大文字伝子が行く (クライングフリーマン)
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1.先輩後輩

学校時代の後輩との交流を楽しむ大文字伝子は、ひょんなことから、SNSにまつわる事件に巻き込まれる。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

青木新一・・・Linenを使いこなす高校生。

久保田刑事・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

 

==================================

「ただいまー。高遠、腹減った、メシメシ!」

「お帰りなさい、先輩。もう作ってます。」「今日は何だ?」「オムライスです。あのー、良かったでしょうか?」「いいよ。オムライスより好物なのが目の前に見えるが。」

高遠は冷や汗が出てきた。この男言葉の女性が高遠の先輩、大文字伝子である。高遠は大学の後輩、高遠学。つい最近まで、事実婚だったが、伝子に請われて伝子の籍に入った。だから、戸籍上は「大文字」なのだが、今でも伝子は高遠のことを「高遠」と旧姓を呼び捨てにしている。

高遠は売れない小説家。伝子は一流の翻訳家で、かなりの格差婚。高遠が家賃滞納で追い出された時に、「一晩だけだからな。」と言われ、伝子のマンションに高遠は転がり込んだ。

高遠は、アパートが見つかるまで、という意味で受け取っていたが、伝子の思惑は違った。

主夫が必要だったのだ。伝子が用意してくれた予備のベッドに伝子は所謂夜這いしてきた。「一晩だけだからな。」と、伝子は言った。一夜の宿代か?と思っていたが、翌朝伝子が言った。「高遠。私と同棲しろ。毎晩抱いてやる。」

「はあ?」

かくして、伝子と高遠はセックスパートナーになり、収入が乏しい高遠は伝子にほぼ養われる、所謂「ヒモ」になった。

伝子は、小説家として売れなくとも、書き続ければいい、と言ってくれた。高遠は主夫の合間を縫って、思いつくまま小説を書いている。以前、ある賞の応募をした時、出来上がった原稿を高遠から取り上げ、さっと見て言った。「校正が必要だな。」伝子は自分の翻訳の原稿の締め切りを、出版社に掛け合い、延長した。そして、徹底して校正をしてくれた。

落選が決まった時、高遠と一晩中セックスし、高遠を抱きしめて泣いてくれた。

「運が悪かっただけだ。私が見こんだパートナーが非凡である筈がない。しっかりしろ。私がついている。」力強い言葉だ。昨今流行りのLBGTとかジェンダーとかは関係ない。

精神的には性別が逆転はしているが、高遠たちは愛し合っている。先輩後輩の優先順位は変わらないが。

夕食を食べながら、伝子は高遠に尋ねた。「高遠。お前、『リネン』って知っているか?」

「何の理念ですか?」「バカ。スマホ買ってやったろ?」

「これっすか?」「お前も小説家なら世間の動向を把握しろ。今度「BasebookもAchitterも教えてやる。まずはLinenだ。貸してみろ。」

伝子の言うことは尤もだ。私は、未払いが続いてとうとう解約したピッチ以来、通信機器は分からない。ガラケーの時代すらない。伝子はあっと言う間にLinenをインストールした。

「実は、高校の後輩の南原から相談を受けている。先日の、高校生が高校生を包丁で刺す事件、覚えているな。」「ああ、刺された方は一命を取り止め、刺した方は口を閉ざしている、とかいう。」

「お前、教員免許持っていたな。」「はい。」「よし、明日私に同行しろ。」「は?」

「私の高校のコーラス部の後輩で、この学校で教鞭をとっている南原だ。こいつは大学の翻訳部の後輩の高遠だ。」

高遠は、あの事件の高校生の担任教師を紹介された。「よろしくお願いします。南原です。」

「高遠です。」「高遠さんは、産休をとっている教諭の代理で講師をして頂く、ということにしました。大文字先輩はスクールカウンセラーのセラピストということに。」

「すまんな、南原。」「いえ、私も事件の真相を早く知りたいので、無理を承知で顔の広い大文字先輩に相談したのです。」

「お前は、打ち合わせ通りにやってみろ。後で落ち合おう。」「はい。」

高遠は、教育実習の頃を思い出しながら、被害者高校生のクラスの授業をした。半分位授業した後、「実は急なことだったんで、あまり準備出来ていないんだ。後は自習タイムでいいかい?」生徒たちは歓喜し、雑談を始めた。

高遠は、あるグループに近づき、話し始めた。

「ちょっと、いいかな?実はLinenの使い方、よく判らなくてね。PTAの連絡にも使っているらしいんだけど、スマホ自体最近持ったばかりでね。ピッチ以来だよ、通信機器持つのは?」

「先生、ガラケーの時代は?」「持っていなかった。」「ひええ。マジ?」一同は笑った。

実は、高遠は伝子にインストール後Linenの使い方を伝子から教わっていたが、初めて聞く振りをして熱心に聞く。「そうなんだ。」折を見て生徒に質問をする。「手がふさがってて、出れない時はそうすればいいのかな?」「音消しとけば?」

「あ、こういう機能もあるよ。」生徒の一人が僕のスマホ宛にLinenのメッセージを送る。

そして、高遠のスマホに着信した画面の、高遠のアカウントマークを暫く押した。すると、

『ショートカットを作る キープして保存する 読まないで読んだことにする 削除する』という、4つの選択肢のメニューが出てきた。

「これ、裏技。いちいち開かなくても、後で読める。」「読みたくない場合は?」

「それも使える、うざい奴とか。」「内藤君はうざかった?」皆、黙ってしまった。

正直な反応だった。

一方、その頃、伝子は病院にいた。「何ですか?翻訳家?何故、翻訳家のあなたが?」

久保田刑事は鼻白んだ。「先輩、すみません。私の中学の先輩でして。」と愛宕刑事は説

明した。

「だからー。何で?」「南原先生が、小学校の後輩でして。」と伝子は答え、手紙を差し

出した。

手紙を読んだ久保田刑事は、「南原先生の代わりに宮下君に確認したい、と。我々は

事情聴取」しているんですけどねえ。」「取り調べじゃないんでしょ、刑事さん。」

 「しかし、意識を取り戻したばかりだし。」

 「10分や15分位、いいですよ。」本庄医師は入って来て、そう言った。

 「先輩。録音取らせて貰えば、変なことは言えませんよ。」「んー。短めに頼みますよ。」

 「じゃあ、早速。宮下君。君はLinenのグループに入っていた。中学時代の友人の内藤君とね。で、Linenに参加する前に、高校に入ってから共通の友人が出来なかった?」

 「青木君のこと?」「青木君もLinenに参加していたのね。」と、伝子は更に尋ねた。

 「うん。」「Linenに参加しようって言いだしたのは内藤君?それとも、宮下君?」

 「僕です。」「君が刺された理由は分かった?」「いいえ。」

 「私は分かったわ。久保田刑事、お手数ですが、拘置所に行って確認して頂けませんか?理由はこれからお話します。」伝子は二人の刑事と被害者の宮下に話した。

 数時間後。事件が発生した高校のクラスに伝子、高遠、南原、愛宕刑事、久保田刑事、内藤のクラスの1グループ8人が集まっていた。

 「では、謎解きを始めましょう。私はスクールカウンセラーではありません。翻訳家の大文字伝子と言います。」

 生徒たちに動揺が走る。伝子は一同を見渡し、続けて言った。

 「刺された宮下君と刺した内藤君は、小学校、中学校と同級生でした。非常に仲が良かった。よくあることです。彼らは同じ高校、即ちこの学校に進学しました。入学して間もない頃、宮下君は同じクラスだった青木君と仲が良くなりました。宮下君には他意はなかったのでしょう。内藤君と遊ぶ時間を楽しむ一方、宮下君は青木君とも別の時間別の場所で遊びます。内藤君も青木君の存在を知り、青木君も内藤君の存在を知ります。

 ある時、転機が訪れます。宮下君の気まぐれで、青木君に内藤君を、内藤君に青木君を紹介し、『1度だけ』3人で遊びます。3人で遊ぼうとしましたが、青木君と内藤君はぎくしゃくして上手く『3人で楽しむ』ことが出来なかったのです。

 そこで、宮下君は内藤君と青木君と自分というパターンを避けるようになったのです。

 次に、2年生になってから、Linenが流行りだしました。宮下君は、このクラスのグループをLinenに参加させました。元々のグループには、青木君もいました。

 そして、直接会わないからいいや、と隣のクラスの内藤君も参加させました。

 ところが、ここで学校側の干渉が入ります。休み時間や放課後に他のクラスには入室してはいけない、という変な校則が出来ました。『進学校だから勉強に集中させる』という目的でした。生徒たちは他のクラスと交流出来なくなったので、今まで以上にLinenに頼ることになりました。メールも既に学校側から禁止されています。PTAの連絡ツールでもあるLinenは、唯一のコミュニケーションツールになりました。

 内藤君は宮下君と交流する手段はLinenだけになりました。ここで、新しい展開です。

 内藤君のメッセージが詰まらない、ださい、うざいという声が上がったのです。連絡は個別メッセージのバケツリレーで伝わりました。内藤君以外のメンバー間で。

 宮下君の提案です。Linenの裏技『読まないで読んだことにする』機能の活用です。

 最初は、個別メッセージだけで、この機能を使っていました。言わば『体裁既読』です。次第に、グループ内メッセージにも利用されました。どうも、送ったメッセージが読まれていない気がする。不安に思った内藤君は、このクラスのグループのメンバーに確認しましたが、はぐらかされているばかり。

このクラスでも宮下君のクラスでもない青木君にお祭りの日に偶然再会し、内藤君は思い切って青木君に相談します。青木君は、この裏技機能を教えてやり、こう言ったそうです。『バカだな、お前。宮下に嵌められたんだよ。俺もLinen誘われたけど、断った。別の奴とグループ作ってる。』

長い付き合いの宮下君にも裏切られた。同じクラスの者にも裏切られた。これが殺人未遂の動機です。

皆さん、確かに内藤君は法を犯しました。罰せられて当然です。で、あなたたちは何の罪もないのですか?こういう話題にしようとか、提案することは考えませんでしたか?真相は永遠に謎になるとでも思いましたか?今回は宮下君が生きていたから、早く明るみになりました。亡くなっていたら、警察の捜査能力なんてたかが知れている、とでも思いましたか?いずれ、解明されてしまいますよ。私の後輩は優秀ですから。

もう仲直りなんて出来ないでしょう。イジメは虐めですから。でも、一生この罪を負って生きなさい。」

一同はしゅんとなって聞いていた。逃げ出す者はいなかった。

伝子の長い話の後を久保田刑事が引き取った。

「大文字さんは殺人未遂とおっしゃったが、まだ起訴もしていない。未成年だし、恐らく障害致傷での起訴になるだろう。刑務所ではなく、少年院だ。宮下君は証言すると言っているし、裁判で考慮されるだろう。」

帰り道。再び宮下君の入院している病院に伝子と高遠と南原と愛宕は向かった。

病院で、高遠は池上病院の院長と再会した。「あら?高遠さん。」

「あ、彰君のお母さん。」高遠は事情をかいつまんで話した。そして、謝罪した。「すみません、彰君の葬儀に出れなくて。」「困ったわよ。電話は繋がらないし、後で喪中葉書を出したら『宛先人不明』で帰って来るし。」

「こいつは、ホームレス寸前だったんですよ。今は私が保護者です。」「保護者?高遠さん、この方の息子に?」

「いえ、婿養子です。」と高遠は弁明した。「まあ。本庄病院と池上病院は今度合併するのよ。じゃあ、私はこれで。」

池上葉子と別れた高遠と伝子と南原は、学校での経緯を説明した。「申し訳ないことをしてしまった。内藤君には一生かけて償います。」と宮下君は言った。

南原は、「みんなには伝えておくよ。みんなも反省している。君の誠意も私から内藤君に伝えておくよ。」と言った。

「先輩、ありがとうございました。」と南原が伝子に頭を下げると、「実はお前からだけでなく、愛宕からも相談されたんだ。久保田刑事は実は担当じゃない。久保田刑事は『プロフ殺人事件』を解決出来なかったことを深く後悔していてな。何かある、と担当を志願したそうだ。愛宕は、久保田刑事が咎められないようフォローしたかったんだろ?」

「はい。みんな先輩のお陰です。」

「よし、後輩軍団。私の奢りだ。ついてこい!」

後輩軍団?長い付き合いになりそうだ。それにしても、先輩の財布の中、あまり入っていなかったような?軍団に借りるかな?

―完―

 




このエピソードは、最初に書いた作品です。


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2.依存症

伝子は、後輩で警察官の愛宕の依頼で、「アルコール依存症」で亡くなった人物の危険を調べることになった。伝子が下した結論は「偽装」だった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。階級は巡査。

久保田刑事・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

 

==================================

 

『奥様の名前は大文字伝子、旦那様の名前は高遠学。極普通の二人は・・・』

背後から、高遠は伝子に頭を叩かれた。「アホ。私は魔女じゃない。」

ひょんなことから同棲し、伝子と高遠は高遠が婿養子に入ることで結婚した。

「書きかけの小説がないなら、内職の方をやれ。」伝子は原本の原稿を高遠に渡した。

ここは、伝子の書斎兼仕事部屋。伝子のマンションは6DKである。小説家の高遠は、引っ越して以来執筆はこの部屋のパソコンを使っている。伝子が「書きかけの紙をポイ捨てする、所謂「小説家スタイル」が嫌いで、高遠にワープロを教え、高遠は電子ファイルに小説を書いている。時々、高遠が原稿を持ち込む、みゆき出版社も電子ファイルを歓迎している。

伝子に翻訳を依頼してくる出版社は高遠が取引する出版社と同じ出版社で、高遠と伝子は部門違いである。方や海外小説やエッセイなどの翻訳部門で、片や大衆小説出版部門だ。ある時、伝子と高遠はその会社の廊下で大学以来の再会を果たし、高遠のピンチに伝子は高遠の居候を提案し、同棲が続く内、結婚することになった。格差結婚だったが、伝子のこだわりは唯一『家名を継ぐこと』だった。

才色兼備だった伝子が長い間独身だった理由はそこにある。早くに両親を亡くし、祖母の唯一の遺言を守りたかったのだ。『大文字』という姓は、稀有な名前ではないが、珍しい名前には違いない。実は高遠も、祖父が信州の出身で、当地では珍しくない姓らしいが、高遠があまり苗字に拘りはなかったから成立した結婚だった。

さて、高遠が手にした原稿は英文で、時々伝子から『下訳』を依頼される。下訳と言っても、伝子がアンダーラインを引いた単語(主にスラング)の意味を電子辞書や出版社から提供された電子辞書で調べ、ノートしていく作業である。

伝子自身は出版社の非正規社員だが、福利厚生は正社員並みで、高遠の『扶養手当』も貰っている。本来はフリーの翻訳家なのだが、伝子を採用した上司の好意に甘えている。

この業種は、古くからSOHO(ソーホー)で作業することが通例になっていて、普段は出社しない。

「先輩、僕の机、前はアシスタントの方が使っていたんですよね。」「そうだが。私の仕事を手伝うのが嫌か?」「いえ、その方はどうされたんですか?」

「うるさい、と言いたいところだが、お前も私の夫になったんだ。教えてやろう。病気だよ。」「病気?」

「うん。アルコール依存症だな。依存症は正式な病名じゃないそうだが、、正常なというか、健康的な生活を送れない状態を作っているのだから、病気には違いない。どの依存症もね。」

黙ってしまった高遠に伝子は支持をした。「ちょっと、ゴーグル(goggles)先生に尋ねてみろ。」伝子に言われて高遠はゴーグルで『アルコール依存症 事件』で検索してみた。

「多いですねえ。あ、最近高齢者の事件が多いんですね。」「いいネタ拾えそうか?」

「はい。」

「私が、いいネタを提供しましょうか?」二人が振り返ると、そこに愛宕が立っていた。「なんで?」「すまん。私が、郵便取りに行った時、締め忘れたようだ。」

伝子は高遠に謝った。伝子の高校のコーラス部の後輩で、南原という男がいる。その南原の小学校の先輩が愛宕である。「後輩の後輩か。何だ、手ぶらか?」

「いえ。私の後輩が南原です。手ぶらですみません。」「で、なんだ?」

「今度は、私の中学校の先輩の話です。その先輩のご両親の心中未遂事件です。」「私は探偵じゃないぞ。」「ひょっとしたら、老老介護に関する心中未遂事件ですか?脳梗塞の後遺症がある奥さんが、糖尿病が悪化したご主人を刺して、自分も首を釣って自殺しようとした、という。」

高遠が割って入って言った。

愛宕は説明を始めた。「先輩は1男2女の次女で、アメリカの男性と結婚し、事件を知って帰国しました。刺した母親の自供ははっきりしていて、刺された父親は重体です。父親は『アルコール依存症』ということになっていますが、どうしても先輩は納得出来ないのだそうです。それで、私に相談して来ました。どうしたものか、と『警察の先輩』に相談して、コーラス部の先輩に相談することになりました。よろしくお願いします。」

「だからなあ、愛宕。私は警察でも探偵でもない。警察の先輩って久保田刑事か?」

「はい。」「じゃあ、久保田刑事が何とかしろよ。」「はい。その為に、大文字先輩の慧眼を見込んで助力をお願いしろ、と。」

「僕からもお願いします。先輩、日頃言っておられるじゃないですか。先輩後輩っていうのは友人と兄弟がミックスしたようなものだ。お互い助け合って当然だ、と。」

「結果は約束出来んぞ、愛宕。」「助かります。」「高遠。お前にはペナルティだ。」

にっと笑って高遠を振り返った次の言葉に高遠は戦慄した。「今夜、5回セックスな。濃いーやつ。」愛宕が声を殺して笑っていた。

翌日。高遠、愛宕、伝子は愛宕が連れてきた、芹川いずみに会っていた。

「すみません、わざわざ。」「いえ、こちら、僕の先輩の大文字伝子さん、そして、旦那様の高遠学さんです。」「苗字違うんですね。」「あ、僕は旧姓を通称として使用しています。戸籍上は大文字学です。」「ああ。私もです。」といずみは納得した。

「早速ですが、父が『アルコール依存症』というのは考えにくいんです。台所にあったアルコール類は、所謂『状況証拠』ですよね?」といずみは愛宕に尋ねた。

「『状況証拠』というのは普通、被疑者側に使う用語ですがねえ。つまり、いずみ先輩は、わざわざ用意されたものだ、と?」

「考えにくい、という根拠を伺おうか?」「先輩。」「ん?ああ、すまん。どういう根拠があって、おっしゃっているの?」

男言葉を止めたことに気づかないいずみは、話を続けた。「トラウマなんです。」

「トラウマ?」「私、結婚する前に暫く両親と暮らしていたんです。父は長い間、勤めていた会社で酒席があるたびに苦労していたそうです。父は下戸ではないけれど、あまり飲めない性質なんです。昔、日本人は大陸から渡って来たが、2種類の種族がいた。一方はアルコールに強く、もう一方ではアルコールにめっぽう弱い体質だった、という説、聞かれたことはありませんか?」

「確かに、そういう説もありますが、決定的な説ではないようです。アルコールが体内に入ると、肝臓でまず『アセトアルデヒド』という物質に分解されます。

そして、このアセトアルデヒドを分解してくれるのが『ALDH2(アルデヒド脱水素酵素2)』です。

ところが、日本人は約40%の人がこのALDH2の活性が弱い『低活性型』のため、お酒に弱い体質といわれています。詰まり、アルコールに強い人は少数派ですね。お父さんは、この低活性型と主張されるのですね。」

「はい。父は忘年会、新年会、歓送迎会、慰安旅行、本音を言えば、全て行きたくなかったそうです。ご飯をあまり食べられず、アルコールの肴では満腹になりにくいので困ったそうです。今言った会だけなら、たまのことだけど、高活性型?の人が会社の上司で、仕事帰りによく飲みに連れて行かれたそうです。帰宅後は、やはり空腹に耐えられないので、軽く食事をしたのですが、そのお陰で高血糖症、つまり糖尿病になってしまいました。。」

「そんなお父さんがアルコールに溺れる筈がない、と。ふうん。愛宕刑事の話におると、お母さんは脳梗塞の後遺症がある程度進んでいた。そして、お父さんは定年後、糖尿病だけれども、お母さんの介護、所謂老々介護をしていたんですね。で、お母さんが、お父さんを刺して無理心中しようとした。お父さんもお母さんも重体、そうですよね。」「はい。」

暫く考えていた伝子は、「愛宕、芹川圭吾さんの会社の同僚と取引先に聞き込みして。いずみさんは、年賀状や友人の名前や住所が判る住所録を探し出してきてください。近所の噂話も必要だな。高遠、出来るか?」「やってみます。」「それなら、久保田刑事に連絡して応援して貰いましょう。」と愛宕が話を引き取った。

「親戚ですか?生命保険と?成程。分かりました。」と久保田刑事は電話を切ると、すぐに署を後にした。

数日後。芹川いずみの実家に、芹川いずみの姉なぎさ、その夫成田一郎、芹川いずみの兄圭太郎、その妻真理が集まっていた。そこに、伝子、高遠、愛宕、そして久保田刑事が登場した。車座が作られ、中央に位置した伝子が立ち上がった。

「結論から申し上げます。成田一郎さん、芹川圭吾さん、芹川綾子さんを殺害しようとしましたね。お二人とも重体ですが、予断を許さない状態です。」

「ははは。何を根拠に。」

「芹川圭吾さんは、切迫した経済状況だったようです。芹川さん夫妻はどちらも年金生活者。ご存じの通り、昔と違って切り詰めれば年金で何とかやりくりという時代ではない。退職金を使い果たすと、年金と貯金を切り崩しての生活でした。通帳の残高は、後数年で空になるだろう金額でした。介護施設には、本人たちの希望もあり、入所しませんでした。

老々介護は、経済的にも精神的にも肉体的にも疲弊していきます。どうして、圭吾さんは、『アルコール依存症になれた』のでしょうか?綾子さんはご自身も脳梗塞の後遺症があり、夫の圭吾さんも持病の糖尿病が悪化したこともあり、夫の首を絞め、自分自身も鴨居にロープをかけ、自殺を図りました。いずみさんが帰郷したのは、全くの偶然でした。

でも、その前に成田一郎さん、あなたはなぎささんと共に訪れていましたね。状況を悟ったあなた達はご夫妻を放置したまま。『家探し』しましたね。『タンス預金』を探す為に。以前、あなた達は、老夫妻がいつ亡くなるか分からないから、と生前分与をお二人に迫りましたね。人の口に戸は立てられません。ご近所さんが綾子さんの愚痴を覚えてくれていました。タンス預金は見つかりませんでした。圭太郎さんと真理さんは、指示された通り、アルコール類を持参しました。亡くなってから、ゆっくりと探そうということになり、圭太郎さんと真理さんを促し、4人とも帰宅しました。

いずみさんが発見していなければ、死亡していたでしょう。綾子さんの力では、夫を絞める力はあまりありませんでした。また、首を吊った時に少しずれていたのです。

あなた達の望は『金』だけ。お二人の介抱をしたり救急車を呼んだりすることなど論外でした。

裏口から出入りすれば近所の方の目に留まらないなんて、妄想です。アルコール類をわざわざ置いたのは、事件の真相を隠す為と、自分たちのアリバイ作りの為だったのでしょうが、あまりにも杜撰でした。圭太郎さんやなぎささんは、ご存じなかったのは残念でしたね。圭吾さんはアルコール類を普段飲まなかったことを。いずみさんはご存じでしたが。」

ここで、高遠が口を挟んだ。「アルコールに弱い人はアルコール依存症になりにくいんです。知人の医師に確認しました。」「池上先生か。」「はい。」

伝子は続けた。「アルコール依存症気味だったという話は、身内のあなた達以外からは出てきませんでした。圭吾さんの元同僚や同級生に確認しました。圭吾さんは、悩んでいたけれど、アルコールは口にしませんでした。それと、糖尿病の治療は医師によって方向性は違うけれど、共通していることは喫煙とアルコールの禁止です。正確に言うと、喫煙は全面禁止。アルコールは、病気初期なら節度を保つことを指導、進んだら全面禁止だそうです。あなた達はやり過ぎたんですよ。」

「救急車呼ばなかっただけで・・・。」

「バカ野郎!!」黙って聞いていた久保田刑事が進み出た。「罪にならないとでも思っていたのか?」

「はいはいはい。後は我々が引き受けましょう、久保田刑事。」奥の間に控えていた警視庁の刑事が久保田刑事に頷いた。いずみを除く親族は刑事達に引き立てられて行った。「いいんですかねえ、これで。」納得の行かない顔で高遠が言った。「いいんですよ、我々の管轄じゃないし。ねえ、久保田先輩。」

「そういうことだ。もう少しでぶん殴るところだった。愛宕、お前遅いぞ。」「すみません。」

翌日の早朝。

高遠が愛宕の電話を受けていた。

「御夫妻が亡くなった?本当ですか?」「実は、あの家に集まった時に、ね。」高遠の質問に愛宕は応えた。「お通夜は今夜。葬式は明日です。」

「高遠。喪服の用意をしろ。」「はい、先輩。」

お通夜や葬式の喪主はいずみだった。通夜の後、いずみに挨拶をした高遠は早々に辞去した。

葬儀場を出ると、高遠と伝子の近くに愛宕と久保田刑事が寄って来た。「私も今、いずみ先輩に挨拶して辞去したところです。」と、愛宕が言った。

久保田は伝子に報告をした。

「成田一郎のパチンコ依存症が確認出来ました。最近は、隣の市のパチンコ屋を利用していました。圭吾さんが定年退職する前から、妻を通じて無心していたようです。

定年退職後、退職金を彼らは要求したようですね。圭吾さんは、半分を家のリフォームに使い、残りを分配したようです。いずみさんは外国だから、と分割しないでくれ、と言ったそうですが、流石に圭吾さんは首を縦に振らなかったそうです。

最近、生前分与を求めていたのは、一郎の借金が発端です。綾子さんを介護施設に入れるから、と家を売ることも進言していたそうですが、ご夫妻は拒否しました。この辺もタンス預金があるに違いない、と思い込んでいた原因かも知れません。結局、家だけが大きな財産ですが、いずみさんは売らない方針だそうです。それと、いずみさんご自身が貰った退職金と通帳分の財産はなぎささんと圭太郎さんに渡すそうです。あの四人の為ではなく、甥や姪の為だそうです。」

「親の介護を放棄しながら、最後には『見殺し』か。『鬼畜』だな。」と伝子が言うと、「未必の故意ですからね。」と愛宕は言った。

「いずみさんが帰郷しなければ、事件はうやむやになったかな?」と高遠が言うと、「警察はそこまで馬鹿じゃないよ。でも、先輩がいなければ仔細が判明しなかった。」と愛宕が応えた。

「いずみさんが跡取りみたいなものだな。圭太郎はだらしなさすぎる。いくら鬼嫁がうるさく言ったからって、長男で跡取りなのに、その義務を果たさなかった。」

伝子が愛宕に尋ねた。「聞くのを忘れていたな。アルコール類の鑑識の結果は?」

「圭吾さんや綾子さんの指紋や掌紋が出たのは、料理酒とみりんだけ。しかも期限がきれていたそうです。一郎は、お屠蘇ですぐに赤くなるのを見て、思いついたそうです。」

「サケに弱いから、サケに飲まれる、か。あり得ないことは、分かるな、高遠。」

「『低活性型』ですね。」「お前も『低活性型』だったな。今夜も焼肉で打ち上げだ。愛宕!」「はいはい。」愛宕は、焼き肉店に電話した。「今日の支払いは愛宕、な。」

「ええっ!」「ええって何だよ。お前のお陰で仕事が遅延している。」「はい。」

「お前もペナルティ。今夜は帰宅したら、セックス10回な。」「ええっ!」

「ええってなんだよ。まだ下訳完成してないんだろ?」「はい。」

「行くぞ、後輩軍団!!」「はあい。」高遠と愛宕は顔を見合わせた。

久保田は黙って背を向け、歩き出した。

―完―

 

 

 

 

 



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3.血の付いたお薬手帳

誘拐なのか、失踪なのか?伝子は、身内の人間を不審に思った。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。階級は巡査。

久保田刑事・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

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『2008年7月、G県では、{ギターをやる奴はアホ}というプロフの書き込みがきっかけで、高校生が同級生に殺害された。高校生は、ほんの軽い悪口の積りだった。』

久保田刑事は、自分のポケットから出した紙片は、かつての新聞記事の一部をラミネートしたものだった。

「大文字さん。実は南原さんから相談を受けて時に、この事件を思い出しましてね。私が少年課にいた頃、起こったんです。寄ってたかって殺害したグループの一人が、かつて私が補導した不良でした。すっかり、更生した筈が、リーダー格に逆らえなかったらしい。とにかく、あの時は大文字さんの慧眼に心服しました。今回、また南原さんから相談を受けましてね。」

ジャムとピーナッツバターをたっぷり塗ったトーストを齧りながら、ガウン姿を気にしつつ、久保田の話を聞いていた。「で、誰か死んだの?死にそうなの?久保田さん。」

「誘拐です。」「誘拐?」と高遠と伝子は声を揃えて言った。

「失礼します。」と、南原が入って来た。「南原。チャイム位鳴らせよ。」

「すいません。今、久保田先輩が言われたように、今回は誘拐絡み、いや、誘拐っぽい、って言うか。」

「誘拐じゃないのか?」「正確には、失踪かも知れない案件です。」と久保田が話を引き取った。

「ウチの隣のクラスの子なんですが。」「ちょと待て、南原。隣のクラスならお前の管轄じゃないだろ。」「担任は産休なんです。」と、南原が言った。

「それなら、副担任か代用教員だろう。」「副担任は私です。それに、該当の子の母親が小学校の先輩でして。」

「また先輩後輩か。で?誘拐かも知れないってことは、ある日突然蒸発した?あ、『蒸発』は死語か。要は行方不明。」「はい。書置きもありませんし、家出ではなさそうなんです。」

詳しい話を聞いていた伝子は高遠に命令した。「高遠。着替えの準備。パンティは勝負パンティだ。」「はい。」

驚く久保田と南原を尻目に、高遠は走って寝室へ。伝子は洗面所に行った。

数時間後。高遠と伝子は、南原、愛宕、久保田と共に、失踪した楠新一の家に揃っていた。母親の蘭子が出迎えた。「ごめんなさい、南原君。」「いえ、蘭子先輩の頼みなら断れません。それより、状況を詳しく教えて下さい。」

「あの子は几帳面な子でねえ。この部屋を見ても分かる通り。スマホもガラケーも通じないし。書置きもないし。家出か誘拐か判断出来ずに3日目になっちゃったんです。」

伝子は、ベッド脇にある整理ケースを見つけ、近寄った。「大文字さん、これを。」

久保田が白い手袋を伝子に渡し、伝子はすぐに嵌めた。高遠は用意がいいな、と感心した。すると、愛宕が高遠と南原に手袋を渡した。

「文房具にしちゃ、引き出しが多いな、と思ったら、薬棚ですか。」

「はい。あの子は糖尿病で、心筋梗塞も脳梗塞も経験があり、脊柱管狭窄症も持病に持っています。」「うん?」引き出しを開け閉めしていた伝子は、「合っていない。」と呟いた。

「どういう意味ですか?先輩。」と、高遠が尋ねると、「引き出しに貼ってある錠剤の名前と現物に印刷されている名前が合っていない。お母さん、お薬手帳は?」

母親の蘭子は、「私は預かっていないんです。自分で管理出来るから、と。」

「どこの薬局が処方箋薬局か分かりますか?あ、それより、主治医のいる医療機関はどこですか?」

「本庄病院です。」「すぐ、薬局を確認願います。よし、手分けしよう。南原はそのゲーステを調べて。愛宕、そのPCを調べろ。高遠はデスク周りだ。久保田さん、鑑識呼べますか?」「何とかやってみます。」と久保田はスマホを耳にあて、部屋を出た。

スマホで本庄病院に電話していた蘭子が伝子に「ファジー薬局だそうです。」「この家にファックスありますか?」「はい、台所に。」「じゃあ、薬局に『薬事情報』を送って貰って下さい。」

「先輩、これを。」愛宕がPCの画面を指した。「ケータイバックアップ?」「多分彼のガラケーのバックアップですね。」伝子が、薬ケースの横の充電ホルダーを指した。「1つ目はガラケー、2つ目はスマホ。3つ目はガラケー?」「機種変更する前のガラケーです。その目覚ましアラームで起きていました。ホルダーに刺したままでしか使えないそうです。」と蘭子が言った。

「南原。そのゲーステのメモリのタイムスタンプをメモしろ。「久保田さん、ケータイ会社にバックアップデータを復元させられますか?」

「そうですね。ショップに尋ねてみましょう。お母さん、いいですね?」と久保田は尋ねた。

「は、はい・・・。」蘭子はガラケーを購入したショップの電話番号を久保田に教えた。

「高遠。デスクに不審な点は?」「ありません。」「じゃ、その薬ケースの引き出しの薬の数を全部メモしろ。」「はい。」

「愛宕。ファックス届いているか、見てこい。今、ファックスの音がした。」

本庄病院に電話した時、すぐに手配してくれたのだろう。

愛宕が薬事情報を持って来た。「鑑識が今到着しました。」

鑑識がやって来た。久保田が挨拶した。「井関先輩、無理言ってすみません。」

「後輩の頼みは断れんだろう。どことどこだ、ピンポイントって。」

「ゲーステ周りとそこの薬が入っているケース、それと、そのPCです。」

「分かった・・・って、どちらさん?」「先輩、事件を手伝って貰っています、大文字伝子さんとご主人です。」「探偵?」「いえ、翻訳家と小説家です。」と高遠が答えた。

「久保田君は、顔が広いねー。」久保田は、構わず、「ケータイのバックアップデータって復元できますか?」と井関に尋ねた。「ショップに言って、同じ機種か近い機種のガラケーを持って来させる方が早いな。俺が連絡してやるよ。そうだな、2時間位くれよ。久保田、電話番号は?」「あ、これです。」と久保田は井関に電話番号を教えた。

「じゃあ、そこのファミレスで待機しています。」「ん。」

 高遠達は、後を鑑識に任せて、ファミレスで軽食をとりながら、作戦会議をした。

 「カメラを仕掛けてあります。蘭子が立っていた後ろの本棚にさりげなく。」「鑑識、見つけちゃいませんか?」と、高遠。「予め、井関先輩に話をと通してありますから。」

 「蘭子って・・・蘭子先輩が容疑者とでも?」と南原が気色ばんだ。

 「容疑者だよ、南原。まずは、ゲーステのメモリの直近日付は?」

 「8月13日です。」「愛宕、ケータイのバックアップの最新タイムスタンプは?」

 「8月13日です。」「つまり、3日前だ。高遠。薬事情報の処方箋発行日付は?」

 「8月13日です。」「つまり、3日前は本庄病院で受診している。」

 「はい。」「高遠。ケースの薬の数と処方された薬の数の差異は?」

 高遠は、薬事情報と自分のメモを比較して、数の違いがある薬の写真に丸をつけた。

 「2つずつ飲んだことが確認出来ますね。」と久保田刑事。

 「愛宕。蘭子さんは、新一君が『几帳面』だとイの一番に話したな。」「はい。」

 「新一君が、蘭子と一緒に病院を受診したのは、午前中だ。普通なら昼食後と夕食後で2回薬を飲んだはずだ。そして、翌朝失踪した。だが見てくれ。一回に2錠飲む薬は5錠足りない。服用のタイミングでおかしい薬もある。『朝食後のみ』の薬が3錠無くなっている。で、他の薬は3錠足りない。そもそも、新一君が失踪、いや、家出をしたのなら、丸ごと持って行く方が合理的じゃないか?」一同は唸った。

 「南原。お前が相談に来た時、『ゲーム依存症の息子がいなくなった』と言わなかったか?」「言いました。蘭子先輩がそう言ったので。」

 「几帳面なゲーム依存症。それだけで、違和感がある。それと、南原にゲーステを調べろと私が言った後、蘭子はゲーステを見ようとしなかった。蘭子が犯人だ。」と、伝子は決めつけた。

 翌日。鑑識の結果と伝子の推理で、警視庁の刑事が問い詰めたところ、蘭子は自白をした。

 事の発端は、新一の叔父だった。「そんなに薬が多いとどれが効いているか分からんぞ。藪医者じゃないのか?薬依存症じゃないのか?」と、たまに来ては新一をからかっていた。蘭子は同じ日に新一と受診していたのではなかった。夫、進次郎が中国に単身赴任して以来、帰れなくなっていた。会社が中国人に乗っ取られたという。本社の対応は冷たかった。蘭子はうつ病になった。自分のことで精一杯で、新一の薬、いや、病気に無関心になっていった。それで、叔父の言葉に感化され、不要な薬が投与されているのではないか?と疑い始めた。

 一方、新一がたまにやっていたゲームに影響され、夢中になった。ゲーム依存症は蘭子の方だった。夫のことでストレスが溜まり、うつ病になった。それで、蘭子はゲーム依存症になった。いつまでも蘭子がゲームを止めない時は、新一はリビングのソファで眠っていた。

 あの夜、もう少しでゲームクリアしそうなところで、新一が入って来て口論になった。

 本来、新一が勉強をする部屋であり、新一の寝室でもあった。新一がゲーム依存症をなじったのに対して、蘭子は薬依存症だと反撃した。蘭子は夢中でゲーステを新一に投げつけた。背を向けた新一の後頭部にゲーステは直撃した。新一は何とか自分の病気と処方されている薬を説明しようとしたのだった。

 息をしていないと判断した蘭子は、夢中で新一を車に乗せて、実家の隣の県境の山に新一をスマホやガラケー、お薬手帳と共に埋めた。そして、南原に相談したのである。

 ゲーステは1人が2回プレイしたか、2人のプレイヤーが1回ずつプレイしたかのどちらかである、と専門家が分析したのは、新一の死体が見つかった後のことである。

 勿論、鑑識によって、ゲーステに親子の指紋があったことは既に判明していた。

 葬儀は、叔父が執り行った。高遠と一緒に葬儀に出席した伝子が彼の頬を打ち、叱責した。

「無責任も甚だしい。糖尿病や他の病気で苦しんでいる甥の顔をまともに見たことがあるのか?病気を揶揄する人間は、健康に甘えている『弱虫』だ。新一君のように病気と正面から向かい合い、闘っている人間とはえらい違いだ。弱虫!!」

1週間後。高遠と伝子のマンションに一同は集まっていた。結果報告である。久保田刑事が口火を切った。「楠蘭子は息子殺しを全て自供したので、起訴されます。大文字さんは最初から、犯人と思われていたのですね?」

「私の見解をお話しましょう。そもそもが、南原が相談してきた時に、何故3日間も捜索願を出していないのか?普通の親は、突然いなくなったら、半狂乱でしょう。」

「そうですね、もし誘拐なら48時間過ぎたらまず生きていない。誘拐を否定する圧倒的な理由が無かった。家出なら、おっしゃる通り、何故逡巡するのか?」

「南原に相談したのも、背中を押して貰いたかったと言えば通る理屈の積りだったかも知れない。とにかく、あの部屋に入ったら違和感だらけだった。まずはPCだ。電源が入ったままだった。PCの電源が入ったままなのが、誘拐ならすんなり分かる。で、家出なら、不自然だ。高遠。新一君は几帳面な性格だと楠蘭子は言わなかったか?」

「言いました。」と高遠が応えた。「じゃあ、何故PCの電源を入れたままにしたんだ?それに、デスクトップの画面が不自然だ。愛宕。どんな画面だったか、皆に教えてやってくれ。」

愛宕が応えた。「ゴミ箱以外ないデスクトップでした。まるで、新品で、OS以外のソフトが入っていないみたいに。スタートメニューを見て、沢山ソフトが入っていることはすぐに分かりました。それで、ファイル管理ソフトを起動させて、タイムスタンプが新しいものを探しました。それで、最新のデータをクリックして、関連づけられているソフトを起動させました。それが、ケータイのバックアップソフトです。デスクトップにあったかも知れないショートカットは蘭子が消したのでしょう。几帳面な性格を印象付ける為に。それと、蘭子はログインのパスワードを知らなかった。起動したままにしておくしか無かった。」

高遠が口を挟んだ。「どうしてショートカットがあったと?」

「復元ソフトで見つけられるだろうが、その前に新一君の性格だ。几帳面なら、デスクトップにアイコンが多いのはおかしい、と思うかも知れないが、ショートカットが並んでいる方が寧ろ自然だ。ソフトもランチャーソフトを使う方が合理的だ。」と伝子は説明した。「そんなもんですかね。」と高遠が言った。

「久保田さんに無理をお願いしたのは、通信履歴をケータイ会社に見せて貰うには令状がいるからです。」と、伝子は向き直って、久保田に言った。「よくご存じですね。」と久保田が感心した。

「よく映画でやっているじゃないですか。尤も、以前愛宕から聞いていましたが。取り敢えず、手掛かりになるかも知れないデータを見つけたのは、愛宕の手柄です。褒めてやってください。」

「よくやったな、愛宕。」「いやあ。」と愛宕が照れた。

「二番目に違和感を持ったのが、あの薬ケース。高遠。新一君の性格は?」「几帳面な性格です。」「一緒に確認したように、『1錠ずつ足りない』が、何故そうなったか?蘭子が私たちの来訪を知って、慌てて準備していた時、うっかりひっくり返してしまったんだよ。1種類だけ1錠足りない、と後で分かるかも知れないと思った蘭子は『全ての錠剤』から1錠ずつ抜き取ったんだよ。久保田さん。紛失した錠剤はベッドの下か脇にあります。後で抜いた錠剤は、多分蘭子のうつ病の薬に交じっていると思います。」

「分かりました。連絡して調べさせます。」

「三番目に違和感を持ったのが、ゲーステだ。南原に調べさせたのは、『ゲーム依存症』が蘭子自身だと思ったから。そして、ゲーステの位置だ。高遠。新一君は・・・。」

皆まで伝子に言わせず高遠は応えた。「几帳面な性格です。」

「わずかな埃の後で、置いた場所が途中で変わったと思った。高遠。あのゲーム機はなあ、縦型にも横型にも置けるように設計されているんだ。恐らくは、新一君は縦型だな。

それだから、凶器で使用した後も簡単には壊れなかった。」

「なるほど。初めから凶器は我々の目の前にあった。」と、高遠が言った。

「南原がメモリを確認している時、ずっと目をそらさず見ていたよ。で、南原は?」

「休暇をとって、帰郷したらしいですね。」と、愛宕が応えた。「そうか。恩師には私から連絡しよう。南原の力になってやって欲しい、とな。」

「久保田さん、死因は?」「脳挫傷。打撃された時に詰まって即死に近かったのでは?と井関先輩に言われました。ガラケー、スマホ、血の付いたお薬手帳も財布もありました。遺棄した場所は山中の洞穴、昔の防空壕でした。」

「それで、ガラケーのメールは?」「保存用のメールに沢山データがありました。日誌の代わりに使い、悩みが綴られていました。」

「所持金のことも何も言わなかった。実の親なのに。家出したとしても、お金やカードのことは頭をよぎるものだ。」「確かに、カードを使えば、消息の手掛かりになる。」と愛宕が言った。

「南原さん、辛いだろうな。信頼関係を簡単に壊されて。」と、同乗した高遠が言った。

「ま、私たちは彼を信じてやろう。さ、お開きだ。高遠、寿司の出前を取れ。今日は私の奢りだ。」

―完―

 

 



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4.狙われた、ひかる君

愛宕は、SNSであるBase Bookにまつわる事件の相談を伝子に持ってきた。
SNSが絡んだストーカーは意外な人物だった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。

青木新一・・・Linenを使いこなす高校生。

久保田刑事・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

中津刑事・・・警視庁刑事。

中山ひかる・・・ネット依存症の高校生。

中山千春・・・ひかるの母。

 

==================================

 

 『二人がまぐあいの絶頂を迎えた時、帰宅した敦子は母親と夫に水をかけた。後日、離婚したことは言うまでもない。』

 「最後の文章はいまいちだなあ。それと、『まぐあい』は止めろよ、『セックス』でいい。」高遠と大文字伝子は、高遠が書き上げたエロ小説、いや、性風俗小説を検討していた。

 その時、チャイムが鳴った。応答して、入って来たのは愛宕、久保田刑事。それともう一人いた。久保田が紹介した。「こちらは警視庁の中津刑事です。」「中津です。今日は、度重なるご協力に対してのお礼にあがりました。」「お礼だなんて・・・。」

 「いやいや、御慧眼は久保田から伺っていますよ。事件解決のヒント、糸口をいつも頂いているとか。私の上司が是非ご挨拶に行ってこい、と。金一封や表彰状は出ませんが、上司から、『あくまでも』個人的なお礼にと言付かって参りました。」

 中津が出した封筒を高遠が開けると商品券だった。「なるほど。ご丁寧にどうも。確かに拝領致しました。」「では。」と帰りかけた久保田は、「愛宕は残っていいぞ。今日は定時に帰れ。」「はい。」

 中津と久保田が帰ると、愛宕はふうと息を吐いた。

 「どうした?緊張していたのか?私には緊張しない癖に。」「そんなことないですよ。ああ、先輩。中津さんは久保田先輩の同期なんですけど、中津さんの上司、って久保田先輩の伯父さんなんですよ。」「ふうん。それで、中津さんは久保田さんに頼まれると断れないって訳か。」「まあ、そうですね。」

 横で見ていた高遠が、「ビールでも飲みますか?」と、高遠が尋ねると、「聞いてたでしょ、後で一旦署に帰るんですよ。」と愛宕が返した。

 「だよね。」「何が『だよね』、だよ。コーヒーでも入れてやれ。」「はいはい。」「『はい』は一回!」「はい。」

 「今日は事件じゃなかったんだな、愛宕。」「それが・・・。」「勘弁してくれよ。仕事にならんぞ。今日は仕事ないのは事実だが。」「高遠さんは?」「一応、書き上げたばかり。」

 「じゃあ、お二人に・・・。」

 かくして、二人はまた妙なことに巻き込まれるのだった。

 高遠と伝子は、愛宕のマンションに招かれた。正確には、愛宕のマンションのお隣さんを訪れる前に立ち寄った。「お帰りなさい。ご苦労様です。」と、自分の夫と伝子達に別々の挨拶をしたのは、愛宕の妻、みちるだった。みちるは伝子達に敬礼をした。

 「あのー、奥さん。我々は警察官ではないので。」と、高遠が言うと、「え?探偵なら警察官の親戚みたいなものじゃあ。」「高遠。愛宕は何か変なこと吹き込んだようだ。」

 「そうですね。」と相槌を打つ高遠に、みちるは「ご主人がワトソン役ですね。」

 「違う。そもそも、私は翻訳家だ。」「私は小説家です。」

 「まあ、ともかく中へ。あ、ひかる君。後で行っていい?」「はい。」

 ひかると呼ばれた少年は隣の部屋へ消えた。

 高遠と伝子が愛宕と共に入ろうとすると、息せき切ってやって来たのは南原だった。

 伝子が「大丈夫か?南原。休暇多めに取ったんじゃないのか?」と言うと、南原は「大丈夫です、先輩。ご心配おかけしました。母にも筧先生にも大分絞られました。」と苦笑いした。

 どやどやと入って来た客たちに、みちるはコーヒーを出しながら、言った。

 「あの、ひかる君なんですけどね。コロニーが流行って、お父さんの自宅ワークが増えて、受験勉強出来ないから、ってお母さんが勉強部屋代わりにお隣を借りたんですけどね。どうも、脅迫されているみたいなんです。」

 「愛宕。久保田さんには相談したんのか?」「それが先輩。ネット上のことなんで、微妙だなあ、って久保田先輩も言っていました。」

 「ネット上?また、Linenですか?」と高遠が問うと「いや、Base bookなんですよ、高遠さん。」と愛宕は応えた。

 みちるが、プリントアウトした紙を持って来た。「これはその一部です。」

 赤線をひいてある箇所には『お前の家は知っているからな。いつか殺しに行ってやる』と書いている。

「うーーっむ。いつか、じゃあなあ。そもそも何でこんなことに?」

「これです。」とみちるはPCを見せた。Basebookの画面が出ている。『皆さんは、政府のコロニー対策が遅れたことをどう思いますか?』と、タイトルに書いてある。

 『よき!』マークの数は500を軽く超えていた。しかも、どんどん増えつつある。

 『よき!』マークは同意や賛成を示すものだ。そして、投稿された内容は、加熱して行っている。その反対派の一部の投稿が『殺しに行ってやる』である。

 「これだけ賛成も多いのだから、気にしなくていいんじゃない?って言ったら、ひかる君、前にも同じアカウントの人に脅迫されているんです。『風神』っていうアカウント。」

 「なるほど。ひかる君が『雷神』だから、明らかに挑戦しているね。コメントも一番辛辣だ。」と高遠が言った。

 「でも、以前の投稿の時は殺されなかった、というか殺しに来なかった。何でかな?」と南原が首を傾げた。

 「殺しに来なかったけど、最初の投稿を削除したそうです。」「で、連なる返信投稿も消された。」

 「ブロック出来るんじゃなかったか?Base bookの方で処理出来るだろう。」、と南原。

 「ブロックした上で、同じ輩らしき奴が現れた?ということか。狙われているな。」

 そこに、当人と、その母親が姿を見せた。母親が高遠に名刺を見せ、挨拶をした。「中山ひかるの母、千春です。大文字先生ですね。この子はネット依存症なんです。もうインターネット止めなさい、って言っているんですけどね。」

 「大文字は私です。こ・・・彼は夫の学です。それと、私は先生じゃない。」と伝子は挨拶を返した。「よろしくお願いいたします。」と言って、ひかるの母はすぐに帰った。

 「母は宝石店をやってまして。父は海外出張中です。」

 「さて、ひかる君。ざっと見させて貰ったが、高校生なのに政治に関してちゃんと意見が言えるなんて素晴らしいよ。」伝子の言葉に続けて、高遠も言った。「僕なんかただただ遊んでいたよ、高校時代は。」「自慢するんじゃない。」と伝子は高遠を叱った。

 ひかるは笑った。愛宕が割り込んで言った。「本気で殺されると思ったんだね、ひかる君。」

 「なんか、他の投稿者にも無茶苦茶言っているでしょ。途中から、彼の肩持つ人も何人も出てるし。僕の意見に賛成していた人がどんどん潰されて行くみたいだし。」

 「削除しようとしなかったの?今度は。」と伝子は尋ねた。「かなりの人に迷惑かけるし。」「優しいんだね、君は。よし、作戦会議だ。ひかる君。作戦がうまく行ったら、投稿は削除しなさい。お詫びの文面はこの高遠、いや、私の夫が責任を持って作成する。彼は謝罪のプロだからな。」「変な褒め方しないで下さいよ。」一同は笑った。

 作戦は始まった。犯人をおびき出す作戦だ。伝子は数台PCを持っている。最初、伝子達のマンションでやる予定だったが、南原が学校でやろうと言い出した。そして、学校と何軒かの電話を終えた南原は、「クラス会をやるとういう名目で教室を借ります。丁度今日は日曜日だし。で、応援も要請しました。」「応援?」と高遠が首を傾げた。

 応援の意味はすぐに判明した。南原はLinen事件の関係者を呼び出したのだ。

 「お久しぶりです、大文字先生、高遠先生。」とLinenグループの一人橋本が代表して挨拶をした。8人はそれぞれタブレットを持参していた。流行り病コロニーの際に生徒一人一人にタブレットが配布され、授業でも活用されることになったのだ。そこへ、青木がやって来た。「南原先生。俺も参加させてくれよ。橋本から『ネットいじめ』の件、聞いてさ。宮下にも後で報告しようと思ってる。」

 「ありがとう、青木君。いいですよね、大文字先輩。」「勿論だ。配線終わったら、みんな改めて集まってくれ。」

 1時間後。みなスタンバイして、伝子の指示を待った。

 「私のアカウントは『みゅうみゅう』だ。」「可愛いですね。」とグループの女子が言った。

 「まず、ひかる君が発言する。その内、雷神が絡んでくる。みんなは最初雷神の意見に賛同するような振りをしてくれ。具体的な意見はなくてもいい。『そうだね』とか『そうかも知れない』位でいい。暫くして、『みゅうみゅう』が登場。ひかる君を庇う発言をする。『みゅうみゅう』が説得する内、みんなは『雷神は言い過ぎだ』、とか、『やっぱりひかる君が正しい』と言い出す。最後に『みゅうみゅう』は、ひかる君の家を本当に知っているのか?本当に殺す気か?止めて!と騒ぎだす。そして、突然『みゅうみゅう』は黙る。みんなは、その後雷神を避難して、Base bookからログアウトする。」

 かくしてディスカッションが始まり、2時間後、終了した。

 「後は警察の仕事だ。みんなは結果を待ってくれ。」と愛宕が言った。

 取り敢えず、愛宕とみちる夫婦と高遠と伝子夫婦が愛宕のマンション近くに張り込むことにした。学校から引き上げた時間から夜中の2時まで高遠と伝子夫婦が見張った。

 夜中の2時には、愛宕夫婦が交代した。そして、午前11時には、高遠夫婦が交代に来た。「来ますかねえ、先輩。」「さあな。2日経って来ないようなら、私のところへ泊まり込め。高遠と愛宕は警護だ。私はそうだな・・・。」

 「先輩。私と同じベッドじゃ嫌ですか?」「おい、紛らわしいこと言うなよ。」と妻の発言に愛宕は狼狽えた。「そうだな。みちるの所へ泊まり込もう。」「嬉しい!」と、みちるは伝子の体に抱きついた。

 「勘違いするなよ、高遠。おまえ以外に肌を許す相手はいない。」愛宕が笑った。

 そこへ、久保田刑事がやって来た。「愛宕、帰って休め。応援を連れてきた。丁度非番だった北条だ。張り込みはプロの方がいいでしょ、大文字さん。」

 「そうですね。じゃあ、早めの昼食をとってきます。久保田さんたちが食事休憩取って帰ってきたら、私たちは一旦帰宅・・・ん?」

 大学生らしい男がキョロキョロ落ち着かない様子で現れた。「高遠。休憩はなしだ。」

 すぐに、愛宕と久保田は職務質問した。その時、マンションの扉をそっと開けたひかるが廊下から「あっ」と声を上げた。

 愛宕と久保田は男を暑には連行せず、愛宕のマンションのリビングに連れてきた。

 「ひかる君。この人は?」「家庭教師を一時して頂いていた一色先生です。」

 「ひかる君。この人がメッセに登録して、君と『お付き合い』していた『ぱるるん』こと春子さんだ。すまない。君のPCは調査済みだ。そして、この人が雷神だよ。」

 伝子の言葉に一同は驚いた。「メッセというのはBasebookのプライベートチャットの機能だ。ひかる君は、さっきまで我々が張り込んでいた近くで撮った写真を送っていた。可愛い女の子と信じて。」

 「脅迫罪で起訴されたくなかったら、洗いざらい話すことだ。」と、久保田刑事は言った。

 「ひかる君に出て行って欲しかったんです。」と、一色は簡単に自白、いや、吐露した。

「ひかる君のお母さんとの情事の証拠でも隠していたか、あの部屋に。」と伝子が問うと、「どうしてそれを?」と一色は振り返って伝子に言った。

 「昨日、母親千春は若作りしているように感じた。その服、千春とペアルックだよな。ひかる君が、あのマンションに移った時からか、それ以前からか分からないが、千春は追い出したかった、家から。ところが、一色には計算外だった。このマンションで情事をする予定だったから。隣に刑事夫婦が住んでいるとは知らずに。隠したものは、情事を精算しようとされたら出す為の保険だった。」

 一色はがっくりと項垂れた。つまり、議論に激高したネットユーザーではなく、初めからひかるを窮地に追い込む為に狙い撃ちしていたのだ。

 「勿体ないよ。君のような文章力があれば、高校生のひかる君以上に政治批判出来るだろうに。何学部?」と高遠が横から聞いた。「政経学部です。ジャーナリストを目指しています。」「尚更だな。今のマスコミは腐っている。君のような優秀な人は、彼らを凌いでジャーナリズムを正しい方向に持って行かなくちゃ。どうします?久保田刑事。」

 「ううむ。ひかる君次第かな。調書は取らせて貰うけどね。脅迫状を出した訳じゃないから、起訴は難しいだろうし。」

 「お母さんと別れて下さい。『保険』とかの処分は警察にお任せします。」

 「よく言った。みちる、旨いコーヒーを入れてやれ。」と伝子は言った。

「じゃ。」と久保田は北条と帰って行った。「はい、コーヒー。先輩、私のこと、みちるって呼んでくれるんですね。」「愛宕にしては、いい嫁を選んだ。褒めてやる。」

「ありがとうございます。でも、先輩、みちるは先輩の後輩じゃないですよ。」と愛宕は言った。

「心配するな、高遠。お前を『不倫』で泣かせたりはしない。」

「それって、男がパートナーに言う台詞じゃないんですか?」とひかるが言うと、いつの間にか入ってきた南原が「そうだね。でも、大文字先輩ならよく似合う台詞さ。」と言った。

「ひかる君。他校だけど、手伝ってくれた連中が交際、いや、交流してくれないかと言ってきている。Base bookでもLinenでもいいけど、この際友人増えてもいいんじゃないかな?」

「それがいい。南原もたまには、いいことを言う。」「え、たまには?ですか?」

「不満か?」「いいえ、そんなことは。」ひかるが笑い出した。「面白い人間関係ですね。部活やったことないけど、ずっと関係が続くんですね。」

「たまに鬱陶しいと思うこともあるがな。特に、こいつは。夫と感じることはあまりない。」と、伝子は高遠を指さした。「勘弁して下さいよお。」

一同は、しばし笑い、歓談した。

―完―

 

 

 

 

 

 



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5.立てこもり未遂

スーパーに買い出しに行った伝子とみちる。立てこもり事件に出くわしてしまった。
そっと、近づいて、犯人を取り押さえた伝子は・・・。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。

高峰くるみ・・・みちるの姉。

山田店長・・・くるみの勤めるスーパーの店長。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

==================================

 

濡れ衣。それは悲劇しか産まない。

「高遠。おい、高遠。起きろ!」

「ん?」「お前うわごと言っていたぞ。何か怖い夢を見たか?」

伝子は高遠の顔をのぞき込んで尋ねた。「はい。よく分からないです。」

「セックスが足りなかったか?ほら、おっぱい吸ってみろ。」と伝子は胸をはだけた。そして、自分の膝に高遠の顔を乗せた。「あ、いいです。先輩。すぐ朝食の用意をし

ます。」

 元気のない高遠をベッドから送り出すと、伝子はすぐに着替えた。高遠は洗面所でボーッとしていた。背後から近寄った伝子は自分の額を左手で押さえ、高遠の額を右手で押さえることで、高遠の熱を計った。やはり熱があるようだった。伝子は高遠を軽々と『御姫様抱っこ』をして、ベッドに運んだ。

 急いで、台所の救急箱から解熱剤を出し、水をコップに入れた。

 「これを飲め、高遠。」「ありがとうございます。」

 「私より先に死ぬことは許さんぞ。」「大袈裟ですよ。」

 その時、チャイムが鳴った。玄関の扉を開けると、愛宕夫妻が立っていた。

 「まだ、お休みでしたか。すみません、先輩。素敵なお寝間着ですね。」

 伝子はネグリジェのままだった。きっと愛宕を睨んで「お前、いやらしい妄想しているだろ。」「いや、そんな・・・。」「すぐ着替える。」

 5分ほど待たせた後、伝子は愛宕夫婦を迎え入れた。「高遠は寝ている。風邪だと思う。」「カレーライス、ご一緒にと思って材料持ってきたんだけど、カレーうどんにします?」とみちるが言った。

 「何故?」「風邪にはカレーうどんでしょう。」「そうなのか?風邪薬入ってんのか?」

 「風邪薬は入っていないけど、スパイスが効くのかな?消化はいいでしょ。ちょっと仕入れて来るわ。先輩、買い物行きましょうよ。あなた、下拵えしておいてよ。」

 「分かった。高遠さんの様子も見ておくよ。」

 伝子のマンションから近いスーパーに伝子とみちるは来ていた。

 スーパーの入り口近くに野次馬が出来ていて、警察が続々と到着してきた。

 伝子は野次馬の一人のおばさんに尋ねた。「何かあったのか?」

 「お客さん同士揉めていたけど、その内一方がナイフを出してきたのよ。怖いわー。」

 「立てこもっているのか?」「立てこもりじゃないみたいよ。」

 「そうか。みちる、行くぞ!」「あ、はい。」

 伝子はみちると店内に入った。

レジ係がレジのブースで青ざめた顔で立っていた。レジの先頭だった場所に男Aが男Bにナイフを突きつけられていた。「謝れ、謝れよお。」男Bの側には遺骨らしき箱があった。

「あんた、謝ったらどうだ。」と伝子が言うと、「謝る必要はない。」と男Aが返す。

「なんでだ。」と伝子が尋ねると、「バイトごときに謝る必要はない!」と男Aが応えた。

「みんなあ。3秒だけ目をつぶってくれ。1、2、3!」

思わず、レジ係も、離れて見守っていた客や店員も目をつぶった。

伝子は『3!』を言う前に男Bのナイフを取り上げ、男Aの頬とボディを殴った。そして、背負い投げをした。

 「みちる。外にいる久保田刑事達を呼んで来い!」「はい!」みちるは素早く敬礼し、外で待機している警察官に合図を送った。

 ばたばたと人が雪崩をうって入館してきた。「大文字さん。これは・・・。」

 「二人とも逮捕してくれ、久保田さん。立てこもりではなく、喧嘩だ。一人はナイフを持ち、一人はその箱で振りかぶろうとしていた。」

 久保田がレジ近くを見ると、証拠品は2つともあった。

「分かりました。」久保田は警察官に男Aと男Bを連行させた。証拠品も持って行かせた。「事情を説明してくれるかな?白藤巡査。」と、久保田はみちるに言った。「大文字先輩に従ったまでです。」

 久保田が唸っていると、店長の名札を付けた男がやってきた。「店長の山田です。」「久保田です。こちらは白藤巡査。そして、こちらは・・・。」

 久保田が迷っているのを見て、みちるが助け舟を出した。「オブザーバーです。臨床心理士。」「はあ。高峰くん、持ち場に戻って。」「いや、店長。少しお願いが・・・。」と、伝子は何やら店長に耳打ちをした。

 「と、いう訳だ。」と帰宅した伝子は愛宕に言った。「先輩。省略箇所多すぎですよ。」と愛宕は文句を言った。

 「店長に『潜入捜査をマスコミに知られるとまずいから裏口から出してくれ』と頼んだ。店長はレジ係高峰くるみに裏口を案内させた。みちるのお姉さんだって、後で聞いて驚いた。」「高峰は嫁ぎ先の姓です。」とみちるが口を挟んだ。

 「で、肝心の買い物を忘れていた。高峰くるみはバックヤードから持って来たが、みちるが贈収賄になると言い出したので、安く分けて貰った。高遠、領収書だ。家計簿につけとけ。」「家計簿?」と一同は声を揃えて言った。

 「大文字家の主夫は私ですので。」と高遠は説明したが、「10円?」

 「創業祭の見切り品の値段だそうだ。因みに、賞味期限は切れていないし、手前でもない。」

 一同は笑った。「さ、本格的なカレーうどん作りましょ。」とみちるが言った。

 「食べれるかなあ。」と高遠が言うと、愛宕が補足して言った。「さっき『梅がゆ』を食べて貰ったんですけどね。まあ、ダイジョブですよ、少しくらい。」

 そこへ、伝子のスマホに久保田から連絡があった。

「大文字さん。少し長くなりますが、いいですか?」「勿論。」

「大文字さんが投げた方が野上慎太郎、ナイフと遺骨の箱らしきものを持っていた方が西浦英二。西浦がボコ版印刷カード工房の課長、野上は同社の部下の元準社員。西浦が野上に怨恨を抱いての犯行。大文字さんの読みがまた当たりましたね。西浦は野上を利用して、野上の先輩格の準社員堂本を追い込み、追い出し、堂本は絶望して自殺した。野上は、辞めたアルバイトから、堂本が自殺した原因の一部は自分にもある、と思い悩んだ。」

「何てことだ。」

「堂本が野上に遺した遺書を野上は所持していました。野上は堂本が『タバコ依存症』と思い込まされていたらしい。それで、他の従業員にも嘘つきと吹き込まれていた。彼らの上司である課長代理松波も加担していた。堂本はアルバイトから準社員になったことで、少しは給料が上がったものの、いつまで経っても正社員に引き上げてくれない松波にも不満があったが、表向きは人当たりのいい西浦にも不満を持っていた。アルバイトが辞める度に『餞別』と称して金を集め、私服を肥やしていた。そして、製品の不良品が出た時に、堂本をスケープゴートにして、責任回避しようとしたのが松波と西浦。会社も馬鹿じゃない。事故調査をして古い機械の故障で起こった事故であり、堂本はクビにはならなかった。でも、絶望感を抱いた堂本は自殺した。」

「それで?」

「遺書には、西浦を案じて『同じ目に遭わない為にも早く辞めた方がいい』と忠告していた。悪夢はやって来た。会社の納品で不祥事があり、西浦は依願退職を野上に勧めた。西浦は平社員から、松波を追い抜いて課長に昇進したのがその不祥事発覚の1か月前。野上は、辞めたアルバイトから昇進にも裏がある、と聞いた。母親が病気になったことも影響して自棄になった。真相を正そうとして、スーパーに入った西浦に、たまたま道で拾ったナイフを持って迫った。風呂敷に入れた箱は持参したものだそうですが、あのナイフでは傷つけるのも難しいそうですよ。」

 スマホのスピーカーをオンにして皆と聞いていた伝子は久保田に言った。

 「なるほど。私がみちると入館した時、二人は言い争っていた。多分、堂本に謝れと迫っていたのだろう。そばでナイフを見て危険ではないと判断して、投げた。因みに、私は合気道の有段者です。」「成程。白藤巡査だけでなくて、良かった。」

 「参考までに、『タバコ依存症』のトリックなら簡単だ。西浦は堂本が休憩している休憩室に入って来て、タバコに火を点け、『すぐに戻ってくるから』と火を点けたままのタバコを灰皿に置いて、休憩室を出た。堂本はその言葉を信じて、本でも読んで休憩を続けたのだろう。そこで、野上にこう言う。『タバコは吸わない筈の奴がタバコを吸っているぞ』と。先入観を持たされていた野上は簡単に信じた。堂本がタバコに火を点けるシーンも口に咥えているシーンも灰皿にタバコを押しつけ消すシーンも見ていないのに。」

伝子は推理を続けた。

『タバコ依存症』は堂本でなく、西浦です。買い物カートにはタバコのマイフレンドが5カートン入っていました。ああ、そうだ。久保田さん。別室で西浦を調べている刑事さんに『この歌で揺さぶりをかけてみて欲しい』と教えて下さい。『仲間はずれはだーれだあ』」

 「面白い。了解しました。」と久保田が応えた。

 カレーライスとカレーうどんパーティが始まった。

 皆が食べ終わった頃、久保田がやって来た。高遠もカレーうどんを少し食べていた。

 「いやあ、いい匂いがするなあ、と思ったらカレーですか。」と久保田は言った。

 「みちる。久保田さんにもカレーうどん。愛宕、ナプキンを。」

 カレーうどんを食べ終えた久保田は、「ああ、旨かった。我々生活安全課の取り調べ自体はできないし、飯食う暇もないし。あ、すみません、つい愚痴を。あ、例の歌。刑事が歌うと西浦は震えていたそうですよ。なんですかね?」

 「野上が歌ってたんですよ。だから、口げんかしていたと言ったんです。そして、割って入った。野上が殺意までは持っていないことも判断出来たし。」

 「さすが、大文字先輩です。」と、みちるが褒めた。

 「刑事課はマルサにも連絡を取ったようですよ。」と久保田が付け加えた。

 「バイトの金ちょろまかすぐらいだから、横領やっててもおかしくはないですね。」と愛宕は言った。「私も、人目見て悪いのは西浦だと感じた。みちるもそう思っただろ?」

 「はい。ふてぶてしい感じでした。自分は被害者みたいなアピールしていたし。」

 「ああ、堂本は20代でタバコを止めていたし、糖尿病になっていたから吸う訳はない、と堂本の母親が言っていたそうです。」と、久保田は追加報告をした。

 「私の叔父は糖尿病だった。周囲は冷たかった。バランスよく食べるのは、意外と難しい。タバコが止めれなくて合併症を起こす人もいる。叔父はタバコを吸っていなかったけれどね。叔父の話では、糖尿病という病気は膵臓の病気で、タバコは治療薬を阻害する物質を持っているらしい。もし、西浦が糖尿病だったら、間違いなく進行する。」

伝子の話に高遠が続けた。「野上さん、刑務所に行くんですか?可愛そうだなあ。」

 「人質に取ったたてこもりじゃない。お騒がせしたからって騒乱罪ってことでもない。騒乱罪っていうのは、『多数が集合して暴行すること』だ。傷害罪も暴行罪も成立しにくい。大文字さんが西浦を投げた『瞬間』は誰も見ていないから、『正当防衛』だ。刑事課がどう判断するか、だな。起訴する案件とも思えないが。まあ、銃刀法違反と言えなくもないが、切れないナイフだからなあ。」

 「ところで、みちるさん、復職したの?」「はい。今日。」

 「お手柄だ。出世するぞ。」と久保田が横から言った。

 「おとり捜査官ですか?」と高遠は言ったが、久保田は「そういうのは、フィクションですよ、高遠さんの世界。」

 「さ、そろそろお開きにするか。高遠、昼寝でもしとけ。今日はセックスお休みだ。」と伝子が言うと、「はい。」と高遠が応えると、「ん?何か嬉しそうだな。セックス、やはりしたいのか?」「いえ、先輩の愛情に打ち震えているだけです。」

 一同は爆笑した。

―完―

 



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6.コメンテーターの災難

OBQ検査依存症の人の依頼を受けた伝子。再会した依田を交えて、依頼人の恨みを晴らすことにした。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

鈴木祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚する。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

利根川道明・・・TV欲目の社員コメンテーター。

 

==================================

 

『宇宙世紀0079、地球から最も遠い』高遠がそこまで入力した時、後ろから覗き込んでいた伝子に頭をはたかれた。「パクリは止めろよ。」「え?分かるんですか?」「叔父の家で叔父に観させて貰ったよ。ガンダムの冒頭だろ?」

「先輩に言われた『ネタのメモ』の整理なんですが。」「アニメ書いたことあるのか?」

「はい。採用はされませんでしたが。」「じゃあ、整理続けろよ。」

そこに、どやどやと人が入ってきた。愛宕夫妻、久保田刑事、南原。そして、もう一人。

「うるさいなあ。あ、ヨーダじゃないか!」「ヨーダじゃないか!じゃないですよ、先輩。この頃、ちっとも連絡くれないし。」「すまん。忘れてた。」「これだよ。」

笑っている皆に伝子は紹介した。「こいつは翻訳部の後輩。高遠と同期だ。名前は依田俊介。目が大きいので、名前と引っ掛けて『ヨーダ』って呼ばれている。」

「先輩ですよ、あだ名つけたのは。」と高遠が横から言った。「久しぶりだな、ヨーダ。あ、そうだ、あの時のメモ、先輩に言われて『電子ファイル』にして保存しておくことにしたんだ。」

「あれかあ。大変だったなあ。嵐の夜に。」「みんなヨーダのおかげだよ。」「俺も手伝ってやるよ。」「私たちも手伝いますよ、ねえ、南原さん。」「もちろん。」

「じゃあ、その間に、大文字さん、少しお願いが。」と久保田刑事。「分かりました、じゃあ、リビングで。高遠、手伝って貰うなら、PCルームを使え。」「はい、先輩。」

PCルームに入った依田は、「単純作業のようだから、先輩がいない内に、あの夜のこと、話してやるよ。いいだろ、高遠。」「いいよ、このメンバーは口が堅いから。」

「ある夜、大文字先輩に高遠から緊急連絡が入った。アパートの大家さんの固定電話から。家賃滞納しているから今すぐ支払えと無茶を言う男の声。大家さんはおばあさんで、気のいいおばあさんは滞納に目をつぶっていてくれたのだ。名義が変わってウチの会社が大家だ。時間の猶予はやるから段取りしろと言ったら、身元引受人のあんたの名前が分かった。肩代わりして払って、本人も荷物も今夜中に消えて欲しい。出来ないようなら、全てこちらで始末する。と。」

「地上げ屋ですか?」と愛宕が口を挟んだ。「うん、ばあさんは騙されたんだ。で、ただ同然にアパートを取られた。幸い家賃滞納分はあったが、引っ越しはどうするか?」

ここで、彼は制服を見せた。「なるほど。ヨーダさんに連絡を取ったんですね。」

「そ。で、一度このマンションに寄ってから、アパートに二人でかけつけた。急なことで、『利子』は払えないが、引っ越しは我々で片付けるからと先輩は掛け合い、高遠の荷物を運びこんだ。幸い家具らしい家具はなかった。布団さえない。炬燵を折りたたみ、冷蔵庫と炬燵、雑多な荷物、少ない衣類と、膨大な『資料』。大家さんにゴミ袋を貰い、片っ端からゴミ袋に押し込んだ。配達が全て終わっていたからこそ何とか入った。『資料』は皆なの前にある。」

「どうして、これを・・・。」と、愛宕が言うと、「作家にとって、ゴミじゃない。財産と言えなくもない。奴らには分からない。そう言ったんだよ、先輩は。」

「先輩らしいなあ。」と、南原が返した。「うん。引き上げる時、おばあさんに確認した、よ。これからどうするんだ、と。そしたら、地上げ屋の会社の事務員が翌日昼に来て受け渡し書類を交わしに来て、その後息子が迎えに来て引っ越すんだと言っていた。地上げ屋とはいえ、表向きはまともな会社だ。流石に、おばあさんを無理矢理放り出すのは無理だからあくまでも『合意の譲渡』という形にした。息子も言いなりになるしかなかった。高遠がいなかったら、もっと早く『譲渡』させたろうな。」

「私も地上げ屋の凄さは聞いたことがある。あんまり頑張ると、猫に火をつけて、床下に放り込むそうだ。で、火事は失火扱い。」と愛宕が言った。

「じゃあ、大文字先輩は命の恩人でもある?」と南原が言うと、「その通り。とにかく、マンションに着いたら、丁度この部屋が空き部屋だったから全て運び込んだ。で、しっかりと、こう、こう抱き合った二人。」と依田は解説を続けた。「途中から雨も降ったし、見せつけられたら、帰るしかない、三枚目の私であった。そっとドアを閉めて出て行く俺に片手を上げたよ、先輩は。」

「ふうん。」と皆がため息を吐くと、「まだオチ言ってないけどな。俺は大学時代、先輩にプロポーズした。あっさりとふられた。『私には夫に決めた男がいる』と言われ、その相手が高遠だと知って2度びっくり。しかも、先輩は高遠を『手籠め』にしようとして失敗。二人とも『初めて』だったから。まあ、よくある話。で、高遠は『自分は先輩には相応しくない』と思い込んでいたらしい。それは、二人とも関わっている出版社で再会した時に高遠がゲロした話。とにかく、その夜二人は結ばれた。誰が愛のキューピッド?」

皆は一斉に依田を指した。「感謝しているよ、ヨーダ。いつも済まない。」「ドンマイ、ドンマイ。面白そうなサークルじゃないか。俺も噛ませろよ。」

「よく言った、ヨーダ。早速噛んで貰おう。福本の連絡先知っているか?」「お安い御用。先輩、スマホの電話登録画面出して。」依田はスマホを受け取ると、自分のスマホの電話帳を見ながら伝子のスマホに入力した。

翌日。ある喫茶店。伝子、久保田。向かい側に依頼人?の袴田淳子が座っている。隣のテーブルには依田、福本、愛宕が座っている。

「詰まり、亡くなったお友達の恨みを晴らしたい、と。それはTVの『仕草人』の仕事では?」「大文字さんはオバキュー真理教ってご存じですか?」

「OBQ検査で何でも解決するっていう考えに染まってしまった人ですよ。お友達は、コロニー後遺症で悩まれていたんですよね。」と愛宕が言った。

「つまり、お友達はコロニー後遺症で悩んで自殺した。あなたが言っている利根川っていうのは。」

「大文字さん。オバキュー真理教の広報係みたいなもんですよ。最後の最後までコロニー対策を批判していましたね。彼の言うことは、何でも『後出しじゃんけん』なんですが。」と久保田が説明した。

コロニーとは、新型の疫病で、インフルエンザより強烈と言われていた。人々は3年も不自由な生活を強いられた。政府の対策はいつも後手ではなかったが、後手に回りそうなチャンスがあると、野党マスコミは一斉に政府を叩いた。コロニーは、皮肉を込めて『コロコロ』と呼ばれもした。OBQ検査は、開発者が『開発途上だから使わないで』と主張したのに、時のHWOが推奨した為、目に見えぬ敵の『死骸か生か分からないが、コロニーウイルスらしきもの』を判別する『リトマス試験紙』に大いに利用された。

やがて、ワクチンも治療薬も開発された。ワクチン売る為と巷で言われたが、なかなかインフルエンザ相当のランクに落とされないまま、とっくに収束しているのに、日本だけが緩い規制が続いた。遂に、他国の要請を受けHWOのザケーナ長官が日本政府に勧告した。OBQ検査の中止、肺炎の兆候あればまずCT検査。実は、CT検査の機械は世界一保有しているのが日本だ。そして、国民に対して収束宣言。日本が危ない国のままなら貿易がままならない国が多かった。

日本政府は『しぶしぶ』受け入れた。日本政府がやっと舵を変えたので、日本医師協力会や日本民間病院連盟や日本クリニック連絡会などの組織はOBQ検査を中止。副業で開設していたOBQ検査会社は吸収合併した。

やっと静かになった日本。つい半年くらい前のことだ。しかし、コロニー後遺症は残った。肺炎や発熱咳等ではない。不信感とOBQ検査依存症だ。ウイルス自体の特性は治療薬もワクチンもある。が、メンタルダメージは大きい。利根川道明は、テレビ欲目の社員コメンテーターとして、連日無責任な発言をしている。

暫く、腕を組んでいた伝子は「よし、作戦会議だ。」と号令をかけた。

伝子は班分けをした。第1班は依田。利根川への荷物配達係。

 第2班は愛宕、久保田刑事。見学者だが、本来の生活安全課として行く。

 第3班は伝子と福本と袴田。大道具係として搬入口から行く。

 第4班は、この場にはいない、高遠と南原が、それぞれ図書館と病院に資料集めに。

決行日は明日、午前8時半以降だ。

翌日。8時半。テレビ局の搬入口に白いワゴン車が入って行く。警備員に挨拶する福本。通行証を警備員に差し出す。助手席には、福本の相棒の鈴木尚子が乗っている。後ろの衣装類の荷物の陰に、袴田と伝子が隠れていたが、気づかれた様子はない。

局内に入ると、袴田と伝子が降りてきた。開いている部屋で鈴木は素早く袴田を着替えさせ、メイクをさせた。福本は利根川たちがいるスタジオの隣のスタジオに伝子と袴田を連れて行く。隣のスタジオでは、バラエティー番組の長い長いリハーサルが行われていた。女の子が沢山いて、伝子達が紛れても誰も気づかない。

福本と別れた鈴木は、利根川たちの番組の元々の美術スタッフで、違和感がない。利根川がスタジオ入りすれば、隣のスタジオの福本に合図を送る予定だ。

一方、久保田と愛宕は、正面受付に行き、警察手帳を見せて「今日、特別に見学させて頂く久保田と愛宕です。」と名乗った。受付が電話で確認すると、アシスタントプロデューサーの中野と名乗る男が現れた。「確か、警察署の一日取材をお受け下さる代わりとか。」「はい、よろしくお願いします。」「では、ご案内をいたします。」

そして、10分後。楽屋口の警備員に依田が宅配便を持って現れた。「ああ、もう本番始まるしなあ。ハンコ要るの?」「いえ、要りません。手紙便ですし。」「じゃあ、持って行って、楽屋に入れといてよ。場所はね。」と警備員は簡単に道案内をした。

また10分。利根川がスタジオ入りしたと連絡を受けた福本は袴田と伝子を隣のスタジオから移動させた。

福本は、アシスタントディレクターのカウントダウンに合わせて袴田を準備させ、『ゼロ』のタイミングで袴田を軽く押した。「うわーーーーーーー。親友の仇!!」袴田は髪を乱しながら、利根川を追いかけまわし、スタジオの隅に追い込んだ。すかさず、鈴木と全く同じ格好をした伝子が巴投げで利根川を投げ飛ばした。ディレクターの機転ですぐに番組はCMに入った。久保田と愛宕が走って来た。「実は予告電話が来ていたんです。おい、逮捕だ。」愛宕は袴田をその場で逮捕した。伝子はいつの間にか消え、鈴木と入れ替わっていた。「利根川さんの方に向かって行ったし、利根川さんが危ないな、と思っていたら、こっちに向かって来たので、必死にタックルしました。」

利根川の体の様子を見ていた久保田が「あなたの名前は?」「鈴木と言います。」

「鈴木さん、後で誰かをよこしますから事情を説明して下さい。中野さん、本番中で恐縮だが、被疑者だけでなく、利根川さんにも署で事情を聴きたいのですが。ほんの1時間程度です。」「分かりました。司会者に適当に繋がせましょう。」

テレビ局を出る時、制服姿の愛宕の妻みちるが毛布を持って駆け寄り、手錠に繋がれた袴田の腕を覆った。愛宕夫婦が乗ったパトカーとは別の車に利根川を乗せた久保田は、「なあに、形式的なことですから。しかし、命拾いしましたなあ。」「凶器は?」「は?ああ、私の部下が回収しましたから。とにかく利根川さんが無事で良かった。」「あの女性は?」「被疑者は今別の車に乗ったでしょ。」「いや、私を投げた女性ですよ。」「は?被疑者にタックルした女性なら、後で署に来て貰いますが。」「いや、その女性ではなくて、その女性と同じ服を着た女性に私は投げられたんだ。」「利根川さん、頭を打たれました?いや、私たちが行った時、あなたは立っていたけど。後は被疑者とタックルした女性。その女性と同じ服を着た女性・・・見ていませんね。後で部下に確認しましょう。」

不毛なやりとりに、利根川は黙った。とにかく、『襲われかけた被害者なのだから』と利根川は自分に言い聞かせた。

一方、伝子は鈴木の振りをして通行証を見せ、ワゴン車で搬入口から出た。外で宅配便の車で来ていた依田と合流した。依田の配達車に乗り込んだ伝子に依田が「後は、福本がうまくやってくれるよ。」

「第2幕の開幕だな。」二人は車内で笑い合った。

1時間後。生活安全課のエリアのテーブルに利根川が久保田と向かいあっていた。

「すみませんね、手間取っちゃって。」白藤みちる巡査がお茶を利根川の前に置いた。

「ここで、事情聴取ですか?」「嫌だなあ、利根川さんは被害者じゃないですか。取調室は被疑者の為に使っています。会議室は生憎どれも塞がっていますしね。ま、すぐに終わりますから。」

不服そうな顔でお茶を飲み干した利根川に久保田は尋ねた。

「本番直前になって、被疑者が現れ、刃物を振り回した。利根川さんは、咄嗟に彼女が出てきたスタジオの隅に逃げた。」

「その時、あの女・・・女性が現れ、私を投げたんですよ。あれは・・・巴投げ。」

「待って下さい。スタジオの隅にいたのは鈴木さんという大道具係、いや、美術の女性ですよ。鈴木さんは、被疑者が利根川さんに向かうのを見て危険だな、と思ったって言ってましたよね。」「はい。でも・・・。」「第三の人物については、後でまた確認しましょう。で、鈴木さんが取り押さえてくれたので、私の部下が緊急逮捕をした。そこは間違いないですね。」「はあ。」

「実はね、利根川さん。予告電話があったんですよ。多分被疑者でしょう。詰まり、我々生活安全課がいたのは偶然じゃあないんです。」「予告電話?」「利根川さんを刺すっていう、ね。いやあ、無事でよかった。」「はあ。」

「中野さんに利根川さんの楽屋を調べて貰ったら『予告状』が出てきました。失礼ながら、利根川さんのカバンも調べさせて貰いましたが、やはり出てきました。」

そう言うと、久保田は封筒を差し出した。怪訝な顔で利根川は封筒を開いた。

『オバキュー依存症になった、私の親友は、コロニーが終わってからも1日おきにオバキュー検査をしていて、いつ陽性になるかいつ陽性になるか、びくびくしていました。検査結果が出るまでタイムラグがあるので気の収まる日はなく、ついに自殺してしまいました。オバキュー真理教を広めたあなたにキッチリとけじめをつけて貰います。』

「殺すとは書いていませんね。私は初めて見ますが。」「利根川さん、現場にカバン置いていたんですよね。犯行の前に入れられたかも知れませんね。」「ああ、成程。」

 そこに、愛宕が現れ、久保田に耳打ちした。

「第3の人物ですが、被疑者は見ていない、という。鈴木さんに確認してもいいのですが、まだこちらに到着していないそうです。」

利根川は面倒になって、「ひょっとしたら、箱馬にでも躓いたのかな?箱馬というのは、これ位の大きさでセットを作る際の木製の部品です。」とジェスチャーで示した。

「ああ、そうですか。やはり利根川さんは、あまりのことに動転されていたのですよ。無理もない。あ、凶器ねえ。殺傷能力低いナイフだそうですよ。ま、脅す積りだけだったのでしょう。じゃ、お引き取り頂いて結構ですよ。」

「送って頂けるんですよね?」「生憎車両が出払ってしまいましてねえ。どうぞ、タクシーをお使い下さい。タクシー代は出ませんが。」「出ないんですか?」

「あれ?テレビ局って、無料タクシーチケットとかあるんじゃないんですか?利根川さんは社員さんだし。」「分かりました。タクシーで帰ります。」

利根川が署を出ると、タイミングよくタクシーが来たが、個人タクシーだった。

「このチケット使える?」「あー、うちは個人なんでねえ。出来ないです。あ、利根川さんじゃないですか。ちょくちょく観てますよ、服部信二モルゲンショー。」

「んー、仕方がないな。じゃあ、普通の料金でいいです。」と、利根川はタクシーに乗り込んだ。利根川の地獄が始まった。

タクシーは暫く行くと止まり、暫く行くと止まるを繰り返していた。業を煮やして利根川は言った。「いったいいつになったら目的地に着くの?」

一応自分のファンだと言うので、丁寧に言った。「すみませんね、オートマ初めてなもんで。」「試運転しなかったの?」「はい。何とかなるかな?と思って。」

利根川がイライラしていると、窓を叩く若者がいる。「利根川さんですよね。ちょっと、降りて貰えます?」こいつもファンか?と思いながら利根川が外に出ると、ボディに衝撃が走った。仲間らしき若者が面白がって撮影している。

「何をするんだ。」「あんたさあ。OBQ検査真理教の神父なんだろう?『いつでもどこでもOBQ検査』が好きなんだろう。やってやるよ。」

若者は、他の若者から受け取った長い綿棒をいきなり利根川の鼻に押し込んだ。いつの間にかフェイスシールドをしている。「結果出るまで時間がかかるよ。」

利根川は、降りかけた車に戻ると、「出してくれ。時間はかかってもいい。着いたら起こしてくれ。」「警察行かなくていいですか?」「いい。」

30分で着くはずの家に3時間で到着した利根川は、郵便抜けに一通の手紙を見つけた。家に入るのももどかしく封を切ると、例の手紙と同じものだった。家の中に入った利根川は、会社に電話をした。中野に繋がった。「美術の子の供述で、お前が言っていた第三者はいなかった。取り敢えず、明日明後日は休め。週末合わせれば4日間だ。」

その頃、刑事課の前で久保田は、同じ署の刑事課の佐野と話をしていた。

「こんな簡単に『完堕ち』すると、拍子抜けだな。彼女はとにかくテレビで利根川を脅し、恥をかかせたかった、ということらしい。おもちゃのナイフでも、思い込みで本物に見えたんだろう。自殺した人がどれだけあるか知らないが、PTSDになった人がいることは聞いている。あれだけしつこく『OBQ、OBQ』言ってたらなあ。もうコロニーも終わったのに、HWOも推奨しないって発表したのに。署長は拘置所何日入れる積もりかなあ。」「起訴はしないんですか?」「無理だろう。凶器がおもちゃだし。」

同じ頃、高遠は本庄病院に応援に来ていた池上葉子医師と会っていた。

「確かに、PTSDは多いわ。毎日ガンガン煽り続けたのがモルゲンショーの利根川。

他のワイドショーは『国際スポーツ祭』の閉会前にコロニーがピークアウトしてから手のひら返ししたのに、随分しつこくOBQ検査の必要性を訴えていた。HWOのテポドス長官がOBQ検査を否定して初めて大人しくなった。PTSDの患者と、袴田淳子さんのお友達の友井真理恵さんのデータ、集めておいたわ。間違いなく、OBQ検査依存症よ。捜査資料に役立つのならいいけれどね。」

「お忙しいところ恐縮です。ところで、先生。いつ発たれるんですか?」

「来月。ここの病院と統合するけれど、『池上病院』の名前は残すの。池上病院の「院長は副院長を昇格させる。私は、やっと、研究に専念出来るわ。」と言って、高遠にUSBメモリを渡した。

翌日、高遠と伝子のマンションに皆は集まっていた。

「久保田さん、これが新聞やネットに残っていたデータの全てです。」と南原は久保田にUSBメモリを渡した。「あ、私も。池上先生から預かってきました。」と高遠もUSBメモリを久保田に差し出した。

「ありがとうございます。皆さんのお陰で死者を出さずに事件を終わらせることが出来ました。それで、福本さん、『本物のナイフ』はどうしました?」

すると、福本は『利根の川風袂に入れて、月に棹さす高瀬舟』と歌い出した。

「浪曲ですか。参ったな。」

「私が投げた時は、本物のナイフに見えた。だとしたら、隣のスタジオに行き来出来た人物は福本だけだな。そういう機転が利くのも福本らしい。が、見たのは一瞬だ。私はすぐに鈴木尚子と入れ替わり、外に出たからな。」

「ううむ。」「やばいんですか?」「当然ですよ、高遠さん。証拠隠滅と受け取れなくもない。」と愛宕が言った。「そう言えば、何故袴田は、『脅そうと思っておもちゃのナイフを振りかざした』と供述したんだ?愛宕。」

暫く腕を組んでいた久保田に、伝子が言った。「すまん。後輩たちの指導が足りなくて迷惑をかけたなら、謝ります。この通りです、久保田さん。」

「一蓮托生、か。ふうん。もう終わったしなあ。」

南原が割って入った。「みちるさん、もうふかし芋食べれるでしょう?あ、私の田舎から大量にサツマイモ送って来ましてね。」

「そうね、高遠さん、みんなに配りましょう。」「そうだね。アルコールはないけど、一件落着祝いだ。」

福本は、タクシーと検査遊びの件は黙っていることにした。独断だからだ。タクシー運転手は知人だし、若者たちは元劇団の仲間だ。

ふかし芋パーティは始まった。

依田と福本は伝子と高遠の所に行った。「先輩、ごめん。福本は悪気なかったんだ。」

「すみません。」「ふん。お前たちらしい、と思ったよ。しかし、このメンツが集まるのは久しぶりだな。麻雀やってくか?」「いいですね。やりましょう。」と福本が言った。

「現金なやつだ。あ、現金は賭けないでよ。」「高遠の一人負けになるしな。」と、依田が揶揄った。

違うエリアでは、愛宕が逮捕術を披露していた。

また、違うエリアでは、南原とみちるが久保田と「おいも談義」をしていた。

「これは旨い。やはり、市販のとは違う。」「ありがとうございます、久保田さん。」

「久保田先輩。あのー、やっぱり『ナイフ』の件、問題になりますか?」

「なるよ、白藤巡査。利根川水域のどの辺りに『本物』を捨てたとしても問題だ。ウチの署で扱ったが、警視庁が絡んだら中津刑事が黙っていない。」(大文字伝子が行く4参照)

「利根川水域なら、全部他県ですね。」と南原。「だから、余計まずい。」

「テレビに映ってますからね。いつ誰が気づくか。」「その時は『一蓮托生』だ。俺は早期退職、離婚。愛宕家に居候だな。」「ええ。ウチ、新婚なんですけど。」「大文字さんとこも新婚だったな。」

翌日。徹夜麻雀を終えた後、依田と福本は帰って行った。その後で、伝子と高遠は、『新婚らしく』?セックスに励んでいた。3回目のセックスが終わった後、高遠は「先輩、お腹すきません?」「ん。セックスは休憩だ。」「インスタントラーメンでいいですか?」「まあ、いいだろう。」

高遠が伝子を『お姫様だっこ』をして、DKにネグリジェのままの伝子を運んでから、

インスタントラーメンを用意にかかった時、電話が鳴った。

 スマホに伝子は言った。「ヨーダか。今どこにいる?いや、何県にいる。」

 「流石察しがいいな、先輩は。江戸川と合流している利根川。埼玉県かな。」

 「福本がいるんだろ。代われ。」「福本です。彼女が埼玉県なんです。鈴木尚子。」「洒落がきついだろ。川底か?じゃあ、探しようがないな、凶器で『準備』したナイフは。私から愛宕に連絡しておくよ。」

 電話を切ると、玄関のドアの郵便受けがガタンと鳴った。伝子は、その郵便を開封すると、高遠に言った。「高遠。ラーメンの後だが。」「第4ラウンドでしょ。分かっていますよ。」「いや、映画を観よう。正確にはAV映画を観よう。勉強だ。」「はあ・・・。」

 そのまた翌日。珍しく?伝子は翻訳の仕事をし、高遠はその下訳をしていた。

 高遠のスマホが鳴った。「はい。ああ、久保田さん。ああ、今代わります。」

 高遠からスマホを受け取った伝子は音をスピーカーオンにした。「利根川ですけどね。依願退職させられたらしいですよ。来週から、違うコメンテーターが出演するそうです。それと、袴田ですが、2日間拘置の後、不起訴になりました。『証拠不十分』で。私と愛宕の首も繋がりました。蛇足ですが、白藤みちる巡査は、当面少年課配属です。以上です。いつも、ありがとうございます。」「久保田さん。お願いがあります。いつも後輩たちがお世話になっているので、言いにくいんですが、せめて10日は何があっても、声をかけないように、愛宕に言って頂けますか?本来の仕事がありますので。」「了解しました。」

―完―

 

 

 

 



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7.ダブル結婚式

伝子と高遠、そして、福本夫妻の合同結婚式。司会は依田がすることになっていた。
式場。殺人事件が起こり、式は中断せざるを得なくなった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

鈴木祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚する。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

中谷悦子・・・やすらぎほのかホテル副支配人。

中津刑事・・・警視庁刑事。

井関権蔵・・・警視庁鑑識課課長。久保田刑事の先輩。

南原蘭・・・南原の妹。

小田祐二・・・やすらぎほのかホテル社長。伊豆のホテルが本店。箱根にもホテルがある。

==================================

 

玄関のチャイムが鳴って、高遠が開けると依田が立っていた。「おはよう。眠そうだな。徹夜か?」

「うん。先輩も僕も締め切りギリギリでね。」

「なあ、高遠。俺たちはいいけどさ、大文字先輩のこと、いつまで『先輩』って呼ぶ積もり?」

「先輩も僕のこと、『高遠』って呼ぶからね。」「だからさあ。」

「うるさいなあ、朝っぱらから。なんだ、ヨーダか。」

「なんだ、ヨーダか?先輩。大事なとこ全部丸見えなんですけど。」「さっきまでセックスしてたからな。着替えてくるよ。」とベビードール一枚の伝子は奥に引っ込んだ。

「冗談だよ、ヨーダ。揶揄われたんだよ。さっきまで普通の格好していた。で、今シャワーから出たんだよ。」

「ええええ!」と依田は大仰に驚いて見せた。「さっき言っただろ。原稿書いて徹夜で、セックスどころじゃなかった。」「ホントか?まあ、いいや。今日は何の日か覚えてるか?」「結婚式。僕と先輩。それと、福本夫妻。司会、よろしくな。愛宕さんが送ってくれるから。」「じゃ、先に行って準備している。」

依田が慌ただしく出て行くと、愛宕夫妻がやって来た。「先輩、高遠さん。おはようございます。」

「おはようございます。先輩は今着替え中です。」高遠が説明するや否や、珍しくワンピースを着た伝子が出てきた。

「愛宕、惚れ直したなんて褒め殺しするなよ。私には夫がいるのだから。」「知ってます。」みちるが、クスクス笑った。

「大文字先輩。お似合いですよ。私の見立ては間違いなったわ。」

運転しながら、愛宕が「今日は何事も起こりませんように。」と言った。「駄目じゃ無い。禁句。タブーよ、あなた。逆神って言葉知らないの?」とみちるはなじった。

「みちるが言いたいのはな、愛宕。今の言葉で『何事か起こりやすくなった』ということだ。縁起の悪いことを想像すると、かえってよくないことが起こる。」と伝子が言い。「口は災いの元。だから、僕は口数が少ない。」「お前の場合は、性格だろ、高遠。」

1時間後。ヨーダこと依田が新郎新婦入場の案内をし、ダブル結婚式披露宴会場内に二組の新郎新婦入場が行われた。

新郎新婦が着席直後、伝子が声を上げた。「ちょっと待て、ヨーダ。」

「もう。なんすか、先輩。」伝子がそっと会場左側に置かれているウェディングケーキの台の下の方を指す。依田が覗き込み、「あ!」と叫んだ。異変を察知した愛宕が依田を押しのけ、覗き込む。「久保田先輩!」慌てて久保田刑事が覗き込み、叫んだ。「愛宕刑事、白藤巡査。出入り口封鎖だ。」

久保田の後ろから覗き込み、出入り口から出て行こうとする女がいたが、すぐにみちるが捕まえ、引き戻し、扉の前で両手を広げた。愛宕も追いつき、叫んだ。「警察です。許可なく出ないで下さい!!この角に固まって下さい!!」

騒いでいた招待客たちは、静かになった。久保田はスマホで応援を呼んだ。「やはり、生きてないな。」と様子を見た伝子が言った。高遠は言った。「いわんこっちゃ無い。逆神だ。」

「ヨーダ。受付の名簿を。」「中谷さん、お願いします。」共同MCをしていた、副支配人の中谷は部下に取りに行かせた。愛宕がドアを開け、他の人間の出入りがないよう見張る。「南原、デジカメを持っていたな。反対側の角で一人ずつ撮影をする。久保田さん、後で確認作業をしましょう。」

「分かりました。皆さん、ご協力をお願いします。皆さんの『潔白』を証明する為に、そこで、一人ずつ撮影しますので、お名前をはっきり言って下さい。犯人を逃がさない為です。ご協力をお願いします。」

ついで、伝子は中谷に言った。「残念ながら披露宴は中断で、食事を取れません。何とか引き出物と一緒に持ち帰れませんか?」」「分かりました。下の厨房に行って、折り詰めを作るよう指示してきます。ここ、お願いね。」と、中谷は出て行った。

「ヨーダ。祝辞は一旦警察に渡して、データ内容はメールとかで各人に送ってくれ。」

「分かった。先輩。現場保存は?」「勿論、現場保存は絶対だ。鑑識が来たら、お前が説明しろ。」

福本が寄ってきた。「こんなサプライズは用意していなかった。信じて下さい、先輩。」

「分かっている。落ち着くんだ。新婦を落ち着かせろ。親戚等の挨拶は、撮影が終わってからだ。」

南原は、必死で撮影をしていた。みちるが近寄って、「南原さん。人員整理は交通係に任せておいて。」「あ、お願いします、みちるさん。」

警視庁から続々とやって来た。「そちらが現場です。」と久保田は案内し、ざっと説明した。井関が言った。「ここは発見現場じゃないな。明らかに脳挫傷を起こしているが、血痕が少ない。」「多分、殺害現場は、そこのミニ厨房です。」と伝子が言った。

「また会いましたね、大文字さん。」と嫌味を言う中津刑事に高遠が説明した。「ウエディングケーキの保存をしたり、デザートの配膳をしたりする為の小部屋があるんです。」

「なるほど。おい、行くぞ。」井関は小部屋に部下を連れ、移動した。

「久保田刑事。ほとけさんの面通しはしなくてよさそうだ。こいつは『半グレ』の会社の専務だ。二課も組対も追っている。」

「そうなんですか。」

やがて、撮影は全て済み、南原が被写体の名前をメモした数と受け付け簿の数が一致した。厨房から、引き出物と折り詰めが運ばれて来た。伝子が中谷に連絡するように会館スタッフに言うと、「繋がりません。」という応え。依田も電話してみた。「先輩。繋がりません。」「しまった。逃げられた。」と伝子は呟いた。

「大文字さん、どういうことです?」「久保田刑事。犯人はすぐ傍にいた。あの女。中谷だ。」

中津刑事は会館スタッフの女性がかけたスマホの番号と依田が控えていたスマホの番号を本庁に連絡、GPSで所在を確認させた。

中津刑事は「折り返し連絡が来る。招待客は帰していい。」久保田は頷くと、愛宕夫妻と共に招待客に帰宅するよう促した。

そこへ、杖を突いた、このホテルの社長と、社長を支えながら女性が入って来た。

「社長の小田ですが、捜査責任者の方は?」「私です。」と中津が進み出た。

依田が文句を言おうとしたが、伝子が押しとどめた。中津が一通り説明を終えると、伝子が言った。「本日の主役の一人で、大文字と申します。私から申し上げるのもなんですが、折角素敵な披露宴を用意して頂いたのに、アクシデントで残念な結果になりました。」

「それはどうも、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。取りあえず謝罪させて下さい。費用はお返しいたします。」「恐縮です。中谷さんは副支配人と伺っておりますが、支配人さんは休暇中ですか?」

「いえ、支配人は副支配人の父親ですが、脳梗塞の療養でこのホテルの系列の箱根のホテルにおります。」

中津が招待客を送り出した久保田に言った。「スマホの位置は特定できたが、途中で動かなくなった。トラックの中でスマホは2台とも見つかったよ。」

「万事きゅうすですな。」「いや、そうでもない。中谷さんは、お父さんの所へ向かったと思います、久保田刑事。」

「ここの支配人さんは、中谷副支配人の父親で、今箱根にいるそうです。」と、高遠が補足した。中津は「場所を教えて下さい。」と小田に言った。

井関が小部屋から出てきて言った。「そこの『美しい』新婦の言った通り、犯行現場はこの厨房。被疑者と揉み合って頭を打った、ということだ。死後1時間位。硬直もそうだが、この高級腕時計が示している。久保田。中津刑事。我々はこれで。」

二人に挨拶すると、鑑識係は帰って行った。

「中津刑事。我々は・・・。」「帰っていい。あ、『探偵』さんは、箱根で中谷が捕まらなかった時のことを考えておいてくれ。」と言い捨て、帰って行った。

「嫌味だなあ。」と福本が言った。「先輩に嫉妬しているのさ。あ、紹介しよう。妹の蘭だ。」と南原が言った。「もうとっくにお開きだろうな、と思ったんだけど覗いたら、えらい騒ぎ。」

会館スタッフが引き出物と折り詰めを持ってきた。高遠夫妻、福本夫妻、愛宕夫妻、依田、南原、久保田に手渡した後、蘭にも手渡した。「あ、私は出席者じゃないので。」と断ったが、小田が言った。

「いいじゃないですか。さっきは手を引いてくれてありがとう。」

「じゃあ、取りあえず帰るか。みんなウチに来い。仕切り直しだ。いいだろ、高遠・・・ダーリン。」

「ダーリン??」と皆が声を上げて笑った。

1時間後。伝子のマンション。伝子と高遠は、パーティションの移動をし、4つの部屋を一つにした。

「こんな封になっていたんだ。」と南原が感心した。パーティーの準備が進行している内、久保田に中津から電話が入った。「逃げられた。オタクの探偵さんの推理を聞かせてくれ。」久保田は、スマホのスピーカーをオンにした。

「中津刑事。伊豆に向かって下さい。伊豆デラックスホテル。社長さんは、そこで、ハネムーンに来ていた中谷夫婦と縁が出来たそうです。」

電話の向こうで何やら騒がしい声が飛び交っていた。「一旦、切る。」

依田が、「淡くってたな。先輩、しかし、いつの間に?」「お前が荷物運んでくれていた時に、そっと尋ねてみた。間に合えばいいがな。」

福本が「先輩、まさか?」、南原が「間に合えばって」と言った。

その後を高遠が引き取った。「心中だよ。」「心中?」と一同が驚くと、「親子心中・・・かな?」

宴会は進み、夜も7時になろうとしていた。

久保田刑事のスマホが鳴った。久保田はスピーカーをオンにした。

「間に合わなかった。中谷悦子は父俊輔と近親相姦の関係にあったらしい。そして、中谷悦子はパチンコ依存症で会社の金を使い込んでいた。ヤミ金を通じて半グレの高橋洋二につけこまれ、脅されていた。あの厨房で揉み合い、高橋は頭を打って亡くなった。あの厨房には非常階段があるが、悦子は運び出せなかった。井関さんによると、外部から鍵を壊して入った為、内側から開けられなかったということだ。それで、大文字夫妻の方のウエディングケーキの下に入れた。本当は、福本夫妻の方のテーブル後方の掃除用具入れに運ぼうとしたが珍客が入って来た。」

「俺ですね。」と、依田が言った。「その通り。早めに依田さんが来た為に逃げ場が無くなった。それで、折り詰めの案が出て、『もっけの幸い』とばかりに、下の方の厨房に指示をして、裏口から脱出。スマホは止めてあった、どこかのトラックの荷台に放り投げた。遺書があったよ、突然現れた高橋は横領だけでなく、父親との近親相姦もネタに脅してきた。『乗っ取り』がメインの目的だった。レイプされそうになって、思わず突き飛ばしたら、死んでしまった。結局、父親と心中した訳だ。社長が葬儀を仕切るそうだよ。以上だ。ご苦労様。明智探偵と中年探偵団。」

電話は切れた。「中年探偵団って・・・。」と南原が言うと、愛宕が「中年はないですよねえ。」「え?そこ??」みちると蘭が言った。

「ヨーダ。残念だったな。折角仲良くなれたのに。」一同が不思議な顔をするので、高遠がフォローした。「中谷さんのこと、好きだった。ヨーダの名刺、じっと見ていたから、気があると思った。」「彼女が感心を持ったのは、親父さんと同じ名前だからだよ。」

「俊輔と俊介。事件は解決したんだ。もう少し羽目外そう。」

伝子の一言で、一同は、宴会を続けた。

―完―

 

 



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8.犬嫌いの隣人

迎えに来た福本と一緒に福本の新居に向かった伝子達。新居には珍客が待っていた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚する。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

藤井康子・・・伝子マンションの隣人。

福本明子・・・福本の母。

福本日出夫・・・福本の叔父。

サチコ・・・元警察犬、麻薬犬。

久保田嘉三・・・管理官。久保田刑事の伯父

==================================

 

チャイムが鳴って伝子と高遠が出てみると、福本夫妻が立っていた。

隣の住人と揉めている。福本の足下には犬がいる。これが原因か。

「だから、犬は駄目なのよー。」隣人が苛ついた。

「すみませんね、うちの客人は事情を知らないので。福本。済まないが、そこの角曲がった所の公園に行ってて。すぐ追いつくから。」

福本が不承不承、妻と犬を連れて移動した。

「犬は駄目なのよー。」隣人は、移動する福本に更に言った。

「うちは飼ってません。よく言っときますから。」伝子は睨み付けるように言った。

10分後。公園に伝子と高遠が合流した。

「福本。お前が悪い。何で犬のこと言わずにうちに来た?」と伝子が詰め寄ると、「だって、先輩のところのマンションは分譲マンションでしょ。」

「決めつけるなよ。賃貸マンションは組合が煩い。うちの場合は、さっきのババアが煩い。」

「昔、噛まれてトラウマになったとか?」「さあな。あれは?」

「せんぱああああい!!」と言って走って来たのは愛宕夫婦と久保田刑事。次いで、南原、依田。

「どうしてここが?」と高遠が言うと、「隣の親切なおばさんが、公園の方に行ったって。」とみちるが言った。

「あの人、親切でしたっけ?伝子さん。」「親切とは言わないな、学。」と伝子と高遠のやりとりを聞いた一同が、「伝子さん?学?」と一斉に叫んだ。

「な、なんだよ。新喜劇か?いつ練習したんだ?」と伝子がむくれて言った。

「練習しなくても、みんな同じ反応しますよ。」と南原が言った。

「いつも、高遠、先輩、だものな。」と依田げらげらと笑った。

「夫婦なんだから、いい加減改めろ、って言ったのはヨーダじゃないか。」と伝子は依田に抗議した。

「先輩は素直になった、ということさ。な、みちる。」「うん。大文字先輩が夫をこよなく愛していることは先刻ご承知。」

「先刻ご承知?こういう時に使う?」と愛宕が首を傾げた。

「式もあげたことだし、新しく出発、ということですよね、大文字さん。」

「そ、そう。流石久保田刑事は分かっておられる。」

「じゃ、そろそろ出発しましょう。我が家へ。リフォームなんで、新居と言うのは少し恥かしいんですけどね。」と福本がはにかんで言った。

「英二さんの実家と私の実家の支援が無かったら、実現出来ませんでした。」

「とにかく行こうよ、『新居』へ。」

一同は歩き出した。「福本、その犬、何て名前だ?」「サチコです。」「雌か。」

「雌ですね。老犬ですが、僕のおじさんが入院して、しばらく預かることになったんです。一軒家だから、『犬は駄目なのよー』って言う人はいませんよ。」

途中、川の土手に差し掛かり、一同は休憩した。

サチコは喜んで走り回り、伝子を相手に遊んだ。「随分、気に入ったみたいだね。」と福本に高遠が言うと、「犬ってさ。人間に優先順位付けるらしいよ。優先順位っていうより地位だな。」「地位?」「詰まり、大文字先輩が一番偉いってことさ。」「なるほど。」と皆は納得した。

スマホで電話していた福本祥子が言った。「おかしいわ。何でスマホにも家電にも出ないのかしら?」福本も電話してみて「ホントだ。今、母が留守番している筈なんだけど。」

愛宕が、「他の連絡手段は?メールは?Linenは?」と福本に尋ねた。

「Linenはやっていない。メールは・・・。一応送ったけど。」

「愛宕。警邏頼むより、我々が急いだ方が良さそうだ。」「はい。急ぎましょう。」

普通に歩けば15分の道のりを、一行は5分で到着した。

「た・・・学。Linenの使い方は覚えているな?」「はい。」

「私と祥子が入ろう。祥子は適当に合わせてくれ。」「はい、先輩。」

伝子は祥子と一緒に玄関から入った。祥子が鍵を開けて。

「ただいま-。お義母さん、帰ったよー。」

出てきたのは福本の母、明子だけでは無かった。

「お客さん?」「祥子ちゃん、ごめんなさい。」

二人の男の内、一人がナイフを明子の背中に突きつけていた。

「どういうことかしら?」「お前は誰だ。」「他人に名前を聞く前に、まず名乗ったら?強盗さんかしら?」

「名乗る積もりはないが、強盗じゃない。それに金目のものがないことは、もう確認済みだ。おい!」男は子分らしき男に命令した。子分は、廊下の突き当たりに伝子と祥子を連れて行き、ビニール紐で縛った。「用意がいいのね。」「そこに転がっていたのさ。」

「あああ。土手で『向かい風』にあって散々だったのに、強盗なんて。」

「強盗じゃない。金も無い癖に。引っ越したばかりなのか?」

「その通りよ。残念ね。」「としまの方はよくしゃべるな。」

「と・・・としま。」押し入った男の言い草に、伝子は形相が変わった。

「この家はリフォームしたのか?」「はい。」と祥子が応えた。

「どことどこだ?」「2階の窓以外は知りません。」「誰なら知っている?」

「主人です。会社から帰るのは8時です。」「まだ、3時間あるな。じゃ、帰って来てから聞こうか。こっちのとしまは?」「あ、主人の姉です。」

「腹減ったな。おい!何か出前取ろうと思うが、って言ってこい。」

子分は、2階に確認に行ってきた。「寿司がいいそうです。」

「よし、若い方。お前は寿司を3人前・・・いや、4人前とれ。」

「数が合わないわ。」「なに?」私たち3人の分は?」「はあ、数に入れる訳がないだろう。言わば人質だ。それに、俺たちが去った後は死体だ。死体に飯はいらんだろ。出前が来たら、としまが受け取れ。」

伝子は鼻歌を歌い出した。「おい、うるさいぞ。」「暇だもの。どうせ、死ぬんでしょ。歌ぐらい歌わせてよ。」

「勝手にしろ。おい、奥の部屋は調べたのか?」「まだ半分くらい。」

「何してる?さっさと探せ!」

30分後。チャイムが鳴った。「まいどー。お待たせしましたー。」出前持ちだ。

子分はビニール紐を解いた。玄関の内鍵を開けた伝子は、「ご苦労さまお幾らかしら?」

「ラッキーですね、お客さん。今日注文20件目なので、お代は無料です。」

「え?そうなの?助かるわー。」「これ、クーポン券です。次回お使い下さい。」

「クーポン券頂いたわ、あなた。」と、伝子は子分に見せた。

子分は思わず覗き込んだ。伝子はすかさず子分の首を叩いて、『落とし』た。

「何をする。」と、伝子に襲い掛かったリーダーだったが、祥子が叫んだ。「おじさん、伏せて!!」出前の寿司屋がしゃがむと同時に、祥子が足元の『箱馬』を蹴った。リーダーは体のバランスを崩した。伝子は『大外刈り』で、リーダーを投げた。その時、階下に気づいた三人目の男が階段上に現れるや、犬のサチコが飛びかかった。三人目は転がり落ちて来た。伝子は数発リーダーにパンチを入れた。

久保田刑事らが雪崩を打って入って来た。「久保田さん、祥子の紐をお願いします。」と言いながら、伝子は手首をさすった。愛宕が福本の母の紐を解き、福本は寿司屋から寿司を受け取った。

「代金、払いますよ。」「いや、いいよ。滅多に見られない捕り物見たし。これ、クーポン券ね。これからもよろしく。」と寿司屋が帰って行った。

後から来た刑事達が、次々と暴漢達を逮捕して連れ出した。

「久保田刑事。『ブツ』は?」警視庁の刑事が言った。「これから福本氏に確認します。」

サチコは伝子の顔をペロペロ舐めて、尾を振っている。

「リフォームしたってことは、いろいろ老朽化していたんですね。」と、久保田刑事。

「ええ。2階の手すり。塀、浴室回り。それくらいですよ。業者が廃材持って行ったけど、小道具に使えるかな?と思って・・・。」福本は伝子たちが縛られていた階段下の小部屋の扉を開け、雑多なものの中から『手すりの残骸』を取り出した。

「ん?何か入っているぞ、福本。」と高遠が言った。

久保田刑事が注意深く観察して、SDHCカードを取り出した。

「これですかね?」と久保田刑事は警視庁の刑事に見せた。

「間違いありません。ご協力感謝します。」敬礼して出て行った。

「何です?久保田さん。」「外にでましょう。高遠さん達が待っています。」

福本の母明子以外は全員出てきた。

「いやー、高遠さん。名推理でしたねえ。」と久保田が感心すると、照れながら高遠は応えた。「『向かい風』っていうのは、私たちが合宿の時に決めた『SOS』なんです。昔、合宿の時にレンタサイクルでサイクリングしたんですが、向かい風が強くてね。先輩が珍しく弱音吐いたので、私とヨーダと福本で決めたんです。」

「じゃあ、鼻歌が犬のことだっていうのは。」「先輩の、あ、伝子さんのおじさんから貰ったレコード。ばんばひろふみ、って言ってももう誰も知らないだろうけど、ばんばひろふみのヒット曲『さちこ』。2曲目が童謡の『さっちゃん』。どっちも古いからなあ。でも、伝子さんは時々鼻歌で歌ってます。」

「夫婦だからな、それくらい分からなきゃ締めてやる。」「怖っ」と口々に言った。

「さっきもリーダー格の強盗にパンチ入れてましたもんね。」と祥子が言うと、「それは過剰防衛では?」と愛宕が言った。

「あいつはなあ。私に『としま』って言ったんだ。しかも、4回もだ。」

「そりゃあ、あいつが悪い。」「相手を知らないから、そんなことを言う。」「差別だ。間違いない。」と、高遠、依田、福本が口々に言った。

伝子がサチコを犬小屋の近くのポールに連れて行くと、南原、愛宕、久保田に依田がこっそりと言った。「実は、翻訳部は部長が病気で殆ど出ないから副部長が威張っててね、二言目にはその禁句を言ってたんですよ。」「つまり、『としま』と。」と南原が言った。

「気をつけよう。愛宕もな。白藤も。」「了解です。」

「何内緒話している?」と伝子は依田に詰め寄った。「い、いやー。そのー。」

その時、車椅子に押された老人が来た。「おーーい。」

「何の寄り合いだ?あ、サチコ。」サチコが激しく尾を振り老人を見るので、祥子がサチコを連れてきた。サチコは車椅子の老人の前にちょこんと乗り、尾を振っている。

「おじさん、サチコは強盗を撃退したんですよ。」と、福本が説明すると、車椅子を押してきた警察官制服の男性が、「またお手柄か。久しぶりに表彰状だな。」

「おじさん・・・いや、管理官。」「ふふ。お前が頑張っていることは聞いているよ。」

不思議がる一同に、福本が言った。「紹介しよう。叔父の福本日出夫だ。」

久保田も紹介した。「叔父の久保田管理官だ。」

「福本と私は警察学校の同期でな。刑事時代は相棒だった。」

「もう辞めたんだからいいじゃないか。警察も辞めたが、先日タクシードライバーも引退した。」「所轄の警察署長就任式の帰りに福本の病室に行ったら、揉めている。甥の新築祝いに行きたいんだって。で、私が責任を持つからって連れ出した。」

「そうだったんですか。」「はい、これ。」「また見合い写真ですか。」「愛宕刑事のように、もう身を固めろ。白藤巡査みたいな、可愛い嫁さん貰え。」「はあ。」

「あー、可愛い。久保田先輩、見合いして下さいよ。」

「うん、確かに可愛い。」「無骨な久保田刑事には勿体ない位。」久保田がむっとしていると、祥子が「ピザ届いたみたい。」と言った。

「じゃあ、お寿司と一緒にみんなで食べましょう。」と福本が言った。

2日後、伝子に久保田から電話が入った。「あの3人組はいわゆる『転売ヤー』だったんですよ。ひょんなことから手に入れたあのカード。半グレの持ち物だった。またややこしいことに反社もあのカードを狙っていて、両方から狙われることになった。あのグループの親玉は危険を感じて警察に逃げ込んだ。『気に入らない医者だ』と言って、クリニックのガラスを割って。診察に行ったこともないのに。」

「親玉に回収を命じられた、あの三人がリフォームした後だから、途方にくれていた、ってとこですか?」「そういうことです。あのリーダー格の男は肉離れだけだそうです。」

「骨は避けたからな。」「お手柔らかに頼みますよ。」「久保田刑事。式の時は呼んでくれるんでしょう?」「考えときます。」電話は切れた。

「先輩、メシ出来ましたよ。」「そんなことより大事なことがある。」「何です?」「セックスだ。子作りだ。」高遠は、返す言葉がなかった。

―完―

 



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9.筒井登場(誤認逮捕)

依田のアパートに伝子達が行くと、依田が誤認逮捕され、連行されて行くところだった。
伝子は依田の汚名を晴らすため、事件に首を突っ込むことになった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚する。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田嘉三・・・久保田刑事の叔父。管理官。

中津刑事・・・警視庁捜査一課刑事。

藤井康子・・・伝子マンションの隣人。

福本明子・・・福本の母。

森淳子・・・依田のアパートの大家さん。

本庄まなみ・・・本庄病院医師。院長の娘。

利根川道明・・・TV欲目の社員コメンテーター。

筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。伝子と一時付き合っていた。警視庁副総監直属の警部。

==================================

 

依田のアパート。警察関係者が出入りしている。

アパートの大家、森が誰彼構わずわめいている。「止めて。あの子はおっちょこちょいだけど、悪いことはしない子なんだよお。」

「どうにか出来ないのか、愛宕。」と、伝子は愛宕に尋ねた。

「我々も知り合いだからって無理矢理混ぜて貰っていますからねえ。久保田先輩も署で事情聴取に混ぜて貰っていますが。」と、愛宕は応えた。

「大家さんの言う通り、おっちょこちょいでも、悪いことはしない。」「全くの濡れ衣だ。」と、伝子と高遠は口々に言った。

「一通り終わりましたが、ブツは出ませんでした。指紋等は後で照合しますが、彼の車を調べたいのですが、愛宕刑事がお友達でしたね。」刑事が言った。

「いや、ややこしいのですが、私の先輩の大文字伝子さんの後輩ですなんですね。依田さんは。」と、愛宕は応えた。

「立ち会い許可が必要なら、私が責任を持ちます。調べて下さい。」と、伝子が口を挟んだ。

「了解です。おい!」と鑑識係は他の係員に声をかけた。

「遅くなったな。すまんすまん。」と井関が言ってやって来た。「おやおや?また会いましたな。確か愛宕刑事の先輩だとか。」「はい、被疑者、とは言いたく無いんですが、依田さんの先輩でもあります。」と愛宕が説明した。

「分かった。出来るだけ急ごう。私が約束出来るのはそれ位だな。」

「感謝します。」

愛宕が敬礼をすると、井関は依田の車に向かった。

南原の車の中。「信号、長いなあ。」

「焦らないで、お兄ちゃん。まだ参考人でしょ。」妹の蘭は助手席から兄を慰めた。「僕だって信じているさ。同じ大文字先輩の後輩なんだから。」

福本家。福本が電話を切る。「うちで作戦会議だ。お母さん、祥子。頼むよ」

「心得ましたよ。」「密告の電話でしょ?どこかで恨み買っているのかしら、依田さん。」と、祥子が心配した。

「さあな。あるとすれば仕事がらみだろうけど、逆恨みだろうな。宅配員の配達員はコロニーの頃、随分虐めにあったらしいし。」

福本家。2階。

「4畳半と8畳かあ。広いですねえ。福本さん、ご両親に助けて貰ったって言ったけど、2世帯住宅に?」と、南原が尋ねた。

「その積もりです。庭もあるし。実はね、南原さん、これ『訳あり物件』なんですよ。」

「反対しなかったんですか?ご両親。」

「田舎じゃよくある話だからって。あ、ここですよ。」福本が雨戸を開け、サッシ戸を開け、補修箇所を指した。

「犯人は、どこをどう探していいか途方にくれていた。って場所ですね。」

「雨戸締めてると分からないけど、元はガラス障子戸。空き家のままだと思って侵入したら、そうじゃなかった。しかも、入居者と鉢合わせ。」

南原と福本が笑い合っていると、愛宕が「見て下さい。あの家。」と愛宕が百メートル近い距離の家をさし、双眼鏡を渡す。

「ああ、あの家から覗いていたんですよね、公安が。」と愛宕が説明を加える。

「玄関や、この奥の部屋は死角になるから、慌てて駆けつけたって訳ですね。」

そこへ、女性陣がお菓子や何やら運んできた。

「何立ち話してんの。窓開けただけ?これだからね、男は。」と蘭が不平そうに言う。

「ひとの家で偉そうにすんなよ。」と南原が注意する。

「まま、お茶でも飲みながら召し上げれ。」と明子が羊羹を指す。

「大文字先輩と高遠先輩は紅茶でしたっけ?」と祥子が言うと、「すまんな。」と伝子が返す。

「なあ、福本。『人違い』じゃないかな?」と考えつけていた高遠が言う。

「僕もそう思う。大家のおばちゃんに言われるまでもなく、我々はヨーダの性格はよく知っている。自分から罪を犯すやつじゃあない。」

「たれ込みの言葉次第で変わってくるっていうのが先輩の推理でしたね。」

その時、外から「おーーい」というみちるの声が聞こえた。

「みちるが帰って来ました、先輩。」

「ただいまー。遅れました。わあ、美味しそうだわ。」とみちるが入って来た。

「ピザ食べた部屋より広いわー。」「それで、みちる。成果は?」と伝子が促した。

「さすが、久保田先輩ですね。たれ込みの電話の会話。電子ファイルで署長宛てに送って貰っていました。これが、そのデータ。」みちるはタブレットを用意し、再生した。

『ヤマトネ、ニハク、ニチュウイチ』

皆、首を傾げる。高遠が解説する。「ヨーダの会社は『倭根運輸』、221は車の識別番号だ。」

「詰まり、依田さんの名前を知らせてないわ。」と蘭が言う。

「そこだよ。警察はそのまま調べただけなんだ。」と高遠が相槌を打つ。

「多分、証拠不充分で釈放されるだろうな、条件付きで。」

「久保田先輩もそう言ってらしたわ。」「条件付きで?」と南原が言う。

「所在地をはっきりさせること。依田さんは独身だからね。」と愛宕が言う。

「ここなら、大丈夫でしょ、愛宕さん。そもそも逃げたら犯人の仲間だし。」と福本が言う。「そうですね。大丈夫。」

「この声、なんか外国訛りがあるような気がする。」と高遠が言った。

「そうだな。みちる、もう一度再生してくれ。」と、伝子は言った。

「再生の後。そんな気がしないでもないなあ。」「日本、よく知らない人なら『似た名前』と混同するかも。」「よし、みちる。似た名前の宅配便業者の事業所は?」

「これかなあ。ナカソネ、ヤマトヤ、ヤマモト・・・。」

「当たってみましたよ、高遠さん。」と久保田刑事が入って来た。「羊羹ですか。上手そうだなあ。」「どうぞ、お義母さんのお手製です。」と祥子が差し出した。

「恐縮です。」と1本羊羹を押し頂いた後、久保田先輩は説明をした。

「候補の内、ナカソネ運輸の支店で同じ車両識別番号211の車があったので、礼状取って、調べました。助手席側のドアから出てきました、MOが。」

「え、えむおー?」と南原が奇声を上げた。「再生機なかなかないですよ。」

「だからこそ、使っているんですけれどね。我々は中身を教えて貰えません。麻薬がらみかな?くらい。」「かな?くらい。」蘭が絡んできた。「止めろよ、蘭。久保田刑事だって、直接絡んでないと、蚊帳の外なんだよ。」と、南原が窘めた。

「まだ途中段階なんで、福本さんが身元引受人ということで、今夜からはこちらに、ですよね。」「はい。」

「じゃ、自分は一旦署に戻りますので。これ、ごちそうさまです。」と、久保田は羊羹を少し持ち上げて、帰っていった。

1時間後、着替えを取りに部屋に戻った依田に背後から男が襲いかかり、振り向きざま、依田は頭を殴打された。幸い、両手でカバーしたから、衝撃は多少緩和されたが、出血し、失神した。大家の悲鳴に、送って来た警察官が救急と警察に連絡した。

犯人は逃走したが、捕まっていない。

1時間後、本庄病院。

病室に伝子、高遠、南原、福本、愛宕が駆けつけた。「ヨーダの、依田の容態は?」

「大丈夫よ。」

担当医師本庄まなみが、リクライニング状態のベッドのすぐ傍にいて、近くにPCモニターがあった。応えたのは、本庄医師ではなく、PCモニターの池上葉子だった。

「あら、高遠君。君のお知り合いだったの、依田さんは。」「大学の同窓生です。」

「じゃ、そちらにおられるのは有名な大文字探偵ね。」「大文字伝子ですが、探偵じゃありません。」

伝子の言葉を池上医師は無視した。「頭蓋骨に損傷なし。時間はかかるけど、治るわ。手術はしない。手の打撲は痣が残る程度。」

「良かったな、ヨーダ。私がついている。可愛い後輩のお前をこんな目に遭わせた奴は許さない。きっと、敵は討つ。お前は先生達に身を任せて回復するんだ。いいな。」

「センパアイ。」伝子励ましに、依田はポロポロと涙を流した。

「先輩、ホントに敵討ちするんですか?」と病室を出た後、愛宕が言った。

「愛宕とみちるは参加しなくていい。無関係だ。」と伝子は言い放った。

「僕らは、何が出来るか分からないけど、ついて行きますよ。」と福本が言った。

「僕らは・・・って、僕、入ってます?」と南原。「無理強いはしないよ。」と高遠。

愛宕はため息を吐いた。

翌日。伝子のマンション。

愛宕、福本、南原が来ていた。

「作戦会議、って言ってもなあ。」と南原が大量のみかんを運んで言った。

「お兄ちゃん、どこ置く?あ、高遠さん、どこ置けばいいかな?」と蘭が言った。

「困ったなあ。1ケースは台所に置くとして、2ケースは多いですよ、南原さん。」

「じゃ、うちで引き取りましょうか?」と愛宕が言った。

「ああ、助かります。お願いします。」愛宕が早速、みちるに電話をした。

「ミニパトでこっちに向かう途中だから、すぐ回収出来るそうです。」

その時、伝子のスマホが鳴った。「ああ、久保田さん。何か進展あったんですか?」と、スピーカーをオンにした。

「それがあ、外事課が担当している事件なんで、MOは外事課が調べたんですが、保存されていた映像データの会話。分からない部分があるそうなんです。』

「いつもはどうされているんですか?翻訳家協会に依頼ですか?今は翻訳アプリなのかな?」

「おっしゃる通り、以前は翻訳家協会に依頼していました。でも、今は翻訳アプリを利用したりしていますが、多言語混じりだと、どうも・・・それで、翻訳家協会に依頼すると数日かかるので、大文字さんに助けて貰えば、と。』

「先日公安絡みの事件でお世話になったので、話が来たそうです。」と、横から中津刑事が割り込んだ。

「中津さんは一課じゃなかったんですか?」と伝子が応えた。

「詳細は話せませんが、実は既に犠牲者が出ていましてね。たれ込み電話の持ち主です。公安がマークしていた人物です。合同捜査です。」

「済みませんが、また、その映像データ、送って貰えませんか?宛先は久保田刑事が知っています。私自身がお力になれなくても、翻訳家仲間に照会出来ます。」

『ご協力感謝します。』と中津刑事が言った。「それじゃ、準備にかかります。」と久保田刑事が言った。

データが届いた。「盗撮データですね。」と南原が言った。

「何かスパイ映画みたいだ。」と福本が言った。

「確かに、英語じゃない部分がある。たか・・・学、どう思う?」

「ブラジル語じゃないかなあ。福本、どう思う?あ、高崎はブラジルポルトガル語学科だったよな。」

「ああ、そうだ。」「電話番号知ってる?」「ヨーダなら・・・ヨーダの持ち物はうちにある。」福本は祥子に電話した。「ヨーダの、依田のスマホでな、高崎の電話番号を高遠宛にショートメール送ってくれ。」

5分後、高遠のスマホに来たショートメールを元に高遠は高崎に電話した。スピーカーをオンにした。「暫くぶりだな、高崎。ご無沙汰してすまん。」

「え?高遠。小説家になったんだって?おめでとう。おめでとうって言えば、お前、大文字先輩と結婚したんだって?呼んでくれればよかったのに。」

「ありがとう。世話役をヨーダに任せたから、漏れがあったんだな。代わりに謝っとくよ。」『そいえば、依田は最近連絡とれないが、知らないか?』「ああ、交通事故で今入院しているんだよ。それより、高崎はブラジルポルトガル語学科だったよな。」

「うん。」「昔さ、ポルトガル語で名前のこと『飲め』って言うって教えてくれなかった?」『ああ、お前、受けてたなあ。その通りだよ。』

「じゃあ、『南西を飲め』って聞こえるとしたら、どういう意味だ?」

「なんせい・・・ははは。俺は優等生でもなかったし、殆ど忘れたけど、それは分かる。{私は、その名前を知りません}だよ。でも、何で、その質問?」

「ああっと、今書いている小説のネタにできないかな?って思ってさ。」

「出来る出来る。先生のネタよりいいかもよ。ほら、{待った待った}、って言われたら、{殺せ殺せ}って意味だから気をつけろ}って奴。お前に教えたろ。」

「だったな。ありがとう。是非ネタに使わせて貰うよ。忙しい時に悪いな。」

「いや、いいけどさ、子供生まれたら真っ先に教えろよ。いい出産祝い送ってやるよ。」

電話を切った高遠は、愛宕に「愛宕さん、久保田刑事に連絡して。」「了解です。」

「何の話?みかんケースは?」と、ミニパトから降りてきたみちるが蘭に聞いた。

「今、外に出したんですけど。」と蘭が言い、二人は出て行った。

「おい。高崎って、副部長の腰巾着だった奴だろ?」と伝子は不服そうに言った。

福本が、「弱み握られてたから、その振りしてたんですよ、先輩。他の連中もね。副部長派の振りして内心先輩に両手合わしてたんですよ。」と説明した。

「先輩、あ、伝子さんが夜襲して袋だたきにした後、みんなが教えてくれました。」と高遠が口添えした。

「夜襲?袋だたき?」と電話を終えた愛宕が眉をひそめた。

「ん?補導するか?」と伝子は愛宕に聞き返した。「そうですね。まず、タイムマシンをレンタルしないとね。」続けて、みちるが言った。「ダーリン、上手い!!」

一同は吹き出した。

「しかし、外国語の意味は分かったけど、なんで、そんなこと言ったんだろう。」と南原が言った。

「ああ、そうか。『せめて名前が分かればな。おい、お前。あったことがないのか?支持者は誰だ。お前はただの運び屋なんだろ?俺たちは、言ってみればお前の味方だ。味方に隠し事はないだろう。そうだ、隠してなんかいない。お前は善良な第三者だ。忘れたんだよな。きっとそうだよな。時間はやるよ。思い出してくれ。頭文字でもいい。あだ名っぽくてもいい。手がかりがいるんだ。<私は、その名前を知りません。>ああ、英語じゃ通じないんだ。どうしたものかなあ。』って言うやりとりだよ。」

伝子は、高遠の言った通りのメモを愛宕に見せた。

「分かったか、愛宕。私の『ダーリン』の実力を。」「恐れ入りました。」

久保田は、そのメモの内容を中津に電話した。「そうでしたか。助かります。しかし、これじゃ糸口にならないなあ。別働隊がヤマモト運輸の車も調べているので、またMOが出て、外国語が出てきたら、お願いますか。」

高遠が頷くのを見て、「了解しました。」と久保田は電話を切った。

「出前でも取りますか?」と南原が言った。「私、帰りに近くの食堂に寄って、注文しておきますよ。」とみちるが言った。

「みちる、人数分揃えば何でもいいぞ。勘定は私が払う。」と、伝子は出て行くみちるに言った。

「大文字さん、あのー、愛宕さんの奥さんも後輩なんですか?」

「違うよ、蘭。なついて後輩っぽく振る舞っているだけ。愛宕さんは後輩に当たるけど、みちるさんは違う。」「そうなの?じゃ、私も大文字先輩って呼ぼう。私のことは蘭って呼んで下さい。」

「好きにしろ、蘭。」「実は、福本さんの奥さんも同じこと言い出して、そう呼び合っている。」

「女性は公平性に拘るからね。」と高遠が言い、「コーヒーでも飲みますか。」と続けた。「あ、私は・・・。」「分かってますよ、伝子さん。紅茶でしょ。他に紅茶派の人は?」誰も手を上げなかった。

何人かの人間がリレーして、作戦会議場になった、AVルームにコーヒー、紅茶、お茶を運んだ。

「大文字先輩って多趣味なんですね。VHSビデオデッキ、ベータビデオデッキ、レーザーディスクプレイヤー。これ、ひょっとしたらVHDプレイヤーですか?」

「伯父の遺産だ。今はたまにDVDプレイヤーを使う程度だな。」

「洋画でも観るんですか?」との久保田の問いに「アダルトだ。セックスの参考にする。」照れた久保田と対照的に、蘭が大笑いした。

「おかしいか?」「いえ、面白い。あ、ごめんなさい。」

「いいよ、蘭ちゃん。そういうの、慣れているから、みんな。」愛宕が言った。

「あ、何か来てる。」と高遠が大声を上げた。

「久保田刑事。これ、また翻訳の依頼ですかね?」

「再生してみて下さい。」と久保田が言った。

再生が終わると高遠が、翻訳した文章のメモを読み上げた。

「あんパン、ありがとうございました。お陰で『低血糖』からすぐに立ち直れました。めまいがして、しゃべれなかったんで、無視していた訳じゃないんです。これを渡してくれた人の名前は分かりません。でも、前にあったことがあったので、連絡係を引き受けました。『よしみ埠頭』の2番倉庫のどこかで、4月30日に麻薬の取引があるそうです。夕食までごちそうして貰ってありがとう。日本人の親戚で食べて以来だな。とんかつ、おいしかったです。そうか。ゆっくりしてくれ。安心しろ。強制送還にはならないようにしてやる。ありがとう。どうもありがとう。」

「ありがとうのところだけポルトガル語か。ふうん。じゃ、送る必要ないんじゃないのかな?」と、伝子が言うと、「ありがとうの意味を知らなかったか、律儀なだけか、ですかね。」と久保田は言った。

愛宕が、「先輩は知ってたんですか?」と伝子が言うと、高遠が「僕が教えたんですよ。例の高崎に教えて貰った数少ない単語。」

「ちょっと、整理してみよう。たかと・・・学。」「はいはい。」高遠が白板を用意した。

丁度、出前が届き、伝子は勘定を払い、皆はしばし食事に専念した。

「MOを渡そうとした人物と、受け取ろうとした人物がまず存在する。これをそれぞれ便宜上、A、Bと表現する。」

伝子は白板にA、Bと書いた。そして、AからBに直線を引く。

「Bは多分、外事課だ。たれ込み電話は捜査一課から外事課に情報が行く。たれ込み電話はキーワードで、MOないしMOの内容は直接渡さない。我々はヨーダが襲われたからヤマトネ運輸に拘っていたが、予めあの地域の3つの宅配便会社を利用すると決めていたんじゃないだろうか?捜査一課は想定外だったろうが、外事課が知っていたのなら、調べ直した理由がつく。たまたまヨーダが襲われたから、MOを隠せなかった。それで、予備を使った。」

「じゃあ、Aってどこです?」と南原が言った。

「多分、マトリだな。」と久保田が言った。「麻薬取締官ですか?」と愛宕が尋ねた。

「我々下っ端は秘密にされることだらけだが、ブツが麻薬なら納得がいく。」

「でも、Aがマトリなら、直接外事課に連絡すればいいじゃないですか。」と、蘭が言った。「出来ない理由は・・・。」と愛宕が言いかけると、高遠が「スパイですね。」

「あ、それ、先に行っちゃうかなあ。」と愛宕が不満そうに言った。

「ごめんなさい。何故スパイが必要かというと・・・。」「先にスパイがいるから。か。」高遠は伝子に文句を言わなかった。「そいつが、その映像に映っている。ブラジル人の向こう側にいる奴。」

「そいつは売国奴だな。」と久保田が険しい顔で言った。

「取引の内容、暗号文とかじゃないんですね。」

「隠し撮りしている、BにMOを送った人物がここにいる。」と言いながら、伝子はAの下に、『スパイ』『ブラジル人』『C』と書き込んだ。「Cは麻薬の情報をブラジル人に教えて口頭で伝えさせた。わざとな。スパイはCを知っている。」

「先輩。取引の場所と時間は分かっているんですよね?」

「先輩。我々が関わるのは、ここまでですよ。」と、愛宕が言った。「大文字さん、愛宕の言う通りです。依田さんを襲った犯人が一味の中にいるとしても、ここまでです。」

「私は、運び屋を買って出たブラジル人が言った『その名前』が気にかかる。その謎を考えることにしますよ。」

「そうですか、じゃあ、我々はこれで・・・。他の方は?」

「出前、食べちゃいなよ、みんな。」と、高遠は言った。まだ食べ終わっていない者が多い。「じゃあ、愛宕、帰るぞ。」と、久保田が言ったので、不承不承愛宕は連れだって帰って行った。

『その名前』の謎はあったが、残った者で作戦会議は続けられた。4月30日はもう、翌日である。

翌日、4月30日。よしみ埠頭。午後4時半。

取引に使うかも知れない場所は、福本が1時間前に来て、車で探し回り、特定した。そして、その場所から100メートル先。福本に指示された南原兄妹は、花火の準備にかかった。

その特定の場所から10メートルほど離れた場所に伝子と高遠、福本夫妻。それに愛宕夫妻がいた。

「首になっても、知らないよ。」と高遠は愛宕に言った。「首は覚悟さ。先輩の為だもの。」と愛宕が言った。「右に同じ。」と、みちるが言った。

「僕らも同じだよ。高遠。」と福本が言った。「着替えもあるしね。」と祥子が笑った。

午後5時10分前。「よし、祥子。みちるさん。着替えを頼む。」

約5分で伝子の着替えが終わった。向こうの方に、半グレの集団とヤクザの集団が揃った。3分後。福本がキューを出し、『ワンダーウーマン』が奴ら目がけて突進した。

唖然としたのは、半グレとヤクザだけではない。待機していた捜査一課、外事課、組対、マトリの連中も同じだった。

「お前ら、そこで、何やってる?ヨーダを襲ったのは誰だ?」その時、福本の合図で花火が鳴った。

半グレとヤクザは、ワンダーウーマンこと伝子に向かって来た。伝子はアームレットに仕込んでいたトンファーで次々と倒して行く。集団の後方から、刑事達が向かって行った。

半グレから、一人離脱して、伝子に加勢する形で闘い始めた男がいた。

「久しぶりだな、大文字。」「ティー、エス、ユー、ティー、エス、ユー、アイ、筒井か。」

30分後、乱闘は収まり、半グレもヤクザも全員連行された。

中津刑事が寄って来て、伝子に一瞥してから中津刑事は筒井に敬礼して、ある布袋を渡した。「ご苦労様です。」そう言って、中津はパトカーに戻っていった。

筒井は、布袋からあるものを取り出して、見せた。「それは?」「相棒の形見だよ。」

そこへ、久保田が管理官と共に現れた。「それは、私が預かっておこうか。筒井。」

「恐縮です。」と、筒井は頭を下げた。「君の勇気に免じて、少しだけ教えよう、大文字探偵。」「探偵?探偵やってんのか、大文字。」「冗談きついでしょう、管理官さん。それより筒井は何故?」

「人物Cですよ、大文字さん、私だけのけ者ですか?」

「まあまあ。筒井は、私直属の部下で潜入捜査官だ。実は先日、筒井の相棒が殺された。残念だったよ。」

「大学を3年で中退して、警察官になったのか?」「いや、紆余曲折の末、警察官だ。私はこれで。」と、筒井は辞去しようとして、戻ってきて伝子にキスをした。

「ちょっと、何すんだよ。私は亭主持ちだ。」「分かっている。高遠くん、だったよね。よく大文字を連れてきてくれた。今度、チアガールの写真、送ってくれよ。」

「引き受けました、筒井先輩。」筒井は悠然と去って行った。

「お前、平気なのか、高遠。」「何がです?」「妻が目の前でキスされたんだぞ。」

「あの人ならやりかねない。意味がることなら、忖度しない。でしょう、管理官さん。」

「時間だな。帰るぞ。」と、管理官は久保田を促し、帰った。

1時間後。伝子のマンション。「よくやった、みんな。愛宕、まだ怒っているか?」

「怒ってます。大文字先輩。久保田先輩が来ること、分かっていたんですか?」

「尾行されていることは分かっていた。取引の時間聞かなかったし。」と伝子が言った。

高遠が後を続けて言った。「学祭の『ワンダーウーマン』の格好の件だ。」

「お前達が帰った後、もう一度動画を観たんだ。それで、ブラジル人が写真入れを見ているだが、家族の写真以外に、私の学祭の時の写真を見ていたことが分かった。どう見ても私だ。つまり、Cからのメッセージだ。」と伝子が言った。

「取引時間は、ポルトガル語でブラジル人が小声で言っていた。翻訳アプリ使って後で調べたよ。」と高遠は続けた。「だから、時間を後で我々に連絡したんだな。」と福井が言った。

「うん。Aがマトリで、Bが外事課というのは、簡単に分かった。ブラジル人の態度で。あの隠し撮りの画像を撮った人物をDとすると、。Dの相棒Cは筒井さんで、恐らく、今日の集団のどちらかに潜入していた。取引の情報を筒井さんはブラジル人に『口頭』で伝える一方、AにいるスパイEには内緒でDに隠し撮りをさせる。スパイEをあぶり出す為だ。Dは宅配便を使い、外事課宛てにMOを送る。。」

「依田さんの車にMOが無かったのは偶然?」と南原が言った。

「さあな。管理官が言っておられた筒井さんの相棒がDか?って後で思ったが、それなら殺されているかも知れない。Eの役割は、恐らく、外事課に間違った情報を流すことだった。警察は取引の時間に間に合った。つまり、Eは既に逮捕されている。ブラジル人を調べたEはマトリに内緒で取り調べを行ったかだ。」

「大した推理力だね、ワトソン君。」と言いながら、久保田管理官が入って来た。久保田刑事と共に。

「この際、全部話しておこうか。」「いいんですか?」「いいんだ。事の発端は、去年から、取引の手入れが不発に終わったことが2度続いている。誰かが情報を流し、妨害しているからだ。それで、筒井に任せた。途中、中年探偵団のお仲間の一人、依田俊介氏が襲われた。余談だが、本件とは関係無かった。空き巣狙いの反撃を食らった。その被疑者は既に逮捕してある。で、宅配便は、依田氏の件があってわかりにくくなってしまったが、初めから3社使う予定だった。MOのデータは、マトリ内にいるスパイのあぶり出しだった。高遠さんの言うCは既に別の任務についている。もうひとつ。マトリが関係しているが、ブツの正体が不明だった。」

「麻薬じゃないってことですか?」「巻き込んで悪かったと筒井が言っていた。そのことは代わりに私が謝罪しよう。この通りだ。」と管理官は脱帽をし、頭を下げた。

「あ、頭を上げて下さい。じゃ、初めから、いや、途中からか。我々は利用されていた、と。」と、伝子が言った。

「とにかく、MOの中身から取引の場所や時間は判明。『ワンダーウーマン』が活躍し、一斉検挙出来た。ありがとう。危険性は大きかった。しかし、筒井は突撃するのは大文字伝子だけだ。文字通りスーパーヒロインだし、我々が後方支援すればいい、と言ったんだ。因みに、あのアームレットはトンファーの収納するものだけじゃないよね。」

「内側に板が入っています。本物のように銃弾は跳ね返せませんが、先輩ならなんとかするでしょう。何と言っても、あのコスチュームが一番の武器ですから。」と福本が説明した。

「だろうな。警察官もマトリも、集結していた半グレもヤクザも言葉を失った、というか息を飲んだ。半グレとヤクザが取引しようとしていたものは、ある意味麻薬より危険なブツだった・・・ウイルスとワクチンとオバキュー検査キットの3点セットだ。半グレはどこからか調達し、ヤクザが売り捌く予定だった。ヤクザと言っても、ある暴力団の下部組織だがね、手柄を立てたかったんだろう。組対は芋づるを狙っているだろうが、無理だろう。さて、ここでワトソンこと高遠先生にお願い・・・切望だ。」

「え?」「『こちら大文字探偵局』には、今回のネタは一切使わないで頂きたい。あ、それと、テレビ局の事件もね。福本氏のおじさんも関係しているし。利根川を攪乱させる為にワザと下手な運転するタクシードライバーなんて、そんじょそこらにはいない。あの人はベテランだし。」

「ちょっと待って。『こちら大文字探偵局』?初耳だが。」と伝子は高遠の耳を摘まんで持ち上げた。

不穏な気配を察した全員が廊下に飛び出た。「まなぶううううう!!」中から大きな伝子の罵声が響き、ものが壊れる音が聞こえた。

「誠。私は言い過ぎたかな?」「今の小説の話は、失敗だと思います。みなさん、解散しましょう。」

「犬はダメなのよう。」と隣のおばさんが顔を出し、言った。

「夫婦げんかは犬も食わないさ。」と管理官は呟いた。

愛宕の車。「裏事情が多すぎたね。」「私、ますます大文字先輩のこと、好きになっちゃった。高遠さん、今度会ったら骨折しているかしら?」

「骨折ならいいけどね。多分骨折しないように筋肉を痛め付けるワザを・・・ま、いいか。」

福本の車。「地獄だな。」「あなたは知っていたの?」「小説のこと?っ知らなかった。そいえば、高遠は筒井先輩のこと知っていたみたいだな。」「元彼よ。」「元彼?」「大文字先輩の。」「なんで高遠は知っていたんだ?」「それは分からないけど。学祭の大文字先輩の写真見て、『ワンダーウーマン』の格好をさせよう、って言ったのは高遠さんよ。」

「祥子。それ、女の勘?」「女の勘。」「で、なんで大文字先輩って言っているの?」

「だって、みちるさんだって、そう呼んでいるじゃない。蘭ちゃんもよ。」「ふうん。」

南原の車。「なあ、蘭。ファミレスかインターチェンジで食べて帰ろうか?」「うん。今日はピザ無かったし。」「ははは。美容学校決まったのか?」「明日の午後、面接。」「じゃ、前祝いだな。」「前祝い?事件解決の『打ち上げ』じゃあないの?」「両方。お前なら合格する。」「変な自信。」「あ!」「何、大声出さないでよ。」「依田さんのこと、みんな忘れている。」「え?」「今夜退院だ。」「あー、大変。」「僕は知らない。思い出さなかった。」

「呆れた。」

その頃。病院救急口。依田に付き添う、依田のアパートの大家。泣いている依田を慰めている。「きっと、急用が出来たのよ。しっかりしなさい。男の子でしょ。」「はい。」

「ええ、今大家さんと帰宅するところです。はい。支払いは現金がない、とおっしゃっておられるので、誓約書を書いて頂き、明日支払いに来られる予定ですが。大文字さんが支払いに来られるのですね。では、○番までお越し下さい。」

伝子のマンション。電話を切る伝子。「大家さんが迎えに来たらしい。借りが出来たな、ヨーダに。」「大丈夫。これでよし、と。」と高遠が伝子の傷の手当てを終え、包帯を巻いていた手を離した。

「気づいた人、いるかな?」と伝子が言うと、「久保田刑事の伯父さん、管理官は気づいていると思うな。だからこそ、小説の話を持ち出したんだよ。あれって、別にみんなの前で言う必要もないよね。僕にネタを禁じればそれでいいでしょ。あと、福本も気づいたと思うな。アームレット、色変わったし。さてと、伝子さん、チャーハンでいい?」

「何チャーハン?」「かに玉チャーハン。」「そりゃ楽しみだ。」「明日、ヨーダの支払い済ませたら、診察して貰おうよ。あ、順番めちゃくちゃだけど、ごめんね、黙ってて。小説連載のこと。」「怒ってないよ。夫の収入増えて喜ばない妻はない。」

「ペンネーム、本名だったでしょ。クライングフリーマンってペンネームにしたんだ。で、題材を僕らの周りの事件にしたら、編集長が編集会議にかけてくれて、連載が始まったんだ。管理官に注意されたから、今回とテレビ局の事件は書かないけど。」

「学。ホントにいい奴だ。」「今頃そんなこと言う?」「チアガールの写真の件だけど・・・。」

「嫌なの?」「いや、ヨーダに仕切らせたら、少しは罪滅ぼしになるかな?って思ってさ。」「なるなる。はいはい。出来たよ。」伝子は満面の笑みで、見ていたアームレットの内側に仕込んでいた、血のついた板を離し、食事に取りかかった。

久保田刑事の車。「跳弾?大文字さん、怪我したんですか?」「花火の音で聞こえなかったかも知れないが、ヤクザの子分の一人が一発撃った。幸い直接は当たらなかった。親分が血相変えて叱った。万一ウイルスが巻き散らかされたら?って、ヤクザも思うさ。あのブラジル人が『その名前を知らない』って言ったのは、中身を知っていたのは極一部の人間だったから、子分は麻薬だと思っていたんだろう。まさか、ウイルスが入っているブツの取引だとは思いもよらなかったろうな。後は知っての通り、半グレはヤクザが『ワンダーウーマン』を連れてきたと思い込み、ヤクザは半グレが連れてきたと思い込んだ。で、乱闘。直接撃たれた気配はなかったから、答えは?」

「跳弾ですか。じゃ、おじさん、あの夫婦がんかは?」「夫婦げんかの芝居は下手だったな。福本氏ならうまく演じるだろうが。そうだ、お前、エビフライ好きだったな。」「はい。」「『ウチ内のヤツ』がな、昇進祝いに鯛の尾頭付きにするか、って言ったら、あの子はエビフライが好きなんですよ。エビフライにしましょうって。」「伯父さん、昇進されたんですか?おめでとうございます。」「何を聞いているんだ、誠。お前だよ。警部補昇進おめでとう。」

「え?私が?自分でありますか?」「半グレとヤクザの取引を抑え、『陽動作戦』を用いて鎮圧させた、殊勲だ。」「は?」「今は誰でもカメラマンになれる。どこかでスマホで撮影して、『ワンダーウーマン』をネットで拡散しないとも限らない。詰まり、お前という指揮者がいて、流血した者が『ひとりもいない』事件解決だったというストーリーが必然だ。」

「素直に喜べないな。」「何?」「いや、喜んで拝命致します。しかし、大文字さんは・・・。」「高遠氏がいるさ。

1週間後。伝子達の卒業した大学。チアガール部のキャプテンがやって来る。「本格的な演技は出来ませんが、基本的な動きの写真は撮れました。大文字先輩の運動神経は抜群ですね。武道されていたとか。」「柔道と合気道。合気道は師範だよ。」と依田が応えた。

「ありがとう、ヨーダ。」と高遠が写真を見ていると、当の本人、伝子がやって来た。

「いい写真だ。協力ありがとう。」と伝子はキャプテンに礼を言った。

「じゃ、挨拶に行って来るよ。」と、依田はキャプテンと去って行った。

「確かに、いい写真だ。まるで、現役の大学生だ。」と久保田管理官が言った。

「では、一枚をお預けします。」と、高遠は写真の一枚を管理官に渡した。

「管理官。筒井はまた、きつい任務ですか?」「それはお教え出来ない、たとえ君でもね。写真は私から送らせておく。傷は修復したのかな?」

「やっぱりばれてましたか。」と伝子は舌を出した。「結果オーライですよね。」

「そうだ。依田氏を襲った犯人の空き巣は別件で逮捕していた貝塚という男だった。後で伝えておいて下さい。しかし、チアガールの写真もいいが、君たちもいい夫婦だ。このキャンパスを通して愛が芽生えたんだね。」と管理官が言うと、「後輩達も褒めて貰えませんかね、管理官さん。」と依田達がやって来た。皆、微笑んでいた。

―完―

 



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10.物部との再会

モールで買い物途中だった伝子と高遠は暴漢に襲われる。伝子は暴漢を、偶然手に入れた三節棍で倒すが、高遠が深手を負ってしまった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。後に福本と結婚する。

福本日出夫・・・タクシードライバー。元警察官。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田嘉三・・・久保田刑事の叔父。管理官。

中津刑事・・・警視庁捜査一課刑事。

藤井康子・・・伝子マンションの隣人。

筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。伝子と一時付き合っていた。警視庁副総監直属の警部。

本庄まなみ・・・本庄病院医師。院長の娘。

本田幸之助・・・福本の演劇仲間。

松下宗一郎・・・福本の演劇仲間。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

高峰くるみ・・・みちるの姉。

山田店長・・・くるみの勤めるスーパーの店長。

渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

 

==================================

 

高遠と伝子は出版社に原稿を届けた帰り、モール内の映画館にいた。伝子の希望で「ワンダーウーマン」が出る「アヴェンジャーズ」である。

「伝子さん、スーパーガールもいいかもよ。」「私はマネキンでもモデルでもない。」

観終わった後、パトライトが点くと、続々と舞台に男達が上がった。「舞台挨拶の準備かな?」「どうも違うみたいですよ。」

「大文字伝子はどいつだ?」壇上に上がった男達の一人が言った。

「私ですが、何か?」と立ち上がった伝子が言い返すと、男は言ってはいけないことを言った。「そこの『としま』が大文字伝子か?」

怒りに目が変わった伝子はワンダーウーマンに変身していた。バッタバッタと敵をあっという間に片付けてしまった。観客から盛大な拍手が巻き起こった。

「だから、ダメだって・・・。」と、自分の声に目が覚めた。

「大丈夫か、学。ヨダレ垂らして居眠りして。何かおいしいもの食べていたのか?」

伝子の声に目をこすりながら、高遠は応えた。「伝子さんの夢を見ていました。」

「出るぞ。」伝子に手を引かれ、高遠は外に出た。

「喫茶店でも行きますか。2軒先に先日オープンした喫茶店があるんです。」

「いいよ。」

高遠は、お勧めメニューのサンデーセットをウェイトレスに注文した。

「サンデー?今日は月曜だぞ。」と伝子が言うと、高遠が微笑みながら、「違う単語です、伝子さん。」と応え、伝子の掌に『sundae』と書いた。

「学、変なこと知っているな。」と伝子は感心した。「それより、お前、『探偵局』、書き続けるのか?」「嫌ですか、伝子さん。」

「ううむ。嫌じゃないが、複雑な気持ちだな。」「いいんですか?」「この間は済まなかった。」「お前のデビューを心待ちにしていたのは、他ならぬ妻の私だ。なんか祝いやろうか?」「んー。じゃ、地味でない服着て下さい。それが最大のプレゼントです。」

「んー。分かった。後で買いに行こう。これ、案外上手いな。」「実は僕も初めてです。」「そうなのか?」「伝子さんと結婚したけれど、デートってしていなっかったでしょ。」

サンデーセットを完食した二人は、勘定を済ませにレジに向かった。

「月曜のサンデー、上手かっただろ、『としまちゃん』。」

「物部?」「副部長!」と伝子と高遠は口々に言った。

「今、また『としま』って言ったな。」

「伝子さん、こらえて下さい。」

「なんだ、高遠だったのか。見たことあると思った。」「今は伝子さんの夫です。」

「結婚したのか?はは、お似合いだ。結婚祝いだ。ただにしよう。」「ぐぬう。」「伝子さん、出ましょう。」

外に出た高遠は伝子に言った。「よく我慢してくれました。」

「いや。あいつ脚を引きずっていた。あれは骨折じゃない。病気だ。だから、強がり言ったんだ。」「流石だ。」

伝子にブティックに入った。すかさず高遠は、店頭の店員に声をかけ、「地味でない服を選んでやって下さい。妻は年下の私に合わせる積もりで地味な服を着ているので。年相応でいいと思うんですね。」「任せて下さい。」

店員は嬉しそうに中に入って行った。「高遠じゃないか。」と、福本と依田がやって来た。「いい所に来た。祥子ちゃん、頼みがあるんだ。」と、高遠は祥子に耳打ちした。

「喜んでー。」と、祥子は満面の笑顔になった。

10分後、祥子に付き添われ新しい服に着替えて伝子は出てきた。

高遠、依田、福本は「ほうううっ!」と声を出した。「に、似合わないか?」伝子は引きつった声で言った。

「お似合いに決めってまあっす。」と3人は讃えた。

「あ、靴も新しいのにしなくちゃ。」と依田が言うと、「200メートル先ね。」と祥子が応えた。

一行が靴屋に向かおうとした時、事件は起こった。

皆で連れ立って歩く内、パンプスに小石が入った気がした伝子は噴水の縁に腰掛け、パンプスを脱ぎ、小石を出すべくパンプスを振った。伝子が側にいないことに気がついた高遠は振り返った。

「伝子さん、危ない!」と思わず高遠は叫んだ。体を反転させた伝子は落ちて来た『三節棍(さんせつこん』を受け止めた。

一方、一行の進行方向とは違う出入り口方面から突進してきた男がいた。伝子に近寄ろうしていた高遠は、その男のタックルを受ける形になった。

高遠は、吹っ飛んで倒れた。「高遠!」福本や依田が駆け寄り、声をかけた。

伝子は「きっさまあ!よくも私の夫をーーー!!」

手にした三節棍で、男に対峙した。男は懐からナイフを出したが、伝子の敵ではなかった。あっという間に相手の男のナイフを叩き落とし、後ろ手にしてから脱臼させた。

そこに、愛宕を含んだ4人の警察官が走って来た。「遅いぞ、愛宕。」「すみません。おい、連行しろ。」

「先輩。救急車呼びました。」と、蘭が言った。「いつ来たんだ?」

南原が応えた。「たった今です。高遠さんが倒れていて、依田さん達が止血していたので。」

「ご苦労。みちる、あいつは何だ?」「郵便局強盗です。モールの入り口近くの。丁度私たちが通りかかったので、追いかけて来ました。以外と脚が早くて・・・。」

「どうだ、ヨーダ。」「すみません、咄嗟に先輩の服使っちゃいました。肋骨折ったのかも。」「脱臼だったら、出血しないかも知れないしな。」と、福本が続けた。

救急車が到着した。依田が説明している間に伝子は三節棍をバッグにしまい、パンプスを履いた。

救急車に乗り込む際に、伝子は皆に指示した。「祥子、福本。私の服は捨てていい。ヨーダ、病院が決まり次第連絡を入れる。南原、暫くの間、この辺を撮影してくれ。愛宕、逮捕した奴の取り調べ経過を後で教えてくれ。」と。

本庄病院の待合室。伝子が出てくる。「ヨーダ、保険証あったか?」「バッグにありました。入院手続きしました。」

「担当医の話では、最低1週間は入院だ。ヨーダが言った肋骨だが、ヒビが入ったらしい。」と説明した。

「先輩。出版社には連絡しておきました。編集長が、おっつけお見舞いに来られるそうです。」と、福本が報告した。

祥子と蘭がやって来た。「こんな時になんだけど、先輩の靴買ってきました。」祥子は福本に領収書を渡した。

「ありがとう。今度いつ行くか分からないからな。幾らだ?」と、福本は蘭に尋ねた。

「いいです。」「・・・そうか。」

そこに、みちると久保田がやって来た。

「大変でしたな。過剰防衛だけど、場合が場合だから、問題にならないだろう、って伯父が言っていました。これはお見舞いです。今時のお見舞いはこれが一番だと聞きましたので。」と、TVカードを差し出した。

「恐縮です。」「それと、三節棍の話ですが・・・白藤から聞きましたが。」

伝子はバッグから三節棍を取り出した。久保田は子細に調べていたが、「やはり。」とマイナスドライバーを取り出し、あるネジに当て、回した。フィルムケースが出てきた。

「実は伯父から連絡がありましてね。事情は話せませんが、ある事件の物証です。」

久保田はフィルムケースをしまい、みちるに言った。「これを届けてくれ。」

「了解しました。」と、みちるは急いで去った。

「強盗犯逮捕に関しては、非常に感謝しております。私だけでなく。多分今回は感謝状が出ると思います。高遠さんにも正式な見舞金と感謝状が出ると思います。では、私はこれで。あ、高遠さんの容態は?」「今のところは全治1ヶ月ですが。ありがとうございました。」

久保田刑事が去ると、「三節棍が何故、先輩のところに落ちて来たか?筒井先輩かな?」「恐らくな。私では無く、学を見付けたのだと思う。私を信じて投げたんだ。真上のシャンデリアから落下するように。強盗は偶然だろう。取りあえず、今日は解散だ。」

午後6時。病院の夕食は早い。何とか高遠に夕食を食べさせた伝子は、予備のベッドを用意してくれるよう看護師に依頼していた。

「伝子さん、帰ったら?」「何を言う。一晩中私にオナニーをしろと言うのか?」「そんなことは言ってませんよ。」「新婚の妻を放置していいのか?」

看護師はクスクス笑いながら、出て行った。代わりに物部が入って来た。

「物部!」「副部長!」「高遠。大丈夫か?って言っても、点滴繋がっているが。」

「物部、どうして?」「お前が見切った通り、俺は脚が悪い。ここに通院している。精算の順番を待っていたら、依田達を見かけて事件を知ったよ。大変だったな。大文字にやられるとは、強盗も災難だったな。あ、ごめんごめん。大文字に喧嘩売りに来た訳じゃない。」「お見舞いありがとうございます。」と高遠が応えた。

「ここには週2回通院しているんだ。通院のついでに寄ってもいいかな?」

「いいよ。それより、どこが悪いんだ。」「「脊柱管狭窄症。脚が悪いが、その病気が原因だ。大文字はいい夫を選んだ。庇った結果だと聞いたぞ。」「まあ、な。」

「じゃ、お大事に。」物部は出て行った。

「副部長も本当は悪い人じゃないんですよ。」「分かってる。ああ。ヨーダ達が下着とパジャマを買ってきてくれたぞ。」

「みんなに迷惑かけて・・・。」「今は気にするな。水を買ってこよう。」と言って伝子は出て行った。

「大文字さん。」久保田刑事に呼び止められた。「南原さんに、現場に残って撮影するよう指示されたそうですね。」「ええ、妙な予感がしたもので。」

「先輩、これ見て下さい。」デジカメに映っていたのは、必死に噴水周辺で何かを探す男達だった。

「三節棍を探している?」「多分。」と久保田は応えた。

横から福本が言った。「先輩。やっぱり筒井先輩が三節棍を投げたんですよ。」

「この映像、というかデジカメお借りできますか?」「いやと言っても持って行くでしょ。いいか?南原。」「勿論。」

「あのー。」と愛宕が遠慮がちに言った。「久保田先輩。大文字先輩。郵便局強盗を追いけて来たら、向こうに高遠さんが倒れるのが見えたんです。それで、郵便局強盗を見失ってしまいました。モールはあちこち枝分かれしているでしょ。」

「うん。出入り口も多いよな。」「あの男、まっすぐ大文字先輩や高遠さんに突進したと思うんです。だから、高遠さんは大怪我をした。」

「違和感はそれか。私も一瞬、イノシシがやって来たと思ったんだ。」

「護衛をつけましょう。」久保田はどこかに電話した。

「今夜はもう帰れ。解散って言った筈だぞ。」「南原さんと愛宕さん、久保田刑事と合流しちゃったんですよ。」と依田が言った。

「今夜は帰宅。明日の朝集合だ。」「はい。」と口々に言った。

伝子はミネラルウォーターを買って、病室に戻った。

「遅かったね、伝子さん。」「なんだ、寂しかったのか?おっぱい欲しいのか?ここは病院だぞ。」「大文字さん。夫婦でいつもこんな冗談言っているんですか?」と笑いながら看護師は尋ねた。

「僕と伝子さんは大学のクラブの先輩後輩でね。再会して『焼けぼっくい』に火が点いて籍を入れ、結婚した。まだ新婚。」

「ごちそうさま。後はご夫婦でごゆっくり。でも、節度を心がけて下さいね。」と笑いながら看護師は出て行った。

「学。一つ確認だ。犯人が突進するのを見て私を庇ったんだよな。」「それって、犯人が伝子さん目がけてだったか?ってことですか?」「そうだ。」「いや・・・まっすぐ突進してきた。イノシシみたいに。」

「よし。」伝子は独り合点した。

午前0時。高遠の病室に誰かが入って来た。

「遅いぞ。寝ちまうじゃないか。」と言いながら伝子が布団を跳ね飛ばして起きた。

伝子は相手の鳩尾にパンチを入れ、後ろ手にした。「明かりを!」

予備のベッドに隠れていたみちるが明かりを点けた。同時になだれ込む刑事達。

久保田刑事が、みちるに促し、手錠をかけさせた。「殺人未遂、家宅侵入、公務執行妨害。後は署で。」

刑事達が引き上げると、みちるは「病院のスタッフに・・・。」と走って行った。

「大文字さんのカンが当たりましたね。」と久保田が言った。

「久保田さん。愛宕に連絡してください。マンションが気がかりです」「はい。」

久保田は愛宕に電話をかけ、確認をした。

電話を切らずに「侵入の形跡はあるものの、荒らされてはいない、ということですが。」と、久保田は伝子に言った。

「念のため、鑑識さんに徹底的に指紋等を調べて貰った方がいいですね。」と、いつの間にか中津刑事が言った。

「侵入者がいたとすれば、金品を持ち去ったのではなく、監視カメラか盗聴装置の回収をしたのでしょう。」「中津さん、何故?殺人未遂の可能性があるから?」

「あ、今度2課に転勤になりましてね。久保田さん、どうも半グレが絡んでいそうですよ。」「そうだ、久保田さん。隣の藤井さんに聞き込みとかいうのをして貰って頂けませんか。何か聞いてるかも知れない。藤井さんはあの犬嫌いのおばちゃんですよ。」「ああ。犬がダメだとか盛んに言っていた。」久保田は愛宕に電話で指示を出した。

そこへ、車椅子に乗せられ、点滴を繋いだ高遠が、看護師とみちるに付き添われて来た。「伝子さん、帰宅して下さい。」「いや、しかし、学。」

「僕はもう襲われませんよね、久保田さん。」「分かりました。念のため張り番を残します。行きましょう、大文字さん。行くぞ、白藤。」

1時間後。伝子はPCを調べていた。「ハッキングまではされていないが、コピーはされた形跡がある。」「そんなこと分かるんですか?」と久保田が言うと、「伯父が作ったプログラムで、起動履歴とコピー履歴は隠しコマンドでプログラムを起動させて確認出来るんんですよ。」

井関が近寄って来て言った。「流石の名探偵さんも、監視カメラには気づいていなかったんだね。」「監視カメラ?」「そうだよ、久保田。奴さんたちは『家探し』したんじゃなくて監視カメラを回収したんだよ。」

「犬はダメなのよう。あ、大文字さん、どうなっているの?」と、隣の藤井さんが入って来て言った。

「引っ越し業者らしき人達を見かけたそうです。」と愛宕が報告した。

「4人くらいかしら?引っ越し?って言ったら、『いや、ちょっと』って言って。何かおかしいと思って、大文字さんの番号知らないし、警察に電話しようかな?って思っている内に警察が来て。泥棒ですか?」「ええ、多分。」

「どんな格好だったか分かりますか?引っ越し屋さんの恰好って。」「よく判らないけど、紺色の服に何かのワッペン付けていたわ。」

「大文字さん、一応調べておきましょう。それで、何で高遠さんが襲われるような気がしたんですか?」「突進に迷いがなかったから。しかし、この手口は違う。PCのコピーは『何とかの駄賃』ってやつだ。私や高遠の書いたデータは常に他にバックアップして、あまりPCに残さない。」

そう言って、伝子はAVルームに久保田達を案内した。「愛宕。何が並んでいる?」

「VTRデッキに地デジチューナーとかHDD/DVDレコーダーとか、ですか。」

伝子は地デジチューナーの一つに繋がっているHDDドライブを地デジチューナーから外して説明した。「この外付けHDDドライブは、実は地デジチューナーの外付けHDDじゃない。さっきのPCの外付けHDDだ。勿論、テレビでPCのデータは確認出来る訳じゃない。フォーマットが違うから。」

「なるほど。『木を隠すには森に』という訳ですか。」と、久保田は言った。

「間違いなく、前の事件が関係している。敵はヤクザと半グレ両方か。」伝子はため息をついた。

鑑識や警察関係者が出ていった後、伝子は仮眠をとった。

午前9時。伝子の後輩達は集まった。「という訳だ。迂闊な行動は出来ないな。」

「先輩。俺たちに自粛しろ?と。」「そんなことは言わない。狙われている限り、じっとしていても同じことだ。迂闊な行動ではなく。計画的な行動が大事だ。」

「その計画、聞かせて貰えますよね。」いつの間にか、久保田と管理官が入って来ていた。「誰だ?鍵かけ忘れたのは?」と伝子が言うと、「まあまあ、大文字さん。あなた方の護衛の話をしに来たのですよ。一ノ瀬商事といちじく会から守る為のね。」と管理官が言った。「いいんですか、我々に機密事項漏らして。」と怪訝な顔で伝子が尋ねた。

「共同戦線を取らないとね、相手がヤクザと半グレ両方だから。ヤクザVS半グレVS中年探偵団。映画のタイトルだね。」「止めて下さいよ。」と伝子は抗議した。

「例の事件。やはり取引に奴らの全員が集まった訳じゃないんです。ヤクザはヤクザで、半グレは半グレでいざという時の遊軍や見張りを用意していたんですよ。詰まり、大文字さんのワンダーウーマンも着替える前から撮影されていた可能性がある。まずいことに、愛宕は制服だった。」

「詰まり、愛宕を尾行して、このマンションがばれた。」と、伝子は愛宕を見た。

「すみません、先輩。粗忽者で。」「説明しなくても知ってる。睨むなよ、みちる。取り敢えず、ヨーダはあの時はいなかったし、久しぶりにこのマンションに来た。間違いないな?」

「はい、先輩。」「じゃ、お前、司令塔。このマンションでみんなからの連絡を受け、他の者に伝える。」「はい。」

「愛宕は仕事の振りしてうろつく。」「警邏ですね。」「警邏だな。」

「みちるは、以前行ったスーパーに買い物に行く。」「おびき出す訳ですね。姉から店長に連絡して貰い、協力を仰ぎましょう。あ、言うのをすっかり忘れていましたが、先輩が投げ飛ばした時にいたレジ係は私の姉です。」

「愛宕はいい嫁さんを貰った。」と、伝子が言うと、「全く、同感です。」と久保田が続けた。

「南原は離れた所にいたから大丈夫だろうが、学校の行き帰りには気をうけろ。」「はい。」

「問題は、福本だな。」「無駄かも知れませんが、劇団の仲間に協力をして貰います。」「うん。家にいない方がかえっていい。私同様、『おとり』だ。」「目立たないよう、我々もバックアップします。あの空き家はまだ借りているそうですし。」

「いざとなればマッチーにも応援頼もう。」と管理官は言った。「マッチー?」と久保田が尋ねると、「サチコの後輩だよ。相棒組んでたこともあるんだ。」と管理官が説明した。

スーパーまんまる。伝子とみちるが店長室で店長と高峰くるみとに事情を説明していた。

「あの時以来、ウチも警備会社からの派遣で私服警備員を雇いましてね。あ、丁度来ました。彼らにも万引き同様、不審な人物をマークさせましょう。高峰君もレジ係を外して商品整理係をさせます。レジ係は既に他の者が入っています。婦警さんが、いや、女子警察官の方が高峰くんの妹さんとは知らなかったなあ。よろしくお願いします。」

「こちらこそ。よろしくお願いいたします。」とみちるが言った。伝子は、「私を観察しているようなら、万引きではないが、私を狙っている可能性があります。その時は合図をお願いします。」

「了解しました。」と私服警備員達は言った。伝子は「じゃ、みちる。夕飯の材料探しに行こう。」「はい、先輩。」と店長室を出て行った。

遅れて、高峰くるみが店長室から出て行った。

店内。伝子とみちるは「カレーがいいかハヤシがいいか?と談笑しながら、買い物に回っていた。1時間半。もう現れないかと思っていた矢先、みちるのスマホにくるみから電話が入った。「23番通路にいる男が、それとなくみちる達の後を追うような買い回りをしている。買い忘れがあったみたいな風に装って、引き返してみて。」

小声でみちあるは伝子に伝えた。「えー。お母さんたら、お寿司も買ってこいってえ?もう通り過ぎちゃったじゃない。あなた、取ってきてよ。」と、伝子が大きな声でみちるに言った。「分かったわ。ちょっとここで待ってて、おねえさん。」と言って、みちるはお寿司のコーナーまで早足で歩き出した。

23番通路にいた男性客が、みちるが離れたのを確認すると、懐に手を入れながら伝子にそっと近寄ってきた。

伝子が正面から向かい合い、「何か私に用?」男はぎくりとして立ち止まった。反転して立ち去ろうとした男に私服警備員たちが立ち塞がった。

男は違う通路にいたくるみの方に突進した。横から出てきたみちるが足を引っかけたので、男は持っていたナイフを落として、前につんのめった。

みちるはすかさず、愛宕が投げた手錠を男にかけた。「窃盗未遂及び殺人未遂及び公務執行妨害で逮捕する。」

近くにいた客達が拍手をした。みちると伝子と共に両側から挟まれ、男は店長室へ。入れ替わりに店長が出てきて、私服警備員たちに場内整備を指示した。「高峰君も手伝って。」と、くるみに店長は叫んだ。

店長室。愛宕を含む警察官達が到着した。警察官達が行くと、愛宕は「おけがは?先輩。」「んんもう。誰に向かって言っているの?ワンダーウーマンよ、先輩は。」

「ああ、そうだった。みちる、先輩と先に帰ってくれ。」「了解。買い物は後で姉に届けて貰うわ。」

その頃。福本家を出た福本夫妻は、『煽り運転』に悩まされていた。

「間違いないな。祥子。ヨーダに連絡だ。」「はい。もしもし、依田さん?」

「何かあったのか?」「煽り運転です。インターチェンジ出てからずっと尾けられています。」「了解。警察とチーム前方とチーム後方に連絡する。気をつけて。絶対逆らうな。」「了解しました。」

その時、最初の一撃があった。後続車が福本の車のバンパーに接触したのである。

福本はややスピードを上げた。後続車は更に距離を縮めて来た。「後方チームは間もなく追いつく。前方チームは一旦コーン出して路肩に駐車する。警察チームはサイレン消して反対車線に侵入した。」と依田から電話が入った。突然、後続車は福本の車体を擦りながら前方に急発進して、50メーター先に停車した。福本は急ブレーキをかけた。

「今、前に出て停車しました。」「了解。前方チームに知らせる。パトカーにも知らせる。」

後続車だった車から、ヤクザっぽい男が出てきた。いちゃもんつけに近づくかと思ったら、まずボンネットに乗り、屋根の上のドライブレコーダー用のカメラを、そして、リアウインドウ近くのドライブレコーダー用のカメラを壊して、福本の車から飛び降り、運転席の福本のドアの窓を叩いた。福本は怖がる演技をした。元々俳優だから、幾らでもアドリブで対応出来る自信はあった。

「出てこいやー。」と、有名な格闘技選手のような台詞を男は怒鳴った。後方から1台の車が抜き去り、男の車の向こう側から降りて男に近寄った。福本の車の後ろにタクシーが止まった。

男に向かって、並び立った男が尋ねた。「どうしました?」「この車に擦られてね。逃げようとするから止めたんですよ。」後から来た男は、福本のドアの窓を叩いた。「降りてきてください。逃げようとするのは良くないでしょ。」

その時、後から来た男の車の前方に、バックしてきた前方チームの車が止まった。

前方チームの車から福本の仲間の松下が降りて、出てこいやー男に尋ねた。

「どうしたんです?」「え?ああ。この車がね、私の車擦って逃げようとしたんですよ。」

続いて、タクシーから福本の仲間の本田が降りてきた。「どうしました?エンストですかあ?」

出てこいヤー男が困っていると、パトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。パトカーから降りた警察官の一人の女性警察官はコーンを出し、交通整理を始めた。

そして、後から降りた警察官二人が中央分離帯を跨いで近寄ってきた。内、一人がコーンを並べ、交通整理を始めた。

最後の一人が警察手帳片手に事情聴取を始めた。出てこいやー男の話を聞き終わると、警察官は福本に話を聞いた。福本は煽り運転され、車を傷つけられたと訴えた。

「話が大きく食い違いますねえ。何か物証があればなあ。」と警察官が言うと、福本日出夫は言った。「多分、ウチのドライブレコーダーに映ってますよ。」

「ウチのドライブレコーダーにも映っているかも。」と松下が言った。

もう1台のパトカーが到着した。「じゃあ、皆さん。ここでは交通の邪魔だから、署まで『移動』しましょうか?」と警察官は言った。パトカー2台に挟まれる形で5台の車は警察署に移動した。

会議室のスクリーンに映し出された映像には、福本の車に煽り運転する車が映し出され、福本の車のドライブレコーダーに連動したカメラから映像も映し出され、男達の蛮行が暴かれていった。実は、福本の車には隠しカメラもあったのだ。

男達二人はすぐに逮捕され、取り調べ室で警察官が「殺人未遂罪で起訴する」と言ったら、素直に背景を白状した。

いちじく会の下請けのチンピラだった。派遣の請負だった。

連絡を受けた依田は、伝子達に伝えた。「なるほどな。直接痛めずに間接的に痛める。ヤクザのやりそうなことだ。取りあえず、夕方集合だ。ヨーダ。ピザでもいいから出前取っておいてくれ。預けた金で足りないようなら、後で精算する。」

「了解しました。発注しておきます。」

その時、伝子のマンションの電話が鳴った。「もしもし。」と依田が出ると、男の声が「あ、その声は依田か?」「物部副部長。予想通りでしたか?」「ああ、高遠が誘拐された。4人組の男達だ。正面から搬入車横付けしてな。中津刑事が車体にカラーボールぶつけてくれたから目印になるかも。腹に『池上病院』って書いてあったけどな。ペイントで消す位なら乗り換えるだろうが。」

「分かりました。ちょっと待って。南原さん、今どこです?」「病院に向かう途中です。」「高遠が誘拐されました。追って連絡しますから、捜索に加わってください。」

依田は南原へのスマホを切ると、福本日出夫に電話した。「福本さん。今、高遠が誘拐されました。」「見ていたよ。管理官の久保田に合図を送って、サチコを同乗させた。」

「ありがとうございます。入り口近くに、私たちの先輩がいます。物部と言います。杖を突いています。合流してください。物部先輩、聞こえましたか?」

「聞こえた。」「福本さんは、僕らの同輩の福本の伯父さんです。車椅子に乗っています。」「了解した。依田、見直したぞ。」

依田は固定電話を切ると、伝子と福本に連絡をした。「すぐに病院に向かう。福本にも連絡を。」と伝子が言ってスマホの通話を切ると、依田は福本に連絡をした。

「取り調べは長引くらしいから、こちらも久保田刑事の車の誘導で病院に向かう。じゃ、後でな。」

依田は深呼吸をすると、コーヒーを入れた。玄関チャイムが鳴った。ピザ屋だ。しかし、念のため用意したスタンガンを携えて出た。幸い、ピザ屋だけだった。ピザ屋が不思議そうな顔をするので、「ああ、これ。今西部劇観てたから。」と言い訳した。

幸い持ち金で精算は足りた。隣のおばさんが顔を出した。犬嫌いのおばさんだ。ピザの一部をおばさんに分けて、依田はおばさんに尋ねた。「どうでした?」

実は、変な人物を見かけたら教えて欲しい、と頼んでおいたのだった。

「今のところ、大丈夫。ねえ。終わったら教えてね、何が起こっているのか。」「勿論ですよ。」と言い、依田は部屋に戻った。

「さて、と。」高遠のことは勿論心配だが、成り行きを見守るしかない。前回の事件に関与していないのだから、依田が一番安全だし、情報本部としてはうってつけだと伝子が言った通りだ。しかし、あの物部副部長まで巻き込んでしまうとは。予想外のことが多いな、と依田はコーヒーを飲みながら考えていた。

久保田管理官から電話が入った。「今、サチコを乗せて追跡している。予め仕込んだガラケーの信号が高遠君の体と、ストレッチャーからGPS発信している筈だ。PCのマップを起動してくれ。」

「ああ。点滅しています。それから、管理官。救急車のパトライト付近にオレンジが散乱している筈です。」「ん?分かった。いざという時に目印になるかも知れんな。」と久保田管理官は応えて通話を終了させた。

依田は、冷めたコーヒーを啜ってから、別のPCからLinenを起動させ、Linen事件のメンバーにメッセージを送った。

『突然で済まない。我々が巻き込まれている事件で君たちの協力が必要だ。協力というのは、簡単だ。白い大型のバンで側面には『池上病院』とかいてある車を見かけたら場所を教えて欲しい。車体のどこかにカラーボールぶつけた後の赤いペイントが着いている。事情は後から南原先生から話をして貰う。』

メンバーから次々に承諾のメッセージが入った。学校の他のlinenを利用しているグループにも声をかけた、というメッセージも返ってきた。

本庄病院。伝子たちが到着した。物部と福本日出夫が近寄ってきた。

「大文字君の読み通りだった訳だ。病院関係で内通者がいるから、高遠君の病室が特定され、襲われた。失敗しても簡単に諦める筈がない、と。」

「高遠を、学を囮にするのが一番だと思い、転院の話をわざと流した。やはり、私か学は何かの為に狙われている。」

「予想より早かったが。久保田の提案で発信用ガラケーを仕込んだが、いつ発見されるかは分からないが。」と福本日出夫が言うと、

「予め公安が特定したアジト候補のどこかに向かってくれればいいが。」

「今、依田からGPS発信していたガラケーの信号が途絶えた、と連絡が入りました。」と、伝子は言った。」

「じゃ、高遠はどうなるんだよ、大文字。」と物部は勢い込んで言った。

「最終的には、連中は人質の高遠を餌に私にコンタクトしてくるだろう。」

「そんな暢気な。」

伝子のマンション。依田が必死にlinenの情報の位置を入力していた。PCの一つには、専用のマップアプリが展開されており、依田が入力した地名付近がマーキングされていく。依田は共通点を見付けた。

「管理官。高遠のガラケーのGPS信号が途絶えた場所から、目撃情報を加えていったら、アジト候補Aの方向に向かっていることが分かりました。」

「了解した。警察各方面に伝える。君は大文字君達に伝えたまえ。」

「了解です。」依田は伝子のスマホを鳴らした。「先輩。第3浄水場近くの一軒家です。多分空き家です。今管理官が向かいました。」

「分かった。我々も向かうことにする。」

本庄病院。

「第3浄水場といえば、みなとも町付近だな。物部、どうする?いくか?」「ああ。付き合うよ。でも、車は?」伝子と物部はみちるのミニパトに同乗するのは難しいので、みちると中津の車に分乗した。

アジト付近。南原兄妹、久保田刑事と久保田管理官、福本姉妹、愛宕、サチコを含む犬たちが待機した。そこへ、伝子がやってきた。

「先輩。これを。」南原兄妹が防弾チョッキを伝子に着せた。続いて女性警察官の一人が隠しカメラや隠しマイクをセットした。

「あつこ。」とみちるが驚いて言った。愛宕が不思議そうに尋ねた。「知り合い?」「うん。警察学校の同期。今は警部殿だけど。」

「活躍は聞いているわよ。突入の時は組もうか。」「オッケー!!」

女性警察官が防弾チョッキを運び、敦子とみちるに着せ、ダミーの服を着せた。

管理官が言った。「公安からの情報によると、あの廃工場の南西側に明かり取りの窓があり、下に荷物が積まれていて、恐らくやつらがたむろしている場所より上方に降りられる。渡辺敦子警部は、その窓から侵入する。白藤巡査は正面から出前を装って入場。大文字君が正面から入場した5分後に決行だ。よろしく頼む。民間人を巻き込むのはどうか?という意見もあったが、ワンダーウーマンだから大丈夫と説得した。」

「ええ?」「半分冗談で半分本気だ。」

管理官の合図で伝子は廃工場に突入した。「私の夫はどこだ?」と伝子は言いながら見渡した。3方向に10数人ずつ集団がいた。中央のボス格らしき男が言った。

「流石、三節棍を使いこなせるだけあって、堂々としているな。そこにいるよ。」

集団とは離れた場所にストレッチャーに乗っている高遠が見えた。拘束具で固定されている。「三節棍を出して貰おう。」右側のグループの中国人らしき男が言った。

伝子は中国人に三節棍を投げた。中国人はすぐに調べていたが、「ない。」

先ほどの男が尋ねた。「中身はどこへやった?」

「中身が必要だったのか?警察にあるぞ。そもそも、お前らがここへ来いと取引の連絡をしてきた訳じゃない。中身が大切のものなら、中身を入れて、どこどこに持って来いと連絡するのが常識だ。三節棍を探している位は分かっていたから、ここを探り当てたついでに『お土産』で持って来ただけだ。取引の連絡を怠ったのが、どのグループか知らないが、その間抜けは後でしっかり絞ることだな。」

その時、正面入り口が開き、ピザの出前の格好をしたみちるが入場した。

「こんにちはー。ピザの宅配です・・・お取り込み中でしたか?」

「誰だ?こんな時に注文したのは?」ざわざわと各集団が騒いだ。

三番目のグループからボス格の男が言った。「お嬢ちゃん、場所間違えたみたいだぞ。上手そうなピザだから、頂こうか、ただで。ついでにお嬢ちゃんもな。」

ガラスの割れる音がした。すかさず、みちるはストレッチャーに移動し、荷物の陰にストレッチャーごと滑り込んだ。

天井からあつこが飛び降りてきた。各集団が敦子の方向に向かった。

正面入り口が開き、サチコを含めた犬が入って来た。男達に向かって行く。一方、集団の中から三節棍を持った中国人が伝子に向かって来た。声が聞こえたような気がして伝子が目を向けると何かが飛んできた。思わず出した左手にそれは収まった。ヌンチャクだった。伝子と中国人は三節棍とヌンチャクで決闘することになった。

数十分後。伝子が相手をしている男以外は全て取り押さえられていた。決闘は続いていたが、やがて伝子が一瞬で倒した。あつこが取り押さえた。愛宕刑事が手錠を渡した。

あつこが手錠をかけ、「確保!」と叫んだ。拍手がどこからか始まった。

1時間半後。伝子のマンション。すっかり冷めたピザを3台の電子レンジで忙しく祥子や蘭、みちる、敦子も加わって温めて配っている。3台目の電子レンジは、隣のおばさんの行為で借りたモノだ。依田が事件の当たり障りのない部分をおばさんに話し、ついでに借りたのだった。

「先輩。高遠はまだ退院できないんですか?」と、依田が伝子に尋ねると、来週末、通院に変わる。」と伝子は応えた。

「お前ら、いつもこんな危ないことやってんのか?警察公認か?」と今度は物部が伝子に尋ねた。

「成り行きでな。後輩の一人が警察官なのも原因かな。紹介しよう。中学の書道部後輩、愛宕寛治とその妻みちる。こっちは高校コーラス部の後輩の南原龍之介と妹の蘭だ。ヨーダと福本は説明不要だな。福本の隣にいるのが福本の妻の祥子だ。ああ、この人は後輩じゃない。」

最後に紹介されたあつこは、「渡辺あつこです。お見知りおきを。」と言った。みちるが「警察学校の同期なんです。」と説明を足した。

「ふうむ。大文字の世話好きは知っていたが、色んな人間の面倒見ているんだな。感心した。蘇我が生きていたら、この光景見てどう思うかな?」

「やっぱり部長を譲っとけば良かった、とか。」「いやあ、『としまの貫禄』とか・・・済まんすまん。禁句だったな。」「危うくセーフでしたね、副部長。もう少しでまた修羅場でした。」一同は笑った。

「相変わらず盛り上がってますなあ。」と言いながら、久保田が中津と入って来た。

「おや、警部殿もご一緒でしたか。前回の事件のヤクザいちょう会と半グレ株式会社アナグロと、もう一つ中国マフィアの小さな組織アネモネが三つ巴で複雑に絡んでいました。大文字さんの復讐を兼ねて、新しいコネクションを作る積もりだったようです。三節棍に入っていたのは『バイオテロ』の為の設計図だった。結果的に巻き込んでしまった、と筒井さんから、お詫びの伝言です。」

「やはり、あのヌンチャクは・・・。」と伝子が言うと、「おい、まさか筒井ってお前の元カレの?」と、物部が言った。

「知ってるんですか?副部長。」と依田が尋ねた。

「一度デートに出くわしてな。口外すると殺すって脅された。」「やりかねない。」と福本と依田が期せずして唱和した。

「お前らなあ。」みちるが伝子の口にピザを押し込んだ。「久保田先輩も中津刑事もどうですか?」と、みちるはピザを差し出した。

「中国マフィアってまた襲ってくるんじゃあ・・・。」と物部が言うと、「その筒井さんの情報によると、大きな組織じゃないらしい。『海賊』程度だとか。」「海賊。」

「そうそう。サチコに表彰状が出るそうですよ、福本さん。いずれ連絡がくるでしょう。」

「分かりました。」

本庄病院。スマホでマンションの様子を見ている高遠。「楽しそうですな、高遠さん。今回はご迷惑をおかけしました。情報を漏らしていたのはやはり清掃会社のアルバイトでした。池上病院のスタッフも怪我はさせられましたが、かすり傷だったようです。」と、本庄医師は説明した。

「いや、ご迷惑おかけしたのはこちらの方です。ところで物部さんの具合は?」

「ううむ。長いリハビリが必要でしょうね。当面は先輩後輩で通院仲間ですね。」と、本庄医師は言い、出て行った。高遠はスマホを切り、看護師が点滴の準備にかかった。

高遠は幸せを噛みしめていた。

―完―

 



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11.墓参り

伝子達は、翻訳部部長蘇我の墓参りをした。
伝子の母綾子が詐欺に遭っていることを知った伝子は解決に向かった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

中津刑事・・・警視庁捜査一課刑事。

藤井康子・・・伝子マンションの隣人。

筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。伝子と一時付き合っていた。警視庁副総監直属の警部。

本田幸之助・・・福本の演劇仲間。

松下宗一郎・・・福本の演劇仲間。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

大曲(大文字)綾子・・・伝子の母。

逢坂栞・・・伝子の大学時代の同級生。美作あゆみのペンネームで童話作家をしている。

利根川道明・・・元TV欲目コメンテーター。

==================================

 

ある日の昼下がり。伝子は物部と、蘇我の墓参りに来ていた。「お前ら、ホントに仲良かったなあ。ご先祖様とえらい違いだ。」と、伝子は呟いた。

「変な褒め方するなよ、大文字。俺と蘇我は幼稚園からずっと同じクラスなんだ。」「珍しいな。」「珍しいというより、因縁を感じるよ。」

簡単な掃除をし、花束を供え線香に火を点けたところで、逢坂栞がやって来た。

「あら。お花要らなかったみたいね。」

栞は、近場の墓で枯れ具合が激しい墓の花と自前の花と入れ替えて行った。伝子はその入れ替えた花に水を注いで行った。

「すまん。今度から打ち合わせしよう。」と、伝子が言った。「そうね。」と栞は微笑んだ。

「高遠君たちは?」「別の日に3人で来るってさ。」

「お揃いですな。」と、和尚さんがやってきた。「よろしければ、本堂へ。お茶でもどうぞ。」

本堂。3人が寛いでいると、和尚が一冊の書き物を持ってきた。「蘇我さんが書かれた写経です。その頃すでにその後のことを覚悟されていた。大したものです。」

「綺麗な字だ。」伝子が言うと、「迷いがない。これ、逢坂さんがお持ちになった方が。葬儀の時失念しまして、そのままになっておりました。。申し訳ありません。」と和尚は謝った。「いえ。頂きます。」

和尚が行った後、伝子は栞に尋ねた。「盗作騒動は?」「明日判決が出るわ。最高裁まで闘うわ。原案は実は蘇我なの。言うなれば、合作ね。」二人は感心した。栞は芯が強いのだ。

墓参りからの帰途。伝子の車。

「物部の家ってどっち?」「明日の仕込みがあるから、モールの近くでいいよ。」

伝子はマンションに帰宅した。「ただいまー。」

「伝子さん、お客さんです。」高遠の背後にいたのは伝子の母だった。

「取りあえず、お茶をいれましょう。」その時、チャイムが鳴った。愛宕だった。

高遠は愛宕と外に出た。「今、お取り込み中ですか?」「はい。伝子さんのご母堂様登場で、嵐到来です。で?」

「袴田淳子でした。利根川に先輩の情報を与えたのは。利根川を苦しめたかったからって。」「せっかく不起訴になったのに。」

中から罵声が聞こえてきた。「もういいわよ!親不孝者!」

伝子の母は出てきて、走り去った。

二人は中に戻って、食堂で泣いている伝子を見た。「先輩。」「伝子さん。」

「伯父の悪口を散々言ってから、猫なで声で借金を申し出てきた。情けない。」と、ため息をついた。「そうだ。愛宕、何か報告があったんじゃ?」「伝子さんのことを利根川に教えたのは袴田淳子だそうですよ。」と高遠が説明した。

「我々は余計なお節介をしたのか?」と伝子が呟くと、「そんなことはないでしょう。」と高遠が言った。

「しかし、先輩のお母さんって想像以上だな。」「何しろ、病気で退院した直後に『迷惑かけやがって』と罵ったらしいからな。がんになる前だが。本人は否定しているが、その場にいた叔母が証言している。叔母が言うには、コンプレックスが強くて素直にものが言えなくなったらしい。伯父が我慢すると、それも腹が立つのだとか。」

「救いようがない。」と高遠は言った。

「橋の下で鳴いていた子犬でも拾って育てている積もりか、とも言った。愛宕が外にいることを意識していなければ、我慢しきれなかったかも知れないな。」伝子は毒づいた。

「この場合、『ありがとうございます。』かな?」と愛宕は高遠に言った。

「僕に聞かないでよ。愛宕さん、コーヒー飲むくらい時間ありますよね?」

何かを悟った愛宕は「ブラックでいいですよ。」と応えた。

「墓参り、どうでした?」高遠は、それとなく尋ねた。

「偶然、栞に出くわして、ミニ同窓会。『盗作』裁判の一審判決が今日出るそうだ。」

「美作あゆみ(みまさかあゆみ)が逢坂さんのペンネームなんですね。」と、愛宕は言った。

「最後まで闘うそうだ。」

チャイムが鳴った。依田が、隣のおばさん、藤井康子と立っていた。「先輩、助けて。」

「どうした、ヨーダ。」と伝子が応じた。

「特殊詐欺です。還付金詐欺。」「まだそんなことする奴がいるのか。で?」

「ATMに行こうとして、完全にパニクっています。」「藤井さん、落ち着いて。何があった?」「今日が締め切りなんですって。お金返って来なくなるって。」

「誰が言ったの?」「区役所から頼まれた何とかセンターの人。」

藤井と伝子がやりとりしている間に愛宕みちる、福本夫妻がやって来た。

「丁度いいところに。高遠が事情を説明した。すぐに愛宕がどこかに連絡し、福本もどこかに連絡した。

「祥子。藤井さんの真似は出来るか?」と福本が言うと、「ん、んん。犬は?犬はあ。犬はダメなのよう。」と藤井の声に近い声を出してみせた。

「そっくりだわ。」とみちるが感心した。「藤井さん、スマホ貸して貰えますか?祥子、その声で時間稼ぎしろ。松下がウィッグを持って来てくれる。衣装だが・・・。」

伝子は悟って、「そか。じゃあ、祥子。私の喪服を着ろ。とにかく、みんな上がれ。」と言った。

5分後。祥子が伝子の喪服を着て出てきた。その時、藤井のスマホが鳴った。

福本が祥子にスマホを渡した。「はいはい。それがね。さっきのカードは違ったのよう。もう空っぽの預金のカードなのよう。これから着替えて行くわ。コンビニに行くのよね。買い物かごはどこに行ったかしら?」

祥子が時間稼ぎの電話をしている間に、松下が息せききってやって来た。みちるが祥子のウィッグを着けた。伝子が合図をして、一行は近くのコンビニに移動した。

コンビニ。

祥子は相手の電話に応対しながら、巧みに『失敗』してみせ、遂に相手に出向くように仕向けた。「ボタンが一杯あって分からないのよ。来て説明して下さるの?まあ、親切な方ね。お願いするわ。」

藤井に扮した祥子の近くに立っていた福本が外の愛宕達に合図した。

10分後。しびれを切らした犯人がバイクでやってきた。スーツを着た、犯人の一人がATMの祥子に近づいて来た。「おばあ・・・ちゃんじゃない。」

犯人を福本と松下と店員が取り囲んだ。スーツ男は外に飛び出し、仲間に「逃げろ!」と叫んだ。仲間はバイクに乗り込もうとしたが、待機していた警察官に取り押さえられた。

それを見たスーツ男は走って逃げようとした。そこへ伝子のラリアートが決まった。

コンビニから少し離れた所で、高遠が双眼鏡であたりを観察していた。側に依田と藤井がいて、顛末を見ていた。

間もなくパトカーが到着し、連中を連行した。久保田刑事がパトカーから降りて高遠に近づいて来た。

「高遠さん。白藤と交番の巡査で不審な車両を発見しました。恐らくは大きな組織ではないでしょう。芋づるで何十人も逮捕したいところですけどね。」

「良かった。久保田さん、藤井さんに特殊詐欺のことを説明したいんですが。」「資料を持参しましたよ。」

松下がウィッグを祥子から受け取りながら言った。「間に合って良かった。預かっているのと取りに行く余裕はないと判断したから、お袋のウィッグを借りてきた。流石祥子だな、よく演技した。しかし、お前ら、いつも事件に絡まれているな。事件がやってくるのかな?誰かの吸引力で。」

「吸引力は先輩だろうなあ。」と福本が言うと、伝子が近寄って来て「吸引力?」と福本に尋ねた。「あ、掃除機は年々吸引力が落ちるな、って話です。あ、改めて紹介します。元劇団仲間の松下です。」「ああ。『煽り運転の件の時は世話になったね。」

「いやあ、たいしたこと何もしていませんよ。じゃ、俺はバイトの途中なんで。」とバイクに乗って去って行った。

伝子のマンション。高遠と伝子、愛宕夫妻、福本夫妻、依田と藤井康子が帰って来ると、入り口で伝子の母が蹲っていた。

「愛宕さん、その資料下さい。俺から説明しますわ。」「ありがとうございます。」と愛宕は特殊詐欺の資料を依田に渡した。

「どうしたの、お母さん。」伝子の母綾子は、ただただ泣いていた。

「入りましょう、伝子さん。みんなも。」皆が入り終える前、高遠は直感が正しいことを確認した。監視されている。

祥子が着替えている間、伝子は母の綾子の話を聞いていた。「偽ブランド物?通販で買ったの?」「ううん。総化学会で知り合ったお友達の山本さん。」

総化学会とは、綾子が入っている新興宗教団体だ。「請求書見てびっくり。山本さんが言っていた値段の5倍もして。クーリングオフしようとしたら繋がらない。その内、督促が来て、ウチにまで押しかけて来て。」

愛宕があらましを久保田刑事に報告している間に、綾子のスマホが鳴った。伝子がすかさず、横からスピーカーをオンにした。「身内に相談するんじゃなかったんですか?」

「娘です。不幸なことに近所に葬式があったんでね。親族会議して、何とかかき集めました。準備しますから、もう少しお時間頂けますか?」「・・・1時間やる。準備出来たら近くの小さな公園に持って来い。お前のマンションの近くだ。」

愛宕が逐一久保田刑事に報告していた。「今日、制服でなくて良かったわ。」とみちるが言った。

1時間後。公園。伝子と高遠、綾子が到着すると、男達が数人、現れた。伝子が紙袋を渡した。中身を確認した男は仰天した。新聞紙だった。

「そこまでだ!」という中津刑事の声と共に、たちまち男達は逮捕された。

女性警察官が綾子に近寄って来た。「大曲綾子さん、1円も払う必要はありません。前から2課でマークしていた連中です。お陰で助かりました。」と渡辺あつこ警部は言った。

陰から出てきたみちるが、「あつこ、いつから2課に?」「今日よ。キャリアは転勤が多い。」

皆に挨拶していた中津刑事があつこに言った。「大曲綾子さんは大文字邸に宿泊されるそうです。『中年探偵団』も今夜は解散、ですよね。」と後半はみちるに言った。

「はい。我々も解散します。」と、みちるは敬礼した。

翌日。栞の判決が出る日。傍聴人席には、伝子と伝子に関係する人々が判決を待っていた。

「主文。被告人は無罪。原告が盗作だと主張する児童文学書は盗作ではなく、実は原告こそが盗作作者であることが証拠物件により判明しました。寄って、被告はいかなる罪にも問われません。私の感想ではありますが、美作あゆみさんの夫蘇我義経さんの直筆の写経を拝見し、がんにも関わらず覚悟して生きておられたことがよく分かりました。筆に『迷い』が無かったので。見習いたいものです。閉廷します。」

傍聴席は沸き立ち、原告は項垂れていた。

裁判所外。報道陣が栞を待ち構えていた。「逆に訴えるんですよね?」「いいえ。潔白は証明されました。この裁判の2審以降はないでしょうし。今言えるのはそれだけです。」

栞は弁護士が用意した車で去って行った。

高遠達は少し離れた公園の噴水前にいた。

「物部さん。どんな証拠物件で『どんでん返し』があったんですか?」と南原が尋ねた。「俺たちも知りたいです。」と青木やLinen事件の高校生が物部を見ている。

「何だ?今日は引率か?南原先生。」と物部が言った。

「私から言うよ。いいですよね、久保田さん。」と、伝子が割って入った。「被告の栞の作品の方は原告の白石の作品にはない特徴があった。かなり似た文章でも、栞の作品にはあるキーワードが埋め込まれていた。250文字目ずつに7カ所。『み、ま、さ、か、あ、ゆ、み』。詰まり栞のペンネームだ。区切って確認しないと分かりづらい。」

「先輩。白石が『後付けだ、偶然だ』と主張するのでは?」と、南原が尋ねた。

「確かにな。蘇我はがんが発見されてから写経をしていた。菩提寺の和尚から渡された写経には和紙に筆でメモした文字があった。」「まさか。」「そう。『みまさかあゆみ』だ。あの作品は原案が蘇我で、栞が蘇我の死後完成させた、言わば合作だ。他の作品ならともかく、あの作品で『盗作呼ばわり』されていた。写経とそのメモは、もう販売されていない墨が使われている。つまり、後付けは出来ない。」

「埋め込んだ上で、普通の文章に仕立てた、ということですね。」「コピペして手直ししたからこそ、偶然は考えにくい。色んな専門家の文書鑑定の結果、白石の方が怪しい、という結論が出た。以上だ。」

「進展があれば、南原さんにもお知らせしますよ。それから、今の話はあくまでも大文字さんの『推理』だからね、学生諸君。内緒にね。」と久保田刑事が言うと、皆笑った。

「そろそろ時間だな。傍聴人用のマイクロバスがあるらしいので、我々はそれで帰ります。」南原と学生達は揃って「ありがとうございました。」と礼を言い、去っていった。

「久保田刑事。母の件は?」「中津刑事によると、『飛んで火に入る』状態だったようだ。大文字さんのおかあさまを手玉に取った女は、ブランド品を買わせた後、宗教団体を脱会している。詰まり、騙す為に潜り込んでいた。おかあさま以外にも被害者は沢山いる。宗教団体は『辻褄合わせ』はしていない、と言っている。」と応えた。

高遠は、「これで終わりますか?後で難儀は?」と尋ねた。

「渡辺警部が『脅し』をかけたそうですよ。もし連中との繋がりが見つかれば全力で潰す、と。だから、繋がりがあったら切るでしょう。」

「流石、未来の奥さんですね。」「はい。」と久保田は深く頷いた。

「ああ。藤井さんですが。先輩のお隣さんの。依田さんが丁寧に説明した後、お孫さんに連絡して蕩々と説教したそうですよ。依田さんらしいなあ。」と愛宕が報告した。

「じゃ、我々はこれで。愛宕、乗せてってくれ。」「はい。」と久保田刑事と愛宕夫妻は去った。

「俺たちも帰ります。サチコの予防注射あるし。」と福本夫妻も帰ろうとした。

「お前ら、明日の逢坂の復帰会来るよな?」と物部が言うと、「決まってるじゃないですか。」と福本が応えた。

「じゃあ、我々も帰ろう。大文字、すまんが乗せてくれ。」「モールの所な。そうだ、祝いの品どうしよう?」「俺に任せてくれ。モールで買っておく。後で割り勘な。」

翌日。物部の店には伝子、高遠、福本、依田、そして、逢坂栞が集まっていた。初めてのクラブ同窓会だった。栞は蘇我の遺影を空いている席に置いた。

ー完―

 

 

 

 

 

 

 

 



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12.ボランティア

伝子達はボランティア活動として、「交通安全教室」と「特殊詐欺対策教室」を警察署の依頼で引き受けた。特殊詐欺対策教室を開こうとした矢先、詐欺犯人が逃亡、追いかけたが・・・。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田嘉三・・・久保田刑事の叔父。管理官。

藤井康子・・・伝子マンションの隣人。

本田幸之助・・・福本の演劇仲間。

松下宗一郎・・・福本の演劇仲間。

渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

大曲(大文字)綾子・・・伝子の母。

 

==================================

 

「危ない!」運動場の朝礼台からの依田の声が響いた。祥子の演技力が認められ、警察から福本の劇団の民間協力が依頼された。

それを聞いた伝子は、「ヨーダ。MCやってやれよ。」「ええ?普通劇団のリーダーがやるでしょ。」と依田が固持したが、伝子は一蹴した。

「MCと言えばヨーダでしょう。」高遠も続けた。「MCと言えばヨーダでしょう。」

「夫婦揃って言っている。」と依田が言うと。「お前も聞いているだろ?彼らは役者だけやる訳じゃない。裏方も兼ねているんだ。福本の負担を減らしてやれよ。」「減らしてやれよ。」

「分かりました。喜んでー。」依田は後で深く後悔することになった。

午前中は小学校で交通安全教室、午後は老人会で特殊詐欺対策教室。毎日ではないが、毎回2ステージだ。謝礼は出るが、ギャラは出ない。

テントの中。高遠は管理官と話していた。「やはり、依頼して良かったよ。大文字君は?」「白河夜船です。昨夜は翻訳原稿の締め切りだったので、徹夜でしたから。」

「なるほど。」「南原さん、このイチゴは実家から?」と高遠は盛られたイチゴを指して言った。「いやいや。校長先生が・・・。」「ご近所の農家から寄贈して貰ったんですよ。」と校長が言った。「母校の校長先生にお願いして良かった。」と南原が言った。

「恐れ入ります。何しろ自転車の左側通行さえ長年徹底出来ないのが実情ですから。交通安全教室もたまにしか出来ないのも事実ですし。父兄が勘違いして覚えて、悪習が踏襲されてしまっていますし。あ、午後の老人会も校長先生がご尽力頂いたとか。」と久保田刑事が横から言った。

「同級生がリーダーやっているんですけどね。コロニーで長い間中止になっていたんで、あまり集まらない予定です。」「実績が出来れば、また開催出来るでしょう。」と管理官は言った。

「では、質問コーナーに移ります。お巡りさんに交代します。愛宕さん、お願いします。」イチゴを頬張っていた愛宕は慌てて朝礼台に向かった。

代わりに、依田がテントに戻ってきた。「ヨーダ。イチゴで喉を潤せよ。」「生徒の分は?」と依田が言うと、校長先生が「教室で食べさせますから、給食と一緒に。」と応えた。

質問コーナーが終わり、劇団員がおのおの片付けるのに合わせて、南原と高遠と愛宕は小学校先生達を手伝った。高遠は楽屋に向かう祥子に声をかけた。

「祥子ちゃん。これ、持って行って。」「凄い。ありがとうございます。」と誰にともなく言って楽屋に向かった。

こうして、依田の不満以外は何事もなく、午前の公演は終了した。

午後。なごやか町老人会。公民館に集まったのは僅か5人だった。「元々は10数名いたんですけどねえ。あまり出なくなりました。もうカラオケ出来るんだよ、大きな声出していいんだよ、って言ってもねえ。誘ってもなかなか出て来なくなっちゃって。」と老人会会長は嘆いて言った。「コロニーもとっくに収束傾向に入っているのに、ワクチンやオバキュー(OBQ)検査で業者を儲けさせ続ける為にゴーサインを出さないんだから、政府は。志田政権は酷かった。」と高遠は言った。

老人会会長は「まあ、第1回目ですから。徐々に行きましょう。」と高遠を慰めた。舞台前では、早速依田がMCらしく振る舞っている。

伝子がやって来た。「伝子さん、もういいの?」「ああ。よく寝た。また藤井さんにおにぎり貰っちゃった。いつ食べても旨いな、やっぱり元料理教室やってただけある。」

「そう言えば、あの夜もね。片付け終わったら、へとへとだった。依田の分もおにぎり渡してくれて。」「基本的にいい人なんだよ。」「この前のこともかなり感謝してくれて。」「あれはヨーダの功績だよ、学。」「そうだね。」

管理官、みちる、あつこが入って来た。久保田刑事と愛宕が近づいた。

「どうかね?反応は。」「みんな真剣に聞いてくれています。今回は、オレオレ詐欺で、家に取りに来た場合の対処についてです。」と、愛宕が説明した。

「取りに来られた時点で終わりかも知れないが。」と管理官が言った時、舞台前の依田が大きい声を出した。「ストーップ!はい。これで大金は持ち逃げされてしまいますね。では、巻き戻してみましょう、最初の電話がかかってきた時に。」

役者たちはフィルムを逆再生するように動き出した。祥子が演じるおばあちゃんが電話に出る。「はい。中西です。」

「ストップ。まず、ここで相手にスキを見せてしまいました。どなたか分かる人。手を挙げて応えて下さい。」

「はい。」「はい、そちらの『男性』の方。」「声が小さかった。」「んー。残念です。他の方はどうですか?」

「はい。」「そちらの『女性』の方。」「苗字を名乗った。」「はい。正解です。苗字というか名前ですね、自分の。何故まずかったのでしょう?昔は『相手が間違ったと悟った時』に分かりやすいように名乗っていたんですね。お店だったら宣伝にもなりますし。でも、今は家に電話があった時は、こういう詐欺師にわざわざ教えることにもなります。」

「はい。」「はい。そちらの『男性』の方。」「なぜ、教えるとまずいんでしょう?」

「はい。とても『いい質問ですね』。名前を名乗ることで、相手のペースに嵌ってしまうからです。さっき、相手は『中西さん』を何度も使っていましたね。実は、中西さんは見ず知らずの人に『知っている人』と勘違いして話を続けることになります。相手の名前もまだ知らないのに。」

「じゃ、どうすればいいの?」「はい。そちらの『女性の方』のおっしゃる通り、困ったことです。答えは簡単です。『もしもし』と言えばいいのです。用事のある人が電話してきたのなら、ここで相手が〇〇です、と名乗ります。そうでない場合は、その後尋ねてください。『どなたですか?』と。」

さて、最初の心構えが出来たところで、相手が『借金が必要な事件』を話しだします。スタート!」

役者たちは芝居を始める。「もしもし。どなたですか?」「実は、あなたの息子さんが会社のお金を紛失されましてね。」「はい、ストップ。」

「皆さん、お気づきのことがあれば、どうぞ仰ってください。」「はい。先ほどの『男性の方』。」「名前を知らない筈なのに、あなたの息子さんが、と言った。中西さんですか?中西です、の応答なしに決めつけて話をしている。」

「息子が電話番号を教えたのでは?」「間違い電話の可能性は?」

「では、続きを見てみましょう。」と依田がまとめた。

「彼に変わりましょう。」と犯人役が言った。「ごめん。僕が、僕が、迂闊だった・・・会社の金を、金を・・・。」と息子役が泣き出した。

「ストップ。名演技ですね。実際の犯人はもっと名演技かも知れませんが。」と依田が言うと、場内から笑いが起こった。

「この時、もうお母さんがこの人のことを息子だと信じ切っています。これは、人情につけこんでいる訳ですね。息子は、息子役は自分の名前を名乗っていません。この時にお母さんが『太郎かい?』と言えば『太郎だよ』と返すでしょう。息子への愛情から、犯人にお金を渡す用意をしてしまいます。ここからは、ドラマを止めて、警察の方のお話に移りましょう。愛宕さん、お願いします。」

役者達は袖に引っ込んで、愛宕が依田からマイクを受け取った。

「生活安全課の愛宕と申します。皆様にお願いすることは、たった一つ。どうかお時間を割いて、ご家族・親族の方と一緒に、詐欺にかからないように常日頃から話し合い、決めておいて欲しいのです。今の例だと犯人に手渡す前にお金を用意する時間があります。最悪の場合でも、回避出来る可能性があります。だが、一番重要なのは、大金を引き出す際に、ご家族・ご親族に相談すれば簡単に泥棒に渡すことはありません。目的がはっきりしていても、ご自分の判断だけで決めない約束事があれば、いざというときに、ご家族・ご親族が助けてくれます。資料をお渡しますので、ご家族・ご親族とお話してください。」

愛宕が合図をすると、みちるとあつこが出席者に渡した。

管理官が「残った資料は会長さんにお任せするか。」と言った時、公民館の放送が流れた。

「空き巣事件が発生しました。3名が逃走中です。外出中の高齢者の方は警察官や町会議員の指示に従って、自宅にお戻りください。」

久保田管理官はすぐに指示を出した。「久保田、愛宕、白藤、それと渡辺くんは出席者の皆さんを送り届けて町会議員の方に引き継ぎしてくれ。応援依頼を警邏と隣町の署にしておこう。」

高遠が資料を広げた。「愛宕、町の出入り口になる道路は?」

「7カ所あります。こことここと・・・」とマーキングしていった。

「手分けして、逃走方向を探ろう。私たちはここだな。」と、伝子が言うと、

「じゃ、俺はここだ。」と依田が名前を書く。南原も続いた。「ここは僕が行くよ。よく知っている道だ。」「ここは私が。」と南原も続いた。

「じゃ、僕らはこことこことここだ。」と福本が言った。

「よし、私も1カ所担当する。老人会長さん、連絡係を頼みます。」

「分かりました。」各自、公民館と老人会長の電話番号を聞いて、外に飛び出した。

伝子が行く方向に「工事中に迂回をお願いします。」の立て看板があり、警備員が交通整理している。高遠は思いついて尋ねた。「迂回を嫌がっていた人はいませんか?」

「いたなあ。今朝来た時は工事中じゃなかったって。看板出しているのにねえ。」

「どんな車でしたか?泥棒を追いかけているんですけど。3人組の。」「ああ。青いバンだったよ。横浜ナンバーだった。」「ありがとうございます。」「学。みんなに知らせろ。」

伝子はスピードを上げながら、迂回路を進んでいく。「伝子さん、揺れると入力し辛いです。」「Linenの電話機能の方を使え!グループLinenで発信し、応答のあったものから伝えればいい。」

「こちら、依田。なんだ、高遠。」「犯人は北西方向に向かった。横浜ナンバーの青いバンだ。」「了解。」「こちら南原。今の会話は聞きました。私もそちらに向かいます。」「こちら福本。同じくだ。我々もそちらに向かう。松下たちには僕から伝える。」

「こちら愛宕。参加者の避難は済みました。我々もそちらに向かいます。」高遠は、老人会会長と、管理官にも連絡を怠らなかった。

隣町に入って1.2キロ位走った所のコンビニに該当車が止まっていた。福本達がコンビニに入って行き、それを近くで見ていた『3人目』が逃げ出した。「学。連絡を!」と言うが早いか猛然と伝子は走って追いかけた。途中、河原に出る小道があり、何を思ったか、犯人は河原に入って走った。

伝子は100メートル先の橋を見付け、そちらに向かって走った。橋の中央まで行った時、眼下の犯人が橋の下をくぐり抜けるのを見てとった伝子は橋の上からダイブした。伝子は少し放物線を描いて、見事犯人の背中に着地した。犯人の背中から降りて、伝子は所謂『かつ』を入れた。依田や愛宕、久保田が追いつき、最後に高遠が到着した。

「大文字さん、やっちゃった?」と久保田刑事が涙目で言った。「急所は外した積もりだが・・・まあ、肩甲骨にヒビ入ったかな?」

警察官達が追いついた。愛宕が犯人を引き渡した。「それより、久保田さん、あれを見てください。」

伝子が指をさした先の藪から、白骨死体が見えていた。「今日は仕事が多いな。」と久保田は呟き、署に連絡した。

河原からひきあげようと一行が移動し始めた時、河原で遊んでいた、子供の一人が「仮面ライダーだ!おんな仮面ライダーだ!」と言いだし、他の子供達が追随した。

「足を滑らしたことにしてはどうですか?久保田刑事。」「適切なアドバイス、痛み入ります。」と、久保田は大きなため息をついた。

当の伝子は平然と、白骨死体を眺めていた。「行きますよー。」と高遠が大きな声で呼んだ。

コンビニに止めた車に戻ると、管理官が苦虫を潰したような顔をしていた。

「ライダーキックだと思ったから仮面ライダーだ!って叫んだけど、あれはフライングニープレスだ!って得意げに話していたわ、子供達の一人が。」と、組んでいた腕を解いて、渡辺あつこが言った。

すかさず、久保田刑事が「威嚇しようと橋の上から叫ぼうとしたら、誤って転落したそうです。『運良く』犯人の上に。」と言った。

「妥当な線ね。高遠さんの知恵?」「はい。」「おじさま。それで行きましょう。」

「はいはい。あ、フライングニープレスってプロレスの技?」「いえ、フライングニーキックなら聞いたことありますけど。大文字キックの方がかっこいいかな?」「あつこくんはプロレス好きなの?」「ええ。現場でも実践したりしますけど。」

「誠は『いい嫁』選んだな。」と管理官は言い、「はあ。」と久保田刑事は肩を落とした。

伝子のマンション。「フライングニープレスって?先輩、飛びながら、よくそんなこと出来ましたね。」「浅瀬だと勘違いしていた。飛んでからどうにか体勢を修正した。」

「ワンダーウーマンは武器無くても平気よね。」と蘭が言うと、「本家超えているわよ。大文字先輩は。」とみちるが興奮して言った。

「んん。それで盗品は?愛宕。」「全て所有者に返しました。これからリスト作るの大変です。」と愛宕が言った。それを聞いた伝子は「ここで作って行けよ。手間が少しは省ける。」と伝子が言った。

「皆さん、出来ましたよ。」と藤井康子が言った。祥子たちが出来上がったカレーライスを隣家から運んだ。

「いつも済みません、藤井さん。」と伝子が言った。「ところで、何で『犬がダメなんですか?噛まれたことがあるとか?』と、みちるが尋ねた。

「大文字さんが引っ越して来る前、一家心中があったのよ、この部屋で。かなり腐乱していて、一時期野良犬が迷いこんで、住んじゃったのよ。保健所に連絡して処理して貰ったわ。それで、当時の入居者全員でペット禁止にしたの。」

「先輩、『訳あり物件』だから買ったんですか?」「当然だ。20分の1の値段でな。幽霊出てきたら説教すればいいし。」

皆、何となく食欲が減退したが、美味しそうに平らげた。

「若いって、いいわねえ。」と藤井康子は言った。

―完―

 

 



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13.狙われた『サチコ』

福本が飼ってっている元警察犬サチコが狙われた。そして、次に狙われたのは副総監だった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本が「かつていた」劇団の仲間。

福本明子・・・福本の母。

福本日出夫・・・福本の叔父。久保田管理官の友人。タクシードライバー。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田嘉三・・・久保田刑事の叔父。管理官。

本田幸之助・・・福本の演劇仲間。

松下宗一郎・・・福本の演劇仲間。

渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

渡辺副総監・・・あつこの叔父。双子の兄弟がいたが、暗殺された。

 

==================================

 

何だか騒がしい。祥子は早朝からサチコの鳴く声に目が覚めた。祥子は縁側の雨戸を開け、外の様子を伺った。どうやらサチコが吠えているようだ。夜が白み始めている。もうすぐ夜明けだ。福本が起きてきて、「どうした?」と尋ねた。「何だか様子がおかしいわ。あなた、外のライトを点けて。」

防犯センサーライトは点いているが、全体は見通し難い。それで、庭には補完する明かりが2カ所ある。

「英二、どうしたの?」と、福本の母明子も起きてきた。祥子が犬小屋の外の繋いでいた棒からサチコを外し、サチコを抱くと、サチコは低く唸っていた。

何やら白い包みが犬小屋の向こう側にあるようだ。福本は包みに近づいた。近くから音が聞こえた。「聞こえる。時計の音だ。」

一緒に覗き込もうとした明子に福本は指示した。「母さん、叔父さんに電話して。」

「祥子。サチコを中へ。」祥子がサチコを抱いて中に入ると同時に、明子がスマホを持って来て、福本に渡した。「英二。爆弾かも知れない。久保田に電話してみる。」

福本の伯父日出夫は、実は元刑事で、久保田管理官は親友だ。福本は縁側の雨戸を閉め、中に入った。

スマホが鳴った。「英二。爆発物処理班が行く。家の中のなるべく奥にいろ。そっちに到着したら、事情を話すんだ。」

福本は、念のため、Linenで伝子たちに知らせておいた。10分後。爆発物処理班と鑑識が到着した。管理官も。福本はかいつまんで話をした。聞き終わった管理官は爆発物処理班班長の永井に尋ねた。「どうかね。」「あと30分で爆発するところでした。」

「ううむ。わざと爆発させたら、もう来ないだろうしなあ。」「俺なら、装置を外した後、張り込むな。」と後方からあつこに車椅子を押して貰い、福本日出夫が『入場』した。

「決まりだな。爆発物処理班は家の中へ。鑑識も作業が終わり次第、福本邸内で待機。他の者は散開して、付近で待機。犯人がまた来るのを待つ。1時間でいい。ああ、福本君。もし大文字くんが来るのなら、公安で借りている家で待機させてくれ。」

福本が指示通りにしているのを見て管理官は「やっぱり、な。」横であつこが笑っている。

公安が借りている2階家の2階。公安の刑事、久保田刑事。愛宕夫妻、伝子と高遠がいる。

「ちょっと、見せて貰っていいですか?」と返事も聞かず伝子が望遠鏡を覗く。

「福本の家がよく見えるなあ。」と伝子が言うと、公安の刑事が「犯人見付けても、ここから飛び出さないで下さいね。」と言った。

「そんなことは・・・。」と言いかけた伝子に他の者が声を揃えて「やりかねない。」と言った。公安の刑事が声を殺して笑った。

1時間後。犬小屋近くにそっと近づく男がいた。たちまち逮捕された。それほど遠くない所に不審車発見、と連絡が入った。

「行こう。後はお願いします。」と久保田刑事がいい、皆福本の家に向かった。

家から福本がサチコを連れて出てきた。サチコが盛んに吠えた。

「よし、『面通し』は終わりだ。不審車の男共々署に連行だ。爆発物処理班も鑑識もご苦労様。解散だ。悪いね、福本君。折角ボランティアで手伝って貰っているのに、オジャンにして。」

「あ、こちらこそ。室内ゲージ貰っちゃって。それに、監視カメラも。」

「サチコは色んな賞を貰っている。それだけ恨んでいる犯人も少なくないということさ。」と日出夫は言った。

「また狙われる可能性もあるからね、当然の処置だ。そうだね、渡辺君。」と後の台詞はあつこに言った。

「では、『おじさま』。私たちの班も引き上げます。」と、あつこは管理官に敬礼した。

「公務だよ、渡辺君。」あつこは舌を出した。

「私たちの班?」と久保田刑事が尋ねた。「緊急特別班だ。警察犬チームとも連携する。今度出来たんだけど、ネーミングはダサいかな?」誰も反応しなかった。

「あ、午後の老人会の特殊詐欺講習は警察官だけで行う。依田君も都合悪いらしいし。愛宕、白藤は頑張りなさい。それで、申し訳ないが大文字君、高遠君。ついて来て貰えるかな?」「じゃ、ジブンの車にどうぞ。」

福本邸を後にして、向かったのは、警察庁だった。久保田刑事が受付で『来客者バッジ』を貰い、高遠と伝子に手渡した。

『副総監室』に入ると、副総監がにこにこして出迎えた。

「いやあ、どうもどうも。わざわざご足労頂いて申し訳ない。お茶でもどうぞ、と言いたいところだが、時間がない。単刀直入に言おう。大文字伝子君。特命警察職員として、私のSPをお願いしたい。」

「嫌です。」「特命警察職員ってダサいかな?」「いや、そういうことではなくて、警察の仕事なら、私の後輩の愛宕を推薦します。私は翻訳家でして、今までの事件は後輩が巻き込まれたりして、行きがかり上で関わっただけですので。それと、SPなら本職がおられるのでは?」

「後輩が巻き込まれて関わった?今、そう聞こえたけど、間違いない?」と、副総監は管理官に言った。「間違いありません。」と、管理官は言った。

「ジブンにもそう聞こえました。」と、久保田刑事が言った。

そこへ、引き上げた筈のあつこが入って来た。「柔道初段、合気道2段、と久保田刑事からお聞きしていますが、間違いないですか?高遠さん。」

「ええ。本人の前で返事するのも変ですが、間違いありません。」と高遠は応えた。

「私は、合気道初段です、大文字伝子先輩。後輩の為に人肌脱ぐ気質だとお伺いいておりますが。」「誰がそんなことを・・・。」「依田俊介氏から。」「あいつ・・・。」

「お願いします、おねえさま。」いきなりあつこが土下座した。

「へ?」伝子と高遠が顔を見合わせていると、久保田管理官が種明かしをした。

「渡辺あつこ刑事は、副総監の姪なんだ。大文字君。引き受けてくれるなら詳細を話そう。ダメなら回れ右してくれていい。それと、前の事件で大文字君が見付けた白骨死体は副総監の双子の弟さんで、副総監の替え玉だった。」

「・・・おねえさまは止めて欲しい。」「宝塚みたいだからね。ホームズは引き受ける、と言っております。」と高遠がおどけて言った。伝子は苦虫を潰した顔をしている。

「では、高遠君。わたくし副総監の移送護衛作戦の司令塔をやって貰おう。」と副総監が言った。続けて、管理官が「依田君は明日も都合がつかないらしい。急に辞めた人員がいるそうだ。実は、高遠君を追跡した事件の時に使った、大文字君の叔父さんのガラケー追跡システムが必要なんだ。依田君の代わりに君がナビゲーションして欲しい。」

「他の選択肢はなさそうですね。」と、高遠はため息をついた。

「先日、病気で入院中の警視総監の代わりに記者会見されていましたよね。あのこととも関連が?」と伝子が言った。

「その通りだ。替え玉を殺して、副総監は死んだと思っていた奴らに副総監健在がばれてしまったんだ。」

「私はSPの経験も資格もありませんが。」「大丈夫、とは言えないな。だが、男性SPのチームはいる。女性SPに欠員が出来てね、君に白羽の矢を・・・古いな。まあ、渡辺警部の推薦だ。勿論、責任上、渡辺警部もSPとして参加して、君をサポートする。」

夕方5時。警察庁から国賓館までの副総監護衛作戦は決行された。

距離にして約2.5km。1時間もかからない。護送車団は速やかに入館し、夕食会は6時半から盛大に行われた。今回は、ヨコカラナ共和国の外務大臣の接待だ。日本からも外務大臣と、警視総監の代わりの副総監が出席する。向こうの外務大臣の希望で、料理は日本料理、パーティーは芸者や舞妓の踊りが披露される。

正式な外交は明日、今日は前夜祭みたいなものだ。副総監が出席するのは今夜のみだ。

伝子達はSPチームとの打ち合わせ後、各持ち場に散った。副総監の側に張付くのは2人だけだ。伝子は、副総監室から出た直後、あつこからのLinenのメッセージが気になっていた。グループLinenだから、高遠は勿論、愛宕、みちる、福本、祥子、南原、蘭、依田にも伝わっている。8時半。そろそろ、パーティーがお開きになる20分前。

伝子は自らの判断で、副総監用の宿泊部屋に移動した。SPの一人が副総監の部屋に入っていった。すぐに出てきた。数分様子を伺った後、伝子は行動に出た。副総監の部屋に入ると、窓に縄梯子がかかっているのを発見した伝子は、ある仕掛けをした。

9時。素早く出てきた伝子は、続き部屋になっている、隣の部屋に身を隠した。5分後、SPに送られて来た副総監は上機嫌で部屋に入っていった。SPたちは廊下の角に立ち番した。

「わ、何をする!」副総監は窓から放り投げられた。その時、高遠がイヤホンから「あ、信号が消えた!!」という声が聞こえた。

侵入した女が縄梯子に移った瞬間、伝子は絡ませていた自転車ロープを思い切り引いた。女はすぐに落ちた。そして、伝子は窓から飛び降りた。下には避難救助マットがあった。伝子は女と折り重なってマットに落ちたが、すぐに地面に降り立った。女は気絶していた。

下で待っていた、仲間らしき男が逃げ去るのを見て、追いかけた。Linenを通じて聞いた、あつこが駆けつけた。男は行き止まりの壁に鉄線が敷かれているのを見て、警棒を持って、伝子に襲いかかってきた。

あつこは、近くの建物の壁に何故か立てかけてあった棒きれを見付けると、「おねえさま、これを!!」と伝子の後方に投げた。伝子はすかさず、回転レシーブのような前転で棒きれを受け取ると、相手に向き直った。通路はあまり広くない。あつこは救援の機会を伺っていた。10数分後、伝子は『巴上げ』で男を投げた。

あつこは、すぐに取り押さえ、「確保!」と叫んだ。他のSP達がやってきた。副総監は、避難救助マットの側で寝かされていた。気絶していただけだった。

伝子が、男の覆面を取ると、SPのサブリーダーだった。「そっちは?」と伝子が叫ぶと、SPの一人が気絶していた女の覆面を取った。「こいつは・・・。」と、彼は絶句した。

その時、外を警備していた警察官から、通信が入った。「副総監の車が盗まれて、館外に出た模様。各部署に緊急配備指令。」

伝子のイヤホンに高遠の声が入った。「副総監の車の信号が移動しています。今から追います。副総監のガラケーと靴の信号は復活しました。」

「了解。あつこ。後は頼む。」「おねえ・・先輩。これを。正面玄関の黒いバイクです。」と、あつこは伝子にバイクのキーを投げた。

「すまん。」伝子は猛然とバイクの方に走った。

「こちら、渡辺。今から追っ手のバイクが出ます。通してください。」とあつこは警察無線で通信した。

伝子はすぐに正面玄関のバイクに辿り着いた。黒いバイクは大型バイクで通称ナナハン。伝子は免許を持っているので、躊躇無く跨がって、入り出した。門番の警察官が敬礼し、通す。伝子は夜空の下を疾駆した。「伝子さん、Bポイントに向かってください。CからFポイントには、既にパトカーと依田達の車が向かいました。」と、高遠からイヤホンで支持が来た。国賓館からの逃走経路は予め調べて、いざという時の為の封鎖ポイントが決められていた。

そして、副総監の車が向かったのは、Bポイント方向だった。

逃走車の男は途中、追っ手があることを知り、Dポイントに方向転換して逃走した。

「Dポイントには、南原さんと警察の車でバリケードを作りました。」とイヤホンから高遠の声が伝子に聞こえたその時、後方から白バイが2台、サイレンを鳴らして近づいて来た。伝子は路肩に停車した。

「大文字探偵ですね。渡辺隊長の指示で応援に来ました。我々が先導しますので、ついてきてください。」と、白バイの女性警察官が言った。伝子が頷くと、すぐにサイレンを鳴らして、前方の逃走車を追いかけた。伝子は白バイに続けてスピードを上げて走った。

逃走車はDポイントからCポイントの方向に転換した。2台の白バイの内、1台が横道に分かれた。150M走った所で、逃走車の前方から白バイが走ってきた。男はすぐ車を止め、路地に入った。先ほどの白バイ隊の女性警察官が走る。男は、塀に立てかけていた自転車に跨がり、走り去ろうとしていた。

伝子は腰に携えていた、先ほどの棒きれをスポーク目がけて投げた。男は自転車から転倒した。「確保!」と叫んで女性警察官は手錠をかけた。

「逃走犯人を確保しました。」と、女性警察官は警察無線で報告した。伝子のイヤホンには、「信号が止まっています。」と聞こえてきた。伝子はスマホを取り出し、Linenの画面に向かって言った。「みんな、終わったぞ。ご苦労様。学。集合場所を決めて連絡しろ。腹減った。」

白バイ隊の女性警察官たちは笑っている。「逃走車両と犯人の回収は依頼しました。どうぞ、安全運転で『集合場所』に向かってください。」先導してくれた女性警察官が敬礼し、もう一人も習った。

国道沿いのサービスエリア。伝子、依田、福本、福本の劇団仲間松下、南原、愛宕、祥子、蘭、久保田刑事、久保田管理官、それに渡辺あつこ警部が集まっていた。

10数分後、みちるが高遠を伴って、やってきた。「遅れてすみません。」と高遠が謝ると、「確かに遅いな。」と依田が言った。

「よくやった、学。」と伝子は高遠をハグした。

「大文字君、SPの二人が怪しいと感じていたのかね?」「女性SPが欠勤というのはおかしいと思っていました。それと、男性SPの方は私に対する警戒心が強かった。」

「ふうむ。取り調べが進まないと分からないが、二人は買収されていたようだ。逃走した国賓館職員もね。バックに何者かがいるのは確かだが・・・。」

「おじさん。いや、管理官。見せてもいいでしょうか?」「ん?うむ。」

久保田刑事は手帳のイラストを見せた。「大文字さんが見付けた白骨遺体の頭蓋骨には弾丸の後があった。」

「狙撃されたんですね。」「当日は大雨が降って流されてしまい、行方知れずだった。そして、先日副総監宛に脅迫状が届いた。『身の回りに気をつけろ』、と。」

管理官が続けた。「渡辺君の情報で、どうもSPにスパイがいるようだ、と分かって、久保田刑事とゆかりのある、大文字伝子探偵と中年探偵団の応援を依頼した。あの時、副総監室を出てから伝えたのは・・・。」

「盗聴器ですね。」と依田が言った。「ご明察だね、中年探偵団の依田君。」

「引っかかるなあ。管理官。中年探偵団ってネーミング、どうにかなりませんか?」と依田が文句を言った。

「私も、探偵じゃない。」と伝子も頬を膨らませた。

「まあまあ。ネーミングはいずれ考えましょう。」と久保田刑事がなだめた。

「そう言えば、気になっていたんだが、あつこ、いや、渡辺警部。あの棒きれはどこから?」「気がつけば、近くにあったので。」「棒きれにしては重かった。それに、あのSPの電磁警棒で割れなかった。まさか?」と伝子は管理官を見た。管理官は背を向けた。それが答だった。

「ああ、そうだ。白バイ隊の女性警察官が隊長とか言っていたが。」と伝子があつこに尋ねようとしたが、みちるが応えた。「白バイ隊にもいたのよね、隊長として。」

「キャリアは転勤が多いのだよ。」と管理官が言った。

「私、『あつこ』って呼ばれて嬉しかったわ、おねえさまに。」とあつこが言った。

「んん。そう言えば、『後輩の為に人肌脱ぐ気質』と言ったけど、少し違いますよ。」と高遠が言うと、「正確には『学校のクラブの後輩の為に人肌脱ぐ気質』ですよね。」と愛宕が口を挟んだ。

「ヨーダ。渡辺警部に『後輩の為に人肌脱ぐ気質』って教えた?」と、高遠が尋ねると、「いや、記憶にない。」と依田は応えた。

「まあまあ、結果良ければ全てよし、ですよね、管理官。」と、みちるが気を利かせて取りなした。

「そうだな。あ、それから、福本君がサチコの件と関わりが、って言っていたようだが、それは違う。脅迫状が来たのは1週間前だし、恐らく、警察犬時代の事件と関わる案件だな。さ、ラーメンで悪いが私の奢りだ。腹の足しにしてくれ。」と管理官がしめた。

時刻は10時半を回っていた。

―完―

 



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14.編集長の失踪

編集長が誘拐された?出版社に向かうと編集長は誘拐された訳ではなさそうだった。
偶然、関わった「立てこもり事件」を伝子は警察と協力して解決に向かった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

南原蘭・・・南原の妹。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田嘉三・・・久保田刑事の叔父。管理官。

渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

山村編集長・・・伝子と高遠が原稿を収めるみゆき出版社編集長。

西村副編集長・・・みゆき出版社副編集長。

井関権蔵・・・警視庁鑑識課課長。久保田刑事の先輩。

柴田管理官・・・警視庁管理官。犯人との交渉は久保田管理官と交代で行っている。

高島・・・伝子の翻訳部後輩。高遠達の先輩。

 

==================================

 

ある朝。伝子のマンション。

何やら騒がしい。電話が鳴っていた。家電も、スマホも。高遠は何やら胸騒ぎを覚えながら、両方の着信履歴を見た。出版社からだ。山村編集長?入念にチェックしたし、今回は『虫食い』も無かったが。虫食いとは、下訳で翻訳仕切れなかった部分を残して入稿し、出版社の方から原本の会社に不明な単語を確認して貰う前提で空欄部分を設定しておくやり方で、他の出版社で同様のことを行っているかは高遠には分からない。

専門用語で調べきれない単語なのだが、大抵は原本のスペルが間違っている。それで、判明したら、校正係が直した上で校了させて、印刷に回す。たまに不明な場合があり、その場合は翻訳者が調べ直して再入稿する。編集長が血相変えてやって来たのは、そういう想定外の締め切り延期が発生する可能性があるからだ。

今回は、その虫食いがないのだから、土下座による『泣きの延長締め切り』には間に合った筈なのだが。

高遠は、家電の留守番メッセージと伝子のスマホの留守番メッセージを再生させた。

「この声は副編集長の声だな。来て下さい、だけじゃ分からないよ。」

「なんだ、どうした?」と伝子もあくびを殺して言った。やっと起きてきた。

「副編集長が来て欲しいって。」もう時刻は夕方だ。「分かった。準備しよう。」

「なんだよ、一体。ひとの子作りの邪魔すんじゃねえ。」伝子がハンドルを握りながら、ぼやいていると、伝子のスマホが鳴った。「学。出てくれ。」「はい。ああ、副編集長。今、そっちに向かってます。入稿した後、仮眠していたんで、電話に気づかず申し訳ありませんでした。」

電話を切った後、高遠は「とにかく急いでくれって。」と報告した。

「勝手だなあ。こんな時愛宕がいたら、パトカーで先導させるのに。」「ダメですよ、それは。」「分かっているよ。学。途中、自販機見付けたら教えてくれ。眠くてたまらん。居眠り運転しそうだ。」「了解です。」

みゆき出版社。副編集長が待ち構えていた。「どうしたんです?校正は?」と伝子が副編集長に尋ねると、横から伊達緑子が応えた。「校了済みです。」

副編集長は黙って、一枚の紙片を差し出した。「編集長は誘拐した。」と書いてある。いや、よく見ると、新聞の切り抜き等を使った切り貼りだ。

「これを見付けたのは?」「3時頃。」「なんで?」「昨日は大文字さんの所に行ってから帰社しなかったんですが、直帰したと思っていたんです。偶然、編集長の机の上のお茶をこぼした時に、引き出しから出てきたんです。」「学。110番。」「はい。」

「身代金等の電話はないまま?見付けた時に既に24時間経っている気がするが。そうだ。」伝子は愛宕にLinenで電話した。

「はい。先輩、もう仕上がりました?あ、仕上がったんですよね。何か急用ですか?」「今、どこにいる?」「立てこもり事件の現場です。キングスビル。」

「すぐ近くだな。こちらは、みゆき出版社だ。久保田刑事は?」「近くにいます。いや、おられます。」愛宕のスマホの画面に久保田刑事が顔を出した。「今、勤務中なんですが、急用ですか?」「実は、みゆき出版社に今いるんですが、編集長が誘拐されたらしいんです。暢気な編集者達に代わって、今110番しました。ところで、何回か使った。伯父が開発した追跡システムですが、編集長の行方分からないかな、と思って。編集長はガラケー派なんですよ。」

「なるほど。電源切れていないなら、場所を特定出来るかも、と。分かりました、『私の伯父』に頼んでみます。番号を愛宕に送って下さい。」

Linenのテレビ電話が切れると、通報を受けた警察官たちがやってきて、副編集長が応答した。逆探知班が機器を設定にかかった。警察官の一人が名乗った。「分文署の葵です。あなたが大文字さん?」と高遠に確認した。「はい。一応。」

「学。私が応えるよ。編集長は私が締め切りを守れなかったので、激怒して乗り込んで来たんです。で、二人して土下座して2日延期して貰ったんですが。」「何時頃?」

「10時半頃です。」「その後、どこかへ行くとは言ってなかったですか?」「いいえ。」

「あなたたちが誘拐したんじゃ?」「冗談じゃない。私は、夫と仲間達に手伝って貰って、つい2時間前に入稿して、仮眠を取っていたんです。」

「ふうむ。で、なんで今頃110番を?」と葵は副編集長に向き直って言った。

「はい。まずは大文字さんに相談してから、と思って。」「あんた、株主さん?」と今度は伝子に向き直って言った。「いいえ。」「大文字さんは、警察にコネがあるし。」と、副編集長は言った。「コネ?」

「それは、私が説明しよう。」と久保田管理官が言った。警察官たちは、直立不動で敬礼をした。「実はね。非公式だが、大文字伝子夫妻には、ボランティアで、色々世話になっている。まあ、顧問みたいなものだ。」

「そうでありましたか。失礼致しました!」と後の台詞は伝子に言い、葵は敬礼した。管理官は紙片を見ていたが、「随分簡単な脅迫状だなあ。ああ、大文字君。手配はしたよ。もし、電源が入っていたら、犯人から連絡があった時に役に立つだろう。」

「あのー、管理官。指紋は?」「ああ、もう来るだろう。一応調べなくては。もし編集長以外の指紋が出て、前科があったら、『めっけもの』だな。」

「何が『めっけもの』かな?」と後から来た鑑識班の井関が言った。

「事件が大文字伝子を呼ぶ、ってか?ははは。」井関は部下達と作業にかかった。出版社編集部の部員の指紋が採取され始めた。

「管理官。」と、部下が来て言った。「ガラケーの場所が分かりました。が、そのう。」「何だ?」「場所はキングスビルです。」「キングスビル?立てこもり犯のいるビルじゃないか。誘拐とは無関係なのか?大文字君、移動しよう。高遠君、進展があったら、連絡してくれ。」

「了解しました。」と、高遠は応えた。

向かいのビルなので、少し歩くと、警察の待機場所だった。伝子は急いでいたので、出版社の裏口から入ったので気づかなかった。

「どうかね?」と管理官は久保田刑事や愛宕に言った。

近寄って来た男がいた。「柴田が担当か。実はな。」とかいつまんで久保田管理官は柴田管理官に言った。

「ふうん、君が、かの有名な『ワンダーウーマン』か。この際、警察にリクルートしないかね?」「いつも誘っているんだが、つれなくてねえ。」と二人で何故か笑った。

「で、状況は?」と、久保田管理官は柴田管理官に言った。

「犯人は3人。あのビルのフィットネスクラブの元インストラクターとかトレーナーとか。で、要求は社長に会ってから話すから連れてこい、と。昨日の時点では社長はグアムに行っていた。まだ小1時間はかかるかな、到着まで。」

その時、高遠から伝子のスマホに電話が入った。伝子はテレビ電話に切り替えた。

「副編集長が思い出しました。編集長は、そのフィットネスクラブの会員だそうです。」「詰まり、大文字君のところから帰社せず、フィットネスクラブに行き、事件に巻き込まれた、か?ますます誘拐事件から遠くなったな。」

「管理官。我々はどうしましょう?」と高遠の横から葵が尋ねた。「そうだな。鑑識は作業終わり次第、撤収。逆探知班は、午前零時を過ぎても犯人から連絡無かったら、一旦撤収だ。」

久保田管理官と柴田管理官はビルの見取り図を睨み、部下に何やら指示していた。

1時間後。社長が到着した。「あれ?高島じゃないか。」と伝子がその社長に声をかけた。その声に反応して高遠が振り返った。「え?あのフィットネスの社長って、高島さんですか?」

「何だ、知り合い、大文字君。」と久保田管理官が言った。「大学の翻訳部の1年後輩です。」「大学の翻訳部の2年先輩です。」と、伝子と高遠が口々に言った。

「それなら、話が早い。お前が私の夫達にパワハラしたことは水に流してやる。その代わり、私の台本通りに動け。学。書くものあるか?あ、いないんだった。」

「先輩。私のものを使ってください。」と、みちるがペンとメモ帳を差し出した。

伝子は数分で書いた。「いいか。高島。彼らを説得出来るのは、社長であるお前しかいない。ベースアップを約束し、グアム旅行に勝手に言ったことを詫びた後、『リンゴなんか嫌いだ。特に津軽は。』を2回、大きな声で言うんだ。後はアドリブでご機嫌取りだ。」

「遅くなりました。管理官。ビルの非常口の鍵を預かってきました。」「うむ。この非常用脱出シューターは使えるな。」「はい。下に部下を配備させました。あのー、大文字先輩と私が突入でよろしいんですね。」

「言われなくても、その積もりだ。」と、伝子が言うや否や、あつこは伝子の頭にヘルメットを被せた。すぐにあつこは伝子を後部座席に乗せ、バイクを走らせた。

「あうんの呼吸とは、このことか。大文字伝子がワンダーウーマンなら、渡辺警部はスーパーガール?」と、柴田管理官が真面目な顔で言った。

高遠が、「後で言っておきます、妻に。」というと、「え?君の奥さんなの?大変だねえ。」「はい。大変です。」と高遠は応えた。

5分後。久保田管理官のキューで、高島は説得し始めた。

「町田君。大島君。高木君。君たちを解雇したのは、私の大きな間違いだった。手違いとは言え、退職金を受け取っていないのは、私の管理ミスだ。君たちは私の大事なパートナーだった筈なのに、血迷ってしまった。グアムでは何故か日本のリンゴがデザートに出てきてね。私はリンゴが苦手だ。特に、津軽なんて食えたもんじゃない。何で、みんなあんなものを美味しい美味しいってくのか、気が知れない。リンゴなんてもう食いたくない。特に、津軽はな。利用者の皆さんは、取りあえず解放して貰えないかな?無理かな?」

立てこもり犯は、電話を指したようだった。高島は、メガホンを外して、柴田が差し出した、ウォーキートーキーに向かって、話し出した。

「うん。反省している。退職金は払う。割り増しで。裁判になったら、『嘆願書』を出す。だから、自暴自棄にならないでくれ。君たちはまだ若い。まだ可能性があるんだ。」

高島の説得が続く中、非常階段から非常口に侵入した伝子とあつこは、少しずつ移動してきた編集長たちと遭遇。すぐに、非常口(脱出口)を解放して、脱出シューターをセット、一人ずつ階下へ下ろした。そして、二人も飛び降りた。

立てこもり犯は、投降した。正面玄関から出た彼らを警察官が取り囲み、連行して行った。数分後、あつこの元部下の白バイ隊隊員二人が、人質達を誘導して出てきた。最後尾に愛宕とみちるが続いた。

マスコミが、人質達に近づこうとしたのを柴田管理官が阻止、久保田管理官は、マスコミの緊急記者会見に応じた。「あそこにいる二人が突入班の愛宕刑事と白藤刑事です。勇敢な二人を讃えてやってください。」途端に、マスコミは二人に質問を嵐のごとくぶつけた。愛宕やみちるは適当にあしらった。

「な!帰らなくて正解だったろ?」と、まだ帰っていなかった井関が部下に言った。部下達は頷いた。

バイクで遠回りして戻って来た、あつこと伝子に「お疲れ様。」と高遠は声をかけた。

「あ、高島は?」「柴田班の警察官が連れて行きました。参考人ですからね。」

「じゃ、帰るか。」「先輩、送らなくて大丈夫ですか?」「こっちのビルの裏手にある駐車場に車を止めてあるから。」

車の所に行くと、編集長と副編集長が頭を下げた。「いいよ、もう。警察は?逆探知班の?」

「さっき帰りました。」と、副編集長と高遠が応えた。

「よく分かってくれましたね、編集長。」「勿論よ、大文字くうん。おかまは勘がいいのよ。私が津軽大好きなのを知っているから、逆のこと言うことで、助けに来てくれることを知らせたんでしょ。すぐに他の人質にも話してたから、助けに来てくれた時、迅速に動けたわ。」「で、少しは痩せたんですか?」「それ、私に聞く?残酷ねえ。とにかく、原稿も救助もありがとう。」

翌日。伝子のマンション。物部と逢坂、依田、福本、それに愛宕夫婦が来ていた。

「今日は臨時休業だ。ブランチ持って来てやったぞ。スパゲッティとサンドイッチだ。愛宕氏から事情は聞いた。何でこの二人が?と思っていたら、やっぱり大文字だったか。久保田刑事の奢りらしいぞ。」と物部が言った。

「今回は巻き込んでしまったから、と珍しく久保田先輩のポケットマネーで。」

「ふうん。あ、そうだ。日取りはまだだが、あつこに確認したら、是非ヨーダに結婚式のMCやって欲しいってさ。」

「うーん、結局そうなるかあ。」と依田言うと、高遠が

「MCと言えばヨーダでしょう。」といい、伝子も

「MCと言えばヨーダでしょう。」福本も

「MCと言えばヨーダでしょう。」と続けた。

栞とみちるがケラケラ笑い出し、栞が「何それ?流行ってんの?」と尋ねた。

「何年経っても、『お惚け3人組』・・・待てよ?高島、変なこと言ってたな。『リンゴのふじが嫌い』?」と物部が伝子に尋ねた。「津軽だよ。」

「暗号ですよ、副部長。人質の一人の編集長の『大好物』です。」と高遠が解説した。

「あの時、咄嗟に思いついた。現役の頃と違い、大人しかった。尤も。パワハラのことは後で知ったからな。信用なんかしていない。『水に流す』なんて言ったけど、許す訳がない。」

「そう言えば、パワハラのこと詳しく聞いた事無かったな。俺たちがいる頃はおとなしかったのに。」

「俺から説明しますよ。副部長。高遠は難解な翻訳を時間指定されて、やらされました。今で言う『無理ゲー』ですよ。依田はかなり遠い所までタバコ買いに行かされました。品切れしていたら、別のタバコ屋探してまで行かなきゃならなかった。」

「で、福本は?」「俺は芝居に興味持ち出していて、演劇できる大学の転入試験受けるか劇団に入るか迷っていました。それを嗅ぎつけた奴らは『いつ辞めるの?』って毎日聞きに来るんです。結局、劇団に入団しましたけどね。」と、福本は吐き捨てるように言った。

「多分、私たちが卒業して天下取った気分になったのね。福本君達の方が、部活歴長いのに、上級生だからって。まるで体育会系クラブみたいだわ。」と、逢坂は言った。

「そんな高島が元従業員にちゃんと支払うかな?」と物部が首を傾げると、伝子が「一度締めるか。」と言った。皆が笑った時、愛宕のスマホが鳴った。

暫く聞いていた愛宕が電話を切って、報告した。

「先輩。編集長が発起人になって、あの会社社長に賠償請求するそうです。それと、建立てこもり犯の3人の『嘆願書』を出すキャンペーンをするそうです。」

今度は、伝子のスマホが鳴った。「うん。今聞いた。『千人針』が必要なら、いつでも協力しますよ。次の仕事?後でPC開いて確認しておきます。はい。はい。」

電話を切った伝子は、「愛宕の言った通りだった。オカマでもやる時はやるのよ!だって。全く珍しいよな、今時自分から『オカマ』って言うのは。」

「近頃は『ジェンダー』だとか『LBGT』とか言いますからね。でも、案外ご当人たちよりマスコミがうるさいんだとか。」と高遠が続けた。

南原兄妹がやって来た。「先輩見ましたよー。犯人が投降した時、人質解放していたのは、先輩の活躍でしょう?愛宕さん夫妻じゃないでしょう?」と、南原が言った。

「お前、今日学校は?」「今日は土曜日でしょ。」「やっぱり、お兄ちゃんの言った通りだったね。」

「行きがかりでな。」「南原さん、あの人質の中に、私や伝子さんの世話になっている出版社の編集長がいたんですよ。」と高遠が解説した。

「あの社長、締めてやろうか?って冗談言っていたところだよ。」と、苦笑いして伝子が言ったら、

「ヌンチャクで?」と依田が言った。

「三節棍だろ?」と福本が言った。

「棒術も使えるんでしたっけ?」と南原が言った。

「やっぱり一本背負いとか。」と愛宕が言った。

「いえいえ。巴投げよ。あつこから聞いたけど、凄く決まったらしいわよ。」と、みちるが言った。

「いやいや、諸君。甘いな。大文字なら『デコピン』で額を陥没させるさ。」と、物部が言った。

「みんな、悪乗りしすぎ!」と栞が締めた。

―完―

 

 

 



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15.兄妹

以前の事件で知り合った中山ひかるから伝子は相談を受けた。小学生の望みは可愛らしいものだった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

森淳子・・・依田、蘭のアパートの大家さん。

中山ひかる・・・愛宕の賃貸マンションの隣人。受験勉強の為、人住まいしている。

中山千春・・・ひかるの母。宝石店を経営している。

 

==================================

 

南原のアパート。蘭にベッドを占領されたので、南原は寝室でない方の部屋で寝起きしている。「蘭、そろそろ、独立してくれない?」「狭い?」

「狭い。美容室の先輩のアパート。来月空き部屋出来るらしいんだけど、いい?そこで?」「いい?ってもう段取りしているんじゃないのか、ひょっとしたら。」「当たり。」

「敷金とかお母さんが出してくれるけど、問題は引っ越しよね。依田さんに頼んでいいかな?」「それは、お兄ちゃんから頼んでって言っている?」「言っている。」

「でも、依田さんは宅配便だよ。高遠さんの時は緊急だったし、宅配便の車でも十分入るほど少なかったんだよ。今の我が家は『荷物だらけ』じゃないか。そうだ。福本さんなら劇団のトラックとかあるかな?聞いてみよう。」

南原はLinenでメッセージを依田と福本に送った。依田からは『日時は?それによるな』と返って来た。福本からは『トラックは持っていない。でも、借りてあげるよ。』と、返事が来た。

更に、伝子から『みんなでやれば、あっと言う間だよ。まあ、みんなのスケジュール次第だが。』と返事が返ってきた。

「いい知り合いばかりだね。」と、蘭ははしゃいだ。

翌月の日曜日。南原のアパート。よく晴れた日だった。

結局、依田は仲間のドライバーのピンチヒッターで仕事が入って、来られなかった。福本の仲間の松下と本田が2トントラックで到着。福本はマイカーで到着。3人は手際よく荷物を積んだ。

「凄く手際いいね。」「旅公演なんか、荷物積んで運んで下ろして舞台設営、公演終わったらばらして荷物積んで移動。普通の引っ越しなんかへっちゃらさ。」と松下が言った。

途中、蘭の働く美容室に寄った。蘭は、南原のアパートに置ききれない荷物を預けていたのだった。店長の石田が出て来て、案内された物置から福本達や南原兄妹が運んだ。

蘭が住む予定のアパートに一行が到着した。待っていた伝子と高遠がクスクス笑っている。「なんすか、先輩も高遠さんも笑っているけど。」と南原が尋ねると、伝子が「福本、途中で気づかなかったか?」「気づきました。」と、福本もゲラゲラ笑い出した。

松下と本田がぽかんとしている。

「ここ、ヨーダこと依田のアパート。どうやら、蘭ちゃんはお隣さんになるみたいだね。」

「初めから詳しい住所教えてくれていればなあ。」と福本が言った。

「ごめんなさい。住所覚えきれなくて、大体の記憶でお兄ちゃんにナビゲートしながら、Linenの音声通話でみんなに伝えたから。」

「あら?一文字さん?依田君の先輩の。」と言いながら、大家の森淳子が出てきた。「いえ、依田の先輩の大文字です。」と伝子が修正し、挨拶した。

「依田君なら出掛けているわよ。」「いえ、引っ越しです。」「引っ越し?今日は南原さんが引っ越して来る予定だけど。」「すみません。この間お邪魔したときに契約書忘れてしまって。」と蘭が進み出た。

不思議がっている大家さんに伝子が説明した。「依田も大学の後輩ですが、南原蘭さんの兄も高校の後輩でして。ひょんなことから、私の色んな後輩が交流ありまして、依田共々南原欄もお世話になります。よろしくお願い致します。」

「南原蘭の兄で南原龍之介と申します。妹がこれからお世話になります。よろしくお願い致します。」と、南原も挨拶した。

「そうだ、この際、紹介しておこう。先輩、高遠、南原さん、蘭ちゃん。今回手伝いに駆けつけてくれた劇団仲間の松下宗一郎、本田幸之助です。」

「松下宗一郎、本名、松下正宗です。」「本田幸之助、本名、本田譲です。」

みんなが挨拶に困っているのを見て、「さあ、とにかく運び込もう。」

重い荷物は多少時間がかかったが、バケツリレーの方式で軽い荷物を運び込み、30数分で依田の隣の部屋は満杯になった。

そこへ、祥子が寿司屋の車に便乗してやってきた。

伝子が大家さんに蘭が鍵を渡しているのを見て、「大家さん、森さん。依田の部屋開けて貰えないですか?」「いいわよ。帰ってきたら驚くだろうけど、あの子はいい子だから。おっちょこちょいだけど。」と言い、依田の部屋を開放した。

「予想通り散らかっているなあ。高遠、片付けよう。松下、本田。お前らは隣の荷物の荷ほどきしてくれ。祥子、寿司は大家さん家に預かって貰え。」と福本が指揮を始めた。

10分ほどで福本と高遠は依田の部屋にあった荷物を角に追いやった。寿司屋に代金を支払っていた伝子は、隣の部屋の荷ほどきを手伝い始めた。

暫く、高遠と伝子は段ボール類を廊下の隅に片付けていたが、福本が「ようし、休憩しよう!」と皆に声をかけた。そして、依田の部屋に大家さんと祥子と蘭が寿司とお茶を運んだ。

30分ほど休憩していると、依田が帰って来た。大家の森が「お隣さんよ。」と経緯を説明した。「で、俺の部屋が休憩所?」

「不服かも知れないが、お前も寿司を食え。私の奢りだ。」自棄になった依田は猛烈に食い始めた。「依田君。まだあるから大丈夫よ。ゆっくり食べなさい、おっちょこちょいさん。」と大家の森は言った。

休憩後、段ボールをトラックに積んだ松下と本田は帰って行った。段ボールを捨てに行ってから、松下の勤務先の酒屋にトラックを返すと高遠に言って。

タンス等の大物を男子が設置し、後は女子に任せることにし、高遠と依田と福本は依田の部屋に帰って、また整理し直した。

「悪かったなあ、ヨーダ。」「悪かったなあ、ヨーダ。」と高遠と福本は揃って謝った。

「いいよ、片付いたし。」「配達は?」「もう、済んだ。」

「しかし、驚いたなあ。まさかヨーダの隣に蘭ちゃんが引っ越してくるなんて。」と高遠が言うと、「いや、一番驚いているのは、南原さんだよ、きっと。」と福本が言った。

「おおよそ片付いたら、あの兄妹に任せて、解散するか。」「そうだな。あ、ヨーダ。手出すなよ。」

「出したら、先輩に殺されるよ。」「だな。やりかねない。」「やりかねない。」

そうこう言っている内に、伝子、祥子が帰って来た。

南原兄妹が挨拶に来た。「本日はどうもありがとうございました。」

「南原さん、先輩がバックにいるから、蘭ちゃんには『変な虫』はつかないですよ。」と福本が言うと、「変な虫って俺の事じゃないよね。」と依田が言った。

「正解。」「察しがいいね。」と二人が揶揄った。

伝子が『引っ越しは終わった』とメールで愛宕に連絡を入れると、「先輩。助けて。」とメールが返ってきた。

愛宕のマンション。「久しぶりだなあ。ひかる君、元気にしてるかなあ?」

「事情を聞こうか愛宕。」「先輩。中山ひかる君、覚えてますよね?」

「Basebookの事件の時の、だろ?左隣の部屋じゃ・・・もう引き払ったんじゃなかったかな?」

「いえ。また借りてます。受験勉強に専念する為に。で、ひかる君のお母さんが相談を受けて、私の方にお鉢が回ってきて。」「待て待て。中山千春さんが、一体誰に相談受けたんだ?何の相談だ?」「済みません。反対側のお隣さん、先々月引っ越して来た、石原松子さんが、その息子さんの徹君の『引きこもり』について中山さんに相談したんです。」

「引きこもり?立てこもりじゃないんだな。」「はい。」「じゃ、お前の本来の仕事じゃないか。生活安全課だろ?」「そうなんですが。」「徹君は何年生ですか?」「小三です。」

「どれくらい引きこもっている?」「3日目です。」

「反抗期ですよ、伝子さん。」「言われなくても分かってる。みちる。ひかる君、今いるかな?」「呼んで来ます。」

5分後。中山ひかるがやって来た。「お久しぶりです。」

「すっかり成長したな、ひかる君。身長大分伸びた?」「10センチくらい。」

「そうか。で、2軒隣の徹君だが、何を要求している?」「高いオモチャです。普段のお小遣いの5倍くらいかかるそうです。」

「そりゃあ、困るわな。」「まだ、あるんです。」「何だい、ひかる君。」と今度は高遠が質した。

「バットウーマンと白バイのお姉さんが買ってきたそのオモチャを運んで欲しい、って。無理難題でしょ、大文字さん。」

「無理難題でもないが、問題は、その奥にあるストレスや不満だな。」と、伝子は腕組みをし、「愛宕。石原夫妻は仲いいか?」「うーん、どうでしょう。」

「見栄張っていると思います。いつも2人揃っているところに出会うと、ニコニコ挨拶してくれるけど。」「わざとらしいのか。」「はい、先輩。」

「よし、作戦実行だ。」「え、もう?」「学。誓約書、作ったことあるか?」「いえ。」

「愛宕、PC借りるぞ。いいか、学。誓約書のサンプルをダウンロードして、新しい誓約書を作るんだ。文面は、そうだな。愛宕、メモ用紙。」

「はい、先輩。」とみちるがメモ帳とペンを渡した。数分で、すらすらと伝子はメモを書き、高遠に渡した。「こういう文面だ。」

伝子は物部にLinenで電話した。

「物部。モールにコスプレショップあったよな。」「ああ、あるよ。込み入った事情があって、バットウーマンの衣装が必要になった。」「また、コスプレか。好きだな、お前。とし・・・おっと、危ない。しかし、男の俺にその衣装を買えというのか?」隣から、逢坂栞が顔を出して、「私に買えって言っているのよね、伝子。」「いたのか、栞。丁度良かった。すまん。頼む。」「サイズ変わってないよね、あの頃と。」「分かるのか?」「物部君には無理だけどね。」「よろしく頼む。ああ、そうだ。買って欲しいオモチャもあるんだった。」伝子は愛宕が渡したメモを読み上げた。

テレビ電話を一旦切ると、伝子はあつこにメッセージを送った。

すぐに返答が返って来た。「任せといて、おねえさま。」

「ひかる君、着替える時、部屋を貸して貰えるかな?」「勿論です。間近でバットウーマンが見られるんですね。嬉しいなあ。」とひかるは言った。

1時間半が経った。

引きこもり犯?の徹が鍵を解錠して出てきた。いきなり伝子は『誓約書』を突き出した。誓約書にはこう書いてある。『私、石原徹は両親から買って貰った、このオモチャを一生大事にします。料金相当額として、半年間お小遣いの請求を致しません。』

それを読んだ徹は真っ青になった。横からひかるが話した。

「僕にも、何でも買って貰える、それが当たり前だと思っていた時期がある。君は分かっていた筈だ。ホントはオモチャより、欲しいものがある。そうだよね?それは、両親の愛情だ。君の両親には大文字さんが説教をしてくれる。前もって買ってくれた、このオモチャとコスプレ衣装は、君の両親に払って貰う。何かを得る時は、代償が付く場合もある。もう、貰って当たり前の時期は卒業しようよ。」

「じゃ、バットウーマンと白バイのお姉さんからのプレゼントだ。大事にしろよ。ひかる君も言った通り、親の収入から引き出されるのがお小遣いだ。半年間、何か欲しくなったら、何故このオモチャがここに存在するか、よく考えることだ。じゃ、これから、警察官立ち会いの下で私が君の両親に説教をする。お隣へ移動しましょう。愛宕、お茶でも出してな。」

伝子と高遠、白バイ制服を着たあつこ、愛宕夫妻は愛宕家に移動した。

「喧嘩の原因は何ですか?」と移動するなり、伝子は石原松子に聞いた。夫の石原裕太は俯いていた。

「分かりやすい反応ですね、浮気ですか。それとも、『本気』ですか?」と、伝子は言った。

「子供はね、デリケートなんですよ。教育者でもない私が言うと説得力ないかな。ああ、この格好も説得力ないか。」

「これからじっくり、話し合います。私たちが諍いしていたから徹のストレスが高まったんですね。ああ。白バイの方の衣装代は?」「彼女は本物です。」と高遠が説明した。

「元白バイ隊の隊長渡辺警部です。」と愛宕が補足した。

「民事不介入なので、今日は白藤巡査への指導で参上した、ということにしましょうかね。」とあつこは言った。

「私の妻も『趣味のコスプレ』でやってきた、ということで。」と高遠も便乗して発言した。

「そう。オモチャの買い物は、私がご両親の代わりに買ってきたもの。だから、料金は回収しましょう。それと、伝子。その衣装。『汚さずに』返却したら、レンタルしたことにして割引してくれるそうよ。」と、栞が言った。

「いいか。大文字。『汚さずに』だ。悪党やっつけて汚しちゃダメだぜ。」と。物部が言った。「変な念押しするなよ。」

皆爆笑した。物部は満足げに頷いた。

帰り際、ひかるが、「時期を見て、改めて徹君と話をしてみるよ。大人よりは口を開きやすいだろうし。」と言った。「もう十分大人だな。任せるよ。」と伝子は言った。

物部、栞、あつこは帰り、ひかるの部屋で着替えてきた伝子がみちると帰って来た。

「さ、帰るか。学。」と伝子が高遠に声をかけると、みちるが「待って、先輩。これ、ひかる君のお母さんが作った、おはぎ。変なお土産になったけど。持って帰って下さい。ひかる君のお母さん、あれ以来仕事一辺倒じゃなくなったらしいですよ。」

伝子の車の中。「どうする、学。たまにはラブホテルに寄って行くか。伝子さん、最近子作りに積極的になりましたね。夕べも激しかったけど。」

「うん。最近お前が成長している事に頼もしさを感じて、惚れ直したんだ。」「僕も好きです。愛しています。伝子さん。」

「おい。」「はい。」「命令だ。他人の目がない時は、『伝子』って呼べ。」「はい。伝子さん・・・伝子。」

二人は熱いキスをした。駐車場の近くを子供達が通り、車の中の二人を黙って指さし、じっと見ていた。

高遠のスマホも伝子のスマホも鳴り出したが、二人は無視した。車の外も無視した。

まだ、二人の気分は『新婚さん』だった。

―完―

 



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16.大文字コネクション

伝子は、山城の祖母を救うため、一大作戦を決行した。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

渡辺あつこ警部・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。

藤井康子・・・伝子の隣人。

本庄院長・・・本庄病院院長。

池上葉子・・・池上病院院長。高遠の中学の卓球部の後輩彰の母。彰は他界している。

筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。

南原直也・・・南原の父。

南原京子・・・南原の母。

大曲(大文字)綾子・・・伝子の母。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

山城一郎・・・順の叔父。

山城和子・・・順の祖母。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

松下宗一郎・・・福本の元劇団仲間。

本田幸之助・・・福本の元劇団仲間。

福本日出夫・・・福本の叔父。久保田管理官の友人。タクシードライバー。

 

==================================

 

本庄病院。病室で待っている蘭の所に手術を終えた南原が運ばれてくる。

時を同じくして、伝子と高遠がやって来て、依田と合流した。

「南原の具合は?」と伝子が依田に尋ねた。「今、手術を終えて帰って来ました。左肩甲骨の裂傷。頭には異常ないそうです。」

「分かった。」伝子が病室に入ると、蘭が泣きじゃくっていた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。死んじゃ嫌だ!」「死なないよ、蘭。当分入院だがな。」

「先輩いい。」蘭は伝子に抱く付き泣いた。

「ご家族かな?おや、大文字さん。」と、やって来た高遠に本庄医師が言った。

「高遠君。お知り合い?」と後から続いた池上葉子が言った。

「妻の高校の時の後輩です、南原さんは。」と、高遠が応えた。

「ご家族は?妹さんだけかな?」と本庄が尋ねると、依田が、「今こちらに向かっていますが、夜中になるかも。」

「妹さんは取り乱しているようだから、高遠君に説明しておくわ。親御さんが見えたら、また説明するけど。命に別状はない。左の肩の裂傷は手術したわ。回復は3ヶ月から半年はかかるかも知れない。リハビリも必要ね。」

「リハビリ仲間が出来たか。」と、物部が入って来た。「ごめんなさい。さっき高遠が入って行くのを見かけて。」

「おや。物部さんの知り合いでもありますか。」と本庄が感心した。

廊下で様子を見ていた愛宕が、「先輩、ちょっと。」と伝子を連れ出した。

「南原さんを撥ねた車ですが、後続車のドライバーの証言とドライブレコーダーで判明しました。公安が追跡していて、パンクした為にコーンを出していた南原さんに気づかず撥ねて逃走したようです。で、大使館に逃げ込んだようです。それで、ご存じのように・・・。」愛宕を遮って、高遠が「外交特権、ですか。」と言った。

「その通り。だから警察は迂闊に手を出せない。」と、管理官と共にやってきた筒井が言った。「あ、大文字の元カレ。」と物部が言うと、「こんな時に茶化すなよ。で、わざわざ、それを伝えに来たのか、筒井。」と伝子は言った。

「釘をさしに来たんだ、大文字君。」と管理官が言った。「君は、後輩のことになると、熱くなるからなあ。」「なんかやらかすと?」

「やりかねない。と管理官が言い、

「やりかねない。」と筒井が言った。

「やりかねない。」と依田が言った。

「やりかねない。」と物部が言った。

「やりかねない。」と愛宕が言った。

「やりかねない。」と高遠が言った。

「学。お前まで。庇えよ、夫なら。」

「ふふふ。多数決で大文字さんの負けね。とにかく、ICUには入らなくていいけど、暫く入院。ですね、本庄先生。」

「はい。応援団がこんなにいるんだ、早く回復するさ。南原・・・蘭さん。急がなくてもいいけど、着替えとか持って来なさい。」

二人の医師が去った後、大文字管理官も筒井も急いで帰って行った。

「ヨーダ、明日荷物運んでやってくれ。この際、蘭と付き合おうなんて思うなよ。」

「思いませんよ、怖くて。」「ヨーダ、一旦帰れよ。親御さんが来られたら、僕らも帰るから。」

「ん。任せた。蘭ちゃん、必要な物があったら、連絡して。大家さんに頼んで出して貰うから。」「ありがとう、依田さん。」

依田が帰った後、伝子は「私たちはロビーで待機しよう。なんかあったら。Linenで知らせてくれ。」と言って、伝子たちは移動した。

3時間後。蘭から『目を覚ましました』とLinenで伝子に連絡が入った。

伝子と高遠は病室に急いだ。

「南原。目を覚ましたか。私が分かるか?」「先輩。」「手術は成功した。暫く入院生活だが、辛抱しろよ。」「先輩。復讐しないで下さいね。僕ももっと車側にいれば良かったんです。」「不可抗力ですよ、南原さん。相手は前なんか見ていなかったから。」と高遠が言った時、看護師と医師がやってきた。

「南原さん。分かりますか?脳に異常はありませんでした。肩の裂傷は手術して繋げました。骨にヒビは多少入っているかも知れないが。大丈夫。半年もすれば退院出来ますよ。」

他の看護師が南原の両親を連れて来た。「済みません。龍之介、大変だったね。」と南原の父、直也が言い、「あなたは、確か大文字さん。コーラス部で龍之介とデュエットしてくれた・・・。」と、南原の母、京子が言った。「よく覚えてくれて。大文字です。夫の学です。」

『デュエット』の言葉に高遠も蘭も目を丸くしていた。

「丁度良かった。今ご本人に知らせていたところです。息子さんは、車に轢かれて転倒しましたが、後続車がすぐに救急車を呼んでくれたのが幸いして、頭に怪我はなく、肩も手術出来ました。半年くらいは入院生活で大変でしょうが、まだ若いし回復出来ます。リハビリはうちでも出来ますが、提携している池上病院のリハビリ科も紹介出来ます。妹さんはショックが大きかったようです。ご両親で支えてあげて下さい。では。」

医師は看護師達と去って行った。「とうさん、かあさん。ありがとう。僕も蘭も心配かけてばかりで。この間、引っ越したのが悪かったって、蘭は自分を責めてばかりで。」

「交通事故じゃないか。気をつけていたって避けられはしない。そうですよね、大文字さん。」「お父さんの言う通りです。南原、これからお前がやることはエネルギーを回復に向けることだ。あ、学校へは?」

「私が連絡しました。」「しっかりしているじゃないか、蘭ちゃん。新しい部屋に落ち着く暇がないかも知れないが、頑張って。」と高遠が励ました。

「じゃ、学。後は家族に任せて我々は引き上げよう。」

伝子の車の中。

「やっぱりヨーダには勿体ないな。」「え?手を出すなって言ったでしょ、伝子さん。」「けしかけてんだよ。でも無理かな。」「よく分からない。ところで、何でしょうね、その逃走車。」「公安に追いかけられたってことは何かヘマしたんだよ。いつかまたヘマをするさ。福本には南原のこと伝えたのか?」「伝えました。当分、交通安全教室は南原さんの人脈なくても出来るけど、老人会の特殊詐欺教室の人脈で出来ないって。でも、愛宕さんから連絡あって、警察の方で用意出来るから、可能な日はボランティアで協力して欲しい、って言われたそうです。」

「うん。愛宕や久保田さんにも人脈はあるだろうからな。」

伝子のマンションの駐車場。隣の藤井がやって来て、顔を出した。「はい。お夜食。依田君から連絡あったわよ。交通事故だって?大変ねえ。」と、おにぎりを差し出した。

伝子のマンション。「助かるわね、いつも。」「うん。このところ、藤井さんにお世話になってばかりだね。何か買う?」「うん。学に任せる。」

南原の病室。伝子と高遠がやって来ると、蘭が来ていた。

「蘭。今日、美容室は?」「出勤したら店長に怒られちゃった。三日間は休暇取りなさい、って。」「いい所に勤めたな。で、お父さんお母さんは?」「お父さんは帰りました。お母さんは当分お兄ちゃんのアパートにいるって。今朝、依田さんが病院まで送ってくれました。いい人ですね、依田さんって。」「まあな。大家さんの口癖があってな。その内、蘭も言われるぞ。」

「依田君はね、おっちょこちょいだけど、いい人なのよ。」と、高遠が真似をした。

「いつもいつも済みません。」と南原が目を覚まして言った。

「ねえ。お母さんが言ってたけど、お兄ちゃんが先輩とデュエットしたって、本当?」

「ああ。本当さ。揉めたんだよ。文化祭に南原を出さないのが当たり前だ、って部長が言うから。当時。いや、今もなのかな?コーラス部に入るなんて男はいなかった。代々年に一人くらいだった、男子部員は。女性コーラスに一人だけ男って汚いなんて言いやがって。毎日欠かさず発声練習来ているのに。南原は張り合いが無くなって、辞めると言い出した。」と伝子は当時の思い出話を始めた。

「私は南原が不憫でなあ。部長と顧問の秋野先生に掛け合って、デュエットを歌うことになった。そんなに言うなら、お前がやれ、って上級生に言われて、さ。」

「伝子さんらしいな。」と高遠が言うと、「高遠さんも知らなかった?」と蘭が不思議がった。「僕らは大学の先輩後輩だよ。南原さんのエピソードは初耳さ。」

「ね、歌ってよ。先輩。」と蘭がねだった。

 

『夢路より かえりて

星の光 仰(あお)げや

さわがしき 真昼の

業(わざ)も今は 終わりぬ

夢見るは 我が君

聴かずや 我が調べを

生活(なりわい)の 憂いは

跡(あと)もなく 消えゆけば

夢路より かえりこよ』

 

途中から、南原が唱和したが、顔をしかめた南原を見て、伝子は歌うのを止めた。

「すまん。大分回復してからの方がいいかもな。」と、伝子が言った時、看護師長が入って来た。

「随分、楽しそうね。点滴変えますよ。」

言われた3人は廊下に出た。

点滴の交換を終えたのを見て、暫く眠るだろうと考えた伝子は3人で病院の食堂に行き、コーヒーを飲んだ。

「やっぱり。高遠はともかく大文字は目立つからな。」と物部が寄って来た。

「悪かったな、物部。暇か?」「ああ。薬待ちだ。で?大丈夫なのか、南原氏は。」

「まだ昨日の今日だぞ。」「明後日の蘇我の墓参りだが・・・何なら中止してもいいぞ。俺と逢坂だけでもいい。」

「今のところ、大丈夫だ。」「そうか。まあ、事件が大文字を呼ぶんだけどな。」

「嫌な言い方をするなよ。ああ。この間のコスプレ衣装、助かったよ。」

「はは。逢坂と一緒に行ったもんだから、奥様には少し大きいかしら?パーティーやるんですか?結婚記念パーティー?」なんておしゃべりして来て、閉口していたら、「主人が誕生日パーティーやるって聞かないもんですから。」なんて調子合わせて、オロオロしたよ。」

「と言いながら、まんざらでもなかった、とか。副部長と逢坂さんならお似合いですよ。」「からかうなよ、高遠。」

「栞は安くないぞ。」「いくらだ?」「3億。」

蘭がゲラゲラ笑い出した。「俺、少しは役にたったか?」と物部が問うと、伝子と高遠が揃って「じゅうぶん。」と応えた。

伝子のマンションの駐車場。藤井が寄って来た。

「どうだった?」と伝子に伝えた。「本人は案外冷静だった。妹がなあ。」

「ショックだったのね。」「お父さんは帰られたが、当分お母さんがいるらしい。」

「まあ、交通事故は大体が不慮だからね。大文字さん、お母さんが来られたから、入れてあげたわ。合鍵渡してないの?」

「ちょくちょく来るわけじゃないしなあ。まあ、いいですよ。入るぞ、学。」

伝子のマンション。綾子が来ていた。

「お母さん、来る時は言ってくれよ。」「ちょっと、ついでに寄ったのよ。藤井さんに聞いたけど、あなたの後輩、交通事故に遭ったんだって。」「前見ていなかったんじゃないかって。」「酷いわねえ。」「ああ、その後輩、覚えてない?南原。あじさい高校のコーラス部の後輩。」「ああ。文化祭であなたとデュエットした人。」

「お母さん、会ったことおありなんですか?」と学が尋ねた。「ええ。デートさせたくないから、ウチで練習させたのよ。あの頃・・・。あ、いけない。」

「あ、お義母さん。その服装は?」「ああ。この?復職したのよ。これでも、介護福祉士よ。」

学がコーヒーを炒れた。「上手いわねえ。」と、綾子は伝子と言い合った。

「この間、物部副部長に貰ったんです。」「代金は?って尋ねたら『試供品』だって。今度買いましょうか?伝子さん。」

「あ、そうだ。あなた、『つわり』はないの?」「何いきなり。吹き出しちゃうよ。」

「あ、あの。妊娠が判明したら、真っ先にお知らせしますから。」「やることやってるのね、学さん。」「はい。」

「あ。愛宕だ。SOS。出動願います、だって。私は警察の人間じゃないぞ。ちょっと行って来る。後は任せた。」

「あ。後は任せたって・・・お義母さん、クラシック好きですか?」と高遠は言った。

警察署。入り口に入ると、何人もの警察官が敬礼した。「あ。ども。」と伝子は軽く挨拶した。みちるがやって来て、生活安全課に通された。

「こんにちは。あ、もうこんばんはか。こんばんは、大文字さん。」と久保田が挨拶した。「実は、この方のお母さんの介護のことでね。」「介護のことなら、区役所でしょう。」

「先輩。」と呼ばれて伝子は気がついた。「山城じゃないか。書道部の。」

「書道部。ひょっとしたら、愛宕さんの?」と、高遠が言うと、「そう。愛宕同様、山城は東野中学の書道部の後輩だ。」と伝子が応えた。

「どういうことだ、愛宕、山城。」「先輩。山城の叔父さんが、山城のお祖母さんのことでケアマネジャーさんと揉めているらしいんです。先輩の言う通り、介護は区役所の管轄だし、警察は・・・。」「民事不介入、だろ。自分たちで話し合えってか。で?」

「大文字伝子なら仲裁出来る、と。」と、高遠が言うと、「流石、高遠さんは察しが早い。」

「んんむ。取りあえず、会う日時を決めてくれ。それから、愛宕も来い。」「え、だって、民事不介入・・・。」「友人の立ち会い、だ。そういうスタイルならいいでしょう、久保田刑事。介入するのは私だ。」「しかるべく。」と久保田刑事は頷いた。

山城の叔父、一郎のアパート。

「なるほどねえ。トイレに行きたいお母さんの意思は無視ですか。」「回診のお医者は、膝の痛みが緩和されているのなら、元のように、トイレ誘導していいよっておっしゃったのに。」

「トイレ誘導とは、トイレに連れて行き、用を足させることですよね。」と、愛宕が言った。

「はい。前にもコロニーが流行った頃、お医者の判断を無視して独自のコロニー対策をやったことがある。私が必死にウイルスのことを勉強して提言されても無視。そんな介護施設です。もう引っ越しする余裕も無いし、私も病気持ちだし。病気持ちだからこそ自宅で介護出来ないから施設に入って貰っているのに。」と、泣きながら一郎は言った。

「事情がありそうだな、施設に。ケアマネジャーが味方しないのも気にかかる。愛宕、財政状況は分からないのか?」「はい。『抱え込み』があったらしいことは分かっていますが、それ以上は。」と、愛宕が応えた。

「抱え込み、って?」と首を傾げる伝子に、「それまで通っていたデイサービスを止めさせ、自分の所のデイサービスに通わせたんです。」と順が応えた。

「厚労省は?」「ちょっと注意。事実上黙認です。厚労省はコロニー対策も高齢者施設にろくな対策を講じませんでした。施設では、防護服も防護ゴーグルも配布されず、介護士はマスク1枚で入居者の介護を行っていたんです。」

「で、お母さんは、トイレで立てない証拠は?」「ありません。お医者の判断でもありません。私は、隣に建てた、この会社の別の施設、有料老人ホームが関係していると思います。介護士を増員していないんですから。」「増設して、増員していない?それで介護が行き届くんですか?」

暫く腕組みをしていた、伝子は「よしっ!作戦開始だ。」と、立ち上がった。

山城の祖母和子が入居している、『サービス付き高齢者向き住宅どこでも』事務所。

車椅子に乗った福本日出夫が施設長佐野美紀子の向かいに座り、福本英二が施設長の横で書類を書いている。「これでよろしいですか?」と英二が言った。福本はキャッシュを施設長の前に積んだ。「はい、結構です。」

祥子が廊下に出て、スマホで連絡した。依田、松下、本田が荷物を手際よく運び込んだ。部屋は山城の部屋の隣だ。

福本は、「専属の介護士さんです。」と、施設長に紹介した。介護士に扮した綾子と栞が荷物運びの隙間を縫って入館した。

既に、山城の友人として山城和子の部屋に入室していた高遠が合図を送った。

するっと、入室した綾子と栞が手際良く和子をトイレ誘導した。高遠は、山城と談笑しながら撮影した。

10分後。綾子と栞が退館した。1時間後。福本と日出夫は、車椅子移動車にさっと乗って、「食事」に出掛けた。

更に、10分後。依田、松下、本田がトラックで帰って行った。また、別行動で高遠が施設を出た。

その頃、山城のアパート。順と山城家のケアマネジャー平本と伝子が向かい合っていた。「これを見て下さい。あなたが言う『2人がかりでも介助できない程』ふらついていますか?」

「たまたまでしょう。」「じゃ、1週間、いや一ヶ月試しますか?あなた、山城さんに脅迫めいた言葉も吐いたそうですね。」と伝子が言い、「退職した施設従業員の何人かから聞き取れました。施設は自転車操業のようですね。離職者が多くて、新しく作った隣の施設の介護職員もなかなか応募者がいないのだ、と。全くのブラック企業だって言っていましたよ。」と、愛宕が言った。

「あなたは?まだご紹介頂いておりませんでしたが。こちらのお孫さん?」「みたいな者ですが、警察官です。あなた、施設から『山吹色の饅頭』を貰いませんでしたか?」

「ははは。まるで、時代劇だ。賄賂を貰ったとか言っています?」「あなた、自動車のローン、返せてますか?順調に。」平本は黙った。

1時間後。介護施設。便利屋のトラックが着いた。佐野が怪訝な顔をして、「何かの間違いでは?」とトラックの運転手に尋ねた。運転手は契約書を見せた。瞬く間に福本日出夫の荷物は消えた。

30分後。みちるとあつこが制服姿で現れた。「この男に見覚えは?」「はい。」「こいつは窃盗団の親玉です。」「荷物は?」「先ほど、便利屋さんが・・・あ、名刺を預かっております。」「指紋が着いているかも。巡査。ビニール袋を。」「はい、警部。」みちるがあつこにビニール袋を差し出し、手袋を嵌めたあつこが名刺を入れた。

「他に残して行ったものは?」佐野はキャッシュの入った鞄と契約書を差し出した。

「後日、署から捜査員が来るかも知れません。ご協力ありがとうございました。」と、二人は敬礼して出て行った。

30分後。「これで、トイレ誘導を再開させて頂きますね?介護計画も練り直して下さい。何なら専門家に改めて検証させましょうか?医療の専門家じゃないでしょう?あなたも施設の介護士さん達も。」伝子の合図で高遠はICレコーダーのスイッチを切った。

翌日。南原の病室。

南原は『涙くんさよなら』を歌っている。

 

看護師の付き添いでやって来た、服部がギターを弾き歌い、南原と伝子も一緒に歌っていた。「看護師さんが、教えてくれてね。再会出来て良かったよ、南原。」と服部が言った。

「彼は服部源一郎。コーラス部誘ったんだけど、方向性が違うって。」と南原が言うと、伝子は「仕方ないさ。クラシックが主流のコーラス部じゃな。先輩達は頭が堅かった。」

「やあ。また盛り上がってるなあ。」と久保田管理官が言った。「大文字君、少し質問があるんだが。お母さんは介護士?」「元介護福祉士です。復職しました。」と伝子が応えた。

「では、逢坂栞先生は?」「介護士初心者研修の資格があります。」「では、何故、白藤みちる巡査と渡辺警部は介護施設に存在しない窃盗団を追いかけて行ったのかな?何故福本日出夫は介護施設に一日入居しようとしたのかな?」

「意地悪言わないで下さいよ、管理官。」「何とかしておくよ。」管理官は苦笑いをし、やがて高笑いに変わった。

―完―

 

 

 

 

 

 

 



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17.真面目な婚約者

依田は、久保田夫妻と共に結婚式場の下見に来ていた。すると「泥棒!」という声が聞こえた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

渡辺あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

藤井康子・・・伝子の隣人。

本庄院長・・・本庄病院院長。

池上葉子・・・池上病院院長。高遠の中学の卓球部の後輩彰の母。彰は他界している。

筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

松下宗一郎・・・福本の元劇団仲間。

本田幸之助・・・福本の元劇団仲間。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京企画室長。

小田祐二・・・やすらぎほのかホテル東京社長。

柴田管理官・・・警視庁管理官。

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あつこのマンション。

あつこは、裸のままベッドから出ながら、久保田に声をかけた。

「ダーリン。まこちゃん。早くしないと遅れるわよ。」久保田は慌てて起きて食堂に行くと、もうあつこは着替えてトーストにはちみつをかけて食べていた。

久保田はコーヒーを啜り、トーストをかじりながら、あつこに尋ねた。

「ねえ。あっちゃん。一つ聞いていいですか?」「三つまでなら許すわ。」

「あの。何で僕を選んでくれたの?」「ああ。お見合い写真?なんで、僕みたいな朴念仁と?何で僕みたいな野暮天と?何で僕みたいな唐変木と?何で・・・。」

「無理矢理例えなくていいよ、もう。しかも、三文字。」「真面目そうだったから。納得した?」

伝子のマンション。

朝の出来事を聞いていた一同が爆笑した。

「『あっちゃん、まこちゃん』、だって。」と、依田が腹を抱えて笑った。蘭が「もう新婚さんなんだ。挙式は来月なのに。」

「皆、笑いすぎだぞ。ここは大人の対応だろ?」「副部長、大人の対応って?」と福本が言った。

「ぐっとこらえてやれ、って言いたいのよね、物部君は。」と栞が扇子で口元を隠している。

「愛宕にまで笑われるとは。話すべきじゃなかった。」「済みません、久保田先輩。」

「あ。白藤は同期だったよな。何か聞いてないか?」「んんん。真面目じゃダメですか、久保田先輩。」「ダメって訳じゃあ・・・。」

「僕の推理、聞いてくれる?」「なんだ、学。分かるのか?」

「これくらいワトソンでも分かりますよ、伝子さん。久保田刑事は久保田管理官の甥御さんに当たるんですよね。渡辺あつこ警部は久保田管理官の直属で、あちこちの部署に一時的に配属されていた。ここまでは合ってますよね、愛宕さん。」

「ええ。そうです。」「渡辺警部は久保田刑事の情報は所謂『釣書』以上に入手出来た。」

「他の見合い候補者は釣書以上の情報は取り寄せ難かった、ってことか、学。」と伝子は尋ねた。

「高遠さん、すごーいい。そういうことかあ。」と祥子が感心した。

「なんか楽しそうですね、みなさん。」と山城順が入って来た。

「山城。久保田刑事は来月結婚するんだよ。」と、愛宕が言った。

「あ、おめでとうございます。その節はお世話になりまして。」と、山城が頭を下げた。

「それで、どうなりました?と久保田が尋ねた。「はい。お陰様で、すっかりケアマネジャーさんは反省しまして、代わりのケアマネジャーさんと潔く交代しました。介護士さんたちもちゃんとトイレに連れて行ってくれます。」

「うちの母も、そこにいる栞も有資格者だからね。彼らのでたらめはすぐ分かったらしい。」と、伝子が言い、「また困ったら相談して。」と栞が言った。

「依田。そろそろ時間じゃないのか?」と伝子が言った。「そうですね。久保田刑事。マリッジブルーなんか吹き飛ばして下さい。みんなお似合いだと思っていますよ。」と、依田が言うと、「流石名MC。MCと言えばヨーダでしょう。」と福本が茶化した。

結婚式場。進行企画室。

「随分変わったなあ。中谷さんの事件の時と大分違う。」と、依田が感心した。

「あの時は無かったと思いますが、屋上にヘリポートがあります。久保田さん達の披露宴会場の部屋から、非常時に脱出出来ますのよ。」と進行企画室にいた彼女は説明した。

そこへ、社長の小田が出てきた。

「あ。いつもお世話になりまして。」「依田さん、また回りましょう。こちらが新郎新婦になられる・・・」「はい。久保田誠さんと渡辺あつこさんです。」と依田が紹介した。

「お似合いですなあ。お二人とも警察官だとか電話でおっしゃっていたが。立派な式になるよう、スタッフに葉っぱをかけて起きましょう。担当は企画室長の姪が担当します。」

「企画室長の小田慶子です。改めまして、よろしくお願いいします。」と慶子が挨拶すると、久保田とあつこも「よろしくお願いします。」と挨拶した。

「ちょっと、休憩がてら、披露宴会場を見ていただけますか。今、披露宴が終わったばかりでスタッフが片付けに入る所ですが。」

披露宴会場。

「やっぱり違うなあ。格が違うと凄い豪華。MC気後れしちゃうな。」

「あらあ。依田さんでも緊張することあるの?」「失礼だなあ。」と依田は苦笑いした。

「あ。ひとつ注文していいですか?小田さん。」「何でしょう?キャンドルサービスですが・・・。」「あ。それくらいなら推理出来ますよ、俺にも。キャンドルに細工して、火を点けさせ難くする輩。」

「勿論、対策はしてあります。キャンドルは、テーブルの上の物を、スタッフが別の物と入れ替えます、火を点ける寸前に。おっしゃる通り、そういう人ってどこにもいらっしゃるので、新郎新婦の困る顔見たくていたずらするんでしょうけど、二人にとって、トラウマになる場合もあるんですから。」

「良かった。」「まこちゃん。大丈夫よ。もしそうなっても、依田さんがうまく処理してくれるわ。言ってたでしょ、高遠さん達が。」「MCと言えばヨーダでしょう、ですか?」

「それは頼もしいわ。よろしくお願いします。」と小田が微笑した。

その時、隣の披露宴会場から、「どろぼー。」「捕まえてー。」という声が聞こえた。

久保田とあつこは頷くとダッシュした。

「気の毒な犯人だな。」と、依田が呟いた。

あっという間に、あつこと久保田が取り押さえた。警備員がやって来た。

「俺だ。」と、久保田が電話した。5分後。警察官が数名やってきた。

「丸髷署生活安全課の久保田警部補です。」「警視庁捜査5課の渡辺警視です。」と二人が挨拶すると、警察官達は敬礼し、祝儀泥棒の二人を逮捕、連行した。

「あれ?今の肩書き?」と依田が尋ねると、「あ。今朝言い忘れた。二人とも、昨日辞令が出たんですよ。」と久保田が応えた。

「久保田さん。当日の警備は?副総監も出席するんでしょう?」

「そうです。特別チームを編成してあります。ついでみたいに申し訳ないが、依田さん、大文字さんを説得して貰えないですか?」「もう話してあるんですか?」

「ええ。出席はするが、それ以上は、って。」「何とかなるんじゃないですか?いざとなれば、今みたいにお二人も動けるし。」「動けないわよ、私は。文金高島田も被るし。」

慶子は考え込んでいた。

伝子のマンション。藤井の部屋。みちる、祥子、蘭、栞、高遠が押し寿司の仕方を教わっている。「なんだ、男の高遠君が一番上手いじゃないの。みんな、見習いなさい。」

高遠が一人恐縮している。「みちる、帰ろう。久保田先輩と渡辺警部、じゃなかった、渡辺警視が祝儀泥棒の常習犯を逮捕したんだって。」「はあい。」

「高遠君、二人は披露宴会場の打ち合わせに行ったんじゃ無かった?」と栞が尋ねた。

「まあ。どこでも事件は起きますよ。そろそろ伝子さんを起こして来よう。」と、高遠は出て行った。

「あの夫婦も、事件を引き寄せてばかりだけどね。」と祥子が皮肉った。

「じゃ、皆で持ち寄って、移動しましょう。」と、藤井の号令で伝子の部屋へ皆は移動した。

着替えた伝子が奥から出てきた。「眠れた?」と高遠が尋ねる。「うん。まあまあかな。何、こんなに。」「押し寿司教室開いて貰ったのよ、伝子。」と栞が説明した。

「ふうん。私は学の押し寿司を食べよう。」と、伝子は高遠が作った押し寿司を摘まんだ。「え、わかるの?先輩。」と蘭が言った。

「うん。学の押し寿司は一番上手そうなものに違いないって思ったから。ダーリンだから。」「やられた。」と蘭は後ろに転げた。

一同は爆笑した。

丸髷署取調室。

久保田刑事と愛宕、みちる。それと、柴田管理官。

「という訳だ。損な取引じゃないだろ?」と、管理官が祝儀泥棒に言った。「旦那。都合良すぎるんじゃ?」「聞いたことないかな?アメリカじゃ、ハッカーを雇ってクラッカー対策しているって話。詐欺師を雇って、詐欺師対策しているって。」

「あ。映画で観た。じゃ、俺たちは、その格好いい役?」「そ。格好いい役よ。」と、みちるが言った。

「じゃ、これね。サインして。」と管理官が書類を出した。「旦那、判子持ってないけど。」「拇印でいいよ。」と、久保田が朱肉を出した。

本庄病院。「良かったね、南原さん。来月初めには退院出来ますよ。」と本庄医師が言った。「結婚式。間に合うかな?」「結婚式?」「大文字先輩の後輩の愛宕さんの先輩の久保田さんの。」「ああ。来月でしたか。」「服部も来いよ。大文字先輩に言っとくから。」

「いいけど。警察関係者の結婚式なんて初めてだな。」

福本家2階。福本が、劇団仲間たちと車座になって話している。「おおごとだなあ。でも、面白い。」と松下が言った。

「レンタル、ギリだけど、間に合いそうだよ。」と本田が言った。

「ホンは?」と、祥子が言った。「高遠に任せた。ザックリな奴。後は、アドリブな。」と福本が言うと、豊田が「ザックリねえ。」と、笑った。皆はつられて笑った。

スーパー。みちるの姉、高峰くるみがサービスカウンターで高遠と伝子の相手をしている。店長がやってくる。「『これはこれは』、大文字様。いつもお世話になっております。高峰くん。大量のご注文だとか。」「はい。」「大文字様。特別に2割引にさせて頂きます。高峰くん、総計から2割引にして。」「はい、店長。」「恐縮です。店長さん。」

「パーティーですか?」「ええ。結婚式の披露宴の余興です。」「なるほど。これからもご贔屓に。」と、店長は上機嫌で去って行った。

「大文字さん、お子さんの兆候は?」と、くるみが声を潜めて伝子に聞いた。

「まだです。」と伝子は普通の声で応えた。「みちるのところもまだみたい。まあ、待つしかないわね。」「何か?」「母がね、煩いのよ。」「うちもです。」「僕は、嫌味言われています。」3人は笑った。

サービスカウンターを覗き込んだ男が言った。「ひょっとすると、大文字先輩?」「今井かあ。今、何やってる?」「会社員だけど、テニスのコーチやってます。」「私は翻訳家だ。時間あるか?」「はい?」

本庄病院。南原の病室。服部が付き添って歌を歌っている。

「南原。来月退院出来るって?良かったな。服部も来いよ。」「俺、部外者だし。」「私は関係者だ。披露宴だけだ、参加するのは。お前も来いよ。」と、伝子は服部を誘った。

「分かりました。」と服部が応えるの確認してから伝子は「今井も来いよ。賑やかな方がいい。花嫁が喜ぶ。花嫁はな。私の妹分みたいな奴だ。きっと、喜ぶ。」

「ああ、行けそうなら・・・。」」「決まったな。学。帰ったら掃除だ、掃除。掃除だぞ。」「はいはい。何回も言わなくても、今日は僕の掃除当番です。」

翌月初旬。本庄病院。

南原がMRI検査室に入っていく。

検査準備室。男が二人入って行く。検査技師をスタンガンで倒す二人。操作パネルを操作しようとしたところに声をかける伝子。「もう本当の検査は終わっているよ、今井。いや、今井の振りした誰かさん。」

今井と名乗っていた男と、もう一人の男は振り向きざまに伝子の手刀で倒された。

入って来た中津刑事。「後は任せて。大文字さん、間に合うんですか?」

「なんとかね。ドクターヘリを用意して貰いますから。」と言いながら、警察官達と入れ替わりに検査準備室を出た。本庄医師と池上葉子が待っていた。「さ、急いで屋上へ。」

「服部。南原のこと頼むぞ。」「任せといて下さい。ちゃんと退院させますよ。」

その頃。久保田刑事の披露宴会場。

会場にいた招待客の中から一人の女が仮面を着け、天井に向け拳銃を撃った。そして、副総監に拳銃を突きつけた。どこからか現れた3人の仮面の男が袋を持っている。

「そこのMCの男!」と女は言った。「は、はい。」と依田は縮み上がった。

「そいつらを手伝って、拳銃、スマホを回収しろ。」と依田に命じた。

暫くして、回収が終わった。拳銃を持っていたのは、久保田管理官と副総監のSPたちだけだった。仮面の男達は、部屋の奥にある掃除用具入れに袋を収納した。招待客は皆、会場の部屋の隅に退いた。

「やっぱり、あんただったのね。牧村みどり。副隊長から昇格させてあげたのに。」と、あつこが言った。「こんなことしたくなかった。でも、どうしようもないのよ、隊長。」と、みどりが仮面を取った。

「国賓館の時も、志願したのはあんたの雇い主から指示があったから?」「よく分かったわね。」

本庄病院の屋上。「急病人じゃないんですか、本庄先生。」「急病人が出るかも知れない所に行って貰う。」「追って、警察から連絡が入ります。警察関係のお仕事よ。高遠君、怖がっていないで早く乗りなさい。」と池上葉子は言った。

披露宴会場。「牧村君。血迷うな。君の仕事ぶりは渡辺君からよく聞いている。将来のことを考えれば・・。」「将来?血迷っているのは管理官でしょ。こんなことして、将来があるはずがない。」

「MC!」「は、はい。」「一緒の女と副総監を立たせろ!」依田が慶子と副総監を立たせると、今度は「副総監を跪かせろ!」とみどりは命令した。

「木村達也を覚えているか?」と、みどりは副総監に尋ねた。「いや・・・。」

「20年前。お前が盾にした為に犬死にした刑事だ。私はずっと、お前の復讐がしたかった。」

「それは違うな、牧村。」と、仮面の男の1人が仮面を脱いで言った。「お前の従兄を殺したのは、副総監じゃない。お前に事実誤認をさせた男こそ、真犯人だ。お前の復讐しようとしている相手が違う。」「筒井さん。本当のことなのか?・・・いや、嘘だ!!」

みどりが拳銃の引き金を副総監に引こうとした瞬間、部屋の隅にいた松下や本田が紐を引いた。途端に、天井近くにあった箱からテニスボールが降ってきた。ボールはみどりの方に転がっていく。

思わず、みどりが拳銃をそらした。その時、飛んできたテニスボールが、その拳銃を吹き飛ばした。「観念するんだな。皆さん、遅れて申し訳ない。衣装替えに手間取ってしまってね。」と、バットウーマンコスプレの伝子が言った。

近くにいた副総監のSPが副総監を待避させ、久保田管理官がみどりを確保した。入って来た柴田管理官が久保田管理官に手錠を渡し、久保田管理官はみどりに手錠をかけた。

そのみどりの腕を筒井がたくしあげた。麻薬か覚醒剤か、沢山の痕跡があった。

「やはりか。」と、筒井は呟いた。みどりは柴田管理官の部下が連行した。筒井も姿を消した。

仮面を着けていた残りの2人が、仮面を取り、柴田管理官に拳銃を渡した。「旦那。所持品は、奥の掃除用具入れです。」「よくやった。」2人は愛宕とみちるに連れられ、出て行った。祝儀泥棒の二人が、不審な三人組を柴田管理官に通報し、三人は密かに逮捕され連行されていた。

慶子が掃除用具入れを解錠し、警察関係者に所持品を渡して行った。

依田は呆然としていた。「おい、大丈夫か、ヨーダ。」という高遠の声に正気を取り戻した。

「高遠。じゃ、あれは?」「おねえさまに決まっているでしょ、依田さん。」とあつこが言った。「着替え終わったようだな。」どこからともなく、伝子が現れた。

「さ。続けましょうか、未来の旦那さん。」と慶子が声をかけ、披露宴は再開した。

伝子のマンション。「じゃあ、警察のヘリが間に合わないから、ドクターヘリを使ったの?」「池上先生に僕から頼んで貰った。スーパーヒーローの弱点は、同時に複数の現場に出向けないことだからね。」と高遠が言った。

「早着替えは、祥子が予め教えておいたんだよ、先輩に。サチコの世話で作戦に参加出来なくて悔しがっていた。」「そりゃ悔しいわよ。」と、福本の言葉に祥子が反応した。

「俺たちは参加出来て嬉しかった。芝居の仕掛けをあんな使い方するなんて、高遠さんって、やっぱ凄い。」「同感。」「凄い凄い」と、松下、本田、豊田が口々に言った。

「照れるなあ。」と高遠は赤面した。

「流石、小説家、ですよね。」と愛宕が続けた。「みんな、あんまり褒めるなよ、つけあがるから。」と、伝子が言った。

「でも、よく間に合ったわねえ。」と栞が感心した。「間に合わない時は、新郎新婦が何とかするって言ってくれたから。犯人の目星はついていたからね。衣装替えが手間取ってって言ったら、皆黙ってて。」

「大文字。受け狙ってたのか?大したもんだ。これ、領収書。高遠、払ってくれ。今回はレンタルなし。実費な。」と、物部が言った。

「私も行きたかったな。」「南原はどうなんだ、その後。」「最終的な抜糸は来月です。でも、もうあまり痛まないですね。」と、南原が言った。

「楽しそうな倶楽部だな。」と、服部が言い、「倶楽部?」と南原が返した。

「みたいなもんでしょ。」「中年探偵団って言う人もいるけどな。」

「そうだ、何で、今井って人物が偽物って分かったの、伝子さん。『掃除』を3回言われたから『調子を合わせろ』の暗号ってすぐ分かったけど。」

「実はな。今井は死んでいるんだ、小学校の時。」と伝子が言うと、「でも、卒業アルバムには、クラスや部活の仲間と写っている?親御さんの希望ですか。」

「さすがは教師だ。その通り。死んだ息子は、皆と卒業したかったに違いないからって。」

「で、あの犯人は卒業アルバムを見て、久しぶりだから、分からないだろうと。偽物に扮した。名簿詐欺の名簿ですね。」と、愛宕が続けた。

「それで、南原の検査に襲ってくるだろうと張り込んだんですね。」

「多分、他の事件があれば、時間稼ぎが出来る、と計算したんだろうな。あ、愛宕。20年前の事件って?」「アンタッチャブルって。久保田先輩は調べるなって。」

「そうか。復讐劇だったことは分かった。副総監の替え玉を狙撃したのも、国賓館の事件(「大文字伝子が行く13」参照)の黒幕も、牧村みどりだったんだな。筒井が腕をまくって注射痕を確認していたから、何らかの組織も絡んでいるに違いないな。」

「あ。そうだ。ヨーダ。いつ婚約するの?社長が付き合っているって言ってたぞ。」と高遠は言った。

「あ。」、と依田は絶句した。「すまんな、蘭。依田の嫁は蘭がいいと思っていたが、あの社長はどうもヨーダのことがお気に入りでな。ゴルフに誘ったりする位で、姪をキャディーにして観察させていたらしい。姪の慶子の一目惚れで、久保田刑事の結婚式をいい機会だから、と付き合いさせたらしい。」

「私はいいわよ。依田さん、素敵だけど、譲るわ、その人に。私、まだ若いし。」と、蘭は言った。

依田は暫く考えていたが、「折りを見て、正式にします。」と泣いた。

「泣くことはないだろ、依田。おめでたいことじゃないか。なあ、逢坂。」と物部が言った。「そうよ。依田君。少し早いけど、おめでとう。」と栞が言った。

皆も口々に「おめでとう。」と、言った。

「しかし、バットウーマンかあ。見たかったなあ。」と服部が言うと、「僕もだ。」と、南原が同調した。

「バットウーマンは見られなかったのが残念なら、ヨーダ、あれ、見せてやれよ。」と福本が言った。

依田はスマホに保存してある、学祭の時のワンダーウーマンと事件の時のワンダーウーマンの姿の伝子を服部に見せた。ついでに、チアガール姿も。

「凄いなあ。南原はこんな凄い先輩と親交があるんだな。羨ましい。」と服部が言うと、「お前も既に『準レギュラー』だよ。」と南原が笑った。

そこへ、山城順が現れた。「あ。もう一人、準レギュラーだ。」と福本が言った。

「あのー。先輩。高遠さん。皆さん。先日はお世話になりました。(「大文字伝子が行く16」参照)」

「ああ。山城、紹介しよう。南原さんと同じく、大文字先輩の高校の後輩で服部さん。」と、愛宕が言った。「あ、よろしく。」と、山城が皆に頭を下げて回った。

「僕はコーラス部じゃなかったけどね。」と服部が言うと、「部活の後輩でないパターンは初めてだけど、ようこそ、中年探偵団へ。」と、高遠が言った。

「これ、何がいいか迷ったんですけど。」と山城は商品券を高遠に差し出した。

「そんなの、いいですよ。ボランティアなんだから。」と高遠が言うと、伝子は「いいよ、学。おばあちゃんに言われたんだろ。貰っておこう。」と言った。

祥子、みちる、藤井がカツサンドを運んだ。

「さ、沢山召し上がれ。今回はみちるちゃんと祥子ちゃんが作ったカツサンド。皆で点数点けて。」

そこへ、久保田管理官がやってきた。「大文字君。牧村みどりの黒幕はいなかったよ。20年前の事件の恨みが原因だ。弱みを握った者を配下にしていたらしい。」

「じゃ、当面、副総監が狙われる心配はないんですね。」「ない、と言いたいが別口があるかも知れん。ま、事件は解決した。誠達も安心して新婚旅行に旅立った。大文字君や中年探偵団には非常に感謝している、と言っていた。」

「管理官もどうですか?おいしいですよ。」と、蘭が管理官にカツサンドを勧めた。

「うん。うまい。誰が作った?」「私と祥子さんです、管理官。」と、みちるが言った。

「白藤が?料理苦手と言っていたが。」と管理官が感心し、「お隣の藤井さんは元料理教室の先生なんです。」「いい師匠に恵まれた訳ですな。藤井さん、今度甥の嫁にも教えてやって下さい。」「はい。いつでも。」

「渡辺警部、いや、警視も料理苦手なんですか?」と高遠が言った。

「料理、じゃないわね。私食べたことあるの。あれ、サチコなら即死よ。」とみちるが応えた。

「料理苦手な人間が言う台詞かよ。」と愛宕が呆れて言った。一同は爆笑した。

試食会はまだまだ続く。

―完―

 

 



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18.夫婦喧嘩

久保田夫妻の夫婦喧嘩の原因は、引っ越しのことだった。伝子は仲間と共に動き出す。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

藤井康子・・・伝子の隣人。

筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤めている。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京企画室長。

中津刑事・・・警視庁刑事。

高峰くるみ・・・みちるの姉。

青木新一・・・Linenの得意な高校生。

 

========================================

 

あつこのマンション。

「何やってんのよ、もう!!」とヒステリックな声が聞こえた。

外で、愛宕とみちるが顔を見合わせている。数秒後。愛宕は伝子にLinenでSOSを送った。

そっと、ドアを開ける愛宕。

「久保田先輩。」気がついた久保田がパジャマのまま走って出て行く。「くらーーーっ!!」

あつこが鬼の形相で出てくる。「落ち着いて、あつこ。」みちるがあつこを羽交い締めにし、愛宕に合図を送った。

急いで、愛宕は久保田を追いかけた。100メートル程走った所の電柱の前で、久保田はしゃがんでいた。

伝子の車がその側に止まった。「久保田さん、乗って。」

伝子のマンション。

「俺と身長その他が似ている、ってよく分かったな、大文字。」と物部が言った。

「こういう時に頼れるのが副部長ですよね。」と高遠が言った。

「調子いいこと言うなよ、高遠。何があったんだ?」「夫婦喧嘩らしい。」

「夫婦喧嘩はサチコも食わないぞ。しかし、えらい落ち込んでいるな。」「腕力では渡辺さんに叶わないですしね。」と高遠が言った。

「あつこの方は、みちるが抑えて、事情を聞いているらしい。」と伝子が言った。

「で?喧嘩の原因は?」「忘れたんだよ。結婚指輪の入ったバッグ。」「式場か。」

「それと、少年のバスジャック事件があっただろ?少し前に。」「ああ。あの時に久保田さんも借り出されたんだよ。で、忘れた。」「何を。」

「引っ越し業者への申し込み書。明日、引っ越す予定だったらしい。」

「引っ越し業者への申し込み?渡辺警視のマンションじゃなかったのか、新居は。まあ、お嬢さんだからなあ。結婚指輪はまずいなあ。」

「僕らの場合は、僕が転がり込んだだけだからね。挙式の前に書類出す予定だったけど、事件で失念した。書類の件で、ひょっとしたら、って調べたんだろうね。いずれにしても、伝子さんが仲に入るしかないですよね、副部長。」と高遠は物部に言った。

「その通りだ。」「僕らが出来るのは引っ越しの手伝いくらいかな。でも、どれくらいの量か分からないと、新しく引っ越し業者見付けるにしてもなあ。」

「さっきからずっと、塞ぎ込んでいるんですよ。物部さんも手伝ってくれませんか?」と、愛宕が言った。

「俺が?いいけどさ。あ。高遠、コーヒーいれてくれ、例のやつ。」

「はい、副部長。」と高遠が応え、「あっちは栞に頼んでおいた。」と伝子が言った。

そこへ、山城順が入って来た。「もう。みんなチャイム押さないんだから。」

「こんにちは。今日非番なんで、お言葉に甘えてお邪魔しに来ました。」「お言葉に甘えて?」「あ、僕が言いましたが・・・。」

「これ、渡しそびれていた名刺です。」「あの時の便利屋さんって、山城さんの会社だったの?」「はい。」

高遠と山城の会話を聞いていた、福本が「ねえ、あんたの知り合いに運送会社あるの?」

「はい。」「あの時の荷物より大量の引っ越しがあるんだけど、融通効くところないかな?」

あつこのマンション。

みちるがドアを開けると栞が立っている。「祥子ちゃん、蘭ちゃん、みちるちゃん。ご苦労様。大分暴れた後があるわね。男って、ほんとだらしない動物ね。まあ、私の死んだ亭主は例外だけど。」

大量の箱を下ろした栞の後ろから高峰くるみが、ミルクの箱を抱えて登場した。

「みちる。これでいい?パーティーやるの?私も参加していい?店長がまた2割引にしてくれたわ。」

伝子のマンション。

「決まりだな。久保田さんから聞いた荷物は4トントラック2台で運べる。しかも、予定通り明日だ。」福本が言った。

「あまり知られていないけど、大口の運搬ほど、ドタキャン出ることがあるんですよ。キャンセル料は払って貰うけど、運搬拘束時間がパア。で、キャンセル待ちもう仕込んでおいて、問い合わせたタイミングでキャンセルあったら、商談成立。便利屋は小回りきくんでね。やっと先輩のお役に立てる日が来たんだ。」

「いい心がけだ。」と物部が言った。「頼もしいぞ、山城。」と伝子が言った。

久保田は土下座した。「感謝します。」「あ。止めてください。そいうの。」と山城が言った。

福本が会話に割り込んだ。

「そ。ビジネスライクで。料金しっかり貰えばいい。運送会社も便利屋の山城さんも。」「え?」「相談料でしょ。それから、久保田さん。指輪はヨーダと慶子さんが必死に披露宴の出席者に当たっていますから。会場には、当日忘れ物がなかったそうだから、会場を出る時に誰かの荷物に紛れこんだんでしょう。」

チャイムが鳴った。運送会社のユニフォームだ。伝子が応対して、久保田は契約書にサインした。支払いはクレジットにして。

あつこのマンション。

伝子と高遠が訪れると、すっかり女子会になっていた。

くるみと栞が持って来たシリアルとミルクは、メンバーの『別腹』に収まっていた。

「大丈夫かな?栞。」と伝子が栞に尋ねると、栞は頷いた。

後から入って来た久保田が「あつこさん。ごめんなさい。」とあつこに深く頭を下げた。

「今夜は徹夜でセックスします、覚悟なさい。」とあつこが言うと、一同は素知らぬ顔をした。

「副総監に早く『大甥』か『大姪』の顔を見せてくれって言われているらしい。」と久保田が言うと、「ばらすな!」とあつこが怒鳴った。一同は吹き出した。

「今、ヨーダと慶子さんが指輪の行方を追っていますから、待ちましょう。」と高遠は締めくくった。

翌日。あつこのマンションから、新久保田邸に行く途中で、突然運搬トラックが消えた。予定時間が過ぎても到着しないので、運送会社に連絡すると、迎えに行ったが誰もいなかったので、空のまま帰ってきた、という。連絡先番号はあつこのスマホの番号にしていた。久保田は、署に行ってから、愛宕達と、新久保田邸で待っていた。

「こんなことなら、ガラケー持たせておけば良かった。」と久保田は嘆いた。伝子の亡き伯父が開発したガラケー追跡システムのことである。

伝子は福本に連絡、こちらに向かわずにあつこのマンションに行くよう指示をした。久保田と伝子達はあつこのマンションに向かった。空っぽだった。マンションの管理人に尋ねると、普通に大きなトラックでの引っ越しが行われたが、またトラックが来て、空のまま帰って行った、という。

福本の車が到着した。サチコを連れて来ている。「匂いどうする?」と福本が高遠に尋ねた。「久保田さん。渡辺警部、いや、警視が使っていたもので特定出来るものは残っていないですか?」

「困ったなあ。」皆であちこち探していたが、高遠が風呂場から声を上げた。

「これなんか、どうですか?」と高遠が久保田に言った。ピンクと黄色のタオルが残されていた。

「これだ。黄色のタオルは私。ピンクのタオルは、あっちゃん、あつこのだ。」と久保田が叫んだ。

「お待たせしました。」いつかの警察犬トレーナーと数匹の犬が入って来た。

トレーナーはまず、ピンクのタオルをサチコに嗅がせた。サチコが走り去った。続いて警察犬たちに次々嗅がせて、警察犬たちは走り去った。

「じゃ、本部に戻るか。」と久保田管理官が後から入って来て、言った。「本部って?」と高遠が言うと、「決まってるだろ、高遠君。新久保田邸だよ。誘拐犯からの電話を待つんだ。」

新久保田邸。

高遠達が入ると、空っぽの邸内に警察官が大勢いた。逆探知班が設置を終え、待機している。管理官は声を上げた。

「みんな、聞いてくれ。誘拐は48時間がタイムリミットだ。それ以降は命の保証はない。連中が奪ったのは、引っ越しの荷物じゃない。トラックに同乗した渡辺警視の身柄そのものだ。心してかかれ。」

筒井が入って来た。伝子がすかさず尋ねた。「筒井。何か情報があったのか?」

「うん。管理官。例の倉庫で取引していた半グレの関連がありそうな会社が密かに『引っ越し』していたようです。」

「ううむ。渡辺君への報復か。」と管理官が言うと、筒井は去って行った。

南原が伝子に耳打ちし、スマホの画面を見せた。「青木君か。引き続き調べて貰ってくれ。」

1時間後。電話が鳴った。久保田刑事が電話を取った。逆探知班が待機していた。

「もしもし。」「あんたが旦那か。」「そうだが。」「嫁は預かっている。」

「要求はなんだ。冗談で誘拐はしないよな。」「流石、久保田刑事。まず金を貰おうか。」「いくらだ。」「5億。」「高いな。」「安いもんだろ。警視庁のスーパーガールだし。ああ、あんたの取り巻きにワンダーウーマンもバットウーマンもいるらしいが。」

「今。まず、って言ったよな。2番目は何だ?まだ要求があるんだろ?」

「流石だ、久保田刑事。ウチの兄弟会社の社員の解放。あんたらがパクった連中だよ。」

「1番目は、時間があれば用意出来る。だが、2番目はどうかな。担当じゃないし。検察も動かさなきゃならんし。取りあえず、1番目だけの取引を完了するってのは。2番目は、もっと上の方と取引したらどうだ。」「そうだな。まあ、いいだろう。あんたはまだ警部補になったばかりの下っ端だ。金もどうせ渡辺警視の実家から出るんだろう?」」「ご明察だ。」「じゃ、後で日時と場所を教えるよ。あんたがまずやるべきは、嫁の実家から金を工面することだ。12時間やろう。頑張れよ。」

通話は終わった。逆探知班の班長は首を振った。「だろうな。」と、久保田は呟いた。

久保田管理官は言った。「よくやった、誠。ありがとう、高遠君、大文字君。」

「予想通りでしたね。あの倉庫のあの状況から逃げた者がいたとはね。」と伝子が言った。「うむ。高遠君が言った通り、馬脚を現したようだ。『事情』に詳しすぎる。警察にスパイがいることはバレバレだ。」と管理官が続けた。

「身代金は?」と、伝子が尋ねると、「連絡しておこう。安く済んだ方だ。渡辺君の実家からすれば。」と管理官は応えた。

伝子と高遠は顔を見合わせた。

翌日。夕方4時。ある海水浴場の近く。10人の半グレ社員と久保田刑事が50メートル離れて向かい合っている。久保田刑事の側には愛宕がいた。

「目印が見えるだろう。そこに金をおけ。」愛宕が台車を押して、指定の場所に金を置いた。「よし。さっきの場所に下がれ。」愛宕は下がった。

「今度は、そっちの番だな。」と久保田が怒鳴った。

半グレの1人が、猿ぐつわとロープで拘束されたあつこらしき女を目印の地点に置き罪にすると、一目散に逃げた。久保田刑事と愛宕が目印地点に来ると、やはり偽物の女がいた。「ラリッてる。取り敢えず連れて帰ろう。」久保田は合図を送り、警察官達が近づいて来た。

半グレのアジトの会社。

大勢の警察官が、複数の警察犬と共に、受付にやって来た。伝子とサチコもいた。

「警察の者です。家宅捜索礼状が出ています。」と、中津刑事が警察手帳を見せた。

伝子とサチコは走った。

3階事務所。

社員?が一斉に伝子とサチコに襲いかかった。すぐに、中津と警察犬が追いついた。「大文字さん、ここは任せて。行ってください。」

伝子とサチコは事務所奥の部屋にたどり着いた。伝子は手刀でドアノブを壊した。

中には、あつこが縛られ、転がっていた。「おねえさま、危ない!」

警察犬を交わしてなだれ込んだ社員にあつこは体当たりした。サチコがその男に噛みついたら、男は痛がり、転がった。伝子はあつこのロープを解いた。

「信じていたわ、おねえさま。」あつこは伝子に抱きついた。数秒後、「サチコ、お手柄よ。」とあつこはサチコを撫でた。

1時間後。半グレの会社横の駐車場。4トントラックが2台止まっている。

半グレ社員達が帰って来た。「大津向井商会の大津だな。」と中津が声をかけた。

「意外と思うかも知れんが誘拐って罪が重いんだぜ。」たちまち大津と、その部下は警察官達に取り押さえられた。

夜。4トントラック2台は警察官が運転して新久保田邸に運搬。待っていた警察官達は手際よく家具その他を配置した。

結婚式場のレストランが用意した食事は全ての人に振る舞われた。

食事の最中に、依田が一段高い所から皆に号令をかけた。

「皆さん、注目してください。これが、久保田刑事が紛失した鞄、そして、結婚指輪です。引っ越し業者の引っ越し契約書も入っていました。」

おー、とどよめきが起こった。

翌日。

再び食事会に伝子や高遠は呼ばれた。

「どうやって、サチコを導いたの?」と祥子があつこに尋ねた。

「奴らがインターチェンジで休憩している隙にヘアピンで手錠を外して、色々細工したの。胸のペンダントには7つ道具が入っていてね、わざと腕に傷をつけて血を出し、ヘアピンに擦りつけて、三角窓の隅にヘアピンを貼り付けておいたの。」

「今回も青木君に世話になったね。『まいかる運送』に似たロゴで『まいから運送』っていうトラックが走っているって情報で、目撃情報を追うと、エリアが特定出来た。」と南原が言った。

「それで、エリア内に入ると、サチコ達が積極的に動き出した、ってことね。」と蘭が言った。

「それに、あのエリアに限ったネットの『会社の口コミ』が、あの会社は怪しいと教えてくれた。中津刑事も、小躍りした、なんて言っていた。で、伝子さんが駆けつけた。」と高遠が言うと、「今回は飛ばなかったけどね。」と、みちるが言った。

そう言えば、言いそびれていたが、あのシリアルの山は何だったんだ、みちる。」と伝子が尋ねると、「あつこはシリアルが大好きなんです。特にストレス溜まっている時。」とみちるが応えた。

「やはり、藤井さんに頼んで料理指導して貰うか。と伝子が呟いた。

「ところで。」と依田が思わせぶりに言い出した。

「久保田刑事の鞄、どこから出たと思う、蘭ちゃん。」

「わかんない。大体私行ってないし。」「先輩がワンダーウーマンならぬバットウーマンで現れたことは知ってる?」「あ、それは私が蘭ちゃんに教えたわ。」と、みちるが言った。

「ま、あのタイミングで現れることは急に決まったことだから、みんなびっくりしたけど、福本は知っていたんだよね。」

「うん。だから、ヘリポートに繋がる緊急通路に着替えを置いていたんだ。」と福本が応えた。」「で、先輩が登場。」「隙を見て出る積もりが、着替えたらもう瀬戸際だった。」と伝子が依田に続けた。

「先輩。着替えて出てくる時、着替え用の鞄、どうしました?」と依田が尋ねると、「会場の隅に置いてありませんでした?あの鞄。」「あ?通路に放り込んだ、邪魔になるな、と思って。私服に戻った時に、通路から鞄を引き出したが、その鞄はもっと奥にあったかも知れない。」と伝子は応えた。

「謎は全て解けた。」と依田が得意顔で言うと、「ええ?犯人はおねえさま?」とあつこが言った。

「申し訳ない!!」と伝子はあつこに土下座した。

「シェフ!シリアル頼んでいい?」と、高遠は言った。

一同は爆笑し、宴は続いた。

―完―

 

 



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19.ワンダーウーマン出没

あつこは怒っていた。折角の新婚旅行の最中に任務が・・・。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

藤井康子・・・伝子の隣人。

橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。祖父は副総監と小学校同級生。

 

========================================

 

「嫌よ!嫌!嫌!嫌!」と久保田あつここと通称渡辺あつこは叫んでいた。明日からは新婚旅行。結婚式を挙げてからすぐに新婚旅行に行かなかったのは、事件も絡んでいたものの、そもそも新居に引っ越してから行く予定だったのだ。

あつこが怒っていたのは、久保田管理官から、ある任務を拝命したからだ。「新婚旅行は一生に一度よ。やり直せないのよ、分かっているの、まこちゃん。」

「分かっているけどさ。君も警察に奉職しているんだから、分かるだろ?上意下達ってやつ。」「分かっているから腹立たしいのよ。こんなことになるのなら、引っ越す前に行けば良かったわ。」

「これ、辞令ね。後は頼むよ、誠。」と管理官は言って去って行った。

「誠っ!来なさい!!こうなったらセックスしまくってやる。」ネグリジェを着たままのあつこは夫の久保田の耳を掴んで、寝室に引きずって行った。

翌日。都内某所1。

宝石店から逃走する泥棒達。彼らは電動キックボードを駆り、バラバラの方向に疾走していた。その内の1台を追って、馬が走っていた。いや、ワンダーウーマンの格好をし、眼に赤いマスクを身につけた渡辺あつこが乗馬で追っていた。

瞬く間にビルを縫って走っていた電動キックボードをあつこは追い抜き、手錠を近くの車と犯人にかけた。そして、宝石店に引き返し、違う方向に逃げた電動キックボードに追いつき、同様の手錠繋ぎをし、最後の電動キックボードに追いつき、また手錠繋ぎをした。

宝石店に戻ると、すぐに馬を夫の久保田に渡した。久保田はどこかへ去り、あつこもいずこかへ消えた。マスコミがやってきたが、彼女が消えた後だった。

後日、高遠達がニュースで見たワンダーウーマンの画像は、近くにたまたまいた若者のネット画像だった。

翌日。都内某所2。

雑居ビルが燃えていた。消防が狭い路地が多すぎてなかなか入れない。どこからともなくやってきたワンダーウーマンが馬から下りて、はしご車を上っていく。ビルの5メートル先まではしご車が来たが、路地が狭すぎて入れない。5階の非常階段踊り場で下に降りれないビルの社員がいた。ワンダーウーマン、いや、あつこは彼を連れ、屋上に逃げた。

屋上に待機していたヘリの縄梯子に彼を固定したあつこは隣のビルに跳んだ。ヘリは上空に消えていった。

翌日。都内某所3。

川遊びをしていた親子が流された。馬に乗ってやって来たワンダーウーマンの扮装のあつこはロープの端を木にくくり、ロープを口に咥えて川に飛び込んだ。岩にしがみついていた親子にロープをかけた。後からやってきた警察官達が木のロープに重機に繋がったロープを結び、重機は後退しながら、親子を引き上げた。次いで、あつこも引き上げられた。

翌日。都内某所4。

ノックアウト強盗が女性を襲った。ノックアウトされたのは、強盗の方だった。

「真実のロープの前で真実を述べよ。」そう言った、あつこに強盗はすらすらと悪事を白状した。録音したボイスレコーダーを残し、ワンダーウーマン姿のあつこは去った。

翌日。都内某所5。スーパー駐車場。車上荒らしの男が警備員に見つかったが、荒らしていた車で逃走。猛然と逃げ続けた。

突然、車の前に馬が現れて、男は急ブレーキをかけた。馬から下りてきたワンダーウーマン姿のあつこは往復ビンタを男に食らわし、持っていたロープを使って、男と車を繋ぎ、馬にまた跨がり、悠然と去って行った。警察のパトカーが到着した時にはもういなかった。

翌日。都内某所6。男は、通りがかった女からハンドバッグを奪おうとした。女は悲鳴を上げ、駆けつけたワンダーウーマンの姿のあつこは『素手』でノックアウトさせた。すかさず去ったあつことは反対側の方向から警察官たちがやって来て、その男を逮捕した。

男が抵抗を見せたので、警察官の一人がある方向を指さした。防犯カメラだった。

翌日。都内某所7。女はレイプされる寸前だった。男は女の上着を剥ぎ取り、ブラウスやスカートをナイフで切り裂き、涎を垂らして近寄って行った。

「そこまでだ!」男が振り向くと、いきなりラリアートをかまされた。「早く逃げて!」「ありがとう、ワンダーウーマン。」と言って女は逃げた。

失神した男を近くの電柱に荷造りロープで縛り、撮った写真をあつこはEnstagramで送った。

男の首には『この男、レイプし損なった変態』というプレートが下がっていた。

翌日。都内某所8。横綱の優勝パレードが出発しようとしていた。暴漢が横綱に突進しようとしたが、ワンダーウーマンのあつこがナイフを叩き落とし、暴漢に張り手をかました。横綱は、思わず「ごっつぁんです!」と挨拶した。

翌日。都内某所9。首都高速をスーパーカーであおり運転する車があった。

その車の隣に並び、急ハンドルで路肩側に追い込んだ車があった。

ガードレールにたっぷりと傷をつけられたスーパーカーの運転手が降りてきた。

運転席にいた女は眼にマスクを着けたワンダーウーマンのあつこだった。「何かようか?あおり運転野郎。」

あつこは降りるなり、男の股間を3発蹴った。白バイがやって来た。男が何か言おうとしたが、「何かありましたか、隊長。」「指名手配犯を追っていたが、この馬鹿の妨害で取り逃がした。」「公務執行妨害ですね。」と、白バイの女性警察官が無線で何やら連絡した。程なくパトカーが2台やって来て、男は逮捕され、連行された。レッカー車も到着した。

翌日。名古屋市内。滝田会を襲撃する有本組。両者は元々1つの反社組織だったが、分裂した。激しい抗争が始まった。

そこへ、馬に乗ったワンダーウーマンを先頭に、バイクに乗ったワンダーウーマン、オープンカーに乗ったワンダーウーマンの一隊が到着した。そして、オスプレイが上空に現れた。ヤクザ達は、目の前にいる対抗組織やワンダーウーマン達より前に、オスプレイを打ち落とそうと躍起になった。

オスプレイから縄梯子で降りて来たのは、やはりワンダーウーマンの格好をした女だった。

ヤクザ達はめくら撃ちを始めたが、車や馬から下りたワンダーウーマン達の敵ではなかった。伝子は三節棍を使い、あつこはヌンチャクを使った。オスプレイから降りたワンダーウーマンはトンファーを使った。

十数分後、何台ものパトカーが到着した。全ての組員が逮捕連行された。

陰で見ていた男の肩を叩くワンダーウーマンがいた。眼のマスクを取った、大文字伝子だった。もう一人のワンダーウーマンが眼のマスクを取った。あつこだった。あつこは、いきなり一本背負いをかけた。伝子は拍手して言った。「お見事!」

その現場から少し離れた場所でスナイパーがライフルを構えていたが、誰が標的か分からないので、引き上げようとしていた。久保田刑事と愛宕がすかさず逮捕した。

翌日。伝子のマンション。

「というお話。管理官が警察内部にスパイがいるって言ってただろう?それが、その男、堀井。スナイパーの名前はまだ分からない。」

「じゃ、国賓館襲撃の黒幕?」と依田が尋ねた。「そして、サチコ襲撃の黒幕。」入って来た久保田管理官が説明した。「今回は、念入りの作戦だった。大文字夫妻の大手柄だな。」久保田刑事、愛宕、みちるも入って来た。

「え?高遠も知ってたのか?」「うん。筋書きは僕が考えた。僕らに送ってきた不思議な写真は、管理官が地元警察から送ってきた写真を僕がコラージュしたものだ。」

「敵を欺く為にはまず味方から、って昔から言うだろう?」と伝子が言った。

「私はギリギリまで替え玉。影武者ね。堀井は私とチームを組んでいたの。ヤクザ達の抗争は予め決まっていた。昔と違って『仁義ある戦い』なのよ。反社も普通の会社組織と変わらない。小さい所はいつも人手不足。だから、『短期派遣』が多い。半グレの方がまだましかも。とにかく、抗争の日は決まっていた。銃弾も最初の数十発だけ。後は空砲。おねえさまを狙っていたスナイパーの分は実弾だけどね。」あつこはため息を吐いた。

「ゴールが決まっていたからこそ、大文字伝子が10日間、ここそこに現れて抗争の日の当日は爆発エネルギーで奴らを一網打尽。そんな情報を流しておいた、スパイに。で、ヤクザ達はワンダーウーマンを返り討ちにして名を上げる予定だった。」と、久保田刑事は続けた。

「そこで、高遠さんが作った偽情報をどう扱うかで堀井の様子を伺った。」と愛宕が言うと、「公安は既に眼をつけていたのよ、堀井に。」とみちるが続けた。

「ワンダーウーマン軍団は、正しく『聞いてないよー』って状況だった。私は9日間、ずっと、ここにいた。仕事で缶詰だった。」と、伝子は言った。

「何しろ、大文字君は文武両道だし、悪党を蹴散らすのも得意だが、民間人の大文字伝子は隠し球にする必要があった。標的にされていたし。」と、管理官は言った。

「それで、渡辺警視が替え玉作戦を堀井に教えながら、監視していた、と。そうか。不自然な気がしていたんだ。ニュースで川に流されて、どうしてワンダーウーマンが駆けつけることが出来るんだろうって思ってた。先輩に予知能力がある訳じゃなし。あれ、ヤラセですか?」と福本が言った。

「それと、何で先輩がレイプ事件に駆けつけることが出来たのか?って思ったわ。このニュースは変、って思った。」と祥子が言った。

「夫婦揃って鋭いね。毎日続けて事件が起こるとは限らないからね。ノックアアウト強盗も、今はあまり流行らないし。コロニー流行ってから、減ったんだよ。」と、管理官は言った。

「警察の色んな部署が動いて・・・あ、オスプレイ。」と依田が叫んだ。

「あれは、副総監のコネだよ。」「はい、コネの橘一佐です。」と、女性自衛隊員が入って来て言った。

「ウチのインターホン、壊れていないんだけどな。」と伝子は呟いた。

「大文字伝子探偵。ぶっつけ本番は私の得意とする所ですが、あなたのあの動きは素晴らしかったです。流石、副総監が眼をつけるだけのことはあるな、と感心しました。因みに、私の祖父は副総監と同級生です、小学校の。」と橘は言った。

「何か盛り上がってるなあ。大文字が分身の術使えるとは思わなかったなあ。」と、物部が言いながら入って来た。「副部長。それどういうことです?」と福本が尋ねたが、返答したのは栞だった。「ニュースで流れているわ。私は本物を見分けられたけどね。」

「ニュース。報道管制敷いたのに、どこが抜け駆けしたんだろう?困ったな。」と久保田管理官は頭を抱えて帰って行った。

「インターネットよ。誰か撮影した人がいたのね。」と大文字綾子が言った。

「あ。みんな。当店でも公表だった、煎餅。ネット注文でひっぱりだこだそうだ。藤井さんのお陰だな。」

「ありがとう。大盤振る舞いよ。」と段ボール箱に入った煎餅を藤井の後ろから南原と蘭が運んで来た。

依田が、煎餅を頬張りながら久保田刑事に尋ねた。「話に久保田刑事の登場場面があまりないみたいですね。」「裏方だよ。それ以上は聞かないで。」と、久保田刑事も煎餅を囓った。

「あ、おねえさま。掛け合って頂いたお陰で、『本物の』新婚旅行ゲットしました。明日から20日間。」「おめでとう。」

おめでとう、の声は大きく輪唱した。

―完―

 

 

 



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20.トンファー

伝子は、南原の妹蘭からストーカーについて相談を受けた。だが、蘭が誘拐されて・・・


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

大文字(大曲)綾子・・・伝子の母。介護士に復職してから、通称を通している。

橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。祖父は副総監と小学校同級生。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤務している。

みゆき出版社編集長山村・・・伝子や高遠の原稿を取り扱う出版社編集長。

 

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伝子のマンション。

ヨーダこと依田は、橘一佐が戦闘に使ったというトンファーを弄っていた。

「ヨーダ。あんまり眺めていると眼が潰れるぞ。」と、伝子が揶揄った。

「本当っすか、先輩。」「そんな訳ないだろう。手垢で汚すなよ、ヨーダ。」と高遠が言った。

「何の合金かな。チタン?違うか。でも軽いなあ。高いことは確かだな。」と、福本が言った。

「ギャラの代わりですかね、それにしても、警察から武器貰うなんて。」と南原が感心していると、「何かのレプリカ、詰まり、オモチャ扱いらしいですよ。」と愛宕が説明した。

「まあ、先輩が使うと、何でも武器になりそうだけど。」と、みちるが言うと、「じゃ、この煎餅も武器になるかな?」と蘭が言った。

「なるかもよ。」と祥子が調子を合わせた。

「あつこさん達。本当に新婚旅行かな?また極秘任務だったりして。」と栞が言うと、「あり得るなあ。久保田管理官は狸だから。マスコミの対応見ても分かるよ。そりゃあ出世もするさ。」

「呼んだ?」と、当の久保田管理官が入って来た。

「上手そうな煎餅だな。」と盆に山盛りの煎餅を指して、「これが例の煎餅?」と管理官は言った。「はい。」

「うん。上手い。何て名前?」「まだです。」「まだ?ネット注文殺到だって愛宕から聞いてるよ。」「はい。『チーズ煎餅かっこかり』は、注文したお客のアンケートでネーミング決めます。」

「面白いねえ。それも、そこのマスターのアイディア?」と尋ねる管理官に伝子が「私の夫のアイディアです。」応えた。

「そうなんだ。高遠君。お茶くれる?」と気さくな口調で言う管理官に、「何か今日はご機嫌ですね、管理官。」と依田が尋ねた。みちるが管理官にお茶を出した。

「実はね、諸君。」と声を急に潜めた管理官は言った。「今日から3日間、女房が実家に帰っているんだ。で、思い切って、私も休暇を取った。独身気分って英語で何て言うの?大文字君。」

「feeling single。まんまですね。」と伝子が言った。

「あ、そうだ。ありがとうございました。あつこは随分落ち込んでいたから。新婚旅行跳んだから。」

「まあ、気にしないで。ボーナス代わりだから。」と言う管理官に「特別手当ってないんですか?」と依田が尋ねた。

「危険手当ならありますけど、通常任務での危険手当で、今回みたいな超危険なのは逆にないんですよ、依田さん。何故か?前例がないから。」と愛宕が言った。

「公務員、やっぱり大変だな。自由業には理解出来ない。」と福本が言い、「はあ。詰まり、『鬼の居ぬ間の洗濯』ですか。」と南原が言った。

「管理官の奥さん、『鬼』なんですか?」と蘭が言うので、「こらこら。大人をからかうんじゃない。」と南原がたしなめた。

「いや、いいよ。確かに鬼だな。鬼、鬼。上手いな、これ。もう一個貰っていい?」と言う管理官に「貰っていい?って言えば、このトンファー。これ高価なものなら辞退しようかと・・・。」と伝子は言った。

「辞退?それ、大文字伝子仕様だよ。名前彫ってあるし。」「え?あ、ほんとだ。」

「今後もよろしくね。」「『よろしくね』、って言われても。」伝子は絶句した。

「何しろ、君とあつこ君は、副総監のお気に入りだからね。まあ、事件が君たちを呼ぶんだけどね。」

愛宕の電話が鳴った。

「はい・・・はい。今行きます。先輩。選挙カー絡みで揉めているそうなんで、行って来ます。みちる。行こう。」

慌ただしく出て行った愛宕とみちると入れ替わりに、大文字綾子が入って来た。

「何か事件?伝子は行かなくていいの?」と伝子に尋ねるので、「今はね。」と伝子は面倒くさいという感じで応えた。

「ああ。丁度良かった。栞さん。この間のギャラ、遅くなったけど。」と綾子は栞に封筒を渡した。

「こんにちは。お久しぶりです。」「あら、管理官さん。事件なら・・・。」「お母さん、今日はね、管理官さんは非番、お休み。」と伝子が割り込んだ。

「そろそろ、俺たちもお暇しようか、ヨーダ。」「そうだな。」依田と福本と祥子は帰って行った。

「管理官さんはお見合いですか?」「そう。」「お見合いでも恋愛でも、女は結婚すると『鬼』になる場合が多い。あ、大文字君のことじゃないよ。」

「先輩は結婚する前から鬼ですから。」と二人の話に南原は割り込んだ。

「南原、お前、本人の目の前で言うなよ。」と、伝子は苦笑した。

「さて、我々も退散するか、逢坂。」「そうね。打ち合わせ全部済んだし。」と二人も帰って行った。

「打ち合わせって?」と管理官が尋ねるのに、高遠が「『煎餅売り出し作戦』です。」と、応えた。

「なかなかやるなあ。中年探偵団。」と感心する管理官に、「ダサい。他にネーミングないんですか?」と蘭が文句を言った。

「考えとくよ。」と、管理官も帰って行った。

「で、なんだ、南原。言ってみろ。みんなの前じゃ言いにくいことだったか?」と、伝子が尋ねた。

「実は、蘭の勤務している美容室の女の子で、ストーカー被害に遭っているって蘭が言うもんで。」

「それなら、愛宕に・・・。」「まだ、証拠がないんです。」と、蘭が話し始めた。

美容室隣の喫茶店。

蘭と同僚の神田めぐみ、美容室の店長、伝子と高遠が集まった。幸い6人席が空いていた。

「これを見て下さい。30通を超えるのですが、抜粋として5通集めました。神田さんが、なかなか出社して来ないので、問い詰めて分かったんです。警察に届けようとも思いましたが、南原さんが大文字さんを紹介して下さったので。」

伝子が読んでいる間、高遠が質問した。「どの位の期間ですか?」

「半年位かな。」とめぐみは応えた。「半年?じゃ、ほぼ毎週来ていたんですね。」と高遠は驚いた。

「もっと早く店長に相談したら良かったのに。」と高遠が言うと、「これまでは、手紙だけだったんです。」「これまでは?」「先日から、洗濯物の数が合わなくなりました。それと、回収車が来る前に出した筈のゴミ袋が無くなっていたんです。」

「典型的だな。この手紙もだんだんエスカレートしている。まるで恋人気取りの文面だ。はい、学。」と言いながら、伝子は高遠に手紙を渡した。

「愛宕は丁度生活安全課だから、担当だが。これだけでは決め手にならないかもな。相手は素性を手紙に書いていないし。」

「そうですね。文中に自分の名前があれば、めぐみさんの知り合いから調べられるけど。せめて、美容室の様子を書いてあれば、お客から絞れるけど。」と、ざっと読んだ高遠が言った。

「取りあえず、洗濯物は部屋干しですね。下着泥棒かも知れないから、この手紙の文章の人物と特定する記述がない。下着の色とか特徴を書いていれば特定出来るかも知れないが。」と伝子が言うと、めぐみは「様子を見ろ、と。」

「ゴミ袋ですが、出す時にガムテープ持って行って、めぐみさんのゴミ袋と他の人のゴミ袋をくっつけましょう。悪いことする人って、意外と面倒なこと嫌いなんですよ。」と、高遠が慰めた。

「残りの手紙は?」と伝子が尋ねると、蘭が「私の荷物置いて貰ってた倉庫。この喫茶店と美容室の間にある。」

「店長。残りの手紙もお借りします。何か対策する手がかりがあるかも知れない。帰りに襲われるかも知れないのなら、一人で帰らない方がいいかも。どうすべきかな?」と言った伝子に店長が、「じゃ、取り敢えず私と男性スタッフがアパートの部屋まで送りましょう。」

伝子の自動車。「学。どう思う?」「んー。普通の探偵局みたいですね、久しぶりに。」

「ばか。そうじゃない。今回の件、そのものだよ。半年は異常だろ。蘭の話じゃ、怯えているって気づかなかったって。彼女が入社したのは去年。何かがおかしい。」

「そうですね。先に愛宕さん達に相談したなら、まだ分かるけど。警察は事件が起ってから動く、っていうのは常識のようで、案外知らない人が多い。時系列で並び直さないと分からないけど、手紙に一貫性がありすぎる。送り主の名前が出てこないどころか、めぐみさんのことも詳しくなく、抽象的なラブレター。」

「流石、小説家だな。」「ありがとうございます。あ、愛宕さんからLinenだ。選挙カー絡みって、選挙の候補者が身障者用の黄色いラインに立って選挙演説してて、地元住民に注意されて、候補者が逆ギレしたんですって。厳重注意して、移動させたそうです。」

「酷いな。そんな奴らに票入れるべきじゃないな。」「で、今回のことですが、明日は非番だから、張り込みしてくれるそうです。それと、便利屋やっている山城氏が手伝ってくれるそうです。」

「そう言えば、山城のおばあさん、どうなったかな?とにかく、帰ったら手紙を全部読もう。」

翌日。

依田は、配達の途中で、前のタクシーがタクシー強盗に遭うのを目撃した。男は運転手を追い出し、逃走した。

すぐに降りて、依田は、カラーボールをタクシーのボンネット目がけて投げた。

「おじさん、大丈夫?」「やられたよ。命は助かったが。」「すぐに会社に電話して。俺、110番してやるよ。」

依田は会社に連絡した運転手を事業所まで乗せて行くことにした。依田はスマホをホルダーに挿し、Linenで電話した。「良かった、南原さん。少年探偵団の応援協力頼むよ。」

南原がスピーカーから語りかけた。「何です?」「タクシーが奪われた。」「タクシー強盗?」「いや、運転手さんは無事だ。現金だけでなく、タクシーごと奪われたんだ。タクシーは長江タクシー。ナンバーは○○―○○。既に警察には連絡済みだ。俺がボンネットにカラーボールを投げた。赤い奴。」「分かりました。Linenのグループに目撃情報を寄せて貰いましょう。」

「あんた、なにもん?」「中年探偵団。」運転手は唖然としていた。

長江タクシー事業所。到着すると、運転手が「配達中に悪かったね。で、捕まえる気なの?」「さあね。それじゃ、配達に戻ります。」言うなり、依田は発進した。

気にはなるが、配達優先だ。運転手を送る時間だけ会社に許して貰ったのだし、見つかるまでは時間がかかるだろう。

福本家。

「ヤマトネ運輸の宅配車、って依田さんところじゃない?」「うん。まさかな、と思ったら、Linenに着信履歴があった。多分、ヨーダだ。ドライバーの機転で、カラーボールが投げられたから、すぐに逃走タクシーは見つかるのでは?って言ってたが、ヨーダらしいな。」

「でも、なんでカラーボール持ってたの?」「蘭ちゃんか慶子さんにあげる為に買ったんだろう。痴漢防止だよ。」「ああ。依田さんらしいわね。あ、この事件。先輩達も知ってるの?」「同じLinenのグループだぜ。」

伝子のマンション。「今は静観しよう。ヨーダが何かやらかす気はするが。」と伝子は高遠の背中に湯を洗い流しながら言った。

「で、どうよ。学。」「こっちの事件ですか。何か変な気がする。めぐみさん、とっくに襲われてもおかしくない。というか、尾行されているとか後ろに気配が、って言葉がなかった。」

互いに拭いて服を着ながら、二人は推理した。「誰が嘘を吐いている?」「蘭ちゃんは論外。」「店長か?」「かも知れない。」「めぐみさんか?」「かも知れない。」「両方だったりする?」「かも知れない。」

「愛宕とみちるに、めぐみさんと蘭の別々の警護をさせよう。」と、伝子はLinenでメッセージを愛宕に送った。

「蘭ちゃんも危ないんですか?」「巻き込まれているからな。さあ、寝るか。どの体位がいい?」「取りあえず、夕飯はカレーライスです。スーパー行くの忘れちゃったから。」「すまん。」

翌日。午前8時。早朝依田に南原から連絡が入った。「ごめんなさい。寝ている間に連絡が来てました。横横線の支線の横横2号線の横横駅近くで見かけた学生がいます。終電前だったから暗かったからナンバーは分からなかったけど、長江タクシーのランプとカラーボールの痕らしきものは見たって。あれ、簡単には落ちないんですよね。」「よし、行ってみる。」「行ってみる、って依田さん、危険ですよ。」「『義を見てせざるは勇無きなり』。今日は休む。」

めぐみのアパートの部屋。午前8時半。みちるが訪ねるが、インターホンに応答がない。電話をしてみたが、通じない。店長にも電話が通じない。夫の愛宕にも電話が通じない。

依田(蘭)のアパート前。

愛宕は背後の人物に気づかず、頭を後ろから気絶した。アパートから出てきた蘭は、愛宕の姿が見えないのを不審に思いながら、最寄り駅に向かおうとした。頭を後ろから殴られ、蘭は気絶した。

伝子のマンション。午前8時45分。「伝子さん、大変だ。ヨーダと南原さんの通話履歴が残っている。」

「管理官にメッセージを送っとこう。学。ガラケーの信号を追え。多分、ヨーダの靴に仕込んだガラケー4号が反応する。普段充電しておいて、危険を感じたら靴に入れろ、と言っといて良かった。」伝子が管理官にメッセージを送った後、高遠がPCを見ながら叫んだ。「映っている。伝子さん、横横線方面です。」

「了解?管理官、起きてたのかな?じゃ、向かうから、お前はナビゲートだ。」伝子はすぐに支度をし、マンションを後にした。

依田のアパート前。今日愛宕と待ち合わせていた山城は異変を感じ、みちるに電話をした。「大変です。愛宕さんが消えました。キーホルダーが落ちています。」みちるは、すぐに伝子に電話をした。

伝子の車。午前9時。

「愛宕が?管理官に知らせろ。」と、みちるの電話連絡をスマホで受けた伝子はスピーカー(マイク)に向かって言った。

横横線横横駅近くのキャンプ場。午前10時。依田が遠目で件のタクシーが止まっているのを確認したが、後ろから頭を殴られ、依田は気絶した。

1時間後の午前11時。

高遠の誘導でタクシー乗り捨て現場に到着した伝子は、依田の宅配車を発見した。スマホから会話を遠ざけていた高遠が伝子に伝えた。

「今、犯人から固定電話に連絡がありました。3人は預かっているから、お前一人で来い、と伝言です。」「犯人は私がここに来たことを知っているのか?」「そのようですね。管理官、聞こえますか?」

「ああ、聞いている。3人とは、愛宕、南原蘭、依田君だな。」と、管理官は言った。

「おびき出して、どや顔しているだろう。大文字君。犯人の言う通り、一人で向かってくれ。但し、ゆっくりだ。30分猶予が欲しい。」「分かりました。」

伝子はキャンプ場のアジトの見当はついたが、わざとバンガローやキャンプ場の施設などを調べて回った。

そろそろ、タイムリミットかな?と感じた伝子は時計を見た。午前11時。キャンプ場の一番奥にあるログハウスに侵入した。

「待たせたな。普通、人質を取ったら金を要求するものだが。」と伝子は言った。

「生憎、私は反社でも半グレもない。まあ、兵隊は反社からレンタルして貰ったが。」

ライフルを構えた男が言った。「紳士的と言いたいのか?じゃあ、名前を聞いてもいいかな?」と伝子が言うと、男は高笑いをした。

「面白い。それでこそ大文字伝子だ。堀井が言っていた、手強い奴だ。私は野村真二郎。堀井の友人だ。詰まり、復讐だ。だから、金なんか要らん。お前の命が報酬だ。」

「お前こそ、面白い奴だ。堀井に恩義でもあるのか?」「ああ。お前の取り巻きは部活繋がりだそうだな。俺と奴は大学の登山部で一緒だった。遭難した時、支え合って生き延びた。そういう仲間意識って、お前なら分かるだろう。」

「勿論だ。いざという時は助け合う。暗黙の了解だな。で、私を殺せば堀井が喜ぶのか?」「ああ。殺したい殺したいって言っていたからな。で、面会に行った時に約束した。」「『走れ!メロス』の積もりか?」

「まあ、そんなところだ。あそこにいる連中にレイプさせてから、お前をこのライフルで生殺しにしてから殺す。そこにいる連中には、絶望感を味合わせてから、殺す。」

「どうやら、情報不足のようだな。」

その時、大きな音と共に、ログハウスが揺れ、壁が壊れた。

伝子は彼らが驚き逃げるのと同時にトンファーを取り出し、人質3人を繋いでいるチェーンの錠前を壊した。そして、解放された3人に叫んだ。「入り口から、逃げろ!建物が壊れるぞ。」

伝子は向かって来た連中を、足蹴にしたり、キックをしたり、トンファーでなぎ倒したりした。

壁から重機が入って来た。サングラスをした自衛官姿の橘なぎさ一佐が運転している。建物が崩れ始めた。野村を初め、連中は一目散に入り口から逃げた。伝子もなぎさも外に出た。

警官隊が一斉に取り囲んだ。その時、連中の中から一人の中国人らしき男が叫んだ。

「待て。待ってくれ。逃げはしない。そこの大文字伝子と闘わせてくれ。大文字伝子。俺の顔を見て思い出さないか?」

「あの倉庫の中国人の双子の兄弟か。」「ああ。あれは弟だ。頼む。警察に行く前に勝負させてくれ。」男はその場で土下座した。

警官隊は男を取り押さえようとしたが、管理官が止めた。

「詰まり、お前は決闘じゃなく、試合をしたい訳だな。どうする、大文字君。君次第だ。」

「まあ、昼飯が多少遅くなる位、誰も気に留めないでしょう。獲物は?」と、伝子が訪ねると、男はトンファーを取り出した。

「始め!」と管理官は号令をかけ、伝子と男のトンファー同士の対決は1時間続いた。

「1本!大文字伝子の勝ちとする。」と管理官が言うと、伝子と男はお辞儀をし、握手した。その場のみんなが拍手をした。「完敗だな、大文字伝子。やはり大した奴だ。おんなでいるのが勿体ない。」

「褒め言葉と受け取っておく。ああ、そうだ。流石は兄貴だ。弟より手強かった。本当だ」と、連行される中国人に言うと、彼は深くお辞儀をした。

翌日。伝子のマンション。「表彰?」と福本が頓狂な声で言った。

「管理官の口添えと、タクシー会社からの感謝状のお陰だな、ヨーダ。欠勤届もちゃんと連絡したそうだな。」と、伝子が言った。

「そう言えば、めぐみさんと店長は罪に問われるの?愛宕さん。」と高遠は尋ねた。

「いや。大丈夫。彼らは誘拐と無関係だし、お客だった野村に頼まれただけだし。『大文字伝子を揶揄ってくれ』って。それと、タクシー会社の運転手の話によると、乗って100メーター位で強盗に遭い、売り上げも僅かだったし、おかしな強盗だったって言ってました。」

「依田さんもまんまと騙されたのね。たまたま事件を目撃したんじゃなくて、依田さんに追いかけさせる為だったのよ。」とみちるが言った。

「詰まり、依田は餌にパクっと食いついた訳だ。」と物部が言うと、「それを言っちゃあ、おしまいですよ、副部長。」と福本がたしなめた。「まあ、依田君は正義感が強いからね。それを利用されたってことね。」と栞が間を取り持った。

「蘭はどうなんだ、南原。」と、伝子が尋ねると、「ちょっとショックだったみたいですね。蘭が担当した日もあったらしくて。先輩は、ストーカー事件怪しいと思っていたんですか?」と南原が逆に質問してきた。

「ああ。学と推理してね。シャーロック・ホームズに似た話があったなって。詰まり、角度を変えて考えると違って見えてくるってことさ。」と、伝子は応えた。

「やっぱり、先輩と高遠さんはホームズとワトソンだな。」と、山城が言った。

「照れるから、止めてよ。」と高遠が言うと、「いや、そうでもないよ。はい、プレゼント。」と高遠に巻いた布を久保田管理官は渡した。

高遠がその布を広げると、側にいた祥子が読んだ。「大文字探偵局。ああ、中年探偵団ってダサいって蘭ちゃんが言ったからですかあ?」

「却下。私は探偵じゃない。さあ、仕事しよう。」と、伝子は奥の部屋に引っ込んだ。

「高遠。これで小説書きやすくなったんじゃないのか?」と依田が言うと、「ダメだよ。高遠君の小説に現実の大きな事件は書いちゃダメ。」

「私は書いて欲しいけどな。」と編集長が入って来た。「マスター。名前決まったわよ。チー煎餅。」

「ダサい。」と管理官は呟いた。一同は爆笑した。

―完―

 

 



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21.失われた運動会

立てこもり犯を目撃した、くるみは相談を持ちかけた。立てこもり犯は実は、この学校の父兄だった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤務している。

松下宗一郎・・・福本の元劇団仲間。

本田幸之助・・・福本の元劇団仲間。

高峰くるみ・・・みちるの姉。スーパーに勤務。夫と別居中。

高峰舞子・・・高峰くるみの娘。愛宕みちるの姪。

鈴木校長・・・高峰舞子の通う小学校の校長

豊田哲夫・・・福本の劇団仲間。

 

========================================

 

今日は土曜日で参観日。店は忙しいが、こういう場合は仕方がない。どこのスーパーでも、参観日と運動会は大目に見てくれる。

高峰くるみは、娘の『晴れ姿』を観に、小学校へと急いでいた。校門が目の前に迫った時、1台のワゴン車が入り、何故か校門の開き戸が閉められなかったが、くるみは怖くて入れなくなった。中の一人がライフルを持っているのがチラリと見えたからだった。

くるみは、機転を利かせて、娘の舞子に電話した。

「落ち着いて聞くのよ、舞子。今からきっと大変なことが起こる。でも、絶対お母さんが守ってあげるから信じて。おばちゃんが女性警察官だってことは知っているでしょ。でも、誰にも言っちゃダメよ。絶対よ。分かったら電源を切って、どこかにスマホを隠しなさい。」

くるみは、このことを直接みちるに電話して話した。「もしものことがあったら、大文字さんに連絡して。あ。私、番号知ってたわ。寛治さんには話していいわよ。」

くるみは推理していた。昔、小学校に男が乱入して多くの児童が犠牲になった。それで、小中学校には警備員が配置され、卒業生といえどもフリーパスではなくなった。

今日、給食はない日だ。あのワゴン車は不審車両だ。今日は本来なら休日で、警備員が足りていない。父兄の車はフリーパスだが、その分駐車整理に駆り出されている。

事件が起きる予感が働いた。夫は警察官だったが、今は別居している。みちると、みちるの夫寛治が頼りだ。いや、もっと頼りになるのが、妹婿の先輩大文字伝子だ。

発砲。予感は的中した。門扉から、そっと中を伺うしか、今のくるみに出来ることは無かった。くるみは、すぐにみちるに電話した。

15分後。みちるのミニパトで到着した伝子は尋ねた。「テロかも知れないって?」

「はい。舞子が心配です。」「舞子ちゃんのクラスは?」「2年1組です。」

「よし。私が様子を見に行こう。みちる。管理官の到着を待て。ここでお姉さんと待っているんだ。」

伝子はみちるの返事も待たず、校門を入って行った。くるみに言われた方向に進み、すぐに教室に辿り着いたが、誰もいない。他のクラスも見たが、誰もいなかった。

それで、奥に進むと、体育館があった。体育館には生徒が全ていて座っていた。舞台には、先生たちが中央に座っていた。そして、ライフルを持った男と、4人の男たちがいた。

体育教師らしき先生が、ライフル男と対峙していた。「無茶なこと言われても、我々にはどうにもならないんですよ。」

伝子は男たちに近づき、尋ねた。「どうされました?」

「あんた、誰だ?」「通りすがりの者ですが、発砲らしき音を聞きましてね。」

「あんたには関係ない。我々と学校側の問題だ。」と男は言った。「運動会を開け、と言っているんですよ、ライフル突きつけられても、そんなことは出来ない。大体、今日は参観日なんだ。」

「面白い。学、調べたか?」と、どこかに伝子は尋ねた。すると、ポケットに入っていたらしいスマホから高遠の声が聞こえた。

「その学校では、去年運動会の最中に熱中症の子供が5人、救急搬送され、残念なことに全員病院で亡くなりました。コロニーの最終年で、生徒も先生も全員マスクを着用していました。コロニーは下火でしたが、学校の対応はまちまちでした。その後、OBQ検査を事前に行えば、マスク着用不要ということになりましたが、その学校の運動会は順延されませんでした。」伝子はLinenの画面を出し、何やら打ちこんだ。

伝子は体育教師に尋ねた。「えと、お名前は?」「佐野です。」「佐野先生。今の話が本当だとすると、そこにおられる亡くなった子供さんの父兄の気持ちはお分かりですよね。」

「ええ。分かりますが、去年のことですから。」「年中行事を妨げたのは、災厄ですよ。子供たちにとって、1年1年が大切なんです。卒業し、大人になってからの時間の方が圧倒的に長い。その長い時間、『失った時間』を呪い続けなくてはいけない。ですよね。違いますか?」

「そりゃまあ。でも、今年の運動会はやりますし。」「去年6年生だった、彼らやその同窓生は?今年はOBも含めて運動会するんですか?一昨年、一昨々年の6年生は?生きていればこれから先に代替経験のチャンスはあるかも知れない。でも、もう無い。死んでしまったから。私の小学校の卒業アルバム、亡くなった同級生も写真に写っています。合成です。当時は今ほどじゃないから不自然だけど、両親は『子供が存在しなかったことにしないでくれ』と学校側に頼み込んで、父兄たちの署名運動もあって、出来上がった写真です。コロニーは終わりました。でも、コロニーの時代に存在した子供たちの時間も『無かったこと』にしていいんですか?管理官、聞いてますか?」

「ああ。テロでは無さそうだから、SATや機動隊は引き上げさせた。ライフルは気になるが、要求は正当なものだ。今、こちらに校長が向かっていると連絡が入った。佐野先生。校長は新任の先生だそうですね。」

「はい。今日、赴任されます。」「大文字君。君の裁量に任せる。何がしたい?」と、尋ねる久保田管理官に、「一旦切ります。」と言い、伝子はスマホの電話を切った。

そして、「みんなの意見をまず聞こう。運動会やりたい人?」と座っている生徒たちに伝子は尋ねた。

はいはい、と元気のいい声と共に皆手を挙げた。すぐに、伝子はどこやらに電話をした。

校門前。くるみとみちると管理官がいた。「今日は、何をしでかすかな?」と管理官が呟くと「管理官は、この後の展開、見えているんですね。」とみちるが尋ねた。

「まあな。」と管理官は苦笑した。そこへ、愛宕が息せき切って現れた。

みちると管理官は「遅い!」と声を揃えて言った。

体育館。「話はついた。運動会は今日開催。ただし、ミニ運動会だ。生徒たち諸君は、急いで教室に戻って、給食を食べ、トイレを済ませる。体操服じゃないから、どろんこになるかも知れないから、父兄の皆さんは覚悟して。それと、父兄の皆さんの食事は用意させる。学校が支払うから心配ない。父兄の皆さんは先に運動場へ。先生がたは、演目を3種類に絞って、必要な道具を運び出して。はい。よーい、スタート!ばーーーん!!」

生徒たちは急いで教室に向かった。

給食って聞いていたが、首を傾げる子供も多くいた。が、教室には何故かパンとミルクが入った段ボール箱が届けられていた。

校庭(運動場)。父兄が移動してくる。そこには橘なぎさ一佐がいた。「すまんな。無理言って。」と、伝子はなぎさに言った。

「伝子。代償は高いぞ。体で払って貰うからな。お前は『俺の女』だからな。」と言うなぎさに「冗談きつい奴だ。」と言った。

「まあ、いい。話は後だ。松波!」と大声でオスプレイから降りてきた松波一尉を呼んだ。「部下の松波一尉だ。すぐにかかれ!」はっ!」と敬礼して、松波は他の自衛隊員と共に運動場に消石灰のラインを引き始めた。

先生たちが倉庫から、綱引き綱と樽転がし、玉入れを運んできた。

山城の便利屋たちが到着し、同じく倉庫からテントを運び出し、設営にかかった。

依田の宅配車が到着し、依田と高遠が降りてきた。

教室(校舎)の方から松下、本田、豊田が現れ、自分たちのトラックから段ボール箱を父兄たちの近くに置き、パンとミルクを渡し始めた。

「遅いぞ、ヨーダ、高遠。」と後からやって来た福本がたしなめた。

「すまん。」と二人は口々に謝った。

伝子の元に、管理官が寄って来て言った。「愛宕、白藤は念のためマスコミがいないか、パトロールさせている。警らにも、もし尋ねる者がいたら、『テロはいたずら電話だった』と答えるように、言っておいた。橘一佐にも礼を言っておいたが・・・大文字君。君、彼女と変な約束した?」「ええ、まあ。」「うむ。あ、校長が到着したようだ。」

「校長。大文字伝子と申します。出過ぎた真似をしましたが・・・。」

「ああ。佐野先生から連絡がありました。本日は『私のアイディア』でミニ運動会を開くことにご協力頂き、ありがとうございます。生徒達も張り切って・・・もう準備している生徒もいるようですね。」と校長はにこやかに言った。

横から教頭が「新任の鈴木校長は、民間起用の方でして、『実に面白い』と、学校に向かう途中で何度も言っておられました。」

「実に面白い。それにしても、凄い機動力ですね。あなたは何者ですか?」という校長の質問に久保田管理官が助け船を出した。

「本来は翻訳家の方ですが、ボランティアで探偵をされていて、これまで何度か警察も『助けて頂いた』縁で、顧問のようなことを委託しております。」

「自衛隊の方は?」「ええと・・・。」

「管理官。準備出来ました。進行してよろしいでしょうか?」「勿論だよ、依田君。南原君達はまだかな?ああ、来た来た。」

かくして、ミニ運動会は始まった。樽転がし、玉入れ、綱引きがエリアごとに始まった。出来上がったテントの中で依田が賢明に実況をする。

南原、蘭、福本達が、各エリアに分かれて撮影を始めた。父兄も各自スマホで自分たちの子供の撮影を始めた。高峰くるみも舞子を見付けては撮影をした。

話の途中だったが、深追いせずに今度は伝子に校長は話した。「ミニ運動会は後2回やります。勿論、コロニーで失った時間は取り戻せませんが、『疑似思い出』は作れます。希望者があれば、OBやOBの家族の参加も認めます。それと、『本来の』運動会も行います。授業のスケジュールを見直し、先生たちには『時短授業』を行って頂きます。時短のノウハウは私が伝授しますよ。授業参観のやり直しもします。大文字伝子さん。ありがとう。あなたは当校の恩人だ。」

校長はまた向き直り、管理官に尋ねた。「そうだ、『ミニ運動会の打ち合わせ』に来た5人のOBの父兄は、何かの罪に問われますでしょうか?管理官さん。」

「とんでもない。この頃はいたずら電話する輩が多くてね。爆弾しかけた、とか。困ったもんです。」と応えた管理官の袖を引く者がいた。渡辺あつここと久保田あつこだ。

「どうなってるの?おじさま?私たちだけ蚊帳の外?」ときつい眼でみるあつこに、「冗談ですよ、おじさん。さっき愛宕や白藤からあらましを聞きました。しかし、あのオスプレイ・・・。」と、久保田刑事が割り込んだ。

橘なぎさ一佐が管理官の元に走って来た。「橘一佐ほか4名。救助活動を終え、帰還致します。」と敬礼した。「うむ。ご苦労様でした。」と、管理官が言った。

なぎさは、走りながら「伝子おお。借りは返せよおお。」と叫んだ。

校長達がテントに移動したのを見届けてから、あつこは尋ねた。「おじさま。救助活動って?おねえさま、救助活動って?」

「んー。学、パス。」と言う伝子に苦笑して高遠が「多分、こんな筋書きだ。『大文字伝子』という少女から熱中症でばたばたと倒れた、という連絡が入った。テロリストが侵入した、という情報もある。何か関連があるかも知れないので、緊急発進したい、と上司に相談。駆けつけてみたら、テロリストはいない。数名熱中症の生徒はいたが、すぐに回復した。熱中症対策の指導をし、様子がおかしいようなら病院に運ぶか救急車を呼べ、と『たまたま授業参観に来ていた』父兄に伝えた。」

あつこが、ぷっと吹き出した。「高遠さん、少女のくだりは要らないと思うけど。」

「そうだね。でも、いいネタが出来たから、今度の『大文字探偵局』に書こう。」

夜。久保田管理官は記者会見をした。「という訳でして、テロリスト侵入はガセでした。新しい校長、鈴木校長は民間起用でして、皆様ご存じのコロニーによる『運動会自主規制』に深く憤っておられ、校長起用に伴って企画していた『ミニ運動会』を着任早々実行した、ということです。教育委員会が事前に相談が無かった、とクレームを入れたそうですが、当たり前のことをしている、とはねつけたそうです。警察としては、テロリスト侵入が無かったので胸をなで下ろしましたが、不審者を見かけられたら。最寄りの警察にご連絡ください。」

物部の店。「なあ、なんで今回俺たちは『蚊帳の外』だったんだ?」物部の呟きに、「伝子なりに気を遣ったのよ、私たち独身だし、子供いないし。ねえ、子供作ろうか?物部君。」

物部は口に含んだコーヒーを吹き出した。栞はゲラゲラと笑い出した。

物部も苦笑した。

―完―

 

 



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22.なぎさ片想い

伝子は、なぎさからのラブレターに悩まされていた。そんな矢先、あつこ宅に泥棒予告状が届いた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。二佐に降格。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤務している。

 

========================================

 

伝子のマンション。口火を切ったのは、やはり物部だった。「どうした、大文字。さっきから黙りこくって。皆を招集しておいて・・・泣いてんのか?こりゃあ驚いた。天変地異か?」「物部君。茶化すもんじゃないわ。高遠君、説明しなさい。」

「これ、見てください。」とPCルームから高遠が皆に声をかけた。

栞が真っ先に覗き込むと、そこにはメールのやりとりらしい文面が並んでいた。

「Linenだったら、もっとやりとりが分かりやすいんですけどね。ショートメールのやりとりを整理しました。」と、高遠が言った。

最初の文章には「お前と会った時に、運命を感じた。」とか書いている。

最後の文章には「お前のことを思うと、うずうずする。今夜お前の『操』を頂きに行く。」などと露骨な表現が書かれている。

「何だ、これ。ストーカーか、高遠。大文字相手にストーカー事件か。」と物部が言った。

「副部長。これ、どんどん表現がエスカレートしていくんですけど、それぞれの文面の最後に、署名があるんですけど、分かります?」「なぎさ、って書いてあるよな。なぎさ?」

依田が横から言った。「橘一佐と同じ名前っぽい。確か下の名前、なぎさって。」

「流石はヨーダだな。その通りだよ。俺って書いているけど、彼女。文面だけでなく、話し言葉も、時々男っぽいらしい。」

「蘭ちゃんや俺が捕まった時、愛宕さんも聞いたよね、確か男言葉だった。」依田に同意して、蘭も言った。

「確かに男言葉で・・・宝塚の男役みたいだった。」

「ええ。しかし、何故こんな文章を先輩に?」愛宕が言うと、後ろにやって来た久保田刑事が応えた。

「おんな狂いだから。おとこ狂いでもある。りょ・・・今風に言うと、ええっと。」

「二刀流ですかね。」と福本が言った。「上手いこと言うね。その通りだよ、福本君。」

「橘さんは伝子さんのことが好きで堪らないらしい。まあ、好きにも色々とあるけれど・・・。」と、高遠が呟いた。

「私のように『妹』的に慕っている、という訳でもなさそうね。可愛そうなおねえさま。ある意味強敵ね。おねえさまに、こんな弱点があったなんて。」とあつこが言った。

「渡辺警視の言う通り、これは厄介だ。それで、伝子さんの名前で皆を招集したのは、僕です。」と高遠が続けた。

「彼女、勿論伝子と高遠君とが結婚していることを知っているのよね。」「はい。俺には関係ないことだ。伝子は両方愛することが出来る筈だ、って。」

「自分が二刀流だからって、伝子も二刀流って決めつけているの?やっぱり、異常。」と栞が言った。

「久保田刑事は何かご存じのようね。」

久保田刑事が言い淀んでいると、久保田管理官がやって来て言った。「私から、少しだけ説明しよう。あ、これ。大文字君に。あの中国人は更生するから、これを渡してくれって。」

伝子が動かないから、高遠が受け取った。箱を開けると、トンファーだった。「あの時のトンファーか。年季が入っていますね、管理官。」

「うん。子供の頃から使っていたそうだ。弟にはいつも1歩遅れを取っていたが、今度こそ、と思って大文字君と闘ったそうだ。負けたと悟った時、同時にまた弟に負けたと思ったそうだ。大文字君が兄貴の方が手強かった、と言った時に『器の大きさ』を思い知ったとも言っていた。大文字君は、わざわざスタミナ切れになるのを待った、それで自分を立ててくれた、と言っていた。聞こえる?大文字君。」

「管理官。今は鬱状態なので、後で僕から話します。」と、高遠は箱をどこかへ持って行った。

「ああ。話が逸れたな。以前の彼女はあんな風じゃなかったそうだ。おかしくなったのは、彼女の同性愛の先輩が自殺してからだそうだ。上司でも部下でも皆自分とセックスフレンドだと時々公言するようになったのも、その後だ。」

「それじゃあ、LBGTの問題って訳でもなさそうね。」と言って編集長が入って来た。「ウチの実用本書いている人の知り合いにカウンセラーがいるか調べて見るわ。マスター、お煎餅のギャラ持って来たんだけど。」「ああ、いいよ。藤井さんに全部あげてください、編集長。」

「分かったわ。じゃあね。」と、物部との会話の後、珍しく編集長は、すぐに帰って行った。

「自衛隊でも、色々な医者に診察させようとはしたんだが・・・。」と管理官が言うと、「本人が嫌がって、手がつけられない、ですね。」と久保田刑事が言った。

「統合失調症かもね。厄介ね。高遠君、池上先生や本庄先生に相談した?」と栞が質すと、「はい。病院の先生では手に負えないから、って他を探してくれています。」と高遠は応えた。

「あのー。こんな時になんだけど、こういうのが届いていて・・・あっちゃん。」

久保田刑事に言われたあつこが出したのは、強盗予告状だった。「今夜じゃないですか。管理官、ご存じだったんですか?」と、高遠が言った。

「うん。ご存じだったから、大文字君に助っ人を頼みに来たんだ。あつこ君、『つわり』が出るかも知れないし。」と、管理官が言った。

「つわり、って『おめでた』ですか?」と祥子が言った。「おめでとうございます。」

栞も蘭もすかさず、「おめでとうございます。」と言い、遅れて依田も福本も高遠もお祝いを言った。

「あつこ、おめでとう。もっと早く言えばいいのに。つまらないことに拘っていても仕方が無いしな。私が守ってやるよ。安心しろ。」と顔を上げて言った伝子だったが、「その前に仮眠してくるわ。」と、奥に引っ込んだ。

「何しろ、2日間で50通のメールですからね。あまり眠っていないんです。僕がもっと早く気づいて電源を切れば良かったんですが。ああ、ショートメールですが、僕が以前使っていたガラケーです。普段、伝子さんは『メモ帳』代わりに使っていたんですが、橘一佐に教えた番号はこの番号なんです。だから運動会事件の時、福本達にLinenで連絡する一方、橘一佐にショートメールを打てたんです。」

高遠は、一息つくと、「とにかく、僕と伝子さんは久保田邸に一泊します。ヨーダや福本達に救援することがあるかないか今のところ分からない。とにかく、今日はこれで解散。橘一佐の件は、また皆で知恵を出し合おう。」

夜9時。久保田邸。周りには警察官が要所要所に警備している。警備員も警備員室で待機している。一見、蟻の這い出る隙間もないようだが、中央広間では、食事をしながら久保田管理官が高遠や伝子に警備を説明している。

「犯行予告が届いたのは?」と伝子が尋ねると、「今朝お手伝いさんが見付けた。警備員を通じて警察に一報が入ったのが、午前9時。で、警備計画が出来たのが、午前11時。それで、改めて私たち3人で大文字邸に向かった。」「大文字邸、って皮肉ですか、管理官。」「すまん、つい。でも、引き受けてくれて良かった。本来はトンファー渡して終わり、だったんだけどね。」

「おねえさま。食事が終わったら、またトレーニング付き合って下さらない?」とあつこが言うと、「泥棒に備えて、か。いいだろう。」

「渡辺警視。僕もトレーニング場、見学させて貰えません?」「あら、高遠さんもトレーニングするの?」「いや、見学・・・。いいです、今夜は。」「いいじゃないか、あつこ。」「冗談よ。是非見学してください。あ、撮影はNGよ。」

午後11時。久保田邸のトレーニング場。着替えたあつこと伝子が対峙している。

間合いを見計らって、『稽古』が始まった。今回は『棒術』らしい。30分位の応酬が続いたが、あつこの棒が折れてしまった。「不吉だわ。」「気にするな。じゃ、今度は竹刀だ。」二人の剣道の稽古が始まって20分もした頃、警報ベルが鳴った。

「賊が侵入した。二人とも戻って!!」と久保田刑事の声が聞こえた。

三人が中央広間では、管理官、久保田刑事や他の警察官が倒れていた。異臭がする。催眠ガスだ。高遠は隣の炊事場に駆け込み、窓を開け深呼吸をした。あつこと伝子は二階に駆け上がり、ガスマスクの男を倒し、ガスマスクを剥ぎ取って、身につけた。数人は倒したが、車で逃走する犯人達の姿が見えた。

久保田邸から200メートル離れた雑木林近く。犯人達はタバコ休憩を始めた。

「ちょっと、休憩は早かったな。」頭上の木から声が聞こえたかと思うと、バットウーマンコスプレをした、橘一佐が降りて来た。

「親玉は誰だ?」と、ワンダーウーマンのコスプレをしたあつこが言った。

数台止まっていた車の間隙から一人の男が出てきた。「俺だよ、渡辺あつこ。いや、今は久保田あつこだったな。堀井からお前のことは聞いている。ワンダーウーマン軍団のことも知っている。」

「あの、電動キックボード強盗は、お前の手先だったのか。」

「ああ。今日は、その『落とし前』をつけにやって来た。」

「なんだと?今『としま』って言ったな。」と、どこからか現れた伝子がスーパーガールの格好で言った。

「あつこ。なぎさ。今、奴は『としま』って言ったよな?」

「いや、俺は・・・。」男の言葉を遮り、「言った。」「そう聞こえた。」とあつことなぎさは口々に言った。

「よくも『としま』って言ったな!」その言葉を皮切りに、伝子、あつこ、なぎさは強盗団と乱闘体制に入った。伝子は中国人が残したトンファーを、あつこは三節棍を、なぎさはヌンチャクを駆使して倒して行った。闘いは30分もかからなかった。

「お、お前ら、卑怯だぞ!!」と叫んだ強盗団のリーダーに「催涙ガスは卑怯じゃないのか?」と伝子はトンファーの先で小突いた。

回復した警官隊が駆けつけ、次々と逮捕、連行して行った。その中から久保田刑事が出てきて、「橘一佐。久保田管理官がトレーニング場でお待ちです。」となぎさに言った。「あつこ。大文字さんも来て。」

大文字邸のトレーニング場。コスプレ衣装を着たままの三人の前に、陸上自衛隊の制服を着ている人物が現れた。

「大文字君、渡辺君。紹介しよう。橘陸将だ。橘一佐のおじさまでもあられる。」

「なぎさ。いや、橘一佐。結論から言おう。只今から『二佐』を命ずる。何故、降格か分かっているね。五十嵐一佐のことは残念だった。亡くなった遠山一佐は、五十嵐の教官だった。知っての通り、遠山は支援の任務で外国に向かい、飛行機を打ち落とされ戦死した。表向きは任務遂行中の事故死に寄る殉職だ。でも、私は『戦死』と理解する。他国とは言え、戦地に向かったのだ。戦争中の国にとっては、支援も報道も関係無い。だから撃ち落とされた。五十嵐は、自衛官の任務の重さや虚しさに悩んだ。その挙げ句自殺した。五十嵐も、犠牲者と言っていいかも知れない。世間にはアピール出来ないがね。君が慕っていた五十嵐はもういない。遺族にお願いして、遺品を預かってきた。これだ。」

久保田管理官が小さな箱を陸将から預かり、なぎさに渡した。開けると指輪が出てきた。

「遺族は君が現れたら渡そうと用意していたが、君が一向に現れないので困っていたそうだ。詳細は省くが、遺書に君に渡してくれ、と書いていたようだ。だから、受け取りたまえ。戦後75年。誰も好き好んで戦地に向かっていない。兵役免除もだんだんきつくなった。最後は『女子でも子供でもいい』と言った軍幹部もいたようだ。先日、戦争に行った100歳を超える男性に『人を殺す自覚はあったのか』という失礼な質問をしたテレビ番組があった。あるはずはない。平和ぼけと言っても過言ではない。また。今戦争中の当事者である国民に『早く全面降伏すべきだ』と無責任なことを言った、元政治家のタレントがいたそうだ。我々自衛隊は、戦後『警察予備隊』として発足した。我々の大先輩達はまず『屈辱』に耐えなければいけなかった。『軍隊を持たない』と解釈出来る憲法があるために、色々な手枷足枷に縛られながら、お国の為に尽くす、という理不尽な環境の上での任務遂行が常だ。五十嵐一佐は君には、自分のように悩まず、まっすぐ自衛官の誇りを持って、任務を遂行して欲しい、という文言も遺書にあったらしい。君が最近、突飛な行動をしたり言動があったりを皆が見て見ぬ振りをしてきたのは、君の心情を汲んでのことだ。だが、独断の行動があまりに続くと、規律が保てない。降格は、罰ではなく再出発と受け止めて欲しい。副総監とも何度も話し合った。今後の行動は、警察と自衛隊が連携すべき事態のみ、出動を命ずる。」と、陸将は長い話にピリオドを打った。

「要は、筋を通せってことですか、陸将。」と伝子は言った。

「その通りだ。警察も自衛隊も、橘一佐、いや、橘二佐に所謂『架け橋』になって貰うことを願っている。これからは、テロリスト対策を協力してやっていく時代だ。幕僚長も同じ考えを持っておられる。」と、陸将は言った。

翌々日。伝子のマンション。

「奴さん、ぶったまげただろうなあ。なんで因縁つけられたかって分かってないだろうよ。」と物部が言った。

「先輩のキラーワードのチャージアップエナジーは特別ですからね。」と福本が言った。「それ、俺は身に染みてるからよく分かる。同情する、強盗に。」

愛宕が説明を加えた。「陸将が帰られてから『地下一階』のスタジオで、渡辺警視の発案で、コスプレ衣装のまま記念撮影したそうです。これがその写真。回して下さい。1枚は、グリーンバックで撮影した、飛んでいるスーパーガール姿の先輩。」

「先輩、何着ても似合うなあ。」と山城が感心した。

「先輩。質問!」と依田が手を挙げた。

「何だ、ヨーダ。」「先輩は『操』を奪われたんですかあ?」

「ヨーダ、よく夫の前で聞くなあ。あり得ないだろう。」と伝子が笑った。

「結局、錯乱状態、いや、躁鬱状態が続いていたんだろう、って池上先生が紹介してくれたカウンセラーが言っていたよ。まあ、失恋による暇つぶしかな。」と、高遠が応えた。

「じゃさ、高遠。橘一佐、いや、二佐は先輩のこと、LBGTで好きだった訳じゃないってことか?」と言う福本に「LBGTで好きだったのは、『五十嵐伝子一佐』だよ。我らの伝子さまじゃないのさ。」と高遠が説明した。

「えー。じゃ、先輩は身代わり?」とみちるが言った。

「終わり良ければ全てよし、ってことかな?」と物部が茶化した。

「橘さんのおじいちゃんも物わかりいい人なんだね。」と蘭が感心した。

「まだまだ日本も捨てたもんじゃないってことね、偉いさんが偉いさんだから。」と祥子が言ったので「駄洒落かよ。」と、福本が突っ込んだ。

「それで、橘さんの態度は変わったの?伝子。」と栞が尋ねたところに、当人がやって来た。

「おねえさま。これ、お詫び。わさび漬けって嫌い?」となぎさが言った。

「おねえさま?」全員が吹き出した。

―完―

 

 



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23.緊急三姉妹

コスプレ衣装店に飛び込んだ伝子達だったが、単なる放火では無かった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。便利屋に勤務している。

中津警部補・・・警視庁刑事。現在は捜査四課。

小田慶子・・・久保田夫妻の結婚が縁で、依田と交際を始めた。

みゆき出版社山村・・・伝子と高遠が原稿を収める出版社の編集長。

 

========================================

 

伝子のマンション。橘二佐が伝子の横にいる。「メンバー、これだけ?」となぎさが尋ねた。「ヨーダは今日、デートだっけ?福本。」「ええ、慶子さんとデートの日。だからこれない。」

「依田君、婚約したんですって?」と中津刑事が入って来た。

「大文字さん。例のトンファー。成分分析したら、やはり出てきましたよ、毒が。ただ、かなり古いものらしいから、子供の頃から使っていたという彼の話が本当なら、最近は毒を塗り込んでいなかったことになる。」

「やっぱり。以前、トンファーを習った師匠、合気道の師匠から教わったことがあるんです、毒を塗っておいてトドメをさす場合があるって。詰まり、もう毒には頼らなくて、兄弟共々正々堂々と闘っていた訳だ。」

「で、堀井が情報を流した相手はどれくらいか分かりませんね。ただ、このリストのこことここは確かなようです。公安もこれが限界のようですね。四課でも情報は集めています。気をつけて下さい。」

「ありがとうございます。今度、用心棒が増えましてね、橘二佐です。」と伝子はなぎさを紹介した。

「捜査四課の中津です。よろしく。」「よろしく。」「じゃ、私はこれで。」中津はすぐに帰って行った。

「南原は授業中。山城も、今日は引っ越しの仕事だな。愛宕は、仕事帰りによるかも知れない。あつこはこれから来るって、さっき電話があった。で、何の用事だ?」

「先日は、わさび漬け届けただけで、臨時招集があったから、ゆっくりお話出来なかったから。そう言えば、そっちの方にいらしたご夫婦は?」

「ご夫婦じゃないですよ、二佐。男の方は、伝子先輩と同学年の物部副部長。今は喫茶店のマスター。女の方は、同じく伝子先輩と同学年の逢坂先輩。俺と高遠と、ヨーダこと依田は3年後輩。大学の翻訳部繋がりって訳です。愛宕さんは伝子先輩の中学の書道部の後輩。南原さんは、伝子先輩の高校のコーラス部の後輩。愛宕さんと山城さんは伝子先輩の中学の書道部の後輩。先日、俺の隣にいたのは、俺の妻の祥子。若い女の子は南原さんの妹の蘭ちゃん。」と、福本が説明した。

「うーーむ。詰まり、物部さんと逢坂さんを除けば、男子は、おねえさまの何らかの部活の後輩で、女子はその関係者ってこと、かな?」となぎさは言った。

「うまくまとめましたね、その通りです。」と高遠が言った。

「じゃあ、あの子は?通称渡辺あつこ。」「愛宕さんの職場の先輩の久保田刑事の奥さん、ですね。」「後輩の先輩の奥さん?ややこしいな。でも、最近結婚したんでしょ?今の法則に当てはまらないな。」「まあ、例外ですかね。初めは、二佐と同じく助っ人だったんですよ。」「あ、それで久保田刑事と渡辺あつこは親しくなった?」「いえ、お見合いです。」

伝子がゲラゲラ笑い出した。「そんなに深刻な問題じゃあない。」「要は、おねえさまの子分か舎弟ね。」

「随分だなあ。」と言いながら、物部が入って来た。高遠が物部の持って来たコーヒーを受け取った。

「それで、もう大文字にストーカーしていないのか?」と物部は直裁になぎさに尋ねた。

「お騒がせいたしました。」と、なぎさは、その場にいた者にそれぞれお辞儀をした。

「墓参りに行ったか?」「は?」「五十嵐一佐のさ。俺は皆に未だに言われている通り、副部長だ。詰まり、部長はいた。俺の親友で、逢坂の夫だ。学生結婚をしたが、がんで亡くなった。こう見えても俺は毎月墓参りをしている。最近は、こいつらと一緒に墓参りしている。残された者は、いってしまった者を供養するのが当たり前だと思っている。」

「分かりました。墓参りします。」「じゃ、俺は仕込みがあるからこれで。モールで喫茶店をしている。高遠。後で場所を教えてやってくれ。」「了解です。」

「盛り上がっている・・・感じでもないわね。」と、あつことみちるが入って来た。

「今、橘さんに皆の紹介をしていたところです。渡辺あつこ警視はご存じですよね。あ、白藤巡査部長は渡辺警視と警察学校の同期です。」

「ああ。あのトレーニング場、今度貸して下さらない?あつこさん。」「あつこさん?あつこでいいわよ、ねえ、おねえさま。」「好きにしろ。」

「あ。あのコスプレ衣装。あつこの自前?」「そう。おねえさまから貰ったの。」「ふうん。」

「最初はレンタルだったんですよ。1日以内に返せばレンタル。以降は買い取り。伝子さんは、結局買い取っちゃいました。」「うちに置いとくのも邪魔だしな、あつこに任せた。」

隣の藤井さんが顔を見せた。「高遠さん、この魚焼き器あげるわ。あら、お客様でしたか。」

「藤井さん、この方は陸上自衛隊の橘一佐。伝子さんの新しい用心棒です。」「そんな、そういう積もりじゃ・・・あ、橘です。お見知りおきを。」となぎさは名刺を渡した。

「ども。あ、高遠さん、編集長が今度靴箱買ってやるから靴の整頓をしなさい、って伝言よ。」藤井の言葉に「いつも皆様にお世話になっております。不調法で申し訳ない限りです。」と高遠は魚焼き器を受け取りながら言った。

藤井は笑いながら帰って行った。

そこへ、なぎさに緊急招集の電話が入り、なぎさは慌てて帰って行った。

「そう言えば、高遠。いや、渡辺警視。盗られたものは全部返って来たんですか?」と福本が尋ねた。

「勿論よ。私たちの眼を誤魔化せる?」「まあ、無理でしょうね。」

「ねえ、あつこ。今度私にもトレーニング場、見せてよ。あ、トレーニングはいいからね。見学。」「いいよ。」

「凄いよ、みちるちゃん。ジムなんか通う必要がないくらい充実している。」と、高遠が言った。

その時、高遠のスマホが鳴った。「何です?副部長。テレビ?福本、テレビつけて。」

テレビに放送されたのは、今話題にしていたコスプレ衣装ショップだった。高遠はスピーカーをオンにした。

「火事だ。『コスプレ日本一』が燃えている。聞こえるか?消防車やらパトカーでごった返している。うちとは少し離れているが、類焼が心配だ。」と物部が怒鳴った。

「物部。早く店閉めろ。逃げ道は確保してあるのか?」と伝子が言った。

「店は今閉めた。困ったことにモールの外の駐車場まで行けそうもない。」

「分かった。あつこ、なぎさ。『緊急三姉妹』の出動だ。」伝子は急いで支度にかかった。あつことなぎさはすぐに飛び出した。みちるも飛び出した。

「おい。今、緊急三姉妹って言ったか?」「言った。」福本と高遠は確認し合った。

モール。コスプレ衣装ショップは煙が出て燃えている。消防が懸命に消火し、警察が野次馬の人員整理をしている。

最初に駆けつけたのは、みちるだった。人員整理をしている警察官の前に進み出て、敬礼した。「生活安全課の白藤です。応援に来ました。」

「ああ、助かる。そっちの端の人たちを下がらせて。」「了解です。」

次にやって来たのは、白バイに先導されてきたのは、あつこだった。あつこは警察手帳を見せ、警察官にこう言った。「現場付近の店にけが人が取り残されている、という情報が入りました。我々で対処します。通して下さい。」

警察官は手帳の階級章を見て驚いて、「ご苦労様です。どうぞ、こちらからお通り下さい。」と通した。3人が店の前に到着すると、物部が店の前でへたり込んでいた。

「大丈夫か、物部。」「ああ、大文字。急いで階下に降りたら腰が痛くなってきた。」

「薬は?」「バッグに入っている。」「よし、行くぞ。」と伝子となぎさが肩を貸した。

あつこが白バイ隊員に連絡した。「モールの外に救急車の手配。」あつこが先導して、白バイ隊員と合流した。「通路を作りました。」「ご苦労様。」

救急車の所に辿り着くと、伝子は「本庄病院に行って下さい。主治医がいます。既に連絡してあります。」と言った。「分かりました。」と言って、救急隊員は物部を乗せた。

「物部。病院には一足早く学と福本を向かわせた。いる物があったら、使え。」「すまん。」

伝子達がバイクの所へ戻ると、狂ったように叫んでいる主婦がいた。「どうした?」とあつこが白バイ隊員に尋ねると、「あの店に娘がまだいる筈だ、と言って行こうとしているんです。」

「私たちに任せろ。」3人は一気に走り抜けた。野次馬は、有名な映画『十戒』のように通路を開けた。

「中に人がいます。」と叫んだ伝子に「え?もう無理だよ。素人は入っちゃダメ。」と消防隊員が応えた。

「私が責任を持ちます。」と、なぎさが身分証を見せた。「分かりました。危険だと感じたら、すぐに脱出して下さい。」「私たちにまず水を!」

消防隊員は3人に放水した。3人は、隣接している店の屋根に這い上がり、3階から屋上に消えた。

コスプレ日本一の屋上。入り口扉は閉まっている。伝子とあつこが蹴破ろうとしたのを止め、なぎさは何やら道具を出した。なぎさは1分も立たない内に解錠した。

「入りましょう、おねえさま達。」

なぎさを先頭に、各部屋を開けて回る。3階には誰もいなかった。2階にも。1階から火の手が回ってきた。3人はすぐに引き返し、屋上から、隣のビルに・・・飛び移るには無理な距離だった。その時、ロープが空中に現れた。オスプレイだ。

ロープを伝って3人が乗り込むと、待っていたのは松波一尉だった。すぐにオスプレイはビルを離れた。「間に合いましたか、一佐。いや、二佐。」「遅いぞって言いたいが、助かった。」

あつこは久保田管理官に連絡した。「消火はまだ時間がかかるそうだ。服は合繊が多いからな。勿体ないな。それで、中に人はいたか?」「いえ、2階3階はいませんでした。1階はよく見えませんでしたが、いなかったように思います。」「だろうな。連絡はしてあるから、オスプレイは本庄病院に行く。一応診て貰え。それから、あつこ君。『緊急三姉妹』はダサいと思うよ。大文字君に伝えておいてくれ。」「聞こえましたよ。」と伝子が割り込んだ。

本庄病院。処置室。火傷の痕の処置を受けている伝子に、本庄医師が、「自衛隊の人もメンバーに入ったんだって?大文字探偵局の。人材が豊富だね。」「ありがとうございます。」

「褒めてないわよ。」と横から池上病院院長の池上葉子が言った。「高遠君も大変ね、無鉄砲な女性の婿養子としては。」

「物部君は、痛み止めの注射を打って、点滴を打って安静にしている。幸い、彼の店までは類焼しなかったようだ。両隣は丸焼けだが。」と本庄病院の院長本庄虎之助が言った。

久保田管理官が入って来た。「今回はお咎めなしだ、警察も自衛隊も。マスコミが美談として報道している。ただ、これは放火だ。あの店を含む3軒の焼け跡に、人の死骸はなかった。そして、とびこもうとしたご婦人は消えた。防犯カメラには、1時間前彼女が一人で店に入る様子が映っている。」

「管理官。ひょっとしたら・・・。」「間違いない。大文字君達が物部君を救出したのを見て、君たちに現場に向かわせようとした。」

高遠と福本が入って来た。「初めから先輩達が狙われていたってことですか?」「恐らくな。ああ、厄介だ。やはり事件が大文字君を呼ぶな。」

管理官が出て行った後、「どうも映画っぽいな、って気はしたが・・・3人とも素性ばれている?」

「いや。伝子さんだけでしょう。物部先輩の近くの店だから、駆けつけるに違いない、って策略して。騒げば店に飛び込むって計算もあった。あの店が伝子さん御用達ってことも知ってたかな?」と、高遠が言った。

「じゃあ、高遠。犯人もしくは犯人の仲間は、あのモールで探っていたかな?」と福本が言った。

「あ。松波呼んだの、誰だろう?」とあつこが言うと、入って来た愛宕が言った。久保田先輩ですよ。僕が先輩に連絡。先輩が管理官に連絡。管理官が副総監に連絡。副総監が陸将に連絡。陸将が橘二佐の部隊に連絡。」

「凄いリレーションだな。大文字コネクションっていうのはどうだ?」と物部が入って来て言った。「副部長。点滴は?」「今、終わった。帰る前に様子見。じゃな。」

「ああ見えて、副部長は気配り上手だから。」と、高遠は伝子に向かって微笑んだ。

翌日。伝子のマンション。伝子が高遠に湿布の貼り替えをして貰っている。

テレビで昨日の火事を映し、久保田管理官と自衛隊の報道官が事情を説明している。

「非番だった女性警察官と、たまたま訓練途中だった陸上自衛隊員が、たまたま出くわした火事の救援に参加しました。逃げ遅れた方がおられなかったのは、不幸中の幸いです。」「自衛官の訓練は部外秘ですので、お答え出来ません。」

記者達が質問攻めをする前に消防庁職員が説明を始めた。「出火原因は自然発火ではなく、明らかに放火です。事件前後に怪しい人物を見かけられた方は『もしかしたら』でも結構です。消防か警察にご連絡ください。また、火の元には十分注意を願います。気象庁の発表によると、ここ数日は風の強い日が多いようです。」

「うまく切り抜けてくれたようだな。」と、久保田刑事が入って来るなり言った。

「防犯カメラに写っていた怪しい人物はこの人だけです。」と、愛宕が同じ写真を数枚高遠に渡した。

「愛宕。写真多いぞ。」「依田さん達の分です。大文字探偵局ですから。正式依頼だそうです。」と愛宕が言うと、「勝手だな。」と伝子が呟いた。

「勝手だな、って3人で乗り込んだじゃないですか、現場に。物部さん救出はいいけど、火災現場の建物に飛び込むなんて。」と久保田刑事が文句を言ったが、高遠が傷テープに気づいた。よく見ると、青あざがある。」

「久保田さん、それは?」「あっちゃんに、今みたいに注意したら、いきなりグーパンチ。」愛宕が笑いをこらえている。

「ああ。今、ニュースで消防の人が放火って言っていたけど、その写真の人が第一容疑者ですか?」「ええ。消防でも警察でも連続しなきゃいいが、って言ってますよ。」

翌日。伝子のマンション。火事はまた起きた。放火だ。愛宕が息せき切って入って来た。「先輩。またです。」「知ってる。」愛宕は黙って写真を差し出した。

昨日と同じ人物が写っている。「決まり、かな?」「とにかく行方を追っています。」

愛宕は慌ただしく帰って行った。「どう思う?」「間違いなく同一犯。でも、動機は?伝子さん達を騙したのは何故か?」

翌日。伝子のマンション。「先輩―。」「また防犯カメラに?」と高遠が言った。

「そうですよ、高遠さん。」そこへ、依田、福本が入って来た。

「ヨーダ。福本。これを見ろ。」と伝子が2種類の写真を見せた。愛宕が新しい写真を添えた。「服が違うが、同一人物だな。」「ああ。そうだな。」と、依田と福本は感心した。

「第一容疑者なんで、ご協力お願いします。ほぼ確定した段階で公開捜査をする予定ですが。」と、愛宕が言った。

「被害に遭ったの1軒目がコスプレショップ。2軒目がスーパー。3軒目がホームセンター。共通点は?」と伝子が言うと、「服・・・かな?」と高遠が応えた。

「他は?」「特になし、と言いたいところですが、3軒には防災意識が薄かったのも共通しています。うちのみちるの姉のスーパーの店長があの2軒目のスーパーの火災を『予期していた』と言っていました。」

「何で?」「昔、大手スーパーで大火災があってから、協会に入っているスーパーは皆、抜き打ちで相互チェックしているそうです。階段に商品を置いていないかとか、扉近くに商品を置いていないかとか。でも、防災意識の低いスーパーは守らないそうです。あの店長、ライバル店の様子をちゃんとチェックしてたようです。まあ、みちるが女性警察官だということあるし、先輩にも恩があるし。」

「詰まり、3軒目も防災に無頓着だった訳だ。私たちが飛び込んだ、あのコスプレショップも、邪魔な所に段ボールがあった。そういう物に火を点けたんだろうな、犯人は。」

伝子の言葉に依田は「依存症の類いかな?ほら。何か燃え上がるのに恍惚感覚えて癖になるって言うじゃない?」と言った。

「この間、中津刑事がくれたリストの団体が黒幕かな、伝子さん。」「そう決めつけるのは早いだろう。」

「その通りです、大文字さん。叔父も、管理官もそう言っていました。今のところ、あらゆる可能性を考える必要がある、と。」と、久保田刑事が言った。

「もう一つ可能性が出てきましたよ。」と南原と赤木が入って来た。

「赤木君。随分たくましくなったなあ。何かスポーツやっているの?」と福本が言うと、「転校した学校でラグビー部に入りました。それで、その部活仲間に聞いた話なんですが、話していいんだよね、南原先生。」「勿論だよ。」

「僕の転校した学校は『物陰町』にあるんだけど、10年前大きな工場が火事で焼けて、その工場の社長さんが、今度町会議員に立候補したんです。その火事の時、従業員の一人とその息子が焼け死んだんです。事故じゃないかも知れない、と警察も消防も保険会社も調べましたが、確実な証拠が見つからなかった。検察も不起訴にしました。勿論労災もおりたし、社員の為に会社が貯めていたお金から見舞金も出たけど、家族は納得しなかった。報復を恐れた社長は、よそに引っ越した。また、その家族、つまり従業員の妻も引っ越した。ところが、『ほとぼりが冷めた』と思ってか、社長は町に戻ってきて町会議員になり、やがては町長から市長へと出世する野心を現し始めた。部活の仲間は隣人だったんですよ、その従業員家族の家の。それで、復讐されに戻ってきたようなもんだ、って言うんです。」

「復讐?」「その奥さん、引っ越す時に『いつか、いつか』って怖い顔して呟いていたそうなんです。」

PCを起動させて、調べていた高遠は、「みんな来て。」と呼んだ。

画面には、雑誌のインタビューに応えている女性の写真があった。その横に高遠は『第一容疑者』写真を並べた。

「決まりだな。愛宕。久保田さん。」久保田刑事は、急いで本部に電話した。

「お手柄だな、赤木君。で、選挙いつだっけ?」と南原が言うと、「明後日です。」と赤木が応えた。

「大文字さん。まだ明日も火災があるかも知れないが、最終目標が選挙会場なら、先回り出来ますね。」と久保田刑事が言った。

翌々日。物陰町町役場。町会議員の選挙が行われようとしている。市会議員や区会議員と違い、町班長の代理投票だ。立候補者は奥に並んでいる。

突然、女が乱入した。羽織った上着を脱ぐと、ダイナマイトを腹に巻いていた。手にはライターを持っている。

「鷺沼、覚悟しろ!」と女は叫んだ。鷺沼を初め、居合わした全員が凍りついた。

が、女性職員らしき3人の女性が乱入女の前に進み出た。「止めなさい!」

振り返った女に向かって、2人の女性がスライディングをしてきた。2人は女の脚を自分の脚で挟み込んだ。倒れかかった女のライターを、飛んできたヌンチャクが弾き飛ばした。

すかさず、3人目の女性が女の首に『袈裟固め』をした。数秒で女は失神した。

警察署取調室。久保田刑事が乱入女を取り調べている。「じゃ、独断でやったんだな。元社長への報復か。」

「何故、コスプレ衣装店の火事の時、子供が逃げ遅れている、と言った?」と管理官が横から言った。

「あの炎を見て、錯乱しました。夫と子供が焼け死んだ時のことを思い出して。まさか女性が3人、火の中に向かうなんて思ってもみなかった。」と女は言った。

「その3人が、今日君を逮捕したんだ。」「あの人たちは一体・・・。」「まあ、女性有志、とだけ応えよう。」

「ダイナマイトその他は、オモチャだった。どこで手に入れた?」と久保田刑事が尋ねると、「ネット通販です。あの火事の後、鷺沼のことを思い出して。追い詰めてから殺す気でした。」と女は応えた。

「ダイナマイトでなく、ナイフでか。果物ナイフじゃ致命傷にはならんな。せいぜい軽傷だ。」

「何故、私が襲うと?」「まあ、特殊チームのプロファイリングの功績だな。」

 翌日。伝子のマンション。「プロファイリング?大袈裟だなあ。襲われた店が洋服の繋がりがあって、10年前の事件現場が織物工場ってことだけでしょう?」と、ヨーダが言った。

「ま、またまた赤木君のお手柄ですね、先輩。」と南原が言うと、「うむ。しかし、我々が飛び込んだ、あの店の火事の放火犯は別にいることになる。」と伝子は言った。

「つまり、その女、水田知加子は模倣犯ですね。」と高遠が言うのに、愛宕が「消防が改めて調べています。それと、鷺沼の工場の事件も調べ直すようです。」と応えた。

「何にせよ、階段に物を置いちゃダメよ。ねえ、栞さん。あの介護施設も階段に物置いてたわよね。」と入って来た綾子が言った。「見ました見ました。ホントに金儲け主義の施設だな、って思いました。」と後ろから入って来た栞が続けた。

奥から、物部が「それにしても、『緊急三姉妹』は酷いネーミングだな。おい、小説家、何か考えろよ。」と言った。

「緊急に考えたネーミングですものね、先輩。」と福本がからかうと、「煩い。どうせ私はセンスないよ。」と伝子は拗ねた。

「遅れましたー。」と山城が言って、入って来た。「山城。あの施設、階段に物置いていたって?」「そうなんですよ。引っ越し荷物の出し入れに苦労したって言ってました。消防署にチクっておきました。」

「こんにちは。門のところで不審な人物がいたので、連行してきました。」と、みちるとあつこが慶子を挟んで入って来た。

後から入ってきたなぎさがゲラゲラ笑っている。依田が慌てて、「その人は怪しくありません。俺の、僕の婚約者です。」と懸命に弁明した。皆、爆笑した。

「もう。コント終わった?依田さん、来てるなら手伝ってよ。」と、大きな段ボール箱を持ってきた。祥子も同じ物を持っている。

「あら、お寿司じゃない。私もおよばれしていいかしら、高遠ちゃん。」と編集長が入って来た。

「あ、編集長、靴箱ありがとうございました。ぴったりですね。」「当然よ。特注なんだから。あ、これ。この間のエッセイのギャラね。」

宴の準備は出来て、伝子はふと首を傾げた。「あつこ。久保田さんは仕事?」「家で寝てるわ。青あざを冷やして。グーパンチが効きすぎちゃった。」と、あつこは舌を出した。

「ばかだなあ。男を懲らしめる時はな。」となぎさはあつこに耳打ちした。あつこは顔を赤くした。その場の大勢が理解したが、蘭が「なあに?」と尋ねるので、伝子は取り敢えず寿司食おう。」と大声で言い、皆は従った。

久保田邸。食堂。管理官が久保田刑事に雑炊を作って持って来た。「だから、結婚するなら覚悟しろよ、って言ったんだ。」久保田誠は、叔父嘉三の作った雑炊を上手そうに啜った。

―完―

 

 



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24.行き倒れ

店の外で「行き倒れ」に出くわして、物部は救急車を呼んだが・・・


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

中津警部補・・・警視庁刑事。現在は捜査四課。

鈴木校長・・・コロニーで流れてしまった運動会再開催を断行した、校長。

 

========================================

 

「助けてくれ・・・許してくれ・・・。」

物部が店を開けようとした時、表にバタンという音がした。物部は店を開けずに、杖を突いて路上に出ると、人が倒れていて、人だかりが出来ていた。よく見ると、後頭部に血が滲んでいる。

「誰か救急車呼んだか?しょうがないな。」野次馬の中からは自分から行動を起こす者はいなかった。物部は救急車を呼んだ。

救急車の中で、その男は譫言のように繰り返した。「助けてくれ。許してくれ。」

「何だろうな?あなた、お知り合いですか?」「いや、他人です。モールでコーヒーショップ出してるんです。表が騒がしいから出たら、この人が倒れていて。」

「所持品は?」「付近見渡しましたが、落ちているものは無かったです。ポケットにもないんですか?」「ええ。」

救急車は本庄病院に到着した。苦労して物部が出ると、本庄院長が迎えた。「おや。物部さん。お知り合いかな?」「いえ、院長。行き倒れです。」「兎に角、中へ運びましょう。後で来て下さい。」

物部が看護師に呼ばれて来た病室には、頭に包帯を巻かれた男がベッドで点滴を受けていた。「あ、物部さんが救急車呼んだんですって?」と愛宕が寄ってきた。

「行きがかり上な。」「所持品は?救急隊員にも尋ねられたが、倒れていた場所付近には何も無かった。まあ、野次馬がパクった可能性もあるが。ポケットにも何も無かったと救急隊員は言っていたが。ここに入院したり通院したりしていれば話は早いが、まさかな。」

「副部長。遅くなりました。」「ああ。高遠。大文字。」

「見覚えのある患者じゃない、と看護師長は言っています。通院はどうでしょうね。」

「そうだ、下着とか服には?入院とかしていれば、タグに名前書くんじゃないか?」

「そう思って、衣類を持ってきて貰いました。愛宕さん、何か書いているような気がするんですが。」と高遠は言った。

横からひょいと顔を出した男が「調べてみよう。」と言った。井関だった。「え?なんで?」「なんで?本庄先生は監察医でもあるんだ。」「お願いします。」と久保田刑事が後ろから井関に頼んだ。

「揃ったか。大文字伝子の行くところ事件あり。そう睨んで覗いてみたんだ、実は。」井関は笑って出て行った。

「大文字さん。名前が分かり次第公開捜査をします。大文字さん達も何か手がかりがあったら教えて下さい。」

「という訳だ。俺たちは保護者じゃないしな。たまには店に来いよ。大文字の車なら、タクシー代が浮くし。」「そっちがメインだろう?」「ははは。」

物部のコーヒーショップ。

「行き倒れねえ。何か犯罪のにおいがしますけど。」「どんなにおいだよ。」と、高遠の言葉に伝子は突っ込んだ。

「いや。俺も高遠に賛成だ。どういう経緯があったとしても、財布くらいは持っているだろ、普通は。」

「私は、物部が聞いた譫言が気になるな。タグに名前らしきものがあったのなら、公開捜査で何か情報集まるかな?」と伝子はあくびをしながら言った。

「何だ、寝不足か?濃い目のコーヒーにするか、大文字。」「ああ、助かる。」

「昨日、締め切りでね。今朝、原稿送ったとこです。」と高遠が言った。「原稿、ファックスで送るのか?」「昔はね。今はね、副部長。メールですよ、暗号付きの。」

「便利な世の中になったものだな。」客が入って来たので、伝子達は引き上げることにした。

伝子のマンション。「あつこ。今日、久保田さん、張り切っていたぞ。」「蘭ちゃんに貰った男性用のファンデーションで誤魔化せるようになったから。平手打ちしたら、紅葉の手の痕残るし、グーパンチは青たん。でも、今度から金けりするから。」

「基本的に喧嘩しなければいいのでは?渡辺警視。」と高遠がたしなめた。

「あつこ。グーパンチの原因は?」「火の中に飛び込んだから。」

「妊娠したんだから、無茶しないでくれって言われましたか?」横から高遠が割り込んだ。

「言われたわ。でも、あの場合は仕方ないでしょ。警察官なんだから分かる筈。」と言うあつこに「お前が悪い。聞いてないのか?久保田さんのご両親の話。」「子供の頃、二人とも殉職したって聞いたわ。私も早く親を亡くしたから、意気投合したのよ。」

「伝子さん。」「いい。私から話す。久保田さんのご両親は『火の中に飛び込んで』殉職されたそうだ、愛宕から聞いたんだが。だから、愛宕はみちると結婚する時に何度も念押しした。二人とも警察官だと、家族が犠牲になるかも知れない、って。普通の家庭は築けないかも知れないって。詰まり、久保田さんは『一般論で危ない』って言ったんじゃない。」

「じゃあ、どう言えば良かったの、おねえさま。妊娠中だから、ヌンチャク投げるだけにしろ、っておねえさまに言われたから、そうしたのに。」「自重します、が優等生的な答ですね。」と。また高遠は割り込んで言った。

「おねえさまの所はどうなの?喧嘩しないの?」「泣く。」「僕が降参する。終わり。」

「へええ。」とあつこが言っていると後ろから「泣くんだ。先輩が。」「泣くんだ。先輩が。」と言って依田と福本が入って来た。

「暇だなあ、お前ら。いっちょ手合わせするか?」「まだ死にたくない。」と二人は応えた。

「仲いいなあ。前から思っているんだけど。何で?」とあつこは言った。

「あつこは部活やったことないのか?」「ないわ。」「じゃ、今やればいい。今も部活やっているようなもんだから。」「ははははは。」あつこは高笑いした。

「何か盛り上がっています?」と、愛宕とみちるが入って来た。「今、お前の悪口言ってたところさ。」と伝子がさらっと言った。

「またまたあ。ほんとなんですか?警視。」「さあ。」

「今、久保田管理官が記者会見しています。公開捜査です。彼の名前はアンダーシャツのタグから『タジマ』と判明しました。はい、これ、高遠さん。何か手がかりあれば、警察へ。あ、家出人リストと照合可能か?という意見が出て、体の特徴を改めて病院で調べて貰っています。ほくろとか、あざとかあれば、例えば銭湯で見かけた人がいるかも知れないので。」と、ポスターを高遠に私ながら愛宕は説明した。

「愛宕さん、衣類からタグ以外には?てがかりないですか?匂いとか。」「クスリ関係ならマトリの管轄だけど、それはないことは分かっています。」

「雲を掴む話だな。」「ああ。高遠さん。写真送っておきますから、例のLinenのグループに声かけて貰えませんか?若者はあまりテレビ見ないらしいし。」と愛宕が頼むと、「勿論、いいですよ。この際、愛宕さんも我々の方のLinenのグループに入って下さいよ。久保田刑事も久保田管理官も入ってるんですよ。」

「えええっ!そうなんですか。でも、どうやるんだろう?」「そういうのはね、『恋女房』に任せなさい。」とみちるが言った。「みちるちゃん。随分古風な表現ですね。」

「ふふふ。」「ああ。インターネットでも公開するように、管理官に言っておいたよ。」

正体不明の男のことは、それから一週間。進展が無かった。

一週間後。以前、ミニ運動会があった小学校。交通安全教室に福本達が演技し、壇上から依田が案内していた。

「お疲れ様でした。」と、校長は愛宕や久保田刑事に礼を言った。「久しぶりに緊張しているって言っていましたが、無事終わりましたね。」と、久保田刑事が応えた。

「皆さん、ボランティアだそうですね。」「ええ。今までは警察官だけで対処して来ましたが、どうしても堅苦しくてね。生徒さんも詰まらなそうですし。そこで、『愛宕の知り合いの方々』にお願いすることになったんです。」

「つまらないと言えば、今までPTAも有名無実で、つまらない組織だったようです。私の教育方針に賛同してくれた父兄が、自主的に低学年の『補習』を申し出てくれて、校内で『ミニ塾』的なことを行っております。無論、ボランティアです。それと、警備のことを注意されたので、新たに警備会社と契約して、生徒達の安全に取り組んでおります。」

「流石、校長。隙がないですね。」「ありがとうございます。」

「久保田警部補。引き上げの準備が出来ました。」と依田が言ってきた。依田は何か新鮮な感じがしていた。今まで『習慣』で、久保田刑事と何となく呼んで来たが、本来『刑事』とは主に刑事事件を扱う警察官の『通称』であって、役職ではない。

先日、管理官に注意されて、身内以外の場合は正式に警部補と呼ぶことにした。階級は出逢った頃は巡査部長だったが、警部補に昇進しているのだし、改めるのは当然だ。

因みに、管理官というのは警察組織の仕事の職階であり、身分を現す階級とは違う。久保田管理官の階級は『警視』で、渡辺警視とは同等の身分ではある。が、渡辺警視が渡辺副総監の直属の部下で、警視庁警察庁どの部署にも指揮権を持つ特殊な身分で、久保田警視は地域を総括する身分の為、伝子達は敢えて職階の方の管理官と呼んでいる。管理官の方も否定しない。

そして、新たな仲間として登場している、橘二佐も橘陸将直属の部下で、陸上自衛隊では特殊な位置付けで、渡辺警視と似た立場である。

久保田警部補の車。愛宕が同乗している。「なあ、愛宕。」「夫婦喧嘩は犬も食わない、ですか。」「まだ何も言ってないぞ。」「でも、奥さんのことでしょ。何年相棒やってると思います?ウチのみちるも危ない任務はやらせたくは無かった。でも、先輩が多分脅しだけに終わるだろう、って言ってくれたから、放火犯を取り押さえるチームに参加をさせました。大文字先輩に認められた、って喜んでましたね。」

「大文字さんを全幅で信頼する人は多い。そういう私もファンかも知れない。」

「久保田先輩。制服で見えないけど、僕の場合はつねられています。痣だらけです。でも、愛しています。」「のろけか。でも、『既婚者の先輩』として、ありがたく拝聴しておくよ。あ。寄ってくか。」

伝子のマンション。愛宕と久保田警部補が到着すると、高遠が「丁度今、知らせようとしていたところです、警部補。」と言った。

「久保田さん、町外れのゲーセンで見かけた学生がいるらしい。」と、伝子が言った。

「ああ。先月オープンした?なかなか公開捜査でも情報が集まらなかったのに。」と警部補が言うと、「学校サボったのに、積極的に手は挙げないでしょう。」と高遠が応えた。

「兎に角、寄って良かった。学生に聞かなくても店員は覚えているだろう。愛宕、聞き込みだ。白藤に知らせておけ。『おつねり』予防にな。」

二人が去ると、「『おつねり?』って?」と伝子が首を傾げた、「きっと、警察用語ですよ。隠語ってやつ。」

「それにしても、青木君の情報力相変わらず凄いなあ。」「3つのLinenのグループに入っているらしいですよ、我々の以外に。ラグビー部の部活もあるのに、時間割いてくれたんですね。今度、管理官に言って、なんかご褒美あげようか。」「ですね。」

ゲームセンター。愛宕と警部補が聞き込みをしている。「そりゃ目立ちますよ。学校サボって来ている学生野放しなんて言って取り締まらないで下さいよ。」

「まあ、今回はギブアンドテイクで行こうや。それで、どの位いたんだ?行き倒れの3日前の日。」「3時間位かな。これです。」「何だ、この変なめがね。」「VRゴーグルって言って下さい。このゴーグル被ってゲームするんですよ。おっさん、いや中年男性がやっているから、学生達が彼には見えないことをいいことに、すぐ側まで来てじろじろ見てましたね。」

「それで、終わった後は?」「20代後半くらいかな?彼にポンポンと肩を叩いて、ひそひそ話して出て行きました。」「服装は?」と愛宕が割って質問をした。

「あの公開された時の服装じゃなかったですよ。ケツポケットに大きな財布が見えましたね。」「その財布の特徴は?」「一言じゃ言えないなあ。革財布ってことくらいか。」

「その、一緒に出て行った男の特徴は?」「一言じゃ言えないなあ。」

「じゃ、痕で似顔絵の得意な『婦警さん』が来るから、よろしく頼むよ。」と警部補が言った。

警部補の車。「似顔絵の得意な婦警さん、ってみちるのことですか、先輩。」「他にいる?生活安全課に。」「いません。」「似顔絵得意でなくてもいいんだよ、あいつが鼻の下長くしてベラベラしゃべれば。特徴を聞き出せば、後は情報課で処理してくれる。」

翌日の午前。ゲームセンター。

警部補の言う通り、店員はべらべらとしゃべり出した。

みちるは、スケッチブックに描く一方、メモ帳に特徴を書いた。すぐに署に戻り、情報課の道上にPCで似顔絵を作成して貰った。すぐにとって返して、ゲームセンターの店員に似顔絵のプリントを見せた。

「流石、婦警さん。紙よりコンピュータの絵の方が得意だったんだね。そっくりだよ。ねえ。ちょっと時間割いてよ、お礼にコーヒー奢るからさ。」「主人と相談しますわ。オホホ。」「主人です。」「その上司です。」と、後ろから愛宕と警部補が顔を見せた。

「白藤。署に連絡。」「はい。」と言って、みちるはゲームセンターの外に出て、確認済みの報告をした。

「僕の奥さん、口説いた?危なかったねえ。先輩、この間入院した奴、覚えてます?」「あ?全治2ヶ月の?女を怒らすと、怖いなあ。」と警部補は意味深なこと言った。

「えと、俺、お役に立ちましたよね。そろそろ交代の時間なんで、仕事に戻ってもいいですか?」

「あ。ご協力ありありがとう。」

午後。伝子のマンション。

中津刑事、いや、中津警部補がやってきた。連れがいるようなので、「中津さん、その方は?」と伝子が尋ねた。

「紹介します。捜査二課の時の後輩の南方警部補です。これからは、大文字コネクションの繋ぎ、連絡係です。」「大文字コネクション?何です。」「あれ、正式名じゃなかったのかな?久保田管理官が言っておられましたが。」

「紹介だけですか?中津刑事。いや、中津警部補。」と、高遠が尋ねた。

「いや。あの似顔絵の人物、分かりましたよ。3年前、コロニーの事業推進金という、受給金があったでしょ、政府からの個人事業主用の援助金。あれの詐欺グループの主犯格。ひげ取ったらすぐに判明しました。黒幕が分からずじまいで、奴は逃亡中の筈でしたが。」

「確か経営ゼミナールとか言って、手下を養成していたんでしたね。で、総額何億も欺し取った。」と、高遠が言った。「そうです。ですから、入院中の男は、その主犯格の仲間かも知れない。ゲーセンで声かけたのは、偶然再会したのかも。」と、今度は南方が応えた。そこへ、物部が入って来た。中津が南方を紹介した。物部が高遠の近くにあった似顔絵を見て叫んだ。「あ。こいつ。野次馬の中にいたぞ。」

「そういうことか。物部が倒れている彼を発見した時、近くの野次馬の中にこの男を見たのなら、謎は簡単だ。誰も救急車を呼ぼうとしなかったんだろ、物部。」

「そうだ。付近には野次馬以外はいなかった。いつもなら10時に開店するんだが、煎餅の通販の顧客リストが欲しい、って藤井さんに言われて早めに店に行ったんだ。9時頃だから、通勤や通学の人間もいないし、モールの店はウチ同様10時開店が多いからな。」

「彼の所持品も落ちていなかった。野次馬は何人だ?」「8人。その男を含めて。」

「つまり、『行き倒れ』なんかじゃなかった。物部は殺人未遂の現場に居合わせた。そういうことだ。奴らはすぐに凶器と所持品を隠した。物部は気づかなかった。そして、救急車が行った後、彼らは逃げた、隠れた。学。久保田管理官にLinenで送れ。今夜をチャンスにしよう、と。」と、伝子はにやりと笑って高遠に言った。

本庄病院。夜半。

病室に男が忍び込んだ。男が毛布を剥ぎ取ろうとした時、「そこまでだ!」という声がした。

振り向いてナイフを振りかざそうとした男は伝子に大外刈りで脚を払われ、『送襟絞(おくりえりじめ)』で落とされた。

明かりが点けられ、「技あり、一本!」という声が響いた。久保田管理官だった。

通りかかった看護師に「しーっ!」と叱られた。「申し訳ない。」

取調室。

久保田警部補、南方警部補が詐欺グループ主犯格の鳴海五郎に対峙している。傍らに久保田管理官がいる。愛宕が書記をしている。

「彼が意識を取り戻し、怪我は回復傾向だという報道は、わざと流したんだよ。まず、彼は誰だ。」

「小田裕次郎。俺の相棒でリーダーだった。奴は持ち逃げした。再会したら記憶喪失になっていた。仲間とリンチして、金のありかを吐かせようとしていた。よろけて仲間のバッグの上に転んだ。仲間はボーリングが趣味で、ボーリングバッグに玉が入っていた。これだけは信じてくれ。頭の傷は事故なんだ。お節介な奴が出てきて救急車呼んだから、退散するしかなかったんだ。殴る蹴るする前に事故が起きたんだ。信じてくれ。」

「で、ナイフで殺す気だったのか?金のありかは聞き出せなくなるのに。」

「勿論、脅して聞き出す積もりだった。あの婦人警官は強いな。」

「奴は気を失う前に数回、『助けてくれ。許してくれ』と言ったそうだ。記憶を取り戻したんだろうな。だが、意識不明のままだ。」「回復するのか?」「神のみぞ知る、だな。さ、仲間のことを聞こうか。」

翌日。伝子のマンション。「物部。警察から感謝状くれるらしいぞ。」「現金がいいな。」「贅沢言うなよ。」

二人の会話に依田が割って入った。「副部長。大活躍だったじゃないっすか。人命救助に事件解決。」「おだてても、煎餅くらいしか出ないぞ、依田。」

「僕も煎餅でいいから、おだてさせて下さい。我らの副部長は、やはり心根の優しい人だった。そうですよね、逢坂先輩。」と福本が言うと、「私は知ってたわよ。週に2回くらいだけど、一緒に寝てるんだから。知らなかった?私たち、結婚するのよ。」

「えええええええええええええええ?」一同は、おったまげた。

―完―

 

 



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25.アンバサダー

伝子は「アンバサダー」になってくれ、と管理官に口説かれる。そして、依田には災難が・・・。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

 

========================================

 

伝子のマンション。伝子は久保田警部補から、先日の事件の報告を受けていた。

「結局、悪銭身に着かずって奴ですかね、ベガスで大金全部すったそうです。仲間の者も逮捕しました。あの男は眠り王子だったけど、それをしゃべった後、亡くなりました、今朝。」

「やはり打ち所が悪かったか。ボーリングの玉じゃなあ。」「ところで、大文字さん。先日の技。」「送り襟締め?」「あっちゃん、あつこに教えましたか?」

「教えましたが、何か?」「この間、実験台にされました。」「何秒でしたか?」「30秒だそうです。」「まだ甘いな。」「お願いです。もう教えないで下さい。身が持ちません。」

「大変でしたね。はい。昆布茶。過労にいいそうですよ。」と高遠が昆布茶を出した。

「ありがとうございます。」「夫婦喧嘩の仕方を工夫積もりかも。久保田さんには悪かったが、ご両親のことを話しました。殉職のことを。あつこも反省しているんですよ。」

「お二人だけだと静かですね。ああ。物部さん、婚約されたんですって?あの逢坂女史と。ご存じでしたか?」

「いや、私たちも初耳でしてね。とんだサプライズでした。今日は中山ひかる君の母親の宝石店で婚約指輪を作っています。」

「愛宕のお隣さんですね。」「学。ヨーダもひかる君の所で作るそうだ。実は、この結婚指輪も福本のところの結婚指輪も、そこで作ったんですよ。4割引で。」

「そりゃ凄い。うちは渡辺家御用達の店が一杯ありますが、そういう庶民的な方がいいなあ。」

「そんなこと言ってたら、また締められますよ。」と、笑いながら、なぎさが入って来た。

「はい、これ。おねえさま。」伝子が受け取った紙は一種の辞令のようなものだった。

「緊急時にエマージェンシーアンバサダーとして、警察及び陸上自衛隊の臨時職員任務を依頼することがありますので、ご協力を頂きたいので、よろしくお願い致します。」

伝子は読んだ紙を放った。「馬鹿馬鹿しい。」

「アンバサダーってどういう意味でしたっけ、高遠さん。」と警部補が尋ねると、「本来は『大使』って意味だけど、まあ昨今マスコミは何でもありで応用しますからね。ちょっと前だと『ソムリエ』とか『アナリスト』とか。そういうネーミングですかね。」

「この際、正式名あげて、って叔父に掛け合ったの。内容なんかどうでもいいのよ。」

「要はお前やあつこに命令してもいい、ってことか。」「そうね。」

「伝子さん、額に入れときます?」「その辺の引き出しでいい。」

物部と栞が入って来た。「大文字。5割引きにしてくれたぞ。」「半額?凄いじゃないですか、副部長。」

「値切ってないわよ。伝子効果ね。」「伝子に感謝しているってことよ。」

「流石アンバサダー。」「茶化すなよ、学。」

依田と福本が入って来ようとした時、駐車場で大きな音がした。二人は急いで走った。駐車場では、依田の配達車の前面に車が突っ込んだ形でとまっていた。

丁度やって来た愛宕が「みちる。署に電話だ。」と言い、「了解。」とみちるは即答した。

突っ込んだ車から悠然と老人が降りてきた。「誰だ、こんな所に。危ないじゃないか。」

「危ないのはあなたでしょ。駐車していた、この車はちゃんと駐車エリア内に駐車しています。免許証を拝見します。」と愛宕は言い、やって来た依田は失神した。

藤井の部屋。額に氷嚢を乗せられた依田は起き上がった。「ここは?あ、藤井さん。」

「余程ショックだったのね。貧血かしら。」と栞は言った。「に、荷物が・・・。」

愛宕が所長の松永を連れて入って来た。「あ。所長。」「大変な災難だな、依田。荷物は幸い割れ物が無かったし、無事だ。泉達に振り分けた。代車は明日届くが、明日は休め。今日もな。お前は怪我してないが、労災は心配ない。後は任せろ。」

松永が出て行くと、「僕も、後は任せて見に行ってやれ、って言われて。」と愛宕が言った。

「まあ、いい上司がいると安心して仕事出来るわね。はい。塩むすびよ。」と、起き上がった依田に藤井は食べさせた。「凄い食欲。依田君、お昼食べて無かったの?」

「はい。まだ。」「夕飯の足しにして。今お弁当作っているから。」と藤井が言っていると、「これも夜食にでも、な。」と物部が玉子サンドを持ってきた。

「あれ?副部長。店に戻ったんですか?」「ばか。そんな余裕あるか。大文字邸の厨房を借りたんだよ。」「大袈裟ですよ、副部長。」と後ろから高遠が顔を出した。

「ヨーダを誰が送るかな?って思っていたら、今南原からこっちに向かっているって言ってきた。」と伝子が言うと、「その必要はないわよ、今蘭ちゃんのお店でカットして貰ってたの。蘭ちゃんと一緒に送っていくわ。」と慶子が言った。

すると、今度は蘭が「依田さん、しっかりしてよ。未来のお嫁さんがついているんだから。私、お兄ちゃんの所に泊まるから、いいわ。慶子さん。」

「ありがとう、皆さん。ありがとう。」慶子は頭を下げて回った。

依田のアパート。「依田君、大変だったね。」と大家の森淳子が駆け寄って来た。

「今夜は蘭ちゃんも帰ってこないし、婚前交渉しても大丈夫よ。私は耳が遠いし。」「はい。頑張ります。」と森と慶子が話しているのを聞いて、「おいおい。」と依田は慌てた。

「依田君はね、いい人なのよ。おっちょこちょいだけどね。」と、森は付け加えた。

伝子のマンション。「依田君はね、いい人なのよ。おっちょこちょいだけどね。」と祥子が真似すると、「似てるなあ。」としきりに高遠が持ち上げた。

「俺が隣にいて良かったですよ、先輩。もうちょっとで『記憶喪失男』みたいになるところだった。

「で、その人、ボケ老人ですか?愛宕さん。」と高遠が尋ねると、「さあ。今のところは何とも。でも、いつかあったでしょ。元交通安全委員会の役員だかなんかで、車暴走させて致死傷者が出ているのに、ブレーキが故障していた、欠陥車だったなんて言い通した老人が。」と、愛宕は返した。

「いたいた。ブレーキ痕もないし、完全に車に欠陥ないのにシラをきろうとした。」

愛宕と南原の会話に割り込んで、「真似をして、罪を軽くしようと画策かな?どっかの大会社の社長なんですよね、愛宕さん。」と高遠が言った。

「高齢者の運転免許証自主返納は簡単じゃないんだろ、愛宕。」「そうなんですよ、先輩。都会はともかく、過疎地は贅沢じゃなくて必需品ですから、車は。」

「地域ごとに加減って言った人もいるけど、差別だーって騒ぐ人がいるから。」と久保田は言った。「依田君は?」「今帰りました、婚約者が送って行って。」

「じゃあ、私も帰ろう。愛宕も早く帰らないと、痣が増えるぞ。」「先輩。それ言わないで下さいよ。」

二人が帰ると、栞は「じゃ、私たちも帰ろうか、一朗太。」と言った。

「一朗太?」と伝子が言うと、「もうばらしちゃったし。今日は一晩中セックスよ。」と栞が言うと、「勘弁してくれよ。」と物部がもの悲しそうに返した。

南原の車の中。

南原の隣に蘭がいる。「エマージェンシーアンバサダーだって、変な名前だよな。」「慶子さん、しっかり者の奥さんにないそうだね。」「そうだな。どういう訳か女性にリードされる男性が揃ったな、ウチのグループは。」「お兄ちゃんにはパートナーいないじゃない。」「お前がリードしているよ。」「そか。あ、お母さんに寿司買って帰ろうか。」「いいな、それ。」

福本の車の中。

運転している福本に依田は「逢坂先輩って、あんなキャラだった?」と、尋ねた。

「ううん。昔と違って来たなあ。吹っ切れたかなあ。来月な、蘇我部長の13回忌なんだよ。」

「心機一転まき直し、かな?」「うん。でも、お前も前にいってたじゃないか、お似合いだって。」「そうね。祝福しなくちゃ。」

翌日。警察署署長室。

「釈放?」と警部補と愛宕とみちるが叫んだ。「弁護士がな。逃亡の恐れがないだろうからって。」「以前、車の会社の外国人社長がスパイ映画みたいなことして海外逃亡しましたよね。」とみちるが詰め寄った。

「『警察としては』、仕方がないんだよ。『警察としては』。分かるだろ?警部補、愛宕巡査部長、白藤巡査部長。『警察としては』な。」と管理官が言った。

「管理官。何度も同じこと言ってない?」と、署長は疑問を口にした。

「いや、署長。こいつら何度も言っておかないと、暴走するでしょ。」「そうか。じゃ、私も念押しだ『警察としては』仕方が無いんだ、『警察と「しては』な。」

「了解しました!!」と3人は大きな声で返した。「よろしい。」署長は満足したようだった。

東京国際空港。

サングラスをかけた老人がキャリーを押して歩いている。「落ちましたよ。」とすれ違った女性が言った。老人がしゃがみ込んだところ、突然女性は悲鳴を上げた。

「きゃー。泥棒。何すんのよー。」「どうされました?」と空港警備員らしき女性が駆けつけた。「この、この人が私のバッグを奪おうとしたんです。ああ、紐が切れそうだわ。」

「ちょっと、お話を聞かせて下さい。お手間は取らせませんから。」老人は二人に脇を抱えられ、どこかへ連れて行かれた。二人は伝子となぎさが化けた警備員だった。

空港のある一室。「念のため、お荷物も拝見します。」スーツケースを開けた途端、側にいた犬が吠えた。サチコだった。「麻薬を持ち込もうとしましたね。永良啓介さん。」犬と一緒にいた女性が手刀で永良の首を後ろから軽く叩いた。あつこだった。

1時間後。

永良は取調室で目を覚ました。「『もう1度』、事件の初めから語っていただきましょうか。」と、久保田警部補は言った。

1週間後。テレビのニュースを皆で見ている。「永良容疑者は容疑を認め、ブレーキとアクセルを踏み間違えた、体裁が悪いのでシラを切った、と供述をしている模様です。」

テレビを消した後、「先輩や二佐はともかく、渡辺警視はまずかったんじゃないんですか?」と福本が言った。「ふふふ。私は欠勤して、そこにいなかった。」「替え玉がいたからな。」と、伝子も笑った。

「私よ、福本さん。」とみちるが言った。「それにしても、3回も脱出しようとするなんて。その都度連れ帰ったけどね。」

「はしのした弁護士は有能な代わりに間抜けだから。弁護士は国選に代わったわ。殺人じゃないから大した刑期じゃないけど、出ようとした時の写真は週刊誌が『スクープ』したし、『逃亡の恐れなし』なんかじゃなかったのよ。」とあつこは吐き捨てるように言った。

「ヨーダも復帰して元気に仕事してるし、エマージェンシーアンバサダーの活躍のお陰ですよね、管理官。」「ああ。ありがとう。これで、新体制が出来た。」

「ヨーダの車は、修理して来週返ってくるらしい。婚約後の交際も順調らしい。」と伝子が言うと、「あの時、一晩中セックスしたのかしら?」と蘭が言うのを「止めなさい、蘭。」と南原が慌てて言った。「でも、大家の森さんが唆したらしいわよ。」

「蘭もすっかり大人だな。」「何で知ってるの?先輩。昨日の誕生日でハタチよ。」

皆が言葉に困っていると、話題の森が藤井と入って来た。編集長も続いた。

「ええ。蘭ちゃんもすっかり大人よ。おっちょこちょいだけど、依田君もいい人見付けたみたいだわ。蘭ちゃん、諦めていい男見付けなさい。」と森が言うと、「あら、蘭ちゃんの好みだったの?私がもっと、いい人見付けてあげるわよ。」と編集長が言い、物部に通販顧客リストを渡した。「逢坂先生。マスターと一緒に住むの?」「まだ決めてないわ。今は子作りで精一杯。」「やだ、エッチ。露骨ね。」

「あ、そうだ。婚約指輪見せて。」「これよ!」と栞は物部とお揃いの指輪を、かざした。「まだ台座だけだけどね。これがパンフレット。」

「ウチと同じ系統ですね、伝子さん。」「うん。」伝子と高遠も指輪をかざした。

「ううう。」「何?なぎさ。サチコみたいに唸って。」「やはり嫉妬心が出てくる。ううう。」

「先輩。サチコに失礼です。」「そう、サチコは嫉妬心で吠えたりしない。凶悪犯は見分けられるけど。」と、福本と祥子が言った。

「そう言えば、今回サチコにも見せ場作ってくれてありがとう、おねえさま。」とあつこが言った。

「いや。ははは。あいつかなりビビってたな。」「お待たせ、と言いたいところだが、あっちゃん、出番だ。」「何?」「夫婦喧嘩。女房が包丁振り回しているらしい。」「危険な仕事するなって言ったのは、どの口だ?」「いや、君なら説得出来ると思って。」

久保田夫妻は出て行った。藤井が笑い出し、「普段夫婦喧嘩している人なら、説得力あるわよねえ。」と言った。皆も追随した。

―完―

 



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26.『三角形』

伝子が案内された廃校は、実はEITOの仮本部だった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

松波二尉・・・なぎさの部下。

幕僚長・・・陸自幕僚長。

陸将・・・陸自の偉いさん。軍隊の『大将』に相当する。

渡辺副総監・・・警視庁副総監。

筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

渡伸也一曹・・・EITOの自衛官チーム。GPSほか自衛隊のシステム担当。

藤井康子・・・伝子のお隣さん。以前は料理教室を開いていた。

中山ひかる・・・愛宕の隣人の高校生。

青木新一・・・Linenを使いこなす高校生。

 

========================================

 

オスプレイの中。「単刀直入に言うわ、おねえさま。1時間前。久保田警部補と愛宕巡査部長の乗ったパトカーが陥没事故に逢ったの。松波、詳細を。」「はい。既に、他の機が救出に向かい、2人は今病院です。問題はただの陥没事故ではない、ということです。現場は地下鉄工事の場所から遠くないので、公式には地盤の緩み、ということにしてあり、報道されています。」

「詰まり、実は違う、と。」「そうです。明らかに爆発物と思われる破片が下水道から見つかっています。地盤の緩みだけではありません。地下鉄工事とは関係ありません。これから向かう所は、お二人が救出された場所ではありません。間もなく現場に到着します。」

オスプレイは、ある山を散開し始めた。

「ソーラーパネル?メガソーラーとか言われる。」「正確には欠陥メガソーラー。温泉地で土石流の為に住宅が埋もれた事件があったでしょ。」「ああ。山の斜面に廃棄する土砂を積み過ぎた、という。」「報道管制を敷きましたが、あのすぐ側にメガソーラーがありました。」「ありました?」

「はい。そっちに目が行くようにして、自衛隊が秘密裏に処理しました。土砂云々は後付けです。何者かが、その欠陥メガソーラー近くに爆発物を仕掛けました。砂上の楼閣が崩れたんじゃないんです。」「その爆発の振動が原因か。」「はい。ここのメガソーラーも近くで爆発物が爆発しました。幸い、自衛隊が開発した消火弾を投下し、今は燻っています。さっきの現場の事故の1時間後です。次の現場へ。」

松波一尉はパイロットに声をかけた。「なぎさ。一つ確認する。時限装置か。」「はい、おねえさま。自衛隊の空中撮影で判明しました。処理班が向かっています。」

1時間後。ある住宅地。黒煙が上がり、まだ燃えている。

「まだ、ここと決まった訳ではありません。でも、あの山の爆発の1時間後に起った事件です。火事の前に音が聞こえたという情報があります。」

「まだ連続するかどうか分からないけど、一旦本部へ戻ります。おねえさま。ごめんなさい。規則なの。」となぎさは言い、伝子に目隠しをした。

オスプレイは、ある小学校の校庭に着陸した。目隠しを外され、伝子は元職員室だったに違いない部屋に連れて行かれた。

奥の席には、副総監、陸将、それともう一人いた。「紹介しよう、大文字伝子君。陸自の幕僚長だ。」

「何故?」「写真より、なま大文字伝子が見たい、とおっしゃったそうだ。」と副総監が言った。「笑えないな。」

改造された職員室にはPCがずらりと並び、一方には警察官、もう一方には自衛官の制服の人達が座っていた。

警察官チームの誰かと自衛官チームの誰かが胸を掴み合いながら揉めていた。

「早速ですが、幕僚長。警察官チームと自衛官チーム、仲が良さそうですね。」と伝子は言った。それぞれのチームの人間が二人を引き離した。

「物怖じしないのが、彼女の特徴でして。」と言う声に振り返ると、そこには筒井がいた。」「筒井?」「副総監命令でね。大文字がへそを曲げた時は頼むよ、と。」

「いまいましい狸親父とお思いだろうが、誰もが君の手腕にかけている。」と言う副総監に続けて、久保田管理官が言った。

「手腕とは、推理した上で解決に導いて欲しい、ということだ。副総監は、久保田警部補と愛宕巡査部長が乗った車が陥没事故で落下したのは偶然と思われていない。」

「つまり、愛宕と久保田さんは狙われた、と。」「いや。その後、2件の爆発だ。」

伝子はスマホを取り出したが、圏外になっている。「大文字君。秘密基地なので、登録した番号以外は送受信出来ない。

「こちらへ。」と、警察官チームのオペレーターが言った。今揉めていた一方である。「私は民間起用の草薙あきらです。元々はプログラマーなんですけどね。」

伝子は素早く自分の番号と高遠の番号を入力した。「私の叔父もプログラマーでした。」「お聞きしております。スマホが登場する前からGPSシステムを構築されたとか。30代半ばでITの世界に入られたとか。」「よくご存じですね。「尊敬しています。」1分後。スマホは圏外ではなくなった。

「推理はいいが、実はウチは学がホームズ役で私がワトソン役なんです。」と伝子は言った。「え?そうなの?誠。そうなの?愛宕君。」二人とも首を傾げた。

「学。そっちの方はどうだ?」「今、皆引き上げたところです。伝子さん、今、どこですか?」「秘密基地だ。」「サンダーバードですか?」「そんなとこだ。お前、古いな。」

「学に事件のあらましを。」と、なぎさに伝子は言ったが、「私が。」と松波が進み出た。「高遠さん、初めまして。松波と申します。」「ああ。運動会事件の時に駆けつけてくれた?それと、コスプレ衣装店の火事の時も。」「よくご存じですね。」「文字通り、一心同体ですから。」

「3件の爆発がありました、1件目は愛宕巡査部長と久保田管理官の乗ったパトカー。2件目は、とある山のメガソーラー近く。3件目は住宅街の火事の直前。3件は、きっかり1時間置き。我々は偶然ではない、と判断しました。実は、一件目の事件の現場から時限装置の破片が見つかっています。あとの2件の確認作業はこれからです。」

「学。本調子で頼むよ、いつも通りな。」「なるほど。4件目以降を何とか食い止めたい、と。4件目の現場を特定しないことには進みませんね。」と、高遠は言った。

伝子はメールアドレスの紙を先ほどのオペレーター草薙に渡した。

「場所は自衛隊のGPSシステムの方が正確でしょう。お隣さんに渡して頂けますか?アンバサダー殿。」と伝子に返した。

「陸自一曹の渡伸也です。」「ここに事件の場所を送って下さい。」と、伝子は改めて依頼した。

「伝子さん、愛宕さん達は無事なんですか?」と高遠がスピーカー越しに尋ねた。

「無事だ。ただ、マスコミの方には『行方不明』と発表しておいたよ、高遠君。」と管理官は言った。

「ひかる君は志望校絞ったとか言っていたか?そうだ、青木君に手伝って貰ったらどうかな?みちるに伝えておいてくれ。」

警察と自衛隊の偉いさんが帰った後、伝子達は元給食室の食堂で食事を取った。筒井も帰っていった。今日は副総監のSPらしい。

「おねえさま、ありがとう。引き受けてくれて。」「拉致されただけさ。」「ははは。面白い表現ですね。後で、あつこも来ます。」

「取り敢えず、今日は帰宅出来そうにないな。あ。まさか体育館で雑魚寝じゃないだろうな。」「おねえさまには、そんなことさせませんよ。元校長室の来客室にベッドがありますから。」「我々は体育館で雑魚寝だな、愛宕。」「はい。刑事の定番ですね。」

伝子達が食事を終えた頃、伝子のスマホが鳴った。「伝子さん。3件の現場ですけどね。3点結ぶと正三角形になります。これは、計画された事件ですね。」

「それは、もう警察でも自衛隊でも把握していますよ、高遠さん。」と久保田警部補は言った。「いや、それは結ぶと『三角形』になるってことでしょ。『正三角形』なんですよ、地図上で。」

警部補と愛宕が首を傾げていると、あつこが食事をトレーに乗せてやって来て、「犯人の自己顕示欲が強くて、自己アピールしているってことかしら?」と言った。

「その通り。警視の慧眼鋭い。」と高遠が褒めた。「じゃあ、4件目は無いってことかしら?」「今は分かりませんね。ただ、4件目以降が起って平行四辺形だったら、こちらに勝ち目がありますね。」「勝ち目って・・・勝負してんのか?」「いや、まだまだただの推測でしか無いんですが、『ネットの地図上』ではミリ単位で3辺が等しいんですよ。多分、地図帳上では等しくないでしょう。」

「そう言えば、松波さん、かっきり1時間置きって言って無かったか?なぎさ。」「言ってました。確認してきます。」と、なぎさは走り去った。

「組織犯罪じゃないのか?」と久保田警部補は首を傾げたが、「いや、機動力から考えて何らかの組織犯罪でしょう。学が言っているのは実行犯じゃなくて立案者の考え方ですよ。」と、伝子は言った。

なぎさが帰ってきた。「間違いありませんわ、おねえさま。13:31、14:31、15:31。」

「すまない、妹よ。ネットの地図で平行四辺形を書いてみて、次の4件目以降の候補を割り出すように伝えてくれ。」「はい、おねえさま。」と、なぎさは走って行った。

「久保田さん。最近、羽振りのいいヤクザ屋さんは?」「事件に関与していますかね。」「少なくとも素人より組織力のある団体だと思いますが。」「中津刑事に依頼しましょうか?」「ええ。」

「久保田さん。」とスピーカーから高遠が声をかけた。「何です?高遠さん。」

「先日、ネットカジノ、話題になりましたよね、受給品詐欺で。持ち逃げしたリーダーはベガスだけですったんですかね?ネットカジノの会社って半グレが絡んでいるって噂がネットで見受けられますけど、その線で何か情報出て来ませんかね?」

「調べさせますわ、もう一人の妹が。」と、食事を終えたあつこが久保田の耳を引っ張りながら出て行った。

「アンバサダーらしくなって来たね、大文字君。君のリーダーシップにかけているんだ、副総監は。コーヒー飲まない?」「ああ、いいですね。」

「大文字君。テロの可能性はないんだろうか?」「公安は、どの程度テロ組織を把握しているんでしょうか?」「さあな。教えてくれんだろうな。」」「公安に見張って貰うことは可能ですか?」「たれ込みがあった、ってことにすればな。何か策が?」

2時間後。元校長室で仮眠を取っていた筈の伝子が草薙に何やら相談をした。そして、渡にも何やら確認をした。

朝9時半。伝子は皆の前に出て、話を始めた。「昨夜、ウチのホームズから連絡がありましてね。平行四辺形は大きな勘違いだった、と言って来ました。多分『六芒星』だろうと。」

「なるほど。正三角形の逆の形を重ねた図形、『六芒星』ですね。」草薙がPCの画面に正三角形を描き、図形ソフトでコピーした正三角形を倒立させ、重ねた。

「詰まり、昨日の3件はこの図形の言わば前半という訳です。渡さん、直ちに後半に当たる地点を割り出して下さい。」と伝子は渡に言った。

「後半がいつ始まるかは分かりませんが、犯人がこだわりのある人間ならば、時間は『倒立した時間』で、13:31、13:41、13:51ということになります。」と言う伝子に、「殆ど同じ時間じゃないか。」と久保田管理官は言った。

「その通りです。何日後かは分かりません。でも一ヶ月先ということは無いはずです。取り敢えず今日から3日間。特定出来た3カ所同時に12時位から消防と待機して備えるというのはどうでしょうか?」

ざわざわと部屋はどよめいた。「うむ。少し会議をしよう。大文字君。席を外してくれ。」

「わかりました。愛宕は連れて行っていいですか?」「ああ。いいだろう。」

1時間後。「作戦はこうだ。本日12時より、3カ所の付近の徹底パトロールを行う。自衛官3名警察官3名。自衛官と警察官が一緒に回ると住民に怪しまれるので、自衛官は私服で随行する。場合によっては、自衛官は別行動を取る。本日何も起らなかった場合は、明日、付近住民には避難をして頂く。それから様子見だ。今回は犯人逮捕よりも、住民の安全確保が優先だ。大文字君。これでいいかね?」と管理官は伝子に確認した。

「結構です。ただ、ウチのチームも参加させて下さい。パトロールだけです。万一の避難誘導等はお任せします。」「ウチのチームって・・・中年探偵団?あ、大文字探偵団?」

「そうです。」「分かった。既に印刷している『火の元注意』のチラシ配りは人数が多い方がいいだろう。危険な状態になったら、速やかに待避するよう、君から言い含んでおいてくれ。では、準備にかかろう。散開!」

午前11時。4番目の火事現場候補のビル。数人のヤクザは10数人の捜査4課刑事に取り押さえられた。中津刑事から連絡を受けた福本と祥子が防災チラシを付近に配り始めた。

同時刻。5番目の火事現場候補の民家。数人の半グレの社員は10数人の捜査2課刑事に取り押さえられた。2課の刑事から連絡を受け、あつこが連絡をした南原と蘭は防災チラシを付近に配り始めた。

また、同時刻。6番目の火事現場候補の公民館。私服の自衛隊員を数人の自衛隊員が取り囲んだ。自衛隊員から連絡を受け、なぎさが連絡した物部と栞は防災チラシを付近に配り始めた。

13:31。ある古民家。警察官がなだれこんだ。PCに向かっている高校生が驚いて振り向いた。「金子すすむ。緊急逮捕する。罪状は後でゆっくり読んでくれ。18歳だよね。実名報道で有名になるよ。」と、公安と乗り込んだ久保田警部補が高校生を逮捕した。

同じく13:31。緊急対策本部。渡辺あつこ警視は、腕時計を見ていた松波一尉を緊急逮捕した。

「何故?」と言う松波に橘なぎさ二佐が平手打ちをした。更に打とうとするなぎさを伝子が止めた。「もういい。警察の取り調べの後、自衛隊に引き渡される。それからでいいだろう。」

松波が二人の警察官に連行された後、伝子は草薙に礼を言った。「3つの組織に絡んでいそうな闇サイトを見付けるのはホワイトハッカーなら簡単ですよね、と言われた時はドキッとしまいたけどね。私が追いかけられたのはどこのPCかってことだけですけどね。まさか高校生だったとは。反社はヒットコイン、半グレはネットカジノ、そして、自衛官は出会い系サイトがゆすりのネタになり、操られることになるとはね。」

横から渡が言った。「草薙に自衛官にスパイがいるって聞いてかっとなりましたが、まさか松波一尉が。びっくり仰天ですよ。」「渡さんにも世話になった。飛行記録からすぐに協力者の隊員を割り出すなんて、流石ですね。」

草薙が「やはりアンバサダーを副総監が指名するだけのことはある。人使いも気遣いも一流だ。」「それだけは、お前に同感だ。異議なし。」

二人は笑って、出て行く伝子を見送った。

14時のテレビのニュース。「13時半から14時頃まで、爆発音らしき音が聞こえ、火事が起った模様ですが、いずれもボヤで、間もなく鎮火すると消防庁の発表がありました。」

14時半。緊急対策本部を出た伝子はなぎさの車で自宅マンションに向かっていた。

「おねえさま。最初から全部分かっていたの?」

「そんな筈はない。だから、真っ先に学を巻き込んだ。なぎさ。運転代われ。」なぎさがジープを止め、運転席と助手席を二人は交代した。

「なぎさ。泣け!おねえさまの命令だ。着くまでの間、泣きたいだけ泣け。」なぎさは大声で泣き始めた。

16時半。伝子のマンション。伝子はスマホで高遠に電話した。「学。目薬あったか?」

「ありますけど。」「目薬持って駐車場まで来てくれ。なぎさの車で送って貰ってたんだが、どうもまつげが目に入ったらしくて危なっかしいから、途中で交代した。帰りは一人だから危険だ。あ。目の洗浄液があったろう?あれの方がいい。」

数分後。駐車場に高遠が、目薬と洗浄液とうがい受けとティッシュを持って降りて来た。

伝子は洗浄液でなぎさの目を洗い、うがい受けに液を捨て、ティッシュで拭いてやった。

「二佐。目薬とティッシュは持って行って下さい。またおかしくなったら眼科の医者に行って下さいね。」

「ありがとうございました。」と言い、なぎさはジープを運転し、帰って行った。

二人が部屋に帰ると、隣の藤井がいた。「優しいわね、高遠さん。だから、大文字伝子が惚れたのね。」と笑った。「見てたんですか?目を洗ったのは伝子さんですよ。」

「いつでも泣けるように目薬とティッシュあげたんでしょ。」「女房の教育がいいもんで。」「まあ。夕飯のおかずにと思って、鯛の塩焼き、置いといたわ。事件解決したんでしょ。」藤井は笑いながら帰って行った。「いつもすいませーん。」と後ろから高遠が声をかけると、藤井は後ろを向かず手を振った。

「明日また、皆でやって来て質問攻めですよ。」「秘密基地ってプールの下にあるのか?とか。」「蘭ちゃんなら言いそうですね。ああ、ひかる君と青木君、さっき帰りました。伝子さんが二人を呼ぶように暗号送ってくれたから助かりました。推理は殆ど二人のお陰でした。正三角形も六芒星も僕には思いつかなかった。黒幕はゲーム感覚の筈だって言ったのもひかる君でした。」

「分かってる。ウチはホームズの役割は学なんです、って電話したんだが、久保田さんと愛宕が目を白黒していたよ。」「中津刑事にも大分お世話になりましたね。あの家、丁度公安が目をつけていたらしいですよ。でも、高校生なんて、黒幕が。分かってたんですか?」「いや。途中から一尉が怪しいなと思って、それで3種類の組織が動いた、と分かった。正三角形にこだわるなら真ん中は?という発想で、こっそりガラケーの方で中津さんに頼んだのは正解だった。」

「立体的に正三角形の位置なんて普通は探し出せない。だから、2番目は陸自にスパイがいて、そのピンポイントに爆発物を仕掛けた、と考えた、ですか?」「うん。3点は似ているようで似ていない。それが最初から引っかかっていた。多分愛宕達の車は狙われた訳じゃ無い。唯一火事が人為的なもの、放火だというだけのことだと思っていた。」

「ふうむ。やっぱり伝子さんがホームズ役だな。」「詳細はまた、管理官か警部補が教えてくれるさ。」「アンバサダー、気に入りました?」「愛宕達が被害に遭っていなかったら、途中で投げ出したかもな。」「橘二佐。立ち直れるかな?」「立ち直るさ。私の妹分だぞ。」「そうでした。とにかく、めで鯛。」「駄洒落かよ。」「あ。赤飯炊いときましたよ。」「よく出来た婿殿だ。」「それ、叔母様の台詞。」

奥の寝室から、みちるが出てきた。「ああ、よく寝た。あ、先輩お帰りなさい。ひょっとしたら、事件終わってます?」

「とっくに!!」と伝子と高遠は大声で言い、笑った。みちるも釣られて笑った。

―完―

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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27.暢気な人質

銀行強盗に対する伝子の奇策とは・・。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

中山ひかる・・・愛宕の隣人の高校生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

========================================

 

愛宕のアパート。ひかるの部屋を訪ねている愛宕とみちる。

「という訳で、Atwitterでの虐めについて相談したいんだけど。」「僕は得意じゃないけど、同級生でやってる奴いるから紹介しようか?」

「助かるわあ。ぐっと抱きしめちゃおうかな。」と、みちるがはしゃぐのを見て愛宕が慌てた。

「おいおい。」「みちるさん、欲求不満なの?それって。セクハラだよ。」

笑っている3人の所に「こんにちは。あ、お客さん?」と声をかけた人物がいた。

伝子のマンション。

「二佐、ショックだったろうなあ。出会い系サイトなんて。」「しかも。ホテルから出てきた写真一枚だよ。」「それに屈して脅されるとはねえ。」

福本と依田は高遠が『漏らした』捜査情報から話し合っていた。「お前ら、分かっているだろうな。機密事項だぞ。」と、伝子がたしなめた。

「それで、おねえさま。一尉はなんて言ってるの?」「失恋で魔が差した、と。」「なぎさのこと好きだったのかしら?」「多分な。ま、自業自得だが。」

チャイムが鳴った。「大文字君。貼り紙大きくなってない?」と管理官が入って来た。「みんなインターホン押さないから。故障してないのに。」

「大文字探偵団の諸君。今回もご苦労だった。大いに助かった。」

「ボランティアで『火の用心』ですか。ご苦労様って言われたよ。」と物部が笑った。

「俺も。」「僕も。」と依田と福本が口々に言った。

「公安が非常に感謝していたよ、大文字君。前からマークはしていたらしい、あの高校生。」

「そうですか。草薙さんが闇サイトを暴いたお陰ですけどね。」と伝子が言った。

「それと、『正三角形』の真ん中が怪しいって、ひかる君が言ったから。」と高遠が言った。

「僕は、誰も殺していない。誰も傷つけていない、って言っているそうだ。単なるハッカーなら、言い訳にもなるだろうが、大人が違法で儲けた金の上前撥ねていたんだからな。今度のことは、彼には『箸休め』のゲームだったかも知れないが、実際に爆発させている。自分の手を使わなくても、実行犯に命令した『正犯』だ。殺人教唆に匹敵する。テロかも知れない、と大文字君に出動願ったが、『テロ準備罪』にも抵触する。まあ、後は司法の範疇だ。」と、管理官は興奮しながら断じた。

「質問。」「何だね、依田君。」「最初は正三角形で完成だったんですかね。」

「それはな、ヨーダ。最初は正三角形が完成形だったんだ。六芒星は相手の自尊心に訴えかけた罠を仕掛けたんだ。ひかる君のアイディアでな。赤木君も言っていたそうだ。ゲームを攻略しても、オプションでもう1個上を行くラスボスが現れる設定なら、必ずゲーム好きは挑戦するって。おびき出すには、もう一組の正三角形が必要なんだ。一尉は焦ったろうな。反社も半グレも。『聞いて無いよー』の話だから。」

「伝子さん。コスプレ衣装店の火事。彼は関わってないんですか?」「それ、私たちの中にも勘ぐった者がいてね。彼に尋ねたら、関わってはいないが、怪しい奴は見た、と言っている。この後に及んで嘘は言わないだろうから、改めて防犯カメラをチェックしている。目撃者情報も集めてな。」

愛宕のアパート。「じゃあ、下条君。僕らは出掛けるので、ひかる君から聞いて。僕は、その子をここに連れて来るよ。署だと緊張するからね。」

伝子のマンション。「コスプレ衣装店って言えば、ゲーセンの隣にオープンするらしいですよ。もっと大きな店で。」と言う南原に「ライバル店かい?南原さん。」と依田が尋ねた。

「いや、同じ経営者ですよ。今日だったかな、オープン。」

「行かせたよ、ウチの『若いの』に。」と伝子は笑った。

新コスプレ衣装店{ヒロインズ}。あつことなぎさとみちるが広い店内を店長に案内さいますよ。在庫衣装はバックヤードや階段などではなく、別棟の倉庫にきちんと保管管理しています。

一人だけ制服警察官姿のみちるは、「そうでないと困りますよ。安易な考えが大惨事を起こすものです。店長さん、ご存じですね?」「はい。」

「では、倉庫も拝見させて頂くのはいかがでしょう?巡査部長。」「そうね。そうしましょう。」

3人が見終わった後、帰ろうとした店長をなぎさが止めた。「店長。二階の仕切りの所、何があるのかな?」

もう1度、3人を案内した店長が、「実は18歳オーバーの方の特別室でして。」と頭をかいた。「つまり、レンタルビデオ店のアダルトコーナーみたいな感じか。風俗営業法には、引っ掛からないんだな?」「はい。勿論、天窓から換気できるようになっています。製品の衛生上、試着室はございません。私どもも競争が激しいんですよ、婦警さん、いや、お巡りさん。」

愛宕のアパート。「詰まり、たまたまアカウント名が似ていた為に虐めにあったってこと?布施君は、Atwitterは初めてどれくらい?」と上条が尋ねた。

尋ねられた布施は「まだ一ヶ月。何となく操作覚えたぐらい。そしたら、僕宛に攻撃するAtwitがあって、それに追随するReAtwitが山のようにあって・・・。」

「君、うっかりフォローアップしたんだね。何かの記事に賛同の意味でReAtwitして。ひかる君、布施君は『お互いフォロー』をしてしまったんだよ。まあ、Linenの友人登録みたいなもんかな。で、その相方は多分、他の人物と混同している。アカウント名が似ているんだな、きっと。」

「何とかなる?」とひかるが問うと、「いくつかある。」と上条は応えた。

「良かった。」と、愛宕は胸をなでおろした。

伝子のマンション。「まさかセクシーコスプレとかいうのを買って来てないだろうな。」と伝子が言うと、「買おうと思ったけど、なぎさがおねえさまに怒られるから止めようって。」「当たり前だ。第一、みちるは職務で行ったんだからな。お前ら、変な想像してないよな。」と伝子は男子を睨み付けた。

「みんな、まだ死にたくないらしいよ、大文字君。」

その時、管理官のスマホが鳴った。「はい。銀行強盗?駅前の浪越銀行か。すぐ行く。」

「じゃ、ゆっくり休んでくれ。今日は出番なしだからね。」と、管理官は言って、出て行った。心の中で「まさか、探偵団の誰かが絡んでないだろうな。絡んでたら、またしゃしゃり出てくるからなあ。」と呟いて。

浪越銀行駅前店。支店長が対峙していた。「有り金全部出せというから、全部出した。今、金庫の中も見ただろう。ここは支店なんだよ。無茶言わないでくれ。」

「嘘をつくな。ネタは割れているんだ。Atwitterで呟いていたのは、お前だろうが。人質の命が惜しくないのか?」

「Atwitter?誰か調べてくれ。ああ、犯人さん。確認させてくれないか。三上君。」犯人の仲間が、三上の所に行った。「ああ。本当です。」と調べたスマホを支店長に渡そうとするのを止め、犯人の一人がそのスマホを支店長に見せた。支店長は失神した。

人質の中に山城と服部がいた。「妙なことに巻き込まれましたね。」「うん。先輩、助けてくれるかなあ。」「知らないでしょ、状況。それにしても主犯のやつ、しきりにスマホ維弄ってますねえ、何だろ?」「きっと、ボスじゃないんですよ。」「ボスじゃない?」「ラスボスがいるんですよ。」「ラスボスはゲームでしょ。」「じゃあ、大ボス。」「ふうん。」

銀行の外。柴田管理官は苦虫を潰していた。「早く電話番号を調べろよ。」

「管理官。準備出来ました。」「遅いよ。繋いで。」

「ここらは警察だ。ひとまず要求を聞かせてくれ。そこにある現金じゃ足りないんだろう?私は交渉役の柴田という。そちらの代表者は?」

電話の相手の声が、こちらの臨時対策本部のスピーカーに流れた。

「名前はどうでもいい。『エー』でいいだろう。この銀行の本店に『金の延べ棒』があるらしいな。そいつを持って来させてくれ。リミットは・・・準備が出来たら電話しろ。」「人質は?」「無事だ。俺たちはこいつらの命なんか興味ない。一カ所に固めているが、縛ってもいない。見張っているだけだ。」

「遅れて済まない。」と久保田管理官は言った。「状況は?」「本店の金の延べ棒が欲しいらしい。今、本店に連絡中だ。久保田の管轄だな。」

「人質は?」「客が5名。店員が10名。計15名。」

「柴田管理官。」「何だ。今、管理官と犯人が電話中に歌が聞こえました。」「歌?暢気な人質がいるのか?再生してみろ。」

歌は少し離れた人質が固まっているコーナーからだった。曲名は『なみだ君さよなら。』

マスコミは、立てこもりが長いので、騒ぎ出した。仕方なく、柴田管理官は記者会見をした。「犯人とは交渉中で、まだ詳細をお伝え出来ません。ただ、人質の中で歌を歌っている人がいるようなので、人質は無事ではないかと思われます。え、どんな歌?・・・少しお待ちください。」柴田の部下がやって来て耳打ちした。「なみだ君さよなら」という曲です。きっと、人質同士励まし合っているのでしょう。」

10分後。本部で待機している久保田のスマホが鳴った。「大文字です。久保田さん、人質の中に服部がいます。」「服部?ってどの人だっけ?」

「南原同様、私のコーラス部の後輩です。南原が怪我をして入院したのを覚えておられるでしょう。あの時久々に歌ったんです。今、南原から連絡がありました。今日待ち合わせていて来ない。そう言えば、お金を下ろしに銀行によると言っていたそうです。アンバサダー出動します。」「出動します、って、どういう・・・。切れちゃったよ。嫌な予感って当たるんだよな。」

「ワンダーウーマンかい?」「ん?まあ。」「それは頼もしい。今夜は帰れないのを覚悟していたんだが、女房に晩飯の用意しとくようにメールしておこう。」久保田管理官は口をへの字に曲げた。

「学。」「心得てますよ。火打ち石あったかな?」「銭形平次かよ。お前古い映画好きだなあ。皆、作戦会議だ。」伝子が依田達と打ち合わせしていると、高遠のスマホが鳴った。

「予告?犯行予告ですか。」高遠はスピーカーをオンにした。

「愛宕です。生活安全課に相談に来た学生がいて、Atwitterのことらしいので、SNSに詳しそうなひかる君に相談したら、Atwitterに詳しい上条君を紹介してくれて、相談者の布施君は解決策を貰って帰って行きました。」

愛宕は一息吐いて続けた。「問題は、その上条君の情報なんですが、銀行強盗事件が起る前に、その銀行の支店長の名前のアカウント名で、銀行には5億の金があり、金の延べ棒もある、って呟いて、あ、つまり書かれていたそうなんです。Atwitterに。それで、欲しかったら、強盗でもして取りに来い、なんて挑発していたらしいです。」

「ええ?本当にその支店長なのか?」「アカウント名は通称で、本名で無くていいそうです。それで、その後、面白いから頂きにあがる、ってAtwit、つまり、書き込みがあったらしいんです。」

「つまり、強盗は本気になってしまって強盗したお調子者ってことか。」「はい。」

伝子はLinenで、前の事件(「大文字伝子が行く26」参照)で知り合った草薙を呼び出した。

EITO本部。「誰と通信している?」と草薙の後ろから斉藤理事官が声をかけた。

「アンバサダーからの依頼です。カメラの方にどうぞ。」草薙は少しPCの中央からずれた。「君が大文字君か。久保田管理官から引き継いだ、理事官の斉藤だ。EITOのまとめ役を引き受けた。」「EITO?」「エマージェンシーインフォメーションテクノロジーオーガナイゼーションの略だ。はち、じゃない。因みに、不定期にベースは移動する。」「機密保持ですか。」「アンバサダーとして、草薙さんに依頼していいですか?」「勿論だ。」

伝子のマンション。

「はち、じゃない。変なオッサン。」Linenの通信を終えた伝子は皆を集めて、「よし。改めて作戦会議だ。」と言った。

1時間半後。銀行前に『金の延べ棒』もどきの偽物が、鑑識から届いた。本店の店長がやって来て、受け渡しをする際のレクチャーを始めた。

同じ頃。銀行内。スマホを弄っていた犯人のボス格の男が「やっと届いた。ん?金は置いて行くのか?」「どうしたんです?」と手下が寄って来た。「その金は、金の延べ棒に比べたら、はした金だから、置いてゆけ。延べ棒を受け取ったら、それだけを持って逃げろ、と。」

「でも、どうやって逃げるんです?」「空から別動隊が迎えに来るそうだ。受け取る前に人質を金庫室に移動させろ、と。」「なるほど、時間稼ぎか。手下達は、服部達人質を金庫室に移動させ、鍵をかけた。

銀行の外。柴田管理官が、犯人に電話している。「今から、本店の店長が金の延べ棒をケースに入れて持って行く。誰か玄関まで取りに来てくれ。」

本店店長は持って来たケースを玄関前に置き、一歩下がった。

ヘリが飛来して、縄梯子が降りて来た。

犯人の一味の一人が、ケースを取りに一歩進み出た。一瞬の隙を突いて、店長が一本背負いで彼を投げ飛ばした。驚いたボス格の男と手下達は、背後にいた女性行員らしき二人に倒された。女性行員の一人が言った。「やはり、拳銃はオモチャか。」「ナイフも切れるナイフじゃないですね。」

ヘリは本店店長が縄梯子に飛び移ると、飛び去った。

「行くぞ。」二人は銀行の金庫室の扉を全開にし、陰に隠れた。人質は、倒れている男達を踏みつけながら、外に出た。入れ替わりに警官隊がなだれこんで、男達を逮捕した。女子行員二人は女子トイレに入り、窓から脱出した。外には福本のワゴン車が待っていて、祥子と蘭が二人を車内で着替えさせた。あつこと伝子は、止まっていたバイクでヘルメットかぶり、二人は夕闇に消えた。時刻は午後5時を過ぎていた。

一方、ヘリは縄梯子に店長に化けていたなぎさを慶子の勤務するホテルのヘリポートで下ろした。下には、依田と慶子が待っていた。「ありがとう、依田さん、慶子さん。えと。どこで着替える?おねえさまみたいに通路で・・・。」「いいですよ。差し上げます。バイク、表に駐車してあります。お疲れ様でした。」「依田さん。明日は行けないから、っておねえさまに伝えといてください。」「心得ました。」

福本のワゴン車の車内。「着いたよ、ファミレス。南原さんの車だ。」「じゃ。」と、蘭は降りて行った。「終わったね。帰ろうか。今日はカツカレーだそうよ。」と言う祥子に、「楽しみだ。」と福本は笑顔で応えた。

玄関側では、久保田管理官が人質を誘導し、柴田管理官がマスコミの前で記者会見をしていた。金の延べ棒ケースは愛宕がパトカーに運び、久保田警部補は犯人達を逮捕した警察官達に指示を出した。

「人質は全員無事です。事件は解決しました。実行犯は見ての通り逮捕しましたが、教唆した主犯も別件で逮捕しました。犯人の名前等は追って発表します。解散してください。」

翌日。伝子のマンション。「え?みちるちゃん、脅したの?同調圧力で。」と依田が言うと、「なかなか面白かったよ。店長も弱みを握られているから、銀行員らしい制服を簡単に貸してくれた。」とあつこが言った。

「女子トイレから入れるかな?と思ったが、あつこが簡単に窓の蝶番を外したのには驚いたな。」と伝子は言った。「まあ、二課の仕事もしたことあるし。」とあつこが笑った。

「主犯はなんで簡単に?」と福本が尋ねると、「上条君によると、Atwitterは複数のアカウント名、つまり通称を持てるらしい。よく『炎上』とか言われるのは、一人何役もこなして集中攻撃するから出る結果だそうです。まさか支店長の名前で『私に挑戦しろ』なんて挑発するなんてね。実行犯は主犯が支店長と親分の二役やっていたなんて夢にも思わなかったでしょう。実行犯のボスと主犯はお互いにフォロワーと呼ばれる架空の友達だった訳です。」と、愛宕が説明した。

「草薙さんにハッキングして貰い、主犯の指示を捻じ曲げた。久保田警部補が説明するまで分からなかったらしい。」「今回は、高校生でなく、定年過ぎたオッサン。退職金に不満があったらしいです。」伝子と愛宕の会話に南原が割り込んだ。

「『なみだ君さよなら』だけで、どうして服部だと思ったんですか?確かに私との約束に来なかったし、お金を下ろすと言っていたのも事実ですが。」「カンだ。」

「えええええええええ??」と、一同は驚いた。

―完―

 

 



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28.動き出すEITO

オートレースを中断して伝子達が向かったのは、立てこもり事件。意外な真相が隠されていた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

柴田管理官・・・立てこもり犯との交渉人。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

鈴木校長・・・民間起用の小学校校長。以前、伝子の訴えでコロニーの影響下で開催出来なかった運動会をミニ運動会という形で実現させた。

福本日出夫・・・福本の叔父。タクシードライバー。元警察官で久保田管理官の友人。

大文字(大曲)綾子・・・伝子の母。介護士に復帰してから大文字を名乗っている。

河野事務官・・・EITOの警視庁担当事務官。

遠藤研一事務官・・・EITOのソタイ担当事務官。

菅沼巡査部長・・・EITOのマトリ担当の巡査部長。

上島警部・・・EITOの警備局担当。警備局直属。

鳩山二曹・・・EITOの海自と海上保安庁担当。

沖三曹・・・EITOの空自担当。

加護准尉・・・EITOの在日米軍の担当。

川辺通信事務官・・・EITOの外務省担当。

 

========================================

 

あるレースサーキット。「いいのかなあ、福本。」「何が?」「全員集めて何をするのかなと思ったら、『お三方』のバイクのレース。しかも、コスプレ衣装で。」「我らが先輩はワンダーウーマン、渡辺警視はスーパーガール。橘二佐はブラックウィドウ。」

「ウチの『女子』もレースクイーンの衣装。まあ、編集長いないから話はややこしくないけど。」「逢坂先輩、なかなかいけてるなあ。一番張り切っている?」

「なかなかいい眺めだね、依田君、福本君。」と観覧席の後方から斉藤理事官が声をかけた。

「理事官の斉藤です。EITOの指揮官です。」「えいと?」「エマージェンシーインフォメーションテクノロジーオーガナイゼーションの略だ。」

「緊急情報処理機関のことだ。大文字君は実行隊長。」依田と福本は首を傾げた。

「そろそろ行くよ。コース3周のラップタイムで競争だ。」

ホイッスルが鳴らされ、自衛官がチェッカーフラグを振った。

瞬く間に勝負はついた。1位、詰まり、優勝は伝子、二位はなぎさ。三位はあつこだった。

「お疲れ様。」と久保田管理官が三人に言った時、サイレンが鳴った。斉藤理事官がホイッスルを鳴らし。レースに参加していた伝子達や観覧していた高遠達は集まった。

理事官が言った。「文字通り、緊急事態だ。草薙。報告を。」「小学校でライフルを持った高校生らしき男が立てこもったようです。」

「草薙。ミラクルスリーの皆さんをご案内して。実は、大文字君、EITOのベースはこの地下にある。レクレーションを許可したのも、その為だ。」

「ミラクルスリー?」「有能自衛隊員の橘二佐、有能警察官の渡辺警視。そして民間起用のリーダーでありアンバサダーの大文字伝子君のことだ。草薙。3人を案内して。」

続いて久保田管理官が「大文字探偵団の諸君は一旦解散して帰って下さい。私たちは現場に向かおう。」と、言った。

依田の車。「ごめん、ヨーダ。」「高遠、運転免許持って無かった?」「ペーパードライバー。」

福本の車。「高遠は苦労して運転免許を取った。でも、運転する機会に恵まれ無かった。だから、ペーパードライバー。」と福本は後部座席の蘭に言った。

「取ってすぐ乗り回さないと慣れないんだ。」「私もすぐ乗り回したクチね。」と祥子が言うと、「私も。」と後部座席の慶子が言った。

「蘭ちゃん、運転免許取るんなら、乗り回さないとな。でないと、高遠みたいになる。」

久保田警部補の車。「愛宕、状況は?」「逃げ遅れたと思われる生徒が約50人。教師もいます。たまたま門の近くにいた生徒が跳弾で怪我をしましたが、病院で手当を受けています。」

EITO本部。

「ちょっと変わったが、殺風景だな。理事官。この際メンバーを紹介して貰えませんか?」伝子は言った。

「いいとも!」と理事官は大声を上げたが、静まりかえった室内の雰囲気と伝子の冷たい視線を感じて、言葉を続けた。

「自衛隊というよりは、防衛省傘下の『自衛隊指揮情報支援隊』とか『自衛隊情報保全隊』という組織とは別に作られた、陸将直下の組織があった。一方、副総監襲撃事件を受けて、警察の警視副総監直下の組織も発足した。両者を融合させた組織がEITOだ。前に君に話したかどうか定かでは無いが、ツートップは『テロ対策組織』が無いことが、テロリストの活動天国になっていることをかねてから懸念されており、新たに結成された。」

「そうでしたか。」「で、メンバーだが、警察側がハッカー担当草薙事務官、警視庁交通課担当の河野事務官、警察庁刑事局組織犯罪対策部、いわゆるソタイとの通信担当の遠藤研一事務官、いわゆるマトリとの通信担当の菅沼巡査部長、警備局直属の上島警部。そして、遊軍の渡辺警視。」

斉藤理事官は伝子の様子を見て、続けた。「陸自探索システム担当の渡一曹、海自と海上保安庁との通信担当の鳩山二曹、空自との通信担当の沖三曹、在日米軍との通信担当の加護准尉、外務省との通信担当の川辺通信事務官。そして、遊軍の橘二佐。以上だ。民間起用は大文字君のみだ。」

「了解しました。ライフルの持ち主は分かっているんですか?」と伝子が尋ねると、自衛隊の探索システムでIDが分かりました。IDの持ち主は三上宗一郎と判明しました。ですが・・・。」という渡に続いて、河野が説明した。

「警察官の聞き込みで、宗一郎は海外出張中。息子の颯太かも知れません。受験に失敗して荒れていたそうですから。」

「犯人への連絡は?」「柴田管理官が学校の体育館の電話にかけていますが、犯行声明は既に送ってある、と言っているそうです。」

「三上はどこの受験に失敗?」「東大です。」「面白い。」「併願は?」「早稲田です。」「面白い。」「アンバサダー。よく分からないんですが。」「両方の大学に問い合わせてくれ。犯行予告が来ていないか。」「宛名は総長かも知れないし学長かも知れない。事務長かも知れない。多分、不合格を誰に訴えたらいいかよく分かっていない。」「了解しました。」

「学校の見取り図は?」「そこのスクリーンに。」「どこからでも入れそうだな。」

「あれ?柴田管理官の横にいるのは、民間人?」と上島警部が言った。

「鈴木校長じゃないか。何で?」「お知り合いですか?」と上島が伝子に尋ねた。「ミニ運動会の事件でね。」

「鈴木さんは、義憤だとか言っているようですね。あ、久保田管理官が到着されましたね。」「作戦本部の電話に繋いでくれ・・・久保田さん。鈴木校長にネゴシエーターをして貰いましょう。」

「え?そんな・・・何か考えが?」とスピーカーから久保田管理官の声が流れた。「動機を探る迄の時間稼ぎです。今、候補に挙がっている動機は受験の失敗です。東大と早稲田です。それを鈴木さんに伝えて下さい。」「了解した。」と久保田管理官は電話を切った。伝子は高遠に、いや大文字探偵団にLinenで指示を送った。

「渡さん。人質は?」「約50人。教師を含めて。体育館ですね。」「50人?」「逃げ遅れた生徒と教師達ですね。」

「なぎさ。煙幕弾、用意出来るか?それと、衣装がいるな。」「衣装?」「ミラクルスリーのだよ。それは、みちるに頼もうか。」伝子はLinenでみちるに指示を送った。

伝子は三上颯太のPCを特定し、通信履歴で犯行計画を探るように草薙に依頼した。

「喜んでー。」と草薙は居酒屋の店員のような返事をした。

「上島警部。柴田管理官と犯人のやり取りは録音されていますか?」「勿論。」「再生して下さい。」

「君の要求を聞こう。可能かどうかは聞いてみないと分からない。とにかく教えてくれ。」「合格を認めて欲しい。それだけだ。」「まるで、政府の『学問会議』に選ばれ無かった学者みたいだな。その要求を既に送ったというんだな。」「そうだ。」「誰に送ったんだ。」「大学宛てだ。」「それじゃあ、決定権のある人物に届かなかった可能性がある。それは考えなかったか。」「・・・。警察から、その決定権のある人物を呼んでくれ。」

会話は途絶えた。「草薙さん。今の犯人の声。」「くぐもってましたね。新しいノイズキャンセラーアプリを試してみましょう。警部。今の音声。電子ファイル化してありますよね。」「分かった。送るよ。」

数分後。草薙は音声を再生した。

「君の要求を聞こう。可能かどうかは聞いてみないと分からない。とにかく教えてくれ。」「合格を認めて欲しい。それだけだ。」「まるで、政府の『学問会議』に選ばれ無かった学者みたいだな。その要求を既に送ったというんだな。」「そうだ。」「誰に送ったんだ。」「大学宛てだ。」「それじゃあ、決定権のある人物に届かなかった可能性がある。それは考えなかったか。」「・・・。警察から、その決定権のある人物を呼んでくれ。」

「女の声だ。河野さん、聞き込みをしていた警察官を呼び出してください。」と、伝子は河野に依頼した。「はい。」

数分後。「はい。」「颯太の母親のことを調べて下さい。」「了解しました。」警察電話は切れた。

「おね・・・アンバサダー。これを見て下さい。」とあつこが自分の席から呼んだ。

PCの画面には、三上颯太のデータが出ていた。「三上薫。教師。半年前に夫と離婚、か。」

「アンバサダー。これを見て下さい。」と今度は河野が呼んだ。

「三上颯太のデータですが、卒業した小学校が、この小学校ですよ。」「そうか。」

伝子は直ちにLinenで高遠に電話した。「颯太の卒業した小学校が、その小学校だ。鈴木さんに、そのことを踏まえた話をして貰え。」そう伝えると、上島警部に頷いた。

再び繋がった本部と犯人の会話は鈴木校長と犯人のものだった。「君がこの小学校を選んだのは、ひょっとしたら、君の母校なのかな。私もねえ。一番思い入れが強いのが小学校なんだよ。否定しないね?じゃあ、やっぱり母校なんだ。小学校の時は、どんな思い出があったのかな?運動会?遠足?いや、やっぱり友達と冒険めいたことしたことだよね、親に内緒でさ。」

「なかなかやりますね、あの校長。」と草薙が感心した。

小学校現場対策本部。

高遠が書いたメモを福本がテレビのADのように『カンペ』を鈴木に見せていた。

パン屋の配給車。

「済まないな、いつも。」「いや、お安いご用ですよ。子供達は型崩れのパンなんて気にしないだろうし。多少冷えても、思わぬ『おやつ』にありつけるんだから。」「そうだな。」物部とパン屋は笑い合った。

依田の車。

「大ジョブう。叔父の知り合いのパフォーマンスやってる人にばっちりレクチャーして貰ったから。私、初任務ね、俊介の未来の妻で良かった。」と慶子ははしゃいだ声で言った。

「まだ始まってないけどね。」と依田は話を流した。

福本の車。隣に乗っているのは蘭。後部座席に乗っているのは、事件のあった、みなぎる小学校の校長、佐東。「事情は分かったけどねえ。事件解決してからでいいんじゃないの?」「それでも。教育者か!恥を知れ。」

「蘭。言葉が過ぎるぞ。でもね、佐東校長。他校の校長が犯人に説得しているんですよ。本来はね、あなたの役目でしょう。生徒が50人も捕まっているのに、何とも思わないんですか?普段、いじめがあっても、『いじめは報告を受けていない』って白を切るタイプですか?ばれますよ、いずれ。」

佐東校長は、文字通り狸寝入りをした。

EITO本部。

河野がため息をついて報告をした。「大学側はいたずらとみなして処理してしまったようです。犯人説得に協力を要請したのを蹴ったそうです。」

「叔父がかんかんに怒っていたわ。事件解決後、告発してやるって。人命がかかっているかも知れないのに。」とあつこは言った。

1時間後。作戦は決行された。

現場対策本部。

「私は東大学長だ。君の無念はよく分かった。どうだろう。二科目だけ『推薦入試扱い』で再試験というのは。合格は出来ても、入学は出来ない。それは理解して貰えるよね。でも、合格すれば君の『名誉』は残る。『永久』にだ。勿論、私の一存では決められない。特殊な環境での受験になるだろう。考えてくれないか。」

東大学長に化けていた?福本日出夫は電話を切った。「役者さんですか?」と鈴木校長は言った。「いやいや、本職の教育者のようには行かず、申し訳ない。久保田管理官の知り合い、とだけ名乗っておきましょう。」

「お疲れさまでした、はまだ早いですね。」と高遠が微笑んで日出夫を労って言った。

小学校校内。3方向から、『赤い扮装』をした者が電動キックボードに乗って体育館に近づいた。どこからか、煙幕弾が投げ込まれた。

そこにいる全員がむせ返った。ある子供が叫んだ。「あ。忍者だ!!」その忍者の一人は犯人が持っていたライフルの銃身を簡単に持ち、捻って、犯人をライフルごと倒した。犯人は2人組だったが、そちらも難なく倒した。

他の忍者が叫んだ。「そっちの忍者の方に逃げて。出口よ。」

子供達も教師達も一目散に走った。それを確認した2番目の忍者が2人の犯人の手にロープをかけた。忍者達が立ち去ると同時に警官隊が突入した。みちると愛宕がロープを解き、改めて手錠をかけた。「逮捕する理由は分かっているわね、三上薫さん。」とみちるが言った。他の警察官は辺りを調べ始めた。

現場対策本部。

久保田管理官がテレビの記者会見を行った。「今回、怪我人が出たことは事実ですが、どうやら犯人の誤射のようです。今回犯人と交渉をして頂いた、民間起用で有名な鈴木善行校長と、この小学校の佐東校長です。」

「ご紹介頂きました鈴木です。実は、懇意にしている佐東校長に代理を依頼されましてね。本校の生徒の為に、より多くの生徒が還って来るよう説得してくれ、と。高熱で依頼されたら出張らない訳にはいかなかったのです。警察の方も、高圧的と身構えられて犯人を刺激するするのはいかがなものかという意見があったようで、快く承諾頂いたので、懸命に説得し、『投降』に至りました。では、佐東校長。」

「佐東です。生徒49名。教師3名。無事生還出来たのは、私が代理を依頼した鈴木校長のお陰です。今回は幸いテロリスト事件ではありませんでしたが、鈴木校長のお勧めもあり、警備会社と新たに提携し、安心安全な学校生活を生徒達が送れるように努めたいと思います。」

まだ何か言いたげだった校長だったが、久保田管理官が遮り、「今回の事件の動機その他不明な部分が残っているので、詳細が判明次第、改めて記者会見を致しますので、記者諸君はこれでお引き取り願いたい。」

小学校裏門。

教師が生徒達と出て行こうとすると、タイガーマスクのマスクを被った男二人がレンタカーのワゴンから出てきた。

「驚かして済まない。子供達にパンを届けに来ました。校長先生に頼まれました。」

パン屋のタイガーマスクはパンとミルクを配り終わると、さっさと車に戻って去って行った。唖然としている教師と生徒達だったが、すぐに父兄の迎えの車が来て、教師達は見送った。

翌々日。

「見たか?週刊近代号外。『高学歴大学の傲慢』だって。タイミング良すぎない?」

「鋭いわね、珍しく。依田さんにしては。」「依田さんにしては?え?すると?」

「大学に折衝したのは、副総監の叔父。おねえさまに依頼されてね。『こちらに落ち度がある証拠は?』だって。犯人と交渉する為に出てくれって言っただけなのに。おねえさまに。もしもの時は『好きにしてくれ』と言われたから、こうなったのよ。ざまあ見ろよ。あら?はしたなかった?」そこにいる皆は首を横に振った。

「よくこんな短い時間で・・・まさか、高遠。」「ああ。校長達の原稿作ったのも僕。週刊誌の号外の文章書いたのも僕。」

「高遠、念のため聞くが、ギャラは?」「ない。」「夫婦揃ってノーギャラ。ボランティアが過ぎるぞ。」と物部が言った。

「そこが高遠。そこが大文字伝子先輩。」「でも、面白かった。高遠さんが書いた原稿をバケツリレー。動画撮っとけば良かった。あ。そんな暇無かったか。」と福本夫妻が言った。

「間に合って良かったわ。みちるさんからの指示で、衣装はすぐ届いたけれど、忍者の着付けすることになるとは思わなかった。」「慶子さんがおんな忍者、『くノ一』にしたの?先輩達を。」「そうよ、蘭ちゃん。叔父が忍者パフォーマーを知っていたの。その人のレクチャーをテレビ電話越しで受けて、着付け。」

「お兄ちゃんはどこにいたの?」「事件を知った、僕の言ってる学校の先生達が遂に立ち上がってね。学校のセキュリティをちゃんとしろ、ってデモした。で、参加した。この間もアメリカの中学校で高校生が銃乱射事件起こして何人も死んだじゃない?」

「日本はザリン事件が起きた国だ。地下鉄に限らずどこでもあんな事件やテロが起りうる。」いつになく伝子は静かに言った。

「すいません。今回もお役に立てなくて。」と山城が恐縮して言った。

「気にするな。」と伝子が笑った。「それで、愛宕。本物の息子は亡くなっていたんだな。」「ええ。事件の前に。餓死です。遺書に『離婚の後のノイローゼ』について言及していたそうです。情状酌量の余地が大きいようですね。」

「心神耗弱ってやつか。学力で落ちたんでなく、離婚が原因か、不合格は。離婚の原因は?」「教師である薫が無理矢理高学歴大学に進学させたがっていた。父親はついていけなかった。」「修羅だな。」という物部と愛宕の会話に、「大学に入れば人生観は変わったかも知れないけど、色んな人に出会って。救われない話ね。」

「あ。今度運転免許とることにしたの。皆、実地訓練よろしくね。」と蘭が言った。

「生命保険に入ろうか。」と依田が慶子に言った。

「僕たちもね。」と福本が祥子に言った。

「俺たちもな。」と物部が栞に言った。

「私たちも。」とあつこが久保田警部補に言った。

「僕たちは入ってたっけ?」と愛宕がみちるに尋ねた。

「私たちは入っている。」と伝子が言った。

「私は自衛隊に入った時に入っている。」となぎさが言った。

奥から綾子が出てきて言った。「何?生命保険の話?知り合いに保険屋さん、いるわよ。」

「お義母さん、タイミング良すぎですよ。」と高遠が言い、皆が爆笑した。

―完―

 



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29.私人逮捕

伝子達の前に刺された組長が現れた。一計を案じた久保田管理官は、伝子達に搬送大作戦を実行させた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

柴田管理官・・・警視庁管理官。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

鈴木校長・・・民間起用の小学校校長。以前、伝子の訴えでコロニーの影響下で開催出来なかった運動会をミニ運動会という形で実現させた。

福本日出夫・・・福本の叔父。タクシードライバー。元警察官で久保田管理官の友人。

池上葉子・・・池上病院院長。

 

========================================

 

伝子のマンション。「副部長。タイガーマスクのマスク被ったんですって?」「ああ。素顔でパン配ったら、後でウチの喫茶店に来て、パンくれたおじさんですよね、って子供に言われるからな。ま、伊達直人気分も悪くなかったが。慶子ちゃんの知り合いが着付け教えてくれたんだって?」「違いますよ。私の叔父の知り合いで、忍者パフォーマンスやってる人がいたので、着付けを指導・・・ってこの間話したじゃないですか。」

「副部長。慶子さんに気に入られたいのが見え見えですよ。」と3人の話に福本が割って入った。

「タイガーマスクのマスクもあの店から?」「うん。みちるが無理言ってもはいはい。あの店長はみちるの声聞くだけで、目にハートマークが浮かぶのよ。」「それじゃ、アメリカの古いアニメですよ、渡辺警視。」と、今度はあつこと蘭の話に高遠が割り込んだ。

「あのパン、副部長が運んだパン、あの鈴木校長が手配したことになってますね。」と南原が言った。「マスコミにばれちゃったんですよ、配ったこと。で、鈴木校長が相槌打ったから久保田管理官の判断で、そういうことになったんです。犯人のことから目をそらす為に。」と愛宕が応えた。

「あの校長、政治的野心、見え見えね。その内、どこかの議員に立候補するわよ。」と栞が言った。

「いいじゃないか。学がせっせと原稿書いてネゴさせたんだから、パンも私の一存だと判断したんだろう。ミニ運動会の件もあるし。そう言えば、福本の叔父さん、礼を言っておいてくれ。」と、伝子は福本に言った。

福本は「先輩。大学関係者が来ない、って踏んでたんですか?」と尋ねた。

「うん。犯人は結局母親だったが、本人が犯人の場合も、大学側に何らかのアプローチをして来たと思うんだ。いきなりの犯行とは思えなかったから。」

「じゃ、シカトし続けてたわけ?けしからんなあ。」「はは。だからな、蘭。副総監にこういう手がありますよ、って教えたんだ。」「じゃ、あの号外は?」「副総監からのルートと編集長からのルートで、慌てて近代が動いた。原案は高遠学。私の愛する夫だ。」

「流石です、先輩。ね、俊介。私も先輩って呼んでいいのよね。『おねえさま』じゃ後が怖いし。」と慶子が言った。

なぎさがすかさず、「後が怖いって、私のことか?」と絡んだ。「違うわよ、なぎさ。私のことよね、慶子。」と、あつこが威圧的に言った。「えと・・・。」

「あ、高遠。藤井さんは?さっき訪ねたが留守のようだった。」「ああ、顧客リストですか?僕が預かっておきましょうか、副部長。」「すまんな、高遠。」

高遠は物部の近くに行って、顧客リストを受けとった。

チャイムが鳴った。高遠が出ると山城だった。「済みません、今回もお役に立てなくて。」

「気にするな。学。山城に煎餅。」「はいはい。」

「いつも仲いいなあ、先輩夫婦。どこかに相手見付けないとなあ。あ、これ。服部君から。」と山城は大きな包みを高遠に渡した。「栗羊羹です。助けて貰ったからって。お茶請けにって。」

「ありがとう。リビング側の席に座って。」

チャイムが鳴った。高遠が出ると、久保田警部補と久保田管理官だった。

「丁度、パンの件話していたところでした。独断で手配して済みませんでした。」「誰も悪いことしていないから、謝る必要は無い。大学側の傲慢な態度に世論は盛り上がっているから、真っ赤な『くノ一』のことなんか、子供の間の印象には残ったろうから、パンで帳消しだな。さて、薫はやはり、受験に失敗した息子のノイローゼに感化されたか、鬱状態が続いた上の犯行だった。連れの男は『ネットの友達』だったそうだ。男は何とかブレーキになろうとしたらしい。元夫のライフルを持ち出したが、操作方法なんて分からない。薫の持っていた方が暴発したんだ。たまたま装填したままだったんだろう。息子の餓死を知って、失神。意識不明だ。餓死を知っていたら、犯行に及ばなかったかもな。餓死とは言ったが、自殺だ。発見された離れのアトリエに遺書があった。ああ、疲れた。誠、タッチ。」

「タッチって殆ど話したじゃないですか。鈴木校長。教育委員会通じて、学校のセキュリティ強化を広めるそうです。」と言う警部補に「やっぱり、いずれ選挙に出ますよね。」と祥子が言った。

「さあ。」「さあ?」とあつこが剣呑な言い方をした。「ま、まあ。出る時はきっと大文字さんに言って来ますよ。ポスター貼り手伝って、とか。」と警部補は何とか返した。

「セキュリティ強化も大事だけど、心のケアもね。今回は大丈夫だったけど、カウンセラーも増やさないとね。」「今はどうなの?南原。」「1パーセントにも満たない。」「酷いな。」

「確かに、今回も幸いテロリストでは無かったが、子供達へのダメージは小さくないからね。EITOはその為に発足された。事後処理よりも寧ろ、事前、いや、未然に防ぐのが役目だ。危険なことはさせない、とは約束は出来ないが、今回の件ではっきりしたことは大文字探偵団にもフォローアップして貰えると助かる。」

管理官の言葉に、伝子も皆に頭を下げた。「毎度毎度迷惑をかけて済まない。乗りかかった船から下りないでくれ。」「変な頼み方。みんな慕っているから大丈夫ですよ、大文字先輩。」伝子はみちるを抱いて、淚した。

「羊羹頂きましょうよ、冷めない内に。」「愛宕さん、出来たてじゃないですよ。」

皆が笑っていると、チャイムが鳴った。

高遠が玄関に出ると、一見してヤクザと見える男がその場にくずおれた。

「あ。血だ。刃物が刺さっている。」と高遠が叫んだ。「すぐ救急車を。」と言う高遠を制して、「不吉な予感がする。」

管理官は指揮した。「高遠君、大量のタオルを。大文字君。病院に手配を。白藤、今日はミニパトか。」「はい。」「よし、この男は白藤がミニパトで頼む。愛宕。みんなと手分けして影武者軍団を作り、駐車場から同時に出発だ。白藤以外は病院に向かうな。二佐。上空から監視させてくれ。あつこ君。白バイ隊待機。そして、君はここに残れ。」「え?」「この男の追っ手が侵入する可能性がある。」「管理官。私も残ります。」となぎさが言った。「いいだろう。散開!」

高遠は、男を池上病院に運ぶことを提案、すぐに池上葉子に電話をした。伝子は奥の部屋からタオルと三角巾にするサラシを持って来た。

チームはすぐに編成された。まず、伝子とみちるがミニパトで男を運ぶ。

依田は、高遠の服を着て三角巾を吊した慶子を助手席に座らせ、営業車で移動。

福本と蘭は、高遠の服を着て三角巾を吊した祥子を福本のワゴンで移動。

栞は、三角巾を吊した物部と共に物部の車で移動。

南原は、三角巾を吊した山城を南原の車で移動。

四台の車は四方向の病院に向かって走った。

オスプレイが出動し、上空から空撮、中継し、高遠が受信した。

池上葉子の家。ミニパトが庭のガレージに入った。待ち構えていた池上病院のスタッフがストレッチャーに男を乗せ、屋内へ運んだ。

浴場を通り抜けるので、思わずみちるが尋ねた。「お風呂に入れるんですか?」

「いいえ、おまわりさん。お風呂、いえ、温泉を抜けた所に病院があるのよ。」と葉子が応えた。「抜け道、ということですか。」「そうね。そうとも言えるわ。」

温泉の端の所まで来ると、葉子はリモコンを操作し、通路が現れた。ストレッチャーは左方向に進み、突き当たりの壁はするすると動いた。

管理官の車。「予期していたんですか。というか、あの男は?」「すこやか組の組長八坂だ。ここに来た時、やけに路駐の車やバイクが多いのに気づいた。恐らく、内紛だろう。実は、昨日相談があると言って来て、大文字君のところで待ち合わせをしていたんだ。思った通り、尾行して行った車両が多いようだな。すこやか組の事務所をガサ入れするように4課に連絡してくれ。」「了解しました。」

伝子のマンション。チャイムが鳴った。高遠はディスプレイの電源を切り、玄関に出た。二人組の男がいた。「どなたですか?」「どなたでもいいだろう。」「何のご用ですか?」「うるさいよ。」

高遠が二歩下がった瞬間、左右から出てきた、なぎさとあつこが二人組を締め上げ、落とした。

あつこは、警察署に応援を呼んだ。なぎさは、一旦出て辺りを見回った。途中で帰宅途中の藤井に出会い、中にいてくれと頼んだ。

高遠は、警部補にLinenで侵入者の報告をした。「メンバーのナビゲーションを頼みます。」という返事が来た。

なぎさが帰ってきた。「今の所、付近に異常なし。不審車両なし。藤井さんに出逢ったから、家にいてと言っておいたわ。」

「5分位で連行しに来るわ。」とあつこは言った。

依田の車。「今、変な男が覗き込んだわ。私の三角巾見て、どっかへ行ったわ。」「撮影した?カーナビにも映っているだろうけど。もう尾行しないかもな。Linenで高遠に知らせてくれ。」

福本の車。「慎重に尾行している積もりかよ。まあいい。病院には渡辺警視からの連絡を受けた警官隊が待っている。」「飛んで火に入る訳ね。」と蘭は言った。

物部の車。「栞。男装も似合うな。」「エッチなこと考えてる?」「考えてる。」「お預けよ、一朗太。今夜も可愛がってあげるからね。」「ワンワン。しかし、尾行下手だなあ、奴ら。」「本庄病院には?」「知らせといたよ、お騒がせします、って。渡辺警視が手配した警官隊に手錠かけて貰うさ。」

南原の車。「ばれませんかねえ。」「ばれてもいいんですよ、囮なんだから。途中で止められそうになったら、すぐに白バイ隊が来るそうですよ。」

池上病院。池上家からの秘密通路を抜けると、そこは手術室だった。「看護師長。お二人を案内して。我々はすぐに手術を行います。」

伝子とみちるは、院内の通路を抜け。待合室ロビーを横切って、表に出た。池上家側に、そっと近づく男が二人いた。みちるが職務質問をした。一人が逃げようとしたので、伝子は『大外刈り』で倒した。みちるは警棒でもう一人の脇腹を突き、右の手首を叩いた。思わずしゃがんだ、その男の金蹴りをした。最後に手錠をかけた。

伝子は。男の肩の関節を外し、指手錠をしたが、駆けつけた警察官の前で指手錠を外し、肩の関節を戻し、警察官に引き渡した。

指手錠とは、両手を後ろに廻し、親指通しをくっつけて輪ゴムを嵌めるだけの事だが、簡単には外せない。『私人逮捕』として申し分のない措置だ。飽くまでも緊急逮捕であり、警察官二引き渡すのが前提である。

警官隊が行った後、みちるはミニパトと池上家の隙間に伝子を連れて行った。

「どうした。みちる。泣いているのか?」「はい。先輩とバディ組むの初めてだし、逮捕も緊張したし。」「逮捕は初めてじゃないだろう。それに今、撃退したじゃないか。」「はい。いつもみんなに紛れて帰ったし。ホントは言っちゃいけないのかも知れないけど、脚が震えるんです。」

伝子はいきなりみちるの唇に短いキスをした。「緊張、ほぐれたか?キスは今のキスが最初で最後だ。私は、学が言うところの『スタンダード』だ。女同士の恋愛感情はない。それに、お前達のは『あこがれ』だろう?憧れられて迷惑だと思ったことはない。お前があつこやなぎさに引け目を感じているのは分かっている。境遇も違うしな。私とふたりきりの時に『おねえちゃん』と呼ぶ位は構わない。実は、お前のメモ帳見てしまった。許せ、妹よ。」「おねえちゃん。」

妙な雰囲気を壊すかのように、看護師長が伝子を呼ぶ声が聞こえた。二人は駆けだした。

福本の車が、伝子のマンションから一番遠い境病院に到着した。尾行していた車から男達が出てきた。途端に彼らは数名の警察官に取り囲まれた。後ろに福本日出夫がいた。

本庄病院。物部の車が駐車場に入った。尾行していた車から男達が出てきた。「お待ちしていましたよ。病院には用が無さそうですね。」と、柴田管理官が言った。

南原の車が瀬戸病院に到着した。山城は、あつこから渡されたスイッチを夢中で押した。尾行していた車から男達が降りて来た。白バイ隊が到着した。

「現行犯だな。今、脅されましたよね。」と白バイ隊の女性警察官が言った。「はい。」

「現行犯だな。逮捕する。後で連行して貰うから暴れないように。」車のドアに手錠をかけ、白バイ隊の女性警察官達は去って行った。

すこやか組の事務所。いきなり警察官達が入って来た。「忙しそうじゃないか、田ノ上。」と、中津刑事が言った。

「旦那。よく見て下さいよ。コロニー以降『閑古鳥』ってやつでね。組長はいませんよ。」「知ってる。いずれ会わせてやるよ。メインは組長刺殺容疑だが、他にもあるか、ガサ入れさせて貰うよ。礼状?これ。よく見えないなら、いい眼鏡屋紹介してやるよ。」と応えた。

池上病院。「旦那。俺、まだ生きてるんですか?」「そうだ。まだ趣味の絵は描けるぞ。回復してからだがな。」「メモ書きたいんですが。レポート用紙がいいな。」

八坂と久保田管理官の会話を聞いていた愛宕がペンとレポート用紙を差し出した。

八坂は何やら書き出した。「よく効く痛み止めだ。旦那、読めますか?」

「お前の全財産か?」「田ノ上にくれてやる積もりはないんでね。」「分かった。大いに参考になる。」久保田管理官から渡されたレポート用紙を持って久保田警部補は立ち去った。

「これで、引退出来ますかね。」「ああ。お前は『いい役者』だった。自分で腹を刺しても切腹はしない。器用な奴だ。これからは、『いい絵描き』になれ。個展開くときは呼んでくれよ。」「ああ、嬉しい。少し寝てもいいですか?」「ああ、ゆっくり休んでくれ。」

2日後。池上葉子から高遠に電話が入った。

「高遠君。残念だわ。久保田管理官が言う程器用じゃなかったか、高遠君のところに行くまでに傷口が広がり過ぎたのね。亡くなったわ。八坂三郎は。」

高遠から訃報を聞いた皆は悄然とした。

口火を切ったのは、物部だった。「組を解散して、好きな絵を描いて余生を過ごしたかっただけなのに、な。」

「あの世界はやはり『看板』なんでしょう。」と言う愛宕に「看板?」と山城が尋ねた。「○○組系なにがし組。それで、所謂『見ヶ〆料(みかじめりょう)』を取る。取られた方は、そんなもの気にしないけどね。」と久保田警部補は言った。

「もう任侠とかいうのはフィクションの世界でしかない、っておじさまはいつも言っているわ。」とあつこは言った。

「それにしても、おねえさまの活躍が素晴らしいのは勿論だけど、高遠さんは素晴らしいサポートぶりだし、ヤクザにも毅然としているし、感心したわ。」「ああ、よく仕込んでるから。」となぎさの言葉に伝子は平然と言い放った。

「成長したのさ、高遠は。」と依田が言った。

「成長したのさ、高遠は。」と福本が言った。

「成長したのね、高遠さんは。」と祥子が言った。

「成長したのさ、高遠は。」と物部が言った。

「成長したのよ、高遠君は。」と栞が言った。

「成長したんですね、高遠さんは。」と南原が言った。

「成長したんですか、高遠さんは。」と山城が言った。

「成長したんだ、高遠さんは。」と蘭が言った。

「成長したんですよ、高遠さんは。」と愛宕が言った。

「成長したのよね、高遠さんは。」とみちるが言った。

「成長したとはね、高遠さんが。」とあつこが言った。

「成長したに決まってるさ、高遠さんは。」と久保田警部補が言った。

「はい。成長したことを確認しました、高遠さんの。」となぎさが言った。

「何故?」と高遠が言った。

「大文字伝子を愛しているから!!」と、伝子と高遠を除く全員が言って、笑った。

―完―

 

 



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30.DDバッジ誕生

みちるは、ヤクザの親分搬送の為に勝手にミニパトを出動させたことで夫婦喧嘩をしていた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

みゆき出版社山村・・・伝子と高遠が原稿を収める出版社の編集長。

藤井康子・・・大文字家の隣人。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

高峰くるみ・・・みちるの姉。

 

========================================

 

正午。伝子のマンション。

依田やDDメンバーが来た後、チャイムが鳴った。伝子が出た。

愛宕とあつこと久保田管理官だった。

愛宕が尋ねた。「先輩。みちるは?」「奥の部屋。」と、伝子は指さしした。

奥の部屋とは、かつては親子心中があった、忌まわしい部屋だが、伝子と高遠が知恵を出し合って、仮眠室兼倉庫に改造した部屋である。

愛宕は、その部屋に入るなり、みちるの頬をぶった。愛宕は腕を掴んで無理矢理みちるを連れ出した。

「皆さんに謝れ。心配かけてごめんなさい、って。」「心配かけてごめんなさい。」みちるは愛宕の剣幕に、ふてぶてしい態度で謝った。

「まあ、いいじゃないか。大文字君。リビング借りていい?」と久保田管理官は言って、あつこの隣に座った。

管理官は立って、話し始めた。「説教は後回しだ。白藤巡査部長。本日より警部補に任命する。」と後ろ手に持っていた、書状をみちるに渡した。

「白藤。あの時、確かに途中からでもミニパトを緊急自動車として急ぐことは出来た。だが、追っ手がいた。だから普通のスピードで運転させた。組を追い詰める絶好のチャンスでもあった。ここで待ち合わせしたが、ある程度の話は電話で聞いていた。大文字君。彼が池上病院に着いた時、絶命していたかね?」

「いいえ。」「だろ?だから、私も彼と今宵今生の別れが出来た。護送のことで誰もお前を責めていない。誰か責めているかな?」と見回した。誰も異議を唱えなかった。

「あの時、管理官は私より前に出て指揮をされた。愛宕。全責任を負う積もりだと分かったよ。」と伝子は言った。

「水くさいよ、みちる。私を含めて相談出来る人間は沢山いるのよ。」とあつこは言った。

「警部の言う通りだよ。愛宕さんだって、憎くてぶったんじゃない。」と依田が言った。

「学。コーヒーを、いや、みちるは紅茶派だったな。」高遠が紅茶を用意している間、「皆さん、心配かけてごめんなさい。」とみちるはもう一度謝った。そして、書状を見た。

「一人で二人倒したそうじゃないか、警棒で。警察官の手本となるべき行動だと副総監は言っておられたぞ。おめでとう。」と管理官が言うと、皆も続いた。

「愛宕、もう一つ『おめでたい』話があるんじゃなかったっけ?」「『おめでた』の方ですか?」皆はもう一度口々におめでとう、と言った。

「みちる。どうだい、愛する夫に叩かれた気分は?」と伝子がみちるに尋ねると、「おねえちゃんの意地悪!」とみちるは応えた。

「おねえちゃん?」と思わず聞き返した依田に「ヨーダ、『空耳』だよ。」と高遠は笑って言い、みちるに紅茶を渡した。

「警察の人事異動を、本来なら外部に漏らすことはないが、今後の付き合いもあるのでお教えする。白藤警部補は、正式に生活安全課に異動。久保田警部補は本庁捜査5課通称ソタイ課に移動。詰まり、白藤は後釜だな。」と管理官は発表した。

「管理官、それって・・・。」依田が言いかけると、「皆まで言うな。愛宕が可愛そう、って言うんだろ?依田君。実は『おめでた』が決まった後での人事だ。詰まり・・・。」と言いかけた。

そこに栞が「それじゃ、みちるちゃんは『腰掛け上司』?やっぱり可愛そう。不公平な気がする。」と言った。

「うん、まあそうなんだが。白藤が出産休暇に入った時に、『本当の後釜』が愛宕の上司になる。」

「久保田のおじさま。それって、副総監叔父様の人事ですか?」「鋭いな、あつこ君は。異動は来月1日だ。」

「まあ、我々が気を病んでも、警察の人事だからな。だろう?依田?福本?」と物部が言った。鼻白む二人だったが、物部の言い分は正論なので、黙って俯いた。

「なんか、私がおめでたいのに、みんな静かになっちゃった。」とみちるが言うのに、「おねえちゃんがまとめてやろう。皆、お前が好きなのさ。その素直さが。もう鬱になんかなってる場合じゃないぞ、警部補。なあ、愛宕。」と伝子が言った。

「勿論です。先輩の言う通り、明るいみちるだからこそ皆に好かれる。素直だからこそ、出世する。出産休暇まで、仕事でも家庭でも遠慮無く命令していいよ。ただ、あんまり理不尽だと先輩に相談するかも。」と愛宕が応えた。

「出来たわよー。色んな具が入ったスペシャルカレー。」と藤井が祥子、慶子、蘭を従えてカレーを運んで来た。心得ている皆はさっさと席を作り、テーブルを用意した。

「藤井さん、みちるちゃんね、出世したんだよ。それに『おめでた』だって。」と高遠が明るく紹介した。

「まああ、素敵ね。じゃ、丁度良かったわね、カレーパーティーで。」

チャイムが鳴った。高遠が出ると、編集長だった。高遠は同じトーンで伝えた。

「まあ、いい匂いがすると思ったら、そういうお祝いだったの?高遠ちゃん、私の分、ある?今お昼食べたとこだけど、カレーは別腹よ、別腹。」と言い、お腹をポンポンと編集長は叩いた。

PCルームでニュースを見ていた南原と山城だったが、「先輩。また火事らしいですよ。例のコスプレ衣装店の支店らしいです。」と言った。

「スピーカーをオンにしてくれ。」と伝子は言った。

「消防の調べでは、放火の疑いが濃く、以前にも同社のチェーン店で火災があり、放火されて・・・。」

「管理官。やっぱり怨恨ですかね。」「これで、彼女の放火とは無関係ということになるな。」

伝子と管理官の話に割り込もうとしたみちるだったが、「ダメ。まずはカレー食べてから。」と同時に叱られた。

1時間後。コスプレ衣装店。店長がみちるの相手をしている。「そうなんですよ。迷惑な話ですよね。一時は保険金目当てなんだろうってネットで叩かれましたけどね。これで事実無根だって判明、ですよね、巡査部長。」「いや、警部補です。出世したんです、うちの奥さんは。」と愛宕が横から言うので、店長は目を丸くした。

翌日。伝子のマンション。

「これが、火災のあった支店の見取り図です。」と伝子にみちるは説明した。「この支店。山城のアパートから近いな。」

「火元はここ。やはり放火です。幸いボヤで済みましたが。防犯カメラの死角をつかれています。」「我々に出来そうなのは、夜回りくらいか。」と物部が言った。

「ご協力感謝します。」「どういたしまして、警部補殿。」と、みちるに物部はおどけて応えた。

「じゃ、俺、仕込みがあるから帰るわ。煎餅、保管庫に入れとくから、って高遠に言っておいてくれ。」と言って帰って行った。

物部が帰ると、伝子はみちると二人きりになった。

伝子は「また、甘えたいか?情緒不安定か?病院には行っているのか。」「うん。産科は池上病院に。精神科は、勤務が不安定だから、出向で来られている石川先生を池上先生に紹介されて通っています。土曜日も診療しているし。おねえちゃん。私、不安なの。子育てしながら警察官出来るかな?って。あつこ程精神も体力もないし。」

「大丈夫だよ、お前なら。学も今はマタニティーブルーなだけだと言っていた。」

伝子はみちるの肩に手を置き、言った。「まだ、勤務の途中だろ?」「うん。また来る。」

みちるは帰って行った。靴を持って、奥の部屋からあつこが出てきた。

「車はどうした?」「バイクです。焼き肉屋にとめて、歩いてきました。」とあつこは答えた。「で?どう思う?」「思ったより重症ですね。多分『責任』って文字が肩の上に乗っかっているんでしょう、特大の文字が。おねえさまはどう思います?」

「亭主より身分が上っていうのも気が重くなるのかな?お前のところを見ても。どう見ても久保田さんは萎縮しているぞ。」

「それは私の性格や家柄もあるのかも知れないけど・・・。」「妊娠は、お前のところの方が早いし、同期で仲間だし、心配ないと思っていたけどな。」伝子が言うと、「みちるは一度も人の上で指揮したことないからな。」と、あつこは言った。

「様子見るしかないですかね。」と高遠がドアを閉め、入って来た。「お帰り。くるみさん、何て言っていた?」

「甘えん坊ですから、ご迷惑をおかけします、って。舞子ちゃんも同じようにお願いしますって礼してました。」と高遠は笑って言った。

3日後。遊園地。

みちると舞子がジェットコースターに乗っている。それを愛宕とくるみが見ていた。「お義姉さん、ごめんなさい。心配かけて。」と、愛宕が謝った。

「いいえ。寛治さんはよくやっているわ。先日、高遠さんが見えてね、スーパーに。みちるさんにとって、シリアルに相当するのは何ですか?って聞かれて弱ったわ。」

「シリアルは渡辺警部のストレス解消食材でしたね。強いて言えば『天ぷらうどん』かな?って。ウチは普段はそばだから、新鮮な味だったのかな。高遠さん、いいこと聞きましたって言って帰って行ったわ。きっと、その内うどんパーティーね。ホントに皆さん仲がいいから。大文字さんの魅力で集まっちゃうのよね、きっと。あなたの先輩なのに、みちるも先輩って呼ばせて貰っているって聞いたわ。懐が深いのよね。」

愛宕は『おねえちゃん』の件は黙っていた。「産休に入ったら、何でも言って頂戴。これでも妊婦と子育ての『先輩』だから。舞子ね、おじちゃんのこと好き?って尋ねたら、おんぶしてくれたから好き、って。じゃ、おばちゃんは?って尋ねたら抱っこしてくれたから好き、って。」「忖度してくれているんですね。」と、愛宕は笑った。

二人で笑っていると、みちると舞子が降りて来た。「何、笑ってたの?」「今度は、おじちゃんとお母さんよ。」と舞子がジェットコースターを勧めた。

「おじちゃん、高いとこ苦手なんだよ。」と愛宕が言っていると、騒ぎが起きた。

観覧車の座席から煙が出始めた。近くから駆けつけた係員が消火器で消し、ボヤで済んだ。火を点けたらしい人物が逃げて行った。火が回る前に係員が大声で叫んで駆けつけたので、慌てて逃げたのだ。

「まるまげ署生活安全課の愛宕です。大丈夫ですか?犯人を見ましたか?」と愛宕が尋ねると、「幸いボヤで済みました。犯人はグレーの服とズボンの、女性でした。」

「被害届、出して頂けますか。早ければ早く捜査できます。」「責任者呼んで、ここを離れます。」

5分後。遊園地施設長が息せき切って走ってきた。「すみません、届を出して頂いたら、すぐにお返ししますので。」と愛宕が頭を下げた。

「承知しました。倉田君、行って協力して。他のメンバーにここを担当させておくから。」

「みち・・・白藤警部補。一旦署に戻ります。」と愛宕はみちるに向かって敬礼をした。「了解です。ご苦労様です。」と、みちるは、愛宕に敬礼を返した。

愛宕は、係員と共に、走って行った。「喫茶店でも入ろうか、寛治さんが戻るまで車ないし。」「うん。」くるみと舞子は確認をした。

一瞬の隙だった。舞子が電動キックボードに乗った男にさらわれた。みちるは、胸のバッジを叩いてから、猛然と走った。クネクネと人混みを縫って、男は逃げていく。150メートル程走った所で、男は一旦舞子を下ろした。その時、頭上から降りて来た自衛隊員に頭を蹴られて、男は転倒した。なぎさだった。

みちるが、やって来て、男に平手打ちをし、一本背負いをかけた。周囲にいた人達は拍手喝采をした。

なぎさは、掴んでいた縄梯子のロープを引っ張り、頭上のオスプレイに合図を送った。なぎさは、見る見る内に空へ上がって行った。

まるまげ署。生活安全課で係員に届を出して貰った。署長が近づいて来た。「あ。署長。詳しい人相は分からないそうです。」「これだけでも助かるさ。防犯カメラの確認を急いでいる。君も現場に、この方とすぐ戻れ。あっちで、捕り物があったらしいぞ。」

遊園地。喫茶店。

愛宕がやって来たら、喫茶店の外に人だかりが出来ていた。

「どうした?これは。」「みちるが、舞子をさらおうとした犯人を逮捕したのよ。お手柄でしょ?」「犯人は応援に来た警官隊に頼んだ。また署に逆戻りね。」とみちるは舌を出した。「てんぷらうどん、作って待ってるわ。アパートに私たちを届けて。」とくるみは言った。

伝子のマンション。

「とんだ休暇だったな。よくやった、みちる。愛宕もな。」「ついでですか?」「僻むな。それにしても、すぐに役立つとはなあ、物部。」

「DDバッジがバッチリか。」」「なあに、DDバッジって。」と尋ねる蘭に、「ほら、ドラマやアニメで出てくる、探知バッジ。」と依田が解説した。

「デザインは物部さんのアイディアだが、システム自体は元々ある。陸上自衛隊は特定のGPS信号を拾って、ピンポイントで駆けつける。実は、航空自衛隊もこのシステムを使って救助活動をしている。まあ、事件があった時にある程度話したが。おねえさま直伝のみちる警部補の一本背負いは素晴らしかった。上空からでも分かった。」

なぎさの言葉に拍手が起った。

「お手柄はまだあるよ。愛宕さん。」「モールのコスプレ衣装店の放火犯。黒幕が分かりました。池上先生の勧めでみちるが通っていた石川医師が黒幕だった。彼は催眠術で放火犯の実行犯を作り出していた、患者からね。」「じゃ、この間の火事も?」と祥子が尋ねた。

「そう。池上先生が、みちるが火を見ておかしな目つきになったのに気づいたそうです。それで、石川医師に詰問して、ゲロした。催眠術って不安定で、かかりやすい人もいれば、かかり難い人もいる。だから、石川医師もこんなに上手く行くとは思っていなかった、と。」愛宕の発言に続けて、あつこが言った。「反省はしていて自首希望でも、凶悪犯だから、私が数人の警察官と護送しましたわ。」

「みちるちゃんは素直だからな。」と福本が言うと、あつこが「何だって?私は素直じゃないとでも?」と睨んだ。「いやいや、あっちゃんは、とても素直な嫁です。」と慌てて久保田警部補は取りなすように言った。

「久保田さん、実行犯、何人くらいですかね。」「さあ、彼らも被害者ですからね。実刑にはならないかも。」

「今日は管理官、来られないんですか?」「いや、もうそろそろ・・・。」

チャイムが鳴った。高遠が出ると、管理官は連れがあるようだった。

「諸君。紹介しよう。来週から。まるまげ署の生活安全課に配属が決まった、青山警部補だ。空席だった課長職も任命された。愛宕の上司だな。で、白藤警部補は『押し出し』でクビ!と言いたい所だが、署長が心配してね。産休までは事務の手伝いだ。あまり無茶すんなよ。跳び蹴りして、一本背負い?まるで大文字君の妹だな。」

なぎさがみちるに向かって自分の唇に指を当てた。「青山です。お見知りおきを。愛宕巡査部長。バディよろしくお願いしますね。」「はい。恐縮です。こちらこそよろしくお願いします。」

「署に帰ったら、改めて挨拶をする。ああ。池上病院から連絡があってね。病院から犯罪者を出したことを重く受け止めている、防犯防災ポスターは新しく掲示板を設置し、館内の案内スライドにも表示するそうだ。良かったな、白藤。」「はい。」思わずみちるは管理官に敬礼した。

「あら、イケメン。あ、開いてたわよ。タイプだわあ。どちらの?」と編集長が入って来た。「今度、愛宕さんとコンビを組む青山警部補ですよ、編集長。青山さん、こちらは僕と伝子さんがお世話になっている、みゆき出版社の編集長です。」

「よろしくお願い致します。青山です。」二人は名刺を交換した。

「では、我々はこれで。白藤、行くぞ!」四人の警察官は出て行った。

「先輩、みちるさん、立ち直れるかな?」と依田が伝子に言った。

「まあ、お前には立ち直らせることは無理だ、ヨーダ。その役目は愛宕だ。でも、大丈夫さ。さっき、『おねえさま』に格上げしてやる、って言ったら、目をうるうるさせていた。小悪魔め。学、あれ、みんなに見せてやれ。」

「その部屋で仮眠する前か後に書いたメモだな。」と言った言葉に福本が反応した。

「えー?みちるグレードアップ計画?」「やられた、って感じだろ、福本。」

「心配して損した。」という南原に、異口同音でつぶやく、いつものメンバーだった。

―完―

 

 



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31.怪人二十面相

蘭が誘拐された。そして、「怪人二十面相」から伝子に電話がかかってきた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

青木新一・・・Linenが得意な高校生。

中津刑事・・・警視庁警部補。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

========================================

 

伝子のマンション。

台所の固定電話が鳴った。「学、出てー。」と風呂掃除をしている伝子が浴室から怒鳴った。帰宅したばかりの高遠は「はいはい。ちょっと待って。」と慌てて台所に走り、電話に出た。

「はい。」相手は美容室の店長だった。少し聞いていたが、「ちょっとお待ちください。」と店長に言ってから、「伝子さん、ちょっと来てー。」と大声を出してから、スピーカーをオンにし、「もう一度お願い出来ますか。」と店長に言った。

「今朝から出勤して来ないんです。本人のスマホに通じないので、お兄さん宅にお電話したら、学校に出勤したとお母様が言っておられて、お兄さんのスマホは留守電になっていて。」「多分、授業中ですね。」と高遠が割り込んだ。

「それで、この電話に?あ、編集長に言われて電話帳記載取り止めしたけど、スタートを明日に指定していたんだった。」と、伝子は呟いた。

「不幸中の幸いですね、伝子さん。」と、高遠は囁いた。

「とにかく、ウチにはまだ連絡がないです。学、大家さんとヨーダに連絡だ。店長さん。何か連絡あったら、こちらにも。私のスマホ番号と夫のスマホ番号をお教えしておきます。」

電話を切った後、「そうだ。物部考案のDDバッジは?蘭は持っていないのか?ああ、いい。ヨーダと大家さん、頼む。大家さんには合鍵で入って貰え。」と高遠に指示して、伝子は物部のスマホに電話をした。

「DDバッジ?人数分渡したよ。あ。名前入ってない、って文句言うから、一旦回収した。折角、二佐が特注で作ってくれたのになあ。」と物部が言うので、「何でお前が回収するんだよ、なぎさに渡さなかったのか?」

「俺を誰だと思ってんの?ネーム入れしてやろうと思って回収したんだよ。もう出来てるし。」「そうか。物部は芸術家だったな。」

「冗談言っている場合か。久保田さん、は転勤か。愛宕氏に相談してみろ。場合によっては、捜索願いだな。南原氏は?」

「まだ、授業中かも。」「依田は?」「まだ連絡が取れない。配達中かもな。南原の家にも店長は連絡したが、初耳だと言っている。」と、伝子は応えた。

「進展があったら、連絡してくれ。」と物部は電話を切った。

「学。どうだった?」「留守電だったから、Linenにもメッセージ残しておきました。大家さんが合鍵で入ったけど、特に不審な点は無かったそうです。」

1時間後。伝子のマンション。

愛宕と青山警部補、みちるがやって来た。南原も山城と共にやって来た。

「捜索願い出してください。万一誘拐だと48時間が勝負です。」と青山警部補が言った。

愛宕が「先輩。蘭ちゃんの店のロッカー、調べて貰いましたか?まだなら・・・。」と言ったが、「私、連絡してみる。」とみちるが言った。

「大家さんに部屋に入って貰ったが、特に不審な点は無かったそうだ。」と伝子が言った。

チャイムが鳴った。

高遠が出ると、「やはり、事件が大文字伝子を呼ぶようだな。話は聞いたよ。」と久保田管理官が入って来た。

「管理官。やはり誘拐でしょうか?」「どうだろうな。金目的の誘拐なら、半日以内で連絡があるのが普通だが。明日は火曜日か。こちら側の時間稼ぎは出来ないな。」

「そうだ。南原さん、蘭ちゃんの写真、スマホに入ってますか?」と高遠が尋ねると、「ええ。勿論。」と応えて、それを見た伝子が「南原。青木君にLinenで送れ。少年探偵団にも手伝って貰おう。」

その時、伝子のスマホが鳴った。伝子はスピーカーをオンにした。

「先輩。話は聞きました。南原さんのお母さんが、手がかりがないか探す為に、アパートに向かっているそうです。」と、依田が言った。

1時間後。高遠がPCを複数台起動させて準備をしていると、Linenに青木からメッセージが入った。『この写真と同一人物なら駅向こうのニューモール丸々で見かけたらしい。』と、あった。

伝子のスマホに店長から電話があった。伝子はスピーカーをオンにした。

「女子だから気が引けたので、他の女性従業員立ち会いでロッカーを調べました。何か、走り書きのメモらしきものがありました。読み上げます。『ニューモール丸々、8時、何故』と読めます。」

「ありがとうございます。助かります。」と伝子は電話を切った。

「青木君情報と合致しますね。誰かと待ち合わせたのかな?とにかく、ニューモールにいた確率が高いですよね。」と高遠は愛宕に言った。

「じゃ、我々は聞き込みに行こう。」と青山警部補が言い、愛宕と出て行った。

「警邏にも応援を頼もう。」と、久保田管理官は出て行った。

1時間後。伝子のマンション。

スマホが鳴ったので、伝子はスピーカーをオンにした。

「大文字伝子だな。」電話の主は言った。

「誰だ?」「大文字伝子だな。」「だから、誰だ。」

「大文字伝子だな。」突然、伝子は笑い出した。

「マニュアル人間か?それともロボットか?」今度は相手の男が笑い出した。

高遠はICレコーダーを、スマホの近くにセットした。Linenの同時音声通話のスイッチも押した。PCのマイクもセットし、EITOにも繋いだ。

「誰だ。」また、伝子は尋ねた。

「お初にお耳にかかる。財前と言う。よろしくな。」

伝子はいらだちを抑えながら「用件は?」と、尋ねた。

「君のお仲間で最近いなくなった人はいないかな?」

「念のために聞くが、『いなくなった』とは死んだという意味か?」

「『行方知れず』という意味だ。お嬢さんを預かっている。あ、ひょっとしたらミセスかな?」

「ミスだ。見た目じゃ分からないかな?怪人二十面相。そうだ。どうやって、ニューモールに連れ出した?」

「面白い。大文字探偵団は、現代版少年探偵団か。いや、やっぱり中年探偵団かな?フィッシングメールで、のこのこ出てきた女の子のスマホに知ってる名前があった。で、方針を変えた。」

「まだ、用件を聞いていないが。誘拐した限り、目的は?既に1分30秒経った。」

「そうだな。身代金ってやつの相場は知らないか?明智君。」「大文字でいい。」

「大文字君。いくらがいい?」「ゼロ円。ゼロドルでもいいぞ。」

財前と名乗った男はまた笑い出した。

「面白い。みんなからは何て呼ばれている?」「先輩。」

「先輩か。私も先輩と呼ぼうか?」「断る。大文字でいい。質問が悪かったなら謝ろう。目的は何だ?」「君の命。」

「ほう。それで、あまり金に頓着しない訳か。やはり二十面相だな。どうやって、私の命を奪う?」

「ゲーム。但し、参加者は君一人だ。後方支援は黙認するが、参加者は君一人に限る。」

「ゲーム?まあ、いいだろう。もう人質の価値はないだろう。返して貰おうか。」

「いいよ。大負けでレベル1をクリアしたら、返そう。太っ腹だろう?」

「確かに。では仮にレベル1をクリアして人質を返して貰ったとしよう。後どれくらいのレベルをクリアすれば、オールクリア、つまり、『あがり』だ。」

「レベル99。」「随分遠いな、道のりが。」

「だから、随分お得な取引だろう?レベル2から99までは君の能力次第だ。」

「分かった。取りあえずレベル1だ。何をすればいい?」

「ワンダーウーマンの格好で馬に乗り、強盗をする。簡単だろう?」

「正義の味方に悪人になれと?」「バットマンも悪人に成り下がったぞ。」

「それは、映画の話だ。強盗をして、解放される、と信じろと?」

「じゃ、逆に聞こう。例えば、私が君に強盗をさせた結果、人質を解放しなかった場合は、君はどう出る?」「全力で潰す。」

「私を殺すのかね、明智君なのに。」「明智小五郎はフィクションの探偵だ。」

「大文字探偵はフィクションじゃない、と。」

また、財前は高笑いした。

「じゃ、レベル1の課題。隣町の駅前の鈴金銀行の支店に強盗をする。馬を忘れるな。目標額なんかいい。有り金出させればそれでいい。あ、その銀行の人質は要らんからな。」

「時間は?」「開店と同時。15分が目安だが、初心者だ。時間がかかっても大目に見よう。」

「盗った金は?」「近くに電車が走っているな。」「ああ。」

「後で、ピンポイントの受け渡し場所を指定する。断る理由は無い。じゃ、いい夢見ろよ。あばよ!」電話は切れた。

「ふざけやがって。」伝子は頭を抱えて座り込んだ。

ICレコーダーのスイッチを切り、高遠が皆に言った。「緊急体制が必要です!!」

2時間後。ネット越しの長い打ち合わせが終わった。スープカレーを飲み干した後、伝子は言った。

「何者だ?理解出来ない。」

翌朝9時。伝子は指示通り、銀行の前に馬で現れた。ワンダーウーマンの格好だが、目にはメガネマスクをし、口にも不織布マスクをしている。犯人の指示である。

そして、馬から降りると、受付に鞄を置き、「金を詰めてくれ。強盗じゃ無い。人の命がかかっている。」と言った。久保田管理官から連絡が行っているので、行員は素直に金を鞄に詰めた。

マスクの中のワイヤレスイヤホンから声が聞こえた。「屈辱的か?そうだろうな。近くに横横線が走っているな。銀行の前の歩道橋が線路を跨いでいる。歩道橋の真ん中まで急げ。」

伝子は鞄を持って走った。「もう2分位で、電車が通過する。電車の車両の屋根に鞄を投げろ。鞄はしっかりジッパーを締めておけ。投げたら報告しろ。」

2分後。伝子は指示通り鞄を電車の屋根目がけて投げた。「投げたぞ。」

「よくやった。レベル1合格だ。10時になったら連絡する。今の内に、馬をしかるべき所に移送して、休憩させてやれ。」

伝子は、厩舎のある警察署に急いだ。あつこが待っていた。

「10時に次の指示があるらしい。」「馬は任せておいて。パトカーで着替えて少し休憩して、おねえさま。」「うん。」

10時になった。伝子のスマホが鳴った。「もしもし。」「お嬢ちゃんは美容室にお勤めだったな。大文字伝子。」「そうだ。」

「さっき返しておいたよ。但し、美容室横の倉庫だ。知っているな。」「知っている。」「11時にまた連絡する。今の内に解放してやれ。」

「あつこ。美容室横の倉庫だ。先に行きたいが、パトカーや馬はダメだろうな。」とあつこに言うと、あつこはキーを投げた。

「裏手の方の駐車場に私のバイクがあるわ。」

蘭の勤務する美容室。

店長と愛宕が伝子を出迎えた。愛宕が言った。

「何も出て来ないだろうけど、倉庫を調べて貰っています。南原さんは、救急車で蘭ちゃんに付き添って行きました。蘭ちゃんの話によると、8時半には押し込められていたようです。」

「11時には次の指示だが。あ。金は?」「次の駅で駅員が回収。銀行に返却しました。銀行員には『映画の撮影があった』と話させています。」

伝子のスマホが鳴った。伝子はスピーカーをオンにした。

「本人と金の無事は確認出来たかね?大文字伝子。」

「ああ。確認した。何故だ?どちらもお前の得にはならんだろう?」「その内、分かる。次は明日だ。」「明日?」

「午前9時にニューモールを歩け。それだけだ。」

「おい・・・おい・・。切れた。」「どういう積もりですかね?」

「敵に塩を送った積もりか。愛宕。作業が終わったら、一旦待機だ。奴は多分何も仕掛けて来ないだろう。明日の9時まではな。」

翌日午前9時。

ニューモールを歩く伝子とみちる。

「待機しろと言った筈だぞ。」「一人で歩け!じゃ無かったんでしょ?」

「それはそうだが。」二人を追い抜いた、サラリーマン風の男達がいきなり二人を襲って来た。一人がみちるを羽交い締めにし、一人が伝子にアタックしてきた。男は途中で鞄から特殊警棒を取り出して鞄を捨てた。

どこからか、警棒が伝子目がけて飛んできた。愛宕が自分の特殊警棒を投げたのだった。伝子は飛んで来る方向を見ることなく、キャチした。

伝子が闘っている間、みちるを羽交い締めにしていた男は黙って見ていたが、仲間が形勢不利と見るや、みちるを解放して、自らも鞄の中から警棒を取り出して鞄を捨てた。

2対1となったが、みちるが、先ほどまで羽交い締めにしていた男のふくらはぎと膝を自分の警棒で打った。

5分後。2人の男は路上に延びていた。

伝子のスマホが鳴った。

「お見事。合格だ。レベル4だ。明日はモールの方だ。時間はそうだな。午前9時。」

伝子のマンション。

「詰まり、レベルって、人数?99段階じゃないんだ。」と依田が言った。「毎日襲われて98日じゃたまらんしな。」と、福本が続けた。

「バックアップ体制は万全でも、予測出来ないしなあ。」と高遠がぼやいた。

「私の後ろには、いつもお前達がいる。それだけで嬉しいよ。」と伝子は言った。

久保田警部補が口を開いた。

「分かっていることが少しはある。犯人は大文字さんがワンダーウーマンだということを知っている。どの事件で知ったかは分からないが。しかし、馬に乗ったワンダーウーマンが宝石強盗を阻止した事件を知っている。電動キックボードの事件だ。奴らの残党は捕まえた筈だったが、まだ残っていたのかも知れない。だが、その時のワンダーウーマンはあつこだった。それを知らないことは、いつか切り札に使えるかも知れない。」

「あの倉庫を知っているということは、美容室従業員が欺された事件を知っているということは?」と南原が言った。

「どうでしょうね。あの倉庫は隣の喫茶室も知っているし、掃除用具保管庫でもあるから、美容室に来た客が見て覚えていてもおかしくはない。あ、それより蘭ちゃんの様子は?」「ケロっとしています。きっと、先輩が助けに来てくれる、って信じていたって。」

「そのケロちゃんのお陰で初動が遅れた。物部さん、DDバッジ、もう頼まれてもネーム入れないで。今回のように捕まってしまった時、敵に手掛かりを渡すことになる。なぎさがカンカンに怒っていた。もう『ごっこ』じゃないんだからって。明日、新しいのを配布します。名前書いて無くても『生体認証』で誰のかは分かるそうよ。」とあつこは物部に言った。

「セキュリティの問題ですね。草薙さんにLinenグループは全部繋がっているとまずい、って言われました。」と高遠が言うと、南原が「青木君にも言われましたよ。彼はLinenグループを分散管理しているらしい。で、高遠さんに分散管理を進言しました。」と続けた。

「芋づるは、望ましくないよな。」と、久保田警部補は呟いた。

「あのー。DDバッジって何ですか?」と、それまで黙っていた山城が誰にとも無く尋ねた。「大文字ディテクティブバッジ。大文字探偵団の証でもあるけど、大文字伝子の意味もある。我々がピンチになった時にEITOが助けてくれるバッジ。この間説明しなかった?」と高遠が言うと、「酷いなあ。用事が出来て欠席したじゃないですか。高遠さんに届けましたよ、Linenで。」「あ、そうか。うっかりしていた。」

「そうか。学。山城の分のバッジ、どうした?」「無くさないように、と思って封筒に入れて神棚に・・・。」高遠は神棚を見た。「ない。」

「あつこ。なぎさは人数分持って来ていた、って言ったよな。」「はい、おねえさま。」

「物部。蘭のDDバッジはお前が預かっているんだよな。」「ああ、そうだ。」

「学。もう一つ聞く。神棚に煎餅をお供えしていなかったか?」「してました。無いですね。」

「山城。バージョンアップした新しいバッジと交換するそうだから、新しいのが届くまで『無し』で我慢してくれ。」

「南原。言いにくいんだが・・・。」「理解しました。」

翌日。午前9時。モール。

伝子は高遠と歩いていた。「現れますかね?」「現れた。」

前方から、どこかの野球部らしき連中が走って来た。高遠はすかさず、三節棍を伝子に渡し、路地に逃げた。

伝子は、取り囲んだ連中に大きな声で尋ねた。

「一つだけ聞かせてくれ。人数は?」

「10人だ。」一人が言うなり、伝子に一斉に襲いかかってきた。

15分後。その10人は全員モールの天井を見たまま体が動かなくなった。

青山警部補が、警官隊を率いてやって来て、連行して行った。高遠がタオルを鞄から出し、三節棍を包んで鞄に収納した。

5分後。物部の喫茶店。

伝子と高遠は、それぞれ紅茶とコーヒーを飲んでいた。伝子のスマホが鳴った。

「お見事。レベル15にアップした。その調子で行こう。明日は病院の屋上だ。」

「どこの病院だ?」「おっと、失礼。本庄病院だ。午前9時だ。」

「いつまで続ける?」「飽きるまで・・・と言いたい所だが、ゲームコンプリートまで、だな。まあ、いい運動だろう?」

伝子のスマホの電源は切れた。「今度はどこだって?」「本庄病院。」「おい、大丈夫か?患者がいるぞ。」

「屋上だ。学。洗濯物干さないように連絡してくれ。」

「伝子。大丈夫?敵は『息切れ』を待っているわよ。」と栞が言った。

「分かっている。だから、学とのセックスはしばらくお預けだ。」「よくそんな冗談言えるわね。」

二人の会話に高遠が割り込んだ。「悪党でなきゃ怪我人はすぐ病院で手当するんだが。幸い明日は洗濯する日じゃない、と看護師長に今確認した、って笑っていました。」

「私が怪我することは想定外か。」と伝子はため息を吐いた。

午後。伝子のマンション。

奥の部屋で、伝子が蘭のスカートやパンツを脱がせ、お尻を叩いている。南原が立ち会っている。10回叩いた所で、南原がストップをかけた。

「先輩。10回です。」部屋から出てきた南原と入れ替わりに、みちるが救急箱を持って入って行った。高遠は目薬とタオルを伝子に渡した。

「警察官の近くでDV。週刊誌なら、そう書くかな?」と青山警部補に伝子は言った。

「小学校の時、よく親父に向かいの家の前の電柱に縄で縛られました。反抗期ってやつです。」「今なら、大変な騒ぎですね。」と、青山の言葉に愛宕が言った。

「今回は、南原さんのお母さんお父さん公認ですしね。新しいバッジは渡すな、って伝子さんは怒っています。僕の説明がまずかったかな?ちゃんと理解していれば、山城さんのバッジで救援を呼べたのに、バッグに入ったままだったなんてね。」

神棚の煎餅とDDバッジは、蘭の仕業だった。

「それより、明日、どうします?」青山が尋ねると、「理事官の許可が下りたので、オスプレイが上空で待機します。患者に悟られないよう護送をお願いします。」と、なぎさが応えた。

「大文字さんがやられて負傷することは想定外ですか?」青山が尋ねると、「はい、勿論。それに今のところ、『飛び道具』の心配はないだろう、と二佐が言ってましたね。犯人には、これはゲーム。まだ序盤ですからね。」と高遠は応えた。

翌日。午前9時。本庄病院屋上。

患者のパジャマっぽい格好の男が20人。伝子が屋上に出ると待っていた。

「待った?デートで待たせるのは好きじゃないんだが。」

男達は無言で襲いかかってきた。30分。彼らは伝子のトンファーの敵ではなかった。

中津刑事が現れた。続く男達は白衣を着ていた。

「かき集めるのに苦労しましたよ、大文字さん。」白衣を着た警察官はコンクリートの上に横になっている男達を順次担ぎ上げて降りていった。「2往復しないと無理だな。あのオスプレイ、ひょっとしたら?」

「ひょっとしますね。コーヒー奢りましょうか、中津さん。自販機ですが。」「ありがとうございます。」

午前10時半。

「終わったかな?レベル35にアップだ。」と伝子のスマホにかけてきた財前が尋ねた。「シャバに出てきたら、ゲームクリエーターになったらどうだ?」「悪くないアイディアだ。メモしておこう。明日は廃校になったばかりの小学校校庭。午前9時だ。遅れるなよ。」

「なあ。」もう電話は切れていた。

「変わった奴ですね。前代未聞だ。」と中津は呆れた。

オスプレイは引き上げた。本庄院長は、『職員の避難訓練ですから』と患者達に説明し、暴漢たちは病院から少し離れた所から静かに護送された。

翌日。午前9時。小学校校庭。

角の方に暴漢達が乗ってきた車は並んでいた。

伝子はバイクでやって来た。伝子はヌンチャクで対峙した。1時間が経過した。やはり伝子に暴漢は敵わなかった。暴漢は久保田警部補が引き連れてきた警官隊に全て連行された。EITOのプロファイリング担当の事務官の予測通り、40人だった。

午前10時半。

スマホの男、財前は「凄いな。逮捕する数も予想されていたか。レベル75だな。おめでとう。そうそう。次の舞台は移転前のまるまげ公民館。庭の木は剪定しておいたよ。午前9時ね。」と一方的に言って電話を切った。

翌日。午前9時。元公民館。

誰もいないので、伝子は柔道場に行った。ここで少年柔道家が何人か育って行ったのだろうか?と考えていると、後ろに気配を感じ、振り向きざま、背負い投げをした。四方から柔道着を着た若者が襲ってくる。30分が経過した。のびている若者達を尻目に、剣道場に行った。防具を着た男達が待ち構えていた。30分が経過した。これで終わりか?不審に思った伝子は竹刀を木刀に持ち替え、庭に出た。

「どこだ?」と言う声をまっていたかのように、木の陰から次から次へと男達は襲いかかって来た。30分が経過した。静まりかえっているので、待機している愛宕や警官隊に伝子は合図を送った。パトカーに連行されて行った暴漢は24人だった。

午後1時。

鳴りを潜めていた伝子のスマホが鳴った。「おめでとう、大文字伝子。レベル99にアップしたぞ。いよいよ、ラスボスの登場だ。明後日午前9時。場所はまるまげ署の駐車場だ。少しスペースを空けておくよう、君から指示しておいてくれ。」

「自分で『ラスボス』って言うかな。心得た。最後の勝負、受けてやる。」

「そう来なくちゃな。」伝子は通話が切れたスマホを見つめていた。

翌日。午前9時。

伝子のスマホが鳴ったので、もしやと思って伝子が出ると、青山警部補だった。「犯人から公衆電話から署に電話がかかりました。明日は、署の駐車場にフェンシングの用意をしろ、と。」「フェンシング?」

「確かにフェンシングの用意は出来ます。実は、私は学生時代フェンシングをやってまして、署にフェンシング部を作りました。地区大会は予選敗退でしたが。犯人は何故知っていたんでしょうか?」

「EITOの草薙さんに情報を集めて貰いましょう。私は特訓に入ります。確か、あつこ、いや、渡辺警視の家にフェンシングの道具防具はあった筈ですから。」と、伝子は言った。

「私も参加しましょう。」と、青山警部補は言った。

翌日。午前9時。

まるまげ署駐車場。伝子が警察官達と待っていると、財前が車で現れた。既にフェンシングのユニフォームを着ている。

10分後。青山警部補の「アレ!」というかけ声で伝子と財前はフルーレで闘い始めた。勝負はなかなか決着がつかないまま1時間が経過した。

「ラッサンブレ!サリューエ!(気を付け!礼!)」と青山がかけ声をかけた。二人は敬礼をしたのち握手をし、財前はマスクを脱いだ。逮捕し連行しようとした警察官達を制し、青山は言った。

「大文字さんの勝ちだ。何故そんなに勝負に拘ったか、取り調べ室でゆっくり聞かせて貰おうか。」

「青山さん。少し話をさせて貰えませんか?」と高遠が言った。

「色々分かったことがある。僕たちの大学を受験し、合格出来なかった。一緒に受験した同級生は受かったのに。そこから君の人生は変わった。君は入学出来たら、翻訳部に入ると、その同級生に話していた。本来なら、僕らの後輩になる筈だった。学祭を観に来て伝子さんに憧れたんだね。時は経ち、従兄の遺言を継いで今の会社の経営者になった。会社は所謂『半グレ』だった。本当は、君は会社の経営に乗り気じゃ無かった。がんが発覚した。本庄病院で。

だから、他の病院は選ばなかった。詳しい事情は分からないが、君が指定した場所はそれぞれ君にゆかりのある場所だった。」

「口が過ぎるぜ、ワトソン君。」

「ワトソンかどうかは分からないが、推理は出来る。君は人を殺傷することなんか嫌いだ。だから、二人の部下に襲わせた時に警棒を使わせた。君は会社を潰す覚悟だった。もう経営しようにも、がんを発症しているのだし。彼らには『知人の復讐』だと言い聞かせて襲わせた。本当はキックボード強盗事件とは関係がない。ここで、一言付け加えると、あのワンダーウーマンは伝子さんじゃない。」

「え?」「誰だと明かす積もりはないが、別人だ。病院と公民館の暴漢は『ネット募集』に応募した、『一般人』だった。君は、伝子さんにゲームをして追い詰めたんじゃない。こうして勝負をしたかったんだ。伝子さんがフェンシングの心得がないことは知っていた。でも、君自身もフェンシングの心得があった訳じゃ無い。伝子さんのように特訓したんだろう?」

「信じられない。二人とも立派な選手だった。」と青山警部補は言った。

「もういいよ。連れてってくれ。」財前が呟き、警察官が近づき連行しようとした時、伝子は言った。

「今までで一番世話の焼ける後輩だ。接見に行ってやる。」

青山警部補が頷き、財前は署に連行された。

警察官達が署内に消えた後、伝子は高遠に尋ねた。「誰の車で来たんだ、学。」

「伝子さんの車。自分で運転して来ました。一緒に帰りましょう。」

伝子はDDバッジを強く押し、「勘弁してください。」と言って、高遠に土下座をした。

駆けつけた依田達が、その二人を不思議そうに見ていた。オスプレイが上空に舞った。

ー完―

 



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32.『きょうだい仁義』

服部行きつけの楽器店で殺人事件発生。中年探偵団は動きだした。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

辰巳一郎・・・物部が経営する、喫茶店アテロゴの従業員。

みゆき出版社山村・・・伝子と高遠が原稿を収めている出版社編集長。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

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伝子のマンション。

伝子が風呂場の掃除を終えて出てくる。「学。次はどこだ?」

物部達は、伝子の気まぐれに呆れていた。

「無理しないで、伝子さん。まだ充分休養取れてないんだから。編集長も締め切り延ばしてくれたし。副部長。新しいウエイター、どうですか?逢坂先輩と編集長のお眼鏡にはかなったそうですが。」と、高遠は言った。

「まあまあかな。真面目が一番だがな。夜は予備校の講師をしているらしい。」「かけもちですか?」「まあな。ウチは、お昼前後が繁忙時で、夜は開いてないからな。十分さ。」

「伝子、あの人と接見する約束したって?」という栞に、「ああ。文通する積もりだ。」と伝子は応えた。

「1年後輩になる筈だった奴かあ。」と、依田がため息をついた。

チャイムが鳴った。高遠が出ると、久保田管理官だった。

「青山警部補の調書を読んだよ。驚いたね。あいつの会社の従業員は2名だ。ニューモールで大文字君を雇った二人だけ。モールの方は『ネット募集』、本庄病院のは『ネット募集』。エキストラの積もりだったようだ。前払いなんて滅多にないから、真面目に演技した、と皆言っている。公民館も『武道経験者』で『ネット募集』。少し違うのは、財前の部下の一人の岩上のコネで集めた、ヤクザレンタル。」

「管理官。ヤクザレンタルって何です?」と福本が尋ねると、「この頃の出入りは兵隊が足りないと、派遣ヤクザが来る。非正規採用って訳だ。財前は、自社ビルだった会社を既に売っている。自身はがんだし、この先がないって諭しても言うことを聞かないと思って、『先輩(仮)』に頼ることにした。本来はフィッシング詐欺で脅してシノギにしていたらしいが、とっくに飽きていた、と言っている。」と管理官は応えた。

「こんな改心のさせ方があるなんて、と青山が言っていた。ところで、南原君の妹は?レイプされなくて何よりだったが。」

「反省中。先輩が本気で尻叩いたから。警察官のいる側で。」と、伝子が言った。

「そうなの?DVじゃあまずいんじゃない?大文字君。」

「ひっぱりますか?『きょうだいげんか』でも。」

「そうだったな。君たちの『きょうだい仁義』はヤクザも顔負けだ。」

「そうだ、管理官。電動キックボード強盗はマスコミに明るみに出ていないんでしょう?」と高遠が尋ねた。

「ああ。例の『堀井情報』だろうな。あ。そうそう。高遠君。大文字君に土下座させたんだって?どんなネタで?」

「ネタでって・・・僕が、来た時同様車を運転して帰ろう、って言っただけですけど。」という高遠の説明を聞いて、福本は、「ヨーダ、いい?」と確認を取った。「うん。」

「管理官。高遠は運転免許取ってから、あまり運転したことないんですよ。ペーパードライバー。僕らがここ数日ドライブに付き合ってたけど。先輩はゲームバトル中だったし。」

「ひょっとしたら、過去に怖い目に遭ったのかな?逢ったんだ。間違いない。」と、依田が言った。

「何が間違いないって?」と、あつこの声がした。

「いきなり現れるなよ、あつこ君。」と、久保田管理官は抗議した。

「DDバッジで出動したら、家まで送ってくれ、って。拍子抜けしたわ。タクシーじゃないんだから、ってなぎさも怒っていたわ。」

「やっぱり地道に練習だな。なあ、福本。」という依田に、「ま、そういうこと。あ、そいえば、蘭ちゃん、今回のことがあったから、当分運転免許とらせてくれないらしいよ。取ったらすぐ返納だって。管理官、そんなケースってあります?」

「取って返納?聞いたことないな。」と、久保田管理官は首を捻った。

「ゼロ件よ。」「え?」「調べたから。」と依田にあつこは微笑んで言った。

いつの間にか、食堂でオムライスを食べていた伝子があつこに言った。

「教習所で再教育ってできないのかな?」「教習所にもよるけど、卒業生に講習するっていうのはなくはないわ。でも、おねえさま達の大学って京都よねえ。無理かな。講習あっても。」

「それよりは、路上で実地訓練の方が早くないか?あつこ君。その講習って教習所内のコースだろ?車庫入れの練習にはなるかも知れんが。」と管理官が言った。

「俺たちが横に乗って犠牲になるのが早道でしょ。」と依田が言い、「犠牲は酷いなあ、ヨーダ。」と、高遠は不平を言った。

依田と高遠の会話に福本が割って入った。「一般道で渋滞しそうな所で慣らすしかないだろうな。」

モール。やなぎ楽器店の前。

服部が店内を覗き込んでいる。「不審者発見!」と後ろから声をかける南原。「びっくりさせるなよ。南原かあ。」

「注文したギターの弦、引き取りに来たんだけどさ。」「開店前じゃないの?」「いや、そんな筈が・・・。」

「あ、そこのモールの2階フロアに物部さんの喫茶店があるから、聞いてみようか?」

物部の喫茶店。

「開店時間の変更?どうだろうなあ。休みじゃないの?臨時休業。」と物部が言ったが、奥から声がした。「マスター。『明日は休みます』の札かかってないですよ。前の日の閉店の時に、休む予定の時は『準備中』の札じゃ無いんです。今見てきたけど、電気ついてないし、変ですね。」とウエイターの辰巳が言った。

「ちょっと、電話しよう・・・あ、もしもし。喫茶『アテロゴ』の物部だけど。やなぎ楽器店の電話番号知ってる?あ、本店の方。」

電話番号を聞き出した物部はやなぎ楽器店の本店に電話した。

「休業?いいえ。さっきから電話しているけど、出ないんですよ。」と本店店長は答えた。

「行こう。胸騒ぎがする。本店の店長はすぐ来る。辰巳君。準備中の札を出して、店閉めて。給料は1日分出すから。」と、南原と服部を連れて出て行った。

「勝手だな。煎餅、ただ食いしちゃおう。」と辰巳は呟いた。

楽器店に向かいながら、物部は伝子に電話をした。

15分後。やなぎ楽器店の店長が到着した。鍵を開けて入ろうする本店店長を物部が止めた。「もうすぐ警察が来ますから。」

10分後。愛宕と青山警部補が駆けつけた。「鍵を開けたら、我々がまず入りますからね、待っていてください。」と青山は言った。

1分後。「愛宕君。救急車の手配。本署にも連絡。」そう言いながら、青山は出てきた。

「店長さん。3人亡くなっています。殺しです。後で身元確認を願います。」と店長に言った後。青山は「物部さん、分かっていますね。」と物部に言った。

「警察が来るまで野次馬の整理だ。警察が来たら店に・・・あ、締めたな。『大文字探偵局』に移動だ。」と物部は南原と服部に言った。

伝子のマンション。「ピックが折れたのは悪い予兆だったのかな?」と服部がぼやいた。

「犯人が残っていなくて幸いだった。だよな、大文字。」「

ああ、物部の言う通りだ。下手したら服部や南原は被害に遭っていたかも。」

「しかし、何で?」「何で?ってことはないですよ、依田さん。あの店にはね。ストラディバリウスもあったんです。普段は展示しないけど。」と服部が文句を言った。

「ギター専門店と思われがちだけど、本店が手狭になって、商品を分割したんですよ、あそこ借りて。ストラディバリウスが本物かどうかは分からないけど、支店長の私物です。」

「愛宕には言ったか?」「言っておきました。もし、なくなっていたら、それが原因だって。」

「幾らぐらいするの?」「数億円、って聞いてます。本物で高いやつは。でも、店長のバイオリンはせいぜい500万円位じゃないかな?」「レプリカ?」

「でしょうね。でも、素人には分からない。」「服部さんには分かるの?」

それを聞いていた伝子は、「本当は支店長から聞いていたんだろ?」と服部に言った。

「ばれましたか。」「まあ、我々は関係なくなるな。服部氏のギターの弦は、すぐには戻らないだろうな。」と物部は言った。

「明日、藤井さんの料理教室、午後3時オープンなんだが、南原氏や服部氏も来るかい?」「はい。ありがとうございます。」

翌日。モール。藤井の料理教室。

「藤井料理教室・・・まんまだな。」「ケチつけんなよ、物部。」と伝子が一喝した。

「私たち以外は3人か。まあまあね。」と編集長は呟いた。今日のメニューはお好み焼きだった。

2時間後。『本当の』生徒は帰って行った。反省会を開く積もりが、おやつタイムになった。

「3人も惨殺なんてねえ。大文字君。なんか聞いてる?」凶器は店にあったギター。」と確認しあう二人に服部が割り込んだ。「あのギター。高いんですよ。あの店で一番高い。」

「勿体ないわねえ。」「そうだなあ。どうせ殺す道具に使うなら安物でも良さそうだが。」と今度は物部が編集長に相槌を打った。

「皆で行ってみるか?」

その一言で、皆ぞろぞろと物部について、楽器店に到着した。

愛宕とみちるがいた。愛宕が伝子を見付けて言った。「先輩、助けてください。」

「みちるが悪い。」「なんで、決めつけるんですか?おね・・先輩。」とみちるが文句を言った。「物部。今、愛宕は『先輩、助けてください』って言わなかったか?」

「うん。俺にもそう聞こえたな。」「だから、みちるが悪い。」みちるはぷっと膨れた。

「凄いふぐ提灯だな、福本。」「ああ、この頃あまり見ないな。綺麗な、見事なふぐ提灯だった。」

「解説しましょう、大文字さん。死体3体のうち、2体は見分けがつかないんですよ。凶器のギターで打った後は似たような場所にはある。でも、体格がそっくりで、顔は原型を止めない位殴られている。多分素手で。まだ鑑定待ちですけどね。愛宕巡査部長は先輩、詰まり、大文字さんに助けて貰おう、と言った。白藤警部補は迷惑がかかる、と言った。さっきから口論が続いていた。一番助けて欲しいのは、私です。」と青山警部補は言った。

「写真、あります?」と服部が言った。青山が3体の遺体の写真を見せた。

「一人は支店長。一人は支店長の奥さん。もう一人は・・・佃さんじゃなさそうだ。」「佃さん?」「バイトです。彼は痩せていた。あ、ひょっとしたら、支店長の弟さん?」「支店長の弟さん?」「双子の弟さんがいて、行方不明だとか。」

「服部、さすがお得意さんだな。じゃあ、青山さん。DNAも近いんじゃ判別しにくいんじゃないですか?」「そうですね。愛宕。君の判断が正しかったようだな。本部に今のことを連絡してくれたまえ。」「了解です。」

伝子のマンション。

「みちる。また怒られると思ったのか?」「警察官なら、事実確認が第一じゃないのか?って言いたいのよね、おねえさまは。」とあつこが言った。

「みちるちゃん、産休はいつから?」「来月。」「暇持て余してんのなら、藤井さんの料理教室通ったら?」と高遠が言うと、「それがいい。俺から言っておこうか?」と物部が話を継いだ。

「それにしても変な人事だなあ。産休決めてから、間に合わせの部署って。」と依田が言うと、「依田さんが言いたいのは、えこひいきってこと?」「ええ、まあ。」「そりゃえこひいきするわよ。署長の姪だもの。」「ええ、そうなんですか?」と依田とあつこが話しているのを聞いて、みちるが抗議した。

「あつこ。ばらしちゃダメじゃないの。署員も知らないのに。」「ばれてるわよ、とっくに。血縁関係知らなくても、交通課のミニパト、少年課に行っても生活安全課に行っても使っている。署長は黙認。出向だから、って理屈。変よ。」

「呆れたな。ひょっとすると、愛宕も知らないのか?」と伝子が尋ねると、「結婚した時、話した。」と応えた。

「呆れたパート2。」と福本が笑った。「副部長。納得出来ましたね。」と福本が物部に同意を求めると。「出来た。」と物部は呟いた。

「ちょっと、話を整理しよう。服部は、開店時間の10時にやなぎ楽器店を訪れた。ところが閉まっていて、明かりが消えたままだった。そこで、開店したばかりの物部の店に行った。ウエィターの辰巳君は、『明日は休みます』の札がかかっていないから、営業日の筈なのに、『準備中』はおかしい、と言った。物部。昨日の時点では?」

「辰巳によると、昨日閉店時には『準備中』だったそうだ。」

「それで、不審に思った物部は不動産屋経由で本店に連絡を取った。本店では、電話が繋がらないから困っていた、と。変だと思いませんか?青山さん。」

「ん?」「物部が不動産屋に電話をしたのは、せいぜい10時10分か10時15分だ。本店店長は、急ぎの用事があったんだろうか?」「そんなことは言っていませんでしたね。」

「昨夜の内に殺されていたのなら、札が無くても当然だ。殺されることは予期していなかっただろうから。服部。支店長の住まいは?」「隣町です。でも、普段は奥さんと店の2階にいます。」「青山さん、支店長の住まいは?」「今、愛宕君が調べていますが、荒らされた形跡があるようですね。」

「犯人は支店長宅へ行ったが、いなかった。捜し物は見つからなかった。それで、店に行った。犯人は支店長と揉み合いになった。事故で支店長を殺してしまった。奥さんも、錯乱状態になった犯人に殺された。そこへ、死んだ筈の支店長そっくりの男が現れた。ヨーダなら、いや、慶子ならどう思う?」「お化け?」と慶子が応えた。

「犯人が、双子の弟の存在を知っていたかどうかはともかく、錯乱していたら、ゾンビみたいに思えるだろう。錯乱してまた殺人をした犯人は、後始末せずにその場を去った。店は閉めている。客は臨時休業と思い込み、帰るだろう。開店時間が迫っているから、焦った。この支店の開店時間じゃない。本店の開店時間だ。青山さん、行方知れずの佃を追いかけるより、本店店長の素性や素行を調べた方がいいと思います。」

「流石はおねえさま。本店店長の芦田の預金を調べてみるわ。」とあつこは出て行った。

「佃は無関係ですか?大文字さん。」「一つは、顔が殴られていること。佃には無理でしょう。もう一つは金が絡んでいそうなこと。佃に、支店長の金の流れ、果たして分かりますかね?」

「芦田の関わった事件は?そうだ、学。草薙さんに調べて貰え。」と伝子は高遠に指示した。

「青山さん。佃の住まいは?」「捜査員を送りましたが、留守でした。第一容疑者ということで、礼状を申請しています。」「多分家宅捜索しなくても、帰宅しますよ。」

「え?そうですか。取りあえず、張り込んでいますが。」

その時、青山のスマホに愛宕から連絡が入った。青山はスピーカーをオンにした。

「無くなったものは分かりませんが、どうやら何かの書類のようですね。引き出しを逆さにしてまで探している。因みに、ピッキングした形跡はありません。合鍵を持っていた人物ということになるかも知れません。」

「愛宕。よくやった。ところで、別居の理由は何だ?またみちるが何かやらかしたとか?」

「先輩に迷惑かけるとか言っておきながら、この頃捜査に加わらせろ、って言ってきかないんです。署長命令だぞ、おじさんの命令だぞ。大人しく事務仕事しろ、って言ってるんですが。先輩。お仕置きしていいですよ。」電話は切れた。

みちるは、依田の陰に隠れようとしたが出来ないので、福本の陰に隠れた。

その時、PCから呼び出し音が流れた。高遠がPCの画面に対峙した。

「草薙でーす。流石探偵局長。まず、本店店長の経歴。アマチュアボクシングの経歴あり。10年前、電車の乗客に絡まれ、体を滅多打ちにされ、我慢できなくなって応戦。相手は病院送りにされました。何人もの目撃証言があったので、正当防衛が認められました。で、最近、New Tubeで借金が出来てますね。スパークチャット、略してスパチャの『お賽銭』でどんどん、金を使ってしまい、会社の金を横領したのか、スパチャの支払い先コードに会社の口座が登録されています。」

「どこか特定のチャンネルにご贔屓があったということですか?」と高遠が言った。

「鋭いですね、高遠さん。ゆるぎチャンネルというアイドルのネット歌手のファンで、『お賽銭』投げると、名前が呼んで貰え、他のチャット仲間から讃えられる習慣があるから舞い上がったのでしょう。まあ、羨ましい。」

「草薙さん。ありがとう。いつも応援してくれて嬉しいです。」と伝子が『ぶりっ子』の口調で言った。「アンバサダーに投げ銭していたら、あっと言う間に破産だな。」と草薙は笑いこけた。

「神社以外は『お賽銭』は禁止だ。」と真面目な口調で伝子は言った。

2日後。モールの藤井料理教室。

口コミの効果か。今日は20人の生徒を前に藤井は指導している。編集校のアイディアで、店の外に時間限定でモニター画面から教室の様子が映し出されていた。

「流石、編集長。いい宣伝効果だ。」と物部が讃えた。

「盛況で良かった。私たちの夜食やおやつ作りじゃ勿体ないと思っていたのよ、ねえ、伝子。」と栞が伝子に声をかけた。

「ん?ああ、やっぱり犯人は本店店長芦田だった。服部同様、開店時間に来た佃は倒産したと思い込み、帰宅。友人宅に遊びに行っていたらしい。ああ、服部の弦は領収書と一緒に服部に郵送したってさ。良かったな。」とLinen画面から顔を上げて伝子は服部に言った。Linenは愛宕からだった。

「ありがとうございます。」「そのありがとうは愛宕に言ってくれ。鑑識が調べ終わり次第送ってくれ、と頼んだのは愛宕だからな。」と伝子は服部に言った。

伝子のスマホが鳴った。今度は青山警部補からだった。伝子はスピーカーをオンにした。

「支店長の家から犯人、つまり、芦田が家捜しして見つからなかったのは、『借用証書』でした。何と、社長が預かっていました。横領されていたのも気づかず、そんな書類を開封せずに持っていたなんて、暢気な社長です。芦田のヤサを礼状持って調べに行ったら、ゆるぎチャンネルの『もえこ』の写真だらけでした。時代ですかね。New Tubeのアイドルですか。理解出来ません。現実の女の子より魅力的だったのかな?相当入れ込んでいたんですね。借金返せなくて支店長と揉めて殺害。そんな事件でした。」

「青山さん、鍵、どうでした?」「支店長の家、社長が家主の借家でした。以前は芦田が住んでいた、ということです。鍵変えていなければ、合鍵作る必要もない。」

「なるほど。今後やなぎ楽器店はどうなるんですか?」「社長は閉業すると言っています。本店支店両方閉めるそうです。服部さんには気の毒だが。支店長夫婦と支店長の弟さんの葬儀は、会社葬として弔うそうです。」

「わざわざありがとうございました。」「いいえ。」電話は切れた。

「さあ、事件は終わったことだし、みちるへの制裁は何がいい?」と伝子は皆に尋ねた。「鞭。」「真実のロープ。」「袈裟固め。」「フライングニードロップ。」「バックブリーカー。」「百叩き。」「兵糧攻め。」皆、てんでバラバラに思いつきを口にした。

最後に栞が言った。「一番効果的なのを忘れてない?『無視』よ。」

「栞の案が一番きつい。」と、物部が呟いた。

―完―

 

 

 



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33.記憶喪失のなぎさ

なぎさは1カ月間行方不明だった。伝子は全力を挙げて事件を解明した。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

江角(えすみ)真紀子・・・伝子の叔母。

江角徹・・・伝子の叔父。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

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EITOベース。スピーカーから伝子の声が聞こえる。

「消えた?どういう意味です?斉藤理事官。」マイクに向かって理事官が応えた。「端的に言うと、今は行方知れず、行方不明だ。」

「いつから?」「君がタクシー代わりにDDバッジでオスプレイを呼んだ、その次の日からだ。」理事官の言葉に、「申し訳ないです。あんなに機動力があるとは知らなくて。」と伝子は謝った。

「それはいい。君たちがDDバッジと呼んでいるバッジは彼女が持っている陸自バッジとは違う。DDバッジは陸自バッジの簡易版だ。モールのコスプレ衣装店に君たちが飛び込んだ時に彼女が使ったのが陸自バッジだ。正確に駆けつけたろう?」「はい。」

「その陸自バッジと、何らかの資料が富士山の樹海で見つかった。勿論、陸自が信号を受け取って調べた結果だ。山中に入ったのか、拉致されたのか見当が付かない。陸自の橘陸将が知らせて来たのが昨日だ。約1ヶ月経っている。葬儀の手配をすべきだ、という者もいるそうだ。」

「詰まり、『素人探偵』の目で調べ直せ、と。」「流石、察しが早い。君と橘二佐と渡辺警視は『ぎきょうだい』らしいから、事情を伏せていたことは腹立たしいだろうが、こらえてくれ。人には、それぞれ立場があるからね。」「分かっています。」

「今、警視に資料を預けた。捜査にはEITOが前面バックアップする。成功を祈る。」

伝子のマンション。

「成功を祈る・・・斉藤理事官って映画の見過ぎだな。」と学が笑った。「ごめん。二佐のこと、心配だよね。」「みんなにはまだ伏せてくれ。」「了解。お昼、カツカレーでいい?」

「うん。お前、げんかつぎしてる?」「いい夫でしょ。」「知ってる。」

チャイムが鳴った。あつこと草薙が立っていた。「何で草薙さんが?」「たまにはさ、外の空気吸いたいじゃない?アンバサダー。」「ここでは、大文字さんでいい。」

「実は、暗号付きの連携アプリをインストールしに来ました。高遠さん、PCお借りしたいんですが。」「了解しました。」と高遠はPCの1台に電源を入れた。

「あ。サーバーにも繋がっている。流石ですねえ。」「伝子さんの叔父さんが操作方法や繋ぎ方や理論など、色んな資料を残してくれていて、伝子さんが独学でマスターし、私が教わった。そんなとこです。」

「Dシステムはここにも生きていたんだ。凄いなあ。」「Dシステム?」「警察では大文字博士のシステム群を総じて、そう呼んでいます。詰まり、大文字システム。ほら、ガラケーの追跡システム。あれもその一部ですよ。」

インストールが終わった草薙は、高遠に煎餅を貰って、さっさと帰って行った。

「歩いて帰るんですか?草薙さん。」「まさか。待ち合わせ場所でEITOが拾うよ、高遠さん。」とあつこが応えた。

「んん。訳の分からない資料ばかりだなあ。あつこ、分かるか?」と伝子は、あつこが持って来た資料を、あつこに確認をした。

「全然。EITOで分かる人はいなかった。」

その時、伝子のスマホが鳴った。Linenの方では無く、スマホのテレビ電話だ。

「久しぶりね、伝子ちゃん。」と相手は言った。伝子の叔母だ。

高遠が顔を近づけ、挨拶した。「叔母様。お久しぶりです。」

「あら、婿殿。あ、冗談言っている場合じゃ無いわ。お父さんとね、ハルカスに行ったの。『仏教展』やってたから。でね、帰り際に、貧血起こしたらしく倒れた人がいたの。どうも、記憶喪失ってやつらしんだけど。天王寺署のお巡りさんが来る前にね、バッグから落ちた写真見てびっくり。この人と、変な格好した伝子ちゃんが写っているじゃないの。それでね、お巡りさんに言われて確認する為に電話したの。この電話ね、この間、うちの総子に言われて買ったの。良かったわ。テレビ電話って便利ね。」

横から、叔母の連れ合い、叔父が顔を見せた。「今ね、伝子ちゃん。写真と本人見せるから。」

写真は、なぎさとワンダーウーマンの格好をした伝子だった。そして、叔母達の側で寝ているのが、なぎさ本人だった。

「叔母さん、お巡りさんに代わって。」と伝子が言うと、画面に警察官が映った。「天王寺署の高窓です。お知り合いですか?」

「はい。友人です。私がコスプレしているのは、出版社の余興で・・・私、翻訳家なんです。友人は、陸上自衛隊二佐の橘なぎさです。自衛隊に知り合いがいますのですぐに引き取りに行って貰います。それまで、天王寺署で預かってください。叔母さん、叔父さん、ありがとう。彼女は1ヶ月行方不明だったの。」

「了解しました。」「叔父さん、叔母さん、上京した時、発見した時のお話を是非して下さいね。」と、高遠が横から言った。

電話は切れた。「おねえさま。EITOに連絡しておきました。それにしても・・・天王寺って大阪府ですよね。」「ああ。叔母は大阪なんだ。」

「富士の樹海と大阪。随分離れているなあ。」と高遠が呟いた。

PCに電源が自動で入り、画面に斉藤理事官が現れた。「お手柄だな、大文字君。」

「お手柄は叔母ですよ、理事官。」「早速、方面部隊から迎えに行った。それからこちらに移送することになる。」

「病院は?記憶喪失らしいけど、自衛隊の病院に入院ですか?」

「まあ、そうなるな。資料は?」「見ましたが、何とも。なんだか暗号で書いている気はしますが。」

「うちでも調べているが、まだ答は出ていない。とにかく、見つかって良かった。やはり君が呼び寄せたのかもな。」

映像は突然切れた。高遠は、SF映画の画面みたいだな、と思った。

「あつこ。捜索願いみたいのは、自衛隊にはないのかな?」「ないと思うわ。だから、1ヶ月見つからなかった、なんて言わないけど。明るみに出たら、『自衛隊反対派』の人が黙ってないしね。」

「よその国の戦争に『話し合いで』なんて言うお花畑の人?」

「高遠さん、いつになく辛辣ね。」と、あつこが言った。

「ああいう、口先だけの人は好きになれない。」「私もだ。」と伝子が続けた。

「おねえさま。取りあえず戻るわ。みちるには言わない方がいいわよ。」「分かってる。」「あ、余興って言っちゃった。」

「僕が連絡しときました。編集長に。いつ撮った写真です?」「思い出せない。」「やれやれ。うちのかみさんも記憶喪失だ。」あつこは帰って行った。

3時間後。PCの画面に草薙が出た。

「リモート、調子いいなあ。アンバサダー。理事官から協力要請出したので、天王寺署が積極的に聞き込みしてくれました。二佐の足取りを順に遡って行くと、ハルカス、JR天王寺駅、JR関西空港駅、羽田駅。ここまでは分かっています。いつ記憶喪失になったかはともかく、東京から大阪に向かったらしいことは確かですね。久保田管理官が、JRや私鉄、地下鉄の各駅で駅員の目撃情報を集めるよう、各警察署に要請しました。」画面は消えた。

「みちるちゃんにばれちゃいますね。」と、高遠が言った。

伝子のスマホが鳴った。「悪い予感がしたでしょ、大文字さん。」と青山が言った。

「自分から言うかなあ。みちるには、私情を挟まずに聞き込みしろ、って言って下さい。」「聞こえてます。」とみちるが言った。

「青山さん、広域捜査みたいなのは?」「それは見つかってない場合ですね。今回の事案では、本人は見つかっている。足取り捜査です。」

青山のスマホは切れた。

「取りあえず・・・取りあえずナポリタンでいい?伝子さん。」「うん。」

翌日。伝子のマンション。

突然、PCの電源が入って起動した。ディスプレイに画面が表示された。

「朗報です。アンバサダー。渋谷駅の駅員が覚えていました。但し、大阪に移動する3週間前です。軍団、動員します?」「そうしよう。」

高遠は南原にLinen情報を集めるよう、青木に依頼してくれ、となぎさの写真を送って頼んだ。

伝子は、Linenで依田、福本、物部、栞、山城、服部に『家出人、探しています』のチラシを配るよう指示し、一方で、愛宕に、そのチラシを作成するよう依頼した。チラシを配るのは、渋谷駅周辺とした。幸い、愛宕はなぎさの写真を持っていた。

2時間後。南原から伝子のスマホに電話があった。伝子はすぐにスピーカーをオンにした。

「先輩。青木君情報です。一週間前、○○坂のホテルで見かけたと言うカップルがいて、同一人物かどうか分からないが、左の耳たぶにピアスがあるのに、右の耳たぶにピアスがなくて、耳の裏に大きな痣があったって言うんです。」

「ちょっと待ってくれ。学。スマホ貸して。」伝子は高遠のスマホで叔母に電話した。

「そうなのよ。片方のピアスがないし、耳たぶの裏に痣があったわ。綾子はここに黒子があったなあ、って思い出したわ。」「え?お母さん、そんな所に黒子あったの?」

「知らなかったの?呆れた。」「助かったわ。こっちの警察でね、足取り捜査っていうのをやっているんだって。で、なぎ・・・橘さんを見かけたって言う人が現れて、その痣を覚えてたのよ。助かったわ。ありがとう。」と、さっさと電話を切った。

「南原。聞こえた?」「了解。青木君通じて礼を言っておきます。因みに、二佐らしき女性はホテルのバーで、俳優の坂本あつしに似た男性と会っていたそうです。」

高遠は、チラシ配りは不要になったことを皆に伝えた。

1時間後。伝子のマンション。依田以外のメンバーが集まった。3番目のPCに大きく写真が映っていた。

「何これ?坂本あつしじゃない?」と祥子が言った。「そのたうり。」と高遠が言った。

「この顔に近い人物が犯人候補だ。」

PCに渡一曹の顔が現れた。」「アンバサダー。坂本あつしに似た人物がいました。」「やはり陸自の人間か?」「いえ、空自です。石井一曹です。沖三曹に代わります。」

画面に沖が現れた。「沖は橘二佐と同期です。お互いに非番だったのかも。」「デートか?まさかな。」と伝子は呟いた。

「問題はここからです。彼はEITOのことをよく思っていなかったらしいです。クーデターという言葉を同僚が聞いています。」

「ちょっと待て。まだ、彼の存在が確認出来たばかりだぞ。」「リモートで聞いていましたから。すぐに資料を検索しました。」

「で、翌日、二人にトラブルがあって、後に大阪まで大移動か。」と伝子は呟いた。

「おねえさま。なぎさはピアスを落としたんじゃなくて、着けたんじゃないかしら。」「え?」「高遠さん。見かけたのはカップルって言ったわよね。」「ええ。」「カップルの男の方に見せたのよ。」「何の為に?」「目撃者を作る為に。なぎさは、普段ピアス着けないわ。プライベートでも。任務で着ける場合もあるかも知れないけれど。そうか。任務か。だから、陸自は情報を出し渋っているのね。」

「どういうことだ、あつこ。」「潜入捜査。潜入がばれそうになり、身の危険を感じていた。」「引き算すると、3週間の間は、なぎさは大阪には行っていなかった。東京か?富士山樹海?」

「警察だったら、引っ張るとこだけど、無理だわ。」

「陸将は『泳がせる』積もりらしいですよ。」と渡が言った。そして、「石井一曹は、ネットの『ヤクザレンタル』には発注しています。クーデターの『兵隊』でしょうね。」

「今、病院に行って来たよ、陸将の計らいでね。」と斉藤理事官が画面に現れた。

「どうなんですか、理事官。」「拷問の後も、注射痕もあった。」「酷い。」

「覚悟はしていたが、これから気を引き締めて闘おう。今の話を聞いていて、思い出してね。陸将にさっき尋ねた。葬儀しようと言い出したのは、谷津一等陸曹だ。そして、彼には谷津一等空曹という兄弟がいる。今、この兄弟をマークしている。」

「どうやって、罠に嵌める積もりです?理事官。」「まあ、特別潜入捜査官次第かな?」と理事官は笑い、画面から消えた。

翌日。伝子のマンション。

家電が鳴った。一声聞いて、やはり、編集長の言う通り、電話帳記載は早めに止めておくべきだった、と伝子は思った。「大明司伝子か。」「番号違いですね。」と伝子は電話を切ろうとした。

「待て。大文字伝子か。」「そうだ。」

「じゃ、そう言えよ。」「それは、そっちの台詞だ。」このやりとりの内に、高遠は電話の録音の準備をし、草薙に指示された送信ボタンを押した。

「で、何だ?誰だ、あんたは?」「死に神だ。」

「死に神が間違い電話か。用件は何だ?下っ端野郎。」

「明日EITOベースに来い。」「用件は?」「明日EITOベースに来い。」

電話は切れた。草薙が画面で笑っている。「確かに下っ端ですね、アンバサダー。」

「草薙さん、なぎさの入院している病院に警戒態勢を取るよう、理事官に伝えて下さい。『お前一人で』という台詞が無かったから、渡辺警視と二人で行きます。EITOの詳しい所在地も言わなかったから、恐らく、あの廃校でしょう。」

「下っ端は時間も言いませんでしたね。」「時間は宮本武蔵スタイルで行きますか。青山警部補にも連絡して、廃校の近くを警備して貰いましょう。」

「大文字探偵局は、どうするんです?」と、草薙は尋ねた。

「待機だな。まあ、チラシ配りもちゃんとした活動ですよ。」と、伝子は笑った。

その後、草薙や渡、理事官と詳しい打ち合わせをして、伝子は明日に備えた。

翌日。午後3時。旧EITOベース。

伝子がワンダーウーマンの姿で校庭に現れた。

いかにも、ヤクザという感じの男達が200人位固まっていた。その一人が前に出た。「遅いぞ!」「時間を指定しなかったからな。昼寝をして、化粧して扮装して時間がかかったが、時間を言わなかったから。もう帰ったと思ったが、案外辛抱強かったな。時間指定しなかったのは、お前らの手下がボンクラなだけだ。」

「くそう。言わせておけば・・・やれ、やっちまえ!『今回は』殺してもいいぞ!!」

伝子は口笛を吹いた。校庭の北側と南側に、ワンダーウーマンの格好をした女性が現れた。ヤクザ達は三方に分かれて、3人のワンダーウーマンに襲いかかって行った。

一人は三節棍を持ち、一人はヌンチャクを持ち、一人はトンファーを持ち、3人のワンダーウーマンは果敢に闘った。

同じ頃。池上病院。橘二佐の病室になだれ込んだ、一団があった。待ち構えていた久保田管理官と警官隊が、瞬く間に逮捕、連行した。「何の容疑で?俺たちは自衛隊だぞ。」と、なだれ込んだ一団の一人が言った。

「知ってる。その自衛隊からの依頼でね。病院でテロは防がないとな。連れて行け。」

同じ頃。廃校の近く。

2台のジープに職務質問している警察官がいた。愛宕だった。

「この先は行けませんよ。」「工事中ですか?」「みたいなもんかな?」2台の内、1台が強行突破して、校門に向かった。

「全員、公務執行妨害で逮捕だ!」と青山警部補が叫んだ。

1台が校門を破壊し、侵入した。4人の男達は拳銃を空に向けて撃った。ヤクザ達も拳銃を身構えた。

三節痕で闘っていたワンダーウーマンが号令をかけた。「櫓アタック、ワン、ツー、スリー!!」

残りのワンダーウーマン二人は向かい合って、お互いの腕を交差した、ワンダーウーマンの伝子は、その組んだ腕を踏み台にして、固まっていた4人の男の中心に突進し、両腕でパンチした。伝子は両手で着地し、残りの二人に両脚を広げてキックをした。

立ち上がろうとする男達に体を回転させ、男達の脚を払った。その間、残りのワンダーウーマン達は、ヤクザ達の手首をヌンチャクやトンファーで払い、拳銃を落として行った。

一部のヤクザが乗ってきたトラックに武器を取ろうと駆け寄ったが、警官隊が大挙入場してきた。「全員確保しろ!」と陣頭指揮を執っていた久保田警部補が叫んだ。

校庭の隅の木陰から、ライフルを持った男が伝子を撃とうした瞬間、一匹の犬が男の腕を咬んだ。サチコだった。

その時、1台のバイクが突進して来た。祥子が運転し、後ろになぎさが乗っていた。

祥子がサチコを大人しくさせた後、なぎさは、ゆっくりヘルメットを取った。

男に近寄り、何発も殴り始めた。数発目で、伝子がなぎさの腕を掴み、「もう、いいだろう。妹よ。」と言った。

ヤクザの一団は沈静化していた。ぞろぞろと、大勢の警察官がパトカーに連行して行った。

伝子がDDバッジを押すと、オスプレイが着陸した。斉藤理事官と共に降りて来たのは、池上葉子院長だった。葉子は、ライフル男、石井一等空曹を平手打ちした。

「レイプまでして、何を聞き出したかったの?医療者として使いたくない言葉だけど、敢えて言うわ。ケダモノ!くず!!」

「君は無駄なことをしたんだよ、無駄過ぎる。君は昇進に不満があったそうだが、君のような人間は自衛隊であろうが警察であろうが一般の会社であろうが、出世は出来ないよ。」と理事官は言った。

「そろそろ、よろしいでしょうか?」と久保田警部補が言った。

「うむ。よろしく頼む。」石井は久保田警部補に連行され、理事官はオスプレイに乗って去った。

「あ。帰り方考えてなかったわ。高遠君。送ってくれる?危なそうだったら、私が運転代わるわ。」と、校門の近くで様子を伺っていた、高遠に葉子は言った。

高遠と葉子が去った後、「私、警視のジープに乗せて貰うわ。いいでしょ、みちるちゃん。」と、祥子は言った。

「そうね。二佐はおねえちゃんに任せるか。」「みちる、勝手に決めるなよな。」祥子とみちるの会話に割り込み、あつこはジープに向かい、二人も続いた。

「サチコもおいで。」とあつこはサチコに声をかけ、サチコも続いた。

誰もいなくなった校庭で、二人は抱擁をした。「いいの?おねえさま。高遠さんに悪いわ。」「公認だ。気にするな。キスだけだがな。」

そう言って、伝子はなぎさに長いキスをした。すっかり、日が落ちて、校庭に二人の長い影が伸びた。

―完ー

 



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34.クーデター

地震が起こり、伝子は慌てて茅ヶ崎から戻った。高遠は怪我をし、入院をした。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

江角(えすみ)真紀子・・・伝子の叔母。

江角徹・・・伝子の叔父。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

========================================

 

伝子のマンション。

PCの画面に先日の伝子達の闘いの記録映画が流れている。10分くらいの映像が終わり。斉藤理事官が画面に現れた。

「おはよう、諸君。今見て貰ったのは、君たちへのサービスカット版だ。一般向けは別編集だ。」「別編集って外部に見せるんですか?」と依田が尋ねた。「万一マスコミが騒いだ場合の『映画撮影』というアリバイだよ、依田君。」

「よく撮れているでしょう?無人撮影なのに。」と草薙が言った。

「EITOベースは拠点を移して行く。輪番だな。だから、古いEITOベースにも、ある程度の装備は残して行く。奴らが、あそここそがEITOベースだと思ってくれたのは幸いだ。さて、今回の事件だが、二佐はある任務に就いていた。それは、空自のスパイを探る任務だった。二佐は、同期である石井一曹に接近し、協力を求めた。だが、石井こそがクーデターを企む一派のリーダーだった。ホテルのバーで落ち合い、危険を感じた二佐は、化粧室でピアスの一方を外した。暗号入りの紙片を仕込んでな。届けさせた荷物の変な紙片はその片方だった。」

「マスキングテープって誰か使ったことありますか?」草薙が横から言った。

「私、あります。コピーする時なんかに、一部を伏せる場合、このテープをその伏せる部分に覆っておくと、一部が抜けたコピーが出来る。」と栞が言った。

「その通り。二佐が使っていたのは、それを応用したメモです。彼女の痣を覚えさせる為にピアスを外し、化粧室に置いて来たんです。ホテルが後で届けてくれました。カップルの女性の方がピアスを発見したのだけれど、持ち帰ってしまい、Linen情報で二佐を探しているらしいことを知って、ホテルに届けてくれたんです。」

「やはり、大文字コネクションのお陰だな。」と理事官は言った。

「さて、ホテルを出た後、仲間の谷津一等陸曹と谷津一等空曹が待っていて、3人で拉致監禁。3週間もの間、脅したりすかしたり、暴力の挙げ句、レイプまでした。」

「二佐は拉致される時、抵抗しなかったんですか?」と高遠が尋ねた。

「油断した、と言っていたよ。既に筋肉弛緩剤を飲まされていて、思うように力が出なかったと。」と理事官は応えた。

「酷い。それで、何故解放されたんですか?」「聞き出せなかったから。大阪まで行ったのは、朦朧とした中で、バッグに昔メモをしたものを見て移動してしまったのだという話だ。大文字君の身内に発見されたのはラッキーだった。因みに陸自バッジは拉致した兄の方が樹海に捨てに行っている。捜査を攪乱させる為に。」

「そのマスキングテープのメモに書かれていたのは?」と福本が質問すると、「3人の名前だよ。クーデターの首謀者だ。」と理事官は応えた。

「で、4人目が筒井さんですね?」と高遠が言うと、理事官は驚いた。

「一つは、誰も葬儀に賛成しなかった。詰まり、もう一人の潜入捜査官から死亡の連絡がなかったから。もう一つは、レンタルヤクザ。あの3人の猿知恵で『臨時の兵隊』は思いつかないでしょう。志は高くても、一曹じゃ資金力もないだろうし。結局、自衛隊員で逮捕されたのは首謀者3人を含めて10人しかいなかった。」と高遠は語った。

「それで、二佐から聞きだそうとしていたのは?」と南原が尋ねると、「暗証番号だよ。」と草薙が応えた。

「アンバサダー。2回EITOに入館していますが、誰か暗証番号で開けてくれましたか?」「いや。私は中から開けて貰ったと思っていたが・・・。」

「実は『生体認証』なんですよ、登録されている人のIDで生体認証チェックをするんです。」

草薙と南原の会話に物部が割り込んだ。「ちょっと待ってくれ。じゃ、二佐は『知らない番号』の為に拷問にあって、レイプされたということか?」

「その通りだ、物部君。だからこそ、葉子ちゃん、いや、池上先生が乗り込んだ。因みに、先生と私は幼なじみでね。陸自の病院は万全ではないので、民間協力を、そのよしみでお願いしている。先生の見立てでは、体の傷の治療やリハビリは最低半年だそうだ。後の心のリハビリは・・・。」

理事官が言い終わる前に、「私が、私たちが治します。」と伝子は言った。

伝子のスマホが震えた。

「総子ちゃん、やるなあ。今度はメールか。叔母さん、明後日上京するってさ。学。」と伝子はわざと明るく言った。「了解しました、伝子さん。」

「俺たちは引き上げるか。しっかりな。高遠。」「分かってますよ、副部長。これでも夫ですから。」物部は高遠の肩をポンポンと叩いて、他のメンバーと出て行った。

15分後。皆は帰り、PCも消えた。

「学。藤井さんに頼んでくれ、ピザ。」「分かりました。」

高遠が戻ると伝子はいなかった。藤井が言った。

「帰って来るわよ。信じてあげなさい。二人で食べましょ。」

茅ヶ崎。

サーフィンを楽しむ人々。バイクを降りて、2時間、伝子はじっと眺めていた。カップルに声をかけられた。「サーフィン、やらないんですか?」「ああ。怪我をしていてね。怪我が治るのが待ち遠しくて、見にきてしまった。」

「怪我が治って、もし再会したら、一緒にサーフィンやりましょうよ。」「ああ。是非。」

伝子は思いついて、箱根までバイクを疾走した。伝子と高遠、そして、福本と祥子が結婚式をあげた、『やすらぎほのかホテル』の系列の『やすらぎほのかホテル箱根』に来ていた。

「気まぐれですみません。宿泊じゃないんです。喫茶室で休憩させてください。」と伝子は社長に挨拶した。「そう言えば、新婚旅行、取り止めになったままでしたね。このホテルから温泉巡りをする筈だったのに。まあ、ごゆっくり。」

社長が言った途端に、大きな揺れがあった。「地震ですね。ちょっとお待ちください。」

5分後、社長は泡を食って帰ってきた。「東京で地震です。震源地は東京湾。千葉県寄りです。依田君によると、倒壊被害があるようです。」

「急いで帰ります。」「送りましょうか?」「いや、バイクですので。」

帰り道。1時間も経たない間に崖崩れの事故現場で、前に進めなくなった。

迂回路も渋滞のようだった。伝子は急いでターンし、また箱根市内に入り、ホテルに戻った。

「社長。ヘリポートがありましたよね、確か、ここにも。」「ええ。」「お借りします。出口までお願いします。」と言いながら、伝子はDDバッジを押した。

階段を走りながら伝子は思った。公私混同と言われるかも知れないが、仕方がない。社長は慶子を通じて、ある程度のことは承知している。屋上に出ると、すぐにEITOのオスプレイが降りて来た。

「大文字さん、バイクの鍵を。」伝子は社長に鍵を渡した。

オスプレイに乗り込む間際、社長は怒鳴った。「バイクは届けさせます。落ち着いたら、また来て下さい。」

1時間後。伝子のマンション近くでオスプレイは伝子を下ろし、去って行った。

ドアを開けようとしたが、壊れているようだった。藤井が出てきた。

「ドアが壊れたみたいだから、マスターに連絡したの。で、いつもの婦警さんが、例の秘密部屋の鍵を開けてそこから入ったの。そしたら、高遠さんが、食器棚の下敷きになっていて、救急車を呼んで、本庄病院に入院したらしいわ。」と藤井が説明した。

「待っていたわ、おねえさま。箱根でオスプレイが拾ったって連絡があったから、私は残ったの。私の車で急ぎましょう。」と、あつこが言った。

「うちは幸い大丈夫だったわ。すぐに行ってあげて頂戴。」と藤井は言った。

本庄病院。高遠の病室。

伝子がやって来る。看護師が顔を上げ、驚いた。「あなた、あの時の。」「ここの看護師だったのか。」

「いいえ。私は池上病院の看護師長真中瞳。応援よ。一緒にいたのは、婚約者の三宅五郎。あなた、この患者の妻だったの?よろしくね。明後日退院よ。足首捻っただけだから。自宅療養して頂戴。あ、家は倒壊した?」

「いいえ。良かったね。学。」「うん。でも、台所が穴開いて、食器棚が倒れてガラスだらけで、『奥の部屋』もヒビが入って。」

真中看護師長は出て行った。

「EITOがなんとか修理するって、さっき久保田管理官が言ってきた。今や、EITOの出張所だからね。どこ行ってたの?伝子さん。」

「寂しかった?」「寂しかった。」

「茅ヶ崎行って・・・あ、さっきの看護師長さんにサーフィンやろうって誘われたけど、水着もボードも持って無いし。ただ海を見たかっただけかもね。それで、箱根行ってきた。」「箱根?」

「学と一緒に新婚旅行行く筈だっただろ。で、地震で、慌てて戻って来た。バイク置いて、EITOのオスプレイで。」

「DDバッジ叩いたの?」「叩いた。」「僕は下敷きになったから、叩けなかった。すぐそばだったのに。」「藤井さんのお陰ね。」

「ラブシーン、もうカットしていい?」と、入って来た久保田管理官が言った。

「あ、明後日退院だそうです。」「家の補修はEITOがやってくれるよ。」

「今聞きましたが、それって・・・。」「えこひいきじゃない。大事なシステムを守らない訳にはいかないからね。その代わり・・・。」

「任務ですか?」「ご名答。」

伝子はため息をついた。「簡単に言うと、災害時に現れる『ごきぶり退治』だ。」

まるまげ署。会議室。

「という訳で、倒壊した家やコンビニに入る空き巣集団の殲滅作戦を実行する。本部長は私だ。」と署長が言った。

「署長。私は?」とみちるが手を挙げた。

「お前は聞き込み係。ミニパト使っていいぞ。なんだ、不服か?不服なら産休取ってろ。」

くすくす、という笑い声が起った。

「拗ねるなよ、みちる。妊婦を気遣ってくれているんだよ。」と伝子がなだめた。

「だって・・・。」

「お前、この間の時、最後のアクションだから思い切ってやっていい、って言ったら、ノリノリだったじゃないか。愛宕ははらはらしていたんだぞ。なあ。」

「先輩の言う通り。最後はもう最後。」という愛宕に「で、ゴキブリおびきよせる餌は巻いたのか?」と伝子は尋ねた。

「倒壊家屋の戸数を水増ししました。あ、これ、地図。」と伝子に倒壊した家の地図を渡した。「赤いのが、本当に倒壊した家。青いのが倒壊したと思わせる家。倒壊した家は、陸自の協力で既に住民と貴重品を持ち出してあります。」

青山警部補がやって来た。「あ、大文字さん、聞いてくれました?」

伝子は、手近の掲示板に地図を貼った。「青いのは必要かな?」「単にテープを張り巡らした空き家です。」「地震で壊れたみたいではなくとも、お宝が眠る空き家と思って侵入するかも、か。」「地区を虱潰しに探して回るでしょう。青い点の家は私服警官を巡回させます。」

「赤い点の家、20軒は?」「ダミーのお宝。詰まり、金庫や宝石箱等、財布も配置し、それぞれ発信器を仕込んであります。」「詰まり、泳がすわけですね。」

「で、持ち帰った巣を叩く。」「ゴキブリ退治と聞いたけど、蟻の巣退治ですね。」

「うまいことをおっしゃる。」と、青山は感心した。

「先輩。動きがあるまで署で待機して下さい。」と愛宕が言った。

南原のアパート。

「この棚だけで済んで良かった。かあさん、お鍋吹いてるよ。」「大文字さんとこは被害大きいんでしょ。お前は行かなくていいの?」

「うん。依田の話だと、すぐに左官屋さん達が、穴が開いた台所の修理に向かったらしいから。」「もう?」

「先輩は顔が広いから。」と棚の修理を終えた南原は母に説明した。

福本の家。

散乱した2階の部屋を片付け終えた福本は、階下に降りた。

「あなた。サチコの小屋、先にして。ガラス戸のガラスは片付け終わったわ。」と祥子は言った。「オッケー!サチコ、待ってろよ。」福本は、軒下から木材を取り出し、鋸を引き始めた。

依田のアパート。

「蘭ちゃん。今日、仕事は?」「休んでいいって。どうせ今日はお客が来ないだろうしって。」蘭のタンスの補強を終えた依田は自分の部屋に帰って来た。

「先輩のマンションはEITOから自衛隊員が修理に行ったし、先輩はまず自分たちの身の回りのことをしろ、って言うだろうし。俺、取りあえず会社行くわ。未配達あるかも知れないし。」

「うん。行ってらっしゃい。キスは帰るまでお預けよ。」と慶子は依田を見送った。

「おんぼろアパートだから、すぐに全壊かと思ったけど、ここは震源地から遠かったのね。」と大家の森が言った。

モール。物部の喫茶店アテロゴ。

辰巳と栞と物部が散乱したガラス類を片付けている。

「よし。休憩するか。」3人は角のテーブル前に腰掛けた。

「マスター。面接の時、聞きそびれたんですけど、この店名、どういう意味ですか?」

「ああ、高遠が昔、同学年のポルトガル語科の学生に教えて貰ったポルトガル語だ。意味は『じゃあ、また』。ポルトガル語の『さよなら』は幾つも種類があって、一番深いのが永遠の別れの『アデウス』、軽いのが『アテロゴ』。詳しくは知らないが、高遠に言われて改名した。」

「『白百合』よりいいでしょ?」と栞が笑った。

山城の祖母の介護施設。「被害がなくて良かったね、叔父さん、おばあちゃん。」

「順。おばあちゃんは、少しの間だが、立てるようになったぞ。」「え?凄いね。」

「皆に助けて貰ったお陰だ。愛宕君は、今日も忙しいのか?」「今日は特に、だよ。倒壊した家に空き巣が入ることが多いんだって。」「ひどいな。人の不幸につけこむなんて。」

服部のアパート。

「今日はライブ出来ないな。」と呟き、服部は布団に潜りこんだ。

久保田邸。

「あれ?あっちゃん、今日は?」「今日は待機って言われたから帰って来た。」

「橘二佐は?」「相変わらず、塞ぎ込んでるわ、いつお見舞いに行っても。」「まあ、無理もないか。」

「まこっちゃんは?」「何?」「まこっちゃんと結ばれる前にレイプ経験あったら、結婚しなかったの?」「そんなことはない。あっちゃんは僕の性格認めてから結婚したんじゃなかったの?」「今日、仕事は?」「待機。」「じゃ、二人目作ろう、誠。」「一人目まだ出てないじゃないか。」「いいから、ね。」

二人は手を繋いで、朝食を食べ終えたまま、寝室へと向かった。

伝子のマンション。藤井の部屋。

綾子が藤井と焼きそばを食べている。「悪いわね。」「今日、生徒さんが作った料理。基本は持って帰らせるんだけど、『家は家で』って言う人もいるのよ。」「おいしいわよ。」「あの工事している人達ね、本職さんじゃないのよ、自衛隊の人達なの。」「ふうん、伝子はやはり特別なのね。」「工事終わったら、後で、タクシーで高遠さんのお見舞い行きましょう。」「ええ。」

まるまげ署。会議室。

「動き出したな。方向が決まったら、移動してくれ、大文字君。」と署長が言った。

みちるから、警察無線が入った。

「地震大丈夫でしたか?と尋ねる五人組の男が現れました。ボランティアと名乗っています。」「白藤。念のため、人相風体を聞き出して来い。」と、署長は命令した。

30分後。「どうやら、この方角のようですね、大文字さん、行きましょう。署長。後方支援をお願いします。」「心得ている。」

それから30分後。午後4時になっていた。そこは、元は雑貨屋だった場所だった。隣はビルが建つ予定の空き地だ。

ボス格の男が、他の者に尋ねた。「秋山達はどうした?連絡がないが。」

「多分、連絡は取れないだろうな。空き巣ホイホイにかかったみたいだから。」と狐の面を被り、黒い羽織袴の女性が言った。

「何者だ?」「見ての通りの『お狐さま』だ。」

「ふざけやがって。やっちまえ!!」女性は隣の空き地に走った。空き巣集団は、すぐに追いつき、取り囲んだ。

お狐さまは、木刀を手にし、次々と倒して行った。50人の空き巣達は、瞬く間に地面に寝転がった。途端に、ボス格の男は土下座した。「命だけはお助けを、お狐さま。」

待ち構えていた、愛宕と青山は警官隊となだれ込み、逮捕した。連行が始まったが、ボス格の男が言った。

「お願いです、旦那。お願いします。お狐さま。シャバの見納めに、あの夕焼けを見させて下さい。」

伝子がうなずくと、青山は「夕焼けが崩れ始めるまでならな。」と言った。空き巣集団も警官隊も、しばし、夕焼けに染まった空を見つめた。

南原のアパート。窓から外を眺めていた南原が母を呼んだ。「母さん。夕日が綺麗だよ。」二人は空を見上げた。

福本の家。

サチコが夕日に向かって吠えている。「綺麗な夕焼けね。龍之介、祥子ちゃん、サチコが夕日見ようって。」呼びかけに応じて南原と祥子が家から出てきて、母やサチコと夕日を眺めた。

依田のアパート。

「お兄ちゃんも、家で見てるかな?依田さんも配達中に・・・無理かな?」と蘭は慶子に言った。「さあね。」蘭と慶子はなんとなく空を見上げ、大家の森が釣られて空を見上げた。

モール。物部の喫茶店アテロゴを出て、物部と栞が駐車場へ歩いて来た。

「あ。見て。」「夕焼けか。何か願い事・・・。」「それは流れ星でしょ。」笑いながら、二人は夕日を見た。

本庄病院。

「看護師さん、もう少し、見ていたい。」「いいわよ、橘さん。」二人は窓から夕日を見ていた。いつの間にか、なぎさは夕日に敬礼をしていた。池上葉子が後ろから二人に近づき、やはり夕日を見た。

依田の配達車。

配達を終えた依田は、しばし、我を忘れた。視線の先には空があった。見事な夕焼けの空が。

山城の祖母の介護施設。山城の叔父一郎と祖母の和子は山城順と空を見ていた。

「ここ、眺め良かったんだね。」と順は呟いた。

福本の仲間の松下と本田はトラックの前でタバコ休憩をしていた。夕日を見ながら。

「綺麗だな。」「うん。」

まるまげ署。

倒壊した家の救助をした自衛隊員達に、署長に呼び出された、あつこは謝辞を述べ、感謝状を渡していた。自衛隊代表はあつこに敬礼し、継いで夕日に脱帽し敬礼した。あつこは釣られて夕日に敬礼し、署長もみちるも敬礼した。

伝子のマンション。駐車場に向かう途中の綾子と藤井は、夕日向かって敬礼する私服の自衛隊員達を見た。

服部のアパート。

窓から夕日を見ている服部は呟いた。「いい曲がつくれそうだ。」

みゆき出版社前。

編集長と副編集長は来客を送り出した後、駐車場から夕日を見た。

「暫く見ていなかったけど、綺麗ね。」「そうですね。」

EITOベース。斉藤理事官と久保田管理官、久保田警部補はモニター越しに草薙や渡達と夕日を、夕焼けを見ていた。

それぞれの立場の、それぞれの人は、それぞれの場所で同じ夕焼けを見て感動していた。ある人は目に焼き付け、ある人は脳裏に刻み込み、ある人は心にしまった。

―完―

 



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35.大規模通信障害

伝子のマンションの部屋は完全修復した。モバイル通信の障害には裏があった。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

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伝子のマンション。「うまく修理したなあ。」と依田が感心した。「半日だぜ。」と福本が言った。

「理事官。自衛隊員は何でもこなすって本当だったんですね。」とPCの画面に向かって高遠は言った。

「うむ。元々の特技の者もいれば、先輩から教わって技術を習得した者もいるそうだ。」「お陰で助かりました。」と高遠が言ったが、横から「理事官。ここの世帯主は私ですよ。改造したでしょ、あちこち。」

「ばれたか。」と言う理事官に「ばれたか?」と伝子は呆れた。

「すっかり、EITOの前線基地ですね。」と南原が言った。

「改造場所その1。台所の非常脱出口。穴が開いていたから、寧ろそれを利用することにした。その2。君たちが『奥の部屋』と呼んでいる部屋。生体認証の自動ロック。その3。PCルームの拡張。『掘り炬燵』って知っているかな?」

「うちの2階は掘り炬燵です。」と福本が応えた。「その応用で、PCの配線を埋めた。周辺機器も下に配置し、PCの台数を増やした。電源はそれぞれAVルームと呼ばれている部屋にスイッチがある。これらは、万一敵に侵入された場合に備えてだ。」

「ちょっと、待って下さいよ。左官屋自衛隊員だけじゃなく、電気屋自衛隊員も入ったってことですか?工事に。」と、伝子は憤慨した。

「でないと、無理でしょう。」「私は自衛隊員じゃない!警察官でもない!」と怒りを露わにした伝子に、「ひょっとしたら、契約書読んでないの?」と草薙が横から言った。

すると、新しいPCが起動して、「ごめん、渡すのを忘れてたわ。」と画面越しに久保田管理官が言った。

依田達は、素早く『奥の部屋』に隠れた。

「許さーん!」とPCに向かうのを見た高遠と愛宕が必死で両腕を押さえた。

「殿中でござる。殿中でござる。」と愛宕が言った。

「忠臣蔵じゃないのよ。」と栞が言い、あつこはみちると両脚にしがみついた。

「理事官。見返りは?」「君がマネージャーをやるかね、物部君。EITOは給料もボーナスも振り込んでいるんだが。」と理事官が言うと、「あ、それも言うの忘れてた。」と久保田管理官が言った。

「ぐれてやる!」と息を切らしながら、伝子は言った。

「大文字がぐれたら、日本中のヤクザを一掃出来るかな?」と、いつの間にか入って来た筒井が言った。

「嫌われ役は一人でいいだろ?俺が進言したのさ。」「相変わらず、いいとこ持って行くなあ、筒井は。」と物部が言った。

体を弛緩させ、四人の手が退くや、伝子は筒井に平手打ちをしようとした。

それを止めたのは、あつこだった。「ごめんなさい、おねえさま。私が頼んだのよ。いつかおねえさまは危険な目に遭う。天災じゃなくて。そう思ったの。」

副総監が画面に現れ、謝った。

「すまん。大文字伝子君。実働隊の橘一佐や、そこにいる私の姪を御する人間は君しかいなかった。副将も今回の件には心を痛めておられる。因みに、橘二佐は橘一佐に戻った。」

理事官が再び画面に現れた。「EITO発足時に話したと思うが、今までの体制では、テロが起れば、警察も自衛隊も事態収拾が難しい。本来は情報交流機関だが、実働隊は必要だった。少数精鋭だ。一佐の席は当分空席だ。だが、何か起った時に不便だ。筒井は、臨時の実働隊だ。」

「よろしく。」と筒井が言い「何がよろしく、だよ。」と、物部が言った。

「つっかかるなよ、物部。」まあまあと物部と筒井の間に高遠が割って入った。

「はい、筒井さん。コーヒー、濃い目にしておきました。」と高遠はリビングに立っている筒井の前にコーヒーと煎餅を置いた。

「プランBだ。」と理事官が言うと、EITOの画面は消え、久保田管理官が話し始めた。

「空き巣集団は一網打尽に片付いた。他の空き巣への抑止力になる。ありがとう、大文字探偵局。君たちの捜査能力のお陰だ。」久保田管理官の姿も画面から消えた。

「よく出来ているだろう?大文字君。」と、『当の』久保田管理官が姿を現した。

「端っこのPCは副総監室を想定した仮想画面だ。それと、EITOからの通信で理事官が話題を変えた場合は、回避回線に切り替えたと考えて欲しい。」

「何故?ウチは囮ですか?管理官。」と高遠が言った。「そう言えなくもないな。ハッカー、いや、クライムハッカーことクラッカーはどこからでも攻撃してくる。」と管理官が言うのに加え、草薙が言葉を続けた。

「EITOもアンバサダーも守れと、無茶ぶりされましてね。複雑なシステム組みました。システムに対しての苦情は私に。」

「大文字も皆も、今まで通りに行動すればいいのさ。じゃ、俺は帰る。高遠。コーヒー旨かったぞ。師匠がいいからかな、上達が早い。」物部にウインクして、筒井は帰って行った。

「一度に理解出来なくても、困難には立ち向かえる君たちだ。期待している。あ、これ。一佐からの預かり物だ。」と久保田管理官は伝子にピアス一対を渡した。

「こんなもの渡さなくても、忘れやしないのに。」と伝子はポケットに乱暴にピアスを突っ込んだ。

翌日。

モールの映画館から、伝子は杖を突いた高遠と出てきた。

「やっぱりラブシーンは苦手だな。」「どうして?」「だって、お前との本当のラブシーン、思い出すから。」「じゃ、今度、ホラーにする?」

モールの本屋に立ち寄ろうとしたら、クラウンの格好をした男が伝子を羽交い締めにして、ナイフを突きつけた。伝子は手首を捻って、ナイフを叩き落として、一本背負いで投げた。高遠はすぐに愛宕を呼んだ。

電話は通じなかった。高遠はLinenでメッセージを送り、本屋に駆け込んで「110番して下さい。」と店員に頼んだ。

後で分かったことだが、全国でヨーヨーモバイルだけが大規模通信障害を起こしていた。

駆けつけた愛宕と警官隊に事情を話し、被害届は愛宕に任せて、二人は帰宅した。

伝子のマンション。駐車場で藤井が首を捻っていた。「どうしました?」「ああ。ケータイが繋がらないのよ。あ。スマホか。」「藤井さんのスマホはどの会社の?」「ヨーヨーモバイル。」「やっぱり。僕のもです。電話は繋がりにくくても、データ通信は出来ますよLinenとか。ほら。」と、高遠は自分のスマホを見せ、藤井の代わりにLinenで物部にメッセージを送った。

「私のスマホは、どうだろう。南原にかけてみる。」と伝子は南原に電話した。

「南原か。お前のスマホは、ワンワンBANKだったな。私のスマホはDokoNiDemoだ。」

「先輩、知らないんですか?そこら中でパニクってますよ。ヨーヨーモバイルは通信障害ですよ。」

入り口で藤井と別れた二人は、すぐにPCルームに急いだ。PCルームのEITO用PCの画面が起動した。、

「お帰りなさい。アンバサダー。」「深刻な問題か。」「深刻ですね。ヨーヨーモバイルはパンクしてます。まだ原因究明中らしいです。ただ、音声通話は出来ないが、データ通信は出来るらしく、Linen、Basebook、Atwitter等は送れる。若者は敏感ですね。すぐにそれに気づいた。でも、高齢者は電話する為に使っている。すぐに買い換える訳にもいかない。災害用通信のイチゴJapanを使うべきだ、という声も上がっています。もう半日以上です。あ、何で今頃?」

「映画を観に行ってたんですよ。で、伝子さんを襲おうとした男を伝子さんが瞬殺、じゃない、すぐに取り押さえたんですが、愛宕さんに通じなくて。近くの本屋さんから110番したんですが。」と高遠が説明した。

「問題はここからだ。駅前で違法に使い捨てケータイを売っている中国人が何人かいるらしい。しかも、全国的にそういう事案が発生していて、警察がいくら検挙しても沸いて出てくる。買う人間がいるから、売る人間がいる。」と理事官が画面で渋面を作って考え込んでいる。

「理事官。罠を張るしかないですね。ヨーヨーは何て言っているんです?復旧に。」

「明日と言っているが、草薙の見立ては違うようだ。代われ。」

「サイバーアタックをかけられた、と私は思いますね。ヨーヨーモバイルの利用者は言わば『人質』ですよ。実際の復旧は数日かかるでしょう。その間に・・・。」

「身代金か。」「今、我々が出来ることは、アンバサダーが言われた罠を張って、末端の人間を虱潰しにすることぐらいですね。この地区だけでも殲滅すれば、一つの抑止力にはなる。」

「つまり、使い捨てケータイを売ることも奴らの計画の内、という訳ですか。」と高遠は言った。

「草薙さん。DDバッジは使えるのか?」「勿論。ケータイキャリア3社とも関係がないのでね。」伝子はDDバッジを押した。「夫よ。留守を頼むぞ。」「了解しました、奥様。」

伝子は台所に行って、非常口を開けて、外に出た。画面では、「まだ映画の続きやってんのかな?」と草薙が呟いていた。

すぐに、オスプレイから縄梯子が降りて来た。伝子は空に消えた。

物部のアパート。

栞が布団から出てくる。「一朗太。早く着替えなさい。さっきの電話。ヨーヨーモバイルの通信霜害だったって言ってたじゃないの。」

「だから?」「だから、何らかの事件が起きる。事件が起きると伝子が動く。伝子が動くと、私たちに協力してくれ、って言って来る。分かった?」「分かった。」

南原のアパート。「学校は休校だ。家族の連絡手段が奪われたのも同じだ。」「どうするの?」「きっと、先輩は何らかの動きをする。備えて待つ。」「龍之介、変わったわね。大文字さんのお陰ね。」「まあ、そうかな。」

依田のアパート。

「蘭ちゃん、今日は休み?」「予約のお客があるから、「これから支度して行く。でも、ヨーヨーモバイルのお客で、いつも電話予約の人は困っているらしいわ。」「じゃな。」「行ってらっしゃい。」

福本の家。

「松下達と連絡が取れない。どうしようか?あ、高遠からLinenのメッセージだ。Linenは通じるから、電話の音声通信は止めて、なるべくLinenを使えってさ。」

「良かったわね。うう。気分が悪い。」「祥子ちゃん・・・つわりよ、英二。」母の明子は家の電話で救急車を呼んだ。

久保田邸。

あつこが夫の誠に尋ねた。「ねえ、まこっちゃん。四課の兵隊をぉ、借りていい?」「出入り?」「ううん。ゴキブリ退治。」「・・・何とかするよ。」

本庄病院。

なぎさが、看護師に言った。「私は見捨てられた。」担当看護師はなぎさに尋ねた。「ひとつ聞くけど、スマホ見て絶望するほどやわな人だっけ?橘さんは。今ね、ヨーヨーモバイルが通信霜害で大騒ぎなの。ほら、これ、ヨーヨーモバイルじゃないの。」

「そうなの?」「大人しく寝てなさい。今日は屋上に散歩に行きましょう。」

EITOベース。会議室。

「それで、証拠は掴んだの?草薙さん、サイバーアタックの。」

「少し時間を下さい。それに、身代金を払ったら、金の移動がある筈です。その点は抜かりありませんが。」と草薙が応えた。

「今夜、ヨーヨーモバイルは記者会見を行うようだ。草薙君の説が正しいようなら、素人には分かりにくい説明をするだろうね。もう既に災害級だ。折角のイチゴJapanも、災害と認められないと、簡単には活用は出来ないだろう。」と理事官は言った。

「そのイチゴJapanって何ですか?おいしそうな名前ですが。」「ははは。確かに苺の品種みたいですね。アンバサダーは、叔父様からコンピュータのことを習ったとか。」

「プログラミングは出来ませんが、基礎知識はある積もりです。」「じゃ、フラグって分かりますか?」「『旗』から派生した専門用語ですね。ある処理を条件によって分岐して動作させる為の区分された内容ですね。例えば、果物皿に乗っているのはリンゴか否か。それを判別してリンゴのグループと、そうでないグループに分ける。2つの選択肢とも言える。」

「まあ、そんなところです。コンピュータの最初の概念は、スイッチのオン・オフ。古くは軍用計算に用いた理論に基づくと言われている。さて、イチゴJapanは、通常時は使わないシステムを、災害時に起動させるのでフラグを全てオンにすることで付いた名前だそうです。何故3つでなく5つかは分かりませんが。で、災害かどうかの判断する人は分かりませんが、一時的にお互いのサーバーのデータ交換が出来る、通信連携が出来るシステムのようです。勿論、リスクや副作用はあります。連携は大きな意義がありますけどね。」

「ハッカーに狙われやすいということですか。」「そうです。だから、運用には慎重で、通信障害が復旧次第、このシステムの環境を変更する必要もある。」

「で、事件の方の収拾は?」「今のところ、地道な囮作戦ですね。困っているヨーヨーモバイルの振りをして使い捨てケータイを購入し、何らかのマーキングをする。早い話、こちら側が用意した大文字システムのガラケーを紛れ込ませる。通話が出来ませんから、取引の最中に、そのケータイは通信できない不良品と思わせて、彼らにも他の人間に売らないように仕向ける。」

「なるほど。後は、発信ポイントの集中した場所がアジト候補だと。アジトが複数でも、抑止力はありますね。いつかは障害も復旧するだろうから、タイムリミットは多分ある。」

「今回、渡辺警視の尽力で、警視庁及び所轄の捜査2課、捜査4課、生活安全課を動員しています。また、理事官からの要請を受けて、陸将は非番の陸自の隊員が私服で囮作戦に参加させています。アジトの1つが分かれば、アンバサダーの出番というわけです。はい、これね。」と、草薙が手渡したのは、『おきつね様』衣装だった。

「またかよ。」「今回は相手が中国人と分かっていますから。狐は中国でも特別です。」

伝子のマンション。

PCを操作している高遠。「集まって来ました。場所は旧公会堂跡。」

2時間後。休憩室に渡が伝子を呼びに来た。「オスプレイが待機しています。場所は、旧公会堂跡です。」「よし、行こう。」

旧公会堂。

中国人達が売れ残りのガラケーと、金を整理していた。

そこへ、羽織袴の狐面の女性が、電動キックボードで現れた。

「皆の者、ご苦労であった。私への上納金の集計は終わったかな?」「何者だ?」

「お狐さまだ。」「本当の名前は?」「狐次郎右衛門。」「ふざけやがって。やちまえ!」

5分後。約30人の中国人が伝子の木刀で倒れていた。伝子が合図すると、警官隊がなだれこんで来た。

数分後。テレビでニュースが流れた。「通信障害につけこんだ、中国人の詐欺グループが先ほど逮捕されました。警察では、他の詐欺グループの行方を追っています。」

翌日の日曜日。午前10時。「アンバサダー。起きてます?」「ああ、起きてる。何だ?」

「敵の動きがありました。身代金は明日支払われるようです。ハッカーは中国人ですが、手引きした日本人がいる筈です。中国のスパイです。ヨーヨーモバイルの他、ワンワンBANKもDokoNiDemoも狙われているかも知れない。脅しに屈服しないから、実力行使した。グリコ・森永事件に似ているので、『手引き』した人間がいるに違いない、と思いました。」

「なるほど。」「それなら、SNS上に痕跡があるはずだと思って、探しました。ヨーヨーモバイル社員にネット恋愛している馬鹿がいました。水島啓太という主任。ハッキング出来るように、パスワードを中国側に渡し、それでハッキングされたんです。身代金と交換するのは、顧客データの個人情報です。切り取られたんですよ。一部の顧客情報。」

「一部って・・・そうか、何度でもしゃぶり取れるな。で、どうする?」

「ヨーヨーモバイルの取引銀行は彦三銀行です。彦三銀行には状況を説明して『システム障害』を起こして貰う。奴らは現生でなく、ネットバンキングで送金させるので、それが出来ない状態を作るんです。」

午後2時。EITOベース。

ヨーヨーモバイルの社長が記者会見し、復旧に全力を傾けている、と発表した。それをテレビで見ていたあつこは言った。「知らぬが仏、ね。」

「ヨーヨーモバイルの社員っぽいですか?」「ぽくなくてもいいさ。ネットバンキング出来なくて慌てて取りに来るんだ。いちいち確認しやしない。あつこ君。大丈夫か?妊娠しているのに。」「産まれるのはまだまだ先ですよ、おじさま。」とあつこは久保田管理官に応えた。「大文字君は?」「練習をしています。」「練習?」

翌日。ヨーヨーモバイル社内。

水島の前に、新人風のOLが来て、「えいっ!」とリモート電源スイッチを切った。スイッチはPCのOAタップから繋がっていた。水島のPCの電源が切れた。水島はPC本体のスイッチを入れたが、PCは起動しない。

「おかしいな。」と首を傾げる水島に、「予め放電させておいたから、全く起動しないわよ。」「なんなんだ、それに君は誰だ!!」水島の上司がやって来て言った。

「社長がお呼びだ。社長室に行きなさい。」未練たらしくPCを見ていた水島は社長室に向かった。

同じ頃。EITOベース。

「ようし、これで『なりすまし』が出来る。やっぱり間抜けな奴だ。自分のPCと他のPCの区別もつかないなんて。」

暫く、PCに向かって何やら打ち込んでいた草薙だったが、「理事官。システム障害という不測の事態なので、現金で渡すと社長が言っている、受け渡し役に志願して、認められた、と信じ込ませるのに成功しました。」

「うむ。筒井君の出番だな、久保田君。」「彼なら、そつなくこなすでしょう。」

ヨーヨーモバイル社。社長室。1列に並んだ女子社員が、次々と水島に平手打ちをした。「何で?」「後は、警察で。お願いします。」と社長は、先ほどの女性に合図をした。

「逮捕します。」OLと思われていた女性は、女性警察官のみちるだった。

30分後。水島を装って、屋上に筒井がジュラルミンケースを2つ持って立っていた。

ヘリポートにヘリが1機降りて来た。1人降りて来て、パイロットが1人乗っていた。

すかさず1人の女性がパイロットを引きずり下ろして、ヘリに乗って飛び去った。

ヘリから降りた二人の内の一人が、「どういうことだ?」と怒鳴った。「大したことじゃない。あ、なんだ、二人か。歯ごたえがないな。」とセーラー服コスプレでアイマスクをした女性が言った。「お前に譲る。私は帰る。」「お前の仕事だろ。ちゃんとやれ。」

ケースを持ってきた男、筒井とセーラー服は揉めだした。ヘリの二人が、途方に暮れていると、揉めていた男女に簡単にアッパーカットを受けた。筒井はのびている男の体を探った。「やはり、拳銃を持っている。ブツも持って来なかったのかもな。」

陰から警察官が出てきて、二人を連行して行った。

「まあ、こちらも期待なんかしていない。データはコピペすればいいことだから、一度渡ればおしまいだ。草薙さんによれば、どの程度コピーしたかは把握出来たらしいから、後はどの程度誠意を見せるかは、ヨーヨーモバイル次第だな。」

同じ頃。沖縄県から少し離れた海上。

領海に侵入しようとしていた中国の船は離れていった。日本側の原潜が浮上したことと、護衛艦に『零戦』らしき戦闘機を見たからだった。

護衛艦の操舵室。

電話を終えた、艦長のしらなみ一等海佐は電話を置いた。「システム障害の主犯格は逮捕された。敵の情報実行支配の両面作戦は失敗だ。陸将からの情報のお陰で、海自も先手を打つことが出来た。」航海士である、南部二等海曹は「ウチもEITOベースみたいな組織が必要ですね。」「いずれ出来るだろう。空自ではもう準備段階だ。国会ではやっと、『スパイ防止法』が出来、防衛費も増額が決まった。国家的危機に『お花畑』では役に立たない。そんな世の中だ。」

半日後。ヨーヨーモバイルのシステム障害は完全に復旧した、と記者会見で社長から発表された。一方、彦三銀行のシステム障害は、振り込み関係のみで、30分で回復したと発表された。

伝子のマンション。久保田管理官が画面から、皆に説明している。「ヨーヨーモバイルは、セキュリティ強化と共に、社員にスパイが出ないように再教育する、と言ってきている。」

「他の2社は、もう払っているとかじゃないんですか?管理官。」「依田君の懸念は尤もだ。通信業務省は、昨年出来た通信管理庁と共に、サイバーアタックに備え、スマホ会社を管理すると言っていた。イチゴJAPANも世間に広く認知させ、『災害時』にはセキュリティ強化された共通通信網の運用を進める、と言っている。いずれテレビでも放送をするだろう。」

「EITOベースは拡充するんですか?」と福本が言った。EITOベース用の画面が開き、理事官が応えた。

「いや、空自や海自はそれぞれに専門チームは立ち上げるが、常時繋げることはしない。敵にとって都合のいい「芋づる式」では問題があるからね。」

「大文字。セーラー服刑事、似合ってたぞ。」と横から筒井が言い、画面にそのコスプレ衣装が映った。「馬鹿。止めろ!」と伝子は赤面した。

「僕の妻は何を着ても似合うんです。」と高遠が言うと、伝子は軽く叩いた。

「なお、水島には『スパイ防止法』が適用されることが、明日の国会で承認される見込みだ。」

「今回は、俺たちの出番は無かったな。」と物部が不服そうに言ったら、栞が「いいじゃないの、私たちは『猫の手動員』なんだから。」と返した。

するとみな、それぞれネコの鳴き真似を始めた。

「煎餅にマタタビ味が出たのかな?」と久保田管理官が呟いた。

―完―

 

 



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36.阿倍野元総理暗殺

阿倍野元総理が暗殺された。事件の裏には何が・・・、なぎさはキーとなる情報を持っていた。


=== このお話は、言うまでもなく、フィクションです。===

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

松下宗一郎・・・福本の元劇団仲間。

本田幸之助・・・福本の元劇団仲間。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

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伝子は叫んだ。「やめろー!!」

 

金曜日。伝子のマンション。

テレビニュースを観ている、高遠。

「伝子さん、大変だあ。阿倍野さんが亡くなったよ。銃で撃たれたって。」

「阿倍野さん、って『あべっこマスク』の?」二人は思い出していた。コロニーが流行り、市中にはマスクが消えた。転売屋組織の買い占めの為に出回らなくなったのだ。

当時の阿倍野総理は国民に約束した。全ての家に布マスクを配布すると。届き出すのに数ヶ月かかった。野党とマスコミは叩いた。『遅い』と。届き出すと、今度は『小さい』と叩いた。

殆どの人は届くまで、何とか凌いだ。数万円で取引されるマスクなぞ買える訳もない。ある野党議員は、「あべっこマスク反対派と知っての狼藉か!」と息巻いた。

住民票に基づく配布ではなく、『郵便受け』のある建物に虱潰しに配布する形だったのに、把握していなかったからだ。配布を決めた会議をエスケープしたから知らなかったのだ。

戦後の(米などの物資)配給以来のお上からの配給だからと、後期高齢者の一部ではありがたがられた。

当時は飲む治療薬どころか、ワクチンも無かった。阿倍野総理は、感染被害者が多い国から、という原則論が飛び交う中、外交術で、何とか『第一便』のワクチンの取り付けをした。

マスコミと野党はストックが大量にあるわけでも無いのに、今度はワクチン到着が遅い、と叩いた。病気が悪化した為に、止むなく姿氏に総理のバトンタッチをした。

そして、今度は阿倍野元総理の病気の揶揄を始めた。珍しい難病の為、患者の会が出来ていた。患者の会は黙っていなかった。揶揄は止まったが、謝罪する者はいなかった。

亡くなった知らせを聞いても、揶揄する者がいた。「阿倍野総理は人間じゃない。」みたいなことを言う者もいた。まるで「中世の魔女狩り」のようだった。

謝罪すべきことは潔く謝罪、決断すべきことは早期決断。気さくな面もあり、気難しいアメリカのカード大統領にも信頼された。宗教や思想は現実を見させない。銃撃犯人もやはり、世間を、将来を、見誤った人物だった。

その日の夕方。心肺停止だった元総理は、帰らぬ人となった。68歳。政治家としては、まだまだ活躍出来る年齢だった。翌々日の歓喜院議員選挙の為の応援演説を奈良県で行っている最中の出来事だった。警察の不備をあげつらう人々がいた。裏事情を知らずに。

翌土曜日。伝子のマンション。

EITOベース用の画面に理事官が深刻な面持ちで現れた。

「大文字伝子君。助けてくれ。」「何です?」

「橘一佐が病院から抜け出した。何でも担当看護師の話では『思い出した』とか『しまった』とか言っていたらしい。阿倍野元総理の銃撃のニュースを見た後だった。」

「ひょっとしたら?」「うむ。一佐は記憶の全部を思い出したに違いない。銃撃に関することだ。」「陸自バッジで探せないんですか?」「正確には探せない。本人が押さない限りは。今分かっているのは東京都内。それだけだ。」「わかりました。あの時の写真でもう一度探しましょう。」

画面が消えた後、高遠はLinenで皆に連絡を取っていた。緊急テレビ会議が開かれた。

「雲を掴む話だな。あの時、皆余ったチラシを持って帰った。それぞれでコピーして大きな駅で配ろう。」と物部が言った。

山手線主要駅の東京駅、上野駅、池袋駅、新宿駅、渋谷駅、品川駅の6駅を物部・栞、福本・祥子、依田・慶子、南原・蘭、山城・服部、松下・本田が受け持ち、青山と愛宕とみちるはコンサートホールや病院に「家出人探しています」の貼り紙を貼った。

2時間後。本庄病院から一番近い池袋駅で目撃情報があった。続いて、Linenの情報関連で、サンシャインシティで見かけたという情報が入って来た。

伝子はサンシャインシティから網を広げることにし、他の地区の担当者には引き上げて、移動するように指示した。

「草薙さん。」伝子がEITOベース用PCのディスプレイに向かって呼びかけると、草薙が画面に出た。

「何でしょう?」「サンシャインシティの催し物で、政府と関連づけられるようなことはないかな?」「しばし、お待ちを。」伝子が煎餅を2枚食べる間に草薙は答を出した。

「サンシャインビルの2階のホールで今夜ライブがあるんですが、虹町あかりのライブです。虹町あかりは、前総理の姿美英の娘、姿茜の芸名です。」

「それだ!!学。みんなを引き上げさせろ。」そう言って、こんどはあつこに電話した。

「あつこ。すまんな。今夜のサンシャインのライブにSPチームを配備してくれ。姿元総理の娘が銃撃される。なぎさは力ずくで阻止する積もりだ。」

「了解。」「草薙さん、理事官から元総理にライブに行かないようにお願いして。」

「こちらも了解。」

午後7時。6時半に開場し、ライブは盛り上がっていた。突然、男が現れ、あかりに銃を構えた。その男に、どこからか飛んできたナイフが刺さった。すぐにSPがあかりを遠ざけ、客に変奏していた警官隊が男を取り押さえた。ワンダーウーマンに扮装したみちるが、男に平手打ちをした。

「流石だな、ワンダーウーマン。後は我々に任せて下さい。」と、青山警部補が言った。

姿元総理の家。車に乗り込もうとした元総理に短筒を向ける男がいた。

「そこまでだ!」車の前に立ちはだかった女性がいた。橘なぎさである。

「お前は?ああ。シャブ漬けでレイプされてヒイヒイ言っていた、お嬢さんか。処女は格別だったな。」「きさまああああああああああああああ!!」

なぎさは、いつの間にか手にしていた三節棍で男の短筒を払った。飛んだ短筒を、『釣りタモ網』で、ワンダーウーマン姿のあつこが受け取り、久保田警部補にリレーした。

久保田警部補が、控えていた爆発物処理班に短筒を渡した。

なぎさは、男にナイフを振り上げようとしていた。

ワンダーウーマン姿の伝子は叫んだ。「やめろー!!」

伝子はナイフを蹴った。

男はヘラヘラ笑いながら伝子に言った。「助かったぜ、ワンダーウーマン。」

伝子はボディーブローを男に打ち込んだ。「助ける積もりはない。」

そう言い、振り返って、久保田警部補に言った。「お願いします。」

久保田警部補がうなずくと、警官達を呼んだ。

「ダブルキーック!!」二人のワンダーウーマンが叫ぶと、男は前につんのめった。

姿元総理の秘書が近づいて来た。「ありがとうございます。」

「いいえ。あなたも逮捕します。」と久保田警部補は秘書に手錠をかけた。

「阿倍野元総理の事件の犯人も秘書が『手引き』していました。そこで、あなたの経歴や行動をチェックしました。全て阿倍野元総理の秘書と同じパターンですね、大林さん。ハニートラップですか。羨ましくも何ともない。欲がないものでね。おい、頼む。」

警官達が大林を連行した。久保田警部補は伝子達に近づいた。なぎさは肩を振るわせ、伝子に体を預けて泣いていた。

あつこは久保田警部補に言った。「まこっちゃん、リンゴ好きよねえ。」差し出されたハンカチでナイフをくるむと、あつこは腰のベルトにさした。

午後11時。

歓喜院議員選挙は、いよいよ明日だ。

翌日の日曜日。

午前6時から、選挙投票所に向かう人々がテレビに映っていた。

午前11時。沖縄から少し離れた領海。

隣国の船が近づくと、日本の原潜と護衛艦が現れた。そして、海上保安庁の船も。護衛艦の甲板には30人のワンダーウーマンがいて、隣国の船に対峙していた。そして、海上保安庁の船にも10人のワンダーウーマンがいた。

正午。隣国の船は遠ざかって行った。

伝子のマンション。EITOベースからの中継の画面を伝子達は観ていた。

「凄いなあ。こんなのテレビでも映画でも観たことない。」と依田は興奮して言った。

「だろう?こんな安上がりな抑止力はない、自衛隊員や警察官にはない発想だ、と副総監も陸将も喜んでおられた。勿論、海将空将もだ。ありがとう、アンバサダー。それに諸君、前回に続いて地道な作業ご苦労だった。ありがとう。一佐、ご機嫌は治ったかな?」

「はい。」と元気よく言って、なぎさは皆に頭を下げた。

「心配かけてごめんなさい。石井と谷津兄弟と、今回逮捕した中道と、奈良で阿倍野元総理を襲った岩田の四人は、所謂アベノンノンで、ネットで知り合った人物、いや、人物達に雇われたの。阿倍野元総理や姿元総理の娘の襲撃は一ヶ月前から準備をしていて、そのメモが頭の片隅にあったの。朦朧としながら、岩田のアジトまで行こうとしていたのね。」

「じゃ、ハルカスに行こうとしていたんじゃなく、近鉄で奈良に向かおうとしていたんだね。」と福本が言った。

「そう。4人にレイプされた時は死んでしまいたい、と思った。でも、みんなにまた会えて嬉しいわ。総理秘書は多分、隣国に総理が行った時にハニトラかマネトラにあったのね。」

「中道は、私たちが叫んだだけでビビった。所詮その程度の男だったのよ。」と、あつこが言った。

「姿元総理の娘は落ち着いたら改めてライブを行うということだ。ワンダーウーマンのオファーを言われたが、『悪人が多いからなかなか来れないと思います』って言っておいたよ。」と久保田警部補は言った。

「私はいつでも・・・。」と言いかけたみちるに、愛宕は「オファーはワンダーウーマンじゃないか。君は僕の奥さんだろ?白藤警部補。」と言ったので、皆笑った。

「黒幕は?二人の秘書?」と南原が言うと、「今夜が最終決戦だ。」と伝子が言った。

午後8時。選挙の開票が始まった。10分後。与党の移民党が大勝確実となり、選挙第一主義で、何でもかんでも『見当をつけます』と口癖のように言う、『見当師』志田一郎の政権は安泰となった。

選挙時事務所。休憩に事務所の外にでた、総理秘書の町屋は、十数人の男に囲まれた。皆、銃を持っていた。

「何者だ、あんたらは?」「作戦の失敗は償って貰う。日本では、政治家の責任は秘書が負うんだよな、町屋さん。」と、男達の中の一人が言った。

「町屋はこっちに渡して貰おうか?」と、ワンダーウーマンが言った。

「お前がワンダーウーマンか。昼間のワンダーウーマンのどこにいた?」「昼間?ああ、ラーメン食ってた時かな?」「ふざけやがって、やっちまえ!」

15分後。銃を構えていた筈の男達は『4人』のワンダーウーマンにやられて、夜空を見てのびていた。男達は警官達が全て連行して行った。

ずっと、見ていた町屋を、久保田管理官が手錠をかけた。「あなたにお聞きしたいことがあるのでね、2人の元総理の後ろから何を指示していたか、ってことをね。」

警官達が連行していくと、騒ぎを聞きつけやって来た総理に向かって、久保田管理官が言った。「ああ、総理も逮捕されますので。別動隊の仕事だけど予告しておきますね。」

午前0時。『選挙の日』は終わった。

翌日。阿倍野元総理の国葬が決まった、とテレビで報じられた。

―完― === 非業の死を遂げられた、英雄安倍晋三氏の死を悼んで ===

 

 

 

 



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37.ウエイターの悲哀

喧嘩の仲裁を頼まれた伝子。しかし、銀行強盗事件の知らせがきた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

辰巳一郎・・・物部が経営する、喫茶店アテロゴの従業員。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

========================================

 

モール。喫茶店アテロゴ。

二人の男がテーブルを挟んで向かい合わせに座り、お互いを睨んでいる「決闘するなら、外でやってくれるかな?」と物部は言った。

伝子のマンション。

ベッドの中で、伝子は言った。「学。」「なんだい、伝子。」

「その呼び方、慣れた?」「まだ、慣れない。伝子さんじゃダメなの?」「ううん。朝食にしよう。」

30分後。着替えた二人は食堂でフレンチトーストの朝食を採っていた。

「なあに、話って。」「この間、女子会やったよな、奥の部屋で。」

「うん。盛り上がっていたね。」「それとなく確かめたんだ。あの事件で、4人目のメンバーの白神一曹が、なぎさがレイプされた時に処女だった、って言ったんだ。松波一尉のこと覚えてるか?」

「勿論。あの時も一佐は精神的に随分参ってたんだよね。」と、高遠は応えた。

「なぎさは、五十嵐伝子一佐と、その、LBGTの関係だった。だから、松波はプラトニックラブしか出来ず、依存症になってしまった。私はお前とは大学時代、セックスに失敗した。」

「僕は未熟だった。それだけ。」

「お前とは、このマンションにお前が転がり込む迄ずっと、プラトニックだった。お前はそれで満足出来たのか?依存症にならなかったのか?」

伝子に紅茶をいれてやりながら、高遠は応えた。

「煩悶はしていたよ、ずっと。でも、恋愛対象の前に伝子さんは、僕の大切な先輩だった。そして、僕には福本やヨーダがいた。特に、ヨーダは、あいつなりに励ましてくれていた。」

「あいつは本当にいい奴だ。そうか。。ただただ悩み続けるかどうかは、個人差があるんだな。」

「一佐はあの時、気づいてやれていなかった自責の念が強かったと思う。それだけに、普通の恋愛をしたかっんじゃないかな。それでレイプされて、ああ、自分にはもう恋愛出来ない、しちゃいけない、と思うようになった。」

「大した分析だな。」「今の推理は、池上先生の受け売り。また沈み込むようなら、報告してくれって言われてる。花嫁衣装着て、少しは変わった?」

「うん。レイプのことも自分から話してくれて、スッキリしたみたいだった。」「女子会、大成功だったんだね。」

「うん。学。やっぱり、一人きりの時は伝子って呼んで。私もなるべく『男言葉』止める。」

その時、伝子のスマホが鳴った。

「なんだ、通じるじゃないか。」「どうした、物部。」

「助けてくれ、ってLinenにメッセージ入れたのに、読んでなかったのかよ。」

「すまん。今読んだ。喧嘩の仲裁?」「とにかく頼む。」「分かった。」と電話を切った伝子は台所の非常口に行こうとした。

「また怒られるかな?」とDDバッジを押した。「はいはい。靴忘れちゃダメだよ、伝子さん。あ、伝子。」と高遠は靴を伝子に渡し、あまり間を置かずに非常口の外に縄梯子が下りて来た。オスプレイは近くにいたのかも知れない。

モール近く。

伝子は物部の店近くにダッシュした。辰巳と、前のウエィターの下条が口喧嘩をしていた。「だから、彼女を返せよ。」「だから、知らないって。」

側に愛宕がいた。「愛宕、どういうことだ。喧嘩しているって物部が言っていたが。」

「一応、民事不介入ですけどね。モール入り口のたばこ屋のおばちゃんが、何とかしてって言うもんで来てみたんです。簡単に言うと、下条君が駆け落ちした相手の橋本さんは、辰巳君の元カノで、橋本さんが姿を消したので、下条君は辰巳君とよりを戻したのだろうと・・・。」

「だから、邪推だって。確かに元カノだけど、分かれたからこそ、君と付き合っていたんじゃないのか、って言ったんです。マスターの店にはバイト情報誌見て応募したんであって、彼女とよりを戻す為じゃ無い、って言っているんです。」

「飽きたんだろ?その橋本さんは。下条君に。辰巳君が嘘を言っているようにも見えないし。もし、書き置きとか無かったんなら、愛宕に捜索願い出しなよ。」

「それがいいですね。流石先輩。両成敗完成。辰巳君、仕事に戻っていいよ。」

その時、伝子のスマホが鳴った。

「アンバサダー、私用に使っちゃダメでしょ。それより、事件発生。すぐにオスプレイの場所に戻って。」と、理事官の声がした。

「了解。」と電話を終えた伝子は、「後は頼んだぞ、愛宕。」と言いながら、去って行った。

「あの人誰ですか?」と下条が言ったが、愛宕は無視して、「じゃ、行こうか。パトカーあっちだから。」と言った。

オスプレイの中。

渡されたヘッドホンから理事官の声が聞こえた。「銀行強盗発生。場所は横横線野地駅前の野地銀行の支店。駐車場に渡辺警視と白藤警部補が乗ったワゴンが駐車している。オスプレイからは1ブロック先で下ろして貰って。」

野地銀行支店の駐車場。福本のワゴン車を見付けて、走ってきた伝子は乗り込んだ。

「先輩、遅いですよ。」と運転席から福本が声をかけた。あつことみちるが伝子にスーパーガールの格好に着替えさせた。

「ちょっと、窮屈だな。」「防弾チョッキ。やっぱりコスプレ衣装店のスーツの下には無理だわ。」「いいよ。チョッキなしで。」

急いで伝子は銀行に入ったが、銀行員以外いない。「犯人は?人質は?」

「スーパーガール。行っちゃいました。外に駐車してあった、幼稚園の送迎バスに乗って。」そこに、駐在らしき警察官が覗き込んだ。

「私は犯人を追います。あなたは、銀行員さん達に事情を聞いて。」

「了解しました。」と警察官は敬礼をして、伝子を見送った。銀行員は不思議な顔をしていた。

外に出ると、送迎バスは出た後だった。通行人がやはり伝子の格好を不思議そうに見ていた。そこへ、電動アシスト自転車に乗った筒井がやってきて、こう言った。

「スーパーガール。これを使って下さい。」自転車を降りながら、筒井は白紙の名刺を伝子に渡した。

「ありがと。必ず返します。で、バスは?」「国道方面です。」

人々は、電動アシスト自転車に乗ったスーパーガールを見送った。子供が指さして言った。「あの自転車・・・。」「見ちゃいけません。」と、何故か母親は子供の目を塞いだ。

信号で止まった時、伝子は素早く自転車の前かごにスマホをセットした。この自転車は伝子が学に買い与えたものであり、前かごにはスマホその他を格納出来る隠しボックスがある。DDバッジを押した上で、伝子はスマホでEITOを呼び出した。

「今、電動アシスト自転車で移動中。」と伝子が言うと、「ああ、大文字君。いや、スーパーガール。実は君の後輩の服部君から連絡があってね。彼らがバスに乗り込む所を目撃して、自分のDDバッジを車体に貼り付けたらしい。車両ナンバーも覚えてくれていて、助かったよ。すぐに広域手配した。」と理事官が説明した。

「では、誘導願います。次の交差点はどちらへ行けばいいですか?」と伝子が尋ねると、草薙が応答した。「次の交差点は左。南方向ですね。」「了解。」

「でかしたぞ、服部。」と言いながら、伝子は左にハンドルを切った。

1時間後。伝子はアジトに到着した。廃屋の古民家だった。EITOベースに連絡した後、伝子は覚悟をして踏み込んだ。そこにいたのは10人の男女だった。

「どうやら、凶悪犯タイプでもなさそうだな。」と、伝子が言うと、真ん中の男が口を開いた。

「今日は空からじゃないのか、スーパーガール。」「ああ、生憎電池切れでね。」

10人の男女は一斉に銃を伝子に向けた。伝子はとっさに物陰に身を隠した。

やたら撃って来る彼らは、共通して射撃が下手だった。弾を避けながら、伝子は思った。人質は?そうか、グルだったんだ。

その時、犬の鳴き声がした。しかも数匹。サチコを初めとした3頭の犬が彼らに襲いかかった。彼らが怯んだのを見た伝子は、彼らの銃を次々とトンファーで弾き飛ばした。

あつこが警官隊と共に突入し、彼らを逮捕連行した。

「間に合って良かった。おねえさまのことだから無事だとは思ったけど。」と言うあつこに、「人質はいなかったんだ。銀行強盗係と人質係がいただけだ。あのバスは?」と伝子は尋ねた。

「幼稚園側はかなり困ったらしいわ。迎えに行った後で盗まれるなんて。取りあえず、警察の車両で幼稚園児は迎えに行くことになっているけど、バスを返すわ。」

「なんで、あそこに筒井がいたんだ?」「先輩の家に行ったら、高遠さんが、任務でいないと応えて、EITOベースに問い合わせて強盗のことを聞いて、高遠さんの自転車を借りたらしいわ。車、どうしたの?」「車検だ。」「なるほど。」

「やっぱり防弾チョッキ、あった方がいいな。」

「みちるが、コスプレ衣装店を脅して調達して来たけど、防弾チョッキは入らないものね。理事官がまた、改めて用意するって言ってたわ。」

「なあ、あつこ。前から思っているんだけど、いちいちコスプレする必要あるのか?」

「おねえさまがノリノリだから定番化したのよね。理事官に言っておくわ。」「頼む。」

午後7時。伝子のマンション。

物部が感心していた。「銀行強盗係と人質係ねえ。」

「取調室で、あっさり自供しました。コロニーの時に商売が立ち行かなくなり、給付金も底をつき、ネットで募って事に及んだそうです。銃と実弾は、ネットで調達したようです。」と愛宕が一気に話した。高遠がコーヒーを愛宕に渡した。

「今回はお手柄だったな、服部。人質は怯えている様子がなかったんだろう?」「そうなんですよ。人質を誘拐して、改めて身代金を要求って訳じゃなかったんですね。」と服部が応えた。

「情状酌量の余地はあっても、軽い刑にはならないでしょうね。」と青山警部補は言った。

「と言うわけで、別れの挨拶。」と言いながら、筒井が奥の部屋から入って来た。

ランプは点いている。「アナウンスが不評だったんで、廃止したそうだ。」

「別れの挨拶?って。」と伝子が言うと、「外国での任務になったそうですよ。」と高遠が言った。「ばらすなよ。」と、筒井は笑った。

「そうか。自転車、助かったよ。そもそも、着替えに手間取らなきゃ・・・。」

「ごめんなさい。」とみちるがふくれっ面で言った。

「いや、責任は理事官にあるわ。急に『スーパーガールも悪くないな』って言い出した副総監を止めないからよ。」

「悪かったな。謝罪する。それで、喧嘩はどうなったんだ?」と理事官は画面の中から尋ねた。

「どうなんだ、物部。」「大文字が言った通り、下条はふられた、いや、捨てられたんだよ。」

「伝子が行った後、私たちの眼の前を、その子と『今カレ』が手を繋いで通ったのよ。呆れたわ。」と栞が言った。

「署に連れて行く必要なくなったな、と思っていたら、いきなり下条が泣き出しちゃって、辰巳君が慰めてました。」と、愛宕が言うと、「不思議な光景ですね。」と南原が言い、皆が笑った。EITOベースの画面は消えた。

その時、チャイムが鳴った。「カレーの話、してなかった?カレーはないけど、レシピならあるわ。今度、新作出して、生徒さん達に試食して貰ったら、好評でね。はい、高遠さん、愛宕さん、青山さん、マスター、南原さん、服部さん、栞さん。」と藤井は順にレシピのコピーを配った。

「同病相憐れむって、やつですかね、副部長。」と依田が言うと、「同類相憐れむ」じゃなかったか?」と物部が言った。

伝子が笑いだして、「どっちだっていい。いつもヨーダ達がやってることさ。」と言うと、依田が「そんなあ。」と泣き声で言った。

一同の笑いは暫く続いた。

ー完―

 

 

 



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38.2つのボランティア活動(説教強盗)

福本の劇団と依田のMCの交通安全教室と高齢者教室は無事に終った。
夜店の帰り、眠り込んだ伝子達の元に強盗が・・・。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

========================================

 

福本家。

「大丈夫?祥子ちゃん。お芝居あるんでしょ。そういう時は家事しなくていいのよ。前から言ってるでしょ。身重なんだし。」

「ありがとうございます。じゃあ、サチコのごはんだけにします。」祥子はサチコの餌を持って、庭に出た。「あ。雲行き、怪しそうね。」「行った先で中止ってパターンかな?体育館で出来るかどうか、南原さんに聞いてみるよ。」と、福本が言った。

ある小学校の体育館。

子供達を前に、祥子達が寸劇を見せている。

「校長先生。ありがとうございます。」と南原が校長先生に礼を言っている。

舞台では、祥子の扮する少女が松下扮する誘拐犯人に連れて行かれそうになっている。MCの依田が「ストーップ!」と役者たちに声をかけ、役者たちはストップモーションになった。

「はい。ここで質問です。さっきは誘拐されちゃいましたね。どうすればいいかな?分かる人は手をあげて下さい。」子供達が元気な声で手を挙げた。「じゃ、君。」依田が指さした男の子の近くに本田が近寄り、マイクを向けた。

「えとお。お母さんと一緒に行くなら、って言えばいい。」「よく出来ました。ここで、お巡りさんから説明がありまーす。青山さん、お願いします。」

青山警部補が、MC席の依田の所に行き、マイクを依田から受け取った。

「みなさん、こんにちはー。まるまげ署の青山です。さっき、彼が言った通り、お母さんやお父さんのことを言って下さい。スマホ持っている人は、お父さんやお母さんに電話して下さい。いつも挨拶をしてくる、優しそうなおじさんでも、お父さんやお母さんの知らない人かも知れないからね。よくお父さんやお母さんが『知らない人について行っちゃダメ』って言うのは、お父さんやお母さんが知らない人のことです。それでも、よく分からない人は、『こども110番の家』って書いてあるお店とかに入って下さい。」

愛宕と山城がパンフレットの入った袋を配り始めた。「家に帰ったら、お父さんやお母さんに、この袋を渡して下さいね。」

控えのコーナーにいた南原が、引き返してきた福本や劇団の皆に労った。

「午後からどうされるんですか?」と校長が南原に言った。

「町内会長さんの紹介で、高齢者のひったくり防犯教室です。」「大変ですなあ。ボランティアでしょ?」「はい。」

午後。小学校隣の公民館。

バッグを持ったおばあさん役の祥子のバッグを指さし、みちるが「この持ち方に変えて貰いましょう。お願いします。」

犯人役の本田が祥子のバッグを取ろうとするが、取れない。

MCの依田が出てくる。「詰まり、普段は犯人に取られやすい持ち方をしている訳ですね。青山さん、お願いします。」

「まるまげ署の青山です。他にも、車道側の手にバッグを持つと危険です。後、自転車に乗っている場合の注意もパンフレットに書いていますので、家に帰られてから、読んで下さい。」

公民館控え室。

南原が祥子達に言った。「先輩。また銀行強盗をご用だって。愛宕さん、みちるちゃんも活躍したみたいですよ。」「どうだかなあ。先輩の足を引っ張っていそうな気がする。」

翌日。本庄病院。診察室。

池上葉子が伝子と高遠を前に深刻な面持ちで話している。伝子がめまいを起こし、処置室に運ばれ、点滴を受けた。

「目が覚めた?流石の大文字伝子もショックだったみたいね。」

「先生。私、一生産めないの?」「慌て者だなあ、伝子さんは。がんの兆候はないって。流産はショックなことだけど、まだまだチャンスはあるんですよね、先生。」

「そうよ。自然に流れることは珍しい事じゃないし、50代で産む人も今は珍しくないのよ。それに、勘違いされがちだけど、腫れ物に触るような生活は寧ろマイナス。大文字さんの場合は『多少』動きすぎの傾向はあるけどね。と池上葉子は笑った。

「そうか。学。ドリンク剤と強精剤の準備だ。」

「そんな冗談が出れば、もう大丈夫ね。あら、何だか騒がしいわね。」と池上葉子が言ったところに、「先生。大変です。」と真中瞳が飛び込んできた。

葉子は屋上に出た。伝子と高遠も屋上に出てきた。伝子は高遠に目配せをした。高遠は頷くと、物陰に隠れた。そして、DDバッジを押した。

「来るな。来ないでくれ。俺には明日がないんだ。」「じゃ、昨日はあったんだな。」「誰だ、お前は。」「患者の一人だ。お前も患者の一人だな。」

「畑中さん。誤解よ。あなたは、がんじゃないのよ。」「嘘だ。みんな言っている。隠しているだけだ。」

伝子が近づくと、畑中は一気に柵を乗り越えた。その時、オスプレイから捕獲網が落ちて来た。畑中は「捕獲」された。

網はゆっくりと、病院の屋上に下ろされた。なぎさが近づいて来て、網を解放して、オスプレイに合図を送った。

エレベーターから病院のスタッフが出てきて、畑中をストレッチャーに乗せ、運んだ。

「間一髪だったわね。あんなものまで装備しているの?」「動物が逃げ出した時とかの為にね。人間も動物でしょ、先生。」

「EITOは、そんな活動もしているのか?なぎさ。」「例えが悪かったかな?EITOのオスプレイは陸自のオスプレイからの転用だから、装備がある、って感じかな。」

オスプレイから縄梯子が降りて来た。「じゃ、また後で。」と、なぎさが縄梯子に乗ったら、オスプレイは去って行った。

病院の食堂。

「何人倒したんだ?」と食事をしている高遠と伝子の前に物部がトレーを持ってやって来た。2人と同じカレーライスだ。

「ノイローゼの患者が飛び降り自殺しようとした、それだけですよ、副部長。」と高遠が言い、「流石に私も間に合わなかった。」と伝子が続けた。

小声で高遠が物部に経緯を説明すると、「なるほどな。大文字にも出来ないことがあるんだ。」「ああ。子供も出来なかったしな。」と、伝子は言った。

「自分から言うかなあ、普通。」と、物部は呆れた。

「がんじゃないからチャンスはある、って池上先生が言っておられました。」と、高遠が説明した。

「今夜、モールの広場で夜店を出すらしい。気晴らしに行ってみたらどうだ。」「いいですね、行きましょう、伝子さん。ありがとうございます、副部長。」

午後7時。モール。

広場の前では、物部が言った通り、夜店が出ていた。2人は綿飴を食べた後、ヨーヨー釣りを楽しんだ。「ああ、また失敗だ。」結局2人はヨーヨーを2つ買って帰って来た。

伝子のマンション。

鍵をかけ忘れたことが分かったのは、後になってのことだった。

2人は久しぶりに燃えるようなセックスをした。シャワーも浴びずに熟睡し、目が覚めた時は午前2時だった。いや、目を覚まされたと言うべきか。

「おい、起きろ。」と、ナイフを持った男は言った。

「何だ、お前は。他人の家の寝室のベッドに座ってさ。」「驚かないのか?普通はキャー!だろ。」「ふうん。説教強盗って、今でもいるんだね。」

「感心している場合か。ロープはあるか?」「ええ?用意してないの?普通は用意するよ。荷造りロープなら、隣の台所にあるよ。」

男は、台所から、ロープを持って来て、高遠に渡した。「女房を縛り上げろ。」「縛り上げ方は知らないけどなあ。」と言いながら、「裸なんですけど。」「じゃ、さっさと服を着ろ、女房。」

伝子が服を着ると、高遠は言われるまま伝子をロープで縛った。

「今度はお前だ。服を着ていい。」高遠は服を着た。男は高遠を縛った。その隙に伝子はDDバッジを押した。

「さて、金を出して貰おうか。」と男は言った。「台所の引き出し。」

「また台所か。不用心な家だな。まあ、ドアが開いていたからな。おい、亭主。お前、こっち来い。」と男は縛られた高遠を台所に連れて行った。

「上から2番目の引き出し。」と高遠が言うと、男は引き出しを開けた。財布が入っていた。キャッシュカードも。「置き場所、定番過ぎるだう。暗証番号は?」

「今日は何曜日?」「日曜日だ。日曜でもコンビニ開いてるだろう。」

「残念。銀行の点検日。月曜の朝9時まで開かない。」「ふざけた夫婦だな。」

「お前はふざけていないのか?」と奥の部屋から靴を持った、あつこが現れた。

奥の部屋にはランプが点いている。後から続いた警官達も靴を持っている。

「玄関前にまず靴を置いてくれ。」と、あつこが言うと、男はあつこに飛びかかった。高遠が足を引っかけた。

男は簡単に転倒し、撥ね飛んだナイフを伝子は後ろ手でキャッチした。

「確保!」とあつこが言うと、あつこの部下の警察官が男に手錠をかけて、玄関ドアから出て行った。

「先に行ってくれ。私は後で帰る。」とあつこが後ろから声をかけると、部下の一人が振り向かないで、「了解です。」と応えた。

伝子は自分のロープを解き、高遠のロープも解いた。

「おねえさま。DDバッジ押さなくて良かったのよ。草薙さんがちゃんと説明していなかったのね。鍵をかけ忘れて、夜中に賊が侵入すると、EITOのシステムが判断をしてEITOに通報されるのよ。リセットスイッチはここ。二人とも覚えて。」と、あつこは配電盤の横の黄色いボタンを押した。

「それも生体認証か?」「ま、そういうことね。仕事してたの?だったら、気づく筈だし。」

「5番勝負して、精魂つきて裸のまま眠ってしまってな。」「泥棒さんが、いや、強盗か。起こしてくれた。ロープで縛りたがったから、裸なんですけど、って言ったら服を着るまで待ってくれた。その隙に伝子さんがDDバッジ押したんだよ。」

2人の説明に、苦笑したあつこは、「確かに。玄関に内側向けてきちんと揃えていたものね、靴を。」と言った。

「盗られた物は?」「多分、特にない。出来心なのかな?ロープも持って無かったし。」「え?」「これ、うちの荷造りロープ。」あつこはまたも呆れた。

「あ。あつこ、パトカーで来たのか?」「うん。オスプレイ出払ってるから、少し時間がかかったの。どうせ、明日また来るから、おねえさま、バイク貸して。高遠さんの自転車でもいいけど。」「はいよ。」と伝子はあつこにバイクのキーを投げた。

翌日。伝子のマンション。

「盗品は無くても無罪放免って訳にはいかないわね、家宅侵入罪、強盗罪、公務執行妨害は間違いないわね。」と、みちるが言った。

「しかし、防犯システムまで完璧だとはな。」と物部が言った。

「なんせ、EITOのアンバサダーの本拠ですからね、副部長。」と言う依田に、「お前、今日仕事は?」と物部が尋ねた。「遅番です。」

チャイムが鳴った。青山警部補と愛宕だった。「皆様、昨日はお疲れ様でした。」「先輩、昨夜強盗が入ったんですって?」「あつこに怒られたよ。戸締まりせずに眠るなんて、って。」

「普通、酔っ払った時にかけ忘れるもんだけど。」「あ。昨夜は、ヨーヨー釣りして帰った後、『子作り5番勝負』してたから。」

「平然と言えるのが先輩だな。褒められたもんじゃないが。」

「ん?」「いえ、別に。」依田は首をすくめた。

「えー。交通安全教室も高齢者教室も盛況で終わりました。急な要望に応えて下さった高遠さん、依田さん、福本さんの劇団にとても感謝しているということで、署長から感謝状を預かって参りました。えーっと、依田さん、代表して受け取ってくれますか?」と、愛宕は言った。

「はいはい。」と、依田はうやうやしく感謝状を受け取った。「圧力かけた甲斐があったわ。」と、みちるがポロリと言った。

「え?」と驚く皆に「冗談よ、冗談。」と、みちるは舌を出した。

「あれ?高遠。強盗入った時に裸だったの?」と、福本が尋ねた。

「うん。」「よく平気だったね、二人とも。」と、福本は感心した。

「あー、見損なったわね、二人の裸。もっとゆっくり来てれば見ちゃったかも。」とあつこは言った。

「下ネタかよ。」と言う物部に、「あら、私は伝子の裸も高遠君の裸も依田君の裸も一朗太の裸も見たことあるわよ。」と栞が言った。

「なんで?」という蘭に、栞は応えた。「合宿で泊まった民宿が火事になってね、丁度男子の入浴タイムだった。慌てて飛び出した男子のイチモツ全部見たわ。まあ、その記憶があるから、一朗太と一緒になったんだけどね。」

時間が止まった。皆はストップモーションになった。

―完―

 

 



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39.焼身自殺

電車内で自爆テロ発生。宗教団体の残党が動きだしたので、伝子達は出動した。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

中津警部補・・・警視庁警部補。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

========================================

 

横横線車内。男が奇声を発して自分に灯油をかけ、火を点けた。

乗客は皆、次の車両へ逃げた。しかし、山城一郎と順は逃げ遅れた。

伝子のマンション。

高遠は、DDバッジのセンサーから発する異常ランプの点滅をPC画面の中に見た。警報ブザーが鳴った為、確認したのだ。すぐに、横のEITOベース連携の画面が現れた。

理事官が現れた。「山城君のDDバッジから異常熱反応の信号が送られて来た。横横線の火災車両の中だ。我々は迂闊に近づけない。東京消防庁の通称ハイパーレスキューが向かった。我々は警視庁を通じてドクターヘリを手配した。詳細が分かり次第、そちらにも連絡する。」

「EITOベースは極秘組織だからなあ。大丈夫かな、山城さん。Linen通じないし。」とい、高遠が言った。

伝子は母親の綾子に電話していた。

「分かったわ。山城さんの施設に行ってみる。」

「母さんに山城のお祖母さんの介護施設に行って貰った。何か分かれば・・・分かって欲しい。」

その時、ひかるから電話がかかって来た。「大文字さん、テレビ見て。」

テレビを見ると、ストレッチャーで運ぶ、山城順と、叔父の山城一郎が映っていた。

伝子は、久保田管理官に電話をした。「今、理事官から聞いたところだよ。救急隊員と接触した警察官によると、搬送先は池上病院らしい。」

「分かりました。」高遠と伝子は車で池上病院に急いだ。高遠が綾子に電話をした。

池上病院。

伝子達が到着すると、手当を終えた山城がロビーにいた。「先輩。」

「山城。叔父さんは?」「重体です。叔父さん、膝の病気があるから、僕を先に逃がそうとして・・・結局、爆風で飛ばされました。」

「なんてことだ。」高遠はすぐ、綾子に連絡をした。

3人が看護師に呼ばれて手術室に行くと、池上葉子が出てきた。

「あなたは息子さん?」「甥です。」「叔父さんは命取り留めたわ。これのお陰でね。」葉子が取り出したのは、DDバッジだった。

「なあに、このバッジ?」「僕たちの友情の証ですよ、先生。」と高遠は言った。

「素敵ね。」と、葉子は微笑んだ。

翌日。伝子のマンション。「犯人は、火を点ける前に叫んだそうだ。山城順君によると、『教団に欺された』という言葉だけは聞き取れたそうだ。」「宗教絡みですか?」

「阿倍野元総理を撃った犯人は宗教絡みだった、と言われている。本当は違うけれど。でも、今回は宗教が絡んだテロかもしれませんね、山城さんの証言によると。」と画面の草薙が言った。

「ひょっとしたら、『今は幸せ会』、旧『一律教会』ですか。新興宗教の手口はどこも似たようなものですが、オウムのようでなければいい、というものでもないですしね。」と高遠は言った。

「今回、EITOが注目しているのはね、高遠君。一度脱会した信者を食い物にしている団体がテロを画策しているような気配があることなんだ。」

「詰まり、山城さんが巻き添え食った『自爆テロ』を誘導した者、いや、団体があると。」

「『今は幸せ会から幸せを取り戻す会』と名乗っているNPO法人だ。カウンセリングの振りをして、洗脳して、自爆テロを吹き込む、そういう段取りらしい。実は潜入捜査が失敗した。聞き出せた情報は、先日の横横線車内のと、阿倍野元総理の弔問に来られる、台形国副主席の訪問だ。」「また、私にSPをやれ、と?」

「いや、出来れば犯行を未然に防いで欲しい。」

「無茶言わないでくださいよ。」と伝子は不平を言った。「山城君の敵は打ちたくないかね?亡くなってはいないが。」

「痛い所を突かれましたね、伝子さん。」と高遠が割り込んだ。

夜。国賓館の控え室。

副総監のSPチームに加えて、伝子、あつこ、なぎさ、空自の江島3等空尉、海自の増田3等海尉の臨時SPが集まり、副総監が各自を紹介していた。

「本来、直接関係ない参加者がいるのは、『見落とし』を無くす為だ。よろしく頼む。」と、副総監は頭を下げた。

葬儀に備えての来賓なので晩餐会は開かず、普通の食事会で、台形国副主席の『前乗り』はマスコミに伏せられた。インタビューを求めて殺到するからだ。

厨房。慣れない手つきでメイド姿の伝子が皿洗いをしていた。まだ食事会の半ばだ。

突然、館内に警報が鳴った。すぐに、伝子は玄関に走った。ジープが2台、玄関を突っ切って来た。1台目に乗っていた者はすぐに奥に消えた。

伝子はメイド服を脱ぎ捨て、2台目に乗っていた者をトンファーで、あっという間に倒した。すぐに、伝子は大広間の食事会会場に駆けつけた。

副主席及び関係者は既にSPチームによって、部屋を移動していた。一人の男に、あつこが筋肉弛緩剤をうち、なぎさが自白剤を飲ませた。

「おまえ達・・・。」「許して、おねえさま。さあ、言うのよ。『取り戻す会』になんて言われたの?アジトは?」と、なぎさが尋問し、あつこはICレコーダーで録音を開始した。

「副主席を亡き者にすれば、幸せを取り戻せる、と。真の脱会が成立する、と。アジトは、旧ウジテレビ社屋。」

旧ウジテレビ。

今はテナントビルになっている。1階ロビー受付。

ワンダーウーマンの格好の女性が3人、入って来た。その内の一人が、3階の『取り戻す会』に行くと言い残し、エレベーターで上がった。

受付嬢が警備室を呼び出したが、通じなかった。

3階。伝子達が勝手に入ると、『取り戻す会』の呼び出し電話付きの受付があった。

3人は散開した。あつこが入ったのは化粧室だった。「暫くここにいてね。」とドアを閉め、鍵を壊した。

なぎさが入ったのは、セミナー室だった。長椅子に座っていたのが会員らしく、立っていた男達が寄って来た。「何の用ですか?」と、男達の一人が言った。

「みんな、端っこの方に移動して。『助けに』来たのよ。」

「ここが洗脳教室か。」そう言うと、なぎさはホワイトボードの写真を撮った。男がホワイトボードのリモコンを持っていたからだった。

「何をする!」他の男が懐に手を入れた時、なぎさは、前に並んでいた長机を蹴った。

長机は将棋倒しになった。なぎさは、その倒れていく長机をぴょんぴょん飛びながら、男達の方に向かった。武器を持った男は数人いたが、ヌンチャクで一瞬の内に倒した。

そこへ、中津警部補率いる警察官が入って来た。「遅いぞ。」「遅れて申し訳ない、ワンダーウーマン。」

伝子が入ったのは、会議室だった。「何の用ですか?変な格好をされておられるが、余所と間違われたのでは?」「星野良一という『取り戻す会』の偉いさんは、あなたかな?威厳がありそうだし。」「私ですが、あなたは?」「ワンダーウーマン。」「面白い。」

星野は両手を広げ、男達に合図を送った。伝子は、EITOから渡された、目潰し弾を床に向けて投げた。粉が飛散し、男達の何人かの目に入り、その男達はしゃがんだ。

「その粉は『コロニー』だ。感染力が強いぞ。」そう聞いた男達は怯んだ。三節棍を構えた伝子は数分で男達を倒した。

そして、リーダーの男、星野良一にロープを突き出し、伝子は言った。「さあ、言いなさい。真実のロープに。『今は幸せ会』との関係をね。」

午後10時半。

警官隊に星野達を引き渡した後、伝子達は夜空に消えた。

伝子のマンション。伝子が帰ると、高遠と藤井が待っていた。「藤井さんお手製のおにぎりですよ、伝子さん。」「ありがとう。おいしいわ。」

伝子から経緯を聞くと、「伝子さん、渡辺警視と橘一佐に『おしおき』するの?」と高遠が尋ねた。

すると、伝子が答えるより前に藤井が言った。

「やむを得ない、と判断するのね。あの子達を罰するなら、リーダーのあなたが裁かれないといけないわ。悪党の人権より、惑わされてきた人達の人生を考えなくちゃね。あの、列車の犯人も、本来は他人を巻き込んで自殺するような人じゃなかった筈。ごめんなさい。説教なんかして。」と、藤井は舌を出した。

「ううん。学の気持ちも藤井さんの気持ちも分かったわ。多分、2人がやったことは理事官も管理官も見て見ぬ振りをすると思う。私たちは公の組織じゃ無い。だからこそ、コスプレなんかしている。学や皆が応援していてくれている。だから、思い切ったことが出来る。ああ。学考案の目潰し弾、役に立ったわ。」と、伝子は高遠の頭を撫でた。

「どれが効いたかな?タバスコ?唐辛子?管理官が言ってたな。『さすが主夫だ』って。そう言えば、国賓館に洗脳されていた人はいたの?」と、高遠は尋ねた。

「ああ、言ってなかったね。厨房にいたのよ。後、掃除係も怪しかった。それで、先に警察署に連れ行って、調べたら、時限爆弾が仕掛けられていて、爆発後に、あの連中が来るという計画が分かったの。」

翌日。伝子のマンション。

「という訳だ。山城の方はどうだった。物部。」

「ああ。今朝早く行ってみた。ショックから立ち直るのは時間がかかるかも知れんが、大文字の活躍を伝えると、山城氏も叔父さんも大層喜んでいた。あの、自爆テロ犯人も可愛そうな人だったんだね、って言っていたよ。当分、叔父さんの代わりに山城氏が介護するそうだ。」

奥の部屋のランプが点いた。久保田管理官が入って来た。

「大物は釣れたけど、殲滅には時間がかかりそうだ、って中津警部補が言っていたよ。」

「管理官。『一律教会』って政治家と繋がっている、って聞きますけど・・・。」と、南原が言った。

「宗教団体と繋がっていないのは、無所属の議員の一部くらいだろう。我々には関係無い。お寺や神社を守る為に宗教法人を作ったら、悪用され続けた結果、オウムみたいなものまで出てきた。ま、お役所仕事は、みんなザルさ。」

「あ、管理官。目潰し弾の採用ありがとうございました。」と高遠が言った。

「理事官が面白がって、第2弾頼むよって言っていた、弾だけに。」

「駄洒落だ。」と依田が言い、皆が笑った。

その時、隣から藤井が蘭、祥子、栞、みちるを伴って、オムライスを運んで来た。

配り終わって、皆がスプーンを持った時、おもむろに藤井は言った。

「目潰し弾は入ってないからね。」ぎょっとして、皆はオムライスの皿を2度見した。

―完―

 

 



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40.ブーメラン

伝子は、あつこと特訓をしていた。そこへ競技場で爆破テロの予告状が届いた為EITOから防いでくれと言って来た。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。巡査部長。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

中津警部補補・・・警視庁警部補。

藤井康子・・・伝子の隣人。

森淳子・・・依田のアパートの大家さん。

増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。

江島きよみ3等空尉・・・空自からのEITO出向。

久保田誠警部補・・・警視庁警部補。あつこの夫。

久保田嘉三管理官・・・久保田警部補の叔父。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課刑事。

松下宗一郎・・・福本の元劇団仲間。

本田幸之助・・・福本の元劇団仲間。========================================

 

久保田邸。地下2階のトレーニング場。

伝子とあつこがフェンシングで対決していた。

「1本!じゃなかった。ラッサンブレ・サリューエ!」と久保田警部補が言った。

「久保田さん、お昼休みにするのはどうですか?」と、高遠は伝子に水を渡しながら言った。

「そうしましょう。いいね、あつこ。いいですね、大文字さん。」2人は頷いた。

久保田邸のホール。「何度やっても勝てないわ。悔しい。」と、あつこがステーキを食べながら言った。

「そんなことはない。第一。私より若い。第二。私より先に子供を産む。予定だが。第三。私より胸が大きい。間違っているか、学。」「第一と第二は合っています。第三は、よく分からないな。」

「ちがーう。武力、体力のことよ。」と、あつこはむくれた。

「そう言われてもなあ。久保田さん、何か知恵ないですか。」「あれば、苦労しませんよ。」

「あ、そうだ。部下の数は、僕ら後輩の数より・・・武力でしたね。」と、高遠は頭をかいた。

「あ。そうだ。EITOから届いていた。ブーメラン。接近戦でない時に役に立つんじゃないか、って叔父が発注したんですよ。勿論、大文字さんのもありますよ。」と久保田警部補は言った。

「あ、それ、いいじゃないですか。ブーメラン触ったことないですよね、伝子さん。」

「ない。」「じゃ、午後から、それやりましょう。」

午後2時。急遽ブーメランの試合場が作られた。

「飛距離が長くて、正確に返って来た方の勝ち。かち合うといけないので、交代に投げましょう。まずは、あつこから。」と、久保田警部補は審判らしく言った。

投げ合いは5回行われ、あつこが4回勝った。

「終了。総合優勝、渡辺あつこ。トロフィー今度発注するから、今日は勘弁な。」

拍手をしながら、久保田管理官が入って来た。

「凄いじゃないか、あつこ君。いや、大文字君も健闘でした。」

そして、久保田警部補に耳打ちした。「さっき、シェフにシリアルのキャンセルしておいた。」

「言いにくいんだが、お腹の子供は?」「順調よ、おじさま。」「良かった。」

「EITOの任務ですか、管理官。」「すまんな。」

EITOベース。

「模様替えしたんですか?渡さん。」「まあ、陸将の好みでね。」

「大文字君。いや、アンバサダー。助けてくれ。」と理事官は深々と頭を下げた。

「止めてください、理事官。」と伝子が言い、「大がかりな作戦なんですね、理事官。ウチの画面での打ち合わせでは無理があるということですか。」と高遠が続けた。

「取りあえず、聞きましょう。」「実は、水道橋競技場でテロが起こるという情報がある。例の会の潜入に失敗した、ということは聞いていると思うが、洗脳されてしまった、2課の捜査員が水道橋競技場で起こす予定らしい。

今夜のサッカーの試合中だ。時限爆弾だが、リモコンでも可能だ。先日、組織から押収した資料から判明した。それと、同じ頃洗脳されたかも知れない3人の人物がいる。こちらは、公安が監視している。」

「じゃ、取り敢えず競技場ですね。」と伝子が言うと、「いや、まだある。太陽光パネル関連であちこち問題が起っているが、今回は設置をする為の説明会に反社が絡んで、暴力行為を行っている場合が多いらしい。」と理事官は苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「先日のニュースでやっていましたね。たまたま同席した市会議員が暴力を振るわれた、と。」高遠が同調すると、「そうなんだが、今夜、その説明会がまるまげ署管内で行われる。警察官は、そこにいて現行犯逮捕でないと、手錠をかけられない。署長から協力を求められている。」と理事官が嘆いた。

「ダブルブッキングですか?スーパーガールでもいないと、間に合わないな。」と、高遠が言うと、「ワンダーウーマンでも無理だよ。」と伝子が言い、ため息をついた。

午後6時半。競技場。A地点。

「こんなにだだっ広くちゃ探しようがないよ。」と嘆きながら、依田は掃除用具入れをこじ開けて、確認している。依田のスマホが鳴った。

「ヨーダ、聞こえるか?恐らくハーフタイムに時限爆弾はセットされている。ハーフタイム10分前には捜索を止めて、集合場所に移動してくれ。手配写真を見付けた場合は、管理官に連絡して、その場所から離れてくれ。」「はいよ。」

B地点。福本がスマホを見ている。「こちらも了解。」

C地点。南原がスマホを見ている。「こちらも了解。」

D地点。蘭がスマホを見ている。「こちらも了解。」

E地点。祥子がスマホを見ている。「こちらも了解。」

F地点。栞がスマホを見ている。「こちらも了解。」

G地点。物部がスマホを見ている。「こちらも了解。」

H地点。松下がスマホを見ている。「こちらも了解。」

I地点。本田がスマホを見ている。「こちらも了解。」

J地点。服部がスマホを見ている。「こちらも了解。」

午後7時。試合は開始された。

同じく午後7時。まるまげ署管内のある町の集会所。

「だからあ。大人しくサインしてくれればいいんですよ。屋根の上に電気貯まれば、電気代安くなる。簡単な話でしょ。」

「でも・・・。」ある婦人が勇気を出して言った。「雨降ったら電気貯まらないんじゃないかしら?」「総合的に考えなくちゃ。取り付ける前はゼロ円。貯まるようになれば、お金が入って来る。いいじゃないですか。」「でも、ウチの屋根はボロいから、雨漏りするようになるか知れないし。」「うっせえな、くそババ。さっきから何ゴチャゴチャ言ってんだよ。言う通りにすればいいんだよ。」

男は婦人の襟首を掴んで持ち上げた。

午後7時半。競技場。

「見付けた!手配写真と同じだ。今撮った写真、送るよ。」と服部はLinenで皆に写真を送った。「よし、DD諸君は待避。服部君もすぐそこを離れて。」とスマホのスピーカーから久保田警部補の声が流れた。

午後7時45分。集会所。

「そこまでだ!」と言う声と共にバットマンの衣装を着た青山警部補が現れた。男達の一人が、刀を抜いた。そこに。バットガールの衣装を着たみちるが登場した。

「バットマン。助太刀するわ。」そう言って、バットガールはバットマンにフェンシングのフルーレを渡して、自分はトンファーを取り出し、身構えた。

同じく午後7時45分。競技場。

試合はハーフタイムに入った。駆けつけた久保田警部補達の眼の前には、服部が犯人に捕まっていた。久保田警部補は叫んだ。「鳥居。お前は欺されている。お前は警察官なんだ。『取り戻す会』に潜入した捜査官なんだ。」

「何を言っている。こいつの命が惜しくないのか?」鳥居は、リモコンを取り出した。リモコンは、どこからともなく飛んできたブーメランに弾かれた。そして、ワンダーウーマンの格好の伝子が空中でキャッチし、着地した。

久保田警部補の後ろに控えていた『爆発物処理班』が伝子から、そのリモコンを受け取った。もう一人のワンダーウーマン、あつこが現れた。

午後7時50分。集会所。

10人のヤクザ達は、簡単に倒されていた。愛宕を先頭に警官隊が入って来た。「現行犯逮捕だ。礼状は後で見せてやる。」と愛宕は言った。

午後8時5分。競技場。

試合のハーフタイムは終了した。鳥居は久保田警部補達に連行されて行った。

「遅れてすまなかったな、服部。」「いいえ。やっぱり先輩似合いますね。写真撮っていいですか?」「いいよ。」「ずるーいい。私も入る。」

服部は二人並んだワンダーウーマンを撮影した。

午後8時10分。集会所。

連行されていくヤクザ達を見送った後、「ご苦労様でした。森さん、藤井さん。録音できましたか?」と尋ねる愛宕に「バッチリよ。」と藤井は応え、DDバッジを愛宕に返した。「こんなもので連絡出来るの?」「緊急避難信号が出るだけです。電話は出来ませんよ。」と愛宕は笑った。

同じく午後8時10分。

家からリュックを背負って出てくる男に中津警部補が声をかけた。「どこにお出かけですか?リュックの中を見せて頂けませんか?」

男は何かのリモコンを取り出した。その男の腕に向かって、鎖分銅が巻かれ、中津が男に抱きついた。部下の警察官がそのリモコンを取り上げた。ワンダーウーマン姿のなぎさが現れた。

同じく午後8時10分。サンシャインビル。

8時に開場して8時半に開演するライブ会場の廊下に、辺りを見回してリュックから何かを取り出そうとした男の手を、ある女性が捻った。海自の増田3等海尉だった。すぐに、数人の男達が取り囲んだ。

同じく午後8時10分。東京スカイツリー入り口。

ある男がリュックを確認していた。「素敵なリュックね、見せて頂戴。」ある女性がそのリュックを取り上げた。空自の江島3等空尉だった。

パトカーから、警察官達が降りて来た。

午後8時50分。どの場所からも爆発は起きず、白煙も上がらなかった。

翌日。伝子のマンション。

チャイムが鳴った。高遠がドアを開けると、久保田管理官が増田3尉と江島3尉を伴って入って来た。

「諸君、昨日は貴重な時間を割いて協力して頂いてありがとうございました。こちらにおられるのは、海自の増田3尉と空自の江島3尉だ。初顔合わせの人もいるだろうが。今回、特別に参加して頂いた。」

「管理官、EITOの方ですか?」と依田が尋ねた。

「早速、質問ですか、依田君。今言おうと思ったのに。」「すみません。」

「彼女達は海自、空自からの特別出向だ。先日、SPも引き受けて頂いた。約半年間の不定期勤務だ。」

「いつでも、ワンダーウーマンの格好をしますわよ。先日は女性隊員全員でワンダーウーマンの格好をして、隣国の船を撃退したし。」と増田3尉は言った。

「撃退って、どうやって?」「甲板に並んだだけ。大勢のワンダーウーマンにビビったのね。コスプレが武器になるなんて、陸自は進んでいるわ。いや、警察か。」と、増田は笑った。

「増田3尉は痴漢を撃退したこともあるんだ。それで、加わって貰った。江島3尉はスリを捕まえたこともあるって聞いたから、やはり戦力になると思って加わって貰った。」と伝子が説明した。

「競技場も未然に防げたし、説明会の方もうまく行った。青山警部補のバットマンも『武器』になると思ったのかね、大文字君。」

「いや、どちらかと言うと、フェンシングですけどね。太陽光パネルのことは以前、事故が起った時に森さんが憤慨していたので、藤井さんと、説明受ける主婦になって貰ったんです。」

「旧一律教会の方は、引き続き公安の監視対象になるらしい。ま、そんなとこだ。そろそろ寿司が来ると思う。2人共彼らに混じって食べてください。」

チャイムが鳴った。高遠がドアを開けると、確かに寿司屋が二人来ていた。が・・・。

「すいません。そこで落雷があって・・・。」「持っていた寿司は残骸だった。

「すぐに、と言っても1時間位かかりますが・・・。」と寿司屋は言葉を濁した。

「煎餅で繋ぐか、高遠。」と物部が言った。

―完―

 

 

 



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41.狙われたスクールバス

伝子がスーパーに行くと、スクールバスが暴走を始めた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。巡査部長。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

中津警部補・・・警視庁警部補。

久保田誠警部補・・・警視庁警部補。あつこの夫。

久保田嘉三管理官・・・久保田警部補の叔父。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課刑事。

柴田管理官・・・警視庁管理官。

高峰くるみ・・・みちるの姉。スーパー繁栄店員。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

========================================

 

スーパー繁栄。

「前の名前、何だったかな?学、覚えてる?」「いいじゃないですか。みちるちゃんのお姉さんが勤めるスーパーで。」

サービスカウンターに座っていると、店長が出てきて高遠と伝子に挨拶した。

「これは、これは、大文字様。いつも、お世話になっております。今日は、ご進物で?」

「ああ。いつもお世話になっている出版社の編集長宛にね。」「さようですか。高峰君を呼んで参りましょうか。」「ああ、いいですよ。レジ混んでいるし。」「では、ごゆっくり。」

店長が去ると、伝子は肩をすくめた。「苦手なんだよ、ああいうタイプ。お前、気を効かせろよ。」「はいはい。伝票書き終わりました。」と高遠は店員に言った。

支払いが終わると、高峰くるみがとんできた。

「すみません、お待たせして。」「混んでるからいい、って言ったのにな。」

「いつも妹がお世話かけて、お騒がせして。いけないことしたら、またお尻叩いてやってください。」

「見ました?あの時。」「見ました。真っ赤に腫れてて。子供の時とあまり変わらなくて申し訳ございません。」と、今度は高遠に頭を下げるくるみだった。

「いいんじゃないですか?すっかり、大文字軍団の戦力になってますよ。」「お前、大文字軍団は止めろよ。」

表が騒がしくなった。スクールバスが蛇行しながら、駐車場を出て行く。

伝子はバスの開閉扉に飛びついた。

「しまった。」高遠はDDバッジを2つ持っていることに気づいた。

急いでEITOに電話した。

「さっき、伝子さんがトイレに行った時に預かったままなので、DDバッジを追いかけられないと思って。」電話の相手の草薙は応えた。

「スクールバスの名前は?」高遠はスピーカーをオンにして、くるみに尋ねた。

くるみはスマホに向かって「如月小学校です。以前、舞子も通ったことがあります。」「草薙さん、北方向です。」「了解。」

伝子のマンション。

高遠は愛宕に連絡しておいてから、急いで帰ってきた。

EITO用のPCが起動し、理事官が画面に出た。

「お帰り、高遠君。小学校からバスに連絡をとったが応答しない。今、一佐がオスプレイで向かった。」

スクールバス。

バスの中から子供達が力を合わせて開閉扉を開け、伝子は何とか中に入った。

運転席を見ると、運転手はうつろな感じだった。

伝子は何とかハンドルを運転手の上から操作した。伝子は思い出していた。500メートル位先に、住宅工事の盛り土があった筈だ。

バスの外にオスプレイからの縄梯子が降りて来た。「みんな、協力して、そこの窓を開けるんだ!」と、伝子は叫んだ。

子供達は必死で窓を開け、なぎさが車内に入ってきた。「状況は?」

「運転手が酩酊状態だ。」「私が運転手の前に回って運転します。おねえさまは、運転手を引っ張り出して。」

「分かった。」なぎさはフロントガラスとハンドルの隙間に入って、足で運転をし始めた。伝子は運転手の男を引っ張りだそうとしたが、上手くいかない。そこで、子供達は伝子にしがみついて、「オーエス、オーエス!」と声を出しながら、後ろに踏ん張った。

綱引きは10分ばかりで終わり、運転手は車内客席側に引っ張り出された。

伝子は気づいた。運転席に不審な荷物がある。時限爆弾だ。タイムアップまで後10分。「なぎさ。時限爆弾だ。」

解体する時間はあまりにも短い。なぎさは瞬時に決心し、「おねえさま、交代!!」

素早くフロントガラスから運転手席に下りると、客席側に移動し、入れ替わりに伝子が運転手席に座った。

なぎさは陸自バッジを押し、開閉扉を開け、トンファーを差し込んだ。時限爆弾の箱を抱えて、外に身を乗り出した。なぎさは縄梯子に乗り移り、オスプレイに合図を送った。

伝子は叫んだ。「なぎさー、生きて帰ってこい!!」

5分後。バスは盛り土に乗り上げた。伝子は漸く気づいた。通信手段がないことを。

しかし、眼の前のバスの通信マイクを取ると、通じた。

「今、バスを止めました。救急車をお願いします。場所は、有田町の有田住宅建設現場盛り土です。

盛り土から約2キロ先。大きな池に大きな水しぶきが上がった。なぎさは、近くの市営バス停付近に着地し、オスプレイは一旦去った。

「あなた。バスはもう出たわよ。」と見知らぬおばあさんが言った。

「それは残念。少し歩くかな。」「若いっていいわねえ。」と、歩き出したなぎさの後ろから、おばあさんが言った。

伝子のマンション。

「みんな、無事だったんですね。」と、高遠が言うと、「高遠君。今度からトイレから出たら、すぐに大文字君にDDバッジを渡してくれたまえ。」と、理事官に言われた。

「高遠さん、普通のテレビ点けて。」と草薙が言った。テレビのニュースでバスの暴走事故が流れていた。運転手が心臓発作で亡くなり、たまたま同乗していた教育指導員が代わりに運転したことになっていた。ところが、そのニュースの直後、犯人からの犯行声明が報じられた。運転手に薬を盛って、子供達もろとも殺す積もりだった、と。バスには、政府要人の孫が乗っていた、と。

「時限爆弾のことは流石に言ってないな。」と、高遠が呟いた。「どう思う?教育指導員さん。」と伝子に言った。

「冷やかすなよ。理事官。本当の死因はなんですか?夢中で運転手席から引きずりだしたけど、昔何度かあった、持病の交通事故みたいなものかと何となく思ってはいたけど、違和感はあった。」

「流石、アンバサダーだ。薬物注射をうたれたらしい。それで、時限爆弾が矛盾しないか?という点だが・・・。」理事官の横から久保田管理官が言った。

「薬物注射されたまま、生徒達が乗り込んでいくとなると、誰か気づかないか?まだ生徒達の聞き込みは完了していないが、バスの発車直前に運転手は乗り込んできた、という証言がある。時系列で考えると、まず無人の間に時限爆弾をセットする。何か黒い布か何かで覆ってね。小さい子供だと死角になるかも知れない。子供達が乗り込んだ後、運転手が薬物注射をされる。気づかずに、運転手は乗り込み、バスは出発する。乗り合いだから、点呼は誰もしない。」

「どちらか一方でも、バスで事故を起こす原因になるから、何故細工が被っているのか?という疑問は残る。管理官。やはり別々の犯人がいて、犯行が被ったのでは?」と高遠が言った。

「鋭いね、高遠君。」「時限爆弾の方はともかく、薬物注射の方は、誰か見かけていないんですか?駐車場の防犯カメラは?」と、伝子は勢い込んで言った。

「死角だ。目撃者もまだいない。」「お手上げじゃないですか。」「そこで、今のニュースだ。犯行声明は、薬物注射をうった奴だろう。奴は、次は誰を狙おうかな?なんて言っている。」「直接どこかに脅しをかけているかも知れませんね。でも、愉快犯と区別がつきにくい。」途中で、理事官が割り込んできた。

「閣僚全部から、何とか身内を守ってくれ、と言って来ている。」「不可能ですよ、理事官。孫って限る条件はない。」と高遠が言った。

「時限爆弾の犯人だが、学。私が乗り込んだ時点でタイマーは残り20分だった。私が入り込むまでの時間が手間取ったからやはり20分はあったと思う。子供達が乗り込むまでやはり20分くらいあったとして1時間。1時間前にはスーパーにいたことになる。管理官。店長に店内カメラの映像を提供して貰ったらどうでしょう。買い物せずに長く店内にいれば目立つものですよ。」

「君がバスに飛びついた1時間前から遡って長く滞在していた店の客か。調べさせよう。」

「薬物は特定出来ているんですか?」と高遠が尋ねた。「隣国から渡ってきた新種だ。皮下注射だと、タイムラグがあるらしい。時限爆弾の犯人は再犯するかどうか分からないが、薬物注射の方の犯人は、再犯する気だ。取り敢えず、閣僚の家族はロックダウンだな。」と、理事官は言った。

「そうだ、草薙さん。時限爆弾の犯人はおびき出せないですかね、SNSで『間抜け』な犯人は『不発弾』を作った、とか。」

「分かりました。餌を蒔いてみましょう。」と草薙は返事をし、EITOとの通信は切れた。

1時間後。画面に久保田管理官が現れた。

「大文字君。店内カメラで一人だけ不審な人物が特定出来た。運転手だ。白藤の姉の協力で店員達の証言も集まった。」「自爆テロってことですか。じゃ、一律教会が関与しているのかな?下部組織はまだまだあるってことかな?」

「時限爆弾の犯人の方だが。スクールバスを出している如月小学校の卒業生で昔、トラブルがあった。乗ろうとしたら拒否されてしまったんだ。両親は差別だと怒り狂ったらしい。その時の運転手は他の学校の生徒と勘違いしたらしい。その生徒は転校したばかりで制服が間に合わなかったらしい。名札があるのに、それの確認を運転手は怠ったらしいな。」

「その卒業生が怪しい、と。」「草薙君にデータを送ったよ。」

30分後。伝子が珍しく、台所で洗い物をしていた。EITOの画面がPCに現れた。

「学。出てー。」奥の部屋の掃除をしていた学が出てきて、画面の前に移動した。

「ああ、高遠さん。約10年前にその小学校に通っていて、今は18歳。成人ですね。」少し前なら少年法で守られたのに・・・待ってたのかな?」「それって、どういう?」

「子供の頃出来ないことも大人になったら出来るって考え方の延長ですよ。」「屈折してますねえ。」「でも、そっちは特定出来たんならマーク出来ますよね。」

「ええ。公安が監視しています。また、小学校関連を襲うなら、餌に飛びつくでしょう。」

「わざわざ犯行声明出した薬物注射の犯人の方ですが、もしも『正義の味方』ぽい考え方だとしたら、不祥事起こした大臣または不人気の関係者に絞れないですか?」

「じゃあ、若い人とセックスしたい発言の大臣、スーパーとかの割り箸手渡し禁止を決めた大臣、男性蔑視発言をした女性大臣、お三方の身内ですか。理事官に言ってみます。」

「学。緊急ミーティングだ。Linenでな。」と伝子は言った。

1時間半後。理事官が画面に現れた。高遠と伝子は食事をとりながら画面に向かった。

「運輸大臣の妹は、持ち株会社の株主総会が明日行われる。換気大臣の従兄は太陽光パネル設置会社の入社式が明日行われる。消費大臣の孫のファッションショーが明日行われる。どれにする?」「賞品は?」」「出ない。」「要らん。」と、高遠と理事官の会泡に伝子が割って入った。

翌日。午前8時。如月小学校。

「いいですか、皆さん。お家に帰るまでが遠足です。いい思い出を作りに、しゅっぱあつ!!」と校長が挨拶した。子供達は引率の先生に連れられて出発した。

午前9時。

最寄りの駅から、続々と電車に乗り込む子供達。そして、ある男が乗り込んだ。

午前10時。

男が突然、「ぶち壊してやる!お前達の未来を!!」と叫んで、リモコンらしきものを手にした。何も起らない。

近寄って来た女性車掌が手錠をかけた。女性車掌の格好をしていたのは、みちるだった。次の駅でみちるは、他の警察官と共に、男を連れて下りた。

午前10時。

運輸大臣の妹の株主総会。警備会社の警備員と中津刑事率いる捜査2課の警察官達が、持ちビルの隅々を早朝から捜索している。

同じく午前10時。

換気大臣の従兄の会社の入社式。警備会社の警備員と、久保田警部補率いる捜査4課の警察官達が、ビルの各部屋をチェックしている。

同じく午前10時。

消費大臣の孫のファッションショーの会場。警備会社の警備員と、青山警部補や愛宕や警察官達が会場周辺を不審物がないかチェックしている。

正午。

不審物がないかチェックしていた各班が薬物を発見した。いずれも覚醒剤や麻薬だった。テレビでは、久保田管理官が記者会見していた。

「閣僚のお身内が関係される場所で薬物を使う犯罪が行われるという情報があり、懸命の捜査を行い、発見に至りました。どういう風にばらまく積もりだったかは分かりませんが、未然に防ぐことが出来ました。犯人の行方動機は鋭意捜査中です。」

午後6時。国賓館。今夜。オトロシアと戦争して勝ったオコルワナの大統領が極秘で来日し、到着する予定という噂がネットで広まっていた。

晩餐会の為の食材が搬入口から運ばれて来た。運んで来た台車の陰から男が出てきた。

男は正面出入り口に向かった。「それで終わりか?でくの坊。」「だ、誰だ?」男は懐からナイフを取り出した。

「何の因果か、マッポの手先。セーラー服刑事だ!」と、セーラー服刑事の格好をした伝子が現れた。逃げようとした男のふくらはぎにヨーヨーが絡みつき、男は前のめりに倒れた。

「あっけないなあ。久しぶりに格闘技見られると思ったのに。」と柴田管理官は言った。

警官隊が取り囲み、男は逮捕された。

「晩餐会は無かった。最初から。午前中の捜査結果の後、閣僚の身内を誘拐し、監禁した。大統領を暗殺した上で、身代金を取ろうとした。欲をかきすぎだ。今頃は、誘拐された人達は解放されている」

「ふん、ハッタリだ。」伝子が合図を送ると、大広間のスクリーンに解放された人々が写し出された。スクリーンには、ワンダーウーマンとスーパーガールも映っていて、手を振った。

翌日。伝子のマンション。

「やっぱり、副部長はアイデアマンですね。」「依田。おだてても、何も出ないぞ。」

「まあ、物部のアイデアも凄いが、急に発注して、すぐにバッジが作れるとは思ってなかっただけに、EITOの技術力に脱帽だ。」と伝子は、依田と物部の会話に割り込んだ。

「名付けて使い捨てバッジ、だって。ちょっとダサいよな。」と福本が言った。

「Eバッジでいいんじゃない?エマージェンシーとイージー。先輩、どうですか?」と祥子は伝子に尋ねた。

「いいね、それ。それにしよう、量産型は。」と、管理官がPC画面に現れて言った。

「量産型?」と高遠が言うと、「実は、君たちのDDバッジの機能制限したのがEバッジだ。押した人間の認証は外しているし、大体の位置しか分からない。今回、10人のEバッジの内、5人が同じ場所に移動した。半分は誘拐に失敗した訳だね。それで、橘一佐と渡辺警視に踏み込んで貰った。仲間は3人だったよ。内閣を倒して日本をよくするんだと。よく言うよ。時限爆弾の犯人も『元』少年だから、考え方が幼い。まあ、そんな事件だ。」と、管理官は応えた。

「犯人より、子供達の方がしっかりしている。私が乗り込んだバスも、自然と皆力を合わしたし、みちるが捕まえた時も、子供達は動じなかったそうです。」

「あっ、みちるさんが手錠かけたの見たかったなあ。車掌さんが手錠かけるなんて。」

「あるわよ。」とみちるは服部にスマホの写真を見せた。「ホントだ。犯人、びっくりしたろうなあ。時限爆弾は爆発しないし、車掌が手錠かけるし。」と山城は言った。

「みちる。後で消しとけよ。やっぱり今時の子供の方が大人だな。」と伝子はため息をついた。

「我々大人も、見習わなくちゃいけないな、蘭。」と南原が言うと、「おにいちゃんはまだ『こども』でしょ。」と、蘭が返した。

「絶句。」と言って南原は白目をむいた。

―完―

 

 

 

 

 

 



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442.ワンダーウーマン、参議院へ

政府要人の孫が誘拐された。伝子は攪乱の為、コスプレをした。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。巡査部長。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

山城一郎・・・山城の叔父。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

中津警部補・・・警視庁警部補。

久保田誠警部補・・・警視庁警部補。あつこの夫。

久保田嘉三管理官・・・久保田警部補の叔父。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課刑事。

柴田管理官・・・警視庁管理官。

草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

高峰圭二元刑事(巡査部長)・・・高峰くるみの別居中の夫。みちるの義兄。

 

========================================

 

東野病院。眼科。待合席。患者の一人が両目を押さえて、叫んだ。「目が、目が・・・。」

伝子のマンション。

テレビのニュース。「東野病院で、目薬に劇薬が混入された患者が失明しました。政府厚生省は眼科での点眼を中止するように全国の病院に指示、日本眼科医師会、薬品メーカー各団体は調査に乗り出しました。また、厚生省は全国の薬局、薬店、ドラッグストアに販売を中止するよう求め、国民には所謂『転売屋』の高額購入をしないよう注意を呼びかけています。」

「先輩。目薬の要る時、どうすればいいんですか?」と祥子は言った。

「色んな方法がある。目にゴミが入った時は水で洗ってもいいが、多少危険だな。昔はホウ酸水が重宝されたそうだ。今でも安く売っている。洗浄水で洗い流す方法もある。ただ、点眼薬同様、転売屋が買い占めに回るかもな。でも、一つ方法がある。蒸留水を作って貯めておくことだ。ミネラルウォーターを沸騰させて、冷ます。それでいい。」

「アンバサダーは何でも知っているなあ。」と、起動したPCの画面から草薙が言った。

「いきなり、脅かすなよ。」「いい加減、慣れてくださいよ。」

「今回の事件は、テロっぽいですよね。」と高遠が草薙と伝子の会話に割り込んだ。

「プーさんは何て言っているんですか?」と高遠が言うと、「呼んだ?」と理事官が顔を出した。

「いいあだ名つけてくれてありがとう。でも、私は蜂蜜が苦手でね。」

「すみません。学、謝れ。」「申し訳ありません。」

「まあ、いいさ。実は警察庁でもテロの疑いがある、と認定している。ただ、現場を押さえ込まないと解決しない、今のところ、手掛かりはない。関与しそうな人物を監視する位だな。」「公安ですか。」

「うむ。何か分かれば知らせて来る。ただ、これが『いたずら』で無ければ、犯人の犯行声明があるだろう。今のところ、警戒だけだ。」

画面は勝手に消えた。「冷静に、か。難しいな。」と物部が呟いた。

「そうだ、あつこ警視のかっこいい動画、観ました、副部長?」「なんだ、それ。」「高遠、副部長に見せてやれよ。」と依田がいい、高遠はスマホを渡した。

「凜々しいな、流石警視だ。でも、高峰さんの懲戒免職って重くないか?」

「先輩の事件だけじゃないからですよ、物部さん。」と言いながら、愛宕が奥の部屋から出てきた。上方にランプが点いている。

「どういう意味だ、愛宕氏。」「みちるは、いつも怒っていました。別居を勧めたのも、みちるです。捜査の暴走50件、家ではDV。舞子ちゃんが可愛そうだった。」

「警察官に向いていない。愛宕と真反対だった。」と、伝子は言った。

「そうだ。伝子さん。今日、山城さんの叔父さん、退院日だよね。」

「祝いに行こう。」

本庄病院。山城の叔父、山城一郎の病室。

伝子達が行くと、空だった。「山城さんなら、ロビーですよ。」と看護師が言った。

「山城。あ、叔父さん、退院おめでとうございます。」「ありがとうございます。まだ、傷や痣は残っていますけどね。いつまでも順に迷惑かけられないし。それに、大文字さんの探偵助手の一人になったんだから、大文字さんにご迷惑だし。一律教会の残党はまだいるんでしょう?」「いるかも知れませんね。」

「出来れば、根こそぎ、やっつけてやってください。」山城一郎は頭を下げた。

「じゃ、先輩。」「うん、またな。」伝子達は山城と別れた。

「相変わらず、後輩思いだね、大文字さんは。」と、医師がやってきて言った。

「退院、早すぎないですか?」「実は、東野眼科の事件以来、忙しくなって、ね。眼科に看護師や医療助手を増やして対応している。山城さんは、気を遣って早期退院したんだよ。車椅子に乗っている訳じゃ無いから、って。2日に1回通院してくれるようお願いしている。」

ファミリーレストラン。

伝子と高遠はステーキセットを食べながら話している。

「池上病院でも同じらしいですよ。電話対応も多くなったとか。」「犯人逮捕は簡単じゃないだろうな。」その時、伝子のスマホが鳴った。ひかるからだった。

「大文字さん、大変です。犯人から犯行声明が出ました。詳しくはネットニュース見てください。」と言って電話は切れた。

「ひかる君は大学卒業したら、警察官になった方がいいな。」「うん。」

「なるほどな。誘拐事件だ。目薬を持った犯人が、誘拐した少女の横にいる。」と伝子はスマホでニュースを確認した。

「帰りましょう、伝子さん。」

伝子のマンション。

伝子と高遠がPCの前に到着すると、システムが起動し画面が現れた。理事官が話し始めた。

「まず、誘拐された少女だが、前の交通大臣の孫だ。」「前の交通大臣と言うと、後援会の前で不適切発言があって、更迭された?」と高遠が尋ねると、「そうだ。前の交通大臣の浜中晋太郎の孫、浜中めぐみだ。現閣僚だけマークしていたが、政府に恨みがあるなら、こういう場合もあり得た。」「じゃ、一律教会の残党?」

「いや、小梅党の支援団体の総化学の会から枝分かれした、総化学の会Bだ。思想の食い違いで分かれたが、名前は頓着しないらしい。あ、彼女を特定できたのは、実はEバッジのお陰だ。」

「彼女は渡されていなかったのでは?」「実は、現農業大臣の孫と同級でね、頂戴と言うから渡した、と言うんだ。前回の事件の後、回収しようとしたら、現農業大臣の孫のバッジが未回収と分かり、問い合わせたら、お友達のめぐみに譲渡しました、と返答があった。」

「では、誘拐場所は分かったのでは?」「国会議事堂2キロ以内ということしか分からない。Eバッジは『イージー』だからな。」

「テレビでは、犯行声明、詳しく分かりませんでしたが。」「誘拐事件だから、報道管制を敷いている。総化学の会Bという団体名は、警察庁に当てた文章で知った。内部分裂のことは誰も知らない。」「警察だけに送って来たんですか。」

「そうだ。だから、人質が帰るまでは報道管制だ。総化学の会Aに当たる、総化学の会に尋ねたら、あまりに過激なグループなので、脱会させた、と言っていた。従って、我々は関与していないし、必要資料があれば、いくらでも提供すると言っている。」

「仮にも与党の移民党と連立を組んでいる国政の党の支援団体ですからね。」

「要求は?」と今度は伝子が尋ねた。「身代金1億円。そして、大文字伝子の命、だそうだ。マスコミには1億円のことしか発表していない。」

「ええっ!犯人に伝子さんの存在が知られているってことですか。」

「知っての通り、総化学の会の会員は多い。一律教会の5倍以上は存在する。会員=小梅党の党員だから、組織票ほしさに、未だに移民党は単独与党に切り替えることが出来ない。どんな組織にも、総化学の会の会員はいる。警察内部にも自衛隊にもだ。」

「どこから漏れたか分からない、と。」「いや、そうでもないですよ、アンバサダー。」と、横から草薙が顔を出した。隣国のハッキングですよ。隣国の組織と日本の悪が手を組むと、アンバサダーの情報も売り渡される。EITOのセキュリティは万全だ。でも、政府や官公庁のセキュリティはどうかな?」

「とにかく、もう向こうは君の存在を知って、喧嘩を売ってきたが、どうするね?」

「プーさんは意地が悪いな。金や、投獄中の悪との交換じゃなくて、私との交換ですね?」と、伝子は応えた。

「だが、EITOのことは知られていない。そこが作戦のミソだな。」

「堀井情報かな?国賓館事件の時の。」「かも知れんな。」

「理事官。30分、時間を頂けますか?」「30分?短いな。」「じゃ、1日。」「30分でいい。」

Linenでの作戦会議が始まった。「つまり、国賓館事件の時のように、敵の道を塞ぐんだな。」と物部が言った。「うん。どうせ向こうから、時間は指定して来るだろうが、あらましは決めておかないとな。」メンバーから『了解』の返事が来た。

1時間後。警視庁。総監室。

電話が鳴った。あつこが出た。あつこは伝子に目で合図を送った。「お待ちください。」あつこは電話を副総監に渡した。

「ああ。君かね。ウチのSPと人質を交換したがっているのは。金だけじゃダメか?」

「面白い警視総監だな。」「知らんのかな?警視総監は長期入院中だ。用件は副総監の私が聞く。」

「訂正しよう。面白い副総監だな。明日、正午。大文字伝子を『なごみ埠頭』に連れてこい。いや、違うな。大文字伝子が1億円を持って『なごみ埠頭』に来るんだ。こちらは、人質を連れて行く。」「面白い男だな。」「お互い様だな。」

伝子のマンション。理事官が、犯人からの要求を伝子に伝えた。

「約束を守るかな?」と伝子が言うと、「悪党にそれを期待するのかね?」と理事官が返した。

「新しい情報が入りました。ある市民団体が『消費税撤廃』を求めて、国賓館前から国会議事堂に向かってデモをやるそうです。多分、その団体が総化学の会Bと思われます。時間は明日正午。」

「詰まり、国会議事堂でテロを働く積もりか。私に行かせない為に足止めか。作戦の立て直しが必要だな。」

夕方。テレビで久保田管理官が記者会見を行っている。

「犯人は身代金1億円を用意しろと言って来ている。明日中に日時指定などを言って来るだろう。マスコミの皆さんは、事件解決まで、身内の方々は勿論、政府への取材は控えて欲しい。人命がかかっている。では。」

翌日正午。

『消費税を止めろ』と書いたプラカードを持ったり、ゼッケンに『消費税はもうごめんだ』と書いたシャツを着たりした一団がデモを始めた。

同時刻。なごみ埠頭に大文字伝子は現れた。OLがよく着る黒いフォーマルスーツを着て、眼鏡をかけている。

男が現れた。目隠しされロープに繋がれた女子大生を連れて来ている。

「大文字か。」「大文字だ。」「金は?」「持って来た。」

1億円の金と、人質の交換が行われた。女子大生は、後方に控えていた女性警察官に保護された。男は金を確認すると、伝子をロープで縛り上げ、こう言った。「約束は守ったぜ、一応はな。」

女子大生は、女性警察官を振り切って、男の方に走った。「そこまでだ!」と女性警察官は言った。

午後1時。デモの1団は、国会議事堂前に到着するや否や、議事堂の門内に侵入した。警備員や警察官には拳銃で応戦した。

彼らは四方八方に散って、議事堂内に侵入した。

同じく午後1時。伝子のマンション。

「高遠さん、公安との協力体制でアジトを特定。捜査1課が踏み込みました。こういう時に活躍出来た筈なのになあ、高峰さんは」

同じく午後1時。なごみ埠頭。

女性警察官は、ヌンチャクを持って向かって来た。女子大生に化けていた、誘拐犯の仲間に伝子はトンフアーで対峙した。

男の方は、OLがロープを解いていたのに気づいて、羽交い締めにしようとした。OLは男を振りほどいて、1本背負いで投げ飛ばした。

同じく午後1時。国会議事堂内。

至る所にワンダーウーマンの格好をした女性がいて、一団の拳銃を交わして闘っていた。形勢振りと見て、議事堂の外に出た男達がいた。その時、男達は悟った。自分たちは「追い詰められたネズミだった」ことを。ジュラルミン盾の機動隊、後に続く警官隊、外の道路の周りには、大きなトレーラーや車が何台も連ねられ、バリケードが何重にも出来ていた。バリケードの車には、物部達の車も参加していた。

蟻の這い出る隙間も無かった。

午後1時半。

捜査1課に転属した中津警部補は部下達と共に、所謂ガサ入れをした。

女子大生のめぐみはベッドに横たわっていた。ベッドの上方から、薬がまるで点滴のように彼女の目に向かって落ちていた。中津はすぐに池上医師に連絡をした。

「先生。この薬、本当に3滴でいいんですか。」「はい。後は病院で処置します。点眼したら、すぐに救急車を。」

中津はベッドの位置をずらし、池上医師から処方された『中和薬』を3滴、めぐみの目に垂らし、「おい、救急車だ。」と部下に怒鳴った。

午後2時。伝子のマンション。

「高遠さん、人質は無事保護。池上先生の薬って、いつ出来たんですか?」中津警部補は尋ねた。

「池上先生は、NASAの医療研究所で働いていた事があって、今回の劇薬はアメリカで流行って日本に入ったことから、万一の場合に備えて中和剤の開発はされていたようなんです。それでアメリカ空軍から空輸され、空自経由でEITOに届きました。あ。ご栄転おめでとうございます。」「ありがとうございます。ありがとうございました。」中津は礼を言った。

「理事官、聞いての通りです。元大臣ほか関係者の対処をお願いします。」「心得た。」

午後2時半。なごみ埠頭。

OLに化けていた、あつこは誘拐犯、つまり、一味のボスに手錠をかけた。女性警察官に化けていた伝子は、女子大生に化けていた隣国人女性を倒し、久保田警部補に引き渡した。

連行されていく隣国人女性は、ボスに向かって中国語で毒を吐いた。「あんたは上も下も役立たずよ!!」

午後3時。

国会議事堂の上方にオスプレイが現れ、ワンダーウーマンが飛び降りた。

ワンダーウーマンが中に入ると、殆どの一味が連行されて行くところだった。

「ワンダーウーマン、参議院会議場に行って下さい。」と、ワンダーウーマン姿の増田3尉が言った。

参議院会議場では、『ワンダーウーマン姿のなぎさ』と、『ワンダーウーマン姿のみちる』が、一人の大男に苦戦していた。

『ワンダーウーマンの伝子』が号令をかけた。「行くわよ、櫓アタック、ワン、ツー、スリー!!」

残りのワンダーウーマン二人は向かい合って、お互いの腕を交差した、ワンダーウーマンの伝子は、その組んだ腕を踏み台にして、大男にフライングニープレスを見舞った。

どこからか、手錠が飛んできた。それをキャッチしたみちるが大男に手錠をかけた。

「遅い!!」投げた愛宕は謝った。

それを見ていた柴田管理官が拍手した。後から駆けつけた警察官が大男を連行し、柴田管理官が言った。「相変わらず見事だ。」「確かに。」

並び立った青山警部補が言った。

伝子のマンション。

「DDの諸君は見せ場がなくて残念だった。」

「いいですよ、俺たちも参加したんだし。」と物部が言った。

「やはり、総化学の会Bは隣国組織と繋がっていたよ。その事実の判明と同時に、大文字伝子の存在は有名になってしまったのも事実だが。」

「後戻りしようと思ってませんよ。」と、伝子は言った。

「そうだ、物部。明日部長の墓参りに皆で行こう。」

「ああ。いいな。蘇我に報告することありすぎだな。高遠、まとめろよ。」

「ええ?」「文章と言えば高遠だろう。」と物部が言った。

「文章と言えば高遠だろう。」と依田が言った。

「文章と言えば高遠だろう。」と福本が言った。

「文章と言えば高遠君よね。」と栞が言った。

「文章と言えば学。今夜中にやっとけよ。子作りはその後でいい。」

場内は静まりかえった後、爆笑の渦になった。

―完―

 



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43.みちるの引っ越し

愛宕とみちるの引っ越し。関係者総出で手伝っていた。翌日、テロ予告が届いた。


======== この物語はあくまでもフィクションです =========

============== 主な登場人物 ================

大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。巡査部長。

愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。

依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田と交際している。

福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

久保田誠警部補・・・警視庁警部補。あつこの夫。元丸髷署生活安全課刑事。

久保田嘉三管理官・・・久保田警部補の叔父。EITO前司令官。

青山警部補・・・丸髷署生活安全課刑事。

斉藤理事官・・・EITO理事官。

藤井康子・・・伝子のお隣さん。

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