しい結果を残した。いくら相手がプロ(笑)だからと言っても、本来ならもう少し善戦出来たであろう。

 優希も一年生にしては光るものがあるが、それでもまだ力不足は否めない。

 この二人が県予選で戦えるまでに成長しなければ、全国など夢のまた夢。どんなスポーツなどでもそうだが、高校生の全国大会とはそこまで容易い道のりではないのだ。

 

 今回の合宿の主な目的はこの二人の実力の底上げにあった。

 

 

 

 …………咲は?

 

 

 

 ──いらないでしょっ。

 久の結論は早かった。

 

 現在いるのはその合宿所の前である。

 学校の設備の合宿所にしては広さは十分異常、清潔感もあり、その他設備も完備とそこらの旅館と比較しても見劣りしないものであった。

 加えて周りは自然に囲まれており、一般人と会うこともないフリーダムな空間。旅館として営業していたら儲かるのでは? と思えるくらいに良い場所であった。

 

(学校の合宿所って聞いたから、もっとボロいのかと思ってた)

 

 さらに聞いた話しだと、ここには温泉まで備えられているらしい。無駄に凄い。

 

「さて、みんな。今日からここで二泊三日特打よ!」

「「「「「おー!」」」」」

 

 常よりハイテンションな部長の掛け声に、部員全員で気合いを入れていた。

 

 咲は悲しいことに、今まで碌に友達がいなかったので、このような友達や部活のみんなでわいわいするという体験がなかった。そのため、結構楽しんでいるようだ。

 和も大体咲と似たような感じで、優希は言わずもがな超ハイテンション。

 まこと京太郎はいつも通りといった感じだった。ただ京太郎は恐ろしく重そうな荷物を持っているため、すぐにでも倒れそうである。誰も助けようとしないのが清澄クオリティであった。

 

 各人合宿所にいざ入ろうとしたときに、咲は一つあることを思い出した。

 

「そう思えば、部長?」

「ん? 何かしら?」

 

 笑顔で尋ねてきた久だったが、この後の咲の言葉に固まることになる。

 

「メイド服にされた恨み、忘れてませんからね?」

「……………………………」

 

 詳しい事情知っているまこと和は、それを聞いた途端にそそくさとその場を立ち去り、逃げるように合宿所へと駆け込んでいった。まこはハヤテの如き速さで走り去り、和に至っては胸に備え付けられている巨大な果実をバインバインに揺らしながらの全力疾走であった。

 そんな普段と違い過ぎる二人を見て唖然とする優希と京太郎であったが、和とまこの奇異な行動、咲が纏う異様な雰囲気を感じ取ったのか、あとを追うように中へと進んでいった。

 

 一方、一人魔王と一緒に残された久は、発せられる殺気の所為で身動きが取れずにいた。

 さっきまでのハイテンションは何処へやら。

 久の口は引き攣り、顔色は見る見る内に青くなっていく。

 久はその時初めて知ったのだ。

 自身が触れてはいけない逆鱗に触れていたことに。

 そして、その末路がどのようになるかを、その時、初めて知ったのだった。

 

「──部長。後でたくさんたくさん、麻雀しましょうね?」

 

 死刑宣告であった。

 

 

****

 

 

 一時間後。

 

「──やぁ〜、スッキリしたぁ〜。和ちゃんに優希ちゃん、この後温泉行かない?」

「……そうですね。私も丁度、気分転換がしたいと思っていたところです」

「……わ、私も賛成だじぇー」

 

 一波乱終えた後、咲のその提案で一年生女子は温泉へ行くことになった。

 一人清々しい笑顔を浮かべ、ルンルン気分で浴衣を取りに行く咲を見送った和は、麻雀卓に突っ伏している久に話しかける。

 

「部長。これに懲りたら、もう二度と咲さんは怒らせてはダメですよ。それに巻き込まれる私たちの身にもなって下さい。分かりました? 約束ですよ?」

「……………………………………………」

 

 返事がない。ただの屍のようだ。

 

「……仕方ありません。染谷先輩、それにゆーき。まだお昼を過ぎたばかりで大分早いですが、一つ布団を敷いてそこに部長を安置しときましょう。この様子では、数時間は使い物になりません」

「……そうじゃの」

「……それにも賛成だじぇー」

 

 物言わぬ物体と成り果てた久を三人は運び出す。両手を和、両脚をまこが持ち、宙ぶらりんの状態で動かない久を、優希が敷き終えた布団に「せーのっ」っと横たえさせる。最後に虚で光の映さない、俗にいうレイプ目で見開いている目をそっと閉じた。南無三。

 メンタルが比較的強い久でも、魔王には対抗出来なかったらしい。だが自業自得な面もあるので、和とまこはかわいそうとは思わなかった。

 

 やったらやり返される。

 世界の歴史を紐解いていけば自ずと分かる、この世の真理だった。

 

「それではゆーき、私たちも温泉に行きましょう。染谷先輩はどうしますか?」

「わしは部長を見とくけぇ、気にせず行ってくれて構わんのぉ」

「分かりました」

「では、行ってくるじぇー」

 

 後始末はまこに任せて和に優希、それと咲は温泉へと向かうのだった。

 

 

 

 

 二時間後。

 

「──はっ⁉」

「おっ。起きたかのぉ部長?」

「……なんか、悪夢を見てた気がするわ」

 

 長い間(うな)されていた久がやっと起きあがった。

 瞳の光彩も元に戻り、やっと本来の調子を取り戻せたようだ。

 それと、自分がどうしてこのようになっていたのかも思い出せたらしい。

 

 対局は全部で三回だった。

 全ての局でピンポイントに禍々しいオーラをぶつけられたのはもちろんだったが、それ以上に内容が恐ろしかった。

 

 一回目の対局はまるで小手調べかのようにプラマイゼロ。

 二回目の対局が最もきつく、東場で咲の親が回ってきた途端、怒涛の久狙い撃ち。しかも点数が高くても3900くらいで、低い点数でジワジワと削り取っていくという、常軌を逸した復讐心MAXスタイル。

 その時、咲以外の面々は思った。十本場なんて初めて見た、と。そして、これ何の拷問? とも。

 そして最後の対局。久の捨て牌を大明槓からの嶺上開花で一撃必殺。

 それと同時に久は気力が尽きて気絶したのだろう。それ以降の記憶がなかった。

 

 他人にやられて嫌なことはしてはいけないのと同じで、自分でもやりたくないことを他人に勧めてはいけない、というのを身を以て体験できた。

 和に言われずとも久は心に誓っていた。

 二度と咲を怒らせないようにしようと。

 扱い一つ間違えるだけで、このように大惨事である。

 

「咲は核兵器か何かかしら?」

「……否定はせんのぉ」

 

 持っているだけでも相手を威圧でき、いざ使用すると絶大な効果を生む、ただし扱い一つ間違えただけで敵味方関係ない点などそっくりだ。

 実際の核兵器も、例え素人でもボタン一つでドカンなのだから。こっちは冗談では済まないが。

 

 咲と核兵器の最大の違いは心があるかどうか。

 咲の場合は扱いを間違えた時もそうだが、人間であり、心があるので不機嫌になっただけでも周りに被害が及ぶ。

 しかもそれは、本人が気に入るか気に入らないかを判断するため、周りの人間には何が良くて何がダメなのか正しくは理解出来ない。この点は核兵器よりも恐ろしい。

 核兵器がいきなり「ムカついたから爆発しまーす」などと言ったら、これはもう悲劇ではなく喜劇だろう。代償に地球が滅びるが。

 

 でも心がある分味方となれば、これ以上に頼り甲斐があるものはない。

 

「……天使と悪魔、と言ったところかしら?」

 

 味方なら守護天使。敵なら魔王。

 久たち清澄高校の面々は、その点では本当に幸せだろう。

 何故なら彼女たちにとって咲は味方であり、咲にとっても彼女たちは味方なのだから。咲の実力を知っているが故に、敵になった彼女は想像すらしたくない。

 

「頼もしい限りじゃけぇ」

「そうね。ところで一年生組は?」

「温泉行った後に一度戻ったんじゃが、お前さんがまだ寝とるから散歩に行ったけぇ」

「そう。それじゃあまこ? 私たちも温泉に行きましょう? 汗が酷くて気持ち悪いわ」

「それもそうじゃな。わしも入りたいと思っとったところじゃ」

 

 二人も浴衣を携え温泉へと向かう。

 合宿はまだ、始まったばかりである。

 

 

****

 

 

「ちょっとしたアクシデントはあったけど、ここから夕食まではみんなで特打よ! ドンドン打つのよ!」

「「「はい!」」」

 

 やっと合宿らしいことが始まった。

 

 今日、それと明日はひたすらに打つ。打って打ってうちまくるのだ。

 麻雀において近道など存在しない。咲や照のようなイレギュラーも存在するにはするが、基本的には数多く打った者が強くなるのがこの世界。

 

 咲も全力である。照を倒すという大きな目標が出来たから、手を抜くなどということはしない。

 まぁ咲は強すぎるため、自然と三対一の形になっているのはご愛嬌。それでも止められずに誰かが飛ぶことも少なくなかったのだが。

 

 何回か対局を経て、咲は少し違和感を感じていた。

 

(あれ? いつもより調子が良い、……なんでだろう? お姉ちゃんと対局したときよりも力が出せる気がする……もしかして私、力制限されてた?)

 

 “鏡”で見た照は知っていたが、咲は自身にリミッターがかかっていることを知らなかったのだ。当然その解除条件も知らない。

 

(だけど、それが分かれば……)

 

 自然と口角が吊り上がる。

 それさえ分かれば、照に勝つ可能性がグンと現実的になるだろう。

 当初は如何に小細工を凝らして勝つかを考えていたが、対照に関してだけはその手段は性に合わない。照同様に麻雀戦闘民族の咲としては、全力を尽くせるのなら正面からのぶつかり合いの方が面白いと感じられるのだ。

 なので今日一日は、そのリミッター解除条件を見極めることに専念すること決めた。

 

 だが、この時の咲はそれを探すことに夢中で周りへの配慮が足りなかったのだろう。少し考えれば分かったことなのに。

 

 咲が今までの全力以上を出し続けたらどうなるのか。

 彼女はまだ、理解しきれていなかったのだ。

 

 

****

 

 

「──フフッ、なるほど。これが条件だね」

 

 咲は高笑いでもしそうな気持ちを抑えて、ほくそ笑むだけに留める。それほどまでに手に入れた情報と力は絶大なものだった。

 

 自身でも半信半疑だったが、咲のリミッター解除条件は『素足になる』こと。

 家族で麻雀をしてた初期の頃、咲は心の底から麻雀を楽しんでいた。その際は靴下など履いておらず素足で打っていた。きっとこれはそういう理由からなのであろう。

 

 “麻雀を楽しむ”。それが咲を含めた麻雀を嗜む人みんなの行動原理なのだから。所謂、初心に帰るというやつである。

 

 だが、手に入れた力に比して代償も大きかったようだ。但し咲ではなく、周りの、だが。

 少なくない回数の対局を経て、遂に咲がリミッター解除条件を探し当てたときには、周りは死屍累々となっていた。

 先ほどは一つだった物体が、今は五つ出来上がっている。当然咲以外のメンバー全員である。

 一人、また一人とバッタバタ倒れていき、最後の対局で三人同時にくたばっていた。もれなく全員レイプ目であった。

 

(さて、私としてはこれで大満足かな。とりあえずみんなはどうしよう?)

 

 もうすぐしたら夕食の時間である。なのでこのまま放置するわけにもいかなかった。

 ただ、久ですら回復するのに二時間要したのに、この短時間での全員復活は不可能だろう。

 寝ていて夕食を食べられませんでした、などとあっては作ってくれた方々にも失礼にあたってしまう。

 

(死体が一匹、死体が二匹、死体が……)

 

 などと、羊と同じ感覚で目の前の光景をアハハと笑っている咲は恐ろし過ぎた。完璧に恐怖映像だった。

 もちろん咲はそんなことを本気で思っているわけではない。これは魔王様のちょっとしたお遊びである。

 

(しょうがない。奥の手使いますか)

 

 咲はオーラの使い方が自由自在になっていて、この時初めて良かったと思っていたのだった。

 




続けていっきまーす


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3-3

合宿編第二弾!


「昨日は散々な目に逢いました……」

 

 一夜明けた翌朝。

 早朝ランニングを終えた後の和の第一声がそれだった。

 

 どうやら、咲のいつも以上の全力オーラに部員全員がばたんきゅーした後、咲の奥の手である“癒”のオーラで復活させられたらしい。

 らしいというのは、詳しくは覚えていなかったからである。気絶中、何処か心地よい旋律が響いてきて、暖かいものに包まれていた感じがあったのは微かに記憶にあるのだが所詮それだけで。気付いたら全員が目を覚ましていた状況だったのだ。

 その後も夕食を食べたはいいが、尋常でない疲労のために咲以外がすぐに就寝してしまった。一日目の終わりは本当にいつの間にか訪れていたらしい。

 

 合宿は二日目。今日は丸一日特打の予定である。

 

「部長、少しいいですか?」

「何かしら?」

 

 許可を得た咲は何やらゴソゴソとバックを漁り、ルーズリーフを取り出した。

 その用紙にはギッシリと文字が書き込まれている。

 

「はい。みんなが寝ちゃった昨日の内に、今の時点でのみんなの改善点をまとめてみたんですが……」

「何それ面白そう、ちょっと聞きたいわね。聞かせてちょうだい」

 

 久を含めて、部員全員咲の観察眼の精度の高さについて知っている。

 咲のそれは対局相手の技をコピー出来るような非常識で凄まじいものなのだ。

 その観察眼から分かる改善点と言ったら、確実にためになるだろう。知っておいて損はない。

 

「では、まず部長から。部長は特に問題点らしいものはありません。あの悪待ちは十分武器として機能していて、地力も高いです。先日訪れた白糸台高校の全国レベルメンバーにも決して見劣りしません。改善点を挙げるとしたら、公式戦の経験不足とかそんなのではないかと思います」

「……聞き流そうかと思ったけど、咲、あなた白糸台高校に行ったの?」

「はい。言ってませんでしたっけ?」

「……えぇ、初耳よ」

 

 飛び出てきた重大な出来事に頭を抱えそうになる久であったが、もう注意するのすら面倒である。

 もうこの娘は放任形式にしようと決めた瞬間でもあった。

 

「まぁ、いいわ。ありがとう咲。じゃあ次、ドンドン言ってみて」

「では。次は染谷先輩です。染谷先輩は対局経験がこの中でズバ抜けているようなので、上手いだけのベテランプライヤーにはまず負けないかと思います。ただ、今まで対局したようなことがない相手、例としては二つです。私のような特殊な打ち手か、京ちゃんのような素人、このようなタイプには足下を掬われる可能性があります」

 

 的を得た指摘にまこは感心したように声を漏らす。

 咲の言う通り、この中で最も実際の対局経験が多いのはまこである。ネット麻雀という面では和の右に出る者はいないが、あれはあれでリアルとの差異がある。それを考慮しての咲の判断であった。

 

「なるほど、つまりわしはもっと多くのレパートリーを増やせばええんか?」

「はい。それで問題ないと思います」

 

 部員数の少ない清澄では対応しにくい課題であるが、いざとなれば雀荘巡りで済む問題でもある。まこの強化もこれで解決されるだろう。

 本題はここからであった。

 

「次は優希ちゃん。優希ちゃんは自分でも分かっているように東場では強いです。ただその東場でも、部長のようなアブノーマルな打ち手相手だと攻めきれていない場面が多いです。あと南場では失速するので、こっちは東場で得た点を守りきるスタイルがいいかと思います」

「つまり優希は東場での力の増強と、南場での守備力強化ということね?」

「そんな感じですね」

「それが簡単に出来たら苦労しないじぇ〜」

 

 机に突っ伏してぶーたれる優希。最近中々勝てないことが続いている彼女はスランプ気味であった。

 だが、咲の観察眼は何も実力を見極めるだけのものではない。優希の心情すら理解していた。

 だからこそ、解決策も用意してある。

 

「大丈夫だよ、優希ちゃん」

「何か良い方法があるのか!?」

「うん! それはね──」

 

 咲はニッコリ笑顔で言い放つ。

 

「私が魔改造するから問題ないよ!」

「誰か助けてぇぇぇ!!!」

 

 今日が優希の命日になるかもしれなかった。

 

「最後に和ちゃん。和ちゃんはデジタルにしてはミスが多いです。きっと本来の実力の半分も出せていないでしょう。それさえなくなれば下手なプロになら勝てるくらい強いはずです。何故そうなのかはよく分かりませんが、おそらくは集中力が足りないのではないかと思います」

「そんなことはないと思うのですが……」

「でも、手応えを感じてないときあるでしょ?」

「……確かにあります」

 

 でしょ? と、咲が確認する。

 和も思い当たる節があるのだろう。勿論、普段の対局で手を抜いたことなど一度もないが、どうにも違和感が残っていたのもまた事実だった。

 

「分かりました。少し意識してみたいと思います」

「うん、私もそれがいいと思うよ」

 

 これで確認が終わった。

 かに見えた。

 

「……あれ、俺は?」

「京ちゃんは経験不足過ぎ。せめて自分のスタイルを獲得してないと、私としても助言できない」

「……そんなぁ〜」

 

 咲は容赦無かった。

 

「ありがとう。とても参考になったわ」

 

 この短時間で各メンバーの問題点を把握し、なおかつ解決案まで考えられている。やや無理やりな解決策もあったが、やはり咲の観察眼は並大抵のものではない。

 

「咲の言ったことも参考にしながら、今日のメニューを考えているわ。元々この合宿のメインテーマは部員の実力の底上げが目的だからね」

 

(まぁ、咲が更に強くなるとは思ってなかったけど)

 

 思わぬ収穫ではあったが、棚ぼたには違いなかった。

 

「じゃあ、まず優希。あなたはこれ」

「ふぇ? なんだじぇこれ?」

「算数のドリル」

「えぇぇー⁉」

 

 優希は単刀直入に言ってバカなので、点数移動計算が雑だった。団体戦においては互いの点数の把握は最低条件なので、この欠点は致命的である。麻雀の実力とか言う以前の問題であり、絶対に身につけなければいけない類いの改善点であった。

 久のこの判断は至極妥当なものだろう。この辺りは咲には思い付けない。

 

「次に咲」

「はい」

「咲はもう、今の段階でも最強と言ってもいいわ。でも少し能力? に頼り過ぎている面がある。だからあなたにはネット麻雀を打ってもらうわ」

「ネット?」

 

(パソコンとか触れたことすら無いんですが……)

 

 久曰く、牌の情報以外なにもない状態で打ってみれば、今まで意識したことのないものが見えてくるかもしれない、とのこと。

 確かに白糸台に行って姉の照と対局したときも、同じことを咲は言われていた。

 

「でも私、パソコンとか持ってませんよ?」

「だいじょーぶ! ほら須賀くん」

「フフフフ……やっと俺の出番ですね!」

 

 京太郎は行きで持って来ていた、無駄にデカイ荷物の中身を披露する。そこにはなんと、部室に備えてあったデスクトップ型のパソコンが入っていたのだ。

 ノートパソコンがないからと、久にお願いされてわざわざ持ってきたらしい。

 

 その努力は認めよう。献身的な彼はこの部に無くてはならない存在である。

 凄い、本当に凄い。だがアホであった。

 

(よくそんな重いものを……すっかりパシリだな京ちゃん)

 

 可哀想なことに、京太郎の苦労は本人からは感謝すらされないのだった。

 

「最後に和。和は咲が言った通りミスの多さが目立つわ。あなたはネット麻雀ではそれこそプロ顔負けの力があるわ。でもリアルの対局ではネット麻雀ほどの成績が出せていない」

「やはりそうなのでしょうか……?」

 

 和はリアルの麻雀では、周りの情報量の多さに惑わされて普段の実力が出せていないのでは? とは久の推測だ。

 そのためそれらを気にせずに打てるようになれば、ミスも減るはずとの考えだった。

 

「あっ、それなら私に一つ提案が」

「なになに?」

「和ちゃん。昨日から気になったんだけど、あのペンギンなに?」

「あ……あれはエトペンです」

 

 エトペンとは、要はペンギンのぬいぐるみである。

 和はそのぬいぐるみがあると、気持ちが落ち着くらしく、更に言うとこれがないと夜も眠れないらしい。

 優希とまこにはお子様だとバカにされているが、咲は全く違うことを思っていた。

 

(てか、和ちゃん。キャラ付け豪華過ぎじゃない? 美少女、ツインテール、巨乳にぬいぐるみ? 私なんて麻雀抜いたら文学少女に貧乳に角だよ、角……何、角ってホント……」

「咲さん? 何をブツブツいっているんですか?」

 

 自重していたはずだったが、どうやら文句が口から出ていたようだ。何でもないよー、と咄嗟に誤魔化す。

 女性的な魅力で和に勝てる気がしない。唯一勝てるのなら女子力くらいだろうか。

 料理の腕ならそこそこ自信を持っている咲であった。

 

 咳払い一つで話しを戻す。

 

「それで、そのエトペンがあると家でネット麻雀をやっているような感じになるんじゃないかと思うんですが」

 

 論理もへったくれもない意見だったが、

 

「なるほど、一理あるわね」

 

 と久も乗ってきた。

 

「というわけで、和。今日はそのペンギンを抱いて打ってちょうだい」

「……えぇっ⁉」

 

 ……数分後。

 

「くっ……ヤバイ、くくっ、和ちゃん、ちょー可愛いよ……」

「……咲さん、建前はいいですから本音は?」

「いや……ぷっ、くく……可愛いのは、くっ、ホントだけど……やっぱダメだ。アハハハハハ! いやホント可愛いすぎだよ和ちゃん! アハハハハハ! あーお腹痛い……アハハハ!」

 

(この娘、最低だわ……)

 

 自分で提案したくせに、ここまで笑うとは。まさに悪魔の所業である。

 久ですら、からかわずにスルーしてるというのに、咲は問答無用で腹を抱えて爆笑してた。客観的に見て今の咲は相当に酷い。

 大人しめの文学少女のキャラが最早壊れてきていた。

 

「うぅ〜、やっぱりこんなの恥ずかしくて無理です!」

「……それはダメだよ和ちゃん」

「咲さん?」

 

 駄々をこね始めた和に、さっきまで爆笑してた咲が、急に真面目な顔になり和に待ったをかけた。

 和は和で、咲の急な態度の変化についていけていない。

 その状況の中で、咲は語り始めた。

 

「和ちゃん。私はね、お姉ちゃんに会って、それで勝つために全国へ行きたいの。和ちゃんは?」

「わ、私も全国に行きたいです」

「そうだよね。それで和ちゃんに聞きたいんだけど、全国には個人戦だけで行ければいいの?」

「そんなことありません! 私はみんなで全国に行きたいです!」

 

 思わず叫ぶように否定する和。

 咲もそれが分かっていたかのように、柔らかい微笑みを浮かべる。

 

「うん、私もそうだよ。ここにいるみんなで全国に行きたい。京ちゃんと、優希ちゃんと、染谷先輩と、部長と、そして和ちゃんと」

「咲さん……」

 

 和は若干の驚きと感動に包まれていた。

 最近自由奔放だと分かってきた咲が、まさか自分と同じ気持ちを持っていたなんて、と。

 

「でも、それにはみんなで強くならないといけないの。私一人の力ではみんなで全国には行けないの。みんなの力が必要なの! なのに! それなのに和ちゃんは、恥ずかしいからって理由で、強くなる可能性を放棄するの?」

「そ、それは……」

 

 痛いところを突かれた。

 和はその問に対する明確な答えを持ち合わせていなかったのだ。だからこうして狼狽えてしまっていた。

 咲の追撃は止まらない。

 

「みんなで全国に行きたいと、強く思ってたのは私だけだったの? 和ちゃんの思いはその程度だったの?」

「……そんなことありません! 私も絶対、全国に行きたいです!」

 

 売り言葉に買い言葉。

 気付けば和は、反射的にそう言ってしまっていた。

 

「なら、和ちゃんなら分かるよね? 和ちゃんがどうすればいいか……」

 

 咲は和の両手を束ねて握り締める。

 想いの篭もった熱意ある言葉と、暖かく心地の良いその感触に、和の迷いは溶かされてしまった。

 それが、悪魔の囁きであることに気付かずに。

 

「……分かりました。私、エトペンを抱いて打ってみます!」

「──ありがとう和ちゃん。絶対に全国に行こうね!」

「はい!」

 

 笑顔で誓い合う美少女二人。

 (はた)から見たら青春劇の一幕であるが、一部始終を見ていた久からすると、咲のその手腕に対して戦慄を覚えずにはいられない。

 

(……この娘、ホントに恐ろしいわね。あの状態から和を丸め込んだわ。手口が詐欺師同然だったけどね)

 

 『全国』と『みんな』と『思い』という言葉を強調して、和を見事説得してみせた咲。

 一時のテンションに身を任せた和は、きっとこれからずっと羞恥心と闘う羽目になるだろう。全ては何食わぬ顔でそこにいる悪魔の所為である。

 

 その悪魔である咲は、

 

(こんな面白いもの、やめさせたらもったいないよね! うん! あー、笑い堪えるの大変だったー)

 

 確信犯であった。

 

「さぁ、それじゃ始めるわよ!」

 

 二日目も、波乱万丈な気配を漂わせていた。

 



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3-4

合宿編第三弾

ネット麻雀のシステムが適当ですが、そこはまぁノリで


『ロン』

 

(……おかしい。ビックリするほど勝てない……)

 

 咲が目の前のパソコンからその機械音声を聞くのは、もう何回目になるだろうか。先程からロンロンロンロン言われまくっていた。お陰で彼女の瞳は相手を呪い殺せるくらいに歪んでいる。

 言わずもがな、咲がしているのはネット麻雀である。慣れないマウス操作での麻雀ではあるが、世界中の誰とでも打てるという点では非常に興味をそそられた。もしかしたら、飛び切り強い打ち手と出逢えるかもしれないとの期待があったからだ。

 だが、現実は非情であった。厳密に言うと現実ではなくネットなのだが、細かいことは気にしないでおこう。

 

 結論として、ネット麻雀での咲はそれはもう弱かったのだ。具体的に言うと、ほぼ全ての対局で最下位になるくらいに弱かった。

 

 リアルでの対局なら、もっと牌が“見える”のだが、ネット麻雀では全くと言っていいほど“見え”ず、そのせいで思う通りに有効牌が引けないのである。……何を言っているのかよく分からないという方もいるだろうが、これこそが咲にとっての普通なのだ。気にしたら負けである。

 要約すると能力と場の支配を封印された咲は文字通り雑魚で、気が付いたら振り込み三昧の銀行と化していたのだ。

 

(私が麻雀で勝てないなんて、ありえないよ……。あぁ、イライラしてきた。壊してやろうかなこのピコピコ)

 

「こらー咲ー、そんな物騒なオーラ出さないの。あとパソコンも壊しちゃだめよー」

「……はーい」

 

 無意識のうちに垂れ流されていた不吉なオーラを何とか留める。

 久に声を掛けられたことで冷静にもなった咲は、

 

(それにしても……)

 

 状況把握のために部屋を見渡した。

 

 咲から見て奥の机では優希が一人、算数ドリルと格闘していた。

 「うーっ!」とか「あーっ!」とか「うぎゃー!」などと喚き散らしていて、結構な荒れ加減である。

 渡されたのは数学ではなく算数のはず。それであの様子ということは、優希は余程バカなのだろう。最早重症の域であった。

 

 部屋の真ん中では、残りのメンバーが対局していた。

 和は本当にペンギンを抱えながら打っているため、最初は羞恥心で顔が真っ赤だったが、時間が経つにつれて変化が見られた。しかも良い方向にである。

 

(……まさかホントにミスが減るとは。半分以上冗談だったのに)

 

 今の和は顔が紅潮しているのは変わりないが、羞恥はなく、ただ微熱を帯びたかのように変化していた。

 この状態が何なのかは定かではないが効果は大きかった。それは、以前まであったつまらないミスが激減したのだ。ほとんどネット麻雀での実力と大差ないほどにまでに、デジタルな麻雀が打てている。

 

 和はリアルでも全中覇者として有名だが、ネット麻雀界での知名度はそれを遥かに凌ぐ。

 まだ世間には知られていないが、和のネット麻雀でのアバターネームは『のどっち』。その『のどっち』はネット麻雀界では最強との呼び声も高く、変なプロよりよっぽど強いと言われるほど。和には元々、それほどの実力が備わっていたのだ。

 ただ、実際にする対局では情報量の多さからか実力の全てが発揮されず、宝の持ち腐れになっていた。なので、この結果には万々歳である。

 

 冗談半分で始まったペンギン作戦がこうも上手くいくとは、世の中何が起こるか分からない。

 思わず唖然とした咲であるが、こうなると説得(笑)をした甲斐があったというものだ。和のことは一生このネタで弄ろうと決意した。

 

(そうすると、今は私の方が問題だなー)

 

 パソコンに向き直り思考する。

 咲は麻雀において、捨て牌やら確立やら牌効率やら期待値などを考慮して打つなどは今まであり得なかった。自然と場を支配していたため、考える必要がなかったからだ。

 そのために、能力が使えないネット麻雀では雑魚丸出しなのだ。

 姉の照にも、久にも言われたように、咲も能力を頼りすぎの面がある。今回のネット麻雀はそれを改善するのに良い機会なのは間違いない。

 

 間違いないのだが……。

 

『ロン』

 

「全然勝てないじゃん!」

 

 声に出してしまうほど惨敗状態だった。

 

「咲も結構荒れてるわねぇ」

「そうじゃのう」

「あいつ、ネット麻雀どころかゲームの麻雀もしたことないはずですしね」

 

 数刻経たずに「またー⁉」という咲の悲鳴。どうやらまた振り込んだらしい。

 本日の最下位記録を景気良く更新する咲。というより、最下位以外になったことが少なかったので、これがもう普通になっていた。

 それと同時に、不機嫌なオーラが増していくまでがセットだが。

 

(あぁー腹立つなぁー。……パソコンごとオーラで包めばいけるかな?)

 

 等と阿保なことを考えながら再度対局が始まるとなったとき、先ほどまでなかった対局相手の名前が咲の目についた。

 

(あれ? この名前──)

 

 

****

 

 

「だぁーッ! 全然勝てないじゃん!」

 

 東京都、白糸台高校。

 インターハイに出場するチームを決める合宿が終わり、部室では以前ほどの緊張感は消えていた。

 だが、そこは流石強豪校。例え自分がメンバーでなくても、部活に臨む姿勢は皆真剣だった。今日も今日とて牌を打つ音と鳴きの声が響いている。

 

 因みに代表チームはやはりというべきか、最強のエース宮永照を擁する“チーム虎姫”に決まった。

 

 そのメンバーの一人であり、一年生にして大将を任せられた少女──大星淡は現在唸っていた。先程の叫びは彼女が上げたものである。

 

「スミレー! もう嫌だー! 普通に打ちたーい!」

「先輩を付けろ」

「痛いッ! 暴力反対ッ!」

 

 スパンと頭を叩かれた淡は文句を言うが、叩いた当の本人、この白糸台高校麻雀部の部長である弘世菫は気にも留めていなかった。

 

「ったく、さっきから何度目だ。お前も納得してそれをやっているんだろ? だったら文句を言わず真面目に取り組め」

「そうなんだけどさー……」

 

 淡は現在対局はしているが、麻雀卓の前ではなくパソコンの向き合っている。

 つまり、リアル麻雀ではなくネット麻雀をしているのだ。これもひとえに咲との邂逅が理由だった。

 

 あの日、咲と出会った日から淡は変わった。

 今まで不真面目だった部活にも率先して参加し、どんな相手にでも真剣に対局するようになった。更には強くなるためだったらと、全くやったことのない相手の牌譜の研究なども積極的に行うようになったのだ。

 こうなってくれればと、菫も期待して咲をけしかけたのだが、まさかここまで効果があるとは予想外であった。菫からすると咲様様である。お陰で淡は確実に強くなっている。

 その理由が咲をボコボコにするため、などというものでなければ尚良かったが。

 

 淡がまず取り組んだのは地力の向上である。

 咲に言われた『能力を過信し過ぎ』という言葉が重く響いてきたため、菫や照、監督と相談した結果、それならネット麻雀がいいということになったのだ。

 照曰く、「あれはその人の麻雀の技術面だけを示してくれるから」とのこと。最初は意味不明だった淡も漸く理解した。やり始めて直ぐに問題が一つ起きたからだ。

 その問題は至極単純。

 淡はネット麻雀では超が付くほど弱かったのだ。

 

(……にしてもまさか、ここまで弱いとは驚きだな)

 

 流石の菫も苦笑していた。

 いくら能力が使えないからといっても、それなりの回数打っているのだ。麻雀の経験自体なら並の人以上だろう。

 それなのに淡は見事に全敗。良くて三位で基本四位だ。正直、リアル麻雀での非常識な強さが見る影も無い。

 

「全然勝てないからつーまーらーなーいー! やる気が〜〜〜……」

「なら、勝てそうな相手でも探せばいいだろ?」

「……………………………」

「……もう探したのか」

 

 どうやら詰んでいたようだ。

 それでも文句を言うだけで、勝手な行動をしないこと自体が以前と比べればかなり成長であった。

 ぶーぶー言いながらマウスを操作していた淡だったが、その手が不意に止まった。彼女はそのまま、微動だにせずに画面を凝視している。

 

「ん? 一体どうした?」

「……うん、これ見て」

「?」

 

 菫は言われた通り画面を見る。

 そこには、現在対局している部屋のメンバーの名前と対局の様子が表示されていた。

 別段おかしなところはなかったが、そこに書いてあるメンバーの名前の一つに気になるのがあった。

 

「……『saki』、か」

「これ、サキかな?」

「いや、さすがに違うと思うが」

 

 見てみると、その『saki』はお世辞にも強いとは言えない。いや、はっきり言ってかなり酷い成績なのが分かる。

 リアルでの強さを知っている菫には、本人には思えないというのが本音だ。

 だが、淡と同じように能力に頼りきりでネット麻雀では弱い、ということは十分あり得そうなので判断に困るところだった。

 

「テルー、ちょっと来てー」

「……何?」

 

 淡に呼ばれてやって来たのは宮永照。

 この白糸台高校のエースにして、咲の実の姉である。

 

「テルはネット麻雀やったことあるんでしょ?」

「うん」

「その時さ、名前なんて入れた?」

「普通にアルファベットで『teru』だけど?」

「やっぱりこれサキだよ!」

「……何の話?」

「あぁ、実はな……」

 

 ということで、照にも事情を説明することに。

 ふむふむと話を聞き終わった照は画面上の牌譜を見て、表情も変えずに言い切った。

 

「多分、これ咲で間違いない」

「ホントッ⁉」

「なんで分かるんだ?」

「打ち筋が麻雀始めたころの咲とそっくり。きっと淡と同じことを考えたんだと思う」

「よしっ、じゃあ決まりだね!」

 

 と言うと、淡はその対局室に予約を入れる。これで誰か一人が抜けたら淡がそこに入って対局できるのだ。

 

 先ほどまでの腑抜けた様子はなくなり、闘志を燃やしながら完璧な臨戦態勢に入っている淡。一気にやる気が蘇ったようだ。

 

「今度は絶対、私が勝つッ!」

 

 

****

 

 

(『Awai』か。なぜか分からないけど、なんかこれ淡ちゃんな気がする)

 

 こちらは確信などなく完璧に勘なのだが、咲の麻雀に関する勘は基本的に当たる。きっと間違いないと咲は思っていた。

 

(これは負けられない、というか負けたくないよね)

 

 

 

 

 

 

「「フフフフフフフフフフフ」」

 

 

 

 

 

 

 

 姿が見えない画面越しの相手を思いながら、敵意剥き出しで“雑魚”二人の対局が始まった。

 

 

****

 

 

 結果。

 

「──ぃやったーッ!!!! 勝ったーッ!!!! サキに勝ったよみんなー!!!!」

「……ふぁっ、……ん、おめでとう淡」

「でしょでしょー! やったよテルー! みんなも褒めてー!」

「「「……おめでとー」」」

 

 『saki』との一回目の対局が午前十時から始まって早十時間。

 薄いオレンジ色の陽光に照らされる部室の中で、淡は遂に勝ち鬨を上げた。うっきゃー! と奇声を上げつつも全身で喜び勇む。そんな彼女を周りの先輩たちが欠伸混じりに祝福していた。

 本来であれば部活の時間はとっくの昔に終了しており、部員は帰宅しなければならないのだが、淡が断固として動こうとしなかった。そのため、監督にお願いし“チーム虎姫”のメンバーが居残りで淡を見守っていたのだ。

 やっと決着が着いたかと、周りは一安心していたのだが、淡はそれどこではない。淡は終始節操無くはしゃぎまわっていた。若干フラフラしてるし、目も血走っているが、当の本人は超ハイテンションのようだ。その姿はまさに、自暴自棄になった徹夜明けの学生、といった様子だ。

 

「……やっと終わったか。ならさっさと支度しろ。帰るぞ」

 

 ──バタンッ!

 

「おいっ! 淡大丈夫か⁉」

 

 限界だったのだろう。

 一通り駆け回った淡は、そのまま糸が切れた人形のように倒れてしまった。それも顔面から。

 駆け寄って様子を伺うと一発で分かった。完全に気絶している。

 

「……本当にバカだなこいつは。どうする? 私こいつの家知らないぞ。照、知っているか?」

「いや、知らない」

「弘世先輩、それなら私が知ってます。淡の家にはこの前お邪魔したので。私が送りましょうか?」

「頼む、と言いたいところだが、私は部長だからな。私も行くよ」

「それなら全員で行けばいいと思う。それに私はそれなりに有名だから、親御さんにも顔がきく」

「それもそうだな、尭深は大丈夫か?」

「はい、問題ありません」

「あとは誰がこいつを背負うか」

「それこそ私がやります。体力には自信がありますから」

「発言がもう運動部だよ、誠子ちゃん」

「確かにな。それじゃあ、行くか」

 

 “チーム虎姫”は今日も仲良しであった。

 

 

****

 

 

 ──バタンッ!

 

「咲さん! しっかりしてください! 咲さん‼」

 

 白糸台である少女が倒れた時とほぼ同時間。

 長野某所での清澄高校麻雀部の合宿の最中、一人の少女が同様に崩れ落ちていた。慌てて駆け寄る親友だが時すでに遅く、彼女は意識を失っていた。

 

「咲まで気を失っちゃったわね」

「そうじゃの。……うちら合宿では倒れるのが普通になるのじゃろうか?」

「……それは嫌だわ」

 

 一人一回は気絶するという、前代未聞のスパルタ合宿となった瞬間だった。




これで合宿編が終わりです
やったね!淡ちゃん!咲さんに勝ったよ!




はぁー、県予選どーしよ





もう、ゴールしてもいいよね?


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4-1

 21世紀。

 世界の麻雀競技人口は数億人を超え、プロの麻雀プレイヤーは人々の注目を集めていた。

 日本の高校でも大規模な全国大会が毎年開催され、そこではプロに直結する成績を残すべく、高校生麻雀部員たちが覇を競っていた。

 そして今日、ここ長野でも、全国大会へ出場する県代表を決めるための県予選があった。

 

 

****

 

 

「私は迷子じゃない。私は迷子じゃない。私は迷子じゃない。私は迷子じゃない。私は迷子じゃない。私は迷子じゃない。私は迷子じゃない……」

 

 長野県予選大会会場。

 まるで自己暗示させるように、延々と念仏を唱えて続けている少女が一人いた。

 その少女は白をベースとしたセーラー服に、紺のロングスカートで身を包んでいる。

 外見的な特徴はショートカットの前髪が角のようにとんがっていることくらいで、あとは何処にでもいるような普通の女子高生。

 

 彼女の名前は宮永咲。

 今日この全国高校生麻雀大会長野県予選に初参加する、清澄高校麻雀部の一年生である。

 本来であれば周りに他の部員がいるのだが、今はいない。現在咲は一人だった。

 

 経緯としてはこうだ。

 部員全員で県予選の会場入りしたあと、ふと見かけたトイレに寄り、ふと周りを見渡したら誰もいなかったのだ。

 

 要するに迷子だった。

 酒を呑んで「酔ってなんかいないれすよ〜」というやつほど酔っているのと同じで、「迷子じゃない」などと呟いている時点で迷子なのは確実なのだ。

 

(……しょうがない。みんなを探すついでに、(くだん)の天江衣でも探しますか)

 

 今日は県予選当日。ここはその会場。そのため、ここには多くの高校生雀士がいる。

 咲は自身の実力に驕りを持っている、というわけではないが、ほとんどの有象無象には興味がない。理由は唯一つ、咲が圧倒的強者であるから。

 そんな彼女ではあったが、以前から一人だけ注目している打ち手がいた。

 

 龍門渕高校の天江衣。

 

 龍門渕高校とは昨年の長野県代表校である。

 加えて。エースである天江衣は、超人的な打ち手だという話を聞き及んでいた。

 これがただの世間話程度であったなら、咲も大して気にしなかっただろう。だが、この話を直接聞いた相手が相手だった。

 その相手とは咲の実の姉であり、現高校生チャンピオンでもある宮永照。彼女に警告されれば嫌でも気になるというものだ。

 とは言っても、咲はその天江衣の姿を見たことはないし、特徴すら知らない現状である。

 理由としては、「興味はある、だけど負けるとは思っていない」というのが咲の偽らざる本音だからだ。それに、どうせ近いうちに会えるならと調べる気も起きなかった。

 

 今天江衣を捜そうと思い至ったのも、特にすべきことがないからであり、咲自身も暇を持て余していたからである。

 また、方向オンチを自覚している咲としては、短時間で部員と合流できるとは思っていない、というのも理由の一つだった。

 

(さぁて、手っ取り早く探し当てるなら……)

 

 知っているのは名前だけ。

 顔も知らない相手を探し当てるなど、普通は不可能。

 

(──これが一番かな?)

 

 だから咲は、普通ではない方法をとることにした。

 

 ──喰らえっ。

 

「「「……ッ⁉」」」

 

 咲の周りにいる多くの雀士が一斉に震え上がった。中には口元に手を寄せたり、顔面蒼白になっている者もいる。

 

 咲が取った手段は単純。

 相手を威圧するようなオーラを高め、広範囲に発散させるというもの。それに対する反応度合いで強者と弱者を見極める、という迷惑極まりない方法だったのだ。

 周りのみなさんには、人生初の公式戦の前で気持ちが昂ぶっているということで許してほしい。

 

(どっいつかな〜♪)

 

 まぁ、咲には許しを得るなどといった殊勝な心掛けは、欠片ほども存在していなかったが。

 

 内心は遠足気分で、外見は人を射殺すような目で周りを観察する咲。

 怯えるような反応をする相手には目もくれない。それは女子も男子も関係なく、まるで路傍の石ころ並の扱いでスルーしていく。

 

(……うーん、手応えないなぁ)

 

 十分間程度その作業を継続していたが、生憎すれ違った全員は咲をワクワクさせるような相手ではなかった。おそらくあの中に天江衣はいないだろう。いたら拍子抜けもいいところである。

 

(この辺りで打ち止めかな〜)

 

 長い間オーラをぶち撒けていたので、きっと今頃清澄高校の面々も、咲が何処かで大暴れしていることに気づいている頃合いであろう。ならそろそろ合流できるかもしれない。それに、いい加減この作業にも飽きてきていた。

 

(次でラストにしよーっと)

 

 周りから感じる人の気配も失せてきたので、適当に会場内を散策していた咲はそう決めた。

 自身の豪運を信じて最後の獲物を探し出す。

 

「もう! 衣は一体何をしてますの!」

「寝坊」

「オレ昨日あいつの部屋に目覚まし10個はかけてきたんぜ? 普通寝坊するか?」

「あはは……、まぁ、衣だから仕方ないよ」

 

 暫くの間誰とも遭遇することなく歩き続け、耳が捉えたのは人々の喧騒の声。それは眼前の曲がり角の先から聴こえてくる。どうやらターゲットが近づいているようだ。

 咲は意気揚々と曲がる。すると、前方から現れたのは個性豊かな四人組であった。

 制服という概念がないのか全員が全員違う格好であり、且つ各人のキャラが異様な程に目立っているのだ。

 

 一人は男のようなイケメンの銀髪長身女。

 一人はザ・幸薄みたいな見た目のメガネを掛けた茶髪ロングヘアー。

 一人は手枷のようなものを装着した、頬にタトゥー入りの黒髪ポニーテール。

 一人は雰囲気お嬢様のアンテナ付き金髪ロングヘアー。

 

 一般的な感性の持ち主だったら若干怯んでもおかしくない場面だが、咲には関係ない。むしろ嬉々として立ち向かう。

 

(それじゃあ行ってみよーっ!)

 

 というとこで、咲は一気にオーラを高めた。

 因みに、今回の散策でのオーラの強さは幼少の頃の照程度である。咲の基準はあくまでも照なので、このレベルで怯えている相手など話にならないのだ。

 

「「「「──ッ⁉」」」」

 

(おっ、これは最後にアタリを引いたかな? 流石私っ♪)

 

 四人組は、今まですれ違った者たちとは反応を異にするものだった。

 驚愕に目を見開いている点は他と変わりないが、反応としてはこのようなオーラに“慣れている”という感じだ。それはつまり日常的に強いオーラに触れている、もしくは耐性があるということの証拠に他ならない。

 

 もっと単純に言うなら実力者ということだ。

 

 相手もこちらを捉えたようだ。興味深げに咲のことを見つめている。

 お互い初対面ではあるが、この様子なら声を掛けても不自然にはならないだろう。

 そう判断した咲は四人組の前で足を止めた。それに合わせて四人組も足を止めたので、咲は先ほどまでのオーラを一度消してから笑顔を浮かべて話し掛けた。

 

「はじめまして。私は今年初参加の清澄高校の一年生で、宮永咲と申します。初対面で失礼かと思いますが、良ければあなたたちの高校名を教えてくれませんか?」

 

 直接名前を尋ねてもよかったのだが、ここまできたら天江衣を自分で探し当てたかったので、咲は高校名を尋ねることにした。

 実力者なのだから、もしかしたら久から聞いていた風越という可能性もあり得たが、幸い咲の勘は当たっていたようだ。

 

「私たちは龍門渕高校ですわ」

 

(ビンゴッ♪)

 

 意外と素直に答えてくれた相手に少し疑問を覚えたが、目的を見つけられた咲はその疑問を頭の中から吹き飛ばす。

 

「あなたたちが龍門渕高校ですか。お噂はかねがね。それでは一つ伺いたいことがあるのですが……」

 

 先ほどまでより更に強いオーラを発散した。

 

「──天江衣さんはどなたですか?」

 

 聞いてはいたが、直接答えを貰うつもりはなかった。

 相手側が驚愕で硬直している間に観察することで、咲は自分で判断するのが狙いだったのだ。

 

 銀髪長身。

 

(違う)

 

 幸薄メガネ。

 

(違う)

 

 手枷タトゥー。

 

(違う)

 

 金髪アンテナ。

 

(……コイツかな?)

 

 この中で明らかに何かを持っていると分かるのは、咲の質問に答えてくれた、この高飛車な態度が似合う金髪アンテナただ一人だった。

 

「あなたが天江衣さんですか?」

 

 それでもイマイチピンとこなかった咲は、結局直接尋ねることにした。

 返ってきたのは、ある意味で予想通りのものであった。

 

「いいえ、私は龍門渕透華。あなたが探している天江衣とは従姉妹の関係にありますわ。そして残念だけれど、今この場に衣はいませんわ」

「……そうですか。ありがとうございます。いきなり話し掛けて申し訳ありませんでした。それでは私はこれで」

 

 天江衣がいないのなら特に用はない。

 透華も普通ではない打ち手だと分かるが、あくまで目的は天江衣。なので咲は早々に退散することに決めた。

 

 頭を下げ四人組の脇を通る咲。

 それを龍門渕高校の面々は、未だ興味深げに見送っていた。

 

 

****

 

 

 咲の姿が完璧に見えなくなった後、彼女たちは強張っていた身体を(ほぐ)しながら雑談に興じていた。

 

「……あいつ、一体何者だ?」

「分からない」

「でも、衣に似た空気を感じたよ」

「まさかな……。衣みたいなのが他にいてたまるか」

「それにしても清澄高校……原村和といい要注意人物には違いありませんわね」

 

 優勝候補筆頭の龍門渕高校の面々は咲を見て確信を抱いていた。

 

 今年の県予選は荒れるだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、お前あれ見たか?」

「あれって何?」

「清澄だよ」

「原村和? さっき見たよ」

「ちげーよ。原村の次に出てきた」

「大将?」

「そう、五人目! そいつがメチャクチャやべーんよ! 今日の二試合、あっという間に三校同時に飛ばして終わらせやがった」

「……は? 冗談でしょ?」

「マジなんだよ! マジで三校同時に飛ばしたんだよ!」

「何それ……それじゃまるで去年の……」

「あぁ、去年の全国での天江衣にそっくりだった」

「あれ? それじゃ決勝ではその二人がぶつかるってこと?」

「あぁ、今年も風越か龍門渕だと思ってたけど、清澄の可能性も十分あるぜ」

「それで、その清澄の大将はなんていうの?」

「あぁ、清澄の大将の名前は──」

 

 

 

 

 

 

 ──宮永咲。

 

 長野県予選決勝は翌日に迫っていた。

 





9月末日に長年集めていた漫画が完結しまして、そのENDがもう見事すぎて、しばらく全ての物事に対するやる気が削がれた結果内容が薄いくせに投稿が遅れました

ありませんか?そういうの?
喪失感が大き過ぎるというか

あれですよ、アニメの最終回を迎えた時と同じ感じの喪失感です

分かりますよね?
分かりませんか?


………………以上言い訳タイムでした


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4-2

 

 全国高校生麻雀大会、長野県予選決勝。

 咲たち清澄高校は一・二回戦を無事に勝ち進み決勝戦へ出場していた。

 但し『無事』という表現は間違っているかもしれない。

 

 昨日行われた2試合は清澄高校の圧勝だったからだ。

 大将戦に回る時でさえ既に大量リードをしていたにも関わらず、その後の大将戦はまさに圧巻の一言だった。

 大将戦では清澄高校の大将である咲が、三校同時飛ばしという離れ業を二回連続で披露してみせたのだから。

 

 これは余談だが、二回戦を終えて咲が清澄高校麻雀部の部長である竹井久に言われた一言は「咲、ああいうのなんて言うか知ってる? オーバーキルって言うらしいわよ?」だった。

 対する咲の一言は「テンション上がってしまって」だった。

 

 このことで、元々全中覇者の原村和を擁するチームということで注目されていたが、更にその度合いが跳ね上がっていた。

 加えて、ある噂も拡散されていく。

 清澄の大将『宮永』咲は、若しかしたら『宮永』照と何かしらの関係があるのではないかと。異常過ぎるその闘牌から、そう推測されるのに時間は掛からなかった。

 今迄そのような情報は流れていない。これは咲が公の舞台で姿を現したことが皆無だったためであり、また、世間は知りもしないが、宮永家の複雑な家庭事情も理由の一つに挙げられた。

 今後、咲は窮屈な生活を送る羽目になるだろう。実際その被害はもう既に出ているのだが。

 

 以上のような経緯から、高校生雀士達の長野県予選決勝戦の関心度は尋常でなく昂まっていた。巻き起こる熱狂は留まるところを知らず、全国まで拡がりを見せている。

 何しろ、決勝戦で咲が対峙するであろう人物が、あの『牌に愛された子』である天江衣なのだ。否応無く目に止まるだろう。

 去年彗星の如く現れ、全国で名を轟かせた天江衣に勝てるのか。予想は五分五分、少し衣よりの意見も多いと言ったところか。

 

 だが、同時に期待もされていた。

 宮永咲の実力はどれほどのものなのかと。

 絶対王者である宮永照と同等の力を誇っているのかと。

 

 対局の刻は、もう僅かに迫っていた。

 

 

****

 

 

 決勝戦当日。

 時間は既に昼過ぎで、おそらく中堅戦が始まったくらいだろう。

 

 そんな時間帯に咲はというと。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 夢の世界へと旅立っていた。

 県予選会場に用意された仮眠室。そこで咲は一人布団に包まりスヤスヤと寝ていたのだ。

 負ければ終わりのトーナメント戦の決勝前にも関わらず、その表情に不安は緊張は絶無。剛胆なメンタルは評価に値するが、随分と良いご身分であった。

 

 なぜこのようなことになっているのかというのは、数時間前まで遡る。

 

 

****

 

 

「さぁ、今日は決勝戦よ。気合い入れて頑張るわよー!」

「「「おぉー!」」」

 

 久の掛け声に合わせて気合いを入れる一同。

 一・二回戦を勝ち進み、初出場にして決勝進出という高成績を残している清澄高校ではあるが目標はあくまで県予選突破。これからが本番なのだ。

 

 そのため各人気合い充分だと思われたが、注目の的である二人、咲と和は昨日ほどの勢いがない。

 

「どうしたの?二人とも?」

「「……眠いです」」

「あぁ、そういうこと」

 

 元々有名だった和と、立役者である咲は疲れていた。

 和は数多くの取材の対応で、咲も概ね同様の理由なのだが此方は少し毛色が違う。

 咲はその手の類いが元々苦手な体質のため、取材関係は全力でお断りだった。しかし、相手側に咲の事情を慮るという殊勝な心掛けは存在しない。出会えば最後、問答無用で捕まる未来しか想像出来なかった。

 咲は考えた。マスゴミの対処方法を。

 

 そして閃いた。

 

 ──捕まる前に全力疾走で逃走しよう!

 

 方針を決めた後は早かった。

 取材陣を見かけたり気配を感じた瞬間、まるで和を身代わりにするような態度で、「あとはよろしく、和ちゃん」の一言で脱兎の如くその場から退散してたのだ。

 和を守るという考えは最初からない。むしろ嬉々として生贄扱いであった。

 

 先日からこの行動の連続。

 流石の二人も疲労が溜まり、今朝から疲れきっていた。

 この展開は久も想定にもなかったのか、顎に手を当て一考していた。

 正直、このような不可抗力での支障の所為で咲と和の戦力ダウンなど論外である。団体戦の要を担う副将と大将なのだから、完璧なコンディションで対局に臨んでほしかった。

 

「二人とも出番までまだ時間もあるし、仮眠室で寝てきたら?」

「「えっ?」」

 

 飛び出た提案に咲と和は目を丸くする。

 事実、咲は内心かなり驚いていた。

 

(そんなのあるんだ……)

 

 どうやら咲が思ってた以上に、今日(こんにち)の麻雀の大会は優遇されているらしい。

 会場に仮眠室が取り付けられているなんて、普通の文化部の大会にはあり得ないことだろう。麻雀が文化部なのかは定かではないが。

 だが、あるとしても流石に寝に行こうとは思えない。

 

「そんな、ゆーきと先輩たちの応援もせずに寝るなんて、とても出来ませんよ」

 

 和の言う通り、一年生の咲たちが先輩の応援もせずに寝るなんて心情的にも無理というものだ。

 でもそこは一般校というところか。強豪校にある厳しいルールなどは存在しなかった。

 

「応援がないことより、眠くてぬるい麻雀打たれる方が嫌だわ」

「そうじゃ、そうじゃ」

 

(……なんて良い先輩たち。今更だけど私恵まれてるなー)

 

 咲は心優しい先輩たちに心の底から感謝していた。

 ここまでお膳立てされては断る方が野暮というものである。

 

「それでは、お言葉に甘えさせてもらいます。行こっ、和ちゃん」

「……そうですね、分かりました。ゆーき、頑張って下さいね」

「任せるじぇー! 咲ちゃんも大船に乗ったつもりでいるといいじぇ!」

「うん、頑張ってね優希ちゃん」

 

 先鋒として出場する同じ一年生の片岡優希にエールを送り、咲と和は控室をでて仮眠室に向かうことにした。

 

「中堅戦くらいには起きればいいかな?」

「そうですね」

「そうすれば、和ちゃんの応援も出来るしね」

「咲さん……約束ですよ?」

「うん、もちろんだよ!」

 

 咲の一言に和の顔が明るくなる。

 自分の試合を咲に見てもらえると分かっただけでこの反応。和は本当に咲のことが好きなのだろう。

 

 一方の咲はというと、

 

(和ちゃんマジちょろいな。どうしたらこんな純真無垢に育つんだろう? ……色々と)

 

 出会ってから何度目か分からない自虐を心の中で思いながら、二人は仲良く歩いて行った。

 

 

****

 

 

「…………んんっ、……っと」

 

 長い昼寝から、咲はようやく目覚めた。

 まだ完全覚醒には至っていないのか、ぼーっと周りを見渡している。

 一人二人程度では収まらない程広い和室。襖も多くあり、中には何人分もの布団が用意されていた。その他に特筆すべきものはなく、唯一あるのは時計くらいか。

 目に映る景色を俯瞰していた咲だったが、一つある異変に気付いた。

 

(…………あれ? 和ちゃんがいない)

 

 徐々に頭が冴え渡り、その事実をよくよく考えた結果、咲の脳内は一気に覚醒した。

 

「副将戦は⁉」

 

 直ぐさま仮眠室に取り付けられている時計を確認する。

 示されていた時刻は副将戦予定時間の五分オーバー。つまり、順当に対局が進んでいれば既に始まっている。

 

「やっばっ!」

 

 きっと和は咲を起こさずに出て行ってしまったのだろう。

 やる気にさせるための方便だったとしても、約束した身としてはそれは守らなければ罪悪感がある。約束は破るためにあるとか、あんなのは只の言い訳だ。はっきり言って人として最低な発言だろう。

 

 勢いで跳ね起きる。

 寝るのに邪魔で外していたスカーフを素早く取り付け、やっつけ仕事のように布団を畳んでそれを押入れに放り込む。

 一応何か忘れ物がないかを確認してから、咲はそこから駆け出した。

 

 

****

 

 

(咲さん結局起きなかったんですね、約束したのに)

 

 試合前だというのに、和の気持ちは少し落ち込んでいた。

 

『絶対に全国に行こうね!』

 

 和にとって咲との約束は直前にしたものではなく、こちらの方が大切だった。

 

 和には咲たちにはまだ言っていない重大なことがあった。

 

 それは父親との約束。

 

 もし今年の大会で全国優勝出来なければ、東京の進学校へ行くとの約束を和は父親と交わしているのだ。

 いくら全中覇者とはいえ、いきなり高校生大会の個人戦で優勝出来るとは和は思っていなかった。そのため、和が全国優勝するには団体戦しか可能性がない。

 和のこの大会に懸ける想いは人一倍であった。

 最初の出会いこそあれだったが、今では和にとって咲はかけがえのない心強い仲間だ。そんな咲だからこそ、自分の対局を見守ってほしいという気持ちが大きかった。

 

(落ち込んでいても仕方ありませんか……)

 

 とは思っていても、急に元気にはなれない。

 零れ落ちそうになる溜め息をグッと堪えるが、落胆はしていた。メンタルが崩れることはないが、完全な集中状態には持ち込めない。

 

 だけど、そういう時にこそ仲間が来てくれるものだ。

 

「和ちゃん!」

 

 試合会場の扉が大きな音をたてて開け放たれる。

 そこには、息を切らした咲の姿があった。

 

「咲さん!」

 

 和は咲の様子を見て確信した。自分のためにここまで走って来てくれたのだと。ちゃんと直前の約束を果たしに来てくれたのだと。

 

 乱れた息を整えた咲は、両手を身体の前で握りしめる。

 

「和ちゃん! 頑張って! そして一緒に、全国に行こう!」

 

 戸惑いはなくなった。

 今の咲の一言で、和の気合いは充分以上に補充された。

 

 和は手を高く上げ、心の中で咲に答える。

 

(絶対、勝ちますよ!)

 

 間も無く、副将戦が始まる。





短いですが最後青春スポーツみたいにしてみました(笑)

あっ、ちなみに完結した漫画というのはケンイチではないですよ


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4-3

いりや2351さん大正解です!
うーん、今まで感想に返信したことなかったからここで言ってますけど、やっぱり感想って返信したほうがいいですかね?けど、ろくな返しが出来ないかなーと思って今までしてないんですが、希望があったらしようかなと思います。



今回は繋ぎ回なのでクオリティ微妙かもです



「衣様」

 

 黒を基調とした燕尾服を纏う端正な顔立ちの男性が、梯子が取り付けられた自身より高い位置に座する少女に呼びかける。『様』付けなど、現代において珍しいことこの上ないが、彼の立場からすると普通のことであった。

 彼は龍門渕家に仕える執事。家事、料理、裁縫その他何でも熟す万能執事だ。

 龍門渕高校麻雀部の面々からは、ハギヨシと呼ばれ親しまれている。

 

「ハギヨシ。出迎え大義」

 

 少女は大層堅苦しい口調で答えた。

 外見は非常に幼いので、言葉使いと見た目は全く一致していないが。

 黄金色の長髪を靡かせ、頭にはウサ耳に酷似した赤いヘアバンドを装着している彼女は、物憂げに眼下に広がる街並みを俯瞰している。

 

「何故、このようなところに?」

 

 二人が現在いる場所は県予選会場から少し離れた建物の屋上。本来であれば全く用のない場所である。

 

「衣は、人の(ひし)めくところとマスコミを疎む」

「そういえば衣様は、取材も撮影も拒否されていますね」

「父君と母君が黄壌に去った時、群がってきた人間共の陋習(ろうしゅう)な様を思い出す」

 

 梯子を降りながら、彼女は淡々と話す。

 ハギヨシも彼女の心情について、深く触れようとはしなかった。

 

「大将戦なんて、どうせ退屈凌ぎにもならないよ」

 

 彼女は心底つまらない様子である。

 自身と対等の相手など存在するはずが無いと、言外にそう告げているのだ。

 だが、ハギヨシは彼女に笑い掛けた。まるで、新しい玩具をあげる親のように。

 

「いいえ。今年はそうでもなさそうですよ?」

「……本気で言っているのか?」

「はい、恐れながら」

 

 ハギヨシは執事だ。

 基本的には、主従関係にある主に対して物言いなど決してしない。

 その彼が、衣に意見を言う。

 

「そうか、居るのか……。妖異幻怪の気形が‼」

 

 彼女も察したようだ。

 妖異幻怪の気形。つまり、普通ではない者の存在がいることに。

 

「よし、戻るぞハギヨシ。其を玩弄して打ち毀す!!」

 

 外見からは想像も出来ないオーラが迸る。

 瞳には雷光が奔り、絶対的強者の雰囲気を纏っていた。

 

 彼女こそが龍門渕高校の大将──天江衣。

 

 龍門渕高校のエースにして、現チャンピオン宮永照と同じく《牌に愛された子》の一人だ。

 

 

****

 

 

「意外と真っ平らですね」

 

 仮眠から控え室へと戻り、第一に咲が発した言葉はそれだった。

 

「意外だったかしら?」

「はい。優希ちゃんと先輩方は間違っても弱くありません。それこそ全国でも通用する強さだと思います。それでこれということは、流石は決勝ということでしょうか?」

 

 一応清澄は一位でバトンを渡しているが、咲はもう一回り程は点差が付いていると予測していた。

 先鋒はエースが集まるからやや点を取られていても仕方ないが、次鋒、中堅戦で十分以上取り返せていると思っていたのだ。

 

「いやー、恥ずかしながらそりゃあわしの責任じゃよ」

「染谷先輩がミスするなんて珍しいですね?」

「ミスというミスではなかったんだけどね。観てもらった方が早いわ。はい、これ」

 

 手渡されたのは次鋒戦の牌譜。

 ザッと目を通す咲だったが、次第に顔が苦笑いの様相に変化していった。

 

「これは、また、お気の毒って感じですね……」

 

 まこの対局を的確に表す一言であった。

 まこの親番四回中三回ツモられ、しかも一回は役満ときた。しかもそれを和了られた相手が、どう見ても初心者となれば尚更運がなかったとしか言いようがない。

 

「咲が合宿で言っとった懸念が当たってしまいおったわ」

「まぁ、私も決勝でこんな相手が出てくるとは読めませんでしたね」

「確かに同感だじぇ。そいつ、京太郎以上のド素人だったように見えたじぇ」

 

(ド素人なのはホントだろうけど、下手したら能力者でしょ、この人は)

 

 鶴賀学園二年妹尾佳織。

 鶴賀学園自体は、清澄高校と同じく初出場にして決勝進出を成している学校くらいの印象しかなかったが、彼女にだけは少し興味が湧いた。咲はさりげなく名前をチェックしておく。

 佳織は豪運の持ち主だったのかもしれないが、この一点だけで言ったら不幸だったかもしれない。咲に目を付けられるのはある意味で名誉なことだが、ある意味では可哀想なことだからだ。

 

(まぁ、今はどーでもいいかな)

 

 幾ら能力者の可能性があったとしても、これでは話にならないのも事実。

 青い果実をむしり取ってももったいないだけだ。実は熟してから食べる。それは人間でも変わらない。但し、この場合の『食べる』は意味合いがかなり変わっているが。

 

「それで今平らということは、部長が取り返したってことですか?」

「そうだじょ。あのダイナミックなツモであっという間に一位になったじぇ」

「流石部長です」

「私自身は緊張のし過ぎで疲れたけどね」

 

 大凡の流れは分かった。

 その間にも副将戦は進んでいる。

 和は完璧なデジタル打ちなので、大きく崩れることはまずない。

 まさかの公式戦でのエトペン作戦に咲は笑いそうになっていたが、昨日で慣れたのか今ではそれが普通になっていた。

 それにその方が実力が発揮できるのだから、咲としても大歓迎である。

 付け加えると、元々のアイドル性にこのエトペンが加わったことで、和の注目度が鰻登りなのだ。

 結果、和のお陰で咲の大暴れ振りがやや霞む。

 咲としては和様々であった。

 

(あの龍門渕さんも能力を自由自在に操れるわけではない感じだし)

 

「副将戦は問題なさそうですね」

「そうね、つまり大将戦が勝負よ。頑張りなさい、咲」

「もちろんです」

 

(それにやっと会えるしね)

 

 このあとに控えた大将戦で、遂に合間見えることになるであろう人物。

 

(──天江衣、か)

 

 

****

 

 

「宮永咲、それが名か?」

「はい。清澄高校の大将でございます」

 

 会場に向かいながら、衣とハギヨシは咲の話をしていた。先程ハギヨシが仄めかしたのが、咲のことだったからである。

 

「こちらをご覧下さい」

 

 ハギヨシは画面が取り付けられている電子機器を衣に見せる。最初は背伸びしていた彼女だが、背伸びしている事実に腹が立ったので最終的に分捕ることにした。

 映像には、一・二回戦の清澄高校大将戦の様子が映し出されていた。

 手に取り観ていた衣は無表情から、徐々に愉悦を帯びた表情に変化していく。

 

「ほう、これは」

「恐らくは、去年の全国大会での衣様を意識したものでしょう」

 

 咲が一・二回戦で成したこと。

 それは三校同時飛ばしに他ならない。

 

 実は昨年の全国大会でも、同じようなことが起きていた。

 その出来事こそが、天江衣の名を全国に轟かした偉業であった。

 衣は昨年のインターハイ団体戦では、一回戦で二校、二回戦で三校同時に飛ばしているのだ。

 

 そして、咲の今回のこの所業。

 明らかに衣を意識したものである。

 

 要するに、咲が衣に喧嘩を売っているのだ。

 

「こんな相手は初めてだ。どうやら今度のは金剛不壊に出来てるようだな。麻雀を早く打ちたいと思ったのは初めてかもしれぬ」

「それは何よりです」

 

 会話をしているうちに会場に到着した。

 今の衣は先ほどまでとは違い気概に満ちている。その姿は見た目とはかけ離れた威風堂々としたものだ。

 

「それは衣の莫逆の友となるか、贄か供御となるか」

 

 

****

 

 

『副将戦終了!』

 

「さぁ、和が戻って来るわよ」

「次は咲ちゃんの番だじぇ!」

「頑張りんさい」

「咲!」

 

 全員からエールを貰い咲は立ち上がる。

 緊張からか、それとも期待が混ざった興奮からか、ややピリピリとした雰囲気を醸し出しているが、やる気十分な様子だ。

 

「頼んだわよ」

「はい、行ってきます」

 

 控室を出て試合会場へと向かう。

 その途中戻って来る和と遭遇した。

 

「和ちゃん」

「咲さん!」

 

 互いに名前だけ呼び合う。

 余計な言葉はいらない。

 すれ違いさまに手を上げハイタッチを交わす。

 

「頑張って下さい」

「うん」

 

 

****

 

 

「よろしくー」

「よろしくお願いします」

 

(コイツは風越)

 

「…………」

 

(この人は鶴賀)

 

 対局室入りした咲は、未だ来ない天江衣を今か今かと待っていた。

 やっと好敵手と成り得るかもしれない相手と巡り会えるのだ。ライバルが照と、あとオマケのオマケで淡だけじゃ物足りない。

 暫く待って二人がやって来たが、どうやら本命は重役出勤のようだ。開始時刻残り一分を過ぎてもまだ来ない。

 おや? と思い始めた丁度その時、開きっぱなしの扉から赤いリボンが覗き出てきた。

 

(……ん?)

 

 ひょこっと顔を表したのは、小学生かと見間違うほどのお子様。

 金髪ロングヘアーに特徴的なヘアバンドを装着したお子様。

 完璧に見た目お子様だった。

 

(もしかしなくても、このロリウサ耳リボンが天江衣⁉)

 

 噂だけしか聞き及んでいないので、まさかこんなだとは思っていなかった。だけど集まったメンバー的に、このお子様が衣で決定である。

 目の前まで来てまだ強いオーラは感じないが、おそらく隠しているだけだろう。

 

 その様子に咲は笑みを浮かべる。

 

(ダラダラ進むのも面白くないし、とりあえず──)

 

「「……ッ⁉」」

 

(──ご挨拶かな?)

 

「はじめまして、あなたが天江衣さんですか?」

「そういうお前が清澄の大将、宮永咲か?」

「その通りです。……なるほど噂通り面白そうですね」

「それは衣も同じだ」

 

((……なんだこの二人))

 

 まだ対局すら始まっていないのに、咲と衣から発散される威圧感が異常であった。笑顔の種類も、獲物を見つけた肉食獣のような笑みに変化していってる。

 当事者ではない二人はその様子に引き気味であった。

 

 場を覆う空気は龍虎睨み合う戦場。

 最後に立つことを許されるのは勝者のみ。

 

『大将戦開始です』

 

 全国への出場切符を得るための、運命の対局が始まった。





本当に今更ですけど、原作でも咲さんって反則過ぎません?
主人公補正付きラスボス

……………どうしろと




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4-4

 

 〜大将戦〜

 

 龍門渕 101200 東:親

 清澄  114900 南

 鶴賀  102600 西

 風越  81300  北

 

 

 

 大将戦までの経過だけで判断すると、中堅戦からトップを維持している清澄が場を有利に進めていると思うだろう。しかし、本当に清澄が勝つと思っている人はきっと少ないはずだ。

 理由は二つある。一つは単純に、清澄大将である咲の実力を正しく理解している人が殆どいないことだ。また、副将の和が世間的に有名すぎて、彼女の出番が終わった後の清澄に見所を見出せないという裏事情も存在するが。

 

 そして二つ目。此方の理由が大本命である。

 兎の耳を模した赤い髪飾りを揺らす少女──龍門渕の天江衣が大人しく負けるなどありえない。これは長野に住む雀士だけでなく、全国にいる全ての雀士がそう思っていることだろう。

 

(──まぁ、そんなの関係ないけどね)

 

「カン」

 

 いつも通りに、小手調として。

 嶺上牌を静かに手に取って、咲はそのまま手牌を倒した。

 

「ツモ、嶺上開花、1600、3200です」

 

(まずは肩慣らしかな)

 

 肩慣らしと評して嶺上開花を和了る咲は、自身の異常さに気づいていない。咲にとっては当たり前なので仕方ないが、他の面子にとってこれは不自然過ぎた。

 

(……えっ⁉)

(嶺上開花⁉)

 

 風越大将の池田華菜と鶴賀大将の加治木ゆみは、目を見開いている。嶺上開花とはそれほどまでに珍しい役なのだ。それこそ、人生で一度か二度和了れる程度の。

 そもそも麻雀では普通、槓すること自体が難しい。そして出来たとしても普通はしない。

 理由は簡単で、明らかにデメリットの方が大きいからだ。

 確かに槓することで、通常引けない嶺上牌を引けたり、ドラを増やすことが出来るが、その嶺上牌で和了れる確率など無いに等しいし、他のプレイヤーにとってもドラは増える。また、自身の手牌が少なくなる、相手に必要以上の情報を与える、暗槓以外ではリーチが出来なくなるなど、損得で考えると損の方が上回る。だから普通は槓しないものだ。

 

 だが、咲にその常識は通用しない。

 

(そういえば、コイツの牌譜……)

 

 華菜は一・二回戦の咲の牌譜を思い出す。

 三校同時飛ばしの印象が強過ぎたせいで少し霞んでいたが、一・二回戦でも咲は嶺上開花を和了っている。

 華菜は珍しいとは思っていても、偶然だろうと深くは考えていなかった。これは当然と言えるだろう。『槓したら嶺上開花で確実に和了れる』など思い付くはずがない。確率論で考えるならまずあり得ないからだ。

 

 しかし、次の局でこれを考え直さなければならなくなった。

 

 

 

「リーチ」

 

(ついでにもう一つ面白いものを見せよっかな?)

 

 咲の待ちは地獄単騎。これは俗に云う『悪待ち』というものだ。

 これは咲の知り合いの十八番であり、そして控室で聞いた話によると、今日も披露しているとのこと。

 

 だからこそ見せる価値がある。

 

「カン」

 

 嶺上牌を手に取る咲。

 そして咲は、その牌を盲牌すらせずに親指で上空へと弾き飛ばした。

 

「ツモ」

 

 まだ牌が落ちていないにも関わらず倒牌する。そのあと、最高点から落下してきた牌を思いっきり卓上へと叩きつけた。

 

「嶺上開花」

 

(なっ……⁉)

(馬鹿なっ⁉)

 

 嶺上の花びらが舞い散る。

 これはもう偶然では済まされない。

 

 

****

 

 

『二連続嶺上開花! とんでもないことが起きてしまったー!』

 

「部長! 今のは⁉」

 

 控室で咲の対局を見ていた和は、驚き過ぎて立ち上がっていた。

 今咲が見せたのは紛れもない、今日も中堅戦で見せた部長の──久の十八番にそっくりだったからだ。

 

「……いえ、あれは私の地獄単騎とか悪待ちとかとは違うものだわ。それに咲も言ってたでしょ、『コピー出来るのはお姉ちゃんくらいだ』って」

「でも、あれは明らかに部長そっくりだったじぇ」

「……そっくりなのは外見だけじゃ。本質的には全くの別ものじゃ」

「えっ? それってどういう意味なんですか?」

 

 一年生三人、和と優希と京太郎はよく分かっていなかったようだが、先輩二人、久とまこには大体のことが理解出来ているようだ。

 

「うーんと……今更だけど咲の特性というか得意技というか、要するに能力的なものってなんだと思ってる?」

「それはやっぱり……」

「槓からの嶺上開花ではないでしょうか?」

「あとは点数調整とかですかね?」

「そうね。それもあるけど、やっぱり一番は嶺上開花だと、私も思っているわ」

 

 オカルトを信じていない和でも、咲のそれは印象が強過ぎるため、強いて上げるとすればそれしか思い浮かばなかった。京太郎が言った点数調整もそうだが、一番目立つのはやはり嶺上開花だろう。

 

「それでなんだけど、誰でも槓すれば嶺上開花できるわけではないわよね?」

「そんなの当たり前です。そもそも普通は槓自体滅多に出来ません」

「そう、それよ」

「「「……はっ?」」」

 

 何が『それ』なのかよく分からない三人は、声を揃えて頭上にクエスチョンマークを浮かべている。

 そんな三人を見てまこは苦笑を浮かべた。

 

「つまりじゃな、普通は槓出来ない。でも咲は出来る。そして、普通は槓しても嶺上開花で和了れない。でも咲は和了れるっちゅうことじゃ」

「……あの、それがなんなんですか?」

 

 既に普通じゃない意味不明な会話になっているが、そこに突っ込む和は悲しいことに数週間前に消えて、いや、死んでいた。今後和の口から「そんなオカルトありえません!」が聞けるのはいつの日になるのだろうか……。

 

「言い方が悪かったかのぅ。要するに咲は確かに嶺上開花で和了るが、そのためにも数々の要因が存在するってことじゃ」

「具体的に言うなら『槓材が必ず手牌に来る』というのと『嶺上牌が確実に分かる』もしくは『嶺上牌を含めた王牌が大体分かる』というところかしらね」

「そして、それを応用したのが今の地獄単騎じゃ」

 

 久とまこの説明を聞いても、三人はすぐには完璧に理解出来なかったらしい。頭を悩ませながら首を捻っている。

 

「……つまり、先ほど咲さんが見せたのは地獄単騎ではなく、ただ槓出来る待ちを選んだ」

「……和了り牌が嶺上牌と分かっている咲ちゃんにとってそれは普通のことで」

「……そしてそれが偶々地獄単騎の形になった、ということですか」

「おそらく大正解よ」

 

 点と点を繋ぎ合わせて導き出した答えは、理解は出来たが納得はし辛いものだった。加えて、それだともう一つ疑問が残る。

 

「でもなんで、咲は部長の真似をしたんですかね?」

「ただのパフォーマンスということも考えられるけど、このことを知らない相手からすると、咲は私と同じことが出来ると思わない?」

「……多分思うじぇ」

「そうすると、危険のない場面でも気をつかったり、警戒しないといけない。咲としては見せるだけでも十分武器になるわ」

 

 なんてえげつないことを考えるのだろうか……。捻くれているなどという安直な表現では済まない、咲は恐ろしく性格が悪い。

 改めて咲がとんでもないことを思い知らされた面々であった。

 

「……それでも、このまま天江衣が何もしないとは思えないけどね」

 

 

****

 

 

 衣の周囲の空間が歪み出す。

 表情は愉悦に満ちた、三日月に似た笑みを浮かべいた。

 

「清澄の大将は厄介だと聞いてうきうきしていたが、成る程、真に面白いな。衣もそろそろ──」

 

 今まで大した動きがなかった衣だが、ついに動き出した。

 

「──御戸開きといこうか」

 

 放たれるのは圧倒的な威圧感。その見た目からは想像も出来ない、恐ろしいオーラが発せられていた。

 

(おぉ、これは中々! 少なくとも昔のお姉ちゃん以上だよ!)

 

 それに対し咲は臆するどころか、嬉々とした様子で目を輝かしている。白糸台で対局した照以来の強敵の出現に、咲のボルテージも上がっていた。

 

(さて、お手並み拝見だよ、天江衣!)

 

 

 

 魔物二人が同時に存在するこの対局は、まだ、始まったばかりだ。




かじゅと池田はかなり影薄くなると思うので悪しからず。
あとステルスモモを期待していた皆さん、申し訳ありません。あの子まで拾うとちょっとゴチャゴチャで。
あくまで咲さんが主人公なので


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4-5

サクサクいくじぇ!

クオリティ?
咲さんが暴れてれば自然となんとかなる




 衣が動き出した次の対局。早速状況に変化が訪れた。

 

(一向聴から手が進まない。七、八巡程度ならよくあることだが……)

(配牌からずっと一向聴のままだ。鳴くになけないし……)

 

 奇しくも華菜とゆみは同じことを思っていた。

 

((このツモ、どうかしてる!))

 

 そんな中でも咲は、気持ち笑顔でこの状況を楽しんでいた。咲もどうかしていた。

 

(これが天江衣の……長いな。衣ちゃんでいいや。衣ちゃんの場の支配か。なんにも対抗とかしてないからあれだけど、ツモが酷い)

 

 咲も華菜やゆみと同じく、一向聴から手が進まない。有効牌が全く引けず、鳴くことも出来ない。

 一人がこのような状況になったりすることは、麻雀では案外一般的なことだ。運が悪ければそのまま聴牌すら出来ずに流局までいくことなどもざらにある。

 だが三人同時となると話が変わってくる。三人が三人、ツモだけでは手が進まないというならあり得るかもしれないが、鳴けないというのは不自然過ぎた。異常事態に他ならない。

 これは運などではない。咲は直感的に衣の支配だと分かっていた。これが流局まで続くのなら、かなり強力な支配だろう。

 しかし、それだけで済まないのが天江衣である。

 流局寸前に事態が動き出した。

 

「リーチ!」

 

(ラスト一巡でツモ切りリーチ……?)

 

 ゆみには衣のこのリーチが理解出来ない。ツモ切りリーチとは手牌が変わっていないということだ。それはつまり、今まで闇聴であったことを示す。

 だがそれなら、もっと早い段階でリーチを仕掛けるだろう。わざわざ残り一巡というこの場面でリーチなど違和感しかなく、もしここでリーチすることに意味があるとすれば、流局までのこの四巡の内に確実に和了れることを知っていなければならない。

 しかし、それこそあり得ない。運の要素で構成されている麻雀という競技で事前に来る牌が分かるなど、真っ先にイカサマを疑われるだろう。だからこそ衣のこの行動が理解できない。

 

 対して衣は、ごちゃごちゃと何事かを考えているゆみを見て心の中で嘲笑する。全くもって無意味なことをしていると何故気付かないのか。衣は既に、お前たちと同じ人の領域には立ってはいないのだと。

 

 ──さぁ、来い。

 

 衣は最後の牌を掴み取る。その後の未来を確信して。

 ──麻雀では最後の牌、海底(はいてい)牌で和了ると、嶺上牌で和了るのと同様に特殊な役がつく。

 

(その役の名前の意味は、海に映る月を掬い取る)

 

 海底牌を手に取る衣の瞳は、海の底のように深い碧色に煌めいていた。

 

海底撈月(ハイテイラオユエ)

 

 これこそが、天江衣の真骨頂。

 対局者を問答無用で海の底に引き摺り落とす。

 

 

 

(ラスト一巡でツモ切りリーチ、しかもそれで海底撈月か……)

 

 咲は衣の挙動を注意深く観察していた。衣の能力を看破するヒントを得られることを期待して。

 ひとまず、状況から分かることが二つ。

 

(まずは場の支配。一回だけだから断定は出来ないけど、ツモが極端に悪くなって流局寸前まで他家は聴牌出来ない。

 二つ目はこの海底。確実に海底撈月で和了れると分かっていないと、こんなことはしないでしょ)

 

 偶然にしては出来過ぎてる。咲はそれを偶然と片付けることはしない。意味がないからだ。いつから麻雀がこんな競技になったか知らないが、思考を柔軟にしないとやっていけない。

 その点、咲はある意味で和のことを尊敬している。あそこまで自分のスタイルを確立している打ち手にも関わらず、オカルト的な能力に対面したとしても全く対処を変えない和の芯の強さは並大抵のものではないだろう。

 いつかそのせいで大敗に喫することになる可能性も否定出来ないが、そのときはそのときだ。それに和の場合、団体戦でもなければ運がなかったの一言で済ませそうである。

 

(和ちゃんのことはとりあえず置いといて、今は衣ちゃん。それにしてもこの支配は嫌らしいな。性格が悪いと言ってもいい。ただ便利なのは確実)

 

 淡が聞いたら「サキの方が絶対性格悪いでしょ!」と叫びそうなものだが、これが衣の支配の二つの特性に対する咲の素直な感想だった。

 

(丁度比較対象があるから分かるけど、淡ちゃんの絶対安全圏(笑)より遥かに強力。まぁ、支配力自体で比べると淡ちゃんに軍配が上がるかな? 淡ちゃんの支配に打ち勝つには、配牌に干渉するタイプの支配じゃないとどうにもならないからね)

 

 その程度はすぐに分かるが、咲には一つだけ気になることがあった。

 

(でも、部室で見た牌譜では海底撈月を一回くらいしか和了っていない。というより、どちらかというと高火力を直撃させるスタイルだったはずだけど……去年に比べて単純に強くなったのか、それとも能力に発動条件があるとかかな?)

 

 咲の嶺上開花と同じで、衣の海底撈月は確実に能力だろう。それが去年使えなかったとは思えない。でなければ使い勝手が悪過ぎるのだ。

 そのことから、海底撈月を和了るには何かしらの制限があると推測出来る。

 

(まぁ、どっちにしろもう少し様子見かな。あとはまぁ、全力なのかも知りたいから──)

 

「つかぬ事をお聞きしますが……」

 

 咲は笑顔で衣に問いかける。

 これは挑発だ。

 

「今の天江さん、まさか全力ですか?」

 

 この問いかけに衣は一瞬だけ瞠目したが、その後即座に不敵な笑みを咲に返した。

 

「……烏滸言を。この程度、衣はまだ全力などではない」

「そうですか。それは何よりです」

「そういうお前はどうなんだ? 清澄の嶺上使い?」

「もちろん、全力ですよ?」

 

(……絶対嘘だな)

 

 衣は咲の人を食ったようなこの態度に何も思わなかったわけではなかったが、嘘だということは分かった。衣と対局して、笑顔を保てる者などそうはいない。

 咲は咲で衣の実力がこれで終わりではないことが分かり、内心笑みを深めている。

 

(この程度の場の支配では終わらないってことか。ならやり甲斐があるね)

 

 対局は淀みなく進んでいく。

 

 

 

 

 

(あーもーなんだこれ⁉ 配牌から鳴いて仕掛ける気満々なのに……)

 

 華菜はまたしても一向聴から手が進まない状況に焦っていた。

 現在風越は四位。点差もこの時点で一位と約四万点差あり、のんびりと事を構えていられない。

 

(しかもこのまま行けば、海底をツモるのはまた天江衣……じゃあまぁ、無理してみようか!)

 

「カンッ!」

 

 槓することで、本来の海底牌は王牌に取り込まれる。更に嶺上牌もズレるので、この一手で衣と咲を同時に封印出来るのだ。まさに一石二鳥の最善の一手。

 華菜としては、これで衣と咲をなんとか出来ると思っていた。

 

 だが、それは希望的観測過ぎたようだ。

 

「ポンッ」

 

(これでまた衣ちゃんが海底コース)

 

 ズラされたのなら自分で戻せばいいではないか、とでも言うように、衣が鳴いて仕掛ける。これで衣自身が鳴いて海底コースへ調節することが出来るのが分かった。存外応用が効かせやすい能力だ。

 

 そして、海底牌を手に取る衣。

 

「──昏鐘鳴(こじみ)の音が聞こえるか?」

 

(……昏鐘鳴の音?)

 

 聞き慣れない単語に反応する咲だったが、そのあとは想像通りの展開になった。

 

「海底撈月!」

 

(これで確定かな?)

 

「世界が暗れ塞がると共におまえたちの命脈も尽き果てる‼」

 

 この局で衣の能力が大体分かった。

 極端にツモが悪くなる場の支配。普通の打牌ではかなりの高確率で流局寸前まで聴牌できなくなり、衣は確実に海底牌で上がれる。一応鳴いてズラすことも出来なくはないが鳴くこと自体が難しく、ズラせたとしても衣自身が鳴いて海底コースへ戻ることも出来る。

 更にこれは去年の牌譜を見たことから判断出来るが、恐らく高火力の出上がりも存在するのだろう。

 

(これを破るには、それ以上の場の支配をぶつけるのみ)

 

 咲でもこのままの状態では少し分が悪い。咲が完璧に支配出来るのはあくまで王牌だけだからだ。

 槓材も集めようと思えば集まるが、普段よりはスムーズにいかない。この支配に上手く組み込まなければならないようだ。

 

(リミッターを外せば間違いなく勝てると思うけど、それじゃつまらない。それにお姉ちゃんに当たるまでは隠しておきたいし。まぁ、お姉ちゃんにはバレてるんだろうけど)

 

 リミッターを外さずに勝つには、この支配について観察し、研究する必要がある。

 

(そうと決まればこの支配の条件と限界値を見極める。そして付け入る隙を見つければいいだけ。それに衣ちゃん、今、面白いことを言ってたなー)

 

 対局そっちのけでそれを見極める。

 咲は思考の海へと深く深く潜っていくことにした。

 

(一つ一つ分析していこう。まずは今の発言から。『昏鐘鳴の音が聞こえるか? 世界が暗れ塞がると共におまえたちの命脈も尽き果てる』だったよね。

 昏鐘鳴っていうのは確か夕方を報せる寺の鐘の音のこと。このことから世界が暗れ塞がるっていうのは、単純に夜になるってことで合ってるはず。それと共に命脈が尽き果てるってことは、夜になっていくと共にお前たちに勝ち目はなくなるって意味かな?)

 

 この局は捨てているため、咲は半ば無意識に牌を捨てている。どうせ対抗しようと思わなければ海底までいくのだからと、振り込むことは考えていない。

 

(そして、この発言の中で一番重要なキーは『夜になる』ってところだろう)

 

 前半は夜になることを示す補語で、後半は夜になるとどうなるかという結果を表しているから、咲はそう推測した。

 

(あとは名前と見た目、というより衣装かな。『天江』っていうのは中国語で『天の川』を示していたはず。そして『衣』はきっと『羽衣伝説』と繋がりがある可能性が高い)

 

 咲は文学少女を自負しており、此の手に対する知識が豊富だった。まさかこんなことに役に立つとは咲も思っていなかったが。

 

(『天の川』が大きく関係するのもあるけど、『羽衣伝説』は地方によって色々と説話があるから断言出来ない。でもその中の殆どに、羽衣の色が月の周期に関係してるっていう共通した設定があった。羽衣の色は満月だと白、新月だと黒に変化するとかなんとか。そして今、衣ちゃんが着てる衣装には比較的白が多い)

 

 なんでもないようなことに思えるが、咲は真剣だった。その理由は自分自身が似たような境遇だからだ。

 咲の能力は嶺上開花。それは幼いころ、照に言われた些細なことがきっかけでそうなった。名前が同じ意味、ということだけだ。

 それで実際に咲は嶺上開花を用いて、現在の強さを身につけている。

 小さなことだからこそ注意深く考える必要があると咲は実感していた。

 

(あと頭に着けているそのリボン。初めて見た時も思ったけどウサギそっくり。そして面白いことに、日本にはウサギが月に関係してくる説話が存在する。こっちは特定が簡単、帝釈天のために身を捧げた兎の話、『月の兎伝説』で間違いない)

 

 咲の思考は更に加速していく。

 

(最後の極めつけにさっきから和了ってる役、『海底撈月』。こっちにも漢字の『月』が含まれている)

 

 収束していく思考。徐々に結論へと結びついてきた。

 

(あとはもう、連想ゲームでしょ。夜……月……羽衣……海底撈月……)

 

「……なるほどね。月、それも満月が力の源泉か」

「なっ……⁉」

 

 咲の言葉に衣がはっきりと動揺を示した。どうやら正解だったらしい。

 ゆみと華菜は急に言葉を発した咲に訝しげな目を向けていたが、衣は反応が異なる。ほくそ笑む咲を見て、衣は信じられないと目を見開いていた。

 

(衣の能力が暴かれた⁉)

 

 そのことについて知っているのは、龍門渕高校のメンバーだけだ。透華たちが情報を売るわけがないから、咲は自力でその結論に辿り着いたと衣には推察出来た。

 でも、それが信じられない。

 確かに海底撈月を二回連続で和了れば目立つのは当然だ。だけど、それで満月が能力に関係するなど気付くものではない。

 

(どうやったかは知らないが、例え分かっても衣には勝てない!)

 

「海底撈月!」

 

 一時は動揺した衣だが、すぐに気を取り直す。

 衣が思っている通り、場の支配で負けなければ衣が敗北することはない。いつもの通り敵を蹂躙すれば負けないのだ。

 咲も様子見は終わりとばかりに、今では臨戦態勢に入っている。

 

(タネは分かった。あとはその支配を崩すだけ。そう思えば今日は満月なのかな?)

 

「月が上がるまで待ってあげようか?」

「月が出ずとも問題ない。自惚れるなよ、清澄の嶺上使い」

 

 

 

 ──花天月地。

 

 嶺上の花が咲き、海底の月が夜空に輝く。




文学少女の設定を活かしてみましたが、どうですか?

ちなみに衣の能力に関しては公式の見解などではないです。あくまで独自の解釈なので、それはちょっと違くない?と思った方は、その、許して下さい。


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4-6

『前半戦終了!』

 

 龍門渕 137200 (+36000)

 清澄  119900 (+5000)

 鶴賀  83400 (-19200)

 風越  59500 (-21800)

 

 

 

 

「……これ、どう思う?」

「どうもこうもないじゃろう……」

「まさかとは思ったけど……」

「咲ちゃんの悪いクセが出たじぇ……」

「またですか……咲さん」

 

 獲得点数だけ見れば、龍門渕の天江衣が断トツトップなのだが、清澄高校の面々はそれに対する心配などなく、むしろ咲の仕出かしたことに呆れていた。

 何故ならこの光景には、嫌というほど見覚えがあったからだ。

 

 ──プラマイゼロ。

 25000点持ちの30000点返しの際、29600〜30500点で終わらせると獲得収支がプラマイゼロになるのが、麻雀の一般的なルールだ。つまり獲得点数が4600〜5500点の間の場合である。

 別にこの点数で終わることは特段珍しいことではない。オカルトを信じていない和でもこの点数で終えたことはあるし、そもそもオカルトですらない。

 では何故清澄の面々が呆れているのかと言うと、咲はプラマイゼロで対局を意図的に終わらせることが大得意であり、点数を自在に調整出来るという神の如き実力を持っているからである。

 

 今回のは正しくそれだ。

 厳密に言うと、団体戦なのでプラマイゼロなど存在しないのだが、見ている清澄メンバーには分かっていた。今のは完璧に調整する気満々だったと。

 

 ──やりやがったなあいつ……。

 

 全員の心の声が一致した。

 

「まぁ、これが咲の場の支配みたいなものだから仕方ないか。とはいえ、あり得ないとは思うけど後半戦でこんなことされたらたまったものじゃないわ」

 

 久もあり得ないと思ってはいたが、咲は放っとくと血迷ったことをするので無視出来ないというのも本音だった。咲は麻雀においては常識の、そして理解の外側にいるのだ。

 

「というわけで和、咲を探してきてくれない?」

「分かりました。私も少し言いたいことがあるので」

「よろしく頼むわ」

 

 和は控室を出て、咲を探すため走り出した。

 

 

****

 

 

 咲は一人、会場の入り口の外で空を見上げていた。

 見上げた先にあるのは、満天の星の中、一際大きく輝く満月が一つ。

 闇夜を切り裂く月明かりに照らされる咲の顔は、感情の読みづらい無表情であった。他人には何を考えているのか分からない。

 そんな彼女を遠くから見ていた和は少し声を掛けるのを躊躇った。咲のその冷たく感じる佇まいに自然と脚が止まってしまったのだ。

 しかし、和はそれを気の迷いと一蹴した。加えて後半戦開始までの時間も押している。和は意を決して咲の側まで駆け寄った。

 

「こんなところにいましたか。探しましたよ、咲さん」

「あっ、和ちゃん」

 

 和が声を掛けた途端、咲の雰囲気が和らいだ。柔らかい笑みを浮かべ、親愛の情を持って和に返答する。

 どこか緊張していた和はそれに安心した。やはり先程の感覚は勘違いだったのだろう。

 

「よくここが分かったね」

「中を探しても探しても見当たらないので、外にいるのかと思い来たんです」

「そっか、なんかゴメンね」

「いえ、それはいいのですが。それでこんなところで何をしてたんですか?」

 

 首を傾げて抱いていた疑問を咲に打つける。短い休憩時間にわざわざ咲は外に出向いたのだ。何か用事があったのだろう。

 問われた咲は小さく笑い、そのまま空を見上げた。

 

「うん、ちょっと月を見にね」

「月、ですか?」

 

 言われた和も空を見上げる。

 視線の先には、金色に輝く満月が星空に浮かんでいた。

 

「綺麗な満月ですね」

「うん、そうだね」

「咲さんは、月が好きだったんですか?」

「うーん、嫌いではないけど、特別好きなわけでもないよ」

 

 要領を得ない咲の行動に和は疑問を覚える。だが、詳しく聞いてもきっと自分には理解出来ないだろうと思ったため、それ以上詮索はしなかった。

 こういうときの咲の行動は、和にとっては突拍子もなく、更に意味不明なことが多いという経験則からだ。

 

「そろそろ時間だね」

「そうですね。それで咲さん、あり得ないとは思いますが、くれぐれも後半戦はプラマイゼロなんてふざけた真似はしないで下さいね?」

「やっぱりバレてた?」

「当たり前です」

 

 苦笑いでアハハと済ませようとしているが、和が真剣な表情だったため、咲も表情を改める。

 

「和ちゃん、約束は守るよ。絶対に全国に行く。だから、私は勝つよ」

「それを聞いて安心しました。でも、私にはよく分かりませんが、あの娘も相当強いんですよね? 咲さんが負けるとは思いませんが、大丈夫なんですか?」

 

 和は咲が負けるとは思っていない、それは本当だ。だが、物事には万が一ということがある。その点を心配した和だったが、咲に不安や動揺は全くなかった。

 

「大丈夫だよ、和ちゃん。……それにもう──」

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

「おかえり。それでどうだった?」

 

 控室に戻って来た和を労いながら、久は尋ねた。

 

「はい、大丈夫だと思います」

「ちなみにプラマイゼロはわざとだったのかしら?」

「それについては、確信犯でした」

 

 キッパリと言い放つ和に、部員全員が苦笑いだ。それにはやっぱりか、という気持ちが大きいからだろう。

 

「でも、最後に一つよく分からなかったんですけど、気になることを言っていました」

「……なんて言ってたの?」

「それが──」

 

 和は最後に咲が言ったことを思いだす。

 

「『もう満月が照らせる海の底は見えた』だそうです」

 

 

****

 

 

 後半戦は開始早々から不気味なほどの静けさを漂わせていた。

 

「「「「聴牌」」」」

 

 流局。

 しかもこれは一回目ではない。今回で四回目。四回連続で流局になっていた。

 

(なんなんだし、これ……)

(流石にこれは異常だ。確かに流局自体はざらにあるし珍しくもなんともない。だが、この対局のは不気味過ぎる)

 

 華菜とゆみもただならぬ気配を感じていたが、その正体までは分かっていない。ただ、言い知れない恐怖に全身の皮膚が粟立つのを感じていた。

 その中でも一番動揺しているのは、衣だった。

 

(なんだ、これは……? 月は出ている……、力も充盈している……、点差も十分……、だが、なぜだ──月に翳りを感じる)

 

 この四回の対局、四回とも衣は海底一巡前にリーチをかけている。なのにいざ海底牌を引くと、それが和了り牌ではないのだ。

 最初の一回でもあり得ないことだったのに、四回も続けば次第に疑惑より恐怖の感情の方が強くなってきた。

 

(何がいったいどうなってる⁉)

 

 焦りからか動揺からか、次の対局でも何の対策もなしに、同じように場の支配を使い海底を和了ろうと試みる衣。

 後半戦全て、途中までは問題ないのだ。他家は一向聴から進まず、鳴きも出来ていない。自身はそれまでに聴牌し、ラスト一巡でリーチを仕掛ける。ここまでは前半戦通り。

 なのに、最後の海底牌で和了れない。

 

「リーチ!」

 

(また、海底一巡前でリーチ……)

(どうなっているんだ、一体……)

 

 華菜とゆみも先ほどから動かないこの状況に憂慮を感じているが、どうすることも出来ない。

 これで積まれたリーチ棒は五本目。なくは無いがそれでも滅多にない状況であることには違いない。

 

 そして、衣の海底ツモ。

 衣は海底牌を手に取った瞬間、直感で分かってしまった。

 

(違う……また違う。……なんだこれは、なんだこれは、なんなんだこれは⁉)

 

 今まで隠してきた内心の焦りや動揺が、ここにきて表へと顔を見せ始めた。冷や汗が流れ、目を見開き表情を歪ませる。

 衣はこんなことは体験したことがない。思い通りにならないこの状況に思考がついていけていない。

 

 そのタイミングで、悪魔が囁いた。

 

「つかぬ事をお聞きしますが──」

 

 後半戦に入ってから全く動きを見せなかった咲が、前半戦と同じフレーズで、同じような笑顔で、衣に問いかける。

 

「今の天江さん、まさか全力ですか?」

 

 これを聞いて、衣はハッキリとした恐怖を覚えた。手が、脚が、身体が震え始め、思うように動けない。

 

 今は前半戦とは状況が違う。

 今の衣は紛れもない全力だ。余裕など欠片もない。

 

 謂わばこれは、咲の最後通牒だったのだ。

 

 手にしている牌を捨てたら、保たれている均衡が決定的に崩れてしまう。衣にはそれが理解出来た。だが、衣に選択肢は存在しない。一巡前にリーチしているため、和了り牌でないのならツモ切りするしかないのだ。

 

(……嫌だ……捨てたくない……ッ)

 

 衣にはもう、目の前で笑っている少女が同じ人間には思えなかった。

 皮肉なことにそれは、過去、衣と対局してきた者たちが衣に感じていたのと同じ気持ち。

 衣はこの時初めて、その気持ちが理解出来たのだった。

 

 小刻みに震える手から牌が零れ落ちる。

 

「ロン」

 

 衣にとってそれは、死刑宣告に等しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲は──笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海底の月を覆い隠すほどの、嶺上の花が舞い乱れる。

 そこからはもう、対等な対局とは程遠い光景が生み出された。

 

 



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4-7

 『龍門渕高校の天江衣が飛ばされた』

 

 この報せは瞬く間に全国へと拡がった。

 

 昨年の全国高校生麻雀大会、インターハイ団体戦を見た者で天江衣の名を知らない者はいない。彗星の如く現れた彼女がそこで残した記録は、過去に例を見ないほどのものだったからだ。

 インターハイ最多獲得点数記録を樹立。

 昨年度MVP。

 同年行われたプロアマ親善試合でも優勝。

 上記のような数多くの伝説を残したのが天江衣だ。これらの功績から《白糸台の宮永照》、《永水の神代小蒔》と並ぶ《牌に愛された子》として全国でも有名になり、その名を轟かせた。

 

 《牌に愛された子》は皆一様に圧倒的な闘牌を見せつけている。それは常人はもちろん、全国屈指のプレイヤーですらまともに太刀打ちできないほどのものだ。

 白糸台の宮永照は他を寄せ付けないスピードを誇る連続和了で。永水の神代小蒔は時折見せる文字通り“神懸かった”上がりで有名だ。

 天江衣もこの二人に負けず劣らずの実力を有している。特に、昨年見せた三校同時飛ばしの絶技は人々の記憶に深く刻み込まれていることだろう。

 長野の強豪校である風越には耳の痛い話ではあったが、今年の長野県代表も龍門渕高校で決まりだろうと全国では囁かれていた。

 

 だが、その龍門渕高校の天江衣が負け、しかも飛ばされたと聞けば誰もが耳を疑った。それほどまでに突拍子もない話なのだ。

 

 そもそも団体戦の持ち点は100000点だ。昨年の天江衣が実現させたのように事例がないわけではないが、運が大きく関わる麻雀でどこかの高校が飛ぶことなどそちらの方が珍しい。

 それも《牌に愛された子》の一人である天江衣が飛ぶなど、俄かには信じられないものであった。

 

 だからこそ、この報せは全国の高校生雀士に大きな衝撃を与えた。

 そして、当然の成り行きとしてどこの高校の、誰がそんなことをしたのかに注目が集まった。ただ勝つだけなら未だしも、あの天江衣を飛ばすほどの実力者なのだ。気にならない訳がない。情報が広まるのは一瞬だった。

 

 高校名は清澄高校。

 今年初出場にして県予選突破という、昨年の龍門渕高校を彷彿とさせる成績を残している。

 しかもそこには、最近雑誌などでもよく取り上げられている全中覇者の原村和がいた。確かに和は有名人ではあったが、多くの人にとってノーマークであったのだ。

 最初こそは原村和が天江衣を倒したのかと思われたが、それは違った。天江衣は大将であり、原村和は副将。直接対決はしていない。

 

 では大将の名前は、ということで多くの者がその名前を確認し、そして、二度目の衝撃が訪れた。

 この時全国に与えた衝撃は、天江衣が飛ばされたと聞いた時以上のものだっただろう。

 

 その名前は偶然か、それとも必然か。

 そこにはこう示されていた。

 

 

 

 

 大将──宮永咲

 

 

 

 

 

 こうして、長い長い県予選は終了した。

 宮永咲という、新たな《牌に愛された子》の出現と共に。





一応これで県予選は終了です。

あのあとどうなったのかは次にザックリ書こうかと思います。


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5-1

 

 西東京、白糸台高校

 全国高校生麻雀大会において現在二連覇中であり、史上初の三連覇がかかっている超強豪校だ。

 今年の県予選も難無く突破し、今は他地域の代表校決定の報せを待っている状況にある。

 しかし束の間の休息などない。練習は滞りなく行われており、今日も部室では部員たちが卓を囲んでいる。これが強豪校としてあり続ける所以でもあるだろう。

 

 部員の各々がしのぎを削っているその中で、部室に取り付けられたテレビの前に陣取り、真剣な顔で映された映像を見ている少女がいた。

 その少女は金髪ロングヘアーを持ち、どこか日本人離れした風貌をしている。

 彼女の名前は大星淡。一年生にして今年の白糸台高校代表チーム──“チーム虎姫”の大将を任された期待の新星である。

 

「淡ちゃん、またそれ見てるの?」

「ん? 尭深先輩」

 

 声を掛けてきたのは“チーム虎姫”の中堅、二年生の渋谷尭深だった。同じチームであるためかなり親しくなり、気安く話せる先輩の一人である。

 

「暇さえあれば見てるよね?」

「うん」

 

 先ほどから淡が真剣に見てた映像は、一ヶ月ほど前の対局の映像だ。

 映っているメンバーは白糸台高校麻雀部の監督。白糸台高校エースにして“チーム虎姫”の先鋒、宮永照。白糸台高校麻雀部部長にして“チーム虎姫”の次鋒、弘世菫。

 

 そして、宮永照の実の妹──宮永咲である。

 

 その日は、淡にとってとても重要で、そして、変革の日だった。

 はっきり言って、淡はその日までは傲慢が服を着飾って歩いているようなものだった。

 態度は生意気。遅刻は当たり前。挙句の果てには対局で手を抜く始末。本気を出すのは照と対局するときだけといった、端的に言って途轍もない問題児だったのだ。

 

 そんな淡は咲と出会って変わった。正確には咲に完膚無きまでに敗北したことで。

 最初は咲をボコボコにしてやろうと考えていた淡だったが、結果は物の見事に返り討ち。加えて自身の未熟さをこれでもかというほど思い知らされた。

 あまりの悔しさに涙を流したことは淡にとって黒歴史だったが、そのお陰でなのか友人や先輩と親しくなれたのだから淡は幸せ者だろう。

 その後は、咲に勝つことだけに一心になった。態度は改め、麻雀にも真剣に取り組んできたのだ。淡のあまりの変わり様には、あの菫が感嘆のため息を漏らすほどであった。

 

「よく飽きないね」

「これ見ると嫌でもサキのことを思い出せるからね。認めるのは癪だけど、私はこれがモチベーションに繋がるんだよね」

「臥薪嘗胆ってやつだね」

「がし……何て言ったの?」

「あっ、ごめん。淡ちゃんはアホの子だったね」

「何それひどい⁉」

 

 臥薪嘗胆。

 リベンジのために辛苦を耐え忍ぶこと、もしくは、成功するために苦労や努力を重ねるという意味を持つ、中国の故事成語である。

 淡にとって咲は苦い思い出そのものだから、それを見ることで自然とやる気が出るのだろう。リベンジというよりは若干の憎悪の混ざった復讐心と言った方が正しい気もするが。

 

「それにしても、いつ見ても咲ちゃんはすごいよね」

「──今度は私が勝つ」

「ふふっ、頑張ってね大将」

「そう思えば、サキは大将なのかな?」

「さぁ……? でも間違いなく先鋒か大将だと思うよ」

「先鋒だったらテルとサキか。それもまた見てみたい!」

「そんなことになったら他の二校が気の毒過ぎるけどね……」

 

 具体例が目の前の映像だ。この時の監督と菫は本当にお気の毒だった。尭深は断固お断りである。

 

「尭深ー。次だぞー」

「はーい」

 

 どうやら対局のローテーションが回ってきたらしい。

 

「じゃあ、淡ちゃん。また後でね」

「うん、頑張ってね」

 

 そう言い残して尭深は去っていく。

 淡のローテーションはまだだったので、そのまま映像を眺めていた。

 

 

 

 それから数分後のこと。

 練習場にいなかった菫が、多くの紙の束を持って現れた。

 

「みんな、全国の団体戦代表校と個人戦選手が出揃ったぞ」

 

 菫のこの一言で、部の緊張度が少し上がった。ついに三連覇をかけた団体戦の相手校が決定したのだ。当然と言えるだろう。

 淡もその一人。菫の言葉にガバッと反応を示し、椅子から立ち上がる。

 

「各自時間が出来た者から順次確認してくれ」

「長野は!? サキはどうなったの!?」

 

 淡は映像もそのままに菫に駆け寄った。

 

「落ち着け。それは皆も気になってると思うから今ここで言う」

 

 用意が良い菫は、予めまとめてあった資料を取り出していた。他の県と比べて随分と分厚いのは気のせいではないだろう。余程何かあったと思われる。

 

「まず、長野県代表は清澄高校。今年初出場の高校だな」

 

 菫のこのセリフにより、ここにきて部員たちはあることに気付いた。

 

 ──そう思えば咲がどこの高校か知らない……。

 

 個人のインパクトが強過ぎたのが原因だろう。仕方ないと言えばそうかもしれないが、強豪校の部員としてあるまじき失敗だった。

 そのため、この時点で清澄 = 咲と繋がる者はおらず、むしろ「清澄ってどこ?」状態になっていた。

 

 だが、このことは三つのことを意味している。

 一つ目は、名門である風越女子ではないこと。

 二つ目は、昨年強烈な印象を残した龍門渕高校でもないこと。

 そして三つ目は、龍門渕高校ではないということは、あの《牌に愛された子》である天江衣が敗北したということだ。

 

 そんな人間離れの所業が可能な候補は、生憎一人しか心当たりがない。

 

(となるとやっぱり……)

 

 淡は菫の間近で続きを聞いた。

 

「各メンバーがこうだ。先鋒、一年、片岡優希」

 

(違う……)

 

「次鋒、二年、染谷まこ」

 

(違う……)

 

「中堅、三年、竹井久」

 

(違う……)

 

「副将、一年、原村和」

 

(違う……)

 

「そして大将、一年──宮永咲」

 

「…………フフフフ、来たねサキ」

 

 全員の気持ちを代弁するかのように、淡は呟いた。宣言通りに全国出場するなど、並大抵のことではないのだが誰もその事実を疑ったりはしていない。

 

 加えて、もう一つ分かったこともある。此方のお陰で淡のやる気のボルテージも急上昇している。

 咲は大将。

 つまり、淡との直接対決だ。

 

「…………喜んでばかりいられないぞ、淡」

「うん?」

「やっぱりと言うか、なんというか、咲ちゃんは恐ろしいことをしてくれたよ」

 

 そう言う菫の表情には苦笑いも含まれているが、それ以上に恐怖に震えていた。申し訳程度に危機感もあるようだが。

 

「淡、お前天江衣の記録は前以て見てあるよな?」

「うん。サキの相手になる可能性があったし、テルも強いって言ってたからちゃんと見たよ」

「そうか。実際どう感じた?」

 

 淡は昨年の天江衣のデータを思い出す。

 淡から見ても、衣の強さは尋常でないものだった。流石の淡も三校同時飛ばしには驚いたものだ。自分に出来るかと言われると大分怪しい。噂通りの化け物であることは理解した。

 能力持ちなのはなんとなく分かったが、詳しくは見当もついていない。

 

 また、もしもの場合の検討もしていた。

 それは、自身と直接対決したとしたらどうなるかの未来予測である。

 

「……正直、前の私だったら負けてたかもしれない。そのくらい天江衣は強いと思った。今なら絶対ではないけど勝つことも出来ると思う」

「そうか。そんな風に言えるようになれたのもお前の成長だな」

 

 以前の淡、咲と出会う前の淡ならこんなことは死んでも言わなかっただろう。

 物事を客観的に見て、自身の負けを認めることの出来る人間と出来ない人間では大きな差が生まれる。淡はその点を弁えることが出来るようになったのだ。相当の成長だと言えるだろう。

 

「まぁ、今重要なのは去年の天江衣()()()相当に強かった、ということが分かっていればいい」

 

 菫の言い方には含みがある。

 まるでまだ上が存在するかのような、そんな言い方だ。

 

「とりあえず、これから見てみろ」

 

 手渡された資料は、長野県予選団体戦決勝の大将前半戦の記録だった。その結果に静かに目を通していく淡。

 

「………………なんというか、カオス……」

 

 前半戦はその一言に尽きた。

 初っ端二回は咲が嶺上開花で和了っているのは最早ご愛嬌であるので、淡にとってはそこまで驚きはない。

 だが、そのあとの天江衣。そこから天江衣は三回連続で海底撈月を和了っていた。しかも見る感じ完璧に能力なのだ。ラスト一巡でツモ切りリーチ、それ以前に衣以外のメンバーが一向聴から全く進んでいない。偶然にしては出来過ぎていた。

 もっと酷いのはそのあとである。そこからはザックリ言って嶺上、海底、嶺上、海底、海底、海底、嶺上、みたいな感じだ。

 

 ──なんだこれ?

 

「あれ? ……でも天江衣って去年海底撈月なんて和了ってたっけ?」

「数回和了っている。去年までは偶然だと思っていたのだか、どうやら違ったらしい。これが天江衣の場の支配の本領なのだろう」

「それって、つまり……」

「あぁ、去年は全力ではなかったってことだな」

 

 淡は素直に驚いている。

 あれでまだ余力が存在していたとは。それだと淡では勝つこと自体が益々厳しくなってくる。

 でも、咲はそんな衣に勝っているのだ。改めて自身との実力の違いを思い知らされた淡は悔しさに歯噛みする。

 

「しかもだな、咲ちゃんのプラスに注目してみろ」

「えーと、……サキは+5000点。……えっ? これもしかしてプラマイゼロ? ってことは何? サキはたぶん全力の天江衣に対して、点数まで調整してみせたってこと?」

「あぁ」

「……恐ろしすぎるでしょ」

「…………これで終わりじゃないんだよ」

「えっ?」

「流石の私も、これには目を疑ったよ」

 

 見せられたのは最終的な結果。

 一目で咲がトップだというのは分かったが、驚くべきポイントはそこではなかった。

 

「天江衣が飛ばされてるッ!!!???」

 

 思わず大声を出してしまった淡を責められる者はいないだろう。それほどまでにこれは異常事態だ。

 よもやあの天江衣が飛ぶなど、誰が予想出来ようか。

 

「な、何が起きたの⁉」

「……これが後半戦の記録だ」

 

 引っ手繰るように資料を手に取る淡。真剣な眼差しから徐々に目を見開いていく。

 

「……なに、これ…………」

 

 碌な言葉が出なかった。

 後半戦は最初から異変が起きていた。

 前半戦と同様に天江衣の場の支配で、他家は一向聴から進まない。海底一巡前のリーチ、ここまでは同じ展開だった。しかしその後、何故か天江衣は海底撈月で和了れない。

 これが四回連続で起こっていた。

 

「この流局って、やっぱりサキがなんかしたんだよね?」

「十中八九そうだろうな。お前の支配にも咲ちゃんは干渉出来ていたし、私には全く分からないが要するに同じ要領なのだろう」

 

 咲ならやりかねない。というよりやって当然とまで二人は思っている。

 そして、次の対局で変化が訪れた。懲りずに同じことをした天江衣に咲が直撃を加えたのだ。しかも海底牌でだ。

 

 これで状況が一変。

 

 ──天江衣が完璧に崩れた。

 

 その後は場の支配もなくなり、昨年のインターハイや前半戦で見せていた闘牌の面影もない。まるで素人同然のミスを連発していた。

 そのせいで咲だけでなく、他の二校にも複数回直撃をくらう始末。東場だけで後半戦始めにあった約13万点の内、約半分が削りとられていた。

 止めとばかりに南場での咲の親。照のような連続和了で各校2万ほど削った後、天江衣が咲の役満に振り込んだ。それが決定打となり終局。しかも清一色、対々、三暗刻、三槓子、嶺上開花、ドラ5という、本来13翻で足りる数え役満をまさかの17翻(オーバーキル)

 

「怖っ‼ サキ怖っ‼ 容赦無さすぎでしょ‼」

 

 思わず両の手で身体を抱き締める淡。

 

「……まぁ、一応勝負事だしな。手を抜くのは失礼にも当たる。そのせいで、咲ちゃんと照は幼いころ喧嘩してしまったんだし、それもあるんじゃないか?」

「いやいや、それでもアレでしょ? というより前から思ってたけど、サキ性格悪くない? 特に今回で言うと、あえて他のにも天江衣を削らせてるのが嫌らし過ぎるでしょ? 多分……いや、ゼッタイ、ゼッタイわざとだよこれ……」

「……それは言うな。お前より前にこれを見た照が、かなり凹んでいたからな」

 

 ちなみにその時照は「絶対に私のせいだ……昔は私の後ろをトテトテとついてくるような無邪気な子だったのに……」と、結構なダメージをくらったようだった。

 

「それに、擁護するわけではないが、私が知ってる咲ちゃんは意味もなくこんなことはしないさ」

「うっそだ〜。サキなら素でやりそうだけど。私の時のように」

「あぁ、あれは私が咲ちゃんに頼んだんだ。淡を懲らしめてくれって」

「…………えっ? 聞いてないんだけど?」

「言ってなかったからな」

 

 淡にとって驚愕の事実が発覚した。

 どうやら今まで味方だと思ってた人物が実は敵だったらしい。アンビリバボーな事実だった。

 

「……ちなみに、テルとか尭深先輩とか誠子先輩も知ってたの?」

「あぁ、主犯は私だけどな」

「お前らなんかキライだー!!」

「まぁまぁ落ち着け」

 

 菫は全く悪びれてなかった。

 

「私としてもせめて淡に少しでも影響があればいいと思ってのことだったんだ。まぁ、まさかあそこまで咲ちゃんが強かったなんて予想外だったが」

 

 きっとあの時のことを思い出しているのだろう。確かにあの時ですら咲の強さは絶大なものだった。傲慢な淡が自分とはレベルが違うと思うほどに。

 

「それにお前にとっても悪いことだけじゃなかっただろう? あの時のお陰でお前は強くなりたいと願い、そして麻雀の楽しさに改めて気づいた。違うか?」

「……まぁ、そうだけどさー」

「それにあのころのお前の態度は目に余る。何度私が注意しようと聞かんし、それに」

「分かりました! 私が悪かったです! 調子乗ってました!」

 

 渋々だが納得したようだ。

 その様子に菫が子供にするように頭を撫でようとしたが、淡は「フンッ!」の一言と共にそれを思いっきり払いのけ、威嚇するように「シャーッ!」と唸った。それなりにムカついたらしい。

 

「それで、サキがなんだって?」

「あぁ、恐らくだがあの状況であれは必要だったのだろう。場の支配というのに対抗するには真っ向から上回るか、干渉するかしかないらしいからな。そして、咲ちゃんは支配に干渉して天江衣の調子を崩し、動揺を誘った」

「ふーん。それで?」

「動揺はミスを生む。そしてそれが焦りに繋がる。多くのことに言えることだが、人はそういった負の感情に弱い。それがスポーツや麻雀のような競技では更に際立つ。咲ちゃんはそれで天江衣を無力化したんだろう。」

「……やっぱ性格悪いじゃん」

 

 結局行き着くところはそこだった。菫も否定はしていない。

 

「まぁ、いいや。それで個人戦はどうなったの? どうせサキは代表でしょ?」

「個人戦はもっと凄いぞ……」

「まだ何かあるの……」

 

 淡は呆れ気味だ。

 それもそうだろう。これ以上何があるというのか。

 

「とりあえずこれが長野県個人戦の最終結果だ」

 

 宮永咲   +568

 福路美穂子 +216

 原村和   +192

 

「ハァッ⁉ +568⁉」

 

 淡、本日二度目の驚愕の叫びだった。

 

 

 

 個人戦はどこの都道府県も二日に渡って行われる。

 一日目は選考の段階だ。個人戦は参加人数が多いため、まともに全ての参加者と総当たり戦など時間的に不可能。そのため、一日目で選手を(ふるい)に掛けるのだ。そして、その中の上位50名が翌日の本戦へと駒を進めることが許される。

 二日目はいよいよ本番。選りすぐられた50名による対局を十回戦行い、総合収支トップ3が県代表として全国大会へと出場出来るのだ。

 

 全十回戦。

 それを考えると、確かに理論上は最高+900点近くはとれることになる。これはつまり、最初の対局から最後の対局まで全ての相手を飛ばすということ意味する。

 だが、そんなことは普通に不可能だ。仮にも本戦に出場出来る選手は県トップ50、実力も申し分ないのは確かであり、もしそんなことが達成されたらイカサマを疑うだろう。

 

 それを踏まえて咲の総合収支を見てみる。

 

 +568

 

 残念ながらこの成績も非常識なものだ。

 先に述べたのは、あくまで理論上の話。不可能ではないが、普通の打ち手ならその半分も取れないのが現実である。

 実際に二位、三位はどちらも凡そ+200。全国トップレベルでもこれぐらいが妥当であり、この二人も全国で十分に通用する実力を兼ね備えている。それが咲はまさかのダブルスコア超。

 

 ──意味が分からない。

 

「ちなみに淡、お前はいくつだった?」

「……+224」

 

 本来であれば、淡ももう少し良い成績がとれたはずだった。だがそれは、能力を使用し、紛れもない全力で対局していればの話だ。

 淡は咲と対局して学んだのだ。そう簡単に自分の底を見せてはいけないのだということを。あの時のように、もしも手の内を知られて対策を立てられたら、勝てる勝負も勝てなくなってしまう。

 元々咲とは実力差があったことは否めないが、上手く立ち回れていればあそこまで無様に負けることもなかっただろう。

 

 咲や照のような、能力を見られてもデメリットが少ない特殊なプレイヤーなら話は変わるが、どんな時でも全力を出すなんて三流プレイヤーのすること。対局相手と自身の実力を天秤にかけて、その上で勝負に臨む。これが真の一流だ。

 

「私は+212で三位。淡がそれで二位。そして一位の照ですら+554だったか? 照ですらおかしいと思っていたが、咲ちゃんはそれを超えるとは……まさしく人外と言えるだろう」

「……何がどうなったらこうなったの?」

「これだ」

 

 本日何度目か分からない資料の受け渡しをする二人。淡の目が段々と虚ろになってきている気がするが、菫はあえてそれには触れない。

 

「とりあえず四回戦まではまだ許容範囲内なものだったよ」

 

 菫に言われ、淡はそこまでの経過に目を通す。

 その内容は過去に見たようなことがあるようなものであった。照の個人戦と似てるのだ。

 咲は戦術は単純で、まぁとにかく和了る。状況は一対一対一対一ではなく一対三なのだが、御構い無しで和了りまくる。結局どの局もダントツトップでアベレージ+30くらいを稼いでいた。この時点で大体+130。菫の言う通り、まだそこまで不自然ではないように見える。

 

「確かにそこまでじゃないね。てか完璧手加減してるよねこれ。ということは……」

「五回戦でな……ある意味面白いことが起きたんだよ。……咲ちゃんにとって」

 

 一体何が起きたというのか。

 淡はそれを確かめる。記載されていた情報は淡にとっては信じられないものだった。

 

「嘘……サキが負けてる……」

 

 そう、咲がトップをとれていなかったのだ。その対局で咲を抑えてトップになっていたのは、龍門渕高校二年、龍門渕透華という選手だった。

 

「サキが負けるなんてあり得ないでしょ⁉」

「私にも牌譜だけだとよく分からない。映像を見れば分かると思うんだが、まだ見てなくてな」

「それ、今あるの?」

「あぁ。後でチェックしようと思っていたんだが、この際今見てしまうか?」

「私としてはそれには大賛成だけど、練習はいいの?」

「今回はいい。いずれお前の相手になる相手の研究だ。それに私が一緒にいる分には問題ないだろう」

「さすがスミレ先輩! 地味に権力を振りかざしてるね!」

「使えるものは使わないと勿体無いだろう? まぁ、いい。それじゃ移動するぞ」

 

 

 

─────

 

『A卓、対局終了です』

 

 フラッ……パタン

 

『おい! 透華! しっかりしろ透華!』

『やっぱり、なんとなくそうなる気がしおったわ……大丈夫かのぉ?』

『……とりあえず移動しましょう。そうしてくれれば私が──』

 

─────

 

 

 

「「……………………………」」

 

 映像はそこで打ち切られていた。

 菫と淡の二人はあまりにも壮絶だった内容に、すぐには口が開けない。特に最後がヤバイ。人が倒れてしまったいるのだから。

 

「……この後どうなってるの?」

「詳しくは分からない。が、龍門渕透華は六回戦からも普通に参加してるぞ。ただ……今の対局のような打ち筋ではないがな」

「あれからすぐ復帰出来たんだ。信じられない……ていうかその人、龍門渕透華! ちょー強いじゃん! なんであの人もっと有名じゃないの?」

「龍門渕高校は天江衣以外は特に目立つ選手はいなかった。彼女も完成度の高いデジタルの打ち手には違いないが、こんなのは初めて……」

 

 と言おうとしたが、菫には一つだけ心当たりがあった。

 

「……いや、去年一回だけこんなのがあったな」

「ホント?」

「あぁ、確か準決勝にあった」

 

 昨年のインターハイ団体戦。龍門渕高校は準決勝で敗退している。だがそれは天江衣が負けたというわけではなかった。

 大将戦に渡る前に決着が着いたのだ。それは副将戦。そこで東東京地区代表である臨海女子に他校が飛ばされたため、三位敗退。

 

「その時の最後の最後で、龍門渕透華があんな感じになっていた気がする」

「……じゃああれは、いつでも使える能力というわけではないって感じ?」

「何とも言えないな。何せ情報が少ない。それに龍門渕透華は今年は全国に来ないようだから今はそこまで重要ではないな」

「……それもそうだね。にしてもまさかサキが負けるとは…………」

 

 あの照でさえ咲を負かすのに殆ど本気を出さざるを得なかったというのに。それはつまり全国でも咲に勝てるのは照くらいしかいないというのと同義だ。

 淡は驚きと、自身が倒したかったという悔しさと、あとほんの少しの「ザマァ!」というスッキリ感を感じていた。

 しかし、菫は何やら考えこんでいる。どこか釈然としていない様子だ。

 

「……いや、少し違和感があると思わないか?」

「違和感?」

 

 淡は改めて対局を思い出す。

 どういう能力かは定かではないが、強力な場の支配を発揮して圧倒的な存在感を示していた透華。その影響か、咲は普段より槓の回数が激減。その状況下で基本的に透華の独壇場。それがオーラスまで続いて終局。

 

「…………あれ? あの対局、()()()()()()()()()いったんだろう?」

「そう、それだ」

 

 あの状況は分かりやすいように言えば、化け物二体が同時に暴れ回っている状況だ。その二体が起こす嵐に巻き込まれた他二人は、虫のように弄ばれることになるのは想像に難くない。

 

 だが、実際にはそうではなかった。

 

「そう思えばさっきの対局、サキが何回か振り込んでたよね?」

「あぁ。てっきり場の支配に対抗出来てないからだと思っていたが、調整の一貫だったのかもしれないな」

「確かに偶に映ったサキの顔、スゴくイイ笑顔だったもんね……瞳孔とか開ききってたし」

「……怖いな、うん、怖い」

 

 咲の本意は分からないが、それだけは確かだった。

 

 

 

「それであの後はサキ大暴れって感じだったね」

「二人飛ばしが基本だったな」

 

 五回戦以降の咲はそれはもう酷いものだった。

 それまでのような大人しめの対局は息を潜め、全てを蹂躙するかの勢いで和了りまくっていた。

 この化け物になんとか生き残っていたのは、個人戦二位であり風越主将の福路美穂子、個人戦三位で清澄の副将である原村和、そして同じく清澄であり中堅の竹井久、三人だけであった。

 この三人は生き残ることだけを考えて打っているように見えた。清澄の二人はきっと過去に経験があったからだと思われるが、美穂子に限って言えば初見で対応してみせたその手腕はさすが強豪校の主将といったところだ。

 残りは無残にも吹き飛ばれていた。

 

「全国まで約一ヶ月半。淡、頑張れよ」

「もちろん!」

 

 練習場へと戻りながら気合を入れ直す淡。

 淡はあんなものを見せられた後にも関わらず、引いてはいたが、怯んではいない。元々咲を倒すことが目標なのだ。こんなことで一々凹んではいられない。

 

 その後は黙々と歩き続け、そろそろ練習場へと着くというところで中から異変を感じた。あり得ないほどの緊張感が扉越しから伝わってくる。

 

 菫と淡の顔が段々と引き攣り始めた。

 

「……そう思えば菫。さっき私が結果を見る前にテルが見た的なこと言ってなかった?」

「……あぁ、言ったな」

「……ってことは、多分手加減していたとはいえ、テルはサキに個人戦で稼ぎ負けたことも知ってるってことだよね?」

「……あぁ、そうだろうな」

「「……………………………はぁ」」

 

 疲れたように息を漏らす淡と菫。

 二人の受難はしばらく終わりそうになかった。





咲さんが何を思っていたのかはまた次回になるんですかねー……

楽しみに待って下さってるみなさまには申し訳ありませんが、今までのようにサクサクいけないと思います。時間的にもアイデア的にも……更新が遅くなるのはご勘弁下さい。

とりあえず原作に追いつくまでは頑張りたいと思います。


ps
本戦に出場してる人数が詳しく分からないため、アニメから確実分かる50位までとしています。感想で指摘して下さった相咲様、ご指摘ありがとうございました。


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5-2

初めての10000文字突破(汗)

今回はちょっとご都合主義っぽくなってるかもしれません。気に入らないと思う方もいるかもですが、そこはスルーしてくれると助かります。

あと冒頭である有名な文を入れてます。著作権については調べて大丈夫だと思っているのですが、もしヤバイよとか多分駄目だよ、というのなら速やかに感想で連絡いただけると幸いです。

それではとりあえずどうぞー


「えーでは、宮永さん。『平家物語』の冒頭部分を暗唱してみて下さい」

「……はい」

 

 立ち上がる。

 周囲から微かにあったざわめきがやみ、ペンが走る音すらも聞こえなくなった。ただ椅子を引く音だけが教室に響き渡る。

 その様子はまるで、どんな些細な物音すら立ててはいけない、そんな雰囲気に満たされていた。

 

 祗園精舎の鐘の声、

 諸行無常の響きあり。

 娑羅双樹の花の色、

 盛者必衰の理をあらはす。

 おごれる人も久しからず、

 唯春の夜の夢のごとし。

 たけき者も遂にはほろびぬ、

 偏に風の前の塵に同じ。

 

「ちなみに口語訳は分かりますか?」

「はい」

「では、それもお願いします」

 

 祇園精舎の鐘の音には、諸行無常、すなわちこの世に存在するありとあらゆるものは絶えず変化していくものだという響きがある。

 釈迦入滅時に白色へ変化したとされる沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。

 権勢を誇っている人も永遠には続かず、それはまるで春の夜の夢のようである。

 勇猛な者も最後には滅び去り、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである

 

「完璧です。席に着いて結構ですよ」

「分かりました」

 

 席に着き、授業が再開されたことでようやく、教室に満たされていた緊張感がなくなる。

 少ししたら小さなざわめきも起き始めた。

 

(……まさかこのタイミングでこれを私に詠ませるとは。先生は意外と大物なのかな?)

 

 指名された少女──宮永咲は、窓の外に映る景色を眺めながらそんなくだらないことを思っていた。

 

 現在は全国高校生麻雀大会の団体戦、個人戦の県予選が終わった直後。

 咲が在籍するここ、清澄高校は初出場にして見事団体戦で全国大会出場という快挙を成し遂げていた。

 そのニュースに初めは全校生徒皆で喜びに浸っていた。それと同時に咲の大暴れっぷりも全校生徒に明らかになり、それは生徒の意識に深く刻み込まれたらしい。

 それからの咲の周りはまるで、小学校、中学校生活の再現のようになった。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 端的に言うと、クラスメートを含めた清澄高校の殆どの生徒が咲を畏怖するようになったのだ。

 

 元々の話だが、咲は人付き合いが苦手で、親しい友人は麻雀部のメンバーくらいしかいない。尤も、今回の件でそういう存在が清澄で出来る可能性が無に等しくなっただろう。

 もちろん学校ではオーラなど発さないし、威圧感も出していない。だが、あの結果を見られた時点でもうダメだったらしい。咲がそれを強く理解し、後悔したのは廊下を歩いてだった。

 

 咲が進む先には道が出来る。

 

(しくじったなー。団体戦はともかくとしても、個人戦ではあそこまでやるつもりなかったのに)

 

 ため息一つこぼして目を閉じる。蘇るのは先日色々とやらかした日の光景。

 予選段階の一日目から分かっていたことだが、個人戦は一位になるとインタビューがある。

 前以て言われていたし、東場オンリーの一日目では同じ麻雀部の片岡優希が大爆発し、自信満々にインタビューに応えていたのを良く覚えている。

 咲個人はマスコミ関係などは苦手なので、全くもって関わりたくなどないと思っていた。

 だから咲は一日目はかなり適当に打って二十位くらいになり、二日目の本戦でも、ギリギリ三位くらいに滑り込もうかと考えていたのだ。

 実際に一日目は上手くいったのだが、本戦ではそうはいかなかった。

 なぜならそれは、咲にとっては予想外で、しかし歓迎すべき出来事が起こってしまったからだ。

 

(楽しかったな〜♫ 龍門渕透華さん)

 

 龍門渕透華。

 普段はただのデジタルの打ち手。

 だが、咲には分かっていた。初めて会った時に能力者だと。どの程度かはさすがに測りきれていなかったが、その実力は想像以上のものだった。

 発揮されたその力は、リミッターを解除していなかったとはいえ、咲の全力に伍するものであり、間違いなく咲や照と同じフィールドに立つ者の力だったのだ。

 

(あまりにも楽しかったから、対局を長引かせることだけ意識してたんだよねー。まぁそのせいで最終的には負けちゃったんだけど)

 

 あのような愉快な打ち手とは滅多に打てない。それなのに一瞬で終わってしまったらつまらないではないか、との理由で点数調整に全力を注いでいた。

 おかげでオーラスまで対局を引き延ばすことには成功したが、勝利まではもぎとれなかった。

 

(どんな能力なのかはヒントが少な過ぎて分からなかったのが残念。まぁ、対局終わった後に倒れちゃったのには驚いたけど)

 

 残されている映像からはそんな内心は毛ほども見出せないが、咲も人間だ。目の前で人が倒れたら、それなりには驚く。それが外から伺えるかは話が別になるのだが。

 この出来事が咲の畏怖の度合いを高めたと云えるだろう。

 まず咲と対局した相手が倒れたという事実。更に、人が倒れたというのに表情一つ動かなかった咲の姿。

 この段階で咲の恐ろしさが浮き彫りに。

 しかし、これで終わっていれば、まだ救いがあったのかもしれない。だが、そうはならなかった。

 

 この話には続きがあるのだ。

 

(“癒”のオーラで回復したのは良かったけど、問題はあの後だよ……)

 

 透華との対局の後、咲はほぼ無双状態になっていた。

 この時の咲は冷静ではなく、昂ぶったこの気持ちを鎮めるためなら周りが少しくらい、ほんの少しくらい壊れちゃったとしてもいいかな? いいよね? などという恐ろしいことを考えていたのだ。

 実際にあの時の咲に、配慮など皆無。

 

 そして、落ち着いたころには全てが終わっていた。

 

 個人戦は終了しており、ブッチギリの一位通過。

 しかも後から判明した事実だったが、実の姉である高校生チャンピオン、照さえも超えるという始末。

 

 これはもう、完璧に咲のミスだった。

 

(インタビューなんて凄い誤魔化し方したし)

 

 最初は個人戦と団体戦出場おめでとうというありきたりな内容だったが、頃合いを見計らって当然の如くこの質問がやってきた。

 

『宮永照さんとは親戚か何かですか?』

 

 一瞬だが、咲は固まった。

 これに対して明言してしまえば、咲の安寧はなくなる。照に合わせてこの先、営業スマイル全開なのを余儀無くされるだろう。

 だが、否定するにも気が引ける。そもそも仲直りするのが目的だったのだ。そんなことをしては本末転倒というもの。

 

 結局、悩んだ末に出した結論は有耶無耶することだった。

 

 

 

『宮永照さんとは親戚か何かですか?』

『……………………グスン』

『み、宮永さん?』

『ご……ごめんなさい。その、あの……グスン』

『咲さん? 大丈夫ですか?』

『の、和ちゃん!!』

『咲さん……申し訳ありませんが、今日のところはこれでお引き取り下さい。咲さんの調子がよくないそうなので』

『で、ですが……』

『お願いします』

『……分かりました。改めて宮永さん、優勝おめでとうございます』

『グスン……ありがとうございます』

 

 

 

(和ちゃんマジ天使!)

 

 上手く誤魔化せた気は全くしないが、咲は嘘泣きまで自由自在だったのだ。

 

 

****

 

 

 本日の授業も終わり帰りのHRの後、咲は部室に向かうため立ち上がった。それだけでも周りのざわつきが少し止んだのが分かる。流石にため息を吐きそうになった。

 

(小、中で慣れてるとはいえ、ここまでとは……ちょっとキツイなぁ)

 

 不機嫌な気持ちを表情に出したりなどはしないが、言うまでもなく良い気分にはならない。

 悪事を働いたなどの事実があるならまだしも、咲は悪いことはしていない。むしろ咲がしたのは、手放しに出来るわけではないかもしれないが、称賛される行為だ。

 

(まぁ、いいや。人の噂も七十五日って言うし、そのうちなくなるでしょ)

 

 憂鬱な気分を吹き飛ばし、気を取り直して教室から出て行く。

 もし咲が気の短い人間だったら、教室内は悲惨なことになっていただろう。

 冗談ではなく人が倒れる。

 ついでに電化製品が壊れる。

 

 玄関まで降り、靴を履き替えている途中で声を掛けられた。

 

「咲さん」

「あっ、和ちゃん」

 

 そこにいたのは、麻雀部員の一員で、咲が麻雀部に入ったきっかけでもある少女で天使──原村和だった。

 これは麻雀部員全員に云えることだが、和は咲を全く恐れない。……いや、時と場合によるという冠詞が付くかもしれないが。そもそもとして恐れることが前提で話が進んでいるのが非常に残念なことだが、咲にとってはそれが普通なのが悲しいところだ。

 和は咲に対して極自然に接してくれる。もしかしたらこの言い方すら間違っているかもしれない。

 なぜなら和には咲を恐れる理由など何もないのだから。

 実際問題としては、確かに和も咲の本気のオーラをぶち当てられると何ともいえない恐怖を覚えるのだが、そんなことになる機会は殆どないといってもいい。

 今では和にとって咲は、仲間であり友達だ。

 そして、咲にとっても、和は正真正銘の友達だ。

 

「部室ですよね?」

「うん」

「同行してもいいでしょうか?」

「当たり前だよ。それじゃあ、一緒に行こ?」

「はい」

 

 微笑ましい会話を交わしながら、二人は部室へと向かう。

 

「今日は朝から疲れました」

「何かあったの?」

「はい。朝からクラスメートの皆さんが祝ってくれたのですが、ちょっと大袈裟というかなんというか。咲さんは大丈夫でしたか?」

「……うん、大丈夫だったよー(棒)」

 

(……ごめんね和ちゃん。その点でいうと私は全く疲れてないし、むしろ前より話す回数が激減したよ)

 

「しかも行く先々で声を掛けられたので、挨拶で疲れました」

「ホントだよねー(棒)」

 

(……ごめんね和ちゃん。私の場合、声を掛けられるどころかむしろ私の行く先々で道が出来たよ。とても大きな道がね)

 

 会話から一瞬にして微笑ましさがなくなった。

 

 

****

 

 

 麻雀部は現在咲たちがいる新校舎にはなく、少し離れた旧校舎にあるため移動する必要がある。意外にも遠いというのが難点なのだが、咲としては静かな方が気が休まるので、都合が良いと思っていた。

 

 しかし、今回はそれが仇となったようだ。

 

「……あれ? あそこにいる人たちって……」

「おそらくですが、マスコミ関係の方ですね」

「げっ、それってもしかして…………」

「団体戦出場校としてのインタビューならその日に終わってますし、私目当てということもなくはないと思いますが、このタイミングではまず間違いなく咲さんが目的かと」

「やっぱり?」

「私はそう思います」

 

 咲はがっくしと肩を落とす。

 折角一応誤魔化したというのに、こんなことが続いたらバレるのは時間の問題だ。

 余談だが、咲と照のことに関しては箝口令が敷かれている。これは清澄だけでなく、白糸台でもだ。

 理由としては咲のため、これ一つだった。

 元々照も、咲のプライバシーを守るために明言していなかったし、咲も咲で、いつかは公になるとは理解していても、なるべくなら隠したいと思っていた。

 そのためこの措置は、咲のためだけに実施されていた。

 

「どうしましょうか?」

「……逃げてもいいかな?」

「これから毎日となるとあれですが、今日のところはそうしましょうか。部長には私が言っておきます」

「ホント和ちゃんマジ天使!」

「さ、咲さん⁉ 一体何を⁉」

 

 いきなりの抱きつきと天使発言に和も驚いていた。顔も真っ赤に染め上がり、やや過剰なほど恥ずかしがっているが、咲としては本心だったので今の発言にあまり後悔していない。

 後悔していなかったのだが、和が大きな声を出してしまったので、マスコミ関係だと思われる人がこっちに気付いてしまったようだ。

 

「ヤバッ⁉ じゃ、じゃあ和ちゃん、後はお願い!」

「えっ⁉ 咲さん⁉」

 

 そう言い残して咲は脱兎の如く駆け出した。

 大会中もそんなことを繰り返していたからか、咲は文化部とは思えないほどのスタートダッシュを切り、瞬く間に遠くまで行ってしまう。

 咲の方を見て暫しの間呆然としていた和だったが、更に後ろから駆けてくる音に気付き振り向いた。

 

「あぁ、原村さん。こんにちは。突然であれだけど、宮永さんどこに行ったか分かる?」

「あぁ、その……急用が出来たから帰ると言っていました」

「そうなの、ありがとう。ほら行くわよ」

「えっ? でも急用って……」

「とりあえず追うのよ。少しぐらいなら取材出来るかもしれないでしょ?」

「……分かりましたよ」

 

 そんな会話を残して、いつも和を取材している二人組も咲を追いかけて行った。

 残された和は再び呆然とした後、一息ついて部室へと向かうのだった。

 

 

 

「ハァ、ハァ……意外としつこいな」

 

 和と別れた後の咲は鬼ごっこの真っ最中であった。

 もしやとは思っていたが、案の定マスコミ関係の人は咲を追ってきていたのだ。それも存外速い。相手もその道でプロなのだから、人並み以上の体力があっても不思議ではないが、これは少し予想外。

 逃げ切ることも出来なくはないだろうが、一番最悪な結果として自宅がバレる可能性がある。

 そんなことになってしまえば最早逃げ場がなくなる。

 どうやって撒こうかと考えていた咲だったが、これまた予想外なことが起きた。

 

「いましたわね。清澄の宮永咲!」

「……えっ?」

 

 意識の外側からの声に振り向くと、個人戦で唯一咲に勝利した少女、龍門渕透華がそこにいた。

 

 

****

 

 

(…………気まずい)

 

 咲は今、龍門渕家に仕えるハギヨシという執事が運転する、一目で高価だと分かる黒塗りのリムジンに透華と一緒に乗っていた。

 

 このような事態になったのには訳があった。

 出会った後、いきなり透華から家に来て欲しいと言われたのだ。

 もちろん、最初はそのお誘いを遠回しに断ろうとした。お誘いされる意味が分からないし、あったとしても良い理由とはとても思えなかったからである。なぜならそれは、咲は龍門渕高校の皆さんに対して絶対良い印象ではないと確信があったからだ。

 それもそうだろう。団体戦では大将を完膚無きまで叩き潰し、個人戦では咲が勝った訳ではないけど、透華を気絶まで追い込んでいる。これで好印象になるだろうか、いやならない(反語)。

 だが、その時は咲にも問題があった。

 その時咲は現在進行形でマスコミに追われている最中だったのだ。

 そして、透華に捕まったその時点でかなりの時間のロスになり、見つからずに逃げ切るのがまず不可能に。

 つまりどちらかには確実に捕まる状況に陥っていたのだ。

 

 前門の虎、後門の狼。

 

 逃げ場がないことを悟った咲は仕方なく、苦渋の選択で前門の虎、というより龍と同行することを決めたのだった。

 

 

 

 そんな理由で一般庶民の咲は、見たことも乗ったこともない高級車に揺られているわけだが、さっきから会話がない。

 透華は優雅に紅茶を嗜んでいる。咲にも用意はされていたが、全く口につける気にならない。

 

(というよりそろそろ理由を聞かせてほしいなー……)

 

 もう引き返す道はないのだ。

 こうなったらとことん前進あるのみである。例え進む道が地獄であろうとも。

 しかし理由は知りたかった。

 そんな咲の思いが通じたのか、透華はカップを備え付けられたテーブルに置いた後、おもむろに口を開いた。

 

「まず、このような強引なお誘い、申し訳ありませんでしたわ」

「い、いえ。私も困っていたことには違いないので、助かったと思っています」

 

(このあとの展開次第では全く助からないけど)

 

「それは良かったですわ。それであなたをこうしてお誘いした理由ですけど……」

「はい……」

 

 咲は密かに覚悟を決めた。

 何が出てきても大丈夫なように。

 

「衣と会って欲しいのですわ」

「……はい?」

 

 想定外な内容が飛び出てきた。

 

「どうしましたの?」

「い、いえ……その、想定外だったので驚いていました。てっきり、なんか怒られるのかと」

「なぜそのような結論に至ったのかは分かりませんが、私、もとい私たちは怒ってはいませんわ」

「そうなんですか?」

「えぇ。……あぁ、でも個人戦の時は私も少しは怒っていたのかもしれませんわ。あの時は正気ではありませんでしたので」

「…………とりあえずごめんなさい」

 

 やはりあの状態は普通ではなかったらしい。

 咲のように瞳孔が開ききっていたわけではなかったが、あの時の透華の瞳は人間というより爬虫類のような目だった。あれは誰が見たって異常だろう。

 

「だから、今は大丈夫だと言ったでしょう? むしろ私たちはあなたに感謝するべきだったのですわ」

「……はい?」

 

 益々意味が分からない。

 

「……そうですね。少し昔話でもしましょうか」

 

 さて、どこから話しましょうか……と透華は過去を振り返る。

 不思議そうに見つめる咲を一旦無視して、透華が思い出しているのは初めて衣と会ったその日からであった。

 

 

****

 

 

 透華が衣と初めて会ったのは、今から六年前のことだった。

 黒の喪服を着た人しか周りにはいない。『忌中』という看板も見受けられ、物悲しい雰囲気がその場を包んでいる。

 その日は事故で亡くなった衣の両親の葬式の日だったのだ。

 

「初めまして」

 

 縁側に座っていた衣に声を掛ける。

 物憂げな表情で下を向いていた衣は、透華のその声に反応して顔を上げた。その顔は寂しそうに沈んでいた。

 

「私、あなたの従姉妹の透華と言います」

「……龍門渕の娘か」

 

 そう言って衣はまた顔を俯けた。透華には興味も関心もない、そんな様子だ。

 それでも透華はその態度には気を止めず話し続ける。

 

「あなたは、私のお父様が引き取るそうです。私とあなたはこれから同じ家に住まうのですよ」

「……トカゲがいない。カエルも出てこない」

「……はぁ?」

 

 突拍子もないその言葉は意味が分からない。

 今のこの場面で、どうして爬虫類と両生類が出てくるのか。

 

竹馬(ちくば)の時より、あれらだけが衣の遊び(とぎ)であったのに」

「……そんな生き物が出てくる季節ではないでしょう?」

「父上と母上がいなくなった時だからこそ、出てきて欲しいのだ。こんな時に出てこないとは、友達甲斐のない奴らだ……」

「……っ」

 

 あまりにも悲しい。

 遊び相手だという話は本当なのだろう。

 別に、そのような生き物が遊び相手だということ自体は特に問題ない。ちょっと感性が人と違うのだな、くらいで納得出来る。

 確かにこのような状況で同級生の友達など、いたとしても呼べるわけないのは分かる。

 でも、衣のその発言は悲しすぎた。寂しすぎるではないか。

 

 少し涙ぐんでしまった透華だが、ここで泣くわけにはいかない。

 一番悲しいのは透華ではない。衣だ。

 その衣が泣いていないのだ。

 なぜそこまで達観した態度なのか、透華には分からなかったが、それでもここで泣くのはダメだと透華は思った。

 だから、気持ちをぐっと堪える。そして、少し無理矢理だが笑顔を浮かべ、衣の隣まで歩み寄り、同じく腰掛けた。

 

「今日から、透華お姉さんと呼んでもいいんですのよ?」

 

 なるべく明るい声で話し掛けた。透華はこれ以上、目の前の少女に悲しい想いをさせたくなかった。生来の性格からか、自分がなんとかしてやろう、とまで思っていたかもしれない。

 近くに来たことで、やっと目を合わせてくれた衣だったが、

 

「……お前より衣の方が誕生日が早い」

「えっ⁉」

 

 この掴みは失敗だったようだ。

 

 

 

 龍門渕に引き取られた衣だったが、衣の不運はこれでは終わらなかった。

 何をするにも衣は優秀過ぎた。優秀なのもあるが、それ以上に豪運の持ち主だった。

 学業でもその年齢に合わない卓越した知能と知識を有していたし、運の要素が強い遊戯、ポーカーや麻雀などなら、正しく神がかっていた。

 それははたから見ると恐怖を抱いてしまうほどに。

 

 実際に、衣の底知れない恐ろしさに怯えた龍門渕当主である透華の父親は、衣を別宅に住まわせ実質軟禁状態に。

 透華の父親と同じように、衣の学校の生徒もどこか皆と違う衣に恐怖を抱いたため、衣には友達も録に出来なかった。

 

『天江の子に近づくな』

『あれは理解の遥か外にいる』

 

 ──衣はずっと、一人だった。

 その事実を知った透華は、衣のためにと全国を飛び回った。

 衣と対等に友達になれる人材を探し、父親が理事長を務める龍門渕高校へと招待していた。

 その後、高校生となった彼女たちは既存の麻雀部員を追い出し、衣を含めた五人で新たに麻雀部を創設したのだ。

 

 目的は唯一つ。

 県、全国、そして世界。衣と楽しく遊べる相手を探すため。

 絶対に仲間がいる。そう信じて。

 

 ……それでも、高校生になって一年が経っても、衣と楽しく遊べる相手は現れなかった。

 

 

****

 

 

「そこで現れたのがあなた、ですわ」

「…………」

 

 咲には色々と思うことはあった。

 予想を遥かに超えるヘビーな話だとか、あんなことをした私と衣は楽しく過ごせるのか? とか、とにかく色々あったが、一番に思うことはこれであった。

 

(他人の家庭事情って、聞く立場だとこんなにキツいものだったんだね。……出会って数時間で似たような話をして、ホントごめんね、和ちゃん……)

 

 心の底から和に謝ることにした。

 

「あなたの存在をもっと早く知れていたらと思いましたが、まぁ過ぎてしまったことは仕方ありませんわ」

 

 ここまで来たら、何が目的なのか咲にも分かった。

 透華は咲に、衣と遊び相手に、友達になって欲しいのだ。

 

「改めてお願いしますわ。衣と会ってくださいませんか?」

 

 真摯に頭を下げる透華。それを見つめる咲は少し考える。

 咲としても断る理由はない。

 それにこれは咲にとっても悪い話ではなかった。

 個人戦のときの透華もそうだが、衣も確実に咲や照と同じフィールドに立てる者だ。

 咲と衣の大きな差は一つだけ。敗北の経験の有無だけだ。

 ただ勝つだけでは、人は成長出来ない。負けるという経験を経てこそ、人は変われるのだ。

 そして、咲に負けたことで衣は進化出来るはずだ。

 咲にとっても実力が拮抗した存在は、喉から手が出るほどに欲しいと思えるもの。遊び相手になって欲しいのは咲も同じ。

 

 咲にとってこれはチャンスでもあった。

 

「私としては全然構いません。ですが、天江さんは私と会ってくれるのでしょうか?」

「というと?」

「いえ。団体戦であんなことをしてしまったんです。私と会ってくれるとは……」

「その点なら問題ないですわ」

 

 透華は自信満々にそう言う。

 

「そもそも、あなたに会いたいと申したのは衣ですわ」

「えっ?」

「確かに、あなたに負けた後は呆然と固まっていましたし、涙も流していましたし、屋敷に戻った後も引きこもっています。現在進行形で」

 

(全然大丈夫に聞こえないんだけど……)

 

 聞いてる限りでは問題しか見当たらない。

 まさか相手を引きこもらせるまで追い込んでいたなんて。咲は今更過ぎる罪悪感に苛まれる。

 

「もちろん最初は落ち込んでいるのだと思いましたわ。ですが、様子が変だったのですわ」

「それはどういう風にですか?」

「えぇ、備え付けられている監視カメラから様子を伺ったのですが……」

 

(……今凄い単語が混ざってたけど、気にしない方がいいのかな?)

 

 自然と会話に織り込まれていたので反応が遅れたが、やっぱりおかしい。

 だが、気にしたら負けなのだろう。金持ちの考えは一般庶民とは違うのだと納得させた。

 透華もそれについて言及することなく、話し続ける。

 

「ずっと麻雀を打っているようなのですわ。一人で黙々と」

 

 透華は不思議な表情をしている。

 衣を心配しているのは分かるが、それと同時に今まで見られなかった衣の変化に喜んでいる、そんな感じだ。

 この微かな変化が、衣に良い影響をもたらしてくれると信じているのだ。

 

「それで、何度目かの呼びかけの際、やっと反応を返してくれた。それが……」

「……私と会いたいと?」

「その通りですわ」

「……分かりました。それなら私としても断る理由はありません。天江さんと話しをさせて下さい」

「よろしく頼みますわ。丁度時間ですわね、ハギヨシ」

「はっ」

「えっ⁉」

 

 今の今まで運転席にいたはずのハギヨシが、いつの間にか外から扉を開けていた。咲にはいつ車が止まったかも分からなかった。

 

「さぁ、行きましょう。衣の住んでいる屋敷まで案内致しますわ」

 

 

****

 

 

 山の奥深く、茨が目立つ森の中ににその屋敷はあった。

 切り立った崖のような場所の上に建てられているそれは、まるでドラマや小説などでしかお目にかかれない、咲にはそう思えるほどに現実離れしていた。

 自身の身長の二倍はあるのではないかと思われる大きな扉を開け中に入る。

 左右をいくつものランタンで照らされた、薄暗い長い長い廊下を歩き続けて透華は立ち止まる。目的地に着いたようだ。

 

「さぁ、この中ですわ」

 

 透華は振り向き咲を見る。ここから先は咲だけで入るようだ。

 意を決して、咲はノックをして中に問いかけた。

 

「清澄の宮永咲です。龍門渕さんにお誘いされ、参上した次第です。天江さん、入れてくれませんか?」

 

 返答はなかったが、その代わりに固く閉ざされていた扉がゆっくりと開かれる。

 灯りが一切ついていないその部屋の内部はよく見通せない。それでも部屋の真ん中に麻雀卓と思われる影が見える。きっとそこにいるのだろう。

 咲は透華とアイコンタクトを交わした後、ゆっくりと歩みを進め部屋の中へと入って行く。咲が完全に入ったと同時に、後ろの扉が閉ざされた。

 咲はそのまま、影の見えるその場所に向かって歩き出し、ようやく何かがはっきり見えそうなところで灯りが灯った。

 

「──久しいな、清澄の嶺上使い」

 

 麻雀卓の側で件の少女──天江衣は座っていた。

 落ち込んでいるとか、怯えているとか、そういう負の感情は見られない。

 団体戦では若干やり過ぎちゃったかな? と咲は思っていなくもなかったので、この様子には安心した。

 

「そうですね。天江さんは個人戦には出ていらっしゃらなかったから、団体戦以来ですね」

 

 咲も無難に挨拶を返す。

 挨拶を交わしながら、咲は内部をちらりと見回した。

 はっきり言って何もない。

 あるのは麻雀卓とそれらの椅子に置かれているぬいぐるみくらいだ。しかもそのぬいぐるみが『不思議の国のアリス』に出てくる帽子屋に三月ウサギにチェシャ猫、そして何故かハンプティ・ダンプティ。

 

(これは麻雀ではなくてお茶会だね、うん。アリスたちが麻雀してたら流石に嫌だなー。あぁ、不思議の国の夢が壊れる)

 

 全くもってどうでもいい感想だった。

 

「それで、天江さん。私を呼んだ理由は何なのでしょう?」

「……聞きたいことがあるんだ」

 

 衣は真っ直ぐと咲の目を見て問う。

 

「それほどの強さがあって、どうしてお前は麻雀を楽しめるんだ? どうしてお前は麻雀を続けられるのだ? どうして……どうしてお前は一人ではないんだ?」

 

 抽象的な問。

 それでも咲にはなんとなくだが、衣が聞きたいことが理解出来た。

 これで通じるとは思えないが、咲は衣に答えた。

 

「それはもちろん、強くなりたいから、勝ちたいからだよ」

「……異な事を。お前程の力があれば、勝つことなど造作もなかろう」

「ううん。それは違うよ。私、つい一ヶ月前に麻雀で負けたんだよ」

「……それは本当か?」

「うん。……そうだね、私のことを話そうか」

 

 咲は透華から聞いたため衣のことを知っている。でも衣は咲のことを何も知らない。これはフェアではないだろう。

 それに、咲は少なからず衣に共感を抱いていた。

 

「実はね、龍門渕さんから天江さんのことを色々聞いたんだ。だから天江さんが今までどんな思いをしていたか、なんとなく分かる。私も似たような体験があるから」

「そうなのか?」

「うん。まぁ、天江さんよりは全然大したことないかもしれないけどね」

 

 咲は衣同様に腰を下ろして、衣と目線を合わせる。

 そうして、咲は自分のことを話し始めた。

 幼い頃から家族で麻雀していたこと。

 その家族麻雀でちょっとした賭け事をしていたこと。

 そのせいで、家族が崩壊してしまったこと。

 母と姉と離れ離れになったこと。

 最後の家族麻雀で覚醒したせいで、オーラの制御が上手くいかず、学校で友達がろくに出来なかったこと。

 つい最近まで麻雀をやっていなかったこと。

 高校でのある出会いを境に、また麻雀を始めたこと。

 その出会いをきっかけに、長年会っていなかった姉と仲直り出来たこと。

 久しぶりの麻雀で姉に負けたこと。

 そして、全国大会で再会しようと約束したこと。

 

「こんな感じかな?」

「……そうか。お前は衣と似てるんだな。でも……」

 

 衣はそこで俯いた。

 

「でも衣は、今でも独りぼっちだ」

「……それは違うよ、天江さん」

「えっ?」

「天江さんは独りぼっちなんかじゃないよ」

 

 衣は顔を上げる。

 そこには、優しく微笑む咲の姿があった。

 

「天江さんには、私と同じように仲間が、友達がいるじゃないですか」

「──その通りでごさいますわ!」

 

 扉の開放の大きな音と共に、その声は部屋に響き渡る。

 現れたのは、咲が県予選一日目に見かけた四人。

 銀髪長身の先鋒を勤めていた井上純。

 眼鏡をかけた黒髪ロングの次鋒を勤めていた沢村智紀。

 頬に星のタトゥーシールを付けている中堅を勤めていた国広一。

 最後に咲をここまで招待した龍門渕透華。

 透華を中心に、龍門渕高校麻雀部の全員がそこにいた。

 

「お前たち……」

「というより、少しショックだよな。俺たちは友達じゃないのかよ?」

 

 純はおどけるようにそう言う。

 

「お前たちは、透華が衣のために集めた友達じゃないのか?」

 

 そのことを当然だと思っているのか、衣は不思議そうな顔で聞く。衣はきっと、透華に言われているから衣と仲良くしてくれる、そうとまで思っているのだ。

 そんな衣のある意味での純真さに、皆咲と同じような優しい表情をしていた。

 

「きっかけは関係ない」

「始まりはそうでも、俺たちはお前のことを友達で家族だと思ってるよ」

「僕と智紀が衣のお姉さん。透華がお母さんで純がお父さん。そんな感じかな」

「ちょっと待て! 俺は女だっつーの!」

 

 皆笑顔で、楽しそうに会話している。

 

「ほらね。天江さんは独りじゃない。もう独りぼっちじゃないんだよ」

 

 衣は近寄って来る皆を見つめる。

 随分と長い時間が経ってしまったが、ようやく衣にも正真正銘の友達が出来た。

 そのことにやっと気づいた衣は、嬉し涙を流しながら、輝くような笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

「私の言葉は正しかったでしょう?」

「透華」

 

 衣は泣き止んだ後、今は透華の側にいた。

 

「麻雀をしていれば、楽しい遊び相手に出会えると言ったでしょう?」

「あぁ……透華は正しかった」

 

 衣は咲を見つめる。

 

「嶺上使いは衣と友達になってくれるかな?」

「衣。そういうのは『善は急げ』、ですわ」

「……そうだな」

 

 意を決したように、衣は咲に近づいた。

 

「清澄の嶺上使い!」

「ん? 何、天江さん?」

 

 咲は椅子に置いてあるぬいぐるみをツンツンと突ついていたが、衣に呼ばれて振り返る。

 

「あの、その……」

 

 恥ずかしがっているのか、衣は中々続きが出てこなかった。

それでも衣は、勇気を振り絞って咲に言った。

 

「衣と友達になってくれないか?」

「……もちろんだよ!」

 

 面と向かって言われるとは思ってなかったのか、咲は少し驚いたように目を見開いていたが、直ぐにそう返した。

 これで咲にも、友達が増えた。

 

「じゃあ、改めて自己紹介だね。私の名前は咲、宮永咲。咲って呼んでくれると嬉しいです」

「衣は天江衣だ。衣も衣でいい!」

「よろしくね、衣ちゃん!」

「……ちゃん?」

 

 自身の方が年上のはずなのだが、あまりにも自然なちゃん付けに文句を言えなかった。

 咲も団体戦の際は心の中でもちゃん付けだったので、これが一番しっくりくる。

 両者「……ん?」と首を傾げていたが、細かいことは気にしない方向で決まったようだ。

 

「衣ちゃん。衣ちゃんは仲間を探していたんだよね?」

「そうだぞ。咲がその一番目だ!」

「龍門渕さんもそうだと思うけど……まぁ、いいか。衣ちゃん、全国にも私たちと同じような仲間がいるの、私知ってるよ」

「それは本当か⁉」

「うん」

 

 咲はその候補に一人、いや二人を思い付く。

 

「私が知っているのは二人。白糸台の宮永照と、同じく白糸台の大星淡。この二人は私たちと同じフィールドに立ってる、もしくは立つ資格がある人たちだよ」

「一人は衣でも知ってるぞ。インターハイチャンピオンだ!」

「……あら? 今思えば、あなた宮永ですよね。もしかして……」

「妹です。出来れば、このことは他言無用でお願いします」

「オイオイ、マジかよ……」

 

 龍門渕勢には衝撃の事実であった。

 そうではないだろうかと思っていたメンバーもいただろうが、これで確定した次第である。

 

「だから衣ちゃん。まだまだ遊び相手は増えるよ」

「それは僥倖だ!」

「でも、お姉ちゃんは私より強いから、今の衣ちゃんじゃ勝てないかもしれない。だから、私と一緒に強くなろう!」

「うん! 早速遊ぼう!」

 

 テンション高めの衣がせっせと麻雀の支度している。そんな様子を、最初は微笑ましく見守っていた純、智紀、一だったが、ふと気づいた。

 今からするのは麻雀。

 卓に入るメンバーはとりあえず咲と衣。

 麻雀は四人でするもの。

 

 ──じゃあ、あと二人は?

 

「おい! このままじゃあの二人と麻雀することになるぞ!」

「……僕、お腹が痛くなってきたから帰るね」

 

 さりげなく退散しようとした一だったが、両肩を純と智紀に掴まれる。

 

「敵前逃亡は重罪」

「そうだぜ、国広くん。覚悟を決めろ」

「……分かったよ」

 

 三人が三人とも諦めが付いたようだ。

 

「何してますの? 早くいらっしゃい」

 

 衣の元気な姿を見たおかげで、ご機嫌な透華に呼ばれる。

 これから起きることに思うこともあったが、衣の心からの笑顔を見て、三人は笑いあう。

 そして、咲と衣と透華が集まる場所へと、歩んで行くのであった。




感想待ってます。

もし冒頭がダメそうなら、ホント申し訳ないですが一回消して、編集し直したものを載せることになります。

よろしくお願いします。


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5-3

前からずっと書く予定だった話。
前話が始めての挑戦だった感動系だったですけど今回は、まぁ、いつも通りです。多分。

では、どうぞー


「お父さん、お父さん。ちょっとしてほしいことがあるんだけど」

 

 宮永家の夕食時、咲は父にそう提案する。

 

「ん? お父さんに出来ることなら何でも言ってくれ」

「流石お父さん! 話しが早いや。あとその点は全然大丈夫。あのね──」

 

 咲の悪巧み(?)が始まった。

 

 

****

 

 

「この前は散々な目に合ったよ……」

「同感だな……」

 

 ここは白糸台高校麻雀部練習場。

 全国の団体戦、個人戦の結果が全国に明らかになった後であり、今ぼやいているのは淡と菫である。

 二人が言うように、少し前に二人を含めた麻雀部員は悲惨な目に合っていた。

 その原因は、白糸台の絶対的エースであり、現高校生チャンピオンの照の大暴れにあった。

 まず間違いなく個人戦の結果で実の妹である咲の記録に負けたことが原因であろう。怒りなのかただ単にテンション上がってしまっただけなのか判断はつかないが、とりあえずその時の照は凄かったと言い残しておく。

 普段はまだ配慮があるのだが、その日の照は親になったが最後、ほぼ全員を吹き飛ばすというはた迷惑な状態だったのだ。生き残ったのは淡と菫くらいだったから、どれだけ酷かったかが伺える。

 

「まぁ、一日で気が済んで良かったと思え」

「それもそうだけど、やっぱり私たち相手だと自然と手加減してるのがイヤだなー」

「手加減はしていないと思うが、リミッターが掛かっているというのは正しいかもな」

 

 照の強さは圧倒的である。今のところ真面に相手出来るのは咲くらいではないだろうか。

 淡も咲との邂逅から、確実に強くはなっているのだが、まだまだ実力不足は否めない。彼我の力量差は依然にして遠く離れていた。

 照に全力すら出してもらえない。その事実に淡は歯がゆい思いをしている。

 

「そう落ち込むな、淡。お前は強くなっている。近道なんて存在しない。少しずつでも近づいていけばいいんだ」

「……うん、ありがとうスミレ先輩」

 

 この二ヶ月くらいで、淡は大分丸くなった。

 練習にも人一倍真面目に取り組み、先輩に対する敬意というものも芽生え、伸び悩んでいる部員に対しては自分なりのアドバイスをするまで変化した。その甲斐あって親しい友人も増え、部内の中でも少しずつその輪を広げていった。

 今では、自他共に認める白糸台の大将だ。

 

「さて、そろそろいい時間だな。……皆、今してる対局で終わりだ。手の空いた者から片付けを始めてくれ」

 

 菫の指示に景気良い返事が聞こえる。もしかしたら、その信頼度は監督以上かもしれない。

 普段から仕事が多く忙しいから仕方ないが、監督は常に練習にいるわけではない。そのため、リーダーシップの強い菫に信頼が集まっているのだ。

 続々と対局が終わり、ようやく片付けが終わったところで、監督がやって来た。

 

「「「「「お疲れさまですっ!」」」」」

「はい、お疲れさまです」

 

 ひらひらと手を振り監督は応える。

 強豪校の監督にしてはのほほんとしているだろう。それでも結果を出しているから権力は校内でも指折りである。

 そして、今回はその権力を乱用したらしい。……付け加えておくと、常に乱用しているわけではない。

 

「それで、皆に連絡なんだけど、明日土曜日はゲストが来るから楽しみにしててね」

「ゲスト?」

 

 菫ですら聞かされていなかったその内容に、部員全員訝しんでいた。

 このような急なゲストには身に覚えがあった。

 過去に来たそのゲストが照の妹である咲だ。そのせいで、今回も嫌な予感しかしない。

 

「でもあれだよね? 確か団体戦代表校の選手同士は対局しちゃいけないんだよね?」

「あぁ、その通りだ。だから咲ちゃんじゃないだろう」

「テルは何か知ってる?」

「ううん、何も」

 

 側にいた照にも聞くが成果はなく、結局は明日にならないと分からないようだ。

 

「とりあえず、明日だな。監督、他に連絡事項はありますか?」

「いえ、何もないわ。後は弘世さんに任せても大丈夫かしら?」

「はい、問題ありません」

「じゃあ、あとはよろしく頼むわ」

 

 どうやらそれだけを伝えにここまで足を運んだらしい。監督はそのまま出て行ってしまう。

 気になることは気になるが、このままここで考え込んでいても仕方ない。

 菫は手を二回叩いて注目を集める。

 

「じゃあ皆、これで今日の部活は終了だ。気を付けて帰るように」

 

 菫の号令でその場は解散。各々が帰っていくなかで淡も照、菫と一緒に帰る支度を整える。その最中に明日のゲストの正体について考えを巡らせていた。

 

「ゲストって誰だろうね?」

「分からない。でも監督はあれでやることはしっかりやる人。きっと私たちのためになるんだと思う」

「そうだな。まぁ、明日になれば分かる。今日は大人しく帰ることだ」

「はーい」

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「衣は天江衣だ! 衣でいいぞ! 今日はよろしくお願いする!」

「「「「「…………………」」」」」

 

 白糸台麻雀部にとんでもない爆弾が放り込まれた。

 

 

****

 

 

「あぁ、衣は大丈夫かしら? ちゃんと挨拶出来ているかしら? 迷惑かけてないかしら? 心配ですわ……やはり私も着いて行くべきだったのでは……」

「透華落ち着いて」

「そうだぜ、落ち着けよ透華」

「そうですよ、透華さん。衣ちゃんだって高校二年生。きっと大丈夫ですよ」

 

 ブツブツと呟いている透華を落ち着ける三人、一と純と咲、それにその他のメンバーも苦笑い気味だ。

 

「透華は過保護過ぎる」

「智紀さんの言う通りですよ。それに衣ちゃんの気遣いを忘れたんですか?」

「それは、分かっていますわ……衣が自分からあんなことを言うのは初めてのことでしたもの」

 

 今回のことを仕組んだのは当然咲だったが、決めたのは衣だ。

 もちろん最初は透華も着いて行く気満々だった。だが、それを止めたのが衣だ。透華は衣に真摯な眼差しで「透華はいつも衣のために何でもしてくれた。透華には感謝している。だから、今日くらいは衣のことを気にせず自由にしてほしいのだ」と説得され、ちょっと泣きそうになっていたが、透華は衣を送り出すことに決めたのだった。

 

「折角衣ちゃんが用意してくれたサプライズ、楽しみましょう」

「……そうですわね。今日一日は遊びましょうか」

 

 透華はそれで吹っ切れたようだ。いつも通りの様子に戻っていた。

 

「それにしてもいいのかしら? 私たちまでお世話になっちゃって」

 

 そう言ったのは、清澄高校麻雀部部長の竹井久である。

 今この場には龍門渕高校のメンバーと咲を含めた清澄高校のメンバー全員がいた。

 実は県予選の後、正確には咲が衣と仲良くなった後、清澄、龍門渕のメンバーは頻繁に会い、そして仲良くなっていたのだ。

 その一番の理由としては咲のマスコミ回避。やたらと旧校舎の前で張っている奴らをどう撒くか、咲はずっと考えていた。だが、真面な解決方法が浮かばず、それを透華たちに相談ないし愚痴っていたところ、「良い解決方法がありますわ」と言われ何かと聞いたら、「うちで打てばいいのですわ」という超展開。無理があると思ったのも束の間、その提案がなされた翌日の授業終わり、校門の前で龍門渕家に仕える万能執事であるハギヨシが待機していたのを見て咲は一瞬にして考えを改めた。金持ちはやることが違う。

 このような経緯で、まだ短い期間ではあるが交流する回数が増え、仲良くなった次第である。

 

「それについては問題ナッシングですわ! 衣はちゃんと人数分のチケットを用意していましたから」

「まぁ、実際に用意したのはハギヨシだけどな」

 

 純が肩をすくめてそう言う。

 

「ですので、遠慮せずに遊んでくれて結構ですわ!」

「それはありがたいわ。こんなところ滅多に来られないからね。皆! 今日は楽しむわよ!」

「「「「「おぉーっ!」」」」」

「ちょぉっ!! 勝手に仕切らないで下さいまし!?」

 

 全員がチケット片手に、入場門へと歩き出した。

 

 

****

 

 

 土曜日の昼過ぎ、白糸台麻雀部は少しざわついていた。

 それもそうだろう。

 昨日、事前に監督からゲスト宣言されていたのだ。日常に突如加えられるスパイスに敏感なのが高校生だ。楽しみになるのも無理はない。

 

「はーい、皆こんにちは。今日は予告通りゲストが来ています。ちなみに咲ちゃんじゃないですよ」

 

 監督の言葉には部員全員苦笑いだ。

 咲にはお世話になった者も多く、咲のおかげで強くなれた者もかなりの数いる。そのため咲に感謝している者も少なくない。

 だが、それと同時に恐怖の対象でもあった。

 エースである照とタメを張れるのもそうだが、その際の二次災害が恐ろし過ぎたのだ。あれは出来れば関わり合いにはなりたくない、というのがほぼ全員の共通認識であった。

 

「まどろっこしいのもあれだから、早速入ってもらいましょうか。ではどうぞー」

 

 監督の許可と共に扉が開いた。

 開いただけで、最初は人影などなかったのだが、少しすると脇から何かが出てきた。

 

(((((……んっ?)))))

 

 出てきたのは赤いリボン。

 何処かで見たことがあるようなウサ耳リボン。

 次に出て来たのは顔。

 

「「「「「──えっ!?」」」」」

 

 驚きの声が上がる。この時点で全員ゲストの正体が分かった。

 ひょこっと現れたのは、とても可愛らしい顔をした少女。長い金髪を靡かせ、ウサギの耳のような赤いリボンを付けたその少女は、天江衣その人だったのだ。

 

 

 

 

「サキではないけど、確実にサキ絡んでるじゃん!!」

「まぁ、そうだろうな」

 

 淡と菫は衣を見つめながら、裏の事情を把握した。

 まぁこんなことを仕出かすのは咲しか考えられないため、当然の帰結でもあったのだが。

 沢山の部員に注目されている中、衣は周りを見渡していた。ゆっくりと首を動かしながら一人一人の部員の顔を確認し、ある一点を見て顔を輝かせた。

 淡は衣の視線を追う。すると、その方向には咲の姉である照の姿があった。

 辛抱たまらずといった様子で、衣は照の方へとトコトコと歩いて行く。

 

「お前が咲のお姉さんだな。咲と似てるからすぐに分かったよ」

「うん、私が咲の姉、宮永照。よろしくね、えーと、衣?」

「うん。よろしくだ照!」

 

 年上に対して呼び捨てという若干失礼な衣だったが、元々照はそういうことは気にしないタイプなのでスルーされている。

 

「そうだ、照。咲から手紙を預かっているんだ」

「ホント?」

「うん。ちょっと待ってて」

 

 ゴソゴソと持ってきた大きめのバックを漁る衣。

 衣が格別に小さいため、バックが大き過ぎる気もするが、そのアンバランスな様子が見てる者に可愛らしさを与えていた。

 

「これが照のだな。はい」

 

 衣の手には一通の封筒が。そこには『お姉ちゃんへ』と書いてある。

 

「ん、ありがとう。これは今読むもの?」

「そう咲が言ってたぞ」

「分かった」

 

 照は封筒を開け手紙を読むことにした。

 

『久しぶり、お姉ちゃん。

 約束通り全国へ行くことになったから、またそっちで会おうね。

 ちなみに私は今きっと、清澄と龍門渕の皆と某夢の国に来ています。思ったんだけど、なんで千葉にあるのに東京ってついてるのかな? まぁいいか。今度お姉ちゃんとも行きたいです、

 さて前置きはこれくらいで。

 今日? というよりその日は衣ちゃんを送り込んだから、淡ちゃんと一緒に遊んであげて。

 まだまだ覚醒には至ってないけど、お姉ちゃんにも損はないはずだよ。

 というわけで、よろしくねお姉ちゃん。

 

 

 あ、あと最後に。

 照魔鏡で見たことは淡ちゃんには決して言わないように。いいね、約束だよ?』

 

「……ん、了解した。後で打とう、衣」

「うん! えーと、それで照。弘世菫と大星淡はいるか? その二人にも咲からの手紙があるんだ」

「いる。菫、淡。こっちに来て」

 

(……はぁー、嫌な予感しかしない)

(……私にも手紙あるんだ)

 

 思うことは違うがここで逃げてもどうしようもない。菫と淡は大人しく二人の元へ歩いて行く。

 

「挨拶が遅れたな。私が菫、弘世菫だ。ここの部長でもある。まぁ、麻雀しかすることはないが、今日は楽しんでくれ」

「私が淡、大星淡だよ。よろしくね、コロモ」

「よろしくだ! 菫、淡。ちょっと待ってて」

 

 先ほどと同じようにバックを漁る衣。

 出てきたのは、それなりに大きな箱と封筒が二通。

 

「この箱とこれが菫のだ!」

「……ありがとう」

 

 なぜ自分だけ箱付き? と思わなくもなかったが、とりあえず受け取った『菫さんへ』と書いてある封筒を開け、手紙を読むことにした。

 

『お久しぶりです、菫さん。

 私も全国に行けることになったので、そのときはよろしくお願いします。

 早速本題ですが、監督さんとの取り引きした結果がその箱に入っています。この前私と対局して、私に助言を求めてきてくれた人たちがいましたよね? その人たちの次のアドバイス的なものを書き連ねました。

 ご自由に使って下さい

 

 

 最後に。

 衣ちゃんの麻雀スタイルは蹂躙が基本なので、メンタルが弱いと思われる人は対局しないように注意を促した方がいいと思います。

 用法用量守って楽しく麻雀して下さい』

 

「……………………」

 

 菫は箱を開け、適当に中に入ってあった一通の封筒を手に取り開ける。

 そこにはその人が目指すだろうスタイル、そこへ向かうまでの問題点、更にその人が持っている能力のようなものまで様々な情報が書いてあった。

 麻雀の常識的な理論などは殆ど書いていないのだが、どこか妙に的を射ているのが不思議でならない。

 

(あの娘は未来予知すら出来るのか?)

 

「……確かに受け取ったと、咲ちゃんに伝えてくれ」

「承ったぞ! それで淡、お前のがこれだ!」

 

 淡は封筒を受け取る。宛名はこう書いてあった。

 

『泡……淡ちゃんへ』

 

 この時点で破り捨ててやろうか! と思ったがなんとか留まる。以前の淡なら一瞬の葛藤もなく確実に(ゴミ)へと変化させていただろう。

 だが、それではなんか咲に負けたような気がするということで、怒りをプライドで押さえ込んだのだ。

 ただし、封筒を開ける際は容赦無く破り切った。

 

『きゃー、淡ちゃんが怒ったー、こーわーいー(笑)

 衣ちゃんに遊ばれて。んじゃ』

 

「フンッ!!!!!」

 

 握り潰した。そのまま力一杯それを床に叩きつける。

 淡の怒りのメーターは振り切る寸前だ。

 

(サキ、いつか殺す)

 

「コロモー。私早くコロモと打ちたいな。すぐに打たない?」

「うん! 衣も早く照と淡と打ちたい! あと咲から菫も強いって聞いたから菫とも打ちたい!」

 

 菫は絶望した。

 

(な、なんてこと言ってくれたんだ咲ちゃんは⁉)

 

 待ったの声を掛けようと菫が動こうと思った矢先、淡が即座に雀卓まで移動していた。

 

「よし打とう、早く打とう、今すぐ打とう! テル、スミレ先輩早くー!」

 

 淡は淡で別の思惑があり。

 

(私のストレス、ここで晴らす‼)

 

 咲に対する憎悪に塗れていた。

 

「分かった」

「……散々だ」

 

 照が何も反論することなく動き始めるのを見て、菫は早々に逃げることを諦めた。大人しく対局の準備を進めることに。

 

 その様子を周りから見ていた全部員は、哀れな菫を思って合掌していたのだった。

 

 

****

 

 

「衣ちゃん、初めてのおつかい出来たかなー?」

「さすがにそれは出来ているのでは?」

「いや、分からないじぇ。なんたってお子様だじぇ」

「お前が言うな」

 

 京太郎のツッコミまでがセットである。その中で咲は、「あれ? これ周りから見たら京ちゃんハーレム状態?」などとくだらないことを考えていたが。

 

 各々楽しんでいるようだ。

 郷に入りては郷に従えというのに触発されたかわからないが、既に全員の頭には黒い耳が装着されている。

 そして意外なことに、全メンバーの中で透華のはしゃぎようが一番だった。「次はこちら、その次はあちらに行きましょう!」的なノリでノンストップで動き回っていた。どこからそんな体力が来るのかというほどのローテーションの速さのだっため、ずっと透華に着いていた一は現在ベンチでくたばっている。

 それに合わせて今は全員で休憩に入っていた。

 

「透華さん、楽しんでますね」

「まぁな。透華はいつも気張ってたから、ここに来てそれが発散されたんだろ」

 

 純なりの見解に咲はなるほどと納得する。

 透華はただでさえお嬢様であり、更に根がお母さんなので普段は自分を抑えているのだろう。それがここ夢の国の雰囲気にあてられ、このようになったと。

 いつかきっと、その頭に着いている耳付きの自分の写真や動画を見て、悶え苦しむはずだがそんなことは言わない。言ってあげない。

 むしろそれを見て皆でニヤニヤするのが楽しみでもある。バックアップも完璧だ。提供は智紀。

 

「にしても、どうして今日なんだ?」

「ん? 何がですか?」

 

 純の質問に咲は疑問の声をあげる。

 

「だから、わざわざ今日にしたんだろ? それにお前は知ってるんだろ? 衣の能力のこと」

「あぁ、そういうことですか」

 

 咲は純の言いたいことを理解した。

 衣よ能力と日付が関係するとすれば答えは自ずと導ける。月の周期のことだ。

 

「俺たちからすればいつの衣でも強いことには違いないが、それでも今日は()()だぞ?」

 

「……まぁ、深い意味はありませんよ。ただ──」

 

 咲は心底愉しそうに笑ってみせた。

 

「その方が面白いかな〜って思っただけですよ?」

 

 

****

 

 

「菫」

「ん? なんだ照」

 

 照と菫は衣、淡と何度か打った後、メンバーを二人の代わりに尭深と誠子に任せ、今は暫しの休憩をとっていた。

 

「調べて欲しいことがあるんだけど」

「また急だな。構わんが何が知りたいんだ?」

「月齢」

「月齢? 要は月の満ち欠けってことか?」

「そう」

「……ちょっと待ってろ」

 

 色々と聞きたいことはあったが、照の突拍子もない発言は今に始まったことではない。菫はそれらに一々突っかかっていたらキリがないということを経験で学んでいた。そのため菫は特に何も言わず、携帯を取り出して調べてみる。

 

「今日は……新月だな」

「そう。ありがとう」

 

(これで新月か……)

 

 照は一人納得した様子だが、菫にはサッパリだ。

 でも何となく予想はついていた。これも経験の為せる技である。

 

「で、もしかしてこれが天江衣の能力に関係あるのか?」

「流石菫、察しが良い。一応これは他言無用で」

 

 照は菫に衣の能力について話すことに。

 禁止されていたのは淡に話すことだけだったので問題ないだろう。

 

「衣の力は一日の刻限と月齢に合わせて増減する」

「それはまた……今まで何かとそういうのに触れてはきたが、特殊さで言ったら過去一番だな」

 

 照の連続和了。

 淡のダブルリーチ。

 尭深の収穫の時(ハーベストタイム)

 咲の嶺上開花。

 数々の能力を見てきたが、外部の影響を受ける能力は初めて見るものだった。

 

「で、今は全力のどのくらいなんだ?」

「多分50%弱」

「……おいおい」

 

 今の時点でも十分に強いというのに、あれでまだ半分以下とは。はっきり言って冗談ではない。

 

「私たちは運が良かったかもしれない」

 

 照は呟くようにそう言う。

 

「もし咲が、龍門渕に入学してたら……」

 

 菫は想像してみる。

 

 先鋒、宮永咲

 副将、龍門渕透華(vs咲ver)

 大将、天江衣

 

 …………………………………………。

 

「……最悪だな」

 

 

 

 

 

(さすがに強いなーコロモ。一応なんとかはなるんだけど……)

 

 淡は衣に対して疑問を覚える。

 

(この程度ではないでしょ?)

 

 確かに衣は強い。

 でも淡には、咲と対局してた時よりは弱いような気がしていたのだ。

 今の淡はダブルリーチは使っていない。絶対安全圏の場の支配だけで衣を対処している。

 最初はこれだけでは勝つことは難しいだろうと思っていたのだが、そうでもない。今のところ戦績は五分、いや淡の方が若干良いくらいだ。

 

「コロモー。手加減とかいいから全力で打ってよ」

「……ほう」

 

 淡はカマをかけてみる。

 すると、衣はさぞ楽しそうに反応を返してくれた。

 

「咲に聞いていた通りだ。いや、今はそれ以上かもしれない。淡は本当に衣たちと同じなんだな」

「んー、どうだろう。はっきり言ってまだテルとサキには届いてない気がするけど」

「……それは衣も理解している」

 

 倒す倒すと言ってはいるが、淡は咲に実力が及んでいないことも理解出来ている。単純に言って、約二ヶ月前の照を越えなければ咲には勝てないのだ。

 咲との邂逅から少し経ち冷静になったところで、えっ、それどんな無理ゲー? と思わなかったといえば嘘になるが、打倒咲で今まで努力してきたのだ。全国の舞台では必ず度肝を抜かしてやると心に決めている。

 

「それと、淡。衣は手加減はしていない」

「じゃあ、今が全力なの?」

「それも違う。まぁ、安心しろ。夜の帳が下りる頃、衣の力は増幅する」

「あっ、ちなみに淡ちゃん。夜の帳が下りるっていうのは夜になるって意味だから」

「分かってるからッ!! 尭深、私のこと馬鹿にし過ぎだからッ!!」

「嘘……」

「ホント腹立つなお前ッ!!」

 

 心底驚いているという顔の尭深。しかもツモった牌が思わず手から零れ落ちるという演技付き。淡からすると殴りたいとしか思えない。

 

「淡、漫才は後でやれ」

「漫才じゃないんだけど!?」

「うるさい」

「痛いッ!?」

「……白糸台は仲が良いな」

 

 誠子にも注意され、最終的に菫に頭を叩かれた。

 この二ヶ月で淡のツッコミはすっかりと板に付いているのであった。

 

 

****

 

 

「今日は楽しかった! 衣と遊んでくれてありがとう!」

 

 日も落ちてきた夕方、衣は来た時と同じように皆の前で最後の挨拶をしていた。

 

「こちらも良い経験になった。また来てくれ」

「いいのか? 白糸台の部長?」

「あぁ」

 

 代表して菫が衣と言葉を交わす。

 良い経験になったというのは嘘ではない。淡もそうだが、照と打ち合える相手はそうはいない。そのため衣のような打ち手は貴重なのだ。

 

「あっ!!」

「どうしたんだ?」

「最後に淡に渡すものがあったのだ」

「私?」

 

 衣は大分軽くなったバックから、これまた一通の封筒を取り出した。確かにそこには『淡ちゃんへ』と書かれている。

 

「淡、しかと渡したぞ」

「ん、ありがとねーコロモ」

「──衣様」

「ハギヨシ! 出迎え大義!」

 

 いつの間に現れたのか、黒の燕尾服を纏ったおそらく執事と思われる者が衣の背後にいた。びっくりした何名かが小さく悲鳴をあげるほど、ハギヨシの隠密さは神がかかっていた。

 

「ご用意出来ております」

「そうか。では淡、菫、照、みんな、いつかまた会おう」

「またね、衣。咲によろしく」

「うむ!」

 

 衣はそう言い残して、執事と共に去って行く。まるで吹き抜ける風のような呆気なさで、衣は白糸台高校から姿を消してしまった。

 

「それで淡、読まないのか?」

「……読むよ」

 

 一通目がアレだったので進んで読みたいとは思えなかったが、ここで読まないというのもなんか負けた気がする。そんな屈辱に淡は耐えられない。

 仕方なく封を切り、手紙を取り出した。

 

『淡ちゃんお疲れー。

 どうだった? 衣ちゃん強かったでしょ? 勝った? 負けた? あぁ、負けた。知ってる。……えっ、嘘勝ったの? 淡ちゃんやるじゃん。

 それではここで一つ重大なお知らせがあるよ。実はその日の衣ちゃん、全力の60%も出せません、テヘ。というよりその日の衣ちゃんは最弱です(笑)。

 あっ、もしかして衣ちゃんに勝てて喜んだりしちゃった? 残念、それぬか喜びだから、アハハハハハハ(爆笑)。本気の衣ちゃんに勝つなんて淡ちゃん如きじゃ無理無理無理無理絶対無理。ホント無』

 

 ……握り潰した。

 

(あーぁ。淡ちゃん大噴火まで残り……)

 

 その様子を見ていた“チーム虎姫”のカウントダウンスタート。

 淡の身体は小刻みにプルプルと震えている。誰がどう見ても怒りで震えていると分かった。それに合わせるかのように髪の毛もユラユラとゆらめいている。

 

(3……)

 

 淡も最後まで読むつもりではあったのだ。だが、無理だった。プライドで抑えることの出来る怒りのゲージを、それこそ急転直下の勢いで振り切ったのだから。

 

(2……)

 

 拳は硬く握り込まれ、掌には爪が食い込んでいる。眉間にもシワがより、思いっきり歯を食いしばっていた。最早美少女が台無しだ。

 

 そして──

 

(1……)

 

 淡の震えが、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッッッッザケんなぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡はこの日このとき、少しだけ覚醒したのであった。




大星淡は勇者である

バーテックスという名の咲さんが12体ですか……絶望ですね(笑)


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6-1

うーん……ネタが尽きてきた気が…………

とりあえずどうぞー。


 

 全国高校生麻雀大会。

 各都道府県の予選を勝ち抜いた後のいわゆる全国大会は、東京で開催される。団体戦に個人戦、合わせて約二週間行われるこの大会はテレビ中継されるほど全国的に注目されており、この舞台を経てプロとして活躍する選手も少なくない。プロを目指す高校生にとって、ここは夢の舞台の一つなのだ。

 

 全国大会開催に併せて、予選を勝ち抜いてきた強者ともが一堂に会するこの期間。

 今日も今日とて、遥々遠方からやって来た団体がいたようだ。

 

「遂に来たじぇ! とうきょー!」

「新宿だけどな」

「えーと、……乗り換えはこっちね」

 

 新幹線から降りる五人の女子高生の姿。比較的大きな荷物を持った彼女たち──清澄高校の面々は、全国高校生麻雀大会の舞台であるここ、東京にやって来ていた。

 

(約束通り帰って来たよ、お姉ちゃん)

 

 約三ヶ月前、全国大会でまた会おうという約束を姉の照と交わし、咲は遂にここまで来た。

 感慨深くないと言えば嘘になるが、咲的にはまぁ別にそこまで? っといった感じであった。県予選なんて障害にもならない、強いて言うなら調整かなと思っていたから、東京に来た程度で沸き立つ気持ちなどないのだ。

 久し振りに来た東京は以前と変わらず咲の肌には合わなさそうでややげんなりするが、強い雀士が沢山いると思えば楽しく過ごせそうである。特に姉の照と公式の場で対局する機会があると思うと、自然と気が昂るというものだ。

 だが、照と対面するのはまだまだ先であろう。団体戦では照は先鋒で咲は大将。大会の進行上団体戦から行うので、照と対局するのはおそらく個人戦だ。先は長い。

 

 咲は空を振り仰ぎ、その蒼さに目を細める。長野でも東京でもこの景色は変わらないようだ。

 

「咲さん? 早くしないと部長たちと逸れてしまいますよ?」

「……そうだね、早く行こうか」

「はい」

 

 和に声を掛けられ、咲は気を引き締める。

 何故なら、咲の関門はもう既に目の前にあったから。

 

(とりあえず、旅館まで迷子にならなければ私の勝ちだ)

 

 和の隣に走り寄り、絶対に迷子にならないよう注意しながら、咲は先行組の後を追うのであった。

 

 

****

 

 

 咲たちが東京を訪れたのは、抽選会及び開会式の前日。

 その日は一日各自自由行動が許されていたが、清澄以外にも県予選決勝で対局した風越や龍門渕の面々も来ていたため、みんなでのんびりと過ごしていた。

 龍門渕とは咲が衣と仲良くなった縁で交流があったが、後に風越とも繋がりが出来ていた。

 実は全国大会直前に、県予選決勝で対局した全ての高校で合同合宿を行っていたのだ。

 目的は清澄の地力の底上げ。特に咲以外の実力強化が急務となっていたからだ。

 

 良い意味でも悪い意味でも、咲は目立ち過ぎた。

 

 去年『魑魅魍魎の主』と呼ばれた天江衣を圧倒、個人戦での異常な稼ぎ、加えて名字が宮永。チャンピオンである宮永照と同じその名が偶然には思えないなどといった事情から、咲は元から清澄の注目株であった和を凌ぐほどの要注意人物として全国にその名が轟いてしまった。

 

 そして、咲は大将。

 

 このことから、他校が咲にバトンが渡る前になるべく削ると考えるのは至極真っ当である。それに対して久は最大限の警戒を置いており、咲以外の負担が増えると予測していた。だからこその合同合宿であったのだ。……この合宿で優希が再び気絶したのは余談である。

 

 やれることは全てやってきた。

 準備万端である。

 

 清澄が東京を訪れてその翌日。本日は抽選会と開会式がある。

 大会会場へと向かう清澄の一行は支度をし、旅館から出発していた。

 

 前回来たときに乗った東京の電車と違い、満員電車ではないことに安心していた咲。

 引っ越しが多かったためか、東京のような都会にも慣れている様子の和。

 田舎育ちで東京に来たハイテンションが収まらず、さっきからはしゃぎまわっている優希。

 それを抑える役目の京太郎と、微笑ましく見守っているまこと久。

 大した問題も起きず、各々それなりにリラックス出来ていた。

 

 その後も何事もなく無事本会場へと辿り着き、抽選会場へと向かっていく清澄一行だったが、

 

「サァァァァァァァァァァァァァァキィィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!!」

 

 ここに来てハプニングが発生した。

 それもこれは、ある意味超弩級のハプニングだった。主に咲にとって。

 

「げっ⁉ 淡ちゃん……」

 

 その憎悪300%の声の主に、咲はすぐ誰だか気づいた。

 現在二連覇中であり、今回も優勝候補筆頭と言われている白糸台高校、そこの大将を務める大星淡。彼女が咲たちの前にいた。その後ろには“チーム虎姫”のメンバーも伺える。

 少しの縁があり、咲は淡を含めた白糸台高校の人たちと面識がある。その中でも咲は淡との仲が非常に悪い。淡が一方的に敵意剥き出しなだけなのだが、原因は全て咲にあると言っても過言ではない。というより事実そうなので出来れば会いたくない相手だったのだ。

 

(どうして淡ちゃんがここに⁉︎ てか、このシチュエーションはまずい……⁉︎)

 

 実の姉である照との関係を隠している咲にとって、この状況は全く歓迎出来ない。照と同じ白糸台高校のメンバーと仲良くしているなんてことが公になれば、それこそもう照との関係を認めているようなものだ。

 しかも咲が所属している清澄高校は、全国的に見ればポッと出もいいとこの無名校。そんな無名校が超強豪校である白糸台とコネクションがあるなど、普通に考えてありえない。

 こんなところをマスコミに見られでもしたら、咲の地味に安寧だった日々に終止符が打たれること間違いなし。

 シードとして決定している白糸台は抽選会には来ないだろうというのが咲の推測だったのが、それが外れた。いや、淡の様子からするとこれは淡が仕組んだことだろう。まんまと一本取られた次第である。

 

 咲は目の前で仁王立ちする淡を見て、説得は不可能だと察した。

 今の淡は憤怒の怒気がオーラで可視化できるほどに内心キレているのが分かる。心当たりは一つや二つや三つや四つは考えられた。怒って当然だった。

 

(こういう時は……)

 

 咲は睨み合った一瞬の隙に全力ダッシュで駆け出す。だが、それをただ逃す淡ではない。

 

「待ぁぁぁてぇぇぇぇぇ!!!!」

「待つのはお前だ!」

 

 駆け出す寸前の淡を捕まようとする菫だったが、紙一重で間に合わずその手は空を切った。今の淡に言葉は届かないらしい。

 

「これが私の復讐だぁぁぁぁ!!!」

 

 物騒なことを叫びながら、あっという間に小さくなっていく二人。やがて角を曲がった二人の姿はもう見えなくなっていた。

 

『………………はぁ』

 

 残されたメンバーは全員が全員ため息を吐いた。どちらの高校も問題児の扱いには困っているようだ。

 しかしここで立ち止まっていても状況は好転しない。逸早く調子を取り戻した久と菫は互いに歩み寄った。

 

「初めまして。清澄高校部長の竹井久よ」

「こちらこそ初めまして。白糸台高校部長の弘世菫だ。済まない、うちの馬鹿が。散々言い聞かせたつもりだったんだが」

「いえ、出会ったら最後だと思ってたから問題ないわ」

 

 久がなぜそう思っていたかは、咲が淡に宛てたあの手紙を盗み見たからである。久から見てもアレはない、というより間違っても友達に送る手紙ではなかった。

 

「えーと、菫でいいかしら?」

「あぁ。そっちは久でいいか?」

「えぇ、それで構わないわ。……とりあえず私たちがここで仲良くしてるわけにもいかないわ」

「そうだな、咲ちゃんが逃げた意味がなくなる。だが、連絡が取れないというのは不便だ」

「そうね。つまり……」

 

 そこからの二人の行動は迅速だった。

 互いに携帯を取り出し連絡先を赤外線通信。実にこの間無言である。

 その後、両者同時に携帯をしまう。

 

「私たちはこれから抽選会に行くけど、菫たちはどうするの?」

「私たちは部員総出であの馬鹿の確保だな。咲ちゃんも見つけ次第保護して連絡する」

「助かるわ」

 

 なんとか開会式までにあの二人を捕まえなければならない。それも平和的に。

 

「それじゃあここはお別れね」

「あぁ、また会おう」

 

 すれ違いに歩き出す。

 その際、照は久を含めた清澄高校全員に対して頭を下げた。

 

「咲のこと、よろしくお願いします」

「分かってるわ。あなたとも今度ゆっくり話せるといいわね」

 

 こうして、清澄高校と白糸台高校の初邂逅は終わった。恐らくだが、この二つの高校はまた出会うことになるだろう。

 

 次は対戦相手として。

 そして、その時はそう遠くないだろう。

 

 

****

 

 

 その頃一方、咲は後ろから迫る般若の形相をした元美少女に対して、心の中で罵詈雑言を投げかけていた。それはもう徹底的に。

 

(あんの馬鹿ホント馬鹿、馬鹿あわあわ馬鹿泡姫馬鹿淡ちゃん何してくれてんの⁉︎ 今まで一応守ってきたんでしょ箝口令! それをこのタイミングでこの諸行、万死に値するよ‼︎)

 

 普段の日常生活では絶対に使わないような言葉も心の中では出てくる始末。咲も咲でそれなりに焦っていたのだ。

 最近走ることが多くなってきたため、スタミナ的にも速力的にも咲は女子の中では優秀な部類に入ってきている。だから、追いかけられ始めた頃は、そのうちなんとかなるだろうと楽観視していた。

 だが、淡の憎しみは相当に深いものだったらしい。普段から咲のように走っているわけではないだろうに、今の淡は咲に劣らない、むしろ咲以上のスピードで迫ってきていた。そのうちバテるはずだが、このペースを保たれると捕まるのは時間の問題だ。なんとか逃げ切るしかない。

 だが、運の悪いことに曲がり角を曲がった先には横一列で並ぶ団体がいた。

 

(もう! 間の悪い! というより、横一列で歩かないでよねッ!)

 

 視界に捉えたのは五人。

 五人のぱっと見の印象は、顧問っぽい人、黒髪ロング、真夏マフラー、ギャル、山猿裸ジャージ。……最後だけ意味不明過ぎるが、咲にはそう見えた。

 

(ええい、もう──)

 

 あちらも全力疾走で迫る咲の姿を捉えたようだ。表情こそよく見えないが、何事だと思っていることは間違いないだろう。

 

 だが、そんなこと咲には関係ない。

 考えることはただ一つ。目の前の障害の排除のみだ。

 

(──邪魔なんだよッ‼︎)

 

 現在出せる、ありったけのオーラに殺気を混ぜて前方へと解き放つ。

 

『ッッ‼︎⁉︎??』

 

 そのオーラは団体を震え上がらせるには十分以上のものだったらしい。全員が全員、目を見開き、脚はその場に釘付けになっていた。

 その様子を見て咲は舌打ち一つの不満顔であった。

 

(ちっ、道が開ければベストだったのに。オーラの不便な一点だよ、全く)

 

 ……咲に反省の色などまるでなかった。

 きっと心の奥底では「失せろ」くらい言っているかもしれない。

 とりあえず相手方が止まったことで脇の方が通れそうだったので、咲はそこを駆け抜けて行く。

 

 天災のようなものに巻き込まれたその団体はすぐには動けなかった。だが、それからすぐしてもう一つ恐ろしいオーラを纏った少女に遭遇した。

 

「有名になって死ねぇぇぇぇッ!!!!」

 

 叫んでいる意味はよく分からないが、どうやら追いかけっこをしていることは分かった。傍迷惑過ぎるが、当人たちにそのような認識は皆無のようだ。

 二人目の少女も走り去り、しばらく時間が経って落ち着いたころ、その五人は後ろを振り返るが、二人の姿はもう見えなくなっていた。

 

 

****

 

 

 抽選会が終わり、長い緊張から解き放たれた久であったが、まだ問題が残っていた。

 

「さて、私たちも咲を探すわよ」

 

 一度見失った咲を探すのは至難の技。それを経験したことのある京太郎は早くも諦めの境地に立っている。

 

「部長、はっきり言ってかなり厳しいですよ? あいつの方向音痴っぷりはヤバいですから」

「その点はだいじょーぶ!」

 

 自信満々にそう言う久。

 

「実はね咲、龍門渕さんに携帯を持たされてるのよ」

 

 衣といつでも連絡がとれるようにと咲は携帯をゲットしていた。もちろん最初は遠慮していたのだが、ゴリ押しされたのだ。

 

「しかも、その携帯は高性能なGPS付きなのよ」

「おぉ! それならなんとかなりそうですね!」

「えぇ、では早速……」

 

 久は携帯を操作する。久もそんな機能は使ったことがないので心配していたが、そこらへんの扱い方は龍渕に仕える執事であるハギヨシにご教授頂いていた。

 

「どれどれ〜?」

 

 久を囲むように全員で画面を覗き込む。

 画面上には辺り一帯の地図が表示されていて、真ん中に紅い光点が一つあり。

 

 その光点は、ある建物上からピクリとも動かなかった。

 

 逃げ回っているのなら光点が絶えず動き続いているはずなのに、全く微動だにしていない。

 この時点で嫌な予感をビシビシと感じていたが、しばらくの間、誰も声を発しなかった。

 

 そして、

 

「……これ、私たちが泊まっている旅館ではありませんか?」

 

 和の宣告により、全員が自分の勘違いでないことに気付かされた。

 

「……咲ちゃんが自力で戻った可能性は?」

「ありえんじゃろ。そんなことが出来るなら苦労せん。これはつまりじゃな……」

 

 一回溜めて、

 

「咲さんは携帯を携帯していない。恐らく旅館に忘れたのでしょう」

 

 和、トドメの一撃だった。

 

「………………さて、それじゃ咲を探すわよ」

『……おぉー』

 

 全員が諦めた瞬間でもあった。

 

 だが、天は清澄高校を見放さなかったらしい。

 そのタイミングで久の携帯が震え出す。掛かってきた相手は先ほど連絡先を交換した、弘世菫からであった。

 

「もしもし、菫? どうしたの?」

「あぁ、とりあえずうちの馬鹿は確保出来た」

 

 外野の音声から、「離せ! 離せ! HA、NA、SE!!!」という声が木霊する。きっと淡が取り押さえられているのだろう。

 

「そう。それで、咲は何処にいるか分かる?」

「今、部員が追跡中だ。淡が捕まったと分かれば咲ちゃんも止まってくれるだろう」

「助かったわ、菫! それで今どこらへんなの?」

 

 とりあえずなんとかなりそうだ。

 と思ったのだが、只では終わらない、それが咲クオリティ。

 

「それが……私の携帯のマップを見る限り、会場から南西に約3kmの地点だな」

「…………………………は?」

 

(なんであの娘、会場出ちゃったの…………?)

 

「ちなみに私たちも闇雲に追っていたから詳しい地理は私でも分からない。どこだここ? 帰れるのかこれ……?」

 

 どうやら菫の方もピンチらしい。それにもし咲を確保できたとしても、その後も淡に会わせないようにしながら会場に戻って来なければならないという制限付き。一難去ってまた一難というやつだった。

 

「……とりあえず南西に向かうわ。どこか待ち合わせに分かりやすい場所があったら連絡ちょうだい。そこで合流しましょう」

「……そうだな、なんとか開会式には間に合うようにしよう」

 

 通話を切る。

 開会式までの制限時間は約2時間。流石に大丈夫だとは思われるが、安心は出来ない。

 

「部長、それでどうするんですか?」

「えぇ、とりあえず南西に向かうわ」

 

 言っていて久は思った。まるでどこかに遭難したようなセリフだと。

 開会式に間に合うことを切に願いながら、重い足取りで南西へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開会式。

 各校綺麗に整列している中で、肩で息をしてる人間が十人ほどいたらしい。更にその中でも二人はストレスからか尋常でない殺気をばら撒いており、非常に殺伐とした開会式だったそうだ。

 

 ちなみにその二人は、各部長にこっ酷く怒られましたとさ。




最後力尽きましたorz

さーて、本当の問題はこれから。どうしようアニメ全国編の部分…………結末だけは決めてるのですが…………

感想で意見くれるとちょーうれしーよー





久が読んだ淡宛の手紙全文


淡ちゃんお疲れー。
どうだった?衣ちゃん強かったでしょ?勝った?負けた?あぁ、負けた。知ってる。……えっ、嘘勝ったの?淡ちゃんやるじゃん。
それではここで一つ重大なお知らせがあるよ。実はその日の衣ちゃん、全力の60%も出せません、テヘ。というよりその日の衣ちゃんは最弱です(笑)。
あっ、もしかして衣ちゃんに勝てて喜んだりしちゃった?残念、それぬか喜びだから、アハハハハハハ(爆笑)。本気の衣ちゃんに勝つなんて淡ちゃん如きじゃ無理無理無理無理絶対無理。ホント無理!まぁ私は勝ったけど(笑)
あと今更だけど、淡ちゃんって『宮永照の後継者』なんだってね。……あっ、ダメだ、笑いが止まら……面白過ぎるよ淡ちゃん!
まぁ、そんな落ち込まないで淡ちゃん。淡ちゃんには絶対安全圏(笑)があるじゃん。ダブリー(笑)もあるじゃん。いつかきっと淡ちゃんの時代が来るよ、100年後くらいに!
じゃあ約一ヶ月後、それなりに、少しは、楽しみに待ってるから。バイバーイ


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6-2

 

『決ぃぃまったぁぁッ! 清澄高校中堅、竹井久! 連荘六本場でハネ直炸裂! 副将に回すことなく一回戦突破だぁぁッ!!!』

 

「あら? ホントに終わっちゃった」

「流石部長だじぇ!」

「ホントにな!」

「ホンマに終わらせるとは……」

「そうですね……」

 

 全国大会一回戦。

 咲たち清澄高校は呆気なく突破することが出来た。出番すらなかった和と咲にとっては、控え室で観戦していただけなので苦労の苦の字もない。

 単純に久が強かった、ということなのだが、警戒していた割には特に問題なく進めたことに咲は拍子抜けしていた。

 

(これで全国とは……今思うと長野はレベル高かったんだな〜)

 

 県予選の段階で天江衣擁する龍門渕高校と当たっていた咲からすると、これでは手応えが無さ過ぎる。更に咲には全国連覇を成し遂げている白糸台とも対局経験があったため、そのレベルが普通だと思っていた。

 だが、蓋を開けて見ればこの程度。大将戦どころか副将にまで回らない始末。どうやら全国に対して些か期待し過ぎていたようだ。

 対局前に「あまり大暴れされてもアレだし、出来るなら咲の出番は減らしたいわ。飛ばせたら飛ばしちゃうから」という久の宣言を、最初はそんな簡単にいかないだろうと考えていたが見事期待を裏切られた次第である。

 

『どうですか? 小鍛治プロ?』

『えぇ、去年話題を呼んだ龍門渕高校を倒した実力は本物ですね。それに清澄高校には天江選手を倒した宮永咲選手もいますが、彼女抜きでも十分な強さです』

 

「咲ちゃん! 小鍛治プロに名前覚えられてるじぇ!?」

「その人はどこかで聞いたことあるなー。……そんなに凄い人なの?」

「凄いなんてものじゃありゃせんよ」

 

 聞くところによると、10年前のインターハイで優勝、史上最年少のプロ8冠、国内戦無敗、元世界ランキング2位などと過去の実績は枚挙に暇がない。

 それを聞いて咲は顔に喜色を浮かべた。ここ何ヶ月の中でも一番好戦的な目をしている。

 

「そんな面白そうな人がいるんだ! ぜひ打ってみたいなー」

「そんなこと言えんのはお前さんくらいのものじゃ……」

 

 その声には若干呆れが入っているおり、まこはげっそりしている。きっと想像して気分が悪くなったのだろう。

 

「…………でも、そんな人にまで知られてるとなると、私の知名度が本格的にヤバい気がするよ」

「気がするどころではありませんよ、咲さん。近いうちに必ずバレると思います」

「…………ですよね〜」

 

 咲にも諦めが入ってきていた。

 こうなると問題はどのタイミングでカミングアウトするかだが、今のところ自分からするつもりはない。きっとそのうち起こるであろう淡との再会が年貢の納め時になるだろうと、咲は思っている。

 そんな雑談をしていたが、実況の会話はまだ続いていた。

 

『あぁ、話題のあの宮永選手ですね! 小鍛冶プロから見てどうなんですか?』

『天江選手との対局を見ましたが、彼女は本当に強いです。それに……』

『それに、なんですか?』

『……いえ、何でもありません』

 

「……もしかして、私が本気じゃないことがバレてるのかな?」

「げっ⁉︎ マジか⁉︎」

「そうだとしたら驚きですね……」

 

 言葉を濁した小鍛治プロの様子からそう判断する咲。まさかあの対局だけでバレるとは思っていなかったが、聞いた通りの実力を持っているならそれも頷ける。

 

「ただいまー」

「おかえりなさいだじぇ、部長!」

「おかえりなさいです、部長」

「お疲れさん」

「お疲れ様です」

「お疲れ様です、部長」

「んっ、ありがとね」

 

 久が帰って来た。小鍛治プロについて話していたら思っていたより時間が経っていたようだ。

 

「何話してたの?」

「実は小鍛治プロ、私が本気ではないことに気づいているようなんです」

「ホントに? 流石は小鍛治プロね……」

 

 久もこれには驚いていた。久が意図的に隠すよう命じたわけではないが、まさか見抜ける人がいるとは思っていなかったのだ。

 

『あっ、そうだ私気になってたんですが、宮永選手もあの《牌に愛された子》なんですかね?』

『間違いなくそうだと思いますよ。宮永咲選手は《牌に愛された子》であるあの天江衣選手を倒したのですから』

 

「あっ! 私も気になってたんですが、《牌に愛された子》はお姉ちゃんと衣ちゃん以外にはいないんですか?」

 

 咲の質問に対して、久は、

 

「いるわよ、一人。しかも……」

 

 こう答えるのだった。

 

「次の対戦相手にね」

 

 

****

 

 

 全国高校生麻雀大会の会場のある控え室の一室。

 中には巫女服に身を包んだ少女が四人いた。一見すると参加選手には到底見えないが、列記とした今大会の出場校の選手である。

 

「うーん、清澄ねぇ……」

「あの龍門渕を倒してきたところですよー、こわいですねー」

「天江衣ちゃん」

「あぁ、あのちっこい子。凄かったね去年」

 

 優雅にお茶を飲み、落ち着いた雰囲気を醸し出している──石戸霞。

 日焼けあとが目立つ、快活そうな少女──薄墨初美。

 片手に袋、もう片方の手でその中身である黒糖を口に運んでいる──滝見春。

 眼鏡を掛けた真面目そうな少女──狩宿巴

 彼女たちこそ鹿児島県代表校にして、去年の龍門渕と同じく驚異的な印象と成績を叩き出した高校──永水女子高校である。その影響は去年までは全国大会シードの常連であった南大阪代表・姫松高校がシードから外れるまでに及んだ。

 そんな彼女たちは、今大会で初出場である清澄高校について話していた。

 

「一回戦では二校、二回戦では三校もまとめて飛ばしてたものねぇ」

「清澄はきっとそれ以上ですよ」

「宮永咲ちゃん」

「あぁ、あの噂の。だとしたら、この三校じゃ厳しいかな?」

「何故?」

「学校数が少ない県ばかりですか?」

 

 そのタイミングで、部屋の戸が開かれた。

 現れたのはこれまた巫女服を身に包んだ少女である。

 

「だからといって、侮ってはいけませんよ」

「姫様」

 

 現れた少女に対して随分と仰々しい呼び方であるが、これは彼女たち分家である《六女仙》にとって、本家出身の少女に対する礼儀の一つであった。本人も今更言葉遣いを気にすることはない。

 

「例え、地区大会が二十校の県だとしても、鹿児島の決勝であたった方々と同じくらいは勝ち抜いてきた、ということでしょう」

 

 少女は四人に語り掛けるようにそう言い、テレビ画面へと視線を向ける。その視線は清澄を含めた、全ての高校を見据えているようだ。

 

「県予選決勝の三校の中に、侮っていい相手がいたでしょうか?」

 

 その問いに対し、四人は首を振る。そんな相手はいなかった。これまであたってきた相手の中で、油断していい相手など一つも存在しなかった。そして、それはこれからも言えることだ。

 

「全ての相手に、敬意を持ってあたりましょう」

 

 彼女の名前は神代──神代小蒔。

 彼女こそ、白糸台高校の宮永照、龍門渕高校の天江衣と並び称される《牌に愛された子》の一人である。

 

 

****

 

 

 一回戦から二日後。丸一日オフを挟んで、今日は二回戦がある。

 間のオフの日は白糸台高校の全国初出陣だったにも関わらず、その日の咲は私服姿で帽子を被り、本一冊持って、「散歩兼実験」と言って何処かへ出掛けていた。その際久に、「携帯持って行かなかったらぶっ飛ばすわよ」と笑顔で言われたため、咲は大人しく取りに戻るという一悶着があったのだが、その日は無事に帰ってきた。

 周りからすると咲が対局を見たのかも定かではないが、逆に言えばこのくらいのイレギュラーしかなかったため、特に問題もなく二回戦を迎えることに。

 

 全国二回戦。

 清澄、宮守女子、姫松、永水。

 宮守女子は清澄と同じく今年全国初出場校。福岡の実業団で監督をしていた熊倉トシが率いていることもあり、注目されている。

 姫松は強豪中の強豪校。全国大会にも数多くの回数出場しており、今年の優勝候補校の一つ。

 永水は四校しかないシード校の一つ。昨年存在感を見せつけた神代小蒔をはじめ、こちらも注目株だ。

 そして、清澄。最初は全中覇者である原村和のみが目立っていたが、天江衣を圧倒し、個人戦で異常な稼ぎを見せつけた宮永咲も注目されている。

 咲に関してはその名字から、もしかしたらあの宮永照の親族なのでは? という疑惑も当然出回ったが、真相は未だに不明。この点も含めて清澄自体が要注意高校となっていた。

 

 まもなく対局が始まる。






とか盛り上げてますけど、おそらく大将戦までダイジェスト感覚になると思うので悪しからず(ー ー;)

フラグ建てるだけ建てて回収する気は……

vs神代小蒔ちゃん
vsすこやん
決戦《牌に愛された子》

……………えっ?そんな予定ありませんよ(すっとぼけ)


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6-3

前半はほぼダイジェストなので軽〜く読み流しても大丈夫かもです


 

 全国二回戦。

 清澄、宮守、姫松、永水の対局。

 

 先鋒戦。

 いきなりの《牌に愛された子》である永水の神代小蒔の登場。だが、前半のうちは全くといっていいほど目立たず、むしろいいとこなし。終始清澄の片岡優希と岩手の小瀬川白望がリードを保っていたが、最後の最後、後半戦オーラスに化けた。

 ──曰く、神代小蒔には神が降りる。

 ──九人の神《九面》が。

 神代小蒔の力には、咲ですら「あれは反則。あの瞬間的な状態には私でも太刀打ち出来ないかも」と漏らすほどだ。それを聞いた清澄一同は瞠目した。常に超人的な強さを見せ付けてきたあの咲が、対局すらせずに負けを認めるような発言をしたのだから。まぁその後に、「と言っても、私なら神様が降臨される前に瞬殺しますけどね」と断言したので逆に安心した面々であった。

 この時、「次からの大会ルールに『対局中、神様を降臨してはいけません』を加えるべきでは?」と咲が議題を上げたが、「そんなオカルトでなにより恥ずかしい文言、公式大会ルールに載せられるわけありません」という、和の当たり前過ぎる正論にぶった斬られた。

 

 次鋒戦。

 この対局では神代や咲のような圧倒的な能力者が居らず、堅実な麻雀ではあったが、その中でも宮守のエイスリン・ウィッシュアートのみ《理想の牌譜を卓上に描き出す》という能力持ちではあった。ただ、彼女は清澄の染谷まことの相性が最悪だった。

 まこは能力者以外の現実的な麻雀相手だと、無類の強さを誇る。いくら理想の牌譜を描こうともオカルトとまではいかない。そのためエイスリンとの相性が良く、次鋒戦は最後までまこの独壇場であった。

 

 中堅戦。

 この対局では想定外のことが起きた。

 県予選からチームを引っ張ってきた清澄の竹井久が初っ端から崩れたのだ。

 得意としている悪待ちをなりを潜め、集中を欠く状態。

 それに比べ他校は調子が良く、特に姫松のエース──愛宕洋榎は流石全国トップクラスの打ち手。最下位から一気に首位にまで上がる実力だった。

 それでも何か本人の中できっかけがあったのだろう。途中から今までの久らしさを取り戻し、大きく離されることはなかった。それでも、次鋒戦トップだったのが、二位に転落してしまった。

 

 副将戦。

 全中覇者である原村和の全国初登場で、会場も湧いていたが、それ以上に異常な打ち手がいた。

 永水の薄墨初美──通称《悪石の巫女》。

 鬼門である北家で、東と北を鳴いて晒すと他の風牌である南と西が集まってくるという能力を有する。つまり北家では四喜和を和了確率が異常に多いのだ。可能性でいうと半荘二回だから都合四回。化け物染みた超攻撃力を有していた。

 ただこの能力は全国的にも有名で、事実宮守の臼沢塞も姫松の愛宕絹恵も初美が北家の時は東と北を同時に捨てることをしないのだが、残念ながらその場には和がいた。

 和は基本能力(オカルト)など信じていない。なので初美が北家だろうと東も北も捨て放題。完璧に空気読めない子だった。

 そのため、初美が暴れ放題になるかと思われたがそうはいかなった。塞が能力持ち、しかも《見つめた相手の和了を封じる》という所謂アンチスキル。これによって四回役満などという悲劇にはならず、後半戦一回で済んだ。

 

 ここまでの時点でトップは姫松、二位から清澄、永水、宮守という順位。

 

 そして、舞台は大将戦に移る。

 

 

****

 

 

「ようやく私の番ですね」

「咲ちゃん!」

「全国初お披露目ね」

「ガツンとやってきんさい」

「はい」

 

 咲は立ち上がる。その瞳には満ちた気概が焔として宿り、佇まいは一年とは思えないほどに堂々としたものであった。

 久の言う通り、これが宮永咲の全国初お披露目である。

 

「行ってきます」

 

 ある種の風格を纏いながら、咲は控え室を出て行く。

 その姿を見送った久は笑っていた。

 

「ふふ、いつになく気合が入ってるじゃない」

「一昨日は出番潰されて消化不良な感じてしたから、今日は結構楽しみにしてましたよ」

「咲ちゃんが楽しみ……正直嫌な予感しかしないじぇ」

「それは言わん約束じゃろ……」

 

 段々と咲の本性を理解してきた清澄の面々は、この後の大将戦を思って溜め息吐いた。

 ただ分かることは、誰も咲の敗北を考えてすらいないことであった。

 

 

 

 

 対局室へと向かう最中、控え室への帰り道の和と遭遇した。

 

「咲さん!」

「お疲れ様、和ちゃん」

「はい。咲さんも頑張って」

「うん、行ってくる」

 

 和は一瞬だけ振り返り、咲を見送る。

 

(行ってらっしゃい)

 

 和は信じている。咲が負けるわけないと。

 そんな可能性は万に一つもあり得ないと。

 

(というより、想像できませんね……どうすれば咲さんに勝てるというのでしょう?)

 

 少し考えてみるが、すぐに愚考だと振り払う。

 ──まぁ、無理ですね。これが結論だった。

 

 

 

 

 

 対局室の扉を目の前にして、咲は笑みを浮かべる。

 

(あれから私がどれだけ力を付けたか。見せてあげるよ、お姉ちゃん)

 

 新しいおもちゃを見つけたように、咲は楽しそうに三日月に似た笑み浮かべていた。

 咲にとって全国初めての扉が、今開かれる。

 

 

****

 

 

 対局室に入り、先に到着していたメンバーを見て、咲は驚愕し、そして絶句した。

 視線の先には永水女子の石戸霞。その胸部に目が釘付けとなっていた。

 

「……どうかしたのかしら?」

「あっ、すいません。ジロジロ見て、不躾でした」

 

 咄嗟に謝る咲。

 それを大人の対応で、笑って許してくれる霞は器が大きい。

 

「それで、私に何かあるのかしら?」

「あるというわけではないのですが…………では、一ついいですか?」

「えぇ、構わないわよ」

 

 深呼吸一つして、咲は尋ねる。

 

「服の中にメロンでも入れてるんですか?」

 

 超不躾な質問だった。

 これには霞も怒るかと思われたが、少し目を見開くだけで、その後はすぐ笑みを浮かべて答える。

 

「そんなのは入っていないわよ。触ってみる?」

「いいんですか?」

「えぇ」

「では、失礼します」

 

 許可を得たことで、咲は指先一つでその膨らみをつつく。

 凄まじい弾力が返ってきた。本物だった。本物の、正真正銘純粋培養された胸だと分かった。

 思わず咲は両手両膝を地に付ける。

 

「不公平です! 少しくらい分けてくれたっていいじゃないですか⁉︎」

「…………えーと、なんかごめんなさいね」

 

 咲の慟哭には、流石の霞も対処できなかった。だが即座に謝るあたり、霞の大きさは胸だけではないことが証明されただろう。

 

「…………いえ、こちらこそすいません。最近それについてのコンプレックスが大きくなったので」

 

 主な原因は和である。

 最近は常に隣にいるような状態なので、嫌でも意識してしまうしされてる状態だ。ちなみに意識()()(やから)は問答無用で睨みつけている。

 

「あのー、大丈夫ー?」

 

 立ち上がり声が聞こえた方向に目を向ける。

 そこには、咲の頭二つ分飛び抜けた身長の女性、宮守女子の姉帯豊音の姿があった。

 またしても、咲は驚きの表情を浮かべて固まってしまった。それを見る豊音は不思議そうな表情をして首を傾げている。見た目に反して可愛らしい仕草をする少女であった。

 

「どーしたの?」

「あの、……一ついいですか?」

「うん」

「身長はおいくつなんですか?」

 

 相変わらず、デリカシーのないことを平然と聞く咲。相手側が身長のことを気にしていたら、非常に気まずい空気になっていただろう。

 だが幸運なことに、豊音はそれに対してコンプレックスを持っていないようだ。咲の質問にも笑顔で答える。

 

「197cmだよー」

「その中途半端な7cmだけでも分けて下さい⁉︎」

「いやー、私も是非分けてあげたいんだけどー……」

 

 冗談だと分かってはいるが、知らぬ間に苦笑いになっている豊音。それほどまでに、咲のお願いは必死に見えたのだ。

 

「…………そうですよね、変なこと言ってすみません」

「全然大丈夫だよー」

 

 そして咲は最後に残っている人を、姫松の末原恭子を見る。

 ──胸平凡(たいら)

 ──身長平凡(咲以下)

 ──存在感平凡(なし)

 

 ──凡、凡、凡。

 

 咲の顔が太陽のようにパァーッと輝きだした。

 

「わぁー! 普通で平凡な人がいる!」

「おいお前! 初対面の割に失礼過ぎるやろ!」

「しかも、スカートじゃなくてスパッツとかある意味超レベル高い!」

「聞いとんのか!」

 

「──あ?」

 

「……………………すみません」

 

(……なんやコイツ⁉︎ 怖すぎるやろ⁉︎)

 

 一文字で他校の上級生を黙らせるあたり、咲も咲でレベルが高かった。

 

 悪ふざけを終えた咲は周りの三人をもう一度確認する。

 永水──三年、石戸霞。

 宮守──三年、姉帯豊音。

 姫松──三年、末原恭子。

 全員が全員三年生。この大会が最後の舞台であり、ここまでに掛けてきた努力や想いは咲とは段違いなのだろう。

 加えてチームの大将を任される器と実力を兼ね備えているはずだ。そうでなければ最終バトンを渡されるわけがない。

 

(──面白い)

 

 だが、咲のやることに変わりはない。

 咲の目標は全国大会に出ること。姉の照と約束したそれは既に叶え終えた。

 なら次はとなる。そして、その次はもちろん全国優勝。部長である久の長年の夢だ。咲も照の所属する白糸台を倒したいと思っているから当然の成り行きである。

 ならば、やることは一つしかない。

 

(全部──倒す)

 

 抑えていたオーラを解き放つ。瞳からは雷撃が迸る。

 

『──っ!?』

 

 他の三人は咲の威圧に僅かに気圧される。その只ならぬ気配に、全員対局に向けて気を引き締めた。

 

 大将戦が始まる。





最後の末原さん弄りがしたかっただけ^_^

さぁ、次回は苦手な麻雀描写です(笑)
大将戦開始時の点数をちょっといじると思います。


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6-4

HappyBirthDay 淡ちゃーーーん(≧∇≦)

オマケもあるよ(≧∇≦)


 

 大将・前半戦

 〜東一局〜

 東 永水 97000 親

 南 宮守 90700

 西 清澄 99100

 北 姫松 113200

 

 

****

 

 

「ツモ、2000、3900」

 

 姫松の恭子のツモ和了り。

 大将戦の立ち上がりとしては静かなものだった。

 

(てっきり清澄が大暴れ、という展開かと思っとったが、案外大人しいな)

 

 恭子は想定した展開と違うことにむず痒い思いを感じた。今日の対局が咲との初めての対局であるが、咲が大人しいというのはなんだが気持ち悪いのだ。少なくとも、映像で見た宮永咲はもっと荒れていた。

 当然のことながら姫松は対局相手全員、事前にブリーフィングは済ませてある。シード校である永水はもちろん、初出場である宮守と清澄についても一通り調査し終わっている状態だ。

 その中でも、咲は個人として最上位要注意人物として名が上がっていた。それもそのはず、咲の今まで残してきた成績は異常過ぎるものだからだ。

 県予選、一・二回戦は三校同時飛ばし。

 県予選決勝は、昨年のMVP、宮永照や神代小蒔と並ぶ《牌に愛された子》である天江衣を圧倒、これを封殺。

 個人戦本戦ではチャンピオンである照以上の総合収支を叩き出し、歴代ハイスコア。

 

 明らかに常軌を逸している。

 

(間違いなく怪物。きっとこいつも《牌に愛された子》とかいう、特殊な打ち手なんやろう)

 

 そのためこの対局でも圧倒的な闘牌を見せ付けてくるかと思っていたが、今のところ特に動きはない。

 表情を伺ってみるも、姿勢正しく瞳を閉じている。静かな佇まいだ。その様子からは、今年初めての全国大会、それも大将を任された一年生とは到底思えない。

 

(とは言うても、まだ始まったばっかやしな。これからが本番か)

 

 恭子は気合を入れ直す。

 そして、咲を警戒しているのは恭子だけではない。

 

 

****

 

 

「いいかい、豊音。明日対局する清澄の大将、宮永咲は真面に相手をしては駄目よ」

「えっ?」

 

 対局前日、監督である熊倉トシに呼び出された豊音が、開口一番に言われたのがその一言だった。

 

「あんたも知ってるだろ。あの龍門渕高校、天江衣を倒した清澄の大将だよ」

「うん、それは知ってるよー。宮永さん、ちょーすごかったもん」

 

 全国レベルで有名な咲は、田舎だからなどというのは関係ない。麻雀に携わる者なら大抵の人が知っているのだ。

 

「あぁ、あれは異常だね。私もあれほどの打ち手は初めて見るよ」

「ホント?」

「あぁ。だからこそ不味い。まさか二回戦で当たるなんて、運がなかったよ」

 

 トシは溜息をつく。彼女からしたら、それ程までに咲の存在は重いものだった。トシのその様子は永水や姫松より、咲だけの方が10倍は厄介だと言わんばかりだ。

 

「出来れば決勝まで隠しておきたかったけど、あの娘相手に手加減なんて不可能だわ。だから豊音、明日は最初から全力で打ってきなさい」

 

 豊音にも厳しい状況であることは分かっている。でもそんな相手と打てるということの方が、豊音にとっては楽しみでもあった。

 豊音はトシの言葉に笑顔で答える

 

「はい!」

 

 

****

 

 

 〜東二局〜

 親:豊音

 

 豊音の親番。

 いくら咲が要注意人物であろうと、ここは逃げる局面ではなく攻めるべきだと判断する。

 

(まだ宮永さんの動きがないとはいえ、うちは最下位。のんびりなんかしてられないし、仕掛けていくよー)

 

「ポン!」

 

 二巡目にして鳴きにいく。

 無くはないがこの順目で鳴くことは、麻雀においてセオリーではない。鳴けばリーチ出来ないし、役の翻数が下がるからだ。

 {白}、{發}、{中}なら通称特急券と言って、速度が欲しいときは鳴きにいくが、それでもまだ対局の序盤。

 

(親やし、そんな変なもんでもないか……?)

 

 恭子はさして深く考えなかったが、その直ぐ後に考えを改めさせられることとなった。

 

「チー!」

「ポン!」

「ポン!」

 

(これは……裸単騎⁉︎)

 

「ぼっちじゃないよー」

 

 裸単騎とは、四副露、つまり四回鳴くことで手牌が一枚になった状態のことだ。博打性が高く、初心者ならやることもあるが、経験者になってくるほどやらない。理由は極単純で、リスキー過ぎるからだ。

 

 だが、豊音にその固定観念は通用しない。

 

「お友達が来たよー、ツモ、2000オール!」

 

(まさか……)

 

 恭子はまだ半信半疑であるが、状況を俯瞰していた咲は確信していた。

 

(この人、能力者か)

 

 とりあえず様子見に徹しようと思っていた咲だが、能力者がいるとなると話は変わる。一気に面倒な事態になり兼ねないからだ。どこかでコントロールを握る必要がある。

 

(まぁ、まだ大丈夫かな?)

 

 

 〜東二局・一本場〜

 親:豊音

 

「ロン、5200の一本場は5500」

「はい」

 

(清澄が姫松に振り込んだ……何かあるのかしら?)

 

 咲が恭子に振り込んだことに霞は違和感を覚える。

 咲の異常性は霞も知っている。身近に同じような性質の小蒔がいるため、自分が一番理解出来ている……と思っていたが、たった数局実際に対局してみて分かった。

 

 咲は何を考えているか分からない、ということが。

 

(これは、先が思いやられるわね)

 

 

 〜東三局〜

 親:咲

 

(まだ宮永さん変な感じしないし、どんどんいくよー)

 

「ポン!」

 

(また初っ端から鳴いてきた……)

 

「チー!」

 

 これで二副露。このままいくとさっきと同じことが起きるのだろう。

 咲はこの席順に少し歯噛みする。

 

(試したいことがあるのに、下家だと出来なくはないけど、ポンしか無理。……まぁ、いいや。この程度なら、なるようになるでしょ)

 

 と、諦めていたが、状況は咲が期待していた通りの動きになった。

 一巡回り、豊音は{⑦}を捨てる。その後、上家である霞が同じ{⑦}を捨てた時、興味深いことが起きたのだ。

 

「チー!」

「あら」

 

(一巡前に自分で捨てた牌を、鳴いて取り戻した……?)

(普通だったら無意味な鳴き。でもこれで分かった。ナイスアシストです、永水のメロンさん)

(これはつまり、鳴くという行為そのものに意味があるのかしら?)

 

 各人思うことは大体同じ。

 咲が試したかったこと、それは豊音が自身で向聴数を落としているのかを確かめることだった。鳴くことに意味があるのなら、態々揃っている手牌を崩す必要がある。それを見極めたかった。

 それは今回のことで判明した。豊音のこの能力は鳴くこと自体に意味がある。

 

「ポン!」

 

 これで四副露。覚えのある光景に恭子は目を見開く。

 

(四副露……また裸単騎⁉︎ ……まさか)

 

「ぼっちじゃないよー」

 

 闇の様に黒く、深い、異様なオーラを纏い、豊音は笑みを浮かべる。

 鳴くことに意味がある、豊音のこの能力。

 その名も《友引》。

 ──裸単騎(ぼっち)上がり牌()を引く。

 

「ツモ、2000、4000!」

 

(全力全開でいくよー!)

 

 

 〜東四局〜

 親:恭子

 

(親番か。いつもほど嬉しいもんやないなー)

 

 そんな気分になっているのは、主に咲と豊音のせいだ。

 

(警戒しとった清澄は未だに動きなし。それやのにノーマークだった宮守が妙な和了り連発。不確定要素多過ぎやろ……)

 

 溜息の一つも零したい気分ではあったが、一々気落ちしている暇もない。それにせっかくの親番だ。大事にしていきたい。

 

「ポン!」

 

(またかいな……)

 

 それでも豊音は止まらない。先ほどと同じように、速攻で鳴きにきた。

 

 だが、今回は上手くいかなかった。

 

「カン」

 

(えっ……⁉︎)

(清澄……⁉︎)

 

 豊音が油断していたわけではない。寧ろトシに言われたように、咲に対しては最大限の注意を払っていた。

 

 だが咲は、その警戒網を易々と潜り抜ける。

 

「ツモ、嶺上開花。8000」

 

 ──稲妻が奔り抜ける。

 三人の緊張度が、一気に膨れ上がった。

 

(大明槓からの嶺上開花で責任払いかー……)

(予想しとったけど、この清澄の大将、条件付きで支配を発揮するタイプか……)

 

 豊音と恭子も、咲の嶺上開花を何よりも警戒している。ただ咲は何処からでもどのタイミングでも槓してくるので対処が難しい。

 

(さて、どうなるかしら……?)

 

 対局は南入する。

 

 

****

 

 

 〜南一局〜

 東 永水 89100 親

 南 宮守 94700

 西 清澄 93600

 北 姫松 122600

 

 

(いくら清澄が怖いとは言え、まだ点差には余裕がある。それにオリだけやったら半荘二回は逃げ切れへん。ここは仕掛ける)

 

「リーチ」

 

 恭子のリーチ。

 姫松は現在二位の宮守と27900点差。守りに入っていくべきか、更に突き離すべきか判断に迷う場面でもあるが、まだ前半戦。

 それに咲と不確定要素の多い豊音相手に、この点差では安心出来ない。霞に関しては今までの対局からは守り型だと分かっているので、そこまで怖くはないが、何が起こるか分からないのが麻雀である。

 ここは攻めるべきと判断した恭子は強気でいく。

 そして、そんな恭子を不敵な瞳で見つめている者が一人いた。対面に座っている豊音だ。

 

「んー、おっかけるけどー」

 

 豊音が牌を横向きに捨てる。

 

「とおらばー、リーチ」

 

(いきなり追っかけリーチ……もしかして)

 

 咲は一瞬だけ豊音を見るが、流石に表情から何かが読み取れるわけではない。せめて分かることと云えば、自信満々な笑顔を浮かべていること位だ。

 その次の恭子のツモ番。

 リーチしたため、和了り牌でなければ捨てるしかない。

 

「ロン。リーチ、一発、ドラ1で5200」

「はい」

 

(四面張で辺張に負けてまうかー。……って言いたくなるけど、こういうことってよくあることやからな)

 

 麻雀は運の要素が強い。

 そのため、明らかに確率が上だろうと、引き負けることなどざらにある。現実的な麻雀に慣れている恭子にしてみれば、この程度のことはおかしいと思わない。

 だが、咲と霞の目には違和感を伴って見えた。

 

(あんな手で追いかける普通? ……私だったら追い掛けない……ということは)

(ふんふむ……)

 

 

 〜南二局〜

 親:豊音

 

「リーチ」

 

(手は落ちてない。まだ攻める)

(これではっきりするね)

 

 恭子が再びリーチ宣言。

 それを聞いて、咲は前の局の疑問を解消出来ると踏んだ。

 もし偶然なら違った展開。

 もし必然なら──。

 

「とおらばー」

 

 豊音が動いた。

 

「おっかけリーチするけどー」

 

(またこの展開……これが当たれば)

 

 咲は見届けるために、とりあえず安牌を捨てる。

 

(親に追われるは嫌やなー……)

 

 恭子は恭子でそんなことを思っていたが、直ぐさま状況が変わった。

 

「ロン。リーチ、一発のみ。3900」

 

 また一発で振り込んだことに、恭子は微かに瞠目する。

 つい先程あったこの既視感ある光景に、恭子も驚きが隠せなかった。

 

(追っかけられて、また一発で振り込んでもうた。偶然やと思いたいけど……)

(確定だね)

 

 恭子と咲の差は、能力者と触れ合ってきた経験の差。何より咲自身が能力者であることが一番大きかっただろう。

 

 豊音の能力は一つじゃない。

 

 

 〜南二局・一本場〜

 親:豊音

 

「あら、ツモだわ。1300、2600に一本ずつ、お願いしますね」

 

 この半荘初めての霞の和了り。

 咲はずっと観察を続けているが、目立った能力は感じられない。これが実力通りなら、注意する必要はないのだが……。

 

(それでも、あの永水の大将。先鋒の神代小蒔のように、とっておきがあるかもしれない)

 

 

 〜南三局〜

 親:咲

 

(さて、ここらで和了っとかないと)

 

 咲は狙いを定める。

 

「カン」

 

(うぇっ⁉︎ またぁっ⁉︎)

 

「ツモ、嶺上開花、ドラ3。12000です」

「……はい」

 

 振り込んだのは豊音。

 この半荘での直撃二回目なので、狙い撃ちされてるのかとも思うが、それだったらもっと悲惨な結末を迎えているだろう。

 そして、この中でも霞は違う点に驚きを感じていた。

 

(和了りに必要なのは嶺上開花のみ。……必ず和了れる自信があるのかしらね)

 

 俄かには信じ難いことだ。

 元々、嶺上開花は出る確率がかなり低い役である。それをこうもあっさりと、しかも複数回次々と和了る咲は、やはり普通じゃない。

 

(何か憑いてるんじゃないかしら?)

 

 その手の専門家に近い霞にそう思わせるほど、咲は異常なのだ。

 

 

 〜南三局・一本場〜

 親:咲

 

 恭子はツモった後、少しだけ動きが止まる。

 

(聴牌。でも役がない。リーチすればいいけど……さぁ、どうする)

 

 先ほど二回連続で追いかけられ、振り込んだ。それが偶然なのか必然なのか、恭子にはまだ判断が付いていなかったのだ。だからこそ、次にどう手を打つのが最善なのか分からなかった。

 勝負にいくべきか、いかざるべきか。

 数瞬迷った後、恭子は決めたようだ。

 

「リーチ」

 

(えっ? いいのかしら?)

 

 それを見て、霞は相手ながら心配してしまう。霞はもう、先ほどまでのが豊音の能力だと分かっているからだ。

 案の定、豊音は捨て牌を横向きにした。

 

「とおらばー、リーチ」

 

 霞の想像通り、動いてきた。

 

(ぐっ……)

 

 それを見て苦い顔をする恭子。

 そのまま牌をツモるが和了り牌ではない。仕方無く捨てるが、

 

「ロン、2900だよー」

 

(また……⁉︎ これで三回目……)

 

 二度あることは三度ある、というやつなのか。同じような展開がまた起きてしまった。

 

(地区予選や一回戦では、裸単騎や追っかけリーチなんてしてなかったはずや……)

 

 事前の調べでは、豊音は特に注意する必要のない打ち手であった。

 だが、蓋を開けてみればこの通り。今のところ一番厄介な打ち手であることは間違いない。

 咲に注意を割き過ぎたせいで、豊音という伏兵の存在に気づけなかったのである。

 

(追っかけリーチを掛けると、先制リーチ者から直撃を取れる。そんな不思議があったりなかったりするのかしら……?)

 

 霞も同様に豊音のことを警戒し始める。

 

(今までの試合では、あまり目立ってなかったけど……)

(この人が一番、宮守で面白いね)

 

 そんななかでも、咲はご機嫌だった。

 

 

 〜南四局〜

 親:恭子

 

(とは言え、もう一回試したい!)

 

「リーチ!」

 

(これであかんかったら、後はダマで通す)

 

 三度目ならず、四度目の正直。

 オーラスの親番ということもあって、攻めの姿勢を続けた恭子。

 

 そして、この選択は──

 

「じゃあー、わたしもー」

 

 ──間違いだった。

 

「とおらば、リーチ」

 

 豊音の故郷での渾名は“背向(そがい)のトヨネ”。

 ──先制した者を、後ろから(わな)く。

 

 恭子の手から牌が溢れ落ちた。

 

「ロン、5200」

 

 これが、豊音の二つ目の能力。

 その名も《先負》。

 先んずれば──負ける。

 

 

 前半戦終了

 清澄 104200 (+5100)

 宮守 101200 (+10500)

 姫松 100000 (-13200)

 永水  94600 (-2400)






オマケ:淡ちゃん誕生日記念

照「今日は12月15日」
淡「私の誕生日だよ!祝って祝って!」
照「知ってる。じゃあ私“たち”からはこれ」
淡「……私“たち”?」
咲「お姉ちゃん伏せて!!!」伏せた照の背後から思いっきりパイを投げつける
ベッチャァッ
淡「」顔面真っ白
咲「っし!パイ命中ッ!!
せーのっ
照咲「誕生日おめでとう!!!」

……………………このあと、淡ちゃんはマジギレしながらマジ泣きしました。
そして、私とお姉ちゃんは菫さんにそりゃあもう怒られました。二人揃って三時間正座もとい土下座は脚が痺れて辛かったです。

菫「大体、どうしてお前が止めなかったんだ⁉︎」
照「咲の頼みだったし……それに絶対淡が喜ぶからって」
菫「喜ぶわけないだろ‼︎」

お姉ちゃん私にマジダダ甘!

ーーーーーー咲日記より







次はクリスマスパーティ編に続くかも(笑)
25日の0時目標にします
全く関係ないけど、デジモン新作のキービジュアルヒド過ぎワロタwwwwwwwwww


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6-5

メリークリスマスッ!!!

別にリアルは嬉しくもなんとも…………

オマケもあるよ(≧∇≦)


 全国大会が開催する前、清澄高校は県予選決勝で当たった三校と合同合宿をしていた。

 目的は主に咲以外の自力の向上。そのためには多くの相手と対局を積む必要があった。この四校合宿はまさに打ってつけであったのだ。

 強豪校として全国に名を馳せている風越、去年彗星の如く現れた龍門渕、今年初出場にして県予選決勝まで勝ち進んだ鶴賀。対局相手として不足なく、かつ清澄に親身になってくれるとなれば有難い以外の言葉がなかった。

 清澄はあの合宿でかなり強くなっただろう。特に優希は咲と衣にしごかれたので面白いことになっている。

 

「咲。前から気になっていたことがあるんだが、聞いてもいいか?」

「ん? 何、衣ちゃん」

 

 月明かりの下、温泉に浸かっていた衣は咲と二人だけの時に質問をぶつけていた。

 

「県予選決勝の後半戦、咲は衣の海底牌から直撃をとっただろう? あれは一体どうやったんだ?」

「……あぁ、あれ?」

 

 言われたことを思い出したのだろう。咲はそれを隠すこともなく、衣に教える。

 

「あれはね、私の『槓材を操れる』っていう能力の応用だよ」

「ん? どういうことだ?」

「うん。だから、私は槓材をある程度自由に操れるんだ。そして、それを相手に掴ませることも出来る。これを利用して、海底牌に槓材を仕込んだんだよ」

「……それはおかしくないか? だってあの時はカンじゃなくロンだったぞ? それに海底牌はカン出来ないではないか?」

 

 衣の疑問も最もだ。

 だが、咲はその疑問を予想していたのだろう。途絶えることなく質問に答える。

 

「衣ちゃん、槓材は必ずカンしないといけないわけじゃないんだよ? 槓材である四つ目の牌が、()()()()()()()()()()、なんてこともあるでしょ?」

「あぁ、なるほど! そういうことか!」

 

 疑問が解消されて、衣は笑顔を浮かべた。

 そして衣は思う。咲のこの能力、やり方次第では何でも出来るぞ、と。

 

「やっぱり咲は凄いな!」

「ありがと、衣ちゃん」

「あと咲、これは衣個人のお願いなんだが、いいか?」

「私に出来るんだったら、構わないよ?」

「それはどうか分からないが、咲には全国でも衣を驚かせてほしんだ!」

「驚く? 例えば?」

「そうだな……」

 

 衣は少し考える。

 しばらく顎に手を寄せ考え込んでいたが、突如何か閃いたのだろう。咲に向けて飛びっきりの笑顔を見せた。

 

「やはり前代未聞なこと、とかがいいぞ!」

「なるほど、前代未聞なことね。……うん、分かった。約束するよ。前代未聞なことをして、衣ちゃんを驚かせてあげる」

「ホントか! それは楽しみだ!」

 

 ──魔物二人の秘密の約束。

 これを知っている者は、この段階ではこの二人だけだった。

 

 

****

 

 

「調子は……いつも通りのようですね……」

「ん? 分かる?」

「はい、プラマイゼロでしたから……」

 

 飲み物を持って来てくれた和の目は、俗に言うジト目というやつだった。

 勝つことだけなら何よりも咲を信頼している和だが、この点においてだけ、プラマイゼロを平気でする点だけは、和は咲を全く信用していない。

 

「んー、衣ちゃんとの約束でね。全国大会では前代未聞なことをして、って言われてるんだ」

「それがどぉーして、プラマイゼロになるんですか⁉︎」

「違う違う。プラマイゼロはついやっちゃったの。本番は後半戦だから、まぁ見ててよ」

「……分かりましたよ」

 

 和にも嫌な慣れが生まれてきていた。

 以前までの和なら、すぐさま「そんなオカルトありえません!」くらいのことは言ってのけただろうが、長い間、咲という人外と触れ合ったために毒されているようだ。

 

『後半戦が間も無く開始されます。選手の皆さんは対局室に集まって下さい』

 

「あ」

「そろそろですね」

「じゃあ、行ってくるね」

「はい。咲さん、油断は禁物ですよ」

「うん、分かってる」

 

 咲にも白糸台を、照を倒すという目標がある。勝つためだったら油断なんてものはしない。邪魔する相手は叩き潰すくらいの気持ちを持っていた。

 そのために必要なのは情報の整理。あの場を支配出来るよう、自身が有利になる展開に持っていくのが不可欠であった。

 対局室に辿り着くまでに、咲は前半戦の復習をする。

 

(姫松と永水はとりあえず放っておいてもいい。問題は宮守、姉帯豊音。分かっている能力は二つ。裸単騎まで鳴くと必ずツモ和了りが出来ることが一つ、もう一つは先制リーチ者がいた時に追いかけると、先制リーチ者が必ず一発で振り込むこと)

 

 この事実から分析と推測を進める。

 

(分かりやすいのは裸単騎の能力。特に「ぼっちじゃないよー」と「お友達が来たよー」の台詞がキーのはず。ぼっちというのは裸単騎のこと、お友達は上がり牌のこと。お友達が来る……麻雀ではお友達をツモる、もしくは引く、か……?)

 

 これに関する知識がないか、考察してみる。

 

(友達が来る……友達を引く……友達……来る……ツモる……友…………引く…………《友引》か!)

 

 該当項目が見つかった。

 このことから次々と謎が解けていく。

 

(《友引》……つまり《六曜》か。これなら追っかけリーチはきっと《先負》だろう。先んずれば負けるんだから)

 

 《六曜》とは暦注の一つで、六つの曜がある。《先勝》《友引》《先負》《仏滅》《大安》《赤口》の六つで、一般的なカレンダーにもよく記載されているものだ。

 各曜ごとに吉凶、運勢が定められており、今日の日本でも少なくない影響がある。『結婚式は大安が良い』や『葬式は友引を避ける』などがその最たる例で、主に冠婚葬祭などの儀式と結びついて使用されている。

 また、勝負事に関する内容が多く、「縁起を担ぐ」ことから、元々は賭場の遊び人や勝負師などの間で用いられ出したものではないか、とも考えられている。

 

(えーと、確か

《先勝》は「先んずれば即ち勝つ」

《友引》は「凶事に友を引く」

《先負》は「先んずれば即ち負ける」

《仏滅》は「仏も滅するような大凶日」

《大安》は「大いに安し」

《赤口》は「赤舌日が元」

 だったっけ?)

 

 対局室までの数分間の内に、様々な記憶を巡る。

 

(なるほど、確かに《友引》と《先負》は分かりやすいね。裸単騎(凶事)上がり牌()を引く、先制リーチ(先んずれば)即ち振り込む(負ける)か)

 

 ここまでは上手く結びついたが、問題はここからだった。

 

(んー……でも、他が分からないな。《先勝》と《大安》はなんとなく予想出来るけど、イマイチピンとこないし、《仏滅》と《赤口》に関してはさっぱりだ。この二つはどちらかというと悪いイメージの言葉。でも能力として存在するなら、デメリットはあったとしても、メリットもなきゃ意味ないし……)

 

 《先勝》は万事に急ぐことが良いとされる曜。また、「午前中は吉、午後二時より六時までは凶」と言われる。

 《友引》は現在では凶事に友を引くとされる曜。かつては、「勝負なき日と知るべし」と言われ、勝負事で何事も引き分けとなる日、つまり《共引》とも言われていた。また、「朝は吉、昼は凶、夕は大吉。ただし葬式を忌む」と言われる。

 《先負》は万事に平静であることが良いとされ、勝負事や急用は避けるべきとされる曜。また、「午前中は凶、午後は吉」と言われる。

 《仏滅》は六曜の中で最も凶の日とされる曜。婚礼などの祝儀を忌む習慣がある。また、「何事も遠慮する日、病めば長引く、仏事はよろしい」と言われる。

 《大安》は六曜の中で最も吉の日とされる曜。何事においても吉、成功しないことはない日とされ、特に婚礼は《大安》の日に行われることが多い。

 《赤口》は陰陽道の「赤舌日」という凶日に由来する曜。この日は「赤」という字が付くため、火の元や刃物に気をつける、つまり「死」を連想される物に注意する日とされている。また、「万事に用いない悪日、ただし法事、正午だけは良い」と言われる。

 

(うーん……時刻まで関わってくると、今は午後、それも夕方だから《先勝》《赤口》は使えないのかな? でも《先負》から推測すると、先んずればっていうのは先制リーチのことだから、時刻が関係あるとは思えない。《仏滅》はもはやデメリットしか思い浮かばないし。《大安》は漢字から推測すると、沢山和了れるけど点数は低いとかかな? もしくは意味から判断すると、要するに幸運ってことでしょ? 麻雀の役の中で幸運みたいな意味があるのは大三元。でも大三元和了り放題は流石に反則過ぎる、てか使うでしょ。《赤口》に関しては、赤って字から赤ドラが思い浮かぶけど、それだけだと微妙。でも意味的にも麻雀の役で火や刃物、死を連想させるものなんて…………)

 

 少し立ち止まって考えたがはっきりしない。何より、分からないものを何時までも考えても仕方が無い。

 咲は歩みを進めることにした。

 

(とりあえず分かったことは一つ。宮守はまだ四つの能力を隠しているということだ。……面倒だな)

 

 勝つこと自体は何も気にしなければ、大した問題なく達成出来るだろう。今対局している三人は、はっきり言って衣以下であることは間違いないのだから。

 だが、咲には違う目的がある。それを考えると不確定要素が多い豊音の存在は障害にしかならない。

 

 その点をどうするかを考えた結果、

 

(……よし。序盤にプレッシャーを掛けて、動きを封じるか)

 

 という結論を出し、辿り着いた対局室の扉を意気揚々と開ける咲であった。

 

 後半戦が始まる。

 

 

****

 

 

 大将・後半戦

 〜東一局〜

 東 宮守 101200 親

 南 姫松 100000

 西 清澄 104200

 北 永水  94600

 

 八巡目、咲は手牌から一つ掴み、それを横向きに捨てた。

 

「リーチ」

 

(リーチ……⁉︎ どうゆうつもりや清澄⁉︎)

 

 咲のリーチに恭子は驚きを禁じ得ない。このままいくと前半戦で自分が陥った状況になると理解出来ているからだ。

 豊音もそんな咲を少し訝しんでいた。

 

(……んー? 宮永さんがリーチ? 私の能力に気付いてない? そんなはずないと思うけど……)

 

 咲の狙いが読めない。もし本当に豊音の能力に気付いていないのなら、想定より下の実力だったという話で済む。

 だが、それは一番いけない判断だとも理解していた。

 

(最大限の警戒をしろって言われてるし、……でも、ここで退くことはないよね)

 

 迷いもあったが、ここで仕掛けない理由もない。

 

「おっかけるけどー、とおらばー、リーチ」

 

 豊音の予想通りの行動に、恭子はやっぱりと思った。

 

(宮守が追い掛けた。これは清澄が宮守に振り込むパターン。……まさか、前半戦で私が試すのを見てへんかったんか?)

 

 そして、恭子の想像通り、

 

「ロン、3900だよー」

「はい」

 

 咲が豊音に振り込んだ。

 だというのに、咲には動揺の欠片も見られない。まるで予定通りだ、と言わんばかりの余裕さが伺える。

 

(普通に振り込んだ……? 何を考えているのかしら?)

 

 霞もこの咲の行動を理解出来ない。

 

(……はっきり言って不気味ね)

 

 

 〜東一局・一本場〜

 親:豊音

 

「リーチ」

 

(またリーチ⁉︎)

(本当に何を考えているのかしら……?)

 

 咲が再びリーチを掛けた。もう、咲の行動が本格的に理解不能になってきた。

 リーチしてくれてラッキーなはずなのに、豊音は何故か咲がカモというよりは逆になんか怖いと思えてきた。

 

(……もう深く考えるのはやめよう!)

 

「とおらばー、リーチ!」

 

 豊音も再び追い掛けた。

 恭子も霞もそれを見守る形になり、咲はそのままツモった牌を捨てる。

 

「ロン。7700の一本場は8000」

「はい」

 

 また咲が振り込んだ。

 これではまるで、前半戦の再現のようだ。ただし、人が恭子から咲に変わっているが。

 三人は咲の様子を見てみるも、特に異変があるようには見えない。前半戦と同じく、泰然とした態度のままだ。

 

(なんだろー……)

(よく分からんけど……)

(嫌な予感しかしないわ……)

 

 三人はこの状況に、前半戦以上の警戒を固めていた。

 

 

 〜東一局・二本場〜

 親:豊音

 

(でもお陰でトップになれたよー。ただ、結構僅差だし、安心出来ないよねー。宮永さんもなんか怖いし……だから、ここは攻めるよー)

 

「ポン!」

 

 今度は《友引》を繰り出す豊音。

 これを待っていた人物が一人いた。その人物は豊音の対面で、バレないように笑みを浮かべている。

 そして、この状況で動き出したのは恭子だ。

 

(鳴いたっちゅうことは、追っかけリーチは出来んはず。一位陥落しとるから私も攻めなあかん!)

 

「リーチ!」

 

 恭子はリーチを掛ける。

 一度鳴けばリーチ出来ないのが麻雀のルールである。暗槓は例外だが、恭子にとって上家の豊音は他家の捨て牌をポンしているため、追っかけリーチは出来ない。

 そのため、恭子は臆せずリーチを掛けた。

 

 だがその直後、恭子の下家から、咲から、意味深な言葉が発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、おっかけるけどー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………………………………はっ?)

 

「とおらばー、リーチ」

 

 咲が恭子を追い掛けた。

 この状況には、豊音が一番驚いている。

 

(嘘……これって……)

(まさか、宮守の……)

 

 同様に霞も、咲のこの行動に注目していた。

 もしこれが、今まで散々見ていた展開と同じようになるのなら、別の意味を持つことになる。だけどそれは、最も考えたくない可能性を残すことになるが。

 恭子のツモ番。それは和了り牌ではなかった。だから、恭子にはそれを捨てる選択肢しか存在していない。

 

(……まさか)

 

 知らぬうちに震えている手で、牌を捨てる恭子。

 

 ──咲は手牌を倒した。

 

「ロン。5200の二本場は5800だよー」

「……なっ⁉︎」

 

(なんやねん、それッ⁉︎)

 

 思わず声を上げ、卓に身体をぶつけながら立ち上がってしまった恭子を攻められる者など、その場にはいなかった。

 

 

****

 

 

「なっ……⁉︎」

「イマノッ⁉︎」

「嘘、でしょ?」

「豊音の、《先負》……」

 

 大将戦を見ていた豊音のチームメイト──宮守の面々は、今の局の咲の和了りを目の当たりにして驚愕していた。普段面倒くさがりで自分からは滅多に動かない小瀬川白望が立ち上がるほどであったのだから、その驚き具合は相当のものだと分かるだろう。

 

「先生! 今のは⁉︎」

「……流石に、信じられないわね。想定外過ぎるわ」

 

 ここまで宮守を導いてきた麻雀においてベテラン中のベテラン──熊倉トシですら、今回の咲の所業に驚きを隠せなかった。

 

「豊音の《先負》を受け流すことや無効化することまでは考えていたけれど、まさかコピーされるだなんて……」

 

 いや、もしかしたら奪われたのかもしれない……と頭を過るが、これ以上みんなを心配させることもないだろうと口を噤んだ。

 もしそうなら最悪の展開だが、対処するのは早くてもこの対局後になる。今のトシには豊音に対して何一つ出来ることなどない。そうでないことを願うしかなかった。

 

「……と、豊音は、大丈夫ですよね?」

 

 心配そうにそう呟いたのは部長である臼沢塞だ。強気な彼女がここまで気弱になることは珍しい。副将戦で無理をしたため身体的に疲労しているのが原因の一端ではあるだろうが、だとしても豊音のことを麻雀の実力の面で心配するなど過去にはなかった。

 豊音は宮守の中でも最強だ。初見では誰一人として対応すら出来なかったのだから、その卓越した実力が分かるだろう。

 強い理由としては、やはり能力の応用性が高いことが挙げられる。豊音の能力は全部で六つ。《先勝》《友引》《先負》《仏滅》《大安》《赤口》の六つで、《六曜》の特性を其々有している。多種多様な状況に対応できる彼女の力は大会随一と言っても過言ではない。

 そんな豊音の利点の一つがコピーされた。この事実は大きなアドバンテージが削られたことだろう。心配にならないわけがない。

 他の三人──白望もエイスリン・ウィッシュアートも鹿倉胡桃も同様の想いを抱いていたのか、不安そうな目でトシを見ている。

 

(……本当に、良いチームになったわね)

 

 彼女たちの絆の深さを垣間見た気がして、トシはそんな場面ではないだろうけど嬉しく感じてしまう。

 このような時に支えてあげるのが大人の仕事だ。トシは笑顔を浮かべた。

 

「当然よ。豊音はこの程度でへこたれるほど、柔な子じゃないわ」

 

 トシの言葉にひとまずは安堵したのか、四人は身体の緊張を解いた。その後すぐに映像に意識を戻し、豊音のことを見守り始める。

 トシも彼女たちの反応から上手く励ますことができたと実感するが、あいにく表情は険しいものになっていた。

 

(……でも少し厳しいわ。恐らく豊音は萎縮してしまう。この対局で豊音がこれ以上手の内を明かすことはないかもしれないわ)

 

 咲の狙いはきっとこれだろう。豊音の能力を看破した上で、障害となりそうだったから釘を刺した。何とも効果的な一手を打ってきたものである。

 

(豊音、踏ん張りどころよ)

 

 自分たちに可能なのは祈ることのみ。

 仲間の勝利を信じて、見守ることだけであった。

 

 

 

 

 

 別の場所でも、驚愕の声が上がっていた。

 

「嘘やろ⁉︎ 今のって……」

「宮守のにそっくりなのよー」

 

 姫松──全国大会常連校の彼女たちでさえ、今の局の咲の和了りには飛び上がる反応を見せた。強い雀士と関わってきた経験が多い彼女たちでも、相手の特性を自身のものとする雀士とは出会ったことがなかったからだ。

 眼鏡と大きな胸囲が特徴的な少女──愛宕絹恵は画面を瞠目したまま叫ぶ。

 

「てか反則やろあんなん! 何なん、あの清澄の大将⁉︎」

「確かに、あれはヤバいっすね……」

「本当に反則なのよー」

 

 他の部員──上重漫、真瀬由子も絹恵と同じ気持ちなのか、咲を怯えの目で見つめていた。

 

「──三人とも静かにせぇ」

 

 しかし、姫松の部員の中で唯一動揺しなかった者が一人いた。

 

「お姉ちゃん」

 

 姫松主将にして絶対のエース──愛宕洋榎は静謐な声で三人を落ち付かせた。彼女は強豪である姫松の主将だけあって、実力も格も全員屈指の雀士である。

 画面から目を離さない洋榎は咲の和了りにも動じず、ただただ恭子を見つめていた。

 

「所詮一年坊や。牌の何たらや知らんけど関係あらへん」

 

 洋榎は自信満々に告げる。

 

「恭子ならやれる」

「で、でも、末原先輩も言ってたように、この大将戦はホンマに化け物揃いやで」

「……恭子は自分のことを凡人凡人言うけど、そんなことあらへん。恭子は強い」

 

 洋榎は恭子の努力を知っている。

 例え相手がどんなに格下の相手だろうと恭子は一切手を抜かない。対局するまでに相手のことを調べに調べまくり、下準備を欠かさず、常に自分が負けることを想定して対局に臨む。

 だからこそ、恭子は強い。

 

「全員恭子の実力は知っとるやろ。うちらにできることは、恭子を信じることだけや」

「……そうやね。末原先輩が負けるはずあらへんもん!」

「そうやでー絹!」

 

 そう、出来ることは見守ることだけなのだ。

 なら、仲間を信じて待つしかない。

 

 例え対局相手に、想像を超える化け物がいようとも。

 

 

****

 

 

 咲に振り込んだ後、しばらく立ったまま固まっていた恭子だったが、ようやく自身がマナー違反紛いのことをしてるのに気付けた。

 

「す、すいません」

 

 一言謝りながら席に着くが、未だに頭の中は混乱しまくっている。

 

(…………はっ? はっ? はっ? どういうことなんや?もう意味分からん。何が起きたんや? ……いや、それは分かっとる。私が清澄に振り込んだんや)

 

 思考することで、段々と落ち着きを取り戻せてきていた。

 

(でも、今のはまるで前半戦の宮守のような、というよりそっくりや……まさかコイツ──)

 

 恭子はある可能性に辿り着いた。

 

(コイツ、他人の特性を自分のものに出来るんか⁉︎)

 

 ──恭子は知らない。

 これは、咲の『槓材を操れる』という能力の応用技というだけで、恭子が思っているようなことは不可能だということを。咲の手牌をよく見ていれば、恭子から直撃を奪ったその捨て牌が槓材でもあると気付けただろうが、残念ながら恭子にそんな余裕はなかったのだ。

 このように相手に誤認させることが、咲の思惑通りなのだということを。

 

 豊音も驚きで声が出せず、口が開き、目も見開いたまま固まっていた。

 

(………………えーーーー、嘘でしょーー。私の《先負》が……。もしかして、さっきまでリーチは必要なことだったとか? 実際に受けた力を手に入れられるとか……?)

 

 豊音が推測している事実などは存在しない。これは全て咲がそう思わせるために、態と行ったフェイクなのだから。

 だが、そんなこと知らない豊音からすると、咲の行動は全て脅威に映る。

 

(でも、これじゃ迂闊に能力が使えないよー……)

 

 全て咲の思惑通りに進んでいた。

 

 一方、咲以外で唯一冷静でいられた霞だが、内心では困っていた。

 

(んー、どうしましょうか……? まさか清澄がこれ程までとは思ってもなかったわ。守るのは得意なんだけど、今回はそれでは駄目そうね。……流石に、いくら清澄でも、私のは真似出来ないだろうし、……苦手分野、いかせてもらおうかしら)

 

 覚悟を決めた。

 ついに、霞が動き出す。

 

 大将・後半戦は、まだ始まったばかりだ。




オマケ:クリスマスパーティ

『メリークリスマスッ!!!』

クラッカーが鳴り響き、白糸台と清澄の合同でのパーティが始まった。
沢山のテーブル、沢山のホールケーキ、沢山のチキン、その他沢山の飲食物というかなり豪勢なパーティ。
各々楽しんでいたのだが、その中で悪い笑顔を浮かべている人物が一人いた。

というか、咲だった。

「淡ちゃん!」
「ん?」

名前を呼ばれた淡は振り返る。
その視線の先には、両手にパイを持ち、その一方を投げつけようとしている咲の姿が。

「メリークリスマスッ!!!」

“ようとしている”のではなく、そのまま投げつけた。
数瞬後には、あの悲劇(笑)の淡誕生日パーティの二の舞になるかと思われたが、今回は違った。

淡は成長していたのだ。

「同じ手は喰わないんだよッ!!!」

そこからの淡は超反応を見せつける。

両手でバランスを取るように大きく広げ回し、上半身を思いっきり仰け反らせる。そのお陰で、顔面直撃だったはずのパイを、見事避けてみせたのだ。

完璧にマトリ○クスだった。

これが、淡があの誕生日の日に受けた恨みから目覚めた新たな能力(ちから)

ーーー神速○インパルス!

そして淡はそこでは止まらない。
勢いを上手く利用し、左脚を軸として咲に一瞬背を見せるように回転。その際、側にあったテーブル上のホールケーキを皿ごと左手で掬い取る。

「お返しだァッ!!!」

それをそのまま、躊躇いの一つもなく咲へと投げつけた。
だが、利き手ではない左手で投げたためか狙いが甘い。咲の顔面ど真ん中から僅かに逸れていた。
そのため、咲はそれを余裕の笑みを浮かべながら、首を傾ける動作一つだけで躱してみせる。
そして、もう片方の手に持っていたパイを投げつけようとしたが、咲の背後かなりの至近距離からベチャッ!という音が。
床に落ちたにしては早過ぎる。きっと誰かに当たったのだ。
咲と淡の二人は恐る恐る、そちらを振り向く。
そこには、藍色のロングヘアーを靡かせた、顔面真っ白の女性が立っていた。

というか、菫だった。

『………………………………………』

相手が相手だったら、笑うかもと思っていた二人だったが、菫相手では笑えない。二人は一瞬だけ固まる。

そして状況を分析してみた。

原因:咲
やった本人:淡
咲と菫:違う学校
淡と菫:同じ学校
咲:今日逃げ切ればなんとかなる
淡:今日逃げても全くなんとかならない
咲:逃げたい
淡:道連れが欲しい

二人の行動は早かった。

一目散に出口に向かおうとする咲。
それを食い止めようとする淡。

咲は片方に持っていたパイを投げつける。至近距離であったが、それを淡は神速のインパルスで難なく避けた。その一瞬出来た隙で駆け抜けようとする咲だったが、淡が得た超反応速度は伊達ではない。直ぐさま咲の前へと立ち塞がる。力押しで通り抜けようとするが、咲には速力はあっても抜く技術は、デビルバ○トフォースデ○メンションは使えない。

「うおおおおおぉッ!!!」

淡のタックルが決まった。


****


………………………………………


土下座5時間だった。












何の気兼ねもなく書くオマケは楽しい(≧∇≦)
次回から悪ふざけMAXで他作品のクロスでも書こうかな^ ^

候補として考えているのは、咲世界の全ての能力をマジモンの能力に昇華させた魔王咲様が問題児の世界にLet's go!!!

あと因みに、もう一つクリスマスプレゼントということで
ダンジョンに出会いを(ry

やはり俺の青春(ry (てかヒッキー)
のクロス(笑)も書いてみました。
興味がある方は是非覗いてみて下さい。


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6-6

新年あけまして
おめでとうございます!!!
今年もよろしくお願いします!!!

前置きはこれくらいで、本編をどうぞー
オマケもあるよっ!




 ──九年前。

 霞が八歳のころ、霞は祖母に連れられ本家の本殿へと訪れていた。

 

「わぁー! とても広い所ですね」

「ここは神境の入り口です。本殿までは、まだ少し歩きますよ」

「はいっ」

 

 現実にある光景とは思えない景色が目の前に広がっている。霞は堪らず興奮してしまうが、祖母とはぐれると大変なことになると理解していたので、祖母の手を離すことなくついて行く。

 長い長い階段を登っている最中、霞は以前から気になっていたことを祖母に尋ねることにした。

 

「あの……祖母上、姫様はどのような方なのでしょうか?」

「あなたによく似ています。分家の中でもあなたが一番姫様に血が近い」

 

 そこで一度区切り、祖母は続けた。

 

「だからこそ、生きた天倪(あまがつ)となるのです」

「……?」

 

 この時の霞はまだ幼く、祖母が何を言っているのかよく理解出来ていなかった。

 本来天倪とは、古代、祓に際して幼児の傍らに置き、形代(かたしろ)として凶事を移し負わせた人形のことである。

 つまり、祖母が言う生きた天倪とは、あまり良い言い方ではないが、身代わりのようなものだ。

 続く祖母の説明は次のようなものだった。

 

「姫が宿し、使う女神は九人ではなく、極稀に恐ろしいものが降りてくる。それを代わりにお前が宿し、手懐けるのです」

 

 ──それが霞の役目。

 

 

****

 

 

(はい、祖母上様。今、それを使います)

 

 天より白く棚引く何かが、人には測ることも不可能な超常的な存在が、会場に、対局室に、霞に降りてきた。

 途端、霞から放たれる圧力が変貌した。

 

(……えっ?)

(……んっ?)

(──遂に来たね、永水!)

 

 その存在感は圧倒的で、霞以外の三人もそれに気付いた。それからの霞は、見えない何かを常に身に纏っているようだ。

 本人は変わらず微笑を浮かべたままだが、雰囲気が、明らかに別人と化していた。

 

(さて、どう来る)

 

 霞の奥の手と思われるその様子に、咲のテンションは昂ぶり始めた。

 

 

****

 

 

「あれは……」

「えぇ、使いましたね」

「久しぶり」

 

 霞の変化の正体をいち早く悟ったのは永水の面々であった。霞のあれは過去にも見たことがあるが、あの状態の霞は言わば奥の手。使わざるを得ない場合でなければ、霞はあれを降ろすことはしない。

 つまり、今霞は追い込まれているのが分かる。

 

「……んんっ」

「姫様? 起きて大丈夫なのですか?」

 

 先鋒戦が終わってから今まで眠っていた小蒔が目を覚ました。眠たげに瞳を擦り、ほんの少しぼぉーとしてようやく覚醒したようだ。

 

「平気です。今、試合はどうなっているのでしょうか?」

「今は点差は殆どありませんが三位ですよ。……ただ」

「どうかしたのですか?」

 

 言い淀む初美に小蒔が首を傾げる。自由奔放な彼女にしては珍しい反応なので、違和感が際立ったのだ。

 そんな初美を慮ったのか、巴が後を引き継ぐように話す。

 

「清澄の宮永咲さんなのですが、少し……いえ大分想定を上回っていまして、霞さんが攻撃モードになったんです」

「……そうですか」

 

(霞ちゃん……)

 

 小蒔は心配そうに霞を見つめる。

 普段の霞は防御型。小蒔と初美で稼ぎ、霞で守りきるというのが永水としての戦術であった。

 だが、今回の対局ではその方法は使えない。守るだけでは二位以上に入り込めそうにないからだ。

 だからこそ霞は勝負に出た。あの状態の霞は一撃の威力は尋常ではないが、その分細かな調整が効かなくなる。

 一度降ろしてしまった以上、対局中に元に戻すのは不可能。もう、この後の対局がどう転ぶかは、正直予測できない。

 

「今は霞ちゃんを信じましょう」

 

 小蒔は難しいことを考えるのは得意ではなかった。だから、一番簡単で、一番良いと思うことをすることにした。

 

「そうですね。霞さんを信じましょう」

「はい」

「ん」

 

 カリッと、春がいつもと同じように黒糖を食べる。

 

 結果を神のみぞ知るか、それとも──

 

 

****

 

 

 〜東二局〜

 東 姫松 93200 親

 南 清澄 97100

 西 永水 94600

 北 宮守 115100

 

(さっきの振り込みでラス転落……。というよりなんなんやこの卓。清澄だけかと思っとったら、予想以上に怪物の見本市。てか、清澄は怪物超えとる、最早化け物にしか思えへん。普通の麻雀させてーな……)

 

 恭子、心からの思いであった。

 

(しかも、大将戦まで来て点数ほぼ平らとかおもんないわぁ……もうめげたい、投げたい、つらいつらい……)

 

 豊音も原因の一部であるが、主に咲のせいである。

 だが、恭子はそんな気持ちになる自分を叱咤する。

 

(……いやいや! めげたらあかん! 相手が怪物、もしくは化け物なら、凡人に出来ることは考えることや!)

 

 恭子は自分が一般的な打ち手だと理解している。豊音のような能力も、霞のような奥の手も、咲のような理解不能な闘牌も恭子は持っていないし、出来るわけがない。

 でも、だからこそ、そんな恭子だけにしか出来ないことがきっとあると思っている。

 

(思考停止したら、ホンマの凡人。サイコロ回して、頭も回すで! 親番!)

 

 気合を入れ直す。その瞳は強豪校大将に相応しい負けん気に満ちていた。

 

(さぁて、今度は何を仕出かすんやろうな。この清澄の化け物は)

 

 咲に対する恭子の評価が、それはもう酷いものになっていた。完璧に人外扱いであるが、きっと多くの人が賛同してくれるだろう。

 

(それに、急に雰囲気が一変したこの、永水のオッパイお化けも要注意や)

 

 凡人を名乗っている恭子も、それぐらいを感じ取ることは出来る。対面から感じるこのプレッシャーは、今までに感じたことのないものだから、自然と警戒心も増していた。

 

 それは豊音も同じであった。

 

(地区大会の映像見せてもらったけど、攻めてるシーンなかったし、こっちも下手に動けないかな)

 

 不幸中の幸いというやつか、宮守は現在トップ。しかも三校とも約20000点の差がある。この局を様子見しても、余程のことがない限り致命傷にはならない。

 

 だが、その局が進んでいくうちに、驚くべき光景が河に出来上がってきていた。

 

(わーお!)

(あっ!)

(ちょっとこれ……絶一門か⁉︎)

 

 ──絶一門

 麻雀用語の一つで、手牌もしくは捨て牌から、萬子・索子・筒子のうち、特定の一種をなくした状態や、そのような打法のことを言う。

 絶一門のメリットとしては、一種減らすことにより多面張りが増えたり、捨て牌を偽装しやすくなる点などがあげられる。逆にデメリットとしては、早いうちに絶一門をしてしまうと、減らした種は全て無効牌になるため手の進みが遅くなることや、染め手を疑われるためリーチをかけると相手が降りやすくなる、などがあげられる。

 現在起こっている現象は、咲、恭子、豊音の三人の捨て牌に、一つも索子が含まれていない状態であった。

 

(これは中々だね。まさかここまで強い場の支配なんて、衣ちゃん以来だよ)

 

 表情に出すようなヘマはしなかったが、咲は少なからずこの状況に驚いていた。

 

(別にこれが誰か一人とかなら、全く不思議に思わない)

(けど、三人が三人、索子で絶一門なんて初めて見たよー)

(狙ったわけやない。九巡目まで一枚も索子がきてないんや)

 

 普通この状況を見たら、咲も豊音も恭子も索子で染めてるのでは? という疑惑が出てくるが、それはないだろう。何故そう思うかと言われれば、単純に索子の数が足りないからだ。三人が三人とも索子を抱えているとしたら、確実に足らなくなる。仮にもしそうだとしても、捨て牌から状況を察してすぐに狙いを切り替える。混一色ならまだ可能性はなくはないが、それでもかなり低い。だからこそ奇妙なのだ。

 更にこの状況で気になることがもう一つあった。

 

(永水の捨て牌、索子が四つもある。逆に言うと字牌以外は索子しかない。さて、何が起こるかな?)

 

 白いオーラに似た霊気を発散させる霞は、柔らかい手付きで牌を置く。

 

「──ツモ」

 

 霞の宣言。

 開かれた手牌は索子で染められていた。

 

「門前、清一色、自摸、ー盃口で4000、8000!」

 

 信じられない光景に恭子と豊音は瞠目する。

 

(ぜ、全部索子⁉︎ 捨て牌に萬子と筒子がないのにか⁉︎)

(対策の仕方が分からないよー……)

 

 これが、霞の奥の手。

 ──自家一色独占・他家強制絶一門

 

 

 〜東三局〜

 親:咲

 

(倍満の親っかぶりで一人沈み。なんとかしないといけへんのに……)

 

 内心の焦りが表情に出ないよう、努めていた恭子だったが、この局も進んでいくうちに異変が起きていた。

 

(……ッ⁉︎ なんやなんやこれは⁉︎ 今度は萬子かっ⁉︎)

 

 先ほどの局と同じように、清澄、宮守、姫松が萬子で絶一門状態。疑いようもない異常事態だ。

 恭子は見開いた目で霞を見つめる。

 

(コイツが永水で一番やばい!)

 

 恭子はこの瞬間に確信した。

 ──この卓、どうかしてる。

 

(めげるわ……どうすればええんや)

 

 追っかけリーチや裸単騎など、複数の能力を扱う怪物──宮守の豊音。

 最後の最後に本性を現した、非現実的な場の支配を用いる怪物──永水の霞。

 嶺上開花を使い熟し、対局相手の能力を手に入れると思われる化け物──清澄の咲。

 

 唯の凡人には、荷が重過ぎた。

 正確に状況を理解出来ている者なら、恭子の勝つ可能性は限りなく低いと判断するだろう。それは本人も自覚していることである。

 

 普通なら諦めてしまう。

 

(…………ここで諦めるんか? 二回戦敗退、それでええんか? それで、納得出来るんか?)

 

 だが、恭子は違った。

 

(そんなわけないやろ!)

 

「チー!」

 

(私は凡人や。それは知っとる)

 

 闘志を宿したその目は、まだ死んでない。

 

(でも、私は大将や。ここまで繋いでくれた、皆の期待を背負ってるんや!)

 

「ポン!」

 

 麻雀が、精神論や感情論でどうにかなるものではないことなど、恭子は理解している。

 それでも、その思いが強ければ、届く願いもきっとある。

 

(それに、私たちは姫松。全国強豪校、姫松の意地を──)

 

「ツモ! 1000、2000!」

 

(──甘く見んな!)

 

 恭子の、意地を見せた和了り。

 これには、霞と豊音も瞳に驚きの色を乗せている。

 

(和了られた……?)

(清澄じゃなくて?)

 

 霞は、自身の場の支配がまさか恭子に突破されるとは思っていなかった。

 それは豊音も同様で、この状況を動かすのはてっきり咲だと思っていたのだ。

 

(さぁ、どう出る清澄!)

 

 能力を手に入れる、などという暴挙を見せた後のこの二局の間、咲は大した動きも見せず、まるで傍観者だと言わんばかりの態度であった。

 だが、今回は二回とも自摸和了りのため、咲の点数は削られている。しかもこの局は咲の親だ。何か反応があってもおかしくない。

 そのため、霞も豊音も、そして恭子も咲の次の行動に注目していた。

 

 そして──

 

 

 

 

 

「あハァ」

 

 

 

 

 

『ッ!!??』

 

 ──ゾワリと。

 俯いたままの咲の、その思わず出てしまったかのような笑い声に、鳥肌が立つのを止められなかった。

 

(なんや今のっ……)

(久しぶりね、悪寒が走ったのは……)

(……ちょー怖いんだけどー……)

 

 三人は直感していた。

 この後、咲が動き出すと。




末原さんの三麻のくだりは面倒だったので、精神論に置き換えました。
咲さんのアレはパフォーマンスなのだよ(白目)
次回は明日のこの時間に、そして2話同時投稿で二回戦を終わらせる予定なので、お楽しみにっ!





一応前以て言っておきます。
このオマケはホントヒドイです(笑)何でもアリです(笑)
感想欄に希望者がいらっしゃったので、急遽書いたやつです。
それでもokな方はどうぞー。





オマケ:謹賀新年

『新年あけまして、おめでとうございます!』

謹賀新年。
初詣へと集まった清澄、白糸台の主要メンバー。清澄のメンバーはわざわざ遥々、長野からここ東京に来ていた。そして元旦、初詣ランキング一番人気と名高い明治神宮に。

「何この人の量……」
「ここは毎年こんなものだよ」

満員電車も目じゃない程の人の量に、顔を青くする咲。それに対しもう何年も見慣れたからか、全く狼狽えていない照。ここに来て長野と東京の違いを改めて実感した咲だった。

「折角気合入れて来たんだから、おみくじくらいは引いてみたいわ」
「そうじゃのう、どのくらいかかるか想像出来んが」
「この中に突入するとなると、着物に皺が出来そうですね」
「それはイヤだじぇ〜」

久の提案に清澄メンバーは少し困り顏だ。
因みに集まっている全員着物を身に纏っている。初詣ということでとりあえず本気で!という、これまた久の提案によって全員本気を出した結果だ。

「こういうのは突っ込んじゃえばなんとかなるんだよ!行こっテル、サキ!」
「そうだね」
「待ってよ淡ちゃん、お姉ちゃん!」
「…………よくあの二人、あそこまで仲良くなれたな」
「あら、この前の菫の説教のおかげじゃない?」

出会いもその後の付き合いも最悪に近かった咲と淡だが、今では照を含めて仲良し姉妹のような気安さになっている。

「どうかこのまま平穏に済めばいいが……」
「菫知ってる?そういうのを『フラグ』って言うのよ?」
「……それは知りたくなかった」

久のその言葉に苦い顔をする菫だった。


****


無事おみくじを終え、その他の出店なども回り、それなりに楽しんだ後一行は近くにある公園へと訪れていた。

「サキ!これで勝負しようよ!」

そう言って淡が取り出したのは羽子板一式。
それを見た咲は、まるでそうなることを予想していたようにある物を取り出す。

「淡ちゃん、気が合うね。私もそうなると思ってこれを持って来たんだよ」

取り出したのは黒の油性マジック。

この瞬間、他のメンバーは思った。

ーーまたか、コイツら。

「ルールは?」
「相手側に打ち続けて落とした方が負け。勝った方は一回につき相手の顔に文字を一文字ずつ書ける。どう?」
「乗った」

そしてこのやり取りを見てまた思った。

ーーコイツら、最初からこれが目的か。

羽子板を持ち合い距離をとる二人。
もう既に戦闘態勢。殺る気充分だった。

「じゃあ、サーブは私からで」
「よし、来い!」

壮絶な争いが始まった。


****


「ハッ!」
「ふっ!」
「セイッ!」
「やぁっ!」
「…………どれだけ打ち合ってるんだあいつら」
「もう10分くらい続いてるんじゃない?」
「咲さん、頑張って下さい!」
「咲ちゃんその調子だじぇー!」
「淡ちゃんがんばれー」
「頑張れ淡ー」

二人の打ち合いは、それはもう凄いものだった。
普通の羽子板の打ち合いにある微笑ましさなど皆無。初めの第一打から本気も本気。着物を着ているにも関わらず、それを苦に感じさせないほどの動きを見せている。
最初は見ている方も夢中になって観戦していたのだが、硬直状態が続き、流石に長引きすぎている。今では咲の応援を和と優希、淡の応援を申し訳程度に尭深と誠子が行っている感じだ。
そして、決めに決め切れず、本人たちも焦燥を感じていた。

(あぁ、もう!しつこいな!神速のインパルスはホント面倒!普通の打ち合いじゃ決まらない、よっ!)
(どんだけ運動神経良いのサキはッ!アドバンテージは私にあるはずなのにッ!)

このまま続くと有利なのは咲。何故なら咲の方が体力があるからだ。

(ここで仕掛ける!)

淡が勝負に出た。
一度力一杯打ち込んだ後、次に咲がとれるだろう判定ギリギリの場所に羽を落とす。

「くっ」

それを咲はなんとか拾うが無理な体勢で打ったため、羽が柔らかい軌道を描き、浮き上がってしまった。

(これを待ってたよ!)

そのチャンスを淡は逃さない。

「はぁぁッ!」

助走を付け、力の限りジャンプする淡。
淡の狙いは唯一つ。

ーー全力全開のダンクスマッシュ!

空中高くに舞い上がった淡。
それを見て、咲は言った。

「淡ちゃん!パンツ丸見えッ!!!(嘘)」
「関係ないねッ!!!」

どうやら、淡は乙女の恥じらいを捨てたようだ。
ーーまぁ嘘だったのだが。
しかし実際問題として、淡のその白く輝く瑞々しい御御足(おみあし)が着物の裾から限界ギリギリまでサービスされている。その時点でも普通にアウトなのだが、vs咲に関しては勝利を優先させる淡であった。
羞恥心と引き換えに得られた僅かな時間を使い、限界まで身体を仰け反らせ全身の力を溜める淡。
そして、

「堕ちろッ!!!」

それを羽子板を振り下ろすと共に解き放った。

ーー勝ったッ!

淡はそう確信していた。
数瞬後には、淡が撃ち放った羽と地面が甲高い音を立てて接触する、そう思っていた。

だがその時、淡は見た。

咲が、ニヤリと笑うのを。

「ーーーーーふっ!」

ーーカラン

淡が気が付いた時には、羽は淡の背後に落ちていた。咲は淡に背を向けた状態で真横に両手を広げたままの姿勢で停止している。
外野から見ていたメンバーには、何が起きたのかよく分かった。

「なんですか今の⁉︎」
「咲ちゃん凄かったじぇ!」

そう、咲はあのダンクスマッシュを返してみせたのだ。それも遠心力を利用してスマッシュそのものを無効化。そして、スマッシュを打った直後の者が反応出来ないのを見越してのロブショット。それを淡の方を見ることもなくやってのけた。

「あ、あれは⁉︎」
「照、お前なんか知ってるのか?」
「うん。あれは宮永家秘伝の書、『テニスの王女様』に収録されている伝説の技、『()落とし』!!!」
『な、なんだってー!』
「おい!いくらオマケだからって巫山戯過ぎだろ!勝手に変な設定加えるんじゃない!」
「菫、意味不明なこと言わないで」
「お前が意味不明なこと言ってるんだろッ⁉︎」

菫のツッコミが虚しく響き渡った。

とりあえず決着が付いたことには変わりない。
呆然と固まった淡に、今まで見たことがないくらいニヤニヤした咲が、油性マジック片手に近づいている。

「さって〜♪淡ちゃ〜〜ん♪お顔塗り塗りしましょうね〜〜〜〜〜♪」
「……くっ」

屈辱を受け入れる覚悟が決まったようだ。
それを見て咲はマジックのキャップを開け、淡の右頬に一文字書き始めた。

「塗〜〜り塗り〜っ♪塗〜〜り塗り〜っ♪」

超楽しそうだった。
咲は、繰り返し形作るように文字を書いているため、出来上がった文字はまるで筆で書いたかのようになっている。

「出来たーっ!」

一声上げて完成。

「お姉ちゃん鏡だしてー」
「んっ」

淡の前に照魔鏡が現れた。

「なんでお前の鏡普通に出てきてるんだよッ⁉︎」
「今日は元日だから」
「なんでもアリだなおいっ!」

映し出された淡の顔。
そこには右頬に達筆で『泡』の一文字が書いてあった。
淡の額に青筋が浮かんだのは言うまでもない。

「次は左頬に『姫』だねっ♪」
「コロス」

キレた淡は止まらない。
その後も、勝負を重ねていった。


****


一言で言えば、悲惨だった。

ーーーーー淡が。

咲はあの後も、照曰く伝説の技を繰り出しまくっていた。

()返し!」
○○(白龍)!」
○○○○(ヘカトンケイル)の門番!」
()花火!」
「破滅への○○○(ロンド)!」
○○○○○(サイクロン)スマッシュ!」
○○○○(サムライ)ドライブ!」

一回目を含めて計八回。
淡は全て負けていた。
六回目くらいから、淡は半泣き状態だったが、咲の「自分から挑んで逃げるなんて、淡ちゃんは泣き虫で弱虫なんだねっ♪」という挑発を受け流すことが出来ず、ダラダラと続けた結果こうなっていた。
そして、淡の顔に刻まれた文字も計八文字。
おでこに『泣』『き』『虫』の三文字。
右頬に『泡』、左頬に『姫』。
右頬下に『ち』、口下に『ゃ』、左頬下に『ん』。

全部合わせて『泣き虫泡姫ちゃん』。

鬼畜の所業だった。

「あっハハハハハハはははははっ!!!淡ちゃんちょー可愛いよーっ(笑)写メ撮っておこっ。ねぇ、今どんな気持ちー?ねぇねぇどんな気持ちー?アハハハハハハッ!!!」
「……ぅ、うえっ……ぐす……」

悪魔がそこにいた。

「……照、お前はあの悪魔の形をした妹をなんとかしろ。それ以外のメンバーは私含めて全力で淡を慰めろ。いいな?」
『……異議なし』
「……じゃあ、取りかかれ」

ーー謹賀新年

皆さんは心地よいスタートを切ってください。


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6-7

 〜東四局〜

 東 永水 109600 親

 南 宮守 110100

 西 姫松  89200

 北 清澄  91100

 

(宮永さんもこわいけどー、相変わらずの絶一門。この状態は終わらないんだー……)

(一回和了っても終わるわけやないんか。……これずっと続くんか?)

 

 今度は筒子。

 どうやら前々局から続く絶一門に終わりはないようだ。それに対し、幾ら何でも非現実的過ぎると豊音も恭子もややげんなりしていた。

 更に前局の咲の様子から、きっと眠っていた化け物が動き出すと推測出来る。気が重すぎる懸念事項だ。

 

 そして、早速

 

「カン」

 

 咲が動き出した。

 

(清澄のカン……)

(ってことは……)

(嶺上開花?)

 

 三人はそう思っていたが、咲は嶺上牌をツモった後、それを手牌に加えた。どうやら和了り牌ではなかったらしい。

 だが、咲はここでは止まらなかった。

 

「リーチ」

 

(嶺上開花ではなく、リーチ?)

(ここに来てまたリーチやと……どういうつもりや清澄⁉︎)

 

 リーチすれば豊音に追っかけられて、先制リーチ者が豊音に振り込むことはもう証明されている事実だ。

 更に咲はその能力を手に入れていると思われている。逆に言うと、豊音に能力があることを確信しているはずなのだ。

 その状況でリーチするなど、はっきり言って、何を考えているのか全く理解出来ない。

 

 この場面で困るのは豊音であった。

 

(んー〜〜〜? ……とりあえず、まず一つ分かったことは、私の先負は奪われたわけじゃないってことかな?)

 

 豊音は聴牌出来ている。

 最初は、咲に能力が奪われたのだと思っていたため、それにはかなり安心していた。

 

(だけど、問題はこの後だよねー。どうしよう……仕掛けてもいいんだけど、何が起こるか分からないからなー)

 

 こんなことで悩むのは、今までの麻雀経験で初めてのことだ。その理由はこの展開で、自身の能力が通用しなかったことなどなかったから。

 

(……でも、試してみたい。私の《先負》が、本当に宮永さんに通用するのか)

 

 今日対面で対局している相手は、咲は、恐らく格上。あの《牌に愛された子》なのは間違いない。この状況で勝負に出ることはリスクがあり、中々の賭けになるだろうことも承知している。

 

(皆と少しでも一緒に遊んでいたい。この気持ちは本物。でも、自分の力を試してみたいっていう、この気持ちも本物)

 

 リスクと冒険を天秤にかける。

 決断は早かった。、

 

 ──《先負》

 先ずれば負ける。

 

「とおらば!リーチ!」

 

({二}、{五}、{八}、{1}、{4}待ちの五面張! さぁ、来い! 宮永咲!)

 

 豊音は咲を追いかけた。

 これを見て、恭子は冷静に場の状況を分析し始めた。

 

(宮守が追いかけた。今まで通りなら清澄が宮守に振り込むはずや。でも、そんな簡単にことが運ぶとは思えへん)

 

 能力を手に入れるまでしてのけたのだ。今まで通りなど、どうしても考えられない。

 流れに逆らうなどということは出来ないため、恭子と霞は大人しく場がどう動くかを見守ることにする。

 

(さぁ、どうなる?)

 

 咲は山から牌をツモる。

 咲以外からは当然見えないが、ツモった牌は{八}。豊音の和了り牌だ。

 同時に、咲にとっては槓材でもあった。

 

「もう一個、カン」

 

(暗槓っ⁉︎)

(そう来るんか!)

 

 リーチした状態でも暗槓は出来る。

 咲にとっては暗槓でも、明槓でも、加槓でも、槓さえ出来れば問題ない。

 咲が槓すれば、誰の手も届かない遥か高い場所で、嶺上の花は咲く。

 

 嶺上の白い花が舞い吹雪く。

 

(これが、天江さんを倒した、清澄の大将──)

 

 ──宮永咲っ!

 

「ツモ、嶺上開花。2000、4000です」

 

 豊音の《先負》を、無効化もせずに受け流した。

 これで分かったことは一つ。咲にはもう、《先負》は通用しない。

 ここまで綺麗に躱されたことは初めてで、豊音にとって厳しい現状ではあったが、それ以上に咲という実力者の存在に感動していた。

 

「はい!」

 

 大将・後半戦。

 対局は遂に、最後の南場へと突入する。

 

 

 〜南一局〜

 親:豊音

 

「ポン」

 

 咲が{中}をポン。

 普通の打ち手なら特におかしなことはないが、咲がすると違和感しかない。

 

(今度はポン? カンじゃないんだ……)

(何する気や清澄……)

 

「カン」

 

 霞は咲がツモった{中}を重ねて槓するのを見て、表情を硬くする。

 

(……やっぱり加槓もありなのね)

 

 考慮されてはいたが、実際やられるとなるとキツイものがあった。大明槓だけでも恐ろしいのに、ただのポンからも嶺上開花に派生するのは脅威的である。咲の能力の有能性が高さ伺える。

 

 この時点で、三人は嶺上開花で和了られると思っていたが、そうではなかった。

 咲は嶺上牌を手牌に加え、そのまま牌を捨てる。

 

(さっきもそうだったけど、嶺上牌で必ず和了る……というわけではないのね)

 

 当たり前のことなのだが、余りにも咲が異常過ぎてそのことに疑問を挟みこむことが出来ない。

 咲が和了っていないため対局は続くが、ここに来て更に妙なことが起きた。

 

「チー」

 

(宮永さんがチー?)

(それではカン出来ないはずなのに……)

(チーなんて、地区予選でもしてなかったはずや)

 

 三人にとって、不可思議なことばかりだが、咲は止まらない。

 

「カン」

「チー」

 

(おいおい、これは)

(これは宮守の……)

(今度は《友引》⁉︎)

 

「ぼっちじゃないよー」

 

 豊音と同様に、指で最後に残った牌を弄っている。闇の様に黒く、深い、異様なオーラを纏い、不気味な笑みを浮かべていた。

 

「お友達がきたよー」

 

 そのセリフと共に、咲はツモった牌を盲牌もせずに親指で上空へと弾き飛ばし、落ちてきたその牌を卓上へと叩きつけた。

 

「ツモ。2000、3900」

 

 どこかで見たような和了り方。

 それは清澄の中堅、竹井久のダイナミックな和了り方そっくりであった。

 

 この二局で視線はもう咲に釘付けになっている。しかし、それは決して驚き過ぎて見ているわけではなかった。

 

(また和了られた。しかも今度は裸単騎で地獄単騎)

(それにカンが入った分、有効牌を素早く引き入れることも可能になっとる)

(相手の捨て牌を利用して追加ドロー。しかも私の《友引》に地獄単騎まで。……やっぱりこの人、ちょーすごいよー)

 

 遂に、三人は異常過ぎるこの光景を冷静に分析するまでに至っていた。当然驚愕も含まれているが、もう咲はそういうものなんだと開き直ることにしたのだ。……きっと今ならこの三人は和などと仲良くなれるだろう。

 ただし、この成長が吉と出るか凶と出るかはまだ分からないが……。

 

 〜南二局〜

 親:恭子

 

 ──嶺上の花弁は舞い続ける。

 

「カン」

 

(またぁっ⁉︎)

 

 咲の暗槓。

 

「ツモ。2000、4000」

 

(今度は普通に嶺上開花──!)

(やりたい放題やないか……⁉︎)

 

 呼吸するかのように、嶺上開花を和了る咲。

 この大将戦、咲が和了ったのは全部で六回。前半戦は嶺上開花二回、後半戦は嶺上開花二回に豊音の《先負》に《友引》。

 恭子の思う通り、正にやりたい放題であった。

 

(こんの化け物……)

(これ以上は不味いなー)

(どうにかして止めないといけないのに……)

 

 残り二局。

 加えて、次の局の親番は要注意であった。

 

 

 〜南三局〜

 東 清澄 116000 親

 南 永水 101600

 西 宮守 101200

 北 姫松  81200

 

(清澄の親番。字牌での直撃に気を付けなきゃ)

(永水との点差はたったの400。とりあえずまくらないとねー)

(気付けばあと二局。うちは断トツでビリ。本格的にやばくなってきたわ)

 

 三位との点差はジャスト20000点。二位とは三位と400点差しかないため、どちらも点差は殆ど変わりはなかった。

 全員立場は違うが、やるべきことも三者変わらない。

 

 ──とにかく、咲が暴れる前に和了る!

 

(そうは言うても……)

(それが簡単に出来るのなら……)

(苦労しないよねー)

 

 咲の様子を伺う三人。

 当の咲は喜怒哀楽が全くない無表情。それに加え、瞳が閉ざられた目元が、前髪に隠れて影となっているため益々感情が掴めない。

 その表情を見て、豊音はあることを思い浮かべた。

 

(今の宮永さん、チャンピオンの宮永照さんにそっくりだなー)

 

 故郷に住んでいた頃、この舞台に憧れて長い間テレビにかじりついていた豊音は、全国大会で名を連ねる有名人に目がない。その中でも、全中覇者の原村和、《牌に愛された子》と称される永水の神代小蒔、龍門渕の天江衣、白糸台の宮永照などの選手には、完璧にファンとなっていた。それはもう、彼女たちの対局映像は穴が空くほど見てきたと豪語出来るくらいだ。

 そんな豊音だからこそ、今の咲がどれだけ照と似ているかよく分かる。

 

 そして豊音は知っていた。

 このような状態の照が、次にその目を開いたとき、必ず何かしらのアクションが起こることを。

 

 ──咲の瞳が開かれ、妖しく輝く。

 その瞬間、この空間を支配する、圧倒的なオーラが咲から解き放たれた。

 

(なっ……⁉︎ これっ……)

 

「カン」

 

 恭子の捨て牌を大明槓。

 全身から湧き上がる紅く暗く輝く恐ろしいオーラを纏ったまま、咲は嶺上牌へ手を伸ばす。

 その光景を咲以外の三人は、オーラに怯えてか、碌に動けず見守っていた。

 

 そして咲は、その嶺上牌を──盲牌すらすることなく河へと捨てた。

 

(えっ……⁉︎ 嶺上開花じゃなく……)

(ツモ切り──⁉︎)

(今まで感じたこともないようなプレッシャーだったのに、手牌にすら入れないなんて……)

 

 真正面から豊音を見る咲。

 そこにあったのは、もう同じヒトとは思えない化け物の姿。

 

(やっぱり、ちょー怖いんだけどー……)

 

 大将・後半戦は波乱を迎えていた。



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6-8

 咲の雰囲気が一変した後も、対局は進む。

 

(大明槓してツモ切り。和了るためでも手を進めるためでもないなんて。……それ以外の理由と言ったらドラを増やすことかしら?)

(カンドラ……?)

 

 槓することで得られるメリットなどそれしか浮かばない。霞と豊音は新たに増えたドラを気にするが、恭子だけは確信を持って違うと判断していた。

 

(……いや、狙いはドラやない。確かに清澄の宮永咲はカンでドラを乗せることもある。しかもカンした牌に乗ることが多い。だけど今回は違う。なぜならカンドラはうちの手牌に二つ乗ったからや。……だとしたら、考えるられるのはズラすこと)

 

 鳴いたことでツモの順番がズレれば、霞の能力に対応出来る可能性がある。今回、咲は恭子の捨て牌を大明槓しているため、絶一門状態からズレるのは霞と豊音。状態が変わらないのは恭子と咲だ。それをここに来て試しにやってみた、と言われた方がまだしっくりくる。

 

(……せやけど、本当にこれが狙いか? 清澄なら全て関係なく、捩伏せることも出来るんちゃうか?)

 

 その圧倒的な闘牌を見ている恭子からすると、今更こんな小細工を用いる必要があるとは思えなかった。

 確かにやってみる価値はある。

 でも無駄なことをする意味もない。

 しかも今は後半戦の南三局。あと二局で終わるこの場面で、トップの者がリスクを背負う理由など存在しないはずなのに。

 

 相変わらず、何を考えているのか分からない。

 

(まぁ、これが狙いやとすると、清澄は私のことなんて眼中にないんか……舐めた真似してくれるやないか)

 

 しかし、これは恭子にとってチャンスでもあった。

 何故かは分からないが、咲に和了る気配がない。霞と豊音は咲のせいで手の進みが遅くなっている。つまり、恭子が最も和了りに近いというわけだ。

 

 局が進み七巡目。

 恭子は高めの手を聴牌した。

 

(ほら見てみ清澄! 舐めたズラしするからこういうことになるんや!)

 

 起死回生の最後の機会。

 

(さぁ、来い!)

 

 そして、次順。

 恭子は盲牌して笑顔を浮かべた。

 

(引いたで!)

 

「ツモ! 4000、8000!」

 

 これに吃驚したのは霞と豊音だ。

 

(えっ……?)

(清澄じゃなくて……?)

 

 あの異常なオーラを解き放った咲が、まさか和了らないなんて思いもしていなかった。

 あれだけのアクションを見せたのに。今迄感じたこともない、超絶なる威圧感を発していたのに。

 

 ──……いや、これはやっぱりおかしい!

 

 違和感があるこの状況。

 その中でも豊音は確信を持っていた。

 これは絶対咲が仕組んだことなんだと。

 信頼、というわけではないが、そういう面においては咲の実力は認めざるおえない。

 だから状況を冷静に把握することから始めた。

 

(((……えっ?)))

 

 奇しくも咲以外の三人は、あることを見て、疑問と驚きの声を同時に心の中であげていた。

 

 

 〜南四局〜

 東 永水  97600 親

 南 宮守  97200

 西 姫松  97200

 北 清澄 108000

 

(3位が同点……)

(しかも2位とは400点差……)

(なんやこの接戦は……同点なんて初めて見たわ)

 

 ──三人は気付くのが遅すぎた。

 いや、これは仕方の無いことだったのだろう。気付く気付かないの問題ではない。また例え、気付いたところでどうこう出来る問題でもなかったのだ。

 

 なぜならそれは、全て、咲の手の平の上での出来事だったのだから。

 咲は最後の最後で、貫き通していた無表情を笑顔に変えた。

 

(これで、終局(フィニッシュ))

 

 ──もう何もかもが手遅れだった。

 

「ツモ。400、800です」

 

(((えっ……⁉︎)))

 

 対局の終わりは呆気なく訪れた。

 前代未聞の驚愕を残して。

 

 

****

 

 

『二回戦第三試合、決着!』

 

 ()()は、歓声が沸き起こった。

 ここはその対局が巨大スクリーンで中継されている会場である。この対局は注目校である永水、姫松という好カードだったため観客も多く、その分歓声も大きかった。

 

 ──だが、それから間もなくして。

 

 誰から、というわけではなく。

 会場の歓声は徐々に弱まり、やがて無くなった。

 

 興奮が収まり、声を上げることに飽きた、というわけではない。そんな単純な理由ではなかった。

 恐らくは、その会場にいる人々が示された結果を見て、急激に冷静になった。というより、あり得ない事態に思考が追いつかなくなった、と言うのが正しいかもしれない。

 

 結果

 清澄 109600

 永水  96800

 姫松  96800

 宮守  96800

 

『……えっ? これどういうことですか? というより、どうなるんですか?』

『……アンビリーバブルでーす。こんなのは初めて見ました』

『ぜ、前代未聞です! とんでもないことが起きてしまいました!』

 

 三校同点。

 この衝撃的事実に、会場のざわつきは消えることがなかった。

 

「わー! 凄い凄い! 咲凄ーい!」

 

 その中で、一人の少女だけが興奮しきっていた。

 一人はしゃいでいるその少女を見る会場の人々。そして、違う意味でまたざわめきが起こった。

 

「えっ? あれって……」

「天江衣⁉︎」

「天江衣って、昨年のMVPの?」

「あぁ、間違いない。龍門渕の天江衣だ!」

 

 そう、その少女は昨年全国に名を轟かせた《牌に愛された子》の一人である少女──天江衣であった。その周りには同じ龍門渕高校のメンバーもいる。

 

「見ろ、透華! 咲がやってくれたぞ!」

「え、えぇ。それは分かっていますわ。でも衣、貴方気付いていませんの?」

「何がだ?」

「だから、この結果ですわよ! ありえない事態ですわ! 三校同点なんて!」

 

 その言葉を聞いて、衣は益々不思議そうな顔した。

 

「だから言ったではないか、()()()()()()()()って」

「……衣、貴方何か知っていますの?」

 

 会話の食い違いに違和感を覚えた透華は衣に問い掛ける。この状況に些かも疑問を覚えていない衣は、絶対に何か知っていると推測したのだ。

 

「知ってるとは何のことだ?」

「ですから、宮永咲があんなことをした理由ですわよ。確かにあの子にはプラマイゼロなんていう理解不能な癖はありますし、今回もさり気なくやっていますが、あんなのは初めて見ましたわ」

「あぁ、そういうことか!」

 

 ようやく合点がいった、というように衣は顔を輝かせる。

 

「だって、あれは衣が頼んだことだもん!」

「……もう一回言ってくださいまし?」

「だから、あれは衣が頼んだことなのだ!」

 

 えっへん! と愉快なポーズをとる衣。

 それを見て頭痛がするのだろう。頭をおさえる透華だったが、聞き捨てならないセリフだったので改めて問う。

 

「衣、貴方一体何をお願いしましたの?」

「ん? 衣は只、咲に前代未聞なことをして衣を驚かせてくれと頼んだだけだぞ?」

 

 それを聞いて本格的に頭を抱える透華。

 つまり衣のお願いを聞いた咲は、あえてあんなことを仕出かしたということだ。普通なら万が一、いや億が一に起きた偶然と笑い飛ばすところだが、咲ならやりかねない。というより実際にやってみせたその手腕は、化け物を超えて最早神の領域に達している。

 自身の点数をプラマイゼロに調整することとは次元が違う。相手の点数を、それも三人同時に調整するなど、理解不能を超えて考えるのも馬鹿馬鹿しい。

 

 ──完全調整(パーフェクト・コントロール)

 

 咲はもう、ヒトのステージを捨てている。

 

「やっぱり咲は凄い! 本当に衣のお願いを叶えてくれた!」

 

 静まり返った会場で、衣の声だけが、大きく大きく響き渡っていた。

 

 

****

 

 

「……うーわ、やってくれたよサキ」

「……こんなの、あり得ていいのか?」

「いや、流石にこれは……」

「普通じゃないですね……」

 

 宿泊しているホテルで二回戦を観戦してた白糸台高校“チーム虎姫”の面々は、その結果に淡も、菫も、誠子も、尭深も思考を放棄していた。

 その中でただ一人、照だけが咲の行動の意味を悟っていた。

 

「これは咲の挑発」

「挑発?」

「多分だけど。自分があの時からどれだけ力を付けたかを、私たちに示したかったんだと思う」

 

 照の推測は概ね正しい。

 衣のお願いを叶えるという目的もあったが、咲にとって第一の目的は王者白糸台に、照に対して自身の力を見せ付けることだったのだ。

 

「そして、咲の狙いは唯一つ。私に『奥の手を披露しろ』ってことだと思う」

「……じゃあテル、アレを次に出すの?」

「本当は決勝までとっておくつもりだったけど、そこは監督と相談になるかな」

 

 お茶を飲み、お菓子を食べながらそんなことを言う照。全くというほど緊張感がない。てっきり戦闘態勢に入るかと思っていた淡だったが、今はお菓子優先らしい。今も口一杯にもきゅもきゅ食べてる。

 内心、ダメだコイツ、とか淡は思ってない。断じて思ってない。

 淡は話を戻すことにした。

 

「……にしてもサキやりすぎでしょ。というより、これどうなるの?」

「どうなるんだろうな……流石に私でも分からん」

 

 あの菫ですら歯切れ悪く答える。

 

「大会ルールではどうなってるんですか?」

「一応『同得点の場合は、順位は上家優先』とあるが、こんな慣例として入れられたルール、誰も想定していないだろう」

「でも、そのルールだと宮守ってところが勝ち?」

「いや、大将戦、若しくは先鋒戦開始時だとしたら永水になりますよね?」

「要するに、細かく取り決めされてないんだよ」

 

 そもそもとして、半荘十回を重ねた上で同点、それも三校同点などまず考慮に値しない。確率論的に言えば、天文学的確率になるだろうからだ。

 

「それにこれは高校生の全国大会だ。負ければ終わりのトーナメント戦なのに、そんな曖昧なルールで敗退など認められない、というのが心情だろう。

 更に言うなら麻雀自体が今の時代では注目競技、そして見世物でもある。高校生だからといっても照みたいなのもいるし、宮守に対して良い言い方ではないが、この対局には強豪校の姫松とシードの永水がいる。応援している観客も多いだろうから、そういう連中を納得させなければならない。きっと今頃、この事態に大会本部は大慌てだろうな」

 

 どう転ぶかが全く予想出来ない。

 それ程までに、これは異常事態なのだ。

 

「咲ちゃんは高校生麻雀史に名を残すだろうな。きっと春季大会では、ルールが追加改変されているぞ」

「……頑張れー淡ちゃーん」

「ちょっと尭深先輩⁉︎ 何その投げやり感ッ⁉︎」

 

 知らん顔で尭深はお茶を嗜んでいる。

 

「まぁ、今咲ちゃんのことを考えても仕方ない。明日の準決勝へ向けて今からミーティングだ」

 

 明日は準決勝第一試合。錚々たる高校がぶつかり合う。

 西東京代表、チャンピオン宮永照を擁する王者白糸台。

 北大阪代表、関西最強であり全国ランキング二位の千里山女子。

 福岡県代表、北九州最強との呼び声も高い新道寺女子。

 奈良県代表、十年振りの全国出場の阿知賀女子学院。

 

 全国一位と二位の正面衝突である。更に北九州最強に加え、実業団リーグで活躍してた者が率いる高校という、極めて好カードである四校が争うことになる。

 

 だが、淡からするとそれでも所詮、前座に過ぎない。

 本当の目的は決勝戦。そして、そこに来るであろう宮永咲唯一人。

 淡の瞳には、闘志の焔が燃え上がっていた。

 

「あぁ、明日勝てば、サキとまた打てる」

「その前に準決勝だ」

「分かってますよー」

 

 淡にはもう、過去にあった油断はない。

 今では頼れる先輩が如何に素晴らしいかも理解している。

 白糸台の覇道を邪魔する者は、全て叩き潰す。

 今の淡は、未来を見据えていた。

 

 ──勝つのは私たち、白糸台だ。

 

 




これにて二回戦終了です。
どうでしたか?
お楽しみ頂けたのなら幸いです。

実は、6-3の時点でフラグを一つ立てていたのですよ!
それが気になって下さった方は、ダイジェスト中の咲さんと、今回の菫さんの発言に注目です!

さて、ここで一つ無責任な問題が
永水、姫松、宮守
どこ上げようか……………………




次回
咲-Saki- 白糸台編 episode of side -S


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7-1

遂にお気に入り3000突破しましたー!
本当にありがとうございます!
これは連絡なんですが、活動報告にアンケートをやっています。興味ある方は是非ご参加下さい。

さて、今回ですが、完璧に繋ぎ回です。前回頑張り過ぎたためか、その、余り面白く出来てないかも……

言い訳無用ってね!はい、どうぞー!
いつかに言ったオマケもあるよ!


 

「こんなはずじゃ、なかったのに」

 

 準決勝第一試合当日。

 咲は宿泊先から会場に辿り着いた。

 これだけ聞くと、特別おかしなところはないように思われるが驚くなかれ、咲は一人で会場まで来たのだ。

 自分の脚で歩いて。

 電車を用いて。

 方向音痴なのに。方向音痴なのに!

 無事、一人で会場に辿り着いたのだ。

 だというのに、着いた先で問題が起きた。

 

「まさか、中継会場が分からなくて迷子になるとは……」

 

 時間は少し遡る。

 

 

****

 

 

「おはようございます、部長、染谷先輩」

「おはよう、咲」

「おはようさん」

 

 早朝、透華から授かった文明の利器である携帯電話で目覚ましをセットした咲は、既に制服に着替えている久とまこに挨拶を交わした。

 普段から朝食を作っている咲は朝は結構早い方だと自負していたのだが、この二人はそれ以上に早い。因みに、同級生である和と優希はまだ夢の中である。

 

「私服に着替えてるけど、咲は出掛けるのかしら?」

「はい、会場でお姉ちゃんの試合を見ようかと」

「大丈夫なんか? ちゃんと着けるんか?」

 

 まこの心配も当然だ。

 咲には前科がある。それもかなりの複数回ありその度に骨を折ってきた先輩としては、被害が出る前に止めようとするのが当たり前だった。

 そんなまこの心情は予想済みだったのだろう。咲はちょっとしたドヤ顔で答える。

 

「実はこの前一人で会場に行けたんですよ!」

「あぁ、そう思えば『散歩兼実験』なんて言って出掛けてたわね。会場に行っていたの?」

「はい」

「にしてもどうやって?」

「普通に電車とか使ってですよ?」

「いや、そりゃ無理じゃろ」

 

 ばっさりと咲の言を叩っ斬るまこ。咲の方向音痴に対するある意味の絶大な信頼のためから、咄嗟に出た言葉でもあった。

 苦笑いを浮かべる咲だったが、そこでネタばらしをする。

 

「実はですね、透華さんに仕えているハギヨシさんに『絶対に迷子にならない会場までの道筋』なるメモを作ってもらったんですよ」

「お前さんはあの執事さんに何やらせとるんじゃ……」

 

 まこは呆れ気味に言う。

 超スーパー万能執事ことハギヨシに、出来ないことなどないのだ。

 

「というわけで、行ってきますね」

「大丈夫だとは思うけど気を付けるのよ。あと携帯は絶対持って行きなさい」

「了解です」

 

 そうして、会場へと向かったのだ。

 

 

****

 

 

 そうして、咲は無事会場まで辿り着いた。

 その事実に若干浮かれていたからか、もう余裕でしょと適当に歩き回り、あれよあれよと言う間に会場内で迷子になった。馬鹿丸出しであった。

 

「まさかの展開……」

 

 全国一位と二位のぶつかり合い。恐らく会場の席がすぐ埋まることを見据えたため随分と余裕を持って来たのだが、このままでは座れない可能性もある。

 

「折角来たのに、これは帰った方がいいかな?」

 

 わざわざ私服で来たのにも理由がある。

 実験結果から、私服だと宮永咲とバレないということが判明したのだ。帽子を目深に被ることにより効果増大。元から見た目がまぁ地味だということもあって、ほぼ100%バレないのだ。

 

「まぁ、出口に着かないと帰れもしないんだけど」

 

 一難去ってまた一難。

 ぶっちゃけありえない。

 

 そういうわけで、咲は絶賛迷子中で会場を彷徨い歩いていた。

 時間的には、対局開始まで残り一時間くらいだろうか。半分以上諦めていた咲だったが、ここで転機がやって来た。

 

「あれ? あなたは……」

「えっ?」

 

 咲はある知り合いに話し掛けられたのだ。

 

 

****

 

 

「一応確認だ、照。奥の手は解禁してもいい、だが、()()()()()()()()()5()0()0()0()0()()()。それ以上になりそうなら降りる、いいな?」

「分かってる」

 

 白糸台高校控え室。

 準決勝開始直前、照と菫は最後の確認を行う打ち合わせを終えた。

 王者白糸台、先鋒は絶対的エース宮永照である。

 

「えぇー、50000も削ったら私の番まで回って来ないじゃーん」

「安心しろ。お前まで回すために50000で抑えてるんだ。本来なら、()()()()()はやろうと思えばもっと削れる」

「まぁ、そうだけどさー」

 

 菫は淡の文句を受け付けるつもりはないらしい。

 その後も各自対局相手の確認を行っていたが、暫くして控え室の扉が開かれた。

 

「皆、もうすぐだけど大丈夫?」

「えぇ、問題ないと思います」

 

 現れたのは白糸台高校麻雀部の監督である。強豪校の監督にしては威厳というものは余りなく、基本のほほんとした自由人だ。

 今回もちょっとした暴走したようだ。

 

「では、そんなあなた達にもっとやる気が出るだろうことをしたいと思います」

「何それッ!」

 

 この時点で菫には嫌な予感しかなかったのだが、淡は目を輝かせて意外と乗り気で食い付いた。きっと対局相手の研究に飽きてきていたのだろう。

 

「どうぞー」

「──おじゃましまーす」

 

 監督は扉に話し掛ける。正確に言うと扉の外にいるある人物にだが。

 現れたのは白糸台高校の制服を身に纏った一人の少女。ていうか、昨日の対局で前代未聞なあることをやらかした張本人、清澄高校大将──宮永咲その人だった。

 

「って、サキ⁉︎」

 

 淡のリアクションに満足気な笑顔を浮かべる監督。

 

「お久しぶりです、皆さん。今日は監督さんにお招きされて来ちゃいました」

 

 ぺっこりん、とお辞儀をする咲。

 

「久しぶりだね、咲」

「うん。そうだね、お姉ちゃん。まさかこんなところで会えるとは思ってなかったけど」

「それは私もだよ。その制服はどうしたの?」

「監督さんが部員の一人から借りたものだって。どう? 似合う?」

「うん、可愛いよ咲」

 

 ほのぼのとした姉妹の会話。

 

「ちょっと待ってよ! なんでいきなりほのぼのしてんの⁉︎」

 

 すっかりとツッコミが板に付いた淡。

 一瞥をくれてやる咲だったがそのまま無視。その他のメンバーへの挨拶を優先させていた。

 

「菫さんも尭深さんも誠子さんもお久しぶりです」

「私を無視すんなああああぁ!!」

「もう! キャンキャンキャンキャン五月蝿い! どうしてちゃんと躾けないのお姉ちゃん!」

「ごめんね咲。普段はもう少し大人しいんだけど」

「うがーッ!!!」

 

 犬扱いに淡はキレた。

 咲に向かって手加減なしの右ストレートを放とうとするが、残念ながら誠子に羽交い締めにされて止められてしまう。

 その後も咲は淡をおちょくりまくっていたのだが、それを見ている菫は段々胃が痛くなってくるのを感じていた。

 

「大丈夫なんですか監督?」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ弘世さん。もしバレた時はどうにかして誤魔化すわ」

「どうなっても知りませんよ……」

 

 菫の心労は溜まる一方だった。

 

 

****

 

 

「それじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃーい、テルー」

「お姉ちゃん、期待してるよー」

 

 対局開始30分前。

 照は少し早めに控え室を出て行った。

 対局前は対局室で読書をする。これが照の日課でもあり、リラックス方法でもあるらしいのだ。

 

「お姉ちゃんは奥の手使ってくれるかな?」

「使うってテルは言ってたよ」

「ホントですか菫さん?」

「恐らくな。私も許可してる」

「ここで私に確認しないあたり、ホントに腹立つよねサキは」

 

 暴力行為に出ることはなくなった淡だが、咲が来てからその額に青筋が浮かんでいないときはない。現在進行形でビキビキいっている。

 

「……照の奥の手は相当なもの、とだけ言っておくよ」

「それは楽しみです」

「特に今回は相手が相手だからねー。前見た時よりも更にスゴイよきっと!」

「淡ちゃんは見たことあるの?」

「まぁね」

 

(淡ちゃんの言い回しは妙だな。まるで対局相手によって凄さが変わるように聞こえる)

 

 咲は口に出すことなく淡の言動を分析する。まぁ、お披露目が決定しているのなら隠す必要もないのだろう。

 奥の手の内容は直に分かること。

 咲はそれよりも気になることが少しだけあった。

 

「相手が相手ねぇ。そう思えば、お姉ちゃんの対局相手はどんな打ち手なの?」

「サキ、知らないでここに来てたの?」

「うん、全く。興味なかったしね」

「その傲岸不遜な態度……流石サキだね」

「淡、その“傲岸不遜”の使い方は少し間違ってる。咲ちゃんは決して驕りたかぶって人を見下してるわけじゃない。ただただ性格が悪いだけだ」

「どんなフォローですか……」

 

 菫のその言い分には、咲も少なからず自覚があるため苦笑いだ。

 咲自身相手を見下してるわけではない。寧ろ目標達成に向けて全力で取り組んできた。ただその目標が非道であり、非情であり、無情であり、そして、えげつないだけなのだ。

 

「それで、相手はどんななの?」

「えぇー。教えてあげてもいいけどー、それなりの態度があるでしょー?」

「じゃあいいや。菫さん、相手はどんな打ち手なんですか?」

「少しは乗ってくれたっていいじゃんッ!」

 

 漫才のように繰り広げられる会話。

 お茶を飲みながら、その微笑ましい(笑)光景を見て尭深は、

 

(淡ちゃん可愛いなー)

 

 そんなことを思っていた。

 きっと淡は淡で、咲と仲良くなりたいと思っているのかもしれない。咲にその気があるかは大分怪しいが。

 

「私が教えてもいいが、丁度いい。淡がちゃんと研究してるかチェックするか」

「だって淡ちゃん。テストしてあげるから、早く教えて」

 

(くっそーコイツ。いつか絶対潰す)

 

 表面上はニコニコしながら、淡は復讐に燃える。

 何故咲はこんな上からなのか? とか、そもそも菫たちは咲に甘くない? とか、てか私の扱いが雑過ぎない? とか、淡には色々あるがこの場は我慢。いつか咲に勝利したあかつきには、ここぞとばかりにバカにしてやると心に決めてある。その思いをより深めることでストレス発散することにした。

 

「分かったよ、教えますよー」

 

 少々ふて腐りながら、渋々了承する。

 淡は一度頭の中の情報を整理し直してから話し始めた。

 

「まずは、全国2位の千里山女子だね。先鋒は三年生の園城寺怜。超強豪校の千里山で急に頭角を現した人。そのせいで公式戦データがあんまりないんだけど、今までの対局から推測すると十中八九能力者だね」

「淡ちゃん、推測とか出来るんだ」

「そこッ! 黙って聞くッ!」

「はーい。で、どんな能力持ちなの?」

「それがさー、信じられないんだけど、未来予知出来るっぽいんだよね」

「……は?」

 

 余りにも突拍子もないことを言う淡に、咲は一瞬、頭沸いたかコイツ? とまで思ったが、菫たちの無反応具合を見る限りおかしなことは言っていないのだと分かる。

 

「未来予知って、反則過ぎない?」

「うん。まぁ反則だけど、直に対局すれば私たちには大した相手にならないと思うよ。場の支配でゴリ押し出来るはずだから」

「……? そういうのも予知出来るんじゃないの?」

「うーん、完璧には分からないんだけど、一巡先までしか見えないらしいよ」

「ふーん。なるほどねー。随分面白い人がいるんだね」

 

 流石は全国2位の強豪校。化け物らしい能力者を備えているようだ。

 

「それで次は福岡の新道寺女子かな。先鋒は二年生の花田煌。通称すばらさん!」

「すばらさん?」

「スゴイ頻度で言うその人の口癖。麻雀には全く関係ないけど」

「ないんだ……。それで、その人は能力者なの?」

「牌譜だけだと全然能力者じゃないんだけど、テルが鏡で見たら能力者だったらしい」

「それは特殊な能力なの?」

「うん。正にテル専用みたいな能力だよ」

「お姉ちゃん専用?」

 

 あの照専用の能力。それは咲からしてみても欲しい能力だ。ぶっちゃけとても興味がある。

 

「そう。なんとそのすばらさんは《絶対に自分は飛ばないし、他家も飛ばない》って能力らしいよ」

「……それはまた、ある意味で凄いね。確かにお姉ちゃん専用の能力だ」

 

 照の一番恐ろしいのはなんといっても連続和了。和了る度に点数が上昇するその性質もタチが悪いし、親で連荘されると確実に点数を毟り取られる。

 照は基本脳筋なため、咲のように器用に直撃をとるなどの芸当は出来ないが、それでも削れる相手は遠慮なく削っていく。でも、飛ぶ心配がないのなら少しは気楽になるだろう。

 

「でしょ〜? はっきり言って捨て駒扱いだよ」

「でも、私は好きだよ。勝つためには手段を選ばないそのスタンス」

「良いこというじゃんサキ!」

 

 ──どうしてこう、魔物の会話は怖いのだろう?

 

 二人の会話を聞く上級生+監督はそんなことを思っていたが、魔物だから、という理由で納得していた。

 

「それで最後は阿知賀女子。先鋒は二年生の松実玄。この人も能力者で、能力は一目瞭然! ズバリ、ドラが超集まってくること」

「ドラ使いってことかな? 自分で言っててアレだけど、なんだこの日本語……。まぁ、使い方次第では凄く強いだろうね」

「それがそうでもなさそうなんだよ。見る限りデメリットとしてドラは捨てられないっぽいんだよね」

「何それカモじゃん」

「うん、カモ」

 

 うんうんと頷きあう二人。失礼すぎる。

 仮にも他校の、しかも上級生である相手を即座にカモ扱いするとは。この二人にとって対局相手は有象無象、カモ、面白い打ち手の三種類程度しか分類がないのかもしれない。

 

「とまぁこんな感じの能力者パラダイスな先鋒戦だよ」

「未来予知者に捨て駒にドラ使いに連続和了……うん、カオスだね」

 

 淡の解説も一通り終わったところで、時間も頃合いになってきた。

 備え付けられたテレビに映る対局室には、照を始めとした全対局メンバーが集まっている。

 

(楽しみにしてるよお姉ちゃん)

 

 ここで頑張ってという類の言葉が浮かんでこないあたり、照という打ち手がどのようなものかを示していると言えるだろう。

 だが、それも仕方ない。

 照が負けるとこなど、咲はおろか、対局を観戦している全ての人が、思ってもいないことなのだから。

 

 

****

 

 

 照は読んでいた本を閉じ、やって来た対局相手を確認する。

 千里山女子──園城寺怜。

 阿知賀女子──松実玄。

 新道寺女子──花田煌。

 

「皆さんお揃いですね。すばらです!」

 

 早速と言うのか、淡の言った通りの口癖を言って話し出したのは煌である。

 照としてはテンションが高くて中々着いていきにくい相手なのだが、そもそも着いていく必要もないと気付き最初は無視を決め込んでいた。

「宮永さんには二回戦でボッコボコにやられたけど、何にせよ、今日の日は負けませんよ!」

 

 煌の一番の長所はこの打たれ強さである。

 メンタルの面だけでいうなら、この大会の参加者の中でも頂点に君臨出来るだろう。それが実力と繋がるかは話が別になるのだが。

 

 そのまま場決めして、席に着こうとする照以外の三人だったが、ここで少し驚くことが起きた。

 

「花田煌さん、だよね?」

「は、はい! なんでしょうか宮永さん!」

 

 照が煌に話し掛けたのだ。

 寡黙で知られるあの宮永照が普通に会話する場面などは、公の場所では滅多に見られない。そのため、煌も予想外だったのか返事が上ずっていた。

 

「宮永さんだとややこしいから、私のことは照でいい」

「えっ?」

「だめ?」

「い、いえ! 全然! 寧ろ嬉しいくらいです! 私のことは是非煌と呼んで下さい!」

「分かった。よろしくね煌」

「よろしくお願いします、照さん!」

 

 この二人のやり取りに唖然としていたのは怜と玄だ。ちょっと……いや、かなり驚いているのが見て分かる。

 

「二人は初めましてだね。知ってるかもしれないけど、私は白糸台の宮永照です」

「は、はい! あ、阿知賀女子のまままま松実玄です! きょきょ今日はよろしくお願いします! わわわ私のことは、松実でも玄でも好きなように呼んで下さい!」

 

 玄はテンパり過ぎて大分おかしなことになっていた。

 玄の中で照はチャンピオンとか、恐ろしい人とか、ヒトでない化け物とか、とにかくそういう分類だったので、いきなりの会話に戸惑いまくっていたのだ。

 一方で怜は驚きはあったものの、そこは関西人のコミュ力の高さからか、調子を取り戻していた。

 

「なんや、聞いてた感じとえらい違うなー。まぁ、ええわ。私は千里山の園城寺怜や。ウチのことは怜でええで。ウチも照って呼んでええか?」

「うん、よろしく怜。玄もよろしくね」

「は、はい照さん!」

 

 対局前の自己紹介という珍しいことが起きたが、これから対局する相手であることには変わりなく、照も馴れ合うために自己紹介したわけではない。

 

「最初に言っておくことがある」

「……それは一体なんでしょうか?」

 

 代表して煌が聞く。

 

「この対局、序盤は三人にとって奇妙な展開になると思う。でも──」

 

 物理的に質量を持ったかのような威圧感がその場を襲う。

 

「──決して、油断しないように」

『……』

 

 それに対する返答はなく、沈黙が場を包んだ。

 

 各人席に着き、僅かな時間、自分だけの世界に入って集中を高める。

 そして、対局開始時間となり、ブザーの音が鳴り響く。

 

 全国大会準決勝第一試合が始まった。





すばらの能力はオリジナルです。
また、照の奥の手についてもオリジナルを考えてあります。こちらは予想しやすい能力になっているかもですが、出来たら感想欄では予想などは書かないで頂けると助かります。というか、照の能力アレしかないでしょ?てな感じです。

さて、オマケですが、前に言ったクロスを書いちゃいました(笑)凄く楽しかったです(笑)

興味がある方だけ読んで下さい。

オマケ:咲-Saki- も異世界から来るそうですよ?

春の陽気漂う、四月頃だった。
小川のほとりにある木陰で一人、宮永咲は本を読んでいた。

「んん〜とっ」

キリが良いところまで読み終えたため、固まった身体を伸ばす。随分と長い間座ったままの姿勢でいたせいか、思いの外それは気持ち良く、身体のコリが解れていくのを感じる。

「ふぅ。さて、何しようかな?」

咲は暇を持て余していた。
特にやりたいこともないまま高校へ進学。今も一応制服で身を包んではいるが、高校に行ってもどうせ得られるものなど何もないのは分かっている。それでは行く気などさらさら起きないのは自明であり、最近は本を読むことしか楽しみがない。
とりあえず帰るかと思い、読んでいた本を閉じようとしたが、それと同時に横薙ぎの強風が吹く。

「……ん?」

そして、その風と共に舞った一枚の封書が、不自然な軌道を描き、咲の持っている本へと栞のように挟まれた。

「…………なんだろう?」

余りにも不可解な現象だったが、それ以上に封書の方に興味が湧いた咲はそれを手に取る。
封書にはこう書かれていた。『宮永咲殿へ』と。
それ以外には何も書かれていない。
差出人の名前すらない。

風に乗ってやって来たその封書は、退屈し過ぎていた咲にとってそれなりに魅力的なものに見えた。

「……。暇潰しにはなるかな?」

やることもやるべきこともやりたいこともなかった咲は、迷うこともなく封を切ることにした。





『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。
その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、
己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、
我らの“箱庭”に来られたし』





ーーそれは突然のことだった。

先ほどまで座っていた地面は瓦解するように消滅し、そして、咲の視界が一斉に開かれる。

「えっ⁉︎」
「はっ?」
「わっ」
「きゃ!」

手紙の文章を読み終わった、と思った次の瞬間には、咲は上空4000mほどの位置に投げ出されていたのだ。

しかし、それは咲だけではなかったらしい。同じように投げ出されたであろう人物が、他に三人いることを視界の隅で捉える。あと猫もいた。
急転直下している割には冷静な自分に、咲は苦笑いを浮かべるが、今そんなことは茶飯事なため気にしない。
より情報を集めるため周りを見渡す。

広がる風景は今まで見たことのない壮大なものだった。
この世界の中心だろう場所に聳え立つ、天をも貫く光の柱。
その柱から円心状に建てられているのは、縮尺を見間違うほどの、巨大な天幕で覆われた数多の都市。
遥か遠くに見える地平線は、世界の果てとでも言えるような断崖絶壁。
眼下には、緑豊かな森林に川や滝、湖などの大自然。

明らかに、咲が元いた世界とは別世界の、完全無欠な異世界であった。

(……………………ここ何処?)

下から叩きつけるように襲ってくる空気抵抗の中、咲は冷静ではあったが状況がよく分かっていない。
手紙を読んだらあら異世界。
タチの悪い冗談でも、もう少しマシなのではないだろうか。
なんて考えてもいたが、とりあえず自分を含めた四人(+a)がピンチだということは理解出来た。このまま自由落下していくと、眼下にある湖に直撃。はっきり言ってこの高さから落ちたら、いくら水面とはいえ身体がバラバラになるのは確実だろう。
実は落下地点である湖上空に、緩衝材らしき水膜が用意されていたのだが、咲はそんな事情は知らない。まぁ、知っていたとしても大人しく水濡れになる選択肢もあり得なかったのだが。

咲は素早く言霊を呟く。

「上空にいる私たち四人と猫の“距離”をプラマイゼロに」
「はっ?」
「わっ」
「えっ?」

すると、先ほどまでそれなりの距離、離れていた四人と一匹が一瞬で一ヶ所に集まっていた。
その理解不能な事態に戸惑う咲以外の面々だったが、詳しく説明する時間がない。
咲は素早く、三人が触れられるように手を出す。

「手を出して」

咲のその言葉にやや訝しんでいた三人だったが、このままだと水濡れの未来になるのも理解していたようだ。咲の言葉に従い、四人の手が触れ合う(因みに猫はショートカットの女の子の頭にしがみ付いていた)。

上空1000m。

咲は一度だけ眼下を伺う。湖はそれなりに大きいが、比較的近くに陸地も見えた。
咲は手が触れていることを確かめ、再び呟く。

「“運動エネルギー”をプラマイゼロに」

上空で咲たちの身体が、慣性の法則を無視したかのように、しかも身体に負荷を掛けることなくピタリと止まる。しかし、まだ上空。数瞬後にはまた落下し始めるだろう。

咲は続けて呟く。

「“陸地との距離”をプラマイゼロに」

そうして、咲たち四人は無事、地へと脚を踏みしめるのであった。





水落危機一髪だったが、咲のおかげで全員無事、濡れることもなく地上へ降り立てた。

「大丈夫ですか?」
「えぇ、何が起きたのかよく分かってはいないけれど、貴方のおかげで助かったわ。それにしても信じられないわ!まさか問答無用で引き摺りこんだ挙句、空に放り出すなんて!」
「全くだ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

だが、それでも不満はタラタラだったようで、呼びつけただろう誰かさんへの罵詈雑言を吐き捨てていた。

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前たちにも変な手紙が?」
「そうだけど、まずは“オマエ”って呼び方を訂正して。わたしは久遠飛鳥よ。以後は気をつけて。それで、そこの猫を抱きかかえている貴方は?」
「…………春日部耀。以下同文」
「そう。よろしく春日部さん。それで私たちを助けてくれた貴方は?」
「私は咲、宮永咲です。とりあえずよろしくお願いします?」
「そこはとりあえずなのね。まぁ、いいわ。よろしくね宮永さん。それで最後に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」
「そう。取扱説明書をくれたら考えといてあげるわ、十六夜君」
「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

なんやかんやで、自己紹介が終わっていた。
そしたらもうやることがなく、手持ち無沙汰になってしまったのだが、暫く様子を伺っていても誰も出てこない。

「で、呼び出されたのはいいけど、なんで誰もいねぇんだよ」
「そうね、なんの説明もないままでは動きようがないもの」
「それじゃ、そこに隠れてる変なコスプレした人にでも聞く?」

咲のその台詞に、ギクッというリアクションが木の陰から聞こえた気がした。

「お前、気づいてたのか?というよりコスプレしてるって、お前、もしかして見えてるのか?」
「まぁ、ちょっとした手品みたいなものなのかな?」

そう言って咲は、顔の前に一瞬だけ手を翳し、それをどける。
そこには元のブラウンの瞳はなく、左右異色の、右の瞳が碧眼、左の瞳が灼眼へと変化した咲の姿があった。

「気にするほどのものでもないよ」
「……へぇ、面白いなお前」

十六夜は楽しそうに笑うが、目は笑っていない。好戦的な態度だ。

「えーと、逆廻くんも気付いてたんでしょ?」
「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?てか俺のことは十六夜でいい。そっちの二人も気づいてたんだろ?」
「当たり前じゃない」
「風上に立たれたら嫌でも分かる」

四人が四人とも、その人物が裏に隠れているだろう木を見つめる。やがて、何かを諦めたのだろう。超絶苦笑いを浮かべたヒトっぽい、ウサ耳を生やしたナニカが出て来た。

「や、やだなぁ御四人様。そんな狼みたいにーー」
「面白いこと考えた!」
「へっ?」

まさか、自身の台詞を遮られるとは思っていなかったのだろう。そのウサ耳の少女、黒ウサギは間抜けな声を発していた。

「なんだよ、宮永。面白いことって」
「うん、ちょっと皆耳貸して。あと私のことは咲でいいよ」

そう言って四人は内緒話をする。
黒ウサギに聞こえないように小声で話しているが、そのウサ耳は伊達ではない。聴力は人間を遥かに上回っているから、何を話しているか問題なく聞こえる。

「とりあえず囲もう。私に任せて」

(随分物騒なことを言いますね。あの御方、大人しそうに見えるのですが、とんだ問題児のようです。まぁ、他の方も大して変わりないでしょうが)

黒ウサギは冷静に判断を下す。
それに黒ウサギもそんな易々と捕まる気は毛頭ない。ここで主導権を握っておかないと、後々厄介なことになるのは間違いないからだ。
そのため、何が起きても対処出来るように、バレないくらいに身構えていたのだが、それは徒労となった。

「私たち四人と“あのウサギとの距離”をプラマイゼロに」
「……へっ⁉︎」

一瞬だった。
一瞬で黒ウサギは四方を囲まれていた。それも黒ウサギが四人の真ん中へと移動しているらしい。しかも何故か正座した状態で。
作戦が成功した四人だったが、その表情には喜びや嬉しさなどの正の感情は欠片もない。そこには理不尽な招集を諮った黒ウサギへの、殺気が籠もった冷ややかな視線しか存在しなかった。

「なんだコイツ?」
「ウサギ人間?」
「とりあえずこのウサギが犯人でしょ?」

さて、どうする?というアイコンタクトを交わす十六夜、飛鳥、咲の三人。その中でも耀だけは、黒ウサギに一歩近づきそして、

「えぃっ」
「フギャッ⁉︎」

そのウサ耳を鷲掴みした。

「ちょっ⁉︎いきなり黒ウサギの素敵耳を鷲掴みとは、一体どういう了見ですか⁉︎」
「好奇心の為せる技」
「えっ?これコスプレじゃなくて本物なの?」
「そうらしいな」
「……。じゃあ私も」
「それじゃあ俺も」
「ちょっ⁉︎お待ちを⁉︎」
「折角だから男子vs女子で綱引きならぬ耳引き勝負はどう?」
『乗った!』
「ちょっ!!??冗談でーー」
『せーのっ!』

声にならない黒ウサギの絶叫が、辺り一帯に木霊した。








アンケート参加含めて感想待ってます


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7-2

 

 〜東一局〜

 東 白糸台 100000 親

 南 新道寺 100000

 西 阿知賀 100000

 北 千里山 100000

 

(親は照さんからですか)

(照の親番からやと、少しだけ気が楽やわ)

 

 宮永照は最初の東一局は和了らない。

 これは全国的にも有名で、ほぼ全ての対局でそうなっていた。

 団体戦だと前半戦だけだが、その一局で照は相手を観察していると言われており、対局経験者は口を揃えてこう言っている。

 曰く、この間で自分の本質的なものを見抜かれている感覚がある、と。

 これこそ、照の全ての基盤となる能力──《照魔鏡》である。

 

 以上のような理由から、照以外の三人にとってこの一局だけが、少し無理してでも攻められる最初で最後のチャンスである。

 それでも、対局前に照が言っていた発言が気になるところではあった。

 

(和了らないって思いたいけど、さっき変なこと言ってたよね?)

(序盤は奇妙な展開になる、でしたっけ?)

 

 照の言う奇妙な展開というのが、どのようなものか定かではないため、どう転ぶかが予想出来ない。そのため玄と煌は自然と様子見状態となっていた。

 加えてこの場には怜もいる。照と比べるとやはり霞んでしまうところではあるが、怜も怜で化け物じみた能力を所有している。

 

 ──一巡先を見る者。

 それが全国2位、千里山女子のエース──園城寺怜だ。

 

(言っとった意味はよく分からんけど……)

 

「リーチ」

 

 リーチ棒を垂直に立てて立直宣言。

 

(──仕掛けんと、勝負にならんしな)

(園城寺さんの先制リーチ!)

(すばら!)

 

 怜のこの特徴的な立直宣言。この際にはあることが起きる。

 それは鳴いてズラすなどをしないとほぼ確実に起こり、これこそ、怜が一巡先を見る者として有名になったきっかけでもある。

 

 一巡後。

 怜の瞳が翠色に輝くと共に、リーチ棒が倒れた。

 

「ツモ。2000、4000」

 

 立直一発自摸。

 これが一巡先を見ることが出来る、怜だからこそ可能な芸当である。

 

(すばら!)

(園城寺さん、やっぱり強い)

 

 二回戦で一度対局経験がある玄にとって、怜の強さは嫌というほど理解していた。それでもやはり、簡単に止めることが出来ない。

 

 そしてこちらも重要だが、東一局、照は和了らなかった。

 ある意味でいつも通りの展開だが、それでも様子が気になる三人は照を盗み見る。

 そこには、不気味に輝くオーラを纏った照の姿。

 照の瞳が、大きく見開かれた。

 

 

****

 

 

「ふーーーん、なるほど。これが予知能力者で、こっちがドラ使いか。ホントにドラが集まるんだね。そしてお姉ちゃんは《照魔鏡》発動っと。ここまではまぁ、予定調和ってやつだね」

「ここまでは、ね」

 

 意味有りげに呟く淡。

 今まで通りの照ならここから連続和了が始まり、平気で六連続くらい和了り続けるはずだが、今回はきっと、何かが違うはずだ。

 それを楽しみに対局を観戦する咲だったが、もう既に知っている淡からすると、観てるだけというのは少し退屈だった。そのため、気になることを咲に聞く。

 

「ねぇねぇサキ」

「何?」

「始まったばっかであれだけど、サキはどこに決勝上がってきて欲しいの? 能力に関してはさっき言った通りだから、それを参考に」

「それを言ったら、上がって欲しくないところを残す気でしょ?」

「それもいいかなとは思ってる。でも残念だけど、私サキみたいに器用じゃないから正直メンドイ」

「うーん……。まぁ、いっか」

 

 咲は自分の考えを教えることに決めたようだ。

 

「はっきり言って、どこでも構わないかな」

「そうなの?」

「うん。まず予知能力者さんに関して言うなら、単純に優秀な能力だからお姉ちゃんを妨害するのに有効そう。ドラ使いさんなら、ドラを抱えてくれるだけでお姉ちゃんの妨害には十分役に立つ。すばらさんに関しては言わなくても分かるでしょ?」

「アハハ、確かにそうだね。この先鋒戦は面白い打ち手が多いから、そうなるか」

 

 淡は満足したように笑う。

 しかし、その笑みはどこかニヤニヤしてる。それは、これから何が起こるかが分かっている者特有の、嫌らしい笑みであった。

 

「サキ。今自分が言ったこと、ちゃんと覚えといてよね。また後で聞くから」

「……いいよ。楽しそうだし」

 

 挑発めいた淡の言葉に、咲も面白そうに笑みを浮かべながら応える。

 次同じ質問をされるのは、照の奥の手披露後だろう。その時、自身の考えがどうなるかは、まだ咲にも分からない。

 唯一つ分かる事といえば、この対局が、咲にとって楽しみなものだということだけだ。

 

 

****

 

 

 〜東二局〜

 親:新道寺

 

(さて、とりあえず和了れたんはええんやけど、問題はこの後や。さっきの感覚はセーラの言うてたやつやろか? ということは、もう見透かされてもうたんかな?)

 

 照の様子見は東一局だけ、というのが全国的な共通認識である。

 そのため怜の思う通り、問題はここから。この後、如何にして照の連続和了を止めるかが勝負の鍵となるだろう。

 

(でもそうなると、あの発言が凄く気になりますね)

 

 一度二回戦で対局している煌からすると、対局前の照の言葉は妙に気にかかる。

 

(二回戦と同様の展開なら、このあとはあの連続和了が始まるはずです。ですが照さんは、奇妙な展開になると仰りました)

 

 決して良いというわけではない頭で、照の言葉の真意を煌になりに考えてみる。

 

(こういうときは逆を考えれば分かるものです。なので奇妙ではない展開とは何か。それはズバリ、連続和了でしょう)

 

 照の代名詞と言える能力。そして、照を最強たらしめる能力でもある。

 煌からすると、奇妙でない展開はこれぐらいしか思い付かない。

 

(つまり奇妙な展開とは、照さんは連続和了をしないこと! もしこれが本当なら、私的にはすばらです!)

 

 煌の推測通りなら、それはもう都合が良い。自身が和了れなければ点数は増えないものの、削り取られる心配もなくなるからだ。

 煌のチームでの役割は点数をどれだけ多く残せるかである。

 

 煌は知っているのだ。

 部長は自分が照に対して勝てると思って送り出されたわけではないことを。元々負けることを前提にされていることを。

 

(しかし、そんなことは関係ありません!)

 

 ──捨てゴマ上等!

 ──チームの役に立てるのなら、何だってしてやりますよ!

 

(でしたらここは、攻めあるのみです!)

 

「リーチ!」

 

 煌が仕掛ける。

 

 これに対し、玄はどう動いていいか分からない。

 

(どうしよう……。ドラはちゃんと来てくれてるけど、まだ聴牌出来てないし。園城寺さんだけでも大変なのに、今日はもっと凄い照さんまで。鳴いて仕掛けた方がいいのかな……)

 

 一巡先を見る怜もそうだが、照の聴牌速度も異常であり、満貫までの平均は五・六巡。

 運の要素が強い麻雀でこの聴牌率はそれだけで脅威的である。玄がこの状況で和了りにいくとなると、鳴いて速攻を仕掛けるしかない。

 しかし鳴くのもリスクがある。手牌の数が減ればそれだけ振り込む可能性も増えるし、現に先日行われた二回戦では、ドラを捨てられないという弱点を怜に狙い撃ちにされている。

 

(……本当にどうしよう⁉︎)

 

 早くも切羽詰まっていた。

 

 そんな葛藤があることを知らない怜は、玄ではなく照の様子を伺っている。

 

(お手並み拝見といきたいんやけど、あの宣言も気になるなぁ。……とりあえず、無理のない程度に一巡先を見ながらやるしかないかぁ)

 

 自分の武器はそれしかない。ならばそれを最大限活用するまでだ。

 瞳を翠色に輝かせて一巡先の未来を見る。

 

(……えっ⁉︎)

 

 映し出されたその衝撃的未来に、思わず照の方を振り向いてしまった。

 

(嘘やろ⁉︎ あの照が……)

 

 怜にとってこの力が手に入ってから、見えた未来が嘘だと思ったのはこれが初めてのことだった。それ程までに見えた光景が信じられないものだったのだ。

 思うことは色々あったが、今見えた未来が本当なら怜に出来ることは無い。適当に振り込まない牌を捨てる。

 そして、怜の下家にいる照は牌を自摸り、その牌を盲牌すらせずに捨てた。

 

「ロ、ロンです! 立直一発で3900」

「……えっ⁉︎」

 

 慌てて和了ったのは煌、驚きの声を出したのは玄である。

 怜は予め見て知っていたので声を出すことはなかったが、心情としては玄や煌と同様のものだった。

 

 ──照が振り込んだ⁉︎

 

 準決勝第一試合先鋒戦は、早くも波乱の展開を広げていた。





アンケート沢山集まってちょーうれしいよー^_^
ただ一つ思いました。
みんな、姫松好きじゃないの……?
ここまで誰一人としていないという……。てっきり末原さん末原さんなると思っていたのですが、意外でした。
そしてそれに反比例するように、みんな豊音大好きですね!一番名指しが多いですから!
……《仏滅》
……《赤口》
…………………思い浮かばないよぉ。

あと、咲in問題児はリクエストがあったので、これとは別に連載として投稿しました!
続きも書いたので、興味がある方は是非ご覧になって下さい。この作品の咲さんの性格に慣れていると更に楽しめるかもです(笑)


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7-3

この阿知賀編ならぬ白糸台編、それなりに長くなりそうです。
今回

回収する気ないだろ!ってフラグを建てたよ!
マジオカルトな場面があるよ!
異色なオマケが二つあるよ!

の三本建てです。

……ここで一つ。
阿知賀編の主人公は(Futuristic Player)だと思う。



 

「チャ、チャンピオンの振り込み! 信じられません! 私、初めて見たかもしれません! ぶっちゃけ全然詳しくないけど!」

「ぶっちゃけすぎだよ⁉︎」

 

 実況ルームでは、実況兼アナウンサーである福与恒子と解説役であるプロ雀士の小鍛治健夜のほぼ素の会話が繰り広げられていた。

 相変わらずのテンションの高さに健夜が若干引き気味である。また誰もが疑問に思っていることだが、何故詳しくもないのに恒子が麻雀の実況者なのか……。

 まぁ今更過ぎるので、気にする人も殆どいなくなっていた。

 

「……ですがこの展開は私も初めて見ました。今までの宮永選手にはなかった出来事ですね」

「小鍛治プロ的にはどう思いますか?」

「そうですね……」

 

 健夜は少し目を細めて画面上の照の様子を伺う。

 

「はっきりとは分かりませんが、どうやら東一局で行った観察でしょうか? それを続行しているように見えます」

「あれ? それは東一局だけで済むものなのでは?」

「私もそう思っていたのですが……」

 

(観察というよりは、《照魔鏡》の連続発動が目的なのかな?)

 

 知人の話でしか聞いたことがなく、自身に経験がないため、照の《照魔鏡》がどの程度の性能なのかが健夜には詳細に理解しきれていない。

 それでも今までの対局から判断するに、相手の本質を見るだけなら一回の発動で事足りると推測出来る。

 

(それだと連続発動する意味がない。けど宮永さんがそんな無駄なことをするとは思えない)

 

 以前から興味を惹かれていた存在だったため、少し考え込んでいた。

 そんな健夜を、珍しそうに恒子が見ている。

 

「……小鍛治プロがそんな真剣な顔をしてるのって、珍しいですね?」

「えっ? そうかな?」

「うん。いつもはどこか達観した感じですから! 特に麻雀だと!」

「……そんなこと、ありませんよ」

 

 答えるまでに若干の間があったのは、きっと恒子の指摘通りだという実感があったからだろう。

 

(……そう思えば、麻雀で最後に真剣になったのはいつだろう?)

 

 前はもっと麻雀に真剣で、真摯に取り組んでいた。

 それなのに、気付けば恒子の言う通り、麻雀に対する熱が冷めていた。

 理由は一概には言えないが、恐らくは退屈してしまったのだ。

 張り合いのない麻雀に。

 自身と対等のプレイヤーがいないことに。

 

 ──つまらなかった。

 

 今では第一線から身を引き、地元のクラブチームで細々と打っている。

 そのためもう二度と、麻雀を打ち始めたころの情熱は取り戻せないと思っていた。

 

 それがこの大会で戻り始めている。

 

(もう一人の宮永、宮永咲選手も。彼女たちはきっと私と同類)

 

 ──照と咲、この二人と対局してみたい。

 自分の奥底からそんな気持ちが滲み出てくるのを感じていた。

 可能性という未来を想像するのは存外楽しく、密かに笑いそうになる。

 

(……いけないいけない。今は仕事中)

 

「……とりあえず、今はまだ分かりませんが、宮永選手がこのまま終わることはないでしょう。彼女はチャンピオンなんですから」

 

 気を取り直して解説に専念する健夜。

 だが数年来の友人である恒子からすると、普段とは全く異なる今の健夜は非常に興味深かった。

 

(本当に、こんなに楽しそうなすこやんを見たのは初めてだ)

 

「さぁ! 東二局! 新道寺の連荘です!」

 

 

****

 

 

 〜東二局・一本場〜

 東 新道寺 101900 親

 南 阿知賀  98000

 西 千里山 108000

 北 白糸台  92100

 

(お、思わず和了ってしまいましたが、これは……)

(……奇妙な展開ってこういうことなのかな?)

 

 忠告は受けていたが、それでも予想外な展開に煌と玄はやや動揺していた。

 煌は一応、照は和了らないのではないか? という予想は立てていたが、振り込むことまでは考慮していなかった。心情的にはまさかの展開である。

 

 それは怜も同じ思いではあったが、それ以上に気に掛かることが一つあった。

 

(……おかしい。またさっきの感覚。セーラの話では一回しか使わへんって言うてたのにな)

 

 照が煌に振り込んだ後、再び《照魔鏡》が使われていたのを感じ取った。

 煌はそういうオカルトを感じ取ることは出来ないが、怜と玄は違う。東一局でもあった、自身の何かが見られている感覚がまたあったのだ。

 玄は照との対局が今回が初であり、尚且つ情報もないため違和感をあまり感じていないようだが、怜からするとこれは間違いなくイレギュラーな事態である。

 

(……まぁ、何考えとるかなんて流石に分からんしな。でも嫌な予感がバリバリするわ)

 

 当初はお手並み拝見が目的だったのたが、この嵐の前の静けさというのか。様子見などして対局の流れを止めたら、取り返しのつかないことになる。そんな予感が怜の中にはあった。

 

(──よし。とりあえず、照の次の親を最速で流す)

 

 怜は目標を変えた。

 もちろん最高の形は千里山がトップでこの対局を終わらせることだが、怜は高望みをするのをやめた。

 残り三回ある照の親。その内一回をどうにか削り取る。

 この奇妙な展開が少しでも長引くことを祈りながら。

 

(ツモれるならば一番ええけど、速度を上げるとなるとやっぱり)

 

「ロン。2600の一本場は2900」

「は、はい」

 

(すまんな阿知賀──)

 

 再び《照魔鏡》が使われたのを感じた。

 

(のんびりは出来ないんや)

 

 

 〜東三局〜

 親:玄

 

(また園城寺さんに狙い撃ちされてる。これじゃ二回戦と変わらない。やっぱり鳴いて仕掛けないと)

 

「ポン!」

 

 ()()()()捨てられた役牌を鳴く。これで玄は形さえ出来れば和了れるようになった。

 玄にはドラが集まるため、例えクズ手だったとしても翻数を底上げ出来る。実際に手配には既にドラが三つあり、満貫が確定している状態だった。

 

(二回戦は上手くいかなかったけど、今度こそ!)

 

 玄は和了るのに必死だった。

 

 だからこそ気付かなかった。

 今の照の捨て牌の不自然さに。

 

 煌と怜は密かに照を盗み見る。

 

(このタイミングで生牌を切るなんて、初歩的なミスですね。まさか狙っていたんでしょうか?)

(絶対わざとやろ。勘弁してくれや)

 

 照程の実力者がするとは思えないミス。

 この違和感続きの対局から判断すると、これはミスではなく故意の可能性が極めて高いと二人は判断していた。

 

(ホンマ訳分からんな。まぁやることは変わらへんか)

 

 速攻で流すことを重点に置いている怜は、一巡先を見ながら聴牌を目指す。

 だが、その前に見覚えある光景が見えた。

 

(おいおいおいおい……)

 

「ロ、ロンです! 中、ドラ3で12000です!」

「はい」

 

(今度は阿知賀に振り込むんか⁉︎)

 

 驚くのも束の間、この対局四度目のあの感覚が怜を襲った。

 

(……これ、心臓に悪いわ)

 

 徐々に忍び寄ってくる、悪魔の足音が聞こえた気がした。

 

 

****

 

 

「ふーりこんだー」

「ふーりこんだー」

 

 白糸台高校控え室にて、咲と淡は存分にふざけていた。

 正確には、テレビ画面を偶に見ながらトランプで遊んでいた。

 咲は最初は真剣に見ていたのだが、淡の「多分、面白くなるのに結構時間掛かると思うよ?」という一言を聞いて、態度が適当になったのだ。

 そこで出てきたのが、監督が持っていたトランプ。

 暇していた淡は即座に食い付き、咲を挑発する形でゲームスタート。

 現在は行っているのは、

 

『スピード!』

 

 白熱していた。

 左手で束を持ち、右手を絶え間なく動かし続けている。

 

「はい、私の勝ちー」

「もう一回! サキもう一回やろ!」

「じゃあ次はポーカーにしよう!」

「いいね!」

 

((((…………あれ? この二人こんなに仲良かったっけ?))))

 

 思わぬ盛り上がりように内心疑問だらけの他四人だった。

 

「OK?」

「OK!」

『勝負!』

「フルハウス!」

「ロイヤルストレートフラッシュ!」

「ハァァァァァ!?!!」

 

『ツモ。2000、3900の一本場は2100、4000』

 

 淡の叫び声と同時に、画面上では千里山の園城寺怜が自摸和了り。

 対局が始まってから未だに照に動きはない。

 

(さっきから《照魔鏡》の連発。ホント、こんなお姉ちゃんは初めてだ)

 

「サキ! 次はブラック・ジャックで勝負!」

「……淡ちゃん、ブラック・ジャック知ってるの?」

「相変わらず私のこと見下し過ぎじゃない?!」

 

 一体何が起こるのか。

 それを楽しみに、片手間でトランプに興じることにした。

 

 ……因みに、運の要素が関わるゲームで、咲が敗北することはなかった。

 

 

****

 

 

 〜東四局〜

 親:千里山

 

(……さて、問題はここやな)

 

 怜の親番。

 通常ならクズ手でも和了りを目指すものだ。何故なら親なら連荘出来るからである。

 でも、今回に限って怜にそのつもりはない。照の親を流したい怜からすると、この局は自分以外の者が和了ってくれないと困るのだ。

 

(とは、言うてもな……)

 

 この場合、一番手っ取り早いのは怜が他家に差し込むことだ。

 だが怜としても無駄に点棒を減らしたくはないし、特に玄に振り込むことになったら一気に持ってかれる。

 そのため、怜にとってベストな選択は、煌の安手に差し込むこと。

 

(最善は諦めた方がええか……?)

 

 前途多難な現状に一息吐いていたところで、対局に動きがあった。

 

「ポン!」

 

 煌が速攻で鳴きにきたのだ。

 

「ポン!」

 

 それも二連続で。

 

(……これは都合がええな)

 

 玄がいることでドラを絡ませた役が作りにくいこの対局では、鳴くとほぼ必然的に安手になる。

 清一色だと流石に話は変わるが、見えている牌から判断してそれもない。

 

(……もしかして、わざと知らせてるんか?)

 

 怜は煌の顔を見てみた。

 ばっちりと目が合った。

 

「チー!」

 

(……やはり、私と同じ考えでしたか。照さんの親が怖いのは私が一番実感していますからね)

(ホンマ助かるわ。新道寺には感謝せなあかんな)

 

 初対面の他人とアイコンタクトに成功するという、極めて稀有なことが起きたが、形振り構っている暇はない。

 一巡先を見た上で、手牌から当たりそうな牌を捨てる。

 

「ロン。1300です」

 

 狙い通り煌の安手に差し込むことに成功した。

 この後が大きな分かれ道である。

 照が動くか、それとも動かないか。

 

(……さぁ)

(……どうなる)

 

 ……訪れたのは。

 先程と同様の感覚──だけだった。

 

 

****

 

 

「今の差し込みはファインプレーだね」

 

 散々でトランプで遊び倒した後、少しだけ真面目になった淡がもらした一言。

 淡が差し込みと断定した理由は単純で、一巡先が見える怜が振り込むことなどあり得ないからだ。

 

「そうなの?」

「うん。見た感じ、テルの親番にギリギリ間に合わなかったみたい。これは大きいよ。50,000ずつは削れないかもね」

「ふーん、意外とリスク大きいんだね」

 

 ここまで計六局。

 あの照の奥の手なのだから性能は飛びっきり優れているのだとしても、これでは少し時間が掛かり過ぎている。

 

「きっとテルもまだ慣れてないんだろうね。まぁ、使わなくても元々が強過ぎるってのもあるから」

「因みにアベレージはどのくらいかかるの?」

「私も一回くらいしか見たことないから断言出来ないけど、五局もあれば出来ると思ってた」

「なるほどね。どちらにせよ、個人戦ではそこまで怖くないことが分かっただけでも、私にとっては収穫だよ」

「……咲ならこの内に削りとれる?」

「断言は出来ないけどね。まぁ、リスクがあるのはお姉ちゃんも分かってると思うから、私には使わないと思う」

 

(ある意味では拍子抜けだけど……でも、お姉ちゃんのことだから、もう一つくらい見せてない技があるかも)

 

 咲はあり得そうなその可能性に期待することにした。

 だがその前に、照がこの後出すであろう奥の手を観察することが先である。

 

「ふふ、楽しみだな」

 

 一体どんなものが飛び出してくるのか。

 不敵な笑みを浮かべて、咲は画面に映る姉の姿を見つめていた。

 

 

****

 

 

 〜南一局〜

 東 白糸台   78000 親

 南 新道寺 101100

 西 阿知賀 103100

 北 千里山 117800

 

(……どうやら、賭けには勝ったっぽいな)

(そのようですね。一安心です)

 

 継続しているこの展開から、怜と煌はそう判断した。

 この局を乗り切りさえすれば、負担が大いに減ることだろう。

 

(油断は出来ひん。最速で和了りにいく)

 

「リーチ」

 

 リーチ棒を垂直に立てて立直宣言。

 一巡先を見た上での立直。邪魔さえ入らなければ一発自摸。

 

(頼むからじっとしてくれな、阿知賀)

 

 煌がこの和了りを邪魔するわけがないため、懸念事項は玄だけだ。

 玄とも出来れば協力関係を結びたいところではあるのだが、プレッシャーに弱いタイプなのか周りの状況を把握しきれていない節がある。

 怜は祈りような気持ちで対局を見守る。

 

 無事、怜の番まで回ってきた。

 

(──これで!)

 

「ツモ。1000、2000」

 

(照の親番をなが──)

 

 ──ギギギー

 

 怜の背中に悪寒が走った。

 対局開始前に感じた威圧感とは比較にならない程の恐怖。それに対して怜は、身が竦みそうになるのをなんとか堪えるのが限界だった。

 

(……な、なんや?)

 

 怜は全身の肌が粟立つのを感じながら照を、正確には照の背後を見た。確かに聞こえてくる、この、何か重たいものが軋みながら発する音源を。

 

 照の瞳が見開かれるのと同時にパリンッと照明が割れ、対局室が暗闇に包まれる。

 

「きゃっ⁉︎」

「何事ですか⁉︎」

 

 突然光を失ったことに慌てている玄と煌だが、今の怜にはその姿は目に映らなかった。

 

(……開く。照の背後で何かが)

 

 現れたのは、一際巨大な鏡。

 太陽の輝きを反射するそれは、四人を照らし出す。

 

 ──天岩戸(あまのいわと)が、今開かれた。

 

 

****

 

 

「うおっと⁉︎ て、停電です! ビックリしました!」

 

 中継ルームでもこの事態に驚きを隠せずにいた。

 現代社会で停電はそれほど頻繁に起きるものではないので、急に光を失うと慌てるのは当然のことだ。

 

 そんな状況にも関わらず、健夜は慌てることはなかった。

 しかしそれは冷静でいた、というわけではない。

 

(……そんな、まさか。あれはもしかして)

 

 健夜の目は照に釘付けになっている。

 

「……どうしたんですか、小鍛治プロ? さっきから固まってますが?」

「……動きますよ、この対局」

「……それはつまり、宮永選手がってことですか?」

「えぇ、間違いありません」

 

 健夜は断言した。

 その間に会場の照明が復帰されていく。停電も直り、対局室も白色電球の明かりに包まれた。

 

「さぁ! 小鍛治プロの言う通りなら遂に! 遂にチャンピオンが動きを見せるようです! 皆さん注目ですよ! 南二局開始です!」

 

 

****

 

 

 〜南二局〜

 親:煌

 

「リーチ」

 

(((…………えっ?)))

 

 リーチ棒を垂直に立てて立直宣言。

 怜、ではなく、照が。

 その行為は、今まで怜がしてきた光景を思い浮かばされた。

 

 それはつまり、一発自摸である。

 

(ま、まさかとは思いますが)

(これ、園城寺さんの……)

 

 煌と玄は半信半疑。

 だが、怜は違った。

 

(……冗談やろ。この一巡先の結果、まぐれとは思えへん)

 

 翠色に輝かせた瞳に映った未来には、信じたくはない光景があった。

 

「ツモ。立直、一発、自摸、一通。2000、4000」

 

(なっ……⁉︎)

(一発自摸……しかもいきなり満貫⁉︎)

 

 二人は動揺を隠せなかった。

 照の連続和了には幾つかの規則がある。

 一つは和了る度に点数が上昇していくというものだ。これが最も有名であり、尚且つ照が最強と言われている所以でもある。

 もう一つは、この連続和了が止められると、点数が低い状態からリセットされるというもの。継続するわけではなく、一時的に火力が収まる。

 

 これが、従来の連続和了だ。

 なのに今回の連続和了は満貫から始まった。

 まごう事なき異常事態である。

 

 更に加えて言うならば、今照は怜と同様の立直宣言をして一発自摸和了り。

 

(もし本当に、照にも一巡先が見えているのなら……)

 

 ──勝目なんてない。

 

 

 〜南三局〜

 親:玄

 

「リーチ」

 

 照、再びの立直宣言。

 しかも、リーチ棒を垂直に立てた上で、だ。

 

(……これはもう、あかんかも知れへん)

 

 照が一発で和了る未来。

 そして、その手牌にあるはずがないものまで映っていた。

 

「ツモ。立直、一発、自摸、ドラ3。3000、6000」

「…………えっ?」

 

 意識の外側にあったあり得ない光景に、玄は息の抜けた声を出す。

 

(……ど、どうして。どうして、照さんの、手牌に……ドラ、が……)

 

 ──全てのドラは玄に集まる。

 そう評された玄の場の支配。

 例え相手がどんな打ち手であっても、そこに例外はなかった。麻雀を初めて以来、玄と対局した者にドラが渡ったことはなかった。

 

 その事実が今、脆くも儚く崩れ去った。

 

(……これは、想定外過ぎますね)

(……ホンマどないしよう)

 

 照本来の圧倒的な聴牌速度と連続和了。

 一巡先を見る瞳。

 ドラが集約される場の支配。

 

 状況は絶望的であった。

 

 

****

 

 

 待ち侘びていた照の奥の手。

 それを見て咲は、焦燥しか感じていなかった。

 

(……ヤバい、この力はヤバすぎる)

 

 個人戦の心配はしていない。

 けれども、団体戦では脅威にしかならない。

 

(相手の能力を完璧に自分のものにするの……? 一発自摸だけなら私もブラフで出来る。でも、あの場でドラの支配は私でも奪えないはず)

 

 玄の場の支配は咲ですら対抗出来ない、それ程までの強さだと思っている。

 

(これがもし清澄にも使われたら、優希ちゃんのあの爆発力がお姉ちゃんのものに……)

 

「あれがテルの奥の手」

 

『リーチ』

 

 オーラスでも照は止まらない。

 リーチ棒を垂直に立てて立直宣言。

 

「《照魔鏡》で見て、映し、そして()()()()。……その鏡の名前は──」

 

 現れた巨大な鏡。

 全てを反射するそれは、神話では太陽神すらも映した神器。

 

 ──《八咫鏡(やたのかがみ)

 

『ツモ。4000、8000』

 

「ねぇ、サキ?」

 

 不敵な笑みを浮かべて、淡は咲に問う。

 

一巡先を見る能力(千里山)ドラが集まる能力(阿知賀)絶対飛ばない能力(新道寺)。サキはどこに上がってきてほしい?」

 

 咲はやっと、淡があの時浮かべていた嫌らしい笑みの真意を、理解出来たのだった。

 

 〜前半戦終了〜

 白糸台 112000

 千里山 108800

 阿知賀   90100

 新道寺  89100







Q.つまりギギギーってのは?

A.天岩戸が開く音じゃないの?

一応補足
《八咫鏡》は本作のオリジナルです。原作ではまだ明らかになっていないので、悪しからず。




……小鍛治プロのアレは出来心だったんですぅ。


全然関係ないですが、現在、『となりのヤングジャンプ』というサイトで、西尾維新さん原作の読み切りが幾つか公開されているのをご存知ですか?
その中でつい最近公開されたやつが、興味深く考えさせられるものだったので、ちょっとお巫山戯に。

前半のこのオマケはそれなりにホラー?世にも奇妙な物語?的な感じなのでタイトルでやばそうならバック推奨です。






オマケ:何までなら殺せる?

「ねぇねぇサキ? サキは何までなら殺せる?」
「……何? そのおっかない質問?」

唐突に問われたのは狂気すら感じられるような、猟奇的な質問だった。

「最近東京で流行ってるんだよ! 出処は良く知らないけど、友達から聞いたんだ」
「何それ怖い」
「それで、サキはどう?」
「いきなりそんなこと言われてもなぁ……」

流石に質問が質問なので、咄嗟には具体的な答えが出せない。

人間にとって『殺す』という命を奪う行為には、生理的な嫌悪感があるだろう。
蚊や蝿など一般に害虫と呼ばれる生き物なら、何も感じずに、むしろ明確な殺意を持って殺せる人も多いと思われるが、それ以外となると話が変わる。

その生物を殺せない理由として考えられるのは、生き物の種としての違いが一番の要因ではないだろうか?

先ほどの例を参考にするなら『虫』。
恐らく、これまでの人生で『虫』を一回も殺したことがない、という人はそうは居ないはずだ。直接手にかけたりしたことがなくとも、殺虫剤などは使ったことがある、という人はいるだろう。
次に殺せるのは『両生類』だろうか? もしかしたら『魚類』かもしれない。それとも『爬虫類』? 『鳥類』? 偏見かもしれないが『哺乳類』ではないだろう。

このように、殺せない生物には順位が存在するはずだ。

そして、その最上位に位置するのは、間違いなく『人間』だろう。

「やっぱり、一概には言えないよね」
「それは当たり前だよ。因みに淡ちゃんは?」
「私はとりあえずカならまぁ、って感じ」

華の女子高生の会話ではない。

「そもそも、なんで私に聞いたの?」
「いやぁ〜、サキは心に深い闇を抱えてそうだからどうなのかな〜って!」
「…………ふーん、じゃあ」

ーー試してみようか?

「…………えっ?」
「ここが公園で良かった」

そう言って咲は、偶々足元にいた『虫』を踏み潰した。

「『虫』は出来た」
「サ、サキ……?」
「次は……」

先の尖った木の枝を拾い溜池に向かう。
そこで見つけたカエルを突き刺し、ザリガニを捻じ切る。

「次は……」
「サ、サキ⁉︎ お願い落ち着いて!」

これまた偶々あった鉄パイプを手に茂みに入る。
そして、そこにいた野良猫を叩き付ける。

「サキ⁉︎ もうやめて‼︎」
「ーーそれじゃ最後は」

咲は淡に、その血だらけの武器を振りおーー





「嫌ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!!!!」

淡は飛び起きた。
全身汗でびっしょりになっている。
息も絶え絶え。

「………………………………夢かぁぁぁ」

最悪の目覚めだった。

「どうしたの、淡ちゃん?」
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!?」
「な、何⁉︎」
「……………いや、ゴメン。なんでもない」
「もう。お姉ちゃん起こしに来たら凄い声聞こえてビックリしたよ」

(……そう思えば、長野のサキの家に泊まりに来てたんだっけ)

あんな夢の後だったから、咲の姿に心底驚いてしまった。

(……とりあえず着替えよう)

汗で服が張り付いていて気持ち悪いことこの上ない。
咲が一度部屋を出て行った後に淡は着替える。本当はシャワーも浴びたかったのだが、自宅ではないので自重した。
時間も経ち冷静にもなってきたので、先ほどの悪夢を思う。

(心に深い闇を抱えているのは私かも……)

苦笑してしまった。
その後、咲が再び訪れた。

「あっ!そうだ、淡ちゃん。さっきテレビで凄いこと話してる番組があってね。淡ちゃんに聞きたいことがあったの」
「ん?なに?」

友達同士の微笑ましい会話のノリで先を促した。促してしまった。

「えっとね、淡ちゃん。淡ちゃんはーー」

ーー何までなら殺せる?









キチった咲さんと振り回される淡ちゃんが書きたかっただけです(笑)

因みに原作とは全然展開が違うので、興味を持った方はどうぞ検索してみて下さい。
個人的に一番お気に入りは、今月のジャンプスクエアに掲載されている
『友達いない同盟』
マジ面白かったです。

というわけでこちらも自分なりに再現してみました。原作とは出来るだけ違うネタを使ってますよ。
設定としては淡と咲が同じクラスいればそれでOK

オマケ:友達いない同盟

私の名前は大星淡。
私と隣の席のサキは『友達いない同盟』だよ。
英語の授業とか修学旅行の時とかの「はい、じゃあ二人組作ってー」という緊急事態の際は、お互いに助け合うことを約束してるんだ。

サキは言った。

「淡ちゃん。休み時間は二人でどーでもいい話をして切り抜けよう。それにその方が本物の友達っぽく見えるでしょ?」

いいねそれ! 採用だよ!

今日も今日とて『友達いない同盟』の関係維持のために、同盟相手のサキとどーでもいい話をしようと思う。

おはようの挨拶〜朝礼まで
『朝のニュース』
(大抵その日の朝に見たものが話題のきっかけになるよね!)

「おはよーサキ」
「おはよう淡ちゃん」
「サキ、サキは朝のニュース見た?」
「一応見てるには見てるよ」
「今日これから雪が降るんだって。しかも結構大雪らしいよ」
「ホント嫌になるよね。交通機関は止まるし歩き辛いし、何より革靴だと滑りやすくて」
「ホントそれ! あと滑るで思ったけど、サキはここ受験して来たんだよね?」
「当たり前だよ。何言ってるの淡ちゃん、頭大丈夫?」
「そこまで言われるとムカつくね。いやー私受験期の時さ思ったんだよね。クラスで騒いでる連中がさ「今日学校来るとき滑ったんだよね。なんか縁起悪い」とか言ってんの聞いて、その程度で揺らぐ気持ちなら受験なんてすんなって」
「それは良く分かるよ淡ちゃん。良くそんなことで一々騒げるなと日常的に思ってたよ」
「確かにね。しかもそういうの言ってるやつに限って無駄に成績いい奴がいるのがまた腹立つよ。何なのその私に構ってアピール。こっちは必死で勉強してるんだよ」
「あぁ、私もそんなことあったよ。まぁ、いざ受験が終わった時、その騒いでる連中の一人が落ちて超気まずくなってるの見るのは楽しかったな!」
「…………ゴメン、それはないわ」

サキの性格の悪さは神がかってると思う。

1時間目(国語)〜2時間目(社会)まで
『作者の気持ち』
(前にあった授業の内容に影響されるのって結構多いよね!)

「小説とかさ、ぶっちゃけ運ゲーの時あると思わない?」
「そうかなー? たとえばどんな時?」
「いや、よく問題であるじゃん。この時のこの人は一体どんな心情ですか? みたいなやつ。あれを見て私は思うんだよ。「そんなのこの問題考えたお前の気持ちだろ」って。それが自分の考えと違ってたら間違いとか理不尽過ぎない?」
「なるほど、一理あるね。普通の思考している人ならまだいいけど、偶に頭おかしい登場人物いるもんね」
「だよねぇ。ホントこんなの勉強して何になるの? 何なの? これからの人生で本を読む際、一々この時この人はこんな心情で、なんて考えると思ってんの?」
「それは愚痴っても仕方ないよ。所謂受験科目なんだから」

サキの正論にはぐうの音出ないよ。

「まぁ、いいんだけどね」

先程返された小テスト。92点。
ん? 出来ないなんて一言も言ってないよ?

「サキは何点だった?」
「100点」

私的に、高校の100点と小学校の100点には天と地以上の差があると思う。
あと、小説を日頃から読んでると小説の点数上がるよ。ラノベでも可。でもあまりに小説に慣れすぎると、その代わり評論が意味不明になるけどね。

2時間目(社会)〜3時間目(体育)まで
『最近のスポーツ事情』
(東京オリンピックが決まったし、知っておいて損はないでしょ!)

「淡ちゃん。次の体育なんだっけ?」
「えーと、確かバレーだと思う」
「えぇー、嫌だなー。レシーブとかすごく痛いじゃん。やってる人達はドMしかいないでしょ」
「サキー? その発言はかなり危険だよ? 一体どれだけの人を敵に回すと思ってるの?」
「あとは長距離走とかもだね。箱根駅伝なんてドMパラダイスだよ!」
「おい! やめろ! 別にあの人たちは拷問とかでやらされてるわけじゃないの!」
「私としては考えられないね。何が彼ら彼女らを支えているのか不思議でならないよ」
「それはあれじゃないの? スポーツマンシップとかそんなの?」
「スポーツマンシップねぇ。最近は聞くに堪えないニュースも多いけどね。なんだっけ? サッカー日本代表の監督が過去のなんたらでクビとか」
「あぁ、確かに」
「少し前には、未だに日本の国技なのかモンゴルの国技かよく分かってない相撲でも一悶着あったじゃん」
「あったねぇ、そんなこと」
「……スポーツマンシップ(笑)」
「だからやめろっての!」
「つまり世の中金なんだね!」
「いい加減にしろッ!」

サキの闇が深過ぎて偶に対処しきれません。誰か助けて!

昼食〜5時間目(理科)まで
『あれってどう思う?』
(ご飯食べてると自然と食べ物関係の話題になるよね!)

「サキ、サキは目玉焼きに何かける? 私は醤油!」
「ん? 私は塩胡椒だけど?」
「……なんだろう。なんかすごく負けた気がする」
「私は勝った気がする(笑)」
「ウザッ! まぁいいや。それで本題なんだけど、目玉焼きにソースかける人ってどう思う?」
「うーん……。かけた事ないから分からないんだよね。流石に食べたこともないものを一方的に批判は出来ないよ」
「それもそうだね。私もかけた事ないや」
「……それでも、合うとはあまり思えないけどね」
「そこは同感」
「まぁ、人様の趣味嗜好にとやかく言うつもりはないよ。そんな小さなことを気にするようじゃ、器が小さいとか言われかねないしね」
「……じゃああれは? ブラックコーヒー飲めない人に「お前ブラック飲めないのかよ(笑)」とか言うやつ」
「それはウザい」

その時のサキは殺意すら混ざった真顔でした。ヒィィィィィィィッ……⁉︎……超怖かった。

5時間目(理科)〜6時間目(数学)まで
『やぶへび』
(どーでもいい話題でも、ミスすることってあるよね!)

「そう思えばサキは授業中とかもよく本読んでるけど、そんなに面白いの?」
「……淡ちゃん。私、嫌いな人って一杯いるけど、その中でも二番目に嫌いな人を教えてあげる」

……あれ? 地雷踏んだ?

「私はね、大した興味もないくせに「ねぇ、何読んでるの? それ面白い?」って聞いてくる有象無象や淡ちゃんが二番目に大っ嫌いなの」
「正面切って言われた⁉︎ ゴメンってサキ。悪気はなかったんだよ」
「大体面白いかどうかなんて最後まで読まなきゃ分からないのにさ、それを途中で聞いてくるあいつら。何? 私は一度読んだ本を複数回に渡ってまで読む読書狂(ビブリオマニア)にでも見えるの? 暗記するレベルまで読み込んでる残念な人にでも見えるの?」
「……まさかの無視」
「しかもその後「どんな話なの?」って聞かれたから、真面目に説明してあげると「ふーん、そんなんなんだ」って、は? 何? 喧嘩売ってるの? 買うよ、私」
「……因みに一番嫌いな人って?」
「そんなの決まってるじゃん。公共の場で大声でネタバレを話す屑どもだよ。ホント彼奴は殺そうかと思った…………工藤」
「いやに名前が具体的だね⁉︎ もしかして経験談?」
「うん。列記とした(サイレン)の経験談だよ」
「ルビッ⁉︎ ルビがおかしい⁉︎ そしてそれはアウトォォォォォォォォ!?!!!」

幾らよくある名字であっても実名は控えようね。

放課後〜帰宅まで
『家に帰るまでが同盟』
(最後の最後まで続けますよ!)

後は帰るだけ。
でも、私たちの同盟は帰るまで続けるよ!
部活? 何それ美味しいの?

「サキ! この後行きつけの喫茶店に行く予定なんだけど、サキも行く?」
「……ゴメンね淡ちゃん。この後は予定が詰まってるんだ」
「そっか、それは残念だな」

というのは嘘だけどね。
そもそも行きつけの喫茶店など存在しないし。

「因みに、その予定って何?」
「そんなの決まってるじゃん」

サキはとてもいい笑顔を浮かべて言った。

「考えるんだよ。明日淡ちゃんと話すどーでもいいことを!」

私たち『友達いない同盟』は新規加入者を絶賛募集中だよ!
加入条件はたった二つ!
一つ、友達がいないこと!
一つ、友達にならないこと!

それじゃ、友達がいないみんな。また明日どーでもいい話でもしようね!


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7-4

 

 準決勝第一試合、前半戦終了。

 南場に入るまでは千里山の単独トップ、白糸台の一人沈みだったにも関わらず、たったの三局で形勢が逆転。

 終わってみれば一位に君臨したのは白糸台。

 

 この結果に、照はやや不満げだった。

 

(……思ったより時間が掛かった。親を二回流されるなんて、怜と煌にしてやられたな)

 

 席から立ち上がり、気分転換に対局室を出て暫し歩き回る。……決して中にいると気まずいからとかではない。

 しばらく歩を進めていたら自動販売機に辿り着いたので、ついでに好みの銘柄の紅茶を買って一休みすることにした。

 

(やっぱりまだ慣れてない。この《八咫鏡》、性能は良いのに使い勝手が悪い。これじゃあまだ、咲相手には使えないかな)

 

 複数回《照魔鏡》を使用しなければならず、今回のような団体戦なら絶大な効果を持つが、咲と当たるだろう個人戦では使いにくい。

 まぁ、元々の連続和了でも十分以上に戦えるため、そこまで心配いらないだろう。

 後々のことを考えるのも大事だが、今は目の前の対局と切り替える。

 

(……にしても、怜の力は凄いな。分かってはいたけど、ホントに未来が見えるとは。……自分の能力だけど《八咫鏡》おかしくない?)

 

 咲を倒すことを目的に強さを求め、気付いたら手にしたこの能力。対局相手が変わるまでは継続する、模倣の能力だ。しかも良いとこ取りというオマケ付き。

 最初に思ったのはこんなこと。私、鏡好きだなー。

 

(ドラも自然に入るようになったし、これで打点上昇させやすい。おまけに一発自摸。……目指せ17翻!)

 

 ──姉より優れた妹などいない!

 ──咲が衣相手に行った数え役満(オーバーキル)目標に頑張ろう!

 

 これこそ、咲に通ずる麻雀戦闘狂の血。

 意味不明な理論から、恐ろしい決意を密かに固める照だった。

 

 

****

 

 

「ん? なんか今、物凄く不躾なことを言われた気がする」

「何の話?」

「……いや、何にもないよ」

 

 白糸台高校控え室にて、天から聞こえた気がした声にちょっとキレ気味の咲だったが淡の言葉で正気に戻る。

 

「それでそれでサキー。どうなの、さっきの質問の回答は?」

「……そんなの、聞くまでもないでしょ」

 

 決まりきっている答えを言うのは尺だが、面白そうと言って淡の挑発のようなものに乗ったのは自分だ。

 ソファの背凭れに背中を預け、心底面倒そうに答える。

 

「どう考えても新道寺一択だよ。お姉ちゃん相手にあれほど有能な能力者はいない。阿知賀と千里山は能力は優秀だけど、コピーされるとなると話が別。この後の対局、あの三人はお気の毒でならないよ」

「今の照は恐らく今までのなかで最強だろうね。サキなら勝てる?」

「無理。未来が見えて、ドラが集約されて、連続和了? 何それ、絶望でしょ」

 

 言っていて再確認出来るが、本当にどう立ち向かえばいいのか。唯一の希望は飛び終了がないという点だけだ。まぁ、悲惨なことに変わりはないだろうが。

 個人で戦っていてはまず勝ち目はないだろう。前半戦でも自然と行われていたように、二人ないし三人で協力するのが絶対条件である。

 

 だがそれでも、かなりの点数が削り取られるはずだ。

 

「じゃあサキー。一番上がって欲しくないところはー?」

 

 現在、咲の優位に立てている淡はさぞ機嫌が良いのだろう。可愛らしい、嫌らしい、ウザったい笑みで咲をからかう様に問う。

 そんな淡を見て咲は極自然にイラッとしたため、淡の両頬をつねり弄りまくる。

 

「いひゃいいひゃいッ!」

「相手校の研究まで行うようになった今の淡ちゃんならぁ、どこか、なんて言わなくても分かるでしょー?」

阿知賀(あひひぁ)?」

「大・正・解!」

「あうッ⁉︎」

 

 バチンッと、引っ張りきった頬を放す。

 お陰様で淡は頬を抑え呻き声を上げながら蹲っているが、咲を含めたその場にいる全メンバーはそんな淡に見向きもしない。

 

「咲ちゃん。お茶淹れたから、良かったら飲んで?」

「ありがとうございます、尭深さん」

 

 尭深に淹れてもらったお茶を淡以外の全員で嗜む。

 

「あっ! 尭深先輩、私にもちょーだい!」

「はいはい。待っててね淡ちゃん」

 

 直ぐさま復活した淡もお茶を頂くことに。

 日頃の努力の賜物なのか、尭深の淹れてくれるお茶はとても美味しい。一口飲んで思わず感嘆するくらいに。

 大分気分がほっこりした咲は、淡の質問に丁寧に答えることにした。

 

「さっき言った通り、一番いらないのは阿知賀。前半戦見てれば分かる。あの人には柔軟性が圧倒的に足りない。臨機応変という言葉を知らないのか、ってくらいには。その点でも新道寺は一番魅力的だね。あの人が早くに動いてくれたからこそ、ある意味でお姉ちゃんに一矢報えたんだから」

「確かにー。新道寺と千里山がいなかったら、今頃もっと悲惨な点差になっただろうね」

 

 他人事だから今は呑気に過ごせるが、近い内に対局する羽目になるだろう咲はやはり少しゲッソリしている。

 

(四校合宿でいくら優希ちゃんを鍛えたって言っても、所詮私の連続和了だしなー。速さの点では大分魔改造に成功したとはいえ、《八咫鏡》状態のお姉ちゃんは分が悪すぎる)

 

 優希の東場の爆発力を手に入れた照なら、数え役満もあり得るだろう。

 

(デメリットも反射してくれるならありがたいけど、お姉ちゃんに限ってそれは期待出来ないなー)

 

「とりあえず、後半戦は出来る限り観察しないとね」

「テルの独壇場だよ?」

「知ってる」

 

 否定する必要すら感じなかった。

 

 

****

 

 

 対局室から照が出て行った後、他の三人は動かなかった。いや、正確には動けなかったと言う方が正しいかもしれない。

 怜としてはいつもより疲労はないのだが、そんなのを気にする余裕は全くなく、内心は焦りに焦って焦りまくっていた。

 

(………………どないするどないするどないする⁉︎ アレはヤバ過ぎる……。ウチのように一巡先が見えて、しかもドラまで。後半戦、何かしら対策立てへんとロクな結果にならへんぞ!)

 

 唯一真面に《八咫鏡》を見た怜だからこそ、その恐ろしさを感じ取れた。オカルトなんてものじゃ済まされない。

 

 あれは人では無い、神の領域に達したものだ。

 

(…………一回落ち着こう)

 

 どうやら想像以上に参っていたらしい。だがあまりにも頓珍漢なことを思ったお陰で、自分を立て直すことが出来た。深呼吸をして冷静さを取り戻し、周りを見渡す。直ぐ側には煌と玄の姿があった。

 煌はまだ目に闘志を宿したままの状態なので、心配は要らないだろう。

 

 問題は玄だ。

 目が完全に死んでいる。

 だが、それも仕方ないだろう。

 前半戦、決して悪いというわけでは無かったが良いわけでもない。

 極め付けはドラの支配が照に侵されたことだろう。あれで戦意を喪失してしまったのだ。無理もない。唯一絶対の自身の長所が呆気なく崩されたのだから。

 

(それでも、阿知賀にこのまま退場されたら困るんや)

 

 恐らく煌も気持ちは同じだろう。

 対局中のように顔を見ると、また目が合う。

 アイコンタクトで二人は頷きあい、玄に声を掛けることにした。

 

「あー、阿知賀。大丈夫か? 生きてるか?」

「確かに状況はすばらくないですが、諦めてしまうのはもっとすばらくないですよ!」

 

 なるべく優しく声を掛けた。

 こんな場面で追い討ちするような非道でもないので当たり前だ。きっとテンション上がりきった咲や淡でも、そんなことは自重するだろう。……もしかしたらしないかもしれないが。

 

「花田さん、園城寺さん……」

 

 お世辞にも上手いとは言えない二人の励ましで、なんとか復活する玄。

 それでも、状況が好転したわけではない。

 

「ウチのことは怜でええで」

「私のことも煌で構いませんよ」

「……すいません、迷惑掛けて。ありがとうございます、怜さん、煌さん。私のことは玄って呼んでください」

 

 対局前、照と交わした挨拶のように仲を深める。

 対局前はただの自己紹介だったが、今回は目的が違う。

 

 怜はある決意をした。

 

「ホンマはこういうの良くないと思うんやけど、今回は非常事態中の非常事態や」

 

 二人を真摯な瞳で見つめる怜。

 

「照には悪ぅ思うけど、他に手が無い。三人であの魔物を止めよう」

 

 ……反対の声は上がらなかった。

 それほどまでに切羽詰まった状況なのだ。

 

「あの、でも、それっていいんですか?」

「あまりに露骨なのはそりゃダメやろな。まぁ、事前に打ち合わせるくらいなら大丈夫やろ、多分、きっと」

「言い出しっぺの割にそこは適当ですね……」

 

 半眼で見てくる煌を、怜は見なかったことにした……というのもあれなので、自信満々に告げる。

 

「こまけぇこたぁいいんだよ(ドヤ顔)!」

「「………………………………」」

 

 ……………………………………。

 

 …………スベった。しかも無反応だ。

 どうやら、このシリアスな空気の中では大阪人のノリは通用しないらしい。

 怜はちょっとだけ泣きそうになった。

 

「…………とりあえず、まずは状況の確認や。知っとるとは思うんやけど、ウチは一巡先、未来が見える。逆に言うと、それ以外は大したこと出来ひん」

「……私はその、皆さんのような特殊な力などはありません」

「わ、私はその、ドラが沢山来ます。でも、それも照さんに少し取られてしまって……」

 

 怜は今の玄の発言に目敏く食い付いた。

 

「少し? っちゅうことは、玄もドラは持ってるんか?」

「はい。……いつもよりは少ないですが」

 

 これは貴重な情報だった。

 怜の力が失われていないことから推測出来たが、どうやら照は相手の能力を奪うものではないらしい。

 

「……ウチなりの見解やけど、照の力は対局相手の能力をコピーするもんや。だから照は一発自摸も出来るし、ドラも持ってた」

 

 それを聞いて、煌と玄は目を見張っていた。

 ある程度予想出来ることではあったが、そこはやはり信じられない気持ちの方が大きかったのだろう。理由は単純明快、そんなの、あまりにも非常識だからだ。

 しかし、これは只の確認作業である。この程度では状況の打破には繋がらない。

 怜はもう少し情報を集めることにした。

 

「玄、そのドラの支配って言うんか? それは故意にやってるものなんか?」

「……い、いえ。その、集まってきてくれるというか、その、兎に角、意識してやっているというのではないんです」

「そうか。それじゃあもう一個や。なんで玄はドラを捨てないんや? それは意識してやっとるやろ?」

「……ドラを捨てると、その後しばらく来なくなるんです。ある程度の局を重ねれば元通りになるんですが」

「やっぱり、そんなんやったか」

 

 予め調べていた結果から推測出来る内容と一致していた。まぁ、それくらいしか、理由が思い付かないのもあったが。

 

「照もそのデメリットを背負ってたら楽なんやけど、楽観視は出来ひんな」

「そうですね。照さんなら何でもありな気がします」

「煌もそう思うんか?」

「えぇ、一度対局しましたから。照さんの強さなら、この中で私が一番分かっています」

 

 煌は二回戦で照にボコボコにされている。それを踏まえての発言であろう。

 

「そうなると、ロクな対策が思い浮かばへんなぁ」

 

(やっぱ、使うしかなさそうやな……二巡先(ダブル))

 

 この瞬間、怜は倒れる覚悟まで決めた。

 

 今いるこの場所は、夢にまで見た全国の舞台。

 親友の清水谷竜華と江口セーラ、共に歩んできた仲間と競える、高校で最後の舞台。

 こんなところで終わらせるつもりなど、毛頭ない。

 

「煌、玄。実はウチな、やろうと思えば二巡先も見れるんや」

「えっ……⁉︎」

「そうなんですか⁉︎」

 

 怜の発言にこれまた驚く二人。

 一巡先でも十分詐欺っぽいのに、二巡先なんて間違いなく詐欺である。

 

「それはすばらですね! でも、今までどうして使わなかったんですか?」

「それがなぁ、メッチャ疲れんねんソレ」

「……だ、大丈夫なんですか? 怜さん、身体が弱いんじゃ」

「平気平気。仮病やから」

 

 これは嘘である。

 怜は仮病などではなく、正真正銘病弱である。病院に通い詰めの日々もあったし、一度は生死の境を彷徨った程だ。

 だが、ここでそれは言わない。言っても仕方が無いからだ。

 

「だから、予め決めるのは一つや。要するに、どのタイミングで仕掛けるか、や」

 

 これが一番大事であり、且つ難しい注文でもあった。

 今の照は正直おっかないを飛び越えて、最早どうしようもない。

 連続和了にもある程度法則があるのは知っているが、先程満貫から始まったのを見ると、怜たちが知らないこともまだまだありそうで怖い。もう本当に怖い。

 

「煌、二回戦の照の連続和了はどない感じやった?」

「はい。照さんの連続和了はそれはすばらなものでした。私の時は確か、最高八連続で倍満までいきました」

「……マジ引くわぁ〜」

 

 思わず本音が漏れてしまった。

 

「そんなんやから怪物とか言われんやろな」

「……怜さん。さっき自分で照さんのこと魔物って」

「気のせいや、玄。気にしたらあかんねん」

「……は、はい」

 

 大阪人特有の強い気迫に玄は押し負けた。

 

「……よし、決めた」

 

 煌の意見を参考に、怜は作戦を伝える。

 これが今出来る、最善の対策だった。

 

 

****

 

 

「準決勝第一試合先鋒後半戦! 起家は新道寺の花田煌!」

「宮永選手がラス親ですか……。これは後半戦、ちょっと……いや、かなり危険な配置になりましたね」

「と言いますと?」

 

 対局開始前、今は丁度場所決めを終えたところだ。

 その結果を見て、健夜はやや苦い顔をしている。それは白糸台以外の三校に対する、哀れみの表れでもあった。

 

「ラス親は宮永選手の連続和了が、最も効果的に機能すると言いますか」

「あぁ〜。理想的展開だと、三回和了して打点が上がってから親番が来ると」

「はい。しかもラス親ですから、それが二度も」

 

 実際に照は西東京の予選で一回、先鋒戦で対局相手を飛ばして終了させている。

 十万点を半荘二回で飛ばすなんて常識外れもいいところだが、照の連続和了はそれほどまでに強力なものなのだ。

 

(しかも、今の宮永さんは恐らく、一巡先が見えてドラが集まる。これはもう、どうしようもないですね……)

 

 健夜の見解も、殆ど咲と同様のものであった。

 

「小鍛治プロ的には、この対局はどうなると思いますか?」

「……正直に申し上げるなら、どこかが飛んで終わる可能性が高いと思います」

「……そんなに凄いんですか? チャンピオンの実力は? 全国の準決勝ですよ?」

「……可能性としては、の話ですよ」

「……その点も含めて、注目ですね!」

 

 対局選手が席に着いたのを見て、実況へと意識を切り替える。

 この後、健夜の言う通りの展開になるのか。はたまた、他の三校が意地を見せつけるのか。

 

「さぁ! 準決勝第一試合先鋒後半戦! スタートです!」

 

 ──それはまだ、誰にも分からない。

 

 






前回

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まさかのランキング1位(やったー!)

お気に入りも増えてる(ありがとうございます!)

なのにいつも以上に感想数が少ない

……………………………?

衣ーーー…なんか悪いことしたかな……(心当たりならあるwww)?

って気持ちでした。
……ギリギリアウト? でも削除とかされてないし……もうオマケやめた方がいいか? ……ちょー不安だよー……

精神安定剤も兼ねて沢山感想待ってます!……ホント待ってます!


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7-5

おっ待たせしましたー!
あと感想一杯きてちょーうれしかったよー!

ではどうぞ!


 

「一応確認や。三人で止めようとは言うたが、さっき玄の心配してた通り露骨なのはあかん。曲がりなりにもこれ、全国で放送されとるからな。そこは分かるな?」

 

 怜の言葉に頷く玄と煌。

 

「せやからうちは、例え照が一巡先に自摸ったり、誰かが振り込むことが見えたとしても、二人に気付かせたり悟らせたりさせへん。こうして事前に相談もしとるから、前半戦のようにアイコンタクトもせぇへん。それはええな?」

「……はい」

「まぁ、当然ですね」

 

 玄はアイコンタクトについてはよく分かっていなかったが、怜の言っていることは正しいと理解出来たので了解する。煌も異論はないようだ。

 怜の能力を用いればイカサマなど容易く出来る。音を立てたりハンドサインなどすればいいのだから、簡単であり且つバレにくい。その気になれば確実に実行可能であろう。

 まぁそんなことをする選択肢は万が一にも存在しないのだが、一応言及しておかないといけない点でもあった。疑いでも掛けられたら後々大変だからである。

 

「この打ち合わせの意義は主に二つや。一つは情報の共有。もう一つが、まぁ、覚悟を決めることやな。言わずもがな、今の照相手に最後まで打ち切るっていう覚悟や。大変やけど、三人皆で頑張ろうと思えば、勇気も湧いてくるやろ。……勝つのはともかくとしても、負けないための絶対条件や」

 

 「諦めたらそこで試合終了やで?」なんて、怜は(おど)けたように言う。

 その言い回しは二人も知ってるのか、自然と苦笑が浮かんできていた。そのお陰もあってか、緊張で張り巡らされていた空気が少しだけ和ぐ。

 

「後半戦、二人は自分がこれやと思う打ち方を続けてくれれば十分や。最後まで全力で、そして和了ることに弱気にならないでくれればそれでええ」

 

 麻雀は精神論などで片付くものではないが、スポーツと同様で戦意がある者とない者とでは当然に結果は変わる。目の前に絶望して何もかも諦めていたら、自身の手で勝利を掴み取ることなど出来るわけがない。

 当たり前だけど、重要なこと。

 ただ、皆が皆強いわけじゃない。だからこそ、仲間と共に頑張ろうという励ましの気持ちが大事になる。

 

 怜は一息入れて、心構えなどの前座から今後の話に切り替える。

 

「前置きが長くなったが本題や。うちが二巡先を見て仕掛けるタイミングやけどな……」

 

 ギリギリまで悩んだ結論を、怜は二人に告げた。

 

「照の親で三倍満以上や」

 

 これに対し、二人の表情が劇的に変化した。言わずもがな驚愕しているのである。

 怜は照に倍満まで和了られることを割り切っているのであり、それはつまり、倍満までは止められないと思っているということだ。

 

「……ば、倍満も止められないんですかね?」

「うちは難しいと思う」

「さ、三人がかりでもですか?」

「三人がかり言うても、最終的には個人プレーやしな。それに今の照はそれ程までにタチが悪いんや」

 

 怜の提案に対し、二人ともまだ納得しきれていないのだろう。表情から不安なのが手に取るように分かる。

 

 そんな空気を察してか怜は、

 

「突然やけど、問題や!」

 

 デデンッ! と、テンション上げ上げでクイズを出してみることにした。

 そんな怜を見て二人とも不気味なものを見た目をしているが、怜の精神はそんなものでは揺るがない。揺るがないったら揺るがない。若干泣きそうではあったけど。

 

「照が恐ろしい言われてる一番の所以はなんでしょうか? はい! 玄!」

「え⁉︎ えーと……それはやっぱり、連続和了じゃないですか?」

「正解や! じゃあ二問目。デデン! じゃあなんで照の連続和了は恐ろしいんでしょうか? はい! 煌!」

「私が思うに、あの和了率と打点上昇ですかね」

「またまた正解や! ……急にテンション上げんの疲れたわ」

 

 嫌な空気をぶち壊すことに成功したためか、怜はいつもの調子に戻る。

 一歩間違えれば情緒不安定な怪しい人だが、これが怜なりの気の使い方だった。個人的にお通夜みたいな空気が嫌いというのもあったのだがそれはそれとして。

 怜は話を戻す。

 

「煌の言う通り、照の恐ろしいところはあの和了率や。それで当たり前のことやけど、和了るためには聴牌せなあかん。まぁ照は聴牌速度も異常に早い。そして、その事実を支えている頭おかしい点が一つある。二人は分かるか?」

 

 頭を捻って考えてみる二人だが、直ぐには思い浮かばなかったらしい。派手なことに目が向きがちで、深く考慮したことがなかったのだろう。

 時間があるわけでもないので、怜は答えを言う。

 

「それはやな、照が引く有効牌の割合や」

「……そんなに凄いんですか?」

「凄いなんてもんやあらへん。千里山(うち)にな、そういう分析が大好物な見た目性格悪そうな後輩がおるんやけど、そいつに教えてもらったんや」

「……どのくらいなのでしょうか?」

「聞いて驚きの凡そ八割や」

「「なっ……⁉︎」」

 

 これには二人も言葉が出てこない。

 八割ということは、確率で言うと五回に一回しか無効牌が来ないということであり、麻雀においてこれは怜の言う通り頭がおかしい。

 

「打点が上がるにつれて、聴牌速度はそれなりに遅くはなるんやけど、それでもこれはヒドイ。……加えて今の照は恐らく一巡先が見えてドラが集まる。ぶっちゃけるなら、立直、一発、自摸、ドラ3くらいがほぼタダで手に入るのが今の照や」

「………………それは、もう、ヒドすぎますね」

 

 怜の説明で、ようやく倍満を止めるのが如何に難しいかが分かったようだ。自動的に六翻が手に入るなど、もうどうしようもない。

 

「せやから、うちが二巡先を見るのはその後になる。もちろん、それまでに邪魔出来るならするつもりやけど、期待薄やな」

 

 怜の言葉を聞いて二人の纏う空気がまた気落ちしたものとなる。

 

(……どう足掻いても空気が悪ぅなるな。これはもう仕方あらへんか)

 

 二人の気力を失わないように、なるべく明るい調子で話しているにも関わらず、先行きの不透明さがその努力を嘲笑うかのように無駄にする。

 それでも怜はめげない。

 二人の肩を叩き、気合を注入する。三人の中で唯一の三年生。今までは引っ張ってもらう側だったが、ここでは怜が二人を率いて進まなくてはならない。

 勝つためではなく、負けないための道を。

 それが最上級生としての義務と意地である。

 

「大丈夫や。一応照も人間。うちらが止められない道理はないやろ?」

 

 遠回しに化け物呼ばわりされている照。事実、勇者三人(怜 玄 煌)にとって今から立ち向かう相手()は、魔王以外の何者でもないのだ。

 三人で頷き合い、手を合わせる。

 

「打倒、宮永照や! 気張っていくで!」

「「はい!」」

 

 少女たちの声が、対局室に響き渡った。

 

 

****

 

 

『ツモ。4000、8000』

『またまた宮永照!! ですが、小鍛治プロの予想が外れて初っ端からガンガン高い手で攻めています! これはどういうことなんでしょう?』

『……正直に申し上げると分かりません。何か別の狙いがあるのだとは思いますが、何を考えているのかはちょっと……』

 

「それで、なんでお姉ちゃんは今更になって手加減してるの?」

 

 咲は実況を聞き流しながら、疑問に思ったことを淡に聞く。

 咲が手加減と断じた理由は健夜と同様の理由である。照の連続和了は性質上ラス親が最も効果的なのに、今の照はそれを度外視して序盤から高火力で和了り続けているからだ。

 基本的に絶対攻撃主義という超脳筋スタイルの照だが、自身の長所を理解すらしていないなんてことは流石にあり得ない。

 

「別に手加減はしてないよー。手心を加えてるだけで」

「どうして? 《八咫鏡》にはそういう縛りがあるの?」

「いや、多分ないけど。……あれ? 言ってなかったっけ? この先鋒戦、テルが削っていいのは各校50000までって制限付けてるんだよ」

「…………あぁ、そういうこと」

 

 咲は大凡の戦略が推測出来た。

 一応これはまだ準決勝。恐らく決勝のために大将戦まで対局して、相手の実力を直に感じ取るためとかだろう。確かに作戦としては理にかなっていると言える。

 

「それにしても規格外だね。さて、どこまでいくのかな?」

「三倍満はいくでしょ。数えはどうかなー? ちょっと際どいって感じじゃない?」

「今のお姉ちゃんなら押し切れそうな気もするけどね。見た事ないからあれだけど、数えまでいったらどうなるんだろう? 」

「ダブル役満はなしだから、まぁそのまま継続でしょ」

「こっわ」

 

 咲ですら素直に怖いと思うのだ。対局している当人たちは堪ったものじゃないだろう。

 それでも、画面に映る照以外の三人に諦めの表情は浮かんでいない。後半戦始まってからも積極的に攻めの姿勢であり、偶にだが鳴いて照の自摸番を飛ばすこともあった。

その程度で和了れなくなる照ではないが、その根性ともいえる粘り強さは評価に値する。

 

 だが、このままではジリ貧であることも確かであった。

 

(鍵はやっぱり、千里山の未来視さんかな?)

 

 次は照の親番。

 子の三局で既に倍満まで加速している連続和了。次くるのは恐らく三倍満。

 これ以上は致命的のはずだ。動き出すならこのタイミングしかない。

 そして、その役目は怜しかいないだろう。見る限りだが、玄と煌は手札をもう出し切っている。この状況でまだ隠している切り札があるのなら、ここで勝負に出るしかない。

 

(存在するかも定かでない奇跡に縋る……か。状況は絶望的だね。お姉ちゃん相手に一矢報いるか、それとも儚く散るか。個人的には前者希望だけど結構厳しいだろうなぁ。まぁ、この対局が貴重なサンプルであることに変わりはない、か)

 

 咲にとって三人が照に太刀打ち出来るか否かは大した問題ではない。

 一矢報いることが可能ならそれは参考になるし、また例え不可能だったとしてもそれならそれで対策を立てれば良いだけの話。この対局を観察することにおける、実質的なデメリットというものは存在しないのである。

 ただ本音を言えば置き土産くらいは欲しい。それこそ、三人(勇者)の結束が(魔王)を貫く一筋の光となるような。

 そんな未来を咲は願う。

 

(さぁ、どうなるかな……?)

 

 画面の中で、照が賽をまわした。

 

 

****

 

 

 〜東四局〜

 白糸台 148000 東

 新道寺  78100 南

 千里山   96800 西

 阿知賀  77100 北

 

 照の親番、しかも事前の打ち合わせにあったシチュエーションであった。

 

 次にくるのは最低でも三倍満。

 場の、とりわけ照以外の三人の緊張度が尋常でなく上がっていた。

 

(あっという間に三倍満……)

(怜さんの言う通り、結局止められませんでしたね)

(さぁ、遂にきたで。思っとったよりずっと早いけど、これはこれで有り難い)

 

 怜には照が何を考えているかなどさっぱり分からないが、初っ端から高火力だったのは幸運だった。何がどうであれ、倍満までは手の出しようがないこの状況では、少しでも削られる点は少ない方がいい。

 

(──ここで止める!)

 

 気持ちを落ち着かせ、気合を入れるために怜は一度深呼吸をする。

 これから行うのは通常の未来視ではない。一巡先をさらに超えたその先を見る怜の奥の手。怜自身の負荷が大きく、親友からは二度と使わないようにと忠告された禁断の業。

 

(──ダブル! 二巡先や!)

 

 映る光景が加速する。

 翠色のグラデーション掛かったその光景は未来を映したもの。それも今までより更に先の二巡先の未来。

 有能性は絶大。

 しかし、伴う反動もそれ相応のもの。

 根刮ぎ削られる体力気力。

 頭に走る痛み。

 朧げに霞む視界。

 薄れそうになる意識。

 

 怜はそれらリスクを乗り越えて、一歩前に進んだのだ。

 

(……見えた、けど。……やっぱり、キッツイなぁ。連発は……そう何度も使えなさそうや)

 

 震える手を牌に伸ばす。

 その明らかに状態が一変した怜を見て、玄と煌も何があったのか察した。

 怜が仕掛けたことを。

 掛かる負担を承知で、それでも、躊躇わずに先陣を切ってくれたことを。

 

(私たちも──!)

(頑張らなければいけませんね──!)

 

 頼ってばかりでは駄目だ。

 足手まといなどにはならない。

 玄と煌にも再び闘志が戻ってきた。やれることを全力で、最後まで諦めずに対局し続けてやるという、強い気迫が感じられた。

 

 その後七、八巡は特に大きな動きも無く、静かに対局が進んでいった。

 怜も使い所を間違えないように二巡先(ダブル)を使用している。

 

(まだ、大丈夫そう……か?)

 

 照の動向は常に注視して観察していた。

 この巡目でも照は立直を掛けてこないのは知っていた。ただ四巡ほど前に、端に寄せてある四つの牌に一度手を掛けていたのが気にはなったが、集中力が散漫になってきてるのか熟考まではしなかった。

 

「ポン」

 

(これで……聴牌)

 

 照の連続和了が始まってから、今回やっと聴牌まで漕ぎ着けた。あとはこれが照より先に和了れるかどうかだった。

 

「ポン!」

 

 煌が照の自摸番を減らすように鳴いた。恐らく、煌は全力でサポートに回ることにしたのだろう。後半戦が始まってから副露することが急激に増えている。

 玄も玄で頑張ってくれている。涙さえ浮かべていた前半戦終了後に比べれば、格段の進歩だった。

 三人で協力して照を止める。

 同様の目的で挑んだこの局。

 

 ──だからこそ、怜はここで和了っておきたかった。

 

「カン」

 

(((……カン?)))

 

 照の暗槓。

 怜は二巡先(ダブル)連発後だったため、この巡目を見ていなかった。正確には、見る気力が失われていたのだが、これは所詮言い訳に過ぎないのだろう。

 

(……そう言えば、天江衣を倒した長野代表の大将が照の親族っぽいって噂があったなぁ)

 

 なんて呑気なことを考えていたが、突如目の前から襲ってくるプレッシャーが急激に跳ね上がった。

 同時に照の瞳が見開かれ、更に左腕で雀卓の右角を掴み取る。

 右手には台風を纏っているのかと思う程の風が生まれ、振動が音となり空間を震わせる。

 それを感じた怜は最悪な可能性に思い至った。

 

 ──いや、そんなまさか。

 あり得ないとは思うが、いや、あり得て堪るかと気持ちが否定する。

 

 それでも。

 

(……確か名前は、宮永咲。そして、得意技が──)

 

 ──嶺上開花

 

「ツモ」

「「「…………えっ?」」」

 

 照が今ツモったのは嶺上牌。それで和了ったということは……。

 

「自摸、混一、ダブ東、嶺上開花、ドラ5。12000オール」

 

 対局室に嶺上の花が舞い散った。

 

 

****

 

 

「テ……テルが嶺上開花ッ⁉︎」

「……へぇ、成る程。そんなことも出来るんだね」

「何? サキは何か分かったの?」

「多分ね」

 

 照は嶺上開花を故意に和了ることは出来ない。

 それは今までの対局からも分かることであるし、何より咲以外にそんな理不尽な所業が出来たら堪ったものじゃない。

 

「この局の中盤で、お姉ちゃんが槓材に手を掛けてたのに気付いてた?」

「それはまぁ。動作が結構不自然だったから目に付いたよ」

「きっとその時に見たんだよ。もしカンしたらどうなるかっていう未来を」

「なっ……⁉︎ そういうことか!」

 

 その未来を見たことにより嶺上牌を事前に把握出来た。嶺上牌さえ分かっているのなら、その待ちに寄せていくことも理論上では可能である。

 普通はまず出来る芸当ではないのだが、照ならば出来てしまうと思えるのだから怖い。

 

「流石はテルと言ったところかな?」

「これは流石とかいうレベルを超えてるでしょ。嶺上開花なんて、滅多に和了れないんだよ?」

 

(((((お前が言うなっ!)))))

 

 淡を含めた白糸台メンバー全員心の中でツッコんでいた。

 そんな心情も露知らず、咲は咲で対局を見詰める。

 

(さぁ、どうするのかな三人は)

 

 ここで挫けて負けてしまうか。

 それとも踏ん張って尚一歩先へ進むか。

 

 運命を切り拓くのは、どんな時も勇気ある者の一振りだ。

 

 

****

 

 

 〜東四局・一本場〜

 親:照

 

(……想定外過ぎるなぁ。嶺上開花って……ホンマかいな。やっぱり……清澄の大将と親族で、間違いないやろ)

 

 息も切れ切れな状態では思考も儘ならない。それでも、考えることをやめてはお終いである。

 怜は深く深く息を吸い、呼吸を整えて状況を整理する。

 

(二巡先(ダブル)でも、太刀打ち出来ひんか……、いや、連発を躊躇ったんがいけなかったんかな? ……どっちもか)

 

 照の三倍満を止めることは不可能だったが、それでも先の対局から得た教訓もあった。

 

 照相手には一瞬の油断も命取りになる。

 

 躊躇っては駄目だ。

 油断も許されない。

 

(……やってやろうやないか)

 

「──ハハッ」

 

 怜は軽く笑みをこぼした。

 彼女を見て、玄と煌がギョッとしたような表情を浮かべている。

 それも仕方ないだろう。

 状況は絶望的。

 精一杯止めるつもりだったのに、それすら出来なかった。

 普通なら諦めてしまうようなそんな中で。

 それでも怜は笑ってみせたのだ。

 

(まだや……まだ終わってへん)

 

 まだ、対局は終わってない。

 まだ、誰も飛んでない。

 ここで諦めるなんて──あり得ない!

 

 ──ぶっ倒れるまで、とことん全力を尽くしてみようやないか!

 

(──トリプル! 三巡先や‼︎)

 

 一巡先の先、更にその先へと加速する未来。

 怜の中で何かが(ひび)割れ、音を立てて崩れていくのを感じた。





ただでさえ時間がない→観るアニメを厳選しなければ!→とりあえず東京喰種√Aは観るでしょ!→ヒナミちゃん可愛い!→ヒナミちゃんちょーかわいいよー!→ヒナミちゃんマジ天使‼︎→衝動的に東京喰種のssを書いてしまった→……あっ、時間ないんだった→咲咲ー→……おかしい。展開は決まってるのに、全然文章で表現出来ない…………→ヒナミちゃん可愛いなー→あと加藤(冴えない彼女(ヒロイン)の育て方)も可愛い!→結論、木曜日が楽しみ過ぎて生きるのがぐへぇ

という理由で遅くなりました。テヘペロッ(ごめんなさい)!

咲「せめて散り様で(わたし)を興じさせてよ……雑種」

って台詞を入れたかったけど流石に無理でした(笑)

感想待ってます!


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7-6

この作品はアレですね。
後先考えずに書き続けた結果、咲と照のパワーインフレがヒドイことになっているので、それに伴い周りの面子も引かれるように強くなっていきます(笑)
そうでもしないとこの二人を止められないから仕方ないですね(言い訳)!
あと、個人的にウジウジしたりとか嫌いなせいで、基本俺tueee! がポリシーなのです!
咲さんサイッコー!!

前置きが長くなりました。続きです!


 

 〜東四局・一本場〜

 白糸台 184000 東

 新道寺  66100 南

 千里山  84800 西

 阿知賀   65100 北

 

 この局が開始されてから、玄はずっと自身を責めて続けていた。

 

(私はなんて情けないんだろう。一回挫いたからってすぐ諦めようとして……!)

 

 照の三倍満を防ぐことが出来なかった先程の局で、また玄は弱気になってしまっていた。もしもそのままであったなら、前半戦終了間際のような悲惨な状態になっていただろう。

 それが元に戻ったのは怜のお陰だった。

 怜があの時こぼした笑みが、玄が再び闘志を燃やすきっかけになったのだ。

 玄にはあれが空元気だとは分かっていた。それでも、あの笑みから怜が何を思っているかくらいは伝わった。

 

 怜はまだ、この対局を諦めても、投げ出してもいないことを。

 

(怜さんがこんなに頑張ってくれているのに、私はまだ何も出来てない……!)

 

 見るからに様子がおかしいことからも、相当無理をしているのだと分かる。それなのに玄は力になってあげることも、自身が照に立ち向かうことも出来ていなかった。

 そんな自分が情けなくて仕方がなかった。

 

(対局前に最後まで全力を尽くそうって約束したのに……!)

 

 ──もう二度と、弱気になんてならない!

 

(……考えなくちゃ。私にも出来ることを。絶対何かあるばすだから)

 

 怜のように何巡か先の未来なんて玄には見えないから、照より先んじて和了ることは実質難しい。

 また玄は照の上家にいるため、鳴くことによるメリットは少ない。その役目は自然と煌が担ってくれている。

 これ以外に玄でも貢献出来ることと言ったら、考えられるのは一つだった。

 

(……やっぱり私には、ドラしかない)

 

 唯一の長所にして、最大の能力。

 

(今までは無意識だった。なら、今度からは意識的にやってみよう)

 

 玄にとってドラは、来てくれるものだった。

 でも、それでは駄目なのだ。

 自分から呼び寄せるくらいしなければ、この場では役に立たない。役に立てない。

 

(照さんからでも奪い取れるくらい、強く!)

 

 玄は巷で言う《牌に愛された子》ではないのだろう。

 でも、ドラになら誰よりも愛されている。それこそ、照よりも愛されているはずである。

 なら後は玄がドラを想えば、きっとドラは応えてくれる。玄の元に集まってくれる。

 

(お願い! 来て!)

 

 ──この時、玄の強固な意志が、玄の能力を昇華させた。場の支配という形で。

 

 その気配を他の三人は感じ取った。

 玄から放たれる気迫にも似たオーラが、徐々にだが確実に増加している。

 今までの玄とは一線を画す存在感を発揮していた。

 

(玄さん、今のあなたはとてもすばらですよ!)

(……玄、踏ん張って……くれたか。照の……打点上昇を抑えるには、玄に……かかってるで)

 

 怜は霞む視界で玄を見詰める。

 能力を酷使し過ぎている代償は確かに大きい。それでも、この土壇場での玄の一段階飛んだ成長は、それを補って余りある価値があった。

 

(次……来るのは、数え役満……絶対にさせへん!)

 

 ──三巡先(トリプル)

 

 加速する未来。

 限界に近いのか、見える翠色の光景にはノイズが混ざり始めていた。もしかしたら、疾うに限界なんて超えているのかもしれない。

 しかし、ここで立ち止まることは許されない。

 

「ポン」

 

(……次は、煌が)

 

「ポン!」

 

 照の自摸番を確実に飛ばす煌。いくら照といえども、牌を引けなければ何も出来ない。

 鳴くことは可能だが、翻数が必要なこの局では鳴くに鳴けないだろう。元から役満である国士無双のようなものなら前提条件として鳴けない。また、鳴いて成立する役満は他家から読み易いことも、照の制約を強くしている。

 だから照は、自力で数え役満を和了にくると推測出来る。

 

「ポン!」

 

(照さんの下家に座ったものですからね……。私に出来ることはこの程度ですが、怜さんなら)

 

 煌は徹底的に鳴きにいく。

 自身の和了りを諦めたわけではないが、今はそれよりも優先すべきことがある。

 煌の狙いを把握している怜と玄は、照に振り込むことなく、且つ煌が鳴けるであろう牌を選んで捨てていく。

 

「ポン!」

 

 これで三副露。

 

「またまたポン!」

 

(……煌に……随分と無茶させてもうた。これが……せめてもの、お礼や……!)

 

 四副露。裸単騎になるまで鳴き続けた。

 玄の強化された場の支配により、照からドラを奪い返して翻数を上げにくくした。

 煌の尽力により、照の自摸番を複数回に渡って飛ばした。

 そして、怜は未来を見た上でそれを改変した。

 この三人の結束が、

 

「ロンです! 1300の一本場は1600!」

 

 遂に魔王の進撃を止めてみせた。

 

 

****

 

 

『新道寺の花田煌! 遂に! 遂に王者を止めることに成功しましたッ!!!』

 

「おぉ! 止めた止めた! 千里山の振り込みスゴーい!」

「………なるほどね。いくらお姉ちゃんといえども、数えは厳しいってことか」

「まあ、バッチリ染めてるけどね」

 

 淡の言うように照の手牌は既に二向聴。清一にドラを絡めた役作りをしていた。しかし今回はドラの集まりが悪くなったのか、思いのほか翻数が伸びていない。

 兎にも角にも、数え役満という最悪の結末を阻止することが出来たのは喜ばしいことであるだろう。

 

「でも、あと一回お姉ちゃんの親番が残ってるんだよね。……千里山の人、大丈夫かな?」

「なんか今にも倒れそうな感じだよね?」

「うん。ちょっと異常だよ、あの様子は」

 

 画面越しから見ても、怜の容態は相当悪いことが伺える。あれはただ麻雀を打っているだけでなるような状態ではない。明らかに身体に異常をきたしているのが判った。

 

「そのことなら恐らくだが……」

「菫さん、何か知っているんですか?」

「あぁ。千里山の園城寺は元から病弱らしくてな。一度、生死の境を彷徨ったことがあるらしい」

「……それ、大丈夫なんですか?」

「……大丈夫じゃないから、辛そうなんじゃないか」

 

 打つだけで辛いというのなら、いくら実力があろうともレギュラーに据えたりしないだろう。つまり、それだけが直接の原因ではないはず。考えられる理由としては……、

 

(一巡先を、未来を見る能力が原因か)

 

 咲はそう当たりを付けた。

 そして、今までより遥かに疲労しているその様子から、もう一点推測出来ることが存在した。

 

(きっと二巡先以上見れるんだ。但し、その代償に身体に負担が掛かるとかかな?)

 

 数少ない情報だけで的確に正解を導くこの洞察力こそ、咲の真骨頂である。一度対局を観戦した相手の情報なら、隠していない限り100%看過出来るのだから末恐ろしい。

 

「だとするとマズいですね。きっと千里山は、お姉ちゃんを止めるためにかなり無茶をしてるようです」

「だとしても、私たちにはどうしようもないよ?」

 

 淡の言うことは最もである。

 和了るために。勝つために。全力で挑むのは大会なのだから当たり前のことだ。それを止めることは、赤の他人はおろか身内でも許されない。

 

(でも、これで何かあったりしたら、間違いなくお姉ちゃんは責任を感じちゃうだろうな……)

 

 不器用でも優しい姉だ。そんな姉が咲は好きだし、尊敬している。ただ、麻雀のせいによる家族崩壊が、照の重荷になっていないとも限らない。

 だから咲は姉を思って一つ、ある決心をした。

 

(もしもの時は、一肌脱ぎますか)

 

「監督さん」

「何かしら?」

「お願いがあります」

 

 

****

 

 

 〜南一局〜

 新道寺  67700 東

 千里山  83200 南

 阿知賀  65100 西

 白糸台 184000 北

 

「ツモ。2000、4000」

 

(速い……!)

(やはり、この段階では止めることは出来ませんか……)

 

 照の親番を流すことには成功し数え役満の危機は去ったといえるが、それは所詮一時的なものに過ぎない。まだ対局は終わっていないのだから。

 確かに連続和了の性質上、打点上昇はリセットされている。しかし、打点が低くなった分和了りまでが速く、止めるのは容易ではない。事実この局は煌は鳴くことも出来ず、最短で照に和了られていた。

 

(それにしても、また満貫からですか。ありがたいことにはありがたいのですが……)

 

 煌は照の狙いが読めない。

 子で加速し、親番で大きなのを和了る方が確実に効率が良い。照だってそんなこと理解しているはずなのに、後半戦では二回とも満貫から連続和了が始まっている。

 

(………まぁ、分からないことを考えていても仕方ありませんね。今最も心配なのは……)

 

 煌は下家を盗み見る。

 

「……はぁ……、はぁ……すぅ〜、はぁ………」

 

(怜さん。明らかに様子がおかしいです)

(怜さん……)

 

 煌と同様に怜を見ていた玄も心配そうな眼差しをしている。二人がそうなるのも無理はなかった。

 息も絶え絶え。瞳は光を失ったかのように霞れており、生気が感じられない。頑強な意志だけで持ちこたえている、そのようにしか見えないのだ。

 動作にも冴えがなく、南二局を開始するために賽に手を伸ばしているが、その手は重りでも付けているかのようだった。指先は震えており、牌を自摸る際も時々零していることがある。

 局が始まってからも様子は変わらなかった。一つ一つの動作が遅く精密性にも欠ける。

 

 怜はもう、限界だった。

 

「ロン」

 

 それでも対局は止まらない。

 

(……えっ?)

(そんなっ……⁉︎)

 

 手牌を倒したのは照。

 牌を捨てたのは怜。

 

「12000」

 

 無慈悲の和了りが、怜に直撃した。

 

 





一応お知らせです。
いつかに創作した
『友達いない同盟』
が、ネットで4月11日まで公開されているので気になる方は御覧になっては如何ですか?

次で先鋒戦ラストです。
今日の深夜には投稿出来ると思います。


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7-7

 

 照の和了りによって、怜の朦朧としていた意識が覚醒した。

 

(今、……振り込んだん、か?)

 

 三巡先(トリプル)の代償は想像以上だったらしい。怜はこの二局の流れを全く覚えていなかった。どうやら、ほとんど無意識で打っていたようだ。

 

(まるで、永水の神代、みたいやな……なんて、言うてる場合、ちゃうか……)

 

 とりあえず点棒を照に渡す。これまで毎日手にしたことがあるはずなのに、今は鉛でも持っているかのように感じた。続けて牌にも触れるが、これも重くて重くて仕方がない。

 

(牌って、こんなに……重かったかな……?)

 

 まるで自分の身体じゃないかのようだ。ここまで動くのが怠いと思ったのは、人生初めての経験かもしれない。

 

(生きるって、辛いなぁ……)

 

 欲望を言うなら、もう横になって休みたい。親友の竜華の膝枕で寝たい。八つ当たりに照を物理的に殴りたい。もちろん大阪人的ノリのツッコミで済ますが。

 しかしそれらは全部後。あと二局を乗り越えたらである。

 

(南三局か。さっきのが……跳満やったから、次は倍満か。とりあえず、この局は振り込まへん)

 

 一巡先を見てみる。相変わらず視界が霞んでいるが、今までのように見ることが出来た。結果的に二局捨てたことが休息に繋がったのだろう。

 跳満直撃の損害は少なくなかったが、照の親番を止められなければもっと酷いことになるのだ。未来が見えなくなったら、文字通り終わりである。

 

「………ふぅ」

 

 一息つく。自身に気合を入れることもそうだが、一番の目的は別にある。

 

(二人に、かなり心配……かけたっぽいなぁ。まだ大丈夫……やで)

 

 そう、玄と煌に無事を知らせるのが第一だったのだ。

 一巡先が見える怜が誰かに振り込むことは普通あり得ない。なのに、そのあり得ないことが起きてしまったのだ。動揺しないわけが無い。

 現に二人は先程まで目を見開いて此方を見ていた。

 

(大丈夫、大丈夫……。大丈夫)

 

 自己暗示をかけながら精神を奮い立たせ、再び瞳に強い意志を乗せて対局に臨む。

 

 そんな怜を見て、玄と煌も一先ず安心した。

 

(……よかったぁ)

(とは言え、状況が好転したわけではありませんが……)

 

「リーチ」

 

 照のリーチ棒を立てての立直宣言。

 怜は一巡先を見るが、見えた未来は予想通りではあったが残酷なものだった。

 

「ツモ。4000、8000」

 

 

 〜南四局〜

 白糸台 220000 東

 新道寺  59700 南

 千里山  65200 西

 阿知賀  55100 北

 

(大丈夫……)

 

『若くして真理に到達したな』

 

(大丈夫……)

 

『けど、うちらがやりたいことなんで』

 

(大丈夫……)

 

『一緒におることで、何かしらええ効果があるかもしれませんし』

 

(大丈夫……)

 

『けど、そうなるんがインハイなんちゃうんか?』

 

(…………大丈夫、大丈夫)

 

 怜が思い出しているのはチームメイトのみんなだった。

 身体の弱い自分のためにいつもいつも尽くしてくれた。負担になり過ぎないように対局のシフトを優遇してもらったり、病院から禁止されていた合宿参加への許可をもらったり。

 

(……ずっと夢見てたんや、竜華とセーラと、この舞台での対局を)

 

 元々は三軍だった。いや、今でも本質的な実力は変わってないだろう。

 きっかけは約一年前だ。生死の境を彷徨ったあの経験のお陰で目覚めた、一巡先を、未来を見る力。

 怜にはこれしかない。この力で不可能だと思っていたレギュラーになれたんだ。

 

 だから、最後まで信じる。

 

(照を止めるには、もっと先を)

 

 二巡でも駄目。

 三巡でも駄目。

 なら、この先のさらなる未来に。

 

(行け、行け、行け……!)

 

 これ以上は本当に危ないかもしれない。また、同じように倒れるかもしれない。それでも。

 

 ──それでも進む!

 

(──行け……っ!!!)

 

 ──それは、今まで見たことがない未来だった。

 瞳に映る光景が加速するのではなく。

 これからの可能性という全ての未来。

 一つ一つの選択により分岐する様々な未来。

 

(……なんや、これ?)

 

 三巡どころではない。

 和了りまでの最速の未来が見える。

 勝つための最善の未来が見える。

 

 もちろん戸惑いはあった。

 自身の望みが幻覚となって見えただけかもしれない。

 無理をし過ぎて、未来を見るこの力自体が壊れてしまったのかもしれない。

 

 だけど怜は、それらの可能性を全て消し去る。

 ここまで一緒に歩んできたこの力を、見える未来を、信じているから。

 

「ポン!」

 

 怜は笑みを浮かべる。

 

(知ってたで、煌が…動いて……くれるのを!)

 

「……チー」

 

 続けて怜が鳴く。

 見えた通りの未来なら、ここで自摸番をずらすことにより玄の捨て牌が変わる。変わった牌は、

 

「ポン!」

 

 煌が鳴く。

 

(……凄い、これなら……!)

 

「リーチ」

「……ポン」

 

(……いける!)

 

 照の立直すらも防げた。これで一発自摸は阻止。更に照は捨て牌を選べない。

 

「……ポン」

 

(改変……)

 

「またまたポン!」

 

(完了っ!)

 

 こうなったら一巡先が見えていようと関係ない。例え見えていても、照はもう、運命を変えられない。

 散々な目にあった。一体どれだけ毟り取れば気がすむんだと思うほど、点棒を減らされた。

 

 だから、お返しだ。せめて一矢報いてやる。

 煌の想いを乗せて。

 玄の想いを乗せて。

 自分を待つチームメイトの想い乗せて。

 

 みんなの想いを乗せて。

 

(──喰らえッ!)

 

「……ロン」

 

 巻き起こる嵐は止み。

 

「8000!」

 

 ──対局が終わった。

 

 それと同時に気力が失われていく。意地だけで支えていた身体が傾き始める。もう、倒れてもいいいいんだと思った。

 何もかもを出し尽くした怜が、最後によぎったのは、親友の笑顔だった。

 

(………ごめんな、……竜華)

 

 〜先鋒戦終了〜

 白糸台 212000

 千里山  73200

 新道寺  59700

 阿知賀  55100









これにて先鋒戦は終了です。照さんが何を思っていたのかとかの解説は次々話になるかと。次の話はやることは決まってますので。
竜華に託すことが出来るなら、怜だって怜ちゃんモード出来てもおかしくはないですよね……? 大分強化されていますが……




あとがきらしく、今回は次回予告をやってみよう!


予告(遊戯王風)

「アカンやめて! 怜ッ!」
竜華の必死の想いも届かず、怜は能力を酷使し過ぎてしまった!
薄れゆく意識! 倒れてゆく身体!
お願い! 無事でいて、怜ッ! 折角チャンピオン相手に一矢報いたんだから!
そして、息を切らして辿り着いた対局室で、竜華が見たものとは……!

次回『怜、死す』
麻雀(デュエル)スタンバイ!

















まぁ、ウソですけどね(笑)

もう一回!

予告(デジモンアドベンチャー風)

能力を酷使し、倒れる怜
駆け寄る対局者たち、親友の竜華
一向に良くなる気配がなく、募っていく焦りと不安
このまま、何もしないのは嫌だ!
照の想いが形となった時、全国を震撼させる、重大な謎が解き明かされる!

次回 咲-Saki-『新たな世界』
今、麻雀(ぼうけん)が進化する







これは意外と本予告ですよー(笑)

デジモン超楽しみーーー!!!
ヒカリちゃんが可愛ければ最早それだけでいいけど、未だに空とヤマトがくっ付いたのが謎……デジモンssも書いてみたい今日この頃、、、時間ないなぁ……。


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8-1

この話は流れが出来ていたので、素早く書けました。

あと今回は久々のオマケがあるよ!
しかも本編の倍くらい長いオマケだよ!

ではではどうぞー





 

 先鋒戦終了。

 得点を見れば明らかであるが、王者白糸台が他校を圧倒した結果となった。二位とは実に140000点もの差を付けている。先鋒戦終了時の得点差としては果てしなく大きいが、まだ半荘8回残っているのだと考えれば逆転の目はゼロではない。それでも白糸台としては充分以上の成果であると言えるだろう。

 だがこのような結果を打ち出した張本人である照は、満足よりも驚愕が勝っていた。

 

(まさかこの状態で振り込むなんて……。咲以外には出来ないと思ってた)

 

 《八咫鏡》まで披露したこの対局における照は、正に最強に相応しい実力を有していた。対局相手のポテンシャル自体が高かったために得た能力は絶大であり、恐らく咲ですらこの状態の照相手に和了るのは至難であったはずだ。況してや照から直撃を取るなど、ほぼ不可能だったに違いない。

 それなのに、最後の局で怜は見事照から直撃を奪ってみせた。これはもう快挙などというレベルに収まる話ではなく、あの時の怜は一時的にだが照をも上回ったのだ。

 

(こういう打ち手がいるから麻雀は面白い)

 

 照は怜に、そして玄と煌に感謝した。

 確かに結果は圧倒的だが、それでも照はこの対局を楽しめたと胸を張って言える。実力が拮抗してるとは言い難いが、何が起こってもおかしくないという緊張感があった。やはり麻雀はそうでないと面白くない。

 

「お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「お、お疲れ様でした!」

 

 立ち上がって挨拶をすると、煌と玄も続いた。全力を尽くして対局した相手に対する礼儀として、終局時に挨拶をするのは暗黙の了解である。

 

「………怜?」

 

 しかし一人だけ、怜の声だけは発せられることはなかった。対局中から辛そうにしていたのを知っていた三人は、心配そうに声を掛けようとする。

 

 ………が、一歩遅かった。

 

 ──その光景はスローモーションのようだった──

 

 徐々に傾いていく怜の身体。それは幻覚でも何でもなく、まるで糸が切れた人形のように。突然のことに身動き出来ない三人が目を見張る中も、怜は重力に逆らうことなく落ちていく。

 最後の力を振り絞ったかのように天へと伸ばした手。様々な感情が乗せられたその行為も、何かを掴み取ることは出来ずに空を切る。

 刹那、その力も完全に失われ、終に怜は床へと崩れ落ち倒れてしまった。

 

「怜っ!」

「「怜さんっ!」」

 

 慌てて駆け寄る三人。

 煌が怜の身体抱き起こし顔色を見て、三人は言葉を失った。

 生気が感じられない。瞳は光をなくし頰は血が通っていないかと思うほど青白く変色している。呼吸をするのも辛そうで、このままでは容態が改善することは期待出来ない。逸早く対処しなければ取り返しの付かないことになるだろう。

 固まっていた三人だったが、今度は此方に近づいて来る足音に顔を上げる。

 

「怜ッ!!!」

 

 今し方対局室に駆け込んで来たのは千里山の部長──清水谷竜華であった。竜華は怜に駆け寄るやいなや煌に変わり怜を抱きかかえる。

 竜華が怜を呼び掛けると微かに反応があった。壊れかけのロボットのように遅い動きではあったが、怜は涙を流している竜華の姿を視界に収める。煌の代わって抱き抱えてくれた親友に、怜は精一杯の笑顔を浮かべた。

 

「……竜、華………ごめ、ん……なぁ」

「怜ッ! 怜ッ! しっかりしぃ怜ッ!」

 

 名を呼び続けるも怜はもう動けないのだろう。竜華の必死の声だけが対局室に響き渡る。

 固唾を飲んで見守っていた玄と煌だったが、照だけは様子が異なっていた。

 

「………私のせいだ……私のせいで、怜が」

「そんなっ! 照さんの所為ではないですよ!」

「その通りです! これは誰の所為でもありません! だから照さん一人が責任を感じる必要はないんです!」

「でも……でも………」

 

 玄と煌はそう言うが、照にはそう思うことは出来なかった。

 全員が真剣で、全員が全力だった。だからこれは誰の所為でもないんだ。これが玄と煌の心の内であり、怜もそう思っているだろう。

 それでも照は責任を感じずにはいられない。どうすれば良かったかなんて今でも照には分からないが、自分がもっと上手く立ち回れていたらこうはならなかったのではないかと。

 

「……………咲」

 

 照は無意識に助けを求めていた。

 咲ならこの状況をなんとか出来る。人任せで最低だとは分かっていた。妹にも仲間にも多大なる迷惑が掛かることも予想出来た。

 

 でも、このまま何もしないのはもっと嫌だった。

 

 後で謝るから。私に出来ることなら何でもするから。だから……だから!

 

「──咲! お願いッ!」

 

 一際大きく響いたその声に。

 

 ──いいよ。お姉ちゃん。

 応える声が、扉の方から聞こえた。

 

 

****

 

 

「お願いがあります」

「………言ってみて」

 

 先鋒後半戦、南場へと対局が進んだ頃。

 白糸台高校の控え室で、咲は白糸台高校麻雀部の監督に頼み込んでいた。

 

「この対局が終わったときに、もし千里山の選手に何かあったら、あの場に行くことの許可を下さい」

 

 立ち上がってから頭を下げる。その行動に淡を初め、控え室にいた面々は少なからず驚いていた。普段は軽薄そうな態度の咲が、ここまで真摯に何かをするのを初めて見たからかもしれない。

 だからと言って、立場上監督はすぐに許可を出すことが出来ない。咲があの場に行くということは色々な厄介ごとを生み出すからだ。

 一つは咲の存在、というより真実が公になる。これはもう咲自身が覚悟を決めている様子から、それほど重要ではない。

 問題はこちらの方で、何故咲が白糸台の制服を着て白糸台高校の控え室にいるのかということだ。本来関係者以外は立ち入り禁止なので、下手をすれば白糸台高校が失格になる可能性もある。

 しかし咲をここに呼んだのは監督本人である。もし何かあった時は、最初から責任は咲ではなく自分が負うつもりだったらしい。

 

「………咲ちゃんはあそこに行ってどうするの?」

「千里山の選手を助けます。私にはそれが出来ます。だから、お願いします」

「………分かったわ。ただ、こちらのお願いも聞いてくれるかしら?」

「私に出来ることなら」

「一つは、咲ちゃん達の過去をもう少し詳しく教えて欲しいこと。もう一つは、それを私がマスコミに話してもいいか、ってところかしら」

「前者については構いませんが、後者については、その………両親に迷惑が掛からないように配慮して頂けるなら」

「えぇ、最初からそのつもりよ」

「なら大丈夫です。あと、マスコミを黙らせるためなら、少し脚色してお涙誘う展開にしても構いませんよ」

「あら、それは良いことを聞いたわ。それならもっと楽になるし」

「では……」

「えぇ、行ってもいいわよ」

「ありがとうございます!」

 

 パァっと明るい笑顔を浮かべる咲。

 これで何かあったときに対処出来るし、姉の哀しそうに沈む顔を見なくても済むかもしれない。前途多難であることには違いないが、未来のことは未来になってから考えよう。

 一連の流れを側で見ていた“チーム虎姫”の面々は、二人が自然と行っていた悪巧みに戦慄する。

 

「ねぇ、今ちゃっかりスゴいこと言ってなかった?」

「あぁ、言ってたな。マスコミを黙らせるとか、話しを脚色するとか」

「監督は監督である意味楽しそうですね」

「あの人こういうの結構好きですからね」

 

 しかしこういうことに慣れてもいた面々は静かにお茶を飲んでいた。嫌な慣れだとは誰も思えることはなかった。清澄に似て、大分毒されているらしい。

 

「あっ、淡ちゃん。お願いなんだけど、何かあったときはあそこまで案内してくれない?」

「なんで?」

「………私、お姉ちゃんの妹だよ?」

「あっ、そういうこと。了解ー」

 

 ……これだけで伝わるらしい。

 女子力だけは中々の高さを誇る咲であるが、『麻雀以外は基本ポンコツ』という認識は残念ながら姉にも通ずるところであったようだ。

 

 

****

 

 

「……さ、咲」

「詳しい事情は全部後ね。今は──」

 

 咲は竜華に抱き抱えられている怜を見る。

 

「こっちをなんとかするから」

「でも」

「大丈夫、私に任せて。あと靴と靴下、お願いしていい?」

「………うん、分かった」

 

 咲は(おもむろ)に靴と靴下を脱ぎ始めた。周りの面々は突然現れた咲のこの行動に疑問しかなかったのだが、咲の真剣そうな様子に全員口を噤んでいた。

 照に脱いだものを持ってもらって、咲は素足のまま怜と竜華に近付く。涙目でこちらを見る竜華に「そのままじってしていて下さい」と言うと、咲は両手を胸の前で組む。それは神の前で祈りを捧げる、敬虔な信者を彷彿とさせるものであった。

 展開に着いていけてない人が殆どだったが、淡だけはなんとなく感じ取れていた。咲から出るオーラの量とその質の変化に。

 

(いつも以上に多くなってる……? なのに威圧感はない、むしろなんか優しい感じ。……咲、何する気なの?)

 

 不謹慎ではあったが、淡は一人ワクワクしていた。これでまた咲の力の一端が見れるのだからと、若干興奮していたのだろう。

 

 だからこそ驚いた。

 咲はその場で、唄いだしたのだ。

 

(……これ、聖歌だよね)

 

 咲が唄いだしたのは、淡ですら知っている有名な聖歌で、その柔らかな声で紡がれる旋律は優しさと暖かみに溢れていた。それは聴く者の心を癒す、天からの祝福かと思うほどに。

 しかもこれだけでは終わらなかった。

 咲を中心に広がるオーラに触れた瞬間、身体の疲労や気怠さがなくなっていったのだ。

 

(なっ……⁉︎ このオーラ、スゴい……信じられない⁉︎)

 

 これこそが咲が持つ特殊なオーラ。触れたものを癒し回復させることが可能な『癒』のオーラである。

 こんなことも出来るのかと、淡は改めて咲が普通でないことを認識する。既にそうであったが、咲はもう常識では括ることの出来ない存在なのだ。

 一人感嘆していた淡だったが、咲の奏でる旋律はまだまだ終わらない。メロディーに合わせるかのようにオーラは広がっていき、そして、怜の全身を包み込んだ。

 

 変化は劇的であった。

 数分前までの怜は生きているのも辛い、そんな表情をしていたにも関わらず、咲のオーラに包まれて数十秒経つころには元の状態と変わらないくらいに良くなっていた。顔色は赤みを取り戻し、瞳にも光が戻ってきている。

 その変化に竜華は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべるが、当の本人は驚きの方が勝っていたようだ。その証拠に、思いっきり目を見開いている。しかしそれも一瞬のことで、怜は咲のオーラに身を委ねていった。

 周りも怜の快復していく様子を見て嬉しそうに笑っている。照だけは少し沈んだ表情をしていたが、心底安心していることも伺えた。

 やがて咲の唄が終わる頃には、怜は自力で立ち上がっていたのだからこれまた信じられない。あり得ないほどの変化である。

 

「怜ッ!」

「……竜華。ごめんなぁ、心配掛けたやろ?」

「当たり前や! 怜がまた倒れたら、もう……!」

「大丈夫や。なんや知らんけど元気になったから」

 

 因みにこれ、二人が熱い抱擁をしながらの会話である。煌は涙ながらに「すばらな友情です」なんて言っていたが、玄なんかは顔を火照らせていた。

 咲としては放っておいても良かったのだが、感極まった竜華を落ち着かせるために声を掛けた

 

「あのぉ〜、これ全国で中継されてますよ?」

「へっ?」

 

 竜華は咲の一声に冷静になったのか周りを見渡し、自分が今何をしているのかを確認した後、顔を真っ赤にして怜から一歩離れた。怜は小首を傾げながらそんな竜華を見ていたが、こちらはこちらで無視することに決めたらしい。意外と淡白な反応に、咲は少し驚いていた。

 

「あんたが助けてくれたんか?」

「一応そうですね。もう具合は大丈夫そうですか?」

「まだちょっとダルいけど大丈夫そうや。おおきになぁ。知っとるかもしれへんけど、ウチは千里山女子先鋒の園城寺怜や」

「私は清澄高校大将の宮永咲です」

 

 咲のその言葉を理解してか、怜は驚愕を露にしていた。その場にいた照と淡以外の面々も同じ表情をしている。

 

「………今、清澄って言うたか?」

「はい」

「清澄って、長野代表の清澄か?」

「はい」

「しかも大将で、名前が宮永咲?」

「はい」

「……どうして清澄の選手がここにおるんや?」

 

 遂に、遂にやってきたこの質問。

 覚悟はもう既に決めてある。

 一度照の方を見て視線が合わさった後、咲は笑顔を()()()()()

 

「では、改めて自己紹介します。私は白糸台高校先鋒、宮永照の()の宮永咲です。以後お見知りおきを」

 

 ……………………………………………、

 ……………………………………………。

 ……………………………………………⁉︎

 

『ええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?!!?!?!』

 

 響き渡る絶叫。

 それを耳にして、咲は心の中で涙を流した。

 

(あぁ、……終わった。

 さようなら、地味で安寧だった私の日常。

 そしてようこそ。営業スマイルを貼り付ける毎日……)

 

 この出来事を切っ掛けに、咲は新たな世界へと足を踏み入れたのだった。

 






Q.どうして咲さん『癒』のオーラなんて使えるようにしたの?

A.全ては怜を救うためです!

カミングアウトまでのこの展開は書き始めた当初から考えていました。まさかここまで書くとは思ってませんでしたが……。因みにオーラの出し方については合宿編でそれなりにぼかして表現していたはずなので、気になる方はどうぞご覧ください。何故聖歌を唄うのかは次回さらっと説明する予定です。

さぁ! これで書きたいことが全て終わった(気がする)。………やべぇ、どうしよう………………。

久々の(地雷臭Maxの)オマケ!
コンセプトは『淡ちゃんをいじりたい!』
から発展したのですが、恐らくみなさまの想像を遥かに上回るぶっ飛んだ内容(笑)のはずですからご注意を!タイトルで興味を惹かれた方は是非是非!

オリキャラ:橘香織
淡ちゃんの友達。別に重要なキャラにはならないはず。
あと一人原作キャラのゲストがいます。口調がおかしいかもしれませんが、出来ればそこはスルーして下さい。








オマケ:魔法少女マジカル雀士淡ちゃん!


「あーーーー! 今日も負けたー! テル強過ぎだよー……」

鬱憤を晴らすように叫んでいるのは、金髪ロングヘアーのどこか日本人離れした風貌の少女。お淑やかにしていれば深窓の令嬢といっても違和感がないほどの美少女であるが、今はその欠片も見当たらないくらいにご機嫌斜めの様子である。
彼女の名前は大星淡。麻雀強豪校である白糸台高校麻雀部に所属する一年生。実力は高く、一年生にしてレギュラーの地位を獲得した期待の新星として注目されている。
しかしそんな彼女でも勝てない相手がいるようだ。

「まぁ仕方ないよ。照先輩は全国1位の強さなんだから」

相づちを打つのは日本人らしい黒髪をポニーテールにまとめた、整った顔立ちの少女。彼女の名前は橘香織。淡の(麻雀部の同学年で唯一といえる)友達である。
彼女の言う照先輩とは白糸台高校麻雀部の先輩の一人で、全国個人戦二連覇という快挙を成し遂げているまさに全国1位の強さなのだ。
改めて実感させられた実力差に淡は口を尖らせて文句を言う。

「そうなんだけどー……。ここまで勝てないと流石の私も凹むっていうか」
「ははは。淡ちゃんは負けず嫌いだからねぇ。じゃあ私はこっちだから、また明日ね」
「うん、バイバイカオリ」

別れ道で手を振って別れる。
帰りに寄り道をするのは部で禁止されているため特にすることもない。淡はそのまま家路へと向かう。
いつも通りの日常。いつも通りの風景。明日も部活の時間になれば懲りずに先輩に挑戦してるだろう。本当にいつも通りの日常。

それに変化が訪れた。

ーー見つけたーー

「んっ?」

どこかから聞こえた声に反応する淡。周りを見渡してみるが人影はなく、気の所為かと思い歩き出そうと前を向くと、

「こんにちは」
「わっ!」

小さな小さな、本当に小さな小人が目の前に浮かんでいた。身長は20cmくらい。浮かんでいるというのは比喩ではなく、よく見ると背中から光を反射する透明な羽根が生えている。

「なっ何ッ⁉︎ ドッキリ⁉︎」
「ドッキリじゃないよ」
「しゃ、喋ったッ⁉︎」
「さっきから喋ってるよ……」

その小人は表情豊かで人間とほとんど変わりがない。小さいけど。

「私の名前はサキ! あなた達でいうところの妖精って感じかな。よろしくね、淡ちゃん!」
「よ、妖精?」

(………アレ? なんか一気にうさんくさくなってきたよ。てか私の名前知ってるし……)

先ほどまで驚きが勝っていた淡だったが、急に冷静になってきた。非現実的なことを言われて、逆に周りがよく見えるようになったのだ。

「それで妖精さん、サキだっけ?」
「うん」
「サキは私に用事なの?」
「そうなのお願い! 私に、私たちに力を貸して!」
「………えっ?」

(………えーと。今の状況を簡単に整理すると。
部活終わる→友人と帰る→友人と別れる→妖精と遭遇→妖精に助力を求められる、って感じかぁ。
………こういうのをカオスっていうんだね、初めて知ったよ)

げんなりしてきた。恐らく今の淡は余程やる気のない目をしているだろう。
しかしそんなことは気にならないのか、サキは淡を急かすように服を引っ張る。

「お願い! とにかく来て! あなたの友達が大変なの!」
「………カオリに何かあったの?」
「そう! その子を含めて多くの人たちが大変なの! だからお願い!」
「………分かった。とりあえず行くよ」
「ありがとう! それじゃ私に付いてきて!」

淡を先導するように飛んでいくサキ。怪しいことこの上ないが、付いて行くと言った手前無視するのも可哀想であるし、何より友人に何かあったと聞かされれば気にならないわけがない。淡は大人しく付いて行くことにした。
サキは急いでいるのか飛ぶスピードが速い。そのため淡もそれなりの速度で走っている。
かれこれ五分くらい経った頃、

「ストップ! あれを見て」

ようやく目的地に着いたのか制止をかけてきた。
そこは駅前の近くにあるそれなりに大きな公園で、今淡たちがいるのはその公園の入り口の一つであった。
サキが指差す方向に目を向けると、何かのコスプレかと思うほど奇抜な服装をした如何にも怪しそうな女の子が一人。そしてその周りには多くの人々が倒れ伏していた。その中には香織の姿もある。

「カ、カオリッ⁉︎」
「ダメだよ淡ちゃん! そのまま出て行ったらあいつの思う壺だよ!」
「もう! 何が一体どうなってるの⁉︎ ちゃんと一から説明して!」
「うん、最初からそのつもりだよ」

神妙な顔をして、サキは語り出した。

「私はこの世界とは別の世界、
魔雀の世界(マジカルマージャンワールド)』から来たの」
「まじかるまーじゃんわーるど?」
「そう。それで私はその世界の秩序を守る『魔雀(マージャン)協会』に所属してるんだ」

(………………やばい、意味不明なんだけど)

相手が普通の姿をした人間だったのなら、ちょっと、いやかなり頭の残念なお方なのだろうということで警察に連れて行くのだが、目の前にいるのは本物っぽい妖精。更に公園には怪しいヤツと倒れている友人。こちらはまだギリギリドッキリで片付けられるかもしれないが、妖精に関しては現代科学の技術をもってしても再現出来ないはずである。
つまり、サキが言っていることはきっと本当のことで。だから信じて話を進めるしかないのだ。
この場での理解を諦めた淡は、残っている疑問を問い質す。

「それで、あの怪しいコスプレ女は一体何なの?」
「あれは『魔雀の世界(マジカルマージャンワールド)』で暗躍する組織、『麻雀の兵隊(ハイ)』の構成員」

(次から次へとよく分からない単語が……)

「あいつらはこの世界の麻雀力(ジャンフォース)を奪いに来たの」
「ジャンフォース?」
「そう。私たちの世界の強さの源となる力、それが麻雀力(ジャンフォース)だよ。その名の通り麻雀における強さの力なんだけどね、まぁ詳しいことは時間のあるときに」
「うん、私も半分以上意味分かってないから。それでジャンフォース? だっけ? それが奪われるとどうなっちゃうの?」
「奪われた人は一時的にああいう風に気を失って、目覚めたらもう二度と麻雀が出来なくなっちゃうんだ」
「なっ⁉︎」

『世はまさに麻雀時代』と言っても過言ではないこの御時世にそれは辛すぎるものがある。しかもその中に自分の友人がいるのだ。放っておけるわけがない。

「ど、どうすればカオリを助けられるの⁉︎ 私に声を掛けたってことは、私にはその力があるんでしょ⁉︎」
「その通りだよ淡ちゃん。淡ちゃんならみんなを助けられる。手伝ってくれる?」
「それでカオリが助けられるのなら」
「ありがとう淡ちゃん! それじゃこれを」

サキの手に光の粒子が集まって何かを形作る。出来上がったそれは淡にとっても見慣れたもので、この世界にも存在するものだった。

「麻雀牌の白?」
「を、模したものだね。これは『マジカルデバイス』、『マジカル雀士』になるための変身ツールだよ」
「……………………………はい?」
「淡ちゃんにはこれを使って『マジカル雀士』になってほしいの。それであの『麻雀の兵隊(ハイ)』を倒して奪われた麻雀力(ジャンフォース)を取り戻してほしいの。端的に言うと正義の魔法少女になってほしいの」
「はいぃぃぃぃ⁉︎」

(………えっ⁉︎ 魔法少女ってあの魔法少女⁉︎)

淡による魔法少女イメージは日曜朝にやっているようなキャピキャピしたものもあるが、首から上が敵に食い千切られるような残酷なものもある。しかもキャピキャピした方もそれなりの戦闘シーンがあるので、『名前からは考えられないほどシビアな職種』だという認識なのだ。

「ちょ、ちょっと待って! そんなの聞いてない!」
「本当にいきなりで悪いとは思ってるよ。でも! こうやって話している間にも多くの人の麻雀力(ジャンフォース)が奪われてるの! お願い! 力を貸して淡ちゃん!」

公園内をチラッと見ると、サキの言う通り犠牲者が続々と増加している。あの女の子がいつまでここに居続けるか分からないため、出来るだけ早くなんとかしないといけない。
友人の身が掛かっているのだ。淡は心の葛藤を無理矢理鎮め、覚悟を決めた。

「分かったよ! やればいいんでしょ!」
「ありがとう淡ちゃん!」
「それで、何をすればいいの?」
「私がこれから言う事を復唱して。そうすれば変身出来るから」
「分かった」

淡は『マジカルデバイス』を握りしめ、祈るように瞳を閉じる。

「コード入力」
「コード入力……」
「マジカル雀士淡ちゃん」
「………。……………マ、マ、マジカル雀士……淡ちゃん」
「ちゃんと言って! 最初から!」
「ーーッ! コード入力! マジカル雀士淡ちゃん!」
「set up!」
「set up!」

ーーこの時、淡は気付かなかったーー

サキがニヤリと笑うのを。ついでに「計画通り」なんていうセリフを(のたま)っていたのも。

「あっ、一つ言い忘れてた。『マジカル雀士』に変身中の数秒間は()()()()()()になるから」
「………へ? ちょちょちょちょなっ⁉︎ 嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

(悪意のある)忠告も虚しく、パシュンパシュンという効果音と共に着ていた衣服が次々と光の粒子となって消えていく。制服、インナーと続き、遂には下着まで消え失せ、淡は生まれたままの姿になった。

「きゃああああああああああああああああああああああああ!!?!?!」

両手で必死に身体を隠すが見えるのは肌色全開で、その瑞々しい素肌は男性を魅了するには充分過ぎるほどに蠱惑的であり、小ぶりながらも膨らんでいる胸とぷりっとしたお尻は女の子として素晴らしいものを感じさせる。
リズムに合わせて表現するならそう! 魅惑的なそのbody♪

「風とrainbow♪」
「追いかけて〜♪ じゃなくて⁉︎」
「情熱よ〜〜♪」
「その火を〜灯せ♪ でもなくて⁉︎ 長い長い長い全裸の時間が長い⁉︎ さっき数秒間って言ってたじゃん⁉︎」
「あっ、また一つ言い忘れてた。実は初回の変身時は『マジカルデバイス』がその人の体型や体質を記憶するから全裸の時間が長いんだった(笑)」
「あんた確信犯でしょッ⁉︎」
「淡ちゃん、これは仕方のないことなんだよ。言うなればこれはこの物語の作者(神様)のストレス発散なんだから。淡ちゃんは全裸になるしかないんだよ」
「ストレス発散で全裸にさせられる乙女の気持ちはッ⁉︎」
「ーーテヘペロッ(笑)」
「コロスッ!!!」

漲る殺意を胸に秘め、この恨みはとりあえずあの女の子で晴らすと決心する。
やがて『マジカルデバイス』の記憶作業が終了したのか、今度は淡の身体が輝き出して、キラッ☆ キランッ☆ みたいな効果音が辺りに木霊する。

(※以下の変身シーンはみなさまの想像力次第です)

手の甲に星マークが付いた白のロンググローブがキラッ☆
脚にはこちらも星の装飾がされたニーハイブーツがキラキラッ☆
身体を包むのは、白を基調としたヒラヒラでフリフリでプリティな超絶ミニのドレスでキラリンッ☆
胸元にはリボン代わりの星がキラッ☆
髪飾りにも大きな星がキラッ☆
最後に『マジカルデバイス』が先端に星が付いたステッキに変化して変身完了!

「魔法少女マジカル雀士淡ちゃん! (せい)(たん)!」

☆キラキラリンッ☆

プログラムされた変身シーンと決めポーズを、決め台詞と共に可愛くウィンクで終えた後、ーー淡は羞恥で顔を真っ赤にした。

「なんっじゃこりゃああああああああああああああああああああ!!?!?!」

あまりにもあんまりなキャピキャピさに叫び声を上げてしまう。高校生の淡が魔法少女をやるには、精神的にキツすぎるものがあったようだ。

「何コレッ⁉︎ というより服着てるのに全裸並みに恥ずかしいってどういうこと⁉︎」
「まぁいいじゃん、減るもんじゃないし」
「減るよッ! 私の精神がゴリゴリ削られていくよッ!」
「そんなことはどうでもいいの!」
「そんなことッ⁉︎」
「早くあいつを倒さなきゃ!」

そう言ってサキは公園内へと飛んでいく。
淡としてはこの姿を人前に晒すなどありえないくらい恥ずかしいことなのだが、ここまで来てはもう引き下がれない。

「絶対恨んでやるんだからッ!」

後を追うように淡は走る。
それで気付いたが、今は普段の自分とは比較にならないほど身体が軽い。今の状態だったらオリンピックに出ても余裕で優勝出来ると思うほどであった。これが羞恥心と引き換えに手に入れた、魔法少女特典というやつであろう。

奇抜な女の子の元に到着したサキが、

「そこまでです!」

と言って相手に制止を呼び掛ける。その声に振り向いた彼女は、存外普通の顔をしていた。

「誰?」
「私の名前はサキ。『魔雀(マージャン)協会』の者として、あなたをこの世界から排除します!」
「ちっ、協会の手先か。面倒だな。………でも、まさかその(なり)でこの私に勝てるとでも?」
「いいえ、あなたと戦うのは私じゃない。こちらの『マジカル雀士』が相手です!」
「マ、『マジカル雀士』、だとッ⁉︎」

(その紹介の仕方やめてもらえませんかね‼︎)

淡の心の声は届くことなく、諦めたかのように淡はその場に出る。

「(ほら淡ちゃん! ここで自己紹介だよ! 「私はマジカル雀士淡ちゃん! あなたを倒す者よ!」って)」
「(言えるかそんな恥ずかしい自己紹介ッ‼︎)」

などという小声のやり取りをしていたのだが、

「貴様、一体何者だッ!」

と、相手が空気を読んできた。絶妙なタイミングである。
全てがサキの思惑通りの展開になっていた。

「(ほら淡ちゃん! 早く! 相手が待ってくれてるよ!)」
「(ーーッ⁉︎ ーーグッ⁉︎)」

「わ、私は! マ、マジカル雀士淡ちゃん! あなたを倒す者よ!」

変身後以上に顔を真っ赤にして、淡はそう言ってみせた。羞恥と闘うそんな淡はいじらし過ぎて可愛過ぎて、男性ならイチコロだっただろう。
因みにそれを見て後ろにいるサキは淡にバレないように爆笑している。
………こいつ実は妖精ではなくて悪魔だったのかもしれない。

「『マジカル雀士』……噂では聞いていたが。成る程、中々に厄介そうだな。だが、ニワカは相手にならんよ!」

シリアスで流してくれた相手に心の底から感謝する淡。もしかしたらこの人は良い人なのかも、とまで思っていた。

「こちらも返すのが礼儀といったところかしらね。私は小走やえ! 『麻雀の兵隊(ハイ)』に所属する者! 階級は『満貫』よ!」
「………サキ。階級が満貫って何?」
「ケホッコホッあぁお腹痛い………ん? あぁえぇと、『麻雀の兵隊(ハイ)』には階級があって『満貫』は一番下だね。例えるならチェスの兵隊(コマ)で言う『ポーン』みたいな感じだよ」
「凄く分かり易い例えありがとう」

一応の状況を把握出来た。
淡は相手を睨み付ける。

「よくも私の友達に変なことしてくれたね。麻雀力(ジャンフォース)か何か知らないけど、カオリに手を出すなんて許さないよッ!」
「ふん! ならば貴様がその手で止めてみせよ!」

やえの周りに索子が具現化される。

「はぁっ!」

そしてそれらが淡の元に殺到してきた。
この時になって淡はようやく気付く。

ーーアレ? どうやって戦えばいいの?ーー

「きゃああああ⁉︎」

防ぐ方法が何一つ分からなかったから、とりあえず全力で避ける。動体視力や反射神経も強化されているのか、その行為自体は意外と容易く行うことが出来た。

「サキッ! なんか攻撃手段とかないのッ⁉︎」
「それは淡ちゃんが一番良く分かっているはずだよ! 『マジカルデバイス』を装備しているなら、知識として流れ込んでくるから!」
「そうは言われてもッ⁉︎」

まずは逃げに専念し、攻撃が止んだ頃に心を落ち着ける。『マジカルデバイス』から与えられる情報を頭で整理し、気合いを入れ直す。

(ーー良しッ!)

手に持っていたスターステッキを真上に掲げ、

星の弾丸(スター・ショット)!」

振り下ろすと先端の星を象った弾丸がステッキから射出された。それはやえ目掛けて一直線に迫っていく。

「くっ⁉︎」

紙一重でその一撃を避けるやえだったが、それがきっかけでやえも本気になった。

「こうなったら手数で勝負よ!」

やえは腰のベルトに付いていた麻雀牌をばら撒く。それらは瞬く間に巨大化していき、大人と変わらない大きさにまで変化する。更にはその牌一つ一つから手と足が生えてきた。

完璧に化け物だった。

「ヒィィィィィィィィィィッ⁉︎ キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいッ!!!」

その気持ち悪さに淡はスターステッキを縦横無尽に振りまくる。星の弾丸の威力は充分以上で、相手も当たれば倒せる雑魚なのだが何しろ数が多い。

(これじゃ倒し切れない!)

「ふん! 押しつぶしてしまえ!」

やえの命令にこちらに迫ってくる(化け物)たち。一種の恐怖映像だったが、淡はなんとか冷静でいられた。

「淡ちゃん! 私が結界でみんなを守るから、淡ちゃんは必殺魔法を!」
「分かった!」

再びスターステッキを掲げる。

星の引力(スター・アトラクション)!」
「な、何ッ⁉︎」

やえと牌たちが強化された星の引力の前に思わず跪く。彼女たちに襲いかかっているのは通常の何倍もの重力。効果は絶大で、彼女たちは満足に動くことも出来ずにいた。
そして淡の攻撃はまだ終わっていない。スターステッキを掲げた更にその天上に星の引力を発生させる。その引力に導かれ集まるのは数多の星の煌き。

「淡ちゃん! 今だよ!」
「いけぇぇッ! 流星群(ミーティア・ストリーム)!」

発動された魔法は圧倒的であった。
数え切れないほどの星の弾幕で、辺り一面を破壊し尽くすほどの超広範囲攻撃。これが淡が有する必殺魔法の一つ、流星群(ミーティア・ストリーム)である。
やえにはそれを動いて避けることも防ぐ術もなく、真っ正面から撃ち抜かれた。

「ぐああああああああああああああ!!!」

身を焼かれるような激痛に断末魔の声を上げる。許容値を超えるダメージだったのかやえはそのまま力尽き、前のめりに倒れ、その後光の粒子となって消えていった。周りにいた牌たちも続くように消えていき、気が付けば公園に残されたのは戦いの痕跡だけとなっていた。

「………ふぅ」

静寂の中、淡は一息吐く。
悪の組織っぽい敵もいなくなり、また何かが起こりそうな気配も感じない。気が抜けて一気に脱力感に襲われた。

「ん……これ……」

地面に不自然に転がっていた麻雀牌を見つけ、拾い上げた。片方の面には粗末な王冠が描かれていて、普通の牌ではなさそうだ。
何とは無しに手に取ってみたが使い道が分からない。捨ててもよかったのだがそれは褒められた行為ではないだろう。
さてどうしようかと悩んでいたのだが、急に胸元の星の装飾が光り出し、手に持っていた牌を吸い込んでいった。

「………なんだったんだ?」

気にはなったが、身体に害もなさそうだし大丈夫だろうと判断する。
後ろを振り向くと、サキが興奮した様子で話し掛けてきた。

「凄いよ淡ちゃん! 初めてなのに見事な戦いだったよ!」
「………一応褒め言葉として受け取っておくよ。ありがとう」

淡は変身を解く。変身シーンと違って戻るときは何故か一瞬だった。これこそ世の魔法少女における永遠の謎である。

「それで、この公園とか色々大丈夫なの」
「そこらへんは大丈夫だよ。私たちがなんとかするから」
「そう。それは良かったよ」

淡は香織の側に近付いて身体を抱き起こす。気は失っているようだがどうやら無事なようで安心する。

麻雀力(ジャンフォース)っていうのはどうなったの?」
「それはあの人を倒したことで自動的に戻ってるから安心して」

これでやるべきことは全て終わった。散々な目に遭ったが、友人の身を守ることが出来たと思えば安いものである。
淡は近くにあるベンチに香織を横たえさせその場を後にした。事後処理はサキたちがなんとかするらしい。任せて大丈夫なのかという不安もあったが、淡に出来ることも何もない。大人しく家に帰る方が賢明だろう。

本日二度目の帰り道。思っていたよりも時間が掛かっていたらしく日もすっかり暮れており、上を見上げれば満点の星空が広がっていた。

「ハァァ……ヒドい目にあった」
「急にゴメンね。こっちも緊急事態だったから」
「あぁ、うん。もういいよ。……アレ?」

淡は手に持っていた『マジカルデバイス』を見る。

「なんか変わってる?」
「『マジカルデバイス』はね、一度変身したらその人を象徴する紋章(エンブレム)が刻まれるんだ」
「へぇ〜」

真っ白だった面には合計7つの星の紋章が刻まれていた。変身時からそうだったように、淡を司る象徴は『星』のようだ。

「変化した『マジカルデバイス』には名前を付けてあげるのが恒例だよ、淡ちゃん」
「ふーん。………じゃあ『セブンスター』で」

個人的にも星は好きなので、キーホルダーやアクセサリーとしては気に入った。御守り的なものと思えばこれはこれでアリかもしれない。

「それじゃこれからもよろしくね! 淡ちゃん!」
「………………は?」

ーーなんて思ったがやっぱりナシだ!ーー

「ハァッ⁉︎ もうこんなの二度とやらないからね!」
「そこをなんとか!」
「ゼッッッタイイヤッ!!!」

ーーこれが初まりーー

この世界の全てを巻き込む大事件に発展する、初まりの物語だったのである。












随所にネタをばら撒きすぎてカオスなことに(笑)どの作品からインスピレーションを受けているかは知っている人には分かるでしょう。

………好評だったら続くかも(笑)


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8-2

おっ待たせしましたー!

今回のお話しは
『シリアスなようでシリアスでない』
が、コンセプトになっております。

あとご都合主義な描写もあるのであしからず。





「みんな、朗報だよ。準決勝進出校は私たち、宮守女子に決定したわ」

 

 宿泊先の部屋に集まっていた部員たちに向かって、大会本部から帰って来た監督のトシは開口一番にそう告げた。

 テレビで準決勝第一試合の実況を見ていた面々は、何を言われたか理解出来ていない様子で惚けた顔を見せている。そんな彼女らを見て微笑ましい気持ちになるトシであったが、いつまでもフリーズされていては困るというもの。もう一度だけ、同じ内容の言葉を口にする。

 

「私たちの準決勝進出が決まったのよ? 何か言うことはないのかい?」

 

 再度言われたことで、やっと思考が追い付いてきたのだろう。全員の表情は見る見るうちに喜色に染まっていき次の瞬間には、

 

「「「「「やったぁーッ!!」」」」」

 

っと、堪え切れずに歓声を上げていた。

 

「ホント⁉︎ ホントなの先生⁉︎」

「えぇ、本当よ。さっき正式にそう言い渡されたわ」

「良かったよー。これでまだ、みんなと一緒に麻雀が出来るよー」

「トヨネッ!」

「エイちゃ〜ん!」

「ほらシロ! あんたももっと喜びなさいよ!」

「そうだそうだ!」

「……いや、私にしては結構喜んでる」

 

 各々にはしゃぎ、喜びを分かち合う五人。待ち侘びた返答が自分たちの勝利を告げるものだったのだ。嬉しくないはずがない。

 トシも目の前の教え子たちと一緒に歓談に勤しみたいところではあったが、気を引き締めるためにも真剣な眼差しに切り替える。

 

「あんた達。喜ぶのはいいけど、進出が決まったからには次のことを考えなさい」

 

 トシの雰囲気が一変したことで、彼女たちも冷静に状況を見極め始めた。

 

「ってことは、準決勝は私たち宮守と」

「臨海、有珠山」

「……そして清澄だねー……」

 

 豊音の元気が途端に薄れていく。きっと、準々決勝での対局を思い出しているのだろう。あのような体験は、早々忘れられるようなものではない。

 

「宮永咲、かぁ〜。あれはホント化け物だったねぇ」

 

 部長であり、副将を任されている臼沢塞は染み染みそう呟いた。彼女も彼女で咲の恐ろしさを思い出したのか、思わず身体を抱き抱く。それほどまでに、あの試合結果は鳥肌ものなのだ。

 他のメンバーも納得を示すように頷く。中でも豊音は苦笑いを通り越して、笑みが引きつっていた。

 

「あれは凄すぎだしー、未だに信じられないよー。三校の点数を調整するって、出来るものなのかなー?」

「普通は出来ないだろうね。だからこそ彼女は普通じゃない。あれが、龍門渕の天江衣をいとも簡単に封殺した、宮永咲の力だよ」

 

 トシの重い言葉に、場の空気が悪くなっていく。()()をなんとかしないと、次の試合でも同様な目に遭うのは分かりきっている。

 しかしはっきり言って、どう対策したらいいのかが分からない。

 咲には主に三つの武器があるのが分かっている。点数調整に加えて、咲の象徴ともされている嶺上開花。そして何より、敵対する上で恐ろしいのが、相手の能力を即座に自身のものにする常軌を逸した異能。

 実を言うと咲にはそんなこと出来ないのだが、周りからはそう思われてはいない。咲の持つ最も恐ろしい能力として認識されている。

 それもそのはず。手の内を明かせば明かすほどに、不利になるその理不尽さ。勝てる未来への展望が、全くもって広がらない。

 

 なら逆に考えればいい。

 

「……厳しいことを言うけど、いくら豊音でも、宮永咲に勝つのは難しいわ。だから、……宮永咲とは戦わない」

 

 勝てないのなら、戦わなければいいのだ。

 

「準決勝は恐らく、大将戦前に如何にどこを飛ばせるか。そういう試合運びになってもおかしくないわ。肝に銘じて置くようにお願いね」

「「「「「ーーはいっ!」」」」」

 

 作戦とも言えない逃げの提案ではあったが、一番現実味を帯びている。

 次の準決勝は荒れるだろう。

 

 現に今、荒れに荒れ果てた第一試合が終わったところである。何かハプニングがあったようだが、作戦会議をしていた宮守の耳には入っていなかった。

 だがしかし、その後のテンションMax最高潮に達した福与アナウンサーの発言には、耳を疑った。

 

『ビーーッッックニュースですッ!!! 先ほど入りました情報によりますと! なんと清澄高校大将の宮永咲選手は! 白糸台高校先鋒の宮永照選手の実の妹だそうですーーッ!!!!』

 

 ですーですーですー…………。

 

「「「「「エェェェェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーッッッ!!??!!?」」」」」

 

 宮守女子の宿泊先で今度は、堪え切れずに絶叫が響き渡るであった。

 

 

****

 

 

「ーーーー〜〜♪……。どうですか怜さん?」

「信じられんほど楽になったわぁ〜。ホンマおおきになぁ」

「いえいえ、これくらいなら」

 

 所変わってここは千里山女子控え室。

 あの混乱を起こした後。とりあえず押し掛けて来そうなマスコミからの避難と、怜の体調を万全に戻すことを目的としてここまで逃げてきたのだ。

 つい先ほど、竜華の膝枕で寝転がっている怜に対する『癒』のオーラでの治療が終わり、束の間のリラックスタイムと相成った。

 

「ホンマありがとうなぁ咲ちゃん! 怜がこうしてここにいられるのも、咲ちゃんのお陰やわぁ」

「竜華さんもそんなお気になさらずに。悪いのは全部、ここにいる姉ですから」

「うっ……」

 

 容赦の無い咲のキラーパスを、顔面で受け止める照。チャンピオンとしての威厳は何処へやら、今では完璧にしょぼくれていた。

 そんな照を堂々としかとする咲。どうやら肝っ玉の太さは、妹に軍配が上がっているようである。

 

「他校の生徒やからあんまとやかく言えんが、礼は言っとくで。うちの生徒が世話になった」

「あなたは……」

「千里山女子麻雀部監督の愛宕や。よろしゅうな」

「清澄高校の宮永咲です。この度は押し掛けてしまい申し訳ありません」

「えぇえぇ。この程度は気にすることやあらへん」

 

 ……それよりも、と愛宕監督は表情を曇らせる。

 

「問題なんは白糸台と清澄や。そこらへん理解しとるか?」

「はい。その辺りは白糸台の監督さんが、今からなんとかしてくれるはずです」

「まぁ確かにあいつは器用やからなぁ……。今からっていうのはどういう意味や?」

「見てもらう方が早いでしょう。淡ちゃん?」

「オッケー。リモコン借りるよー」

 

 同じくここまで付いて来ていた淡は、そそくさのリモコンをぶん取る。他校の控え室だというのに、一切の遠慮がないのは実に淡らしい。

 抗議の声が上げる暇も与えず、リモコンを操作して目当てのものを探し出す。

 

「あったあったー」

 

 映し出されたのは急遽用意された会見場。真ん中には、件の白糸台高校監督が座っていた。

 

『えぇ、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます。事前の連絡もなしにこのような会見を開いたこと、深くお詫び申し上げます』

 

 大量のフラッシュがたかれる。相当な数のマスコミが、あの場に押しかけているのが分かるだろう。

 挨拶に始まり、他校の選手である咲を控え室に招き入れるなどの、監督としての無責任な行動の件などを謝罪していく。当然の流れではあったが、責任追及には逃れられない。これでは監督の立場も危ういだろう。

 どんな風に話しを捏造するのかまでは相談していなかったが、監督への助け舟を出す上でもあの場に行かなければならないであろう咲は、気が重くなっていくのを感じていた。

 

(エスケープしたいなぁ〜……)

 

『本日このような会見を開いたのは他でもありません。宮永照さんと、宮永咲さんについてです。後ほど二人もこの場に来るでしょうが……』

 

(あっ、逃げ道がなくなったよ……)

 

 こうなったら徹底的に猫かぶってやる。公の場では姉と同じキャラで進もう。

 そう決心した咲であった。

 

『本当は二人が話すべきなのでしょうが、第三者が話す方がいいと許可を得ているので、私から二人についての今までを語りたいと思います』

 

 トントン拍子で会見は進んでいった。ここからが本番である。

 咲もこの後の展開は知らない。もちろん、照も知っているわけがない。むしろ照は何も理解していない。今はいつものように毅然とした態度を保ってはいるが、保っているだけだ。内心困惑してるだろう。本当、麻雀以外では殆ど頼りにならないダメ姉である。

 監督の語りは、厳かな空気を伴って始まった。

 

 

****

 

 

 幼い頃の宮永姉妹は、近所でも評判の仲良し姉妹だった。

 温厚篤実。年齢にしては大人びた雰囲気を持ち、優しい微笑で妹を見つめる照。

 天真爛漫。太陽のように輝いた笑顔を浮かべ、いつも姉の後ろをついて回っていた咲。

 比較的田舎に住んでいたこともあり、毎日野を駆け山を駆け、健やかな毎日を過ごしていた。ちょっぴり人見知りなところもあったが、それも欠点にならないくらいに明るい少女たちだった。

 

 そんな二人にある『出会い』が訪れた。それが、麻雀との出会いである。

 当時から麻雀は世界的に大流行していたので、試しにと父親が自動卓を買ったのが切っ掛けとなったのだ。……これが後に、悲しい別れを引き起こすなど、誰も思っていなかっただろう。

 買った当初、咲はまだ幼すぎてルールを理解出来なかった。そのため咲と遊ぶ傍ら、暇を見つけた照だけが麻雀を学んでいた。照も前から興味を惹かれていたらしく、真剣な眼差しでルールブックと睨めっこしていたらしい。咲がそれを見つけて駄々をこねることも多かったそうだ。

 照がルールを覚えた頃、これまた試しにと、父親は照を麻雀が打てる喫茶店へと連れて行った。普段は冷静沈着である照も、この時ばかりは落ち着かない様子でワクワクしていたようだ。麻雀を打つ照は、心底楽しそうにしていたらしい。

 初めての対局。その時から既に、照は才能を発揮させていた。

 圧倒的な場の支配。

 異常に高い和了率。

 照の真骨頂ともされる連続和了。

 

 照はまさしく奇才であった。

 

 世の天才をも上回るその才能に、両親は驚くと共に喜んだ。もしかしたら、自身の娘が日本を代表する選手になるかもしれないと。照も照で麻雀が大好きになっていたため、そんな未来を夢想するのは自然なことだった。

 そんな姉を見て、咲も麻雀を覚え始めた。……これが、悲劇の幕開けだったのかもしれない。

 

「これで、家族四人で麻雀が出来るね!」

 

 咲の多大なる努力のおかげで、そう間を置くことなく家族で麻雀を打つようになった。

 

 楽しく和気藹々に打とう。

 

 ……父親とのその約束は、結果として果たせなかった。

 

 照は奇才(怪物)だった。

 そして咲は、鬼才(魔物)だった。

 

 その強さは他の凡夫とは一線を画しており、圧倒的な才を持つ照でさえも、咲の前では歯が立たなかった。まるで神に与えられた恩恵かと錯覚させるほどの、類稀なる才を咲は秘めていたのだ。

 これには流石に両親も唖然となった。もう一人の娘の実力が、まさか照をも超えるなんて思ってもみなかったのだ。

 照は最初こそは咲の才を喜んだ。姉妹二人でプロ雀士になるのも夢じゃないと、心の底からそう思っていたのだ。

 

 しかし時が経つにつれて、照は少しずつ、ほんの少しずつ不機嫌になっていった。

 それも仕方のないことだったかもしれない。

 姉なのに、自身の方が早く始めたのに、妹である咲に全く勝てない。頭では最低だと理解していても、咲に対する妬みや嫉みなどの悪感情が産まれるのを、照は抑えられなかった。

 咲も次第に、照のそのような想いを感じ取っていった。そのような感情を姉からぶつけられるのは初めてで、咲はすごく悲しんだ。

 なんとかしないと。

 どうすればいいんだろう。

 必死に考えついた答え。それは「自分がわざと負ければいいんだ」という、出してはいけない回答だった。

 咲を責めることは出来ないだろう。子どもだからこそ、安易な結論に行き着いてしまっただけなのだから。

 咲はただ、みんなで楽しく、大好きなお姉ちゃんと一緒に遊びたかっただけなのだ。

 

 ある日を境に、咲が勝つことが目に見えて少なくなっていった。照は当然不思議に思い、そして察してしまった。咲は手加減してるのだと。

 第一に照は自身を恥じた。可愛い妹に、こんな風に気を遣わせるなんて、お姉ちゃん失格だと。

 第二に照は怒りを感じた。手加減されて勝っても、これっぽっちも嬉しくないんだと。やるのなら、勝つのなら全力で挑まなければ意味なんてないんだと。

 

 この日から、家族麻雀は歪なものへと変化していった。

 勝っても負けても、最終手段のプラマイゼロでも、不機嫌になってしまう照。

 最初は好きだったのに、麻雀自体が嫌いになっていくのを止められない咲。

 崩壊するのも、呆気なかった。

 

 崩壊したその日は、最後の家族麻雀が行われた日だった。

 

 

****

 

 

「の、のどちゃん! なんか大変なことになってるじぇ⁉︎」

「もう! 咲さんは何してくれてるんですか⁉︎」

 

 清澄高校の選手という、咲とバッチリ関係者である和と優希は、準決勝の観戦を放ったらかしにしてスマホの映像にかじり付いていた。

 わざわざ旧友の試合を見ようとこうして会場にまで駆け付けたのにも関わらず、待っていたのは山程の観客で埋もれている中継会場と、訳の分からぬ間に開かれている咲に関する会見だった。特に後者が酷い。意味が分からない。どうしてこうなった。

 会場で聞いたアナウンスのような何かには心底驚いた。何せ親友が今まで隠し通してきた秘密が、物の見事に暴露されているのだから。

 面倒ごとの気配を感じた二人は直ぐさまそこから退散し、落ち着ける場所にて会見を聞くことにしたのだ。だから今二人は、会場の外の木蔭にいる。

 

『その日は、最後の家族麻雀が行われた日だったそうです』

 

 聞き覚えのあるシチュエーションに和は胸が痛む。和は咲から直接何があったのか聞いた身である。この後に起きたことも、当然知っていた。

 

『その日、我慢しきれずに照さんは咲さんに怒鳴ってしまったようです。「どうして本気で打ってくれないの!」と。そんな照さんに対して、両親は落ち着くように取りなしたようですが……』

 

(……おや?)

 

 和は首を傾げた。

 咲から聞いた話しと、似ているようで細部が異なっている。

 確かに照がそんなことを言ったとは聞いた。でも記憶通りなら、母親もそんな感じだったような……。

 

『その間俯いていた咲さんから、鼻をすするような音を聞いたときに、照さんはやっと冷静になったようです。……でもそれは、全てが終わってしまった後のことでした』

 

 …………あれ?

 なんですかそれは……?

 そんな話しは知りませんよ……?

 

 和は絶賛大混乱していた。

 細部どころではない。これでは聞いた話しと完璧に違う。咲はここでブチ切れないとおかしいのだ。でなければ、あんな性格の悪い女の子は完成しない。

 

『咲さんは泣きながら照さんに訴えたようです。「もう嫌だ、もう麻雀なんてしたくない。もうそんなお姉ちゃんは見たくない」と』

 

「咲さんはそんな純真な人じゃありません!」

「ど、どうしたんだじぇのどちゃん!!?」

 

 突然の叫びと、そのあまりにもあんまりな内容の発言に飛び退く優希。

 自称親友、言ってることが最悪だった。

 

『「お姉ちゃんなんてだいっきらい!」。これが、別れる前に照さんと交わした、咲さんの最後の言葉だったそうです』

 

 和はこの時になってやっと察した。

 ……これ、捏造だ。そうに違いない。

 訳知り顏で語っているこの人は、このような公の場面で、堂々とウソ八百を並び立てているのだ。並の度胸ではないのだろう。

 なぜそのような必要があるのか分からないが、ここまで大々的に報道してしまったのだ。もう取り返しはつくまい。

 

(私は知らない、私は知らない、私は知らない、私は知らない、私は知らない……)

 

 ……和はそっと、胸の奥の奥に真実を収めることに決めたのだった。

 

 

****

 

 

 その後すぐ、二人に別れの時が来た。

 母親が都合で、長い間東京に移り住むことになったのだ。

 父親は仕事の関係上引っ越すことが不可能で、本来なら単身赴任という形になるそうだったのだが、あまりにも咲との仲が悪くなってしまった照は母親について行くことに決めたのだ。

 このまま同じ空間にいては、関係の修復は見込めない。一度、距離をとってみようと。

 喧嘩別れになってしまった二人。そんな二人を再び結び付けたのは、やっぱり麻雀だった。

 

 別れの後、照は麻雀を極めようと努力した。方向性がおかしいかもしれないが、照にはそれくらいしか出来なかった。

 今度咲と麻雀するときは、咲が心から楽しめるくらい強くなろう。咲の全力にも、応えてあげられるくらい強くなろう。

 その想いが実り、照は高校二年生の時にインターハイ、春季大会で個人戦一位を獲得。名実共に高校生最強の名を手に入れ、『高校生一万人の頂点』と呼ばれるまでに成長した。

 

 一方咲は、麻雀とは極力関わらない生活を送っていた。無意識に垂れ流される圧倒的な強者としてのオーラが、咲をそうさせていたのだ。

 「自分と麻雀を打つ人は、麻雀を楽しめなくなるんだ」と、大好きだったはずの姉との別れは、咲にそんな自己暗示を刻み込んでいた。

 長い間そのような生活を送って、咲は高校生になった。

 そのとき咲は出会ったのだ。

 全中覇者である原村和と。

 きっとこれは、出会うべくして出会った、運命的なものだったのかもしれない。

 偶々友人がその頃になって麻雀に興味を持ち、偶々その日に限って面子が足りなくて、偶々その日暇していた咲を友人が無理やり麻雀部に誘い、導かれるようにして原村和と出会ったのだ。

 そして、咲にとっては本当に久しぶりの麻雀が行われた。咲にとって久しぶりの麻雀は、姉との悲しい別れの原因である麻雀は、楽しかった。楽しかったのだ。

 でも、咲が楽しくても、周りはそうじゃない。そう思っていた咲は、家族麻雀でやっていたようにプラマイゼロで和了ることにした。

 

 みんなが楽しく麻雀できるように。

 嫌われないように。

 波風立てないように。

 

 そんな無意味な心配は、簡単に打ち砕かれた。和が、打ち砕いてくれた。

 

「全力で打ってない人と打っても楽しくありません! 私にも、楽しませて下さい!」

 

 そんな意味不明な理論でしつこくアタックされたため、咲は一度だけ本気で打つことにした。どうせこんな自分を見たら、あのようなことは言えなくなってしまうんだろうと。諦観に似た気持ちで、全中覇者である和を手心加えることなく封殺した。

 咲にとって予想外だったのはその後。

 

「もう一度! もう一度だけお願いします!」

 

 負けたことが悔しい、でもそれ以上に楽しそうな和は、咲にとっては新鮮だった。だからこそ、咲は思わず聞いてしまっていた。

 

「私と麻雀打つの、楽しい?」

 

 その問いには、満面の笑みと共に答えが帰ってきた。

 

「はいっ! とっても楽しいですっ!」

 

 咲はこのとき、ようやく思い出したのだ。自分は、麻雀が大好きなんだと。麻雀がしたくてしたくて堪らないんだと。

 

「……お姉ちゃんとまた、麻雀したいな」

 

 大嫌いなんて言ってしまった。本当は大好きなお姉ちゃんなのに、そんな心にも無いことを言ってしまった。

 

「それでも、お姉ちゃんと麻雀がしたい。今はもう何をしているか全然知らないし、もしかしたら嫌われてるかもしれないけど、出来ることならもう一度、お姉ちゃんと麻雀がしたい!」

 

 家に帰り、父にそう告げた咲。その時の父はとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「咲がそう言うのを、ずっと待ってたよ」

 

 取り出されたのは、照の記事が特集されている記事。あるアナウンサーとの対談形式の会話が載ってあり、照の本心が語られていた。

 

『仲直りしたい人がいる』

『麻雀が大好きだったその子と、仲直りしたい』

『私のせいで喧嘩別れみたいになったその子と』

『でも、不器用な自分では、面と向かって謝れないから』

『だから、その子が大好きだった麻雀を通して、仲直りがしたい』

 

 ……すれ違っていただけだったんだ。

 ……気持ちはずっと繋がっていたんだ。

 

 咲は照に、無性に会いたくなった。

 

「お父さん、明日お姉ちゃんのところに行こう!」

 

 

****

 

 

『そして四月半ば頃に、咲さんは白糸台高校に訪れました。照さんとは、それはもう感動的な再会を果たしたのです……』

 

(うわぁ〜、大分盛ったなぁ。引くわぁ……)

 

 両親に迷惑掛けない程度に話しを捏造して良いという、咲の出した条件をギリギリにまで活かしたその話術に咲は感動を覚える。何より語りが上手い。特に評価したいのが、咲の心情をこれまた不自然なく感動的な()()に組み込んだことである。最早かすってすらいない。

 しかしこれで、聴衆を味方に付けたことが出来ただろう。

 その代償として咲のキャラは、良い言い方だと『健気な妹』で、悪い言い方だと『シスコン』というところだろうか。どちらも全力でお断りしたい。

 

 実際は、ストレスマッハでブチ切れた女の子です。

 

「グスン……えぇ話しやぁ〜。うち感動したで!」

「ホンマに、苦労したんやなぁ」

 

 此処に見事に騙された観客が二人いた。これはもう、嘘だと言えない。

 

「(咲、何これ? 私聞いてない)」

「(私も聞いてないよお姉ちゃん。でも、“こうだった”ってことにしよう)」

「(分かった)」

 

 小声での打ち合わせが終了する。

 

『そして照さんと咲さんは約束しました。全国大会の舞台でまた会おうと。その約束は果たされ、今二人はこの場にいます。……ですが、トーナメント表を見ての通り、清澄と白糸台は決勝にならないとあたりません。そんな折に今日の朝、照さんの応援に訪れた咲さんを見て、……親心が働いてしまったのです』

 

(なるほど、そう持っていくのかー。監督さん中々上手いなぁ)

 

 聴衆を味方に付けた状態で、このように言われれば心情的に責めにくい。これなら罰は罰でも、厳罰は免れるかもしれない。

 

(あとは私とお姉ちゃんがあの場に行って、監督さんを庇えばいい感じになるかな?)

 

 悪巧みは止まらなかった。

 

『先ほど宮永咲選手が披露した、あの現象は何なのでしょう?』

『あれは、幼い頃照さんが咲さんを寝かし付けるために歌っていたそうです。それが切っ掛けで、あのようなことが出来るようになったと聞きました』

 

「(サキ、今のホント?)」

「(全ッ然。偶々テレビで流れたのを鼻唄で歌ってたら、お父さんに効果があっただけだよ?)」

「(ロマンのカケラもないね……。真実は残酷だ〜)」

「(とりあえずお姉ちゃんは、あの歌今すぐ歌えるようにして)」

「(……うぃ)」

 

「それじゃお姉ちゃん、行こっか?」

「そうだね。大丈夫、咲は私がフォローする」

「お願いね、お姉ちゃん。淡ちゃんはどうする?」

「へ? そりゃ控え室にもどるよ? まさか巻き込まないよね⁉︎」

「さすがに今回は無理かな、……残念」

「ホント止めてよ⁉︎」

 

 二人の次の舞台は会見会場に決まった。

 やるべき任務は二つ。仲良し姉妹を世に見せ付け、監督を救うこと。

 

(まぁ、なんとかなるでしょ)

 

「絶対淡ちゃん巻き込んでやる」

「だから止めてって言ってるじゃん!」

 





一つお知らせです。
1話から加筆&修正しました。
まだ全ての話が終わってませんが、時間を見つけて修正したいと思います。興味があって時間のある方は是非チェックしてみて下さい。
いやー、最初のほうはホントあれだったんで……。


……咲-Saki- の原作で一つ、目を疑うものが飛び込んできました。
まだ見てない方もいると思いますが(自分も内容を読んだわけではない)、カラーページが衝撃だったんです。

以下にそのネタバレを一言で書くので、ネタバレダメゼッタイ! の人はここでbackしてください。



























淡の胸デカすぎィッ!!?


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8-3

……お待たせしました。
本当に申し訳ないです。

14巻のある意味でのネタバレがあるのでご注意を。
ではではどうぞー!




「……とりあえず、お父さんとお母さんに連絡しないとだね」

「そうだね。お母さんの連絡は私に任せて」

「うん、私はお父さんに連絡するから。お願いね、お姉ちゃん」

 

 千里山の控え室を出る前に、咲と照は両親にメールで一報を入れることにした。そうでもしないと、後でもし両親までもがマスコミに迫られた際に、辻褄が合わないという事態に陥りかねないからだ。

 その展開は冗談抜きでヤバいやつである。下手したら二人の人生が社会的に終わってしまう。これは至極当然の判断であった。

 

 二人は適当に文面を考え、まぁ大丈夫だろうと思うものを作り上げそのまま送信した。内容は簡潔に述べると『謝罪、マジ謝罪、本当に謝罪、んじゃよろしくねー』といったものである。

 当事者以外が読めば、「オイ、ふざけんな」と言われること間違いなしの内容だが、恐らく両親も娘二人に対して少なからず負い目を感じているだろう。二人はそう推測していた。

 そのため、二人はこの我儘を突き通す腹積もりである。

 許して下さいごめんなさいと、心の中で全力で謝ったので問題ないのだ。……多分。

 

「それじゃ、皆さん。お世話になりました。怜さんは体調に気を付けて下さいね」

「じゃあね、怜。また、機会があったら」

「ありがとうな、咲ちゃん。照もおおきにな。今度時間あったらメシでも行こな?」

「うん、そのときはみんなでね」

「せやな」

「……淡も挨拶くらいしなさい」

「ハーイ」

 

 照にそう言われた淡は、今日の対戦相手である竜華に視線を向ける。対する竜華も、泰然とした態度で応えていた。

 

「今日の大将戦、楽しみにしてるよ。関西最強だか部長だか何だか知らないけど、私たち白糸台に歯向かうなら容赦しないから」

「うちも楽しみにしてるで。一年生で大将を任されるその実力、拍子抜けにならんことを祈るわ」

「言ってくれるね……。せめて私に本気を出させてみせてよ。そしたら認めてあげる」

「……その生意気な態度、絶対改めさせたるわ」

 

 バチバチと火花を散らし睨み合う二人。戦意は十分以上に充填されたようだが、些か包む空気が殺伐とし過ぎている。

 他校の上級生に対する淡の不躾な態度に、照は自然と溜め息が溢れた。

 

「……淡、私は挨拶しなさいって言った。喧嘩を売れとは言ってない」

「まぁまぁお姉ちゃん。淡ちゃんは馬鹿なんだから仕方ないよ」

「うっさいわッ!」

 

 爽やかな笑顔で悪意全開の発言をする咲。その点だけはいつも通りであった。

 その後はしばらく、改めて咲に対する感謝を千里山勢は告げていたが、機を見て三人は抜け出ることにする。

 

 扉を前にした咲は苦虫を噛み潰したような表情に変わる。

 

(あぁ、面倒だな〜……)

 

 正直この後のことを考えると憂鬱であったが、いつまでも此処にいても仕方がない。

 それよりも逸早く監督の救助と、清澄と白糸台の面倒ごとを片付けなければならないのだ。一々文句を垂れている場合でもない。

 

 よしっ! と気合いを入れて、咲は控え室の扉を開けた。

 その先に、沢山のカメラとマイクを持った人が見えた。

 バタンッ! と、咲は反射的に扉を閉めた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 ドアノブを握ったままの姿勢で固まる咲。

 その側でいつも通りの無表情を貫き通す照。

 ついでに面白そうなものを見たと、心底愉しそうにニヤニヤしている淡。

 

「………………ハァ…………」

 

 咲の口から疲れ切った息が漏れた。

 まさかこの早さで第一関門があるとは予想外であった。加えてアレらは避けようにも避けられない。窓から逃走など、幾ら咲でも不可能なのだ。

 取れる手段はただ一つ。正面突破である。

 

(……ふむ)

 

 ……さて、どうしようか……?

 ーーそうだ、生贄を捧げよう!

 

 結論は迅速だった。

 

「……というわけで淡ちゃん、あの人たちを引き付ける役を任命してあげるよ」

「おい、フザけんな。ここで私を巻き込むとか、サキやっぱ頭オカシイんじゃない?」

「失礼な。常に頭お花畑の淡ちゃんには二度と言われたくない一言だよ?」

「ーーいいから潔く死ねぇえッ!!!」

 

 沸点の低さに定評のある淡は物騒な叫びを上げた。これは決して、口喧嘩に敗北した負け犬の遠吠えではない。

 

「やぁッ!」

 

 淡は咲が油断している隙に、開けることを躊躇っていた扉を強引にこじ開けたのだ。

 

 淡ちゃん大勝利の瞬間であった。

 

「あっ……」

 

 対応間に合わず、時既に遅し。

 開かれた扉の向こう。

 先頭にいた咲含め三人を盛大に出迎えたのは、雨霰のように降り注ぐフラッシュの数々であった。

 

「宮永姉妹が出てきました!」

「宮永咲選手! 会見前に一言!」

「チャンピオンも何か一言お願いしますっ!」

「おい、期待の新星である大星選手もいるぞ!」

「皆さんは元々お知り合いだったのですか!」

「何か、何か一言だけでも!」

「「「「「宮永選手っ!」」」」」

 

(……あぁー、うるさいうるさいうるさい……)

 

 ーーいけない。このままでは、生ゴミを見るような目でマスゴミを睥睨してしまう。

 

 そう直感した咲はすぐさま作戦を考察する。

 この鬱陶しい状況を打破できる最善の一手とは何か。自身の立ち位置、ポテンシャル、周りの存在。

 全てを考慮に入れた末に、中々に面白い妙案が浮かんできた。

 それは非常に簡単なこと。

 一芝居打てばいい。

 

「ーーひぃっ!?」

 

 人の圧力に怯え咄嗟に、といった様子で、咲は淡の後ろに隠れることに成功した。瞳には涙を溜めて、ついでに淡を微妙に前に押し出すのも忘れない。むしろ遠慮無くグイグイ押していく。

 

「……はッ?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのは淡である。

 今の状況の意味が分からない。

 何故今回の騒動に無関係な自分が最前線にいるのかも、突然猫被りやがった背後の悪魔のことも。

 

(こんのッ!?)

 

 早速生贄に捧げられたことを理解した淡は、怒鳴り付けてやろうかと後ろを振り向く。咲は示し合わせたかのように瞬時にしゃがんだ。とことん逃げる姿勢である。

 そのため淡の目に映ったのは、普段公の場で魅せる笑みとは異なる微笑をたたえた照の姿で。

 

「ーーッ!??」

 

 ーーそれを見て、心底ゾッとした。

 

 背筋に氷を当てられたように鳥肌が立ち、一瞬身体の自由が奪われるほどの恐怖を感じていた。

 怒髪天を貫くとは正にこのことだろう。まるで照が発する怒気が、可視化されたのではないかと錯覚する。

 

 瞳が一切、笑っていない。

 

 深淵の底の如く黒く深いその瞳は、淡を含めてその周りにいた全ての人間を呑みこんでいた。その証拠に、騒がしかった廊下はいつの間にか静まり返っている。

 照はその笑顔のまま、マスコミに話し掛けた。

 

「……申し訳ありません。妹はまだこのような場面に慣れていないため、出来るのならば今は引き上げてもらえないでしょうか? 語るべきお話は、会見でしっかりお伝えしますので」

 

 小首を傾げお願いを告げる照。

 それに対し、マスコミは反応を返せない。照がこのような態度を取ったことが一度もないため、どのように動けばいいのか判断が付かなかったのだ。

 暫しの間、固まる空気。

 

「……はぁ、仕方あらへん」

 

 その状況を見て溜め息を吐き、助け舟を出してくれたのは愛宕監督であった。

 

「皆さん。控え室前で騒がれては困ります。今は宮永選手の言う通り、引き上げてもらえないでしょうか? 私も後日、勝手に選手を招き入れた件について謝罪いたします」

 

 それが駄目押しとなった。

 

 この場での責任者にこう言われては引き下がるほかなく、渋々といった様子でマスコミ関係者は消えてゆく。

 

 その成り行きを見届け、咲は口許を歪めた。

 

(……ふふっ、上手くいった)

 

 誰の目にも映らないように、咲は密かに(わら)っていた。ここまで思い通りにことが進むとは。これでは笑わない方が難しい。

 咲は理解していたのだ。

 例え嘘だと分かっていても、涙を浮かべる自分を見れば、優しい姉は激昂するであろうことを。愛宕監督の助け舟までは予想できなかったが、照さえいれば邪魔な有象無象を蹴散らすことに成功したのは変わりない。

 これで会場までの猶予期間を手に入れられた。

 辻褄合わせと台本作りをしたい咲としては、照と二人きりになる時間が欲しかったのだ。千里山の控え室では、きっと虚実入り混じったカオスなことになるので、有益な話し合いが不可能だと判断したためである。

 あとは何不自然なく、速やかにここから退散するだけであった。

 

「ありがとう、お姉ちゃん。愛宕監督もありがとうございました」

「ご迷惑をお掛けしました」

「別に構わんよ。私にはこれくらいしか出来んからな。ここからは付いて行ってやれへんけど、大丈夫か?」

「はい、問題ないです。ありがとうございました」

 

 頭を下げて別れを告げる。

 控え室前に集まった千里山メンバーに手を振られ、見送られる咲と照と淡。特に怜と竜華は感謝の念が絶えないのか、いつまでも「ありがとう!」と言っていた。

 

「照! 次会うときは決勝やで!」

「分かった。楽しみにしてる」

 

 最後に怜と照が再会の約束を交わし、千里山とはお別れとなった。

 

 三人はゆっくりとした足取りで角を曲がり、控え室からは見えない場所に到着する。

 念の為に周囲を確認するが、その場にいるのは自分たちだけであった。

 

「「「……ふぅ」」」

 

 三人同時に一息吐き。

 

「……こんの悪魔がぁーーッ!!」

 

 案の定淡がキレた。

 炸裂する鋭いアイアンクロー。怒り30%、殺意70%が込められたその一撃は、淡の限界値を遥かに超えた底力があった。

 対し咲は、手を一閃することでその凶手を軽々と弾き返した。

 

「ーーッ!?」

 

 眼を見張る淡だったが、攻撃の手を緩めることはない。強烈な一発を顔面に打ち込む気満々であった。

 

 しかし、相手が悪かった。

 

 咲は立て続けに襲いくる物理攻撃も、ステップを刻みながら踊るように躱しきる。何処でその戦闘技術を身に付けたのかと疑問に思う程に、咲の動きは洗練されていたのだ。

 

 激しい攻防の最中に、咲は隙を見て淡の懐に侵入し、アッパーの要領で顎を穿つーーことは流石にしなかった。

 

「どーどー、まぁまぁ落ち着いて淡ちゃん。カルシウム足りてる?」

「足りてるわボケェッ! 毎日摂取してるお陰もあって、サキみたいな貧相な胸してませ〜ん♪」

 

「ーーあ゛っ?」

 

 …………淡は知らなかった。

 今の発言が、魔物の逆鱗に触れるものであったということを。

 地雷原を素っ裸で爆走するに等しい愚かな行為をしたことを。

 

 

 

 ーーコロス。

 

 

 

 地獄の底から響く怨嗟の声が、咲の口から溢れ出る。

 

「ーーフッ!」

「うぐッ!!?」

 

 淡が捉えることの出来ない早さで、咲の拳が腹部へと叩き込まれた。

 衝撃と痛みに腹を抑え前傾姿勢に変わる淡だが、咲はそれを許さない。

 

「ーーハッ!」

 

 咲は両手で、淡の胸を鷲掴みにしたのだ。

 

 モニュンッ♪

 

「ーーぁんっ……!」

 

 触りどころが絶妙だったのか、淡から妙に(なまめ)かしい声が漏れる。醸し出される(あで)やかさは、異性を魅了して虜にすること間違い無しであろう。

 だが、残念ながら咲は同性。

 そもそも、淡の艶声自体耳に入っていない。

 

 咲は二度三度ソレ()をモミモミしながら、全神経を手の平に集中させていた。

 

「ちょっ……サキ、やめ、……んぅっ! あんっ!」

 

 抵抗できずに身体を()じらせる淡。顔は段々と熱を帯びていき、纏う色香は周囲へと発散されていく。

 それでも咲は反応を示さない。

 

 触れた感触は、おもちのように柔らかな弾力。丁度手の平に収まるソレ()は、人間の理想を象ったと錯覚する程に完成されていた。

 同時に、今触れているソレ()が、紛れもない本物だというのが嫌でも理解できてしまった。

 

 その瞬間、咲の瞳から光が消え去った。

 

 微かにあった瞳の煌めきは瞬時に闇へと侵食され、何物を見通せない暗黒へと姿を変える。

 変貌を遂げた咲の瞳は、殺人鬼そのものであった。

 

 ギリギリギリと、ナニカが軋む。

 明かされた屈辱的真実に、醜い憎悪が溢れ出る。

 

 ーー……滅っ!!!

 

 気付けば咲は、ソレ()を万力の如き力で握り潰していた。

 

「……って痛いイタイイタイ痛いッ!?」

「……胸が何だって? 淡ちゃん?」

「もげるもげるオッパイもげちゃうッ!?」

「……おかしいなぁー。前会ったときはこんなんじゃなかったと思うんだけどなぁー?」

「ギブギブマジギブッ!! 私のオッパイがぁッ!!」

 

 完璧に八つ当たりであった。

 それも、最もタチの悪い私怨に充ち満ちたタイプの八つ当たりであった。

 

「……あぁ、憎たらしい。……えっ? 何なの? 何なのこのたわわに実った脂肪は? 私に何の恨みがあるの?」

「恨みしかなイッタぁあああいッ!!? 助けてテルー!!」

「……砕け散れ」

「ヒドイッ!!?」

 

 ……淡は学んだ。

 貧乳を馬鹿にすると、碌なことにならないことを。

 

 解放されたのは一分程度の時間が経ってからで。

 咲が憎しみを込めて握り潰そうとした淡の胸は、一時的に形が変わるほどであったらしい。

 

「……オッパイがイタイ……」

 

 尭深の話によると、控え室に戻ってからの淡は終始そう呟いていたそうだ。

 

 

****

 

 

「こんな感じでオッケーかな?」

「多分大丈夫だよ、咲」

 

 二人の目の前には、会見会場へと繋がる扉。ここを開ければ戦場である。

 覚悟は決めた。

 概ねの台本も考えた。

 もしものために目薬もさした。

 

 準備万端、完璧である。

 最後に必要なのは度胸のみ。

 

「それじゃあ、行こうかお姉ちゃん?」

「そうだね、咲」

 

 二人は笑い合い、せーのっと声を合わせ、勢いよく扉を開け放つ。

 

 これが、咲と照。

 宮永姉妹が踏み出す新たな世界への第一歩であった。

 




ゆるゆりになると思いました?
残念でした(笑)少なくともここの咲さんにその気はありません。
でも!この展開はやりたかったんです!
淡ちゃんのおっぱいネタは14巻読んで絶対やらなければと!

……それでホントにすいません!
更新も遅く、展開も遅いというこの体たらく……反省しなければ!
なのに最近新作が書いてみたいという欲求まで湧く始末……。時間が足りない!

リリカルマジカル頑張ります!


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8-4

※注意点
当ssはハンターハンターではありません、咲です。
あと、私は別に和が嫌いとかないですからね?普通に好きですよ?

ではどうぞー。あ、オマケあります。




 爽やかなそよ風が肌を撫でる。遠くから耳に届く喧騒は、別世界の出来事かと錯覚するほどに辺り一帯は平穏に包まれていた。

 快適な空間。絶好の散歩日和である。もしくは燦々と降り注ぐ陽光の下で、限りあるこのひと時を昼寝に費やすという贅沢も悪くないだろう。

 そんな本日の昼下がり。

 

 ──……なのになんで私はこんなところで、こんな思いをしなければならないんでしょう……。

 

 さらさらと樹々の葉が擦れて生み出す音が心地良い、麗らかな陽射しが微かに差し込む樹蔭で。

 

 お腹を押さえ青い顔をした少女が一人いた。

 

 煌めく桃色の髪を二房に纏めている彼女は、正しく絶世の美女と形容するに相応しい容姿をしている。

 整った顔立ちに加え、スタイルも抜群。彼女の前では何処ぞのアイドルも裸足で逃げ出すだろう。

 

 神から与えられた造形を欲しいままにしている彼女なのだが、現在はその美しい相貌が霞むほどに顔色が悪い。

 優れない表情から、彼女にとって一大事な事件が発生していると推測出来る。どうやら彼女には、散歩やら昼寝やらに費やす時間は一秒足りとも用意されていないようだ。

 

 彼女の手元にはスマホが握られていた。様子から察するに、通話やメール目的ではない。テレビの映像が流れていて、それを凝視しているらしい。

 画面にはこのような文字列が表示されていた。

 

 『高校麻雀界に聳える巨塔、宮永照による緊急会見』

 

 そう、緊急会見である。

 恐らくであるが、この会見は全国の麻雀ファンの目を釘付けにしていることは間違いないだろう。それ程までに注目度が高い内容なのだ。

 理由の大半を占めるのはその名前にある。『宮永』という名に関して、高校麻雀界において知らぬ者はいない。何を隠そう、現高校生チャンピオンの名が『宮永』なのだから。

 

 宮永照。それが、高校生一万人の頂点に君臨する少女の名前である。

 

 しかしこの少女──原村和にとって、照自体は非常にどうでもいい存在であった。

 確かに彼女が胃を痛めている原因であるにはあるが、照は間接的な要因に過ぎない。

 和がここまで胃を削る思いをする羽目になっているのは、照ではなくその妹に当たる人物──宮永咲がこの会見に関わっているからである。

 宮永咲。宮永照の実の妹、和と同じ高校──清澄高校に所属する一年生、今大会長野県団体戦代表校の大将。

 色々と表現の仕方があるが、和が一言で物申すならこれに尽きる。

 

 ──あの悪魔っ!

 

 声無き叫びを上げると同時に、自身の憔悴加減に和は愕然とする。

 普段なら、あの頼り甲斐のある親友にこんなことを思わないのに! と、ここ最近急激にスレている自分を実感してちょっとショックを受けていた。

 

「のどちゃーん! ジュース買ってきたじぇー!」

 

 手にペットボトルを二つ持った少女が此方に駆けてくる。

 彼女は片岡優希。和のもう一人の親友にして、和と同様の立場にある被害者仲間である。

 

「……優希、ありがとうございます」

 

 受け取った飲料水を胃に刺激が少なくなるようにコクコクと飲んでいく。これで若干であるが楽になった気がした。……多分文字通り気のせいなのだが。

 

「いやー、危なかったじぇー。私のことを覚えてるっぽい人も沢山いたから、ジュース買うのも一苦労だったじょ」

「……良かったじゃありませんか。日頃から有名になりたいと、優希は仰っていましたし」

「うーん、あれは何か私が思ってるのと違うから嫌だじぇ……。のどちゃんの苦労が少しだけわかった気がするじょ」

「……それは何よりです」

 

 この手の話題で優希と共感出来たのは初めてだなと、和は思った。正直どうでもいいなとも感じていた。

 

『『──失礼します』』

 

 映像の中で動きがあった。

 画面隅から声と共に現れたのは二人の少女。

 似た面差しに特徴的な髪型が瓜二つである。彼女たちを初めて見る者でも、姉妹か親族関係にあるのではと思える程だ。

 今思うとどうしてバレなかったのでしょう……? と和は思うが、こうなってしまった以上どうでもいいことだとその疑問を頭の中から投げ捨てる。

 

「おっ! ついに咲ちゃんとチャンピオンが出てきたじぇ!」

「……そうですね」

 

 彼女たちこそ、今世間の目を釘付けにしている『宮永』に名を連ねる者たちである。この言い方だと、代々『宮永』が何かしらやらかしている様に聞こえるがそんな事実はないので要注意。

 

 赤みがかった髪を肩の辺りで切り揃えた少女が、現高校生チャンピオンの宮永照。

 艶のある茶髪をショートに纏めているのが、和の親友にして悪友の宮永咲である。

 

「のどちゃん、元気ないけどどうかしたのか?」

「……いいえ、大丈夫です。問題ありませんよ」

 

 空元気で微笑を浮かべる。

 率直に言えば全く大丈夫じゃない。物の見事に巻き込まれているのだ。ストレスが溜まっても仕方が無いだろう。

 

(お願いですから、これ以上私の胃を削らないで下さいね、咲さん!)

 

 せめて、せめてこの願いよ。天まで届け!

 ゴクリと唾を飲みこんだ。

 

『『この度はお騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした』』

 

 映像では咲と照が簡単な挨拶を済ませ、着席したところである。引っ切り無しにフラッシュが焚かれているため、画面が超眩しい。

 

(あぁ、……早速咲さんの機嫌が……)

 

 咲は平静を保ってはいるが、和には分かる。あれはかなり苛ついていることが。

 過去、合宿前にあった『メイド服事件(和命名)』よりかはマシなようだが、これは時間の問題かもしれない。この後の展開が非常に心配である。

 和が心中穏やかでない状況のなか、会見は順調に進んでいった。

 

『まず、先程あった監督のお話ですが、あれは全て真実です』

 

 話すのは主に照の役割らしく、咲は姿勢正しくじっと大人しくしている。多少違和感はあるが、どうせ演技だろうと和は気にも留めなかった。

 

『私たち家族の問題に、監督や高校自体を巻き込んでしまったこと、深く反省しています。応援してくれるファンの皆さんにも迷惑を掛けてしまいました。本当に申し訳ありません』

 

 普段の照というものを知らないため、和から見ると今の照は真摯そのものだ。

 隣でも優希が感心したように「ほほ〜う」と言っている。きっと、照が何を謝っているのかをよく分かっていないのだろう。優希はそういう子なのだ。

 

『責任はとります。……ただ、これで私たち白糸台高校と、妹の清澄高校が失格扱いになってしまうのは避けたい、というのが本音です』

 

 和としても照の言葉には大賛成である。

 ただ、責任を取ると言っておきながらその発言は頂けない。なので、この場面を一体どうやって切り抜けるつもりなのだろうかとも思う。

 この後の展開次第で自分たちの行末が決まるのだ。緊張せずにはいられない。

 和は画面を注視し、一言一句聞き漏らさないようにと心掛ける。

 

『これは私の我儘でお願いです。本来ならこのようなことが許される立場でないのは理解しています。……それでももし、皆さんがこのお願いを叶えてくれるのならば……』

 

 一呼吸分の沈黙。

 そして、

 

『私は、今後の人生を、麻雀にかけることを誓います』

 

 毅然とした態度そう言い放つ。

 照の瞳には覚悟の焔が灯っていた。

 

 

****

 

 

 照の発言に、会見会場はどよめきに包まれた。

 

「お、お姉ちゃんっ!?」

「大丈夫だよ、咲。お姉ちゃんに任せて」

「で、でも……!」

「大丈夫。それにこんな時にしかお姉ちゃん、良い格好できないから。ね?」

「……分かった」

 

 優しい微笑みをたたえた照に、咲は釈然としない様子で引き下がる。

 照はそれを見届けてから、前へと向き直り話を続行した。

 

「話を戻します。先程の発言ですが、具体的には、私は高校卒業と同時にプロとなることを約束します」

 

 これに対し返ってきた反応は、「おぉっ!」という歓声と、フラッシュの嵐だった。前々から照の進路については関心が向けられていたため、マスコミからすると、この展開はスクープ中のスクープなのだろう。

 

 以前のインタビュー時には明言を避けていた照が、遂にプロになることをここに宣言した。

 これは日本の麻雀業界を動かすことに疑いはない。

 会場の熱気は冷めることを知らず、むしろ加速度的に上昇していく。

 

「……なら、私も」

 

 そのタイミングで、更なる波紋を生み出す発言が為された。

 

「……咲?」

「私も、私もプロになります!」

「さ、咲! あなた何を言って「だって!」……咲?」

 

 照の言葉を遮るように、咲が強く叫ぶ。妹のその必死な様子に、照は思わず発言を止めてしまった。

 急な展開に会場はしんと静まり返っている。その空気の中、俯いていた咲はバッと顔を上げて話し出した。

 

「だって! そうしたら、またお姉ちゃんと離れ離れになっちゃう! やっと会えたのに! だから、私もプロになる! そうすれば今度こそお姉ちゃんと一緒にいられるでしょ?」

「……でもね咲。咲はまだ高校一年生なんだよ? 将来のことをそんな安易に考えちゃ駄目でしょ?」

「確かにそうだけど……でも!」

 

「──別にいいのではないですか? 本人がそう言っているのですし」

 

「「……はっ?」」

 

 突如割り込んできた一声。

 咲と照は同時に其方に振り返った。

 

 

****

 

 

「見ろ、(はじめ)! 実に奇奇怪怪なことになっているぞ!」

「うん、ホントだね。ホント奇ッ怪なことになってるね……」

 

 テレビに映し出されている映像を噛り付くように見ていた少女──天江衣は、現在進行形で目をキラキラと輝かせていた。保護者役として付き添っていた国広一は、そんな彼女を苦笑しながら見守っている。

 用意されているテレビは二台あった。片方は準決勝第一試合の模様が流れており、もう一方は緊急会見と題した衣の友人二人による茶番劇が繰り広げられていた。衣が注目しているのは勿論後者である。

 映像では丁度照がプロになることを表明していた。映像をガン見していた衣の目に光の点滅が容赦無く襲い掛かってくるが、気が昂ぶっている彼女にその程度の光撃は通用しない。むしろ更に瞳を煌めかせていた。

 

「そうかそうか、照はプロになるのか」

 

 うんうんと、愉しそうに衣は頷く。何を考えているのかは分からないが、表情は愉悦に浸っていた。併せておっかないオーラが迸っているのだが、鳥肌が立つ以外に損害はないため一は気にしないことにしている。

 背後で様子を伺っている一はご機嫌な衣を見て嬉しく思うが、少し困ったように笑っていた。

 

(衣……、この会見自体を宮永さんが用意してくれた饗宴だとでも思っていそうで怖いよ)

 

『ロン、8000』

『……は?』

 

 流しっぱなしのもう一方のテレビから和了りの声が響く。

 時間の都合上、準決勝第一試合は継続されていた。白糸台の次鋒は気が気でないだろうに、ちゃっかり千里山の一年から直撃を奪っている。相当肝が据わった実力者なのだろう。

 今ので前半戦東三局が終了。中々に早いペースで対局は進んでいるようだ。

 

『相手を射抜く一閃! 白糸台のシャープシューター、弘世菫! 自校がとんでもなくゴタゴタしているにも関わらず、その狙い撃ちは流麗極まる! これが絶対王者を率いる者の強さなのかーッ!!』

 

「相も変わらず蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)なことだ」

「その言い方はちょっと酷いよ……」

 

 どうやら衣はこの実況は好みではないようだ。耳に入っただけというのに顔を顰めている。

 

「しかし言っていることは正しい。菫の射抜きは見事なものだ」

 

『……それにしても、すこやんはいつ帰って来るのかな? 飲み物買うって言ったきり戻って来ないよー!』

 

「……ん?」

「小鍛治プロが、いない?」

「──衣様」

 

 黒い影が衣と一のすぐ側に現れた。

 

「ハギヨシか。如何にした?」

「はっ。先程、宮永咲様より通知が届きました」

「何っ? 本当か!?」

「此方で御座います」

 

 恒子の実況という名の愚痴を一切無視して、衣はハギヨシから手渡された携帯を見る。「機械は好きではない」という理由の元、管理は全てハギヨシ任せ。これで不便がないのだからハギヨシの有能さには舌を捲く。

 届いた一通のメール。緊急で送られたものなのか文面は非常に短い。

 

『助けて衣ちゃん! 迎えに来て!』

 

 衣の行動は迅速だった。

 

「行くぞ、ハギヨシ! 咲が衣を待っている!」

「既にご用意出来ております」

「うむ、大義である」

 

 早速移動に取り掛かろうと衣が立ち上がったと同時、会見の方の映像が俄かに騒めきだした。

 

「嘘……!?」

「一? 何があったのだ?」

「こ、衣! 宮永さんたち、大変なことになってるよ!」

「うん?」

 

 再度映像に目を戻す。

 映っているのは目を見開いた宮永姉妹と白糸台の監督。彼女たちが狼狽える姿は滅多に拝めるものではない。きっと、許容範囲を遙かに超えたイレギュラーが発生したのだ。

 

 ──その時になってようやく感じ取った。

 

「──ッ!」

 

 背筋が凍るような気配。今迄触れた事もない圧倒的強者が放つ、隠し切れない極大なるオーラ。幾何学的に揺らめく不気味過ぎるナニカ。

 衣ですら震え上がってしまう。咄嗟に身を守るため、対抗するようにオーラを全開にするが冷や汗は止まらない。

 

「……ふふっ」

 

 それでも衣は笑みを深めた。

 

「此度の宴、面白くなるのはこれからか」

 

 向かう先に待つのは宮永姉妹にとって天国か地獄か。

 新たに現れた人物を一瞥してから、口元を吊り上げた衣は意気揚々と歩み出した。

 

 

****

 

 

 少なくても、途中までは順調だった。

 会見会場に姿を見せる前にした事前の打ち合わせ通りに事は進んでいた。

 概ねの流れを簡潔に纏めるとこうだ。『照がプロになることを宣言し、咲もそれに続く』。単純明快だが、与える効果は絶大だと咲と照は確信していた。

 

 最初、照は咲がプロになることに反対した。今回の件で巻き込んだのは照の方だから、咲が重荷を背負う必要はないと。早期に人生を縛ることはないと。

 しかし、咲にも考えがあった。当たり前の予測と言い換えてもいい。

 

「ぶっちゃけ、私が今後『プロにならない』っていう選択肢があると思う?」

 

 照は黙り込んでしまった。

 理由は簡単。咲は今大会で暴れ過ぎたのだ。

 前大会のMVPである《牌に愛された子》天江衣の撃破。個人戦では照を凌ぐ総合得点を叩き出し、全国二回戦では三校の点数を完璧に調整してみせての勝利。打ち出した記録の悉くが前代未聞。咲ほどの実力者が世間から、麻雀業界から放って置かれるわけがない。

 加えて、今日の段階で照の親族だということを公にされた。今後咲がどう立ち振舞おうとも、その事実は咲に付いて回るだろう。

 なら一層の事、開き直った方が賢明である。そう、プロになると表明してしまえばいいのだ。

 別に咲はプロになることを嫌悪している訳ではない。むしろ、強い相手と対局出来るのなら進んでその道を行くタイプだ。忘れている人の方が少ないはずだが、咲は照と同様、麻雀においては好戦的な性格をしている。そのため、プロという舞台は打って付けなのだ。

 

 照も状況を理解し、咲の提案に納得した。残る問題はこの危機を乗り越える方法だが、其方はもう解決したと言っても過言では無い。

 何しろ此方が提供する賭け金は二人の人生。しかもその二人は、当世の麒麟児である照と咲。彼女たちのプロ確約の誓いなら、麻雀協会を黙らせることも可能のはず。

 

 だから、後は如何に感動的に丸め込めるかな〜と咲は楽観視していた。因みに、健気な妹路線を取り消すことは早々に諦めている。もう修復不可能だと察したからである。

 

 準備万端で挑んだ本番。本当に、途中までは順調だった。

 照のプロ確約の誓い。それに伴い会場の熱が増していき、此処ぞというタイミングで咲は切り出した。ここからが本番だった。

 

 予測し得ない、イレギュラーが発生しなければ。

 

「──別にいいのではないですか? 本人がそう言っているのですし」

 

「「……はっ?」」

 

(あっ、思わず素が出ちゃった……)

 

 打ち合わせにない横槍に邪魔されて、咲は恨みがましく声の行方を睨む。

 瞬間、絶句した。

 

(何、この人……⁉︎)

 

 異常だった。異様だった。

 纏うオーラが。放つ威圧感が。

 

(量も質もヤバすぎる……一体、誰?)

 

 答えは、隣で瞠目している姉から齎された。

 

「……小鍛治プロ」

 

 照はそう呟いた。その名前には、周りに興味が薄い咲ですら心当たりがあった。

 

(小鍛治……あぁ、思い出した。小鍛治健夜。確か元世界ランキング2位とかその他諸々で有名なプロ雀士の人かぁ〜……。……?)

 

 ──何でそんな大物がこの場面で現れる?

 

 意味が分からない。

 眉を寄せて訝しげに見つめるが、健夜は微笑しているだけで大した反応を見せない。何か怖かった。

 結局どう動けばいいか判断つかなかった咲は、仕方なく記者から見えない位置で照のスカートをクイクイと引っ張る。此方を向いた照とアイコンタクトを交わした。

 

 ──ねぇ、どうするの? てかこの人何しに来たの?

 ──うーん、どうしよっか……。正直小鍛治プロの登場は私も予想外。本当に何しに来たんだろ……?

 ──まぁ、そうだよね。……とりあえず、発言的には私にプロになってほしいってことかな?

 ──多分……。狙いは分からないけど、もしそうなら味方に引き込めるかも?

 ──方法は?

 ──……、……全力でオーラ叩き込んで、こっちに協力してって伝えてみるとか?

 ──……よし、その方向性で行こう!

 ──そうしよう。

 

 ……この程度の意思疎通、咲と照なら目と目で見つめ合うだけで可能なのである。

 

((では早速……))

 

 ──少し話が変わるが。

 咲と照は個人でも、放つ威圧感は尋常でないものである。それはこれまでの対局風景が物語っているだろう。実際に起こる現象として、対人間なら『冷や汗をかく』、『顔が青褪める』、『吐き気を催す』など。対物質なら『会場の電球を割り停電に追い込む』、『能力と関係があるモノクルを木っ端微塵にする』などがある。

 そんな二人が同時に、しかも全力全開を発揮したらどうなるのか?

 

 答えは、『空気が軋む』である。

 

『ッ!!?』

 

 刹那、会場全体が寒気に覆われた。実際の温度は1度足りとも変化していないが、少なくない人が背筋に走る悪寒を感じていた。

 しかしこれは二次災害。本当の狙いは全く別のところにある。

 

 ──とりあえず私たちに協力して下さい!

 

 二人の視線の先にいる健夜に目線で訴える。きっと普通の人相手ならこれはお願いなどではなく脅迫に近いのだが、咲と照がその程度の茶飯事を気にするわけがない。……そのうち「世界は自分たちを中心に廻っている」とか言いそうな傲慢さであった。

 対して健夜であったが。

 

 

 

 ニコリ。

 

 

 

「「っ!!?」」

 

 びっくりした。反射的に身構えてしまう程に。

 

(……まさか微動だにせず笑みを浮かべられるとは)

 

 訪れたのは一瞬の硬直。

 だが、健夜が機先を制するのには十分な隙であった。

 

「お二人は初めましてですね。つくばプリージングチキンズ所属のプロ雀士、小鍛治健夜です。以後お見知りおきを」

「……白糸台高校先鋒、宮永照です」

「……清澄高校大将、宮永咲です」

 

 唐突に自己紹介をするはめに。健夜が此方の意図を察してくれたのかの把握は出来ないが、この時点で咲は一つだけ悟っていた。

 

(ミスったなー、会話の主導権奪われちゃった。もうコントロール出来ないや)

 

 当初の計画は既にご破算。更に悪いことは重なり、この場は健夜の支配下に置かれた。

 

(……もう、最悪だよ……)

 

 咲は面倒事の気配をひしひしと感じていた。

 

 

****

 

 

「あははは! なんかスッゴイ面白いことになってるんだけど!」

 

 白糸台控え室にて。淡はテレビ画面に指を差しながら、腹を押さえ爆笑していた。ここ二、三ヶ月の中では稀に見る上機嫌さである。

 ストレスとは無縁で常にテンションが高い淡であるが、ここまでご機嫌なのも珍しい。例えるのならば、溜まりに溜まった鬱憤をこの機に晴らしているかのようだ。

 もしかしたら全国大会ということで、日頃は能天気な淡も淡なりに気を張り詰めていたのかも……と思ったら大間違いで。

 

「あはは、サキのざまぁッ!! 今迄のバチが当たったんだよ、バァァァーーッカァッ!!」

 

 がっつり私怨の籠った叫びが響き渡った。淡ちゃんは凄く嬉しそうです。

 

 淡が視聴しているのは当然の如く咲と照の会見である。

 最初は絵に描いたようなシナリオ通りの茶番劇が繰り広げられていたため、淡的にはある意味で面白くはあったが新鮮味は皆無だった。照の演技はとうの昔に見飽きたし、妹である咲も相当な演技力を持っているのは知っていたから、「まぁこんなもんかぁ〜」くらいの感想しか浮かばなかった。

 状況が一変したのはその直後。何故かは全くもって不明だが、あの場の人、いや、全国でこれを見ている全ての人にとってイレギュラーが発生した。

 

 小鍛治健夜の登場。

 

 驚いたが、淡からするとこの展開は面白すぎた。

 

(だって私、全く関係ないもんね〜)

 

 理由の一つは自分が傍観者の立場で高みの見物が出来る点。

 そしてもう一つ。此方が遥かに大きいが。

 

(サキが困るとか超愉しい! 死ね、死ね! そのまま社会的に死んじゃえ!)

 

 咲の不幸だけを全力で願う淡ちゃんであった。

 

 同室にて寛いでいた尭深は、淡に関しては見て見ぬ振りを決め込んだのか完全無視。新しいお茶を注いで一人楽しんでいる。

 "チーム虎姫"で二番目に真面目な誠子は、二人を見て溜め息を吐いた。この一大事を憂慮しているのは、恐らく自分と部長である菫だけなのだろう。

 照を筆頭に、何故こんなに個性的な面々が都合悪く集合したのか。これまでこのチームを率いてきた菫の手腕に、改めて感嘆の想いを抱いた。

 

「……淡、一応白糸台の今後の動向が掛かってるんだぞ。少しは心配くらいしてやれ」

 

 一応、本当に一応苦言を呈す誠子だが。

 

「はん、や〜なこった! 誰があんな性悪女の心配なんかしますかっての」

 

 けっと、鼻で笑われた。一度くらいブン殴ってもいいんじゃないだろうか。誠子は素直にそう思った。

 

『お久しぶりです小鍛治プロ』

『はい、お久しぶりです。以前はお世話になりました。監督業は順調のようですね』

『えぇ、まぁそうね』

 

「へぇー。監督と小鍛治プロって知り合いなんだー」

「……まぁ元プロだからな。そのくらいの繋がりあってもおかしくないだろう」

 

 監督と健夜は知己だったのか少々の雑談を交わしていた。この時点で咲が会話の主導権を握れないことを察し、淡は笑みを更に深める。

 

「あっははー、さてさてどうなるどうなる?」

「……淡ちゃん」

「ん? なにタカミー?」

 

 声に振り向くと、一頻りお茶を味わって満足したのか、ほっこりした顔の尭深が出来上がっていた。淡はそんな彼女を当たり前のようにスルーする。

 

「淡ちゃんは咲ちゃんのことが大好きなんだね」

「はっ? 何言ってんのタカミー?」

 

 急に何を言われるのかと思えば、事実無根で御門違いの内容。何を世迷い言を。

 

「だって、さっき誠子ちゃんは白糸台の心配しろって言ってたのに、淡ちゃんが第一に心配するのは照先輩や監督じゃなくて咲ちゃんなんでしょ?」

「………………な゛っ!!?」

 

 淡の胸に言葉の刃が突き刺さった。深く深く心の臓に。

 無意識のうちに墓穴を掘っていたことに気付く。

 

(は、嵌められた……!?)

 

 誰も嵌めてない。

 

「ふふふ、淡ちゃん可愛い」

「んなっ!? べ、別に私は! サキのことなんて全然心配してないんだからねッ!!」

「ふふふふふふふふふ」

「わ、笑うなッ!!」

「あらあらまぁまぁ」

「んぎゃぁあーッ!!!」

 

 口許に手を寄せ上品に笑う尭深。意外と様になっていた。

 他が弄り、淡が騒ぐ。

 いつもの光景を眺めながら、誠子はふと思い返す。

 

(尭深、こんなに性格悪かったかな〜?)

 

 何時からだろう。尭深がこのように明け透けに、他人(主に淡)に容赦が無くなったのは。

 

(……うん、100%咲ちゃんの所為だな)

 

 この件については那由多の彼方にでも放り投げよう。

 

『それで、小鍛治プロはこのような場に一体どのような用事が? 解説はどうしたのですか?』

『今はこーこちゃんが頑張ってくれているので大丈夫です……多分ですが……。それで、此処に来た要件ですが』

 

 健夜は咲と照の二人に向き直る。

 

『お二人に話したいことがありまして』

『……私たちに何か?』

『えぇ、私は……』

 

 会場の緊張度が尋常でなく増しているのが分かる。次に健夜が齎す一言に、全国の人々が注目していることだろう。

 

 ──さぁ、何が出てくる。

 

 気付けば静かになっていた控え室で、映像を凝視しながら三人は固唾を呑む。

 一瞬にも満たない短い時間、それでもとても長く感じられた間隙を開けて、健夜は遂に口を開いた。

 

『私は、お二人のプロ入りを歓迎します』

 

 

 

 

 

 ──この日から、日本の麻雀業界が急加速していく。

 到来するのは弩級の荒波。

 将来。咲と照、それ以外の高校生雀士達も巻き込まれていくことを、今はまだ、誰も知らない。

 

 

 

 




衣「堅!」
容易に想像できました。

・和ちゃんスレる
・衣ちゃんテンション上昇
・小鍛冶プロとの夢の共演
・淡ちゃんツンデレる

の4本立てでお送りしました。衣の口調とすこやんのキャラに関してはあまりツッコマナイデ。


オマケはニコ動でアップされてる実況動画が面白すぎたため衝動的に書きました。

オマケ:京ちゃんに言われてVitaやってみた

「はぁ? 私たちがゲームになった? 何言ってるの京ちゃん?」
「いや、そのままの意味だって!」

 休日の昼下がりにいきなり電話で呼び出され、赴いた京太郎の家で聞かされたのはそんな内容の話だった。正直、何を言っているのかさっぱり分からない。
 咲は胡乱な瞳で京太郎を見る。その奥には、『まさかこの程度のことで「緊急事態だから来い!」と宣ったのではないよね?』という、無言の圧力が存在していた。
 その気配を敏感に嗅ぎ取った訳ではないだろうが、京太郎はずいっと押し付けるように何かを咲に見せてきた。

「これだよこれ! いいから見てみろって!」
「……何これ?」
「PS Vitaってゲーム機。まぁ咲にそんな詳しいこと求めてねーから気にすんな。それより重要なのは中身なんだよ!」
「さっきからテンション高いよ京ちゃん……。私にはよく分かんないから、一先ず京ちゃん主導で操作して」
「それもそうか、よぉし、ちょっと待ってろよ」

 意気揚々とゲームを操作する京太郎。最近何か様子がおかしいと思っていたが、今の姿を見る限りどうやらこれをやりこんでいたらしい。何してるんだか……と、咲は溜め息を漏らすが、京太郎の耳には届いていない模様である。

「それで、これはどういうゲームなの?」
「だから最初に言っただろ? お前たちのゲームだって」
「……私たちのゲームって何……?」
「要するに──」

 目の前に差し出された画面上には、麻雀牌が沢山映っていた。

「麻雀のゲームだっ!」
「……麻雀のゲーム?」

 そう言われて思い出すのは、合宿で経験したパソコンでの麻雀だ。苛つくほどに勝てなかったそれは苦い思い出だが、それと自分たちがどう繋がるのかが想像出来ない。

「いやな。咲を筆頭に、お前たちは偶に超常的な自摸とか事象を麻雀で起こすだろ? それを面白がって、どっかのゲーム会社がそれを体験出来るようにって張り切ったらしくてな。そんで生まれたのがこれよ!」
「……ふーん」

 咲にとっては日常茶飯事のそれらは、一般人からすると脅威にしか映らないと京太郎が過去に言っていた記憶がある。
 その様をゲーム化しようなどという酔狂な物好きがいるとは。世の中何が起こるか分からないものだ。

「因みにどんな感じなの?」
「今実際に対局してるから見てみるか?」
「うん。見せて見せて」

 京太郎の側に顔を寄せ、画面に広がる対局シーンを目に収めた。
 イマイチ理解出来ていないが、画面下に見える牌は自身の手牌で、中央にあるのが捨て牌だということは判断出来た。
 また先の京太郎の説明から察するに、画面隅にいる各人の写真? が、今体験している麻雀プレイヤーの誰かなのだろう。見覚えのある顔写真が画面上に並んでいるのは、何だか不気味でもあった。水着姿の人がいるのも謎だった。

「……それで、京ちゃんは誰なの?」
「ん? 今は千里山の園城寺怜さんだ!」
「……ということは」
「あぁ、今の俺は一巡先が見えるぜ!」

 そう言って立直を仕掛ける京太郎。その際、怜の立直をする画像が現れるではないか!

(何という無駄スペック……)

 苦笑いが溢れる咲だったが、最近のゲーム事情に詳しくないためこれ位が普通なのだろうと、特に気にしないことにした。

『ツモ』
「ふふ、来たぜ一発自摸!」

 怜の声とともに自摸宣言がなされる。同時に、怜の際どい決めポーズ写真が現れるではないか!

「……あれ? まさかの脱衣麻雀なの? というより負けた人じゃなくて和了った人が脱ぐの?」
「……いや、別に脱衣麻雀じゃねぇぞ」
「……へぇ〜。……斬新なアイデアだね!」
「だろ!」

(……大人のいかがわしい欲望に塗れてるよね、これ……)

 一瞬で水着姿が存在する理由を看破した。何処で手に入れたんだこの写真……なるほどなるほど、これは酷い。
 開き直った見苦しい京太郎を咲は優しい眼差しで見つめる。今度からはもっと配慮して対局してあげようと心に誓った。

(……うん。趣旨は分かったかな?)

 機嫌の良い京太郎を見て、咲も何となくだが、所謂このゲームの醍醐味というのを理解出来た。
 『八咫鏡』という能力を持つ照には無縁の世界だろうが、それ以外の大多数の人からすれば、これは夢のような体験が可能なゲームなのだ。日頃、咲たちにボコボコにされている京太郎がハマるのも無理はない。

「よし、勝利っと。折角だから咲もやってみろよ」
「うーん、まぁいっか。とりあえず操作方法だけ教えて京ちゃん」
「オッケー任せろ!」

 興味がないと言えば嘘になるが、別にそこまで……という気持ちなのが本音。しかし、態々足を運んできて何もしないというのも癪に障る。京太郎の言う通り、折角なのでやってみることにした。
 早速京太郎から簡単なレクチャーを受ける。相変わらず機械は苦手な咲だが、今では龍門渕から頂いた携帯の基本的な機能は使い熟せるまで成長していたのだ。この程度のゲーム操作など造作もない。
 という訳で、然程時間も掛けず操作方法をマスターした咲は色々と弄ってみることにした。

「えーと、フリー対局に通信対局に……ショップ? 何かよく分からないのが沢山あるね。それでー、これは……カスタマイズ?」
「あー、それは各キャラを育成して、自分好みの強い雀士を作ろうぜ! みたいな感じだな」
「……なるほど」

(全然意味分かんないけど……)

 とりあえず、咲は先ほど京太郎が使用していた怜の欄を見てみることにした。

 能力  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 精神力 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 威圧  ☆
 抵抗  ☆
 自摸  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 配牌  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 運   ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「………………」

(……私は何も言うまい……)

 育成すご〜いとか、抵抗? 威圧って何? とか、精神力とは一体……? などなど突っ込みどころは多数あるが、咲はその持ち前の精神力で全てを無視することに決めた。

「……対局しよっと」

 フリー対局っ!

「だ・れ・に・し・よ・う・か・な♪」

 淡ちゃんの言う通りっ!
 即決だった。基本咲の中では淡 = 生贄の方程式が成り立っているのだから仕方が無い。
 ここの淡はキチンと育成されているようだ。☆が一杯あるからきっとそれなりに強いのだろう。

「因みに能力はーっと……」

 大星淡、能力。
 ・絶対安全圏…他家の配牌を悪く(五向聴以上)する。
 ・ダブリー…能力を発動させると配牌時に自分の手牌が聴牌状態になるり
 ・カン裏…発動中は最後の山牌の角前の直前で暗槓を行うと次のツモで必ず和了れ、カン裏ドラが乗る。

「ほぉーっ、相変わらず能力だけ見ると反則仕様だねー」

 まぁ負ける気は一切しないけどねと、内心付け加える。

「それじゃあ、レッツスタートッ!」

 ポチッとな。





 東一局

 能力発動っ!

『リーチッ!』

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ(全自動)。

『カンッ!』

 カタカタカタ(全自動)。

『ツモッ!』
『ダブル立直 2飜、門前清模和 1飜、ドラ 4飜。跳満』

 東二局

 能力発動っ!

『リーチッ!』

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ(全自動)。

『カンッ!』

 カタカタカタ(全自動)。

『ツモッ!』
『ダブル立直 2飜、門前清模和 1飜、ドラ 4飜。跳満』

 東三局

 能力発動っ!

『リーチッ!』

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ(全自動)。

『カンッ!』

 カタカタカタ(全自動)。

『ツモッ!』
『ダブル立直 2飜、門前清模和 1飜、ドラ 4飜。跳満』





「京ちゃーん! 私こういうの知ってるよー! クソ○ーって言うんだよねーっ!」
「おいっ! 人が楽しんでやってるゲームをクソゲ○呼ばわりするな! それにそれはどう考えても神ゲーだ!」
「いや、だって、これはないよこれは。淡ちゃんでこのゲームやったら何が面白いのか一切分かんないよ? 光ってるボタンを押すだけだよ? その他は全自動だよ? もはや目を瞑ってでも出来るよ?」
「それはまぁ、否定しねぇけど……。そんなこと言ったらお前たち宮永姉妹はもっとアレだぞ?」
「そうなの? ……じゃあお姉ちゃんから」

 宮永照、能力。
 ・和了ると積み込みが発生し、有効牌を引きやすい。
 ・危険牌を察知できる。

「積み込みが発生って何ーっ!?」

 やはり○ソゲーか。
 とりあえずポチッとな。





 東一局

 照魔境はなし。
 和了ってないのに何故か配牌が鬼。
 五巡くらいで普通に高め聴牌。

『リーチ』
『ツモ』
『立直 1飜、一発 1飜、門前清模和 1飜、平和 1飜、ドラ 2飜。跳満』

 東二局

 能力発動。
 配牌が更に鬼。
 四巡くらいで清一色聴牌。

『リーチ』
『ツモ』
『立直 1飜、門前清模和 1飜、三暗刻 2飜、清一色 6飜、ドラ 2飜。三倍満』

 東三局

 能力発動。
 配牌が「国士無双和了ってくださいね」と言っている。

『ツモ』
『国士無双。役満』

 東四局

 能力発動。
 配牌が「緑一色和了ってくださいね」と言っている。

『ツモ』
『緑一色。役満』





「京ちゃーん! 間違いない、これク○ゲーだよっ!」
「……お前の姉ちゃん超強いからなー」

 最後に自分。
 その際京太郎のアドバイスの元、少し設定を弄ってみることになった。
 スタートっ!





 対局面子。
 宮永咲vs宮永咲vs宮永咲vs宮永咲。

『カン』
『カン』
『カン』
『カン』

 流れ。

『カン』
『カン』
『カン』
『カン』

 流れ。

『カン』『カン』『カン』『カン』

 流れ。

『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』『カン』

「──フンッ!!」
「俺のVitaぁああああっ!!?」

 ──麻雀って楽しいよね!


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8-5


新年あけまして咲さんおめでとうございます!






 

「……なんや、大変なことになっとるなぁー」

「そうやなぁー」

 

 竜華の膝の上で寝転びながら、怜は呑気にそう呟いた。態度と発言からお察しの通り、完全に他人事である。

 原因の一端を自身が担っていると自覚はしているが、それでもやっぱりうーん……という気持ちが本音なのだ。ぶっちゃけると、あの面々(照・咲・健夜)に深く関わりたくない。

 

 ──麻雀で対面でもしてみぃ、ウチ今度こそ死んでまうぞ……。

 

 理由はこれに尽きた。あんな目に会うのはもう懲り懲りなのである。

 

(まぁ、決勝に進めば嫌でも照とはご対面やろな。白糸台が敗退は……万に一つもないやろ)

 

 先鋒戦終了時点で白糸台とは十四万点差。一応千里山は二位だが、この点差からの挽回は並大抵のことではないだろう。

 

「泉はどうなっとる?」

「ちょい待ってください。…………ボコボコにやられていますね」

「どれ〜……ホンマやなぁ」

 

 怜は切り替わった画面を眠たげな瞳で観ると、やや憔悴している後輩の姿が目に映った。少ししか見てないのに、周りの三年生に気圧されているのがよく分かる。正直、これはあまり期待出来ないかもしれない。

 

「相手が全員三年生ちゅうのがアカンかったな」

「去年のうちとセーラみたいやね」

「それは言わんといてくれ……」

 

 竜華の遠慮の無い指摘に、セーラは赤くなった顔を逸らす。男勝りな彼女にしてはとても珍しい反応であるが、怜は理由を知っていた。

 去年セーラはインターハイの舞台でエースに抜擢されたにもかかわらず、思うように活躍出来なかったのだ。反して、普段はセーラより弱い筈の先輩たちがセーラとは比較にならないレベルで大健闘。当時は対局後、先輩に合わす顔がないと泣いてしまう程であったらしい。

 

 ジンクスかもしれないが、インターハイでは三年生が化ける。例え相手が自身より自力が高い一、二年生でも、インターハイの舞台では三年生が圧倒することが多い。それは集計したデータから見ても数値として現れるのだ。

 例外は正真正銘の化け物が現れたときくらいであろう。一年だろうが二年だろうが三年だろうが全てを屠れる実力者、そういう選手を世間では《牌に愛された子》と呼ぶ。

 

 今大会での化け物は三年生では宮永照。二年生では去年頭角を現した神代小蒔、荒川憇、天江衣。そして一年生ならば宮永咲、大星淡の名が巷では挙がっている。

 淡は表舞台ではまだ本当の実力を開示してないが、あの白糸台高校の大将を任された超新星として注目されている。

 咲に関しては言わずもがなである。天江衣を圧倒した時点で推して知るべしと言ったところだろうか。また今回の一件で化け物の地位を確かなものとしたのだが、それはまだ本人も知らない事実である。

 

 幸いなことに、セーラが当たる相手に当該選手はいない。勿論全国の舞台で油断していい相手がいるわけないがこれは大きい。

 しかも今年は怜もそうだが、セーラ自身が三年生。側で見てるだけでも分かる。今のセーラは最高に調子が良いことを。

 

「泉の分は俺が取り戻す。まぁ心配すんなや」

「……そうやな。セーラなら安心や……」

「……怜? もしかして眠いん?」

「……ざっつらいと……」

 

 何時にもなく瞼が震えている。怜としては色々と見届けたいが、襲い掛かる眠気が強過ぎた。今すぐにでも夢の国へと旅立ちたいほどに。

 

「怜、無理せんでこのまま寝てええで」

「……お言葉に甘えるわ」

 

(照と咲ちゃんには申し訳あらへんけど、もう無理や……)

 

 照と咲には心の中で謝る。結果は起きたときにでも知ることにしよう。

 

(それにしても……)

 

 怜は自身の調子を不思議に思う。

 身体は睡眠を欲しているのだが、調子自体は対局前より断然良い。高揚感が身を包んでいて、多少の無理なら押し通せそうだ。体感的に判断すると、今の自分なら二巡先(ダブル)を一巡先と同程度の疲労で済む気がした。

 

(あとはあれやな、さっき最後に見たあの未来……)

 

 これまでの数巡先を見る()()の未来視ではなく、全ての可能性を見通すあの現象。

 

(一度見たんや。また出来てもおかしくないやろ)

 

 一番良いのはあの力をコントロールすることだが、そこまでいかなくても、無理を通せば引き起こせるまではいきたい。

 

(……倒れたのが理由やとしたら、もしかしたらウチはサ○ヤ人の血を引いてるのかもしれへんな)

 

 未来が見えるようになった原因が死の境目に立ったことだったので、あながち間違ってないかもしれないが。

 

(……もしくは、咲ちゃんのアレに触れたからか……ハッ、それはないか)

 

 突拍子も無い考えに怜は笑う。どうやら思考も疎らになっているようだ。でも、自身の身体から湧き出るこのオーラは、とりあえず竜華の太腿に注ぎ込んでおこう。

 ゆっくりと落ちる瞼。

 視界が閉ざされる前、最後に見たのは、後輩が容赦無く撃ち抜かれている姿だった。……頑張れ泉。

 

 

****

 

 

「赤土先生、お願いがあります。今すぐ私と打ってくれませんか?」

「……玄?」

 

 普段と様子が異なる玄を見て、阿知賀監督である赤土晴絵は疑問の声を上げた。

 

「今回玄はドラを捨ててないから、無理に打つ必要はないけど……」

「はい、それは分かっています。でも、私もっと強くなりたいんです!」

 

 ここまで我を通す玄は珍しい。テレビを見ていた三人──高鴨穏乃、新子憧、鷺森灼も玄の方へと顔を向けた。

 

「私としては全然構わないよ。……ただ、さっきの対局で何を思ったのか、聞かせてもらってもいいかな?」

 

 晴絵は優しく玄を促した。きっと、その方が良いと思ったから。

 

「……はい。私は、さっきの対局では力不足でした。実力でも、精神面でも、怜さんと煌さんの足を引っ張っていました」

「……一概にはそう言えないよ。玄がドラを抱えていたからこそ、宮永照を止められた面もあった」

「それでも、照さんにはドラを奪われてしまいました」

 

 やはりドラを奪われたことは玄に多大な影響を与えたようだ。一時的に再起不能に到る直前まで陥ったのだから、その苦痛は計り知れないものだったのだろう。

 ただ、玄が悔やんでいることはドラを奪われたことではない。一人で立ち直ることすら出来なかった自身の未熟さを悔やみ、腹を立てているのだ。

 

「情けないです。本当に情けなかった。私は落ち込むばかりで……。対局中辛そうにしている怜さんを見て、あの時ほど自分が許せなかったことはありませんでした」

 

 ──だから

 

「あんな思いはもう二度としたくないんです! 私は、強くなりたいっ!」

 

 玄は自身の想いの丈を叫んだ。

 ──同時に、玄から強大なオーラが迸る。

 

(こ、これは……⁉︎)

 

 晴絵の頬に冷や汗が伝う。

 この感覚は過去に幾度も覚えがあった。最も古い記憶では十年前のインターハイ、最近ならばすれ違っただけの高校生に。……因みに、その高校生というのは咲と淡のことである。

 これら経験の共通点は唯一つ。圧倒的強者と対面した際に感じるものであるということ。

 

(玄が覚醒したってこと……?)

 

 ──たった一回の対局で変わる雀士がいる。

 しかし、必ずしも良い方向に変わるわけではない。むしろあまりの実力差に打ちのめされて、悪い方向に変わる方が多いかもしれない。

 その典型例が晴絵である。十年前のインターハイの舞台で、その年に突如現れた特級の化け物に何もかもを打ち砕かれ傷心し、しばらくは牌に触れることすら出来なくなった。当時の晴絵は、その経験に打ち勝てなかったのだ。

 だが、目の前にいる自身の教え子は違う。味わった悔しさをバネに、更にもう一段進化しようとしている。自分の力で分厚い殻を破り、光り輝こうとしている。

 

「……ふふっ」

 

 晴絵にとって玄の覚醒は予想外ではあったが、転がり込んできた可能性には笑みを隠し切れない。

 玄は元々才能の塊で、磨かれていない宝石の原石のような存在だった。今日まで晴絵なりに研磨してきたつもりだったが、それでもまだ天辺には程遠いものであったらしい。

 

「……うん、いいよ。玄、本気で来なさい」

「ありがとうございます!」

「しずに憧に灼。誰か二人も参加するといいよ。恐らくだけど、今までの玄とはレベルが違うよ」

「それなら私が!」

「ちょっしず! あたしも打ちたいんだから!」

「……私はいいから、二人で打っていいよ」

 

 はいはーい! と此方に走り寄る穏乃に、張り合うように前に出る憧。玄にとって大事な後輩で、かけがえの無い親友。

 

「穏乃ちゃん、憧ちゃん、ありがとう」

「何言ってるんですか玄さん! こんなことでお礼を言う必要なんてありませんよ!」

「そうよ。それに玄のためってよりあたしのためでもあるんだからね!」

「……憧、何恥ずかしがってるの?」

「しずうっさい!」

「……ふふっ、あはは!」

 

 賑やかな仲間の様子に玄は自然と笑みが零れる。

 ふと、こんな風にみんなで楽しくいられるのは何時までなんだろう……と頭を過るが、不穏な考えだと悟り気を引き締めた。現在、考えても仕方がないことを考えている暇は一刻もないのだ。

 

(さっきの対局で分かった。私はまだ、ドラのみんなに認めてもらってなかった)

 

 玄にとって、今までドラは来てくれるものだった。でも、それでは足りないのだ。

 次からは呼び寄せられるくらいに。加えて、一度離れた程度で断たれる絆でもいけない。もっともっと強固なものに昇華しなくては。

 

(次は一つもあげませんよ、照さん!)

 

 ──ドラゴンの嘶きが木霊する。

 

 この日、阿知賀の龍王(ドラゴンロード)が進化を遂げた。

 

 

****

 

 

 比較的近くに発生した新たなオーラに、咲は思わずピクンと反応する。

 

(ん? 強いオーラを二つ感じる、誰のだろう……? でもまぁ、それは一先ず置いといて……)

 

 他人を気にしている場合ではない。最優先は自分たちと、咲は気持ちを切り替える。

 

(さて、ちょっと驚いたけど冷静になってきた。それで思ったけど、これ意外といけるんじゃないかな?)

 

 咲は健夜の登場に少なくとも驚いたし面倒にも思っていたが、悪い展開でもないと感じ始めていた。

 目の前にいるのは、麻雀界を根底から揺るがす影響力を持つであろうビックネームである。味方にさえ付けられればこの状況も勝ったも同然。

 確率は二分の一であるが、咲には自信があった。この場面でハズレを引く訳がないと。麻雀に関わることで自身の豪運が覆されるなんてあり得ないのだと。

 

 そして──

 

「私は、お二人のプロ入りを歓迎します」

 

 ──勝ったっ……!

 

 咲は思わず口元を歪めた。しかしそれも一瞬のこと。

 

「……それはつまり、どういうことですか?」

 

 誰の目にも止まらぬ内に表情を戻し、あたかも困惑してますといった様子で健夜に疑問を投げ掛ける。咲の僅かな変化に気付いたのは恐らく照だけであろう。

 

「そのままの意味です。私はお二人のプロ入りを心より歓迎します。まぁそうですね、本心を述べるのであれば……」

 

 健夜は愉しそうに笑った。

 

「私はお二人と対局したいんですよ。それも、できる限り早くに」

「「……へぇ」」

 

 試すように咲と照を見る健夜の瞳を、二人は挑戦的に見返す。これは咲たちにとって面白い展開になってきた。

 咲は照と再び視線を交わす。ここからは台本なしの一発勝負。ほぼ勝ちは確定してるが、慎重になりすぎて損することはないだろう。

 

 ──どっちが仕切る?

 ──咲は小鍛治プロについてどのくらい知ってるの?

 ──化け物みたいな人ってくらいしか。出来ればお姉ちゃんに任せたい。

 ──分かった。

 

 アイコンタクトで意思疎通を終わらせた。端から見たら、ただほんの少し見つめ合ったようにしか映らないはずだ。

 刹那で行った打ち合わせ通り、咲は僅かに身を引き、照は姿勢を正して笑顔を浮かべた。

 

「小鍛治プロにそのように言ってもらえるなんて、恐悦至極です。しかし、私の記憶違いでなければ、小鍛治プロは近年はランキングに関わる試合には出ていないと聞き及んでいます。……てっきり、表舞台から身を引いたのかと思っていました」

 

 照のこの発言には、沈黙を守っていた会場の面々も騒ついた。まさかそこまで明け透けに真実を述べるとは思っていなかったのだろう。「少しはオブラートに包め!」という声無き声が聞こえなくもない。咲もちょっと思っていた。慎重はどこにいった、姉よ。

 反応がやや怖かったが、当の健夜は微笑をたたえていた。

 

「えぇ、宮永さんの言う通りです。最近はどうにも熱が冷めていたので。でもお二人の麻雀を見て久しぶりに熱くなったといいますか……お恥ずかしい限りです」

「いえ、とんでもありません。小鍛治プロにそこまで認めてもらえてることがとても嬉しいです」

 

 ──あははうふふ。

 互いに微笑みを絶やさずに話す照と健夜。一見和やかにしか見えないのに、記者の方々が青い顔をして震えているのは何故なのだろうか。不思議である。とりあえず自分も笑っておこうと咲も笑顔を貼り付けた。震える人が増えた。解せない。

 

 その後もしばらく笑顔の応酬を続けていた二人だったが、機を見て照が踏み込んだ。

 

「……小鍛治プロは今後はどうされるのですか? 私たちと対局したいと仰ってくれたことは大変嬉しいのですが、このままだと打つ機会に恵まれないと思いますよ?」

 

 にっこり笑顔で照が毒を吐いた。

 照は遠回しにこう告げているのだ。今のまま細々と活動しているあなたと対局することなんてまずないだろう、と。

 

(……どうしてそんな喧嘩腰なの、お姉ちゃん……)

 

 一度頭を叩いた方がいいんじゃないかと咲が真剣に考えるくらいに会場の空気がヤバい。澱みすぎてヤバい。

 さてどうなるかなと咲が健夜を伺うと、本人はその話題を待ってましたと言わんばかりに顔が輝き始めた。

 

「そうですね。確かにこのままではお二人と対局することは難しいでしょう」

 

 ……ですので、と続き。

 

「私は、宮永さんの言う表舞台に戻ろうかと思います」

 

 ──健夜のこの発言は麻雀業界を激震させた。

 あの小鍛治健夜が、国内無敗、元世界ランキング二位の彼女が、第一線に舞い戻ると宣言したのだ。関係者各位はあらゆる意味で震えずには居られないだろう。

 

 突発的に発生した極大の異常事態のせいで、会場は静まり返っている。その中でただ健夜だけが楽しそうに笑っていた。

 

「そう思えば宮永さん。そもそもこの会見は何のために開かれたのでしたっけ?」

「……そうですね。これは私たちが公の場で謝罪するために開かれました」

 

 急に話題を振られた照だったが、この場を切り抜ける最善の応えを返せたようだ。

 照の返答に健夜は満足そうに頷き、更に言葉を重ねる。

 

「あぁ、そうでした。それでプロになることで罰則の免除をお願いしたんでしたね」

「はい、その通りです」

「──いいじゃないですか! 若くて有望な子が、ここまで日本の麻雀業界のために貢献しようとしてくれているんですよ! 私は胸が一杯です!」

 

 健気な二人の姿に心底感激したと、健夜は全身を使って表現する。

 そのまま健夜はくるんと首を回し、近くにいた記者に視線を合わせた。

 

「あなたはどう思いますか?」

「……えっ!? 私ですか」

「はい、あなたです。あなたも麻雀ファンの一人なら、お二人の姿に感動しましたよね?」

「……そ、そうですね……。私も小鍛治プロと同様の気持ちです」

「そうですよね! やっぱりそう思いますよね!」

 

(……す、凄すぎる、この人)

 

 有無を言わさぬ誘導尋問に、淡に性格が悪いと言われ続けている咲ですら引いてしまった。あの状況で同意以外の選択肢を選べる人間なんて、この世にはいないだろう。これはもう、一種の脅迫である。

 健夜の口撃はここでは終わらない。今度は会場全体に目を向けた。

 

「他の方はどうですか? 何か別の意見がある方は、どうぞこの場でお願いします」

 

 返ってきたのは、同意を示す沈黙だけであった。

 

「では、決まりですね?」

 

 ──ここからはトントン拍子で話が進んでいった。

 今回の件に対するあらゆる人の罰則の免除を交換条件に、咲と照は高校卒業後にプロになることを確約。あらゆる人とは咲と照、白糸台高校麻雀部監督に千里山の愛宕監督も含めてである。

 千里山について咲が話を振ったところ、健夜は千里山、もとい怜が気に入っていたのか其方の擁護も十分に行ってくれたのだ。……怜の運命や如何に。

 

 

 

 

 

「「失礼します」」

 

 随分と長く、加えて予想外の方向に流れていった会見もようやく終了した。

 咲と照は最後に頭を下げてその場を後にする。続くように監督と、何故か健夜も此方に移動し、会見会場から完全脱出に成功した瞬間、咲と照は大きく一息吐いた。

 

「はぁぁ〜〜、やっと終わった」

「……流石に今回は私も疲れた」

 

 人の目がなくなって解放感に包まれたためか、二人して化けの皮が一気に剥がれた。咲は公の場での営業スマイルはほぼ初だったので、この中でなら疲労も人一倍である。

 

「小鍛治プロ、この度は助かりました」

「いえ、気にしないで下さい。私にも目的があってしたことですから」

 

 後ろでは監督が健夜に対しお礼を述べていた。

 一応健夜がいない想定で切り抜ける予定だったが、彼女がいなければここまで上手くはいかなかっただろう。正直助かったと言えた。

 

「小鍛治プロ、私からもお礼を言わせてください。この度は本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 照に倣い咲も頭を下げる。登場した当初は一体どうなるのやらと不安であったが、結果的には助けられた形になったのだ。お礼を述べるのは人として当然のことであった。

 

「だから気にしなくても大丈夫ですよ。あの場に行った理由も、お二人を助けようというものではありませんでしたから」

「いえ、それでも助かりました」

「……そこまで言うのなら受け取っておきましょう」

 

 先程までの笑みと違い、今は呆れが混ざった素朴な笑みを浮かべている。どうやら咲たちと同様、気が昂ると豹変するタイプの雀士のようだ。強い打ち手にはろくなのがいないと証明された瞬間かもしれない。

 ただ、健夜は甘くなかった。

 

「では、何か謝礼などあると面白いですね」

「……謝礼ですか?」

「はい、言葉だけでは誠意も伝わりにくいものでしょう?」

「……そうですね」

 

 照は健夜の提案にやや固まってしまう。唐突過ぎて何も用意できてないので、現状差し出せるものがないのだ。

 だが咲は違った。瞳がキラリーンと輝き、飛び切りの笑顔で挙手をする。

 

「はい! それなら私に一つ提案があります!」

「本当ですか?」

「はい、これなら小鍛治プロもお喜びになると思います」

「それは何よりです。それで、その提案とは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「あっ、おかえりテルー」

 

 控え室に帰ってきた照を淡は出迎えた。同じくその場にいた尭深と誠子もおかりなさいと声を掛ける。

 

「いやー面白かったよテルー。まさか小鍛治プロまで出てくるなんてね!」

「……うん、そうだね」

「まぁ良かったじゃん。おかげでスラスラと説得出来てた感じだったし」

「……うん、そうだね」

「……テルー、何かあった?」

 

 照が素っ気ないのはいつものことだが、ここまで無愛想なのも珍しい。いや、無愛想という表現は少し違う。どちらかと言うと呆然としている感じだ。

 

「そう思えばサキは? 帰ったの?」

「うん。咲が会場裏みたいなとこで名前を呼んだら龍門渕の執事さんが来て、そのまま帰った」

「……あの人、一体何者なの?」

「……執事?」

 

 咲曰く、「ハギヨシさん(龍門渕家の執事)に不可能なことなんてない」とのこと。

 

「……淡」

「ん? 何?」

「……先に謝っておく、ごめんね」

「……えっ? 何、めちゃくちゃ怖いんだけど」

「……さっきね、咲がね、小鍛治プロとね、愉しそうにね、話しててね、それでね──」

 

 照は淡から目を逸らした。

 

「今度小鍛治プロと対局することになった。私と咲と、あと淡で」

 

 

 

「……………………………うん?」

 

 淡は今まで見たことない可愛らしい仕草で首を傾げた。その脇で話の結末を悟った尭深と誠子は遠く離れた場所でお茶を嗜んでいる。

 

「ゴメンねテル、ちょっと耳か頭がおかしくなったみたい。テルが何言ったのかよく分からなかったの」

 

 ニコニコ笑顔の淡は現実逃避を始めた。

 だが、現実は非情であった。

 

「大丈夫だよ、淡。淡の身体は健康だよ」

「そう? しょうがないなぁー。……でも、もしかしたら聞き間違いって可能性があるからもう一度聞くね。誰と誰と誰と誰が対局するって?」

「小鍛治プロと私と咲と淡が対局するの」

 

 ……………。

 

「……小鍛治プロとテルとサキと?」

「淡」

 

 ………………………………。

 

「……小鍛治健夜と宮永照と宮永咲と?」

「大星淡」

 

 ………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!?!!??」

 

 

 

 

 

 控え室に、会場に、淡の絶叫が木霊した。

 

 遠くからあははははと笑う、魔王の哄笑が聞こえた気がした。

 







お知らせです。
全話加筆修正終わりました。
結構手を加えた話とそうでない話の差が激しいですが、時間があったら是非暇つぶしにでも読んでください。

次でこの会見編?は終わりで大将戦に入ると思います。
次の話はなるべく早くお届けしたい思います。



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8-6


みんな淡ちゃんが大好きですね。
感想全部淡ちゃんについてでした(笑)







 

 突然だが、宮永照の世間一般での認識は、『麻雀が強く、クールだけど愛想が良く、ファンサービスを忘れない完全無欠な高校生』というのが無難である。世間での照はそんなイメージなのだ。……それが例え、実情を知る人からすれば鼻で笑われる評価であろうとも。

 もちろん、照の本質に合っているものもある。麻雀が強いなどは当然として、クールというのも偶に凄まじい天然が入ることを除けば間違ってはいないし、ファンサービスに関しても雑誌の取材や会見など頻繁に行われていることから、一切お断りの衣と比較すれば良心的だろう。

 

 ただし異なる部分はとことん違う。

 まず愛想なぞ欠片も存在しない。ファンからそう思われているのは、菫ですら引く営業スマイルに騙されているからである。照は日常生活においては笑うこと自体が珍しいのだ。

 極め付けとして、『完全無欠な高校生』というのは現実との乖離が甚だしい。親しくしている菫、淡、あと咲などは声を揃えてこう言うだろう、「完全無欠な高校生(笑)」と。

 

 つまり何が言いたいのかというと、照もただ一芸に秀でただけの年頃の女の子なのだ。……この言い方にも色々と誤解を含みそうではあるが、とにかく照は超人でも何でもない長所も短所もそれなりにある高校三年生の少女なのだ。

 

 そんな彼女に──

 

「それで、その提案とは?」

「今度対局しましょう! 私とお姉ちゃんと小鍛治プロと誰かで!」

 

 ──目の前で暴走する悪魔二人を止めることは無理であった。

 

「え、あの……」

「それはいいですね! 謝礼としても申し分ありません!」

「そうですか! 良かったです、小鍛治プロに満足して頂けて」

「いや、その、咲……?」

「もう、小鍛治プロなんて堅い呼び方はいいですよ。気軽に呼んでください」

「では健夜さんと。私のこともお姉ちゃんと混ざってしまうので名前で呼んでください」

「それでは咲ちゃんでいいかな?」

「はい!」

「宮永さんは照さんとお呼びしますね」

「え? あ、はい」

 

 あ、無理だ止められない……と、照に諦念の想いが芽生えた。これはもう、どう足掻いても対局コース一直線である。

 二人は初対面とは思えないくらいに息ぴったりなのだ。恐らく、性格が似ているのであろう。

 照も二人と同様、麻雀戦闘民族的な性格をしているが、あくまでそれは純真無垢なものである。

 だが咲に関しては、純心などとうの昔に何処かへ捨て去っていた。端的に言えば性格が悪いのである。幼少のときの家族麻雀での経験と家族崩壊、その後の友達の出来ない学校生活は、咲の性格を歪めに歪めていたのだ。もう誰の責任とかの問題ではないが、照はこのときあの頃やらかしたことを本当に後悔した。

 そして健夜であるが、咲と瞬く間に意気投合している点から察することが出来た。きっと彼女も彼女で歪んでいるのだろう

 

「対局はいつがいいですかね?」

「そうですねぇ〜。大会期間中は団体出場選手である私たちの対局は禁止されているので論外です。なので団体、個人と終わった後、数日空けたくらいでどうでしょう? 私たちはまだ夏休みなので、健夜さんの都合が合えばなのですが」

「私は大丈夫かな? うん、それでいきましょうか」

「はい」

 

 ……もし、もしあんな悲劇が起こらなければと考えてしまう。そうすれば、今のような事態に巻き込まれることもなかっただろうし、もっと可愛かった咲と一緒にいられただろうに、と。

 

「じゃあ問題はあと一人だね」

「はい! それについても候補が一人います!」

 

 咲が過去一番に瞳を輝かせて挙手した。絶対に悪いことを考えている顔だった。

 照はこの咲を見て確信した。……あ、これいつものパターンだ。

 

「淡ちゃんが良いと思います!」

 

 オーマイゴット……と、照は額に手を添えた。やっぱりそうなってしまうのか。淡はきっと、そういう星の元に生まれた存在なのだろう。

 

「淡ちゃん……あぁ、白糸台大将の大星淡選手ですか?」

「はい! その大星淡です! 是非、是非彼女が良いと思います!」

「彼女の実力はまだ拝見してないんですよね。……咲ちゃんが勧めるのです、面白い子、なんですよね?」

 

 健夜の視線が怪しく光る。それは「ここに来てつまらない打ち手では期待外れですよ?」と言わんばかりの目であった。

 そんな健夜に対し、咲は自信満々で健夜を見返す。

 

「はい、その点では問題ないでしょう」

「……ふふ、良いでしょう。個人的には既に実力が判っていて面白そうな天江さんか園城寺さんが候補だったのですが……」

「衣はともかく怜は止めてあげて下さい」

 

 やっとこさ照が口を挟めたのは、先程知り合った少女の身を護ることで必死だったからだろう。自分含めて咲と健夜と対局したら、今度こそ怜は死んでしまう。人命第一である。

 ただこれで、淡が巻き込まれることが確実になった。プロが入るという選択もなくはないだろうが、この流れでその可能性は望み薄であろう。

 今さらだけどなんで私も巻き込まれたんだろう……と照はちょっと思うが、淡の立場に比べれば普通にマシだなと開き直った。人間、自分より不憫な存在がいると励みになるらしい。哀れ淡。

 

「大星さんの許可は取れているのですか?」

「いえ、何分急な話ですから。でも、淡ちゃんは断らないと思いますよ」

「そうなのですか?」

「はい! だって淡ちゃんは──」

 

 咲は爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「私のライバルですから。私の挑戦に対して逃げるなんて、プライドが許さないですよ」

「……そうですか、良い友達を持ちましたね」

「……えぇ、そうですね」

 

 咲は清々しい表情で健夜に返答した。

 そんな咲を見て、なんだかんだ言っているが、咲も淡のことを認めているだなと照は実感した。妹と自分が可愛がっている後輩が仲良くしているのは、姉として、先輩として嬉しいし微笑ましいし誇らしい。

 

 飛び切りの厄介ごとが飛び込んできたが、最後はなんだか暖かい気持ちになれた。照も自然に笑顔になる。咲も健夜も楽しそうで何よりだ。うん、うん、良かった良かった……──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──って、良い話風に纏めてるけど、結局私完全にとばっちりでしかないじゃん!!」

 

 ふざけんなぁぁああああっっ!! と淡が再び叫んだ。ごもっともであった。しかし五月蝿いのには変わりないので、照と尭深と誠子と監督は揃って耳をふさいでいた。こいつら失礼過ぎる。

 

「てかテルもよくそんなので私を懐柔出来ると思ったね!? 自分で私のこと哀れって思ってたじゃん! 不憫な存在って認識してるじゃん! やっぱり私舐められすぎだよね!? 咲にも! みんなにも! ねぇ! ねぇ!?」

「どーどーどー」

「ぶっ飛ばすぞ宮永ッ!!」

 

 遂に照を宮永と呼ぶくらい淡が激怒してしまった。しかも感情的になり過ぎて瞳が涙で滲んでいる。きっとこの何ヶ月間の恨み辛みストレスがここで爆発してしまったのだろう。

 流石にやりすぎたと感じた照は、淡を優しく抱き留めた。

 

「──ちょ、テルッ!?」

「……ごめんね、淡。私の所為で。今回の件は全部私が悪いから」

 

 背中を撫でて、照は落ち着かせるために淡の耳許で囁くように話し掛ける。

 

「ちょ、くすぐったいし恥ずかしいしッ!? 見てる見てる! みんな見てるからッ!?」

 

 顔を真っ赤にしてあわあわと慌てる淡。様子を見るに、どうやら淡にこの手法は効果覿面であったようだ。

 しかし照は天然なので、淡の細かな機微に気付くことなどない。これも一種のスキンシップ程度の認識でしかなかった。

 照の天然は留まるところを知らず、

 

「淡には迷惑掛けちゃったね。それなのに、淡は第一に私を心配してくれたね。凄く嬉しかったよ。ありがとね、淡」

「あわわわわ──ッ」

「淡は私の誇りだよ。自信持って言える。淡は私の一番大切な後輩で、一番一緒にいて楽しくて、それで──」

 

 後光が差すような、照の天然スマイルが炸裂した。

 

「──一番可愛い後輩だよ」

「──ニャァアアアアアアああああああああああああああッッ!?!???」

 

 結果、淡が恥ずか死んだ。

 このままじゃ本当に死んでしまうと思い淡は抱擁から脱しようと試みるが、照は一応憧れの先輩だからそれはそれでなんか勿体無いような……なんて感じてしまう自分がいるために決行も出来ず、最終的にもじもじしながら照に抱きしめられていた。

 

「ぐふっ!」

「た、尭深!? どうした!?」

「あ、淡ちゃんが、可愛すぎて……」

「お前……」

 

 後ろでは淡をネタにした寸劇が繰り広げられているっぽいが、淡にそれを気にしている余裕はない。

 

「ななななな何恥ずかしいこと言ってるのテルッ⁉︎」

「……? 私は別に恥ずかしくないよ?」

「話が通じないッ!!」

 

 小首を傾げる照に、今度はムキになっている自分がまた恥ずかしくて淡は顔を紅潮させる。誰がどう見ても恥ずかしい筈なのに、羞恥心が芽生えない方がおかしいのに、照にはその自覚が一切ないのだからタチが悪い。

 咲ならこのような行動は確実に悪意を持ってやるので対処出来るが、照は天然で行っているのでもうどうしようもないのだ。

 

「どうしたの、淡? 顔が紅いよ? 熱?」

 

 ピトッと、照がおでこを淡のおでこに当てた。淡はうわごとのように「あわわわわ……」と声を発するしか出来ない。

 

「……うん、熱はないね。やっぱり淡は健康だよ」

「──ニャァアアアアアアああああああああああああああッッ!?!???」

 

 色々と耐え切れなくなった淡は遂に照の腕から脱出した。

 

「も、もういいから! テルのこと責めたりなんかしないから!」

「……本当に?」

「ホントにホント! てか元々咲が全部悪いからね! あいつ絶対今度殴る」

「……ありがと、淡。やっぱり淡は可愛いなぁー」

「やめてぇえええええええ!?」

 

 先程までの恥ずかしさがフラッシュバックして、再び抱き付こうとしてきた照から淡は必死で逃げる。

 

「てか何でいきなり抱き付こうとするの!?」

「咲から失われた昔の可愛さを淡が持ってるから補給したくて」

「結局サキなのね! テルのバーカッ!」

 

 その後二人の鬼ごっこは菫が戻ってきて説教が始まるまで続いた。その時の菫は諸々の事情により、怒髪天が天に貫く程に阿修羅な状態だったと記述しておこう。

 

 

****

 

 

「では健夜さん、また今度」

「えぇ、バイバイ咲ちゃん。……あぁ、こーこちゃんに怒られるなぁ」

 

 登場とは打って変わって、帰りは憂鬱気に健夜は去って行った。そのとぼとぼとした足取りは哀愁を感じるが、まぁあれは自己責任だろうと咲は関与しないことに決める。

 

「さて、それじゃあ私も帰るね。お姉ちゃん、監督さんお世話になりました」

「気を付けてね、咲ちゃん」

「咲、一人で大丈夫?」

 

 恐らく一人では大丈夫なわけないのだが、咲はあらかじめ保険を掛けていたために問題なかった。

 

「大丈夫だよ、……こほん」

 

 咳払い一つ入れて喉の調子を確認した後、両手を口許に寄せ筒状にセットし、

 

「ハッギヨッシさぁーーーーん!!!」

 

 大声で名前を呼んだ。

 咲の声は廊下に反響し遠くまで響いていく。

 

 

 

 

 

「──此方に」

「うわっ」

 

 照が思わず素で身を引くほどの神出鬼没振りであった。

 

「ハギヨシさん、ありがとうございます」

「いえ、咲様の、そして衣様の頼みとあれば、断ることなんてありえません」

「本当に助かります」

「記者関係者とも誰とも遭遇しないルートを含め、全てご用意出来ております」

「流石です、ハギヨシさん!」

 

 龍門渕家執事ハギヨシ、やはり天才か。

 

「じゃあお姉ちゃん、バイバーイ」

「うん、バイバイ」

 

 照と監督に手を振り、咲はハギヨシに着いて行く。言ってた通り会場内にいるにも関わらず誰とも遭遇しない。ハギヨシの隠密性が高いのも原因の一つであるだろう。三言でまとめると『ハギヨシ』『マジ』『スゴイ』である。

 数分歩いただけで会場の外に出ることが出来た。前もって連絡しておいてやはり正解だったようだ。

 

「咲ーっ!」

「衣ちゃん!」

 

 此方に大きく手を振っているのは、咲が助けを求めた天江衣である。龍門渕の面々が清澄の応援とのことで東京に来ていたことは、利用しているようで嫌にもなるが咲にとっては僥倖であった。

 

「ありがとう、衣ちゃん。迎えに来てくれて」

「御礼なんていらないぞ! 咲の頼みなんだからな!」

 

 満面の笑みで衣は応える。そんな衣を見て自分がどうしようもなく捻くれていると理解し、咲の胸はずきずきと痛む。物理的攻撃なんかより遥かに効果が抜群であった。

 

「それでは行くか!」

「そうだね。あんまりのんびりしてるとまたマスコミに捕まっちゃうかもだからね」

 

 傍に滑るように到着した車に衣が乗り込む。続くように咲も乗ろうとするが、その前に衣が此方に振り返った。

 

「あっ、そうだ咲。咲と会う前になんだがな……」

「ん?」

「──ん? ではありませんよ宮永」

 

 ──咲は固まった。

 絶対零度もかくやと言った冷た過ぎるその声には聞き覚えがあった。だというのに、それがその人物から発せられた声とは信じられない。あの天使な彼女がいやまさか……。

 壊れかけのロボットの挙動で咲は首を上げて声の主を視界に収める。

 そこには、可視化できるんじゃないかと思うほどの怒気を身に纏った悪魔が微笑んでいた。

 

「……の、和、ちゃん……?」

「少し見ない間に随分と有名になりましたね宮永咲?」

「いや、あの、その……和ちゃん?」

「あー、咲ちゃん、諦めた方がいいと思うじぇ」

 

 和の奥にいた優希は怯えきった苦笑いで、咲に死刑宣告と同意の忠告をする。

 

(……あぁ、そういうことか…………)

 

 咲は和の大体の事情を理解した。

 

「一応様式美というものがあるので、本当に一応聞いておきましょう」

 

 ──和の微笑みは、今までの誰よりも怖かった。

 

「何か弁明はありますか?」

「申し訳御座いませんでした」

 

 地べたで咲が土下座した。

 当然の報いであった。

 

 

****

 

 

 準決勝第一試合は急遽イレギュラーな波乱が起こったが、試合自体は順調に進んでいった。

 

 次鋒戦。

 照と比較することがおかしな話であるが、先鋒戦とは違い堅実な打ち手揃いだったため大きく点を伸ばしたところはなかった。

 ただし、点を大きく減らした高校はあった。千里山である。

 千里山次鋒は一年の二条泉。他三人は全員三年生ということもあり萎縮してしまった彼女はろくに和了ることも出来なかったのだ。

 

 中堅戦。

 ここで大活躍したのは千里山の江口セーラであった。去年もインターハイ参加経験があり、しかも今回は自身が三年生ということで飛ぶ鳥落とす勢いで得点を重ねていった。前半戦だけでも三万点を越す点を取り戻していた。

 ただし他校の選手も健闘を見せていた。阿知賀の中堅である新子憧はセーラ以外で唯一のプラス収支で終わらせていたし、白糸台の渋谷尭深は後半戦のオーラスでは役満を和了る離れ業をやってのけたのだ。これは尭深の収穫の時期(ハーベストタイム)が発動されたからであろう。

 ここで点数を大きく落としたのは新道寺で、この時点でトップとの差が約十五万点開くこととなった。

 

 副将戦。

 ここでは白糸台が莫大な点数を削り取られた。代わりに点数を大幅に伸ばしたのは新道寺であり、二位三位四位の点差は一万点も開いておらず、僅差にまで持ち込んでいた。トップは依然白糸台ではあったが、最下位とも五万点以内とここにきて勝負の行方が読めなくなってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、遂に私の出番だね」

 

 グッと背を伸ばし立ち上がったのは白糸台大将──大星淡である。

 

「淡、分かっているだろうな?」

「もちろん、この対局では『咲と出会う前の自分で戦え』でしょ?」

「覚えているならそれでいい」

 

 白糸台の照以外のメンバーはある作戦を実行していた。

 それは実力が計られないように手加減をすることであった。手加減と言っても現在の状態から考えてであり、咲と出会う前の本気の自分というのを軸にして対局していたのだ。

 数ヶ月前の咲との出会いは白糸台にとって転機であり変革の機会であった。その代表は淡自身であるが、その他多くの部員が自力の向上に繋がっていた。はっきり述べるのなら、以前と以後では確実に後者の方が強い。

 菫であれば自分でも認識していなかった癖の把握。尭深であれば収穫の時期(ハーベストタイム)をより上手く使いこなせるための攻撃力、防御力の強化。誠子であれば前々から穴であった防御力の強化といった感じである。

 しかし、だからと言って手の内を早々に見せびらかすわけにはいかなかった。この程度の成長は咲にしてみれば手に取るように見透かしていることだろうが、それでも他の高校には隠すことに意味がある。準決勝時点で力を測り損なってもらうと、白糸台としては有難いのだ。

 

「まぁ、セイコは流石に削られすぎたけどね。五万点越えはちょっとヒドいよ」

「新道寺の副将は紛れもない全国区のエースなんだ。あの頃の誠子ならこれくらいが無難だろう」

「ふーん、そんなものかー」

 

 まぁ、関係ないけどねと、淡は小声で呟いた。

 

(私が全部叩き潰すんだから)

 

「それじゃ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい、淡」

 

 王者の風格を纏って、淡は対局室まで歩を進める。

 その瞳には魔物特有の焔が灯っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──大将戦が始まる。

 

 

 

 






和「咲さん」
咲「何でしょう和様」
和「帰ったら今度は部長に土下座ですね♫」
咲「ですよねー」

魔王を地べたに土下座させた和ちゃんは伝説になるでしょう。

副将戦までに関しては面倒だったのでキンクリで原作通りです。何か期待されていた方がいたら申し訳ありません。ただ、私としても皆様としても早く進めた方が良いかなと思った次第です。
この後の大将戦ですがまだプロットができてないです。というよりどこを上げるかも決めてないです。ちょっと活動報告で心境だけ書こうかなと考えています。


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閑話

本編を楽しみにしていた方々、大変申し訳ないです
未だにどこを決勝に上げるか悩んでおります。
もう暫くお待ち下さい。

てな訳でネタ回です!

咲風某掲示板






【宮永姉妹】小鍛治プロ舞い戻る【緊急会見】

 

 

1:名無しの雀士

 

本日、急遽開かれた緊急会見にて、西東京代表校である白糸台高校の宮永照選手と、長野県代表校である清澄高校の宮永咲選手が実の姉妹であることが判明。

その会見で二人は高校卒業後にプロになることを表明。

さらに、近年表舞台から身を引いていた小鍛治プロが再び舞い戻ることを宣言した。

 

ソースはヤフー

 

 

2:名無しの雀士

 

最後に小鍛治プロが全部持って行ったな……てかやっぱ姉妹だったのか

 

 

3:名無しの雀士

 

いや、あれは一眼で分かるだろ

特に対局中のヤバいときの雰囲気がそっくりだから……

 

 

4:名無しの雀士

 

誰か比較画像うp

 

 

5:名無しの雀士

 

(・ω・)ノほいっ

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

6:名無しの雀士

 

((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

 

 

7:名無しの雀士

 

怖すぎワロタwww

てか似てるなぁマジで

 

悪い意味でだけど(笑)

 

 

8.:名無しの雀士

 

オーラがおっかな過ぎる

初めて宮永照を見たときもそうだったけど、二人揃うと鳥肌がぱないな……

 

 

9:名無しの雀士

 

オーラどころじゃないぞ……

今妹の方がやらかしてきた記録のまとめサイト見たけど頭おかしいからあの妹

 

 

10:名無しの雀士

 

今俺も見た

ありえねぇ記録が絶賛更新中だった(白目)

 

 

11:名無しの雀士

 

・県予選で二連続三校同時飛ばし

・昨年のインターハイMVPである《牌に愛された子》天江衣を圧倒、しかも残り13万点強を半荘一回だけで削り切る

・個人戦で宮永照をも上回る稼ぎで一位通過

・全国二回戦で他校の点数を完璧に調整して同点で終わらせる(恐らく)

 

……やべぇ人外だこの子www

 

 

12:名無しの雀士

 

これはもう《牌に愛された子》っていうより《牌に愛された悪魔》……

 

 

13:名無しの雀士

 

>>12

オイ、止めとけ!

もう一つ

・再起不能になった雀士を回復させる(恐らく)

っていう天使みたいな現象も起せるから(震え声)!

 

 

14:名無しの雀士

 

それ含めてホントに恐ろしいな……

しかも宮永照と同じで和了り方に特徴あるし……

 

 

15:名無しの雀士

 

それもまとめてみた

 

・得意技(?)は嶺上開花

・暗槓、明槓、加槓何でもあり

・明槓で狙い撃ちされるともれなく吹っ飛ぶ(ex.天江衣)

・たまに槓ドラが槓子に全乗り

・姉と同様、連続和了が出来る(恐らく)

・対局相手の打ち筋をコピー出来る(恐らく)

 

……何だ此奴

……化け物過ぎるやろ

 

 

16:名無しの雀士

 

えっ? 連続和了も出来んの?

 

 

17:名無しの雀士

 

県予選で天江衣を飛ばすとき似たような感じだった

他にも清澄の中堅と宮守の大将と似た打ち筋してたから、可能性は高いはず

 

 

18:名無しの雀士

 

どんだけだよwww

幼少の頃の宮永照を弄んだっていうのは本当っぽいな……

 

 

19:名無しの雀士

 

歯牙にも掛けない実力だったんでしょ?

まぁそのせいで家庭崩壊っていうのはちょっと可哀想だけど……

 

 

20:名無しの雀士

 

まぁその辺はかなりプライベート入るからなー

というよりぶっちゃけそこまで興味ない

今後の宮永姉妹と小鍛治プロの方が断然気になる

 

 

21:名無しの雀士

 

>>20

それな!

 

 

22:名無しの雀士

 

つっても照さんは終わったばっかだから本命は明日の妹戦

 

vs臨海

 

 

23:名無しの雀士

 

臨海の大将って誰だっけ?

 

 

24:名無しの雀士

 

ネリーっていう合法ロ(ry

俺は心の中でころたん二世と呼んでいる

 

あっ、ちなみにころたんってのは天江衣たんのことだから(キリッ

 

 

25:名無しの雀士

>>24

通報しますた

 

 

26:名無しの雀士

>>24

通報しますた

 

 

27:名無しの雀士

>>24

通報しますた

 

 

28:名無しの雀士

 

>>25〜27

待ってくれ

俺はまだパンピーだ!

 

 

29:名無しの雀士

 

>>28

まだとか言ってる時点で確信犯ですね

通報しました

 

 

30:名無しの雀士

 

>>29

俺の話を聞いて!

俺よりもっとヤバい奴らがいるから!

 

 

31:名無しの雀士

 

>>30

よし、聞こうじゃないか

 

 

32:名無しの雀士

 

>>31

ありがとう

 

とりあえずみんな『ころたんをprprし隊』で検索よろ

 

 

33:名無しの雀士

 

ちょっwwwww

名前の時点で地雷臭半端ないんだけどwwwww

 

 

34:名無しの雀士

 

しかもマジであるしwwwww

隊員数5000オーバーwwwww

 

 

35:名無しの雀士

 

2000%アウトだろそれ……

犯罪者に片脚どころか半身突っ込んでるからwwwww

 

 

36:名無しの雀士

 

……いえ、内容は結構まともですよ

というより、天江衣さんはあまり取材を受けないはずなので仕方ないのですが……

 

 

37:名無しの雀士

 

とりあえずころたんが愛されてることだけは分かった

 

てか今はころたんはいいんだよ

 

 

38:名無しの雀士

 

何の話してたんだっけ?

 

 

39:名無しの雀士

 

臨海の大将の話だろ

 

ネリー・ヴィルサラーゼ

・一年生でグルジア出身の留学生

・身長140cm(言うほど小さくない)

・ころたんは127cm(グッジョブ)

・世界ジュニアで活躍している

・常に民族衣装を着ている

・てか臨海で制服着てるの辻垣内とダヴァンしかいない

 

 

40:名無しの雀士

 

案外普通だな…………………身長

ころたんは流石です!

 

 

41:名無しの雀士

 

すっかりころたんが浸透している件についてwwwww

 

 

42:名無しの雀士

 

ころたんはころたんなんだよ(哲学)

 

んで、そのネリーって子はどんな打ち手なん?

 

 

43:名無しの雀士

 

うーん、よくわからん

なんか時たま恐ろしく超火力になるけど規則性がない

宮永姉妹ほどわかりやすくないな

 

 

44:名無しの雀士

 

噂によると運命を操るらしい

 

 

45:名無しの雀士

 

>>44

何それkwsk

 

 

46:名無しの雀士

 

世界ジュニアでそんな感じの評価らしい

詳しくはわからん

でもネリーは前半全く和了らないのに、後半になって三倍満三連続とかザラにある

 

 

47:名無しの雀士

 

俺の知ってる麻雀と違う……

 

 

48:名無しの雀士

 

>>47

それは今更

 

《牌に愛された子》は基本頭おかしい

彼奴らだけ麻雀とは違うナニカ

 

 

49:名無しの雀士

 

今思うと長野は魔境だな

天江衣vs宮永咲とか全国頂上決戦並みのカードだろ

 

 

50:名無しの雀士

 

結果だけ見たらころたん封殺されてるけどね……

 

宮永妹ヤバすぎ((((;゚Д゚)))))))

 

 

51:名無しの雀士

 

てか宮永妹だとなんかアレだから呼び名決めようぜ

照さんの『高校生一万人の頂点』的なの

 

 

52:名無しの雀士

 

>>51

いいですね

 

 

53:名無しの雀士

 

>>51

乗った

 

とりあえず10個くらいみんなで考えようぜ

 

 

54:名無しの雀士

 

んじゃ

安価下10

 

 

55:名無しの雀士

嶺の上に咲く花

 

56:名無しの雀士

清澄の嶺上使い

 

57:名無しの雀士

点棒の支配者

 

58:名無しの雀士

スキルハンター

 

59:名無しの雀士

清澄の白い悪魔

 

60:名無しの雀士

魔王

 

61:名無しの雀士

嶺上マシーン

 

62:名無しの雀士

嶺上の狂い姫

 

63:名無しの雀士

宮永家の忌み児

 

64:名無しの雀士

嶺上バーサーカー

 

65:名無しの雀士

 

>>59〜64

おwwwまwwwえwwwらwww

途中からほぼ悪口入ってるしwwwww

 

しかも人を回復させる天使な一面があるにも関わらず、癒し系とかがこれっぽっちも出てこない件についてwwwww

 

 

66:名無しの雀士

 

宮永妹のことをみんながどう思ってるのかが一瞬で判明した瞬間であるwwwww

 

 

67:名無しの雀士

 

やべぇ、一つに絞るのがもったいないwwwwwバラエティ豊か過ぎるwww

 

 

68:名無しの雀士

 

(・ω・)ノほいっ

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

69:名無しの雀士

>>68

 

70:名無しの雀士

>>68

 

71:名無しの雀士

>>68

 

72:名無しの雀士

>>68

 

73:名無しの雀士

>>68

 

 

74:名無しの雀士

 

(((((( ;゚Д゚))))))ガクガクブルブルガタガタブルガタガクガクガクガクガク

 

 

75:名無しの雀士

 

どこから入手したwwwww

 

 

76:名無しの雀士

 

>>75

さっき話題に出てたころたんのサイト

 

ころたんを泣かした罪は重いってめっちゃ目の敵にされてる

 

 

77:名無しの雀士

 

ホントだwww

悪いことはしてな……うん、多分してないはずなのに……

 

 

78:名無しの雀士

 

これは魔王ですわwwwww気安く呼べないけど

咲さんだな咲さん

 

 

79:名無しの雀士

 

確かに咲さんだなwww

間違ってもちゃん付けはないな

 

 

80:名無しの雀士

 

見た目はちゃん付けが似合うんだけど……

クールな姉と違って可愛い系だと思うのは俺だけなのか?

 

 

81:名無しの雀士

 

>>80

いや、どちらかと言うとそれで合ってる

会見でもそんな感じだし

 

笑顔ならちゃん付け

 

 

82:名無しの雀士

 

誰か咲ちゃんの笑顔プリーズ

 

 

83:名無しの雀士

 

(・ω・)ノほいっ

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

84:名無しの雀士

>>83

 

85:名無しの雀士

>>83

 

86:名無しの雀士

>>83

 

87:名無しの雀士

>>83

 

88:名無しの雀士

>>83

 

 

89:名無しの雀士

 

それ咲ちゃんじゃなくて咲さんwwwww

 

 

90:名無しの雀士

 

確かに笑顔だけどwwwww

てかこわっ

 

 

91:名無しの雀士

 

目が怖い目が

 

 

92:名無しの雀士

 

結論

咲さんは魔王

 

 

93:名無しの雀士

>>92

異議なし

 

94:名無しの雀士

>>92

異議なし

 

95:名無しの雀士

>>92

異議なし

 

96:名無しの雀士

>>92

異議なし

 

97:名無しの雀士

>>92

異議なし

 

98:名無しの雀士

 

よりにもよって一番アレなのが選ばれてるwwwww

 

 

99:名無しの雀士

 

それは仕方がないな

 

 

100:名無しの雀士

 

100ゲット

 

この二つ名決めるの意外と面白いから他の選手も決めようぜ!

既に付いてる奴も改めて考える感じで

 

 

101:名無しの雀士

 

>>100

いいね、乗った

 

 

102:名無しの雀士

 

んじゃ最初は白糸台から

 

 

…………………………………

………………………………

 

…………………………

………………………

 

……………………

…………………

 

………………

……………

 

…………

………

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──和ちゃん、さっきから何やってるの?」

「ぅわっ⁉︎」

「ど、どうしたの和ちゃん?」

「いえ、ちょっと驚いてしまって」

「そっか。それで、何してるの?」

「……えーと、その……掲示板を見てるんです」

「掲示板?」

「はい、掲示板です」

「ふーん、私にはよく分かんないや」

「咲さんには必要のない知識ですから」

 

 ニコッと笑顔で和は咲にそう言う。冷や汗が出てないのが唯一の救いである。

 咲も咲でそこまでの興味はなかったようで、すぐに身を引いてくれた。

 

(……あ、危なかったです)

 

 集中し過ぎて近くにいた咲の存在に気付かないとは。いきなり声を掛けられたとき、和は心臓が止まるかと思っていた。

 

「もうすぐ大将戦が始まりますね」

「うん、このまま行けば白糸台は確実に決勝進出だけどね」

「えーと、大星淡さんでしたっけ? 白糸台の大将は」

「そう、淡ちゃん。面白い子だよ?」

「私も是非お会いしたいです」

 

 被害者の会的な意味で……とは言わない。

 

 手にしていたスマホを仕舞い、和はテレビに集中することにした。

 ここで勝ち上がってきた高校と決勝で対局するかもしれないのだ。見ておいて損はないだろう。

 

 和は最後に、名残惜しそうにスマホを一瞥した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──嶺上の狂い姫……結構自信あったのですが…………でも魔王もありですね!)

 

 

 

 

 

 

 大将戦が始まる。

 

 

 




和なら意外とありえそうですよね?
皆さんの好きなキャラで良い二つ名があったら感想で書いてもええんやで?


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9-1

あらすじに咲さんを描きました。






「怜、起きて。もう大将戦やで」

「………………う、うーん……」

 

 とんとんと怜の肩を叩く竜華。

 それに反応を示し、のそのそと怜は寝ぼけ眼をこすって起き上がった。

 

「………………」

 

 怜は覚醒しきっていない頭で周りを見回す。テレビの映像を見る限り、もう既に副将戦のオーラスになっているらしい。

 結局あの会見の途中で寝落ちし、今の今まで寝てしまっていたようだ。

 

「……もう大将戦か。随分寝てもうたな」

「具合はどうや、怜?」

「そうやなぁ……うぅーっとっ」

 

 身体を思いっきり伸ばし、コリを取るように一通り動かすことで自身の調子を軽く確認する。

 そして驚いた。

 

「ありえへんくらい良いな。今までの人生の中で一番ええかもしれへん」

「それは何よりや」

「……ホンマ咲ちゃんに感謝やわぁ」

 

 ネット上で『魔王』などと、名誉で不名誉な二つ名を授かっている咲に心の底から感謝する。怜にとっては正真正銘、癒しの女神なのだから。

 

『副将戦決着ぅーっ! 王者白糸台がトップには変わりないが、大分差が詰まってきました! そして二位から四位までの点差は1万点も開いていません! これは二位争いが過激になるぞぉーっ!』

 

 恒子の実況を聞いて、怜は気になっていた点差を見る。

 

 白糸台 133500

 阿知賀  93300

 千里山  87900

 新道寺  85300

 

「……随分と白糸台が削られとるな。先鋒から8万もか、凄いな」

「副将戦で白糸台が集中砲火を受けてな。一気に6万ほど削れたんや」

「それは何よりやな」

 

 先鋒戦終了時は白糸台との点差が14万あったと思えば、ここまで追い付いたのは奇跡的であろう。大将戦で捲ることだって運が良ければ可能のはずだ。

 

「さて! うちの出番やな!」

「頑張って下さい、部長!」

「竜華ならやれるで!」

「ファイトやで、竜華!」

 

 チームメイトのエールを受け、竜華は勢いよく立ち上がる。

 

 直後、膝から崩れ落ちた。

 

「りゅ、竜華⁉︎ どないした⁉︎」

 

 四つん這いになった竜華はそのまま動かない。悪巫山戯の類など一切しない竜華が冗談でこんなことをするはずがないので、これは緊急事態である。

 怜は思わず駆け寄り顔色を伺うが、別段、調子を崩しているようには見えない。というより全然辛そうではなく、むしろ苦笑いを浮かべている。

 疑問に思うのも束の間、竜華から情けない声が発せられた。

 

「…………あ、脚痺れて立てへん。ちょ、ちょいこのままで……」

 

 完璧に自分が原因だった。

 

「……ごめん」

「……怜のせいやないよ」

 

 真面目な竜華にしては本当に珍しい、気の抜けたスタートを切ることになった。

 

 

****

 

 

「よぉ〜しっ! 腕あったまったぁー! 100速まで仕上がった!」

「あったまるの……?」

 

 暖かい系統の言葉に敏感に反応する松実宥。

 どうやら阿知賀は平常運転のようだ。

 これから大将戦に赴く穏乃も、いつも通りの元気の良さを感じさせている。

 

「んじゃ、どーんと決めて」

「待った!」

 

 そのハイテンションのまま控え室を出ようとしたら、憧に思いっきり手を引かれ引き戻された。

 

「どうしたの、憧?」

「しず、またその格好で試合に行くつもり?」

「………………ダメ?」

「ダメ!」

 

 一応私服オッケーな大会ではあるけれど、憧的にはそれはお気に召さないらしい。

 着ていたジャージを憧の制服と交換し、久々に阿知賀の制服を身に付ける。

 

「おぉー、なんかこれ着ると、自分が阿知賀の生徒って感じするね」

「最初からそうなんだけどね……」

 

 後輩の呑気な言葉に玄は苦笑を浮かべる。

 これから闘いに出向く穏乃に対して玄には負い目があったが、穏乃のいつも通りな姿に表情が和らぐ。自然体だからこそ玄は安心して頼りになる後輩を送り出せる。

 

「しずちゃん」

「はい、なんですか玄さん?」

「ファイトだよ!」

「──はいっ!」

 

 穏乃は控え室を出て対局室へ向かう。

 その瞳には、真っ赤な焔が灯っていた。

 

 

****

 

 

「部長、お疲れ様です!」

「姫子」

 

 新道寺の大将──鶴田姫子は対局室へ向かう途中で、副将にて部長である白水哩と出会う。

 一人沈みであった新道寺は、副将戦で一気に二位争いに入れるほど点差を詰めていた。これも全て哩が無理をしてでも攻めに出た結果である。北部九州最強の部長は伊達ではない。

 

「部長、無茶しすぎですよ」

「ばってんこの点差や、無茶ばする」

 

 何でもなさそうに哩は言うが、かなり無謀な挑戦をしているのだから小言も言いたくなる。

 

 哩が無茶をすれば、姫子にも影響があるのだから。

 

「ばってん、流石部長です。キーばいっぱいで助かります」

 

 今回は哩の無茶が功を奏したので、姫子にとっては感謝しかない。

 哩の頑張りのおかげで、姫子は多くの切り札を授かった。

 

 これなら白糸台を地に堕とすことだって、不可能じゃないかもしれない。

 

「では部長、行ってきます!」

「あぁ、行ってきんしゃい」

 

 

 

****

 

 

「あっ! 半荘二回で59400点()っ! 削り取られたセーコだ!」

「……お前、容赦ないな。もう少し先輩を労わろうとは思わないのか?」

「うん、ない! てか流石に情けなさ過ぎて驚いたよ」

「……もうやだこいつ……」

 

 がっくりと項垂れた誠子に対し、淡は一切の容赦がなかった。

 先程照と咲に生贄に捧げられたとき、助けてくれなかったことを根に持っているので、その仕返しが若干含まれている。

 

 因みにその仕返しは尭深にも行っていた。

 控え室に戻ってきた尭深に淡は、「あっ! 最後にドヤ顔で役満和了ったのに、結局マイナス10000点オーバーのタカミおかえり〜」と言ったのだ。満面の笑みで。直後に後悔するとも知らずに。

 

 淡の生意気な発言に尭深は笑顔を崩さなかった。いつも通り「ただいま」と言った後、ゆっくりと淡に近付き、そして。

 

「──ウザい」

 

 ガツンッ! と、恐ろしく鈍い音が出るほどの頭突きをかました。

 

「イィッタァイ頭があああアアアッッ⁉︎」

 

 体験したことのない激痛に淡はのたうち回る。対して尭深はおでこを少しさするだけ。すぐに席に着いてお茶を嗜んでいた。

 

「頭割れるッ……」

 

 ビンタとかそんな生易しい攻撃とは一線を画す威力に、淡は瞳に涙を浮かべたのだった。

 

(……あれ? 今日の私、咲に腹パンされて、タカミに頭突きかまされてるんだけど……)

 

 なんか普通に凹んだ。

 どうやら今日は厄日のようだ。

 

(いや、サキと出会った日は全部厄日なんだよきっと)

 

 淡の咲への恨みは依然晴れてはなかった。

 

 ということでストレス発散を続行した次第である。

 まぁ誠子に関しては本当に酷い成績だと思っていたので、復讐や八つ当たりがなくとも言っていたかもしれないが。

 

「まぁいいや。削り取られたと言ってもハンデ付けにもならないしね」

「……はぁ。淡、油断してると足を掬われるぞ?」

「今の私に油断なんてないですよ。セーコだって知ってるでしょ?」

「まぁな。ぶっちゃけほとんど心配してない」

 

 これは本心。誠子は本当に心配していない。それは淡のことがどうでいいとか、そういう理由ではない。

 過去の淡ならともかく、今の淡は仲間として全幅の信頼を置ける仲間だと認めているからだ。

 はっきり言って淡が敗北する姿など、相手があの『宮永』以外なら想像も付かない。

 

「このままだと私の立場が危ういからな。菫先輩の作戦で本気は出せないだろうが、一丁ぶっ飛ばしてこい」

 

 誠子は淡に向けて拳を掲げる。

 最初きょとんとしていた淡だが、意味が分かったのかちょっと嬉しそうに拳を上げた。

 

「当然! 元より、私に負けはないからね!」

 

 コツンと拳を合わせる。

 淡はそのまま誠子とすれ違い対局室へと歩き出す。

 その顔は、獲物を求める狩人のように研ぎ澄まされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡が対局室に来たのはどうやら三番目のようだ。

 卓の側に立っているのは阿知賀と新道寺の選手。

 

(阿知賀の高鴨穏乃と新道寺の鶴田姫子。さっき会った千里山の清水谷竜華がいない……)

 

 以前は対局相手の名前など一切興味なかったが、咲に負けたあの日からは、もう二度と負けないようにと研究を欠かさなかった。

 それもあって、今回の対局相手の実力も概ね把握出来ている。

 淡の見積もり通りなら、手加減したとしても十分対処可能なはずだ。

 

(まっ、油断は禁物ってね)

 

「はぁ、はぁ……間に合った……」

 

 一人考え事をしていた淡の後ろから、息を切らした最後の選手、竜華がやって来た。

 

「あっ、来た。って、どしたの?」

「……ふぅ、ちょっとな。てかあんた一年やろ? 他校とはいえ仮にも先輩なんやから敬語を使いなさい」

「えー、私より弱い人に敬語なんてムリ」

「……決めた、あんたは叩き潰す」

「上等だよ、かかってこ〜い」

「──えいっ」

「痛い⁉︎ 直接攻撃はなし!」

 

 あまりにもなってない態度に、竜華は淡にデコピンを炸裂させた。効果は抜群のようだ。

 竜華からすると、何故白糸台という強豪校にいながらこんな舐めた性格のままなのかが不思議である。どこの学校でも強豪校の部活とは大抵厳しいものだというのに。

 

「うぅ〜、タカミに頭突きされたとこだったから凄く痛い……」

 

 そこまで強く打っていないのだが、淡は竜華のデコピンで軽く涙目になっていた。

 流石にそんな淡を見て、竜華は少々罪悪感が湧いてくる。

 

「そんなに痛かったん? 出来心やったんや、ごめんな?」

「……分かった、許す。私も調子に乗ってごめんなさい」

「ええよ、これでおあいこな」

「……うん」

 

(……あれ? もしかしてこの子意外と可愛い?)

 

 竜華はなんとなく分かった。淡がこの状態で野放しされている理由が。

 

「あっ、そう思えば園城寺怜は大丈夫?」

「怜なら問題あらへんよ。むしろ凄く調子が良いって言っとったな。これも咲ちゃんのお陰や。うちの代わりにお礼言っといてくれへん?」

「絶対嫌だ」

 

 会話しながら残り二人の元へと歩く。

 対して、仲良さそうに見える淡と竜華に穏乃と姫子は驚いていた。

 

「……白糸台と千里山って仲良いんですね」

 

 流石強豪校……と、一人頷いていた穏乃だったが、それは全くの見当違いというものだ。

 

「何言うてんの。白糸台とは今まで碌な交流なんてないで? この子とも今日が初顔合わせやし」

「そっちが一方的に白糸台(うち)の誘いを蹴るって監督が言ってたよ?」

「えっ? そうなん?」

「……やっぱり仲良いんですね!」

 

 そういう結論になった。

 

「なんや今年のインハイは妙に他校と交流ある気が……。まぁええか。折角やし自己紹介でもしとこうか。千里山の清水谷竜華や」

「はいはーい、白糸台の大星淡だよ!」

「阿知賀の高鴨穏乃です!」

「……こんなん初めてばい……。新道寺の鶴田姫子」

 

 自己紹介をしながら場決めを終える。

 起家は竜華で、姫子、穏乃、淡という順だ。

 

「あっ、清水谷さん、園城寺さんは本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫や、心配してくれておおきにな」

「いえ、ご無事で良かったです」

 

 穏乃自身気になっていたのだろう。竜華は安心させるようにそう告げた。

 

「咲ちゃんがおらへんかったら酷なっとったよ。ホンマ良かった」

「……なんか、聞いていた印象と違くてビックリしてます」

「ん? 阿知賀は咲ちゃんと交流があるん?」

「いえ、直接は……」

「ねぇねぇ、シズノ。その聞いていた印象ってどんなの?」

「……いやぁ〜、あはは」

 

 淡のニヤニヤした食い付きに穏乃は思わず口篭る。

 

(……言えない、化け物とか怪物だと聞いているなんて……)

 

 阿知賀は実力試しとして、長野の県予選決勝進出校と対局している。

 理由は友人である和が清澄に所属しているためだ。そもそも穏乃たち阿知賀がここまで来たのも、和と再会しまた麻雀をしたいという想いからなのだから。

 本当は二位の高校だけの予定だったのだが、長野二位の鶴賀に話を持ち掛けたところ、清澄を意識しているのなら龍門渕がいいだろうと勧められ、その後色々あり結局清澄以外の決勝進出校と対局していたのだ。

 

 その際に何度も何度も聞いた。

 

 清澄で本当に怖いのは原村和ではない、宮永咲だと。

 

「大丈夫だよシズノ。遠慮なんてしないで。どうせ化け物とか怪物とか悪逆非道とか魔王とかそんなんでしょ?」

「あっ……ぅっ、……えーと、その……」

「……シズノ、隠すの下手過ぎ」

「……咲ちゃんってそんなん言われとんの?」

「……会話もいいですけど、もう始まりばい」

 

 姫子の一言で雑談を止め、各人リラックスした様子から雰囲気が一変する。

 ここからは、目の前の人は対局する相手だ。馴れ合う必要はない。

 淡も、竜華も、穏乃も、姫子も、対局に備えて集中力を高めていく。

 視線は鋭く光り、併せて表情も引き締まる。

 

 対局室にブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 大将戦──

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ──開始

 

 

 

 

 

 





流れ決まりました。
大将戦はサクサク投稿していきたいと思います!


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9-2

あっ、一応。
既にご存知の方が多いはずですが、阿知賀大将戦はマジでスーパー麻雀なので……あしからず。






 〜東一局〜

 東 千里山  87900 親

 南 新道寺  85300 

 西 阿知賀  93300 

 北 白糸台 133500 

 

 対局開始と同時、周りを押し潰すような威圧感が淡から放たれた。

 その重圧の意味することを三人は身をもって知る。

 

(二回戦で理解してたけど……)

(五向聴……)

(うっわぁ、ホントに酷い。六向聴……)

 

 淡の常時発動型支配系能力。

 対局相手の配牌を五向聴以下にする力──絶対安全圏。

 その後の自摸は衣の『場の支配』と異なり影響は出ないのだが、それでも十分に脅威的な力である。

 この能力がある限り淡と対局する場合和了るには、鳴かないのなら最低でも六巡以上掛かるのだ。

 

 淡以外の面子は改めてそれを理解する。

 

(想像以上にきっついなぁー。なのに大星さんは一人だけ手が軽いとか卑怯!)

 

 当然一巡目でなんとかなるわけなく、穏乃はそのまま牌を捨てる。

 

 直後、淡からの圧力が増大した。

 

「──リーチ」

 

(((なっ……⁉︎ ダブリー⁉︎)))

 

 声には出さないが三人の心中は同様であった。

 只でさえ三人は強制的に五向聴以下にまで手を落とされ、淡には何の制限もないのに、今回はまさかのダブリーである。真面に相手をするなど考えたくもない状況だ。

 竜華は淡の圧力とこのダブリーに、冷や汗が流れてないか不安に思うほど内心驚いていた。

 

(偶然にしても酷い……流石一年にして、白糸台の大将に選抜されただけの豪運やな)

 

 当たり前だが、竜華はこれを淡の運が良かっただけと片付けた。開幕ダブリーも、可能性としてはありえなくはないからだ。

 

(まぁ、やることに変わりはあらへん。聴牌まで持ってくまでや)

 

 例え淡がダブリーを掛けようとそうでなかろうと、麻雀は和了りを目指さなければお話にならない。そんなことは麻雀をやってなくても分かる。

 竜華は乱れた集中を取り戻しいつも通り麻雀を打つ。

 周りを伺うと、どうやら穏乃も姫子も驚いてはいたようだが竜華と同じ結論に至ったようだ。

 三人は黙々と、且つ淡に振り込まないよう最大限警戒しながら手作りに励む。

 

 その中で一人、淡だけが微かな笑みを浮かべいた。

 

「カン」

 

 最後の山の角の直前で淡は暗槓。

 これに他の三人は首を傾げる。

 

(カン……?)

(うちらとしてはありがたいんやけど……)

(トップがわざわざカンするなんて珍しい)

 

 槓をする一番のメリットはドラが増えることだ。あとは嶺上牌が引けることもあるが、咲のような選手でもない限りこれをメリットと考える人は少ない。

 対してデメリットは自身の手牌を晒すことと、ドラが増えるのは何も自分だけでなく対局相手全員だということだろう。

 一般的に考えると、トップは滅多に槓することはない。理由はデメリットが大きいからだ。

 運の要素が大きく関係する麻雀において、点数を引き離すことは確かに重要であるが、それよりも点数を失わないことの方が大事である。

 その点を考えるとトップがわざわざ槓することは、相手に逆転の機会を与えていることに他ならない。

 だからこそ三人は淡の行動を訝しんだのだ。

 

(二回戦まではカンなんて一度も……)

 

 先日対局していたときの淡とは様子も闘牌も異なることに、姫子は何とも言えない不安を覚える。

 

 それが形となったのはその一巡後であった。

 

「ツモ」

 

 開かれた淡の手牌。

 役はダブリーのみ。

 それに安堵する三人だったが、淡が手にした裏ドラを見て目を見開く。

 

(カン裏が……⁉︎)

(槓子に全乗りってことは……)

 

「3000、6000。……さぁ、ゲームスタートだよ」

 

 淡の背後から、万象の悉くを吞み込む暗闇が広がっていた。

 

 

 〜東二局〜

 親:新道寺

 

 開幕ダブリー。

 そんなスタートダッシュを()()に切った淡は、未だに揺らめく髪を意図的に抑えた。

 

(ふぅ……、ダブリーモードは一旦中断。前はこれの切り替えすら面倒だったから練習ではやんなかったなぁ……はぁ、過去の私……)

 

 咲と出会う前の自分の酷さをこんなことで実感するとは。まぁ、改善出来ているのだから良しとする。

 淡は一巡目を普通に捨てる。聴牌してないのだから当然だ。

 

(この時点でスミレの作戦ちょっと破ってるけど、これぐらいなら大丈夫だよね?)

 

 淡は何の考えもなしにこんなことはしていない。狙いは二つある。

 一つはこのダブリーを偶然だと思わせることだ。もしヤバくなったときは嫌でもダブリーを連発することになるし、そうすると能力の詳細が他校にバレる。ならいっそ、最初に点数を稼ぐべきと判断したのだ。この一局だけなら、恐らく偶然で済む。

 もう一つは完璧に自分勝手な理由で、溜まった鬱憤を発散したかったのだ。ダブリーをする瞬間の淡の気持ちは、「くたばっちまえサキ!」であった。

 

(スミレ、怒るかも……)

 

 でもやっぱり、許可なく仕掛けたことにちょっと後悔する。

 

「ポンッ」

 

 鳴いて速攻したのは姫子。

 それを見て淡はどういうことかを察する。

 

(そっか、そう思えば副将戦前半戦の東二局の一本場に白水哩が和了ってた。コンボがあるのかな?)

 

「チー!」

 

 事前に分かっている姫子の、というより哩と姫子の力。

 

(てかずっこいよね。副将が和了った局で大将がその倍の翻数和了るとか何それ反則!)

 

「ポンッ!」

 

 これで三副露。どうしてもこの局で和了りたいのだと判断出来る。

 

(二回戦ではコンボ掛かってるときは負けたけど、やっぱりもう一回試したいし……今回はほっとこ)

 

「ツモ! 500オール!」

 

 姫子の自摸和了り。

 これで試せるだろう。

 

 新道寺のコンボの力が。

 

 

 〜東二局・一本場〜

 親:新道寺

 

 点棒を卓の隅に置いた姫子は瞳を閉じてイメージする。

 紅く黒ずんだ大地と空。そこに立つ自分は左手を大きく広げる。

 手の先に現れるのは哩から授かった力──数字が書かれた金色の鍵。

 

(満貫、おいでませ!)

 

 書かれている数字は『4』。この数字は翻数を示していて、それに見合った配牌がこの局では現れるのだ。

 姫子はその鍵の力を空に打ち上げる。

 天へと届いたその力は、配牌の雨となって姫子の元へと降り注がれた。

 

 開かれた手牌は、淡の絶対安全圏を跳ね除けた二向聴。

 

(これならっ!)

 

 四巡目。

 

「ロン、12300」

 

 振り込んだのは淡だった。

 四巡目の面前で和了られたということは、新道寺のコンボに敗北したということだ。

 

(やっぱり私の絶対安全圏の上をいくのか……。強いなぁ〜、新道寺のそれ)

 

 想定内ではあったが、自分の力が通じないことを理解して苦虫を噛み潰した表情になる。

 

(本当に勝てないのか試したいけど、流石に()()は使えない。対『宮永』用に生み出したアレをこんなところで使うのはナンセンスだしね。ここはガマン)

 

 切り札は決勝まで取っておく。これは菫の作戦であり、淡の判断でもあった。

 

 そして、姫子の和了りを見て厄介と判断したのは淡だけではない。

 竜華も姫子を盗み見ていた。

 

(これでうちの一人沈みか。……超新星言われとる大星淡もアレやけど、今は新道寺の方が断然危険)

 

 この局で証明されたのは、姫子はこの後何度もデカイのを和了る可能性が非常に高いということだ。

 

(ダブルエースの火力。今の満貫を和了ったんなら、後半には数え役満も……)

 

 副将戦で哩が和了ったのは前半戦の東二局・一本場、東三局、東四局、南一局、後半戦の東二局に東三局、南三局の全部で八つ。

 コンボもあって大将戦では全部が全部が満貫以上で、南三局に至っては最低でも三倍満が降りかかると千里山のブレインは言っていた。

 

(まずいなぁ、ちょっとピンチかも……)

 

 竜華は超強豪校と言われる千里山の部長ではあるが、新道寺のコンボや宮永照のような非常識的な火力は備えていない。

 竜華の武器は正確な手順と精度の高い読み。異能などないデジタルな麻雀なのだ。

 だからこそ現状に危機感を覚える。

 このままでは白糸台を一位から引き摺り堕とすことはおろか、新道寺の高火力もあって二位抜けすら危うい。そのせいで負ける気などは毛頭ないのに、少し弱気になってしまった。

 

 気合い注入と自身への慰めも含め、竜華は太腿を軽くパンパンと叩く。

 太腿を見て思い出すのは親友のことだった。

 

(ここに怜がおってくれれば、少しは安心出来んのになぁ)

 

 先程までずっと乗せていたというのに、もう怜の暖かさを求めている自分。情けないと思うと同時に笑ってしまう。

 

(そう思えば怜、さっき変なこと言っとったなぁ……)

 

 控え室から出る時だ。怜が妙なことを口走ったのは。いや、過去にも同じことを言っていた。

 ちょっと気になったので竜華は思い返すことにする。

 

(えーと確か、怜ちゃんパワーがどーのこーのやったっけ?)

 

 そう、怜ちゃんパワー。

 怜曰く、一巡先が見えるとかいうけったいな力は、竜華みたいに元々強い子にパワーがあった方が良い。だから膝枕をしてもらってるときにその力を、通称怜ちゃんパワーを竜華の太腿に送り込んでいるそうだ。

 一応ガチでマジな理由らしい。竜華からすると、膝枕をしてほしいがための後付けの理由にしか思えなかったが。

 でもさっき見た怜は意外と真剣だった気がする。過去に言っていた時はニヤついていたというのに。

 

(前に言われたときは何それとか思ったけど、今冷静に考えてみても、やっぱり何それって感じやけど……。あと、「今は咲ちゃんのお陰か、ごっつ調子ええからスーパー怜ちゃんパワーや!」ってのがまたアレやけど……)

 

 竜華は太腿を手でさする。

 気持ち的にその怜ちゃんパワーが充満していて、淡く輝き出したように感じた。

 

(ここに怜を感じる……こっちかて、一人やない!)

 

 気概に満ちた竜華の瞳が、中央に収束するように加速し始めた。

 

 

 〜東二局・二本場〜

 親:新道寺

 

 竜華は一人、真っ暗な場所に沈んでいく感覚を覚えていた。

 

(……えっ、なんやこれ?)

 

 人生初めての現象にビックリするが、その後更に驚くことになる。背後から肩を触られた感触がしたからだ。

 咄嗟に振り向くとそこには、本当に淡く輝く怜の姿があった。

 

(「と、怜……?」)

(「怜やない、怜ちゃんや!」)

(「へ、へぇ……」)

 

 同じじゃないの……? というツッコミをギリギリ止めることが出来た。

 このわけの分からない現象に色々と気になることがあるのに、竜華を先んじて怜ちゃんが動き出す。

 

(「竜華、未来を見せたるわ」)

 

 怜ちゃんから手を差し出されたので、竜華はとりあえず繋いでみる。

 すると、怜ちゃんが指差す先に枝分かれする未来の光景が映し出された。

 

(「こ、これって……」)

(「この局の最高点の和了りや。他に到達点があっても、見える形はそれ一つ」)

(「……怜がそう言うなら」)

 

 竜華は瞳を開いて暗い空間から出て対局に戻り、怜ちゃんが見せてくれた未来を辿るように牌を打つ。

 

 結果はすぐに現れた。

 

「ロン、8000の二本場は8600」

「……はい」

 

 竜華は姫子からの直撃を奪えた。

 怜ちゃんが見せてくれた未来と変わらない和了りの形で。

 

(怜が見せてくれた通りになった。これって、見えた形に必ずなるんやろうか?)

(「そうやで」)

(「わぁ⁉︎ ビックリした」)

 

 瞬時に真っ暗空間に戻った竜華は、これまた急に現れた怜ちゃんに驚く。

 

(「怜ちゃんパワーで和了りの形が見えたのなら必ずその形で和了れるで。まぁ、ウチのと違って他人の情報はあんま分からんけどな」)

(「それでも十分過ぎるんやけどな……でも、これなら」)

 

 怜ちゃんが授けてくれた力に竜華は自信を付ける。これでやっと勝ちの芽が出てきただろう。

 

(「次は親番やから和了っておきたいんやけど……」)

 

 思わず怜ちゃんを見ると、諦めたように手と首を振っていた。

 

(「ほななー」)

(「えぇっ⁉︎」)

 

 登場は突然で、退場は呆気なかった。

 怜ちゃんはすぐに見えなくなり、同時に対局へと視界が戻る。

 

 展開が早過ぎて竜華は混乱気味だったが、考えることを止めては碌なことにならないと判断し、さっきの怜ちゃんの行動を考える。

 そこでやっと気付いた。

 

(そうか、次は東三局。つまり……)

 

 ──新道寺の倍満が来る。

 

 

 

 



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9-3

 〜東三局〜

 東 阿知賀  89800 親

 南 白糸台 132700

 西 千里山  90000

 北 新道寺  87500

 

 紅い大地に髪を靡かせる風が吹く。

 何もない荒野には、瞳を閉じた姫子の姿があった。

 

 掲げた左手。

 虹色に煌めくエフェクトと共に地中から召喚されたのは、『8』の数字が記載された金色の鍵だ。

 姫子はその鍵を空へと向け、先程と同様宿る力を光線に変えて天へと解き放つ。

 

(来いっ! 倍満!)

 

 開かれた配牌は二向聴で、萬子を土台とした混一色の手。

 

(こいが、倍満になって……)

 

 姫子からの圧力が増す。

 

 それを敏感に感じ取った穏乃は歯嚙みした。

 

(赤土先生が気を付けろって言ってた東三局。予想通りなら倍満が来る。……こんなときに親番か)

 

 直撃を受けるのは論外だが、出来れば自摸ですら防ぎたい。

 心情としてはそうなのだが、残念ながら穏乃の手牌は五向聴。依然、淡の絶対安全圏が行動を遅々とさせていた。

 

「チー!」

 

 一人、いや、この場合恐らく二人だが、手が軽い淡が鳴いて仕掛けてくる。

 

(大星さんに和了ってもらう方がいいかもしれないけど、やっぱり振り込みは避けたいし……)

 

 点数を失わない方法を真剣に考えるが良い案は浮かばず、しかも手を(こまね)いているうちに、

 

「リーチ!」

 

 姫子に立直宣言をされてしまう。

 

(二巡目⁉︎ 速過ぎる!)

 

 淡の絶対安全圏がないとしても手の打ちようのない速さ。

 

「ツモ! 4000、8000!」

 

 しかも一発を決めるというオマケ付きだ。

 

(本当に倍満……親っ被り……)

 

 これが新道寺のコンボの力かと、穏乃は表情を険しくした。

 

 大きな和了りを決めた姫子は燃える瞳で淡を見つめる。

 

(白糸台の大星淡、確かに強か。流石一年生にして白糸台の大将ば任さるっだけのことはある)

 

 確かに淡は強い。それは認める。

 

(ばってん、此方のコンボは止められん! こん絆、破らるっもんない、破ってみろ!)

 

 新道寺のコンボ。

 副将の哩と大将の姫子の絆の力。

 積み重ねてきた想いが二人を繋ぎ、力として顕現した能力。

 

 これこそ新道寺ダブルエースの切り札──リザベーションである。

 

 

 〜東四局〜

 親:白糸台

 

 東三局の姫子の和了りを見て、竜華は新道寺はやはり強いと確信する。

 

(出来れば今回は防いでおきたいんやけどなぁ)

(「ならやってみればええやん」)

(「ぅおっ⁉︎ ……ホンマ急やなー。出たり消えたり忙しない。ずっとおればええのに」)

(「それもそうもいかへんね。おっ、次見てみ」)

 

 怜ちゃんの指差す先を見ると、再び枝分かれした未来が見える。

 光の道筋の最奥、一際輝く光景が目に映る。

 そこには最終的な和了りの形が目に映った。

 

(「跳満手、これは大きいな」)

(「よっしゃ! ……あれ? この局は新道寺の副将が和了っとたと思うんやけど?」)

(「そんなん知らんわ。でも見えたってことは必ず和了れるはずやで」)

(「それはありがたいな」)

 

 戻った視界。

 竜華は見えた通りの未来を辿っていく。

 面白いように手が進むのにどこか快感を覚えるが、一度しか見てない未来を忘れずに辿るのは意外と疲れる。

 

(さて、これで)

 

 和了り形で聴牌。

 その後数巡もせずに和了り牌が現れる。

 

「ロン、12000」

 

 振り込んだのは淡。

 トップから点数をもぎ取れて竜華としてはありがたい。

 

(「ホンマ凄いな、怜ちゃんパワー……」)

(「せやろ?」)

(「またいきなり……相変わらず忙しないなぁ。ずっとはおれないんか?」)

(「せや。来れるのはあと五回ほどやな」)

(「五回……」)

 

 これは多いと判断できるだろう。

 只でさえ確実な未来が見えて、しかも最高点の和了りとくれば極上の武器となる。

 

(「ギリギリまでパワーを注ぎ込めたんがラッキーやったわ。しかも今はスーパー怜ちゃんやからな、パワーも上がっとるで!」)

(「……対局終わったら咲ちゃんとこに挨拶しとこか」)

(「それは賛成や。ほな後は、用法容量守って、大事に怜ちゃんを使ってなー!」)

 

 最後にそう言い残し怜ちゃんは彼方へと消えていった。今後は竜華が呼んだら来てくれるのだろう。

 

(おし、頑張ったるで!)

 

 気合い充分。

 怜ちゃんが弱気になった竜華を打ち壊してくれたのだ。このまま大人しく引っ込むなんてありえない。

 竜華の集中は徐々にだが確実に増していった。

 

 

 〜南一局〜

 親:千里山

 

 ここまでの結果に、淡は心底ビックリしていた。

 

(……おっかしいな〜、想定より遥かに点数を失ってる)

 

 新道寺のコンボは半分以上諦めていたため想定の範囲内だったのだが、予想外だったのは千里山の竜華だ。

 

(私の絶対安全圏は効いてるはずなのに、なんでそんなポンポンと和了れるのかな……)

 

 竜華が強いことは知っているが、それはあくまで普通の強さだ。

 淡や咲のような場を支配するような底力はなかったはずなのに、これまでにもう二回も和了られている。

 

(私の防御がまだ甘いのは理解してるけど、大きな手に二回も振り込んだ。これはちょっと……)

 

 このまま普通に打つとヤバい気がすると淡は考慮する。

 しかも今は南一局だ。

 

(南一局ってことは……)

 

「ツモ! 3000、6000!」

 

(やっぱり新道寺……東四局で千里山に振り込んだのも、てっきり新道寺が和了ると思って油断してたのが原因だし……)

 

 これは言い訳なのだが、とにかく点数を失い過ぎていることに変わりはない。

 

(そ・れ・に、さっきからどんどこずんどこ和了られましてからに……ちょっと耐えられないってね)

 

 淡の決断は迅速だった。

 

 ──やっちゃおっと。

 

 淡は口を三日月型に歪ませる。

 裡から湧き出す猛りと共に、金色の髪がユラユラと揺らめいた。

 

 

 〜南二局〜

 親:新道寺

 

「リーチ」

 

(((なっ……⁉︎)))

 

 淡の立直宣言。

 しかもまたダブルリーチだ。

 

(またダブリー⁉︎)

(東一局でもダブリーしてたけど……)

(まさか大星淡は……)

 

 東一局の時点では偶然と判断していたが、ここにきてまたダブリーは少々異常だ。

 

(こっちは配牌五向聴なのに、もしダブリーを自由自在に出来るとかだったら……)

 

 ──強烈過ぎる。

 

 手が重いけど、三人は淡に振り込まないようにと警戒しながら局を進めるしかない。そのせいで突っ撥ねていいのか悪いのかの判断が難しく、自然と打牌は振り込まないことが優先になってしまう。

 局も終盤になって、ようやく淡が動き出した。

 

「カン」

 

 淡の暗槓。

 この光景に三人は見覚えがあった。

 

(カンって……)

(そう思えば東一局でもカンしてた)

(何やろうな……普通だったらありがたいんやけど、嫌な予感しかせぇへん)

 

 嫌な予感とは大抵、嫌な未来を引き寄せるものだ。

 竜華はその直感に従い流局までは安牌しか捨てないと、この局を完全に降りることにした。

 穏乃も直感が働く方がなので、悩んだ末に降りることを決断する。

 その中で姫子だけが勝負に出た。

 

(聴牌……親番やけん、ここは無茶ばする!)

 

 力強く突っ撥ね捨てた牌。

 

 それを見て、淡が愉快そうに笑った。

 

「ロン」

 

 宣告と同時に、淡は指を軸にして支えた手牌を回転させる。

 開かれた手牌の役はダブリーのみ。

 ただしそんな安手で終わらせるほど、白糸台大将は甘くない。

 淡はカン裏を表にしてドラを明らかにした。

 

(カン裏……⁉︎)

 

「12000」

 

 淡の背後から、全てを焼き尽くす豪炎が巻き起こった。

 

 

 〜南三局〜

 親:阿知賀

 

「リーチ」

 

(((またダブリー⁉︎)))

 

 二度ある事は三度あるとは言うが、これはもうそういう話ではない。

 ダブリーなどという役を連発した時点でこれはもう確定だろう。

 白糸台大将──大星淡はダブリーを意図的に引き起こせる。

 

(只でさえ手が重いのに……)

(ダブリー連発出来るとか……)

(反則やろ……)

 

 ──これはもう、卑怯とかそんなレベルの話じゃない‼︎

 

 野放しにしたら取り返しが付かないことになる。

 即座にそう判断した竜華は手札を切った。

 

(「怜っ!」)

(「──呼んだ〜?」)

(「呼んだ! 怜、お願いや!」)

(「お安い御用や」)

 

 怜ちゃんの手を取って未来を映し出してもらう。

 枝分かれする光の軌跡。どうやら自分が和了れる未来はあるようだ。

 

(「満貫やな、結構大きな手やで」)

(「流石や怜っ!」)

(「ほななー」)

 

 消えていった怜ちゃんを見送った竜華は対局へと戻る。

 

(さぁ、来いっ!)

 

 八巡後。

 

「ツモ! 2000、4000!」

 

 竜華の和了り。

 それを見て、淡は大きく目を見開いた。

 

(うっそ……私のダブリーが正面から打ち破られた……? しかも新道寺のコンボでもなく千里山になんて……)

 

 これは淡にとっては驚愕的な事実だ。

 全国一位の白糸台に身を置く淡は、全国トップクラスの高校生や監督のコネで打てるプロとも対局してきた。

 その経験から分かったのは、淡のダブリーを正面から破れる者は極少数しか存在しないということだ。

 それがこうもいとも簡単に和了られるとは予想外であった。

 

(……あ、ありえない。ただ強いだけの雀士に和了られるほど、私の支配は甘くないはずなのに……。何かある、絶対に)

 

 以前の淡とは違う。

 咲を倒すためにとやれることは全部やってきたのだ。

 ここで大事なのは思考を停止させることではない。何が起きてるのか、その可能性は何なのか、自分に落ち度はあったのか、一から冷静に状況を分析することである。

 

(清水谷竜華。名門千里山女子の部長。二年生からインターハイで活躍するほどの実力者。

 読みと手作りの正確さはずば抜けて凄いけど、私やテルのような能力はない。唯一能力と言えるようなのは確かゾーンってやつ。極度の集中状態で、そのときの清水谷竜華は絶対に振り込まないとまで言われてるやつだ。……これだけだったはず)

 

 竜華についての情報はこれで終わりである。これ以上のことは菫に聞いても出てこなかったのだから間違いない。

 

(ゾーンに入ってるから競り負けた? それとも単純に、清水谷竜華が本当に強いだけなのか……。チッ、ダメだ分からない。一先ずパス)

 

 竜華の異常を探すのは手詰まりだから一旦流す。

 それよりも自分の落ち度を見極めたほうが賢明である。

 

(……そう思えば、南場あたりから靄が掛かったように視界が悪い気がする。気のせいかと思ってたけど、これが原因か……?)

 

 可能性の一つは見つかった。

 この短時間では詳細までは掴めないので、思考を一時中断することにする。

 

(とりあえず、もう一度ぶちかます!)

 

 次はオーラス。加えて淡の親番だ。

 淡はここで見極めると決めた。

 

 

 〜南四局〜

 親:白糸台

 

「リーチ」

 

 再び淡のダブルリーチ。

 ここで連荘して違和感の正体を突き止めるのが淡の狙いであった。ついでに点数を稼ぐつもりもあったが。

 

(さぁ、どうでる千里山!)

 

 対して竜華。

 此方も勝負に出ると決断していた。

 

(今の大星淡に親で暴れられるのは厄介や。ここも使う!)

 

 太腿に宿る通称怜ちゃんパワーを意識して、竜華は新たに得た武器を行使をする。

 

(「怜っ!」)

 

 竜華の呼び声と共に怜ちゃんが出てくれる。これで残りはあと三回になったのだろう。

 

(「怜、お願い!」)

(「……ごめんな竜華。今回は無理や」)

(「……そうなんか、おおきにな」)

(「ほななー」)

 

 退場する怜ちゃんは妙に呆気ないのが竜華としては残念だが、一々そんな茶飯事を気に掛けている暇はない。

 未来は見えなかったが、そこから分かることもある。

 

(やっぱり和了れる未来がない場合は何も見えへんのか。その場合は多分やけど結果は二通り、誰かが和了るかこの局が流れるかや)

 

 そして、今回最も可能性が高いのは淡が和了ることだろう。

 

(和了れないことが分かっとるなら、うちのやることは振り込まないことや)

 

 竜華は警戒を高めながら牌を捨てていった。

 

 局が進むにつれて、今回は多分順調だと淡は判断した。

 ならもう和了るしかない。

 

「カン」

 

 最後の山の角で淡は槓をする。

 これであと数巡以内に和了れるのが淡の能力。

 

 だからこそ、淡は起きるはずのないイレギュラーに困惑した。

 

(……は? 和了れない? おかしい、これは絶対におかしい⁉︎)

 

 いつまで経っても和了れない。気付けばもう海底(ハイテイ)にまで至ろうとしていた。

 過去一度もなかった展開に拭い切れない違和感を伴いながら、淡は自摸った牌を捨てる。

 

 直後、上家から異質なオーラが襲ってきた。

 

「ロン」

「………………えっ?」

 

 今まで動き一つ見せなかった選手──穏乃が淡の捨て牌にロン宣言。

 

「8000です」

 

 前半戦は、とても静かに終了した。

 

 白糸台 113700(-19800)

 新道寺 101500(+16200)

 千里山 101000(+13100)

 阿知賀  83800(-9500)



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9-4

 とある宿泊所。

 そこで準決勝第一試合大将戦を観戦していた少女──宮永咲は、それはもう愉しそうに微笑んでいた。

 

「ふふっ、驚いた。まさか淡ちゃんがここまで手こずるなんてね」

 

 前半戦までの合計収支では未だ白糸台がトップを守り続けているが、大将戦だけで見れば淡は完全敗北を喫している。咲としては良い意味で想定外の展開であった。無論、淡が負けている姿を拝めるのが楽しいだけである。

 出会えば即、淡をおちょくる咲ではあるが、それは淡を見下しているということではない。ただ反応が面白いからやってるだけで、淡の実力は認めているのだ。

 

 今回の対局相手の情報は、先鋒戦のときに暇だったから淡にもう聞いている。コンボとは何ぞ……? と、淡に聞いた時には思ったものだ。

 そして各選手の情報を聞いた上で咲の見通しでは──淡の自己判断でもそうだったが──ギリギリダブリーを連発せずに勝ちを拾えると踏んでいた。

 それなのに、結果は言ってはなんだがズタボロだ。これには淡も面食らっていることだろう。

 咲は愉快だった。

 

「このまま淡ちゃんを追い詰めてくれると、私が知らない奥の手とかが見れそうだからなぁ。是非とも頑張ってほしいよ」

「──その可能性は高いぞ、咲」

 

 咲の言葉に返答したのは一緒に観戦していた少女──天江衣であった。

 

「ん? それどういうこと衣ちゃん?」

「実はな、衣たちは二ヶ月程前に阿知賀と対局してるのだ」

「阿知賀と? いつの間に……」

 

 県予選後の清澄は龍門渕と打つことが多かったのに、阿知賀と打っていたとは知らなかった。

 別に内緒にされてたのを咎めるなどはありえないが。

 

「それで、どうして可能性が高いって衣ちゃんは思うの?」

「それはだな、阿知賀の大将が本領を発揮するのはこれからだからだ」

 

 衣は二ヶ月程前の対局を思い出す。

 

「穏乃と最初に卓を囲んだ時、既にその跫音(きょうおん)は聞こえていた」

 

 相変わらず衣は難しい言葉を使う。

 咲は教養があるので何を言いたいかは分かる。跫音とは歩いてくる音とか何かが来る予兆などを意味する言葉だ。

 つまりこの場合は能力のことだと推察出来る。加えてニュアンスから考えると、その当時はまだ能力が未完成だったのだろう。

 

「阿知賀との練習試合初日、衣は海底撈月(ハイテイラオユエ)で三回和了った。でも本当は五回和了るつもりだったんだ」

「……へぇ」

「……二日目には、海底に辿り着くことすら出来なかった」

 

 興味深い結果だ。

 衣くらいの実力者が和了ろうと思ったのに実現不可能だったとなると、それは偶然の産物ではなく何かしらの妨害を受けたという証明になる。《牌に愛された子》は並の運に左右される程、低級な性能ではないからだ。

 

 つまり衣が言いたいことはこういうことだろう。

 穏乃は何かしらの『場の支配』を有している、と。

 

「……対局した時間帯と、その日の月齢は?」

「んー、お昼から夕方過ぎ。月は半分よりも大分欠けてたよーな……」

「成る程、なら大したことはなさそうだね」

「当時はだがな」

「あっ、そっか、未完成だったのか。まぁそれを考慮しても圧倒的な支配ではない感じかな。……因みに、和了れなくなったのは局が進んでからでしょ?」

「その通りだ」

「ふーん……気になるのは、時間が経てば経つほど、局一つ一つが終盤になればなるほど効力が増すところって感じかな?」

「……流石咲。今の対局とこれだけの情報で全てを見抜けるのか」

 

 呆れたように衣は笑う。

 押し潰すような『場の支配』に、王牌と槓材を自由自在に操る、これだけで既に手の付けようがないのに、加えてこの常軌を逸した観察力と分析力が咲が無類の強さを誇る秘訣なのだ。

 これでまだ実力を隠しているのだからたちが悪い。長野四校合宿での咲との対局はトラウマものだと、衣は不意に思い出したのを後悔する。

 鳥肌になった腕を優しくさする衣を不思議そうに咲は見つめるが、思考は全く違うところで働いていた。考えているのは当然、穏乃の『場の支配』についてである。

 

「……でも、何の支配なんだろ?」

 

 これまでの軽い分析で判明しているのは、穏乃の支配は時間が掛かること、能力を無効化する類の『場の支配』であることの二点。流石にこの情報だけですべてを察せられるほど、咲は妖怪染みてはいない。

 うーんと悩む咲であったが、衣は自分なりの答えを導いていたようだ。

 

「……恐らくだが」

 

 衣は真剣な眼差しでこう告げた。

 

「穏乃の支配は山の支配だ」

 

 

****

 

 

「なーに黄昏てんのよ、しず」

「憧……」

「はい、糖分補給」

「ありがと」

 

 一人対局室に残り椅子に座っていた穏乃は、憧から差し出された飲み物をストローを使って口に含み喉を潤す。

 

「晴絵からの伝言」

「赤土先生が?」

 

 憧がここまで来たのは飲み物も持ってくるとと言伝を頼まれていたからのようだ。

 憧は指を四つ立てた。

 

「内容は四つ。

 まずは大星淡について。しずも分かってるとは思うけど、大星淡はダブリーに気を付けろって。それとカンするまでは安全かどうかは断言できないけど、カンした直後の数巡は絶対安牌を捨てること。ただし、山が深い場所での勝負ならアリだって。

 次は鶴田姫子。こっちは予想通りだから、後半戦は東二局と東三局、特に南三局は要注意だって。

 んで清水谷竜華。あの人についてはちょっとイレギュラーが入ってる。しずは分からなかったと思うけど、今の対局で清水谷竜華が和了った局は全部、本来の打牌とは掛け離れているんだ。晴絵としてもどうアドバイスしていいか分かんないって」

「……ん、了解」

 

 目を瞑って憧の言葉を聞き、一つ一つ頭の中で整理していく。何となく分かっていたことだが、やはりこうして他人からの意見もあると説得力が違うものだ。

 

「それで、四つ目は?」

「うん。全部まとめて、しずはそのままいつも通り打てばいいって」

「……そんな感じしてた」

 

 この土壇場で下手に小細工をする必要はない。いつも通りの全力で、自分と仲間を信じて打つしかないのだから。

 

「あと半荘一回か〜」

「えっ? あと十一回だよ」

「……ふふっ、だと良いね」

 

 そうだ、あと一回で終わらせるつもりなんてない。

 決勝に行く。

 そこには、再会したいと願った少女がいるのだから。

 

(また和と一緒に遊ぶんだから……)

 

 穏乃の背後で、明滅するように焔が灯っていた。

 

 

****

 

 

 ドスドスという足音を鳴らすほどにイラついた様子の淡は、控え室へと戻る道を早歩きで進んでいた。

 

(なんだあのオーラス! 意味分かんない! 千里山でも新道寺でもなく阿知賀! しかも私の力が発揮出来なかったとか!)

 

 扉の前に着いた淡は息一つだけ吐いてドアノブに手を掛けると、思いっ切り開け放った。

 

「スミレ! とりあえず今の清水谷竜華の牌譜ちょうだい! 絶対アレなんかあるでしょ!」

「そう言うと思って準備してたさ」

「ありがと!」

 

 手渡されたアイパッドを奪い取り、短時間でそれを見通していく。おかしなところ、妙なところ、気になるところなどは全部チェックする。

 一通り目を通して、淡は眉をしかめることになった。

 

「……何これ? 意味わかんない……」

「私もそういう結論になったな」

「テルは?」

「私もよく分からない。ただ、今の半荘で清水谷さんが和了った局は、今までの清水谷さんとは打牌が異なってることは分かる」

「……そうだよね、やっぱり変だよね」

 

 竜華が和了った局は妙なのだ。

 元々デジタル打ちが基本であるはずの竜華が、それらの局だけはセオリーを大きく逸脱している。

 だというのに、それらの打牌が裏めったことが一回足りともないのだ。最早神掛かっていると表現出来るその所業は、見ていて奇妙すぎる。

 

「確かに清水谷竜華は読みが正確、それは知ってる。でもこれは、読みとかそういう次元の話じゃないよ」

 

 はっきり言ってありえない。

 その巡目では明らかに要らない牌なのに、その数巡後で引く牌と合わさると和了りにより早く近付ける。そんなことが度々起きているのだ。

 

「こんなの、未来でも見えてなきゃ……未来?」

「……怜の能力?」

 

 そうだ、これではまるで、照が零した選手──園城寺怜のようだ。

 

「いや、でも園城寺怜だって一巡先、頑張っても三巡先でしょ?」

「でも最後の局は和了りまでの全てが見通せてたんだと思う」

「うーん、まぁそんな感じだったけど。……いや、でも私が対局してるのは園城寺怜じゃなくて清水谷竜華だよ?」

 

 竜華にそんなこと出来るわけない。

 暗にそう仄めかし、真面目に考察することすら馬鹿らしいと淡は吐き棄てる。

 

「もし未来が見えてるとかなら、園城寺怜が自分の能力を譲渡してるってことでしょ? そんなバカなことが…………………あっ」

 

 冗談を言うつもりで淡は口に出したが、ふと、そういうのに心当たりがあると思い至る。

 そうだ、いるじゃないか。そんな奴らが。

 他人と連動した能力を持つ者が。

 しかも、さっきの面子に。

 

「……新道寺みたいに連動もしくは能力を譲渡してるの? 清水谷竜華には本当に未来が見えるとか?」

「……どうだろうな。だが、お前のダブリーをああも簡単に切り抜けたところを見ると、あり得なくはないのかもな」

 

 菫も断言は出来ないようだ。

 まぁそれは仕方ない。こんな超常的な現象、本人にしか分かるはずないのだから。

 

「……一応そういうことにする」

「まぁ、その点はお前に任せる。……ところで淡、さっきのオーラスはなんで和了らなかったんだ?」

「和了らなかったんじゃなくて和了れなかったの!」

「角まで到達したのにか?」

「そう、なんかおかしいんだよ。絶対変な『場の支配』がされてるよあそこ」

 

 槓をして数巡経っても和了れなかったことなど、それこそ照や咲を相手にした時でもなかった。その事実は淡の自慢でもあるし、強力な武器の一つだと確信している。

 だからこそさっきの局はおかしいのだ。普通だったら絶対和了れたのに和了れなかった。照や咲ですら分が悪くなる状況にまで事が進んだのにも関わらず。

 『場の支配』の可能性を考えるのは当然と言えた。

 

「淡は誰の支配が分かってるの?」

「……多分、阿知賀の高鴨穏乃。能力なんてないと思ってたけど、対局してみてなんか違和感があるから」

「そう……それで?」

「……何を支配してるのかは分かってない。でも、これも推測だけど、コロモとかと同じで条件付きの支配だとは思う。ここに戻ったのも清水谷竜華と、あと高鴨穏乃の情報も欲しかったからだし。みんな何か知らない? 『高』『鴨』『穏』『乃』から麻雀に連想出来ることとか、性格でも趣味でも何でもいいから」

 

 淡の言葉に各々記憶を巡って何かないかと考える。休憩時間もあと僅かなので、淡としては迅速な情報提供が望ましい。

 

「……あっ」

「セーコ? 何か知ってるの?」

 

 反応を示したのは副将を務めた誠子だ。

 淡は問い詰めるように誠子に質問する。

 

「役に立つかは分からないが、確か趣味は山登りだって聞いたぞ」

「どこからそんな情報が……」

「対局する前の選手紹介があるだろ? あれには意外と変な情報が眠ってるんだよ。私は釣りが趣味だし、山登りっていうのが印象的で覚えてたんだ」

「成る程……とりあえずありがと」

 

『間もなく対局開始時間です。選手の皆さまは対局室に集まって下さい』

 

 どうやらタイムリミットのようだ。

 

「淡、頑張ってね」

「当然、みんなは大船に乗ったつもりでいていいから!」

 

 グッと拳を握って元気良く返す淡。そんな彼女を見て、まぁ大丈夫だろうと照たちは判断した。

 

「あっ、淡ちゃん」

「ん? なにタカミ?」

 

 控え室を出る直前、小走りで尭深が近付いて来たので淡は首を傾げる。

 個人的なエールだろうか? だとしたら嬉しいな、なんて淡は思う。

 

 尭深はグッと両手を胸の前で握って、物凄く優しい笑顔を見せた。

 

「前半戦だけでマイナス20000点、この調子だとマイナス40000点だね」

「やかましいわっ‼︎」

 

 期待した私が馬鹿だった! と、淡は控え室の扉を力一杯叩き付けるように閉めて出て行った。

 

 

****

 

 

「CM明けたぞーお前らぁーっ! テレビの前に大集合だぁーっ!」

「……そんなCMをないがしろにしていると、またスポンサーからクレーム来るよ……」

「局アナなのにすみません!」

「フリーでもダメだよっ!」

 

 準決勝第一試合実況室。

 そこでは、長年の付き合いからか日常の会話すら既にコントと化している健夜と恒子がいた。

 

「ところで急に麻雀に対してやる気を出した小鍛治プロ? 小鍛治プロ的にこの大将戦はどうなんですか?」

「なんかちょっと皮肉に聞こえるんだけど……。まぁそうですね、非常に見応えのある対局だと思いますよ。

 前半戦同様大きな和了りがあるであろう新道寺、尋常でない読みを見せ付ける千里山、阿知賀に関しては私個人の意見ですが、未だに全貌が明らかになっていないようですし。そして白糸台の大星淡さん。まさかダブリーを連発出来るとは()()驚きました」

「なるほどなるほど……あっ! 小鍛治プロの話が長いせいでもう大将戦開始時間になってしまいました!」

「私のせいなのっ⁉︎」

 

 健夜のツッコミを無視して一人アナウンスに戻る恒子。うぅっと唸っても無視された。こうなった恒子は基本自分のやりたいことを貫き通すまでは梃子でも動かないので、健夜は放っておくことにする。

 恒子の情熱的な実況を聞き流しながら、健夜は画面に現れた選手の一人──淡を見て微笑を浮かべる。

 

(大星淡さん、確かに面白い。あの咲ちゃんがオススメするのも分かる。……でも、あの二人と比べるとまだお粗末ですね)

 

 ダブリー連発には驚いた。これは本当である。

 だけど少しだけだ。

 咲や照の麻雀を見たときのような、身を焦がすような高揚感は訪れていない。

 

(まぁ恐らくですが、大星さんもまだ何か隠しているのでしょう。でなければ、あの咲ちゃんが認めるわけないですし)

 

 実は咲もこれ以上の淡の力についてはまだ知らないのだが、健夜はそう判断して納得していた。才能は申し分無いし、奥に眠る力の片鱗も感じ取れるのだ。ならあり得なくはない話である。

 このようにハードルだけ異様に高くなってることを知らない淡は、背筋に走る悪寒に怯えることになるがそれはまた別の話。

 

(後半戦、色々と動き出しそうですし……ふふっ、楽しみが一杯っていいですね)

 

 ちょっと気分が良くなった健夜からおっかないオーラが放たれ、思わずそれにギョッと反応する恒子。プロ根性で何とか語りに影響を与えなかったのは、褒められていいことだろう。

 

「さぁ! 決勝進出を懸けた最後の半荘が遂に始まります!」

 

 何故か震えてきた身体の緊張を誤魔化すように恒子は叫ぶ。

 これは鎬を削る学生たちの熱に興奮したのか、それとも単純に隣で笑う化け物に怯えただけなのか。

 恒子は深く考えないことにした。

 

 バッとマイクを握り締め、恒子はテンションに身を任せて猛る。

 

「試合ぃぃっ! スタートォォッ‼︎」

 

 運命を決める後半戦が始まった。

 

 

 

 

 

 






やっぱり咲さんが出ると話が引き締まる感じがします。
あわあわも可愛いんだけど、魔王と比べると些か……

あと個人的にタカミーも好きです。
原作のタカミーはあまり喋りませんが。


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9-5

忙しい……時間がないよぉ……





 〜東一局〜

 東 阿知賀  83800 親

 南 千里山 101000

 西 白糸台 113700

 北 新道寺 101500

 

 後半戦の起家は穏乃。

 通常の麻雀であれば不要な牌をただ捨てればいいのだが、この対局は異なる。

 

(これ、多分また大星さんのダブリーが来る。阻止するには……)

 

 その前にチーかポンを入れて鳴くしかない。鳴きさえすればダブリーの役は消えるのだから。

 それでも普通にリーチはしてくるだろうが、ダブリーに比べればまだマシというもの。たかが一翻されど一翻だ。これは竜華と姫子も承知の筈。

 

(……これ)

 

 穏乃は手牌の中で比較的鳴かれやすい牌を選ぶ。

 しかし二人は鳴くことが出来ない。

 穏乃の下家にいる竜華も、鳴かれる可能性が高い牌を選んで捨てるが。

 

(鳴けない……)

(なら大星は……)

 

 三人が見守る中、淡は山から牌を自摸る。

 そして──

 

「リーチ」

 

 自摸った牌をそのまま横向きに捨てた。

 

(ツモ切りダブリー⁉︎ 地和寸前だったてこと⁉︎)

 

 穏乃は改めて目の前にいる雀士の恐ろしさを理解した。

 配牌で聴牌状態、しかもそれを毎局可能となれば非常識にもほどがある。

 

 一方、他三人を戦慄させている淡であるが、本人は本人で不安事項に頭を悩ませていた。

 

(さて、仕掛けるのは決定してたけど、たぶん高鴨穏乃だと思う『場の支配』がよくわかんない。条件はともかくとして、せめて支配領域と効果を知りたいんだよなー)

 

 それさえ分かってしまえば対処の方法も自ずと導ける。

 対局相手に合わせて臨機応変に立ち回れるほど器用ではないと自覚しているが、未知のまま放置するのは下策だと判断していた。

 

(この『場の支配』はそれなりに強力。だって私が和了れないぐらいなんだから、並の強さじゃない)

 

「カン」

 

 最後の山の角に達し、淡は槓をする。

 ここまでは想定通りで、ここからは懸念事項。

 

(前半戦オーラスは和了れなかったからね……さぁ、どうなる……)

 

 ここでもし和了れないとなると、淡としては非常に厄介なことになる。

 今回の対局で菫から許可されている武器はダブリーでの攻撃のみなのだ。

 これを封じられると淡の攻撃力は激減する。というより、真面な攻撃手段がなくなる。

 防御は趣味ではないし、なら淡が取る方針は唯一つ。

 

 ──『場の支配』をどうにかして捻じ伏せる!

 

「ロン」

 

 槓からの一巡後。

 姫子から和了り牌が零れた。

 

「12000」

 

(ふーん、まだ和了れるじゃん……ホント何の支配なんだろ?)

 

 まぁ、とりあえずいいかと淡は笑う。

 どうせ勝つのは私なんだから、と。

 

 

 〜東二局〜

 親:千里山

 

 竜華の親番。

 通常であれば当然攻勢に出る局面なのだが、竜華は一歩踏み込むかを迷っていた。

 

(折角親なんやし、怜を呼びたい。でも、この局は副将戦で白水哩が和了ってた局やから、鶴田姫子が和了るかも……)

 

 怜ちゃんが呼べるのは残り三回。使ってもいいのかもしれないが、わざわざ無駄撃ちするのは勿体無い。

 それに怜ちゃんの力に頼り過ぎというのも良くない。本来であれば一人きりの戦いなのだから。

 

(それやったらいつも通り、ここは自力で全力で!)

 

 竜華の下家は淡。

 淡はその第一打を卓の隅に置き、

 

「リーチ!」

 

 回転させながら横向きに捨てた。

 

 それを見て姫子は瞳を鋭くする。

 

(部長の和了った局でもお構いなしか、大星)

 

 手に持つ金色の鍵に書かれた数字は『4』。満貫キーがあるこの局で、姫子は負けるわけにはいかない。

 

(必ず、満貫に仕上ぐ!)

 

 個の能力と絆の能力の殴り合い。

 意地と意地がぶつかり合い、激しい火花と雷撃が散る。

 

 その末に、

 

「ロン、8000」

 

 勝利の軍配は姫子に上がった。

 

 競り負けたことに淡は内心舌を打つ。

 

(チッ……初めてダブリーぶつけたけど負けるんだ。てか新道寺のコンボ強っ。照がプロでも破れないって言ってたのは偽りなしって感じだなー。……サキだったらどうやって踏み潰すんだろ……)

 

 どうにかして新道寺のコンボをぶっ飛ばしたい淡はそんなことを思う。

 人格・性格・性分・性根から心根に至る総てに於いて捻くれてるあの少女なら、あの手この手を使ってでもこのコンボを出し抜きそうだ。

 

(まぁそれはもし新道寺が決勝に残ったらのお楽しみで。……とりあえずもう一回!)

 

 

 〜東三局〜

 親:白糸台

 

「リーチ!」

 

 淡の三連続ダブリー。

 しかも淡が親のため、鳴いてダブリーを阻止することすら不可能だ。

 この局は前局同様、副将戦で哩が和了っているからコンボが掛かっている可能性があった。

 だが、淡に引くという二文字は存在しない。

 

(今度はコンボごと叩き潰す!)

 

 対して姫子。

 配牌は淡の絶対安全圏の影響下の五向聴。

 

(こん局、部長はリザベ掛けんで和了りよんさった。当然キーばなかばってん。……私だって、自力で頑張らんば!)

 

 これまで姫子が和了ったのはリザベを除けば一局のみ。淡の『場の支配』である絶対安全圏に加え、ダブリー連発という状況で自力で和了りに持っていくのは至難の業なのだ。

 

「カン」

 

 そして、これだ。

 

(また大星のカン……)

 

 大将戦で淡がダブリーをして和了った局は全て槓の後に和了っている。しかも役も同じで、ダブリーとカン裏四枚。

 度々このような和了り方をされれば、どれだけ頭の足りない馬鹿でも何かしらの法則性があることは判るだろう。

 

 だが確実な情報がない、これがネックであった。

 

 淡は白糸台代表に突発的に現れた存在であるため、元々明らかにされているデータが少ない。

 しかも前半戦オーラス。淡はダブリーを掛けて槓までしたにも関わらず和了らなかった。

 これが和了らなかったのか、それとも和了れなかったのかが分からないのだ。

 だからこそ、姫子は判断に迷う。

 無理を押し通す場面なのか、それとも無難に身を引くのが正解なのか。

 

(ばってん、こっちもここまで来て引きとうなか!)

 

 局も進み、姫子も聴牌まで手が出来上がっている。

 

 ──押していく!

 

 一か八かの勝負。

 姫子は力強く牌を捨てる──が。

 

 

 

「ロン!」

 

 

 

 どうやら無謀な挑戦だったようだ。

 

「18000」

 

 再びダブリーにカン裏四枚の跳満、しかも親だからインパチ。手痛い失点である。

 

 前局に競り負けた分のお返しが成功した淡はちょっと嬉しくなった。

 

(おっ、直撃ぶんどったー。コンボは……掛かってなさそうだからあれだけど、まぁいいか。せっかく親だし、阿知賀を見極めよっと)

 

 この局は淡の親番。

 やっと点数を巻き上げるチャンスがやってきた。

 

(ねぇ、知ってる? 私が親を続ける限り、ダブルリーチは止められないし、新道寺のウザいコンボが出ることもない)

 

「一本場!」

 

 

 〜東三局・一本場〜

 親:白糸台

 

「リーチ!」

 

 淡のダブリー、一体これで何度目になるだろうか。数えるのも馬鹿らしくなってきた。

 しかし、思考停止することは許されない。

 竜華は休憩時間に千里山のブレインから得たアドバイスと、これまでの情報を掛け合わせて整理する。

 

(……大星淡のこれは怜の力と同じようなもの。内容はダブリー連発とカン裏もろ乗りやろ、たぶん。さっきの局、カン裏見る直前に点数申告しとったから間違いないはずや……たぶん)

 

 断言出来ないところは安心し切れないが、とにかく合っていると考える。

 淡のダブリーは淡特有の能力だと判断すると、何もしなければこれはずっと続くのだろう。

 そして、止めなければ点数なぞ容易に毟り取られるのは予想が付く。

 ならば逸早く対処することが絶対条件。

 

(これ以上親を続けさせてたまるか!)

 

 怜ちゃんを使えるのは残り三回。

 無駄撃ちは避けるべきだが、手札を切るタイミングを間違うほど竜華は臆病ではない。

 

(「怜っ!」)

 

 暗闇の中、竜華は淡く光る怜ちゃんの手を取る。

 すると、竜華の瞳は本来の色とは異なる輝きを宿し、その向こうに未来の光景を映し出した。

 

(「見えたで!」)

(「リーチして3900。白糸台に一撃や。ほななー」)

 

 見えたのなら必ず和了れる怜ちゃんの力。今更それを疑うことなんてありえない。

 

「リーチ」

 

 竜華の追っかけリーチ。

 それを見て淡は若干目を見開き、悪い予感に苦い表情を浮かべる。

 

(……まさか)

 

 当たって欲しくない淡の予感は、その後見事に的中した。

 

「ロン。3900の一本場は4200」

「……?」

 

 ん? と、淡は疑問に思う。

 今、竜華は淡が捨てた牌にロン和了りをした。それはいい。

 だがそのあと、竜華は裏ドラを確認せずに点数申告をしたのだ。リーチをしているにも関わらず。

 

「……裏ドラ、見なくてもいいの?」

「見るで、変わらへんみたいやけど」

 

 竜華の言う通り、明らかにされた裏ドラは一枚足りとも乗っていなかった。確かにこれなら点数は変わらないだろう。

 だが直接見てもいないのに、まるで最初から結果が分かっていたかのようなその態度は違和感甚だしい。

 

 何の推測も立てていない状態であれば、淡は相応に狼狽えていただろう。

 只でさえ今回の対局の竜華は未知数な存在だったので、淡の動揺に拍車を掛けたはずだ。

 しかし淡は竜華のその態度を見て、自身の推測が正しかったのだと確信した。

 

(コイツ……やっぱり未来が見えてるんだ! ……自分からバラしてくれるなんてね)

 

 やっと謎が解けた。

 超次元的な現象であるし、それを信じろと言われても他人だったら一笑に付すところだが、淡はそれでも納得していた。

 それも仕方がない。淡がこれまで触れ合ってきた雀士には、連続で和了ると点数が上昇し続ける脳筋や、嶺上開花を自由自在に和了る天邪鬼(あまのじゃく)や、月齢と時間帯によって強さの上限が変化する古風ロリなど、訳わからん打ち手が山程いるのだ。

 今更奇特な能力者が一人や二人や三人四人増えたところで──まぁ驚きはするし、場合によってはなんじゃそれはと憤るが──その程度で動揺するほど生温い鍛え方はしていない。

 

 これでようやく喉のつっかえが取れた気分だ。

 同時に、言いようのない憤怒が身を焦がす。

 淡はつい、竜華と姫子を睨み付けてしまった。

 

(こんにゃろうどもー、少しは私と高鴨穏乃を見習え! なんで私たち一年生が自分の力だけで頑張ってるのに、お前たち上級生が二人掛かりなんだよッ‼︎ ふざけんな!)

 

 至極真っ当な怒りだと思うのは淡だけじゃないはずだ、きっと。

 別に、仲間との絆とか友情を否定するつもりは全くない。淡とてチームメイトのことは大切であるし、信頼の置ける仲間だと思っている。そこはいいのだ。

 

 ただ、この現状はないだろう。

 

(なんだそれは、先輩二人掛かりって、イジメか? そんなに一年生という存在がイヤか⁉︎ いや、別にそんなこと思ってないってのは分かるんだけど……んがぁーっ!)

 

 淡は密かに決意した。

 コイツら絶対ぶっ飛ばすと。

 

 淡が明確な敵意を竜華と姫子に向けている中、一人静謐な眼差しで場を俯瞰している者がいた。

 その瞳には、深緑に包まれ濃い霧に覆われる山の数々が映っている。

 輪を描くように明滅する焔を背負う深い山の主が、今覚醒した。

 

 

 





さぁて、ここからがなぁー……
穏乃はスロースターターだから自然とこうなる。

サクサク投稿と言いましたが、今後はちょい厳しいかもです。
なぜなら、私は4月から社畜になるのです。
仕方ないのです。働かなきゃいけないのです。
働かなきゃ……うわぁぁーっ!嫌だよー‼︎

ということなので、投稿スピード落ちたらごめーんね。


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9-6



………………………………………。




【挿絵表示】




よし、これでみんな許してくれるはず(更新遅れてごめんなさい)







 

 

 

 

 準決勝第一試合大将戦。

 対局前の予想とは大きく異なる展開を愉しんで観戦していた咲であるが、突如現れた新たなオーラにピクリと反応を示す。

 

「これは……阿知賀の大将か」

「そうだ、ようやく穏乃の本領発揮だぞ」

 

 咲と同様その気配を感じ取った衣は、ウキウキとした様子で目を輝かせていた。

 画面に映るのは、深緑を映す静謐な眼差しで巌の如く佇む穏乃の姿だ。

 吸い込まれそうになるその瞳は、例えるのなら霧深き山の奥に眠る秘境。一度囚われてしまえば、容易には抜け出せない天然の牢獄。それこそが穏乃の支配であると言わんばかりだ。

 咲は値踏みするように穏乃を見定める。

 

「……山の支配、それがあの子の『場の支配』なんだよね?」

 

 山の支配、それが対局経験のある衣の予測であった。

 衣はその結論に至った理由を語りだす。

 

「修験者が修行のために歩いた深山路(みやまじ)、穏乃はそこを修行ではなく庭のように駆け回っていたという」

「……その子は山猿の生まれ変わりか何かなのかな?」

 

 どうやら咲は、姉と同様に「オブラートに包む」という熟語を知らないらしい。普通の感性を持つ人であれば、気を遣ってここまで辛辣な物言いは出来ないだろうに。

 誰もが思っていたかもしれないことを平然と口にする咲に、衣は思わず似合わない苦笑を浮かべた。

 

「それは定かではないが……。竹馬の頃からそのような環境に身を置いていたのは確からしい。その湧水の地で一人、穏乃は何を感じ取ったのか……」

 

 衣の憶測に咲はなるほどと感心すると同時に、成長したなぁ〜と衣に暖かい視線を向けた。

 

 元々、衣はあらゆる総てにおいてハイスペックな才能の持ち主である。

 ただ、幼い頃唐突に両親を亡くし、その後の幽閉生活のせいでちょっと性格が歪んでしまったのが問題であったのだ。

 

 そして、それは咲との出会いと敗北、家族との和解によって解決した。ある種のトラウマを乗り越えたのだ。

 そうなれば衣は歪みに覆われた殻を破り、飛躍的な進化を遂げるのは道理である。現在では咲と肩を並べられる逸材と言っても大袈裟でも誇張でもないほどだ。……まぁ、まだ逸材なだけであって、実力では咲に劣っているが。

 そう考えると、この程度の推測なら出来て当然かと思う。

 

(山の支配……か)

 

 咲は改めて穏乃の能力を吟味する。

 高鴨穏乃の『場の支配』──山の支配──は、まさに麻雀に打って付けの『場の支配』であろう。

 麻雀において、局開始前の牌が並べられた状態の牌のことを壁牌(ピーパイ)と言うのだが、一般的に壁牌は「山」と呼ばれるのだ。

 つまり、穏乃は対局開始時点で全ての牌を支配できる可能性が考えられる。

 もしそうだとしたら、彼女の支配の前では全ての雀士が塵芥と化すだろう。

 

(まぁ、流石にそれはありえないと思うけどね……)

 

 これまでの対局、加えて、現在の穏乃から感じ取れる力量から判断して咲はそう結論付けた。

 

 将来的にどうなるかまでは咲にも見通せないし相性というのも関わってくるが、はっきり言って、咲は穏乃に万が一の確率でも()()()()()()()()

 

 その時点で穏乃の支配の程度が伺えるだろう。

 それに、もし仮に穏乃が前述したような支配を身につけているとするならば、それはもう人としての領域を踏み越えた現人神の御業である。……咲が言えた義理ではないかもしれないが。

 

(でも、気になることに変わりはないかな?)

 

 少しでも対局を楽しむために殆ど事前調査をしない咲ではあるが、目の前に料理(あいて)を用意されれば話は別だ。

 穏乃の支配は淡の和了りを防ぐ程のものなのだから、並の実力でないのは証明されている。興味が湧かないわけがない。

 咲は咲なりの推測を立ててみた。

 

「うーん、……深いところを支配してるのはなんとなくわかるけど、支配領域はどのくらいなのかな? 狭義においては、王牌(ワンパイ)は壁牌ではないはずなんだよね」

「そこまで詳しくは……でも、ただ」

 

 衣は画面に映る淡を見る。

 何故か赫怒の念を瞳に込めている淡だが、そんな淡を見る衣の目は酷く憐憫に滲んでいた。

 

「淡は苦労するだろうな」

「その心は?」

「咲も分かっているだろうに……だって」

 

 クスクスと笑う咲に、衣は何かを諦めたように口を開く。

 

 ──淡にとって、穏乃は相性最悪だからな。

 

 

****

 

 

 〜東四局〜

 東 新道寺  80500 親

 南 阿知賀  83800

 西 白糸台 129500

 北 千里山 106200

 

(………………は? なに、これ?)

 

 いつもの通り配牌を並べ、いつもの通り手牌を開いた淡は、目の前の光景にまず目を疑い呆然としてしまった。

 

(ダブリーが、出来ないなんて……)

 

 能力を弱めた覚えも、況してや解除した覚えもいない。時間が経つにつれて継続不可能なんていう欠点とも無縁であるのに、気が付けば唐突に、何の予兆もなく能力が機能しなくなっていたのだ。

 新たな異常事態(イレギュラー)の発生に、つい先程芽生えた竜華と姫子への怒りも一瞬で霧散する。

 その後唖然となったり驚愕したりと様々な感情が渦巻いた末に、一周回って冷静な思考を取り戻した。

 

(こんなの、心当たりは一人しか存在しない! 高鴨穏乃!!)

 

 後半戦に入ってから動きのなかった穏乃だったが、こうもいきなり場を掻き乱しにくるとは予想外であった。というより、目に見えて状況が悪くなるまで穏乃の変化に警戒していなかったつもりなどなかったのに結果がこれだ。

 己の為体(ていたらく)振りに、淡は咲と出会って解消しつつある相手を侮る傲慢さの残滓を飲み込むように気を引き締める。

 

(さてと、うん。とりあえず捨てるしかないね)

 

 後半戦が開始してから初めて、淡は牌を縦に捨てる。

 そんな淡の行動に対して三人が表情をピクリと動かしたのに当然気付いたが、あくまで淡は不敵に笑ってみせる。いつどんな時でも泰然とした態度を崩さない、照と咲を参考にした淡なりの仮面である。

 それにこの程度、完膚なきまでに叩きのめされたあの時と比べればどうってことはなかった。

 

(全く、にしても一体どんな『場の支配』なんだか……。カンの直後に和了れなくなったのに加えて、ダブリーまで駄目にされるなんてね。私や咲みたいにシズノには目立った特徴がないから、シズノの力は相手の能力に干渉、というよりかは無効化能力(アンチスキル)ってやつかな? 初めて見たけど)

 

 候補としてはこれしか思い浮かばない。的を得ているはずだし、見当外れでもないだろう。

 普通『場の支配』と『場の支配』がぶつかると、起きるのは能力の削り合いである。

 例としては咲と衣の対局が分かりやすいだろう。衣は海底(ハイテイ)に引き摺り込む『場の支配』、咲は嶺上(リンシャン)を咲かせる『場の支配』。衣の力が勝れば浮かぶのは海底(ハイテイ)の月、咲の力が勝れば舞うのは嶺上(リンシャン)の花。面子にもよるが、意識的に手加減などしなければ結末はどちらかに一つだ。

 咲が衣に勝てたのは、自身の支配下にある槓材を衣の『場の支配』に異物として紛れ込ませたからで、決して衣の能力を打ち消したわけではない。要は殴り合いの喧嘩に力と技術で勝利したのだ。

 

 対して今回は少々毛色が異なる。

 

(二巡目で聴牌……、完璧に封じられたわけじゃないのかな? でも変なふうに負けてる。前半戦の最後もそう、ダブリー出来てカン出来て、最後の最後で和了れなかった)

 

 限定的ではあるが、純粋に淡の能力が封じられている。淡が穏乃の能力を無効化と称したのはそういう理由からだ。

 淡は聴牌した手を眺めた上で、賽の目を確認した。

 

(10か……厳しいかな。想定通りのこの面子だったら仕掛けてたけど、今はやめよう。……この局は防御に気を遣いつつ分析に費やす)

 

 幸い点差にも余裕がある。情けない限りだが、淡の、そして白糸台の最終目的は全国優勝だ。そのために障害になるだろう相手の分析を実戦で行うことは無駄にはならない。

 

(うーん、思い返すと、配牌に干渉してきた相手って初めてだな。そこは照も咲も出来なかったのに。ってことは、シズノの『場の支配』は配牌に影響するタイプ? いや、前半戦の最後も考慮するとそれ以外にもあるか。……うん、やっぱり疲れるな考えるのって)

 

 未だ慣れない作業に淡は早速疲れを感じる。研究し始めたのも最近からで、しかも今は対局中ということもあって疲労感は倍々である。

 

(私らしくないな。もっと直感を大事にいこっかな。…………そうだよ大事なこと忘れてた。前半戦の南場あたりから感じてたこの靄みたいなもの、この局あたりから濃くなってるよ絶対。シズノからオーラも感じるし、なんで気付かないかな〜私)

 

 感情的になったことや、竜華に気を取られ過ぎていたのが原因だろう。

 手掛かりを掴んだと判断した淡は薄く微笑む。

 

(この靄、てか霧だけど、これの濃度が関係してるのならそれを見極めれば……)

 

 淡は意識を攻撃から防御に移し、反撃の準備を始めていた。

 

 対して、竜華はこの局の淡にどのような判断を下せばいいか迷っていた。

 

(ダブリーやない、しかもこっちの手牌も五向聴やなくなってる。最初は大星淡の支配が弱まっとるかと思ったけど、ここにきてその表情は何考えとるか分からへん)

 

 この状況が淡の想定外というなら、少しくらい焦りが伺えてもおかしくない。だというのに、淡からはそれを感じられなかった。演技だとしたら大した度胸だ。

 

(白糸台大将は地力もメンタルも伊達やないってことか。ここにきて支配を弱める理由があるのか分からんけど、少し様子見やな。怜の力と同様、アレを連発するのはキツイしなー)

 

 勿論様子見といっても和了りを目指すことに変わりはないが、奥の手はまだとっておく。残り二回ある怜ちゃんも使わない。

 勝負を仕掛けるのは親番、そしてオーラスだ。

 優しく太腿をさすりながら、竜華は静かに闘志を燃やし集中を高めていく。

 

 動きがあったのは局後半だ。

 

「ツモ、1300、2600」

 

(阿知賀……)

 

 後半戦になって動きのなかった穏乃に目を移して、竜華は驚嘆の想いを抱いた。

 

(準々決勝では付け入る隙もあったし、正直なところメンタル以外は「まぁ一年生にしては」程度に思っとったけど、ホント一日見ないだけでこうまで変わるんか……)

 

 準々決勝では阿知賀とは9万点差をつけた。あの対局で、いくら監督が優秀でも、ある程度の才能を持った雀士が集まろうとも、そう簡単に全国強豪校には勝てないことを名実共に証明したのだ。

 穏乃もその諦めの悪さをもってオーラスで逆転してのけたが、その前に跳満を振り込むという御粗末な部分もあった。

 しかし今は違う。

 下手に相手の手に振り込むこともなければ、思いも寄らないタイミングで和了りを掠め取っていく。

 

(これは、もうどう転ぶか分からへんな……)

 

 ──竜華は知らない。

 今、穏乃の中で目覚め始めた力の全貌を。切っ掛けなどなく、突然覚醒した深い山の主の麻雀を。

 

 

****

 

 

 昔から、何故だか自分は山が好きだったと穏乃はふと思う。一日中一人で山を駆け回っていたことも珍しくなく、言ってしまえば物心付いた頃にはもう山の中にいたような気もする。

 麻雀と出会ったのも山へと駈け出す自分を憧が引き留め、あの麻雀クラブへと誘ってくれたからだ。

 初めて麻雀のことを詳しく教えてもらったときのことはよく覚えている。思えば、麻雀にハマったのはあれが切っ掛けだろう。

 

『山?』

『そうだよ、最初に並べられたこの牌のことを山って言うんだよ』

『おお! なんと!! つまりこれから駆け巡る山が、毎回違う山が立ち上がるわけですね!』

『うん!』

『……興奮しすぎでしょ』

 

 麻雀は楽しかった。山に登るのと同じくらい。

 ただ、先生である晴恵のようにプロを目指すことも、人生賭けて麻雀にのめり込むこともなかった。聞こえは悪いかもしれないが、仲間と楽しくわいわい遊ぶのが穏乃にとっての麻雀だったのだ。

 

 変化が齎されたのは中学三年生の夏。

 

 小学六年生のときに出会った友達──原村和が、テレビの向こう側、全国大会という舞台で優勝したのを目撃したからだ。

 もう何をどうしていいか分からない気持ちを持て余し、気付いたら辺りを走り回っていた。……まぁ、ふと馬鹿なことをしてると立ち止まったのだが。

 冷静になりきっていない思考で、穏乃の胸の中で渦巻く気持ちが一つの想いへと変わっていく。

 

 ──全国大会に出たい!

 ──和とまた、一緒に遊びたい!

 

 廃部となった自身の学校の麻雀部を復活させること、それすらもままならない状態で、それでも穏乃は全国大会に行きたいと願った。

 その想いは疎遠となったかつての仲間を引き合わせ、ここ四十年で一度しか破られていない強豪校を倒すという伝説を再び打ち立て、そして遂にこの全国大会という舞台まで辿り着いたのだ。

 

 和と会える場所へはあと一勝。

 果てしなく遠いその場所はもう目前へと迫っていた。

 

 

****

 

 

 〜南一局〜

 親:阿知賀

 

 最後の親番を迎えた穏乃は、トップと未だ4万点近い点差があるにも関わらず、とても穏やかな状態で対局と向き合っていた。

 

(なんかのインタビューで和が言ってた。一年半くらいずっと、一人でネットで打っていたって)

 

 和のその一人の時間は無駄にならず、全中覇者へと至り、今日(こんにち)までの和を形作っている。

 

(私は二年半、一人で山を駆け回っていただけ。和と比べて最初は凹んだけど、今は違うんだ。それもまた、力になっているから!)

 

 和はネット麻雀を極めて『のどっち』という最強の名を手にした。

 穏乃は山を駆け巡るだけでしかなかったが、それが今は穏乃を根元から支える力の源へと変貌している。

 

(山を駆けていたあの頃、ふと気付くと意識は自然の中に溶け込んで、深い山の全てと一体化しているような、そんな不思議な気分になってた。……そして今も、そんな気分だよ)

 

 牌も、山も、対戦相手も、あの頃の山のように感じる。深く深くまで分け入って、各々の山全てと同化し自分の領域(テリトリー)となった、そんな感覚。

 

 これが穏乃の『山の支配』。

 これこそが阿知賀大将──高鴨穏乃の真骨頂。

 

「ツモ! 3900オール!」

 

 豪炎を背負う深山幽谷の化身が、遥か高い山々の天辺に降臨した。

 

 

 

 〜南一局・一本場〜

 親:阿知賀

 

(ふ〜ん、なるほどね〜)

 

 対面で灼熱のような熱気を放つ穏乃を見て、淡は満足気に笑みを浮かべる。

 分析に費やしたこの二局で、淡はなんとなくではあるが穏乃の支配の仕組みに勘付いていた。

 

(多分だけど、シズノの『場の支配』は局が進んでいけばいくほど、山が深くなっていくほどに力を増してる、そんな感じがする。この霧みたいなのが濃くなっていったし、感覚的にもそうだった)

 

 これは実際に対局してみないと分からない類いの『場の支配』である。予備知識なく当たったのは手痛いものではあるが、ここが決勝の舞台でなかったのが不幸中の幸いであった。

 

(さっきの対局、最後の角がかなり深かったから和了りを目指さなかったけど、そもそも和了れなかった。だってカンすら出来なかったからね)

 

 山の深い場所での支配力は淡すらも上回る、それが穏乃の『場の支配』。

 けれども、他に判明した事実も存在する。

 

(流石に牌の全てを支配してるわけじゃない。私のダブリーに支障が出てるのは、恐らくだけど、山の深い領域を支配してるから序盤にも影響してるから。……何ともまぁ厄介な。もしかしなくても、絶対安全圏ですら機能してない可能性があるよこれ)

 

 事実、二局前から五向聴ではなくなっているのだが、この対局中に淡がそれを確かめる術などない。

 

(山の深い領域を支配……そうだね、『山の支配』って言ったところかな。まさかセーコの発言があってたなんて)

 

 趣味が山登りだからってこんな現象が起きていいものなのか甚だ疑問ではあるが、咲なんかは名前から能力が確立してるのだ。そんなもんなんだろうと流すしかあるまい。

 

(さてと、どうしよっかな〜)

 

 ぶっちゃけると、淡は手詰まりであった。

 このままでは攻撃手段であるダブリーは使えず、防御の要である絶対安全圏も機能してるか怪しいのが現状である。

 専守防衛なんて柄ではないし、かといって咲に見られているだろうこの対局で全力の支配や奥の手を披露したくはない。

 しかし、流れに乗っている今の穏乃を放っておくのも得策ではない。

 

 うんうんと内心唸っている淡。

 そんな心境が見透かされていたことを淡は知る由もなかった。

 

 

 

(……入った)

 

 体温、鼓動、呼吸。普通の人間には感じ取れないそれらを、竜華は手に取るように理解出来ていた。五感が研ぎ澄まされた今の竜華は、相手の状態から聴牌気配や危険牌まで察知することが可能である。

 瞳に浮かぶのは煌びやかに輝く紫紺のリング。この特徴が現れたときに意味する事実はたった一つ、竜華がゾーンに入ったのだ。

 ゾーンとは、スポーツの世界などで極稀に選手が到達する究極の集中状態のことである。一般的にゾーンに入った者は、誰しもが心に浮かぶであろう雑念が取り払われ、唯一つのことだけに没入出来るのだ。

 ただし、ゾーンには誰しもが入れるわけではない。むしろ入れる方が稀なくらいである。天才鬼才が蠢くどんな競技のプロの世界でも、ゾーンに入れるのは一握り。

 そんなゾーンにほぼ意識的に入れる竜華は、《牌に愛された子》とはまた違う意味で化け物染みていた。

 その証拠に無極点とも言われる竜華のゾーンは、五感だけで他人の心情すらも暴く。

 

上家(阿智賀)に聴牌気配、対面(新道寺)下家(白糸台)はまだ。加えて下家、冷や汗が流れてると判断、付け入る隙あり……)

 

 本来であれば淡の『場の支配』といった超常的な力に立ち向かえるほどではないが、それが弱まった今の状況なら、無極点状態の竜華にとって、他人の和了り牌を止めた上で自身の手牌を聴牌まで持っていくことも、削りたい相手を狙い撃ちで仕留めることも容易い。

 

「ロン、4200」

「なっ⁉︎ …………、はい」

 

 振り込んだ淡は思わず出てしまった声を取り消すように声を潜め、竜華へと点棒を渡す。

 その胸の内は二重の驚愕が占めていた。

 

(コイツ、乗ってきた阿智賀の流れをぶった斬るなんて……。しかも、一巡前の新道寺を見逃した上で私を狙い撃つとか……屈辱!)

 

 自身が不可能だっことをやってのけ、加えて点数を削られる。この一局では淡が完全に後塵を拝していた。

 叩き潰したいと思うが次は竜華の親だ。このタイミングで使ってくるのは間違いなく未来視であろう。

 

 事実、竜華の作戦も淡の思っている通りである。

 

(やっと親番や……)

 

 太腿へと宿る力を解放するには正に絶好の機会。此処からが反撃である。

 

 対局は誇りと想いを胸にぶつかり合い、炎熱の如き熱気を纏いながら終わりへと近付いていった。

 

 

 

 

 

 

 








こんなに時間が空いてしまうとは、楽しみにしてくださった方には申し訳ありません。
…………働くって大変なんだな……うん。
NEW GAMEの青葉ちゃんはなぜあんなに輝いているのか、ホント不思議ですね……。


さて、ではみなさんもご存知、つい最近あったあの衝撃の出来事についてです。















BLEACHが、終わった……だと!?

はい、一体何人の方が『そっちじゃねぇよ!!』と心の中で突っ込んでくれたのか。
いやー、でもやっぱり終わってしまったのは残念です。毎週楽しみに読んでたのに!!しかもこち亀も終わるとか、もうジャンプヤバくね?

ほい!

【挿絵表示】


描いてたら自然と隊長羽織着ていた咲さん。
頭の中での設定では十一番隊隊長です(笑)


では本題へ。









咲-Saki- 実写化……だと!??

ええ、ビックリしましたとも。重大発表と聞いてまぁ4期が妥当かな、最近流行りの実写化はいくら何でも(笑)(笑)なんて言ってたら本当にそっちかよ!って。

いやー、うん。どうなるんでしょうね。
とりあえず、私の想いを咲さんと和ちゃんに代弁してもらおうと思います。


【挿絵表示】


次回の更新はなるべく頑張りたいな。


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9-7


怜「泉のことかぁあああああ!!!」


【挿絵表示】




…………ごめんなさい、ただやってみたかっただけなんです。





 

 待ちに待った最後の親番を迎えた竜華は、ここで勝負を仕掛けるために早速太腿に宿る力を解放する。

 

(『怜っ!』)

 

 特別な動作は必要なくただ想うだけで発動するこの力によって、竜華の意識は暗闇の精神世界に埋没した。

 最初は驚いたこの現象にもすっかり慣れ始めた竜華は、背後から親友の気配を感じて嬉しそうに振り向く。

 そこには、二頭身ほどになった怜ちゃんがいた。

 

(『怜っ⁉︎』)

(『怜やなくて怜ちゃんや!』)

(『まだ言うんかそれ……。てかどないしたんその格好?』)

 

 これまで何度か使用してきたこの力だが、現れた怜ちゃんはどれもちゃんと現在の怜の姿をしていた。それがいきなり絵に描いたようなミニチュアサイズに変貌していれば、竜華が声を上げて驚くのも無理はない。

 何かの異常かと心配する竜華に対して、怜ちゃんは良いリアクションが見れたと上機嫌な様子で竜華の周りをクルクルと飛び回る。

 ……きっと、端から見ると頭の痛い光景に違いない。

 

(『これはあれや、省エネモードやな』)

(『省エネモード?』)

(『そうや。いくらウチが(スーパー)怜ちゃんになったとはいえ、6回も使(つこ)うてたら節約せなあかんのや』)

(『そういうもんなんか……?』)

 

 怜ちゃんパワーの節約の仕方に疑問を覚えずにはいられないが、回数制限があるのは百も承知。そもそも、怜の力をノーリスクで使用できるだけで僥倖なのだ。

 親友との会話を楽しむのは勝ってからと、竜華は気持ちを目の前の対局に切り替える。怜ちゃんもその気配を敏感に感じ取って、その小さな手を竜華の肩に優しく添えた。

 

(『いくで』)

(『ばっちこいや!』)

 

 力の解放と共に、竜華の瞳が翠色に変色し中心に加速していく。

 そこに映し出されるのは枝分かれした光の軌跡。竜華がこの局で和了ることが可能な最善の未来。

 

 だが、そこで異常事態(イレギュラー)が発生した。

 

(『……なんやこれ?』)

(『怜……? って、なんなんこの……霧?』)

 

 怪訝な瞳をする怜ちゃんに竜華は疑問の声を上げるが、突如現出した疎らに拡がる霧に目を見開いた。遠い未来を映すにあたって未来が霞んでいき、牌を認識することすら困難になる。

 二人は直感で理解していた。

 これは第三者による介入で、決して二人にとって益をもたらす類の現象ではないことを。

 

(『……(スーパー)怜ちゃんを舐めへんでもらおうか』)

 

 しかしこの逆境に対し、怜ちゃんはその風貌に似つかわしくない獰猛な眼差しで霧を睨み付け、そして微かな笑みを浮かべた。

 

 ──未来が霞む? そんな段階はもう慣れてるんや。

 

 むしろ視界にノイズが入ってからが本番やろ? と怜ちゃんは囁く。その言葉を聞いて竜華は心の底で戦慄していたが、怜としては紛れもない本心であった。

 今日対局した圧倒的覇者である宮永照との勝負を経た怜にとって、心身疲弊しきった状態で、それでも無理無謀を押し通してこそ見える未来があると確信しているのだ。

 この程度の苦難に怯む自分など、怜はとうの昔に捨て去っている。

 

(『やっぱり節約はなしや……全力でいくで!』)

(『うん!』)

 

 一瞬の煌めきで元の姿に戻った怜ちゃんは、竜華の太腿に蓄えられた力を十全に発揮する。ここは躊躇する場面ではなく、どんなリスクがあろうと結果をもぎ取りにいく局面だと判断したのだ。

 竜華もその想いに応える。差し出された怜ちゃんの手を取り、離れないようにと指を絡ませる。二人の強固な絆は力をただ足すのではなく、相乗的に増加させ膨れ上がらせる。

 

 その効果は絶大であった。

 

 怜ちゃんの瞳までもが竜華と同様に加速していき、霧に阻まれた未来の道筋はより一層発光して牌の姿を浮かばせていく。遠い未来になるにつれて霧は濃く深くなっていくが、全力を尽くす怜ちゃんの力と繋がれた手から溢れる竜華の想いは煌めく翠色の輝きとなって霧を津波の如く押し退ける。

 

(『『いっけぇえええええええええ!!』』)

 

 ──一閃。

 刹那の瞬き、だが確かに、二人の絆の輝きが濃霧を切り裂き、最後の和了りの未来を映し出した。親の満貫、しかもトップ直撃の渾身の一撃である。

 ただし、怜ちゃんの表情は喜びより焦燥がこびり付いていた。

 

(……やっぱりそこまで上手くはいかへんか)

 

 判断を間違えたとは思っていない。だが、今の一撃にはそれに見合う代償があったことを怜ちゃんははっきりと理解していた。状況から言えば口に出すのも憚れる内容だが、隠す方が後々の為にならないと決心を固める。

 力をほぼ使い果たした怜ちゃんは、一つ呼吸を挟んで気持ちを落ち着かせてから竜華に向き直った。

 

(『すまん竜華、一瞬で消えてもうた。ちゃんと全部覚えとるか?』)

(『当たり前や、怜がこんなに頑張ってくれたんやもん。それに……』)

 

 翠色から元の菫色に戻った竜華の瞳には、前局と同様にリングが浮かんでいた。

 

(『ゾーンに入っとるウチが覚えとらんはずないやろ?』)

(『……なら心配いらへんな。あと竜華、もう一つだけ言っておかなあかんことがある』)

 

 安堵から一転、苦渋の滲む表情で怜ちゃんは言葉を続けようとするが、竜華は怜ちゃんが全てを言うまでもなく何を言おうとしているのか分かっていた。

 

(『もう使えへんのやろ? 大丈夫や怜、心配せえへんでも』)

(『竜華……』)

(『しっかり勝ってくるから』)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 無邪気な笑顔で竜華は怜ちゃんの杞憂を吹き飛ばす。何も心配はいらない、あとは私のことを見守っていてと、口に出さずとも伝わる想いを竜華の笑顔は秘めていた。

 怜ちゃんもそれで安心したのだろう。朧げに薄らぐ自身の姿に無力感を感じながらも、優しく竜華に微笑みかけ、固く繋がれていた手をゆっくりと離す。

 

 ──最後にもう一度ここに来るから……

 

 その言葉を残して怜ちゃんは虚空へと消えた。

 同時に、竜華の意識も現実世界へと戻り、熱気すら纏う対局に帰ってきた。

 

(ありがとう、怜。後はうちが決めたる!)

 

 力を使い果たしてまでチャンスをくれた親友に竜華は最大限の感謝を込める。

 そして、それに応える方法など一つしかありえない。

 竜華は光の道標に従って対局を進めていった。

 

 

****

 

 

 千里山女子控え室。

 そこで画面に映る親友を見守っていた怜であったが、自分が竜華の太腿に注ぎ込んだ力が極端に薄れ、もうほとんど感じ取ることもできないことに気付いた。

 

「……今ので最後やな」

「先輩?」

「怜? どないしたんや?」

 

 怜の言葉に反応を示したのは次鋒を務めた一年──二条泉と、中堅を担当した三年──江口セーラだ。

 何かあったのかと瞳で訴える二人に、怜は隠すことでもないかと判断して口を開いた。

 

「竜華にあげた力がなくなったんや」

「あぁ、さっき怜が言うとったやつか」

「たしか、未来が見れるようになるってやつでしたっけ?」

「そうや。それがこの局でなくなってもうた」

 

 怜は既にチームメイトと監督に怜ちゃんパワーのことを話していた。

 当然のことながら最初は怜の言を各々が訝しんで、全員が怜の頭を心配するほどであったが、紆余曲折──不愉快過ぎる対応に半ばぶちギレた怜が予知したように対局の流れを言い当て、それに合わせて竜華が普段とは著しく異なる打ち方をするのを目の当たりにして渋々──を経てようやく信じるに至ったのだ。……ちなみに怜は前半戦が終わる頃まで完全に不貞腐れていた。

 そんな一幕を挟んで説得(?)をした甲斐あって、今では当たり前に怜ちゃんパワーは受け止められている。だからこそ、セーラと泉は怜の表情が重く沈んでいる理由を察することできた。

 けれど、

 

「まぁ、それはそれやろ」

 

 ソファに腰掛け脚を組んでいる女性──千里山女子麻雀部監督──愛宕雅枝はあっけらかんとそう答えた。

 

「そうですね。それに今の清水谷部長がそう簡単に負けるとは思いませんし」

 

 続いて、かちゃりと眼鏡を整え雅枝に同意を示したのは副将を務めた二年──船久保浩子である。

 二人のその何事もなかったような態度に怜は少なくない疑問に似た苛立ちみたいなものを覚える。こっちはこれでも真剣に竜華のことを心配してるのになんだその態度は気に食わんこのメガネドモめ大体ウチはさっきから不安だもうて貧乏揺すりが止まらへんのだぞどうして後輩二人の方が余裕保ってるんや信じられへんというか──

 いかにも何か言いたげな胡乱な瞳をする怜を視界に収めた雅枝は溜め息を吐いた。

 

「……はぁ。そないな顔するなや。そもそもとして、あんなけったいな現象は考慮に入っとらん。言うたら棚ぼたや棚ぼた」

「私からするとあれはもう超常現象の類ですわ」

「咲ちゃんが怜を快復させたあの現象と同じや。そう言えば怜も納得できるやろ?」

「……たしかに、そう言われれば、まぁ、うん、そうやな……」

「どんだけ納得いかへんねん」

 

 むすっとした表情で眉間に皺を寄せる怜に雅枝は再度吐息を漏らした。至極真っ当なことを言っているつもりなのだが、何故不満たらたらな顔なのか。どうやら、この未来視娘にとっての常識とその他の人間の感性は異なるのかもしれないと雅枝は思う。

 よくもまぁこんな摩訶不思議な能力を持った子が現れたものだと最近の麻雀事情に雅枝は改めて感心する。これが怜一人だけなら神様の気紛れで済ませるがそうは問屋が卸さない。むしろ怜で序の口だと言わんばかりの実力者が怜の同年代で指の数くらいにはいるのだから驚きだ。もちろんその筆頭はあの『宮永』であるが。

 そして、雅枝からしたらその数人に竜華も入っている。ゾーンにほぼ自在に入れるポテンシャルはそれ程までに常軌を逸しているのだ。

 

「……怜、アンタは竜華を舐めすぎや。超強豪校である千里山で部長を務める実力は伊達やないで」

「そんなんはウチも分かってます。でも……不安なもんは不安なんや」

 

 怜にとってこれが初の全国。先鋒(エース)として出場ということもあって食べ物が喉を通らないこともあった。

 いざ対局となると重圧を飲み込んで試合に臨める強さを身に付けられたが、今回は緊張の種類が違う。今までは楽勝で勝ち進んできたからこそ実感するのだ。

 ギリギリで勝敗が決するこの緊張感、加えて、それを待っているだけで祈ることしかできないというのは心臓に悪過ぎる。

 

(……それに、嫌な予感がしてたまらへんのや)

 

 これは未来視でも何でもない。ただの気のせいかもしれない。

 それでも、何かを喉元に突きつけられるような圧迫感を竜華の側から、大星淡から感じる。

 

『ロン、12000』

『千里山清水谷竜華! 王者白糸台に直撃!! そして! ついに王者陥落です!!! 千里山がトップに立ったぞぉおおおっ!!!』

 

「やったで、竜華!」

「先輩!」

 

 先鋒戦終了時の絶望的な点差からは奇跡としか考えられない逆転劇。それを一人一人バトンを繋げ、この土壇場でやり遂げた竜華に控え室のメンバーは喜びを露わにする。

 怜も思わず笑みを漏らして安堵の想いを抱くが──。

 

「───ッ!?」

 

 突如感じた圧し潰されるような威圧感に身を震わせる。的中してほしくない嫌な予感が現実となったのだと怜は直感で察していた。

 画面に映るのは、揺らめく髪を棚引かせて鋭利な輝きを宿した瞳で前を見据える淡の姿。今迄大人しかったのは演技かと怜はその豪胆なメンタルに驚嘆する。

 竜華は化け物の逆鱗に触れた。いや、あの場にいる者全員かもしれないが。

 一筋の汗を流して、怜は少しでも親友の力になれるようにと無意識に両手を組んで呟いた。

 

「…………竜華、頑張ってな……」

 

 

****

 

 

「淡が本気になった……?」

「……正直驚いたな。ここまで彼奴を追い込めるとは」

 

 照の言葉に菫は素直に心情を吐露する。本心からまさかという気持ちであった。

 淡は強い。少なくとも菫よりは間違いなく強者である。照や咲と同様《牌に愛された子》であることに疑いはない。

 傲慢を着飾っていた入部当初でも圧倒的な強さを誇っていたが、現在の淡はあの頃を遥かに凌駕する。あの絶対的な格差を押し付けられた咲相手でも、今の淡なら立ち向かっていけると菫は信じている。

 だからこそ、この展開は予想外であった。

 

「これは私の判断ミスだな。手の内をなるべく見せるななんて言うんじゃなかったか」

「いや、菫は別に間違ってない。淡だって合理的に賛成してたし。ただあの場にいる相手が淡の想定以上だった、それだけだよ」

「……過去のデータだけで今の相手を測ろうというのが烏滸がましい考えということか」

「……菫は凄く難しいことを言う。否定はしないけど」

 

 照の対局で分かっていたことなのにまた同じミスを犯したと、菫はこの反省を深く胸に刻み付ける。

 対局の最初と最後でも人は大きく成長して予測を、予想を軽々しくと超えていく。《八咫鏡》を使用し咲ですら勝ち目がないと言わしめた照相手に一矢報いた園城寺怜がそれを証明していたのに、どうやら菫はその事実を失念していたらしい。

 そんな風に、部長として無様と言わざるをえないという態度でいる菫に対し、照は何故そんなに落ち込んでいるのかと首を傾げる。

 

「菫は気にし過ぎだよ。負けたわけでもないのに」

「……たしかにそうなんだが……」

「それに、菫の心配は御門違いだよ」

「ん? なんでだ?」

「だって、淡は凄く楽しそうだから」

 

 照が微笑ましげに見つめる先では、眼から一切の甘えを消し去り全開のオーラを迸らせる淡の姿があった。

 

「……あれは楽しそうなのか?」

「うん。だって淡があんなに感情剥き出しにして対局する姿、最近見てないでしょ?」

「……言われてみればそうだな。そうだった、お前たちはそういう奴等だったな」

 

 納得したと、菫は呆れの混ざった溜め息を漏らす。

 所謂《牌に愛された子》にとって、全力で対局できる相手は極めて稀少な存在である。常に全力でいたならば、最悪対戦相手が壊れてしまうからだ。人によるがとる選択肢は三つ、照のように手加減するか、咲のように自分でルールを創って愉しむか、健夜のようにその気がなくても壊してしまうかだ。

 淡はこの中で照派に当たり、今回の対局でも本気は出さないつもりであった。

 そんな淡が全力を尽くすと決めたとあれば、それは(ひとえ)に三人を対等以上の相手と認めた証拠である。

 楽しくないわけがないのだ。

 

「……まぁ今の淡はただ単にムカついたからコイツラぶっ飛ばすくらいにしか考えてないかもしれないけど」

「おい」

 

 最後の余計な一言で色々と台無しになった。

 

「ただいま戻りましたー」

「お菓子買ってきました」

「ありがとう、誠子、尭深」

 

 画面に賽の目が映し出されるタイミングで、切れたお菓子を補充しに行った後輩二人が帰ってきた。

 照は早速お気に入りのお菓子に手を伸ばしている。まだ食うのかと菫は思うが言葉にはしない。言っても意味がないから。

 

「淡の分もとっておけよ」

「了解」

 

 七つの黒の目を視界に収めた菫は、帰ってくる後輩のために一応二つほどお菓子を確保することした。祝勝には少しばかり貧相だが、わざわざ自分のためにとってくれたと知れば淡は喜んでくれるだろう。

 心配はしても疑うことはない後輩の勝利を、菫はついでにとったお菓子を食べて待つことに決めたのだった。

 

 

****

 

 

 〜南二局・一本場〜

 東 千里山 117200 親

 南 白糸台 108100

 西 新道寺 74000

 北 阿知賀 100700

 

(トップを維持できなかった原因は何だろう……)

 

 淡には対局前に決めていたことが二つあった。

 

(此処までで照が稼いだ点数を失い続けたからだ。でも、私はトップでバトンを貰っていた……)

 

 一つは全力を出さないこと。既に咲に知られている自身の能力でも、力七割程で勝負に挑む気でいた。

 

(じゃあどうしてか。相手の力が想定を上回ったから? 把握してなかった能力が相手に備わっていたから?)

 

 もう一つは奥の手を使わないこと。咲との出会いから死に物狂いの執念で身に付けた自身の新しい能力は、決勝まで隠し通す予定であった。

 

(……そうじゃない、そうじゃないよね。全部私が不甲斐ないだけ、それだけだよ)

 

 制限を掛けていた理由は至極自分勝手なものであるが、淡にとっては決勝が、そこで再会するであろう咲が最終目的であったから。他は所詮前座にすぎないと過信していたから。

 

(……………………もういいや)

 

 だが淡は、その慢心による二本の楔のうち一つを、冷ややかな激情をもって解き放った。

 

 ──潰す

 

『……ッ!?』

 

 解放する全力全開のオーラ。照にも劣らないその威圧は相手の力を跳ね除け、この場全てを支配するかと錯覚させるほどの強靭な領域(テリトリー)を具現化させる。

 今この時、淡は本当の意味で本気になった。

 

「リーチ」

 

 一巡目で自摸った牌を淡は見ることすらなく横向きに捨てた。その光景を見て他三人が目を見張る。

 淡は数局前からダブリーをしていなかったが、この局で周りの面子はこう判断しただろう。何かしらの理由でできなかったのではなく、意図的にしなかったのだと。

 それは正解であり、同時に不正解であった。

 

(高鴨穏乃、山の支配は確かに厄介だよ。だけどね、私だって『場の支配』くらい持ってるんだよ)

 

 穏乃の山の支配に淡の支配が侵されたのは純然たる事実である。絶対安全圏はおろかダブリーまで封じられた。

 だがそれは、淡の力が全開でなかったときのこと。

 

 無効化能力など関係ない。

 それを跳ね除ける程に支配を強めれば押し退けられるのだから。

 

「カン」

 

 加えてこの局の賽の目は七。淡の能力が最速で発動する。この状態の淡を食い止めるのは、例え同じ《牌に愛された子》であっても至難の業。

 天運すらも味方に付ける、これも《牌に愛された子》の力の一つなのだ。

 

(私にここまで本気を出させたんだ。ただで済むと思わないでよね──!)

 

 極夜の如き闇色のオーラをその手から撒き散らし、淡は和了り牌を掴み取った。

 

「ツモ」

 

 堂々たる和了宣言。

 もはや圧巻ですらある淡の闘牌に、竜華と姫子を思わず息を飲んだ。

 

(……なんちゅう一年や。この土壇場でこの胆力、末恐ろしい……)

(これが大星淡の本気……)

 

 全国常連で実力も一流な上級生ですら黙らせる、それ程の畏怖を淡は抱かせた。

 だが、

 

「3100──」

「大星さん」

 

 ドラに手を伸ばしながら点数申告をしようとした淡に対し、穏乃は当たり前のように待ったをかけた。この空気の中、普通に声を掛ける穏乃に竜華と姫子は呆気に取られたが、

 

「──ッ!?」

 

 淡は内から駆け上がるまるで氷を直接体内に入れられたかのような寒気に身体を一瞬震わせ目を見張る。

 ここまでどんな異常事態(イレギュラー)に遭遇しても動揺を表に出さなかった淡が、初めて明らさまに狼狽した。一筋流れる冷や汗が、淡の心境を何よりも明白に物語っていた。

 

「……なに、シズノ?」

 

 焦燥を隠して淡は問うが、声には和了る前の気迫が伴っていなかった。

 

「カン裏、ちゃんと見た方がいいですよ」

「……そう、そういうことなんだね……」

 

 一度止めた腕を伸ばし掴み取ったドラとなる四つの牌を、淡はゆったりと静かに開く。

 常ならばカン裏に槓材がドラとして乗っかっているはずだ。ダブリーをし最後の角の直前で槓をする、そうすればその数巡後には和了れてドラが四つ乗り最低跳満、それが淡の能力なのだから。

 

 しかし結果は、ドラは一つ足りとも乗っていなかった。

 

「残念だけど大星さん、そこはもう、あなたの領域(テリトリー)じゃない」

 

 山の最も深き場所──王牌(ワンパイ)は、時間の経過具合によっては淡の全力の支配でも穏乃の支配には勝てない。

 この事実に淡は少なくない衝撃を受け、既に察していた相手と自分の相性を確信する。

 

(コイツ、最悪だ……)

 

 咲を宿敵と表するならば、穏乃は天敵。

 自身の能力の悉くが穏乃相手では分が悪いなど堪ったものではない。

 

「……ふぅ」

 

 散々な結果であるが、一時激情に囚われていた淡は一息で冷静さを取り戻す。一度の対局でこれ程までに気分を転換させたことは珍しく、自分の追い込まれ具合がよく分かる。

 そして、そんな対局が楽しくて面白くて、仕方がないくらい心躍ることも知っていた。

 

「……点数を申告し直します。一本場だから900、1700だよ」

 

 失った点とは程遠い点棒を何故か笑顔で回収する淡。今の局が予定外の出来事であったはずなのに、逆に元気になった淡は不気味そのものだ。竜華や姫子はもちろん、穏乃ですら気持ち身を引かせていた。

 しかも次は南三局。新道寺のコンボが、最低三倍満の和了りが炸裂する可能性が極めて高いのだ。焦りはあっても、愉快になることなどあり得ないはずなのに、それでも淡は笑っていた。

 

(あぁ、やっぱり麻雀は面白いなぁ。こんなに楽しいの久しぶりだ。テンション上がっちゃうよ……。うん、ごめんね、……スミレ)

 

 そして──

 

「絶対安全圏解除、固定制縛封域(こていせいばくふういき)展開」

 

 ──淡は最後の楔を取り外した。

 

 









ゾーンと言えばこっち?


【挿絵表示】


…………やばい、咲さんたちがバスケやったら絶対面白い(錯乱)
リアル未来視の眼(エンペラーアイ)いるし、能力的には竜華とかまんま無極天(エンペラーアイ)だし、見た目だけなら風越部長が虹彩異色(エンペラーアイ)。極め付けに咲さんはその異名から魔王の眼(ベリアルアイ)持ってても何の不自然もない。
……なにこの天帝の眼(エンペラーアイ)のバーゲンセール……。

スーパーバヌケにしていいなら連載できるな(大錯乱)
原作キャラとのコラボも面白そう……久々に妄想が迸る気がします(笑)

全然関係ないですが『君の名は。』観ました。
小説も読んだのでこれでssが読み漁れるぜ!
……小説読んでて思ったのですが、ヒロインの名字が宮水っていうですけど、たまに宮永と読んでしまう私はもう重症なのだろうか?

次回で大将戦終了です。


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9-8


照にゃあ

【挿絵表示】






 

 ──白水哩と鶴田姫子。

 新道寺のダブルエースと称される二人。その強さの根源である能力──リザベーションは、語るまでもなく麻雀の常識から逸脱した力だ。麻雀の歴史を紐解いていっても、このような力を持った打ち手は恐らく一人もいないだろう。

 麻雀は四人で行うものだが、個人競技の面が強い。対局中に一時的に手を組むことはあっても、最終的に目指すのは自身の勝利。コンビ打ちのようなルールが設けられていないのならば、麻雀は一対一対一対一、一人きりの戦いである。

 仮にコンビ打ちの条件があったとしても、こと運の要素が大部分を占める麻雀において完璧な連携など不可能に等しい。

 あり得るとしたら能力の相性が絶妙に噛み合っている場合だろうか。具体例を挙げるなら咲と玄が最も分かりやすい。あの二人が組んだら玄が最恐と化す。

 

 大会で扱われている団体戦は確かにチーム戦ではあるが、やはり一局一局は個人戦なのだ。あくまで点数というバトンを繋げてチームの勝利を目指すだけ。ここに仲間との信頼はあっても連携は存在しない。

 例外として怜の力が考えられるが、あれも連携とはニュアンスが異なる。言ってしまえば、あれは怜が一方的に力を与えているだけで、そこに竜華の能力的な力の増幅はないのだ。

 つまるところ麻雀においては、()()()()()()()()(・、)()()()()、連携という概念は議論の余地なくありえない。これは絶対──。

 

 その筈だった。

 

 雅枝が感心したように、常識では測れない摩訶不思議な打ち手がそれなりにいる。

 その筆頭は《牌に愛された子》と呼ばれ、彼女たちは圧倒的な闘牌を見せ付けている。

 今大会でも数人の化物たちが、木々を根刮ぎ抉り飛ばす大嵐の如き猛威を振るっている

 

 しかし、そんな彼女達でも、仲間との直接的な連携は成し得なかった。

 

 その絶対なる掟として天に佇む不可能を地に堕としたのが新道寺の二人なのだ。

 

 「心はみんなと繋がっているから」などという崇高だが所詮はただの精神論とは一線を画す、絶対を超越する絆の力。

 団体戦のみ機能する麻雀における異能の極み。

 例えプロであろうとも打ち破ること敵わない、時の積み重ねと強固な繋がり。

 

 これまで一度も破られたことはないその力を。

 

 ──淡は壊してみたかった。

 

 

****

 

 

 〜南三局〜

 東 白糸台 111600 親

 南 千里山 115500

 西 阿知賀  99800

 北 新道寺  73100

 

 新道寺から見てトップとの点差はこの段階で38500点。最後の親が残っているとはいえ、普通に考えれば逆転は至難である。

 それでも姫子は、この局で一気に形勢を覆す必勝の構えで対局に臨む。

 

(……部長、行きます!)

 

 赤く暗い大地と空が広がる心象風景に没入し、姫子は天に手を捧げる。

 呼応するように空がキラリと煌めき、雲を貫いて真紅に輝く光線が姫子の手の元に降臨した。

 握りしめるは金色に彩られた人間大の鍵。南三局を示すS-3の上に記載された翻数を意味する数字は14。

 数え役満を可能にするリザベーションの恩恵である。

 

(これでっ!)

 

 銃を撃つかの如く鍵を空に構え、姫子はその能力を解き放つ。

 打ち上げられた絆の閃光は天を穿ち、牌の流星となって姫子の手牌へと降り落ちる──ことはなかった。

 

(……えっ?)

 

 本来であれば真っ直ぐに姫子の元に辿り着くはずの牌が、このときだけは歪な軌道を描いてきたのだ。

 まるで、見えない力によって空間を歪曲されたように。

 

 姫子は揃った手牌を目にし、双眸を驚愕一色に染めた。

 

(五向聴……⁉︎ そんな、なんでっ⁉︎)

 

 能力(リザベーション)発動時とは信じられない配牌の悪さ。筒子が多く集まっていることから清一色を目指す数え役満だとは理解できるが、それでも不要な牌の混在量が異常である。

 なぜ、どうして? という思いが姫子の頭を過ぎる。此れまでの対局で、淡の力にも自分たちの能力(リザベーション)なら十二分にも戦えると判明してはずなのに。

 此処に来てその判断が脆くも儚く崩れひっくり返されるのを感じた。

 

(──まさか大星はっ!)

 

 先程の対局で思わず気圧された淡の圧倒的な気迫。其れまでがまるで余興だとでも言わんばかりの闘牌。

 姫子は勝手にそれを攻撃だけだと勘違いしていた。

 白糸台のチーム“虎姫”は全員が超攻撃型の選手(プレイヤー)。だからこそ彼女たちの真髄は攻めにこそ光るのだと。

 実際に対局するのが初めてであったからか、姫子の心に刻み込まれていなかったのだ。

 《牌に愛された子》は姫子等只人の範疇には収まらないことを。

 

 自身の配牌が最悪なのが淡だと決まっているわけではない。

 もしかしたら他の要因が複雑に絡んだ結果なのかもしれない。

 だとしても、現況が不測の事態であり、窮地に陥っている事実は覆らない。

 

「……っ!」

 

 祈る気持ちで山に手を伸ばす姫子。

 掴んだ牌は一巡目から不要牌。

 麻雀において最初が不要牌など何も珍しくない。むしろ有効牌を引く方が確率的には圧倒的に低い。

 冷静な心持ちであれば焦燥を感じることなどなかっただろう。部長との絆の積み重ねを信じて意地でも和了りを掴み取ったことだろう。

 だけれど、姫子の心は負の感情に占められていた。不安、焦り、恐怖が悪循環を起こし、大将である者にしか分からない責任に苛まれる。

 見えない力で身動きを縛られ、徐々に、それでいて確実に地の底へと引きずり込まれるかのような感覚。

 

 そして、そういうときは得てして厄難が重なるものである。

 

(……なんや、これ? 何かに引きずり込まれるような力に加えて、山の深うになるにつれ部長が感じられんくなる……ッ)

 

 只でさえ鉛みたいに重い身体を引き摺っているのに、その上霧深い険しい山路をたった一人進まされているよう。

 自分が今何処に向かっているのか。いくら目を凝らしても、いくら歩いても、目的地が見えてこない。

 姫子の心理状態は限界に達していた。

 

 ──部長、どこっ!

 

 溢れそうな涙を必死に堪えて、姫子は心の中で叫ぶ。

 今は対局中だ。当然、周囲に自分を助けてくれる他人は存在しない。姫子も含めて、全員が自分の勝利だけを信じて試合に臨んでいるのだ。

 心の中が曝け出されていたのならば、姫子に不快感を抱く者がいたかもしれない。神経擦り減らして挑む真剣勝負に臨むその姿勢が無様だと、同じ雀士として醜態を晒すなと。

 

 姫子は勝負師としては失格だ。何事にも動じない自分を持たない者では、孤独な戦いは生き残れないのは必然なのだから。

 自分を信じられなくなったら麻雀で勝つことなど不可能だ。確固たる信念を持つ雀士に牌は応えてくれるのだから。

 信念を失ったら牌はそっぽを向いてしまう。

 牌に見向きもされないのならば、和了りを勝ち取ることなど不可能。

 

 それでも、助けを求める後輩がいれば、逸早く駆け付けてしまうのが先輩というものだ。

 

 ──……姫子

 

 声が聞こえた気がして、姫子はハッと顔を上げる。

 視線の先には霧に霞む山の深く立つ部長がいた。此方に優しく微笑み、手を差し伸べてくれている。

 

 あの人の元へ。

 弱気になった自分を、挫けそうな自分を、一人蹲っていた自分をいつも助けに来てくれた、大好きなあの人の元へ。

 急がなければ、早く行かなければ。

 

 姫子は駆ける。

 腕を振って、途中で縺れそうになる脚を懸命に動かして只管に走る。

 

 ──部長っ!

 

 思いっきり伸ばした手の先には、部長の手のひらがある。

 もうすぐで届く。

 あと少しで掴める。

 最後の一歩で辿り着ける。

 そして、必死に必死に伸ばしたその手は。

 

 

 

 霞と消えた部長の手をすり抜けて空を切った。

 

 

 

「ツモ! 3000、6000!」

 

 和了りを宣言したのは姫子……ではなく穏乃であった。

 

 この結果が意識の外側にあった竜華は驚きで瞠目し、咄嗟に姫子を見る。

 

(…………これは、もう……)

 

 観察するまでもなく彼女は理解する。この展開は本来であればあり得なかったであろうことを。

 また、この段階で新道寺が『終わった』であろうことも。

 

 点数はトップは千里山、逆転した阿知賀が二位となり白糸台は三位に沈んだ。新道寺はラス親とは言え、打ち手が死んでしまえばもう逆転の芽はないだろう。

 クズ手であろうと和了れば千里山と阿知賀は決勝進出である。白糸台は自摸和了りならば最低6400が必要なこの場面。

 さて、どう出る……と、竜華は視線を横にズラし淡を見る。

 

 淡は口許を盛大に歪ませ、くつくつと身体を震わせて感情を爆発させた。

 

 

****

 

 

 南三局が開始されて早々に、衣は憐憫を滲ませた声で呟いた。

 

「……新道寺は終わりだな。この局は絶対に和了れまい」

「……ふーん。私には淡ちゃんが何かしてるのは分かるけど……。衣ちゃん、まだ始まったばかりなのにそんなの分かるの?」

「衣には分かる」

 

 不確かな予想ではなく、絶対の確信を秘めたその言葉は重い。

 何故そう思うのかと咲が小首を傾げると、衣はやや苦い表情をして胸の内を明かした。

 

「新道寺のあの眼、あれは勝利を半ば諦めた絶望の眼だ。何年もその眼を見続けた衣の経験だと、あの状態から一人で復活した者は存在しない」

 

 衣も含めてな、と最後に付け足す。

 咲はそれで合点がいったのか、なるほどと大仰に手を打った。また、衣が苦い表情を浮かべていた理由も理解できた。

 新道寺の大将が浮かべているあの表情、あの眼は、県予選決勝で咲が追い詰めた衣にそっくりなのだ。

 

「衣としては、むしろ咲が分かってなかったことが違和感があるぞ。咲は三校同時飛ばしもやっていたではないか」

「いやー、あれは衣ちゃんへの挑発だったし。あんま見てなかったというか……」

 

 テレテレと恥ずかしそうに頭を掻いて笑う咲ははたから見れば可愛いものだが、会話の内容には一切の可愛げがない。

 見る価値すらない対局相手、不憫過ぎた。

 

「それに、私はもっと上手くやるもん」

「上手く?」

「衣ちゃんがあの眼を見る機会が多かったのはきっと、衣ちゃん一人で相手を蹂躙したからでしょ?」

「……衣には、それしかできなかったから…………」

 

 落ち込む衣を見て、あっ、やば、変なトラウマスイッチ入れちゃった、と後悔しても後の祭り。衣なりに過去の行いを悔いていたのだと咲はこのタイミングで初めて知った。

 さてどうしようと咲は一考する。

 慰めるのはあまり上手でないので除外。

 スルーしても良いが後味が悪いので却下。

 ここは冗談めいた発言で誤魔化すしかないなと、咲は大真面目に馬鹿げた結論を導き出した。

 

「ふふっ、それは二流だよ衣ちゃん。私は違う。私は相手に悟らせないように互いに削り合わせて、でも徐々に私に点数を重ね、最後の最後に全員を一網打尽にするからね!」

「咲…………」

 

 ──さぁ、感動に打ち震えるといい!

 期待を込めた眼差しで衣を見遣った咲が見たものは。

 ……心底ドン引きして引き攣った笑みを浮かべる衣だった。

 

「知ってはいたが、やはり咲は悪魔だな!」

「ありがとう、衣ちゃん! まぁ邪気が無ければ何でも言っていいとは限らないけどね! 淡ちゃんだったら全力で張っ倒してたよ!」

 

「「…………あははははははははははは!!」」

 

『ツモ! 3000、6000!』

 

 こめかみに浮かびそうな青筋を抑えながら衣と一緒に大笑していたら、和了りを宣言する声が響き渡った。

 即座に二人は笑うのをやめて画面を見る。

 

「阿知賀が和了ったね」

「あぁ、……成る程、これが淡の奥の手の一つか」

 

 衣は顎に手を添え考える素振りを見せ、一つ頷いて思考を纏める。

 対局中の三人は当然分からなかっただろうが、外から見ていた咲と衣には淡が何をしたのか、どういう意図の能力かを理解できていた。

 

「自身の配牌を贄に特定の一人の配牌、もしかしたら自摸までを極端に悪くさせる、そんな感じがしたけど、咲はどう思う?」

「うん、私にもそう見えたかな」

 

 絶対安全圏のように配牌に干渉可能な淡だからこその妨害能力。加えて自摸すら縛っているかもしれないとなると、淡の地力の向上は相当だと伺えるだろう。

 だが、咲が最も驚嘆したのは別の側面であった。

 

「……あの淡ちゃんが攻撃を捨てるなんてね」

「プライドを捨ててでも手にしたい力、か……。流石だな、淡は」

 

 感嘆の双眸でもって衣は淡に敬意を払う。咲の勧めで対局したあの頃も強かった淡は、この短期間でさらなる飛躍を遂げていたのだ。

 自然と咲の口にも笑みが浮かぶ。今から淡との対局が楽しみで、身体が疼いて仕方がない。

 

「あぁー、早く麻雀したいなぁー。今日色々あったからパァーッと発散したいよ」

「衣も咲が凄いことしてくれるのを楽しみにしてるぞ! ……だが、咲。一つ聞いてもよいか?」

「ん? なに衣ちゃん?」

 

 神妙な眼差しで咲を見詰める衣。

 真剣な様子から只事ではないと察した咲はいつになく真面目に衣と向き合った。

 

「咲、阿知賀の大将、穏乃をどう見る?」

「そうだね、凄い支配だと思うよ。淡ちゃんの場の支配すら上回る強さだし、それに今回の新道寺のコンボ破りも阿知賀がいなかったら厳しかっただろうしね」

「その点は衣も同意見だ。咲の言う通り、穏乃の『山の支配』は強力なんだ。それこそ、衣や淡のような《牌に愛された子》の場の支配すら上回るほどに」

 

 衣の海底(ハイテイ)を封じ。

 淡の絶対安全圏すらも無効化する。

 

 だからこそ、衣は疑問に思った。

 

「咲、問おう。現実の修行の山路も、有為の奥山も超えその先にいる深山幽谷の化身──その穏乃を相手にして、嶺の上で花は咲くのか?」

 

 ──穏乃の『山の支配』と咲の嶺上(リンシャン)が刃を交えたら、どちらが勝つのだろう?

 

 衣の問いに咲は少し驚いたように目を見開いた。

 麻雀に関することでは滅多に表情を変化させない咲が、僅かだが瞠目した。これが何を意味するのか、衣には分からない。

 問いを投げてから数秒、咲の口から言葉は出なかった。

 だが、咲の全身が微かに震え始めたのを衣は見逃さなかった。

 

「…………咲?」

 

 明らかに普通ではない咲の様子に衣は焦燥を隠せない。

 こんな咲は稀だ、珍し過ぎて不安が募るほどに。

 しかし同時に、好奇心が湧き出て衣は気持ちを抑えられない。

 次に発せられる咲の言葉が。

 衣の問いに対する答えが。

 

 

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……くっ、ふふふ、あははははははは!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──咲と淡が盛大な哄笑を上げた。

 

 

****

 

 

「……くっ、ふふふ、あははははははは!」

 

 突如として、淡が狂ったよう笑い出した。

 あまりにも突然だったために、他の三人はギョッとしながら淡に視線を移す。

 

「あはははははははは! あははははは! ………………ふぅー」

 

 存分に哄笑を上げ気が済んだ淡は一息吐いた後、声を潜め静かになる。

 不気味なほどに静まった淡は一度顔を俯かせ、身体の震えを抑えるように全身をかき抱き。

 十分な時間を掛けた後、顔をゆっくりと上げ口許を獰猛に歪ませた。

 

「……面白い、面白いよ! いいよいいよ、認めてあげる!!」

 

 淡の顔は、決して負けを認めたものではない。

 力尽くで勝利を奪い取る者の表情だ。

 

 淡はこの対局が楽しくて面白くて嬉しくて仕方がなかった。まさか前座だと思っていた対局相手が、こうまで自身を追い詰めるなど予想だにしていなかったからだ。

 確かに数々の異常事態(イレギュラー)には手を焼かされたし、言い様のない怒りが身を包んだのも事実である。

 ただ、実力が拮抗した対局というのは、本当に久しぶりであった。

 勝つか負けるかの瀬戸際。

 手に汗握るギリギリの大接戦(クロスゲーム)

 淡はこういう麻雀を長年待ち望んでいた。

 

 淡は未だ頂点に達した者の気持ちは悟っていない。

 照や咲が胸に燻らせている気持ちを十全には理解できていない。

 それでも、自身と対等に渡り合える相手が少ないことも分かっていた。

 だからこそ嬉しかったのだ。

 本気を出せる相手に巡り会えたことが。

 全力全開を振り絞ってなお応えてくれたことが。

 

 淡はその想いを形として返すことに決めた。

 

「それと千里山」

「……なんや?」

「順序は逆になっちゃったけど、約束は守るから」

「約束……?」

 

 淡のその言葉に竜華は首を傾げる。

 約束……? そんなものをこの少女とした覚えなんて……、と。

 言われた竜華は淡と出会った時からの記憶を巡る。出会ったのは今日が初で、それより過去に会ったことはないのだから思い返すのは今日のことだけで事足りる。

 

 邂逅は先鋒戦終了後だ。

 真面に会話を交わしたのは、宮永姉妹と一緒に千里山の控え室から出る直前。

 覚えているのは、初見でも生意気な態度のそれと、会話の内容──

 

(……あっ。ま、まさか──)

 

 そうだ、淡は言っていたではないか。

 自分たちは、こんな会話をしてたではないか。

 

『今日の大将戦、楽しみにしてるよ。関西最強だか部長だか何だか知らないけど、私たち白糸台に歯向かうなら容赦しないから』

『うちも楽しみにしてるで。一年生で大将を任されるその実力、拍子抜けにならんことを祈るわ』

『言ってくれるね……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『……その生意気な態度、絶対改めさせたるわ』

 

(まさか、まだ本気じゃ──⁉︎)

 

 竜華が記憶を辿り、導いた答え。

 それを証明するかのように──

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ──淡から莫大なオーラと、万象を引き摺り込む引力が顕現した。

 

 

 

 〜南四局〜

 東 新道寺  70100 親

 南 白糸台 105600

 西 千里山 112500

 北 阿知賀 111800

 

 対局への影響は即座に現れた。

 

(六向聴……さっきまで普通に戻っどったのに)

 

 此処に来てこの配牌の悪さに竜華は身の毛もよだつ想いであった。淡の力であることは明らかであり、最後までそれを隠し通していたという事実に戦慄する。

 

(これが《牌に愛された子》か、正に怪物やな……せやけど、そう簡単に負けてはやれへんよ!)

 

 竜華は大きく息を吸い込み、途中で乱れてしまった集中を取り戻すために瞳を閉じて意識を深く深く鎮めていく。

 本来であれば、一度切れた集中を復活させるのにはそれ相応の時間が必要なのだが、今の竜華にそんな悠長なことを言うつもりはない。

 

 ──無理やりにでも引き出す!

 

 暗闇の心象世界に沈み込んだ竜華は、視線の先で淡く光る手を伸ばす。

 応えるように光は形を変えながら竜華に近付き、手と手が合わさる時にははっきりとした姿をもって怜が現れた。

 

(『竜華……』)

 

 繋いだ手を強く握りしめ、励ますように怜がにこりと微笑む。

 

 ──頑張ってな……。

 

 振り絞るように囁かれたその声を最後に、怜は光の粒子となって竜華の中に溶けてゆく。

 

 竜華にはそれだけで十分以上であった。

 一つの壁を越えた感覚。超人的なまでに冴え渡る知覚領域。

 想いは進化を遂げて実り、次に瞳を開いたとき、そこには菫色に輝く大輪の華が浮かび上がっていた。

 

【挿絵表示】

 

 常のゾーンより更に研ぎ澄まされた五感でもって竜華は場を俯瞰し、対局相手を観察する。

 今の竜華は聴牌気配や危険牌はおろか、対局相手の向聴数すら直感で把握できていた。

 

(大星淡も含めて六向聴……?)

 

 配牌時点で全員が六向聴。

 これが普通の麻雀であれば全員どんだけ運がないんだと空笑いを漏らす場面である。いくら天運に身を任せる麻雀であろうとこれは酷い、と。

 

 偶然であってほしかった。

 笑い話で終わってほしかった。

 

 だが、やはりと言うべきか、偶然で終わる程、目の前の怪物は甘くなかった。

 

 一巡、淡が有効牌を自摸り五向聴。

 二巡、淡が有効牌を自摸り四向聴。

 三巡、淡が有効牌を自摸り三向聴。

 四巡、淡が有効牌を自摸り二向聴。

 

 ──ゾワリと、肌を撫で回されるような悪寒が全身を駆け巡った。

 

(冗談やないぞっ⁉︎)

 

「ポン!」

 

 竜華は鳴きを挟んで淡の自摸を飛ばし、危険な流れを断ち切ろうと試みる。

 乗っている相手を無理矢理にでも失速させるには、和了って流れを打ち切るか、鳴いてリズムを崩すかが常套手段だ。

 但し、後者は例えできたとしても成功する確率は高くはない。全国屈指の選手では通用しないことの方が多いであろう。

 

 況してや、《牌に愛された子》相手では無駄な抵抗に等しい。

 

「リーチ!」

「チー」

 

 迷い無く立直を宣言した淡を、されど竜華は押し留めようと牽制する。

 これで一発は消せる。

 流れも変わるかもしれない。

 見出した最後の希望を胸に、鳴いて牌を捨てた直後。

 去来する想いは歴然とした諦念であった。

 

 

 

 背負うのは一寸先も見通せない極黒の宇宙。

 綺羅りと輝く星屑が唯一の道標として佇む人類未到達の空間。

 その中心に座す淡は、圧倒的な引力でもって宇宙を支配していた。

 

(公式戦ではこれが初めてだけど……ふふっ、負ける気がしない)

 

 淡の手牌には『星』が集結していた。

 穏乃が司る支配形態が山ならば、さしずめ、淡が司る支配形態は星。

 星の引力で牌を引き込み、導き、集わせる。

 

「リーチ!」

「チー」

 

 淡の立直に即座に対応してみせる竜華のその意地と粘りに淡は感嘆する。

 竜華は察しているのだろう。このまま放っておけば取り返しがつかないことを。

 

(流石千里山の部長だね。怜の恩恵(未来視)だけじゃないのは当たり前か……で・も、ざ〜んねん)

 

 最後の抵抗を、必死な足掻きを、淡は意にも介さなかった。

 

 ──これで終わりだね。

 

 闇夜を凝縮したかの如き漆黒のオーラを手から撒き散らし、山から掴み取るのは最後の星。

 引力によって集束されたのは、燦然と煌めく七つの星々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衣ちゃん、さっきの問いに答えるよ」

「確かに、阿知賀の大将の『山の支配』は凄いよ。それに、私にとって相性が最悪だと思うかもしれない」

「でも、それだけはあり得ない」

「例えどれだけ険しい山でも、遥か高みに頂上があろうと、森林限界を越えたその更に上で咲く花、それが私の嶺上(リンシャン)

「対局しなくても分かる。阿知賀の大将じゃ私を止められない。だからぶつかれば私が勝つよ」

「それに──」

 

 

 

 ──阿知賀には、決勝に上がる資格すらないみたいだしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ツモ。

 ──立直、自摸、七対子、ドラ2。

 ──12000。

 

 最終結果

 白糸台  117600

 千里山 109500

 阿知賀 108800

 新道寺  64100

 

 準決勝第一試合──決着!!

 

 

 

 

 

 

 

 





なお、竜華のスーパーゾーンは万華鏡無極天という(真顔)。
開眼条件:最も親しい友と、融合すること(意味深)

以下長文とオマケ

いやー!長かった白糸台編!
えーと、始まったのが2015年1月13日……今が2016年12月……約2年とかホント更新速度酷くてごめんなさい。

気が付いたら実写ドラマ始まってしまいましたよ!
もうやばいっす!色んな意味でやばいっす!!
色々あるけどとりあえず一言、咲さんの人可愛すぎるっ!!!

ただ、懸念していた事項が。
やっぱりと言うべきか、おもちが足りない!
和の人は十分おもちなのになにか違う。やはり二次元マジックを三次元もってきたらこうなりますよね。

ということでおもち成分を補うための以下オマケ。



オマケ:たわわチャレンジ

和「たわわチャレンジですか?えーと、こうでしょうか?」

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姫さま「はい!私もやってみたいです!……えいっ!」

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霞さん「あらあら小牧ちゃんたら」
姫さま「霞ちゃんもやりましょう!」
霞さん「えっ……、ふふっ、少し恥ずかしいわ」

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淡ちゃん「それじゃあ私もー!こんなんちょー余裕じゃん!できない人とか女としてあれすぎるよね(笑)」

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牌には愛されている三人「………………」

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淡ちゃん「…………さってとー、私はこれで」

ガシッ!
咲さん「どこ行くの、淡ちゃん?」
ガシッ!
衣ちゃん「そうだぞ、淡。お別れはまだ早いだろう?」
ガシッ!
照「そうだね、これからが楽しいから」

淡ちゃん「いや、ホント、お願い離して!謝るから!ごめんなさいするから!!胸が大きくてごめんなさいってちゃんと言うから!!」

三人「殺す」
淡ちゃん「いやあああああああ!!」







次回更新は淡ちゃんの誕生日だったらいいな(願望)
最後はドラマの大人っぽい咲さんでお別れです。

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9-9



咲にゃあ

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 ──準決勝第一試合終了。

 対局終了のブザーが鳴り響き、四人は立ち上がって礼をする。

 

「ありがとうございました! あぁー楽しかった!」

 

 元気溌剌と感想まで述べた淡は満足そうに笑顔を浮かべた。

 そんな淡につられたか、竜華もややぎこちないながらも微笑み礼を述べる。

 

「ありがとうございました。……ふぅ、濃い対局やった」

「それねー。対局もだけど、変な会見まであったから一日が濃密だったよー。リュウカもお疲れー」

 

 小声で漏らした竜華の呟きに淡は気軽な言葉を交わす。

 まるで何年もの付き合いがあるもの同士の気安さがあったが、二人は今日が初対面の関係である。しかも同級生ですらない。

 相変わらずの態度に竜華は苦笑し、淡の額を軽く小突いた。

 

「いてっ」

「こら。フランクなのはええけど、先輩に対する最低限の態度がなってへん。それでよく弘世菫に怒られへんなー」

「……? スミレにはいつも怒られてるよ?」

「怒られてるんかい! だったらさっさと直しぃ!」

「いいじゃんいいじゃん、固いこと言わずに〜」

「……はぁ、もうええわ」

 

 強豪校で多大な部員を抱える部の部長として、竜華は同じ立場の菫に同情する。こんな問題児中々いないだろうに、淡はあらゆる意味で極まっているのだ。短時間の付き合いだけで苦労の程が伺えた。

 それと同時に、問題児である淡をよくもまぁここまでコントロールが握れたと感嘆する。

 

「さてと、ほなな。大星、決勝では千里山が勝つで」

「残念だけどそれは無理。最後に勝つのも白糸台だから。……まぁ、それはそれで大変なんだけど」

 

 壇上から降りるつもりだった竜華だが、淡のその自信の伺えない言動に思わず止まって首をひねる。正直、淡にそんな態度は似合わないから違和感しか感じなかった。

 この対局ですら最後の一局まで手加減し通す実力者で、《牌に愛された子》である淡。彼女ですら勝ちを確信させない存在。

 心当たりは一人しかいなかった。

 

「……そうか、咲ちゃんか」

「その通り。まぁ、まだ決勝に上がるかどうかも決まってないけどねー」

 

 ひらひらと手を振る淡だが、その実、咲の勝利を砂一粒ほども疑っていないのが分かる。

 

(この娘がこうまで……。それほどなんか、咲ちゃんは)

 

 今日接した咲は、竜華からするとあの不可思議な現象を除けば普通の女の子であった。無邪気に笑い、姉を慕い、友達(あわい)とは親しげに、困っている者には手を差し伸べる。そんな良い子な女の子。

 咲からは淡や照のように、隠していても強者の貫禄が漏れ出るような実力者とは感じなかったのだ。

 

 竜華にはその事実が信じられなかった。

 

 この無鉄砲で言っては悪いが無礼千万な淡が心から認め、あの宮永照の実の妹であり、この日までに打ち立てた数々の偉業を目にして、竜華も咲の怪物性は理解できている。

 だからこそ信じられない。

 何かを一心に打ち込んだ者は、自然と経験値特有の雰囲気が醸し出されるものなのだ。スポーツであろうと、盤上遊戯(ボードゲーム)であろうと、それこそ麻雀であろうともだ。

 だというのに、実際に接した咲からはとんと何も感じない。恐怖すら覚えなかった。

 

(隠すのが尋常でなく上手なのか、感じ取れない程にうちとの差がかけ離れとるのか。対局すれば分かるんやろうけど……想像するだけで末恐ろしい)

 

 力不足だ。竜華は此処に来てそれを痛感した。

 今回の対局だって、怜の謎パワーがなければ手の打ちようがなかっただろう。早々に二位争いからも離脱し、客観的に見れば決勝進出は阿知賀の手にあった可能性の方が高かった。

 決勝の舞台はこれより更に一段と厳しい筈だ。白糸台の淡、清澄の咲、もう一つは順当にいけば臨海が上がるだろう。大将のネリー・ヴィルサラーゼも竜華には理解の及ばない相手だ。それに、もしかしたら臨海や清澄を凌ぐダークホースがいるかもしれない。

 全国二位とは謳っているが、千里山で彼女ら怪物に太刀打ちできるのは怜くらい。能力といった面で注目すれば遥かに阿知賀の方が厄介だ。

 

(……まさか)

 

 そこでふと、竜華は気になったことを淡に聞いてみた。

 

「そうや、大星。一つええか?」

「ん? なに?」

千里山(うちら)の決勝進出は故意に調整したんか?」

「…………えっ?」

 

 この一言に大きな反応を示したのは穏乃であった。姫子も気力というものが失われていたが、興味をそそられたのか顔をそっと上げている。

 虚言は見逃さないという射抜くような竜華の視線に、意図を察した淡は素直に首を振った。

 

「私にはそんな器用なことはできないよ。サキじゃあるまいし。……まぁ、()()()()()()()()()()()っていうのは本音だけどね」

「…………どうしてそう思ったんですか?」

 

 思わず呟いたしまった淡の言葉に、穏乃が一呼吸分空白を挟んで問いを投げかけた。

 穏乃からすれば当然の疑問であろう。千里山でも新道寺でもなく、何故自分たちなのかと。

 口を滑らした淡は自身に舌打ちしたい思いであった。どう考えても迂闊過ぎる。高揚した気持ちを持て余している証拠だ。

 

「……あまり気持ちのいいものじゃないから聞かない方がいいよ?」

「……いえ、お願いします。教えてください」

「……はぁー、わかった」

 

 この様子じゃあ引かないなと穏乃の態度を見て淡は溜め息を吐いた。

 それでも開き直った淡は自分で蒔いた種だと、嫌だなーという雰囲気を隠して穏乃に告げる。

 

「阿知賀、というよりシズノ一人の話だけどね。シズノは私にとっては邪魔にしかならないのに、()()()()()()()()()()()。そう思ったから阿知賀を落としたかったんだよ」

「……それは、どういう……」

「……あぁー、まぁ、うん、はっきり言っちゃうとね」

 

 ──シズノじゃサキには勝てっこないんだよ。

 

 結局、遠慮の一欠片もない一言で淡は断言してしまった。

 それに対し穏乃は当然憤った。

 

「ど、どうしてですか⁉︎ 確かに宮永さんは凄く強いです! でも、まだ対局もしてないのに!」

「……対局しなくても分かるんだよ。私やサキには」

「だからどうしてですか⁉︎」

 

 詰め寄るように迫る穏乃に「こうなると思ったから嫌だったのにー!」と、淡は内心で泣き言を漏らす。咲以上にオブラートに包むのが苦手で、気を遣うという言葉とは縁のない淡に、相手を諭すような真似は不可能なのだと実感した。

 つい「どーどーどー」と、両手を差し出してみようかと淡は思うが、これは火に油を注ぐ行為だと判断してやめる。

 しかし、ここまできたら何をしても穏乃は止まらないだろう。

 再度吐きそうになる溜め息を何とか我慢して、淡は静謐な眼差しで穏乃を見据えた。

 

「高鴨穏乃。ここで引かないのならば、私はあなたに、敗者に鞭を打つような真似をすることになります。それでも聞く覚悟があなたにあるのならば、隠さずに話します」

 

 気安い態度を鎮め極めて丁寧に、それでいて他を拒絶するような口調で淡は穏乃に覚悟を問く。

 淡の急激な変化に各々は目を見開き動きを一瞬だけ止めたが、それでも穏乃だけは怯まなかった。

 

「……お願いします!」

「……いいよ、じゃあ話すね。あ、あと敬語はいいよ、同学年じゃん」

「はい、じゃなくて、うん、分かった」

 

 穏乃の覚悟を見て取った淡は、話す覚悟を決める。

 双眸を緩めた淡は指を二本上げ、重くなった口を開いた。

 

「シズノがサキに勝てないと私が判断した理由は二つ。まずは単純に相性が悪い」

「相性?」

「そう。シズノはさ、自分の能力をちゃんと把握してる?」

「……感覚的にだけど一応は。牌と対局相手を山と認識して深く入って同化〜みたいな感じ、かな?」

「あっ、うん。大体想像通りだね」

 

 こいつ対局相手まで山と見なしてたのか……と、淡はちゃっかり情報収集したが、安易に口にした穏乃が悪いと嗜めることはしなかった。

 それに、どちらにせよ咲に通用しないだろうという結論に変わりはない。

 

「穏乃のそれを『山の支配』って私は呼称してるけど、その支配はサキに対してたぶん意味ないんだよ」

「……力不足ということじゃないの?」

「う〜ん、それもあるかもしれないけどそうじゃないんだよね〜。何ていうのかな……サキの代名詞──嶺上開花(リンシャンカイホー)は、山を支配したところで関係ないんだよ。森林限界を超えた遥か頂きであろうと咲き誇る、それがサキの嶺上(リンシャン)。だから穏乃がいくら山を支配しても、今程度の支配じゃきっとサキは平然と和了り続けるよ」

 

 嶺上(リンシャン)(くだり)に関してはテルの受け売りだけどね〜、と淡はおちゃらけて口にしたが、瞳は一切笑っていなかった。

 淡の言葉を聞き、穏乃は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。特に無力感を感じているわけでもないのに、ただ戦う前から勝ち目などないと言われたのだ。穏乃の心境は複雑に歪んでしまう。

 だが、ここで淡に当たっても仕方がない。むしろ淡は親切で穏乃の問いに答えてくれているのだ。それじゃあどうしようもないじゃないか! という気持ちをぐっと堪えて、穏乃は淡に続きを促す。

 

「……じゃあ、もう一つは?」

「……こっちはな〜……。本当に酷いこと言うけど、いいの?」

「……はい、お願いします」

 

 再度問うた内容に穏乃は力強く答え、淡は色々と諦めた。

 

「じゃあもう言うけど、相性とかそういうの以前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。サキにも、私にも」

「……っ⁉︎」

 

 心の芯を撃ち抜く言葉の弾丸。

 自分の個性の根本を揺すられる感覚に、穏乃は目の前の光景が霞んでいく気がした。

 先程の威勢は疾うに消え、それでも弱々しく反論を紡ぐ。

 

「……制御は、できてると、思ってるん、だけど……」

「それはない、絶対にない。発動まで時間が掛かるのは仕方ないとして、相手の能力を無力化する際の強弱は? 相手の取捨選択は? 範囲が及ぶ領域(テリトリー)は? 対局しただけの私でもこれくらいは思い付く」

 

 一度話すと決断した淡に甘さはない。

 これ全部できてないでしょ? と淡はあくまで客観的に述べ、

 

「だって、できてたら勝ってたのは阿知賀じゃん」

 

 決定的な事実を告げた。

 

「……えっ?」

 

 呆然と、抜けたような驚愕を漏らす穏乃を見て、会話を最初から聞いていた竜華は淡の真意に気付く。

 そして、次に淡が言うであろう真実を察し、慌てて制止を掛けた。

 

「大星! それ以上はあかん!」

「……清水谷先輩、ここで止めても穏乃のためにはならないですよ?」

「それでもや!」

「ダメです、黙っててください。私は穏乃に聞きました、覚悟はあるのかと。敗者に鞭を打つとも。これで壊れるのなら所詮その程度だったってことです。……それに、」

 

 優しさに憤怒、思慮に憎悪、様々な感情を煮詰めた表情をして、淡はこの場にいる全員を意識して言う。

 

「一度決定的な敗北を身を以て味わって、それでもそこから立ち上がれれば、人間変わりますから」

「──ッ!」

 

 この台詞に姫子がバッと顔を上げる。

 淡のこれは穏乃への叱咤と、姫子への激励。姫子は言葉の奥底に淡が秘めた想いを確かに感じた。

 ちらりと姫子を一瞥した淡は瞳を少しだけ緩め、これで最後だという冷徹さを全身に乗せて穏乃を見詰める。

 

「シズノ、さっきの阿知賀が勝ってたっていうの、意味分かる?」

「………………」

「……だんまりか。でも、言うよ」

 

 憐憫は込めず、ただただ真実を述べる。

 

「南二局の一本場、千里山が親だったとき、シズノが能力を使ってなければ私は跳ねてた。これで700点差は消えてシズノの逆転勝利だったんだよ」

「…………………………………あっ、」

 

 ゆっくりと、染み渡るように真実を知った穏乃は、終には全身の力が抜けて膝から崩れ落ちた。

 竜華は瞳を伏せ、姫子は涙を溜め、淡は残酷だと思いながらも一度だけ穏乃を見遣った後、一人壇下へと歩む。

 

「じゃあね、三人とも。最後に付け足すけど、この対局は本当に楽しかったよ。私の今迄の人生で、一番ってくらいに」

 

 扉まで歩を進めた淡は振り向き、柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「また、麻雀しようね」

 

 

****

 

 

「しずっ!」

「…………………憧」

 

 対局室。

 茫洋とした眼で座り込んでいた穏乃に一目散に駆け寄った憧は、穏乃を力一杯抱き締めた。

 続くチームメイトも走り寄り二人の元へと急いだ。

 

「……憧、憧っ! 私の、私のせいで!」

「しずのせいじゃない! しずの、せいじゃ、ないよぉっ……!」

「……うああぁぁあああっっ!!」

 

 堰き止めていた悲しみが一気に溢れ出し、穏乃は憧と一緒に涙を流す。玄も、宥も、灼も、悔し涙を隠せずに雫が瞳から零れ落ちた。

 慟哭が響き渡る対局室。

 選手が泣き崩れている光景を少し遅れて目にした監督の晴絵は、かつて体験した悲嘆と、何も成し遂げてあげられなかった教え子たちへの無念に、現役の頃を凌駕する張り裂けそうな痛みを覚える。

 

 またここで終わってしまった。

 自分では駄目なんだ。

 乗り越えられない運命だったんだ。

 

 断ち切れなかった負の連鎖に晴絵の顔が歪み、幽鬼のような足取りで教え子たちの側へと歩み寄る。だが、涙だけは流さなかった。

 ここで監督である自分が泣けば、彼女たちは更に悲しみに暮れてしまう。挫けそうな心でなお、彼女たちが自分と同じ道を進むことがないようにする使命が晴絵にはあるのだ。

 

「……みんな、良い対局だったよ。だから、だから……」

 

 ──何を喋ればいいのか分からない。

 慰めればいいのか、叱咤すればいいのか、どうすればいいのか、何もかもが分からない。

 これじゃあ指導者失格だ、晴絵が無力感に苛まれる中。

 

「……次は、次は絶対に、勝ちます! 勝って、あの決勝(ぶたい)へ行きます!」

 

 滂沱の涙を流しながら、鼻水を啜りながら、それでも穏乃は弱気を吹き飛ばして声高々に吼えた。

 

「うん! うんっ!! みんなで頑張ろう、しずっ! 次は、次こそは!」

「……このままじゃ、終われない!」

「私もっ、今度はもっと、もっともっと頑張るから! お姉ちゃんの、分も、頑張るからっ!」

「……ぅん、お願いね、玄ちゃん、みんなっ」

 

 教え子たちは、穏乃は、憧は、灼は、玄は、宥は、みんな強かった。一度折られた程度じゃへこたれない、確固たる芯を手に入れていた。

 

(…………凄いな、みんなは……)

 

 自分には無理だった。

 立ち上がれなかった。

 そんな自分が情けなくて仕方がない。

 

 ──もう、自分には彼女たちを導く資格などな

 

「だから赤土さんっ! また、また私たちを一から鍛え直して下さいっ!! お願いします!」

『お願いしますっ!!』

 

「…………えっ?」

 

 今諦めようと、身を引こうと思ったのに、立ち上がり頭を下げる穏乃たちを見て、晴絵は呆然とする。

 そんな晴絵に対し、彼女たちはある意味で辛辣で、

 

「えっ、じゃありません! 今度こそ、今度こそ赤土さんを決勝まで連れて行きます!」

「そうよ、ハルエ! まだ約束を果たせてないじゃない!」

「絶対、絶対ハルちゃんを決勝に! みんなで、絶対に!」

「だから、だからっ」

 

『私たちの監督を、辞めないで下さいっ!』

 

 そして、とても暖かった。

 胸を打つ言葉に、晴絵は込み上げてくる涙が堪えられない。

 

「…………いいの? こんな私で? こんな情けない監督で?」

「そんなこと言わないで下さい! 赤土さんは最高の先生です! 最高の監督ですっ!」

「そうよ、ハルエ! それに、私たちを指導できるのなんて、ハルエしかいないじゃない」

「ハルちゃんじゃなきゃダメだよ!」

「赤土先生がいいんです!」

「私も、赤土先生じゃないとダメだと思いますっ」

 

 一直線な信頼は痛くて苦しくて、でもそれ以上に嬉しくて。

 晴絵は、一筋の涙を零した。

 

「……分かった、私も一緒に頑張るからっ! みんなの決勝進出を、優勝を見届けたいから! だから、これからもよろしくねっ」

『はい、よろしくお願いします!』

 

 阿知賀女子は奮起し、未来に向かって歩き出す。

 長く、険しい、勝利の果てを目指して。

 

 

****

 

 

「姫子っ!」

「部長っ……部長!」

 

 控え室の扉が開くと同時に哩は立ち上がり、ぐしゃぐしゃに顔を歪めた姫子へと駆け寄り抱き締める。

 

「……す、すみませんっ、部長っ……ぐすっ、みんな……力、及ばなかったです」

「いい、謝らなくていいっ。姫子のせいやない」

「そうですよ、背負いこまないで下さい」

 

 紅く腫らした姫子の目元を、煌はハンカチでそっと拭う。自身も瞳に涙を溜めていても、第一に相手を慮る煌の優しさに姫子は心打たれる。

 

「あいがと、花田……」

 

 ぐすっと鼻をすすりハンカチを受け取った姫子は、涙を誤魔化すように少し強く目元をこする。

 いつまでも泣いてはいられないのだ。

 敬愛する部長を心配させたくないから。

 他校なのに、激励を掛けてくれた相手がいるから。

 涙を拭き取った姫子は、双眸に力を込めて哩を見つめた。

 

「部長、来年ば絶対勝ちます! だから、心配なかとよっ!」

「姫子……」

 

 姫子の決意に哩は驚愕と安堵を覚える。

 今回の対局で一度も破られたことのない二人の絆の象徴(リザベーション)が崩されたのだ。哩はこれが切っ掛けで姫子が壊れてしまわないか気が気でなかった。だから、一人で立ち直ってくれたことに驚き、安心したのだ。

 その心配が杞憂に終わり、後輩の成長を嬉しく思うのと同時に、一抹の寂寥感を感じた。

 

 ──あぁ、自分たちの役目はこれで終わったんだな。

 

「……その意気ばい、姫子! 花田も頑張りんしゃい!」

『はいっ!』

 

 北部九州最強の名を再び全国に轟かせよう。

 次の世代を担う二人は静かな誓いを胸に今日の敗北を受け止め、未来へと歩み出すことを決めたのだった。

 

 

****

 

 

「ただい」

「竜ぅぅ華あああああっっ!!!」

「ぐふっ⁉︎」

 

 控え室の扉をゆっくりと開けた竜華の胸に、風を切る勢いの怜が全速力で飛び込んで来た。

 ギリギリで反応し、受け止める使命感に駆られた竜華は息を漏らしながらも、怜を両手に収めることに成功した。

 

「ど、どないした」

「やったやったやったやったっ!! 決勝やっ! 決勝進出やよ竜華あっ!」

「怜……」

 

 逸る気持ちを抑えきれないのか、怜は興奮をそのままに喜びを全身で表している。

 怜から溢れ出る歓喜は混じり気のない程に純粋で、真っ直ぐで、光り輝いていて、沈んでいた竜華には眩し過ぎた。

 

「……そうやな、怜。うちらはちゃんと駒を進められたんや」

「…………? 竜華、なんでそんな元気ないんや? 嬉しくないんか?」

 

 親友の態度に違和感を覚えた怜は小首を傾げて竜華に尋ねる。喜びも一気に萎んでしまう位に、今の怜は目が不安そうであった。

 怜にそんな顔をさせたことを即座に悔いた竜華は、焦り気味に慌てて言葉を紡ぐ。

 

「そんなことあらへん! 当然嬉しい、嬉しいに決まっとる。……だけど」

「だけどなんや?」

「……うちは決勝でまともに戦えるんか不安に思ってたんや」

 

 胸の内を明かす竜華に怜は心配そうにする……わけなどなく、眉を盛大に歪め、冷たい微笑を浮かべて竜華の頭を掴み。

 

「──せいっ!」

 

 ──ガツンッ!

 

 鉄槌(ずつき)を下した。

 

「いっったぁあああああいッッッ⁉︎」

 

 突然の制裁に疑問よりも先に途轍もない痛みが襲いかかってきて、竜華は頭を押さえてしゃがみこむ。

 頭突きした方の怜も「……ヤバイ、頭割れる……」とフラフラしたが、泣き言を溢したのはそれだけで、直後には竜華を睨み付けるように見詰めていた。

 

「……い、いきなり何するんや、怜っ!」

「何するんや、やないっ! 寝惚けたこと()っとんのは竜華やろ!」

 

 怜は怒っていた。喜びより悲しみより、この瞬間だけは怒りが優っていた。

 

「何が不安やっ! そんなんウチは最初からやっ! でも、口に出したことは最近じゃもうあらへん! それをなんや、部長である竜華が決勝直前に口にするなんて、それは不安やなくてただの弱気やっ!!」

 

 突き刺さる叱咤に、つい反射的に竜華は言い返していた。

 

「し、仕方ないやろっ! あんなん見せられた後なんや! 少しくらい溢したってっ!」

「いい訳ないやろボケッ! 竜華のアホ! オタンコナスっ!」

「な、なんやとーっ!!」

 

 柳眉を逆立てて竜華は怜に詰め寄ろうとするが、その前に怜は想いを重ねた。

 

「確かにっ! 千里山(ウチら)の勝利は棚ぼたやったかもせえへん。大星淡の強大さも克明やった。しかも決勝では清澄、あの照の妹である咲ちゃんも来るかもせえへん。不安なんは分かるつもりや。でもっ! 勝った竜華が凹んでたら、負けた人らが浮かばれへんやろっ!」

 

 怜の叫びに、竜華の脚は止まってしまった。

 瞠目する竜華を見て、なお怜は口早に話し続ける。

 

「ウチはな、千里山が二位だと分かった瞬間ホンマに嬉しかったんやっ! ウチにとってこれはみんなと頑張る最初で最後の全国大会。竜華やセーラとは違って全国すら未体験で、決勝なんていう大舞台も人生初や。嬉しく嬉しくてつい飛び上がってしまうほどなのに、どうして竜華はもっと喜ばへんのやっ!」

 

 想いの丈を露わにした怜は、ついでとばかりに後ろを振り返ってキッと睨み付ける。

 

「てかっ、それを言うなら此処にいる全員やっ! 全国出場決まった時も、今決勝進出決まった時も、どこか当たり前みたいに流しとるのが気に入らへん! 感覚麻痺しとるんやないかっ!」

 

 怜の愚痴のような指摘。

 最も動揺したのは監督の雅枝であった。

 

「……怜、それは私の所為や。部としてそういう空気を創り出してしもうた。責任は全部私にある」

「そうか、それは反省やな監督」

 

 吹っ切れた怜に遠慮など無かった。例え監督だろうと正直にぶっちゃけていた。

 

 そんな光景を見て、

 

「……くっ、くくく、あはははははは!!」

 

 竜華は大笑いしてしまった。

 

「あーあ、なんかもう色々アホらしくなってもうたわ。そやな、うちが間違っとった」

 

 そうだ、自分たちは勝ったんだ。

 最後の舞台に上がる資格を掴みとったんだ。

 これで不安や迷いより、喜びで満たされなくてどうするというのか。

 

 竜華は稀に見る爽快な笑顔で怜をがっつりと抱き込んだ。

 

「やったぁあああっ! 怜うちら決勝進出やで! よぉっしゃああああ!!」

「そうやそうや! やったで竜華!」

『いっいぇーいっ!』

 

 軽やかに身を離し、パァンっ! と高らかにハイタッチを交わす。

 

「セーラぁあああっ!!」

「怜ぃいいいいいっ!!」

「泉も一緒にはしゃくで! これ部長命令やから」

「えっ⁉︎ うちもやるんですか⁉︎」

「当たり前や、張っ倒すで?」

 

 賑やかを超えて最早喧しいレベルで嬉しさを爆発させる面々。

 これの収集を付けるのは大変だなと雅枝は苦笑するが、とりあえず放っておこうと決めていた。

 

「……でも、まだ優勝したわけではないんですけどね」

「浩子、それを言うたらおしまいや」

「そんなこと言うのはこの口かぁああっ!!」

「ちょっ、ちょっ待ってくだ──」

 

 一人馬鹿騒ぎから逃げたはずの教え子の冷静な発言ですら、場を賑わす一助にしかならなかった。

 

 

****

 

 

「……ただいま〜」

『おかえりー』

「……あれ?」

 

 静々と控え室に戻った淡は、てっきり菫のお怒りの声が上がるだろうと身構えていたのに、返ってきた無難な反応にキョトンとする。

 

「スミレ、怒ってないの?」

「怒る理由がないだろ。お前はちゃんと一位で抜けてきたんだから」

「でも、本気出しちゃったし……」

「いや、あれはむしろファインプレーだ。それにその件では私の方に非がある。変に力を隠せなんて言って悪かった」

「……まぁ怒られないならいいや。イェイっ! ちゃんと勝ってきたよ! 褒めて褒めてー」

「あぁ、良くやった。ほら、お前の分のお菓子だ」

「ありがとースミレ!」

 

 目を輝かせてお菓子を二つ受け取る淡に、菫は母の様な笑みを浮かべる。子どもの淡は気付かなかったが。

 

「テルー!」

「お疲れ、淡。楽しそうだったね」

「うん! すごく楽しかったよ! まさかこんなに強いだなんて予想外だったし。でも奥の手使っちゃったのはなー。サキと当たるまで秘密にするつもりだったのに」

「あれは仕方ない。それ程の相手だった」

 

 決断に後悔はないが、やはりこの局面でのお披露目には手痛いものがある。

 だが、どちらせよバレるのだ。初手必勝の機会は失われたかもしれないが、淡のこの力は咲にだって十分以上に通用する。淡はそれを確信していた。

 

「はい、テル。こっちはあげる」

「んっ、ありがとう。それじゃあこれ、まだ開けてないから」

「……テルがお菓子をくれるなんて驚きっ!」

「……頑張った淡への御褒美?」

 

 淡は一瞬で切り替えた。

 照と楽しげに会話を続けながらも、淡の意識は既に決勝戦を見据えていた。

 

白糸台(わたしたち)は来たよ、決勝に)

 

「タカミとセイコもお疲れー。私頑張ったでしょ!」

「あぁ、お疲れ。お前はホント、良く成長したよ」

「お疲れ、淡ちゃん。あっ、間違えた。お疲れ、マイナス15900点の淡ちゃん」

「そこ言い直す必要なくないッ⁉︎」

「淡ちゃんビリ2ー」

「うっさい! ダントツはセイコじゃん!」

「……お前ら、泣くぞ私……」

 

 一通りチームメイトと笑い合った淡はバリバリと袋を開け、ソファに腰掛て手にしたお菓子を口に運ぶ。広がる甘味は疲れた頭と身体を癒し、対局の熱をゆっくりと冷ましてくれる。

 

(……早く来い、サキ)

 

 咲が負けることは思考にない。

 淡の中では咲の決勝進出は決定事項で、そこでの決着しか考えていない。

 

 淡は咲に四回負けた。

 最初の一回は勝ってはいたが完璧に点数を調整され、二回目は完膚なきまでに一蹴され、三回目はまたもや点数を支配され、四回目は劣化版連続和了などとふざけた手加減をされて完敗。

 淡はまだ、咲に本気すら出してもらっていないのだ。

 

(今度こそ、今度こそ……)

 

 あれから変わった。

 強くなった。

 勝利に貪欲になった。

 

 淡はもう、咲を退屈させない。

 

 雌雄を決するのは全国大会の決勝戦。

 これ以上の舞台は存在しない。

 

「……ふふっ」

 

 ──楽しみだよ。

 

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 準決勝第一試合はこうして幕を下ろした。














↓if:決勝で穏乃と対局する展開

咲「ツモ、嶺上開花」
穏乃「そ、そんな……王牌(そこ)はもう、私のテリトリーのはずなのに……」
咲「……ふふっ、本当にそんなこと思ってたなんてね。衣ちゃん風に言うと、片腹大激痛だよ」
穏乃「ど、どうして……?」
咲「どうして? 私からしたら、その質問自体が傲慢だけどね。まぁ、慈悲として教えてあげる。残念だけど、王牌(そこ)は最初から最後まで、(わたし)の支配下にあるんだよ、山猿(ざっしゅ)

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…………うん、違和感ないですね(笑)
咲にゃあ、とのギャップ差がぱないけど。

白糸台編はこれで終わりです。
次回は咲さんサイドに戻る予定ですが……気長にお待ちください。



では最後に。
HappyBirthday淡ちゃん!

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閑話ですらない謹賀新年オマケ

 

 

 

 

 

 

 

「……ちゃん、☆ちゃん。起きて、☆ちゃん!」

「…………んっ? ……サキ?」

 

 揺すられ覚醒したからゆっくりと起き上がる。

 目の前には百合柄に彩られた水色の着物を着た咲の姿があった。

 いつも制服を身に付けている咲の雅かな装いは新鮮であったが、なんでそんな格好をしているのだろうと疑問に思う。

 

「サキ、なんで着飾ってるの?」

「もう、何寝ぼけてるの。今日は着物で集合だって前にも言ったじゃん」

「えーと、そうだったっけ?」

「全く☆ちゃんは手が掛かるんだから」

「あはは、ごめんごめん」

 

 ぷくっと頰を膨らませる咲に笑って誤魔化す。

 

「……これでよしっ! ☆ちゃん早く行こう?」

「あれ? 今日は着物なんでしょ? 私着替えないと」

「ホントに何言ってるの☆ちゃん! もう着替えてるでしょ!」

「え? あっホントだ」

 

 いつの間にか着ていた着物を身体を揺らして確認する。

 

「ほらっ、早く」

 

 手を引かれて歩いて行く。

 どこに行くのだろうか?

 

「やっと来た、☆」

「あっ、テルーもいるんだ」

 

 お淑やかな佇まいで待っていたのは咲の姉である照。どうやら姉妹で迎えに来ていたらしい。

 

「じゃあ行くよ、☆」

「行こ行こっ、☆ちゃん」

 

 二人に片方ずつ繋がれた手。

 少し照れくさいが、心があったかくなって自然と笑顔が浮かぶ。

 でも、どこに行くのかは分かっていない。

 

「えーと、二人とも、今日は何時にどこに行くんだっけ?」

「えー、☆ちゃんが誘ってくれたのに、忘れちゃったの?」

「いや、ちょっと、確認的な感じだよ」

「じゃあそういうことにしてあげる。10時に神社に行くんだよ」

「神社? 何しに?」

「……☆ちゃん、今日が何の日か忘れちゃったの?」

「……にゃはは」

 

 相変わらず結ばれた手の平に少し力がこもった気がする。怒らせてしまったようだ。

 

「仕方ない。今日の私は優しいから、ちゃんと教えてあげる」

「うん、ありがとう、サキ」

 

 目的地は神社らしい。

 お参りだろうか?

 それとも願掛け?

 神社でやること、それは──

 

「今日は私たちが小鍛治プロと麻雀をするんだよ!」

 

 ──脚を止めた。

 一歩で踏ん張れたのは我ながらすごいと思う。

 聞き捨てならない、てか聞きたくもない単語(なまえ)に冷や汗が流れる。

 

「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って」

「「どうしたの?」」

 

 急に止まったから二人は振り向いて異口同音の言葉を発し、揃って小首を傾げる。

 

「今日どこでなにするって?」

「だから言ったじゃん」

「今日は」

「神社で」

「私たち」

「が」

「小鍛治」

「プロ」

「と」

「麻雀」

「する」

「んだよ?」

 

 ケタケタケタケタケタケタ。

 おかしい、おかしい。二人がおかしい。

 怖い恐い怕い惶い惧い懾い畏い。

 

 フタリガコワイ。

 

「待って待ってお願い待って!! 離して! 離してっ!!」

 

 手が動かない。

 二人に繋がれた手が離せない。

 どんどんどんどん引き摺られる。

 

「アア、モウツイタヨ」

「ホラ、アソコニスワッテ」

 

 席に着いていた。

 金縛りにあったかのように脚は動かなかった。

 

「それじゃあ、24時間麻雀耐久レース、頑張ろうね」

 

 ──ね、淡ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ハッ!!!?」

 

 ざばっと、淡は飛び起きた。

 目覚まし代わりのデジタル時計を確認する。

 1月1日、午前10時。

 

「……はぁぁぁぁああああっ……。なんて初夢、なんて悪夢」

 

 新年早々酷い目にあった。

 夢がこんなにこわかったのは生まれて初めてだった。

 

「──淡ちゃーん! なにしてるのー?」

 

 びくりと身体が震える。

 窓の外から咲の声が聞こえたからだ。

 

「……サ、サキー? どうしたのー?」

「どうしたのじゃないよー。今日この時間に来てって言ったのは淡ちゃんでしょー」

「……えっ、それって……」

 

 窓から顔を出した淡。

 夢と同じ格好をしている二人。

 顔をひくつかせた淡は、そこでようやく約束を思い出し。

 

「今日は初詣に行くって、淡ちゃんが言ったんでしょー。お姉ちゃんがもう家に乗り込んでるからねー」

「……あっ。……ま、待ってて、すぐ着替えるから!」

 

 まだ着替えてないのー⁉︎ と、咲のお怒りの声が響く。

 

「よかった、今日は初詣で」

 

 寝坊した淡はあらあらと言いながら若干怒り目の母親に着付けを手伝ってもらい、淡は急いで玄関をでる。

 

「もう、遅いっ!」

「淡、夜更かしはだめ」

「あははー、ごめんふたりとも。じゃあ行こうー!」

 

 調子いいんだからと、咲は溜め息を吐いて呆れる。

 照は慣れているのかちゃっかり頂いたお菓子を口に運ぶ。

 いつも通りの二人。

 ちょっと特別な今日。

 淡は忘れていた挨拶をした。

 

「あけましておめでとう! 今年もよろしくね!」

 

 

 








あけおめ
ことよろ

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夜咄



ケモ耳シリーズは後書きにて!





 

 

 準決勝第一試合が終わり、夜闇が世界を包み星々が天に彩られる時間帯。

 清澄高校の面々(京太郎含む)は浴衣姿で就寝部屋に集合していた。

 

「さて、皆観てたと思うけど、決勝進出したのは白糸台と千里山よ。まぁ、予想通りと言えば予想通りね」

 

 阿知賀は惜しかったけどねと久は続けた。大将戦の接戦の中で目覚ましい変貌を遂げた阿知賀の大将は賞賛に値されるだろう。

 それでも、負ける者は負ける。

 大番狂わせも考えられた展開であったが、畢竟するに、最後に勝利を収めた二校だけが駒を進められるのだ。敗者である二校には栄光を掴む権利は与えられない。

 明日は我が身だ。負けるつもりなど欠片もないが、久はこの結果を糧により一層次の試合に向けて気を引き締めた。

 

「自分で話題を振っておいてあれだけど、一先ず決勝のことは置いておきましょ。まずは目の前の一戦、私たちの準決勝に全力を尽くすわよ」

「了解だじぇ!」

「言われへんでも分かっとる」

「当然ですね」

 

 遠くばかり見て脚元の石ころに躓くのは無能も甚だしい。

 仲間たちにそのような者は居ないと確信しているが、改めて久は釘を刺した。

 何故なら、そう。

 此処には前代未聞の、飛びっきりの問題児がいるからだ。

 

「それじゃ真面目な話はこれで終わりで本題に入りましょ。はい、被告人は此処へ」

「…………はい」

 

 指差された久の目の前で被告人こと咲は大人しく正座した。

 逆らうなぞ選択肢にない。釣り上った裁判長(ぶちょう)の目は一体何やってんのという呆れと、何してくれてんだこの野郎という怒りで染め上げられていた。

 普通に怖い。普段穏やかな面しか見せないから余計怖さが際立つ。

 今迄、数々の厄介事を地雷原を突っ走るが如く爆発させてきた咲を小言一つで窘めてくれていたが、久の温情も今回の件で遂に潰えたようだ。

 咲は瞬時に土下座に移れる心構えで事に臨む。

 結末が決定している裁判が始まった。

 

「和、このお馬鹿の罪状を」

「はい」

 

 もう名前すら呼んでもらえない。訂正の声も無しだ。

 立ち上がった検事である和が態々まとめたのだろう資料を手に、咲がやらかした所業を粛々と読み上げる。事情聴取は既に終わっているのだ。

 

「本日、被告人は準決勝第一試合を観戦しに会場へと向かいました。到着後、あろうことか会場内で迷子になるという天然を発揮させ、その後何を血迷ったか白糸台の控え室へと侵入を果たしました。そこで大人しく観戦していれば良かったものの、被告人は先鋒戦終了後、人助けという名目で対局室へと登壇。あれよあれよという間に大事へ発展し会見まで開かれる始末。挙げ句の果てには高校卒業後はプロになると核爆弾を放り投げて現在に至ります」

 

 ──……合ってるけどっ! 

 

 咲は思う、これはおかしいと。

 剣山の如き言葉の羅列である。ぶっちゃけ棘しかない。

 嘗て天使だった面影は完膚なきまでまでに消失し、堕天使へと超進化を遂げた和に慈悲は皆無だった。

 これは色々な意味で酷いと傍聴席から優希とまこのジト目が咲に注がれる。やらかしたこともそうだが、無垢だった少女の人格をここまで変えたことに責任を背負ったら如何なのかとその熱視線は雄弁に語っていた。

 咲は全力で目をそらした。

 

「次は弁護人から。はい、須賀くん」

「……はい」

 

 重々しく腰を上げ、京太郎も手に一枚の紙切れを持って咲の側へと歩み寄る。

 久の言葉に咲は僅かに目を見開いて驚愕を示した。まさか大罪人(爆)の自分に弁護人が用意されているとは。

 女の園になぜ京太郎が呼ばれたのか。

 それは、この場で唯一咲の味方になってくれたからだ。

 

「京ちゃん……」

「咲、とりあえず頑張ってみるさ」

「ありがとう、京ちゃん。今度なにかおごるよ」

 

 消えてしまいそうな儚い微笑みで感謝を込める。

 付き合いの長い彼だけが咲にとってこの場で(は)英雄なんだ。

 そう、彼は咲の人生において最も行動を共にした、一番の親友なのだから。

 

((…………まぁ、有罪判決をどうにかするのは無理だろうけど……))

 

 付き合いが長い分、考えていることも大体一致する。

 ……無罪? なにそれ美味しいの?

 情状酌量の余地が認められれば万々歳なのである。

 

「えーと、咲の今日の出来事については、多少表現の脚色はありますが和からあった通りです。それらに間違いはありません。

 ただ、一方的に責めていいとは思いません。和からあったように、咲が対局室に姿を現したのは人助けのためです。そして、その時に倒れていた千里山の園城寺怜さんは、過去にも入院経験のある方だと咲から聞いています。訪れる不幸を未然に防いだ咲の行いは褒められこそすれど、中傷を受ける筋合いはないはずです。

 その後の会見についても、責任を姉である宮永照さんと二人だけで負っています。事実上の迷惑は清澄には掛けていません。

 よって、咲には情状酌量の余地は十分にあるかと存じます」

 

 ──京ちゃんスゲーっ‼︎

 

 なんという説得力。

 まるで咲の行動にこそ正当性があるかのような弁舌に驚嘆の念が絶えない。京太郎にこのような才覚があるとは文字通り吃驚である。

 京太郎は事実と異なることを言っていない。正しいからこそ訴求力がある。

 咲は自身の身が犠牲になると察した上で、それでも良心に従い赤の他人を助け、責任を一身に背負った正義の味方。

 捉え方一つでこうも違うのだ。

 もしかしたら自分は悪くないんじゃないか……? と、無責任過ぎる考えを抱くくらいに咲が京太郎の演説に感動していた、まさにその時。

 

 

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「──異議ありっ!」

 

 盛大な効果音──具体的に言うと『論破っ!』──が鳴り響きそうな勢いで和が声を張り上げた。

 いつになく必死な形相に咲は普通に引いた。ドン引きである。冷や汗ものである。

 京太郎も目をギョッと見開いていることから、如何に今の和が荒ぶっているのか分かるだろう。

 

「検事、発言を許可します」

 

 すかさず久が返答した。

 この裁判長(ぶちょう)最早ノリノリである。

 

「弁護人の弁は憶測を多く含んでいます。この被告人がそんな良い子な訳がありません! どうせ行き当たりばったりで現状まで来たに決まっています!」

 

 ──おっとー、和ちゃんは私のことが嫌いだったのかなー?

 

 清々しいまでの人格否定であった。

 どうやら咲の信頼はとっくの昔に地に堕ちていたらしい。多分、合宿あたりが切っ掛けであろう。

 そして、実際和の言う通りなのだから現実は悲惨である。咲に賞賛すべき崇高な志などこれっぽっちもない。麻雀ではっちゃけてからは、自分が良ければ他は二の次みたいな思考回路の持ち主なのだから。

 和の言う通り、成り行きでここまで辿り着いて、最低限他人に降り掛かる迷惑を取り除いただけなのが現実である。

 彼女は咲の真の理解者にして被害者なのだ。

 それは京太郎も認識していること。

 だからこそ、反論は用意してあった。

 

「性格は論点にはなりません。少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()

 

 京太郎のこの一言は──和の逆鱗に触れた。

 膨れ上がる怒気。

 噴出する憤懣。

 オカルトとは無縁だった、そんな彼女から、瀑布の如き威圧が解き放たれる。

 

「悪気がなければ何をしてもいいわけではないんですよぉッ‼︎」

 

 ──……本当にごめんなさい。

 

 放出される圧倒的嚇怒に咲は咄嗟に土下座していた。

 今迄溜まる一方で発散されることのなかった和の鬱憤が爆発した瞬間であった。

 大音量の怒声に怯んだ京太郎は二の句が継げない。

 憤怒の限りを尽くす和は此処ぞとばかりに畳み掛けようと口を開きかけるが、

 

「双方そこまで!」

 

 裁判長(ぶちょう)の制止を受けギリギリで自制した。

 

「部長……」

 

 ただ、納得はしていないのか、見るからに消化不良ですと和は久に瞳で訴える。

 が、久はその訴えを棄却。

 手を二度打ち鳴らした。

 

「双方の弁、確かに聞き届けました。その上で被告人に私の独断と偏見で判決を下します。はい、有罪(ギルティ)

 

 ──はい、茶番終わったー。

 

 久の独断と偏見で判決が決まるのならば必然こうなる。頭を伏せたまま咲はこの後訪れる実刑を憂う。

 本当の本番はここから。

 咲に何を償わせるのかだ。

 

「罰として、全員からのお願いを一つずつ聞いてもらう。咲、それでいいかしら?」

「仰せの通りに」

「……部長は甘過ぎます……」

 

 これから清澄に降り掛かる億劫な火の粉を思えば温情に充ち満ちた判決。

 久の量刑に和は不満を漏らすが、それでもこの問題児の首輪が手に入るのならば上々であろうと諦めた。

 久の決定を受け、その場の銘々が何がいいかと思案する。事前の打ち合わせなど無かったため、突然命令権を与えられてもそうは簡単に浮かばないものだ。……瞬間的に「おいバカやめろ!」みたいな事案は多々発生するが。

 咲が頭を下げたまま過ぎ去る時間。

 二十秒程経ち、暫く様子を伺っていた久がまず沈黙を破った。

 

「それじゃあ、咲。私からいいかしら?」

「はい」

「私のお願いはまぁ言おうと思えば沢山あるけど、これだけは言わせて頂戴」

 

 真剣な雰囲気を感じ取り、咲は顔を上げて久と視線を合わせる。

 見つめ返す久は引き結んだ口元を綻ばせた。

 

「咲、あんな派手なことしたんだから、負けるんじゃないわよ。大星淡にも、宮永照にも、小鍛治プロにもね」

 

 咲はある意味で想定外な久のお願いに瞠目する。まさかそんなことを言われるなど、頭の片隅にも無かったのだ。

 久は最初から、咲を如何にかしようなど魂胆にない。当然、ここまでやらかした事は怒って然るべきなのでこのような場を用意したが、咲は傍若無人というわけではない。

 京太郎の言う通り、自分の厄介事を他人に丸投げするほど非道ではなく、自身に非があると認めれば今のように反省もする。根は善人なのだ。

 それに、咲のようなタイプは抑圧するより自由に振る舞わせる方が余程実力を発揮する。

 なればこそ、久は頭ごなしの説教ではなく、挑発的な発破を掛ける。

 効果は覿面で、咲の瞳が鋭利なものへと変貌した。

 

「分かりました。

 白糸台大将──大星淡を降して、清澄のみんなで優勝します。

 現チャンピオン──宮永照を倒して、私が頂点に立ちます。

 日本最強──小鍛治健夜を打倒して、私の名前を世界に知らしめます。

 ……そして、部長のことは大恩人だって語ります」

「うん、前三つはともかく最後はやめて。やったら本気でぶっ飛ばすわよ」

 

 えーっ、と文句を言う咲に久は割とヤバめな危機感を覚える。この子なら冗談で済まさずやりかねない。世界という言葉ですら、咲には軽いものに感じてしまうのだから。

 嫌な冷や汗が流れるの無視して、久は周りに目を流した。

 

「みんなは? ないなら一旦保留でもいいわよ」

「ならワシは保留で。正直ワシにはあまり被害はなさそうだから命令権なんぞなくても構わんのだか……」

「私もパスでいいじぇ。今度ゆっくり考えるみるじぇ」

「俺も特にないですけど……そうだな、長野に帰ったら麻雀教えてくれ」

「うん、分かった。京ちゃんを一年でインターハイに行けるくらいに強くするよ」

「やっぱりこのお願いなしで」

 

 結局、京太郎も保留となった。

 残すは和ただ一人。

 瞑目を続けていた彼女は、静かに目を開けた。

 

「咲さん」

「なに、和ちゃん」

「勝ちましょう」

「……それは、お願いされるまでもなく勝つけど……」

「いいえ、違います。私はこのお願いを使ってでも、咲さんに純粋な勝利を目指して欲しいのです。……この意味が分かりますか?」

「……うん、分かったよ」

 

 意味するところを理解した咲は、今後一切の手加減を止めると誓う。

 

「もう二度と、()()()()()()()使()()()()。これからは、全ての相手を、全力を以って徹底的に叩き潰す」

「……確かに聞き届けました」

 

 物騒な物言いに一瞬、これ早まったんじゃ……と尻込む和だったが、この際気にしないと決めた。

 咲の覇道が決定的になったのだと、真に理解したのは遠くない未来である。

 

「さて! 今日やることはもう終わりよ。明日に向けさっさと寝ましょ」

『は〜い』

 

 女性陣は布団を広げ、唯一の男性である京太郎は別室へと退散する。

 就寝の準備が完了したところで、咲がある疑問を口にした。

 

「あっ、そう思えば。部長、次当たるのは結局どこなんですか?」

「…………全く、この子は……。咲、あなた素質は十分以上だし、相手の分析だって完璧以上に熟せるんだからもっと勉強しなさい」

 

 あはは……と誤魔化す咲に久は溜め息を漏らすが、時間を割いてまで説教する気も起きない。

 せめて対戦校くらい知っておきなさいと一言苦言を呈してから、久は明日の相手を思い浮かべて告げた。

 

「明日は昨日当たった宮守女子。

 私たちと同じ初出場の南北海道代表──有珠山高校。

 そして、東東京代表、世界の精鋭が集う超強豪校──臨海女子高校よ」

 

 

****

 

 

「いやー、明日の対局は怖いなー」

「珍しいじゃない、爽がそんな弱気なの」

「あー、でも爽の相手あの宮永でしょ? あれはヤバイよ、うん。何がヤバイってとにかくヤバイ」

 

 寝転びながらタブレットの対局映像を眺める獅子原(ししはら)(さわや)に、幼馴染の桧森(ひもり)誓子(ちかこ)岩館(いわだて)揺杏(ゆあん)が話し掛ける。

 話題となったのは、本日世間を賑わし超弩級の存在感を示した噂の少女のこと。

 予てよりその異常性を見せ付けられていた彼女たちは、明日の準決勝で当人が所属する高校と当たる。直接対決する爽の不安も察せるというものだ。

 三人の会話を聴き過去の記録とその闘牌を思い出したのか、本内(もとうち)成香(なるか)はその小柄な体躯をぶるりと震わせた。

 

「……あの人は怖いです。先鋒でなくて、本当に良かったです」

「確かに、色々と物凄い方ですよね」

 

 成香の隣で布団に潜っていた真屋(まや)由暉子(ゆきこ)も同意するように相槌を打つ。感情の動きの乏しい彼女を知っている者なら、由暉子が他人に些かでも興味を抱いたことに驚くだろう。

 麻雀界で今最も名を馳せている少女──宮永咲の存在は、それ程までに強烈な印象を残していたのだ。

 

「だがしかーし! 私たちが注目すべきはあの宮永ではない!」

「……急になに?」

「そのとおーり!」

「……あんた達打ち合わせでもしてたの?」

 

 急に声を張り上げた揺杏を訝しむ誓子だったが、更に続く爽の言葉に眼に浮かぶ怪訝さに拍車がかかる。

 この二人が馬鹿を言い出すのは日常茶飯事なので誓子としては無視を決め込みたいのだが、放っておくと五月蝿くて寝られないから性質(たち)が悪い。

 嫌々の表情を隠すことなく誓子は二人に問い掛けた。

 

「それで、一体なんなの?」

「ふふん、私たちの最大の目標は何なのかを思い出せば自ずと答えは分かるって」

「目標って、そりゃ一応優勝でしょ?」

「「ぶっぶー、違いまーす」」

 

 恐ろしく勘に触る幼馴染二人に青筋が浮かび掛ける誓子は、癒しを求めて成香を抱き寄せる。

 成すがままの成香と一人眠りに就こうと眼を閉じた由暉子。面倒ごとに巻き込まれたくない心情を行動で示していた。

 しかし、

 

「私たちの最大目標!」

「それは!」

「「ユキをアイドルにすること!」」

 

 無理やり話の渦中に引き摺り込まれた由暉子は、ゆっくりと眼を開けて首を傾げた。

 

「アイドル、ですか?」

「イエス。ユキにはそのポテンシャルが十分にある!」

「そう! 蠱惑的なベビーフェイス、小さな身体に見合わぬ豊満なボディーライン、そして、何を着させても恥ずかしがらない屈強な精神! 正にアイドルに相応しい!」

 

 褒めてるのか揶揄ってるのかよく分からない絶賛を受け、由暉子は眠ろうと再び眼を閉じた。

 

「打倒はやりん!」

「あんたらユキで遊ぶんじゃないの。ほらさっさと寝るわよ」

「ふふっ、今夜は寝かさないぜ。私のアレが火がふ」

「そこまで!」

 

 眼をつぶったまま爽の怪しげな発言を遮った由暉子は、今度こそと布団を深く被った。

 潮時だと思った面々は灯りを消して眠りに入る。

 

 彼女達は南北海道代表──有珠山高校。

 清澄と同じく、初出場にして準決勝まで駒を進めたダークホースの一校である。

 

 

****

 

 

 明かりの落とされた暗い部屋。

 唯一の光源は対局映像が映し出されたスクリーンだけ。

 編集された内容がたった今終わり、それと同時にスクリーン近く以外の電球が灯され室内に光が満ちた。

 

「さて、見てもらったようにこれが明日の準決勝で当たる全校よ。何か質問は?」

 

 立ち上がってスクリーン側に移動したのは監督であるAlexandra(アレクサンドラ) Windheim(ヴィンドハイム)だ。

 見詰める先には五人の少女。

 一様に鋭い目付きで映像を観ていた彼女たちは、いつになく剣呑な監督の雰囲気を察して口を閉ざした。

 リモコン片手にデータを巻き戻すアレクサンドラはある一人が映った段階でそれを止め、少女たちに向き直る。

 

「それじゃあ私から作戦を。明日は大将戦までにどこかを飛ばして終わらせなさい。その時に清澄が三位以下であると尚良いわ。……此奴は危険過ぎる」

 

 画面に映る少女──宮永咲を示して、アレクサンドラはそう告げた。

 本来ならばこのような弱気とも取れる作戦は考慮しないのだが、咲はその矜持すら覆す危険性を内包しているのだ。

 だが、その作戦に真っ先に反対したのは、明日大将を務めるNelly (ネリー) Virsaladze(ヴィルサラーゼ)だった。

 

「それはダメ。ちゃんと私まで回して」

 

 鋭利な眼差しで咲を睨むネリーは、その口元を獰猛に歪ませる。

 

「宮永は私が潰す。コレを潰せば、スポンサーはもっとお金を出してくれそうだしね」

 

 瞳に浮かぶは烈火の焔。

 迸る覇気は空間を殺し、監督から発せられる剣呑な空気ごと押し流す。

 ネリーのこの気迫は過去にも類を見ない本気が窺えた。

 

「ネリー」

「なに、サトハ?」

 

 沈黙を保っていたこの場唯一の日本人である辻垣内(つじがいと)智葉(さとは)は、静謐な双眸をネリーに向ける。

 

「勝てるんだな?」

「潰すだけだよ、いつもと変わらない」

「……ならば良し。私はお前を信じよう」

「ちょっとサトハ……」

 

 勝手に納得されて困るアレクサンドラだったが、残る三人の少女たちも次々と口を開く。

 

「別にいいんじゃないでスカ? ネリーの好きにさせテモ」

「はい、私は問題ありません」

「私も大丈夫ですよ」

 

 気楽な発言をするMegan(メガン) Davin(ダヴァン)に続き、(ハオ)慧宇(ホェイユー)(チェー)明華(ミョンファ)も同意する。

 溜め息吐いたのはアレクサンドラだ。

 

「……もういいわ、好きにやりなさい。だけどね、ネリー。一つだけ言っておくわ。清澄の大将、宮永咲は多分現チャンピオンより遥かに厄介よ」

「関係ない。誰と当たろうと、勝てばいいだけでしょ?」

「その通りだ」

「リューモンブチじゃないと聞いて最初は残念でしタガ、これは面白そうデス」

「いつも通りやるだけです」

「頑張りましょう〜」

 

 気の抜ける明華の掛け声でミーティングは強制終了された。

 各自解散し部屋に残ったのはアレクサンドラだけ。

 映像に映る咲の姿を見て、思わず零した。

 

「この子ほしいわ、臨海(うち)に」

 

 彼女たちは東東京代表──臨海女子高校。

 世界から集められた雀士を誇る、インターハイ常連の超強豪校だ。

 

 

 

 明日、準決勝第二試合が始まる。

 

 

 

 

 

 












有珠山と臨海──遂に登場!
アニメで殆ど出ていないこの二校。ここからは咲ssでも未知の領域だと思っています。
早く咲さんとネリーをぶつけたいです。
二人の関係性はこんな感じの予定。

咲さん「死ね」
ネリー「殺す」

呼応御期待っ!


童貞を殺すケモ耳な淡ちゃん

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10-1


他作品に浮気しまくった結果がこれだよぉっ!(直訳:書き方忘れた)






 

 準決勝第二試合当日の朝。

 咲たち清澄高校の面々は朝食を食べながら軽いミーティングを行っていた。

 

「さて、昨夜は茶番劇を繰り広げちゃった所為で、今日のことをあまり説明できてなかったわ。といっても、咲以外には一通りしてるんだけどね」

「なんかすみません……久様とお呼びすれば許してくれますか?」

「もしそんな呼び方で私を呼んだら絶交するわよ?」

「やだなぁー冗談ですよ部長ー。……だからそんな目で見ないで下さい、ちゃんと反省してます」

「本当かしら……」

 

 咲の扱いにも慣れてきた久は大事な後輩をかつてない眼力で見据えるが、当の本人にはあまり効果が出ているとは思えず溜め息を吐く。

 元から咲はタフな精神力を備えていたが、ここ数ヶ月でその分厚さは高まるばかりだ。極め付けに、昨日の会見を経て全てのしがらみを振り切った咲は、最早相手がヤクザであろうと正面切ってガン飛ばし合えるのではないかと思える程に開き直っていた。間違っても女子高生が持つ精神構造ではない。

 色々な意味で将来が心配な咲。久はもう天高く匙を放り投げていた。

 

 先輩の義務とか知らない。

 学生議会長の責務? 何それおいしいの?

 この子の面倒はお姉ちゃんに任せたと、一度しか会っていないこれまた扱いが難しそうな照に責任を押し付けると心に決める。

 

「まぁいいわ、今更咲が大人しくなったら気色悪いもの。ねぇ和?」

「そうですね。大人しいに越したことはありませんが、自爆するのなら一人で散ってほしいです」

「そこまで言うなんて……っ⁉︎ 京ちゃん、和ちゃんがおかしくなっちゃったよ⁉︎」

「うん、まぁ大体はお前の所為だけどな」

 

 親友(?)の乱心に咲はもう一人の親友である京太郎に助けを求めるが、どうやらこの場において咲に味方はいないらしい。優希とまこに至っては目すら合わせてくれないのだから。

 このままでは昨夜に続いて茶番が始まると危惧した久は、大きく手を叩いて注目を集めた。

 

「はいはいそこまで。咲、失った和の信頼はこの後で取り戻しなさい。その為に必要なことは判るわよね?」

「はい、相手校の情報整理ですね?」

「その通りよ。尤も、最善は研究からなんだけど、そんな時間はもうないわ。だから軽くだけど総確認するわよ」

 

 久から回される資料を各々が手に取り内容に視線を走らせる。

 一昨日対戦した宮守女子、今日初顔合わせとなる有珠山高校に臨海女子。今日当たる三校の情報が資料にはまとめられていた。

 一通り目を通した後、咲は真っ先に思ったことを口にする。

 

「私の対戦相手は分かってないことが多過ぎてなんとも言えないですね」

「そうね、そこは謝るわ。私も一応研究してみたんだけどね」

 

 咲の対戦相手は実力が謎、この一言に尽きる。

 宮守女子の姉帯豊音。彼女に関しては、咲の予測通りであるならば能力を六つ持っている。《先勝》《友引》《先負》《大安》《仏滅》《赤口》──《六曜》を司る変幻自在な対局が豊音の武器の筈だ。しかし、その詳細は二つしか判明しておらず、一度勝ち越したとはいえ油断は禁物である。

 そして、残り二人はどういう打ち手なのかがこれっぽっちも分からない。

 有珠山大将──獅子原爽。

 臨海大将──ネリー・ヴィルサラーゼ。

 二人は和のようなデジタル特化でもなく、咲や淡のような規則性のある能力も一見するとない。だが、それでいて凡夫の打ち手とは異なる異質さを備えた得体の知れない面がある。

 

 唯一分かっていること。

 それは、彼女達が強いということだけだ。

 

 麻雀は運に大きく左右されるとはいえ、相手を打倒するに一つも有益な事前情報がないのは普通なら痛手──なのだが。

 

「……ふふっ」

 

 咲はその事実を一笑に付した。

 

「部長、私としてはこっちの方が楽しめるので別に構いません。それに、やることは同じです。全員叩き潰すだけ、だよね、和ちゃん」

「はい、早速約束を果たしてもらいますよ、咲さん」

「もちろん、その点は任せといて」

 

 相手の打ち筋が分からない、対策の仕方が判明していない、そんなのは茶飯事である。

 分からないのなら正面から踏み潰せばいい。対策が立てられないのなら力尽くで押し潰せばいい。咲は疑念を持つことなくそう考えている。それを可能にする実力の高さと、どんな状況に追い込まれようとも屈しない精神が、咲の自己愛にも似た圧倒的自信を築き上げていた。

 和も和で勝負事に関しては冷淡な考え方をしている。勝つのが目的なのだから、全力を尽くすのは当然のこと。負けて挫折するのなら所詮はその程度だったのだと、仲間でない者に対してなら彼女はそう言い切れる人格をしていた。

 

「…………はぁー……」

 

 この子達の面倒見るのやだなー、と久は後輩二人の物騒な会話を聞いて心底思うが、ギリギリ口には出さない。このくらいアクの強い面子でなければ、全国優勝など取れないのだと久は何となく理解していたのだ。

 

「まぁ、大将戦に関しては咲に任せるわ。あとは他のメンバーだけど、正直情報の少なさは否めないわ」

「特に有珠山が大将以外がどうにもぱっとせんのぅ。隠してるのか地の実力なのかが判断できんわい」

 

 唸るまこに全員が頷いて同意を示す。

 データから判断するに、有珠山の戦法は中堅まで耐え、副将で持ち直した後に大将でひっくり返すといった逆転を前提としたものだ。率直に説明するのなら、前三人は大して強くない。特に、通常ならオーダーの中でも要となる先鋒と中堅が弱過ぎる。

 これが本当に実力なのか、それとも力を温存しているのか、それがオーダー故に判断が付かないのだ。

 

「咲、あなたはどう思う?」

「そうですね……私はこれがこの二人の実力なんじゃないかと思います」

「理由はあるのかしら?」

「これといったものはないですが……大将と違って興味が唆られないから、とかじゃダメですか?」

「んー……、咲の直感は馬鹿にできないのよねぇ〜。……っま、咲の言う通り目的は変わらないしね。それに、有珠山も懸案事項だけど、やっぱり一番は臨海だわ。……流石に粒が揃ってる」

 

 渋々といった様子で久は呟く。事実、ネリー以外にも臨海のメンバーは名だたる雀士が揃い踏みであった。

 先鋒──辻垣内(つじがいと)智葉(さとは)。昨年度の全国大会個人戦では宮永照、荒川憩に次ぐ第三位の実力者。

 次鋒──(ハオ)慧宇(ホェイユー)。香港出身の留学生で、アジア大会においては銀メダルを獲得している強者。

 中堅──(チェー)明華(ミョンファ)。フランスから特待生で、欧州選手権で魅せたその闘牌から『風神(ヴァントール)』の呼び名が付いた世界ランカー。

 副将──メガン・ダヴァン。臨海の選手の中で唯一全国大会に連続で出場し続けているアメリカからの留学生。昨年の大会では、今年の個人戦予選において咲すら手こずらせた覚醒状態の龍門渕透華を相手に巧みに立ち回った戦績がある。

 全員が全員、超抜級の力を誇る精鋭であった。

 

「ほんに厄介な相手やのー。ずっと思っとったけど、やっぱり反則じゃけん」

「確かに、ズルいとは思ってしまいますね」

「そうだじぇ、個人戦三位に当たる私の苦労を察して欲しいじぇ」

「あら、私なんて世界ランカーよ。面白そうじゃない」

「でも、みんなお姉ちゃんより弱いんでしょ?」

『あれより強いのはそうそういない』

 

 あとお前もな、という部員一同の心の声が響き渡る。咲と同様、昨日の対局で大暴れした照も(最初からそうだったが)人外認定されていた。

 ただ、実際対局したらどうなるのだろうという素朴な疑問はあったが、誰が勝つにせよ碌なことにはならないと咲以外は想像を打ち切った。

 

「それで、咲。これだけだけど臨海のメンバーの力について、何か分かりそう?」

「うーん、そうですね……」

 

 咲の分析力を見込んで久は問いを投げると、咲は顎に手を当てて思考に時間を割く。

 沈黙は約一分。咲は口を開いた。

 

「まず分かりやすいのは中堅の『風神』さんですね。見る限り自風牌が集めることができるのかと。ただ、それだけで世界ランカーっていうのも何だか拍子抜けなので、使ってない奥の手の一つや二つ持ってそうですね。……まぁ、土壇場でもなければ使う気はなさそうですが」

「どうして?」

「ここの留学生達は全員何かを隠してる、そんな感じがします。私と同じですよきっと」

「つまり、相手をナメくさってるってことですね?」

「言い方に棘しかないけどもうそれでいいよ、和ちゃん」

 

 どうやら和の直訳を咲はお気に召さなかったらしいが、否定するのも面倒なのでそういうことにしておいた。

 

 それでも咲は全力で叫びたい。

 

 ──舐めてるんじゃないよ、遊んでるだけだよ!

 

 ……言ったら最後な気がしたので止めておいた。

 

 こほんと咳払いをして咲は話を戻す。

 

「あとは……うーん、先鋒かな? この第三位さんは何て言うんだろう……相手の和了りを潰せば潰すほど調子が上がっていく感じがします」

「それはどういうことだじぇ?」

「ちょっと説明が難しいけど……この人、対局開始直後は配牌や自摸は大して良くないんだけど、場の誰かが一向聴や聴牌になると異様に有効牌を引く確率が高い気がする。それで、聴牌した相手から直撃を奪ったり、他人を利用して邪魔することに成功すると、次の配牌が前より大物手で帰ってくる……そんな感じかな?」

「…………なるほど……言われてみれば、確かにその兆候があるわね。咲に言われるまで気付かなかったわ」

 

 久は素直に感心する。よくもまぁ一試合分程の牌譜でそこまで考えが巡るものだと。慣れもあるのだろうが、やはりその観察眼は常軌を逸していた。

 とはいえ、いくら咲でも分からないことはある。次鋒と副将、加えて大将の牌譜としばらく睨めっこしていた咲だったが、諦めたように資料を手放した。

 

「他はよくわかんないですね。実際対局すれば違うと思いますが……」

「いえ、十分よ、ありがとね。……んー、ミーティングはこんなものかしら。みんなからは何かある?」

「……あっ、でしたら私から」

「なに、和?」

「臨海の大将、ネリー・ヴィルサラーゼさんなのですが……」

「和、あなた何か知ってるの?」

「いえ、知ってるというほどではないのですが、ネットで少し彼女についての言及がありまして。曰く『ネリー・ヴィルサラーゼは運命を操る』と」

「運命〜っ?」

 

 飛び出た突飛な言葉に久は素っ頓狂な声を出す。それも仕方ないだろう、運命などという崇高な言葉、日常生活で使うことなどまずないのだから。

 

「お前さんからそんなオカルトワードが飛び出るなんて、わしゃあ驚きだわ……」

「のどちゃんらしくないじぇー」

「……いつから麻雀は、そんなファンタジーな単語が飛び交う代物になったのかしら?」

「……俺からしたら、咲はファンタジーの塊なんですが……」

『それは否定しない』

「でも、面白い噂ですね。火の無いところに煙は立たないって言いますし。それに、その点を踏まえるとこの牌譜も案外説明が付きそうですよ?」

「アホ言んしゃい。そんなもんがアリなら、全部運命で片が付くっちゅうに」

「私としても全く信じてはいませんが、咲さんのような人もいるので一応」

『……そう言われると否定し辛い』

 

 真剣な顔で唸る咲以外。

 全員が咲をどう思っているか心中曝け出したそのタイミングで、トントンと扉のノック音が鳴り来客が現れた。

 

「咲ー! 迎えに来たぞー!」

「衣ちゃん! 龍門渕さんにハギヨシさんも、いらっしゃいませ」

「……全く、呑気に。貴方は面倒ごとを引き込み過ぎですわ」

「咲様、私のことはどうか気にせずに」

 

 一直線に咲の元へと駆け寄り咲に抱き着いたのは、ここしばらくお世話になりっぱなしの天江衣であった。続いて現れたのは衣の保護者役である龍門渕透華と超万能執事ことハギヨシの二人。

 彼女達が此処に来た理由は至極単純、清澄高校の面々を会場まで送り届るためだ。

 久は真っ先に立ち上がり透華とハギヨシに頭を下げる。

 

「龍門渕さん、ありがとうございます。うちのおバカの所為で此方まで御足労頂く羽目になり、本当に申し訳ないです」

「御礼は結構ですわよ、貴方の苦労も察していますわ。これは衣のお願いでもありますし、それに……貴方たちだけで会場まで辿り着くのは現実的ではありませんから」

「……そんなにですか?」

「えぇ、先程下見して来ましたが、あそこまで盛り上がるものかと私ですら驚きましたわ」

 

 辟易とした苦い表情を浮かべる透華。久は堪らず冷や汗をかいた。

 どうやら、現在の会場は「目立ってなんぼ」という思考を持つ透華ですら引く程の大観衆に覆われているらしい。想像したくない状況に小市民な面々は身体を震わせる。

 全ての視線が咲に突き刺さった。

 

「咲、衣達が出来るのは咲達を送ることだけだ。流石に会場入りに関してはハギヨシの手にも余る。突破の手立てはあるのか?」

「うん、一応考えはあるよ。なので部長、私が出張ってマスコミを黙らせますから、そこは安心して下さい」

「……はぁ、その点は咲を信じるわ。さて、もういい時間だし、みんな行くわよ!」

『はい!』

 

 景気良く返事をして、清澄高校は出陣する。

 微かな緊張を皆が携える中で、咲だけは薄い笑みをたたえていた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 全国高校生麻雀大会。

 本日その全国大会の準決勝第二試合が行われる会場は、常にない熱気に包まれていた。

 会場外には多くの観衆とマスコミがひしめき合い、満足な移動すらままならない状況である。唯一開かれた会場入り口へ至る道も、人が二人横に並べるかという隙間しか空いてない。

 

 加えて、会場内も人で埋め尽くされていた。内部にはマスコミしかいない状況であったが、所狭しと人と機材が散らばっている為、物々しさは外を遥かに上回っている。

 混雑という言葉すら生温いそんな混み具合だが、会場内にいるマスコミは言わば勝ち組である。

 なぜなら、此処にいれば皆の目的である少女の姿を確実にカメラに収められるのだから。

 

「いやー、凄いことになってますね」

「本当にね。……まぁ、それも仕方ないでしょ、彼女──宮永さんの注目度は、今の麻雀界においてトップと言っても過言じゃないんだから」

 

 カメラを構える男性記者の呟きに女性──西田順子は端的に答えを返す。彼女の言は大袈裟でも何でもなく、今この時においては純然たる事実だった。

 此処に集まった人の殆どの目的は唯一人の選手、清澄高校大将である宮永咲なのだから。

 

「まさかとは思ってたけど、本当にチャンピオンの妹だったのね」

「自分の予想が当たってたってことっすね」

「そんなのは結果論よ。私だって少なからず思ってたわ。……編集長にどやされたのは予想外だったけれどね……」

 

 順子は大きな溜め息を零す。

 ずっと咲の側にいる選手、原村和を追っていた二人にとって、咲の真実は青天の霹靂であった。内心薄々そうではないかと勘繰ってはいたのだが、結局確証は得られず、気付けばこの大舞台でのお披露目と相成ったのだ。

 咲の正体に近くにいながら気付けなかった二人は上司から説教を喰らい、名誉挽回の為に日の出前から張り込んでいたという悲しい社畜背景があった。

 

「編集長も人使いが荒いですよね?」

「……まぁ、マスコミなんてこんなものでしょ。とはいえ、連続で説教はたまったものじゃないわ。なんとかほんの少しでもインタビューにこぎ着けるわよ」

「うっす」

 

 順子は両頬を軽く叩いて気を引き締める。

 弱った気持ちを立て直し、改めて気合いを入れ直したまさにその時。

 

 ざわっ……! と、外からどよめきが会場内まで突き抜けた。

 

「来たわね!」

「……なんつーか、緊張感が一気に高まりましたね」

「……これが一選手の登場ってことが信じられないわ」

 

 まだ姿すら見えていないにも関わらず、先程までの浮き足立った空気は既に押し流され、今は緊張に満ちた独特の雰囲気が場を支配していた。

 会場内のマスコミは散々チェックし終えた機材を再度確認し、目当ての人物の登場を今か今かと待ちわびる。

 順子も当然身構えて会場入り口を凝視するが、そこで少しの違和感を覚えた。

 

「……ねぇ、少し静か過ぎない?」

「……確かに、もっと歓声が聞こえてもいい気が……」

 

 同じことを思った人が数人以上いたのだろう。囁きは波紋を広げ、やがて騒めきへと変わる。

 動揺の波は一気に拡散し、只ならぬ空気が場に流れ始めた。

 

 何かおかしい。でも、それが何なのかが分からない。

 

 各人がそう思い、得体の知れない不安を解消しようと入り口へと目を向ける。

 ガラス張りの入り口の外側は人垣に埋め尽くされていた。未だ目的の姿も、清澄の制服も視界に映らない。そもそも、あの人混みをそう易々と潜り抜けられるのかが疑問であった──が。

 

 その疑問は即座に覆された。

 

 突如として、人垣が真っ二つに割れたのだ。

 

 あり得ない現象に全員が目を見開く。

 取材陣や観衆が有名人を一目見ようと集まったこのような場において、人的補助なく人垣が割れるなどあるはずが無い。間違いなくパニックが発生し、最悪の場合は収集が付かなくなることだって容易に想像できる。

 だというのに、外は歓声の一つもないまま入り口までの道が完成し──

 

 

 

 

 

 そして、彼女は堂々と現れた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『…………っ⁉︎』

 

 ──その場にいる全ての人間が息を飲んだ。

 

 風に逆巻く茶色の短髪。

 紅玉のように煌めく真っ赤な瞳。

 全身から迸る圧倒的な威光。

 

 覇王がそこにいた。

 

 彼女以外のものが視界から消え失せる。ただ歩いているだけだというのに、まるで吸い寄せられるかのように視線がずらせない。

 全員が惚けたまま、微動だに出来なかった。

 

 百を超える人を見ても、彼女は動揺一つ見せない。むしろ、周りが咲に魅せられ、言葉一つ発せない状態だ。シャッター音もフラッシュも一切なく、空気が止まったと錯覚するほどの静寂が訪れていた。

 王威を纏った彼女はその身に集中する視線を悠々と横切り、自然と横に割れる道をゆっくりと歩み進む。

 マイクとカメラを持って固まった取材陣。彼等の頭を占める想いは一つだけだ。

 

 天に座す生粋の王者。

 それこそが彼女の本質だと。

 

 今迄彼女の評価が『人並み以上程度』だったことが信じられない。目の前にいる彼女の存在感は、そこらにいる凡百の人間を遥かに凌ぐ。

 

 人々は畏怖を持って知った。

 

 これが、高校生一万人の頂点──現チャンピオン宮永照の妹にして。

 麻雀界に新たに認められた《牌に愛された子》──

 

 

 

 ──宮永咲‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ほら、上手くいったでしょ?」

『…………はぁああ〜〜…………、物凄く疲れた……』

 

 間も無く、準決勝第二試合が幕を開ける。

 

 

 

 

 









クッソイケメンな咲さんが描きたかった、それだけ。




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10-2



しれっと投稿










「いやー、なんとか間に合ったね!」

「全くしずはっ! なんでこんな日に寝坊するかな⁉︎」

「まぁまぁ憧ちゃん落ち着いて。席は取れたんだから」

 

 全国高校生麻雀大会の会場の廊下にて、少女が三人横並びに歩いていた。

 彼女達は今大会の出場校である阿知賀女子学院の選手だ。先鋒の松実玄、中堅の新子憧、大将の高鴨穏乃の三名。

 彼女たちは本日行われる準決勝第二試合を、大きなモニターのある中継ルームで観戦しに来ていたのだ。

 

「ねぇねぇ見て見て」

「どうしたの、憧?」

「今朝の宮永咲、もうニュースになってるよ」

 

 憧が手に持つスマホを覗き込む穏乃と玄。

 画面には麻雀業界の雑多なニュースをまとめているアプリが開かれており、そのトップニュースにデカデカと宮永咲の文字が踊っている。

 つい先日までは咲の名前すら殆ど見ることの無かった事実を踏まえると、大躍進などという言葉では片付けられない注目度だろう。

 

「今までは清澄と言ったら和のことだったのに」

「でもしょうがないよ。あの照さんの妹さんだし、昨日の会見の後だもんね」

「まぁ前からその異常性は噂になってたけどね。今回も、ほら」

 

 ページを進ませ記事の内容を読む。

 そこには穏乃たちが席取りでてんやわんやしていた最中に起きた出来事が記述されており、要約するとこうだ。

 

 宮永咲が王威で群衆を断ち割った。

 

『………………』

 

 ──流石宮永咲、私たちに出来ないことを平然とやってのける。

 

 ひたすらにノーコメントを貫く三名は他の記事も漁ってみる。

 魔王とか覇王とか女帝とか悪魔とか色々な表現があったが、女子高生扱いは一つもない。

 既に某掲示板では先取り魔王をしていた咲だが、遂に表世界にもそう認知されるようになったのだ。

 一日でこうも変わるかと、三人はマスコミの恐ろしさを思い知った。

 

「……まっ、これはもう置いといて、何買えばいいんだっけ?」

 

 憧はスマホをしまい、無理やりに思える話題転換で本題に戻る。

 中継会場を出て彼女たちが廊下を歩いていたのはそもそも、朝に時間が取れなかった為に買い出しの役目を負っていたからだ。

 

「えーと、みんなの分のお昼でしょ。小腹がすいた時の為のお菓子でしょ。あとは飲み物と、お姉ちゃん用のカイロかな」

「宥姉……」

 

 夏真っ盛りのこの時期にカイロを購入するなど意味不明であるが、慣れた様子の玄の姿に憧は何も突っ込めない。

 

「…………」

「なに、どうしたのしず?」

「いや、さっき見た記事がどうしても頭に残っちゃってて。宮永さんはやっぱり凄いんだなって」

「まぁそりゃあね」

 

 しみじみと呟く穏乃に憧は苦笑いしか浮かばない。

 団体戦予選から始まり個人戦、そして全国の舞台で残した戦績を見れば、咲が如何に人外染みてるかは一目瞭然だ。

 これまで和の陰に隠れられていたのは奇跡みたいなもの。あとは三人は知らないが、咲がのらりくらりとマスコミから逃げてきた結果である。

 今更論ずる必要すらない事実に思考を割いている穏乃を横目に、憧は戯けるように肩をすくめた。

 

「でもぶっちゃけ、凄いっていうより私は怖いけどね。宮永照もそうだけど、あんなのホント化け物じゃん!」

 

 

 

 

 

「──へぇ、誰があんなので化け物なんですか?」

 

 

 

 

 

『──ッ‼︎⁉︎』

 

 怖気に三人の身が竦む。

 突如背後から掛けられた、ただただ冷えた声。

 勢い良く振り返ったその先で、昏く薄い笑みを浮かべる少女──宮永咲が立っていた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 自分と姉の陰口が聴こえた。

 機嫌の悪かった咲は、それだけの理由で見ず知らずの背中に声を掛けた。

 

「……み、宮永、咲……」

「わざわざフルネームで呼んで頂いてありがとうございます」

 

 呆然と咲の名を零した少女に淡々と礼を述べ、咲は首を傾げる。

 

「んー、どこかで見た記憶はある気がするけど、あなたのことは知らないなー。他の二人は知ってるのに」

 

 ポロリと漏れたただの事実。

 咲のその発言は少女──新子憧に容赦無く突き刺さった。

 例え全国に来ようと、お前なんて眼中にないと面と向かって言われたに等しい。それも、圧倒的強者である咲に言われたのだ。

 たった一言でプライドがズタズタにされた憧は、悔しさと惨めさを隠すように奥歯をぐっと噛み締める。

 

 そんな憧のことを全く気に留めず、咲は残りの二人に視線を向けた。

 

「準決勝で敗退した阿知賀の先鋒──松実玄に、大将──高鴨穏乃だね。酷いなぁー、三人で私とお姉ちゃんの悪口言ってたんだぁー」

 

 くすくす、クスクス。何を考えているか判らない咲の不気味な微笑みに、思わず三人は気圧され自然と脚を引く。

 このような場面なら普通罪悪感とかが心で湧き上がるのだろうが、阿知賀の面々が感じているのは得も言えぬ恐怖だけだ。

 紅玉の瞳の奥に沈む虚のような黒には感情の一切が無く、地底の奥底から這い上がるように身を侵食する威圧は歪過ぎた。

 話したことはないが唯一三人の中で面識のある玄は、以前とはまるで別人の咲に震えを隠せない。

 

 そして同時に思う。

 え、やだこの人すごくこわい。

 

「……み、宮永さん!」

「ん? 何かな高鴨穏乃?」

「その、出来ればフルネームはやめて下さい……」

 

 勇気を振り絞って声を上げた穏乃は即座に縮こまる。宮永さんからのフルネーム呼び超怖いんだけどと内心怯えていた。

 

「あら、あなたのお仲間さんが私のことをフルネームで呼ぶので、ついそれが礼儀なのかと思ってしまいましたよ」

 

 やだ何この人ホントに怖い。

 

「それは憧の中だけの話で、私と玄さんは違います! あと私と玄さんは陰口を言ってません!」

「ちょっ、しずっ⁉︎」

 

 サッと視線を逸らす穏乃と玄。ここは無難に魔王への生贄を差し出すのが吉だと本能で理解してしまったのだ。二人に罪はない。

 状況の悪さに憧が冷や汗をかきはじめ、ぐるぐると頭の中がかき混ざりすっかり混乱した頃。

 不意に咲からの圧力がなくなった。

 

『…………?』

 

 訪れた静寂が逆に不気味で三人はまたしても黙る。

 不用意に言葉も発せない沈黙が続くこと数秒、咲は先程までとはまるでからっとした笑みを浮かべた。

 

「あはは、皆さん面白いですね」

 

(((こっちは全然面白くないんですけどっ⁉︎)))

 

 全力ツッコミはしかし声にならなかった。

 

「初めまして、清澄の宮永咲です。先程は失礼いたしました。少し、気が立っていたもので」

 

 ぺっこりんっと頭を下げる咲。

 その姿を見てやっと平静を取り戻す阿知賀の面々は、それでもやっぱりこの人頭おかしいなと思い直すも深くは気にしない方向で進めることにした。

 

「いえ、その……阿知賀女子の高鴨穏乃です」

「同じく松実玄です」

「……新子憧です」

「高鴨さんに松実さんに新子さんですね、よろしくお願いいたします」

「はい、よろしくお願いします」

 

 拗ねている憧を軽くスルー──そもそもなんで拗ねているのか咲は分かっていない──して、今更過ぎる自己紹介を終えた両者。

 この展開にどう対処すれば判断の付かない穏乃たちは瞬きを繰り返す中。

 

「……ふーん」

 

 咲は二歩ほど距離を詰め、じーっと興味深げに穏乃を観察していた。

 

「あ、あの……」

「準決勝は観戦してましたが……うん、やっぱり衣ちゃんの言う通りだね」

「衣ちゃん? もしかして龍門渕の天江さんのことですか?」

「はい、結構親しい間柄なんですよ」

 

 頭の天辺からつま先まで、満足した咲は距離を戻す。

 そして、穏乃に感謝を述べた。

 

「ありがとうございます、高鴨さん。あなたのお陰で淡ちゃんの奥の手が見れました」

「ッ⁉︎」

 

 穏乃は心の傷を問答無用で抉られた。

 大星淡に敗北したのはつい先日のことなのだ。忘れろという方が難しい。

 前に進む決意は強く胸に刻み込んだが、だからといって敗北の傷がすぐに癒される訳ではなく、穏乃は自然と熱くなる目頭を軽く俯いて隠す。

 ……ちなみに、この発言は咲の天然である。意図してそういう発言をすることはなくはないが、この場では何も考えていなかった。

 

「『山の支配』と勝手に呼んでいますが、それは磨けばもっと光ります。いつか対局したいですね」

「……そうですね。私も、宮永さんと対局してみたいです」

「それは光栄です」

 

 にこりと表情を和らげる咲。

 そのあまりの邪気の無さに穏乃は何も言えなかったが、憧は咲の無神経さに苛立ちを隠せず、

 

「でも、清澄が準決勝で負ければ私たちと対局ですね! 私はそれが楽しみだなー!」

 

 つい皮肉を口に出してしまった。

 

「ちょ、憧っ!」

「憧ちゃん、失礼だよ!」

「失礼なのはあっちじゃん! さっきから偉そうにさ!」

 

 慌てた二人が憧を窘めるが、逆効果に働き憧は更に憤る。

 元はといえば自分たちが咲に咎められて当然の発言をしたのが原因なのだ。初対面にも関わらず失礼を失礼で返す咲も大概だが、人を化け物呼ばわりするのもよくない。

 どうやって憧を抑えようかと思い悩む穏乃と玄は、恐る恐る咲を盗み見る。

 

「…………」

 

 咲は無言で俯いていた。

 今の棘に満ちた言葉には流石の魔王様もショックを受けたのだろうか。自分だったら反射的に言い返す場面なのだがと、穏乃は場違いな思いを巡らせつつ状況打開の一手を黙考する。

 そして自分がなんて見当違いな分析をしていたかと即座に悟った。

 

「……ふっ、ふふ、あはははは!」

 

 哄笑が静けさを突き破る。

 咲は実に愉しそうに笑っていた。

 その様子に恐怖した三人は脚を二歩も引く。

 

「いやー、そんな明け透けに嫌味を言われたのは初めてです。……うん、あなたとは友達になれそうになくて残念だな〜」

 

 ひとしきり笑って満足したのだろう。

 咲は再び頭を下げて、別れの挨拶を告げる。

 

「お話に付き合っていただいてありがとうございます。私はこれで。阿知賀の皆さん、いつかまた会えたら会いましょう」

 

 颯爽と身を翻し、咲は来た方向へと歩を進める。

 それを唖然と見送る三人。まるで天災みたいな人だったなと感慨を覚える。

 さてこれで平穏が訪れたのだなと穏乃が一息漏らし、憧が苛立ちを吐き出すように溜め息を吐いて、玄は慌て気味に口を開いた。

 

「み、宮永さん! ちょっと待って下さいっ!」

「ん?」

 

 まさかの咲を呼び止める玄の発言に驚いたのは穏乃と憧だ。せっかくいなくなった魔王を呼び止めるなんて何してくれてんのと言いたげな表情を玄は必死に見ない振りをして、曲がり角に消える直前の遠く振り向いた咲と視線を合わせる。

 

「どうかしましたか、松実さん?」

「はい、その、ここで会った時から気になっていたことがあったので、ちょっといいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「えーと、それでは……」

 

 もし機嫌を損ねたらどうしようと一学年下の他校の生徒に思うにはおかしい心配を胸に、玄は意を決して聞いてみた。

 

「あのー、どうしてこんな()()()()()()()にいるんですか? もう先鋒戦始まってるのに……」

 

 サッと咲は思いっきり視線を逸らした。

 

『…………』

 

 じーーーっ。という三人の熱視線をひたすらに無視する咲。

 その様子に何を思ったか、憧はあらん限りの驚愕で真相を口にする。

 

 

 

「まさかこいつ、仲間の応援すらしないクズなんじゃ……⁉︎」

 

 

 

「ちょっと待って、それはいくらなんでも偏見に満ちてるからね!」

 

 風評被害だよ! と咲は熱弁をふるうが、三人の訝しげな眼差しは終わらない。

 相手を甚振る趣味はあるが人間としてクズ認定を受けるのは咲的に許容不可である。

 とはいえ弁解も難しかった。事実を述べるのは簡単なのだが、咲のことを知っていない人へ話しても理解が得られにくい。

 さてどうしよう。……こんな時に和ちゃんがいれば!

 

「──やっと見つけましたよ咲さん!」

「グッドタイミングだよ和ちゃんっ‼︎」

『…………えっ?』

 

 穏乃、憧、玄の時が止まる。

 

 ──今、咲は何と言った?

 ──今、聞こえた声は?

 

 丁度十字路の交差点にいる咲は、穏乃たちからは見えない右側へと顔を向けていた。

 

「また迷子ですか、全く咲さんは……でも少し安心しました。咲さんのことですから、てっきりまた通り魔してるのかと思ってましたから」

「和ちゃん、通り魔してるっていう日本語はどうかと思うんだけど」

「咲さんには前科がありますから。それで、こんなところで何してるんですか?」

「初対面の人に八つ当たりしてた」

「やっぱりしてるじゃないですか⁉︎」

「ちなみにそこにいる」

「最悪じゃないですか⁉︎」

 

 和の安心は一分も続かなかった。

 怒りと焦りに身を任せ、大きな足音を立てて咲に迫る。

 

「全く、本当に咲さんはっ⁉︎

 今朝観衆をモーゼしたのを「やっぱりアレはないわ」と私含めみんなからグチグチ言われ、不機嫌になって控え室を飛び出たらいつも通り方向音痴属性発揮して迷子になり鬱憤が溜まったからって、他人に当たるのはいけないことなんですよっ‼︎」

「説明ありがとう和ちゃん! これで私の無実が証明できたよ!」

 

 つまりそういうことである。

 

 反省の色がアルコール中毒者並みにこれっぽっちもない咲に怒鳴るのは無意味。

 即座にそう悟った和はせめて被害者への謝罪をと奥の通路に顔を向け、

 

「えっ? ……穏乃、憧、玄さん」

 

 まさかの顔見知りに固まった。

 

「ん? 和ちゃん知り合いなの?」

「はい、奈良にいた頃の友達です」

「おや……私は結構まずいことをしたのかな? ……いや、逆に考えれば再会へのファインプレーだよね。うん、良かったね和ちゃん! ……それじゃ」

 

 と言って何処かへ行こうとする咲の首根っこを和は刹那で掴み取る。

 

「皆さん、三年振りですね。本当にお久しぶりです!」

 

 そして咲の後頭部を鷲掴みにし、

 

「あと、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした!」

 

 首が折れるのではないかという強さで咲を叩き付けた。

 

「和……」

「和……」

「和ちゃん……」

 

 ──なんか私たちが思ってた再会と違う……

 

 色々と散々だった。

 

 

 

 再会の挨拶を終え、和のみが阿知賀の三人と対面する。咲は少し離れたところで待機していた。

 

「皆さん今日はどうされたのですか? 試合はなかったと思いますが」

「いやー、試合……っていうより宮永さんの対局が観たくて。せっかくだから大きなモニターで観戦しようって来たんだ」

「和こそ、もう先鋒戦始まってるのにこんなところにいていいの?」

「ええ、部長から咲さんを連れ戻すように命を受けてましたので」

「あはは、和ちゃんも大変そうだね」

「本当にですね……、すみません、咲さんも見つけましたのでもう戻らないといけないんです」

 

 せっかく会えたのだが、ゆっくりと雑談する時間はなかった。

 

「皆さん、またお会いしましょう」

「……の、和っ!」

 

 控え室に戻ろうとする和を反射的に呼び止める穏乃。

 その大声に少し驚いた様子の和だったが、すぐに表情を和らげ穏乃へと向き直る。

 

「はい、なんでしょうか穏乃」

「その、……私たち準決勝で負けちゃったけど、和たちは頑張ってね! 応援してるから」

「……ありがとうございます、穏乃。私自身、出来る限り頑張るつもりです」

 

 純粋な激励に花のような笑顔がほころぶ。

 別れの挨拶は済ませた。穏乃たちも微笑み和を見送ろうとする中、和は最後に一言付け加えた。

 

「咲さんのことですが、一昨日までとはきっと異なりますよ。やっと本気を出してくれるそうなので、観戦するのなら楽しみにしていて下さい。それでは」

『……えっ?』

 

 衝撃の言葉を残して、和はあっさりとその場を後にする。

 曲がり角に消える直前に咲は三人へと手を振るが、穏乃たちはまともに反応を返せずに見送った。

 

 静寂が場を包む。

 和の言葉の意味を正しく理解し、その発言の裏まで読み取った穏乃はただただ呆然と呟く。

 

「……宮永さんは、今まで本気すら出してなかったの?」

 

 波乱はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 ──そして、咲は対局室の扉を開けた。

 

 既にいたのはつい一昨日対局した姉帯豊音と、なぜか副将の臼沢塞だった。

 

「あっ、豊音。宮永さん来たよ。早くお願いしてみたら?」

「え〜、いきなりそんな。……失礼じゃないかな、大丈夫かな?」

「普通に失礼だと思うし大丈夫かは分かんないけど、お願いしないなら私帰るよ?」

「待ってよー! ……うん、よしっ!」

 

 何かの覚悟を決めた豊音が真っ直ぐに咲へと近付く。

 きょとんとした眼差しで、相変わらずこの人大きいなーっと思いながら咲は豊音を見上げてみる。

 

「み、宮永さんっ!」

「はい、なんでしょうか姉帯さん」

「……さ、さ……」

「さ?」

「……サイン下さいっ‼︎」

 

 差し出されたのは一枚の色紙だった。

 顔を真っ赤にして、ふるふると震えながら頭を下げる豊音は何故か癒し系の小動物のよう。

 なんでこんなに大きいのに愛嬌があって可愛いのだろうか。

 思わぬお願いに面食らっていた咲はそんな場違いな思考に逸れるも、頰を指でかいて豊音の頭頂部を見詰めた。

 

「えーと、……サインですか? 私書いたことないのですが」

「お願いしますっ!」

 

 聞いちゃいねぇ。

 

「名前を書くだけになりますけど、いいですか?」

「はいっ! お願いしますっ!」

 

 渡された色紙とサインペンを苦笑いで受け取り、咲はさらさらと名前と日付、隅に姉帯豊音さんへと書いてみる。

 飾り気も何もない出来前に咲は微妙な顔をするが、現状ではどうにもならない。

 

「こんなので申し訳ありません。姉帯さん、どうぞ」

「あわわわわー、ありがとうございます、宮永さん! わー、ちょー嬉しいよー! 塞ー、見て見て見てー、宮永さんのサインだよーっ!」

「はいはいはいはい分かった分かった。さっさとそれ寄越しなさい」

 

 全身で喜び勇む豊音から塞は無情にサインを奪い取る。「あっ⁉︎」と嘆く豊音を無視して、そのまま対局室を出て行ってしまった。

 入れ替わるように入室してきたのは、快活そうな赤毛の少女──獅子原爽だ。

 

「おーおー、なんか賑やかだねー。私もまーぜてー」

「あなたは有珠山高校の獅子原爽さんですね。初めまして、清澄高校の宮永咲と申します」

「宮守女子の姉帯豊音だよー、獅子原さん、よろしくねー」

「これはこれはご丁寧に。獅子原爽です」

 

 お互いに名乗り合い友誼を結んだ三人は、しばらくの間雑談に身を興じる。

 穏やかな会話をする中で、この場で初めて宮永咲という存在に触れ合った爽は心中驚いていた。

 

(なんか思ってたのと違う。もっとこう凄い子だと思ってたんだけど)

 

 群衆を視線だけで断ち割ったとニュースになったのはつい今朝方なのだ。てっきり見られただけで竦み上がってしまうような理不尽な雰囲気を醸し出しているのかと想像していた爽は、争いとは無縁そうな咲の和やかさに拍子抜けしていた。

 覚悟を決めてここまで来たのが馬鹿らしくなってきたなと、爽が油断したまさにその時。

 

「……っ⁉︎」

 

 突如生じた荒々しい圧を察知して思わずその発生元へと顔を向ける。

 

「……お前が宮永か。はっ、やっぱり大したことなさそうだね」

 

 全身から迸る暴虐的な覇気。

 強い眼光を宿した瞳は紺碧の空の如き青。

 特徴的な衣装に身を包み、不遜という態度を具現化したかのような少女──ネリー・ヴィルサラーゼは開口一番に咲へと嘲りを向けた。

 

「全く、みんな大袈裟だよ。こんな奴に心底ビビってね」

「……あなたは臨海のネリー・ヴィルサラーゼでしたっけ? そこまで敵意を向けられる筋合いはないのですが?」

 

 瞬間、咲の雰囲気が一変する。

 相手を射殺すような冷め果てた眼差しと、その身から渦巻く極黒の圧には殺意すらあるのではないかと錯覚する程で、つい数秒前の穏やかさなど欠片もない。

 場の空気が刹那で死に、打つかり合う視線で空間が軋む。

 あまりにも突発的に発生した死地の如き雰囲気に豊音と爽が震え始めた。

 

「少しちやほやされていい気になってね。お前は私の踏み台にしてやる」

「何を言ってるのかさっぱり分かりませんが、外国人のあなたにとても為になる日本語を教えてあげましょう──弱い犬ほどよく吠えるってね」

 

((やだやだこの二人ちょーこわいんだけどー!))

 

 傲慢を振りかざすネリー。

 挑発に嘲笑で返す咲。

 手を合わせ震える豊音と爽。

 

 全国決勝へと駒を進める為の最終戦は、一触即発の最悪な空気で始まりを迎えた。

 

 全国高校生麻雀大会──準決勝第二試合。

 

 対局──

 

 

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 ──開始

 

 

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番外編if はねバド!に触発された超魔王版の咲さん



サブタイが全てです。(本編じゃなくてごめんなさい)
細かい設定は無視でお願いします。





 

 

 その日、麻雀業界に激震が走った。

 

『……し、試合終了! とんでもないことが起きました! 高校生麻雀大会長野県代表は清澄高校に決定です!』

『とんでもない一年が現れたな。あの天江衣が完全に力負けするとは』

 

 昨年全国に名を轟かせた龍門渕高校が無名校に敗北。

 中学生覇者である原村和が清澄にはいたが、副将であった彼女の出番が終了した時点での点差は僅差だった。

 なれば『牌に愛された子』である天江衣を大将と置く龍門渕高校が勝ち上がるのは必然と、観戦していた者は誰しもがそう思っていたのに。

 

『宮永咲……化け物だな』

 

 

 

 

「宮永選手、全国大会出場おめでとうございます! 今の心境はどうでしょう?」

「はい、とても嬉しいです」

「天江衣選手は強敵だったと思うのですが」

「はい、とても強くて大変でした」

 

 当たり障りの無い質問に咲は淡々と答えていく。

 笑顔での応対に記者たちは矢継ぎ早に質問して、とうとう核心を突く問いを口にした。

 

「宮永選手は白糸台高校の宮永照選手と何かご関係が?」

 

 咲の表情が一瞬だけ固まり、瞬きの後には微笑を浮かべていた。

 

「あぁ、姉です」

 

 その決定的な一言に場が沸いたのは言うまでも無い。

 圧倒的王者であるあの宮永照の実の妹が唐突に表舞台に現れたのだから。

 

 熱を上げる質疑応答。

 その様子を少し離れた場所から見ていた和たち清澄高校の面々は、白い顔で成り行きを見守っていた。

 

「大丈夫かしら、咲」

「まだ大丈夫かと。ただ、その……眼が……」

 

 温度に感情が抜け落ちた伽藍堂の瞳。

 姉との関係を問われる咲の笑顔は完全に死んでいる。

 よくあんな顔で笑えるものだと、和は冷や汗をかいた。

 

「でも咲ちゃんはお姉さんと会いたいって言ってたじぇ?」

「詳しくは聞いとんがのぉ」

「えぇ、……一応はそうなのですが……」

 

 唯一咲の気持ちを聞いていた和の言葉は続かない。

 個人の事情に大きく踏み込むことなのはそうだが、何より和は咲から宣言されていた。

 嫌でも姉の耳に入る状況が訪れた時、つまりは今、自分で気持ちを打ち明けると。

 

「宮永選手はお姉さんに会うために全国へ」

「えぇ、そうですね」

「ではこの場を借りて何か言うことはありますか?」

「いいのですか?」

「はい!」

 

 向けられるカメラに咲は視線を合わせる。

 相変わらず瞳には光がないが、無の代わりに補填された感情があった。

 

「お姉ちゃん、私を捨てたお姉ちゃん」

 

 それは、憎悪と歓喜。

 

「こんなところで遊んでたんだね。私も仲間に入れてよ」

 

 歪んだ口許は確かに笑みの形をしていた。

 

「叩き潰してやる」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 









照「ヤバイ、私の妹がヤバイ」

経緯
今期アニメであるはねバド!を見る → 原作一巻を試し読みする → なんか色々噂を聞いたからまとめサイトを流し読む

感想
なにこの咲さん、咲さんよりやべぇ
もはや好感しか持てない
とりあえず後で全巻集めよう
そしてここでなにかやるしかないと思いました。

なお、サイレンはこんな主人公が暴れる作品を大募集してます。オススメがあったら教えてください(唐突なお願い)


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10-3


 ──思い出させてあげよう、誰が主人公なのかということを。








 

 結論から言うと、見誤っていたのだろう。

 

 宮永咲という時代が産み出した天才のことを。

 

 彼女は強大で

 豪胆で

 

 そして、冷酷だった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 準決勝第二試合は、概ね予想通りに事を運んでいた。

 先鋒戦から副将戦まで、臨海女子がその力を見せ付けてトップを独走する展開だ。

 

 先鋒戦では、臨海女子唯一の日本人にしてエースの辻垣内(つじかいと)智葉(さとは)が他校を圧倒。

 元々実力が劣っていた有珠山の本内(もとうち)成香(なるか)と、真っ向から智葉に刃向かった清澄の片岡優希が点数を大きく失い、智葉との相性ゆえに本領が発揮できなかった宮守女子の小瀬川(こせがわ)白望(しろみ)が、辛うじて点数を伸ばしていた。

 

 次鋒戦では、臨海女子の(ハオ)慧宇(ホェイユー)の日本の麻雀とは勝手が異なる中国麻雀(打ち方)に、清澄の染谷まこと宮守女子のAislinn(エイスリン) Wishart(ウィッシュアート)がもろに負の影響を受けた。有珠山の桧森(ひもり)誓子(ちかこ)だけが上手く立ち回り、少しではあるが先鋒戦で失った点数を取り戻していた。

 

 中堅戦では、清澄の大黒柱である竹井久が後輩の失点を帳消しにする働きを見せた。

 その代わりに有珠山の岩館(いわだて)揺杏(ゆあん)がほぼ焼き鳥でかなりの点数を吐き出す羽目になり、臨海女子の(チェー)明華(ミョンファ)と宮守女子の鹿倉(かくら)胡桃(くるみ)は無難にやり過ごした。

 

 副将戦では、各校の思惑があからさまに表に現れ、清澄の一点集中狙いが目立つことになった。

 臨海女子のMegan(メガン) Davin(ダヴァン)と宮守女子の臼沢(うすざわ)(さえ)の両名がまるで手を組んだように能力の特性を活かした清澄潰しを敢行。清澄の原村和は泰然と打ち続けたが、有珠山の真屋(まや)由暉子(ゆきこ)の連続大物手がダメ押しとなって四万近い点数を失った。

 

 大将戦開始時ではトップと二位には十万点以上の差があり、宮守女子、清澄、有珠山と続く順位となっていた。

 

 そう、ここまでは概ね予想通りなのだ。

 運の要素が強い麻雀といえど、そう簡単に実力はひっくり返らない。

 

 普通ここまで点差を広げられては、楽しみなのは二位争いぐらいだ。

 選手たちも観客もそれを踏まえた上での対局が自然で、決勝に上がる最後の高校はどこなのかという話で盛り上がるのが常の流れ。

 

 だが、そんな状況にも関わらず。

 大将戦が始まる際の熱気と緊迫感は常軌を逸していた。

 

 中継ルームは立ち見が存在するほどの満員で。

 テレビの視聴率はかつてない数値を叩き出し。

 現役高校生雀士を加え、プロ選手ですらこの対局を見守っていた。

 

 どうしてこうも注目されるのか。その理由は何なのか。

 問われた人は全員がこう答えるだろう。

 

 宮永咲がいるから、と。

 

 

 

 

「ツモ、8000オール」

 

 嶺上牌をそのまま表にして、咲は当たり前のように手牌を倒す。

 映像越しではないその光景を初めて目の当たりにした爽は、内心舌を巻く思いで一杯だった。

 

(うげ〜、いきなり親の倍満ツモとか。んで嶺上(リンシャン)開花(カイホウ)かぁー……どうなってんのホント?)

 

 まぁ私も人のことは言えないけどと自嘲しながら、爽は摩訶不思議な現象に溜め息を吐きそうになる。この嶺上開花は咲の力だけで起こしているものだと考えるとちょっと凹むが。

 

(にしても……)

 

 ちらりと咲を盗み見る爽は疑問に囚われる。

 

(初手からこんな大物手和了るのは初めて見るな)

 

 県予選でも、全国大会でも、個人戦でも、確認できる全ての対局に目を通したが、咲が東一局から満貫以上を和了ったのはこれが初めてだ。

 唯一最初から攻撃的に出ていたのは天江衣との対局だが、あれもあくまで小手調べといった印象が強かった。

 

(……あぁ、嫌な予感しかしない)

 

 

 

 〜東一局・一本場〜

 東 清澄  88,100 親

 南 有珠山 50,900

 西 宮守  75,600

 北 臨海  185,400

 

 二巡目、かちゃりとツモった牌を手牌の上に置いた豊音は、監督である熊倉トシに言われたことを思い出す。

 

『いいかい、豊音。これは推測だけど、宮永咲は相手の特性のコピーなんて出来ないわ』

『えっ⁉︎ でも、私の《先負》と《友引》を使ってたよ?』

『あれは槓材を利用した宮永さんの特性の応用の筈よ。大丈夫、私を信じて』

『……うん、分かった! がんばるよー!』

 

 不要牌を河に捨て、豊音は静かな闘志を燃やす。

 一位との点差は絶望的な状況だ。大将戦開始時は二位だったが、一瞬で咲に抜かされた現状において攻めに出ない選択肢はあり得ない。

 

「ポン!」

 

 コピーがないのなら能力を出し惜しむ理由は皆無。それにこの力は既に見せた。

 

「チー!」

 

(私の力が通用するか、もう一度だよー!)

 

 闇色の覇気を纏い、豊音は今この時の対局に全力で臨む。

 あと四つ。能力を見せるタイミングは難しいが、やるべきことは決まっている。

 

「ポン!」

 

 勝つ、決勝に進む。

 みんなとのお祭りはまだ終わらせない。

 

(うひゃー、こっちも来たー! 準決勝大将戦ともなると凄いなー)

 

 三副露の闘牌をドキドキした気持ちで見守る爽。はっきり言うと、爽はこの局を完璧に捨てていた。

 もちろん四位なのだからいつかは攻勢に出るつもりだ。その為の力を爽は持っているし、行使するのに後々の懸念はあるが制限はない。

 しかし爽は足踏みせざるを得えない理由があった。

 

()()()と雲は無駄撃ちできないからなー。……というのは言い訳で、ぶっちゃけ宮永さんが怖過ぎるだけなんだけど)

 

「ポン!」

 

 四副露。

 これは決まったか、爽は若干の違和感を持ちながらもそう思い、

 

「ぼっちじゃないよ〜」

「……残念、遅かったね」

 

(え?)

 

 対面から溢れた声に呆気に取られた。

 

「カン」

 

 瞳に妖しい輝きの焔を灯したネリーが暗槓。

 咲がいるのに咲ではない者がカンをした事実に、爽と出鼻を挫かれた豊音は瞠目する。

 

(マジか!)

(臨海の大将さん⁉︎)

 

 咲の所為で少し意識から外れていた。どうしてそんな不用意な真似をしてしまったのだろうか。

 彼女はあの臨海女子の大将だというのに。

 

 絶対の自信に満ちた表情でネリーは嶺上牌を掴み取る。

 

 これはパフォーマンスだ。

 

 宮永咲という期待の新星に泥を塗り付け、尚且つ自身の株を上げることを目的とした示威行為。

 東一局を咲が嶺上開花で和了ることすら見越して自分の()を調整した、いわば最悪の嫌がらせ。

 

 ──生意気なその鼻っ柱をへし折ってやる。

 

 ネリーは心からの嘲笑を浮かべ。

 

 嶺上牌を見て固まった。

 

(…………は?)

 

 和了り牌じゃない。

 嶺上開花にならない。

 想定外の事実に再起に時間が掛かり、冷静になる前に笑い声が耳朶を打った。

 

「……ふふっ、どうしたのかな? 臨海さん?」

 

 酷く良く通る温度の無い声。

 嘲りが多分に含まれたその声色に、動揺を悟られまいとしていたネリーの感情はたやすく泡立ち軽く沸点を超える。

 

(コイツ……ッ‼︎)

 

 憤激に支配されそうな心をギリギリで制御して、ネリーは尊大な態度を崩さなかった。

 

「ん? なんでもないけど?」

「あ、そう? せっかくカン()()()()()()のに、固まっちゃったから心配になっちゃったんだ」

 

 余計なお世話でごめんね、と咲は平然と謝るが、ネリーの激情は豪速で振り切れた。

 

(させてあげただって⁉︎ バカにしてるなッ‼︎)

 

 怒りが五臓六腑を侵食し、憎悪が手に持つ嶺上牌に伝導する。

 

 こんな嶺上牌(もの)はもう要らない。

 心の奥底にある僅かな冷静さでもってネリーは把握していた。

 たとえこの牌を捨てたところで咲は和了れない。手牌から読み取れる()は弱々しく、この後和了れたとしても所詮は安手だと。

 

(この屈辱、絶対返すッ‼︎)

 

 感情に身を任せ、ネリーは右手を大きく振り上げて嶺上牌を叩き捨てた。

 

 

 

 それが最も愚かな行為と知らずに。

 

 

 

 瞬間、運命が捩じ切れた。

 

「──ホント、馬鹿なことするね……カン!」

 

 刻子を指で押し出し、咲は卓の隅に槓子を滑らせる。

 流れるように嶺上牌を手にした咲は更に続けた。

 

「もう一個、カン!」

 

 咲は止まらない。

 

「もう一回、カン!」

 

 その異常過ぎる光景に誰もが瞳を見開く。

 

(なっ⁉︎)

(三連続カンなんてあり得ないよー⁉︎)

 

 爽は息を飲み、豊音は驚愕に支配され。

 ネリーは理解不能な現象に呆然とした。

 

(……はっ? なんだこれはッ⁉︎ さっきまでは確かに弱い波だったのに、それが一瞬で……)

 

 最後の嶺上牌を咲は天に掲げる。

 卓に打ち付けられると同時、嶺の上から白い花弁が舞い乱れた。

 

「ツモ。嶺上開花、対々、三暗刻、三槓子──ドラ4。36300」

 

 暴力的なまでに舞い散る圧倒的な白。

 花弁のカーテンに閉ざされたその中心で、咲はまるで王のように君臨していた。

 

「……なんだ、こんなものか。期待外れにも程があるよ」

「……なんだと?」

 

 親の三倍満を和了った直後とは思えない落ち込んだ声音。大きな大きな溜め息を吐いた咲は、残念そうな様子を隠しもしなかった。

 咲の発言に反応したのはネリーだ。棘しかない声色と発せられる怒気に普通の者なら身震いするだろうが、咲はただただ鬱陶しそうにするだけだった。

 

「世界からわざわざ集められた留学生チーム、その大将が貴女なんでしょ? それがこれじゃ、世界に期待なんて持てないじゃん?」

 

 思わず絶句したのは爽と豊音だ。

 話のスケールの大きさにも驚いているが、そんな台詞をネリーを前に平然と口にする咲に心底恐怖していた。

 

「早く運命とやらを操って私を愉しませてよ」

 

 周りから引かれてることに咲は気付かない。

 それなりに期待していたのだ。世界は広いのだから、きっと衣や照、淡のような選手が沢山いるのだろうと。

 丁度その物差しとなる相手が目の前に現れた。これはまたと無い機会だ。

 昨夜親友に力を見せ付ける約束を交わしたばかりなのも、もしかしたらこの状況を祝福したのかもしれない。

 

「それとも、それが全力?」

 

 咲は本当に期待していた。

 身勝手だと言われればそうだが、今は裏切られた気分だ。

 

「だったらもういいよ」

 

 苛立ちが言葉に混ざるのも仕方ないだろう。

 

「そのまま虫けらのように地べたを這い回ってれば?」

「……宮永ァアアアアッッッ‼︎‼︎」

 

 憤怒の咆哮も咲には負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 もういい。遊びは無しと約束してしまった。これで親友が喜んでくれるのなら、全ての相手を、全力を以って徹底的に叩き潰すだけだ。

 

 咲の空気が一変し、微かにあった穏やかさすら消え去った。

 

 冗談では無いと焦ったのは爽だ。

 

(この展開はマズイよね⁉︎ 宮永さんには準々決勝みたいに調整してもらいたいのに!)

 

 この点差をまともにひっくり返すのは現実問題無理がある。超他力本願だが、爽としては咲には相手選手を弄ぶような真似をして欲しかったのだ。

 超速で思索を走らせて、爽は咲がどうしたら踏み止まってくれるかを導き出す。

 

「宮永さん」

「はい、なんでしょう?」

「私みたいな凡人じゃ君の気持ちはよく分からないけど、これで少しは楽しんでくれる?」

 

 ──ホヤウ……‼︎

 

 ザッと爽の背から黒翼が広がる。

 突如として、卓に行き渡っていた感覚が跡形も無く消滅した。

 

「「「……⁉︎」」」

 

 咲、ネリー、豊音の全員が突然の出来事に反応を示す。

 明らかな異常事態に豊音は内心であたふたし、ネリーは爽を睨み付け、咲だけは冷徹な思考を巡らせて状況把握に精を出していた。

 

(この感覚、覚えがある。……永水のあの人との対局だ)

 

 だとすれば正体も判明する。

 

「ふふふ……」

 

 咲の表情に笑顔が戻る。

 それを見てどうやら思惑通りになってくれたのだと爽は安堵し、冷や汗をかきながら続きを促す。

 

「さっ、二本場だよ」

「はい、ありがとうごさいます」

 

 ポチッとボタンを押して賽を回す。

 愉しみが増えた咲は脚を動かしてローファーを打ち鳴らした。

 

(永水の時は逆らえなかったからね……上等だよ。神様か何だか知らないけど、今度こそ叩き潰してやる!)

 

 準決勝第二試合大将戦。

 波乱の対局はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 







 次回









 ──生きているのなら、神様だって殺してみせる。



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10-4



 独自解釈&独自設定が満載です。
 あと、久々にオマケがあります。







 

 

 日本には数多くの神話や伝承が残っているが、その中でも北海道の人々に伝わってきたものとしてアイヌ神話が存在する。

 アイヌの文化や宗教観はかなり独特で広大な大地や自然を舞台にした設定・物語が多く、遡れば世界創生の話もあってとても奥深いものだ。

 

 大抵このような伝承では神様が付き物だが、アイヌ神話ではそれらの存在をカムイと言う。

 アイヌの世界観ではカムイは動植物や自然現象、或いは人工物にも宿っていると考えられており、日本の八百万の神に通じるものがあるだろう。

 

 一般的にカムイと呼ばれる条件としては『ある固有の能力を有しているもの』とされており、特に人間には到底できないことを行い、様々な恩恵や災厄を齎すものである事が挙げられる。

 

 そういった能力を持つものや与えるものに内在する霊的知性体をカムイと言うのだ。

 

 アイヌ神話が他の神話と大きく異なるのは、カムイは決して人間の上位に存在するものではなく、人間と対等に並び立つ存在とされていることだろう。

 要するに、世界は人間とカムイがお互いを支え合うことで成り立っていると考えられているのだ。

 

 そして、獅子原爽はその概念を現代に体現している数少ない存在であった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 〜東一局・二本場〜

 東 清澄  124,400 親

 南 有珠山 50,900

 西 宮守  75,600

 北 臨海  149,100

 

 ──ホヤウ……‼︎

 

 ばさりと広がる黒翼。

 静謐な対局室の中に、爽以外の目には見えない超常的な存在がそこに現れた。

 

 ──ホヤウカムイ。

 アイヌに伝わる蛇神のことを指し、その姿は翼を持った大蛇だと云われている。

 日高地方の西部の湖沼に棲んでいるとされ、日高の川筋のどこかには必ずいたそうだ。一例を挙げると洞爺湖に棲んでいたらしい。

 

 ホヤウカムイは酷い悪臭を放っており、その臭いに触れただけで草木は枯れ、人間は体毛が抜け落ち皮膚が腫れ上がり、場合によっては全身が焼け爛れて死ぬことすらあったそうだ。

 そのためアイヌの人々は湖沼の付近を進む時は必ず丘の上に登って、安全を確認してから通ったという。

 

 これだけ聴くと悪神や疫病神の印象しか受けないが、洞爺湖の近くの人々からは魔神の性質を持つカムイとして恐れられていた反面、時には守り神として祈られていた存在だった。

 

 ある時、現在の洞爺湖町である虻田(あぶた)で疱瘡が流行した。

 

 その当時──北海道に疱瘡が広がったのは江戸時代、本州から渡来した船乗りや商人たちによって伝播した──アイヌの人々は疱瘡は疱瘡神によってばら撒かれる災厄だと考えており、人の身で如何にかできる類いのものではなかった。

 実際に疱瘡は北海道で爆発的に感染して、アイヌ人口の減少の一因になったとされている。

 

 洞爺湖付近の人々にも同様に疱瘡は流行したのだが、彼らはこの疫病を恐れ、ホヤウカムイがいる危険も顧みずに洞爺湖畔へと逃げたのだ。

 

 その時にホヤウカムイが何を思ったのかは分からないが、蛇神はその強烈な悪臭をもって疱瘡神を追い払ったのである。

 

 以降疫病が流行した時には、人々は有珠山の山霊とホヤウカムイに供物を捧げ、病気平癒を祈ったという。

 

 そんな伝承を持つホヤウカムイを麻雀で召喚すると、これまた不可思議な現象が起こるらしい。

 

(……うーん、これはこっちの干渉が完全に閉ざされるのかな?)

 

 咲は冷静に場を見回し、普段以上に感覚を研ぎ澄ましてそう結論付けた。

 神様的な何かがいるのはなんとなく分かっているが、流石の咲でも全容が掴めなければ対策のしようがない。

 

 ここまで自分の力を封じられるのは愉快ではないが、幸い面白くはあった。

 

(さぁ、有珠山! 今度は何を見せてくれるのかな?)

 

 キラキラとした狩人の眼で咲は爽を見る。

 爽は全力で咲と視線を合わせないようにしていた。

 

(ぎゃあ〜、宮永さんがこっち見てる〜……)

 

 緊張とか恐怖とか色々な感情が煮込まれまくってもはやドッキドキである。

 

 もう卓しか見えない、否見たくない。

 

(いかんいかん、冷静にならないと)

 

 怯えてばかりではいられない。

 ホヤウという護りの切り札を使った以上、この攻め時を逃しては爽に勝機はないのだ。

 

(謂わば今は普通の麻雀。ぶっちゃけ運次第で誰でも和了れちゃうんだよねー)

 

 もしもこの場に和がいれば、何の影響も受けずに淡々と麻雀を出来るだろう。

 デジタル相手にホヤウは殆ど役に立たないのだが、今回は花マルをあげたいほどの大活躍である。

 本来の力を発揮できない状態の三人がどれほどなのかを把握しているわけではないが、確実に弱くなってるのは明らか。

 点数を稼ぐのなら今を置いて他にない。

 

(本当は全部親番まで取っておきたかったけど、これで万が一宮永さんに和了られたら目も当てられないからね)

 

 ならもう、選択は決まっている。

 

(やるしかないか!)

 

 爽の周りにカムイとは異なる何かが浮かび現れる。

 綿菓子のようにふわふわとしたそれらは、不自然なほどに色鮮やかな三つの雲だった。

 

(赤、白、青……やっぱり二回戦で使った黒と黄色が戻ってないな……)

 

 ──五色の雲。

 アイヌ神話における世界創生の物語──天地開闢では、五色の雲が登場する。

 

 大まかな概要はこうだ。

 遠い昔、この世に国も土地も無かった頃。青海原の中の浮き油のようなものができて、これがまるで炎が燃えるように立ち昇って空となり、残った濁ったものが固まって島(現在の北海道)となった。

 その内モヤモヤとした氣が集まって一柱の(カムイ)が生まれ、清く明るい空の氣からも一柱の(カムイ)が生まれた。

 そしてこの空の氣から生まれた(カムイ)が、五色の雲に乗って地上に降りてきたのだ。

 

 合流した二柱の(カムイ)はこの後、五色の雲による世界の構築を始める。

 

 青い雲を投げ入れて言いました──水になれ。

 黄色い雲を放って言いました──地上の島を土で覆い尽くせ。

 赤い雲を蒔いて言いました──金銀珠玉の宝物になれ。

 白い雲をばら撒いて言いました──草木、鳥、獣、魚、虫になれ。

 

 雲は言われた姿に形を変え、それぞれのモノが出来上がったのである。

 

 唯一出ていない黒い雲については、この後日神と月神と共に活躍するのだが今は置いておく。

 

(それじゃあ……)

 

 爽の手元にあるの雲は赤と白と青。

 必要なのは誰よりも早く、かつ高得点で和了ること。

 ならば選ぶのは攻撃型だ。

 

(白いの!)

 

 呼び寄せた白い雲を手に持ち、爽は卓へと吸収させる。

 その不自然な動作で他の三人は爽が何かしたのだろうと察することは出来たが、普段のように脅威として感じ取れない事実に内心での驚きは隠せない。

 

 今この場は完全に爽の独壇場だった。

 

(うん、いい感じに竹生えてる)

 

 手牌が索子に染まっていく様子に笑みが浮かぶ。

 

 白い雲は伝承では「草木、鳥、獣、魚、虫」になっている。

 この伝承を元にしたのだろう。白い雲を使うと草木()と鳥が描かれた牌──つまりは索子が爽の手牌へと集束するのだ。

 

「リーチ!」

 

 捨て牌を横向きに滑らせ、爽は躊躇無くリー棒を場に捧げる。

 準々決勝の対局を、姉帯豊音の闘牌を見ていたら絶対にしないだろう判断に、一番驚いていたのは当の豊音だった。

 

(うえー、先負ができないよー。他のもさっきから全然使えないし、どうしよー……)

 

 普段ならこの場面で追い掛けリーチが可能なのに、今は全く出来る気がしない。

 体験したことのない現象に豊音は涙目になりそうになる。

 このままでは有珠山にも突き放される、そう直感で理解していたからだ。

 

 爽はツモ牌を卓へと叩き付けた。

 

「ツモ! 4200、8200!」

 

 日本中でどよめきが疾る。

 

 いとも容易く咲の連荘を止め、しかも倍満を和了るという並とは隔絶された所業。

 淡や衣といった《牌に愛された子》であっても、咲相手に倍満を和了るなど簡単には成し遂げられないだろう。

 

 多くの者が息を飲み、驚愕と共に知った。

 

 これが有珠山の大将にして絶対的なエース──獅子原爽だと。

 

(なるほどね……)

 

 爽の闘牌を見終えた咲は、改めて自身の調子を確認した上で結論を出す。

 

 ()()()()の自分では、神様とやらは倒せない。

 

 正直見縊っていた。

 大体神様ってなんだよというツッコミは永水と対局していた時も何度となく思っていたが、こうも理不尽な現象をノータイムで実現されたのは咲をして想定外だった。

 

 問題なのはこの状態がいつまで続くのかが判らないことだ。

 前半戦の間ずっと継続するのなら反則レベルだろう。もしそうなら、爽の手札次第ではどこかが飛ばされて終わる可能性だってある。

 

(……おや、これは思ってた以上にまずい事態なのでは?)

 

 最もあり得て最悪なケースは、宮守が飛ばされて有珠山に二位抜けされることだ。

 この局で爽が行使可能な神様的な何かは複数いて、加えて同時併用が出来るということが判っている。

 

 まだ前半戦の東一局が終わったばかり。

 奥の手や切り札を残していても何ら不思議はない。

 

 早急な対応が必要だと考えを改め、咲は決勝まで解放しないと決めていた方針を覆すことにした。

 

「失礼します」

 

 

 

 〜東二局〜

 東 有珠山 67,500 親

 南 宮守  71,400

 西 臨海  144,900

 北 清澄  116,200

 

 少しだけ取り戻した点数とそれでも離れ過ぎてる点差に爽は嘆息しそうになるが、大将を任された自分が弱気でどうすると気合いを入れ直す。

 

 むしろ大将戦開始時よりは随分マシになったと思った方が気分も良い。

 十三万点あったトップとの差が、たった三局で八万まで落ちたのだから。

 

(さぁてと、親番だ)

 

 ここは悩みどころである。

 ホヤウが護ってくれているしばらくの間に、どれだけの点数を稼げるかが勝敗の分かれ目だろう。理想は勝ち逃げなので、攻めないという選択肢は絶無。

 並より強い程度の相手ならそれで逃げ切れただろうが、この場にいるのはエース級二人に化け物が一人。

 思い描いた勝利図が万事上手く進むことなど無いに等しい。

 

 ここでもう一枚の切り札を出すか。

 それとも温存するのか。

 

 前後半であることも考慮し、配牌を見た上で爽は決断する。

 

(赤いの!)

 

 呼び出したのは残り二つのうちの赤い雲。

 もくもくと蠢くそれを爽は卓へと押し込み、効果を自分ではなく三人へと仕掛けた。

 

 赤い雲は伝承で「金銀珠玉の宝物」となったものだ。

 麻雀においてお金を表すものは萬子、筒子、索子の三種類である。

 

 麻雀は中国を起源とするテーブルゲームであり、これら数牌の語源はそこからきている。

 

 萬はお金の単位を表したもの。

 筒はお金の形状を象ったもの。

 索は貨幣を纏めるために穴に通す縄や竹を表しているのだ。

 

 そして、赤い雲が齎す現象は意図的なツモ牌の乱れ。

 仕掛けられた者には数牌が集まりやすくなり。

 その逆、仕掛けられなかった者には数牌が集まりにくくなる。

 

 つまり、爽の手牌には字牌が集まるようになるのだ。

 

(今日は運が良いのかな?)

 

 各方角が揃う光景に自然と爽の口角が吊り上がる。

 赤い雲を使用した時の成功率は決して高くない。バラバラに字牌が集まることなど頻繁にあるし、他家から字牌が出ないのだから鳴けないという縛りもある。

 こうも上手くいったのはきっと、日頃の行いが良かったからなのだろう。

 

 それか上家に座る化け物と対局するという極大の不運を、これで帳消しにしてやろうというカムイの粋な計らいなのかもしれない。

 

「ツモ」

 

 和了り牌を掴んだ爽は宣言とともに手牌を倒す。

 そこに完成された役の名前を理解して、豊音とネリーは揃って瞠目した。

 

「小四喜、16000オール!」

 

 親の役満が炸裂。

 たったの一局で状況がまたしてもひっくり返った。

 

 有珠山が二位に躍り出たのだ。

 

(よし! この親番で決める!)

 

 ここで二連続の大物手を仕上げられれば準決勝突破も現実味を帯びてくる。

 温存はやっぱりやめだ。

 残り三回ある咲の親番を流す為の奥の手と考えていたが、確実に稼げる時に使う方が有意義であると爽は判断した。

 

 爽は両手を胸の前で交差し、新たなカムイを呼び出す──

 

(アッコ──)

 

 

 

 

 

 ──バチリ!

 

 

 

 

 

 ……その考えは、突如背筋に走った絶望的なまでの悪寒と共に棄却された。

 

「……………………………え?」

 

 聴いた者ですら不安を煽られるような素っ頓狂な声が、対局室にいやに大きく響き渡った。

 

 その意味を豊音とネリーも即座に察する。

 

(こ、これって⁉︎)

(宮永!)

 

 光の加減で目元が影になっている咲の瞳から、青白い放電が漏れ出ている。

 先程までは異能の気配すら感じなかったのに、今は空間が歪むほどの何かが鬩ぎ合っているのが三人には判った。

 

 その事実に驚愕を隠せないのは爽だ。

 

(うっそでしょ⁉︎ ホヤウがまだいるんだよ⁉︎)

 

 あり得てはならない現実に爽の思考が停止する。

 

 そう思えば、と思い出す。

 東二局が始まる前に、咲は妙な行動に出ていた。

 何の意図があるのかは知らないが、おもむろに靴と靴下を脱ぎ出したのだ。

 

 その意味を知るのは清澄と白糸台の選手のみ。

 和たち清澄の面々と白糸台の菫含めた三人は唾を飲み込み、実姉である照は視線を鋭くして、淡だけが興奮で笑っていた。

 

「……み〜つけたっ」

 

 姿形までは捉えられないが、己の領域を侵食する異形の存在を咲はその眼で見据える。

 自分を二局分も手間取らせたことに咲は心の中で賞賛を送り、それでも刃向かった報いは受けてもらうと別れの挨拶を告げた。

 

 ──じゃあね。

 

 咲の視線から紫電が迸る。

 

『────────────ッッッ‼︎⁉︎』

 

 音にならない絶叫が物理的に会場全体を震わし、次の瞬間には何かが消え去った。

 

 ふっ、と感覚が戻ったのは豊音とネリーだ。

 

(なっ、なに⁉︎ 何が起きたのー?)

 

 慌てた行動をつい表に出してしまう豊音とは対極に、ネリーは咲を両眼を見開いて見てしまっていた。

 

(コイツ……化け物か……)

 

 自然とそう思っていた。何をしたかも完璧には理解できていないのに、ネリーはそう思ってしまった。

 その事実に気付いたネリーは愕然とし、歯を食いしばって形相を歪ませる。

 

(潰す、コイツは絶対に私が潰すッ‼︎)

 

 対して、爽の動揺は尋常ではなかった。

 

(あり得ないあり得ないあり得ない‼︎ こんな、……マジかこの人⁉︎)

 

 もはや人間に向ける眼ではない表情で、爽はそこにいる化け物を呆然と見詰める。

 

 カムイが人間の意志に弾かれたというのか。

 アイヌにおける神様が。

 たかが人間の分際に。

 ははは……とから笑いが溢れ、諦めの境地に達しそうになった爽は一際大きく息を吐き出した。

 

(これが宮永咲か……私も自分が結構特別な人間かと思ったことあるけど、この娘には劣るかな)

 

 切り替え、さてどうしようかと爽が沈思する中。

 

 地味に焦っていたのは咲であった。

 

(あれっ⁉︎ 神様倒した筈なのに力戻んないんだけど⁉︎)

 

 手応えはあった。少なくともこの場から叩き出したのは確実だ。

 予想外だったのは、その神様とやらが咲に与えた置き土産だった。

 

(これもしかして私だけ効果継続? やられた〜、これは予想外……)

 

 流石は超常的な存在、ただでは退場してくれないらしい。神に刃向かった代償とか、一種の呪いみたいなものだろうと結論付け咲は仕方ないと受け入れる。

 

 目標は達成したし、もう満足した。

 

 今度お姉ちゃんと衣ちゃんに自慢してやろうと会話がおかしくなりそうな未来図を描いて、咲は未だ見ぬ神様を期待しながらこの後の方針を決定する。

 

 ──私が本当に宮永照の妹だと世間に知ってもらおうかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 










 結論

 ──真の英雄は眼で殺す












 以下、本編の内容を吹き飛ばすであろう流行に乗っただけのオマケ







 ☆ちゃん
「祝! 遂に『咲-saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら』の総合評価が10,000ptを突破したよ‼︎
 これもみんなのお陰だね、本当にありがとー!

 いや〜、ここまでスゴく長かった気がするよ。もう全国の準決勝だもんね。
 今私もテレビで観てるけど……なんかサキ色々とヤバくない? 初めて会った頃も相当だったけど、性格の悪さに磨きがかかってない?

 ……え? 私とサキの出会いはどうだったのかって?
 ……うん。まぁ端的に言って最悪だったよね、主に私の気分が。
 サキは性根から心根まで終わってたし、ホントテルの妹とは到底思えなかったよ。まぁ私が悪い部分もあったんだけどさぁ……。

 その後はなんだかんだで丸く収まって今は仲良く……できてるのかはわかんないけど、互いにライバルとして意識するようにはなったんじゃないかな? ……サキから見た私がどう映ってるのかは超疑問ではあるけどね。

 ……サキはね、やっぱりテルと似てるんだよ。
 どこかもの淋しげというか、孤高な存在って感じ。テルはサキと再会してからは大分マシになった気がするけど、サキはある意味テル以上にそこら辺がわかりにくいからね。
 ……えっ、心配してるのかって? そんなわけないじゃん! 誰があんな奴!
 ただ、私と対局するときにやる気が無かったらムカつくだけだもん! 絶対私がサキをギャフンと言わせてやるんだから!

 ……なにその顔? スゴくムカつくんだけど?

 ……あぁぁもうヤメヤメ!
 今日はお祝いなんだから、もっと楽しい話をしないとね!

 ふふん、実は私はこんな噂を聞いちゃったんだ。

 主人公は私なんじゃないかって!

 まぁね、当然だよね! あんな悪役しか似合わないサキなんかより、反省して強くなってそれでも魔王に立ち向かうために健気に頑張るウルトラスーパーノヴァな☆ちゃんの方がよっぽど良いもんね!
 みんなよくわかってるじゃん! みんなありがとー!

 よーし!
 お祝いだし、ここは主人公の☆ちゃんがなんでもお願いを聞いてあげるよ!



 ………………………………。



 ……ん? ごめん、なんかよく聞き取れなかったみたい。
 もう一回言ってくれないかな?






 …………………。







 …………スカートめくってパンツ見せて欲しい? 本当に履いてないのか気になる?









 …………………………………はぁ。






 ナニ言ってんのかマジ意味わかんない。








 ………………………わかった。



 なんでもお願い聞いてあげるって言ったのは私だもんね。



 ………………………………はぁ。



 ……………。






 …………チッ…………」








【挿絵表示】








「……………なにニヤニヤしてんの?



 …………本当に、気持ち悪い」




























 なお、

 ──咲世界におパンツなんて存在しないから‼︎

 という神の如きご指摘に反論する術はありませんが、残念ながら絵は変わらないのであしからず……。

 みなさん、本当に読んで頂きありがとうございます!

 感想待ってます!
 本編の感想もお願いします!
 ☆ちゃん、ありがとうございます‼︎



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10-5

アニメはねバド!が最高過ぎる……
ここの咲さんすら上回る闇落ち外道っぷり。舐めプ、煽り嘲り、死体蹴り、とても教本になります。
そのうちこれと同じコンセプトのはねバド!ssが出てたら私が書いてる可能性がありますかもです。









『ツモ! 東二局の一本場は3100、6100だよー!』

 

「トヨネッ!」

「やった!」

「あのメンバー相手に和了れるとかすごっ……」

「流石は豊音だね!」

 

 テレビに映る仲間の勇姿に宮守女子の面々は歓喜の声を上げる。

 それをきっかけに硬くなっていた空気が僅かにほぐれ、エイスリンを筆頭に笑顔が生まれ始めた。

 

(よく和了ったわ、豊音……)

 

 教え子たちの様子を暖かく見守り、辛い状況で跳満を和了ってみせた豊音に賛辞を送るトシであったが、瞳の奥には険しさの感情が隠れていた。

 

 未だ点差は絶望的だ。

 大将戦開始時と比較すれば手の届く範囲にまで縮まってはいるが、宮守の点数自体はそれなりに減っていた。

 豊音は宮守の中で最強であり、全国でも充分に通用する力がある。

 

 だというのに、現状は押され気味だ。

 

 理由は明白。

 あの場には三倍満や役満を容易く和了る人外が複数いるからだ。

 

「……にしてもどうしたんだろう、清澄と有珠山」

「確かに、急に大人しくなったわね」

「スゴクヘン!」

「言い方……間違ってないけど!」

 

 白望のふとした疑問に塞が同感を示し、エイスリンの明け透けな感想に胡桃が苦言を呈しながら同意する。

 恐らくこのような会話は全国で繰り広げられているだろう。

 それほどまでにこの局は静かだったのだ。

 

「しかも《赤口》……ですよね、先生?」

「ええ、そうだと思うわ。どうやら今は、丁寧に手作りできる余裕があるようね」

 

 心当たりは直前に発生した地震、に似た理解の枠を超えた現象である。

 あれは断じて地震ではない。事実そんな情報はどこにも流れていないのだ。

 断片だけでも把握できたのは《牌に愛された子》といった感覚の鋭い一部の雀士か、長年の経験を積んだトシのような熟練者のみだろう。

 

(多分だけど、獅子原爽は戒能プロと同類だわ。とんだ子がいたものね)

 

 守護霊や物の怪の類いを引き連れた打ち手は厄介に尽きる。

 理由は単純で、対策などないからだ。

 意味不明、理解不能、訳が分からないの三拍子。

 

 ……その筈なのだが。

 

(さっきの二局、宮永咲含めて全く攻勢に出てなかったのは獅子原爽が何かしたからの筈。でも、あの揺れの後に豊音は和了れた……あれを引き起こしたのは……)

 

「宮永咲、まさか……」

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「…………アンビリーバボーです……えっ、マジですか?」

「どうしたのよしこちゃん? さっきまで固まってたのに真面目な反応して?」

 

 都内のとある喫茶広間にて。

 高級な紅茶を嗜みながら全国高校生麻雀大会準決勝第二試合大将戦を観戦していたプロの麻雀士──戒能良子は、口をあんぐりと開けて驚愕を露わにしていた。

 その場にいたもう一人のプロ麻雀士──瑞原はやりは、良子のエセ日本語が唐突に素に戻ったことが気になったようで間を空けずに相槌を打つ。

 

「いえ、その、ある意味で私の一大事と言いますか。あとはやりさん、私は常に真面目です」

「あははおもしろ〜い」

 

 よしこちゃんは冗談が上手くなったねと、はやりは良子の発言を全く真に受けずに流した。

 絶対あなたの方が面白い要素は多いですよと言い返そうとした良子だったが、場合によっては戦争不可避なのでこの件については引き下がるしかないと諦める。……別にキャラがキツイとか三十路手前でその格好とかマジかなんて決して思っていないのだ。

 

「よしこちゃん、なんか変なこと考えてない?」

「いえ全くそんなことはございません」

 

 ──危ねえ!

 

「ふーん。それで、何が一大事なの?」

「はい。宮永咲選手なのですが、有珠山のスネイクをサンダーで追い払いました」

「…………は?」

 

 色々な意味で何を言ってるのかさっぱり分からない。

 ええとちょっと待ってね……と、はやりはおでこに指を当てながら、事前に伝えられていた情報と自身が見たことある光景を繋ぎ合わせて言葉を紡ぐ。

 

「スネイクっていうのは有珠山の子の守り神的なやつだよね」

「イエス」

「んで、サンダーってのはアレかな? 咲ちゃんとか照ちゃんとかが出す物騒なアレのことかな?」

「イエス」

「……一つ質問。よしこちゃんの守り神に対して攻撃って可能なの?」

「今までならノーとお答えしていました」

「咲ちゃんすごーい」

 

 大まかな事情を把握したはやりの呟きである。

 

「ただそれなりの代償はあったようですね。今は鎖に繋がれていますから……まぁもうすぐ砕け散りそうですが」

「そのイメージ画像がどこから出てくるのか気になるな〜」

 

 興味を惹かれたはやりは彼女なりに画面に目を凝らしてみるが、映るのはただ淡々と打牌する咲の姿だけだ。鎖などこれっぽっちも見当たらない。爽と同系統の力を持つ良子だからこそ見えるものなのだろう。

 良子は良子で映像を凝視しており、クーラーの効いた涼しい部屋の中にも関わらず冷や汗を流している。

 

(彼女が高校一年生なんて、にわかには信じ難いですね……)

 

 良子は二年前の高校三年生の時、奇しくも現高校生チャンピオンである宮永照と対局した経験がある。

 当時の照は高校一年生。力量はその頃から凡夫とは一線を画した強さであったが、様々な偶然も重なり良子は直接対決で勝利を収めていた。

 

 だからこそ言える。

 

(二年前の私では勝てたかどうか……)

 

 もちろん、やりようはあるだろう。

 良子は爽と同じく初手必殺の力を秘めたものが多い。万端な準備に力を使用する順番、ブラフを交えた駆け引きなどの工夫次第では勝てないことはない。

 だかそれは、万全に力を使えた場合に限る。

 使役する彼等を盤外から討ち亡ぼすなど、万が一にもあってはならないのだ。

 

(これが宮永咲ですか……)

 

 常軌を逸した強さ。

 攻撃力、防御力、観察力、理解力、胆力、精神力。何もかもにおいて天賦の才に愛されている。

 加えて驚くべきことだが、この対局を見ているプロレベルの雀士なら誰もが把握しただろう。

 

 宮永咲は準々決勝まで手を抜いていた。

 

 それでいて他三校の点数を調整し切るという、人外染みた所業を成し遂げたのだ。

 

 化け物と言わずして何と言う。

 

(ポテンシャルであの宮永照を超える、か……)

 

 昨日の会見を視聴した時は誇張表現だろうと聴く耳を持たなかったが、今ならば紛れも無い真実だったのだと分かる。

 

(小鍛治プロが出てくるわけですね)

 

『ツモ! 2700オール!』

 

 対局は宮守の親番。

 これまでの失点を取り戻すかのように宮守の大将が二連続和了を決める。

 

 その瞬間に、良子には見えてしまった。

 

 咲を抑え付けていたものがぴしりと音を立てて軋み、稲妻と共に弾け吹き飛ぶのを。

 

「…………」

 

 良子はカップの取っ手に指を掛け、乾いた口内を潤すために一口紅茶を口にする。

 

 良子は確信していた。

 この後はもう、一方的な蹂躙しかないと。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「ツモ、600、900です」

 

 ──なんだそのゴミ手は?

 

 不自然にすら感じる咲のこの安和了りに、ニュアンスは違えど他三人が思ったことは同じだった。

 

「ツモ、1000、2000」

 

 最初はあの巫山戯た調整の一環かと勘違いした。

 初っ端から倍満を和了り、その次にネリーに三倍満をぶち当てた女なのだ。今さら手心を加えるといった可愛げのある魂胆が、この化け物にある筈がない。

 

 三人の失敗は様子見に回ってしまったこと。

 格上相手に正面衝突も間抜けだが、待ちの姿勢など愚の骨頂に過ぎる。

 

「ツモ、2700オール」

 

 何かがおかしいと気付いた時には、致命的に後手に回っていた。

 

(……あれ?)

(これって……)

 

 南一局の一本場。

 三連続で咲が立て続けに和了り、その点数が着実に増していることに豊音と爽は気付いた。

 

 直後に襲来するのは悪寒と焦燥。

 

 油断していたわけではない。

 出来るということも予想が付いていた。

 だというのに、強化された本物をつい先日当の本人が行使している光景を見ていた所為か、今の今まで意識の外に置かれていたのだ。

 

(連続和了!)

(まっずい、それはまずいって!)

 

 豊音と爽は即座に方針を変える。

 点差を縮めるための高得点の和了りではなく、咲を止めるための早和了りへと。

 

 そしてもう一人、ネリーも二人より早い段階で咲の狙いを察知していた。

 しかもネリーなりの止め方を既に実行しているのだが、芳しくない結果に奥歯を噛み締める。

 

(コイツ……私からロン和了り出来る場面を悉く無視するなんて!)

 

 内心で思いっきり舌を打つ。

 

 ネリーは自身の運命の波を調整出来るのに加えて、対局している他者の波を感じ取れる。

 役はどの程度なのか、鳴くと流れが止まるのか進むのか、何が有効牌で和了り牌なのか、それら全てが朧げながらに可視状態となっていると言ってもいい。

 

 この力を用いたネリーの闘牌スタイルは待ち伏せ型。

 運が悪い時は地を這い耐える。

 相手の手が高得点に化けそうな時はその前に差し込んで止める。

 絶好調になったその瞬間に全てを覆すその為に。

 

 ここまで思い通りにならない麻雀は初めてだ。

 傲慢で自信家であるネリーは滅多にないことに、他二人に対する憤懣まで湧き上がる始末。

 

(二人もやっと気付いたか。……でも……)

 

 もう遅い、一手遅かった。

 爽を取り巻く波が急激に弱々しいものへと変わり、黒影に隠れた咲の血赤の双眸から紫電が迸る。

 

「ロン、12300」

「っ⁉︎ ……はい」

 

 これで四連続和了。

 

 誰もこの化け物を止められない。

 

 

 

 〜南一局・二本場〜

 東 清澄  120,900 親

 南 有珠山  90,100

 西 宮守   71,200

 北 臨海  117,800

 

 遂に順位がひっくり返った。

 たったの半荘、いやそれ以下で十万点超の差を詰め追い抜いた。

 

 尋常ではない偉業に感心する余裕など三人にはない。

 

 絶望は続いている。

 咲以外の意思共有は完成していた。

 

 ネリーは有効牌を差し込み。

 豊音は速攻を成す力を発揮し。

 爽は自身に呪いを与え自己犠牲に近い方法で場を支配する。

 

 それなのに。

 それでも、どうやっても止められない。

 

 四巡目、ツモ牌を手牌の上に置いた咲は動きを止めてネリーを一瞥した。

 

「留学生」

 

 刻子を場に倒す。

 

「見本を見せてあげる。──カン!」

 

 咲は卓隅へと槓子を滑らせた後、身体を捻り左手で卓の角を掴み取った。

 

「パフォーマンスってのは、……こうやるんだよ?」

 

 

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 暴風と雷を纏った右手で嶺上へと手を伸ばす。

 天空から嵐が吹き降りるように、真白い花弁が舞い乱れる。

 

「ツモ、6200オール」

 

 ──化け物が……‼︎

 

 なんなんだコイツは……と、ネリーは突然変異体にしか思えない咲を険しい瞳で睨み付ける。

 同世代の世界トッププレイヤーと対局した経験も多いネリーから見ても、咲という雀士は異常だ。

 日本には《牌に愛された子》と呼ばれる存在が複数いることは知っていたが、咲はその中でも極め付けである。姉の照も同類で、神代小蒔や爽という別概念の打ち手を除けば、この二人が日本において飛び抜けているだろう。

 

 波の調整に失敗したのが悔やまれる。

 ここまでの無様を晒したのは生まれて初めてだ。

 

 考え方がなんとかしなければという方向に変貌している事実には目を瞑る。

 

 逸早くこの親番を流さなければ。

 

「うん、()()()()はここまでだね」

 

 こきっ、と首を鳴らして咲はそんなことを宣った。

 

 驚くを越して、唖然とする。

 発言の内容を繰り返し、疑いすらした。

 

「さっ、愉しい麻雀で私を満足させてよ」

 

 酷薄な笑みを見て冗談が一欠片もないことを理解する。

 咲はこう言ってるのだ。

 暴虐の限りを尽くしたこれまでを、ただの挨拶だと。

 

「だけど……」

 

 一転、面貌から表情が欠落する。

 その無感情な顔は、闘牌に身を置く実の姉と酷似していた。

 

「本気で抗わないとあなた達の点棒、全て奪い取られることになるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











 ──いざ仰げ!


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 連続和了ってこういうことですよね?




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10-6



咲-Saki- はねバド! 同時投稿!

オマケもあるよ








 

 

『前半戦終了! なんということでしょうか、清澄の宮永選手が半荘(ハンチャン)だけで十万点以上もの差を覆しトップに躍り出ました! 圧倒的、圧倒的な強さです!』

『化け物……』

 

「………………………」

 

 実況アナウンサーの村吉みさきと解説のプロ雀士の野依理沙の声が耳を素通りしていく。

 決勝を明日に控え、準決勝の結果を見届ける為にホテルの部屋でのんびりと観戦していたのだが、あまりの対局内容に呆然と固まってしまった。

 

 

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 親友の驚愕を太腿の寝心地具合が硬くなったことで察した園城寺怜は、口をあんぐりと開けている清水谷竜華を一瞥してニヤニヤと笑っていた。

 

「いや〜、予想しとったけどこれほどとはウチも驚きや。咲ちゃんマジ強いんやな〜」

「…………」

「これは決勝の一校は清澄に決定やな。ウチの相手は一年の片岡さんって子かぁ〜。あの娘も結構なヤバさやから心労がががー……」

「…………」

「もう一校はどこやろな〜。てっきり臨海やと思っとったけど……」

「…………」

 

 うむむーと怜は顎に指を寄せて黙考する。

 ()()に考えれば臨海が上がってくるだろう。既にリードはかなり食い潰されているが宮守と有珠山からするとまだ遠く、ネリー自身が本領を発揮しているようには思えない。法則性の不明な超火力を残している筈だから、二位抜けならば最も可能性が高いだろう。

 

 だがそれは()()という概念が通用する場合に限る。

 あの場には宮永咲という深刻なバグが存在しているのだ。

 

 咲が入る事でゲームバランスが根底から崩壊して、従来の普通が実現不可能になってしまう。半荘で十万点以上の差をひっくり返しているのが何よりもの証拠だ。

 特筆して最悪なのは咲の点数調整技術。三校調整などという神の如き御技を繰り出す化け物なのだ、相手次第では三校同時に飛ばすのなんて赤子の手を捻るくらいに容易だろう。この点は咲の気分次第なので推測は不可能だが。

 

 たとえネリーが超火力を打つけても、終わった途端に取り返されては意味がない。解決方法は一撃でどこかを飛ばすか、オーラスまで攻勢を緩めないかの二つだが、これは他の要素を無視したご都合主義の側面が強い。

 あの場には咲ですら数局手をこまねく異常事態も起きているようだし、ぶっちゃけ怜程度ではどう転ぶか予想出来ないのだ。

 

「なぁ、竜華はどう思ってるん? どこが勝ち上がるんかな? やっぱ臨海?」

「…………」

「竜華ー、いつまで固まっとんねん」

「…………」

 

 返事が無い。ただの屍のようだ。

 

「……えいっ」

 

 見上げる姿勢で怜はたわわに実った柔らかな双丘を揉みしだいた。

 

「──わっきゃあっ⁉︎ いきなり何するんや、怜!」

「竜華が無視するからやん」

 

 やっと起動した竜華のおっぱいを揉みながら憮然と言い訳をする怜。

 竜華は即座に不埒な両手を叩き落とした。

 

「無視しとったのは謝る。でもアレヤバいやん! あっ、アレやない咲ちゃんな。咲ちゃんメッチャヤバいやんけ! なんなんあの強さ、聞いとらんのやけど‼︎」

「そりゃ聞いとらんわ。でも大星からなんとなく聞いとったんやろ?」

「そ、それはまぁ確かにそうなんやけど……」

 

 これはどう考えても予想外やろ、という喉まで上がっていた愚痴みたいな一言はなんとか飲み込んだ。

 あの大星淡が勝ちを確信させない相手なのだ。照の妹でもあるし当然強いのだろうと竜華だって思っていた。

 ただそれは常識的に強いのだろうという甘い見込みだった。

 幾ら何でも照は超えないだろうと知らず高を括っていた。

 

 蓋を開けてみればこれだ。

 

「いやいやいや……ぶっちゃけ照より遥かに厄介やで? 連続和了しとるし、嶺上開花はバンバン和了るし、ドラはガンガン乗るし、これに加えて点数調整も出来るんやろ? ウチ明日咲ちゃんと対局するんやけど? 大星もいるんやけど? えっ、マジでどないしよ……」

 

 大星淡に宮永咲。明日の決勝で対局するであろう超大型一年生の二人は、竜華ではもう理解が及ばない領域の打ち手だ。

 真面に打つかって勝てるイメージがこれっぽっちも浮かばない。無極点を維持して防御に徹しても、あの《牌に愛された子》達の本領は攻撃にある。ロン和了りされるのは論外だとしても、ツモを積み重ねられれば着実に点数は奪われるだろう。故に此方も攻めに転じる必要があるが、性質(たち)が悪い事にあの二人は防御も生半可ではないのだ。

 

(やっぱり正面衝突はウチじゃ無理やな。ならどうするか……大星は咲ちゃんを目の敵にしとる……趣味やないけどね、あの二人を潰し合わせるくらいしか方法が浮かばんな)

 

 勝手に削り合ってくれれば儲けものだ。少なくとも、淡を咲に嗾けるのは難しくはないと竜華は思う。この線で戦略を立てるのが正しい気がした。

 

(あとは攻撃やけど……)

 

 少し悩んで、ハッとする。

 

「なぁ、怜」

「ん、なんや?」

「今日ずっと膝枕しとったけど、あの不思議パワーの注入ってしとるんか?」

「もちやで。スーパー怜ちゃんとなったウチのパワーは以前より効果アップ間違い無しや!」

「よし、信じたる」

 

 怜の頭を抑えつけるように竜華は撫でる。藁にもすがる思いで聞いてみたが、実際に現象として確認出来ているのだから頼りにさせてもらおう。

 これで目処は立った。後は本番で最善を尽くすのみだ。

 

「あっ、因みになんやけど」

「ん?」

 

 神妙な顔をして仰向けになった怜を竜華は見下ろして首を傾げる。

 怜はドヤっと片側の口角を吊り上げた。

 

「ウチのスーパー怜ちゃんパワーはおっぱいにも込められるで」

「なめんな」

 

 ただのセクハラか本当のことか判断付かないが、そんなことをしてまで勝ちを拾いたいとは思わない。元々自分の力ではないのだ、全力を賭して負けるのであれば受け入れるのみである。女としての尊厳を失いそうな行為を許す気は流石になかった。

 残念そうな顔をする心がおっさんな親友を撫でながら、それでもウネウネと蠢く両手を片手で叩き落とし続ける竜華だった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

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「……これはひどい」

 

 本当にもう色々と酷いと、倒壊した家屋の瓦礫のように折り重なってるエース二人を見て弘世菫は深々と溜め息を吐いた。

 気持ちは分かるが真面目に付き合ってられないと感じた菫は、一度部屋から退散して常備されている紅茶と照が買い込んでいるお菓子をお茶請けとして拝借した後、死体置き場側のテーブルでティータイムと洒落込む。

 紅茶で喉を潤し、糖分で頭の餌付けを終わらせ、憂鬱だと嘆く内心を面倒事の撤去は早い方が良いと宥めすかして、ようやく踏み切る気になった菫は口を開いた。

 

「……それで、お前たちは何をしてるんだ?」

『どうやったら(サキ)に勝てるかを考えてる』

「悩み事はまともだったんだな……」

 

 一先ず安堵する。これで淡が明日の対局が嫌だとか、照が姉としての立場がとか言い出したら菫的には目も当てられなかった。淡はともかく照は大分気が早いので懊悩するだけ無駄だと思うが、藪を余計に突く必要はないと菫は放置する。

 直近の問題はやはり淡だ。ほぼ確実となった清澄との一戦で最も難儀な将を務めるのだから。

 

「済まないが私からはなんとも言えん。知っていたつもりだったが、まさか咲ちゃんがあれ程の力を隠していたとは思わなかった」

 

 菫たちは当然準決勝第二試合大将戦を観戦していた。

 観る前から清澄が上がるのを半ば断定していたが、咲がこうまで自身の力を誇示したのは想定外で全国に波及した衝撃は計り知れないだろう。照の妹という前情報に恥じない結果を容易く叩き出した咲は本当に化け物染みている。

 

「菫、一つ良いことを教えてあげる」

「なんだ」

「咲は多分まだ本当の全力じゃない」

「……嘘だろ?」

「ホント。あの娘が本当に相手を叩き潰すと決めた時の気迫をまだ感じない。……あの時の咲は凄かった」

 

 顔を伏せた状態で語られるのは照と咲の過去。

 宮永家の家族麻雀に終止符を打った咲の蹂躙劇、その詳細であった。

 

 あの日の咲は誰の目から見ても激怒していた。冷め果てた瞳に映る極黒の敵意。爆発した怒りが空間を軋ませて、波濤の如き威圧感を以ってその場を支配。気力を粉微塵に砕かれ震え上がる相手に猶予を与えず、冷徹なまでに計算し尽くされた闘牌で圧倒する。

 終わらそうと思えば何時でも終局に導けただろうが咲はそんな逃げ道を許さず、苦しんで後悔し明確で絶望的な力量差を一切の容赦無く叩き付けてから三人同時に吹き飛ばしたのだ。

 

「咲の珍しいところは感情が怒りに支配されるほど冷徹になること。しかもストレスを一度で発散するんじゃなくて、気が済むまで長い時間を掛けて相手を甚振るタイプ。……思えばこの時から咲の性格が悪くなったのかも……」

 

 急転直下でダウナーに落ちる照。妹の話題になると高確率で情緒不安定に陥る姉の姿がそこにはあった。菫は全力で無視した。

 だが齎された情報の価値は高い。聞いている限り咲の最後のリミッター解除には怒りが必要らしい。幼少期の話なので鮮度は低いが、少なくとも覚醒に至った経緯としては確かなので、ある程度は信用できるだろう。

 

「……だが淡は生きているだけで周りをイラつかせる天才だからな……目の前にいるだけで咲ちゃんがキレる可能性は十分……」

「ちょっとそれどういう意味⁉︎」

 

 菫の不名誉過ぎる独り言に瞬時に沸騰した淡ががばりと顔を上げた。此奴の沸点は本当に低いなと菫は呆れを隠さず溜め息を漏らし、やっと会話が成立しそうだと淡に目を向ける。

 

「それで、どうなんだ淡? 咲ちゃんに勝つ方法を考えてたんだろ?」

「まぁそうなんだけどさー……今日の見てちょっと計画に変更が生じたんだよねー」

「ほぉー、ちなみに元の計画を言ってみろ」

「別にいいけど。いやさ、私はてっきりサキは最初は様子見っていうか遊びに入ると思ってたんだよね。だから前半戦は防御に徹して点差を保って、後半戦で畳み掛けて勝ち逃げしようかなーって。団体戦ならではの必勝パターン的な?」

 

 このアホがこんな風に物事を筋道立てて考えられるなんて。菫は感動で泣きそうだった。入部当初では想像も付かない進歩だ。これまで苦労が報われて清々しい気持ちに満たされてゆく。

 

「そうか……ぐすっ。それで、計画をどう変更するんだ?」

「なんで涙ぐんでるのか知らないしツッコんだら絶対腹立つだろうからしないよ私は……変更といっても大まかな流れを変える気はないよ。サキの出方次第だけど、前半戦でどのくらい攻めに転じるかを見極めるだけだし」

 

 淡は自身の戦い方の欠点を理解している。攻める時は徹底した攻撃態勢で、守る時は徹頭徹尾守るしか出来ないのだ。

 唯一の例外は七星と名付けたあの闘牌だが、淡にとってあれは正真正銘の必殺技。未だ完璧な制御下に置いたとは言えず、咲の前で乱用できる代物ではない。

 その点咲は攻守の切り替えも自由で全てが高水準に纏まっている。大将という立ち位置も厄介で、後がない状況で相手の心の余裕を押し潰し、対局を自分が思い描く形に運んでいくのだ。

 

「ゔ〜〜〜ん。でもやる気になってるサキを放っておくと()()なるのか……」

 

 誤算だったのは、興味の対象が無くなった場合の咲があそこまでひたすらに攻勢に出ることと、その異常な攻撃力の高さだった。

 

「千里山もどっちかって言うと防御型だし……。こうなったら場を荒らしてくれそうな有珠山が上がって欲しいな〜。でも有珠山は中堅までが弱いから、テルの暴れ具合では大将戦まで続くか分かんない。それはそれでイヤだ……ならまだ全容が把握できてない臨海かな〜。アレはサキに相当激おこっぽいし、ちょっかいかけてくれるでしょ」

 

 かけられるかはあの娘次第だけど、と淡は意地悪い笑みを刻んでネリーの健闘を他人事のように祈ってみる。

 

 ともあれ、咲との決戦は明日の話だ。

 ひとまずはこの後の後半戦を観戦して勝利の糸口を探してみるかと淡は起き上がり、

 

 ズンッ‼︎ と常軌を逸した重圧に押し潰されそうになった。

 

『なっ……⁉︎』

「あっ……」

 

 淡と菫の驚愕に反して照だけは落ち着いていた。理由は簡単で、心当たりがあったからだ。

 下手人が誰かは知らないが、どうやら何処かの馬鹿が虎の尾を踏んだらしい。

 

 照は布団に顔を押し付けて考える。

 この後訪れるだろうマスコミからの質問を──妹へのコメントの内容をどうすれば波風立たないように出来るかを必死で考えることにした。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 がこんっと缶飲料が落ちる音。

 お手洗いを済ませ手持ち無沙汰となった咲は喉と頭を潤すため、プルタブを開けてアイスココアを口に含んだ。

 

「ふぅ、ありがとね和ちゃん。お金は後で返すから」

「分かりました。それにしても、咲さんの全力は初めて見た気がします」

「あははは……まぁ、偶には自分の出せる全力を出さないとね?」

「私としては常に出して頂きたいのですが……」

 

 この数日、休憩時間には必ず和のジト目を見てる気がすると咲は苦笑で誤魔化しながら、雑談の話題として対局内容を振ってみる。

 

「それでどう、和ちゃん。私の対局はお気に召した?」

「はい。プラマイゼロなんかより余程良いです。むしろこれが普通ですからね?」

「私は好きなんだけどなー」

「恐らくですが、咲さんのプラマイゼロが好きなのは咲さんだけです」

 

 咲のプラマイゼロは弄ばれているのと同義だ。真性の被虐趣味の人間以外ならほぼ確実に神経を逆撫でされるだろう。

 練習などの遊びでなく公式戦で使われては尚の事。咲は天然で格差を叩き付けるのだから性根がねじ曲がっている。今後もプラマイゼロをやりたそうにする咲に、ダメ絶対と厳守させるのが大変だと和は既に気疲れしそうだった。

 

「……あっ」

 

 自販機側で駄弁っていたからだろう。見覚えのある他人が通路から現れた。

 

「おや? 清澄の副将と大将ですね」

「あなたは臨海の……」

(チェー)明華(ミョンファ)と申します」

「原村和です。こちらは……」

「宮永咲です。以後お見知り置きを、風神(ヴァントール)

「あら、私も有名になりましたね〜。こちらこそよろしくお願いします」

 

 ほんわかと微笑む明華。現在進行系の対戦相手にも関わらずその態度は穏やかそのもので、和としては珍しいものを見る目で瞳を数度瞬いた。

 

「今は日傘をお持ちじゃないんですね?」

「そうですね〜。ちょっと外出るだけですし、あれは対局以外では室内で差さないですよ〜」

「お守り的な感じですか?」

「まぁそんな感じでしょうか? そちらの方も可愛らしいぬいぐるみを持ってますし」

「エトペンって言うんですよ?」

 

 珍妙な人間はもう一人いたらしい。和やかに喋る咲と明華に問答無用で巻き込まれた和は、常識的な範囲での会話を交わすことにした。この場で剣呑な空気を出す方が無為である。

 

「そう思えば、明華さんはお一人ですか?」

「いえ、後から……」

「──明華? 誰と話しているの?」

 

 明華の言葉を遮って現れたのは色素の薄い短髪の女性。咲と和に覚えは無く、その気安さから明華の知り合いだということしか分からない。

 直接誰何するのは気が咎めたため二人は視線で明華に答えを求めると、明華は当然とばかりに女性を手招きする。

 

「監督、こちら清澄の原村和選手と宮永咲選手ですよ〜」

「言われなくても分かるわよ。……初めまして、私は臨海女子麻雀部の監督を務めているAlexandra(アレクサンドラ) Windheim(ヴィンドハイム)よ」

 

 自己紹介するアレクサンドラは咲に手を差し出した。ご大層な挨拶の仕方に内心首を傾げつつ、咲は礼儀として握手を交わして名乗りを返す。

 和にも同様の行動をしたアレクサンドラは対戦相手である二人に対して顔を顰めることなく、むしろ笑顔を浮かべて咲に向き直った。

 

「こんな場所で貴方に会えるなんてね」

「はぁー……」

 

 気の抜けた返事しかできない。咲には何故アレクサンドラが上機嫌なのかが判らないのだ。初対面の相手に縮こまるような可愛らしい心胆はしてないが、咲としてはアレクサンドラの態度には疑問符が湧いて怪訝さが際立った。

 咲の当惑具合にアレクサンドラは気付いていないのか、咲に距離を詰めるように話し出す。

 

「貴方とは会いたいと思っていたのよ」

「そうですか……どのようなご用件なんでしょうか?」

「ええ。貴方、臨海に来る気はない?」

「…………は?」

 

 あまりの突飛さに素っ頓狂な声が出た。

 此奴は何を言ってるんだと怪しむ。状況を考えれば、とても正気の沙汰とは思えない発言だ。自身の学校の大将が対局している最中にその相手を勧誘するなど、性格が捻じ曲がっていると自覚する咲からして人間性を疑う。

 怪訝が嫌悪に変貌するまで時は掛からなかった。表に出すような下手を打つ咲ではないが、アレクサンドラへの信用は地の底に落ちる。

 

 さっさと切り上げたいと咲は思うが、最近問題行動が多いのを久に咎められたばかりだ。相手校の監督に粗相をしてしまえば雷が落ちるのは想像に難くない。

 丁寧に対応するしかないと咲はまず頭を下げた。

 

「失礼しました。突然のことで不躾な真似を」

「構わないわ。それでどう? 臨海は麻雀を打ち込むには十分以上の環境が整っているわ。寮だってあるから生活にも問題はないし、貴方レベルなら学費全額免除でもおかしくない。卒業後プロに行く貴方にも悪い話とは思わないけど」

 

 聞くだけなら好条件だ。全国屈指の超強豪校の監督直々の誘いであるし、強さを求める者からしたら垂涎ものなのだろう。

 しかし、咲の食指はピクリとも動かない。目の前の人物に教えを請うなど冗談ではない。

 腹芸で大事なのは表情を笑顔で塗り潰すことだ。

 

「そうですね。確かに悪い話とは思いません」

「そう? なら」

「ただ、私は現状で満足しています。せっかく頂いたお話なので大会後に検討はさせてもらいますね」

 

 機先を削ぐように言葉を被せて、咲はこの会話を終わらそうと試みた。ここまで付き合えば最低限の義理は果たしたと言えるだろう。

 休憩時間も残り短い。最後に和と散歩でもして咲は気持ちを一新するつもりだった。

 

 アレクサンドラが食い下がらなければ。

 

「待って、どこが不満なのか教えてくれないかしら? 貴方が乗り気じゃないのは分かったわ」

 

 咲の言動から、アレクサンドラはそうと確信していた。

 これでも日本に来て長い。日本における「検討します」「機会があれば」「ご縁があったら」はほとんどお断りの文句に等しいと知っている。

 しかも咲は現状で困っていないと強い否定を入れてきた。その気が更々ないと簡単に判断出来る。咲としては諦めてほしくて言った一言が余計だったのだ。

 

「不満なんてありませんよ。ただ学校を変えるのは色んな人に迷惑をかけるかもしれないので、その点の検討をですね……」

「そういう建前はいらないわ。貴方には是非ウチに来て欲しいから、不満な点があれば可能な限り改善する」

 

 ピクリ、と影を落とした咲が反応を示す。

 

「そうですか、では要望があります」

「ええ」

「私と同格以上の選手を三人用意出来ますか?」

「⁉︎」

 

 アレクサンドラは固まった。

 その姿を見て咲は踵を返す。

 

「その三人を私の前に連れて来て下さい。私が満足したら転校も真剣に考えます」

 

 はっきり言おう、これは無理難題だ。

 

 咲と同格の選手は現状で照しか有力候補がいない。龍門渕の天江衣、白糸台の大星淡、永水の神代小蒔などもその候補に上がるが、彼女ら全員を勧誘するのは実質不可能。海外の選手にはまだその可能性があるのかもしれないが、その中でもエース級である選手は既に獲得済み。

 ではそのエース級──ネリーや明華を前に出して咲が満足するかと考えると、厳しいだろう。いくら本領を発揮出来ていないとは言え、ネリーがあの様なのだ。咲が頷くとは到底思えない。

 

 つまり、咲は突き離す気しかないという事だ。

 

 年下の、しかも未だ学生の身分に舐められている。

 アレクサンドラがむきになって反論するのも無理はなかった。

 

「そう言うなら尚更臨海の方がいいわ! ウチなら強い選手は自然と集まってくるし、設備や環境も充実している。清澄()()では貴方の実力に見合わない。現に結果に表れてる。貴方以外はただの()()()()と変わらないじゃない!」

 

 

 

 

 

 ──瞬間、空気が凍てついた。

 

 

 

 

 

 五臓六腑に鉛を無理矢理ブチ込まれたような重さが身体にのし掛かる。

 吐き気すら催す怖気にアレクサンドラと明華は身を竦ませ、金縛りになったように全身を震わすことしか出来ない。理性の残滓が和への影響を減少させているのだろうが、かつてない咲の様子に和ですら冷や汗を流した。

 

 それは唯一の逆鱗だった。

 触れてはいけない忌諱だった。

 決して低くはない沸点を一瞬で蒸発させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「──お前、今なんて言った?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────っっっ⁉︎」

 

 吐き捨てられた絶対零度の声音に総毛立つ。甚大な悪寒が背筋を走り抜け、恐怖が湯水の如く湧き出ては止まらない。

 最後の一線を踏み躙り、罪の意識無く飛び越えた。

 アレクサンドラは禁忌を犯したのだ。

 

「……清澄を馬鹿にしたな?」

 

 静謐に、凄絶に、咲はゆっくりと紡ぐ。

 込められる万感の思いはこの場にいる誰にも、和にも分からないだろう。

 

 咲は一人ぼっちだった。

 自身の行いで家庭は崩壊し、手に余る威圧を制御出来ず同級生は離れ、孤独な日常を余儀無くされていた。父と京太郎だけが咲を気に掛けてくれていた。

 変わったのは高校入学後だ。

 気紛れだったのだろうが、京太郎がきっかけをくれた。

 反骨心だったのだろうが、和が楔を打ち込んでくれた。

 我欲に近かっただろうが、久が引っ張り上げてくれた。

 優希もまこも、取り繕うことなく自然と接してくれた。

 

 仮面を外した自分を受け入れてくれたのだ。

 敬遠していた麻雀が繋ぎ合わせてくれたのだ。

 

 心から信頼できる仲間に初めて恵まれたのだ。

 

 そんな掛け替えの無い人たちを侮辱されて冷静でいられるほど、咲は温厚でも薄情でもなかった。

 

「京ちゃんを、優希ちゃんを、染谷先輩を、部長を、……和ちゃんを虚仮にしたなァ、お前ぇええええええッッッ‼︎‼︎」

 

 物理的な圧力すら錯覚させる怒りの咆哮が会場全体に轟く。漲るは小さな体躯に収まり切らない莫大なる敵愾の念。迸る赫怒が埒外の波動となり東京全域を震撼させ、範囲内にいた数多の人間を魂から震え上がらせた。

 

 その圧を一身で受けたアレクサンドラはあまりの恐ろしさに顔面蒼白となり、腰が抜けたのかペタンとその場に座り込んでしまう。

 間近で余波を受けた明華は倒れこそしなかったものの、天敵に睨まれた被食者の気持ちを味わっていた。

 

 かつて見たことが無い感情の発露。しかも飄々とした態度が常の咲が自制心を忘れ、今にも相手に掴み掛かってもおかしくない怒気を発散している。

 尋常ではない異常事態。

 だからこそ逸早く平静を取り戻したのは和だった。

 

「……さ、咲さん! 落ち着いてください! お願いですから落ち着いてください‼︎」

 

 形振り構わず和は後ろから咲に抱き付く。全身を使って咲の怒りを宥めるように自身の熱を伝えていく。

 和は今の状態の咲に驚きはしたが、怖いとは思わなかった。咲が怒っているのは自分たちの為なのだ。どうして怖れることがある。

 アレクサンドラの言に一理ある人は少なからず存在するだろう。咲が強過ぎるのは紛れも無い事実であり、準決勝に至っては団体戦開始時より減った点数でバトンを渡したのが現実だから。

 

 それでも咲は感情が振り切れる怒りを露わにしてくれた。

 足手纏いと言われて激怒した。

 そんなことを欠片ほども思っていないからこそ。

 

 和はそれがとても嬉しかった。

 

「大丈夫です、咲さん。私は平気です。部長たちもきっと気にしません。怒ってくれてありがとうございます。だから、いつもの咲さんに戻って下さい」

「…………」

 

 煮え滾っていた血が少しずつ冷めていき、咲の瞳に理性の光が灯される。

 

「……ありがとう、和ちゃん。もう大丈夫だよ」

 

 首だけ回して微笑む咲を見て和はゆっくりと手を離す。

 爆散していた覇気は収まり、咲の制御下に戻る。沸騰した頭は冷たさを思い出し、されど鎮まりはしていない赫怒をアレクサンドラに叩き付けた。

 

「はっきり言います。貴方の元へ行く気は毛頭ありません。二度と私の前に姿を現わすな」

 

 凝縮された害意に晒され、アレクサンドラの呼吸が止まる。咲が本気だったら気を失っていたかもしれない。

 アレクサンドラへの関心が塵芥と化した咲は明華に向き直った。

 

「すみません、明華さん。あなたを巻き込んでしまって」

「いいえ、謝罪する必要はありません。悪いのは此方ですから、私から謝らせていただきます。この度はあなたを不快にさせ、本当に申し訳ございません」

「……お気遣い感謝いたします。明華さん、今度は卓の前でお会いしましょう」

「ええ、世界で待っています」

 

 咲は一礼の後、和と共に通路の陰へと消えていく。

 見えなくなるまで見届けていた明華は、緊張の解放から大きく長い息を吐き出した。

 

「……ふぅ〜〜〜、すごく疲れました。余計なことをしてくれましたね、監督」

「……今回は素直に謝るわ」

 

 明華の手を借りながら立ち上がったアレクサンドラはふらつく身体に活を入れる。全身汗でベタついていて早く着替えたいほどだった。

 当初の目的を今更ながらに思い出した二人は人数分の飲み物を買い、控え室への道を帰っていく。

 

「あれが宮永咲ですか〜。すごいですね〜、怖いですね〜、あれは想定を遥かに超えています」

「だから昨晩言ったじゃない、チャンピオンより厄介だって」

「ネリーは大丈夫でしょうか?」

「…………」

 

 無言に包まれた二人はただ歩く。

 まだ後半戦が残されている。今の出来事を経て、咲が憂さ晴らしにネリーを狙い撃ちにするのは予想可能な未来の一つだ。

 

「……今回はネリーも、奥の手の一つや二つは出さざるを得ないでしょうね」

「あっ、それは結構楽しみですね」

 

 チームメイトの心配は程々に、控え室前へと辿り着いた二人は扉を開けた。

 

 大将後半戦、準決勝最後の半荘が始まる。

 

 

 

 

 

 






オマケ:コラボ絵


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10-7



液タブ買っちった^_^


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前回のあらすじ


──咲さんブチギレ


咲さんとあやのん同時投稿です。







 

 

 嫌な予感はしていた。

 親しみと類するかはあれだが覚えのある威圧感が襲ってきたし、控え室に戻ってきた和の表情がかなり固かったし、テレビに映る咲の瞳が赫黒く煌めいていたから。

 

 後半戦初っ端から連荘して荒稼ぎ、これは良かった。いつも通りとは言えないが、和との約束を律儀に守っているのだと思っていた。

 だが咲の事だ。照のように真面目に相手を飛ばし切るとは考えられない。きっと飽きて遊びに走るのも考慮していたし、よろしくはないがここまで奮闘してくれた咲を責めるつもりは一切なかった。

 

『リーチ』

 

 この不可解過ぎるリーチ宣言を()()()()で聞くまでは。

 

「…………和。何があったの?」

「……はい、お話しいたします」

 

 根掘り葉掘り問うのを控えていたのは、和の表情が拒絶の意思を醸し出していたから。

 常に冷静で大らかな和が取り繕うことすら出来なかったのだ。余程の出来事が発生したのだと推測するのは容易かった。

 それでも、こうまで露骨な異常を眼にしては部長として聞かない訳にはいかない。

 

「先程の休憩時間で臨海の監督とお会いしました──」

 

 和は淡々と語った。

 臨海が咲をスカウトしたこと、咲にその気が無かったこと、相手が咲の逆鱗に触れたこと、別れてなお咲の機嫌が最悪だったこと。

 全てを聴き終えた清澄の面々は一様に俯いた。

 

「……確かに咲ちゃんの脚を引っ張ってると考えなかったと言われれば嘘になるじぇ」

「まぁのぉ。わしなんか一番酷いからのぉ……」

 

 少なからず自覚があった優希とまこの反応は顕著で、空気が淀んでいくのを肌で感じた京太郎が身震いする。

 目に見えて落ち込む二人を見て、和は感情を荒立てないように気を付けながら、静かな叱責を声に乗せる。

 

「優希、染谷先輩。咲さんはそんなことは思っていません。お二人がそう考えてると咲さんが感づいたら、きっと咲さんは悲しみます。決して気取られないでください」

「……そうだの。気を付けんとな」

「了解だじぇ!」

 

 咲だって根は優しい子だと二人は知っている。

 最近は自由気ままの意味を履き違えて暴虐の限りを尽くしているが、それは信頼の証なのだと全員が理解していた。最も身に染みて感じているのは京太郎だろう。麻雀と触れ合いが無かった頃の咲より、今の咲の方がよほど情緒に溢れている。

 

 優希とまこの立ち直りを一瞥して苦言を呈するのを取りやめた久だったが、未だ解決していない問題に頭を悩ませる。

 

「話は分かったけど、じゃあなんであの子はこんなことをしてるのかしら?」

「……え? 部長、分からないのですか?」

「あら? 和には分かるの?」

「当然です」

 

 心底不思議そうにする和に久は逆に難しく考えてしまう。

 しばらく黙考してみるが、自分の中でピンとくる正解が如何せん思い付かない。

 これが信頼の差異なのだろうかと若干落ち込む内心を隠して、久は降参と両手を挙げた。

 

「うーん、私にはちょっと。教えてくれないかしら」

「そんなの決まっています」

 

 自信満々、これしかないという態度で和は断言する。信頼の差では無く、咲の本質を見極めているかどうかが重要なのだ。

 

「ただの八つ当たりですよ」

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 前提と条件と賭けが一つずつあった。

 

 前提について。ネリー・ヴィルサラーゼの特性は本当に運命に関することだということ。

 一度だけネリーが力を行使して槓をしたのが運の尽き。本領発揮には程遠いと仮定して、前半戦で大まかな全容を咲は把握していた。

 あの一瞬、咲は抗い難い不可思議な流れを感じていた。和からの事前情報が無ければ面白そうだと傍観を決め込んでいただろう。真正面から歯向かえないとは言っていないのが咲の性質(たち)の悪いところだが。

 

 加えて、南場で披露した連続和了。数度疑問に思う場面があった。

 咲の和了り牌がドンピシャでネリーから出てきたのだ。一回だけならまだしも、二回と続けばわざと振り込もうとしていると察しが付く。

 

 つまり分かったのはこの二つ。

 不自然なまでに流れがネリーに収束する力と、相手の和了り牌を含めた何かしらを把握している力。

 

 後半戦で咲が懸念していたのは後者だ。

 この力がある限り、ネリーを狙い撃ちにして潰すというのが至難の業だということ。前半戦始めに三倍満を打ち当てられたのは、ネリーの過剰な慢心と咲の力が遥か上だったからだ。

 

 だがそんなものは関係無い。

 

 それでも容赦無く叩き潰すと、無様に這い蹲ってもがく姿を見下ろすと決定していた咲は発想を逆転させる。

 

 後半戦でも親から始まったのは流石の豪運。きっと日頃の行いが良いからだろう。

 

 条件について。宮守と有珠山の二校をなりふり構っていられない状態にすること。

 東一局を六本場まで続けた咲はその時点で二十二万点を有しており、この二校は五万点近くまで落ち込ませていた。

 二位である臨海が八万点で、決して余裕のある状況ではない。そもそも、咲がいる限り思惑通りに対局が進む可能性が万に一つもないと全員が理解していた。

 

 だから咲のリーチ宣言が為された時、豊音には乗るしか選択肢が無かった。

 たとえ頭の片隅で手の平の上で踊らされていると分かっていても。

 

 長かった東一局はそうして終わり。

 

 同じく()()()()()()()()()()()東二局で、宮守が咲によって十万点強まで押し上げられ二位となった。

 歪な対局風景に咲以外の三人を含めてどれほどの人々が総毛立ったか。この時点で咲の狙いを察していたのは和や照や淡といった、咲の性格の歪みを精確に把握している者だけだっただろう。

 

 その後安手で豊音の親を流し、ネリーの親番では嫌がらせのように咲は倍満をツモり。

 

 東四局で唐突に覇気を引っ込ませた。

 

 〜東四局〜

 東 有珠山  49,000

 南 清澄  180,100

 西 宮守  100,000

 北 臨海   70,900

 

(もうやだこの子本当に何考えてんの⁉︎)

 

 嫌に濃密な時間の中で吐き気すら覚えていた爽は、ほとんど涙目で後半戦最初の親番を迎えていた。

 まだ東場が終わっていないというのが信じられない。二時間以上も和了れもせず、一名が発散させる地獄の底に引き摺り込まれるようなドス黒い波動に当てられ、心身ともに限界に近付いていた。

 

(……でもまぁここで踏ん張らないと!)

 

 幸い咲は大人しくなった。十中八九故意なのだろうが、気に掛けることの無意味さはもうべったりと心に染み付いていた。

 理解不能だった宮守への振り込みサービスを終えた咲が、有珠山の親番で静謐を保っている。

 あまり頭の回転が早いと思っていない爽でも状況が分かった。

 

(私に和了ってほしいってことでしょ! やったるよこんちくしょう‼︎)

 

 咲の狙いなど判るはずもなければ知ったことではない。

 どの道他に手はないのだと完全に自棄になった爽は胸の前で両腕を交差し、連れてきたカムイの中でも最高の攻撃力を誇る力を顕現させる。

 

 ──アッコロ‼︎

 

 現れたのは幾本もの触手を蠢かせる紅き影。

 尋常ならざるその超常的な気配を肌で感じ、最後の賭けに勝ったことを確信した咲は一人ほくそ笑んだ。

 

 ──アッコロカムイ。

 アイヌの伝承に伝わる(たこ)を指し、体表は鮮やかな赤色とされている。体長110mと非常に巨大であり、船や鯨を丸飲みにする獰猛さも兼ね備えているそうだ。

 北海道の噴火湾に住んでいるとされ、アッコロカムイの出現と同時にその体表の赤が海だけでなく空までをも赤く染め上げるという。

 

 そう、赤く染まるのだ。

 

 爽は手配に集まる萬子(あかいろ)

 河すらも萬子(あかいろ)で染め上げられる。

 

 七順で清一色を聴牌した爽は、捨て牌を横向きに捨てられないもどかしさに少しの焦りを募らせた。

 

(姉帯さんの前でリーチはなぁ〜、宮永さんじゃないんだから)

 

 六万点近く豊音に振り込んだ先程の咲の所業を思い出し顔を顰める。

 推測は容易に立てられていたが、豊音相手にリーチをするのは自殺行為に等しい。

 

(でも勿体無い。せっかくアッコロの力を借りるんだから、役満まで持っていきたかった……)

 

 アッコロカムイに関して、こんな民話が存在する。

 かつてレブンゲ(虻田郡豊浦町字礼文華)の()()にて、紅い体を持つ巨大な蜘蛛の怪物──ヤウシケプが出没し、家々を破壊し尽くし、土地を荒らし回った。

 彼の存在に人々は恐れ慄き、神々に祈りを捧げた。その声を聞き届けた海の神であるレプンカムイが人々を救う為に、ヤウシケプを海に引き取ったのだ。

 噴火湾に引き入れられたヤウシケプはその後に姿を蛸に変えられ、アッコロカムイとして湾の主に君臨したのだという。

 

 この逸話を基にしたのだろう。

 アッコロを使役した際には、手牌や河だけでなく山すらも赤く染まるのだ。現にドラ表示牌も萬子である。

 つまりリーチをすれば高確率で裏ドラが乗り、点数を跳ね上げることが可能。

 でも豊音がいる限りリーチはできないというジレンマが爽の表情を曇らせる。

 

 ──その思惑、私が叶えてあげるよ。

 

 声無き意思が対局室に響いた。

 

「カン」

 

 不意を打つような副露宣言。

 身体に染み付いている流麗さで槓子を横に滑らせた咲に、思いっきりキョトンとしてしまったのは爽だ。

 え……? 私に和了って欲しかったんじゃないの? と半ば吹き飛んだ思考で呆然とする爽を置いて、咲は止まらなかった。

 

「もう一個、カン!」

 

 かつてない集中をもって目的達成に邁進する咲の観察眼は、目の前の対局における全てを見通す。

 咲は気付いていたのだ。神の気配、不要牌が萬子になる(いびつ)さ、ドラ表示牌すらも萬子、そして爽の挙動。それらから何が起きていて、何が己にとって都合が良いか。

 

 爽には数え役満を和了ってもらおう。

 それで形が出来上がるから。

 

「……はい、どうぞ」

「えっ? ……あっ、はい!」

 

 てっきり咲が和了るとばかりに固まっていた豊音は慌ててツモる。

 その様子を同じく呆けて眺めていた爽の脳もやっと状況に追い付き、顔に出ないよう渾身の苦笑いを噛み殺す。

 

(あはは、そこまでして私に和了ってほしいんだ……ならお望み通りにね!)

 

 増えたドラを横目に、ツモった牌を卓へと叩き付けた。

 

「ツモ! 清一色、三暗刻、ドラ7、16000オール!」

 

 本日二度目の役満。

 整えてもらった舞台での和了りとはいえ、役満は役満だ。

 絶望的な現状を一手で抜け出せた事実に爽は微かな安堵を胸に抱き。

 

 爆発的に膨れ上がった極黒の覇気に総身を震わせた。

 

 

 

「……くくっ、ふふふ、あははははは‼︎」

 

 

 

 突如として対局室に響き渡る愉悦に富んだ哄笑。

 声色に宿るのは超高純度にして紛れも無い嘲りの念。

 嘲笑を隠しもせずに露わにした咲は、対面で視線を合わせない少女へと鬱憤を叩き付ける。

 

「さぁ、これで最下位! 後が無くなったね、臨海(り〜んかい)っ♪」

 

 口元に半月を描き、自制心を破棄した咲はネリーを煽っていく。

 

「加減してあげてるうちにさ、さっさと操ってみせなよ運命とやらを!」

 

 後半戦で咲が狙っていたこと、それは臨海を一切の容赦無く叩き潰すことに他ならない。

 圧倒的点差でバトンを貰った大将を最下位まで踏み下ろし、全国に、世界にその恥を晒して二度と立ち直れないような傷を刻みこんでやろう。

 評判を地の底まで落とせばあの不愉快な監督への怒りも少しは緩和されるだろう。

 そんな子供染みた癇癪に近い動機で、咲はこの現状を実現させたのだ。

 

 でなければ、仲間を侮辱された先程の赫怒は収まりが付かなかった。

 

「……まぁ、実は今までがもう既に全力でしたってことなら謝るね。貴方()()()に期待してた私が悪かったし」

 

 顎に指を当て悩ましそうに、本当に申し訳無さそうな表情を作る咲。述べた言葉から分かる通り、謝辞の想いなど砂つぶ程も存在していない。咲は皮肉でも何でもなく、心の底からネリーを嘲笑っていた。

 出会いの時点で、ネリーは個人的に気に食わなかったのだ。

 弱い負け犬の分際で対局前にあんな態度を取られれば、いくら温厚な咲といえど苛つくのは仕方のないことだろう。いつかの傲慢着飾った餓鬼(おおほしあわい)のように、ちゃんとした(しつけ)が必要だと思う位には。

 

 視界の隅で豊音と爽がすっかり怯えきっているのは無視。

 悪質な高揚感に満ちた咲は二人を歯牙にも掛けずに言葉を募る。

 

 次の一手で咲の八つ当たりは完成するのだ。

 

「此の期に及んで力を隠すのならそれでもいいよ。貴方みたいに世界で活躍する選手にとって、この全国大会は所詮暇潰しみたいなものかもしれないしね」

 

 ネリーは反骨精神が頗る高い。

 ここまで挑発されて黙っていられるほど、自制できる精神は持ち合わせていないと咲には確信があった。

 

 必ず乗ってくる。力を解放させる。

 

 そして、それを小細工抜きで叩き潰す。

 自尊心の欠片も残らないよう、徹底的に。

 

 ──恥辱に(まみ)れて、私の前から消え失せろ。

 

「それじゃあ、仕方ない──」

 

 (かく)(かく)と煌めく眼差しで、咲は告げる。

 

 

 

 

 

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 運命奏者(フェイタライザー)が紡ぎ出す。

 魔王を討ち倒す、終演の戯曲を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 











ついに漫画的な挿絵まで入れるという暴挙に出た奴がいるらしい……私のことですが(笑)


一つご報告です。
ツイ○ター始めました。咲含めた色んな絵を練習がてら描いてます。
もし興味があるという方はマイページへどうぞ!




では最後に

淡ちゃん誕生日おめでとー!!


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10-8




 ──Do you believe in destiny?








 油断はしていなかった。

 靴と靴下を履いた(リミッターを掛けた)状態ではあったが、冷たい赫怒で昂った今の自分は平常の解除時に匹敵すると感じていたから。

 有珠山の親番を安手で流し、南一局での連続和了でネリーの希望を摘む。

 高みから地べたに這い蹲る虫けらを踏み潰して鬱憤を晴らす、その予定だった。

 

「ツモ、700、1300」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、咲の心にはかつてない驚愕が生まれていた。

 

(…………は? なに今の局?)

 

 不快な違和感がこれでもかとこびり付いた、気持ち悪いとすら感じるほどの不自然。

 埒外の現象に咲ですら困惑したのだ。他二人は展開に頭を追いつかせることすら出来ていない。ただただ咲とネリーのご機嫌を窺うように視線を彷徨わせていた。

 そんな二人の反応を視界の隅に置いて、咲は停止した思考を高速で走らせる。

 

(……間違いなく二人はこの事態に関与してない。当然留学生の仕業だろうけど、腑に落ちない点が何個かある)

 

 場の支配に長けた咲ならば、その局に和了るのが可能かどうかがある程度直感で把握できる。これは咲に限らず《牌に愛された子》であれば少なからず身に付けている技術だ。

 

 咲は確信していた、南一局は和了れると。

 なのに和了れなかった。

 まるで逆らうことが許されない人外の力に妨げられたように。

 

(運命ねぇ……)

 

 咲はネリーの力を上方修正する。これは想定以上の領域に達していると仮定した方が賢明だと判断したのだ。

 当然、無条件で使用可能な類の技ではないだろう。

 それに余りにも露骨な現象が仇となっており、分析に秀でた咲は朧げながら正体を掴んでいた。

 

(今の和了りは20符3翻。それはさっき私が()()()()()()()()ものだ)

 

 決まっていたその結末への道筋を歪め、自身の結果へと無理やり結び付けた。

 今回の事態を説明するのなら、感覚的にはこれが最も近い。

 

(どんなカラクリかはさっぱりだけど、名付けるとしたら『運命を覆す力』ってところかな?)

 

 ふんふむと咲は一人納得する。

 完全把握にはまだ材料が足りない。相手が()()()になっているこの対局中に、パターンを揃えるのが無難だろう。

 咲は残り三局の内に見極めるのを目的の一つに加え。

 

 目の前で莫大な覇気を迸らせるネリーを一瞥した。

 

「ふふっ、目が怖いよ?」

「潰してやる、お前だけはな」

 

 剣呑な眼差しに明確な敵意を乗せたネリーを見ても、咲の面差しは何ら揺るがない。

 むしろやっと面白くなってきたと獰猛な笑みが刻まれた。

 

「自信過剰なのはいいけど、これ以上私を失望させないでね?」

 

 

 〜南二局〜

 東 宮守   82,900

 南 臨海  57,200

 西 有珠山  95,700

 北 清澄  164,200

 

 ネリー・ヴィルサラーゼが運命を操ると言われる所以は、過去の多くの対局でまるで最初からその局のツモが良いか悪いかを把握しているように打つからだ。

 和了れない局は迷い無く捨てて守りに徹し、和了れる局は完成形が分かっているかのような闘牌をする。

 現にこの対局でも振り込んだ回数は前半戦の東一局のみで、直撃を受けることは限りなく零に近い成績だ。……ただ咲がバカみたいにツモ和了りするので、点数は減少の一途を辿っている。

 

 受けた屈辱は計り知れない。

 ここまで虚仮にされた経験は過去に一度も無く、元より沸点の低いネリーの怒りは上限を振り切れて憤怒などという生易しい言葉では言い表せなかった。

 

(運の悪いときは地を這い耐える……私の心情だったけど、今後は見つめ直そう)

 

 これも傲慢だったのだろう。

 振り込むことが極端に少なく、最終的には勝利を収めていただけの自分だからこそ生まれた烏滸がましい考え。

 圧倒的な暴力の前では耐えているうちに全てが終わってしまう。ネリーはそれを初めて知った。

 

 だが初めての窮地に怯えでは無く憤りを感じている自身の気質には、感謝に似た想いを抱いていた。

 

 これなら、これ以上の無様を晒さなくて済む。

 

(やっと、やっとだ……)

 

 昨日からこのタイミングに、後半戦南二局以降に最大の()が来るように調整してきた。

 気炎万丈の闘志はその様相を変化させ、煌めく燐光へと姿を変える。

 疎らに散らばる光の粒子はその数を増殖させ、やがてネリーの背に収束し固定された何かを形作った。

 

(今こそ飛翔のとき──!)

 

 

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 形成されたのは翼だ。

 純白とは言い難い、混沌を孕んだ三対六枚の白翼。

 これが運命奏者(フェイタライザー)として力を解放した、ネリー・ヴィルサラーゼの本当の姿である。

 

1(エルティ)

 

 運命の波に乗り、確定された道を飛ぶネリーに無駄足を踏むという可能性は存在しない。

 あらゆる現象を超越し、最短最速で和了りへと翔け抜ける。

 

「ツモ! 6000・12000‼︎」

 

 瞳に宿るのは紅く揺らめく激甚なる烈火。放たれる気迫はこれまでの比では無く、微かに漂っていた慢心の気配は完全に消え失せていた。

 いとも容易く三倍満を和了ってみせたネリーに豊音と爽は戦慄し、正念場はここからなのだと雀士の本能で察する。

 気を引き締め直す二人。

 しかしネリーの視界には映らない。

 

 見据えるのは対面で嗤う最強最悪な化け物のみ。

 

「宮永、お前はここで消えろ」

「ふーん、強気になったものだね。それが貴方の力?」

 

 余裕の笑みなのか、咲はあくまで見定める立場を降りない。その態度がネリーの苛立ちを更に加速させる。

 調子に乗っていられるのも今の内だと、ネリーの怒気が豪と燃え上がった。

 

「運命に掌握された空間。この対局はもう、お前の知る麻雀じゃないんだよ!」

「……いいね、面白くなってきたよ」

 

 挑発には蹂躙で返すのが礼儀だ。

 ならば応えなければならない。

 咲は己を戒めている枷を解き放ち、過去のどの自分をも超える力を手中に収め、血赤の双眸に冷徹を宿らせた。

 

 

 〜南三局〜

 東 臨海    81,200

 南 有珠山   89,700

 西 清澄  158,200

 北 宮守    70,900

 

 ネリーの覚醒。

 予見可能な事態ではあったが、こんな土壇場でこれ程までの力を発揮されるのは深刻に違いなく、最下位に転落してしまった豊音の焦燥は大きかった。

 

(これはマズイかなー……さっきの局なんて和了れる気がしなかったし)

 

 悠長に構えている余裕は既にない。最初から絶望的な闘いだった気がしないでもないが、足掻かなければ決勝進出など夢のまた夢だ。

 

 懸念は尽きない。

 

 ちらりと豊音は咲を窺う。

 全身から途轍も無い威圧感を発し、バチバチとスパークすら纏っているように豊音には見えた。端的に言ってちょーこわい。

 

 一応手はあるのだ。咲の発言が鍵となり、六曜の一つに、この状況を打破出来るかもしれない可能性を秘めた手札を豊音は持っている。

 だが、視線で殺し合いを行なっているような目の前の物騒な二人の間に入ったらどうなるのかが問題だった。

 余波だけで蹴散らされるかもしれない。

 邪魔だと直接被害を受けるかもしれない。

 

 薮蛇、君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。

 弱気な思考が偉人たちの教訓をこれでもかと押し付けてくる。

 

(……ダメダメ! こんな考えよくない!)

 

 決して大きくではないが首を振って、豊音は気持ちを取り直す。

 みんなで繋いできた襷なのだ。豊音一人の勝手で無駄にするなんてあり得ない。

 そもそも保身など意味が無いと気付く。きっと心の底から辛い思いをする羽目になるかもしれないけど別に死ぬわけでもなし、躊躇いなど馬鹿げている。

 自分の為ではない、みんなの為にと豊音は活を入れる。

 

 静かに瞳を閉じ、呼気を一つ。

 開かれた双眸には、虚の如き深淵が淀んでいた。

 

 ──仏滅

 

 長い黒髪の毛先からどろりと黒が溢れ滴り落ち、豊音を中心に波紋のように拡がっていく。真っ黒な池はあっという間に辺り一帯を侵食し、豊音を含む対局者全てを領域内に収めた。

 静謐を保っていた水面にはやがてゴポリと気泡が泡立ち、一つをきっかけに沸騰した湯のようにその激しさを増していく。

 

 次の瞬間、豊音を除く三人が大きく反応を示した。

 

 爽は目を見開き。

 咲は笑みを濃くし。

 ネリーは自身の力を脅かすモノに身震いする。

 

 

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 水面より湧き出たのは大量の黒い腕。

 何ものにも染まらない完全なる黒で構成されたその手の群れは、まるで生者を地獄へ引き摺り込むかのように蠢き続ける。

 

 これは最悪の力だと、ネリーは直感で理解した。

 

(……私と反系統の力かッ‼︎)

 

 ネリーが瞠目し翼を広げると同時。

 蠢動がピタリと止んだ黒い腕は時間が止まったかのような静寂の後、一斉に動き出し対局者全員に襲い掛かった。

 

 豊音が持つ六曜の一つ──仏滅。

 有する力は豊音を含んだ全員の運を地の底へと引き摺り落とし、和了るのはおろか聴牌すら妨げるもの。

 全員の運気を上げる大安と対を成す全体効果系の力だ。

 

 この状態で和了るのは至難の技。たとえその道筋を進んだとしても完成する手はゴミばかりになる。

 自殺行為にも等しい力だが、前局の爆発力を考慮するとネリーを放置する方が愚策と豊音はこの暴挙を断行したのだ。

 

(ちぃっ!)

 

 まとわりつく黒手を翼を羽ばたかせてネリーは回避する。どこまでも追いすがる黒の群れは徐々にその量を増していき、ネリーを全方位から囲んでいく。

 咲と爽は既に四肢を拘束されており、あまりの感覚の気持ち悪さに爽の顔面は青を通り越して白くなっている。

 その影響は甚大なものだった。

 

(うーわなにこれ。手牌もひどいしツモもひどい)

 

 爽は空笑いを浮かべる。和了りまで進む気が全くしないしもうお手上げだった。

 カムイも殆ど残っていないし、此処に来てネリーが暴れ豊音が動き出したとなると手の打ちようが無い。

 このまま易々と咲が身を引くとは微塵も思わないが、一先ず様子を見てオーラスに勝負を仕掛けることを決めた。

 

 爽は動かない。

 咲は分からない。

 

 元より信じているのは自分だけ。

 

(邪魔なんだよっ‼︎)

 

 黒の檻に囚われた中心で極光が爆発。煌めきをばら撒いた白翼の輝きが一段薄れる中、ネリーは飛翔を再開する。

 急速に離れる背中を豊音は強い眼差しで見据えた。

 

(逃げられちゃダメ! ここで捕まえる!)

 

 黒に浸かっていた豊音の髪が意思を持ったかのように浮き上がり、先端を手に変形させ超速でネリーを猛追。

 縦横無尽の高速機動でネリーは空を翔け、豊音は幾本もの黒手を操ってネリーを追い詰める。

 二人の鎬の削り合いが苛烈になればなるほど自摸は積み重なり、卓の中央には彩りが飾られていく。

 

 先に終わりが見えたのはネリーだった。

 

(あと一つ!)

 

 最後の牌を彼方に見付けたネリーは一直線に突き進む。

 それを阻むように眼前には黒が密集した幕が下りた。

 眦を決したネリーの瞳に焔が灯り、極光が波動となって迸る。

 

「──消え失せろ!」

 

 幸運が不運を上回り、漆黒のカーテンが引き千切られる。

 豊音との勝利を収めたのはネリーだった。

 

 その刹那。

 

 ──カン

 

 純白の花弁に染められた巨大な烈風が空間を斬り裂き、ネリーを、黒い腕を、目障りな有象無象の悉くを吹き飛ばした。

 

「ツモ」

 

 その宣言に、音が死ぬ。

 

 嘘だ、あり得ない、そんな馬鹿なことがと固まるネリーと豊音を置き去りに、嶺の天辺に座した白き華の主は厳然と告げた。

 

「嶺上開花、ドラ7──4000・8000」

 

 開かれた手牌には非情な現実しか映らない。

 ネリーが全力を費やし、豊音が自滅すら厭わない抵抗を尽くした。

 だというのにその状況で真っ向から相手を押し潰し、倍満という大物手を仕上げるのが《牌に愛された子》──宮永咲である。

 

「……なんだ、こんなものか。あまりがっかりさせないでよね留学生。本領発揮してマシになったのは火力だけ?」

 

 呆然と、放心したネリーは静かに咲と視線を合わせる。

 

 血赤の双眸には、失望しか残ってなかった。

 

 

 〜南四局〜

 東 有珠山   85,700

 南 清澄  174,200

 西 宮守    66,900

 北 臨海    73,200

 

 なんだこれはと、ネリーは前局の衝撃が抜け切れていなかった。

 あの状況で運の波に乗った自分より早く和了るなどあり得ない。あり得てはならない。

 いや、咲との真っ向勝負ならネリーに分があっただろう。感覚頼りの考えだが、豊音の力はある程度指向性を持たせることが可能だとネリーは察した。直接邪魔をされたネリーの異常な手の遅さはそれが理由だと。

 豊音の力の影響で両者共に普段より自摸を重ねていたことから、咲だってかなりの負担になっていたはずだが、ネリー程では無かった。

 

 こうとしか思えない。

 正確に言えば、こう思わなければやってられない。

 

 無意識下でも、ネリーに負けを認めるという結論は許されない。

 でなければ揺らいでしまう。

 ネリーの根幹とも言うべき何かが決壊してしまう。

 

 動揺を赫怒で塗り潰し、ネリーは即座に切り替えた。

 

(三位……二位との点差は12,500……条件は跳満ツモ。……いつもなら苦も無く出来るが……)

 

 現時点の順位が三位という事実に怒りが沸々と煮え滾るのを抑えながら、ネリーは静かに思考を巡らせる。

 形は既に分かっているのだ。後は其処目掛けて飛べば臨海の勝ち抜けは揺るがない。

 邪魔が入りさえしなければだが。

 

(……関係ない。私は飛ぶ!)

 

 翼を広げてネリーは飛翔を開始した。

 

 当然他の者もどう動くか考慮している。

 その中でも現時点で二位である爽の決断は早かった。

 

(和了ればそれで勝ち抜け! 惜しむ必要がないならやるしかないでしょ!)

 

 配牌は酷い有り様だったが、爽にとっては逆に都合が良かった。

 自風以外の風が、一つずつ揃っていたから。

 普通なら嵩張るだけの手牌で処理に困る状況ではあるが、この状態だからこそ輝く力が爽にはあった。

 

 ──フリカムイ!

 

 現れたのは空を覆い尽くす程の巨大な鳥だ。その異形は爽の背後で滞空し、他家に座る者たちを睥睨する。

 

 ──フリカムイ。

 アイヌ民話に伝わる巨鳥であり、その大きさは片翼だけで約七里(約30km)に及ぶとされている。大きな身体を保つためか食事の際には海で鯨を食べていたという。

 フリカムイは本来は人間にとって危険性の無い存在で、そもそも人と関わることすら無かった。善神でも無ければ悪神でも無かったのだ。

 とある人間が神の領域を侵さなければ話だが。

 

(さぁ、お願い!)

 

 爽の願いにフリカムイが翼を動かす。

 生まれるのは尋常では無い暴風だ。その圧倒的質量は羽撃くだけで空気を根刮ぎ押し流し、他家が司る()を荒らして狂わせる。

 

 フリカムイにはこんな伝承がある。

 ある時、一人の女性が食料を求めて山へと入った。探索の途中、泥で汚れた状態で小川を渡ってその川を汚してしまった。

 

 不運だったのは、実はその川がフリカムイの水飲み場であったことだ。

 

 あらゆる神話において神という存在は理不尽に等しい。日本における大神ですら嫌な事があったからと仕事を放っぽり出して引きこもり、世界を常闇に落とし込むという伝承があるくらいなのだから、複数もの神が語られるアイヌにおいても例外ではない。

 

 水飲み場を汚されたフリカムイは怒り狂い、動物や人間を積極的に襲うようになった。羽撃きから生み出される暴風は木々や草花を吹き飛ばし、人家を破壊し尽くした。

 困り果てた人々は反撃を決意するが、人間の攻撃を受け傷付いたフリカムイは更に激怒するという悪循環が発生。

 最終的にはとある一人の英雄に槍で突き殺されてしまうというのが伝承の全貌だ。

 

 死が明文化されているフリカムイを爽が何処で見つけたのかは定かではないが、兎にも角にもフリカムイは召喚された。

 起こす現象は、風をもって他家を荒らすこと。

 

 するとどうだろうか。

 爽の手牌に自風以外の風が集まり始めた。

 

(良かった……カムイならこの状況でも闘える!)

 

 今この場を支配している力が運命などという常識の埒外にある代物だということは、爽も会話の流れから理解していた。

 

 だが見くびってもらっては困る。

 運命とは、神が定めるものだ。

 

 矮小な人間が生み出す力に神たるカムイが劣る筈も無い。

 

 ズンと重圧が対局室を襲い、伸し掛かる。

 ネリーも動いた。

 爽も決戦へと脚を踏み入れた。

 

 豊音は迷いを捨てた。

 

(仏滅の解除は論外。だけどその状態で二位を捲るのは多分できない……なら!)

 

 決勝進出にはツモ条件で倍満が必要だ。他三人が超火力で和了りまくっていて勘違いしそうだが、そう簡単に和了れるものではない。況してや自分含めて不運に陥れる仏滅発動中ではもはや不可能に等しい。

 しかし、ネリーの妨害を考えると仏滅を解除するなど愚の骨頂。自力でネリーを上回れるのなら疾うにその手段を取っている。

 

 あちらを立てればこちらが立たず。

 それでも抗うと決めた。諦めないと仲間に誓った。

 

 なら限界を超えるしかない。

 

 ──仏滅

 

 漆黒の手の群れが四人に殺到する。先程の失態を考慮してより強く深く沈み込ませるように。

 ネリーにも、爽にも、咲にだって和了らせないと彼女たちを縛り付ける呪いは豊音すらも強く拘束し、希望へと繋がる道筋を閉ざしていく。

 

 豊音はその枷を無理矢理こじ開けた。

 

 ──赤口

 

 能力の同時併用。

 過去に試したことはない。監督に何が起こるか分からないからと禁止されていたから。

 

 でもそれでは勝てないのだ。

 

 化け物三人が暴れるこの場において豊音はあまりにも無力。

 だけど限界を乗り越えることなら豊音にだってできる。

 

 何もしないなんて嫌だ。

 

 まだ負けてないのだから。

 

 ──みんなと一緒に来れたこのお祭りを、まだ終わらせない!

 

 ゾワゾワと身体から嫌な感じがするのを豊音は無視して、勝負の場へと踏み込んだ。

 

 三人が三人とも必死に踠いている。

 こんなに絶望的な対局でも誰も諦めず死力を尽くしている。

 

 ──あぁ愉しっ。

 

 実に噛み応えのある相手に、咲は静かに笑った。

 

「……ふふっ」

 

 迸る稲妻、更に強大となる威圧感。

 前局すらをも上回る際限知らずのその異様に、ネリーの背筋が凍える。

 

(コイツ、まだ上があるのか⁉︎)

 

 冗談ではない、なんなんだ此奴は⁉︎ と、ネリーの焦燥は加速する。

 豊音からの侵食は減るどころか増していく一方で、爽からも異質な圧迫感が拭えない。それに加えて咲まで暴れ出したら、いくら波に乗ったネリーでも制御は困難だ。

 もう悠長に事を構えている余裕は絶無だと、心の底まで刻み込まれた。

 

(クソがッ‼︎)

 

 飛翔の最中に、ネリーは咲の親番を飛ばしたのとは別の、もう一つの力を解放する。

 運命の道筋を妨害する黒い手を縫って飛んでいては間に合わない。

 

 ならば無理矢理にでも運命を手繰り寄せるしかない。

 

 彼方より伸びる光の糸。それを掴み取ったネリーは力任せに引っ張る。

 引いたのは有効牌だ。ただし本来の和了りの形からは外れた、点数が落ちることが決められた牌であった。

 

(跳満には届く。このまま和了り切る!)

 

 見せるつもりのなかった手札を二枚も切らされたネリーは、怒りで沸騰寸前の頭を冷却して、最後の局を翔ける。

 

 仏滅によって長期戦へと持ち込まれるオーラス。

 豊音は限界を踏み越えた自爆を厭わない特攻で手を進め。

 爽は運命を超越した神たる超常の力を借りて風を巻き起こし。

 ネリーは自身の力のみで運命という荒波を乗り越えていく。

 

 壮絶なる二位争い。

 和了れば勝利となる爽に連荘する意味がないこの状況。

 誰もが理解していた、この局で終わると。勝者が決定すると。

 もはや観客の焦点は何処が二位となって決勝へと勝ち進むか、それしかなかった。

 

 競う合う彼等からすればこれは真剣勝負だ。

 

 だけど麻雀は、特に高校麻雀は()()()()()()()()()だ。

 

 そしてこの対局は、とある生意気な弱者を徹底的に踏み降ろす舞台なのだ。

 

 表情に亀裂が走る。

 それは歪んだ三日月のような、悪意が凝縮された凄絶な笑みだった。

 

 ──カン

 

 卓上に一片の花弁が舞い落ちる。

 

 長かった準決勝はこうして決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終結果

 一位 清澄高校  171,200

 二位 臨海女子    85,200

 三位 有珠山高校   79,700

 四位 宮守女子    63,900

 

 

 








過去最強のスーパー麻雀……きっと皆さん付いて来れてるって信じてます(笑)

豊音が見たアルティメット咲さん


【挿絵表示】


これにて準決勝は決着。
オーラスにて何があったのかは次回に。前書きでマンキンopを思い浮かべた方とは友達になりたいです^_^

……にしてもおかしいな。
ただでさえ手に負えないから咲さんをこれ以上強くする気無かったのに、気が付いたら勝手に覚醒してやがった……この子はブロリーの親戚か何かなのかな?



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10-9


おっ待たせしましたー!

忘れてる方に向けて前回のあらすじ

やったね臨海、2位抜けだよ!


【挿絵表示】











 

 長時間の対局の末に、準決勝第二試合は閉幕した。

 

 結果だけ見れば清澄高校の圧勝だ。二位の臨海とはおよそ9万点の差を付けており、しかもこの点差は大将戦だけで稼いだと言っても過言では無く、咲との実力差をまざまざと見せ付けられた結末となった。

 

 そう、勝負は決したのだ。

 決勝へと駒を進めたのは清澄と臨海。

 どんな結果だろうと対局は終わったのだから緊迫とした空気が緩み、選手は各々と行動を起こすのが普通だ。

 

 しかし、対局室は依然張り詰めた緊張に満ち満ちていた。

 

「ありがとうございました」

 

 その中で平然と謝辞を述べたのは咲だった。静かに立ち上がりぺっこりんと行儀良く頭を下げ、健闘を讃え別れを切り出す。

 普段であれば豊音と爽ならどんなに悲しくとも言葉を返しただろう。無視するという選択肢は無かった筈だ。

 だが今だけは、咲の面前で激烈な怒りを隠そうともしないネリーがいるこの場では、容易に身動きが取れなかった。

 

「…………?」

 

 咲は豊音と爽の様子にきょとんと小首を傾げて訝しむが、思うところがあるのだろうと察してそれ以上口を開くことなく退室を決める。

 素足の状態であったから軽く足裏を手で払い、身体を前かがみに靴下を履いていく。下準備を終えた咲はそのまま靴を履き、出口へ歩を進めようと立ち上がった。

 

「……待て、宮永」

 

 そのタイミングで声を掛けられる。

 名前を呼ばれたので咲は振り向くが、その瞳には砂粒ほどの関心もない。

 心底どうでもいいという眼差しが、心底どうでもよくなった存在へと向けられる。

 

「ん? なに?」

「お前……どうしてオーラスの和了りを見逃した……?」

 

 言葉の節々に隠しきれない赫怒が漏れ出ている。

 当然咲はその事実に気付いたが、恐れを感じる事も無ければまともに取り合うつもりもなかった。

 

「えー、何のことだか分からないなー?」

 

 常とはかけ離れた剽軽な仕草で咲は肩をすくめた。そんな新たな一面を見て、豊音と爽に湧いたのは得も言えぬ恐怖だったのを咲は知らない。

 一方その舐め腐った態度を真正面から取られた彼女、ネリー・ヴィルサラーゼは苛立ちを加速させ大きく声を荒げた。

 

「惚けるな! 分からないとでも思ったか! お前が嶺上開花を見逃したことぐらい分かってるんだよ‼︎ どうして見逃した⁉︎ 答えろ!」

 

 ──あぁ、コイツは本当に思い通りに動いてくれるな。

 

 嗤いを堪えるのが大変だった。

 こうまで思惑通りに手の平で転がってくれると、愉快を通り越してもはや哀れにしか思えない。

 咲は震える口角を噛み殺し、極めて穏やかな表情を取り繕う。

 

「そんなの簡単だよ。あの場で私が和了ったら、()()()()()でしょ?」

「…………は?」

 

 素っ頓狂な声が漏れた。同時に、荒々しく発散されていた怒気がピタリと止まる。

 発声者はネリーだけだったが、両脇にて座したままの豊音と爽も無言で同様の反応を示していた。

 理解が及ばないのだ。

 何が面白くないのかが分からないのだ。

 ネリーは、豊音は、爽は、全員が当事者で闘った身だから、咲が言わんとしていることを把握出来なかったのだ。

 

「……お前、今、なんて……」

 

 想定外の返答に呆けたネリーが途切れ途切れに疑問を述べる。

 その反応に咲は柔らかく小首を傾げ、嗜虐心と親切心を履き違えた心遣いを発揮して懇切丁寧な解説を行う。

 

「よく考えてみてよ。オーラスで一位とは大差があって、二位はどこの学校も可能性があった。こんな状況なら、()()()()はみんな二位争いにしか目が向かないよね? そんな時に一位がしゃしゃり出たら、興醒めになっちゃうと思わない?」

 

 空気が凍った。

 そうとしか表現できない重たい静寂が対局室に伸し掛かった。

 ニコリと笑顔を浮かべる咲を正面に、瞳を見開いた状態でネリーは静止する。咲の発言を受けて思考停止に陥ったかのように固まってしまった。

 

「…………ふ、」

 

 暫くののち、再起動したネリーは全身を細かく震わせ何事かを呟く。

 段々と大きくなった震えが最高潮に達し、前触れ無くそれが止まった──次の瞬間、ネリーの髪の毛が一斉に逆立った。

 

 

 

「巫ッッッ山戯るなぁああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎」

 

 

 

 喉が張り裂けんばかりの咆哮が空気を震撼させる。

 咲は涼し気な顔を崩さずに耳に両手を当ててやり過ごすが、ネリーの怒りは一回叫んだだけでは収まらないようだった。

 

「お前ぇ、お前ぇええッッッ‼︎ 宮永ぁああッッッ‼︎」

 

 人生でこれ程に怒り狂ったことがない。そう断言できるくらいにネリーは荒れた。

 

 ネリーは察してしまったのだ。咲の本当の狙いを。

 

 あの場で咲が和了ったら面白くない。確かにその通りだ。視点を変えれば咲の言うことは尤もであり、納得せざるを得えない考えではある。

 

 だが、それなら咲は大人しく静観していればよかったのだ。

 わざわざ危険を冒して攻めに転じる必要性は皆無だった。

 

 それでも咲が槓をして嶺上牌を手にし、あまつさえ和了りを見逃した理由は、「自分はいつでも和了れるけど、誰かが和了るまで待ってあげるよ」というメッセージに他ならない。

 

 しかもこれは、ネリーだけを狙い定めて送ったメッセージだったのだ。

 咲は対局中に分かっていた。この三人の競り合いはネリーが勝つと。

 だからこそ咲はこのような行動に及んだのだ。

 

 そこまでを正しく理解したからこそ、自尊心の高いネリーがブチ切れない訳が無かった。

 

 咲のこの行為は言葉通りの、観客を楽しませようなどというお持て成しの精神では決してない。

 決勝進出の切符を自分たちの実力で掴め取れるようにといった、慈悲深さによって与えられた訳でもない。

 

 遥か高みからネリーを見下ろし足で踏み潰しながら、「良かったね、私のお陰で勝ちが拾えて」と嘲笑うためだったのだ。

 

「……煩いなぁ。負け犬の遠吠えはいいけど、もっと静かにしてよね」

 

 咲は仮面を脱ぎ捨てる。

 ネリーは状況を理解した。自分が如何に無様だったかを把握してしまった。

 ならばあとは詰めを残すのみ。

 鬱陶しい羽虫を捕らえた後にする事は簡単だ。

 

「……それにしても」

 

 声音の温度を氷点下まで落とし、我慢の限界を超えた咲の口角は歪に吊り上がった。

 

「よくもまぁあんな無様を晒しておいてそんな態度が取れるよね。その醜く肥え太ったプライドだけは褒めてあげるよ」

 

 心の真芯を抉り抜く酷烈な言葉に、静寂がのし掛かる。

 直球過ぎる侮蔑に怒髪天を衝いたネリーは咄嗟に言い返そうとする。

 

「ッッッ⁉︎」

 

 だが、ネリーは何も言わなかった。

 否、言えなかった。

 咲から押し付けられる鬼気と称するべき凶悪な重圧に強制的に黙らされたのだ。

 それはまるで、弱者が圧倒的強者を相手に為すすべなく跪くのを体現したような光景だった。

 

 身の程を弁えたその殊勝な態度に咲は満足したのか一つ頷き、血赤の双眸に嘲りを乗せたまま、ゆっくりゆっくりと歩を進める。

 こつこつと足音がだけ木霊し、対局室の出口とは逆方向にぐるりと卓を回った咲は、ネリーの真後ろで脚を止めた。

 身体を前倒しに、ネリーの側頭部へ顔を寄せて。

 

 これが、最後の仕上げ。

 

 咲はネリーの耳許で囁いた。

 

「またね、()()()。私にとって貴方は、名前を覚える価値すら無かったよ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ビシリ、と何か大事なものが罅割れる音を幻聴に、咲は満面の笑みを浮かべる。

 負け犬の力も心も完膚無きまでに叩き潰してやっと、咲の鬱憤は晴れたのだ。

 

 用が無くなった咲はそのまま脚を止めることなく、対局室を後にする。

 咲が居なくなったことで漸く身体の自由を取り戻した三人のうち、豊音と爽は逸早く立ち上がり、「ありがとうございました!」と叫ぶように言い捨てて足早に対局室から退室した。

 

 残ったネリーは微動だにしない。

 時間が止まったかのような静けさの中、ネリーから発散されるのは膨大な怒気で。

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

 絶叫が響き渡る。

 会場全体にまで木霊したそれは、怒りと悲しみに満ちた慟哭にとても良く似ていた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

「……ただいまー」

『豊音ーーーーっ‼︎』

「わぁっ⁉︎」

 

 扉を開けたと同時、仲間たち全員が抱き付いてきた。

 いきなりの事態に当然驚き豊音は可愛らしい悲鳴を上げてしまうが、四人分の体重を掛けられても一歩後ずさるだけで留まることに成功したのは流石だろう。

 

「ど、どうしたの?」

「豊音ちゃんと生きてる?」

「ツラクナイ、ツラクナイヨー!」

「生きる希望とか失ってないよね⁉︎」

「豊音は何も悪くないからね!」

 

 矢継ぎ早に告げられる言葉の種類がなんかすごい。

 一体何事かと豊音は一瞬真剣に頭を悩ませ、即座にその理由に思い当たって、あぁ……と万感の思いがこもった吐息を漏らす。

 

「あはは、私は大丈夫だよー。直接被害? にあったわけじゃないし。宮永さんがすごいってことは最初から分かってたしねー」

 

 本心のままに打ち明けた豊音は苦笑する。咲からの仕打ちを真正面から受けたのはネリーに違いなく、豊音は余波だけだったのでそこまで深刻な状態に陥ってはいない。まぁきついことに違いはなかったが。

 あっけらかんとした様子に仲間たち全員が疑いの目をもって豊音が強がってないのかじっと見据え、本当に大丈夫なのだろうと安堵したのはしばらく経ってからだった。

 

「豊音、おかえり」

「はい、ただいま戻りましたー」

 

 仲間たちの抱擁から解放され控え室へと入った豊音を出迎えのは監督であるトシだ。

 ゆったりとした動作で一杯のお茶を注ぎ、豊音に座るように促して柔らかく微笑む。

 

「お疲れ様、豊音」

「ありがとうございまーす」

 

 疲れた身体を労わるようにゆっくりとお茶を飲む豊音。夏真っ盛りではあったが、冷房とは別に冷え切った心身が温かさを取り戻していくようだ。

 一息吐いて落ち着いた豊音は、そのままトシへと頭を下げた。

 

「ごめんなさい、負けちゃいました」

「豊音の所為ではないわ。むしろ謝るのは私の方、みんなを決勝まで連れて行けなくてごめんね」

 

 トシは全員に向けて謝罪の言葉を口にする。

 それを聞いて全員が必死に否定し始めた。

 

「そんなことない。みんな頑張った、私に悔いはない」

「タノシカッタヨ!」

「ホントそう! 準決勝まで勝ち上がれたのを褒めるべき!」

「私たちは全力を尽くせました。先生には感謝しかありません」

「ここまで来れたのは先生のお陰です! だから謝らないでください!」

「みんな……ありがとね」

 

 本心から感謝を込められた言葉の数々にトシの瞳が微かに潤む。

 しかしそれをトシは堪えた。

 今泣いていいのはこの子達だ。大人である自分が先に取り乱すわけにはいかない。

 

「豊音」

「はい」

「力を二つ同時に使ったね?」

「……はい」

 

 オーラスの豊音の闘牌は鬼気迫るものがあった。

 運命を司るネリーに対抗するために仏滅を展開し、勝利へと繋がる蜘蛛の糸を登るが如き小さな可能性を目指して赤口まで行使した。

 歪つな悲鳴を上げる身体を無視して豊音が限界を踏み越えたのを、トシははっきりと感じ取ったのだ。

 

「単刀直入に聞くわ、調子はどうかしら?」

「……正直に言うと分からないです。しばらく使えない気もするけど、頑張れば他のは出来るかな……っていう、なんというかその……」

「成る程ね、分かったわ」

 

 顎に手を寄せてトシは豊音の言葉を整理する。

 本人の意思次第だろうが、恐らく仏滅と赤口以外は無理を通せば行使可能なのだろう。

 そして豊音はみんなの為なら躊躇いなく無理が出来てしまう子だ。

 止めても無駄であるならば、応援する方がどちらも気分が良い。

 

「私たちはこれで負けてしまったけれど、最後に五位決定戦があるわ。これが正真正銘の最後。みんなで頑張りましょう」

『はいっ!』

「豊音、本当にお疲れ様」

「はいっ! ……私、本当に、頑張ったんです……」

 

 思わず、といった様子で豊音から言葉が零れる。

 

「みんなとのお祭りを終わらせたくないって。私が大将なんだから頑張らないとって。

 さっきのオーラスで、何かを超えられた気がしたけど……結局、届かなかった」

 

 仲間に囲まれて、恩師に激励を受けて。

 ようやく実感が追い付いてきた豊音の頰に、一筋の涙が伝う。

 

「ごめんね、みんな。悔いはないけど、やっぱり悔しいね……っ」

『……っ!』

 

 泣き笑いのくしゃくしゃの表情の豊音を見て、全員の涙腺が決壊する。

 みんなで抱き合って悲しみを分かち合うのを、トシはハンカチで目を抑えながらただただ見つめていた。

 

 

 

 宮守女子、準決勝にて敗退。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「ごめん、ムリだった」

『いや、あれは仕方ない』

 

 有珠山高校控え室。

 爽の軽い謝罪に誓子と揺杏が返したのは励ましですらなかったが、責めている感じは微塵も無かった。

 続いて後輩たちがやって来るが、彼女たちも全くといっていい程にあっけらかんとしていた。

 

「最後まで素敵でした」

「はい、本当にすごい対局でした。見ててハラハラして楽しかったです」

「私は楽しくはなかったなー。メッチャ疲れた……」

 

 空いていたソファに爽はだらしなくもゴロンと寝転がる。

 普段であればおいコラと誓子が注意するのだが、今だけは全面的に爽の行動を見逃すつもりだった。

 

 あんな目にあったのだ。メンタルが強めの爽もしんどかったのだろう。

 

「てかマジ信じらんなーい! 知ってる? 私役満二回和了ってるんだよ? いやまぁね、収支自体はプラスだよ? 2万ちょい、役満二回和了って2万ちょい。……ファーーーーーーッ‼︎」

 

 あ、壊れた。

 絡まれたくないなと考えが一致した四人は早々に無視する方針を固めて、各々が後片付けに勤しんでいた。

 

「カムイもぶっ飛ばされるし、てか宮永さん怖いし、……宮永さんホント怖いし! あの子なんなん? 本当に人間なん? 人の形をしたナニカじゃないの? 誰かとこの想いを共有して愚痴り合いたい! 今なら宮守の姉帯さんと親友になれる気がする! ……ファーーーーーーッ‼︎」

 

 爽はしばらく止まらなかった。

 誰一人慰めようとはしなかった。

 

「……さて、撤収するわよ」

 

 誓子が手を二回叩いて引き上げ宣言をする。

 手荷物をまとめた四人は最後に爽を見るが、動く気配はない。

 はぁあああっ……、と大きな溜め息を吐いて、誓子は爽の元へと近付き。

 

「いい加減にしなさい」

 

 スパンッ、と頭をはたく。

 現実を見失っていた爽はその一撃で帰ってきた。

 

「……あれ? もう帰るん?」

「帰るわよ。ただでさえ大将戦長くて外真っ暗なんだから。さっさと帰って寝て、明日の五位決定戦に備えるのよ」

「……それもそうだねー」

 

 よいしょっ、と爽は身を起こして立ち上がる。

 まとめてあった自身の荷物を手に取って、爽は控え室を出る直前、最後に一度だけ振り向いた。

 

「いやー、現実は厳しいねー」

 

 

 

 有珠山高校、準決勝にて敗退。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 臨海女子控え室。

 かつてない重苦しい空気がその一室に満ちていた。

 主な原因は先程から座ったまま微動だにしないアレクサンドラなのだが、選手達も一様に瞑目した状態で待機している。

 ただこの空気に耐えられなくなったのか、明華は一度大きく手を打って雰囲気を一新させる。

 

「どんよりはここまででいいですねー。ネリーが戻るまでもう時間がありません。……どうします?」

 

 どうするというのは、何て言って迎えるかという意味に他ならない。

 正しく理解した面々は、先程よりも更に難しい顔をして腕を組み始めた。

 

「励ましたりなんかしたら本気の殺意をぶつけてきそうだわ……」

「かと言って、責めても同じことデス。ネリーはおこさまですカラ」

「静観が一番いいのでは? 最終的には智葉と監督の判断に任せます」

「……基本は静観で、態度が度が過ぎるようなら私から言おう」

 

 そもそも、此処にいる全員はネリーを責めるつもりなど毛頭無い。

 二位抜けで決勝進出は決めたのだ。最低限の仕事を果たしたネリーにこれといった不満は無い。

 ただ、あれだけの虚仮にされたネリーがどんな顔で帰ってくるのか、それだけが予想出来ず戦々恐々としていたのだ。

 

 思い出して、改めて明華は唸る。

 

「いやー、それにしても……。宮永さんはスゴイですね。あの状態のネリーを真っ向から叩き潰せるなんて」

「あの場にはそれだけではなかったようデスが、彼女が紛れも無い実力者なのはたしかデス。いつか対局したいデスネ」

「遠からず対局することになるでしょう。彼女はプロ入りを宣言してますから」

 

 世界を舞台に争う明華、ダヴァン、慧宇の三人は早くも咲との対局を想像している。早ければ三年後には激突するのだと思うと、気も引き締まるものだ。

 三人の雑談を聞いていた智葉がピクリと反応した。

 

「そこまでだ」

 

 外の気配を感じ取った智葉が忠告すると、言わんとしていることを理解した三人も口をつぐんだ。

 

 ネリーの前で咲の話など、厳禁に決まっている。

 

 ギィ……と、扉が開く。

 

 同時に、途轍も無い圧が撒き散らされた。

 別にこれでビビったりするほど此処にいる面々は温室育ちではないが、全員がめんどくさそうという思いを隠した。

 おかえりの一言を言うのも憚られる覇気をネリーは撒き散らしているが、何も言わないのも逆にネリーを苛立たせそうだ。

 思考が一致した部員はチラリとアレクサンドラを一瞥する。

 言わんとしていることを把握したアレクサンドラは、普段と同様の声音でネリーを迎えた。

 

「おかえりなさい、ネリー」

「潰す潰す殺す殺す宮永宮永宮永……」

 

 ──こっわ……。

 明華は素直にそう思った。

 

 ほとんど同じ感想を浮かべた他のメンバーはもう話し掛けるのを止める。しばらく放っておけば会話くらいは出来るだろう。

 ネリーにもその気はないのか、自分の荷物だけ持って即座に控え室を後にした。ぶつぶつと殺意すら篭った呪詛を垂れ流しながら。

 

『…………』

 

 沈黙が振り降りる。

 気が楽になったと言えばそうなのだが、どこか釈然としない気持ちであるのも事実。

 しかしネリーに直接突っかかる気も起きず、全員が重たい溜め息を漏らしてお開きの空気となった。

 

「……帰りましょう」

 

 アレクサンドラの言葉に従って、各々が帰り支度を進める。

 

 明日の決勝戦は不安だらけだ。

 ネリーがあの調子からどうなるか想像が付かない上に、宮永咲という化け物がどう来るかも予想出来ない。加えて白糸台の大星淡に千里山の清水谷竜華も加わるとなると、確実な勝利に繋げる為にいくら稼げばいいのか。

 

 加えて決勝戦の先鋒にはもう一人怪物がいる。

 

 頂上決戦も目前に控え、臨海女子はいまいち乗り切れない気持ちで準決勝を終えた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「申し訳ありません。自分を抑えられませんでした」

 

 開口一番に謝罪を口にして、咲は深々と頭を下げる。

 腕を組んで咲のつむじを見下ろしていた久は、諦めたように大きく息を吐いた。

 

「咲、あなたは勝ってきてくれたわ。その点について責めるつもりはないわよ。本当によくやってくれたわ、お疲れ様。……でもね」

 

 一呼吸だけ溜めて、久は咲の頭に手を伸ばす。

 

「真剣勝負の場であれはいけないわ。まぁ、私たちが不甲斐ない所為なのは分かってるけどね」

 

 咲はてっきり鉄拳制裁かと覚悟していたが、久は柔らかく頭を撫でるだけであった。

 

「怒ってくれてありがとう。もう充分よ」

「…………本当に、すみませんでした」

 

 されるがままの咲はしばらくその姿勢から動かなかった。

 予想はしていたが、何故咲がこうなったのか和が話したのだろう。

 

 昨夜、咲は和に誓った。全ての相手を、全力をもって徹底的に叩き潰すと。その言葉をここに居る全員が聞いている。

 これまでも咲は問題児ではあったが、一度交わした大切な約束を違えるような真似はしてこなかった。

 そんな咲が後半戦になって唐突にブレ始めたのだ。呆れるより先に心配が浮かんでもおかしくはない。

 

 頭から伝わる体温は温かく、咲の身体の緊張が解かれていく。

 実は此処に来るまでにインタビューに揉みくちゃにされ、控え室に入るのもやらかした後で気まずいという状態だったのだ。咲にしては疲れていた。

 なお、インタビューでは偉大なる姉を見習って猫を三百匹くらい被って挑んだ。

 

 顔を上げた咲は残りの部員の元へ足を運ぶ。

 

「咲ちゃーん! 流石は咲ちゃんだじぇ!」

「ほんによーやってくれた」

「軽くつまめるもん買って来といたぜ」

「優希ちゃん、染谷先輩、京ちゃん……ありがとう」

 

 咲は思う。やっぱり自分は間違っていなかった。

 臨海を虚仮に下ろして何度も何度も徹底的に踏み潰した行いは正義だったと。

 だって仲間は誰一人大っぴらに咎めないじゃないか。久のあれは軽い注意みたいなものだ。最終的にはよくやってくれたと褒めてくれたし。

 

 視界の端に映る桃色の覇気はきっと気のせいだ。そうに違いない。

 

 さっきから全力で見ないふりをし続けている咲は、用意されたお菓子を求めて京太郎の隣に座った。

 

「京ちゃんはセンスが良いからね。お菓子も私好みだよ」

「そうだろーそうだろー。ほら、食え食え」

「頂きまーす」

 

 中にチョコが詰まったパンダ型のクッキー菓子を口に運ぶ咲。

 口内にたどり着く直前、横から伸びてきた掌にパンダが握り潰された。

 

「咲さん、私を無視するなんてどうしたんですか?」

「……あはは〜。和ちゃん、食べ物を粗末にしちゃいけないんだよ?」

「ご安心を。ちゃんと食べますので」

 

 据わった目で粉々に砕け散ったパンダを食べる和。もう超怖い。

 気付けば京太郎含めた面々が退室の準備を始めて散らばっていた。最近思うが、裏切りの思い切りがみんな良過ぎる。

 咲は頭の中で戦略を高速で巡らせて、逆転の一手を見つけ出そうとする。

 

「ちゃんと勝ってきたよ、和ちゃん。プラマイゼロでも無いし、不満だったかな?」

「そうですね、一位抜けについては流石は咲さんです。事情も事情ですから、ある程度の()()()には目を瞑りましょう」

 

 微笑む和を見て、咲は早々に諦めた。

 

「ですが、オーラスだけは見逃せません。和了り拒否なんて言語道断です」

「はい、すみませんでした。申し訳ございません。明日から頑張ります」

 

 咲には誠心誠意謝るしか選択肢が残されていなかった。

 

 

 

「んじゃ撤収するわよ。早く帰ってご飯食べてお風呂入って寝ないとね。明日は決勝よ、頑張りましょ」

『はいっ!』

 

 久の掛け声に応じ、各々が帰る支度を整える。

 

「咲ちゃんの荷物はまとめてあるじぇ!」

「ありがとう、優希ちゃん」

 

 長時間の対局でやはり空腹気味だった咲は菓子を食べながら、遂に辿り着いた舞台の先を思う。

 

(さぁて、明日はやっと白糸台との直接対決。淡ちゃんはどれだけ強くなったかな?)

 

 数ヶ月前は本気を出す価値も無かった相手だった淡だが、準決勝では随分と成長した姿を観れた。期待以上の変貌を遂げた今、対局するのがそれなりに愉しみである。

 竜華も竜華で不可思議な闘牌をモノにしており、実際に対峙するのが待ち遠しい。

 今日の相手は残念極まりない手応えの無さではあったが、まぁオマケとしてならあしらってやっても構わないだろう。

 

 空きっ腹にとりあえず糖分を詰め込んだ咲は、来たる決勝戦を思い浮かべて笑みを浮かべた。

 

(直接対決できないのは残念だけど、それは個人戦のお楽しみ)

 

 鋭利な眼光を放つ瞳は、次の標的を捉えている。

 獰猛に口元を歪ませて、咲は笑みを深くした。

 

「叩き潰してあげるよ、お姉ちゃん」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 








準決勝編、これにて完結!

※以下駄文、最後にイラスト

いやー、ついにここまで来ました。
仕事が忙しくて一年近くサボったり、ツイ○ター始めたり、他作品に浮気したり(現在進行形:鬼滅の刃)、誰だよこんな待たせた奴。本当にすんません!!

残すは決勝のみ。
優希ちゃんと照さんが大暴れ。残念ながらここでは玄ちゃんは出ませんが……
書く上での問題は二つ。
一つ目は辻垣内さんの力の全容がまだ掴みきれてない点。
二つ目はナインズゲートなんて意味不明な必殺技を手に入れた照さんが強過ぎる件。……個人的に八尺瓊勾玉の能力も考えてるのにどうしよう……

まぁ最終的には咲さんに全部ぶん投げるんですが(笑)

最後に
あらすじにも置いておきましたが、イラストです。

牌に愛された子


【挿絵表示】






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