幼馴染がアイドルを始めたらしい (yskk)
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同級生の幼馴染

 俺には幼馴染がいる。

 これだけだったら、何の変哲もないごくごくありふれたことだろう。

 ただ、それが九人いるとなると話は少し変わってくる。人の多いこの大都会東京で、小学生やそれ以前の知り合いと同じ高校に通っている。無論、一貫校というわけでもない。流石にこの事を聞くと、大抵の人間は珍しがった。

 

 それに加えて全員が女子と聞くと、あからさまに男子共の反応が変わってくる。大抵は嫉ましいだとか言われるのだが、当人からしてみればそんなに大層なものでもなかった。

 特段、不満を感じたことはないけれど、幼馴染なんてものは意外としがらみが多いのだ。それが九人ともなると最早がんじがらめである。はっきり言って面倒臭いことも少なくない。

 

 今だってそうだ。俺が彼女らと幼馴染じゃなかったら、きっとこんな話にはなっていなかったんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

「あ、航太君ちょっと待って!」

 

 今日の授業が全て終わり、帰り支度をまとめる。そして、いざ帰宅だと自分の席を立ちあがった。まさにそんなタイミングを見計らったように、俺は三人の少女たちに呼び止められた。

 

「私たちに協力して! お願い!」

「協力?」

 

 そのうちの一人である高坂穂乃果は、俺の問いかけに表情を崩さずにコクリと頷いた。

 幼馴染の今までに見たことの無いような真剣な表情から、事の深刻さを察して俺は再び椅子に腰を下ろした。

 

「で、何の相談なんだ?」

「あのね。私たちスクールアイドル始めようと思うんだ!」

「……は?」

 

 穂乃果は堂々とそう宣言する。

 言わんとすること自体は俺にだって分かる。スクールアイドルがどんな物かぐらいも、最近ブームになっているし、よく知っている。

 ただ、俺の頭の回転で処理するには、あまりに脈絡がなさすぎて少し困難だった。

 

 穂乃果の言動には長い付き合いから慣れているつもりではいたが、それを超えるほどに予想の範囲外の発言だった。

 

「穂乃果ちゃん。コウちゃん混乱してるよ」

「当然です。いつも唐突過ぎるんですよ穂乃果は」

 

 穂乃果の隣に立っていた園田海未はやれやれといった感じで大きなため息をつく。そんな様子を同じく隣にいた南ことりは苦笑いを浮かべながら眺めていた。

 

「それで、そのスクールアイドルがどうしたって?」

「だからね、私たちがアイドルになるのに協力をして欲しいの!」

「……」

 

 堂々巡り。はっきり言って、穂乃果の話からは全く要領がつかめずに、助けを求めるように海未の方へと視線を送る。その意図を汲んでくれたのであろう、海未は再び深くため息をついてから口を開いた。

 

「……航太はこの学校が廃校になるかもしれないということは覚えていますね?」

「まぁな。アレだけの大騒ぎになったし」

 

 俺たちが通っているこの音ノ木坂学園は、現在では統廃合の対象になってしまっている。

 なにぶん生徒の減少が著しいのだ。それも年々加速している。今年の一年生にいたっては一クラスしかない程だった。

 

「仮に入学希望者が募集人数を下回るようなことがあれば、音ノ木坂はこのまま廃校になってしまうでしょう。でも、もしも」

「入学希望者を増やすことが出来れば、そうならずに済むかもしれないと」

「ええ」

 

 海未の補足を受けてようやく理解が追いついた。

 ようは明け透けに言ってしまえば、最近流行のスクールアイドルの人気にあやかろうということなのだろう。穂乃果たち自身がスクールアイドルになって、そして上手く行ってそれが人気が出れば生徒は自然と集まってくる。

 

 それが穂乃果たちの描いた青写真らしい。

 

「私たちががんばってアイドルやれば、入学希望者もいっぱい集まるかもしれないんだよ」

 

 キラキラと目を輝かせ、身を乗り出しながら穂乃果は語る。

 確かに最近のスクールアイドルのブームはすごいものだし、仮に一過性のものだとしても、実際、人気のアイドルがいる学校では入学希望者も増えている傾向にあるらしい。

 

「だから、ね、お願い! 協力して!」

「……おことわりします」

「えぇー。何で!? 航太君、音ノ木坂のこと好きじゃないの!?」

 

 穂乃果は机越しからさらにグッと身を乗り出して距離をつめてくる。

 

 少子化だとか問題は沢山在るし、時代の流れと言ってしまえばそれまでなのかもしれない。そんな考えを抱いていない訳ではない。

 しかし仮にも自分の母校だ、多少なりとも愛着はある。それにいくら卒業までは存続するとはいっても、それが無くなってしまうと言うのは、当然寂しさも感じている。

 とはいえ、はい、じゃあやります、と安請け合いできるほど単純な話でもないだろう。

 

「そりゃ俺だって廃校になってほしくはないけどさ。俺にどうしろって言うのさ。歌も踊りも完全に専門外だぞ」

「そこまでしてくれとは言いません。ただ、私たちのサポートをして頂きたいのです」

「サポートねぇ……」

「例えどんなに下手であっても、歌もダンスも私たちが時間を割いて練習することは出来ます。ただ、それ以外の事となると、私たちだけではどうしても手が回らないのです」

「というか、それ以前に部としての人数が足りてないんだよ。この間、部活の申請に行ったら五人いないとダメだって言われちゃって」

 

 ……ただの人数合わせじゃないのかそれは。

 

「それにね、生徒会長さんもあんまり良い印象持ってないみたいで。生徒会に所属してるし、コウちゃんだったら上手くいくかなって」

 

 サポート云々は兎も角として、ただの書記に生徒会長をどうにかするなんて、あまり過剰な期待を持たれても困るわけで。

 同じ生徒会とはいっても、俺が何か言った所であの人が素直に聞き入れてくれるかというのは甚だ疑問なところである。

 

「というか、海未もそうだけど。そうすると、生徒会と両立させなきゃいけなくなるんだけど」

「それは問題ありません」

 

 海未ははっきりとした口調で言い切った。

 

「少なくとも私は部活と両立させてみせます。それに当然、航太に負担が掛かり過ぎる様なことはしないつもりです」

 

 再び力強い口調で海未は言う。その口ぶりには確かな説得力があった。昔からストイックな彼女のことだ、間違いなくその言葉通り両立させるだろう。

 ただ、そもそもの問題として、海未の性格を考えると、アイドルをやると言い出すこと自体どうにもしっくりこない。おそらく、彼女自身ですらそう思っているはずだ。

 

「な、何です!?」

 

 こちらの視線に気が付いたのか海未は身体を強張らせる。

 

「いや、二人はともかく、海未までアイドルやるなんて言いだすなんてなって」

「そ、それは! ……その、穂乃果は一度言い出したら聞きませんから。それで……」

「大丈夫だよ。海未ちゃんすっごい可愛いから」

「そういう問題じゃありません!」

 

 海未は顔を赤らめると、ぷいっとそっぽを向いてしまう。その仕草は確かにアイドル顔負けな程可愛らしいものだった。

 とはいえ、こんな風に昔から恥ずかしがりやで、人前に出るのが苦手な性格だ。やはり俺の中のイメージでは、園田海未という少女はアイドルという物からは程遠い存在のような気がした。

 だから、やはり俺にとっては彼女の決定には疑問符が付いていた。

 

「本気でやるつもり?」

「……はい」

 

 別に彼女の意志を試すなんてつもりはなかったけれど。それでも海未は俺の問いかけに対し、視線を戻して静かにそう答えた。

 そのまっすぐな瞳が何よりも彼女の決意を強く表していた。

 

「当然、私たちもだよ航太君! ね、ことりちゃん」

「うん!」

 

 同じよう穂乃果とことりのふたりも、強い視線をこちらへと向けてくる。

 そんな穂乃果たちの眼差しに、ふと懐かしさに近いようなものを感じた。そしてそれが何なのかと考えるうちに、海未の行動にも漸く合点がいった。

 

 考えてみれば、これが当たり前の光景だった。最近でこそお互い成長して、一緒に居ることも少なくはなってきたけれど。幼い頃はそれこそ毎日のように一緒に遊びまわっている関係だった。

 そんな時、予想外な行動に出るのは決まって穂乃果で。そんな彼女に不満は言えども、結局最後にはみんな付いていった。俺も海未も、ことりも。きっとその先に楽しい何かが待っていると知っていたから。

 

 ある意味、そんな穂乃果の好奇心や、時には無鉄砲といえるようなその行動力も。アイドルにとって一番大切なものなのかもしれない。

 もしそうだとしたら、穂乃果がこんなことを言い出すのは当然のことで。それに海未とことりがついていくのも、それもまた必然なのかもしれない。

 

「……相変わらずふたりは穂乃果に甘いよなぁ」

 

 そう言って俺は大きく息を吐いた。

 

「えぇ~、そんなことないよー。海未ちゃんなんかこの間も……」

 

 否定をするのは穂乃果ばかり。隣に立っている海未もことりも、ただ苦笑いを浮かべていた。

 その表情が如実に三人の関係を物語っていた。ただそれと同時に、自分も同類な癖に、そう聞えたような気がして、思わず彼女たちと同じように笑みが浮かんだ。

 

「……分かった。手伝うよ、アイドル活動」

「ホント!? やったー! ありがとう航太君!」

 

 穂乃果は俺の手を掴みブンブンと振って、その喜びを表現する。

 そんな穂乃果の顔に浮かんでいる笑顔を見て、やはり俺はどこか懐かしいものを感じていた。

 




ラブライブ好き+幼馴染キャラ好き=これ
完全に妄想の産物です

それにしても、なんとも当たり障りのない導入……
次からはもうちょっと頑張れたらいいなぁ……


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幼馴染は作曲家

 放課後、何となくそのまま帰宅するのが躊躇われて、気分転換でもと本屋に立ち寄っていた。真っ先に雑誌の置かれたコーナーへと向かい、毎週読んでいる物に一通り目を通す。

 毎度申し訳なさは感じつつも、ついつい立ち読みで済ませてしまう。よほど裕福な家庭でもない限り、学生の財布の中身は有限なのだ。自分の中でそんな言い訳をしながら。

 そんな罪悪感をからというわけではないが、一、二冊見繕って帰ろうかという気分になって小説が陳列された一角へと足を運ぶ。そこで何か目新しい物でもないかなと物色していると、久しい顔に出くわした。

 

「あっ」

「おう、真姫。久しぶり」

「どうも……」

 

 手を振って声を掛ける俺を尻目に、少女は軽く会釈をしただけでその横をスタスタと通り過ぎて行く。理由は分からないが、おそらく虫の居所でも悪いのだろう。

 別段珍しいことでもないし、目くじらを立てるほどのことでもない。西木野真姫という少女の性格を心得ている人間からすれば何てことはない事。

 そんな彼女の背中に向かって、もう一度彼女の名前を呼び掛けた。

 

「おーい、真姫さーん」

「っ! 大きな声で呼ばないでよ!」

 

 真姫はピタリと足を止めて振り返り、俺の数倍は大きな声で叫び返す。

 当然のごとく、そんな真姫の声に反応して辺りに居た人達の視線が彼女の方へと集中する。

 そのことに気が付いた真姫は顔を真っ赤にしながら、俺の方へと足早に戻ってきた。そして俺の腕を掴むと、半ば強引に引っ張りながら歩き出した。

 

「あんまり引っ張るなって、服が伸びる」

 

 そんな俺の声などお構いなしに、真姫はただただ腕を引いて歩いていく。そのまま書店を出て、そこからだいぶ離れた所まで来てようやく真姫はその足を止めた。

 そしてわずかに上がった息を整えながら、キッと鋭い視線で此方を睨み付ける。その頬はまだほんのりと紅潮していた。

 

「人前で大きな声出さないでよ! 恥ずかしいじゃない、全く……」

「真姫が無視して行こうとするからだろ?」

 

 第一、真姫の方がよっぽど目立ってたけどな。その一言はかろうじて飲み込んだ。おそらくやぶ蛇になるだけだ。

 

「無視なんかしてないわよ。ちゃんと挨拶したじゃない」

「久しぶりに会ったってのに、あれはいくらなんでも冷たいんじゃない?」

 

 最後に会ったのが真姫がまだ中学生だった頃だから、数ヶ月ぶりぐらいになるだろうか。子供の頃から知っている仲だというのに、さすがにあれでは寂しすぎる。

 

「せっかくだからさ、ちょっと話しでもしていこうぜ。ちょうどそこにファミレスもあるし」

「……私忙しいんだけど」

「まぁまぁまぁ」

「ちょ、ちょっと、押さないでってば。自分で歩くわよ!」

 

 真姫が素直に頷かないなんていうのは、当然想定済みで。そんな彼女の言葉を遮って、その背中をグイグイと押していく。そしてそのまま目の前のファミレスへと入店していった。

 

 

 

 

「最近どうなんだ?」

「別に普通よ」

「体調崩したりしてないか?」

「別に。それにウチ病院だし」

 

 お互いの注文が到着してから数分、ずっとこんな感じである。まるで思春期の娘とその距離感を計りかねている父親のような会話を繰り広げている。

 そんなこんなで間が持たないせいか、手元のアイスコーヒーはどんどん減っていく。そうして遂にストローがずずずと音を立てた。

 

「何か悩みがあったら聞いてやるぞ」

「……なんで航太に相談しなきゃいけないわけ?」

「そりゃあ昔からの付き合いだし、兄妹みたいなもんじゃない?」

 

 今でも良く連絡を取りあっている昔なじみの中では、おそらく真姫が一番古くからの関係ではなかろうか。少なくとも俺の覚えている限りではそのはずだ。

 

 俺の母親は今でこそ普通に生活しているが、元々身体が強いほうではなく、俺が幼かった頃は度々通院せざるを得ないような状態だった。そんな母が通っていたのが、真姫の親が院長を務める西木野総合病院だった。そしてその度に俺は院内の託児所に預けられ、ある時そこで真姫と出会うことになる。

 といっても、正直、当時のことは余りよく覚えてはいない。よく一緒に遊んでたのよ、そう親には聞かされたが、何分物心の付く前の話だ、はっきりとは思い出させない。

 ただ、真姫の方はそうではないらしく、この話をしたときには、自分は鮮明に覚えているのに、そう言って不貞腐れていた。

 

「ただ単に知り合ってから長いってだけでしょ」

「そんなことないぞ。ちゃんと真姫のこと気に掛けてるし」

「……どうだか。自分と同じ高校に入学したのに、進学祝いの一言もないぐらいだし」

 

 なるほど。ご機嫌斜めの原因はそんなところに在ったらしい。

 

「……ちゃんとメールで送ったろ?」

「そういうのって普通、面と向かって言うもんじゃない?」

 

 俺の記憶違いでなければ、彼女の中学進学のときは直接伝えて、わざわざ祝うことでもないでしょ、なんて返された覚えがあるのだが。女心とはかくも難しいものなのだろうか。

 

「ごめん」

「い、いいわよ別に。謝って欲しいわけじゃないし」

 

 かといってここで過去のことを蒸し返すほど俺もバカではない。

 それにこちらから折れると、意外と彼女の方もあっさり折れてくれる。それは昔から変わらない。

 一見つんけんしているように見えるが、根っこの方は素直な子なんだろうなとその度に思う。

 

「詫びってわけじゃないけどさ、ホントに相談ぐらい乗ってやるぜ?」

「……大体、何で私に悩み事があるみたな話になってるのよ」

「さっき聞いたとき、俺に相談するのが嫌だとは言ったけど、悩みがあるってこと自体は否定しなかったし」

 

 そう俺に告げられると、真姫は難しい顔をして閉口してしまう。

 俺が真姫の性格を熟知しているように、彼女もまたこちらのそれを十分に把握している。おそらくこちらが引かないということが分かっているのだろう。

 真姫はしばらくそのまま考えこんだ後、観念したかのように口を開いた。

 

「……作ってくれないかって頼まれたの」

「は? 何を?」

「作曲してくれないかって頼まれたの!」

 

 真姫が幼い頃からピアノをやっているのは知っている。実際に何度も聞いたことがあるし、その腕前も確かなものだった。おそろく曲を作ることだって出来るのだろう。だが、誰にどういう経緯でそんなことを頼まれたのだろうと、そう考えて一つ心当たりが浮かんだ。

 

 それはおそらく穂乃果のことなのだろう。確か彼女が一年生の子に曲作りをお願いしたという話をしていたはずだ。

 よくよく考えてみれば、一クラスの少人数しかいない一年生の中で、そんなことが出来るのは限られている。なのに穂乃果の話を聞いてすぐに思い当たらなかったのは、我ながら間抜けな話である。

 ただ、彼女曰くあまり感触は良かったらしいのだけれど。

 

「やってみればいいんじゃない?」

「他人事みたいに簡単に言わないでよ!」

「そんなつもりじゃないよ。ただ、悩んでるってことは、どっかではやってみてもいいって思ってるってことだろ?」

「それは……」

 

 心のどこかでは既に決まっていて、後は誰かに背中を押してもらいたい、そんな状況なんじゃないだろうか。それは、素直にはいと言えない彼女の性格を抜きにしても、誰にでもあることなんだろうと思う。

 

「あいつらもすっごく喜ぶと思うけどなぁ」

「別に、私があの人たちを喜ばせる義理なんてないわ」

 

 まぁ、それはその通りなのだが。

 

「って、ちょっとまって! 航太、あの人たちのこと知ってるの!?」

「ん? まあ、クラスメイトだからな。それにあいつらのアイドル活動のことで協力するってことにもなってるし」

「聞いてないんだけど!」

 

 そりゃ言ってないからな。そもそも真姫と会うの自体数ヶ月ぶりだから、話す機会なんぞある訳もない。会ったとしても言っていたかどうかは定かではないが。

 

「……だから、私にやれなんて言ったわけ?」

「正直それもないわけじゃない。ただそういうのを抜きにして、やってみてもいいと俺は思うよ」

「……どうしてよ」

「だって嬉しそうだったもん真姫。さっきは困ってるみたいな口ぶりだったけど、顔はちっともそんな感じじゃなかったしな」

 

 昔から俺に弾いて聞かせるときの彼女は本当に楽しそうだった。

 おそらく実家の病院を継がなければならないとか進学の事とかで、自分自身で抑圧している部分もあるだろう。

 だから、ある意味いい機会なんじゃないかと思う。彼女からは無理でも、誰かが一押ししてやれば踏み出せるかもしれない。

 そうだとしたら、押し付けがましいことかもしれないけど、俺は手助けをしてやりたい、そう思った。

 

「……もし私がやらないっていったら?」

「無理強いはしないよ、もちろん」

「ライブの曲はどうするのよ?」

「まあ何とかなるんじゃないか」

 

 無論当てなど無い。少なくとも俺に作曲のできる知人など居ないし、穂乃果たちとて同じだろう。

 真姫を後押したいとは思う。だけれど同時に、こちらが困っているからとか、そんなことを彼女が動く理由にして欲しくもなかった。

 

「……るわ」

「え?」

「だから、やってあげるって言ってるの!」

 

 そう強く宣言して、真姫はふいっとそっぽを向いてしまう。夕陽に隠されてはいるが、その横顔は確かに赤く染まっていた。

 

「そ、その代わりちゃんと感想聞かせてよね」

「俺の?」

「他に誰がいるのよ」

「歌う本人たちに聞いたほうがいいんじゃないのか」

 

 俺なんかに聞くよりも、実際に歌う穂乃果達に聞いたほうがよっぽど有意義だと思う。どんな曲を作っていっても、きっと彼女が気に入らないなんていうことはないだろう。

 穂乃果自身が真姫の演奏を聴いて気に入って、その上で彼女に依頼したのだから。

 

「ア、アイドルが歌う曲ってことは主に男性がターゲットてことでしょ。だ、だからよ」

 

 確かに一理あるとは思う。ただ、その盛大に泳いだ目には全く説得力は無いけれども。

 

「そ、それと、あの人たちには私が作ったてこと秘密だからね!」

「そんなんすぐ分かるだろ……」

「あなたが言わなきゃバレないわよ」

 

 そんな彼女のささやかな抵抗に、おもわず俺は吹き出して、大きな声を上げて笑ってしまった。




真姫ちゃんはめんどくさ可愛い。

スクフェスで真姫ちゃん取ってたら遅くなった。
まあ、遅筆な自分としてはこれでも相当早い方なんですがね……。
それ以前に、内容をもっと頑張れよって話ですが。



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幼馴染と眼鏡

 木陰に座りながら、まだぎこちない少女たちのステップをぼんやりと眺めていた。

 穂乃果たちから神社で朝錬をしているということを聞いて、何となく顔を出してみた。それはいいのだが、これといって手伝えることもなく、時間をもて余してしまった。

 ならばと、一緒になって階段登りなんぞに精を出してみると思いのほか熱中してしまい、最後にはへとへとになりながら境内の片隅に腰を下ろす羽目になってしまった。

 

「あ、あの。お疲れ様です」

 

 遠目にぼんやりと踊る少女たちを眺めていると、消え去りそうなほど微かな声と共に視界が遮られた。

 遠くの方へと向けていたピントを目の前へと合わせると、そこにいた二人の顔がはっきりと認識できた。

 

「おう。お疲れ、花陽、凛」

「つっかれたにゃー」

 

 俺のことを覗き込むようにしていたふたりの少女は、それぞれ俺の両隣へと腰を下ろす。

 ショートカットで、活発な印象を受ける星空凛は、その容姿の印象の通りに勢い良くその場へと腰を落としす。逆におっとりとしていて、いかにも女性らしい雰囲気を漂わせている小泉花陽はゆっくりと、そして凛よりも若干俺との距離を開けて、隣に座った。

 ふたりとも息は上がり、頬は紅潮している。そんな彼女らに少しドキリとさせられる。

 

「花陽は若干きつそうだな」

「うぅ……。元々、楽だなんて思ってはいなかったんですけど。実際やってみると、全然思ってるように動けないかったです……」

 

 昔からあまり運動の得意ではなかった花陽にとっては、この練習量は相当堪えるのであろう。傍から見ていても、一生懸命さは伝わってくるのだが、如何せん身体がついて行っていない様子が容易に見て取れた。

 

「凛は? 凛は?」

「凛は中々良い動きしてたな。若干先走りぎみだったけど」

「えへへ~」

 

 まるで子猫のようにじゃれてくる凛の頭をぽんぽんと軽く撫でてやると、くすぐったそうに彼女は笑う。

 花陽とは対照的に、凛の方は運動神経が良いだけあって、驚くような飲み込みのよさを見せている。他のメンバーと動きをあわせるという点については、まだまだ時間はかかりそうだが。

 

「でも凛、アイドルってもっと、わーって感じの、楽しいやつ想像してたんだけどにゃー。基礎錬ばっかりで大変だよ~」

「あはは……」

 

 耳ざとく話を聞いていた海未の方から鋭い視線が投げられてくるが、気が付かないフリをして愛想笑いを浮かべる。

 

「まぁ最低限の体力は必要だからなぁ」

「そうです! ああ見えてアイドルは体が基本なんだよ凛ちゃん!」

 

 俺の左側に座っていた花陽はぐいっと身体を乗り出して、力強く主張する。

 運動部顔負けの体力作りをしている合唱部もあるように、歌うのにだって筋力は必要になってくる。それに加えて踊りながら歌わなければならないのだ。

 アイドルもただ明るく、楽しく歌って踊っているように見えても、その実、ものすごく体力が必要なのだろう。

 

 それにしても昔から花陽は、アイドルの事となるとものすごい食いつきを見せる。それこそ、まるで別人かの様に生き生きとして饒舌になる。そんなところからも、彼女のアイドルに対する真剣な想いが伝わってきた。

 それが花陽の原動力なんだろうなぁ、なんてことを考えながら彼女の方へと視線を向ける。すると実際、昔とは別人のようになった顔がそこにはあった。

 

「そういえば、いまさらだけど、花陽はコンタクトにしたんだな」

 

 会った時から聞こう聞こうとは思っていたのだが、前までは眼鏡をかけていた花陽が今日はそれをしていなかった。

 恐らくコンタクトにしたのだろうが、眼鏡の有無一つで、それこそ別人のようにガラリと違う印象を受けた。

 

「は、はい。激しいダンスのときとか、邪魔になっちゃいそうですし。そ、それにそっちの方がアイドルっぽいかなって……」

 

 なるほど、激しい動きをするのには眼鏡は不向きだろう。それに、確かにこちらの方がアイドルぽいっちゃーぽい気もする。

 実際、テレビなんかを見ても、眼鏡をかけたアイドルというのはほとんど出てこないし。

 

「も、もも、もしかして、へ、変ですか?」

「いや、そんなことないよ。いいんじゃないか」

 

 恥ずかしくて面と向かって口には出さなかったが、素直に可愛いと思った。

 そもそも、元々整った顔立ちをしている花陽だ、可笑しいなんてことがあろうはずもない。ただ同時に、心のどこかに言い知れぬ喪失感が生まれているのもまた事実だった。

 

「……。あ、あの! 航太さんはどっちの方がいいと思いますか?」

 

 おそらく、こちらの気持ちが顔に出ていたのだろう。花陽は射抜くような真剣な眼差しで、じっとこちらを覗き込みながら問いかける。

 今までなら眼鏡越しだったはずの花陽の瞳が、それが無い分、いつもよりも近くにあるような感じがして、少し心臓が高鳴った。

 

「眼鏡かコンタクトかでってこと?」

「……はい」

 

 表情を崩さずに花陽はコクリと頷いた。

 

 単に俺の感想を言うのなら、先程も感じた通り、似合っているという答え一つだった。

 ましてや眼鏡というと、どうしてもかっこ悪いだとか、野暮ったいという印象が付きまとってしまう。だから、アイドルという立ち位置を考えたらコンタクトにしたのは間違いなく正解なんだろうと思う。

 

 俺の感想はともかくとして。これは花陽にとっての決意の表れなんじゃないか、そんな風に感じられた。

 ずっとアイドルに成りたかった自分。けれど内気で引っ込み思案で、なかなか踏み出せなかった自分。そんな自分と決別して、アイドルになった証がこれなんじゃないかと思う。

 勝手な憶測だし、確証もない。でも、もしそれが当たっているとしたら、俺にそれを否定することはできない。そもそもするつもりもないけれど。

 

 だけど、それを全肯定してあげられるかというと、そうもいかないというのが本心だった。

 

「さっきも言ったけど、よく似合ってると思うよ。ただ……」

「……ただ?」

「上手くは言えないんだけどさ。少し寂しいかなって」

「寂しい?」

「ああ。何ていうか、俺の知ってる花陽じゃなくなった気がしてさ。変な話かもしれないけど」

 

 そう、我ながら変なことを言っているという自覚はある。そもそも、花陽の問いの答えにすらなっていない。でも、それは紛れもない本心だった。

 内気で引っ込み思案なのは昔からよく知っている。それでも、そんなところも含めて花陽のことが好きで、大切な友人だと思ってきた。

 だからおかしいとは分かりつつも、何処か寂しさを感じられずにいられなかった。

 

「そう、ですか……」

 

 僅かに沈んだような、そんな風に花陽は見えた。

 そんな彼女を見て、正直な気持ちだったとはいえ、水を差すようなことを言ってしまったことを俺は少し悔いた。

 

 

 

 

 昨日の練習による筋肉痛を引き摺りながら、学校へと足を運ぶ。体育の授業で身体を動かしているのだけど、それ以外の所でいかに運動不足であったかということを実感させられる。

 

「あっ、おっはよー。コーちゃん」

「おはようございます。航太さ……先輩」

「おはよう。花陽、凛。あと花陽は学校だからって、変に畏まらなくてもいいよ」

「は、はい」

 

 校門をくぐった所で凛と花陽に出会った。今日は休養日と言うことで、朝錬もなく、普段通りの時間に登校していた。

 ちらりと花陽の様子を窺うと、昨日の様な影は感じられず、少し心が落ち着いた。しかしそれと同時に、別の違和感が生じていた。

 

「って、今日はコンタクトじゃないんだな」

「ふぇ! あ、ま、まだ慣れてないので。だから、その、アイ活の時だけコンタクトにしようかなって……」

 

 コンタクトは慣れるまでは異物感がすごいとよく聞くし、それも仕方のないことなのだろう。そもそも俺なんかは目に物を入れるなんて想像しただけでもイヤなものだけれど。 

 

「ふっふーん。それだけじゃないにゃー。かよちんてば、コー……」

「あぁあ! り、凛ちゃんダメー!」

 

 凛の言葉を遮るように花陽は大きな声を上げる。

 

「あ、あの。そ、それじゃあ、その、お先に失礼します!」

 

 そして花陽はぺこりとお辞儀を一つすると、凛の腕を強引に引いて駆け出していった。俺はそんな光景に呆気にとられて、ただただ見送ることしか出来なかった。

 ただそんな驚きもつかの間で、自然と先程の眼鏡をかけた花陽の顔が思い出されて、不思議と妙な安堵感に包まれていた。

 




眼鏡かよちんこそ至高(半ギレ)
そんなお話。
もちろんコンタクトかよちんも好きですが。
どっちの方が人気なんでしょうかね。



元々、メインストーリーを大きく変えたり、がっつり追っていくつもりは無かったですし(自分の文才だと間違いなくアニメ見たほうが面白いでしょうし)裏話的なものを淡々と書けたらなあ、と思っていたのですが、連載というより、もはや日常の短編集と化してきている気がする……。
おそらくこの先もこんな感じですが、少しでもお付き合い頂けたら幸いですm(_ _)m



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幼馴染は宇宙一

ハッピーバースデーことりちゃん!!

まぁ、本文には出てこないんですが……


「お先に失礼します」

 

 お辞儀を一つしてから扉を閉める。疲労感から自然とため息がこぼれた。

 生徒会の仕事をしていたら思っていた以上に時間が立っていたらしい。既に他の生徒も疎らになっていた。

 そんな廊下を、窓の外から差し込む夕暮れの光に包まれながら歩いていく。完全な静寂とまでは行かないが、喧騒は遠くに聞こえ、自分の足音が意識せずとも耳に入ってくる程だった。

 

 正直、このまま真直ぐ家に帰って一息つきたい、そんな気分だった。しかし、そうもいかないことぐらい十二分に分かっている。残念なことに、この後にまだ約束が待っているのだ。

 女子生徒からの呼び出し。それだけ聞けば淡い期待なんかを抱きそうなものだが、当然、現実はそう甘くはない訳で。

 

「……ふぅ」

 

 再び大きなため息をついて、目の前にある扉と対峙した。アイドル研究部、窓の隅に小さくそう書かれた扉をノックしてから、中へと入っていく。

 

「遅い!」

 

 出会いがしら、中に居た少女はそう言い放つ。部屋の奥の方、入り口から真正面の位置で、彼女は片肘をつきながら不機嫌そうに座っていた。

 

「すいません、矢澤先輩」

「いったいどれだけ待たせる気よ」

 

 苛立ちを隠そうともせずに、矢澤にこは告げる。ご機嫌斜め、そんな雰囲気がありありの表情をしている。ただその童顔から、怒っていても、ふてくされた子供のようで可愛らしさが先にたってしまっていた。

 童顔だとはいえ、美人系ではないというだけで、客観的に見ても彼女の顔立ちは整っている。ただ、残念ながらいろいろとミニマムサイズだ。身長だとか胸だとか。その辺を差っ引いても、彼女に呼び出されるなんてシチュエーションは、間違いなくドキドキものだろう。あくまで彼女のことをよく知らなかったらの話ではあるが。

 

「だから最初に言ったじゃないですか、生徒会の仕事があるから遅くなるかもしれないって」

「あんた、生徒会と私の約束どっちが大事なわけ?」

 

 当然生徒会ですよ、そんな言葉が喉元まで出かかりながら何とか飲み込む。

 

「それで、何の用なんですか矢澤先輩」

「……その前にその喋り方何とかしなさいよ、気持ち悪い」

 

 相変わらずの辛辣っぷりである。外見はどう見ても下級生なのだが、胸元のリボンは緑色をしており、それは上級生であることの証明になっている。つまりは彼女は俺よりも年上で先輩。そんな彼女に敬語を使って話すことの何がいけないというのだろうか。

 

「あんた、そんな話し方したこと一度も無いじゃない」

「まぁ、そうだけどね」

 

 実際はただの照れ隠しみたいなものなんだけれども。こうして向かい合って、ましてやふたりきりで改まって話すのが久しぶりなので、何だか少し恥ずかしいというか落ち着かない。

 

「……はぁ。まあいいわ。時間も時間だし、帰りながら話しましょ」

 

 そう言って彼女は席を立ち、すたすたと部室を出て行く。俺も黙ってその後に付いて行った。

 

 

 

 

 オレンジに染まった空の下、そんな夕暮れの街頭をふたりで歩いていく。隣に並んで歩くと、より一層彼女の小ささを実感させられた。俺よりも頭一つ分ぐらい背は低く、その姿はとても華奢な印象を受けた。

 

「……だからね、って聞いてんの航太?」

「うん。にこちゃん、昔は俺より身長高かったのにね」

「な、ん、の、話をしてるのよあんたは!」

 

 手の甲をぎゅっと抓られて、鈍い痛みが走る。

 小学生の頃はこう見えて、ニコちゃんは俺よりも背が高かった。それどころか周りと比べても大きな方だった覚えがある。そんな彼女が今やこんな感じなのだから現実とは残酷なものである。

 

「そういうあんたも、昔はもっと可愛げがあったけどね」

「そう?」

「そうよ。よく、にこちゃ~ん、なんて泣きついてきてたくせに。それがこんな風になっちゃうなんてねぇ……」

「そうだっけ? 全然覚えてない」

「はぁ……。都合の良い脳みそしてるわね」

 

 嘘だ。本当はしっかりと覚えている。

 たった一歳違うだけなのに、あの頃はにこちゃんがとても頼もしく見えていた。何かあるとすぐに、にこちゃんの後を追っかけていて、そして彼女もよく面倒を見てくれた。だから未だに俺の中では彼女に頭が上がらない。もちろん、口になんて出したりはしないけれど。

 

「まぁ、そんなことは置いといてさ。結局、何の用事だったの?」

「あんたから振ってきたんでしょうが……」

 

 にこちゃんはやれやれといった感じでため息をつくが、それも背伸びをして大人のまねをしている子供のようで、少し可笑しかった。

 

「まぁ、いいわ。さっさと本題に入るわよ」

「どうぞどうぞ」

「そう。言うなれば、μ'sの今後についてね」

「思ってた以上に大仰なテーマなんだけど……。他の皆もいる時の方がいいんじゃないの?」

「もちろん全員で決めなきゃならないことはそうするわ。でも今回の話はそんな規模の話じゃなくて、練習方針だとか、スケジュールの管理だとかその程度のもんよ」

 

 にこちゃんがμ'sに加入したことで、メンバーは全員で七人。最初の頃と比べると倍以上。

 みんながアイドル活動だけをやっていられればそれが理想だが、当然そうも行かない。各々事情はあるだろうし、都合の付かない日だってあるだろう。必然、その場合は練習メニューだって変わってくる。

 だとすれば誰かしら管理する人間が必要になってくるのは言わずもがなである。

 

「協力するって言った以上、出来ることはやるよ。でも、そういうのって海未辺りに頼んだ方がうまく行くんじゃない? まぁ、そうすると海未に負担かけすぎることになっちゃうからダメなんだろうけど」

 

 現に今までは海未が指揮を執ってきたようなものだし、何よりきっちりしていて計画性のある彼女の方が適任だとは思う。ただ以前から、少しでも彼女の負担を減らしてあげられたらとも思っていたのも確かだった。

 

「自分でも分かってるんじゃない。にこと違ってあの子たちは素人に毛が生えたようなもんなんだから、もっと練習に集中するべきなのよ」

 

 ナチュラルに自分を除外するところが、なんともにこちゃんらしい。

 

「それにあの子は確かにしっかりしてるけど、先走りすぎるきらいがあるもの。もう少し客観的に全体を見れる人間の方がベストね」

「それが俺だと?」

「ええ。にこ程じゃないけど、あの中じゃあんたが適任よ。無個性でつまんない人間だけど周りを見る能力には長けてると思うわ」

「……一言余計じゃない?」

 

 とはいえ、褒められているという事実に変わりは無く、それが妙にこそばゆい。ただそれ以上に、にこちゃんがμ'sのメンバーを認めてくれていたことの方が嬉しかった。自分が適任かどうかというのはさて置き、にこちゃんがμ'sの皆の性格や個性、考え方を理解していなければそういう判断にも至らなかっただろう。

 最初は活動に否定的だったにこちゃんが、今ではその一員として真剣に向かい合っている。その事実が、μ'sのメンバーではない自分にとっても、我が事のように喜ばしいことだった。

 

「……何ニヤニヤしてるのよ? あっ! にこでいやらしいこと考えてるんでしょ!? ダメよ、にこはみんなのアイドルなんだから」

 

 自分の言葉に恥じらいを覚えたのであろう。にこちゃんはおどけた様にそんな事を口にする。ただ、そんないつもの軽口でさえ、今はなんだか微笑ましかった。

 

「何ていうか、 一生懸命だよね、にこちゃんって」

「……あたりまえでしょ。にこはいつだって真剣よ」

「それに、すっごく楽しそうだよね」

「ファンのみんなを楽しませるのがアイドルなんだから。そのためにはまず自分自身が楽しまなきゃ、見てる人を楽しませることなんて出来ないもの」

 

 この二年間、にこちゃんが辛い思いをしてきたことは知っている。この目で見たのは一年だけだけれど、傍から見ても痛々しいと思えてしまう程だった。

 でも今はその時とは違う。とても充実しているであろう事は容易に見て取れた。

 

「さっすが、アイドルの鑑」

「とーぜんでしょ。なんたって、にこは宇宙一のアイドルなんだから」

 

 にこちゃんはそう言って歩く歩調を速めた。そして俺よりも数メートル先に行って振り返る。

 

「だから、航太もしっかり付いて来るのよ。一番近くでこのスーパーアイドルにこちゃんの勇姿を見られるんだから」

「……べったべたな台詞だね」

「うっさい。いいから黙って付いて来なさい」

 

 にこちゃんは再び歩き出す。その背中から、夕日が作る彼女の影が長く長く伸びていた。それも相まって、にこちゃんがいつもよりほんの少し大きく見えた。

 そしてそれは、紛れもなくあの頃に追いかけていたのと同じ背中だった。

 




子供っぽいようで、その実とてもしっかりしていて
おちゃらけているようで、すごくアイドルに真摯で
一番夢を追いかけているけど、一番現実を知っている

そんなギャップがにこちゃんの魅力だと思う今日この頃



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朝起こしに来る幼馴染

 朝、ふと目が覚めた。枕元にあった携帯電話に手を伸ばし、寝ぼけ眼でそれを見る。

 習慣とは恐ろしいもので、目覚ましをセットしたわけでもないのに、普段起きているのとさほど変わらない時間だった。いつもだったらこのまま身体を起こして、μ'sのみんなとの朝練に向かうところではあるが、生憎今日はその予定はない。

 何しろ練習なんかよりも、優先してやらねばならぬことが出来てしまった為、しばらくの間休止ということになっているのだ。

 理由はともあれ、早起きをする必要性が無くなったわけだ。ましてや今日は休日。

 ならば、久しぶりの惰眠を貪るのには絶好の機会。というわけで、俺は再び意識を沈めていった。

 

 

 

 

「……きて。おーきーてよー」

 

 身体が揺さぶられている感覚があった。同時に、俺の名前を呼ぶ女の子の声も聞こえる。

 だがまぁ、きっと夢なんだろう。そう思うことに決めて、寝返りを打って声のする方から顔を背けた。しかし、次第に身体の揺れも、俺を呼ぶ声も大きくなり、強制的に現実へと意識を引き戻されていった。

 

「起きてよー、航太君ってばー」

「だぁ! 何だよ朝っぱらから、うっとおしい」

 

 無駄だと分かりきっていた抵抗を止めて跳ね起きる。携帯のディスプレイが映し出す時刻は、先程から一時間と少ししか経っていなかった。

 

「協力して! お願い!」

 

 ベッドの傍らに立っていた高坂穂乃果は、俺が起きるのを確認すると、いつぞやに聞いたことのある台詞と全く同じ台詞を吐いた。切羽詰ったような表情までそのままで。

 

「こんな早くから何の用だよ……」

「こんな早くって、もう七時過ぎだよ」

「ま・だ、七時過ぎだよ」

 

 休日の七時なんていうのはまだ明け方みたいなものだろうに。仮に目が覚めていたとしても、まだベッドの中でうだうだしているような時間だ。間違っても行動を開始するような時間じゃない。

 それにそもそも、時折寝坊して遅刻してくる穂乃果にだけはそんなことは言われたくはない。

 そう考えると、こうして穂乃果が早い時間にウチにいるのは珍しいのかもしれない。

 

「はぁ、まあいいけどさ。……つーかこんなとこ居ていいのか?」

 

 先日、ラブライブ開催の一報が届けられた。

 ラブライブ。簡単に言えばスクールアイドルの祭典であり、その人気上位のグループが集まってナンバーワンを決める大会である。そして、我らがμ'sもそれを目指すことになった。

 ここまではある意味、必然の流れではあった。ただ、そこに一つの問題が生まれた。それは、μ'sの活動に否定的だった生徒会長などではなく、予想だにしない所からだった。

 

 元々その話を聞いたときに、ラブライブ出場に関しては生徒会長が関門になると思っていた。そして、俺もどう彼女を説得したものかと頭を巡らせていた。

 しかし、特段策を講じる必要もなく。運良くそこを抜け、理事長から直接出場の許しを得ることが出来た。

 が、それ以上に難題な条件が一つ提示されることになったわけだが。

 

「試験までそんなに時間ないんだから、勉強しないとだろ」

「そう、それ! まさにその事で来んだよ航太君!」

 

 大正解とでも言わんばかりに、穂乃果はこちらにびしりと指を差す。

 理事長から突きつけられた条件というのが、期末テストで赤点をとらない、ということだった。

 本来だったらそんなに大げさな話でもないのだが、残念ながら穂乃果にとっては切実な問題らしい。困ったことに、それが穂乃果一人だけで済まないというのが、またなんとも頭の痛い話である。

 

「大体、何で航太君はそんなに余裕ぶっちゃってるのさー」

「俺はお前らと違って、普段から少しずつやってるからな。それより、今日もふたりと勉強する予定じゃなかったのか?」

 

 赤点回避というの問題解決の為に、ここ数日、海未とことりが付きっ切りで教えることになっていたはずだ。

 

「それがふたりとも今日は都合悪いらしくって。海未ちゃんは弓道部で、ことりちゃんも外せない用事があるみたいで」

「だったら、一人で勉強してればいいんじゃないか?」

 

 そもそも勉強なんていうのは、本来一人の方が効率的だと俺は思っている。

 もちろん、一人で考えても分からないことはあるだろうし、そんな時は他人に聞いてしまったほうが早いということもあるだろう。

 ただ、どうも他人が傍にいると集中力が散漫になるというか、意識を奪われて落ち着かない。まぁ、あくまで俺の場合はだけれども。

 

「だって、海未ちゃん部活に行く前に、わざわざ課題出していったんだよ。私が戻るまでに終わらせておいてください、って」

「終わらせればいいじゃん」

「それが無理だからお願いしに来てるんだよぉ。私一人じゃ絶対無理だし。海未ちゃんが帰ってくるまでに終わらせないと殺されちゃうよー」

「殺されはしねぇよ……」

 

 海未のことをいったい何だと思ってるんだろうかこいつは。

 まぁそれはともかく、追い詰められているであろう事は確かそうだった。睡眠妨害をされたこともあり、正直全く乗り気はしないのだが、これもμ'sのサポートの一環だとも言えなくはないし、少しは自分の復習にもなるだろう。

 そう自分自身を言い聞かせて、ベッドから立ち上がる。

 

「……分かったよ。見てやるから教科書出せ」

「航太君ありがとう! ……あっ」

「あ?」

 

 穂乃果はこちらから視線を逸らして、決まりの悪そうに笑った。

 

「えへへ。ウチに教科書忘れちゃった」

「……朝飯食ってくる」

 

 

 

 

「違う違う。そこでさっきの式を代入するんだよ」

 

 勉強を始めて数時間。意外にも、と言ったら失礼なのだろうけれど、穂乃果は思った以上に真剣に出された課題と向き合っていた。決して順調とは言えないかもしれないけど、着実に、一つずつ消化していった。

 

「うぁ~。もう疲れたよー。休憩しない、航太君?」

 

 こうして時々、根を上げそうになることがあるのを除けばだけれど。

 

「さっき、休憩がてら昼飯食いに行ったところだろ。もうちょっと頑張らないと終わんないぞ」

 

 つい一時間ほど前に、外まで昼ご飯を食べに行ってきたばかり。流石に休憩を入れるのは早すぎる。

 わざわざ外にまで食事に行ったのだって、気分転換を兼ねてのこと。俺の母親が昼飯を作ると言ってはくれたのだが、その提案も断った。ただでさえ部屋の中で教科書とにらめっこしているのだ。穂乃果じゃなくとも、ずっと屋内にいるのは気分が滅入ってしまう。

 それにまぁ、食事を同席したらしたで、ウチの母親が穂乃果にいらんことを根掘り葉掘り聞くだろう。そんな絵が容易に想像できたから、というのも理由の内の一つなんだけれど。

 

「航太君は数学得意だからいいけど、私は数学苦手なんだもん」

「得手不得手以前に、積み重ねが大事なんだから仕方ないだろ。ましてや数学なんて特にそうだし。それに歌にしろ、ダンスにしろ一朝一夕でどうにかなるもんじゃないだろ?」

「それはまぁ、そうだけどさぁ」

「というか、仮にも商売人の娘が数学全くダメってのもどうなんよ」

「そんなこと言っても、お店でxだのyだの使わないもん」

 

 穂乃果はぶーぶーと不満を口にしながら、不貞腐れたように机に突っ伏してしまう。こうなってしまっては梃子でも動かない、というか少なくとも俺にはどうしようもない。言うことを聞かせられるのは海未ぐらいだろう。

 

「……はぁ。お茶入れ直してくるから、それまで休憩な」

「ふぁ~い」

 

 穂乃果は顔を上げずに、ひらひらと手だけを振って返答する。そんな穂乃果を部屋に残し、ぬるくなってしまったアイスコーヒーを手に台所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「まぁ。こうなるわな」

 

 案の定というか予想通りというか、穂乃果はさっきの体勢のまま、すやすやと寝息を立てていた。下の階からお盆に載せて運んできた飲み物を机の上に置き、どうしたもんかと考える。

 起こしてやって、続きをやらせるのが正解なんだろうけれど、穂乃果の寝顔を見てしまうと、どうにもそれが躊躇われた。

 

「おーい。おきろー穂乃果」

 

 試しに小さな声で呼びかけてみるも無反応。何となく残念なような、そして逆にほっとしたような気持ちになった。というかそもそも、こんなにも簡単に、そして場所を選ばずに寝れるというのが不思議でならない。ましてや他人の家でなんていうのは、俺には到底考えられないことだ。

 

「相変わらず無防備だなぁ、おい」

 

 そう言いながら、穂乃果のその柔らかい頬を軽くつつく。穂乃果はほんの少しくすぐったそうな仕草を見せるだけで、目を覚ますことはなかった。これでも俺だって男の端くれである。ましてや昔ならいざ知らず、今はお互い年齢だって重ねてきた。

 それでも、信頼されているのか、はたまた全く意識されていないのかは分からないが、穂乃果は幼かった頃と全く同じようにその無防備な姿を見せる。なんともまあ複雑な気分である。

 

「ふぁ~あ」

 

 そんな穂乃果を見ていると、誘われるようにこちらにまで睡魔が襲ってきた。

 おそらく、今日まで穂乃果なりにしっかりとテスト対策はしてきたのだろう。さっきまで見た感じでも、このまま行けばおそらく赤点を取ることはないだろう。だからこのまま少しだけ眠らせておいてあげることにしよう。出された宿題が終わらずに、海未に怒られることになるだろうけれど、その時は一緒に謝ってやればいい。

 そう決めて、穂乃果に薄い毛布を掛けてやってから、俺自身も壁に寄りかかって眠りへと落ちていった。

 




スクフェスで無事に(ギリギリ)穂乃果ちゃん2枚お迎えできた記念
穂乃果ちゃんの隣でお昼寝したいなぁってお話


遅くなりましたが、
閲覧、お気に入り登録、感想、評価等の方をしていただいた皆様ありがとうございます。
こんな文章でも読んでいただけて大変嬉しいです。


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ビフォーアフタービフォー

 整った顔立ちと、モデルのようなメリハリのついたスタイル。さらにはロシアとのクォーターで金髪碧眼。

 そんな男女問わず誰もが憧れてしまいそうな女性、それが絢瀬絵里だった。

 その上、彼女は生徒会長を務めている。もはや漫画やアニメの登場人物なんじゃないか、それほどまでに特徴的で魅力的な彼女は、俺の幼馴染でもあった。

 そんな彼女が、先程から俺の視線の先で、他の役員の女の子に、身振り手振りを交えながら何やら真剣に説明をしていた。

 

「コウちゃん、何してるん?」

 

 そんなやり取りをぼうっと眺めていると、隣に座っている東條希が声を掛けてきた。彼女は一度俺の様子を伺ってから、肩が触れるほど身体を寄せてくる。

 

「ん~。どっちがお好みなん?」

「また、そんな事言う。そんなんじゃないよ」

 

 さらに俺と目線を合わせるように、彼女は顔を近づける。そして、俺の視線の先を追うようにしてそちらへ顔を向けた。

 希ちゃんはしげしげとその様子を眺めてから、再びこちらへと顔を向き直して、再び口を開く。

 

「隠さなくてもええやん、ウチとコウちゃんの仲やし。言ってくれたらウチがお膳立てしてあげてもええんよ?」

「遠慮しとくよ。それに、どっちかって言うと、今は希ちゃんにぞっこんだから」

 

 希ちゃんは冷やかすような口調で言う。彼女はこうしてことあるごとに、俺のことをからかうようなことを言ってくるのだった。

 最初の内は、その度に一々どぎまぎしていたものだが、最近ではそれも慣れ、軽口を返せるようになってきた。

 ただ、彼女にはどうにもそれが気に入らないらしく、俺のそんな反応を見ては、すねたように唇を尖らせる。

 

「そんなこと言われたら本気にするんよ?」

「よく言うよ、そんな気なんか無いくせにさ」

「え~、そんなことないやん」

 

 にししといたずらそうに笑う希ちゃん。そんな人懐っこい笑顔を見せる彼女もまた、方向性は違えど、絵里ちゃん同様とても魅力的だった。

 

 ふたりから受ける印象はまるっきり正反対のものだった。絵里ちゃんが一見クールで落ち着いて見える一方、希ちゃんはふんわりとして人当たりが良さそうな印象を受ける。似ている所といえば胸の大きさぐらいなものだろうか。

 そんなあまり似ていない二人であっても、希ちゃんと絵里ちゃんは親友同士であった。

 

「でも、エリちのこと見てたのはホントやろ?」

「まぁね。最近変わったよなぁって思って」

 

 まぁ、なんということでしょう!

 そんなどこぞのリフォーム番組の決まり文句が聞こえてきそうなほどに、ここ最近、目に見えて絵里ちゃんに変化が見てとれた。

 

 その理由ははっきりとしている。彼女がμ'sに加わったからだ。

 元々彼女は、μ'sのアイドル活動には反対的な姿勢をとってきた。それでも紆余曲折はあったものの、絵里ちゃんは希ちゃんとそろってμ'sに加入することになった。

 それからだ、彼女は別人の様になったのは。

 

「でも、ええ傾向やない?」

「それはまぁ、そうだね」

 

 リフォームによって逆に欠陥住宅になってしまう、なんてこともなく。希ちゃんの言う通り、確かに彼女にとって間違いなく良い方に向いている、そう思えた。

 まず何より笑顔でいることが増えた。そのおかげか、物腰もだいぶ柔らかくなったような気がする。少し前までは正直、近寄り難い、そんな雰囲気すら纏っていた。

 もちろんそれが本来の彼女ではないことは分かっていたし、廃校騒動のことで追い詰められていたことも知っている。それでも今の彼女と比べると、あまり良い印象を与えていなかったように思えてならなかった。

 

「コウちゃんもエリちのことよく見てるんやね」

「ん? まぁ生徒会とかで一緒にいる時間も多いしね。今ではμ'sの活動の時にもに一緒にいるようになったし」

「ん~そう意味やないんやけどなぁ……。あ、そういえばどうして生徒会に入ろう思ったん? やっぱりエリちの影響?」

「うん。入学する前に一緒にやってくれないかって頼まれてたから」

 

 絵里ちゃんのお祖母さんも音ノ木坂学院の生徒だったらしい。それもあってか、彼女は他人よりもこの学校に思い入れは強かった。

 だから生徒会の活動にも積極的だったし、廃校問題の解決にだって人一倍尽力していた。

 ただ、責任感の強い彼女のことだ、生徒会長という立場も廃校という現実も、恐らく俺なんかが想像している以上に一人で抱え込んで、もがいていたんだろうと思う。

 

 

 だから、そんないくつかの問題が解決した後の絵里ちゃんは、実に生き生きとしていた。まるでしがらみから解放されたかのように。

 そう考えると、彼女は変わっていったというよりは、本来の彼女に戻ったという表現の方が正しいじゃないだろうか。

 元々は明るくて、意外とユーモアのある少女だったはずだ。それこそ希ちゃんじゃないが、人並みにイタズラだってするし、人のことをからかったりだってする、そんな普通の女の子だった。

 

「そうなん? でも、そういえばウチ、あんまりエリちの昔の話とか聞いたことないなぁ」

「うん。昔の絵里ちゃん見てると、今の方が自然な感じかなぁ。俺らが小さいころだって……」

 

 俺が昔の思い出を語り始めると、希ちゃんは食い入るように身を乗り出してくる。そして、目をきらきらと輝かせながらそれを聞いていた。

 そんな彼女の姿を見て、しまったなぁ、そう思った。

 

 恐らく後で、この話をネタに絵里ちゃんは希ちゃんにからかわれることになるのだろう。だが、そんな未来が見えつつも、話を止めることはしなかった。

 素直にμ'sに協力してくれなかった罰として甘んじて受けてもらおう。それに何よりここで止めたら、今度は逆に希ちゃんにブーブー言われてしまう。

 

「お待たせ、ふたりとも。ゴメンね待たせちゃって。それじゃ行きましょうか」

 

 希ちゃんとそんな話をしていると、いつの間にか絵里ちゃんの方も用件が済んだらしく、帰り支度を済ませて俺たちの所まで近づいてきていた。

 そんな彼女の顔をじっと見つめると、先程までの話を思い返して、ふと可笑しくなった。

 恐らく希ちゃんの方も同じだったのだろう、俺と同じような顔で絵里ちゃんのことを見ていた。

 

「ちょっとなぁに、ふたりして?」

 

 絵里ちゃんは不思議そうな表情を見せる。そんな彼女を見ても希ちゃんは未だニヤニヤと笑っていた。

 十中八九、先程の想像通りに、絵里ちゃんは希ちゃんにからかわれることになだろう。そしてすぐにその出所がバレて、俺まで怒られることになるのだろう。

 だけど、まあ、絵里ちゃんの照れた顔が見られると思えば、それもまた一興だろうか。

 

「何でもないんよ。なぁコウちゃん」

「うん。まぁね」

 

 希ちゃんは口ではそう言いつつも、その顔は意味ありげに微笑んでいた。絵里ちゃんはそんな彼女を見て、やはり納得がいかない、そういった表情をしていた。

 その絵里ちゃんのきょとんとした表情が妙に可笑しくなって、希ちゃんと顔を見合わせると、今度はふたりして声を上げて笑ってしまった。

 

「ホントに何なのよ、もぅ」

「別にええやん? ほらほらもう行こ、練習遅れてしまうし」

 

 希ちゃんはニコニコとした表情のまま、依然事情が呑み込めない、そんな様子の絵里ちゃんの背中をぐいぐいと押して生徒会室を後にした。

 

 




あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
おれはエリーチカの話を書こうと
思っていたら ほとんどのんたんとしか喋っていなかった
な… 何を言ってるのか(ry



それ以前に会話自体少ないし、
書きたいこともうまく書けてないし……

まぁ、とりあえずは全員出せたので
次からもっと精進したいと思います



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手紙と本音

自分的に前回の出来があんまりだったのでせめて間を空けずに投稿してみる
なお、クオリティは別に上がっていない模様

そんなわけで海未ちゃんのお話です



 ふと目が覚めた。枕元にあった携帯電話に手を伸ばし、寝ぼけ眼でそれを見ると、まだ起きるのには早い、そんな時間だった。

 今日は休日で特に予定もない。ならば、二度寝しかないだろう、そう決めて再度ベッドに身体を預ける。そうして目蓋を閉じたところで、妙な既視感に襲われて再び目を開いた。

 

「……これがデジャヴュか」

 

 なんてふざけたこと呟いていると、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。すると同時にその違和感も消えて行った。そういえば、前にもこんなことがあったはずだ。あの時は確か、同じように二度寝していたところを穂乃果に起こされたんだったか……。

 

 そんなことを思い出していると、再び二度三度と扉が叩かれた。最初は母親なのかとも思ったが、よくよく考えると、母だったら基本的にノックなんかしない。突然ガチャりと入ってきては、要件を済ませてさっさと出ていく。プライバシーもなにもあったもんじゃない。

 それに父も今日は出掛けているはずだ。とすれば必然、身内以外の誰かということになる。そんな考察の最中にも、未だノックの音は鳴り続けていた。

 ……しょうがない。そう腹をくくり、立ち上がって扉の方へと向かった。

 

「あっ!?」

「海未?」

「お、お早うございます」

 

 ガチャリという音と共に扉を開けると、そこには海未が立っていた。緊張した面持ちで、いつもよりも身体を小さくしてそこに立っていた。

 

「珍しいな。まぁいいや、とりあえず入れよ」

「……へ?」

「ん? どうかしたか?」

「い、いえ。何でもありません」

「どっか適当に座っててくれ。今、お茶でも持ってくるから」

 

 部屋の中へと促すと、海未は静々と中へと入ってくる。そして何となく落ち着かない様子で周りをきょろきょろと見回していた。

 そんなに頻繁に来ているというわけではないが、別に、この部屋に入るのが初めてというわけでもない。それにこれといって物珍しい物が在る訳でもないはずだ。

 それでも海未はやはりそわそわと身の置き場の無い、そんな様子だった。

 

 

 

 

「お待たせ」

「すみません。こんなに早くに押しかけてしまって」

 

 飲み物を持って戻ってくると、いつもは背筋をピンと張って姿勢良く座っている海未が、その背中をほんの少し丸めて、それこそ借りてきた猫のように、おとなしく座っていた。

 

「いいよ、別に。まぁ良かったら飲んでくれ」

「あ、はい。頂きます」

 

 そう言って海未はゆっくりとグラスに口をつける。そして、自分を落ち着かせるように、一つ大きく息をついた。

 

「……」

「……」

 

 部屋が沈黙に包まれる。こちらから用件を聞き出そうとも思ったが、ふと思いとどまってそれを止める。

 海未がウチに来るということは、そう多くあることではない。幼馴染とはいえ一応は男の家である。恐らく、初心で男女の付き合いに免疫の無い彼女は、意図的か否かは分からないが、この家に来ることを多少避けている節があると思う。

 

 考えてみれば、海未がこうして一人で俺の家に来るなんてことは記憶に無かった。

 彼女にとってそれは勇気のいることで、だから今回もそれ相応の何かがあのだろう。そう考えてしまうと、どう切り出していいものか俺には見当が付かなかった。

 

「……何も聞かないですね?」

「話してくれれば聞くけど」

 

 我ながら情けないと思った。彼女が何か理由があって来たというのは明白で、自分からは切り出しにくいだろうということも分かりきっていたのに。

 そんな自分にあきれている俺を尻目に、海未は目を閉じて大きく深呼吸をする。そして再び目をあけると、ゆっくりと口を開いた。

 

「て、手紙を貰ったんです」

「手紙?」

「……はい」

 

 海未は静かな口調でそう言った。

 手紙を貰った。最初は何のことやら分からなかったが、しばらく考えてようやく理解できた。海未はただ手紙としか言わなかったが、それは所謂ラブレターってヤツなのだろう。恐らく海未にとっては、口にするのも憚られるぐらい恥ずかしい単語に違いない。

 

 元々、この手の話に否定的な海未ではあったが、この事に関しては別段驚きなどは無かった。彼女が美人であることは前から分かっていたことだし、ましてやμ'sの活動を始めてから露出する機会も増えた。

 だからそれが誰かしらの目に付いて、その人に気に入られてラブレターを貰う、そんなことがあったとしてもなんらおかしなことでは無い。

 

「……おめでとう」

「茶化さないで下さい!」

 

 全くもってそんなつもりは無かったのだが、何故だか海未に怒られる。普通は友人がそんな手紙を貰ったなんて聞いたら、素直に祝ってやるもんじゃないのだろうか。よっぽど変な相手からでもない限り。

 

「そんで、その手紙貰ってどうしたってのよ」

「え? あ、あの……分からないのです」

「分からない?」

「……はい」

「何が?」

「何と言いますか、強いて言うなら全部がです。あのようなお手紙を送って下さった人の気持ちも、何もかも」

 

 なるほど、男女の付き合いに疎い彼女なら沸いて当然の疑問だと思う。まぁ、斯く言う自分も恋人なんて出来たことないんだけれど。

 ただ、そんな疑問を抱くということは少なからず、前向きな気持ちがあるということの証明ではないだろうか。以前だったら、興味ないだとか、ハレンチだとか言ってバッサリと切り捨てていたはずだ。

 そう考えると胸の奥が少しモヤモヤとした。

 

「だ、だからその……もし予定が無いのでしたら、今日一日、私に付き合っていただけませんか?」

 

 搾り出すように、そして少し震える声で海未は告げた。きっと彼女にとっては相当勇気のいる台詞だったのだろう。

 言葉にこそしていないが、男女ふたりで出かけようというのだ。手紙の主の代役とはいえ、それは紛れもなくデートである。海未にとってそれに誘うことが、いかに恥ずかしいことであるかが如実に伝わってきた。

 

「いいよ。特に予定もないし。何より海未の頼みだしね」

「あ、ありがとうございます」

 

 海未は俺の言葉を聞いて、心底ほっとしたような表情を見せる。

 

「いいけど、ちゃんと計画は練ってあるのか?」

「へ? ……あっ」

 

 とはいえ、やはり彼女にとってこの道は多難なものらしかった。

 

 

 

 

「はぁ~。面白かったですね。航太もちゃんと見ていましたか? あのシーンなんか特に……」

 

 海未は珍しく興奮した様子で、先程まで見ていた映画のワンシーンを熱く語っている。

 

 結局、あれから暫くしてから家を出て、ちょっと小洒落たレストランなんかで昼食を済ませ、その後に映画を見るという、割とベタなデートコースを巡ってきた。

 高校生ならこんなところが精々だと思う。何度も言うように、恋人居ない暦イコール年齢の男の考えるプランだ。これ以上を求められても、出ないものは出ないのだ。

 

「喜んでもらえたようで何より」

「ええ。おかげで、とても楽しめました」

 

 何分、事前調査をする時間が無かった故に、ほぼ行き当たりばったりで行動することになってしまった。それでも幸いなことに、食事に選んだ店も、たまたま上映していた映画もアタリであった為、悪い印象は与えなかったようだ。

 それは今こうして喫茶店の片隅で、珍しく饒舌でニコニコと笑う海未の姿が、それを雄弁に物語っていた。

 

 そんな彼女を見てホッとする一方で、やはりどうしても手紙の相手のことが頭から離れずにいた。

 

「……それで、どうするかは大体決めたのか?」

「どう、とは?」

「だから、ほらあれだ。付き合うとか付き合わないだとか、そんなあれだよ」

 

 自分で思っている以上に動揺していたのだろう。若干しどろもどろになりながら海に問いかける。そして答えを聞きたいような、逆にそうではないような、そんな気持ちで彼女の返答を待った。

 

「へ? ……あ、ああ!? ち、違います!」

「違うって、その為に来たんじゃないの?」

 

 海未は一瞬、何を言われているのか分からないというような顔をした後、カーッと顔を真っ赤に染めながら、かぶりを振って俺の言葉を否定した。

 

「本当に違うんです。そういった手紙ではなくて……ましてや相手は女の子ですし」

「……は? 女の子?」

「え、ええ」

 

 なにやら海未の話によると、俺は盛大な勘違いをしていたらしい。てっきり男から恋文的なものを貰ったのだとばかり思っていたのだが、実際はそうではなく、後輩の女の子がカッコ良い同姓の先輩に憧れてお手紙を出す、そんなノリだったらしい。

 いや、その子が本当はどう思っているのかなんてのは分かりはしないのだけれど。

 

「紛らわしいわ、まったく。だったら男の俺と来てもしょうがないんだろ」

「あっ! そ、それは確かにそうでしたね。すみません」

 

 海未は俺の言葉にしゅんとして身体を縮こまらせる。確かに、勝手に先走った俺が悪いんだけど、あんな話を聞いたら、大抵の人間は同じような勘違いをしてしまうのではないだろうか。

 

「……あ、あの。怒りましたか?」

 

 海未は身体を小さくしたまま上目ずかいで俺の様子を伺うと、おずおずと口を開いた。

 

「別に。どっちかって言うと安心した」

「え?」

 

 思わず本音が零れてしまった。

 人騒がせな彼女の言動にも、休日を潰されてしまったことにも、特段怒りなんて感じなかった。それどころか事の顛末をはっきりとさせて、どこか安堵している自分が居た。

 

「まぁ、あれだ。俺もなんだかんだで楽しめたからさ、だから怒ってなんかいないよ」

「……そうですか」

 

 俺の言葉を聞いて、海未もまた安心したかのように静かに微笑んだ。

 

 




最近、自分の中で海未ちゃんが熱い

そんなところに絵里のSIDを読んでたら、この話をふと書きたくなった
なんで絵里のSIDで海未の話かというのは、SID買って読んでいただければわかるかと(ステマ

海未ちゃん熱が高まってるところに、ちょうどスクフェスのイベ重なるし
買ってそのまま埃を被ってる残りの8冊も読みたいしで
時間が全然足りない……


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EX:手紙と建前

前回の話の海未ちゃん視点になります

ほんのり恋愛風味?まぁ本当に微々たるもんですが
当然、内容は前話とほぼ一緒なんで
そんなんいらんって方はブラウザバックでお願い致します


 この扉と対峙してもう何分ほどになるでしょうか。恐らく実際の時間はさほど経過していないはずです。それでも私にとっては、ものすごく長いことのように感じられました。

 まるで永遠のように、なんて言うのはさすがに言いすぎですが、でもそれが大げさでない位には長く長く感じられました。

 

 男の子の家とはいえ見知らぬ相手というわけでもありませんし、下の階でしっかりとおば様に挨拶を済ませて、許可も頂いてきました。それでも、まるで自分が何か悪い事をしているかのように考えてしまうと、余計に身体が動きません。

 

 とはいえ、このままじっとしていても何も変わらないということも承知していました。

 

「……ふぅ」

 

 決意を固めるように大きく息を吐いてから、鉛のように重く感じられていた自分の腕を持ち上げ、そして軽く握った拳を目の前の扉へと当てて行きます。

 コンコンと乾いた音を立てる扉。自分で作り出した音だというのに、自らそれに驚いてしまいました。そんな私とは反して、部屋の中は全くの無反応。しかし、何故だかそのことにホッとしている自分が居ました。そして同時に、そのまま回れ右をして帰ってしまいたい衝動にも駆られましたが、何とか思い留まります。

 再度、今度は二度三度と扉を鳴らし続けます。やはり反応の無いそれに、今度は逆に不安になってついつい手に力が入ってしまい、音も次第に大きくなっていきました。

 

「海未?」

「お、お早うございます」

 

 突然、ガチャリという音を立てて開かれる扉。その奥から目当ての人物が顔を見せました。

 彼の部屋なのだから彼が出てくるのは当然のなのですが、不意を突かれた格好になった私はノックをする姿勢のまま暫く固まってしまいました。

 

「珍しいな」

 

 そう言った航太の顔は、起きたばっかりだったのでしょうか、まだ眠そうな顔をしていました。そんな顔を見て、素直に申し訳ない、そう思いました。

 事前に連絡もなしにお宅に訪問するなんて、不躾なことだというぐらい重々承知しています。それでも電話なり、連絡を入れようとする度に点で心が折れそうで、だからあえてこうして約束なしに押しかける、そうすることしか今の私には出来ませんでした。

 

「まぁいいや、とりあえず入れよ」

 

 そう言って航太は私を部屋の中へと入るよう促します。

 そうして案内された部屋は、なんだかいつもと違うように見えました。模様替えをした形跡があるわけでもありませんが、穂乃果やことりと訪れた時とは何処か違う景色に見えてなりませんでした。

 

「どっか適当に座っててくれ。今、お茶でも持ってくるから」

「あっ、いえ。そんなお構いなく」

 

 航太はそんな私の言葉にニコリと笑うと部屋を後にします。

 しかしそうして一人残された私は、ただ所在なげにしばらくオロオロとしていることしか出来ませんでした。

 

 

 

 

「お待たせ」

「すみません。こんなに早くに押しかけてしまって」

 

 何とか心を落ち着けて腰を下ろすと、ちょうど航太が飲み物を手に部屋へと戻って来ました。

 それにしても居心地の悪さは想像以上でした。航太が悪いわけでも、この部屋が悪いわけでもありません。彼の部屋で彼と二人きりという状況が、私にとっては平静で居られる限界をとっくに超えていたのです。

 

「まぁ良かったら飲んでくれ」

 

 そんな彼に促されるまま、運んで来てくれたグラスへと手を伸ばします。そうして口をつけてちびりと中身を飲むと、よく冷えた麦茶が喉を通り抜けていきます。

 するとほんのり身体が軽くなったような、そんな気がしました。

 

「……」

「……」

 

 いつもだったらめんどくさそうに、どうしたんだ、なんて聞いてくれる彼が今日は黙ったままでした。必然的に部屋は沈黙に包まれます。

 私が何か相談があってここに来たことは察しているはずなのに、そう彼はずっと黙ったままで。

 

「……何も聞かないですね?」

 

 そんな彼がもどかしくなって、とうとう自分から口を開いてしまいました。

 彼に落ち度なんてありませんし、彼に当たるなんてお門違いだということも分かっています。それでも穂乃果やことりが同じ状況になった時の彼の姿を思い出してしまうと、そんなことなど引っ込んでしまっていました。彼女たちの時はもっと積極的に話を聞いてあげていたはずです。そう思うと勝手に言葉が口から零れ出ていました。

 

「話してくれれば聞くけど」

 

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、航太はしれっと私の話を促します。そんな彼にほんの少しだけムッとしながらも、私だっていっていつまでも拗ねているほど子供ではありません。

 大きく一つ深呼吸をしてから本題を切り出すことにしました。

 

「て、手紙を貰ったんです」

「手紙?」

「……はい」

 

 航太へと事情の説明をする。その最中、話しながら先日のことを思い返していました。後輩の女の子から情熱の篭った手紙を頂いたことを。嬉しさは感じた反面、それ以上にその文面を読んで恥ずかしさがこみ上げてきたことを。そしてその後にあったもっと恥ずかしいことも。

 そんなことを思い出しながらも、これから来るであろう一世一代の大勝負の為に、何とか平静を保つよう心がけていました。そして私は意を決してその言葉を口にしました。

 

「だ、だからその……もし予定が無いのでしたら、今日一日、私に付き合っていただけませんか?」

 

 それは恐らく、今まで生きてきた中で一番緊張したであろう瞬間でした。弓道の大会なんていうのは目ではなく、穂乃果とことりの三人でμ'sとして始めて舞台へと向かうあの時よりも遥かに落ち着かないそんな瞬間。心臓は早鐘のように打ち、手は汗で濡れていました。

 何とか搾り出した声も擦れていて、消え去りそうなほど小さいのが自分でも分かりました。私の言葉が相手に伝わっているのかすら不安になりましたが、それを確認する為に視線を上げる勇気すら私には残っていませんでした。

 

「いいよ。特に予定もないし。何より海未の頼みだしね」

 

 それでも航太は拍子抜けする位あっさりと、快諾の返答をくれます。

 そもそも女の子から手紙を貰ったから、休日に一緒に出かけて欲しいなんて支離滅裂もいいところです。それでも深く考えていないのか、あえて気にしなかったのかは分かりませんが、とにかく航太は私にとっては最良の一言をくれました。

 

「いいけど、ちゃんと計画は練ってあるのか?」

「へ? ……あっ」

 

 そんな安堵感に包まれていた私を、航太の言葉が現実に戻します。そして自分の無鉄砲さ、無計画さに顔を赤らめることになるのでした。

 

 

 

 

 夕暮れに染まる喫茶店の片隅。先程まで見ていた映画について話す自分が、やたらと饒舌であることを自分でも感じていました。

 実際ふたりで取った昼食も、その後に見たその映画も楽しかったのは事実です。ですがそれ以上に、何か話していないと間が持たないというか、この状況を直視させられるようでなりませんでした。

 

 何しろ今までのことを振り返ると、それは紛れもなく俗に言う、その、で、デートというやつでして。それを今自分がしているという現実を受け入れるには、私のキャパシティーでは到底無理なことでした。

 

「喜んでもらえたようで何より」

「……ええ。おかげで、とても楽しめました」

 

 そんな私とは対照的に、航太はいつもとは変わらない様子で私の目の前でコーヒーなんか口にしています。

 考えてみれば、それも当たり前のことで。穂乃果やことりから、ふたりで遊びに行っただの、あれを食べてきただのと彼女たちからよく話は聞かされていました。それどころかμ'sの他のメンバーとも昔から面識があるらしいですから、当然そういった機会もあったのでしょう。

 だから彼にとって、今日のことも特に意識する程の事でもないのでしょう。そう納得すると共に、そのことがなんだか面白くないと思ってしまっている自分が居ました。

 

「……それで、どうするかは大体決めたのか?」

「どう、とは?」

「だから、ほらあれだ。付き合うとか付き合わないだとか、そんなあれだよ」

 

 付き合う?

 初めは正直航太が何を言っているのか分かりませんでした。しかし彼の話しを受けてようやく理解が追いつき、必死でそれを否定します。

 

「紛らわしいわ、まったく。だったら男の俺と来てもしょうがないんだろ」

 

 全く持って彼の言う通りです。自分がおかしなことを言っていたという自覚は大いにあります。それに説明不足であったことも否めません。ただ、全てを説明するなんていうのは私にはとても出来そうもないことだったのです。

 

 だって、そうでしょう?

 あの手紙を頂いて、家に帰って読んだ後。想像してしまったのです。もしこの手紙が航太から送られたものだったらと。

 そうなってしまえば後は想像の輪が広がっていく一方で。それでも今までの私だったら、かぶりを振って無かった事にしていたかもしれません。

 ただ、今回はそんな想像を楽しんでいる、それどころか実現して欲しいとすら思っている自分がいました。

 そんなことがあったなんてことを、どう説明しろというのでしょうか。

 

「……あ、あの。怒りましたか?」

 

 黙ってしまった航太のことを覗き込むようにして、恐る恐る口を開きました。

 私が今日一日、彼のことを振り回してしまったことは事実で、怒られたとしても仕方がないことです。それでも都合のいい話ではありますが、彼にだけは嫌われたくない、そう思いました。

 

「別に。どっちかって言うと安心した」

「え?」

「まぁ、あれだ。俺もなんだかんだで楽しめたからさ、だから怒ってなんかいないよ」

「……そうですか」

 

 安心した。その航太の言葉の意味は私には分かりませんでしたが、いつもの様に穏やかに笑う彼の顔を見て、心底救われたような、そんな気持ちになりました。

 そして、もし叶うのであれば今一度こんな機会を、そんな願いが心の底で生まれていました。

 




息抜きに変化球も投げてみたくなった、そんな気分
もう海未ちゃんがメインヒロインでいいんじゃないかな(適当


こんなもんいらんわと言われそうな感じはヒシヒシとしているのですが
需要とか気にしてたら二次小説書けないよね
まあ、そもそもこの小説自体の需要がそんなに(ry


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call my name

(・8・)


 季節は夏を迎え、その暑さも日に日に増してきている。とてもじゃないが長袖なんか来ていられず、企業戦士のサラリーマンでさえ背広を片手に、ワイシャツの袖を巻って歩いている姿が見受けられる。

 そんな外の気候とは無縁の空調の聞いた屋内で、俺はアイスコーヒー片手にくつろいでいた。といってもそれは十数分も前の話で、グラスの中身は既に飲み干してしまっていた。そんな俺の視線の先では、美少女がかいがいしく働いている。

 グラスの底にほんの少し溜まった水をストローで吸ってみても、水の味とほんのりとコーヒーの香りがするだけ。 残った氷が解けて出来たその水を啜っているだけなのだからそれも当然。先程からこれの繰り返し。流石に手持ち無沙汰になって、ストローでその氷を弄っていると、カラリと音を立てる。それとほぼ同時に入り口のドアに付けられているベルが、その高い音色を奏でた。

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

 恐らく何組か客が帰ったのだろう、それらを見送ると、先程まで忙しそうにしていた彼女が少し落ち着いたような様子になっていた。

 ようやくか。そう思いながら、そのタイミングを見計らって彼女に声を掛けた。

 

「おーい、ことり」

 

 そんな俺の声に、彼女は行儀悪く走ったりなどはせずに、かといって決してこちらを待たせるなんてこともなく、素早く対応をする。

 

「お呼びですか、ご主人様?」

 

 近付いてきたことりを見て、改めてその姿に目を奪われた。ふわりとしたロングスカートに純白のエプロン。そして何よりその頭に輝くメイドカチューシャ。クラシカルなそのメイド姿はもちろん、話し方から所作に至るまでの全てが完璧だった。伝説のメイドなんて呼ばれている理由がよく分かった。

 なんというか、新境地を開拓した、そんな気分だった。正直言って、今までメイド喫茶を訪れる人の気が知れなかったのだが、彼女は特別にしても、こんな子がいるなら足繁く通ってしまう人がいるのも分かる気がした。

 

「どうかしましたか、ご主人様」

 

 ぼーっと、というよりは完全に意識を持っていかれていたらしい。恐らく相当間抜けな面をしていたであろう俺を、ことりのその声が現実へと引き戻した。

 

「あ、ああ、ごめん。アイスコーヒーもう一杯もらえる?」

「かしこまりました。すぐにお持ちいたしますね」

 

 ことりはぺこりとお辞儀をして注文を受ける。そして帰り際、ことりはキョロキョロと辺りを見回して誰も見ていないことを確認すると、俺の耳元まで顔を近づけて、他人には聞えないような声の大きさで囁いた。

 

「……あとちょっとで終わるから、もう少しだけ待っててね」

 

 そう言ってことりは再びお辞儀をすると、注文を伝えに戻って行った。もちろん最後にニッコリと笑顔を付けることも忘れずに。ことりがバックヤードへと引っ込んだそのあとでも、耳元に彼女の吐息が残っているような気がして、しばらく心臓は高鳴ったままだった。

 

 

 

 

「ごめんね、コウちゃん」

 

 ことりは申し訳なさそうに、胸元で手を合わせながら俺の席へとやって来る。その姿は先程までのメイド服ではなく、見慣れたいつもの音ノ木坂の制服だった。待たされたことはちっとも苦ではなかったのだが、ほんの少しだけそれが残念だった。

 

「いいよ別に。またことりのメイド姿が見れたし」

 

 元々、ことりにお礼がしたいと言われて、ふたりで彼女の働くメイド喫茶に来ていた。しかし急にシフトに入れなくなった子がいたらしく、その代わりとしてことりが入ることになった。だから待ったのだって、特段彼女のせいというわけでもない。

 それに、そのお礼だって、そんなことをしてもらうような何かを俺はしちゃいない。ことりは作詞を手伝ってくれたお礼だなんて言ってはいるが、別に何かアドバイスをしたというわけでも、きっかけを与えたとかそういうのも無い。ただ一緒に居てその感想を言ったぐらいのものだ。それでも、ことりと出かけるのも悪くは無いかと、ほいほい出てきてしまったわけだが。

 

「えへへ~」

 

 俺の返答を聞いて安心したのか、ふにゃりと目じりを下げて笑う。いつもながらその笑顔には癒される。そして改めて女の子だなぁと感じさせられた。

 元々女の子なのだから、いまさら何を言っているんだと言われてしまいそうだが、少なくとも俺の交友関係の範囲内では、一番女の子らしい女の子だと思う。

 ふわふわのロングヘアーに、それなりにしっかりと主張しているスタイル。そんな外見に加えて特技の裁縫に、趣味はお菓子作り。そして何よりその温厚な性格。まるで男の理想が具現化したような、そんな絵に描いたような女の子なのだ。

 

「ねぇねぇ、コウちゃん。おなか空いてない?」

「ん? そういやちょっと腹も減ってきたな」

 

 ことりにそう言われて、もう昼も近付いていることに気づく。開店とほぼ同時に入店しているので、もうだいぶ時間が経ったことになる。その間ほとんど、ことりの仕事っぷりを眺めていただけなのに、ほとんど飽きることが無かったというのは、それもまた彼女の魅力ゆえなのだろう。

 

「じゃあじゃあ、オムライス食べてみない? ここのオムライスすっごくおいしいんだよ」

「まぁ、ことりがそこまで言うなら食べてみようかな」

「えへへ、かしこまりましたご主人様。えっと、すいませーん」

 

 ことりは手を挙げて合図を送ると、近くにいたメイドさんに注文を取りに近寄ってきた。同僚なので仲がいいのだろう、ことりはその子と親しげに話しながら注文を告げる。そしてしばらくすると、同じそのメイドさんが注文を運んできた。

 

「お待たせ致しました。ご注文のオムライスになります。えっと、ことりちゃん。ケチャップはどうする?」

「あ、私が書くんで大丈夫です。ありがとうございます」

「そう? それじゃあごゆっくり~」

 

 手をひらひらと振りながら去っていくメイドさんを見送ると、ことりはおもむろにケチャップのチューブを手に取り、躊躇うことなくオムライスの上に絵を描いていく。

 

「ふんふんふふ~ん」

 

 普段から慣れているのだろう、ことりは鼻歌交じりにスラスラと描いていく。

 

「でーきた。はい、どーぞ」

「……ちなみにこれは?」

「コウちゃんの似顔絵だよ」

 

 やっぱり。何となく書いている途中からは分かってはいたが。というか、デフォルメされているとはいえ美化しすぎじゃなかろうか。何か妙にキラキラしているんだけど。

 まぁ、似ているか否かは兎も角として、狭くて平面ではないオムライスの上に、これだけの描き込みを出来るのは素直にすごいと感心する。

 

「ね、ね。早く食べてみて!」

「あ、ああ。じゃあ、頂きます」

 

 ことりのイラストの出来がいいのと、自分の似顔絵だということで、崩すのにほんの少し抵抗を覚えたが、気にしないことにしてスプーンを手に取り、端の方から崩して口に運んでいく。

 

「ねぇ、コウちゃん、どう? どう?」

「うん。確かに美味いな」

「でしょでしょ~」

 

 なるほど確かに、ことりの言う通り意外にも味は悪くなかった。正直この手の店で出てくる食べ物なんてたかがしれていると思っていたが、意外や意外、素直に美味いといえる味だった。その想定外の味に空腹も合わさって、手に持ったスプーンの動くスピードも上がっていった。

 

「ねぇ、コウちゃん」

「ん?」

「おいしい?」

「うん。うまいよ」

 

 こちりは頬杖をついて、ニコニコとしながら俺の食べているところを眺めていた。別に嫌だという訳じゃないが、あまり見つめられるとやはり食べ辛さはある。

 

「ねぇ、コウちゃん」

「……何だよ」

「……えへへ。なんでもない」

 

 さっきから一体なんなんだろうか、やたらと人の名前を呼んだりなんかして。ましてや、用も無いのに呼ばれたりなんかすると非常に照れる。バカップルじゃあるまいし。

 

「……何か言いたいことあるなら聞くぞ」

「え!? あ、ううん、違うの」

 

 ことりは首を振ってそう否定する。

 

「えっと、私ね、ママが付けてくれた自分の名前が大好きだったの」

「うん?」

 

 正直その話とどんな関係があるのか全く分からなかったのだが、とりあえずは黙ってことりの話の続きを促した。

 

「だから昔から誰かに私の名前を呼ばれるとぴゅーって飛んで行きたくなっちゃって。コウちゃんや穂乃果ちゃん、海未ちゃんに名前を呼ばれる度に嬉しくなってたんだ」

 

 ことりは目を細めて、昔の良き思い出を懐かしむような表情で語る。

 

「でもね、私みんなと違って何にも無いから」

「そんなことは」

「ううん。だって私いつもみんなの後ろを追いかけて走ってたんだもん」

 

 そんなことはない。そう言おうとした俺を遮るようにことりは言った。

 もちろんことりが他の人よりも劣っているなんてことはない。それでも彼女なりに何か思うところがあったのだろう、そう強く言い切った。

 

「それでもみんな優しくて、すっごく仲良くしてくれたの。その中でもコウちゃんが一番、私の名前を読んでくれたんだよ」

「俺が?」

「うん。穂乃果ちゃんみたいに誰かを引っ張っていけるわけでも、海未ちゃんみたいに何でも一人で解決できるわけでもない。それでも何かある度に、ことりはどう思う? ことりはどうしたい? そう聞いてくれて」

 

 俺自身、覚えていないということは無意識のうちにしていたことなのだろう。善意があったわけでもなんでもない。それでもことりは懐かしそうに、そして愉しそうに話す。

 

「それがすっごく嬉しくって。だからこっちから名前を呼んだら、もっとことりの名前を呼んでくれるかなぁって」

「……」

 

 よくもまぁ、そんなことを恥じらいもなく面と向かって言えるもんだ。素直にそう感心した。ただ、恥じらいを感じていないのはあちらだけで、言われているこっちは十分すぎるほど恥ずかしいいのだけど。それでも、ことりの言ってくれたことに対して、当然ながら悪い気はしなかった。

 

「……なぁ、ことり」

「ん? なぁにコウちゃん?」

「……なんでもない」

 

 ことりは一瞬驚いたような顔を見せてから、ふにゃりと満足そうに笑顔を浮かべた。

 

 




(・8・)Wonder zoneは名曲!

忙しすぎて死にそう……
ことりちゃんの脳トロボイスに癒されたい



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私だけ知らないこと、私だけ知ってること

まきちゃん!


「ん~。何だか真姫ちゃん機嫌悪くないかにゃ」

「……やっぱり凛ちゃんもそう思う?」

 

 凛と花陽はドリンクを注ぎながら、そんな会話をしていた。

 今日もいつものように練習を終えたあと、帰り際ファミレスに立ち寄っていた。時折こうして一年生の三人組と寄り道なんかをすることがある。といっても今日は俺自身、生徒会の仕事が残っていたため、今日は練習後の合流となった訳だけれども。

 

「いつもあんな感じじゃない?」

 

 俺も彼女らに習って、ドリンクバーでお目当ての飲み物を注ぎながら二人に問いかける。

 

「そんなことないです!」

「そうそう。真姫ちゃんいつもツンケンしてるけど、普段はあんなに怒ってる感じじゃないにゃ」

 

 そんなもんなのだろうか。俺から見たらちょっと機嫌が悪いなぁ、ぐらいにしか感じないのだけど。ただ、普段同じクラスで一緒に過ごしてる二人が言うことだ、間違えは無いのだろう。

 

「それに練習してる時までは、別にいつも通りだったにゃ」

「うん。でも、そのあとに何かあったって訳でもなさそうだし……」

 

 そんな話をしながら、三人ドリンクを片手に自分らの席へと戻ると、そこには真姫が一人座って待っていた。

 

「うわぁ……」

 

 真姫の様子を見て思わず声が漏れてしまった。花陽たちの話を聞いたからという訳ではないが、先程より明らかに彼女の不機嫌指数が上がっているように見えた。

 遅い。そう口に出しこそしないが、どこを見るわけでもなく頬杖を付き、指先でトントンとテーブルを叩きながら待っていた。

 

「……」

「……」

 

 そんな真姫の姿を見て三人顔を見合わせる。どうだ、言った通りだろう。そう凛の顔には書いてあったが、勝ち誇っている場合じゃないだろうに。そんな彼女のドヤ顏に若干イラっとしつつも、確かに彼女の言っていた通りだったことは認めざるを得なかった。

 

「お、おっまたせー、真姫ちゃん」

「ごめんなさいっ、遅くなって」

 

 凛と花陽が申し訳なさそうに声を掛けるも、真姫は、うん、と短い返事を返すだけだった。

 その後も会話をしているのは凛と花陽ばかりで、彼女は時折相槌を打つぐらいで、ほとんど口を開くことはなかった。

 

「えっと、そ、そろそろ凛は帰ろうかにゃー。か、かよちんはどうする?」

「えぇ!? えと、わ、私もそろそろ帰ろうかな」

 

 凛は決してこちらに視線を送らずに、逆に花陽はチラチラとこちらの様子を伺うようにしながらそう言った。居心地の悪さに耐えられなくなったのだろう。何時もだったらダラダラと長居していることもあるというのに、それよりも大分早い時間で切り上げようとしている。

 

「ま、真姫ちゃんは?」

「……」

 

 これまた恐る恐る、機嫌を伺うようにして花陽は真姫に問いかける。真姫はそんな花陽の言葉に、何故か俺の方を一瞬チラッと目線だけを送りながら口を開いた。

 

「……航太はどうするの?」

「えぇ!? 俺?」

 

 突然のキラーパスに動揺して声が裏返ってしまった。正直なところ、俺も今日は切り上げたいとは思っているのだが、ただそれをすると、何だか真姫を一人置いていくようで妙な罪悪感に苛まれていた。

 

「……もうちょっとだけ居ようかな」

「じゃあ、私もまだ居るわ」

「そ、そっか。それじゃあ、また明日」

「ばいば~い」

 

 真姫の答えを聞いて、凛と花陽のふたりは自分の分の支払いをテーブルに置くと、そのままそそくさと店を後にしてしまった。

 まぁ、触らぬ神に祟りなし。間違った判断ではないのだろう。逃げたというわけではないのだろうけれど、なんとも薄情な奴らである。

 

 

 

 

 傍から見たら今の俺たちはどういう風に見えるのだろうか。兄妹? 友人? はたまた恋人か。いずれにせよ、現状良好な関係には見えないだろうと思う。何しろ凛と花陽が帰ってから、まだ一言も会話を交わしていない。それどころか視線すら合っていないような状況だ。

 普段だったらこんな状況でも探り探り会話を試みるものなんだけれど、今日の彼女はそれすら受け付けないような、そんな空気を醸し出していた。

 

「……」

 

 周囲はざわついている中、ただこの一角は静寂を保ったまま。そんな中、俺は正面に座り窓の外を見つめる真姫のことを、ただぼんやり眺めていた。何しろ他に間を持たす術がないのだ。他所の席を観察していてそこの人と目が合ったら気まずいし。かといって真姫と同じように外を眺めようにも、こちらからだともろに夕陽が差し込んで、とてもじゃないが眩しくてそんなことはしていられない。だからといって虚空を見つめていても時間が過ぎるのは遅く感じるだけだった。

 

「……」

 

 だったらいっそ、無言を貫く彼女のことを見ていた方がよほどましだった。いざそうしてみるとなんだか面白くて、最初は視線がばれないようにと盗み見るような感じだったのが、次第に普通に注視してしまっていた。

 改めて見ると意外な発見があるもので、見慣れたはずの少しツリ上がってきりっとした瞳も、長いその睫毛も、赤みがかったその髪も、何だかとても新鮮だった。いずれにしてもそこから導き出されるのは彼女が美人であるという事実。そんなことは十年以上前から知ってはいることだけれど、改めて再確認させられる。

 そして、そんな彼女が夕陽を浴びながら、頬杖を付いて外を眺める姿はとても絵になっていた。

 

「……ねぇ」

「はいっ!」

 

 予想だにしていなかったタイミングでの真姫の声に、またも素っ頓狂な声を上げてしまう。別に悪いことをしていたわけでもないのだが、何か悪事がばれたときのように心臓はバクバクと高鳴っていた。

 

「……何か私に言うことない?」

「えっ?」

 

 真姫の言葉が、彼女が浮気を問い詰めるときの台詞のようで、そんな事実があるわけでも、そもそもそんな関係ですらないのに何故だかまた少しドキリとさせられた。

 まぁそれはともかくとして、何か真姫に言わなければならないこと……。そう考えては見たものの、全くといっていいほど思いつかない。彼女の誕生日は随分前だし、何か他にめでたいことでもあっただろうか。それとも逆に謝らなければならないことでもしただろうか。

 いや、それもないはずだ。彼女とはμ'sのメンバーが合宿をして帰ってきてから、さっき初めて会ったばかりだ。少なくともその前までは普通に接していたはずなので、その線も消える。となると本格的に見当が付かなくなってしまった。

 

「……えっと、真姫のパンツ盗んだのがばれた、とか?」

「ゔぇええ!? な、ちょ、ちょっと何それ、私知らないんだけど! へ、変なの持って行ってたら許さないんだからね!」

 

 真姫は険しかった表情を一瞬にして崩し、顔を真っ赤にしながら狼狽する。

 というか、言葉通り受け取ると、変なのじゃなければ持って行ってもいいということになるのだが、それは大丈夫なんだろうか。恐らく動揺しすぎで自分でも何を言っているのか分かっていないのだろう。そんな彼女に、笑ってはいけないのだろうけれど、ついつい頬が緩んでしまう。

 

「……まぁ、もちろん嘘だけど」

「ふぇ!? もう、な、何なのよ、それ!」

 

 怒りながら混乱しているという、普段のクールな彼女からは到底想像できないような姿に、妙に嗜虐心がそそられる。何というか、いじめたくなるというか、ちょっと意地悪したくなるような、そんな雰囲気を彼女は持っているような気がする。

 

「ごめんごめん」

「はぁ。もういいわ……」

 

 真姫は怒るのにも疲れた、そんな感じで大きくため息をついた。

 

「もういいついでに、答えの方も教えてくれると助かるんだけど……」

「答え?」

「だからほら、言わなきゃいけないとか何とか言ってた事の正解を」

「あっ」

 

 ようやく砕けた真姫の表情が、俺の言葉を聞いて思い出したかのように再びブスリと不機嫌だった時のそれに戻ってしまった。きっと彼女自身も言い出し辛いことなのだろう、迷った様に視線を泳がせてからやっとその口を開いた。

 

「昨日までみんなで合宿に行ってたじゃない?」

「うん」

「それで、寝る前に布団に入っていろんな話をしたの」

「うん」

 

 真姫の話を聞いて小学生の修学旅行のことを思い出した。ああいう場の空気って独特のもので、何故だか妙にテンションが上がったりなんかして、普段は話さないようなことまでペラペラと話していたような覚えがある。それこそ好きな女の子の話だとか、そんなことまで話してしまうような雰囲気がそこにはあった。

 

「そこで聞いたの」

「うん」

「その、ほ、他のメンバー全員とあなたが幼馴染だって」

「うん。……うん? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないわよ!」

 

 今までの距離を感じるような態度は何処へやら。真姫は今まで身体を斜めにして、視線を反らすようにして話してきていたというのに、その言葉を聞いくやいなや、食って掛からんとばかりに身を乗り出してくる。

 

「ごめんなさい」

「……とりあえず謝っとけば済むと思ってるでしょ?」

 

 はい。

 確かに真姫に伝えていなかったのは事実かもしれないが、かといってその事で何か弊害があるかというとそんなこともないだろう。仮にこの事で真姫に恥をかかせてしまったとしたら申し訳ないとも思うが、イマイチそんなシチュエーションも考え付かない。

 

「というか、ホントに言ってなかったけ?」

「聞・い・て・ま・せ・ん」

「ちなみに他のみんなは?」

「全員知ってたわ」

 

 なるほど。仲間はずれにされたとか、疎外感を感じたとかそんな感覚だろうか。回りのみんなは知っているのに自分だけは知らなかった。確かにそ気持ちのいいもんではないだろう。

 

「ごめん」

「だからっ……」

「いや。意図的ではないにしろ、不快な気分にさせたなら悪かったなと思ってさ」

「……」

「でもほら、あの中じゃ真姫が一番付き合い長いわけだからさ。だから他のヤツが知らないような俺のことも知ってるんだから、真姫の勝ちじゃん、みたいな?」

 

 自分で言っていても意味が分からない。支離滅裂、意味不明。

 そもそも君は俺のことをよく知ってるよ、なんて相手に言われて喜ぶ人間なんてそうそういないだろう。それこそ恋人同士でもあれば多少話は違ってくるのだろうけど、生憎そんな色っぽい関係でもないわけで。それでもそんな、何とか取り繕おうとしてさらに自爆する典型例みたいなことをしている俺を見て、真姫はクスリと笑った。

 

「……何それ? 意味わかんない」

「言ってる本人もよく分かってないしな」

「大体、自分は昔のことなんてよく覚えてないくせに」

 

 真姫はそう言ってジトッとした目線でこちらを見る。まぁ、確かに当時のことをあまり覚えていない人間の言えた台詞ではないかもしれない。

 ただそれでも、先程までの雰囲気が嘘のように、いつもの彼女がそこには戻っていた。

 




うちの真姫ちゃんいつも怒ってる気がする……

シリーズの設定を考えてた時から書こうと思っていたお話
その割りにいざ書いてみると、上手く伝えきれてないこの感じ
ちょっと前の海未ちゃんの話のときみたいに、真姫ちゃん視点も書くかも?
ただ読み手側からすると、視点を変えただけの同じ話を読んで楽しいのかという問題があるわけで
書いてる方は楽しいんですけどね……


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EX:あなたの知らない私

前話の真姫ちゃん視点
海未ちゃんのときの話と同じような感じで、内容自体は前話とほとんど一緒


 あぁ、何なのよ、もう。

 さっきから私の中でモヤモヤとした霧の様な物がずっと晴れずにいた。変に自惚れるつもりは無いけれど、人並み以上には頭も良いつもりだし、感情の処理だって上手に出来てきたつもり。でも今は違う。頭は上手く働かないし、胸の中のつっかえは取れないまま。

 原因ははっきりと分かっているわ。そう、諸悪の根源はアイツ。さっきアイツと会ってからこんな風になってしまった。だってその前までは何ともなかったはずだもの。もっと言えば、いつものように朝起きて、授業を受けて、放課後みんなと練習をする。そこまでは全くもって普段通りの私だったはずだわ。

 それなのに、あいつがひょっこり顔を見せるから。その瞬間から私の心は乱されていた。

 大体、練習が全て終わってから来るんだもの、来るんだったらもっと早く来なさいよ。そう心の中で叫んでみたけれど、よくよく考えたてみたら、そうしたらそうしたで、今度は練習に集中できていなかったかもしれない。うん、間違いない。だとしたらあのタイミングで来てくれたというのは、とても助かったということになるのだけれど、それを認めてしまうのはとても癪だった。

 

「……ふぅ」

 

 私と航太、花陽、凛の四人でこのファミレスに入ったはずなのに、今は私一人ぽつんと席に取り残されていた。彼女たちはドリンクバーを頼んで、私は普通に紅茶を一杯頼んだだけだから仕方がないのかもしれないけれど、やっぱりなんだか納得がいかない。

 

「普通、女の子を一人残していったりしないでしょ……」

 

 誰にも聞こえないような声でぼそりと呟いた。我ながら理不尽な事を言ってる。そんな自覚はもちろんある。でも、三人で話をしながらドリンクを選んでいる姿を遠くから眺めていると、自然とそんな愚痴が溢れてしまう。だって、しょうがないんじゃない。私一人こんなに苦しんでるっていうのに、当の本人はのほほんと別の女の子とおしゃべりしてるんだもの。

 ……っていけない。これじゃまるで私がただ嫉妬してるだけみたいじゃない。ないない。ありえないわ。別に恋愛感情があるってわけでもないし。そうよ、ただアイツの失礼な仕打ちに怒っているだけなんだからっ。

 

 事の発端は、μ'sのメンバーのみんなと私の家の別荘に合宿に行った時のことだった。というかそれ以前に、せっかく私が場所を提供したっていうのに、行かないなんて言い出すんなんてどういうつもりなのかしら。

 って、それは別にいいのよ。問題はその後。実際に現地に行って、夜になってみんなで布団を並べて寝ようということになった。そして布団に潜り込んで、さあ寝ようとした時、いわゆるガールズトーク的なものが始まった。修学旅行なんかでよくあるようなあの雰囲気。正直言って私はあの感じは苦手だったんだけど、今回は黙って聞いている分には別に嫌な気はしなかったわ。だって、その、仲良くなった友人の話だもの。趣味や好み、考え方。私の知らなかった彼女たちの新しい情報が耳に入ってくる度に、なんだか少し嬉しくなったわ。

 

 でもそうしているうちに事件は起こった。彼女たちの取り留めのない会話を、特に口を挟むわけでもなく、ただ聞いていたんだけど、話の流れからアイツの話題になったの。最初は今まで通り話を聞いていただけだったけれど、次第に違和感を感じるようになったわ。だって、この中じゃ私しか知らないだろうと思っていた航太の昔のことを、当然のようにみんな語っているんだもの。しかもそんな事を知っているということに対して驚きを見せる子なんて一人も居なかった。そうなるともう限界。私は思わず、ちょっと待って、なんて大きな声を上げていたわ。

 当然みんなの視線は私に集まるわけで。その場は恥ずかしさを隠しながら、何とか誤魔化したけど、やっぱり航太がみんなと幼馴染だったという事と、それを私だけ知らなかったというのはとてもショックだった。

 

 

 

 

 どうしよう、どうしよう。今度はそんな言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。凛と花陽が先に帰ってしまったから、図らずもふたりきり。問いただすには絶好のシチュエーション。でも、どう切り出していいのやら全く分からない。

 あーもうっ。いつもだったら必要の無いときにまで話しかけてくるのに、何でこんなときに限って黙ったままなのよ。そんな八つ当たりに近いような言葉を頭の中で呟いてみたところで、結局何が変わるわけでもなかった。

 しかたないわね……。諦めて腹を括って口を開くことにしたけれど、何故か非を認めさせようとしている私の方が緊張して胸が高鳴っていた。

 

「……ねぇ」

「はいっ!」

「……何か私に言うことない?」

「えっ?」

 

 ちょっと遠まわしに言い過ぎたかしら。航太は一瞬驚いたような顔を見せてから考え込んでしまった。でも、しばらくそうしていたあとに、航太はとんでもない事を口走った。

 

「……えっと、真姫のパンツ盗んだのがばれた、とか?」

「ゔぇええ!? な、ちょ、ちょっと何それ、私知らないんだけど!」

 

 ちょっと待ってよ。一体どういうこと? 私自身、全然気が付かなかったってことは普段ほとんど穿いてないようなヤツってことかしら。ということはアレ? それともあっち? そもそもいつの間に盗ったっていうのよ。ましてや何のために。あぁ、もうっ。頭が全く働かない。

 さっきまでのモヤモヤなんて何処へやら、あっという間に頭の片隅からも消え去っていた。

 

「……まぁ、もちろん嘘だけど」

「ふぇ!? もう、な、何なのよ、それ!」

 

 ホントに何のよ! そんな嘘を付く意味が何処にあるっていうのよ。冗談だったにしろ、真剣に考えてた私がバカみたいじゃない。彼はごめんごめん、なんて悪びれる様子も無く謝っていはいるけれど、もう怒る気力も無いぐらいにどっと疲れてしまった。

 

「ついでに、答えの方も教えてくれると助かるんだけど……」

「答え?」

「だからほら、言わなきゃいけないとか何とか言ってた事の正解を」

「あっ」

 

 そんな航太の言葉で、遥か彼方へと旅立って行った悩みがとんぼ返りして戻ってきた。わざわざ言わなければ、少なくとも今は思い出さなくて済んだかもしれないっていうのに。まぁ、そうしたところで後でまた悩むことになるのは目に見えているんだけどね。

 というか結局、思い当たる節は無かったってことなのね。だったらいいわ、きっちりと説明してあげる。そう決意して、私は大きく一つ息を吐いてから、口を開くことにした。

 

「ごめんなさい」

「……とりあえず謝っとけば済むと思ってるでしょ?」

 

 一応は神妙な顔をして私の話を聞いていた航太は、最後までそれを聞き終えると素直に謝罪の言葉を口にした。

 ずるい。いつだってそう。私が怒っているときは変に言い訳なんかせずにすぐ謝ってくる。それが本当にずるいと思う。唐変木で朴念仁の癖に私の性格だけは良く理解しているんだから。

 だってそうでしょ。素直に謝られたりなんかしたら、それ以上追及しようなんてこと出来ないもの。そんな事をしたらどっちが悪いことをしてるんだか分からなくなるわ。

 

「というか、ホントに言ってなかったけ?」

「聞・い・て・ま・せ・ん」

「ちなみに他のみんなは?」

「全員知ってたわ」

 

 航太は改めて私の言葉を確認する。彼の口ぶりから察するに、本当に他意があってしたことではないのだろうと思う。元々そんなことは私だって分かってはいる。悪意があってそんなことをするような人間じゃないってことぐらい、十分に承知しているわ。ただ彼の口からこの耳で実際に聞いて確認したかった、ただそれだけ。

 

「ごめん」

「だからっ……」

「いや。意図的ではないにしろ、不快な気分にさせたなら悪かったなと思ってさ」

「……」

「でもほら、あの中じゃ真姫が一番付き合い長いわけだからさ。だから他のヤツが知らないような俺のことも知ってるんだから、真姫の勝ちじゃん、みたいな?」

 

 ……何それ、意味わかんない。フォローしているつもりなんだろうけれど、全然フォローになってないんだもの。ましてや恋人や好きな相手以外にそんな台詞を言われたってちっとも嬉しくない。別に航太に対して恋愛感情があるってわけでもないし。……多分。

 

「大体、自分は昔のことなんてよく覚えてないくせに」

 

 そもそも、私が昔話をしても覚えてないなんて言うくせに、どの口がそんな事を言うのかしら。半ばそう呆れつつも、彼の言っている言葉が少し気になっていた。

 

「……ねぇ、ホントに?」

「ん? 何が?」

「だ、だからその、今言ったことよ」

「え!? あぁ。それは本当だけど」

「……そう」

 

 素っ気ないそぶりで、興味の無いように振舞っては見たけれど、やはり心のどこかで、航太の話した事実に喜びを覚えている自分がいた。

 やっぱり彼はずるい。私の気持ちなんて全然分かってないくせに、私の欲しそうな言葉を無意識でポンと投げつけてくるんだもの。その証拠に、さっきまでの憤りが嘘みたいに晴れていた。

 




グダグダ言いつつも、結局書いちゃった……
だって書いてる方としては楽しいんだもの、しょうがないね

元々、箱推しというかメンバー全員大好きだったけど
書いてるうちに更に好きになっていく

とりあえず、真姫ちゃんと結婚します


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大人な君に勝つ方法

ハッピーバースデー、絵里ちゃん!!

通常進行ではありますが、一応エリちの話で一つ


 ありきたりな疑問なのかもしれないけれど、大人と子供の境界線は何処なんだろうか。彼女と一緒にいると、時折そんな考えが脳内を巡る事がある。恐らく、散々議論し尽くされてきたことなのだろうとは思うけれど、俺は未だにその答えを知らない。

 そもそも何を基準にその線を引くのだろうか。単純に年齢なのか、それとも肉体的や精神的なものなのか、はたまた社会的な立場なのだろうか。まぁ、そういった細かい定義付けはともかくとして、一つ事実として言えるのは、俺から見た彼女はすごく大人っぽくて、同じように自分自身を見たときに酷く幼稚に見えるということ。

 

「……そんなことがあってさぁ」

「それは真姫だって怒るわよ」

「そうかな?」

「ええ。わざとじゃないにしろ仲間外れにされたようなものだもの」

 

 俺は生徒会室で絵里ちゃんに先日真姫とあった事について話をしていた。半ば愚痴みたいなものになってしまっていたのだが、彼女は嫌な顔ひとつせずにそれを聞いてくれていた。しかしそれでいて、ただ聞いているだけではなく、言うべきところはきちっと指摘してくる。それも決して角の立たないような物言いで。

 

「それに多分だけど、別の感情もあったんじゃないかしら」

「別の?」

「ええ。……って、あんまり余計なこと喋ると私まで怒られちゃうわね」

「含みのある言い方しといて、最後まで言わないなんて、すごく気になるんだけど」

「まあ、あくまで私の想像だからね。それに女の子には秘密は付き物よ」

 

 そう言って絵里ちゃんはふふふ、と上品に笑う。意識してみると、そんな仕草もどことなく大人びて見えた。そんな彼女だって高校三年生だ。世間的に見ればまだまだ子ども扱いされるような年頃のはずだ。ただ、そういう客観性はともかくとして、少なくとも俺から見る彼女はやはり大人なのだ。

 

「絵里ちゃんって昔からそんな感じだっけ」

「そんなって?」

「ん~、何というか落ち着いてるって言うか、しっかりしてる感じ?」

 

 彼女と自分の違いというものを考えたときに、まず一番に思いつくのが、男女の違いと年齢差だった。性差の方はともかくとして、仮に年を重ねるごとに大人に近づくというのなら、一年後の俺は彼女のようになっていてもおかしくはないということになる。

 しかし想像してみたところで、即座にそれはありえない仮定だということを思い知らされる。そんな未来が全くといっていいほど想像出来ないのだ。そもそも、今の俺と同じ年齢のときの彼女、つまりは一年前の絵里ちゃんは既に今の彼女と変わらぬ位大人びて見えていた。もっと言えば、それよりも以前からそうだったのではないだろうか。

 

「なぁに、急に? 褒めても何にもでないわよ?」

「いや、ただなんとなくどうだったかなと思ってさ」

 

 深い意味なんてものは当然無く。別に彼女をヨイショするつもりも無い。ただ純粋な疑問だった。

 

「そうねぇ……。しっかりしていたかどうかはともかく、結構やんちゃはしてたわよ」

「えっ、そうだっけ? あんまりそんなイメージ無いけど」

「覚えてない? ほら、ふたりで大きな木に登って、あなたのお母様にカンカンに怒られたあの時のこと」

「ああ、あったねそんなこと」

 

 小学校に入ったぐらいの頃だろうか。近くの公園に、子供の身長ということもあってか、少し離れて見上げないと天辺が見えない位大きな木があって。それに絵里ちゃんとふたりして、どっちが高くまで登れるか競争をしたことがあった。後でそのことが親にばれて、女の子にそんな危険なことをさせるんじゃない、なんてものすごい剣幕で怒られたのだ。

 

「でも、あれって確か絵里ちゃんが最初に言い出したんだよね?」

「ふふふ。ええ、あの時はホントに悪いことしたわ。怒られるのは私のほうだったのに」

「それはまあいいんだけどさ、結局どっちが勝ったんだっけ?」

「そりゃあ、もちろん私よ」

「ホントに? 俺が覚えてないからって、都合良く改竄してない?」

「本当よ、だって木登りは得意だったもの。だから言ったでしょ、結構やんちゃしてたって」

 

 そう言って絵里ちゃんはクスリと笑った。昔を懐かしむように笑うその顔は、何処か幼さが見え隠れしていた。ただそれも一瞬で、次の瞬間にはいつもの彼女に戻っていた。

 

「何というか、変われば変わるもんだね」

「あら私? 別に自分じゃそんなつもりは無いわよ、周りが勝手に持ち上げてるだけで」

 

 絵里ちゃんは自分が褒められると決まってそう言うけれど、俺から見たらやっぱりそんなことはなくて。

 

「まぁでも、女の子はちょっと見ない間に変わるなんて良く言うもの。もしそうだとしたら、ちゃあんと見てないとダメよ、また真姫の時みたいになっちゃうから」

「うわ、結局そこに戻るんだ。藪蛇、藪蛇」

 

 こんな風に時折見せる面倒見の良さだとか。彼女は謙遜するけれど、同年代の他の人からは中々見られないもので、そんな彼女を見て大人なんだなと思う。

 それに彼女は変わってないなんて言うけれど、だとしたら、俺が絵里ちゃんとこうして話をしているときに時々感じる、この胸の高鳴りをどう説明つけるというのだろうか。言うまでもなく彼女の外見は変わった。顔は昔よりも綺麗になり、スタイルだってモデル顔負けな位に出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、それぐらい成長している。もちろん、俺自身がそういう色恋沙汰に興味を持つ年齢になったということも大きな要因のひとつではあるだろう。でも、それらだけだったらこれ程までに意識を奪われることはなかったと思う。外見だけでなく、彼女の仕草のその一つ一つが目を引き付けてやまなかった。それは少なくとも、小さかった頃には無かったような感覚だった。

 

「どうしたの?」

 

 急に黙り込んでしまった俺を、絵里ちゃんは少し心配そうに覗き込んだ。ふいに彼女と視線が合って、やはりドキリと胸が高鳴った。

 

「いや、その。……の、希ちゃんもバイト大変だなぁって」

「あら、私だけじゃ不満?」

 

 絵里ちゃんは冗談めかしてそんな風に言いいながら、くすくすと笑う。

 希ちゃんはバイトで先に帰ってしまい、他の役員たちも仕事を終えて各々部活なり、帰宅するなりしてしまった。改めて考えると、今この生徒会室には俺と絵里ちゃんのふたりきりだった。意識するまではなんでもなかったのだけれど、一度意識してしまうと不思議なもので、一瞬にして緊張が高まっていった。

 

「いや、そんなことは無いけど……」

「そう? あっ、じゃあ、ふたりきりで緊張してるとか?」

 

 ニヤニヤと微笑みながらずばり核心を突いてくる。この間、希ちゃんとふたりで彼女をからかった事の仕返しでもするつもりだろうか。ちょっぴり意地悪そうな顔で、そしてとても楽しそうな顔で絵里ちゃんは俺を追い詰めてくる。こうなってしまうともうお手上げで、希ちゃんと一緒のときならいざ知らず、俺一人では到底彼女には太刀打ち出来ないのであった。

 

「そんなことより、合宿はどうだったの?」

「あ、露骨に話題変えたわね」

「……なんのことやら」

「まぁいいわ。そうねぇ……楽しかったわよ、とっても。あなたも来ればよかったのに」

 

 そう言ってくれるのは嬉しいし、実際行く前にも他の子も誘ってくれたのだが、女性だけで泊りがけで出かけるところに、男一人混じるというのはいかがなものだろうか。少なくとも俺は変に気を使ってしまうし、相手にも気を使わせてしまうので遠慮したかった。

 

「楽しめたのなら何より。それに真姫も素直には言わなかったけど、喜んでたみたいだよ。絵里ちゃんと希ちゃんが色々と気を回してくれたおかげで」

 

 絵里ちゃんと希ちゃんは合宿をするに際して一つの計画を立てていたらしい。それは先輩後輩の関係を取っ払おうということだった。俺もその話を聞いて、なるほど、確かにいい考えだと思った。もちろん最低限の礼節は必要だけれども、変に気を使いすぎるのも一つのグループとして活動していく以上、コミュニケーションの妨げになりかねない。

 

「そうだ。ついでに航太も変えてみない?」

「えっ!? 俺も?」

 

 変えると言われたって人前はともかく、ふたりの時だったり、親しい間柄の人間といるときは敬語を使ってるわけでもない。それに別に堅苦しく絵里さんなんて、さん付けで呼んでるわけでもないから、特にこれといって変えるところも見当たらないわけで。

 

「だったら、そうねぇ……いっそ呼び捨てにしてみるとか」

「ええぇ。今更呼び方を変えるのも変な感じなんだけど」

 

 長年言い慣れた呼び方を変えるというのは思いのほか抵抗があるし、何よりも気恥ずかしさがすごかった。

 

「いいじゃない。それこそ真姫なんてそう呼ぶようになったんだし。ね、試しに一回だけ」

「……はぁ。そこまで言うんなら、まあ」

 

 変に意識するから駄目なんだと分かってはいつつも、やはり妙に緊張する。

 

「えっと、じゃあ……え、絵里?」

「っ!?」

 

 俺がそう呼ぶや否や、絵里ちゃんは一瞬固まった後、パッと勢い良く顔を背けてしまった。

 そんなに可笑しかっただろうか。大体、自分からそうしろって言い出したくせに笑うことは無いじゃないか。最初はそう思っていたのだが、よくよく彼女を見るとなにやら様子が違った。顔を反らしているせいでこちらからじゃよく表情は窺い知れないが、その頬は赤く、それどころか耳まで朱色に染まっていた。

 

「絵里ちゃ……絵里?」

「っ!? ご、ごめんなさい。なしなし! やっぱりいつものままでいいわ」

 

 絵里ちゃんは顔は未だに反らしたままで、手をブンブンと振って中止を求めてくる。その間にもどんどんと肌の紅潮は増していた。ロシア人の血が混じっているからだろうか、他の人よりも白いその肌のせいでそれがより目立って見えた。

 そんな彼女をみてようやく理解した。要するに彼女も照れていたのだと。彼女は何気なく言っただけなんだろう。たが恐らく、同姓はともかく、異性に名前を呼ばれなれてない彼女は自分で思っていた以上に恥ずかしくなってしまったのではないか。その相手が俺だったとしても。つまりは盛大な自爆。

 

「絵里? どうかしたのか、絵里?」

「ちょっとぉ! 分かってて言ってるでしょ!」

 

 ようやくこちらに向き直った絵里ちゃんは、顔を赤くさせたまま猛烈に抗議する。ただ、そんないつもと違った彼女を見れたのが嬉しくて、そしてなんとも言いえぬ優越感を感じた俺は、しばらく彼女の名前を呼び続けたのだった。

 

 




特別なお話ってわけじゃないけど、何とか誕生日に間に合ってよかった……
改めておめでとうエリち


来週は凛ちゃんか……
次はぎりぎりにならないように、もっとがんばろう


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ラーメンな私、どんぶりな貴方

ハッピーバースデー、凛ちゃん!!

凛ちゃんかわいいよ凛ちゃん。


 人間には三大欲求というものがある。いや、それは人間に限った話ではなくて、生きている動物の本能として持っているものなのだろう。そう、人間として生きている以上、何もしていなくともお腹は減る。それが運動した後ともなると、その速度はさらに加速していく。

 

「ねぇねぇ、かよちん、真姫ちゃん。ラーメン食べに行かない?」

 

 星空凛は本日も空腹だった。

 放課後、μ'sのアイドルとしての練習を終えた後、凛は花陽と真姫を、その空腹を満たす旅へといざなっていた。それはもはや見慣れた光景へとなっていた。

 

「またぁ!? ここんとこ毎日じゃない」

 

 元々彼女が大のラーメン好きだということは知っていたし、前々から今のような光景を目にする機会も度々あった。しかし、ここにきてその頻度が著しく高まっていた。それもほとんど毎日だ。真姫が驚くのも無理はない。

 

「えっと、今日はやめとこっかな。あんまり続けると太っちゃいそうだし。ゴメンね凛ちゃん」

「私もパス。いくらなんでも毎日じゃ飽きるわよ」

「ええ~。そんなぁ……」

 

 凛はがっくりと肩を落とす。向こうを向いているので表情を窺い知ることは出来なかったが、彼女の周囲を漂う重苦しい雰囲気からその無念さが容易に想像できた。

 

「あっ、凛ちゃん……」

 

 凛は俯いたまま振り返ると、トボトボと歩き出した。その足取りにはいつもの軽やかさは無く、そこからもまた彼女の失意の様が見て取れた。傍から見るとラーメンなんかでそんな大げさな、とも思わなくもないのだけれど、他人には分からない拘りが彼女にはあるのだろう。というか、そこまで食べたいのであれば一人で行けばいい話ではないのだろうか、とも思わなくはないが。

 

「……あっ!?」

 

 目と目が合う。別にその瞬間に運命を感じたり、恋に落ちたりなんてことはなかった。ただ、この先に起こるであろう事の想像は容易に付いた。それから逃れるように視線を反らすと、今度は苦笑いを浮かべる花陽と目が合った。自分が悪いというわけでもないのに申し訳無さそうな顔をする花陽と、隣にいた真姫のご愁傷様、とでも言わんばかりの若干哀れみの混じった表情が、この語の展開から逃れられないということを暗示していた。

 

「ねぇねぇ、コウちゃん!」

 

 名前を呼ばれて視線を戻す。すると、再び凛と目が合った。その瞳はキラキラと輝いて、何かを期待しているそんな表情だった。

 

「……何?」

「えっと、お、お腹空いてないかにゃ?」

「えっ!?」

 

 彼女のことだ、てっきり直球で誘われるものだと思っていたのだが、実際は少し変化をつけてきた。まずそれに驚かされる。凛なりの駆け引きのつもりなのだろうか、探りを入れながら本題に入ろうとする、そんないつもと違った彼女が何だか妙に微笑ましかった。

 

「まぁ、運動した後だし、腹は減ってるかな」

「でしょでしょ! だったら何か食べていかない?」

「……いいけど、なんか食べたいもんでもあるのか?」

「えっとねぇ……ラーメンなんかどうかにゃ」

「ぷっ」

 

 ついに堪え切れずに噴出してしまった。はなからそのつもりだったくせして、さも今思い浮かんだかのように言う凛が可笑しくて、そして可愛らしくて仕方がなかった。そんな腹を抱えて笑う俺を見て、凛はキョトンと不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「ごめんごめん。いいよ。じゃあラーメン食いに行くか」

「ホント? やったー! ラーメンラーメン」

 

 まさに歓喜といわんばかりに、凛ははしゃぎながら俺の周りをぐるぐると回りだす。ただ一緒にラーメンを食べに行くというだけなのにそこまで喜ばれると、不思議とこちらまで嬉しくなる。

 そして、なんやかんやで断ったことを気に病んでいたのだろう、花陽と真姫もホッと胸を撫で下ろすような、そんな安堵の表情をしていた。

 

 

 

 

 そんなことがあったのがつい先日のこと。人間、慣れっていうのは恐ろしいもので、毎日のようにしていることは当然だと思うようになっていくらしい。

 

「ねぇコウちゃん。ラーメン食べに行こう」

 

 星空凛は今日も今日とて空腹であった。そしていつものように俺をラーメン屋へと誘う。

 それも最初のうちは花陽や真姫に色よい返事を貰えなかった時だけだったのだが、最近ではそれを飛び越していの一番に俺を誘うようになった。

 

「今日もか? ここんとこ毎日行ってないか」

「えぇ~。ダメかにゃあ?」

 

 凛は俺のあまり乗り気ではない発言を聞くと、しょんぼりと項垂れてしまう。怒られた子猫のように、頭の上にパタリと前に倒れる猫耳が見えた様な気がした。そんな仕草を見せられてしまうと、俺もどうにも弱ってしまう。そして次の瞬間には、ため息をつきつつも彼女の提案を呑んでしまうのだった。

 

「いや、俺は別いいけどさ」

「ホントに? よかったぁ、えへへ。よっし、今日も張り切ってラーメンたっべるにゃー」

 

 一転、凛はハイテンションになって踊り出す。そんな俺と凛のやり取りを、真姫なんかはやれやれといった表情で見ていた。でも仕方がないだろう。あんなに残念そうな顔を見せられて拒むことなんて俺には出来やしないし、承諾したときのあの喜びようは見ているだけでも幸せになれる。だとしたら、必然的に選ぶ選択肢なんて一つに限られてくるわけで。

 

「ほらほらー、早く行こうよー。お店閉まっちゃうにゃー」

「あー、もう。そんなに引っ張るなって! そんなに早く閉まりゃしねえよ」

 

 そんな俺の言葉などお構い無しに、凛はグイグイと俺の手を引いて進んでいく。一分一秒でも早くと言わんばかりに。

 

「そんなに急がなくたってラーメンは逃げないって」

「逃げなくても、凛たちが行くまでに伸びちゃうにゃー」

「注文来てから湯がくんだから伸びんわ! って、だから引っ張るなって」

 

 何を言おうとスイッチの入ってしまった彼女を止める術は無く。乾いた笑いを浮かべる花陽と真姫に見送られながら、凛に腕を引っ張られて行ったのだった。

 

 

 

 

「いらっしゃい!」

 

 入り口をくぐると威勢の良い掛け声が飛ぶ。四十代後半から五十代ぐらいだろうか。凛と一緒に何度か通う度にその店主と顔を合わせてきたが、変に気取ったところもなく、かといって気難しいガンコ親父といった感じでもなく、気さくな感じのラーメン屋のオヤジといった印象を受けた。

 そんな店主に迎えられながら店内へと入っていく。凛はとんこつ醤油を、俺は味噌を。それぞれ押し慣れた券売機のボタンを押し、券を受け取ると席へとついた。そして、そこへ運ばれてきた水を一口飲むと、ようやく少し落ち着いた気がした。

 

「それにしても、本当ラーメンばっかりじゃないか、最近」

「ん~そうかにゃあ?」

 

 凛は、はてなと首をかしげるが、間違いなく頻度は上がっている。ましてや、ラーメンを食べるのはいいとしても、行くのは決まってこの店なのだ。飽きないものなのかと不思議になってくる。

 

「えぇ~、コウちゃんはこのお店嫌い?」

「いや、俺は好きだけど。何て言うかその、毎回同じだと飽きないかなって」

 

 店員に聞こえない程度に声のトーンを落として答える。凛に連れられて初めて知ったが、確かにここのラーメンは美味しいと思う。それは嘘偽りない本音だ。ただ、それが毎回ともなると、当然飽きというものが生まれてくるわけで。

 

「全然! 凛はここのラーメン大好きだから、いくら食べても飽きないにゃ」

「さいですか」

 

 声を抑えていた俺などお構いなしに、凛は大きな声でそう宣言する。そんな彼女の言葉を聞いていた店主が、ニコニコといつにもない笑顔を浮かべていたのは幸いだったが。

 

「好きなのは分かったけど、どこがそんなに好きなんだ? 確かに俺も美味いとは思うけども」

「えっ、ん~?」

 

 凛はうーんと首をかしげて、しばらく考え込んでから答えを出した。

 

「えっとね。なんて言うかここのラーメンは完成されてる感じがするにゃ」

「……ほう。言いますね、ラーメン評論家の星空さん」

「えへへ。他の人がどうか分からないけど、麺もスープも具も全部が凛の好み通りなんだ。だから凛にとってはすごく上手くまとまってて、どれも欠けちゃいけない感じ」

 

 ここの店のラーメンについて熱く語る凛。そんな姿から、本当にそれが好きであることがよく伝わってきた。

 

「でね、何度か食べてるうちにそんなところが何だかμ'sっぽいなぁ、なんて思ったりして」

「まぁ言いたいことは大体分かったけど、自分たちをラーメンに例えるのはどうなのよ?」

「え~ダメかにゃあ。いいと思うんだけどなぁ。麺が穂乃果ちゃんでスープが絵里ちゃん。それからそれから……」

 

 次々とメンバーをラーメンの中身に例えていく凛の話を聞いて、不意にスープの中を泳ぐメンバーを想像してしまった。ラーメン系アイドル……。まぁ流行らないだろうな。

 

「ちなみに俺は?」

「えっ? う~ん。コウちゃんは……どんぶり?」

「……は? どんぶり?」

「うん。どんぶり」

「もうちょっとマシな例えは無かったんですかね」

 

 凛がここのラーメンをμ'sに例えた以上、その中の具材に例えてくれ、なんてことは言いやしないけれど。ただ、もう少し何か良い例えはなかったんだろうか。せめてラー油だとか胡椒だとかの調味料系にしてくれるとか。よりにもよってどんぶりって……。

 

「えー。どんぶりだって大切だよ?」

「いや、まあ。そうかもしれんけども、別にラーメンに必須ってわけでもないし」

「確かにカップ麺みたいに発泡スチロールや紙みたいな容器もあるし、家でインスタントを作って鍋からそのまま食べるなんてことも出来るにゃ」

「行儀悪いけどな」

「でも、やっぱり凛はどんぶりに入ったラーメンが一番好き。μ'sだってそうだよ。九人揃えば確かにそれはμ'sだけど、やっぱり後ろでコウちゃんが見ててくれなきゃダメなんだと思う」

 

 何だろう。褒められているはずなのに、全くといっていい程そんな気がしないのは。

 

「……よく言うよ。俺なんかいなくても、自分らで全部解決できるくせして」

「そんなこと無いよぉ。少なくとも凛は、コウちゃんが居なくなったらすっごく寂しいもん」

「一緒にラーメン食いに行く相手が減っちゃうからだろ?」

「もうっ! コウちゃんはすぐそういうこと言うにゃ」

 

 凛はぷくっと頬を膨らませて拗ねてしまう。しかしそれも一瞬のこと。ラーメンが運ばれてきた次の瞬間には、パッといつものような笑顔に戻っていた。

 幸せそうにラーメンを啜る凛の姿は、さっきの彼女の発言に説得力を持たせるには十分だった。確かに、こうして店でどんぶりに入ったラーメンを、そして仲の良い人間と一緒に食べるのが一番美味しくて楽しいのかもしれない。

 

「ふぁにひてるにゃ? 麺が伸びひゃうにゃ」

「分かってるよ。つーか口に物入れて喋るなっていつも言ってるだろ」

 

 実際、凛と一緒にこの店に足繁く通うことに喜びを覚えている自分がいた。何てことはない彼女との会話や食事ですら、いつも以上に楽しいものになっていた。

 それでもやっぱり、どんぶりに例えられるのは如何なものか、そう思ったのだった。

 




凛ちゃんと一緒にラーメン食べたい。そんなお話。

美味しそうに、いっぱい食べる女の子っていいよね(限度はあるけど)
だから凛ちゃんと食事したら間違いなく楽しいと思う。

そんなこんなで、お誕生日おめでとう凛ちゃん


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catch a cold

穂乃果ちゃんと風邪のお話


 風邪をひくと無性にワクワクするのは何故だろうか。俺自身そんなに頻繁に病気になる方ではないし、それこそ何日も寝込むなんてことは未だ嘗て経験したことはない。だからこそ言えることで、病気がちな人からしたら何を不謹慎な、と一喝されてしまいそうな話である。

 子供の頃に風邪で学校を休んだ時なんかは、自分がえらく特別待遇を受けているような気がして嬉しくてたまらなかった記憶がある。他のみんなが授業を受けている最中に、自分はただ寝ているだけなのだ。しかも普段とは違って多少のわがままは許された。子供心にしてみれば、これがウキウキせずになんていられる筈はなかった。

 でも実際はそれも最初のうちだけで、次第に退屈で仕方がなくなってくる。とはいえ、布団を出て動き回ろうものなら、親から烈火のごとく叱られてしまう。まあそれも当然で。何しろ病人だという免罪符の元、学生の義務が免除されるだけなのだ。代わりに行動が制限されてしまうなんていうのも当たり前の話。

 

 

 

「こんにちは」

「あら、いらっしゃい。久しぶりねぇ、航太君」

 

 どことなく歴史と風情を感じるそんな和菓子屋。その玄関をくぐると、店内で優しげな雰囲気のご婦人に迎えられた

 

「どうも、お久しぶりです」

「あら、身長伸びた? また一段と男らしくなっちゃって」

「いやいや大して変わってないですよ。中身はガキのまんまだし。というか逆におばさんは全然変わってないですね」

「まっ! お世辞まで覚えちゃって」

 

 やだわぁ、なんて言いながらおば様特有の仕草を見せるこの方が、何を隠そう高坂穂乃果の母親なのである。お世辞だなんて彼女は言っているが。俺はそんなつもりは更々ない。何しろ外見がありえないくらいに若々しいのだ。二児の母、ましてや高校生の娘のいる母親にはとてもじゃないか見えやしない。

 

「それで今日はどうしたの? お買い物?」

「あ、いえ、すみません。穂乃果の様子を見に来ただけなんです」

「あら、そうだったの。何だか悪いわねぇ、心配かけちゃって」

「いえいえ。いつもお世話になってますから」

「……どっちかって言うと、世話になってるのはあの子の方だと思うけどねぇ」

「あはは……」

 

 おばさんの発言を否定する言葉も見当たらず、かといって馬鹿正直に肯定するわけにもいかず、とりあえず愛想笑いを浮かべてお茶を濁す。

 

「それじゃあ、悪いんだけど顔だけでも見せていってくれる? あの子も喜ぶだろうしね」

「はい。それじゃお邪魔します」

 

 おばさんに軽く会釈をしてから店の奥へと入っていく。その途中、何と無しに襖の開いていた居間を除くと見知った後姿が寝そべっていた。

 

「おう、雪穂。元気してたか?」

「ん~? あぁ、どっかで聞いた声だと思ったら航太さんか。こんちはー」

 

 高坂穂乃果の実の妹である高坂雪穂が、ラフな格好で横たわりながら雑誌を眺めていた。その雪穂は俺の声を聞くと、体を起こすことはせずに首だけ曲げて俺の方を向いてそう答えた。

 

「いいのか、そんなにだらけてて。仮にも受験生なのに」

「へーきへーきー。やる事はちゃんとやってるから。お姉ちゃんとは違うもん」

「まぁ、そりゃそうだわな」

 

 雪穂は姉への辛辣な言葉を口にする。だが実際、この高坂雪穂という穂乃果の妹とは思えないくらい、姉に似ず意外としっかり物なのだ。穂乃果とは違って、ギリギリになって誰かに泣きつくようなことをするタイプの子ではない。恐らく本人の言う通り、計画性を持って行動しているに違いない。

 

「その姉ちゃんはどうしてる?」

「熱も引いて、もうだいぶ良くなったみたい。なんか退屈そうにしてたよ。もう動けるようになったのにー、って」

「アイツらしいというか、なんというか……」

 

 雪穂の言葉で、暇を持て余しているだろう穂乃果の姿が容易に想像できた。何しろ昔からじっとしていられない性格だ。病気のときぐらいじっとしていればいいものを、恐らくそうもいかないのだろう。

 

「まぁ、とりあえず様子見てくるわ」

「わかった。後でお茶持ってくね」

「おう。サンキュー」

 

 俺は気の利く妹と別れて、穂乃果の部屋へと続く階段を登っていった。

 

 

 

 

「……寝てんのか?」

 

 穂乃果の部屋の前について二、三度扉をノックしてみたものの、中からの反応は無かった。もし寝ているのだとしたら、あまり大きな音を立てて起こしてしまっては悪い。ドアを開けて中を覗いてみたって構わないのだが、着替え中だったり、あられもない姿で寝ているなんて状況だったりしたらそれこそ申し訳がない。

 

「なーにしてんの?」

「うおっ!?」

 

 どうしたもんかと悩んでいると、不意に後ろから声を掛けられた。突然のことだっただけに驚きで心臓がバクバクと跳ね上がる。振り返ると、そこにはお盆にお茶を載せた雪穂が立っていた。

 

「忍者かお前は!?」

「いや、意味わかんないんですけど。つか入んないの?」

「ノックしたんだけど反応無くってさ」

「開けてみればいいのに」

「いやいや。寝てるんだったらいいけどさ、着替え中だったらどうすんのよ」

「ん~、役得じゃない? 一応ノックはしたわけだし」

 

 なるほど、そういう考えもありか。……という冗談はさて置き。このままじっとしていても仕方がないもまた事実だった。覚悟を決めつつ、なるべく音を立てないようにしてゆっくりとその扉を開いていった。

 

「……あっ」

「なになに?」

 

 扉を少しだけ開らいて、隙間から覗き込むようにして中の様子を伺った。そして部屋の中の現状を把握した俺は思わず声を漏らしてしまう。そんな俺も声に反応して、雪穂も少し腰をかがめて、俺と同じような姿勢で中の様子を覗き込んだ。

 

「……」

「……」

「……はぁ」

 

 一瞬の沈黙の後、俺と雪穂は顔を見合わせると盛大にため息を付いた。それもそのはず、何しろ中にいる病人であるはずの穂乃果が、部屋の中で軽快なステップを刻んでいたのだから。その姿を見た俺は無言で扉を全開まで開いた。

 

「ひゃぁあ!?」

 

 バタンという大きな音と共に扉が開かれる。それと同時に、飛び上がらんばかりに驚いている穂乃果の姿がそこにはあった。

 

「え? え? 雪穂? ってか航太君も!?」

「……」

「え? あっ! あははは」

 

 何が起こったのかわからない。そんな混乱している様子の穂乃果を、仁王立ちでただただ見つめていると、ようやく現状を理解したのだろう。耳に刺さっていたイヤホンと音楽プレイヤーを必死で隠すと、穂乃果は取り繕ったような乾いた笑顔を浮かべた。

 

「おまえなぁ……」

「ち、違うの! ちょっとストレッチしてただけだよ。ホントだよ!」

「説得力無さすぎでしょ……」

 

 しどろもどろになりながら必死で弁明する穂乃果と、それに呆れ返るその妹と俺。何というか無性に情けなくなる光景だった。

 

「はい。お茶」

「おう。ありがとう、雪穂」

「どーいたしまして。それじゃごゆっくり」

 

 手に持っていたお盆をテーブルの上に置くと、ひらひらと手を振りながら雪穂は部屋を後にする。この間も穂乃果の顔には乾いた笑いが張り付いたままだった。その姿もやはりどっちが姉で妹か分かったものではなかった。

 

「まったく。風邪ひいた時くらい大人しく寝てろよ」

「……だって退屈だったんだもん」

 

 拗ねたようにぶうっと頬を膨らませて穂乃果は言う。彼女の性格を考えたら無理な注文なのかもしれないけれど、それでぶり返しでもしたら元の木阿弥だろうに。

 

「はぁ……せっかくお見舞い持ってきたけど、持って帰ろうかな」

「ホントに!? なになに?」

 

 俺は今まで手に提げていた紙袋をテーブルに置いた。すると穂乃果の熱い視線がその紙袋一点へと注がれた。

 

「ほら。大福」

「えぇ~」

 

 穂乃果は怪訝そうな顔をして、心底不満げにそう漏らす。いつもそうだが、和菓子屋の娘がそこまで餡子を毛嫌いするのもいかがなものかと思う。

 

「別に嫌いなわけじゃないもん。ただ食べ過ぎて飽きただけで」

「同じようなもんだろ。おばさんもおじさんも泣くぞ」

「ていうかウチ和菓子屋だよー。普通、和菓子屋にお土産で大福もって来ないよぉ」

「……冗談に決まってるだろ。本当はプリンだし」

「ホント!?」

 

 不服そうな表情は何処へやら。穂乃果の表情が一瞬にしてパッと明るいものに変わる。そしてガサガサと音を立てながらその中身を確認すると、その輝きはさらに増していった。

 

「駅前の店のヤツ。前に食べてみたいって言ってただろ」

「やったー。ありがとう 航太君!」

「まぁ、風邪ひいた時ぐらいはな……って今食うんじゃねーよ」

「何で!? だってすっごく美味しそうだよ?」

「もう少しでメシ時なんだから、それまで我慢しろって」

「……はーい」

 

 穂乃果は手に持っていたプリンを寂しそうに見つめた後、渋々とそれを袋の中へと戻していった。袋へ入れた後もしばらくの間、名残惜しそうにそれを眺めていた。

 

「というか、晩飯まで少し寝ろ。動いて汗かいただろうから、またぶり返すとよくないし。それに俺ももう帰るから」

「ええっ!? もう帰っちゃうの?」

「様子見に来ただけだからな。思ったより元気そうで安心したし」

「もうちょっと居てよ~。ずっと退屈だったんだからぁ」

 

 渋る穂乃果を無視し、背中を押して半ば強引にベッドの中へと誘導した。年の離れた妹というか、本当に小さな子供を相手にしているようなそんな気分だった。

 

「ぶぅー。航太君のイジワル」

「はいはい。完全に治ったら聞いてやるよ」

「……ねぇ」

「ん?」

「だったら、せめて穂乃果が眠るまで手繋いでてくれない?」

 

 それこそ小学生じゃあるまいし。高校生にもなって、ましてや親族ならいざ知らず、幼馴染相手にそんな恥ずかしいことが出来ようはずもない。

 

「その方が落ち着いて早く眠れるんだもん」

「いや、そうは言ってもなぁ……」

「じゃあ、起きてプリン食べる」

「……はぁ。分かったよ」

 

 今日だけだ。そう、相手は病人様だ。今日だけは特別。こっちが折れなきゃ収拾もつかなさそうだしな。

 そう自分に言い聞かせるようにして、穂乃果の要求を受け入れる。布団の隙間から伸ばされた穂乃果の手をそっと握ると、風邪のせいなのだろう、普段よりも幾らか余計に熱を帯びているような気がした。とはいっても穂乃果と手を繋ぐ機会なんて滅多に無いのだけれど。

 

「航太君の手、冷たくて気持ちいい」

「お前の手が熱いんだろ。つーか熱ぶり返してきたんじゃないか、言わんこっちゃない」

「えへへ。ごめんなさい」

 

 穂乃果は叱られているはずなのに、何処か嬉しそうに笑っていた。

 しばらくそのまま手を握っていると、彼女の言葉通り、程なくして穂乃果は規則正しい寝息を立て始める。それを確認した俺は、何となく後ろ髪を引かれつつもそっと手を離し、穂乃果のそれを布団の中へと戻してやった。そして部屋の明かりを消して、なるべく音を立てないようにしながら穂乃果の部屋を後にした。

 




風邪といえばアニメだとシリアス一直線なんですが、
この作品ではシリアスのしの字も無かったり



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have a cold

風邪と矢澤先輩のお話


 風邪をひくと無性にワクワクするのは何故だろうか。子供の頃に風邪で学校を休んだ時なんかは、自分がえらく特別待遇を受けているような気がして嬉しくてたまらなかった記憶がある。他のみんなが授業を受けている最中に、自分はただ寝ているだけなのだ。しかも普段とは違って多少のわがままは許された。子供心にしてみれば、これがウキウキせずになんていられる筈はなかった。

 とまあ、そんな事を言っていられたのも小学生か、せいぜい中学生までぐらいのことで。高校生ともなるとそういった感情もしだいに薄れてくる。もちろん学校で授業を受けなくていいという事に、未だいくらかばかりの喜びは覚えるのだが、如何せん退屈なのだ。そう、現在進行形で俺は暇を持て余していた。

 

「あーあ……」

 

 昨日の昼過ぎ辺りからどうにも身体の調子がおかしくて、オヤッっと思っていたのだが、案の定、夜になってみたら熱が上がっていた。幸いなことにそれほど高熱というわけではなかったし。一晩ゆっくり休んで、今朝起きてからも大事をとって学校を休み、半日ベッドの上で過ごしたおかげでだいぶ回復してきた。そこで先程の話に戻るのだ。

 

「はぁ……」

 

 口から零れるのはため息ばかり。何しろ退屈なのだ。昨晩からずっと寝ていたので眠気も無い。かといって、ここで起きて何か暇潰しの出来ることを始めることが、いかに愚かなことか位俺でも分かっている。子供じゃあるまいし、その程度の分別は付けられるつもりだ。まあ、同い年でもそういったことが出来ないやつが身近にいるわけなのだが……。

 

 今一つ気になっているのはその穂乃果のことだった。風邪をひいた彼女の見舞いに行った訳なのだが、そのすぐ後にこうして自分が風邪を引いてしまった。因果関係ははっきりとは分かりはしないけれど、彼女のそれが俺に移ったという可能性も否定は出来ない。

 もちろん、だからといって彼女を責めるつもりなんて毛頭ない。自分の注意不足を悔いることはあれども、彼女自身を恨む理由なんて一つも有りはしなかった。むしろ気がかりなのは、その事で彼女が不要な責任を感じてしまっていないかということ。もしそうだったとしたら実に申し訳のないことだ。とはいえ、今現在それを確認する方法は無い。こちらから電話なりメールなりで問うてみるのもおかしな話だ。

 

 だから今はただ、ベッドの中で退屈と格闘していることしか出来ないのであった。

 

 

 

 

 勝負は一瞬だった。がっくりと肩を落としている少女がいる一方、私はただ握り固められた自分の拳を見つめていた。

 八人でじゃんけんをして、アイコ無しの一回で決着が付く確率はどのくらいなのかしら。えっと……うん。何だかとても低い確率だということは分かる。別に正確な数値を出せないんじゃなくて、そう、計算がめんどくさいだけ、それだけよ。その辺のことはともかく、今日の私がとってもツイてるというのは事実のよう。まぁ、こんなところで運を使わないで、もっと他の時に発揮してくれとも思わなくもないのだけれど。

 

「はぁ、もう。しょうがないわね~」

「……あ、あの、私が変わりましょうか?」

 

 あからさまにめんどくさいオーラを出しながらそんな事を言っていたら、おずおずと花陽がそう問いかけてきた。花陽の純粋な優しさなのか、それとも彼女なりに何か思惑があったのか。なんていうのは、ちょっと考えすぎかしら。それはともかく、彼女の提案を受け入れてしまっては話が振り出しに戻ってしまうということだけは私にも分かっている。

 

 事の始まりは、今日ここに居るべき人間が一人居なかったことから始まった。まあ、単純に風邪で休んでるってだけの話なんだけどね。それで、最初に言い出したの誰だったかしら。想像は付いていたことだけど、その話を聞いてお見舞いに行くって言い出した子がいて。なら私も、いや私がなんて話しが膨らんで行った。その後、大人数で押しかけたら迷惑になるだとか、風邪がうつったら大変だとか、紆余曲折あった後に、最終的に八人でじゃんけんをしてその一人決めようという話になった。

 ちなみに負けた人だと罰ゲームみたいだから、勝った人が行くことにしようってなったんだけど、そこで見事勝利したのがにこだったってわけ。

 

「ていうかにこちゃん。そんなにイヤなら初めから参加しなければよかったじゃないの」

「……一人だけ参加しなかったら、にこだけ冷たい子みたいになるじゃない」

 

 真姫の追求にそんな風に答えはしたけれど、私だって別に嫌だというわけじゃない。ただ、ここで妙に乗り気な態度を見せるのは、にこ的には何か違うかなって思っただけ。

 

「やっぱり私が行く!」

 

 今まで沈黙を続けていた穂乃果が、突然強い口調でそう言った。

 

「穂乃果。最初にあなたはダメだって決めたでしょ」

「でもぉ」

「絵里の言う通りです。それで、もしまたぶり返しでもしたらどうするのですか」

 

 絵里と海未が諭すような口振りでそう言う。しかし穂乃果は納得いかない、そんな表情だった。元々、穂乃果は風邪から回復したばかりとあって、じゃんけんにすら参加させてもらえていなかった。

 穂乃果だってふたりの言いたいことは分かっているんだと思う。ただ、素直に受け入れることが出来ないだけ。私にもその気持ちは分かる気がする。アイツが風邪を引いたのは穂乃果の見舞いに行った後だから。もし穂乃果の立場だったら、自分が風邪をうつしてしまったかも、そう思ってしまうのも仕方のないことなんじゃないかしら。

 まったく。同級生の女の子にこんな心配かけさせてどうするのよ。

 

「私がちゃんと見てくるから、穂乃果は大人しく練習してなさい。それとその練習も体調見ながらやるのよ。あんたは病み上がりなんだから」

「……は~い」

 

 穂乃果は不満げな態度をしながらも、どうにか納得する。私はそんな彼女を残して学校を後にした。

 

 

 

 

 退屈もピークに達しようかとしている、そんな午後のひととき。何をするでもなく、ベッドに横たわっているだけだった。テレビをつけているわけでも、何か音楽を流すわけでもなく部屋はただ静寂に包まれていた。そんな静けさの中、不意に玄関のチャイムが鳴ったような気がした。そして次の瞬間には何やら話し声が聞えてきて、さっきのそれが気のせいではなかったことを確信する。

 この部屋からでは話の内容までは聞こえやしないけれど、恐らく母の知り合いか何かだろう。そう最初は思っていたのだが、しばらくするとその話し声も止み、今度は微かな足音が聞こえてきた。それは次第に大きく、つまりはこの部屋へと近づいてきていた。

 

 それを聞いて、もしかして誰かしらが見舞いにでもきてくれたのかも、なんて考えが頭をよぎる。小学校の頃から今までほとんど病欠というものをしてこなかったので、もしそうだとしたら初めてのことだ。退屈をしていたということもあって、そんな淡い期待に少し心が躍った。

 そして足音は俺の部屋の前で止まると、その扉の向こうにいるであろう人物がコンコンとノックの音を響かせた。

 

「はーい」

「入るわよ」

「ってなんだよ。どっかの美少女が見舞いに来てくれたのかと思ったのに……」

 

 扉が開かれるとそこに立っていたのは自分の母親だった。こっちが勝手に期待を抱いていただけとはいえ、何というか肩透かしを受けたようなそんな気分だった。

 

「……美少女じゃなくて悪かったわね」

「えっ!?」

 

 母親だけだと思っていたのだが、その後ろからひょこっと顔を出す小さな人影があった。

 

「にこちゃん!?」

「あーあ、酷いわよねぇ。せっかくにこちゃんがお見舞いに来てくれたっていうのに」

「いいんですよぉ。にこは航太君が元気でいたくれただけで安心しましたからぁ」

 

 そんなわざとらしい会話を繰り広げるふたり。というか昔からの知り合いだからそりゃあ面識はあるのだけど、いつそんなに息が合うほど仲良くなったんだろうか。

 

「それじゃ、私は買い物に行ってくるから。よろしくね、にこちゃん」

「はいー。いってらっしゃいです」

 

 普段、俺と話しているときには見せないような満面の笑顔でうちの母を見送るにこちゃん。そんな営業スマイルも、母さんが去ってしまうといつもの素の表情に戻っていた。

 

「まったく、あんまり心配かけるんじゃないわよ」

「面目ない」

「穂乃果なんて自分がうつしたんじゃないかー、なんてずっと気にしてたんだから」

「あー、やっぱり……」

 

 想像していた通り、穂乃果には要らぬ心配をかけてしまったらしい。

 

「見舞いに行って、すぐその後に自分が見舞われる立場になってるんじゃ世話ないでしょ。本末転倒もいいところだわ」

「にこちゃん……」

「なによ?」

「本末転倒なんて言葉よく知ってたね」

「殴るわよアンタ!」

 

 何だろう。いつもしているような、こんなくだらないやり取りですら今はとても楽しくて仕方がなかった。退屈していたというのももちろんある。ただそれ以上に、いつも話をしている友人と今日は会えずにこうして会話をしていなかったということが、何となく俺の心を不安にさせていたのかもしれない。

 

「はぁ、まあいいわ。で、何かして欲しいことあるの?」

「え? いいの?」

「そりゃあ、一応はお見舞いに来たんだもの」

「ホントに?」

「あくまで出来る範囲でだけどね」

 

 元々にこちゃんは面倒見はとてもいい方なので、別に不思議なことではないのだけど。いつもよりも数倍優しいにこちゃんは、やっぱりちょっと違和感があった。もちろん素直に感謝はしているけれど。

 

「そうだなぁ。ちょっとお腹空いたかな。それと喉も渇いたし」

「オーケー。それじゃ、台所借りるわよ」

 

 にこちゃんはそう言って、部屋に入ってきたときから持っていたそのビニール袋を片手に台所へと向かっていった。

 

 

 

 

「はぁ~。ご馳走様でした」

「お粗末様」

 

 出て行ってから大した時間もかからずににこちゃんは戻ってきた。その手にはお盆に載せられたりんごと桃。りんごはご丁寧にウサギ型に切られており、ガラスの透明な器には桃のシロップ付けが盛られていた。風邪を引いたときの定番の一つであろうそれに、不覚にも少し心が弾んでしまった。だってウチの親にそんな事をしてもらったことなど一度も無かったから。

 

「食べ終わったならベッド入りなさい」

「えぇ~。今までずっと寝てたんだけど」

「ダメよ。眠らなくてもいいから、布団に入って暖かくしてなさい。油断するとすぐぶり返すから」

「……ふふっ」

「何よ?」

「いや、何でもないよ」

 

 俺が見舞いに行った時に言ったのと同じような台詞をにこちゃんは言う。そして俺もその時に見た穂乃果と同じようなごね方をしていた。こういう時みんな同じ行動を取るんだなと思うと妙におかしくなった。

 

「ねぇ、にこちゃん」

「ん?」

 

 どうせなら最後まで穂乃果と同じような行動をしてみよう。ふとそんな気分になってベッドに滑り込んでから口を開いた。

 

「俺が眠るまで手を握ってくれない?」

「はぁあ!?  何言ってんのよアンタ」

 

 そんなリアクションまで俺と一緒だった。というか、むしろそれが正常な反応だと自分でもそう思う。

 

「穂乃果の見舞いに行った時、その方がすぐ眠れるってアイツが言ってたから」

「……それで、してあげたわけ?」

「えっ? あぁ、まあ、うん。実際、すぐに眠っちゃったから、少しの間だけだったけど」

「……ふぅん」

 

 何だろう、この地雷でも踏んだだような感じは。一瞬空気が凍ったようなそんな気がした。

 

「ま、まぁ、流石に手を握ってくれってのはじょう」

「はい」

「えっ!?」

 

 冗談だけど。そう言おうとした俺の言葉を遮るように、にこちゃんは自分の手をスッと差し出してきた。

 

「……えっと?」

「ほら。さっさと手出しなさいよね」

 

 俺はにこちゃんの行動に驚きを隠せずにいた。正直一蹴されると思っていたから。だから当然、にこちゃんが話しに乗ってきた時のことなんて全く想定していなかった。今更冗談だというのも何だか変な感じだし、かといってほかにとるべき行動もパッと思いつきはしなかった。

 

 ならばいっそ、流れに乗ってしまおう。そんな考えが頭をよぎったその次の瞬間には、自然と布団の隙間から手を伸ばしていた。

 きっと風邪のせいだ。上手く思考が働かないのも、頬に熱が集まって来ているような気がするのも全部。

 

「まったく、しょうがないわね……」

 

 にこちゃんはぶつぶつとそう呟きながら、俺の手を自分の両手で包み込んだ。身体の大きさの通り、とても小さいにこちゃんのその手は、ひんやりとして少し冷たかった。

 ……穂乃果はこんな状況でよく眠れたな。

 にこちゃんに手を握られてから、うるさいほどに自分の心臓が高鳴っていた。それこそ彼女に伝わらないか心配になるほどに。とてもじゃないが俺の場合、当分の間は眠れそうもなかった。

 

 




前話を書いてるときから、逆に見舞いが来るパターンも書こうと決めてたんですが、
自分だったら誰に看病されたいかと数時間考えても、結局どのキャラも捨てきれず。
じゃあいっそ、誰が一番上手く看病してくれそうかと考えてみた結果がこのお話。

多分今までで一番悩んだと思います。
だってラブライブのキャラみんな可愛いいんだもん。しょうがないね。


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放課後綺羅綺羅センセーション

箸休め回的な感じで一つ


 空が青い。ただそれだけで何だか少しテンションが上がっていた。

 今日は珍しくμ'sの練習が完全にオフということで、こうして街中へと繰り出している。放課後に、空の色が赤らむ前にこんな所に居るなんて、実に久しぶりである。別に彼女たちの練習に付き合うことが嫌だなんて思ったことは一度もないが、久しぶりということもあってか不思議と開放感に満たされていた。

 

 こうして街中を歩いていると、見慣れているはずの景色もいつもとは違ってキラキラと輝いているように見えた。やはり休息も大切なんだ、そう実感する。体調管理といった面でも当然そうだが、何より根を詰めてしまうと段々と視野が狭くなっていくような気がする。

 もちろん日々の反復練習でしか身に付かないものもあるだろう。でも彼女たちはアイドルだ。歌が上手い、ダンスが上手。ただそれだけではいけないんだと思う。そこに何かプラスアルファで上積みするものがあってようやく一つ上のアイドルになれるんだと思う。

 

 まあ、かといって考えて簡単に浮かび上がってくるものでもない。

 ましてや今日は久々のフリーだ。堅苦しいことを考えるよりは、今これからのことを考えることの方がよほど優先するべきことだ。

 何処へ行こうか。そう考えただけで期待で心は躍りだす。気が付くと俺は、まるで不慣れな土地にでもいるようにきょろきょろと辺りを見回していた。

 一応μ'sの面々にもスイーツを食べに行こうだとか、ラーメンやら焼肉に行こうだとか誘われはしたのだが、全て丁重にお断りした。いつでも女の子の誘いにホイホイついていくほど軟派な男ではないのだ。

 というか、話題が食い物関係ばかりなのはアイドルとして、というか年頃の女性としてどうなんだろうか。若干彼女たちの先行きに不安を感じる。

 

「ねぇねぇ、そこのお兄さん」

「……」

「ねえってば。そこの音ノ木坂の制服着たお兄さん」

「えっ!? 俺のこと?」

 

 後ろから女性の声に呼ばれて振り返る。最初は自分が呼ばれているとは思わなかったのだが、辺りを見ても俺と同じ制服を着た人は居ない。もしかして自分のことかと思い、その声の方へと視線を向けると、そこには一人の小柄な女性が立っていた。

 

「ええ。今時間あったりってするかな?」

「は? まあ、今日に限っては時間は有り余ってますが」

「そう、よかった」

 

 そういってその少女はニッコリと笑う。ツリ目気味だったその目尻が少し下がる。不覚にもその笑顔に心臓を掴まれる。その少女は眼鏡をかけて帽子を深めにかぶってはいるが、それでもその顔のパーツは整っていて美人であることは間違いなかった。

 

「だったらさ、私と少しお茶でもしない?」

「は?」

 

 これはあれか。俗に言う逆ナンってヤツだろうか。

 人生初の出来事に内心嬉しくなって、少し心が揺らぐ。というか本当にそうならいいが、美人局的な何かである可能性も否定できないわけで。

 

「……まぁ、少しだけなら」

「よかった! 私、この辺でいい喫茶店知ってるの」

 

 そんな不安を抱きつつも好奇心の方があっさりと勝ってしまい、ついついOKを出してしまう。なにせ人生初のことだ、仕方がないだろう。この機会を逃したら次はいつあるか、というか今後こんなことがあるかどうかすら怪しい。故に、ここは話に乗っかるという選択肢一つしかなかった。

 

 そんな俺の返答に彼女は再びパッと笑顔を咲かせる。覗き込むようにして笑うその表情は、やはりとても可愛らしくて、思わずこちらまで笑顔になっていた。

 そんな彼女の顔を見ていると、どこかであったような、そんな既視感に襲われる。無論、会った事などないはずである。しかしやはり間違いなく何処かで見たことあるのだ。それが何処であったかを思い出せずに、モヤモヤとしたそんな気持ちの悪い感覚に包まれる。

 

「それじゃあ、付いて来て」

 

 だが、そんな俺の心の内など気が付くはずも無く、彼女は一人先に歩き出したのだった。

 

 

 

 

 店内に入ると確かにそこは、こじゃれた喫茶店であった。極力照明は落とされており、薄暗ささえ感じるのだが、それが落ち着いた雰囲気を醸し出していて、何処か隠れ家的な印象を受けた。

 彼女はそんな店内を慣れた様子で、奥へ奥へと進んで行く。そのまま本当に店の隅の方の、半ば個室のようになっている所まで来て、彼女は席へと付いた。それに合わせるようにして俺も彼女の対面の席へと腰を下ろす。

 この間、俺はずっと緊張しっぱなしだった。女の子とふたりきりだからということよりも、怖いお兄さんでも出て来やしないかという不安で。

 

「ふぅ」

 

 注文を取りに来た店員に内容を告げてから、彼女は少し緊張を解くように一つ息を吐く。そして店内ということもあり、今までかぶっていた帽子を脱いで片隅に置いた。続けておもむろに掛けていた眼鏡を外して、これまたテーブルの上へと置く。

 そこでようやく謎が解けた。

 

「あぁー!」

「へっ!? ど、どうかした?」

 

 思わず上げてしまった俺の声に、彼女はびくっと身体を強張らせて驚く。驚かせた人間が言うのもなんだが、そんな姿も小動物みたいで可愛らしかった。

 

「えっと、あれだ。ポスター!」

「へ?」

「そう、A-RISE! A-RISEのセンターの人!」

「あ、うん。まあ、そうだけど」

 

 見覚えがあるはずだ。何しろスクールアイドルのランキングの頂点に立つグループの一人なのだから。動画では何度か見たことがあるし、ウチの部室にもでかでかとポスターが張ってある。

 俺はそのことが分かって、胸のつっかえが取れたようにすごくすっきりとした気分になった。

 

「あーあ。でも残念だなぁ。名前までは覚えてもらえてなかったかぁ」

「あ~。ごめんなさい。何分疎いもんで」

 

 口ぶりとは裏腹に、ちっとも残念そうなそぶりを見せずに彼女は言う。

 

「ふふっ、冗談よ。じゃあ改めて自己紹介するわね。私は綺羅ツバサ。ご存知の通りスクールアイドルをやっているわ。よろしくね」

「三神航太です。こちらこそよろしく」

 

 流石はアイドル。そんな印象だった。

 ただ普通の自己紹介をしただけだというのに、引き込まれるような何かがそこにはあった。話し方から微笑み方まで、その細かい仕草のどれをとっても一般人とはまるで違っていた。

 

「それで、何で俺に声を掛けたんだ?」

「うーん、そうねぇ。興味を持っていたから、ってだけじゃダメかしら?」

 

 今や国民的とも言ってもいいような、スクールアイドルの頂に立つ女の子が俺に興味を持ってくれている。なんて馬鹿正直に喜ぶほど俺だって阿呆じゃない。つまりは彼女は以前から俺のことを知っていたのだ。その理由を考えてみたときに、導き出される答えは一つだった。

 

「興味を持っていたのは俺というより、μ'sに対してだろ?」

「……ええ、そうね」

 

 ツバサは一瞬驚いたような表情を見せてから、満足げに頷いた。

 

「μ'sのこと調べてたら必ずといっていい程、毎回近くに同じ男の子が居たの。最初はただのファンの子かと思ってたんだけど、なんだか違うみたいだから。それでたまたま今日見かけたから、声を掛けてみちゃったの」

「ちゃったのって……」

 

 μ'sのことを調べていたということにも驚きだが、それ以上にたったそれだけの理由で声を掛けてきたということに驚かされる。仮にもトップアイドルが男とふたりきりで居るというのを見られたら問題になるんじゃなかろうか。

 ……その辺のことに関しては、あまり人のことは言えない立場ではあるが。

 

「へーきへーき。ちゃんと変装してたから」

 

 ツバサはそう言って、ちょんちょんと傍に置いてある帽子と眼鏡を指差す。ペロッとしたを出しながらおどけてみせるその姿は可愛くて大変結構なのだが、名前を覚えていなかった俺でさえ気が付きかけたぐらいなのだから、ファンから見たら一発でバレてしまうのではなかろうか。他人事とはいえ少し心配になった。

 

 

 

 

「……えっと。何か?」

 

 視線を送られる。ただただ無言で。大きな瞳から放たれるそれは、射抜かれんばかりに力強いものだった。普段だったら、可愛い女の子に見つめられたりなんかしたら緊張してしまいそうなものだ。だが、不思議と今は感心していた。他人のことをこうも純粋に、真正面から見つめることができるものなのかと。

 

「ふふっ、ごめんなさい。前から気になってたのよ。どうしたらあれだけの強い個性を持ったメンバーをまとめるのかなって」

「別に俺がまとめてるわけじゃないから。当たり前だけど、メンバーの一員でも何でもないし」

「そうね。でも九人が九人とも貴方に心を許しているわけでしょう?」

 

 嫌われてはいない。それ位の自身はあるけれど、それ以上となると自分じゃ分かりっこない。ましてや心を許すなんて大層な話じゃなくて、お互いをよく知ってるってだけのこと。

 

「単純に付き合いが長いってだけだよ。幼馴染みだし」

「へーそうなんだ。因みにどの子と?」

「……全員」

「へ?」

「だから、九人全員と」

 

 ツバサは信じられない、そういった風に目を見開いて驚く。そして笑い出した。

 

「あはは。そうなんだ。あるのね、そういう事って」

「当事者の俺も未だに信じられないけどね」

 

 そりゃそうだ。一人二人ならともかく、九人も幼い頃からの知り合いがいて、その全員が揃いも揃って同じグループでアイドルを始めたなんて普通じゃあまり考えられない話。他人からそんな話を聞かされたら、俺だって簡単には信じやしないだろう。

 

「というか、それよりA-RISEのメンバーが俺らのこと知ってる方が驚きなんだけど」

「そうかしら?」

「そりゃ、トップアイドルだもん。片やこっちは何の実績もないぽっと出だし」

 

 変に自分たちを貶めるつもりもないけれど、彼女らぐらい上にいる人間が末端にまで目を向けているというのが到底信じられなかった。ましてや彼女の口ぶりは、最近知ったわけではなくて、もっと前から知っていたような言い方だった。

 

「きっかけ自体はたまたま動画を見たからなんだけどね。でも、一回見ただけで引き込まれたわ。こんなグループもあるんだって」

 

 今までの柔和な表情から一転して真剣な眼差しで彼女は語る。

 

「それに、トップなのにってあなたは言ったけど、むしろトップにいるからこそ新しいことに目を向けなきゃダメなのよ」

「……」

「常に一番でありたい、そう思ってる。もちろん、私だけじゃなくて他の二人も。だから今の順位だとか、経験の有無なんて関係ない。大切なのは、この先どうなるかってことだけ」

 

 ただ閉口していることしか出来なかった。

 歌が上手い、ダンスが上手い。そんなことは映像を見れば分かることだ。でも、彼女の熱意や志、想いは画面越しじゃ、きっとその全てを感じ取ることは出来なかっただろう。今こうして対峙して初めて触れることが出来た。

 そして同時に、これほどまでに貪欲でなければ、トップであり続けることができないものなのかと痛感させられる。

 

「なんてね。こんな堅苦しいことを話すために声を掛けたわけじゃないの」

 

 ツバサは緊張を解いて、先程までのように柔らかく笑った。その切り替えの早さもまさにアイドルのそれだった。

 

「私ファンなのよ、彼女たちの。だから彼女たちのこと、もっといろいろ教えてくれない?」

 

 そう言った彼女は何の屈託もなく笑う。そこにはひとかけらの含みもなかった。おそらく本当に、純粋にμ'sに対する興味からなのだろう。

 ツバサは元々大きな瞳をさらに大きくしながら、期待に満ちた表情で俺の答えを待つ。その姿はアイドルとしての綺羅ツバサではなく、一人のアイドルに憧れる少女のようだった。

 アイドルであるツバサの魅力も今日、十分といっていい程堪能させられたのだが、今の彼女もまた、それとは違った魅力でキラキラと輝いていた。

 




ツバサちゃんに逆ナンされるの巻

μ'sはもちろんだけど、A-RISEもかわいいよね
ツバサちゃんかわいい。デコかわいい

というか、こんな設定にしときながらμ'sのメンバーが一人も出てこないってどうなのって話ですが


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どっちにするの?

希と絵里のお話
なんというか、魔が差しました


 その日、東條希は今まで生きてきた中で一番の絶望を味わっていた。

 今、希の目の前には彼女のずっと好意を寄せてきた男性がいる。しかも希とその男とふたりきりであった。本来であれば、彼女にとっては喜ばしいシチュエーション。実際、希にとって彼と過ごす時間は日々の楽しみの一つであった。だから、とりとめもない会話を交わす、そんな些細なことでさえ彼女は内心舞い上がらんばかりの喜びを感じていた。

 ただ、そんな至福の時間は、彼の一言によってあっけなく崩れ去ってしまった。

 

「あのさ……俺、絵里ちゃんに告白することにするよ」

「えっ!?」

 

(……ああ、これが目の前が真っ暗になるってことなんやなぁ)

 希は何故か妙に冷静な気持ちで、事を受け止めていた。しかし、そんなことが出来たのも最初のうちだけで、現実は残酷にもじわりじわりと染み込むように、その事実を彼女の心の中へと刻み付けて行った。

 

「……そっか。ようやく決心したんやね」

 

 徐々に侵食されていくその心を何とか押さえつけながら、希は平静を装い続ける。

 

「……うん。すっごい不安だけどね」

「大丈夫。コウちゃんだったらエリちは絶対断らへんよ」

「そうかな?」

「いつもウチが言ってるやろ。エリちもコウちゃんのことが好きやって」

 

 希自身、航太が絵里に愛の告白をするように背中を押し続けてきた。故に希にとってはこの状況は当然の帰結であり、想定していたはずのものであった。

 それでもやはり希はショックを受ける。いざその場になってみてようやく分かる。それは希の想像以上のものであり、到底耐えられることではなかったと。

 

 東條希は三神航太に対して好意を抱いている。これは紛れもない事実である。しかし希はその事を航太はもちろん、友人に対してすら打ち明けたことはい。希は自分しか知らないその想いを、小さい頃から心に抱き続けて生きてきた。

 そんな恋心と共に希は成長してきたのだ。それはつまり、希自身であるといっても過言ではない。だからそれを手放すということは、自分自身を手放すことに等しかった。

 

 それでも希は自分の心を偽ってまで、彼を別の女性の方へと目を向けさせてきた。直接的でなく、冗談半分だったり、からかい半分だったりはしたが、ことあるごとに、いかにそのふたりが相思相愛であるか、お似合いであるか、そんな言動を希は繰り返してきた。

 ではなぜ希はそんな事をし続けたのか。それは希望を抱いて、それが裏切られたときの痛みを知っている、そんな彼女の最大限の防護作。

 

 それは端から期待しなければ失望することもない、そう思って張ったはずの予防線。けれど実際、それは何の役にも立たなかった。そんなものとは関係なく、現実は遠慮なしに希の奥底へと傷後を刻み込んで行く。

(……いや、それがあったからこそ、この程度で済んでいるのかもしれへんな)

 もしそうだとしたら、何の心の準備がない状態で、今のこの状況を迎えていたら自分はどうなっていたのだろう。そう考えて希はそら恐ろしくなった。

 

「……ほら。エリち待たせてしまうで。早く行かんと」

「うん。ありがとね、希ちゃん」

 

 それでも希は笑顔を崩さなかった。そんな彼女の心の内など気が付くはずもなく、航太は手を振りながら遠ざかっていく。

(……後少し、もう少しだけ)

 なんとか平静を保ちながら、希は手を振り返して彼を送り出す。そして航太が去ったのを確認すると、ついにそれは決壊した。

 

 

 

 

 その日、絢瀬絵里は今まで生きてきた中で一番の愉悦を味わっていた。

 今、絵里の目の前には彼女のずっと好意を寄せてきた男性がいる。しかも絵里とその男とふたりきり。それだけで既に彼女が喜びを感じるには十分であった。しかし、そんな物の比じゃない位の言葉が彼の口から発せられた。

 

「好きです。俺の恋人になってください」

「……えっ!?」

 

 まず絵里に飛び込んできたのは驚きだった。そしてそれはすぐに混乱へと変わる。彼女にとってはありえない、想像もしていない出来事だったから。

(……え? え? え?)

 今この状況を、絵里は飲み込めずにいた。優秀であるはずの彼女の思考回路もパニック状態で上手く働かず、もはやショートする寸前といったところであった。

 それでも次第に、徐々にではあるが絵里の中でそれは消化されていく。仲のよい男女がふたりきりであるというこのシチュエーション。先程、彼が発した言葉。今まで見たことのないような彼の真剣で緊張した表情。そして彼女自身の心臓の高鳴り。そういったいくつかのパーツが一つに合わさったその時、それは喜びへと昇華した。

 

「……本当に私なの?」

「うん」

「別の誰かじゃなくて?」

「うん」

 

 手探りで確認するかのように、絵里は問う。理解は追いついても何処か信じられずにいた。次の瞬間には夢から覚めてしまうのではないか、そんな夢見心地な気分であった。

 その間にも航太は目線を反らすことなく、彼女のことを見つめている。反対に、絵里は動転して泳ぎまくりで、視線の行き場に困っていた。ほんの少しそれらが交差するだけで、絵里は自分の顔が紅潮していくを感じた。

 とてもじゃないが今の彼女には視線をあわせることなど出来ない。返答を待っている彼と向き合う、それは即ち自分の気持ちを伝えなければならないということだから。

 

 絢瀬絵里は三神航太に好意を抱いている。しかもずっと昔から。傍から見れば彼女の取るべき答えは簡単。私も好きです。そう言ってしまえば全てが終わる。完璧なハッピーエンド。

 でもそれはあくまで他人から見た場合の話。今の彼女にとってはそう簡単なことではなかった。未だ驚きが残っていることと、今までの積み重ねてきた想いが、そのたった一言を喉の奥で押し止めていた。

 

 それでもそんな複雑な感情を整理して、絵里は口を開く。しかしそんな時、脳裏に一人の少女の顔が浮かんでの彼女は顔を曇らせた。

 

(……希のバカ)

 先程完成したと思っていたパズル。けれど良く見ると一つパーツが欠けていて。そのパーツをはめ込んでみると、それはまったく別の物に見えてしまった。

 絵里はようやく気付く。今までの希の意図に、彼女の気持ちに。そして今まで気が付くことが出来なかったことに対して自責の念にかられた。

 

「絵里ちゃん?」

 

 絵里は悲しげな表情を浮かべる。

 そんな彼女を見て、航太は心配そうに覗き込む。そんな彼の表情でさえ絵里にとっては愛しくてたまらなかった。今すぐ抱き締めてしまいたい。その衝動を必至に抑え込みながら、声を震わせつつ絵里は告げる。

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 

 希は自分の家に帰ると自然とまた涙がこぼれ出した。

(……さっきあんだけ泣いたんやけどなぁ)

 頭ではそう思っていても、それは止まる気配すら見せなかった。

 

 そんな時、玄関のチャイムが鳴らされた。しかし希は出ようとはしなかった。散々泣いたせいで目は真っ赤に腫れ上がり、とてもじゃないが人と合えるような顔をしていなかったから。

 しかし、そんな希のことなど無視をして、再び呼び鈴は鳴り響く。二度三度と。それでも出る気になどなれはしなかったが、仕方がなく希は立ち上がる。そしてとりあえず誰かだけは確認しておこう、そう思ってドアスコープを覗き込んだ。

 

(コウちゃん!?)

 そこには航太が立っていた。それだけでも彼女にとっては驚きだった。ただそれ以上に、俯いていて表情まで伺うことは出来ないのだが、それでも感じ取れるほど彼の雰囲気が何処かおかしなものだった。それが希にとっては気になって仕方がなかった。

 

「コウちゃん!」

 

 希は今の自分の状況などすっかり忘れて、勢い良くドアを開ける。そして彼を部屋の中へと招き入れた。そんな望みの後を航太はただ無言で付いて中へと入っていく。そしてリビングでふたり腰を下ろすと、静寂がその空間を包んだ。

 

「……ごめんね、希ちゃん」

「ううん。気にしなくてええんよ」

 

 しばらく無言を貫いていた航太が、ようやく口を開く。そんな彼に希はどうしたの、そう聞くことが出来なかった。

 今頃幸せ絶頂でいるはずの彼が何故こんな顔をしてここにいるのか、そんな疑問が希の中に生じていた。そしてそれと同時に、その答えも何となくではあるが彼女の頭を過ぎっていた。そんな彼女の頭の中を見透かしたかのような答えを航太は口にした。

 

「……絵里ちゃんに振られちゃった」

「えっ!?」

 

 希は絶句する。彼女にとっては有り得ないことだったから。

 希は絵里が航太に好意を寄せていると思っていた。それは憶測なんて曖昧なものではなくて、確信に近いものだった。しかし、事実として航太はこうしてここにいる。今にも崩れ去ってしまいそうな彼の姿を見ると、希は自分がさっき同じ立場にいた時以上に心が締め付けられていた。

 

「ごめんなさい」

「どうして希ちゃんが謝るのさ。別に希ちゃんが悪い訳じゃないよ」

 

 心配しなくていい。そう言いながら航太は弱々しく笑った。全く説得力のないそんな言葉や表情に、希はついには堪え切れなくなって彼を胸元へと抱き寄せた。このまま放って置いたらいけない、ただそれだけの感情で。

 

「ごめんな」

「だから……んっ」

 

 再びの希の謝罪の言葉に、航太は言葉を返そうと掻き寄せられていた頭を上げる。しかしそんな航太の言葉を遮るように希は彼の唇を自分のそれで塞いだ。

 

(……ごめんな)

 

 希は心の中でまた謝罪の言葉を浮かべる。それは今までのような航太に対するものではなく、別の人物に向けられたものだった。

 

 

 

 

 絵里は重い足をどうにか運んでそこまでたどり着いた。

 あれ以来、絵里と航太の関係は一変した。顔をあわせても会話どころか、視線を交わすことすら稀になっていた。自分の決断とはいえ、絵里にとってはそれが辛くてたまらなかった。

 それとは逆に、絵里は彼と希とが一緒にいるのを目にする機会が増えていた。それがむしろ彼女にとっては救いになっていた。ふたりの関係が上手くいっている、そう思うとなんとか自分を保っていられた。

 

 しかし、それを素直に祝福できるほどの心の整理は、まだ絵里にもつけられずにいた。だから希の家の前に立っている今も、彼女と会うのは気が進まなかった。ましてや、こうして希の家に呼ばれる理由が絵里には分からなかったから。

 それでも絵里は呼び鈴を鳴らす。するとほとんど時間をかけずにドアの鍵が開けられ、その向こうから希が顔を見せた。

 

「いらっしゃい、エリち」

 

 希はいつもと同じ笑顔で迎える。それが絵里にとっては逆に違和感を覚えた。

 絵里は無言で希の後を付いていく。しかしリビングに入ろうとしたところで足を止めた。そこには今一番会いたくない人がいたから。その相手も彼女が来ることを知らされていなかったのであろう、お互いに視線を交わすと驚きで目を見開いた。

 

「や、やっぱり私帰るわね」

 

 絵里は逃げるようにして身を翻す。しかしそんな彼女の腕が希によって掴まれた。

 

「あかんよ、エリち」

「希……」

 

 絵里がそれを振り払おうとする気すら失せるほど、希はしっかりと彼女の腕を掴んでいた。そして絵里が完全に観念して動きを止めたのを確認して、希は口を開く。

 

「……どうして断ったりしたん?」

「っ!?」

 

 前置きだとか前口上だとか、そんなものは一切投げ捨てて、希はずばり本題だけを口にする。

 

「それは、希が……」

 

 絵里はそこまで言いかけたところで、はっと気付き、口をつむぐ。

 本音を口にすることなど出来なかった。それは勝手な押し付けであり、希が望んでいることではなかったから。だからそれを口にするということは絵里にとって、責任を押し付けているのと同義であったから。

 

「……希には関係ないでしょう」

「関係ないことあらへんよ」

 

 はぐらかすことしか出来ない絵里の言葉を、希は即座に否定する。そして自分を落ち着かせるように一つ大きく息を吐くと、希は絵里の目をしっかりと見据えて再び口を開いた。

 

「……ウチはコウちゃんのことが好きやから」

 

 瞬間、驚きと緊張で空気が張り詰めた。視線を合わせている絵里だけではなく、傍にいた航太でさえも驚きの表情を隠そうとはしなかった。

 

「だったら……だったら、どうして!」

「……」

「どうして他人に譲るようなことしたのよ! ましてや自分から」

 

 静まり返った部屋に絵里の咆哮が響く。今までとは違い、感情を剥き出しにして絵里は言葉を投げつける。それを希は逃げるようなことはせず、視線も反らさずに真正面から受け止めていた。

 

「……エリちはコウちゃんのこと好きなん?」

「好きよ。希だって知ってるくせに」

「だったら」

「出来るわけないじゃない! 希も航太が好きなのこと知ってんだもの。それなのに私とくっつけようとなんてして!」

 

 希の言葉を遮るようにして絵理は続ける。

 

「告白されたときだって本当に嬉しかった。でも、もし希が私たちのことを応援してなかったら、こうして告白してもらえなかったのかもとか、そんなことをしていた希自身の気持ちだとか。色んなこと考えたら素直に受けることなんで出来るわけがないじゃない!」

 

 絵里は息が上がってしまう程の勢いで自分の気持ちを吐き出していく。希は神妙な表情でそれらを全てを受け切ると、静かに言葉を口にした。

 

「ウチはコウちゃんのことが好き」

「……」

「でもそれと同じ位エリちのことが好き」

 

 希は語る。絵里とは対照的に、表情も変えずにただただ静かに。しかし己の感情をしっかりと全て込めて希は話す。

 

「だから、もしウチが頑張ってコウちゃんに振り向いてもらう代わりにエリちが悲しむのと、逆にエリちとコウちゃんがくっついてウチが悲しむの。どっちがええんか考えたんよ」

「希……」

「それで結局、後者の方を選んだんやけど、大失敗やった」

 

 よくやく希は笑った。ただそれはいつもの彼女の笑みではなく、何処か悲しみを含んだものだった。

 

「耐えられなかったんよ。実際コウちゃんがエリちに告白するって聞いたとき、辛くて辛くて。予想していたよりも全然。だから……」

 

 希はそこで一呼吸置いて、大きく息を吐き出した。そして少し下がり気味だった眉尻と口角を上げて笑った。彼女の特徴でもあるそんな普段通りの顔に戻って希は告げる。

 

「だからもうウチ、遠慮しないことにしたん」

「っ!?」

 

 絵里は希の言葉に驚きの表情を見せる。しかし希のその言葉の意図を汲むと、それはすぐに一変した。

 ウチはそうするけど、エリちはどうするん?

 希は口にこそしなかったが、絵里はそう聞かれているような気がした。そしてそんな挑発に乗るかのように、彼女もまた同じように笑った。

 

「……遠慮しないわよ? 経緯はともかく一度告白されてるんだから」

「ええよ、今はウチの方が一歩リードしとるんやから」

「ちょっと、どういうことよそれ!?」

「ふふん。ないしょ」

「……ぷっ」

「あはははっ」

 

 希と絵里は互いに顔を見合わせると大きな声で笑い出す。何かが決壊したように、心の底から、腹の底から笑い声を上げていた。

 しばらくそのまま笑い続けた後、再びお互の視線を交差し合った。それから今度は何かを企んでいるかのような笑いを浮かべる。そして、完全に蚊帳の外に取り残されていた航太の方へと、ふたり同時に振り向いた。

 

「え!? ……え、えっと。何か?」

 

 ふたりは無言のまま航太の近くまで行くと、彼の腕を両脇からそれぞれ抱えるように掴んでから耳元で囁いた。

 

「覚悟」

「しておくんよ?」

 

 そう言って、ふたりは笑う。まるで獲物を前にした狩人のような目つきでニッコリと笑った。

 そんな彼女らを横に、ただただ航太はたじろいでいることしか出来なかった。

 

 

 

 

「っていう感じのはどうやろ?」

「ダメに決まってるでしょう!」

 

 希ちゃんの提案は絵里ちゃんの一言の前に却下される。それはもう、けんもほろろに。

 

「えぇ~。ええと思うんやけどなぁ」

「良いわけないでしょ! 大体、何で登場人物が私たちなのよ!?」

 

 絵里ちゃんはほんのり頬を赤らめながら捲くし立てる。

 元はといえば文化祭で生徒会としても何か出し物をする、ということから始まっていた。一応は劇をやるという形で話は進んでいたのだが、その内容をどうするか。といったところで希ちゃんが持ってきた話がこれである。

 

「それはほら、知ってる人間にした方が親近感湧くやん?」

「そんなものいらないわよ!」

 

 全くもって絵里ちゃんの言う通りである。親近感どころか恥を晒しているだけじゃないだろうか。というか俺の扱いも相当酷いよう気がするし。

 

「ん? どうしたん?」

 

 そんな抗議の意思を含んだ俺の視線に気付いて、希ちゃんはこちらを向いた。

 

「……あ、もしかして、実際にこんな関係になってみたいとか思ってるんやない?」

「えっ!? そ、そうなの?」

「いやいや。そんな訳ないでしょ」

 

 何故か希ちゃんの言葉を鵜呑みにする絵里ちゃんとそれを否定する俺。そんなふたりのやり取りを、ニヤニヤとした表情で希ちゃんは眺めていた。

 それ自体は割とよくある光景ではあるのだけれど。ただ今日は希ちゃんのそれが、いつもの悪戯をする子供のような表情とはちょっとだけ違ったような気がした。

 ただそれが、どこがと言い切ることが出来なかった。雰囲気だとか、目の奥のその奥の方が笑っていないように見えただとか、どれも確信をつくには足りないようなものばかりだった。

 そしてそれ以上に、そのことを深く知ることがなんだか恐ろしいことのような気がして、俺はそれを気が付かなかったことにしようと、そう心に決めたのだった。

 




……なんだこれ?

実は一ヶ月前ぐらいに書いてお蔵入りしてたんやつなんですが
スクフェスのイベが絵里→希と、のぞえりが続いたんで
つい投稿したくなって、微修正して今に至る

とか何とか言いつつも、こういう話を書くのも楽しんでる自分がいたりして


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IF:日曜日 (真姫)

次話の構想が思うように固まらないので、気分転換に番外編を書いてみる。


 昔から、日曜日が晴天だとそれだけで嬉しくなる。

 とある日曜日、窓の外を見ると澄み渡るほどの快晴だった。穏やかな気候。これといった用事も無く、ただゆったりと流れる時間。その何もかもが心を落ち着かせた。

 そんな中、俺は部屋の中で何をするでもなく、ソファーの背もたれに寄りかかりながら、ただボーっとテレビを眺めていた。

 

 外は出かけないのが勿体無いぐらい良い天気だ。それでも俺はこうしてパジャマも着替えず部屋の中にいる。

 別に重度のインドア派ってわけでもないので、外出すること自体に嫌悪感は抱いちゃいない。何処か普段行かないような場所に行って、いつもとは違う休日を過ごすことにだって人並みには魅力を感じている。

 だけど、そんな事をしなければ楽しめないというのも、それはそれで違う気がした。

 ありきたりな休日だって、見かたによっては特別なものになるのだから。

 

 

「ねぇ、航太も何か飲む?」

 

 背中の方から声が聞こえた。俺は首だけをそちらの方へと向けて返事をする。

 

「うーん。真姫と同じのでいいや。その方が楽だろうし」

「もう。別にそんなところで気を使わなくたっていいのに……」

 

 ぶつぶつとそんなことを言いながら、真姫はキッチンで支度を始める。そしてしばらくしてから、準備の終えたそれらをトレイに乗せてこちらへと運んで来た。

 

「はい、どーぞ」

「ん、ありがと」

 

 それをテーブルの上へと置いて俺の分を手渡すと、ソファーの上、俺の隣へと真姫は腰を下ろした。手渡されたカップからは、入れたてのコーヒーの香りがふわりと漂って俺の鼻をくすぐった。

 

「……ふっ」

「なに?」

「いや、別に」

 

 思わず笑いが漏れてしまった俺のことを、真姫は不思議そうに見つめる。

 自分じゃ気を使わなくたっていいなんて言っていたくせに、結局彼女の好きな紅茶じゃなくて、俺の好きなコーヒーの方を入れて持ってくる。そんな辺りが実に彼女らしくて、なんだか可笑しくなってしまった。

 

 こんな関係も今では当たり前のものになりつつあるけれど、改めて考えてみると不思議なものだった。彼女のこと自体は、それこそ物心付く前から知ってはいた。ただ、こうしてお互い好きになって、恋人になって。そして大学生になった今では、こうしてふたり同じ部屋に住んでいる。こんなことは、少なくとも俺は正直想像もしていないことだったから。

 

「何見てるの?」

「さぁ?」

「さぁ、ってなによ」

「ただ適当につけてるだけだし」

「ふーん」

 

 特にこれといって実りのあるわけでもないこんな会話も。自然と肩が触れあっているこの距離間も。慣れてしまえばなんてことはないのだけれど、意識せずに自然とこんな風に出来るようになったのはいつ頃からだろうか。昔はあれだけ、お互い緊張していたっていうのに。

 

「……」

 

 隣に座っている真姫はチラチラと盗み見るように、横目でこちらの様子を伺ってくる。本人は気付かれていないつもりなんだろうけれど、こっちからしたらバレバレだった。

 

「……どうかした?」

「ゔぇええ!? べ、別にどうもしないわよ」

 

 その妙な空気に耐えられなくなって、こちらから声を掛けてみる。けれど、真姫は動揺しながら何でもないと言い張るばかり。何か言いたそうなのは明らかなのに、何故か素直に話そうとはしなかった。

 ふたりの関係は変わっても、こんなところは相変わらずだった。

 

「……」

「……」

「……ねぇ」

「ん?」

 

 長い付き合いのおかげで、そんな彼女の扱いにもとうに慣れている。

 こんな時の対処法はいたって簡単で、ただただ黙って待っていればいい。そうすれば痺れを切らして向こうから口を開いてくるから。

 

「へ、変なこと聞いてもいい?」

「変なこと? んー。まあ、いいけど」

 

 真姫は言い出しにくそうに、もじもじと身体をよじる。そして控えめに上目遣いをしながら、小さな声で呟いた。

 

「えっと、その……私のどこが好き?」

「……はぁあ?」

 

 向こうからわざわざ前置きを入れてきたぐらいだ。多少のことでは動じないつもりだったが、思っていたのとは全く違うベクトルの内容で、驚きというか変な脱力感に襲われた。

 確かに俺と真姫は恋人同士で、彼女のことが好きかと聞かれれば、迷うことなく好きだと答えるだろう。ただ、改まってどこがと聞かれて、それに答えるなんていうのはバの付くカップルに片足を突っ込んでいるようで何だか少し気が引けた。

 

「ち、違うの! その、ほら、私たちって小さい頃に知り合ったじゃない?」

 

 俺は余程怪訝そうな表情をしていたのだろう。真姫は必死で弁解するように、少し早口になりながら話を続ける。

 

「私は、そ、その時から好きだったけど、そっちはそうじゃないわけでしょ」

「うん。まあ、そうかな」

「だからね。その、どんなきっかけで好きになってくれたのかって、前から聞いてみたくて……」

 

 恥ずかしそうに話す真姫の声量は、次第に細いものへとなっていく。伏目がちにしつつも、時折様子を伺うように上目遣いで覗き込んでくる。そんな仕草はとても可愛らしくて、大変結構なのだが、彼女から投げられた問いかけは実に難しいものだった。

 それこそ、今大学で学んでいるどの抗議よりも難解なんじゃないかと思えるぐらいに。それぐらい答えの出しづらい物だった。

 かといって、照れくさそうにしつつも何処か期待に満ちた眼をしたそんな彼女を前にして、答えないという選択肢は存在していなかった。

 

「えーと、そうだな。なんだ……まず可愛いよな。その、笑った顔とか特に好きだよ」

「っ!? ふ、ふーん。あ、あとは?」

 

 自分から聞いておきながら、俺の言葉を聞いた真姫は、ボッと一瞬にして顔を赤らめる。まるで茹蛸のように。何でもない風を装ってはいるが、明らかに照れているのは丸分かりだった。

 ただむしろ、言ってるこっちの方が顔から火が出そうなくらい恥ずかしい訳で。

 

「えっと、スタイルも良いよな。細身だけどバランスも取れててさ」

「う、うん。……ありがと」

 

 身長もあるほうだし、痩せてはいるが出るところはそれなりに出ている。理想的といっても過言ではないんじゃないだろうか。ただ、若干お尻が大きめではあるけれど。

 

「そ、それから?」

「えっ? あー、そうだな……」

「……」

「……あはは」

 

 言葉に詰まる。出てくるのは苦笑いばかりだった。

 あー、不味いな。そう思った時にはすでに手遅れで、恥ずかしさと嬉しさが同居したようだった真姫の表情は、眉間にしわを寄せて、ムスっとしたそれに変わっていった。

 

「それで終わり!? 外見のことばっかりじゃない!」

「いやいや。別にそれだけって訳じゃないよ」

 

 俺の言い訳なんて意味を成さず、真姫は不貞腐れたような顔をしてそっぽを向いてしまう。

 彼女の気持ちも分からなくはないのだが、いかんせん好意の理由を言葉をにするというのは難しいものなのだ。彼女を見つめてみて、パッと出てきたのが外見だっただけで。

 

「あの、あれだ。全部、全部好きだよ」

「ふーん……私は嫌いだけど」

 

 半ば投げやりな愛の言葉は、当然のごとく受け取ってもらえずに、逆にのしをつけて叩き返される。喧嘩とまではいかないが、こうして真姫がご機嫌斜めになった時には、よくこの言葉を彼女は口にする。

 実は彼女にその台詞を言われる度に、少し嬉しくなってしまう。別に俺がドMだからとか、そんな理由じゃない。単純に拗ねている彼女が可愛いってことと、それがきっと俺に対してしか使われない言葉だからってこと。

 

 人に面と向かって『嫌い』なんて言う機会は、普通に生きているとそうあることではない。

 何か余程のことがあって感情が高ぶり、つい口にしてしまう。そんなケースは稀だ。あるとすれば、親しい人間に対して冗談めかして言うぐらい。

 彼女の場合も基本後者で。嫌いよ、なんて口にはするけれど、本気なわけじゃない。それは当然こちらも承知していて、お互いに分かり合った上でのそんなやり取りなのだ。

 それはそんな事を出来るぐらい親しい関係、すなわち恋人同士であることを再認識させてくれる。つまりそれは、俺だけの為にある特別な言葉。

 だからそんな拒絶の言葉とは裏腹に、それを聞くたびに俺の頬は緩んでしまうのだった。

 

「……なによ?」

「いやいや、別に」

「……ふん」

 

 そんな俺の顔を見ると益々彼女はへそを曲げてしまう。俺の心の内など知るはずもない彼女からすれば、どうして自分が怒ってる時にへらへらしてるのよ、とでも言いたいのであろう。

 

「……じゃあさ。逆に真姫は俺のどこを好きなったわけ?」

「えっ!? わ、私?」

「うん。そう」

 

 そんな彼女にちょっぴり意地悪な仕返しをする。すると案の定、真姫は動揺の色を見せる。

 

「私は、その……だ、だから言ったじゃない、小さい頃からって。そんな昔のことなんて覚えてないわよ」

「じゃあ、今のことでもいいよ。今の俺のどこが好きかってことでも」

「そ、それは!? その……あ、改めて聞かれても答えられないわよ!」

 

 何故か若干逆切れ気味なのは置いておいて。結局はそんなものなんじゃないかと思う。

 もちろん何かしらのきっかけはあるのかもしれないけれど、人を好きになるのに明確な理由なんかないのではないかと思う。逆にそこを理屈付けてしまったら、その一部分しか愛せないような気がする。

 

 なんて、そんな講釈を垂れてみたところで彼女は依然としてふてくされたまま。それでも真姫は自分を納得させるようにしながら唇を開く。

 

「……ねぇ」

「ん?」

「……私のこと好き?」

 

 真姫は再び同じ質問を繰り返す。今度はどこがという単語を取り除いて。

 

「好きだよ」

「ホントに?」

「うん。本当に愛してる」

 

 彼女の要求に、古今東西散々使いつくされてきたそんな言葉を返す。それは口にするだけだったら誰にでも出来るような言葉。

 それでも今の俺にとっては特別なもので、きっと彼女にしか使うことはないであろう言葉。

 

「……じゃあ、許してあげるわ」

 

 そう言った真姫は、照れくさそうに再びそっぽを向いてしまう。

 そんな仕草と、微かに見える彼女の頬の火照りが愛おしくて、思わずその背中を抱きしめた。一瞬ビクリと驚いた様子を見せるが、決して抵抗することはなかった。

 そんな彼女は腕の中でもぞもぞと動いて、こちらの方へと向き直る。そして、どちらからともなく唇を重ねる。

 長い口付けの後に顔を見合わせると、自然とお互いに笑みがこぼれた。

 

 

 きっとそれは、他人からすれば何の面白味もないありふれたカップルのワンシーン。

いや、自分たちから見ても、いつもと何ら変わりのないひとときだと思う。今日だってそうだ。別にいつもと何か違うことをしているわけじゃない。

 

 ただそれでも、俺たちにとっては特別な一日なのだ。

 恐らく、これから幾度となく訪れるであろう、ありきたりで特別な一日。

 

 そんな日曜日を俺たちは過ごしていた。

 




The Babystarsさんの曲を拝借して真姫ちゃん番外編

こんな温い文章ですら、書いてて小っ恥ずかしくなったいうのに
もっと甘ったるいお話を書いてる作者様はどういう感覚してるんでしょうかねぇ(褒め言葉)


まあ、書いてて楽しかったのは事実なので、
評判が悪くなければ今後もたまに番外編書くかもだったり


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境界線

ことりちゃんと境界線


 もしかして、ここは同じ日本じゃないのではないか。そんな錯覚に陥ってしまう。

 明らかにここは俺の知りうる領域の範囲外。境界線の外側のそのまた向こう側。

 一人で足を踏み入れろと言われたら、間違いなく躊躇してしまう。そんな所。

 

 今いるこの空間は何というかこう、物凄くファンシーなのだ。いや、特段そういった色使いや装飾をしているわけではないし、過剰に華やかさを演出しているわけでもない。空気感というか雰囲気というか、そんな目では見えない何かがこの場を支配していた。

 周りがほとんど女性ばかりというのが、特にそれを助長している気がする。何人かは男性の姿も目には入るのだが、それでもやはり居心地が良いものではなかった。

 

「や~ん。これも可愛い!」

 

 そんな肩身の狭い思いをしている俺なんかとはまるで対照的に、目の前に座った少女は最大限にこの状況を楽しんでいた。

 ずらり並べられたケーキを、端から一つずつ堪能し続けている。頬に手を当てて、正にほっぺたが落ちそうと言わんばかりに、美味しそうにそれらを食べていた。

 むさ苦しい野郎がそんな仕草をしていたら通報ものだけど、それが絵になっているのは、彼女がそれこそファンタジーの世界のお姫様みたいな少女だからだろうか。

 

「美味いか、ことり?」

「うん! 美味しいよ、コウちゃん。いくらでも食べられそうだね」

「……ああ、そりゃよかった」

 

 同意を求められるが、残念ながら大概の男は、というか少なくとも俺は甘いものをそんなには食べられない。

 確かに味に文句はなかったし、食べ放題のケーキとしては実に良くできていると思う。

 ただ、いかんせん甘いのだ。まぁ、ケーキだから甘いのは当たり前なのだけど、さすがにこれ程の量を食べると胸焼けしそうになってくる。

 

「それにしても、よくそんなに食べれるな」

「え~。だってこんなに美味しいんだよ?」

「まあ、それは分かるけど……」

「それに、甘いものは別腹なんだもん」

 

 甘いものは別腹。よく言うことだけど、少しとはいえ昼食を終えた後だ。俺には到底、真似出来そうもない。

 

 膨れた腹をさすりながら、そんなことりの様子を改めて眺めてみると、ニコニコと本当に嬉しそうにケーキを頬張っていた。

 そんな彼女を見て、さっきも感じたことだけど、やはりケーキと女の子という取り合わせはよく似合うものだ、そう思った。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでも。それより、満足したか?」

「うん! 美味しかった!」

 

 満面の笑みで喜びを表現することり。嬉しそうなのはいいことだ。幸せそうな彼女の顔を見てるだけでこっちまで嬉しくなってくる。

 それはまあ、いいのだけど。ただ、本来だったら立場が逆であるべきじゃないだろうか、そう内心思っていたりもする。

 

 というのも、そもそもがここに来たのだって、ことりがお詫びをしたいと言い出したのがきっかけだ。本人曰く、留学騒動で迷惑をかけたお詫びらしいが、そのお詫びをしている人間が、相手よりも楽しんでいるというのも変な話である。

 

 それはともかくとして、確か前にことりとふたりでメイド喫茶に行った時も、お礼か何かの為だったはずだ。

 そう考えてみると、こうして何かしらの理由がなければ、休日に女の子とお出掛けする機会もないということになる。

 不意にそんな現実を目の当たりにして、妙に悲しくなった。

 ましてや今回はお詫びの対象は俺だけじゃなかったはずだ。それにもかかわらず、ことりの方からふたりきりで出かけたいなんて言い出したのだ。必然、ほんのり淡い期待を抱いたりなんかしてしまうわけで。

 だがそんなものも、この店に入る前、店頭に掲げられた手書きの看板の

『本日、カップル様に限りケーキバイキング半額!』

 そんな文字列を目にした途端、あっさりと消し飛んでしまった。変に期待してしまった分、ガッカリ感も半端ではなかった。

 

 何というか、お詫びをされているはずなのに、要所で心に傷を負っていっている気がするのは気のせいなんだろうか。

 

 

 

 

「はぁー。美味しかったね、コウちゃん」

「……そうな」

 

 ことりとふたり、食後のティータイムを楽しんでいた。

 しかし、これほどまでに苦手なはずのブラックコーヒーがありがたいと思ったことはない。それぐらいに今日は甘いものを摂取した。

 最初は甘さの控えめそうなのを選んで注文していたのだが。途中から、いろんな種類を食べたいと言ったことりの残りを処理していたので、甘さの度合いなど関係なく、否応無しに食べることになっていた。

 

 当分はケーキなんか見たくもない。そんな俺とは裏腹に、ことりは心の底から満足そうな顔をして紅茶を口にしている。その上、そこにまたそれなりの砂糖を入れているというのだから、何をか言わんやである。

 

「ごめんね、コウちゃん」

「……何が?」

 

 今までのフワフワとした雰囲気から一転して、ことりはいつになく真剣な感じで口を開いた。

 

「ん~。色々、かな」

 

 ことりは苦笑いを浮かべる。今までのことが露骨に顔に出ていたのだろか。もしそれを気にしているのだとしたら、逆に申し訳ないことをしたと思う。

 なんだかんだいって、自分も結構楽しんではいたから。

 

「あのね。……もし、もしも、誰に相談するよりも先にコウちゃんに相談してたら。そうしていたら、コウちゃんはどうしてた?」

 

 ことりは少し声のトーンを落として、さらに真剣味を増した口調でそう問いかけてくる。

 返答を待つことりは、その答えを聞いてみたいけど聞くのが何処か怖い、そんな複雑な表情をしていた。

 

「……応援したよ、ことりが留学することを」

「そっか……そうだよね」

 

 予想はしていたんだと思う。しかし、それはきっと、ことりの欲しかった答えとは違ったものだったのであろう。ことりは少し寂しそうに、力なく微笑んだ。

 俺だって、そんなことぐらい分からなかったわけじゃない。実際、彼女の望む答えを口にするべきなのかと迷った。けれどそれ以上に、ここで嘘をつくことにのも何か違う、そう思ったから。

 

「……あのさ。物事には境界線ってもんがあるんだと思うんだ」

「へ? ……うん」

 

 重苦しくなった空気を払うように俺は口を開く。考えがまとまっているわけでもないのに。

 

「それもいろんな種類があってさ。単純に越えちゃいけない場所の境目だったり。逆にその先に行ってみたいけど、中々越えられないところだったり」

「……」

「実際に目に見えるものから、もちろんそうじゃないものまで。そんなのがこの世の中には至る所にあってさ」

 

 ただそれでも、必死で言葉を紡いでいった。何とか気持ちを伝えたくて。

 そんなみっともない俺の話を、ことりは黙って真面目な表情で聞いていてくれていた。

 

「今回だってそうだよ。本音を言えば、行って欲しくなんてないって思ってた。でも、言えないんだよ。それは境界線の向こう、ことりの領域の話だから」

「でも!」

「分かるよ。ことり自身がそんなラインを引いたわけじゃないってことぐらい。だけど実際、その線が見えてしまったから。もし留学したら、ことりが夢を叶えられるかもとか考えてしまうから」

 

 ただ自分の中に在るものを形にして放出していく。時には、ことりの言葉さえ遮って。

 それはやはりまともな体を成してなくて、情けなくさえなるけれど。

 

「まあ、なんて小難しいこと言ってるけどさ。結局、覚悟が足りないだけだと思う」

「覚悟?」

「そう、覚悟。相手の境界線の内側に踏み込むっていう」

 

 ようするに、自分に言い訳しているだけなんだと思う。他人の内側に近寄っていく事が、自分の一言がその人に影響を与えてしまうかもしれないという事が、それが怖くて体のいい言い訳をしているだけ。

 まあ、それプラス、相手のことを応援している自分に酔っている、ってパターンもあるけれど。男の場合なんかは特に。

 

「そうなの?」

「多分ね。男なんてカッコつけたがりだから」

「……ふーん」

 

 行かないでくれと騒ぐよりも、黙ってその後押しをしてやる。そんな物分かりの良い自分に陶酔している、そんな感じ。

 

「でも、その線を越えるのってそんなに難しいことなのかな? 相手だって望んでるかもしれないんだよ?」

「どうだろ。やっぱり難しいんじゃないか。もちろん人にもよるだろうけど」

 

 他人が決めた境目と自分が見えるそれは、往々にして一致しない。仮に片方の人間がその領域を広げたとしても、もう片方の人からはそれははっきりとは見えないのだ。

 だから難しい。そのギリギリまで近づくことが。そして勇気がいる。

 もし、それよりももっと近づきたいと思うのなら尚の事。

 

「そうだなぁ。今日は俺たち恋人って設定で入店してるけどさ、それなんていい例なんじゃないか?」

「恋人?」

「うん。友情と愛情の境界線なんて、それこそはっきりとしないしさ。それに、お互い好意を持っていたとしても、それが目に見える訳じゃない」

「……」

「だから、基本的にどちらかが一歩踏み出さなきゃいけない。でも、やっぱりそれは怖いんだ。どのタイミングで何処まで踏み込んでいいのか、その匙加減が分からないから」

 

 彼女の一人も出来たことのない奴が何を言っているんだ。そんなことを言われてしまいそうだけど。それでも、その一歩の重みぐらいは俺にでも想像できる。

 少なくとも俺は、容易にその足を前に進めることは出来ないと思う。

 

 もし例えば、今目の前にいることりにそんな感情を抱いたとして。向こうも運良く俺のことを好きになってくれて。そして何となくそれを察することが出来たとしても、きっと悩んで悩んで、それでも一歩を踏み出せるかどうかは分からない。例えどんなにヘタレといわれようとも。

 それくらい難しいことだと俺は思っている。

 

 俺の話を聞いていたことりは、うーんと首を捻って考える。そして、それがまとまったのか、ことりは静かに口を開いた。

 

「……あのね、コウちゃん」

「ん?」

「鳥さんには羽があるんだよ」

「は? あ、うん」

 

 そりゃあ、鳥だしな。基本的にはそうだろう。

 

「大きな鳥も小鳥もみんな羽があります」

「うん」

「それで、大抵の鳥は空を飛べます」

「……うん」

「だからね。多分、大丈夫だよ」

 

 何が大丈夫なのかは俺には分からないが、ことりはしたり顔でそう言った後、照れくさそうに、えへへと笑う。

 彼女の顔に笑みが戻ったことは、純粋に嬉しかった。

 ただ、そんな彼女の言葉と笑顔の意味は、今の俺には理解することが出来なかった。

 

 




足が踏み出せないなら、空を飛べばいいじゃない
そんなアントワネット的な感じ

というかあれ、実際はマリー・アントワネットが言ったわけじゃないらしいですけどね

まあ、それはともかく、ことりちゃんとケーキ食べに行きたい


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危機感

ローソン海未ちゃんキャンペーン応援中


 そこは静寂に包まれていた。

 早朝であることや、この建物の構造や立地条件。そういったいくつかの要因によって、そこには静粛性が保たれていた。

 そんな音という存在が希薄な空間の中で、聞えてくるのは息遣い、布の擦れる音、そして風を切る竹刀の音。そのいずれも、自分自身が発したものだった。自分が作る音以外はほぼ存在していない。まるで、今この世界に自分だけしかいないかのような感覚だった。

 

「……ふっ、ふっ」

 

 一定のリズムを刻みながら、竹刀を振り下ろす。ただそれだけを繰り返していた。

 足を前方へと運びながら竹刀を大きく、まっすぐ振りかぶる。そしてそのまま、まっすぐに振り下ろして、胸の前でそれを止める。そうしたら元の位置へと足を戻していく。その繰り返し。

 言葉にしてしまえば簡単なことだ。当然、それぞれに注意すべき点は存在するのだけど、物凄く簡単に言ってしまえば、たったそれだけのこと。それをただ、ひたすら繰り返していく。

 

「……ハァ、……ハァ」

 

 回数が増えるにつれて、必然的に息も上がっていく。最初からぶっ続けでやっているわけではない。数十回ごとに短い休憩を挟んだ上でのことだ。それでも、身体は悲鳴を上げる。それもそのはずで、こうして竹刀を持つこと自体、数年ぶりなのだから。

 しかし、疲労の蓄積と比例して、徐々にではあるが昔の感覚を取り戻していく。力の入れ具合、手首の使い方、足の捌き方。幼い頃に習ったそんな多くのことが、一振りごとに呼び戻されているような気がした。それが疲労を感じる以上に嬉しくなって、幾度も竹刀を振った。

 

「……よし、それまで!」

 

 近くで見守っていた男性がそう合図を送る。

 もう少しやらせて欲しい。俺はそう言おうとして口を開きかけるが、すぐにそれを止めた。この人が止めたということは、つまりはそういうことなのだろう。確かに自分でも限界だというのは分かっていた。それに、素振りは量ではなく質だ、そう教えてくれたのもこの人だった。

 

「ありがとうございました」

「……だいぶ竹刀の軌道がブレていたな」

「……」

「足捌きも安定していなかった」

 

 俺は礼の言葉と共に深々と頭を下げた。その頭上から厳しい言葉が降ってくる。

 しかしそれは、どれも否定のしようもないものだった。だから、素直にその全てを受け入れる。ましてや、経緯を考えたら感謝こそすれども、その言葉を拒絶する理由なんて何一つとして有りはしなかった。

 

「ありがとうございます」

「……また来なさい」

 

 一度顔を上げてから、再び同じように頭を下げた。そんな俺に、男性はそう言い残してこの場を後にする。

 

「はぁあ~」

「お疲れ様です」

 

 疲労からその場にへたりこんだ。すると、いつの間にか側に来ていた少女が労いの言葉をかけてくれた。

 

「どうぞ」

「ん。ありがとう、海未」

 

 そしてそれと共に、海未はニッコリと微笑みながら白いタオルを手渡してくれる。それを手にすると自然と緊張が和らいでいった。

 

 タオルに限らず、タオル地の物に触っていると不思議と落ち着くあの感覚は何なのだろうか。

 ブランケット症候群だとかライナス症候群なんて耳にしたことはあるけれど、そこまでではないにしろ、それこそ幼い頃はタオル地の毛布に包まるのが大好きだった。流石に成長するにつれて薄らいではきたけれど、今でもその感覚自体は変わっていない。

 

「ふぅ……」

 

 ただ、その感覚もすぐに別のものに変わって行った。

 手に取ったタオルで無造作に顔を覆う。そして運動によって噴出した汗を拭っていく。そんな過程において、自然とそのタオルの香りが鼻をくすぐる。ふわりと香るそれにはどこか覚えがあった。そんな風に、汗を拭きながら考えていると、その答えは案外近くで見つかった。

 つまりは海未の匂いだった。いつも彼女の傍に寄ったときに感じていたそれと同じものだ、そう気付く。それもまぁ、当然で。要するに彼女の家の洗濯物の匂いなのだ。だから、正確に言えば海未の香りというよりは、彼女の家の洗剤の匂いなのだ。

 

 そう頭では分かっていても、やはりドキリと心臓が高鳴ってしまうのは、抑えることが出来なかった。そうでなくとも、今はこの広い道場にふたりきり。変に意識してしまうのは、どうしようもないことだった。

 

「どうでしたか、久しぶりにやってみて?」

「やっぱりブランクあるとダメだな。全然思うように振れない」

 

 数年前までは、ここでこうして練習することが当たり前だった。元々は親に連れられて始めたことだけど、何だかんだで自分も楽しんで続けていた。しかし、いつの頃からか自然と足は遠のいていた。

 その数年間は当然ながら、長いこと掛けて得た感覚を奪っていた。

 

「それは仕方がありませんよ。でも、間隔が開いているにしては上出来だと思いますが」

 

 ……うん。なんだろう、この違和感は。今朝最初に会った時から思っていたが、今日の彼女はどこかいつもと違う気がする。

 正直なところ、もっとボロクソに言われるんだとばかり思っていた。いやまあ、海未自体そんな事を言うキャラではないのだが。

 しかし、ただの素振りだけとはいえ、はっきり言って褒められたところなんて何一つなかった。そんなことは自分自身がよく分かっている。だからてっきり、手厳しい言葉を頂くとばかり思っていたのだ。だというのにこれだ。それに加えて、いつになくニコニコとしている気がする。

 それらは俺に違和感を抱かせるには十分すぎるほどだった。

 

「……」

「ど、どうかしましたか?」

 

 きっとそんな内心が顔に出ていたのだろう。海未は不思議そうに問う。

 

「いや、てっきりお叱りの言葉を受けるんだとばっかり思ってたから」

「むっ。それでは、いつも私が怒っているみたいではありませんか」

 

 海未には悪いが、実際その印象が強い。無論、それは彼女のせいではなく、周りの人間が原因であることがほとんどなのだが。

 

「それはともかく。後ろで見ていて、本当にそう思いましたよ」

「そうかねぇ」

「ええ。確かに父の言う通り、太刀筋も足使いも乱れてはいました」

「……」

「でも、そこに雑念は感じませんでした。一太刀、一太刀を大切にしていたのが伝わってきましたから」

 

 褒められたからというよりは、見透かされたような感覚がとても恥ずかしかった。別に何かやましいことをしていたというわけでもないのに。

 確かに海未の言う通り、その一振り、一振りに集中力を注いで竹刀を振るっていた。それが師の教えだ。感覚は忘れても、そのことだけは鮮明に覚えていたから。

 

「実際、父も上機嫌でしたし」

「え!? どう考えても叱られてたんだけど」

「それは技術的な話でしょう? ただそれを注意したにすぎません」

 

 俺には仏頂面で、怒っているようにしか見えなかった。でも、海未が言うのであれば間違いないのだろうけど。

 

「昨夜もこの話をしたら、とても嬉しそうにしてましたから」

「先生が?」

「ええ。見ていて可笑しくなるくらいに」

 

 海未はそう言って、その時のことを思い出すようにクスクスと笑う。

 しかし、俄には信じられない話だった。何しろ先生、つまり海未の父は非常に厳格な男性だ。ましてや自分の中では、未だに教えを受けていた小学生の頃のイメージが強い。どうしても怖い人という印象が抜けきれていない。

 だからその人が、海未が思わず笑ってしまう程ぐらい喜びを表現するというのは、あまり想像のつかない話だった。

 

「だって、最近では朝の鍛練にはほとんど顔を見せませんでしたから。それなのに、今日はこうして顔を出していましたし」

「へぇ」

「それに、以前父は航太が顔を見せないようになってから、すごく寂しがっていたんですよ」

「え!?」

「航太君は元気かとか、どうしてるんだ、なんてよく聞かれましたから」

 

 その話を聞いてショックを受けた。そして申し訳なく思った。そこまで気にかけていてくれたことに。そしてそれを気付けなかったことに。

 

「恐らく、自分の息子のような感覚だったんではないでしょうか」

「俺が?」

「ええ。母から聞いた話ですが、父は男の子も欲しかったみたいです。そんな中での、自分の娘と同い年の男の子ですから。ましてや、他に私たちと同年代の男性もいませんでしたし」

 

 なるほど。そういう話なら少し分かる気がした。普通の家庭だって、息子を欲しがる父は珍しいことじゃない。それに加えて、海未の父親の場合は言ってみれば自営業で、しかも他人にものを教えるという仕事だ。自分の子供にそれを継いでもらうのも、それ以前に教えることもできないというのは寂しいことなのだろう。

 一応、女性とはいえ海未という子供はいる。ただ、あくまで彼女は日舞の、母親の跡継ぎなのだ。そう考えると尚更である。

 

「そっか……あれから三年ぐらいだっけ?」

「いいえ。四年と半年です」

「……よく覚えてるな」

「隣で一緒に学んだ仲ですから」

 

 海未は当然のことのように、さらりと正確な数字を口にする。そして、その当時のことを懐かしむような、そんな遠い目をして微笑んだ。

 

「でも、だからこそ昨日から疑問に思っているのです」

「何が?」

「どうして今になってまた、急にこんなことを言い出したのですか?」

「え!?」

 

 それは当然といえば当然の質問だった。むしろ、昨日海未に相談したときに聞かれなかったのがおかしなくらいに。

 

 一言で言えば刺激を受けたからだ。幼馴染でスクールアイドルの活動をしている彼女らに。

 それは危機感や劣等感と言った方が正しいのかもしれない。μ'sのライブや、その練習を一番間近で見ているうちに、そんな感情が芽生えていた。

 もし彼女らが見知らぬ他人だったり、出会って間もなかったならば、こんな気持ちにはなっていなかったのかもしれない。それが幼馴染だから。昔から知っている彼女らだからこそ、どんどん前へ進んでいく皆に、自分だけ取り残されてしまうような、そんな感覚。

 

「?」

 

 海未はなかなか返ってこない俺の返答に小首をかしげながら、黙ってその言葉を待っていた。しかし、それに答えることは躊躇われた。

 

 剣道は技術はもちろん、精神を鍛えるスポーツである。四戒に代表されるように精神の向上を重んじてる。それは幾度も先生から教えられたことだった。

 そんな昔のことがなんとなしに頭を過ぎって、ふと、またこの場に立ってみようという気になった。ただ何もせずに迷って、悩んでいるよりはいいだろう、そう思ったから。

 

 しかしよく考えてみれば、それはものすごく安易で浅いものであるように思えてしまったのだ。自分から止めておきながら、思い出したように現れて、都合よく心の迷いをどうにかしたかっただなんて、とてもじゃないが口には出来なかった。

 海未やその父親はそんなことを気にしたりなんかする人ではない。相談したなら、むしろ喜んで協力してくれるだろう。仮にそう分かっていたとしてもだ。

 

「……そうだなぁ。あえて言うなら、一歩前に進むための準備かな」

「準備、ですか?」

「うん、そう。婿入りの」

「む、婿入り!?」

「だって、ほら。海未と結婚するなら、当然お父さんの方を継ぐことも考えないと」

「な、けっ、なぁ!?」

 

 だからこうして誤魔化した。海未の意識が完全に逸れるようなことを言って、煙に巻いた。

 そうすると、彼女は予想通りの反応を見せる。顔をどんどん紅潮させていきながら、言葉にならない何かを断片的に吐き出していた。

 

「……ぷっ」

「もぅ! 時々からかう様なことを言うんですから!」

 

 思わず吹き出してしまった俺に、海未は頬を膨らませながら抗議の意思を示す。

 

「……そのうち、本気にしますからね」

「えっ!?」

「ふふっ。冗談です」

 

 驚きのあまり目を見開いて彼女の方を見る。そんな俺に海未は、仕返しですよ、そう言いながらクスリと笑った。

 やはり今日の海未は少しいつもとは違う。未だかつて、こんな風に冗談で返されたことなどなかった。それくらい今日の彼女はどこかテンション高めで、すこぶるご機嫌だった。

 

「……まあ、冗談はそれぐらいにして、掃除をしてしまいましょう」

「あ、いいよ。俺が全部やるから」

「ダメです。これも日課ですし、鍛錬のうちですから」

 

 無理言って使わせてもらったのはこちらの方である。だから、せめて後片付けぐらいはさせて欲しいと思っていたのだが。

 

「……でしたら、いっそ勝負しましょう」

「おっ! いいねぇ、懐かしい。ルールは昔と一緒か?」

「はい。両端から同時にスタートして、先に半分終わらせた方が勝ちということで」

 

 俺がまだここに通ってた頃に、海未とよくやったことだ。要はどちらが早く雑巾掛けを出来るか、という勝負。子供心には何の楽しさもなかった最後の掃除も、こうすることで楽しいものになっていた。

 

「で、何賭ける?」

「そうですねぇ……定番ですが、勝者の言うことを何でも一つ聞く。って言うのはどうですか」

「乗った。でもいいのかそんな約束して。手加減しないぜ?」

 

 何でも。じつに甘美な響きである。ただ、気心の知れた相手とはいえ、女の子が安易にそう口走るのはいかがなものだろうか。

 

「ええ。誰かさんに置いて行かれてから、私一人で毎日していましたから」

 

 チクリと皮肉を混ぜながらも、海未は余裕たっぷりの笑みを浮かべる。そんな彼女に苦笑をさせられつつも、どこか胸のつっかえが和らいでいることに気が付いた。

 海未も冗談交じりで、置いて行かれたなんて言った。そんな言葉に気が付かされる。今こうして隣に座って、同じ目線で会話をしていることを。それも今までと何も変わらない、自然な感覚で。

 

 ようやく理解する。自分は周りが見えていなかったということを。そして変に焦りすぎる必要も無いんだと。

 

「それじゃあ、行きますよ!」

 

 俺と海未は広い道場の端と端に別れて、スタートの準備を整える。そうしてから海未はこちらに合図を送り、走り出した。

 

 焦る必要は無いのだろう。でも、本当に置いていかれないように少し踏ん張ることも必要なのかもしれない。そんなほんの少しの危機感を胸に、俺も罰ゲーム回避に向けて駆け出していった。

 




園田家に婿入りするお話(大嘘)

海未ちゃんと朝のお稽古(意味深)したいです


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星空とキミ

凛ちゃんと天体観測


 とある土曜日の午前中。俺の携帯電話から聞きなれた着信音が響いた。

 最初はメールかとも思ったけれど、しばらくしても途切れないところをみるとそれも違うらしい。読書中だった俺には興をそがれるような気がして、正直歓迎できるものではなかった。

 相手によっては不在を装うことも考えたが、俺はその人ごとに着信音を変えるなんて七面倒なことはしていない。だからもしそうするにしても当然、携帯のディスプレイを見なければ相手がわからないわけで。

 つまりは結局ページを捲る手を止めて、そいつのところまで行かなければならないらしい。

 

 遠まわしな思考を展開しているうちに切れてくれやしないか、そんな期待してみたけれど、そうもいかないらしい。その音は鳴り続けたままだ。

 しょうがない。白旗を掲げて立ち上がり携帯の置いてある所まで向かう。そしてそれを手に取って画面を確認した。

 星空凛。

 ディスプレイにはそう表示されている。仲の良い友人からだったことに少し安心しながらも、彼女が電話を掛けてくる理由は皆目検討もつかなかった。

 

「はい。もしもし」

「あっ、コウちゃん?」

 

 通話のボタンを押すや否や、その元気な声が耳に届く。

 

「もしかして寝てた?」

「いや、起きてたけど。ちょうどトイレ行ってただけ」

「なんだ~。それならよかったにゃ」

 

 凛はホッと安堵の声をあげる。事実は別にあるのだが、あえて言う必要もあるまい。

 

「で、どうかした?」

「あっ、そうそう! 凛ね、星を見に行きたいんだ」

「……はあ」

 

 星空凛が星空を見たいと言った。いや、そんなくだらないことはどうでもいいとして。

 これまた唐突だな、そう思った。まあしかし、そんな彼女の言動にももはや慣れたもので、最近では驚きすら薄くなってきた。しかし、彼女の猪突猛進さは容易に俺の想像の上を行く。

 

「まあ、行くのはいいけど。いつ?」

「今日!」

「はぁ!?」

 

 何の脈略もなく、星を見に行きたいなんて言うこと自体も大概だけど、よりにもよって当日に言い出すのはさすがに如何なものだろうか。

 

「別に今日じゃなくても……ちゃんと予定を立ててからでも遅くはないだろ」

「凛は今日がいいっ! だって今日は土曜日でしょ。明日は日曜日だから、帰りが遅くなったり、泊りがけになったって平気だもん」

「いや、だったら来週の日曜日でもいいじゃん」

「えぇ~。そこまで待てないにゃー」

 

 駄々をこねる子供の相手をする親ってこんな感じなんだろうか。ちょっとその気持ちが分かった気がする。

 

 星空凛という少女は、どちらかというと本能で生きているような感じの子だ。思い立ったら即行動。それが彼女のよいところでもあり、同時に欠点でもある。

 当然周りの人間が振り回されることも少なくはないのだけれど、それでも何だかんだで本人含めて最終的に楽しんで終わるあたりは、彼女の持った才能なのかもしれない。

 

「そうは言ってもなぁ……」

「だめかにゃぁ?」

 

 そうは言ってもだ。現実的に厳しいものは厳しいのである。

 そんな俺のあまり乗り気ではない話を聞いて、凛は電話越しでも分かるぐらいに、明らかにがっかりした声のトーンになってしまう。そんな声を聞いてしまうと、こちらの勢いまで削がれてしまうのだった。

 

「それに、星を見るったってどうするんだ? 外で見るとかプラネタリウム行くとか」

「んとねー。この間は希ちゃんと学校の屋上で寝っ転がって見たし。プラネタリウムには真姫ちゃんと行ったから……今度は望遠鏡で見てみたいっ!」

「だったら尚更無理だよ。誰か持ってる当てでもあるのか?」

 

 単純に屋外で肉眼で見たいってだけならまだしも、望遠鏡を使ってとなると当然その物がなければ出来ないわけで。少なくとも凛がそんな物を持っているという話は、俺は聞いたことが無かった。

 

「えっ!? だってコウちゃん持ってたよね?」

「俺が? いや、持ってないけど」

「でも昔、かよちんと一緒に見せてもらったことがあるにゃ」

 

 そこまで凛に言われて、ようやく思い当たった。

 確か、物置小屋を漁っていた時に偶々見つけたものだ。それを三人で使って空を眺めた覚えがある。

 ああ、そうだ。今ハッキリと思い出した。物置でそれ見つけて後で両親に聞いたら、散々のろけ話を聞かされたんだっけか。若い頃に、よくふたりで夜の公園で天体観測したのよ、だとかそんな感じのことを。内容までは深く覚えていないけど、延々そんなことを聞く破目になってウンザリしたのだけはよく覚えている。

 だから無意識のうちに記憶から消してたのかもしれない。

 

「そういえば、そんな事もあったな」

「でしょ! だから、ね。行こっ!」

「うーん……」

 

 別に特段予定があるってわけじゃない。それに星を見るのが嫌いってわけでも、興味がないわけでもない。何かきっかけでもない限り、改まって天体観測をするなんていう機会も少ないだろう。

 だたやはり急なのだ。性格の違いなのかもしれないが、凛がすぐに行動に移すタイプなら、自分は真逆なタイプで。事前にしっかりと段取りを組んで、下調べをしないと落ち着かない。そんな形から入りたいような人間からしたら、すぐに頷くというのはなかなか難しかった。

 

「……だめかにゃ?」

「いや、駄目ってことはないけど……うん。じゃあ、まあ行くか」

 

 散々御託を並べながらも、結局は了承してしまうのだった。

 こんな風だから真姫なんかにはよく、航太は凛に甘すぎるわよ、なんて言われてしまうのだ。彼女の言うことも分かるのだが、落ち込んだ様子を見せられてしまうと、どうにも強く出られない。ましてや凛のように喜怒哀楽の強い相手なら尚更のこと。

 

「ホントに!? じゃあ、凛支度するねっ」

「えっ!? いや、待て。時間は……」

 

 俺の声は最後まで届くことはなく、電話は切られてしまった。こっちからかけ直さなきゃならないのか。そう思い、大きくため息をついた。

 しかし、何だかんだでホッとしている自分もいた。感情表現が豊かな分、凛に悲しそうな表情を見せられると本当に辛くなる。ただその分、嬉しそうな姿を見たときのこちらの喜びもまた一入だった。

 

 

 

 

『……は晴れ。気温は……』

 

 自転車を傍に止め、望遠鏡を担いだまま、凛の到着を待っていた。

 辺りは既に暗くなっており、気温もだいぶ下がってきた。そんな中、腰に下げたラジオからは天気予報が流れていた。

 幸いなことに、明日にかけて雨が降ることはなさそうだ。

 

「おっまたせー」

 

 そんな時、軽快な声と共に自転車に乗った凛が現れた。

 

「ん? どうしてラジオぶら下げてるの?」

「ああ。昔流行った曲にそういうフレーズがあってさ」

「ふーん」

 

 凛はまるで興味が無いといった風に俺の話を聞き流す。

 いや、別にリアクションを期待していたってわけじゃない。そうではないけれど、もう少し何かあってもいいんじゃないだろうか。

 

「それじゃあ、早速行くにゃー」

 

 しかし、俺のことなどお構い無しに、凛は再び自転車に跨って走り出す。

 これだから女ってヤツは。趣を解さないというか何というか。

 

「どうしたのー? 置いてっちゃうよー」

 

 愚痴っている俺などやはり構わずに、凛はどんどんと一人先に走っていく。そんな彼女に置いていかれないように、俺もまた自転車を漕ぎ出したのだった。

 

 

 

 

 走り始めてから一時間弱ぐらいだろうか、凛とふたり目的地へとたどり着いた。都心部からほんの少しだけ離れたこの場所は、埋立地の上に作られた公園で周りに大きな建物もほとんど無く、都内の近場にしてはなかなかの観測スポットだった。

 入り口付近の駐輪場に自転車を止めて、公園の中心へと歩いていく。中央に近づくにつれて街灯の数も減っていき、そして最終的には数えるぐらいしか人工の光は見えなくなった。

 加えて夜も十分に深けてきており、歩くほどに辺りは暗闇に包まれていく。辺りの様子がよく見えなくなっていくのに反比例するように、頭上の星の輝きが肉眼でもしっかりと捉えられるようになってくる。

 

「うわぁ……わー!」

 

 そんな状況に凛はいても立ってもいられなくなったのか、ついには走り出していってしまった。

 

「暗いんだから、気をつけないと転ぶぞー」

 

 そんな俺の忠告など気にも掛けず、凛は速度を上げていく。途中、案の定躓きそうになりながらもそれを緩めることなく駆けて行く。さながらはしゃぎ回る子犬のように。

 そして公園の中央広場まで辿り着くと、星まで届けといわんばかりに大きく手を広げながら天を仰いでいた。

 

「見て見てっ! すごいよコウちゃん!」

「……ああ、そうだな」

 

 実際、凛がはしゃいでしまうのがわかるくらいに綺麗な星空が広がっていた。郊外なんかで見るのには敵わないのかもしれないが、それでも十分すぎる程のものがそこにはあった。

 

「……」

「……」

 

 担いでいた望遠鏡を近くに置いて、凛とふたりで服が汚れるのも気にせずにその場に座り込んだ。そして空を眺めている内に自然と無口になっていた。

 それくらいに圧倒されていた。都内で、ましてや自分の住んでいる所から一時間程とは思えないくらい、辺りは暗闇に包まれている。それ故、星空は明るく大きく、そしてとても近くに感じられた。

 

「んーっ!」

 

 凛はついには背負ってきたリュックを枕にして、ゴロンと横たわってしまう。そして右手を高く空へと向けて放り出した。

 

「……何してるんだ?」

「えっ? あ、その……もしかしてホントに手が届かないかなぁ~、なんて。えへへ」

 

 凛は再び身体を起き上がらせてそう言った。そしてはにかんだように笑う。

 あり得ないことだ。それぐらい小学生でも分かること。もちろん、そんなことは凛だって当然分かっている。

 それでもそんな行動を取ってしまいたくなるくらい、彼女はきっとこの雰囲気に酔ってしまったのだろう。何となくそんな気がした。

 何故なら、俺自身が今そんな感じだったから。

 

「にゃ!?」

 

 ポンと凛の頭に手を置くと、彼女は驚きの声を上げる。

 

「ほら、星空に手が届いた」

「……一等星じゃないけどね」

「そんなこと無いだろ。十分に、眩しいほど輝いてるよ」

 

 我ながら鳥肌が立ちそうなぐらい寒い台詞だ。それでも臆面も無く言えてしまうあたり、やはり俺も雰囲気に呑まれているらしい。

 

「……ぷっ。流石にそれはクサすぎる台詞じゃないかにゃ」

「そんなこと自分が一番わかってるつーの!」

 

 凛は堪え切れずに吹き出して、そして大きな声で笑いはじめてしまう。

 そんな彼女を黙らせようと、頭の上に置いたままだった手で、わしゃわしゃと少し強めに、髪形が乱れるくらいに撫で回す。すると凛はこそばゆそうに身悶えた。

 

 その行動自体は照れ隠しみたいなものだけど、さっき言ったことはあながち嘘やお世辞ってわけではなかった。

 凛自身はμ'sに入る前、自分は女の子らしくないからとか、似合わないだとか言ってたけれど。いざステージに立って、歌って踊る彼女はとても輝いて見えたから。

 

 

 

 

 

 しばらくそのまま、凛と肩を並べながらボーっと天を仰ぎ続けていた。

 そうしてどれ位の時間が経っただろうか。上を見続けたせいか首もだいぶ痛くなってきて、それから開放されようとストレッチをするように首を回した。それと同時に横目で凛の様子を伺うが、辺りが暗くてその全てをしっかりと視認することは出来なかった。

 それでも確かに彼女はそこに居た。いつもの元気ハツラツな明るい笑顔ではなくて、ちょっぴりセンチメンタルな表情を浮かべて隣に座っていた。

 

「綺麗だにゃー」

「……そうだなぁ」

 

 こんな彼女の顔を、ファンはおろか友人ですら知らないのかもしれない。そう考えると、なんだか本当に空の星の一つに手が届いたような気がした。そしてそれを今、独り占めしている。

 

「あっ、そうだ!」

「えっ!?」

 

 凛は急に声を上げて、こちらへ向き直る。そんな彼女と目が合うと、内心が悟られたような気がして心臓が大きく脈打った。

 

「望遠鏡」

「え?」

「望遠鏡持ってきたんでしょ? せっかくだから使ってみるにゃー」

「あ、ああ」

 

 そういえばそんな物も持ってきてたんだっけか。凛に言われて思い出し、鞄から取り出した。

 三脚を組み立てる俺の横で、凛は待ちきれない様子で早く早くとせかしてくる。ただ、懐中電灯で手元を照らしてくれてはいるが、それ以上手伝う気は無いらしい。

 

 文句の一つでも言ってやろうかと凛の方に顔を向けると、彼女の手の中にある光源のおかげでその顔がハッキリと見えた。それを見て、喉元まで出かかった言葉が引っ込んでしまった。

 凛は先程までのしっとりとした表情ではなく、いつものように楽しげに笑っていた。そんな彼女は、やはりとても輝いているように俺の目に映った。

 それこそ夜空の中の星のように。

 




スクフェスの凛イベやって書きたくなったお話(どんだけ時間かかってるんだよって話ですが)

しかし年末は忙しくて嫌になりますね。
それこそ猫の手でも借りたいくらい。
猫型ロボットはべつにいりませんが、妖怪にゃんこには是非来て欲しいです。


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IF:You’re my Santa Claus (真姫)

番外編です

真姫ちゃん2連続になってしまいました。ごめんなさい


 年の瀬も近づいてきて、一段と寒さも増してきた。ましてや時期的に仕事も忙しくなり、必然的に会社を出るのも遅くなる。そうすると、尚更それは厳しいものになっていた。

 

「さぶっ!」

 

 会社を一歩出た瞬間、思わずそんな言葉が口を飛び出した。そして、あっという間に体温が奪われていくのが分かった。

 

 そんな寒さの中、身体を丸めながら帰路を行く。

 情けなく縮こまりながら歩く俺とは対照的に、帰り道にあるその街並みは、過剰なまでの装飾とイルミネーションで輝きを放っていた。それは非常に華やかで、普段とは異なる顔を見せていた。

 いつもと違うのは街並みばかりではなかった。人々もまた、フワフワと落ち着かないような感じだ。近くに迫ったイベントを前にして、どこか浮き足立った様子を見せる者も少なくはない。

 

 とはいえ、それは別に今年に限った話ではなかった。少なくとも俺の生きてきたこれまで、ずっと繰り返されてきたことだった。毎年この時期になると、街は装いを変え、人々は期待に胸をふくらませる。

 当然ながら、全員が全員それを心待ちにしているのというわけではない。年齢や性別、その他多く要因によって、このイベントに対する関心度は大きく変わってくる。

 実際、俺も楽しみにしていたのは子供の頃だけで、それ以降はあんまり、といった感じだった。しかし今は違う。心から待ちわびている。というか正確には、それを楽しみにしている身近にいる人間を見ているのが喜ばしい、といった方が正しいのかもしれない。

 

 

 

「うぅ……ただいまぁ」

 

 寒さに耐えながら、ようやく自宅へと辿り着いた。勢いよく玄関の扉を開けて、逃げ込むように中へと入る。

 

「お帰りなさい」

「ただいま、真姫」

 

 するとすぐに、真姫がパタパタとスリッパの音を鳴らしながら足早にやってくる。迎えてくれた最愛の妻の顔に、毎度の事ながらホッとさせられた。

 

「……きゃっ! 急にどうしたのよ、もうっ」

「いや、外寒くってさ」

 

 そしていつものようにただいまのキスをした後、その勢いのまま彼女を抱き寄せた。普段とは違う俺の行動に、真姫は驚きのを見せる。

 腕の中にいる彼女からは衣服越しでも体温が伝わってきて、さらに俺の心は安堵した。

 

「ホントね。頬っぺたすごく冷たくなってる」

「だろ?」

 

 真姫は俺の頬に両手を当てながらそんな事を言った。彼女の手の暖かさが妙に心地いい。

 

「風邪ひかないように気をつけてよね。今の時期は患者さん多くてうちの病院も忙しいんだから、風邪ひいたって診察してあげないわよ?」

「……注意するよ」

「なら、いいわ……んっ」

 

 真姫はそんな冗談を言った後、俺の頬に置いた手はそのままに俺の顔を引き寄せる。そうして再び口付けを交わす。そんな後、照れたように笑う彼女が愛おしくて、こちらも再び強く抱き寄せたのだった。

 

 

 

 

 

「やっぱり、もう寝ちゃった?」

「ええ。ちょうど今さっき」

 

 真姫にコートと鞄を預けてそう問うと、予想通りの答えが返ってきた。

 出迎えてくれた時から、彼女の声が抑え気味だったので薄々察してはいたが、真姫の口から実際に聞くとやはり少しがっかりする。

 

「……覗いてみる?」

「もちろん」

 

 真姫にスーツの上着も手渡して、首元のネクタイを緩めながら寝室へと向かう。そして、その扉をなるべく音を立てないよう、そっと開けた。電気もついていない真っ暗なその部屋の中には、天使が寝息を立てていた。

 

「がんばって起きてたんだけどね」

「そっか……そりゃ、悪いことしたなぁ」

 

 真姫が俺の後ろから、覗き込むようにして言う。彼女は視線の先でスヤスヤと眠る我が子を見て、顔をほころばせる。そんな彼女を見て、きっと俺も同じような表情をしているに違いない、そんな風に考えたら、なんだか妙に可笑しくなってしまった。

 

 子供の寝顔を見ると癒されるとか、元気が湧いてくるなんてことはよく耳にしていた。それでも昔はイマイチ実感が湧かなかった。だけど、今は十分すぎるほどにそれが分かる。子供の寝顔を見る。そんな単純な行為が、仕事の疲れも軽減して、明日も頑張ろうという気にさせてくれる。

 しかし、それだけっていうのもやっぱり寂しくて。最近のように忙しくなってしまうと、どうしても帰る時間が遅くなってしまう。そうすると、起きている子供と触れ合う時間が減ってしまうのだった。

 ましてや今日みたいに、真姫から待っていてくれたなんて話を聞いてしまうと、尚更心苦しくなってしまう。

 

「可愛い寝顔してるわよね」

「ああ。ホント真姫に似てくれて良かったよ」

 

 心底そう思う。人間顔が全てだなんて言うつもりはないけれど、それに左右されることがあるのは拭えない事実なわけで。

 しかし、彼女に似てくれたおかげで、そんな心配とも無縁そうである。この子は間違いなく将来美形になる。なんていうのは親の欲目なんだろうか。

 

「あら、目元なんかはあなたの方に似てるけど」

「そうか? でも全体的には……」

「……ぅんっ」

「っと!」

 

 ついつい状況を忘れて話し込んでしまった俺と真姫は、子供の声にハッと口を押さえた。幸いなことに、目を覚ましてしまったわけではないらしい。

 その事に安心した俺と真姫は、お互い顔を見合わせて微笑み合った後、音を立てないようにこっそりとその部屋を出て行った。

 

 

 

 

「いやぁ、もう街中クリスマス一色だな」

 

 風呂で一日の汗と疲れを落とした後、食卓へと付いた。用意してくれた夕食へと箸を伸ばしながら、真姫に話しかける。

 

「それはそうよ。もう間近だもの。それに、ウチの病院だってちゃんと準備しているわ」

「今年も何かやるんだっけ?」

「ええ。今年は職員でコンサートやる予定」

「へぇ」

 

 真姫の実家の病院では毎年クリスマス近くになると、主に患者さんに向けて、何かしらの催し物をしている。割と同じようなことをしている病院も多いらしく、特に珍しいといったわけでもないらしい。

 

「……ってことは真姫も出るのか?」

「ピアノの伴奏だけだけどね」

「日にちは?」

「二十二日」

 

 ……ってことは平日か。

 だとしたら、残念ながら見に行くことは出来無さそうだ。流石にこの忙しい時に、急に仕事を休むというわけにもいかないし。

 

「いいわよ、来なくて。むしろ見に来られたら緊張しちゃうから」

「よく言うよ、元アイドルのくせに」

 

 真姫は苦笑いを浮かべながら、謙遜してそんな事を言う。しかし、学生の間という短い期間とはいえアイドル、つまりは人前で歌ったり、踊っていたりしたのだ。そんな彼女がその程度で緊張するとは、到底思えなかった。

 

「だからこそよ。初めて見る人からしたら、その時が全てだわ。でも、昔のことを知ってる人が見たら、上手くなってるのか、それとも逆に下手になったのかなんてすぐにバレてしまうもの」

「そういうもんかねぇ」

「ええ」

 

 元々、真姫は小さい頃からピアノをやっていて、人前で演奏して恥ずかしくないくらい上手だった。それに、今でも時々子供に弾いて聞かせている。そんな様子を横で見ている俺からしたら、未だに腕は衰えていないように思えるのだが、本人からしたらそんなに単純な話でもないらしい。

 

「ん? そういや、それ何だ?」

「えっ? あっ、これ? ……ふふっ。読んでみて」

 

 真姫と話している最中、ふと彼女の近くのテーブルの上に置かれていた、一枚の紙切れが目に留まった。それを真姫に尋ねると、何故か嬉しそうに笑いながら、その紙を手渡してきた。

 

「んー……さんたさんえ? あぁ。手紙を書いたのか」

「そう! サンタさんにお手紙書くの、なんて言いながら一生懸命書いていたわ」

 

 なるほど。確かにそこにはミミズの這ったような文字で、サンタクロースへの想いが書かれてあった。当然、自分の欲しいプレゼントを書くのも忘れずに。

 

 恐らく、多くの子供が通る道なのだろう。彼ら彼女らの願いは切実で。大人からしたら唯の物欲なのかもしれないけれど、子供たちにとっては本当に純粋な願い。

 かく言う俺にだって覚えはある。手紙は書いた記憶は無いが、サンタの存在を信じていた間は、毎年良い子にして待っていたものだった。

 だからきっと、クリスマスを一番待ち望んでいるのは子供たちに違いないのだろう。

 

「可愛いでしょ?」

 

 真姫はそう言いながら、嬉しそうに柔和な表情を見せる。

 我が子が、まだぎこちないながらも文字を書けるようになったことや、手紙を書くなんて言い出すまでに成長したことに対する喜びか。はたまた、さらにその先への期待感か。

 いずれにしても、そんな彼女の浮かべる愛おしそうな表情は、一人の女性というよりは、母親のそれだった。

 

「……やっぱり母親に似たのかなぁ」

「どうして?」

 

 真姫から手紙の話を聞いて、自然とそういう考えが浮かんだ。そしてそんな俺の呟きに、真姫はキョトンと不思議そうな顔を見せる。

 

「だって、ほら。誰よりもサンタクロースの存在を信じてた人が母親だもん」

「もうっ! またその話!?」

 

 俺の言葉を聞いて、真姫は苦い顔を見せる。聞き飽きたわ、と言わんばかりの表情で。

 何しろ、今俺の目の前に座っている我が妻は、有ろう事か高校生にまでなってサンタがいると信じて疑わなかったのだ。彼女の実家の家柄が良く、大切に育てられてきたからといえばそうなのだが、いくらなんでもである。

 とはいえ、それも彼女の両親の愛情の一つである事は間違いなかった。義父母と話をしていても、いかに娘を大事にしてきたかというのは容易に想像がついた。

 そして、自分たちもこうありたい、そう思ったのだった。

 

「いつまでそのネタでからかうつもりなのよ、まったく」

「そりゃあ、一緒にクリスマスを過ごす間はずっとじゃないか?」

「……ってことは、あと五十回は言われ続けるわけ? サイアクね」

 

 そんなことを言いながらも、真姫があまり嫌そうじゃないのは気のせいではないだろう。

 

「でもいいわ。あの子には、サンタは本当にいる、って教えるつもりだから」

「……それじゃ真姫の二の舞じゃない?」

「だって実際いるんだもの。だからいいの」

「えっ!? いや、そりゃ海外には公認のサンタクロースってのがいるけど……」

 

 グリーンランドにはサンタクロース協会なるものが存在するらしい。日本にもその支部があって、世界中では百人以上の公認サンタクロースがいるという話だ。

 ……それを本物と呼ぶかどうかは話が別だが。

 

「そうじゃないわ。すぐ傍にいるもの。私の目の前に」

「は? 俺?」

 

 真姫は俺のことを指差しながらそう言った。

 

「ええ。だって、素敵な贈り物をしてくれるのがサンタクロースなわけでしょ?」

「まあそうだな」

「こんなに温かい家庭と、可愛い子供をプレゼントしてくれたのはあなた」

 

 真姫はほんのりと頬を染めながら、しかしハッキリとした口調で語る。

 

「他にも私の欲しがっていたものはみんなくれたわ。ね、サンタさんみたいなものでしょ?」

「そんな大袈裟なもんじゃないけどなぁ」

「いいの。私がそう思ってるんだから」

 

 真姫は満足そうに口元を緩ませる。そんな彼女に釣られるように、俺も軽い冗談を口にした。

 

「……じゃあ、今年も良い子にしてた真姫ちゃんにはプレゼントあげなくちゃな。あっ! でも、あんまり高い物はダメだから」

「ケチなサンタクロースね」

 

 そりゃあ、そうだろう。サンタクロースはあくまで子供たちのものなのである。だから、そう簡単に大人の願いが叶えてもらえると思ったら大間違いだ。

 我が家のサンタはそんなに甘くないのである。

 

「じゃあ、そうねぇ……」

 

 真姫は視線を宙へと向けて、そのまましばらく考える。そして恐らく思い付いたのだろう。真姫は意味深な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「……そろそろ二人目が欲しい、かな」

 

 上目遣いでそんなことを言い出した真姫は、とても艶っぽくて、俺はあっさりと魅了される。それは先程まで見せていた、子供のことを語る母親としての一面ではなく、一人の女性としての顔に戻っていた。

 そんな表情を見せられては、我が家のサンタも無抵抗で屈するよりほかはなかった。

 




このあと滅茶苦茶(略)

たまの番外編で、ましてや9人もいるのに、あろうことか初っ端から同じキャラ2連発とか……
番外編をお待ち下さった方(いるのか分かりませんが……)には大変申し訳ないのですが、話の内容考えたときに真姫ちゃん以外ありえなかったもので。
あまりの計画性の無さに反省するばかりです。


寒い日が続きますが、お体にはお気をつけてお過ごし下さい。
それでは、良いお年を。


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ラッキーガール&アンラッキーボーイ

希ちゃんとおみくじ


 これといって決定的な何かがあった、というわけではない。ほんの些細なことだった。

 朝食に出てきた魚の小骨が喉に刺さっただとか、朝のニュース番組の星座占いが最下位だったとか。外出したら狙い済ましたかのように、立て続けに赤信号に捕まったとか。そんな程度のこと。

 

 他人からしたら一笑されて終わりなんだろうけれど、当人からしたらそうもいかなくて。

 塵も積もればナンとやら。一つ二つだったら何とも思わなかったものが、三つ四つと重なっていくうちに、自分の中でどうにも処理できずに留まってしまっていた。

 

 

 少し長めの石段を前にして、俺は一度足を止める。強い意志があって来たわけじゃない。自然とここに足が向かっていた。

 とてつもなく長い、って程ではないのだけど、しんどいであろうことは容易に想像できた。というか、実際何度も登ってはいるので、そのこと自体、十分に身に染みて分かっている。

 別に、ここを通らなければ目的地に辿り着けないってわけでもないのだ。それでもここを行くのは、単に遠回りしたくないっていうのと、ある種の禊みたいなものだと勝手に捉えているせいなのかもしれない。

 

 だから、一段一段、その石の階段を踏みしめながら登っていく。

 しかし当然、半ばを過ぎたあたりで膝から力が抜けてくる。その場で、ずっと足元だけを捉えていたその視線を上げてみても、その景色は登り始める前とは大きく変わらず、未だにただ傾斜が見えるのみだった。

 それから更に歩を進め、なんとかそれを登りきった。膝に手を当てて呼吸を整えてから顔を上げると、そこには目的だった神社の姿がようやく目に飛び込んできた。

 

「……ふぅ」

 

 未だに落ち着かない呼吸をなんとか抑えながら、その敷地内に入っていく。しばらく歩くと、すぐに少し開けた場所へと出た。

 まず目に付くのは朱色の建物に青銅色の屋根をした社殿。そしてその向かいには、同じく色彩に富んだ随神門。そのいずれも初見ではなかったのだが、それでもやはり圧倒される。その存在感に。

 

 ただ、毎度新鮮な感動を得られる一方で、逆に何ともいえない異物感がそこにはあった。

 何しろ、そこからほんの少し歩いただけで、住宅や商業ビルなどの大きな建物が立ち並んでいるのだ。そんな街中にこんなに大きな神社がある。それはやはり、どこか周りと隔離されているような印象を受けた。

 しかし、それらができる以前からここに鎮座していた向こうからした、何をふざけたことを、といった感じなのだろうけれど。

 

 

 

 とりあえず運試しにおみくじでも引くか。そう思い立って、行き先を売り場の方へと定めて、身体をそちらに向ける。するとその途中に一人の女性が立っていた。

 

「コウちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは、希ちゃん」

 

 向こうもこちらに気が付いたらしく、地面を竹箒で掃いていたその手を止めて、此方へと歩み寄ってきた。

 そんな彼女もまた、この神社内においてはどこか異物的な存在であった。

 

 上半身に小袖の白衣を、下半身には緋色の袴を。そんな、いわゆる巫女装束を身に纏った彼女はむしろ、神々しささえ感じさせるほどだった。

 それでも、彼女の関西風な独特のイントネーションのせいなのか、若干ながらこの場の雰囲気とマッチしていないような感じを彼女からは受けた。

 別に関西弁自体を否定する気は更々ないけれど、この東京の真ん中の、ましてや神社という厳かなイメージの場所においては、その異質さはやはり拭いきることはできなかった。

 ……まあ、そもそも彼女のそれは関西弁ですらないのだが。

 

「ん? どうかしたん?」

 

 こちらの内心を覗き見たかのようなタイミングで、希ちゃんは声を掛けてくる。そのせいか首を傾けながら微笑むその表情も、どこか別の意図がありそうな気がして変に恐怖心が煽られる。

 もちろんそんなことは考えすぎで、ありもしないことなんだけれど。彼女ならば或いは、という神秘性が希ちゃんにはあった。

 

「えっ、いや別に」

「ホンマに~?」

 

 希ちゃんは口角を上げて、にやにやと笑いながら覗き込んでくる。そんな彼女を見ていると本当に心が読まれているのではなんて気にさせられる。

 

「ホントホント。ただ、急に来たのに俺のこと見つけても驚いたりとかしないんだなーって」

 

 半分はただの苦し紛れなんだけど、もう半分は本音。

 ふらっとここに訪れて、たまたま境内の掃除をしている希ちゃんを見つけただけだ。

 基本的に全て思いつきで行動していたので、当然約束だとかそんなものはしていない。それに、俺が練習など以外で頻繁にここに来ているなんて事実も存在しない。

 それなのに希ちゃんは俺の姿を見ても、驚きに近いような感情などは一切見せなかった。あたかもそれが事前に分かっていたかのように。

 

「あ、そういうことなんやね。ふふん。ウチは今日、コウちゃんが来ることがわかってたんよ」

 

 希ちゃんは小鼻をうごめかしながらそう言った。

 

「なにそれ? いつものスピリチュアル的な何か?」

「ん~まあ、せやね。……ほら、これ」

 

 希ちゃんは話しながら、自分の白衣の胸元を少しだけチラリとはだけさせる。そこには、いつも彼女の愛用しているタロットカードが収めてあった。

 何故こんな格好のときまでそんな物を持っているのだとか。しかも何故、胸元に忍ばせている必要があるのだとか。そもそも、巫女さんとタロットって微妙に取り合わせが悪い気がするだとか。

 言いたいことは山ほどあったのだけど、それ以上にカードの奥の肌色の部分に目を取られてしまって、どれも口にすることは出来なかった。

 

「……タロット占い?」

「うん。正確に言ったらちょっと違うんやけどね。このカードを引いた時はコウちゃんとお話しする機会が増えるー、みたいなんが自分の中では幾つかあるんよ」

 

 またまた、希ちゃんは得意げに語る。けれど、正直閉じられてしまった白衣の胸元が名残惜しくて、その内容の半分も頭に入ってこなかった。

 

「ってそうだ! タロットで思い出した。おみくじ引こうと思ってたんだ」

「おみくじ? ええけど、珍しいこともあるもんやね」

 

 それは確かに自分でもそう思う。

 元々、おみくじなんてものは足繁く神社に通う人でもない限り、そう年に何度も引くものじゃない。初詣の時の一回きりって人も多いだろう。だが俺の場合、最近ではそれすら遠ざかっていた。

 毎年必ず正月に訪れてはいるのだけど、当然人も多い。だから並んでまで、というのはどうにも億劫で仕方がなかった。

 そんなことを知っている希ちゃんにしてみれば、それも当然の反応なのだろう。

 

「って、ちょっとまって。何処行くのさ?」

 

 先導するように俺の前を歩き出した希ちゃん。その後ろを何も考えずに付いて行っていたのだが、明らかにおみくじだとかお守りが売っている場所からは遠ざかっていた。

 

「だいじょーぶ。ええから付いて来て」

 

 希ちゃんは巫女装束を着るときは必ずといっていい程、普段は二本に分けているおさげを一本にまとめている。そんな束ねられた長髪をユラユラと揺らしながら、希ちゃんは振り返ることも、足を止めることもせずに進んでいく。

 この神社においては、俺なんかよりも遥かに熟知している希ちゃんだ。彼女にそう言われてしまっては、俺も黙って付いていくしかなかった。

 

 

 

 

「これやっ!」

 

 バーンというオノマトペが見えてきそうなくらい、希ちゃんは大きく手を広げてその物体の存在をアピールする。

 希ちゃんに連れられてやってきたのは、この神社でもどちらかというと隅のほうのひっそりとした一角だった。時間にしてものの数分。しかし中央からは少し離れて、あまり人目に付かなさそうな所。そこにポツンと一台の機械らしきものが置かれていた。

 

「何だこれ? 獅子舞……おみくじロボット?」

 

 その機械に張られた紙にはそう書かれてあった。

 確かにその透明なガラスに囲まれたディスプレイの中には、獅子が一人軽快に、とまではいかないが陽気に舞い踊っていた。

 そして、その下部には大きくおみくじと書かれており、それがおみくじを引けるものであろうことまでは理解がいった。

 

「そうっ! お獅子さんがおみくじを引いて、それを運んできてくれるんよ」

 

 凄いやろ。そういいながら、希ちゃんは何故か自慢げにその豊満な胸を張った。

 正直、何が凄いのかは全く伝わらなかった。だが、まあ、物は試しだ。やってみなければその凄さとやらも分からないだろう。そう思い、ズボンのポケットから財布を取り出した。

 

「……ここでいいの?」

 

 お金を投入するところは一つしかないのだが、無性に不安になって希ちゃんに確認を取る。それに答えるように彼女は頷いた。そんな姿を見て初めて硬貨を投入していく。

 すると、まるで飲み物の自動販売機のそれのように、四つのボタンが点灯した。

 なるほど、この中から一つ選ぶのか。俺はそう察して、そのボタンを一つ押してみる。

 

「おっ!」

 

 今までひたすら舞い続けていただけの獅子が、その横にあった箱のような物へと顔を突っ込んでいく。そして一枚の紙を咥えて出てくると、それを獅子の足元にあった穴へと放り込んだ。

 

「なっ、すごいやろ!?」

 

 希ちゃんは先程よりもさらに大きく胸を張る。どうや、と言わんばかりに。

 確かに実際に見てみて、素直に凄いとは思った。しかし別に獅子舞である必要も無いのではないか、なんて思うのは野暮なんだろうか。

 そんなことを考えながら、取り口にあったおみくじを拾い上げてそれを開いていく。

 

「おっ! 見して見して」

 

 希ちゃんはそう言いながら、俺の肩に手を置いて身を乗り差すようにしながらそれを覗き込む。そのせいで凶悪な何かが背中に当たっているような気がするが、何とか気が付いていないフリをして手中にあるものを広げていく。

 

「……げっ!?」

 

 末吉。目に飛び込んできたのはその文字だった。それを見て、俺は思わず声を上げてしまう。

 

「ええやん。別に凶とか大凶ってわけやないんやし」

 

 それを見た希ちゃんはそう口にする。

 むしろ、そっちの方がかえってすっきり出来た気がする。それが末吉だと、どうにもつかえが取れないというか、もやもやが晴れないような気がしてならなかった。

 

「えぇ~。欲張りさんやなぁ」

 

 欲張りでも何でもいけれど、いい加減に離れて欲しい。

 この間もずっと、俺の手元を覗き込もうとした先程の体勢のままだった。つまりは存在感抜群のそれも、未だ俺の背中で自己主張を続けているわけで。

 意図的なのか無意識なのかは知らないが、正直このままでは色々と限界が近かった。

 

「……今度は希ちゃんがやってみてくれない? お金は出すからさ」

「ん? 別にええけど」

 

 希ちゃんは俺の言葉に不思議そうな顔をしながらも、素直に快諾してくれた。そんな彼女を見てから、再び財布を取り出してコインを投下する。そして先程のようにボタンが点灯したところで、希ちゃんに機械の正面のポジションを譲った。

 

「うーん……じゃあ、これにしようかな。ポチッ!」

 

 希ちゃんは自分の口で作った効果音と共にボタンを押す。すると、やはり同様に獅子はおみくじを運んできてくれる。そしてそれをまた、ふたりして覗き込んだ。

 

「あぁ……」

 

 驚きというよりは、やっぱりか、という心境だった。

 大吉。それがそこに書かれていた結果であった。

 

「相変わらずなんだね、希ちゃんは」

「ふふっ。そうやろ」

 

 希ちゃんは少し照れながらも、やはり得意げに微笑んだ。

 昔から彼女はこういったもので悪い結果を出したことが無かった。それは彼女自身が常々自慢げに語っていることであり、実際俺もそれを目の当たりにしてきた。

 

 だが、分かっていた事とはいえ、改めて感心した。

 そして、それは日々神社に奉公しているからなのか。それとも、そういった神秘的なことに対して本気で傾倒しているからなのか。はたまた、純粋に彼女の持って生まれた天運なのか。そんな風に、無駄だと分かりつつもその理由をまじめに考察している自分がいた。

 

「でもこれが、今日コウちゃんが来た理由と何か関係あるん?」

 

 出るはずの無い答えを探していた俺に、希ちゃんは疑問を投げかけてくる。そんな彼女に事の顛末を話すと、希ちゃんは肩透かしを食らったかのように気の抜けた表情で笑った。

 

「なんや、そんなことやったん?」

「そりゃあ、希ちゃんからしたら些細なことだろうけどさ」

 

 そう、最初から分かっていたこと。端から誰かに理解されようだとか、共感して欲しいだとかじゃなくて、自分の中でどう折り合いをつけるかってだけの話。でも、いざそういう対応をされるとちょっぴり寂しくて。

 

「希ちゃんみたいに運がいいってわけでもないし」

「ぷっ……ごめんごめん。別に邪険に扱ったわけやないんよ。だからあんまり拗ねんといて」

 

 そんなにぶうたれたような顔をしていただろうか。まるで幼い子供をあやすように希ちゃんは言った。

 

「でもなウチ、運の良し悪しってそんなに簡単で、一面的なものやないって思うん」

「……どういうこと」

「うーん、そうやなぁ……」

 

 少し難しそうな顔で、考える素振りをしてから希ちゃんは答えた。

 

「……コウちゃんは何か嫌いな食べ物ってあったけ?」

「えっ!? 食べ物で? ……ナスかな」

「ホンマに!? 何で!? ウチは大好きなんやけど」

 

 あの青臭い匂いと、食感がどうしても受け付けなかった。美味いナスを食べたことがない、ってだけかもしれないけれど。

 

「っていうか、関係ないでしょそれ!?」

「えぇ~。だって、もしウチらが結婚しても、ご飯にようナス出されへんやん」

「……いやいや、そういうのはいいから」

 

 ちぇっ、と唇を尖らせて、希ちゃんは面白くなさそうに拗ねたような仕草をみせる。

 彼女のペースに乗っかっていたら、いつまで経っても話が進みそうもない。

 

「ぶぅ。……でもそういうことなんやと思うん」

「……」

「もし一緒に食卓を囲んで、そこにナス料理が出たらウチにとってはラッキーやん?」

「俺はアンラッキーだけどな」

「うん。だからそういうこと。自分が不幸になっている分、誰かに良いことが起こってる。もちろんその逆も」

 

 希ちゃんの言うことは理解できるし、一理も二理もあると思う。ただ、そう簡単に済ますことが出来ないのは、俺が狭量なせいだろうか。

 

「そう考えると少しは楽にならん?」

「そうかなぁ」

「今日だって、コウちゃんは嫌なことがあってここに来たのかもしれないけど、そのおかげで、ウチは休日なのにこうしてコウちゃんと会ってお話しできてる。それに立場が入れ替わったら、今度は逆にコウちゃんにええ事が起きるかもしれないやん」

 

 希ちゃんニッコリと笑う。それは憑き物を落としてくれそうなほど、とても眩しかった。

 いや、それどころか、彼女と会った時点でとうに厄払いは済んでいたのかもしれない。

 彼女の笑顔を見て、憂鬱な気分などすっかりと晴れていることに気が付いた俺は、ふとそんな風に思ったのだった。




巫女服ののんたんって素敵だよねってお話。
見るたびにあの胸元に手を突っ込みたくなります。

少々遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


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IF:ライスシャワー (花陽)

花陽さん誕生日おめでとう!


「ありがとうございました」

 

 そんな声に背中を押されて店内を後にする。一歩外に出た途端に物凄い解放感を得た。

 自動ドア一枚で隔てられているだけなのに、外と内ではまるで空気の重さが違って感じられる。

 それが大袈裟はないということは、額や脇の下、掌に滲む汗が何よりも証明していた。もう夏も終わり、季節は秋に差し掛かっているというのに、それらはジワリと気持ち悪く残っていた。

 

「……ふぅ」

 

 大きく一息を付いて、その解放感を改めて噛み締める。

 ジュエリーショップ。文字にしてしまえばなんてことはない、ただの宝石屋さんだ。しかし、今日こうして足を踏み入れてみて再認識させられた。ここは男一人でくるような所じゃないと。

 

 頻繁に女の子にプレゼントを贈っているお金持ちみたいに、何度も通っていれば馴れるものなのだろうか。

 ……いや、きっとそんなことはない。どこまで行ってもそんなことはないだろう。高級品が並んでるからって訳じゃないけれど、どうにも変な緊張感を強いられる。

 店内は綺麗に清掃されているし、店員さんだって上品で親切な人ばかりだった。いや、だからこそだろうか。非常に息が詰まる。凝視されているわけでもないというのに、言葉では表せない妙なプレッシャーを感じて、体が強張ってしまうのだ。

 

 しかしまあ、それも終わったことだ。これで一世一代の大勝負をする準備は整った。

 そう。俺が理由もなくこんな場違いなところに訪れるわけもない。それはプロポーズの際に添える小物を入手するためだった。

 だから今までの居心地の悪さも、それへの関門の一つだと思えばなんて事はない。

 

「よしっ!」

 

 手に持った小さな箱を決して失くさぬよう鞄の奥へ、かといって傷がついたりへこんだりしないように丁寧に仕舞い込む。

 そして、気合いを入れるように小さく呟いてから、我が家へと向けて足を動かし始めた。

 

 

 

 

「……よしっ!」

 

 マンションの一角。自分の家の玄関の扉を前にして、俺は再び気合いを入れ直す。他人にでも見られたら恥ずかしくて仕方がないような絵面ではあるが、この後に控えていること考えたら、そうでもしないと身体を動かすことができなかった。

 

「……あれっ!?」

 

 踏ん切りをつけて、目の前にある扉を開けるためにポケットに手を突っ込んだ。

 が、何故かあるはずの家の鍵の感触がそこにはなかった。

 

「えっ、えっ!?」

 

 ……おかしい。いつも右のズボンのポケットに入れているはずなのに。

 

 一瞬にして血の気は引いていく。

 あせりながら自分の服のあらゆるポケットに手を入れ、パタパタと叩き、その所在を確認する。すると、スーツの内ポケットにそれを見つけて、ホッと胸を撫で下ろした。

 安堵と共に、とてつもない虚脱感に襲われる。自分の中から気力が根こそぎ奪われていくような感覚。それは先程の決意の塊まで奪い去って行ったかのようだった。

 

「はぁ……」

 

 前途多難。

 このホンの数分の出来事が、まるでこれからの事を暗示しているような気がして、俺は大きくため息をついた。

 

 

「あっ、航太さん。お帰りなさい」

「……ただいま。花陽」

「お疲れ様です。遅かったんですね」

 

 ガックリと脱力する俺を同居人は笑顔で迎え入れてくれる。今はそんな彼女の労いが、ただただ優しく心を癒してくれた。

 

「もう少しでご飯できますけど、どうしますか? お風呂もすぐに入れますけど」

 

 それとも私にしますか?

 なんてベタベタな台詞は流石に言いやしないけれど、まるで夫婦のようなやり取りを花陽と交わす。そう、まるで彼女は新妻のように見えた。

 しかしあくまで、今はまだ「ように」という段階だ。それを現実のものにしなくてはならない。それが今日の俺の使命であり、大きな決意。

 そう思い返して、どうにか再び気持ちを立て直したのだった。

 

 

 

 

 ……どう切り出したものか。卓に付きながら頭を巡らせる。

 普通に、結婚してくださいとでも言えば体裁は整うのだけど、それじゃあつまらない。いや、別にプロポーズに面白さなんて物は必要ないけれど、なにかこう物足りない。

 ましてやジュエリーショップで買ったのもエンゲージリングでもなんでもなくて、小さな花を模ったネックレスだ。それだって、もしサイズが合わなかったらとか、デザインが彼女の好みから外れていたらだとか、一応そんな理由は存在している。けれども、やはり無難に行き過ぎている間は否めない。

 

 そもそも、こんな大切な事なのにノープランだということ自体おかしいのだ。しかしなにぶん、思い立ったのが今日の昼過ぎ、ましてや仕事中のことだったのだ。何かきっかけがあったというわけでもなく、本当にふと発心したのだ。

 そしてその足で宝石屋へと向かっていた。だからといってはなんだが、その後のことなんて考えている余裕もなかったのだ。

 仕切り直して後日にするという手も勿論有るにはあるのだが、決心したこのタイミングで実行しないと、今度は逆に逡巡してしまって行動に移せないような気がする。

 

「それじゃあ、食べましょうか」

 

 食事の支度を終えて、花陽も俺の対面の席へとつく。そして「いただきます」というかけ声と共に二人で箸を伸ばした。

 しかし、当然それを口に運んでいても、別のことが頭を占めて味なんて分かりはしなかった。

 

 それは、せっかく作ってくれた彼女に失礼な行為だった。これじゃあいかんとかぶりを振って思い直し、改めて並べられた料理へと目を落とす。

 脇に大根おろしを添えた秋刀魚の塩焼きに、かぼちゃの煮物、そして旬の野菜のサラダ。

 いかにも秋の献立といった感じの料理が並ぶ。そして当然、主食の米がデンと存在感を示している。

 

 ……ご飯、お米、ライス。

 

「そうか……米か……」

 

 思わぬ所に切り口を見いだして、一人呟いた。

 

「そうなんですっ! やっぱり分かりましたか!?」

 

 そんな俺の独り言に花陽は反応する。テーブル越しに身を乗り出さんばかりに、勢いよく語り始めた。

 

「今日から新米なんですっ! あぁ、この形、色ツヤ……今年のお米もとてもいい出来ですぅ。あっ! それに今日は特に上手く炊けたんですよ」

 

 花陽は時にうっとりとしながら、そしてまたある時には鼻息を荒らげながら、懇々と今年の新米の良さを説き続ける。そんな彼女の喜々とした表情を見せられては、気付きませんでしたとは口が裂けても言えそうになかった。

 

「相変わらず花陽はご飯大好きなんだな」

「はい! 花陽の生きる糧ですから」

「じゃあ、その……お米にまみれたいとか思わないか?」

「えっ? 航太さんのおかげで、今でも十分たっぷり食べさせてもらってますけど」

 

 イマイチ話が上手く伝わっていないようで、俺の意図とは違った答えが返ってくる。

 まあ、それも仕方がない。今のは探りというか、ジャブみたいなものだ。

 

「なんていうか、もっと、浴びるような感じでさ?」

「浴びるように……ですか?」

 

 要領を得ないといった感じで、花陽はキョトンとした表情を浮かべる。が、それも一瞬のこと。直ぐに理解がいったように、パッとその表情を変える。

 

「あっ、えへへ。ちょっと待って下さいね」

 

 伝わったのか。そう安堵しかけた所で、花陽はそそくさと台所の方へと引っ込んでしまう。そしてしばらくして、何かを手に戻ってきた。

 

「お待たせしました」

 

 そう言って花陽がテーブルの上に乗せたものに目をやると、そこには酒瓶と小さなグラスが置かれていた。

 

「はいどうぞ……そうですよね。これも元はお米ですもんね」

 

 花陽は俺に手渡したグラスに少しずつそれを注いでいく。

 

「もう、飲みたいなら普通に言ってください。別にダメだなんて言いませんよ?」

「えっ、あ、うん。ごめん」

「でも浴びるほどはダメですからね」

 

 ああ、なるほど。

 確かに、酒を大量に飲むことを浴びるほど飲むなんて言い回しをするし、花陽の言う通り日本酒の原料は米だ。そこから彼女は、俺が酒を飲みたがっていると察したんだろう。たったそれだけのワードからそこまで辿り着いた花陽には素直に感心した。

 しかしそれは最早クイズというか、連想ゲームの様相を呈していた。花陽の推察力に感心こそするが、本来の目的からは大きく遠ざかっていた。

 どうせだったら本題の方を察してくれていたら、というのは無理な注文なのだろう。

 

「ふぅ……」

 

 しかし、まあ、注がれたものは仕方がない。仕切り直しとばかりに大きく息を吐いて、グラスに満たされている液体をグイッと一口で煽った。

 

 

 

 

 ぼんやりと花陽の後姿を眺めている。

 食事を終え、キッチンの流し場で食器を洗う彼女の姿はさらに所帯じみて見えた。

 

 もう諦めて、直球な言葉にすればいいじゃないか。ただ、結婚してください、そう言ってしまえばお終いだ。そもそも、端から回りくどい言い方をする意味が何処にあるのか。そんな考えが頭を過ぎる。

 それは至極当然で、間違いなく正解なのだろう。

 しかし、意固地になっているというか、引くに引けない感じに自分の中でなってしまっていた。素直に言ってしまったら負けだ、みたいな感覚に支配されている。何が勝ちで、何が負けなのかは自分ですら良く分からないけれど。

 

 しかし、まあ。少なくともそれが、プロポーズをするという非常に勇気のいる行為の後押しをしているのもまた事実だった。

 

「……よしっ! これで終わりっと」

 

 そうこうしているうちに花陽は作業を終え、タオルで手を拭きながらリビングへと戻ってくる。そんな彼女に向けて、改めて攻勢を仕掛けることにした。

 

「あのさ、花陽。さっきの話なんだけどさ」

「え? なんですか?」

「……その、一緒にシャワーを浴びませんか?」

「ふぇ!? しゃ、シャワーですか?」

 

 これでどうだ。そう思いながら花陽の様子を伺う。

 すると彼女は一瞬驚いた表情を見せてから、顔を赤らめて、モジモジと恥ずかしそうに自分の洋服の裾を弄りだした。

 今度こそ伝わったのかと、期待を込めながら彼女の返答を待ち続けていると、花陽はチラチラとこちらを覗き込みながら、おずおずと口を開いた。

 

「……い、いいですよ。そ、その私、準備してきますね」

「え、準備?」

 

 了承の言葉を聞いて内心ガッツポーズしていたのだが、その後に続いた単語で一気に現実の戻される。

 

「って、違う違う!」

「ふぇ?」

「シャワーつっても、風呂のことじゃないんだ」

 

 せっかくなので、それはそれで後程しっかりと楽しませてもらうけれども。

 

「浴びるのもお湯じゃなくて、その、米なんだ。それも生米。ついでに英語で言うとライス」

「お米ですか? お米……ライス……シャワー……って、それって!?」

 

 ぶつぶつと与えられた単語を反芻しながら、花陽は考える。そして何かに気付いたように勢い良くその顔を上げた。そんな彼女と視線が交差すると、花陽は何かを訴えるような目で口をパクパクとさせながら、言葉にならない言葉をどうにか捻り出そうとしていた。

 それに頷くことで返答すると、ついにはその沈黙が破られた。

 

「ええええぇー!?」

 

 花陽は耳をつんざくような甲高い、そんな悲鳴にも似た声を上げる。

 近所迷惑にならないか、なんてことは今はどうでもよくて。ただ、ようやく伝わった。それだけが思考の大半を占めていた。

 そしてその事実は大きな安心感を生み出してくれた。

 

 

 

 

「分かり辛いですよぉ、もうっ」

 

 混乱していた彼女もしばらくすると落ち着きを取り戻して、そんな事を口にする余裕も生まれていた。

 

「いや、スマン。自分でもそう思う」

 

 途中から手段と目的が入れ替わっていたような気がする。一生に一度、あるかないかの事だというのに、我ながらロマンチックさの欠片もないものだったと反省するばかりである。

 

「でも、嬉しかったですよ。とっても」

 

 にも関わらず、花陽は多くの不満を口にすることもなく、こちらから見ても十分に分かる位に嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「ただ、その……本当に私なんかでいいんですか?」

 

 しかし、そんな表情から一転して、神妙な面持ちで、そして何故か少し申し訳なさそうに花陽は問いかけてくる。

 そんな奥ゆかしさも彼女の美点のひとつではあるが、しかしそれは俺にとっては愚問であり、答えが一つしか用意されていない簡単な質問だった。

 

「当たり前だろ。だからこそこんな話をし出したたわけだし、当然その相手は花陽以外考えられないよ」

「……はい」

 

 花陽は目を閉じて、俺の言葉を噛み締めるようにして、コクリと静かに頷いた。

 

「……改めて言うよ。大好きだ、花陽。だから俺と結婚して欲しい」

 

 結局、言うのかよ。そんなツッコミがどこぞから聞えて来そうだった。

 しかし花陽からはそんな野暮な発言が飛んでくることはなく、彼女は再びニッコリと花の様な笑顔を咲かせて答えてくれるのだった。

 




クオリティが低いのは忙しかったせいです!(言い訳乙)
冗談はともかく、無理に捻ろうとして逆に失敗する典型のような感じですね……
くしくも話の主旨もそんな感じなわけですが。

ともかくギリギリですが間に合ってよかったです。
改めてかよちんオメデトウ!
そして結婚しよう


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かわいい人

かしこいかわいいエリーチカ


 世の中には男と女がいて。当然その二種の間には大きな違いが存在する。身体的なものだったり、考え方や感性の違いであったり。

 その男女間の感性の違いが顕著に表われているのが「かわいい」という言葉だと思う。

 

 世の多くの女性は、何かあるとすぐにかわいいと言い放つ。まるで挨拶か何かのように。とりあえずそう言っておけばいい、みたいな感覚。

 それがぬいぐるみだとかおしゃれな小物だとか、小動物に使うってんならまだ理解は出来るし、そこに疑問を抱く余地もない。しかし、実際はあらゆるものに対して「かわいい~」そう彼女らは口にする。それがよく分からない。

 同じ単語なのに、用途であったり捉え方に男女間で明確に隔たりが存在している。そして恐らく、その溝は永遠に埋められることはないのだろう、そう思っている。

 

 

 

 

「……あーもうっ。ギブギブ」

 

 俺は手に持っていた物を目の前のテーブルに置いて、両手を上げて降参といった感じで後ろに倒れ込んだ。そうして仰いだ部屋の天井の照明は、ずっと手元だけを見ていたせいもあってか、異様にチカチカと霞んで見えた。

 

「なぁに? もうギブアップ?」

 

 そんな俺に対して、正面に座っていた絵里ちゃんは少し呆れたような声で言った。

 

「でも、航太が言い出したことでしょ?」

「そりゃあ、まあ。そうだけどさぁ……」

 

 今の今まで、俺の部屋で絵里ちゃんとハンドメイドのアクセサリーを作っていた。

 諭すように話す絵里ちゃんの言う通り、この作業も元はといえば俺が言い出したことだった。

 

「それに他に何か案でもあるの?」

「……ないけど」

 

 希ちゃんの誕生日を目前に控え、そのプレゼントとして作り始めたのがこれだった。

 そして彼女の言葉通り、代案なんかありはしなかった。そもそも、金もない、何かを自分で作り出す当ても能力もない。かといって、サプライズで祝ってあげられるほどの企画力もない。

 そんな、無い無い尽しの、まるでどこぞの歌手の田舎のような状況に、為す術もなくなって絵里ちゃんに泣きついたのだ。

 

 困窮した俺に絵里ちゃんは自分の趣味でもある、手作りのアクセサリー製作を薦めてくれた。そして、彼女に連れられてビーズだのといった材料を買って作り始めたわけだ。それだってそれなりの値段はしており、財布の中身は既に寂しいものになってしまっている。幸い、道具類は絵里ちゃんから借りることが出来たので出費は少なくて済んだのだが。

 まあ、とにかく。今の俺には金もプランも時間も残されていない。

 つまりどれだけ喚こうとも、俺に他の道は残されていないのである。

 

「けどさぁ……」

「けど?」

 

 何となしに窓の外をチラリと眺めた。先程までは曇天で何とか持ち堪えていた空も、ついには雨が降り出していた。雨雲に覆われたせいで、明かりをつけているというのに部屋の中まで薄暗い感じを受けた。それがまた鬱気を増幅させていた。

 

 今置かれている状況なんてものは、自分でもよく分かっている。だけれど、どうにもこの作業は自分に合っていないというか、気乗りしないというか。我侭を言っているということは重々自覚はしているのだが、何というかとにかくそんな感じなのだ。

 

「でも昔から手先は器用な方だったわよね、航太は」

 

 得手不得手だけで言えば確かに前者だ。自分で言うのもなんだが、割と器用な方だし。細かい作業やチマチマとした事も嫌いではない。

 ただ、今の問題はそこではなかった。

 

「いや、作業自体はいいんだけどさ。なんつーか、思うように行かないっていうか、しっくり来ないんだよね。完成図が見えてこないって言うか」

「どれどれ」

 

 絵里ちゃんはテーブル越しに俺の作りかけのネックレスを手に取ると、それをまじまじと見てから口を開いた。

 

「なんだ、良く出来てるじゃない。かわいいく出来てるわよ?」

「かわいく、ねぇ……」

「あら、不満そうね」

「不満っていうかよく分かんないんだよね。女の子ってすぐかわいいって言うじゃん? だからイマイチしっくり来なくてさ」

 

 絵里ちゃんは純粋に褒めてくれてるのだろうし、そこに他意は感じられない。

 しかし、そうは分かってはいても、申し訳ないがそこに説得力を感じられなかった。

 

 そもそも女の子の使う「かわいい」の守備範囲が広すぎる。子猫から太ったおっさんにまで「かわいい」なんて言葉を使うのだ。しまいには、キモカワイイなんてわけの分からない言葉まで飛び出す始末。

 それでも、それだけだったらまだ、男女の完成の違いってだけで片付けられるのかもしれない。

 ただ、その言葉を口にしている自分がかわいいと思っているだとか。女性は自分より下だと思っている女の子にしか、かわいいという言葉を使わないだとか。そんな裏の黒い部分の話を他人から聞いてしまうと、もう何を信用してよいのやら皆目見当も付かなくなってしまう。

 

「まぁ、言われてみれば確かに、女の子ってそういうところもあるかもしれないわね。まあ、流石に最後の方のは邪推しすぎな気もするけれど」

 

 苦笑いを浮かべながら絵里ちゃんは続ける。

 

「でも、これは本当によく出来てると思うわよ。初めてにしては、って言葉を付けなくてもいいくらいに」

「そこで話が戻るんだよね、ちょっと脱線しちゃたけどさ」

「どういうこと?」

 

 絵里ちゃんのその小首をかしげるその仕草は、男の俺からしたら間違いなく「かわいい」と言えるものだった。

 

「要するに、人それぞれセンスだとか感性の違いってある訳じゃない? 今の話は主に男女の捉え方の違いだったけど」

「まあ、それはそうね」

「だからさ、自分でかわいいと思って作った物も、他人から見たらそうじゃないかもしれないわけでしょ? そう考えたら自分が作ってるのが何か違うような気がしちゃってさ」

 

 形を整えるだけなら出来ないことはない。でも、それを贈った相手に気に入ってもらえるかというと、そうとは限らない。それがどれだけ自分で上出来だと思ったとしてもだ。

 

 ある意味ルールの分からないスポーツを見ているような感覚。勝ち負けぐらいは分かるにしても、その過程や進行方法がよく理解できない、そんな競技を見せられているようなものだった。

 だから、どこがポイントなのか、どこに重きを置いたらよいのかが全く見えて来ないのだ。

 

「確かにその気持ちはよく分かるわ。でも、自分の為に選んだり作ったりしてくれたプレゼントなら、どんなものでも嬉しいものよ。ましてやそこまで悩んでくれたものなら尚更ね」

「そうかなぁ……」

「そういうものよ。それに立場が逆だったら、航太だってそう思うでしょ?」

「そりゃ、まあそうだけど」

 

 自分の誕生日にプレゼントを貰う。それを喜ばない人間は極少数だと思う。それは確かに彼女の言う通りだ。だけどひねた考え方をしてしまうと、絵里ちゃんの台詞も言ってしまえばただの定型文みたいなもので。

 あなたが選んでくれたものなら何でも嬉しいわ。よく聞くフレーズではあるけれど、残念ながらいらないものはいらないし、趣味に合わないものは合わない。それは如何ともしがたい事実なわけで。

 その気持ちが嬉しいんだよ、と言われれば仰るとおりなのだけど、一度そんな考えに捕らわれてしまうと、もうどうしようもない。袋小路に入ってしまって出口は見えなくなってしまう。

 

 こんなとき、大抵は何かしらの目印を見つけて抜け出すものだ。

 そして、これが贈る相手が男性ならばまだ何とかなる。当たらずと雖も遠からず、それぐらいの当たりをつけることはできる。

 しかし、今回のように相手が女性となるとそうもいかない。目印になるはずの「かわいい」という単語がその役割を果たしてくれないから。それもそのはずで、何度も言うように、男の使うそれと女性の使う「かわいい」ではまるっきり意味合いが変わってしまうのだから。

 

「……ああっ、もう。ほら、私も手伝ってあげるから、早く続きをするわよ」

 

 ぐちぐちと鬱積を垂れ流す俺に痺れを切らしたのだろう。御託はいらんとばかりに、話をしながらも絵里ちゃんは絵里ちゃんで進めていたパッチワークを手から離すと、勢いよく立ち上がった。そしてテーブルの向こう側からこちらへと回り込むと、俺の隣へと腰を下ろした。

 

「そうねぇ……」

 

 絵里ちゃんは呟きながら、再び作りかけの俺の作品を手に取った。そして、完成までの道程を頭の中で描いているのだろう、じっとそれを見つめていた。その時だった。

 窓の外から閃光が走り、薄暗かった部屋の中を一瞬照らす。そして少し遅れてから轟音が響き、それと共に部屋の照明が落ちて辺りが大きく薄暗さを増した。

 

「ひゃあ!? な、なに!?」

 

 隣にいた絵里ちゃんは、いつもの彼女からは聞けないような悲鳴をあげる。そして、俺の右腕が強く引っ張られた。確認するようにそちらを見ると、絵里ちゃんが抱え込むようにして引き寄せていた。

 

「な、何したの、航太!?」

「なんもしてないって! 今の雷で一時的に停電になったたけでしょ」

 

 ほら、と言いながらテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、その電源ボタンをテレビに向けながら押す。二度三度と押してみても、やはりテレビが反応することはなかった。

 

「そ、そうよね。停電しただけよね」

 

 平静を装いながらも、俺の腕を掴む強さは変わらなかった。そういえば、絵里ちゃんは昔から暗がりが苦手だったけか。そんな事を思い出す。

 しかし、暗いといっても、まだ日中だ。目の前が見えなくなる程真っ暗ってわけじゃない。それでも絵里ちゃんにとっては落ち着かない状況らしかった。

 

「絵里ちゃんってさ。案外かわいい所あるよね」

「こういうのはかわいいって言わないのよ!」

 

 普段は落ち着いていて、何でもそつなくこなす彼女。クールビューティーとでも言うのだろうか。そんな彼女が暗がりに怯えている姿を、かわいいと言わずしてなんと言うのだろうか。

 

「そうかなぁ……。あっ! これも男女の感性の違いなのかな?」

「知らないわよ、もうっ。バカっ!」

 

 絵里ちゃんは怒った仕草を見せながら、ようやく腕は解放してくれる。しかし、それでも袖の裾はチョコンと摘んだままだった。

 こんな彼女を見て、女性なら何と評するのだろうか。やはり、かわいいと言うのだろうか。

 いや、間違いなくそう言うだろう。断言できる。少なくとも今の俺にも「かわいい」という単語以外は思いつきそうにもない。

 男女の感性の違いなんて関係ないぐらい、それくらいに今の彼女は「かわいい」人だった。

 




プレゼントを選ぶのって難しいよねってお話

女性に失礼なことを書いた気がするけれど、たまたまそんな話を読んだだけで、別に作者の主張だったりするわけじゃないです。
っていう保身



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My sweet sisters

にっこにっこにー


「……ふぅ」

 

 日本の首都東京。その中でも上位に食い込むくらいに賑わった街、秋葉原。

 そんな大都会の片隅に、今俺は立っている。俺の足の下にあるのは橋。その更に下を流れる神田川は、お世辞にも綺麗とは言えないのだけれど、それが逆に何だか今の気分とマッチしていた。

 

「ふー」

 

 再び大きく息を吐く。

 夕陽を背に浴びながら川を眺める俺は、妙な達成感と程々の疲労感に包まれていた。例えるならばそう、戦いを終えて荒野に佇む戦士のような気分。

 実際、俺も一戦交えてきた後だ。殴り殴られ、蹴り蹴られ。正しくそれは死闘と呼ぶに相応しいものだった。何しろ数時間にも及ぶ激戦で、終わる頃には良い具合に身体が疲労を覚えていた。

 

 そうして得たものは目には見えない勝利の勲章と充実感。結果だけ見れば非常に満足のいくものだった。

 しかし、その代償は非常に大きなものだった。

 

「……はぁ」

 

 三度目の大きな吐息。それは前二つの緊張や疲労感から出たものではなくて、失望や後悔に近いものからだった。

 

「……」

 

 無言のままズボンのポケットに入っていた財布を取り出して、その中身を確認する。数分前にも全く同じ事をしており、その後出し入れを行っていないとなれば、当然ながら中身が増えたりだとか減ったりなんて事はない。

 そんな当たり前の現実を目の当たりにして、俺はまた溜息を付く。

 

 際限のある物を使い続ければいずれ無くなる、というのは当然の世の常で。ゲームセンターの筐体に金貨を投入し続ける(連コと言うらしいが)なんて事をした結果、数時間の間に幾多もの硬貨がその中に吸い込まれていった。

 それこそクレーンゲームだとか、プライズ系のゲームだったら形として物は残るかもしれない。しかし、それが格闘ゲームとなってはそうも行かない。残るのは達成感だとか満足感だとか、目には見えないものだ。

 達成感なんて言えば聞えはいいが、所詮はゲームで得たものだ。そして、それもいずれは虚無に変わる。

 

 後悔先に立たず。有名な諺だ。

 だが、誰しもがそれを戒めに出来ているかというと、そう上手くもいかないらしい。まあ、そんなに簡単に自制できる人間だったら苦労はしていないというか。

 いや、それでも多少の葛藤みたいなのがあるにはあったのだ。

 

『ダメですよ、あんまり無駄遣いしちゃ。せっかく貰ったお小遣いなんだから』

『そんなこと気にする必要はないニコー。使いたいと思ったときが、使い時ニコよ』

 

 漫画なんかでよくあるような、俺の中の天使と悪魔がせめぎ合っていたのだ。どちらも特徴的な髪型で、かたや鶏の鶏冠のような独特な髪形をした天使と、もう一方はツインテールをした悪魔が熱いバトルを繰り広げていた。

 

『でも、どうせ使うんだったら可愛い幼馴染の為に使うニコ。何かプレゼントするとか、奢ってあげるとか』

『あ、いいですね、それ。私はチーズケーキが食べたいです』

 

 と、まあ。まったく脈略のないところへ着地するのもまたお約束で。結果、彼女らは何の結論も生み出すことなく消えていった。そして結局、そんな下らない想像をしていた自分に失笑しながらゲームセンターに足を踏み入れてしまったわけだった

 

 

「……ん?」

 

 そんな先程までの出来事を思い返していると、制服の裾をクイックイッと引かれている感覚があった。何かと思いそちらに視線を向けると、想像の中に出てきた悪魔そっくりの娘さんがそこには居た。

 

「お久しぶりです」

 

 いや、悪魔どころか見た目はどう見ても天使なわけだが。ただ、俺の想像に出てきた悪魔の女の子に実によく似ているのだ。違ったのは身長が少しばかり小さかったのと、本物よりも遥かに礼儀正しかったこと。左側の髪をリボンでサイドテールにまとめたその小さな少女は、静々と大きく頭を垂らしながら挨拶をする。

 

「あぁ。こんにちは、こころちゃん」

「はい。こんにちはです、お兄さま」

 

 少女は俺のことを兄と呼んだけれど、俺の実の妹というわけではない。無論、義理の妹でも。何しろ俺は一人っ子で兄弟はいない。

 彼女は悪魔……にこちゃんの妹で矢澤こころ。俺とにこちゃんが幼なじみだったこともあって、こころちゃんとも彼女が幼い頃から面識があった。そして何故かは分からないが、いつの頃からか彼女は俺のことを兄と呼ぶようになり、ありがたいことに慕ってくれている。

 

「ここあも虎太郎も元気にしてる?」

 

 矢澤家にはこころの他にここあ、虎太郎という妹と弟もいる。どちらも大層可愛らしく、長女に似ずとても素直でいい子達だった。

 

「はい。あっ、折角だからウチに寄っていきませんか? 二人とも喜びますから」

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 こころの誘いに乗って、にこちゃんの家のある団地まで来ていた。そしてドアの前に立ち、そう言いながらその玄関をくぐった。

 

「あっ、お兄ちゃん!」

「こうたー」

 

 すると、部屋の奥で遊んでいた子供がふたり、俺の姿を見つけて駆け寄ってくる。

 

「おうっ、久しぶり。あと、航太さんな、虎太郎」

 

 わしわしとその頭を撫でてやると、ここあと虎太郎はくすぐったそうにしながら、きゃっきゃと笑う。

 

 俺が一人っ子だからだろうか。嬉しそうに迎えてくれた彼女らを見て、自然とこちらも幸せな気分になる。

 よく兄弟のいる友人に愚痴だの、その大変さを聞かされていて、その度に一人っ子であってよかったと思っていた。しかしこうしてみると、親以外で出迎えてくれる人がいるというのも悪くはないかもしれない、そう思った。 

 

「ねぇねぇっ、お土産はー?」

 

 ……仮にそれが、何か見返りを求めてのことだったとしてもだ。

 こころとは逆に、右側で髪を結わえた少女は俺の腰元にまとわり付いて、見上げるようにしてそう言った。こころは大人びていて、女の子らしい性格だが、ここあのほうは明るく元気で、年相応といった感じの少女だった。

 

「あるぞ。ほら、ケーキ」

「ホント! ありがとう、お兄ちゃん……ってああ! なにするんだよぉ」

 

 財布に僅かに残ったお金で買ったケーキの入った箱を、ここあに見せびらかすように掲げる。彼女が浮かれながら手を伸ばした瞬間に、それを更にここあの手の届かないところまで持ち上げた。

 

「もうすぐ飯時なんだから、夕飯食べ終わってからな」

「ちぇっ」

 

 ここあは頬を膨らませながら、至極残念そうな顔をする。しかしそれでも、それ以上何を言うわけでもなく、俺の話を聞き入れていた。実に素直なもので、それは長女とは似ても似つかぬ聞き分けの良さだった。

 こころといい、ここあといい、本当に彼女の妹かと疑いたくなるぐらいよく出来た子達だ。そんな彼女らも年を重ねたら、あんな風になってしまうのだろうか。だとしたら年月というものは実に残酷なものなのかもしれない。

 

「ただいまー」

 

 噂をすればなんとやら。そんなことを考えていると、当の本人が帰宅してきた。

 

「お帰りなさい、お姉さま。今、お茶を入れますね」

「ありがとう、こころ。……って、げぇっ!? 何であんたがいるのよ!?」

 

 俺と目があってその存在を確認すると、にこちゃんはまるで見たくないものを見てしまったかのような驚きを見せる。

 そんな態度が失礼だというのはこの際置いておいて。漫画以外の現実で「げぇっ」なんて反応を見たのは初めてかもしれない。

 

「その反応は無いでしょ、その反応は。こころちゃんが誘ってくれたから来ただけなのに」

「はい。途中でお見かけしましたので、お誘いしてしまいました」

 

 とても小学生とは思えない、しっかりとした口調で話すこころの言葉を、にこちゃんは渋い表情をして受け止めていた。外弁慶というか何というか。にこちゃんも妹たちには甘いらしく、さすがに連れて来るんじゃない、なんてことは言えないみたいであった。

 

「っていうか、俺に来られちゃ困るわけでもあるわけ?」

「なっ!? あ、あるわけないじゃないそんなこと」

 

 お茶の支度を始めたこころに聞えぬように、小声でにこちゃんに問いかけた。すると、強くそう言いながらも、にこちゃんは視線を泳がせる。一瞬チラリと向けられたその視線の先を追いかけると、彼女が拒みたくなるような理由が確かにそこにはあった。

 

 それは一見するとただのポスター。俺が最後にここを訪れたとき、つまりは二年以上前だが、そのときにはなかったものだ。それもそのはずで、そこに張られていたのはμ'sのポスターだった。

 見慣れた面々が写っているのだが、よく見るとそこにはどこか違和感があった。いや、よく見なくても分かるのだが、本来中央に移っているはずの穂乃果と、その横にいたにこちゃんの顔が挿げ替えられているのだ。

 

 妹たちは本気でにこちゃんがアイドルだと思っているらしい。そしてこのポスターだ。

 ネットに転がっているような雑なコラージュよりも更にお粗末なそれに、にこちゃんの意図を感じ取り、その涙ぐましい努力に毒気をすっかり抜かれていた。

 さすがに姉を尊敬している妹たちの目の前で、問いただすというのも野暮な話だ。とりあえずは武士の情けということで、この場は黙っておくことにした。

 

「お待たせしました。はい、お姉さま。お兄さまもどうぞ」

「ありがとう、こころ」

「サンキュー、こころちゃん」

 

 こころが煎れてくれたお茶を、にこちゃんと隣り合って座りながら口にする。紅茶やコーヒーとも違った、日本茶独特の香りに心がすっと落ち着いていく。しかし、それをあえてぶち壊すかのようなことをにこちゃんは口にする。

 

「っていうか、まだ『お兄さま』なんて呼ばせてるわけ?」

「いやいや! 別に俺がそう呼ばせてるわけじゃないから」

「ホントにぃ? そういう趣味があるわけじゃないでしょうねぇ」

 

 一度として俺からそう呼んでくれなどと頼んだ覚えはない。それに何より、妹フェチとでも言うのだろうか、俺自身そういった特殊な趣味がある訳じゃない……はずだ。

 

「でも、お兄さまはお兄ですよ?」

 

 隣で俺たちの会話を聞いていたこころは、何がおかしいのか分からない、そういった風にキョトンと不思議そうな表情を見せていた。

 しかしまあ、にこちゃんも本気で言っている訳ではないだろうけど、彼女の言うことも分かる気はする。確かに血縁でも家族でもない相手を兄と呼ぶのは、些か違和感を生じさせる。

 

「じゃあさ、お姉ちゃんとお兄ちゃんが結婚すればいいじゃん」

「……はぁあ!?」

 

 少し離れて虎太郎の面倒を見ていたここあの突然の発言に、俺とにこちゃんは声をハモらせる。素っ頓狂なのはその大きな声だけじゃなくて、思わず顔を見合わせたにこちゃんの表情も非常に驚きに満ちていた。きっと俺もこんな顔をしているに違いない。

 

「なな、なに言ってるのよここあ!?」

「えぇ~。でもそうすれば、お兄ちゃんが本当にお兄ちゃんになるもん」

 

 確かに理論的に言えばその通りなのだが、さすがに色々と無理がある提案であった。

 

「あ、あのね、ここあ。アイドルは恋愛にうつつを抜かしたりしないのよ」

「……でもお姉さま。この前、スキャンダルが発覚するまでがアイドルだって」

「ぐっ……」

 

 にこちゃんはこころの的確なツッコミにたじろぎを見せる。

 

「それで相手は業界関係者か、スポーツ選手。それか、おさ」

「わーっ!? あ、あくまで一般論よ、一般論!」

 

 こころの話を遮るように、慌てふためきながら大きな声を上げる。そんな彼女の姿に思わず笑みが溢れてしまった。

 

「……なに笑ってるのよ」

「別に」

 

 にこちゃんのうろたえる姿が可笑しくて笑っていた訳じゃない。どちらかと言うと嬉しかったというか、安心したのだ。にこちゃんがほんの少しでもそういった色恋沙汰に興味があったことに。

 彼女にとってはアイドルが全て。そう思っていたから。だから、人並みに女の子として関心を抱いていたことに、おかしな話ではあるが、何故だかほっとした。

 

「いや、そんなに頼むなら結婚してあげてもいいかなって」

「ホント!?」

「はぁ!? な、なにバカなこと言ってんよ。だれがあんたなんかと……ったく、もう」

 

 腰元にまとわりついて喜びを表現する妹たちと、全力でそれを否定するその姉。

 そんな彼女らを見ていると、本当にこういう生活もありじゃないか。そういう気持ちが湧き上がってくるのだった。

 




にこちゃんと結婚したらどうなるの、ってお話。
可愛い妹たちも付いてきてお得! みたいな



全く関係ないのですが、
死ぬほど忙しいのなんとかなんないっすかねぇ……
まあ、ボチボチ書いていくと思いますので、また読んでいただけたら幸いです。


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だって女の子だもん

涙が出ちゃう


「どういうことよ!?」

「どういうことなんですか!?」

「どういうことなのよ!?」

 

 なぜだか分からないが、俺は今三人の女性に詰め寄られていた。

 

 俺の目の前、至近距離には顔、顔、顔。

 年齢よりも幼く見える顔、おっとりとして優しそうに見える顔、つり目で気の強そうな顔。そのいずれもがとても整っていて、恐らく大抵の人が美人だと言うだろう。

 しかし、そんな女性陣に近寄られているにも関わらず、喜びみたいな感情は一切湧いてこない。それどころか彼女たちの威圧感に、思わず仰け反って自分から距離を取りたくなってしまう。

 

 まず、何故こんなにも詰め寄られているのかが分からない。

 一つ分かったのは、美人が怒ったり真剣な表情をしていると、そうでない人がするよりも遥かに凄みが出るということだけ。

 

 これが二股をかけて、いやこの場合は三股か。とにかく、複数の女性と内緒で交際をしていて、その女性たちが図らずも鉢合わせしてしまった、なんてシチュエーションならばまだ納得はいく。しかし、そんな不誠実な男ではないつもりだし、そもそも残念ながらそんな甲斐性が有るわけでもない。

 加えて、何か彼女らを怒らせた、なんてこともないはずだ。だから現状、俺はどうして良いものやら皆目見当も付かないでいた。

 

 

 事の始まりは数分前に遡る。

 

 

「うーっす」

 

 雑な挨拶と共に部室のドアを開いた。

 そこはいつもとなんら変わりはなかった。部屋の中央には長机が二つ連ねられており、その左右にはパイプ椅子が置かれている。そして入り口から向かって右側の壁一面に棚が備え付けられており、そこにはずらりとアイドル関係の雑誌やらCD、DVD等が並ぶ。

 

 そんなアイドル研究部の部室の中には、三人の少女しかいなかった。部員は全員で十人。つまりは、まだ半分も集まっていないことになる。

 そのうち二人は部屋の一番奥、窓際にあるパソコンをなにやら食い入るように覗き込んでいる。そして残りの一人はそんなふたりとは距離を置いて、気だるそうにクルクルと自分の髪の先をイジっていた。

 俺はいつもよりも広く見える部屋に、少しばかりの物足りなさを感じながら、肩に掛けていたスクールバックを机の上に置いて、一人でいた少女の隣の椅子に腰掛けた。

 

「まだ皆来てないんだ?」

「みたいね」

 

 何とも素っ気ない返事が返ってくる。

 俺のことなど眼中にないとでも言わんばかりに、視線は手に持っているスマートフォンから離れることはなかった。

 

「こ、これはっ!?」

「ふふん。どうっ? すごいでしょ」

「す、すごいです!?」

 

 これまた俺の来訪など何処吹く風。窓際の二人もディスプレを覗き込みながら、彼女らだけの世界を構築して、その中でわいわいと盛り上がっている。

 

「……ふんっ。くだらない」

 

 そんな彼女らの声に、隣の少女は面白くないといった感じでぼそりと呟いた。

 幸いなことに、白熱している彼女らにその声は届いていなかったらしい。だから、あえて反応することもあるまいと思い、俺も振れることはしなかった。

 

「はぁ……。でも、一度でいいからA-RISEに会って見たいです」

「そうよねぇ。遠巻きに見ることはあっても、間近で見れる機会ってなかなか無いのよねぇ……」

 

 なるほど。ふたりの会話から察するに、大方A-RISEの映像でも見て盛り上がっていたのだろう。花陽もにこちゃんも、自分自身がスクールアイドルでありながら、いちアイドルファンでもあった。それも熱狂的な。

 だから、そんな彼女らが憧れているアイドルを近くで見たいなんていうのは、ごくごく自然な欲求だと思う。アイドルに限らず、ファンという立場の人間ならば誰もが抱いてもおかしくない願い。

 ましてや、A-RISEは数多のスクールアイドルの頂点に立つような存在だ。ふたりにすれば切望であり念願であり、夢。

 

 そんな彼女らを見ていると何とか叶えてあげたい、そんな気持ちにさせられる。

 だからだろう。思わず、つい、ぽろっとそんな言葉を口にしてしまった。そしてそれがトリガーとなった。

 

「そんなに会いたいなら、お願いしてみようか?」

「……はぁ!?」

「……えっ!?」

 

 部屋の中の時間が停止した。しかしそれも一瞬のことで、花陽とにこちゃんの驚きの声によってその沈黙は破られる。

 そして次の瞬間、ふたりは無言で、勢いよく椅子から立ち上がった。その反動で椅子はガタっと大きな音を立てる。そしてその椅子は今俺が座っているようなパイプ椅子ではなく、キャスター付きのものだったこともあって、コロコロとあらぬ方向へと転がっていった。

 しかしふたりともそんなものには目もくれず、つかつかと早足でこちらの方へと近づいてきた。

 

「……あんた、今なんて言った?」

「えっ?」

「だから、今なんて言ったかって聞いてるの!?」

 

 いつになく、怖いほど真剣な表情でにこちゃんは問う。

 

「えっ、いや、だから。そんなに会いたいなら、そういう風にお願いしてみようかって」

 

 なにもおかしなことは言っていないはずだ。それなのに、にこちゃんも花陽もその表情を崩すことはない。険しい顔をしたまま、にこちゃんは話を続ける。

 

「ちょっと待ちなさいよ。それだとまるで、あんたがA-RISEと知り合いで、連絡を取る手段があるみたいな言い方じゃない」

「……みたいもなにも、その通りなんだけど。携帯のメールアドレスも知ってるし」

「はぁあ!?」

 

 にこちゃんは今日一番に大きな、驚きの声を上げる。

 そしてそれとほぼ同時に、この部屋の中にいる俺以外の人間から強い視線が注がれた。

 

 

 そして今に至る。

 

 

「いや、どういうことかって聞かれても……」

「おかしいじゃない! 何で航太がA-RISEのメアドなんて知ってるのよっ!?」

 

 そう言いながら、真姫はさらにグイッと俺との距離を詰めてくる。それこそ、お互いの鼻と鼻が触れそうになるぐらいの距離まで。そんな彼女の圧力に俺は更に重心を後ろのほうへと運び、少しでもその距離を空ける。

 

「ま、まぁ、そういう機会があったからとしか。あ、あと知ってるっていってもツバサのだけだけど……」

「ツバサぁあ!?」

 

 しどろもどろになりながら答える俺がツバサの名前を出したその瞬間、真姫は睨みつけるように眉尻をキッと上げて、その名前を反復する。俺は真姫のそのあまりの迫力に、思わず目を瞑って顔を背けてしまった。

 

「と、というか。何でそこまで威嚇されなきゃいけないのかわからんのだが。ましてや、にこちゃんたちならまだしも真姫にまで」

 

 そう。にこちゃんや花陽に言われるのならば、まだ分かるのだ。彼女らはA-RISEのファンである。それ故、羨ましがられたり、妬まれたりなんていうなら理解できる。

 しかし、これが真姫だと話が違う。

 ふたりほど他のスクールアイドルに熱心なわけでもなく、会いたいなんて望みも持っちゃいないだろう。現に、さっきだって全くといっていい程興味を見せなかったというのに。

 

「べ、別に威嚇なんてしてないでしょ! そ、それに……ほら、あれよ! 私たちだってスクールアイドルなわけでしょ。だからA-RISEはライバルになるわけじゃない。だ、だからよっ!」

 

 確かにμ'sにとってはA-RISEはライバルであり、超えなければならない対象だ。

 つまりは敵とは仲良くするんじゃない、そう言いたいのだろう。しかし、理屈としては分かるのだけど、そもそもそんなに敵対心をむき出しにするほど真姫は大会に熱を入れていただろうか。

 

「そんなことより、その経緯を説明しなさいよ」

「あ、私も聞きたいです!」

「いや、別に語るようなことは何も」

「い・い・か・ら。とっとと話しなさい」

「……はい」

 

 にこちゃんのあまりの迫力に、俺は素直に首を縦に振った。

 

 

 

 

 話は更に数週間前に遡る。

 

 

 

「でね、英玲奈ったらおかしいのよ。その時もさぁ…… 」

「……へぇ、意外だな」

「でしょう! しっかりしてるように見えて、案外抜けてるところあるのよねぇあの子」

 

 目の前に座った少女は、実に楽しそうにお喋り続けている。そして俺もそんな彼女の話に、相槌を打ちながら耳を傾けていた。

 

 端からは普通の光景にしか見えないだろうけれど、これでもこの少女と会うのは今日でまだ二回目だ。そんな女の子と、さも付き合いの長い間柄のように会話を展開している。

 しかし、この状況に少なからず困惑している自分がいた。

 女の子と早々と打ち解けたといえば、まぁ良いことなのだろうけど。喜びよりも気後れが先に来てしまう所が、悲しいかな女性経験のない男の性ってやつであった。

 

「あっ、ごめんなさい。私ばっかり喋っちゃってるわね」

「いいよ、別に。ツバサ……さんの話聞いてるのもおもしろいから」

 

 昔から、どちらかというと自分から話題を振るというよりは、他人の話を聞いている方が好きではあった。だから余程でもない限り、長話だって苦だと思ったことはない。

 それにこう見えて、聞き上手だね、なんてよく言われていたのだ。まぁ、口を開くと面白くないというのを暗に言っているだけかもしれないけれど。

 

「そう? ふふっ、ありがとう。あとツバサでいいわ」

「じゃあ、遠慮なく」

 

 クスリと上品に笑うその仕草を見て、やはりこの子はアイドルなんだなと再認識する。

 綺羅ツバサというスクールアイドルの頂点にいるこの少女が、今俺の目の前にいる。何度そう考えても、イマイチ実感が湧いてこない。

 にこちゃんや花陽のように大ファンという訳ではない。だから、ワーキャー騒いだりなんてことはしないけれど、紛れもなく彼女は有名人なのだ。それでもこうして、ごく自然に会話できてているの。それが不思議でならなかった。

 

「ん? どうかした?」

 

 黙りこんでしまった俺を心配するように、ツバサは可愛らしく小首をかしげながら問いかける。

 

「その、いいのかなって」

「何が?」

「こうして二人っきりで話してるのが。前も言ったけど、一応はツバサはアイドルなわけで、他人に見られたらまずかったりするんじゃないの?」

 

 プロって訳ではないにしろ、アイドルなんていうものは人気に大きく左右されるものだ。だから不要な噂は、当然ながら立たないに越したことはない。

 

 今日こうして会ったのは偶然。前に初めて彼女と出会ったときに連れて来られたこの喫茶店にふらっと俺が訪れて、そこにツバサがやってきたってだけの話。

 もしかしたらまた会えるかも。そんな考えが無かったといえば嘘にはなるが。

 しかし、お互い示し合わせたわけじゃないとはいえ、アイドルという立場の人間が男と二人で会っている。それは彼女にとってマイナスになることはあっても、決してプラスになることではない。

 

 まあ、こっちが心配するこっちゃないのかもしれないけれど。

 

「一応って、酷いなぁ。こう見えてれっきとしたアイドルのつもりなんだけど」

「うっ! い、いや。それは言葉のあやみたいなもんで……」

「ふふっ、冗談よ、冗談。……んー、でもまぁ、別にいいんじゃないかしら?」

 

 ツバサはあっけらかんと言ってのける。些細なことだと言わんばかりの口ぶりで。

 

「いいんじゃないって。そんな適当な」

「だって楽しいもの。こうしてお話しているのが。あなたは違う?」

「いや、そりゃあ俺だって楽しんではいるけどさぁ……」

 

 A-RISEのほかのメンバーのこと、友人のこと、学校であった出来事。そういった話題をツバサは本当に楽しそうに語っていた。そんな彼女を見て、話を聞いて。それだけでこちらまで愉快な気分になっていた。だから彼女の言うことを否定することは出来ない。

 しかし、それでもいいのだろうかという思いは消えることはなかった。

 

「言いたいことは分かるわ。でも、私にだってプライベートの時間ぐらいあるのよ。……なんて、こんなこと言うと芸能人みたいだけど」

「実際、芸能人みたいなもんだろうに」

「でも当然、練習だってきっちりやってるわ。……それこそμ'sに負けないくらいにはね」

 

 ツバサはニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。

 

「それにね、実を言うと興味がなかったわけじゃないのよ。こうやって、男の子と二人でお喋りするっていうことに」

「えっ!?」

「ほら、ウチって女子高でしょ。だからかな。そういう機会も全然無いしね」

 

 驚き、というのはおかしいのかもしれない。

 何しろこうして彼女と会ったのは今日が二回目。つまりは俺は彼女のことなどろくに知らない。意外だなんて思うのは、こちらのイメージを勝手に押し付けているに過ぎないから。

 

「……それでも、意外だなぁ」

「あら、そう? そういうことにも興味ぐらい持つわよ? 私だって女の子だもの」

 

 

 

 

「……とまぁ、そんな感じでその後も色々とありまして。で、最終的に連絡先の交換しようかって話になったわけです、はい」

 

 先日のあったことを掻い摘みながら、にこちゃんたちに説明をする。ことのあらましを話しているだけなのに、何故だか釈明をさせられているような気分になった。

 

「ハァ……ツバサさんとふたりっきりでおしゃべりなんて、羨ましいですぅ」

「ちっ。何であんたばっかりそんな美味しい思いしてるのよ、まったく。私なんてずっと前から追っかけてるっていうのに……」

 

 花陽は羨ましそうに、にこちゃんは妬ましそうに感想を語る。ふたりの反応は、ほぼ想像通り。

 そんな彼女たちを見ながら、あの時ツバサが口にした言葉を頭の中で反芻していた。

 

『私だって女の子だもの』

 そう。当たり前の話ではあるが、綺羅ツバサという少女もひとりの女の子なのだ。初めて会ったときにも垣間見えてはいたことだけど、彼女はアイドルであると同時に普通の女の子でもあった。

 

 そしてそれは、今俺の前にいる少女たちにも言えることだった。

 にこちゃんにしろ花陽にしろ、大好きなアイドルのことを話しているときは、まるで恋する乙女のようになる。そんな時の彼女らは何処にでもいる普通の女の子で。

 なまじ付き合いが長い分、どうしても彼女らのことは女の子の友達というよりは、幼馴染という枠にカテゴライズしてしまっていた。

 でも、改めて見ると、当然ながら彼女たちも『女の子』だった。

 

「……んで、なんで真姫は拗ねてんの?」

「別に……拗ねてなんかないわ」

 

 言葉とは裏腹。真姫は不満ありありといった感じで、不貞腐れながら顔を背けている。

 彼女の内心など、俺には到底想像も及ばなかった。だから、どう対処していいのかだって分かりはしない。

 しかし、そんな扱いにくいところもまた女の子の特徴なんじゃないか。そう思うと何だかおかしくなって、俺はひとり苦笑いを浮かべるのだった。

 




ツバサちゃん再び。
ツバサちゃんのおでこぺろぺろしたいです。


基本的に毎回一人の女の子にスポット当てて書いているんですが、
どうも今回それがハッキリしてない気が……
一応ツバサちゃんメインで書こうとしていたんですけどね。


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IF:寂しがりやなウサギさんと間抜けなオオカミくん (海未)

海未ちゃんおたんじょうみオメデトウ


 ウサギは寂しいと死ぬ。

 よく言われることだけど、調べてみるとこれは実は間違っているらしい。ただ、半日程度の絶食は身体によくないらしく、小まめな世話が必要なことからこんなことが言われるようになったのかもしれない。

 つまり寂しいというだけで死にはしないけれど、やはりあまり放っておくというのは厳禁だという事なのだろう。

 

 

 

 

「おい、ちょっと待てって!」

 

 俺のすぐ目の前を少女が足早に歩いている。その小さな背中に声を掛けた。

 しかし、そんな声など聞こえていないかのように、少女はむしろその足取りを早めていく。それに会わせるかの様に、俺の足もその回転を上げざるを得なかった。

 

 置いて行かれるのが嫌だってとかいうわけじゃなくて、物理的にそうせざるを得ないのだ。

 今、俺の右腕は目の前を行く少女に強く掴まれたまま。要するに強引に引っ張られているようなもので。その手を振り払いでもしない限り、彼女がその歩みを早めれば必然的に俺も足取りを速める他はない。

 

「おいっ、海未ってば!」

 

 今度はその少女の名前を呼んでみる。

 が、反応が変わることはない。ただただ前へと進んでいくだけだ。

 

 足早とはいっても、走っているってわけじゃない。ましてや大股気味で歩いてはいるが、所詮は女の子の体格であり、男の平均的な体形の俺とはコンパスが違う。そして歩幅の違いは歩く早さにつながる。

 それ故に、彼女の歩くスピードだけを見たら別に驚く程のものじゃない。

 

 しかし、それでいて俺の息は確実に上がっていた。

 歩く速度自体も、腕を強引に引かれていることも苦になってはいない。ただ、自分のペースで歩くことができないというのは、思っている以上に疲れるものだった。隣に並んで歩いているのならばなんてことはないのだろうに、こうしているだけで息が切れそうになる。

 

「はぁ、はぁ……。マジでちょっと待ってくれ!」

 

 そう請うたところで、やはり海未はその足を止める気はないらしい。

 

 教室を出たところで捕まって、腕を引かれて数分歩いてきた。ここまでは特に抵抗もせずに付いてきたが、階段を前にしてやや強引にその歩みを止める。

 いい加減しんどくなってきたし、恐らくこの後、目の前の階段を上ることになるのだろう。そのために一呼吸入れておきたかった。

 

 といっても行き先を聞いて連れて来られた訳ではないので、海未が何処へ行くのかを俺が知っているわけではない。階段を登ればそこは屋上だ。そして当然それを降りれば下の階へと続く。

 単純な確立で言えば二分の一。しかし、何となくだけれど彼女のそうするであろう事が想像が付いた。

 

「……」

 

 足を止めた俺にようやく海未は振り返る。その表情は厳しいもので、こちらを向いてくれはしたもののやはり口を開くことはなかった。

 そして少しの間見つめ合った後、再び海未は俺の腕を引いて歩き出した。

 

 予想していた通り、海未は階段を上へと登って行く。

 往来する機会が少ないということを想定しているからだろうか、他の廊下などとは違って照明は省かれていた。加えて窓もなく、一段、また一段と進むにつれて辺りは薄暗くなっていく。

 最上段まで登りきった先は下の階からの光もあまり届かず、昼間とは思えないほどとても暗く感じられた。

 

「んっ……」

 

 海未はほんの少し声を出しながら力を込め、踊場に設置されていたその扉を押し開けた。

 その瞬間、外からまばゆいばかりの光が差し込んで俺は思わず目を細める。暗い室内から明るい外界へ。黒から白と世界は一変する。

 目は強い光に奪われていた焦点を徐々に取り戻す。

 映ったのは白い世界に一人立つ少女の背中。それは当然ながらここまで俺を導いた海未のものだ。そのはずなのに、何故だか今はいつもと違って見えた。

 

「……」

 

 そんな彼女の背中に目を奪われて、俺は息を呑む。

 ただ彼女だけを捉えていたそれは、辺りの風景までを認識できるまでになっていた。目が慣れるまで、ほんの数秒も掛からなかったはずだ。それなのに長いこと彼女の背中を見つめていたような感覚に陥っていた。

 だからだろうか、海未がくるりとその身を反転させると驚きで心臓が高鳴った。

 

 こちらへと振り返った彼女の顔は、先程見たものと全く変わらない。不機嫌なのだろうと推察できる、そんな険しい表情のまま。

 しかしそれも直ぐに一変した。いつもの、いや、それ以上に柔和な眼差しで海未は微笑んだ。まるで扉の向こうのペントハウスの中とこの外の屋上との違いのように、それは全く異なるものになっていた。

 

「……えっ!?」

 

 驚きの声が漏れる。

 海未の表情が変化したからではない。その海未自身が俺の視界から消えたからだ。そして刹那、俺の胸元に軽い衝撃を感じた。

 視線を下げてそちらを確認すると、そこには頭が一つ。

 

「う、海未?」

 

 その頭は俺の胸へと押し付けられ、腕は腰に絡められる格好で海未が密着していた。

 

「ちょ、な、何してるんだよ!?」

「……いけませんか?」

 

 海未はゼロになった距離はそのままに、その顔だけをこちらに向けて、さも当然かのような口調でしれっとそう言ってのける。

 

「いや、いけないっていうか、その……って、あっ!」

 

 混乱していた俺の頭も、ようやく現状を理解するに至ったらしい。大急ぎで顔を上げ、辺りの様子をキョロキョロと窺った。

 

「どうかしたのですか?」

「どうかしたじゃないだろ! 誰かに見られでもしたらどうするんだ」

 

 男と女がふたり身を寄せ合っている。

 普通だったら、あらまあ、ぐらいで済むかもしれないけれど、彼女はこれでもアイドルだ。スキャンダルといったら大げさだけど、それに近いものにならないとも限らない。

 悪いとは思いつつも、念には念を入れ、他のμ'sのメンバーにすらふたりが付き合っているということは内緒にしているというのに。

 

「……私とこうしているのが嫌なのですか」

「嫌なわけないだろう。ただ、海未はスクールアイドルなわけで……」

「アイドルであるとかいう以前に、私は女の子です。そして私たちは恋人同士です。違いますか?」

「それは、そうだけどさあ。でも……んっ!?」

 

 俺の言葉は最後まで紡ぐことを許されなかった。その途中で、強引に遮られてしまう。それも物理的な方法で。

 そしてまた、俺は困惑する。しかし海未の意図を探ろうと彼女の表情を窺うことすらできなかった。その全てを捉えることができないほどに、すぐ近くにそれはあったから。

 海未という存在の全てがすぐ近くにあった。お互いの息遣いが確実に感じられるほどに。

 そして、唇には微熱が伝わってくる。先程のように身体を密着させていた時よりも、遥かにハッキリとした熱をその一点から感じていた。

 

「んんん……んっ……はぁ」

 

 時間にしたらほんの数秒……のはずだ。すぐそこに在った海未の顔は離れていき、唇からは熱が引いていく。

 

「ふふっ」

「あのなぁ……」

 

 満足そうに微笑む海未を見て、怒る気力も抜けていた。

 いや、もとより怒る気なんて無い。恋人からのキスを拒む理由もなく、ただ時と場所を弁えろと注意する程度の気持ちだった。

 しかし自分から望んだことではなく、むしろ不意をつかれて驚いていたはずなのに、いざ離れていってしまうと何故だか名残惜しくなっている自分がいて。それに気が付いてしまうと何も言えなくなってしまっていた。

 

「……航太がいけないのですよ」

「俺が?」

「はい。その、航太があまり構ってくれないから……」

 

 海未は恥ずかしそうに俯きながら、蚊の鳴くような弱々しい声でそんな事を口にした。

 

「構ってって、えっ? いや、そんなことはないだろ?」

 

 園田海未というこの少女は昔からの幼馴染であり、同じ学校に通う同級生であり、何より俺の恋人だ。そんな彼女をぞんざいに扱うなんてことはあるはずもない。

 しかしそれでも海未は不満げに言葉を続ける。

 

「……航太はいつだって別の女の子と一緒にいます」

「そんなことは……」

「昨日だってそうです。私を放って置いて、凛とラーメンを食べに行きました」

 

 いや、それは海未が脂っこいものがあまり得意じゃないから。そう口にしようとして、思い止まった。

 きっとそういう問題ではないのだろう。仮に断られることが分かっていたとしても、その誘うという事自体が大切なわけで。ましてや恋人が自分以外の異性と、ふたりきりで食事をするなんていうのはあまり気分の良いものではないだろう。海未が怒るというのももっともな話だった。

 

「いつもあなたと離れたくないって、そう言ってるのに。……それに、航太もあの時ずっと傍に居てくれるって約束してくれたはずなのに……」

 

 海未は頬を膨らませて、唇を尖らせながら拗ねたようにそう言った。

 彼女の言うあの時とは、俺たちふたりが恋人同士になった時のことで。確かにその時、俺は彼女にそう誓った。その場の雰囲気に流されて発言したわけじゃない。心の底からそう思ってのことだ。

 しかし、海未は俺が認識している以上にそのことを意識に留めており、そうあることを強く望んでいたらしい。

 彼女がそうまで思っていたなどとは、当時の俺には考えもつかなった。いやそれ以上に、その時には彼女がこんな風になるなんてことも、到底想像も付かないことだった。

 

 

 

 なにしろ俺と海未は幼馴染であり、その付き合いは長い。だから彼女の性格は大抵把握しているつもりであった。

 俺の中の園田海未という少女は、こと恋愛に関しては非常に奥手であり苦手で、ドラマのキスシーンすらまともに直視できないほどの、今日日珍しいほどの少女だった。

 だから自分が彼女に好意を抱いていることに気が付いた時、心底心配になった。彼女が俺のことを好きどうかとかいう以前に、そもそも恋愛というものに向き合えるのかという不安で。

 

 しかし幸いなことに、今こうして彼女と恋人という関係を築くことができている。それ自体はとても喜ばしいことで、その瞬間は歓喜に満ち溢れていた。

 ただ彼女の性格を考えた時、その関係が深まっていくには時間が掛かるだろうと想像していた。別にそれを一段飛ばしで進めるつもりも、その必要性も感じていなかった。だから、仮に他のカップル以上に時間が掛かろうともそれはそれで良い。そう考えていた。

 

 だが、それも蓋を開けてみると想像とはまるで違っていた。

 最初の頃こそぎこちなかったものの、しばらくして慣れてくると彼女は変わった。傍に居たい、構って欲しい。そんな欲求をそれこそ先程のように、直接ぶつけてくるようになった。

 奥ゆかしいというか、自分の望みをはっきりと口にするようなタイプではない。そんな認識だった俺にとってまずそのことに驚かされた。

 そしてなにより、彼女の方からボディタッチをしてくるようになったことにさらに驚かされる。手を繋ぐことすらままならないと思っていたから。

 しかし実際は、彼女の方から手を取ってくるようになり、それどころか向こうから唇を重ねてくるようにまでなっていた。

 

 

「ごめん、ごめん」

「むぅ。誠意が全くこもってないです」

 

 投げやりな謝罪の言葉は当然ながら受け入れてもらえないらしく、海未は不満げな表情を浮かべたまま。

 

「いやいや。ホントに悪いと思ってるよ。でもさ、なんていうか海未は変わったなぁって思ってさ」

「私が……ですか?」

「ああ。昔の海未じゃ考えられない位にね」

 

 彼女自身も思い当たるところがあったのかもしれない。俺の言葉を聞いても即座にそれを否定するなんて事はなかった。

 

「そう……確かにそうかもしれません」

 

 海未は目を瞑り、静かに頷いた。

 

「でもどちらかというと、隠れていたものが表に出てきただけかもしれません」

「そうなのか?」

「ええ。もちろん私自身が変わった部分も大いにあります。でも、きっと今の私は昔の私がこうしたい、こうありたいと思っていたのが実現した形なのではないでしょうか」

「……」

「あなたともっと仲良くなりたいという気持ちも。もっと近くに居たいという気持ちも、あなたに触れたい、触れられたいという気持ちも全部。だからきっと今の私は新しい自分ではなくて、本来の私の姿。そんな気がするのです」

 

 彼女の言葉にただ耳を傾ける。その話を聞いて、素直になるほどなと思った。

 人間そうそう本質的なところまで変わることは出来ない。だとしたら彼女の言うこと頷ける。

 

「……ってことはさ。つまり本来の海未は、重度の寂しがりやでやきもち焼きで、甘えん坊だって事か?」

「もうっ!」

 

 俺のからかいにやはり海未は頬を膨らませる。しかし決してその言葉を否定することはなかった。

 

「変わったつもりはないといっても、本当の私を表に引っ張り出したのは航太なんですからね! しっかりと責任は取ってもらいますよ」

「それは勿論。そう約束したからな」

 

 俺の返答に海未はようやく笑った。とても満足そうな表情で。

 そしてまた、ふたりの間の距離がゼロになった。今度は一方だけが近付いていったのではなく、お互いにその距離を埋めていくような格好で。

 

 

 

 

 そこは絵に書いたような女の園であった。

 人数にして八人。その全てが女性であり、そこに俺が足を踏み入れれば当然男は一人だけ。それはまるで敵地に単身乗り込んだような感覚。

 この環境は今に始まったものでもないし、ましてや全員気心の知れた間柄だ。とはいっても、そういった感覚はいつまで経っても拭えそうになかった。

 

「あっ、ようやくお出ましやね」

 

 雑談を繰り広げている女性陣のうちの一人が、こちらに気が付いてひらひらと手を振り招き入れる。

 

「ごめん。遅くなった」

「まったくよ。どんだけ待たされたと思ってるのよ、もうっ」

 

 にこちゃんのお小言は華麗にスルーをして、横に並んだ海未と共にアイドル部の部室へと入る。にこちゃんはこう言ってはいるが、一応遅刻はしていない、かなりギリギリではあったが。

 

「というかやたら盛り上がってたけど、何の話してたんだ?」

 

 彼女らがわいわいと楽しげに話をしているのはいつものことだけど、なんとなく普段よりもテンション高めだったのが気にかかって思わず口に出して尋ねてみる。

 

「最初は雑誌の動物占いをしてたんだけどね。そのうち皆を動物で例えるなら何になるのかな、って話になって」

「ああ、なるほど」

 

 穂乃果の説明を受けておおよその想像は付いた。最初は和気藹々とやっていたのだろう。しかし例えられた動物が気に入らなかったり、想像と違って真姫やにこちゃんが喚き立てる。そんな姿が容易に想像できた。

 

「あっ、そうだ。航太君と海未ちゃんは動物だと何になるのかなぁ」

 

 穂乃果の言葉を受けて、ふと考え込んだ。

 俺はともかくとして、海未を動物に例えるのか。そこまで考えると、自然と先程までの海未の姿が頭に浮かんできた。

 

「海未はアレだな、ウサギ」

「ウサギ? どうして?」

「それは、ほら。ウサギは寂しいと死んじゃうっていうだろ。こう見えて海未ってば、めちゃくちゃ寂しがりやだしな。さっきだって……」

 

 そこまで口してようやく己の間抜けさに気が付く。しかし口をつぐんだところで、とうに手遅れ状態なわけで。そのままの状態で固まって、口からは乾いた笑い声が零れだした。

 

「……あ、あははは」

 

 視線が集中する。

 驚いたような表情を見せる者。呆れたような顔をする者。キラキラと興味深そうに目を輝かせる者。その表情は八人八通りで。ただ、いずれも何かを悟った、そんな表情をしていた。

 チラリと横に立っている海未を盗み見ると、顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。それこそウサギの目のように真っ赤な顔をして。

 

「……コウちゃんを動物に例えるなら、さしずめオオカミさんってところやね。ウサギさんを食べちゃうような凶暴なオオカミさん」

 

 ジトッとした視線を送りながら、希ちゃんはそう口にする。そんな彼女の言葉に残りの七人は大きく頷いたのだった。

 

 

 そしてその後、事の詳細を根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない。

 




誰だこれ状態ですが、一応誕生日記念のつもり。

ラブライブは媒体によってキャラの性格・設定が結構ブレてる感じですが、
個人的に海未ちゃんはスクフェスの愛が重そうな感じが一番好きです。


しっかし短時間で仕上げたせいか、自分で見ても非常に荒い……
この修羅場が終わって時間取れたら手直ししたいところ


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ありふれたこと

真姫ちゃん誕生日おめでとう


 朝。

 自分でも驚くくらいにパッと目が覚めた。いつもだったらこんなにも早く、まどろみからは離れるなんてことはないというのに。何故だか今日に限っては、目を開いたその瞬間に意識は覚醒していた。

 

 ……何故か、なんていうのは嘘ね。

 そう。私自身、はっきりと理由は分かっていた。起き抜けだというのにどこかソワソワとして、落ち着かない感じがしているのがその証拠。

 別に今日という日を待ちわびていたってって程ではないのだけど、心のどこかで意識していたというのは偽りようのない事実らしい。

 こんな私を他人が見たら子供っぽいって笑うのだろうか。そう想像してみてすぐに二人の友人の顔が浮かんだ。

 

 ……間違いなく笑うわね、特にあの二人は。

 片方はふた学年上の、一応は先輩。恐らくこんな話を聞いたら大爆笑するに違いない。

 もう片方は一つ年上の幼馴染の男の子。こちらは分かりやすく大笑いしたりなどはしないだろうけど、遠まわしにからかわれるのだろう。

 いずれにしても、ニタニタと笑うその表情は容易に想像することが出来た。それを脳内から追い出すように二度三度と頭を振って、私はベッドを後にした。

 

 

 

 

 

 自分の部屋で身支度を整えてから、リビングへと顔を出した。そこには既に両親が居り、朝食の支度を整えていた。

 そんなふたり向けて朝の挨拶を口にする。

 

「おはよう。パパ、ママ」

 

 おはよう。

 そんなありふれた挨拶。私がこれまで15年以上生きてきて、既に数千回は口にしてきた言葉。両親の職業柄、朝に顔を合わすことが出来ないこともあるけれど、それでもほぼ毎日ふたりに向けて紡いできた言葉。

 

「おはよう。真姫」

 

 そしてパパとママもそんなありふれた言葉をいつも通り返してくれる。ただ、それも今日はちょっと違った。

 

「それと、お誕生日おめでとう。真姫」

 

 柔和な表情で微笑みながら、そんな言葉を付け加えてくれる。それだけで私の心が喜びに満たされていくのが分かった。

 

 ふたりの言う通り、今日は私の誕生日。

 他人にしてみたらありふれた一日でも、私にとっては特別な一日。子供っぽいなんて言われるかもしれないし、からかわれたりするかもしれないけれど、やっぱり私にとってはいつもと違う一日。

 そんな日を朝目覚めて早々に、大好きなパパとママから祝って貰えて。それだけで何だか今日一日が素晴らしい物になるような、そんな予感がしていた。

 

 

 

 

 そして、そんな予感は早々にして当たることになった。いや、正確にはこの時点においては当たっていた。

 

 

「真姫ちゃん、真姫ちゃんっ。まっきちゃーん」

「きゃっ!?」

 

 通学路の途中で自分の名前が呼ばれたことに気が付いて振り返ると、すごい速さで凛が走ってくるのが見えた。それはとても同じ女の子とは思えないようなスピードで、あっという間にその距離を縮め、その勢いのまま私に飛びつくように抱きついてくる。

 

「な、なんなのよ急に。危ないじゃない……っていうかそんなに引っ付かないでよ、もうっ」

 

 彼女を受け止めながらそんな風に注意をしてみたものの、凛は悪びれるどころかより一層身体を摺り寄せてくる。別に嫌ってわけではないのだけど、往来でやられるのはやはり恥ずかしいものがあった。

 

「……ハァ、ハァ。凛ちゃん速いよぉ~」

 

 私が凛の扱いに困っていると、遠くの方から花陽も凛同様走ってきた。違うのは大きく息を切らしていることと、凛よりはだいぶスピードが劣るということ。

 花陽は私たちの前まで来ると、膝に手を当てながらその呼吸を整える。そんな彼女を見て、未だまとわり付いている少女と、同い年の女の子でありながらこうも違うものかと失礼ながら少し可笑しくなった。

 ……まあ、私も他人のことを言えるほど運動が得意ってわけじゃないんだけど。

 

「……ふぅ。おはよう、真姫ちゃん」

 

 ようやく落ち着いた花陽は顔を上げて言う。そして、それを合図にするかのように凛は私から離れ、花陽の隣に立ってふたりして私と向き合うような格好になった。

 

「うん。おはよう。花陽、凛」

 

 そんなふたりと朝の挨拶を交わし、学校へと歩き出そうとするが凛と花陽は動き出す様子を見せなかった。そんなふたりを不思議に思って、私は二歩三歩進んだところで歩みを止める。

 そして再び彼女らと向き合うと、ふたりは何故か笑顔のままその場に立っていた。

 

「えへへっ」

 

 凛に至っては何かを企んでいるような、そんなニタニタとした笑い方をしている。

 私がそんなふたりをいぶかしんでいると、凛と花陽はお互い目配せを交わし、ふたり同時にそれぞれ自分のスクールバックへと手を伸ばす。そしてそこから何やら小さな包みを取り出して目の前、つまりは私のほうへと向かって突き出した。

 

「真姫ちゃん、お誕生日おめでとー」

「へっ!?」

 

 ふたり声をハモらせながら言う。

 突然のことに私の思考は置いてきぼりを食らっていた。冷静になってみれば、ふたりが私の誕生日を祝ってくれているんだということはすぐに分かる。

 それでも混乱してしまったのは、正直こんなことをして貰えるだなんて思っても見なかったから。

 

「えっと……貰ってもいいの?」

「うん。いいよ真姫ちゃん」

「真姫ちゃんへの誕生日プレゼントなんだから、当然だにゃー」

 

 ふたりの手からそっと、壊れ物でも扱うように丁寧にそれを受け取る。そして、ようやく現状を理解できたことにより、驚きは喜びに変わっていた。

 

「ありがと……うん。本当にありがとう。花陽、凛!」

「ん? もしかして真姫ちゃん、泣いてるのかにゃ~?」

「っ!? そ、そんなわけないでしょ!」

 

 からかう様に私のことを覗き込んでくる凛。彼女には強がってそんな事を言ったけど、正直私自身、感極まってしまっていた。

 しかし、変なプライドみたいな物が邪魔をしてそれを素直に受け入れることは出来なくて。ふたりの手前、恥ずかしさも相まってなんでもないような素振りをしてしまう。そんな自分の性格をちょっぴり恨めしくも思ったりなんかして。

 

 その代わりって分けではないけれど、ふたりから貰った小さな宝物を胸元で強く強く抱きしめていた。

 

 

 

 

「真姫ちゃん、どうかした?」

 

 隣に座っている花陽が少し心配そうに覗き込んでくる。

 

 ……そんなに顔に出てたのかしら。いけない、いけない。

 なるべく表には出さないようにしてきたつもりだけど、知らないうちに心の中の鬱積したものが顔に出てしまっていたのだろう。コレでは彼女たちに申し訳ない。そう思って表情を作り直す。

 

「大丈夫よ、花陽。なんでもないわ」

「そっか、よかった」

 

 私がそう告げると、花陽は安心したようにニッコリと微笑む。そんな彼女に、内心色々な意味で申し訳ないと思っていた。

 

 今は放課後。ファミリーレストランで皆が小さな誕生日会を開いてくれている。パパとママも夕食に祝いの席を設けてくれるということもあって、決して派手でも大掛かりでもないけれど、それでも本当に心から嬉しいと思える催しを彼女たちはしてくれた。

 そんな席だというのに、主賓である私がブスッとした顔をしていては彼女たちに申し訳が立たない。

 

 ただ、事実としてそんな顔になってしまう理由が存在しているわけで。

 

「……ふぅ」

 

 他の人には気づかれないようにして、小さく息を吐く。そして辺りをぐるっと見回してみる。そこには私の親しい友人たちが楽しそうに談笑をしていた。

 恥ずかしながら私は決して友人の多い方ではない。それでもこうして、特に親しい間柄の人達は私の為に集まってくれている。

 ただ一人を除いては。

 

 家で両親に、登校中に凛と花陽に、そして学年が違うというのに穂乃果達までもがわざわざ私たちの教室にまで来て祝ってくれた。

 さらには今こうして再びお祝いの会を開いてくれている。

 嬉しくて仕方がないはずなのに、いや、実際とても嬉しいのだけど。ただ一つ、ピースが足らないというだけで心中のモヤモヤは晴れないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 自分の家へと向かう道を一人、ひたすら無言で歩いている。いやまあ、それが普通ではあるのだけど。一人だというのに、何か喋りながら歩いていたらそれはそれで少しおかしな人だ。

 だけど今の私はそんな状況でも吐き出してしまいたいぐらいに、頭の中も胸の内も色々な物が渦巻いていた。

 

 なまじ情報が少ない分、あらゆる想像と憶測が頭の中で展開されていた。

 何度あの場で『航太はどうしたの?』そう尋ねてしまいたくなったかわからない。

 

 いや、百歩譲ってあの場に居なかったのは許すわ。何かしら外せない用事があったのかもしれないし。

 ただ、許せないというか、納得行かないのは顔を合わせても、おめでとう、の一言も貰えなかったこと。

 そんなこと強要することでもないし、怒るのはお門違いだって分かってはいる。それでも、たった一言口に出してもらいたかったていうのは図々しい事なのだろうか。

 

 忘れられていたなんて想像もしてみたけれど、何故かそれは違うという核心があった。

 ああ見えて意外と細かいというか、そういう記念日みたいなことを外したことはない。現に今ままで、毎年欠かさずに何かしらお祝いの言葉をくれていた。幼馴染ということもあって、その回数はもうすぐ両手の指では足らない位になっている。

 

 ……だったらどうして今年に限って。

 そこまで考えを巡らせたところで、最悪の仮定が頭を過ぎる。

 

「……嫌われた、とか」

 

 口に出してしまったことをすぐに後悔をして、ブンブンと頭を振る。それは在り得ない、いや、決して在って欲しくはないこと。

 だけど同時に、それを否定しきる要素も一つもなかった。

 

 それどころか考えてみると、次々に思い当たる節が浮かんでくる。

 

 航太は毎年、手段や方法はどうであれ、欠かすことなく私の誕生日を祝ってくれた。いや、誕生日だけでなく、卒業や進学など、おめでたいことがあった日には必ず何かしらの祝福をくれた。

 そんな彼に対して素直に、率直にお礼を言えていただろうか。

 答えは否。例のごとく恥ずかしさのようなものが先に立ってしまって、素っ気ない態度を取ってしまうこともしばしばあった。

 

 そんな私に対して彼が愛想を尽かしてしまったとしても、何もおかしなことではない。

 考えれば考えるほどに、思考はネガティブな方に加速していった。

 

「……はぁ」

 

 大きくため息をつきながら、ポケットから携帯電話を取り出す。すがるような思いでディスプレイを見つめても、そこには新着メール無しの一文。

 最後の望みにも裏切られてて、私はがっくりと肩を落とした。

 

「……バカ」

 

 彼に対してなのか、それとも私自身に対してなのか。そんな自分でもわからない恨み言を呟いてから顔を上げると、そこは既に私の家の目の前だった。

 

 

 

 

「改めて。お誕生日おめでとう、真姫」

「ありがとう。パパ、ママ」

 

 リビングの食卓の上にいつも以上に豪勢な食事が並ぶ。品数ももちろんそうだし、その内容も一々手の込んでいそうな物ばかりだった。

 その中でも私が目を引かれたのが、ほぼ丸ごとのトマトの上にチーズが乗せれられて焼かれたもの。中身はよく見えないが、なにやら具材が詰められていた。

 私の座っている場所のすぐ目の前に置かれていた事と、他のものが手が掛かっていそうな料理の中、逆にシンプルなものだったのが目を奪われたその理由。

 きっと私がトマトが好きだということを考慮してのことだろう。

 そしてその隣には手書きのバースデーカードが添えられていた。

 

 こんなにもよくして貰えて、本当に、本当に幸せなはずなのに、どうしても気持ちが沈んでしまうのは彼のことを引き摺っているからだろうか。

 

 しかし、いつまでも落ち込んでいてはさっきの二の舞だ。何とか振り払うようにして顔を上げてパパとママの方へ目をやると、そこには妙な違和感が存在していた。

 

「? どうかしたの?」

 

 そう問いかけて見てもふたりは何も答えることなく、ニコニコと微笑んだままだった。

 しかしそこにはやはりいつもと違う何かがあった。パパとママの笑顔は純粋なそれではなくて、何か含みがあるようなものだったから。

 

「やっぱり、気が付かないかしら」

 

 いくら考えてみても答えの出ない私に、ヒントを授けるかのようにママはそう言った。

 それでも見当の付かない私は辺りをぐるっと見回してから、最後に目の前にあった料理たちに目を向けた。そして、そこにあった一枚のカード隅に書かれた名前を目にして、驚きのあまり私は目を見開いた。

 

「えっ!? ……えっと、その、え?」

 

 単語にすらならない断片的な言葉を口にしながらママの方を見ると、それでも意図が伝わったらしく、ママはコクリと頷いた。

 

「いつみたいにありふれたお祝いだと、真姫に怒られるからって」

 

 航太がどんな風に言ったのかは分からないけど、ママは可笑しそうにクスクスと笑いながらそう話す。

 

「大それたことは出来ないけど、一品作るぐらいなら、って台所で頑張ってたわよ」

「……そっか」

 

 その話を聞いてもう一度、改めてそれへと目を落とす。他の料理より遥かに簡単で、時間も掛かっていないであろうそれ。しかしそんなことは問題じゃない位に、私にとっては嬉しいものだった。

 そんな料理を前にして、恐らく今の私は相当緩んだ顔をしているのだろう。それを見たママは再び含みのある笑顔を浮かべて、ちょっぴりイジワルそうな口調で言った。

 

「結婚するならお料理の出来る旦那さんの方がいいわよ。ねっ、あなた」

「ああ」

 

 そんなからかいとも、単なるノロケとも取れる会話がほとんど頭に入ってこない程、彼がしてくれたことへの喜びと、そしてなにより安堵感が私の中に広がっていた。

 私の誕生日を忘れてなんかいなかったってこと。そして何より嫌われたわけではなかったということに。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 お風呂から上がって、髪を乾かして、パジャマに着替えて。寝る支度を万事整えてから、ベッドに身体を放り投げた。

 何というか、今日一日いろんなことがあったような気がする。けれど一つ言えることは、紆余曲折はあったけれど、とても幸せな一日だったということ。

 そんな一日を頭の中で反芻していると、つい先程のことが思い出されて私は身体を起こす。そして、ちゃんとお礼を伝えようと、机においてあった携帯電話を手に取った。

 

 航太のダイヤルを電話帳から呼び出して、通話のボタンを押す手前で私は思い留まった。

 

 彼は大それたことは出来ない、なんて言っていたらしいけど、私にとっては十分すぎるほどで。だけど欲張りかもしれないけれど、どんなにありふれていても、直接おめでとうと言って欲しかったというのもまた私の本音。

 それに、結果としてはよかったかもしれないけれど、しばらく悶々とさせられたのもまた事実。だからその仕返しってわけじゃないけど、今日はあえて何も言わないでおくことする。

 そして、明日会ったら面と向かって言うことにしよう。

 

「……よしっ」

 

 小さな決意と共に、そうすれば一日遅れかもしれないけれど、改めて彼の口からおめでとう、そう言ってもらえるかもしれない。そんな淡い期待を胸に私は再びベッドに身体を横たえた。

 




今回もまた、捻って書こうとして空回りするパティーン

せっかくの誕生日なんだからふつーにイチャコラさせとけばよかったんじゃないですかね
王道こそ正道。それ一番言われてるから

というかそもそも真姫ちゃんの誕生日って事は四月なわけで、時系列どうなってんだって話ですが


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夢の続きを君と

(・8・)ちゅんちゅん


「……はぁ」

 

 二限目と三限目の間。その短い休み時間、教室で深くため息をつく。

 教室内において、俺の席は窓際にあたる。つまり少し横を向けば窓越しに外界が広がっているわけで。その雲ひとつ無い青空を目の当たりにして、俺はまた大きく息を吐き出してから力無く机に突っ伏した。

 

「何かあったのでしょうか……」

「うーん……今朝からずっとあんな感じだよねぇ」

 

 すると、聞きなれた、こちらを心配するような声が聞えてきた。

 そんな会話が耳に届いて、ちょっと大袈裟過ぎるかな、なんて少し反省する。そう考えてはいるのだがこの体勢をやめようだとか、変に強がろうなんて気にはならなかった。

 

 なんというかこう、女の子に心配されるというのも悪い気はしなかったから。

 無論それを意識してのことではないし、特段過剰に装って見せる気も無いけれども。

 

「ん~? 海未ちゃんもことりちゃんもどうかしたの……って、どうしたの航太君? 具合でも悪いの?」

 

 先程のふたりとは別の少女の声が頭の上から聞えて、俺は身体はそのままに顔だけをそちらへと向ける。

 

「んー。まぁ、別に……」

 

 真っ先に目に入ったのは、すぐそこにあった穂乃果の顔。そして少し離れたその奥には、海未とことりの姿が映る。

 穂乃果はただ単純に心配した表情だったが、海未とことりはそれが半分と別の感情が半分含まれているように見えた。苦いというか呆れたというか、そんな複雑なものだった。

 

 きっと彼女らも心配をしてくれていたのだろうけど、直接聞いていいものかどうか、それを探っているような状態だったのだろう。そんな所に穂乃果が現れて、何の躊躇いもなくそれを口にした。

 それ故のふたりの表情なのではないか。何となく、そう察しがついた。

 

「でも、確かに朝から少しおかしいですよ?」

 

 海未はことりと共にこちらへと歩み寄りながらそう言った。

 

「いや、ホントに大したことじゃないんだ。なんつーか寝不足みたいなもんで」

「夜更かしですか? 身体に良くありませんよ」

 

 もはや心配という枠を飛び越えて、幼い子供を諭すように語り掛ける海未に、苦笑いを浮かべさせながら俺は答える。

 

「別に、遅くまで起きてるってわけじゃないけどなぁ……むしろ最近は早いくらいだし」

「本当に? 航太にしては早い、ってだけではなくてですか?」

 

 信じられない。そんなジトッとした視線を向けながら海未は問うてくる。

 いったい彼女の中ではどれだけ信用が無いというのだろうか……。

 

「いやいや、マジだって。というか、むしろ……」

「むしろ?」

「寝るのが遅いからじゃなくて、朝早く起きちゃうんだよね」

「……良い事じゃありませんか」

 

 けろりとした表情で海未は言ってのける。

 確かに彼女の言う通り早起き自体は悪いことじゃない。早起きは三文の徳、なんて言うくらいだ、むしろ良いことなのだろう。

 そしてこの中の誰よりもそれを実践して、規則正しい生活を送っているのが彼女。したがって海未のその言葉には説得力というものがあった。

 

「それはそうだけどさぁ。意図してそうしてるなら兎も角、起きてしまうんだよねぇ」

 

 それこそ海未のように早い時間に床に付いているならいざ知らず、夜更かしはしていないといっても短針が天辺に近付くくらいまでは起きていることが多い。その上で自分の意思とは別に早くに目が覚めてしまっては、睡眠不足に陥るのは必然だ。

 

「でも、前まではそんなこと無かったんでしょ? だったら何か変わったことがあったとか?」

 

 俺と海未の会話を聞いていた穂乃果が、そんな至極当然な質問を投げかける。

 

「……うん、まあ。ちょっと言いにくいんだけど……最近、夢見が悪くて」

「夢見が」

「悪い?」

 

 穂乃果と海未は俺の言葉を反復しながら、お互い顔を見合わせる。

 

「というと、何か良くない夢を見て目が覚める、ということですか?」

「うん。ここんとこずっと。同じ夢ってわけじゃないんだけどね」

 

 海未の言葉に首を縦に振った。

 何か過去のトラウマが映像化しているなんて感じではなくて、ただただあまり気分のよくない夢を見るのだ。

 些細なものからそうでないものまで。具体的には歯が全て抜け落ちるようなものから、何か恐ろしいものに追われていたり、高い所から落下するものまで多種多様に。

 ただいずれにしても目が覚めた時には気分は沈み、ましてや想定よりも早く起きてしまい二度寝もままならないので、睡眠不足は加速するといったわけだ。

 

「う~ん……」

「流石にその辺は私も門外漢ですし……」

 

 そんな俺の話を受けて、穂乃果も海未も首を捻ってしまう。

 それもまあ、当然のことで。一介の女子学生が出せる対策なんて、安眠のちょっとした知恵ぐらいなものだろうし。ましてやそういったものは大抵、寝つきの悪い時どうするかといったもので、今の話からは若干ピントがずれてしまう。

 突き詰めてしまえば精神科の病院なんかの範疇になってしまうのだろうか。

 目下のところそこまで大げさなものではないのだけど。

 

「いやいや、ホントに大したことじゃないからさ。そんなに真剣に考えなくても……」

 

 むむむっ、と頭を抱えて考え込む姿を見て、逆に申し訳ないような気持ちになり、慌ててふたりを止める。やっぱり言うべきじゃなかったかと内心考えていると、先程まで一言も発していなかったことりが割って入るように口を開いた。

 

「あっ! それなら良いおまじないがあるのっ!」

「へっ!?」

 

 

 

 

 

 そんな学校でのやり取りを経て、ことりは俺の部屋へと来ていた。

 

 日課の放課後の練習を終え、普段だったら女性陣のお喋りタイムに突入するところ、それも早々に引き上げて彼女はこうしてここにいる。

 なにやら準備があるからといって、ことりは一度家へ寄ってきたのだが、装いは制服のままだった。

 

「それで、おまじないって具体的に何するの?」

「えっとね、う~ん……えへへ、ナイショっ」

 

 少しの間考え込んだのち、ことりはそう言いながら可愛らしくウインクなんかしてみせる。

 

「……べつにいいけどさ。じゃあどうすりゃいいのよ?」

「うんとね。ちょっとの間だけ目を瞑って、後ろを向いてて欲しいかな」

「え?」

「お願いっ」

 

 ことりは申し訳無さそうに顔の前で手を合わせながら、小首をかしげるような仕草を見せる。それがまた非常に愛らしくって、俺としては首を立てに振る以外にはなかった。

 

「ぜったい見ちゃダメだからねっ!」

 

 改めて念を押してから、ことりは何やら作業に掛かる。

 といっても彼女の要求通りに目は瞑り、後ろを向いている状態だ。当然、その詳細を認識することは出来ない。

 残された判断材料は音のみで。しかもそれもほんの些細な布の擦れる音が耳に届くばかり。そんな状態でいくら神経を耳一点に集中してみたところで、彼女の動きの全容の一割も把握することが出来なかった。

 

「……これでよしっと! コウちゃん、もうオッケーだよ」

 

 そんなことりの声に反応してカッと目を見開き、素早く身体を反転させる。

 

「……」

 

 そしてジッと辺りを観察してみるが、見たところこれといって変化は感じられない。

 

 ことりが座っているのはベッドのすぐ近く、枕元の辺り。

 それに加えて俺が後ろを向いていたのは、一分にも満たないほんの数十秒のこと。そのことを考えれば大掛かりなことは出来やしないだろうし、足音も感じられなかったことから、何かしたにしても今ことりのいるすぐ近くでのことだろう。

 しかしそれが分かっていても、やはり違和感を見つけられない。ということは、表面ではなくどこか目に見えない裏側に何かを施したということだろうか。

 

「……」

「えへへ~」

 

 考えを巡らせたところで答えが出るわけでもなく。かといってそこいら一帯を手当たりしだい確認するというのも、なんだか躊躇われた。

 だから、何をしたんだ、そんな意図をこめてことりに視線を送ってみたが、こちらのそれを酌んでの事なのかどうなのか、ただニッコリと笑っているだけだった。

 

 最終的に痺れを切らして直接聞いてはみたけれど、結局彼女は答えを教えてくれることは無かった。

 

 そしてその夜、俺は夢を見た。

 

 

 

 

 夢には二種類あって、一つはただ漠然と夢の中にいて、目が覚めてようやくそれが夢であったことに気が付くというもの。そしてもう一つは、夢をみている最中であるにもかかわらず、それが夢であるということに気付いてしまうもの。

 

 今見ているものは紛れもなく後者であった。

 普段だったら、ただ映像を見せられているという感じに近いのだが、今は違う。ある程度自由に動くことが出来ていて、更になんとなく、ああこれは夢なんだなという感覚があった。

 そして何よりも、現実の自分と今の自分とが明らかにかけ離れていた。

 

 まず、普段の視界とは違って見えた。

 今いるのは自宅の近くにある、小さな公園。夕暮れに染まるそこは何度も目にしているはずなのに、見えている景色がちがう。正確に言えば、いつもよりもだいぶ視線が低く、全てのものが大きく見えている。

 加えて、走っているつもりでもなかなか前に進んでいない。つまりは歩幅も狭くなっている。

 

 そういった状況から、これは幼い頃の夢なんだと、容易に認識することが出来た。

 

 

 冷静にそう分析できてはいたが、正確な時期を断定するところまでは至らなかった。自分と一緒に公園で遊ぶ子供を見るかぎり、小学生の低学年……いや、それよりも少し前ぐらいだろうか。

 そんなことを考えているうちに、いつの間に一緒になって走り回っていた子供たちは忽然と姿を消していた。

 

「えっ、あれ?」

 

 辺りを見回してみても、やはりその影を捕らえることはできない。

 夢をある程度は自由に出来るとはいっても、全てを思い通りにすることはできないらしく、彼らを探そうという気はあるのだが、実際に身体を動かすことは出来なかった。

 

「コウちゃん……」

 

 そんな時、背後から不意に名前を呼ばれる。

 振り返ってみるとそこには一人の少女の姿があった。今とはだいぶ違うはずのその少女の名前を、自然と俺は口にしていた。

 

「ことり?」

「……うん」

 

 俺の声に、その小さな少女は静かに頷いた。小さいとはいっても今の、この状況に置いては俺よりも少し身長は高かった。

 ……現実ではそれも既に逆転してしまったけれど、そういえば確かにこの頃はまだ彼女の方が背は高かったんだっけか。

 そんな事を思い出して、懐かしい気持ちになる。

 

「あのね……コウちゃんにお願いがあるの」

「お願い?」

 

 ことりは小さな身体をモジモジとさらに小さくしながら、言い辛そうに続ける。

 

「うん、その……こ、ことりと結婚して欲しいのっ!」

「えっ!? けっ、結婚?」

「うん……ダメ、かな?」

 

 相当量の勇気がいったのだろう。そわそわと落ち着かない様子で、こちらを直視することも出来ずに、幼い頃のことりはその答えを待っていた。

 

「べ、別に、いいけど……」

「ホントにっ!?」

 

 ぶっきらぼうなその返答に、ことりは飛び上がるようにして喜びを表現する。勿論、その答えを口にしたのは今の俺の意思ではなくて、当時の俺のしたことだ。

 そんなかつての自分自身の行動と、こんな状況を妙に冷静な気持ちで見てることが何だか可笑しかった。

 

「ねぇ、コウちゃん」

「ん?」

「ちょっとだけ、じっとしててね?」

「えっ!?」

 

 ことりのその言葉と行動に、自然と驚きの声が出てしまう。

 それは当時の俺が発したものなのか、今の俺自身の驚きのせいなのかハッキリと区別をつけることが出来なった。

 なぜなら、今までのことは少なからず俺の記憶に残っていて、見たことのある光景だった。しかし、ここからは違う。この先のことは思い出すことなんて出来なかったから。

 

 しかし、その先のことを思い出せはしなくとも、容易に想像は付いた。ただ、それに対してなにか行動を起こすことは出来なかった。

 

 混乱している俺を他所に、ことりは俺との距離を詰めてくる。まるでスローモーションのようにゆっくりと。

 そしてその途中でことりは目を閉じる。しかしその距離を詰めるという行為自体は変わらぬまま。

 

 30センチ、10センチ、5センチ……。ゆっくり、ゆっくりと近付いてくることりの顔に身動きを折ることが出来ない。

 

 そしていざ触れ合う、そんな瞬間。俺は目を覚ました。

 

 

 

 仰向けになりながらバチッと目が見開く。まどろむ時間などなく、一瞬のうちに覚醒は終わっていた。

 確かめるまでもなくそこは自分のベッドの上だった。その事実が、今までのことが夢であったことを再認識させる

 

 そしてふと、枕もとの時計を見ると、そろそろ支度を始めなければ遅刻をしてしまう、そんな時刻を指し示していた。

 

 

 

 

「で、航太君。今朝はどうだったの?」

「どう、って何が?」

「何がって……」

 

 授業の合間の休み時間、いつものように穂乃果たち三人が俺の机へと集まってくる。

 穂乃果の言葉にすっとぼけたような返答をする俺に、海未はあきれたような表情を浮かべる。

 

「夢のことですよ。昨日ことりに何かおまじないをしてもらったのでしょう?」

 

 俺だって忘れていたわけじゃない。ただ、あんな夢を見た後だけに少々口に出し辛かったってだけのこと。

 

「ああ、そのことね。おかげさまで? 今日は途中で起きたりしなかったな」

「おおー。よかったね、航太君」

 

 我が事のように喜ぶ穂乃果とホッとした風な海未に、改めて良い奴らだなぁ、なんて感想を抱きながら、チラリとことりの様子を盗み見た。

 しかし、これといっていつもと違う様子は見られない。普段通りニコニコと微笑んでいるだけだった。

 

「じゃあ、ことりちゃんのおまじないが利いたってことだね! で、どんなおまじないだったの?」

「いやそれが、俺にも教えてくれなくてさ……」

 

 俺がそう言うと、穂乃果は海未と二人、ことりの方へと視線を向ける。

 

「ナイショ、ですっ」

「え~、教えてよーことりちゃん」

 

 ことりは穂乃果のお願いに対しても、やはり俺の時と同じように答えを教えてくれることはなかった。

 

 そんなふたりを眺めながらも、自然と俺の視線はことりの唇へと吸い寄せられていた。

 

 

 

 

 それだけだったらそのうち忘れ去ってしまうようなのだけど、それが三日続けて同じ夢を見たとなってはまた話が変わってくる。

 今までのような嫌な夢ってわけでもないので実害はないのだが、続けて同じ夢ってのはやはり引っかかる。

 

 ましてや内容が内容だ。

 確かにあれは実際にあった出来事だ。しかし、忘れていたわけではないが、当の昔に思い出に変化しているはずのものだ。

 だというのに、今になって何度も見せられてしまうと、余計な考えまで頭を過ぎる。

 

 それこそ今でもことりがあの約束を覚えていて、そしてふたりの関係が進むのを待ち続けている。

 そんなありえないような想像を。

 

 思い出は思い出。過去のものであって今じゃない。

 そんな言葉を、半ば言い聞かせるように頭の中で反芻しながら身体をベッドに投げた。

 

「ん?」

 

 そして寝支度を整えようと、枕を手に取ったところで小さな違和感が生まれる。がさりと布と中の羽毛だけでは発することのないような音を耳が感じ取っていた。

 それを確かめるべくそのカバーを外してみると、中からひらりと一枚の厚めの紙のようなものが落ちてくる。

 

「なんだこりゃ」

 

 拾い上げてみるとそれは一枚の写真。そしてそこに写されていたのは、ここ数日何度も見た少女と幼い頃の自分の姿。少女は満面の笑みで、男の子の方は少しふてくされたような表情だった。

 写真自体には見覚えがあった。確かことりのお母さんに撮ってもらった物で、焼き増ししたものがうちのアルバムにもあったはずだ。

 撮ってもらったとはいっても、当時は女の子とふたりで写真に写るということが恥ずかしくてあまり良い気分ではなかったように記憶している。いや、記憶しているというかこの写真の表情が如実にそれを表していた。

 

「しかしまあ、なんでこんなものを」

 

 誰がやったかなんてことは考えなくても分かる。流石にそこまで鈍くはないつもりだ。

 とはいえその理由が分からない。いや、おまじないだと言われてしまえばそれまでなのだが、それで済ますのは何かこう気持ちが悪い。

 だからと、枕元で充電していたスマホを手に取って『枕 写真』なんて簡単な単語で検索を掛ける。

 

 

 

 出てきた結果に目を通す。

 要するに枕の下に写真を入れて寝るとその人が夢に出てくる、なんていう迷信らしい。大抵は好きな相手だったりするらしいのだが、そこはまあ、見なかったことにする。

 しかし科学的根拠が強いわけではなく、あえていうなら寝る前に目にしたものが夢に出てき易いからだとか、それだけ頭で強く考えていれば夢にも出てくるだろうだとかその程度のこと。

 

「……ふーん」

 

 そしてここで一つの選択を迫られる。

 このおまじないの効力だとか、実際に三日連続同じ夢を見たこととの関連性だとか、そういったことはひとまず置いておいて。

 今、この手にある写真をどうするかということ。

 

「……まあ、いいか」

 

 しばらく考えて出した答えは、保留、だった。別段抜き取る理由もないし、それにその内ことりが回収に来るだろうから。

 それまでは気が付かなかったことにしておこう。そう考えて、俺はそれを元のところに戻そうと枕を手に取った。

 

 しかし、そのすんででふとある考えが過ぎって、動きを止める。そしてベッドから起き上がって、机の中を探り出す。

 

 お目当てのものはすぐに見つかった。

 それは同じく写真。ただ、昔のものではなくて、つい最近ことりと彼女の働くメイド喫茶で、ふたりで撮った一枚。

 そしてそれを元あったように枕とそのカバーの間に挟んでから、いつも通り頭の下に敷いて眠りに入っていった。

 

 

 

 

 夢を見ている。

 

 その導入はここ数日と同じものであるように思われた。しかしそれが勘違いであることはすぐに気が付いた。

 

 昨日までのそれとは、視界がまるで違っていた。目線が高いところにある、それだけで目に映るものが全然違って見えた。

 つまりはそう、昨日までのように幼い頃の身体ではなくて、現実の俺と同じ位の大きさであるということになる。

 

 ただ、それ以外のことは特に変わりはなかった。駆け回っている少年たちは当時の姿のままだし、夢の話の流れ自体もそう。

 しかし、だということは当然終わりも同じということになるのだろう。

 そう考えていると、やはり一人の少女が俺の前に姿を現した。

 

「コウちゃん……」

 

 その声にまた、いつものように振り返るとその光景に目を奪われる。

 

 同じ登場人物、同じ話の流れ。

 確かに振り向いた先に居たのは南ことりで、そんな彼女との会話のやり取りも昨日までと変わらない。

 しかし、そこには明確な違いというものが存在していた。

 

 立っていたのはことりではあるのだが、姿が今の、現実の世界と同じ年齢の彼女のものだった。

 

「ことり?」

「……うん」

 

 当然、俺はそのことに驚かされる。

 しかしそん事など関係ないと言わんばかりに、話は進行していく。俺の意思など受け入れることもなく。

 

「ちょっとだけ、じっとしててね?」

 

 この台詞もまた今までと一言一句変わらない。

 しかしすぐ目の前にいるのは成長した姿のことり。そんな彼女を目前にして、夢の中だというのに俺の心臓はバクバクとうるさいほどに高鳴っていく。

 

 そんな間にもことりの顔は近付いてくる。

 昨日まではほとんど同じ目線だったけれど、今は現実のサイズということもあってふたりの間には少しの身長差がある。

 それゆえ、ことりは爪先立ちになってその差を埋めるようにしながら顔を近づける。

 それが何とも生々しくて、夢だとは分かりつつも妙な現実味を生んでいた。

 

 普通だったら一瞬で届きそうなこの距離を、例のごとくゆっくりゆっくりと埋めてくる。

 そしてやはり、唇と唇が触れ合うかどうかその刹那、パッと現実に引き戻される。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 目が覚めてすぐ、大きなため息がこぼれる。

 

「あっ、ようやく起きた」

 

 目覚めたその体勢のまま天井を眺めていると、横から急に一つの顔が飛び出してきた。突然のことで、その上それがすぐ直前まで夢に出てきていた少女のものだったことも相まって、ビクリと驚きで身体が跳ねる。

 

「えっ!? あっ、えぇ? こ、ことり?」

「おはよう、コウちゃん」

 

 混乱する俺を尻目に、ことりはいつものようにニッコリと微笑む。

 

「あー、なんだ、その。どうしてここにいるんだ?」

「え? あっ、えっとね。続きをしに来たの」

「つ、続きぃ!?」

 

 ことりの発した、続き、という言葉にまたも脳内をかき回される。

 

 彼女的には深い意味なんてないだろう。いや、ないはずだ。

 しかし、目が覚める直前まであんな夢を見ていたこちらとしては、その先というものを想像してしまう。更に俺の視線はやはり、彼女のその柔らかそうな唇に釘付けになっていた。

 

 そしてそうやって視線を奪われているうちに、新たな考えが頭の中に芽生えていく。

 本当にさっきまでのは夢なのだろうか。もしかしたらそれは勘違いで、現実だったんじゃないだろうか。いや、むしろ逆に今もまだ夢の中に居るのではないか。

 そんなありえもしない仮定に、頭の中は一種の錯乱状態に陥っていた。

 

「……つ、続きって、その……な、何の続きなんだっけ?」

「え? あー、ひどーい。忘れちゃったんだぁ」

 

 意味の分からない妄想を振り払うように、どうにか言葉を搾り出してことりに問いかけるう。

 するとことりは、ぷりぷりと起こったような仕草を見せながらそう返してきた。本当に怒っているわけではないのは丸分かりだったので、怖さは全く感じられなかったけれど。

 

「昨日の続き。今日も新しい衣装のデザイン考えるの手伝ってくれるって約束したのにぃ」

「あー、そうだった。ごめんごめん」

 

 そんなことりの言葉にようやく頭に冷静さが戻る。それと同時に非常に強い脱力感が体を襲った。

 

「……まだ寝ぼけてるみたいだから、ちょっと顔洗ってくるわ」

「うん。いってらっしゃい」

 

 ことりの屈託のないその笑顔に見送られて、俺は自分の部屋を後にする。

 そして後ろ手でそのドアを閉めてから、再び大きくため息をついた。

 

 それは安堵からなのか、それともその瞬間を逃した落胆からなのか。その辺のところは自分でも判断を付けることが出来なかった。

 




幼馴染設定の定番みたいなネタでひとつ

誰でこの話を書くか迷ったんですが
メルヘンっぽい(?)約束をしそう、って考えてたら何となくことりちゃんになっていました

ぶっちゃけ別の子でも書けるんじゃないかっていう
そんな疑惑はありありですが……


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IF:もしもの話をしよう (希)

のんたん誕生日おめでとう!!


 放課後。

 壁に背を預けて、ぼうっと一人たたずんでいた。

 

 この状況になってから、どれ位の時間が経っただろうか。ふと、気になって携帯の時計に目をやる。

 こうし始めた正確な時間を把握しているわけではないけれど、それでもやはり、それなりの時間は経過していた。

 

 しかしまあ、どうしようもないほどに退屈だ。実際の時間以上に長く感じてしまうほどに。それくらい手持ち無沙汰で仕方がない。

 

「……」

 

 暇潰しに携帯電話を弄るといっても限度があるし、話す相手もいないので必然的に無言になる。息の詰まりそうな時間。

 ならいっそ帰ってしまえばいいのに。そんな風に言われてしまいそうだが、そういうわけにも行かなかった。

 

 

 他人を待つ。

 その行為自体は決して嫌いじゃない。

 人を待つというのは、基本的にその先に何かがあるからだ。全てがそうという訳じゃないけれど、例えば一緒に出かけたりだとか、何かをしたりなんていうことが控えている場合が多い。

 そして、その待っている相手が親しい間柄だったりすれば、苦痛は軽減される。それが恋人ともなれば、大抵は許容できるようになる。

 勿論、二時間も三時間も待たされるとなると話は別だが。

 

 ただ、待つのは一向に構わないけれど、待っているときの他人の視線がどうにも苦手だ。

 今は放課後で、校舎に残っている人間というのは部活や、何かしらの委員会に所属している生徒、あるいは教師ぐらいのものだ。ましてやこの辺は元々人の通りは多くない。

 それでもその数はゼロではない。そしてここを通っていく人間は例外なく、一人佇んでいる俺に一瞥をくれていく。

 それが居心地の悪さを加速させていた。自分が逆の立場だったとしたら、気にも留めないことだというのに。

 

 

「ありがとうね、希ちゃんっ」

 

 すぐ隣にある扉、つまりは俺が寄りかかっている部屋の扉が勢いよく開かれて、一人の少女が中から姿を現した。

 その少女は傍にいた俺に気が付くことはなく、部屋の中にいる相手に向かって手を振ってから、足早に去っていく。

 

 待たされる原因にもなったその少女に少しばかりの憤りを感じたものの、彼女の明るい口調と軽い足取りを見てそれもすぐに消える。

 きっと悩みとか、胸のつっかえみたいなものが取れたのだろう。だとしたら、俺の心の中とはいえ、ぐちぐちと恨み言を並べるのも無粋な話だ。そもそもが、別に彼女が悪いわけではないし、悪意があってのことじゃない。ましてやもう済んだことだ。

 

「お待たせっ、コウちゃん」

 

 そんな彼女の背中を見送っていると、開けっ放しにされたままのドアの影から、にゅっと別の少女がその可愛らしい顔を覗かせる。

 

「それじゃ、帰ろっか」

 

 彼女の提案に、俺は黙って首を縦に振った。

 視界を遮るようにして現れたその少女を目の前にして、俺の心臓は高鳴りを上げていた。

 

 予想していないタイミングで希ちゃんが現れたからだ、そう自分に言い聞かせるようにしながら、心を落ち着かせる。

 しかし、己を偽ってみたところで、現実は自分の中ではっきりと主張していた。

 

 恋人同士になってからそれなりの期間は経過しているのに、今みたいに彼女の顔を見ただけでこうして心臓が騒ぐことがあるのも。未だに彼女と手を握るのすら躊躇してしまうのも。

 結局は彼女との関係が、付き合っている長さほどには進展していないことの表れで。

 そしてその原因が一歩を踏み出せない、臆病な自分にあるということも。

 

 そんな事実に少しばかりの焦りを感じながら、彼女とふたり夕暮れの廊下を歩いていった。

 

 

 

 

「今日は本当にゴメンな、コウちゃん」

「いいよ、別に」

「でも、ウチから一緒に帰ろうって誘ったわけやし」

「気にしてないって。大して待ったわけでもないしね」

 

 学校を後にして、商店街を抜け住宅街へと差し掛かる。繁華街とは打って変わって、人通りはまばらになってきていた。

 あれほど多くの人で溢れかえっていたと思ったら、そこから少し離れただけで嘘のようにその数は減り、喧騒も治まっている。

 

 そんな二面性を持つこの街を、地元ながら不思議な街だ、そう思う。

 そしてそんな街の、いわば裏の顔を見ることの出来る所に来て、希ちゃんは改めて先程の事を口にする。俺の顔を覗き込みながら、その眉尻を下げて、本当に申し訳無さそうな顔をしながら。

 

「やっぱり今日もアレ? 占い関係の話?」

 

 そんな女性の困り顔が、昔から苦手だ。フェミニストぶるつもりもないけれど、女性のそういった表情を見るのはやはり好きじゃない。ましてや恋人のものなら特に。

 

 だから少々強引にでも別の話題を振って、希ちゃんとの会話の方向を修正していく。

 

「えっ、ああ、うん。前からちょっと相談に乗って欲しいって言われててん」

 

 希ちゃんはそれに少し驚いたような表情を見せながらも、素直に頷いた。

 こう見えて、と言ったら失礼だし、やたらと上から目線ではあるけれど、希ちゃんは非常に聡い娘だ。

 普段は飄々としていて、見方によっては軽い印象を受ける彼女も、その実しっかり者だったりする。そのギャップがまた、彼女の魅力であったりもするのだけれど。

 

 だから、彼女はそれだけで察してくれる。俺は本当に気にしていないし、怒ってもいない。だからこれ以上謝罪は必要ないんだよという、そんなこちらの意図を。

 ただ話の腰を折られらからではなく、そこまで酌んだ上で彼女は頷いて、そしてニッコリと笑う。

 

「……でもさぁ、女の子ってホントに好きだよね、占い」

「そうやねぇ、大抵の女の子は嫌いやないやんな」

 

 そう、占い好きの女の子は多い。その割合は男のそれよりも遥かに高い。

 恐らく脳の構造だとか、思考の傾向見た異なものが、そもそもからして男女異なっているからなのだろう。

 

「コウちゃんは占いって嫌い?」

「うーん……。嫌いってわけじゃないけど、そんなに気にはしないかな」

 

 占いそのものよりも、他人に自分の方向性を決められるというのがあまり気に入らない。自分に限らず、割とそういう男性は多いのではないだろうか。

 そりゃあ、俺だって神頼みぐらいはするし、験を担ぐなんてこともする。でも、やはり自分のとる行動ぐらいは自分自身で決めたいし、参考程度に聞いたところで逆にその行動は避けてしまいそうな気がする。

 

 だからといって、占いそのものを否定するつもりはない。

 誰かに背中を押してもらいたいという気持ちも、分からないでもないから。ただ、あまりに傾倒しすぎるのは考え物だけれど。

 

「逆に希ちゃんは、ベッタリだよね?」

 

 何しろ普段からタロットなどの占いグッズを持ち歩いている。

 加えて、その占いもよく当たるらしいと評判で、占って欲しいだとか、相談に乗って欲しいなんて女子もちらほらいるらしい。

 それこそ今日なんかがいい例だ。

 

「うーん、そうやねぇ。ウチにとっては単に好きってだけやなくて、切っても切り離せないもの、って感じやね」

 

 希ちゃんは目を細めながら、小さく頷く。

 

「元々、ウチはすっごい引っ込み思案やってん」

 

 それは重々知っている。

 初めて出会った頃の彼女は、今では信じられないぐらいに大人しい女の子だった。

 

 そのきっかけも、経緯もほとんど忘れてしまった。年齢も一つ違ったし、何が俺の琴線に触れたのかも今となっては分からない。けれど、そんな彼女を半ば無理矢理に連れまわしていた事だけは覚えている。

 そして、ある日転校していなくなってしまったことも。その時の悲しさも。

 

「だから、もしウチに占いがなかったら、今でもあの頃のままだったのかもしれん。いや、それどころか今ごろここに居なかったかも分からんね」

 

 冗談めかしていながらも、どこか自嘲気味に希ちゃんは笑った。

 

 

 いつか希ちゃんは言っていた。

 

 彼女の親はいわゆる転勤族で。そのこともあってこの地を離れてからも、何度か転校を繰り返していた。

 必然、その度に新しいクラスに、知り合いの誰もいない環境に放り込まれていた。

 それを乗り切る為の処世術が占いだったと。

 

 大抵の女の子は占いが大好きだ。

 そして、そんな女性たちの輪に入って行くにはこの上ない術だった。ましてや、よく当たる希ちゃんの占いならば更に有効だったと。

 

 

「そんなこと……そんなことないよ、希ちゃん」

 

 無意識のうちに俺は彼女の言葉を否定していた。

 それを聞いた希ちゃんは、目を丸く見開いて驚く。そんなきょとんとした彼女を見て、自分が語気を荒げていることに気が付いた。

 

「……それに、そんな仮定の話なんかに意味なんかないんじゃないか」

 

 何をそんなにムキになっているのだろうか。ただ冗談じゃないか。そう分かっていながらも、止めることは出来なかった。

 

 例えそれが彼女自身の口から出た言葉だとしても。深い意味を持たない、ただの軽口だったとしても。否定をせずに入られなかった。

 単なる仮定の話であっても、彼女が近くに居ないなんていう状況を、今の俺には認めることは出来なかったから。

 

「……確かに仮定の話なんて意味なんかないのかもしれへんなぁ」

「……」

「でも、全部が全部、無意味ってわけやないって、ウチは思うん」

 

 そんな俺を見て希ちゃんは、やはり柔和に微笑みながら、嗜めるような口調で言った。

 

「……コウちゃんは妄想とかせーへんの?」

「は!? ……いや、しないけど」

「ええー!? ホンマにぃ? もし自分がプロのスポーツ選手だったらとか、漫画の中に入れたらーとか、そんな想像して遊んだりしないん?」

 

 ああ、その程度の事だったら確かに身に覚えはある。

 夜ベッドに入って目を瞑り、頭の中でありもしない想像を繰り広げることぐらいならば。

 

 でも、せめて空想と言って欲しい。妄想と聞くと、どうにも如何わしいような、そんなニュアンスを受けてしまう。

 そういった想像を、全くしないってわけではないけれど。

 

「ウチな、想像するって本当に面白いことやって思うん。それがどんなに現実離れしていることだったとしても」

「……」

「もしもあんなことが起こったら、もしも自分がこんな人間だったら、なんて考えるだけで楽しくなるやもん」

「まあ、 考えるだけならタダだしね」

「うん。それに、そんなもしもの話ってそこら中に、辺り一杯にいくらでも転がってるから」

 

 そういいながら、希ちゃんは大きく手を広げる。彼女の言うもしもの話、そんな目に見えないものが、今ここに沢山あるんだ。そう言わんばかりに大きく大きく手を広げた。

 

「幾千幾万と、その人が考えうる限り、想像することが出来る分だけそれは存在する。もしそれをありえないことだからって全部否定してしまうのは、それはやっぱりちょっと寂しいことやって思うんや」

「……それは、そうかもしれないけど」

「もちろん、マイナス方向の仮定の話が面白くないっていう、そんなコウちゃんの気持ちもよくわかるんやけどね」

「……」

「それに」

 

 希ちゃんは少し声のトーンを変える。ここから本題だというように、ほんの少し強くなった口ぶりで、話を続ける。

 

「それに、案外現実になったりすることもあるんよ?」

「まさか」

「……ふふっ。そのまさかって事が起こったりするんよ」

 

 希ちゃんはクスクスと笑いながら、到底信じられないことを口にする。

 

「ウチ、転校して新しい場所に行って、新しいクラスに入る度に、ああ、このままずっとここにいられたらって、 そんな想像をしてた」

「……」

「それで、特に大好きだったこの街に帰ってきた時、思い切って親に言うたん。もう、転校したくない。ずっとここにいたいって」

 

 目を細めながら、ただ淡々とした口調で希ちゃんは語る。

 

「そしたら、あっさりと受け入れてもらえたんよ。どうしようもないワガママやったのに」

「……でもそれって、希ちゃんが口に出して行動したからじゃ」

 

 そう。それが叶ったのは、彼女自身が行動を起こしたからで。別に彼女の言う妄想が、そのまま現実のものになったってわけじゃない。

 

「それに、コウちゃんがウチに告白してくれた」

「えっ?」

「ウチな、ちっちゃい頃からずっと、コウちゃんとこんな関係になる想像してたん。転校して、離れてからもずっと。そしたら現実になったんよ。ウチは何の努力もしてへんのに」

 

 希ちゃんは最大級のしたり顔を見せて笑う。所謂、ドヤ顔ってヤツで。

 それを見せられた、こちらは何も言い返すことが出来ない。ただ黙らざるを得なかった。

 

「せやから、もしもの話をするってのも案外悪いもんやないんよ?」

「まあ、そこまで言うなら、否定するつもりもないけどさ。でも、話だけ聞いてると、希ちゃんが常日頃からそんなことばっかり考えてる風に聞えちゃうんだけど……」

「う~ん。あながち間違いでもないやんな」

「……えっ!?」

 

 否定されるとばかり思っていたので、素直に肯定の言葉を口にする希ちゃんに驚きの声が漏れてしまった。

 

「ちょくちょくしてるしなぁ」

「例えばどんな?」

「そうやねぇ……もしも、コウちゃんがもうちょっと積極的だったら、とか」

 

 そういいながら希ちゃんは笑う。先程までとは違って、今度はちょっとイジワルそうに、からかうような表情でニタニタと笑った。

 

「……もしもの話っていうより、ほとんど願望みたいなものじゃないのそれ」

「そうやね。でも、想像、妄想、空想。それって言うてみたら願望の塊やん。自分に関係することなら特に」

 

 希ちゃんは俺に反論の余地を与えずに話を続けた。

 

「で、願いは強く望めば叶うんや。ウチがこの街に居ることが出来るようになったように。コウちゃんがウチを恋人にしてくれたように」

「……」

「だから、こうなって欲しいって思ったことは想像して、強く願うことにしてるんや。……例えば今だったら、コウちゃんの方から手ぇ握って来てほしいなあ、なんて」

 

 願うどころかもはや口に出しているじゃないか。そんなツッコミを心の中で入れる。

 しかし、自分の恋人に、ましてや女性の方にここまで言わせてしまうというのも、何とも情けない話だった。

 だからといって、彼女の思惑通りに行動するというのも癪なものがあるのだけれど。

 

「……ふふっ」

 

 だけど、そんな考えも何処かへ追いやって、素直に希ちゃんの手を握る。一瞬ピクリと驚きの仕草を見せるものの、すぐにその手を握り返してくる。

 

 そしてまた、希ちゃんは笑う。

 とても満足そうに、本当に願い事が叶った、そんな幸せそうな表情で。




改めてお誕生日おめでとう希ちゃん。
シックスナ……ロックの日やね!

妄想は活力だよねってお話でした。

個人的には希ちゃんはお付き合いしてもべたべたし過ぎずに、
適度な距離を保ち続ける娘さんだと勝手に想像しています。


しっかしまあ、毎度毎度ギリギリになる癖は何とかせにゃいけませんね。
そして同時にプロットを作る大切さを再認識しました。


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今、目の前にいる君と、僕の中にいる君

映画公開中


「えええーーーーーっ」

 

 昼食を終え、午後の授業が始まるまでの限られた時間。その勉強という縛りから開放された僅かな時間を、俺は幼馴染の数人とゆったり過ごしていた。

 しかし、そこに一人の少女の悲鳴が木霊する。

 

「3。……騒がしいわねぇ、もう」

「4。全くね。アイドルとしての嗜みがなってないわ」

「つーか、アイドルとかいう以前に、年頃の女の子としてどうなんだって話だけどな……5」

「あ、あはは……ろ、6」

 

 決して広いとは言えないアイドル研究部の部室。そこに響く、耳を突くほどに大きな声。

 しかし、その発生源からは少し離れた所に集まった俺たちは、そんな叫声とは無関係のように気の抜けた会話を交わしながら、トランプなんぞに興じ続けていた。

 

「もぉー!! みんなして他人事みたいにぃ」

 

 叫び声を上げた少女は、そんな俺たちに向けて非難の声を上げる。

 

「いや、ほとんど他人事みたいなもんだし……8」

「自業自得だしな。……あと、にこちゃん。それダウト」

「げぇっ!」

 

 恨み節をこぼすその少女、高坂穂乃果には最近ある変化が生まれていた。

 それは身体的な変化、まあ、端的に言ってしまえば体重の増加なのだが。その事を彼女の友人であり、同じμ'sの仲間でもある海未は見逃さなかった。

 

 不要な肉の付いてしまった彼女を見て、アイドルとしてコレはイカンと、食事制限と脂肪燃焼の為の運動を課す。

 そして彼女と、彼女と同じような経緯で参加することになった花陽は共にそれを消化していった。いや、そのはずだった。

 もしそうだったとしたら、何も問題はなかったはずだ。

 

 

 運動をすれば腹が減る。それは当然の流れ。自然の摂理。

 そこに加えて食事制限までしていたものだから、恐らく誘惑に耐えられなくなったのだろう。

 ダイエットメューの一部であるロードワークの途中で、彼女らはとあるチェーン店のお食事処で腹を満たしていたらしい。

 結果、それがバレて海未は激怒。挙句、更なる食事制限と運動を言い渡されたわけだが。

 

 そんなこんなで突きつけられた現実に、穂乃果は悲鳴を上げる。

 花陽にいたっては、声を出すことすら出来なかった。まさに絶句。彼女にとって白米を減らされるということは、それぐらいショックだったのだろう。

 

 まあしかし、とどのつまりは完全なる自業自得なわけで。

 

 それに加えて、ダイエットみたいなのとは無縁なほど細身のにこちゃん。

 基本スレンダーだが、ある程度出るところも出ている真姫。

 全てが非常にバランスよく整っていることり。

 そして、標準体形の俺。いや、そもそも大抵の男子高校生は体重なんて気にしないけれど。

 

 だから、そんな俺たちからしたら、実際他人事みたいなものなのだ。だから穂乃果と花陽のふたりと俺たちとの間に温度差が生まれるのは当然だった。

 

「うぅっ……。それはそうだけどぉ……」

 

 穂乃果は力無く机に突っ伏して、若干涙目になった瞳をこちらに向けてくる。

 懐柔されたってわけではないけれど、そんな穂乃果の姿が少々痛々しくて、ついつい助け舟みたいなことを口にしてしまう。

 

「……まあ、確かにあれだけど、あんまり厳しくしすぎなくてもいいんじゃないのか」

 

 それを聞いた穂乃果は今までの姿が嘘のように、パッと表情を回復させてウンウンと力強く何度も頷いた。

 

「限度ってもんはあるけどさ。男って大抵、ある程度肉付きの良い方が好きなもんだぜ」

 

 女の子はとにかく体重を落として、細くなりたいなんて思っている子が多いけれど、男が皆そんな女性を好むかっていうと意外とそうじゃない。

 女性の考える女性の理想像と、男の持つ女性の理想像は結構な差異があるのだ。

 

 逆に男から見たらそれはないだろうって子が、自分のことをポッチャリ系だなんて言っちゃってるケースもあるぐらいだし。

 

「ただ痩せてさえいりゃ、細くさえいれば良いってもんでもないしな」

「……あんた、今何処見ながら言ったのよ。殴るわよ!?」

「はぁ……」

 

 そんな一連の会話を聞いていた海未は、にこちゃんの怒りの声を掻き消すほどに大きく、そして深くため息をついた。

 

「……昔からそうですが、航太は穂乃果に対して甘すぎます」

 

 そう言うあなたも大概だけどね。そんな風に思いもしたけれど、口にする雰囲気でも無さそうだったので、とりあえずは心の中に仕舞っておいた。

 

「大体、穂乃果も穂乃果です。あなたはそれで良いんですか?」

「わ、私っ!? だ、だって、航太君はこのままでも良いって言ってくれたもん」

「……」

「も、もちろん、ダンスに支障ないくらいには絞るつもりだけど……」

 

 恐る恐るというか、海未の機嫌を探り探りに話す穂乃果。そんな彼女に痺れを切らしたのか、それとも別の理由なのか、海未は再び大きくため息をついた。

 

「他人の言葉を真正直に受け取りすぎです。……それが穂乃果の良い所でもあるのも確かなのですが」

「どういうこと?」

「いいですか? 航太の言葉をよく思い返してください」

「うん……」

 

 海未の言葉に穂乃果は頷き答える。

 

「確かに、航太はそのままでも良い、そのような趣旨の言葉を口にしました」

「うん」

「でも、穂乃果が太っていないとは一言も言ってはいないのですよ?」

「うぐぅっ!」

 

 海未の言葉に穂乃果は大きなダメージを受ける。その隣に居た花陽も、直接言われたわけではないにしろ、同様に心を抉られたらしく、ふたり同時にうめき声を上げた。

 

 海未の言う通り、何でもかんでも馬鹿正直に人の言うことを受けとるのはどうかと思う。

 しかし、あまり察しが良すぎるというか、簡単に他人の言葉の行間を読んでしまうのも、それはそれで少し可愛げに欠けるんじゃないかなぁ、なんて海未を見ながら思った。

 

「ちなみにさっき言った、肉付きの良い方が好き、というのは航太自身の考えですか?」

「あー……うん。まぁ、あれは一般論だな、あくまで」

「はうっ」

 

 海未の質問に答えた俺の言葉は、結果的に更なる追い討ちを掛ける形になってしまったらしく、穂乃果は花陽とふたり、再び目の前の机に突っ伏してしまう。

 

 いや、一応俺自身も考え方としてはそちら側に近いし、第一、別に彼女らがそんなに太っているなんて思ってもいないけれど。

 

「いいですね、ふたりとも?」

「……」

 

 海未はふたりに念を押す。が、脱力しきった彼女らから返ってくる言葉はなかった。

 

「ねぇねぇ。かよちん、かよちんっ」

「へっ? 何、凛ちゃん?」

 

 そんなふたりに一人の少女が近寄って行く。

 そして花陽のすぐ傍まで行くと、その耳元で彼女だけに聞えるような小さな声で何やら呟いた。

 

「……だよ」

「うん……うん」

 

 花陽は頷いて相槌を打ちながら、静かに凛の話に耳を傾けていた。

 そんな合間、チラリとこちらに向けられた花陽の視線と、彼女と凛のやり取りを見守っていた俺のそれが交差する。

 しかしそれもほんの一瞬のことで。花陽は慌てる様に視線を反らしてしまった。

 

 別に彼女とて悪意があるわけじゃないだろうけれど、露骨に避けられるとやはりちょっぴり傷付いてしまう。

 女の子が思っている以上に、意外と思春期男子は繊細なものなのです。

 

「……ようしっ!」

 

 ひとり些細なことにへこんでいる俺とは対照的に、花陽は何やら決意をしたような表情でグッと握り拳を固め、そして勢いよく立ち上がる。

 

「やります……。はいっ。花陽はやりますっ! がんばります!」

 

 そんな彼女の堂々とした宣言に、周りに居た一同は、おおぉお、という感嘆の声を上げる。

 

「……わかりました。一緒に頑張りましょう、花陽」

「はいっ!」

 

 それを聞いた海未は満足そうに頷いて、ニッコリと笑みを浮かべる。

 海未はその表情を一切崩さないままに、穂乃果の方へと向き直った。それは同じ笑みなのに、不思議と全く別の意味合いを含んでいるように見えた。

 

「……で、穂乃果はどうしますか?」

 

 そして海未は再び穂乃果に問いかける。やはり笑みは崩さないままに。

 まるで蛇に睨まれた蛙。

 そんな彼女を前に、穂乃果はただただ、引きつった笑みを浮かべ続けるのだった。

 

 

 

 翌朝。俺は近くの公園でひとり、友人が現れるのを待っていた。

 

 秋も終わり、街の至る所で冬の始まりを予感させる。

 幼い頃から慣れ親しんだこの公園も木々は彩を減らし、冬支度といった様相を呈していた。

 

 そんな景観と並行するように、最近では早朝の気温もどんどん冷え込んできている。

 普段だったらあまり歓迎できないそれも、ひと運動終えて火照ったこの身体には、クールダウンするのにちょうどいい具合だった。

 

「ふぅ……」

 

 公園の入り口に設置された逆U字型の車止めに腰掛けて、乱れた呼吸を整える。

 

 結局あの後、食事制限などは元のままに、朝の練習の前にランニングを増やすという条件で穂乃果は手を打ってもらっていた。何故か俺が同行するという条件付で。

 しかし一緒に走るとはいっても、俺と彼女とではペースが大分違うだろうということは事前に想像がついた。だからこうして、端から先行してゴール地点で相方の到着を待っている。

 

「はぁ、はぁ……もぅ、げんかーいっ」

 

 見るからにバテバテといった様子で現れたその少女は、纏ったジャージが汚れるなどということは意に介さずに、すぐさまその場にへたり込んでしまう。

 

「おつかれ」

「おつかれ……じゃないよ、もうっ。酷いよー、航太君。自分だけ先に行って」

 

 ジトッと恨めしげな視線を向けながら穂乃果は言うが、個人的に他人に合わせるよりも自分のペースで走った方が楽なのだ。それが自分よりも速くても、遅くても。

 勿論、穂乃果に合わせて速度を落とすことだって出来なくはないが、それだと必要以上に落としすぎて、かえって彼女の為にならないのではないかなんて思ったから。

 

「付き合ってやってるだけでもありがたいと思えって」

「……ちゃんと感謝してるもん」

 

 言葉とは裏腹に、穂乃果はぶうっと不満そうに頬を膨らませる。

 

「ったく……ぅおっと」

 

 風が吹く。少し強めの風が。

 随分と落ち着いてきた体温にそれはちょっとばかり冷たすぎて、思わずブルッと体が震えた。

 

「……ねぇ、航太君」

 

 今着たばかりの彼女には、むしろそれはちょうど良いぐらいだったのだろう。身を縮めている俺とは違い、何ともないような顔をして穂乃果は口を開く。

 

「ホントはどっちの方が好きなの?」

「ん? どっちってなにが?」

 

 突然の彼女の質問に要領を得ない。どちら、ときかれてもその比較物が両方とも分かりはしなかった。

 

「太ってる子と痩せてる子」

「……言わなかったけ?」

「ううん。言ってないよ」

 

 あの時、部室で言った気がしたけれど……。

 いや、そうか。あれは結局、一般論だってことにしたんだっけか。

 

 そのことを思い出して、改めて考えを巡らせる。

 

 しかし正直、どちらが好みかと聞かれても返答に困るのだ。

 少なくとも特殊な性癖はないし、悪球打ちでもないので太りすぎだったり、逆に痩せすぎてさえいなければいい。

 あえてその範囲内で、と考えてみても、やはりはっきりとした結論は出ない。

 

「うーん……」

 

 考えを働かせながら、ふと何気なく、穂乃果の顔をぼんやりと眺めてみた。

 そして再度考える。

 じゃあ、以前の穂乃果と目の前にいる彼女ではどちらが好みなのかと。

 

 

 以前の穂乃果、つまりは俺の頭の中に記憶として残っており、そこから思い描く彼女と比べてみると、確かに今の彼女は僅かばかりふっくらとしているように感じられた。

 でもそれはしっかりと、まじまじと見なければ分からないほどだし、今の穂乃果を単体で見た時に太っていると感じるかといったら、そんなことはない。

 つまりはそこに大きな差はないはずなのだ。

 

 ならやはり答えが出ないのかと思いきや、意外とそんなことはなくて。自然と、不思議と脳内にいる方の彼女に軍配を上げている俺が居た。

 それが何故なのか、自分でもよく分からない。でも、単に太っているからとか、痩せているからという理由ではないということだけは分かっていた。

 

「え~。そんなに考え込むこと?」

 

 口を閉ざしてしまった俺に、穂乃果は不思議そうに言った。

 彼女としては、単純に好みの体形を答えるだけなのに、どこに考える要素があるのだろう。

 そんな風に思っているのだろうけれど、当の本人である俺の頭の中からは、体形がどうのなんて話は既にどこかへと消えていた。

 

「……」

 

 しかし、優劣が付くということは、俺の中の穂乃果と実際の彼女とで少なからず何か違いが生まれているということになる。

 それがいったいどこにあるのか。外見、容姿でないということは、つまり内面的な何かというわけで。

 そう考えるうちに、一つの思い当たる節に辿り着く。

 

 

 俺の中の高坂穂乃果という幼馴染は、何か自分の手に負えないことがあるとすぐに、航太くーん、なんて泣きついて来るような少女だった。

 猪突猛進型で突っ走るタイプのくせに、意外と一度躓くとダメダメで。でも、そんな彼女に頼られるのも悪くないと思っている自分も居て。

 けれど、最近の穂乃果はそんな様子を見せることも少なくなっていた。

 

 今回の事だってそうだ。

 遠回りこそしたし、不満だって口にするけれど、目標地点へと向かってしっかりと足を運んでいる。そして、恐らく最後までやり遂げるだろう。

 

 アイドル活動の為なのか、単純に彼女が人として成長したからなのか。それともまた別に理由があるのか。それは分からない。

 分かりはしないけれど、そこに確かにあるのは、今、目の前にいる穂乃果と、俺の頭の中に思い描く彼女が明確に違っているという事実。

 

 

 きっと俺の頭の中に存在する高坂穂乃果という少女は、どこか以前のイメージのまま止まっているのだろう。

 そして、そんな昔のまま、俺のイメージ通りのままであって欲しいと思う自分と、それとは違った、今いる彼女を見ていることに楽しみを感じている自分が同時に存在していた。

 

「……言っても分かんないだろうなぁ」

「むっ。なんかバカにされた気分」

「別に馬鹿にはしてないけどさ」

 

 馬鹿にするだなんて、そんなつもりは毛頭ない。

 多分、言っても理解してもらえないだろうから。本当にそれだけの理由。

 

 というかそれ以前に、最初の太っているだとか痩せてるだのという話からは大きく脱線しているからって理由もあるけれど。

 

「ふーん……。あーぁ。でも、もうちょっと楽に痩せられる方法があればなー……ねえねえ、何かないの、航太君?」

「あるわけないだろ……」

 

 仮にそんな方法があったとしたら、既に本でも出して一儲けしているだろう。

 

「えー、航太君だったら何とかしてくれると思ったのに」

「何とかしてくれるって、俺なんかに多くを求めすぎだろ。無理なものは無理だっての」

 

 男の俺にとって、ダイエット法なんていうのは守備範囲外で。秘密道具満載の未来ロボットじゃあるまいし、そう何でもかんでも都合よくポンポン出てくるかって話。

 

「うーん……でも、私の中では、航太君に言えば大抵のことは解決してくれるって印象なんだけどなぁ」

「まさか。スーパーマンか何かじゃあるまいし」

 

 そう、所詮は普通の男子高校生で。何か特別優れたところがあるってわけじゃない。

 他人よりずば抜けて勉強が出来るわけでも、運動が得意な訳でもない。なら、発想力やユーモアに富んでいるかと、生憎そんな物も持ち合わせちゃいない。

 

 だから、彼女が言うような、過度な期待を受け止められるような人間ではない。

 きっとそれは、穂乃果の中の勝手なイメージ図。恐らく、今までの付き合いの中で彼女の相談に乗ったりだとか、そういった小さなものが積み重なってできた偶像。それが他の人より長い分だけ、無駄な尾ひれが付いてしまったのだろう。

 

「……あぁ」

 

 小さく言葉をこぼし、一人納得する。

 ああそうか、穂乃果も同じなんだと。いや、穂乃果だけじゃない、きっと誰しもが同じことなのだろう。

 

 仮にどんなに親しくて、長いこと同じ時間を共にした相手であったとしても、その人そのものと自分の頭の中にイメージするその人とでは齟齬が発生する。

 いや、長いからこそ、近しいからこそイメージが凝り固まってしまうのかもしれない。

 

 そしてその先入観というか、変なバイアスの掛かったものと比較して、勝手に美化したり、期待したり、失望してしまうのだと。

 

「……まあ、何だ。地道にやるしかないってこったな」

「ちぇっ」

 

 穂乃果は不満そうに唇を尖らせる。

 

「ほれ、ぶーたれてないでもう一走りするぞ。もうすぐ朝練も始まるんだし」

「はーい……」

「何故だか知らんが、花陽はやる気満々みたいだし、穂乃果ひとり取り残されても知らんからな」

 

 不満たらたらな穂乃果とは違って、花陽は大いにやる気を見せていた。何がそんなに彼女を突き動かしたのかは、俺にはうかがい知れない所ではあるが。

 

「……私は何となくわかる気がするなぁ」

「花陽がなんか言ってたのか?」

「ううん。そうじゃないけど、多分私と同じような気持ちだと思うから」

 

 穂乃果は複雑な表情で首を振る。恥らったような、そしてどこか申し訳なさそうな表情で。

 

「ふぅん。……で、ちなみにどんな理由なんだ?」

「うーん……ふふんっ。教えてあげないよーだ」

 

 そう言って穂乃果は可愛らしくベーっと舌を出しながら、勢いよく立ち上がった。

 

「えぇ……」

「だって航太君もさっき、穂乃果の質問に答えてくれなかったもん」

「いや、それは……って、おいっ!」

 

 そして穂乃果は、俺の話を待たずに再び走り出した。

 

「航太くーんっ。早くしないと置いてっちゃうよー」

 

 一度振り返って手を振り、穂乃果はそのままひとり駆けて行く。彼女に置いていかれまいと、慌てて俺もその後を追う。

 

 しかし穂乃果の走るスピードは、思っていた以上に、俺の想像していたよりもずっと速いものだった。

 それ故、そんな彼女に追いつき、横に並ぶまでに予想外の時間を要するのだった。

 




他人をイメージで語っちゃいけないよねってお話。


映画を見てきたのですが、その感想が面白いとかあの子が可愛いとかじゃなくて、悲しいでした。
もちろん面白かったですし、みんな可愛かったのですが、何というか、あぁみんな遠くに行ってしまったんだなぁ、なんてことを考えてしまい、寂しいような悲しいような気持ちになってしまいました。

そんな気持ちの悪い人間がこの小説を書いております。


関係ないですがトランプのダウトってゲーム、どのくらい認知度あるのでしょうかね?
普通に文中で使ってしまいましたが。


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笑顔の責任

ハッピーバースデーにこちゃん!


 夏も終わり、季節は秋へと足を踏み入れていた。

 まだ暑さは残るものの、衣替えを経て制服は冬服へと変わったことで、心機一転再スタート、そんな空気感が教室にも漂っているような、今日この頃。

 

 だというのに、取り残されたかのように、どこか俺の心はスッキリとしないままだった。

 モヤモヤと霧のように、何かが覆って晴れない。いや、 それだけならまだよかった。

 実際はそれどころかマイナス思考が更にマイナスを呼び、まるで何かに捕らわれるように、引きずり込まれるかのように深く深く沈んでいく。

 

「……」

 

 中庭に備え付けられたベンチの上。そこから仰いだ空は、からっとした秋晴れで。

 それが逆に、ジトッとした湿気を含んだような俺の心の模様を、更に浮き彫りにさせるような、そんな気がした。

 

「コウちゃんっ。何か考え事?」

 

 俺の視界を遮るように、一人の少女の顔が横からにゅっとスライドして現れる。

 

「ん? ああ、なんだ希ちゃんか」

「なんだとは失礼やなぁ、もう」

 

 希ちゃんはぶぅっ、とわざとらしくその唇を尖らせる。

 

 ころころと変わるその表情は、年齢よりも幼い印象を感じさせる。

 それ故、時折彼女が年上であることを忘れてしまいそうになるのだけれど、今みたいな時はそうではないということをはっきりと認識させられる。

 

「どうしたん? 珍しく神妙な顔してるやん」

「……別に。ただぼうっとしてただけだよ。……っていうか珍しく、は余計だよ」

 

 俺の突っ込みに、彼女は舌を出しておどけてみせる。

 そしてそれ以上の詮索はしてこなかったけれど、彼女のその気遣いみたいなものが明らかに透けて見えていた。

 

 

 普段はいつもニコニコして、その上イタズラも大好きで。一見すると何も考えていなさそう、なんていったら失礼だろうか。

 そんな希ちゃんだけど、実際は目ざといというか何というか、他人の変化に非常に敏感で。そこでさりげなくフォローを入れられるような、気配りのできる女性なのだ。

 

 その姿は非常に母性に溢れていて、流石はおっぱいがおっきいだけあるなぁ、なんて思ったりなんかして。

 

 しかし、よくよく考えてみると、自分の周りにはそういった年上の女性が多いことに気が付く。

 希ちゃんは勿論、エリちゃんもそうだし、にこちゃんだって年の離れた妹がいるせいか、ああ見えて非常に面倒見がいい。

 

 だとすると、母性と胸の大きさは比例するものじゃないってことになるのだろうか。

 ……こんな話をしたら間違いなくにこちゃんに烈火のごとく起こられるのだろうけれど。

 

 

 まあ、胸の話は置いておいて、いかに恵まれた環境にいるのかということだ。

 そして同時に痛感する。自分が全くといっていい程、そういったことが出来ない人間だってことを。

 

「ほら、コウちゃん。そろそろ行かんと、みんな待ってるで」

 

 希ちゃんは手を伸ばす。そして俺の手をとって、多少強引に立ち上がらせた。

 それはまるで、深い海から引きずりあげるようで。またもぐるぐると負のスパイラルに巻き込まれていきそうな俺の思考を、ありがたいことに事前に断ち切ってくれた。

 

 しかしそんな彼女に感謝しながらも、やはり己の情けなさ、不甲斐なさを振り切れないままに、皆が待つであろう部室へと向けて、希ちゃんの後を追っていった。

 

 

 

 

 夏の終わり、秋の始まり。

 それは日本において台風が一番到来しやすい季節である。

 

 次期は少しずれていたけれども、そんな台風よろしく俺たちの周りでも色々とごたごたがあった。

 ラブライブ出場辞退。ことりの留学。そしてμ's解散危機。

 だがそれも万事解決、かどうかは分からないが、ひとまず問題は解決の目を見る。結局、誰一人欠けることもなく、再びスタートを切ることが出来た。

 

 強い雨が降って、風も吹いた。しかし、その後には空は嘘のように晴れ渡る。

 台風一過のその言葉通りに、全てが良い方向へと向かって、はいお終い。そんな風だったならどれだけ良かっただろうか。

 

 実際はそう上手くはいかず、俺の中だけとはいえ、その爪跡というものはしっかりと残っていた。

 

「……ねぇ、コウちゃんてばっ!」

「え!?」

 

 隣に座っていた少女の声に意識を呼び戻される。

 

「ああ、ごめん。考え事してた。……なんだ、ことり?」

「あのね、次の曲の衣装考えてきたんだけど、どうかなって」

 

 そう言いながら、ことりはスケッチブックに描かれたそのデッサンをこちらへと向ける。

 今までのような派手さははないが、青と白を基調とした落ち着いていて、かつ、ふわっとした柔らかいような印象を受ける。そんな衣装が、いつもの彼女の可愛らしい絵柄でそこに描かれていた。

 

「……いいんじゃないか。かわいいし、目新しさみたいなものもあるし」

「ホント!? よかったぁ」

 

 何の飾り気も、気の利いた感じでもない感想だというのに、ことりは心底ホッとしたような、そんな安堵の表情でニッコリと微笑んだ。

 そして俺たちのやり取りに気が付いた近くにいる数人が、私も私もとそのスケッチを覗き込んでいた。

 

 日課である放課後の練習を終え、部室に集まって新曲の案等を出し合っていたこの一時。それは紛れもなく、以前までの彼女らの姿で。完全に元通りと言ってもいいようなものだった。

 一悶着あった後だけに、非常に安堵させられる光景であった。

 

 しかしそれは、一歩間違えれば失われていてもおかしくなかったもの。

 そのことを思うと、自分のあまりの鈍感さに、そして無力さに失望する。

 

 そして悔いる。

 何故ことりが他人に相談できずに悩んでいたことに、穂乃果がひとりで抱え込もうとしていたことに、そのことに気がつくことが出来なかったのかと。

 あれほど普段一緒にいたというのに。

 

 そんな後悔が頭の中でぐるぐると回り、行き場を失って消えてはくれなかった。

 

 

 

 

 夕暮れの道を一人歩いている。

 凛のラーメン屋への誘いも、家の方面が同じ穂乃果たちの帰宅の誘いも全て断って。

 

 いつもは通らないような道。あえて遠回りをして帰るその道は、当然ながら見慣れぬ景色ばかりだった。

 しかし、普段ならばいざしらず、今はそんな新鮮さを楽しむような余裕もないらしい。

 それ以前に、辺りを見回すどころか、顔を上げて歩くことすらしていないのだから。

 

「……はぁ。まだまだ暑いなぁ」

 

 そんな自分に嫌気が差して、振り払うかのように天を仰ぐ。今までほとんど足元しか捉えていなかった俺の瞳は、まだ陽射しの強さを残す夕陽を捉えていた。

 その想像以上の眩しさに、ついボソリとひとり呟いた。

 

「まったくね。さっさと涼しくなんないかしら」

「っ!?」

 

 完全な独り言だったはずだ。何しろ、学校を出てからずっと一人で歩いてきていたのだから。

 加えてそんなに人通りの少ない路地だったので、誰に聞かれることもないだろう、そんな考えもあって無警戒に口を開いたのだ。

 

 そのはずだったのに、確かに俺の独り言に対する反応があった。それが幻聴でないとすればの話だが。

 あまりの驚きに、俺はピタリと足を止める。

 そして声がしたであろう方へと勢いよく振り返った。 

 

「……にこちゃん?」

「なによ。そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

 

 誰もいないと思っていた俺の背後に、声の主は確かにそこにいた。

 驚く俺とは対照的に、しれっと、何事もなかったかのような顔をしてにこちゃんは立っていた。

 

 身長が低いとはいえ、驚くほどのステルス能力だ。

 いや、単純にそんなことにも気が付かないほどに、俺の集中力が低下しているということなんだろうけれど。

 

「えっと、その……何で?」

「……ほら、さっさと行くわよ」

 

 にこちゃんは俺の問いに答えることはせず、ひとり先に歩き出す。こちらの様子などお構いもせずに。そんな彼女の後姿を見て、仕方がなしに、慌てて俺も後を追う。

 

「……」

「……」

 

 数分ほど歩いただろうか。

 その間、にこちゃんは一言も口を開くことはしない。わざわざ後を付いてきたのは、何か用があってのことだというのは明白なのに。

 

「……にこちゃん」

「……なによ」

 

 そんな沈黙に耐えられなくなって、こちらから口を開く。

 

「あー、その、どうかしたの?」

「あんたねぇ……」

 

 我ながら間抜けな質問だなとは思ったけれど、案の定にこちゃんは大きく目を見開いた後で、落胆したような顔をして大きく溜息を付いた。

 

「それはこっちの台詞よ、まったく」

「え!?」

 

 想像とは違ったにこちゃんの反応に、今度はこちらが目をパチクリとさせられる番だった。

 

「別にあんたが何悩んでようが勝手だけど、正直迷惑なのよ。そんな辛気臭い顔見せられるこっちとしては」

「……」

「しょーがないから話位は聞いてあげるわ。だからほら、さっさと話しちゃいなさい」

 

 あまりの展開の速さに頭の中の考えと、心の整理が追いついていかなかった。

 

 そして、こんな状況になって初めて気が付いた。

 悩みを打ち明けるというのは、思っている以上に容易なものじゃないということに。それは自分の弱みを他人に見せるということだから。

 だから、例えこうして誰かが話を聞くといってくれたとしても、はいそうですかと、語りだすなんてことは出来きなかった。どうしてもそこに躊躇いが生まれてしまう。

 

 吐き出してしまいたい。

 そう心のどこかでは思っていても、口は思うようには動いてくれない。言葉が喉の奥で詰まって出てこない。

 それでもにこちゃんは急かすことなく、俺の隣でただそれが始まるのを待っていた。

 

 そして俺もそんな彼女に向けて、少しずつ、ほんの少しずつ思いを打ち明けていく。

 

 

 

 

 

「……はぁ。バカねぇ、あんた」

「なっ!? ば、バカって」

 

 一通り話し終えたところで、今まで黙ってその話を聞いていたにこちゃんは、大きくため息をついた。そして、時折見せるそのジトッとした視線を向けながらそんなこと口にした。

 

「だってそうじゃない。他人の心の中なんて分かるわけないもの。もし航太に責任があるんだとしたら、私たち他の全員だって同罪よ」

「でも……」

「それとも何? あんた自分は特別だとでも言うつもり? 自分は幼馴染のことなら何でも分かってるつもりにでもなってるわけ?」

「っ!?」

 

 所詮、他人の内心なんてその人にしか分かりはしない。それは当然のこと。

 そして、付き合いが長い分、自分が一番彼女らのことを理解しているはずだ。そんな思い上がった考えが、少なからず俺の中にあったこともまた事実なんだろう。

 だから、にこちゃんの言うことももっともな話。

 

 でも、それでもどこかでもっと上手くやれたんじゃないかなんて、そう考えてしまう自分がいる。だって実際、悩んでいる俺を気にして希ちゃんも、そしてにこちゃんもこうして声を掛けてくれているから。

 つまり不可能な話ではないのだ。だというのに、自分は彼女らのように気付いて上げられることが出来なかった。

 それはやはり、どうしても拭い去ることの出来ない事実なわけで。

 

「……はぁ」

 

 俺はそんな思いを口に出すことはしなかった。

 それでも恐らく、表情からは納得していない、そんな様子が容易に窺うことができたのだろう。にこちゃんは再び一つため息を吐いてから、その小さな足でとてとてと前方へと歩き出した。

 

 にこちゃんはある程度こちらと距離が出来た所で立ち止まり、振り返る。そしてその場でまるで精神を統一するかの様に目を瞑り、深く息を吐いた。

 その次の瞬間、彼女は動き出す。

 

「ふぅ……にっこにっこにー」

 

 それは幾度となく目にした、寸分の狂いもない見慣れた仕草。そして完璧な笑顔。

 もはや職人芸といっても差し支えないようなそれを目の前にして、俺はポカンと口を広げていた。

 

 しかしそんな俺を尻目に、にこちゃんは何事もなかったかのように、スッと表情を元に戻して言った。

 

「……はい」

「は?」

 

 腕を伸ばし、手のひらをこちらへと向け、何かを促すようににこちゃんは言う。しかし、その意図を俺は理解することが出来なかった。

 いや、何となく理解しつつも受け入れたくなかったといった方が正しいのかもしれない。

 

「あんたもやんなさい」

「……は? はぁあ!?」

 

 思わず俺は声を上げる。

 それは驚きと共に抗議の意味も含んでいたのだが、にこちゃんがそれを汲み取ることはない。ただ黙り、同じ体勢で俺を待っているだけだった。

 

 それは有無を言わせぬ無言の圧力で、とてもじゃないがやらないと言えるような雰囲気ではなくなっていた。

 

「に、にっこ、にっこにぃ……」

 

 もしかしたら、生まれてこの方、一番恥ずかしい瞬間だったかもしれない。

 人通りのない時だったとはいえ、普通に公道の真ん中で、女の子ならまだしも男子高校生のするようなポーズではないのだから。

 

「何照れてんのよ」

「いやいや! 普通に恥ずかしいから。というか何なのさ急に」

「何? 分かんないわけ?」

 

 にこちゃんはやれやれといった感じで肩をすくませる。

 しかし、はっきり言って全く理解出来なかった。この決めポーズをやる理由も。そしてそれが今までの話の流れとどんな関係があるのかということも。

 

「いい? アイドルはね、どんな時でも笑顔でいなきゃダメなの。例え辛いことがあっても、悲しいことがあってもファンの前では笑顔で、皆を楽しませないといけないの。分かる?」

「それは分かるけど、俺アイドルじゃないし」

「だとしても、あんたはそうしなきゃダメよ」

 

 まるでどこぞのガキ大将みたいな強引な物言いに、ついには何も言い返せずに閉口する。

 

「……元はといえば、あんたか言い出したことなんだから」

「へっ?」

 

 一時の沈黙が生まれたの後、にこちゃんは静かな口調で再び話し始めた。

 

「前にも話したと思うけど、これってパパが作ってくれたものなのよね」

 

 にこちゃんの言う通り、以前彼女からその話は聞いたことがあった。以前といってもずっと前、俺たちが本当に小さかった頃の話。

 

 にこにーにこにーにこにこにー。

 

 当時の彼女は、事あるごとにそれを口ずさんでいて。その歌詞のとおりにいつもニコニコと笑っていた。それはもう、とても楽しそうに。

 しかし、そんな彼女の口からそれが失われている期間が少しの間あった。

 

「でもそのパパが、大好きなパパが死んじゃって……それから、とても笑顔でなんていられなかった」

「……」

「そんな時あんたは言ったわ。……笑って欲しいって。笑顔のにこちゃんが一番好きだって」

 

 にこちゃんは語りながらも視線は決して反らさない。

 恥ずかしい話でもあり、思い出したくないことでもあるだろうに。

 

「最初はふざけるなって思ったわ。だって大事なパパがいなくなって笑えるわけなかったもの。でも、航太にそう言われて。元々あの歌はパパが私が笑顔でいられるように、って作ってくれた歌だって思い出して」

 

 最初は淡々としていたにこちゃんも、次第に感情がこもり、早口へと変わっていく。

 

「それで心に決めたの。私は絶対にアイドルになるんだって、そしてみんなに笑顔を届けるんだって。だから―――」

 

 そこでにこちゃんは一呼吸入れる。瞳を閉じて、スッと息を吸い込んだ。そしてそれを吐き出すと同時に、再び目を見開いた。それは今まで以上に、とても力強いものだった。

 

「だから、あんたはそれに付き合う責任があるの。ずっと隣で見届ける義務があるの」

「……にこちゃん」

「で、それに付き合う以上はあんたも同じように笑ってなさい。……ま、このスーパーアイドルである矢澤にこの隣に居たら、自然と笑顔になるでしょうけど」

 

 ともすれば告白とも取れてしまえるような、そして冷静に考えたら割とむちゃくちゃなことを言っているはずのにこちゃんの言葉。そもそも話の論点からずれている様な気がしないでもない。

 

 しかし、それでも彼女のその言葉は力強くて、それは俺の心に深く染み込んでいった。

 

「ありがとう、にこちゃん」

「なっ!?」

 

 自然と彼女への感謝の言葉を口にしていた。そして同時に今まで張っていたものが消え、笑みが零れていた。

 

「ふ、ふんっ。出来るんだったら最初からそうしなさいよ」

 

 感極まりそうになるそんな俺を見て、逆に彼女の方が冷静になり、そして急に恥ずかしさがこみ上げてきたのだろう。にこちゃんは誤魔化すような事を言うと、ぷいっと顔を背けてしまう。

 

「ほら、さっさと帰るわよ」

「……にこちゃん、そっち帰り道じゃないけど」

「っ! そ、相談に乗ってあげたんだから、その先のファミレスでケーキぐらい奢りなさいよね」

 

 後ろから見ても容易に分かるほど、それくらい動揺丸出しのにこちゃんに、思わず口元が緩む。

 

「はいはい。仰せのままに」

 

 にこちゃんはこちらを気にすることなく、ひとりずんずん先へと歩いていってしまう。そんな彼女を追って、足取りを速めてその横へと並ぶ。

 そして彼女の隣で、ふたり同じペースで歩き始めたのだった。

 




にこちゃんお誕生日おめでとう!

たまにはシリアスっぽいの書こうかななんて思ったけど、結局いつも通りだった、みたいな。

にこちゃんは自分の中ではμ's内で甘えたい女の子NO.1です。
この手の話題だと多分、希ちゃんあたりが真っ先に上がるのでしょうが、個人的にはにこちゃんが一番包容力があると思っています。
(おっぱいは小さいですが)



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IF:夏の日 (真姫)

うん、「また」なんだ。済まない。
また真姫ちゃんなんだ。


 八月も十日を数え、月の三分の一を消化したことになる。それでも尚、まだまだ暑さは弱まることはない。

 というよりも、今が一年で一番暑い時期なのかもしれない。もう立秋も過ぎたというのに。

 

 そんな暑さのせいか、アスファルトに舗装された道路からは陽炎が立ち上る。蜃気楼か何か、見えるはずのないものが見えてくるかのように、ゆらゆら、ゆらゆらと。

 少し外に出ればすぐに体力は奪われ、汗が噴出してくるだろう。そしてその結果、服は肌にぺっとりと張り付き、更に不快感を増長させる。

 

 そんなことが分かりきっている以上、無理して外出することもないだろう。

 ただでさえ熱中症で倒れただとか、更には何人亡くなっただとか、そんな嫌なニュースを耳にする機会も増えている。そんな状況下において、私は大丈夫、なんて考えこそが命取り。

 それに、幸い昨日のうちに買い物は済ませてある。

 

 だからこうして縁側で一人、のんびりと夏を感じていたとて、誰に文句を言われることもないだろう。

 

「ふぅ……」

 

 冷房の聞いた部屋から出てきてからそんな時間が経っていないというのに、持って来た麦茶のグラスの中の氷は解け、既に冷たさが失われ始めていた。

 

「……ふぅ」

 

 そんな麦茶で喉を湿らせてから、もう一息ついた。

 

 縁側に腰を下ろして膝から先を外へと投げ出す。そして前後に足をぶらぶらと遊ばせる。まるで手持ち無沙汰な幼子のように。

 

 そんな姿勢のまま、庭の様子を眺めてた。

 時間が経過してもその姿が大きく変わることはない。

 虫の声、車の音、人の声。どちらかといえば、今という空間を構成している要素としてはそういったものの方が強いのかもしれない。

 

 そんな場所にいると、私の頭の中に自然と昔の光景が浮かんでくるのだった。

 不思議なもので、私にとっては夏という季節はノスタルジックにさせられる、そんな季節らしい。

 

 春も秋も冬も、それぞれに特徴があり、イベント事も多々あって。個々人の好みはあれど、良し悪しに差は無いはずで。

 しかし、それでも私にとって夏は特別だった。

 それは私のこれまでの人生において印象深い、そして重きを置くような出来事が多くあった季節だからだろう。

 

「……ふふっ」

 

 自然と笑いが零れた。

 昔を思い返すなんてことは、それだけ私が年を重ねてしまったということなのだろう。童心に返りながらもその事実に気が付いてしまう。

 自虐するつもりは無いけれど、それが何故だか妙に可笑しかった。

 

「あっ! っていけない、いけない」

 

 と、そこで本日の日課を果たしていないことを思い出す。

 感傷に浸るのは良いが、やることはやらねばならない。そう思い立ち、その場から腰を上げる。そしてこの家の一番奥に位置する部屋の前まで行き、その扉を開いた。

 

「えっ!?」

 

 驚きの声と共に私はその動きを止める。

 それも当然で、誰も居ないだろうと思っていたところに人が居て、ましてやそれが想像すらしていなかった相手だったから。

 

 それは部屋の真ん中、その畳の上にどっかりとあぐらをかいて座っていた。その男は向こうを向いてはいたが、後姿からでもそれが誰であるかは当たりがついた。

 

「……ん? ようっ、真姫。ただいま」

 

 その場に居た相手は私の存在に気が付くと、振り返って挨拶代わりに手を挙げる。驚く私とは正反対に、さも当然かのような顔をして。

 

 そんな彼の仕草を見て、気が抜けたように私の硬直は解れていった。そして、不思議と今の状況を自然と受け入れている私がそこにはいた。

 

「……一体いつ帰ってきたのよ?」

「ん~。ついさっき」

「予定よりも随分と早いんじゃない」

「それはほら、あれだ。最愛の妻に、一秒でも早く会いたかったからな」

 

 そんな心にもないことを言いながら、我が最愛の夫である三神航太はケラケラと笑う。

 大方、突然現れて驚かしてやろうだとか、その程度の理由だろうに。

 

「それはいいけど、どうなの? 独りでちゃんとやれてるの?」

「そりゃあもう、バッチリ……って言いたいところだけど、やっぱりだめだな。単身赴任みたいなものだからしょうがないけど、今まで真姫に甘えてた分色々と大変だよ」

 

 ああ、これも嘘だな。直感的にそう分かった。

 

 口ではこんなことを言ってはいるが、その実、人並み以上には生活力のある人間だ。

 確かに私と結婚してからは、家事だのといったものは私がする事の方が多かった。

 それでも、よくある一昔前の家事を主婦に丸投げしている夫のように、何も出来ないなっていうことはない。むしろ独りなら独りなりに無難にこなせてしまう。

 

 だから、彼の言葉がただの謙遜であるということは容易に想像が付いた。

 何しろ結婚してからどころか、その前からも付き合いは長い。それどころか生まれて数年してからの付き合いだ。幸か不幸か、否が応でも相手の気持ちがわかってしまう。

 

「俺なんかのことよりもさ、そっちこそどうなんだ? 寂しくて泣いてたりするんじゃないか?」

 

 航太は私をからかうとき特有の含みのあるような、そんな笑顔を浮かべながらそんな事を言う。それこそずっと昔、学生の頃から見続けてきた表情で。

 余程私の反応が面白いのだろう。彼は時折こうして、私をからかってみせる。

 昔こそ顔を真っ赤にして動揺していたけれど、今となっては大分慣れたというのに、それでも止めようとはしなかった。

 

「おかげさまで日々平穏無事よ。その上、誰かさんみたいに食卓に茄子を並べても怒る人も居ないから、献立を考えるのも楽だわね」

「はははっ。そりゃ、良かった」

 

 からかわれたお返しにと発した皮肉を意にも返さずに、航太はまた軽やかに笑った。

 それが少しチクリと胸に刺さる。

 

「あ、そうそう。変わったことといえば、この間久しぶりにμ'sのみんなと会う機会があったわ」

「へー。全員で?」

「ええ」

「そりゃ確かに珍しいな」

 

 私たちが学生時代にスクールアイドルとして活動していたその時のグループμ's。そのメンバーとは今でも交流があって、嬉しいことに未だに仲が良いままだ。

 彼女らと会うこと自体はそんなに珍しいことではないのだけれど、九人全員で集まるとなると意外と、彼の言う通りその機会は多くはない。

 意図的に集まるか、それこそ何かの行事なり何なりない限りは。

 

「元気にしてたか?」

「ええ。みんな昔のまんま」

 

 お互い年を重ねて容姿こそ変わりはしたけれど、その本質は同じ時間を過ごしていた当時のままだった。

 最初に花陽と顔を合わせ、それから三人四人と増えていくにつれて、あの頃の光景が浮かんでくるような、自分自身が若返っていくような感覚になっていた。

 

「話す内容まで当時と同じようなものだったもの。まんま学校の休み時間に話しているような、そんな感覚。それで……ふふっ」

「なんだよ? 変な笑い浮かべて」

「ああ、違うの。ちょっと思い出しちゃってね」

 

 その時のことを思い返しているうちに、私の口からは自然と笑みが漏れた。

 

「μ'sで集まったら、当然話すことといえば昔話になるわけじゃない? それで最終的に話題が私たちの馴れ初めのことになったんだけど……」

「ん? というか誰にも話してなかったんだっけ?」

 

 私たちは学生時代から恋人として付き合っている。

 仲間内でカップルが生まれたとなれば、当然その他のメンバーはそのことに関心を抱く。そうなれば後は質問攻めだ。ましてやそういった色恋沙汰に一番興味を持つような年齢。

 幾度となくきっかけは何だとか、どちらから告白したのだとかそんな疑問を目を輝かせながらぶつけてきた。

 

 当時は恥ずかしさから徹底的にはぐらかしてきたのだけれど、それが結果的につい最近まで誰にも打ち明けず終いという形になっていた。

 

「で、それを聞いたみんなの顔ったらなかったわ。拍子抜けしたような感じで、えっそれだけ? って」

「まぁ、あんな理由じゃなぁ……」

 

 あの時のみんなの表情を思い返して、私はまた笑いがこみ上げてきた。

 その場に居なかった航太にも感嘆に想像できたのだろう。目前の彼は苦笑いを浮かべていた。

 

 そういえばあの日も今日みたいにとても暑い日だった。

 

 

 

 

 私は部屋で独り、誰かが現れるのを待っていた。

 

「……さすがに早く来すぎよね」

 

 ぼそっと呟いた言葉は誰かに届くことはない。故に当然返ってくる言葉もなかった。

 

 アイドル研究部。その部室は決して広すぎるなんてことはない。

 それでも十人いた内の三人がいなくなった今となっては、ぽっかりと穴が開いたような、スペースが余っているようなそんな感覚で。

 ましてや現在ここにいるのは私一人。隔離されているせいもあってか、必要以上な孤独感に襲われていた。

 

 

 にこちゃん、絵里、希。その三年生が卒業すると同時に私たちのμ'sとしてのアイドル活動は終わりを向かえた。

 それでも残りのメンバーは部に残り、活動を続けていた。今までのように歌ったり、踊ったりということはしなくなったけれど。

 

 あの九人でなければμ'sではない。そんな思いが皆にはあって。それでもやはり、完全に離れ離れになるなんてことは出来なくて、こうして部活動という形を保ち続けている。

 

 そしてその活動の為にここに集まる手はずになっていた。

 といっても今日は夏休みの課題を皆でやろうということなのだけれど。

 

「うーっす」

 

 部屋の扉が開かれて、ぶっきらぼうな挨拶と共に一人の男子学生が入室してきた。私はそれにどこか安堵感のようなものを感じていた。

 

「おはよう、航太。随分早いじゃない」

 

 そう口にしてしまってから、私ははっと気が付いた。彼が早いのならばそれより先に来ている自分はどうなるのかと。しかしその時には既に手遅れで、彼はニタリと笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「そういう真姫こそな。なんだ、そんなに皆に会いたかったのか」

「なっ!? ば、ばっかじゃないの!」

 

 そして想像通り、航太は当然のようにからかいの言葉を口にする。それに律儀に反応してしまう自分もどうかとは思うけれど。

 それをニヤニヤと満足そうに眺めてから、彼は机を挟んで私の向かいのパイプ椅子に腰掛ける。そして鞄の中から漫画雑誌を取り出すと、一人それを読み始めた。

 

「……」

「……」

 

 部屋は相変わらず沈黙が包んだままだった。

 彼が来てくれた事によって孤独感というものはなくなったのだけれど、彼はただ雑誌を読み耽っているだけ。私との間に会話というものは発生していない。

 

 そもそも私や花陽、凛といった二年生とは違い、彼は三年生だ。三年生は受験を控えているということもあって学校に出される夏休みの課題というものはほとんど存在しない。

 にもかかわらずこうして集まりに顔を出してくれるということは嬉しいことであり、ありがたいことでもある、そう頭では分かっている。

 

 しかしそれでもこれはないのではないだろうか。

 私も大概口数は多い方ではないけれど、現れて直ぐに雑誌を取り出してその世界へと入り込んでしまう。

 別に私に気を使えなんて言うつもりもないが、何故だか無性に悔しかった。

 

 だからといって文句を言うわけにもいかず、そんな感情を込めてジッと睨みつけるような視線を彼に送る。

 

 するとあろうことか、そのタイミングを見計らったかのように航太は手に持って傾けていた雑誌を下ろし、視線をこちらへと向けてきた。

 

「……っ!?」

 

 不意の視線の交差に、私は声にならない驚きの声を上げる。

 そして彼は大きなため息をついて、肩を落とす。

 

「はぁ……」

「な、何よ?」

 

 てっきりその仕草が私に向けたメッセージだと思っていたが、彼の様子を見るにそういうわけでもないらしかった。

 

「真姫は彼氏とかいないんだよな?」

「はぁ!? 急に何よ。……そりゃいないけど」

 

 突然の彼の発言の内容に、私の心はドキリと高鳴った。

 

「仮にさ、仮に、もし真姫に恋人が出来たとしてだよ」

「……良く分かんないけどそこまで念を押されると逆に腹立つんだけど」

「で、そのままその人と結婚したとして、自分とその相手、どっちの方長生きした方が幸せだと思う?」

「は?」

 

 最初の航太の言葉から、もしかしてなんて甘い考えが一瞬過ぎったものの、私の想像していたものとはちょっと違ったらしい。

 彼の真意を掴むことができずに、私は首をかしげる。

 

「いやさあ、毎週追っかけてた漫画が割りとガッカリ展開でさ」

 

 航太はこちらに雑誌を向けながらそんな事を口にした。

 正直大して興味を引かれはしなかったのだけど、何と無しに受け取ってそれに目を落とす。

 

「今日日、俺に構わず先に行け的な話はないよなぁ。今時こんな展開入れるかね」

 

 航太の愚痴を耳で感じながらパラパラとページを捲る。

 それは所謂ファンタジー系の話で、前後のつながりはよく分からないけど、一緒に冒険をしている仲間の女の子を強大な敵からその身を挺して主人公が助けるという場面が描かれていた。

 

「ふーん。まあ、よくある展開なんじゃないの?」

 

 私自身この手の漫画に明るいというわけではない。そんな私からしたらその程度の感想なのだけれど、彼にとってはそうでもないらしかった。

 というか最初の話とこの漫画の話、それらがどう繋がるのか私には分からなかった。

 

「それも男同士ならまだいいけどさ。コレみたいに良い感じの仲の男女とか恋人同士とかはなぁ」

「そう? 男の子に守ってもらうのに憧れる女の子って一定数はいるんじゃないの」

 

 彼ほど強い思い入れも考えも持たない私としては、そんな生返事をするのがせいぜいだった。

 しかし、それとは対照的に彼は更にヒートアップして語り続ける。

 

「だってよくよく考えてみたら相当エゴイスティックな行動だぜ。命を張って庇ったやつはそれで満足して死んでいくかもしれないけどさ、残された人間はそれを一生背負って生きていかなきゃならないわけだろ」

「まあ、そうね」

「で、さっきの質問に戻るわけだ」

 

 なるほど。物凄く遠回りをした気はするが、それでもようやく合点がいった。あんな問いかけをした彼の意図が何となくは理解が出来た気がした。

 

「……そっちはどうなのよ?」

「俺? そりゃ先に逝きった方がいいに決まってるだろ。仮に子供がいても、大好きな相手を見送った後の孤独に耐えられるわけないだろうし。だからこそ、この漫画の展開に憤ってるわけで」

 

 なるほど彼の言うことももっともな話。

 人と別れるということはとても辛いことだ。それも死別、ましてやそれが親しい相手とあっては尚更。

 

 六十年か七十年後、目の前にいる彼を看取った後の私。もしそんな状況になったとしたら、その苦痛は想像を絶するのだろう。

 ……ナチュラルに相手役を航太にしてしまったことは、この際置いておいて。

 

「……でも、残された方が幸せだってこともあるんじゃない」

 

 別段、彼の意見に反論するつもりなんてなかった。

 熱く語る彼の熱気に当てられたからなのか、それとも私の元来のひねた性格からなのか。

 私の意志とは別にそんな事を口にしていた。

 

「いやいや、それはないって」

「分からないじゃない。確かに残されるのは辛いけれど、大好きな人の最期を看取って上げられるっていうのは残った人にしか出来ないことでしょ。それに独りになってしまっても、ふたりで居た頃の大切な思い出を抱えて生きていけるわけだし」

 

 売り言葉に買い言葉ではないけれど、これまた私の意に反してああでもない、こうでもないと議論は白熱する。

 いや、きっとそれは彼も同じであっただろう。しかし、お互いに落し所を見失っているような、そんな状況だった。

 

 そして、その着地点はとんでもない所まで飛躍した先に存在していた。

 

「もう、いいわ。埒が明かないもの。だからいっそ、体験してみてから決着つけましょう」

「そりゃいい。口でどうのこうの言っても何の説得力もないからな」

「じゃあ、将来どちらか残された方が判断するってことでいいわね?」

「おう、望むところ」

 

 

 

 

 そんな到底意味の分からないやり取りを思い返すたびに、恥ずかしいやら情けないやらそんな気持ちになってしまう。それが今でも鮮明に思い出せるだけに尚更だ。

 その後にお互い冷静にはなったのだけど、それがきっかけで付き合いだしたのも事実なだけに何とも頭の痛い話であった。

 

 だから、この話を聞いたμ'sの面々が肩透かしを食らったような様子であったのも致し方が無い。

 

「そりゃ、さぞガッカリしただろうな。ずっと隠し続けてたものが、蓋を開けてみればこんなにくだらない理由だったなんてな」

 

 一応、彼女らとの話には続きがあって。

 その話を聞いた彼女らは脱力したその後に口をそろえて、だったら私も告白しておけば良かった、なんて、そんな事を口にした。

 当時から薄々、彼女らも大なり小なり彼に好意を抱いていることは気が付いていた。だからその事自体に驚きは無かった。

 

 しかし実際に彼女らの口からそれを聞いてみて、何かが少し違っていれば、この中の誰かと立場が入れ替わっていても何らおかしくなかったということに気付かされる。

 そう考えてみると、今となっては顔から火が出そうな位恥ずかしい思い出も、私の人生においてなくてはならない物だったのだと実感する。

 無論、悔しいから彼にはこのことは絶対に言いはしないけれど。

 

「しっかし懐かしいなぁ。お互い若かったとはいえ、しょうもないことしてたなあの頃は……」

 

 航太は私から視線を外し、遠くを見つめながら昔を懐かしむように微笑んだ。

 

 そんな彼の姿を見て、私の胸は締め付けられる。

 そしてそれと同時に、彼がこの次に発するであろう言葉が頭に浮かぶ。それを耳にするのが嫌で、私は慌てて話題を変えようと彼の名前を呼ぶ。

 

「こう……」

「で、結局勝負はどっちの勝ちだった?」

 

 私が言い切るよりも早く、彼はそう問いかける。

 そこに悲壮感だとか、負の感情みたいなものは一切感じられなかった。あえて言うならば、見慣れたいつもの私をからかう時のような、そんなちょっぴりイジワルな笑顔。

 

「……私の負けに決まってるでしょ。毎日辛くて、寂しくて……」

「ほーら。だから言っただろ」

 

 次第に瞳が潤んでいく私などお構い無しに、航太は勝ち誇ったように胸を張る。

 それが溢れ出しそうになるその間際、トタトタと廊下を叩く軽い足音が聞えてきて、私は慌てて目元を拭った。

 

「ねえねえ、おばあちゃん。見てみてー」

 

 襖を勢い良く開けながら飛び込んできたその子は、手に持っていた何かを私に向けて掲げて見せる。

 

「……あら、よくできてるわね。お母さんに教えてもらったの?」

「うんっ!」

 

 その手のひらにあったのは茄子に割り箸が四本刺さったもの。つまりそれは精霊馬。お盆に祖霊を迎えるためのお供え物。

 孫はそれ手に、その出来栄えを誇らしげに私に見せ付ける。

 

「これに乗っておじいちゃんが帰ってくるの?」

「そうよ」

 

 孫の疑問に答えてから、思い出したように私は慌てて振り返る。

 しかし、そこに今しがたまであった、そのおじいちゃんの姿は忽然と消えていた。

 

「……」

 

 ……ああ、なんて勝手な人なんだろうか。

 迎え盆すらまだなのに急にふらっと現れて。そして自分の言いたいことだけ言って、別れも告げずにさっさといなくなるなんて。

 

「どうかしたの、おばあちゃん?」

 

 再び熱くなってきた私の目頭を、孫の声が何とか押しとどめた。

 

「……ううん。なんでもないのよ」

「そっか、よかった。じゃさ、じゃあさ、おじいちゃんの為にもっといっぱい作ろう。こんどはおばあちゃんも一緒にさ」

「あらあら、そんなに沢山はいらないのよ」

「……だって僕、茄子嫌いなんだもん」

 

 ばつの悪そうな顔をしながらも、素直にその魂胆を白状するその孫の表情がどことなく彼に似ているような気がした。

 

 そして、それを見て思い出す。

 彼も茄子が大の苦手だったということを。

 

「……ふふっ」

 

 もしかしたら、盆前にこうして現れたのも茄子で作った牛に乗るのが嫌だったからなのかもしれない。

 そんなことを考えていたら涙は引っ込んでいて、逆に笑いがこみ上げていた。

 

 そうだ、いつもこうだった。

 何度も喧嘩やすれ違いはあったけれど、結局いつも最後は私を笑顔にしてくれていたんだった。私にとって彼はそんな存在だったのだ。

 それは、彼がいなくなった今でも変わらないらしい。

 

 ならばこれから先も、彼のいない悲しみは消せないまでも、想像していたよりは笑顔でいられるのかもしれない。

 

 ……だとしたら、あの勝負の結果もきっちりと修正しなければだめね。

 少なくとも彼の一人勝ちではなく、引き分け位だったと。数年して私も向こうに行ったら、そう言ってやろう。

 

 そんなささやかな決意を胸に、私は孫の手を取って仏間を後にした。

 




やっと……夏が終わったんやなって。
夏休み? 盆休み? そんなものは無かった(白目)

死にネタ注意って書こうか迷いましたが、ネタバレぽくなるのでやめました。
気分を害した方がいましたら申し訳ありません。

というかしっかり明記した方がいいんですかね?
自分も得意な方じゃないので読みたくないって気持ちも大いに分かるのですが、
書き手としては仮にバレバレであっても最初に結末を書くのもどうなんだという気になるわけで。

まあ、たまたま思いついたから書いただけで、今後はこの手の話はないと思いますが。
そもそも私の書く文なので、そんな大した話でもないんですけどね。

流石に後書きから読む人はいない……はず。


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