鬱ゲー世界の住民が透き通った世界に来たら (無名戦士)
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第一話:遭難

主人公のプロフィール

名前:秋元 チエ
年齢:15歳
誕生日:10月22日
身長:165cm
趣味:日記、人形作り
所属:日本帝国本土防衛軍
最終階級:少尉
所属部隊:パンサー隊
ポジション:突撃前衛長
出撃回数:58回

戦術機で戦う場面は基本的にありません。出すとしても過去編かもっと後の話になるかと思います


 なんで、私は生きているんだろう。

 焚火の炎を膝を抱えながらぼんやりと眺めながら、ふと思う。少なくとも、あの状況で生き残ることが出来ない戦況だったのは確かだ。

 けれど、私は今こうして生きている。

 私だけが生き残り、同じ部隊にいた仲間たちは全員死んだ。強くていつも気にかけてくれた隊長も、私をいつもクソガキと揶揄ってきた人も、仲が良かったあの子も、同じ訓練校で苦楽を共にしたあの子も……みんな死んで私だけが生き残った。

 

 死んだ仲間から回収できたドックタグを強く握る。

 この世界は、地獄だ。希望なんてものは存在せず、文字通りこの世の地獄。勝利の為の反攻作戦は失敗し、敗北に次ぐ敗北の日々。一日で何十万という人の死が日常となり、宗教に出てくる救世主はついに現れなかった。

 家族は殺され、故郷も荒野と化し、護ると誓った国家はその国土を捨てる事を決定した。

 殺しても、殺しても減るどころか倍以上に増えるBETA*1の物量。最早人類に奴らを押し返す力はない。

 生きる希望も、理由もなくなった。

 

「うぅ……、グスッ……」

 

 衛士強化装備*2の機能のお陰で身体が冷えることは無い、しかし心が寒い。

 機械的な熱では決して暖める事が出来ない寒さ。それに私は耐えなければならない。

 軍人である以前に、私は人間だ。それも齢15*3と言う若さ、BETAが居なければ今頃私は高校生だった筈だ。

 常に考えてしまう。誰か助けて欲しいと。

 衛士*4の心構えも軍人としての責務も、何もかも捨て去って逃げ出したい。何度もそう思ってしまう。

 

 だからこそ、余計に不思議でならない。こんなにも弱い存在なのに、それでも生きているこの現状に……。

 きっと、見て回ったあの街も私が見た幻覚なのだろう。あの街に住む住民も、頭の上に天使の輪のような物が浮かんでいる学生達も全て私の幻覚に違いない。

 だって、普通に考えてあり得ないでしょ。学生達は何気ない顔で銃火器を持ち歩き、ロボットや動物が人間のように振る舞う世界なんて。

 

 けれど、偽りの光景だとしても。現実(元の世界)より遥かにマシだ。

 空に浮かぶ巨大な輪っかも幻覚で、現実には存在しない。

 だったらせめて───

 

「夢なら、夢の中で死んでもいい、よね……」

 

 そばにあった拳銃を手に取り、呟いた。

 死にたくは、ない。

 だけどこのまま飢えて死ぬより、BETAに食われて死ぬより遥かにマシな選択だ。

 そう自分に言い聞かせ、拳銃の銃口を咥る。グリップを逆向きに握り、親指で引き金に添えた。

 セーフティは既に解除してある。あとは引き金を引けばこの世界(地獄)から解放され、私はみんなの元に行ける。

 

「…………」

 

───パフェっていう奴、食べてみたかったなぁ。

 終ぞ叶うことがなかった密かな夢、あの世で食べられたらいいなと考えながら親指に力を入れる。

 

 そして───

 

「ストーップ!!!」

 

「ふぎゃっ!?」

 

 そんな叫びと共に後頭部に衝撃が加わり、その意識を手放した。

 


 

12時間前

 

 皆、死んだ。

 大尉も、戦友達も皆。私を残して死んでいった。

 轢かれ、喰われ、焼かれ、溶かされ……。出撃回数が二桁を超えるベテランとも呼べる部隊が、瞬く間に全滅した。

 この世界ではよくある事、精鋭が呆気なく全滅する話はよく聞く話だ。

 けれど、私は心のどこかでこう思っていたかもしれない。

 

 私達なら大丈夫、と。

 

「うわぁぁぁ!!!」

 

 悲鳴にも似た叫びと共に突撃砲が火を噴く。

 砲口から吐き出された36mm劣化ウラン弾は戦車級*5の群れを容易く蹴散らし、大地を赤く染め上げる。

 

「お前たちさえ、お前たちさえ居なければ!皆、皆が死ぬ事がなかったっ!」

 

 家族も、友人も、故郷も全部消えた。

 最後の拠り所だった場所も今さっき消えてしまった。私は奴らが、BETAが憎い。憎くて、憎くて仕方がない。

 トリガーを引いただけ敵が死に、長刀を薙ぎ払った回数だけ敵が死ぬ。実に良い気味だ。

 けれど、それでも敵の数は減らない。減るどころかむしろ増えている有様であった。

 HUDのレーダーは敵の光点で埋め尽くされ、隙間が文字通り存在していないようにも見える。

 

 文字通り絶体絶命な状況。いつ死んでも可笑しくはない。

 私一人が戦ったところで戦況は覆す事が出来ない。どれだけ殺してもそこに意味は無いに等しく、ただただ虚しい行為だ。

 けれど、けれどだ。

 

「返せ、皆を返せ!」

 

 せめてもの抵抗にと、私は叫ぶ。

 救援は絶望的、たった一人の衛士を助ける為に態々救出部隊が編制されるとは思えない。

 匍匐飛行で戦域の離脱を図ればレーザー*6に焼かれるのが目に見えている。重金属濃度が規定値を大きく下回り、とっくの昔にその効力が損なわれているのだ。

 僅かな隙でも死ぬ。推進剤が切れたら死ぬ。どこかのパーツがイカれれば死ぬ。弾薬が切れれば死ぬ。長刀が壊れたら死ぬ。

 私の死神は今まさにその鎌を振り落とさんとしていた。

 

「それでも私は!」

 

 一体でも多く、敵の注意をこちらに向けさせる。

 仲間の死が価値のある死になるように、少しでも多く敵を引き付ける。そうする事によって後方に展開する味方の圧力が僅かかもしれないけど減らすことが出来る。

 そうする事によって誰かの命が救われるかもしれない。どんなに些細な影響だとしても、それが任務達成に貢献できるのなら私は喜んで受け入れよう。

 それが、私に与えられた最後の仕事。味方を支援し、日本列島から国民を一人でも多く脱出させるのがこの任務。

 

 要塞級*7を無視し、要撃級*8を切り伏せ突撃級のケツに劣化ウラン弾の弾幕をくれてやる。

 これでも私のポジションは突撃前衛長(ストーム・バンガード・ワン)、戦術機*9操縦の腕に自信があるのだ。だからこそ、そう簡単には死なない。殺させやない。

 

「邪魔だァッ!!!」

 

 恐怖をかき消すように、吼える。

 まだ、私は死ねない。戦って、戦って、戦い続けて……後方にいる人々を護らなければならない。例え死ぬ事になったとしても。

 これ以上、家族を失った私のような人間を生み出さない為にも、これ以上誰かが悲しまない為にも、私は……私はッ!

 

「私はまだ───」

 

 瞬間、網膜に投影されていた視界が大きく揺らいだ。

 次いで、機体に襲い掛かる強烈な衝撃。空と大地が何度も反転し、様々な情報が私の脳を蹂躙する。

 機体に異常が発生した事を報せるアラームが網膜の端に表示される。機体ステータスには戦術機の下半身全てが赤黒く塗りつぶされ、これは脚部ユニットの喪失を意味するものであった。

 

圧力注射

搭乗員脱出勧告

敵生体接触 即時排除勧告

 

 背筋が凍った。

 網膜投影装置*10に投影された警告、それは私に対する死刑宣告にも等しいものであった。

 味方も、救助もないこの状況で私に訪れる結末はただ一つ。

 

 死、だけだ。

 

 その結論に至ったのと同時に、無数の戦車級が機体に殺到する。

 墜落の衝撃から生き残っていた腕を使い、それらを振り払おうとする。しかしそれも虚しく瞬く間に主椀(メインアーム)が戦車級特有の強靭な顎によって食い尽くされ、機体の主を引き摺りださんと執心に装甲を喰らい始めた。

 

「いや、いやぁっ!」

 

 戦意が砕かれ、蹲る。

 機体ごと戦車級に喰い殺される恐怖、座学で嫌と言う程刷り込まされた。そして、戦場で戦車級に喰い殺される瞬間を幾度も聞いてきたからこそ知っている恐怖。

 今まで想像もしたくなかった結末が、目の前まで来ている。

 その事実から目を背けようと耳を塞ぎ、叫んだ。

 

「誰か、誰か助けてッ!お母さんッ!大尉ッ!誰でもいいから助けて!」

 

 とっくの昔に枯れたと思っていた涙を流しながら助けを求めた。

 しかし助けは来ない。父も母も、大尉達も既にこの世にはいない。それでも私は誰かに縋りたかった。

 先ほどまでの威勢が嘘かのように泣き叫び、恐怖に震える。

 

「いやだッ!私はまだ死にたくないッ!」

 

 やり残したことはたくさんある。

 食べたかったもの、見たかった映画、着てみたかった服……挙げればキリがない。

 ずっとやりたいことを我慢してきた。ずっと悲惨な日々を耐えてきた。

 その結果がこれなのだ。

 恨まずにいられなかった。この世界を、この世界に生まれてしまった私と言う存在を憎悪した。

 何も成すことが出来なかった自分。大切な人を誰一人護ることが出来なかった自分。

 そして、戦術機に乗る事で強くなったと錯覚した自分。私という存在はちっぽけで、どうしようもないくらいに弱い存在だという事実を突き付けられ、漸く理解させられた。

 

 決して来ることのない助けを呼ぶ。

 戦車級が機体の装甲を喰らう音をかき消すように、何度も何度も死にたくないと叫び続けた。

 そして、ついにその時が訪れる

 

「ッッッ!!!」

 

 ベコンッという音と共に搭乗ハッチが強引に剥がされ、外気がコクピット内へと雪崩れ込む。

 私ごと機体を喰らう為に開かれた戦車級の顎は眼前にまで迫り、大きく開かれた口から悪臭を伴った唾液が滴り落ちた。

 誰も助けてはくれない。誰も護ってはくれない。

 今の私に出来るのは蹲り、いずれ来る凄惨な未来を幻視し震える事だけ。

 最早、私に助かる未来などありはしなかった。

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 あれから、一体どれだけの時間が経ったのだろう。

 どれだけ身構えてもその時が来ない。それどころかついさっきまであった戦車級の気配すら、消えているような気がした。

 気のせいか、あの鼻が曲がりそうな異臭も消えているような気がする。

 

「………?」

 

 恐る恐る、目を開けてみる。

 そこに、戦車級の姿は無かった。さっきまであった異臭も消え、代わりに別の匂いが私の鼻を刺激する。

───知っている匂いだ。

 この匂いを、私は知っている。小さい頃、家族と共に登山に挑戦した時嗅いだ森の匂い。

 不意に蘇る懐かしい記憶を思い出しながら身を起こし、外の状態を確認しようとした。

 

「あ、がっ……」

 

 強烈な吐き気と頭痛が私を襲い、思わず身体をよろめてしまった。

 その結果、管制ユニット*11から身を乗り出していた私は機体から外に転落した。幸い頭から落ちることがなく、衛士強化装備の特殊保護皮膜のお陰で怪我を負う事は無かった。

 

「おえ、オエェッ」

 

 落下の衝撃で吐き気を耐える事が出来なくなり、胃の中にあった物を全て吐き出した。

 出し切っても無くならない吐き気、そしてハンマーで殴られたような頭痛は数十分経っても治まることは無かった。

 連続した高機動戦闘、規定量を超えた戦術薬物の投与、そして後催眠暗示の重ね掛け。当然の結果だ。

 吐き気と頭痛がある程度収まったところで飲料水パックを使い、口を洗う。その最中、視界に入る範囲だが周囲の状況を確認した。

 

 見渡す限りの木々、ここが森の中だという事だけは分かる。

 少なくとも、私が戦っていた場所は森の中ではない。その証拠に大地を埋め尽くしていたBETAの姿は何処にもなかった。

 

「意味、分かんない……」

 

 訳が分からない。ここが何処なのか、そもそもなんで私が生き残っているのか理解する事ができない。

 大破した戦術機を見ながら、ポツリと呟いた。あの時、私は戦車級に喰い殺される寸前の状態だった。

 にも拘らず、私は今こうして立っている。

 状況から見て前まで居た場所から離れた場所に機体ごと移動したのは百歩譲って分かる。しかし取り付いて筈の戦車級はこの場には居ない。

 あまりにも都合が良すぎる。

 こんな現象、今まで聞いた事がない。あったとしても眉唾物で信憑性が欠けるもので参考にすらならない。

 考えたくないけど。これは夢で、現実の私は戦車級の餌になっているとしか思えなかった。

 絵空事のような事は起きる筈がない。だから、これは夢。現実ではない。

 あの空に浮かぶリング状の妙な構造物、これが夢だという動かぬ証拠だ。

 

 とはいえ、だ。

 いくら夢の中とはいえ、このままほっつき回るのはあまりやりたくない。

 機体の状態は最悪で強化外骨格も駆動系が故障して使えそうにもない。夢ならこういうのも何とかしてほしいけど、そこはどうにもならないらしい。

 バッテリーが動いているだけまだマシと考えるべきか。そう考えながら管制ユニットの中にあるCウォーニングジャケット*12を着用し、備え付けのアサルトライフルを装備した。

 少なくとも、これである程度戦えるようにはなった。アサルトライフルは本当に最後の命綱としてあるだけでマガジンの数も四つと少ない。

 なるべく戦闘は避けた行動を心掛けた方がいいだろう。小型種と遭遇する物なら、例え一体でも脅威だ。

 

「死にたくないな……」

 

 本音を言えば死にたくない。

 これが現実だと思いたいが、そんな都合のいい事が起きる筈もない。

 けれど、苦しんで死ぬより遥かにマシだ。そう言い聞かせながら、私は歩き始めた。

 あのリング状の構造物を目指して。

*1
人類の敵、人間サイズから50mクラスまで大小さまざまな種が存在する。大体モビルスーツ並の大きさを持つ生物が何千、何万という数で襲ってくる。ヤバい

*2
パイロットスーツ。体のラインが見えるエ駄死なスーツだが耐G、耐衝撃、防靭性、耐熱耐寒、抗化学物質だけではく体温・湿度調整機能などある万能スーツ。ちなみに訓練兵が着用するやつは着色されてない為若干透けてる

*3
いわゆる末期戦状態であり、徴兵年齢が大幅に引き下げられている

*4
パイロット

*5
軽自動車くらいのサイズ。最高速度は80㎞にも達し、戦術機(後述)の装甲をも喰らう。そして中にいる衛士も喰う。数がとにかく多い

*6
光線属種というBETAが存在し、極超音速で飛来する飛行物体から砲弾まであらゆる飛翔体を"外す事無く"迎撃するヤベーやつ。戦況が人類側不利となった元凶。

*7
既知8種のうちの最大種。比較的緩慢であり、対人探知能力も高くはない。しかし、攻撃力、防御力、耐久力いずれも高い。そして原作主人公のおやつ

*8
BETA群に於ける大型種の約6割を占める存在。BETA戦力に於ける中核をなす種であり、要撃級の特徴である二本の前腕はモース硬度15以上とダイヤモンドより硬い。

*9
二足歩行兵器。主人公が乗っている機体は第三世代戦術機『不知火』

*10
コクピットにはモニター類が存在せず、カメラからの情報を直接網膜に投影する装置

*11
コックピット

*12
衛士強化装備の上に着る専用のコート。待機時の電力消費を抑える物らしい。君そんな機能あったんだ




ふと思ったけどオリ主ちゃんを衛士強化装備のまま街中に出したら、ハナコと同レベルになってしまったり何なら武装もしてないからキヴォトス史上類を見ない変態になるのでは?


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第二話:夢か現実か

 暖かい色合いのフローリングの上を土足で立ち、強化装備のハードブーツに付着した土によって床が汚れる。

 そんな些末事など気に留めず、私はゆっくりと歩き出した。

 目的地はなく、ただ歩き続ける。

 歩き始めて暫く経ったころ、私のすぐ近くを幼い子供が走り抜けていった。走り抜けていった子供はまた別な方向から現れ、今度はぬいぐるみの玩具で遊び始める。

 一挙手一投足すべてがまるで早送りした映像のように子供は動き回る。おもちゃで遊び、本を読み、布団で寝たり……様々な動きを見せていた。

 あれは、小さい頃の私。まだ戦争という行為を理解していなかった頃の私だ。

 

───夢

 

 目まぐるしく動く私を見ながらそんな事を思う。

 夢だから、というのもあるだろう。それ以上に何か感情が込み上げてくるような事もなく、一瞥するだけに留めた。

 そして、歩みを止めた。気付けば小さい頃の私は消え、代わりにテーブルを囲む一家の光景がそこにあった。

 父に母、妹に……そして私。

 妹が野菜を食べる事を拒絶しそれを母が咎め、父は妹を諭し、小さい私はそれを見て苦笑いを浮かべる。ごくありふれた一般家庭の光景がそこにあった。

 私はそれを少し離れた位置から見ているだけ。

 まるで映像記録を見るように、他人事のように……。見る事しかできなかった。

 

場面が切り替わる。

 

『お願い、血……止まってよッ!』

 

 今度は激しい雨に晒されながら泣きじゃくる私の姿があった。

 これは、任官して間もない頃の私。衛士強化装備を身に着け、夥しい量の血を流す幼馴染を前に私は涙し、喚き散らす。

 応急処置を施しても血が止まる事はなく、息も絶え絶えに彼女は告げる。

 

『チエ、ちゃん……お願い』

 

 彼女の言葉に嫌だ嫌だと否定する自分の姿。

 最早打つ手はなく、彼女はゆっくりと死んでいく事しかできない。息をする度に尋常でない苦痛に襲われるというのに、彼女は微笑んでいた。

 私はそれを見る事しかできない。眉ひとつ動かさず、この光景を見続ける。

 

『ごめん……なさい……、ごめんなさいッ……』

 

 これから起きる事を知っているから、彼女がそう望んでいるから。親友の願いを断る事ができない事を、私は知っている。

 震えた手で傍らにあった物を手に取る動作を見るのと同時に、私は目を瞑る。

 そして───

 

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

「…………ッ」

 

 最悪な目覚めだと愚痴を溢し、身体を起こす。

 久しぶりにとった休息だというのに、こうも目覚めが悪いのは勘弁して欲しい。どうせなら楽しい夢が見たい。

 そんな風に思いながら空を見る。その視線の先には当然のように浮かぶ謎の構造物があった。

 

「夢の中で夢を見るなんて……」

 

 自嘲気に呟き、乾いた笑いが漏れ出る。

 夢の残滓を振り払うかのように軽く頭を振り、再び空へと視線を戻した。

 今見ているこの夢は、本当に夢なのかという疑念が浮かぶ。

 さっきまで見ていたあの夢は、夢だという事を直ぐに理解できた。けれど、かと言ってこれが現実かと問われると判断がつきにくい。

 

───チエちゃん!

───チエちゃーん?

───チエちゃんってば!

 

 本当に、嫌な夢を見た。

 なんで、今になってあの時の夢を見たんだろう。受け入れて、もう振り返らないと決めていた筈なのに……。

 未だにあの時引いた引き金の感触が忘れられない。

 

「行かないと」

 

 私に出来るのは前に進む事だけ……。

 今ある生を無駄にしない為にも、私は進まなければならない。たとえこれが本当に夢だとしても、皆の死の上に私は立っているのだから。

 だから、行こう。あそこにある街へ……。

 遠目から見る街の様子を見る限り、BETA支配領域から離れているようにも見える。

 そのおかげで戦闘が発生する可能性もグッと減った上に、休息も挟むことが出来た。僅かな時間とはいえ、寝られたのは大きい。

 これで万が一という事があってもある程度冷静に対処できるだろう。

 

 山道を見つけ、それを辿って下った先にあった住宅街へ入る。

 何の変哲もない、日本的な住宅街。どこか懐かしさを感じる風景がそこにあった。

 状況が状況とはいえ、今の私は武装している。住民に見つかってしまっては大事どころの話ではないのは明白だ。

 

「あぁ、面倒くさい……」

 

 無線が使えない以上、どこか近くの駐屯地に出向く必要がある。

 いくら機体の残骸や強化装備上に記録があるとはいえ、説明するのに骨が折れるのは確実だ。いずれにせよ、営倉入りはほぼ確実と見ていい。

 相手からしてみれば強化装備を着た所属不明の人間が、武装して住宅街を出歩いているのだ。営倉に入れる口実として十分すぎる。

 

 不意にガチャリと玄関を開く音が聞こえた。私はビクリと身体を震わせ、恐る恐る視線を向ける。

 ゆっくりと出てくる住民の姿。これから起こるであろう事態に冷や汗を掻き、咄嗟に隠れようと辺りを見渡した。しかし何処にも身を隠せるような場所はなく、そうこうしている間に住民が姿を現し、目が合う。

 

「……は?」

 

 一瞬、目を疑った。

 目の前の人……いや人か?仮に人と仮定しても、私が知る常識からかけ離れた姿をした住民が立っていた。

 一言で言ってしまえば犬、犬種は分からないが彼?は当然のように服を身に付けこちらを見ている。

 

「あ、こんにちは」

 

「───え?あっはい、どうも」

 

 何気なく挨拶をされ、反射的に返す私。

 気まずそうに目を逸らす。今の自分が武装している状態だという事を思い出し、私は咄嗟に銃を庇うような動きをしてみせた。

 その様子を見た犬の住民は一瞬首を傾げ、興味が無くなったのか私の進行方向とは別の方向へ歩いて行く。

 ……銃を担いで。

 

 意味が、分からない。

 犬の姿をした人が言葉を話し、あまつさえ当然のように銃を担いで歩いていく姿に私は唖然とするしかなかった。

 今までこんな事は一度もなかった。いや、そもそもこんな事態そのものが初めての事だから当然という物だが、如何せんあまりにも現実味がない事の連続で脳が処理しきれていない。

 

「一体何なの……」

 

 ポツリと呟く。

 これが夢なのか現実なのか、まるで分からない。夢と現実の境界線が曖昧になり、何を信じればいいのか分からなくなる。

 

「───いや」

 

 落ち着け、落ち着くんだ私。

 これ以上、考える必要はない。信じる信じない以前に情報の収集が最優先、ここが夢なのか現実なのか後からでもいくらでも調べる時間はある。

 だから、落ち着くんだ。街の中心部に行けば何かわかるかもしれない。

 一刻も早く戦線に復帰しなければならない。護らないといけない人たちがいるから私はまだ、壊れる訳にはいかない……。

 


 

 見渡す限り人、人、犬、人、ロボット……。

 繁華街に入った時、真っ先に目に入った光景が今まで見たことない人混みだった。テレビで見た米国の大都市を彷彿させるような混み具合、実際に見るとなると圧倒されるものがある。

 けれど、ここは日本ではない。日本的な街並みで、日本語が公用語のように見えるけど、違う。

 

「あそこに新しく出来たカフェ、評判いいらしいよ」

 

「そうなの?じゃあ今度行きたいねー」

 

「予備のパーツ、買っておかないと…」

 

 私が知る日本とは根本的に違う雰囲気。街行く人々は皆一様に大小様々な銃火器を持ち、それが生活の一部であるかのように振舞っている。

 特に目を引いたのは学生の頭の上にある妙な模様だ。天使の輪を彷彿させるようなものが浮かんでいた。

 そう、浮かんでいるのだ。何か支えがあるわけでもない、どう見てもあの模様は浮かんでいるように見えた。

 原理は分からない。少なくとも、ここは私が知る日本とは違うという事だけは何となくわかる。

 

『モモフレンズ大全集、好評発売中!』

 

「モモフレンズ……」

 

 家電量販店の展示商品のテレビを見ながらボソッと呟く。

 軽やかな音楽が流れ、奇妙なキャラクターが踊るCMを眺める。

 

「知らない……」

 

 モモフレンズと言うものも、その隣のテレビに流れる番組も私は知らない。

 私が知るテレビという物は常に戦況報道や戦争に関連付けた内容なもので、純粋な娯楽番組は圧倒的に少ない。精々、朝の時間帯にチョップ君が流れるくらいだ。

 特に今年に入ってからという物の、戦局の悪化でそういったテレビ放送すら流れなくなってた。

 得も言われぬ疎外感。周りの人たちからの視線も冷たく感じる。

 

「ねぇ、あの人……」

 

「コスプレ?」

 

「怪しいよね、ヴァルキューレに通報した方がいいかな?」

 

 辺りを窺えば近くを通る通行人は私に懐疑的な目を向け、時折ヒソヒソと会話が聞こえた。

 一見すれば日本にしか見えないこの場所で、私だけが浮いている。ここにいてはいけない、何となくそう考えてしまった。

───なんの為に戦ってきたんだろう。

 別に見返りを求めていたわけではない。大切な人を護るために志願して、喪っても諦めずに誰かを護る為に戦ってきた。自分勝手な考えだという事は自覚している。けれど、流石にこれはないんじゃないかと思ってしまう。

 私の存在意義は一体なんなのか、段々分からなくなってくる。なんで私は───

 

「あのっ!モモフレンズに興味あるんですか!?」

 

「───……はい?」

 

「あ、私阿慈谷ヒフミって言います!モモフレンズに興味あるんですか!?あるんですね!このモモフレンズ大全集は有名な設定からマイナーな設定、そしてこの本で明かされる裏設定がたくさんあるんです!さらにはアニメの原画集に描き下ろしもたくさん収録されているんですよ!実はこのモモフレンズ大全集、全部で四巻も出ていてこれは四巻ですね。あ、でもモモフレンズに入るんでしたら大全集よりアニメから入った方がいいですね……。でしたらこちらの『モモフレンズ!』がおすすめです!この作品はモモフレンズたちの日常がメインで初心者でも入りやすいんですよ。第三話のペロロ様とウェーブキャットさんの話がとても素敵なんです!特にお昼ご飯を食べるシーンが───」

 

 ヒフミと名乗る少女は興奮した様子でモモフレンズについて話し始めた。

 偶然テレビの映像を見ていただけなのだが、興奮しながら楽しそうに語る彼女を見て、私はそれ以上言うのは無粋だと感じた。

───楽しそう。

 心の底から、そう思う。ヒフミさんが話す内容の殆どは私には理解できない。それでも彼女がどれだけモモフレンズなる物が好きなのか凄く伝わった。

 

「あ、ごめんなさい。いきなり話しかけられても困りますよね……」

 

 ハッとした表情で申し訳そうに我に返り、恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 

「いえ、大丈夫です。私も聞いていて楽しかったです」

 

 実際、話を聞いていて楽しかったのは本当だ。

 ヒフミさんが楽しそうに話す姿を見ていると、こっちも自然と楽しくなってくる。

 ついさっきまであった負の感情が払拭され、いくらか気分が晴れたのは確かだった。

 

「良かったぁ……。あの、もし良かったら近くの公園で話しませんか?もっとモモフレンズについて知って欲しいんです!」

 

 彼女の提案に、私は少し考えるような仕草をした。

 情報の収集を優先すべきなのは自覚している。それでも彼女の話をもっと聞きたいという気持ちもある。

 ここで断って彼女を落ち込ませるのも気分が悪い。夢なのか現実なのか定かでない以上、これ以上深く考える必要もないのかもしれない。

 どうせなら、ヒフミさんの提案に乗った方が得策だと思った。何より、こんな嬉しそうな彼女を見るのは嫌いではなかったから……。

 

 

 

 

 公園でモモフレンズについてヒフミさんの話を聞き続けて一時間が経ち、先程彼女は用事を思い出して去って行った。

 一言で言えば、凄かったの一言に尽きる。ヒフミさんのモモフレンズに対する情熱は私が考えていた以上のものだった。

 私の質問に嫌な顔一つせず答えてくれて、しかも楽しそうに語り続けていた。

 

「本当に好きなんだなぁ……」

 

 あそこまで熱心に語る人は今まで見た事がない。

 自分の趣味に集中できるくらいにはここが平和であるという事になる。

───平和、か……

 ヒフミさんから貰ったキーホルダーを眺めながら思う。

 最前線に居続けた私にとって、これほど縁遠い言葉はない。いつか見た平和を目指して戦っていたけれど、結局その言葉は幻想となってしまった。

 私が目指していたものが、ここにある。ここの住民は不可解で、なぜか銃火器を持ち歩いているけれど平和そのものだ。

 

「本当に、ここはどこなんだろう?」

 

 なぜここに私がいるのか分からない。

 やらなきゃいけない事が沢山あるというのに、今もこうして公園のベンチに座って物思いに耽る事しかしていない。

 ヒフミさんと話していて本当に楽しかった。けれど、それ以前に私はやるべきことを放棄して彼女の提案に甘えてしまった。甘えてしまったのだ。

 それだけ、私が弱いという事だろう。

 ……本当に、情けない。それでも貴様は軍人か、秋元チエ。

 護るべき人がまだいる。まだ本土から逃げてない人が何千万人もいるのだ。防衛線を維持し続けなければまた夥しい数の命が消える。

 だから、戻る術を探さなければ。

 

「この人形、私のなの!」

 

「いいじゃん、貸して!」

 

 子供の喧嘩……。

 懐かしいな。私も小さい頃、妹とよくケンカしてたっけ。

 昔の記憶を思い出し、思わず頬を緩めさせた。

 微笑ましい。だけど、喧嘩はよくない。流石に止めに行った方がいいかな。

 

「───ッッッ!!!貸してくれないならこうだからッ!」

 

 立ち上がろうとした時、片方の子供は少し離れ、懐から何かを取り出す仕草をした。

 ここからでは何を取り出したのか分からない。その子供は物からピンのような物を引き抜き、何かを投げた。

 私はあの動きを知っている……あれは確か───

 

「ッッッ!」

 

 コロンと地面に転がった物体を目にした瞬間、咄嗟に伏せの姿勢を取った。

 瞬間、爆音と衝撃が私が襲う。

───手榴弾ッ

 玩具であればどれほど良かったことか。なぜ子供があんなものを持っているのか分からない。考える暇もなく、私は子供たちの安否を確認すべく顔を上げた。

 

「……え?」

 

「痛ったー。やったなこのー!」

 

 目を、疑った。

 明らかに爆発が直撃したはずの子供は無傷で立っていたのだ。よく見れば煤が服に付いているが、怪我をしている訳ではない。

 ありえない。私の錯覚?いや、あの衝撃と爆音は明らかに本物のそれだ。

 何度も訓練で見てきた手榴弾の爆発。間違える筈がない。

 だというのに、あの子は平然と立っていた。

 

「これでも喰らえッ!」

 

 手榴弾の爆発を受けた子供もお返しとばかりに手榴弾を投げだし、お互いに手榴弾を投げ合う状況が出来上がる。

 何度も公園中に響き渡る手榴弾の爆音、それでも尚子供たちは無傷だった。

 普通の人間が手榴弾の爆発を喰らえば一溜まりもない。ない筈、ない筈なのに……。

 

「なに、これ……」

 

 理解が出来ない。

 現実ではありえない光景が目の前で繰り広げられている。

 子供が手榴弾を投げ合う?ありえない、絶対に。

 普通なら死人が出ても可笑しくはないのに、あの子たちは手榴弾を投げ合っている。

 

「夢……これはやっぱり夢なんだ……」

 

 私は今夢を見ているんだ。

 あの住民も、銃を持ち歩く人たちも。ヒフミさんと話した事も全部、私が見た夢なんだ。

 現実の私は戦車級に───

 

「あああァァァァァッ!!」

 

 想像しただけで身震いが止まらなくなる。

 ブワッと嫌な汗をかき、一心不乱に叫びながら走り出した。何を信じて良いのか分からなくなり、とにかく走る事だけを考える。

 

「分からない分からない分からない分からないワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイッ!」

 

 目の前の景色も、耳に入る音も、肌に伝わる感覚も何もかも信じられない。

 現実での私がどうなっているのかも考えたくもない。

 誰かこの状況を説明して欲しい。何を信じればいいのか、何を受けいればいいのか分からない。

 

 

誰か、助けて───

 

 



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第三話:墓標

クロスの相性がとんでもなく悪い事は分かっているんだ…。
それでも私は書きたいんだ!!!


 気付いた時、私は森の中に戻って来ていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 もう何を信じればいいのか、分からない。

 怖い。何が本物で、何が偽物なのか何一つ信じられない。あの時見た異常な光景、子供が実物の手榴弾を投げ合う光景を見てからという物の全てが可笑しいように見える。

 あの犬の住民も、ロボットも、頭に天使の輪のようなものを浮かばせる学生たちも何もかもが信じられない。

 

「いや、もういやぁ……」

 

 帰りたい。元居た場所に……。

 戻りたい。本来あるべき日常に……。

 どれだけ願っても叶わぬことだという事は理解している。理解している筈なのにどうしても求めてしまう。

 あの異常な光景を見た後だと余計に。

 ありえない。子供が、ましてや人間が手榴弾の爆発をほぼ至近距離で受けてもなお、五体満足で済むことなんてまずありえない。

 小型種BETAですら大なり小なりダメージを受ける筈だというのに、あの子供たちは平然と立っていた。目立った外傷もなく、精々衣服が破ける程度。

 あれを見て逃げるなと言われる方が難しい。誰だって驚くし、逃げたくもなる。

 

「頑張れ、私……」

 

 挫けそうになる度、何度も自分を励ます。

 ここで諦めたら仲間を侮辱してしまうから、あの人たちの死が無駄になってしまうから……。私はまだ壊れちゃ、いけないんだ。

 だから、耐えるんだ。

 

 肉ではなく。心が、痛い。

 誰も彼もが死んだ。私だけが生きて、皆が死んだ。

 私だけを置いて、皆行ってしまった。

 何をすればいいのか、分からない。どうやれば皆の死を無駄ではなかったと証明できるのかが分からない。 

 寂しさで押しつぶれそうになる。

 モモフレンズのキーホルダーをギュッと握り締め、寂しさを紛らわそうとした。

 私は弱い、本当に弱い。誰かが居ないと私はこんなにも弱い。

 果たさねばならぬ責務があるというのに、皆の屍の上に立っているというのに全てを捨てて逃げ出したくなる。そんな自分が嫌いだ。悲劇のヒロインを気取り、さも己が世界で一番不幸だと思い込む私が嫌いだ。

 私よりもっと酷い境遇の人間は大勢いるというのに、色眼鏡で見てしまう。

 そんな自分が嫌で仕方がない。

 

「───?」

 

 不意に、『救難信号受信』という文字が視界に投影される。

 それも戦術機が出す信号、距離が離れているのか通信強度は非常に微弱だ。

 発信者の所属は分からない。けれど、それだけで私を導くには十分だった。

 

「行かなきゃ……」

 

 もしかしたら、誰かいるかもしれない。

 そんな考えが頭を過る。

 しかし、私がここに来てから相当な時間が経過しており救難信号の発信元に辿り着けたとしても、そこに人がいる可能性は限りなく低い。

 そして、救難信号が出されたとしても衛士が生きている保証は何処にもない。

 

「こちら帝国本土防衛軍第14師団第143戦術機甲大隊パンサー中隊所属、秋元チエ少尉です。どなたかいますか?繰り返します、こちら帝国本土防衛軍第14師団第143戦術機甲大隊パンサー中隊所属、秋元チエ少尉です。どなたかいますか?繰り返します、こちらは───」

 

 無線で何度も呼びかける。

 何度も、何度も呼びかける。しかし、応答が返ってくることはなかった。

 発信源と思わしき地点に近づいているが、一向に対象とのデータリンクが繋がる気配はなかった。兵器としての機能は完全に喪失し、偶然救難信号だけが奇跡的に発信されていると考える方が自然だ。

 

「───ぁ」

 

 言葉を、失った。

 そこは荒れ果てていた。木々は倒れ、大地が抉れ、爆撃の痕のような有様だった。

 まるでそこだけが戦場だったかと見紛う程のものであり、思わず目を逸らしたくなる。

 大破した戦術機が4機あった。

 レーザーに管制ユニットを射抜かれた機体、戦車級に取り付かれたであろう機体、要撃級の前腕攻撃で粉砕された機体……。

 そこはまさしく、墓標と言っても差し支えない。

 

「皆、そこに居たんだ……」

 

 最も近くにあった戦術機に近づき、見慣れたエンブレムを擦りながら呟く。

 私が所属するパンサー隊のエンブレム。残りの機体に視線をスライドさせ、この場にある機体の全てがうちの隊に所属するものだと理解した。

 

「連れて、帰らないと……」

 

 せめて、ドックタグだけでも。

 BETAに殺されて死体が何処かに運ばれることよりも、この自然の中で眠った方がまだ幸せだと思う。

 けれど、それじゃダメなんだ。

 この人たちが生きたという形をこの世界に残さないと、本当の意味で死んでしまう。例え遺族の方々に帰すことが出来なくとも、私が持ち続けることに意味があると思いたい。

 

「───ッ」

 

 回収作業を始めようと管制ユニットを覗き込んだ時、私は思わず目を逸らしてしまう。

 人の死体。それも原型を留めず、ただ食い散らかされた人間の死体。

 目を逸らしてはいけない。どれだけ惨く、凄惨な最後であっても向き合わないといけないから。

 ……何度見ても、死体を見るのは慣れない。特に戦友の亡骸であったのなら尚更だった。

 

「加藤綾香少尉……」

 

 ドックタグに記載された名前を呟いた。

 この子とは、仲は良かったと思う。同い年という事もあるかもしれないが、趣味で意気投合し、何度も共通の話題で話が盛り上がった。

 そして何より、訓練校時代からの関係だ。同じ時間を過ごした分、他の仲間以上の絆を築いていたと私は思う。

 陽気で、隊のムードメーカーを担っていた綾香少尉。その最後がこの有様だと考えると、運命という物は本当に分からない。

 

「………………ッ」

 

 血塗れのドックタグを見つめ、しまう。

 こんなにも辛いのに、苦しいのに、悲しいのになんで私は泣けないんだろう。

 戦友が大勢死んでいるのに、泣けない。

 いい人達だった。いつもぽっかりと空いた私の心を満たしてくれた。なんで、この人たちが死ななければならないのだろう。

 BETAさえ居なければこの人たちは死ぬ事がなかったかもしれない。

 そんな思いで頭が一杯になる。

 

「あの時、もっと私が上手く戦えていれば……」

 

───この人たちが死ぬ事はなかったかもしれない。

 あの時ああしていれば、あの時こうしていれば……。そんな事を思ったって、後の祭りだと言うのに。

 無意味な後悔でしかなく、そんなことを考えても彼らは生き返らない。時間が巻き戻るという奇跡は起こる筈がない。

 今私が出来る事はただ、進む事だけだ。進んで、進んで、進み続けなければならない。

 

「それが、私が皆に出来る数少ない弔いだから───」

 

 逃げ出したい。

 何もかも捨てて。

 何もかも忘れて。

 どこか平穏な場所に逃げ出したい。

 そんな願望を心の奥底に押し込め、私は黙々とドックタグの回収作業を続けた。

 

 もしかしなくとも私の心はもう、限界に近いのかもしれない。

 

 




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第四話:シャーレ、動く

評価してくださった方々に心からの感謝を
遅筆ですが今後ともよろしくお願いいたします


「先生、これは何ですか!?」

 

 ユウカの癇立った声が執務室全体に響く。

 バンと私の机に叩きつけられた一枚の紙切れ、それは彼女にバレないようひっそりと処分したはずのレシートだった。

 ありえない、証拠隠滅はほぼ完璧だったはず。少なくとも、ユウカにはバレない自信はあった。けれど、現実として今目の前にあった。

 

「“えっと、これは……?”」

 

「とぼけないでください!」

 

 せめてもの抵抗としてとぼけるも、ユウカの一喝に封じられる。

 日々の激務に追われる毎日に対するささやかなご褒美だというのに、ユウカは納得いかないらしい。たかだか6桁という額で買っただけにすぎない。

 それだというのに、ユウカはご立腹の様子であった。普段の凛とした表情から一変し、さながら般若ような表情で私を睨んでいた。

 

「何ですかこれは!?なぜ先生はおもちゃに10万円も躊躇なく払えるんですか!?」

 

 もう意味が分かりませんと言い、頭を抱える。

 とはいえ、私にとってあの「ゴクセンジャーロボ限定モデル」はただのおもちゃではないのだ。すぐさま訂正の声を出すも、彼女の凍てつくような視線を向けられ思わず委縮してしまう。

 

「はぁぁぁぁ……。先生、何度も言っていますがお金は物凄く大切なものなんです。これ以上無駄遣いを続けると、将来困るのは先生自身なんですよ?」

 

 ユウカの言葉は至極当然だ。しかし、それでも私は自身の欲望に耐える事なんてできない。

 

「“だからこれは生活必需品なんだ。だから私にとって『ゴクセンジャーロボ限定モデル』はただのおもちゃじゃないよ!”」

 

 この『ゴクセンジャーロボ限定モデル』は男の子のロマンがこれでもかと詰め込まれた代物、ロマンの信奉者たる私にとって買わない選択肢はないのだ。

 ユウカはそれを理解していない。仕方がない。彼女は女の子であり、理解しないのもまあ分かる。けれど、これだけは絶対に譲れない。

 

「せ ん せ いぃぃ?」

 

 底冷えた声が私の鼓膜を震わせる。

 背筋に嫌な汗がつたり、ユウカの顔を直視できない。彼女の怒りは頂点に達し、パンパンに膨れ上がった風船が破裂するかのごとき勢いで……。

 

「いい加減にしてください!」

 

 ここ数日で一番大きい怒声が、シャーレの執務室全体に轟いた。

 

■■■

 

「ですから、どれだけ欲しい物があっても我慢しないといけないんです!」

 

 ユウカの説教が始まってからどれくらいの時間が経過したのだろうか。

 彼女の言う言葉はどれも間違ってはなく、反論の隙を許さない。

 

「“で、でもユウカ……”」

 

「また何か言いたい事があるんですか?」

 

 凍てつくような視線を向けられ、思わず口ごもってしまう。

 辛うじて出せた言葉は、何とも情けない一言。

 

「“ないです……”」

 

 思わずそう答えるしかなかった。ユウカの説教はまだまだ続く。

 

「いいですか先生?お金は無尽蔵にあるものじゃないんです!」

 

「“う、うん。そうだね……”」

 

 もう何度目か分からない相槌を打つ。

 このまま謝り続ければ許してくれるかな……と思ったけれど、どうもそう簡単に終わりそうにはなかった。

 その時だった。室内に電話の着信音が私のポケットから鳴り響く。スマホを取り出し、相手を確認する。リンちゃんだ。

 会話が絶たれ、ユウカは一瞬だけ眉を顰めるも私に出るよう促した。

 

「“───はい、連邦捜査部シャーレです”」

 

『私です先生。お忙しいところ申し訳ありませんが、請け負って欲しい仕事があります』

 

「“うん、大丈夫だよ!”」

 

『ありがとうございます。本来ならこちらに来て頂いた方が良いのですが、何分緊急性が高い案件ですのでこのまま説明させて貰います。……先程、先生の端末にデータを送信しましたのでそちらを拝見しながら説明を聞いてください』

 

 手慣れた手付きでパソコンを操作する。

 データが転送されたのを確認すると同時に、僅かに眉を顰めた。データの転送方法は有線での送信、更にデータ自体も高度な暗号化処理で部外者から見られないようにするほどの徹底ぶり───つまるところ機密レベルが高いという事だ。

 チラリと視線をユウカに向け、視線が合う。そして視線で彼女に退出するよう促す。

 

「……少し席を外しますね」

 

 心の中でユウカに感謝の言葉を言い、意識をリンちゃんへと向けた。

 

「“うん、今データが送られたのを確認したよ”」

 

『分かりました。早速本題に入らせてもらいますが、先生には数時間前に観測したエネルギー放出現象の調査をお願いしたいのです』

 

「“エネルギー放出現象?”」

 

 リンちゃんに聞き返しながらデータを確認する。

 確かに、ある地点の観測データに異常なエネルギー波形が観測されていた。それも前触れもなく、穏やかな波にいきなり壁のようなエネルギーが瞬間的に出現し、また何事も無かったかのように穏やかな波に戻っていた。

 

『はい、今回観測した波形は今まで観測したエネルギーとはとは異なる波形をして、未知な物であり、今回の現象は我々連邦生徒会にとって到底無視する事のできない事案です』

 

 確かに彼女の言う通りこれは看過できない。

 その手の知識に疎い私でも、このエネルギーは異常だという事が分かる。場所も比較的シャーレに近く、連邦生徒会が比較的自由に動けるシャーレに依頼を出すのも頷けた。

 

『実はこの放出現象、本来でしたら発生地点を中心に深刻な被害が出してもおかしくはありませんでした。予想される被害は半径約100m、深さ20mのクレーターが形成され、付近の住宅街に致命的な被害が出る筈でした』

 

「“でした……?”」

 

『しかしながら実際にそのような被害は報告されていません。放出源上空をドローンで偵察させましたが、問題は見つかりませんでした』

 

 本当に爆発が起きていたら大惨事どころの話ではない。

 生徒や住民に被害が及んでいない事に安堵しつつ、液晶を睨んだ。原因は何にせよ、今の連邦生徒会では原因を調査する余力はない。

 つまり、必然的に白羽の矢が立つのは自由に動けるシャーレという事だ。

 

「“私が直接現地に行って調べてくればいいんだね?”」

 

『はい、念のため数名の生徒を随伴して行動してください。───混乱を避ける為、随伴した生徒に対する機密保持も徹底させてください』

 

「“うん、そうだね。分かったよリンちゃん!”」

 

『───誰がリンちゃんですか。……それは兎も角、調査の方よろしくお願いします』

 

 リンちゃんはそう言い、通話が切れる。

 シンと静まり返る執務室。背もたれに体重をかけ、思案する。想像していた以上に事態は悪い。

 被害が無かったのは良かったけれども、早めに動いた方がいいだろう。被害が出る前に動かないと今度こそ大きな事件になりかねない。

 

「“何もなければいいんだけど……”」

 

 一人ごちる。何も無い方が良いに決まっている。

 今あるこの嫌な予感も気のせいだと思いたいけれども、根拠のない願望に頼っては駄目だと思い首を横に振った。

 

「先生、話は終わりましたか?」

 

「“うん、今終わったところかな”」

 

 少しだけ開いた扉から顔を覗かせる彼女に笑顔で返答し、視線をパソコンに移動する。

 はてさて、どう説明したらいい物か。

 考えながら、無意識に眉間に皺が寄る。

 

「なにかあったんですか?」

 

 訝しげな表情で僅かに首を傾げ、私をじっと見つめた。「“ちょっとね……”」と私は返し、続けて連邦生徒会からの依頼内容を話し始めた。

 

 

 

「エネルギー放出現象の調査、ですか……」

 

 手を顎に当て、考え込む。

 本音を言ってしまえばユウカにもこの仕事を手伝って欲しいけれども、セミナーの仕事もあるから無理強いは出来ない。その上、ここ数日の間彼女にはシャーレに来てもらっていたのだ。これ以上彼女に負担をかけたくもないという思いもあった。

 

「状況が状況ですので詳しい内容は人を呼んだ方が良いですね。生徒も私一人では調査の進みも限定的になりそうですし、ミレニアムの生徒にも声を掛けてみます」

 

「“え、ユウカも手伝ってくれるの!?でもユウカには最近手伝って貰ってばかりだし……”」

 

「何今更な事言っているんですか。それに、今回の件は直ぐに事に当たらなければいけないので、セミナーの立場からしても見過ごすことは出来ません」

 

「“じゃあ、お願いしようかな”」

 

 これ以上ユウカに頼むのも気が引けるのだけれども、彼女が言うのなら仕方がない。それに、ユウカが手伝ってくれるのなら心強い。

 丁度今日シャーレに来る予定の子もいる事だし、人手は思ったより以上はやく揃いそうだ。

 そう思いながらさっき届いたモモトークのメッセージを開いた。

 

『遅れてすいません!あと少しで到着します!』

 


 

「うぅ、本当にすいません先生……」

 

 大丈夫だよ、と言い肩で息をするヒフミを見た。

───走って来たんだろうな。実際、本来来るはずだった時間から一時間以上の遅刻、最初は電車に乗り遅れたのだろうと考えていたが流石に遅すぎるので確認を取っていた。

 トラブルに巻き込まれていない事に内心安堵しつつ、理由を聞いた。

 

「“どうして遅れたのかな?”」

 

「えっと、その……。シャーレに来る途中、モモフレンズに興味がありそうな方と会いまして───その、あぅ……」

 

 そう口ごもる彼女に苦笑する。「“次からは気を付けるんだよ”」ヒフミにこれ以上罪悪感を与えぬよう優しく、丁寧に諭す。ヒフミがモモフレンズをどれほど好きなのか知っているつもりだ。友人と特定の話題で盛り上がるのは別に悪い事ではない。

 

「あの、今日は先生のお仕事を手伝いに来たんですけど……。何をしたらいいんですか?」

 

「“うーん、まだ人が集まってないからね。集まったら話すよ”」

 

 集まる、と言ってもヒフミ以外に来る生徒はウタハ一人だが。

 「この時期は色々と忙しく、都合が合ったのは彼女だけでした」申し訳なさそうにユウカは言っていたけれども、一人来てくれるだけでも十分だ。数日前から準備していたのならまだしも、何しろ急な事なのだから仕方がない。ゲーム開発部の子達やC&Cの子達も来てくれれば心強いかったが、無理に呼び出す訳にもいかない。

 生徒達の活動を邪魔するのは教師としてもっての外だから。

 

「待たせてすまない。今来たよ先生」

 

「“急な頼みなのに来てくれてありがとうウタハ”」

 

「先生の頼みなら喜んで引き受けるよ。それで、そこのトリニティの子は?」

 

 ヒフミの事を見ながらそう言うウタハ。

 それに対し、ヒフミは慌てて自己紹介をした。

 

「あっ!わ、私トリニティ総合学園二年の阿慈谷ヒフミって言います!先生のお仕事のお手伝いに来ました」

 

「“一時間遅刻したけどね”」

 

「そうなのか?私はミレニアムサイエンススクールエンジニア部部長白石ウタハだ。よろしく頼む」

 

「うぅ、ごめんなさい先生……。えっと、ウタハさんこちらこそよろしくお願いします!」

 

 勢い良く頭を下げるヒフミにウタハは苦笑する。

 二人の挨拶はまずまずといったところだろうか。そう考えていると私のすぐ隣に居たユウカがコホンと咳払いをし、「揃ったことですし早速始めましょうか先生」と彼女は言った。

 

「“うん、そうだね。ユウカには説明したけど、連邦生徒会からある場所の調査を依頼されたんだ。それで皆には調査の手伝いをして欲しいんだ”」

 

 あらかじめプリントしておいた簡単な資料を渡す。

 資料、といっても調査する場所の地図だけだ。ユウカと話し合った結果、彼女たち二人に余計なプレッシャーを与えない為にもなぜここを調査するのか説明しない事にしてたのだ。とは言え、ある程度の説明は必要だろうが。

 

「先生、ここに何かあるのか?」

 

「“分からない。連邦生徒会もある程度の調査をやったみたいだけど、これと言った異常も無かったみたいだよ”」

 

「異常が無かったらどうしますか?」

 

「“その時は私が問題はなかったって言っておくよ”」

 

 ただ問題は、後数時間で日没になる事ぐらいだろうか。

 森の中とは言え、地図を見る限りだと地形も複雑と言う訳でもなく電波も届く場所だ。アロナも頑張ってくれるようだし、心強い。

 だからと言って油断しても良い理由でもないし、調査を延期する事も出来ない。

 

「説明も終わった事ですし、早速行きましょうか先生」

 

「“そうだね、日没までに終わらせよう”」

 

 そう言いながら私は皆を見渡した。

 準備も万端のようで、今すぐにでも出発できそうだ。そう判断した私はシッテムの箱を手に持ち、生徒たちを連れ目的地へ向けて歩き出した。

 何気ない、普段通りの街並みを歩く。到底リンちゃんが話していたような異変が起きたとは思えない日常がそこにあった。

 

「“……ついたね”」

 

 この先に何が私たちを待っているのか、私たちは知らない。




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