キミの歌が聴きたい (オオサンショウウオさん)
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1章 始まる物語
1話 ハロー・蘭華


 

 

夜の公園で一人の少女が歌っていた。おもちゃのマイクを片手にアカペラで歌う様は微笑ましいものだろう。

 

「みんな、抱きしめて! 銀河の果てまで!」

『ヴ、ぉオオオオオオ!』

 

少女のワンマンライブに会場は大盛り上がりである。手を思い切り振るものもいれば、頭を振る者や、後方で腕を組んで頷いている者も居た。

 

「ふーっ……みんな、聴いてくれてありがとう!」

 

歌い終わった少女が観客に向けて手を振ると、また歓声があがる。少女はそれを見て少し恥ずかしそうに、それ以上に嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

──聴いているのがこの世のものとは思えない呪いの霊だけ、というのを除けば、この光景も絵になっただろう。

 

「お疲れ様」

 

歌い終わった少女にタオルを差し出す青年が居た。

 

「あっ、ありがとう、夏油くん!」

 

夏油傑(げとうすぐる)。頭二つ分くらい少女より大きく、前髪が特徴的な彼はいえいえ、と言葉を返す。

 

「それにしても……いつ見ても、凄いね。キミの歌は」

 

夏油は目の前に広がっている光景を見て興味深そうに呟く。

 

「そうかな?」

「あぁ、そうさ。歌だけで呪いを祓うなんて、未だに信じられないくらいだよ」

 

彼らの背後には光の粒子がキラキラと舞っていた。彼女の歌は術式では無い。完全に、ただの歌であると傑の親友も言っていた。

 

『はー?? なんで歌なんかで祓えるんだよ。あり得ねぇっての!』

 

初めて彼女の力を見た親友は引きながらそう口にしていた。最も、今では歌ってくれよ、とせがむくらいには好んでいるようだが。

 

傑はタオルで汗を拭う少女を見る。身長は傑よりも頭二つ分ほど小さく、あどけなさが残る顔立ちでショートの髪型は何処か犬の耳のようだ。

 

彼女はただ、見えるだけの一般人だ。

 

呪術に関する知識も、術式も、呪力もほぼない。それなのに呪霊を見ても怖がる様子も無く、それどころか笑顔さえ見せている。呪術師はイカれた奴が多いが、彼女もまた、その部類になるのかもしれない。

 

「……? どうしたの?」

「──いや、なんでもないよ。そろそろ帰ろうか。悟たちも待ってるだろうし」

「うん、そうだね!」

 

純粋な眼で見つめられた傑は自分の考えていたことを悟られない様に誤魔化した。少女は少し疑問に思った様だが、特に追求することはなかった。

 

 

呪いが見える。だけど呪力はほぼない。

呪いが祓える。だけど術式は使えない。

 

 

……そんな歪な彼女との出会いはいつだったか。

 

夏油傑は隣を歩く少女を見ながら思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏油傑が呪術高専1年生だった頃。今では親友の五条悟(ごじょう さとる)と、家入硝子(いえいり しょうこ)がそこまでの仲では無かった頃。

 

一人で行った任務に赴いた傑は不思議な光景を目にすることとなった。傑にしてみれば簡単な任務の一つ。

 

きっかけは、帳を下ろした中に一般人が紛れ込んでいるという情報だった。

 

「くっ……何処にいるんだ?」

 

──呪術は弱者を守るためにある。

 

夏油傑が掲げていた思想であり、今でもそれは変わらない。そんな傑は一般人が紛れ込んでいるという情報を聞いた時、すぐさま動いた。

 

傑は呪霊躁術を使い、一般人を探そうと呪霊を放つ。

 

「見つけた……!」

 

そうして傑が見た光景は、思わず口を開けたまま固まってしまうようなものだった。

 

 

 

──少女が、歌っている。

 

 

 

それ自体は別段、不思議な事では無い。街を歩けば楽器を持ち、歌っている人を見かけることがある。だが、目の前の光景は異様と言わざるを得ないものだった。

 

『あ、ァァァァ!』

『ヴぉああォォォ!』

 

この世のものとは思えない、異形の集団の真ん中で、少女がマイクを持って歌っていた。異形の、呪霊に怖がる様子も無く、楽しそうに歌っていた。

 

「な、にが……」

 

真っ先に浮かんだのは、野良の呪詛師(じゅそし)という可能性。

 

(いや、違う……彼女は、ただ歌っているだけだ)

 

少女の歌は、どれも傑の聞いたことのないものばかり。助けなければ、と気を張っていた傑だったが、いつの間にか自分自身も少女の歌に聞き惚れていた事に気づかなかった。

 

「ありがとう、みんな! 最後まで聴いてくれて!」

 

歌い終わった少女が笑顔で周りの呪霊たちに言うと、呪霊たちは喜びを表現しようとしているのか、頭を降ったり、手を振ったり、必死に何かを伝えようとしていた。傑からしてみれば、あり得ない光景である。

 

そうして、動いていた呪霊たちだったが、彼らは満足したようにキラキラと光の粒子になって行く。

 

(呪いを、祓った!? ただの歌で?)

 

あり得ない事の連発で、傑の頭は混乱状態である。少女は呪霊たちを見送る様に手を振り、最後の1匹が消えるまで、それを辞めることはなかった。

 

「……ハッ、そこのキミ! 大丈夫か!?」

 

傑が思考を取り戻したのは少女が手を振るのをやめた時だった。

 

「えっ?」

 

少女は突然駆け寄って来た傑に困惑していた。

 

「キミは一体何者だ? 術式を使っている様には見えない、何故奴らを―呪霊を祓える?」

「あの、えっと……」

 

不可解な現象に思考が纏まらず、傑は少女に質問を投げ掛けるも、少女は不思議そうな顔をしていた。

 

「あの子達、幽霊じゃなくて呪霊って言うんだね!」

「……は」

 

何度目だろうか、傑が驚くのは。少女は、呪霊を知らなかった。

 

「……バカな。まさか、何も知らずに彼らを相手にしていたのかい?」

「えっと、昔から歌を聴いてくれてたから慣れちゃって」

「慣れちゃって、って……」

 

傑は問いただす事を諦めた。少女が嘘をついている様には見えないし、本当に何も知らないのだろう。……頭が痛くなる。

 

「私は夏油傑。キミの名前は?」

 

傑がため息を吐いた後そう聞くと、少女は笑顔で答える。

 

「わたし、早乙女蘭華(さおとめ らんか)! よろしくね、夏油くん!」

 

そんな蘭華の笑顔が、傑にはとても眩しく思えた。

 

 

 

 

 

蘭華が呪術高専に入学する事になったのは、その夜から一週間後だった。

 

「今日からうちに転入する事になった早乙女蘭華だ。3人とも、仲良くしろ」

 

強面の教師に紹介された傑たちと同じ制服を身に纏う彼女は、とても緊張していて、背筋をピンと伸ばして表情もガチガチに固められていた。

 

「早乙女蘭華です! 好きな食べ物は中華料理で、趣味は歌う事! あと……術式? はありません! 呪術もこれから習っていくのでよろしくお願いします!」

「はぁ?」

 

蘭華の自己紹介に席にだらしなく座っていた白髪にサングラスを掛けた青年、五条悟が声をあげた。

 

「え、マジ? こいつ呪術も術式もほとんど知らねーの? パンピー?」

 

思わずサングラスがズレた五条はその眼で蘭華を見た。

 

「……うわ、マジもんじゃん。ヤガセン、なんでこいつ高専(ここ)に来たの?」

 

悟の目は術式・呪力を視覚情報として詳細に認識できる特別な目──六眼(りくがん)と呼ばれるもの。その目で見ても、目の前の少女、蘭華からは何も感じられなかった。悟が何故ここに来たのかを質問するのは当然だった。

 

「……こいつは特別でな、直接見た傑に聞いた方が早いだろう」

 

ヤガセンこと夜蛾正道(やが まさみち)は苦笑いをしている傑に視線を送りながら問いに答える。

 

くるり、と悟もまた傑へと視線を移す。

 

「……彼女は、歌で呪霊を祓っていた」

「歌ぁ?」

 

悟は何処か小馬鹿にしたような口調だった。

 

「あぁ、見間違いではない。彼女は、ただの歌で、呪霊を祓っていた。私の目の前でね」

「え、マジ? 凄いじゃん」

 

頬杖をつきながら3人の会話を見ていた茶髪でショートヘアの少女、家入硝子は蘭華を見つめる。硝子に見つめられた蘭華は何処か照れくさそうにしていた。

 

「いや、凄いとかの話じゃねーだろ! 意味わかんねーよ」

「悟の言う通り、私も傑から聞いた時は信用できなかった。だが、実際に目の当たりにしたが……蘭華の力は本物だった」

「あはは……」

 

夜蛾が念を押すように悟に言うが、悟はうそくせー、と一蹴する。

 

「なら、見てみると良い」

「あ?」

「彼女の力さ。私なら今すぐにでも呪霊を用意できる。二人にも見てもらった方が良い……ですよね?」

 

傑は夜蛾に確かめる様に言うと、夜蛾は頷く。

 

「──という訳だ。蘭華、今から歌えるか?」

 

夜蛾が隣に立つ蘭華に声をかけると、蘭華はビクリと身体を震わせる。蘭華はまだ夜蛾の強面に慣れていなかったらしい。

 

「は、はい! 大丈夫です!」

「それじゃあ場所を変えようか。流石に教室でやる訳には行かないからね」

「おー、楽しみ」

「けっ」

 

硝子は楽しげに、悟は何処か不貞腐れながら席を立つ。

 

「傑、蘭華を案内してやれ」

「分かりました……じゃあ、私たちの後に着いてきてくれるかい?」

「う、うん……分かった!」

 

傑は蘭華の返答に笑みを返し、教室を出て行った。蘭華は三人に遅れないよう、高鳴る胸を押さえながら着いていくのだった。

 

 

 

 



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2話 入学・高専

 

 

「……それで、悟の目にはどう見えた?」

 

傑と悟は目の前で何処からかもってきたラジカセを硝子と準備している蘭華を見ながら話していた。

 

「さっきも言ったけど呪力はちょびっとあるくらいで術式も何もない。見えるだけのパンピーって感じ」

「……やはりそうか」

「アレが演技だったら俺は驚くね。隙だらけだし、歩き方もなってない」

 

悟の言葉に静かに頷く。

 

「おーいクズ二人〜、準備できたよ〜」

「え?」

 

火のついてないタバコを咥えながら硝子は手を振っていた。悟と傑をクズ呼ばわりした硝子に眼を見開いて驚いていた蘭華を特に気にする事なく、硝子は二人の隣に来る。

 

「硝子。私たちの印象が悪くなるからいきなりクズ呼ばわりはやめてくれないかい?」

「なんで? 事実じゃん」

「あのね……」

「なんか必死じゃん、ウケる」

 

硝子は傑をからかいながらタバコに火をつける。

 

「あー歌聞かなきゃだめ? めんどくなってきたんだけど」

「あ、待ってて! もうすぐ準備できるから!」

 

悟が頭の後ろで腕を組みながらあくびをしていると、蘭華は慌てた様子でラジカセを弄る。その様子はどこかぎこちなく、機械になれていないようだった。

 

「大丈夫かい?」

 

そんな蘭華を見ていられなくなった傑は声を掛ける。

 

「あ、夏油くん……ごめんね? 初めて触るからよくわからなくて……」

「さっき硝子が準備出来たと言ってたけど……」

「えーっと……初めて会った人にあんまり迷惑掛けるのも悪いかなって……えへへ」

 

とどのつまり、出来ないのに後は一人で出来ると言ってしまったらしい。呆れた傑は蘭華の持っていたカセットをヒョイと奪い、手際よくラジカセにセットをした。

 

「はい、これで終わり。再生はこっちのボタンで、止めるのはこのボタン。分かったかい?」

「おぉ〜なるほど……ありがとう夏油くん!」

「いえいえ、どういたしまして」

 

蘭華に尊敬の眼差しで見られている傑は苦笑いを浮かべていた。

 

「おい見ろよ五条、夏油の奴が転入生ナンパしてる」

「わーお、傑ったら手が早い事で」

 

ヒソヒソと後ろで話している二人の会話が聞こえてしまった傑は頬がピクリと動く。

 

「……茶化すな二人とも、聞こえているぞ」

「地獄耳じゃん、ウケる」

「いやーん、傑ったらこわーい!」

 

巫山戯る二人に相手をしてもしょうがないと思った傑は大きくため息を吐いた後、蘭華に声をかけた。

 

「そろそろ行けるかな? 準備が出来たら私に言って欲しい」

「うん、よろしくね夏油くん!」

 

蘭華は「これが、スタート、これが、ストップ……」と何度も指差し確認をしていた。

 

(さて……とりあえず3級と4級の雑魚を出すか)

 

呪霊には等級というものが存在する。

 

四級は通常兵器が有効だと仮定した場合、木製バットで余裕。三級は拳銃があれば、二級は散弾銃でギリギリ、一級は戦車、と上に上がるほど祓うのが困難となる。一級以上は総じて特級として扱われ、その中でも強さには大きな幅がある。

 

傑の術式、呪霊躁術は調伏させた呪霊を球状にしてから体内に取り込み、自在に使役する術式。 階級換算で自分より2級下の呪霊であれば、調伏無しで強制的に取り込む事ができる。というものだ。

 

「夏油くん! 準備できたよ!」

 

蘭華の言葉に傑は頷くと、側に呪霊を二体配置した。彼らに下した命令は一つ、此処に居ろ。というものだけだ。

 

「こっちも準備出来たよ」

「よーし、じゃあ歌うね! 曲名は──トライアングラー!」

 

 

 

 

── 君は誰とキスをする? わたし それとも、わたし?

 

 

アップテンポな前奏から始まったその曲は、男女の三角関係を描いた曲だった。

 

「おー、懐かしい曲じゃん」

 

硝子は曲を聴いて、子供の頃見ていたドラマを思い出す。

 

「この曲知ってんの?」

 

懐かしそうに呟く硝子に悟はそう問いかける。呪術界の御三家の一角である五条家は、そういった俗物なモノは見れる環境では無かった。

 

「昔やってたんだ。パイロットと歌姫の三角関係を描いたドラマでさ、結構面白かった」

「へぇ〜」

 

知らねー訳だわ。と悟は心の中で呟く。そもそもそれを見れる環境であっても自分が見ていたか? と言われれば見ていないだろう。恋愛ドラマなんか見る気にもならない。

 

 

── 味方だけど、愛してないとか 守るけど 側に入れないとか 苦い二律背反

 

 

蘭華は楽しそうに歌っていた。自然と身体が動いているようで、この曲を表現したい! 届けたい! という気持ちが伝わってくるようだ。

 

「へぇ〜、凄いじゃんあの子。そこらのアイドルとかより上手いんじゃない?」

 

硝子も蘭華の歌を聴いてパチパチと拍手をしていた。

 

「……ま、歌は上手いな」

 

聴いていて悪い気分では無い。悟は素直に認めた。

 

(……妙な感覚だ)

 

歌を楽しんで聴いている二人を他所に、傑の内心は穏やかでは無かった。まるで呪力そのものが揺らされているような感覚。ライブハウスにでもいるようだ。だが、それは不快なモノでは無い。

 

(悟や硝子は特に何も感じていない……私の術式が影響しているのか?)

 

傑は目の前でウズウズしている呪霊二匹を見ながら考える。自分が取り込み、操る呪霊だから傑自身にも影響が出ているのかも知れないと。

 

「ね、五条……私の目がおかしくなかったらだけどさ……あの呪霊たち踊ってね?」

「はーーなんだこれ、意味わかんねー」

 

二人の目の前には、蘭華の歌を聴いた呪霊たちがそれぞれ思い思いの踊りを披露している場面が広がっていた。その光景をしっかりと六眼で確認した悟はガシガシと頭を乱雑に掻いていた。

 

 

── 君は誰とキスをする? わたしそれともわたし? こころ揺らす言葉より 無責任に抱いて 限界

 

 

「なぁ傑! これお前が操ってんだよな?」

「バカを言うな、わざわざそんな事をするメリットが無いだろう。私は此処に居ろ、という命令をしただけさ。勝手に踊り出したんだよ、この二匹は……」

 

所有権が奪い取られたわけでもなく、踊り出した二匹を見ながら傑も驚いていた。

曲がサビに入ると、二匹の踊りも激しくなり所謂オタ芸のようなモノになった。これには三人も若干引いていた。

 

「なぁ傑」

「……言うな悟。私にも意味が分からない」

 

眉間に皺を寄せて視線を送り合う二人に対し、硝子はもう見慣れたのか蘭華の側で「いえーい」とペンライトを振っていた。

 

「歌には呪力も感じられない、術式でもない。ヤガセンもあんな顔になるか」

 

蘭華を紹介する時、夜蛾が苦虫を噛み潰したような顔をしていたのを悟は見ていた。

 

やがて、曲が終わり満足そうにラジカセの停止ボタンを蘭華は押した。

 

「ふー、聴いてくれてありがとう!」

『ヴォォアアアア!』

 

特等席で蘭華の歌を聴いていた呪霊たちは、自分たちに向けられた純粋無垢な笑顔を見て、キラキラと光の粒子になって消えていった。その様は満足して成仏する、と言った表現が当てはまるだろう。

 

「マジで祓えてるじゃん、ウケる」

 

緑に発光するペンライトを持った硝子のそんな言葉が校庭に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここがキミの部屋だよ。隣が硝子だから、困ったら聞くといい」

「ごめんね夏油くん。荷物を持ってもらって」

「いや、気にしなくてもいいさ。これから共に学んで行く仲だし、こういう助け合いは必要だろう?」

 

蘭華のお披露目会が終了した後、悟は調べ物がしたいと席を外し、硝子は怪我人の救護に呼ばれ、残された傑は蘭華の寮の部屋を案内する事になった。

 

「それにしても……荷物、少ないんだね」

 

傑が持っているのはキャリーケースだけ。これから三年間過ごすにしては些か物が少ないのではないか? と疑問に思った。

 

「あはは、えっとね……私、あんまり荷物は持たない様にしてるんだ。だから、最小限の洋服とかしか持ってきてないの」

 

蘭華は傑の質問に少し困った様な顔をしながら答える。傑も成程、と短く言うとそれ以上追求はしなかった。

 

キャリーケースを壁側に置き、傑はまだ手伝う事はあるかい? と問いかける。

 

「ううん。後は大丈夫! ありがとう、夏油くん!」

 

柔らかな笑顔で答える蘭華に傑も自然と笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、私はこれで」

「あ、待って!」

 

傑がドアノブを握った時、蘭華が待ったをかける。

 

「はい、これ! お礼!」

 

しっかりと握らされたソレを見て、傑は目をパチクリさせる。

 

「えっと……これは?」

「あれ……? 知らないかな? オオサンショウウオさんって言うマスコットキャラクター何だけど……」

 

緑色の手のひらサイズに収まったゆるキャラのようなソレを持たされた傑は戸惑っていた。正直言って、自分には不用だと。だが、目の前の少女がお礼として渡してきた手前、断るのも忍びなかった。

 

「あ、ありがとう……うん、何処かに付けさせてもらうよ」

 

下手な所に付けたら悟が揶揄いそうだな、と思いながら改めて渡されたオオサンショウウオさんを見る。

 

(財布にでも……いや、それだと大きいな。鞄に付けておくか)

 

 

 

 

──翌日、似合わねー! と悟に爆笑された傑は悟と大喧嘩した。

 

 



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3話 女子会・先輩

 

 

早乙女蘭華が高専に入学して早一か月──。

 

同性の同級生ができた事で、硝子の機嫌は良かった。何せ同じ一般からの入学で、他のクズ二人と比べたら天と地ほどの差があるくらい純粋な子だったからだ。

 

「蘭華ってさ、呪術師になるの?」

 

クズ(悟と傑)二人が任務で居ない時はこうして二人きりの場合が多い。硝子は実戦向きな能力ではないし、蘭華もまだ呪力というものを理解していても使えるわけではない。硝子の場合、その能力故に高専にいなければならないと言うのがほとんどだが。

 

「えっと……どうだろう? 夜蛾先生はならなくてもいいって言ってたけど……」

「へぇ〜ヤガセンにそんな事言われたんだ」

「卒業したら呪術とは関係ない生活に戻るのもいいだろう、って」

「ふーん……じゃあ、他になりたい物は?」

「なりたいものか……歌手とか?」

 

蘭華の力は未だ不明のまま。解明するまでは蘭華自身の為にも、不用意に高専の外には出したくないというのが夜蛾の本音である。悟は実家で色々調べたみたいだが有益な情報は無く、地道に調べていくしかないだろう、と夜蛾は考えていた。

 

「いいじゃん歌手。蘭華ならなれるよ」

「そうかな?」

 

硝子の言葉に蘭華は満更でもない表情だった。

 

「そういやさ、歌、いつからやってるの?」

 

硝子は頬杖をつきながら聞いた。

 

「小さい頃からだよ。私、あんまり小さい頃の記憶は無いんだけどそれだけは覚えてるんだ〜」

「ふーん、そっか。そりゃあ上手いわけだ」

「えへへ……あっ! 硝子ちゃんも一緒にどう!?」

「え?」

「硝子ちゃん綺麗だし、気も合うし、一緒にユニット組んでみたいって思ってたの!」

 

思いもよらない蘭華の言葉に硝子は目を見開く位驚いていた。

 

「無理無理。カラオケにはたまーにいくけど、歌そんなに上手いわけじゃないし、足引っ張るだけだって」

「そっか〜……残念……でも、カラオケ今度一緒に行こうね!」

「おっけ〜」

 

そんな話を二人でしていると、教室の扉が勢いよく開かれた。

 

「おっつ〜!」

「や、ただいま」

 

悟と傑が手に袋を持って入ってきた。

 

「二人ともおかえり!」

「お土産はよ」

 

二人を出迎える蘭華に対し、硝子は二人に目線も送らず袋にのみいっていた。

 

「硝子お前出迎えくらいしろよな……ま、いいや。これお土産ね」

「ん、何これ?」

「よく分からねーけど、お前らが食えそうなもん買ってきた」

 

袋の中身はご当地のお土産という感じのお菓子やらが入っていた。金に物を言わせたという悟の金銭感覚の異常さが目立つ。

 

「私のはハーブティーだ。確か、カモミールだったかな? ストレスとか、喉にも良いらしい」

 

傑は一瞬だけ蘭華に目線を送りながら話す。

呪術師とは、常に死との隣り合わせである。怪我もしやすいし、昨日まで隣に居た人が居なくなることも良くある。ストレスも溜まりやすい業界だ。

 

「へぇ、珍しく気ぃ使ってるじゃん。ウケる」

「私たちの事を何だと──」

「クズ」

「……」

 

間髪入れずに言われた傑は言い返す言葉も見つからなかった。

 

「もう、硝子ちゃん! そこはありがとうって言おうよ」

「ん、ありがと」

 

蘭華に叱られた硝子は二人に向かってお礼を口にする。

 

「何故蘭華の言葉には素直に従うんだい、キミは……」

「は? 当たり前じゃん。こーんな純粋な子、囲っとくのが普通だし」

「硝子ちゃんやめてよ〜」

 

硝子は蘭華を抱き寄せウリウリと頭を撫でる。余りにも早い手のひら返しに傑は苦笑いしていた。

 

「傑だけじゃなくて、俺にも礼くらい言えよ」

 

蚊帳の外にされていた悟は何処か不貞腐れながら椅子に座る。その様は何処か小さな子供の様だ。

 

「あっ! 違うよ! 悟くんにもちゃんとお礼言ったつもりだったんだけど……!」

 

ふーん、とそっぽを向く悟に蘭華はあたふたしながら身振り手振りで伝える。

 

「保育士みたい」

「プッ」

 

硝子の言葉に傑は思わず吹き出した。確かに、拗ねている子供をあやす保育士に見えなくもない。

 

「それにしてもさ、五条の奴よく蘭華を認めたよね。最初バカにしてたのに」

「さぁ……ソレに関しては私も知らない内に仲良くなっていた、としか」

「あの五条がねぇ……」

 

仲を深めた出来事は気になったが、悟が少しだけ性格が丸くなった様に感じていた傑はまぁ、良いことには違いないね。と口にした。

 

 

 

 

 

 

「硝゛子゛ぉ゛!!蘭゛華゛ぁ゛!!」

 

一年生の教室にドタバタと入ってくる巫女装束の人物が一人。

 

「わわっ! 歌姫さん!? ど、どうしたんですか?」

 

庵歌姫(いおり うたひめ)。呪術高専四年の生徒であり、蘭華たちの先輩に当たる人物だ。

巫女装束と黒髪が特徴的な少女である。呪術師には珍しい普通の感性の持ち主の歌姫は後輩二人を可愛がっていた。

 

歌姫は二人に勢いよく抱きつき、その拍子に机に置かれていたファッション雑誌などが床に落ちる。顔を上げた歌姫は慰めてと言わんばかりの雰囲気と顔つきだった。

 

「またクズ共になんかやられたんですか?」

「聴いてくれる!? あの二人、私が任務でちょっと手こずった事を聞いたらしくて、ずっとイジってくるのよ! 主に五条が!!」

 

どうどう、と宥めながら硝子が聞くと、歌姫は溜め込んでいた鬱憤を晴らす様に語りだす。

 

『えー? 歌姫そんな階級の奴に手こずったの? マジ?』

『やめないか悟。先輩と偶々相性の悪い呪霊だったかもしれないじゃないか』

『相性が悪かったって言ったって階級が下の奴に手こずる訳ないじゃーん!』

『フッ、それは確かに』

『うっっさいわね! 偶々よ! ていうか敬語使いなさいよ! わ た し は 先輩!』

『イジイジイジイジ』

『チクチクチクチク』

『あああああああああああ!!!』

 

笑顔で歌姫をいじり倒す様子が容易に頭に浮かんだ二人はポンポンと優しく肩に手を置いて歌姫を慰めた。

 

「なんで今年の一年は良い子とクズが半々なのッ……!!」

 

歌姫の心からの叫びだった。高低差が激しすぎると。

 

「このままだと私、優しさと悪意で風邪をひいてしまうわ!!」

 

ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱しながら歌姫は叫ぶ。

 

「あはは……歌姫先輩も大変そう」

 

蘭華は自分が言っても改善しないだろうな、とあの二人を思い浮かべた。むしろそれをネタに自分がいじられそうとも。

 

「んじゃ、歌姫先輩のストレス発散に今日何処か行きません?」

 

硝子は床に落ちた雑誌を拾い、パラパラと捲るとあるページに目をつけた。

 

「あ、これ……さっき言ってたスイーツのカフェだよね?」

「そ。蘭華も良いなって言ってたし丁度いいじゃん」

「行くぅ! 行くわ! 行きましょう二人とも!」

 

歌姫はパァと笑顔になった。なんとも感情表情が豊かな先輩である。

 

「ついでに服とかも見ませんか? 私、歌姫先輩に似合いそうな服見つけたんです!」

「え? わ、私に?」

 

キラキラと目を輝かせながら蘭華はうんうんと頷く。

 

「じゃあカフェ行った後は歌姫先輩のファッションショーって事で」

「え!? ちょ、ちょっと硝子……?」

「良いね硝子ちゃん! 歌姫先輩の巫女服以外の姿見てみたいし!」

「蘭華まで!?」

 

悪ノリしている硝子とすっかり乗り気の蘭華。二人が楽しそうにしていたので歌姫はしょうがないか、と諦めた。

 

「しょうがないわね……その代わり、あんたたちの服は私が選ぶわ!」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「ふふ、任せなさい蘭華。バッチリ選んだげるから!」

 

 

 

その後、服を一通り見回った三人はカフェで談笑していた。洋服の入った袋がいくつかあり、側から見れば普通の女子高生だった。

 

「あ、五条くんから返信きたよ」

 

パフェを囲った三人の楽しそうな自撮りを送ってやろう、と歌姫が発案し、蘭華が撮影したものだ。

 

『誘えよパフェ食いたかった』

 

この後には怒りマークの絵文字が多数並んでおり、彼が本気で行きたがっている事が想像できる。

 

「ふん、ざまーないわ! オホホホホ」

 

それを歌姫は愉快そうに笑う。

 

「こんなキャラだっけ、パイセン」

「ホントに五条くんがストレスだったんだね……」

 

ヒソヒソと聞こえないように硝子と蘭華は話す。

 

「あー、少しスッキリしたわ。ありがとね」

「ど、どういたしまして?」

 

弄られた仕返しが出来て歌姫は満足気だった。

 

「あ、この店シュークリームもおすすめなんだ……二人に買って帰った方がいいかな?」

 

蘭華は目に入った看板を見て呟く。歌姫はえぇ〜と文句を言いたげな表情になった。

 

「蘭華、あんたの優しさがアイツらをつけ上がらせるのよ……悪いことは言わないわ。辞めておきなさい」

「え!? そこまでですか?」

「確かに、蘭華は結構あの二人甘やかしてるよね」

「そ、そうなの?」

「自覚無かったんだ、ウケる」

 

クズ二人が喧嘩をして偶々通りかかった蘭華が転び怪我をした時や、蘭華が買って置いといたプリンを悟が勝手に食べて知らんぷりしていた時も、蘭華は本気で怒る様な事はなく、叱る程度だった。

 

「優しいのも罪なのよ、蘭華」

 

がっしりと肩を掴まれながら言う歌姫に、蘭華は、は、はい。と言いながら頷くしかなかった。



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4話 悟・エンカウンター

 

 

ある日の深夜の出来事である。

 

「あー、何で俺があんな任務行かなきゃ行けなかったんだよ。他の術師で良かったろ……」

 

明らかに自分の実力よりも数段劣り、しかも遠出の任務。五条悟という存在に少しでも嫌がらせをしてやろうと言う呪術界上層部の腐った思惑が見え隠れしていた。それに察せない程鈍くはない悟は今日もまた、ストレスを貯める。

 

「あ?」

 

高専に帰ってきた悟は、グラウンドの隅でライトが付いていたことに気がついた。

 

「何やってんのお前」

「わ、びっくりしたぁ……五条くん、おかえりなさい」

 

かろうじて姿が見えるくらいの光の中で蘭華がメモ帳を片手に何かをやっていた。

 

「んで?」

「え? あ! これはね、夏油くんと硝子ちゃんが教えてくれた呪術に関するメモだよ」

「いや、何やってんのか聞いてんだけど?」

 

怠い任務でストレスが溜まっていた悟が少し苛立ちながら聞くと、蘭華は慌てだす。

 

「えっと、少しでも呪力に付いて学ばないとなって思って……私、ただでさえ何にも使えないから時々夜にこっそりやってるんだ。寮だと遅くまで起きてたらバレちゃいそうだし、此処ならいいかなって……」

 

結果は出てないけどね。と蘭華は自嘲して笑う。

 

「んなの聞けばいいじゃん、傑とか硝子に」

「……五条くんも、夏油くんも、硝子ちゃんも私と違って忙しいし、私なんかに時間を割いてもらうのは気が引けて……」

 

(ハッ、無駄な努力だな)

 

六眼で見ずとも分かる。やろうとする努力はまぁ評価できる物だが、何の成果も得られていないならそれは無駄な時間だ。

 

「いや意味ねーから、それ」

「え?」

 

ため息と共に悟がそういうと蘭華は不思議そうに首を傾げた。

 

「だから、わざわざこんな時間にやる意味なんてねーし、そもそもお前呪力の量もほぼねーからやっても無駄って事」

 

歌だけ歌ってろよ。とまでは言わなかったが、悟の口にした言葉はほぼ本心だ。蘭華が高専に居るのはその歌の特異性故に、悪用されては行けないという判断の元だ。蘭華を戦わせようだなんて誰も思ってはいない。

 

「そ、そうなんだ……でも! 知ってる方が良いよね? ほら、この(とばり)とか!」

 

メモを指差しながら蘭華は言う。帳とは、外から中を視認できないようにする術だ。呪術師としての素養がない人でも、呪力を扱える人物であれば使用することができるので、最も簡単な結界術と言える。

 

「帳なんて誰でも使えんだし覚える必要なくね?」

 

一般人に見られたところで何か問題あるか? そもそも見えないんだから。と思っている悟にとって、帳とは意味のないものだ。

 

「じゃ、じゃあ私は他に何をすれば……」

 

うじうじと悩む蘭華に悟はまた苛立った。雑魚なんだから、無駄な事はするなと言いたくなるが、更にうじうじされると面倒だと思った故口には出さなかった。

 

「だーかーらー、お前は歌で祓えるんだから歌の練習しとけばいいんじゃねーの?」

「……うん、そうだね」

 

何処か納得していなさそうな蘭華を見て頭をガシガシと掻く。

 

「ったく……一曲につき一回」

「え?」

「それで、お前の知りたい事教えてやるよ」

「でも、五条くん忙しいんじゃ──」

「あー聞こえませーん! ウジウジ悩まれても鬱陶しいからこれは決定事項でーす!」

 

有無を言わさず悟は蘭華にそう言った。それから、蘭華は時々悟の個人授業を受ける様になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て、蘭華」

 

校舎を歩いていた蘭華を誰かが呼び止める。

 

「夜蛾先生?」

 

剃り込みの入った髪に強面の大男が居た。蘭華が夜蛾を見るたび毎回少しだけ驚いてしまうのは内緒である。早く慣れなきゃとは思ってはいるが、悟や傑に怒鳴る姿やゲンコツを落とす姿が印象に残っているのだ。

 

「ちょうど良い。着いてきてくれ」

「え? は、はい」

 

私に用事なんて珍しい事もあるなぁ、と思いながら蘭華は夜蛾の後をついて行く。夜蛾の大きな背中を追って歩く蘭華は年齢差も相まって親子のようだ。

 

「わぷっ……はっ、すみません!」

 

大きな背中だなぁ、と考えながら歩いていた蘭華は夜蛾の足が止まったことに気付かず、背中にぶつかってしまう。急いで謝る蘭華だが、夜蛾は特に気にしてはいないようだった。

 

「着いたぞ」

 

夜蛾が止まったのはグラウンドがよく見える廊下だ。

 

「あの、ここ廊下ですよね? 何かあるんですか?」

「見ろ」

「あ、五条くんたちだ」

 

夜蛾の見つめる先には悟と傑が居た。二人とも何やら話している様だが、ここからではあまり聞こえない。耳を澄ませ、何とか会話を聞こうとしている蘭華に夜蛾は話しかける。

 

「……お前に、任務が来ている」

「え!? わ、私にですか? でも、私って階級なんてまだ無いですよ?」

 

呪術を知ったのは1カ月と少し前。それから少しは呪いというモノに触れた蘭華だったが、ほぼ素人に毛が生えた様なものだ。呪術師には呪霊を祓う力によって階級が当て振られ、上から特級、下が四級。蘭華はその四級ですらない。

 

「……上からの命令でな、どうやらお前の"歌"の力が何処からか漏れたらしい。不明な力の詳細を調査しろ、とな」

「……あの、それと五条くんたちに何の関係が?」

 

現在進行形でドンパチ爆発音が鳴り響くグラウンドに蘭華はたらりと額から汗が流れる。爆発音が鳴るたびに、目の前の夜蛾の眉間の皺が深くなって行くからだ。

 

「呪術師は上の階級の者が下の者に指導をする、というのが習わしだ。あの二人なら実力だけ(・・)は申し分ない……だが、他にも任務がある。どちらかが蘭華の護衛、どちらかがその任務に行く様に言った途端揉め出したらしくてな」

「そ、そうなんですか……」

 

ドカン、パリン──ブチッ!

 

夜蛾の何かが切れる音が聞こえた。

 

「──お前はここで少し待っていろ」

「は、はい!」

 

背筋をピンと伸ばした蘭華の肩をポン、と優しく叩いた後、グラウンドで爆発よりも大きな夜蛾の怒声が響き渡った。

 

「先生! いきなりゲンコツはやめませんか!?」

「そうですよ。私たちは何もしていないでしょう」

 

数分後、頭にたんこぶを付けた二人が夜蛾と共に歩く。

 

「お前らは……ふぅ、片付けは後でやらせる」

 

こめかみを抑えながら夜蛾は溜め息を吐く。

 

「えー」

「そんな」

「黙れ。お前らは任務の詳細をまだ聞いていないと思うが……蘭華の力が上にバレた」

 

ぶーぶーと文句を垂れる二人を黙らせた夜蛾は本題に入る。

 

「へーマジ? どっから?」

 

悟は口角を上げる。その顔は玩具を見つけた子供の様だ。

 

「……それを知ってもどうにもならん。余計な事はするな」

「ですが先生。彼女を利用しようとする輩が現れるかも知れないんですよ? 余計な事と言うのは違うのでは」

 

深入りはするな、とでも言いたげな夜蛾の言葉に傑が反論する。

 

「分かっている……兎に角、今はどちらが任務に行くか。それだけだ」

「答える気無しかよ」

「場所は埼玉にある廃墟。一家心中があった場所であり、そこにいる呪霊の捜査と、蘭華の力の確認。その二つだ」

「階級は?」

「一級か、準一級だろうとの事だ。既に面白半分で入った若者たちの犠牲者も出ている。出発は明日だ」

「おっけー。じゃ、傑、じゃんけんな」

 

悟は笑みを浮かべながら右手を出した。傑も、しょうがないかと思いつつ手を出す。

 

「「じゃーんけーん……」」

 

気の抜けた決め方に夜蛾はこいつらは、と呆れていた。



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5話 ファースト・ミッション

 

埼玉にある廃墟には幽霊が出ると地元の若者たちの噂になっていた。曰く、一家が強盗に襲われてしまい、全員死んだ。曰く、気が狂った老人によって無関係の家族たちが殺された。そんな真偽不明の噂があった。

 

「ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」

「へーきへーき。たくやんたちも行って何もなかったって言ってたし、写真だけとって帰ろうぜ」

 

そんな噂を聞いて訪れたのは二人組の若いカップルだ。ピンクのスカートに金色の髪で濃いめの化粧をした女と、同じく金髪の肌が浅黒い男。

 

男はビデオカメラを片手に廃墟に立っており、女はビクビクとしながらライトを片手に男のそばに近寄る。

 

「なンだっけ? あー、一家心中とか? まぁいいや。えーっと、録画押して……おし! おーい、見てるかー? これから廃墟探索すっから、ちゃーんとご褒美のアレ用意しとけよー?」

 

カメラを自身に向けて手を振る男は幽霊とか、そういったモノをカケラも信じていなかった。

 

「ひぃ! ねぇ、いまパキって音しなかった?」

「はぁ? あれだろ、木の枝踏んだだけ」

「そ、そう?」

 

時々聞こえてくるパキ、という音が鳴る度に女は肩をビクリと震わせ、男の腕にしがみつく。男は役得だな、と思っていた。

 

男たちが廃墟の中に入ると、所々に最近発売されたお菓子の袋や、ジュースのペットボトルが散乱していた。

 

「ったくよぉ〜、ゴミくらい片付けろよな」

 

ガラガラとゴミを蹴飛ばしながら男は愚痴る。女はそのゴミを見て少しだけ安堵していた。

 

「はぁ〜……廃墟の中になんか親しみのあるモノ落ちてると安心するわね」

「こんなん落ちてるって事は、噂も嘘って事か。つまんねーけど、まぁ暇つぶしにはなったか?」

 

二人は笑いながら廃墟の廊下を歩く。ギシギシと軋む床を踏みながら進んでいくと、突き当たりに大きな扉があった。

 

「お、あそこがゴールっぽいな」

「うぇぇ……如何にもって感じ。ねぇ、もう帰らない?」

「心配すんなって! 中見たら終わりだからよ」

 

男がカメラを持ちながら女に照らせ、と指示を出す。

 

「よーし、せーの、で開けるぞ?──せーの! はは、なんだよ。何もねーじゃ……」

「あ……」

 

 

 

ガポリ。という生々しい音が聞こえた時、そこにはもう二人の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここがその廃墟か? 無駄に遠出させられた割にはちっせぇな」

「五条くん、帳はやった方がいいかな?」

「ん〜……俺がやっとくわ」

 

悟は倒された立ち入り禁止の看板を踏み壊しながら呟く。結局、じゃんけんの結果は4回あいこの末に悟の勝利で終わった。

 

「な、なんか如何にもって感じ……」

「ん? 何お前、怖いの?」

 

悟の後ろにひっつき虫の様に張り付く蘭華は悟の言葉に目を逸らした。

 

「ふ、雰囲気がね……」

 

辺りをキョロキョロ見渡している蘭華に悟はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

 

「ふーん。以外とビビりなんだなお前。傑の出した呪霊の前で普通に歌ってたじゃん」

「う、歌ってる時は楽しいとか、別の感情が大きくて気にならないの……あ! ほら、五条くんも甘いモノ食べてる時に嫌な事とかあまり考えないでしょ?」

 

蘭華の例えに悟はなるほど、と頷く。と同時に勢いよく振り返る。

 

「なんでお前が甘いもん好きだって知ってんだ?」

「五条くんよくコーヒーとかに角砂糖とか結構入れてるし、それに私が買っておいたプリンとか食べちゃうんだもん……誰でも分かるよ」

 

後半になるにつれ、蘭華の目が細く成っていく。

 

「何してんのそれ」

「睨んでるんだけど!」

「ハッ、変顔してるだけだろ」

 

本人としては睨んでいたつもりだったらしいが、悟からすればそれは睨むというより、ただ目を細めただけにしか見えなかった。悟に鼻で笑われた蘭華は悟の脇腹をつねる。

 

「いって! おい、やめろよ!」

「ふん!」

 

脇腹を抑える悟を追い抜かして蘭華はズンズンと進んでいく。悟は怒るなよめんどくせー、と小さく呟く。

 

「おーい、そんな早足で歩くと転んじまうぞ〜?」

「余計なお世──わぁ!?」

 

悟の目の前を歩いていた蘭華が石に躓き、間抜けな声を上げながらコケる。

 

「…………」

「プッ、だっせ」

「ふ、ふん! 今のは偶々なんだから!」

 

少し顔を赤らめながら、蘭華は悟に舌を出して「いーっ!」と挑発する。自分よりも格下の少女に挑発された悟は少しカチンときた。いや、少しではなく割ときた。

 

「五条くんのあほ! ばか! 甘党! 虫歯! 白髪! もやし! 世間知らずのボンボン!」

「はぁ!? 虫歯なんざなった事ねーわバーカ! てかもやしじゃねーし世間知らずでもねーよ!」

 

楽な任務だと思って喜んではいたが、蘭華(コレ)の相手をするくらいなら傑の向かった任務に行けば良かった、と悟は思った。

 

「それは嘘! 五条くんはポケモンも、ジャンプも、ディズニーも知らなかったって硝子ちゃん言ってたもん」

「知ってるよ、そんくらい! 舐めんなよ!」

「へぇ〜、ふーん! じゃあ、ミッキーが飼ってる犬の名前は?」

「そりゃあ、アレだろ、アレ……グーフィー!」

 

悟が蘭華の問いに答える。

 

「ほら、知らないじゃん。正解はプルートだよ」

「は? グーフィーだろ」

 

勝ち誇った笑みを浮かべる少女を見た悟の脳内である日の傑との会話が頭を過ぎる。

 

『悟、知ってるかい? ミッキーの飼い犬の名前』

『あー……誰の何?』

『……ミッキー、知らないのかい?』

『知らねえ。で、誰?』

『ほら、これだよ。テーマパークのマスコットキャラクターさ』

『ネズミがマスコットかよ! センスねぇな〜』

『……悟、あまりバカにしない方がいい。彼らは世界で一番有名なキャラクターと言っても過言では無いんだ』

『マジかよ、やべぇじゃんミッキー』

『それで、このミッキーが飼っている犬の名前が……フッ、グーフィーだね。犬の友達の名前がプルートだ』

『あ? 犬飼ってるのと別に犬の友達いんの? 意味分かんねー!』

 

──悟は漸く気付いた。自分が傑に騙されていた事に。

 

悟が自分の間違いに気づいた時、素直に認めて謝れるか? と聞かれれば否。簡単には認めない。

……タイミング的には偶々だろう。この会話をしたのは蘭華が転入してくる前の話だ。

 

(す、傑の奴……!)

 

恐らく、彼の親友である夏油傑は蘭華に悟が世間知らずのボンボンである事を吹き込んだ張本人だろう。傑は面白い事をするなら親友だろうが売ってしまう故に硝子にクズ認定されている。前髪を揺らしながら笑う親友の姿を悟は幻視した。

 

『オ……いし……』

 

二人の背後からくぐもった低い声が聞こえ、悟と蘭華の顔が強張る。

 

「ねぇ、五条くん。今の声って……」

「呪霊だな。んじゃ、さっさと歌えよ」

 

さっさと帰りたいという悟の心の声が聞こえるようだ。蘭華はそう思いながら鞄からラジカセとマイクを取り出す。

 

「祓えなかったら俺がやるし、ま〜適当にやれよ」

 

悟の言葉に蘭華はよろしくね、と言うと深呼吸をする。

 

「──よし!」

 

自分の両頬を軽く叩き、気持ちを入れ直した蘭華はラジカセのスタートボタンを押した。

 

静かな場所に曲が流れ出すと、悟は呪力がざわつくのを感じる。

 

「お、釣れたな」

 

手頃な瓦礫に頬杖を突きながら座る悟と、歌い始めた蘭華の前に廃墟の屋根を突き破って巨大な呪霊が姿を現した。その容姿は赤子に近い。

 

『オ……あ……あ……ァ』

 

言葉にならない呻き声をあげながら呪霊はゆっくりと蘭華に近づいていく。

 

「……すげぇけどやっぱ気持ち悪いな」

 

赤ん坊が母親に向けて必死にハイハイをするような光景に悟は顔を顰めながら呟く。等級としては準一級くらいの呪霊は蘭華の側に座り込む。

 

『オカ……ぉ……さ……』

 

呪霊は歌っている少女をどこか懐かしむように、焦がれるように手を伸ばしては引っ込めるを繰り返していた。

 

(貴方は私と、似ているね)

 

その様子を見て、何故か目の前の呪霊が自分と重なって見えた。

 

『おかあ……さん……』

 

私が、私の歌でこんな子たちが満足できるなら……そんな気持ちで蘭華は歌を歌っていた。

勿論、歌う事は大好きだ。蘭華の歌を褒めてくれた人もたくさんいた。傑と出会って、高専に入って、悟や硝子、夜蛾と出会い、この世には呪いがたくさんある事を知った。

 

授業で習う呪いの力とは違うチカラ……それが何なのか、今は分からない。だから歌い続ける。自分にしか出来ない事、自分の産まれた意味を探す為に。

 

歌が終わると、呪霊は粒子となって天へと昇って行った。

 

「五条くん、終わったよ」

「ん……帰ろうぜ」

 

憂いを帯びた顔で振り向いた蘭華に悟は少し驚きつつも頷く。

 

(これからはこんな任務増えんだろうな……ま、楽だったから少しは付き合ってやるか)

 

 

 



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6話 シェリル・レーゲン

 

「悟。お前、また帳を忘れたな?」

 

五条悟にしては珍しい、物件に対する被害0という任務の結果は夜蛾としては信じ難いものだった。

 

「……あ、やべ」

「……」

 

夜蛾に問いかけられた悟は数秒止まり、自分でやると言って結局やっていなかった事を思い出した。笑顔で忘れてた! という悟に夜蛾は額に青筋を浮かべながらその頭にゲンコツを落とす。

 

「報告書のこれはなんだ?」

 

夜蛾が悟の前に突きつけた紙には「上手くいった」の文字しか書かれていない。

 

「前々から言っていたが、報告書はきちんと、分かりやすく書け」

「分かりやすく簡潔に書いたんだけどな〜」

「小学生の日誌ではないんだぞ……! いいか、今回の任務は呪霊を祓えたかの有無ではなく、蘭華の力の詳細を掴む事だ。任務に行く前にも、伝えただろう」

「つってもさー、俺が視てもわかんねーんだからそんなのすぐわかるわけなくね?」

 

頭を摩りながら悟は言う。

 

「お前が眼で見てそう感じたならば、蘭華の力は呪力を要するものではないと言うのは分かる。だが……」

 

腕を組み、渋い顔をする夜蛾。

 

「上の奴らはこう言いてーんだろ? 危険そうなら殺せ、って」

 

鼻を鳴らしながら言う悟の顔は嫌悪感が滲み出ていた。

 

「悟」

「わぁーってるって」

 

釘を刺すように名前を呼ぶ夜蛾に、手を振りながら答える悟。数ヶ月共に学舎にいて、それなりの交友があり、悪意を持つような人物には見えない蘭華を殺せと言われてはい分かりましたと即答できる程、悟は素直では無い。むしろ上の人間という呪術界の腐った連中しか居ないだろう奴らの命令を聞きたくないのだ。

 

五条家は呪術界の御三家と呼ばれる程歴史が長く、思想も強い人間が多い。そういった家で産まれ、間近で見てきた悟は良いやつ悪いやつの目利きがそれなりにできる。

 

「上の連中には俺が適当に理由付けて言っとくよ。ほら、俺五条家当主だし? 任務は楽だったけど、いちいち護衛するのもめんどいから」

 

悟は自分の立場を利用するつもりらしい。

 

「……すまんな」

 

夜蛾も高専で働く以上、上の命令には逆らう事が難しい。それが夜蛾の意向にそぐわぬものだとしても、拳を握り締めて耐えるしか出来ない。

 

夜蛾は、去っていく悟の背を見つめながら己の不甲斐なさを恥じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

高専にある休憩スペースに設置されたテレビを一人の少女が食い入るように見ていた。

 

「……」

 

口を開けたままテレビを見つめる様は年頃の乙女としては避けたい少し間抜けな姿だ。

 

『全米が注目する銀河の妖精こと、シェリル・レーゲン氏の人気は止まる事を知らず、日本でのライブチケットはわずか1時間で完売という偉業を成し遂げています──』

 

ストロベリーブロンドの長い髪を揺らし、そのはかなくてキレイな人形のような顔立ちは妖精と呼ばれるに相応しいと思えた。

 

『ハーイみんな! 元気してる? ライブ、楽しみにしててね?』

 

シェリルのウインクと挨拶の後、彼女の自慢の楽曲が紹介された。

 

「すごい……」

 

彼女の歌は、聴くものを魅了する魔法のようだった。蘭華も無意識のうちにリズムを取るように左右にゆらゆらと揺れる。

 

ふと、友人とした会話がよぎる。

 

『いいじゃん歌手。蘭華ならなれるよ』

『そうかな?』

 

あの時はただ、将来についてなんとなくで答えていた。

 

──私のしたい事。

 

このまま、ここで出来た友人たちと呪術師を目指すのも良いだろう。でもそれは、本当に自分のやりたい事なのだろうか? 

 

『わたしは、後悔する生き方なんかしたくないの。歌手をやってなかったらきっと後悔していた……そうね、一つだけ言うとすれば──運命は自分の手で切り拓くものよ!』

 

画面に映るシェリルの言葉は蘭華の胸の内に入って溶けていった。

 

「あれ、何してんの? ぼーっとしちゃって」

 

ぼんやりとテレビを見つめていた蘭華の肩を叩いたのは硝子だった。

 

「硝子ちゃん? 帰ってたの?」

「ついさっきね。それにしても蘭華、女の子がしちゃ行けない顔してたよ」

「え!?」

 

硝子にそう言われ蘭華はペタペタと顔を触る。その様子を見た硝子は笑みを浮かべ、蘭華の隣の座席に腰を下ろした。テレビは既によくあるニュース番組へと変わっている。

 

「で、何見てたの?」

「えっと、シェリルさんの番組」

「シェリルって、シェリル・レーゲン?」

「そう! 硝子ちゃん知ってるの?」

「そりゃあ、有名だからね。曲自体はあんまし聴いたことないけど」

 

全米で有名なアーティストだとしても、日本に来る事自体はあまり無く、硝子はそんな人がいるんだな、という認識でしか無かった。

 

「シェリルさんの歌、凄いんだよ! なんて言うか……惹き込まれるような、身体が震えてくるまるで魔法みたいなの!」

「へぇ、そうなんだ」

 

歌が好きな蘭華の事だ。銀河の妖精と喩えられるシェリルを見て何か感じるものがあったのだろう。硝子ははいはい、と相槌を打ちながらタバコに火をつける。

 

「それでね──」

 

まるで子供が夢を語るように、眼を輝かせて語る蘭華を見て硝子は提案した。

 

「前にも言ったけどさ、なっちゃいなよ。シェリルに並ぶくらいの歌手にさ」

「で、でも……」

 

蘭華は返答に悩んだ。自分なんかがシェリルと並ぶほどの歌手になれるとは思えなかったから。彼女に比べたら、自分の歌なんてみそっかすだ。

 

「ぶっちゃけ、蘭華って呪術師には向いてないと思うよ」

「う……そ、それは何となく自分でも自覚してるケド……」

 

戦闘能力が無く、呪力も少ない。体力は傑たちに体術の基本を教わっている為少しはついた。……それくらいだ。歌を聴かせれば呪霊を祓う事ができるという特異性が蘭華の強みであるため、歌えなくなれば蘭華は呪霊にやられてしまう。それが分かっていても、誰も硝子のようにはっきりと言わなかった。

 

「私が反転術式得意な事知ってるでしょ?」

「うん……他の人の傷を治せるって奴だよね?」

「そ。だから任務とかにもあんまり行かないし、行っても現地の人の傷を癒すくらい」

 

硝子はあまり吸っていないタバコの火を消す。

 

「人の傷ばっかり見てるとつい想像しちゃうんだよね。私でも治せない傷を蘭華たちが受けたらどうしよう……って」

「硝子ちゃん……」

 

悟と傑(クズたち)は二人で最強の自称する程あって、実力はかなりのものだ。ちょっとやそっとじゃ深手を負うことはない。対して、目の前の蘭華は。いま、自分の目の前で悲しそうな顔をしている少女が傷だらけでやってきたら……。

そんな想像をしてしまい、硝子は胸が苦しくなる。

 

「いやーごめんね、急にこんな話しちゃって。こんな話、するつもり無かったんだけど……困ったでしょ?」

「ううん……そんな事ないよ。硝子ちゃんの気持ちが知れて、良かった」

 

蘭華は硝子の手を優しく握って微笑む。少しだけ、目頭が熱くなった硝子は誤魔化すように席を立つ。

 

「じゃあ、そろそろ戻るね。蘭華も、あんまりテレビばっか見て夜更かししちゃダメだよ」

「ふふ、分かった」

「また明日」

「うん! また明日!」

 

互いに小さく手を振りながら、硝子は休憩スペースを出る。そこから少しだけ先に進んだ曲がり角を曲がると、見知った前髪がポケットに手を突っ込んだまま壁に背を預けていた。

 

「夏油じゃん。何してんの?」

 

硝子がそう聞くと傑は苦笑いを浮かべた。

 

「何って……任務帰りに偶々通りかかったから休憩しようとしてただけさ」

 

二人が話していたから入り辛くてね、と傑は言う。

 

「そんなとこで立ってないで入ってこれば良かったのに」

「私も空気は読めるよ。悟みたいにズカズカ入っていくと思われていたのかな?」

「大体そうじゃん」

 

硝子が真顔で言うと傑は酷いな、と笑う。

 

「……私も、彼女は呪術師にならない方がいいと思っているよ」

「へぇ、体術とか見てあげてるみたいだし、蘭華が呪術師になるの賛成派だと思ってた」

「あれは主に自衛の為だよ。センスの有無に関わらず、習っておいて損はない。それに、悟も彼女が呪術師になる事に反対派だ」

 

傑がそう言うと硝子は目を見開いて驚く。

 

「あの五条が? ウケる」

「雑魚が俺らの仕事増やしてんじゃねーよ、歌の練習でもしてろ! だって。悟なりに心配しているのさ」

「ハハ、言いそ〜」

「それに、彼女の能力なら呪いが多い芸能界関連の仕事も無くなりそうだからね」

 

呪いは負の感情から産まれる。だから、嫉妬や妬み、憎悪などが多い芸能関連の仕事を傑は何度も体験している。歌だけで呪いを祓える蘭華にとって、これ以上ない適任の場所だろうと傑は考えていた。

 

「まぁ、確かに……あの業界って多いよね、そう言うの」

「……ただ、心配するとしたら彼女の力の未知数加減と、悪用しようとする輩が出てきそうな事くらいだね」

「な〜るほど、だからか」

「呪術師を目指すにしろ、歌手を目指すにしろ、身を守る術を持っていることは彼女の為になる。彼女は私たちと同じ一般の出だが、呪術を習い始めて数ヶ月のほぼ素人だ。彼女の力を考えれば、硝子のように高専にいる事はこの先、少なくなるだろう……って、なんだい、その顔は」

 

傑は隣に居る硝子の視線が妙な事に気づいた。何というか、微笑ましいものでも見るようだった。

 

「べっつに〜?」

 

何か、このまま帰したら変な勘違いをしたままになる。傑の直感はそう囁いた。

 

「君の思っているような感情は抱いていないよ。ただ、数少ない同級生を心配しているだけで──」

「何か必死じゃん、ウケる」

「硝子まで揶揄うのはよしてくれ……」

 

傑は鞄に付けているオオサンショウウオさんのキーホルダーを悟にめちゃくちゃ揶揄われた事を根に持っていた。

 

「はぁ……兎に角、私は彼女が歌手を目指すのなら出来る限り協力するつもりだ。それは硝子もなんだろう?」

「勿論そのつもり」

「悟は……まぁ、協力するだろうね」

「アイツが素直に協力するとは思えないけど」

「するさ」

 

傑は悟がたまに蘭華に呪術について教えている事を知っていた。その場面を見かけたのは偶然だったが、夢でも見ているのかと思ったほど驚いた。

 

「悟もなんだかんだ、気にかけてるからね」



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7話 傑・エブリディライフ

 

「お疲れ様」

 

日課となりつつある体術の指南をしていた傑はタオルで汗を拭いている蘭華に自販機で買ったスポーツドリンクを差し出す。

 

「ありがとう、夏油くん! あ、お金は後で渡すからね」

「いいさ、これくらい」

 

冷んやりしたスポーツドリンクを受け取った蘭華は蓋を開け、ゴクゴクと飲み出した。

 

「ぷは……はぁ、やっぱり夏油くんはすごいね。全然攻撃が当たる気がしないや」

「フッ……教えてる側がそう簡単にやられてちゃ、信用できないだろう?」

「アハハ、確かにそうかも!」

 

汗をかく蘭華とは対照的に、傑は汗一つかいていない。傑にとって、初心者の蘭華に教える範囲の部分は、準備運動のようなものだ。積んできた修練の差というのはとても大きい。

 

「このまま基礎を積んで行けば、3級程度なら楽に祓えるようになるだろうね」

「おぉ……なんだかやる気出てきたかも」

 

傑はそれがいつになるか、までは言わなかった。確かに、このまま順当に基礎を鍛え、技術を学べば成長するだろう。だが、それにはかなりの時間を要するし持ち前のセンスの問題もある。

はっきり言ってしまえば蘭華にセンスはない。体術の話ではなく、戦闘そのものの話だ。蘭華は言うならば硝子と同じ後衛タイプ。前衛の悟や傑とは性質そのものが違い、前衛の戦術を学んだところで損は無いが活かすことはできないだろう。

 

「少しずつ学んで行けばいい。キミは高専に来て、呪術を学び始めてからまだ半年なんだからね」

 

蘭華が高専に来て半年が経過した。上層部は蘭華の扱いに困っているのか、定期的に力の調査を行えと夜蛾に指示を下しているが、夜蛾はこれに成果は芳しくないと返答をしていた。

 

「そういえば、硝子に反転術式について聞いていたよね? 成果はあったのかい?」

「あー、えーっと……」

 

蘭華は硝子との会話を思い出す。硝子の仕事の負担を少しでも減らしたいし、自分もみんなの傷を癒したい。そう思って聞いて見た。

 

「蘭華の呪力量じゃ学んでも意味ないんじゃない? というか、向いてないと思う」

 

仮に反転術式を使えるようになったとしても、元々の呪力量が少ない蘭華ではかすり傷を治せたらいい程度だし、辞めといた方がいいよ。硝子はタバコを咥えながらそう言っていた。

 

「……成程ね。なら、仕方ないか」

 

傑も理由を聞いて納得する。

 

「私も呪力をドーン! って飛ばせたら良かったのに……」

 

唇を尖らせ掌を前に向ける。その手には薄くだが呪力が纏われており、蘭華の脳裏には悟が見本で見せた姿が浮かんでいた。その時の威力は壁を容易く木っ端微塵にしてしまう程だった。その後二人揃って夜蛾に怒られたが……。

 

「呪力を飛ばすこと自体は誰でもできる。けど、威力は本人の呪力量と呪力操作によって変わる。悟の場合は六眼もあるからね」

「いいなぁ六眼……」

「ハハ、無いものねだりをしても仕方がないさ。さて、もう少しやるかい?」

 

傑が砂埃を手で落としながら立ち上がると、蘭華は自分の顔を気合いを入れる為に手でぱんぱんと叩く。

 

「よーし! お願いします夏油師範!」

「うむ、来なさい」

 

蘭華の格闘漫画のようなノリに傑は笑みを浮かべながら付き合う。その後、傑が任務に向かう30分前まで体術の指南が行われた。

 

 

 

それから約数時間後。傑が任務から帰ってきたのは深夜の2時を過ぎた頃だった。相手をしたのは二級呪霊で傑からしたら楽な相手と言える。

 

「……ん?」

 

誰もいない静寂に包まれた高専内を歩いていた傑は、食堂に明かりが付いていることに気がついた。消し忘れか? そう思ったが深夜まで点いていたら誰かしらが気づくだろう。

 

「悟か?」

 

同じく任務に駆り出され気味の親友の姿を思い描いた傑はそのまま食堂へ向かう。食堂に近づくにつれて、傑の鼻は微かだが料理の匂いを感じた。夜食なら一緒に食べるか。傑は己の腹と相談しつつ足早に行く。

 

「これは……」

 

角のテーブルには何故かパンダの柄の毛布が掛けられた蘭華が机に突っ伏したまま寝ており、その隣には大皿いっぱいに注がれ、ラップのされた色とりどりの具材が入ったシチューがあった。

 

そして、その隣に置かれた紙を傑は手に取る。

 

『夏油くんへ  日頃お世話になっているから、晩御飯を作ってみました。冷めてたらレンジを使ってください! 味の保証は硝子ちゃんと、偶々居た五条くんもしてくれたので安心してね! 蘭華より』

 

彼女が好きだというゆるキャラことオオサンショウウオさんが描かれた紙にはそう書かれており、傑は自分が帰るまでここで待っていたのか、と少し呆れると同時に嬉しくなった。

 

「ありがたく戴くとするよ」

 

傑は手紙を懐に仕舞うと、蘭華を起こさないようにゆっくりとシチューを手に取り、レンジを使う。温めが終了した音が意外にも大きく、蘭華を起こしてしまったかもしれないと振り向いてしまうが、蘭華はあいも変わらず寝息を立てていた。傑は安堵すると、離れた席に座る。

 

「……ハハ、なんだか懐かしい味だ」

 

スプーンで一口。とても美味しい、という訳ではない。良くも悪くも普通のシチューだ。だがその味は傑の舌が覚えていた。……そうだ、幼い頃に母親が作ってくれた物と似ている、家庭的な味。

 

傑の術式、呪霊躁術は降伏した呪霊を取り込み自在に操ることができる。階級換算で2級以上の差があれば、降伏を省きほぼ無条件で取り込むことができるが呪霊を取り込むには球状にした呪霊を飲み込む必要があり、その味は吐瀉物を処理した雑巾を丸飲みしているようらしい。

 

傑は毎回そんなモノを味わっているなどと誰にも言っていない。辛いと言えば辛いが、作業のように飲み込んでしまえば意識をしなくても済む。仕方がないと受け入れていた。

 

任務が終わり、呪霊を取り込んだ傑の舌にはその味が残っていた。だが、このシチューを食べる内にそれは流れ落ちる。

 

(久しぶりだな、任務が終わった後に口の中がまともなのは……)

 

シチューのおかげだろうか。傑は胸の内も暖まるようだった。

 

(……流石にこのまま寝かせておくのはまずいかな)

 

誰が掛けたかは分からないが、季節の変わり目に毛布一枚で寝かせたままなのは風邪をひいてしまう可能性がある。シチューの皿を洗い終えた傑は気持ちよさそうに寝ている少女を起こすかどうか悩んだ。

 

(いや、ここで運んで他の人に見つかったりでもしたら妙な勘違いを産みそうだ。うん、起こそう)

 

悟にでも見つかったら確実に、少なくとも半年は揶揄いのネタにしてくる。傑はその想像が容易に出来た為、蘭華の肩をポン、と優しく叩いた。

 

「──んぁぇ? 私、ねちゃってた?」

 

重い瞼をゆっくり開けた蘭華は小さく呟いた。

 

「や、おはよう。……おはようなんていう時間じゃないけどね」

「おはよ……って、夏油くん?」

 

意識がハッキリとしてきた蘭華の目に最初に入ってきたのは困ったような笑みを浮かべている傑だった。

 

「寝ているところを起こすのは悪いと思ったんだけど、流石にこのままじゃ風邪を引きそうだから」

 

蘭華はそこで漸く、自分が今いる場所が食堂である事に気付いた。

 

「あ……そうだ、私シチューを作って、硝子ちゃんたちと食べて、片付けをした後夏油くんが帰ってくるまで少しだけ待とうと思ってそのまま……アハハ」

 

寝落ちしてしまった事実に恥ずかしそうに蘭華は頭を掻いた。

 

「すまないね。もう少し早く帰れれば良かったんだけど……」

「ううん、夏油くんが気にする事ないよ! 私が勝手に待ってただけだし、この毛布も夏油くんが掛けてくれたんでしょ? ありがとう!」

 

蘭華はパンダ柄の毛布を畳むと、傑に差し出した。

 

「え? いや、その毛布は私のものではないよ。私が来た時には君に掛けられていた」

「えぇ? そうなの? じゃあ、誰のだろう……」

「悟……では無いだろうし、硝子じゃないかい?」

「う〜ん、硝子ちゃんこんな柄持ってたっけな? まぁいいか、明日聞いてみよっと」

 

持ち主不明の毛布を蘭華はとりあえず持ち帰る事にし、椅子から立ち上がる。その顔には、腕枕をしていたせいで跡が付いてしまっていた。

 

「フッ……そうだね、自分の部屋で寝た方がいい」

 

なるべく笑わないように気をつけたつもりだが、傑の口から漏れてしまった笑い声を聞いた蘭華は不思議そうに首を傾げていた。

 

「じゃあ、おやすみ夏油くん」

「あ、そうだ」

「どうしたの?」

 

自室に戻ろうとした蘭華は傑の声に振り返る。

 

「シチュー、ありがとう。美味しかったよ」

 

蘭華は一瞬ぽかんとし、また明日ね、と満足げに微笑み、去って行く。

 

「また明日」

 

その小さな背中に、傑は自然とそう言っていた。

 




ファンパレ早く夏油出して…


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8話 悟/蘭華・バースデー

さとーる誕生日おめでとう!


 

 

12月7日。悟と蘭華の二人は傑と硝子から呼び出された為、食堂へと向かっていた。

 

「なんだろうね?」

 

『食堂まですぐ来るべし』

 

送られてきた硝子のメールにはこれだけしか書かれていなかった。

 

「俺に聞かれても知らねーって。傑のも似たような文だったしな」

「……ねぇ五条くん、何か怒らせるような事した?」

「はぁ? 何で俺がやらかす前提な訳?」

「最近、また任務で建物壊して夜蛾先生に怒られてたって聞いたよ?」

「……」

 

二人が雑談をしながら歩いていると、曲がり角に紙で出来た矢印が壁に貼られていた。

 

『会場はこちら!』

 

「何だこれ」

 

悟はセロハンテープで貼られていた矢印を剥がし、それを見て首を傾げる。

 

「あ! もう、何ですぐ剥がしちゃうの?」

 

蘭華は悟の行動に呆れながら言う。

 

「うっせ」

 

紙をくるくる纏めてゴミ箱に捨てた悟は「あ〜」と残念そうに呟く蘭華を置いて行く。

 

「誕生日おめでと〜」

「おめでとう、二人共」 

 

慌てて悟と共に食堂へ入った蘭華の耳にパン、パン。と小さな破裂音が聞こえ、それと共に紙吹雪が飛んできた。

 

「え!? な、なに!?」

 

食堂には画用紙に描かれた『誕生日おめでとう』

という張り紙と、カラフルなペーパーチェーン、そして鼻つきメガネを付けた硝子と傑だった。

 

「なんだこれ」

 

悟が不思議そうにしていると、二人にも鼻つきメガネが付けられた。

 

「いやいらねーよこんなだせーの!」

 

嫌がる悟と、すんなりとメガネを掛けた蘭華。悟は今にもゴミ箱に放り投げそうな勢いである。

 

「ちょっと五条、それ高かったんだから壊さないでよ」

「うそつけ!」

「え、このメガネ高いの!?」

「……蘭華、硝子の嘘だよ。本当は100均」

「夏油バラすの早すぎ〜」

 

そう、この日は悟と蘭華の誕生日だった。ある日の放課後、雑談をしていた4人は誕生日の話になり、そこで二人の誕生日が一緒だった事が判明。時期も近かったことから誕生日パーティーをやろうと言う話になった。

 

「てか、こんな飾りとかすんの? 誕生日祝うだけで」

 

悟は壁に付けられたペーパーチェーンや、飾りを見ながら渡されたカラフルな三角帽子を回していた。

 

「悟の家ではどう祝って貰っていたんだい? 御三家というからには、盛大に祝っていそうだけど」

「……別に、いつもとあんま変わらねーよ。誕生日だなって確認するだけ」

 

傑の質問に悟はつまらなそうにそう言った。

 

「ふーん。なんかでっかい高級店とかで祝うイメージだったわ。あんた当主だし?」

「わ、私もイメージで言ったらそんな感じかも」

 

硝子が思い描いたのはシャンデリアがあるような高級料理店で高級素材をふんだんに使った料理に囲まれる悟の姿だった。

 

「古くせー考え持ってる奴らばっかの、しかも御三家だぞ? そんなとこ行かねーって。だから、こうやってパーティー感覚でやったことは無いね」

「そうだったのか……悪いね、知ったのが誕生日間際だったから碌に準備もできなかったよ」

 

もう少し早く知っていれば、計画も練れて盛大なものができただろうと考える傑に、悟は溜め息を吐く。

 

「あー、なんて言うか……別に悪くない気分だよ」

 

そっぽを向きながら悟は言う。

 

(素直じゃないな)

(素直じゃねー)

 

硝子と傑は悟の内心を察し、微笑む。

 

「五条くん、もしかして照れてるの?」

 

そして隣に居た蘭華は少し赤くなった悟の耳を見た。普段は悟からいじられることが多い蘭華にとって、珍しい反撃のチャンス。悪戯心が動いたのだろう、その顔はニヤニヤしていた。

 

「はぁ? 照れてねーよ!」

「嘘! こーんなに耳赤いもん!」

「赤くねーよ、視力落ちたか? あ、背も縮んだんじゃね?」

「落ちてないし、縮んでないけど!?」

「まぁまぁ二人共。そこまでにしないか。せっかくの誕生日なんだから」

 

このままだと面倒な事になると思った傑はすぐさま止めに入り、その間にいつの間にか部屋から消えていた硝子がゴロゴロとカートワゴンを押しながら帰ってきた。

 

「おー、なんか盛り上がってんじゃん。ケーキ持ってきたよ〜」

「ケーキ!?」

 

蘭華は悟と傑の間を潜り抜け、硝子の元へと駆けていく。

 

「じゃーん。どう、凄いっしょ?」

 

蓋を開けると、そこには色々な種類のケーキが入っており、蘭華はそれを見て目を輝かせる。

 

「わぁ……! 凄い綺麗なケーキ! 何処のお店の?」

「これは吉祥寺のね──」

「え!? あそこって凄く高いんじゃ……」

「奮発した(夏油支払い)」

「おぉ〜……ね、硝子ちゃんどれにする?」

「んー、蘭華から選びなよ。主役だし」

「うーん……どれにしようかな……」

 

女子二人が楽しそうにケーキを選んでいるのを悟は何とも言えない表情で見ていた。

 

「何かケーキに負けた気分だわ」

「ハハハ、ほら、悟も選んできなよ。君も今日の主役だ」

 

ポンポンと傑が肩を叩くと、悟も頭を掻いた後ケーキを選びに行った。

 

「これもーらい!」

「……あっ! 私が取ろうとしたのに……!」

「取ったもん勝ちだっつーの! 悔しかったら取ってみろよ」

 

蘭華が悩みに悩んだ結果、取ろうとしたショートケーキを上から手を伸ばした悟が掻っ攫う。あまりの早技に数秒時間が止まった蘭華は頬を膨らませながら悟を追いかけた。

 

「術式使うなんてズルいよ!」

「知りませーん、聞きませーん。うお、このケーキ美味いな」

「く、くぅ……!」

 

素手でケーキを行儀悪く食べる悟に必死に手を伸ばすが、触れるけど触れない。無限のバリアに妨げられた手は届く事なく、蘭華は項垂れた。

 

「ガキかよ五条、ウケる」

「やれやれ……」

 

少しは大人しく祝われてくれ。傑はそう思った。

 

「蘭華〜、五条はほっといて他のケーキ選びなよ〜私らが先に選んじゃうよ?」

 

硝子の言葉にどんよりとした空気を漂わせながら蘭華が歩いてきた。悟と蘭華の実力はまさにアリ一匹で像に挑むようなもの。結果なんて見るまでもない。

 

「じゃあ、これにしようかな……」

「おっけ〜。なら私これね」

 

蘭華が次点の候補にしていたチーズケーキを選ぶと、硝子は店で買った時に自分用に選んでいた甘さが控えめのヨーグルトケーキを手に取る。

 

「あ、そっか。硝子ちゃん甘いものあんまり好きじゃなかったもんね」

「食べれないことはないけどね。あ、夏油これ」

 

硝子はケーキが入った箱を立っていた傑に渡す。其処にはポツンと残ったモンブランがあった。

 

「ん? 硝子。私の分は別に良いと言ったと思うんだけど……」

 

今回の誕生日は硝子がケーキ担当、傑は食堂で別の準備をする手筈になっており、お金を渡した際に自分の分はいらない。と予め伝えていた。

 

「一人だけ食べてなかったら虐めてるみたいじゃん。ね、蘭華?」

「うん、そうだよ! 夏油くんも食べようよ、美味しいから!」

 

蘭華からフォークを渡され、傑はあぁ、そうだね。と頷くと椅子に座ってケーキを食べ始めた。

 

「傑〜! そのモンブラン俺にも一口くれよ〜」

 

ショートケーキを食べ終えた悟が傑の背後からのし掛かる。悟は甘いものに目がない。元から甘党だった訳ではなく、術式を使う為に食べていたらいつの間にかなっていたらしい。ケーキをもう少し多く買えば良かったかな? と傑は思った。

 

「やだよ。これは私の分だ」

「俺、今日、誕生日、主役」

「何でカタコトで言うんだ……仕方ない、半分あげるよ」

 

自分を指差しながら無邪気に笑う悟を見て傑は呆れ、まぁ、誕生日だしこれくらいの我が儘は良いか、とモンブランを半分に切って皿に乗せる。

 

「サンキュー! お、モンブランも美味いな」

 

傑からケーキを貰った悟はパクパクとすぐに食べ始めた。あっという間に無くなり、悟は側に置いていたオレンジジュースを一気飲みする。

 

「フー、美味かった。後で硝子に店の名前聞いとこ」

 

どうやら悟はお気に召したようで、これからもその店に買いに行くつもりなのだろう。

 

「んん! それじゃあ、ケーキも食べ終えたし、私たちから二人にプレゼントを渡そうと思う」

「お二人さん、こっち来な」

「プレゼント?」

「五条くん、誕生日にはプレゼントを貰うんだよ!」

「マジ? ラッキー!」

 

プレゼントと聞いてはしゃぐ二人の目の前に二つの箱が置かれた。白い箱に赤いリボンが巻かれた如何にもプレゼントですと言いたげなソレを見て悟は早速リボンに手をかける。

 

「こ、これ……PS2じゃん!」

 

うひょー! と箱の中身を取り出した悟は少年のように叫んだ。

 

「本体だけじゃなく、ソフトも買っておいたよ。ほら」

 

傑が箱の中から日本のソフトを悟に見せる。

 

「……ドラクエと桃鉄! マジかよ傑!」

 

高専に入るまで、娯楽という娯楽に触れたことのなかった悟にとって、ゲームという存在は未知のモノだった。ピコピコボタン押して何が楽しいんだよ? 初めはそう思っていたが、傑に誘われ、一緒にプレイし、見事ハマった。

 

「なぁ! 今から四人で桃鉄やろうぜ! 99年!」

「五条テンション上がりすぎでしょ、ウケる」

「夏油くん、桃鉄って?」

「あぁ、蘭華はあんまりゲームしないんだったね。まぁそれは後で教えるとして、キミもプレゼント、開けて見たらどうだい?」

 

悟の箱とは違い、少し小さなプレゼントを蘭華は恐る恐る開けてみる。

 

「あ! ラジカセと……シェリルさんのCDだ!」

 

シェリル・レーゲンという憧れを見つけた蘭華の部屋には日に日に彼女のグッズが増えてきていた。ポスター、アクリルスタンド、CD、キーホルダー……高専に置いてあったラジカセは型の古いもので、最近寿命が来て蘭華はCDが聞けない、曲を流しながら歌えないことに酷く落ち込んでいた。

 

「うん、やっぱりコレで合ってたね」

「まぁ蘭華の場合欲しいものが分かりやすすぎたけどね」

 

プレゼントを貰った二人が喜んでいる様子を見て、傑と硝子はほっと胸を撫で下ろした。

 

「おい! 早く桃鉄すんぞ! 傑の部屋な!」

「なんで私の部屋……って、もう居ないし」

 

悟はPS2とソフトを抱えたままドタバタと食堂から出ていく。

 

「蘭華、私らここの片付け先にしておくからさ、行っといで」

「主役に片付けをさせる訳には行かないからね。プレゼントも部屋に置いてくるといい」

「うん! じゃあ、先に行ってるね!」

 

プレゼントボックスを腕いっぱいに抱えた蘭華は二人ともありがとう! と笑顔で言い残した後、食堂から出て行った。

 

その後、傑の部屋に集まった四人は陽が登るまで桃鉄をしていたという──。



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2章 翠のすみか
9話 蘭華・スカウト


スーツの男のモデルは某堂島の竜


 

 

誕生日が終わって、数日経った朝。蘭華は一人、街を歩いていた。理由は単純で、他3人が任務などで居ないからその暇つぶしである。硝子は昼過ぎに帰ると言っていたが、他二人は不明だ。

 

「わ……シェリルさんでいっぱいだ」

 

ふらりと立ち寄ったレンタルCDなどを主に取り扱う店では、シェリルの特集をやっているらしく、店内の装飾がポスターや映像で埋め尽くされていた。

 

「か、買っちゃおうかな……」

 

蘭華はシェリルのCDやグッズなどを買いまくっていた。初めはCD一枚、次にポスターを一枚と、チリも積もれば山となるように、蘭華の自室にはシェリルグッズが溢れていた。そう、所謂シェリルオタクとして蘭華は覚醒してしまったのだ。

 

『蘭華、流石に買い過ぎ』

 

そんな事になっているとは知らず、硝子が蘭華の部屋を訪れた際に、扉を開けて数秒固まってしまったくらいにはグッズだらけだったという。様子を聞いてやってきた悟と傑もこれには引いていた。悟なんかは部屋を見た瞬間に「キモ!」と叫んだくらいだ。

 

硝子たちに叱られた蘭華はグッズ購入の制限を掛けられ、部屋もシェリル一色からファンなんだな、と思われる程度の量に片付けられた。そして、買う場合には連絡する事が必須となった。流石に、硝子たちも友人の部屋がグッズの山になっていく様を見てられなかったらしい。

 

「う、でも……最近新曲買っちゃったし……」

 

静かに怒る硝子を思い出した蘭華はその場でぐるぐると歩き回る。

 

「あの……」

「あ、はい! ごめんなさい!」

 

背後から声をかけられた蘭華はビクリと身体を震わせ、反射的に謝る。振り返った先に居たのは大柄で、目つきの鋭い強面でスーツ姿の男だった。

 

「……」

 

男は表情を変えぬまま、蘭華を見つめていた。やがて男は懐に手を伸ばし、一枚の紙を蘭華に差し出す。険しい目線とガタイの良い身体。蘭華は教師である夜蛾でそう言った男性を見慣れていた為そこまで驚かなかったが、普通の女児なら悲鳴をあげてもおかしくなかった。

 

「私、こういう者です」

 

『ベクタープロダクション アイドル部門担当プロデューサー 冴島和馬(さえじま かずま)

 

──所謂名刺と呼ばれるものだった。事務所の名前は聞いたことが無かったが、初めてもらった名刺に蘭華は心臓の鼓動が早くなる。

 

「あ、あの! なんで私に……?」

「貴女には、何処か他者を惹きつける力のようなものを感じました……零細事務所ですが、興味があればご連絡ください。その時に、また詳細をお伝えします」

 

冴島はペコリと頭を下げた後、ショップを出て行った。

 

「わ、私が……アイドル?」

 

現実離れした出来事に、そしてもし自分が成れたら、憧れの存在に近づけるのではないか? 蘭華は顔がにやけてしまうのを抑えながら高専に戻ることにした。

 

 

 

 

 

任務から帰ってきた三人を集めた蘭華は相談がある、と言った。

 

「ベクタープロダクション?」

「えっとね、そこのプロデューサーさんから名刺をもらって……ほら!」

「二人は知ってる?」

 

硝子は蘭華に見せてもらった名刺をゲームをしている二人に見せる。

 

「いや、私も芸能事務所の依頼はそれなりに受けた事があるけれど、その名前は初めて聞いたよ」

「あん? デジモンの話?」

 

傑は首を振り、悟は話を聞いてなかったのか首を傾げた。

 

「ハッ、詐欺じゃねーの? お前、騙されそうだし。なぁ傑、こいつ捕まえた方がいいの?」

「悟、確かに蘭華は騙され易いけど、本人の目の前で言うのは可哀想だよ……いや、そのモンスターは進化してもあまり強くない」

「言ってんじゃん……かっけードラゴンとかいねーの?」

「おっと……あぁ、居るけどそれは後半の方だね。悟の今いる場所からもう少し進んだ場所かな」

「マジ? よっしゃ、そいつ捕まえるわ」

「もう! 二人とも真面目に聞いてよ!」

「あ! おいてめえ蘭華!」

 

蘭華は真面目に聞く気がない二人にぷんすか怒りながらゲーム機を取り上げた。悟が猛抗議するが、蘭華は臆する事なくゲーム機を遠くの場所に置く。

 

「蘭華、せめてセーブを……」

「あとで!」

「めんどくせ……」

「めんどくさくない! ね、硝子ちゃん!」

「うん、そだね」

 

硝子も硝子で、名刺を見ながら携帯で調べ物をしていたらしく、蘭華への返事も適当だった。

 

「お、出た出た。ベクタープロダクション、本当にあるみたいだよ」

「マジ?」

「ん」

 

硝子が怪しむ悟に携帯を見せる。サングラスを外してジッとそのページを上から下まで見た悟はフッ、と鼻で笑った。

 

「クソ雑魚事務所じゃね? これ。井◯和香とかいねーじゃん」

「私も見て良いかい?」

「いいよ〜」

 

傑は硝子から携帯を借りると、悟と同じように事務所のホームページらしいモノを見た。創立日や社長の顔写真、専属しているタレントなど。一通り目を通すと、傑はうぅん、と小さく唸る。

 

「まぁ確かに、悟の言う事も理解できる。テレビで一度も見た事ないようなタレントだらけだし、仮に入るとしても別のところにした方がいいかな。それに──」

「それに?」

「蘭華、キミが高専に来た理由を思い出してごらん?……まずは夜蛾先生に許可を貰わなきゃいけないよ」

「……あ」

 

蘭華はすっかり忘れていた。自分がここに転入してきた理由を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ダメだ、認めん」

 

職員室で、眉間に深く皺を寄せた夜蛾は腕を組みながら言う。

 

「う……やっぱりダメ、ですか?」

「ふぅ……お前は、あいつらとは違い、問題は起こさないと思っていたが……あいつらに似てきたな」

 

悟と傑は言わずもがな。任務で無駄に建物を壊したり、その性格に難がある二人。硝子もその二人ほど問題は起こさないが、彼女は未成年喫煙を日常的にしている別ベクトルの問題児。その三人に純粋だった蘭華が影響された、と考えると夜蛾が頭を抱えたくなるのも無理はない。

 

「お前が、ただの学生だったならば私も止めはしなかっただろう。だが、今のお前は言うならば高専で保護されている状態……上層部にお前の力の存在が漏れている今、監視もなしに行動させる訳にはいかない」

「私の力……ですか」

「そうだ。最近は傑に護身術を習っているみたいだが……それでもまだ、足りんのだ。過保護と思ってくれてもいい。お前の歌の力には、それだけの価値がある──蘭華。お前はお前が思っている以上に、危うい立場だと、もう一度理解してくれ」

 

夜蛾は蘭華の頭に優しく手を置くと、この後用事があるから帰るように蘭華に諭す。その言葉に従って、蘭華は何か考え込むように歩いて行った。

 

「歌の力……か」

 

少女の純粋な夢を否定するのには、こんなにも心が軋むのか。夜蛾が大きな溜め息を吐いたと同時に、棚に置いてある作りかけのぬいぐるみがこてんとバランスを崩した。

 

 

 

 

 

 

職員室から出た蘭華はアテもなく高専を彷徨いていた。三人のところに戻る事も考えた。でも、今会っても、心配をかけるだけになってしまいそうで、躊躇った。

 

「みんなと居るのが楽しくて、忘れちゃってたな」

 

東京校の敷地内部にある橋の架けられた場所で、蘭華は揺れる水面を見つめる。沈んだ顔つきの自分が其処には居た。

 

「私の立場、か……難しいなぁ」

 

呪術高専に転入してくる時、蘭華は夜蛾にこう言われた。

 

『お前の力は未知数で、その力は呪術界を……世界を動かしかねない。その力の意味と、身を守る術をここで学んでほしい』

 

そう言って、夜蛾が蘭華に頭を下げた事は印象深い。

 

硝子や悟、傑と一年を共に過ごしていくうちに、蘭華には小さな夢ができた。

 

 

 

──みんなを私の歌で、幸せにしたい。

 

 

 

シェリルは蘭華にとって夢の形を体現したような存在だった。その存在に少しでも近づきたいと思っていた故に、スカウトを蹴る事は自分が思っていた以上に辛かった。でも、みんなに迷惑をかけるよりはずっとマシだと、自分に言い聞かせた。

 

「……あんた、そんな所で何してるの?」

「あ……歌姫先輩」

 

橋の上で声を掛けたのは、先輩の歌姫だった。

 

「……ふーん。そんな事があったの」

 

今日の出来事と今の自分の気持ち。それを伝えられた歌姫は内心焦っていた。

 

(蘭華の歌にはそんな力があったの!? 確かに、硝子のように反転術式を使えるって訳でもなく、かと言って階級を取ったって話もなく、術式もない、呪霊が見えるからってだけで転入してきたって聞いた時は珍しいなとは思ってたけど……)

 

その力は確かに、夜蛾の言う通り世界が変わるような力だ。上にも妙な力があるという話は漏れているらしいが、未だ詳細が掴めない未知の力……隠されるのも無理はない、と歌姫の頬にたらりと汗が流れる。

 

「ごめんなさい、困らせちゃいましたね」

 

考えこむ歌姫を見て、蘭華は申し訳なさそうにしていた。

 

「あ……ち、違うわ! 困ってないわよ! ただ、蘭華がどうしたらいいか解決策を考えてただけ!」

 

歌姫は巫女装束の姿であたふたする。

 

「んんっ! 蘭華、貴女の夢は立派だと思ったわ。私は否定しない」 

 

かわいい後輩が悩んで、自分に相談してくれたという事実に少し嬉しい気持ちもあった。だが、相談内容が自分が聞いて良かったのか? というもので歌姫は言葉を選びながら話す。

 

「歌姫先輩……」

 

(そうよね、こんな優しい子がそんな力を持っていたら、夜蛾先生が過保護になるのも無理ないわね)

 

「ねぇ蘭華。貴女の夢を叶えるのはアイドルじゃなきゃダメなの? 貴女の憧れのシェリルに近づけてるかもって気持ちは分からなくもないわ。でも、それで硝子や夜蛾先生……五条や夏油たちを悲しませる結果になる事もある」

「みんなを、悲しませる……?」

 

みんなの静止を振り切って、自分の夢の為に動いた結果、辛い顔をさせてしまうのは嫌だ。蘭華は最悪の未来を思い浮かべ、それを振り払うように首を振る。

 

「夜蛾先生が護衛を付けなければいけないと思うほどの力なのよ? 呪詛師たちに知られたら狙われる可能性はハッキリ言って高いわ。夜蛾先生の言う通り、護衛もなく芸能界に入るのは危険だと私も思うわ」

 

……そうして歌姫はふと、自分の言った事に違和感を覚える。

 

(護衛を付けなければ……護衛……あ、そうだわ。居るじゃない! 護衛に適任の能力のやつが丁度!)

 

歌姫の脳内にネチネチとイジってくる揺れる前髪が見えた。

 

「──そう、だから、夏油の力を借りればいいのよ!」

「夏油くんの?」

「そうよ! あいつの操る呪霊を蘭華の護衛代わりにすれば、夜蛾先生に心配を掛ける必要は無くなる、つまり、貴女は夢を追えるって事!」

「でも、それって夏油くんに迷惑じゃないですか?」

「なに言ってるのよ。夏油たちも協力するに決まってるわよ! 友達なんだから。貴女は。もっと頼りなさい。あいつら、実力はあるんだから」

 

傑たちは日頃からもっと頼ってくれてもいいよ。と蘭華に言っていた。それを気を遣わせちゃってるな、と思い込み、できるだけ自分で何とかしようと頑張っていた。

 

「歌姫先輩……ありがとうございます、相談に乗ってくださって!」

 

歌姫が蘭華に微笑む。そして、蘭華の手を握った。

 

「じゃあ早速行きましょうか。思い立ったら吉日って言うしね!」

「え!? ちょ、ちょっと歌姫先輩!?」

「大丈夫よ。頼れる先輩に任せなさい!」

 

何故か少しテンションの高い歌姫に手を引かれながら、高専の教室へと向かって行く。先を歩く歌姫の顔は見えなかったが、少しウキウキしていた。決して、日頃からストレスを溜められている奴らの困り顔が見れるかもと心の隅で思ってしまったからという訳ではなく、後輩の事を想う先輩の気遣いなのだ。

 



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10話 高鳴る・オモイ

 

「──成程。私の呪霊を蘭華の護衛に」

 

歌姫に手を引かれて教室に戻ってきた蘭華は、教室に居たゲームをしている悟と傑、雑誌を読んでいた硝子たち三人に夜蛾に言われた事を話した。

 

「そ。夏油の呪霊が護衛についてれば、蘭華が高専の外に居ても比較的安全だし、それにあんたたちも蘭華の夢、応援してるんでしょ?」

「まーそりゃあねぇ」

「えぇ、否定するつもりはありません」

 

硝子と傑は肯定的だった。

 

「俺はどっちでもいい。てか興味ねー」

 

悟はぐでっとソファーに寝そべってゲームをしながら言う。最近の流行りはモンスターを狩る系のアレらしい。

 

「ねぇ、夏油って呪霊常に出しといても負担ないの?」

 

紫煙を漂わせながら硝子は問いかける。

 

「あぁ、戦闘でもしない限りはほとんどないと言ってもいい。歌姫先輩の言う通り、護衛に付けるならぴったりだと思う」

「ふふん。じゃあ決まりね! あー! 夏油の術式はこういう時に便利ね〜……どっかのサングラスと違って」

 

大音量でゲームをしている悟を冷やかな目で見ながら傑の術式をわざとらしく褒める。

 

「あぁん!? 聞こえてんぞ、歌姫ェ!」

「あら〜、そんなに大きな音で遊んでるからてっきり聞こえていないのかと……ってかいい加減先輩を付けなさいよ! 少しは歳上を敬う心とか持ったらどうなの!?」

「はーん? 敬うの意味調べてこいよ。歌姫を敬う理由が何処にあんだよ」

 

まるで水と油のように毎回口喧嘩に発展する悟と歌姫を放っておき、傑と硝子は蘭華を手招きする。

 

「止めた方がいいよね?」

「どうせ歌姫先輩が負けるから大丈夫さ。悟の性格の悪さを舐めない方がいいよ」

「あんたも大概じゃん、ウケる」

「私はまだ気遣いができてるだろう……悟ほど酷くはないつもりだ」

「……ほんとに止めなくて大丈夫かなぁ」

 

あわあわと喧嘩する二人を蘭華は見ていたが、二人に大丈夫と言われて距離を取った。

 

「それで、話を戻すけどキミは本気でアイドルを目指すつもりかい?」

「……うん。私、シェリルさんみたいに、歌でみんなを幸せにしたい! みんなと呪術師になる事も考えてたけど……私には呪術の才能、あんまり無いみたいだし……アハハ」

 

自嘲気味に笑う蘭華を見て、傑と硝子は苦笑いを浮かべた。

 

「そっか。まぁ、蘭華ならなれるよ。なんたって私の親友だからね」

「硝子ちゃん……ありがとう」

「呪術の才能があろうが無かろうが、キミは私たちのクラスメイトで……友達だ。目指す先は違えど、それで私たちの仲が引き裂かれる事は無い」

「ヒュー、夏油キザっぽ〜い」

「え? そうかな?」

 

傑は思いを口にしたまでだ、と言ったが側から見ればキザなセリフを言っていた。傑が塩顔の体格の良いイケメンだから違和感があまり無いのだろう。蘭華は傑の言葉に少しだけ照れていた。

 

「じゃあさっさとヤガセンに言ってこいよ。んで、傑! ゲームの続きしようぜ!」

「ご、ごめんね五条くん! 今から夏油くんと行ってくるから……」

「悟、戻ってきたら私の防具作りからだよ」

「おう、それまで納品クエやっとくわ」

「……何の話?」

「あぁ、ゲームの話だよ。すまないね」

 

蘭華と傑は談笑をしつつ教室から姿を消した。残ったのは悟、硝子、歌姫の三人。

 

「はぁ……これで良かったの?」

「バッチリです、歌姫先輩」

 

蘭華たちの足音が聞こえなくなったのを確認した歌姫は疲れた表情で硝子を見る。

 

 

歌姫があの時、蘭華に声を掛けたのは偶然では無い。硝子たちの差し金だ。夜蛾にスカウトの話をしに行った蘭華の帰りが遅く、どうしたのかと心配していた所、あそこに居るぞ。と悟が言いながら指さす先で落ち込んでいる様子の蘭華を発見。

 

硝子は迎えに行こうとしたが、傑がそれを制止する。

 

「待って。硝子が行っても……いや、私たちが行っても、彼女は本音を話さないと思う」

 

約一年間、傑が蘭華と過ごしてきた中で見てきた彼女の性格や態度。純粋で、前向きで、何処にでもいる様な女子高生……呪術師になるにはお世辞にも向いているとは言えないくらい、優しく、気遣いができる蘭華が素直に自分たちに悩みを打ち明けるとは思えなかった。きっと、笑って誤魔化すだろう。

 

「何で?」

 

硝子は少しムスっとした顔で傑を見つめる。

 

「彼女の事なら、君の方がよく分かってるだろう?」

 

諭すようにそう言うと、硝子は深くため息を吐いた。

 

「……はぁ〜……分かってるよ。分かってるんだけどね。悩むなら相談くらいして欲しいじゃん」

「そんなの、ほっときゃいいだろ硝子」

 

悟はゲームを側に置き、グッと凝りをほぐしていた。

 

「悟」

「あのさぁ、相談しないくらいの悩みなら放置して良くね? わざわざ出向くまでもねーだろ」

 

悟が不思議そうにそう言うと、硝子は呆れて……というか引いていた。

 

「うーわ、クズらしい回答」

「んだとコラ!」

「……ちょっと五条騒ぎすぎ。廊下まで声聞こえてるわよ」

 

吠える悟の声を聴いて教室に顔を覗かせたのは先輩の歌姫だった。五条を見る目はとても嫌そうだ。

 

「あれ、歌姫先輩何してるんですか?」

「任務終わりに夜蛾先生に用事があったからちょっとね……蘭華は?」

 

歌姫はクズ二人に視線を合わせないようにキョロキョロと教室内を見るが、その姿はない。首を傾げる歌姫に、硝子は訳を話す。

 

「──なるほどね。それで、誰が行くかって話をしてたの」

 

まぁ確かに、あの子はこの三人に悩みとか言わなそうね、気を遣って。歌姫は腕を組んで分かるわ、と頷く。

 

「あ、歌姫が行けば良くね?」

 

またゲームをし始めていた悟は歌姫の方すら見ずに言う。その不躾な態度に歌姫の額にピキリ、と青筋が増える。

 

「確かに、この中だと歌姫先輩に行ってもらうのが一番良いか」

「ちょっと夏油、五条」

「硝子。逆にこれ以上の適任はいるかい?」

 

そう言われると硝子は言い返せない。冥冥という先輩も居るが、蘭華とは挨拶をした後あまり会っていないし、遊びに行く仲で、信頼できる歌姫が適任か……と納得した。

 

「分かったわ。かわいい後輩の為だもの! 先輩が一肌脱いであげる」

「歌姫先輩頼もし〜」

「ほら、さっさと行けよ歌姫〜」

五条(あんた)なんかに指示されなくても行くわよ!?」

 

……こうして行く前に一悶着あったが、これがあの時歌姫があの場に居た理由である。

 

 

 

 

 

 

「……傑と蘭華か? 何の用だ」

「すみません。彼女の事で少し」

 

傑がそう言うと夜蛾は険しい表情になる。

 

「蘭華にはもう言ったが、許可は出来んぞ」

「えぇ、分かっています。でも、それは護衛がいない場合でしょう?」

「……お前がやるとでも言うのか?」

「まぁ、私が……というよりは私の使役する呪霊が、ですけどね」

 

腕を組み沈黙する夜蛾。強面の彼がそうするとその顔を見慣れていても緊張してしまう。ごくり、と蘭華は固唾を飲む。

 

「あの、夜蛾先生!」

「どうした、蘭華」

「私、今まで自分の立場とか、深く考えた事無くて……でも、みんなに迷惑かけてるなって言うのは感じてました」

「蘭華、それは違うよ」

「ううん……違わないよ夏油くん……五条くんと夏油くんは最強だし、硝子ちゃんは反転術式使えるし、歌姫先輩も、冥冥さんも頼りになるし……私だけ、曖昧な力で、特別な力があるって言われて……みんなから与えられるだけで良いのかなって」

 

いつも笑顔で、前向きだと思っていた少女の吐露に、傑は目を見開くほど驚く。

 

「……」

「みんなに迷惑掛けるくらいなら諦めよう……最初はそう考えてたんです。でも──運命は自分の手で切り拓くものだって、憧れの人が言ってたのを思い出したんです」

 

夜蛾は真っ直ぐ自分の目を見つめる少女に強い覚悟が宿っている事を感じ取った。何かを成し遂げたいという強い意志を。

 

「お願いします夜蛾先生! 私は、シェリルさんみたいになりたいんです!」

 

蘭華は真っ直ぐ頭を下げる。続いて傑も、頭を下げた。

 

「私からもお願いします。彼女に、夢を追わせてあげてください」

 

二人の想いを受けた夜蛾は暫しの沈黙の後、口を開いた。

 

「……いいだろう」

「ほんとですか!?」

 

やったー! と、喜びながら傑とハイタッチをしている蘭華を見て夜蛾はごほん、とわざとらしい咳をする。

 

「──ただし! 条件がある!」

「じょ、条件……?」

「蘭華、お前が卒業までに成果が出ず、燻るようなら、夢を追いかけるのを即刻辞めて呪術師になれ」

 

夜蛾の条件を聞いた蘭華はあれ、と思い聞き返す。

 

「で、でも夜蛾先生……卒業したら呪術と関係ない生活を送ってもいいって言ってませんでした?」

「あくまでそれはお前自身がその道を選ぶなら支援する、という話だ。芸能界はただでさえ、呪いが発生しやすい場所……そこに行くと言うのならば、それなりの覚悟をしてもらうぞ」

「……わかりました。頑張ります!」

 

気持ちを引き締めるようにグッと拳を握りしめている蘭華を見て傑は前向きだな、と思っていた。

 

「それと蘭華。これから外出する際にはこの呪骸(チョメ)を持ち歩け」

 

手渡されたソレを見て蘭華は首を傾げた。小さなキーホルダーサイズのアヒル型の所謂きもかわいいと呼ばれそうなモノ。

 

(かわいい……)

「これは……呪骸(じゅがい)ですか?」

 

ぬいぐるみを見つつ傑は夜蛾に問いかける。

 

呪骸とは呪いを内包する自立可能な無生物の総称である。内包されている呪力は術師から与えられ、それが底を尽きると動かなくなるが、蘭華に渡されたものはほぼ動くことはなく、緊急時の為にあるので呪力の消費はほぼない。

 

傀儡呪術学(かいらいじゅじゅつがく)という夜蛾の術式があってこそ生み出されたモノだ。ちなみに狙ってかわいい系のモノを作っているわけではない。

 

「そうだ。そいつには持ち主に危険が迫った時、私に連絡が来るようにしてある」

 

よく見ると、夜蛾の側にも色違いのアヒルのぬいぐるみが置かれていた。

 

「……成程、私の呪霊と合わせて二重の防犯という事ですか」

「結果としてそう言う事になる」

 

なんだ、最初から夜蛾先生もそのつもりだったのか。と傑は小さく呟いた。なんだかんだ彼も生徒に甘いらしい。

 

「話は終わりか?」

「あ、はい! 終わりです!」

「そうか……なら、傑に話があるから蘭華、お前は教室に戻りなさい」

「分かりました!」

 

蘭華は職員室のドアの前でありがとうございました! と元気よく言うとにやけ顔のまま出て行った。直後、廊下を走る足音が聞こえ、夜蛾は溜め息を吐く。

 

「全く……」

「ハハ、それだけ嬉しかったんですよ。彼女にとって」

「ふぅ……今回は多めに見るとしよう」

 

今頃教室で硝子たちと騒いでるんだろうな、と傑はその光景が目に浮かぶ。

 

「それで、話とは?」

 

わざわざ自分だけを残した辺り、面倒な事だろう。

 

「悟にも後で伝えるつもりだが……どうも最近、呪霊の動きが活発になっている」

「呪詛師たちですか?」

「原因は不明だ。だが、去年と比べると明らかに行方不明者の数も増えている」

「ふむ……それで、私たちは何をすれば?」

「活発になっている場所の調査をしてもらう。いけるか?」

「分かりました。任せてください」

「こちらでも手は回しておく。何か異変があればすぐ知らせろ、いいな?」

「はい」

 




良いお年を!


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11話 未来への贈り物

あけましておめでとう御座います。次話くらいから壊玉・玉折編に入ると思います


 

 

元旦が終わり、数日──初詣やおせちを一緒に食べたいつもの面々+歌姫は教室に集まっていた。教室内には正月らしい装飾が所々飾られており、後ろの空いている棚にはその時に撮った顔に黒いマルやバツを付けた蘭華たちの写真が置かれていた。

鏡餅などが置かれっぱなしな所を見るとまだまだ正月気分が抜けていないことを感じさせられる。本当はここに冥冥も居る予定であったが、残念ながら任務の為不在である。

 

「あ、そうだ。私、みんなに聞いてみたい事があったの!」

 

ふと、蘭華は思い出したかのように手を叩く。

 

「みんなには、夢ってあるの?」

「夢だぁ〜?」

 

蘭華の問いに悟がつまらなそうな顔で聞き返す。

 

「うん! 五条くんや夏油くん、硝子ちゃんも、歌姫先輩も才能があって呪術高専(ココ)に来たって言うのは分かるけど……夢とか、そういうの持ってるのかな〜って」

「夢か……あまり考えた事は無かったな」

 

傑は顎に手を当て、考える。『弱者生存』それがあるべき姿だと、傑は信じていた。だが、それが傑自身の夢か? と問われると否である。あくまでこれは論理思考で、そこに傑の意思は存在していない。将来どうしたいか、は未定のまま。

 

「私も、考えた事ないや」

 

硝子も自分の夢について考えた事はあまりなく、反転術式による治療も自分ができるからやっている。という作業感が否ない。将来的に医師免許でも取ろうかな? と最近思ってはいるが、夢というより目的だろう。

 

「俺、今日の晩飯はステーキが良い」

「悟……それは夢じゃなくて願望だよ」

「似たようなもんじゃね?」

 

悟は心底どうでも良さそうにあくびをしていた。そして、正月を思い出したのか餅も食いてえと溢す。

 

「そうね……私は、将来は教職に就くのも悪くないと思っているわ」

 

この中で明確に将来の事を考えて居たのは歌姫だった。二級術師として日々任務にあたっている歌姫だが、一級術師の冥冥(めいめい)に同行したりしていると、自分との実力の違いや、伸び悩む階級にこのままで良いのだろうか、と考える事も少なくない。術師は職業柄、身内の死が多く万年人手不足。そこで考えたのが後任の育成だった。歌姫の言う教職とは、高専教師の事だ。

 

「さっすが歌姫先輩。将来の事ちゃんと考えてんだ」

 

硝子は感心したように頷く。硝子とは反対に、悟は半笑いでえー? と声を漏らす。

 

「歌姫が教師ぃ? 無理でしょ。弱いし」

「強さだけが教師になれる条件じゃないのよ! あと敬語!」

 

歌姫がうがー! と吠え、悟がケケケと悪魔のように笑う。

 

「ねぇ! みんなが夢を見つけて、叶えたら開ける、タイムカプセル作ろうよ!」

「何だそれ?」

「あぁ、悟は知らないのか。タイムカプセルというのは、未来の自分に宛てた手紙を入れたり、当日の……例えば今日の新聞を入れたりして、未来で開けて懐かしみ、楽しむものさ」

「ふーん……何か面白そうだな」

 

傑の説明を聞いた悟は興味深そうに呟く。こういったイベントには目がない悟はどんな物か想像を膨らませていた。

 

「タイムカプセル……小学生の時に埋めたかな? あんまり覚えてないけど」

「へぇ〜、懐かしくていいんじゃない?」

「ですよね! 高専って、同級生も少ないし、その……命に関わる仕事が多いから、何か記念に残したりできたらいいなって思ってて」

 

今日見ていた人が明日には居ない。呪霊に襲われる人たちは増え続けており、呪術師の人数が足りなくなってきている現状、そういった悲しい出来事は多い。そう授業で聞いた蘭華は前々から何か記念に残しておきたいと思っていた。

 

「うん。やろうか、タイムカプセル。学生っぽくて良いじゃないか」

「いつ開けるとか決めとく?」

「えーっと……どうしよう、十年とか?」

「長くね? 俺忘れそうだわ」

「まぁ、埋める時期が遅いけど、元々これくらいの年数じゃないかい?」

「じゃあ、決まりね! 十年後の、今日!」

「2016年の一月か……」

「よっしゃ、早速穴掘ろうぜ! グラウンドで良いよな! 隅の方ならバレねーだろ!」

 

悟はやる気満々のようで、もう腕まくりをしている。

 

「待つんだ悟。穴を掘る前に物を入れる箱と、中身を決めないと」

「んーと、硬くて丈夫な箱だよね……」

「適当な硬い箱みたいな呪物なら家にあるぜ?」

 

悟が実家の物置を思い出しながら提案する。

 

「いや、呪いが籠ったモノは辞めておこう。私たちが知らないヤツが勝手に掘り起こしてしまう可能性がある。例えば夜蛾先生とかね」

「そっか。なら食堂とかで菓子の缶とかパクって来ようぜ!」

「パクるって……そこは普通に貰おうよ、五条くん」

「蘭華、お前真面目かよ! ゴミになんだから許可なんか要らねーだろ!」

 

悟の言葉に一瞬確かに、と納得しかけたがやっぱり黙って持ち出すのはダメと首を振る。

 

「箱はそれでいいとして、中身は何入れる? 無難に将来の自分に対する手紙とか?」

「手紙なんてつまんねーよ硝子。もっとさ、面白い物入れようぜ!」

「ふーん、例えば?」

 

硝子が聞くと悟は無言で口角を上げる。その顔を見た面々は嫌な予感がした。

 

「んなの決まってんだろ、今自分が一番大切にしてるモン!」

 

思ったより普通な提案に少し安心したが、一人だけ内心穏やかではなかった。

 

「今一番か……すぐには思いつかないな」

「タバコとか?」

「硝子、それは流石に……」

「ハハ、冗談ですよ歌姫先輩」

 

(どうしよう、今一番大切にしてる物って言えば……)

 

蘭華は最近数年の運を使い果たしてしまったとも言えるような物が当たった。それは、シェリルのサインである。CDを買うと応募券がもらえ、購入制限されている蘭華は何としてでも欲しいと夜な夜なお祈りをしながら応募し、それが当選したと聞いた時には思わず大声で叫んでしまった。当然、何事かとやってきた硝子たちに事情を話すと、あぁ、良かったね。と生暖かい目で見られた。

 

めちゃくちゃ凄いことなんだよ! と熱弁しても名前は知っていてもそこまで興味はない三人に凄さが伝わらず、いつか分かってもらうんだ。と蘭華はその時胸の内で決心した。

 

──ふと、蘭華は悟と目が合った。

 

その顔は腹立たしいくらいニヤついており、「どうすんのお前、どうすんの?」と声に出さずとも顔で語っていた。

 

「蘭華ぁ、お前、何入れんの?」

「え!? ど、ドウシヨウカナー」

「そういやさ〜、お前最近めちゃくちゃ大切にしてるモン、あったよなぁ」

「そ! そんな物アッタカナー……」

「シェリルだっけ? そいつのサイン、入れようぜ!」

 

悟は自身と目を合わせないようにしている蘭華に向けて清々しい程の笑顔で言った。

 

「あーあー! 聞こえません!」

「俺たちも大事なモン入れるんだぞ? お前だけ違う物入れたら変だろ」

「で、でもサインは別だよ!」

「んなの紙に同じの描けばいいだろ? 俺が描いてやんよ」

「全然価値が違うんだけど!」

 

サインの価値を全く理解していない悟は首を傾げながら言う。

 

「ちょっと五条! 蘭華を虐めるんじゃないわよ!」

「虐めてねーし。てか歌姫居たの?」

「居たわよ、最初から!!」

「ふーん。分かんなかったわ、弱いし」

 

キレた歌姫は逃げた悟と共に教室を飛び出していった。その様子をあちゃー、と言いながら蘭華は見送るしか無かった。

 

「あれ、悟と歌姫先輩は?」

「えーっと、今教室から出ていっちゃった……」

 

アハハ、と蘭華が笑うと傑は呆れていた。

 

「まぁいいや……その内戻ってくるだろうし……それより、キミはもう何を入れるか決めたかい?」

「わ、私はまだかなー! 夏油くんは?」

 

何故か焦る蘭華を不思議に思う傑だったが、まぁいいか。と流す事にした。

 

「私は──」

 

傑が答えようとした時、ドタバタと外から音が聞こえてきた。

 

「おーい! 箱パクってきたぜー!」

 

傑たちが視線を移すと、悟が両手でクッキーの缶を持ちながら笑顔で入ってきた。歌姫の姿はない。

 

「おかえり悟。いい箱を持ってきたね」

「へへッ、だろ?」

「五条、歌姫先輩は?」

「ん? 撒いてきたけど? そのうち戻ってくんだろ」

「ご、五条くん……」

 

硝子の問いに何事も無かったかのように受け流す悟はそんな事より、と缶を机に置く。

 

「んじゃ、ここに物入れようぜ!」

「あー、私今持ってないから取ってくるわ」

「私も、部屋に置いてあるから取りに行かないと」

「そっか。待ってるから早く取ってこいよ〜。蘭華、お前は?」

「わ、私も取ってくるね!」

 

そうして、三人は教室から出て各々の自室へと戻る。残った悟は早く持ってこねーかな、とあくびをしながら待っていた。

 

「ハー、ハー……五条!!」

 

三人が出ていってから数分後、肩で息をしながら鬼の形相をした歌姫が帰ってきた。

 

「おっせーぞ歌姫〜。他の三人ここに入れるモン取りに行ったからお前も行ってこいって」

「はぁ!? あ、あんたねぇ……!」

 

悪びれる様子もなく携帯を触っている悟に歌姫はまた怒りが噴火しそうになったが、他の三人を待たせる訳には行かないと己に言い聞かせる。

 

「入れるモンねーなら別にいいけど?」

「ぐ……今取りに行くわよ!! 後敬語使いなさい!」

 

そうして歌姫も居なくなり、教室には悟一人だけになった。暇になった悟はふと、この場にいない人間の事を思い出した。

 

「あ、そうだ。冥さんの分、何入れるか聞いとくか」

 

連絡先をスクロールし、通話を押す。

 

『もしもし』

「あ、冥さん? 今大丈夫そ?」

『大丈夫だよ。任務は終わったからね。それにしても珍しいね、キミから掛けて来るなんて』

「いや〜今さ〜、みんなでタイムカプセル埋めよう! ってやってんだけど冥さんの分何入れようかって思って」

『タイムカプセルか……そうだね──』

 

──お金で頼むよ。

 

生粋の守銭奴である冥冥は迷う事なくそう言った。

 

「……ちなみにいくら?」

『フフ……キミの気持ちで頼むよ』

「はぁ……わかったよ、冥さんの名前書いて袋に入れとくわ」

『ありがとう、五条くん。あぁ、それと一ついいかな。早乙女蘭華についてだけど』

「あ? 蘭華?」

 

冥冥から出された名前に悟は怪訝な顔で返す。

 

『彼女の事、キチンと見ておかないとダメだよ』

「ハァ? どういう意味それ」

 

意味深な言い方に悟の頭上に?マークが浮かぶ。

 

『最近、上層部辺りがキナ臭くてね。彼女……蘭華は立場上、狙われやすい。術師にも、呪詛師にもね』

「ふーん……てか冥さん蘭華と仲良かったっけ?」

『いいや? そこまで深い仲ではないよ。でも彼女の歌には金の匂いがした』

 

金になりそうな芽を守れ……と、つまりはそう言いたかったらしい。悟も夜蛾から呪霊の動きが活発になっている事を聞いていたので、冥冥の言葉もあながち間違いではないか、と思う。

 

『それじゃあね。蘭華にはよろしく言っておいてくれ五条くん』

「はいはい。言っとくよ」

 

(唾付ける気満々じゃんこの人。まぁ金に正直って所が信用できるか……あー、めんどくせ)

 

財布からポケットマネーを缶に入れた悟は他が戻って来るのを待つ。

 

「あれ、私が最初か」

 

小さな袋を片手に傑が戻ってきた。

 

「おっせ〜ぞ傑〜!」

「ごめんごめん」

「傑は何入れんの?」

 

片手で収まる中身が見えない小さな袋を見つつ悟が問いかけると、傑は少しだけ口角を上げた。

 

「今話したら楽しみが無くなるじゃないか。秘密だよ」

「そっかー、そういう楽しみ方なんだよな、コレ」

 

カランコロン。悟の私物と冥冥の分が入れられた箱が机に置かれる。

 

「ん?……この封筒は?」

「冥さんの。さっき電話した」

「へぇ、そうなのか……何となく中身が分かる気がする」

 

薄い封筒の中身を察する傑も缶の中に持ってきたモノを入れた。

 

「持ってきたよ〜」

 

硝子と歌姫も各々入れるものを片手に帰ってきた。歌姫はまだ五条を睨んだままだが。

 

「硝子、蘭華は?」

「あー……なんか部屋でドタバタしてたし遅れて来るんじゃない?」

「はぁ……あんたが余計な事言うからよ五条」

「俺のせいかよ」

「何を言ったんだい?」

「別に、シェリル? って奴ののサイン埋めるだろ? って聞いただけ」

 

悟がそう言うと硝子と傑はうわぁとでも言いたげな顔をしていた。

 

「悟……彼女がシェリル・レーゲンにどれだけ憧れているか知っているだろう?」

「知ってるっつの。あの部屋(グッズまみれの部屋)掃除したの俺と傑だし」

「それならさ〜、シェリルのサインがめちゃくちゃ大事な物って分かるじゃん」

「サインなんて誰が描いても一緒だろ。俺が同じの描いてやるって言ったらキレてたけど」

「えぇ……」

 

一年を通して世間知らずのボンボンという称号を脱却できたと本人は思っていたが、まだまだ知らないことは多いようだ。

 

「おまたせ〜! って、あれ? 私が最後?」

 

そうこうしていると、他の三人より大きな紙袋を抱えた蘭華が戻ってきた。少し髪が乱れているのは、部屋で少し暴れたからだろう。

 

「多くね?」

 

悟の指摘に他も頷く。

 

「……あんた、それ全部は入らないわよ」

 

クッキー缶と袋を見比べた歌姫は呆れながら言うと、蘭華は少しはにかみながら紙袋を見る。

 

「ごめんなさい! アレも入れようってなってたらつい……」

「五条、もっと大きい缶は無かったの?」

 

硝子が問いかけると悟はいーや、と首を振る。

 

「まぁ、入る奴だけ入れればいいさ」

「……そ、そうだよね! よし、私の分も入れるよ!」

 

みんなから背を向けてガサゴソと袋の中を漁った後、蘭華も缶の中に物を入れた。

 

「おっしゃ! んじゃ、グラウンド行こうぜ!」

 

缶の蓋をがガムテープで巻こうとする悟を見て蘭華はあっ! と声を漏らす。そして、その後パシャリとフラッシュが焚かれた。

 

「うおっ! おい蘭華ぁ! 写真撮るなら言えよ!」

「えへへ、ごめんね! 最後にこの写真も入れようと思って」

 

集合写真を撮ろうとしたのか、急いでシャッターを押した蘭華の近くでフラッシュを浴びた悟が笑顔でインスタントカメラを構えた蘭華に近寄ると、カメラをひったくる。

 

「お前も至近距離で撮ってやる」

「わっ! や、やめてよ五条くん!」

「うっせ! 喰らえ! 」

 

パシャパシャとフラッシュを焚きながら追いかける悟と悲鳴をあげて逃げる蘭華。傑はその様子を見て小さく笑うと、蘭華の撮った写真を手に取る。

 

「ハハ、ピントがずれまくりだ」

 

かろうじて輪郭だけ映る傑たち三人と、目を見開く悟が映っていた。

 

「じゃあ、私たちは先に行っておこう。どうせすぐ来るだろうし……」

 

写真を入れ、ガムテープで封をした傑は歌姫たちに声を掛けた。

 

「はぁ……ホンットに五条はガキね」

「仕方ないですよ歌姫先輩。五条はクズだから」

 

先導する女子二人にガキ、クズで表される悟に傑もハハハ、とわざとらしい笑いをしながら後に続いた。

 

 

 

 

 

──その後、グラウンドの隅にタイムカプセルを埋めた五人は10年後にまたここで開けよう。そう約束した。



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12話 新入生・歓迎(前)

 

 

「ご連絡、ありがとうございました」

 

都内のとある喫茶店に蘭華は居た。対面に座るのは、スカウトしてきた強面の男、冴島はピシッとスーツを身に纏っていた。

 

「はい! あの、先日のお返事をと思い連絡いたしました次第であります!」

 

蘭華は分かりやすく緊張しており、視線もキョロキョロと動いていた。

 

「……そう緊張されなくても大丈夫です。何か飲まれますか?」

「あ、はい! じゃあ……オレンジジュースで……」

 

冴島は慣れた様子で注文を取り、数分後蘭華の前にジュースが置かれた。

 

「あの、それでアイドルの件なんですけど……その話、受けようと思います」

 

蘭華がそう言うと、冴島は少し驚いた顔をしていた。それを見た蘭華が不思議そうにしていると、冴島は気付いたのか、ごほん、と咳払いをする。

 

「すみません。まさか、本当に受けてくださるとは思っていなくて……私の見た目の問題もありますが、うちの事務所は規模が小さいですから」

 

冴島は過去にも何人かスカウトをしており、そのどれもが連絡がつかなくなるか断られていた。原因はやはりと言うべきか、冴島がカタギの人間には思われず、事務所も小さいからだろう。冴島自身もそれを自覚しており、こうして蘭華がもう一度会ってくれたこと自体奇跡だと思っているくらいだ。

 

夜蛾の強面顔をよく見ていた蘭華は、表情こそあまり変わらないが、目の前の冴島が何となく困っているのを感じとった。

 

「私の夢は、シェリルさんの様な……みんなを笑顔にできる歌手になる事です! 事務所が大きいとか、小さいとか関係ないと思ってます!」

「早乙女さん……」

「だから……えっと、これからよろしくお願いします!!」

 

蘭華は憧れに少しでも近づきたくて、芸能界の扉を叩いた。売れる為、お金を稼ぐ為にスカウトを受けた訳じゃない。

冴島は目の前の少女の表情を見て、自分がスカウトをしたのは間違いでは無かったと、彼女なら世界を取れると、心からそう思った。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします……!」

 

それから二人は事務所に移動し、契約書やら何やらを書いてその日は終わり、後日からダンスや歌のレッスンが始まる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 新入生観にいこうぜ!」

 

4月が始まって早々、悟は学年が上がったことによって移動した新しい教室に入って来るなり大声でそう言った。

 

「……あぁ、確か今日だったっけ?」

 

妙にテンションの高い親友を見て傑は思い出したように頷く。

 

「ねぇねぇ硝子ちゃん、新入生も私たちみたいに少ないのかな」

「んー、どうだろ。毎年2人居たらいいレベルって聞いたけど」

「そっかー……女の子居るといいね!」

 

蘭華と硝子も新入生と聞いて少しワクワクしていた。高専に入って初の後輩……悟に至っては人生初の後輩。浮かれても仕方がないだろう。

 

「傑! 置いてくぞ!」

「ちょっと待ってくれ悟!」

 

悟を追うように出て行った傑。その様子を見ていた女子二人はお互いに顔を見合わせる。

 

「どうする? 私らも行く?」

「うん! やっぱり挨拶は大事だからね!」

 

硝子の手を掴んだ蘭華は微笑みながら歩き出す。

 

「……何なんですか、貴方たちは」

 

蘭華たちが教室に辿り着いた時にはそんな不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 

「あちゃ〜、こりゃまたクズ二人がやらかしたかな」

 

いつもの事のように硝子は呆れながら蘭華の隣で呟く。どうせ「弱い」とか「雑魚」とか余計な事を言ったんだろうと思った蘭華は叱ってやろうと何処からか取り出したハリセン片手に教室に入った。

 

「コラ! 新入生虐めちゃダメでしょ!」

 

勢いよく振り下ろされたハリセンは大きな音を鳴らす。

 

「いってぇ! おい蘭華ァ!」

「あいた! 何故私まで……」

 

新入生の前に立っていた二人にハリセンを落とした蘭華はフーンと腕を組みながら怪しむ。

 

「また変な事言って困らせたんでしょ!」

「はぁ!? 言ってねぇよ! な、傑」

「……悟が二人の術式を視て弱そう、なんて言ってたね」

 

パァン! 二人の頭にハリセンがもう一度落とされた。

 

「五条くんは新入生困らせた罰! 夏油くんは止めなかった罰!」

「理不尽な……」

 

傑がブツブツと文句を言うが蘭華には聞こえていなかった。

 

「あの……貴女は?」

 

金髪を七三分けにした少年が少し驚きながら蘭華に声を掛ける。

 

「あ、私は早乙女蘭華! この人たちと一緒で、君たちの先輩だよ! こっちは家入硝子ちゃん!」

「よろしくね〜」

 

ハリセンを背中に隠し、硝子と二人、手を振ると新入生たちは困ったような表情を浮かべていた。

 

「自分は灰原 雄(はいばら ゆう)です! よろしくお願いします! 早乙女先輩、家入先輩!」

 

気を取り直し、黒髪の真面目そうな少年はテンション高めに挨拶をする。

 

「……七海建人(ななみ けんと)です。よろしくお願いします」

 

雄は女子の先輩も居たんだ〜、と思っていたが建人はこの人たちもめんどくさいのか? と少し疑いつつも一応自己紹介をする。

 

「良いこと思いついた!」

 

蘭華たちが自己紹介をしていると、悟が大きな声で言う。それを見て、建人の眉間に皺が寄った。機嫌があまり良くないのはやはり悟が原因らしい。もう既にこの人は苦手だと言う意識が根付いているのかも知れない。

 

「よーし! そんじゃ、お前らグラウンド出るぞ。先輩がご指導してやるから」

「──は?」

「──へ?」

 

感謝しろよ? ニヤリと笑みを浮かべた悟は新入生二人の首根っこを掴んで壁をぶっ壊した。文字通り、ドッカンと。

 

「ご、五条くん!?」

「イヤッフー!」

 

蘭華が顔を青ざめて止めようとしたが、テンションが上がった悟を止められるはずもなく、教室にぽっかりと空いた大きな穴と建人と雄の悲鳴が残された。

 

「あーあ」

「先月と合わせて5回目だね……」

「これはゲンコツじゃ済まないよ、悟……」

 

夜蛾の顔が思い浮かんだ三人は溜め息を吐く。そして、グラウンドから早速大きな音が鳴り始めたので止めるためにも向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

「あちゃー、ボロボロだね〜」

 

三人がグラウンドに到着した頃には既に、建人と雄が転がっていた。ハアハアと荒い息を繰り返し、それでも機嫌が良さそうに笑う悟から視線を逸らしていない。

 

「はぁ……硝子、とりあえず二人の治療を頼めるかな?」

 

惨状を見た傑は頭が痛そうに額を手で抑えていた。

 

「はー、近頃の若者は根性が無いね」

 

お前も若者だろ。

 

悟を除いたこの場にいた者は内心突っ込んでいた。

 

「五条くん!」

「あ? なんだよ」

「壁、壊したの夜蛾先生に言うからね」

「悟ぅ〜、この前叱られた時、次は"自分で"直せって言われたよね。私は手伝わないよ」

 

傑が笑みを浮かべそう言うと、悟の脳内には夜蛾の顔が。チラリと視線を自分の開けた穴に向けた……タラリと頬を伝う汗。

 

「──あっ! 超大型UFOだ!」

「え?」

 

古典的な大嘘を吐いた悟は蘭華が反射的に振り返った間にそそくさと逃走を開始した。

 

「あっ! コラ! 五条くん!」

 

ボロボロになった新入生二人に反転術式を施す硝子と、悟に騙され、ぷりぷりと怒りながら追いかける蘭華。

 

「ハハっ」

 

そんな光景を見て傑は自然と、笑っていた。

 

 




──私は、ずっと頑張る所を見てきた。だって、親友だし。でもさ、こんな別れになるなら……そんな後悔をずっとしている。


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