人の心を持ってしまった魔族 (キサラギSQ)
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プロローグ・人の心を得た魔族

衝動的にかきました。


 私という存在を認識したのはいつだったか。

 血濡れで、生臭い内臓に歯を突き立てた時、目覚めた、ような気がする。

 森に迷い混んだ人間という種族の子供、それを衝動のまま殺し、衝動のまま血肉を啜った。

 記憶にあるのはそれだけ。

 人間の子供の体を食らい尽くした後、腹が膨れた満足感の中、私はこうやって生きていくんだと本能的に理解出来た。

 

 その頃の私には、人間を殺して食べる事に何も疑問はなかった。

 森に潜んで、入ってきた非力な人間を殺し、食べる。

 血濡れでは警戒されると学び、食べた後は水浴びをして血を落とした。

 薄汚れていると無警戒に近付いてくる事があるので、水浴びの後は土の上を転がった。

 こめかみにある角が見えると逃げられる事を知って、髪を伸ばしてそれを隠した。

 

 そんな日々を過ごしていたある日、私は襲ってはいけない相手を襲ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ

 

 白い髪の、耳の尖った人間の子供、それを食べようと、いつも通り体を汚して近付いた。

 いつも通り近付き、いつも通り人間は私に声をかけ、いつも通り背中を向けた所で襲い掛かった筈だった。

 頭を殴打するつもりで石を握った腕、それが肩から無くなった。

 地面に落ちる私の腕と、肩から噴き出す真っ赤な血。

 私の血も赤いんだと思う間も無く、私を襲う激痛に肩を押さえてしゃがみこんだ。

 

「ぎゃあ!」

 

 悲鳴をあげた私をよそに、新たに現れた青い髪の人間が白い髪の人間に駆け寄っていく。

 

「大丈夫?」

 

「問題ないよ、こっちも用意してた」

 

「そっか。それにしても、こんな子供が……」

 

「子供だからだろう、この森で行方不明になったのは女や子供が多い。大方油断した所を……」

 

「理には適ってますね、実に魔族らしい」

 

 ぞろぞろと現れる人間達に、私は即座に立ち上がって逃げ出した。

 そもそも複数の人間を襲うつもりはない、今回は失敗だ。

 森の中を急いで逃げれば、人間達は私を追えない。

 筈だった。

 

ドスッ

 

 脚に何かが刺さって、その痛みに私はそこで転倒してしまう。

 振り返れば、白い髪の人間が手に持つ木の枝を私に向けていた。

 

「逃がさないよ」

 

「いや、やめて、しにたくない。たすけて、おかあさん」

 

 こう言えば人間は動きが止まる。

 私が食べた人間の子供の言葉をそのまま言ってるだけ。

 何故それで人間が止まるのかは知らないけれど、絶好の機会を生み出してくれる。

 その隙に、とまた逃げ出した。

 

ドスッ

 

 その瞬間、もう片方の脚にも何かが刺さる。

 再度転倒した私が驚いて振り返ると、白い髪の人間は、顔色をまったく変えてなかった。

 

「その手には乗らない。本当に魔族って奴は人の心がない獣だ。どうしようもないね」

 

 冷たい目線、そして放たれた何かにお腹を貫かれ、私の体は吹き飛んだ。

 次に感じたのは浮遊感、そういえばこの先は崖だったな、と思って。

 死ぬのかな、そう思った私はそこで初めて、産まれて初めて恐怖を感じたのだと思う。

 

 そこで私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シニタクナイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、平たく切られた木が目に入って驚いた。

 体を起こして辺りを見渡せば、同じような光景が目に入る。

 いくつもの木が並んでいるそれは、多分ちらっと見た事のある人間の住処だろう。

 私が寝かせられているのは木で出来た寝床。

 体には布がかけられていて、私の体にも白い布が巻き付けられていた。

 右の腕はやっぱりなくて、体を動かせば脚とお腹だけではなく、身体中から激痛が走る。

 そもそも何故生きているのかわからず首を傾げていると、物音がして私はそちらを見つめた。

 

「おや、目が覚めたかい」

 

 そこにいたのは白い髪で、しわくちゃの人間……私はあまり見たことのない人間だ。

 なんとなく食べても食いでがなさそうだと思いながらその人間をじっと見てると、その人間は私を見返してきた。

 

「覚えているかい?君は崖から落ちてボロボロだったんだよ。

 手当てはしたが……助かって良かったよ」

 

 成る程、どうやら私はこの人間に助けられた……らしい。

 だがなぜ助けたのだろう?

 私はほとんど死にかけてた筈だ、放っておけば手間もなかった。

 

「……何故?」

 

 思わず問いかけた言葉に、人間はその表情を緩めた。

 その表情に覚えがありつつ、まず私は人間の言葉に耳を澄ます。

 

「死にかけてる人がいたら、助けるものさ。

 私のような老人は、君のような若人が生き生きとしてる姿を見るのが生き甲斐のようなものだからね」

 

「……老人、若人……」

 

「かなり眠っていたんだよ?お腹空いただろう、果物でも用意するよ」

 

 人間……老人?老人はそう言ってその場を離れた。

 その此方を見る表情に、私はじんわりと胸に広がる何かを感じていた。

 なんだか温かく、ぽかぽかとするような気がする。

 それが何なのかその時の私は知るよしもなく、思い当たる事もなかった。

 

 そこで私は不意に気付く。

 先程の老人の表情は、私に手を差し伸べた人間達の表情によく似ていた。

 人間達がその表情を浮かべた後は酷く油断するので、食べるのに苦労しない。

 私にとって都合の良い表情。

 

 その表情が慈しみ、と呼ばれる事に気付いた私は、後に苦悩する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の老人との生活が始まった。

 老人は私をよく世話してくれた。

 血に染まった布を交換し、食事を用意し、排泄の補助までこなした。

 何故そこまでするのか疑問で疑問で仕方なかったけれど、ろくに体の動かなかった私は、それを甘んじて受け入れていた。

 

「しっかり食べて、しっかり傷を癒すんだよ」

 

「(もぐもぐ」

 

 本能ではこの老人を食べてしまいたかったけれど、もしまたあの白い髪の人間達に会えば、今度こそ死んでしまうかもしれない。

 ここは木で覆われていて外からは見えないし、傷も癒えてない。

 ぞわぞわとした何かを感じて、私は大人しくしていようと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分良くなってきたね、そろそろ歩けるようになりそうだ」

 

「そう……漸く……」

 

 実際に脚の痛みはほとんど感じられない。

 歩けるようになれば、もうこの生活は終わりでいいかな……?

 そう思いながら、私は老人が運んできた食事を口に運ぶ。

 老人はそんな私を眺めながらあの表情を浮かべる。

 首を傾げれば老人は首を振って笑う。

 そんなやり取りが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩けるようになったとある日、老人が穴を掘っていた。

 

「何をしてるの」

 

「ああ、昨日獣肉を食べただろう?食べれない部位を埋めて弔うのさ」

 

 見れば老人の傍らには、骨と革が置かれていた。

 私は骨ごとそのまま食べていたけれど、普通は食べないらしい。

 調理された骨付き肉を骨ごとバリバリ食べたら、驚いて止められていた。

 

「……調理された肉は美味しかった、また食べたい」

 

「そうかいそうかい。良かったね」

 

 穴を掘り終わったのだろう、老人は穴にそれらを放り込み、土をかけ始めた。

 なんとなく私も手伝い、やがて少しだけ盛り上がった土の前で、老人は手を合わせた。

 

「……何をしてるの」

 

「食べたこの子に感謝してるのさ。私達の血肉になってくれてありがとう、安らかに眠ってくれ、とね」

 

「……感謝……」

 

「生きるために食べるのは当然、けれど命を奪う行為はいけない事だ。

 だからこそ感謝を忘れないのさ。奪った命一つ一つに、血肉になってくれた感謝をする。

 さぁ、君も祈りなさい。君が美味しいと思えたのは、この子が必死に生き、その命を私達が奪ったからだ」

 

「…………よく、わからない」

 

「はは、まずは形だけでいい。祈りを」

 

 言われた通り、私は手を……片腕がないから片手だけで祈る。

 何故そんな事をするのかはわからない、今まで感謝なんて考えた事もなかった。

 安らかに眠るというのもわからない、死んだらそれで終わりだろうに。

 内心納得してた訳ではない、でも老人がそう言うから、私は言われた通りに祈った。

 

「ありがとう、安らかに」

 

 そう呟いた私を、老人はあの表情を浮かべて見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お爺さんと生活するようになり、私は様々な知識を得る事が出来た。

 先日の調理もそうだけど、人間の住処、家等、人間の間で常識とされるものを覚えていった。

 その中で、人間と魔族というものを知った。

 人間を食らう、人と同じ姿をした、化け物。

 特徴は頭に角が生えている事……私はそれなのだと直ぐにわかった。

 

「魔族なんてのは、産まれてこのかた、一度も見たことないけどね」

 

 私はそれに返事を返す事が出来なかった。

 魔族……確か白い髪の少女もそう言っていたと思い出した。

 実際にその通りだ、あの森で子供や女を殺して食っていたのは私だし、私の本能は自分が魔族だと訴えている。

 それならあの態度も納得だけれど……。

 

ブルッ

 

 不意に思い出した彼女の冷たい瞳と、死の恐怖に体が震えた。

 私はちらっとお爺さんの様子を見る。

 その表情はいつも通り私を見る表情で、私は何処か後ろめたく視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて月日は流れ、私の体を覆っていた白い布、包帯は完全に取り去られた。

 右腕も再生しないかと思ったが、お爺さん曰く普通は生えないとの事。

 如何に魔族とはいえ、失った腕は再生しないという事が証明され、私は内心肩を落とした。

 

「おめでとう。良く頑張ったね」

 

 そう言って頭を撫でてくれるお爺さんは、ニコリと笑う。

 

「今日はご馳走だよ、君の好きなお肉の香草焼きと野菜たっぷりのスープだ」

 

「おにく!」

 

 人間の行う調理というものに、私はすっかり心奪われていた。

 血生臭い肉を特に疑問も持たずに食べていたけれど、香草焼きは私の価値観を変えた。

 美味しい、というのはいいものだ……。

 

 ……ただ、時折どうしようもなく人を食べたくなる。

 魔族は人を食う事が本能に刻まれているのだろう。

 お爺さんが料理している後ろ姿を見て、今自分が果物を剥くのに使っているナイフを、その無防備な背中に突き立て、血肉を啜りたい。

 その衝動が常に付きまとう。

 ……いや、そもそも私はどうしたいんだ?

 私は魔族だ、人間を幾人も食らってきた魔族。

 何故お爺さんは食べないの?

 

 いや、今はそう、香草焼きを食べたいから。

 それだけ、それだけなんだ。

 お爺さんを食べたら香草焼きは食べれなくなる。

 こんな私に、香草焼きを作ってくれる人間は現れないだろう。

 だから、衝動は我慢出来る。

 それだけ、それだけ……。

 

「さ、出来たぞ、熱いうちに食べよう」

 

「うん!」

 

 お爺さんがあの表情で私を見る。

 胸に広がる温かさを感じて、私の頬が不自然に張るのを感じて、全てを見ない振りをした。

 この感情の名前をこの時の私は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまないね、こんな老人に付き合わせて……」

 

「……ううん、大丈夫」

 

 包帯が取れた日から、気付けば数年が過ぎた。

 あの日、私はお爺さんと別れるつもりだった。

 けれど何処に行けばいいか、私は咄嗟に思い浮かばなかった。

 以前のように森に潜み、人を食う生活に戻るつもりだったのに、私はそれを嫌だと思ってしまった。

 迷う私を見かねて、お爺さんは声をかけてきた。

 「君さえ良ければ共に暮らさないか」と。

 私は、それを受け入れてしまった。

 

 そこから変わらない生活を続けていたのだけど、とある時からお爺さんの動きが目に見えて悪くなった。

 怪我をした訳でも病気になった訳でもない。

 老い、というものらしい。

 お爺さんは「生物には定められた時間がある」と、言っていた。

 死ぬ前には身体能力は衰え、少しずつ弱っていくのだという。

 私はそれに対して、人間を作った奴は悪趣味だと思った。

 お爺さんはまだここにいるのに、弱った体ではあの美味しい香草焼きはもう作れないのだ。

 

「……お爺さんは死ぬの?」

 

「ああ……もうそう間も無くだと思う……君のような若人の時間を使わせてしまってすまないね……」

 

 以前とは比べようもなく声に力がなく、お爺さんは一日のほとんどをベッドで寝て過ごした。

 食事を与え、体を綺麗にして、排泄も手伝った。

 私が怪我していた頃とは逆の状態なのが、不思議な感覚だった。

 

 ただ、世話をするのに片腕だと難しかった。

 気付けば私は魔法のようなものを使っていた。

 不可視の右腕、まるで本当の右腕のように使えるその魔法は、お爺さんの看病に重宝した。

 お爺さんも驚いたような顔をして、それを受け入れていた。

 

「……ねえ、お爺さんは死なないで済むようになれないの?私、お爺さんの作った香草焼きがもう一度食べたいよ」

 

「すまないね……そんな都合の良いものはないんだよ……もうこんな死にかけは捨て置いて、君は君の生を生きていいんだよ……?」

 

「……ううん、最期まで、見届けてあげる」

 

「それは……ふふふ、いけない事なんだが、嬉しい、ね……」

 

「……私、森に果物でも探しに行ってくる」

 

「ああ……気を付けてね……」

 

 元気がなくなっても、お爺さんはあの表情で私を見つめてくれる。

 私はその表情に何処か安心感を覚えて、家を出て果物を探しに出た。

 

 不可視の右腕を使えば、高いところにある果物も簡単に取れる。

 まだ歩けた頃のお爺さんと散歩して取ってあげた時、お爺さんはとても喜んでいた。

 あとお爺さんがどれだけ生きられるのかわからない。

 出来ればそれまで、お爺さんが喜んで生きてくれればいい、そう思った。

 

 ……それが、魔族らしくないと知りながら、私の、本能の声は聞こえないふりをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが生きてるお爺さんと交わした最後の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 果物をとって家に帰ると、見知らぬ男達が2人、家の中で寛いでいた。

 想定外の光景に、私の頭は真っ白に染まった。

 

「……え?」

 

「お?なんだ?」

 

「なんだ?この爺さんの孫か?へへ、ガキだが別嬪じゃねえか」

 

 そいつらは私を見るなりニヤニヤと笑っていたけれど、そんな事はどうでも良い。

 問題なのは、お爺さんが、倒れて、血塗れで、ピクリともしてなくて。

 手元には割れた皿が、私の好きな香草焼きが、男に踏み潰されてて……。

 

「あぁ……あぁあああああ……!!あぁあああああああ!!!」

 

 人を殺そうと思って殺した事なんて一度もなかった。

 食べたいから結果的に殺しただけで、殺意なんて知らなかった。

 

 その時、私は、初めて人を殺したいと思った。

 

 ただ……頭に血が上ったせいで、すぐ横にいたもう一人の男に気付かなかった。

 

「うるせー、なっ!」

 

バキッ!

 

「あっ……」

 

 頭に強い衝撃を受けて、私はその場に倒れこんだ。

 ぼとぼとと果物が落ちて、果汁が床に染みを作る。

 霞む視界で、お爺さんが目を見開いたまま、苦悶の表情で動かないのを見て、私は体から力が抜けていくのを感じた。

 

「おいおい、殺すなよ?折角だから楽しもうぜ」

 

「金目のもんまったくなかったしな。こんなモン死にかけの爺が食ってどうすんだって話だよな」

 

「おい嬢ちゃん、悪いな、あの爺と関わっちまった不運を呪ってくれ」

 

 体をひっくり返され、お爺さんに村で買って貰った、可愛いと褒められた服を破かれる。

 何をされるのか、裸にされた体に、男が覆い被さってきて。

 下腹部に走る激痛に、私は悲鳴をあげる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅっ、スッキリしたぁ」

 

「元々傷もんみたいだが、この具合なら高く売れるだろ」

 

「よぉし、最後だ、受け止めたばっ!」

 

グシャ

 

「あ?どうしてべ」

 

グシャ

 

「なっ、お前まじょけ」

 

グシャ

 

「…………」

 

 三人で、何度も何度も私の体に腰を打ち付けてきた男達を、油断した所を狙って、不可視の右腕で頭を潰して殺した。

 私の体に折り重なりながら、脈打って私を汚す体が気持ち悪い。

 動かなくなった体を、そのままグチャグチャにしてやりたかったけど、これ以上家を汚したくなかった。

 静かになった家で、どうにか立ち上がって、私はお爺さんの元に歩く。

 歩く度に股の間から出る液体が気持ち悪い。

 

 お爺さんは、目を見開いて、苦しそうな表情で、背中にいくつもの刺し傷があって、血だまりの中で息絶えていた。

 

「お爺さん……ただいま……」

 

 その肩に触れて揺するもその体は冷たく、表情は動かない。

 改めてその事実に歯噛みし、その伸ばした手の先にある香草焼きを見る。

 男達に踏みにじられた香草焼き……。

 お爺さんは、こんなのを作れるような体じゃなかった。

 なのに、私が食べたいと言ったばかりに、無理して作ってくれたんだろう……。

 靴の跡がはっきりとついた香草焼きを掴み、私は口一杯に頬張った。

 

もぐ、もぐ、じゃり、がり、もぐ、じゃり、ごり

 

 目が熱い。

 視界が何故か滲む。

 お爺さんの最期の香草焼きは、冷めてたし、土まみれで、香草の量も多過ぎて、肉も干し肉だから堅かった。

 

 飲み込んだ私は、お爺さんの冷たい頬に手をあてて、意識して笑みを作った。

 

「美味しいよ、お爺さん……ありがとう」

 

 それでも、最高に美味しかった。

 なのに。

 

ぐぅー

 

 その時、お腹が鳴った。

 私のお腹が鳴った。

 今食べたのに、私の体は、本能は、もっと食えと言ってくる。

 体が求める物がなんなのか、直ぐにわかる。

 目の前の死体を、お爺さんを食えと、私の体は言ってる。

 

ドスン!

 

 私は思わず、自分の腹を殴った。

 

ぐぅー

 

 それでも鳴る腹に、私は何度も何度も自分の腹を殴り付けた。

 

「ふざけるな、ふざけるなよ私の体……!」

 

ぐきゅぅー

 

「黙れ黙れ黙れよ!お爺さんを食べれる訳ないだろ!食べたくない、食べたくないんだ!」

 

ぐきゅるるるるるる

 

 目から溢れた雫が、頬を伝った。

 お爺さんへの情と、魔族の本能、間に揺れる私は床に拳を叩きつけて、叫んだ。

 

「あぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男達は掘った穴に纏めて放り込み、不可視の右腕でグチャグチャに潰して埋めた。

 お爺さんの骨は、家の窓から見える所に穴を掘って埋めた。

 その上に手頃な石を置いて、簡素だけどお墓にした。

 お墓に花を添えて、私は祈る。

 

「ありがとう、お爺さん……どうか安らかに眠って……」

 

 骨だけになってしまったお爺さんに、私は心の中で謝り続けた。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 あれだけ助けてくれたのに、あれだけ温もりをくれたのに、あれだけ……慈しんでくれたのに。

 食べてごめんなさい、魔族でごめんなさい、恩知らずでごめんなさい。

 

 結局私は本能に負けた。

 お爺さんをほとんど食いつくした後、私は血だまりの中で呆然と座り込んでいた。

 

 お爺さんが、もういなくて、もう会話も出来なくて、もうあの表情を浮かべてくれない。

 おまけにその体は私が食べて、もう骨しか残っていない。

 お爺さんの血肉は、いずれは私の血肉となる。

 

「けど……お爺さんが生きててくれたほうが嬉しい……」

 

 人の命は、そういうものなんだ。

 誰かの勝手な都合で奪われる。

 それを悲しむ者がいる。

 お爺さんがそうだった、本当はもう少し生きれた。

 けど、あの男達のせいでお爺さんの命は身勝手に奪われた。

 私はそれを悲しんだ。

 

 でも、私もそれをしてたじゃないか。

 

 そう気付いた瞬間、私にとっての世界はひっくり返ったように感じた。

 私が食べた人達は死にたかったのか?

 死んで悲しんだ人達はいなかったのか?

 こんなに苦しい、私と同じ思いをした人を何人作り出したのか?

 

 お爺さんの墓の前の地面に、ぽたぽたと雫が落ちる。

 私の目から垂れる雫は頬を伝い、顎から零れ落ちた。

 

「……お爺さん、私、もう二度と人を食べない……ごめん、ごめんね、お爺さん……皆」

 

 お爺さんの墓の隣、一回り小さな石を置いて、私が今まで食べた人達の墓にした。

 本当の意味でそこには何もない。

 これは完全に私の自己満足。

 その墓石に祈り、願う。

 

「ありがとう、ごめんね……どうか安らかに……」

 

 身勝手だ、身勝手すぎる。

 勝手に殺して、勝手に食って、勝手に祈って。

 それでも、そうでもしないと私は、自分のした事の重さに耐えきれなかった。

 私が食べた少年には両親がいただろうに、少女には恋人なんかがいたかもしれない、女性は薬草を持っていたから怪我や病気の家族がいたのかもしれない。

 

 命を奪う事の重み、奪われた後の痛み。

 お爺さんに教えて貰った事だ。

 

 この後、私はどう生きるのか……正直今は何も考えられない。

 ただ、お爺さんに助けて貰ったこの命、お爺さんに恥ずかしくないように生きよう。

 そう、私は心に、お爺さんに、食べてしまった皆に誓った。

 

「……よし、まずは家の掃除しないと……」

 

 私は祈りを終えて、家に振り返った。

 家の中は土まみれ血塗れ果汁まみれでひどい有り様。

 ちゃんと掃除しないと後々絶対に大変。

 まずは水を汲んでこよう……。

 水を汲む桶を用意して、私は川へと向かう。

 まずは何から取り掛かるか、血はさっさと片付けるべきだよね。

 そんな事を考えながら、私は歩きだした。

 

 

 

 

 

 お腹の奥で、何かがトクンと鳴った。




誤字修正しました、ご報告ありがとうございます。


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魔族と人間

魔族が妊娠するかどうか?
自分のフリーレン世界では、する。



いきなりの高評価、感想、ここすき、ありがとうございます。


 異変に気付いたのは、お爺さんが死んでから数ヶ月経った頃だった。

 どうにも体調が悪い。

 吐き出す、という今までした事のない経験をしてしまった。

 しかも村に獣の革を売りに行った時に道端で……。

 

 村の人は私がお爺さんに拾われた孤児だと思っていて、割りと世話を焼いてくれる。

 お爺さんが死んだ後は村で住む事を勧めてくれるくらいに。

 けど私はお爺さんと暮らした家を捨てる事が出来なかった。

 そんな私に、村の人達は心配そうに集まってきてくれる。

 

「大丈夫かい?」

 

「……わからない、口から食べたものを吐き出すなんて、初めて……どうなってるのかわからない……」

 

 そんな話をしてる時にもまた込み上げるものがあって、私はまた吐き出してしまう。

 ビチャビチャと道端に吐き出される、消化途中の食べ物が、勿体無いと思ってしまう。

 

 村の人達は顔を見合わせると、何か心当たりがあるのか、ひそひそと互いで言葉を交わしていた。

 やがて意見が纏まったのか、一人の、女性の村の人が私に近づき、声を潜めて問い掛けてきた。

 

「もしかして、妊娠……してるんじゃないかい?お腹、膨れてるような気がするんだよ」

 

「……妊娠……?」

 

 妊娠とは……?

 そう聞くと、物陰に連れていかれ、ある程度の話を聞くことが出来た。

 生物は男と女に別れていいて、とある行為をすると、女は妊娠し、同族を増やす事が出来るのだと。

 そのとある行為とは、男の股間についている棒を女の股間に刺す事だという。

 

「……それなら心当たりがある。

 お爺さんを殺した奴らが、私にそのような行為をしていた記憶がある」

 

 暫く激痛が走り、ひどく歩き辛かった。

 そう言うと、村の人は酷く痛ましい物を見るような表情になった。

 

「そう……かい、辛い事を思い出させてすまないね……」

 

 そう言って私を抱き締めたその人は、きっと優しい人なのだろう。

 私はその男達にされた事を特に何も思ってはいない。

 ただ、お爺さんを害した事だけか腹立たしかっただけ。

 そいつらは今はもういないし、もうどうでも良いことだ。

 ただ、あまり近付かれると、どうしても食欲が湧いてしまうからやめてほしい。

 

 私はその抱擁をやんわりとほどくと、詳しく話を聞く事にする。

 結局私はどうすればいいのか、妊娠はどうやったら治るのか?と。

 それに対して少し困ったような顔をしていたけれど、ゆっくりと詳しく教えてくれた。

 

 結論として、私のお腹の中には、今新しい命があるのだという。

 撫でて見ると少し膨らんでいるようには感じるけれど…よくわからない。

 そしてそれは、産んだほうが良いと、そういう話だった。

 お腹の中で殺す、堕胎という行為はあるらしいのだけれど、町、村よりも沢山人と家があるような所じゃないと安全に行えないらしい。

 それにはお金も掛かるし……何より私はあまり沢山の人の目には触れたくはなかった。

 となると、産むしか選択肢はなかった。

 

「そんな男達の子供なんて産みたかないだろうけれど……」

 

「……大丈夫。気にしてない。子供、命、育める……それは良いこと」

 

 命を育む……知っている、知っていた魔族の生態からは考えられない事だ。

 それでも……折角私なんかの所に出来た命なのだから、と思う。

 

「……そうかい、それなら、産むまでの間は村にいたらどうだい?

 村まで遠いだろう?何かあっても直ぐに手助け出来るし」

 

「ありがとう……でも、大丈夫。私はあの家にいる」

 

「そう……よし、わかった。ならたまに人をやるよ。

 これから多分もっと辛くなるからね、お腹は重くなっていくし」

 

「……!?もっと……!?」

 

 も、もっと……!?今でもかなり辛いのに。

 私は狼狽えて視線をさ迷わせた。

 ……でも、あの家を出る気はない。

 

「……本当に大丈夫かい……?」

 

「だ、大丈夫……」

 

 心配そうな村の人に返した言葉は震えていたように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後その村の人には食べやすい果物を貰い、大きめのゆったりとした服をいくつか貰った。

 今着てる服はかなり体にピッタリなので、それではあまりお腹の子供に良くないとの事。

 他にも色々とあるけれど、後日、出産を経験した人を家に寄越してくれるらしい。

 妊娠の事なんて今日得た情報しかない私にとって、それは非常に有り難かった。

 

 家への帰り道、確かに少しぽこりとしてるような気がするお腹を撫でる。

 この中に、私の子供が、赤ちゃんがいる。

 好物を前にしたような高揚が私を包み、私の頬は知らず知らずのうちに吊り上がっていた。

 

 不思議な気分。

 私の中にもう一つ命があり、私はそれの糧になってそれを育てていく。

 動物の体に生える植物みたい。

 でもそれに対して胸が温かくなる気持ちを感じている。

 本当に……不思議。

 

 その時私の表情は、お爺さんと同じ表情をしていたのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から大変だった。

 一日中ひどい体調不良に襲われていた。

 ……つわり、というらしい。

 人間の母親は皆これを経験して、子供を産み、育て、増やしていく、との事。

 

 けどこんな状態では、普通はろくにご飯も手に入れられない。

 その為につがい、となる父親がいるのだという。

 生憎私を妊娠させた男達は土の中にいるので頼りにはならないけれど。

 ただ、私には不可視の右腕がある。

 右腕こそないけれど、かなり利便性の高いこれにはかなり助けられた。

 

 村の人達は本当に定期的に来てくれて、食べ物をよく貰った。

 更には色んなことを教えて貰い、色々と話をした。

 出産の事についても、人間として生きる為の事も。

 時折頭を撫でたり抱き締めたり、連れてきた人間の子供にお腹を触られたり。

 穏やかな気持ちでそれを受け入れてる一方で、それでも顔を出す本能を押さえ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数ヶ月が経った。

 お腹は順調に膨れていき、身動きを取るのが大変になってきた。

 時折中で動くのを感じる……痛いけれど、順調に育っている証拠でもある。

 

「さすがにそろそろじゃない?産む時一人だと、大変よ……?」

 

 ベッドで横になっている私の、膨らんだお腹を撫でる女性は心配そうに告げてくる。

 実際、出産についてかなり脅された私の心は揺れ動いていた。

 産む時に負担に耐えられず死んでしまう女性や、赤ちゃん……それではここまで私が何の為に頑張っていたのかわかったものじゃない。

 けど、この家で、お爺さんと共に過ごしたこの家だから穏やかに過ごせたのも確かで……。

 

「……わかった。明日、村に行く」

 

「……そう!良かった。それじゃあ村で準備しておくわ。

 明日、誰かを迎えに寄越すからね!」

 

 私はそれらを天秤にかけ、安全を取ることにした。

 今も私のお腹を蹴った赤ちゃんを、ちゃんと、無事に産む、

 それが先決だと思ったから。

 私の返答を聞いた女性は手をポンと叩くと顔を綻ばせて、立ち上がった。

 

「じゃあまた明日ね!」

 

 笑顔を浮かべた女性は、そう言って去っていった。

 その様子に、私は苦笑いを浮かべていた。

 

「……忙しないね」

 

 小さく呟いて、お腹を撫でた。

 

 お爺さんに拾われた頃に比べて、背も伸びたし胸も大きくなったのだけれど、妊娠してからは更に胸が大きくなった気がする。

 赤ちゃんは私の胸から出る液体を飲んで育つ為、胸の中にそれを溜るので大きくなるとか。

 ……しかし本当にこんな液体で育つのだろうか。

 胸の先端から滲む白濁色の液体……舐めて別に不味いものではないけれど、そう美味しいものでもない。

 これなら香草焼きでも食べたほうが……と思うのだが、そうではないらしい。

 人とは、赤ちゃんとは、妊娠とは、難しいのだと改めて思った。

 

「……ん、お腹空いた……」

 

 色々考えたからか、空腹を覚えたので、手頃な果物でも食べようとベッドから降りようとした時だった。

 

ズクン

 

 お腹の奥から強い痛みを感じて、起こそうとした体を止めた。

 

「あっぐぅううう……!」

 

 まるであの少女にお腹を貫かれた時のような痛みに、私はベッドの上に逆戻りした。

 お腹を蹴られた時の痛みなんて、比べようもない程の痛み。

 その痛みに頭も体も気を取られ、まともな動きが出来そうもない。

 ただベッドの上で痛みを堪えるだけしか出来なくて、私はただ顔をしかめて、声をあげるしか出来なかった。

 

「がぁあぁああああっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オナカスイタ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限界だと思った痛みは更に増していき、お腹が膨れているからのたうち回る事もできず、ただただ耐える時間が過ぎていく。

 こんな痛みに耐えてるあの女性達は、実はとんでもない猛者達なんじゃないかと、どうでも良い事を考えて、痛みに引き戻される。

 

 辛い、痛い、苦しい。

 もう、やめたい。

 不意に頭に過るのは甘い誘い。

 こんなの、いらないんじゃない……?

 思わず左手が、お腹に触れて……微かに中から鼓動を感じて、その思いは霧散する。

 

 何考えてる!私は産むって決めた!

 なら、途中で投げ出さない、やりきる!

 この子を、産んで、それで……。

 

 

 

 

それで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……うま、れた……の?」

 

 私の股の間から、漸く、か、赤ちゃんが本当に出てきた。

 お腹の膨れ具合と、自分の股間にある穴から見て、本当は腹が裂けて産まれるんじゃないかと思っていた。

 でも本当に産まれた……信じられない。

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

 産まれた赤ちゃんは泣き続けると聞いていたから、まずは泣き声が聞こえる事に安堵する。

 この子が入っていたお腹は既に凹んでいて、お腹が張る、重しを抱えている感覚はなくなって。

 やっと楽になったという解放感と、いなくなってしまったという喪失感。

 なんとも不思議な気分だった。

 

「よし、よし……」

 

 ベッドの上で血と液体にまみれた、私の赤ちゃんに手を伸ばす。

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

 元気に顔をしわくちゃにして泣く私の赤ちゃんは……。

 

「可愛い……」

 

 とても、とても可愛かった。

 髪はなくて、とても小さくて、お腹から……へその緒とやらが伸びてて。

 そんな小さな体で懸命に生きてる姿に、それを私が産んだという事に、胸の奥から暖かいものが溢れ、自然と涙が溢れてきた。

 出産時は死ぬかと思ったけど、こんなに暖かい気持ちになれるなんて思わなかった。

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

「ふふ……よし、よし」

 

 布でその体を拭いてあげて、目も開いていないその顔を撫でる。

 はぁ……良かった、無事に産まれて……。

 ああ、それにしても、少し疲れた。

 

 お腹空いたな……。

 

 お腹空いた。

 

 オナカスイタ。

 

「おぎゃあ!おぎゃ」

 

がぶ、がりがり、ぐちゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 血塗れのベッドで、私は、体を震わせていた。

 私の赤ちゃんだったものをその手に抱えて。

 もう右手しか残ってない、赤ちゃん。

 私の赤ちゃん。

 

オイシカッタ

 

「あぁ……」

 

 結局私は魔族だった。

 お爺さんを食べた時にあれだけ後悔して、苦悩して、もう食べないって約束したのに。

 なのに容易く本能の誘惑に負けた。

 しかも愛しいと思った、私の赤ちゃんを食べた。

 あんなに可愛いと、見てるだけで胸が温かくなったあの子を。

 これから、色んな事を見るはずだったあの子を……。

 

「うぷっ……おぇええええ……」

 

 そう思った瞬間、私は自分のした事のおぞましさに吐いてしまった。

 ベッドの上に、私の赤ちゃんだったものが散らばる。

 

「うぐ……あ、あああぁ……」

 

 けどそれは、私の赤ちゃんが本当の意味で無駄死にしたという事になる。

 散らばる肉片に、私は慌てて口をつけた。

 

「ごめっ……ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 じゅるじゅると音をたてて肉片を啜る。

 私の胃液も混じって酸っぱくて、血生臭くて、おぞましくて。

 それでもえずきながら私は吐いた赤ちゃんをもう一度食べた。

 

「はぁ……はぁ……あぐぅううううう……!」

 

 痛い、痛い、あれだけ温かかった胸に風穴が空いてしまったかのように、胸が痛くて痛くて仕方なかった。

 理由の違う涙が溢れて、私の頬を濡らす。

 

「ひっ……うぅううう……!あぁああああああああああああ!!!」

 

 人間のように振る舞っても、所詮私は魔族だった。

 また私は本能に負けて、しかも赤ちゃんの命を奪ってしまった。

 人を食らう魔族、自分の赤ちゃんすら食べるような、最悪で最低な存在だ。

 私は、泣き叫んだ。

 

 そして、大きく開けた自分の口に、不可視の右腕を突っ込ませて、私の歯を全てへし折った。

 もう、こんな歯はいらない……。

 

「ふぐ……いふぁい……えへ、へはははひ……」

 

 口から歯をもぎ取った右手が抜けた後は、おびただしい出血があって、物凄く痛かったけど……。

 産まれて直ぐに私に食べられた赤ちゃん程じゃない。

 その痛みに罪を灌いだ気にでもなってたのか、私は血を流す口を押さえながらも、少し笑っていたように思う。

 浅ましい。

 

 本当に、もう二度と、人間を食べない。

 食べたくなっても、歯がなければ食べれない。

 私は腕だけ残った赤ちゃんをお爺さんの隣に埋めて、小さな墓石を置いた。

 ごめん……ごめんね……私が、こんな私がお母さんでごめんね……産んで、ごめんなさい……。

 

 その子に、祈りを捧げた終えた私は、お爺さんと共に暮らした家に火を放った。

 赤ちゃんを食い殺した事、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せたかもしれない。

 けれど、結局あれだけ親身になってくれたのに、それらを全て裏切った私が、浅ましくて……逃げる事にした。

 

 全て私の責任だけど、それでもこれ以上は限界だった。

 

 私は、身をすっぽりと覆い隠せるフードつきの外套を身に纏い、その場を後にした。

 何処に行くのか、結局行く宛もないけれど……ここにはいられない、そう思ったから。

 

『いってらっしゃい』

 

「……え?」

 

 お爺さんの声がしたような気がして振り向くも、そこには何もなかった。

 けれど、何故かお爺さんのあの静かな視線を思い出して、少しだけ、心が軽くなったような気がした。

 そんな気持ちの中、私は夜の森の中をゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

『おぎゃあ!おぎゃあ!』

 

赤ちゃんの泣き声が、私を責めるような泣き声が、いつまでも頭から離れなかった。




誤字修正しました、ご報告ありがとうございます。


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魔族の旅

閲覧、評価、感想ありがとうございます。
お気に入りも沢山して貰ってとても嬉しいです。
こんなに反応貰えるとは思いませんでした、ありがとうございます。

今回はほのぼのです。

誤字報告ありがとうございます、修正しました。


 旅に出てみて、まず知ったのは私がとても恵まれた環境にいたという事だった。

 人間はかなり助け合う生物だけど、反面見慣れない相手に警戒心を抱きやすい。

 それが例えボロボロだろうと、余裕がなければ人は人を助けられないのだ。

 確かに思い返して見れば、私が森で人を食べていた頃、私に手を差し伸べてたのは幼い子供か、身なりの良い人ばかりだった気がする。

 

ズクン

 

 ……今更ながらに胸が痛む。

 人間の好意を貪っていた私に強く嫌悪してしまう。

 

 話を戻すと、私がよく行っていた村の人達は、かなり私に配慮していた事がわかった。

 私が狩った獣の革や肉を売りに行っても他の村ではほとんど買われないし、買って貰えたとしても、村の半分以下の価値だった。

 なめしが甘い、切り方が雑、そう言われてしまえば私に何も言える事はなかった。

 見様見真似でやっていた事は確かなのだから。

 

 兎に角、今までとはかなり違う生活になるだろう事がわかった。

 果物があまり見つからず、獣を見つけたので近くの村に寄ってみたのだけれど、こうなるとあまり近付かないほうがいいのかもしれない。

 けれど、野宿をするにも装備が必要で、それを得る資金すらない。

 幸いにも獣の処理の仕方を教えてくれるという、余裕のある人がいたので、その人に教えて貰える事となった。

 

「金はいらねえ、代わりに一晩……どうだ?」

 

「……?わはった(わかった)

 

 一晩?よくわからないけれど、金を取られないのは有難い。

 私はその人の教えを受ける事となる。

 教え方は丁寧でわかりやすかったのだけれど、夜が問題だった。

 一晩、とは私と行為をするという意味だったらしく、股間の棒を私に突き刺したくて堪らないらしい。

 行為も妊娠も出産も嫌な思いしかない。

 ……けれど、教えを受けてる身だから、と私はその男のベッドに仰向けで倒れこんだ。

 

 その男との行為はやはり痛くて、気持ち悪かった。

 必死な顔で腰を振る男に、私は冷たい視線を向けてただその行為が終わるのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝まで私の体を好き勝手した男は、自分が使っていたものだけど、と野宿、夜営出来る装備を差し出してきた。

 ……正直ありがたい。

 行為はやはり嫌いだ、痛いし気持ち悪いし、特に終わった後にどろどろと垂れてくるのが最悪だ。

 ……何処かで水浴びでもしよう。

 

 私はそれらを受け取り、それならもう用はないとその男のもとを後にする。

 

ありひゃほ(ありがと)

 

 そう告げて手を振る私に男は何か言いたげだったが、私は気にする事なくその場を去っていった。

 また男が私に行為をしてきたら、弾みで殺してしまいそうで怖かったから、追ってこなくて良かった。

 

 私はお腹を撫でる。

 行為をすれば必ず妊娠するという訳ではないらいしいけれど……今のでもし妊娠していたら……。

 

めんほう(面倒)……」

 

 数ヶ月経っても私の体調はそのままで、お腹が膨らむ事もなかった。

 胸を撫で下ろし安心すると共に……少しだけ残念だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に知ったのは、同族の事だ。

 何度か出会う事があった。

 皆意外な程に私には優しかった。

 右腕がなく、歯がなくて、ちゃんと話せない私を労るような素振りを見せていた。

 子供の魔族は、殺した人間の肉を差し出してきたし、食べれないと伝えれば気まずそうな雰囲気が伝わってきた。

 

 ……何故その心遣いを人間には出来ないのだろうか?

 同じような姿をしてるのに、何故そう平然と食べれるのだろうか?

 血の匂いでえずく私の背中を撫でる、子供の魔族の手の温かさに、頭がおかしくなりそうだった。

 

「あなたは変な事を考えるのね」

 

 額に小さな角のある、かなり長生きしてるらしい魔族が語る。

 

ひょう(そう)……?」

 

「魔族でそんな事考える奴はいないわ。

 私も知り合いも人間を理解しようとはしてるけど、人間を殺す事に特に思う事はないもの」

 

ひょう(そう)……」

 

 朗らかに、優しげに細められた瞳で放たれた言葉に、私は小さく頷いた。

 魔族は、そうなのだろう。

 人を殺すのに理由はない。

 私は覚えはないけれど、魔族によっては食べないのに殺す事すらあるという。

 私がもっと強かったり、弱い人が沢山いたりすれば、私もそうしていた可能性は否定出来ない。

 

「食べたものに対する感謝、ねぇ。人間は面白い事を考えるのね。

 でも、私は少しだけわかるわ。死ぬ前の人間の言葉を良く聞くから。

 その言葉を聞かせてくれてありがとう、って思うわ」

 

 それが感謝の言葉であってるわよね?

 そう言う魔族に対して、私の脳裏にはかつて死にかけた時の、白い髪の少女の言葉が甦っていた。

 

『魔族って奴は人の心がない獣だ』

 

 その通り、なんだろう。

 結局魔族は獣なんだ。

 同族に対する諦めが、私の心を染めた。

 

「あら、もう行くのね。気を付けてね?

 また会えたら、色々お話しましょう」

 

 ひらひらと傍目には愛想良く手を振る魔族に、私は手を振り返し、踵を返した。

 その細められた瞳から怪しい光を感じて、私はその場を足早に立ち去った。

 

 きっと彼女はこれからも人間を殺し続けるのだろう。

 それに何を思う事もなく、彼女のいう人間を知る、という行為の為に。

 なんておぞましいのだろう。

 いや、魔族としては彼女も異端だ。

 本能で人をただ殺す魔族に比べれば……。

 

 魔族が獣というなら、私はなんなのだろう?

 いや、決まってる。

 自分で産んで自分で食うような存在が、人間な訳がない……。

 

「ふぅう……」

 

 彼女の気配を感じなくなってから、漸く私は一息ついた。

 大きく息を吐き出して、額に滲んでいた汗を拭う。

 

 それでも私は……。

 

 私は……?

 

 ……どう、したいんだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅の途中、何度か人間を助けた事があった。

 馬車が道を踏み外して横転していたり、人が魔物に襲われていたり。

 

 馬車を不可視の右腕で掴んで直した時は、お礼に山程の干し肉を貰ってしまった。

 仕方ないのでしゃぶっていたけれど、これがなかなか悪くなかった。

 きっと美味しい塩や香草を使っているのだろう。

 もむもむと歯茎で噛んで味を出し、その味を楽しむ。

 不意に懐かしい香草の匂いがして、少しだけ瞳が潤んだ。

 

 人を助けた時、どうやらこめかみの角を見られてたみたいで、魔物を殺して振り返った時には恐怖の表情を張り付けていた。

 一歩近付けば悲鳴をあげて逃げ去ってしまって、私はそれを見送るしか出来なかった。

 普通の人にとっての魔族の印象なんてのは、そんなものだ。

 そして、それで良いと思う。

 魔族になんて心を許すものじゃない。

 

 そう、思っていたのに。

 

「ありがとう、ありがとう!美しくて強いなんて君はすごいな!」

 

 私は一人の男に付きまとわれていた。

 魔物から助けた時にかなり動いていたから、角が見えたとは思うのだけれど……。

 私がそう思ってこめかみの角を露にしても、男の態度は変わらなかった。

 

「角、あれか、魔族という奴か?初めて見たけど、君が恩人なのは変わらないよ!」

 

 そう言って私の手を握る男は満面の笑みを浮かべていて、私は戸惑ってしまう。

 

「……ひょう(そう)

 

 ……お爺さんも村の人も、私の事は人間として扱っていた。

 だから、魔族として扱われて、それでも私の近くにいる男に、私はどうしたらいいかわからなかった。

 

「旅をしてるんだ?僕もなんだ!宛は特になくてね、良ければ着いていってもいいかな?」

 

「……ひゅひにひゅれば(好きにすれば)

 

「ありがとう!」

 

 私の一人旅に、共に旅する変わり者が増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は表情のコロコロと変わる人間だった。

 私と会話していればいつもニコニコと笑い、周囲を見る時は穏やかな顔で、何か異変があればすぐに真剣な顔になって。

 色んな話をした、この世には想像した事もないような、色んな物があるんだと。

 ダンジョンを攻略した話や、依頼で大変な目にあった話、女に騙されて酷い目にあった話。

 面白おかしく話すそれらの話は、私にとってとても新鮮だった。

 そんな男との旅路は、悪くないものだった。

 お祖父さんと共に暮らしていた時に近い、けれど違う温かさを感じる。

 男も、初対面こそ私が助けたものの、弱い訳ではなく、魔物や獣と戦う時も私を守るように立ち回っていた。

 その様子を、私は不思議な思いで見ていた。

 確かに彼は弱くはないけれど、私のほうが確実に強い。

 強い者が自分より弱い者を助けるものなんじゃないの?

 そう問い掛けると、男は苦笑した。

 

「男にはそういう所があるんだよ」

 

ひょういう(そういう)……?」

 

 男は「カッコつけてるだけだよ」と続けた。

 やはりよくわからず、私は首を傾げた。

 

 ただ……その背中を眺めてるのは悪くないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼との関係が変わったのは、彼が私を庇って怪我をした時だろうか。

 狼型の魔物との戦いで、すばやい身のこなしに翻弄された時、完全に不意を突かれた一撃を、彼は私を抱き締め、その背中で受けた。

 血が飛び散る中で、揺れる視界と感情の中、咄嗟に不可視の右腕で魔物は即座に処理をした。

 

「だいじょうぶ!?」

 

 私は直ぐ様地面に倒れる彼の元にしゃがみこんだ。

 その背中からは血が流れ、服を赤色に染めていた。

 

「うっ……君は……怪我は、ない?」

 

 なのに彼は私を心配して、そんな事を言う。

 もっと自分を大切にするべきだと言っても、彼は私を優先した。

 それがむず痒くて……でも、何処か嬉しかった。

 トクンと、高鳴る胸がじんわりと温かかった。

 

 怪我は割りと深く、少し腰を落ち着ける必要があった。

 旅の中で少しずつ貯めた資金を使い、海の見える場所にポツンと建つ一軒家を借りた。

 何処かの小金持ちの別荘だったらしく、二人で悠々と暮らせる広さがあった。

 私はそこで彼を看病し、彼はそれを少し嬉しそうに受け入れていた。

 

 そこでの生活は穏やかだった。

 ゆっくりと時が過ぎる日々。

 何処か懐かしく、新鮮で平和な毎日。

 彼と共にご飯を食べ、怪我の手当てをして、排泄の……それは彼に慌てて止められた。

 

「げんきになったらどうする?」

 

 少し前からだけれど、私は漸く歯がない状態に慣れて、発音がわかりやすくなってきた。

 少し舌ったらずになるのは仕方ない。

 

「そうだね……今回僕の療養の為にかなりお金使ってしまったから、まずはまた稼ぎ直しかな」

 

「わたしがしょりしたけものはあまりうれないから、おねがいね」

 

「はははっ、君は解体の仕方が荒いからね」

 

 笑う彼に、私は頬を膨らませる。

 私だって頑張ってるのに、どうしても上手くいかないだけなのに。

 苛立ち交じりに干し肉を口にいれて、もむもむと噛む。

 

 じわじわと味が染み出てきた所で、彼が私をじっと見てるのに気付いた。

 干し肉、彼も欲しかったのかな?

 漸く味が出てきたところだったけれど、仕方ない。

 

「はい」

 

「んがっ!?」

 

 私の唾液でふやけ始めた干し肉を、彼の口に捩じ込んだ。

 噛めば直ぐに味が出てくるよ、私に感謝するといい。

 

「おいしい?」

 

 そのまま暫く口を開けたままの彼だったけれど、私がそう問い掛けるとゆっくりとそれを噛み始める。

 

「お、おいひいです……」

 

 彼は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにそう言った。

 

 その彼の様子に、私までなんとなく恥ずかしくなってきた。

 今更だけれど、口同士をくっつける事なんて番でなければほとんど起きないのだから、この行為は実はとても恥ずかしい事なのでは……?

 そう思い至って頬が熱くなってきたのを感じた私は、彼から顔を背けて、照れ隠しに彼の太ももをペシンと叩いた。

 

「あいたっ」

 

 私の唾液が彼の口に入った。

 それだけなのに、何故かとても恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の傷の具合も大分良くなり、そろそろ旅を再開出来る目処が経った頃、二人で海に沈む夕日を眺めていた。

 

「……ふしぎだよね。なんでまうえにあるときといろがちがうんだろう」

 

「そうだねぇ……頭の良い人達は色々と仮説を立ててるらしいけれど、僕達は綺麗だなーって思っておけばいいと思うよ?

 なんか色々と小難しい理由があるらしいからね」

 

「……うん、そうだね。とっても、きれい」

 

 海に沈み始めるオレンジ色の夕日は、青い空と海をそれぞれ染めていた。

 曇や波の影が複雑な模様のようになって、それがまた綺麗だった。

 そうやって暫く夕日を眺めていると、彼の手が私の手に重なった。

 私はその手から伝わってくる温もりに心地好さを覚え、その手を握り返した。

 

 そのまま夕日を眺めたまま時間が過ぎていく中、ふと彼が私のほうをじっと見つめている事に気付いた。

 夕日に照らされてオレンジ色に染まる中、彼は真剣な表情で私を見ていた。

 

「……どう、したの?」

 

 その表情に、何処か緊張した様子の彼に、私は少し戸惑う。

 私に向ける表情はいつも朗らかな彼にしては珍しい。

 

「ずっと、言おうと思ってたんだ」

 

 私の手を両手で包み、彼は私に真っ直ぐ向き直った。

 その言葉に、彼の表情に、何故か私の胸は高鳴った。

 ドクン、ドクンと激しく体が脈打ち、少し息苦しさすら覚える。

 

「なに……を?」

 

 何かが変わる、そんな予感がして、恐る恐る私は彼の顔を見上げた。

 

「僕は、君の事が好きだ。君に助けられた時からずっと。

 君と旅をして、その気持ちは強くなる一方だった。

 どうか僕とずっと一緒に居てくれないか?」

 

「すき……?」

 

 彼の言葉の意味がよくわからず、聞き返した。

 好き……?

 人間が番を作る時、好きになった相手と作る。

 それは知っているけれど、好きという感情の意味はよくわからなかった。

 

「そう、好き。その人を思うと胸が高鳴って、苦しくて、それでも一緒にいたい、そう思える人に向けた感情を、好きって言うんだ」

 

「すき……」

 

 もう一度繰り返す。

 その感情には、その感覚には覚えがあって、私は少しだけ俯いた。

 

「難しく考えなくていい、君は……アリーは僕と一緒にいるのは嫌かい?」

 

 そう優しく問い掛けてくる彼に、私は顔をあげて、彼の顔を見つめる。

 

「いやじゃない!ユーリとたびしてて、たのしかった」

 

「なら良かった。

 すぐに君にも僕を好きになって貰いたい訳じゃないんだ。

 でも、いずれアリーには僕を好きになって貰う、っていう意思表示なだけで……」

 

 ユーリがそう言いながら微笑む。

 私は、その言葉を途中で止めて、私の手を包むユーリの手を握る。

 

「ううん、ううん、わたし、いま、どきどきしてる」

 

 首を横に振って、私は今の私の思いを告げる。

 ユーリの手を私の胸に押し当てて、今もドキドキしてる事を伝えたくて。

 ……きっと、これが好きって事なんだ。

 

「ほら、どきどきしてる。いまもむねがきゅーってなって、くるしくて。

 でもユーリといたい、ふれあっていたい。

 ……わたしも、ユーリがすき。ずっと、いっしょにいたい」

 

 私の言葉に、ユーリは満面の笑みを浮かべた。

 そうしてそのまま、その腕を広げ、私を抱き締めた。

 

「そう、そうか、そうか!ありがとうアリー!嬉しいよ!

 ああ、嬉しいな、君が僕なんかを好きになってくれて……。

 情けない所ばかり見せてたと思ったのに、ああ、今日は良い日だ!」

 

 ユーリの腕の中は温かくて、身体中に熱が広がるようだった。

 胸の鼓動は早くなっていって、体が震える。

 苦しくて、でもその苦しさが心地好くて、私は腕の中でその身を任せた。

 

「すき、どうし……わたしたち、つがい?」

 

「番、そうだね、恋人。僕達は今日から恋人だよ、アリー」

 

「こいびと……ふうふのしんかまえ……?」

 

「はははっ、そう、そんな感じだよ。

 改めて、これから宜しくアリー……」

 

「うん、ユーリ……」

 

 私を抱き締めていたユーリは、私の肩に手を置いて少しだけ体を離してきた。

 温かくて良かったのになんで、と見上げると、ユーリの顔が私の顔に近付いていた。

 

 あ、これ、これ知ってる。

 好きな人間同士が唇を合わせる、行為。

 人間の好意の表し方のひとつ。

 

「きす……」

 

 ユーリの唇が私に触れる寸前に、呟く。

 そっと私の唇に触れたユーリの唇。

 ユーリに包まれたような感覚が、不思議と心地好かった。

 私はそれを受け入れて、静かに目を瞑る。

 目を瞑る直前、視界の端で夕日が沈みきるのが映っていた。

 

 私とユーリの関係は、こうして旅の仲間から、恋人になった。

 そっと唇を離したユーリに、私は自然と浮かんだ微笑みを向けた。




主人公
アリウム、愛称アリー
人間の男
ユリオプス、愛称ユーリ

誤字報告ありがとうございます。修正しました。


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魔族と恋人

閲覧、お気に入り登録、評価、感想、ここすき、ありがとうございます。
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 漸くユーリの怪我が癒えた。

 背中には少し傷痕は残っているけど、痛みはないようだ。

 

「よかった……もうむりしないでね」

 

「保証しかねるかな」

 

「むー」

 

 そんな風に言うユーリにもたれ掛かり、頬を膨らませた。

 ユーリは苦笑して、私の膨らんだ頬を撫でた。

 

 私達は、恋人となって、旅を再開した。

 

 ユーリと恋人になって、変化した事はない。

 

「アリー?あまりくっついていると歩きにくいよ」

 

「わたしはだいじょうぶ」

 

「……まぁ役得だからいいけども。……前はそうじゃなかったろう?」

 

 ……変化した事はそう多くない。

 目的なく進み続けて、色んな景色を見て、様々な体験をする旅。

 ユーリが隣にいる旅路は、全てが新鮮に思えた。

 

 そんな日々を続けたある日、宿屋で日課のおやすみのキスをした時。

 ユーリは優しく私をベッドに押し倒した。

 少しずつ人間を学んでいた私は、これがユーリが性行為を望んでいる行動だと理解出来た。

 

 勿論私は性行為が好きではないし、いい思い出もない。

 けれど恋人、ひいては夫婦とは性行為をするものなのだと言う。

 子供の為とはいえ、あんな行為をするとは、世の中の女性の方々は本当に立派だ……。

 

「……いいかいアリー……?」

 

 私が乗り気ではないというのは、ユーリにも伝わってしまったようで、恐る恐る問い掛けてくる。

 それでも、そう、女性との性行為は男性にとってとても気持ちが良いらしい。

 私を抱いた男達は皆気持ち良さげで、必死に腰を振っていた。

 

「……うん……いいよ」

 

 ユーリの為なら、ユーリが気持ちよくなるなら、多少の痛みと気持ち悪さは我慢する。

 私は頷いて、ベッドの上で力を抜いた。

 

 

 

 

 

「え……あっ……なに……?」

 

 

 

 

 

「しらない、しらない、こんなかんかくしらない……!」

 

 

 

 

 

「おなかのおくがへん……!あつい……!」

 

 

 

 

 

「あっ、だめ、だめ、だめ……!」

 

 

 

 

 

「―――――ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーリとの性行為は、とても……気持ち良かった……。

 変に高い声が出て、お腹の奥がじんじんして、身体中がびりびりした。

 頭がふわふわして、チカチカして、身体が蕩けたような感じがした。

 

「すごかった……」

 

 ユーリの腕の中で、私は心地好い疲労感に包まれていた。

 性行為……セックスがこんなに気持ち良いとは思わなかった。

 多分……相手がユーリだから、好きな人だから、なんだろう。

 あの嫌悪感しか抱かなかった行為が、こうまで変わるなんて。

 

 私はユーリを見上げる。

 慈しみの表情を浮かべるユーリに、私の胸は高鳴る。

 

「可愛かったよ、アリー。

 あんなに嫌がってたから不安だったけど、気持ちよくなって貰えて良かった」

 

 熱くなる頬を誤魔化すように、私はユーリの首筋に頭を擦り付けた。

 でも、本当に気持ち良かった。

 今までの行為はなんだったのか、って感じ。

 お腹に残る感触すら愛おしい。

 

「だって、いままでいたくてきもちわるかったから……。

 でも、ユーリとのせっくすはすっごくきもちよかった」

 

「そう言って貰えるなんて、男冥利につきるね」

 

「うん……ほんとうにきもちよかった。

 おやすみのきすとおなじく、にっかにしよ?」

 

「そ……それはちょっと……僕干からびちゃうよ……」

 

 日課にするのは駄目らしい。

 残念……。

 苦笑いを浮かべるユーリの胸に頬擦りし、その鼓動を感じる。

 トクン、トクンと鳴る心臓の音に安心する。

 疲労感に身を任せ、私はユーリの腕の中で、ゆっくりと目を瞑った。

 こんな気持ちの良い事を隠れてしてるなんて、世の恋人を持つ女性の方々は本当にズルい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーリと定期的にセックスするようになって数ヶ月、私達はダンジョンに挑戦していた。

 魔王を討伐したとされる勇者パーティ、彼らが攻略したと言われている迷宮の一つだ。

 まぁ、なので危険度はそう高くない。

 挑戦もどき、観光みたいなもの。

 ただ、人の手が入ってる訳ではないので、獣や魔物に襲われる事はあるらしい。

 今のところはただ歩いてるだけだけど、警戒は解かずに進んでいた。

 

「勇者パーティは徹底的に探索したらしいから、もし宝箱があっても空か、ミミックだろうね」

 

「みみっく?」

 

「宝箱に擬態する魔物さ。

 宝箱にはロマンが詰まってるからね、騙される人は多いと思うよ」

 

「へぇー」

 

 擬態、かぁ。

 

「まぁ、あの高名な勇者パーティならそんな罠も未然に防いで、引っ掛かる事なんてなかったんだろうなぁ……。

 あ、噂をすれば宝箱」

 

 ふと目の前にはドン、と如何にも宝箱、という形の箱が置いてあった。

 微かに変な魔力も感じるし、こんな分かりやすい所にある宝箱が手付かずなんてのは有り得ないよね。

 まぁ間違いなく罠でしょ。

 

「ん……たしかにへんなまりょく。

 あれがみみっくなんだね……え、なにしてるの」

 

「いや、開けてみようと思って……」

 

「なにしてるの……ぜったいわなだよ……」

 

 呆れて目を細めて見つめると、ユーリは慌てて弁明を始めた。

 

「い、いやぁ、ほら、もしかしたら、ってのがあるだろう?

 あまりにもあからさま過ぎるから皆スルーして、みたいな……」

 

「…………すきにすれば」

 

「ああ!アリーが出会った頃みたいな塩対応に!

 そんな冷たい態度も良いけどね!

 まぁまぁ見てなよ、きっとすごいお宝が入ってるから!」

 

かぱり

 

ばくっ

 

「ぐわぁあああ!」

 

「きゃぁあああ!ユーリぃいい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四苦八苦しつつ、上半身を噛み付かれたユーリから、ミミックをどうにか引き剥がす事が出来た。

 

「もう!もう!いったじゃん!いったじゃん!」

 

「ご、ごめんよ……でも宝箱ってのはロマンだからさ……!」

 

 私の不可視の右腕に捕らわれて、空中で浮いてる宝箱の姿をしたミミック。

 それを見て何処か清々しい表情を浮かべてるユーリに、私は頬を膨らませた。

 あんなに牙がずらりと生えてるとは思わなくて、物凄い心配したのに!

 

「もう、ばか!」

 

 苛立ち交じりに、私はミミックを壁に思い切りぶん投げた。

 全部こいつのせいだ!と八つ当たりもかねて。

 

 そうしたらなんと、丁度当たった部分の壁がぐしゃりと崩れてしまった。

 

「「あ」」

 

 呆気に取られた私達の声が重なる。

 ガラガラと壁の破片が散らばる中、私達の視線は、その中から新たに現れた小ぶりな宝箱に釘付けだった。

 

「こ、これは……」

 

 ユーリがいそいそとその宝箱に駆け寄る。

 今度は私も止めなかった。

 魔力はあまり感じないし、明らかに隠されていた物……これが本物じゃなければ私は怒るぞ。

 

 ユーリは期待に満ちた表情で、その宝箱に手をかけた。

 

かぱり

 

「おお……!すごいよアリー!お宝だ!」

 

 感嘆の表情になったユーリを見て、一応警戒を続けていた私は、安堵の息を吐いた。

 

 そして、私も近付いて確かめてみると、金銀財宝ざくざく……とまではいかないものの、綺麗な宝石や黄金が少し入っていた。

 

「おお……おたから……」

 

 ……でもお宝なのはいいけど、見る限り本当にただの宝石と黄金って感じだね。

 隠してたにしてはこう……少し肩透かしというか。

 魔道具すらないし、小ぶりな宝箱なのにスカスカだし。

 

「ははは、アリー!」

 

 それでもユーリは見つけられたのが嬉しいらしい。

 満面の笑みを浮かべると、私を抱き締めてきた。

 

「ひゃひっ」

 

 突然の行動に驚いて変な声が出た私を気にせず、ユーリはそのまま私を抱き上げてくるくると回りだした。

 

「流石僕のアリーだ!勇者パーティすら発見出来なかった宝箱を見つけるなんて、なんて凄いんだ!」

 

 すごいすごい!と手放しで褒めてくるユーリに、私は照れてしまって、考え事は吹き飛んでしまった。

 お宝なのは確かなのだし、いっか!となってしまって。

 私の口元は、自然と吊り上がっていた。

 

「え、えへへ……そうかな……」

 

「ああ、君は最高だ!すごいよ!」

 

 そう言ってぎゅーっと抱き締めてくるユーリを、私は笑って受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見つけたお宝を持ち帰り、一部を換金する事となった。

 実際総額としては私達の資産の数倍はあると思う!

 ……根無し草の私達の資産なんてたかが知れてるのに、それの数倍がどれ程の物かって話ではあるけどね。

 まぁそれでも私達にとって大金には違いない。

 ユーリには美味しいものを食べて貰って、私も高い果物でも買ってみようかな……。

 

 そんな事を考えながら、いつも通りユーリの腕に体を擦り付けようとした。

 その時、不意に目眩がしてバランスを崩してしまった。

 

「おっと、アリーが倒れそうになるなんて珍しいね。……アリー?」

 

 倒れそうになった私はユーリが受け止めてくれたのだけれど、突如として体に広がっていく不調、気持ちの悪さ。

 この不調に覚えがあった私は、血の気が引いていくのを感じていた。

 俯いた私を、ユーリが心配そうに覗き込んでくる。

 左手でお腹を擦り、私はユーリを見上げた。

 

「……にんしん……したかも……」

 

 パァッと表情を明るくするユーリに対して、私の心は深く深く沈んでいく。

 思い出すのは私の赤ちゃん。

 頭に鳴り響く泣き声。

 途端に口の中に血の匂いが広がって、私は堪らずに吐いた。

 

「うっ……おぇえええぇ……」

 

 何も食べていないから胃液だけが吐き出され、黄色がかった液体が地面を濡らした。

 

「だ、大丈夫かいアリー……?顔が真っ青だ……」

 

 ユーリの顔は喜色から一転、ひどく心配そうに歪められた。

 荒い息を吐く私の背中を座するその手が、とても有り難かった。

 でも、それでも気分は晴れない。

 思い出してしまった血の味に、そのおぞましさに体が震えた。

 

「はぁ……はぁ……ユーリ……。

 どうしよう、にんしん、しちゃった……。

 また、たべちゃったら、どうしよう……どうしよう……!」

 

「……どういう事だい?」

 

 私は、ユーリに伝えた。

 以前子供を産んだ事がある事、そしてその子供を産んだ直後に食べた事を。

 そして言い切ってから、しまったと思った。

 基本的に私とユーリの旅において、私が自分の事をユーリに言った事は殆どない。

 私がユーリの話を聞くばかりで、何も……。

 私が人食いだった事も、恩人を食べた事も、赤ちゃんを食べた事も、ユーリは知らない。

 そしてそれが、人間にとって忌むべき事だという事を、私は、知ってる……。

 それなのに、勝手にはしゃいで、浮かれちゃって……!

 ユーリがそれをどう考えるかなんて……!

 

「ご、ごめんなさい、だまってて……だまして……!」

 

 ユーリからくる言葉が怖くて、顔を見るのが怖くて、私は目を瞑って俯いた。

 目から出た雫が頬を伝うのがわかった。

 

「わたしはまぞくだから……!

 みみっくとおなじ、ぎたいしてるばけものだから……!

 ひっく……あのこだって、いきたかったのに……!

 わたし……ひっく……わたし……にげちゃってぇ……!

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ―――」

 

「……アリー」

 

 気付けばユーリの腕の中だった。

 ボタボタと涙も、鼻水すら垂らして、私はしゃくりあげる。

 

「アリーがそんな事を思ってたなんて知らなかった……。

 気付かなかった僕を許してくれ」

 

 ユーリは私の頭を抱き寄せて、頭を撫でてくれる。

 それが暖かくて、なのに涙が溢れた。

 

「なんでユーリがあやまるのぉ……わたしが、ぜんぶわるいのに……!」

 

「恋人は、夫婦は分け合うものなんだよ。喜びも、悲しみも。

 アリーの痛みも悲しみも、僕に分けていいんだよ。

 ……アリーの過去に何があったかは詳しくはわからない。

 けど、少なくとも僕が出会ってからのアリーは、角の生えただけの可愛い女の子だったよ」

 

「でも、ひっく……でも……わたし、ひとたべたぁ……!」

 

「僕と出会ってから一度もそんな素振りなかったじゃないか?」

 

「ひっく……ひところしたし、あかちゃんたべたぁ……!」

 

「今の君なら大丈夫だよ。そんなに後悔してるじゃないか。

 それにもし食べそうになっても、僕が必ず止めるよ」

 

「ユーリよわいから、ひっく……むりだよぉ……!」

 

「いいや、絶対止めて見せる。約束するよ、アリー。

 この子は必ず守ってみせる。そして君自身も。

 ……夫婦になろう。そして、僕の子供を産んでくれ」

 

 ユーリのその言葉に、私の涙は三度溢れた。

 小さく頷いて、ユーリの胸に顔を埋めた。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな私のひどい顔を、これ以上見られたくなかった。

 

「うん……うん……!

 なんで……そんなにうれしいことばばっかりいうのぉ……。

 わたし、わたし……ひっく、もう、だめだって思ってたのに……」

 

「大丈夫、僕はアリーを愛し続けるよ。これも約束だ。

 ずっと、ずっと一緒にいるよアリー。だから、君の苦しみを、僕にも分けてくれ。

 二人なら、乗り越えられる筈だよ」

 

「うぅ……あぁああああぁ……ひっく……えぇええん……!」

 

 私は、ユーリに抱き着いて、泣いた。

 泣き続けた。

 背中に手を回して、必死にしがみついた。

 そんな私をユーリは、泣き止むまで、ずっと優しく撫で続けてくれた……。

 

 この人が私を好きになってくれて、この人を好きになって、良かった……。

 

 温もりの中、そう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の赤ちゃん。

 

 愛しい赤ちゃん。

 

 愛しい人との愛の結晶。

 

 ……なのに、なのになんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで角が生えてるの?



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魔族と家族

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今回は、きっとエグいです。


 私達は迷宮で手に入れたお宝を全て換金し、以前ユーリの療養の為に借りた家を購入する事にした。

 そして、そこで定住して、子供を育てて行く事になった。

 私が魔族とバレる可能性を考えると人里からは離れたほうが良いので、私もそれに賛成した。

 そこそこの期間住んで色々と慣れているし、景色も綺麗。

 ……何よりユーリに告白して貰った海辺は、私のかけ替えのない思い出。

 そこで住んで生きていけるのは悪くない。

 

「おとうさんが、おかあさんにこくはくしてくれたばしょだよ」

 

 膨れたお腹を優しく撫でながら、私は海を眺めていた。

 今回、ユーリがどうしてもと言うから、助産婦を雇っていた。

 独り暮らしの老婆らしく、そろそろ産まれるだろうから、と泊まり込みで世話をしてくれている。

 魔族である事をそこまで気にしていないようで、有り難かった。

 

 お婆さんからは出産について更に詳しく教えて貰ったし、食事も歯がない私でも美味しく食べれるものを作ってくれた。

 おまけに赤ちゃんの食事にも流用出来るから、と普通の食事も含めて、作り方なんかを教わっていた。

 料理……手間はかかるけれど、私の作ったそれを、ユーリは笑顔で食べてくれた。

 その笑顔の為なら、これからも作っていけると思う。

 

 ご飯もしっかり食べて、ユーリに愛され、心も体も充実している。

 不安が完全に晴れる事はない。

 けど、ユーリと一緒なら…きっと大丈夫。

 

「……わたしもがんばるから、げんきにうまれてきてね」

 

 そして、ある日の真夜中に私は産気付く事になる。

 そんな状態で臨んだ出産……。

 出産は、問題なかった。

 いや、苦しかったし痛かったけれど、ユーリが手を握ってくれてたから耐えられた。

 一人の時とは比べ物にならないくらい、順調だったし、負担は少なかった。

 ……問題、だったのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、頭が見……ひっ」

 

 お婆さんの小さな悲鳴が響いた。

 赤ちゃんの頭が出て来た、そのタイミングだった。

 

「どうしました!?」

 

 ユーリは焦ってお婆さんに問い掛ける。

 お婆さんの顔は、少し血の気が引いているようだったけれど、首を小さく振って、私を見つめた。

 

「いや……もうひと踏ん張りだよ」

 

 私はその言葉に深く考える事は出来ず、頷いた。

 

「はい……!んんーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は荒い息を吐きながら、疑問符を浮かべていた。

 漸く出産を終えた筈、私の中から赤ちゃんは出た筈なのに、産声が聞こえないのだ。

 けれど、お婆さんに焦った様子はなく、粛々と赤ちゃんを布で拭いて、包んでいるようだった。

 

「あかちゃん……は……?」

 

 堪らず体を起こして、処理を終えたお婆さんに問い掛ける。

 お婆さんは眉を下げ、口を引き結び、布に包まれた赤ちゃんをそっと手渡してきた。

 もぞりと動いたのが見えて、死にそうな程に顔を青くしていたユーリの表情が明るくなった。

 ちゃんと無事に産まれた……良かった。

 もぞもぞと動く様子に、二人て目を合わせて安堵の息を吐いた。

 

 ……だからこそ、何故お婆さんがそんな顔をしているのかがわからなかった。

 

「……男の子だよ」

 

 そう言って手渡された赤ちゃんを左手で受け取り、その頭を見たその瞬間、お婆さんの表情の理由がわかった。

 一目見てすぐにわかった、わかってしまった。

 

「これは……角……?」

 

 その子には耳の後ろくらいから、上に向かって伸びる角が生えていた。

 そこまで大きくはないが、それはこの子が魔族として産まれたという事に他ならず……。

 既に開いている瞳には、魔族特有の空虚さを既に持っていたように、私には見えた。

 じろ、とユーリを見つめる赤ちゃんに、私の背筋に悪寒が走った。

 

「…………!」

 

「アリー!何をするんだ!」

 

 私は咄嗟に膝の上に赤ちゃんを置いて、その赤ちゃんの首に手を伸ばした。

 けれど、それは直ぐにユーリに阻まれてしまう。

 手を捕まれた私は、ユーリのほうを見た

 

「はなして……!このこ、まぞく、だよ!まぞくは、だめ、ひとじゃないんだよ……!」

 

「それでも僕達の子供だ!それに、魔族と言っても君のような人がいるだろう?」

 

 真剣な顔で言うユーリに、私は言葉に詰まってしまう。

 

「っ……それ、は、いないとはいいきれないけど……!」

 

 でも、でも……!

 私の中にある同族への不信感を上手く言葉に出来ず、私の目にはじわりと涙が滲む。

 そんな私をユーリは抱き締めて、私を落ち着かせようと頭を撫でてくる。

 ……そうわかってても、安心感を覚えてしまって、私の高ぶった心は落ち着いてしまう。

 

「大丈夫、大丈夫。この子を信じてみよう?僕達の子供を。

 それに、ちゃんと人として育てれば、きっと君のような優しい子に育ってくれるよ。……ね?」

 

「…………うん……」

 

 私はそれに頷いた。

 この子を生かす事に不安はあるけど……殺さないで良い事に安心してしまう私もいて……。

 複雑だったけれど、それでも私はユーリの言葉を信じる事にした。

 膝の上で、空虚な瞳で私達を見つめる魔族の赤ちゃん。

 私達の子供、この子を魔族にするか人にするか、それは私達にかかっている……のかもしれない。

 私と同じ薄紫の薄い髪を撫でて、私達は微笑みかける。

 

「元気に育つんだぞ。……ニコライ」

 

 男の子だったらニコライ、そう名付けると決めていた。

 ニコライと名付けられた魔族の赤ちゃんは、パチパチとユーリと同じ黄色い目を瞬かせ、此方をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時の選択を後悔しなかった日は、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコライはすくすくと……うん、恐らく魔族の特徴なんだと思うけど、すぐに、本当にすぐに大きくなった。

 確かに私も気付けば森の中で人間を食べていたくらいだし、赤ん坊という時期は魔族にはないのかもしれない。

 だから抱いて乳を吸わせていられたのは精々一ヶ月くらいで、既に離乳食を食べている。

 出産時に私達の様子に心配して、暫く様子を見に来てくれていたお婆さんも苦笑していた。

 

「手がかからないけど、少し寂しいわね」

 

「……うん」

 

 お婆さんからは赤ちゃんの頃は死ぬ程大変で、と色々と脅されていたから肩透かしを食らった気分だ。

 確かに少し寂しく思った。

 

 お婆さんは今日で様子を見るのをやめるそうで、最後にニコライに手を振って私達の家を後にした。

 ユーリに抱き上げられながら、ニコライは表情をあまり変えずにひらひらと手を振ってその姿を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに大きくなったのは寂しいけれど、それは同時に人に危害を加えれる姿に、人を殺せる力を得たという事でもある。

 私達はよくよくニコライに言い聞かせた。

 人間は食べてはいけない、人間を殺してはいけない。

 一度、ユーリに噛みつこうとしている事があった。

 それをユーリはしっかりと避けて、苦笑しながらゆっくりじっくりとそういう事をしてはいけない、と説いていた。

 ニコライの瞳は変わらず空虚で、表情に乏しく、ちゃんとわかっているかは判断が出来ない。

 ただこれは魔族の特徴のようなものでもあるので、心には響いていると思いたい。

 実際ニコライはその後ユーリに噛みつこうとはしなかった。

 その様子に私は胸を撫で下ろしていた。

 

「ほら、大丈夫そうだろう?」

 

 出産から一年が過ぎた頃くらいには、ニコライは既に少年と呼べるような見た目になっていた。

 ご飯は既にユーリと同じものを食べ、よく二人で遊んでいる。

 その光景に暖かい物を感じながらも、心の隅に張り付いた不安は取り除かれる事はなかった。

 

「そうだね、よかった」

 

 けれど、それを表に出す事はない。

 傍目には上手く行っていると思う。

 ニコライは私の言う事もユーリの言う事も良く聞いてくれる。

 我が儘も精々ご飯をもう少し食べたい、と要求するくらいだろう。

 それもユーリが少し分け与えればニコリと笑って、お礼も言う。

 私がそれに少しだけ苦言を呈して、皆で笑う。

 暖かな家族、と見たものは言うだろう、そんな光景だった。

 

「ニコライ、今日は何をして遊ぼうか!」

 

 ユーリは毎日ニコライに構って楽しそうにしている。

 一日の午前か午後はニコライと目一杯遊んでいて、とても楽しそうだ。

 それでいて夜はニコライが寝静まってから私を可愛がってくれる。

 行為を終えてユーリの腕の中、私は問い掛けた。

 

「だいてくれて、うれしいけど……ユーリは大丈夫?むりしてない?」

 

「無理?そんなのしてないよ。

 愛する息子を愛して、最愛の人を愛する、夫として当然の事をしてるだけさ。

 それに毎日毎日幸せ過ぎて元気が有り余っててね!

 むしろ今日は、乱暴だったかと思ってるくらいだよ」

 

「……うん……たしかに、きょうは、すごかった……。

 でも、わたしもすっごく、きもちよかった……よ?」

 

「………………」

 

「……ユーリ……?」

 

 突如表情の抜け落ちた顔で私に覆い被さるユーリ。

 セックスを再開したユーリに、私は朝まで鳴かされる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のユーリとの第二子の妊娠が発覚した。

 その時のユーリの喜び方は凄かった。

 抱き上げられ、グルグルと回され、ぎゅっと抱き締められて熱烈なキスをされた。

 ……ニコライの目の前で。

 

「ニコライ!君の弟か妹が出来るぞ!」

 

「おとうと……いもうと……?」

 

「そう、お母さんのお腹の中にいるんだよ!」

 

「お母さん……お腹、いる?」

 

「もう、ユーリったら……そうだよ、ニコライ」

 

 ニコライは不思議そうな表情で、私のまだ膨らんでいないお腹をペタペタと触る。

 既に人間でいう8歳くらいの大きさになったニコライは、首を傾げて私を見上げた。

 その頭を優しく撫でて、私は告げる。

 

「はんとしくらいしたら、うまれてくるよ。そうしたらニコライはおにいさんだね」

 

「お兄さん……」

 

「そう、このこのこと、おにいさんとしてまもってあげねて」

 

「……わかった」

 

「うん、おねがいね」

 

 頷いたニコライを私は抱き締める。

 私はよくニコライを抱き締める事にしていた。

 私の胸の暖かさを、ニコライにも伝えたかったから。

 それにニコライも心地好さを感じてくれているようで、時折そのまま私に身を任せて寝入る事もあった。

 今も目を細めてくれている。

 きっと思いは伝わっている筈。

 私は、笑みを浮かべてニコライの頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妊娠した私を手助けする為に、ユーリはニコライとの遊びの時間を削る事にしたらしい。

 

「仕方ないけどね……」

 

「お父さん、僕は大丈夫だよ。お母さんをお願いね」

 

「ふふ、ニコライのほうがききわけがいいね」

 

 必然的にニコライは一人で遊ぶ事が増えた。

 あまり遠くに行かないように、と、人や獣に見つかると危ないから物音がしたら、すぐ逃げるようにと言い付けておいた。

 出来れば家の中で過ごして欲しいけれど、あまり縛り付けるのはどうか、というのはユーリの教育方針。

 色々と心配はあるけれど、大体は家から見える砂浜での砂遊びをしていたので、安心していた。

 

 けれど、そろそろ出産の時期が近付いてきた頃、ニコライが砂浜にいない時があった。

 ユーリは、少し冒険したくなる事もあるだろう、と傾き始めた日をちらちらと見ながら足を踏み鳴らしていた。

 その様子を微笑ましく思いながらも、私は変な胸騒ぎを感じていた。

 けれど実際、日暮れ前にはニコライは帰ってきた。

 膝に擦りむいたような跡はあったけど、それ以外に怪我はなく、私は胸を撫で下ろした。

 

「あまり遠くに行くなって行っただろう?心配したぞ」

 

「……ごめんなさい、お父さん」

 

 素直に謝るニコライを、ユーリがぎゅう、と抱き締めた。

 

「謝れて偉いぞ!流石お兄さんだな!」

 

「……苦しい、お父さん……」

 

 そんな暖かい光景を眺めながらも、何故か私の胸騒ぎは収まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当はもう一度助産婦のお婆さんにお願いする予定だったのだが、遠出しているのか他の患者さんでもいるのか、何度か足を運んでも留守だったらしい。

 今更魔族の私の助産婦を請け負ってくれる人を探すのも大変なので、今回は助産婦なしで出産する事となった。

 少し不安だけれど、そもそも私の初めての出産は一人だった。

 

「それにくらべれば、ユーリがとなりにいるだけでぜんぜんちがうよ」

 

「そうかい?うん、僕も出来る限りの事はするからね」

 

 ユーリの手を握りながら、私は微笑む。

 ユーリといれるだけで、私はいくらでも頑張れるよ。

 握る手の暖かさを感じながら、私はふと、外を見回した。

 

「あれ……またニコライ見えないね……」

 

「そうだね……最近森の中によく行ってるみたいだよ。

 まぁでも、呼べば来るくらいの近さにはいるんじゃないかな?」

 

 少し心配だけど、ニコライは良い子だし、大丈夫だよね?

 それにしても、森か……。

 

「もり……か」

 

 ぞわり

 

「……?」

 

 理由のわからない寒気が走って、私は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコライはちゃんと日暮れ前には帰ってきていた。

 そしてその日の夕食。

 私は基本的に木の実や果物を磨り潰して食べる、というか飲んでいたのだけど、妊娠してからニコライがそれをしてくれるようになった。

 私の子の優しさに感謝しながら、今日も頂こうと口をつけようとした時、突如として私は産気付いた。

 

ガシャン!

 

 ニコライが磨り潰してくれた木の実の入ったコップを思わず取り落とし、お腹を押さえた私に、ユーリが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「アリー!……生まれそうなんだね、ベッドに行くよ」

 

「……ふぅっ……ニコライ……ふぅっ……がんばる、ね」

 

 じっと私を見つめるニコライの視線に気付き、私はどうにか笑みを浮かべ、そう伝えた。

 

 

 

 小さく頷いたニコライの視線は、魔族らしく、変わらず空虚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぎゃぁ!おぎゃぁ!」

 

 

 

 

 出産を終えた時、今回の子はかなり大きく、今までにない程の痛みに耐え続けた私は、そのまま気を失ってしまった。

 意識を失う直前に、そう、ユーリの人間の女の子だよ、という言葉で安心してしまったのもある。

 産声も聞こてきた事で、ちゃんとした人間の赤ちゃんだ、とわかった。

 人を産んであげる事が出来て良かった、と私は胸を撫で下ろした。

 ところで今は深夜……かな?

 目を覚ました時、私はしっかりとベッドに寝かされていて、ユーリがちゃんと後処理してくれたのだろう事が察する事が出来た。

 しかも今寝ていた部屋には誰もおらず、私を気遣ってくれた事もわかる。

 ……でも、赤ちゃんの姿を直ぐに見たい、という私の思いも察して欲しかったな。

 

 私はベッドから立ち上がった。

 足がフラつくけれど、目を覚ましたからには赤ちゃんの姿が見たい。

 そう思って、私は部屋を出た。

 廊下に出たら真っ暗だったけれど、一部屋だけ明かりが漏れていた。

 この部屋に赤ちゃん……女の子ならマリーと名付けるつもりだったから、マリーがいるのかもしれない。

 私は、ふらつく足を叱咤し、その部屋へと早足で向かう。

 そしてその扉を勢い良く開き―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 噎せ返るような血の匂いに、目を見開いた。

 

 背中の無数の刺し傷、血だまりに倒れるお爺さん(ユーリ)

 

 そして、赤ちゃん(マリー)を貪る、(ニコライ)

 

 既視感のある光景に固まる私をよそに、ニコライはマリーを咀嚼していた。

 

くちゃ、ごり、ごり、ばり、がり

 

 私に気付いたニコライは口の中のものを飲み込むと、笑みを浮かべて、その、既に息絶えた赤子を、マリーを、私に、差し出してきた。

 

「お母さん……疲れた?お母さんも……食べる?」

 

 口の周りを血で真っ赤に染めた我が子の姿に、いつかの子供の魔族の姿が重なった。



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魔族と勇者

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 私は気付けばニコライの首に手をかけ、押し倒していた。

 それを、ニコライは表情を変えずにその空虚な瞳で私を見る。

 ぎり、と左手に力を込め、その首を絞める。

 

「なんで……なんでっ……!」

 

 ポロポロと、ニコライの顔に私の目から流れた涙が落ちる。

 愛しさと憎しみの板挟みに、胸がひどく痛んだ。

 

 その時、苦しみから、顔をしかめたニコライの口が開いた。

 血塗れの手で、私の腕を掴んで、言葉を紡ぐ。

 

「なんで……死にたくないよ、ママ……」

 

 掠れたニコライのその言葉に、私は目を見開いた。

 左手からは力が抜けて、ニコライは涙目でニコリと微笑みを私に向けてきた。

 

「ありがとう、ママ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな魔族の首を、私は不可視の右腕でねじ切った。

 

カランカランカラ……

 

 背後で音がして、振り返ってみれば、血塗れのナイフが転がっていた。

 ……わかってる、わかってた、私の子供だもんね、似たような事、出来ると……思ってたよ。

 

 さっきの言葉は、ただ私を油断させる為の言葉、何の感情もない……!

 私が自分を害する者だとわかったから、排除する為だけの……。

 それに……。

 

「……ママ、なんてことば、おしえてない……!」

 

 私の目からは涙が溢れた。

 

「やっぱり、やっぱりこのこは……!」

 

 姿が見えない時、もしかして、と思っていたけど。

 

「ひとを、たべてたんだ……!」

 

 そんな日は、ユーリにご飯をおねだりしてなかった。

 さっきの言葉は、きっと食べた人間の言葉……私にも、覚えがある。

 それがわかるくらいに、人を、食べてた……!

 気付けた、もっと早くにこの子の本性には気付けた!

 私が、今の生活を壊したくなかったから、見ないふりをして、そのせいで……。

 

 足元から塵に還っていくニコライ。

 私がねじ切った首は空虚な瞳のまま、私をじろりと見た。

 

「…………なんで?」

 

 その言葉だけ残して、ニコライは塵に還った。

 何も、何も残らない。

 最後の言葉にもきっと意味はない、ニコライは魔族だったから。

 私の言葉を繰り返しただけ、理由があって言った言葉じゃない。

 私の胎から産まれただけの、言葉を理解しない獣。

 人食いの、私の大切な者を奪った憎むべき相手。

 

 なのに、なのに、なのに、なのに!

 

「う、ううぅうううう!」

 

 胸がひどく痛い。

 それでも私は、ニコライを愛してた。

 憎めない、憎みきれない!

 でもこれ以上生かしてもおけなかった!

 痛くて、苦しくて、私は胸を押さえて踞った。

 流れる涙が、床に溢れていく。

 

「…………う」

 

「っ!」

 

 その時、小さな呻き声に気付いた。

 バッと前を見れば、血だまりに倒れるユーリの体がピクリと動いた。

 閉じられていた瞳がゆっくりと開かれる。

 生きてる……生きてる!

 

「ユーリっ!」

 

 急いでユーリに駆け寄る。

 半分開いた瞳を覗き込んで、その頬を手で撫でた。

 ただ、その頬は驚く程冷たくて、私の顔は思わず歪む。

 

 ユーリの口が震え、ゆっくりと開く。

 

「アリー……ごめん……」

 

「なんで、あやまるの……!?」

 

「ニコライの事……止められなかった……マリーも……守れなかった……」

 

 じわりと浮かんだ涙が、ユーリの目から溢れる。

 

「いい、いいよ!ユーリさえいきてれば、なんどでもうんであげるから!」

 

「はは……そういうものじゃ、ないだろう……?

 でも、ごめん……約束……守れそうにないや……」

 

 ユーリの震える手が、私の手を掴む。

 その手も驚く程冷たくて、ユーリに触れてるのに、胸に穴が空いたみたいだった。

 

「ユーリ、ユーリぃ……」

 

 私は、察してしまった。

 もう、ユーリはたすからない……。

 ユーリの目は、既に私を見れてすらいない。

 

「ずっと、君と生きていきたかった……。

 ああ、幸せだったなぁ……君と過ごした日々は、幸せ……だった……」

 

「やだ、やだよユーリ!しなないでぇ……おねがいだからぁ……!」

 

 ユーリの手から力が抜けて、その手を握っても握り返してくれない。

 

「君を遺して行く僕を……どうか許してくれ……アリー……」

 

「おねがい、おねがい……!ユーリぃ……!

 わたしをひとりにしないで……!しなないでよぉ……!」

 

「ごめん、ごめんね、アリー……ずっと、愛してる…………」

 

 目をゆっくりと閉じたユーリの頭は、カクンと傾いて、そのまま、動かなくなった。

 ポタポタと流れる涙がいくらユーリの顔を濡らしても、ユーリは動かない。

 動かない。

 

「ねぇ……ユーリ……ユーリぃ……!いかないでぇ……!ひとりに、しないで……ねぇ……!」

 

 体を揺すっても、ユーリは動かない。

 あれだけ触れれば暖かったのに、心が暖くなったのに。

 冷たい。

 

「ユーリ……」

 

 私は、もう二度と動かないユーリの唇に唇を重ねた。

 ユーリの頬を撫でて、ゆっくりと離す。

 

 最後のキスは血の味がした。

 

「……なんで……こうなるの……?」

 

 愛しい人の亡骸に、覆い被さるように抱き付く。

 涙が止まらない、胸に穴が空いてしまったかのように痛くて、苦しい。

 ユーリの笑顔はもう二度と見れない。

 ユーリの声はもう二度と聞けない。

 もう二度と抱き締めてくれないし、愛を囁いてはくれない。

 

「わたしが……ニコライをみてみぬふりしちゃったから」

 

 そう。

 

「わたしが、ニコライにあいをおしえられなかったから」

 

 そうだ。

 

「わたしが、まぞくだから」

 

 そうだよ。

 

「わたしが、わたしが、わたしが……」

 

 そうだよ!

 

「わたしがユーリをころしたんだ!わたしが、わたしのせいで、ぜんぶこわれた!ぜんぶわたしがこわした!」

 

ガリガリガリガリガリ

 

 私への苛立ちに、頭をかきむしった。

 ずきりと痛んで、血が垂れてくる。

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 涙を溢れさせて吠えても、ユーリは戻らない、マリーも、ニコライも、みんな、みんな死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰のせいで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のせいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ……」

 

「あはははははははっ……」

 

「結局、魔族の私が、人間と一緒になって、人間みたいに幸せになれるなんて、思っちゃいけなかったんだ……」

 

「あははははっ……全部、私のせいだ」

 

「全部……全部……あはははははっ」

 

「……寒い、よぉ……ユーリぃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が登ってから、私はのろのろと動き出した。

 罪悪感で、今にも死にそうだった。

 私は、ユーリとマリーの亡骸、そしてニコライの塵を埋葬した。

 お墓を作って、三人を弔う。

 三人とも、私のせいで死んだんだから、弔うべきだと思ったから。

 どうか、せめて安らかに……私なんかに祈られても、意味なんてないかもしれないけど。

 

 

 

 ああ……私の全部、なくなっちゃったな……。

 

 燃える私達のだった家に背を向けて、私は歩き出す。

 

 行く宛もない。

 

 初めて出産した赤ちゃんを食べたのと同じ、ただ逃げる為の行為。

 

 それでも、とてもここに留まる事は出来なかった。

 

 フードを目深に被って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最寄りの村で、通行人が話していた内容に私は更に罪悪感を募らせる事となった。

 薄紫の髪をした子供の魔族が、助産婦のお婆さんを殺した疑いがある、そういう話だった。

 発見された魔族の子供を助産婦のお婆さんが庇い……その後誰も姿を見ていないらしい。

 時期的にも、特徴もほぼ間違いなくニコライだった。

 

「ああ……」

 

 私達に次ぐ時間共にいたお婆さんに庇われて、それか。

 ただ、ニコライを責める気持ちにはなれなかった。

 結局魔族は、そういう種族だから。

 それを変えられなかった私が悪いとしか言えない。

 

「……ごめんなさい」

 

 あれだけ世話になったお婆さんには、本当に申し訳無い事をした……。

 私はその場で謝る事しか出来ず、足早にその村を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、ある時、餓死寸前の人間の子供を見つけた。

 しかも、町の中で。

 通行人に話を聞けば、あれは親を亡くした子供なのだという。

 幼い身で親を失い、路頭に迷う子供、この世にはそんな子供達が、沢山いるのだという。

 そんな子達を一人一人救う事は簡単ではない。

 孤児院という形である程度手助けをしてはいるものの、手が足りないのが実情らしい。

 この町にも孤児院はあったが、院長だった人が老衰で亡くなり、そのまま閉鎖してしまったのだという。

 

「可哀想だが、俺達にも余裕はあんまねぇからなぁ……時々飯を分けてやるにも、数が、なぁ……」

 

「……なるほど」

 

「あいつなんかは親が魔族に騙し討ちで殺されたんだよ。

 かなり腕の良い漁師だったんだがな……本当に可哀想だ」

 

 その言葉を聞いて、私は気付けばその餓死寸前の子供の前にしゃがみこんで、自分用の果物を差し出していた。

 

「……たべれる……?」

 

 虚ろな瞳だったその子は、差し出された果物を信じられない物を見るような目で見た後、私を見つめた。

 その瞳に微かに光が宿ったのが見えた。

 震える手で果物を掴んだその子は、ゆっくりとそれを口に運んだ。

 

しゃく……

 

ぽろ……

 

 一口齧ったその子は、小さく笑みを浮かべて、涙を一滴落とした。

 

「あり……が……」

 

「いいよ、なにもいわなくて。ゆっくりたべて」

 

 私がそう言えば、その子は小さく会釈だけして、果物を食べる事に集中し始めた。

 その様子に私は……空虚なままの胸が、少しだけ埋まるような 気がした。

 

 この子の頭を優しく撫でて、その時私は、心の中で、ひとつやる事を決めていた。

 どうせ宛もなく、生き続ける事になるなら、せめて人の為に生きたい、そう思ったんだ。

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

 口元に果物の汁をつけたその子の口を拭いてあげながら、私は問いかけた。

 

「きみみたいなこどもたちのいるところに、あとであんないしてくれない?」

 

「……?」

 

 その子は頭に疑問符を浮かべながらも、私に頷いてくれた。

 まずは、それが第一段階、かな。

 

 幸いにも少し資金はある。

 ユーリと迷宮で見つけたお宝の残り……。

 ……これが贖罪になるかはわからない。

 でも、これをしたい、そう思ったから。

 だから私は…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、孤児院を経営するようになった……」

 

 長い思い出話を終えて、私は、目の前で私の出したお茶を飲む男性を見据えた。

 青髪の男性、かつて魔王討伐を成し遂げたパーティのリーダー。

 そしてかつて……私の右腕を切り裂いた、男。

 勇者、ヒンメル。

 魔王討伐から20年程だろうか?

 彼も大分老けてるように見えた。

 

「……話はわかったよ。長々とありがとう」

 

「……」

 

 ユーリを亡くしてから数年後、私は身寄りのない子供達を集め、育てる孤児院、それの院長として生きていた。

 忙しく、騒がしく、大変な日々だった。

 そんなある日に、唐突に彼が、勇者ヒンメルがここを訪ねてきた。

 なんでも、小さな噂だけれど、魔族が経営している孤児院、という話が立っていたらしい。

 もしかすると、角でも見られたのかもしれない。

 そうして念の為、と勇者直々に確認に来たのだと言う。

 そして更に恐ろしい事に、彼は私を覚えていた。

 腕を切り、仲間の魔術で殺し損ねたかもしれない魔族、として、魔王討伐後もその周辺で被害者が増えていないか等の調査を続けていたらしい。

 ……率直に言ってヤバイ、それをなんて事ない事のように言いながら、朗らかに笑みを浮かべていたのが更にヤバイ。

 これが、勇者と呼ばれる人間なのか。

 

「ただ、ひとつ聞きたいのが、お金はどうしてるんだい?

 ここには20人くらい子供達がいるよね?それを世話するお金は何処から……?」

 

 そう問い掛けてくる勇者ヒンメルに、私は間髪入れずに言葉を返した。

 

「体を売ってる」

 

 勇者ヒンメルは一瞬目を見開き、苦笑いを浮かべる。

 

「……成る程ね、納得したよ」

 

 そう呟いてから、勇者ヒンメルは口を閉ざし、手を組んで考え込む。

 何を考えているかはわからないけれど、私が頼むのは一つだけだ。

 

「……勇者ヒンメル」

 

 頭を下げ、テーブルに額をつけた。

 左手の平も上に向けてテーブルの上に差し出して。

 無抵抗の証。

 

「私は殺して貰って構わない。ただその後、ここの子供達をお願いしたい」

 

 そう言った私に対して、勇者ヒンメルの困惑した様子が伝わってきたように思う。

 ただ、私は頭を下げ続け、お願いするしかなかった。

 

 私は魔族だ、勇者ヒンメルは魔王を殺した。

 なら、魔族である私を生かす事はないだろう。

 話を聞いた理由はよくわからないけれど、まあ、私が生き残れる事はないと思う。

 ……心配なのは子供達の事。

 元々ここの孤児院は誰もやる人がいなかったから廃れた。

 私がいなければまた直ぐに廃れる事だろう。

 そうなれば子供達は皆また、路頭に迷う事になる。

 でも、子供達の事を勇者が保証してくれれるならば、大丈夫だろう。

 それなら、私としてはもう文句はない。

 

「……僕は」

 

 そこで、勇者ヒンメルは口を開いた。

 その時。

 

「せんせー!ゆうしゃさまとのおはなしおわったー?」

 

「せんせー!おなすいた!」

 

「私も勇者様のお話、ききたーい!」

 

 孤児の子供達がわらわらと部屋に入ってきてしまった。

 咄嗟に頭をあげて席を立つと、子供達の元に駆け寄る。

 

「あ、こら、まだお話中だよ。入ってきちゃ……」

 

「っふ、ははは、いいよいいよ。話は後にしよう。

 そうだね……僕の大切な仲間の話でもどうかな?お姫様」

 

 慌てて子供達を部屋から追い出そうとしたけど、勇者ヒンメルは笑ってそれを受け入れた。

 話は後回し……私をそれまでは生かしてくれるらしい。

 

 子供達を構ってくれるのは……嬉しい。

 この子達は娯楽とは無縁だから、まるでお伽噺のような勇者ヒンメルの話は、子供達も喜ぶだろう。

 

「ありがとう、勇者ヒンメル。子供達も喜んでくれると思う。

 おやつを用意する……子供達の事をお願いしたい」

 

 少女を膝に乗せて微笑む勇者に頭を下げて、私はおやつを用意する為に台所へと向かった。

 それとすれ違うように子供達が勇者ヒンメルのいる部屋へと雪崩れ込んでいった。

 ワイワイとし出した部屋、けれど勇者ヒンメルの話が始まればシン、と静かになる。

 そんな子供達の様子に笑みを浮かべながら、私は歩みを進めていった。

 

 勇者ヒンメル……いい人で、いい男だ。

 ……ユーリには負けるけどね。




自分で泣きながらかきました。
アリウム……なんてひどい目に……。

誤字報告ありがとうございます。
修正しました。


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魔族の孤児院

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 私が焼き菓子を持っていくと、勇者ヒンメルの話は丁度佳境だったみたい。

 いつもなら甘い匂いがした瞬間此方に駆け寄る子供達も、真剣な表情で勇者ヒンメルを見つめていた。

 

「と、そうして僕達は魔王を打ち倒した訳だ。

 誰が欠けても無理だった。最高の仲間達だよ」

 

「わー!すごい!すごい!」

 

「すごかったね、ハラハラしたー!」

 

「ねーねー勇者さま!もっとお話聞かせて!」

 

 わらわらと勇者ヒンメルの周りに集まる子供達。

 それを微笑ましく思いながらも、私は声をかける。

 

「あまり勇者様に迷惑かけたらダメ。お菓子が焼き上がったよ。

おやつの時間にしよう?手を洗っておいで」

 

「「「はーい!」」」

 

 勇者ヒンメルに群がっていた子供達は、私が持つお菓子に気付いたのだろう、今度は我先にと手洗い場へと走っていく。

 勇者ヒンメルの膝を独占していた子も、仲の良い子に手を引かれ、部屋を後にした。

 静かになった部屋の中で、私は勇者ヒンメルに深く頭を下げた。

 

「ありがとう、あの子達の相手をしてくれて……手間かもしれないけれど、これからもあの子達の事をお願いする」

 

 この様子なら私がいなくなっても大丈夫、だろう。

 別に勇者ヒンメルを信用していなかった訳ではない、話に聞く勇者の善性なら大丈夫だろうと思っていた。

 けど、子供達を穏やかな目で見つめる勇者ヒンメルを見て、私は心から安心する事が出来た。

 

「……君はそれでいいのかい?」

 

 勇者ヒンメルは私を真っ直ぐ見つめて問い掛けてくる。

 

「構わない。自殺する程の勇気は持てないけれど、私のような魔族は死んで当然だとも思っている。

 それに……勇者ヒンメルに殺されるなら、最期としては悪くない」

 

 そこまで言った所で、元気な足音が聞こえてきた。

 もう手を洗い終えて帰ってきたみたい。

 

「……続きは後、子供達が寝静まったら。夕食も食べる?」

 

「……そうだね、折角だから頂こうか」

 

勇者ヒンメルはそう言って笑みを浮かべた。

 それと同時に子供達は部屋に駆け込んできて、思い思いに言葉を紡ぐ。

 

「せんせー!洗ってきたよー!」

 

「早くたべたーい!」

 

「いいにおーい!」

 

 元気いっぱいな子供達が私に群がり始める。

 そんな子供達に癒されながら、私は席にそれぞれ焼き菓子を置いていく。

 子供達もそれを手伝ってくれる。

 その表情は笑顔で、お菓子が楽しみという感情を隠しきれてなかった。

 私は、微笑みを浮かべてその様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お菓子を食べ、外で勇者ヒンメルと遊び、夕食も共にした。

 遊び相手に勇者ヒンメルがなってくれたから、掃除洗濯等の家事がとても捗った。

 ありがたい。

 勇者ヒンメルと時間を共にした子供達は本当に楽しそうで、嬉しそうだった。

 この子達も殆どが路上生活を経験し、目が絶望に染まっていた子もいた。

 そんな子供達が笑顔で駆け回る姿は、私の胸を温かくして、空虚な心を埋めてくれるような気がした。

 本当に……幸せな眺め。

 甘えん坊な子を膝に乗せて、その子を抱き締めながらその光景を眺めていた。

 

 やがて夜がきた。

 暗くなり、就寝時間となる。

 

「皆、おやすみの時間だよ」

 

 眠そうに目を擦る子に、爛々と目を光らせる子、勇者ヒンメルの膝から離れようとしない子等々、分け隔てなくベッドに放り込む。

 

「せんせーのいじわる!まもの!まぞく!まおー!」

 

「何とでも言いなさい。ちゃんと寝ないとダメ」

 

 ブーブー文句を言う子もいるけれど、おでこにおやすみのキスをしてあげると落ち着くのか、素直に寝てくれる事が多い。

 

「おやすみなさい」

 

 愛しさを込めてキスを落とし、それでも寝ない子は頭を撫でてあげる。

 段々と静かになっていく部屋の中で、私は一番幼い子に添い寝をしていた。

 

 やがてその子も寝息をたて始めたのを見て、私はゆっくりとその身を起こした。

 皆を起こさないように、安らかに寝息を立てる子供達の姿を眺めていた私は、自然と笑みを浮かべていた。

 

「みんな……元気でね」

 

 子供達の姿は、これが見納めになるだろう。

 この子達の未来は、私と共にいるよりも明るくなる筈だ。

 勇者ヒンメルが来てくれて、感謝したいくらい。

 

「んんー……」

 

 もぞりと寝返りをうった子の毛布をかけ直して、私は音を立てないようにゆっくりと歩く。

 

「幸せに」

 

 最後にそう呟いて、私は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この孤児院は元々教会でもあったそうで、礼拝堂がある。

 女神様の像が奉られて、椅子が並んでるだけの質素なものだけど。

 私に女神様を信仰する気持ちはないけれど、とりあえず常に綺麗にはしているし、朝には子供達と共に祈りを捧げている。

 私は別に良いのだけど、子供達は幸せになって欲しいから。

 

 そんな礼拝堂で、勇者ヒンメルは黙って女神様の像を見つめていた。

 女神様の前で月明かりに照らされる勇者……まるで一枚の絵のようだった。

 

「勇者ヒンメル。子供達の寝かしつけは終わった」

 

 私は勇者ヒンメルの方に足を進めながら、声をかけた。

 勇者ヒンメルはとっくに気付いていただろうに、今気付いたとばかりにゆっくりと此方を振り向いた。

 

「あんなに沢山子供達がいると大変だね」

 

「今日は貴方が相手してくれたから楽を出来た。改めて感謝する。

 それに、子供達は皆良い子。苦痛だと思った事はない」

 

 勇者ヒンメルは私の言葉にニコリと笑った。

 

「そうか、立派だね」

 

「……違う。私にはもうあの子達しかいないだけ。

 他に力を入れたい事もないから、それしかする事がないから。

 子供達の為に私を使い続けてた、それだけ」

 

 子供達の為に私を使い潰す、それだけが今の私が生きてる理由。

 生きれなかった、私のせいで死んだ皆の代わりに、健やかに生きて欲しい。

 それが、私の今の願い。

 

「……ところで、体を売っているという話、だったね。子供達にそういう事させてないだろうね?」

 

 唐突に言われた、とても勇者の口から出たとは思えない問い掛けに、私の眉間に皺が寄った。

 

「……はぁ?何処からそんな発想が出るの?

 右も左もわからないような孤児に身売りさせるなんて、そんなのどうして思い付くの……。

 悪魔の所業。有り得ない。本当に勇者ヒンメル?」

 

 私が半目で睨み付けるように見ると、勇者ヒンメルは焦って弁明しだした。

 

「悪かった、悪かったよ。ただそういう人間もいたから、ただの確認さ」

 

 そんな悪辣な人間もいる、のか。

 私を抱いてる輩の同類だろうか。

 ……私のように安価で抱ける女がいなくなった奴等が、孤児達にそんな事をさせないのを願うばかり。

 

「……そう。でも、そう、だね。私が言える立場じゃなかった。

 私なんて産まれたての赤ちゃんを食べた。大差ない」

 

 勇者ヒンメルから思わず身を引いていたけれど、そう思い直して、真っ直ぐに向き直った。

 

「勇者ヒンメル、話は終わり。私は人食いの魔族。

 覚悟は出来てる……子供達には私は逃げたとでも伝えておいて欲しい。

 抵抗はしない……一思いにお願いする」

 

 私は顔を少し上げて、目を瞑った。

 

 正直……死ぬのは怖い。

 でも……生きてるのも辛い。

 生き続けても、私の愛した人達には二度と会えないから。

 また私の本能が顔を出して、子供達を殺してしまうかもしれないから。

 それならいっそ……。

 

「……わかった」

 

 勇者ヒンメルが此方に近付くのを感じて、私は体の力を抜いた。

 

 ……これで、漸く終わり。

 子供達の事は勇者ヒンメルに任せられる………。

 思い残す事はない。

 

 辛くて、苦しい生だった。

 それでも……。

 

『アリー!』

 

 今思い出せるのは、ユーリとの幸せな日々だけ。

 欠け替えのない日々が昨日の事のように甦り、懐かしい暖かさが、胸を埋める。

 ユーリの笑顔を思い出して、幸せな気持ちで逝こう……。

 

 私の瞑った目から滴が頬に伝った。

 

「ユーリ……」

 

ヒュンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……?

 

「あれ……?」

 

 風切り音がして、首に風を感じて……。

 死んだと、思ったんだけど……。

 まだ思考出来る、もしかしてもう死後……?

 

 私は不思議に思いながらも、恐る恐る目を開いた。

 目と鼻の先にいる勇者ヒンメル。

 手にしている剣は、私の首に触れる寸前で止められていた。

 

「ひっ……」

 

 煌めく刃が、私の命を奪える物がすぐそこにある事に、無意識に悲鳴が漏れ、恐怖に膝が折れた。

 へなへなと力なくその場に座り込む私に対して、勇者ヒンメルは微笑を浮かべて、その剣を美麗な動作で仕舞った。

 バクバクと胸の鼓動が高鳴っていて、思わず胸の前で手を握った。

 そんな私を見下ろしながら、勇者ヒンメルは口を開いた。

 

「……君みたいな魔族は初めてだ。長い旅の間も、旅を終えても、出会った魔族は必ず人に仇なす者だった。

 フリーレンの言う事を聞かずに、魔族を見逃した時もあったけれど……悲劇しか生まなかった。

 魔族は言葉を話すだけの獣……フリーレンが良く言っていたよ。僕もそう思ってる」

 

「……はーっ……なら、さっさと……殺して、欲しい。

 弄ぶのは……はぁ……趣味が悪い……」

 

 恐怖から荒くなる息を整えながら、私は勇者ヒンメルに訴えた。

 この恐怖を与えるのが私への罰なのだとしても、受け入れがたい……。

 

「いや、君は殺さない。僕は君を他の魔族と同じに見れない。

 孤児院の子供達は、心から君を慕っていたし、君も子供達を慈しんでいた。

 僕は人間の勇者だ。人の心を持つ君を、殺す事は出来ない」

 

「……ダメ!」

 

 その言葉に安堵してしまう自分もいたけれど、私は勇者ヒンメルにすがりついた。

 

「勇者が魔族を見逃してどうする!?

 魔族は貴方達の言う通り、救いようのない獣!

 私のように人間に交じり一見友好的にしていても、情なんて感じていない!

 私はそれを見てきたし、体験してきた!貴方もその筈!」

 

「そうだね」

 

「ならば何故私を見逃す!?

 私がそれらの魔族と違う保証なんてない!

 孤児院の子供達が死んでからでは遅い!そうでしょう!?」

 

 勇者ヒンメルの服を掴み、膝立ちのまま、顔を見上げる。

 微笑を浮かべたままの彼は、少し屈んで、私の肩に手を置く。

 

「……答えを強いて言うなら……今の君が答えだよ」

 

 その言葉に、勇者ヒンメルの服を掴む手が止まった。

 

「それだけ必死に子供達の為に訴える君を、僕は殺す事が出来そうもない」

 

 私と目を合わせて真っ直ぐに言い切る勇者ヒンメル。

 自然と服を掴む手は離れ、ぺたりと床に座り込んでしまう。

 

「そんなの……答えになってない」

 

「そうかな?あぁ、後もう一つ答えがあるよ」

 

「……何……?」

 

「ふふふ、ちゃんと実績があるんだよ?

 なにせ僕は、これで世界最高の魔法使いをパーティに引き入れる事に成功したんだ」

 

 勿体ぶる勇者ヒンメルは、自慢気な笑みを浮かべる。

 そして、自分のこめかみに指をあてた。

 

「伝説の勇者ヒンメルの……勘だよ」

 

 不思議とその答えは、胸にすとんと落ちた。

 勇者ヒンメルが言ったからだろうか?

 不思議な説得力があり、納得してしまった。

 

「過去の罪に怯え苦しむ君は、立派な人だと思う。

 人を殺し、食べた罪は決して消えない。

 でも君はそれを抱えて生き続け、自分なりに償って来た。

 ……なら、僕くらいは君を許すよ。よく、頑張ったね」

 

 ポン、と頭に手を置かれ、優しく微笑まれる。

 それに私は、溢れてくる涙を止める事が出来なかった。

 

ぽた、ぽた

 

 顎を伝い、垂れた涙が膝に染みを作る。

 

 勇者に許された……人だと認められた。

 それがひどく心を揺さぶった。

 

 私は、何処かでずっと、罰を求めていた。

 だから子供達の為に自分を使い潰すつもりだった。

 でも、そう、何処かで許しも求めていたんだ……。

 勇者ヒンメルに許されて、それがわかった。

 私はまだ、生きてて……いいんだ。

 

 勇者ヒンメルに頭を撫でられながら、私は涙を流し続けた。

 

「あーっ!ゆうしゃさま、せんせー泣かせてる!」

 

 そこで、突然子供の声がした。

 私は突然の事に涙を止められず、袖で涙を拭い続ける。

 

「ゆうしゃさまでも、せんせーいじめるならゆるさないよ!」

 

 その子は、勇者ヒンメルに良く懐いていた少女だった。

 私の前に両手を広げて立ち、勇者ヒンメルを見上げている。

 それに勇者ヒンメルは苦笑を浮かべながらも、私を見て片目パチンと一瞬閉じた。

 

 私を庇う少女の姿が、その言葉が嬉しくて、愛おしくて、私はたまらずその子を抱き締めた。

 

「ありがとう……ぐすっ……でも大丈夫……。

 先生は、勇者ヒンメルに助けて貰ってたんだよ……」

 

 その子の体から伝わってくる温もりに、心が埋まっていくようだった。

 ずっと空虚だった胸が、じんわりと暖かくなっていく。

 気付けば涙は止まっていた。

 

 私に振り返り、心配そうな表情を浮かべた少女の頭を優しく撫でて、ありがとうと改めて伝えた。

 そして、部屋に戻ってもう一度眠る事を勧めた。

 渋々と、最後まで私を心配そうに見つめていたけれど、言われた通りに彼女は部屋へと戻って行った。

 

 私はぺたりと座り込みながら、勇者ヒンメルをゆるりと見上げた。

 

「……資金の事だけど、後で僕からハイターを通して教会に補助金を出すように掛け合ってみるよ。

 そういう事、していなかっただろう?

 ハイターもかなりお偉いさんになっていた筈だから、きっと力になってくれると思う」

 

 私はそれに目を見開く。

 補助金、そんな制度は聞いた事はなかった。

 けれど、そうか、孤児院を経営していて、お金なんて入ってこない、減るばかりだ。

 他ではそういうお金を貰ってやりくりしていたのか……!

 

「ありがとう、勇者ヒンメル……沢山の恩を受けた……いくらお礼を言っても足りない」

 

 けれど、勇者ヒンメルに私が差し出せるものはない……。

 私は、服のボタンをぷちぷちと外し、上着を脱ぎ去った。

 

「気にしないでくれ。僕がやりたくてやってる……何してるんだい?」

 

 勇者ヒンメルならば女なんて選り取り見取りだろう。

 でも私にはこれ以外渡せるものはなかった。

 肌着にも手をかけながら、勇者ヒンメルに迫った。

 

「私が貴方にあげれる物はこれくらいしかない。好きな時に好きなだけ、遠慮なく抱いていい」

 

 肌着を脱ぎ去り、勇者ヒンメルに抱き着き、そのまま押し倒しにかかった。

 

「ちょっ!軽々しくそんな事しちゃいけない!やめるんだ、やめ……やめろぉ!」

 

どたーんっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルは、勇者パーティの魔法使い、フリーレンに操を立てていたらしい……。

 悪い事をした。

 あと数秒言うのが遅れていたら彼のそれは崩れていただろう。

 けれど、私が止めた時に少しだけ残念そうだったのは……女としてちょっと嬉しかった。

 ちょっとだけ。

 赤い顔で衣服の乱れを直す勇者ヒンメルを見て、私は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメル率いる勇者パーティが魔王を討伐して40年―――

 

「こんにちは、久し振りね」

 

「名前は……なんだったかしら?まぁいいわ」

 

「面白い事してるのね。相変わらず変わった子ね」

 

「ああ、そうそう、用事を済ませないといけないわね」

 

「ねぇ」

 

()()

 

「しましょう?」

 

 私の運命が決まる。

 腕の中で紫髪の赤子がもぞりと動いた。



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魔族と大魔族

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良ければこれからもよろしくお願いします!


 私が勇者ヒンメルに見逃されて、早い物で20年の月日が経っていた。

 その間に様々な出来事があったけれど……幸せな出来事が多かった。

 私の腕の中で寝息をたてる、紫髪の女の子の赤ちゃん……この子も、幸せな出来事の一つ。

 私の子供……ちゃんとした人間の子供。

 私の薄紫の髪と瞳よりも、色素の濃い紫の髪と瞳を持つ赤ちゃん。

 数日前に産んだ子で、孤児院の子供達にも大人気だった。

 今も私が内職をしている隣で、揺りかごを誰が揺らすか争っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他にも色々な事があった。

 僧侶ハイター、ハイター様は素晴らしい人だった。

 最初は私を警戒し観察する視線があった。

 私は魔族だし、勇者ヒンメルの言があったとはいえ、当然の態度だと思う。

 けれど、一日を共に過ごし、礼拝堂の女神様の像の状態や、朝のお祈りをしてる姿を見た後は、その視線が和らいだ気がする。

 

「教会の定めた祈り方とは違いますが、貴方達の祈りは女神様への日々の感謝、その素直な思いが伝わってきますね」

 

「祈りの正しい作法なんて知らなくて……バカにしてるようで申し訳ない」

 

「とんでもありません、祈りとは心でするもの。

 定めた祈り方、正しい作法等に拘るほうが女神様をバカにしていますよ。

 一応正しい祈り方はお教えしますが、無理にこの祈りの時間を変える必要はないと思いますよ」

 

「わかった……いえ、わかりました。ハイター様」

 

 此方を尊重してくれるその在り方に、私は自然と畏まった言葉遣いとなっていた。

 それにハイター様は教会に掛け合って補助金を出すだけではなく、自分の資産からも相当な金額を渡してくれた。

 

「どうせ使い途なんて酒を買うくらいしかありませんから」

 

 ハイター様はそう言って微笑んだ。

 

 一度、私は魔族なのに、女神様に仕える貴方が何故そこまでしてくれるのかと問い掛けた事がある。

 以前に仲間と話した事があるのですが、と前置きをして、ハイター様は語った。

 

「必死で生きたのなら、何処かで報われるべきだと思うのです。

 その時は天国の有無について話してたのですが、

 必死に生きてきた人がいるなら、手を差し伸べたい……。

 そう思って生きてきて……今がそのタイミングだと思った。

 それだけですよ。貴女達に手を差し伸べる理由なんて」

 

 それに私は、なんて高尚な人なんだろうと心から感心した。

 確かに人は余裕があれば他人を助けるけれど、これ程の資産をこんな魔族に差し出すというのだ。

 流石は勇者ヒンメルが率いたパーティメンバー。

 

「天国……お爺さんも、ユーリも……私の子供達も。

 いるのでしょうか……そこに」

 

「ええ。話を聞く限り、彼らは必死に生きました。

 そんな彼らの行き着く先が無であっていい筈がありません」

 

「……私も、いずれ天国で、皆に、会えるのでしょうか……?」

 

「……ええ、きっと。そう思っていた方が都合が良いでしょう?

 子供達の為に、これまで頑張ってきた貴女にも報いはあっていい、私はそう思いますよ」

 

 ハイター様の言葉は私の死生観を少し変えた。

 死ぬのは怖いけれど、生き抜いた先でいずれ死んだ時……お爺さんやユーリが私を迎えてくれるなら……。

 それは、そこまで忌避する物ではないと思えた。

 もし再会した時に恥ずかしくないように、いろんなお土産話を伝えられるように。

 私はこれからもここで、子供達の為に生き続けよう。

 改めて志し、私は女神様の像に跪いて、祈りを捧げた。

 

 その後、私は正式に教会のシスターとなり、修道服を身に付けるようになった。

 ハイター様にも似合っているとお褒めの言葉を頂き、私自身も気に入った為に、これからずっと身に付ける事となる。

 

 ハイター様は子供達の前では立派な人のイメージを崩す事はなかったが、私と晩酌する時は兎も角、勇者ヒンメルと飲む時はその格好を崩した。

 ベロンベロンに酔っ払うハイター様の姿は情けなかったものの、その世話を出来る事に正直喜んでいる私もいた。

 

 そうして時折ハイター様や勇者ヒンメルが様子を見に来る中、私は孤児院を経営し続けた。

 子供達は成長し、次々と孤児院から巣立って行く。

 それを嬉しく思いながらも寂しさも感じて、涙ながらに見送り続けた。

 

 すると成長した子供達が配偶者を連れたり、子供を連れたりして顔を見せに来るなんて事が何度かあった。

 巣立っていった子達、全員が全員幸せになったかと言えば、そうではないだろう。

 けれど、路上で野垂れ死ぬか否かの世界で生きてきた子供達が、次に命を繋げていっている事に、酷く心を揺さぶられた。

 私のしてきた事が形になった気がして、胸の奥から温もりが溢れてきた。

 あの夜、勇者ヒンメルから私を庇おうとしてくれた少女、立派な女性に成長した子の子供を抱き締めながら、私は涙を溢した。

 

 そうなると少し欲が出て来てしまった。

 夫を持つ気はない。

 女神様に仕える身だから、と何度かされた求婚も断っていた。

 勇者ヒンメルのように、ユーリに操を立ててる……とまで言うつもりはないけれど、ユーリ以外の夫を持つ気にはならなかった。

 けれど、子供が欲しくなった。

 勿論孤児院の子供達は皆実の子供のように思っているけれど……実子が欲しかった。

 

 そう思ったのが1年程前の話。

 その頃、勇者ヒンメルとハイター様は、老いによる衰えを感じ始めていたらしい。

 故にこの孤児院に来る頻度は少なくなる……いや、もしかするともう来れないかもしれない。

 そう言われてしまった。

 残念ではあるが、当然だった。

 生き物はいずれ死ぬ。

 私は魔族故に容姿は変わらないけれど、二人は人間だ。

 英雄だが、人間の二人には老いによる衰えが訪れてしまう。

 

「……お二人と会えなくなるのは寂しいです。

 なら、今日は精一杯もてなさせて頂きますね!

 この生活で培った、私の料理の腕、存分に奮いましょう!」

 

 これが最後かもしれないのなら、しんみりするのは良くない。

 普段通りか、それ以上に明るく、二人との最後を飾ろう。

 

「そうだね、楽しくいこう」

 

「ええ、今日は羽目を外して飲ませて頂きます」

 

「いつも通りじゃないか」

 

 随分と皺の増えた顔で穏やかに笑う二人の表情には、慈しみが見てとれた。

 きっと、私もそんな表情を浮かべているんだと思う。

 この時間は本当に楽しかった。

 私の恩人と言える二人を子供達と共にもてなし、ご馳走に……私自慢の香草焼きを皆が競って頬張る光景を見て。

 勇者ヒンメルに話をせがむ子供達を、ハイター様に酌をしながら眺めて。

 深夜、お二人共が珍しく酔い潰れたのを見て、私は満足感から笑みを浮かべた。

 お二人が充分に満足してくれたようで、本当に、良かった。

 

 そして私はお二人をそれぞれ寝室に運んでいく。

 まずは勇者ヒンメルを、続いてハイター様を……。

 ベッドにハイター様を寝かせた私は、じっとハイター様を見つめた。

 様々な思いが去来した。

 とても返しきれない恩、その高尚な生き様、優しい笑み。

 ぐるぐると言葉に出来ない感情が高まっていく。

 ハイター様と会えるのが、もしこれで本当に最後、なら……。

 

「……ハイター様……」

 

 安らかな寝息をたてるハイター様。

 私は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……女神様、浅ましい私を、お許し下さい……ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう……なんか窶れてるねハイター。二日酔い?」

 

「おはようございます……ええ、二日酔いのようで……。

 この歳になると身体中にガタがくるようです……。

 聖職を引退したらお酒控えましょうかね……」

 

「君からそんな発言が出るとはね。驚きだ」

 

「ハイター様、ヒンメル様、おはようございます。朝食出来ていますよ」

 

「おはようございます……おや、今日は一段と麗しい。

 肌の輝きに磨きがかかっているように見えますね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫髪の赤子を出産して……数日。

 ハイター様と勇者ヒンメルの足が遠退いてから……10ヶ月。

 勇者ヒンメルが魔王を討伐して40年……。

 

「どなたかいますかー?」

 

 礼拝堂の方からそんな声が聞こえてきた。

 丁度今は子供達のお昼寝の時間……応対は私しか出来ない。

 私は腕の中で此方を見上げる赤ちゃんに微笑みを向けてから、礼拝堂へと歩きだした。

 

 そして、そこにいた人物に、見覚えのある姿に、感じた事のある雰囲気に。

 ……以前は感じなかった猛烈な死の臭いに、顔をしかめた。

 

「こんにちは、久し振りね」

 

 朗らかに、穏やかに、彼女は笑みを浮かべた。

 実際は何の感情もない、軽薄な笑みを。

 

「名前は……なんだったかしら?まぁいいわ」

 

 以前とは違い、帽子を被って額をしっかり隠している。

 傍目にはただの人間にしか見えない。

 

「面白い事してるのね。相変わらず変わった子ね」

 

 その瞳から見える怪しい輝きは、私を捉えていた。

 過去の嫌な予感が的中してしまった。

 

「ああ、そうそう、用事を済ませないといけないわね」

 

 ポン、と手を合わせた彼女は、にこやかに笑う。

 

「ねぇ」

 

 人を知ろうとする魔族。

 

「お話」

 

 人の命をなんとも思っていない、無名の大魔族。

 

「しましょう?」

 

 ソリテール。

 そんな彼女の好奇心が私に向けられていた。

 

「……ソリテール、様。お久し振りです。元気そうですね」

 

 彼女の言うお話、それを文字通り受け取る事は出来ない。

 会話を交わしつつも、身を強ばらせ、彼女の動作一つ一つを見逃さないように、目をしかと開いた。

 

「あら、しっかり話せるようになったのね、良かったわ。

 話辛そうだったから、心配してたのよ?

 それにしても聞いたわよ?人間の孤児院を経営してる、とか」

 

 何処でその話が……と言いたかったけれど、そもそも勇者ヒンメルが来たのもそんな噂があったからだったか。

 それが、どう流れたかはわからないけれど、彼女の元にまで届いてしまった……。

 

「……ええ、今私は孤児院の院長として、子供達の世話をしています」

 

「すごいわね。そうだ、私にも数人融通して頂戴?

 どうせ貴方も何人か食べてるのでしょう?」

 

「……は?」

 

 その言葉を、私の頭は理解を拒んでしまい、強ばった答えを返してしまった。

 

「惚けなくていいのよ?何人摘まみ食いしたの?

 その為にこんな事やっているのでしょう?

 そうじゃなければ人間の子供なんて育てないものね」

 

 ソリテールの表情は変わらず、穏やかな笑顔だ。

 それが更に、その言葉との差を際立たせていた。

 ぞわり、と背筋に寒気が走る。

 

「その赤ちゃんも可愛いわね、柔らかそうだわ。

 良ければ、抱かせてもらってもいいかしら?」

 

 笑顔で、けれど瞳の中で一切笑っていない彼女の瞳に赤ちゃんが映るのを見てしまい、私の顔から血の気が引いた。

 

「ダメっ!!!」

 

 私は咄嗟にそう叫んでいた。

 赤ちゃんを抱え、それをソリテールから庇うように体で隠した。

 

 そこで、ソリテールの笑みが深まったのを見て、私は何かを仕出かしてしまった事に気付いてしまった。

 

「ふふ、やっぱり人間のような感情を持っているのね。

 人を食べるためにやってる魔族なら、そんな風に言うこと、ないものね」

 

「っ……!」

 

 その瞬間から、ソリテールから辛うじて感じていた、同族への情という物がかき消えたのが、本能的にわかった。

 彼女は今、私を今までの人間と同じように見始めている……いや、もうそう見ている。

 

「ああ、色んな話が聞きたいわ。知りたい、こんな魔族の子とお話するのは初めてだわ」

 

 恍惚とした表情を浮かべたソリテールは、一歩一歩、私に近付いてくる。

 

「ち、近付かないでください……!」

 

 私はそれに合わせて下がる。

 ソリテールから少しでも離れたい一心で。

 

「逃げないでお話しましょうよ?この孤児院、吹き飛ばされたくないでしょう?」

 

 ピタリ、と私の足が止まる。

 目を見開き、ソリテールを見返すと、彼女は首を傾げて此方を眺めていた。

 私が下がった時、彼女は躊躇いなくそれをするだろう。

 私とお話をする為に。

 彼女にそれが出来ないとは思わない、彼女は大魔族だ。

 私は、立ち止まる事しか出来なかった。

 

「お話してくれるのね?嬉しいわ!」

 

コツン

 

「どうして人のような感情を持っているの?」

 

コツン

 

「人を食べてないようだけど、食べたいとは思わないの?」

 

コツン

 

「なんでその服を着るようになったのかしら?」

 

コツン

 

「貴女も魔族なら魔法、使えるでしょう?それも見たいわ」

 

コツン

 

「答えて頂戴?」

 

 ソリテールは、ゆっくりと一歩一歩近付いてくる。

 彼女に目をつけられた、それが運の尽き、なのだろうか……。

 

 ソリテールとお話をした人間は、例外なく殺されてる。

 彼女の標的となった私も、このままでは殺されると見て間違いない……。

 もしそれで孤児院の子供達が生き残れるなら、犠牲になるのも厭わない。

 けれど、彼女が子供達を見逃すとは……思えなかった。

 頼めば頷く可能性はある。

 けど、そんな保証が魔族相手になんの意味があると言うのか。

 時間稼ぎした所で、彼女に対抗出来るような戦力がこの近くにいるとも思えない。

 

 なら……私がすべきは、不意打ちで、一か八か彼女を殺す……!

 私の魔法、不可視の右腕で、隙をついて首を一瞬でねじ切る!

 そうしなければ、子供達はここで終わってしまう……。

 幸せそうに昼寝する子供達の姿が脳裏に甦り、腕の中で赤ちゃんがもぞりと動いた。

 

 この子達の未来が、今終わっていい訳がない!

 

 そして、今、ソリテールは無防備に私を見ている。

 自分の好奇心を満たす為に、私と会話をする為に。

 私なんて敵ではないと、嘗めているから。

 

「……私は」

 

「うん」

 

 ソリテールが、私の言葉に意識を向けた。

 その瞬間、私は不可視の右腕を、ソリテールの頭に伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パキンッ

 

「あっ!」

 

「あらあら、悪い子ね」

 

 私の不可視の右腕は、ソリテールの周囲に突如展開された、六角形の透明な板に阻まれていた。

 変わらず涼しげな笑顔を浮かべた彼女の顔に、動揺は一切なかった。

 

 しくじった……!

 彼女は油断なんてしていなかった、大魔族を嘗めていたのは、私のほうだった……!

 その報いは……直ぐに受ける事になる。

 

「でも、見せてくれたわね、魔法。見えなかったけど」

 

 クスクスと笑う彼女は、ゆったりとした動作で私に手の平を向けた。

 彼女の背後に剣が生成され始め……その切っ先が私に向いた。

 

「私の魔法も見せてあげる。暴れられるのも困るからね、磔にでもしましょうか?」

 

 ……ビリビリと体全体で感じるソリテールの魔力に、冷や汗が流れる。

 自然と体が強張る恐ろしい魔力に、臆す心を叱咤する。

 

 せめて、子供達だけは逃がす!

 

 私は背後を振り向き、大きく息を吸って、声を張り上げた。

 

「子供達!今すぐ起きなさい!!!魔族が来ました!!!

 全力で逃げなさい!!!今すぐ起きて、逃げなさい!!!」

 

 避難する訓練は時折していた。

 子供達がちゃんと逃げる事を願い、私は叫んだ。

 寝室辺りから物音がしたのだけ確認し、私はソリテールに向き直る。

 

「あらあらあら、そういう事をするのね……本当に悪い子ね」

 

ヒュンッ

 

 放たれた剣が私に向かって一直線に飛んでくる。

 その速さは予想以上で、直撃は避けたものの、左肩を切り裂いた。

 

「うぐっ……!」

 

 痛みで赤ちゃんを取り落としそうになり、咄嗟に不可視の右腕で赤ちゃんを抱えた。

 そのまま私の身で隠すように、赤ちゃんを不可視の右腕で運んでいく。

 少しでもソリテールから離れるように、その視線から逃れられるように。

 

「まぁ、いいわ。今は貴女で我慢してあげる。

 磔にした後、子供達を一人一人目の前で殺してあげたら、貴女がどんな反応するか見てみたかったのだけど……。

 人間は目の前で同族を殺されると、自分が殺した訳でもないのに、謝るのよ?

 面白いわよね。貴女は、どうなのかしらね?」

 

「このっ……!」

 

 その余りにも非道な言葉に、眉をしかめて歯噛みした。

 ただ、私には抗う手段すらなく、ただ睨み付けるくらいしか出来ない。

 

「あら、まだ一人いたわね」

 

「っ……しまっ……!」

 

 ソリテールの言葉に、私は咄嗟に赤ちゃんに振り向いた。

 先程の剣が、私の不可視の右腕に捕まれ、宙に浮く赤ちゃんに切っ先を向けていた。

 私は思わず赤ちゃんのほうへと飛び出し……。

 

クルッ

 

ドスッ

 

 その瞬間、向きを私の方に変えた剣に、腹を貫かれた。

 切っ先が背中を突き破ったのを感じて、視界がぐらりと揺れた。

 

「あっ……」

 

「人間って、小さい同族を守ろうとして、無防備になるのよね。

 貴女、本当に人間みたい。本当に興味深い子だわ」

 

ドスドスドスッ

 

 間髪いれず、両足と左腕を剣が貫いた。

 

「ぐっ!ぐぅっ!あがっ!」

 

 悲鳴をあげ、膝を折ってその場に倒れ込んだ私に、ソリテールは嬉しそうに笑った。

 痛みに顔をしかめ、どうにか立ち上がろうとするものの、足に力がまったく入らなかった。

 どうにもあの一瞬で、動かすのに必要な部分が切り裂かれてしまったらしい。

 ……余りにも絶望的な状況だった。

 

「ふふ、もう逃げれないわね。これで、ゆっくりとお話出来るわ」

 

 そう朗らかに笑うソリテールは、楽しそうに私の頬に手を添えた。

 冷たいその手の感触に、身震いする。

 私を見下ろすその瞳は、楽しげに歪んだ瞳は、私を捉え、離さないと訴えていた。

 

「いろんな声を、言葉を、聞かせて頂戴?」

 

 ソリテールのその言葉と同時に、動かない左手を手に取られ……。

 

ベキリ

 

 その指を容赦なく折られた。

 

「っ―――――!」

 

 激痛に声なき悲鳴をあげる私を、ソリテールは、愉しげに目を細めて眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔族の経営する孤児院……か。一応見に行ってみようかな。……ヒンメルならそうするよね」



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魔族と魔法使い

閲覧、お気に入り、評価、感想、重ね重ねありがとうございます!
ありがたい事です、毎回毎回とても嬉しいです。


 子供達は日頃からいざという時の避難訓練をさせていた。

 魔族相手ならば、近場の町へと、人が多い所へと全力で逃げるように教えていた。

 かなりしっかりしている子もいるし、ソリテールも追う様子はない……。

 子供達はきっと大丈夫……。

 そう自分に言い聞かせ……。

 

「いぎっ……!」

 

 ソリテールに最後の指を折られた。

 

 私の左手の指を丁寧に一本ずつ折りきったソリテールは、痛みに呻く私をじっと見つめた。

 

「はい、悪い事した罰はおしまい。ごめんね、痛かったでしょう?」

 

 ふわりと微笑むと、そのまま私の頭を抱えこんだ。

 至近距離から香る、彼女の纏っている死臭と、染み付いた血の臭いに、息が詰まる。

 抱き締められているのに、毛程も温もりを感じなかった。

 被っていた頭巾を乱雑に引き剥がされ、こめかみをまさぐられる。

 魔族の証である私の角に、ソリテールの手が触れた。

 

「うん、ちゃんと魔族ね。角が無くなった訳じゃない……。

 てっきり角もなくなったのかと思ったわ、体は魔族なのね」

 

 カリカリと爪で角を引っ掛かれている。

 むず痒さを感じて、身を捩った。

 

「やめて……ください……」

 

「あら、ごめんなさい。

 でも、本当に何故貴女はこんなに人間みたいなのかしら?

 反応も人間みたいだし、貴女みたいなのが増えれば……」

 

 ソリテールはそこで言葉を切った。

 体に突き刺さったままの剣の痛みで、意識が朦朧としてきた私は、半目で彼女を見上げる。

 

「……ん、なんでもないわ。というか、随分と辛そうね。

 んー、死なないように加工しちゃいましょうか。

 珍しい個体だもの、簡単に死んだら勿体ないわ」

 

 私の腹に突き刺さった剣、その柄に手をかけると、それを躊躇いなく抜き放った。

 

「あっぐっ……!」

 

 私は痛みに呻く。

 その傷口からドロリと血が溢れて。

 

「はい、止血」

 

ドスッ

 

じゅううううううう

 

「いっぎぃぁあああああああああああああああああ!」

 

 それをソリテールは、炎で炙った剣を再度突き刺す事で、内から焼いて止血だと宣った。

 堪えきれず、私は悲鳴をあげた。

 体の内側から焼かれる未体験の感覚に、凄まじい痛みに。

 肉の焼ける臭いがする、私の、肉の……。

 先程までとは比べ物にならない苦痛に、視界が明滅する。

 体が無意識に震えた。

 

「ついでに腕と足も焼いてあげ……」

 

「えぇえええん!びぇえええええええ!!」

 

 赤ちゃんの泣き声に、朧気になりかけてた意識が、一気に覚醒した。

 ソリテールの意識は、今、私にだけ向いていたのに。

 

「……ふふふ」

 

 床でおくるみに包まれたままの赤ちゃんに、ソリテールは手を向けた。

 

「や、やめてください!あの子はダメ……!」

 

「貴女がちゃんとお話してくれないから、私、拗ねちゃったわ」

 

 にこり。

 目を細める彼女は、残酷に笑った。

 

「はあっ、わ、わかりました、お話、します……!だから、はぁっ、あの子には、手を出さないで……!」

 

「びぇええええええ!」

 

「そう?なんだか悪いわぁ。それにしても、必死なのね?

 なんでそんなにあの小さな人間の為に必死なの?」

 

 その質問に、酷く嫌な予感がした。

 いや、答えればどうなるか、ある程度予想がついてしまったから。

 私が産んだ等と言えば、あの子も彼女は、好奇心のままに……!

 

「それ、は……」

 

 答えあぐねる私を見て、ソリテールは剣を宙に浮かばせた。

 チャキ、と赤ちゃんの方に切っ先が向いた。

 

「わ、私が!私が産んだ子供だからです!私が産んだ、はっ、人間の子供なんです!」

 

 私は慌ててソリテールに告げる。

 目先の、赤ちゃんの危機に思わず。

 そして……それを聞いたソリテールは笑みを深めた。

 

「うふ、うふふふふふ!なんて今日は良い日なのかしら?

 人のような魔族に、魔族から産まれた人。

 そんな、今まで聞いたこともない存在に会えるなんて!」

 

「びゃぁああああああああ!びぇええええええん!」

 

「でもちょっといい加減五月蝿いわね」

 

 まるで踊り出しそうな程に高らかに言葉を紡いでいたのに。

 その次の瞬間にはソリテールは剣を赤ちゃんに放った。

 

「待っ」

 

ヒュンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドスッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……かはっ……ごぽ……」

 

 ソリテールが剣を放った瞬間、私は、自分自身を不可視の右腕で赤ちゃんのほうへと弾き飛ばしていた。

 そして、赤ちゃんと剣の間に体を入れる事に成功して……背中から突き刺さった剣が、胸から飛び出していた。

 口からは血が溢れ、赤ちゃんの頬に血が付着してしまった。

 

「あら……残念ね、まだ殺すつもりはなかったのに……」

 

「びぇええええええ!」

 

 ソリテールが何か言っているけれど、よく聞こえない。

 そんな事より……私の赤ちゃんが泣いているから……。

 不可視の右腕で赤ちゃんを抱き上げ、ゆらゆらと揺らす。

 

「よし、よし、大丈夫ですよ……どうしたんですか……?」

 

 すると、赤ちゃんは揺らされて、割りと直ぐに大人しくなっていった。

 

「ええぇん……ぶー……」

 

 泣いてるというより、愚図っているだけの様子を見せる赤ちゃんに、ホッと安堵の息を吐いた。

 

「寂しく、なっちゃったんですね……ごめんなさい、放って、おいて」

 

 直ぐに泣き止んで口をもごもごさせる赤ちゃんを、私は笑顔であやし続ける。

 私の姿が見えないから、と叫んだのだろう……寂しがりね。

 

 そんな中、ソリテールはその人好きのするような表情のまま、私の背後に立った。

 

「もう助からないのがわかったからそうしているの?

 ねぇねぇ、教えて頂戴?今どういう気持ちなの?」

 

 ちら、と後ろを振り向けば、無数の剣がソリテールの背後に浮かび、その切っ先を私に向けていた。

 どういう気持ち……そんなの、決まってる。

 

「私の、私と赤ちゃんの最後の時間の……邪魔、するなぁ!!!」

 

 不可視の右腕で、ソリテールを彼女が展開している防御毎掴んだ。

 咄嗟に、私は不可視の右腕の複数操作と、巨大化に成功していたのだ。

 

「あら?」

 

 不思議そうな顔で防御毎右腕に捕まれた彼女だったが、その防御自体は固すぎて、壊せる気はまったくしなかった。

 ……けれど、それももう良い。

 胸の中心を貫かれてしまった私はもう、終わりだ。

 それなら、死ぬまでの時間を……赤ちゃんの為に使うだけ!

 

「ぶっ……飛べぇええええええええ!!!」

 

 そのまま、山の方向に向いている窓に向けて、ソリテールを思い切り投げた。

 

「ああ、素敵だわ。人間って、本当に面白い……」

 

ドスドスドスドストス

 

ガシャァアアアアン

 

 窓を突き破り、ソリテールがぶっ飛び、木々を薙ぎ倒していくのを視認した後、私は赤ちゃんに向き直る。

 どうせ無傷だろう、この時間でどうにか、赤ちゃんを助ける方法を……。

 

「ごほっ、ごほっ……ごぶっ……おぶぇえ」

 

 咳き込んで、せりあがってきた血を吐き出す。

 最後の置き土産とばかりに、ソリテールの剣が私の背中にいくつも突き刺さっていた。

 ……どうせもう、死ぬのに。

 胸の鼓動が弱まっていくのを感じる。

 時間が、ない。

 少し焦燥感を感じて前を向いた時……。

 

「魔族同士で仲間割れ?呆れた。まぁ、私には都合が良いけど」

 

 目の前には、白い少女が私に杖を向けて立っていた。

 懐かしい……あの頃、私を撃ち抜いた頃と容姿は何一つ変わっていない。

 

「どうせ助からないだろうけど、念の為トドメを刺してあげる。

 ……何か、言い残す事でもある?」

 

「ああ……」

 

 勇者パーティの魔法使い、フリーレンが、何の感情も感じられない表情でそこに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やられたわね」

 

「うーん、たまに人間は感情の高まりで限界以上の力を発揮するけど、まさか彼女もそこまで出来るなんてね」

 

「追い詰め過ぎちゃったかしら……?勿体なかったわね」

 

「戻ってもいいけど……。

 嫌な予感と嫌な魔力を感じるから、やめておきましょう」

 

「それより、マハトに良いお土産話が出来たわね」

 

「久し振りに、会いに行ってみようかしら」

 

「彼女の魔法も面白かったし、良い経験になったわ」

 

「あの子の最期の言葉を聞けなかった事だけが残念だわ」

 

「さよなら……人間みたいな魔族さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の前で杖を構える少女、フリーレンは花のような魔法陣を浮かべ、私を油断なく見据えていた。

 勇者ヒンメルと、ハイター様の言っていた通り……魔族は必ず殺すという意思を感じる。

 普段なら正しいと手放しで称賛するのだけど……今は、今だけは少しだけ、許して、ほしい……。

 

「言い、遺す、事……許されるなら、少し、だけ……げぽっ……」

 

 途中で吐血してしまう。

 霞んだ視界で、震えが止まらない中で、私は赤ちゃんを不可視の右腕で目の前に浮かばせた。

 それにフリーレンが、警戒するように見つめているのを感じながらも、私は口を開いた。

 

「私の……可愛い、赤ちゃん。

 どうか、健やかに成長して……。幸せに、生きて……ごぷっ」

 

 また、喉の奥から血が込み上げてきて、たまらず吐き出してしまう。

 けれど私は、口から血を溢れさせながらも、言葉を続けた。

 

「っ……いずれっ、好きな人を見つけて、人との子を成して。

 幸せな家庭を作って……ね。そう、願っています……」

 

 赤ちゃんに額を軽くつけて、私はどうにか言い切った。

 涙が溢れて、視界が滲む。

 きょとりと紫の瞳で見返してくる赤ちゃんに、私は微笑みを浮かべた。

 

「さよなら……」

 

 そして、不可視の右腕で、ゆっくりとフリーレンのほうへと運んでいく。

 フリーレンは不思議そうな顔で、目の前に浮かぶ赤ちゃんを見つめていた。

 

「……?」

 

「フリーレン、様……近くにまだ、大魔族がいます。

 どうか、この子、リリィの事を……お願い、します……」

 

「……そう……わかった。変な魔族だね」

 

「あは……は、よく、言われます……」

 

 苦笑を溢した私を、やはり不思議そうに見ながら、フリーレンは私の赤ちゃんを受け取り、抱き抱えてくれた……。

 ああ……彼女に渡せたなら、安心、だ……。

 私は、急速に体から力が抜けていくのを感じていた。

 目前に死が迫っている……。

 

「……まあ、素直に死ぬのは良い魔族だ。じゃあね。『魔族を殺――(ゾルト――)』」

 

 花のような魔法陣が光った、そう思った時、何故か突然その光が消えた。

 フリーレンは一度目を瞑り、暫し思巡して目を開く。

 そして、かわりに五芒星が杖の先に浮かび上がった。

 

「『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 そこから放たれた光線は、私に向けて真っ直ぐに突き進み。

 私の体の殆どを消し飛ばした。

 

「ああ……」

 

 不思議と痛みはなかった。

 怖くもない。

 もうすぐ死ぬのに、不思議と穏やかで。

 

とさり

 

 消し飛ばされた箇所から私の体が塵と化していく事を感じながら、私はフリーレンを見上げた。

 最期の最後に、伝えたい事があるから。

 

「ヒンメル様と……ハイター様に……今まで、ありがとうと、お伝え……ください……」

 

「!アンタ、二人を知ってるの?いや、二人はアンタの事を知ってたって事?」

 

 会ってから初めて彼女の表情に変化があった。

 瞳が驚愕に見開かれるものの、私は構わず言葉を続ける。

 

 ……最期に、勇者ヒンメルに、少しだけ恩を返そう。

 彼が言えない事を。

 

「フリーレン、様……人は、直ぐに死んじゃうんですよ……?」

 

「……?……そんな事、知っているよ」

 

「掌の上から……こぼれ落ちてから……後悔したんじゃ……遅いんです……」

 

「……?」

 

 私の言う事を理解出来てないのか、フリーレンは首を傾げている。

 既に私の下半身は、塵になった。

 もう、体の感覚はなく、これが、私の最後の言葉になるだろう。

 

「フリーレン様……リリィ……二人の未来に……祝福を」

 

 そこまで言い切った所で、口元が塵になった。

 首を傾げたままのフリーレンが、リリィを抱いて此方を見てる光景、これが私の見る最期の光景。

 悪くない、私はやれる事はやった。

 心配な事、思い残す事、そんなのいくらでもあるけれど……。

 子供達の為に死ぬのに、一切の後悔はない。

 

 ああ、幸せだった。

 辛い事もいっぱいあったけれど、幸せだったと思えた。

 いい人生だった。

 まるで人間のように過ごせた日々は、充実していた。

 

 やがて目も塵と化して、何も見えなくなる。

 闇に包まれる、暖かな闇に。

 まるで、眠りにつく前みたいな、優しい闇。

 それに、私は、身を任せて。

 ゆっくりと、闇に沈んでいった。

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、変な魔族」

 

「うぅううう……」

 

「うわ、唸り出した。えっと、どうするんだったかな……」

 

「あぅうううう……!」

 

「あ、えと、そら、『花を出す魔法』」

 

「あぅ……?」

 

「ついでに、ほら、『蝶々を呼び出す魔法』」

 

「あー……あー!あぅー!」

 

「ほっ……やれやれ、これは私の手に余るよ」

 

『人は……直ぐに死んじゃうんですよ?』

 

「……わかってるよ。よし、ハイターにでも預けに行こうか」

 

「あうあー」

 

「あと、それならついでに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒンメルの顔も見に行こうかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルが魔王を討伐してから、40年――。

 

 

 

「……なんでさっき、魔族を殺す為に、人を殺す魔法を使ったんだろう」




人を理解していないフリーレンが、人の心を持った魔族を、『人を殺す魔法』で殺すシーン、ずっと書きたかった。


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エピローグ・人の心を持ってしまった魔族

うおぉ、今回滅茶苦茶閲覧、お気に入り、評価、感想いただきました!
とっても嬉しいです!
なんだか確認したら日間ランキングにも乗っていて……とっても驚きました!
皆様、このようなニッチな作品に、本当に沢山の反応ありがとうございます!

ただ、今回で最終話です。
どうぞお楽しみください。


 勇者ヒンメルが、魔王を倒して43年――

 

 フリーレンは聖都にて、ハイターと再会を果たしていた。

 数十年振りの再会にハイターは笑顔でフリーレンを迎えた。

 それと対照的に、フリーレンは浮かない表情を浮かべていた。

 

 すとん、と椅子に座ったフリーレンは、ちら、とハイターを見上げると何処か所在なさげに身を縮こませた。

 

「……どうしたのですか?」

 

 暖かく甘い飲み物を差し出し、ハイターは問い掛けた。

 何処か様子のおかしいフリーレンに、眉をひそめて。

 久方ぶりに会ったにも関わらず、彼女は変わっていないと思った矢先だった為に、ハイターは面食らっていた。

 

ズズ……。

 

 フリーレンは差し出された飲み物を口にして、ほう、と小さく息を吐いた。

 そして、意を決したように口を開いた。

 

「孤児院を経営していた魔族を殺したんだ」

 

ガシャン!

 

 ハイターの手からカップが落ち、床に飲み物が広がる。

 目を目一杯に開いて瞳を揺らすハイターを見て、フリーレンはふっ、と視線を切った。

 

「やっぱり、知ってたんだ。

 彼女、最後にヒンメルとハイターの名前を口にしてたよ」

 

「……そう、ですか」

 

 ハイターは絞り出すようにそう言うと、しゃがみこんで、割れたカップの破片を手に取った。

 

「魔族同士で仲間割れでもしたみたいで、死にかけてたから殺したんだ。

 ……私は、魔族の事だから、孤児院経営してるのも、どうせ人を喰ったり殺したりする為だと思ってた。

 だから殺した。殺したけど……」

 

 フリーレンは一度言葉を止めて、椅子の上で膝を抱えた。

 

カチャ……カチャ……

 

 ハイターがカップの破片を集める音だけが響く部屋の空気は、酷く冷えきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生……」

 

 魔族が完全に塵となったのを見届けた後、赤子をあやすフリーレンの耳を、幼い子供らしき声がうった。

 フリーレンが声がした方を振り向けば、人間の少女が目を見開いて、塵となった魔族のいた場所を見つめていた。

 

「子供……か。孤児の子かな。

 まだ近くに魔族がいるらしいから危ないよ。町に避難して」

 

「っ……!」

 

 少女は駆け出す。

 そのままフリーレンに近付くと、腕の中にいたリリィ、と呼ばれていた赤子を、その腕から奪い取った。

 

「……何するの。赤ちゃんが危ないよ」

 

「うるさいっ!リリィに触るな!」

 

 キッと睨み付けてくるその少女に、フリーレンはその目を細める。

 何故彼女がそういう態度を取るのかが分からず、フリーレンは杖を消して手を広げた。

 

「……なにもしないよ。なんでそんな」

 

「先生を殺した癖にっ……!この子のお母さんを殺した癖に!

 リリィにその汚い手で触るな!この……!」

 

 

 

「人殺し!!!」

 

 

 

 その言葉に、フリーレンは目を見開く。

 彼女の言葉が想定外だったから。

 自分が先程殺したのは魔族の筈だ。

 無意識に視線は、先程塵に還った魔族のいた場所に向いていた。

 

 魔族だった証拠として、死体は、残っていない。

 フリーレンは小さく頷いて、少女に向き直る。

 

「……いや、私が殺したのは魔族だよ。きっとアンタ達を」

 

「黙れ!絶対、絶対に許さない……!

 あれだけ先生は幸せそうだったのに!

 リリィが産まれて、本当に嬉しそうだったのに!

 私達を、あれだけ愛してくれた先生を殺したお前を……!」

 

 少し離れた所からでも聞こえる程にギリリ、と歯を噛み締めた少女は、睨み付けながらも目から涙を溢れさせていた。

 

「絶対に、絶対に許さない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そしてその子は赤子を連れて南のほうに逃げてったんだ」

 

 語り終えたフリーレンは、自分の膝を抱える手に力を込める。

 

「私は何も言えなくて、後を追う事も出来なかった。

 多分、私が何もしなくても、あの魔族は死んだとも思う。

 だから彼女の言い分は滅茶苦茶だと思ったし、念の為に魔族にトドメをさした事を間違ったとも思ってない。

 ……でも、なんだかモヤモヤするんだ。上手く、言葉に出来ないんだけどさ」

 

 膝に顔を埋めて、フリーレンは言葉を続けた。

 

「ねえハイター、なんでアンタ達二人はあの魔族を見逃してたの?

 魔族は人の言葉を話すだけの獣、あの旅で皆それを嫌と言う程味わった筈でしょ?」

 

 ハイターはフリーレンの対面に腰掛けると、困ったように笑った。

 

「……そうですね。魔族はそうだと思います」

 

「なら」

 

「ですが、私は人を見る目は確かなつもりですよ。

 彼女は……人でしたフリーレン。人の心を持った魔族でした」

 

「ハッ……何それ?冗談のつもり?

 魔族に人の心なんてある訳ないでしょ?

 人を殺す為に平気で嘘をついて、人を欺いて、心にもない言葉を吐く獣。

 それが魔族……そうでしょ?」

 

「ええ、ええ、フリーレン。その通りです。

 でもね、彼女は違った。違ったんですよフリーレン……。

 彼女の過去は言葉で簡単に伝えられないくらいに悲惨でした。

 それでも彼女は、悲しみの中でも前を向いていた。

 苦しみながら、辛さを堪えて他人に手を差し伸べていた。

 やや自虐的な所はありましたが、彼女の献身で何人もの子供達が救われたのです。

 ……私は、それを無視して彼女を魔族だと思う事が出来ませんでした」

 

「それは……」

 

「それに、彼女と少しでも会話したなら気付いた筈です。

 敏い貴女が、気付かない筈がない。

 彼女の言葉には、想いが乗っていた筈です」

 

 フリーレンが思い出すのは赤子に言葉を告げる彼女の姿。

 涙ながらに愛を囁く姿に、フリーレンは一瞬目の前にいるのが魔族である事を忘れてしまっていた。

 その理由が、彼女の今際の際の言葉に乗った想い、それを感じ取ってしまっていたから。

 

 胸に手を当て、ハイターは言葉を続ける。

 

「それを見ない振りをした……。魔族だからと理解を拒んだ。

 それが恐らく、貴女のモヤモヤの理由ですよ」

 

 それでも、フリーレンが魔族の愛を、魔族が人の心を持っていた事を信じるには、あまりにも魔族、というものを見すぎていた。

 ただ、ヒンメルとハイターの事は信用している。

 二人が言うのなら、もしかして、という思いもある。

 その板挟みに苦しみつつ、フリーレンはハイターを見つめた。

 

「……私は間違ってたって事?」

 

 うっすらと、自嘲の笑みを浮かべて問い掛けるフリーレンに、ハイターは悲しげな笑みを浮かべて首を振った。

 

「いいえ、貴女は自分が正しいと思った事をやり通した。

 彼女も、アリウムさんもそう。子供を守る為に命を賭けた。

 それでいいのです。ただ、その結末に悲しむ、愚かな老人がいるだけ。

 その結末を、予想出来ていたのに、何もしていなかった。

 そんな愚かな老人がいるだけ。……それだけの話です」

 

 ハイターは俯き、一度言葉を切った。

 眼鏡をズラして目の端を拭うと、息を吐いた。

 そして、フリーレンに向き直り、小さな笑みを浮かべた。

 

「彼女の、アリウムさんの最期は……どうでしたか?」

 

「……満面の笑みだったよ。

 心底安心したような、花が咲いたような……そんな笑顔」

 

「そうですか……そう、ですか……。

 彼女は……笑って逝けたのですね……」

 

 ニコリと笑ったハイターは、その場で手を組んだ。

 祈りを捧げる様子をフリーレンは黙って見つめる。

 その閉じた瞳から涙が頬を伝っていくのが見えて、フリーレンはその視線を無意識に逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルが、魔王を倒して45年――

 

「老いぼれてる……」

 

「……言い方酷くない?」

 

 ハイターとの再会、そして会話を終えたフリーレンは逃げるように立ち去り、勇者ヒンメルと再会を果たしていた。

 皺が増え、髪色が変わった程度の変化だったハイターに比べ、勇者ヒンメルの変化は顕著だった。

 見上げていた筈のその顔はフリーレンと同じ高さにあり、目線が合ってしまっていた。

 髪はなく、もっさりとした髭を設けたその姿は、何処から見ても立派なお爺さんだった。

 

「年をとった僕も、中々イケメンだろう?」

 

 それでもフリーレンは、瞳を見た瞬間にそれがヒンメルだと直ぐにわかった。

 45年の月日が流れようと、あの時からその瞳の輝きは変わっていなかったから。

 

「45年振りだね。君は昔の姿のままだ。

 ……もう一生会えないのかと思っていたよ」

 

 目を細めて、嬉しそうに笑う。

 

 ヒンメルは、折角会えたのだから話でもしようと、家への案内を始めた。

 笑顔を浮かべたヒンメルのその後を、フリーレンは頷いて後を追って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……彼女は先に逝ったのか。

 僕もハイターも……彼女には見送られると思っていたんだがね」

 

 ハイターと同じ話を聞いたヒンメルは、天井を見上げた。

 彼女の、魔族の死を悼むヒンメルに、フリーレンは不思議と胸がモヤモヤするのを感じていた。

 

 きっと、魔族が死んで惜しいと思ってるヒンメルの態度が面白くないのだろう。

 フリーレンはそう結論付ける事にした。

 

「あの魔族はヒンメルとハイターに礼を言っていたよ。

 まったく。二人して魔族に絆されて……。

 一応聞くけど、他に魔族を見逃したりしてないだろうね?

 もしあったら教えておいてよ。私が始末しに行くから」

 

「ないよ。彼女だけさ。きっと、後にも先にもね」

 

「何それ?また勘?」

 

「よくわかってるねフリーレン。

 伝説の勇者ヒンメルの勘さ。間違いないよ」

 

 暫し二人は穏やかに言葉を交わす。

 自然と笑みを浮かべた二人は、楽しそうに時間を過ごしていた。

 

 45年……人にとっては決して短くない時間だ。

 その時間を、ヒンメルは一人の女性を想って過ごし続けた。

 魔王を討伐した勇者だ、何処もかしこもヒンメルという存在を欲しがり、繋がりを求めた。

 それらを全て断り、ヒンメルは平和の維持に尽力した。

 疎ましく思うものも、それでもと諦めないものもいたが、それでもヒンメルは揺るがなかった。

 

 全ては、ただ一人、好きになった女の子が未来で笑えるように――

 

「……うん、それじゃ、そろそろ行こうかな」

 

 ゆったりとした動作で、フリーレンは椅子から立ち上がる。

 ヒンメルは、それを笑顔で見送るつもりだった。

 彼女はこれからも生き続ける。

 その重荷になる気はなかったから。

 

 けれど。

 寿命を、死を感じ始めたヒンメルは、少しだけ心が弱っていた。

 きっと、あと少し経てば覚悟は決まるだろう。

 けれど、今この瞬間、もうフリーレンと二度と会えないかもしれないと思ってしまったヒンメルは、勇者ではなかった。

 ただのヒンメルだった。

 

「フリーレン!」

 

 気付けば、ヒンメルはフリーレンを呼び止め、その手を掴んでいた。

 驚いたよう目を向けてくるフリーレンに対して、ヒンメルは眉を下げて、困ったように笑う。

 

「……あの、星を見る、約束の時まで、一緒にいてくれないか?」

 

 少しヒンメルらしくない、心細さから出てしまった言葉だった。

 その言葉にフリーレンは不思議そうに首を傾げる。

 

「……どうして?」

 

 ヒンメルは困ったように視線を逸らし、頬をかいた。

 

「あー……えっと、最近少し体が衰えて、さ。

 僕もそう長くはないと思うから、少しだけ手助けして欲しくてね。

 君の時間を奪うようで悪いのだけど……どうかな」

 

 気まずそうなヒンメル。

 それと対照的に、フリーレンはにんまりとした笑みを浮かべる。

 

「ふふん、仕方ないねヒンメルは。後たったの5年くらいか。

 そのくらい、構わないよ。お姉さんに任せてくれていいよ」

 

「ぷっ」

 

 何処か嬉しそうな、自慢気なフリーレンに、ヒンメルはその様子が可笑しくて吹き出した。

 

「なんで笑うのさ?」

 

「ははは、いや、なんでもないよ」

 

 そうして二人は、暫くの間共に暮らす事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだフリーレン。昔僕があげた指輪、まだ持ってるかい?」

 

「うん?うん、勿論だよ……確か、この辺……ほら、あった」

 

「少し、貸して貰っていいかな……?」

 

「うん?うん」

 

「フリーレン、左手を出してくれないかい?」

 

「うん」

 

「……うん、似合ってる。君によく、似合っているよ」

 

「そう?ヒンメルがそこまで言うなら……暫くしていようかな」

 

 フリーレンの薬指に、その指輪は光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルが、魔王を倒して50年――

 

 仲間と共に半世紀流星を見に行く。

 その最後の冒険を終えたヒンメルは、静かに眠りについた。

 花に囲まれて眠るヒンメルの姿を、フリーレンは静かに見つめる。

 他の人達が涙を流し、悲しげに顔を歪めるなか、それは人によっては異常に映ったようで、ひそひそとフリーレンに陰口を言う参列者もいた。

 

 でも仕方ない、何故ならヒンメルと共にいた時間なんて10年と45年飛んで5年。

 合わせてたったの15年、今まで1000年を生きたエルフとして、それは刹那に等しい時間。

 そしてこの先時間を重ねれば更にそれは擦りきれていく、ただそれだけの時間。

 

ぽろ、ぽろ

 

 その筈だった。

 瞳から溢れる涙が止まらない。

 隣にはハイターとアイゼンがいる。

 なのにあと一人がいない。

 一番大事なヒンメルがいない。

 たった10年間の短い時間。

 

 つい先日まで、同じ家でゆったりと時間を過ごしていた。

 寝坊を咎められるけれど、自分を見守るよう見つめるヒンメルと過ごす日々は不思議と心が安らいだ。

 なのに、その慈しみの視線が向けられる事はもうない。

 5年間のほんの短い時間。

 

「……なんで」

 

 ぼそりとフリーレンが口にした言葉に、ハイターとアイゼンの視線がフリーレンに向く。

 

「なんで、ちゃんと知ろうと思わなかったんだろう……」

 

『人は、直ぐに死んじゃうんですよ?』

 

 薄紫髪の魔族が、人の心を持っていた魔族が、フリーレンに語りかける。

 

「人の寿命は、短いってわかっていたのに……」

 

『掌の上からこぼれ落ちてから後悔したんじゃ、遅いんです』

 

 眠るヒンメルの横に立ち、慈しみの表情を浮かべたアリウムは、フリーレンを見つめながら語る。

 

「あの魔族が……あの子が、私が殺したのに、あれだけ言ってくれたのに……」

 

『フリーレン様の未来に、祝福を』

 

「何が魔族は人の心がわからない獣、だ……」

 

 涙を流すフリーレンは、自責の念に押し潰されそうだった。

 胸を押さえ、立ち尽くすフリーレンの姿に、ハイターとアイゼンは何も言わず背中に手を回した。

 

「あの子のほうがよっぽど人だった……私は、私はっ……!」

 

 ポタポタと足元に涙が滴となって滴り落ちる。

 

「あの子が、私なんかの為に、死に際に言ってくれた事を、ただ無駄にして……。

 ヒンメルと更に5年も過ごしたのに、それ以上何も知ろうとしないで……。

 私は、バカだ……。全部、全部わかってた筈なのに……!」

 

 その場に膝を折るフリーレン。

 アイゼンはただそこにいた。

 慰めるように肩に手を乗せて、けれど視線は向けずに。

 

「……それでも、ヒンメルはこの5年間……幸せだったと思いますよ。

 彼にとって、かけがえのない時間となったと、私はそう思います」

 

 ハイターはそう静かに告げて、フリーレンの肩を優しく叩いた。

 嗚咽を漏らすフリーレンは、両肩の温もりを感じて、更に涙を溢れさせた。

 

 その後、フリーレンは一つ、決意する。

 人を知る事、その為の旅に出る事を。

 ハイターとアイゼンに別れを告げ、フリーレンは旅立つ。

 人を知るという、正しい答えのない旅なのに、その気持ちは不思議と晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェルンのその魔法……」

 

「ああ、この見えない手を操る魔法、ですね。

 原理はわかっていないのですけど、お母さんが使っていたんです。

 お母さんも、よく覚えていないけど気付けば使えてたって言ってました」

 

「……お母さんの名前って、覚えてる?」

 

「はい、勿論です。リリィ、という名前でした」

 

「……そう、なんだ……」

 

「それがどうしたんですか、フリーレン様?」

 

「……ねえ、フェルン、一つ昔話をしよっか」

 

「?お伽噺ですか?」

 

「ううん、昔話だよ。私も、ヒンメルからの又聞きになるけどね」

 

「ヒンメル様の?どんなお話なのでしょうか?」

 

「うん……そうだね題名は……人の心を持った……違うな、そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『人の心を持ってしまった魔族』」

 

 

 

       ―終―




ご愛読ありがとうございました!

誤字修正しました、ご報告ありがとうございます。


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後書きとおまけ

アンケート締め切ります!
皆様投票ありがとうございました!

誤字報告ありがとうございます、修正しました。


 皆様、最後まで『人の心を持ってしまった魔族』を読んでいただき、ありがとうございます。

 評価、感想、重ね重ねありがとうございます。

 

 人の心を持った魔族……葬送のフリーレンという作品においては有り得ない存在。

 そんな魔族が、自分で産んだ子供を食い殺して、本能と理性の狭間で苦しむ、それをアニメを見ていて思い付いたのが始まりでした。

 そこから色々と頭の中で肉付けしていき、衝動的に投稿したのが、『人の心を持ってしまった魔族』です。

 

 正直な話、あの世界において魔族には人の心を持つ余地はなく、人に擬態してるだけの獣なので人間と子供は出来ないと思うのですが……その辺は全部放り投げました。

 自分の思い付いたものを形にする為に、明言されてない設定は自分の中ではこう!で押し通しました。

 かなり強引でしたので、不愉快に思われるんじゃないかと思って戦々恐々していましたけども。

 

 兎に角主人公をいじめ続けたお話でしたが、読みきってくれた皆様には本当に感謝です。

 皆様の暖かな感想と悲鳴が執筆の力となりました。

 改めてありがとうございます。

 後は作中では書かなかった裏設定みたいなものを語ってみたいと思います。

 

・アリウムが人の心を持った切欠。

 これは死の恐怖からです。

 生物は死を恐怖するものですけど、魔族はなんというかアウラ以外自分の生死に頓着していない気がしたので。

 アウラにしても屈辱からのような見方も出来るので、魔族には死への恐怖が備わってないんじゃないかと思いました。

 なのでフリーレンにいたぶって貰い、恐怖心から心を芽生えさせました。

 シニタクナイ、その感情がアリウムの始まりです。

 

・お爺さんとの生活。

 故にお爺さんとの生活は心を育てる時間でした。

 美味しい、という本能とは少し違う、三大欲求に繋がる感情を覚え、彼女の情緒は育っていきます。

 また人間としての常識も覚え始めます。

 

・お爺さんの死体を食べる。

 本能に負けた一回目。

 男達と違いお爺さんの死体を食べたのは、お爺さんの死を少しでも意味のあるものにしたいと無意識に思ったのもあります。

 この辺りの理性と本能のせめぎあいをかくのは、楽しかったです。

 そうしてアリウムは本当の意味で死を知ります。

 

・妊娠、出産、補食。

 本能に負けた二回目。

 このシーンが思い付いたからかいたと言っても過言ではないですね。

 ただ、死を知り、情緒の育ってきたアリウムなら、補助のひとつでもあれば大丈夫だったのです。

 が、丁度よく人が去り、空腹のなか、初産で長時間苦しんだアリウムは限界でした。

 そのストレスが限界突破し、産んだ我が子を食べてしまいます。

 獣がたまにやってしまう事ですね。

 また、可愛いという感情と美味しそうという感情が入り交じってしまったのもあります。

 自分の赤ちゃんを可愛いと思い、美味しいと食べた後に、した事のおぞましさに吐くシーンは、母性、本能、人間性のせめぎあいを上手くかけたんじゃないかと思ってます。

 

・アリウムの変化。

 淡々としたものから、少しずつ感情がこもっていくように描写していきました。

 ものを知っていく様子を描いていったつもりです。

 それによって、物の見方が変わっていき、老人からお爺さんに、人間の子供から少年、少女に、弱そうな人間から、女性等、雌雄の判別や、個人の認識が出来るようにしていきました。

 上手いこと表現出来てたら嬉しいです。

 

・魔族。

 同族である魔族と接触しますが、人間としての情緒が育ってしまったアリウムとは決定的に相容れません。

 魔族の側には、自分の安息の場所はないのだと、理解してしまいます。

 トドメはソリテールとの会話です。

 また、ソリテールは人間と会話する時に比べて、明け透けに話すようにしています。

 同族なので、誤魔化しがいりませんからね。

 

・最愛との出会い。

 ユーリという明るい青年との出会いで、恋を、愛を知ります。

 羞恥という感情もついでに。

 ちなみにユーリは少し老け顔だったりします。

 そして、愛し愛される事、その状態でのセックスがとても心地好い事を学んでしまいます。

 

・名前の由来。

 アリー及び夫であるユーリ、その子供達ニコライ、マリー、リリィ、オリキャラにはそれぞれ由来があります。

 感想で花言葉に気付かれた方への返信に語っていましたが、ここでも改めて。

 アリウムの花言葉は夫婦円満、くじけない心、正しい主張等割りと肯定的な花言葉なのですが、真っ直ぐ立つその姿に悲しみにくれて立ち尽くす姿を連想し、『無限の悲しみ』という意味もあります。

 名前を決める時にはフリーレンに言葉を遺し、殺されるのを決めていたので、まさにピッタリだと思いました。

 ユーリ、ユリオプスデージーは明るい愛と円満な関係。二人だけなら明るい夫婦として円満に生きていけたでしょう。

 マリーはマリーゴールド、絶望。彼女の誕生を切欠に全てを失います。

 リリィは百合、祝福。彼女自身は勿論、死に際にフリーレンに託す事によってフリーレンにも祝福を、という形ですね。

 ニコライは実在したと言われる食人鬼の名前です。

 呼び名に「リ」を含ませない事で異物感を出し、相容れなさを表現しました。

 それでも「i」で終わらせる事で繋がりはあり、アリウムは彼を憎み切れない、という形に持っていきました。

 彼は本当に純粋な魔族なので、実はユーリの言葉を理解していません。

 なので生まれた妹を食べようとしてそれを邪魔された瞬間、ユーリは邪魔者として排除されました。

 ただ、アリウムには情を持っていました。

 それも自分を害そうとした事で霧散し、排除を決めたのですけどね。

 生き残り、人間をもっと殺す為、それだけの為に。

 それが魔族だと思ってます。

 

・ルート分岐

 この次の瞬間にソリテールが現れて拉致、拷問とかいうルート。

 行き倒れてアイゼンに拾われるルート。

 本編と似たような形になってからの人間に裏切られて孤児院の子供達に被害が及び、人間にも絶望してしまうルート。

 「魔族と家族」の後、本編以外にこの三つくらいを悩んでいました。

 本編の形にしたのは、やはりヒンメルにもう少し報いがあって良いと思ったからですね。

 ヒンメルがアリウムを救い、そのお礼にヒンメルに5年間をプレゼントしました。

 これらを形にするかは……少し悩んでいますね。

 あ、ちなみにソリテール襲来が魔王討伐後40年、フリーレンがヒンメルと再会したのが45年なのは……フリーレンだから、ですね。

 

・アリウムのいた証

 大まかにわけて、ヒンメルとフリーレンの5年。

 フェルンとの血縁、フリーレンの心の傷ですね。

 人を理解していなかったフリーレンは、知れば知る程アリウムを殺した事、リリィをそのまま放った事に後悔の念を持ち、その孫娘であるフェルンに罪悪感を抱えていきます。

 フェルンもそれをなんとなく気付き、お互いになんとも言えない状態になります。

 そのフラストレーションが高まり切るのは、丁度、レルネンの依頼を受けた頃です。

 リリィを奪った少女は南でリリィを育て、幸せになったのを確認してフリーレンへの復讐の為にリリィと別れます。

 けれど結局リリィも戦争に巻き込まれて失い、フェルンも見つけられず、失意に暮れます。

 そんな中で先生と同じく朗らかな笑みを浮かべる魔族の手を取り、その魔族と共にリリィの忘れ形見と対面する事になります。

 それがヒンメルの死後30年……。

 これを形にするかはちょっとわかりませんね。

 

・ハイターを酔い潰して……。

 人間的に尊敬出来ると、自然と敬語になる程にハイターを敬愛していますが……。

 実はそもそもアリウムは老け気味が好みです。

 故にハイターはドンピシャでした。

 

・フェルンとの繋がり

 アニメでフェルンがカボチャをひょいひょいやってるのを見て、アリウムの魔法を思い付きました。

 また、戦災孤児だと知り、上手くこじつければ血縁関係出来るな、と思いました。

 そうして、所々にフェルン要素をちりばめていきました。

 紫髪でフェルンと繋がり……?と思われた方は多いと思いますが、その辺りまで気付かれたのは少し驚きました。

 花言葉もそうですが、慧眼な方が多いですね。

 

 こんな所でしょうか。

 他に何かあればなんでも聞いてくださいね、答えられる範囲で答えたいと思います。

 

 さて、改めてご愛読ありがとうございます。

 少し前から閲覧が突然跳ね上がって驚いていたのですが、今日なんて日間ランキングの11位とかに本作があって本当に驚きました。

 感想もいっぱいきて、評価も滅茶苦茶きて……。

 元々は☆9一つきて嬉しくて狂喜してたのですけど、今はもう逆に怖いですね。

 嬉しい悲鳴です……。

 評価につく一言も本当に嬉しいお言葉ばかりで、重ね重ねありがとうございます。

 

 さて、では最後に少しだけおまけをつけて、終わりとしたいと思います。

 ifストーリーもじっくり考えていきたいと思います!

 皆様、本当に読んでいただき、ありがとうございました!

 また何処かでお会いしましょう!

 

 

 

キサラギSQ

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……ここは?私は、死んだ筈です……」

 

 もう目が覚めない、そう思っていた眠りから、私は目覚めていた。

 辺りは白い靄に覆われ、よく見えない。

 自分の体を見下ろしてみれば、修道服のままで、頭にもその感触がある。

 けれど体を触って確かめても貫かれた跡はなく、血もついていない。

 その不可思議さに首を捻った。

 そんな時だった。

 

「アリー」

 

 聞こえる筈のない声が聞こえた。

 私は、信じられない思いで、それでもすがる気持ちで、そのほうに振り向いた。

 

「アリー!」

 

 その瞬間、ぎゅうと抱き締められ、私の耳をうつその声色と、懐かしい匂い、そしてその温もり。

 自然と、私の手は、私を抱き締める彼の背中に回っていた。

 

「ゆー……り…………?」

 

「ああ、ああ!そうだよアリー!」

 

 顔を離し、真っ直ぐ私を見つめるその姿は、数十年前に死んだ筈のユーリの姿そのままで。

 その頬を撫でれば暖かくて、柔らかい笑みで私を見てくれるユーリ。

 暖かな視線に、私は気付けば涙を流していた。

 

「ユーリ……ユーリ……!」

 

「アリー、よく頑張ったね。……これからは……本当にずっと一緒だよ、アリー」

 

 ユーリの胸に顔を押し付けて、その温もりを感じる。

 ああ、暖かい……本当に、本当にユーリだ。

 優しく頭を撫でてくれるその手に、私を受け止めてくれる温もりに、涙が止まらない。

 

 ずっと、ずっと、ユーリを喪ってからポッカリと空いたままだった胸が、埋まっていくようだった。

 

「ユーリ……!私、私、色んな話がある!いっぱい、いっぱい!

 ユーリに会えたら、話そうと思ってた事が、沢山!」

 

「うん、いくらでも聞くよ。アリー」

 

 微笑むユーリに私はしがみついて、涙を溢しながらも、笑顔で。

 ゆっくりと靄に包まれながら、私はユーリに話をする。

 色んな話を、楽しかった事を、嬉しかった事を、辛かった事を、怖かった事を。

 ユーリの温もりを感じながら、私は靄に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは魂の眠る地(オレオール)

 人々が天国と呼ぶ地。




「俺、ボロボロだぁ」

「そうだね、フェルンの傷も痛そう」

「はい、少しだけ……」

「僧侶でもパーティにいれようか」

「あ、それならフリーレン様。確かあの人がこの辺りの孤児院に派遣されてる筈です」

「あれ、そうなんだっけ」

「もう、ハイター様を一緒に弔った時、そう言っていましたよ?」

「ん?なに?なんか宛があんの?」

「ああ、うん。そうだねシュタルク、魔族について、今回痛い程わかった?」

「え?うん、怖かったよ魔族。フリーレンが言葉を話す獣って言ってたのがよくわか――」

「これから会いに行くのは、勇者パーティが唯一認めた魔族だよ」

「えぇえええええ!?」

「久し振りにお会いしますね」

―――IFエピソード『孤児院の魔族』

「元気でしょうか、アリウムお婆様」


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『魔法使いと魔族』孤児院の魔族

いや、本当に閲覧、お気に入り登録、評価、感想、ここすき……ありがとうございます!
日間8位なんかになれた時もあって、本当に嬉しかったです!
特に評価についてくる一言、本当に嬉しいお言葉ばかりで、重ね重ねありがとうございます!
感想も毎回毎回励みになります!

今回からはIFストーリー『魔法使いと魔族』編となります。
そう長いお話にはなりませんので、どうかお付き合いください。
IFストーリーいらない派な方々には申し訳ないのですが、やはり自分もアリウムには幸せになる未来があってもいい!
とフリーレン世界観を厳守したがる自分を弾き飛ばしてかいていきたいと思います。

ちなみに、アンケートのうち一つは本編以上のバッドエンドです。


 勇者ヒンメルの死から28年後――

 

 

 

 修道服を着た女性が女神像の前で祈りを捧げている。

 両膝をつき、目を閉じて、胸の前で左手だけ握り締めていた。

 右腕はなく、空の右の袖がひらりとはためいた。

 静謐な空気の中、女性は身動ぎ一つせず、ただただ祈り続けていた。

 その身体が仄かに光り始め、聖なる雰囲気を醸し出す……。

 

「せんせー!」

 

 そんな女性の元に、元気な足音がやってきて、その雰囲気は霧散していった。

 幼い少年がにぱっとした笑みを浮かべ、その女性の元へと駆け寄る。

 女性はパチ、と瞳を開くと、その光のない薄紫の瞳を柔らかく細め、その少年に目を向けた。

 

「どうしました?」

 

 膝をついてる女性を見上げる程幼く小さい少年は、女性の自分を撫でる手を受け入れながら、手を上げて答える。

 

「はい!せんせーにおきゃくさまです!」

 

「そう……わざわざ伝えにきてくれたんですね。ありがとう、良い子ですね」

 

「えへへへ……」

 

 嬉しそうにはにかんで笑う少年を優しく撫でた女性は、腰まである三つ編みにした薄紫の髪を揺らし、ゆっくりと立ち上がる。

 そうして、礼拝堂の入り口に、この孤児院で共に働く同輩の姿を見つけた。

 似たような修道服を身に付けたシスターは、女性を見つめ口を開く。

 

「アリウム先生にお客様ですよ」

 

 そのシスターは初老を迎えているにも関わらず、20代前半にすら見える女性、アリウムへの強い敬愛の情が垣間見えた。

 

「ん、今この子から聞きました。どなたですか?」

 

 左手だけで少年をひょいと抱き上げると、シスターにそう問い掛ける。

 

「フリーレン様とフェルンちゃんが、男性を連れていらしました」

 

「まぁ、どちらかのお婿さんでしょうか?

 久し振りに会いますから、楽しみですね」

 

 にこやかに言葉を交わしている先生に、腕の中で少年は甘えるようにその帽子に手を伸ばした。

 ずるりとズレた帽子に気付いたアリウムは、その穏やかな笑顔を少しだけ困ったように歪め、少年に笑いかける。

 

「こら、悪戯してはダメですよ」

 

「えへへへー」

 

 小さな手で口元を抑えながら、クスクスと笑う少年に、アリウムは困ったように、けれど楽しそうに笑う。

 ズレた帽子の隙間から、アリウムのこめかみに生える小さな角がチラリと見えた。

 

「本当に久し振りですね……ハイター様が亡くなって以来、ですか。

 ふふ、しっかりもてなしてあげないといけませんね……」

 

 手を触れてもいないのに、ズレた帽子は不思議と元の位置に戻っていく。

 そうして軽く頭を振ったアリウムは、笑みを浮かべてゆっくりと歩きだした。

 

 

 

―――IFストーリー『魔法使いと魔族』孤児院の魔族

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラナト伯爵領にて、七崩賢断頭台のアウラ達魔族を見事討伐したフリーレン一行は、山に踏み入れる前に、とある孤児院に訪れていた。

 外では子供達が元気に遊んでいて、その様子は微笑ましい。

 

「シュタルクおんぶしてー!」

 

「シュタルクかたぐるましてー!」

 

「おー、待て待て順番な順番」

 

 そんな子供達に混じって遊ぶ赤の短髪の男が一人。

 既に子供達に呼び捨てで呼ばれ、それを気にもせず、子供達を身体中に張り付かせていた。

 その状態で追いかけっこにいそしみ、子供達はキャーキャー言って逃げて……何故か逆にシュタルクを追う子供達もいる。

 シュタルクはそれを特に疑問に思わず、笑みを浮かべて共に遊んでいた。

 

 しかし、内心は見た目程穏やかではなかった。

 そもそもここにいるのは、少し前に魔族と戦闘になり、負傷し、仲間に僧侶を求めての事だった。

 その心当たりとして、共に旅する仲間のエルフのフリーレンと人間のフェルンが提案した人物がこの孤児院にいるらしい。

 なんと、魔族の。

 つい先日人の営みに潜り込み街を襲おうとしていた魔族の一団と戦ったばかりだというのに、だ。

 心の中のシュタルクは瞳を鋭く、油断せずに辺りを警戒していた。

 もしも、魔族がこの孤児院の子供達に危害を加えるような奴なら……。

 

 そんな事を考えているシュタルクを、紫の長髪の女、フェルンが眺めていた。

 そして、警戒している事を感じて呆れたように息を吐く。

 

「シュタルク様……ずっと警戒してますね」

 

「いいんじゃない?油断するよりはね」

 

 白髪をツインテールにしたエルフ、フリーレンはそう呟く。

 魔族に対する警戒心が磨かれてるのは良い事だ、と。

 けれど、フェルンはわかっていても面白くない。

 

「むぅ。私のお婆様だから大丈夫だと言いましたのに」

 

 フェルンは頬を膨らませ、傍目には無邪気に遊ぶシュタルクを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。フリーレン様」

 

 暫しの時間が流れ、孤児院から一人の女性が現れる。

 ゆったりとした修道服を着て、帽子を被り、薄紫の腰までの長髪を三つ編みにした女性。

 その薄紫の瞳を柔らかく細め、その視線はフリーレンとフェルンを捉えた。

 

「お久し振りですね、お元気そうで何よりです。

 ……フェルンもお久し振りです。大きくなりましたね」

 

「久し振り、アリウム。アンタも変わりなさそうだね」

 

「お久し振りです、アリウムお婆様」

 

 ゆったりとした修道服からでもわかるスタイルの良さに、一瞬呆気に取られたシュタルクだったが、直ぐに気を取り直す。

 フリーレンやフェルンが警戒してなさそうだから大丈夫だとは思うけど……。

 

「それで、男の人を連れてきたとか?初めまして。フェルンのお婿さんですか?」

 

「おっ!」

 

 アリウムの言葉に、ボッと顔を一瞬で赤くするフェルン。

 

「いや、違います。俺はシュタルク」

 

 けれどシュタルクはそれを平然とした顔で即座に否定した。

 それにフェルンはすぐにスンと、無へと戻した。

 

「…………」

 

 確かにそうじゃないけれど、そこまで即答されるのは面白くないと、フェルンはまた頬を膨らませた。

 

「え、なんか怒ってる?」

 

「怒ってません」

 

「仲良いのね」

 

 くすりと笑みを溢したアリウムは、修道服の裾を摘まむと、ペコリと頭を下げた。

 

「改めて初めまして、シュタルク様。私はアリウムといいます。

 フェルンの祖母です。孫娘とこれからも仲良くしてあげてくださいね」

 

「あ、はい……てか、え、若っ」

 

 シュタルクは思わず口に出す。

 見た目はどう見ても20代、自分達とそう変わらないように見える。

 

「私は、魔族ですから。あまり見た目が変わらないんです。

 もう70……80年くらいはこの姿ですよ」

 

 そう言ってニコリと微笑むアリウムは、傍目にはただの人間のように見える。

 じいっとその顔を見続けるシュタルクは、フェルンの目が少しずつ怖くなっていく事に気付いていなかった。

 

「それより、少し話がしたいから中に入れてよ、アリウム」

 

 そこで、フリーレンが空気を一切読まずにそう言い放った。

 身を少し縮こませている事から、どうやら寒がっているようだ。

 

「あら、ごめんなさい。立ち話なんてしてたら身体が冷えきってしまいますね。

 モーナ、お湯を沸かしておいて貰えますか?」

 

「わかりました、アリウム先生」

 

 くるりと身を翻し、アリウムは建物へと体を向けた。

 傍らに控えていたシスター、モーナは恭しく頭を下げ、一足先に建物の中へと入っていく。

 

「さぁ、どうぞ?暖かい飲み物でも飲んでゆっくりお話しましょう」

 

 そう言ってニコリと笑うアリウムの後を、フリーレンが続く。

 

「助かるよ、寒い寒い……」

 

 そそくさと建物に入っていく二人を見送ったシュタルクは、頭の中で今得た情報を軽く整理し……。

 色々と考えたが、フリーレンが大丈夫だと判断するならいいか、と思考を放棄した。

 

「シュタルク!せんせーにみとれてる!」

 

「せんせーにほれたら、だめだよシュタルク!」

 

「シュタルクのくせになまいきだぞっ!」

 

 わらわらと自分に張り付く子供達を適当にあしらいながら、シュタルクは苦笑を溢す。

 

「いやまぁどえらい美人だったけどさ……(フェルンに似てるし)」

 

「…………」

 

 その内心を口に出せば背後でフェルンが頬を膨らませる事はなかったかもしれない。

 けれど、シュタルクとはそういう男なのかもしれない。

 

 シュタルクが子供達を振り払い、フェルンの放つ圧によって散り散りになっていく。

 そうして二人は建物の中に入っていき、孤児院の子供達はそれを見送った。

 その表情は先程仲良くなったばかりのシュタルクを、心配するような表情だったが……。

 

「なにしてんのー?」

 

「じかんはゆうげんだよー!」

 

「……うん!」

 

 そう誘われ、皆からりとそれを忘れて遊び始める。

 子供達が楽しく元気に遊ぶ、平和で平穏な光景がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチ、パチ……

 

 暖炉の前で目を細めたフリーレンが陣取り、暖を取っている。

 

「子供達は元気だね……あんな寒い中、外で遊ぶなんてね……」

 

「子供達はずっと体を動かしてますからね。意外と大丈夫なんですよ。

 折角なのでフリーレン様も混ざってきては?違和感ないですよ?」

 

「やだよ寒いし……。……ん?」

 

 にこやかに放たれるアリウムの言葉に多少の違和を感じ、首を捻るフリーレン。

 だが、その違和感が形になる前に、モーナと呼ばれた初老の女性が飲み物を運んできた。

 

「お飲み物です」

 

「ありがとうございます、モーナ」

 

 湯気の出るカップをフェルンとシュタルクにそれぞれ手渡し、アリウムの手元に丁寧に置き……。

 

「はいフリーレン様、水です」

 

ドンッ

 

「……」

 

 フリーレンから一番近いテーブルに音をたてて置いた。

 そのカップからは湯気は立ち上っておらず、甘い香りをさせている他の三つのカップと違い無臭……。

 フェルンとシュタルクがそれを覗き込んで見れば、中の液体は透明で、カップの底が見えた。

 

 それを目をしょぼしょぼさせたフリーレンは受け入れ、肩を落とす。

 

「それでは、失礼します、アリウム先生。

 フェルンちゃん、シュタルク様、ごゆっくり」

 

 フリーレンのその様子にモーナは満足そうに頷いてから、部屋を後にした。

 その様子に、シュタルクとフェルンは身を寄せる。

 

「……なあ、なんかあのモーナって人フリーレンに当たり強くない?」

 

「そうなんですよね、モーナさん何故かフリーレン様に厳しいんです」

 

 ひそひそと言葉を交わすシュタルクとフェルン。

 冷え冷えの水が入ったカップを悲しげに見つめ、フリーレンは口を開く。

 

「いや、うん……まだあの子怒ってるの?」

 

「そういう態度だから、ずっと怒ってるんだと思いますよ。

 私はもう気にしないように、と言っているのですけどね」

 

 人の心ってのは難しいね。

 そう呟いたフリーレンはカップの水を啜り、冷たさに身を震わせた。

 

「お婆様、フリーレン様は何をしでかしたのですか?

 モーナさんがずっと怒ってるなんて、相当ですよね」

 

「あれ、フェルンには言ってなかったっけ。

 私がアリウムと初めて会った時、魔族だからとまず半殺しにしててね。

 そこをモーナに見られてからずっとあの態度だよ」

 

「あの子は人一倍私を慕ってくれてますから……。

 魔族だから仕方ない事だと、何度も言ってたのですけど」

 

「フリーレン様、ちゃんと謝ってください。下手したら私が産まれなかったじゃないですか」

 

「大丈夫ですよ、その時にはリリィはもう産んでましたから。

 そこでフリーレン様に殺されてても、フェルンはきっと産まれていましたよ」

 

「お婆様、そういう問題じゃありません」

 

「……なんで半殺しにされたほうが庇ってるんだ……」

 

 ぼそり、と呟いたシュタルクに、アリウムは顔を向ける。

 その表情からは穏やかな笑顔は消え、真面目な顔でシュタルクを見つめていた。

 真面目になった顔は、フェルンとそっくりだった。

 

「シュタルク様、魔族の命は綿より軽いんですよ?

 いえ、そうじゃなきゃいけないんです。

 魔族は皆、獣です。人の言葉を話すだけの獣。

 初対面の時のフリーレン様の対応は間違っていません。

 私は孤児院に潜む魔族、即座に無力化が正解です。

 人々の中に潜む魔族に手心を加えてはいけません。

 魔族は、人にとって害しか与えない害獣なのです」

 

 自らの種族をそこまでボロクソに言うアリウムに面食らうも、実際に相対した魔族は確かに悪辣であった。

 もし自分一人だったのなら、無事に解決出来るとはとても思えなかった。

 ちら、としょぼしょぼ顔で、フェルンの啜る温かく甘い飲み物を羨ましそうに見るフリーレンを……。

 記憶の中のキリッとした顔をしたフリーレンを思い出し、アリウムの目を見返して重々しく頷いた。

 

「……わかった」

 

 シュタルクの答えにアリウムは嬉しそうに目を細め、表情を綻ばせた。

 

「私の事は例外だと思ってください。私のような魔族は間違いなくいませんよ」

 

 その言葉は、諦観を感じるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリウム、本題に入るね」

 

 話が一段落した所で、フリーレンが口火を切る。

 

「今私達は天国……魂の眠る地(オレオール)を目指して旅してる。

 長旅になるし、先日も七崩賢と戦ってね。二人も怪我をした。

 これから旅路は険しくなっていくし、きっと魔族も増えてく。

 だから僧侶がパーティに欲しくてね、どうかな?」

 

「まぁ、フェルンとシュタルク様が、怪我を?

 後で見せてくださいね、治療しますから」

 

 コクリと同時に頷くフェルンとシュタルクだった。

 だが、シュタルクはそのまま首を捻る。

 

「え、てか疑う訳じゃないんだけど、魔族って治癒魔法使えるのか?」

 

「アリウムは私が知る限り、ハイターに次ぐ僧侶だよ。

 魔力量だけは普通だけど、無補給無酸素でも生きれる魔法を使えるしね」

 

「ハイター様のように二ヶ月……とはいきませんが、一週間程ならどうにか……」

 

「なにその魔法。逆にこえーんだけど」

 

 戦々恐々とするシュタルクを尻目に、フリーレンは言葉を続ける。

 困ったように笑うアリウムを後押しするように。

 

「私は、目的地でヒンメルに会うつもりなんだ」

 

 ピク、とアリウムの肩が震える。

 

「私の師匠が残した手記に、魂の眠る地(オレオール)で死人に会えるってあったんだ……。

 アリウムの忠告を無視して、ただただヒンメルを見送ったバカな私だけど、また、ヒンメルに会いたい。

 死人と言葉を交わしたいのは、アリウムもそうでしょ?

 僧侶として求めてるのもそうだけど、私は……アリウムにもこの旅に同行して欲しいと思ってる」

 

 どうかな?

 

 そう問い掛けるフリーレンに対し、アリウムは目を瞑って俯き、動きを見せない。

 悩んでいるのだろう、その様子に、フリーレンはカップに残った水を飲み切り、答えを待つようにアリウムをじっと見つめた。

 

パチ、パチ……

 

 暖炉の薪の燃える音だけが響くなか、沈黙を破ったのは、アリウムの孫娘であるフェルンだった。

 

「お婆様……一緒に、ハイター様に会いに行きませんか……?」

 

 そのフェルンの言葉にパチリと目を開いたアリウムは、フリーレンの真っ直ぐの瞳を見返して、口を開いた。

 

「…………一晩、考えさせてください」

 

「ん……一晩と言わず一週間くらい考えてもいいよ?」

 

 フリーレンはアリウムの悩む様子に、優しく言葉を告げた。

 しかしアリウムは首を振る。

 

「山に入るのでしょう?なら冬が本格的にくる前に出たほうが良いですから」

 

 そう言って笑うアリウムは、口のつけていないカップを持つと、席を立った。

 

「今日はここに泊まって行ってください。

 ご馳走を作りますから、是非もてなさせてくださいね」

 

 未だに湯気のたち昇る、甘い香りのするカップをフリーレンに差出し、ニコリと笑顔を浮かべた。

 

「わあ、ありがとうアリウム」

 

 嬉しそうに受け取り、早速カップに口をつけるフリーレンを慈しみの表情で見下ろす。

 そのままアリウムはフェルンへと視線を向けると、口を開いた。

 

「さ、フェルン、別室で治療しますから、着いてきてください」

 

「あ、はい!お婆様!」

 

 ゆっくりと部屋を後にしたアリウムを、フェルンが慌てて後を追う。

 それをシュタルクは見送り、カップを両手で持って、ほぅと息を吐くフリーレンを見る。

 

「一応聞くけど、大丈夫、なんだよな?」

 

 その目にはほんの少しだけ、フェルンを心配する色が浮かんでいた。

 理由は勿論、魔族とフェルンが二人きりになる事への心配……。

 見て接した限り、アリウムは危険だとは思えないし、フリーレンもフェルンも親しそうだ。

 それでも、と一抹の不安は残ってしまう。

 

「あの子の僧侶としての能力は確かだよ。フェルンもちゃんと治してくれる。

 シュタルクも、きっと傷跡ひとつなく治してくれるよ」

 

 けれどそれはフリーレンには伝わっていなかったようで、子供に言い聞かせるような態度を取られてしまう。

 そんな態度に、シュタルクは思わず頭をかいた。

 

「いや、そうじゃ……はぁ、まぁいいか」

 

 そのすれ違いに途端に面倒になったシュタルクは、ため息を吐いて、椅子の背にもたれかかった。

 そうして、フリーレンと共に、カップをゆっくりと傾けたのだった。




・モーナ
 アリウムを先生と慕う初老の女性。
 本編世界でのリリィを奪った少女。


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『魔法使いと魔族』出会いの魔族

閲覧、お気に入り、評価、感想、ここすき、毎度毎度ありがとうございます!
本当に嬉しいお言葉ばかりで、ありがたい限りです。


 シュタルクの目の前には、じゅうじゅうと音をたて、脂の滲む美味しそうな肉が鎮座していた。

 芳しい香りが鼻腔を擽り、知らず知らずにシュタルクの喉が鳴った。

 

「食べ盛りなんですから、遠慮なく食べてくださいね」

 

 別のテーブルではアリウムが同じような肉を切り分けている。

 皿を持って群がる子供達はわいわいと騒がしいものの、順番を守っている様子が微笑ましい。

 自分を始め、フリーレンやフェルンの前にもその大きな塊肉は鎮座していた。

 

「いただきます」

 

 シュタルクは子供達に少し申し訳なく思いながらも、フォークを突き刺し、その香草焼きにかぶりついた。

 

がぶっ、じゅわぁっ

 

 噛んだ瞬間口いっぱいに脂が溢れ、香草の爽やかな香り、丁度良い塩気がシュタルクの口の中に広がる。

 目を輝かせたシュタルクはもぐもぐと咀嚼し、ゴクリと嚥下する。

 そして、満面の笑みを浮かべ、叫んだ。

 

「うっまぁああああい!」

 

「声でっか」

 

 対面に座るフリーレンは顔をしかめ、小さく切り分けた香草焼きを頬張る。

 

「お婆様のお料理ですから当然です(むふー」

 

 その隣では、何故かフェルンが自慢気に胸を張っていた。

 

「いや、本当に美味いこれ!毎日でも食べてえよ!」

 

 シュタルクの言葉に、フェルンの眉が寄る。

 

「むっ」

 

「嬉しい事を言ってくれますね。

 それなら、フェルンにレシピを渡しておきましょうか」

 

「えっ」

 

「ん?なんでフェルンに?」

 

「むぅっ!」

 

「(ここに来てからフェルンが感情豊かだね。

 良い事……なんだろうね。言葉にしたら拗ねそうだけど)」

 

 三人のやり取りをフリーレンは黙って見つめる。

 余計な事は言うまいと、野菜たっぷりのスープを啜っていた。

 フリーレンの微かな成長を感じさせる一幕。

 子供達の騒がしい声と笑顔に包まれた穏やかな食卓だった。

 

 

 

 

 

 

「なんで怒ってんだよフェルン……」

 

「怒ってません」

 

「うふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、子供達が寝静まり、フェルンやシュタルクも寝息を立てている時間。

 アリウムの姿は礼拝堂にあった。

 女神像の前に膝をつき、今日の感謝を口にする。

 

 その姿は、何処から見ても敬虔な女神様の信徒であった。

 

「明日もどうか、子供達に祝福を……明るい未来を……」

 

コツ、コツ

 

 祈りを終えたアリウムはゆっくりと目を開く。

 背後の気配に気付きながらも、女神像を見上げ続けていた。

 

「精が出るね」

 

 礼拝堂にはもう一人、寝間着姿のフリーレンの姿があった。

 

「フリーレン様、寝なくて宜しいのですか?」

 

「少しくらい大丈夫だよ。それに……もう少しアリウムを後押ししたくてね」

 

「ふふ……フリーレン様に、そのような事を言われる日がくるとは思いませんでした。

 ヒンメル様の元に、私が背中を押すまで、向かうという発想すらなかった貴女が」

 

 ゆったりとした動作で立ち上がり、アリウムはフリーレンへと振り向く。

 

「……そうだね、でも、だからこそだよ」

 

「フェルンとの旅は、良い刺激となっているようですね」

 

「アイゼンの言う通りだった。旅は話し相手がいたほうが良い。

 ただ気儘に旅していた数十年よりも、フェルンと旅した数年のほうが密度があったよ。

 ……そんな事、ヒンメル達との旅を終えた時点で、気付けた筈なんだけどね」

 

 フリーレンは女神像を見上げて、目を瞑った。

 今は亡き二人を想い、偲んで。

 

「…………」

 

 それをアリウムは何も言わず見つめ続けていた。

 その瞳は何も映さず、魔族特有の空虚な瞳だった。

 

「孤児院で出会った日を思い出すね」

 

 女神像の前、礼拝堂の中、似たような立ち位置で……38年前、二人は相対していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルが魔王を討伐して40年後―――

 勇者ヒンメルが老衰を迎える10年前―――

 

 とある孤児院をフリーレンは訪れていた。

 魔族がいるという孤児院、そんな噂を聞いて、その噂を確かめる為に。

 

 そしてフリーレンはその魔族と礼拝堂で相対していた。

 紫髪の赤子を抱えた、薄紫の髪の魔族。

 帽子で見え辛いけどこめかみに小さな角の生えた、何処か見覚えのある魔族。

 フリーレンを目を見開いて見つめる彼女は、その時からどうにもらしくない、そんな魔族だった。

 

「アンタ……魔族だね」

 

 フリーレンは即座に判断を下した。

 すぐに杖を構え、ゾルトラークで片腕と両足を貫き、無力化。

 そして、抱えていた赤子を保護しようと動く。

 

 が、その赤子は孤児院の魔族、アリウムの手から離れると、不自然にふわりと浮いた。

 

「(視認出来ないタイプの魔法か、厄介だけど、知ってればどうにでもなる。

 赤子は人質にでもするつもり?本体の無力化が最優先か)」

 

 痛みに顔をしかめるアリウムが膝をついたのを見て、フリーレンはその顔面に杖を突き付け、魔法陣を展開した。

 

「っ……!」

 

 アリウムは恐怖に息を呑んだ。

 その様子を見て、フリーレンは首を傾げる。

 

「どうしたの?赤子を人質にでもしないの?」

 

「あ、赤子を……!?貴女人の心ないんですか……!?」

 

「……魔族に言われるとは思わなかった」

 

 アリウムが抱えていた赤子は近くにおいて人質にするのとは逆、ゆっくりと二人から離れていく。

 フリーレンには、それが不可解だった。

 魔族ならば命乞いの一つでもするだろうし、より無力な人間がいればそちらを狙うだろう。

 ただ自分を見るアリウムを見て、フリーレンは変な魔族だ、とそう思った。

 

 一方でアリウムは、相手が勇者ヒンメルのパーティであるフリーレンだとすぐにわかった。

 自分の過去の記憶と変わらない姿、魔族を虫のように見る冷たい視線。

 そして魔族に対して一切容赦のない、合理的な行動。

 ヒンメルとハイターから、気を付けるように言われていたが……。

 

「気を付けるも何も、問答無用じゃないですか……」

 

 一瞬で両足を撃ち抜かれて立つ事も出来ず、腕は力がまったく入らず、だらりと垂れ下がっている。

 あっという間に自身の体での行動を封じられたアリウムは、苦笑するしかなかった。

 

「孤児院を経営してる魔族って、アンタ?

 何を企んでたのか知らないけど、それもここで終わりだよ」

 

「ヒンメル様とハイター様の仰ってた通り……容赦ないですね」

 

 フリーレンの目が少しだけ見開かれる。

 しかしすぐにその顔をしかめ、杖を持つ手に力が入った。

 

「……何?もしかして時間稼ぎでもしてる?

 あの二人が魔族を見逃すなんて有り得ないんだけど?」

 

 圧が増した事に、アリウムは冷や汗をかいた。

 フリーレンと出会ったら、こうなるかもしれないとは言われていたが、実際に体験してみれば恐ろしくて仕方なかった。

 けれどつい先日、ハイターの寝込みを襲って妊娠した子を産んだばかり。

 この子の未来を見届けたいという思いは強く、死にたくないと思ってしまう。

 

「せ、先生!」

 

 そんな時、幼い少女の悲鳴じみた声が礼拝堂に響いた。

 フリーレンはちら、と視線だけをその方向に向けて見れば、そこには茶髪の少女が顔を青くして二人を、アリウムを見つめていた。

 

「あ、貴女!アリウム先生に何をしてるんですか!」

 

「……」

 

 フリーレンが止める間もなく、その少女はフリーレンとアリウムの間に体を捩じ込んだ。

 

「……退いて、それは魔族だよ。危険だ」

 

「危険!?貴女にアリウム先生の何がわかるんですか!?」

 

「や、やめなさいモーナ。私は大丈夫ですから……」

 

「でも先生!血が!この人にやられたんでしょう!?」

 

「大丈夫ですよ……リリィを連れて、離れていて下さい」

 

 その少女の放つ剣幕に、フリーレンが怯む事はない。

 けれど、その子供の必死さに、庇う子を利用する様子を見せない魔族に、フリーレンは首を傾げる。

 

「それに、このくらいなら……」

 

 アリウムは目を瞑り、心の中で祈りを捧げた。

 途端に、アリウムの体が淡く光りだす。

 フリーレンが先程撃ち抜いた筈の傷が、ゆっくりと塞がっていく。

 

「……ほら、治りましたから」

 

「でも、先生……!」

 

「モーナ……良い子ですから」

 

 アリウムがそう言い聞かせると、少女、モーナはキッとフリーレンを睨み付けた後、背中を向けて駆け出す。

 そして、離れた所に安置されていた紫髪の赤子、リリィを抱えて、礼拝堂を後にする。

 

「先生を傷つけた貴女の事、ずっと覚えてますからね!」

 

 そう言い捨てて。

 

 フリーレンは、その光景を信じられない思いで見つめていた。

 特に、自分が撃ち抜いた筈のアリウムの両足と腕を。

 床には血が垂れ、その修道服には穴が空き、血に濡れている。

 無傷だった、という事は有り得ない。

 

「魔族が……女神の魔法を、使った……?」

 

 しかも、魔族を殺す事に特化させたゾルトラークの傷を、あっという間に。

 魔族が女神の魔法を使う、フリーレンからすれば天地がひっくり返ったようなものだ。

 その事実がフリーレンにもたらした衝撃は、計り知れなかった。

 

「フリーレン様、如何でしょうか」

 

「……如何っ……て……」

 

 狼狽えるフリーレンに、アリウムは姿勢を変えずに、膝をついたまま見上げて問い掛けた。

 

「ハイター様は、女神様の魔法を使う様子を見せれば、フリーレン様が止まると、そう言っていました。

 ……少なくとも、私がハイター様と知り合いなのは、ご理解頂けましたか……?」

 

 フリーレンはその言葉に面食らい、戸惑う。

 自分から目を離さない魔族を見返して、暫しそのまま頭の中で考えを纏めて……。

 

「はぁ」

 

 疲れたようにため息を吐くと、突き付けていた杖を下ろした。

 

「後であの二人には話を聞きに行くから。

 ……それまでは見逃してあげる。なにかしたら、直ぐに処理するからね」

 

 フリーレンのその言葉に、アリウムは息を吐く。

 ニコリと笑みを浮かべて、口を開いた。

 

「ありがとう、ございます、フリーレン様……」

 

ぱたん

 

 そしてそのまま、横に揺れてフラリと倒れた。

 

「えっ」

 

「あ、安心したら、ち、力が抜けて……」

 

 はらはらと恐怖からくる涙を流しながら、アリウムは呻いた。

 体は震えるだけでまともに動く様子はない。

 

「う、ううぅう……怖かった……うぇえぇ……」

 

 終いには、そのまま泣き出してしまった。

 そんな様子をフリーレンは呆然と眺め続け、まだ少しだけ強張っていた体から力を抜いた。

 

「……本当に、変な魔族」

 

 呆れたように呟かれた言葉と、アリウムの泣き声が、礼拝堂に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっぱりあの時逃した魔族だったんだ。生きてたんだね」

 

「はい、ヒンメル様は旅を終えた後も逃した可能性のある魔族を皆覚え、気にし続けていたようです」

 

「ヒンメルはマメだねぇ……」

 

「……まぁ、私も正直怖いとは思いましたが」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、聞いて良い?

 さっきの子がアンタの子供で、人間なのは良いよ。

 もし魔族が産まれてたらどうするつもりだったの?

 なんていうか考えが甘いんじゃない?犠牲が出てからじゃ遅いんだよ」

 

「…………フリーレン様。貴女、人の心あります?」

 

「人の心がないのはアンタ達魔族のほうだよ」

 

「貴女に言われたらおしまいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそうと、誰とキスして子供作ったの?」

 

「……は?」

 

「いや、好きな人とキスしたらコウノトリが赤ちゃん運んでくるんでしょ?

 私知ってるんだから。だから相手は誰なのかなって」

 

「……本気ですか?フリーレン様……?

 えーっと……あのですね……お耳をお貸しください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……懐かしいね」

 

「そうですね」

 

 過去を思い出しながら、二人は見つめあう。

 互いになんとも言えない感情を抱えながら。

 

「……別にアリウムの事は嫌いじゃないんだけどね。

 良い子なのはわかるし、話をしてて楽しいとも思うよ」

 

 そこまで言って、フリーレンは一度言葉を止めた。

 そして、皮肉げに口の端を吊り上げながら、言葉を続ける。

 

「けど、人の心を持った魔族が生きてる事、それに嫌悪してるよ。ずっと、ずっとね」

 

 その言葉にアリウムは深く頷いた。

 

「私のような魔族が生きてる事、それ自体が例外の証明、例外が他に起きるかもしれないという可能性の証。

 私の存在が周知されれば、魔族の被害者は間違いなく増える。

 ……貴女からすれば面白くないでしょうね」

 

「……そうだね」

 

「まあ、私もフリーレン様の事が嫌いでしたから、お互い様ですよ」

 

 にこやかに告げられる言葉。

 フリーレンはその言葉に戸惑う事なく頷いた。

 

「私が、人を知ろうとしてなかったから、ね」

 

 アリウムも頷くと、フリーレンに背を向けた。

 

「ええ。私が欲した物を持ってて、その気になればいつでも手に入ったのに……。

 忠告もしたのに、結局貴女が気付いたのは失ってから」

 

「……うん」

 

「そんな貴女が、羨ましくて、もどかしくて、妬ましくて……大嫌いでしたよ。デリカシーもないし」

 

 懺悔するように告げられる言葉を、女神像が静かに受け止めていた。

 フリーレンは、困ったように微笑を浮かべる。

 

「だからこそ今、もう一度、ヒンメルに会おうと思ったんだよ。

 ……一緒に、会いに行こう、アリウム」

 

 フリーレンは、真剣な表情でそのアリウムの背中をじっと見つめていた。

 懺悔するように、アリウムの向こうで佇む女神像へ、思いの丈を吐き出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリーレンが去った礼拝堂。

 アリウムは未だにそこで祈りを捧げていた。

 

「……アリウム先生?」

 

「モーナ」

 

「まだ寝ないんですか?」

 

「ええ……考え事を、してましてね」

 

「……この孤児院の事なら、私に任せて下さい」

 

「……!けど」

 

「もう、いいんじゃないですか……?」

 

「……モーナ」

 

「アリウム先生は、今まで頑張ってきました。

 この辺りで一度……自分の為に数年程度、好きに使っても良いと、私は思います」

 

「……そう、ですかね」

 

「そうですよ」

 

 そう言って少女だった女性は、微笑みを浮かべ、敬愛する先生の背中を押す。

 

 寂しくない訳ではない、できればずっとそのまま共にいて欲しい。

 けれど……。

 孤児として拾われ、ずっと世話をして貰った。

 沢山の子供達と共に、自身もまた健やかに過ごした日々。

 間違いなく、自分にとって幸せな思い出のひとつだ。

 

 だからこそ、アリウムがずっと縛り付けられている事を、良い事だとは思えなかった。

 故に彼女は背中を押す。

 アリウムが、自分の人生を悔いなく送れるように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがてモーナも去った礼拝堂で。

 誰もいない礼拝堂で、アリウムは一人静かに佇んでいた。

 

 小さく頷き、胸の中で答えを決めたアリウムは、最後に女神へと祈りを捧げていた。




誤字修正しました、ご報告ありがとうございます。


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『魔法使いと魔族』魔族の旅立ち

閲覧、お気に入り、評価、感想、ここすき、毎度ありがとうございます!
特に今回はここすきいっぱい貰いました!
本当に毎回沢山の反応をいただき、とても励みになります!

さて、今回でIFストーリー『魔法使いと魔族』はおしまいとなります。
それではどうぞ!


 思い返すのは、過去の記憶。

 幸せだった過ぎ去った日々。

 ユーリとの、いつまでも続くと思ってた……私が愚かなせいで失った、かけがえのない日々。

 ニコライの本質にさえ気付いて……いや、何か行動に移していれば何か変わったかもしれないのに。

 今でも思い出すだけで辛くて、涙が出そうになる。

 

 リリィの事も辛かった……本当に辛かった。

 あの子は折角幸せを掴んだのに、戦争なんかに巻き込まれて、フェルンを遺して二人とも死んでしまった。

 結婚と、フェルンの出産の後、それぞれあの子の夫と共に私に会いにきてくれて、本当に幸せそうで、心底安心していたのに……。

 ハイター様が身投げ直前のフェルンを見つけて下さらなければ、きっとフェルンも……。

 ハイター様には元々恩があったのに、とても返しきれない恩が出来てしまった。

 身の回りのお世話を、その最期の時までし続ける事、その程度しか私に出来る事はなかった。

 ハイター様はそれを申し訳なさそうにしていたけれど、私にとっては役得な面もあったから、最後まで私は幸せだった。

 

 ただ、フェルンの魔法の修行をフリーレンがつけるようになったのだけは気に食わなかった。

 私が出来る訳でも、ツテがある訳でもないけれど、フリーレンが私の孫娘に指導している姿が本当に不愉快だった。

 あのデリカシー皆無のクソボケエルフが。

 

 こほん。

 

 けれど魔法使いとしては間違いなく最上級……ハイター様もフリーレンにフェルンを預ける気でいたので、仕方なく、仕方なく!

 ハイター様を共に見届けた後、旅立つ二人を見送った。

 ただ、本当に心配だった……。

 ハイター様が亡くなる前に暫く共にいたけれど、フリーレンの普段の生活においてのポンコツぶりは異常だったから。

 

『あと……5時間……』

 

 寝坊はするし、寝相は悪い。

 

『……それで、迷宮の隠し宝箱を見つけたんです。

 あれは驚きましたね……攻略済みの迷宮でしたからね』

 

『お婆様は運が良いのでございますね』

 

『ちょっと用事思い出した』

 

 フェルンに昔の話を聞かせていたら、フリーレンがそんな風に言ってフラリと姿を消した事がある。

 

『ただいま……縦ロールになっちゃった……』

 

『『なんで?』』

 

 後に、フリーレンは以前自分達が攻略した迷宮に潜り、まんまとミミックに引っ掛かっていた事が判明する。

 更には、雰囲気だけでもと近くの攻略済みの迷宮に日帰りで潜った時なんて、ミミックだと分かりきっていたのに食われていた。

 

『暗いよー!怖いよー!』

 

『…………ちっ』

 

『あっ、あっ、閉じるのやめて、食い込んで痛い』

 

『流石に可哀想ですお婆様……』

 

 ……そんな本当に情けないポンコツなフリーレンだけど。

 死の間際、寿命が僅かになり、フェルンを遠ざけようとしたハイター様を諭す様子を見て、彼女も変わっていってるのだと思えた。

 勇者ヒンメルを亡くして、失ってから、崩れ落ちる姿は見るに耐えなかったけれど、彼女はそれから変わっていったのだろう。

 

 それが、フェルンとの旅でどれ程変わったのか……全ては流石にまだわからない。

 けれど、モーナからの嫌がらせに口を尖らせなくなっていたし、私を気遣う様子を見せた。

 私はお世辞にも強い訳ではないのに、厳しくなるだろう旅路に誘うのは……私を気遣ってのものだろう。

 私が、いくつも大切な人を失っているから。

 ハイター様が見ていれば、きっと感動で号泣していただろう。

 シュタルク、という男の子も、フェルンも、フリーレンを慕っている様子が見てとれた。

 ……きっといい大人をしているのだろう。

 私も彼女の見方を変えなければいけないのかもしれない。

 

 彼女達の旅に同行し、魂の眠る地(オレオール)にて、死人達と出会う……。

 私のような魔族がそこにたどり着いたとして、入れるのか、はたまた会えるのか、そもそも私が会いたい人達がそこにいるかもわからない。

 けれど……少しでも可能性があるなら……。

 ……会いたい。

 またあの温もりを、とまでは言わない。

 せめてあの暖かな声を、慈しみの溢れる瞳を、もう一度私に向けて貰いたい……。

 我が儘を言うなら、謝りたい。

 そして……褒めてもらいたい。

 それだけで私は、この命尽きるその時まで、私の時間を、私自身を、子供達に捧げ続ける事が出来ると思う。

 

 だから私は、彼女達の旅に同行する事を決めた。

 ここの孤児院の子供達には悪いけれど……モーナに後はお願いする事になる。

 教会にも後で、文をしたためないといけないね……。

 

「という訳で、よろしくお願いしますね、シュタルク様」

 

「あ、はい……それで、その、寝てるフリーレンをどうするんですかね……」

 

「いくら揺すっても起きないので、高いところに干しておきます」

 

「ひぇ……」

 

 不可視の右腕で掴んで浮かせている、寝間着姿のフリーレンは、すぴー、と呑気な寝息をたてている。

 今日は天気が良いから、布団と一緒に天日干しして差し上げましょう。

 まったく……寝坊すけなのは変わりないのか……。

 感心してたらこれだもんね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒いよー!高いよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震えるフリーレンが暖炉に当たってショボショボしている間に、私は孤児院で事を済ましてしまう事にする。

 まずは子供達への挨拶……皆私をよく慕ってくれてる良い子達ばかり。

 だからこそ……皆私が旅立ってしまう事に涙してくれる。

 子供達には悪いけれど、少し嬉しく思ってしまう。

 

「私がいなくても、モーナ先生の言うことをよく聞いて、良い子にしてるんですよ?」

 

「……ぐすっ、せんせー、いつかえってくるの……?」

 

「そう、ですね……どんなに遅くなっても、皆が大人になる頃には、皆に会いに来ますよ」

 

 正直、皆が大人になるまでに帰れるかはわからない。

 今と状況は違うとはいえ、勇者パーティが10年かかった旅路だ。

 帰ってきた時にこの子達が寿命を迎えてる、までにはならないと思うけれど……。

 

「うぅうううう!」

 

「せんせー!」

 

「いっちゃやだぁあああ」

 

 この子達が、私を忘れるには充分な時間はかかるかもしれない。

 

「ちゃんと、また会いに来ます。約束です」

 

 それでも、旅を終えたらまた会いに来よう。

 この子達が、どんな大人になっているのか、今から楽しみだ。

 

「ぜったいだからね!やくそくだよ!」

 

「はい、約束です」

 

 にこりと笑い、私は私に群がる子供達を順々に撫でていく。

 涙を溢れさせる子供、泣くまいと耐えて口を引き結ぶ子供、大泣きする子供。

 皆、私との別れを惜しんでくれている。

 私も瞳を潤ませて、それでも努めて笑顔を浮かべて、子供達を最後にそれぞれ抱き締めた。

 ああ、どうかこの子達の未来に、幸多からん事を。

 幸せな未来を、幸福な将来を……。

 私は、心の中で祈り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モーナ、それではこの文を教会のほうに、お願いします」

 

「わかりました、先生」

 

 ニコリと微笑むモーナに、手紙を預ける。

 教会に任せられた仕事場を放棄するのだがら、最低限の礼儀は通さなければならない。

 本来なら直接行って頭を下げなければいけないのだけど……そこまでの時間はない。

 

 元々、ハイター様の紹介とはいえ、私は魔族。

 教会としてもそのような存在認められなかったとは思うのだけど、ハイター様に教わった女神の魔法、それを私が使えたせいで、一時騒然となっていた。

 有難い事に特例として許されはしたし、私の身の上に同情してくれた人も多かった。

 けれどやはり、私のような魔族がいるという事実は、人間にとって毒となり得る。

 私の存在は隠蔽される事になり、魔族特有の兆しがあれば、即座に処理される事が決まっていた。

 シスターに正式になれれば、孤児院へとの援助金もいっぱい出る。

 ハイター様は複雑な顔をしていたけれど、私が魔族な事を考えれば、破格の対応だと思う。

 

 そんな特例な私だから、勝手をすればその後どうなるかわからない。

 しかも、魔族が潜んでいる可能性の高い場所に行くなんて、どう思われるか。

 朧気にそう思いながらも、私はもう会いたいという気持ちを止められなかった。

 

「旅路の無事を、祈っております」

 

 モーナも厳しい立場に置かれるかもしれない。

 一応、私の監視の為に派遣されているシスターの一人なのだから。

 とはいえ、私と彼女が親しい事は教会もわかっている筈。

 故に恐らくは形だけのもの……私を多少は信頼しての事。

 その信頼を裏切る形になる……申し訳なさで胸が痛んだ。

 

「大丈夫です。些事は私にお任せ下さい。

 アリウム先生は、無事に帰ってきてくれるだけでいいんです。

 先生が帰る場所は、私が必ず守りきります」

 

 真っ直ぐ私を見て言い切るモーナの姿は、とても心強かった。

 

「ありがとう、モーナ。行ってきます」

 

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

 私は笑みを浮かべて、モーナに心からの礼を告げた。

 帰る場所がある……その安心感が心地好かった。

 子供達に群がられながら、私はその温もりと安心感に笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おはようございます!」

 

 暫くして、私の部屋で眠っていたフェルンが慌てて起きてきた。

 深夜に目が覚めたのか、私の部屋に来て甘えてきたフェルンを可愛がりすぎたのが行けなかったのかもしれない。

 彼女には珍しく、今日はかなりゆっくりと眠っていたようだった。

 起き抜けのようで、服は乱れ、髪もボサボサだ。

 

「フェルン、こっちに来なさい」

 

「あっあのっ、お婆様何処へ」

 

 流石にはしたない。

 同じパーティメンバーとはいえ、あの部屋には殿方もいる。

 私の部屋に戻り、整えてあげる事にした。

 

「あ、えと……」

 

「折角可愛いのですから、ちゃんとしないといけませんよ」

 

 ボサボサになってしまっている髪を、櫛で丁寧に梳かしていく。

 うん、すぐに直るね。

 若いからか髪質が素直だね……。

 

「そうですフェルン、私も貴女達の旅に同行する事を決めましたよ」

 

「本当ですか!」

 

「前を見てなさい」

 

 ぐりん、と笑みを浮かべて振り返ったフェルンの頭を、元に戻す。

 鏡の前で座らせて整えているから、此方を向かれるとやり辛い。

 

「お婆様と旅が出来るなんて、嬉しいです」

 

「これから宜しくお願いしますね、フェルン」

 

「はい、此方こそです。お婆様」

 

 鼻唄でも歌い出しそうな程にご機嫌となってくれる孫娘に、私は暖かい気持ちになっていた。

 梳かし終えた髪を結いながら、他愛のない話をする私達。

 話の内容は自然と、目的地である魂の眠る地(オレオール)で会う人物の話になっていった。

 

「お婆様はどなたに御会いしたいのですか?」

 

「そうですね……ハイター様は勿論、ヒンメル様にも改めて御会いしたいですが、リリィ達にも、会いたいですね」

 

「……お父さんとお母さんも、いるんでしょうか……」

 

 少しだけ心配そうに顔を暗くするフェルンに、私は努めて明るく答える。

 

「当然です。フェルンの為に最後まで頑張った二人が、今天国で贅沢三昧してないなんて、有り得ませんよ。

 フェルンがこんなに可愛く綺麗に、立派になったと伝えないといけませんね」

 

「ふふ……そうですね」

 

 穏やかに笑うフェルンに、私も笑みを浮かべる。

 ……本当に、大きく、立派になった。

 フリーレンと旅立つのを見送った時点で、戦闘力としては私を遥かに上回っていたけれど……まだフリーレンより小さかった。

 なのに今では私より一回り小さいくらいで、おっぱいも私やリリィに似て大きくなった。

 

「本当に、立派になりましたね、フェルン」

 

 穏やかに告げたその言葉に、フェルンは花が咲いたような笑みを浮かべた。

 ……こんなに可愛いのだから、これはもう引く手あまた……この子の将来は明るいね。

 思わず優しく頭を撫でて、私達は元の皆がいる部屋に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュタルク!せんせーのことまかせた!」

 

「せんせーにけがさせんなよシュタルク!」

 

「任せときな」

 

 ニッと男らしい笑みを浮かべたシュタルクは、群がる子供達の頭を順番に撫でた。

 この子も良い子だね……子供達に合わせて遊んでくれるし、子供達も親しみを感じてくれている。

 それでいてフェルンの話では戦士アイゼンの弟子であり、優秀な戦士なのだという。

 先日も魔族を一人で倒したとか……心強い。

 

「それじゃ、行こうか」

 

 先頭を行くフリーレンは既に歩きだしていた。

 うーん、そういう感慨とかを考えないところはあまり変わってないね。

 私としてはもう少し孤児院を眺めていたいけれど……。

 

「お婆様、行きましょう」

 

 フェルンに言われたら仕方ないね……。

 この子はこの子で少し浮かれてて……ふふ、可愛いね。

 私はひらひらと、孤児院の前で見送りをしてくれてる子供達に手を振る。

 皆泣いてて、けれど数人は笑顔で。

 心が満たされていく。

 この子達の未来は、きっと明るい。

 そう信じて、私は笑顔のまま別れを告げる。

 

「いってきますみんな!元気でね!」

 

 モーナの目の端から滴が流れたのを見て、私は踵を返す。

 暖かな気持ちのまま、この旅を始めよう。

 人との旅は、久し振りだ。

 いい旅にしたいね……。

 

 私は無数のカバンを浮かせて、旅の第一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリウムさん」

 

「なんでしょうかシュタルク様?」

 

「そんなに沢山カバン浮かせて、疲れたりしないんすか?」

 

「大丈夫ですよ。重さは感じませんし、魔力もほとんど消費してません。

 それにこのカバンには野宿道具、調理器具、調味料等々、旅を豊かにするグッズがいっぱい入ってますから。

 毎回ご飯は期待して貰って良いですよ」

 

「おお!」

 

「フェルンと共に腕を奮いますから、楽しみにしてて下さいね」

 

「私も、ですか?」

 

「ええ、今後を考えたら料理の腕は鍛えていて損はありませんからね」

 

「え、フェルン料理屋でも開くのか?」

 

「むぅっ」

 

「うふふふふ……」

 

 旅は始まったばかり。

 でもきっと、楽しい旅になる。

 私はそんな予感と期待に、自然と笑みを浮かべていた。

 

「アリウム」

 

「どうしましたフリーレン様?」

 

「……一緒に旅が出来て嬉しいよ。これから、宜しくね」

 

「……!

 うん。私も嬉しいよフリーレン。これから、宜しく」

 

 私達は、どちらからともなく笑って、初めて握手を交わした。

 ……きっとこの時が、本当の意味でフリーレンと友達になれた瞬間だったのだと思う。

 魔族殺しのエルフと、変わり者の魔族。

 一風変わった関係。

 旅と共に、この先も続く関係が始まった瞬間だった。

 

 

 

IFストーリー『魔法使いと魔族』―終―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「ちゅっ」

 

「……何それ」

 

「投げキッスだよ。坊やにはまだ早かったかな」

 

「誰かー。このお子様を連れて帰ってくれー」

 

「えっちすぎる……」

 

「はわわ……」

 

「なんなのこいつら……」

 

「フリーレン様!フリーレン様の魅力はこんな物じゃありませんよ!」

 

「え、でもこれでヒンメルは失神してたよ?」

 

「いいえ、もっと上があります!まずは髪をほどきますよ」

 

「うん」

 

「そして、ザイン様には背中を向けて下さい」

 

「うん」

 

「首を反らしながら振り向いて……そう!その角度!」

 

「……うん」

 

「あ、いいですよ、その半目!流し目でザイン様を見て下さい!」

 

「アリウムの言う通りにするよ」

 

「左手で髪を掻き分けて、そう、少しだけ口元吊り上げて、そう!

 そこで投げキッスです!」

 

「……チュッ」

 

「うぐっ!?ば、バカな、俺が、あんなお子様にっ!?大人の魅力を感じただとぉっ!?(ずきゅーん」

 

「す、すげぇ!さっきので微動だにしなかったザインが!(ボタボタ」

 

「明確に反応していますね、流石はフリーレン様とお婆様です(ボタボタ」

 

「お二人とも鼻血がすごい勢いで……」

 

「ふぅん……凄いねアリウム。ヒンメルに会えたらさっきのやってみるよ(むふー」

 

 ヒンメル(過去)に最大の危機が迫る。




ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
アンケートご協力ありがとうございました!
次はIFストーリー『ユーリとイチャイチャする話』です!
新たなアンケートを設置致しましたので、ご協力お願いします!


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【大魔族と魔族】

閲覧、お気に入り、感想、評価、ここすき、本当にありがとうございます。
なんと10万UA突破!ビックリですね!
毎回励みになりすぎて嬉しい悲鳴ですね。
さて、今回は「ユーリとイチャイチャする話」の予定を変更して、【大魔族と魔族】ダイジェスト版をお送りします。
そして、思ったより僅差なアンケートを二択に絞ってやり直したいと思います。
良ければ投票お願いします。
その結果のお話をかいた後改めて、「ユーリとイチャイチャする話」をかこうと思っています。





あ、今回のお話、『魔法使いと魔族』世界線から分岐したお話です。
前回のが褪せないうちに。
つまり、閲覧注意ですね。


 勇者ヒンメルの死から27年後――

 

 アリウムという魔族の女がいる。

 グラナト伯爵領に程よく近い所にある孤児院に派遣された、教会にシスターとして認められた魔族。

 その情報は隠蔽され、周知される事はなく、アリウムも自らの正体については気を付けていた。

 

 しかし、ある時気付かれてしまった。

 よりにもよって、グラナト伯爵領を狙う魔族の一派……。

 七崩賢『断頭台のアウラ』に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間達の中でいい地位を得てるみたいじゃない。丁度良いから協力して頂戴」

 

 天秤を掲げる、少女にも見える魔族。

 だが、彼女が人間ではないのは、側頭部から付き出している、立派な角から見てとれた。

 

「っ……!」

 

 アリウムは背後に孤児の子供達を庇うように立ち塞がりながら、表情を歪ませていた。

 アウラだけでもその魔力から放たれる圧で冷や汗が止まらないというのに、その側には三人もの魔族が此方を見つめていた。

 その誰もがアリウム以上の魔力を持った魔族……。

 アリウムにはこの場を切り抜ける方法が思いつかなかった。

 

「?返事が聞こえないわね。同じ魔族でしょ?

 そんな人間のような真似事さっさとやめて、頷いてればいいのよ」

 

 此方の意図が心底わからないといった様子のアウラは、少しだけ不愉快そうに眉をひそめた。

 たったそれだけで、空気が重くなったように感じ、アリウムは、切り抜ける事を諦めた。

 

「……わかり、ました」

 

 アリウムはここは頷くしかないと判断した。

 この孤児院に、いや近くの街や村からかき集めても、これ程の魔族達に抗う戦力等集まる筈もなかったからだ。

 

 背後で心配する子供達や同僚の声がするが、アリウムは顔を俯かせながら、アウラのほうへと足を進めた。

 

「歓迎するわ。教会に認められてるなんて、すごいじゃない。

 上手く使っていけば、もっと沢山人を殺せるわ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 そんな事で褒められても嬉しくない、と内心毒づきつつも、アリウムはアウラへ頭を下げる。

 けれど、次の言葉に驚愕し、勢い良く頭を上げた。

 

「リュグナー。後は皆、殺しちゃっていいわ」

 

「なっ……やめて下さい!私は貴女に従いますから!」

 

「?ん?ああ、そうか。貴女が育てたのだもの、自分でやりたかったかしら?」

 

 首を傾げるアウラは、本気でそう思っている。

 アリウムはそれに対して、反射的にアウラへと足を踏み出した。

 やっぱり、ダメだ魔族は!話が通じない……!

 わかっていた事だけれど、改めてそれを認識した。

 アリウムはそのまま、一か八か、アウラへと掴みかかろうとして……足が既に動かない事に気付いた。

 ふと、見下ろせば赤い何かに足が固定されてしまっていた。

 

「なっ、くっ……!」

 

 ならばと不可視の右腕をアウラへと伸ばす。

 見えないこれならば、と一縷の望みを託すも。

 

「っふ。見えないけどなんかある」

 

 アウラの傍らにいた、少女のような魔族がいつの間にか手にしていたハルバードで妨げられる。

 それに歯噛みしたアリウムを、少年のような魔族が睨み付けて手を伸ばした。

 

「いい加減にしろ」

 

キュッ!

 

「かっ……っひゅ……!」

 

 途端にアリウムの首に何かが巻き付き、締め上げた。

 

「野良魔族ごときが、いつまでも不愉快だ」

 

ギリ……!

 

 息が止まり、もがくもアリウムの動きは赤い何かに止められ、苦し紛れに伸ばす手も全て少女に防がれ。

 

「っ……!」

 

 首を絞める何かによって、意識が消えかけていく。

 そんなアリウムを、アウラは心底理解出来ないとばかりに、呆れた表情を隠しもせずに鼻で笑う。

 

「反抗的ねぇ……なら、仕方ないわね。『服従させる魔法(アゼリューゼ)』」

 

 その魔法の発動と共に、アリウムとアウラ、両者の胸から炎のようなものがふわりと浮かぶ。

 そしてそれぞれがアウラの持つ天秤に乗って……即座に片側に傾いた。

 

ガシャン

 

キィイイイン

 

 身動き出来ないながらも、抵抗を続けていたアリウムの動きが止まる。

 その瞳は異常な程に空虚で、何も映していなかった。

 

「リュグナー、リーニエ、ドラート。もう良いわよ」

 

 それを見届け、三人の魔族はそれぞれ構えをとく。

 そして、自由となったアリウムは先程の抵抗や、苦み走った顔が嘘のように、身動き一つせず無表情でそこに佇んでいた。

 

 アウラは、アリウムへと問い掛ける、

 

「さて……貴女の名前はなんだったかしら?」

 

「アリウム……」

 

「そう、アリウム。私の配下になって初めての仕事よ。

 この孤児院の人間を全て殺しなさい。やり方は任せるわ」

 

 そう告げたアウラの表情は、特に何の感慨も浮かんではいなかった。

 ただ、当然の事を告げたような、部屋の片付けをしろと言うような、そんな程度の言葉であった。

 

「……わかりました」

 

 アリウムは静かな声で返すと、くるりと踵を返した。

 見据える先には、先程まで背中で守ろうとしていた子供達。

 小さい頃から面倒を見ていた同僚のシスター。

 アリウムの、生きる意味。

 心配げに見てくる視線を受け、アリウムは左手を上に掲げる。

 そして、それを、躊躇いなく、振り下ろした。

 

ぶちゅり

 

 不可視の、巨大な手に押し潰された子供達は、一瞬で物言わぬ肉塊と成り果てた。

 悲鳴すら聞こえず、押し潰された肉体から溢れた血が飛び散り、アリウムの体を濡らした。

 その弾みで帽子がアリウムの頭からずれて、ビチャ、と血の海の中に落ちる。

 それを目で追っていたアリウムの瞳は酷く空虚だった。

 

「やるじゃない。戦力としては期待してなかったけど……想像以上に良い拾い物かもしれないわね」

 

 微笑むアウラは、アリウムへと歩み寄る。

 不可視なうえに、その気になれば一瞬で人間をミンチに変える魔法は、なかなかに有用だ。

 おまけに、何故か人間に信用されるような地位にいる。

 アウラにとって何から何まで、本当に都合の良い駒だった。

 

「これから貴女はリュグナーの妻として、グラナト伯爵領に一緒に行って貰うわ。

 教会のシスターとしての立場を有効活用して……ん?泣いてる?」

 

 アリウムの頬についた血が、瞳から流れる滴で流されていく。

 誰のものかもわからない血で染まったアリウムは、ただただ涙を流す。

 その様子を、アウラは不思議そうに見上げていた。

 

「涙、ねぇ。魔族も泣くのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……魔族が教会のシスター……?」

 

「はい。孤児院を任されていたようでしたが、魔物の襲撃にあったようで……アリウム以外は殺されていました。

 そこを私が助け、こうして妻となってくれているのですよ」

 

「リュグナー様には、感謝してもしきれません」

 

「いや、私がもう少し早く辿り着ければ、子供達も間に合っただろうに……すまないな」

 

「いえ、もしもはもう言いっこなしですよ、リュグナー様」

 

「……確かに正式なシスターだったよう、ですね。

 それにしても、まるで物語のような馴れ初めですね」

 

「よく、言われますよ」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お婆様!?」

 

「フェルン……久し振りですね」

 

「どうしてここに……いえ、確かにお近くにいる事は知ってましたが」

 

「私は今、魔族との和平交渉の場に魔族側として参加しているんです」

 

「え……」

 

「あ、紹介しましょう、リュグナー様です。私を助けて下さったのですよ。

 恩返しも兼ねて、リュグナー様の妻として、支えていこうと……」

 

「アリウム」

 

「……?どうしました、フリーレン様」

 

「それ、本気で言ってるの?」

 

「勿論ですよ、人と魔族の和平、素晴らしい事です。

 一魔族として、そしてこの人の妻として、是非とも実現したいですね」

 

「そう……ところで、孤児院はどうしたの?任されてた筈でしょ?」

 

「ああ……魔物に襲われて皆死んでしまいました。

 でもその時リュグナー様に助けて頂いたのですよ。

 悲しいですけど、今は和平を実現する事で、より多くの」

 

「わかった、もういい」

 

「……そうですか?フリーレン様もフェルンも、どうか協力して下さいね」

 

「リュグナー……って言ったか。覚えときなよ」

 

「……?何か怒らせるような事をしてしまいましたかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリウム、食べさせて」

 

「はい、リーニエ。あーんです」

 

「あーあむ(しゃりしゃり」

 

「美味しいですか?」

 

「うん。でも、本当はアップルパイが食べたい」

 

「ここでは無理ですから、また後で……」

 

「おい、ドラートの姿が見えないが?」

 

「邪魔者を消してくるって……あーん」

 

「はい」

 

「んむ(しゃりしゃり」

 

「……勝手な真似を。魔力探知はしているだろうな?

 アリウムの膝の上で油断し過ぎて、探知を怠るなよ?」

 

「当然……アリウム、次うさぎがいい」

 

「はい、リーニエ」

 

「…………まぁいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドラートの能無しめ。全部台無しだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アウラ様か……アリウム、お前はアウラ様の元へ行け」

 

「わかりました」

 

「っ!お婆様!お待ち下さいっ……!」

 

「……」

 

「お婆様?アリウムは魔族だ。小娘、貴様は人間。

 決して相容れる事はない。そんな事もフリーレンは教えていないのか?」

 

「っ……!どの口が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 シュタルクの斧が、必殺の一撃がリーニエの肩口に叩き込まれた。

 両断された体はみるみるうちにボロボロと崩れていく。

 塵と化していくなか、リーニエは呆然と自分を殺した、シュタルクを見つめる。

 

「あぁ……死ぬんだ……」

 

 そう呟いた後、何の感情も浮かんでいなかった表情がくしゃりと歪んだ。

 

「アリウムの、アップルパイ……食べたかった」

 

 そんな、人間のような言葉を残し、最後に涙すら溢して、リーニエは塵となった。

 シュタルクは、それを呆然と眺めて、ボロボロの体で、痛みからではなく、顔をしかめた。

 

「なん……だよそれ……」

 

 斧を支えになんとか立ちながらも、シュタルクの内心は荒れ狂っていた。

 

「魔族は、獣、人の言葉を話すだけの獣……」

 

 自分に言い聞かせるも、リーニエの最期の言葉と表情は、シュタルクから見ても嘘だとは思えなかった。

 

「信じていいんだよな、フリーレン……!」

 

 それでも、フリーレンの言う事にすがる事しか、今のシュタルクには出来なかった。

 殺さなければ、殺されていた。

 けれど、殺した相手が心があったかもしれないという事実は。

 

「ぐっ……ぅ……」

 

 まだシュタルクには重すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卑怯者め……お前達は、魔法使いの風上にも置けない……」

 

「卑怯は、貴女たちのほうです。アリウムお婆様に、何をしたんですか……!」

 

「……アリウムか……我々に逆らったから、アウラ様が魔法を使い、服従させただけの事。

 だが……もしフリーレンがアウラ様に勝てたなら……アリウムは解放されるだろうな」

 

「……何故、そんな事を素直に伝えるのですか」

 

「どうせこの後わかる事だろう」

 

 リュグナーの体が塵と化していく。

 

「トドメを刺すがいい……。

 貴様達のような卑怯者に負けて死ぬとはな……無念だ」

 

「っ……!!!」

 

 フェルンはリュグナーに杖を突き付ける。

 そして、先端の魔法陣が光を放った。

 放たれた光線はリュグナーを消し飛ばし、夜を微かに照らす。

 

「…………フリーレン様、お婆様っ!」

 

 リュグナーが完全に消滅したのを見届け、フェルンは駆け出す。

 師匠と、祖母の元へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アウラ、お前の前にいるのは、千年以上生きた魔法使いだ」

 

ガシャン!

 

キィイイイン

 

 アウラの持つ天秤が傾く。

 フリーレンの魂を乗せたほうへと。

 

「“アウラ、自害しろ”」

 

 自分の魔法によりフリーレンに服従する事となったアウラは、その言葉により、自身の首に自ら剣の刃を当てる事になる。

 今まで、自分がしてきた事が、自分の番となった、それだけの話だった。

 

「……ありえない……」

 

 呆然と呟くアウラの首に、刃が食い込み始めた。

 そんな時だった。

 

「アウラ様、リュグナー様から此方へ向かうように、と」

 

 アウラはその声に、自分にまだ服従してる筈の魔族の姿に喜色を浮かべた。

 リュグナーを褒め称えたい気分だった、良い判断だ、と。

 

「アリウム!今すぐ私を助けなさい!」

 

 ぷつりと肌が裂け始めた時、アウラの必死な叫びが響く。

 

「助け……わかりました」

 

 そのアリウムの返答に、アウラが冷や汗を流しながらも、安堵の表情を浮かべた。

 これで、助かる、こいつを駒にしていて良かった。

 安心感がアウラの胸を埋める。

 瞬間、アウラの首を圧迫感が襲った。

 

「っ……!?」

 

 アリウムはアウラを真っ直ぐ見つめ、その手を伸ばしている。

 だが、それはアウラの思う助けとは真逆、凄まじい力で喉が圧迫されている。

 アウラは、言葉も発せなくなっていた。

 

「魔族の、救いは、死、のみです」

 

 ぺたぺたと顔中に触れられるような感触を感じ、アウラの喜色の浮かんでいた顔色は、青へと逆戻りしていった。

 アウラを襲う感情は絶望。

 一度希望を感じてしまったアウラの瞳から、絶望の涙がこぼれ落ちた。

 

「っ……!っ!!」

 

 アウラは最期の言葉すら残せず、首を刃が通り抜けた。

 そして、体から離れた頭が、間髪いれずにぐしゃりと潰れる。

 頭を喪った体は崩れ落ち、やがて塵と化していった。

 

 同時にアウラの支配下にあった、首のない鎧達がその場に崩れ落ちていく。

 

ガシャンガシャンガシャン!

 

 音を立てて崩れ落ちていくいく鎧の中、帽子のない修道服を着た、こめかみの角を隠していないアリウムだけが立って佇んでいた。

 その表情は、先刻と違い、微笑みを浮かべていた。

 

「……フリーレン様、ありがとうございます」

 

「アリウム、正気に戻ったんだね」

 

「はい……フリーレン様のおかげです」

 

 微笑んだままのアリウムは、塵と化したアウラのいた所に、視線を向けた。

 

「ご迷惑を、おかけしましたね……」

 

「別に。アリウムが加わってもきっと私は負けなかったよ。

 後でフェルンにしっかりと謝って……」

 

「フリーレン様」

 

 あえて他愛のない言葉を続けるフリーレンに、アリウムは笑みを浮かべたまま告げる。

 

「私を殺してください」

 

 その言葉に、フリーレンは視線を反らす。

 嫌なことから目を反らす、子供のような反応だった。

 

「……なんでそんな事しなければいけないのさ。

 服従の魔法は解けただろう?」

 

「いいえ、私はここで貴女に殺されなければいけません。

 どんな理由があろうと……七崩賢アウラに協力し、魔族を招き入れた私は……結局魔族だったと、処理されなければならない。

 わかっているでしょう?元々私のいる位置は綱渡りだった。

 けれど今回の事件で、私が正気だったかどうか、証明する術はない。

 私が今回の事件を起こす為にずっと潜入していた可能性を、考えなければいけない。

 正気じゃなかったなら仕方ない、なんて前例を作ってもいけない……それに」

 

 アリウムは、その瞳から涙を溢れさせた。

 思い返すのは、悲鳴すらあげれずに、潰して殺した子供達。

 体に付着した血の生暖かさが、甦る。

 

「私は、子供達を手にかけました。アウラに服従させられていたとしても、私の手で、直接。

 それ以外にも、人を殺していました。何人も、何人も。

 今にも、気が狂いそうなんです。耐えられそうにありません。

 どうか……貴女の手で、殺してください……」

 

 見ればアリウムの体は小刻みに震えている。

 寒さ……ではないだろう。

 時折胸を押さえるような様子も見せて、顔色もひどく悪かった。

 限界、その言葉がフリーレンの頭を過り、アリウムを見つめる。

 

「……そう……そっか、そう、だね……」

 

 フリーレンは静かに杖を構える。

 星の形をした魔法陣は、目映い光を放ち始めた。

 

「わかったよ……じゃあね、アリウム……」

 

 そう呟いたフリーレンの顔を見たアリウムは、にこりと満面の笑みを浮かべた。

 

「さようなら、フリーレン。……ありがとう」

 

 アリウムの言葉が終わるとほぼ同時に、フリーレンの魔法陣が光り、アリウム目掛けて光線が放たれる。

 

「『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

 その光線はアリウムの胴体を貫き、その体の殆どを消し飛ばした。

 ぐらり、とその体が揺れた。

 

「お婆様っ!」

 

 フェルンの、悲鳴じみた声が響く。

 体が塵と化し始めたアリウムは、一瞬驚いたように目を開き、直ぐにその目を細めた。

 柔らかく細められた目でフェルンを見つめて、アリウムは最期の言葉を紡ぐ。

 

「フェルン、どうか貴女は幸せに、なって……」

 

 そして、アリウムの体は口まで塵と化す。

 ニコリと笑った瞳が、その全てが塵となるその瞬間まで、フェルンを優しく見つめていた。

 

「あぁ、あぁあああ!待って、待って下さい!」

 

 フェルンがそこに辿り着いた時には、アリウムの姿は既になく、塵となったアリウムだった物が残るだけ。

 手を伸ばして掴むのは、塵と化した祖母だったもの。

 

「なんで、なんで!お婆様ぁっ!」

 

 唯一の肉親のあんまりな最期に、フェルンは泣き叫ぶ。

 心から慕っていた、大好きだった。

 もうすぐ会えると密かに期待していたのに、その期待は裏切られてしまった。

 

 そんなフェルンへ、フリーレンは、静かな声色で言葉を紡ぐ。

 

「……アリウムは、魔族だった。

 人間を油断させる為に潜入していた、魔族だったんだ」

 

「っ……!フリーレン様!なんて事を――」

 

 そんな、薄情な言い方をするフリーレンを、振り向いて睨み付けたフェルンは、その顔を見て言葉に詰まってしまった。

 

ぽた、ぽた……

 

 フリーレンの瞳からは涙が溢れ、噛み締めた唇は裂けて血が垂れていたから。

 目を見開くフェルンに構わず、フリーレンは言葉を続ける。

 

「そういう事にしなきゃいけないんだ。

 大魔族と行動を共にしてこんな事件を起こしてしまった時点で、アリウムはもう……まともに生きられない。

 だから、私はアリウムを殺した。

 そして、アリウムは結局魔族だったと、魔族と人間は相容れないんだと、改めて周知しなきゃいけない……」

 

 フリーレンは顔を歪ませた。

 瞳からは涙が止めどなく溢れて、地面を濡らす。

 

「そうしなきゃ、私がアリウムを殺した意味がなくなっちゃうよ……」

 

 弱々しく呟いたフリーレンに、フェルンは堪えきれずに抱き付いた。

 その体を抱き締め、涙を流し続ける。

 今にも互いに折れそうな心を、抱き締めあって支えていた。

 

「うっ……うぅううう……お婆様ぁ……」

 

 声を押し殺すように泣くフェルンを、フリーレンはその頭を抱き抱えるように手を回した。

 二人は声を圧し殺し泣き続けた。

 

 その傍らに、薄紫の花が一輪揺れていた。

 

 

 

IFストーリー【大魔族と魔族】―終―



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「人間と魔族」人形の

閲覧、お気に入り、評価、感想、ここすきありがとうございます!
毎回毎回本当に嬉しいです!これからも宜しくお願いします!
前回は騙すような形になってしまってすみませんでした。
ただたくさん感想と悲鳴をいただけて、嬉しかったです!
今回からはアンケートで多かった、IFストーリー「人間と魔族」編となります。
全力全開で頑張っていきたいと思いますので、宜しくお願いします!


 勇者ヒンメルが魔王を倒し、40年後――

 

 勇者パーティの魔法使い、エルフのフリーレンは気ままな旅を続けていた。

 魔法を求め、適当に気の向くままに続ける旅。

 何処か物足りなさを感じつつも、一人でゆったりとした時間を過ごしていた。

 

 そんな彼女がある時に耳にした噂。

 それが、『平和な町』という噂だった。

 その町では争いや揉め事といった問題は起こらず、犯罪行為は起きず、皆が笑顔で平和に暮らしているといった噂だ。

 

 実際に行ったという行商人は、とても治安が良く、良い町だったと言っていたが、話を聞いた人々は半信半疑。

 当然だ、平和なら人が集まり人が集まればそれは乱れ始める。

 人が多くなれば闇は深くなり、犯罪はより狡猾になる。

 人は偉くなればいずれは腐るか汚くなり、必ず何処かで割りを喰う人間が出てくる。

 それが人の営み。

 平和だろう町にも、問題は必ず残るものだ。

 

 もし本当に平和なのだとしたら、それは……。

 

「……何かの魔法かな。人をそう容易く統一出来るとは思えないし……」

 

 何かがある。

 今までの経験から、人間同士の関係は簡単ではない。

 その商人が見てないだけで問題は起きてるのか、もしくはなんらかの手段で問題が起きないようにされているのか。

 フリーレンはそう考えてその町へと足を進めた。

 何かあれば助ける為とかそんな話ではなく、

 

「その魔法がどんなものなのか、知りたいな……」

 

 そんな私欲を満たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた町はなんの変哲もない普通の町だった。

 人が行き交い、客引きの声があがっている。

 見る限り平穏な町の姿。

 

 けれどフリーレンはその丸い眉を不愉快げに寄せた。

 

「…………」

 

 その横を子供が複数通りすぎて行く。

 元気にきゃらきゃらと笑って走っていく。

 道行く人々は皆笑顔で、他愛のない話をしている。

 店には人が集まり、活気に溢れているように見える。

 

 ただ、フリーレンはそれら全てに、妙な魔力を感じていた。

 まるで、人々それぞれに何かが張り付いているような。

 

「(なんだか嫌な感じ……)」

 

 拭いきれない違和感を覚えながらも、フリーレンは歩を進める。

 一先ずは腰を落ち着ける宿でも探しに。

 

「そうしたら町を見回ってみようか。何かわかるかもしれない」

 

 ぼそりと呟き、フリーレンは周りを注意深く見回しながら、歩き続けた。

 その間も妙な魔力は感じ続け、その奇妙さにフリーレンの眉間には皺が寄りっぱなしであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってぇなおい!」

 

 そんな最中、そんな怒鳴り声がしてフリーレンは思わず足を止め、視線を向けた。

 視線の先では、尻餅をついた少年をガタイの良い男が見下ろしている光景たった。

 男は顔を歪ませ不機嫌そうにを睨み付け、少年は体を震わせて男を見上げていた。

 その少年の周りには同じくらいの子供がいて、不安げに成り行きを見守っているようだ。

 

「……やれやれ、なんだ。いきなり問題が……」

 

 特に義理もないが、目の前で大人の大人気ない行為を咎めるのも年上の役目か、と止める為に足を踏み出す。

 大方子供達の前方不注意だろうが……その程度で怒る方も怒る方だろう。

 それにしてもやはり、噂は噂だった訳だ。

 いきなり揉め事が起きてる。

 

「結局噂は噂か」

 

 そう呟いた時だった。

 

「おい、クソガキが!謝りやがっ」

 

 怒鳴って、少年へと手を伸ばした男、その動きが突然止まった。

 大人気なくも、少年の胸ぐらでも掴もうとしたのだろう。

 しかしその状態からその伸ばした手は進まず、その男はそれ以降まったく身動きが取れなくなっていた。

 

「な、なんだ…!?」

 

 男は困惑の声を漏らすも、その前に倒れた少年始め、周囲の子供達、そして周りの人々は一様に頭を垂れた。

 その異様な光景に戸惑う間も無く、男の体がふわりと浮いた。

 

「んんっ!?んーっ!!!」

 

 男は目を見開く。

 体や口がピクピクと動いているだけで、言葉を発する事も体は動く事もなく、不自然に浮かび上がっていた。

 

 そのあまりにも不自然な様子に、フリーレンは一瞬どうするか迷った。

 明らかになんらかの魔法的な干渉を受けている男を、どうするべきか。

 だが、フリーレンが悩んだその一瞬で、事態は動く。

 男の体が突然勢い良く空高く舞い上がったのだ。

 

「んーーーーっ!!!」

 

 男の声なき悲鳴だけを残し、男は空へと消えていった。

 見上げてその姿を追うも、家屋の屋根の上を飛んでいく男の姿は、家屋の陰となってすぐに見えなくなってしまった。

 

「……」

 

 その気になれば追う事も出来たが、あまり得策ではないようにも思え、ぐっと我慢する事にした。

 不服な表情を浮かべたフリーレンは、周辺の人々へと目を向ける。

 彼らは何かを呟いて一礼をした後、頭を上げて動き出していた。

 呟いていた言葉は皆、それぞれだったが……。

 

「ありがとうございます……ごめんなさい……許してください……?」

 

 耳に入った言葉を繰り返す。

 一人が全てを言っていた訳ではないが、そんな言葉が多かった。

 表情もまちまち。

 冷や汗を流していたり、笑顔だったり、恍惚としていたり、恐怖に歪んでいたり。

 そして、共通で口にしていた言葉がある。

 恐らくは名前だろう言葉。

 

「アリウム様……ね」

 

 先程の異様な光景を引き起こしたと思われる、名前。

 フリーレンは呟き、この町の異様さを改めて感じていた。

 一人の人間がなんらかの力によって連れ去られたというのに、既に通常通りの営みを再開していた。

 なんとも、異様な光景だった。

 

「これが『平和な町』か」

 

 皮肉を口にして、フリーレンは止まっていた足を動かし始める。

 男が飛んで行った方向、町の中心部へと。

 そこに何かがある、そんな予感を感じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供に暴力振るおうとするなんて、悪い人」

 

「悪い人は、私の町にはいらない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町を見て周った結果、やはり町に住んでる人々には例外なく魔力が張り付いているのがわかった。

 赤子や老人、町長とただの町人も分け隔てなく。

 傍目には平和で、他の町ではたまにいる浮浪者や孤児がおらず、揉め事も起きない。

 実際フリーレンが目撃したような事は他にはなかったが、揉め事を起こせばああなるのならば、理解してる人間は揉め事等起こさないだろう。

 それはある意味平和であるとは言える。

 実際、犯罪や揉め事を起こさない普通の人間達にとってこの町は住みやすい事だろう。

 だが、そのアリウム様という人物の意思次第で行われるそれは、本当に平和なのだろうか?

 何をしたら駄目なのか、明確な基準もない中で過ごし、生きていく。

 そんな誰かの顔色を伺いながら、なんて生き方、ごめんだ。

 きっと、なんの面白味もない魔法しか生まれないだろう。

 つまらない未来に、フリーレンはその身を震わせた。

 

「……あんまり気が合いそうもないね」

 

 人を恐怖で操っているこの町の歪な形に、フリーレンはそう吐き捨てた。

 

 やがてフリーレンが辿り着いたのは、町を一望出来る程度の高さの時計塔だった。

 先刻感じた魔力、町の人々に張り付いている魔力、それらの大本がここであると、探知結果は示していた。

 

「ここか……さて、どうしようかな」

 

 けれど、時計塔に入る扉は固く閉ざされていて、入れそうもなかった。

 押し引きしても、ビクともしなかった。

 暫しその扉の前で腕を組んで悩む。

 無理矢理開ける手段はいくつかあるけど、そこまでしていいものか。

 

 フリーレンとしては、この町のおかしな様子の原因が魔族だと疑っているが、絶対ではない。

 結局は自分の好奇心のままに動いているだけ。

 まだ確証はない。

 そんな状態で無理を通す事を少し躊躇っていた。

 

ギィイ……

 

 躊躇っている間に、扉が音をたてて開いた。

 一瞬呆気に取られるものの、即座に気を取り直す。

 

「入って来いって事か。じゃあ、遠慮なく」

 

 フリーレンはそのまま時計塔に足を踏み入れる。

 

キィィイイ……バタン

 

 入った瞬間背後で扉が閉まったが、フリーレンは気にする事なく足を進める。

 アリウム様とやらの顔を拝んでやろう、そう意気込んで時計塔の中を歩き出した。

 

 内部の長く続く螺旋階段を見て、一度立ち止まり嫌そうな表情を浮かべたものの、小さくタメ息を吐いてから黙々と登りだしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは」

 

 螺旋階段を登りきった先で待っていたのは、案の定と言うべきか、魔族であった。

 薄紫の長髪を腰まで真っ直ぐに伸ばし、同色の瞳を薄く開いてフリーレンを見つめていた。

 そのこめかみには魔族の証である角が生えていて、上から下まで真っ黒な服に身を包んでいた。

 フリーレンは即座に杖を構えたが、その魔族を幾人もの人間が周りを固めていて、迂闊に手を出す事は出来なかった。

 

「アンタがアリウム様とかいう奴?」

 

 フリーレンがぶっきらぼうに問い掛けると、その魔族はこくりと頷いた。

 魔族特有の光のない瞳を、どろりと濁らせながら、フリーレンを見つめる。

 

「そう、私はアリウム。そういう貴方はフリーレン?

 勇者パーティの魔法使い、フリーレン……歓迎する」

 

 フリーレンは邂逅した、アリウムという名の魔族と。

 人の心を持ち、人に絆され、人を愛した魔族と。

 

「この町は私の町。貴女にとやかく言われる筋合いはない」

 

「魔族が統治ごっこ?笑わせないで。人の心のない獣が」

 

 愛した人を、子供を、明るい未来を。

 全てを失い、それでも歩み続けたアリウム。

 そこで何かが起きて、その心が折れた世界。

 

「貴女に何がわかる!?私の何が!

 知ったような口をきくな!人の心がないのはお前のほうだ!」

 

「ハッ、魔族に言われてもなんとも思わないよ。

 これ以上お前は生かしておけない。ここで必ず殺す」

 

 それでも捨てきれなかった思いが、酷く歪んだ。

 町一つを巻き込んで、一つの形となって、醜く歪んだ。

 アリウムの、辿る可能性の一つ。

 

「私はお前が嫌いだ。大嫌いだ!私の全てを無価値と断ずるお前が!

 殺してやる!殺してやるフリーレン!!!」

 

「奇遇だね、私もお前みたいな魔族は嫌いだよ」

 

 アリウムの咆哮を、フリーレンは涼しげな顔で受け止めた。

 同時に、幾人もの人間が、フリーレンへと襲い掛かっていった。

 

 

 

 

 

 アリウムの傍らには誰もいない。

 独りで、人形のように人間を操り続ける。

 独りじゃないと思い込んで、人形遊びに興じる話。

 

「人間と魔族」人形のアリウム



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「人間と魔族」

閲覧、お気に入り、評価、感想、ここすき。
毎回本当にありがとうございます!
いつも励みになっております!

「人間と魔族」どうして前回のような事になったのか?
アリウムに何があったのか?
これからはそういうお話になります。
多分エグい話になると思いますので、ご注意下さい。


「お金がない……」

 

「まぁー?」

 

「なんでもない。よしよし」

 

「きゃぁー」

 

 腕の中で私を見上げる孤児の男の子を、優しく撫でる。

 きゃらきゃらと笑う男の子の笑顔に癒されるけれど……。

 

「……むぅ」

 

 ちら、と財布にしている布袋を見れば、完全に萎みきっていた。

 拠点を構え、子供達に笑顔が浮かび始めた所だったのだけれど……私の持つ資金は底をついていた。

 私物も全て売り払った。

 ユーリと使っていた夜営道具や、ユーリに貰ったアクセサリーも。

 ……仕方ない事だけど、大したお金にもならなくてショックだった。

 残ったのはユーリに貰った婚約指輪だけ……これだけは流石に手放せなかった。

 

 子供達は笑顔を見せているとはいえ、まだまだ健康とは言い難い。

 つい先日まで身寄りもなく、飢えや寒さに震えていた頃に比べればマシとはいえ……ここで食べる物がなくなるのは困る。

 私が飢えるのもあまり思わしくないし……この子達の身の安全の為に。

 

 そう思って袋を見つめていると、水を汲んできて欲しいと頼んだ子供達が帰ってきた。

 

「おかあさん、お水くんできました」

 

「ありがとう、お疲れ様」

 

 桶に水を汲んできた子供達を労る。

 今私が世話してるのは腕の中の一際幼い子供と、今桶を重そうに置いた四人の子供達。

 もうこの生活を始めて一ヶ月程だけど……皆私を信用しつつあると思う。

 その証拠に、この子なんかは私を母と呼んで慕ってくれる。

 ……嬉しくはあるけど、少し複雑だった。

 

 他の子達は少しまだ一線を引いてはいるようだけど……それは当然だろう。

 身寄りのない子供なんて、悪い大人にとっては格好のカモだ。

 警戒して当然……私はただ誠実に接する事しか出来ない。

 水を汲んできてくれた子供達の頭を順番に撫でて……はにかむ子供達に笑みを浮かべた。

 

 ただ、兎に角お金がない。

 あまり時間がかかるような労働は出来ないし……何よりあまり街中で長く過ごすのも難しい。

 どうしたものか……。

 

 最後の資金で野菜屑や型崩れしたパン、パンの耳を格安で買い、とうとう空になった財布を見てため息を吐いた。

 

 そんな時だった。

 

「ちょいとそこの姉ちゃん」

 

 なんというか、厳つい男だった。

 剣のようなものを携帯している事から、恐らくは冒険者なのだろう。

 

「……なに?」

 

 そんな男が私に何の用だろうか?

 角を隠すための帽子を深く被り直し、私は対応する事にする。

 

「いやね、なんか袋見てため息ついてるし、持ってるのもなんかパンの耳とかだから、金欠なのかなって思ってよ」

 

「そうだけど……何?お金でもくれるの……?」

 

 怪訝に思いながら、ダメ元で言ってみるも、男は首を振る。

 まぁ、当然だろう。

 何処にただ金を出すような酔狂な奴がいるというのか。

 

「タダじゃやれねえが、姉ちゃんいい身体してるじゃねぇか。

 一晩抱かせてくれりゃ、金払ってもいいぜ」

 

 私を舐めるように上から下まで見る男の目は血走っていた。

 厭らしく歪められた瞳は、私を値踏みしているようで……背筋に寒気が走る。

 けれど、そうか……その手があった、か。

 この世には娼婦という、抱かせるかわりに男達に金を貰う職がある。

 しかもその働く時間は基本的には夜になる……丁度良いかもしれない。

 

 私は自分の体を見下ろす。

 自分が見ても大きいと思う胸に、細い腰つき……。

 魔族は見目麗しい者が多いけれど、私もその例に漏れないという事だろう。

 ……自分で言うのもどうかと思うけれど。

 

 兎に角、人間から見て魅力的であるのならば、私の体は……金になる。

 それなら、もう迷う必要はない。

 私がこの男に抱かれれば、子供達が生きていけるなら。

 

「……わかった。いいよ、一晩」

 

「マジか!やったね!」

 

 男は嬉しそうに笑うと、私の横に立ち、肩を組んできた。

 首の後ろから回した手が、そのまま無遠慮に私の胸を鷲掴みにする。

 驚いて反応する間も無く、男の手は私の胸を揉みしだき始めた。

 

「おお、でっけぇしやわけぇー。んじゃ、今晩宜しく頼むわ」

 

 ぐにぐにと男の手によって形を変える乳房……。

 男は直ぐに手を離して、ニヤリと笑った。

 痛みに顔を歪めながらも、私は頷いた。

 

「……わかっ、た」

 

 以前は感じなかった強い嫌悪感を隠して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、日がまだ昇る前。

 私は男が指定した宿から、拠点への帰り道を歩いていた。

 その手には、私にとっての大金。

 子供達五人を養っていたとしても、これだけの金があれば一ヶ月は持つ……。

 

「はぁっ……はぁっ……うっ……」

 

 私を思う存分抱いた男は大層満足したようで、事前に約束していた金額にかなりの色をつけてくれていた。

 ありがたい事だ、お金はいくらあっても困らない……。

 

「はっ……うぷっ……」

 

 そこで私は限界を迎えて、道のわきで口嘔吐してしまった。

 ビチャビチャと吐瀉物が地面にぶちまけられていく。

 そこに白い粘体が混じってるのが垣間見えた。

 

「えぅ……おぇ……はぁ、はぁ……」

 

 男に抱かれた時、いや、体に触れられた時、強い嫌悪感があった。

 我慢して、私に向かって腰を振る男を受け入れていたけれど、あまりの気持ち悪さに気づけば私は涙を流していた。

 それが、あの男に興奮を与えてしまったようだった。

 私が耐えきれずにどれだけ嫌だと叫んでも、男は私を押さえつけて私の体を犯し尽くした。

 腹の中に未だに残る男のモノが、本当に不快。

 

「はぁ……はぁ……んぐっ……」

 

 辛い、辛くて辛くて仕方なかった。

 気付けば私の目からは涙が流れていた。

 ポタポタと吐瀉物に垂れる涙は、そのまま混じって見えなくなる。

 

「気持ち悪い」

 

 気持ち悪かった。

 私の胸を揉みしだく手も、私の中をえぐる感触も、男の私を見る欲に満ちた目も。

 

「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」

 

 腹に残る感触も、飲ませてきた白濁液の味も、私の体を撫でる手も。

 

「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!」

 

 全部全部気持ち悪かった。

 

『アンタも気持ち良かっただろ?』

 

 ふざけるな。

 

 ふざけるなふざけるな!

 

 あんな行為で気持ち良さなんて感じない!

 

 私は、私はユーリのもの……!

 ユーリ以外に抱かれても気持ち良くなんて――。

 

 瞬間、頭を殴られたかのような衝撃が走った。

 そうか、私の行為は。

 この行為は、ユーリへの裏切り、なのか。

 

 ユーリに、ただ一人に捧げた筈の自分自身を、軽はずみに、名前も知らない男に抱かせた。

 金の為に。

 

 なんて愚かなんだろうか、私は。

 終わってから気付くなんて……。

 強い後悔に苛まれ、あまりの気持ち悪さに、喉から込み上げてきたものをまた吐き出した。

 

「おぇえええ……」

 

ビチャビチャ

 

 胃液だけが吐き出され、私の目からは涙が流れ続ける。

 

「う、ううぅううう……!ごめん、ごめんなさい……」

 

 私のせいで死んだユーリ。

 心から愛していたユーリ。

 愛を教えてくれたユーリ。

 そんなユーリへの仕打ちが、これなのか。

 

 私は自分への呆れと失望を感じて、涙を溢れさせていた。

 

 ……それでも、救いがたい事に、私は体を売り続けようと思ってしまっていた。

 行為は、セックスは気持ち悪いし、ユーリへの裏切りだと自覚してからは胸が張り裂けそうな後悔に苛まれているけれど。

 ……それでも、子供達を養う為に私が出来る事は……これしか、ない。

 

「……かえ、ろう……」

 

 フラつく足で、私は帰路につく。

 視界の端で私の左手に嵌められている指輪が見えて、思わず顔をしかめた。

 

 今日は……皆に美味しいものを、食べて貰おう。

 今は、それだけが救い。

 全ては、子供達の為に。

 私を擂り潰して、ただ子供達の為に。

 健やかな未来を、平穏な未来を……。

 

 私は、どうでもいい。

 こんな、愚かな私なんて。

 

 朝日が顔を出す中、それから逃げるように、身を隠すように、私は拠点へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのお金で子供達に用意したのは、思い出の品。

 香草焼きと、野菜たっぷりのスープ。

 私の中でご馳走と言えばこれだ。

 記憶を頼りに再現し、ユーリからもお墨付きを貰っていた。

 お肉は狩ったばかりの新鮮なお肉を買い取り、野菜も屑ではなく、ちゃんとした野菜がたっぷりだ。

 デザートに果物まであり、子供達は目をキラキラ輝かせていた。

 じゅるりと涎を垂らした子供達は、料理と私を交互に見つめてくる。

 

「食べていいよ」

 

 その様子がとても微笑ましくかった。

 競うように食べていく子供達は、ニコニコと笑顔を浮かべていた。

 

「美味しい!」

 

「うめぇ!」

 

 口々にうまいうまいと褒める子供達に、私まで笑顔になってしまう。

 やがて嗚咽すら漏らし始めた子供達の背中を擦って、私は心が満たされて行くのを感じていた。

 ……これを毎日、とは言わない。

 それでも、食べたいな、と思った時に食べれるように。

 そんな未来に、この子達を連れていく。

 

 スープを啜りながら、私は改めてそう決意したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私は体を売り続けた。

 冒険者を中心に、こちらから声をかけて。

 見ず知らずの男に抱かれる嫌悪感は、いつまで経っても慣れる事はなく、行為の後は胃が空になるまで吐いた。

 自己嫌悪で狂いそうになる自分を、子供達の為だと奮い立たせて。

 そんな日々を過ごしていた。

 

 ある日、いつものように見ず知らずの男に抱かれた後の帰り道。

 気持ち悪さを必死に我慢して、帰路に着いていた時の事だった。

 

「待ちな」

 

 私の前に立ち塞がるように、扇情的な衣裳に身を包んだ女が現れた。

 その左右を見るからに屈強な男達が二人固めている。

 女は露出した肩をいからせ、豊満な胸の谷間を見せつけるように腕を組むと、私を睨み付けてきた。

 

「アンタだね?最近ここらで客を取ってるのは」

 

「……客?」

 

「体、売ってるんだろう?困るんだよ。ここいらはあたし達の娼館のシマなんだ、勝手されちゃね」

 

「む……それは……」

 

 娼館……確か、娼婦が集まり、男達に体を売る場所……。

 そんな場所が、あったのか。

 町に長居する事自体がリスクだったから、ちゃんと見て回らなかった事が裏目に出てしまった。

 食料品店や、中央に時計塔がある事しか知らない……。

 

「あんたに好き勝手されるとね、こちとら商売あがったりなんだよ」

 

 そうか、商売、というのだからそれには相場といいものがある。

 見合った値段にしないと、似たような商品が売れなくなってしまう。

 だからそれらには相場が常にあるというのに……失念してしまっていた。

 きっと貰い過ぎていたんだろう、良くない事だ。

 彼女はきっと相場をコントロールする人なんだろう、私にわざわざ忠告をしにきてくれたという事……か。

 

「……ごめんなさい」

 

 それなら素直に謝る他ない。

 頭を下げて謝る私に女性は目を細めて言葉を続ける。

 

「まぁ、あんたも孤児なんざ育てて大変なんだろうからこれまでの事は見逃しといてあげるよ。

 だが、これからはあんた、うちの娼館に入りな。そこで色々と教えてやるよ」

 

 その言葉は、ありがたかった。

 私を抱いた男達の一部は「これなら娼婦のがマシだ」という言葉を残していたから、私と何が違うのか……少し気になっていたからだ。

 

「あ、えっと、わかった」

 

「……これからウチで働くんなら、言葉遣いも直すんだね。

 そこはわかりました、って言うんだよ」

 

「わ、わかりました。あの、お金、貰い過ぎてて……ごめんなさい」

 

「……ん?そうだね、まぁこれから学んでいきな。色々教えてあげるよ。

 それじゃあ、夜にでもあんたの所にこいつらを迎えにやるからね」

 

 女性はそう言って、左右の男達を指し示した。

 あぁ、まあ、確かに私は娼館の場所なんて知らないから、ありがたい。

 

 そこで、空が微かに白んできたのが見え、私は少し焦りながら口を開いた。

 

「はい……それ、じゃぁ、子供達が起きて、しまうので……」

 

「ああ、また後でね」

 

 初めてニコリと笑った女性に手を振り、私は帰路につく。

 正直今にも吐きそうだったから、足早に。

 

 ああ、それにしても、安く食料を譲ってくれる人といい、この町はいい人が多くてありがたい……。

 男達に抱かれるのは変わらないとしても、何か好転してくれるといいな……。

 そんな事を考えながら、口許を押さえて、私は駆けだして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貰いすぎて、ねぇ。貰わなすぎなんだよあんたは。

 そんだけ美しくて、あたし達より貰ってないなんてね、こちとら商売あがったりだったよ、本当にね」

 

「これからあの子をどうするんです?」

 

「勿論買い叩くさ。存分に体を売らせて、儲けさせて貰うわ」

 

「容赦ないですね」

 

「けっ、孤児の子供を育てるなんていう酔狂な事やってる、頭お花畑の女にゃ丁度いいだろう?

 あんな面と体してりゃ、いくらでもやりようがあるってのに、わざわざこんな事してる物好きなんだ。

 精々使い潰すさ」

 

「はぁ。あの子も可哀想に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 娼館に雇われてからの日々は、少しだけ環境がマシになったように思うけれど、もらえる金額は今までの半分以下となってしまっていた。

 

「あの……これが普通なの、ですか……?」

 

「ああ、これでもあんたは可愛いし、孤児を育ててるのもある。

 少し色付けてあげたけれど、不満かい?」

 

「あ、い、いえ!ありがとうございます!」

 

「ふん、足りないなら抱かれる頻度を増やすしかないね。斡旋はしてやるから、明日から増やすかい?」

 

「……はい、お願い、します」

 

 毎日、毎日、抱かれ続ける日々。

 一回の金額は減ってしまったけれど、それだけ数をこなせば良い事。

 女性、娼館の店長には男に抱かれる、男に奉仕するテクニック等を時折教えられながら、娼館で毎夜毎夜働き続けた。

 そんなとある日、店長に呼び止められる。

 

「そう言えば、子供達の引き取り手が見つかったよ」

 

「引き取り手……?」

 

 聞きなれない言葉に思わず聞き返した。

 

「孤児院ってのはそもそも、子のいない夫婦なんかに子供を引き取って貰う事なんかがあったんだよ。

 だからあんたの負担を少しでも軽くしてあげたくてね。

 漸くその先が見つかったって訳だ。

 後は、ある程度大きくなった子の就職先なんかも探してあげようと思ってね」

 

「そ、そんな!そこまでしてもらえるなんて……!」

 

「あんたもウチの従業員なんだ、このくらい当然さ」

 

 そう言ってニヤリと笑う店長。

 本当に、この人には頭が上がらない。

 

「本当に……何から何まで……店長には世話にな、ります」

 

「気にするこたないよ、あんたは頑張ってるからね」

 

 私が育ててる子供達は既に10人にまで増えていた。

 そんな中で、店長の申し出は本当にありがたかった。

 引き取られた先で、子供達が平和に暮らせる事を、願うばかりだった。

 涙ながらに手を振って去っていく子供を見送り、私はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「例の子供の分です」

 

「あいよ。ふむ、なかなか悪くない額じゃないの」

 

「希望に満ちた子供でしたから。なかなか好評でしたよ」

 

「そうかい。色んな奴がいるもんだ……そんで?年食ってる奴はあんたん所で引き取るのかい?」

 

「ええ、若手を欲してましてね」

 

「そりゃいいね。いやぁ、あの子は本当に都合が良いねぇ。

 客からの評判も良いし、毎日稼げて稼げて、笑いが止まらないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ほとんど毎日抱かれていた、そんな日々を続けて……恐れていた事が起きてしまった。

 気のせいだと言い訳していたけれど、ぽこりと膨らんだお腹が、現実を訴えていた。

 妊娠、している。

 

「……どう、しよう……」

 

 お腹の奥から感じる鼓動。

 こんなお腹で、こんな状態で、男達に抱かれる事が出来るのか……?

 

 そして、ふと頭に過るのは……私の子供、私が手を掛けた、ニコライの事。

 この子が誰の子なのかなんてのはどうでも良いけれど、もしまた魔族だったら……?

 

 産んだとして、人間だったとして、子供達を面倒見ながら育てられるのか……?

 赤ちゃんをまともに育てた経験はないけれど、夜も昼もない程に大変だと聞く……。

 お金の問題もある、その間まともに働けないだろうに、どうやって子供達を養うというのか。

 今でも子供が増えてきて大変なのに、時々夜にいない事を見抜かれて、子供達に疑惑の目で見られているのに。

 

 そんな風にいろいろと考えていたら、思考がぐちゃぐちゃになって、色んな心配事がグルグルと頭を回り続けて……。

 

「……どう、したらいいか、わからなくなって……」

 

「……そうかい」

 

 私は店長に相談する事にした。

 昼に訪ねてきた事に驚いていた店長だったけれど、しっかりと話を聞いてくれた。

 嬉しく思いながらも、また迷惑をかけてしまう事に申し訳なく思ってしまう。

 

「……そうだね、あんたはどうしたいのさ?」

 

「私……」

 

「結局産むのはあんただよ。あんた自身。あんたの思うままにしな」

 

「いい、んでしょうか……」

 

「好きにしな。不都合な事があったら、あたしが出来るだけ手伝ってやるよ」

 

 そう言って笑う店長は……本当に心強かった。

 

「ありがとう、ございます店長……あの、私!」

 

 私は、心の底にしまっていた本音をぶちまける。

 ずっと、ずっとしまいこんでいた本音。

 ただただ素直な私の気持ち。

 

「私、産みたいです」

 

 お腹に宿った、愛しい命……私の赤ちゃん。

 産んで、育てたかった。

 私の手で、ちゃんと。

 

 そんな私の言葉に、店長は優しく微笑んでくれた。

 

「そうかい。それならあたしがこれ以上言う事はないよ。

 些事はあたしに任せて、あんたは孤児院で安静にしてな」

 

「え、それは……」

 

「身重の女に客なんか取らせられないよ。そっちの世話とかも人を後でやるから。

 まったく、人を見繕うのがこれから大変だよ!

 ほら、さっさと帰った帰った!あたしはこれから忙しくなるんだから!」

 

「っ……店長、ありがとうございます!」

 

 私は涙ぐみながら、店長に深く深く頭を下げた。

 店長は既に私に背中を向けて、手をヒラヒラと振っていた。

 

 店から出るときに再度深く店長に頭を下げて、私は店を後にした。

 

「……いい人ばかりで、本当に、ありがたいね。

 ふふ、元気に産まれてきてね。私の赤ちゃん……」

 

 ぽこりと膨らんだお腹を撫でながら、私は帰路につく。

 私は、恵まれてる。

 微笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩いて帰る事にする。

 折角町に来たのだから、お菓子でも買って帰ろうかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

「はい」

 

「アレ、潰しといて」

 

「はい」

 

「念入りにね。ったく。面倒な」

 

「容赦ないですね」

 

「当然。あの子にそんな自由ある訳ないだろ?」



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「人間と魔族」アリウム

閲覧、お気に入り、評価、感想、ここすき、ありがとうございます。
毎回励みとなっております!

さて……偶然にも投稿日がクリスマスになってしまいました。
明らかに今日投稿する話じゃないんですけど……。
ごめんなさい、やっちゃいますね。
まあ、イチャイチャ話の後にこれされても困りますもんね。
仕方ない仕方ない……。
閲覧注意です。


 お菓子を選び、帰路についた時、外はほんのりと暗くなっていた。

 もうすぐ孤児院を出て、店長の用意してくれた就職先に勤める事になっている女の子に世話を任せているけど……少し心配。

 子供達は沢山いて、皆腕白だからね。

 

「早く帰らなきゃ」

 

 そう呟いて歩み始めた時、だった。

 建物の影から突然人が飛び出してきて。

 

ゴッ

 

 私の膨らんだお腹に、強い衝撃が走って。

 

「あっ……ぎっ……」

 

ごちゅ、ごり

 

 激痛と共に息が詰まって、私のお腹の中が、壊れていって。

 

ゴッ!

 

 間髪入れずに更に強く、深くお腹に走る衝撃と、体の芯に響く激痛。

 

「かっ……」

 

 あまりの痛みに膝が折れ、お腹の奥からどくどくと何かが流れて。

 痛みで飛ぶ意識の中、お菓子が地面に落ちて、そして。

 

ぶちゅ

 

 私の中で何かが潰れた。

 

 何か、大事なものが、潰れた。

 

 そして、何かを喪失した感覚のまま、私の意識は闇に包まれていく。

 

「あか……ちゃん……」

 

 気を失う直前に感じたのは、再度お腹に走る強い衝撃と、激痛だった。

 決定的に、何かが壊れる。

 知らず、私の目からは涙が流れていった。

 

ドゴッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「潰しました」

 

「ご苦労さん。

 後は医者に頼んで、二度とくだらない事が言えないようにして貰わないとね。

 よくもまぁ、誰のかわからない子供なんて産もうと思うもんだよ」

 

「手配しておきます」

 

「まったく……気色悪い子だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中、泣き声が聞こえる。

 ずっと、ずっと、耳の奥にこびりついている、私が食べた赤ちゃんの、泣き声。

 どこをみても姿はなくて、ただただ泣き続ける赤ちゃんの声。

 けれど、ふと、目の前にピンクの布に包まれた何かがあって。

 そこから泣き声が響いていて。

 それが私の赤ちゃんだと、反射的にわかった。

 私は手を伸ばす、抱き締めようと、泣き止ませようと。

 二度と同じ過ちは繰り返さない、今度こそ、赤ちゃんを、私の赤ちゃん。

 

ぶちゅ

 

ピチャッ

 

 それ、が目の前で突然ひしゃげた。

 何かに押し潰されたように潰れたそれから、赤い液体が私の、頬に―――

 

 

 

 

「あぁああああああ!」

 

バサッ

 

 その瞬間目を覚ました。

 体にかかっていた布を弾き飛ばして、体を起こしていた。

 

「はぁっ!はぁっ……!はぁっ……!」

 

 ひどい絶望感と恐怖に襲われている体を震わせ、息が荒くなる。

 どうにか、どうにか気持ちを落ち着けようと、無意識にお腹に手を当てて……。

 

「……え」

 

 ぺたりと、へこんだお腹に手が、触れた。

 

ぺた、ぺた

 

 触れるとお腹の奥がジンジンと痛む。

 でもそんな事はどうでも良かった。

 温もりがない、鼓動がまるで聞こえない。

 赤ちゃんが……いない。

 

 頭に浮かぶのは、気を失う直前の……何かが壊れ、潰れる感覚……。

 

「あ……あぁ……そんな……そんな……!」

 

 何度も、何度もお腹に触れる。

 それでも現実は変わらず、そこには何もない。

 

 また、私は、失った。

 

「うぁあああああああああぁあああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後……私は体を包む温もりに気付いた。

 店長が、私を抱き締めている事に漸く気付き、心配そうに顔を歪める店長に小さく頭を下げた。

 話を聞けば、私は道で、血を流して倒れていたらしい。

 お腹にひどい殴打の跡と、股関からの夥しい出血にすぐに医者に見せたけど……。

 赤ちゃんは、既に手遅れだったらしい。

 改めて言葉にされて、言葉もなく涙を流す私に、店長は戸惑いながらも、悲しげに顔を歪め、告げた。

 

「それと……もう、あんたの胎は……もう、子を産めないだろう、って……。

 ぐちゃぐちゃになっちまって、もう、治せないって……」

 

 ガン、と頭を強く叩かれたかのような衝撃が走った。

 もう、子供が産めない。

 私の赤ちゃんは、もう、出てこない。

 

「……あんたみたいな身重に暴力奮うなんて、ひどい輩もいたもんだよ。

 犯人はわからないけど、とりあえずここで暫く休んどきな。

 孤児院には人をやっといたから、安心おし。

 ……発見が遅くなって、悪かったね……」

 

 あまりのショックに言葉が出てこない……。

 でも、店長が私を気遣ってくれてるのはわかった。

 せめて、と頭を下げて、首を振った。

 

「……良い子だねあんたは。それじゃ、ゆっくりおやすみ」

 

 店長は小さく笑みを浮かべると、私が寝ていた部屋を後にする。

 その間も私の目からは涙が溢れ続けて、止まる様子もなかった。

 

 ああ、辛い、悲しい、苦しい……。

 折角、折角私なんかの所に産まれようとしてくれたのに、私のせいで。

 私には赤ちゃんを抱く資格なんてないって事なんだろうか?

 それとも、ニコライを、魔族とはいえ我が子を殺した報いなのだろうか?

 そうだとしても……こんな仕打ち、あんまりだ……。

 

 私のお腹を、赤ちゃんを殺したのは恐らく人間。

 どんな理由があったのかはわからないけれど……。

 私のお腹を、執拗に狙って、赤ちゃんを殺した……。

 

「にん、げん……」

 

 涙で何も見えない。

 どうしようもない喪失感と虚無感に包まれて、私の体は震え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に虚無感?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、店長からは暫く休む事なんかも勧められたけれど……医者から何から迷惑かけた身で、これ以上負担をかける事は出来なかった。

 私は今日だけは孤児院で過ごすとして、店長に改めて礼を告げ、明日からまた……と帰路についた。

 

 孤児院に着いて、店長が派遣してくれていた人と交代する形になった。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

「別にいいですよぉ。困った時はお互い様ですからぁ」

 

 ぽやぽやと笑った女性はそう言って、お礼も受け取らず去って行った。

 本当に……良い人ばかりだ。

 

「せんせーおかえりー!」

 

「おかえりなさいー!」

 

「せんせーあのねー!」

 

 わいわいと私に集まってくれる子供達……。

 可愛くて、暖かくて……冷えきった心に火が灯るような感覚だった。

 私はたまらず、一人の女の子をぎゅうと抱き締め、その頬にキスを落とした。

 

「きゃぁ。んふー!おかえし!」

 

 その子は嬉しそうに笑うと、私の頬にキスを返してくれる。

 

「あー。ずるーい!」

 

「ぼくもー!」

 

「わたしもー!」

 

 ああ、ああ……暖かいなぁ、この子達は。

 私は……もう自分の赤ちゃんを抱くことはない。

 なら、せめて皆は幸せにしなきゃいけない。

 絶対に幸せにする。

 きっと、それが私がしなきゃいけない事なんだ。

 

 私は子供達を順番に抱き締めて、その頬にキスを落としていく。

 嬉しそうな子供達の笑顔が、とても眩しかった。

 

 その夜は、子供達と一緒に、その温もりを感じながら眠りについた。

 赤ちゃんの泣き声は……聞こえなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、男に抱かれても吐く事はなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリウムさん、僕と結婚してくれませんか?」

 

 ……困った事になった。

 私に対して真剣な表情を浮かべてそう言ってくれたのは、この町の町長の息子。

 何度も私を抱く為に娼館に足繁く通ってくれた、お得意様だ。

 必死な形相で腰を打ち付ける人だなぁ、と強く印象に残っていたのだけど、そのような思いを持ってるとは思ってなかった。

 私を思う存分抱いた後、そんな事を言い出してきた。

 

「……私は娼婦で、片腕もありませんし……」

 

「構いません!貴女が僕の物になるなら、それでいいです!

 何不自由ない生活を約束します!これでもちゃんと稼いでますから!」

 

 そう主張する彼だけど……色々と、本当に困った。

 何度も何度も私の中に注ぎ込んだ彼だけど、私は既に妊娠出来ない身……。

 結婚と子作りはほぼセットのようなもの……。

 それに私は子供を4人も妊娠したのに、一人としてまともに育てられなかった。

 罪にまみれた私のような魔族は、彼に相応しくないだろう。

 

「それに……私には孤児院がありますから……」

 

「なら、僕も資金援助します!」

 

「その申し出はありがたいですけど……」

 

 苦笑する私は、ふと自分の左手に嵌めている指輪が視界に入った。

 ……うん、まぁ、こんな事してる時点でおかしいかもしれないけれど……。

 

「……私は、亡くした夫以外の夫を持つ気は、ないんです……ごめんなさい」

 

 私は、ユーリ以外を夫にする気は、まったくなかったから。

 彼にそう告げると、口を閉ざした彼は、深く俯いた。

 

「……そう、ですか。わかりました」

 

「ごめんなさい……。

 でも、ここにはずっといますから、これからも……」

 

「っ……!」

 

 彼は私の言葉の途中で立ち上がる。

 そしてそのまま、部屋から走り去ってしまった。

 

 ……悪いことをしてしまったかも、しれない。

 でも、きっと彼のように若い子なら、こんな私みたいなのよりも、いい人が見つかる筈。

 私のようなのに惚れる事なんて、きっと一時の気の迷い……いずれ、もっと良い人が出来るだろう。

 それまでは彼がここに来るのなら、その性欲を、この体で受け止めてあげよう。

 ……私に出来るのは、それだけだ。

 

 彼に素敵な出会いがありますように。

 彼が出ていった扉を見つめ、私はそう祈り……ベタつく体を洗う為にベッドから立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕の物にならない?そんなの許される訳がない

 孤児院が心残りなら、前の夫が心残りなら。

 全部、壊してやる。いいだろ?店長。金は払う」

 

「はいよ、金の成る木を手放すのは惜しいけど、坊っちゃんのお願いなら仕方ないね。

 金さえ積んで貰えれば、あたしらはなんでもするさ。ねぇボスさん」

 

「ええ、ええ。あの子が育てた子供は良い子ばかりで、いい値がつくので残念ではありますが。

 うちに入った新入りも良く働いてくれて、ねぇ。

 まぁ、それも貴方のお願いを断る程じゃない」

 

「なら、頼むぞ」

 

 

 

 

 

「あの孤児院を焼き払え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は良いお肉があったから、奮発して買っちゃった。

 香草焼きにして、子供達に振る舞う事にしよう。

 

「……もう、ここにきて10年、か」

 

 世話をしてた子達も引き取り手や就職先が見つかって……。

 最初に保護していた子達も、既に皆巣立って行って……。

 

「皆、元気かな」

 

 あの子達と過ごした日々は……大変な事もいっぱいあったけど、その中でも幸せだった。

 すくすくと健康に育っていく様子を見守る事が出来て……本当に良かった。

 

 育てた子供達が私にくれた、色んな思い出の品。

 お花、綺麗な石、木の実、絵や、泥団子……。

 どれもずっととっておきたいくらい、大事なものだけど……流石に保存出来るものに限定して、自室に大切に保管している。

 見る度に心が温まる、大切な思い出。

 いつしかあの孤児院は、私にとってなくてはならない、大事な、帰る場所となっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴォオオオオオオ!

 

 そんな孤児院が、燃えていた。

 

ドサドサッ

 

 手に持っていた荷物を思わず取り落とし、私は動揺しながらも駆け出していた。

 

「皆ぁ!」

 

 燃え盛る孤児院からは、微かに泣いてるような声がしてる気がする。

 なんで燃えてるのか、そんな事はどうでもいい!

 早く、子供達を助けないと!

 その思いで燃え盛る孤児院に飛び込もうとした。

 

 けれど、突然私は肩を掴まれ、地面に引き倒されてしまった。

 

ドタンッ!

 

「あぐっ!」

 

 うつぶせに倒れた私は痛みに呻き、直ぐに体を起こそうと左肘を立てる。

 けれど誰かの、肩に乗せられた手によって地面に押し付けられ、起きる事が出来なかった。

 

ゴォオオオオオオ!パチッパチ

 

えぇえええええええん!

 

 その間も孤児院は燃え盛り、私の耳は、子供が泣き声叫ぶ声をとらえてしまった。

 やっぱり、やっぱり、取り残されてる子がいる!

 

「離、せっ!子供達を、助けないとっ……!」

 

 どうにか、体を起こそうとするも、私を押さえる手をはね除ける事は出来なかった。

 足掻いていると、突然手首を掴まれ、地面に押し付けられる。

 そして、不意に横から伸びてきた手が、するりと私の薬指に嵌まっていた、ユーリの指輪を抜き取ってしまった。

 

「っ!あっ!」

 

 思わず声を上げて、指輪を抜き取った人物を見上げると……。

 あの、お得意様の、町長の息子である彼だった。

 彼は私の指輪を手の平に乗せると、転がしてまじまじと見つめていた。

 

「…………安物か、くだらない」

 

 そう吐き捨てると、私をじろりと見下ろしてきた。

 

「か、返して……!返して下さい!それは、私の、大事な……!」

 

「…」

 

 彼は私の言葉に顔をしかめると指輪を握りこみ……。

 止める間も無く、燃え盛る炎の中に投げ込んでしまった。

 

「あっ、うぁああああ!」

 

 咄嗟に不可視の右腕を伸ばしたけれど……間に合わなかった。

 炎の中に飛び込んでいった指輪を、呆然と眺めるしか、出来なかった。

 

 ひどい、なんで……なんで!

 

「さぁ、これで心残り、なくなったでしょう?」

 

「……え」

 

 信じられない程に明るい態度で、彼は私に笑顔を向けてきた。

 

「前の夫と、孤児院が気になっていたのでしょう?

 これで、全部なくなりましたから、心置きなく僕のものになってください!」

 

「何……言ってる……の……」

 

 彼の言う事が、私は理解出来なかった。

 理解が追い付かなかった。

 目の前で燃えてる孤児院も、投げ捨てられた指輪も、彼が、私を欲してした事……?

 満面の笑みを浮かべて私を見る彼が、私は信じられなかった。

 

バキバキバキ……!

 

 そんな時、孤児院の、まだ形を保っていた建物の天井が、音をたてて崩れ始めた。

 

「ぎゃぁあああ!あづいぃいい!」

 

「いやぁあ!たすけて、たすけてぇええ!」

 

「せんせー!せっ」

 

 それによってなのか、子供達の悲鳴がより鮮明に聞こえてきた。

 血の気が引く思いだった。

 子供達は、明らかに中にいて、苦しんでいる!

 私を呼んで、助けを求めてっ……!

 

「わかり、わかりました!貴方の物になりますからっ!

 だから、だから、早くあの子達を、助けてください!

 あの子達は私の全てなんです、もう失いたくない!

 お願いします、お願いしますっ……!」

 

 気付けば私の目からは涙が溢れていた。

 私は、地面に頭を擦り付けて、彼に懇願した。

 今もあの子達は苦しんでる、早く助けて欲しい、どうか助けて欲しい、と。

 

 ……けれど、彼の返答は無情だった。

 

「嫌です」

 

「なん……なん、で……」

 

バキッ!

 

「あつい!あついよぉ!」

 

「たすけてぇ!」

 

 孤児院が更に崩れてく、子供達の悲鳴も消えていく。

 早くしなきゃ助けられないのに、私は未だに押さえ込まれてしまって身動きが取れない。

 そんな切羽詰まった状況なのに、彼は私を見て悲痛に顔を歪めながら言う。

 

「貴女に断られて、僕はひどく傷付いた……。

 だから貴女にも傷付いて貰う。それでおあいこでしょう?」

 

 なんて事ないように告げる彼は、本当に子供達の命をなんとも思っていないんだと理解してしまった。

 そんな人間が、いると思いたくなかった。

 

「おーおー。燃えてるねぇ」

 

 そんな中、聞き覚えのある声がした。

 娼館の店長の声……いつも頼りになる店長が、来てる!

 私は藁にもすがる思いで、声を張り上げた。

 

「店長!お願いします!子供達を助け――」

 

「それじゃこの子は引き渡すよ、坊っちゃん。毎度あり」

 

「ああ、店長、有り難くいただきます」

 

 けど、店長のその言葉に、彼とのやり取りに、一瞬で血の気が引いた。

 毎度、あり……?

 まるで、私を彼に売ったような……。

 信じられない、信じたくない。

 あまりの事に呆然としてしまう私に、店長は言葉を続ける。

 

「んー?ああ、今までご苦労だったね。

 あんたのおかげで、あたしは大儲けさせて貰ったよ。

 客はいくら値段釣り上げてもあんたを抱きにくるし、孤児のガキ共も高く売れたし……。

 あんたのその偽善者っぷりだけは反吐が出そうだったけどね」

 

「え……子供、達……売れ……た?そんな、だって!」

 

「ははは!本気でこのあたしが、まともな引き取り手なんか探してたと思ってたのかい?

 そんな面倒な事しなくてもね、後腐れなく子供を使いたい輩なんざいくらでもいるんだよ!」

 

 高笑いする店長の言葉に、目の前が暗く染まっていくようだった。

 巣立った後の子達は確かに音沙汰はなかったけれど……でも、きっと何処かで幸せにやっていると信じていた。

 良い相手だよって言う店長の言葉を信じて。

 けど、けど、それが、嘘だったなら、子供達は今、どう、なって。

 

「子供を犯すのが趣味の輩とかもいたし、痛め付けるのが趣味の輩もいた。

 生きてるかどうかすら怪しいもんだ。生きててもろくな目にはあってないだろうね?」

 

 そんな……。

 そんなの、酷すぎる……。

 

「じゃあ、じゃあ私のしてきた事は……」

 

 子供達を、地獄に叩き込んでいたって事……?

 じわりと目に涙が浮かぶ。

 

 そんな時、だった。

 

がら……

 

「あ……あぁ……あづ……い……」

 

 燃え盛る孤児院から、子供の一人がよたよたとした足取りで、出て来て、くれた。

 顔中煤だらけで、身体中に焼けた痕があって黒焦げだったけれど、それでも生きてる、生きてる!

 不可視の右腕を伸ばして、早急に治療を!

 

「ちっ、おい。やっちまいな」

 

「……はい」

 

 助けようと、私が手を伸ばす前に、誰かが素早くそのこの子前に出ていって。

 その手に銀色に煌めく刃が見えて、思わず叫んだ。

 

「やっ……やめっ――!」

 

「せん……せ……」

 

ドスッ

 

 凶刃が煌めき、腹部を刺されたその子の四肢から……力が抜けて、直ぐに動かなくなって、しまった。

 刺した人物は……動かなくなったその子を、燃え盛る孤児院に投げ入れて、此方を振り返る。

 悲鳴をあげたかった。

 けれど、それ以上の衝撃を受けた。

 振り返ったその顔には、ひどく、覚えがあったから。

 

「先生、久しぶり」

 

 黒い衣服に身を包んだ彼は、3年程前に巣立っていった男の子で、就職をした筈の彼は。

 血に濡れたナイフを手に持って、自嘲するように私を見つめていた。

 

「俺、こんな事するような大人になっちゃったよ」

 

 その瞳には涙が浮かんでいて。

 

「ごめん母さん……ちょっとでも、母さんを疑ってて、ごめん」

 

 そのナイフで首を掻き切って、炎の中に倒れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、私の中で何かがプツリと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば私は……朝日が差し込む中、燃え尽きた孤児院の中心で立ち尽くしていた。

 いくつもの、いくつもの子供達らしき燃えた死体を見つめて、孤児院の前で潰れ、ひしゃげた二人の死体を遠目に見つめて。

 また、全てを失ってしまった。

 

 私はただ立ち尽くす。

 

 何が悪かったのだろう?

 この子達は、こんな最期を迎えなければいけなかったのだろうか?

 ずっと、苦しんで助けを求める声が耳から離れない。

 

 私はただ立ち尽くす。

 

 巣立っていった子達は、幸せになんてなれていなかった。

 醜い人間が、子供達を食いつくしていた。

 あの子なんかは良心の呵責に耐えかねて、自死を選んでしまった。

 

 私はただ立ち尽くす。

 

 なんでこんな事になったのだろう。

 決まってる、私が人を本当に理解出来ていなかったから。

 こんな、悪意ばかりの人間がいるとわかっていたのに。

 

 私はただ立ち尽くす。

 

 私の周りを、鎧を纏った兵士や、武装した男女が取り囲む。

 町長と名乗る男が、「孤児院に潜む魔族め、町の平和の為に」とかなんとか言ってる。

 けど、その目に浮かぶのは……悪意。

 きっと、なにかに私を使う予定でもあるのだろう。

 誰もかれも悪意、情欲、愉悦……。

 こんなのも人間だと思うと嫌気が刺す。

 

 私はただ立ち尽くす。

 

 一斉に襲い掛かってくる彼らを、全員の四肢と首を、掴んだ。

 『不可視の多腕を操る魔法(トランツーリヒ)』無数の視認出来ない腕を操る魔法で、全員を捕まえた。

 狼狽える、町長を名乗る男の首を掴み、圧迫する。

 ひくりと鳴った喉。

 捕らえた兵士や冒険者が五月蝿いから口を押さえる。

 

 私はただ立ち尽くす。

 

 ああ、本当にくだらない、ほとんどの人間はこんなものなのか?

 子供達はあんなに純粋で綺麗で、お爺さんやユーリみたいに最期まで綺麗な人もいるのに。

 それでも悪意によって子供達は無為に傷付き、無為に死んでいく。

 そんな、悪人の手によって、子供達は虐げられる。

 悪人、悪人、悪人悪人悪人悪人悪人!

 

「全部、悪人がわるい」

 

 そういう事にしよう。

 私は別にもうどうでもいい。

 私のお腹の子供を殺した分だけは、あの女をぐちゃぐちゃにして返してあげたけれど。

 でも、これから先産まれ、生きていく子供達の未来は、明るくなければいけない。

 それが当たり前なんだ。

 

 私に全てを救う力はない。

 けれど、せめてこの町だけは。

 この町の子供達だけは……悪意に晒されずに、健やかに生きて欲しい。

 

「だから」

 

「私に」

 

「従え」

 

「人間共」




余計な鉤括弧を削除しました、報告ありがとうございます。


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「人間と魔族」人形劇の終幕

閲覧、お気にいり、評価、感想、ここすき、毎回ありがとうございます!
前回は流石にクリスマスに投稿するような内容ではありませんでしたね……。
悲鳴をこだまさせてしまいました……。
さて、今回で「人間と魔族」はおしまいです。
IFストーリーの候補のうち最もBADエンドなお話でした。
人形のアリウムを最期まで見守ってあげてください。

誤字報告、ありがとうございます、修正しました。


 町長始め、兵士や冒険者、恐らくはこの町の実力者達を捕まえた。

 それによって、私の思いつきを実行に移す事が出来そうだと、身動ぎ一つ取れない人間達を眺めて思った。

 この人間達も別に悪人ではないだろう。

 町に潜む魔族を排除しようとするのは至極当然の事だし……。

 けれど、町長と、その横にいる黒い服の男は少し話が違うかもしれない。

 

「貴方が、私の子供達を、売ってた人?」

 

 黒服の男に近付いて、静かに訊ねる。

 周りの人達は一切の身動きが取れず、朝日が差し込む清涼で静寂な支配する空気の中、男の喉が鳴った。

 

「なんで喋らない?もう話せる筈」

 

 他の人間達は五月蝿いから完全に塞いでいるけど、この男は話せる。

 

「早く答えて欲しいな、間違ってその頭潰しそう」

 

ぎりぎりぎりぎり

 

「あがぁがががぁ!」

 

 頭を押さえる手を強めていくと、男は声をあげて苦しみ始める。

 

「そ、そうです!そうです!私が孤児院のガキ共を斡旋してましたぁ!」

 

「……そう」

 

 答えてくれたから締め付ける手を離してやる。

 男が顔をしかめるのを見つめながら、隣で顔を青くしている町長へと声をかける。

 

「町長?体を動かせるようにしてあげるから、町の人を昼までに出来るだけ集めて」

 

 そう言って、町長の体を押さえつける腕を減らす。

 突然体が自由になった町長はキョロキョロと周囲を見渡し、自分の体をまじまじと見つめ出した。

 ……何か良くない事を考えてるね。

 

「勘違いしないて欲しいんだけど」

 

きゅっ

 

「かっ……!」

 

 そんな町長の首を一瞬締め付けた。

 首を押さえて私を怯えた様子で見返す町長に、私は続ける。

 

「いつでも貴方なんてどうにでも出来る。

 変な事を考えてもいいし、何か企んでもいいけど……。

 その時に貴方の首が無事かどうかは保証しない」

 

「ひ、ひぃいいいい!」

 

 町長は顔色を蒼白にして、悲鳴をあげながらこの場を去って行った。

 ……さて、ちゃんと言うこと聞いてくれるといいけど。

 

「それまでは貴方達で少し練習させて貰う」

 

 くるりと振り返り、私の周りを取り囲んだままの人間達を眺める。

 その顔は一様に悪くて、可哀想だった。

 少しでも安心出来るように、私は笑顔を浮かべて、人間達に話しかけた。

 

「安心して欲しい。貴方達を殺す事はない。

 貴方達はただ使われてるだけの人間だったのでしょ?

 自分の意思で悪を成そうとしてる人間はいないでしょ?

 ならいいよ、この町ではこれから、人間は平穏に生きる事が出来るようになる」

 

 私は左手を広げて、満面の笑みを浮かべる。

 

「豊かではないかもしれないけど、平穏で、虐げられる事なく、静かに、生きていけるようになる。

 いい町にしよう?そういう町にしていこう?

 貴方達も、それに、協力、してね?」

 

 『不可視の多腕を操る魔法(トランツーリヒ)』の精度はまだまだ悪い。

 この先、この町を子供達が何の不自由なく、安心して生きていけるように。

 子供達の未来の為に。

 今まで犠牲にされた子供達の為に。

 ……お前達人間は、礎になれ。

 

バキボキポキポキバギバキバキバキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、朝から雲ひとつない晴天だった、とある日の事だった。

 あまりいい噂のない町長が、朝から駆けずり回り、時計塔前の広場に集まるように、と叫び続けていた。

 顔色は悪く、何かに追い立てられるように、必死な形相だった。

 嫌々ながら、仕方なく、と言った表情で町の人々は広場へと集まる。

 

 昨晩、町の外れの孤児院で火事があったらしい、と現場を見に行った人達もいたが、昼になっても誰も帰ってきてはいなかった。

 あの孤児院は大層な美人が院長をしているから、下心全開で片付けの手伝いでもしてるんだろう。

 仲間の一人が火事場に向かった男は、そう言って笑っていた。

 

 そうして、お昼の鐘の音が鳴り響いた時、広場の高台、そこに町長の姿があった。

 首をしきりに気にしている様子で、そわそわと落ち着きがなかった。

 その隣には、見目麗しい女が、微笑みを浮かべて佇んでいた。

 薄紫色の長髪を靡かせ、女はゆっくりと広場に集まる人々の前へと躍り出る。

 ニコリと浮かべた笑みに見惚れる男が多数いるなか、何人かの人々はその笑顔に空虚な物を感じ、寒気を感じていた。

 

「こんにちは、人間の皆さん」

 

 髪が靡き、そのこめかみに生えた角が露となった。

 

「え、角……?」

 

「魔族……?」

 

「あれ、孤児院の院長さん?」

 

 ざわめく人々。

 口々に懐疑的な言葉を発する人々を表情を変えずに眺め、透明な手が音をたてた。

 

ッパン!

 

 広場に拍手の音が響き、思わず人々は口をつぐむ。

 

「私は、アリウム」

 

 静かに紡がれる魔族の女、アリウムの言葉に、自然と人々は耳を傾けていく。

 

「これからこの町に、新たなルールを追加する」

 

 広場に響く、ハキハキとした美しい声色に、小さなざわめきはあれど、人々は静かに聞き続ける。

 

 

 

「……ん?」

 

「どうした?」

 

「いや、なんか背中を触られたような……」

 

 

 

「ルールは単純。悪い事をしない事。

 人のをものを奪ったり、無為に傷付けたりしない……。

 そんな人として当たり前の事を守って、過ごして欲しい。

 私が求めるのはそれだけ……破った人、破ってた人は……」

 

 そこで言葉を切ると、アリウムは人々の上空を見上げる。

 釣られて人々が顔を上げ……そこに人が浮かんでいる事に気付いてしまった。

 

「人……?」

 

 黒い服に身を包んでいる男は顔面蒼白で目を見開き、アリウムを見下ろしている。

 まるで磔になっているかのように、両手を横に伸ばして足を揃えている男は、何故か身動ぎ一つ出来ていなかった。

 

「あっ……あの人」

 

 人々の中で何人かが、その男の正体に気付く。

 この町の裏で暴力によって支配していた組織、そのボス。

 人身売買を中心に、阿漕な商売をしているとの噂がいくつもたっていて、けして逆らってはいけない危険人物だった。

 そんな人物が、何かに異常な程に恐怖していた。

 

「彼は私の孤児院の子供達を売り払い、不幸にした。

 私利私欲の為に、私腹を肥やす為だけに。

 ……そんな悪人は、この町にはいらない」

 

ベキ!

 

 男の右腕が突然折れ曲がった。

 関節とは真逆に曲がった腕は痛々しく、人々はざわめき、一部は咄嗟に目を反らした。

 

「……!」

 

 痛みに脂汗を浮かべる男は、それでも何の言葉を発する事も出来ない。

 アリウムはただ微笑みを浮かべて、怯えの色を浮かべ始めた人々を見回す。

 

「これから、この町では悪意ある行動を慎むように、ね。さもなければ……ああなる」

 

ぎりぎりぎりぎり

 

バキ!

 

バキバキベキ!

 

「っ……!!!」

 

 男の首が少しずつ回っていく。

 その間も腕や足が折れ曲がり、骨が折れていくような音が響き続ける。

 まるで、子供が人形で遊ぶかのように、その手足を適当に折り曲げるかのように、ぐねぐねと曲がる腕や足。

 その姿はとても、人間とは思えない姿だった。

 

 人々のざわめきが強くなる。

 思わず目を背け、自分の、あるいは自らの子の目を塞ぎ、耳を塞ぐ。

 その場から逃げだそうとする者も出てくる。

 中には正義感が強いのか、やめろ!という言葉も聞こえてくる。

 だけど、人々は気付く、その場から離れようとする事、それだけは出来なくなっている事に。

 足に纏わりつくような、何かに握られているような、そんな感触を覚える。

 ……勘の良いものは顔色を蒼白に染めていた。

 

「っ!」

 

ゴキンッ!

 

「きゃぁあああ!」

 

 やがて悲鳴もなく、上空の男の首が一周回った。

 目を見開き、涙を流し続けていたその瞳が、ぐるりと白目を剥く。

 様々な方向に折れた四肢がぶらりと力なく垂れ下がり、その男が息絶えた事を伝えていた。

 

「わかって貰えた?悪人はこの町にいらない。

 私が求めるのは、善良な人達が平穏に、平和に暮らしていける町。

 誰も、悪意ある人間に食い潰される事なく……生きていける。

 そんな、当たり前な町になって欲しい……簡単な事、でしょ?」

 

 人々は静まり返った。

 当然だ、今目の前で平然と行われた殺人、それを行ったであろう人物が平和を語るのだ。

 この先自分達はどうなるのだろう、不安が頭を過り、言葉に詰まっていた。

 その時。

 

「アリウムちゃん……」

 

 そんな呟きが、静寂な広場に響いた。

 身動きが取れない人々の視線がその声を発した人物へと集まる。

 そこにいたのは、町でパン屋を営む夫婦だった。

 声を発したのは旦那のほうだが、二人とも心配そうに顔を歪め、アリウムを見つめていた。

 

「一体、君に何があったんだい?こんな事をするような子じゃないだろう……もしかして、子供達に何か」

 

 そのパン屋は、アリウムとは町に来てからずっと付き合いがあった。

 魔族だとは知らなかったが、子供達の為に奮闘する良い子だと思っていた。

 時にパンの耳を、時に代金以上のパンを忍ばせ、子供達を喜ばせていた。

 アリウムはそれによく感謝していた……だからこそ素直に言葉にする。

 そんな子供達の……末路を。

 

「子供達は皆、焼け死んだ」

 

 無表情のまま、淡々と告げる。

 

「私の目の前で苦しんで、焼け死んだ。私を求めた……町長の息子の手で」

 

 つぅ、とアリウムの瞳から滴が流れ……その滴を見たパン屋の旦那は息を飲んだ。

 ざわり、周囲が少しざわめいた。

 

「私なんかのせいで子供達が死んだ……。

 それに知ってた?孤児院を出た子供達も、売られていたんだって。

 私はずっと、子供達を地獄に送る手伝いをしてたんだ……。

 そんな私が、許せない……」

 

 そこまで言ってアリウムは一度言葉を切る。

 空を見上げて目を瞑り、滴がポタポタと垂れていく。

 

「そんな、そんなの、アリウムちゃんのせいじゃ……」

 

「それ以上に!」

 

「ひっ」

 

 カッと目を見開いたアリウムの瞳は、真っ赤に染まっていた。

 瞳から流れる涙……血の涙を流しながら、アリウムは叫ぶ。

 

「子供達を悪意を持って地獄に叩き落とした、こいつみたいな人間が!」

 

グシャ!

 

「こいつみたいな、こいつみたいな!」

 

グシャ!グシャ!

 

「悪人が平気な顔をして蔓延っている現実が、許せない!」

 

ぐちゃ!

 

「ひぃいいいぇえええ!」

 

 既に息絶えていた男……その死体がアリウムの感情のままに、ただの肉塊へと形を変えていった。

 不思議と血は飛び散らず、血の匂いもしないが、目の前で行われた余りにも残酷な行いに、何人もの人々が顔を青くし、嘔吐していた。

 ビチャリと町長の足元に転がった肉塊に、町長は悲鳴をあげて尻餅をついた。

 

「……子供達の未来の為に、私がこの町を管理する。二度と、子供達を犠牲にさせない。

 ……貴方達には昔から世話になった。貴方達のような善良な人間も、平穏に暮らせるようにする。

 これから貴方達は、安心して平穏な日々を過ごせばいい。

 悪に手を染めず、平和に、幸福に暮らしていけばいい。

 ……そうすれば、外敵、悪、この町の平和を脅かす存在を、私が排除する。

 貴方達、善良な人間は、ただそうやって生を謳歌して欲しい!」

 

 左手を広げ、目を見開いて、笑顔を浮かべて、血の涙を流し、血を吐くような苦しげな声で、アリウムは叫ぶ。

 

「私のせいで死んだ子供達の分まで!」

 

 その言葉に、その姿に、人々は思う。

 哀れみを、恐怖を、そして、誇り高さを。

 人々は気付けばその膝を折り、頭を下げていた。

 同情もあるだろう、殺人を容易く実行した事への怯えもあるだろう。

 けれど、彼女ならもしかしたら、本当に平和をもたらすのかもしれない。

 そう思ってしまった人々は、アリウムへと頭を垂れ、彼女に従う事を決めた。

 

 アリウムは満足そうに笑みを浮かべて、血の涙を拭うと、ふわりと浮かび上がった。

 人々はアリウムを見上げる。

 

「私は、貴方達をずっと見守っている。平和に、生きて」

 

 そのまま高く浮かび上がったアリウムは、時計塔の中へと姿を消す。

 その姿を見送った人々は、いつの間にか足が動くようになっていた事に気付き、思い思いに動き出した。

 

 懐疑的に思う者も多いが……一先ず容易く排除出来るような相手ではなさそうで、今は言われた通りにするしかない。

 現状維持……人々は日常へと戻っていく。

 そんな中、パン屋の夫婦は手を握りあい、時計塔を悲しげな表情で暫く見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、町はアリウムの、魔族の管理下に置かれた。

 アリウムは約束通り外敵と悪人を排除し続け……町には平和な日々が流れていた。

 月日は流れ……アリウムが町を支配下に置いて10年後。

 勇者ヒンメルが魔王を討伐して40年後……。

 

 勇者パーティの魔法使いフリーレンと、アリウムは邂逅を果たしていた。

 

 二人は言葉を交わし、互いに相容れない存在であると認識。

 鋭い視線を交わし、アリウムの操る複数の人間、それらがフリーレンへと襲い掛かってきていた。

 それぞれが武器を手に、フリーレンへと振り下ろしていた。

 

『人を守るような事してるって聞いたけど』

 

『……そう、私はこの町から悪人を排除し、善良な人間が生きていける町作りをしている』

 

『……魔族のお前が?大体、そんな事出来る訳ないでしょ』

 

『この町は私の町。貴女にとやかく言われる筋合いはない』

 

『魔族が統治ごっこ?笑わせないで、人の心のない獣が』

 

 フリーレンはその振り下ろしを軽快な動きでかわしていく。

 というより、それらの動きは何処かぎこちなく、そう早いものでも力強いものでもなかった。

 そんな攻撃、フリーレンにとって避ける事は容易く、体勢を整え、杖をアリウムへと向けた。

 

 その時、嫌な予感、そして妙な魔力を探知し、床を蹴った。

 さっきまでいた場所、そこに不自然な空気の揺らぎを感じ、フリーレンは眉をひそめる。

 

「……厄介だね」

 

 小さく呟かれた言葉には、あまり感情は乗っていなかった。

 

『……否定はしない。けど私はこれでも色々な経験を積んできた。

 人と関わり、交わり、子を成した事もある。

 私も人くくりにされるのは心外。町も平和だったでしょう?』

 

『どうせ何か企んでるんでしょ。それに、何?魔族が人と関わったくらいで人の心なんて芽生える筈がないよ。

 それに子を作ったのに今一人でいるって事は、どうせ何処かに捨て置いたんだろう?

 もしくは……殺しでもしたか。魔族なんてそんなものだものね』

 

『は、あ……?』

 

『人に深く関わったって事は、人を知ってしまったって事……人に潜む魔族は必ず大きな災いをもたらす。

 ……見過ごせないね、何を企んでるか知らないけど』

 

『……!貴女に何がわかる!?私の何が!

 知ったような口をきくな!人の心がないのはお前のほうだ!』

 

『ハッ、魔族に言われてもなんとも思わないよ。

 これ以上お前は生かしてはおけない。ここで必ず殺す』

 

 フリーレンが杖を向けると、アリウムは直ぐ様人間の影へと身を潜めた。

 フリーレンが人間を気にしている事を見抜いていたから。

 

 勇者パーティの話は聞いていた。

 勇者ヒンメルは非常にお人好しで、行く先々で人助けをしていたという。

 

 アリウムはその話を聞いて、勇者ヒンメルの影響をフリーレンも受けているのではないかと考えた。

 つまり、アリウムとの戦いにおいて、人間の命を奪わないように立ち回るのではないかと予想していた。

 事前のやり取りでは怪しかったが、直線上に人間がいるだけで攻撃の手を止めるのを見るに、その予想は的中していたようだ。

 

 アリウムが操っている人間は皆、悪意を持って町や町の住人を害そうとした経験のある者達だ。

 それらが死んでも、アリウムにとってはどうでも良い。

 だが、フリーレンにとっては違う。

 アリウムはその差を利用して上手く立ち回り、隙があれば『不可視の多腕を操る魔法(トランツーリヒ)』で直接フリーレンを捕えるつもりであった。

 

 だが、そこは歴戦の魔法使い、未だに手傷の一つも負わせられていなかった。

 見えない筈の腕の間をするするとすり抜けられる様子は、いっそ芸術的であった。

 

「流石……でも、私はまだ死ぬ訳にはいかない」

 

 アリウムがこの町を統治してたったの10年。

 治安は格段に良くなっていたこの町だが、統治者が突然消えればどうなるか……想像に難しくない。

 

『子を産み、育んだ事もないようなお前に、私の気持ちはわからない!

 愛する人を失う悲しみも、全てを失った絶望感も、その原因への憤怒も、復讐し終えた虚無感も!

 お前なんかに、お前なんかに!』

 

『魔族が一丁前に感情を語るなんてね……くだらない。

 人間ごっこは楽しかった?そうやって何人の人を殺した』

 

『ッ……!私はお前が嫌いだ。大嫌いだ!私の全てを無価値と断ずるお前が!

 殺してやる!殺してやるフリーレン!!!』

 

『奇遇だね、私もお前みたいな魔族は嫌いだよ』

 

 無数の腕と、無数の人間、襲いかかるスピードはドンドン早くなっていく。

 フリーレンは内心で少し、焦りを覚えた。

 先程まではまだまだ余裕だった、もう少し時間をかけて、隙を見て一気に殺すつもりだった。

 けれど、ここにきて、魔法の精度が突如上がり始めていた。

 

 そこで気付いてしまう、アリウムという魔族が実戦経験がほとんどない、という事に。

 特に魔法が顕著であり、何処かぎこちなかった人間の操作が、このたった数分の間に著しく上達している。

 一気にここで経験を積んでしまっている事に、フリーレンは知らず冷や汗を流した。

 

 アリウムとこのまま戦い続けても、アリウムの利となるだけ。

 ならば、とフリーレンは動き続けていた足を止め、杖をアリウムへと向ける。

 当然のように人間の影へと隠れるアリウム……それに対して、フリーレンは内心で覚悟を決めた。

 

 ここでこの魔族を必ず殺す事を。

 

 そして、諦めた。

 

 アリウムが操る人間達の命を。

 

 向けられた杖から展開される花のような魔法陣から瞬時に放たれた光線は、アリウムの前にいる人間を貫く軌道を描いていた。

 アリウムは目を見開くも、そのまま人間を盾に自身は離脱しようと、した。

 容赦のない女だ、そう内心で吐き捨てながら、人間が盾として機能しないならどう立ち回るか、と考えて。

 

「母さん……」

 

 今にも光線に貫かれそうになっている、人間の言葉に全て吹き飛んだ。

 こいつは悪人で、自分は生きなければいけなくて、殺される訳にはいかなくて。

 

 それでもアリウムは気付けば、その人間を庇ってその光線に貫かれていた。

 

「かふっ……」

 

 口から血が溢れ、痛みから『不可視の多腕を操る魔法(トランツーリヒ)』が解除される。

 操っていた人々が解放されていき……アリウムに庇われた人間は驚愕に目を丸くしていた。

 

ドッ、ドッ

 

 そこで即座にフリーレンから追撃がきて、両足が撃ち抜かれる。

 一瞬視線がフリーレンから離れ……その次に目を向けた時には、同じ魔法陣が目映い光を放っていた所、だった。

 逃げなきゃ、そう思うも手遅れだった。

 

「あ……」

 

「『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』」

 

ゴッ!

 

 避ける間もなく、まともに声をあげる事も出来ず、その一瞬でアリウムの身体のほとんどが消し飛ばされてしまった。

 その太い光線は時計塔の壁を撃ち抜き、虚空へと消えていく。

 そして、最早首だけとなったアリウムは、その開いてしまった壁から放り出され、下へと落ちて行った。

 

 塵と化しながら落下する姿。

 自らの終わりを察しながら、アリウムは最期に空を眺めた。

 

「きれいな……そら……」

 

 そう小さく呟いたアリウムは、既に首だけになってしまった体で静かに目を瞑る。

 じわじわと塵と化していくけれど、不思議と怖くはなかった。

 落下していくアリウムの首は、最期に微笑みを浮かべた。

 

「トドメだ」

 

 そこに、容赦なくフリーレンが再度放った光線が、首だけとなったアリウムを消し飛ばした。

 

 塵も残さず、何も残す事なく、アリウムは死んだ。

 

「……呆気ない……変な魔族だった」

 

 フリーレンはそう呟いて杖を消す。

 そして、周囲で蠢くアリウムが使っていた人々を気にする事なく、その場を後にした。

 

 フリーレンにとってアリウムは、所詮何かを企んでいる、ただの、魔族だった。

 成長性は評価したものの、それまで。

 必ず殺さなければならないという決意こそしたけれど、そこまで強い感情があった訳でもなかった。

 精々気に食わない、態度が気になる程度で、フリーレンにとっては数多いた魔族の一人、だった。

 

 そのまま、町を後にしたフリーレンは、その後何があったのかすら、把握する事なく、旅を再開した。

 

 何も変わる事なく、フリーレンは旅を続けていく。

 

 何も、変わらない。

 何も変えられなかった、人の心を持ち、壊れてしまった、魔族の話。

 

IFストーリー「人間と魔族」―終―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリウムせんせいのたんじょうび、おいわいする!」

 

「アリウム先生、誕生日知らないって言ってたからね。今日誕生日にしちゃうってのは、悪くないアイディアだと思うよ」

 

「うんー!いっぱいアリウムせんせいほめてあげる!」

 

「飾り付け飾り付け~」

 

「りょうりりょうりー!」

 

「いつものパン屋さんが特別にケーキ焼いてくれたよー!」

 

「わーいやったー!」

 

「つまみ食いしちゃ、だめだからねっ!」

 

「ふふふ……アリウム先生、喜んでくれるかな?皆、頑張ろうね!」

 

「「「「「はーい!」」」」」




原作との差異
フリーレン 魔族討伐スコア+1


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[ユーリとの優しい日々]可愛いアリウム

閲覧、お気に入り、評価、感想、ありがとうございます。
毎回とても励みになっております!
前回も沢山の感想をいただき、本当に嬉しいです!
IFストーリーだけでなく全体の話ではありますが、フリーレンがちゃんとフリーレン出来てるかが心配でしたが……行動自体に不満はあれど、違和感等はないようで良かったです。

さて!今回は[ユーリとイチャイチャする話]改めIFストーリー[ユーリとの優しい日々]をお送りします!
何処か感想で察していた人もいましたが、元々は前回の話、「人間と魔族」世界線においてフリーレンと対面する直前のアリウムの夢という構想でした。
が、それをやめまして、本編の魔族の旅から派生したIFストーリーという形でお送りしたいと思います!
本当に大丈夫ですので、ご安心してお読みくださいませ。


[ユーリとアリウムの距離感]

 

『出会った頃』

 

「うぅ……さむい……」

 

「今日は随分と冷えるね……」

 

 日が沈み、焚き火の前てユーリとアリウムの二人はその身を震わせていた。

 季節は秋だが、今夜は秋とは思えない程に冷え込んでいた。

 身を縮めて震えるアリウムの姿を見て、不意にユーリに天啓が走る。

 

「(……!これは、温めあうという理由付けで、アリーに触れるチャンス!)」

 

 そうと決まれば、とばかりに焚き火を挟んで向かい合っていたユーリはその場を立ち、アリウムの方へと足を踏み出した。

 

 瞬間、アリウムは即座に立ち上がりユーリから一歩距離を取った。

 

「……何」

 

 警戒心を露にしてジト目で見返すアリウム。

 その過剰なまでの反応に、ユーリは焦りながら両手を挙げて何もしないアピールをする。

 

「な、ほ、ほら、寒い時は人肌が良いって言うだろう?寒そうだし、温め合おうと思って―」

 

「フーッ!」

 

 まるで猫のように肩をいからせ威嚇する姿に、ユーリは肩を落として元の場所に座った。

 まだまだ親密度が足りないようだ……。

 

 

 

 

『付き合い出した頃』

 

スリ……。

 

 ユーリの寝床に、アリウムの姿があった。

 今日は寒く、恋人になったしと温めあう事を提案していた。

 

「シャーッ!」

 

 だが、何処か虫の居所が悪かったのか、いつかを思い出すような威嚇をされて、ユーリは渋々引き下がっていた。

 ……そんな状態でもおやすみのキスは行っていたのだから、よくわからない。

 それでも拒絶された事には変わりなく、泣きそうになりながら寝床に潜り込んでいたのだが……。

 

「(アリー!?なんで!?怒ってたんじゃ!?)」

 

 ユーリが寝ていると思っているのだろう、体をユーリに寄せて胸に頬を擦りつけた。

 

スリ……スリ……。

 

 頬や額を擦り付けるアリウムは、とてもご満悦な様子だった。

 しかしユーリは気が気ではなかった。

 キスする時以上に近く、自らの体にはアリウムの柔らかい体が押し付けられ、甘い匂いが鼻を擽る。

 ユーリの自制心が、鑢でゴリゴリ削られていくようだった。

 そんな中、ピッタリとユーリの体に自らの体を寄せたアリウムは、口を開く。

 

「ん……ユーリ……すき……」

 

 首元に頭を擦りつけながら、熱っぽい声で呟かれた言葉に、ユーリの頭は一気に沸騰した。

 

「(それは反則!もう、我慢出来ないっ!)アリー!僕も好きだぁ!」

 

ガバッ!

 

「きゃああああ!」

 

バチーン!

 

「おぶふぅ」

 

 たまらすガバリと抱き締めたユーリだったが、そんな悲鳴と共に頬を思い切りひっぱたかれていた。

 アリウムは顔を真っ赤に染めて、胸に手を当ててユーリを見つめ。

 

「えっち!」

 

 そう言い捨てて、ユーリから離れていった。

 自分の寝床で倒れこみながら、叩かれた頬を押さえ、ユーリは呆然と呟いた。

 

「……これ僕が悪かったのかなぁ」

 

 親密度は既に充分だったが、アリウムの恥ずかしさが勝ったようだ。

 

 

 

『性行為をするようになった頃』

 

スンスン

 

「…………アリー?」

 

「ふんふんふん……ん?」

 

「僕を真正面から抱き締めて、首元の匂いを嗅ぎ続けられるのはちょっと……そろそろ離れて……」

 

「やっ」

 

「嫌かぁ……」

 

スンスン……スンスン……

 

「んふふふ……ユーリすき……んふふふふふ」

 

「……まぁ、アリーが幸せそうならいいけど……」

 

 そもそもほとんどユーリから離れない。

 

「……ユーリ?」

 

「ん?どうしたんだいアリー」

 

「んふふ、よんでみただけ……んふふふふ」

 

 幸せそうに笑うアリウムに、ユーリも自然と笑顔になり……その細く柔らかい身体を抱き締めた。

 

「んっ……ユーリ、おなか、あたってるよ……シたいんだ……?」

 

「んんっ!仕方ないだろう!アリーが魅力的過ぎるから、どうしても興奮してしまっんっ!」

 

チュゥ

 

「……んっ、いいよ、ユーリ……」

 

 おもむろに服をはだけさせたアリウムに、ユーリの喉が鳴った。

 

 二人は芯からポカポカになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[勇者との邂逅]

 

 とある日、いつも通りユーリにピッタリ寄り添いながら歩いていると……。

 

「……ん?魔族……?」

 

 なんと、魔王を討伐した勇者ヒンメルとバッタリ出会ってしまった!

 

「ひぇ……」

 

 腕を切り裂かれた記憶が甦り、怯えながらユーリの背中に隠れるアリウム。

 魔族と知り視線を鋭くさせるヒンメル。

 勇者への憧れ、恋人の危機、その二つの板挟みになってなんとも言えない表情を浮かべるユーリ。

 

 三者三様の表情を見せる中、ユーリが口火を切った。

 

「あの……せめて、落ち着いてお話しませんか?勇者様……」

 

「む……そうだね、わかった」

 

 ヒンメルはそう言うと、剣の柄に添えていた手を離した。

 その動きに、ユーリの背中で怯えていたアリウムが安堵の息をつく。

 

「色々と話を聞かせて貰うよ。僕はフリーレン程じゃないが、魔族は見つけ次第殺すべきだと思っている……」

 

 そこで言葉を一度切ると、人間の背中に隠れる魔族に鋭い視線を向けた。

 

「生半可な理由じゃ、納得しない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううぅ……なんて悲しい経験をして来たんだ君は……」

 

 酒場にて、アリウムは今までの自分の生をヒンメルに語った。

 それをヒンメルはユーリに勧められるままに、酒を飲みながら聞いていた。

 自らの赤子を食い殺してしまった、そう語るアリウムの瞳に大粒の涙が浮かぶ。

 それを見て、ヒンメルの腹は決まった。

 感極まり、涙を流しながら、ヒンメルは心から彼女に同情していた。

 

 ヒンメルはアリウムの事を覚えていた。

 魔王討伐の旅路の途中で、フリーレンに不意打ちをしようとした子供の魔族。

 自身がそれを咎め、右腕を切り裂いた魔族だ。

 フリーレンの魔法を受けて崖下に落下していた筈だった。

 その時、塵と化したのを見届けていなかった事から、生きている可能性も考えていた。

 当時は数日周囲を見回り、見つからなかった事から旅を続けていたが。

 結果的に懸念は正しく、そして間違っていた。

 

「君は魔族かもしれない、だがその在り方……過去の過ちを悔いる姿は、僕には人間としか思えない」

 

 呆然とヒンメルの言葉を聞き続けるアリウム。

 その瞳に涙が浮かぶ。

 

「僕の勘もそう言っている。君は他の魔族とは違う、人の心を持った魔族だ。

 君はまだ自分を許せないだろうけど……僕は君を許すよ」

 

 柔らかく微笑むヒンメルの言葉に、アリウムは両目から涙を溢れさせた。

 声もなく泣くアリウムの肩を、ユーリは優しく抱き寄せる。

 すがり付き泣き続けるアリウムを、ユーリは優しい笑みを浮かべて撫でた。

 

「……ありがとうございます、勇者様」

 

「そう堅苦しくしなくていいよ。それより君も飲みなよ。

 ……僕が言うのも変だけど、その子の事、大事にするんだよ?」

 

「勿論です!」

 

 満面の笑みを浮かべたユーリは、そう言ってジョッキを掲げる。

 それに合わせるようにヒンメルも手にしたジョッキを掲げた。

 

チンッ

 

 声はなく、どちらからともなく、打ち付けあったジョッキが良い音を鳴らした。

 

 

 

 

「ユーリぃ……頭撫でてぇ」

 

「あーもう……お酒弱いのに飲むから……よしよし」

 

「んふふー……♪きもちいい……♪」

 

 頭を撫でるユーリの手に頭をぐりぐりと押し付け、アリウムは嬉しそうに笑う。

 その様子を微笑ましく見つめるヒンメル……かつて夢見た、そうあって欲しかった光景がそこにあった。

 人と魔族の共存……そんな夢のような光景が。

 

「……全ての魔族が彼女のようであったならなぁ……」

 

 けれど、ヒンメルは旅の中で理解していた、ほとんどの魔族は……いや、彼女以外の魔族は、そうはなり得ないと。

 彼女から感じる暖かな感情を、魔族からは一度たりとも感じた事はなかったから。

 

「……♪」

 

 ご機嫌で恋人にすり寄るアリウムの姿を、眩しいものを見るように目を細めて見つめていた。

 彼女は奇跡だ。

 だが、奇跡とは他にありえないから奇跡と言える。

 

「さてどうしたものかな」

 

 勇者として、ヒンメルとして、彼女には幸せに生きて貰いたいが……少し険しい道となりそうだ。

 

「アリーは可愛いなぁ……」

 

「かわいー?んふふ、ユーリはかっこいいよ♪」

 

「ま、なんとかなるか」

 

 ジョッキに残った酒を飲み干し、ヒンメルは腹を括った。

 この二人とは暫く行動を共にし、まずは仲間達に会いに行こうと。

 幸いにも僧侶と戦士の所在はわかっている。

 

「君達もまだ飲むかい?」

 

「あ、はい、もう少し飲ませていただきますね」

 

「んんー」

 

 ユーリの膝の上で胸に頬擦りをするアリウム。

 それを見て、ヒンメルは顔を綻ばせた。

 

「ふふっ、まるで猫みたいだ。可愛いね」

 

「少し前までは、猫みたいによく威嚇されてましたよ」

 

 苦笑するユーリに、ヒンメルは少し羨ましげな視線を向けた。

 気まぐれな猫といえば、自パーティの魔法使いも、ある種猫のような面があった。

 よく寝る所や、気まぐれな所とか。

 

 ……そんな魔法使いに、魔族と見るや即座に滅しにかかる彼女に、この子を会わせて大丈夫だろうか。

 ヒンメルの頭にそんな心配が過る。

 

「……まあ、それもどうにかなるか!」

 

 けれど、アルコールの入ったヒンメルの思考は楽観的だった。

 まあそもそも彼女に会えるかもわからないんだ。

 運ばれてきたジョッキをユーリと打ち付けあい、楽しく飲み続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[僧侶との出会い]

 

「……ヒンメル、貴方正気ですか?」

 

「ひどいな」

 

 三人は聖都に来ていた。

 勇者パーティの僧侶にしてヒンメルの幼馴染み、ハイターに会うために。

 アリウムは既にヒンメルにも懐いていて、ユーリとヒンメル、並んだ二人の中間で背中に隠れ、恐る恐るハイターの様子を伺っていた。

 軽く事情を説明したヒンメルは、厳しい事を言う幼馴染みに苦笑を溢した。

 

「魔族を生かしてるのも疑問ですが、魔族に人の心があり、共存出来る……?

 わかっているのですか?それは人類への裏切りですよ。

 仮に本当だとしても、今までの全てがひっくり返りますよ……」

 

 不愉快げに……というよりはヒンメルの身を案じているような様子だった。

 まさか、この魔族に何かされたのだろうか?

 眼鏡の奥の瞳が細められ、鋭い視線がアリウムを貫く。

 ビクリ、と肩を跳ねさせたアリウムがユーリにすがり付いた。

 

「まぁまぁ、ハイターさん、お話だけでもお願いしますよ」

 

 ずいと身を前に乗りだし、ユーリは軽く頭を下げる。

 穏やかな表情を浮かべているが、その瞳には少しだけ憤りの色があった。

 その強い意思を感じて、ハイターは眼光を和らげた。

 どのような形であろうと、どのような二人だろうと、二人の間にある絆、情を感じ取り、一先ず溜飲を下げる事としたのだ。

 

「……いいでしょう。話だけはお聞きしましょう。

 ですが、ヒンメルのように、簡単に絆されるとは思わないでくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはははは!貴方なかなかイケる口ですねぇ!」

 

「ハイターさんも良い飲みっぷりです!」

 

「さん付けなんて他人行儀な!もっと気楽に頼みますよ!」

 

「ええ、ハイター!」

 

「ハイターさん、コップを」

 

「おっと、空でしたか。ではお願いして……。

 いやぁ~こんな美人にお酌して貰えるとは!酒が進みますねぇ~!」

 

 上機嫌で酒を煽るハイターに、端から見ていたヒンメルは呆れたようにため息をついた。

 

「多分僕よりチョロかったよこれ」

 

 笑いあいながら、既に意気投合した様子で二人で楽しそうにぐびぐびと飲み続けるハイターとユーリ。

 二人とも飲むペースが早く、けれどもとても楽しそうだ。

 自分のペースでちびちびと飲むヒンメルは、ふと思い立つ。

 

「明日ハイターは地獄だろうな……まだ飲んでそうだし、もう教会に伝えに行っておこうかな」

 

 明日ハイターは二日酔いするのでお休みします、そう伝えた時の教会の司教のなんとも言えない表情が印象的だった。

 

 

 

 

 

「ユーリぃ……構ってぇ……」

 

「おっと、ごめんよアリー放っておいて、おいでー」

 

「あははは、仲が良くて大変宜しいですね!」

 

 匂いだけで酔ったのか、顔を赤くしたアリウムがすがり付いてくる。

 そんなアリウムをユーリは受け止め、膝に乗せて腕の中に抱え込んだ。

 ユーリはアリウムの頬を両側から優しく摘まみ、軽く揉み始めた。

 

「んにぃー……」

 

 されるがままのアリウム。

 その仲睦まじい様子を、ハイターは嬉しそうに眺めていた。

 

「いい光景ですね……」

 

 しみじみと呟かれた言葉には、強い感情が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[戦士と誕生日]

 

「……成程、二人がそう言うなら信じよう」

 

「そうですか……」

 

「何故残念そうなんだ」

 

 再会した勇者パーティの戦士、ドワーフのアイゼン。

 事情を説明すると仲間を信頼しているのか、直ぐに頷いていた。

 何故かハイターは少し残念そうな顔をしていた。

 

「良かった、これで後は……フリーレンか」

 

「フリーレンか……」

 

「フリーレンですか……」

 

 ヒンメルが出した名前に、三人は顔を見合わせる。

 三人の中では、フリーレンが魔族を受け入れる様がまったく想像出来なかった。

 

「……やっぱり厳しいかな」

 

「否定はしませんが、私達がいない時に遭遇したらそれこそ……」

 

「だが、人と共存出来る魔族なんて、フリーレンにとって認められるのか……?」

 

 

 

 三人が深刻な表情で話合っている時、そこから少し離れた所で、アリウムとユーリは、互いの手をにぎにぎして遊んでいた。

 そんな時に、不意にユーリが何かに気付いたうように声をあげた。

 

「あっ、そう言えば今日誕生日だったな……」

 

 アリウムはその言葉に首を傾げる。

 

「誕生日……?」

 

聞き慣れない言葉だった。

 

「あぁ、アリーはもしかして知らなかったのかな?

 僕達人間は産まれた日に毎年お祝いするんだよ。

 産まれてきてくれてありがとう、おめでとう、とね」

 

「むぅ……私、誕生日知らない」

 

「そっか、じゃあ……今日僕の誕生日だし……いっそ僕と同じにするかい?

 一緒に祝いあおうじゃないか!お互い産まれてきてありがとう、ってね!」

 

「うん……?うん……ユーリが嬉しそうだからそれでいいよ」

 

 アリウムを抱き上げてくるくる回るユーリに、少し冷たく返す。

 それを気にする事なく、ユーリはニコニコと笑う。

 やがてそれに釣られてアリウムも笑顔になり、きゃらきゃらと笑いを溢し始めた。

 

 そんな微笑ましい光景に、アイゼンは目を細めた。

 

「……人間にしか見えんな」

 

 その呟きに、ハイターとヒンメルも黙って頷く。

 そこらにいる村娘にしか見えない……いや、それにしては見目麗し過ぎるが。

 

「……誕生日、か。よし、あの子の初めての誕生日、俺なりに祝ってやるとしよう」

 

「お、アイゼンの誕生日祝いと言えば……」

 

「アレ、ですね」

 

 キラリ、ハイターの眼鏡が光った。

 

「ああ、旅してた時以来だな」

 

 アイゼンは懐かしさを感じながら、楽しそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっきなはんばーぐ……」

 

「話は聞いてる。歯が無くても食べれるくらいに柔らかくしてある」

 

「あ、ありがと……ございます」

 

「良い。お前は頑張った。頑張った者は皆戦士だ。

 頑張りは労られるべきだ。存分に食べてくれ」

 

「いただき、ます」

 

「……アリウム、と言ったか」

 

「はい……?」

 

「誕生日、おめでとう」

 

「……!うん、うん……ありがとう」

 

 ポカポカとした思いに胸が暖かくなる。

 気付けば微笑みを浮かべていて、アリウムは自然と感謝の言葉を口にしていた。

 

「「わははははは!!!」」

 

 アイゼンの備蓄の酒を、全て飲み干す勢いで飲み続ける酒飲み二人を意識から外し、アリウムは目の前でじゅうじゅうと音をたてる肉塊、巨大なハンバーグを見下ろす。

 フォークを突き刺すとほぼ抵抗もなくめり込み、ナイフは力もいれずに肉を分断していく。

 溢れる肉汁が食欲をそそり、アリウムの喉が鳴った。

 美味しそうなそれを頬張り、言われた通りのその柔らかさに目尻が下がる。

 

「おいひぃ~!」

 

 たまらず飛び出した言葉に、アイゼンは嬉しそうに目を細めた。

 

「そうか、それは良かった……良かったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[魔法使いとの喧嘩]

 

「んぎぎぎぎぎぎ!」

 

「うぐぐぐぐぐぐ!」

 

 アリウムと、白い髪をツインテールにしたエルフが、互いの頬を引っ張りあっている。

 互いに見目麗しい筈の顔は歪み、髪も服装も乱れ、みっともない。

 やがて同時にその手が外れ、少し離れた、けれど目と鼻の先で二人は睨み合う。

 

「この……貧乳エルフ!」

 

「貧っ……ヒンメルはよく私の胸を見てた!お前なんか無駄チチ魔族だろう!」

 

「うぐっ」

 

 飛び火して胸を押さえる男が一人。

 

「無駄じゃないもん!ユーリいっつも楽しそうに揉んでるもん!」

 

「ふぐっ」

 

 更にもう一人。

 

「フリーレンのバーカ!」

 

「うるさい!バカって言うほうがバカなんだ!」

 

「フリーレンもバカって言ってる!やっぱバカ!」

 

「お互い様でしょ!バーカバーカ!」

 

「フーッ!」

 

「シャーッ!」

 

 子供のような語彙で罵りあい、猫のように威嚇しあい、取っ組み合いの喧嘩を始める二人。

 そんな二人を、呆れたように、けれど微笑みを浮かべて、ヒンメル達は見守っていた。



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[ユーリとの幸せな日々]勇者達への祝福

閲覧、お気に入り、評価、感想、ここすき、毎度ありがとうございました。
とても励みとなりました。
さて、今話にて完結となります。
後書き含め21話、大体毎話6000文字くらいのお話でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。
思い付きを形にし、IFストーリーも4つもかいてしまいましたが、どれもかいてて楽しかったです。
そして、良いお年を!

50年と20分の1が混じってました……。
修正しました。


[魔法使いとの対面]

 

 それは本当に偶然だった。

 ヒンメルがユーリとアリウムの旅路に同行してる事で、何かが変わった。

 フリーレンは、魔族と同行しているヒンメルという、実に理解し難い光景を目撃する事となる。

 

 即座に呆れたように杖を構えるフリーレンに対して、ヒンメルは直ぐに弁明。

 怪訝な表情でアリウムを見つめるフリーレンは恐ろしく、アリウムはユーリの背後に隠れた。

 

 ヒンメルが魔王を討伐し、10年が経った頃の事だった。

 

「あのねぇ、ヒンメル……以前魔族を見逃してどうなったか、忘れちゃったの?」

 

「忘れてなんかいないよ。でもこの子は違うんだ。

 どうか僕の顔を立てると思って……さ。ハイターとアイゼンのお墨付きもあるし」

 

「はぁ……。んー……」

 

 ため息を吐き、頭をかきむしるフリーレン。

 彼女からすれば、目の前で魔族が生きてる事自体が受け入れ辛い事だった。

 ……しかし、ヒンメルだけならまだしも、既にハイターやアイゼンも見逃してるとなれば……。

 再度深くため息をつき、渋々ではあるが、フリーレンは折れる事にした。

 

「はぁ~……。仕方ない、わかったよ」

 

「ありがとうフリーレン!」

 

「ただし!暫く私も一緒に行動させて貰うよ」

 

 じろ、とアリウムを不満そうに顔を歪めたフリーレンが睨み付ける。

 ビクリと体を跳ねさせたアリウムは、恐る恐ると言った様子で、フリーレンを見つめ返していた。

 

「アンタ、アリウムって言ったっけ。怪しい真似したら、すぐに殺すからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フリーレン、朝……」

 

ゆさゆさ

 

「んー……後……5時間……」

 

「……起きて……ご飯冷めちゃう……」

 

ゆさゆさ

 

「ん……ご飯、なに……」

 

「勇者ヒンメルが採ってきた、蜂蜜たっぷりのパンケーキ」

 

「んー……仕方ない……」

 

「髪ボサボサ……整えるから、体起こして……」

 

「んんー……早くしてよー……早く食べたいよ」

 

「…………」

 

あみあみあみあみ

 

「無言で三つ編みにし始めるのやめてよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この宝箱は……魔法で確認する限りミミックだね」

 

「んー、僕が調べる限り確かにミミックだ」

 

「……なんで二人ともそう言いながら開けようとしてる?」

 

「知らないのアリウム、それでもお宝が入ってる事はあるんだよ。

 私にはわかる、この中にはお宝がざくざくだよ」

 

「そうだね、アリー、宝箱はロマンなんだ。中には夢が詰まってる!

 例えどれだけ外から見てミミックでも、罠でも、お宝の可能性が1%でも残ってるなら開けるものさ!」

 

「ユーリはわかってるね」

 

「勇者ヒンメル……」

 

 助けを求めるような視線と声に、ヒンメルはいつもの微笑を浮かべたまま、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……好きにしたら……」

 

「「いざ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暗いよー!怖いよー!」

 

「フ、フリーレーン!」

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、今日は甘いのが食べたかったのに」

 

「我が儘言わないでフリーレン。はい、干し肉」

 

「じゃあアリウムのその果物でいいよ」

 

「……あのね、私、硬いのは食べられ」

 

「ありがとう(しゃりしゃり」

 

「……このクソボケエルフ、食事係に逆らったらどうなるか思い知らせてやる!」(ボカッ

 

「痛っ!いきなりぶつ事ないでしょ!私も怒るよ!」

 

「フリーレンに怒る権利ない!こっのクソボケエルフ!」

 

「あーっ!また言ったね!アリウムのバカ!」(ボカッ

 

「いたい!もー怒った!」(むにー

 

「いひゃい!やふぇりょぉ!」(むにー

 

「んぎぎぎぎぎぎ!」

 

「うぐぐぐぐぐぐ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[魔族の妊娠]

 

 それはフリーレンが同行するようになって一年程過ぎた頃。

 なんだかんだとアリウムがフリーレンの世話を焼く事が多くなり、自然とフリーレンが絆され始めて、二人が時折喧嘩なんかもするようなった、仲間となり始めていた頃の事だった。

 

「ん……これ、妊娠してるかも」

 

 野宿の朝食の後、顔を青くしたアリウムがボソリと呟いた。

 それにユーリは狂喜乱舞。

 アリウムを優しく抱き上げ、褒めて、撫でて、頬にキスを落とした。

 

「めでたいね……おめでとう、アリウム」

 

 優しげな表情で祝うヒンメルの隣で、フリーレンは目を瞬かせていた。

 

「……アリウムがわかるものなんだ」

 

「え、うん……なんとなくだけど」

 

「へぇー。じゃあいつ頃コウノトリがやってくるのかもわかるの?」

 

 そのフリーレンの発言に、その場は静まり返った。

 フリーレンを信じられないもの見るように、ユーリとアリウムは見つめ、ヒンメルは今まで見たこともない程に顔を歪めていた。

 

「……?何?男と女がキスしたらコウノトリがキャベツ畑に赤ちゃん運んで来るんでしょ?

 フランメにちゃんと教えて貰ったから、そのくらい知ってるよ」

 

 むふーと自慢気に語るフリーレンに、ヒンメルとユーリは言葉をかけられなかった。

 いや、なんと言えば良いのか、どう伝えればいいのか……。

 

「……フリーレン、あのね」

 

 ユーリの腕の中から抜けたアリウムは、フリーレンに身を寄せる。

 そして、チラ、とユーリとヒンメルを振り返り……フリーレンを連れて木々の間に消えていった。

 

 それを見届けたユーリとヒンメルは顔を見合せ、苦笑いを浮かべた。

 

「ヒンメルも苦労するね……お相手がああじゃ」

 

「まぁ……それもフリーレンの魅力さ」

 

 

 

「こしょこしょこしょこしょ」

 

「え。え。えぇーーーっ!!!」

 

 

 

 帰ってきたフリーレンは耳まで真っ赤に染め、恥ずかしそうに俯いていた。

 その珍しい姿にヒンメルは不覚ながら暫し目を奪われ……。

 

「……えっち」

 

 上目遣いで放たれた、フリーレンの言葉に撃沈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[魔族の子供]

 

 時は過ぎ、無事に産まれた子供、ニコライと名付けられた赤子は、角が生えた魔族だった。

 それにショックを受けるアリウムの手を握り、必死に励ますユーリ。

 産まれた子供を見たヒンメルとフリーレンも、表情を歪ませていた。

 

「アリウム……気を確かに持って」

 

 ポロポロと涙を流すアリウムの頭を撫で、フリーレンが眉を下げた。

 しがみついて涙を流すアリウムを、フリーレンは優しくその背を叩いて宥める。

 

「……ヒンメル、どうすればいい」

 

 真剣な表情で、すがるように見つめるユーリに対して、ヒンメルは難しい顔で腕を組んだ。

 

「……暫くは、見守るしかないだろう。アリウムのように人の心がある事を祈って……」

 

 そう言ったは良いものの、ヒンメルは此方を見る赤子の瞳に既にうすら寒いものを感じていた。

 自分の勘は、殺せと叫んでいる。

 それに無理矢理蓋をして、ヒンメルは努めて明るく笑った。

 

「大丈夫、なんとかなるさ!僕達でこの子を導いて行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺に任せてくれないか?」

 

 ある程度育ったニコライだったが、やはりアリウムのように人の心は芽生えず、悲しい事に「普通の魔族」でしかなかった。

 悩むフリーレンと、それでも諦めきれず毎日熱心に教育を施すアリウムだったが、そこで、訪ねてきたアイゼンの一声があった。

 

「アイゼンに?」

 

「ああ……お前達はなんだかんだと甘やかしてるだろう?

 俺がしごいてやる。徹底的に厳しく、な。

 それに、健全な精神は健全な肉体に宿るという。

 それでもダメなら……俺が始末をつけよう。どうだ?」

 

 その申し出に、アリウムは悩んだ。

 悩みに悩み、一晩一睡もせずに悩んだ。

 そして……目の下に隈を作りフラつくアリウムを、ニコライが少しだけ表情を歪めて見上げているのを見て……決心した。

 

「戦士アイゼン……お願い、する……。

 でも、もしダメだった時は……私が、片をつける」

 

「ああ、わかった。任せろ。この子の性根は俺が叩き直す」

 

 アイゼンはドン、と自らの胸を叩き、深く頷いた。

 

 そうして、ニコライはアイゼンに引き取られる事となる。

 そして……それは結果的に正解だった。

 ニコライは何度も死の縁を経験する事で生に執着心が芽生え、

それが良い具合に人間を害そうとする本能を打ち消し始めていた。

 次に再会するのは数年先であるが……見た目は細くとも鋼のような肉体となったニコライにはいつしか健全な精神が宿っていた。

 そして、再会の喜びのままユーリを抱き締め、何本か骨をへし折る事となる。

 

「父さん久し振り!」

 

「おお!ニコライ大きくなっぐふぅ」(ばきばきばき

 

「ユーリぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[魔法使いの芽生え]

 

「フリーレン、ヒンメルと何か進展あった?」

 

 アリウムとフリーレンは、二人で町を散策していた。

 出店で買ったジュースを飲みながら、アリウムは問い掛ける。

 ヒンメルはどう見てもフリーレンに惚れている……旅の中でも何度かアピールをしているようにも見えた。

 

 けれど、フリーレンはその質問の意図がわからず、首を傾げている。

 

「進展……?質問の意図がよくわからないよ。

 私とヒンメルは旅の仲間……それ以上でも以下でもないでしょ?」

 

「……はぁ。相変わらずフリーレンはお子様」

 

「む」

 

「ヒンメルはどう見ても貴女が好き。気付いてるでしょ?」

 

「……そうなの?」

 

「えっ」

 

「……え?」

 

 気まずい空気が流れる。

 フリーレンはきょとんとした顔でアリウムを見返していて、アリウムも呆然とフリーレンの顔を見つめていた。

 暫しお互いに無言で見つめあった後、アリウムはフリーレンの肩を掴み、真剣な表情で言葉を紡ぐ。

 

「……フリーレンも、ヒンメルの事好きでしょ?」

 

「……好きか。よくわからないんだよね、そういう感情。

 私達エルフは、そういう欲求が希薄だし……。

 それにまあ、いつかは……」

 

「フリーレン」

 

 ずいと、至近距離で少し怒ったようにアリウムは言葉を遮った。

 

「よーく考えて、胸に手を当てて」

 

 アリウムはフリーレンの手を取り、その薄い胸に押し当てる。

 んぐ、と小さく呻くフリーレンに構わず、アリウムは言葉を続ける。

 

「ヒンメルを思い浮かべて。その笑顔を、姿を、声を」

 

「…………」

 

 言われた通りにフリーレンは目を瞑り、瞼の裏にその姿を映し出す。

 

「魔物を、魔族を、貴女に背中を預けて、貴女の前で薙ぎ倒し、貴女に振り返り、笑みを浮かべているヒンメルを」

 

……とくん

 

「いつもの日常で、貴女に笑いかけ、他愛ない話をして、貴女の魔法を見て心から喜んではしゃぐヒンメルを」

 

とくん、とくん

 

「……どう、フリーレン。胸が鳴ってるでしょ?きゅう、と苦しいでしょ?

 ヒンメルと、今すぐにでも会いたく、ない?」

 

 フリーレンは自分の感情に戸惑うように口元を抑え、ふるふると震えていた。

 その目は落ち着きなく揺れて、ほんのりと頬が染まっていく。

 

「うん……なんだか、すごく、会いたいよ。

 おかしいな、さっきまで一緒にいたのに……」

 

「それが、好き、だよ」

 

 フリーレンは胸を抑えて、落ち着きなく、視線をさ迷わせる。

 アリウムはその様子を見て優しい微笑みを浮かべると、フリーレンを正面から抱き締めた。

 

「フリーレン……私達は人間達とは寿命が違う。

 きっと……ヒンメル達が老いても、私達は容姿すら変わっていない……。

 人間なんて、直ぐ死んじゃうんだよ?老いたらこうやって旅も出来ない。

 ……ヒンメルが好きなら、ヒンメルと結ばれたいなら。

 貴女は今すぐにでもその想いを告げなきゃいけない」

 

「そ、そんな事言われても……。だ、だって、ヒンメルは仲間で。私、好きとかよくわからないし……。

 そ、それにヒンメルが本当に私を好きかなんて、わからないし……」

 

ずき

 

 自分で言葉にして、胸が痛み、フリーレンは顔を歪める。

 その表情に、アリウムはフリーレンと額を合わせた。

 狼狽えるフリーレンに、微笑みかける。

 

「大丈夫。私が保証する。ヒンメルは貴女が大好き。

 そして、その程度で傷ついてしまう貴女も、ヒンメルが、大好き。

 二人に必要なのは、お互いに必要なのは、自覚と、言葉だけ。

 ……後は、自分でちゃんと言葉にして。ヒンメル」

 

「え……」

 

 突如として出てきた名前に、フリーレンは思わず顔を上げた。

 そして……ばつが悪そうに頬をかくヒンメルの姿を見つけてしまう。

 

「ひ、ヒンメル……!」

 

「……参ったな」

 

 苦笑を浮かべるヒンメルの姿を、フリーレンは直視出来なかった。

 胸が高鳴り、顔が熱い。

 始めての経験に、思わずその場から逃げ出そうとしてしまうも、気付けば背中を見えない手で押さえられて、逃げる事が出来なかった。

 

「あ、アリウムぅ……」

 

 眉を下げて情けない声を出すフリーレンに、左手を握って頑張って!とだけ告げて、その場を立ち去って行った。

 恨みがましくその後ろ姿を見つめるフリーレン。

 その目と鼻の先に、ヒンメルが立った。

 

「フリーレン」

 

「う、うん……なに……?」

 

 ヒンメルはマントをはためかせながら、フリーレンの元に片膝をつく。

 自然と左手を手に取り、フリーレンを見上げたヒンメルは、いつもの微笑みを浮かべて、口を開いた。

 

「ずっと言葉にしてなかったけど……僕は君が好きだ。

 僕と、この命尽きるまで、共に歩んではくれないかい?」

 

 フリーレンは、その言葉に耳まで真っ赤に染めた。

 戸惑い、羞恥を感じ、辺りをキョロキョロと見回して……背後の手が消えてる事に気付く。

 

「(い、一回逃げ――)」

 

『人間なんてすぐ死んじゃうんだよ?』

 

 けれど、その足は途中で止まった。

 アリウムの言葉が頭を過り、自然と視線はヒンメルへと向けられる。

 まだまだ若く、カッコいいけれど、旅をしてきた時と比べれば……肌のハリや髪の艶に僅かに陰りがあった。

 

「(人間の寿命は短い……わかってる。わかってた、つもりだった)」

 

 バクバクと高鳴る胸が五月蝿い。

 ヒンメルのあの瞳を見ると、見つめられると、胸が苦しい。

 

『それが、好き、だよ』

 

 アリウムの言葉が甦る。

 

「……うん、ヒンメル、どうやら私、ヒンメルの事が好きみたい」

 

「ははっ……」

 

「ヒンメルと、一緒に生きる事にするよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[結婚式]

 

リンゴーンリンゴーン

 

 教会の祝福の鐘が鳴る。

 純白の綺麗なドレスに身を包んだ魔法使いフリーレンと、純白の衣装に身を包んだ勇者ヒンメル。

 二人が並んで、司教としての正装をした僧侶ハイターの前で……今、夫婦となる。

 

 それを見守るのは戦士アイゼン、そして人間のユーリと魔族のアリウム、その二人の息子であるニコライだ。

 参列者はそれだけ……世界を救った勇者の結婚式とは思えない規模だが、それが二人の願いだった。

 

 やがて誓いの言葉を交わした二人は見つめ合う。

 

「フリーレン……綺麗だよ」

 

「ヒンメルも、格好いいよ」

 

 ふふ、と小さく笑みを浮かべた二人は、一歩近付く。

 ヒンメルはその小さな肩に手をのせて身を屈め。

 フリーレンは胸の前で手を組んで、ヒンメルを見上げて目を閉じた。

 

 そして、二人の唇は静かに重なる。

 

「これにて二人は夫婦となります。どうか、この二人の旅路に、女神様の祝福があらん事を!」

 

パチパチパチパチ

 

 少ない参列者の為にまばらな拍手。

 けれど、強い想いの籠った祝福の拍手だった。

 

 やがて唇を離した二人は、参列者に向かい合い、満面の笑みを浮かべた。

 

「おめでとうー!」

 

「こんな日が、来るとはな……」

 

「おめでとうございます!」

 

「おめでとう。フリーレン……ぐすっ」

 

 涙ぐむアリウム。

 そんなアリウムを横目で確認したアイゼンは、ちら、とニコライに目線を向けた。

 コクリと頷いたニコライは、そっとアリウムの後ろに移動すると、ひょいと抱えあげた。

 

「えっ」

 

「母さん、じっとしててね」

 

「よし、行くぞ」

 

 師弟は戸惑うアリウムに構わず、そそくさと式場を後にする。

 

「えっ。えっ!何!?ニコライ!?アイゼン!?」

 

「悪いようにはしない。大人しくしているんだ、アリウム」

 

 その様子を、ヒンメルに寄り添うフリーレンが優しい笑みを浮かべて見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれよあれと言う間に、アリウムは別室で着替えさせられていた。

 姿見の前で呆然と立ち尽くすアリウムのその身に付けているのは、先程フリーレンが着ていたような純白のドレス……。

 何故自分がこれを着ているのか?

 答えは迎えにきた、フリーレンが持っていた。

 さっきに比べると簡素になったドレスに、青い花冠とブーケを持ったフリーレンは、アリウムに笑いかけた。

 

「アリウムとユーリ、結婚式なんてしてなかったでしょ?

 私達が結婚出来たのはアリウムのお陰……。私達からのプレゼントだよ、アリウム」

 

 はい、と手渡されたブーケを言われるがままに受け取り、フリーレンに背を押されて式場へと逆戻り。

 けれど今度は参列者ではなく、主役として。

 

 フリーレンが隣を歩き、ハイターまでの道を進む。

 その先に待つのは純白の衣装に身を包んだ、アリウムの最愛の人、ユーリ。

 フリーレンから、ユーリへとアリウムが渡され、フリーレンは近くで眺めていたヒンメルの隣へと移動して、それに寄り添う。

 そこまで事が進み、漸く実感が沸いたアリウムは、言葉も無く涙を流した。

 

 旅の中、何度か見た、花嫁。

 憧れはあったけれど、自分は魔族だしとユーリがやろうと言っても拒否していた。

 それが、今、こんな綺麗なドレスを身に付けて、親しい者達に祝福されて……。

 感極まり、ポタポタと涙を流すアリウムを、見守る皆の視線は優しかった。

 

「これにて二人は夫婦となります。どうか、この二人の旅路に、女神様の祝福があらん事を!」

 

 同様に誓いのキスを交わした二人……。

 アリウムは未だに涙を流し、けれど笑みを浮かべてユーリにすがり付いた。

 

「……ユーリ……ありがとう、私、幸せ者だ」

 

「ふふ、もっと、もっと幸せにしてみせるよ、アリー」

 

 つられて涙を溢すフリーレン、それを拭うヒンメル。

 ほろりと一滴の涙を流すアイゼン、満面の笑みで祝福するニコライ、優しげな笑みを浮かべたハイター。

 幸せで、平和な光景がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[勇者達への祝福]

 

 勇者ヒンメルが魔王を討伐して、50年後―――。

 

 30年前アリウムとユーリの娘、人間の赤子マリーが産まれ、僧侶としての適性を見出だされてハイターの元で修行し……10年前ハイターを襲って妊娠、リリィという紫髪紫瞳の赤子を出産した。

 30年前ヒンメルとフリーレンの息子、エルフのブレネンが産まれ、マリーにフラれて傷心、旅に出る。

 ニコライがその旅に同行し、北方で魔族を狩る毎日を送っていた。

 

 2年前、ユーリが老衰。

 簡素な葬式を終え、とある村の外れ、いくつかの墓石が並んだ場所に埋葬された。

 

 そして、今。

 

 老衰した勇者ヒンメルの葬式が、行われていた。

 

 常と違う、黒い衣服に身を包んだフリーレンは、じっと花に囲まれたヒンメルを見つめていた。

 その表情は何の感情も浮かべておらず、とても夫を失った姿には見えなかった。

 

「見てよあれ、自分の夫が亡くなったというのに……」

 

「薄情ね……」

 

 そんな参列者の声が聞こえてくる。

 それでもフリーレンの表情は変わらず、小さく俯いて目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、遺族として、妻として、フリーレンが参列者の前で挨拶をする事となる。

 参列者と向かい合ったフリーレンの表情を見た参列者は、そのあまりの無表情さに、小さくざわめいた。

 けれどそのざわめきを気にする事なく、フリーレンはペコリと一礼をしてから、その口を開いた。

 

「……皆様、私の夫、勇者ヒンメルの葬式に参列していただき、ありがとうございます」

 

 やはりその言葉には一切の感情がなく、参列者のざわめきは大きくなっていく。

 それでも、フリーレンはその調子のまま挨拶を続けていく。

 内容も当たり障りなく無難で、参列者達はなんとも言えない、不満を抱えながらもその挨拶を聞き続け、そして。

 

「ヒンメルは――」

 

ポロッ

 

 不意に、そう不意に。

 フリーレンの瞳から涙が溢れた。

 淀みなく続いていた挨拶がそこで突然そこで途切れる。

 

「……」

 

 重い、重い沈黙が流れた。

 ポロリ、ポロリと涙が流れ、フリーレンは一度その口を閉じ、瞳も閉じた。

 先程までフリーレンを悪し様に罵っていた人々も、気まずそうに口をつぐむ。

 

 やがて、フリーレンは目を開き、その重い口を開いた。

 

「……まだ、まだ一緒にいたかった」

 

 それは、聞いた者の胸が締め付けられるくらいの、悲観に染まった声だった。

 

「ずっと一緒にいたかったよ……寂しいよ、ヒンメル……」

 

 肩を震わせ、はらはらと涙を流す姿は、ひどく痛ましかった。

 

「……でも、楽しかった、嬉しかった。こんな私と、最後まで一緒にいてくれて……本当に、幸せだった!」

 

「恋を、愛を教えてくれた。子供が出来た時は、ずっと支えてくれた。

 ブレネンを育てるのに四苦八苦してる私を、何度も、何度も助けてくれて……!

 ずっと、この40年……ずっと幸せだった……!」

 

「ヒンメルと過ごしてきた時間は……一番鮮明で、輝いていた日々だった。

 私が生きてきた1000年、たった20分の1の時間なのに、何よりも幸せな日々だった……!」

 

「ありがとう、ありがとうヒンメル……!」

 

「ゆっくり、休んで……!」

 

「あなたがいた証拠は、私が……私が未来に連れていくからっ!」

 

「うぁああああああん!うぇええええええええええん!」

 

 フリーレンの悲痛な泣き声がこだまする。

 大声で、人の目も憚らず、次々溢れる涙を拭い続けた。

 しゃくりあげ、肩を震わせ、泣き続ける。

 その様子に、誰もが沈痛な面持ちで俯いていた。

 

 その泣き声が響く建物の屋根の上、薄紫の髪の魔族が目を瞑ったまま、はらりと涙を流した。

 魔族、アリウムはヒンメルの死を悼む。

 そして、ヒンメルが死んでから感情に蓋をしてしまったようなフリーレンの様子を心配していたけれど……その悲痛な泣き声を聞いて安心したように顔を綻ばせた。

 

「……フリーレンは、大丈夫」

 

 感情を発露し、それでも前に進んでいく意思を確認し、そう小さく呟いた。

 左手の薬指に光る、ユーリから貰った指輪に口付けを落とす。

 

「……またね、フリーレン。元気で」

 

 アリウムは最後にそう呟いてその場から姿を消す。

 いずれ出会うその日を願って。

 

 幸せな日々を過ごした二人、最愛を失った二人。

 けれど二人は、それでも生き続ける。

 その幸せな思いを抱いて、心の中で生きてる、最愛の恋人の記憶を未来に連れていく為に。

 

 二人は、未来へと歩き続けていく。

 

IFストーリー[ユーリとの幸せな日々]―終―




最後までご愛読、ありがとうございました!


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[ヒンメルの浮気疑惑騒動]

入れたかったけど入れ損ねたおまけ話投下


 フリーレンとヒンメル、ユーリとアリウムの結婚式から数ヶ月。

 別々の所で互いに穏やかに暮らす四人だったが、アリウムが遊びに来る形で久々に会う事になった。

 雰囲気の良いカフェのテラス席でフリーレンと対面したアリウムは……困惑していた。

 結婚して数ヶ月、元々結婚はしていた自分達とは違い、まだまだ新婚と言える二人は幸せな日々を送っているだろうと思っていた。

 恋心を自覚して日の浅いフリーレンは兎も角、長年の想いが実ったヒンメルがフリーレンに無体を働く訳はないと思っていたからだ。

 

 だが……。

 

「……やぁ、アリウム……久し振り……」

 

 純白のワンピースに白い帽子を被ったフリーレンは、疲れたような笑みを浮かべ、幸せいっぱいだった様子からは考えられない状態だった。

 

「フ、フリーレン……?何か……あった……?」

 

 アリウムは困惑し暫く言葉を失うも、気を取り直して静かに問い掛けた。

 問い掛けられたフリーレンは口を閉じ、への字を作る。

 そして、じわりとその目尻に涙が浮かんだ。

 

「うわぁあん!アリウムー!ヒンメルが浮気してるかもしれないー!」

 

 泣き喚くフリーレン。

 はらはらと涙を流し、眉を下げた様子にアリウムは呆気に取られる。

 

「う、浮気……?あの勇者、ヒンメルが……?」

 

 信じられないとばかりに呟くアリウムだったが、うおーんと泣き続けるフリーレンは変わらない。

 席を立ち、その小さな体を抱き寄せて、宥める事にする。

 真実かどうかはどうでも良くて、今フリーレンが悲しんでいる事は確かなのだから。

 ぐずぐずと鼻を鳴らすフリーレンの背中を優しく撫でる。

 豊満な胸に顔を埋められながらも、フリーレンは泣き続けた。

 そんなフリーレンをアリウムは泣き止み、落ち着くまで優しく宥め続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐす……あのねアリウム……ヒンメル、たまに一人でどっか行くんだ」

 

 涙声のフリーレンは語る。

 

「何処に行くの?私も行くって行ってもやんわり断ってきて……」

 

 不安げな表情で。

 

「夜中に何か書いてる時もあって、見せてもくれないんだ」

 

 落ちつきなく指を擦り合わせて。

 

「ねぇ、やっぱりこれ浮気なのかな……?」

 

 じわ、と一度止まった涙が溢れだす。

 

「私……折角ヒンメルが好きだってわかったのに……」

 

 ポロポロと溢れる涙が頬を伝う。

 

「ヒンメルに、見捨てられ……うぇえええええええん!」

 

 再度泣き出してしまったフリーレンを、アリウムはもう一度優しく抱き締める。

 目を閉じて、体を震わせるフリーレンを優しく宥め続けた。

 それでも泣き続けるフリーレンを抱き締めながら、アリウムはそっと目を開いた。

 その目は鋭く、ここにはいない誰かへの殺意に満ち溢れていた。

 

「勇者ヒンメル……許すまじ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……次は何処を探しにいくべきか」

 

 自室でヒンメルは首を捻っていた。

 今日フリーレンはアリウムと会いに出掛けているし、今のうちに次の目的地を決めようと地図とにらめっこをしていた。

 

コンコン

 

 そんな時、扉がノックされた。

 

「……ん?フリーレンが帰って来たのかな?随分早いな」

 

 まだ日は高く、もう少しゆっくりしていても構わないのになぁ、とくすりと笑い、手早く地図を片付ける。

 地図を見られた程度でわかるとは思えないが、万が一にもこれをフリーレンに知られる訳にはいかない。

 それはそれとして、帰宅したらハグ、そういう約束だ。

 最高の仲間から最愛の妻になってくれたフリーレン。

 そんな彼女に対して愛を示す行動は、いくらしてもいい。

 

ドンドン

 

「はーい」

 

 もう一度、今度は強く響くノックの音に、ヒンメルは少し慌てて立ち上がる。

 随分忙しないな。

 扉の向こうで少しムクれているだろうフリーレンの姿を幻視して苦笑し……。

 

ドゴォッ!

 

「ノックしてもしもぉーしっ!」

 

「へぶっ!」

 

 突然吹き飛んできた扉に反応できず、顔面を強打したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『不可視の多腕を操る魔法(トランツーリヒ)』……ヒンメル、言葉は慎重に選ぶ。さもなくば、刺し違えてでもそのチ◯◯(ピー)は潰す」

 

 アリウムは手早くヒンメルの四肢を押さえ込み、冷たく見下ろす。

 ここからでもヒンメルならきっと自分を殺せるだろうから、せめてフリーレンを泣かせる原因であろう、男の象徴だけならいつでも潰せるようにしながら。

 

「な……アリウム……!?君何を……お、女の子がそんな事言うもんじゃないよ!」

 

 焦るヒンメルに、アリウムは動じない。

 四肢を押さえる不可視の腕の力を強めながら、股間に不可視の拳を構えた。

 

「もう女の子って歳じゃない。……それが貴方のチ◯◯(ピー)との別れの言葉でいい?」

 

「待った待った!待ってお願い!事情を!事情を説明してくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて股間に圧力がかかり、うおーんと本気で泣き始めたヒンメルに流石に同情し、渋々解放する事にした。

 壊した扉を適当に壁に立て掛け、部屋にあった唯一の椅子を自分の所へと持ってきて、どかりと座る。

 

「あっ、この部屋椅子一脚しかなくて」

 

「床」

 

「いや、あの」

 

「座って」

 

「はい……」

 

 有無を言わせぬアリウムの迫力に、ヒンメルは恐々と床に座る。

 自然とその座りかたは膝を折り畳んで座る、SEIZAとなっていて、その背筋はアリウムの放つ圧からかピンと伸びていた。

 

「……ヒンメル、私は貴方にはいくつも恩がある。

 貴方のおかげて今の私の幸せはあると言ってもいい」

 

「それは……何よりだし、そう言ってもらえるのは嬉し」

 

「でも!」

 

ビクッ

 

 突然の大声に、ヒンメルの肩が揺れる。

 

「フリーレンを泣かせた貴方を許せない!」

 

「な、泣かせた……?フリーレンを、この、僕が……?」

 

 そのまるで他人事のような物言いに、アリウムは視線を鋭くする。

 睨み付けてくるアリウムの本気の感情を受け、ヒンメルはタラリと冷や汗を流した。

 何せヒンメルにはまるで心当たりがない。

 

「フリーレンは言ってた。貴方がよく何処かに行くと。

 何か隠し事をしてると……浮気してるんじゃないかと」

 

「う、浮気!?そんなバカな、僕はフリーレン一筋で!」

 

 思わず腰を浮かすヒンメルだが、即座に肩に圧力がかかり無理矢理座らせられる。

 前を見れば、アリウムが絶対零度の瞳でヒンメルを見下ろしていた。

 

「……そう、やっぱりそこはフリーレンの勘違い」

 

 温度のない瞳を閉じ、少しだけ雰囲気を和らげるアリウム。

 その様子に、ヒンメルも安心したように笑みを浮かべた。

 

「わ、わかってくれるかい」

 

「でもフリーレンを泣かせたのは事実。私はそれが許せない」

 

 だが、再度開いた瞳は絶対零度のまま。

 ヒンメルの表情は凍り付き、背筋に寒気が走った。

 

「せめて事情を話して。納得出来なかったら……」

 

メリ

 

 ヒンメルの股間に圧力がかかり、それを感じ取ったヒンメルは顔を青ざめさせた。

 

「は、話す話す!話すから!でも誓って浮気はしてない!それだけは先に言っておく!」

 

 真剣な表情でアリウムを真っ直ぐ見つめて言い放つヒンメル。

 その瞳は透き通っていて、嘘をついてる様子は見受けられなかった。

 

 不自然に股間が凹んでいるのが、少しだけ間抜けではあった。

 

「……そう。信じるよ」

 

 そこで漸くアリウムも『不可視の多腕を操る魔法(トランツーリヒ)』を解除し、雰囲気を和らげた。

 股間の圧力と殺気が霧散していくのを感じて、ヒンメルはホッと安堵の息を吐いた。

 

「はぁーやれやれ……驚い」

 

「床」

 

「あ、はい……」

 

 苦笑しながら立ち上がろうとしたヒンメルを、アリウムはピシャリと咎めた。

 ヒンメルは頬を引きつらせ、大人しく再度床に正座したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初に言っておくけれど、この話は絶対にフリーレンに知られてはいけないからね。

 これは魔王討伐の旅の途中の話……今のフリーレンが一週間程記憶が曖昧だったと思ってる時の話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を聞き終えたアリウムは、非常に難しい顔をしていた。

 想像だにしていなかった、遥かに複雑で繊細な話であった。

 

「だから僕は未来のフリーレンの為に、その魔法を見つけ、その石碑に刻まなければいけない。

 これは、僕がやらなければいけない事なんだ。多分……誰かに任せてはいけない」

 

 未来からきたフリーレン、未来に帰る魔法、過去に行く魔法。

 女神の魔法のスケールの大きさに、アリウムは目眩がしそうだった。

 だが、それならフリーレンに話せないのも納得だった。

 未来が変わる事で過去も変わるかもしれないし、今がどうなるのかもわからない。

 何より、未来のフリーレンは充実しているように見えたという。

 ならばヒンメルとしては一択だ、必ずその未来にフリーレンを導く。

 その為に過去に意識を送る魔法を見つけなければならない。

 ヒンメル自身が。

 

「……勇者ヒンメルの勘……。

 うーん、それはもう、私が口出し出来る話じゃない……か。

 事情は理解した。けれどフリーレンが傷付いたのも事実。

 そこは猛省して欲しい」

 

「う……一ヶ月に一日くらいだったんだけどなぁ……」

 

「新婚だし、フリーレンはまだ自分の感情に振り回されてもいる。

 四六時中イチャつくくらいで良いと思う」

 

「そうかな?それは僕にとっても嬉しいけど……」

 

「そもそもフリーレンは種族的に子供も出来辛い。

 貴方がまだ若いうちに妊娠させるべき。

 毎日セックスして子作りに勤しんでいいと思う。

 もっともっとフリーレンを愛してあげて欲しい」

 

 ぐっ、と人差し指と中指の間に親指を挟んだ拳を作り、アリウムは真面目な顔で言い放つ。

 

「……言ってる事は納得出来るけどね、女性の君から言われるこの状況は複雑だなぁ……。

 あとその手はやめなさい」

 

「そう……」

 

 そっと手を下ろしたアリウムは、小さく頷く。

 

「とりあえず、フリーレンを呼んでくる。二人でちゃんと話し合って。

 こんな事で二人が仲違いするなんて、認められない。ちゃんと仲直りしてね」

 

「ああ……折角フリーレンに会いに来たのに、悪かったね、僕の不甲斐なさのせいで」

 

 苦笑するヒンメルに、アリウムは優しく微笑んだ。

 今日で一番、穏やかな笑顔だった。

 

「ううん、貴方も完璧じゃないから、仕方ない。

 私の事はどうでもいいから、フリーレンを、よろしく」

 

 そう平然と返すアリウムに、ヒンメルも笑みを返した。

 

「ああ、勿論だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、足が痺れるっ……!」

 

「格好つかない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあヒンメルは別に私に愛想浮かした訳じゃないんだよね?」

 

「勿論さ、僕がフリーレンに愛想を尽かすなんて事は未来永劫有り得ないよ」

 

「わ、私毎日ちゃんと起きれなくて、いつも朝ごはん任せちゃっててそれで……」

 

「そんなの気にしないよ。むしろ君の寝顔を拝めるのは役得とすら思ってるよ」

 

「り、料理もたまに失敗しちゃうし……」

 

「フリーレンの愛情が籠ってるから全然食べれるよ」

 

「片付け出来ないし……」

 

「まぁ……それはしたほうがいいかもしれないね。

 僕も手伝うからさ、定期的にやろうね?」

 

「……うん……」

 

「これからもたまに君を置いて出掛ける事はあるし、その内容は話せない。

 でも君を裏切るような行為は絶対にしないよ、約束する。

 僕の好きな人は後にも先にもフリーレン、君だけだ。

 この命尽きるまで君だけを愛すし、死んでも君だけを思い続けるよ」

 

「……うん。ありがと……私も、ヒンメルだけを愛し続けるよ」

 

 耳まで真っ赤にして照れつつも、フリーレンは笑みを浮かべてヒンメルを見上げた。

 それに対してヒンメルはスン、と真顔になると、フリーレンの両肩に手を置いた。

 

「愛してるフリーレン。僕の子を産んでくれ」

 

「ぶっ!な、なにいきなり!?てかアリウムもまだいるのに!」

 

 思わず吹き出し、手をブンブンと振るフリーレン。

 

 そんなフリーレンに、アリウムはすちゃ、と手のひらを立てた。

 

「あ、私そろそろ帰るからお構い無く」

 

 そう言ってアリウムは部屋を後にする。

 

「え、えっ!」

 

 困惑するフリーレンに、ヒンメルは顔を近付けて問い掛ける。

 

「嫌かい?」

 

「ひゅっ」

 

 声なき悲鳴をあげ、わたわたと腕を動かす。

 やがて体をプルプルと震わせながら、胸の前で両手を握る。

 潤んだ瞳でヒンメルを見上げて、フリーレンはか細い声で呟いた。

 

「いやじゃ……ないでひゅ……」

 

 その瞬間ヒンメルはフリーレンの唇を奪い、その場に押し倒したのだった。

 

 水音の響く部屋を後にし、そそくさと二人の家を後にしたアリウムは、玄関から出た後振り返り、微笑んだ。

 

「二人とも、お幸せに」

 

 そして、むずむずする自らの下腹部を撫でた。

 ほんの少しだけだったが、二人の雰囲気に当てられてしまったらしい。

 

「帰ったらユーリにいっぱい抱いて貰う」

 

 そう心に決めて、アリウムは帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 この約一年後、フリーレンとアリウムは元気な赤子を出産したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうしてブレネンは産まれたんだよ」

 

「母さん、なんで今その話するの?両親の生々しいエピソード聞きたくなかったんだけど」

 

「いや、特に理由はないけど?」

 

「ブレネン様、フリーレン様が申し訳ありません……」

 

「?まぁいいや、それにしても愛息と迷宮攻略なんて、楽しすぎて試験中だって事を忘れちゃうな。

 ……あ、宝箱だ」

 

「……母さん、それはミミックだよ」

 

「違うよ、あの中には貴重な魔導書が入ってる筈さ。

 私の魔法使いとしての経験が、そう告げている」

 

「……僕は試験官だから、受験者の行動を咎める気はないけど……」

 

 蒼みがかった銀髪を揺らし、尖った耳を持つエルフの少年は、助けを求めるようにフェルンへと視線を向けた。

 悲しげに首を横に振るフェルンを見て、ブレネンはため息を吐いた。

 

 魔法都市オイサーストで開催されている一級魔法使い試験。

 その第二試験、零落の王墓と呼ばれる迷宮を攻略中のフリーレン一行。

 試験官はなんと、フリーレンの息子であるブレネンであった。

 息子に良い所見せると鼻息荒く、自信満々で迷宮攻略に挑み、先程まで思い出話に花を咲かせていたフリーレン。

 

「暗いよー!怖いよー!」

 

 現在はミミックに上半身を噛みつかれ、悲鳴をあげていた。

 その様子を見て、息子のブレネンと弟子のフェルンは、呆れたようにため息を吐いた。

 そして二人は目を合わせ、苦笑を浮かべたのだった。

 ブレネンはかつての想い人の面影の残るフェルンに、複雑な思いを抱いていたが。

 

 フリーレンを助け出そうとするフェルンを眺めながら、ブレネンは父親譲りの泣きぼくろのある瞳を細めた。

 腰に帯びた剣をカチャリと鳴らし、母親の元気な様子に心底安堵していた。

 二人がこのまま順調に合格する事を願いつつ……一筋縄ではいかないだろうなぁ、とこの迷宮に潜む存在を思い浮かべ、苦笑を浮かべた。

 

「まあ、頑張って母さん。試験官としては何も出来ないけど、個人的には応援してるよ」

 

 ミミックから解放され、上半身が涎でベトベトになった母親に、ブレネンはそう告げる。

 それに対して、フェルンに涎を拭いて貰いながら、フリーレンは不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふふん、私の勇姿を特等席で見てるといいよ」




アニメ「葬送のフリーレン」一級魔法使い試験編、放送中!



誤字修正しました、ご報告ありがとうございます。


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魔族の子供

ちょっと衝動的にかきたくなったので続きです。
本編の時間軸、フリーレン一行がシュマール雪原にて一人の子供を発見する所から始まります。


 私という存在が発生したのは、いつからだろう?

 なんとなくふわふわした世界で、私はいたような気がする。

 暖かな微睡みの中で、私は存在していたような気がする。

 なんなんだろう?

 

 でも今はとても寒い。

 凄く寂しい。

 何も見えない。

 何もない。

 

 ここは?私は?

 何をしてたの?

 何を感じてたの?

 わからない、何も。

 

 気付けば辺りは一面真っ白で、私はそこにポツンと立っていた。

 どうやってここにいるのか、何もわからない。

 ここが何処なのかも……何も。

 そもそも……私は……?

 

「わたしは……なに……」

 

 寒空の下、一面雪に覆われた雪原で、私はその場に倒れこんだ。

 雪が身体中に纏わりつき、寒い……いや、それすら越えて痛みを訴えてくる。

 私の体は動かない、立っているだけの力もない。

 意識が、視界が、薄れていく。

 それに……耐える理由もない。

 私には何もわからない、何もない。

 心地よい暖かな微睡みの記憶しかない。

 それに比べて、今はなんて辛い状況だろうか。

 ここで足掻いて何かが変わるのだろうか。

 ……わからないなら、もう、このまま……。

 この、体を包む、耐え難い虚脱感と眠気に身を任せれて……。

 そうしたらまた、あの微睡みの中に埋もれる事が……。

 

ザッザッザッザッ!

 

 何かを掻き分けるような、そんな音が近付いてくる。

 なんだろうか?

 疑問に思うも……顔をあげる力すらない。

 ああ……もう……。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 そんな男の声が聞こえたような気がして。

 私の意識は、そのまま闇に埋もれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの死から30年後――

 

 それを彼が、シュタルクが発見したのは偶然だった。

 北部高原、シュマール雪原、そこで大型の魔物の討伐を終えたフリーレン一行は旅を続けていた。

 そんな中、周囲をなんとなしに眺めていたシュタルクは、辺り一面の雪景色の中、何かが動いたのを偶然にも捉えた。

 魔物か?魔族か?目を凝らし、その方向に一歩足を踏み出し、自身の武器に手をかけた。

 

「シュタルク?」

 

 旅仲間であるフェルンがそのシュタルクの様子に気付き、足を止める。

 

「何か動いたみたいだ。ちょっと見てくる」

 

 仲間の中で唯一の前衛として、警戒心を露にするシュタルク。

 とはいえ、好奇心三割、警戒心七割といった所だろうか。

 見てしまったからには正体が知りたい、そんな思いも抱えながら、シュタルクはその方向へと足を踏み出す。

 

「ん……わかりました、背中は任せて下さい」

 

 フェルンはその判断を否定せず、杖をその手に構える。

 シュタルクに何があっても即座に対応出来るように、けれど邪魔にならないように。

 一定の距離を取り、シュタルクの進む方向、そして周囲の様子に気を配る。

 

 そんな二人の様子を見て、寒さに震えるエルフのフリーレンは、呟いた。

 

「……早くこんな所抜けたいんだけどな……寒っ……うぅ」

 

 彼女は寒さが苦手である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場所に近付き、それが何なのか理解した瞬間、シュタルクは目を見開いて駆け出した。

 先程までの警戒心を露にした様子からは考えられない、慌てた様子だった。

 

「あっ、シュタルク!?」

 

「人だ!しかも子供が一人で倒れてる!」

 

 性根がお人好しであるシュタルクにとって、それは見過ごす事は出来なかった。

 ボロ布のような服のみを身に付けた、明らかに幼い子供。

 そんな小さな子供が一人、雪の中倒れていたのだ。

 

「子供……?こんな所に一人で、ですか……?」

 

 それを怪訝に思うのはフェルン。

 この辺りには人里もなく、人影もない。

 何故ならこんな所に……?

 そう疑問に思うも、シュタルクはその間もその子供の元へと近付いていた。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 シュタルクは直ぐ様その子供の元にしゃがみこむと、その体を抱き抱えた。

 その子供に意識はなく、体は冷えきっていて、シュタルクの腕の中でぐったりとしており、動く気配を見せない。

 顔色は悪く、青白い。

 

「フェルン!どうしよう!」

 

「待ってて下さい、ちょっと調べ……」

 

 シュタルクの必死な様子に、フェルンはちら、とその子供に視線を向けた。

 その時、さら、と揺れた子供の長い薄紫の髪の間から、こめかみの辺りから、小さな角が覗いた。

 それを目にしたフェルンは目を見開き、杖を構えて声を張り上げた。

 

「!シュタルク!今すぐその子を放り投げて下さい!」

 

「は、はぁ?何言って……」

 

「その子、角が生えてます!魔族です!」

 

 フェルンは直ぐ様その子供を、魔族を撃ち抜けるように魔力を滾らせる。

 師から、フリーレンから、子供の魔族による騙し討ちの事をよく聞かせられていたフェルンからしたら、シュタルクが無防備に抱えてる現状は気が気ではない。

 故にそう言い、直ぐにでも処理出来るようにするも……。

 

「で、でもさ……この子、ピクリともしないし……すっごく冷たくて……」

 

 シュタルクは離そうとしない。

 自分の腕の中にいる子供を見下ろし、自身でも角を確認して……。

 それでも、目の前で明らかに死にかけている子供の姿をした存在に、シュタルクは無情になれなかった。

 

 その優しさは美徳であり、フェルンとしても好ましい。

 けれど、そんな優しさにつけこんでくるのが魔族だ。

 

 フェルンはシュタルクのその様子に小さく微笑む。

 そんなシュタルクが誇らしくて。

 そして覚悟を決める、だからこそ今すぐ腕の中の魔族を処理すると。

 キリ、と瞳を鋭くさせ、その魔族を撃ち抜く為に魔力を滾らせた……その時。

 

「何してるの。早く行こうよ、寒いよ……」

 

 そんな寒さに震える声がして、二人の視線がその声の主に吸い込まれた。

 

「フリーレン!」

 

「フリーレン様!魔族です!子供の!」

 

 シュタルクとフェルンの悲痛な声がフリーレンの耳をうつ。

 ピクリ、とフリーレンの耳が震え、そのしょぼしょぼとしていた瞳を開いた。

 寒さに震えるおばあちゃんエルフから、魔族殺しの葬送のフリーレンへと意識を切り替え、シュタルクの腕の中にいる魔族に視線を向けた。

 

「魔族……?まったく、子供だろうと油断せずに直ぐに処理するように言ってたでしょ。

 仕方ない子達だね……ほら、そこに置いて、私がやるよ」

 

「でもさ、フリーレン!」

 

 気怠そうに指示をするフリーレンだが、シュタルクはまだ腕の中の命が喪われる事に抵抗を覚えていた。

 それにフリーレンは静かに、聞き分けのない子供を言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「駄目だよ、シュタルク。ヒンメルもそうだったけど、子供の魔族だからと情けをかけても、絶対にろくな事にならない。

 何度も言うけど魔族はね、人の言葉を話すだけの獣なんだ。

 人の心はない。情けをかけても仇で返されるのがオチだよ」

 

 シュタルクがフリーレンの説得に少しずつ俯いていく。

 わかってはいる、わかってはいるのだが……。

 

「ん……」

 

「……!大丈夫か!?」

 

 そんな時、シュタルクの腕の中の子供が身動ぎしたと思えば、その瞳をゆっくりと開き始めた。

 慌ててシュタルクはその子供に話し掛け、対してフェルンとフリーレンは直ぐ様その魔族を処理出来るように身構える。

 やがてその瞳が開き、その顔が真っ直ぐフリーレンを見つめ……。

 

にこっ

 

 その顔に、柔らかな笑みを浮かべた。

 その表情に、容姿に、瞳に浮かぶ慈しみの色に、フリーレンは体を硬直させた。

 その薄紫の髪と瞳に、酷い既視感を覚えて、胸がズキンと痛んだ。

 

 そしてその口から紡がれた言葉に、フリーレンは心を揺さぶられた。

 

「……間に、合った……?後悔……しなかった……?」

 

 そこまで言葉にして、柔らかな笑みを浮かべた魔族は、再び意識を失った。

 

「ッ…………!」

 

よろ……

 

「フリーレン様!?」

 

 フリーレンの瞳が目一杯に見開かれ、一歩、二歩と後退る。

 構えていた杖は下げられ、空いていた左手で自らの顔を覆い、その手がかたかたと震えた。

 そんな尋常ではないフリーレンの様子に、フェルンは顔を歪め、魔族をキッと睨み付けた。

 自分では認識出来なかった、何かをされてしまったのかもしれない。

 なら、直ぐにその原因を取り除く、そう考えてフェルンは杖を改めてその魔族へと向けた。

 

「フリーレン様に何を……!シュタルク!今すぐそれを離してください!直ぐに処理します!」

 

「え、ちょ待っ――」

 

 それに焦ったのはシュタルクだ、その鬼気迫る様子に、もろとも撃たれるような気すらして、慌てふためいた。

 

 ――だが、フェルンを止めたのは見るからに酷く狼狽していたフリーレンだった。

 

「やめてフェルン!」

 

 なかなか聞かないフリーレンの悲痛な声に、フェルンの瞳が驚きに彩られた。

 滾らせた魔力は霧散し、思わず杖を力なく下ろしてしまう。

 フリーレンの口から、魔族を庇うような言葉が放たれた事が信じられず、フェルンはフリーレンへと目を向けた。

 見るからにまともではないフリーレンの様子に、フェルンは顔をしかめた。

 

「フリーレン様……いいのですか?」

 

 戸惑ったように問い掛ける言葉は、まるですがるような言葉だった。

 

「……それ、は、いいよ……また気絶したみたい、だし……連れて、行こう……」

 

 フリーレンの言葉には力が無く、フェルンの真っ直ぐ見つめてくる瞳から逃げるように、顔を背けていた。

 

「……魔族ですよ?」

 

「…………多分、大丈夫だよ……」

 

「ですが……」

 

「いいって」

 

「……わかり、ました」

 

「……じゃあ先を急ごう。シュタルク、その子供は任せたよ。

 毛布でも巻いてて。さっさと暖かいところに行かないと」

 

「わ、わかった」

 

 フェルンは正直納得出来なかった。

 けれど、フリーレンが言うならば……と飲み込んだ。

 

 ただ……最近どうにもフリーレンの自分への態度に違和感を覚える。

 気まずそう……というのか、何処か余所余所しい。

 それがフェルンにとってむず痒く……フリーレンの背中を悲しげな瞳で見つめていた。

 

 フリーレンはそれに気付きつつも、振り返る事も、何かを答える事もなかった。

 

 そんな、何処か変な空気の流れる、中途半端な距離を空けて歩く二人に、シュタルクは少し遅れて着いていく。

 腕の中には毛布でぐるぐる巻きにした子供の魔族を、強く抱き締めて。

 

「……なんか、最近二人……変だよなぁ」

 

 ボソリと呟き、目の前を歩く二人をシュタルクは不安げに見つめた。

 何が起きてるのかはわからないが、あまり良くない状態な事くらいは察しがついた。

 惜しむらくは、それを解決する手段が皆目検討もつかない事だろうか。

 

「はぁ……大丈夫かなぁ……」

 

 大きくため息を吐いたシュタルクは、その拍子に小さく身動ぎをした魔族の子供の顔を覗き込んだ。

 まだまだ青白いものの、少しだけ血色が良くなっているような気がして、その調子だ、と優しくその頬を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……にしてもこの子、何となくフェルンに似てるなぁ」

 

人の心を持ってしまった魔族、後日談

 

 魔族の子供

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろね」

 

「ええ……漸く、漸くです……!」

 

「あまり気負いすぎないように、ね」

 

「大丈夫です、必ず私はやり遂げます」

 

「微力だけど、私も全力で手伝わせて貰うわ」

 

「……重ね重ね……ありがとうございます」

 

「いいのよ、生きるってのは助け合うもの、そうでしょう?」

 

「はい……私は、必ず先生の仇を打ってみせます。

 あの悪魔のようなエルフを排除して、フェルンちゃんを解放するんです。

 そうして漸く私は……先生に胸が張れます。

 絶対に……最後まで諦めません。絶対にです……!」

 

「頑張ってね……ふふ、応援してるわ。

 ふふふふふ……人間って、本当に面白いわ……」



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魔族の子とエルフ

閲覧、感想、ありがとうございます。
正直IF含めて蛇足かな、とも思う自分もいるのですが……。
見たい人がいて、自分もかきたいと思ってしまったので。
じっくりとかいていきたいと思います。

ちょいと短め……というかこのくらいで行きますね。


 私の目の前で、魔族が血を流している。

 こんな光景、今までいくらでも見てきた筈だった。

 私はそれに対して杖を構えて、いつも通り撃ち抜く。

 それだけの話だったのに。

 

 修道服を身に付けたその魔族に、私は気紛れに最期の言葉を聞いた。

 淀んだ魔力が充満し、あちこちが壊れた礼拝堂で、赤子を抱くその魔族は……。

 

『幸せな家庭を作ってね……』

 

 ただ、赤子の幸せを願った。

 

 私はそれに対して怪訝に思いながら……『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』を放つ。

 

『フリーレン様』

 

 !?

 その瞬間だった、修道服の魔族が、フェルンに変わった。

 フェルンに攻撃した事なんて、何度でもある。

 けれどそれは防げるように手加減してたり、フェルンの力量を信じて放ったりしてるもので、殺意なんて込めた事はない。

 でもこれは、確実にあの魔族を殺そうとした『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』で。

 何故かフェルンは微笑んだままで防ぐ様子がなくて。

 何故か声すら出ない私の目の前で……。

 

 フェルンの体を消し飛ばした。

 

どちゃり

 

 胸から上しかないフェルンが、笑顔のまま私を見上げる。

 私はその場から動けなくて、声も出なくて……。

 

『なんでですかフリーレン様?』

 

 フェルンの声が響く。

 ガンガンと、頭に強く響く。

 

『私もいつかこうやって殺すんですか?』

 

 そんな訳ない、殺す訳ない。

 私がフェルンを殺したい訳がない。

 

『フリーレン様の』

 

 じろり、塵と化していくフェルンの瞳が私を見上げる。

 違う。私は……私はっ私は……!

 

『人殺し』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!!!」

 

バサッ

 

 弾かれるように目が覚めて、体を起こした。

 気付けばそこは暗い部屋で……私はベッドの上で座っていた。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

 じとりと嫌な汗が浮かび、息苦しかった。

 荒い息を吐き出しながら、胸に手を当てる。

 

ドッドッドッドッドッ

 

 心臓の鼓動の音が酷く五月蝿かった。

 ……そう、か。

 

「夢、か……」

 

 嫌な、夢だった。

 本当に……嫌な。

 

「ん……」

 

 不意に声がして、ビクリと体を震わせた。

 その声の主がわかるからこそ、背に冷たいものが走る。

 向けた視線の先では、フェルンが静かに寝息をたてていた。

 

 ここは、そう、あの後魔族の子供を連れて宿屋に辿り着いて……。

 私とフェルン、シュタルクとあの子供で二部屋に泊まって……。

 いつも通り、二人で並んで眠ってた。

 何か言いたげなフェルンに背を向けて……追及されたくなくて、でも離れる事もしたくなくて。

 

「んむ……」

 

 そんなフェルンが口をもごもごとさせて、たらりと口の端から涎を垂らした。

 何かを食べる夢でも見てるのだろうか……?

 そう思うと微笑ましくて、暖かな気持ちが胸に広がっていくようだった。

 

「ふふ……」

 

 思わず笑みを溢して、フェルンの頭に手を伸ばして……。

 

『人殺し』

 

ピタ

 

 夢の最後、フェルンの恨みがましい瞳と声を思い出してしまい、手は触れる直前で止まった。

 ……フェルンはそんな事言わない。

 そう頭ではわかっていても……私はフェルンに触れられなかった。

 

「……はぁ……」

 

 私はフェルンを起こさないように気を付けてベッドから降り、外套を手に取った。

 目が冴えてしまった……少し、外の空気を吸ってこよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は外で膝を抱えて、夜空を見上げていた。

 正直寒いけど、今は丁度良いかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 白い息がふわりと宙に浮かんだ。

 

「……どうにか、整理つけないと……」

 

 自分でもわかってはいる、このままじゃ良くないって。

 フェルンに対して、今まで通りに接すればいいだけなのに。

 心の何処かに残るしこりが、それを許してくれない。

 

「……アリウム」

 

 ハイターとヒンメルから教えられた名前、私がトドメを刺した魔族の名前。

 あのままなら死んでたのは確かだし、あの子もそれを受け入れていた。

 

 けど……フェルンが育つにつれて面影が見えるようになって……。

 フェルンが使う魔法に既視感を抱いて、母親の名前を聞いて、確信してしまってからは、もうダメだった。

 フェルンという存在が私の中で大きくなっていくにつれて、ひどく胸が痛むようになってしまっていた。

 アリウムという魔族を殺した、フェルンの祖母を殺したという事だけじゃない、リリィを、フェルンの母親を放置した事、それも私の罪だ。

 もしも私が保護してれば、フェルンは産まれなかったかもしれない、けれど、リリィが戦争に巻き込まれて死ぬなんて事もなかったかもしれない。

 あの女の子が赤子を連れて逃げた時、私が率直に思ったのは、『余計な手間が省けた』だった。

 赤子なんて魔法収集の旅には邪魔だったし、どうしようか悩んでいたから、むしろ持っていって貰って有難い、それが私の素直な思いだった。

 ……ひどい考え方だよ、本当に。

 

「私は結局……アリウムの最後のお願いすら無視した」

 

 あの子は私を最期まで案じてくれたのに。

 私にトドメを刺されながら、赤子を託して……人を理解出来てなかった私を心配して忠告までしてくれたのに。

 死の淵で、自分を殺した相手に笑顔で……。

 

ズキン

 

 胸が痛む。

 私のしてきた事が、今更になって私を苛んでくる。

 

 ……アリウムを射抜いた時、実際私はわかっていた。

 あの子が、普通の魔族とは違うと、感じ取っていた。

 けど、そんな例外を認めたくなくて……いや、許せなくて。

 だから、それを消したくて、私はあの子を殺した。

 ……そう、私は殺意を持ってあの子を殺した。

 どうせ死ぬけど一応とか、魔族だから殺すとか、そんなんじゃない。

 魔族の癖に私より人間のように振る舞っていたのが、目障りだったんだ。

 

「……はぁ、なんて浅ましいんだろうね……」

 

 そう理解してしまった後はもう、フェルンに対してどうしても後ろめたく思ってしまう。

 フェルンの境遇が私のせいだと知られたくなくて、フェルンの祖母を殺した事が気まずくて。

 ハイターは知ってたんだろうか?

 もし知ってたなら、なんで私の弟子になんてしようとしたんだろうか?

 ああ、でも……フェルンを弟子にしなかったら……こんな気持ちにはならなかったし、自分の罪にも気付く事はなかったんだろうな。

 こんなに、胸が痛む事もなかった……。

 

「……はぁ……」

 

 魔族を殺した事で思い悩む日が来るなんて、思わなかった。

 100年前の私に言っても、絶対に信じないだろうな。

 そんな風に思って、私は苦笑をこぼした。

 

「それにしても……あの魔族の子供は、なんなんだろうね」

 

 特徴だけを見れば確かにアリウムそっくりだ。

 フェルンと見比べれば、何処か似ているような気がする。

 けど……アリウムは確実に私が殺した。

 生きてるなんて事は有り得ないし、何より見た目の若さが違いすぎる。

 仮に生きていたとして、成長する事はあっても、若返るなんて事は有り得ない。

 だからあの子供はただの野良魔族。

 その筈なのに……。

 

『……間に、合った……?後悔……しなかった……?』

 

 あの、一瞬だけ目を覚ました時に呟いた言葉は……。

 明らかに私へ、そしてアリウムの最期の言葉ありきの問い掛けだった。

 アリウムの遺した言葉を知ってるのは私と、リリィ、そして本人しかいない。

 なら……あの魔族はアリウム……?

 

「……そんなバカな、死んだ魔族が生き返るなんて」

 

 でも、今から私達は死人に会いに行こうとしているのに、否定していいのだろうか……?

 ああ、頭がぐちゃぐちゃだ、考えが纏まりゃしない。

 

「んー……!」

 

 頭をかきむしるも、いい考えは出てこない。

 千年も生きてるのに、この頭は、案の一つも出してくれやしない。

 白い息を吐き出して、天を仰ぐ。

 漆黒の空に浮かぶ星が煌めいていて……。

 それすらまるで私を責めているように感じて、私は膝に顔を埋めた。

 

「……ねえ、どうしたらいいのかな、ヒンメル……」

 

 チラと見えた鏡蓮華の指輪に、小さく問い掛けた。

 

 ……返事は、ない。




誤字というか言葉の抜け、報告ありがとうございます。
修正しました。


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