仮面ライダーW×リリカルなのは ~Oの願い事~ (アズッサ)
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第一話 Mな願い/迷子を捜して

某所で出たネタを元に中編程度で書いてみようと思いたったもの


Mな願い/迷子を捜して

 

 風が吹く。春を告げる温かな風だ。その風は街を駆け巡り、風車を廻す。この街の名は『風都』。ここでは何の事はない、いつもの光景である。この街は風の街だ。風が吹けばそれは風都という街が生きているという証である。高層ビルの合間を駆け抜け、人々の合間をすり抜け、風は走る。

 刹那、突風が吹いた。その風は僅かな渦を巻き、その風音はまだ冬の寒さを残しているような乾いた音だった。渦は瞬く間に消え去り、また緩やかな風が吹く。狭い路地を走り去り、かもめの風見鶏がくるくる回る。瞬間、またも突風が吹く。その風は先ほどよりも激しく吹き、ドアを叩いた。その瞬間にぴたりと突風は止んだ。

ドアのすぐそばに設置された雑なポストが大きな音を立てて崩れ落ちる。適当に打ちこまれた釘ではキチンと固定できていなかったのか、恐らく手製の雑なポストはすぐにバラバラになった。

ややあって、ドアの内側からドタドタと騒がしい駆け足の音が響く。甲高い少女の悲鳴にも似た叫び声も追加して。そして、勢いよく開けられたドアは、偶然にも目の前に飛び散ったポストの破片を弾き飛ばす。

 

「あぁぁぁ!」

 

 ドアを開けた張本人『鳴海亜樹子』は無残にも崩れ落ちたポストを見て膝を付いた。

 

「せっかく作ったのにぃ~!」

 

 そう、このポストは「手紙で依頼が届いた時の為!」と亜樹子が言い出して自分で作ったポストなのだ。モチーフは特にないがファンシーな形と意気込んで作られた逸品であった(雑だが)。

 しくしくと落ち込みながらも、亜樹子はせっせと残骸をかき集める。渾身の出来だった可愛い可愛いポストは今やただの色の付いた木材となり、一週間という作業日程と努力とささくれの刺さった指の怪我はこのような結果に終わってしまった。

 大きくため息をつきながら、残骸を集めていると、亜樹子はふとその中に残骸以外のものが埋もれている事に気が付く。目を凝らし、小さく首をかしげながらそれを手に取る。それは一通の手紙であった。全体がクリーム色のシンプルな封筒に包まれたそれには「鳴海探偵事務所様へ」と蛇が走ったようないびつな字で書かれていた。それは紛れもなく、依頼の手紙であった。

 亜樹子は再び大きな声を出して、ポストの処理も早々に「探偵事務所内」へと戻っていく。

 

 

 

「たどたどしい文字だ。少なくとも日本語には慣れていないようだね。しかも急いで書いたのか、むらがある。しかも……これはなんだろうね」

 

 事務所の一角で一人の青年が空になった封筒の文字とその中に入っていた小さな宝石をマジマジと見つめていた。青年の名はフィリップ。この鳴海探偵事務所の所員の一人である。

 

「宝石……僕もみたことのない種類だ。模様はギリシャ文字のⅠに似ている……精巧な硝子細工……というわけでもないようだ。興味深いね」

「ちょっとフィリップ君! それもいいけど本題はこっち!」

 

 (自称)所長の亜樹子は他事に関心が移っているフィリップをたしなめつつ、事務所奥のデスクの前に立っていた。亜樹子はフィリップへの説教を早々と切り上げ、デスクへと振り返る。そこにはもう一人の所員が椅子に腰かけながら、手紙の内容に目を通していた。

 彼の名は左翔太郎。この鳴海探偵事務所の探偵である。翔太郎は子窓から流れ込む光に目を細めながら、左手に手紙を、右手にはコーヒー(インスタント)を持ちながら手紙を読み上げた。その姿はまさに名探偵といったところか。

 

「迷子の妹を探してください。きっと寂しくて泣いています……か」

 

 手紙にはその一文だけが書かれていた。便箋にはまだ多くの余白が残っているのにも関わらず、真ん中にただその文だけがあった。

 

「依頼人の名はアリシア・テスタロッサ……住所は海鳴市……以外は書かれていないね」

 

 いつの間にか翔太郎のすぐ傍まで移動していたフィリップが続けるように言った。

 

「迷子ねぇ……」

 

 翔太郎はどこか乗り気ではなかった。この風都でも迷子を探す依頼は何度も受けてきた。犬、猫、鳥、そして人間に至るまでもだ。依頼内容自体は別に良い。だが、わざわざ県外から手紙で送ってくる。

 

「俺の評判が風都を超えて他の街まで響いているって事は嬉しいが……迷子の依頼ってのがなぁ……」

 

 スパンッ!

 気持ちの良い音が事務所に響く。亜樹子の緑スリッパが翔太郎の後頭部を捉えていたのだ。

 

「ってぇ! おいっ亜樹子! 何すんだ!」

「翔太郎君があからさまにやな顔するからでしょうが!」

「だからってお前、叩くこたぁないだろ叩くたぁ!」

 

 椅子に座っていた時の貫録はどこへやら、翔太郎は立ち上がると亜樹子と顔を突き合わせて言いあいを始める。そんな二人を無視してフィリップは再び封筒の文字をマジマジと見つめていた。

 この騒がしい空気が鳴海探偵事務所の日常だ。少なくとも険悪なものではない事は確かだ。

 

「いい翔太郎君? 迷子ってのはね、それはもう心細いものなの! 一人ぼっちで、周りが何だか不気味に見えてきて、隣を通り過ぎる人はなんだろう、あの角には何がいるんだろうって不安でいっぱいなんだからね!」

「そりゃお前の事なんじゃねーだろうな?」

 

 ギクッ! 等と言う効果音が聞こえてきそうなぐらい亜樹子のリアクションはオーバーなのだ。元気なのが取り柄とも言えるが、翔太郎にとって亜樹子の有り余る元気さには少々押され気味で、呆れ気味でもある。

 

「まぁ待ちなよ翔太郎。アキちゃんの心配も一理ある」

「流石フィリップ君! わかってる!」

 

 一瞬にして機嫌の直った亜樹子はそくさとフィリップ側へ移動して、翔太郎に抗議の視線を投げかけていた。しかし翔太郎はそんな亜樹子の視線を無視して、フィリップの意見に耳を傾ける姿勢を取った。

 

「どういう事だフィリップ?」

「わざわざ県外から、しかもこんな慣れない文字を使って、この探偵事務所に依頼を送る。悪戯にしたって手間暇がかかっている。それに……」

 

 言葉を止めて、フィリップが差し出したのは先ほどから眺めていた宝石であった。

 

「この宝石。まだきちんとは調べてはないが、やはりただの宝石じゃない」

「どういう事だ?」

「非常に安定しているが、微弱ながら何かしらのエネルギーを感じる。『地球の本棚』に載っていない物質で出来ていると言ったら?」

「なんだと!?」

 

 そのフィリップの言葉に翔太郎は椅子を弾き飛ばすようにして立ちあがる。

 

「おっと、済まない。ひとつ訂正しよう。この宝石に関する情報は今まさに更新されつつある。だからこの宝石が『よくわからないもの』という事がわかるのさ」

「遠回しすぎて何言ってんだがよくわかんねぇが、なるほどな。確かに普通の迷子探しの依頼……ってわけでもないようだ」

「受けるのかい? 風都の依頼じゃないけど?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるフィリップ。対する翔太郎はフィリップの横を通り過ぎて肩に手を置く。

 

「ま、行ってみればわかる事だ。迷子の妹探し、それに関係する謎の宝石、なんかハードボイルドな事件の予感だ」

 

 そう言いながら、翔太郎は帽子掛けにあるいくつもの帽子の中からお気に入りのものを手に取り、被る。用意はこれで翔太郎の準備は万全だ。必要なものはいつも持ち歩いている。そして彼が帽子をかぶる瞬間、それは仕事の始まりなのだ。

 翔太郎は帽子のつばをなぞりながら亜樹子の前まで移動するとつばをなぞっていた手を亜樹子の前に差し出した。

 

「なにこれ?」

 

 きょとんとする亜樹子。

 

「なにこれじゃなくて、出張費、くれよ」

「あるか!」

 

 スパンッ!

 翔太郎の左頬に亜樹子のスリッパがヒットする。帽子を叩かなかったのは優しさだ。

 

「い~い? 翔太郎君。今家は赤字なの、色々と払うお金もあるけどなぜかミックの餌代が一番高いの!」

 

 ミックとは右曲左折を経てこの鳴海探偵事務所の飼い猫となったブリティッシュショートヘアの毛並みの良い老猫である。今姿が見えないのは呑気にどこか外を散歩でもしているのだろう。因みに一番高いキャットフードしか食べないという探偵事務所の財政圧迫に拍車をかける存在でもあるが、大切に飼われている猫だ。

 ともかく、ここ最近まともな依頼もなく、資金難な形となっていた鳴海探偵事務所に出張費などというものを払う金はない。

 だから当然、実費なのだ。

 

「君って、本当ハーフボイルドだよね」

 

 そんな二人の漫才を染みたやり取りを見てフィリップは肩をすくめて笑った。

 

 

 

 風都から海鳴までは電車を乗り継いで約三時間。翔太郎は駅から出ると、何気なく周囲を見渡す。風都とはまた違った和やかな雰囲気の漂う街であった。翔太郎は帽子をかぶり直すと、当面の拠点となる格安のビジネスホテルを目指す。そのついでに依頼人である「アリシア・テスタロッサ」なる人物についての聞きこみをとも思ったが闇雲に聞きまわった所で、成果が上がらないのは目に見えていた。

 暫く歩いていると、奇妙な形の携帯電話が鳴る。スタッグフォンと呼ばれる特殊なメカだ。翔太郎がスタッグフォンを出ると、聞こえてきたのはフィリップの声だった。

 

『やぁ、翔太郎。そろそろ着く頃だと思ってね』

「あぁ、今着いた所だ。風都程じゃねぇが、結構良い街だぜ。ところで、例の件は?」

『照井竜にも協力を要請して、依頼人『アリシア・テスタロッサ』なる人物の事を調べてもらったけど、テスタロッサという名字に対する捜索願いどころか該当する人物もいないみたいだ。流石に外国人名を探す以上に県外の事となると部署も管轄も違ってくるみたいだね。相当苦労したみたいだよ?』

 

 『照井竜』。翔太郎たちの仲間であり若きエリート刑事である。翔太郎らは今回の依頼遂行に先駆け、彼の力を頼ったのだが、それは空振りに終わったようだ。

 

「そうか……或いはとも思ったんだが……照井の奴には礼を言っておいれくれ」

『わかった。けど、ひとつ妙な事が分かった』

「妙な事?」

『数日前から海鳴警察より超常犯罪捜査課に連絡があったらしくってね。謎の発光飛行物体や巨大な犬のバケモノ、突如として街に出現した巨大な樹木……照井竜曰く県外にガイアメモリが流出したという情報はないとの事だ』

「なるほどな。そんな奇妙な事件が起こる街から送られてきた依頼の手紙……か」

『それともう一つ』

 

 フィリップが勿体ぶるような口調で言葉を続ける。

 

『それらの事件をキーワードに検索をしてみたら驚く事が分かった。どの事件も、その重要な事はわからないが、共通するキーワードはこの宝石だ』

 

 フィリップの言う宝石、それは手紙の中に同封されていた小さな結晶体の事だ。未だに謎の宝石ではあるが、その情報を耳にした翔太郎は間違いなく今回の依頼はただ事ではないという確信を持った。

 謎の手紙、謎の宝石、多発する謎の怪事件、まさに探偵の仕事であった。

 

「わりぃなフィリップ。取りあえず、他になんかわかったら連絡してくれ」

『いや、今から僕もそっちに合流するよ。この依頼、僕個人としても興味深いものがあるからねぇ』

「そりゃいいけど、お前なぁ……」

 

 好奇心が膨れ上がったように声色の明るいフィリップに呆れながら、翔太郎は了承した。

 

『取りあえず、夜までには着くと思う。マシンも持っていくよ』

 

 それだけ言うと通話が切れる。

先ほどのフィリップではないが翔太郎もこの依頼には少し関心が持ててきたのだ。と、なれば話は早い。さっさとチェックインなどの雑務を終えて仕事に取り掛かるのだ。

 と、意気込んでは見たものの、土地勘も、人脈もない街をたった一人で調査するというのは至難の業だ。『アリシア・テスタロッサ』、正直外国人らしい名前でも珍しい部類だろう。それでも見つからない、かすりもしないというのが都会という場所だ。翔太郎とて探偵のはしくれ、闇雲に聞きまわっているわけではない。ある程度ポイントを絞ってここだという部分に聞いて回るのだ。子連れなどが集まるであろう公園、学生が集まるであろうファーストフードやカフェ、外国人関係の人間が多い場所だって一応は調べ上げてやってきているのだ。それでも見つからない。

 知らぬ街の事だ、完璧ではない事は分かりきっている。それに、探偵の調査というものはいつもこういったものだ。少なくとも翔太郎はそう思っている。初日の空振りは気にしていても仕方ないのだ。

だが、思わぬ転機が訪れたのはある老夫婦の言葉であった。

「外人の女の子がたくさんのドックフードを抱えて歩いていた」。

 聞けば老夫婦は長くこの街に住んでいるがそんな子は初めて見たという。この数日は姿を見せないが挨拶の出来る良い子だが、いつも元気がなさそうな子であったとも。それが直接関係のある情報とは思っていなかったが、意外な事にドッグフードを買う少女というキーワードが追加されただけで、翔太郎の聞きこみは異様な成果を生んだ。

 「ドッグフードを買う、外人で金髪のツインテールの女の子」という証言が数は少ないが聞く事が出来たのだ。だが、その少女が件の少女であるかどうかという確証はまだ得られない。

それに見かけたという人物はいても、名前も住んでいる場所すらも特定出来ないだ。ドッグフードを買っていたと言ってもペットショップは何件もあり、さらにデパートやスーパーなどにも売っているようなものだ。絞り込みは中々に困難だった。

そもそも、迷子捜しという依頼だと言うのに、今の状況は依頼人捜しであった。重要な手掛かりをつかんでいるはず。そういう確信はあるがそれに対してどのようなアプローチを仕掛けていいのかが分からないのが現状であった。

ふと、翔太郎は喉の渇きが限界に近い事に今更気が付く。春の陽気は暖かではあるが、ずっと歩き続けているせいで疲れも溜まっていた。ほんの少し気を抜いた瞬間に疲れを実感した翔太郎は取りあえずの休憩を取ろうと考えた。

飲み物は自販機で適当なものを買えばいいが次は小腹が空いた。昼食は電車の中で済ませた為、飯時という時間でもないが、疲れているならやはり甘いものだ。そういえば聞き込みの最中に目にした喫茶店は中々良さげだったなと思い出した翔太郎は足早にその店へと向かった。

 

 

 

その店は翠屋という看板を掲げていた。何となしに店内を伺うとやはりというか女性客が多い。雰囲気が良い店だなと思ったのだが、そういった中で一人男が入るというのはなんだか気恥しいというものがあった。しかし、店先でうろうろとしていては、怪しまれるのではと思った翔太郎は帽子を脱いで、店内に入る。「いらっしゃいませ」と店員の女の子に案内されながら、翔太郎はコーヒーとシンプルなショートケーキを注文した。

注文が届くまでの間、妙にそわそわしてしまうのは、やはり店内の空気のせいだろう。誰も翔太郎の事を気にはしていないが、当の本人が何だか落ち着かないのである。その後すぐにコーヒーが運ばれてくる。一口飲むと少し落ち着く。やはりコーヒーはハードボイルドにブラックだ。それに旨い。照井の淹れるコーヒーと同等の旨さだった。

 そんなまさかの当たりの店に出会えた事に感謝しつつ、ケーキも楽しみになっていた翔太郎だったが、その次の瞬間、店に入ってきた二人組の少女に目がとまった。ランドセルを背負っているのを見ると小学生だろう。二人とも育ちが良さそうな雰囲気だ。翔太郎が気になったのはその内の金髪の少女だ。長い髪を下ろし、小さく結ばれた両方の髪、ツインテールという情報とは違うが、それ以外の要素は当てはまる。まさかなと思いつつ、様子を見ていると、その二人の少女にカウンターにいた女性が笑顔で話しかけていた。

 

「あら、アリサちゃん、すずかちゃん。今日もごめんなさいね?」

「いえ、良いんです。好きでやってる事ですから」

「そう? けど助かるわ。ありがとうアリサちゃん」

 

 アリサと呼ばれた金髪の方の少女は女性から褒められると顔をそむけてほんの少し顔を赤らめていた。どうやら褒められる事が恥ずかしいようだった。

 

「あの、なのはちゃんにもよろしく伝えておいてください。早く学校に戻ってきてねって」

「すずかちゃんもありがとう。伝えておくわね」

「それじゃぁ、今日は……お稽古もあるので……」

「お、お邪魔しました」

 

 二人はそう言ってぺこりとお辞儀をすると店から出ていく。それと同時に翔太郎の元にケーキが届く。運んできたのは若い……いや良く見れば中年だろう、しかし体格も良く若々しい男であった。

 

「お待たせいたしました。ショートケーキです」

「ありがとう……あぁ……すいません、少しいいですか?」

「はい?」

 

 立ち去ろうとする男性店員を捕まえて翔太郎は先ほどの少女の事を聞きだそうとした。翔太郎はその前に懐から名刺を取り出す。この場合、下手に誤魔化すよりも正直に出る方が良いと判断したのだ。

 

「俺……私はこういうものでして」

「鳴海探偵事務所……探偵、左翔太郎……さんですか? 探偵さんとはまた珍しいお客さんですね。それに……鳴海ですか」

「鳴海探偵事務所をご存じで?」

 

 鳴海という言葉に少しだけ反応を示した男性店員に気が付いた翔太郎は思わず聞き返していた。

 男性店員は苦笑しながら、

 

「えぇ……10年程前に鳴海荘吉という男に助けられた恩がありましてね……」

「おやっさんを知っているんですか!?」

 

 今度は翔太郎が反応する番であった。少々声が大きかったのか、周りの客が一斉にこちらに視線を向ける。翔太郎は気恥しくなって、軽く会釈をしながら縮こまりながら、男性店員と視線を合わせた。男性店員はまたも苦笑しながら翔太郎の言葉に答えてくれた。

 

「おやっさんと呼ぶという事はあなたは鳴海さんのお知り合い?」

「えぇ……まぁ弟子みたいなもんです」

「そうですか。なるほど、彼の弟子ですか……どうりで帽子が似合うわけだ」

「え? 帽子?」

「店に入ってくる前にちらりと見えたんですよ。驚きましたよ、まさか鳴海さんが? と思いました」

「あぁ……いやぁそれほどでも……」

 

 そんな事を言われると翔太郎は照れ臭いような嬉しいようなこそばゆい感覚に襲われた。決して嫌な気分ではないという事は確かだ。

 

「ところで、鳴海さんはお元気ですか? 10年越しのお礼なんかをと……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、翔太郎の表情は曇る。彼の師匠であり、現所長の亜樹子の父である鳴海荘吉は既にこの世にはいない。

 

「いえ……既に……」

「そ、そうですか……すみません。知らぬ事とは言え……」

「いえ、良いんです。それに、おやっさんはお礼とかそういうのはいらないっていうでしょうし……あぁそうだ!」

 

 感傷に浸るよりも、翔太郎は仕事へと切り替えた。偶然とは言え、この男性店員は荘吉の事を知っていた。多少の警戒は薄れたのも幸いである。翔太郎は先ほどの少女の事を質問した。

 

「お……私は今……」

「畏まらなくてもいいですよ」

「あぁ……えと、すいません。俺は今、とある依頼で迷子を捜しているんです」

「迷子ですか」

「えぇ、ただ迷子の子がどんな子なのかもわからず、その依頼をしてきた人もわからないんです。唯一分かっているのは『アリシア・テスタロッサ』という名前だけ。暫くは聞きこみなんかもしてたんですが……『ドッグフードを買う、外人で金髪のツインテールの女の子』という情報以外は何もない。そんな時にさっきの子が来たんでもしかして依頼主もしくは依頼対象かもと」

「あぁ……そういう事ですか。だとすれば、残念ながら彼女は違います。彼女は私の娘の友人でアリサという子です。名字もテスタロッサではありませんよ」

「そう……ですか。空振りかぁ……」

 

 そううまくはいかない事を理解しつつも翔太郎は悔しそうに頭をかく。

 

「テスタロッサという珍しい名前なら耳にすればそれとなく覚えているとは思いますが近所でも知り合いの中でもそんな名前は聞きませんからね。済みません、お役に立てず」

「あぁいや、こっちこそ、変な質問しちゃって……あ、すいません、ケーキ頂きますね!」

「ハハハ、どうぞご賞味ください。ではゆっくりと」

 

 男性店員はそういうと最後に「いつでも来てください」と残して業務に戻っていった。そんな彼の背中を見送りながら、翔太郎はケーキを一口入れた。疲れた体にスーっと馴染むような優しい味わいが口いっぱいに広がるのを感じながら、翔太郎は気合いを入れ直した。

 翠屋を後にし、その後も調査を続けていくと、気が付けば夕暮れ時、何回かの休憩をはさんだ聞きこみで得られた情報は初日にしても十分過ぎるものであった。そのまま拠点となるホテルへ戻った翔太郎は上着を脱ぎ、帽子を大切にかけると、スタッグフォンを取りだしフィリップへ経過報告を行おうとした。

 

『あぁ翔太郎、ちょうど今からかけようと思っていた所なんだ』

 

 そういうフィリップの声はどこか切羽つまっている感じであった。

 

『いきなりだけど、ファングジョーカーで行くよ!』

「あ、おい! フィリップ!」

 

 どういう事かを聞きだそうとする翔太郎だったが、通話が途絶してしまう。状況はよく分からないが、相棒の危機であるという事はハッキリしている。翔太郎は二本のスロットが空いた赤いツールを取りだすと、それを腹部に当てる。その瞬間、ツールはベルトのように巻きつく。次に翔太郎はピエロの靴を模したJが描かれたメモリースティックを取りだし、ボタンを押す。

 

《ジョーカー!》

 

 音声「ガイアウィスパー」が鳴り、メモリをスロットの左へと差し込む。そして次の瞬間、メモリ「ジョーカーメモリ」は消え、翔太郎の意識も遠い相棒へ流れ込んでいくのであった。

 意識を失った翔太郎の体はどっかとベッドの上に倒れ込むのであった。

 




大体5話程度を予定


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第二話 Mな願い/不思議な出会いなの?

Mな願い/不思議な出会いなの?

 

 フィリップは風都とは違う景色を楽しみながら、前部が黒、後部が緑のバイク「ハードボイルダー」を走らせていた。向かう先は翔太郎のいる海鳴市。今回の依頼主が届けた手紙に記されていた街だ。普段、風都にいても外へ出る事の少ないフィリップにとって風都を飛び出すという行動は中々に刺激的なものであり、彼自身、依頼の為以上に自分の中の知的好奇心が抑えられないからこそ出た行動でもあった。

 むろん、今回の依頼をおろそかにするほど彼は自分勝手ではない。故にこうして制限速度ギリギリまでスピードを上げ、海鳴市へと向かっているのだ。

 「アリシア・テスタロッサ」という名の依頼主から届いた「妹を探して欲しい」という依頼、そして同封されていた小さな宝石、その後の調べで判明した海鳴市で起こる謎の怪事件の情報、それら全てが謎であり、フィリップを持ってしても詳しい事が分からない事が殆どであった。だが、フィリップは半ば直感で、これらのキーワードが繋がっている事を感じ取っていた。それは相棒である翔太郎も同意見であろう。

 そうこうしている内に、フィリップの視界に標識が見える。そこには海鳴市と書かれており、それを確認したフィリップはアクセルを強め、バイクを加速させる。右手には海鳴市を囲うように山々が点在しており、それらをぐるりと回るようにして超えれば市街地へと入る事が出来る。時刻は分からないが、既に夕暮れが迫っていた。心なしか道を走る車をついぞ見かけない。

 瞬間、フィリップの眼前を何かが横切る。驚いたフィリップは小さく声をあげ、バイクを急停止させた。ブレーキ音が夕暮れの道路に響く。他の車がいなかった事が幸いであった。もし後ろは対向車線に車がいれば事故は免れなかっただろう。

 フィリップはヘルメットのカバーをあけ、周囲を見渡す。その中で、ふと奇妙なものを見つける。自身から10m程前に巨大な生物がいた。夕焼けの逆光のせいで認識するのに僅かばかり時間がかかったがそれは犬、いや獰猛な顔立ちは狼のようにも見える。しかし、大きさは虎程もある。全体的に茶色の毛並みであり、首回りの濃い色の毛がライオンのたたてがみのようにも見える。

 

(あれは……照井竜の情報にあった犬のバケモノ……だが、情報ではもっと巨大な姿をしていると聞いたが……)

 

 そんな思案をしながらも、フィリップはいつでも発進出来る準備をしていた。何故かはわからないが、その目の前の獣は唸り声をあげ、こちらに対して睨みを利かせているのだ。獲物を狙う肉食生物、狩りをおこなおうとする猟犬とも言うべきか。獣はゆっくりとした足取りでこちらへと向かってきた。

 

「野生動物に注意の看板はなかったんだけどね」

 

 そんな事を呟きながらもフィリップはバイクを発進させた。エンジンが唸りをあげ、一気に加速する。それと同時に獣も走り出す。その速さはやはり彼の知る犬以上の走力であった。お互いの距離があっという間に縮まる瞬間、フィリップはハンドルを切り、滑るようにして、その横を抜ける。だが相手もまた俊敏であった。すぐさま方向転換し、フィリップの後を追いかける。バックミラー越しにフィリップは驚いていた。相手はトップスピードではないがバイクの速度に追いつているのだ。フィリップはすぐさま相手を脅威と判断し、速度を上げる。

 

(ハードボイルダーのスピードなら逃げ切れる可能性はある……だが、あの運動能力と速さを持ちながら先ほどはあっさりと横をすり抜けさせた。まさか、罠……?)

 

 その予想はまさしく的中した。フィリップの前方に無数の閃光が降り注ぐ。またも急ブレーキをかける羽目になったフィリップは今度こそ身の危険を感じた。すぐさま上方を見上げると、そこには、巨大な杖を携えた黒衣の少女があろうことか宙に浮かんでいたのだ。金色の長い髪をふたつ結いにした年端もいかない少女であった。

 

「女の子……!?」

 

 黒衣の少女のマントが風に揺らめく。彼女はゆっくりと降下してくると物悲しげな瞳をフィリップに向けていた。フィリップはなぜ彼女がそんな眼をするのかが気になったが、

少女は構わず、凛とした言葉を放った。

 

「ジュエルシードを渡してくれれば、これ以上危害を加える事はしません」

「ジュエルシード?」

 

 聞き覚えのない言葉だ。だが、フィリップは少女がいうものにある程度の目星は付けていた。それは恐らく依頼の手紙に同封されていた宝石の事であろう。

 

「それは危険なものです。早く渡してください」

「危険……なるほど、そのジュエルシードとやらは危険な代物なのか。そんなものを君のような子供に渡すのは少し気が引けるね?」

 

 少女はフィリップへ返答としてまず杖を向けてきた。

 

「先ほどのは警告です。一般人であるあなたに直接的な被害を加えたくはありません」

 

 フィリップは返事を返す前にバイクのミラーで後方を確認した。先ほどの獣がいつの間にか退路を断つようにして立ちふさがっていた。

 

「なるほど……虎と狼って奴だね」

「理解して頂けたのなら……お願いです、早く渡してください」

 

 フィリップは諦めたように首を振った。少女もまたフィリップのその態度をそのままに受け取ったのか、再度諭すような口調でジュエルシードを明け渡すように伝えてきた。

 フィリップはポケットに両手を入れる。僅かに少女が杖の構えを緩める。その隙をフィリップは見逃さなかった。フィリップは携帯電話と一本のメモリを取りだし、スイッチを押す。

 

《スタッグ》

 

 機械音声を響かせるスタッグギジメモリを携帯電話であるスタッグフォンに差し込むと、スタッグフォンは携帯電話からクワガタムシ型のメカへと変形し、少女に向かって飛び出していく。

 だが、次の瞬間には背後に待機していた獣が咆哮をあげながら、フィリップへと飛びかかろうとしていた。しかし、フィリップもまたそんな事は予想済みであった。鋭い牙を光らせ、大きく顎を開ける獣だったが、フィリップの眼前に迫ったと思った瞬間、その横面を何かが体当たりをしかけ、吹き飛ばす。

 

「アルフ! クッ……!」

 

 少女が叫ぶ。だが、その少女には変形したスタッグフォンが周囲を飛び回り、動きをけん制していた。少女はスタッグフォンを叩き落とそうと杖を振るが、スタッグフォンは小刻みに飛び回り中々捉える事が出来ない。

 

「来い! ファング!」

 

 フィリップの呼び声に反応するように、獣、アルフへと体当たりを仕掛けた物体が吠える。それは小さな恐竜であった。恐竜は小さく吠えながら軽やかにジャンプするとフィリップの左肩へと飛び乗る。それを確認したフィリップはアクセルを吹かし、バイクを発進させた。

 

「あぁ! 待て!」

 

 見逃すまいと少女は飛翔する。だが、それを遮るようにスタッグフォンが再び妨害行動に出る。少女の眼前を突っ切り、ひるませたスタッグフォンは仕事を終えたようにフィリップの元へと飛び去っていく。

 フィリップの耳元までたどり着いたスタッグフォンはその体から着信音を響かせた。

 

「ちょうどいい。照井竜には厳重注意を受けるだろうけど!」

 

フィリップがスタッグフォンを手に取ると、クワガタから携帯電話へと戻り、フィリップはためらいもなく受信ボタンを押した。

 

「あぁ翔太郎、ちょうど今からかけようと思っていた所なんだ」

 

 そう言いながらもフィリップはハンドル操作と背後より負ってくる少女たちの確認で忙しかった。故に最低限の情報だけを伝える事にした。

 

「いきなりだけど、ファングジョーカーで行くよ!」

 

 それだけ伝えるとフィリップは通話を切る。それと同時に背後より閃光が飛来する。初弾をかろうじてをそれを避けるフィリップだが、二発、三発と続けば今の彼の操作では振りきる事は難しかった。そして四発目、閃光はフィリップを追い抜き、彼の目の前に着弾する。その衝撃でバイクごとバランスを崩すフィリップ。勢いよく放り出される形になった彼は着弾の影響で生じた煙の中へと消えていく。

 

「しまった……!」

 

 これに苦い顔をするのは閃光を打ち出した少女本人であった。予想外の反撃にあったとは言え、相応の障害であると判断した少女はフィリップの身動きを止める為に攻撃を加えたが大怪我をさせるつもりはなかったのだ。

 

「フェイト! 来るよ!」

 

 だが、その心配は隣にいるアルフの言葉によって中断される。ハッとなったフェイトは何事かと正面を見据える。

 

《ファング・ジョーカー!》

 

 次の瞬間、咆哮と共に音声が夕焼けの空に響く。

 

「何!?」

 

 土埃を切り裂くように現れたのは、バイクを駆る白と黒の戦士であった。戦士はジャンプさせたバイクを巧みに操り、その場へと着地、ターンを決めて、真っ白な右半身を少女たちに向ける。

 

『ったく……相変わらず無茶をする相棒だぜ』

 

 黒い左半身の真っ赤な目が点滅するとフィリップとは異なる声が呆れたように言いながら、左腕でこめかみを押さえた。それを右手で軽く払いながら、フィリップも答える。

 

「それはお互い様と言いたい所だね? 何にせよ、助かったよ翔太郎」

『へっ……相棒のピンチ助けなくて何が相棒だよ。んで……』

 

 白と黒の戦士はバイクから降りると、少女たちと正面で向き合う。

 右側は白、左側は黒、全体的にエッジをきかせた戦士の名はダブル、「仮面ライダーダブル ファングジョーカー」である。

 

『あれが相手か……って、子供じゃねーか!』

 

 翔太郎の驚きも無理はないだろう。相棒のピンチにかけつけてみれば、予想外の相手がそこにいたのだから。年端もいかない少女に襲われて、変身を行う。今まで様々な不可思議な体験、相手をしてきた翔太郎でもこれは流石に想像はしていなかったのである。

 

『しかも……金髪にツインテールだぁ?』

 

 改めて少女の姿を見ると翔太郎は驚いたような声をあげる。

 だが、そんな驚きは翔太郎だけではない。対面する少女らもまた驚きを隠せないでいた。優男だと思った相手に不意をつかれ取り逃がし、再び追い詰めたと思えば珍妙な姿に代わり、こちらに対峙している。しかもその場にはいなかったはずの第三者の気配すら感じる。

 しかし、相手が何であれ少女の目的は変わらない。隣にいるアルフも唸り声をあげていつでも戦闘態勢に移行出来る準備は完了している。少女はすぐさま、杖を構え、ダブルに向けるのであった。

 

「そのような姿を取るという事はこちらに抵抗するだけの力があると見ました。そうなれば私も手加減はしません。これが最後の警告です。大人しくジュエルシードを渡してください」

「事情を話してくれるならこっちも譲歩するだけの余裕はあるんだけどね?」

 

 しかし、その返答として帰ってきたのはアルフによる体当たりであった。唸り声と共に牙と爪を光らせたアルフは刹那の合間にダブルとの距離を詰めていた。だが、ダブルはその間にベルトに装着されたファングの角『タクティカルホーン』を弾く。

 

《アームファング!》

 

 その声と共にダブルの右腕から白亜の刃が伸びる。ダブルはその刃でアルフの牙を受け止めると、振り払うようにしてアルフを弾き飛ばす。だが、その次の瞬間には少女が杖を変形させ、大鎌と化した得物をダブルへと振り下ろしていた。

 

「中々素早い動きだ!」

 

 しかし、ダブルは左手で鎌の柄を掴んで、その大振りの一撃をなんなく受け止めて見せた。

 

「くっ……!」

「言っておくけど、僕は問答無用で攻撃してくる相手の言う事を聞くほどお人よしじゃない!」

『おいフィリップ!』

「心配無用だ翔太郎! 傷つけるつもりはない!」

 

 事実として、フィリップは大鎌を受け止め、少女の体を掴む事以外は攻撃姿勢を見せていなかった。

 

『当たり前だ! だが俺がいいてぇのはそうじゃない! この女の子、ビンゴかもしれねぇぞ!』

「ビンゴ? ウゥッ!」

 

 背後からの衝撃で大鎌を掴む手を離すダブル。弾き飛ばしたアルフが体勢を立て直し、反撃に出たのだ。ダブルは姿勢を崩しながらも、すぐさま立ち直る。

 

「ビンゴという事はつまり、今回の依頼についてかな?」

『あぁ……絶対とは言えねぇが、聞き込みで手に入れた情報とぴたりと当てはまりやがる。金髪にツインテールの外国人の女の子! ついでにやたらでかいが犬もいやがる!』

「偶然……にしては合いすぎてるね……けど!」

 

 二人の論議を遮るように閃光が次々と降り注ぐ。ダブルはその合間をすり抜けるように回避し、先ほどの続きを言いあった。

 

「君の言う通り絶対じゃない。それに相手はこっちの話を聞くつもりはないようだ」

『だが、お前を狙ってきた。いや正確には……』

「ジュエルシード。察するに僕たちの元へと届いたあの小さな宝石。なるほど、合いすぎている」

 

 ダブルは最後の閃光をアームファングで切り裂くと、その場で立ち止まり、右腕を顎に当てながら、思案する姿を取った。その姿は少女の癇に障った。だが、表だってその感情をだす事はない。僅かに表情が堅くなるが、それと同時に焦りも感じていたのだ。

 

「早くそのジュエルシードを渡せ!」

 

 大鎌を振るい、少女が突撃してくる。ダブルは再びアームファングで受け止めると、つばぜり合いとなり、紫電が走る。

 

「なぜ君はジュエルシードを狙う?」

「黙れ!」

 

 少女は大鎌を払い、ダブルから離れる。それと同時に閃光を放ち、それの直ぐ後ろをアルフが駆ける。流石のダブルも全てをさばききる事は不可能であると判断し、大きく回避行動を取る。残像が現れる程のスピードで閃光をジグザクに避けるダブルだが、それに追いつくのはアルフであった。アルフは再びその牙と爪をダブルへと向けるのである。

 ダブルはアルフの攻撃をアームファングで受け止め、左手で押しのけるようにして飛ばす。そして、タクティカルホーンを二回弾く。

 

《ショルダーファング!》

 

 アームファングが消え、右肩から同様の刃が伸びる。ダブルはそれを掴み、ブーメランのように投擲した。高速回転する刃がアルフへと向けられる。アルフも不安定な体勢のまま無理矢理にでも空中へ飛び、爪を伸ばして、ショルダーファングを弾く。だが、パワーの違いか、再び地面へと叩き落とされてしまう。一方、ショルダーファングは軌道を変え、少女へと向かう。

 

「くっ!」

 

 少女は数発の閃光を発射、しかしそれらはショルダーファングに弾かれる。少女は大鎌での迎撃を行う。下からすくい上げるようにして振りかぶられた大鎌の刃がショルダーファングと激突する。バチバチとエネルギーが放出される。結果としてはお互いが弾かれる形となり、ショルダーファングはダブルの元へ、少女はそのまま空中で二回程回転しながら、体勢を立て直す。

 

「『アリシア・テスタロッサ』……」

 

 不意にフィリップが依頼人の名を言葉にする。その名前に少女が僅かに反応を示す。

 

「この人物から僕たちは手紙を貰った。その手紙にはジュエルシードが同封してあった」

「それが何だと言うのです」

「単刀直入に聞こう。君はアリシア・テスタロッサという人物を知っているかい?」

「そんな人、知らない」

『知らないだと?』

 

 少女の返答に翔太郎は自分の推測が外れたのではと思わせた。少女の言葉に嘘は感じられなかった。だとすればやはり偶然の一致なのか。

 少女はこれ以上話す事などないという風に、空いた左手をダブルにかざす。バチバチと少女の周りが帯電し、金色の電撃を走らせる。無数の雷球が浮かび上がり、その照準をダブルへと向ける。

 

「大人しく渡してくれないのが悪い……!」

 

 雷球が輝き、周囲のと影響しあい稲妻が走る。

 

「翔太郎!」

『あぁ仕方ねぇ!』

 

 それに対応するようにダブルもまた腰を低く、構えを取る。

少女は無言のまま、手をあげ、そして振り下ろす。その瞬間、無数の雷球はダブルへと殺到する。対するダブルはあろうことか、その雷球の群れへと走る。

 

「何を……!?」

 

 一見すれば自殺行為としか思えない行動を目の当たりにした少女だったが、ダブルはそうとは思っていない。走りながら、素早くタクティカルホーンを三回弾く。

 

《ファング・マキシマムドライブ!》

 

 同時に、ダブルの右足側面から刃が伸びる。

 

『ファングストライザー!』

 

ダブルは飛び上がると共にその技の名を叫びながら、雷球へと向かう。瞬間、青白いエネルギーがダブルの体を包み込み、巨大な恐竜の頭部を作り上げる。そのエネルギーは大きく口を開け、今まさに無数の雷球を飲み込まんとしていた。

 そして……衝突、閃光、爆発と共に周囲に膨大なエネルギーの奔流を生み出す。少女は腕で顔を覆い、障壁を展開すると同時に倒れ込むアルフの元へと降り立つ。ほんの数秒程度の衝撃波が止み、爆煙が晴れると、バイクの走り去る音が彼方で響く。

 

「逃げられた!?」

 

 咄嗟にダブルの後を追おうとする少女だが、アルフが少女のマントを加え静止する。

 

「駄目だよフェイト! 時間をかけすぎた、奴らに見つかったようだ!」

「けど……くっ……!」

 

 アルフの言葉に、少女は僅かに歯ぎしりをさせながら苦悶の表情を浮かべる。未練の残った視線を、道路の向こう側へと向けながら、少女は杖を振るう。

 

「バルディッシュ、ジャミング」

『イエッサー』

 

 バルディッシュと呼ばれた杖はそのように答えると、特殊なジャミング機能を発動させる。こうすれば暫くの間は見つかる事もない。少女はアルフに寄り添い、怪我の具合を確認する。

 

「だ、大丈夫だよフェイト……それよりもまずはここから離れよう」

「うん……」

 

 少女、フェイトの周囲に紋様が浮かび上がりと同時に彼女らの姿は霧のように消えていったのだった。

 

 

 

 一方、隙をついてその場から逃げ果せたダブルはその状態のままでお互いの意識をリンクさせていた。

 

「何とか撒けたようだね」

『あぁ……にしても、何なんだあの子供は? そこらへんのドーパントよりも手ごわいぞ』

 

 翔太郎は少女の戦闘能力の高さに驚きを隠せないでいた。さらに共にいた巨大な犬のような生物もまた脅威である。あの状況は、相手がこちらに対して油断していたのを利用して勢いに乗っていたようなものである。故に優位に立ててはいたが、それでも対等な条件下での戦いではどうなるか分からない程であった。

 

「さぁ……ね……だが、彼女がこのジュエルシードを狙うと言う事は、翔太郎。君の予測は恐らく間違いではないはずだ」

『けど、あの子は白を切った』

「あるいは本当に知らないか……あの状態じゃこちらの話を聞く気はないだろうし、どちらにしろ、退いて正解だったようだ」

『あぁ……ったく、今度も問答無用か?』

 

 ダブルはブレーキをかけながら、車体を滑らせ、道路をふさぐように止めると、上を見上げる。

 

「あれは……」

『また……子供?』

 

 ダブルが見上げた先、そこには先ほどの少女とは対照的に純白の衣装を身にまとったッ少女が杖を持ちながら降りてくる。その肩には小さなフェレットがちょこんと乗っていた。

 白い少女は距離を保ったまま、着地するとダブルを見てどう声をかけていいのか分からないのか、少々びくびくしているように見えた。

 

「あ、あの!」

 

 出だしの声は少し上ずっていた。警戒の色もある。

 

「はじめまして、私高町なのはといいます! あの、半分こさんのお名前は……」

「くっくく……」

 

 なのはと名乗った少女の言葉にフィリップは苦笑する。

 

「え、あ……その済みません!」

「構わないよ。僕の……いや……僕たちの名はダブル」

『仮面ライダーダブルだ』

 

 翔太郎とフィリップが同時に名乗る。なのはは一人だと思っていた人物から二人の声が聞こえてきた事に驚いていた。

 そして一陣の風が吹く。日が暮れ、夕闇へと変わる頃、二人の探偵と一人の少女が出会う。そんな不思議な出会いであった。



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第三話 Dから来た者たち/クロスディメンション

Dから来た者たち/クロスディメンション

 

 敢えて言えば、翔太郎もフィリップもそれなりに色々な経験をしてきている。風都でのドーパントとの戦いもそうではあるが、世界を超えた戦いに身を投じた事も一回や二回ではない。故に、異なる世界からやってきたと名乗る「時空管理局」という存在に対しても「そういうものか」という感覚で対応が出来たのだ。

黒衣の少女との戦闘を脱し、新たな少女、高町なのはと出会った二人は、今、時空航行艦アースラへと招待されていた。SF映画さながらの艦内とその存在に異世界からの来訪者である前に翔太郎は僅かに童心に帰っていた。アースラのような存在はそれこそ何度も見てきたはずだが、このように落ち着いて眺める事などなかったし、そもそもそれらの多くは敵であった。少なくとも、今現在においてこのアースラとそのクルーがこちらに敵対行動を取る事もなく、翔太郎自身も幾分かの警戒を解いていた。

 

「なるほど……」

 

 清掃の行きとどいた食堂、その長いテーブルを挟むようにして一人、翔太郎は座っていた。彼に向き合うのはアースラ艦長のリンディ・ハラオウンとその部下数名である。彼女は顎に手を当て、思案していた。

 

「あなた方がジュエルシードを手に入れたのは、その依頼の手紙に同封されていた……という事ですね?」

「あぁ、そうなる」

 

 探偵事務所に送られてきた手紙、そして同封されていた青い宝石『ジュエルシード』。その意外な正体は、アースラからもたらされた。

 ロストロギア、何時、どこで、誰が何のために製造したのか全く不明の遺失物。多くは超古代の遺産であり、その種類は様々、だが危険度の高いものは世界すら崩壊させると伝えられ、伝説として存在するという。このジュエルシードもまたそんなロストロギアの一つであると言うのだ。

 

「ジュエルシード……願いを叶える宝石か……随分とロマンチックだが、おとぎ話のようにはいかないわけだ」

 

 翔太郎は目の前の美人な艦長にアピールするように同じように顎に手を添えて、意味深にそう呟いた。事実の確認をする為に、そうやって勿体ぶった態度を取る事に意味は特にない。

 

「にわかには信じられないな。いくらジュエルシードが人智を超えたロストロギアだとしても、手紙の添え物で送られてくるなど……」

 

 と、返答が返ってきたのは彼女の隣に座る少年からであった。クロノと名乗る少年は他の面々が制服を着る中、彼だけは一風変わった服装をしている。黒に近い紺色に両肩には棘を備え付けたものである。一見すれば自己主張の激しい姿である。しかし、その身長は低く、座っているだけでも少年の頭は翔太郎の胸程度である。声も若々しく、幼い印象を与えた。

 

「……んな事で嘘はつかねぇよ」

 

 アピールを邪魔された翔太郎は少し不機嫌であった。故に少しぶっきらぼうに答える。大人げない姿であった。

 

「確かに……嘘ならばもっとマシな嘘をつくでしょうしねぇ。しかし、疑問なのは私も同じです。あなたがたの持つジュエルシードは封印状態、その状態であれば余程の事がない限り、暴走はしませんが、それを封印するには我々のような魔術師か、それに類似した力がなければ不可能です。何者かが発見、封印を行ったのは良しとしても、それがなぜあなた方に渡ったのか……」

 

 その疑問には翔太郎も答えれない。彼らは手紙を受け取っただけなのだから。

 

「あなた方は探偵とおっしゃいましたね? 守秘義務などもあるでしょうが、差し支えなければその手紙の送り主、依頼人の名前を教えて貰ってもよろしいかしら?」

「あぁ……依頼人の名はアリシア・テスタロッサ……依頼内容は迷子の妹を探して欲しい……だ」

「迷子の妹? フム……テスタロッサ……」

 

 翔太郎の言葉に何か思い当たる節があるのか、リンディが呟く。

 

「何か知ってる事でも?」

「関係があるのかどうかはまだわからいのだけど……ひとつだけ」

 

リンディが手をかざすと虚空に薄い半透明の画面が展開される。その表面をPCのキーボードのようにタップしていくと、一枚の画像が映し出される。

 

「この子は……まさか!」

「あなたたちが我々と出会う前に接触したという黒衣の少女、もしやと思いましたがやはり彼女でしたか……」

 

 そこに映し出されたのは間違いなく、フィリップを襲撃し、ファングジョーカーで対応した黒衣の少女であった。

 

「彼女の名はフェイト・テスタロッサ。なのはさん、あなた達と二度目に接触した女の子で、我々の協力者なのだけど、彼女にそう名乗ったそうなの」

「フェイト……テスタロッサ……」

 

 翔太郎は名前を確認するように呟く。

 

「あなたたちの依頼人と同じファミリーネーム。それに私たちの業界でも有名な人物に同じファミリネームがあるの。偶然……と言うにはあまりにも同じ過ぎるわ」

「あんたらの世界じゃよくある名字ってわけでもないようだ」

「そうなるわね。とはいえ、こちらも目下調査中、確定的な情報はまだないわ。それに……」

 

 その一瞬で、リンディの目つきが変わった。翔太郎を射抜くような視線であった。

 

「我々があなた方と、いえ正確にはフィリップさんと出会った時のあの姿……白と黒の……」

「ダブルだ。仮面ライダーダブル。そしてあれはファングジョーカーだ」

「そう、その仮面……ライダーという姿、こちらも差し支えなければ教えてもらえないかしら?」

「それは警戒って奴か?」

「そう思って貰っても構わないわ」

 

 そうまで言われれば答えないわけにもいかない。

 翔太郎としても彼らとの協力関係を崩したいとは思わない。

 

「悲しみをぬぐう二色のハンカチ……俺たちは二人で一人の仮面ライダー、ダブルだ。言っとくがあんたらの言うロストロギアじゃねーぜ?」

「よく誤解されるのだけれど、私たちは強盗じゃないのよ。そんな何でも強奪するわけじゃないのよ……」

 

 困ったようにリンディがため息をつく。

 

「それはすまねぇ……だが、まぁ……仮面ライダーは人に仇なす存在じゃねぇ」

「今はその言葉、信じましょう」

 

 リンディはそう言いながら握手を求めてきた。

 翔太郎はその手を取り、握り返す。

 

「それじゃあ、探偵さん。ようこそ、アースラへ」

 

 

 

 ひとつ、またひとつと次々に本が積み上げられ行く。その光景を目の当たりにするなのはともう一人の少年、ユーノは唖然としながらフィリップを眺めていた。翔太郎がリンディらと会合を行う最中、フィリップはアースラの資料室に籠っていた。彼の知的好奇心がそうさせていたのだ。当たり前だが、いくつかのプロテクトやセキュリティの関係で閲覧できる資料は限られるが、フィリップとしてみれば異世界の書物というだけで十分に興味が惹かれるものなのだ。

 異世界であり、文字すら地球とは異なるはずの文章をフィリップはあっさりと理解してみせ、今では速読すら可能な程であった。

 

「なるほど……僕達の知る魔法体系とはまた違った法則が働いているのか……だとすれば或いは……力を貸し与えられているわけでもないか」

 

 フィリップはブツブツと呟きながら本を片手に、わざわざ用意してもらったホワイトボードに自身の知りうる限りの知識をまとめ、そこに新たに加わった知識を書き込み、まとめていく。殆ど一瞬にして真っ白なボードは複雑な方程式や幾何学的な原子記号やその組み合わせで埋め尽くされた。

 そして次に始まるのが、少年少女二人を相手にした長々とした講義であった。これまでにフィリップがまとめた情報を整理するように、そしてその中で判明した理論や仮説などを活き活きと語っていく。開始早々、わずか十分でなのはは机にうな垂れる事になる。その後を追うようにしてさらに十分後、ユーノ少年がギブアップする番であった。

 しかし、これは二人が勉強を嫌っているなどという話ではなく、ただたんにフィリップの説明する内容及びその言葉が複雑怪奇であるだけである。

だが、それでもフィリップの講義は終わらない。生徒二人が降参している事など気にも留めず新しい知識を得たことを喜ぶように説明していくのであった。

 そんな哀れな犠牲者を翔太郎が救い出すのにはあと一時間は待たなければならなかった。

 

 

 

「ったく! 子ども相手にわけわかんねー説明してるんじゃねーよ!」

 

 翔太郎は呆れた顔をしながらこめかみを押さえていた。相棒の毒牙にかかり少年少女は頭から煙を噴きだしていた。真面目な子たち故にフィリップの説明を何とか理解しようと頑張ったのだろう。その疲れた体には目の前に用意されたドリンクとクッキーは何よりのごちそうに見えるはずである。

 

「それは心外だな翔太郎。僕としては要点をまとめて、さらに噛み砕いて説明したつもりだが?」

 

 フフンと得意げに笑みを浮かべるフィリップ。やはり新しい知識を披露したいだけのようだった。

 

「さっぱりわかんねーよ」

 

 対して翔太郎は資料室を訪れた際に僅かに聞こえたフィリップの説明とぎっしり書きこまれたホワイトボードの内容を思い出しながらつっこみを入れた。

 

「それは君だからじゃないかな」

「んだと!」

 

 そして始まる喧嘩である。勿論お互いに本気ではない。それがいつもの光景なのだ。だが、そんな事は知らないなのは、ユーノの二人は慌てて探偵二人の仲裁に入ったのだった。

 

「あわわ! いや、いいんですよ! 僕としては非常に興味深い内容でしたし!」

 

 そんな事をユーノが言うもので、調子に乗ったフィリップが彼に詰め寄りながらまた珍妙な講釈を垂れ流そうとする。それを引きはがそうとする翔太郎、おろおろとするなのは。そんな騒がしいやり取りがかれこれ五分は続いたのだった。

 そしてそんな騒がしいやり取りがひと段落し、翔太郎はドリンクを飲みほし、行儀が悪く氷を噛み砕いて飲み込んでいた。その表情は疲れ切っていた。

 

「あぁ全く……」

「フム……ところで翔太郎、先ほどの続きだが」

「もういい! もういいぞフィリップ、その話はまた今度だ。亜樹子にでも聞かせてやれ!」

「そうか……それは残念だ」

 

 二度目の騒がしいやり取りが始まるかと思われた瞬間、少年少女の底抜けに明るい笑い声が聞こえてきて、二人はそちらへと意識を映した。

 

「あははは! 何だかこんなに笑ったのは久々です」

「本当!」

 

 なのはとユーノは年相応の笑みを浮かべていた。そうなると彼らと同じように騒がしくしていた翔太郎とフィリップも歳を考えなければならないが、釣られて笑った。

 

「けど、探偵さんって聞いてちょっぴり怖いイメージでしたけど、案外そんなことないんですね!」

 

 なのはとしては、親しみやすいという意味で言った言葉である。だが、翔太郎としては『ハードボイルド』ではないという意味に聞こえたのだった。

 

「待て、こんなにもクールな探偵は中々いないぜ?」

 

 急に取りつくろっても先ほどの騒ぎを起こせば無駄な事は明らかだった。だからこそ、二人の子供はまた笑う事になる。

 

「やっぱり君はハーフボイルドが似合うよ」

 

 ポンと翔太郎に肩に手を置き、ニヤッとフィリップが笑う。

 

「お前、誰のせいだと……」

「まぁまぁ、良いじゃないか。子どもたちを前にハーフもハードもないさ」

 

 そう言いながらフィリップはドリンクを飲み干す。

 

「しかし……冷静になって考えると君たちのような子どもがこんな事件に関わっているとはね」

「えぇ……まぁ驚かれるのも無理はないと思います。とはいっても、この事件の原因の半分以上は僕にあるんですが……」

 

 フィリップの問いにユーノが苦笑しながら答える。

 

「どういう事だ?」

 

 すかさず翔太郎が聞く。

 

「あぁいえ、ジュエルシードは元々僕が見つけたものなんです。以前より危険指定されていたロストロギアですし、管理局へと引き渡す為に輸送していたはずなのですが、何者かの襲撃にあい、この地球へ落ちてしまったんです」

「襲撃……っていうと、あのフェイトって子が?」

 

 翔太郎の言葉にユーノは首を横に振りながら答える。

 

「分かりません。ジュエルシードを狙っている以上関係はあるのでしょうけど、実行犯までは……それに責任の一端は僕にある以上僕がけじめをつけなければならなかったのですが、下手をうって、なのはや管理局……そして遂にはあなたがたまで巻き込む形になってしまって」

 

 申し訳なさそうに顔を曇らせたユーノだったが、傍にいたなのははそんなユーノを励ますように言葉をかける。

 

「そんなことないよユーノ君。だって、ユーノ君はジュエルシードを発見しただけだし、なのはがユーノ君と出会って、時空管理局のみんなと出会ったのだって偶然だもん。悪くないよ」

「意外な事実が判明したわけだが、俺もただ依頼の調査を続ける関係でここに関わったわけだからなぁ。殆どは俺たちの都合でいるだけだ」

 

 翔太郎もそれに続く。そんな言葉をかけられるものだから、ユーノは少し気恥ずかしくなってきたのか言葉を詰まらせながらも小さく頷いて返事を返した。

 

「ですけど……なのはは僕のせいで家族と離れて危険な目にもあってるし」

「大丈夫だよ、なのはが自分で決めた事だし、一人でいるのも慣れっこだから」

 

 そういうなのはの表情もまた暗いものだった。

 

「小さい頃にお父さんが仕事で怪我をして、お母さんたちもお父さんの看病や立てたばかりのお店を切り盛りするのに忙しかったし……あぁだけど今は平気、慣れちゃったのもあるけどお父さんも元気になったし、お店も繁盛してきたし!」

 

 空気が沈んでいる事を察知したのか、なのはは慌てて話題を反らした。

 

「そういえばユーノ君の事も聞きたいな。結構一緒にいるけどこうして話す事なかったし、翔太郎さんやフィリップさんのことも!」

「あぁ……僕も元々一人だったからね。両親はいないんだ。部族のみんなが親代わりだったから……寂しいって事はなかったかな。たくさんの親と兄弟もいたし……」

「だあ! 子どもが、んなしんみりする事ばっか話てんじゃねーよ! もっとこうあるだろ、俺のハードボイルドな探偵記録とか、解決してきた難事件とかさ!」

「つい最近解決した難事件は風都三丁目のお婆さんの愛猫五匹の探索だったけどね」

「ちげーよ! 五丁目の子犬脱走事件だ……ってそれも違う!」

 

 下手な盛り上げ方であった。だが、翔太郎としても子どもがそんな暗い話をする事を好まないのだ。色々と事情があるのはどの家庭も人間も同じだが、子どもは子どもらしく、また負けないくらい明るくいて欲しいのだ。

 それに、翔太郎としても下手な慰めなど言える程要領もよくないことを自覚している。だったら道化を演じるだけなのだ。その姿勢がよくも悪くもハーフボイルドなのだろう。だが、堅いだけよりはマシである。

 

「まぁ今の君たちは一人じゃないさ。どんなに離れていても想いあえる家族がいるんだ。血のつながりも距離も些細な問題だ。そう、たった一つの家族なんだからね」

 

 フィリップは二人に言い聞かせるように言った。

 翔太郎はそんな言葉をかけるフィリップを優しく見守っていた。フィリップもまた家族との別れを経験した身である。だが、今はそれを言うべきではない。相棒ではあるが他人の翔太郎がいうべき事でもないし、フィリップが話す事をしないのならそれでいいのだ。

 

「そういって貰えると、なんだか嬉しいです」

 

 えへへと元気を取り戻したように微笑するなのはを見て、翔太郎もフィリップも笑みを返した。

 だが、そんな和やかな空気を切り裂くようにアースラ艦内にアラートが響く。

 

 

 

 翔太郎らがアースラのブリッジに駆け込んだ時には、大型のディスプレイの中にフェイトが荒波と竜巻の中を疾走している映像が流れていた。ただの荒波と竜巻ではない。自然界では起こり得ない程に密集して、局地的な嵐だった。

 魔法というものに疎い翔太郎でも、目の前の出来事が魔法という手段を用いて引き起こされた人為的なものだという事に容易に想像がついた。

 

「これは!」

「海中に眠っていたジュエルシード五つを彼女が強制的に発動させたんだ。恐らく一気にこれを封印、回収するつもりなんだろう」

 

 いつになく厳しい視線で映像を凝視するクロノが淡々と答える。翔太郎としてはなぜ彼がこんなにも冷静でいられるのかが疑問であった。

 

「ジュエルシードとやらは一個でも大規模なエネルギーを放出すると聞く。そんなものが五つ同時に発動すれば……彼女は間違いなく潰れるだろうね」

 

 口調はいつも通りだがフィリップの目は真剣だ。そして彼の言葉を肯定するようにリンディが酷く冷たい声を放った。

 

「その通りよ、探偵さん」

「その通りって……そんな大変!」

 

 なのはは事の重大性に気が付いたのか咄嗟にブリッジ出口、転送装置とも兼用される装置へと走りだそうとするが、それをクロノが静止する。

 

「駄目だ! 出撃する事は許されない」

「どうして!」

「遅かれ早かれ彼女は自滅する。ならば、彼女が自滅するのを待って、こちらが出向く事が最善の選択なんだ」

「でも!」

 

 冷酷な事をいうようだが、クロノとて、いやアースラの面々とてそれが非道な事である事は重々承知の上である。だが、それでもそんな決断をしなければならないのが彼らなのだ。組織というものに属するものの勤めでもあるのだ。

 

「君たちは、少なくとも今は僕たちの協力者で、指揮下に入っている。命令には従ってもらう」

「だったら関係ない俺たちは自由に行動させてもらうぜ」

 

 翔太郎の言葉にブリッジクルーが一斉に視線を向けた。フィリップはやれやれと言った具合に肩をすくめていた。

 

「おい、ちょっと待て!」

「悪いがあんたらの事情を考慮してる暇もないんだ。俺たちは俺たちの仕事があるからな。大事な手掛かりに大怪我されちゃかなわねぇからな」

 

 クロノの静止を無視して、翔太郎は転送装置へと移動していく。

 

「あのフェイトという少女があなた方の依頼に関係があるとも限らないんじゃなくて?」

 

 リンディは試すような口調で言い放つ。

 

「探偵の調査に空振りなんてねーんだよ。可能性があればとことん突きとめる。違ったら違ったって事がわかって大した収穫だ」

「そう……けど、現場は見ての通り海の上、空の上だけど?」

「心配ご無用、海も空も対応できるさ」

 

 フィリップが自信満々に答える。

 それ以上、リンディは何も言わなかった。リンディがパネルを操作すると、翔太郎はそのまま転送装置の光に包まれる。転送される翔太郎を見送る面々、その中でなのはは踏ん切りがつかないでいた。

 

『なのは、行って!』

 

 だが、それを後押しするのはユーノだった。念話によるプライベート通信を送ってきたのだった。

 

『君のやりたい事、やってくるんだ!』

『でも……!』

『君に助けられた恩返しさ』

 

 ユーノはフッと笑みを漏らす。同時に、なのはの背中をフィリップが軽く叩いた。

 

「フィリップさん?」

「僕の相棒はあの通りでね。助けてあげてくれないかな?」

「……はい!」

 

 なのはは駆けだす。その間にユーノは印を結ぶ。転送魔法を発動させたのだ。

 

「おい、君も!」

「すまない、クロノ」

 

 振り返ったクロノの目の前にはフィリップがいた。

 

「君って力持ちかい?」

「なんだって?」

 

 その次の瞬間、フィリップの腰にはベルトが巻きついていた。流れる動作でフィリップは緑色のメモリを取りだし、ボタンを押す。

 

《サイクロン!》

 

 そしてメモリをベルトに差し込むと、サイクロンメモリは消え、フィリップが意識を失い、クロノへと倒れ込む。突然の事にクロノはバランスを崩して、フィリップに押し倒されてしまうのだった。

 

「な、何だって言うんだ!」

 

 その感想は当たり前であった。

 

 

 

 荒れ狂う海を眼下に翔太郎は帽子を右手で押さえながら、落下していた。このまま落ちれば間違いなく命を落とすが、翔太郎は冷静だった。いつの間にか腰に巻かれたベルトには緑色のサイクロンメモリが差し込まれていた。翔太郎はそれを押しこみ、次いでジョーカーメモリを起動させ、ベルトへと挿入する。

 

《サイクロン・ジョーカー!》

 

 ガイアウィスパーと音楽が流れ、翔太郎の体は変化していく。右半身は緑色、左半身は黒色の仮面ライダー、ダブル・サイクロンジョーカーであった。「風の記憶」を宿したサイクロンメモリの力はその名の通り風を操る。落下する際に生じる風を取りこみ、ダブルは体に風を纏い僅かに落下速度を緩める。

 

「翔太郎さーん!」

 

 頭上でなのはの声が聞こえる。彼女また、初めて遭遇した時の白い衣装へと変身を遂げていた。

 

「落ちてますけどー大丈夫ですかー!」

「あぁ、すぐにくる」

 

 急降下する形でダブルの傍まで移動するなのは。そんな彼女の心配を問題ないという風に返すダブル。その瞬間、遥か後方から黒と赤の飛行物体が急接近する。

 

『マッハ12』

 

 なのはの持つデバイス、レイジングハートがすぐさま飛行物体の速度を割り出す。その飛行物体とは、ダブルの空戦用マシンである『ハードタービュラー』であった。すぐさまダブルはハードタービュラーに乗り込む。

 

「お先に行かせてもらうぜ?」

 

 ダブルは荒れ狂う空域へと突入し、なのはもまた、そのあとを追う。

 そしてアースラのクルーは彼らを見送りながらも、最大限のサポートを行おうとしていた。ブリッジクルーは常に現場の変化に目を光らせ、ジュエルシードに異常がないかを観測していたし、危険と判断すればいつでも艦内に連れ戻せるよう準備を行っていた。

 リンディの判断である。

 

「クロノ、あなたも準備をしてちょうだい」

「艦長?」

 

 意識を失ったフィリップを自分の席に座らせながらクロノはリンディの方へと向いた。

 

「形はどうあれ事態が動くわ。今はあの子たちに任せるとしても……」

「了解です」

 

 みなまで言わずとも理解するのは優秀なクルーであるからというだけではない。二人は親子なのだからそういう繋がりがあるのだ。

 

(黒幕が動くと判断したか……だとすれば……)

 

 クロノはなおの事彼らを現場に向かわせなければ良かったと思っていた。もしこの予測が的中すれば、一番危険な場所にみすみす送り込んでしまった事になるのだから。

 三者の想いが交差する中、嵐はさらに強まっていくのであった。



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第四話 Dから来た者たち/ターニングポイント

だいたい五話で終わると言ったな


 ハードタービュラーに乗り込み、大嵐に真正面から突っ込む形となるダブルは即座に己のベルトのメモリスロットからジョーカーメモリを抜き取り、Mの文字が刻まれた灰色のメモリを差し込む。

 

《サイクロン・メタル!》

 

 ガイアウィスパーのささやきと共にダブルの左半身が鉄のような色へと変化する。ダブルの形態の一つ、サイクロンメタルであった。メタルメモリを使った形態においては、ダブルには専用の棒術武器であるメタルシャフトが装備される。ダブルは背部にかけられたメタルシャフトを引きぬくと、手始めに目の前の進路を妨害する竜巻を殴りつける。

 瞬間、メタルシャフトは先端に旋風を纏い、竜巻の力をも吸収して、容易に叩き伏せる。

 

『気をつけたまえ翔太郎。いくらハードタービュラーでもこの竜巻に巻き込まれれば脱出は簡単ではない』

「わかってるよ! だから! こうして! 必死に弾いて動かして、やってるんだろ!」

 

 ダブルは薙ぎ払うようにしながら竜巻を弾く。最初の一撃は勢いの籠ったパワーのある一撃だったが、竜巻の密集地帯に侵入すると次は竜巻からも逃れる必要がある。サイクロンの力を宿したメタルシャフトの旋風によって、竜巻を相殺し、弾く事は可能だが、気を抜けば巻き込まれて海の底に沈むか天高く巻き上げられ、その膨大なエネルギーの渦に砕かれる事になるだろう。

 

「ったく! 飛んだ面倒を引き起こしてくれるぜ! 相当なお転婆娘だ!」

 

 そんな愚痴を吐きながらもダブルはこの嵐を引き起こした少女、フェイトの姿を探す。

 

『いた、翔太郎!』

 

 フィリップ側の視界が、フェイトを捕える。

 一見軽やかに舞う黒衣の少女だったが、実際は竜巻とその周囲に発生する電光を避けるのに精いっぱいの様子であった。その様子は少女の顔色からして判別が出来る。ダブルはフェイトを援護しようとマシンを操縦するが、その進路をふさぐ形で、巨大な狼が姿を見せる。ファーストコンタクトの際にフェイトと共にフィリップを襲った狼であった。狼は牙をむき出しにして顎を開けながらダブルへと接近する。

 

「フェイトの邪魔をするんじゃぁない!」

 

 女の声を発しながら、狼が唸る。だが、その瞬間、緑色の障壁が展開され、狼を防ぐ。

 

「今は僕たちが争ってる場合じゃない!」

 

 現れたのはユーノであった。ユーノは障壁を解き、ダブルと肩を並べるようにして飛ぶ。

 

「アルフさん、ここは協力してジュエルシードを封印しましょう。この現状はお互いにとってよくない!」

「そういう事だ。前の一件、チャラにしてやっからよ!」

 

 唖然とする狼、アルフをしり目にダブルはマシンを操作して竜巻へと突っ込む。ユーノはそれをサポートするように巨大な魔法陣を展開し、無数の光の鎖を射出する。鎖は竜巻を結び、一瞬にして締め上げる。そこへダブルがメタルシャフトを振り払い、打ち砕く。

 

「翔太郎さん!」

 

 頭上からなのはの声が聞こえる。ほんの少し遅れての合流だが、これで役者はそろった事になる。

 

「翔太郎さん、お願いします! フェイトちゃんと一緒に!」

「あぁ、俺たちがお前のサポートをする」

『毎度の事だけど、今回も本当無茶をしてくれるね』

 

 そういうフィリップの口調は現状に不満を持っている様子ではなかった。

 

「だったらもう少し付き合ってもらうぜ!」

 

 ダブルは旋風を纏ったメタルシャフトを振り回しながら、周囲から飛び出す電光を弾いてなのはの道を作る。なのはは、ダブルの作った道を突っ切る形でフェイトへと肉薄した。

 

「あの人たち……!」

 

 フェイトもまた、彼らの存在に意識が向く事余裕が出来た。その直後には、目の前になのはが到達していた。

 

「フェイトちゃん!」

 

 フェイトを目の前にしたなのは言いたい事はたくさんあるが、まずは暴走を続けるジュエルシードを止めるという事を優先した。

 

「フェイトちゃん、みんなが協力してくれている。だから、一緒に封印しよう!」

 

 言って、なのはは竜巻の群れにレイジングハートを向ける。

 

「……!」

 

 そんなフェイトもまた複雑な思いであった。彼女らは敵である。敵ではあるが今は自分を助け、そして同じ目的の元に協力をしようというのだ。目の前の白衣の少女も、二色の戦士も少年も、以前までは刃を向け、蹴散らすだけの障害物でしかなかったはずの人たちが、なぜこんな行動に出られるのか、彼女が理解するには少し時間が必要だった。

 だが、彼女の相棒であるデバイス『バルディッシュ』はそれを悟ったように戦闘形態から封印形態へとフォルムを変化させる。

 

「バルディッシュ?」

 

 相棒は答えない。だが、その意図は伝わる。今は損得抜きに協力すべき状況であると。それに呼応するようにアルフもまたユーノと同じく光の鎖を射出して竜巻の動きを止めるように行動した。

 そしてユーノ、アルフによって動きを止められた竜巻をダブルが砕き、その力を弱める。だが、連続して暴走を続けるジュエルシードのエネルギーの放流は止まらず潰していく先からまた新たな竜巻を発生させる。まるでいたちごっこであった。元を叩かなければならないのである。

 

「……!」

 

 フェイトはバルディッシュを強く握りしめる。意を決したようにバルディッシュを大きく振り下ろすと同時に彼女の足下に魔法陣が出現する。刹那、金色の閃光が走り、フェイトの周囲を放電が包む。

 

「せーのいくよ!」

 

 それを見たなのはも微笑しながら、レイジングハートを構える。桃色の魔法陣と閃光がなのはを包み込む。

 

「レイジングハート! フルパワーで!」

 

 マスターに答えるようにレイジングハートもその輝きを増す。周囲に拡散する二人の魔力は膨大なエネルギーを生み出そうとしていた。その余波による衝撃波は竜巻すらも揺るがす程のものである。

 

「でかいのぶちかますつもりか!」

『翔太郎、彼女たちのチャージの時間を!』

「あぁ!」

 

 既にユーノ、アルフによる鎖で竜巻の動きは大きく制限されている。ならばこそ、駄目押しでさらに成功率を上げようと考えるのである。ダブルはクモ型のガジェット『スパイダーショック』を取りだし、メタルシャフトへと装着させる。ついで、スロットからメタルメモリを取りだし、メタルシャフトのスロットへと差し込む。

 

《メタル・マキシマムドライブ!》

 

 ガイアウィスパーの囁きと共にメタルシャフトは緑色の風を纏う。ダブルがそれを振り回すと同時に緑色の旋風は次第に大きくなり、ダブルはそれが最大までチャージされたことを確認すると、メタルシャフトを薙ぎ払うようにして振り下ろす。

 

『メタルスパイダーホールド!』

 

 メタルシャフトの先端から無数の風が飛び散る。それらは蜘蛛の糸のように幾何学的な陣形を形成しながら竜巻の群れを包囲していく。これにより三重の鎖に縛られる形となった竜巻の群れはもはや脅威ではない。

 そして、それと同時に二人の少女のチャージは終了した。

 

「ディバイン!」

「サンダー!」

 

 二人は息を合わせるように叫ぶ。

 

「バスター!」

「レイジ!」

 

 その一瞬、なのはからは桃色の閃光が、フェイトから金色の雷光が発射される。その二つの光は瞬く間に周囲を飲み込み、凄まじい衝撃波と轟音が海上を埋め尽くした。その衝撃により海水が巻き上げられ、大雨を降らす。だが不思議と海面の時化は沈静化しており、衝撃の影響か曇り空に僅かな光が差し込む。

 

「こいつはすげぇ……」

 

 海水の雨を受けながら、ダブルは空中に浮かぶ五つのジュエルシードを確認した。少女二人の膨大なエネルギーにも驚かされたが、年端もいかぬ少女二人があの大嵐を消滅させたのだ。

 そして、五つのジュエルシードを挟んでお互いを見据えるなのはとフェイト。ダブルもユーノも、そしてアルフもまた二人を見守る姿勢を取った。

 ほんの僅かな静寂が辺りを支配した。なのはもフェイトも何と言っていいのかわからないようで、お互いに唖然としたままであった。

 だが、なのはは、

 

(そうか……そうだよね……私は……初めてあった時から感じていた。なんて悲しい目をする子なんだろうって、何で自分を押し籠めているんだろうって、何でこんなにも頑ななんだろうって)

 

 なのはは、スッと腕を胸に当てる。

 

「友達になりたいんだ」

 

 それはつまり、そういう事なのだ。ジュエルシードを取りあう敵としてではなく、なのははフェイトに友達になりたい。それだけを思っていたのだ。こんな悲しい目をする少女をなのはは放っておけないのだ。かつての自分を見ているようで、それはとても辛く悲しい事だと分かっているから。

 だから友達になりたいのだ。

 

「もう一人、お転婆娘がいやがったな」

 

 ダブルはメタルシャフトを肩に担ぎながら、その光景を微笑ましく見守っていた。残る問題は封印されたジュエルシードの扱いではあるが、今はその事を考えるつもりはなかった。そしてそれを問う程無粋でもなかった。

だからこそ、誰もが油断をしたのだ。

 

『みんな、防いで!』

 

 レイジングハートを介して、広域通信で呼び掛けるエイミィの叫び声と共に上空がねじ曲がる。その穴から轟音を立てながら黒い稲妻が降りかかる。その稲妻と共にエイミィの通信画面は砂嵐を起こして途絶え、そして、なのはとフェイトの間に割って入るように落ちてきた為か、両者には随分と距離が出来た。

 

「母さん……!」

 

 その瞬間、フェイトがそんな言葉を吐いた。だが、それに反応する暇もなく第二撃が周囲を襲う。稲妻は無数に枝分かれし、まるで意志を持つように周囲の面々へと迫る。

 

「うお!」

 

 ダブルはメタルシャフトを振り、一撃を振り払うが、直後に無数の稲妻が迫る。

 

「こいつ!」

『完全に食らいつかれた! 振り払うしかない!』

 

 ハードタービュラーを巧みに操縦しながら、ダブルは稲妻を食い止める。それはなのはもユーノも同じでシールドを展開したり回避行動を取りながら、その稲妻を避けていた。そして、第三撃が走ると同時に、あろうことかその稲妻はフェイトへと直撃する。

 

「あぁぁ!」

 

 悲鳴をあげながら、気を失ったのか海へとまっさかさまに墜落するフェイト。それを追うのはアルフだ。アルフはオレンジ色の光に包まれると同時に、人間の少女の姿を取る。狼の時の印象を残す鮮やかな髪色と獣の耳、そして尻尾が見える。人間形態となったアルフは海面へ衝突する直前のフェイトを抱きかかえ、そのままの勢いでジュエルシードへと向かう。その場には誰もいなかった。全員が稲妻を避けるためにいったん距離を置いたのである。

 

「あいつ! うあっ!」

 

 一瞬、意識がジュエルシードとアルフへと向いたダブルだったが、その隙を狙うかのように稲妻がダブルの体を直撃する。

 

『うあぁぁぁ!』

 

 翔太郎とフィリップの悲鳴が重なる。ダメージを受けながらもなんとかマシンの操縦を手放さなかったのは運がよかった。ダメージ自体も大したことはないが、それが牽制となり、今すぐにアルフの元へと間に合わせる事は出来ない。アルフは既に手を伸ばせばジュエルシードに届く距離にいるのだから。

 だが、間一髪と言ったタイミングでアルフの手は転移してきたクロノによって遮られる。しかし、アルフは構わずクロノを蹴り飛ばす。容易に弾かれたクロノだったが、彼は抜け目がなかった。咄嗟の判断に三つのジュエルシードを確保していたのだ。残るジュエルシードは二つ、それを守りきるのは不可能であろう。アルフは唸り声をあげながら、オレンジ色の衝撃波を海面へと叩きつける。再び海水が巻きあがり、フェイトとアルフの姿を隠す。その一瞬の隙を突き、アルフはフェイトを抱えたままその場から転移、逃走を図るのであった。

 僅かな間であった。だがそんな僅かな時間で、事態は変わった。延々と降り続く海水を含んだ雨はダブルと魔導師の少年、少女たちを無情にも打ち付けていた。

 

 

 

 結果としては、ジュエルシード三つの確保は管理局側の思惑としてはプラスの意味で大きい。その分、アースラの被害も大きいが修理可能な範囲での破損はこの際無視するというのがリンディの判断である。最悪の事態だけは免れたわけであり、クルー及び協力者らの大きな被害はないのは合格と言った所であろう。

 だが、結果は結果としても、その過程ともなれば別である。仮面ライダーダブルと呼ばれる戦士、左翔太郎とフィリップの二人は正式な登録をすませた協力者でない以上、叱咤する事は出来ないが、なのはとユーノの場合は別である。明確な協力者としての立場もあるし、一時的には指揮下に入っている臨時クルーなわけで勝手な行動をとがめないわけにもいかなかった。

 だが、リンディとしては気が引けるのは、これもまた結果として部外者である翔太郎らを現場へと出した責任もある。彼らを現場に出した事が、形としてはなのはらの行動招いたと言ってもいい。リンディはそう考えているのだ。

 だからこそ、頭ごなしな否定はしなかった。棚にあげるような真似はしたくないのだ。

 

「今回の件に関して、本来なら色々と言いたい事もあるのだけれど……私の判断ミスもあるから、敢えて問いません。ですが、二度目はありませんよ。こちらの指示には従ってもらいます」

 

 ある意味驚くほど寛大な処置である事は、管理局という組織に疎いなのはや翔太郎にも理解出来た。だからこそ、なのははうつむきながらも返事を返したのだ。それほどまでにリンディの声音は尖ったものがあったのだ。

 これならまだ叱られた方がマシであるのだが、それはリンディなりの優しさの表れであることも理解はしていた。

 

「さて……この件に関してはこれぐらいでいいでしょう……次は」

 

 リンディはクロノへと目配せした。待機していたクロノはエイミィへと通信をつなぎ、何やら資料を提示するようにと伝えていた。彼らが囲む長いデスクの中央、球体のオブジェから画像が浮かび上がる。そこに映し出されたのは一人の女であった。

 

「目下我々がこの事件の黒幕と睨んだ人物、名はプレシア・テスタロッサ……我々と同じミッドチルダ出身の魔導師、かつては偉大な魔導師、科学者として評価された人物だよ」

 

 クロノはリンディよりも翔太郎やなのはに説明するように言った。

 

「専門は次元航行エネルギーの開発だったのだが、違法研究及び事故によって放逐、その後は地方に飛ばされ、そこでもいくつかの研究を行っていたようだが、ある日を境に消息を絶っている。そして、フェイト・テスタロッサは恐らく……」

「娘ってわけか」

 

 翔太郎が続くように答えた。クロノは無言でうなずく。

 

「まだ確定した情報ではない。今もエイミィに調べてもらっているがプレシア・テスタロッサの情報のいくつかはどうやら抹消されている」

「なるほどな……とはいえ、その女が依頼解決の糸口になる可能性は高いな……」

「あの……依頼って何ですか?」

 

 僅かに会話の内容についていけなくなったなのはが思わず質問を投げかける。

 

「ん? あぁ……そういや二人には話してなかったな」

「僕たちはとある人物から依頼の手紙を受けてこの街に来たんだ」

 

 翔太郎の言葉に付け加えるようにフィリップが説明する。

 

「依頼人の名前はアリシア・テスタロッサ、依頼内容は『迷子の妹を探してください』……僕たちはこの妹をあのフェイトという少女であるとにらんでいる」

「フェイトちゃんにお姉さんがいるんですか?」

「済まないがそれもまだ分からない。今エイミィが本局……我々の本拠地に問い合わせている最中なんだ」

 

 なのはの問いに答えたクロノはちらりと翔太郎とフィリップを見ると話のバトンを返す。

 

「だけどな……妹はわかるが、迷子ってのがどうにもな。フェイトって子はあの使い魔の狼とかと一緒にこの母親かも知れないプレシアって奴と一緒にいる事になる」

 

 どういう形でいるのかはわからないが、少なくとも逃げ果せる場所があり、そこには今回の事件の原因とされるプレシアがいる。世間でいう所の迷子ではないのではないかという疑問が翔太郎の中ではあった。

 

「迷子……フェイトちゃんが……」

 

 そう呟くなのは。ユーノが顔を伺うと、なのははちらっとユーノと視線を合わせる。そして、前を向き直すと、思った言葉を口に出した。

 

「多分……ですけど、フェイトちゃんが迷子っていうのは、なんとなくわかる気がします」

「そりゃ一体?」

 

 そんななのはの一言で翔太郎を含め、狭い会議室内の視線はなのはへと集中する。

 

「は、はい……」

 

 その状況の中で僅かに緊張するなのはだが、発言が出来ない程ではなかった。

 

「家族がいて、帰る場所があるのなら、傍にいてくれる人がいるなら、あんな悲しい目はしませんもの。それに……フェイトちゃんがお母さんって言った時……なんだか怖がっているようにも見えたんです」

「どちらにせよ、今はどの言葉も推測や憶測の類でしかない。視野には入れつつもね」

 

 そう話をまとめるクロノ。現状の理解としてはそれで十分なのだろう。

 

「フム……」

 

 会議の終わりを悟ったリンディは座席に持たれかかりながら小さくため息をついた。

 

「ともかく、プレシア女史もフェイトちゃんもあれだけの魔力を放出した後では、そう早くは行動を再開しないはずよ。その間にアースラのシールド強化もしておかないと……それに、なのはさんもユーノ君も休んだ方がいいわ。連日の疲れもあるでしょうし、今日も大きな事をやったあとだもの。それに、そろそろおうちの方や学校なんかにも顔を出さないと心配ですしね」

「はい……」

 

 なのはは素直に返事を返した。

 

「それと……左さん、フィリップさんは……」

「僕たちも情報を纏めたい。それに所長への経過報告もね」

「あ、あぁ……そういや亜樹子に連絡するのすっかり忘れてたな。また小言聞かされるのかよ……」

 

 思い出したくない、考えたくない事実を突きつけられる翔太郎はがっくりと肩を落とす。

 

「まぁ、その役目は君に任せるよ」

 

 そんな翔太郎をフィリップはどこか悪戯っぽい笑みを浮かべながらポンポンと肩を叩いた。

 

「なら、これを」

 

 クロノは二人に近寄ると携帯電話のような品物を手渡す。

 

「通信用のデバイスだ。何かあれば連絡する。そちらからも通じるようには出来ている」

「そして僕たちの居場所を感知する発信機」

 

 フィリップはまた悪い癖で事実をずけずけと言う。

 

「意地の悪い言い方をしないでくれ。事実だが、純粋に連絡手段として渡す。君たちの連絡手段と合うものがないんだ。こういうものでも渡さないといざって時に不便だ」

「まぁありがたく頂戴しておくぜ。俺たちとしてもこの事件、どうにも気がかりだからな」

 

 今だ漠然とする状況ではあるが、調査の初日にしてみればむしろプラスになる程の情報量なのだから。

 ただの迷子捜し、いや初めからそんな楽な仕事ではないと思ってはいたが状況は中々にハードであった。そして、依頼達成の為の糸口もおぼろげながらに見えてきたのだ。元より引き返すつもりもないのだから。

 




あれは嘘だ

すいません六話になります


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第五話 Oの願い/母と子と……

ヤバい!


 その光景は狂気に染まっている。悪趣味ともとれるが、そんな言葉で包める程安易なものではない。薄い紫色を輝かせる光の鎖はフェイトの両腕を縛り、虚空へとつるしあげていた。既に彼女の全身は裂傷が無数に出来ており、僅かに血が滲んでいる個所もある。

 シュッと風を切る音と共に鞭が振るわれる。その度にフェイトは絶叫し、だが、それでも耐えるのだ。うつろの瞳は鞭を振るう女に向けられる。

 その女こそが、プレシア・テスタロッサである。

 

「これほどまでにあなたが無能だとは思わなかったわ」

 

 彼女が一つ、言葉を話す度に鞭が振るわれる。

 

「五つのジュエルシードを手に入れるチャンスがありながらたったの二つだなんて!」

 

 僅かに怒りの感情がこもる。対するフェイトは小さな声で「ごめんなさい」と繰り返すだけであった。

 

「フェイト、お願いよ。これ以上母さんを困らせないで。あなたの折檻をするのも疲れるのよ?」

 

 だがそれでも鞭は振るわれる。何度も何度も振るい、遂にはフェイトの絶叫も消える。意識を失ったのだ。だが、フェイトが意識を失ってからもプレシアは鞭を振るった。もはや感情的という言葉では済まされない狂気がそこにはあった。

 プレシアが鞭を振るうのを止めたのはそれから十分も後のことである。フェイトを縛る鎖を解き、床へと落ちるフェイトを尻目にプレシアは小さく肩で息をしながら広間を後にする。通路を歩きながら、プレシアは幾分かの冷静さを取り戻そうとしていた。

 

「もう……あの子は駄目ね……次が最後かしら」

 

 その言いようは使えなくなった玩具を捨てる子どものようにも感じられた。プレシアにとって、今のフェイトは使えない道具程度にしかない。他人が聞けば罵倒されようが、今この場にはそんな言葉を発する者はいない。だからこそここまでの事が言えるのだ。

 

「けど……そう、最後よ。最後なのよ……あの子の命を捨ててでもジュエルシードは手に入れさせてもらうわ……」

 

 僅かに言葉尻には笑いがあった。通路の先は赤い空が続いていた。黒々と枯れ果てた木々がしなだれる。かつては美しい植物が咲き誇っていたらしい場所だが、プレシアがこの『時の庭園』を手に入れた時点でそんなものは当の昔に枯れ果てていた。一々手間をかけてまで戻す必要もない故にそのまま放置している。

 

「けれど……懸念があるとすれば……」

 

 プレシアは手前に画面を出現させる。それは海上での戦闘を記録したものである。プレシアは移動を続けながら画面を操作し、一人の戦士に注目した。二色の戦士、仮面ライダーダブルである。彼女にしてみれば、この存在はイレギュラーであった。管理局にかぎつかれるであろう可能性は考慮していたが、この二色の戦士と、もう一人、白衣の少女、この二人はプレシアの中では一つの懸念材料であった。だが……やはり一番気になるのは、二色の戦士である。

 

「マスクドライダー……まさか……次元の破壊者ディケイドでもあるまいに」

 

 それは、次元世界でも眉唾の噂として流れている話である。マスクドライダー、仮面ライダーと呼ばれる次元の、世界の破壊者がいる……と。

 

「ディケイドは幾多の世界を巡ると聞く……ならばアルハザードへの道もまた……」

 

 だが、言いかけたプレシアは自身でその仮説を否定した。

 

「いえ、今はそんな不確かなものより、確実性の高いジュエルシードを優先しなければ……あの戦士がディケイドであるかどうかはついでに分かればいい事……今は少しでも早く……もう時間が少ないわ」

 

 歩き疲れたようにその場に立ちすくむプレシア。突如して咳き込み、口元を押さえる。生温かい液体が喉を逆流し、外へと飛び散る。血であった。少量の血が口を押さえた手の平へと付着する。プレシアは口元についた血を手の甲で拭うと血を払うようにして、衣装でふき取る。

 刹那、彼女の背後で爆発が起こる。だが、プレシアは特に反応を示さず、歩みを再開した。

 

「うあぁぁぁぁ!」

 

 爆発により生じた土煙りを払いのけるように、獣のような雄叫びをあげ、人間体のアルフがプレシアめがけ、拳を突きたてていた。だが、プレシアは振り向かずに背後へと障壁を展開する。意図も簡単に障壁で弾かれるアルフだったが、それでも食い下がらず、二度目の飛びかかりを行った。同じように障壁が展開される。

 だが、アルフは怒りに任せた瞳でプレシアを睨みつけ、障壁に爪を立てる。直後、障壁は砕かれ、アルフの腕がプレシアの胸倉を掴みあげる。

 

「あんたは! なんであんな事が出来る!」

 

 アルフの腕力は常人のそれより上だ。軽々とプレシアを持ちあげると、なおもプレシアへと詰めよる。

 

「あの子はあんたの娘だろう! 母親のあんたがなんであんなことを!」

 

 煩わしい。

 プレシアが抱いたアルフへの感情はそれだった。たかが使い魔風情がなにをいうかと思えば……と。だからこそ、プレシアは何の返答も表情も返さなかった。しかし、遠吠えに反応してやる程暇でもなかったが、聞き流す程寛容でもない。

 プレシアは虫を払いのけるような感覚でアルフの腹へと手をむけ、魔力の塊の放った。

 

「がっ!」

 

 その一撃はアルフを吹き飛ばし、石柱へと衝突させ、それを砕きながらもさらに後方の岩場へと追いやった。

 

「うるさいわ……本当にうるさい……使い魔風情が……」

 

 プレシアは長杖を出現させると、その先をアルフへと向ける。

 

「他人に噛みつく狂犬は処分よ。教わらなかったかしら?」

「プレシア!」

「消えなさい」

 

 その一瞬で、プレシアの放った光弾はアルフを飲み込んだ。刹那の閃光と共にその周囲には大きな穴が穿れる。だが、穴は深い。先ほどの光弾ではそこまでの破壊は出来ない。

 プレシアはアルフが済んでの所で逃走した事に気がついていたが、放っておいた。今更犬が一匹逃げた所で支障はない。

 

「あぁ……そうね……あの犬はフェイトのだったわ……」

 

 否、ひとつだけ支障が出る。フェイトである。だが、それもどうでもよかった。適当に説明すればいいとプレシアは思考を放棄した。そんなどうでもいい事に神経を使うのが無駄だったのだ。

 

「もうどうでもいいわ。あいつらの事なんて……そう、アリシアの為になるのならどうでも」

 

 その目は血走っていた。体をふらつかせながら、プレシアは最奥へと進む。

 

 

 

 この数日において、翔太郎とフィリップの調査は頭打ちであった。というのも、海上での騒動の後に突き止めたフェイト・テスタロッサが滞在していたと思しき高層ビルの一室は既にもぬけの空であり、さらに言えばこの『世界』の住人ではない存在が相手である以上、聞き込みをしようが、情報を纏めようが、無理があるのだ。

 それはアースラ側でも同じらしく、彼らにとってめぼしい情報はいまだ手に入っていない状況である。プレシア・テスタロッサという人物に関わる情報はどうやら深い意味で抹消されているらしい。偉大な魔導師、科学者の違法実験、そして失敗、これらの情報だけでもスキャンダラスな内容である事は容易に想像出来る。

 しかしある意味、序盤の調査がとんとん拍子に上手く行きすぎたのだ。思いがけない事態に巻き込まれてしまったかも知れないが、そういった意味では本来知りえなかった情報まで手に入ったのは僥倖である。

 だからこそ、

 

「聞きたまえ翔太郎。このケーキは素材の比率がまさに黄金比率でなりたっている。フルーツとクリーム、そしてスポンジケーキの甘さの絶妙なバランスだ。これは興味深い、一体どんな方法で、どんな材料を使えばいいのか……」

 

 こんな風にケーキひとつでメモ帳を使い切りそうなフィリップを眺めても呆れはしつつも、怒りはしなかった。

 元々、息抜きの為にという事で、翔太郎が偶然立ち寄った翠屋という喫茶店へフィリップを連れてきた事が始まりである。まさか一番高いケーキを注文されるとは思わなかったが。そして意外とそれが響いたのか、翔太郎はコーヒー一杯だけしか頼めないのだ。

 

「フィリップ! お前、ちょっと静かにしろ!」

 

 興奮するフィリップをなだめようと翔太郎はそう彼に耳打ちするが、そんな事でこの相棒が止まるはずがない。ところどころ入ってくるフィリップの言葉は一体どんな展開をすればそうなるのか、素粒子がどうのというもはや翔太郎の理解を超えた何かが論じられていた。

 

「おや、左さん。いらっしゃいませ」

 

 そんな翔太郎の助け船となったのは、以前聞き込みをした男性店員であった。

 

「あぁ、どうも……おい、フィリップ!」

 

 とはいえ、翔太郎は苦笑いをしながら会釈をする。この時、翔太郎はトンチンカンな持論を講じるフィリップへの苦情でも言いに来たのかとおもっていたのだった。だから、もう一度、フィリップに耳打ちする。

 

「ははは! 愉快な方ですね。ご友人ですか?」

「えぇ、まぁ……相棒です」

「ほぅ! そうですか」

 

 苦笑いを続けながらもその最後の言葉だけははっきりと答えた。その事は男性店員にも伝わったらしく、微笑しながら納得してくれた。

 

「探偵に相棒……何だか不思議としっくりきますね。特にあなた方二人を見ているとますますそう思いますよ」

「そ、そうですか?」

「えぇ。そういえばお仕事の方、どうです? 話せない事も多いでしょうが」

「まぁ、いいところまでは来てる……って感じですかね? それが乗り越えられないのが辛い所ですが」

 

 翔太郎は敢えてハッキリとは答えなかったが、男性店員もそれを察してくれたのか小さく「そうですか」とだけ答えてくれた。

 

「しかし……流石は荘吉さんのお弟子さんです。核心までは迫っているという事ですよね」

「いえ……迷子捜しでこんなにも迷ってちゃ、おやっさんにはまだまだ……」

 

 よもや異世界なんてものが関わり、つい最近は空と海で戦ってきたなどとは言えない。必然的に、以前彼に話した迷子の捜査という事で説明をしなければならないのだ。

 

「フフフ……けどあともうひと踏ん張りじゃないですか? 私は今、左さんのお仕事がどうなっていて、どんな内容になっているのかは分かりませんが、本当に自信のない人は態度に出ます。その点、左さんはまだ諦めている様子はありません」

 

 だが、この男はそれでもと言ってくれる。何かを察しているのか、はたまた気遣いなのかは、翔太郎には判断しかねるが、こう言ってくれるだけでも翔太郎にとってはありがたいのだ。見知らぬ街で受ける親切は心に染みる。

 

「それでは、私は仕事へ……あなた方もお仕事がんばってください。事が終わりましたら、また当店へ」

「えぇ、そうさせていただきます」

 

 翔太郎は軽く会釈をして、男性店員の背を見送った。

 

「翔太郎」

 

 フィリップの声は真面目な雰囲気を纏っていた。

 

「あぁ……調査を……」

「お代わりをしたいが、君はまだ小銭はあるかい?」

 

 この瞬間、翔太郎は亜樹子の突っ込みが欲しいと思った。だが、そんな大騒ぎを起こすようなものに頼らず、翔太郎はフィリップの首根っこを掴んでレジで会計を済ますとさっさと店を後にした。このまま居続ければ本当に追加のケーキを頼む事になるからだ。

 そんな二人をレジを対応した男性店員は笑顔で彼らを見送った。そして、ほんの少し、間を開けて、彼の妻と久しぶりに自宅へと戻ってきた愛娘が入れ替わるように入ってくる。

 

「やぁお帰り、なのは」

「うん! ただいまお父さん!」

 

 少女、高町なのはは、対して日数は経っていないはずだが、父と会うのが久しぶりに感じた。そんな娘を父は、大きな手で頭をなでて迎えてやった。

 

 

 

 自体が急転したのはその日の午後、夕暮れより少し前であり、翔太郎とフィリップは半ばせかされる形でアースラへと転送され、ブリッジに上がっていた。

 元より暇を持て余す形になっていた二人だが、進展あると聞かされれば即座に行動出来るのだ。

 彼らがブリッジに上がった時には既に話が始まっていた。クロノは大画面に映るオレンジ色の獣向かって何やら提案をしている様子であった。画面に映っていたのはアルフであった。

 

「これは?」

 

 翔太郎は近くにいたエイミィに事情を聞いた。

 

「フェイトちゃんの使い魔、アルフさんが偶然にもなのはちゃんのお友達の家で発見されたんです。怪我をしているようで、手当を受けていたみたいで……」

「怪我? 僕達の知らない間に戦闘でもあったのかい?」

 

 フィリップが聞く。

 

「いえ、違います。先ほど出た話しでは、アルフさんはアジトから逃げてきたようで……」

『その声……いつかの二色の奴もいるのかい……』

「次元通信の応用で、あなた達の声も念話という形で彼女に通信されています」

 

 エイミィの説明を受けて、翔太郎も画面の前へと移動して話に参加する。

 

『まぁいいさ……管理局でも誰でもいい、フェイトを助けて欲しい……何が目的かは知らないけど、あんな母親の元にいたんじゃその内本当に死んじゃうよ』

 

 その悲痛な声がアースラのブリッジに響いた。

 

「やはり今回の黒幕は我々が睨んだ通り、プレシア・テスタロッサだった。そして彼女はフェイト・テスタロッサの母親、彼女の指示により、フェイト・テスタロッサはジュエルシードを集めていた。その過程で君たちへの襲撃もあったらしい」

 

 クロノは今までも事をかいつまんで説明してくれた。翔太郎もフィリップもそれでおおよその事態は把握出来た。

 

『翔太郎さん!』

「なのはか!」

『今、クロノ君やアルフさんが言った通りみたい。フェイトちゃん……やっぱりとても辛い目にあってるみたい』

「我々は今後の目的をプレシア・テスタロッサの捕縛へと移行する。黒幕がわかった以上、これを押さえれば話も終わる。事情が深い故に、フェイト・テスタロッサの扱いは高町なのはに任せるが……探偵、君達はどうする? 君達の依頼と僕達の目的はある部分で合致している。協力をしてくれるのであればありがたい」

 

 この時になって、翔太郎はクロノが柔軟な発想が出来る少年であると悟った。

 

「勿論、やるさ」

 

 その返答は意外な事にフィリップから発せられた。翔太郎も僅かに驚いた顔をしたが、すぐに微笑して、その意見に同意した。

 

「ようするに駄目な母親に一発ガツンと言ってやればいいだけの話だろ? だったらやるよ。子どもが悲しむようなことは放っておけねぇ」

 

 それは依頼だとか探偵だとかという建前を抜きにした翔太郎自身の結論でもあった。

 

「本当の意味で、迷子をうちに帰れるようにしなきゃならねぇからな……」

『迷子……?』

 

 アルフは一瞬、何のことだろうと思い言葉を返したが、すぐに納得した。

 

『そうだね……フェイトは今一人ぼっちだ……そして家も家族も……あんなんじゃ帰っているなんて言えないよね……迷子か……フェイトは迷子……』

「アルフと言ったね。君も辛そうだが、これだけは聞いておきたい。テスタロッサ親子にもう一人、娘はいるかい? 名前はアリシア・テスタロッサだ」

「フィリップさん、手短に」

 

 フィリップがその質問を投げかけた時、クロノはそれとなくアルフの限界をそれとなく伝えた。フィリップも頷き、アルフの返答を待った。

 

『アリシア……? 知らないね……私達のアジトには私とフェイト、そしてプレシアしかいないよ……名前も聞いた事ない。一体何だってそんな事を聞くんだい?』

「それについてはまだ答えられない。ありがとうアルフ」

 

 その答えで十分なのか、フィリップはクロノに目配せして、質問が終わった事を相図した。

 

「では、アルフ。君の貴重な情報と協力に感謝する。約束しよう。君の主フェイト・テスタロッサは悪いようにはしない。君の証言があればいくらでもフォローは出来る。あとは任せてくれ」

 

 それだけを伝えるとクロノは通信を終える。何人かのクルーが一応の監視としてアルフの様子を見守る形となり、それを確認したクロノは小さくため息をついた。だが、すぐさま翔太郎とフィリップへと振り返り、「話があります」と言ってエイミィを引き連れ、応接室まで移動する。

 応接室へと到着後、クロノは腕を組んで黙りこくっていた。その表情は少年がするにはあまりにも深刻なものだった。ややあって、その重い口を開けたクロノだったが、その言葉は二人にとって衝撃的でもあり、どこか想像していた通りのものでもあった。

 

「単刀直入に言おう。君達へ手紙を送った依頼人、アリシア・テスタロッサは既に死亡している」

 

 まずは結論から述べるクロノ。翔太郎もフィリップもそれを黙って聞いていた。反応は、驚いたような納得したような、どこか微妙なものであった。

 

「あまり……驚かないようですね」

「あぁ……まさかなとは思っていたが……」

 

 翔太郎も歯切れの悪い返答しかできなかった。

 

「それともう一つ」

 

 エイミィが付け加える。

 

「彼女が確認できる範囲で、最後に行っていた実験。それは人造生命体の生成、言い方を変えれば死者蘇生の実験です。そしてその研究コードの名はフェイト」

「死者蘇生……NEVER……」

 

 その言葉に翔太郎はある記憶を蘇らせていた。かつて風都を恐怖のどん底に叩き落とした不死身の集団、そして悲しき親子の事を。

 

「僕達はかつて死者を蘇らせる技術とその成果である集団と戦った事がある」

 

 不意にフィリップが発言する。

 

「なに!」

 

 それはクロノにとっては驚きである。

 

「この世界に死者蘇生を可能とする技術が……!?」

「だが、それも完全なものではなかった。確かに死者は生き返るが、その代償として絶えず特殊な酵素を投薬し、それでも時間経過と共にその人間性は失われる……一人の母親が愛する息子の為に悪魔の研究を完成させてしまった事件さ……」

 

 その事件はフィリップにとっても大きな意味を持つ事件であった。

 

「済まない。話が逸れてしまったね」

 

 ほんの少し苦笑しながらフィリップは話を続けて欲しいという風にした。

 

「死者蘇生はそう簡単ではない……という事ですね」

 

 話を続けたのはエイミィであった。

 

「それは、プレシア女史の実験も同様です。結局、その実験はクローニング技術の精度を高めるという一定の成果をあげましたが、彼女の求めた死者蘇生とは程遠いものだったようです。実験は中断、その直後に彼女は失踪しています」

「じゃあ、あのフェイトって子は……」

「恐らくは……」

 

 翔太郎の問いにエイミィはそのように答えた。翔太郎もそれを察して敢えて言及はしなかった。

 

「この事は高町なのはとユーノ・スクライアには秘密にしてもらいたい。今更それで決心が鈍る事はないと思うけど、余計な重圧をかけたくない。ですが、あなた方の場合は……依頼の事もあると思って説明しました」

「そうか……」

 

 翔太郎は短く返事を返した。クロノという少年は、背伸びをするきらいがあるが、その中に優しさがあるのだと再認識した。

 

「ですけど……アリシア・テスタロッサが蘇生されず、なおかつフェイトちゃんもアルフさんもアリシアさんの事を知らないとなると、一体誰が左さんたちへ手紙とジュエルシードを送ったのかしら?」

「誰でもいいさ」

 

 臆せず翔太郎は即答した。

 

「この手紙の通りに、俺たちは迷子を家に帰す。探偵は依頼を必ず果たすのが義務なんだ」

「ま、そういう事さ。とっくの昔にこの依頼はただの迷子捜しじゃなくなっている。ここまで来たらもう後は意地でも解決するさ。僕達がね」

 

 そう言って二人は笑った。

 その表情は自信にあふれていた。

 

 

 

 翌日の早朝、アースラのブリッジ内は静かではあったが、ピリピリとした空気が流れていた。それは今回の事件の黒幕であるプレシア・テスタロッサの牙城を特定し、確保するという大掛かりな作戦があるからである。そういう事にもなれば艦内では誰かが言わずとも一層空気を引き締めなければという感覚が広がる。

 そしてその前哨戦という形になるのが、画面に映しだされるなのはとフェイトの決闘である。そこには、僅か9歳の少女たちが戦っているとは思えない程に壮烈な空中戦が繰り広げられていた。ブリッジクルーらはそれを見守りながらも作業を続けていた。

 そんな中で特に仕事がないのが翔太郎とフィリップである。フェイトの事はなのはに任せるとなった事もあるが、お互いのジュエルシード全てを賭けるという二人の少女の一世一代の大勝負に水を差す真似はしたくなかったのだ。この二人の決闘の勝者がどっちであれ、後に控えるのは黒幕との対面である。そして、それこそが彼らの仕事の始まりであった。

 先の戦闘では不意をつかれたアースラではあるが、今回は万全の準備の元、活動している。それは本拠地である『時の庭園』の座標を捕捉することである。なのはとフェイトの決闘の間にそれらの準備を進める。

 話の結果だけを言えばなのはが勝とうがフェイトが勝とうがそれは問題ではないのだ。どっちに転んだとしてもフェイトは本拠地へと帰還せざるを得ない。それを追尾するというのが今回の大まかな流れである。なのはを囮のように使っているという感覚はクロノにもあったが、今はそれこそが一番効果的であることも認識していた。

 

 一方、海上での決闘はさらに苛烈さを増していた。なのはとフェイト、お互いから放たれるピンクと金色の光弾が交差し、互いに打ち消し合い、漏れた光弾は狙いも定まらずに明後日の方向へと流れ霧散した。

 だが、流れはフェイトにあった。高速で動きまわるフェイトだが、その魔法の火力はなのはに引けを取らない。だがそれ以上に彼女には近接戦闘の心得がある。相棒のバルディッシュを鎌とし、光弾による射撃を交えながら、刃を振るう。時には盾としてなのはの光弾を切り裂き、迫る。既になのはのバリアジャケットの胸リボンは切り裂かれていた。

 だが、それでも、それ以上のダメージを受けないように戦いを続けるなのはもまた、己の能力というものを理解していた。スピードも近接戦闘でも敵わないのなら、それ以外で勝負するしかない。彼女の張るシールドは鉄壁である。証拠として、フェイトの光弾は一発もなのはのシールドを貫通していない。そして射撃である。無数の光弾と砲撃は僅かにだが、フェイトを上回る。むろん、総合的な観点から見ればフェイトに軍配は上がるだろうが、それでも堪えているなのはの底力を無視する事は出来ない。

 

「強い……!」

 

 なのははそんな言葉しか出なかった。少なくともつい最近までは普通の少女だったなのはがここまで出来る事自体上出来なのだ。

 

「あぁ!」

 

 だから一瞬の隙、雨のように降りかかるフェイトの光弾をシールドで防ぐも数に圧倒され、体勢を崩す。その瞬間であった。なのはの四肢を金色のリングが拘束する。身動きの取れないなのはを見下ろしながら、フェイトはバルディッシュを構える。

 

『なのは! 不味いよ、それはフェイトの本気だ!』

『なのは!』

 

 アルフとユーノが叫ぶ。だが、それと同時にフェイトの準備は整っていた。

 フェイトの周囲には無数の光弾が生成されていった。

 

「ファランクス……!」

 

 フェイトは腕を振る。瞬間、バインドされたなのはめがけ、無数の光弾が迫る。一撃一撃が直撃する度に爆煙がなのはを覆う。

 フェイトにとっては必殺の布陣である。動きを封じ、そこへ最大火力を連続で叩きこむ。事実、もはやフェイトの魔力も突き掛けていた。それほどまでに本気だという事だ。

 しかし……

 

「そんな!」

 

 驚愕するフェイト。着弾地点には、僅かにダメージを負ったなのはが、しかし無事に空を飛んでいるのだ。しかし、周囲の紫電が走る度になのはのバリアジャケットにも電撃が走るのを見るに、完全には防ぎきれなかったようである。

 

「撃たれた後にバインドが解けてなかったら不味かったかも……」

 

 その土壇場で最大出力のシールドを展開する手際の良さは成長のあかしなのだろう。

 

「今度は私の番!」

 

 ビリビリとあまり考えたくはない痛みを押さえながら、なのははレイジングハートを展開させる。今、彼女の周囲にはフェイトの放った魔法の残滓が残っている。なのはとレイジングハートはそれらをかき集めるようにして、エネルギーをチャージする。

 

「そんな大技させない!」

 

 バルディッシュを鎌にし、迫ろうとするフェイト。だが、それは今しがた自分が取ったのと同じ方法で防がれる。

 

「バインド!?」

 

 目を見開き、バインドされた腕、そして、今なおチャージを続けるなのはへと視線を向ける。薄いピンクの魔力がなのはを中心に集まっていく。それはまるで星の輝きのようであった。

 

「行くよフェイトちゃん! これが私の全力! 全開!」

 

 レイジングハートの輝きが最高潮へと達する。

 

「スターライト……! ブレイカー!」

 

 その瞬間、膨大な魔力の奔流は一直線にフェイトへと向けられた。星の爆発のような光景、フェイトは眼前に迫る強大な魔力の塊を唖然と眺めている事しかできなかった。

 

 

 

 勝敗はその瞬間に決していた。ブリッジにてそれを確認していたクルーらの仕事は早かった。それは翔太郎も同じである。フィリップの肩に軽く叩き、翔太郎は一人ブリッジを後にした。向かう先は転送ポートであった。

 残ったフィリップは画面にて事の推移を見守っていた。決闘は終わった。勝者はなのはであった。フェイトは決闘の約束通り、全てのジュエルシードをなのはへ、管理局側へと譲渡するという。

 だがそれで解決するはずがないのを誰もが想定しているのだ。少なくとも、決闘を繰り広げていた、二人の少女以外は。

 

「来た!」

 

 エイミィが思わず席から立ち上がる。

 その瞬間、決闘の場であった海上の空が歪む。轟音と共に雲が渦を巻き、紫色の閃光がフェイトを直撃する。

 

「来た! けどあれ不味いよ!」

「なのは! 彼女を保護するんだ! 死んでしまうぞ!」

 

 エイミィとクロノが叫ぶ。それほどまでにその雷は危険だという事だった。画面の向こうでは、その雷の影響か、フェイトのバルディッシュは粉々に砕け、フェイト自身も意識を失った様子だった。それをなのはが保護すると同時にフェイトが譲渡しようとしたジュエルシードは吸引されるようにして、渦の中心へと吸い込まれていく。

 

「座標固定! データ転送しましたよ!」

「武装局員ならびに左さんを転送!」

 

 満を持しての号令、リンディの指揮と共に転送ポート内にいた局員らと翔太郎はプレシアの待つ『時の庭園』へと転送される。

 

 

 

 転送終了と同時に翔太郎は他の武装局員と共に乗り込んだ本拠地を通過する。驚くほどに抵抗はなかった。不気味な程にすんなりと進行した面々は中枢部と思われる区域へとたどりつく。

 だだっ広い空間の奥、玉座のような椅子に座るプレシアを確認する。局員がプレシアを包囲する中、翔太郎はゆっくりとプレシアの真正面へと移動した。他の局員がデバイスを構える。その中、隊長格と思われる局員がちらりとダブルを見た。

 

「あんたがプレシア・テスタロッサか」

 

 翔太郎の問いにプレシアは答えなかった。それが回答である。

 

「俺は鳴海探偵事務所の左翔太郎だ。依頼の関係であんたに会いに来た。あんたには色々と聞きたい事も言いてぇ事もあるが……これだけは聞かせてくれ。フェイトはあんたの娘なんだよな?」

 

 それでもプレシアは答えなかった。翔太郎は内心の怒りがこみ上げてくるのを押さえた。帽子を深くかぶり直した。それが合図になったように、局員らが包囲を狭める。

 

「プレシア・テスタロッサ! 時空管理局法違反、及び管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します!」

 

 なおも答えないプレシアであった。局員らはそんな彼女を諦めたのだと思い、一部の方を残して周辺へと散会する。その内の何人かが玉座の背後に隠された通路を発見する。瞬間、沈黙を保ってきたプレシアに動きが見られた。

 大きく瞳を開けたプレシアは一瞬にして、玉座より消える。

 

「短距離のワープだと!」

 

 隊長格の男が驚愕する。瞬間、玉座の奥より悲鳴が聞こえる。急ぎ、現場へと駆け寄るとそこには信じがたいものが鎮座していた。ガラスのシリンダーの中、液体で満たされた容器の中には一人の少女が浮かんでいた。

 そして、その周囲には地に伏した局員と、それを見下すプレシアの姿があった。

 

「これは……!」

 

 その光景に翔太郎は目をそらす事も出来なかった。そのシリンダーに浮かぶ少女は、フェイトと瓜二つだったのだ。

 その衝撃はモニタ画面を通すアースラ内にも走っていた。いや、その中で一番衝撃を受けていたのは保護、回収されたフェイトであろう。なのはとの決闘、母による攻撃、ジュエルシードの強奪、そして母の逮捕の場面、衰弱しきった彼女には十分過ぎる程の衝撃があったにも関わらず、目の前に広がる光景は、フェイトの思考を混乱させた。

 

「まさか……あの子が……」

 

 画面越しに眠ったように浮かぶ少女を見て、フィリップは呟いた。

 

「アリシア……テスタロッサ……!」

 

 そしてそれは、現場にいる翔太郎も同じことを言葉にしていた。

 

「この子が……俺達の依頼人……だってのか!」

 

 唖然とする翔太郎を押しのけるように局員が割って入る。各々がデバイスを構え、反抗を見せたプレシアに対して光弾を放つ。

 

「おい、待て! 後ろに!」

 

 翔太郎は思わず静止したが、遅かった。局員の放った光弾は寸分の狂いなくプレシアへと放たれる。だが、それらがプレシアの体に届く事はなかった。見えない障壁に阻まれるようにして、光弾は弾かれる。

 

「私のアリシアに近寄らないで!」

 

 プレシアはそう叫びながら手をかざす。その瞬間、閃光が走る。

 

『防いで!』

 

 リンディの叫びが聞こえる。翔太郎はベルトを装着、ガイアメモリを挿入し、変身の準備を整えた。フィリップもまたそれを想定していたのか、すぐさまガイアメモリを挿入する。

 それと同時に落雷が起こる。局員たちの悲鳴が響く。次々と倒れていく中、一人、ダブルだけはかろうじてその場に立っていた。僅かな間にダブルはメタルメモリとヒートメモリを用いてダブル・ヒートメタルへと変身していたのだ。パワーと耐久に優れた形態である。だが、それでも直撃を受けたダメージは大きい。いつぞや受けた雷とは比べ物にならなかった。

 

「ぐ……う……」

『翔太郎!』

「大丈夫だフィリップ……」

 

 ダブルはメタルシャフトを杖のように立て、何とか立ち上がる。

 

「一人残ったようね……まぁ……いいわ」

 

 プレシアは興味が失せたように、背を向け、少女が浮かぶシリンダーへと寄り添う。

 

「もう時間がないの……邪魔な虫どもの相手をしている暇はないわ……けど、そうね……確かめたい事があるわ」

 

 プレシアはのっそりとした動きでダブルを睨みつけるとニィと笑みを浮かべる。

 

「次元を渡る者、世界の破壊者……ディケイド。またの呼称をマスクドライダー……」

 

 プレシアが再び手をかざすと、倒れていた局員が魔法陣にのみ込まれていく。

 

『強制転移! 左さんだけを残して!?』

「何!?」

 

 意図も簡単に局員を送還させた力もさることながら、プレシアの放った言葉。その言葉はダブルにとっても特別な意味を持つ。

 

「あなたがディケイドなのかしら」

「残念だがよ。俺は、俺達はダブル。仮面ライダーダブルだ」

「そう……残念ね……ならもういいわ」

 

 たったそれだけの会話をしただけで興味が失せたのか、プレシアはまたもシリンダーへと向いた。

 

「やはり時間の無駄だったわ。消えて頂戴……8個のジュエルシードじゃ確率は著しく低下するけれど……私はアルハザードへ向かう」

「アルハザードだと?」

「禁断の地、古の秘術の眠る世界……そう、私はアルハザードに行くのよ。アリシアと一緒にね……そして終わりにするわ。アリシアのいない人生を、この子の代わりの人形を愛でるのも……終わりにするのよ」

 

 それはフェイトにとって耳を塞ぎたくなるような事実であった。それを知ってか知らずか、プレシアは続ける。

 

「聞いていて? フェイト……あなたの事なのよ。せっかくアリシアの記憶をあげたのに、同じ顔なのに、体なのに……似ているのは見た目だけ! 役立たずのお人形!」

「お前!」

 

 思わず、ダブルはメタルシャフトを振りかぶり、プレシアへと迫る。

 

「邪魔と言ったわ!」

 

 虫を払うような感覚で、プレシアが腕を振るうと紫の魔力光が鞭のようにしなり、ダブルを薙ぎ払う。

 

「ぐあぁ!」

「どうせあなた達の事よ……私の事も調べたのでしょうね……」

『……事故で娘を失ったあなたが、人造生命体の生成に着手していた事実は既に掴んでいます……そしてそのプロジェクトの名前がフェイトであるという事も……』

 

 エイミィはこれ以上隠しだては無理だと判断し、事実を、聞かされていなかったなのはらに説明する。だが、そんな事実をいまさら語った所で何になろうか。フェイトは、そんな事実聞きたくもなかったし知りたくもなかった。だが、それでも無情な現実は彼女に突き刺さるのだ。

 

「アリシアは我がままだったわ。お転婆だった……けどいつも私に優しかったわ。私にいうことはちゃんと聞いてくれた。」

 

 シリンダーをなでながら、まるでフェイトに言い聞かせるようにプレシアは愛娘の想いでを語る。

 

「けどあなたは……駄目ね。アリシアの代わりにすらならないわ」

 

 プレシアは虚空を睨みつける。その目はまるで画面越し、見えないはずのフェイトを射抜くような視線であった。

 

「フェイト……私はね……あなたを作ってからずっと……」

『止めて!』

 

 アースラにいるなのはの叫び声は静止にはならない。

 

「あなたの事が大嫌いだったのよ!」

 

 その瞬間、フェイトは茫然となり、その場に倒れ込む。瞳は大きく見開いたまま、だが、それは何も映してはいなかった。

 

「うあぁぁぁぁ!」

 

 それと同時にダブルがメタルシャフト突きたてる。しかし、それもプレシアの障壁によって防がれる。

 

「プレシアぁ! お前は!」

『プレシア・テスタロッサ……娘を失ったあなたの思いは僕達には簡単に理解は出来ないだろう。だが、フェイトの想いは痛いほどわかる!』

 

 翔太郎とフィリップの怒号が飛ぶ。

 

「だから……?」

「だからだと!?」

「消えなさい!」

 

 瞬間、プレシアの放つ衝撃波がダブルを包む。一撃にして、壁をぶち抜き、広間へ押し戻されたダブルは、変身が解け、翔太郎の姿へと戻る。

 

「がぁ……! 変身が……」

 

 それと同時に周囲が揺れる。それは時の庭園そのもの大きく揺れ動いている証拠であった。揺れの激しさからか、それとも受けたダメージからか、翔太郎はその場に倒れたまま、身動きが取れないでいた。そんな翔太郎を尻目にプレシアがシリンダーと共にこちらへと向かってくる。周囲には奪ったジュエルシードが浮遊していた。その輝きは次第に大きくなっているのが分かる。

 

『不味い不味い! 庭園周囲の魔力反応増大!』

『エイミィ! 左さんを回収!』

『できません! 魔力の波が!』

 

 アースラ内も混乱が走っていた。それをさらに加速させるように、広間やその周囲、恐らくは庭園全てにだろう。巨大な甲冑が姿を現す。

 

「ふ……ふふ……ハハハ……ハハハ!」

 

 プレシアは笑いが止まらない。ジュエルシードの輝きはさらに増していた。

 

「私たちの旅は邪魔させないわ! 誰にも!」

 

 その狂気の姿は、翔太郎には哀れに見えた。だが、それ以上に自分も不味い。運が良い事にプレシアも巨大な甲冑も翔太郎には関心を示していなかった。障害にすらならないのだろうと判断されているようだった。

 

「くそ! いい気分がしねぇ!」

 

 翔太郎は苛立ちを隠すつもりもなくプレシアを睨みつけた。揺れがさらに強くなるなか、翔太郎は何とかして、立ち上がる。

 だが、次の瞬間、翔太郎の足下の床が音と共に崩れ去っていく。

 

「な……!」

 

 腕を伸ばす。

 だが、掴めるのは崩れ落ちるかけらだけだ。そして、衝撃波が翔太郎の体をあおる。いとも簡単に翔太郎の体は吹き飛ばされ、がれきと共に外へと放り出されていく。その光景を、モニタ画面で見る事しか出来ないアースラの面々は、そしてフィリップは絶叫した。

 

『翔太郎―!』




長い! 雑! 穴抜けチーズみたい!
けど次で終わり!


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第六話 Oの願い/愛しの家族へ

 状況は悪化の一途を辿っていた。時の庭園より発生した次元振は収まりを見せていたが、庭園内部で巻き込まれた翔太郎のスキャンは今も進んでいない。大雑把な位置情報の特定すら出来ないのだ。だが、同時に収まりつつある次元振の影響は少なくなり、新たに局員を転送できる準備が整っているのは、エイミィの能力の高さだろう。

 ひとつ問題があるとすればアースラ内の武装局員のほとんどが全滅しているという事だ。

 

「僕が行く。元凶を止めなくちゃ事態は進展しない」

 

 こういう状況でのクロノの即断は頼もしい。転送可能となったとは言え、何時崩壊が始まってもおかしくない庭園に乗り込むのは危険ではあるが、このまま放置していては新たな次元振の発生とその余波でアースラは勿論、次元区域に近い地球にまでその影響を及ぼす事になる。状況はプレシア・テスタロッサ逮捕ということだけには収まらないのだ。

 通路を駆け、転送ポートを目指すクロノはその道すがら、なのはたちと対面する。その中には虚空を見上げ、もはや糸の切れた人形のような姿となったフェイトがアルフに抱きかかえられていた。真実と絶望を一気に叩きこまれた少女の心情はいかほどか、それは誰も想像はつかなかった。クロノはそんなフェイトを気の毒に思いながらも、すぐにその思考を脇へと追いやり、現地へと向かう目的を再認した。

 

「僕は現場へ向かう。君たちはその子を」

「待って! 私も行く!」

「僕も!」

 

 そう言って彼女らの傍を抜けようとするが、なのはとユーノはそれを静止するように訴えた。クロノが振りかえる。二人の眼差しは真剣であった。議論の余地はない。今は猫の手で借りたいという正直な思いもある。クロノはそれを承諾した。

 

「わかった。行こう」

 

 そう言ってクロノは駆けだし、なのはとユーノもその後を追う。残される形となったアルフはフェイトを抱きしめて、彼らを見送るしかなかった。

 そんな時であった。新たな足音が自分たちに近づいてくることに気が付く。振り返れば、そこにいたのはフィリップであった。つい先ほどまで、随分と取り乱していたフィリップだったが、今は落ち着き、出会った当初の飄々とした姿を見せていた。

 

「フェイト・テスタロッサ」

 

 その言葉に反応は帰ってこない。だが、フィリップは構わず言葉を続けた。

 

「僕はプレシア・テスタロッサを許さないだろうね。君がクローンだろうが、彼女の実の娘、アリシアが不幸な事故で命を失おうが、プレシアを同情はしても彼女を許すなんて事は僕には出来ない」

 

 口調は淡々としているが、その中にはフィリップの怒りが込められている。アルフはそれを察知していたが、彼の言葉を遮る事はしなかった。

 

「どんな形でも君は彼女の娘だ。そして子どもをあんな形で切り捨てる親を僕は絶対に許さない。だけど、僕たちは断罪をしにいくわけじゃない。依頼を果たす為に彼女に会いに行く。君のお姉さん、アリシア・テスタロッサから受けたこの依頼、必ず果たす」

「な、なぁ……そのアリシアの依頼って……」

 

 アルフにはフィリップのいう依頼が何の事なのかは詳しくは分からなかった。迷子がどうとか言っていた記憶はあるが、あの時は細かい事を聞く余裕もなかった。それに彼女もアリシアなんて存在は知らなかったからだ。プレシアの死んだ実の娘がアリシアで、フェイトはそのクローンで、フィリップは死んだアリシアから依頼を受けている。混乱していた。

 

「迷子を捜して、家に届けるのさ。君のお姉さんは余程妹が可愛いらしい」

 

 その瞬間、フィリップの表情が柔和になった。ほんの少しフェイトをなでてやると、フィリップは何も言わずにクロノたちの後を追う。

 

「ちょ、ちょっと待ちなよ! あんたの相棒、連絡付かないんだろ!? あんた、あの相棒がいないと戦えないんじゃ……!」

「心配はいらない」

 

 フィリップは立ち止り、振りかえらずに右腕を軽くあげた。その手には赤いベルトがあった。それはダブルのベルトとそっくりだったが、ひとつ違うのはスロット部分が片方にしかないという所だ。

 

「それに、翔太郎があの程度で死ぬはずがない」

 

 それだけを伝えるとフィリップは先を急いだ。

 既に三人は転送された後のようで、姿はなかった。モニターしていたエイミィは転送ポートにフィリップがいる事を確認すると驚いたような声を出す。

 

『フィリップさん!?』

「済まない、手間をかけさせるが僕も行くよ」

『ですけど……』

「翔太郎が動けない今、僕が依頼を引き継がなくちゃいけないんだ。それに……」

 

 フィリップはベルト『ロストドライバー』を装着すると、緑色のサイクロンメモリを取りだす。

 

《サイクロン!》

 

 そのまま流れるような動作でロストドライバーにメモリを挿入、変身の構えを取る。ガイアウィスパーの囁きと半分だけ流れるメロディ、フィリップの体を風が覆うと、そこには緑色の戦士がいた。

 その名は「仮面ライダーサイクロン」。ロストドライバーで単独変身するフィリップのもう一つの姿であった。

 

「これで構わないだろう?」

『わかりましたよ!』

 

 観念したような、呆れたような、ともかくそんなエイミィの声を聞き流しつつ、フィリップは転送の光に包まれる。一瞬の浮遊感の後、景色が一変する。無機質なアースラの転送ポートとは打って変わり、黒々とした空間と鳴りやまない雷、そして無数の残骸が広がっていた。

 

「彼らは既に侵入したか」

『フィリップさん、クロノ君たちにも突入は伝えました。そのまま道なりに進んで行ってください。大広間までは直通です』

「了解だ」

 

 サイクロンはエイミィのナビゲートを聞きながら駆けだす。道中で敵の妨害がないのは、それまでにクロノたちが排除したからなのだろう。サイクロンの身体能力を持ってすれば彼らに追いつくのは容易であった。

そして、サイクロンの能力は風を力に変える事である。サイクロンが走れば走るほど、速度が上がり、それに比例してサイクロンの肉体は強化されていく。風こそがサイクロンの力である。動けば動くほど、速ければ速いほど、サイクロンはその名の如く、風になる。

 

 

 

 大広間へとたどり着いたなのは、クロノ、ユーノは立ちふさがる巨大な兵士たちを見てもたじろぐことはなかった。傀儡兵と呼ばれる鋼鉄の兵士たちは斧や剣、中には両肩に大砲を装備したものもいる。その戦闘力は非常に高い。反面、大した知能レベルは持ち合わせていない事や鈍重な動きという欠点もあるが、そんなものは補える程の数がそこにはひしめいていた。

 

「僕はプレシアの元へ行く! 君たちは最上階の駆動炉の封印を頼む!」

 

 クロノが自身のデバイスを構え、特大の一撃を放つ。収束された魔力砲が傀儡兵の群れに大きな穴を作る。なのはとユーノはすかさずそこへ飛び込み、クロノの指示通りに最上階を目指す。プレシアの逮捕も重要だが今はそれ以上に暴走する庭園を止める必要もあった。彼女の持つジュエルシードの発動を呼応するようにこの時の庭園の駆動炉もまた膨大なエネルギーを放出しながら自身を崩壊させている。だからこそ、クロノは二手に分かれるよう指示を送ったのだ。

 

「クロノ君も気をつけて!」

 

 クロノはニッと笑みを浮かべて答える。なのはらの後を追おうとする傀儡兵を狙撃し、自身を囲む兵士たちを見渡す。

 

「無傷じゃ済まないな……こりゃ」

 

 軽口を叩くのは不安を打ち消す為だ。周囲を見渡し、明らかに不利な状況であることを悟ったクロノは一点突破という無謀な賭けに出ようとしていた。

 その時、烈風が吹いた。

 

「何!?」

 

 烈風は兵士らの巨体を叩き伏せる。そして、風が走る。大剣を持った兵士がその剣ごと真っ二つに切りされていく。風は瞬く間にクロノを囲む兵士たちをねじ伏せた。

 

「君は……!」

 

 クロノの目の前にサイクロンが降り立つ。サイクロンは腕を構えて、顎に手をあてがった。

 

「手伝うよクロノ」

「フィリップさんか!」

「アリシアの依頼を完遂する。プレシアの元へ!」

 

 そう言ってサイクロンとクロノは兵士たちの群れへと突撃する。だが、もはや兵士たちなど烏合の衆である。サイクロンの高速戦闘は兵士たちの鈍重な動きではとらえきれず、軽々とその合間を潜り抜け、兵士たちの急所を的確に狙い、破壊していく。そんなサイクロンにかき回される兵士などクロノのしてみれば練習の的よりも簡単に当てられる的でしかない。

 

(これが噂に聞くマスクドライダーの力か!)

 

 サイクロンの援護を受けて、クロノはふといままでの調査の途中、偶然にも知りえた情報を思い出していた。それは次元を超え、破壊すると言われる存在についてである。

 

(数か月前、いくつもの次元世界の消滅、そして復活が確認された。それと時を同じくして無数の次元世界の融合も……その中心にいたのは全て『ディケイド』と呼ばれる存在……プレシアすらも口にした噂だけの存在……そしてマスクドライダー、仮面ライダーという呼称、なるほど確かに……)

 

 だが、クロノはそこで考えを止めた。今はそんなことよりも目の前の事件へと取り組む事が重要だからだ。それに、今その仮面ライダーは味方として共に戦っている。それでいいのだとクロノは思っている。

 

「フィリップさん、雑魚に構っている暇はない、ついて来てください!」

 

 言って、クロノは再度チャージした魔力砲を地面へと向けて放つ。巨大な爆発とその余波で兵士が吹き飛び、地面には大きな穴が穿れた。若干反則な近道であった。

 

「着いてくる? クロノ、それはこちらの台詞さ」

 

 爆風による風を受け、サイクロンは常人には視覚出来ない程の速さで周囲の兵士を蹴散らす。邪魔になる兵士を片付け、サイクロンはそのまま大穴へと突入する。

 

「そのようだ!」

 

 クロノもまたその後を追う。

 

『クロノ君! フィリップさん!』

 

 道中、エイミィからの通信が入る。

 

『フェイトちゃんとアルフさんも協力してくれるみたいよ! 今、なのはちゃんとユーノ君と合流した!』

「そうか……駆動炉の方は彼女らに任せてもいいようだな」

『そうね、いけるよ!』

 

 エイミィの言葉に強く頷くクロノ。サイクロンもまたそれに同意した。

 

(翔太郎、事件は大詰めを迎える。君は一体何をしているんだい?)

 

 快進撃の中、サイクロンはただ一つ、その事だけが気になっていた。そして、回廊を降りていく中、ついに目的となる最下層へとたどり着く。

 これまでに妨害を続けてきた兵士は一体いくつ倒してきただろうか。もう数すらも数えていないが、サイクロンもクロノも大したダメージはない。

 

「予定よりも随分と速く到着出来た。これもあなたの援護のおかげです」

 

 襲撃が止み、一旦は静けさを取り戻した回廊を進みながら、クロノはサイクロンへと礼を述べた。

 

「気にする事はない。お互い、目的を果たす為に手を組んだまでだからね」

「そうですね……ですが、感謝しています」

 

 次第に、回廊の舗装された通路は消え去り、いつの間にかごつごつとした、岩肌が目立つようになってくる。庭園崩壊の影響が大きいのか、右手側の壁は完全に消失しており、虚数空間と呼ばれる次元世界の海が広がっていた。

 

「ここだ!」

 

 クロノのデバイスが反応を示す。がれきに埋もれ、隠された通路を魔力砲で粉砕したクロノとサイクロンはそのままの勢いで突入していく。ひび割れた地面と崩壊し今も崩れるその空間の奥、アリシアの浮かぶシリンダーを愛おしく撫で、寄りかかるプレシアの姿があった。

 

「あなた達……そう、もう着いたのね……案外傀儡兵も役に立たないわね……所詮は骨董品の木偶人形だったかしら」

「そこまでだプレシア・テスタロッサ。罪状はもう伝える必要はない。あなたを逮捕します」

「逮捕……?」

 

 何を馬鹿な事を言っているのか。そんな風に言いたげなプレシアの視線が二人を射抜く。

 

「次元振はリンディ艦長が防いでいる。駆動炉も高町なのは、ユーノ・スクライアの手によってもう間もなく封印されるだろう。あなたの野望はここまでだ」

 

 だがクロノは受け流しながら続ける。いつでも撃てるようにデバイスを構える腕の緊張は解いていなかった。

 

「なんで……なんでいつもこうなのかしら……」

 

 プレシアはアリシアのシリンダーに抱きつきながら、涙を流した。

 

「何で世界は私から何もかもを奪うのかしら……富や名声なんてなくしてもいい、けれど愛する娘までなぜ無情にも奪われなければならないの!」

 

 プレシアの絶叫と共に魔法陣が展開される。その衝撃波が二人の元まで届く。

 

「事故を起こしたから? 私の存在? 何がいけないの、何が駄目だの! なぜアリシアを奪うの!」

「止めろ!」

 

 クロノがデバイスを発動させるよりも早く、プレシアの無造作に放った魔力弾の着弾が早かった。咄嗟の機転でシールドを展開するクロノだったが、魔力弾はやすやすとクロノのシールドを貫いた。

 

「あぁ!」

「クロノ!」

 

 同じくサイクロンは済んでの所で魔力弾を避ける事ができ、弾き飛ばされたクロノへと駆け寄る。クロノは頭から血を流し、苦痛に顔をゆがめるがサイクロンの手を借りることなく立ち上がる事が出来た。

 

「娘の為にあらゆるものを捨てたわ。なのにみんなが寄ってたかって私から奪おうとする……今もそうよ! 私は取り戻したいだけなのよ、失った過去を、ついえた未来を! 私とアリシアの世界を!」

 

 ただの魔力の放出ではあったが、その衝撃波軽々とサイクロンとクロノを吹き飛ばす。

 

「こんなはずじゃなかったのよ……私とアリシアの運命は……こんな残酷な運命のはずじゃなかったのよ!」

 

 その悲痛な叫びからプレシアの無念が伝わる。それはサイクロンもクロノも否定はしない。だが、しかし、それを許すわけにはいかないのだ。

 

「世界はいつだって『こんなはずじゃない』事ばかりだ……!」

 

 クロノはがれきに埋もれながらも叫んだ。

 

「今も昔も……誰もがそうだ! こんなはずじゃないって言いたい事ばかりだ! 逃げたっていい、立ち向かってもいい、だけどそんな自分勝手な悲しみを周りに押し付けて、巻き込んでいいわけがない!」

「そうだ……」

 

 クロノに続くようにサイクロンが立ち上がる。幸い衝撃波のダメージは少ない。動けないクロノとは違ってサイクロンは構えをとり、クロノの盾になるように立ち上がった。

 

「プレシア・テスタロッサ。あなたもそれを分かっているはずだ! あなたのその悲しみが、今まさにフェイトをそしてあなた自身を苦しめている!」

「そうよ! だから私は! アルハザードへ行くのよ!」

 

 プレシアはデバイスをサイクロンに向け、その体を拘束する。紫の鎖が何重にも重なりサイクロンを締め上げる。

 

「ぐぅぅう!」

「そういえば……あの子が取り逃がしたジュエルシード……確かあなたが持っていたはずね。ちゃんと報告は受けているのよ」

 

 プレシアはよろめく体をデバイスで支えながら、サイクロンを凝視する。壊れたような笑みが鋭くなるにつれて、サイクロンの体を鎖が締め付けていく。

 

「ぐあぁぁぁ!」

「貧弱ね。原理は分からないけど、あなたの片割れの時よりもパワーが弱いわ。さぁ、このまま砕かれたくなかったらジュエルシードを渡すといいなさい!」

「そ、それは無理だね……!」

 

 強がりを口にする余裕などないはずだが、サイクロンはそんな言葉を吐いた。それがプレシアの逆鱗に触れる事は簡単に想像できる。プレシアはさらにサイクロンを締め上げると、そのまま彼を壁へと打ち付ける。壁にめり込む程の衝撃を与えられたサイクロンは力なく、その身を落下させる。

 

「がっ……! はぁ!」

 

 許容範囲のダメージを超えた為か変身が解除され、フィリップへと戻る。フィリップは額や口から血を流しながらも、全身の痛みに耐えながらも立ち上がろうとしていた。

 だが、その体をプレシアは容赦なく鎖で縛りつける。無防備な状態のフィリップの懐から青い宝石が飛び出し、プレシアの元へと飛んでいく。ようが済んだプレシアはフィリップを無造作に開放した。

 

「貧弱なボウヤたち……邪魔をしなければよかったものを!」

 

 フィリップとクロノ、お互いに身動きが取れない今、プレシアの放つ魔力弾の直撃を受ければ命はない。焦りが二人の脳裏を走る。だが、どうする事も出来ない。プレシアが腕を振り払う、その瞬間であった。天井が轟音と共に破壊され、金色の魔力光がプレシアの眼前に降り注ぐ。

 

「これは……!」

 

 プレシアは驚愕すると同時にその光が何なのかを直ぐに理解した。

 

「フェイト……!」

 

 プレシアの目の前にフェイトとアルフが降り立つ。アルフはプレシアを睨みつけたまま、拳を構えるが、フェイトはバルディッシュを降ろしたまま、プレシアと正面から向き合っていた。

 

「何をしに来たの……邪魔よ、消えなさい」

「あなたに……言いたいことがあってきました」

 

 邪険にするプレシアの棘に耐えながらもフェイトは前を見据えていた。

 

「私は……私はアリシア・テスタロッサじゃありません。あなたが作ったアリシアのクローン……いえ人形なのかも知れない」

 

 認めたくはない事実である。今まで自分は彼女の本当の娘だと思い込んでいたのだ。それを、今まさに目の前の女によって最悪の形で知らされたフェイトには恨みごとに一つをいう権利もある。だが、彼女はそれをしなかった。そんなつもりもなかった。

 

「だけど、私は、フェイト・テスタロッサは……あなたに生み出され、育てて貰ったあなたの娘です!」

「だから?」

 

 そんなフェイトの叫びもプレシアはたったひと言で切り捨てる。あまりにも冷たすぎる仕打ちは決心を固めたフェイトにすら動揺を与える。

 

「もうそんな事はどうでもいいのよ。今新たにジュエルシードが手に入った。確率はこれで上がるのよ。最後の最後にあなたが役に立ったわ……だからもう本当に用済みなの」

「あなたは……心まで閉ざして、ただ自分の中に引きこもっているだけだ……」

 

 フィリップがかすれたような声で言った。

 プレシアはぎろりと血走ったような眼でフィリップを睨みつける。鬱陶しい邪魔が入ったと感じたプレシアは今度こそ、この生意気な男の息の根を止めてやろうと思いたつ。

 だが、フィリップはプレシアの殺気を感じながらも、言葉を続けた。ボロボロになりながらも、立ち上がり、プレシアを見据える。

 

「そんなあなただから……娘の声も届かなかったんだろうね……」

「鬱陶しいわね、あなた……フェイトは娘なんかじゃないわ」

「違う!」

 

 フィリップは叫んだ。

 

「あなたは、あなたの言う本当の娘の声も届いていなかった!」

 

 フィリップはそう叫びながら、一通の手紙をかざす。それは彼らの元に送り届けられたアリシアからの手紙であった。

 

「何……それは?」

「僕たちは探偵だ。探偵の元に届く手紙は決まっている。依頼だ。そして、依頼人の名はアリシア・テスタロッサ」

「…………!」

 

 そんな馬鹿なことがあるか。プレシアはそう叫んでやろうと思ったが、フィリップがそれを制した。

 

「Ⅰと刻まれたジュエルシードはこの手紙に同封されていた。ジュエルシードは願いを叶える宝石、アリシアは死しても願ったんだ!」

「嘘よ、でたらめだわ」

「依頼内容は『迷子の妹を探してください。きっと寂しくて泣いています』……アリシアは、あなたの娘はフェイトの事を妹と呼んでいる。そして、あなたが受けれない為に、迷子となったフェイトを探して欲しいと僕たちに依頼してきた!」

「惑わすなぁ!」

 

 プレシアの絶叫が響く。そんな事はない。否、あり得ない。死者が願いを? ジュエルシードにそんな力があるなど、だが、ロストロギアと呼ばれる得体の知れぬ宝石ならば、しかし、それならばなぜ? 自分の元へ、届かないのか、なぜ、どうして……そんな言葉の数々がプレシアの脳裏に走る。プレシアはフィリップのかざす手紙を確認する。知らない文字、この地球の文字だろう。だが、そのつたない文字は見おぼえがある。独特のはねや流しは確かにアリシアの文字のようにも見えた。だが、それで信じられるわけがない。だが、一度根付いた疑惑は払拭しきれない。

 もし、本当にその手紙が本物なら、今まで自分が行ってきた事は何だったのか。全てを犠牲にし、ただアリシアを蘇らせる為だけに今日までの時間を過ごしてきたというのに、その為にフェイトを作り出したのだ。それも全てはアリシアの為の犠牲なのだ。それを……アリシアが否定するはずがない。

 

「違うわ……そうよ、アリシアは私に優しいもの! アリシアは私の言う事を聞いてくれる! 我がままだけど、アリシアは! アリシアぁ!」

「か、母さん!」

 

 身を悶えさせながら絶叫を続け、そして血を吐くプレシアにフェイトが駆け寄る。だが、プレシアは無造作にデバイスを横に薙ぎ払い、フェイトを殴打する。突然の事に、身構える事も出来なかったフェイトはそのまま倒れ込む形となった。

 

「お前は私の娘じゃない! 偽物よ! その手紙も、依頼も、私の同情を誘うというの! いけない子だわ! フェイト、あなたが仕組んだことなんでしょう!」

「違う……違う! 母さん!」

「プレシア・テスタロッサ!」

 

 フェイトはただ首を横に振るだけだった。だが、プレシアの怒りは収まらない。両腕を広げ、今しがた奪い取ったジュエルシードをこれまでに集めたジュエルシードが彼女の周囲を漂う。ただ違うのは、そのジュエルシードたちが封印を施された青い結晶体ではなく、ドス黒く、鈍く輝いている事だった。

 

「何が……起こっている!?」

 

 事態の成り行きを見守っていたクロノだが、これは想定外の事であった。

 

『大変よクロノ君! ジュエルシードが暴走しかけてる!』

「なんだと!」

 

 プレシア・テスタロッサ程の魔導師が、いくらロストロギアとは言えジュエルシードの制御を失うというのか。クロノは無理をおしてでも事態を食い止めなければいけないと悟り、立ち上がろうとするが、悔しい事に体は言う事を聞いてはくれなかった。

 

「くそ! 止めるんだプレシア・テスタロッサ!」

『駄目! 止まらない……暴走のエネルギーが……』

『エイミィ!』

 

 割り込みをかけるのはリンディであった。彼女も単身庭園に乗り込み、崩壊を防いでいたのだが、事態の急変を察知していた。

 

『各員回収を急いで!』

『やってます! けど、暴走のエネルギーが邪魔をして……アースラにまで余波が……』

 

 そう叫ぶエイミィの背後からはけたたましくアラームが響いていた。

 

『なんて事……!』

「母さん!」

 

 その時、クロノは思わずリンディを役職名ではなく、プライベートでの呼び名で呼んだ。

 

「今はジュエルシードの封印を優先します! どっちにしろ、そうでもしないと終わりです!」

『クロノ……あなたまで失ったら私は……』

「死にませんよ。母さんを第二のプレシアにはしたくない」

 

 それだけを伝えると、遂には通信すらも取れないような程の影響が出ていた。

 暴走を続ける無数のジュエルシードはさらに共鳴を強め、プレシアの絶叫は今もなお続いていた。

 

「とは言ったものの……あれをどうするべきか……」

 

 クロノが見つめる先、またも想像を絶する事態が始まっていた。ジュエルシードの暴走はただのエネルギーの放出現象だけで終わるものではない。願いを叶える為にそのエネルギーは実体をもち、願いに突き動かされるようにして僅かながらに意思を持つ。

 それはプレシアであっても同様だった。本来ならば、暴走を引き起こしてもそれを制御するだけの力が彼女にはあったはずだ。だが、今の錯乱したプレシアにはそれを行うだけの平静は保てない。

 その瞬間、ジュエルシード全てのエネルギーがはじける。周囲の柱や岩を砕き、がれきを吹き飛ばしながら、プレシアとアリシアのシリンダーがあった場所には、巨大な黒い人型がうずくまっていた。人型ではあるが、人間ではない。全てから逃げるように塞ぎこむような格好だが、ただ一点、違うのは両腕だけは何かを大切に守っていた。アリシアであった。シリンダーから解放され、光輝く球体の中におさまったアリシアをプレシアが変異したジュエルシードモンスターは何もも寄せ付けないように大切に抱えていた。

 

「母さん……母さん!」

 

 その変貌を間近でみていたフェイトは何度も叫んだ。だが、今のプレシアにその言葉は届かない。もぞもぞとうごめく暴走体から魔力弾が放出される。

 

「フェイトぉ!」

 

 刹那、アルフがフェイトを抱きかかえ、直撃を避ける。

 

「アルフ……!」

「フェイト、せっかくここまで来たんだよ! ぼうっとしてないでさ!」

「アルフ……わかった!」

 

 フェイトにはアルフの言いたい事がなんとなく伝わっていた。今この場にいて、ジュエルシードを封印出来るのは自分しかいない。そして、母を救えるのは、自分しかいないという事を理解した。

 

「それに……母さんにはまだ言いたい事がたくさんある!」

 

 フェイトはバルディッシュを展開し、大鎌へと変形させる。

 

「待ってて母さん! 今助ける!」

 

 フェイトがバルディッシュを振るう。暴走体の表面に傷が出来るがすぐさまその傷はふさがり、体が震えると同時にフェイトの背丈と同じぐらいの魔力弾が発射される。

 

「うっ……!」

 

 それを難なく避けるフェイトだが、かすっただけでもその衝撃は凄まじい。何度も回避を続けていくが、次第にバランスが取れなくなり、タイミングがずれる。

 

「しまった!」

 

 眼前に魔力弾が迫る。バルディッシュに切り裂ければと思い、迎え撃とうとする次の瞬間であった。ピンクの光が頭上より飛来し、魔力弾をかき消した。ハッとなり見上げるフェイトはそこに、レイジングハートを構えたなのはの姿を認めた。傍らにはユーノがおり、ユーノは倒れるフィリップやクロノを回収、防衛に努めた。

 

「なのは、二人は僕が!」

「お願いユーノ君! フェイトちゃん!」

「なのは……」

 

 急ぎフェイトへと駆け寄るなのは。にっこりと笑い、フェイトの無事に安堵する。

 

「よかった! アースラとも連絡が取れなくなるし、嫌な魔力が感じるしで、心配してたけど……どこも怪我はない?」

「うん……平気……けど母さんが」

 

 二人の少女は暴走体へと視線を向ける。

 

「あれが……プレシアさん……そして……」

 

 なのはは暴走体が抱えるアリシアを視覚した。

 

「うん……アリシア……姉さん」

「助けなくっちゃね。こんな終わり方私嫌だもん」

「私もそう思う……言いたいことも言えないままじゃきっと後悔するから……だから、お願い母さんと姉さんを助けて!」

 

 その瞬間、暴走体の体から新たな魔力弾が発射される。二人はそれを避けようとするが、それよりも早く、

 

「ライダーキック!」

《ジョーカー! マキシマムドライブ!》

 

黒い影が魔力弾を消し去ったのだ。その影は地面へと降り立つとその姿を完全に表す。それは黒いボディに真っ赤な目を光らせた、ダブル、否、仮面ライダージョーカーの姿であった。

 

「どうやら遅刻せずに済んだみてぇだな……」

 

 ジョーカーから発せられる声はまさしく翔太郎の声だった。

 

「翔太郎さん!?」

「よぅ、待たせたな」

 

 ジョーカーは軽く手をあげて返事を返した。そんなジョーカーめがけて、暴走体は再度魔力弾を放つ。だが、ジョーカーは軽やかなステップを繰り返しながら、魔力弾を避け、時には受け流すようにして弾く。

 

「おぉっと! 手荒い歓迎だな……」

 

 最後の魔力弾を蹴り返しながら、ジョーカーは小さくため息をつく。

 もぞもぞと動きながら暴走体はジョーカーを見下ろす。表皮がざわざわと震えるのは怒りの現れか。そのこう着状態の間に、なのはとフェイトはジョーカーの傍まで降り立つ。

 

「ほ、本当に翔太郎さんなんですか?」

「ホレ! 足あんだろ!」

 

 ジョーカーはパンパンと足を叩く。

 

「けど、どうやって……外に落ちたら助からないってクロノ君が……」

「持つべきは相棒の発明品ってな」

 

 そう言ってジョーカーは腕に巻かれた時計をとんとんと叩く。それは腕時計型のガジェット『スパイダーショック』であった。蜘蛛を模したガジェットはその通りに強化ワイヤーを射出する事が可能である。翔太郎は崩壊の最中、このワイヤーで自身を釣りあげ、九死に一生を得たのであると説明した。

 

「まぁ、その時に気を失ってな。マジでヤバかったぜ……さて」

 

 ジョーカーはフィリップに駆け寄り、肩を貸して彼を立ち上がらせる。

 

「行けるか、フィリップ?」

「当然さ。まぁ君に言わせれば僕は無茶をする相棒だからね」

「へっ……んじゃ、始めようぜ。俺たちの依頼をよ!」

 

 ジョーカーはそう言って、変身を解き、ロストドライバーを外す。そしてダブルドライバーを取りだし、二人は各々のメモリを取りだし、構える。

 

《サイクロン・ジョーカー!》

 

『変身!』

 

 二人は同時にメモリをスロットへと挿入する。フィリップ側のサイクロンメモリは翔太郎側へと転送される。翔太郎はダブルドライバーを展開、その肉体をダブルへと変化させる。同時にフィリップの意識はダブルへと移り、その体は意識を失い倒れ込む。この時フィリップの体を受け止めたのはアルフであった。

 

「一体どういう体してんだ……」

 

 そんなアルフの感想を聞き流しながら、二人は一人の仮面ライダーダブルへと変身を遂げる。

 

『さぁ……プレシア・テスタロッサ……お前の罪を数えろ』

 

 ダブルはその指先を暴走体へと変貌を遂げたプレシアへと向ける。むろん、その返事は帰ってこない。だが、全身をざわめかせるその姿は怒りだ。自分に罪はないと言うように、全てを否定するように暴走体は無数の触手を展開し、ダブルたちを狙う。

 

「やらせない……母さん!」

 

 真っ先に動いたのはフェイトである。バルディッシュの金色の刃が触手を切り裂く。

 

「レイジングハート! フェイトちゃんに続くよ!」

 

 なのはもまた己の相棒と共に魔力砲をチャージ、暴走体の頭部へと狙いを定める。しかし、暴走体はその高エネルギー反応を見逃さない。触手の数を増やし、さらに魔力弾を一斉に発射する。

 

「やらせるかよ」

 

《ルナ・トリガー!》

 

 ダブルは両サイドのメモリを交換する。右側は金色のルナメモリ、左側は青色のトリガーメモリ、ダブルの射撃形態の一つ『ルナ・トリガー』であった。ダブルは胸に装着された専用銃『トリガーマグナム』を構えると、連射、無数の弾丸を打ち出す。弾丸はダブルの意志に従い、不規則な軌道を描きながら魔力弾を相殺していく。そして触手は先ほどと同じようにフェイトが切り払う。

 

「ディバインバスター!」

 

 同時にチャージの終了したなのはが得意の魔法を放つ。暴走体は障壁を展開するが、なのはもまた負けじと魔力を込め続けた。

 

『翔太郎、僕たちも押し込む!』

「OKだ!」

 

 そういってダブルはルナメモリをヒートメモリへと変更する。金色の半身が赤く変わる。『ヒート・トリガー』へと姿を変えたダブルはトリガーメモリをマグナムへと挿入する。

 

《トリガー! マキシマムドライブ!》

『トリガー! エクスプロージョン!』

 

 なのはの魔力砲と合わせるようにダブルから高温度の火炎放射が放出される。二つの高エネルギーに押し切られる形で障壁は砕かれ、暴走体はその身にピンクのエネルギーと赤い炎を受け、悲鳴のような、獣の叫び声のような轟音が発する。だが、全身を焼かれながらも暴走体の肉体は驚異的なスピードで再生していくのが見えた。

 

「みんな! あの暴走体はジュエルシードのエネルギーをぜいたくに使っている! ダメージの蓄積なんて考えてたらこっちが先に消耗するよ!」

 

 動けないフィリップとクロノの盾になりながらも暴走体を観察していたユーノが叫ぶ。

 

「どうすればいいの!」

 

 なのはは無数の魔力弾を一斉発射して暴走体を牽制する。

 

「変わらないよ、暴走体のコア、ジュエルシードを強制的に封印するんだ!」

「けど、ジュエルシードが見当たらない……!」

 

 フェイトの言う通り、真っ黒な暴走体の表面にはそれらしきものはどこにも見えなかった。さらに言えば高エネルギーの塊である暴走体が邪魔をしてか位置を特定することも難しかった。

 

「フィリップ! 検索でどうになんねぇのか!」

『不可能だね。ジュエルシード、及びジュエルシードモンスターに関する情報はまだ更新が追いついていない』

「くそ!」

 

 ダブルはヒートメモリをサイクロンメモリへと交換し、『サイクロン・トリガー』へと姿を変えていた。威力の低い弾丸は牽制である。しかし身軽になった体は暴走体の触手や魔力弾を次々と避けていった。だが、それもじり貧である事に代わりはなかった。

 

『……!』

 

 不意に、フィリップはこの場にいる者以外の声を聞いた。

 

『何だ……!?』

「フィリップどうした?」

 

 右半身の動きが鈍る。ダブルは翔太郎とフィリップの息が合わなければ満足に動けない。この時、フィリップはその幻聴のようなものに意識が向いてしまった。普段ならあり得ないことだった。

 

『……!』

『まただ……翔太郎、誰かが僕たちに語りかけている』

「何! 誰かって! 誰だ!」

 

 トリガーメモリをメタルメモリへと変更したダブルは『サイクロン・メタル』へと変化し、メタルシャフトで攻撃をしのいでいた。身動きが取れないからだ。

 

『駄目だ、聞き取れない! だが、確実に声はする!』

「そりゃいいが! 早くしねぇとやられちまうぞ!」

 

 フィリップもそれを理解している。兎に角思案を続けながらもフィリップは翔太郎と意識を合わせる。

 次第に、暴走体の傷は完全に癒え、勢いを取り戻す。更に攻撃の勢いは苛烈さを増していた。先ほどよりも俊敏になる触手と機敏に動く魔力弾を防ぐことが難しくなっていた。ダブルもなのはもフェイトも防戦へと移行していた。

 

「あの時みたいにジュエルシードを纏めて封印すれば……!」

 

 なのはが叫ぶ。

 

「駄目、ここじゃ庭園が崩壊する……! それにあのエネルギーじゃ防がれてしまう」

 

 だがフェイトはそれを却下する。効果的ではあるのだろがリスクを考えれば共倒れであった。

 

『翔太郎、一か八かだ。エクストリームで行こう!』

「エクストリーム!?」

 

 翔太郎はフィリップの考えが分からなかった。だが、無駄な事をする男ではない事を信じていた。そうなれば行動は早い。ダブルは『サイクロン・ジョーカー』へと姿を戻すと、『エクストリームメモリ』を呼び寄せる。エクストリームメモリは通常のメモリとは違い、鳥型のガジェットであった。鳥の鳴き声と共にエクストリームメモリが飛来する。エクストリームメモリはまずフィリップの肉体をその身に宿し、なのはやフェイトに迫る触手や魔力弾を弾きながら、ダブルの元まで飛翔する。

 

《エクストリーム!》

 

 エクストリームメモリはサイクロン、ジョーカー両メモリを吸収、ベルトへと装填される。ダブルはそれを確認するとエクストリームメモリを左右へ広げる。瞬間、ダブルの体がまばゆい光に包まれる。

 

『はぁぁぁぁ!』

 

 ダブルは自身の中央部分を開け、そのクリスタルサーバーと呼ばれる部位を出現させる。全身もその細部は変化し、頭部はXのようにも見えた。これぞ、仮面ライダーダブル・サイクロンジョーカー・エクストリームである。翔太郎とフィリップが完全に一体化し、その戦闘能力は大幅に向上する。ダブル最強の形態であった。

 だが、ダブルは攻勢に出なかった。変身を遂げたというのにその体は身動き一つしないのだ。

 

「翔太郎さん! フィリップさん!」

 

 触手をよけながらなのはが呼びかけるが反応は帰ってこなかった。

 

「なんだ、失敗でもしたのか!」

 

 クロノもそれが異常なのではないかと疑う。

 

「分からない、けどこのままじゃ!」

 

 ユーノは動かないダブルを援護しようとするが、暴走体もその状況に目ざとくも気が付いたのか今まで眼中にもなかったユーノたちへも攻撃を仕掛ける。

 

「あたしに任せろ!」

 

 だが、その中を駆け抜けるのはアルフであった。狼の姿へと戻ったアルフは一気にダブルの元へと駆け寄り、咆哮と共にシールドを展開した。

 

「そんなに仰々しく出てきてさ! 木偶の坊のままってわけじゃないんだろ!」

 

 アルフはそんな文句を言ってやった。

 だが、ダブルは……

 

 

 

 CJXへの変身を遂げた翔太郎とフィリップの意識は外にはなかった。CJXのクリスタルサーバーが直結する巨大なデータベース『地球』にその意識は存在していた。

 

「これは……

 

 翔太郎の意識が周囲の状況に気が付く。時の庭園の中にいない事はすぐにわかったが、それよりもなぜここにいるのかが分からなかった。

 

「翔太郎……彼女を」

 

 すぐ傍にフィリップの意識が出現する。促されるように翔太郎はフィリップと共に意識を向ける。そこには小さな女の子が立っていた。その姿はフェイトと瓜二つ、そう、彼女はアリシアであった。地球と直結した二人は彼女が名乗りでなくてもそれを一瞬で理解するにいたった。

 アリシアははかなげに笑みを浮かべ、二人の後ろを指差す。二人が振りむいた先には現実世界での戦闘が映し出されていた。アリシアの指先はその映像の中、暴走体を指していた。そして、映像が縮小され、映し出されるのは、暴走体に抱かれるアリシア自身の姿であった。

 

「そうか……そういう事か」

 

 翔太郎は帽子を深くかぶるようなしぐさをして、全てを理解した。アリシアの意図を、そして願いを。

 

「後は任せてくれアリシア・テスタロッサ。君の願いは必ず俺たちが……」

「行こう、翔太郎……! この不幸の連鎖を僕たちが断ち切るんだ!」

 

 二人の意識は地球を飛び超えて、ダブルへと戻っていく。アリシアはそんな二人をただ見送り続けていた。

 そして、ダブルは……その二つの目を輝かせ、覚醒する。

 

『うおぉぉぉぉ!』

 

 ダブルは気合いを入れるように叫ぶと、専用の武器『プリズムビッカー』を取りだす。

 

『翔太郎、狙いはただ一点だ!』

「任せろ! なのは、フェイト!」

 

 ダブルはプリズムビッカーをプリズムソード、ビッカーシールドへと分離させ、駆けだす。

 

「俺たちが一撃かましたら封印をしろ!」

「え、えぇ! いきなりどうして!」

 

 ダブルはなのはの疑問に答えるまでもなく、暴走体へと肉薄していた。

 

『時間がない。この空間の崩壊も早い。それまでに決着をつける。それが、僕たちの依頼の終わり、そしてアリシアの願いが叶う時だ!』

「アリシア……姉さんの……」

 

 先に動いたのはフェイトであった。フェイトはなのはの隣へと移動するとバルディッシュを封印形態へと変形させる。

 

「やろう、なのは……きっとそれが最善なんだと思う」

「フェイトちゃん……うん!」

 

 なのはも決心を固めた。

 ダブルはプリズムソードを振るい、触手と魔力弾を切り裂き、暴走体の真正面へとたどり着く。だが、立ち止まる事はせずビッカーシールドにサイクロン、ヒート、ルナ、ジョーカーの四つのメモリを挿入する。それぞれのマキシマムドライブが発動し、ダブルはシールドを投擲する。ダブルを取り囲もうとしていた触手がそれに切り裂かれる。ダブルは戻ってくるシールドの上に飛び乗ると、プリズムソードへとプリズムメモリを差し込む。

 

『ビッカーチャージブレイク!』

 

 プリズムメモリの力により、ソードへと収束したメモリのエネルギーを纏い、その輝く刃がたやすく障壁を砕き、暴走体の頭頂部から切り裂いていく。そして、その暴走体の中央部分、アリシアの眠る場所まで刃が届く。

 

『今だ! アリシアを!』

「うおぉぉぉぉ!」

 

 ダブルはプリズムソードの刃を返し、アリシアを暴走体から抉り取るようにすくいだす。アリシアの眠る光球が暴走体から離れていく。轟音を立てながら、暴走体はアリシアへと手を伸ばす。だが、その肉体は崩壊を始めていた。

 

「暴走体が……まさか!」

 

 その瞬間、ユーノは理解した。暴走体のコアはアリシアなのだと。

 

『なのは! フェイト!』

 

 ダブルが叫ぶ。

 

「やめろぉぉぉ!」

 

 崩壊する暴走体の内部からプレシアの絶叫が響く。だが、既になのはとフェイトのチャージは終了していた。

 

「娘を救う事が罪なの!? 娘を愛する事が罪だと言うの!」

 

 それは母の嘆きであると同時にこの世界全てに向けられた怨嗟でもあった。プレシアはその全てを吐きだそうとしていた。

 

「私は! アリシアを!」

『もう止めて……お母さん!』

「……!」

 

 瞬間、なのはとフェイトの魔法が放たれる。暴走体のコアであるアリシアを包み込み、ジュエルシードがその活動を停止していく。その閃光の中、プレシアは確かに、アリシアの声を聞いた。

 光が広がる。それは通信が途絶していたアースラでも確認されていた。膨大なエネルギーの奔流が艦体を揺らす。

 

「クロノ君たちは……!」

 

 エイミィはその光が暖かなものであることを感じてはいたが、それでも庭園内部に残っている仲間が気がかりであった。

 そして、光は遂には時の庭園を包み込む。

 

 

 

 その空間は非常に安定していた。光の中だ。その中には茫然と流れるプレシアの姿があった。力を使い果たし、自身のデバイスは砕け、プレシアはただ光の中を漂っていた。

 ふと、周囲に気配を感じる。そこにいたのは二人の少女だった。他人が見れば見分けがつかないような、そっくりの少女が二人。だが、プレシアには直ぐにどちらかが分かった。

 

「あぁ……右がアリシアね……やんちゃな目で直ぐにわかった……そして、フェイト……優しい目……」

 

 プレシアは二人の娘の頬を撫でる。

 

「母さん……」

 

 声を発したのはフェイトだけであった。アリシアは笑顔を向けてくれるが、言葉を発する事が出来なかった。既に死したアリシアには今この場に姿を現す事だけで精いっぱいなのだろう。だが、それでもアリシアは母プレシアの手と妹フェイトの手を握った。

 

「姉さん……姉さん!」

 

 アリシアの温かさがフェイトにも伝わった。

 

「プレシア……」

 

 いつの間にか彼女たちの傍には翔太郎とフィリップがいた。

 

「あなた達は……探偵だったわね……ねぇ聞かせて頂戴……私は、私の罪は……」

「プレシア……娘を、家族を思う気持ちは決して罪何かじゃない。だが、あんたは……」

 

 翔太郎の言葉をみなまで聞かずともプレシアには分かっていたのだ。

 

「頑なに心を閉ざして、娘たちからも逃げていた……それが私の罪なのね……」

 

 全てを理解したプレシアの表情は穏やかなものだった。

 

「私っていつもそうなのよ……いつも気が付くのが遅いの……そして自分勝手……」

 

 まるで世間話をするみたいにプレシアは笑った。笑って、二人の娘を抱きしめた。

 

「けど……けど、今わかった気がする……だけどこれも自分勝手よね……今更だわ」

「今更なんかじゃない。プレシア・テスタロッサ、あなた達は……やっと迷子から解放されたんだ。長い迷子の先を超えて、やっと家族になれた」

 

 フィリップは自嘲をするプレシアをたしなめるようにいった。

 

「やっと家族に……そうね……私たち、家族に……」

 

 そういうプレシアの声色はかすれていく。次第に娘を抱きしめる腕の力も弱くなっていった。それには、その場にいる全員が気づいていた。プレシアはなぜだか涙が止まらなかった。

 

「本当に……遅いわ……もう……全てが終わる」

「ううん……」

 

 プレシアの手を握り返しながら、フェイトが首を横に振る。涙があふれて止まらない。みっともないくらいに目を真っ赤にしながらも、おえつが止まらないままでも、フェイトは何度も「違うよ」と言い続けた。

 

「今から始まるんだよ。私たちが……家族が!」

 

 その言葉を聞いたプレシアは暖かな笑顔を見せた。

 

 

 

 鳴海亜樹子はぷりぷりと怒っていた。だが口にするケーキの美味しさには笑顔を見せると言う高度なテクニックを披露していた。翠屋と書かれたケーキのはこの中身は一瞬にして亜樹子の胃袋の中へと収まっていったのだった。取りあえず、亜樹子はそれで今回の報酬がゼロだった事を帳消しにした。ルンルン気分でケーキを頬張り、至福の時を享受していた。フィリップはそんな亜樹子のなんとも言えない奇妙な変化を興味深く観察しては「興味深いねぇ」と呟いていた。

 そんな賑やかな二人を尻目に、翔太郎は事件の報告書をタイプライターで打ち込んでいた。

 あの後、時の庭園は崩壊し、脱出が不可能となっていたはずの面々はどういうわけか、海鳴の海岸へと打ち上げられていた。そこにはプレシアとアリシアの姿はなかった。暫くは茫然としていた面々だが、すぐにアースラに回収された。怪我を負っていたクロノとフィリップはそのまま医務室へ直行させられたのだが、エイミィがクロノに抱きつき泣き叫んでしまうというちょっとした事件が起きた。それでクロノの怪我の回復がほんの少し遅れたとか。

 フェイトは、一応裁判という処置がとられるが、事情もあり、アースラの面々が全面的に協力することで、寛大な処置がとられる事だろうとリンディが太鼓判を押した。「少し裏技を使うかも」などと悪戯っぽく笑みを浮かべるリンディだったが、それを見た翔太郎は呆れつつも心配はいらないと判断した。必要以上に包帯を巻かれたクロノはいつも以上に真面目な声で「僕たちはそこまで冷酷な組織じゃない。事情は考慮する」と付け加えた。

 そしてアースラの面々は暫くこの地球へと滞在することとなった。次元振の影響が出たのか、彼らの世界へと戻る為の航路が安定しないという事らしい。そんなことで、ユーノはまた暫くなのはの家に世話になるようだった。翔太郎たちと出会う前から、そのようにしていたのだという。

 そして、翔太郎とフィリップは、挨拶を済ませてすぐに風都へと戻った。名残惜しいという感情もあったが、風都を開けすぎたのでは、風都の悲しみをぬぐう二色のハンカチの異名が泣く。なんて事を翔太郎が格好をつけていうものだから、フィリップが茶化してまた騒動が起こる。そんなこんなで帰路に着く二人だが、その前に翠屋へと寄って行く事にした。報酬がゼロなのだから何とかして亜樹子の機嫌を取らなければならないからだ。結果は成功である。

 そして……

 

『……小さな女の子の想いが頑なな母親と妹の気持ちをつなぎとめた。残された時間は少なかったが、手遅れではなかった。迷子の女の子は愛する母親の元へと帰る事が出来たのだ。一人の女の子のたった一つの願いは叶えられた。青い宝石が見せた最後の奇跡、それが彼女の未来に繋がる事を祈るばかりである』

 

 タイプライターを打ち終えた翔太郎はコーヒーを一口。

 すると、誰かが突然、ドアを叩く。新たな事件の予感だった。翔太郎は帽子をかぶりなおし、フィリップは本を片手に、亜樹子は騒がしくも返事を返しながらドアを開けた。

 また風都に風が吹いた。それは、いつもの事だった。

 




少し詰め込みすぎたかな?


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