鬼太郎誕生:ゲゲゲの異聞奇譚 (河本勝之)
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第一話

昭和三十一年。

西暦1956年。

第二次世界大戦の終戦の日から11年余り。

 

戦後の復興期は、朝鮮戦争による特需景気を機会に混乱から脱出する1950年頃から、1954年の高度経済成長期が始まる頃までの4年間。

血で血を争う時代の終わりを迎えた日本は、新たなる道として科学の時代へと移り込む。

 

その証を示すかの如く、首都・東京の一部では、日本一とされる電波塔が建造されている。

完成までの見込みは、後二年程と噂されているが、実際の所はまだ分からない。

 

「………」

 

時刻は夜の20時。

河川敷近くの道端で営業しているおでんの屋台から流れてくるのは、良い匂いを放つ具材のみ。

 

一応、店主はいるものの、いま現在訪れている客が不愛想のためか、特に何も語りかけることなく、ただ黙って己の仕事を黙々とこなす。

対する件の客人というのは、簡単に言えば何処にでもいる一端のサラリーマンであった。

 

「………はぁ………」

 

勤め先で嫌なことでもあったのか。

それとも別の何かを考えているのか。

 

店に来てからというもの、聞こえてくるのはため息ばかり。

他にあるとすれば、注文をする時くらいしかなかった。

 

余程、鬱憤でも溜まっているのかと考察するが自分には関係ないとばかりに、一仕事を終えた後に堂々と夕刊を読む。

 

「………」

 

黒のスーツを着込んでいる男は、豆電球に照らされている徳利を持ちながらお猪口の中に注ぎ込む。

既に二本目まで進んでいるものの、まだ飲み足りないらしく、傾けた際に丁度満杯になった所で切れたことに気づくと、淡々と声を掛ける。

 

「……おやじ……酒をくれ」

「……はいよ」

 

何度目か分からない質素なやり取り。

ほろ酔いのような感じではあったが、頼まれた以上、拒む訳にはいかない。

故に、三本目の熱燗を用意しようと準備を進める。

 

「ほらよ」

「………」

 

品を目の前に置いてもお礼の一つも言わない。

随分と失礼な奴だと思いつつも、改めて新聞紙に目を通す。

一方の彼は、出された酒に手を伸ばし、続けて飲もうとするが――――

 

 

「おやおや、随分と飲んでいるようだが……大丈夫か?」

 

「……あぁ?」

 

 

唐突に誰かに尋ねられる。

外から届いてきたため、自ずと振り向くと………暖簾をかき分けながら覗き込む者と目が合った。

 

「らっしゃい………客人で良いんだな?」

「あぁ。おやじさん、俺にも熱燗をくれ」

 

割り込むように入ってきたのは、自身よりも年上だと感じさせるほどの風貌をした男。

 

黒みがかった茶髪に整った顎髭を生やした日焼け肌の容姿。

着用している衣服は、上下揃って黒色の和装だったが、僧侶が掃除や薪割り、畑仕事など寺院を維持するための労働を行う時に使うあれと酷似していた。

所謂、作務衣のことを指す。

 

加えて草履という今となっては時代遅れの物を履いている。

後あるとすれば、身長が少し高く、体つきも見た目からしてかなりがっしりとした体格というくらいだろう。

 

でもって隣に座り込んできたことから、些か窮屈な感覚に陥る。

 

「おい……もう少しそっちに寄れよ」

「まぁ、そう冷たいこと言わさんな。あっ、あとおやじさん。大根と煮卵、それから……こんにゃくをくれ」

「はいよ」

 

馴れ馴れしく絡んでくることから鬱陶しさが増えつつも、せっかくの酔いしれている気分を害したくないため、黙って受け入れる。

そんなこととは露知らず、暫くして大将から注文の品を受け取るなり、意気揚々と割り箸を使いながら口の中に運んでいく。

良い具合に煮込まれていることもあってか、程よい旨味が広がっていく。

 

「ん~……良いねぇ。おやじさん。このおでん最高だよ」

「そうかい。そりゃあどうも」

「……な~んか連れないなぁ。そうは思わないか?」

「……何で俺に絡んでくるんだよ」

 

徐々に苛立ちが募る。

元々、一人で過ごすことが多いせいか、仕事関連ならまだしも、それ以外で特に接点も無い奴が何かと喋りかけてくることに腹立たしさが増す。

 

だからこそ、付きまとうのは止めてくれと遠回しに突き放そうとするも、関係ないとばかりに話しかけてくる。

 

「何で絡んでくるか……か………そうだな。一言で言うなら、お前さんと何か喋りたいから……かな」

 

「はぁ?」

 

極力どうでも良い理由だった。

なら俺ではなく、屋台の主とすればいいじゃないかと指摘するも、けんもほろろといった形で受け流される。

 

「いやさ。お前さん見た所、会社勤めのサラリーマンって所だろ?」

「……だったら何だ?」

「その様子だと、仕事先で何か嫌なことでもあったんじゃないか?」

「ッ……だからどうしたってんだ」

「いつまでも溜め込んでおくのは良くないって言いたいのさ」

「お前には関係ないだろ!」

 

卓上に拳を落とす。

鈍い音が響き渡り、しばし静まり返る。

 

無論、店の大将が注意をしようとするも、先に二番目の客が手で制止してきたため思いとどまる。

 

「確かにそうだな。けどな、俺はこう見えても、あんたよりも知らない所で色々と経験してきてるんでな。だから、今抱えている悩みを少しでも解消出来るんじゃないかと思ってな」

 

再び皿の上にあるおでんに箸を伸ばす。

大根を半分に割りながら口に運んでいくと、味の染み具合が丁度良かったのか、満足そうに頷く。

 

「ん………それに関係のない人間だからこそ、日頃の鬱憤をぶつけるには丁度良いんじゃないか?」

「はっ……よく言うぜ。俺のことを何も知らないくせに」

「まぁ、その点はあってるな。けど、せっかくの機会だ。これを機に少しでもすっきりした方が良いと思うぜ」

 

徳利を手に取り、お猪口に注いでいく。

身体も温まりかけてきたのか、自然と口角が吊り上がる。

 

 

「俺の名前は神谷って言うんだ。お前さんは?」

 

「……水木だ」

 

 

あれこれ反抗するも、一歩も譲らない姿勢で関わってくる。

不本意ではあるが、一番手っ取り早いのは相手が満足するまで言葉を交わすことに尽きる。

 

それに態々愚痴に付き合ってくれるのであれば猶更のこと。

渋々ながらも自己紹介を済ます。

 

 

 

――――

 

 

 

邂逅してから数十分後。

お互いに頬を紅く染めてはいたものの、口調は未だにはっきりとしている。

双方とも、どうやら酒には強い方らしい。

 

「ほ~……つまりお前さんは、今までの経験からそんな奴らを見返すために、誰からも踏みつけられない権力を手に入れようとしているのか?」

「……そんな所だ」

 

胸中に包み隠していた気持ちを次々と口にする。

思いをぶつけるかの如く、洗いざらい吐き出し続ける中、その全てを受け止めながらきちんと返していく。

時には同情したり、提案を持ちかけるなどの相槌を打ちながら、水木の話に耳を傾ける。

 

今までの所を要約すると、彼はかつての大戦にて玉砕命令を受けながらも生き残った復員兵であり、その後、紆余曲折はありながらも帝国血液銀行という職場に入社し、その内の龍賀製薬という担当部署で働いているとのこと。

 

(なるほどな……)

 

徴兵により参加した戦争の名残として左目に疵があるうえ、左耳の上部が少し欠落していることから合点する。

その上、これまでの経験から上に立つ者が苦しみを味わうことなく、のうのうと生き永らえていることに怒りを露にしていると把握する。

 

所詮、下っ端は使い捨ての駒扱いにしか過ぎないという点は、現在の社会における問題点の一つと言えるだろう。

 

「いや……もしかするとこれからもずっと続くんだろうな」

「はっ?」

「お前さんが言っていたことだよ。確かに今の世の中は、戦争が終わって平和な時を過ごすようになったが………その裏には苦しみを一切味わうことなく、只々己の野心のために弱きものをこき使う大馬鹿野郎がごまんといる。勤め先の会社も然り、未来永劫のためとほざきながら平気で外道に手を染める奴だって未だにいる」

「………」

「けどな、水木。そういう奴らは、大概ろくでもない死に方をするんだ。例えば、これまで積み重ねてきたものが暴落して、今まで虐めてきた者たちからの復讐に遭ったりとか、あるいは呪いに近い死よりも恐ろしい運命に落ちるか……いずれにしろ、甘い汁を吸い続ける奴は、大抵最後の辺りでツケが回ってくるんだよ」

「……つまり何か?お前は、俺にそんな奴らと同じようになるなとでも言いたいつもりか?」

「まぁ、そういう意味合いも兼ねてはいるな。それにもう一つ……人の真剣な気持ちを弄ぶのも良くない。それだけは絶対にしてはいけないことだ」

「……余計なお世話だ」

 

脳裏に蘇る数十年前の記憶。

銃器を持って死と隣り合わせの戦場を命からがらに駆け出し、仲間が殺されていく中、上層部は安全な場所で指示を出すのみ。

勝手な都合や面子のためだけに、理不尽に部下を打ち精を出す上官たち。

 

やがて夢にまで見た内地に戻ったのは良いものの、母親が死んだ父親の親戚連中に騙されて、なけなしの財産を失う始末。

街では、餓死や戦災孤児が溢れる一方、戦争を指導した連中は、隠匿節を横領して贅沢三昧。

 

「戦場も国家も関係ない。弱い者は食い物にされて馬鹿を見る………だからこそ俺は力が欲しいんだ。そのためなら………」

「何だってやる……か……お前さんの気持ちはよく分かった。だが、これだけは言っておく。人としての道を外したらその時点で終わりだ」

 

理解を示しつつも、そうならないよう釘を刺す。

勿論、納得できないと言わんばかりに胸倉を掴むが、当の本人はただ静かに見つめ返すだけ。

 

「ッ……」

 

憤怒の表情を浮かべていたものの、次第に落ち着きを取り戻す。

掴んでいた手にも力が入らなくなり、ゆっくりと離す。

 

「すまん。誤解しないでほしいが、決してお前さんの考えを否定した訳じゃない」

 

何も答えずに無言のまま再び酒を煽る。

様々な心情が渦巻いているのだろう。

これ以上追い詰めるのは野暮だと判断する。

 

「……偉そうにほざきやがって。何様のつもりだ?」

「俺か?俺は、そうだな………自由人ってところだな」

「はぁ?………まさか、お前職に就いてないのか?」

「う~ん……そうとも言うべきかな?」

「………はっ……ははははは!何だ、お前!散々言いたい放題言っておきながら、無職なのかよ!」

「無職という訳でもないが………さしずめ人助けを生業に生活する気ままな人生ってところかな」

 

またしても笑い声が響く。

酒の酔いも兼ねて声が大きくなるが、流石に疲れたのか、段々と息を整えていく。

 

「はぁ……ったく、人のことを言えないじゃないか」

「返す言葉がないな。だから、お詫びとして何か好きなものを頼んでも構わないぞ?奢ってやるからな」

「おいおい。なけなしの財産を使い切るつもりか?」

「そうは言うけどな、こう見えても意外と懐が温かいんだ」

 

証拠として懐からある物を取り出す。

出てきたのは、一丁前の巾着袋。

数回ほど軽く揺らしてから見せびらかす。

 

「この中には、お札を折りたたんだものがそれなりにある。だから問題ないぞ?」

「……言ったな?じゃあ、お言葉に甘えて遠慮なく注文するぞ?」

 

追加で幾つか頼む。

気を良くしたのかは定かではないが、いつの間にか笑顔が溢れていた。

 

 

 

――――

 

 

 

時が経ち、店を出る頃には酔いが大分回っていたのか、千鳥足になりながらも帰路に付く。

 

反対に、彼の分を含めたお代を払い終えるなり、屋台の暖簾を潜り抜けた神谷は空を見上げる。

 

そこには、雲一つない夜空に浮かぶ綺麗な満月があった。



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第二話

龍賀家。

 

実質、日本の政財界を牛耳っているとも過言ではないほどの絶大な権力を握る。

ある血液製剤を富の源泉とし、戦争の最中で急成長を遂げたとされるが、その影響力の大きさに反して謎も多く、何処に住宅を構えているのかさえ分からない。

 

「なに!?………それは本当か?」

 

東京都の都心部に建造されている帝国血液銀行。

社内にある一つの部署にて、衝撃的な一報が届く。

 

応対したのは部長に当たる眼鏡をかけた中年の男性。

タバコの煙が室内に充満する中、唐突とも言うべき知らせを卓上にある固定電話から耳にするなり、驚きのあまり椅子から立ちあがってしまう。

 

その際、机にある書類に目を通していた部下たちが挙って目を向けるも、当の本人は気にしないまま通話をし続ける。

 

「まだ他には漏れてないだろうな?………よし、分かった!」

 

粗方内容を把握した後、少々乱雑に受話器を置く。

そして社員たちに何も告げぬまま席から離れるなり退室する。

 

「………」

 

それを眺めていた者が一人。

口に咥えていたものを一服し終えた後、冊子の傍らにある灰皿に捨てる。

 

「ちょっと失敬」

 

戦争時の名残となる傷がある社員。

黒スーツを身に纏ったそれは、紛れもない水木本人であった。

 

 

 

――――

 

 

 

所変わって、社長室。

 

会社のトップに君臨している白髭を生やした禿頭の初老の前に立つのは、先程の電話を受け取っていた部長。

訪れた理由は、言わずもがな件の一報に深く関わっていた。

 

「龍賀一族……その当主となれば絶大な権力を誇る。跡目争いは熾烈なものとなるぞ」

「全くその通りです」

 

当主として長らく生き永らえていた龍賀時貞というご老人。

製薬の成長の立役者だったが、事もあろうに志半ばで急逝してしまった。

 

当然のことながら死んだとなれば、後の遺産や経営方針などについて、親族たちが藁にも縋る勢いで押し寄せることは容易く考えられる。

 

「新当主と好を結ぶべきかと……」

「うむ」

 

あくどい考えを持つ者は、何も親族だけではない。

後継者を上手く丸め込むことができれば、弊社をより発展させることができる。

願ってもないチャンスがやってきたことから、ここぞとばかりに慎重に相談し合う。

 

「ところで……誰がなると思うかね?」

「望ましいのは龍賀製薬の克典氏ですが、彼は入り婿ですから……」

 

わが社と親身と言って良いほどの関係を持つ龍賀製薬の社長。

もし跡継ぎとなれば正に好都合だが、実際の所どうなのかは分からない。

 

「克典社長ですよ」

 

「「ッ!」」

 

刹那、何者かが扉を叩かずに入室する。

 

「み、水木君!失礼じゃないか!」

 

聞き耳を立てていたことや許可を得ずに堂々と入ってくる無礼な態度に叱責するも、当人は軽く受け流すのみ。

加えて、机の前まで近寄ってから自身の主張を述べる。

 

曰く、嫡男は健康面に問題があるらしく、何年も表に出ていないとのこと。

また克典氏は、時貞翁の信任厚く前条の内示を受けていると説明する。

その内容を耳にした後、ふと思い出したかのように呟く。

 

「そうか……君は龍賀製薬の担当だったな」

「克典社長には可愛がってもらっています。必ず当主にさせてみますので、是非とも私を行かせてください」

 

あくまでも自分が行くという前提で話を進める中、同席していた上司が待ったをかける。

というのも、肝心の一族の本家が何処にあるのかが不明なのだ。

 

風の噂によれば、ごく限られた者にしか知られていないとのことだったが、それに関して彼は口角を上げる。

 

「哭倉村ですよ」

「はっ?」

「宴席で克典社長が漏らしたことがあります。行ったことはまだありませんが、今から夜行に乗れば、明日の昼頃には着きます」

「………良いだろう。君を我が社の命運を託そうじゃないか」

「ありがとうございます」

「……あと、水木君。龍賀と言えば、例のアレがあるが……それも頼んでも良いかね?」

「ッ………探ってきます。では」

 

深々とお辞儀をした後に部屋から出ていく。

一先ずは、旅先の準備を整えることから始めようと意気揚々に行動に移る。

 

龍賀の内側に食い込むことができれば、社内での立場が優位に変わる。

重役の椅子は確実だという野心を原動力に動き続ける。

 

 

 

――――

 

 

 

月明かりが降り注ぐ夜の森林。

その中にある線路に従う様に突き進む蒸気機関車から汽笛が鳴る。

先頭車両から煙を上げながら進んでいく内に自然のトンネルから抜け出すと今度は鉄橋の上を走る。

 

一方で豆電球が灯りとなっている車内はというと、ほぼ満席とも言うべきの状況となっていた。

しかも、乗客の男性陣は、これ見よがしにとタバコを吹かしている。

 

誰もが窓を開けることなく喫煙をし続けているせいなのか、同乗していた家族連れの女の子が、絶え間なく咳き込んでいる。

 

「………」

 

外の景色といっても、見えるのは暗闇だけ。

照明器具の効果も相まって鏡のようになっており、何の意味もなく目を向ける。

 

頭の中で考えるのは、これからのことに関するものばかり。

手にしている小さな箱を開き、中から一本取り出す。

喫煙者として欠かせない日課をするために、続けて懐からマッチを出そうとするが……。

 

 

「ちょっとすまないが、相席しても大丈夫か?」

 

 

声を掛けられてしまったことにより中断してしまう。

突然のことだったため多少戸惑うも、すぐに落ち着かせてから振り向く。

 

「なっ………」

 

ところが尋ねてきた人物を見るなり、唖然とする。

せっかく咥えていた物を落とす程の反応に、相手はしてやったりというような笑みを零す。

 

「おいおい、そんなに驚くことはないだろうに」

 

「……な、何でお前がこんなところにいるんだ?」

 

先日のおでんの屋台で知り合った仲。

黒の作務衣を身に纏い、顎髭を生やしている背の高い褐色肌の漢。

 

「確か……神谷だったか?」

「覚えていてくれて何よりだ」

 

嬉しそうに口元を綻ばせてから対面にある座席に座り込むと、背負っていた大きめの巾着袋を隣に置く。

無論、勝手に相席をしてきたことに対して反論する。

 

「他にも席は空いてあるだろ!何だって俺の所に……」

「良いじゃないか。これも何かの縁だと思ってさ」

「ッ~!くそっ………勝手にしろ」

 

何を言っても聞く耳持たず。

いっそのこと自ら空いている席に移ることも過ったが、態々面倒なことをするのも癪に障る。

故に、悪態をつきながらも了承する。

 

「すまないな。それはそうと、お前さんはどうしてこの汽車に?」

「………出張だ」

 

嘘はついていない。

現に、仕事関連で哭倉村がある地元まで向かっていることは事実なのだから。

反対にその答えを聞いた彼は、成程と納得する。

 

「そうか……大変だな」

「……そういうお前は何なんだ?」

「俺か?俺はだな、いま旅をしている所だ。ある村を目指してな」

「……村?」

 

村という単語から不意に眉を顰める。

否、まさかそんなはずはないと思いつつも、確かめるべく問いただす。

 

「……その村っていうのは、一体どこなんだ?」

「ん?あぁ……確か“なぐらむら”……だったかな?」

 

胸が高鳴ると共に息を呑む。

偶然にも程がある。

汽車だけならまだしも、尚且つ目的地まで一緒だという現実から思わず目を背きたくなる。

 

何故、一部の人間にしか存知していないとされる龍賀一族が住んでいる田舎の集落に赴くのか。

そもそもの話、それ自体も知っているのか等の様々な憶測が飛び交う。

 

「いや……まさかそんな……」

「……何だ?ひょっとしてお前さんの出張先って……」

「……あぁ、そうだよ」

 

隠した所で仕方がない。

どうせ降りる駅でバレてしまう。

ならば正直に話した方が無難だと悟る。

 

「そうなのか………」

「……信じられん。というか、何をしに村へ行くつもりなんだ?」

 

吃驚するくらいの展開が立て続けに起こったこともあり、タバコのケースを仕舞い込む。

代わりとして質疑応答に切り替えると、ありのままのことを神谷が話し出す。

 

「知り合いから気になる話を聞かされてな。それを確かめに行くんだ」

「……話だと?」

「猟奇的な人体実験が行われているかもしれないっていう話だ」

 

思いのほか突拍子もない返答に言葉を失ってしまう。

猟奇的な人体実験という耳を疑ってしまうような内容。

 

一瞬だけ、例のアレと関係しているのかと考察するが、気を取り直して再度話しかける。

 

「……お、おい。冗談も大概にしとけよ。まさかとは思うが、そんなありもしない世迷言を信じているのか?」

「まぁ、信じているかどうかはともかくとして………ここだけの話だが俺の知り合いから聞いた話によると、そういう恐ろしいことをしている輩がどうもいるらしい。ただ実際に、その現場を見たことはないようだがな」

 

周りに聞こえないように声量を抑えながら話してくるが、信憑性がない中身だったことから額に手を当てる。

対峙しながら観察した中で、真剣な眼差しで語りかけてくる点から、少なからず法螺を吹いているようには思えない。

けれども、到底信じ難い話であることには変わりなく、疑いの目を向ける。

 

「……さしずめ信じていないっていう顔だな。まぁ、無理もないわな。こんな話をいきなり信じろって言う方がおかしな話だ。でも、信頼できる奴からの情報だからな」

「………一体どんな奴なんだ?お前の知り合いっていうのは」

「そうだな……ちょっとしたがめつい奴って所だな」

 

粗方話し終えた所で、背筋を伸ばす。

区切りよく一段落しようと考えているのだろう。

 

有耶無耶な思いが残っているものの、これ以上突き詰めると変に勘繰られてしまう。

悩み所だったが、ここは潔く引く方が妥当だと判断する。

 

「……ん?」

 

その直後のことだった。

 

突如として車内の電灯が点滅し始め、あろうことか全て消えてしまう。

 

「何だ?」

「……停電か?」

 

心なしか、他の乗客たちの声もなくなったような気がした。

窓から差し込んでくる月明かりのおかげで、辛うじて視界は確保できている。

 

しかし、明かりがないということは暗闇に呑み込まれたも同然。

何が起きたのか把握しようと辺りを見渡した瞬間――――

 

 

「お主たち……死相が出ておるぞ?」

 

 

隣の席から聞こえてきた声に促されるようにして振り向く。

すると……俯きながら座っている一人の男がそこに居た。

 

次縹色の着物を着用し、下駄を履いている他、白髪を生やしている。

一見すると老人のようにも思えたが、背丈からして二十代後半ぐらいだと分かる。

 

「この先、地獄が待っておる」

 

「「………」」

 

「儂には見えるのじゃ……見えないものが見えるのじゃ」

 

訳の分からないことを独り言のように発しているためか、ふざけるなとばかりに水木が立ち上がろうとするも……。

 

「待て、水木」

「ッ、なん……だ………」

 

引き止められてしまう。

勿論、反発しようとしたが、彼の面持ちを見る内に失せていく。

 

「……死相が出ていると言ったな。それは本当か?」

「あぁ……本当じゃ」

 

俯いていた男が顔を上げ、こちらを見つめる。

片目隠しの髪型ゆえ、覗かせてくる右眼が何とも言えない異様な印象を与えてくる。

 

 

「現にそら………お主たちの後ろに大勢憑いておる」

 

 

次の瞬間。

 

二人の背後……正確に言えば窓の向こう側から何かが浮かび上がる。

 

それに気づいたのか、揃って振り返ると、窓一面に夥しい数の人影が映っていた。

 

車内に居る自分たちを獲物として捉えているかのような不気味な光景。

 

 

「ッ………?」

 

 

忽然と景色が変わる。

消えていたはず電気が点いており、他の人たちの声も聞こえる。

見回してみると、元の状況へと戻っていた。

 

「……今のは?」

「……さぁな」

 

何が起きたのか理解できないまま呆然とする中、何事もなかったかのように背もたれに寄りかかる。

 

彼らの元に届くのは、未だに咳き込んでいる少女の声のみだった。



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第三話

一夜明けて、同じ駅で降りた二人は、哭倉村までの道のりの途中までタクシーを利用する。

のどかな自然の風景が広がる中、獣道を通るたびに揺れる車内の後部座席に仲良く座っていると、運転手が話しかけてくる。

 

「しかし、お客さん達も物好きですなぁ……あんな辺鄙な山の向こうの村まで。この辺のもんでもようけぇ近づかんとこですわ」

「へぇ……地元の人でも滅多に近づかないのか」

「えぇ。なんせあそこは、色々と噂になってますから」

 

舗装などされていない砂利道。

山の奥へと続いていることもあってか、片側は徐々に崖となっていく。

 

それでも尚、上手い具合にハンドルを捌きながら慎重に進んでいく。

道中、大きめのトラックとすれ違いそうになった際でも、慌てずにギリギリの所まで寄せてから凌ぎきる。

 

余程の技術が無いと出来ない技を体感したせいか、思わず拍手を送る。

 

「凄いな、運転手さん。この道を通ったことがあるのか?」

「あ~……ありますけど、最後に通ったのはもう何か月も前ですよ」

「………」

 

双方の会話を耳にしながら窓の外に目を向ける。

ふと、昔の記憶が甦る。

 

南方にいた頃のこと。

死屍累々と言っていいほど過言ではない惨状が広がる中、部隊の上司から宣告されたのは、このまま戦場に向かって突き進めとのこと。

 

大勢の仲間たちが重傷を負っているにも拘らず、死地に赴けと馬鹿らしい命令を下してくる。

であれば、自分はどうなのかと遠回りに問いかけた所、重要な役割があるため共に行けないと何かと理由を付けて逃げるばかり。

 

「――ぃ……水木」

「ん?」

「着いたぞ」

「あっ……すまない」

 

いつの間にか止まっていた。

本来の目的地までは、まだ幾ばくか距離があるものの、それでも此処まで来るのに大分時間がかかった。

 

着いた所は、山奥にある古びたトンネル。

所々ひび割れが入っていたり、苔なども生えている。

 

両者ともに降りた後、一仕事終えたタクシー運転手は、この先に例の村があるとだけ伝えてから来た道を戻っていく。

因みに運賃に関しては、神谷が纏めて二人分支払った。

 

「さぁて……ここから先には何があるのやら」

「……言っておくが、仕事の邪魔だけはするなよ?」

「分かってるって。偶々、目的地が一緒なだけであって、決してお前さんの邪魔はしねぇよ」

 

本当にそうだろうかと疑いたくなるも、何とか気持ちを切り替えて足を運ぶ。

並んで歩いて行く中、トンネル内は灯りをともす電気などは点いておらず、昼前でありながら暗かった。

 

地面も水たまりが所々あり、泥濘も多少ある。

とはいえ、歩けないほど酷くはないため、足音を響かせながら進んでいく。

 

出口までは左程遠くなかったため、数分もした後に輝かしい日光を浴びる。

 

「綺麗な所だな」

「………」

「何の感想もなしか?」

「……別に普通だろ」

 

最初に出迎えたのは一面に広がる畑の数々だった。

蝉の鳴き声が何処からともなく聴こえてくる中、村がある所まで続く一本道の両端に広々と作物を耕している。

 

また耳を澄ますと、川のせせらぎが心地よく流れてくる。

正に絶景と呼ぶに相応しかった。

尤も、もう一人は見飽きていると言わんばかりの態度をとっていたが。

 

「……?」

 

辺りを眺めながら歩いていると、不意に足を止める。

何か気になることでもあったのか。

数歩先で同じく立ち止まってから振り返る。

 

「何か気になるものでもあったか?」

「……いや。何でもない」

 

ぶっきらぼうに答えてから再び動き出す。

今は仕事を無事にやり遂げる方が優先だと気を引き締める。

 

「………」

 

彼が通り過ぎた後に、視線を向けていた所に一度目をやる。

そして何かを理解したのか、軽く口角を上げてから後に続く。

 

 

 

――――

 

 

 

電線が連なっている下をひたすら歩き続けること数十分。

畑から離れたあと、お次は雑木林が覆い茂る獣道へと変わる。

天気が快晴ということもあり、日差し避けにはもってこいの環境となる。

 

「まだ大分先にあるみたいだな」

「そろそろ見えてきてほしいものだが……」

 

意外と道が長く、やっとのことで抜けると漸くお待ちかねの場所に辿り着く。

 

複数の家が建造されている小さな集落。

すぐ近くには巨大な湖があり、中央辺りには離れ小島が浮かんでいる。

 

他にも山側に目を向けると、赤色の鳥居が目立つように飾られている。

どうやらこの地には神社もあるようだ。

 

「漸くだな」

「あぁ……全くだ」

 

豊かな自然に囲まれている点から、随分と閉鎖的な村だと感じる。

 

 

「……ん?」

 

 

と、その時。

 

歩く先にて、道端にある大樹の下で困っているように立ち往生している黒い着物を身に纏った一人の少女を発見する。

 

後頭部にリボンを結んでいる淑女とも言うべき風貌をした人物の顔を遠目から確認するなり、ハッと気づく。

 

「どうした?……まさか、あの子のことが気になるのか?」

「ッ……そういうわけじゃない」

 

気になるとは少し違うが、重要人物であることには間違いない。

何故なら戸惑っている彼女は、以前拝見した龍賀一族の資料の古びた写真に写っていた子どもにそっくりだったからだ。

 

見間違いでなければ、急逝した時貞の孫娘にあたるはず。

少々下卑た考えを持ちながら身なりを整え終えると、自ずと声を掛ける。

 

「お困りですか?」

「えっ……あの……」

「あぁ……鼻緒が切れてしまったんですね。これは大変だ。貸してください。直しましょう」

「ッ……でも……あの……失礼ですけど……」

「東京から来ました。龍賀製薬と取引させてもらっている会社の者です」

「………東京から………」

「さっ……お辛いでしょう。私の肩に手を。足も構わず乗せてください」

「……失礼します」

 

言葉巧みに手際よく距離を縮める。

尚且つ、相手を思いやりながら懐から取り出した手拭いを引き千切るなり、腰を落としてから切れてしまった鼻緒を結び直す。

 

対する少女はというと、最初は警戒していたものの、紳士に接してくる彼の心遣いに魅了され、素直に肩に手を置きながら膝の上に足を乗せる。

野心が無ければもっと良かったのにと、少し離れた所で見物している傍観者は苦笑いを浮かべる。

 

「よし……具合はいかがです?」

「……大丈夫そうです」

 

履物が直ったことで一安心したのか、嬉しそうに微笑む。

 

 

「さよねぇ~!」

 

「ッ、ときちゃん!」

 

 

刹那、幼い子の呼び声が木霊する。

三人揃って振り向くと、細道から元気よく駆けつけてくる少年の姿があった。

その子は近づくなり、彼女の元に飛び込むように抱き着く。

 

「やだもう驚いた。外に出ても大丈夫なの?」

「うん!……それより……」

 

純粋無垢な男の子の瞳に映るのは、見ず知らずの大人たち。

一人は、黒い洋服に靴を身に着けているが、もう一人の顎に髭を生やした方は、着物っぽい服を纏っている上、草履を履いている。

傍から見れば、妙な組み合わせだ。

 

「おじさんたちが余所者の人だね?」

「余所者?」

「ちょっと、ときちゃん」

「だって皆言ってたもん。余所者が村に入ってきたって」

「余所者か……まぁ間違いではないな」

 

子どもとの目線を合わせるために、ゆっくりと近寄ってから膝を折る。

でもって優しげな声色で話しかける。

 

「おじさんの名前は神谷って言うんだ。旅人をしている」

「たびびと?」

「簡単に言うとそうだな……色んなところに旅をして楽しんでる人って言えば良いかな」

「へぇ~……そっちのおじさんは?」

「あっ、あぁ……僕は、水木と言って東京から来たんだ」

「東京!?凄いや!」

 

憧れの街なのか。

抱き着いていたのを止めるなり、嬉々として尋ねる。

 

具体的には、とある野球選手の試合を見たことがあるかないかの質問だったが、興奮している様を見かねてか彼女が窘める。

 

「ときちゃん。お客さんが驚いてしまうでしょう。それにあまり興奮してしまうとまた熱が出てしまいますよ?」

「え~……大丈夫なのに」

「……僕はしばらくこの村に滞在するつもりだから、また機会があったら話そう」

「本当!?ねぇ、そっちのおじさんは?」

「ん?……あぁ、俺も暫しここに滞在するつもりだ。これまで行った旅先での面白い話を聞かせてあげるよ」

「やった!」

 

喜びのあまりガッツポーズを取る。

 

「えっと……さよ……さん?」

「はい?」

「龍賀様へのお屋敷は?」

「この道を真っすぐ行っていただけると……」

「いやぁ、どうも。またね、坊や」

「うん」

「さよさんも、機会があったらまた……」

「はい……水木様。ところで、神谷様は?」

「ん?……あぁ……俺か?」

 

やり取りを見守ってから立ち上がる。

此度の来訪目的について、水木と違って些か分が悪い立場にいる。

 

馬鹿正直に話してしまったら、此処に住んでいる者たちから何かをされてしまう可能性も無くはない。

だからと言って、この地の権力者から隠れるようにやり過ごすと、返ってまずい展開になるのは目に見える。

 

ならばいっそのこと、堂々と挨拶に向かうのが一番適切だと判断する。

 

「俺はそうだな……そいつと一緒に屋敷の方に挨拶に行ってくることにするよ」

「お、おい。お前な……俺ならともかくお前は完全に余所者だぞ?」

「挨拶もせずにこの村でうろついていたら、それこそ完全なる余所者扱いだ。だったら尚更、挨拶を済ませておかないと駄目だろ?」

 

尤もらしい言い分を口にする。

自由気まますぎると呆れてものが言えなくなってしまう。

額に手を当てながら項垂れるも、致し方ないと腹を括る。

 

「じゃあ、そういうことで」

「はい。では、お気を付けて」

「ばいば~い!」

 

別れていく二人に手を振る。

やがて自分たちのみとなった際、共に屋敷がある所へと歩み始める。

 

「さっきの女の子の方なんだが……知ってたのか?」

「……どういう意味だ?」

「あの子と接するとき、身なりを整えていただろ?それに鼻緒が切れてしまっていたのを口実に、あの子との距離を縮めていた……違うか?」

「……あぁ、そうだよ」

 

見抜いた指摘をすると、否定することなく肯定する。

 

「そうかい……」

「……何が言いたいんだ?」

「……さっきのあの子、お前さんに脈があると見たが?」

「……今は関係ないだろう」

 

露骨に話を逸らす。

恐らく前に屋台で告げたことを言いたいのだと察する。

人の真剣な気持ちを弄ぶのは良くないと。

 

「お前さんが、どう考えているのかは分からんがな………女の子の気持ちを踏み躙るような真似は絶対に許されないことだぞ?」

「…………」

 

返事は無かったが、敢えて追及しなかった。

 

最後に決めるのは自分自身。

 

心の変化が訪れることを切実に願うのだった。



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第四話

改善すべき点があったので、一度削除して修正し直したものです。



他愛のない会話をしながら歩き続けると、重厚な日本家屋が出迎える。

立派な門構えを潜り、敷地内に入ると、屋敷というだけあって何坪あるのか分からないぐらいに広い。

見る者を圧倒させるだけの風格があり、お互いに見回していると―――

 

 

「何か御用でしょうか?」

「ッ!」

「ん?」

 

 

後ろから声を掛けられる。

振り返ってみると、いつの間にか出入口を塞ぐように佇んでいる青年がいた。

 

紺色の和服を着こなし、糸目のにこやかな顔立ちをしているが、何処か異様な雰囲気も醸し出している。

 

「……おっと?」

 

加えて屋敷の隅や陰などから、次々とみすぼらしい格好をした厳つい男たちが姿を現し、徐に近づいてくる。

遂には逃げ場を無くすかのような状況を作ってきため、何とか取り繕うと試みる。

 

「わ、私は帝国血液銀行の水木と申します。こちらは……その……」

「親友の神谷と言います。旅行を楽しんでいた所、偶然彼と会いまして……数年ぶりの再会だったもので、せっかくなので彼の仕事が終わるまで、暫くこの村に滞在させていただきたいと思い、挨拶に参った次第なのですが……」

 

しどろもどろの答えとは打って変わり、至って冷静かつさらりと嘘を吐きながら丁寧に対応する。

すると取り囲んでいる者たちが、どうするべきかと悩みだす。

それぞれ目配せをしながら如何にするかと考えていると……。

 

 

「おぉ~!水木君じゃないか!」

 

「ッ、社長!」

 

 

直後、本家の玄関の方から野太い声が流れる。

 

改めて振り向くと、開いている引き戸の向こう側に喪服を着用しているちょび髭を生やした小太りの中年がいた。

龍賀製薬の社長を務めている入り婿の克典氏だった。

 

天からのお恵みとはまさにこのこと。

早速、事情を説明するために彼の元へと向かう。

 

「ご無沙汰しております。この度は誠にご愁傷様です」

「早速、駆けつけてくれたか!ところで………あの御仁は?」

「ッ……えっと……私の古い友人の神谷と申します。ここに来る途中、偶然会いまして……そうしたら少々強引について来まして……彼曰く、私の仕事が終わるまでこの村に滞在したいとのことですが……如何でしょうか?」

 

偽りの説明を活用しながら懇願する。

本当は友人という間柄ではないが、先程の出会った少年から、他の皆が余所者が村に入ってきたとの話をしていたと聞かされた。

即ち、一緒に集落に訪れたことが既に村民に知れ渡っていることになる。

 

例えば、ここで無関係の人間だと答えるとしよう。

そうなると確実に厄介なことになる上、自身も理不尽に怪しまれる可能性もなくはない。

 

いま思えば、夜行列車に乗り合わせた時点から、このような展開になるのは目に見えていたのにと、今更ながら己の不甲斐なさを恥じる。

もしこれが狙っての行為だとするならば、全くもって恐ろしいものだ。

 

「ん~……よし、わかった。この村に滅多に来ないお客様だからな。宿に案内させてやろう」

 

顎に手を当てながら考え込んだうえでの答えが返ってくるなり、安堵のため息を吐く。

快く了承してくれた懐の深さに感謝の気持ちが尽きない。

 

「あ~、長田くん。彼を宿まで案内してくれないか」

「分かりました。では、宿まで案内いたします」

「ありがとうございます。えっと……長田さん」

 

門に立っていた青年……長田が素直に承諾すると同時に、破落戸風の村人たちもまた離れていく。

 

各々の持ち場に戻るのか。

それとも別の仕事にでも取り組むつもりなのか。

どちらにしろ関係のない事だったため、手荷物の大きめの巾着袋を背負い直す。

 

一方の水木は、宿場まで案内されていく後ろ姿を見届けた後に靴を脱いでから上がり込む。

 

 

 

――――

 

 

 

「ここまで来るのは大変だっただろう?」

「社長が、ご当主となられる場に是非立ち会わねばと……その一心で」

「はっはっは!気が早いな君は……だが嫌いではないよ。その身軽さは。ん?……おぉ、そこの君。丁度良かった」

 

廊下を歩きながら雑談を交わす中、屋敷で働いている一人の家事使用人と出くわす。

そこで客人を後で離れに通すようにと頼み込むと、今夜は“御篭り”があるのではと問いかけられる。

 

「だから離れに通すんだろうが。料理も頼むぞ」

 

乱雑に再び歩き出した彼の後に続きながら、質問を投げかける。

 

「……あの、社長。“おこもり”とは?」

「あぁ……迷信がまだまだ幅を利かせている田舎の村だからな。さっきの御篭りというのはだな……」

 

要約すると、御篭りとは清めのため、葬儀の前夜は誰もが個室に籠り、潔斎するという伝統的な仕来りとのことを指す。

 

また龍賀家の代々の当主は、山の手にある神社の神職も兼ねており、怪しげな土俗の神を祀っているだけでなく、奇妙な儀式もしていたという。

 

だからこの村のことは、未だに苦手だと呟く。

 

「さぁ、ここだ。遠慮はいらんから入りたまえ」

「……ッ!」

 

辿り着いた大広間の襖が開かれると、親族並びに親戚一同が挙って対面式に正座をしていた。

 

全員が喪服を着込んでいる上に、見ず知らずの場違いとも言うべき人間が入ってきたことに宜しく思っていない様子で、睨むような鋭い眼光を放っている。

 

因みに一番奥には、急逝した時貞翁の遺影が飾られており、その手前には二枚の座布団が敷かれていた。

 

「どうした?早く入りたまえ」

「……失礼します」

 

一先ず入室するも、相変わらず視線が突き刺さる。

故に臆さないように胸を張りながら進み、遺影から少し離れた所で膝を折る。

反対に克典は、二つの内の一つの座布団に腰を落とす。

 

 

「……見かけない顔がいるようだけど?」

 

「私の客だ。東京からの立会人だよ」

 

 

刹那、襖側に座っている少々皺が生えている気の強そうな女性が口を開く。

棘のある口調を発する彼女に対し、綺麗な土下座をしてから自己紹介をするも、こちらの迷惑も考えずに乗り込んでくるのかと続けざまに嫌味を送られる始末。

無論、退いては思う壺だと、敢えて反論せずに誠意を込めた謝罪をする。

 

「不躾は重々承知しております。しかし、居ても立ってもいられず……ご心痛お察し致します」

「お察しします?貴方には分かるというのですか?お父様を亡くした私たちの悲しみが!」

「ははっ!」

 

怒りを露にするのは、龍賀家の長女にあたる龍賀乙米。

克典の妻に位置するが、先のやり取りからして些か見下しているような印象を受ける。

他にも独自の見解からして、家柄に強い誇りを抱いているようにも思える。

 

「ねぇ~……早く始めてよぉ。足痺れちゃったわよぉ」

 

「丙江さん!」

 

隣にいる厚化粧を施しているふっくらとした女が、だらしない態度をとる。

職場で拝見した写真と比べると、随分と容姿が変わってしまっている。

 

次女の丙江……若い頃に駆け落ちして、連れ戻されたと聞く。

素振りから察するに自堕落な生活を送っているのだろうと解釈する。

 

 

「……遅くなりました」

「失礼します」

「……あっ!おじさん!」

 

 

その時、近くの襖が開き、廊下から三名ほど入室してくる。

顔を上げると、そこには数十分ほど前に別れたばかりの二人に、神谷を宿まで案内した男がいた。

でもって幼い男子と目が合った際、若干戸惑いつつも小さく片手を上げながら返事をする。

 

(乙米の娘にあたる沙代と、時貞翁の孫にあたる長田時弥か……)

 

素性は事前に資料で拝見したものの、今一度確認する。

 

(そして、社長が長田と呼んでいた彼が……この村の村長で、龍賀家の三女の庚子の夫なのか!)

 

息子と共に気の弱そうな妻の隣に座る。

 

色んな情報が入ってくる中――――

 

 

「みな……揃うたか……?」

「時麿兄さん」

「ッ!?」

 

 

衝撃的な事実を耳にする。

開きっぱなしの襖の向こう側から流れてきた弱々しい声。

それに反応した乙米の言葉に思わず目を見開く。

 

龍賀家の長男。

健康面に問題があり、何年も表に出ていないと聞いてはいたが、まさかの健在に驚きを隠せない。

 

(聞いてた話と違うじゃないか!社長!)

 

心の中で突っ込みを入れるが、次の瞬間には、大広間が静寂に包まれる。

というのも、件の本人がゆっくりとした足取りで入ってきたからだ。

 

だが、それだけではない。

見た目からして健康体とは思えないほど痩せ細っている他、直衣を纏っている上に顔面を白塗りしている。

 

明らかに異質な存在となっていた。

それでも尚、誰一人として異を唱える者はおらず、その隙に空いている座布団に座り込む。

 

「では、先生。よろしくお願いします」

「はい」

 

困惑が収まりきらないまま始まる。

息を呑む空気が漂うと、障子側に居た遺言者の口授を受けた証人となる年寄りが前に出る。

 

 

「では、これより……龍賀時貞様の遺言による龍賀家の新たな当主の使命を行わさせていただきます」

 

 

懐から封筒を取り出し、中から手にした書類を広げつつ、この場にいる者たちに高らかに伝える。

 

一つ。我が跡を継ぎ、龍賀家の当主となるのは長男の時麿を指名する。

しかし、時麿は長田時弥を養子にし、彼の成人後は自身に変わり、時弥が当主の座に就くものとする。

 

一つ。龍賀製薬の社長は克典のままとする。

但し、妻の乙米を会長とし、社の方針に関する一切の最終決定権は彼女が持つものとする。

 

 

「……以上です」

「い、以上!?そんな馬鹿な!!」

 

 

ざわめきが止まない中、克典が信じられないと立ち上がる。

義父が死ぬ前に、お前に口授を託すと言われたはずなのに、全然違う話になっている。

一体どういうことなのかと慌てふためくと、嫁からの嘲笑が届く。

 

「フフッ……お父様の口約束を真に受けるなんて………」

「ぐっ……そ、その遺言書は偽物だ!寄越せぇ!」

「それより私の取り分は!?」

「わ、わし等の分もどうなっとるんじゃ!!」

 

次第に騒動と化す。

我先にと、遺言書を奪おうとする輩が後を絶たない。

身の危険を感じた水木は、咄嗟に隅へと避難する。

 

「……沙代さん?」

 

「水木様……」

 

同様に安全な所に移っていた彼女が寄り添ってくる。

何かを思い詰めているような表情を浮かべていたが、意を決して言葉にする。

 

「助けてください」

 

「ッ……無論、僕は克典社長の味方です」

 

安心させるように返答するも、やや不満そうな顔になる。

期待していたものと違うのかと、首を傾げると――――

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

突然、大きな物音が響きわたる。

皮肉にも、それが騒ぎを鎮静化させたのだが、音の正体を確かめるべく一斉に視線を向けた先にあったのは、実父の遺影に縋りつく時麿であった。

 

 

「とと様……まろは………まろは寂しゅうございます………とと様がおらなければ………まろは………まろは………ぬぅわぁあああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

涙を流しながら泣き叫ぶ。

と、唐突に地面が揺れ出し、更には悍ましい怪物のような雄叫びが轟く。

 

当然ながら何事なのかと三度騒々しくなるも、段々と収まってきたため、落ち着き始める。

 

 

「……一族の者は、御篭りを始めるように」

 

 

さっきまでとは打って変わり、元の面立ちに戻るや否や、優雅に立ちあがる。

そして最後に、仕来りを忘れぬようにと告げてから退室しようとするが、実妹が待ったをかける。

 

「時麿兄さん!今のって……そういうことよね?あなたに務まるのでしょうね?」

「まろはひたすらとと様の元で修行を務めてきたのだ。嫁とりも許されず……」

「お願いしますよ。本当に……沙代!何してるの。いらっしゃい!」

「ッ……それでは水木様。失礼いたします」

 

呼び出しを喰らってしまったことにより、母親と共に出ていく。

方や、今のあれは何だったのかと呆然と立ち尽くしていると――――

 

 

「東京から来たっていう客はあんたかい?」

 

「ッ!」

 

 

ひょうきんな声が耳に入る。



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第五話

葬儀の前日に起こった騒々しくかつ醜い争い。

人間の欲望の権化の一端が見られたものの、突如として起こった謎の地揺れと雄叫びによって収束する。

そして誰もが呆然とする中、東京から来訪した彼を呼び掛ける者が現れる。

 

「あ、あんたは?」

「ここで下働きしている者さ。離れに案内してやるから荷物を貸しな♪」

 

黄色の上衣に水色のズボンを着用している他、毛髪が三本しかない禿頭に六本の髭を生やしている少年。

出っ歯も兼ねて、何処か鼠のような印象を受ける。

 

その上、普段から体を洗っていないのか、体臭が凄まじく、周りにいた者たちが次々と鼻をつまむ。

勿論、水木もまた眉を顰めるが、離れに案内してくれるとのことで仕方なく手荷物の鞄を預ける。

 

「こっちだよ。ついて来な」

「あ、あぁ……」

 

去り際に大広間に目を向けると、先の現象に対して未だに怯える輩が、ちらほらとあった。

かくいう自分自身も困惑したままだが、一先ずは此処から離れることにする。

 

「そういえば、お客さん。聞いた所によると、お客さんの他にも、もう一人この村に訪れている人がいるらしいね?」

「ッ……あ、あぁ……僕の友人で神谷という男だ」

 

共に廊下を歩く中、先頭にいた案内係がふと足を止める。

 

「……それ、本当ですかい?」

 

徐に振り返り、確かめるように問いかけてくる。

 

何か気になることでもあったのか。

否、もしかすると友人関係という嘘を見破ってしまったのか。

 

得体の知れない緊張感が漂うも、黙ったままではまずいと判断し、何とか口を開く。

 

「そ、そうだが……」

「……なるほどねぇ♪」

 

答えが返ってくるなり、口角を上げる。

まるで事情を理解したかのような反応だった。

意味深な態度に増々不安に駆られるも、それよりも先に話しかけられる。

 

「あぁ、警戒しなくとも大丈夫ですよ。ただ、ここじゃあちょっとまずいんで……歩きながら説明しますよ」

「……?」

 

どういうことなのかと尋ねようとするも、我先にと歩き出してしまう。

自由奔放な行動に少々苛立ったものの、今は従う方が無難だと感じ、後をついていく。

 

 

 

――――

 

 

 

暫くして、辺りに他の人間が居なくなったところで説明が始まる。

 

「いやね……お客さんがさっき言ってた神谷っていう人……ひょっとして背が高くて、顎に髭を生やして、肌が焼けてて黒の作務衣を着ていませんでしたか?」

「ッ!?ど、どうしてそれを……ッ!」

 

脳裏にある記憶が甦る。

夜行列車で再会したときに、彼が哭倉村に訪れる理由について語ったときのことを……。

 

あの時は、確か猟奇的な人体実験が行われてるという情報を知り合いから聞いたと口にしていた。

ということは、まさかと気づいた段階で、少年がニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ま、まさか……あいつが言っていた知り合いっていうのは……」

「おや?ひょっとして神谷の旦那、俺のことを喋ったのか?」

「………ここに来る途中の夜行列車で偶然会ってな。その時に知り合いから聞いたと聞かされたよ」

「そうだったのか………あっしは“ねずみ”と言いましてね。神谷の旦那には、昔から世話になってるんすよ♪」

 

懐かしむように綴る様子から間違いないと断定する。

よもやこんな所で出くわすとは思いもしない。

ただ、そうなると一つ気になることが浮かぶ。

 

「……一つ訊いて良いか?」

「何でしょう?」

「……あんたが言っていたっていう“猟奇的な人体実験”とやらは……本当なのか?」

「あ~……神谷の旦那、そんなことまで言ってたのか。すいやせんが、それ以上のことはちょっと………誰かに聞かれでもしたらまずいですからね」

 

申し訳なさそうな口調で断れてしまう。

そうこうしている内に件の離れにも辿り着いたようで、部屋の前で止まるなり荷物を返される。

 

「あっしはここまでですので。あっ、序に訊きたいんですが、神谷の旦那は今どちらに?」

「……村長に村の宿に案内されたはずだが……」

「宿か……あ~……どこの宿なんだろうな………まっ、良いか。じゃ、失礼しやす♪」

 

後頭部を掻いてから颯爽と去っていく。

 

色んな事がありすぎて疲れたのもあってか、途端に脱力感に襲われるも、辛うじて踏ん張りつつ客間へ入っていく。

 

 

 

――――

 

 

 

刻々と時が過ぎ、気が付けば日の暮れた夜。

案内された一室の行燈の蠟燭に火をくべ、暖かみのある灯りをともしながら敷いた布団の上で寝転がる。

 

客人用の浴衣を身に着け、用意された料理に舌を打ち、尚且つ風呂も入ってさっぱりしたものの、心の中は晴れずにいた。

雲のようなモヤモヤとした感情が渦巻いており、大きなため息を吐く。

 

(このままでは東京に帰れない………しかし克典社長も詰めが甘い!)

 

働いている職場先と親身な関わり合いをもつ龍賀製薬の社長が次期当主となれば、会社に多大なる貢献ができるうえ、好である己の立場が格段に向上するはずだった。

 

ところが、現実は全く異なるものとなった。

健康面に問題があると噂で聞いていた長男の時麿が、まさかの跡取りとなってしまった事態に頭を抱える。

 

啖呵を切って態々此処まで来たというのに、これでは合わせる顔がない。

 

(まぁ……あてにした俺も甘いか……あれから十年……せっかく拾った命を無駄にはできない……)

 

瞼を閉ざすと………忌々しい過去が鮮明に映し出される。

 

息を切らしながら駆ける先に待っているのは、敵からの銃弾。

周囲は、爆撃による轟音や火の手が上がるばかりで、仲間たちが次々と撃たれていく。

 

にも拘らず、我が身は命尽きることなく走り続ける。

血が混じった硝煙の臭いがこびりつき、汗水を垂らしながら動くことに何の意味があるのか。

 

気が付けば、相手の兵士に向かって叫んでいた。

 

 

“俺を………殺してくれーーー!!!”

 

「ッ!?」

 

 

眼を開くと……そこにあったのは天井だった。

よく見ると、閉めている障子の向こうから弱々しい陽の光が照らされている他、小雨の音も届く。

掛布団を使わずに、いつの間にか眠っていたようだ。

 

「………嫌な夢だ……」

 

ゆっくりと体を起こすと、開けている隙間から汗が流れていた。

どうもかなり魘されていたらしい。

故に深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせようとするが――――

 

 

『誰か、誰かぁ~!!』

 

「ッ、な、何だ?」

 

 

外の方から慌ただしい声が炸裂する。

自ずと立ち上がり障子を開けて乗り出すと、下の方で一人の女性が助けを求めながら彷徨っていた。

 

「ご、ご当主様が、お隣のお社の中で………は、早くぅ!!」

 

「ッ……」

 

只ならぬことが起こったに違いない。

そう理解すると、急いで着用していた浴衣を脱ぎ、黒のスーツへと着替える。

 

 

 

――――

 

 

 

村の山の手にある哭倉神社。

 

龍賀家の当主が代々神主を務めるとされるその場には、既に何十名もの喪服を着た親族及び親戚一同が集まっていた。

 

「すみません。ちょっと失礼」

 

そこで間をかき分けるように進み、皆が一様に見つめている本堂の前まで移動する。

 

でもって漸く着いた先に待っていたのは……寂れた堂内にて膝を折りながら奥にある簾を眺めるねずみだった。

 

「ぼ……坊ちゃん?」

 

心配するように呼び掛けている姿から、促されるように視線を向ける。

人影らしきものがあり、姿形から昨日当主になったばかりの時麿だと分かる。

 

けれども、何処か様子がおかしい。

呼びかけに応じない所か、人形のように固まっている。

 

 

「ッ!」

 

 

と思いきや、唐突に前のめりに倒れ始める。

 

 

「う、うわぁあああ?!!?」

 

「きゃあああ!!」

 

 

たちまち阿鼻叫喚と化す。

何故なら簾にしがみつくように倒れ込んだ時麿が………死んでいたからだ。

片目に神具と思しき物が突き刺さっており、そこから血を流しながら……。

 

悍ましい光景を目の当たりにしてしまったことで、目撃者たちは吐き気を催したのか口元を押さえたり、悲鳴を上げながら後ずさりしたり、なかには祟りだと恐れる者もいた。

 

無理もない。

えげつない死に方で息を引き取っているものが、すぐそこにいるからだ。

 

(これは………どういう………)

 

「皆様方!」

 

刹那、鳥居の方から野太い声が流れる。

全員が揃って振り返ると、破落戸風の厳つい村人たちと村長が立っていたが、その中で特に大柄な男の手には斧が握られていた。

やけに物騒だなと内心抱くと……。

 

「怪しい余所者がいたので、ひっ捕らえて参りました!おい、早く上がってこい!!」

 

怪しい人物がいたため捕まえたと報告するなり、石畳の階段下に向かって催促を掛ける。

 

と、次の瞬間。

 

一段ずつ上がってきているのか、カランコロンという音が徐々に聴こえ始める。

大方、下駄を履いているのだと把握するも――――

 

 

「ッ!」

 

 

上がってきた不審者とやらを目にした時、既視感を覚える。

いや、見覚えがあるというより、出会ったことがある。

 

神谷と一緒に蒸気機関車に乗っていたときに、隣の席で死相が出ていると口走っていた男。

背が高く、次縹色の着物に下駄を身に着けている他、片目隠しの白髪。

 

他の村人によって胴体に縄を括りつけられていたが、見間違えようがなかった。

 

「ゲゲッ!?まずい……」

「?」

 

一瞬だけ、下働きの彼が気まずいように声を上げてから引っ込んだのを目にする。

疑問符を浮かべるも、今度は居合わせている人々の中から、あいつがご当主様を殺めたのだと根拠のない断言をする。

その発言を皮切りに、挙句の果てには一丸となって捕らえられている男を非難し始める。

 

「……随分乱暴な村じゃのぅ……儂は争いごとが嫌いなんじゃよ。どうじゃ?ここは、皆で一つ湯にでも入ってのんびりと―――」

 

「こいつぅ!!ふざけたことを言いやがって!!」

 

暢気そうに言い分をかましているのが気に喰わなかったらしく、頭部を掴んでから強制的に地に伏せさせる。

 

極めつけに、傍らにいた村長の長田が、村に災いを持ち込んだのはこいつの可能性があり、よってその咎を払うと言い渡す。

 

(……払う?)

 

何をするつもりなのかと訝しむと…………地面に膝をついている彼に対して、大柄の村人が次第に手にしている斧を振りかざし始めたではないか。

 

嫌な予感がする。

だが、周りにいる連中は誰一人として止めようとしない。

 

(ッ!!)

 

戦時中の頃の悪夢が過る。

 

「やめろぉ!!」

 

風習か何なのかは分からないが、異様な光景を前に躍り出ずにはいられなかった。

無論、大声をあげて割り込んできた彼に釘付けとなり、刃物を振り下ろそうとした巨漢も手を止める。

 

一歩手前で引き止められたことに安堵するも、すぐに切り替えて今の心情を打ち明ける。

 

「ちょっと待ってください!ぼ、暴力はいけません。暴力は………駄目ですよ。それに、その男が犯人と決まった訳ではないではないですか………日本は法治国家ですよ?冷静になりましょう……」

 

とにかく冷静になってほしいと訴えるも返事がない。

それどころか、余計なことをするなというような目つきで睨んでくる始末。

 

いくら余所者とはいえ、証拠もないのに処分しようとするなど、流石におかしすぎる。

何とかして場を収めようと躍起になると――――

 

 

「全くもってその通りだ。水木」

 

「「「ッ!」」」

 

 

第三者の声が轟く。

風に流されるように通った賛同の意見の発生源は、石畳の階段下からだった。

加えて、一歩ずつ踏みながら上がってくる者の正体が露わになる。

 

 

「いくら余所者だからといって、何の証拠もなしにその人を殺そうとするなんざ………日本は何時からそんな物騒な国になったんだ?」

 

 

顎髭に手を当てながら着こなしている黒の作務衣を靡かせ、履いている草履で水たまりを踏む。

 

 

「それにだ………ここは神社のはずだろう?神様が祀られている場所で、血を流すような真似をするってのは罰当たりも甚だしいと思うんだが?」

 

 

堂々たる佇まいで諫める彼は、紛れもない神谷本人だった。



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第六話

小雨が降りしきる中、あわや神聖なる地にて戦慄の光景が広がろうとした矢先、二人の男たちによって辛うじて阻止される。

東京から来た社員とその友人。

いや、本当の所は友と呼ぶほどの関係ではないが……。

 

「何者ですか?貴方は」

 

困惑している親族の中から代表として乙米が前に出る。

またしても余所者が入ってきたのかと訝しむも、当の本人はたじろぐことなく答える。

 

「どうも、初めまして。自分はそこにいる水木の親友の神谷と言います。昨日、彼と一緒にこの村に訪れた際に一度あなた方の屋敷へ挨拶に伺いました。その時、こちらにいる村長の長田さんに宿に案内させてもらった次第です」

「……本当なのですか?長田」

「はい。水木様のご友人と言うことで、案内させました。申し訳ありません、奥様」

 

報告を怠ったことに関して素直に謝罪する。

礼儀正しく頭を下げる姿から少しご立腹ではあったものの、ため息をつくなり、結構だと許す。

 

(あの様子じゃあ……まだ納得できないって感じだな)

 

内心は、まだ腸が煮えくり返っているだろうと考察する。

自慢ではないが、観察眼については他者よりも優れていると自負している。

それはそれとして、依然としてこちらを見ながら固まっている厳つい村人たちへの説得を試みる。

 

「村人さん達や。その人が例え怪しい人物だったとしても、さっきも言ったように何の証拠もなしに殺すのは早計すぎるんじゃないか?といっても、いま来たばっかりだから何が起こったのかは分からんのだが………何があったんだ?水木」

「ッ……昨日、新しく当主となったばかりの龍賀家の長男が……あそこの本堂の中で殺されていたんだ」

「……なるほど。だから犯人がどうとか、その人が村に災いを持ち込んだとかって言ってたのか」

 

顎髭を触りつつ、考え込むような態度を取りながら歩む。

周りの空気に反する行動に戸惑う一同。

自由気ままに動く彼に対し、眼を奪われていたが、それでも尚、口答えする輩が出てくる。

 

「な、なら、あんたが殺したんだろう!!」

「そ、そうだ!昨日村に来たというのなら、あんたが時麿様を―――」

「おいおい、冗談を言っちゃあいけないぜ?確かに、昨日この村に訪れはしたが、その後は長田さんが紹介してくれた宿でずっと寛いでいたよ。何だったら、後で管理人さんに訊いてみるといい。それにだ………その死んだ……ときまろさん……か?その人と会ったことすら無いんだぜ?仮に自分が犯人だったとしても、面識のない人間を殺して何の得があるんだ?」

 

至極真っ当な理屈を並べて、勝手な憶測を否定する。

後ろめたいものなんか何処にもないと堂々とした振舞いで述べると、たちまち大人しくなっていく。

尤も、中には納得できないのか不満そうに睨む者が何人かいるが。

 

「自分がここに来たのも、宿の窓から外の景色を見ていた時に、この人が縄で括りつけられながら階段を上っている所が見えたから気になって来ただけだ」

 

地面に膝をついている白髪の彼に指を差す。

確かに供述から踏まえて腑に落ちる点はある。

だが、やはり信じられないのか、挙って疑わしい眼差しをしてくる。

 

「……はぁ……まぁ、信じるか信じないかは自由だけどさ……こういうのは警察に任せるべきなんじゃないかって言いたいんだよ」

「ッ!そ、そうですよ!こういうのは、警察に任せるべきですよ………そうですよね?社長!」

 

頼みの綱として親しい間柄である克典氏に助けを乞う。

対する当人はというと、人混みに紛れて身を顰めていたが、口籠りつつも返事をする。

 

「あっ、あぁ……冗談はそのくらいにしたまえ!客人たちが驚いているだろう」

「ッ……ん………す、すみません………」

 

やっとのことで手にしている斧を下ろす。

結果、捕らわれていた男は殺されずに済んだが、だからといって終わった訳ではない。

 

殺人事件が起きたことには変わりなく、早急に犯人を見つけるためにも警察を呼ぶべきだと再度申し出るが――――

 

「警察は来ません」

「……えっ?」

「先ほど報告がありました。崖崩れで麓との連絡が途切れたようです。そうですね?長田」

「はい、奥様」

「ま、間違いねぇです!」

「んだんだ」

 

衝撃的な事実を知る。

彼女曰く、時折発生する、龍が鳴動するように地鳴りや揺れが起こる現象……通称“龍哭(りゅうこく)”の影響により、外部と繋ぐ唯一の道が絶たれたとのこと。

 

それ即ち、この村に閉じ込められたことを意味する。

人を殺めた何者かと共に。

 

(冗談だろ……)

 

後先が見えない展開に、僅かながらも不安を募らせる水木であった。

 

 

 

――――

 

 

 

「おら、さっさと入れ!」

 

紆余曲折はあったものの、最終的には長田家の屋根裏にある座敷牢に入れられる羽目になった謎の男。

殺害された時麿氏の遺体は、身内ものが独断で、この地ならではの火葬を施してから骨壺に遺灰を入れることになった。

 

警察が来るまで腐乱死体となるものを保管するよりかは、その方が手っ取り早いとのことだった。

話を戻すが、一先ず今日の出来事は追々何とかする方針で解散となったが………。

 

「水木様と神谷様は、以後この男の監視をお願いしたく存じます」

「ぼ、僕が……彼と一緒に?」

「……なるほど」

 

村長からの唐突な頼まれごとに些か動揺する。

方や、もう一人はあっけらかんとした形で受け入れる。

随分と楽観的な姿勢ではあったが、特に気にもしないまま長田が話を続ける。

 

「あなた方の言葉でこの男の処遇が決まったのです。眼を放すと心配でしょう?」

「それは………まぁ………」

「後ほど布団を運ばせます」

 

伝えたいことだけを通し終えるなり、屈強な村民たちと階段を下りていく。

身勝手なものだと呆れかえるも、実際、最初に引き止めたのは己であるため致し方がない。

 

「けどな………」

「ん?」

「お前な……まぁ、お前の嘘に付き合った俺も悪いが、あそこで堂々と友人だなんて言うなよな」

 

狭い空間の中、畳の上で胡坐をかきながら悪態をつくことに疑問符を浮かべる。

時刻は夕方を指しており、陽も落ち始めてきたことから、懐から取り出したマッチを使って用意されている行燈の中にある蝋燭に火をくべる。

 

それにより灯りが点くと、神谷もまた腕を組みながら同じく腰を下ろす。

が、一体何がいけないのかと首を傾げるばかり。

 

「何か駄目だったのか?……って言っても、確かに咄嗟についた嘘だから非はあるか……」

「それだけじゃない。俺とお前が友人関係っていう偽りが広まってしまっただろ?だから、俺にも疑わしい眼が向けられることになったってことを言いたいんだよ」

「おいおい……忘れたのか?あの……えっと、ときちゃんだったか?」

「……正確には、長田時弥くんだ」

「……まぁ、何で知っているのかは置いておくとして、その時弥くんが言ってただろ?余所者が村に入ってきたって………ということはだ。一緒にこの村に入っていたのを誰かに見られていた時点で、例え友人関係じゃなくても、遅かれ早かれ俺たちは怪しまれることになるだろう?」

 

そう断言する彼の意見に、思わず閉口してしまう。

述べていることは一理ある。

 

第三者から見れば、自身も同様に余所者であることには変わりない。

しかも、村で殺人事件が起きたとなれば、自分たちも疑われる対象になると容易に想像がつく。

 

「はぁ……ところで、お前何者だ?名前は?」

 

頭を掻きながら牢屋の中に入れられた彼に問いかける。

しかしながら相手は何も答えず、背を向けながらのんびりと横になるだけ。

大層な奴だと思いながらも、名乗らないのであればと“ゲゲ郎”と呼ぶと口にする。

 

「ゲゲ郎?なんじゃそりゃ?」

「……お前の知り合いが、そいつを見た時にゲゲッて驚いていたからな」

「……あいつ、あそこに居たのか。というかお前さん、あいつと会ってたのか?」

「あぁ……屋敷の下働きとして離れに案内されたよ。今は、此処で過ごす羽目になったがな」

 

多少文句を言いつつ、今度はタバコが入った箱を取り出す。

でもって一本咥えようとした際――――

 

 

「一本くれんか?」

 

 

突然、囚われの身となっている男……否、ゲゲ郎が尋ねる。

寝そべりながら懇願してくるが、返ってきた答えはというと……。

 

「フゥ~……やだね」

 

拒否だった。

おまけに太々しく壁に寄りかかりながら火を点けたタバコを吹かす。

明らかに嫌味が篭った返しだった。

 

「お前なぁ……あげてやれよ」

「何で、あげなくちゃいけないんだよ」

「やれやれ……なぁ、そこの……あ~……ゲゲ郎で良いか?」

「………」

「タバコの代わりと言っては何だが、売店で買った飴玉があるんだが……いるか?」

 

衣服の内側に手を入れてから、小さな包み紙に包まれている飴玉を数個ほど取り出す。

と、気になったのか徐に起き上がるなり、振り向いてから牢屋越しに見つめてくる。

 

掌に乗っけている菓子を確かめているのだろう。

故に見えやすい位置まで移動してから、改めて座る。

 

「……べっこう飴か」

「あぁ」

「……三つほど貰っても構わんか?」

「良いぜ」

 

了承すると隙間から手を伸ばし、軽々と頂く。

そして一言だけ“ありがとう”との感謝を述べてから三つの内の一つを開けて、口の中へと入れる。

程よい甘味が丁度良かったのか、舐め続けていると次第に顔を綻ばせる。

 

「ん~……これは良い飴じゃな♪」

「だろう?水木もどうだ?」

「あぁ?………俺は良いよ」

「遠慮なんかするなって。ほらっ」

 

喫煙している彼の元に近寄ってから、残っている飴玉を差し出す。

その際、眉間に皺をよせていたものの、乱雑に三個ほど手に取る。

何だかんだ言いながら欲しかったのかと思わず笑みを零す。

 

「素直に欲しいって言えばいいのに」

「うるせぇ」

「………お主たち、随分と仲が良いのだな。友達ではないのだろう?」

「まぁ、俺が咄嗟に吐いた嘘なんだけどな。それでも俺はこいつのことが好きだぜ?」

「気持ち悪いことを言うな!」

 

男色の毛でもあるのかと微かに後ずさりする。

その反応が面白かったのか、高らかに笑った。

 

 

 

――――

 

 

 

その頃、龍賀家の屋敷内にある洋風の一室にて、三姉妹および村長による密談が行われていた。

内容としては、今後のことや余所者三人に関することだった。

 

「……あの三人は?」

「私の元で……頃合いを見て始末します」

 

物騒な会話が交わされていた。

 

余程、知られてはいけない何かがあるのだろうか。

それとも外部に漏れてはまずい秘密でも隠しているのか。

 

どちらにしろ、生きては帰さないつもりのようだ。

 

「会社の連中に気取られないように」

「心得ております」

「ちょっと惜しいわねぇ……あの人たち中々の面立ちだったわよ?」

「丙江さん!」

「分かってますって♪もう無駄遣いはしませんから♪」

 

ソファに腰を掛けている次女は、手元にある札束を一枚ずつ数える。

実姉から頂いたのか。

それなりの額を嬉しそうに貰っている様子は、堕落した生活を送っている何よりの証だった。

 

「はぁ……それより、一体何者があんなことを」

「“窖(あなぐら)”が騒がしくなってきています。このままでは精々三日ほどかと……」

「三日……やはり時弥に継がせるしかありません」

「で、ですがお姉さま。あの子は……この所、体調が思わしくありません………」

「貴方の管理が至らないのです!良いですね?三日以内に時弥を連れてくるのです!さもなくば――――ッ!」

 

物事をはっきりと伝えることが難しい三女に、きつい提案を持ちかけながら叱ったとき………何処から入ってきたのか、一匹の虫が飛んでくる。

 

「な、何ですの?」

 

「いや~!虫よ、虫!どこから入ってきたのよ!」

 

見た所、大きめの黒い虻だった。

無論、害虫が紛れ込んでいることに騒々しくなる。

 

「もぅ!……長田、窓を開けなさい!」

「承知しました」

 

叩き潰してしまえば、せっかくの品のある綺麗な部屋が汚れてしまう。

それを避けたいがために換気を命じると、窓を開けた瞬間に運良く外へと逃げ出す。

 

「は~……良かったぁ」

「……どこから入ってきたのかしら?」

 

安心する彼女たちであったが、それとは他所に窓を開けた彼だけは違った。

 

虻が飛んで行った方角を見据えながら……何故か神妙な顔つきとなっていた。



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第七話

日も暮れた夜のこと。

 

暖かみのある行燈の灯りが点いている最中、長田家の屋根裏部屋もとい座敷牢にいた三人の元に夕食が届けられた。

ただ、牢屋にいるゲゲ郎は、他の二人と比べて質素なものとなっており、白ご飯にたくわんという寂れたものとなっていた。

 

かくいう残りの者たちは、それに加えて味噌汁、漬物、焼き魚といった一通りの食事にありつけている。

黙々と食べ進めるが、流石に不憫だと感じたのか、神谷が声を掛ける。

 

「なぁ、ゲゲ郎。それで足りそうか?なんだったら味噌汁をやるぞ?まだ口には付けてないからさ」

「ん………問題ないぞ。それに、それはお主の分じゃ。儂のことなら心配いらん」

「よせ、神谷。そんな奴に構うな」

「……お前さん、冷たい奴だなぁ……もうちょっと愛嬌ってもんを覚えた方が良いんじゃないのか?」

「うるさい」

 

ぶっきらぼうに答えながら、箸を使ってふんだんにお腹の中に入れ込む。

不愛想な奴だと苦笑いを浮かべつつも、お言葉に甘えて残っている飯を全て平らげる。

 

そうして何時しか食べ終えた彼らは、食器を隅に置いた後に穏やかな一時を過ごす。

基本的には何もせずに只々寛いでいたが、約一名だけは此度の仕事の件について未だに悩んでいる所があるらしく、天井を見上げながら唸っていた。

 

 

「ごほっ、ごほっ……!」

「ん?」

「……時弥くん」

 

 

その時、階段の方から咳き込みが流れてきた。

振り向いてみると、そこにいたのは時弥少年だった。

 

「ご、ごめんなさい……ごほっ………お、おじさんたちの話を聞きたくて……」

「……あぁ、確かに約束してたな」

「丁度、ご飯も食べ終えた所だし……別に構わないよな?」

「あっ、あぁ……」

「やった!」

 

わんぱくな子が加わってきたことにより、和やかな空気へと変わる。

それからというもの、暫し談笑が交わされる。

 

旅先で偶然にも目にした奇跡の景色。

ひょんなことから巻き込まれてしまったとんでもない出来事。

 

他にも秘密の話と称して東京に世界一高い電波塔が造られていることや、日本はこれからどんどん豊かになる等の会話をする。

また、君が大人になる頃には戦争も貧困も無くなって、どんな病気でも治せるような幸せな国になると励ます。

 

「ほんと!?ねぇ、おじさんもそう思う?」

 

段々と盛り上がってきた所、閉ざされている空間にて、またしても寝そべっている白髪の彼に伺う。

 

「……ゲゲ郎じゃよ。そこの二人からはそう呼ばれておる」

「ゲゲ郎……さん?」

 

すると不意に起き上がるなり、振り返る。

反対に時弥は、檻の前まで近づいてから座り直す。

 

「本当にそんな未来が来るのかな?」

「あぁ。時ちゃんたち明日を背負う子どもたちが本気でそう願うのなら、そういう時代も来るかもしれんのぅ。じゃが……」

「……じゃが?」

 

小難しい話を切り出す。

要約すると変化を望まず、恐れて潰そうとする人間もこの世にはおり、その鬩ぎあいで時代は紡がれていくとのこと。

 

勿論、まだ純粋無垢の幼子には早すぎたもので、よく分からないと返される。

その上、水木からも子ども相手にそんな話をしてどうするのかと窘められるも………。

 

「おためごかしよりかはマシじゃ」

「なっ!お、おためごかしとは何だ!」

「おためごかしは、おためごかしじゃ」

「何だと!?」

「おいおい、水木。そう躍起になるな。実際、ゲゲ郎の言う通りじゃないか」

「お前まで!」

 

大人げない喧嘩が勃発する。

当然のことながら、この中で一番可哀そうだったのは時弥であった。

突如として繰り広げられた口喧嘩にどうすれば良いのかと戸惑うばかり。

 

因みに、おためごかしとは、表面的には相手の為を思っているように見せかけて、実は自身の利益を図っているということを指しており、そういう意味では確かに的を得ている。

 

「ちょっと待った。喧嘩は止めようぜ。時弥くんが困ってるだろうに」

「ふっかけておいて何を今更!」

「だから落ち着けっての……悪いな、時弥くん」

「う、うぅん!難しいってことだけは分かったよ。だからより頑張りがいがあるってことだよね!」

「……聡い子じゃ」

「ありがと――ッ!?ごほっ、ごほっ!」

 

喘息持ちなのか。

再び激しい咳が襲う。

 

その際、見かねた神谷が傍らまで寄ってから胡坐をかき、優しく手を取るなり己の体に背中を預けるよう促す。

でもってゆっくりと擦りながら、股の間に座らせつつ一先ず落ち着くまで見守る。

 

「大丈夫か?」

「ごほっ……う、うん………」

「……なぁ、時弥くん。一つ訊いて良いか?」

「……なに?」

「いつ頃から咳き込みが酷くなったんだ?」

 

随分と他愛のない質問に対し、素直に答える。

曰く、祖父にあたる時貞翁が死んでから酷くなったらしく、伯父の時麿も亡くなったため、終いには次は自分かもしれないと不安を零す。

 

無論、それを耳にした水木が、そんな馬鹿げたことはないと口挟む。

今は科学の時代ゆえ、いくら身内が不幸にあったからといって関係がないとのこと。

 

ところが質問を投げかけた当人の見解は違っていた。

 

「他に変わったことはないか?」

「変わったこと?」

「おい、神谷」

「まぁ、良いから……で、何かないか?酷くなった時から何か変わったこととか」

「う~ん………そういえば、最近おじい様の夢をよく見るんだ」

「……夢?」

「うん。何か、ずっと僕のことを見て笑ってるんだ……ニヤニヤした顔で」

「………」

 

急逝した年寄りの老人が、孫の夢に出てくるようになった。

それも歪な笑顔を浮かべている。

何か引っかかることでもあったのか。

唸るように暫く顎に手を当てながら考え込んだ矢先、徐に懐に手を入れる。

 

「時弥くん。良い物をあげるよ」

「良い物?」

「あぁ」

 

興味関心を持たせつつ、取り出したものを見せる。

 

一体何かというと……簡単に言えばお守りだった。

 

紅と橙が入り混じった小袋で、尚且つ紐が付いている。

 

「それって……お守り?」

「そうだ。これはな、悪い病気を打ち消してくれる凄いお守りなんだ。今日、寝るときにこれを首にかけて寝てみるといい。そうすれば、きっと時弥くんの病気も治るはずだ」

「本当?」

「お前なぁ……そんな世迷言みたいなことを」

「おっと、水木。世迷言とは頂けないな?実際、これを使った子はたちまち元気になったんだぞ?」

 

過去にこのお守りを肌身離さず持ったことで回復した幼児がいたという実体験を語る。

重い症状も無くなってしまい、遂には走り回るくらいに効果絶大だったとも述べる。

信憑性が定かではないものの、真剣に口述したのが功を制したのか、輝かしい瞳で迫りだす。

 

「本当に?!本当にそれをかければ病気が治るの?」

「あぁ。絶対に治る。だから今夜はこれをかけながら寝てみるんだ。良いな?」

「うん!」

 

頂戴したお守りを早速首元に飾る。

中々様になっており、似合っていると褒める。

余程嬉しかったのか、歯をむき出しながら満面の笑みを浮かべる。

 

「ありがとう!これを付けて元気になってみせるよ!」

「あぁ。また明日な」

「おやすみ、時ちゃん」

 

勢いよく立ち上がるなり、ご丁寧にお辞儀をしてから去って行く。

教育が行き届いている何よりの証だった。

流石、名家というべきだろう。

 

「やれやれ……それより、子ども相手にはよく喋るじゃないか」

「話しても無駄な相手とは、話さんだけじゃ」

「ご当主殺しがお前でないのなら、何をしにこの村に来たんだ?話したらそこから出してやる」

「……水木、それは本当なのか?」

「な、何だ急に…………あぁ、本当だよ」

「ちなみに訊くが、もしゲゲ郎が話してくれたら、すぐに解放してやるのか?」

「……いや、それは…………社長に相談してこいつが自由にできるよう説得してからだ」

 

無断で解き放ってしまえば、増々双方の立場が悪くなってしまう。

故に克典氏に相談をし、外出できる許可が下りたら出すとのことだったが……。

 

 

「ん~……なら嫌じゃ」

 

 

不貞寝するかの如く、三度寝転がる。

せっかくの提案を拒んだためか、怒りを露にする。

 

「お前!その言い草は―――」

「少し落ち着けって。自分の提案に乗らなかったからといって怒るのは筋違いだぞ」

「ぐっ……お前なぁ……!」

 

横槍が入ってくるせいで苛立ちを覚える。

とはいえ、拒否された以上どうすることもできないため、渋々引き下がるしかない。

なので、夕食が運ばれてくる前に渡された布団でも用意しようとしたが――――

 

 

「まぁ、待てって。なぁ、水木。俺の提案を聞いちゃあくれないか?」

 

「ッ……提案だと?」

 

 

気になる言葉に足を止める。

耳を傾けると、お前の魅力的な案を活かすものだと聞かされ、唆しているのかと疑わしい目を向けながらも、今一度座り直す。

 

是非とも拝聴させてほしい。

そういった願望を感じ取った後、口角をあげてから喋り出す。

 

「まず一つ……ゲゲ郎。水木は、お前さんのことを思ってさっきの提案を出したんだ。どうして今すぐ解放はしないって言ったか分かるか?」

「………」

「もし、ここで他の人たちに許可を取らずにお前さんを出したとしよう。そうなると、たちまち村人たちがお前さんに危害を加えるかもしれない。勝手に牢獄から抜け出した罪人扱いとしてな。だからこそ正式に許可を貰って、お前さんを堂々と外に出させるようにしたかったんだよ………そうだろ?」

「神谷……」

「それにだ……お前さんだけじゃなくて、俺たちにも危害を加えてくることだって考えられるんだ。だからこそ、安全に事を運ばせたいんだよ」

 

彼の想いを汲み取りながらの筋が通った説明。

それにより多少なりとも理解が及んだのか、少しだけ顔を向かせる。

 

確かに村人たちから非難を浴びることは必至。

最悪の場合、命を刈り取られてしまう可能性もある。

 

「現にさ、ゲゲ郎。少し前までは、お前さん殺されそうになったんだぞ?」

「………」

「でもって、それを引き留めたのはどこの誰だったかな?」

「……お主、中々やるのぅ」

 

殺されそうになった時のことを引き合いに出す。

暗に自分たちが救ったのだと告げているも同然だった。

徐々に傾聴するようになったのを機に、ここを逃すまいと流暢に語る。

 

「それを踏まえてもう一度聞いてほしい。水木は、お前のことを出すと言った。但し、それは許可が下りてからの話だ。多少時間はかかるが、もし無事に許可が下りたら、お前さんは自由の身となる」

「………」

「何だったら、お前さんがこの村に来た理由を話してくれたら、それに協力してやるよ。水木は?」

「えっ……あ、あぁ……何か大事なことだったら、出来る限りの努力は尽くすぞ。勿論、明日の朝一、社長に直訴してなるべく早く出すようにしてみせる」

「……とのことだ。どうだ?」

「………」

 

尋ねてみるも、応答はない。

まだ信用できないらしい。

となると、こうなれば最後の手段をとるしかない。

 

「よぉ~し、分かった!お前さんだけ理由を語るのは不公平だからな。なら、俺もこの村に来た理由について教えてやる。それともう一つ……俺の秘密もな」

「………秘密じゃと?」

「何なんだ?その秘密っていうのは?」

「それよりも……水木。お前さんは、どうするんだ?」

「な、何がだ」

「俺は、腹を括って秘密を明かすことにするが、お前さんはどうするかって聞いてるんだ。この村に訪れた理由について……ゲゲ郎に教えるのか、教えないのか」

 

この場を借りて互いの情報を共有する。

出会って間もない奴と付き合いが短い奴。

 

果たしてこの両名に話すべきなのかと葛藤するが、現状から考えて得策なのは、教えるの一択だろう。

舌打ちをするも、やむを得ず首を縦に振る。

 

「……ありがとな」

「癪に障るけどな……良いぞ。乗ってやる」

「……ということだ。これでも話してくれないか?」

 

再度、説得を試みる。

これだけ歩み寄っても駄目であれば、手の打ちようがない。

切実な想いが届くように祈ると………。

 

 

「ふぅ~む……やれやれ、仕方ない」

 

 

諦めずに話し続けた甲斐があったらしく、重い腰を上げる。

 

やがて彼らに向き直りながら胡坐をかくと、おずおずと語り始める。

 

 

 

 

「儂は、探しものをしに来たんじゃよ」



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第八話

映画では語られなかった鬼太郎の母の名前ですが、本作は名前ありきで進めていきます。


哭倉村に訪れた理由。

長田家の屋根裏部屋もとい座敷牢にて、語り合うことになった三人の内、まず一人目としてゲゲ郎から始まる。

 

打ち明けてくれたことに喜ぶものの、探しものをしに来たと口にした瞬間、水木が驚くように反応する。

もしや、お前も“M”を探しに来たのかと。

 

「えむ?何じゃそれは?」

「あっ……違うなら良い……」

「……大方、お前さんがこの村に来た目的だと思うが……後でちゃんと説明してくれよ?」

「分かってる……で、何を探しに来たんだ?」

 

揃って胡坐をかきながら腕を組んでいると、檻の向こう側にいる彼が続けて話す。

此処に来た目的……それは、忽然として居なくなってしまった妻を探しに来たとのことだった。

 

それを耳にした二人は、各々の考察を吐く。

方や、嫁さんに逃げられてしまったのか。

もう一方は、何か只ならぬことでもあったのかと。

 

二つの食い違う意見が交わされる中、当人が回答したのは後者の方であった。

 

「神谷の方が正解じゃよ。ある事情があってな、生き別れになってしまったんじゃよ」

「……そうなのか」

「もう何年も探し続けておる。ほれ……これが儂の妻じゃ」

「どれどれ?」

 

着物の内側から取り出した一枚の写真。

牢屋の隙間から差し出してきたため、水木が代わりに受け取ると、そこに写っていたのは結婚時の白黒写真であった。

 

椅子に座っている女性の傍らに立っているゲゲ郎。

つまり彼女のこそが、探している妻なのだろう。

 

容姿に関しては、短髪ツリ目のやや派手目な美女。

別嬪とも呼ぶべき麗しい姿に、思わず美人だと呟く。

無論、気になった神谷も覗き込むようにして見た所、凄く綺麗だと称賛する。

 

「良い奥さんじゃないか……」

「そうじゃろう♪」

「ちなみに、名前は何て言うんだ?」

「岩子と言ってな。そりゃもぅ……儂にとっては大切な宝のような妻じゃ♪」

 

瞼を閉じながら感慨深く耽る。

大方、夫婦で暮らしていた時の思い出を浮かべているのだろう。

 

話を戻すが、大切な嫁を探しているのはともかくとして、何故この村に訪れることになったのかと伺った所、古い仲間がこの辺りで彼女の気配を感じ取ったと聞かされたからだという。

その答えに疑わしい眼つきで見るのは、紛れもない水木であった。

 

いくら何でも根拠のない情報を鵜呑みにするのは如何なものなのかと、内心呆れかえっていた。

ところが、残っている一名の場合は違っていた。

 

「気配か………となると、この村にいる可能性が高いってことになるな」

「お、おい。お前、正気か?こいつの言っていることを信じるのか?」

「信じるも何も……俺は、ゲゲ郎の言ってることに嘘偽りはないと見える。だって、ゲゲ郎が言う古い仲間ってのは……妖怪のことだろ?」

「………はっ?」

 

耳を疑うような言葉が届く。

今なんと言ったのか。

妖怪……確かにそのように喋っていたような気がする。

 

否、もしかすると聞き間違いの可能性もある。

なので念のため、もう一度伺ってみるも……。

 

「まぁ、いきなり言っても信じられないとは思うけどな………要するにゲゲ郎が言う古い仲間ってのは、妖怪のことだろって言ったんだよ」

「……はっ、はは………はははは!ば、馬鹿馬鹿しい!いきなり何をいうかと思えば!」

 

到底信じ難いと大笑いする。

科学の時代において、今更妖怪などという迷信じみたものを信じているのかと。

馬鹿にするように腹を押さえながらひたすら声をあげるが、肝心の当人はというと、至って冷静に見つめるだけだった。

 

「よ……妖怪だなんて………そんなものいる訳が――――」

 

「いるぞ」

 

途端、囚われの身となっている彼もまた世迷言を口にする。

流石に鬱陶しくなってきたのか、ある程度嘲笑した後に侮蔑するような口調で反論する。

 

「いい加減にしろよ。そもそも、このご時世に妖怪だの、幽霊だの……そんなものいる訳が――――」

 

「現に、お前の前にいるんだがな」

 

「………な、何を言って―――」

 

「先に話そうか。良いか、水木。俺はな………本当は人間じゃないんだ」

 

衝撃的な告白に思考が停まってしまう。

身体も人形のように固まってしまったが、何とか気を取り直す。

そんな訳がないと何度も否定しながら。

 

「じょ、冗談は止せよ。何を証拠にそんな………ッ?!」

 

次の瞬間、眼を見開くほどの光景を目の当たりにする。

というのも、徐に右手を差し出すように伸ばしたかと思えば、天井に向けて掌を翳したのちにそこから燃え盛るような光の球を発したのだ。

 

火でもなく、ましてや豆電球などではない。

まるで小さな太陽の如く、宙を漂っている。

 

それだけではない。

驚くべきことに、顔の右耳辺りから枝のように広がる血管のようなものが肌に浮かび上がるや否や、右眼に到達すると眼球が黒く染まり始め、瞳も深紅の色へと変化していったのだ。

 

あまりにも理解が追い付かない展開に、増々混乱状態へと陥る。

胸が苦しくなり、汗も出始める。

 

それでも尚、昔お国のために戦場を駆け出していた頃に身に着けた精神力が補っているおかげか、何度も息を切らしてから一度視線を外す。

 

「はぁ………はぁ………」

「……すまん。驚かすつもりは無かったんだが……信用を得るにはこうするしかなかったんだ。一応言ってはおくが、奇術師とかそんなんじゃないからな?」

「ほぅ……やはりお主は人間ではなかったか。最初に会ったときから、お主だけ妙な感じがしたからのぅ……」

「ッ………ちょ………ちょっと待て………」

 

気になる点でもあったのか。

胸元を服の上から抑えながらも、何とか俯かせていた顔をあげる。

だが、やはり何度見ても同じ景色が広がっていた。

 

行燈の灯りよりも明るく、そして熱い。

真っ黒と化している眼球も夢ではなく、顕在している。

 

「何だったら頬抓ってやろうか?」

「………いや、良い………落ち着いた……」

 

先程と比べてみると、幾ばくか心にゆとりが見られる。

現に、微かに手元が震えてはいたものの、懐からタバコの箱を取り出し、一本咥えるくらいの余裕さを披露している。

 

すると、何を思ったのか、掌の上に精製した炎の球をふわりと動かす。

加えて、ゆっくりと彼の前まで近づけるが、当然の如く、熱さがより直にくるため眉を顰める。

 

「な、何だ!」

「火……貸してやるよ。大丈夫さ。触らなければ何の問題もない」

「………お前なぁ………」

 

こっちはまだ困惑しているというのに、普段の関わり方で接してくる。

あれこれ説教してくるくせにと腹立たしく思いつつも、火を貰う。

 

でもって、先端が点いたことを確認したあと火球を離れさせ、丁度三人の間に居させる。

暫くして、一服した彼が煙を虚空に向けて吹いたのちに、先の気掛かりなことに関して伺う。

 

「……なぁ、ゲゲ郎」

「何じゃ?」

「……まさかとは思うが………お前もなのか?その………人間じゃなくて………」

「ふむ………その通りじゃ。儂と妻は人間ではない。幽霊族じゃ」

「……ゆ……幽霊族?」

 

それは一体何なのかと問いかけると、簡単に説明し始める。

 

曰く、遡れば人間よりも古くから、この世界に存在していた種族のことを指し、長い時を経て人間たちが増えるに連れ、居場所を追われたり、狩られたりして数を減らし、現在は自分と妻のみが最後の生き残りになったとのこと。

また、妖怪みたいな存在でもあると付け足し、更には証拠として己の白髪の一部を伸ばし始めた。

 

現実離れした出来事が次から次へと視界に入ってきたせいか、空いている手で額を押さえる。

どうやら頭痛がし始めたようだ。

 

「大丈夫か?何だったら、もう休むか?」

「………いや………まだ大丈夫だ」

 

こんな所で気を失う訳にはいかないと躍起になる。

思っていたほど、意気地なしではないようだ。

否、若い時に死よりも恐ろしいものを経験したからか、相当なる胆力を培っているのだろう。

 

「………神谷」

「ん?」

「……お前は人間じゃないって言ってたが……妖怪なのか?」

「あ~……それなんだが………」

 

何故か突然言い淀む。

妙におかしいと訝しむが……。

 

 

「実はな……その……俺自身、自分が誰なのかが分からないんだ」

「………はぁ?」

「どういうことじゃ?」

 

 

疑問符を浮かべる彼らに対し、これまでの人生について語りだす。

 

物心ついた時には、緑あふれる森林の中で横たわっており、姿形も裸一貫の当時からずっと変わっていないらしく、抜け出した先で偶然にも出会った人と紆余曲折がありながらも共同生活するはめになったのが、最初の頃だったと紡ぐ。

 

しかし、何十年たっても齢を取らないことや、奇妙な力や技等が自然と身に着くようになってから怪訝されるようになり、以降各地を跨ぎながら放浪生活を送っていたとのこと。

 

時には忌み嫌われ、迫害されかけたこともあったが、人間だれしもが悪者でもなく、善人でもない。

ただ、己の信念に従って生きているだけなのだと受け入れながら今日まで至るという。

 

「まっ、あくまで個人の解釈にしか過ぎないがな。化け物のような俺を受け入れてくれた優しい人もいれば、人間でありながら妖怪よりも質が悪く、外道な奴もいた。だから、妖怪も人間も大して変わらないんだと俺は思う」

 

そう締め括った所、話を真剣に聞き入っていた両名は、何も言えずじまいだった。

荒唐無稽な内容にも感じ取れたが、決して嘘をついているようには思えなかった。

 

「……じゃあ、その神谷っていう名前はどうしたんだ?」

「ん?……あぁ、俺の名前はな……昔、優しくしてくれたお婆さんから頂いたんだ。かれこれ……丁度200年位前かな」

「に、200年……ちょっと待て。お前、物心ついた頃って言ってたが……どれくらい前のことなんだ?」

「その時だよ。200年位前だ。だから人間じゃないってことだけは分かったんだが……じゃあ妖怪なのか?っていうのも分からんところでな」

「………妖怪なんじゃないのか?いや、俺が決めつけるのはおかしな話だが………ゲゲ郎はどう思う?」

「ん~……儂にも分からん。さっきから試しに確かめてはいるんじゃが、妖気のような気配もあれば、霊力や神通力も感じる。しかもそれ以外にも何かの力が感じ取れる…………全くもってお主の正体が分からん」

 

さしずめの幽霊族でさえも、お手上げの状態らしい。

結局の所、正体が分からずじまいとなったが、本人はそこまで悲観的に捉えてはいないようで軽く笑う始末。

 

寧ろ、長く生き続けられるのであれば、自由気ままな人生をより多く迎えることができると前向きな姿勢でいた。

楽観的というか、随分と割り切っているのだなと苦笑いする。

 

「そういえば話が脱線していたな………えっと、ゲゲ郎の目的は分かったから、今度は俺の番だな」

 

知り合いから耳寄りの情報と称された話から、この地へやってきたこと。

恐ろしい猟奇的な人体実験が行われているかもしれないという事実を確かめるために赴いたと口にする。

 

「人体実験?」

「ねずみ曰くな………というか、ゲゲ郎。一つ訊きたいんだが、水木がお前さんのことをゲゲ郎って名付けた時に、そいつがお前さんを見て驚いていたそうだが……何か知っているか?」

「ふむ……恐らくあやつのことじゃろうな」

「……ということは、知ってるってことか。ったく……あいつ、何を仕出かしたんだ?」

「前に会ったときは、あくどいことをしておったぞ。今は、どうかは知らんがな」

 

困ったものだと頭を掻く。

けれども、彼なりに生きている証でもあった。

 

妖怪と人間の間に生まれた半妖。

何処にも行き場がなく、生きていくためには騙し取った金で食いつなぐしかなかった。

それを見かねて、仕事仲間として可愛がっているというのに、悪癖はまだ治っていないようだった。

 

「やれやれ……困った奴だな。さて……残るは水木だけとなったが、話してくれるな?」

「あっ………あぁ………」

 

吸い終えたタバコを隅にあるゴミ箱に捨ててから話を切り出す。

夜行列車で鉢合わせした時は出張と答えてくれたが、ここで初めて彼の目的について知る。

 

「此処に来た理由はな……ある物を探しているんだ」

「ん?」

「昔、南方にいた頃……妙な噂を聞いた」

「……噂?」

 

かつて国力が劣っていた日本が、日清戦争、日露戦争にて奇跡的な勝利を手にしたのだが、その要因は凄まじい力を持ち、何日も飲まず食わず眠らずに戦い続ける不死身の部隊のおかげであり、その不死身の秘密は“M”と呼ばれる薬にあったとのこと。

 

でも当時は、よくある戦場の御伽噺だと思い、只々聞き流していたのだが、いま現在勤務している会社の社長から、事もあろうにその件の薬品を見せてもらったという。

しかも、不死身とまではいかないが効果は絶大らしく、軍隊向けに我が社で量産したいと述べていたそうだ。

 

「不死身……ねぇ……」

「そんなものを有難る人間の気が知れんわ」

「けどな、Mのおかげで日本は焼け跡から奇跡の復興を遂げつつある。皆がそれを打って働けば、日本は世界一豊かな国になるだろう」

「……本当にそう思うか?」

「ん?」

「水木……俺は、お前がどういった人生を歩んできたのかをあの時教えてもらったから、気持ちはよく分かる。でもな―――」

「分かってるよ………人としての道を外したらその時点で終わりだって言いたいんだろ?ただな……その問題のMが龍賀一族の富の源泉とされているんだ」

 

戦時中にも関わらず、急成長を遂げた龍賀製薬。

そのきっかけとなったのが、何を隠そうMという薬品であった。

つまり水木は、克典氏が当主となるのを見届ける以外にも、件の薬の秘密を探るためにやってきたのだ。

 

「……その薬の秘密がこの村にあると?」

「確証は無いが、その可能性は十分ありゆる」

「なるほど……ん?」

 

刹那、開いている窓から一匹の黒い虻が入ってくる。

 

 

「な……虻か?」

「いや、俺の遣いさ」

「ほぅ?」

 

 

舞っている虫に対し、人差し指を向けると自ずと近寄るなり、指先に止まる。

直後、急に膨れ上がったかと思えば、小さな破裂音と共に煙が出る。

 

「うわっ?!……な、何だそれは?」

「ふむ……見た所、式神のようにも見えるが……」

「ん~……そんな所かな」

 

登場したのは、全体的に白で統一されているふっくらとした人形のような遣いだった。

 

器用にバランスを取りながら佇んでいる上に、ご丁寧にお辞儀をする。

 

彼らの話し合いは、まだまだ続く。



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第九話

座敷牢にて話し合いが続く中、一匹の虻が開いている窓の隙間から流れ込むが、実は只の虫ではなく、神谷の術によって生成された分身の一種であった。

 

白で統一されたふっくらとした人形の姿へと変わるなり、指先の上から落ちることなく佇むそれは、主の方へ振り向くなり、身振り手振りを活用しながら必死に何かを伝える。

 

何一つ言葉を発さない代わりとしての伝達なのだろう。

対する彼はというと、何度も頷きつつ、段々と神妙な顔つきへと変えていく。

 

「……何をしているんだ?」

「水木よ。今は静かにしておれ」

 

余程大事なことを伝えていると察したのか、軽く窘める。

その間にも、やり取りが行われるが、漸く終わったらしく、唐突に小さく跳び上がってから一回転するなり、たちまち姿形とも消えてしまう。

 

「……終わったのか?」

「あぁ……けどな……」

 

思いのほか深刻なものだったのか。

真剣な表情を浮かべながら俯くばかり。

当然ながら気になって仕方がないゆえ、改めて問いかける。

 

「何かあったのか?」

「……水木、ゲゲ郎。今から話すことは、かなりまずいものだ。だから、あまり大きな声をあげるんじゃないぞ?」

 

ゆっくりと顔をあげてから、嫌に焦らすような発言をすることに戸惑いを隠せない。

否、牢屋にいる方は至って冷静に見つめていた。

 

大方、自分たちに関することで、それも非常に厄介なものになっていると考察する。

やがて彼の口から綴られた事実が本当のものへと変わる。

 

曰く、此度の村の神社にて起こった殺人事件から、何か有益な情報がないかを調べるために虻に化けさせた術式を解き放った所、屋敷のとある一室にて三人の女性並びに一人の男が秘かに物騒な会話を交わしていたという。

 

その上、式から男性の特徴を受け取った際、間違いなく村長であると判明する。

でもって問題の会話が、あろうことか頃合いを見計らって自分たちを始末するという悍ましい内容であったとのこと。

 

「し、始末――」

「水木」

「ッ……す、すまない……だが……それは本当なのか?」

「本当も何も、うちの子が仕入れてきた情報だからな。嘘はつかない。因みに肝心の女性たちの方だが……うちの子が言うには、会話から察するにどうやら姉妹らしい」

「……恐らく、死んだ龍賀時貞翁の娘たちだろうな」

「何ということじゃ………この村の人間たちは、わし等を生きては帰さないつもりなのか」

 

呆れたものだとため息を吐く。

外部の者を殺さなければならないということは、それなりの大きな秘密を隠している証でもあった。

 

より一層、この村には何かがあると確信を抱く。

兎にも角にも、生命の危機であることには間違いない。

但し、今すぐ動向という訳ではないらしく、まだ時間的に猶予はあるとのこと。

 

「今回の殺人事件のせいで、向こうもてんやわんやになっているそうだ。だから、今の所様子見っていう所だろうな」

「けどな……後で必ず始末するんだろ?だったら早く逃げないと――――」

「そうは言うけどな。逆に今から逃げる準備を進めたら、返って気取られる可能性があるぞ。そうなると何が何でも殺しにかかってくるだろうな」

「それに水木よ。お主は忘れたのか?あの女が言ってたではないか。崖崩れで麓との連絡が途切れたとな」

「ッ……じゃあ、どうすれば………」

「落ち着け、水木。今ここで諦めたらそれこそ奴らの思う壺だ。それにだ……あの女が言っていたことも本当かどうか怪しい所だからな」

「けど、あの場にいた村長や村人たちだって…………ッ!」

 

あることに気づく。

密談する程の間柄なのだとしたら、あの時の台詞は嘘なのではないかと。

考えてみれば、赤の他人の命を平然と奪い去ろうとした連中だ。

 

全員がグルになって此処から逃げられないという偽りの状況を植え付けたとするならば、自然と腑に落ちる。

正に、鳥籠の中に入った蛆虫を潰すにはうってつけの手段だ。

 

「……あいつらが、皆グルなのだとしたら……」

「手段を問わない。だからこそ、平気で堂々と噓を吐く。この村の人間たちは、妖怪や悪霊以上の醜い怪物を宿しているな。まっ、実際の所どうかは分からないが、明日また別の子を使って確かめに行ってもらうとするよ。多分……麓との道はまだ繋がっているはずだと思うがな。逃げ道の確保だけは、確実にしておかないとまずい」

「……して、これからどうするんじゃ?」

「まぁ、待て。もう一つだけ、うちの子から気になる情報を貰ったんだ」

 

話によると、窖という存在に対して、些か怯えるように危惧していたとのこと。

加えて、三日以内に時弥少年を継がさなければならないと口にしながら焦燥感に駆られていたらしい。

 

断片的な手掛かりのため、どういう意味なのかは不明だが、恐らくかなりの重要な案件だと推理する。

 

「窖に………時弥くんを継がせるだって?」

「恐らく、死んだ……えっと……ときまろさんだったか?その人の後を継がせるつもりのようだが……まだ年端も行かない子を継がせるなんておかしくないか?」

「……そういえば、時ちゃん。最近、おじい様の夢を見るとか言っておったが……」

「おい、ゲゲ郎。誰だって身内が夢に出てくることだってあるだろうが。そこまで気にする程のことじゃあ――――」

「いや、水木。実を言うとだな……俺もゲゲ郎と同じことを思っていたんだ」

 

彼らの暗躍との直接的な繋がりは無いにしろ、死者が何度も夢に出てくるというのはあり得るだろうか。

ましてや、実の孫に対してニヤついた笑みを浮かべている。

 

仮に守護霊として現世に留まりつつ、見守っているのだとしても到底そうには思えない。

故に、少し前にあの子が部屋に戻る際に渡したのだ。

強力な結界を発動させるお守りを。

 

「そうか……それであの時、時ちゃんにお守りを渡したのか」

「お、おい。ちょっと待ってくれ!つまり何か?時弥くんの身に何かが起こるってことなのか?」

「確証は無いが、その可能性は高い。だからこそお守りを渡したんだ」

 

祖父が死んでから咳き込みが激しくなった。

体調が悪くなった要因がそこにあるとするなら、相違なく高い確率で何かが絡んでいる。

そう考えてから、話し合いの中で共有した情報を一度頭の中で整理する。

 

一人は、行方不明となった妻を探しにこの地にやってきた。

もう一人は、不死身の妙薬の秘密を探るために赴いた。

最後に自身は、知り合いから聞かされた人体実験の謎を解明すべく参った。

 

この三つの中で、特に鍵となるのは、やはり薬品の“M”だろう。

 

「……なぁ、二人とも」

「ん?」

「何じゃ?」

「……今後のことを考えたんだが、明日から俺たち三人で力を合わせて、この村の秘密を暴いていかないか?多分だが、二人が探しているものも、この村の何処かにあるはずだと思う。勿論、何かあったら俺がすぐに何とかしてみせる……どうだ?」

 

両名が探しているものも、何処かに存在しているのかもしれない。

深く調査をすれば、奴らの魔の手が着実に忍び寄ってくるようにもなるが、入村した時点で目を付けられた限り、何時かは狙われる。

 

だからこそ、戦わなければならないのだ。

生き残るためにも………苦しんでいる人を救い出すためにも……。

それが、彼が導き出した結論であった。

 

反対にその提案に対して、互いに顔を見合わせた二人は、ほんの僅かだけ悩むも、すぐに答えを出す。

 

「……良いぜ。殺される前にとことん秘密を暴いてやろうじゃないか」

「我が妻の行方と不死の妙薬か………よかろう」

「おし!但し、約束してほしいことがある」

「何だ?」

「………絶対に一人で無茶をしないこと。それから、もし何か悩みがあったら相談すること……この二つだ」

「はっ……そういうお前こそ」

「無理はせぬようにな♪」

 

無意識に笑みを零す。

こうして同盟を結んだ三人は、翌日に備えてひと眠りする。

 

因みに、召還していた火球を消し去った後、神谷の顔の一部に出ていた変化も元の姿へと戻った。

 

 

 

――――

 

 

 

夜も更けた頃。

行燈の蝋燭の火も既に消えており、窓から差し込んでくる月明かりによって照らされる中、長田家の屋根裏部屋にいた三名は揃って静かに寝ていた。

 

牢にいる彼だけは、硬い床の上で横になっていたが、そんな時、約一名が突如として布団から起き上がるなり、隣で眠っている仲間を起こさないようにしながら立ち上がる。

そして、足音を立てずに階段の元まで近づこうとした所――――

 

 

「何処へ行くんじゃ?」

 

 

目を覚ましていたのか。

檻の向こう側で、背中を見せながら寝転がっている当人から声を掛けられる。

それについて予想していたのかは定かではないが、特に驚くことなく返事をする。

 

「なに無茶をする訳じゃない。ちょっとした一仕事をしてくるだけさ」

「……時ちゃんのこと、よろしく頼んだぞ」

 

言われるまでもないとばかりに口角をあげる。

 

 

 

――――

 

 

 

「zzz………」

 

所変わって、長田家の子ども部屋。

其処には、淡く光っている置行灯の傍らにある布団の中で寝静まる少年がいた。

言わずもがな、時弥であった。

 

喘息していた時とは裏腹に、苦しむ様子もなく穏やかにしている安静ぶり。

普通なら喜ばしいことだが、それに快く感じていない者が一人いた。

 

――~~!!――

 

怒りを露にするかのような凄まじい形相を浮かべる。

人の形をしていたが、全体的に黒く染まっており、唯一特徴があるとすれば、歪な光を発している両眼だろう。

おまけに苛立ちを隠せないのか、遂には直接手を掛けようとするが――――

 

 

――ッ!~~!!――

 

 

火花が散るような衝撃を受けてしまう。

まるで、目に見えない何かが張っているかのような感覚。

己の願望があと少しで果たせるというのに、どうしてこうなってしまったのかと悔やんでいると……。

 

 

「随分と面白そうなことをしてるじゃないか」

 

――ッ!?――

 

 

刹那、聞き覚えのない声が届く。

慌てて振り返ってみると、障子の隙間からこちらを覗き込む輩がいた。

しかも、自分のことが見えているらしく、鋭い目つきのまま笑っていた。

 

「よぉ、腐れ外道。てめぇみたいな薄汚い老害は、さっさと取り払うのが筋ってもんだ。という訳で……とっておきの場所を用意してあるぜ?」

 

次の瞬間。

 

懐から取り出した透明な球体……所謂、水晶玉を室内に伸ばすなり、醜い屑に向けて翳す。

その光景から嫌な予感がするも、時すでに遅し。

 

 

――ッ!?ッ~~~!!!!!!――

 

 

逃げ出そうとした矢先、徐々に体が浮かび上がり、足元から吸い込まれていく。

 

断末魔のような悲鳴を上げ、助けを乞うように寝ている子を必死に呼びかけるも届くはずもなく………遂には完全に閉じ込められてしまった。

 

 

「………」

 

 

やるべきことを終えた彼は、今一度、少年の様子を伺う。

安定した息遣いで眠っているのを見届けたあと、道具を仕舞い込んでから障子を閉ざす。

 

その表情には、微笑ましい限りの笑顔が浮かんでいた。



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第十話

翌朝。

 

話し合いの末、水木は朝一からゲゲ郎の処遇に関して克典氏に相談すべく、長田家から出ていったものの、少しばかり悩んでいた。

どのようにして切り出すべきかと未だに考えあぐねていたのだ。

 

その上、村長並びに時貞翁の娘たちが暗躍している中で、変に勘繰られてしまうと偉いことになりかねない。

慎重に事を運ぶためにも、如何にするべきかと頭を回しながら里道を歩き続けていると、とある一軒家を目にする。

 

「あれは……誰だ?」

 

二階の窓から顔を覗かせている初老が一人。

痩せこけた頬に眼鏡をかけた白髪頭の男性。

 

遠目から見ても、かなり齢を取っていると認識できるが、会社で見た龍賀一族の資料から掘り起こすも、該当するような人物が思い浮かばない。

自然と足を止めて首を傾げていると……。

 

 

「伯父の孝三です」

 

「ッ!沙代さん……」

 

 

真後ろから聞こえてきた声に多少驚くも、すぐさま振り返る。

佇んでいたのは、整った麗しい顔をもつ美少女の沙代であった。

 

唐突な登場に若干たじろぐも、先程の答えから孝三という名の人物について思い出す。

写真の頃とは大分変わっていたが、確かに写っていたことを。

 

「確か、時麿様の弟君……しかし一昨日は姿を見せませんでしたが?」

「……伯父は、心を無くしているのです」

「心を……無くしている?」

 

意味が分からないと疑問符を浮かべる彼に対し、詳しい経緯を語る。

 

曰く、今から丁度10年ほど前、哭倉村に伝わるある禁を犯してしまったせいで、あのような有様になってしまったとのこと。

また犯した罪というのが、山地に取り囲まれている湖の中心に浮かんでいる禁域の小島に侵入したためとされている。

 

尤も、両親から話を聞いただけで真相は不明なのだが、村人たちの間でもあそこは何人たちとも立ち入ってはならないと語り継がれているらしい。

そんな詳細を寄り道しながら耳を傾けていると……。

 

「そんなことより、水木様。東京の話を聞かせてくださいませんこと?」

「……東京の?」

 

ふと今朝のやり取りが甦る。

座敷牢で暢気よく寛いでいる仲間達を尻目に外へ出ようとする前に、呼び止めてきた神谷から頂いた言葉を。

一昨日に続いて申し訳ないが、改めて自身を想い慕っている目の前の彼女をどう思っているのかと。

 

目的のために人を利用する。

確かにそれは、社会を生きるにあたってよくある話だが、だからと言って相手の真剣な想いを踏み躙るような真似は下衆がすること。

 

それが嫌で、尚且つどうすれば良いのかと苦しむのであれば幾らでも力を貸してやるとも添えてきた。

 

「……」

「水木様?」

「ッ……あっ、いや……すみません。東京の話でしたよね?」

 

気を取り直し、暫しの談笑に弾む。

銀座にあるパーラーという名の飲食店でクリームソーダを飲んだことや、赤羽という町にて馬鹿祭りと称した行事が行われたこと等、村から出たことがない当人にとって興味関心を抱かせるネタを次々と引き出す。

互いに道端で立ち尽くしているにも拘らず、気が付けば双方ともに眩しい笑顔をしていた。

 

「ははっ………沙代さん」

「はい?」

「えっと………その………」

「?」

 

村の上に立つ悪質な輩共は、自分を含め、後の二人も亡き者にしようと考えている。

それ以前に、この子との付き合いは、あくまで仕事を成し遂げるための利用価値にしか過ぎないと……そう思っていた。

でも話していく内に振り撒いた種とはいえ、今更ながら痛感する程の好意を無碍にするのはどうなのかと苛まれる。

 

(前の時は……こんなこと特に思いもしなかったのに……)

 

只の勤め人で財産も地位も無い。

望みを叶えてあげる力も無い。

誰かを愛しいと思えるほどの器も無かった。

 

なのに何にもない空っぽの人間に好意を寄せている。

一蹴りする選択肢もあるはずなのに、越えてはならないと踏みとどまっている。

 

 

『こう見えても、結構財力には自信があるんだ。もし彼女のことを本当に大切に想い、それに関しての悩みがあるのなら……遠慮なく言ってくれ』

 

 

一体どこまで信用できるのか。

仮に呑んだとしても借金する羽目になるのが目に見えている。

 

だが……何故かはわからないが、彼の場合だとそんな心配をする必要が無いような気がしてならなかった。

まるで、全てを見通しているかのような感覚だった。

 

 

『それにさ、時には自分の生い立ちを含めての正直な思いを伝えるのも手の内だぞ?』

 

(………ははっ……)

 

 

悩み所ではあったが、念を押す程の自信があるのなら乗ってやろうじゃないかと、少しずつ前へ進みだす。

その際、彼のお節介に感化されてしまったのかなと自虐めいた笑みを浮かべる。

やがて深呼吸をした後に面と向かい、視線を合わせる。

 

「沙代さん」

「ッ……はい」

「貴方に一つ……謝らなければならないことがあります」

 

勇気を振り絞り、かつての経験談を踏まえての告白をし始める。

戦争及び戦後に遭遇した醜い人間の数々。

誰からも見下されないような力を欲していたこと。

でもって、龍賀家に近づくために君を利用しようと考えていたことなど。

 

「決して許されないことだ。本当にすみません。貴方の気持ちを裏切るようなことをしていた。だけど!………今は違う。今は、貴方の心から伝わってくる想いを尊重したい。勿論、どんなことをしても償う!罰も受けるし、どんな約束だって交わす覚悟も出来ている!」

 

深く頭を下げて謝罪する。

例えどのような裁きが下されようとも、全てを受け入れる覚悟でいた。

 

「水木様……顔をあげてください」

 

「ッ………」

 

言う通りにすると、少し切なげな表情をする彼女がそこに居た。

胸が苦しくなるも、自業自得であることには変わりない。

潔く罰を受けようと身構えた所――――

 

「私の想いを尊重し、どんなことをしても償うと………そう仰いましたよね?」

「ッ……はい」

「……でしたら、私をここから連れ出してください」

「……この村から?」

 

やってきたのは平手打ちではなく、懇願だった。

過去に東京では、女性も自由に生きることができると聞いたことがあり、此処ではそれが出来ないと嘆く。

そして先の告白から貴方が私と共に居たいと思ってくださるかどうか……それだけが問題だったと口にする。

 

「………」

 

真剣な眼差しで伝えてきた気持ち。

これを断るような無粋な愚か者ではないと、確固たる意志で汲み取る。

 

 

「……分かりました。貴方が望むなら、僕が外の世界にお連れします」

 

「ッ!」

 

 

刹那、間を縮めるなり抱き着いてくる。

誰かが見ているかもしれないのに、思い切った大胆な行動を取る。

けれども拒むことなく、優しく抱き返す。

 

「嬉しい……きっとですよ?水木様」

「……」

「沙代は幸せ者です。やっと……運命の人に巡り合えたのですから……」

「沙代さん………ッ!」

 

直後、徐に肩に手を置き、優しく離す。

というのも後方から自動車の音が聴こえてきたからだ。

 

沙代もそれに気づいたらしく、慌てて距離を取ると、砂利道を走る車は砂埃を上げつつ通り過ぎる。

かと思いきや、粗方過ぎた所で速度を落とし、遂には完全に止まる。

 

 

「なんだね?もう勝手に仲良くなっていたのか?」

 

 

扉が開き、中から出てきたのは克典氏だった。

娘との邂逅に気を良くしているようで、隅に置けないなと冗談を口にする。

対する両名は、しどろもどろになりながらも敢えて嘘を吐く。

 

「お、お父様ったら……何を仰ってるか……」

「そ、そうですよ」

「いやぁ、すまんすまん。だが父親としては気になってな。実際の所、どうなんだ?」

「ッ、知りません」

 

不貞腐れるように踵を返す。

そのまま何処かへと去って行く後ろ姿を見届けていると、話しかけてきた彼が意味深な発言をする。

 

事と次第によっては、龍賀の名と共にアレをくれてやると。

 

実子でありながら物扱いするような台詞に少々腹立たしくなるも、何とか気を引き締める。

 

 

 

――――

 

 

 

数十分後。

 

水木は、克典氏の自宅に招かれていた。

何故かというと、あの後、相談したいことがあるとの誘いを貰ったからである。

元々用事があったのも含めて快く承諾し、応接間へと案内された後、机を挟みながら共に座布団に座る。

 

「社長」

「うん?」

「実は……お話の前に折り入ってお願いしたいことがあります」

 

庭に造られている鹿威しが鳴る中、不躾を承知の上で先手を打つようにゲゲ郎の処遇についてから話す。

勇み足になりかけたものの、今後の責任は自分が持つと熱意を込めて伝えたことが功を制したらしく、君の責に任せると返された。

 

「ありがとうございます」

「実を言うとだな……私は、時麿殺しは身内の犯行だと思っている。勿論、私ではないがね」

「お身内の?」

「臭いのは長田家よ。時弥の当主就任を早めて、龍賀の全てを乗っ取るつもりと見た。そこでだ、水木君。私に力を貸してくれないか?」

 

次の瞬間。

懐から何かを取り出し、それを卓上に置く。

 

茶系のガラスによって造られた小さな薬瓶。

加えて、強力な接着剤で貼られている紙には英単語のMが記載されていた。

 

「これは!?」

「やはり知っていたか。特定顧客のみに卸され、龍賀の富の源泉でもある血液製剤“M”……製品にする工程は東京でやっている。だが生成前の原液は、この村で造られているらしい」

「………」

「しかしだ。原液の製法や生成場所は、社長である私にも秘密にされているのだ。結局龍賀の生まれてない私は、いつまで経っても余所者扱いなのだよ!」

 

拳を落とし、憤慨する。

このままでは築き上げてきた会社が奪われてしまう。

贅沢三昧の日々も、一気に水の泡と化す。

 

回避するにはただ一つ。

この血液製剤の秘密を暴き、手に入れることにある。

故に、それを探ってきてほしいと頼み込んでくる。

 

「君も知っての通り、この村の連中は血の気の多い奴らばかりだ。しかし……君が我々と同じ側に来る日があるなら覚悟を見せてくれ」

「………」

 

交渉成立の証としてなのか、ズボンのポケットから出した葉巻入れを開くなり、一本差し出す。

断る訳にもいかず、渋々頂くと、お次とばかりに火を点けたライターを差し出してくる。

となれば、残るは返事をするだけとなったが……。

 

 

“今の世の中は、戦争が終わって平和な時を過ごすようになったが………その裏には苦しみを一切味わうことなく、只々己の野心のために弱きものをこき使う大馬鹿野郎がごまんといる。勤め先の会社も然り、未来永劫のためとほざきながら平気で外道に手を染める奴だって未だにいる”

 

“けどな、水木。そういう奴らは、大概ろくでもない死に方をするんだ。例えば、これまで積み重ねてきたものが暴落して、今まで虐めてきた者たちからの復讐に遭ったりとか、あるいは呪いに近い死よりも恐ろしい運命に落ちるか……いずれにしろ、甘い汁を吸い続ける奴は、大抵最後の辺りでツケが回ってくるんだよ”

 

 

「……分かりました」

 

口に咥えてから火を貰う。

ところが普段吸っている煙草とは違う為、器官に入ってしまい咳をしてしまう。

その姿から、だらしがないと嘲笑しながら立ち上がる。

 

「では、よろしく頼むぞ♪」

 

危険な役目は下っ端に押し付ける。

正に傲慢な性格。

隠すこともなく晒すようにしながら去って行く。

 

一方で、分かりましたと答えた水木はというと………美味しくない葉巻を机の上にある灰皿に押し付けてから口元を綻ばせる。

 

 

「誰も引き受けるとは言ってねぇぞ?ば~か」

 

 

一歩ずつではあるが、着実に心の変化が起きていた。

 

その要因が何なのかは、彼のみぞ知る。



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第十一話

自らが責任をもつという条件を提示したことにより、ゲゲ郎の処遇が改善されたあと、満を持して長田家へと戻る。

 

途中、数名の村人たちとすれ違ったものの、余所者に対する嫌悪感が未だにあるらしく、挨拶をすること無く去って行ったり、わざと聞かせているつもりなのか、鋭い眼差しをしつつ、他者と小声で話し込むなどの忌避を表したりと、あからさまな行為に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

それでも全員が同じという訳ではなく、お辞儀をするなどのある程度のコミュニケーションをとる人もいた。

 

話を戻すが、座敷牢がある屋根裏部屋へと赴くと、近づくにつれ、楽し気な会話が耳元に届き始める。

やけに盛り上がっているなと不思議に思う中、留守番していた仲間たちの他にも、もう一人いることに気づく。

 

声質が高い子どもの声。

まさかとは思いつつも、階段を上がりながら確認すると……。

 

「それでな?意地っ張りなその人は、結局勝負に負けて、色々と手伝わされることになったんだ」

「へぇ~……その人、そこで素直に負けを認めたら良かったのに」

「いやいや、時ちゃん。そういう人間はのぅ、返って何が何でも勝ちたいと自棄になるんじゃよ♪」

「……何してるんだ?お前ら。それに時弥くんまで……」

「あっ!おじさん!」

 

事もあろうに、元気溌剌な少年がそこにいた。

畳の上で立ちあがるなり、帰ってきた彼を待っていたかのように颯爽と目の前まで移動する。

その際、昨日と比べて体調が良くなっていると感じ取ったことから屈んで目線を合わせるなり、自ずと問いかける。

 

「時弥くん……体の方は大丈夫なのか?」

「うん!あのね、神谷おじさんから貰ったお守りをかけたまま寝てたら、何だか体が軽くなったような感じがして、咳も余り出てこなくなったんだ!」

「そ、そうなのか……」

 

一瞬だけ胡坐をかいている当事者に眼を向けると、口角を上げながら親指を立てていた。

どうやらお守りの効果は抜群だったようだ。

 

半信半疑ではあったが、実際嬉しそうに話しかけてくることが何よりの証拠であり、思わず開いた口が塞がらなくなってしまう。

それを見て不思議に思ったのか、大丈夫なのかと心配してきたため、慌てて気を取り直す。

 

「そうか。それは良かったな」

「ただ、時弥くん。体調が良くなったからといって余りはしゃがない方がいいぞ?また悪くなってしまうかもしれないからな」

「うん!あっ、じゃあ僕そろそろ行くね♪」

「うむ。またいつかのぅ♪」

 

去り際に手を振ってから降りて行く。

如何に渡した品物の力の凄まじさが見て取れる。

たった数時間ほどしか経っていないというのに。

 

「……まさか、あそこまで元気になるとはな」

「けど、まだ万全とまではいかない。長い間、体調不良だったみたいだからな。もうしばらく様子を見ないと駄目だ」

「ところで水木。儂のことはどうなったんじゃ?」

「あぁ……話を付けてきたぞ。今日から自由だ」

「それは何よりじゃ♪」

 

狭苦しい牢屋の中を過ごすのに飽きていた頃だったようで、嬉しそうに頬を緩ませると、徐に白髪に手を伸ばし、一本だけ引き抜く。

と思えば、それがたちまち針金のように硬くなり、出入口に掛かっている南京錠の鍵穴に裏から差し込む。

 

それでもって、ものの数分も経たぬ内に小さな音が鳴り響く。

結果どうなったかというと、いとも簡単に外れてしまい、呆気なく外へ出る。

予想外の行動に暫し呆然と立ち尽くしていたが、何とか意識を取り戻す。

 

「お、お前なぁ!!」

「ん?何じゃ?儂はもう自由で良いのじゃのぅ?」

「だ、だからってなぁ……というかお前、牢破りだったのか?」

「この程度、簡単じゃよ」

「まぁまぁ、一応自由の身になったことなんだし、大目に見てやれよ」

「ったく……」

 

頭を掻きながら視線を逸らす。

自由の身になれたとはいえ、態々そんなことをしなくても良いのにと愚痴を零す。

若干、苛立ちを募らせてはいたが、一先ず話し合いをするために同じく畳の上に座る。

 

「それで?態々、座ったっていうことは何かあったのか?」

「……その前に一つだけ、お前に訊きたいことがある」

「ん?」

「……神谷。その……今朝もそうだったが、何で俺に対して執拗に構うんだ?」

 

数刻前に、偶然出会った沙代との関わり合いを持ち出しつつ、問いただす。

皮肉にもお前の助言によって、腹を括って少しずつ一歩踏み出すことが出来たと気恥ずかしそうに語ってから、先の質問を投げかけた所、当の本人は顎髭を触りつつ至って単純な答えを返す。

飲み仲間であり、友人のことを思ってしたまでのことだと。

 

「嫌な言い方になるが、お前さんはあの子を利用しようとしていただろ?」

「ッ……まぁ、それは間違いじゃない。この村に訪れて彼女と出会ったとき、確かにそう思っていたよ」

「だろう?確かに、お前さんの過去の境遇から考えて、そのように思い至ったのも無理もないのは分かる。でもな、前にも言ったが人の真剣な気持ちを弄ぶのは絶対に良くないことだ。だからこそ、お前さんにはそうならないであってほしいと思ってな」

「………お人好しというか、お節介すぎるというか………というか、さりげなく友人って……」

「お前さんのこと、本当に友達だと思ってるぞ。嫌じゃなければの話だが」

「ほぅ……少し前に神谷から話を聞いたばかりじゃが……水木よ。お主、女の子の気持ちを持て余すのは良くないぞ?」

「ぐっ……ぐぅの音も出ない」

 

事実そう考えながら龍賀一族に近づこうとしていたため、項垂れてしまう。

しかし、今は心を入れ替えて彼女の想いを汲み取りつつ、約束を果たそうと意欲的になっている。

その喜ばしい変化に頷いていると、続けざまに声を掛けてくる。

 

「ただな……神谷。お前がしつこく力を貸すと言ってきたから、踏み出せたこともあるんだぞ」

「ん?」

「俺は、只の勤め人で財産も地位も無い。望みを叶えてあげる力も無い。そんな俺に力を貸すと言ったから、沙代さんに想いを伝えることが出来たんだ」

 

力を貸すだけでなく、悩み事があるなら相談に乗るといった純粋な気持ちに心を打たれたからこそ、己の心情を打ち明けることが出来た。

紛れもない事実だが、それとは裏腹に本当に自信があるほどの力があるのかと疑いの目を向ける。

 

ここに来て嘘だったと答えようものなら、生半可な説教だけでは済まないぞと睨む。

対する当人はというと、疑い深い奴だなと軽く笑う。

 

「俺は、お前が変わることを信じて、あれだけ言ってきたんだ。勿論、それ相応の力はある。金銭面に関しても問題ないぞ」

「水木よ。こうやって神谷はお主のことを思って言っておるんじゃ。少しは信じてみたらどうなんじゃ?」

「そうは言うがな……もし、嘘だったらどうするつもりだ?」

「やれやれ、もうちょっと信じてほしいものだな。とりあえず、それは後回しにしないか?今は、この村の秘密を暴くことに専念しようぜ」

 

上手い事に話をすり替えたため、より疑惑が重なるも一理ある。

また自分たちを快く思っていない輩もいることから、早い所目的を達成させるためにも励むことにする。

 

そこでまず二人に、朝方に収集した情報を伝える。

通りかかった一軒家で見た時貞翁の次男が心を失っており、その原因となったのが、湖の中央に浮かんでいる禁域の小島に入ったとされること。

加えて可愛がってもらっている社長から、血液製剤“M”の原液の製法や生成場所はこの村の何処かにあるらしい等を説明する。

 

「ほ~ぅ……らしいと来たか。確証は無いが、その可能性が極めて高いと」

「そして禁域か……水木よ。その小島に入った者は、どんな感じじゃったんじゃ?」

「どんな感じと言われても……本当に心あらずって感じだったな。見た目もかなり齢を取っていて、遠目からだったが白髪頭に頬も痩せこけているような状態だったぞ」

「ふむ……」

 

何か気になることでもあるのか。

腕を組みながら天井を見上げる。

恐らく離れ小島に関することだろう。

もしかすると、そこに行ってみたいと主張するかもしれない。

そう思いながら微かに身構えていると……。

 

 

「その禁域とやらに行ってみるとするかのぅ」

 

 

想像通りの展開となってしまった。

あっけらかんとした口調で意見を出した彼に、流石に待ってほしいと妨げる。

 

「ちょっと待て、ゲゲ郎。気になるのは分かるが禁域だぞ?もし、村の連中に見つかったりでもしたらどうするんだ?」

「ははっ、確かにお前さんの考えも分からなくもない。だけどな、水木。お前さんから聞いた話じゃあ、村人たちは、あそこにある小島は、何人たりとも立ち入ってはならないと語り継がれているほどの禁域とされているんだろ?そんな所に態々赴く奴なんて誰一人として思ってないんじゃないか?」

「……何が言いたんだ?」

「要するにだ。例え小舟を使って近寄ったとしても、恐れられている島の方を見る人なんていないんじゃないか?それにだ。一昨日、宿泊した宿から乗船場が見えたからそれを利用すれば、案外行けるかもしれないぞ?」

 

随分と楽観的な視点だと額に手を当てる。

言い分は分からなくもない。

普段から見られる景色の上、恐怖の対象とされている禁域だからこそ、湖の方に意識を向ける人はごく僅かだと思われる。

 

だが、あくまで個人の見解にしか過ぎないし、万が一ということも考えられる。

難しい顔を浮かべながら悩むが、現段階で重要となる手掛かりは件の小島しかない。

 

 

「………しょうがない。まずはそこに行くとするか」

「よし。なら、早速今から行こうじゃないか」

「うむ。善は急げじゃ♪」

 

 

結局の所、折れてしまう羽目になる。

つくづく情けないと気に病むも、致し方ないとばかりに割り切る。

何だかんだと言いながらも、乗り気のようであった。

 

 

 

――――

 

 

 

緑溢れる自然が広がり、美味しい空気が流れ込む。

伸び伸びとした形で歩き続けること数十分。

湖の畔に辿り着いた一行は、早速乗船場へと向かう。

周りに建物がないことから、目立つように建造されている場所へ近寄ると、何故か不意に神谷が足を止める。

 

「どうしたんだ?」

「何かあったのか?」

「………」

 

唐突に動かなくなったことから、気になって伺うが何も答えない。

その代わりとして、浅瀬にある何隻かの小舟の内の一つに足を運ぶ。

疑問符を浮かべつつも、後を追うようにすると、徐々に何かが聞こえてきた。

 

耳を澄ましてみると……誰かの鼾のようだった。

でもって、三人揃って覗くようにして見た所、一人の少年が舟の中で気持ちよさそうに寝転んでいた。

 

六本の髭を生やした鼠のような容姿。

紛れもない、あの人物であった。

 

「こいつは……」

「はぁ……おい、起きろ!ねず公!」

「ッ?!ひゃい!……って、おわぁ!?かか、神谷の旦那!」

 

強制的に起こされた挙句、恩人が覗き込んでいた。

無論、驚くべき事態に動揺を隠せず、急いで起き上がろうとするも、バランスを崩してしまった上、仰向けに倒れてしまう。

おまけに後頭部を強打してしまい、蹲る様にしつつ痛い箇所を手で押さえる。

 

「あいたぁ~……」

「お前なぁ……色々と訊きたいことはあるが、何で俺の所にずっと来なかったんだ?一昨日辺りで、水木から聞いたんだろ?」

「い、いやぁ……それはその……会おうとは思ったんですけどね?何せ、屋敷での仕事が忙しかったもんで………って!?ゆ、幽霊族の……!」

「久しいのぅ、ねずみの。お前が神谷の知り合いとは驚きじゃったが、また何か企んでおるのか?」

「い、嫌だなぁ……そんな訳ないじゃないですか~♪」

 

何とか砂地に降りるなり、疚しいことなど一切していないと供述する。

他にも、心機一転して田舎でやり直そうと働き口を見つけた矢先、到底信じがたい現場を目撃してしまったがために、昔からお世話になっている旦那に連絡を寄越したのだと話すも、冷や汗を流している時点で怪しさが滲み出ていた。

ただ、情報提供をしたことは合っているため、何とも言えないもどかしさを抱く。

 

「……とりあえず丁度良かった。ねず公。お前、あそこまで連れていってくれないか」

「へっ?あそこまでって……えぇ!?あ、あの島にですか?」

 

いわくつきの島に上陸したいという依頼に対し、些か戸惑う。

何があるのかさえ分からないのに、命に関わるような禁忌の地に連れていってほしいとなれば誰だって躊躇うものだが、相手が彼である以上、どうしたものかと迷い始める。

反対に、優柔不断となってしまっている姿を見かねてか、ここいらで一つとばかりに懐からある物を取り出す。

 

 

「駄賃は弾むぞ?」

 

「ッ!喜んでやらさせていただきます!!」

 

 

現金な性格は相変わらずだと渇いた笑みを零す。



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第十二話

三人を乗せた小舟を漕ぎながら島まで案内するねずみ。

暢気に鼻歌をしつつ手にしている櫂を力一杯動かす。

あからさまな上機嫌に関して、乗船している一行は無関心を貫き、行き先となる禁域を見つめる。

 

「っと……そうだった。水木」

「何だ?」

「これをやるから、首に掛けておけ」

 

身に纏っている黒の作務衣の内側から取り出した物を差し出す。

時弥少年に渡したあの時と同じ柄のお守りだったが、些か大きいものとなっていた。

それを素直に受け取るなり、長い紐を使って首元に掛けると、不思議と温かみを感じる。

 

「それは、時弥くんに渡したものとは少し違ってな。結界の強さが大きくなっている」

「結界……これを掛ければ良いのか?」

「あの島には、何かありそうだからな。念には念を入れておかないとまずい」

「うむ。実に良い判断じゃ。此処からでも、只ならぬ気配を感じるぞ」

 

まだ大分距離があるというのに、警戒心を露わにする。

禁域と呼ばれるだけあって、余程危険な所なのだと改めて認識する。

 

 

 

――――

 

 

 

穏やかな波に揺られながら着実に近づいていき、そうこうしている内に漸く島の浅瀬に上陸する。

水の流れに逆らいつつ、上手い具合に船頭を乗せてから停止させる。

 

「着きましたぜ!」

「ありがとな。ねず公、暫くここに居てくれ。良いな?」

「わっかりやした!」

 

元気のある答えを返したことに思わず口角を上げるも、すぐに気を取り直し、一人ずつ舟から降りていく。

 

まず目に入ったのが、覆い茂る雑木林。

湖の向こう側にある山地と変わらない位の豊かな自然が生えており、行く手を遮るかの如く溢れていた。

 

といっても、中に入れないという訳でもない。

一か所にだけ、建造されている赤い鳥居の先には、奥へと続く道らしきものがあった。

 

否、道というより山登りに近いと言った方が良いだろう。

大樹の根っこが張り巡らされており、登るだけでも一苦労するほどの険しさが広がっていた。

 

「……あの先に何かありそうだな」

「そうじゃな」

「おい、ちょっと待て。あそこに行くつもりなのか?」

「そうは言うけどな……だったら他に道らしい道はあるのか?」

「いや……それは……」

 

逆に投げかけられた質問に対し、言い淀んでしまう。

確かに周りを見ても、これといって進入できる所は見当たらない。

唯一開けている道があるとすれば、件の鳥居がある場所しかなく、参ったものだとため息を吐く。

 

「ったく……仕方ねぇか」

「つべこべ言わずに行くんだったら早く行こうぜ。ゲゲ郎なんか、もう既に行っちまってるよ」

「なに?」

 

俯かせていた顔を上げると、いつの間にやら一足早く進んでいた。

環境的に絶対不向きな履物である下駄を鳴らしつつ、気軽に登っていく様を見て、案外落ち着きのない奴だと呆れる。

 

その間にも、どんどん未知なる地へと突き進むため、大きな声を上げながら急いで後をついていく。

 

「ゲゲ郎!そんなに先走るな!」

「やれやれ……ゲゲ郎!!少し待ってくれ!」

「むっ?……仕方ない。はよぅせんか」

 

先行きが不安になりかけるも、四肢の手足をふんだんに活用しながら登り始める。

足場が悪いため、時折滑りそうになった際には、お互いに手を貸しつつ協力し合い、草木をかき分けながら脚を動かす。

 

頻繁に飛び交っている虫に苛立つこともあれば、水溜まりを踏んでしまう等のちょっとした出来事もあったが、それでも尚、懸命に前へと進む。

その道中で、仲間から頂いたお守りから淡い光が灯し出す。

 

「ッ……な、何だ?」

「結界が発動したんだ。この辺一帯は、かなりの瘴気が漂っているからな」

「それだけではないぞ………妖気もたくさん感じる。どうやらここは、妖怪たちの住処らしい」

「なっ……だ、大丈夫なのか?」

 

今まで妖怪の存在を信じなかった彼にとって、初めて遭遇するかもしれないという緊張感並びに、不安や恐怖などが一気に襲い掛かる。

証拠に足元が僅かに震えていたが、それを察知した神谷が助言をする。

 

曰く、手渡した品物の効果は絶大だから肌身離さず持っていれば大丈夫だと。

また付け足しとして、命の安全は保障すると豪語する。

 

「……分かった。信じるよ」

「ただ、もし危ないと思ったら一目散に逃げるんだぞ?その間に、俺たちが何とかするかな」

「安心せい、水木。儂らが付いておる」

 

確固たる自信をもって告げてくることに、幾ばくか落ち着きを取り戻す。

どれほどの実力者なのかは未だに見当もつかないが、不思議と心強い印象を抱く。

二人に対する絆が少しずつ芽生えてきているのかもしれない。

 

「む?」

「どうした?ゲゲ郎」

「……どうやらあれが窖のようじゃな」

「何だと?」

 

先陣を切って移動していた彼からの呟きに双方とも眉を顰める。

確かめるためにも問題の窖がある所までよじ登っていくと……。

 

 

「……これは……」

 

「いかにもな所だな」

 

 

登り切った先にあったのは、円形状に開けている空き地だったが、何故かその中心には石造りの巨大な穴があった。

大人が何十人も入れるような広々とした空間の他、近寄りながら揃って覗き込んだところ、底が見えない位の深さもあった。

 

試しに水木が傍らに落ちていた小石を拾い、落としてから耳を傾けるも、一切何も聴こえなかった。

つまり人間が跳び下りたら死ぬくらいの高さがあるということになる。

 

「これが……窖なのか?」

「底が全く見えないな」

「……これは、ちとまずいかもしれん」

「何がまずいんだ?」

 

そう問いかけた瞬間だった。

突如として、暗い窖の中から呻き声のような雄叫びが舞い上がってくる。

直に届いてきた亡者の嘆きにも捉えられる悲鳴。

 

何の音沙汰もなく一斉に襲い掛かってきた勢いもあり、うち一人が咄嗟に耳元を押さえる。

その上、首元にあるお守りの光の強さが更に大きくなる。

 

「ぐっ?!な、なんだ!?」

「亡者の悲鳴のような感じだが……水木、大丈夫か?」

「ッ……あっ、あぁ……何とかな……」

 

発動している結界のおかげもあってか、荒れていた息を整えていく。

ただ同時に、背筋が凍るような感覚を覚える。

 

何者かに見られている。それも大勢。

嫌な予感がしつつも、辺り一帯を見回した所……。

 

 

「ッ!!」

 

 

息を呑んでしまう。

というのも、雑木林の隙間からこちらを見つめている異形の存在達が居たからだ。

 

尖った耳を生やし、痩せこけた肉体をしていながら手足に鋭い爪を輝かせている化け物。

全身が毛むくじゃらとなっており、一見すると猿のようにも思えるが、顔つきが人間に近い怪物。

木の枝の上で、砕き噛み千切る程の力があるような嘴を見せつけつつ、刃物のような羽根を閉ざしながら体の至る所に火を湧き出している生物。

 

他にも、馬の首だけの姿をしており、路傍の古い木々にぶら下がった状態でいるものや、イタチに似た怪獣までもがいた。

それらを目にするなり、瞬時に把握する。

 

「よ……妖怪!?」

 

余りにも衝撃的な出来事だったことから腰が抜けてしまったらしく、尻もちをついてしまう。

すかさず隣にいた神谷が屈み、肩を貸してあげるも足元が竦んでしまっていた。

 

「しっかりしろ、水木!」

「こんな所に居れば、たちまちこやつらに喰われてしまうかもしれんぞ!」

「ッ!ち、畜生!」

 

火事場の馬鹿力とでも言うべきか。

みるみるうちに踏ん張りを効かせながら立ち上がる。

土壇場で意地を見せる姿に感嘆とするも、状況が悪いことには変わりない。

 

取り囲んでいる妖怪たちが徐々に迫ってきている。

逃げ道があるとするなら、来た道を戻れば良いのだが、急斜面の上、足場が悪いことから走りながら降りるのは不可能に近い。

何かの拍子で躓いて転げ落ちてしまい、打ち所が悪ければ死ぬことだって考えられる。

 

「さてと……この状況からどう切り抜けるべきかだな」

「……何か手はあるのか?」

「……ゲゲ郎。こいつらに説得を持ちかけようと思うんだが……どうだ?」

「難しい所じゃな。現に、彼らは正気を失っておる」

「参ったな……水木。そのお守りをしっかりと握りしめておけよ。そうすれば、結界がお前を守ってくれる」

「ッ、わ、分かった!」

 

言われるがまま身に着けているお守りを強く握りしめる。

 

と、次の瞬間。

 

本人を包み込むように光り輝く半球状の結界が召喚される。

でもって開始の合図となり、途端に妖怪たちが襲い掛かる。

 

 

「ゲゲ郎!!そっちを頼む!」

 

「心得た!!」

 

 

窖の近くで佇んでいる彼から二手に別れ、各々の対処の仕方で応戦する。

 

「ッ!」

 

視線の先にいる化け物との闘いに挑むために、駆け出しながら構えをとる。

腰を軽く落とし、猫背のような前傾姿勢になると、自身よりはるかに大きい一匹の妖怪が咆哮を上げながら剥き出しの歯を見せるかの如く、口を開けて食べようとする。

 

対する神谷は、俊敏な動きで懐に入り込む也、勢いそのままに体を掴むと、片足を軸に回転する。

何度も回りながら襲い掛かろうとする他の者たちを蹴散らしつつ、粗方空いた所で投擲する。

 

投げ出された巨体の物の怪は見事な弧を描き、大木にぶつかるものの威力が凄まじかったようで、たちまち轟音と共に倒れていく。

 

「荒事は止すのじゃ!」

 

一方のゲゲ郎は、試しに話し合ってみるも取り合ってもらえず、複数の妖怪が手先にある爪を翳して切り刻もうとしたり、生成した刃で貫こうとする。

しかしながら、流石だと称賛するくらいの最小限の動きで躱しつつ、時には相手の力を利用して受け流す等の芸当を魅せる。

 

例えば、敢えて受け身を取ってから地面に転がることで隙を誘い、腕を伸ばしてきた所ですかさず横に回避してから逆に掴み取り、宙を舞いさせる。

また跳躍し、身体を回転させながら綺麗に巨獣の頭上に降り立つなどの曲芸師のような動きを披露してから、垂直下の掌底を喰らわせたりする。

 

勿論、傷つけないように手加減をしたうえでの行為なのだが、それでも充分だったようで地面とぶつかってしまう。

 

「ほらほら、こっちだぜ!」

 

再びもう一人の方に移る。

絶え間なく登場する妖怪たちを挑発しつつ、次々と距離を縮めては首元や足のつけ根に手刀を入れたり、腹部に拳を突き出すなどの戦闘を行う。

 

なかでも、怒り狂う獣が素早い身のこなしで接近し、二本足で立ちあがった際は、反射的に身を低くした後に手首を捕えた挙句、流れるようにして持ち上げてから視界を反転させる。

脚の外側を使い、足元を刈って投げる技……所謂、柔道の投技一つとなる大外刈を決め込み、背部を強打させたのだ。

 

乱暴な対応だったが、そうはいられない場面でもあるため、致し方ないと割り切るも……。

 

 

「神谷よ!あまりこの者たちを傷つけてはならぬ!」

 

「ッ……了解!」

 

 

お叱りを受けてしまったため、今度はなるべく攻撃しない形に変える。

そのお手本として見せるかのように、丁度良いタイミングと言って良いのかどうかは定かではないが、木々の奥から新たな妖怪が出てくる。

 

ひと言で例えるなら、黒光りの巨大な百足だった。

小刻みに無数の足を動かしながら、頭部にある二本の牙を向けるなり、噛みつこうとする。

 

「ッ!」

 

それに対し、何と真正面から受け止める。

両腕に力を振り絞り、噛み砕かれそうになった寸前に鋭利な牙を掴み、力比べをする。

どう考えても体躯から引き出せるほどの力ではなかったが、これも幽霊族特有の強靭な肉体あってこそ成せる技なのだろう。

 

やがて段々と押し返し始めた所で、咄嗟に左手首に巻き付けている黄色の組紐が解かれたかと思いきや、まるで意思がある様に動き出し、尚且つ大きくなってから赤く光らせている両眼を覆い、視界を遮る。

そして垂れ下がっている組紐の一部を掴みながら懐に滑り込み、相手のバランスを崩す。

 

それにより百足は無様に倒れてしまい、その間に巻き込まれないよう抜け出すと、解き放たれていた組紐も主の元へと帰る。

 

「ははっ、やるな!それはそうと、水木!そっちは大丈夫か?」

「あっ、あぁ!何とかな……」

 

結界の凄まじい力の甲斐もあってか、飛び掛かってきた妖怪たちが順当に弾き飛ばされていく。

ひとたび触れてしまうと稲妻が走り、感電される他、目に見えない衝撃を受容してしまい、滑空する。

圧倒的な効果に翻弄されつつあるも、これならば何とかやり過ごせると感じたが……。

 

 

「ま、まだ出てくるのか!?」

 

「こりゃあ面倒だな」

 

 

一体どれほど潜んでいるのだろうか。

思いのほか数が多いらしく、騒ぎを聞きつけてやってくる輩が増え始める。

 

このままでは埒が明かない。

であれば、成すべきことは一つ。

 

「退散するぞ」

「あいよ!ゲゲ郎。ちょっとすまないが水木を頼んでも良いか?心配するな。お守りは、悪しき者にしか発動しない」

「承知した!」

「はっ?お、おい!ちょっとまっ――!?」

 

やり取りを終えるなり、颯爽と彼の元へ駆け寄ると、米俵を担ぐようにして抱える。

でもって有無を言わせることなく行った後に、足腰に入れた力を発揮させながら跳び出す。

 

無論、同じように跳ね上がった神谷もまた、木々の間をすり抜けるようにしながら島からの脱出を図る。

双方ともに枝を足場として器用に移動するが、そう問屋は卸さないとばかりに後方から追跡してくる影が多数あった。

 

「ッ!」

 

「やっぱりな」

 

それぞれが対応に移る。

軽々と仲間を抱えつつ飛び越えてゆく中、下駄が足元から離れる。

だが、重量に従って落ちることはなく、鳥のように飛び回り、甲高い音を鳴らしながら一匹ずつ攻撃していく。

 

その隙に、地上に降りた神谷が地滑りしてから振り返ると、両腕を胸の前で交差させてから振り上げるなり、円を描くようにしながら腰元に添える。

すると、周囲にある木々が不規則に動き出し、空気の流れが二つの掌に集中する。

やがて飛び交っていた下駄が、先に退散していく彼の元へ戻っていったのを見計い、一気に前へ突き出す。

 

 

「爆空気!!」

 

 

蓄えていた空気を解放させると、激しい暴風が広範囲に広がり、追いかけていた妖怪たちを吹き飛ばす。

雑木林も靡いてしまうほどの威力だったが、顔色一つ変えずに平然とし、急いで舟がある場所へと引き返す。

 

「旦那ぁ!!早く、早く!!」

 

留守番していたねずみがいる小舟にゲゲ郎達が乗っていたため、己も到着するなり飛び乗る。

 

「ねず公!悪いが舟の先端に―――ッ!?」

 

要求をしようとした時、思わず眼を見開く出来事に遭遇する。

 

唐突に水飛沫が上がり、舟が自動的に動き始めたのだ。

 

物凄い速さで水面上を滑り、瞬く間に島から離れていく。

 

 

「………」

 

 

詳細は不明だが、とにかく今は危機から去ったことに安堵する。



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第十三話

「おかげで助かりましたぞ♪」

 

「……まさか、河童たちだったとはなぁ……」

 

禁域の島に潜んでいた妖怪たちの魔の手から辛くも逃げ延びることが出来た一行。

その大きな要因となったのが、湖の中から舟を押し続け、陸地まで送り届けてくれた有名な種族によるおかげだった。

 

全身が緑の体色となっている他、背中に甲羅を背負い、頭頂部にある綺麗な皿が特徴の河童。

それも複数おり、挙って顔を覗かせながら、どういたしましてとの笑みを零す。

 

「さっすが幽霊族。顔が広いぜ」

「……ゲゲ郎。いつの間にここに居る河童たちとの親睦を深めていたんだ?」

「この村に着いたときにな。まぁ、その後に物騒な人間たちに捕まってしもうたが」

「なるほど……それより、水木。お前さん、大丈夫か?」

 

先程から四つん這いになりながら嗚咽している。

吐き気を催しているようだが、嘔吐物が出る訳ではなく、単に気持ち悪いが故の行動であった。

湖の水を掬い上げてから洗顔するなどをして、幾ばくか息を整える。

 

どうも彼曰く、逃げる際に無理やり担がれた上、物凄い勢いで木々の間をすり抜けていった時に三半規管をやられてしまったとのこと。

とはいえ、そこまで酷い状態でもないらしく、暫くすると元に戻るようになった。

 

「はぁ……はぁ……お、お前らなぁ……」

「そう怒るなって。寧ろ、あぁでもしなければ逃げられなかったかもしれなかっただろ?」

「まぁ、もう少し落ち着くがよい。そうすれば気分も和らぐぞ」

「他人事だと思って………」

 

やるせない心情が渦巻く間に、助けてくれた河童たちが次々と潜っていく。

去り際に手を振ったのも、何処か愛らしく思えた。

 

「……それはそうと、ねず公」

「へい?」

「お前、この後何か用事とかあるのか?」

「へっ?いや、特に何も……」

「だったら、今からちょっと俺たちに付き合ってくれないか?お前が、俺に教えてくれた情報をもう少し詳しく聞きたいからよ」

 

この村で猟奇的な人体実験が行われているかもしれないという知らせを受けてから赴いてきたのに、肝心の詳細は現地で伝えるとのことだった。

だからこそ此処に訪れた後、今か今かと待ちわびていたにも関わらず、当の本人は一向に来なかった。

 

尤も長い付き合いも兼ねているため、性格上今更かと半ば呆れてもいたが、有無を言わさぬような威圧感を放つと、身震いするなり即答する。

 

「そ、そりゃあ勿論!旦那のためなら例え火の中水の中何処へでも付いて行きますぜ!」

「……そいつは、ありがたいことで」

 

仕事仲間として可愛がり、個人的に信頼してはいるのだが、どうも胡散臭い所も否めない。

過去に何かと危険な目に遭いそうになった時は、他者を差し置いて堂々と一目散に逃げだしていたこともあり、反対に儲け話や己の立場が有利になると、調子のよい形で接してくる。

 

自己中心的な考えが習慣づいている点が往来の悩みどころではあったが、それでもこうして協力してくれるのは有り難いため、敢えて指摘せずにいる。

といっても、自分が言うのもおかしな話だと苦笑いを浮かべる。

 

 

「た、大変だぁ~!!」

 

「ん?」

 

 

その時だった。

一人の村人が、大声を上げながら土手を駆けていた。

尋常ではない位の騒ぎ立てに目を向けると、他の人々にも聞こえるような声量からとんでもないものを耳にする。

 

 

龍賀家の人間が、またしても殺されたと。

 

 

 

――――

 

 

 

現場は、村の山の手にある森林。

 

見渡す限りの緑あふれる自然の中、とある一か所にて騒然とした空気が漂っていた。

陽が沈み始めた頃、天まで届くかのような一本の大樹の頂点にその悍ましい光景が映し出される。

 

 

「丙江……ひのえぇええええ!!」

 

 

親族の泣き叫びが木霊する。

あまりにも凄惨な出来事に、目撃者を含めた親戚たちもまた、思わず口元に手を当てる他、視線を逸らしたりする。

 

一体何が起こったのかというと……問題となる木の天辺に、龍賀一族の次女が仰向けに突き刺さったまま死亡していたのだ。

 

加えて、周囲に飛び交っている数匹のカラス達によって亡骸を所々喰われてしまっており、見るも無残な姿へと変わり果ててしまっている。

 

「うっげぇ……」

「これは……」

 

辿り着いた矢先での視界に入った悲劇。

記憶にこびり付きそうなほどの衝撃的な事件が広がっているせいで眉間に皺を寄せる。

 

一方で、到底人間の仕業とは思えないと冷静に推理する者が二人。

言わずもがな、幽霊族の生き残りと正体不明の自由人だった。

 

「ゲゲ郎、あれは……」

「うむ。間違いなく、人間の仕業ではないな」

「……とりあえず、ここから離れようぜ」

「ッ……良いのか?」

「……酷な言い方だが……いま俺たちが介入しても何の意味もない」

 

全くもってその通りであった。

それに下手に介入すると血の気の多い村民らが、何かしら変な言いがかりをつけてくることだって考えられる。

今の所、色んな意味で混乱に陥っているため、なるべく気取られないようにしつつ踵を返す。

 

 

 

――――

 

 

 

夕焼け空が殆ど暗くなり、辺り一帯も闇に包まれていく中、せせらぎの音が流れる川岸にて一行は暫しの休息をとっていた。

数十匹ものの蛍が漂い、ちょっとした幻想的な景色を眺める。

 

綺麗な光が飛び交っている所を見ながら安らいでいると、ふと砂利の上でしゃがみ込んでいた水木が口を漏らす。

 

「……妖怪の話はガキの頃、子守りの婆さんによく聞かされたぜ。お前らから改めて存在を知ったとはいえ、まさか本当にいたとは……」

「眼で見るものだけ見ようとするから見えんのじゃ。片方を隠すくらいで丁度いい」

「……ありがとな」

「ん?」

「おかげで助かったよ。礼を言うのが遅れたな……」

「……気にすることでもない♪」

 

双方とも軽く笑い合う。

お互いに一歩ずつ歩み寄っているからなのかは不明だが、無意識に関係性を築き上げていく。

 

まだ短い付き合いであるはずなのに、随分と仲良くなっているような気もする。

感慨深く見物するも、段々と蚊帳の外になりかけていることに気づくなり、少々強引ではあったが話を割り込む。

 

「ねず公。丁度良いからここいらで話してくれないか?俺に教えてくれた情報の詳細を」

「えっ?あっ、は、はい!分かりやした」

 

唐突に振られたこともあって微かに動揺するも、何とか説明に入る。

 

遡ること一週間くらい前のこと。

ある夜、屋敷に住んでいる方から買い物を頼まれ、村にある売店まで出向くはめになったことがあり、やむを得ずに灯りとなる照明道具なども一切持たずに出かけた所、その道中で恐ろしいものと遭遇したという。

 

覚束ない足取りでゆっくりと近づいてくる人影から、最初は酔っ払いか何かだと認識していたが、よく目を凝らした瞬間、慄くあまり咄嗟に近くにあった物陰に隠れたとのこと。

 

「それで?何を見たんだ?」

「そ……それが……」

 

思い出すだけでも恐怖に駆られる程の強い印象だったのか。

唾を呑み込んでから、勇気を振り絞って口を開く。

 

 

「あっしが見たものってのが……動く屍だったんすよ」

「……なに?」

「動く屍じゃと?」

「ど、どういうことだ?」

 

 

理解が追い付かないとばかりに疑問符を浮かべる。

対するねずみは、何とかして言葉を紡ぎながら語り続ける。

 

曰く、目撃したものというのが、汚れ傷んでいた一枚の着物を纏っていた人間だったのだが、容姿がこの世の者とは思えないほどの姿形をしていたという。

具体的に述べると、全体的に骸骨のように痩せこけている上に肌が紅く染まっており、髪の毛も抜け落ちているだけでなく、目玉が剥き出しになっていたと告げる。

 

また一瞬、妖怪なのかと警戒していたそうだが、妙に人間臭く感じたため、身を隠しつつ様子を伺っていた所、更に信じられない現場を目の当たりにしたと話す。

 

「しばらく隠れてやり過ごしていたんですがね。何と、刃物を持った数人の村人が急に駆けつけてきて、そいつを滅多刺しにしやがったんですよ!」

「滅多刺しだと?」

「えぇ、そりゃもう凄かったですよ。なんせ完全に息の根を止めないとまずいって感じでしてね。だから息を顰めてしばらく動かないようにしたんすよ」

「……それで、ねず公。その後はどうなったんだ?」

「あぁ、その後なんですけどね?完璧に動けなくなった屍をそいつらが何処かに運んでいきやがったんですよ。それに“早く工場で処分しないとまずい”とか何とか言ってまして……あぁ、言っときますけど旦那。その屍が何処に連れていかれたのかは分かりませんぜ。だって、もし気づかれたりでもしたら……」

「分かってるよ。それ以上言わなくても大丈夫だ」

 

同じような結末を迎える所だったかもしれない。

正に運が良かったと言えるだろう。

もし仮に発見されたりでもしたら、その場で命を刈られていたに違いない。

 

因みに屍を殺したとされる村人たちの特徴について伺うと、暗かったこともあり顔は見えなかったが、野太い声からして男であったのと、やけに身長が高い奴が一人いたと答える。

 

曖昧な回答ではあったが、充分すぎるものだった。

というのも、脳裏に思い当たる人物が浮かんだからだ。

 

「……ひょっとするとそのでかい奴ってのはあいつかもしれないな」

「はっ?神谷、お前誰なのか知っているのか?」

「確証は無いが……昨日、ゲゲ郎の首を撥ねようとしたあの男のことじゃないか?」

「……あぁ、あやつか」

 

背丈が高く、斧を持った屈強な体格をした男。

でもって厳つい面構えをした村人たちも何名かいた。

不明瞭な目撃証言の故、確証は無いものの、可能性はかなり高いと考察する。

但し、あくまで想像にしか過ぎないが。

 

「……ねず公」

「はい?」

「また駄賃を弾ませてやるから、一つ頼んでも良いか?」

「何でしょう?」

 

腕を組みながら依頼してくることに、僅かに身構える。

真剣な眼差しも含めて、ひょっとすると厄介な内容なのではと冷や汗をかく。

 

「お前、いま屋敷の下働きとして頑張っているんだろ?なら、屋敷の何処かに書物を管理する書庫とかないか?」

「へっ?あぁ……書庫というより、亡くなった時麿坊ちゃんの部屋に大量の書物がありますけど……」

「なら、その中である物を探してほしい。具体的にはそうだな……水木が探している血液製剤“M”に関するものだ。原液の製法や生成場所……それらが記されているものなら何でもいい」

「神谷、お前何を言って……」

「いま一瞬思ったのさ。その動く屍ってのが……ひょっとするとお前さんが追い求めている“M”の影響によって変貌した人間の姿じゃないのか……ってな」

 

突拍子もない推測に誰もが呆気に取られる。

 

しかしながら、神谷は至って真面目だった。

 

動く屍の正体が人間ならば色々と辻褄が合うかもしれないと。



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第十四話

翌朝。

青空が広がる晴天の下で三人の男たちは散歩をしつつ、村の秘密に関して話し合っていた。

 

血液製剤“M”の原液の製法及び生成場所。

行方不明となってしまった仲間の妻の居所。

ねずみから耳にした動く屍を殺害し、工場という名の何処かへ運んでいった村人の行動などから独自の推理を続ける。

 

「証拠はない以上、憶測でしかないが……昨日の夜に思ったことがもし本当だとすれば辻褄が合う」

「……俄かには信じられないが……」

「………」

 

顎に手を当てながら困惑するとは裏腹に、もう一人はただ腕を組みながら耳を傾けるだけ。

しかし、己の腕を握りしめる力が裾越しからでも分かるほどはっきりとしていた。

 

彼が提示した考察とはどういうものなのか。

 

具体的に解説すると、まず人目に付かない所に血液製剤を作る工場があり、動く屍の正体は何らかの理由で攫われた挙句、実験体として監禁されている外部の人間の可能性であるかもしれないこと。

 

次に、問題の不死身の妙薬の原材料というのが、もしかすると過去に居場所を追われ、腹黒く醜悪な人間達に狩られた幽霊族の同胞なのではというものだった。

尤も、あくまで推測にしか過ぎないが、仮にそうなのだとしたら正に猟奇的な人体実験と言えるだろう。

 

「……ゲゲ郎、すまん。お前さんにとっちゃあ非常に不愉快だと思うかもしれないが……」

「……構わぬ。お主が、わし等のために一生懸命考えておるのじゃ。何を怒ることがあろうか」

 

怒るどころか逆に褒め称える。

確かに同じ種族が非道な輩に悪用されているのだとしたら良い気分はしない。

だが、それ以上に苛立ちを募らせているのが何を隠そう当人だった。

 

普段と比べて幾ばくか眼つきが鋭くなっている。

説明するにあたっても、些か感情的な口調になっていたことから、逆に胸の奥が温かくなる。

 

「儂の妻のために協力してくれているんじゃ。八つ当たりなどもってのほかじゃろう?」

「……そう言ってくれるだけでもありがたい。俺自身、勝手ながらお前さんも水木と同じ友人だと思ってるからな。絶対に探し出してやるとも」

「……感謝の冥利に尽きるぞ。神谷」

「お前ってさ……本当にお節介焼きだよな」

 

何時しか笑顔が零れる。

出会ってから付き合いが短いにも拘らず、純粋に自分たちのことを何よりも考えてくれるお人好し。

 

滅多に見られない人間性……いや彼の場合、どのように表現するべきなのかは難しい所ではあるが、それでも感謝の一言に尽きる。

 

「ただなぁ……」

「ん?」

「村の秘密もそうだが……もう一つ気になることがあるんだよな」

「窖のことか?」

「あぁ、そうだ」

「……やっぱりあの島の窖には何かあるんだな?」

 

暗い底からけたたましく湧き上がった謎の雄叫び。

しかも一つではなく、重なり合うように轟いてきた。

只々聞こえてきただけだが、数の多さは計り知れぬものだったと今でも微かに身震いする。

 

そんな水木に対して、ゲゲ郎が島の窖について淡々と説明する。

曰く、古い結界が張られていたが綻びも見られ、そこから僅かに漏れ出した力に当てられたことが原因で、あの場にいた妖怪たちが凶暴化していたという。

また、件の力とは非常に強力な怨念のことを指し、より詳しく述べるとその正体は狂骨という物の怪だと口にする。

 

「きょうこつ?」

「殺され井戸に打ち捨てられた死者の怨念から生まれる妖怪じゃ」

「まぁ、確かにあの窖を井戸に見立てたら、しっくりに来るわな」

 

加えて、あれほどの力を持つにはざっと見繕って数百年はかかるとのこと。

であれば此度の殺人事件の犯人も、そいつの仕業なのかと問われるが揃って口を濁らせる。

 

というのも結界がある以上、島からは出られないはずだという。

但し、この村に依り代でも居ない限りではと付け足しする。

 

「依り代?」

「あぁ……狂骨が誰かの体に憑りつき、そしてその憑りつかれた人間が狂骨の力を放ったとしたら、可能性は無くもない」

 

昨日の二度目の殺人事件の後、大樹の天辺に突き刺さっていた遺体がどうなったのかは全くもって皆目見当がつかない。

酷い言い方ではあるが、今の所関係のない事案である故、興味がないのだ。

恐らく態々木の根元を斧や鋸とかで切り倒してから回収したと思われるが……。

 

 

「あっ!おじさん!」

 

「ん?」

 

 

と、その時。

後ろの方から幼き声が流れてきたため一斉に振り返ると、仲良く手を繋ぎながら佇んでいる者たちが居た。

 

ボタン付きの白シャツに青の短パンを身に着けている時弥少年。

並びに涼し気なワンピースを着こなしながら赤いリボンを髪に結んでいる沙代の両名だった。

 

のどかな風景が広がる里道にて、偶然にも再会できたことに双方とも喜びを表す。

 

「水木様!それに神谷様も………そちらの方は、確か……」

「やぁ、時弥くん。おはよう。それに沙代ちゃんも………そういえば、君にはまだ紹介してなかったな。こいつはゲゲ郎って言うんだ」

「お主が、沙代お嬢ちゃんか?話は聞いておるぞ♪」

「えっ?話とは……」

「あぁ、いや。水木がな?沙代ちゃんのことをばっかり話してくるもんだからさぁ」

「お、おい!!お前、何を言って―――」

「ほ、本当なのですか?水木様」

 

空いている手で胸を押さえながら恍惚とした表情を見せる。

潤った眼差しを向け、尚且つ頬を紅く染めている。

その様子から隣にいた男児も流石に気づく。

 

「えっ?さよ姉、ひょっとしておじさんのことが好きなの?」

「ッ!と、ときちゃんったら……その……」

「好きじゃないの?おじさん、そうなの?」

「……いや、違うよ。沙代さんは、僕のことを慕ってくれているんだよ。そして僕も……沙代さんのことを心から慕っている」

「ッ……み……水木様……」

 

堂々とした告白に真っ赤な林檎へと変貌する。

同席している人達はいるものの、周りに他の村人がいないことが幸いだった。

 

誰かに聞かれでもしたら色々と不味くなるからだ。

けれども、やはり嬉しい事には変わりなく、繋いでいた手を離すなり、頬に添える。

 

「ってことは……お互い好きってこと?」

「そういうことになるな」

 

疑問を解消すべく、神谷が代わりに答えると次第に歓喜を露にする。

親戚の間柄ではあるが、従姉の恋の成就に思わず拍手を送る。

その上、お祝いの言葉を送る始末であったことから、恥ずかしさの余りやんわりと制する。

 

「ちょ、ちょっとときちゃん。恥ずかしいわ……」

「ははっ……そうだ。時弥くん。これから俺とゲゲ郎と一緒にどこかで遊びに行かないか?」

「えっ?」

「……おぉ、それは良い。時ちゃん、どうじゃ?よければ儂らと一緒に遊ばんか?」

「何だったら、売店でアイスキャンディーも買ってあげるぞ」

「ほんとっ!?さよ姉、遊びに行っても良い?」

「えっ?えっと……」

 

唐突な懇願に戸惑う中、ふと彼らの方に目を向けると、愛しい人が勝手な提案を持ちかけた彼らに詰め寄っていた。

少々焦りを見せていたものの、何やら説得されていく内に勢いが衰え始め、遂には鳴りを潜めてしまう。

 

まるで言い負かされたかのような姿に首を傾げるも、よく考えてみれば願ってもない二人きりになれるチャンスでもあった。

ならばと自ら一歩踏み出して了承する。

 

「そう……ね。私も、水木様と二人きりで話したいことがあるから……」

「やった!良いって!」

「そいつは何よりだ。じゃあ、俺とゲゲ郎は時弥くんと一緒に遊んでくるから……頑張れよ?」

「う、うるさい!」

 

屈託のない笑みで肩を叩いてくることに反抗する。

表面は恥辱にまみれており、何処か素直じゃない一面も見られる。

その態度から揶揄いがいのある奴だと内心抱く。

 

 

 

――――

 

 

 

龍賀の屋敷の近くにある展望台。

山沿いに建造されていることもあり、テラスから眺められる景色は素晴らしきものとなっている。

 

吊り橋が掛けられている峡谷の他、緑溢れる大自然が見渡す限りに広がり、心地よい風も吹いてくる。

ジメジメとした暑い日差しが降り注いでくるも、それすらも跳ね除けるほどの解放感が身に染みる。

 

「綺麗な景色ですね……」

「ここ……私のお気に入りの所なんです。とても落ち着きますから……」

 

葉っぱがそよぎ、靡く髪の毛を押さえる。

嫌なことや不安に駆られた時などによく訪れる場所であり、こうして絶景を見ながら黄昏ていると胸の中に溜まっていたものが無くなると吐露すると共に、心なしか顔つきが沈み始める。

 

それに察した彼は、傍らまで近寄るなり、肩に手を置く。

此処から連れ出してほしいと懇願したこともあり、村の裏側がどれほどのものなのかは未だに分からないが、少なくとも限界に近いことを悟る。

 

「……水木様」

「はい?」

「……私をここから連れ出すという約束ですが……一体いつ頃になるのでしょうか?」

 

話したかった内容というのも、大方約束のことだと察していた。

でも、このまま連れて逃げてしまったら、彼らにどの面を下げれば良いのだろうか。

 

互いに協力し合いつつ、秘密を暴こうと決心したのに一人だけ逃げるのはもってのほか。

とはいえ、目の前にいる彼女の心情も汲み取ってあげたいのも事実。

 

故に、それらを踏まえたうえで打ち明けることにする。

 

「沙代さん」

「……はい」

「貴方を此処から連れ出すことなんですが……もう少しだけ待っていただけないでしょうか?」

「……それは、どういうことでしょうか?」

 

腹を括りつつ、自分たちの目的について喋り出す。

当然のことながら、村の謎を解明するという話に驚かれてしまうものの、決して約束を忘れている訳ではないと念を押す。

 

そして此処がどれほどの闇に覆われているのかは知らないが、何もかも解き明かす為には、貴女の協力も必要だと思うと口にする。

勿論、強制はしないし、無理強いもさせないと付け加える。

 

君自身の意思で決めてもらいたいと、真摯に伝え終えると………軽く俯いていた顔を上げてから返事をする。

 

「……必ず約束を守ってくださるのですね?」

「勿論です。この村の謎を全て解き明かした後に、必ず」

「……分かりました。水木様が……いえ、水木さんが私の望みを叶えてくださるのならどんなことでも致します」

「ッ、ありがとう。沙代さん」

「あっ……」

 

承諾してくれたことへのお返しと言うべきか。

引き寄せるなり、優しく抱きしめる。

 

一方で、鼓動が早くなるも何とか腕を背中に回しながら抱き返す。

温もりが直に伝わり、もう少しだけこうしていたいという欲求が芽生えつつも、流石に長続きはしないようでゆっくりと離されていく。

 

「す、すみません……何か、僕……」

「……ふふっ。水木さんって、結構大胆なのですね♪」

「あっ、いやぁ……その………申し訳ない」

「気にしていません。寧ろ、ありがとうございます。私の事をそこまで考えてくださって……」

 

頭を掻きながらたじろいでいる想い人に微笑みかける。

対する彼はというと、依然として照れ臭そうにしており、頬を紅く染めている。

和やかな時間が流れるも、少し経つと落ち着くようになり、先程の話に戻る。

 

「いま屋敷には、神谷の仕事仲間が血液製剤のことに関して調べています」

「はい。ですが、まさかあの子が神谷様の協力者だったなんて……驚きです」

「危険なことは彼に任せるとして、沙代さんには一つお願いがあります」

「何でしょうか?」

「昨日、禁域とされる島に孝三さんが入ったとお聞きしましたが……その孝三さんと話がしたいんです」

 

過去に禁域に入ったとされる龍賀家の次男。

みすぼらしい容姿となってはいたが、あそこにあった窖について何か知っているのかもしれない。

 

ひょっとすると村の秘密と何らかの深い関わり、もしくは重要な手がかり等があることだって考えられる。

気になることはとことん追求するべきだと考えた上での頼みだった。

 

「あの島に行ったのですか?」

「はい……神谷とゲゲ郎と一緒に……すみません」

「謝らないでください。私は気にしていませんので。あと、孝三伯父様のことですが………お話しできる状態かどうかはわかりませんが、水木さんの望みでしたら何とかしてみせます」

「ありがとうございます。沙代さん。………そろそろ待ち合わせの時間になりますね」

「あっ、そうなのですね。でしたら早く行きましょう」

 

手首に嵌めている腕時計に眼をやる。

少年を連れて遊ぶことにした二人と別行動をとる際に、待ち合わせの場所と時間を指定したため、そろそろ向かわなければならない。

名残惜しそうにしながらも、彼女と一緒に腕を組みながら展望台を後にする。

 

「………」

 

彼らと合流出来た後に相談事をしなければならない。

 

隣にいる彼女の背後に纏わりついている黒い影。

人の形をしている上、見たことのある顔ぶれ。

 

慎重に事を運ばないとまずいと、直感が告げていた。



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第十五話

数時間後。

陽は既に大きく傾いており、空一面が夕焼けになっている頃のこと。

 

男三人衆はというと村の山沿いにある墓地に赴いていた。

特に大した理由は無く、座敷牢以外で周囲に人がおらず、話し合える場は無いかと探した所、丁度良いという形で立ち寄っただけのこと。

 

でもって、その内の一人が唐突にすぐに戻ると告げてから席を外しているのだが、一向に帰ってくる気配がなく、仕方なく共に地べたに座り込みながら黄昏る。

 

「何しに行ったんだろうな。ゲゲ郎の奴」

「まぁ、気長に待とうや………それはそうと、さっきの相談事についてだが………ひょっとして沙代ちゃんのことじゃないのか?」

「………やっぱり気づいていたんだな」

 

各々が時間通りに合流した後、手を繋いで去って行った時貞翁の孫たちを見送った際に、相談したいことがあるとの真剣な眼差しで懇願してきたことから、今一度の話し合いをするために、滅多に人が寄り付かない場所を選んだ。

 

その点に関しては申し分なく、聞こえるとすればそよ風によって靡く草や葉っぱくらいのみだろう。

ただ死者が眠っている地に居座るのは如何なものかと思われるが……。

 

「待たせたのぅ」

 

「ん?……やっと帰ってきたか」

 

後方にある草陰から流れてきた物音の中からゲゲ郎が戻ってくる。

一体何処まで行ってきたのかと問おうとした矢先、何かを握っていることに気づく。

 

目を凝らしてみると、それは紐が付いている大きめのひょうたん水筒だった。

対する彼はというと、自身の手にある品物を見せびらかすなり、一言述べる。

 

“よければ、一緒に呑みながら話さないか?”と。

 

 

 

――――

 

 

 

「♪~……あ~、美味い♪」

「じゃろぅ?山向こうの鴉天狗が仕込んだ一品じゃ♪」

「ほぉ……天狗の酒か」

 

態々お猪口も用意してくれたこともあり、素直に酒の味に舌を打つ。

 

粋な計らいとは正にこの事だろうか。

ご丁寧にお酌までしてくれるため、何とも心地よい気分に浸る。

 

尤も、見ず知らずの沢山の墓石がある中で飲み交わすというのは、ある意味度胸が据わっていると言えよう。

 

「……で、改めて話し合うことになるんだが……水木。ちょっとばかしすまないが、お前さんの相談事は後に回しても大丈夫か?」

「ん?あぁ、別に構わないが」

「すまんな。えっとだな……実は、昨日解き放った新しい遣いの子が少し前に戻って来てな。その報告を先に話したいんだ」

 

秘かに解き放っていた式神の一種。

龍賀家の長女が口にしていた龍哭の影響による崖崩れで麓との連絡が途切れたとの真相を知るべく、虻に化けながら飛んで確認させていった所、案の定というべきか予想通りの結果だった。

 

あの女が言ったことは全くの出鱈目。

外部との通じる道は一切崩れてはおらず、尚且つ地揺れによる落石等の塞がりも無かったとのこと。

 

ということはつまり彼女だけではなく、後にひっ捕らえたゲゲ郎を連れて赴いてきた村長や、厳つい面をした村人たちもまた嘘を吐いていたことになる。

 

「やっぱり全員グルだったのか……」

「あいつらにとっては、この村が全てなんだろうな。だからこそ誰一人として逃がそうとしなかった……ということなんだろうよ」

「酷い話じゃな。欲望に呑まれた憐れな人間……その中身は、妖怪や悪霊以上の醜悪な化け物と変わりゃせん」

 

嫌悪感を抱きつつ吐き捨てるように語る。

この地に訪れた初日に理不尽な仕打ちを受けたこともあってか、その怒りは人一倍強かった。

腹立たしい限りなのだろう。

 

「……儂はずっと人間が大嫌いじゃったよ。憎んでおった。じゃがな……」

「ん?」

「妻は人間を愛しておった」

「愛?ははっ、これはまた王道な言い草だな」

「全くだな。けど……俺は嫌いじゃないぜ」

「妻が好んで使っておったのじゃよ」

 

ぽつぽつと昔の思い出を語り出す。

 

自身から見ても、妻は愛にあふれる女であり、人間の弱さや愚かさを憐み、慈しみ、そして愛した。

愛して信じ、常に彼らと共にあろうとした。

 

人里から離れて暮らしていた己とは違い、人間の社会に混じって生きていた。

もし彼女と出会わなければ、今頃自分はどうなっていたのかと時々思うことがあると。

 

「本当にのぅ……良い女なんじゃよ……」

「お、おい泣くなよ」

「お前さん、酔っぱらうと泣き上戸になるのか?」

 

思いのほか酔いが早く回ってしまったらしく、次第に涙の粒を流し出す。

男の癖に情けないと感じる反面、それだけ妻を愛している証拠でもあった。

だからこそ揃って慰めたり、背中を擦る等を行う。

 

「何か、話しが脱線しちまったが……奥さんともう一度会えるよう俺も頑張るからよ」

「あぁ……ありがとう」

「それでちょっと別の話になるが……水木」

「何だ?」

「実はな、もう一つお前さんに伝えたいことがあるんだ」

 

時は遡り、本日の昼前時のこと。

 

ゲゲ郎と共に時弥少年と散歩してから、広々とした草原にて鬼ごっこやら捨てられていた空き缶を使った缶蹴り等の遊びをした中で、間に休憩を挟んだときに幼き男児から気になる話を耳にした。

 

内容としては、お守りを貰った日から体調が少しずつ良くなってきたこともあり、先日久しぶりに屋敷の中を散策した際、偶然にも母親と伯母の声が聞こえてきたため、気になって辿ってみると、とある一室の扉が僅かに開かれていたのを目にし、なるべく足音を立てずに近寄ってから覗き込んだ所、室内にいたのは紛れもなく本人たちであったとのこと。

 

ところが、何故か両者ともに普段の様子と違っており、怖い顔つきをしている上に妙な話をしていたという。

 

「“このままいずれ殺されてしまう”。“あと一日しかないから時弥を早く継がせないとまずい”って伯母さまが言ってたそうだ。それでもって、母親は何て答えたのかって訊いてみると“時弥は貴方のものではない”って反発したそうだ。ただ……その時の母親の顔は、まるでお化けみたいで怖かったって言ってたぜ」

「………」

「信じられるか?大好きだったはずの母親が怖いって言いながら怯えてたんだぞ?ゲゲ郎も覚えてるだろ?」

「あぁ……あの時の時ちゃんの顔は今でも忘れんよ。あんな可愛くて小さな子が、母親に怯えてしまっておる。実に可哀そうにも程があった」

 

実母に恐怖心を抱いている。

しかも年端も行かない子が恐れ戦いたのだ。

即ち外観からでも分かるほどの形相をしていたのだろう。

 

因みにそれを見た彼は、震え上がるばかりか、見つかったら何をされるか分からないと思い至ったらしく、気づかれないようにしながら逃げたそうだ。

 

「それを見てから、あの子曰く体調がまだ悪い振りをし始めたんだと。ただ……いつかはバレてしまうだろうな」

「……最悪だな。身勝手にも限度ある」

「全くだ。それでだ、水木。俺はあの子を……時弥くんをこの村から連れ出したいと思ってる」

「時弥くんを?」

「このままだとあの子の身に危険が及ぶ。それだけは何とかして避けたいんだ」

「……沙代さんも、この村から連れ出してほしいと願っている。それを考えると、時弥くんと一緒に何とか連れ出したい所だな」

 

挙って腕を組みながら考え込む。

と、ここで序とばかりに相談事が始まる。

 

お前たちと出会ってからというもの、今まで見えなかったものが見えるようになり始めたのだが、それにより最近になって彼女の背後に纏わりついている影も見えるようになったのだが、見覚えのあるものだったという。

 

それは何かというと、此度の龍賀一族の殺人事件で死亡した長男の時麿と次女の丙江とのことだった。

 

「ゲゲ郎も気づいていたんだろ?」

「あぁ……沙代お嬢ちゃんを初めて見たときに背後に怨霊が憑りついておった。あの子が狂骨の依り代で間違いなかろぅ」

「そんな………」

「じゃがな、水木よ。狂骨が憑りつく人間というのは、かなりの怨みや絶望を募らせている人間にしか憑りつかんのじゃ」

 

怨みや絶望を募らせている。

その原因は、恐らく身内の龍賀一族に他ならないだろう。

でもって何らかの理由で狂骨の力を解き放ち、殺害した。

 

此処から連れ出してほしいと頼み込むくらいだ。

壮絶なる人生を歩んできたのだと察する。

 

「……何とかできないものだろうか」

「仮に沙代ちゃんが殺人事件の犯人なのだとしたら、もう自分の中に狂骨が宿っていることは認識しているだろうな。それでもって、まだお前さんには気づかれていないと思い込んでいる………あの大人しそうな子が凶行を取ったのだとしたら、相当龍賀家の連中に恨みを抱いてたんだろうな」

 

親族を殺すほどの動機。

元々、誰にも言えない秘密を隠している村を牛耳っている連中である。

人の皮を被った化け物かつ醜い本性を抱いているはず。

故に我々が想像している以上に悍ましい目に遭いながら生きていたのかもしれないと考える。

 

「……水木」

「何だ?」

「沙代ちゃんのことなんだが、またあの子と出会うときは何も知らないふりをしながら接してくれないか?」

「ッ……どういうことだ?」

「あの子に憑りついている狂骨は、村の外に出た後でも俺が何とかしてみせるし、それにもしお前さんが知っていたのに黙っていた事を村から出る前にあの子が知れば、絶望感が増して狂骨を暴走させる恐れがあるかもしれない」

「神谷の言うことには一理ある。見た所、あのお嬢ちゃんは、越えてはいけない一線の手前で何とか踏みとどまっておる。じゃが、小さい頃から積み重なっている怨みが今にも爆発しそうじゃ」

「恐らくお前さんという想い人が出来たから、今の所は何とかなってはいるが、その想い人が知らない振りをしていたと知ったら、あの子の心は完全に壊れてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならないことだ」

 

成すべきことは、彼女と交わした約束を叶えさせることにある。

勿論、村の秘密を暴くことも忘れない。

 

その上で従弟と共に連れ出し、落ち着いた所で憑りついている狂骨を対処する。

それから心のお世話に務めてからでも遅くはないと説明する。

 

「あと、これはあくまで個人的な感想だが、沙代ちゃんが本当に親族を殺めたとしても、それは酷い境遇に遭わされたからであって、実行したのも自らの手ではなく、勝手に憑りついた狂骨の仕業だ。まぁ、殺したいと思ったのは事実かもしれないが、それでもあの子を責める資格は誰にもないと思う」

「……暴論だな」

「あぁ、そうだな。でもな、あの子をそうさせたのは他でもない身内の龍賀一族だとしたら?」

「………」

「人を殺めるのはいけないことだとされている。悪意を持った人間が、他人の命を平気で奪うというのなら話は分かる。だが……世の中には哀しい境遇に苛まれ、それ故に凶行に走ってしまった人もいる」

「………」

「じゃあ、その人に対しても、ただ単に人を殺すんじゃないと責め立てるのは、果たして正しいことなのだろうか?何も知らないくせにのうのうと罵詈雑言を浴びせるのは良いことなのか?俺自身は……違うと思っている。人を殺すのはいけないことだ。だが……それでも殺さざるを得なかった人も世の中にはいるんだよ」

 

要するに、責め立てるのは筋違いだと言いたいのだろう。

また語り終えたあと、沙代ちゃんを犯人に仕立てた定で話してしまい、申し訳ないと頭を下げる。

それについて水木は、気にするなと肩を叩く。

 

「俺たちのことを考えてくれたんだ。誰が責めるもんか」

「……すまないな」

「良いから気にすんな………あぁ、そういえば。俺からもお前らに話したいことがある」

 

数十年前に禁域の島に入ったとされる龍賀家の次男。

 

その人物と話をしたいがために、彼女に手配してもらうよう頼み込んだことを話し出す。



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第十六話

次の日の朝。

墓地で話し合った後に、長田家の屋根裏部屋へと戻った三人はいつものように寝床から起き上がる。

 

昨晩、鴉天狗が仕込んだという一品の酒を飲み空かしたせいか、少々頭痛がすると情けなく吐露する約一名とは違い、他は二日酔いに陥ることもなく素面のままだった。

 

「大丈夫か?」

「あぁ……まだ頭が少し回ってる」

「大分、飲んだからのぅ……ん?」

 

その時、階段の方から足音が流れる。

誰かが上がってきていると察すると――――

 

 

「旦那、起きてやすかい?」

 

「ねず公?」

 

 

訪れてきたのは半妖のねずみだった。

しかも手元には一冊の書物が握られており、その観点から例の依頼を完遂させたのではと解釈する。

 

 

「時麿坊ちゃんの部屋から見つけましたぜ。例の血液製剤の秘密を」

 

 

予想通りの展開に、よくやったと褒め称える。

また念のため、誰にも見つからなかったかと問うと、自信満々な答えが返ってくる。

逃げ隠れするのはあっしの十八番だと。

 

「ありがとな。ねず公、それを水木に渡してやってくれ」

「……良いのか?」

「元はといえば、お前さんの仕事だからな」

「……なら遠慮なく」

「どうぞ兄さん。しかしまぁ、大変でしたよ。誰かに見つからないように移動するのは」

 

人目につかないよう此処までやってきたのは大変だったと愚痴を零しながら手渡す。

一方で受け取った彼は、早速とばかりに書物の内容を拝見しようとするが、その際、手渡してきた当人から意味深な発言を聞かされる。

本の中を見る際は、少し覚悟した方が良いと。

 

「……どういうことだ?」

「いやぁ、その……一応中身を見て確認したんすけどね……中々のものだったんすよ」

 

思い出すだけでも気持ち悪くなったのか、表情を曇らせる。

その様子から非人道的な事柄が記されているのだと推測し、改めて読もうとした矢先、ふと何かを思い出したのか、再び声を掛けられる。

 

「あぁ、そういえば、兄さんに言伝があったんだ」

「ん?」

「お嬢さんからのお言伝がありましてね。孝三坊ちゃんとの面会を今日の10時頃に手配してくれるそうですぜ」

「沙代さんが?」

 

昨日頼んだばかりなのに、もう手配してくれたことに些か驚く。

他にも、待ち合わせ場所は展望台で、自ら直接伯父を連れて参るとのことだった。

 

僕のためにそこまでしてくれるとは……と内心感慨深くなるも、すぐさま切り替えて返事をする。

 

「分かった。今日必ず行くと伝えておいてくれないか?」

「分かりやした」

「……あぁ、そうだ。ねず公」

「へい?」

「仕事を終えたばかりで申し訳ないんだが……最後にもう一つだけ頼みたいことがある」

 

新たなる仕事を任せたいと言いながら懐に手を入れる。

その中から一枚の封筒並びに細い紐で結ばれている小袋を取り出す。

 

「旦那、それは一体?」

「この封筒の中身には、今後のことに関しての俺からの言伝が記されている。それを見ながら仕事をしてほしい」

 

そう言いながら二つの物品を差し出す。

直接伝えれば済む話なのに、何故態々回りくどいことをするのかと疑問符を浮かべるが、頼まれた以上断る訳にもいかないため、素直に受け取る。

でもって一通りの用事を済ませた彼は、座敷牢を後にする。

 

 

 

――――

 

 

 

午前10時頃。

 

長田家から展望台までの道筋が長いこともあり、少し早く出向いた一行は、約束の時間より10分ほど前に到着する。

それまでの暇つぶしとして、ねずみから頂いた書物を共に読むことにしたのだが……。

 

「これは……」

「………」

「……やっぱりな」

 

綴られている中身は、余りにも凄惨なものだった。

 

不死の妙薬とされる“M”の原液の製法。

主な材料とされるのは……とある経緯で捕えた幽霊族の血。

即ち、ゲゲ郎の同胞たちの生き血を使用しているということになる。

 

更に、その血を外部から攫ってきた関係のない人間を屋敷の地下にある工場に監禁し、其処で実験体として扱っているだけでなく、屍人と化した者たちから医療器具等で搾り上げた液体を元に生成している等も記載されていた。

 

「これで一つはっきりしたな……龍賀家の秘密が」

「何という惨いことを……!」

 

最初は静観していたものの、読み続けていく内に怒りを募らせる。

特に、同じ種族である彼に至っては、歯ぎしりする程の明確な感情を露わにしていた。

 

今すぐにでも問い詰めてやりたいという意思も見られたが、それはまずいと示唆するように神谷が肩に手を置く。

 

「落ち着け、ゲゲ郎。怒る気持ちは凄く分かる。だが、もう少し待て。もうすぐしたら沙代ちゃんが、孝三さんとやらを連れてここに来るからな」

「ッ………そうじゃったな……」

 

優しく諭されたこともあってか、次第に落ち着いていく。

とはいえ、完全に収めきれてはおらず、所々体を震わせていた。

恐らく相当苛立っているのだろう。

 

(……ん?)

 

何とか宥めながら対処していると、唐突に水木が手にしていた書物を閉ざすなり、力一杯破き始める。

加えて、細かく千切っていった後に、高い位置にあるテラスから落としていく。

 

「良いのか?水木」

「……あれを持って帰れば、俺の任務は完了だが……あんなものはこの世にあってはならない。だから処分したまでのことだ」

 

風に乗って飛んでいく紙切れを一点の曇りもない瞳で見つめながら語る。

確かな覚悟を持ったうえでの行動に、思わず口角を上げる。

 

当初は、勤め先の会社での自分の立場を上げるためだけに動いていたというのに、今となっては野心も何もかも置き去りにしている。

間近で見られた成長ぶりに感服するあまり、背広を軽く叩く。

 

「な、何だよ」

「いや、別に……ん?」

 

刹那、展望台のエレベーターの方から音が届く。

揃って振り返ると扉が開き、中から二名の男女が姿を現す。

 

和服を着用している沙代に、車椅子に乗っている年老いた孝三。

簡易な浴衣を身に纏っている上に、描画をするための紙を数十枚ほど膝に置いている。

 

「水木さん。神谷様、ゲゲ郎様……お待たせしました」

「沙代さん」

「ほぅ……あれが孝三とやらか」

 

眼鏡の奥にある瞳は、何処を見つめているのか分からない位に虚ろで、頬も痩せこけている。

大病でも患っているのかと疑いたくなるほどの有様に息を呑む。

 

反対に、そんな伯父が座っている車椅子を押しながら彼らの元へ連れていく沙代は、ある程度縮まった所で足を止める。

待ちにまった話し合いが始まる……と誰もが思った瞬間――――

 

 

「はっ!?う、うわぁぁぁああああああああ!!!」

 

「ッ!?こ、孝三伯父様!?」

 

 

突如として酷く怯えるように狂乱する。

と、同時に亡者の嘆きのような雄叫びが湖にある小島の方から轟いてくる。

 

遠く離れているにも拘らず、耳元に届くほどの声量から、たちまち警戒するように人ならざる者たちが身構える。

 

その間にも、暴れ狂う伯父を押さえようとする彼女に対し、流石に一人では危ないと感じたことから水木が手助けに入る。

 

「沙代さん、手伝います!」

「伯父様!しっかりなさってください!」

「ひぃいいい!!!?」

 

ところが、尚も慌てふためき、遂には車椅子から落ちてしまう。

 

当然のことながら持っていた画用紙も散らばってしまい、辺りが騒然となるも…………暫くすると叫び声が小さくなっていき、終いには完全に聞こえなくなる。

 

それによって狼狽えていた彼もまた、徐々に落ち着きを取り戻し始める。

 

「孝三伯父様!」

「怪我はありませんか?」

「あんた大丈夫かい?」

「……ん?」

 

尻もちをついている所に、他の面々が心配そうに傍まで近寄っている中、散乱してしまった画用紙に何かが描かれていることに気づく。

 

「ッ!!」

 

それが視界に入った際、驚愕するかの如く目を見開きながら拾い上げる。

描かれていたのは、女性の似顔絵だった。

しかも見覚えがあり過ぎる人物でもあった。

 

「孝三さん!!」

 

「「「「?」」」」

 

珍しく声を張り上げたことに、自然と振り向く。

すると視線の先に居た神谷が、信じられないといった顔つきをしながら拾い上げた一枚の紙を突きつけていた。

 

 

「この絵……これは、ゲゲ郎の奥さんの岩子さんなんじゃないのか!?」

 

 

短髪ツリ目のやや派手目な美女。

別嬪とも賞賛すべき麗しい容姿。

紛れもない岩子本人が、鮮明に描かれていた。

 

無論、いち早く反応したのは夫だった。

腰を抜かしているのか、一向に立ち上がる気配のない彼の胸倉を掴みながら、鬼のような形相を浮かべる。

 

「あんた、この者と会ったことがあるのか!?」

「し……知らない………何も……!」

「知らぬはずがあるまい、何処で会った!!この者は……岩子は、何処におる!?」

「ゲゲ郎様、落ち着いてください!」

「ゲゲ郎!落ち着け!」

 

乱雑に問いただすことに関して止めに入るも、聞く耳を持たない。

挙句の果てには、より一層強く引き寄せながら問い詰めるばかり。

 

無理もない。

長年探し続けている妻の手掛かりが見つかったのだ。

故に居所を白状しろと迫るのも分からなくもない。

 

「それは……僕の夢に出てくる人なんだ……!」

「夢などではない、岩子は儂の妻なのじゃ!何処じゃ!?何処におる!!」

「知らない………許して………!」

 

畏縮しながら何も知らないと返答することに痺れを切らしたのか、更なる怒りをぶつけようとする。

 

 

「孝三様は、嘘は言ってませんよ」

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

しかし、第三者の介入によって遮られてしまう。

 

突然、割り込むように登場した男。

 

展望台にある複数のテーブルセットの内の一つの椅子に、いつの間にか座り込んでいたその輩は、服装は異なるが間違いなく村長本人であった。

 

「その絵の女性は、孝三様の記憶にない想い人なのです」

「長田様……」

「お嬢様。貴方には失望しました。まさか、このような輩共に手を貸すなどと……奥様が知れば、大層お怒りになるでしょうね」

 

にこやかな顔立ちとは裏腹に、語気が微かに強くなっている。

まるで余計な真似をしでかしたなと叱責しているように。

 

それを感じ取った彼女は、近くにいた想い人に助けを求めるかの如く、背中に回り身を隠す。

対する彼も、嫌な予感がすることから守るように立ち塞がる。

 

「あの窖に囚われたその女性に懸想した孝三様は一族を裏切り、彼女を解放しようとしたのですが………試みは失敗しました。龍賀に仕える裏鬼道。その術に襲われてね」

 

淡々と説明をし続ける。

曰く、それ以降、心を破壊されてしまった孝三は記憶を失ってしまったとのことで、龍賀の者でなければ命を落としていたかもしれないと口にする。

 

その上、ゲゲ郎があの女と夫婦であったことには驚いたものの、すっかり狩り尽くしていたと思っていたため、嬉しいばかりだと歪な笑みを浮かべる。

 

「陰陽師の一派『鬼道衆』……その中でも外法を操り破門されし者たち、裏鬼道。まさか龍賀に拾われておったとはな………我ら幽霊族を狩ってきた外道どもよ!」

 

直後、展望台の手すりに数人の謎の集団が現れる。

 

長田が身に纏っている同じ服装の他、紅くて長い鬘に般若の面を被る者たち。

器用に立ち尽くしている彼らの手には、斧や出刃包丁、将又猟銃や鎖鎌などの物騒な得物が握られていた。

 

恐らく彼に従えている構成員なのだろう。

筆頭となる当人もまた、衣服の内側から取り出した般若の面を被るなり、椅子から立ち上がる。

 

「水木よ、沙代お嬢ちゃんと共に下がっておれ。神谷も―――ッ?」

 

一人で相手をしようとした最中、神谷が徐に一歩前に乗り出す。

履いている草履で石畳の上を踏み、面倒臭そうな態度を取りつつ、目の前にいる村長に話しかける。

 

「なぁ、長田さんよ。一つ質問しても良いか?」

『?』

 

「あんたさ……これまで数多くの幽霊族を狩ってきたと思うが……心苦しいと思ったことは無いのか?」

 

『……どういう意味です?』

「だからさ、おたくらは先住民である幽霊族を狩ってきて、何とも思ってないのかって聞いてるんだよ。精一杯生き続けようとした彼らを無慈悲に殺し続けて……胸が痛くなるとか、そういう風に思ったことは無いのか?」

 

投げかけてきた質問に対して、愚問だと言わんばかりに含み笑う。

そればかりか一頻り笑い終えた後、馬鹿にするような口調で主張する。

 

『おかしなことを言いますね。そこにいる人も含めて、幽霊族はみな化け物なんですよ?躊躇う必要もないですし、何より……幽霊族は存在そのものが罪なのです。ならば、狩られるのも必然的でしょう?』

 

当たり前だと豪語する。

全くもって反省の色などは見られない。

 

あまつさえ命を刈り取ることに関しても、後悔の念すら微塵もない。

呆れるような連中だと、腰に手を当てながら俯くなり………段々と笑いが込み上げてくる。

 

「く……くくっ………はっはっはっはっ!」

『……何がおかしいんです?』

「いやいや………嬉しいんだよ。久しぶりに会えたことにな」

『……?』

 

 

 

「あんたらのような下衆野郎どもとな?」

 

 

 

一瞬の出来事だった。

 

お面越しに伝わってくる強い衝撃。

その影響から後方へと飛び、背後にあった鉄柵にぶつかる。

 

何が起こったのか分からなくなるくらい混乱するも、やがて殴られてしまったと把握する。

現に、被っていた面が砕け散ってしまっている他、鼻から血を流していた。

 

 

「良い面構えになったじゃないか」

 

 

良好となった視界を上げると、正に滑稽だというような表情で見下ろしてくる奴がいた。

鼻を押さえながら痛みに打ち震えていると、ここぞとばかりに挑発してくる。

 

 

「立てよ、小僧。二度と悪さが出来ねぇようにぶっ潰してやるからよ?」

 

 

楽しい遊びでも始めるかのような口振りで拳の骨を鳴らす。



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第十七話

先手必勝とばかりに不意打ちをしたことが合図となった。

 

 

「「「「ッ!!」」」」

 

 

テラスの鉄柵の上に佇んでいた裏鬼道の面々が、一斉に飛び掛かっていく。

標的とするのは、幽霊族と筆頭を殴った輩の二名。

手にしている得物を振りかざしながら叩き潰そうと試みる。

 

 

「神谷!」

 

「あいよ!」

 

 

ところが、そう上手くいく訳もない。

タイミングを見計らい、両者ともに最小限の動きで回避するなり、反撃に打って出る。

 

例えば、一番大柄な男が斧を振り下ろしてきた際に、持ち前の瞬発力なのか、神谷が腰を落として横に避けるなり、素早い身のこなしで一気に間合いを詰める。

躱されるとは思ってもみなかったのか、微かに狼狽えてしまうも、それが仇となってしまう。

 

というのも、気が付いた時には相手が懐に入り込んでおり、不敵な笑みを浮かべながら身構えていたからだ。

 

「おらぁ!!」

 

腹部に強烈な拳が加わる。

普通の人間ならば、あり得ないくらいの鈍い音が響き渡り、結果として真面に受けてしまったことからよろめいてしまう。

 

「隙だらけだぞ?」

 

早々に次なる一手が繰り出される。

右前隅に崩しながら、後ろ回り捌きで引き出し、体を沈めてから釣り手で固定しつつ、敵の肉体を持ち上げて投げる。

詰まる所、背負い投げを決め込んだのだ。

 

無駄な動きが一切なく、流れるような形で見事にこなす。

それにより、巨漢の構成員は硬い石畳の上に叩き込まれてしまい、背部に大きな衝撃を受ける。

破片が飛び散るほどの勢いもあってか、悶えるように苦しみ始める。

 

「ッ!」

 

対するゲゲ郎の方も、敗けてはいない。

出刃包丁を振り回しながら攻撃してくる一人に対し、受け流すようにしてから側頭部並びに片腕を掴むなり、体の軸を回転させる。

 

その速さは凄まじいもので、回されている敵の足元が地面から浮かび上がるほど。

極めつけは、近くにいる別の敵に向けて投擲する始末。

当然ながら巻き込まれてしまった者たちは吹き飛ばされてしまう。

 

「ッ!」

 

直後、殺気を感じ頭部を横へ傾けると、銃声音と共に素早い物体が一直線にすり抜けた。

石畳の一部に穴が開いたことから銃弾であることは容易だった。

 

でもって振り返ると、展望台の一番高い所にある鐘を鳴らす場所に猟銃を構えている者がいた。

般若の面越しに照準を合わせつつ、狙い撃ちしようとしていたが……。

 

 

「ふん!」

 

 

それよりも先に履いていた下駄を投擲する。

すると、意思をもって動く二つの下駄は狙撃手の元へと飛んでいき、宙を舞いながら翻弄させる。

 

勿論、自身の周りに飛び交う履物に狼狽えていると、隙をつかれて後頭部に突っ込んできたかと思えば、すぐさま顔面にもう一つが直撃する。

哀しいことに良い具合に当たってしまったようで、あっさりと意識を失ってしまう。

 

「おっと」

 

再び場面が切り替わる。

鎖を器用に使いこなしながら先端にある鎌で斬り伏せようとする屑が一人。

 

これ以上近づけさせないつもりなのか。

遠距離からの戦法で、安全かつ確実に仕留めようとする。

 

が、対峙している人物が悪かった。

 

 

「あらよっと」

 

 

引き戻そうとした矢先に、伸ばしていた鎖を掴まれてしまう。

加えて、物凄い力で引っ張られてしまい、自分の方から距離を縮める羽目になってしまった。

 

何とか逃げようとするも時すでに遅し。

胸部に強烈な一撃を与えられた挙句、脇腹辺りにも拳が入る。

 

遠慮などない絶妙な繰り出しに嗚咽してしまい、その上、下から思いっきり股間部を蹴られる。

人体の急所の中でとりわけ一番痛い所。

結果、情けない声を上げながら地に伏してしまう。

 

 

「ッ!」

 

 

改めてゲゲ郎に移り変わる。

裏鬼道の構成員の半分を請け負っている中、視界に入っている二名が唐突に足を止める。

 

何かを仕掛けてくると考察した時、一人目が抜刀している物を翳しながら突進してきたため、脚の軸を回転させつつ受け流す。

と、二人目が握っている鍬で脳天を目掛けて叩き潰そうとしてきたことから、瞬時に顎を狙って掌底で応戦しつつ、懐に入り込む也、胴体に肘打ちを入れる。

 

だが、それのみでは余り効果が無かったため、続けざまに両腕を掴み、真後ろに身を捨てつつ、釣り手側の足裏を腿の付け根に当てて、押し上げるように投げる。

日本の柔道の技の一つとされる巴投げ。

易々と受けてしまった輩は、弧を描きながら飛んでいき、バランスを崩していた仲間とぶつかる。

 

「ッ!」

 

すかさず飛び起きてから辺りを見回すと、何とか体勢を整えようと片膝立ちしている輩が居たため、即座に駆け出し、その片脚を踏み台にして膝上に乗り上がったと同時に頭部を狙って膝蹴りを繰り出す。

よって、受けてしまった人は何度目か分からない位に倒れてしまう。

 

「ぐっ!?」

 

次の瞬間、背後から接近していた敵による首絞めを喰らう。

大方、窒息死させようと考えているのか。

 

このままやられてなるものと言わんばかりに、即座に回してきた腕に手を掛けながら力を籠めると、握り返したことが功を制し、後ろにいた輩が雄叫びを上げ、絞めていた首を放す。

 

それを見逃さなかった彼は、思いっきり上へ動かしてから抜け出したのちに、反対に力一杯硬い床へと叩きつける。

またしても石膏の破片が飛び散り、敵の顔面がめり込む。

 

 

「ほらほら、どうした?そんな程度なのか?鬼さんこちら♪」

 

 

刹那、友が拍手をしながら大多数の面々を煽り始める。

まるで無様な連中だと罵っているかのように。

 

無論、馬鹿にされて腹立たしくならないはずもなく、怒り狂うように次々と駆け出す。

反面、神谷は間髪入れずに鉄柵に登り、そこから跳躍してから下の階のテラスに着地する。

 

高さがあるというのに平然と降り立っただけでなく、ガラスの窓を突き破り、屋内へと侵入する。

 

「ほぅ……大分お怒りのようですな?」

 

後から続いて入ってきた者たちの人数を数える。

薄暗い空間の中ざっと見た所、殆どが付いてきたようだ。

となると、上に残っているのは村長の長田を含めたごく数名だと把握する。

 

良い感じに分散することが出来たことへの悦びか。

自然と口角を上げる。

 

「さっさとかかって来いよ。へっぴり腰ども」

 

心置きなく相手してやるとばかりに、首を回して骨を鳴らす。

相対する構成員たちは、手元にある武器を翳しながら再度一斉に襲い掛かる。

 

「っと!」

 

恐れ戦くことなく、手始めに傍らまで寄ってきた一人の脇腹に向けて回し蹴りを放つ。

草履越しから喰らった攻撃に吹き飛ばされたのを見向きもせず、続けて駆け寄ってきた標的から少しばかり後退した後に、右足を高く上げた上段蹴りからの水面蹴りを行う。

 

体が一瞬だけ浮いてから倒れた所を見逃さず、序とばかりにかかと落としを決め込む。

何も言わずに淡々とこなすばかりか、蹲っているそれを球蹴りの要領で強く蹴り飛ばし、別の輩を巻き添える。

 

「ほいっと」

 

後ろから迫り来る気配に察し、振り向かないまま左脚を背後に向けて蹴り出すと、足先は見事に下腹部を捉え、吹っ飛ばしていく。

 

途端に、前方から別の般若が雄叫びを上げながらやって来たため、体勢を戻してから後ろ回し蹴りを決めて叩きのめす。

 

「そんなもんか?」

 

猛追は止まらない。

お次は、膝を伸ばしながら足刀による内回し蹴りで側頭部を攻撃したり、腕ごと折る勢いで横蹴りを放つ等をする。

 

壁にめり込んでしまったり、備品に追突した時に打ち所が悪かったのか、一人ずつ息絶えていく。

喋らせる暇すら与えない上に、下品な声を漏らしながらお面の隙間から血を吐き出したり、変にねじ曲がったまま動かなくなってしまう。

 

「ふん!」

 

他にもひらりと身体を回し、踵を顔面に当てる技を披露するほか、その場で宙返りをし、背後から接近していた雑魚の頭頂部に重い一撃をお見舞いする。

一切怯むことなく倒し続ける姿は、正に格好良いという言葉が似合うだろう。

 

気が付けば、約一名を除いて生存している構成員は見受けられない。

しかも激しい戦闘であったにも拘らず、当の本人は息切れしていないばかりか、汗一粒も流していなかった。

 

「ん?」

 

余裕綽々というように佇んでいると、最後に残っている屈強な阿呆が、面越しからでも伝わるほどの息を荒くしていた。

 

手に握りしめているのは斧。

即ち、あいつだと理解する。

 

「………」

 

何も言わない代わりとして、近寄りがたい雰囲気を醸し出す。

 

傍から見れば、恐怖を植え付けさせるような感じであり、でか物は僅かにたじろぐも、何とか気持ちを切り替えて得物を振りかざす。

 

反対に彼はというと動じることもなく立ち尽くし、振り下ろしてきた刃先を二本指で挟む。

 

「やれやれ……」

 

動揺しつつも必死に引き抜こうとするが、全くもって動かない。

そればかりか、軋むような音も鳴りだす。

嫌な予感がし、こうなればと握っていた武器を離し、拳で殴り掛かるが………悪手だった。

 

 

「あばよ」

 

 

最期に見た光景は、易々と突き出した拳を避けてから、軽々と目前まで跳躍し、手に入れた斧で横一線に振るう姿。

 

首から上が無くなったのは言うまでもなく、血飛沫を上げた後に力なく倒れる。

 

「……さぁてと」

 

誘きよせた馬鹿共を全員倒したものの、念には念を入れておかなければならない。

ひょっとすると息を吹き返す可能性もある。

 

だからこそ、まだ首が繋がっている面々に忍び寄る。

血糊が付着している道具を使って……。

 

 

 

――――

 

 

 

その頃、想い人である沙代をひたすら隠すようにしながら隅で事の顛末を見届けていた水木は、圧巻とも言うべき戦闘に見入っていた。

途中から傍らで縮こまっている孝三の存在を忘れかけてしまうほどの戦いぶりに思わず息を呑む。

 

現在は、内一名が陰陽師の一派で外法を操る裏鬼道という名の組織の構成員の大多数をおびき寄せて下の階へと移ったため、目先にいるのはゲゲ郎と残った敵だけとなっている。

 

といっても戦況は、彼の方に軍配が上がっており、打撃や投げ技などで瀕死の虫のような状態で蹲っている者がそこら中におり、残っているのは未だに鼻血を流している村長のみであった。

 

殴られた際に鼻の骨でも折れてしまったのか、押さえるように摘まみながら人相を悪くしている。

 

「さ……さしゅがは、ゆうれいじょく………それでこしょ、われらのじゅつもいひぃるというものです……!」

 

少々情けない風貌に陥ってしまっているものの、気にすることなく懐から何かを取り出す。

簡潔に述べると、謎の紋章が刻まれている頭蓋骨であった。

気味の悪いものを晒し出したことから、一体何をするのかと訝しむと……。

 

 

「おん!」

 

 

突如として頭蓋骨から禍々しい黒い影が放出され、段々と大きくなっていく。

やがて煙のような状態から姿形を具現化していき、遂にはその正体を現す。

 

 

「狂骨……」

 

「何!?あれが、狂骨だと?」

 

 

井戸にうち捨てられた骸が激しい怨念によって死霊化したものとされる妖怪。

般若に酷似している他、怨霊とも称えるべき悍ましい容姿をしたそれは紛れもない狂骨そのものだという。

 

「ただのひょうこつではありましぇんよ……よりひょうりょくなちひゃらをもっているのでしゅよ……!」

 

覚束ない口振りのせいで格好がつかない。

正直な所、場違いにも程があるが、治せない以上致し方ない。

悔しい思いと葛藤する中、解放された狂骨は、主の命令に従うように身構えている幽霊族へ襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

急いで左手首に嵌めている霊毛組紐を使い、反撃に移る。

 

 

「なっ!?」

 

 

けれども、驚くべき事態に遭遇する。

原因は不明だが、放った組紐が唐突に崩れ落ちてしまったのだ。

 

重力に従って落下したことから、ならばと履いている下駄を投擲するも、同じような形となってしまう。

その隙に、巨大な怨霊は口を大きく開きながら飲み込もうと接近する。

 

 

「ッ!!」

 

 

しかし、そう問屋は卸さなかった。

あと少しで飲み込まれそうになった瞬間、横から掠め取るように何者かが颯爽と救出する。

 

おかげで喰い損ねた物の怪は、今一度だけ上空を漂いながら体勢を変える。

因みに、食べられそうになった彼を救った人物が誰なのかというと……。

 

「か、神谷……」

 

「大丈夫か?」

 

言わずもがな神谷であった。

双方ともに大した怪我を負うこともなく、無事に五体満足のまま立ち上がる。

そして振り向きながら見上げるなり、こちらを見下ろしている怪物を確認する。

 

「……狂骨か。随分と悍ましい化け物を使役しているじゃないか。えぇ?長田さんよ」

「……ほんとぅに……あなたは、めじゃわりでしゅね」

 

丁度良いとの顔つきをしながら指示を下す。

あの男を先に殺せ……との念を送ると、浮遊していた狂骨が動き出し、狙いを変える。

 

先程と同様に口を開けながら突き進む。

降りてくる勢いも相まってか、周囲にいた水木たちが忽ち危惧する。

早く逃げろと叫ぶも、当人は微動だにしない。

 

このままでは喰われてしまうと誰もが思ったとき――――

 

 

「?」

 

 

誰もが目を疑う光景が広がる。

間近まで迫ったはずの狂骨が、突然止まってしまったのだ。

 

開けた口を塞ぐことなく、今にも飛び掛かりそうな態勢で宙に浮いているにも拘らず、一向に目の前にいる獲物を食べようとしない。

それどころか、何処となくしおらしくなってきているようにも感じた。

 

「どぉした、ひょうこつ!!なじぇ、いうことをきひゃない!?」

 

流石に焦りを抱いたのか。

手にしている頭蓋骨に霊力を込めるも、全然反応しない。

どうして言うことを聞かないのかと困惑すると……。

 

「良いことを教えてやろうか?長田さん」

 

その答えを教えるべく、彼が語り出す。

 

「実はな、俺の昔の知り合いに一風変わった術使いが居てな。そいつからあることを教わったんだよ。高い霊力を駆使して、妖怪やら幽霊やらを操る術をな」

「………はっ?」

「まぁ俺自身、教えてもらったとはいえ、滅多に使うことなんて無かったけどな。何せ、そういう機会が意外と無かったもんでな」

 

作務衣の裾に腕を通しながら振り返る。

背筋をちょっとだけ反らし、首を何度も傾けてから姿勢を正すと引き続き説明する。

 

「さて、ここで一つ問題だ。霊力が圧倒的に高い人物よる術が、ここに居る狂骨に効いてしまった場合……果たして、一体どうなると思う?」

 

問題が出題された際、脳裏に嫌な予感が過る。

そんな訳がないと頑なに信じようとしないものの、恐る恐る視線を向けると………。

 

 

「ッ!?」

 

 

使役していたはずの妖怪が、こちらに振り向いていた。

 

 

「ま、まて!!」

 

 

命乞いするも待ってはくれない。

 

 

「や、やめろぉおおおおおおお!!!」

 

 

因果応報とは正にこのことかもしれない。



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第十八話

「時弥!どこにいるのですか、時弥!!」

 

村長の妻にあたる龍賀家の三女。

気の弱い性格であったはずの彼女は今、声を荒げながら長田家の中を歩き回っていた。

 

見た所、実子を捜しているようだったが、恐ろしい風貌と例えられるほどの形相をしている他、何処か苛立っているようにも見受けられる。

一体何があったのかというと、屋内にいるはずの息子が今朝から姿を見かけていないのだ。

 

最初は別の部屋にいると思い、色んなところを当たってみたものの挙って残念な結果となり、遂には怒りを露にする始末。

傍から見れば、心配していると思われがちだが、実際の所は違う。

 

「出てきなさい、時弥!あなたは……私の大事な子。龍賀家の次期当主となる子なのですよ!!」

 

身を案じているというよりも、我が子が次期当主となる可能性が出てきたことによる権力欲に取り憑かれているようだった。

隈も以前と比べると大分濃くなっており、見た目も随分と変わってしまっている。

お前が居ないと裕福な家庭や富を得ることが出来ないとばかりに。

 

 

「うぅ………!」

 

 

所変わって当の本人はというと、庭にある納屋に隠れていた。

縮こまるように三角座りをしつつ、一番奥側の隅に潜んでいたが見つかってしまうのも時間の問題だろう。

 

此処からでも聞こえるほどの張り上げた声量に震えるが、いざ逃げようとしても集落にいる村人に発見され、連れ戻されるのがオチ。

かといって、このまま捕まってしまえば、何をされるのか分かったものではない。

 

大好きだったはずの母親。

この間、偶々目撃してしまった伯母との対話から無意識に忌避するようになってしまった。

 

食事を摂る時でさえも、躊躇いがちに口を開け、咀嚼する。

いつもなら美味しいと感じていたのに、全く味がしなかった。

 

「嫌だ………嫌だ………!」

 

純粋無垢な幼い子の必死な願い。

誰が自分を助けてほしいと叫ぶような思いを頭の中で巡らせるも……。

 

「ッ!」

 

静かに扉が開かれ、日差しが差し込んでくる。

何者かが入ってきた。

 

ひょっとするとこの場に隠れていたことがバレてしまったのかもしれない。

もう駄目だと一粒の涙を流すと―――

 

 

「坊ちゃん……坊ちゃん……!」

 

「ッ!!」

 

 

聞き覚えのある声が届いた。

まさかと思いながらも、ゆっくりと覗くように顔を出すと……そこに居たのは屋敷で下働きをしている上、稀に遊びに付き合ってくれる彼だった。

 

「ね、ねずみさん!」

「あぁ、良かった!ここに居たでやんすね!」

 

実母でなかったことに安堵するも、すぐまた警戒する。

自身を捜すよう手伝わされているのではないかと。

そう考えたことから再び身を隠そうとするが……。

 

「あぁ、ちょっと待って!あっしは、坊ちゃんを助けに来たんすよ」

「……助けに?」

「えぇ、神谷の旦那から頼まれてきたんです」

「神谷………ってことは、おじさんから?」

 

救いの手を差し伸べるような形で説明する。

簡単に訳すと、沙代と共に東京に行かないかというものだった。

 

村に居続けたら、いずれ危ない目に遭ってしまうかもしれないため、仲の良い従姉と一緒に今からでも遅くなないと伝える。

勿論、それを耳にした少年は僅かに動揺する。

 

急な提案も含めて、初めて村の外に出るという緊張感。

また親から離れるということに対し、微かな抵抗感もある。

 

「勿論、お嬢さんだけじゃないですよ。神谷の旦那や水木の兄さんも一緒ですよ」

「で、でも………」

「このままだと坊ちゃんが危なくなるだけですって!」

 

藁にもすがる様な勢いで説得を続ける。

確かに、年端も行かない子が故郷から離れるだけでなく、両親と離ればなれになるのは心苦しいことだ。

 

でも、何かあってからでは遅い。

現に、先程から雄叫びの如く流れてくる彼女の声に反応するように、恐怖心が勝っているのか身体が震えている。

 

「坊ちゃん!あっしを信じてください。沙代お嬢さんと一緒に東京に連れていくことを約束しますんで!」

「………ほ、本当に?」

「はい!さっ、ほら!」

 

背中を向けてから腰を落とす。

所謂おんぶをする体勢となり、尚且つ誘うように促す。

 

対する時弥はというと、暫し俯きながら考え込んでいたが、信じることに決心がついたらしく、立ちあがってから彼の元へ赴く。

首元に両腕を回し、しっかりとしがみつく。

 

「よし、じゃあ行きますぜ!」

「う、うん!」

 

肯定するように力強く頷く。

ただ慣れているとはいえ、体臭が直に来ることから思わず眉を顰めてしまう。

 

 

 

――――

 

 

 

所変わって、展望台。

 

裏鬼道の筆頭であった男は、使役していた妖怪から逆に喰われるという悲惨な結末を迎えてしまい、従えていた部下たちも殆どが息を引き取る。

反対に、まだ辛うじて意識がある者たちは蹲っているだけで起き上がろうとする様子は見られない。

 

「か、神谷様……あなたは一体……」

「あぁ、すまんな沙代ちゃん。怖い所を見せちまったな……」

 

申し訳ないと頭を掻きながら項垂れると、慌てふためくように否定する。

私のことは気になさらないようにと。

正直な話、普通であれば人が喰われる様を目の当たりにすれば怖気づくものなのだが、どうにも見慣れている感じがする。

その点から、やはり件の龍賀一族の犯人は……と考えた所で振り払う。

 

「……ところで、神谷。この狂骨はどうするんじゃ?」

「ん?」

 

未だに浮遊したまま見下ろしている化け物の処遇について問われる。

新しい主の前で大人しくしてはいるが、かといって放置する訳にもいかない。

いつの間にか白目を向きながら鉄柵にもたれかかるように気を失っている孝三は仕方がないとして、ある物を取り出す。

 

「この中に入ってもらう」

「……それは水晶玉か?」

「その通りだ。水木」

 

懐から出したのは、何時ぞやの水晶玉であったが、中身が少々黒くなっている。

しかも、心なしか独りでに動いているかのような錯覚に陥る。

一方の神谷は、丁度良いというような表情を浮かべてから手にしている品を翳す。

 

「ちょっと狭苦しいかもしれないが、暫くの間、この中に入ってくれ」

 

命令するように話しかけると、忽ち漂っていた狂骨が吸い込まれ始める。

巨大な物の怪が、みるみるうちに小さなガラス球に入っていき、最終的には姿形ともに無くなってしまう。

でもって更に黒味が増した物を作務衣の内側に仕舞い込む。

 

「ほぅ……妖怪を封じ込める水晶玉か」

「厳密に言えば、魔物を閉じ込めるって感じだがな………ん?」

 

ふと複数の人の声を耳にする。

声量からして、すぐ近くにまで来ていることが分かる。

 

水木たちも気づいたらしく、一様にどうするべきかと悩みだす。

恐らく騒ぎを聞きつけて来たのかもしれない。

 

「まずい……エレベーターを使われたら逃げ場がない!」

「ど、どうしましょう……」

「ふむ……逃げるしかないな」

「に、逃げるって、どうやって?」

「な~に、簡単なことさ。ゲゲ郎、お前さんは水木の方を頼む。沙代ちゃん、ちょっとすまないよ」

「えっ?……きゃっ!」

 

すかさず傍らまで近寄ってから横抱きをする。

因みに片方はというと、またしても米俵を担ぐような形で抱えていた。

 

当然ながら嫌な予感がした彼が、止めろと言いながら騒ぎ出す。

正気の沙汰ではないと何度も叫ぶが、聞く耳持たず。

それどころか暴れたら落としてしまうかもしれないと釘を刺される。

 

「か、神谷様?も、もしや……」

「沙代ちゃん。少しだけ眼を閉じていてくれ。良いか?」

「で、ですが……孝三伯父様は?」

「……孝三さんは此処に置いておく。薄情かもしれないが、今はこうするしか他にない」

「神谷。はよぅせぬと、他の奴らが上がって来るぞ」

「あいよ。じゃあ行くぜ!」

 

掛け声を放った瞬間、一斉に駆け出す。

目指す先は、鉄柵の向こう側。

即ち、覆い茂る雑木林を指す。

 

「眼を閉じてろよ!」

「は、はい!」

「お、おい、ちょっとま―――ッ!?」

「水木よ、ちょっと静かにしておれ」

 

足をかけてから高く跳び上がる。

そして重力に従うように落ちていく。

 

抱えている者たちを決して離さないようにしながら跳び降りていった二名は、恐れ戦くことなく平然と下へと突き進む。

徐々に生えている木々との距離が縮まっていき、やがて数分も経たぬうちに入り込む。

 

 

 

――――

 

 

 

数時間後。

 

夕陽が映える中、山の手にある哭倉神社にて騒然と化している面々がいた。

 

「何ですって?!で、では………お……長田も殺されたというのですか!?」

 

「は……はい……!」

 

数名しかいない厳つい面をした男たち。

晒している素顔には痛々しい痕や包帯などが巻かれている。

その上、身に纏っている服装は裏鬼道の構成員が着ていたもの。

 

要するに、正体は村人の彼らであったということになる。

そんな輩共と相対しているのは、沙代の母にあたる乙米。

酷く狼狽えるように数歩ほど後ずさりするも、気を引き締めて問いただす。

 

「い……一体………一体どういうことなのですか!?もう一度、きちんと説明なさい!」

「つ、つまり……その………」

 

しどろもどろになりながらも解説する。

騒ぎを聞きつけた村人たちによって、何とか生き永らえた自分たちが体験した有様を。

 

協力し合いながら、たった二名の怪物を相手にするも太刀打ちが出来なかったこと。

意識が朦朧とするほどの衝撃を与えられてしまい、身動ぎするしかなかったこと。

最後に、筆頭に仕えていたはずの狂骨が成すがまま操られ、そいつに喰らわれてしまった長田のこと等を余すことなく語る。

 

「あの男が…………幽霊族だったとは思いもしませんでしたが…………あの神谷とか言う男……!」

 

歯を食いしばりながら青筋を立てる。

怒り心頭とは正にこのこと。

村長の死に関して並々ならぬ想いが感じ取れる。

 

夫ではない親族に当たるはずの彼に、何故そこまでして悲しむのか。

察しのいい人なら分かるだろう。

 

「一刻も早くあの者たちを見つけ出しなさい!!水木もです!あの三人を此処から決して逃がすのではありませんよ!」

「わ……分かりました……!」

 

憎悪を滾らせながら復讐を誓う。

 

父の夢のため、この国をあの屈辱的な敗戦から立ち上がらせ、再び世界に君臨させる。

龍賀は、その崇高な義務のある者として成り立っている。

大儀となるためなら血液製剤“M”の原材料として使われている幽霊族も本望だとも。

 

ところが、現状はどうなのか。

生き残りの種族を取り逃がしただけでなく、返り討ちに遭ったばかりか、彼まで殺されてしまった。

これを怒らずして、何に怒れというのか。

 

「もう時間もありません……!とにかく、まだ奴らはこの村の何処かに隠れているはずです。必ず見つけ出しなさい!それから、村の者たちに時弥の当主継承の儀を進めさせるのです。庚子がなんと言おうとやらねばなりません!」

 

「は、はい……!」

 

「沙代も連れてきなさい。あの子は時弥と娶せ、今度こそ次の当主を産ませますから……良いですね!?」

 

「ははっ!!」

 

有無を言わさぬような態度で指示を下す。

無論、気迫に押された男たちは、逃げ出すようにして散開する。

残った彼女はというと、拳を握りしめながら後にする。

 

(……とりあえず彼らに任せるとして………一度、工場の様子を見ておかなければ……)

 

妙薬を生成している場へと赴く。

何をしに行くのかというと工場内を見回り、不備がないかを確認するためだ。

定期的に行う仕事であり、本当ならばもう少し後でも大丈夫なのだが、時期が時期なだけに、早めに済ませておきたかった。

 

 

 

 

 

 

だから気づけなかったのだろう。

 

焦燥感に駆られている己の背中に、ぴったりと貼りついている一匹の虻の存在に……。



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第十九話

龍賀の屋敷に戻った乙米は、廊下の突き当りにある甲冑を触る。

一部分を軽く動かす程度に行うと、忽ち駆動音が鳴り響く。

 

何が起こるのかというと、武士の鎧の背後にある壁が動き出し、隠された道が開かれたのだ。

所謂、秘密の扉であり、周りに誰もいないことを確認したうえで作動させた彼女は、苛立ちを隠さないまま中へと進む。

 

「………」

 

豆電球が吊るされている細い廊下を歩み続けること数十秒。

今度は、鉄柵が敷かれているエレベーターが現れ、いつものように近くにある操作盤を押す。

 

年期が入っているせいか、時折錆びれたような音が轟くも、開いた柵の中へと入る。

そして暫く下へと降りていき、辿り着いた階に足を踏み入れた後、坑道のような通路の一番奥へと赴く。

 

「……相変わらず気味の悪い声ね」

 

到着したのは、地下にある工場。

天井には複数の照明器具が灯りをともしている他、何十本もの水道管が連なっている。

 

また室内はというと、巨大な換気扇が随時動いており、蔓延している異臭と外部の空気を入れ替えている。

何より、最も注目すべきなのは100に近いほどのベッドが均等に並べられている上に、手足を拘束されている人のような怪物が呻き声をあげていること。

 

肌が紅く染まっている骸骨のような風貌に、殆ど抜け落ちている髪の毛や剥き出しとなっている目玉。

彼らの正体は、幽霊族の血を直接輸血されてしまった人間たちであり、生きたまま屍と化しているだけでなく、血液製剤“M”の材料として扱われている。

 

当然ながら地獄のような日々を味わっているせいなのか、助けを乞うような声を漏らし続けている。

 

「……特に異常はありませんね」

 

工場内には、屍人から血を採取したり、管理するなどをして働いている老婆たちがおり、皆一様に淡々と仕事に勤しんでいる。

村の者たちは外部の人間を攫い、監禁しながら世話をする役目が与えられている。

 

だからなのか、苦しんでいる人々を労る様子もなく平然として作業を進めている。

対する乙米は、次の出荷日までに順調に事が運んでいることや、大きな異常も見られることなく胸を撫で下ろす。

 

あとは儀式を間に合わせるようにしないといけない。

そう思いながら、踵を返そうとした所――――

 

 

「成程なぁ……こんな所に工場があったのか」

 

「ッ!?」

 

 

この場に似つかわしくない声が流れてくる。

まさかと思いつつも、振り返ってみると………出入口に二人の男が立っていた。

 

裏鬼道の構成員から聞いた生き残りの種族に、憎き復讐相手。

見間違えようがなかった。

 

「お前は……神谷!」

「よぉ。随分とあくどいことをしているじゃないか……まさか、こんなにも大量の人たちを材料として扱っていたなんてな」

「……重い因果を背負わせたものじゃ」

 

何処となく哀愁を漂わせながら眺めている彼の隣にいる当人はというと、手元に握っていた物を見せびらかす。

それなりに大きさがある何かを包んでいる風呂敷。

 

数はそこまで多くはなかったが、それを見た彼女が直感ではあったものの、言い知れぬ恐怖を抱く。

というのも、何故か全てにおいて血のような染みがあったからだ。

 

「これが何か分かるか?」

「ッ………」

「おいおい、そう引き下がるなよ………お前さんへの贈り物だ」

 

ぶら下げている物を投げ捨てる。

弧を描き、丁度真ん中あたりに落ちると………。

 

 

「い……いやぁああああ?!!?」

 

 

刹那、叫び声が広がる。

居合わせた年寄りの作業員も悲鳴を上げ、中には腰を抜かす者もいた。

 

そうなるのも無理もない。

床に叩きつけられた際に解けた風呂敷の中から出てきたのは………目の前にいる奴ら及び水木を捕えるよう依頼したはずの男たちの頭部だったからだ。

 

綺麗に首元を斬られており、焦点が合っていない両眼や塞がっていない口元から流れる血など、見るも無残な姿に嗚咽する。

 

「うっ……おぇ………!」

「ほぅ………非道なことをするお前さんでも流石に気分が悪くなるのか」

「ッ……よくも………よくも長田をやってくれましたね!!」

 

幸いにも嘔吐物は出てこなかったため、何とか気持ちを切り替えながら怒声を放つ。

 

肝が据わっているというべきなのか。

将又、強靭なる胆力があると例えるべきか。

 

どちらにしろ恨まれる筋合いはない。

 

「よく言うぜ。ここに居るゲゲ郎をひっ捕らえるようそいつらに頼んだ上に、何の関係もない連れ去った人たちをこんな風に奴隷の如く扱っているあんたが何を偉そうに…………血液製剤“M”を造るには慈悲も無いってか?」

「お、お黙りなさい!そ、それより……何故、そのことを!?」

「俺の知り合いがな、あんたら龍賀の秘密を探ってくれたのさ」

「……さぞかし無念じゃったじゃろう。神谷、この者たちを何とかできんか?」

「……無理だな。流石の俺でも元の人間に戻す力なんてのは持っていない」

 

その代わりとしてなのか、左手の掌を上に向けながら差し出す。

せめて楽にあの世に逝かせてあげるべきだと考えたのだろう。

青白い炎の球体を生み出すなり、一斉に飛び散っていく。

 

「な、何を!?」

 

「なぁに……単なる火葬さ」

 

一つひとつの小さな火の玉が散開する中、次々とベッドに横たわっている屍人に憑りついていく。

心臓の辺りに付着し、沈み込むように消えていくと、一瞬のうちに燃え広がり、肉や骨などを焦がし始める。

無論、実験体全員から火が上がっているため、ちょっとした災害へと変貌する。

 

「ひっ!?」

 

燃え盛る炎に巻き込まれてはまずいと思ったのか、奥にある鉄製の扉の前に移動する。

でもって、女手一つで鍵を外したのちに重厚感のある扉を力一杯開いていく。

 

火事場の馬鹿力が発揮されつつあるのか、徐々に引き摺られていき、最終的には一人分通れるくらいの隙間が出来上がる。

となれば、後は逃げるしかないとばかりに、藁にもすがる様な勢いで離れていく。

 

「逃げて行ったが、どうするのじゃ?」

「心配するなって。大方、錯乱して逃げたんだろうが……後から追いかければ済むだけの話さ」

 

そうこうしている内に、解き放った火が鎮まり始める。

不思議なことに青白い火に包まれていた動く屍たちは、雄叫びを上げない所か、安心するかのような仕草をしながら灰と化していった。

まるで感謝の意を示しているかのように。

 

「……成仏させてやったのか」

「怨霊になるよりかはマシだと思ってな」

 

ぼんやりと現れた光り輝く白いものが天井をすり抜けていく。

死者の魂であることは容易で、最後の一つが昇っていったのを見届けるや否や、優々と歩み出す。

逃げた女の後を追うために。

 

「あの者たちは、どうするんじゃ?」

「……どうもしない。放っておこうぜ」

 

隅っこで膝を折り、怯えるように両手を合わせながら拝んでいる年配の女性たち。

命だけは助けてほしいと懇願していたが、傍から見れば虫が良すぎるとしか言いようがない。

 

けれども、何れは地獄に堕ちる運命であることには間違いない。

故に、敢えて見逃すことにする。

 

「ふん………!」

 

両手に力を入れ、扉を更に開かせる。

その先にまっていたのは、果てしなく続いているかのように広がる鍾乳洞。

自然が生み出した通り道の脇には蝋燭が置かれており、暗い洞窟内の灯りとして活躍している。

 

「行こうか……ゲゲ郎」

「うむ……」

 

ほぼ同時に駆け出す。

何十個も建てられている鳥居を潜り抜け、休む間もなく走り続ける。

先に進むたびに視界が悪くなるが、それでも尚、躓くことなく突き進む。

 

無駄話もせずに、お互いの足音が木霊する中、またしても鉄製の扉が待ち構える。

ただ既に解錠されていたため、立ち止まってから難なくと開ける。

 

 

「ッ……ここは……」

 

「………」

 

 

絶景とも言うべき景色を目の当たりにする。

広大なる洞穴の中央には、降り注いでいる月明かりによって照らされている透き通った地底湖があるだけでなく、一本の大樹が生えていた。

 

見た所、桜のようであったが、何かが違う。

本来であれば桃色の花びらであるはずなのに、どういう訳か紅色となっている。

加えて真っ赤な血のような禍々しさも感じられる。

 

「窖の底のようじゃな」

「ここが………」

 

月の光が差し込んでくる所を見上げてみると、確かに禁域で見た石造りの窖があった。

念のため警戒をしながら共に足を動かし、現場へと近寄る。

 

「……ん?」

 

ふと視線を向けると、何やら奇妙な建造物を発見する。

 

明らかに場違いと言えるような檜舞台。

 

その上、前当主であった時貞翁の巨大な遺影までもが飾られている。

 

 

「……なんとまぁ……品のないことだな。そうだと思わないか?おばさんよぉ」

 

「だ………誰が……おばさん………ですって!?」

 

 

壇上に佇む乙米。

此処まで逃げるのに大分体力を消耗したのか、息を切らすほどの疲れが見て取れる。

 

「よくも………よくも………滅茶苦茶にしてくれたわね!」

「残念ながらあそこにいた人たちは俺の手で成仏してやったよ。それに………この村ももうじき終わりを迎えそうだしな」

「ッ……な、何ですって……?」

「分からないのか?じゃあ、あそこを見てみろよ」

 

指を差す方に目を向ける。

細目ながら凝らして見ると、窖の出口に向かって無数の怨霊が集まりだしており、今にも結界が崩落しかけていた。

 

万が一、あの化け物共が出て行ってしまった場合、瞬く間に村は壊滅する。

しかし結界を張り直すには、次代の当主として迎え入れる予定の時弥と娘の沙代が必要となる。

 

何としてでも阻止したい。

自らの野望が消えゆく前に、ここぞとばかりに取引を持ち掛ける。

 

「ごほっ!……な、なら……取引をしましょう!」

「……あ?」

「ここに……ごほっ、ごほっ!………と、時弥と沙代を連れてきなさい!その見返りとして………そこにいる幽霊族の………ごほっ!……妻の在処を教えましょう……」

「ッ!なんじゃと……?」

 

急に咳き込みをし始めるも、またとない提案を出す。

裏鬼道衆の報告から知った事実。

 

妻の在処を引き換えに二人を連れて来てくれるのであれば、約束しようと口にする。

勿論、願ってもないことに心が揺らぎかけるが……肩に手を置かれる。

 

「ちょい待ち。ゲゲ郎……あの阿婆擦れの言うことを信じるつもりなのか?」

「ッ……神谷……」

「なっ……わ、私が……ごほっ!………う、嘘を言っていると!?」

「人を物としか見ていないあんたの言うことなんか信じられるかよ。それにだ………ゲゲ郎の奥さんなら此処に居るだろ?」

 

「「ッ!?」」

 

予想だにしない発言に驚きを隠せない。

特に、衝撃を受けたのはゲゲ郎だった。

 

誠なのかというような表情を浮かべながら見開いている。

一方の神谷はというと、口角を上げつつ喋り出す。

 

「驚いてるってことは……やっぱりそうなんだな?」

「ッ……き、貴様ぁ………ごほっ、ごほっ!!」

 

どうやら鎌をかけたようだが、運良く正解を引き当てたらしい。

歯ぎしりをしながら睨みつけてくるのが、何よりの証拠だった。

 

「あそこにある桜の木……あれが普通の桜の木じゃないってことは、見た瞬間から分かったよ。ゲゲ郎、桜の木を調べてみろ」

「ッ、わ、分かった!」

 

湖に生えている大樹を調べるために意を決して水の中へと入る。

膝まで浸かるほどの浅瀬から近づいていき、段々と沈みゆくも、やっとのことで根元まで到達する。

 

 

「ッ!!」

 

 

直後、信じがたい光景を目にする。

水の下にある木の根っこの至る所に絡まっている大勢の遺体。

朽ちかけた和服を着用したまま白骨化しているそれらを見るなり、即座に感じ取る。

 

「みな………儂の同胞たち………幽霊族の亡骸じゃ!!この中に儂の妻が!!」

「……やっぱりな」

 

すかさず懐に手を入れ、ある物を取り出す。

達筆された字が記されている数枚のお札。

それを付近に投げつけると、煙を上げると同時に数体の幼児サイズのふっくらとした白人形が現れる。

 

「お前たちは、ゲゲ郎と一緒にあいつの奥さんを捜してやってほしい。恐らくまだ生きているはずだ。だから息のある人物を中心に手あたり次第探し出せ。良いな?」

 

指示を与えると首を縦に振り、挙って手伝いに向かう。

反対に彼は、依然として舞台にいる阿婆擦れとの視線を再度交わす。

体調が悪くなる一方なのか、挙句の果てには鼻血も出る女に同情する余地もなく、低い声質で話しかける。

 

「随分と具合が悪そうじゃないか。それもそうだよな……こんな瘴気が入り浸っている所に普通の人間が入れば、そりゃあ悪くなる一方だ」

「ぐっ……!」

「序に言っておくがな………時弥くんと沙代ちゃんは、もう村にはいないぞ」

「………はっ?」

 

耳を疑う発言に呆然と立ち尽くす中、説明が続く。

 

曰く、数時間ほど前から己の仕事仲間と水木が麓まで連れていき、今頃トンネルを抜けた先にある山道を降りきって駅に向かっているはずだと口にする。

 

尤も移動手段が徒歩しかないため、歩き疲れているかもしれないと呟く。

 

「くっ………!」

 

その時、無我夢中に何かを取ろうとするが――――

 

 

「封」

 

「がぁ!?」

 

 

突如として身動きがとれなくなる。

 

背中に貼りついていた一匹の虻が細長い布状へと変化し、胴体を縛り上げたのだ。

 

首から下が覆われるほどの状態となり、成す術なく拘束されてしまった彼女は、バランスを崩しながら転倒する。

 

「しばらくそこで大人しくしとけ」

 

一先ずの仕事を終えるなり、妻探しの協力に参加する。



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第二十話

所変わり、哭倉村の出入口となるトンネルの先。

暗闇が覆う山道を抜け、街灯が連なっている里道を歩く者たちが数人いた。

 

「坊ちゃん。まだ歩けますかい?」

「う、うん……」

「沙代さん。大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません」

 

少々足場の悪い道を進むのは、水木たち一行。

麓にある田舎町までの距離は長く、移動するにあたっても徒歩しかないため一苦労するも、それぞれが手を繋ぎながら励み合いつつ、頑張って足を動かす。

 

「………」

「水木さん?どうかされましたか?」

「えっ?……あっ、いや……何でもないですよ」

 

自分たちと別れた二人のことを考えていたことが表に出ていたのか。

心配するように覗き込んできた沙代に何でもないと答える。

 

ところで、何故彼らが既に村の外に出ているのかというと、時は数時間ほど前に遡る。

 

展望台から離れた後、なるべく村人に見つからないように移動していく中、偶然にも時弥少年を長田家から連れ出したねずみと鉢合わせ、紆余曲折はありながらも人目に付かない所で暫し隠れることになった際に、神谷がここからは二手に分かれて別行動を取ろうと提案したのである。

 

元々、彼の計画としては、予定の時刻にトンネル前で待ち合わせするよう渡した手紙の中に記してあったとのことだったが、序にこのまま四人揃って駅まで向かってほしいと頭を下げてきたため、今に至る。

 

「兄さん。神谷の旦那と幽霊族のあの方なら心配いりませんぜ」

「ッ………」

「きっと無事に戻ってきますよ」

 

後から合流すると約束を交わし、残った友たちは去っていった。

具体的に何をしに行くかは告げなかったものの、恐らく行方不明となっている彼女を探しに行ったのだろうと予想する。

 

「ねぇ、神谷のおじさんとゲゲ郎さんは、結局何をしに行ったの?」

「……多分、大事な仕事をしに行ったんじゃないっすかね?」

「ところで、このまま駅に着いたとしても金はどうするんだ?俺のは……この人数だとちょっと少ないぞ」

「神谷の旦那から貰った小袋の中に折り畳んでいる紙幣が何枚かありますぜ。だから心配しないでくださいよ」

「………東京に……本当に行けるのですね……」

 

念願の東京行きが叶うことに嬉しさが募り、胸元に手を当てる。

束縛かつ狂気のような人生に漸く終止符が打たれる。

こうして隣にいる運命の人と巡り合えたのも改めて奇跡のようだと歓喜する。

 

「さよ姉……何か嬉しそうだね?」

「えっ?……あっ、やだ……顔に出てた?」

「うん。物凄く嬉しそうだったよ♪」

 

かくいう従弟もまた、喜びを露わにしている。

両親と離ればなれになることに関しては、未だに心残りがあるものの、それでも今後の新しい生活に期待を膨らませていた。

 

名家の分家で育ってきた故の名残なのか。

幼少期とは思えないほど肝が据わっていた。

 

「………」

 

そんな様子を見ながらひたすら歩き続ける中、ふと村がある方角へ目を移す。

 

無事に戻ってきてほしい……との願いを抱きながら。

 

 

 

――――

 

 

 

その頃、禁域とされる小島にある窖の底では、地底湖に咲いている桜の木の下で懸命な捜索が続いていた。

邪魔な阿婆擦れは、現在拘束されている身となっているため、気にすることなく集中するが……。

 

「どこじゃ!?どこにいるんじゃ岩子!」

 

「ぶはっ!…………あれも違うか」

 

思わず舌打ちをする。

水に浸かりながら根元の部分を見回したり、時には息を吸って潜り込み、力一杯太い根っこをかき分けながら捜すも、けんもほろろと言った結果だった。

 

しかしながら、彼女が此処に居ることは間違いない。

夫である彼も、藁にもすがる思いで必死に捜している。

だからこそ諦める訳にはいかない。

 

「くそっ……ん?」

 

刹那、脳裏に稲妻が通ったかのような感覚が走る。

一緒に協力してくれている式神が何かを発見したようだった。

まさかと思いながらも、振り返って水底に視線を向けると、可愛らしい従者たちが挙ってあるものを支えながら水面に向かって泳いでいた。

 

白い着物を纏った髪の長い女性と思しき人物。

落とさないようにしながら上がってくることに思わず声を上げる。

 

 

「ゲゲ郎!見つかったみたいだぞ!!」

 

「ッ!?」

 

 

次の瞬間。

仰向けのまま浮かび上がってきたのは、やはり一人の女性であった。

 

無論、慌てて駆け寄ったゲゲ郎が感謝を述べてから優しく抱き起す。

髪の毛が大分伸びてはいたものの、紛れもない我が妻であると確信する。

 

「岩子!……ッ!?」

 

「どうした?ゲゲ郎……ッ!」

 

だが目元を隠している前髪をずらした際、信じられないとばかりに開眼する。

目の前にいるのは確かに妻だったが……かつての美貌とは掛け離れた姿へと変貌してしまっていた。

 

右眼の瞼が腫れあがっており、皮膚も全体的に爛れている。

後から近寄ってきた神谷も、写真で見たものと比べて酷く変わり果ててしまっていることに驚きを隠せなかった。

 

「……ぁ………」

「ッ!」

「ぁ……あな……た……」

 

か細い声が届く。

今にも力尽きそうな様子に徐々に瞳を潤わせる。

随分と長い間一人にさせてしまったことへの後悔の念が襲い、孤独で寂しかっただろうと涙を流しながら謝罪する。

 

許しを請うつもりはない。

ただ、己の気持ちを伝えたかった。

そうした思いから縋るように寄り添う。

 

「………相変わらず………泣き虫ね………ねぇ…………聞いて…………」

 

愛する人に耳打ちをすると、更に泣き崩れる。

その際、何か悪いことなのかと心配するも、様子を見る限りだと悲観的なものではないように感じた。

 

どちらかといえば、良い知らせを聞いた時の嬉し涙のように思えた。

もしやと察しつつも確認するために問いかける。

 

「岩子さん……ひょっとして赤子を身籠っているのか?」

「……ぁ……貴方は………?」

「ゲゲ郎の……こいつの友人の神谷と言います」

「………そぅ………あなた………やっと友達が………できたのね……」

「ッ………あぁ……」

 

否定することなく返事をする。

いや、最早親友と言っていいくらいの間柄だと自慢したい位に。

 

でも、今はそれどころではない。

一刻も早く此処から連れ出さなければならない。

 

「……早くここから連れ出さなければ……」

「……ゲゲ郎。ちょっとすまないが、岩子さんを診させてくれないか?」

「ッ……何をするんじゃ?」

「良いから頼む」

 

真剣な眼差しで懇願する友に対し、少し悩んだものの承諾する。

一方、了承を得た彼は、まず横になっている彼女の心臓辺りに手を添えながら眼を閉じる。

まるで何かを感じ取っているかのように。

 

「……そうか。岩子さん。この桜の木に血を吸われ続けられていたんだな」

「何じゃと?」

「……ゲゲ郎。彼女を今この場で治してやりたいんだが……その前に、彼女を連れて湖から少し遠ざかってくれないか?」

「……分かった」

 

敢えて理由は訊かない。

何故なら短い付き合いではあるが、今まで彼が嘘をついたことは一度も無かったからだ。

 

絶対的信頼感と例えるべきか。

素直に応じるなり、妻を両手で抱きかかえながら離れていく。

 

「お前たちも、あの二人の元に行ってこい」

 

ふっくらとしている数人の白人形に指示を出すと、首を縦に振ってから付いて行く。

対する神谷は、遠くへ移動したのを見届けた後、早速準備に取り掛かる。

 

懐に手を入れ、新たなお札を取り出す。

達筆された文字が書かれており、そのたった一枚の品を指の間に挟みつつ、軽く振り上げてから投擲する。

 

すると、物凄い速さで一直線に飛んでいく也、綺麗に大樹の幹に貼りつく。

 

「……岩子さんの血を返してもらうぞ」

 

貼りついた札に向けて右手の掌を翳す。

そして一字一句間違えずに、ある呪文を唱える。

 

 

――怨阿保伽瞑、櫓赦之旨加保、陀羅魔尼半恕間、神祓胎張汰弥運――

 

 

と、力強く言い終えた瞬間………重厚感のある鼓動が桜から鳴り響く。

地震でも起こしているのかと疑いたくなるほどの巨大な音。

 

断続的に轟き、数回ほど鳴った所で、次第に揺らぎだす。

嫌がっているようにも捉えられる中、揺れの大きさが段々と激しくなり、波も打ち始める。

 

 

「ッ!」

 

 

直後、真っ赤に染まっていたはずの花びらの色素が変わり出す。

煌びやかに見える美しい桃色。

反対に、抜け落ちていく紅……もとい血液は幹の隙間から噴出し、翳されている掌の前で収縮していく。

 

虚空で生成されている何か。

それもかなり凝縮されている上に、一つだけではなく、二つ、三つと増えていく。

 

「………」

 

無言のまま静かに見守る。

一体どれだけの量を吸っていたのだろうか。

 

計り知れぬ多さに半ば呆れてしまうも、こちら側に集まる血が途切れた所を見計らって握りしめる。

同時に揺れていた大樹も収まり、やっとのことで抜き終えたことから、そっと息を吐く。

 

「……五つか」

 

今一度、手を開くとそこにあったのは赤黒い丸薬のような物。

大きさは小豆大の他、数にして五つあった。

ある種の薬を生み出した彼は、それを手にしたまま地底湖から上がり、彼らの元へと向かう。

 

「神谷……それは何じゃ?」

「まぁ、一種の薬のようなものさ。これを岩子さんに呑ませてあげてほしい。一粒ずつだ」

 

あれを飲ませれば元に戻る。

訝しむことなく、お腹の中にいる新しい命のことも考慮しつつ、岩肌があまり向き出していない平らな地面の上へ慎重に降ろしながら頭を持ち上げる。

それでもって最初の一粒を頂いた後、穏やかな声質で呼びかける。

 

「岩子。これを飲むのじゃ。きっと良くなる」

「……ぁ………」

 

僅かに開いた口元に、ゆっくりと入れる。

弱々しく口内で転がしている素振りが見られるも、最終的には喉が動いた。

つまり呑み込んだことを意味する。

 

「……よし」

 

結局、全てを飲み切るまでにそう時間はかからなかった。

であればと、仕上げとして再び左胸に手を添えるなり、暖かみのある光を発生させる。

 

回復術の一種とされる技。

何時しか体全身を包み込むように広がっていき、早速その効果が出始める。

 

枯れ木みたいだった肌に潤いが戻り、瞼も腫れた状態から元通りになり、右眼の眼球にも活力が宿る。

当然ながら本来の美しい顔立ちも蘇り、正に驚異の力だと言っても過言ではない。

 

「……これで終わりだ。岩子さん。体の調子はどうだ?」

「……嘘。信じられない……」

 

手足も漲ってきたのか、少しだけ動かす。

といっても疲労感は残っているらしく、自力で立ち上がるのはまだ難しいようだ。

 

そんな中、ゲゲ郎はというと言葉にすらできない位の喜びに満ちていた。

愛する妻が戻ってきた現実を噛み締めながら優しく抱擁する。

 

勿論、彼女もまた背中に腕を回して抱き返す。

双方の温もりを感じ取りながら生きている実感を得る。

 

「神谷よ………本当に……何とお礼をしたら………」

「おっと、安心するのはまだ早いぜ」

 

重い腰を上げるかのように立ちあがる。

 

まだやるべきことが残っていると口にしながら……。



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第二十一話

「うっ……ぐぅ………!」

 

檜舞台の上で今にも息を引き取りそうな芋虫のような状態になってしまっている乙米。

胸元から足先にかけて白い布が縛り付けているため、思うように動かない上に、無理に引き千切ろうとすると返ってきつく締められてしまう。

 

どうすることもできない現状となっていたが、それでも尚、必死に身じろぎしながらある物へ近づいていく。

元からあるひじ掛けの付近に置かれている紋章が刻まれている頭蓋骨。

あれさえどうにか出来ればと躍起になる中、鼻血以外にも口から流血が出てくる。

 

「ごほっ………!」

 

軽く咳き込みをするも、気づかれないうちにとばかりにゆっくりと進む。

 

髑髏の中に宿っている怨霊。

破壊すれば、解き放つことが可能だが、自らの身にも危険が生じる。

 

だが、今まで築き上げてきた功績をぶち壊した奴らを生かすわけにはいかない。

そうした憎悪から力一杯動き続け、遂にあと少しで辿り着くと思った矢先――――

 

 

「こいつは貰っておくぜ?」

 

「なっ……!?が……がえ……ぜ!!」

 

 

残念なことに目の前で堂々と奪われてしまう。

取り上げたのは、髭を生やした作務衣姿の男。

紛れもない神谷本人だった。

あまつさえ、己の体を片腕で軽々と担ぎ上げる。

 

「なっ………なにをずる!?」

「暴れんなよ。お前さんには、やってもらいたいことがあるんだからな」

 

藻掻きながら抵抗するも、聞く耳持たずといった形で受け流される。

対する彼はというと、特に気にすることなく壇上から降りるなり、少々乱雑に地面の上に投げ捨てる。

 

女性を乱暴に扱うのはご法度なのだが、この場合は致し方ないと思われる。

赤の他人を村人たちに攫ってくるよう頼んだ挙句、人体実験をしたうえで更なる富を得るための材料扱いにするのは、例え女であろうと許されることではないからだ。

 

因みに、硬い岩肌が直に当たったことにより、悲痛な声を上げたのは言うまでもない。

 

「神谷。それは……」

「あぁ、長田さんが使っていた狂骨を操る髑髏だよ。まだあったなんてな」

「ぎっ……さま!それをがえ―――ッ!?」

 

一々口出しをするのは止めてほしいとうんざりしたのか。

幽霊族夫妻の周りに屯がっている白人形の内の一人に目配せすると、理解したというように駆けよるなり、跳躍して空中回転をする。

 

すると瞬く間に煙を上げたかと思いきや、元のお札に戻るなり、すかさず阿婆擦れの口元に向かって貼りつく。

おかげで声を封じられてしまい、息苦しくなる。

 

辛うじて鼻からの呼吸はできるものの、血を流しているせいで中々上手くいかない。

そうこうしている間にも、傍らにて話し合いが続く。

 

「……なぁ、ゲゲ郎。この中に入っている狂骨なんだが……」

「ん?」

「ちょっと見てくれないか?」

 

何か気になることでもあるのか。

手にしている物を見せつけるように差し出す。

 

一方のゲゲ郎は、再会できた妻を片時とも離さぬまま目を凝らす。

掌に乗っているしゃれこうべから黒い影が浮き上がり、けたたましい嘆きと共に数々の人の顔が映し出される。

 

見るからに計り知れぬほどの多さから、余程の命が奪われていたことが示唆される。

加えて、複数の霊をじっくりと観察すると……その正体は我が同胞たちであることが判明する。

 

「みな……我が同胞たちじゃ」

「そんな……」

「やっぱりか。てことは、あそこにある窖の結界は……」

「何か分かったのか?」

「恐らく呪詛返しで造られたものだろう。幽霊族の怨念を集めて幽霊族に返す……実に下劣な方法だな」

 

長い間、こんな所で苦しんできた彼らの想いが伝わってくる。

ならば、解放してあげなければなるまい。

意を決すると、頭蓋骨を持ったまま再び地底湖の中へと入る。

 

冷たい水が膝まで浸かるも関係ない。

今更だとばかりに、ある程度進んだのちに、桜と対面するように向かい合う。

 

「何をするつもりじゃ?」

「……お前さんたちの同胞を解放してやろうと思ってな」

 

刹那、手中にある髑髏を上下に挟むようにする。

それを胸の前に寄せてから瞼を閉じ、静かに念じると、突然青白い火が発生する。

 

包み込むように発火するなり、次第に勢いが増し、炎と化していく。

不思議なことに至近距離で火が上がっているにも拘らず、実行している当人に燃え移ることなく、ましてや手元も火傷を負っている様子は見られない。

 

「………」

 

話を戻すが、依然として一切口を開かずに佇んでいた彼だったが、唐突に目を見開く。

 

 

「解!」

 

 

それでもって声を張り上げると同時に、一斉に火が散開しながら放たれる。

行きつく先は、大樹の下で絡まっている幽霊族の膨大なる亡骸。

それぞれが自分の元へ帰るように飛んでいき、心臓部分に入り込む。

 

 

―――ォ…………ォォ………―――

 

 

その時、微かにだが確かに聞こえた。

何者かの声が。

 

 

―――ォォ………ォォオオオ………!―――

 

 

徐々に大きくなっていく。

否、増え始めていると言った方が正しいだろう。

大量の遺体が次々と発火していくごとに呼応するかの如く。

 

 

―――ウォオオオオオオ!!―――

 

 

本来であれば、魂を成仏させるための術であるが、事もあろうに無残な死を遂げた者たちは、忽ち眩い光へと変化する。

しかも、続々と水面下から飛び出すなり、虚空にて集まり始める。

 

予想外の展開に、術を発動させた彼でさえも驚きを隠せない。

一体何が起こっているのかと警戒しながら見守ると――――

 

 

「ッ!?」

 

 

到底信じがたい光景を目の当たりにする。

一点に集中していた光が広がったかと思えば、段々と姿形を変えながら小さくなり、眩かった閃光も収まっていく。

 

やがて落ち着いてくると、光の中から一つの物体が現れる。

ゆらゆらと落下するそれは………何処からどう見ても、黄色と黒の横縞模様のちゃんちゃんこであった。

 

無論、脚を動かしながら近づきつつ、あわや水浸しになる一歩手前で掴み取る。

 

「これは……」

 

未だに頭の中が混乱するも、一先ず湖から上がる。

兎にも角にも、解放されたと解釈して良いのだろう。

とりあえず二人の元へ歩み寄る。

 

「ゲゲ郎……こいつは……」

「……ご先祖様たちが作り出したものに間違いない」

「というと?」

「我ら幽霊族は、死ぬときに霊毛という霊力のこもった毛を一本残すんじゃよ。この組紐も、祖先の霊毛から作り出された物じゃ」

 

自身の左手首に嵌めている組紐を見せる。

禁域で使った際に、意思を持つように動いていた品。

その力の源を知るや否や、丁寧に折り畳むなり、夫に抱えられている岩子に渡す。

 

「じゃあ、これは二人にとって大切なものだな………いや、三人か」

「えっ?」

「岩子さんのお腹の中にいるんだろ?大事な赤子が」

 

絶滅しかけていた種族に新たなる子孫が産まれる。

正に二人の愛の結晶とも言えよう。

 

喜ばしいことに他ならない。

だからこそ、此処から先は自分一人が担わなければならない。

 

「ゲゲ郎」

「ん?」

「岩子さんを連れて、今すぐ此処から離れろ」

 

有無を言わさぬような圧力を込めて言い放つ。

勿論、呆気にとられるかのような反応が返ってくるのは言うまでもない。

夫婦そろって開いた口が塞がらなくなってしまうが、数分もかからぬうちに気を取り直したのか、どういうことなのかと説明を求める。

 

「怨霊どもが外へ出ようとしている。だから、俺が何とかする」

「なに?」

「そんな……無茶だわ」

 

あまりにも無謀だと制止する。

それもそうだ。

見上げた先にある窖の出口に寄り付いている怨霊の数は、数えきれないほどの量となっている。

一概に張られている結界を破ろうと奮起しており、壊されるのも時間の問題だった。

 

「………」

 

一度生じた怨みの念は簡単には消えない。

怨念が怨念を呼び、より狂骨を生み続ける。

結果として、狂骨共の思い通りとなってしまった。

 

「……ん?」

 

考えに耽る中、突如として地底湖に動きが見られる。

何かが崩れていく轟音が発せられた瞬間、水がどんどん流れていく。

 

確認するべく近づいてみると、驚くことに一部に巨大な穴が出来上がっており、排水口のようにそこへ流れて行っていた。

みるみるうちに干からびていき、何時しか桜の花びらも生気を吸われるかのように散っていく。

 

「ッ!」

 

次の瞬間。

穴の方から騒音とも例えられるほどの雄叫びが木霊する。

かと思いきや、新たなる怨霊が数十体ほど飛び上がっていく。

 

目指す先は、やはり窖の向こう側。

即ち、結界を破壊するべく舞い上がったのだ。

そして……最悪の事態が起こってしまう。

 

「しまった……!」

 

遠目からではあったが、密集していた怨霊が減っているように感じた。

恐らく破られてしまったのだろう。

封じ込められていた奴らが出てしまったのならば、大惨事は待逃れない。

 

手始めとして、この村に住んでいる人々から襲い掛かるだろう。

最早一刻の猶予もなかった。

 

「ゲゲ郎。早く岩子さんと……産まれてくる子どもを連れて、この呪われた村からさっさと逃げろ」

「…………」

「あいつらは俺が引き受ける。だから早く行け」

 

背中を見せながらそう語る。

しかし、一向に動こうとしない。

 

見なくとも分かる。

何故なら、足音が聴こえてこないからだ。

 

 

「………お主、まさか死ぬつもりか?」

 

 

嫌な予感が過ったのか。

何処か覚束ない口調で問いかけるも、すぐに答えは返ってこなかった。

代わりとして、困ったように頭を掻き始める。

 

「別に死ぬつもりは無いんだけどな………」

「………儂と水木に交わした約束を忘れた訳ではあるまいな?」

「………」

「“絶対に一人で無茶をしない”と……確かそう言ったはずじゃが?」

「……確かにそう言ったよ。けどな、だったらお前さんも此処に残るつもりなのか?せっかく嫁さんと再会できたんだぞ?」

 

逢いたいと願っていた嫁とこうして巡り合えたのに、悲しませるつもりなのかと振り返ることなく暗に問う。

 

「長い間、探し続けてきたんだろ?それなのにお前さんの身に何かあったらどうするんだ?それだけじゃない。彼女の身にも危険が及ぶぞ。ましてや………お腹の中にいる子まで危険を晒すつもりか?」

「ッ………」

 

真っすぐな意見に反論する術など何処にもない。

現状から考えて正論であることも確かだった。

けれども、態々お前が犠牲になることは無いんじゃないかという切実な思いもあった。

 

「神谷さん……」

「岩子さんも、そう心配そうな声なんか出さなくても大丈夫だよ。何とかなるからさ」

「………」

「どのみち、誰かがやらないと狂骨は増え続ける一方だ。そうなると、たちまちこの国は滅びることになるだろうな」

 

二人の子が生まれる世界が壊されていくのを黙って見過ごすわけにはいかない。

村の外を知らない時弥くんや沙代ちゃんにとっても。

覚悟を決めて前へ踏み出した水木にとっても。

 

「お前さんたちの幸せが………これからも長く続くようにも………」

 

「「………」」

 

何を言っても無駄だと判断したのか。

妻を横抱きにしながら漸く重い腰を上げる。

 

「あなた……」

「……なら、神谷よ。一つ約束してほしいことがある」

「何だ?」

「……必ず生きて帰ってくるんじゃぞ」

「……おぅ」

 

多少の間はあったが、それでも頷いてくれた。

その返事に満足したのか、踵を返そうとするが………急に待ったを掛けられてしまう。

 

曰く、麓の田舎町にある駅までの道筋は覚えているかとのことだった。

地下工場に赴くまでの道中にて説明をしたのだが、念のため確認すると覚えているとの答えを頂き、一安心する。

 

「なら良かった。全速力で行けよ。そうすれば、恐らくギリギリ間に合うだろうからな。それと……もう一度言うが、列車に乗ったらとりあえず水木たちと一緒にねず公の後に付いて行くんだぞ。良いな?」

「あぁ……またな、我が友よ」

「神谷さん……気をつけて……」

 

向き合うことなく、やり取りを済ます。

流石は、幽霊族と称えるべきか。

あっという間に気配が遠ざかっていったことに思わず口角を上げる。

 

 

「さぁてと……」

 

「――ッ!?」

 

 

大仕事をやり抜くための準備物として、先程から鼻息を荒くしながら藻掻いている龍賀家の長女の元へ寄る。

でもって、またしても担ぎ上げるなり、ある場所へと向かう。

 

怨霊が沸き上がった穴の下。

干からびている湖底を歩き、現場の前で辿り着いた所で見下ろしてみる。

 

深さはそこまでなかったが、中央辺りに奇妙なものを発見する。

奈落と通じる道を塞いでいるかのように立てられている一本の剣。

周りには、四つの杭が打たれていた。

 

「あそこか……」

「ッ~~!ッ~~!!」

 

肩に担がれている女の抵抗を無視しながら降りていく。

バランスを取りながら着地した後、優々と歩を進める。

凄まじい風が吹き荒んでくるも、一歩ずつ着実に接近する。

 

「到着っと……」

 

柄を掴み、力を入れながら口を開く。

 

「あんたさ……これまで大層悪いことをしてきたと思うが、そのツケはまだ一切払ってきてないよな?」

「ッ!?」

「だからよ……今ここでそのツケを払わないといけないんじゃないのか?」

 

恨みや辛みが篭っている化け物がいる巣窟の前で口にした意味深な発言。

理解するのにそう時間はかからなかった。

 

「ふん!」

 

勢いよく剣を抜き、そのまま投げ捨てる。

見事な弧を描き、甲高い音が響き渡ると、突き刺されていた地面が崩落する。

 

綺麗な円形状として崩れた所を覗き込むと、一寸先が見えない闇が広がっていた。

となると、残すはただ一つ。

ツケを滞納している馬鹿者を放り込むだけ。

 

 

「じゃあな」

 

「ッ~~~!!??」

 

 

涙を流すも時すでに遅し。

断末魔を上げることさえ許されないまま放り込まれる。

 

 

「な~に、心配するな。流石にあんた一人じゃ可哀そうだからな……」

 

 

面白がるように懐から取り出したのは、村長が使役していた妖怪を閉じ込めた際に使用した水晶玉。

中にいるのは、当然その怪物が入っているのだが、それとは別にもう一人いる。

 

実の孫に手を掛けようとした薄汚い老害。

何度も出してくれとばかりに叩いているが、知ったことではない。

地獄に堕ちろと呟いてから落とす。

 

「……………やっぱり、あの屑どもだけじゃあ駄目か」

 

せり上がるように迫り来る音。

単に生贄を入れただけでは解決しない。

ある程度、想像していたことではあったが、いざ目の当たりにすると、ため息を吐かずにはいられない。

 

 

――ォォオオオ……!!――

 

 

奈落の底から這い上がる恨みを持つ者たちの群れ。

数にして数百以上はいるだろうか。

 

津波のように押し寄せてくる有様は圧巻の一言だったが、恐れることはない。

やって来るのであれば、対抗するまでのこと。

 

「本気を出すのは………丁度百年ぶりか?」

 

全力で相手をすると決意しながら臨戦態勢に入る。

 

両耳から枝のように広がる血管のようなものが肌に浮かび上がり、両眼に到達すると眼球が黒く染まり、瞳も深紅色へ変わる。

 

直後、大量の物の怪が一気に飛び出してくる。

 

 

 

 

 

「さぁ、来い!!俺が相手になってやるぞ!!」




動きやすいように作務衣を開けさせた本気の神谷のイメージ。

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第二十二話

地獄と例えるべき凄惨なる光景が広がる。

 

何十年も培ってきた村が、悉く潰され、怨霊に喰われていく村人たち。

お守りの札を家の扉に貼り付けてから中へ避難しようとするも、それよりも先に襲われる。

 

必死に逃げ惑うも追いつかれてしまい、生きたまま惨い結末を迎える。

至る所に火の手が上がり、気が付けば目の前まで迫り来る猛威。

肉や骨が焦げる異臭が漂い、狂乱し、自害を試みる者。

 

あることがきっかけで心を失った人物が、奇妙な笑い声をあげながら道の真ん中を歩いていると、突然やってきた車に轢かれてしまい、血を流す。

対する運転者は、藁にも縋る思いで走らせながら村からの逃亡を図るも、窓にしがみつく化け物共によって視界を遮られてしまい、運悪く大樹と正面衝突してしまう。

 

「あなた……」

「今は、見るでない」

 

鳥のように宙を舞い、風の如く突っ切る。

俊敏な動きで抱えている妻を落とさないように配慮をしつつ、一刻も早く此処から離れるために駆け続ける。

 

あちこちで阿鼻叫喚が沸き起こっている中、窖の底から屋敷の地下に繋がっている鍾乳洞を使って外へ出たあと、人目に付かない道を走る。

道と言っても獣道のように荒れ果てたもので、草木が生い茂っているが今は関係ない。

 

人間を愛している彼女になるべく見せないよう工夫を凝らしながら移動する。

道中、後を追いかけるように付いてきた狂骨が何匹かいたが、大した力は持っておらず、難なくと追い払うことが出来た。

 

「しっかり捕まっておれ!」

 

そうこうしている内に視界の先にトンネルが目に入る。

更に速度を上げる意味合いも込めて、腕の中にいる家内に声を掛けると、応えるように力強く着物を掴んでくる。

 

絶対に手離すわけにはいかない。

命を懸けて戦っている友のためにも。

 

 

 

――――

 

 

 

「遅いな……」

「もうすぐ最終列車が来ますぜ」

 

その頃、麓の田舎町にある駅に辿り着いた水木たちは、最終列車があと数分で来るというのに、一向に戻ってこない彼らに不安を募らせていた。

構内に取り付けられている時計の文字盤の針を見てから、出入口の方に振り向くという仕草を何十回もしていることに気づかぬまま、徐々に焦りを見せ始める。

 

「どうしちゃったんだろう……」

「……水木さん。私が少し見てきましょうか?」

「いや、沙代さんは此処にいてください。もしものことも考えて、時弥くんの傍に居てあげてください」

 

万が一逃してしまったら、東京へ行く手立てが無くなってしまう。

明朝まで待つという手もあるが、近辺に宿泊できる場所など無い上に、追手が来る可能性もある。

 

だからこそ、次の列車が到着するまでの間が最後の賭けとなる。

もし仮に戻って来なかったとしよう。

その時は、腹を括って先に連れていくしかない。

 

「兄さん。もし旦那とあの人が来なかったら、先に乗りましょう」

「ッ……お前もそのつもりなのか?」

「お嬢さんと坊ちゃんを東京へ連れていくことが、何より重要ですからね」

 

依頼主から預かった言伝。

今後のことが記載されている手紙の詳細については、まだ明かしてはおらず、とりあえず都会に着くまで気を緩めないことにする。

 

一方の水木はというと、別行動を取る際に暫くねずみの言うとおりに従えと助言されたこともあり、反論することなく腕を組みながら待つ。

念のため、切符は多めに購入しているが………無常とでも言うべきか、遠くの方から汽笛を鳴らしながら入ってくる蒸気機関車を目にする。

 

スピードを落とし、ゆっくりとした動作で停車位置まで赴いた後、完全に停止する。

直後、扉が開き、下車する人が疎らに現れる。

 

「おじさん!列車が来たよ!」

「……くそっ……」

 

間に合わなかったかと悔しそうに俯く。

こうなってしまったからには致し方ない。

尾を引くような感覚に陥りながらも、意を決して乗り込もうとした時――――

 

 

「水木!!」

 

「ッ!?」

 

 

聞き覚えのある声が届いた。

振り返ってみると、友人の一人が整えられている砂利道からこちらに向かって物凄い勢いで駆けつけてきていた。

 

加えて、息を切らしつつ誰かを抱えている。

薄汚い着物を纏いながら長い髪を生やしている女性。

もしやと思いつつも、一度外へ足を踏みだしてから出迎える。

 

「ゲゲ郎!無事だったんだな!」

「あぁ……何とか間に合ったようじゃな」

「……その人は……まさか……」

「そうじゃ……儂の妻じゃよ」

「……あなた、こちらのお方は?」

 

黄色と黒の横縞模様の布生地を大事に抱え込みながら見つめてくる。

目が合った瞬間、正しく本人だと実感する。

 

前に見せてもらった写真に写っていたのと同じ顔。

行方不明になっていた嫁が見つかったという紛れもない現実に喜びを露にする。

 

「良かったじゃないか!ところで……神谷はどうしたんだ?」

「ッ……あやつは……」

「……どうした?」

 

言い淀む姿に懸念する。

まるで此処には来ないと言わんばかりに。

 

「に、兄さん!……って、ゆ、幽霊族の!」

「ッ……どうした?」

「あぁ、そうだった!もうすぐ列車が出ますぜ!急がないと!」

 

耳を澄ますと、間もなく発車するという放送が流れていた。

あいつの身に何かあったのかと、疑念を抱くも時間がない。

歯を食いしばりながらも、一先ず気持ちを切り替える。

 

「……仕方ない……ゲゲ郎!このまま列車に乗るぞ。切符は既に購入してある」

「……分かった」

 

結局、置き去りにするような形で乗り込む羽目になった。

後悔の念が押し寄せるも、致し方なく乗り込んだ一行の機関車は、次第に駅から離れていく。

 

 

 

――――

 

 

 

夜行列車に揺られながら数時間。

 

すっかり陽も登り、窓の外から日差しが差し込んでくる中、乗車している一行は、積もる話を語り合っていた。

初対面となる岩子の自己紹介から始まり、今後の身なりや住まいに関することや妖怪の存在及び幽霊族についてなど、睡眠時間を挟みつつの会話は絶えることなく続いていた。

 

何より一番驚いていたのは、時弥少年であった。

目の前にいる夫妻だけでなく、体臭が伝わってくる下働きの彼までもが人間でないという事実に対し、最初は疑ってはいたものの、証拠として周囲にいる乗客に気づかれないよう髪の毛の一部を伸ばし始めたことから思わず声を上げたのは言うまでもなく、ましてや何事かと一時騒然と化したこともあった。

 

因みに、同席していた沙代はというと、特にこれと言った感じの反応はなく、寧ろ存知していたような素振りをしていた。

龍賀家の秘密やら、自身に宿っている怪物を認知している点から、左程驚くことでも無かったのだろう。

 

そうした話が交わされたことで、より一層打ち解けるようになり、何時しか暖かい空気が流れる。

呪われた村の出身である従姉弟もまた、多少の後ろめたさはあったものの、故郷から離れた所での心機一転の暮らしが待っていることを楽しみにしながら揺られていくが………。

 

「………」

「どうしたんだ?時弥くん」

「……神谷のおじさん。絶対に帰って来るよね?」

 

唯一の心残りがあるとすれば、彼の安否だろう。

やはり気になってしまうのか、その呟きから誰もが僅かに暗くなる。

 

ゲゲ郎曰く、窖に潜んでいた物の怪たちを前に立ち向かっていったとのことで、心配でたまらないのだろう。

また村の惨状についても一応語ったが、流石に家柄のことに関しては、敢えて説明はしなかった。

何故なら幼い子に残酷な裏側を教えるのは酷な話だからだ。

 

「……帰って来るとも」

「ゲゲ郎さん?」

「儂も、あやつが無事に帰ってくることを祈っておる。だから時ちゃんも、祈ってみるんじゃ。そうすればきっと……必ず帰ってくる」

「……そうよね。あの人にも、まだきちんとしたお礼が言えてないものね」

「そうですよ、坊ちゃん。神谷の旦那はきっと帰ってきますって!」

「……俺との約束をあいつが破る訳がない。だから信じてみよう」

「水木さん……」

 

圧倒的とも言える信頼感を見せつけられたおかげか、段々と曇らせていた表情を明るくさせる。

 

大丈夫、きっと帰ってくる……そう信じれば絶対に願いが叶うと。

 

 

 

――――

 

 

 

やっとのことで到着した東京都は、田舎暮らしの従姉弟にとっては映るもの全てが新鮮であった。

巨大な建造物が所狭しに並んでいるだけでなく、商業施設や飲食店など、何から何まで目新しいものばかり。

 

「うわぁ~♪」

「これが東京………!」

「見て、さよ姉。あの建物空までありそう!」

「あぁ、ちょっと二人とも!あっしから離れないでくださいよ?」

 

先頭を歩いているねずみのことなど放っておくかのように、様々な所に視線を移す。

その様子を傍らで眺めていた水木は、無事に約束を果たせたことに胸を撫で下ろす。

 

反対に先住民族の生き残りの夫婦はというと、何処か人目を避けるようにしていた。

それもそのはず、先程から好奇な視線を向けられてくるからだ。

 

主な要因としては、今の彼女の容姿によるものだろう。

裸足で歩いている上に、少々汚れている和服を纏っているため、気になって仕方がないのだ。

故に、肩を抱き寄せながら我が妻を見るなと殺気を孕んだ眼つきでひと睨みすることが多々起こっている。

 

「ねずみよ、まだ着かんのか?」

「え、えっと……あともう少しでやすから、もうちょっとだけ我慢してください!」

 

冷や汗を流しながら説得する。

身の危険を感じたのか、段々と足早になっていき、何とか付いてくるようにと催促を掛ける。

そんなやり取りが繰り返されている内に、漸く足を止めるが……。

 

「………ここは?」

 

「この先にあるんで足元に気をつけてください。さっ、もうひと踏ん張りですよ」

 

都心部から離れて暫くしたあと。

人工物が減っていくにつれて、自然の景色が増える中、唐突に足を止めたかと思いきや、とある雑木林の奥へと進み始める。

 

一応、細い道はあるものの、本当にこの先にあるのかと疑ってしまうくらいの道だ。

しかし、案内役は迷うことなく進んでいくため、訝しむも後を追う。

 

草木が覆い茂っているせいで、降り注いでいる陽の光も所々遮られてしまっている。

現在の季節であれば申し分ないが、冬場になればかなり寒くなるだろうと思いながら進んでいくと……。

 

「うわぁ……!」

「ここは……」

「まさか……これが神谷様の……」

「そう。ここが神谷の旦那の家ですぜ」

 

細道を歩むこと数分。

突如として素晴らしき光景が広がる。

 

開け切っている広場に、日本家屋とも呼ぶべき屋敷が周りにある湖に囲まれているような形で佇んでいた。

和風建築の家屋自体も立派なものであり、閑静が漂う他、緑豊かで空気が澄んでいるこの場所こそが、彼らが目指していた目的地であった。

 

まさかこんな所に家があるとは思いもしなかった一同は、幻想的な風景に思わず見惚れてしまう。

 

「手紙には、此処に住んでも構わないから案内してやってくれと書いてありやした。あと部屋の数は充分にあるから好きに使ってくれても構わないとも」

「……ったく、神谷の奴。どこまでお人好しなんだ、あいつは……」

「確かに儂と岩子が前に住んでいた家は、既に空き家になってしまったとはいえ……まさかここまでしてくれるとは……」

 

ため息を吐いてから苦笑いを浮かべると、ねずみが懐から取り出した手紙を開いて、改めて確認する。

中身には食料は勿論のこと、衣服や寝具なども数多くあるため、充分快適に過ごせるとのことだった。

 

確かに、ここに居る面々の殆どは住居を持っていないため、有難い話ではある。

ただその反面、何だか申し訳ないような心情に陥るも、折角の厚意を無駄にするわけにも行かず、一先ずはご好意に甘えることにした。

 

「さっ、行きやしょう!」

 

一軒家に通じている一本道を通りながら中へと入る。

 

その後は、とりあえずの部屋割りを決めたり、家事の役割分担など、各々がやるべきことを行う。

 

 

 

――――

 

 

 

彼らが神谷の自宅で生活をし始めてから二日が経ち、順風満帆といった具合に過ごしていた。

 

 

けれども、既に二日も過ぎているというのに………。

 

 

肝心の家主が帰ってくる気配は微塵も感じられなかった。



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第二十三話

屋敷とも言える一軒家に一先ず滞在することになった彼らはそれなりに暮らしていたが、家主が好きに使っても良いとはいえ、厚かましく過ごすのは失礼に値するため、家屋内にあるもの全てを大事に扱いながら生活していた。

 

時には整理整頓および掃除をしたり、洗濯物を取り入れたりするなどの各々の役割分担を日によって変えて行ったり、また食事に関しては当番制で回しており、料理が得意な女性陣が中心となって作っている。

 

その際、まだ病み上がりな状態である妻が心配だという想いから、慣れない手つきで必死に協力するゲゲ郎の姿があったのは言うまでも無く、他の男連中もまた、家事の手伝いを進んで行い、毎日が充実しているといっても過言ではない。

 

因みに一度だけサボろうとした半妖の馬鹿者がいたのだが、幽霊族の彼に気づかれてしまって以降、人が変わったように進んで行うようになった。

大方、こってり絞られたのだろう。

 

「………」

 

此処に住み始めてから、既に三日が経った。

哭倉村の最後を見届けて以来、怨念を引き受けた家主は未だに帰ってきていない。

縁側で寛ぎながら夜空を見上げると、綺麗な満月が浮かんでいた。

 

「ここに居たのか」

 

「……水木か」

 

のんびりと座り込んでいる自身の隣に、友がやって来る。

腰を下ろしたのちに、胡坐をかきながら懐から馴染みの小箱を二つ取り出す。

 

「……一本くれんか?」

「……ほらよ」

 

二つの内の一つの品物の中から煙草を一本出すなり、手渡しする。

無論、受け取った彼が口元に咥えた所で、今度はマッチ棒に火を点け、それを差し出すと、有難く頂戴すると言わんばかりに先端を点火させ、静かに吸ってから煙を吐く。

 

当然ながら水木も同様に火をくべてから喫煙する。

愛煙家だからこその癖なのか、器用に片手で棒を軽く振ってから鎮火させる。

 

「フゥ~………奥さん、順調に回復しているな」

「あぁ……ただ、もう少し休んでほしい所じゃがな」

 

現在、岩子の体調は良い傾向へと進んでおり、動きも滑らかになってきている。

しかしながら、完全に治っている訳ではない。

不意に倦怠感が襲い掛かって来ることが稀にあり、暫くの間立ち上がれないときもある。

 

その場合は、同居している住人の誰かが手助けに入り、介助してあげるなどの配慮を心がけている。

皆一様に協力的になってくれていることが、何よりの救いであった。

 

「沙代お嬢ちゃんともすっかり意気投合してのぅ……偶に教えてくれるんじゃよ」

「そうなのか……それは何よりじゃないか」

「そういうお主は、どうなんじゃ?」

「ん?」

「彼女とは上手くいっておるのか?」

「……何を訊いてるんだ。お前は」

 

眉間に皺を寄せながら再び口に咥える。

関係が更に発展しているかどうかと問われれば、誰だって気恥ずかしいもの。

 

ましてや、いま寝床にしている部屋には、時弥少年もいるのだ。

部屋割りをするにあたって、先住民族の子孫にあたる夫妻、龍賀家の従姉弟もとい自身、ねずみといった形で決めているため、親密な時間などあまりない。

 

「上手くいってるだのどうだの………いや、それ以前にこれからのことについてまだ明確に決まってないっていうのに……」

「ほぅ?もうそこまで進んでおるのか?」

「違う!今の俺たちの現状についてだ」

 

悪ふざけもそこまでにしてほしいと喝を入れる。

だが、相手は愛想笑いするだけで反省の色は一切見られない。

全くもって暢気な奴だと頭を抱えるも、何とか気を取り直す。

 

現状、住まわせてもらっているとはいえ、一番問題となるのはやはり資金面となる。

唯一職場で働いているのは自分だけで、後の面々は無職並びに未成年だ。

勿論、買い出しの際は、己の財布で賄ってはいるが、流石にこのままでは頂けない。

 

「……神谷の奴が財力には自信あると言っていたから、今は俺がやりくりしているものの……肝心のあいつが帰ってこない以上、このままだといつかは底を尽きてしまう」

 

心配事が徐々に現実味を帯びてくることに懸念する。

銀行に幾ばくか貯金してはいるが、全員分を養うほどのものでもない。

どうしたものかと吸い終えた煙草を土の上に落としてから悩み続ける。

 

「ふむ………確かに困ったことじゃ」

「……暢気そうに答えてるけどな、他人事じゃないんだからな?」

「分かっておる」

 

同じく塵と化した一本を捨ててから腕を組む。

せっかく忌まわしき村から脱しただけでなく、行方知れずとなっていた嫁との再会も束の間、生活資金に困窮するとは思いもよらなかった。

 

だからといって手をこまねいているわけにもいかない。

何らかの手立てを考える必要があると考えた矢先――――

 

「……ん?」

 

微かではあったが、耳元に届いてきた。

誰かが歩いている音。

ゆっくりと着実に近づいてきている。

 

「どうした?」

「………」

 

何の脈絡もなく腰を上げ、一本道の方に目を向ける。

時刻は夜の23時を指しており、家を囲んでいる湖すら見えない状況ではあるが、降り注いでいる月明かりを頼りに目を凝らす。

 

すると……確かに人影らしきものがあった。

覚束ない足取りで一歩ずつ進みながら左右に揺れている。

友人も気がついたらしく、こんな夜更けに一体何者なのかと警戒するように身構えていると………。

 

 

「「ッ!」」

 

 

両者揃って、思わず目を見開く。

というのも訪問してきた人物に、見覚えがあり過ぎたからだ。

 

日焼け肌に黒みがかかった茶髪を生やした男。

紛れもない神谷本人だったが………。

 

 

「か………神谷?」

 

 

信じられない現実を目の当たりにする。

 

歩み寄ってきている彼の左腕が………見当たらないのだ。

 

加えて、至る所に傷があり血を流しているばかりか、身に纏っている作務衣も朽ち果てている。

 

「………よぉ………待たせた………な………」

 

次の瞬間。

 

やっと帰ってこれた安心からか、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちる。

 

 

 

――――

 

 

 

「………ん……?」

 

遠くの方から呼び声が聞こえる。

暗闇に包まれた空間を彷徨っていたような感覚が、次第に薄れていく。

それから間もなくして、重い瞼を開けると、視界に映ったのは灯りが点いている室内の天井だった。

 

「ッ!気が付いたか!」

 

「神谷の旦那!」

 

直後、覗き込むようにして現れたのは、知り合いと親友の顔だった。

柔らかい感触が後頭部から背中にかけて伝わってくることも含めて、漸く布団の上で横になっていることを理解する。

でもって首を動かしながら周囲を見回すと、挙って安堵の表情を浮かべる者が数人いた。

 

「おじさん!」

「神谷様!」

「神谷さん………気がついたんですね」

 

新しい和服に着替えている長髪姿の友人の嫁に、龍賀家の孫たち。

縋りつくような勢いで寄って来るなり、頻りに無事でよかったと口にする。

 

対する当人はというと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

これ程までに心配を掛けさせてしまったことに不甲斐ないと気落ちする。

 

「すまんな………心配を掛けさせちまった」

「……全くだぞ」

 

見た感じから、かなり酷い重傷となっている。

四肢の一部は欠損し、色んな箇所に傷ができている。

普通なら真面に動けるのは難しいはずなのだが、よく此処まで帰ってこられたと感嘆する。

 

「……手当してくれたんだな」

 

恐らく急いで救急箱を捜したのだろう。

でなければ、其処ら辺に様々なものが散乱している訳がない。

 

「………」

 

ふと肉体に目を移す。

鼻腔を擽る消毒液の匂い。

綿紗や絆創膏などで処置しているだけでなく、包帯も使われている。

 

特に無くなってしまった片腕の方は、何度も重ねるようにして巻かれている。

苦戦を強いられたものの、何とか生き永らえたことに今一度実感すると共に胸を撫で下ろす。

 

「……それで一体何があったんだ?」

「………思いのほか、強敵だったんだよ」

 

数日前の激戦の当時を振り返りながら語る。

 

あの後、奈落の底からせり上がってきたのは、凄まじい憎悪が詰まった計り知れぬ数の狂骨たちであり、それらを退治するのに苦労したとのこと。

なかでも、次から次へと休む間もなく攻撃してきたため、ひたすら動きながら対処していたらしく、段々と疲労感が増していったらしい。

 

けれども、倒れる訳にはいかないと奮起しつつ、何とか殆ど壊滅させることに成功したのだが、代償として左腕が犠牲になってしまったのだという。

幸いにも、利き手である右腕ではなかったため、まだ良かったものの……それでも痛々しい姿に変わりはない。

 

話を戻すが、それからも生き残りがいないかを確認しつつ、厄払いの術を施しながら少しずつ回復し、日にちを跨ぎながら帰ってきたと説明する。

 

「殆ど……ってことは、まだ残っているのか?」

「残ってるって言っても、ほんの三匹くらいさ。力も落ちているし………大したことはないと思うぞ」

「………もう無茶をするなよ?」

「あぁ……」

「本当か?」

「本当だとも……もう無理はしないからよ」

 

念入りに問いかけてくることに苦笑いを浮かべる。

もう二度と無茶はしないと、しっかりと答える。

 

余談だが、彼らだけでは飽き足らず、沙代たちも絶対に無理はしないでほしいと釘を刺してきたことがあった。

 

 

 

――――

 

 

 

数か月後。

 

一行は、健気に雑木林が覆い茂っている自然の中に建てられている神谷邸で仲睦まじく暮らしていた。

 

「あなた、そこのお皿をとってくださる?」

「……分かった」

 

台所で包丁を使いこなしながらまな板に乗せている野菜を丁寧に切っていく妻からの要望に応える。

お腹はみるみるうちに膨らみ、着用している割烹着の上からでも分かる程の大きさとなっている。

 

もうすぐしたら我が子が産まれる。

本来であれば、母体共々に休んでほしい所なのだが、如何せん言うことを聞いてくれない。

 

彼女曰く、ある程度動いた方がより健やかに出産できるとのことで、何度も説得を試みたのだが、結果はご覧の有様。

渋々と手伝いつつあった。

 

「さよ姉。この問題はどうやって解くのかな?」

「え~っとね………」

 

一方、居間では卓袱台にある書物に関する質問に対し、健気に考える沙代がいた。

見た所、近くにある小学校へ通っている従弟のために勉強を教えていた。

 

いつの日だったか、今度の生活に関して改めて相談した中で、やはり義務教育は大切だという点から学校に通わせることにしたのだ。

保護者云々については、話し合いの末、致し方なく面倒な手続きを済ました戸籍変更によって水木が父親ということになっている。

 

正直な話、傍から見れば複雑な家庭環境にも見えなくもない。

 

「はぁ………」

「どうした?ため息なんかついて………仕事先で何かあったのか?」

「……別にそういう訳じゃない」

 

そして肝心の彼と家主はというと、お互いに縁側で暖かな日差しを受けながら寛いでいた。

あの後、働いていた帝国血液銀行の社長から解雇通知を受けてしまい、暫しの間、途方に暮れていたものの何とか別の企業に入社することが出来た。

 

規模は小さいが、上司や社員が一丸となって事業発展に進めていく姿勢や、下心なく親身に寄り添ってくれることもあってやりがいは十分ある。

元々、前の会社の連中は、自身を使い捨ての駒としか思っていなかったため、今の職場には満足していた。

 

「…………」

 

恩人に何かお礼をしたいと述べた際に、期間は設けないから一緒に住んでくれと懇願されたときは、思わず呆気に取られてしまった。

 

しかも資金面については、前に見せてもらった地下蔵に貯蔵している数百個にも及ぶ大量の壺の中に保管されている小判を数枚ほど頂き、月に一度、彼の知り合いとされる質屋に持っていけば、それなりの高騰価格で買い取ってくれる。

 

何から何まで至れり尽くせりなうえ、援助もしてくれる。

頭が上がらないとはまさにこの事だった。

 

「……お前は、まだ続けるつもりなのか?人助けを」

「まぁな。出来る範囲であれば続けるつもりだ」

「……今更だが、あんなお金まで使わせてもらっている上に、沙代さんに宿っていた妖怪のことも祓ってくれて……何から何まで申し訳ない」

「本当に今更だな。でも気にすんな。沙代ちゃんのことは、そう難しいことでもなかったし、何よりあの金は、大昔に色々と頼まれた仕事で得た報酬を何も使わずに溜め込んでいたものだからな。本当は貰うつもりは無かったんだが、どうしてもって言われてなぁ……俺自身、金がなくとも生きていけるから、正直使い道に困ってたんだよ」

「……そうか」

 

そうは言っても気が引けてしまう。

一体どういう生き方をすれば、其処まで達観できるのだろうかと不思議でならない。

 

「そういえば、あいつから何か連絡でもあったか?」

「ねず公のことか?いいや、何の音沙汰もないよ。まっ、大方どこかで生きてるだろうよ」

 

気にするなと返答してから腕一本で何とか立ち上がり、踵を返す。

 

良い匂いに釣られるようにして離れていく後ろ姿を見届けた後に、口角を上げてから再び視線を庭の方へと戻す。

 

小鳥のさえずりを耳にしながら……。



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最終話

時は流れ、令和の時代。

あの惨劇から丁度70年が経った頃のこと。

 

「この先にあるんだな……でも、結構きついな」

 

青いパーカーを着込み、尚且つ眼鏡を掛けながら動きやすい服装で滑り気のある山道を歩くのは、山田という廃刊間近の雑誌の記者。

 

勤めている先で出版している本がいまひとつ売れず、次回で終了という勧告を受けてしまった彼は、最後にふさわしい記事を書くために、世間で噂になっているとある少年を追っていた。

 

ただ、あいにくの小雨である上、霧が発生していることから視界も悪い。

 

(いいや、せっかく此処まで来たんだ!諦めてなるものか!)

 

日本各地で、最先端の科学では解明できない恐ろしい怪物……“妖怪”が次々と出没した際に、人間を守るために颯爽と登場する都市伝説的な存在。

 

左目を隠した茶髪の髪形に、古めかしい学童服と縞模様のちゃんちゃんこ。

並びに下駄を履いているという不思議な格好をした背の低い男の子。

その名も――――

 

 

「引き返してください」

 

「ッ!?」

 

 

慎重に進んでいくなり、突如として声を掛けられる。

足跡を追って、尾行していたことがバレてしまったのか。

動揺を隠せないように一瞬だけ肩を震え上がらせると、風に乗って飛んでいく霧の中から件の当人が現れる。

 

 

「この先は何が起こるかは分かりません……」

 

「………」

 

 

落ち着いた口調で、今すぐ引き返せと暗に警告してくるが、尚も喰らいつこうとする。

僅かな情報を頼りに、やっとここまで辿り着いたこともあるのか。

せっかくのネタをみすみす逃すわけにはいかないとばかりに、頑なに引き下がろうとしない。

 

それとは別に少年の隣には、もう一人の別の存在がいた。

お団子頭にリボンを結んだ切れ長の瞳をもつ背の高い少女。

着ているワンピースから、スラッとした美脚を覗かせている他、紅いハイヒールを履いている彼女は、恐らく彼の仲間であると根拠のない推測で決めつける。

 

「や、やぁ!“鬼太郎”くん!君にどうしても訊きたいことがあって……」

 

急いで懐からある物を取り出す。

主に会話や音楽を記録するために使われる小型の録音機器。

名称としてはボイスレコーダーとされる品物の電源を入れてから、早速質疑応答に取り掛かろうとするも……。

 

「警告はしましたよ?」

「……行きましょう」

 

踵を返し、山奥にあるトンネルの中へと入っていく。

無論、このままでは不味いと焦るも、行く手を阻むかのように吹きすさぶ突風によって動きを数秒間だけ止められてしまう。

その結果、たちまち二人の姿は暗闇に吸い込まれるようにして消えていった。

 

「くそっ!諦めるものか!」

 

再びポケットに戻してから、足元に気を付けつつ歩み出す。

 

遂に突き止めた妖怪少年こと“ゲゲゲの鬼太郎”。

その出生の秘密を探るために此処まで来たのだ。

 

今更、引き返せるわけがないと執念深く追い求める。

 

「しつこい記者ね……」

 

呆れるように呟きながら歩く彼女の隣で小さく声を漏らす。

 

 

 

「……おじさん………」

 

 

 

――――

 

 

 

雲行きが段々と怪しくなり、降り注ぐ雨足も強まる。

それでも尚、持参している荷物の中に収納していた懐中電灯を使って、灯りを点けながら探索をする。

長年放置されている廃トンネルを抜け、道草が所々に生えている道を行く。

 

(うちの雑誌は次で廃刊だ。だからこの記事だけは……!)

 

己の魂を燃やしながら、臆することなく前へ進むと……何とも奇妙な場所に到着する。

 

至る所に崩壊している一軒家らしきもの。

全てが木造建築で造られているが、あるものは壁に複数の穴が開いていたり、屋根が焼失していたり、家そのものが潰されてしまっているなどの惨状となっていた。

 

明らかに人が住んでいた名残から、廃村だと理解すると同時に恐怖が込み上げてくる。

肝試しにはうってつけかもしれないが、こんな所でお化けなんかに遭遇したくないと微かに畏縮する。

 

「ひっ!?………な、何だよ………」

 

まだ日中の時間帯であるにも関わらず、厚く覆われている雨雲のせいで陽の光が差し込んでこない。

だからこそ暗さも相まって中々の雰囲気となってしまっているせいか、僅かな物音でも敏感に反応してしまう。

 

「き、鬼太郎く~ん………何処にいるんだい?」

 

おずおずと呼びかけるも返事はない。

でも、遠くの方からカランコロンと下駄の音が流れてくる。

ならば音を頼りに向かうしかないと、覚悟を決めて一歩ずつ踏み出す。

 

「……気味が悪いなぁ………」

 

暫く歩き続けていると、今まで見た廃屋と比べて、格段に大きさが違う敷地内へと踏み入れる。

どこもかしこも原型を留めてはいなかったが、広さだけでも充分すぎるくらいにあった。

屋敷でも建てられていたのだろうかと考察していると……。

 

 

「ッ!?き、鬼太郎くん?」

 

 

突然の物音に驚きながらも光を照らす。

が、そこにあったのは甲冑の置物だった。

ひとりでに動いたのかと眉間に皺を寄せながら恐る恐る近づいてみると――――

 

 

「なっ!?う、うわぁああああああ!!?」

 

 

老朽化していた床板が破損し、下へ落ちていく。

重力に従うように落下することからパニック状態に陥り、藁にもすがる様な思いで四肢を動かしながら必死に何処かに引っ掛かろうとするも無駄骨となる。

背中や臀部などを強打しつつ、終いには転がってしまう。

 

「ぐへぇ!!………ってて………」

 

ところが偶然にも地面とぶつかったのか。

勢いが収まったことで、命拾いしたと安堵しながら変になっていた体勢を元に戻す。

 

勿論、節々に痛みが走るものの、辛うじて生きている辺り、運が良い方なのかもしれない。

しかし、そんな考えも束の間……。

 

「ひっ!?」

 

細々としていたが、確かに聞こえた。

誰かが苦しんでいるような声。

咄嗟に身構えながら懐中電灯を向けるが、何も見当たらない。

 

それよりも、いま自分が何処にいるのかさえ皆目見当がつかない。

辺りを見る限り坑道のような造りとなっていることから、地下通路か何かだと思われる。

 

「ッ………よ、よし………」

 

勇気を振り絞って懐中電灯を仕舞い込み、代わりにカメラを持ち出す。

暗闇に包まれてはいたが、一切見えないという訳でもない。

眼鏡越しに目を凝らしつつ、慎重に動きながら一枚ずつフラッシュを焚いて撮っていく。

 

「……ここは何なんだ?」

 

散乱している数多くのベッド。

メスや注射器などの医療器具。

咽かえるような異臭が漂い、息苦しくなるも懸命に作業を行う。

傍から見れば、病院の一室のようにも感じられたが、それとはまた違う異質な空気に気圧される。

 

「……鍾乳洞か?」

 

一番奥にあった古びた鉄製の扉を開けると、自然が生み出した鍾乳洞に出くわす。

通路には朽ちかけた鳥居がいくつもあり、何の目的で作られたのかと疑問を抱きながらも、念入りに写真を撮っていく。

 

「……ん?」

 

その時、ふと耳元に何かが届いた。

息づきのような音。

それも結構近い。

 

まるで、すぐ傍に居るような……と感じた瞬間、背筋が凍るような感覚を覚える。

否、ひょっとすると間違いかもしれない。

唾を呑み込み、淡い期待を抱きながら振り向いてみると――――

 

 

「ッ!ぎゃあああああああ!!??」

 

 

叫び声が轟く。

 

確実に目の前にいた。

 

般若に酷似している悍ましい風貌をした化け物が……。

 

 

 

――――

 

 

 

一心不乱に走り続けていると、広い空間に出る。

上の方から降り注いでいる僅かな陽の光によって、薄っすらと全体的に照らし出されていた。

 

洞窟の最奥に位置する所のようであったが、逆に考えると逃げ場がないことも意味する。

けれども、それを考える暇などない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ!!」

 

息切れを引き起こしながらも止まることなく逃げるが、しつこく追いかけてくる。

もう駄目かもしれないと、諦めかけたその時――――

 

 

「霊毛ちゃんちゃんこ!!」

 

「ッ!?」

 

 

聞き覚えのある声が届くと共に、悲鳴を上げるような声が木霊する。

足を止めてから振り返ってみると……自身を追いかけ回していた妖怪を鬼太郎が捕まえていた。

 

「邪魔よ!下がってなさい!」

 

「ッ!は、はいぃ!!」

 

何処から出てきたのかは分からないが、唐突に横から現れた彼の仲間に促される。

近くにある岩陰に避難し、事の顛末を見届けるように顔を乗り出す。

 

一方の鬼太郎は、身に着けていたちゃんちゃんこを駆使しながら身動きを封じた後、毛髪を逆立る。

 

 

「髪の毛針!!」

 

 

次の瞬間。

 

数十本ものの髪の毛が射出され、捕まえている妖怪を滅多打ちにする。

小さな張りと化したものが次から次へと突き刺さることから痛がる素振りをするも、まだ退治するまでには至っていない。

 

であればと、拘束している衣服を念力で解放した後、手の小指側を下に向けて拳を握り、親指と人差し指を開いて鉄砲の形を作る。

すると、指先に青い光が灯し出され、瞬く間に大きくなっていく。

 

 

「指鉄砲!」

 

 

刹那、一発の青白い弾丸が発射される。

狙い定めた標的に向けて一直線に突き進み………見事に着弾する。

 

撃ち抜かれた妖怪はというと断末魔を上げながら爆発四散し、塵と化して消えていった。

アクション映画さながらの展開に息を呑む中、一息ついた彼の元へ少女が近寄る。

 

「鬼太郎。今ので終わりなの?」

「いや………あと一匹いるはずなんだが」

 

辺りを見渡しながら呟いた時だった。

 

 

「ッ!」

 

 

言葉の通り、残りの一匹がひび割れている地面の隙間から現れた。

 

しかも、二人の真後ろから襲い掛かるように。

 

 

「鬼太郎くん、危ない!!」

 

 

咄嗟に声を掛けたが、彼らが振り返る間もなく、口を大きく開けながら喰らいつくそうとしていた。

 

誰がどう見ても間に合わない状況………のはずだった。

 

どこからともなく伸びてきた謎の物体に絡めとられるまでは。

 

「ッ!」

「……えっ?」

 

襲われそうになった当事者たちも呆気にとられる。

目前まで迫ってきていたはずの妖怪が雁字搦めに縛り付けられている。

 

全身に纏わりついている白いもの。

糸や布などではなく、完全に毛髪であることには間違いなかった。

 

その上、電流の如く稲妻が走ったかと思いきや、忽ち捕らわれているものに激しい電気が包み込む。

やがて稲光が舞う中、成す術無しに受け続けた物の怪は、次第に消えていく。

 

 

「……父さん?」

 

 

一連の出来事が終わった後、問いかけるように声を漏らす。

直後、視界に入っていた毛髪が意思も持つように主の元へと戻っていく。

でもって、カランコロンという下駄の音が響き渡り、暗闇から姿を現す。

 

次縹を基調とした和服に、下駄を履いている背の高い白髪頭の男。

同じ髪型の他、顔つきも似ていることから、実の父親に間違いなかった。

 

「無事じゃったか。鬼太郎」

「お、おじさま!?どうしてここに………」

「岩子がのぅ、お主たちだけでは心配じゃと言ってな。だから儂も同行することにしたんじゃ」

「お母さんが……」

 

簡単に説明した後に、懐かしむような表情を浮かべながら見上げる。

あれから長い時が経った。

残念ながらこの国の人々は、相変わらず心貧しく苦しみ続けている。

 

だが、自分は妻と一緒に子どもを得ることが出来た。

今でも立派に育っており、人間の友人や頼れる仲間たちも出来た。

そうした感慨深い気持ちに浸っていると、背後から何者かが近づいてくる気配を察知する。

 

「この村で何があったんですか?」

 

「………」

 

我が子の後をつけていた記者が伺ってくる。

他にも、何故息子が人間を助けてくれるのか。

もし、その理由がこの村での出来事ならば、自身が書き残し、必ず語り伝えるので教えてほしいと頭を下げる。

 

「……長い物語になるぞ?」

「構いません!そのために僕は此処まで来たんです!!」

 

素早く顔を上げるなり、真っすぐな瞳を向けて力強く答える。

 

下卑た考えを抱いている様子は無く、ましてや凍てつくような睨みを利かせている自分に対して、畏怖や恐怖といった感情も抱いていない。

 

その姿勢に感心したのか……ゲゲ郎は、瞼を閉じてから口元を綻ばせつつ腕を組む。

 

 

「……あれは、今から丁度70年前の出来事じゃった……」

 

 

雨上がりの輝かしい陽光を浴びながら語り出す。

 

親友たちと如何に出会い、かつて哭倉村という地で起こった全てのことを。








鬼太郎誕生:ゲゲゲの異聞奇譚(完)


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