生かす価値の無い世界 (らっきー(16代目))
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生かす価値の無い世界

死は救済


 その白と赤の特徴的な髪色の女の子を見て、ようやく私は自分がワンピースの世界に生きていることを認識した。

 

 モンキー・D・シトリー。この世界での私の名前である。この時点で気づかなかったのは大間抜けのアホバカ女と罵倒されても何も反論ができないのだけど、忘れていたものは忘れていたのだから仕方ないと許してほしい。

 

 私のことは一旦置いておいて、ウタの話をしよう。

 彼女は劇場版ワンピースで出てきたキャラで、シャンクスの実質的な娘でルフィの幼馴染だ。シャンクスがフーシャ村に居た頃に連れていてルフィと仲良くなり、しかし古代兵器(ではないんだっけ?)トットムジカが余計なことをしてくれやがったせいで離ればなれになってしまう。

 

 彼女の一番の特徴はその名前通り歌だ。ルフィやシャンクスと別れて十数年後、その歌を世界に発信することで救世主としての役割を大衆に押し付けられ、なまじそれができるだけの能力を持っていたから背負い込んでしまい……というのが映画の導入になるぐらいには歌が上手い。

 だがまあそこはどうでもいい。いや彼女の魅力だからどうでもよくは無いのだけど、もっと重大なことがある。

 

 映画を見た人なら同じショックを受けたことだろうと思う、ウタの最期だ。

 巻き込んだ民衆を助けるため……というより、赤髪海賊団の一員だと胸を張って言えるようになるため。一連の騒動の責任をとって映画は終わる。彼女自身の命と引き換えに。

 

 自分のやったことに責任を、と言えば至極まっとうなことだとは思う。思うけど、ウタに生きてて欲しかったとはきっとみんなが思ったことだろう。ルウタは人気コンテンツになってるし。

 

 ……ウタをなんとか救う方法はないだろうか。ルフィに血のつながった兄弟なんて居なかったはずだし、きっと私はイレギュラーだ。だったら原作知識でチートというのがベタな展開のはず。これから起きることを知っているのだから動きやすい……というのは願望混じり。

 

 例えば一つ。エレジアに行くのを止めればトットムジカの悲劇は起きなくなる。実に簡単な話……と言うには方法が思いつかないけど。ウタはシャンクスが航海すれば絶対に付いていくだろうし、シャンクスの行動を子供一人の意見で変えられるとも思えない。お爺ちゃん──ガープさんにエレジアに行ってもらえば……だめだ、赤髪海賊団と争ったらどうなるのか予想できない。下手したらゴムゴムの実の強奪すら起きなくなりそう。

 

 二つ目。エレジア置き去りから映画開始までの間のどこかでウタに会いに行く。身近に(罪悪感と使命感と音楽への愛で雁字搦めの)ゴードンさん以外に誰もいなかったからあんな極端な行動に出たというのもあるはず。今のうちから仲良くなっておいて会いに行けばもっと違う人生もあるんじゃないだろうか。

 問題点はエレジアにたどり着く方法かな。ログの辿り方は分からないから、あてずっぽうと直感で航海するか、海軍にでも入るかが選択肢になる。ルフィに付いて行ってそれとなく誘導するのもアリかもしれない。

 

 他にもいくつか方法はあるのだろうけど、何をするにしても実力が必要だ。理想を言えばトットムジカを止められるぐらい。映画のアレはトットムジカの活動時間が長すぎたせいだったはず。尤も、止めようとしたら四皇級の強さが必要になるけど。それはまあ極端にしても、新世界で通用するぐらいには強くなっておかないとエレジア……グランドラインに行けなくなる。

 

 以上、整理すると別れるまでにとにかくウタと仲良くなって、そこから例の事件が起きるまで鍛え続ける。ウタを死なせない為に。

 

 

 

 仲良くなるのは難しい話ではなかった。ルフィと一緒に居れば自然と話すようになれたし、同性でルフィよりちょっとだけお姉さんな私はウタにも気に入られやすかったらしい。

 勝負はもっぱらルフィをご指名するけど、シャンクスが次の出航の準備をしていたりで忙しいときなんかは私に構えと要求してくる。

 

 ナイショの話と銘打ってシャンクスのあれこれを話してくるのは、ませてるなとは思いつつも微笑ましくもある。確かにあのむさくるしい中で恋バナができる人は……一応ヤソップが既婚者か。じゃあ居ないな。

 

 そんな日々を送れば審判やら何やらでルフィとウタの勝負に呼ばれることも増えた。そうすれば当然──

 

「よう、シトリー。今日の二人は何で勝負してるんだ?」

 

「シャンクス。いつもの度胸試しらしいよ。多分、夜食がてらに」

 

「「シトリー! 合図ー!!」」

 

 はいはいと要望に応えてからシャンクスの方に向き直る。優しい顔で二人を見ている姿は様になっていて、確かにこれは惚れこむなと納得。声もいいし。俺はパーを出したぞって言ってくんないかな。

 

「いつもありがとうな。ウタの面倒見てくれて」

 

「……お姉ちゃんだから。でも、ウタはシャンクスが遊んでくれた方が喜ぶと思う」

 

「そんなことないさ。あれで、船の上ではお前らの話ばっかなんだぜ?」

 

 気を使ってくれてるのか、本当なのか。いやルフィのことは話してそうだけど。なんて話してるのか……は流石に教えてくれないかな。

 

「なあ、シトリー。ウタのことなんだが……」

 

「?」

 

「俺達と……海賊と一緒に居るのと、どこかで落ち着くの。どっちがウタのためになると思う?」

 

 これは、次の航海でエレジアに行くのだろうか? もしそうなら、ここで選択肢が一つ。トットムジカの件を伝えるかどうか。

 信じてもらえるかはこの際考えないことにする。未来視がある世界であるのだから何とかなるのではないだろうか。ウタの安全に関わる話だし。

 

 利点は、上手くいけばウタにまつわる悲劇を全部なかったことにできること。そもそもエレジアが滅びなければ、きっと赤髪海賊団の音楽家になって旅をしていただろう。この上ないハッピーエンドだ。

 問題はトットムジカの挙動が分からないこと。下手したらエレジアに行くだけでも取りつかれそうな気がする。そうならなかったとしても未来のどこかで湧いてきそうだ。ゴードンさんに燃やしてもらうぐらいしか正直対策は思いつかない。

 

 だから、挙動を確定させるためには放置してしまった方がいいのかもしれない。悪化する可能性と知ってる悲劇を天秤にかけるのはとても嫌なものだけど。

 

「シトリー?」

 

 思考に夢中になっていたのを不審に思われたらしい怪訝な声に、内心慌てながら取り繕う。

 

「あ……ええと、シャンクスと一緒に居た方がいいかってことだよね? 私はその方が良いと思うけど……結局は、ウタがどうしたいかじゃない?」

 

 子供の言葉だし、ありきたりなことでしかないのに、それでも耳を傾けてくれるあたり、本当にどうするべきか悩んでるんだろうな。確かに海賊は胸を張れる職業ではないけれど。

 

「幸せに決まった形なんて無いから。シャンクスも難しく考えないで、ウタとどうしたいかを二人で考えたら──わっ」

 

 ありきたりなこととはいえ割としっかり考えながら話していたのに、頭に置かれた手に邪魔された。そのままわしゃわしゃと撫で回され、それ以上は何も言わせてもらえなかった。

 

「全く。お前本当にガキか? 大人より大人みたいな事いいやがって」

 

「そんな大したこと──」

 

「あー! シャンクスといちゃいちゃしてるー!」

 

「ずるいぞー!」

 

 勝負はどうしたんだ二人とも。子供の興味の移り変わりの速さって凄いな……というか、別にいちゃいちゃしてないし。そんな私の困惑をよそにルフィもウタもシャンクスに絡んでいる。慕われてるな。

 

 その後はいつも通りというか、みんなでウタの歌を聞いて、疲れて眠ってしまったら海賊らしく大騒ぎ。ウタはともかくとして赤髪海賊団の面々も意外に歌が上手なんだよね。漫画でルフィが言ってた海賊は歌うってやつ、案外真実なのかも。

 

 ……ああ。未来の記憶だとかなんだとか、そんなもの全部私の妄想で。この時間が、この関係が、永遠に続けばいいのに。

 

 

 

 



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2話

 異様な雰囲気を漂わせながら帰ってきた赤髪海賊団の姿を見て、映画のようにエレジアでトットムジカが起動したのだろうと察した。

 私はまあ知っていたからそこまでショックは受けていないのだけど、シャンクスと……それ以上にルフィは見ている方が辛くなるぐらい落ち込んでいた。

 

 ルフィは肝心なところには鋭いタイプだから、何かしらあったのは言われずともなんとなく察しているだろう。死んだわけじゃないとはいえ……死んでないよね? 一応シャンクスは生きてはいそうな口ぶりだったけど、子供に気を使っているだけだったらどうしよう。

 

 ……と、まあそんなことを考えてもどうしようもない。そもそも映画通りになってくれなければ救うも何もないことだし。信じるしかない。それより今は──

 

「シトリー……ウタ、元気かなぁ……」

 

「私たちには分かんないよ。子供だからって詳しくは誰も教えてくれないし」

 

 これはちょっとだけ嘘。エレジアが赤髪海賊団に滅ぼされたというのは新聞に載っていたから私は知っている。ルフィは新聞を読むようなタイプじゃないし、大人たちは事件について口にしようとはしないから知らないだろうけど。

 

「シトリーは、居なくなんないよな?」

 

「……当たり前でしょ。私はお姉ちゃんなんだから」

 

 これも、嘘になるかも。情報を得たり強くなったりを目当てにするなら海賊より海軍に行った方が良さそうだし。そうなるとガープさんに着いていかなきゃいけなくなるから……本当に嘘になりそう。

 

 漫画だと確かこの後ゴムゴムの実を食べてシャンクス達と別れて、エースとサボと出会うんだよね? じゃあ平気かな……? お兄ちゃんが出来てくれるわけだし。サボのトラウマが刻まれるからあんまり良いイベントじゃないけど。というか改めて考えると悲惨な幼少期だなルフィ。

 

「ルフィ。負けないでね」

 

「何に?」

 

「……なんだろ? 世界? ごめん、意味わかんないよね」

 

 主人公だし乗り越えてくれるだろうという気持ちと、そうはいっても子供が体験していいことじゃないだろうという気持ちが両立して、変なことを口にしていた。それでも何か伝わったものはあったようで、戸惑いつつもうなずいてくれた。

 

 ……それからすぐに、度胸の証明として自分の顔にナイフを刺したのは私のせいかと焦ったけど。

 

 

 

 顔にナイフ、悪魔の実、56皇殺しヒグマ。とうとうワンピースという物語の始まりだ。

 ヒグマに喧嘩を売るのを止めたらシャンクスが隻腕になるのを止められたりするのだろうか? 幼いルフィが自分の無力さと海の恐ろしさを知る大切なイベントだから消すわけにはいかないけど。でも将来的に樽で漂流するんだよね。やっぱり海舐めてない? 

 ゴム人間になってすぐは落ち込んでたくせに、今はそれを楽しんでるあたり切り替えが早いだけなのかな。いや、本気で何も考えてないだけかも。

 

 閑話休題。

 

 余計なことはしない。正直ルフィが甚振られているところ……というか原因をつくるところ? に居合わせて知らんぷりしていられる自信は無いから、そもそも違うところに居ることにしようと思う。

 

 ということでシャンクスが酒をかけられた後の船出から帰ってきた日。ルフィにも伝えたけど見損なったからって来る気は無いらしい。何を意地張ってるのやら……まあ、男の子だからかな。

 

 港に行けば既に赤髪海賊団は帰ってきていて、荷物を降ろしたり物の確認をしていたりと忙しそうにしていた。

 

「シャンクス、ルフィ来ないってさ。あれからずっと拗ねちゃってて」

 

「……そうか。まあ、海賊なんてそんなものさ。いろんなところで嫌われてきたもんだ」

 

「寂しい?」

 

「馬鹿言え」

 

「大丈夫だよ、どうせ来るだろうから」

 

「寂しくねえって言ってるだろうが」

 

 まあ山賊とやり合うから来れないんだけど。今もソワソワしてるし、どうせ様子を見に行くんだろうな。山賊の諸々が起きなかったとしても。

 

「それにしてもお前、最後まで船に乗せろって言わなかったな」

 

「そうだっけ? でもどうせ乗せてくれないんでしょ?」

 

 まあな、との回答にはじゃあ聞くなよとも思うのだけど、ルフィのあの様子と比べたら確かに可愛げはないのかも。

 

「それに私、ルフィと違って海賊になるって決めてるわけじゃないし」

 

「そうなのか? アイツはもうその気だったみたいだが」

 

 初めて知ったんだけどそれ。そういえばエース達とも船長被りしなければ一緒に行くつもりだったんだっけ? 

 ルフィの旅路、RTAって言われてる通り少しずれたら一大事になるようなことばっかりだから怖いんだよね。ウタの情報が入っても行くどころじゃなくなってる気がする。元気だって分かったからいい、とか言ってルフィは向かわなそうだし。麦わらの一味に会ってみたくはあるんだけど。

 

「まあなんとかなるよ、多分。それより──」

 

「シャンクスさん! 大変なんです!」

 

 あれはフーシャ村の……名前なんだっけ? とりあえず村人Aだ。

 彼曰く、以前酒場に来ていた山賊達とルフィが喧嘩して──と、要は漫画の通りになっている。

 

「助けてくれるの?」

 

「当たり前だろ? 友達の為だからな」

 

 いつもの軽口のような調子で、でも殺気すら滲ませながらそんなことを言うシャンクスの姿はとてもカッコよくて。危うく惚れるところだ。今なら子供のスキンシップってことである程度許されないかな。

 

 

 

 ……山賊のところに割り込んだところまでは鮮やかだったけど、案の定と言っていいのかヒグマに煙幕で撒かれて慌てていた。トットムジカとやりあえるシャンクスから逃げられるヒグマ、この二人が揃っていればトットムジカ倒せたりしないかな。

 

 そんな馬鹿なことを考えているうちにルフィを助けに海に向かって、しばらく待てば片腕を失くした姿で戻ってきた。

 慌てふためく海賊団の面々をよそに満足そうな顔を浮かべているシャンクス。なんであんなに平然としていられるのか。他人事で、しかも知っていた私でもだいぶキツイのに。

 

 もっと出航を延期しても良かったと思うのだけど、まあゴムゴムの実の確保にも成功(失敗?)したし東の海に居る理由も無くなったのだろう。ルフィに麦わら帽子を託してフーシャ村から出て行った。

 私には何も無いの? って聞いてみたら少し慌てていたのは面白かったけど、あんまり詰め寄ると周りの海賊団の面々の悪ノリが酷くなりそうだから程々にしておく。

 

 この一件以来、少しルフィが大人になった気がする。まあ成長しても根っこのところは子供っぽいから結局今はそれ以上だけど、マシになった……なってるよね? いや、大人びた枯れたルフィとか見たくないけど。

 

 それはさておき。シャンクス達と入れ替わるようにしてお爺ちゃん……ガープさんがフーシャ村に帰ってきた。

 

 相変わらず海兵になれ海兵になれと鉄拳による教育を施してくる。そんな教育方法だからルフィが(ついでにエースも)海兵になってくれなかったんじゃないかと思うんだけど、まあワンピース世界は強くないと何もできないから仕方ないところもある。結局気質的に海兵は向いて無さそうではあるのだけど。

 

 でもルフィはともかくとしてエースは海兵になった方が幸せだったんじゃないかとも思うんだよね。愛されたい、誰かに必要とされたいっていうなら海賊よりは海兵の方が簡単そうだし。自由は無さそうだけど。ガープさんの権力と本人の意向が重なれば流石に海兵を即処刑とかしないだろうし。

 そういえば多分もうエースはダダンのところに居るんだよね。ちょっと会ってみたいな。でも……

 

「ねえお爺ちゃん。私、海兵になるよ」

 

 ルフィが居ない時にこっそりと伝えてみる。私の言葉を聞いたお爺ちゃんは感涙にむせび泣く……なんてことはなく、私の正気を疑ってきた。解せぬ。そんなに海賊になりたそうだと思われてたのかな……? 

 

「本当にいいんだな?」

 

「ん。私、お爺ちゃんみたいに強い海兵になりたい」

 

 私の言葉を聞いて、そうか……としばらく考えこんだあと、漫画のように大笑いしていた。

 

「よし! ならばわしが世界で一番強い海兵にしてやる!」

 

「え、いや、そこまでは──」

 

「構えろ!」

 

 いくら手加減されたところで子供が海軍の英雄に太刀打ちできるはずもなく、今まで以上にボコボコにされた。女の子なのに容赦がなさすぎる。愛が重いよ。

 

 海兵になる宣言をして以来、その辺の山に放り出されたり風船にくくりつけて飛ばされたりすることは無くなったのだけど、代わりに海軍基地に訓練と称して連れていかれるようになった。

 まあでも東の海の支部ならガープさんの訓練よりマシだろう、なんて甘く考えていたのだけど、結局基地の海兵さんじゃなくてガープさんと部下の皆様に鍛えられることになったから関係なかった。

 

 ……海賊ではないけれど。海に出るという目的をルフィより先に叶えてしまったわけだけど、大丈夫かな。嫌われてないかな。

 羨ましがりはしても悪感情を持つタイプじゃないとは思う。でも予想であって確信じゃない。

 

 と、そんなことを考えてしまうせいで、折角フーシャ村に帰ってきたのにいまいちルフィと顔を合わせにくい。ガープさんがダダンのところに行く以上ついていかないわけにもいかないんだけど。何かしら行かない理由が思いつけば別だろうけど、生憎そんなものはないし。

 

 私がいくらうじうじしていようとそんなの考えてくれるはずもなく、何も思いつかないままルフィ達が暮らしている山まで着いてしまった。

 なんて声をかければいいのだろう? 先海行っちゃったとでも……自慢か? 今どんな生活なのか……タイミングによっては地雷踏みそう。うーん、どうし──

 

「シトリー!!」

 

「お゛ふっ」

 

 凄い声でた。不意打ちでルフィに飛びつかれたから。鍛えてなかったら吹っ飛んでたかもしれない。

 

 悶えてる間にも何か言って来てるのだけど、涙の圧が凄くて正直何を言ってるのかが分からない。久しぶりだなぁぐらいがギリギリで解読できた範囲。私も嬉しくはあるけど、ここまで思いっきり感情表現は出来ないな流石に。

 

「ルフィ! お前いきなりどこに……誰だその女」

 

「あ、どうも……」

 

 後ろから知らない子供が姿を現した。多分……いや、確実にエースだ。

 

「ルフィ、ルフィ。あの子誰?」

 

「兄ちゃん……」

 

 もう義兄弟になっているのか。この辺の時系列どうなんだっけ……サボはまだ生きて、じゃなくて、別れてないのかな。聞き出すわけにもいかないし別に何か介入するつもりも無いから分からなくてもいいんだけど。

 

「えーと、ルフィの姉のシトリーです。兄ちゃんってのは……?」

 

「知らないのか? 盃を交わすと兄弟になれるんだ。……にしても、あんたがルフィの言ってた姉ちゃんか」

 

 私の事一応話しててくれたんだ、ってのはちょっと失礼かな。でも姉がいるって知ってるってことは四兄弟として──

 

「言っとくが、俺はルフィの兄弟であってお前は関係ないからな!」

 

 そんなことはなかった。そういえばこの頃人間不信の絶頂期か。……犬が吠えるのと同じで警戒心と威嚇が目的の悪態だろうから別に腹も立たないけど、悪戯心は刺激される。ポロポロと涙を零してやれば、分かりやすすぎる程に狼狽していた。

 

「る、ルフィ……このひと……こわいよ……!」

 

「な……! いや、俺は……!」

 

 ついでにルフィもすごい顔をしている。泣き顔なんて見せたこと無かったもんね。騙されやすいから嘘だとも気づいてないだろうし。

 慌てている姿を見ているのは愉快だけど、さっさとネタばらしして終わりにしないと──

 

「何を泣かせておるかぁ!」

 

 こうやってガープさんが帰ってきちゃう。厳しいけど善人という言葉が相応しい人だから、女子供を泣かせる相手には厳しいのだ。

 

「それと……海兵になる者が泣くでないわ!」

 

 視界に火花が散った。善人だけど愛が痛いんだよね……結論、仲良く3人でタンコブを作って、そのままガープさんとの組手に突入した。させられた。同じ苦労を味わったおかげでエースの態度が軟化したから良かった……とでも思っておこう。そう思わないとやってられないぐらいにはキツい。

 

 グランドラインの本部に連れていかれて海兵と訓練するのと(ゼファー先生はともかく、暇そうだったからと大将を連れてくるのはどう考えてもおかしい)ガープさんに殴られ続けるの(少しは手加減して欲しい。してこれか?)どっちがマシなんだろうか。どのみち両方やらされているから関係ないんだけど。

 

 それでも、強くなりたいわけがあるから我慢できる。ウタの助けになりたい。ルフィに力を貸せるようになりたい。縁が出来てしまったし、エースも何とかしてあげたい。

 別に誰も彼も助けたいなんてお人好しじゃないけれど、仲良くなった人ぐらいはと思うのも人間の性だから。

 

 

 



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3話

「お嬢ちゃん。今度は誰とやり合ったんだ?」

 

「あ、クザンさん。今日はボルサリーノさんに……」

 

 大将との組手(本当にどうやって取り付けてるんだろうガープさん。弱みでも握ってるの?)でボコボコにされて(あくまで訓練として)ぐでっとしていたところに声をかけられた。初めのころはこうして道端で行き倒れているとギョッとされたものだけど、今はもう憐みの目で見られるぐらいになった。別に大怪我してるわけでもないし。死ぬほど疲れてるしある程度はボコられたけど。

 

「光の速さに追い付けって無茶だと思いません……? 私、普通の人間なんですけど……」

 

「あー……まあ、あの爺さんは自分を基準にするからな……」

 

 いくらガープさんでもピカピカの実には追い付け……どうしよう。追い付けそうな気がする。なんか平然と回り込んでふんっ! て殴り飛ばしそう。

 

「ところでクザンさんは何を?」

 

「疲れたから休憩」

 

「一緒に連れてって欲しいんですけど……そんな嫌そうな顔するのは酷くないです?」

 

 ベッドなんて贅沢は言わないからせめてソファとかで寝たい。床で寝るのは流石に痛いから。

 ……こういう時、子供というのは便利だ。なにせあのだらけきった青キジでさえ心底面倒くさそうにしながらも担ぎあげてくれるのだから。使えるうちにこの特権を使わせてもらうとしよう。

 

「あ~ひんやりする~」

 

 疲れた体にヒエヒエが心地いい。デカいからまず落ちる心配もないし。代わりに高い分下を見た時にちょっとした怖さがあるけど。落とされないと信頼しているのとは別問題だ。

 

「……クザンさん、今度海連れてってくれません? 雑用でいいんで」

 

「面倒だから断る」

 

 よし。勝手に乗り込もう……ってのは流石に冗談。というか大将が出張るような案件についていったら死ぬだろう。でもそろそろ実戦に行きたいのも事実。やっぱ東の海が丁度いいのかな。漫画だと……駄目だ。流石に全然覚えてない。なんとなく覚えてるのはバギーぐらいだけど、拠点があるのかどうかも分からないし。

 

 とりあえず基地で調べられる、手頃な賞金首を……いい加減眠気がすごい。起きたらでいっか──

 

 目が覚めた時にはもうクザンさんは居なかったけど、床で目が覚めるなんてことは無かったし、体には掛物が乗っていた。

 めんどくさがりなのは事実なんだろうけど、やっぱり、優しいよね。

 

 

 

 実戦に行きたいとガープさんに相談したら適当な相手を見繕ってくれることになった。どうしてこういう時はちゃんと考えられるのに修業はああなんだろう……? いや、数百万の賞金首に子供を向かわせている時点で大概なのかな? (多分血統のおかげで)普通の人に比べたらよっぽど頑丈だから何とかなってるけど。修行量によるゴリ押しと言い換えてもいい。

 

 最初は海賊を捕まえに行く船の雑用として。次は戦闘要員として。数年経つ頃には主戦闘力として。

 覇気を使えればそうでない人とは圧倒的に強さに差がある。とくに新世界以外では使えない人が大半だから、完全に習得していなくてもそれだけで優位に立てる。覇王色…は流石に別として。武装色を身につけていれば銃弾程度なんの手傷も受けないし、見聞色を鍛えれば接敵する前におおよその人数だとかがわかる。

 

 というか、海兵は全員覇気習得必須にした方がよくない? ロギアの海賊になすすべもないのは治安維持組織としてどうかと思うし。裏切られた時に困るとか、世間一般に広まると困るとかそういうことなのかな。ロギアもそんなに数が居るわけじゃなさそうだし、習得も時間かかるし。

 

 ともかく。ガープさんやら三大将やらゼファーさんやらに絞られて、それなりぐらいには覇気が使えるようになったおかげで年上に囲まれながらもなんとかやっていけてる。子供を戦わせていることに複雑そうな顔をしていた人も私がきちんと戦えると見てからは納得してくれるようになったし。

 

 そうして実力を磨いているうちに年月は流れ、気が付けばエースが海に出る日がやってきた。

 本当は覇気だとか六式だとかを伝えておきたかったのだけど、『海賊が海兵の技なんか使えるかよ』って笑って断られた。その理屈なら覇気ぐらいはとも思ったけど、どうせ言っても聞いてくれないだろう。白ひげ海賊団に期待ってことで。それともエースなら自分の海賊団のうちから身につけるかな?血統的には才能あるだろうし。

 

「忙しいだろうし、無理に来てくれなくても良かったんだぜ?」

 

「弟の晴れ舞台に来ないわけにはいかないでしょ。……で、話って?」

 

 姉弟で集まって(初対面であんなに刺々しかったエースが姉貴って呼んでくれた時はうれしかった。思わず抱きしめるぐらい)ルフィと二人でエースの船出を見送る……つもりだったのだけど、話があると言われてエースと二人きり。そんな真剣な話あったっけ? 

 

「……俺の父親の話だ」

 

「お父さん? そういえば聞いたこと無かったけど、誰だか分かったの?」

 

「いや、隠してたんだ。俺の父親は……海賊王、ゴール・D・ロジャーだ」

 

 そういえばなんかそんなイベントがあった気がする。ルフィとエースの父親が違って兄弟が義兄弟だって判明するんだよね。漫画だとどのタイミングだっけ? にしても。

 

「そうなんだ。それで?」

 

「それでって……世界最悪の血筋なんだぞ?」

 

「え……いや、あー……怖がった方が良かった?」

 

「そんなことは、ねえが……」

 

 今更言われてもってのが正直なところ。ロジャーとか私にとっては昔そういう人が居たという以上の印象無いし。そもそもの話として。

 

「親がだれでもエースはエースじゃん。手のかかる可愛い弟だよ。それ以上なにか必要?」

 

「うっせ」

 

 照れてるなー、とはすぐに分かる。まあ可愛いなんて言われ慣れてないだろうし。ああそれにしても、海賊になっちゃったらこうして気安くからかうことも出来なくなるのか。寂しいな。

 

「うわっ! 姉貴、何を……」

 

「いいじゃん今ぐらい。次いつ会えるかもわからないし」

 

 そういえばルフィも抱きしめると嫌がってたっけ。ウタは結構喜んでくれたのに。性別の差なのだろうか。それとも気質の差?

 

「エース。海賊と海兵で別れちゃうけど、それでも私はお姉ちゃんだから。何かあったら──」

 

 これは醜い代替行為なのだろうか。ウタをエレジアに放置している罪悪感を晴らそうとして弟を利用している自慰行為なのだろうか。

 

「姉貴こそ、もっと頼ってくれよな。何を抱え込んでんだか知らねえけど」

 

 身体は押しのけられたけど言葉は寄り添ってくれている。というかバレてたのか、隠し事があるって。

 

「うん……いつか、またみんなで集まろうね。約束しよう。エースとルフィと私」

 

 それからウタと、私は面識はないけどサボ君も。5人で集まって仲良く騒げたらいいよね。立場とかすごい複雑なことになってそうだけど。それでも、みんなで一緒にご飯でも食べられたらいいなって。そう願うぐらいは許して貰えるよね?

 

 (私にとっては大したことのなかった)話を終え、ルフィと合流。二人でエースのことを見送って、少し話をする。

 あと三年だねとか、ガープさんから習ったこと教えようかとか(自分で強くなるからいいよと断られた。男の子め)大体そんな感じの話。

 

 ルフィの船出の時もこうして会いに来れたらいいんだけど。でも来れないぐらい忙しくなってるならそれなりに昇進してるってことだろうからその方がいいのかな? 権力なんていくらあってもいいし。

 

 その為にも海賊を捕まえないと……って海賊と義姉弟の癖に決心するのも変な話だけど。良い海賊と悪い海賊なんて言うつもりは無い。ただ私にとってどうでもいい人とそうでない人が居るというだけの話。

 

 悪い海賊の中にだって同情を惹くような事情がある人間だっているのかもしれない。だけど、知らなければ可哀想と思うことも無いのだから。

 

 

 

 

 

 



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4話

お気に入り100越え感謝


 海兵として海賊と戦っていくうちに、下手したらエースの海賊団への討伐命令が下されるんじゃないかとも思っていたのだけど、幸いと言っていいのかそんな命令が下されることは無かった。民間人を進んで傷つけたりしない海賊は優先度が低いらしい。それでも接敵した時なんかは戦いになるらしいけど。海賊旗を掲げていればもう対立の理由になるとのことで。

 

 ……こんな海ばかりの世界では、世界政府加盟国のある島を回っているだけでいくらでも海賊に出会える。もっとも、補給や宴会でお金を使ってくれる上客だからと通報してくれないことが多々あるのは困りものだけど。

 

 まあ正直、歓迎されるような海賊であればわざわざ討伐しなくてもいいとは思う……なんて、他の人には言えないかな。ルフィ、エース、シャンクスあたりを知ってるからそう思えるだけで、普通の人からしたら良い客だろうと犯罪者には変わりないって感じだろうし。

 

 暴れ回る海賊を捕らえて監獄に叩き込む。そんな単純な作業を繰り返して、いつの間にか大佐と呼ばれるようになっていた。

 子供とまではいかなくともこんな若い私をそんな階級にして大丈夫なのかとは思うのだけど、実力主義の極地の様なこの世界の海軍では問題無いらしい。確かに三大将もデスクワークとかしないもんね。

 

 『自分を無敵だと勘違いしたロギア』を捕らえるのは、武装色さえ使えれば楽な作業だ。殴られることなんて考えもしていないから、向こうから勝手に隙を晒す。

 無敵だと思っていた船長が負ける姿を見た船員なんて、単なる烏合の衆。簡単に崩れてくれる分普通の海賊よりよっぽどやりやすい。

 

 その結果がこの出世なわけで、なんともありがたいことだ。階級が上がれば自由にできる範囲も広がることだし、我儘も通りやすくなる(限度はあるけど)それにガープさんも喜んでくれるし。

 

 一応ガープさんの部下ではあるから、私の功績はガープさんの功績にもなる……なんてことは、あの人にはどうでもいいことな気はする。純粋に、儂の孫がまた活躍したって……自分で考えてて恥ずかしくなってくるな。

 

 それはともかく。

 色々と手が拡がってきたらエレジアについて調べようと思っていたのだけど、これが中々上手くいかない。

 

 名前すら知らない人の方が多く、知っていたとしても『エレジア? ああ、昔そんな島もあったね』ぐらいの反応が大半。赤髪海賊団と繋げられる人なんてほぼいやしない。

 

 世界政府加盟国を守るのですら既に無理が産まれた結果の大海賊時代に、滅んだ島を気にする余裕なんて有りはしないんだろう。歴史研究自体があまり盛んでもなさそうだし。オハラのこともあるから……っていうのは少しばかり穿ちすぎた考えかな。

 

 そんな風に。相手にする海賊団の懸賞金が徐々に上がっていくこと以外は特に代わり映えの無い日々が続いていたのだけど、ある日いつもと違う命令が下った。

 

「天竜人の護衛?」

 

「ああ。それも式典とかじゃない、ただのお遊びのな」

 

 上官の言い様は、私は反感を覚えていますとありありと現れていたが、おぼろげに覚えている原作での振る舞いを思い出すだけでもさもありなんというものだ。

 

「あー……一応聞いておきたいんですけど、なぜ私が?」

 

「十分な実力はあるが将官より動かしやすい。実績がある。集団での指揮より単騎での戦闘に向いている。これだけあればお前を選ぶ理由になるだろう」

 

 どのみち断る権利なんて無いのだけど、ここまで言われては猶更だ。せめて堅苦しい式典に出席しろと言われなかっただけでも良しとするべきだろう。お遊びというならどうせシャボンディ諸島にでも行かされるだけだろうし……ヒューマンショップとか見せられることになるのだろうか。観客を皆殺しにしないようにだけは気を付けなければ。四皇ぐらいに強くなれているならともかく、今そんなことをするのは自殺と何も変わらない。

 

「了解しました。微力を尽くします」

 

「細かいことは追って通達する……すまないな」

 

 やはり海軍歴が長いほど天竜人のことは忌々しく思っているのだろうか。最古参と言っていいぐらいのガープさんはあのゴミって呼んでた気がするし。センゴクさんとか大将達とかはどう思ってるのかな。今度聞いて……みるわけにはいかないか。

 

 凄く、本当に凄く嫌だけど仕方ない。あわよくば謀殺でもしてしまいたいけど、魚人島か空島でもなければ無理だろうし、護衛失敗の責任を取らされて処刑になりかねない。真面目に仕事をするしかなさそうだ。

 

 準備は別に必要ない。強いて言うなら船上でどうやって天竜人のワガママに付き合うかを考えておくべきなのだけど、数秒で頭痛がしてきたので部下に丸投げすることにした。こういう時に階級は便利だ。人生経験豊富な人の方が機嫌取りも上手いだろうし。

 

 そんな調子でいざ護衛開始当日も、最初の顔合わせ以降は何かと理由を付けて合わないようにすることが出来た。天竜人が複数人居たのは予想外だったけれど、周囲の警戒だとか、やたらと多く連れてこられている奴隷の世話をするとかそんな感じで。正義を背負っている海軍の目の前でやりたい放題しているクズに憤りを覚えるのは私がまだ世界に馴染めていないからなのだろうか。

 

 少しだけそんな不満を部下に漏らすと、若いなと悲しそうに笑っていたのが印象的だった。……きっと。割り切れないことを無理やり飲み込んできたのだろう。新時代を……というより、今よりいい世界を望む人が多くいるのも頷ける話だ。せめて海賊の脅威から市民を守る私たちの存在が、少しでもプラスになっていればいいのだけど。

 

 航海を終えて、到着した島は私が予想していたのとは別の島だった。ここどこ? と部下に尋ねてみれば、世界政府非加盟の小さな国……というより島だとか。

 

 別に世界政府に加盟していようと、天竜人がやりたいと思ったことは文字通り何でも叶うというのに、わざわざ何故こんなところに。そんな疑問はすぐに解消されることになった。

 

 連れてきた奴隷を島に放って行う人間狩り。ただ奴隷を狩るだけならどこでもよかったのだろう。彼らがやりたかったのは、どうも過去に行われた伝統的行事であるようで。つまりは奴隷と島民をまとめて獲物にする狩り大会だ。

 

 もちろん過去に行われていたよりは小規模で(この辺りは後で知った話だ。その時の私には知る由も無かった)、海も封鎖されていないし天竜人とその取り巻きの数からしても獲物が根絶やしにはならないだろうという程度ではあった。

 

 ──そんなものが、なんの救いになる? 

 

 目の前で罪の無い人達が遊びとして傷つけられ殺されている。

 

「とにかく逃げろ! 天竜人だ!」

 

「どこに!? 知るかよ! このままじゃ皆殺しだって分かるだろ!?」

 

 即死ならボーナスポイント。家族の死体を揃えればボーナスポイント。問題のある奴隷には高得点を付けておく。──吐き気がする。

 

「どうか命だけは! 殺さない──」

 

「娘だけでもどうか! 殺すなら私だけに──ぁえ?」

 

 命乞いを聞いてみたいという理由だけで甚振られる人が居た。子供だけは助けてくださいと許しを乞うた目の前で子供を射殺された母親が居た。

 

 たまたま見た目が好みだったからと天竜人に攫われる人が居た。高ぶり過ぎたから少し抑えるためと血塗れで犯される人が居た。

 

 天竜人を殺そうと考えるのに、逡巡は全く無かった。海賊なんて可愛いものだ。人面獣心の鬼畜ども。生かす価値がどこにある? 

 

 刀を抜いて覇気を纏わせる。護衛の名目でたまたま近くに居た、名前を覚えたくもない1人のゴミの首を刎ねようとして──

 

「大佐! ストップ! 落ち着いてください!!」

 

 近くに一緒に居た部下達に止められた。ゴミは乱痴気騒ぎでこちらに気付いてもいない。

 

「どうして? 私達は正義を掲げている。悪を見過ごすつもり?」

 

「天竜人ですよ! それにここは非加盟国だ。何をしたって罪には──」

 

 これを見ても何も思わないのかと。そう叫んでやりたかったけど彼らの表情を見ればそうでないことぐらいは分かる。ならば。

 

「大丈夫。私が天竜人共を皆殺しにするからその後で私の事は狂人として処刑すればいい。それかここにいない天竜人の怒りの矛先として生贄に差し出してくれても構わないし。だから」

 

 大将やら噂で聞いた天竜人の側近の戦闘集団? には敵わないだろうから、私はまず死ぬだろう。ただそうしてでもこいつらを殺した方がマシだと、それだけの話。

 

「落ち着いてください! その若さで……死にたくないでしょう! やり残したことだってあるでしょう!」

 

 その言葉で少しだけ頭が冷えた。エース、ルフィ、それに……ウタ。未練もやり残しもあることを思い出した……死ねなくなった。

 

「……それでも目の前のこれを見過ごせって言うの?」

 

「俺だって自分が死ぬだけなら止めたいと思うぐらいの正義感はありますよ。でも、家族が殺される……いや、天竜人の玩具にされるかもしれないのに止められるほど、勇敢じゃないんです」

 

 ああ、そうか。それはそうだ。私一人の首ならともかく、そこまで巻き込まれる可能性だってあるのか。

 

「ごめん、頭冷えた。もう放して大丈夫」

 

「……信じますよ? 大佐が本気で暴れたら俺達じゃ勝てないんですからね?」

 

 大丈夫だよと繰り返して再び目の前の光景に目を向ける。天国があるのかは知らないけれど、地獄があるということだけは分かった。

 

 絶対的な正義なんてものは存在しないのだろうけれど。悪党は随分と分かりやすいのだと悟った。私達だ。

 

 背中に掲げた『正義』が、随分と軽くなった気がした。

 

 

 



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5話

 腐った政府と海賊で何が違うのだろう。寧ろ正義を口にしながらそんな事をしている私達の方が、よっぽど救いようが無いのではないか。あれ以来そんな考えが頭から離れない。

 

 答えが欲しかった。誰かに正しいと言ってもらえれば海軍を続けられただろうし、誰かに間違ってると言ってもらえれば……まあ、人生の転機にでもなっただろう。

 

 ある人は言った。海賊が悪で、政府や海軍が正義なのは絶対なのだと。そこに疑問を挟むべきではなく、政府が定めた決まりに逆らうような人間は排除するべきだと。

 

「なら。民間人を撃つ海兵と、民間人を治療する海賊が居たら。私はどちらを殺すべきなのでしょう……」

 

 海賊だと断じてくれると思った。話を聞いていなかったのかと拳骨でも落とされて、それで終わるだろうと。そうすれば、それが正しいのだと思えるようになれたと思う。規則の中で生きていくことが正しい人生なのだと、そう思えただろうと。

 

 予想は外れて、私の問いに答えは返って来なかった。

 

 

 

 ある人は言った。正義も悪も流動的で、絶対なものは無いと。ただ立場に応じて、仕事として淡々とこなすだけでいいと。

 

「なら。誰かを助けたいとか、何かを守りたいとか。そう思うのは間違いなのでしょうか……『正義』は間違っていると、そう思うのは愚かなのでしょうか……」

 

 諦めろと言われたかった。理想を捨てて現実に妥協しろと。そうすれば、人形のように淡々と指示をこなせるようになったと思う。出来る範囲で幸せをつかんで、多少の不幸は仕方が無いと妥協できるように。

 

 願いは叶わず、私の問いに答えは返って来なかった。

 

 

 

 ある人は言った。理不尽な命令に馬鹿正直に従う必要は無いと。力を抜いて不真面目に、正義を見極められるようになるまで。

 

「なら。今苦しんでいる人達をどうしたらいいのでしょう。未来なんて見る余裕は無くて、明日より今日救われたい人達は……」

 

 どんな答えが欲しいのか、自分でも分からなかった。正義も悪も、どう生きたらいいのかも分からなくて、誰かに押し付けられたものであろうと答えが欲しかった。

 

 案の定と言うべきか、私の問いに答えは返って来なかった。

 

 

 

 三者三様の正義はきっと、どれか一つでも選べれば道標になったのだろうと思う。盲信も、妥協も、理想も、優劣などあるものでは無い。

 

 答えを求めているくせにどれも受け入れられなかったのは、きっと私に信念が無いからだ。

 徹底的になれる程の覚悟も無く、だらけきるには見過ごせないものが多くて、どっちつかずになるには理想が邪魔をする。

 

 何も選べず、代わりの答えを出せるほど強くも無い。諦めが悪い癖に出来ることは無い半端者。

 どうしようも無く押し潰されそうで。無性に何かに、誰かに縋りたかった。

 

 

 

 私が何を思って何を感じていようと関係無く、世界は回っていく。

 大海賊時代がマシになるはずもなく、当然のように悪い方向に。

 

 腐った海兵が進んで民衆を苦しめた。海賊が一国を乗っ取ろうとした。司法の島が襲撃された。革命の思想が広がり争いが激化した。

 混乱は加速して、世界が行き詰っていることを否が応でも実感させられた。

 

 ある日、ガープさんから話しかけられた。天竜人の一件以来なんとなく気まずくなって顔を合わせないようにしていたから、随分と久しぶりのような気がする。

 

「シトリー、少し出かけるぞ」

 

「どこに?」

 

「……インペルダウンじゃ」

 

 私にもう少し余裕があったら、その時にガープさんの方も死ぬほど憔悴しきった顔をしていたことに気付けたのだと思う。なにせ、海賊になってしまったとはいえ可愛い孫が処刑されようとしているのだから。

 

 どうやら私は随分と世間の流れに取り残されていたらしい。いや、正確に言うなら何が起きたかは知っていてもそれが何を意味するかを理解できていなかった。もっと頭を働かせていれば黒ひげをどうにかできたかもしれないのに。エースを、助けられたかもしれないのに。

 

 侵入しているわけでもなく、海軍の英雄同伴であるからLEVEL6まで真っ直ぐ向かうことが出来た。何故自分の言うとおりに生きなかったのかと、悔やむように問うガープさんと、黙ってそれを聞くエース。

 

 割り込む余地は無い。私が私なりに苦悩しているように、ガープさんにもガープさんの苦悩がある。そこに部外者が口を出すべきじゃない。

 

 二人の会話が終わり、私に番が譲られる……けど、何を話せばいいのだろうか。分からないまま、エースの入った牢の前にふらふらと歩み寄る。

 

「エース……」

 

「なんだよ……姉貴まで来たのかよ……」

 

 薄暗く、遠目だというのに分かるほどにボロボロで、見ているこちらが辛くなるほどだった。

 

「ごめんなさい。私、何も出来なくて。ごめんなさい……」

 

 自分が楽になりたいだけの卑怯者だ。そう頭では分かっているのに涙は止まらなくて、謝罪の言葉も止められなくて。

 

「なに泣いてんだよバカ姉貴。これは俺のしたことの結果で、姉貴は関係無いだろうが」

 

 肉体的にも精神的にも。辛いのは絶対にエースの方なのに私の方が気遣われてしまって、いよいよ私は何をしているのだろうか。

 

「ジジイも姉貴まで連れてこなくて良かったのに……こんなカッコ悪いところ見せちまうしよ」

 

 軽口のように愚痴っているそれは、明らかに私への気遣いで。何か返さなくちゃとは思うのだけど、口は全く開いてくれない。正確に言えば、謝罪以外の言葉が何一つ思い浮かばない。

 

「エース」

 

「ん?」

 

 その顔は、死にかけているなんて思わせないほどに優しいもので。

 

「私、まだエースのお姉ちゃんでいいのかな……」

 

「当たり前だろバカ。……ルフィのこと、頼んだぜ。可愛い弟だしな」

 

 最後まで、私は自分勝手に救いを求めていた。

 

 

 

 エース処刑の当日。当然白ひげ海賊団は奪い返しに来る。海軍としてもそれは予想しており……つまるところ、総力戦だ。

 

 ガープさんはもしエースを助けに来てくれる存在が居ても『敵』として排除すると覚悟を決め、この戦場に立っている。一方私はいまだに迷ったままで、もし目の前でエースが助け出されたとして、追撃できる自信は無かった。

 

 目の前に居る海賊達は悪党だと自分に言い聞かせて、なんとか心を保つ。『エースを助けてくれるかもしれない人達』と思ってしまったらきっと斬れなくなってしまうから、『海賊という悪』と規定して、ただ殺し続ける。

 

 そんな最中。鍛え上げた見聞色が余計な情報を脳に届ける。

 

「何で来たの、ルフィ……」

 

 最早記憶に遠い薄ぼんやりとした原作知識に頼るまでも無く、ルフィなら来るだろうというぐらいのことは分かる。どうやってとかそんなことは関係なく、どんな手でもエースを助けようとするだろうと。

 

 ルフィとは戦えない。それに、合わせる顔も無い。一緒にエースを助けようと頼まれたら、きっと自分の意思も無く従ってしまいそうな自分が心底嫌だった。

 

 私の意思とは無関係に戦争は終わりを迎えていく。処刑台から巨大な火柱が上がって、エースが解放されたことが戦場全体に伝わった。

 

 このまま無事に逃げて欲しい。エースの姉としての私が祈る。海賊を逃がすな。今までの海兵としての人生が叫ぶ。どうなって欲しいのか分からない。何も決められない弱い私が泣いている。

 

 エースを追撃することも、逃亡を手助けすることも無く、白ひげ海賊団の傘下の海賊を斬っていく。これで『悪』が減って救われる民衆が一人でも居ると信じて。その間にルフィがエースを助けてくれると信じて。

 

 結論。世界はそんなに甘くなかった。

 

 サカズキさんは容赦なくエースを処刑した。それを喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、わからなくて。人は心が追い付かないとなにも感じなくなるのだと初めて知った。

 

 戦争はそれでも終わらない。エースの処刑という目標を果たした海軍は海賊を根絶やしにするべく戦闘を続け、白ひげ海賊団は復讐に燃える。そこに漁夫の利を得に来た黒ひげとインペルダウンからの脱獄囚達。

 ああ、私の思考回路がもっとしっかりしていればどれかは防げただろうに。なにせ、知っていたのだから。

 

 だから、それからも知った通りだった。白ひげの死。赤髪──シャンクスによる停戦。きっと、これから海は、世界は荒れる。

 

 話す余地なんか無かったけど、シャンクスと話したかった。頼りたかった。──甘えたかった。

 四皇で、元ロジャー海賊団の一員だったシャンクスなら新時代を作れるのかと、作ってくれるのかと聞きたかった……結局他人を頼ろうとしている自分が嫌になる。

 

 エースが……というより、白ひげが死んで。世界は良くなるどころか悪くなる一方だ。

 

 それは黒ひげという新たな脅威が産まれたからというのも勿論理由の一つではあるのだが、それ以上に白ひげの元ナワバリの荒れようのせいだ。

 

 白ひげのナワバリというのは勿論世界政府の管轄ではない国や島なわけで。つまり彼の死によって誰からも守られない無法の地になったということだ。

 

 ワンピースの実在宣言によって増えた海賊共への対応、頂上戦争で死んだ海兵の多さに伴う人手不足、インペルダウンからの脱獄囚共、黒ひげという新たな脅威。

 

 世界政府加盟国を守るための戦力すら足りないというのに、非加盟国まで手を伸ばすことはできない。

 

 どんな地獄が繰り広げられているのか直接的に見ることは無かったけれど、間接的にも分かることはある。

 

 それは例えばシャボンディ諸島のヒューマンショップの『商品』が増え、大盛況になっていることだったり、大した強さも無いのに食料や資材を溜め込んでいる海賊団が居たり。

 

 要は、ハイエナのように誰からも守られない民衆を襲う卑劣なクズ共と、それを守れない海軍という話。

 

 この地獄を作り出してしまった原因は白ひげの死で、それは私達海兵のせいで。

 

 ああ、本当に。

 

 この世界はクソ以下だ。

 

 

 




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6話

 海を回って、海賊を狩る。

 

 ロジャーが巻き起こした大海賊時代は、白ひげの死に際の『ワンピースは実在する』の一言で再び大きく火が付いた。今まで街で燻っていた人間達が、ワンピースという夢を追いかけて海に出る……なんて、あまりにも聞こえのよく塗り固められた言葉だ。

 

 海を回って、海賊を狩る。

 

 そもそも熱に浮かされて場当たり的な一獲千金の夢を見たような人間に超えられるほど、この世界は甘くない。海の藻屑となってくれるなら万々歳。大半は食うに困って、或いはワンピースなんてものよりもっと手軽で堅実なお宝を求めて民衆を襲い出す。

 

 海を回って、海賊を狩る。

 

 四皇の一角が崩れたことで新世界が荒れ、そこからの脱落者で楽園が荒れ、グランドラインから逃げてきた海賊達が4つの海へと散る。一度略奪の味を覚えたクズ共は落ち延びた先で繰り返す。その全てに対応するには海軍に人手が足りなすぎる。世界政府加盟国ですら守り切れていないというのに、非加盟国は言うまでもない。それどころか、略奪を繰り返され天上金が払えず、国民が飢餓に襲われたり世界政府から除名されたりする国まである始末。

 

 海を回って、海賊を狩る。海賊を狩る。海賊を狩る──

 

 対症療法では、何も意味が無い。民衆を全て守ろうとするのなら、それこそ大海賊時代を終わらせなければ不可能だろう。いや、天竜人による負荷を考えれば世界そのものを変革でもしなければ無理か。

 

 海賊に襲われて、或いは天竜人の負荷に耐えかねて。食い詰めた者たちが生きる為に他から奪う。奪われて、死ねなかったなら生きる為には誰かから奪うしかない。そんな悪循環。

 

 それでも、せめて自分の手の届くところだけでも守りたくて、誰かの笑顔の為に、民の涙を拭う為にとした決意を──天竜人は、瞬く間に踏みにじる。

 

 誰も守らないのなら私が救おうと、海賊や人攫いを殺して回った世界政府にも入れない小さな島に、天竜人が景色が気に入ったと自分の別荘を建てた。どうせ数日もすれば建てたことすら忘れるその別荘を建てる為に、島の人達は朝も夜もなく働かせられ、たまたま近くに居たからと監視のために私達はそこに呼ばれた。出来たのは精々、体罰を行わないようにすることぐらいだった。

 

 

 

「中将、失礼します」

 

「……ああ、入っていいよ」

 

 海賊を殺しているうちに気がつけばそんな風に呼ばれるほどに階級が上がってしまった。或いは初めての護衛依頼の時から天竜人との関わりが増え、その辺りの配慮なのかもしれない。海軍の偉い人を付けているんだから満足しておけ、みたいな。

 

 入ってきた部下は……誰だったかな。この頃艦隊を率いるようになってしまったし、戦闘は1人でやった方が早いからと置いていきがちだから、顔を覚えていない相手が多い。古参の部下はある頃を境にあまり関わってくれなくなった。きっと、天竜人の狗に成り下がったとでも思われているのだろう。

 

「敬礼は要らないよ。要件は?」

 

「はっ。これを」

 

 渡されたのは海軍本部からの指令書……に、竜の蹄のマーク付き。要は天竜人案件ということだ。

 

「ああ……どうせこの島のことだろうけ……ど……」

 

「中将?」

 

「命令。ここに書いてあることを読み上げて。内容は要約して」

 

「は? 分かりました……? えー……天竜人の別荘建築御苦労だった。人夫の管理までしてくれたこと感謝する。ついては更なる要望を叶えるため指揮をとってもらいたい。──!?」

 

「続けて」

 

「……天竜人は『下々民が我等と同じ島で暮らすなど不敬である』と仰せである……故に……島の住人を、皆殺しにしろ、と……?」

 

「正解。頭がいい部下で助かるよ。ほんと、CP9でも無いのに、何を命令されてるんだろうね」

 

 正義の為の殺しが許されているのはCP9だけだ。闇の正義に対して思うところはあるが、それは一旦置いておく。

 天竜人の為の殺し、は誰にでも許されている……いや、違うか。天竜人が殺せと命じたなら殺さなければならない。天竜人が死ねと言ったなら死ななければならない。それがこの世界のルールであるらしい。

 

「やる……しかないんですか……?」

 

「私に、フィッシャータイガーぐらいの勇気があればやらなくて良かっただろうね。それか……そうだね、麦わらの、ルフィぐらいに……」

 

 私は悪党だから。ルフィと違って自己保身の為に頭が回る。ここで私が逆らっても別の人が派遣されて命令が実行されるだけだ、とか、私が生きてこれから救える人の数の方が多い、とか、命令に逆らえば部下も含めて粛清されるだろう、とか。自分を納得させるための薄汚いお綺麗な理由が思い浮かぶ。

 

「……実行は他の部隊も集まってからになる。だから、それまでの数日で、ちょっとでも悪あがきしようか……」

 

「悪あがき、ですか?」

 

「うん。私達の船に1人でも多くの民間人を乗せて、別の島に移す。天竜人に忠実な人に密告されれば終わりだろうから小規模にやるしかないけど、ゼロよりはマシでしょ?」

 

「……私が聞いて、良かったんですか?」

 

「君が民間人を殺す事に何も感じない人なら良くなかっただろうね。船を1つと……信頼出来る人間を何人か貸す。可能な限りこの島の住人を逃がすように。これは海軍中将としての命令」

 

 承知しました、と急ぎ足で退室していった。元部下達なら上手いことやってくれるだろう。何せ私と一緒に天竜人と接してきた連中だ。わざと捕まえてこいと言われた民間人を逃したことも、殺せと言われた人を匿ったことも知っている。向こうは、気づかれていないと思っているだろうけど。

 

 

 

 天竜人の命令、なんて仰々しいもののせいで、大艦隊と呼べる規模が集まるのにさほど時間はかからなかった。これだけ揃ってやることが無抵抗な民衆の虐殺なのだから嗤える。そこらの海賊の方がよほど殺した人数は少ないだろう。

 

 集まった誰も彼もが苦々しい顔をしている。喜んでいるのはこれで島が綺麗になるとはしゃいでいる天竜人の一家だけだ。コイツらを殺してしまえればどれだけいいことか。

 

 あの時命令を下した部下から、報告を受けた。命の選別を行うしかなくて、それでも御礼を言われたと。

 

「子供だけでも助けてくれてありがとう」「妻が助かるなら俺が死ぬぐらい何でもない」「老い先短い命より、若い人を優先してくれ」

 

 天竜人が来た時点で覚悟を決めていた人達の気高い言葉で、そんな言葉を報告してきた理由は少しだけ理解出来た。

 

 あまりにも、やるせなかったのだろう。

 

 

 

「ゴミ掃除、感謝するえ、海兵」

 

「いえ……」

 

 ゴミがゴミ掃除に礼を言っている。巫山戯た話だ。罪も無い人を殺して礼を言われている。巫山戯た話だ。こんな腐りきった世界で、誰かを助けようなどと思い上がったバカな女が居る。巫山戯た話だ。

 

 それからも、海賊を狩って回った。罪滅ぼしのように。八つ当たりのように。何も考えなくて済むように。何も感じなくて済むように。

 

 ある日、部下達が集まって騒いでいるのを見かけた。別に酒盛りでもしていなければうるさく言うつもりは無いのだけれど、興味本位で近付いた。

 

「何してるの?」

 

「なんだよ今いいとこ──中将!?」

 

「ああ、いいっていいって──ウタ?」

 

「は、はい。最近急に電伝虫が受信するようになった歌で……」

 

 説明されるまでも無い。私がウタの声を聞き間違えるものか。それにしてもそうか、もうそんな時期になるのか。

 

 地位を手に入れて、ある程度の自由が効くようになったというのに、何もかもに余裕が無くて頭から抜け落ちていた。とにかく今はエレジアに向かうべきだろうか。世界と共に壮大な自殺をしようというウタの計画が、今の時点でどこまで考えられているのかは分からないけれど、独りでいる時間なんて少しでも短い方がいいだろう。

 

 それにしても、良かった。何かのズレでウタが死んでいたり、歌姫として世界に発信したりせず生存を確かめられないという可能性もあったが、そうはならなかったようだ。

 

 部下達と共に歌声を聞きながらこれからの事を考える。

 

 もういっそ今すぐエレジアに向かって海軍に迎え入れてしまおうか、だとか、いやでもウタは海賊になりたがるかな、とか、もしそうだとしたらルフィとシャンクスのどっちに着いていくのかな、とか。そんな明るい未来の事を。

 

 そうして、思い出した。劇中で天竜人がウタを奴隷にしようとしていたことを。

 

 勿論ウタの世界でなら天竜人如き何の問題も無い。だが現実の世界では? 

 

 ウタが有名になればなるほど天竜人の目に留まる可能性は上がるだろう。その時、誰が彼女を守ってやれるのか。

 

 海軍は論外だ。差し出す以外の選択肢を取るものが存在するわけが無い。

 

 ウタに自衛させるのも無理だ。映画のあれはネズキノコとウタウタの実の合わせ技による反則のようなもので、そうでなければ体力切れで終わる。

 

 四皇であるルフィ、もしくはシャンクスなら? 

 

 海軍大将の派遣程度なら返り討ちに出来るだろう。だが、例えば古代兵器ウラヌスを拠点に打ち込まれたら? 頂上戦争のように海軍が全戦力を出したら? 普通であれば広い世界を放って1人の為に軍が動くなんてことは有り得ないが、天竜人という神の駄々のためなら話は別だ。

 

 なんでもない一人の人間として自由に生きるという、ただそれだけの事が。この世界ではあまりにも難しすぎる。

 

 考えて、考えて、考えて。ようやく気づいた。気づいてしまえば簡単な話だった。

 

 別に、この世界で生きる必要なんて無いじゃないか。こんな腐り切った、どうしようもない世界で。

 

 生きる価値の無い世界で。

 

 

 

 

 

 

 



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7話

 元々世界政府非加盟国を護る為にとあらゆる海を回っていた私にとって、権力を濫用してエレジアに行くことは多少の時間をかければそう難しいことではなかった。

 

 ウタに会う為でしかないから部下の1人すら本当は不要なのだけれど、海域のパトロールの体を保つために1隻分の部下は連れていく。ウタと話している間は船で待機してもらうなり、エレジアを回ってもらうなりしてもらっていればいいだけだ。

 

 ウタ──ウタウタの実の能力者で、世界を滅ぼせる力を持った人間、という評価も過言では無い少女。私が、助けたかったはずの女の子。

 

 滅んだ島とはいえ(或いは、だからこそ?)海軍にきちんとエターナルポースは置いてある。仕事の特性上かなりの数のエターナルポースは世界政府が独占していて……なんて、そんなのはどうでもいい話か。

 

 今から私は、世界で最低の行いをしに行く。

 

 見聞色の覇気を使えば人がどこにいるかぐらいのことは分かる。屋内──といっても廃墟に近いが──に居るのがおそらくゴードンさんだろう。そして、浜辺を歩いているのが──

 

「ウタ、久しぶり」

 

「ん? 海兵さん? 珍しいね……え……? 嘘……シトリー……?」

 

「良かった、忘れられてなくて。本当に久しぶ──わっ」

 

 言葉の途中で胸に飛び込まれ、流石に続きは言えなかった。腕の中で泣きじゃくる彼女の姿に、今までずっと──本当に長い時間寂しい思いをさせてしまったのだと罪悪感が湧いてくる。どんな力を持っていても、救世主と崇められ始めていても、一人の女の子でしかないのだと。今更ながらにそんなことを考える。とはいえ、世界を救おうと考え、それを実行に移す意志の強さは普通とは呼べないかもしれないけど。

 

 しばらく頭を撫でてやって──体が鍛えられていた分デカくなったのか、撫でやすい位置だった──落ち着くのに、それほど時間はかからなかった。

 

「それにしてもシトリー、なんでエレジアに?」

 

「ウタに会いに……って言えたら良かったんだけど。一番の目的はこの周辺海域のパトロールだね。滅んだ島を海賊が根城にするってのはよくある話だから。島に上がってきたのも、そのため」

 

 ペラペラと事前に用意しておいた嘘を並べ立てる。部下達にもこの理由で押し通した。多少の不信感は持たれているのかもしれないが、こういう時縦社会は便利だ。何せイエス以外の返事は権力でねじ伏せられるのだから。

 

「じゃあ、またすぐ行っちゃうの?」

 

「そんな寂しそうな顔しないでよ……そうだね、しばらくここを拠点にさせてもらおうかな。勿論ここに住んでる人が許可をしてくれればだけど……ウタ以外には、誰か居るの?」

 

 既に知っているが、それを悟られないようにわざと疑問として口に出す。ゴードンさんならウタの知り合いだと言えば無碍にはされないという確信があるから、そこはあまり心配していない。

 

 事実、ウタに案内してもらって話をすれば、すんなりとこちらの要求……といっても、しばらく活動拠点にさせて欲しいというだけで物資の提供だとかそういうものは頼んでいないが。ともかくすんなりと通った。

 

 これでもうしばらくは一緒に居られると喜ぶウタに、そうだねと同意しながら頭を回す。

 

 私がやりたいのは、一言で言ってしまえばウタの計画の完遂だ。

 

 こんなクソみたいな世界で生きるぐらいなら、精神だけになってもウタウタの世界で生きた方がよっぽどいいじゃないか。

 あの世界では、サンジ曰く世界中の食材があったそうだ。劇中ではぬいぐるみなどの物質も自在に生み出していた。

 現実のエレジアと違いライトアップや、様々な舞台装置も自由自在。おそらく、土地を作ることや建物を作ることだって可能だろう。

 

 劇中では現実世界への未練を残す人々によって御破算になったわけだが、その解決策は簡単だ。もっと楽しい世界を作ればいい。

 

 働かずにずっと寝ていたいならそのように。胸躍る冒険がしたいというなら新しく島や迷宮でも作ってやればいい。羊の面倒がみたいというなら羊をこっちの世界へ連れてきたとでも言って羊を生み出してやればいい。

 

 ウタに飽きたなら別のことをしていればいい。どうせ人と人が分かり合うことなんて出来ないのだから、各々が好きなことをして過ごせばいい。そう割り切ってしまえばウタの考えた世界の救済だって悪いものじゃないだろう。

 

 ウタが映画で失敗したのはやり方を間違えていたからではなく、現実を知らなかったからだ。人の幸せの形は人それぞれにあるという現実を。

 

 別に夢の世界で夢を見なければいけないという決まりもないのだから。

 

 

 

 ウタと一緒に過ごしていて、やはり求められるのはエレジアの外の世界の話だった。

 勿論しようと思えば明るい話だってできる。海賊から街を守って感謝された話だとか、海軍の中で生活しているうちにおきる馬鹿話、世界を巡るうちに見た美しい景色、そんな話を。

 

 そういう話を一切しなかったわけではないが、主にしたのはウタにも共感しやすい話。つまり、世界は悲劇だという話。

 

 海賊に焼かれた街の話。際限なく湧き出る海賊の話。海兵としての無力感。

 

 優しいウタは心を痛めてくれた。ウタを利用している事実に痛むはずの私の心は、とっくに壊れてしまっていて。何も感じなかった。

 

 そんな日々を過ごしているうちに実はと言って話してくれた、ウタの救世主計画……といっても、細部まで考えられているものではない。

 ただ単純に、今苦しんでいる人たちをウタウタの力で助けられないかという相談。

 

「……ウタが今やってるだけじゃダメなの? きっと、ウタのおかげで日々を生きられてるって人はもう十分に居るよ」

 

「それは分かってる。そういう言葉、結構貰ってるんだ。だけど、私は……」

 

 言い淀む様子に、伏せられた目。これはもしかして、もうエレジアが滅んだ真相を知っているのだろうか。

 

「私は、もっと根本的な解決をしたい。苦しんでいる人たちに活力をっていうんじゃなくて、苦しみそのものを失くしたい」

 

 大海賊時代を終わらせる。言うは易く行うは難し。

 

「……本当にそれをする気なら……そうだね。全人類に夢を見させ続けるぐらいしかないんじゃないかな。……二度と目覚めたくないと思うぐらい優しくて楽しい、そんな夢を」

 

 ウタは賢い子だ。自分の能力とその応用ぐらいすぐに思いつくだろう。だからここでの賭けは、彼女がそれを思いつくかどうかではなく、私をその共犯者として認めてくれるかどうか。

 

「……シトリー。私、やらなきゃいけないことがある」

 

「聞かせて。ウタのためなら、どんなことでも手伝うから」

 

 賭けには、勝った。

 

 

 

 今ウタにやってもらうのは彼女の魅力をひたすら世界に発信することだけだ。それはまあ映像電伝虫が勝手にやってくれることではあるのだけど、そこに少しだけ私の意思を働かせる。

 

 部下たちに命令して、映像電伝虫を様々な国に配置させる。主に世界政府非加盟国……もっと具体的に言ってしまえば、天竜人の被害を受けた国々へと。勿論国と呼べないような規模の島も含めて、とにかく天竜人の被害にあった者達の居る所へ。

 

 ウタの下に海賊の被害の訴えぐらいしか届かなかったのは、天竜人の被害を受けるような国の人々は最早それすらも出来なかったからだ。

 

 ならば、できるようにしてしまえばいい。これでウタはより今の世界に絶望してくれるだろう。新時代を作ろうという決意を固めてくれるだろう。なにせ、海賊に襲われた方がよっぽどマシという経験をした人間達ばかりなのだから。映画で集まっていた人達よりウタの新時代に賛同してくれそうだという下心もある。

 

 それと、もう一つ。

 

 ウタのライブが見れる映像電伝虫を、天竜人に献上させる。勿論今すぐというわけではないが。

 映画でも一人天竜人が引きずり込まれていたが、その規模を拡大させる。五老星がすぐに切り捨てる判断が出来なくなるぐらいの人数を持っていきたい。どうせあの世界では天竜人も何一つ出来ないのだから。

 

 可能な限り多くの人間をウタウタの世界に引きずり込んで、救済する。

 別に楽しいことだけをする必要は無い。辛いことがしたいならすればいいし、仕事がしたいならすればいい。学校に行きたいのなら学校を作ろう。友達と遊びたいなら友達も近くに呼ぼう。虚構の世界なら土地も建物も、食べ物も日用品も嗜好品も自由自在だ。これは私自身をウタウタの実の世界に呼んでもらって確かめた。

 

 きっとそれは夢の世界というよりは現実の世界に近づいてしまうだろうけれど、少なくとも物質的な不自由が一切なくなるというだけでもこの世界よりはましになるだろう。

 

 満たされれば、他者から奪う必要は無い。満たされれば他者を傷つける必要も無い。それでも、どんなに満たされようと満足できないという人間がもしいるのなら、そういった人間だけ隔離するか……何も出来なくしてしまえばいいだけの話だ。

 

 これでいい。これでいいんだ。

 

 精神的な充足は知らないが、少なくとも誰も物質的には不自由しない世界。誰も飢えず、脅かされず、やりたいことを探せる余裕のある世界。

 

 これが、私達の目指す新時代だ。

 

 

 

 

 









したかったのは、こんなことだったっけ?


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8話

 準備は整った。

 

 世界的歌姫となったウタによる大規模なライブ。それは当然映像電伝虫も駆使して全世界に届けられる。

 

 身も蓋もない事を言ってしまえば、私が耳栓でも付けてライブが開催された瞬間にウタの首を刎ねてしまえばそれだけでもかなりの人数を新時代へと連れて行くことは出来る。

 

 当然そんな事はしない。それでは流石に連れて行ける人数が少なすぎるという理由が一つ。もう一つは、ライブに確実に巻き込みたい人間が居るから。念の為に明言しておくがシャンクスではない。どちらかと言えば来ないで欲しいぐらいではある……が、来ないように細工等は特にしていない。そもそも四皇相手に何かができる気もしないが。

 

 ウタの新時代の到来を告げるライブが始まる。これでもう、現実世界での私の役割は全て終わりだ。眠気に身を任せ、ウタウタの世界へと招かれる。ライブが盛り上がるまでは観客Aで構わない。

 

 ルフィによるウタの出自……シャンクスの娘である事の暴露による反応は少し予想より大きかった。『海賊に悲惨な目にあわされた島』へと映像電伝虫を運び、ウタの力でそういう人達もエレジアに連れてきていたからかもしれない。そのためエレジアのサイズは現実より大きくなっている。冗談みたいな話だが、人を多くこの場に集めるための単純な解決策がこれだったのだから仕方ない。

 

 ウタのライブは進んでいく。なんとかという海賊団の乱入と、それを守るルフィ達。そこにビッグマムの息子達も乱入してきて……ウタに鎮圧される。

 

 それに留まらずルフィの仲間……麦わらの一味達も。ウタを助けたとかなんだとか、そんな事は海賊を憎む民衆にとっては関係の無い話なのだろう。

 

 ルフィとウタが争うことに思うところが無い訳では無いし、ルフィと久しぶりに言葉を交わしたいという気持ちはあったが……よそう。今の私の姿を、ルフィには見られたくない。到底他人に誇れるような生き方は出来なかったから。

 

 ウタに扇動された民衆による海賊狩り……は正直どうでもいい。重要なのはトットムジカの楽譜をウタが手に入れてくれること。

 

 そして……天竜人の乱入。ウタの世界では権力なんて何の役にも立ちはしない。部下に命じて撃たせたところで銃弾は届かないし、使えない部下を撃ち殺そうとしてもこの世界でなら一瞬で治せる。

 

 海賊達にしたように天竜人を磔にしたところで、観客達に動揺が広がり……帰りたいと、1人の観客が声を上げた。天竜人に手を出したゴタゴタから一足先に逃げようとした……というのは、流石に悪意のある見方過ぎるか。

 

「ウタ、ちょっとだけ逃げといて。ついでにルフィを探しといてくれたら嬉しいかな」

 

「シトリー? うん、分かったけど……」

 

「大丈夫、みんなが帰らないようにしておくからさ。……ああ、あとそれと、例の人達の移動だけお願い」

 

 事前に映像電伝虫を広めて増やしておいたこの世界に引き込んだ天竜人共をステージへ、観客席の最前列の方に非加盟国の民衆達を。

 

「さて、お集まりの皆様方。お帰りになる前に私の話を少しだけ」

 

 民衆に必要なのはパンとサーカス。

 

「ご覧の通り、ここでは天竜人に何をしても報復はありません。海軍大将は来ないし、偉そうに引き連れている護衛も居ません」

 

 お手本にするべきなのはホーミング聖の末路。

 

「私は天竜人が罪も無い民衆を傷つける様を散々に見せつけられました。……皆様の中にも、似たような人が居るのでは?」

 

 ぽつりぽつりと、同意の声が上がり始める。妻を奴隷として連れていかれた。子供を面白半分に殺された。それですら生易しく聞こえるような事の数々。段々と声は大きくなる。

 

「さあ、今こそ復讐をしましょう! 私達が苦しめられた1万分の1でも味あわせてやりましょう! 大丈夫、この世界で何をしても海軍は動きません……いえ、動いたとしても救世主が何とかしてくれます! だから……ほら、この通り」

 

 別にどの天竜人でも構わない。1番近くにいた天竜人の足を刺してやれば、実に良い声で悲鳴をあげてくれた。

 

「この声が届けば、少しは死者の魂も慰められると思いませんか?」

 

 怒りは貧者の娯楽だ。簡単に火がつき、簡単に広がり、1度激しくなればもう自然には止まらない。

 さあ、新時代を作ろう。誰も傷つかない、優しい世界を。

 

 そこに、こんなクズ共は要らない。

 

 

 

 扇動した私ですらもはや暴動は止められない。こうなってしまえばもう私がここにいる必要も無い。民衆の怒りが収まるまで……つまりは無期限に。今までのツケをその身で払ってもらうとしよう。殺すのは、もう少しだけ後でいい。それまで精々、遠くから眺めさせてもらおう。

 

「シトリー……!」

 

「……ウタ。見るべきじゃないよ、こんなもの」

 

「なにを、させてるの……?」

 

「新時代の禊、かな。楽しいことを受け入れるためにはまず、心の中の怒りを発散しないと」

 

 分かってもらえなくたって構いはしない。迷ってくれればそれで十分。数時間もしないうちにネズキノコでウタは……死ぬのだから。

 

「ウタ!! ……シトリー……!? お前も居たのか?」

 

「……ルフィ、会いたくなかったよ。ウタ、ルフィの相手、任せていい?」

 

 ウタを止める為に、当然ルフィは姿を現す。私達の求める新時代と、ルフィが作ろうとしている新時代は、きっと相容れないから。

 

 純粋な戦闘で私やウタがルフィに適うはずは無い。そして私はルフィに合わせる顔なんて持っていないし、交わす言葉も持ってはいない。どうせ私の役割はあと一つだけだ。それ以外は、どうでもいい。

 

 ルフィをウタに任せて……ルフィから逃げ出して。のらりくらりと時間を過ごす。今頃、シャンクスや大将達がエレジアに来た頃だろうか。だとしたら、もうあと少しだ。

 

 あと少し。助けたかったはずの人の心を追い詰めて、私は何を達成感に浸っているのだろうか。一番死ぬべきな屑は、きっと私だ。

 あとほんの少し。そうしたら、咎は受ける。

 

 ルフィ以外の仲間達、海賊達が駆け付ける。追い詰められたウタは、唯一切れる札を切るしかない。

 

 トットムジカが、起動した。

 

 この時を、ずっと待っていた。

 

 観客達が居たステージは、ウタが配慮したのだろうが戦地からは離れている。映画では諸共海の底だったが、こうなってくれた方がありがたい。

 

 観客たちはどうでもいい。ただ、トットムジカの力でウタの世界と現実が繋がってくれればそれで良かった。

 

 トットムジカが現れたせいで暴動は止まっている。流石に民衆の怒りも、この世界の異変への戸惑いを上回る程では無かったようだ。

 

「観客のみんなは、アレに絶対に近寄らないように」

 

 まあこれは別に言うまでもないだろう。進んであんな化け物に触れようとする一般人がいてたまるかという話。

 

「そして天竜人の皆様、どうぞこちらへ」

 

 海軍中将の肩書きが持つ人物が、自分達を他と違う所へ案内しようとしている。特権意識を当然のものとして持ち続けてきた人間が、それへ違和感を持つはずが無い。

 

「集まってくれてありがとうございます……それでは、死んでください」

 

 首を刎ねる。首を刎ねる。首を刎ねる。首を刎ねる。首を刎ねる。

 

 1人でも多くの腐った神を殺す。現実とウタウタの世界が一つになった今だからこそ、この行為に意味が産まれる。

 

 現実世界で天竜人を殺すなんて不可能に近い。ウタウタの世界で殺すだけでは何一つ意味は無い。夢の中で死んだ人間が現実で死ぬかというのと同じ話。

 

 だが、今この瞬間だけは違う。夢での死と現実の死が等価になった今だからこそ、この行為に意味が産まれる。

 

 これで天竜人が根絶出来るわけでは無い。それでも、これから起こる悲劇の数を減らすことぐらいは出来ただろう。天竜人の狗として悲劇を撒き散らし続けてきた私に出来る、せめてもの罪滅ぼし。

 

 本当に、何一つ無価値な人生だった。ウタは救えず、罪なき民衆を守ることも出来ず、天竜人の根絶も出来ず、世界を変えることすら出来はしない。

 

 トットムジカ──魔王は主人公達によって倒された。ああいう人間を、英雄と呼ぶのだろう。

 

 現実で目が覚めて、ウタも救世主としての道を選んだことを知った。結局、何一つ助けられなかったな。

 

「……シャンクス」

 

「お前……シトリー、か?」

 

 きっとこれが誰かと関わる最後の相手だろう。誰だか分かって貰えず面倒な会話をすることにならなくて良かった。そんな気分には到底なれない。

 

 自分の髪を切って、シャンクスに渡す。

 

「お願い、これを、ウタと同じところに」

 

「シトリー、お前……」

 

「自分のやった事の責任は……とれすらしてないけど。何一つ出来なかったけど……」

 

 産まれるべきでは無かったのだろう。もしくは、無意味で無価値な自分を受け入れて、何もするべきではなかったか。気づくのが遅すぎたな。

 

「ウタ、寂しがり屋だからさ。独りには、出来ないでしょ」

 

 何か言おうとしていたシャンクスは置いて、それ以上は何も言わずにその場を離れる。きっと意図は汲み取ってくれるだろう。願い叶わずその辺に打ち捨てられるなら、それはそれで仕方ない。

 

 

 

 もう誰も居なくなった島で独り、首に得物をあてがう。

 

 最後に残った屑も、これで死ぬ。最期に言い残す言葉があるとしたら……

 

産まれてきて、ごめんなさい

 

 願わくば、ウタと同じところに──なんて、贅沢すぎる望みか。

 

 





これにて完結です。


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