VRMMOセンキ (あなたのお母さん)
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第一章 “英雄”との出会い
プロローグ 邪悪なプレイヤー


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、死に瀕していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ――はっ――は――あ――は――あ」

 

華奢な体型の少女が、息を切らしながら森を走る。

途切れ途切れになった呼吸が荒い音を立てていた。

 

彼女の肌は雪のように白く、顔立ちは悲壮感に歪んでいた。

 

そして、その背後には凶暴な眼差しを放つ巨大な獣。

地面を震わせ、草木を揺らした勢いのまま。鋭い牙を剥き出しにして、彼女に向かって襲いかかる。

 

 

 

 走りながら、逃げながら、少女は願った。

誰でもいいから助けてほしいと――そう願った。

ゲームの中で、“いつものように”自分を助けてくれるような。

そんな都合の良い典型的な――ヒーローのような“プレイヤー”が登場してくれることを必死に願った。

 

 

 

 

 

 

 

 まさに、そのときだった。

 

 

 

風の吹かない薄暗い森の彼方から、馬が走る音と共に、鎧が擦れる音が聞こえてきた。

少女は笑顔で振り返り、近づいてきた馬上の人物を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、颯爽と現れたその男の見た目はヒーローからあまりにもかけ離れたものだった。

 

 

 

頭髪の色はブルーで頭頂部はオレンジ――まるで燃える蝋燭のような奇妙な色合い。

顔には目線のような横一文字の黒のフェイスペイントをしており、その上にスモークの掛かったバイクゴーグルのようなものを装着している。

顔の下半分は群青のスカーフで覆われているので表情がほとんど分からない。

 

 

 

 

 武器を持っておらず。上半身すら裸だった。

道具袋を直接ロープで巻き付けていて“松明を二本”両手で掲げている。

大根のような白い肌に炎の光が反射し、薄暮の森の中で発光しながら少女に向かって接近してくる。

 

その光景は、死に瀕している少女にとって実に不気味なものだった。

 

 

 

「えっ!? ええっ? たっ、たっ……助けてください! 助けて!」

 

 少女は困惑しつつも、しかしそれが当たり前であるかのように男に対して助けを求める。

男は意を決――したりするような素振りは一切見せずに、馬を走らせる速度を落として逃げ回る少女に並走するような位置取りをする。

 

 

 

 

 

そして、両手に松明を握ったまま上半身を使って奇妙な踊りを始めた。

 

「悠々とあなたは何をやっているんですの!? お願いです! お願い。助け――」

 

少女の言葉が途切れる。

獣の巨大な爪が、その腹部に容赦なく突き刺さり、身につけていた豪華な装飾のついた質の良い皮製の鎧に大きな穴が開く。

爪が乱暴に引き抜かれると少女は糸の切れた人形のように倒れて、動かなくなった。

 

巨大な獣は落ち着きを取り戻して、馬上の男に興味を示さずに自分の縄張りへと帰っていく。

男は馬の速度をさらに落としつつ、倒れている少女に近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の乗っていた馬が――"戦闘不能状態"に陥っている少女の胴体を乱暴に踏みつけた。

衝撃で少女の腹部に残っていた空気が吐き出されて、車に轢かれたカエルの悲鳴のような音が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は奇妙な踊りを止めること無く、再び馬を走らせる。

少女の真上を通り過ぎて、森を抜けていく。

 

しばらくすると、男は切り立った高い崖に出た。

崖先では景色一杯に巨大な滝が広がっている。

 

夕暮れ時の空に、ピンク、オレンジ、紫の煌めく色彩が広がり、水しぶきを通して光が反射している。

力強く流れ落ちる白波が岩々の上に激しく打ち付けられて、その音は遠くまで響いていた。

 

崖の先端に馬を止め、その絶景を前にして、『ヒーローではない奇妙な髪色の男』は突如叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて――新しい冒険の始まりだ!」

 

 

 

 











【解説文】
説明するための文章。本作での用語解説のこと。

ゲームの世界設定。フィールドやエリア、アイテムの説明。システム関連の追記。過去に起きたプレイヤーによる事件。現実世界に関する四方山話等々。【無理に全てを読む必要はない】。


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第一話 少年のオリジン

「人はいつも、ファンタジーの中の冒険者に憧れる。
それはきっと、現実では得られない体験がそこにあるからで。
冒険することへの憧れを持っているからだ」






 その思春期を迎えたばかりの少年は、小学生の頃から青少年向けのライトノベルやアニメというものが好きで好きでしょうがなかった。

特に好きなジャンルが、『オンラインゲームを題材にした冒険物語』だった。

 

『ゲームの世界の中で、主人公が他の誰にもない圧倒的な力を手に入れてかわいい女の子に好かれて、実力者として周囲に認められて、ヒーローのごとく活躍する』

 

少年はそんな物語の主人公が大好きで、全く別の新しい世界に憧れていた。

 

だからこそ――

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの伝説は……今日ここから始まる!」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

――この日、自室の中で少年は一人で叫んでいた。

少年の憧れが、現実の物となりうる日がやって来たからだった。

 

 20XX年、VR技術の奇跡的ブレイクスルーによって神経接続を伴い、精神をゲームに投入するフルダイブ形式のVRゲームが登場した。

 

この新しいVRMMOの黎明期が始まったことで、集団参加型の仮想世界は一変し、これまでにない没入感が生まれた。

 

そして、VRゴーグルが値下げされ、機能拡張が施されたため、多くの人々が手に入れることができるようになった。

その中にいた少年は、“自分でも最新型のVRゲーム機を手に入れることができた”ということに大きな喜びを感じていたのである。

 

 

 

 

『ア・ストーリー・フォーユーNW』、略して『アスフォー』。

VRゴーグルの機能拡張に伴い“フルダイブ化リニューアル”が行われた最大手VRMMOオンラインゲーム。

 

この日は、その少年が生まれて初めてオンラインゲームを遊ぶ日だったので――

 

「あと少しだ! あと少しで始められるぞ! 待ちに待った日が来たアアアアアアアアアア!」

 

――まるで、『とてつもないサイズの台風がやってくる直前の、学校の帰り道』に立っているかのように、少年の気持ちは高揚しており、とても騒がしかった。

 

 そして、実際のところ“彼”はまだ――

 

「まだかなぁ……まだかなぁ、そろそろ宅配便が家に来るなんだけど」

 

――仮想世界への切符を手にしているわけでは無かった。

 

関連機材を通販サイトで購入した彼は、時間通りの配達を期待していたのだが、【望んでいる商品に限ってなかなか来ない】ということを痛感することとなる。

 

 

 

 実際に彼が商品を受け取ったのはそれから三時間後、夜中の九時だった。

ようやく荷物が到着し、受け取りの手続きを終えると“彼”は自室に駆け込み。はやる気持ちで包装を破いて中身を取り出す。

 

(――さて……始めるぞ! いざ始めるとなると、興奮を抑えられない! ああ、ウッキウキするな!)

 

彼は震える手を抑えて、凄まじい勢いで準備を始める。

周辺機能を確認してから付属の機械にあらかじめ購入していたディスクを挿入して、VRゴーグルをかけてベッドに横たわる。

 

(――よし! 今こそ、旅立ちの時だッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、なにこれ長ぁああぁい…………」

 

――しかし、年齢確認やゴーグルの初期設定その他、個人情報諸々の手続きを行うためかなりの時間がかかってしまい、再起した“彼”のテンションに歯止めがかかった。

 

 少年の前に立ちはだかったのは『“誰も読まないことを前提にわざと長く作っているのでは無いか”とすら感じるほどの長さの、利用規約の文章の大洪水』だった。

それらに一切目を通さず一番下まで一気にスクロールし、チェックボックスの同意の部分を選択する。

 

 

 

 

 

 

「今度こそ……今度こそ……オレの理想の世界へ、レッツゴー!」

 

その瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(う……寒い。窓……開けっぱなしだった)

 

――換気のために開けていた窓の隙間から、冷たい冬の風が吹き込んできて再び少年を現実世界に引き戻そうとしてくる。

 

「……………………」

 

少年はゴーグルを外してから無言で立ち上がり、窓を閉めてから鍵をかけてカーテンでしっかりと覆う。

吹き込んできた外の寒さを忘れようと、首を左右に振ってからベッドに横たわり、ゲームを再度起動した。

 

 

 そうして何度も出鼻を挫かれた挙句に、ようやくゲームのタイトル画面が開かれて壮大なBGMが彼の脳内に響き渡った。

少年はサーバーと種族を選んで自分の見た目をクリエイトし、キャラクターの名前を入力しようとする。

 

「あれ……やっぱりこの名前は駄目か…………よし!」

 

《この名前は既に使用されています》というシステムの通知を受けて、“彼”は何を思いついたのか入力したばかりの名前を変更する。

 

最後にゲームを開始する国家を選択して、少年はついに仮想世界にダイブした。

 

 

 

 

 

 

 ゲームの世界に二重の意味で没入していく最中に、“彼”は待ち受ける自分の物語に期待した。

広大で美しく自由な世界を駆け抜けて、自分が主人公になれる世界がそこに待っている。

可愛らしい女の子と、信頼できる仲間達が自分を待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が真っ暗になり気がつくと――“彼”は神々と人によって引き起こされた戦乱の最中に立っていた。

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおすごい! 凄すぎる!」

 

“彼”が驚くのも無理は無い。

肌寒さの中に流れてくる熱い空気。

破滅を暗示するかのような暗い色の曇り空の下で異形の神々と人々がその体を、命を、心を、そして魂を削り合う。

飛び交う弓と魔法、轟音と供に大地の塊が剥ぎとられ揺れ動き、激しい戦いが繰り広げられている。

 

今まで体験したことの無いようなゲーム体験がそこにあった。

他のゲームで画面の外から観るだけだった光景――そのど真ん中に自分が立っているのである。

 

世界観に浸ろうと現実と見紛うオープニングムービーを360°体感していると、突然――

 

 

 

 

 

 

 

――如何にもな通知音が鳴り、システムウィンドウが目の前に現れた。

 

 

 

 

≪フレンド登録申請が届きました≫

 

 

 

(んんん、何だこれ? え? おいおいおいおいおい……このウィンドウ、消せないぞ!)

 

 そのシステムウィンドウは“彼”の視界のど真ん中に映りこむように追従してくる。

“彼”はゲーム開始数秒で文字通りの壁にぶち当たってしまった。

 

「これかな? いや、ええとこれ?」

 

このままではムービーを堪能することができないと焦った“彼”は適当に手元に表示されるシステムメニューを適当に弄り倒す。

 

そして、見事に消滅した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――フレンド登録申請のウィンドウでは無く、“彼が観ていたオープニングムービーそのもの”が。

 

「おいおい嘘だろオオオオォォォォォォ……」

 

オープニングムービーを誤操作でスキップしてしまったことで、その夢のような光景は瞬く間に暗転していく。

 

“彼”は自ら致命的な操作ミスをしてしまったことを後悔して。

そしてなぜか、ほんの一瞬だけ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――“ゲームの世界に拒絶されたように感じた”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“彼”の視界に、眩い光が差していく。

 

≪エールゲルムの世界にようこそ!(Welcome to Ehrgelm)≫

 

 

 

 

 そのメッセージが表示された直後、“彼”は自分自身が広大な国の真ん中に立っているということに気づいた。

“彼”は自分の両手をじっと見つめてから視線を動かす。

 

周囲を見渡して、大きく息を吸って、感心したように息を吐く。

少年が、それまで自分が想像していた仮想世界よりも遥かに美しい世界。

少年が味わったのことの無い完全な非日常がそこに在った。

 

(凄いな……この世界、現実世界より遥かに綺麗にくっきりと美しく見える! ひょっとすると、ここの空気は現実よりも澄んでいるんじゃないか!?)

 

 心の中で歓喜の声を上げながら、“彼”は次に、自分自身のゲーム内の見た目を確認しようとした。

 

“彼”がゲームを開始したエリア『フォルゲンス共和国東』の中心部には巨大な噴水があった。

水質は決して良い物ではなかったが、自分のキャラクターの顔を確認するだけならそれだけで充分だった。

 

(……完璧だ。長時間キャラクリをした甲斐があった! ちゃんと顔が整っているぞ! すごい――イケメンじゃないか! 黒い髪に黒い目、最高だ! イメージ通り、単純で無個性で――なんかこう――主人公っぽい!)

 

“彼”が選択した種族の名前は“ヒューマン”という名前で、身につけているのは冒険者の初期装備だった。

腕の部分と袖口が茶色のパフスリーブシャツの上に、クロスパターンのレーシングが施された茶色と濃紺のレザーベスト。

 

肘まで覆う茶色の厚手のレザーグローブに腰には黄色いトリムの黒いベルト。

黒と茶色のショートパンツの下に、黒いタイツ。

そして、靴は金属製のバックルがついた茶色のレザーブーツ。

 

理想の見た目になれたことを確認してから、大きな喜びを感じてガッツポーズを取る。

 

(やった……ここまで長かった……ようやく始まるんだ――オレの冒険が……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「オレの呼び名はレッド! ダークゥ・レッドォ!! 闇の晴天の騎士だ! 気合入れていくぜええええええええええええええええええええ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までの鬱憤を晴らすかの湯に、“彼”は噴水の縁に足を掛けエリアの中心で何の躊躇もなく――現実世界と同じように声変わりしていない甲高い声で――堂々と宣言した。

その行動は“彼”がこの世界を進んでいく上で、小さな一歩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、周囲にとっては大きな迷惑であったかもしれない。

 

 

「ちょっと君、いいかな?」

 

直後に、どこからともなく“彼”――改め【レッド】に男が声をかけてくる。

種族はレットと同じヒューマン。

頭髪の色はブルーで頭頂部はオレンジ――まるで燃える蝋燭のような奇妙な色合い。何も衣服を身に付けていない半裸の上半身は妙に白く大根のよう。顔には目線のような横一文字の黒のフェイスペイント。

 

その顔には黒いスモークのかかったゴーグルを装着しており、群青のスカーフを首に巻き両手に松明を持っていた。

 

(お、なんか面白い見た目の人がやってきた!)

 

レッドは話しかけてきた松明男に対して返事をする。

 

「――ああ、大丈夫! その先はもう言わなくてもわかりますよ! 要するに“最初に話しかけてくるポジションの人”なんでしょう、あなた!」

 

「――はぁ?」

 

「物語で例えるなら、序盤で道案内をしてくれるようなタイプ。そういうキャラって、それなりに強いよアピールして序盤の山場辺りで死ぬんですよね! 確かにあなた、そういう一発キャラっぽい見た目してますもんね! ご親切にありがたいけど、でも安心してください。ゲームの説明書なんていつも通り全く読んでいないけど、オレって天才だと思うんで! えっへっへ~」

 

レッドが噴水に足を掛けたまま、男に対して捲し立てる。

 

 

 

 

 松明を持っていた男は少し思案し、ニヤリと笑ってから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その松明を突然レッドの胸元に押しつけた。

 

「熱い! 熱い熱い熱い熱いっつぁあい!?」

 

派手な音を立ててレッドが噴水に倒れ込んで水飛沫(みずしぶき)が上がる。

 

「――熱いのか、それは良かった。初めまして。頭の上に出ている“名前”を直接観てくれれば分かるだろうけど、俺の名はClear・All。クリアと呼んでくれ」

 

噴水に落下したレッドに対してさらに追撃を仕掛けるように松明を押しつけながら、それほど高くないテンションで男が“熱く”自己紹介をした。

 

「いやいやいやいや、いきなり何をするんですか、止めてくださいよォ!」

 

レッドは男の突然の凶行に憤慨し、再び水飛沫を上げつつ飛び退く。

一方で松明男――クリアは何処吹く風といった佇まいである。

 

「大袈裟だな。現実の炎の熱さとは違うんだよ。ホレホレ、触ってみなよ」

 

 レッドはクリアが差し出した松明を恐る恐る触る。

 

「あ、本当だ。40℃のお湯くらい? あんまり……熱くないや」

 

「ハハハハ、そうだろう、そうだろう。突然首に当てて申し訳ない。まさか噴水に落っこちるなんてな。予想はしてたし、悪気があってやっただけなんだ。許してくれよ」

 

「は、はあ……」

 

(『悪気があってやった』って……それってひょっとしなくても、“ただの悪い人”なんじゃないのか!?)

 

「それでレッド君だったか――何からどう突っ込みを入れればいいのかわからないけど。君に質問をしてもいいかな?」

 

 

 

 

 

 

「あ、『はい!』 いや……『ああ!』 うーん違うな……『おうよクリア! ドンと来いや!』こんな感じかな………………」

 

「お……おい……“君の中で、君自身のキャラ設定が固まりきっていない”ようだけど大丈夫かい?」

 

「だ…………大丈夫です。ご丁寧にどうもスミマセン……」

 

クリアからツッコミを入れられて、レッドの気勢が少しだけ削がれた。

 

「それで、その……君の“闇の晴天”という二つ名――でいいのか? 意味がちょっとわからないんだけど……晴天なのに闇というのは一体、どういう設定なんだい?」

 

「いいじゃあないですか、闇で晴天でも別にぃ! 髪型と言えば黒一択! 男なら“飾らない、誰にも染まらない”黒色が一番なんですよ。あなただって目元が黒いじゃないですか!」

 

レッドは自らのショートの黒髪を靡かせながらポージングする。

クリアは目元を弄りつつも、目の前にいるレッドをまじまじと見つめながら困惑しているようだった。

 

「いや、俺の目元の“これ”は好きでやっているわけじゃないんだよ。ゲームの中でも真っ黒な髪色が好きって……独特だと思うけどな。最近の若者の趣味はよく分からないもんだな……」

 

「もう~“アレ”を知らないんですかぁ? そもそもぉ、ダーク・レッドっていうのは今話題のVRMMOアニメの主人公のキャラクターの名前なんですよ! 遅れてるな~ホント。これだからにわかは……。今時あれを知らないだなんて……頭がどうにかしていますよ! 実際、頭の色っていうか“頭の見てくれはどうにかしている”けどォ……」

 

さりげなく暴言を吐くレッドに対して、クリアの表情は笑顔のままだった。

 

「ダーク・レッド……なるほど。道理で最近、似たような名前を見かけると思った」

 

「えぇ~。やっぱり同じ名前の人っているんですか!?」

 

「いや、厳密にはいないよ。似たような名前なら存在するけど。とにかく、ここで会ったのも何かの縁だ…………よろしくな! レッ“ト”!」

 

「あれ? 今ひょっとしてオレのことレットって呼びました? オレの呼び名はダークレッドなんです! きちんとレッドと呼んでください!」

 

「よくわからないが、要するに君は“面白いヤツ”なんだろ? ――よしよし、気に入ったぞ! ワハハハハハ! よろしく頼むぜ!」

 

(なんだか物凄く誤解されているような……。始めて早々、物凄く悪そうで変な人に気に入られてしまったぞ……)

 

クリアは最初に出会ったときからレッドの頭上をちらちらと見ていたようであったが、レッドはそのクリアの視線には気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのレッドの頭上に書かれていた名前。

“彼”が入力した名前は――DarkRedならぬ『“Daaku・Retto”』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、今ここにダーク・レッド――改め【レット・ダアク】の不思議な冒険物語が始まろうとしていた。




【ダークレッドという固有名詞の由来について】

「ダークレッド」という固有名詞は、近隣国の中国で執筆・刊行されたライトノベル『<-Cybernetic Field Online->』に由来している。
この作品は小説投稿サイト『转折点中文網』にて20XX年8月より連載が始まり、20XY年1月から書籍として刊行されている。

物語は、『VRMMOの世界に閉じ込められた中学生の主人公が繰り広げる冒険活劇』を描いている。
当該作品の主人公の現実世界の名前は翻訳された国によって表記が異なるが、プレイヤーネームである【ダークレッド】は世界中で共通のものとなっている。
“少年”が生活する『現実の国家』の中高生の間でも多数の熱狂的なファンが存在して、『格好良い主人公』に憧れたプレイヤーが様々なVRMMOで【ダークレッド】という名前でゲームを遊んでいる。

そのため、【ダークレッド】という名前は、現在では一種のネットミーム(ネット上のネタ)として扱われるようになっている。

おそらく“この少年”も、そういった夢を見る純朴な少年の内の一人なのだろう。


「なあ、一つ質問があるんだが。漫画やオフラインゲームといった“原作”が別にあるわけでもないのに、どうして作中のゲームタイトルの最後にわざわざ“Online”なんて言葉がつけられているんだ? 設定じゃ超有名なゲーム会社が発売しているゲームなんだろ? つまり、マイナーな会社が宣伝する意図でOnlineって言葉をつけているっていうパターンでもないわけで。これは、あまり見かけないというか、結構珍しいパターンじゃないか?」

(う、おすすめする人を間違えたかも……)


【VRゴーグル】

 機材付属の最新型のVRゴーグル。フルダイブの夜明け。
コミュニティサイトへのアクセスも大丈夫。機能的には使いづらく、ネットに繋ぐならパソコンや最新型の携帯端末等で充分。

善く言えば革新的、悪く言えば試験的なものであるため有料βと揶揄されることも多々。
尤も、VRMMOのゲーム内外を取り巻く事情は常に変わりゆくのである程度は仕方ないのだが……。
具体的な商品名は未記載とさせていただく。

勘違いされがちだが、【フルダイブ技術をゲームに落とし込むことでこの機材を作った会社と、A story for you NWを開発、運営している会社は全くの別物である。】




「『私』には人々の気持ちがわからない。先の見えない世界の中で、自らの視野を狭める必要がどこにあるのだろうか?」



【ランチャーアプリケーション】

『A story for you NW』をプレイするには、セキュリティのため運営会社が開発したランチャーアプリケーションをダウンロードする必要がある。

ゲームを起動するとランチャーのダウンロードが自動的に開始され、アカウント作成手続きが求められる。
アカウントはインターネット上でも管理できるが、ネット上からゲームにログインすることはできない。

ランチャーは、運営会社専用のアカウント管理システムであり、同社の扱う他のオンラインゲームでも利用が可能。

ログイン手順は機材の電源をオンにしてランチャーにログインし、ホーム画面から遊ぶゲームを選択して起動画面に進み、最後にゲームにログインする――という合計6つのステップを経る必要がある。

ホーム画面では背景と音楽をカスタマイズできるほか、アカウント単位で登録されたフレンドに対してメッセージや写真を送ることができる。
起動画面では、プレイヤーが所属するサーバーで起こった興味深い事件の数々をニューステロップ形式で提供している。

ゲームをプレイするだけであれば、深く考える必要はない。
わからないことがあれば、ランチャー付属のオンラインマニュアルを参照すること。

尚、背景と音楽をカスタマイズすることも可能。

「ホーム画面の背景と音楽、どうしようかな……」




【少年がスキップしたオープニングムービー】
“少年”が見逃したムービーの概要は以下の物である。

『戦乱に次ぐ戦乱、造物主たる神々に牙を剥き、滅ぼし、そして見放された世界、エールゲルム。
中央大陸の国家は長き争いの前に疲弊しつくしていた。
国を導く者達でさえ何故戦いが起きたのかすら忘れてしまうほどに長い時を争いに費やしていた。
そこで、中央大陸の国家は獣人や異民族を共通の敵と認識し、排除することに決定。
徹底的な弾圧と虐殺が始まった。

しかし、結果として協力し合った国同士に友情と平和がもたらされ無事に復興の歴史を歩むことができたのである。

時は流れルソニフ地方、ここはフォルゲンス共和国。
ここは、表面上は民主主義制を採択している西の国家である。

国の足取りはやや重かったが、長き歴史に渡り構築された複雑な戦闘技能と鍛冶を初めとした各種合成技術の評価は高く、国民にとってそれが誇りであるとされており。
その一方で、国に属する兵士の練度そのものの低さは物笑いの種にされるほどで、産業の促進に傾倒し労働者の労働時間を長くしすぎた結果、食文化が他国と比べほとんど育っていないという負の面も存在していた。

そこに“あなた”は行き着く。
その生まれ、素性を知るものは本人以外に誰も居ない。
果たして“あなた”はどのような身分を主張し、物語を紡ぐのであろうか――』

「オープニングムービー全部飛ばしちゃったからなあ……。後でちゃんと見直さなくちゃ……」


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第二話 少年が最初に手に入れた物

 ゲーム開始初日。

場所は変わらずフォルゲンス共和国。広場の噴水の縁に二人は座る。

 

『Clear・All』と『Daaku・Retto』。

二つの名前が、二人の頭上で横並びになっていた。

 

「時は“二千うん十年”。突然超発達したVR技術が、嘘みたいに登場した直後の時代。しかし世界のほとんどの人々の生活は大きく一変することなく。誰も彼もが死んだ表情でVRゲームをしていましたとさ〜」

 

「いきなり気分が盛り下がるような、モノローグを入れないでください……」

 

「――そして、そんな世界中が混乱している激動の時代の中で、フルダイブのオンラインゲームを始めたのが君というわけだな。“だあく”くん」

 

「ダークじゃなくて、レッドって呼んでくださいよォ!」

 

「レッ“ト”君」

 

「今、ちゃんとレッドっていいました?」

 

「ああ、言ったぞレッ“ト”! とにかく、そのフレンド登録の承認、頼むよ。ウィンドウまだ保留のままになっているぞ」

 

「“フレンド登録”ですか?」

 

「ああ、簡単に説明すると“仲良し”の証明ってことだな。登録した相手がゲーム世界に降り立ったら、相手が非表示設定にしていない限りは、大まかな居場所が直ぐにわかるようになる」

 

「ば、馬鹿にしないでください! “フレンド機能”くらいオレにもわかりますよォ」

 

「――なら良いんだけどな。そのうち、わからないことも沢山出てくるだろう。システムを理解するのに時間がかかるだろうが――この世界を楽しみながら、ゆっくり覚えていけば良いさ」

 

クリアは怪訝そうな表情でゴーグル越しにレットを見つめる。

 

「それで、君の年齢がいくつかは分からないが――まあ、ある程度年齢の予想はつくんだが……。遊ぶ人間に“わかりやすさ”ばかり求められてるこんなご時世で、君みたいな若そうなプレイヤーがどうしてこの複雑なゲームを始めたんだい?」

 

「え? オレくらいの年齢で、このゲームを始めるのってそんなに珍しいことなんですか?」

 

「このゲームでは月額課金。つまり、毎月定額でお金がかかるから若いプレイヤーは少ないな。それにどんなゲームでも、“若い年齢層”のプレイヤーは珍しいぞ。今は少子高齢化の……年寄りだらけのご時世だからな」

 

(…………学校で散々教わっているようなことを、この世界の中で聞きたくないなあ)

 

クリアの呟きを意図的に聞き流しつつ、レットは両腕を組んで自分がゲームを選んだ理由を改めて思案した。

 

「……オレがゲーム始めた理由なら――そうだなあ……。このゲーム、なんか“特別な感じ”がしません?」

 

「特別……か」

 

クリアが前を見つめたまま自身のオレンジ色と青色の頭頂部を撫で回した。

 

「確かに、“リアリティならトップクラス”だな」

 

「そうでしょう? そして、このリアリティ溢れる特別なゲームにこそ――オレの人生に必要な物があると思ったんですよ! オレには目的があるんですよ! この世界に降り立った目的が!!」

 

そう言うと――レッド。ではなく、『レッ“ト”』は立ち上がり胸を張って再び宣言した。

 

 

 

 「「オレはこの世界で、大好きな物語の主人公のように最強になるんです! そして理想のかわいい女の子とマイワールドを作るんですよ。これぞ男の浪漫です!! 男にとって大切なのはどの世界の中だって。いつだって……可愛い女の子なんですよ! まず女の子有りき! そしてあわよくば現実で知り合って――フッフフッ……クククッ」」

 

 

 

 

 

 

「――VRMMO世界の中で、君の前に理想の女の子が現れるなんてことは絶対に無いぞ」

 

 

 

 

 

「NOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」

 

 

 

 

 

 

クリアは座ったままあっけらかんとした表情で断言し、レットはその言葉に衝撃を受けて大きな声で叫ぶ。

 

「そっ……そんなことはないでしょお! だって、このゲームのプレイヤーの人口は多いって――」

 

「言いたいことはわかるさ。全くいないということはないだろう、ただこの先おそらく99.99%、ゲーム内で君に“異性として好意を寄せてくるような理想の女性”なんてものは現れないよ」

 

「そんなことないですよ! だってオレ、見ましたもん! このゲームの前作の……五感がリンクしていないVRゲームの……なんていえば良いんだっけ?」

 

「前作っていうのはタイトルにNWがついていない『A story for you』のことだな。このゲームの中ではよく“無印”って言われてるけど――」

 

「そうです! それそれ! その無印のオフ会で、びっくりするくらい可愛い女の子が映っていましたよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このゲームだと、大体そういう人には最初から彼氏がいて、彼氏に誘われて一緒に遊んでいるパターンがほとんどだぞ」

 

 「「く、Clear・All……こ、この――悪党めがああああああああ!」」

 

レットの叫びを受けて、クリアは可笑しそうに笑った。

 

「――え? 俺なんか悪いことでも言っちゃったかなあ?」

 

「薄々わかってはいたけどさぁ! いきなり事実を突きつけてくるだなんて、残酷すぎますよォ! アニメのダークレッドはゲームの世界でも現実世界でも女の子にはモテモテなのに……それが本当なら、夢も希望も無いじゃあないですか……」

 

「ああ、そうだな! でもよく考えてみろ。もしもゲームの中で意気投合して仲良くなって相手がとって~も可愛くてナイスバディな女の子だったとしよう」

 

(ゴ……ゴクリ)

 

唾を飲み込むレットに対して、クリアは腰を浮かせてレットから少しだけ物理的に距離を開けてから話を続ける。

 

「えー。それで、知り合って仲良くなったとして住んでいる地域が遠かった場合はどうするつもりだい?」

 

「……………………そりゃあもう――そこは愛の力ですよ!」

 

「答えになってないだろ……。いくらゲーム内で仲が良くても現実世界という物がある以上、距離が遠いと気持ちも離れていくものだろう?」

 

「そんなの……どんなに遠くてもオレが会いに行きますよ!!」

 

「君のご両親は、今ご健在だろう? 海外に出張していたり、別居してたりするのか?」

 

「いいえ……元気です。普通に毎日家に帰ってきますし両親はいい歳してラブラブです……」

 

「そうか、今時珍しいというか――それはよかった。でも、突然『彼女ができた!』なんて宣言して自分の息子が出て行ったらきっとご両親は心配するだろうな」

 

「そういうもの……なんですかね?」

 

「ああ、そうさ。息子を家に一人にして、いつまで経っても不況な国の仕事に見切りを付けて海外で働く――最近はそういうご家庭も多いみたいだからな。そりゃあもちろん、そういうご家庭の選択をどうこう言うつもりは無いけど。少なくとも家に居るってことはこんな冷え切ったご時世でも、君はご両親に善く愛されている証拠だろう。それは――素晴らしいことじゃ無いか?」

 

クリアはしんみりとレットに語りかけた。

レットは少しだけ動揺し――そして、自らの境遇を考えを巡らせる。

 

 

「――愛されているだなんて……あんまり実感ないかな……」

 

「当たり前だと思っていると、それが特別だと気づかない物さ。でも俺にはなんとなくわかる。君は家族に愛されているよ。日頃から愛されている人間は、人を愛することに自信があるものさ。そうでもなければ、現実を見据えてまで仮想世界の中で嫁探しなんてしないはず――だろ?」

 

「たしかに、言われてみるとなんかそんな気がしてきたような……」 

 

「両親に見捨てられて……愛を見失って……人生を幻想、空想のままに終わらせてしまう若者が今の時代にどれだけ多いことか。それだけ身近な愛――家族の愛を実感できていないのさ。多くの人にとってその愛は、失って初めて気づく物なんだとさ。でも、君は今日それに気づくことができた。……だから一言で良い。ご両親に『ありがとう』って言ってあげなさい。与える者は与えられる、きっと喜んで君を今まで以上に愛してくれるだろう」

 

「――自分に、言えるかな……」

 

「大丈夫! きっと喜んでくれるさ。だから、今すぐゲームを辞めてご両親に感謝の挨拶をしてきなさい!」

 

「わかりました……ありがとうございます! さよなら!」

 

そう言ってからレットは、この世界から去ろうとした。

 

「ああ! 達者でな!」

 

手を振ってそれを見送るクリア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って――やっぱり“違います”よッ! いい話で無理やり終わらそうとしないでくださいよ! オレの冒険はこれからなんですってば!」

 

「ウハハハハハ、これ駄目? ハハハハ、わかった、わかったよ。話を戻そう。とにかく遠距離恋愛はそうそう続かないさ。逆に“接する回数”が増えると自然と仲良くなる。男女の仲っていうのは結構分かりやすい物なんだってさ!」

 

――『まあ、これは知人の受け売りなんだけど』と付け加えるクリア。

 

「接する回数? それって要するに体と体のふれあいってですよね!? つまり、“いやらしいこと”を――もがが! あふいあふい!」

 

咄嗟に、クリアがレットの口に松明を押し込み沈黙させる。

 

「発想が飛びすぎだろ‼︎ そういう発言を公共の場でするなって‼︎ 公序良俗違反でキャラクターを消されるぞ!」

 

「あぐあがが……で、でもでもでも!」

 

しかし、レットはまだ諦めていなかった。

押し込まれた松明を何とか口から吐き出して、唾を飛ばしながらまくし立てる。

 

「このゲーム女性プレイヤーの割合が結構多いって聞いた……というか調べたんですよ! 絶対に居ますよ! この世界にオレの人生でたった一人の女神がいますって!」

 

「しかしなあ。若い女の子はこんなゲームなんて滅多にプレイしてないと思うけどな。女性とかだと……ええと、このゲームは主婦とかに人気かな?」

 

「あちゃ~それは残念だなあ。主婦ってことは……少なくとも女の『子』でもなんでもないですし、オレの守備範囲外――ムグググググ!」

 

再びクリアがレットの口を強く抑える。

 

「(お前本当にとんでもないヤツだな! ……言葉に気をつけろって!)」

 

「(えっ!? 自分何かまずいことでも言いました?)」

 

クリアは大きくため息をついた。

 

「普通に失礼だろ! ……まあ、今の発言が礼節を欠いていたとはいえ。主婦が恋愛対象外っていうのがわかっているだけ良しとするけどな」

 

「え、どういう意味です?」

 

「既婚の主婦と親密になろうという(ツワモノ)が何人か俺の知り合いにいたんだが…………旦那の怒りを買って最終的にほぼ全員が全てを失った」

 

目を逸らしながら放たれたそのクリアの言葉を受けてレットは戦慄する。

何が起きたのか、想像したくもなかった。

 

(いやいや、なんでこの人はそんな滅茶苦茶な知り合いがいるんだよ……)

 

「でも――でもまだオレは諦めません……。きっと『現実で可愛い』ってアピールしている女の子のプレイヤーだって探せば必ずいるはずだ! それがオレの進む道だ!」

 

レットはそれでも諦めず、さらに食い下がる。

しかし、クリアはレットの発言をやんわりと、しかし真剣な表情で否定する。

 

「いや――『自分は現実でも可愛いです』なんてアピールしている女性プレイヤーはゲーム世界を楽しむ上で何よりも警戒するべき存在で、むしろ逆だぞ。“無理に近づこうとするな”。ゲーム内では、可愛らしさを強調する女性プレイヤーというものはありとあらゆるコミュニティを破壊する。動く地雷と言いきって差し支えない」

 

クリアの言葉にレットは再び、衝撃を受けた。

 

「オレの求めている物が……地雷だって……?」

 

「あ、いや――誤解しないで欲しいことは、100%本人に悪意があるわけじゃあ無いということだ。むしろ無意識の内に被害者となっている場合がほとんどなんだよ。――行く先々で愚かな男達の醜い争いに巻き込まれてトラブルに発展しやすいらしくてな……」

 

(この人色々なトラブルに詳しいんだな……見た目は酷いけど)

 

真剣な表情で流れる水のように話し続けるクリア。

その世界の在り方を淡々と語る様は、レットにとってまるで真理を語る賢者のようであった。

 

 

 

 

 

 

「うう、オレ……オレようやく待ち望んだVRの世界に入れたのに……ゲーム開始数分でこんな……こんな辛い思いをするなんて――」

 

レットは酷く打ちのめされたのか、その声が震え、仮想世界で初めて涙を流した。

彼は今、エールゲルムの広大な大陸の中で誰よりも深い絶望にいた。

その絶望は、それまでの自分自身のあり方を粉々に打ち砕くものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――尚、これはゲームを開始してからたった10分後の話である。

 

 

 

 

 

「……クリアさん。まーた何かやってるんですかにゃあ……ついさっきここに来たら遠くで『クリア、この悪党があああ!』って、聞こえたんですけどぉ……」

 

突然、気怠そうな声が聞こえてきた。

レットが前を見ると、一人の女性キャラクターが立っていた。彼女の背丈はレットよりもわずかに高い。

 

彼女は遥か東方の伝統を思わせる華やかな装束を身に纏っていた。

その衣装は、鮮やかな色彩と複雑な模様で飾られ、動くたびに絹のようにしなやかに波打っている。

 

周囲のプレイヤーと比較しても彼女の装いは特に際立っており、レットに仮想世界の多様性と魅力を強く感じさせる。

 

レットの興味を最も引いたのは彼女の獣のような耳と尻尾だった。

彼女の姿は、オンラインゲーム特有の異世界的な魅力を体現しているようだった。

 

「(うわーい! なんか可愛いのキタアアアアア! この手のゲームにありがちな猫キャラキタアアアアアア――――――――あ、あれれ?)」

 

レットは自制できず小声で叫んだが――そこで、その灰色の猫がどこかしら草臥れており全体の精彩を欠いていることに気づいた。

例えるなら『泥水を掛けられ、そのまま中途半端に生乾きした雌の野良猫』と言ったところだろうか。

煌びやかな衣装に反して、着ている人物が纏っている雰囲気は、どこかしら薄汚く古くさいという印象を受けた。

 

「ああ、これはどうも。まだ“打ちのめされている”んですね。自分は初心者チームに勧誘しているところなんですよ。今日は新規のプレイヤーがたくさん入ってくるんでね」

 

レットの隣に座っているクリアが“猫人間っぽい何か”に対して軽く会釈する。

 

「ああ、やっぱり……。まーたクリアさんが何かやらかしたんだと思いましたにゃ……」

 

「今回はまだ何もやってませんよ! レット、紹介しよう。『Nekonyanyan(ネコニャンニャン)』さんだ。皆には【ネコニャン】さんと略されて呼ばれている。中身はいい年した“西”のおっさんだ。その中の人の年齢に反して、キャラクターのネーミングセンスは小学生以下だ。いっつも猫背で機械全般と、(はる)か昔の映画やレトロゲームに詳しい」

 

上げて、下げる。

レットに再び、雷と見紛う程の衝撃が走った。

 

「お……オッサン。オッサン……これオッサンなのか……たしかに言われてみると立ち振る舞いが何かこう……酷くオッサン臭い感じがしますけど――そんなあ、信じたくないよォ……」

 

レットは深く落ち込んだ。

そして、レットに好き勝手言われた方の女性キャラクター、――ネコニャンはそれ以上に落ち込んだ素振りでレットを見つめる。

 

「いや、まあうん……自覚はあるんですけどにゃ――初対面でちょっと酷にゃい? クリアさんもなんにゃねんその自己紹介~……。ほんまにぃ、やめてくださいにゃ~……」

 

「でも、紛れもない事実ですよね」

 

クリアが言い切ると――

 

「……まあ、変わりようのない事実なんですけどにゃ」

 

――ネコニャンは割とあっさりとその事実を認めるのであった。

 

「んでこの人の種族は“キャット”という。まあ、流石にゲーム内の種族の名前くらいは知っているだろうけど」

 

「はい――それにしても『キャット』ってそのまんまなんですね」

 

 

 

 

 

 

 

「うぃ。ネコまんまですにゃ、ネコだけに、にゃ!」

 

 

「……………………」

 

噴水に座るレットとクリアの背中に北方に位置するフォルゲンス共和国特有の、一陣の冷たい風が吹く。

 

「――ま……まあ、レットの言う通り『見た目通りの種族』なんだが、半人のケモノ系が種族として採用される理由は男性――特に“海外ユーザーの受けが良い”かららしい。このゲームは外国人もプレイしているからな」

 

(へぇ……ネコ好きってことは、外国にはケモノ好きの変態がいっぱいいるのかな?)

 

「そうなんですにゃ。キャットはかわいいんですにゃ! このセクシーな見た目はナウなヤングにバカウケなんですにゃ」

 

ドニャッ! とふらつきながらも胸を張り主張するネコニャン。疲れているのかその片耳が上がっていない。

 

「(えっと――クリアさん。『ナウなヤングにバカウケ』って言葉、どういう意味です?)」

 

「(いや、自分にも全然分からなかった)」

 

クリアとレットの小声でのやり取りを他所に、ネコニャンが猫背のままふらつき噴水の縁に倒れ込む。

 

「ぬわああ……だめだ~もう元気ないですにゃ。いきなりで申し訳ないんですけどぉ、自分はもう寝ますかにゃ……正直今日は色々しんどいんですにゃ……」

 

「(クリアさん……なんか、彼女――じゃなくて、このおっさ――じゃなくて、彼、元気ありませんね)」

 

「(言い直しすぎだろ! 実は、アスフォー(A story for you NW)のフルダイブリニューアルに伴ってゲームバランスを著しく崩壊させていたアイテムやスキルにバランス調整が入ってな。ネコニャンさんはヘヴィユーザー。オンラインゲーム的には『廃人』って言葉がよく使われるんだけど。つまり、そのくらいゲームをやりこんでいるプレイヤーなんだよ。それで、時間を掛けて育てた職業や、手に入れた強い装備が弱くなってここ最近意気消沈しているわけだ)」

 

クリアの小声が聞こえていたのか、ネコニャンが呻くように言葉を漏らした。

 

「滅茶苦茶強い装備を手に入れるのに、150日くらいかかったりしましたからにゃ……」

 

「え? “日”って何ですか? 150時間じゃなくて!?」

 

「150日ですにゃ……」

 

ネコニャンの発言にレットは絶句した。

 

(え? あれ? おかしいな。オレ、この世界で最強になる予定なんだけど。大丈夫だよな!? なんか、心配になってきた……)

 

心配そうな面持ちのレットを見つめて、クリアが補足するように説明する。

 

「このゲームは、レベルアップにもやや時間がかかるし。装備の収集も物によっては結構面倒な『少し時流に合っていないゲーム』だからな……。その――ご愁傷さまです。ネコニャンさん……」

 

クリアの慰めの言葉を受けて、ネコニャンの両耳がだらりと垂れ下がる。

レットの前に現れて早々、体力的な限界が近いように見てとれた。

 

「んじゃ、自分はそろそろ落ちますにゃ……」

 

「“落ちる”って、どこにです? ――――――地獄とか?」

 

呑気な表情で放たれたレットの言葉に対してネコニャンが尻尾を逆立てる。

 

「初対面の相手に、いきなり地獄行き認定をしないでくださいにゃ!! 落ちるっていうのは、“ゲームからログアウトする”って意味ですにゃ! 君らも早く寝なさいにゃ……」

 

ログアウト処理を始めようとするネコニャンを慌ててクリアが静止する。

 

「ああ、待ってくださいネコニャンさん。これからこの世界で冒険を始める彼の自己紹介だけ最後に聞いておいてあげてください。お願いします。ほら、レット!」

 

「はい。任せてください! 名乗り口上なら色んなパターンをしっかり考えておきましたから!」

 

レットは気合いを入れて胸を張り、噴水の淵に脚を乗せて再び叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「オレの名前はレッド! ダーク・レッド! 黒き晴天の騎士! この世界の宿命を背負う男だ! よろしくな! 趣味は刃物の収集とかが格好いいのかな……? えっと後は……そうだ! このゲームの他のプレイヤー達とは違ってなんか最強の能力を持つ予定だぜ!」」

 

レットの自己紹介を聞き終わるや否や、ネコニャンは噴水の淵に倒れ込んだ状態のまま硬直した。

 

「いや……なんか……もう……色々ぶっ飛んでで聞いててしんどいですにゃ……。――あれ? というか、その自己紹介で『その名前』ってひょっとしてマジなんですかにゃ? わざとやっているとかじゃなくて……マジなんですかにゃ!?」

 

「静かにしてくださいよネコニャンさん。マジなんですって! そっとしておいてあげてください」

 

「えぇ……どういうことなんですかにゃ……」

 

話し込む二人を無視して、さらに自己紹介を続けるレット。

 

「ええと後は……後は……、住所は○○県○○市○○区の……12-14。とか? こんな感じでどうでしょう!!」

 

「余りにも言いたいことがあるんですけど、ちょっと待つんですにゃ。まずその名前のスペルは――モガモガ」

 

クリアがネコニャンの口を押さえつけて意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「………………心配は要らないぞレット!! とにかく、改めて確認しよう。お前の住所は○○県○○市○○区の12-14でいいんだな?」

 

「はい、そうですけど。それがどうかしました?」

 

「――ん? いや……別に深い意味は無いよ? SNSのBleeter(ブリッター)アカウントの特定とかしたりしないし――自宅に、物とか送りつけたりしないから心配するなよ!」

 

「「ちょっとおおおおおおおおおおお! やめてくださいよそういうことするの!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせええええ! 最後の部分だけ大声で叫ばなかったから良かったものの――自分の個人情報をオンラインゲームで濫りに流出するんじゃない! 危ないだろうが!! 罰として受け入れろ!!」

 

途端に真剣な表情で、大きな声を上げてクリアがレットの胸倉を掴む。

 

(ぐえええ、何も胸倉つかまなくても……!)

 

「『また』、トンデモない問題児が、エールゲルムの世界に降り立って……来ました……にゃ……」

 

言うだけ言って肉体的にも精神的にも疲労が限界に達したのか、ネコニャンは蹲るようにログアウト処理を行い、その場から消滅した。

 

 

 

 

 

(なんだかなあ……。この人たちの話を聞いていると、オレの憧れていたVRMMOと“何かが違う”んだよなあ……いやいや! めげちゃダメだ! オレの冒険物語はきっとこれからさッ! 【必ずオレは、物語の主人公みたいなヒーローになる!】)

 

 

 

 

 

しかし後日、レットは自分の両親に日頃からの感謝の意を伝えることは叶わず、逆に説教されることになる。

なぜなら……彼が学校から帰宅すると彼宛に、『エールゲルム。フォルゲンス共和国東在住、Clear・All』という架空の送り先から、真っ赤な色の巨大なカラーコーンが本当に届いていた為である。

 

【望んでいる商品に限ってなかなか来ない】が、【自分が望んでいない商品に限って直ぐ届く】のだなと、家族の説教を受けながら、少年は歯痒い思いをすることになるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この件をきっかけに少年は後に知ることとなる――

 

 

 

 

『「く、Clear・All……こ、この――悪党めがああああああああ!」』

 

 

 

――この日に放ったこの台詞が、“間違っていなかった”ということを。

 

――この日、自分が一番初めに運命的な出会いを果たしたClear・Allというプレイヤーは、少年の理想とはむしろ正反対の『倒すべき敵』のような存在であり、『最凶最悪のプレイヤー』と呼ばれていることを。

 




【A story for you.】

 リニューアル前の作品。
『NW』という派手なロゴがついている本作と比較して、プレイヤーの間ではすでに無印と呼ばれている。
無印にはダイブ機能など無く、簡易的な脳波計測と手元の操作でキャラクターを動かす程度であって、五感などは一切感じられない。
NWでどれだけ異常な進化を遂げたのかがよくわかるだろう。

しかし、『NW』がフルダイブ形式の世界初のオンラインゲームというわけではない。
既にフルダイブの技術は、様々なジャンルのゲームに浸透しつつある“黎明期”であるということを留意していただきたい。

「先駆者に足りないものは、僅かなユーモアとアイデアである」

【Cute chick】

少年が何の気なしに選択したサーバー。
リニューアルに合わせて無料移転することが可能となっているサーバーの内の一つでその名に反して圧倒的少数派の “PKが可能なサーバー”でもある。

様々な要因で全サーバーの中でも最も治安が悪く、プレイヤー間の評判は著しく悪い。
そもそも、PKそのものが前時代的であると批判されることもしばしばある。
その前時代的な要素に惹かれてやってくるプレイヤー達はマナーが悪かったり、子どもじみた精神性を抱えていることが多く。Cute chickは他サーバーで遊ぶプレイヤーから『隔離サーバー』や『犯罪者の亡命先』とも揶揄されている。

「えーだってサーバーのアイコンが可愛いし! 一番上にあったし! 人口も多いみたいだし言うことなしだよね~」





「――な? ああいう連中がわんさかいるから、下手打った時の逃亡先としては最良ってわけだ」



【本作のネカマ事情】

自らの性別を女性のように演じて周囲に誤解を与えるプレイヤー(※通称:ネカマ)は多い。
だが、VRMMOの中では脳波がキャラクターの動きに直結してしまう為、ゲームプレイ中は四六時中ありとあらゆる動作に気を使う必要が出てくる。
フルダイブにおいて、ネカマを演じるのはとても難しいとされている。

【外国人プレイヤーの存在】

 本ゲーム『ア・ストーリー・フォーユーNW』は様々な国の人間が同じ世界でゲームを遊んでいる。

本ゲームがここに至るまでに長い歴史が存在している。
“少年”の生まれた国家のVRゲームが導入されるはるか前の時代。
ゲーム開発会社から“押しつけられるグローバル化”に対して辟易したプレイヤー達から不満の声が上がっていた。

何故なら――同じゲーム世界に放り込まれた両国のプレイヤー達は一向に他国の言語を学ぼうとせず、お互いに決して歩み寄ろうとしなかったからである。
最終的に、他国のプレイヤーの存在はゲームを進める上での新しい体験にはなり得ず、ただの障害と成り下がってしまった。

しかし、ゲーム開発者達は決して諦めなかった。
VRMMOの初期開発の頃から翻訳機能を導入、その機能の研磨をひたすらに繰り返した。
そしてこの度、新ゴーグル機能の目玉として自動翻訳機能が学習型の物に切り替わるという改革が行われたのである。

仮想世界はさらに大きな広がりを見せていく。
果たして、その先に待つのは互いに手を取り合う異国の交流か……それとも文化の衝突による軋轢なのか……。

「まいねーむいずネコニャンニャンですにゃ!」

「WT? ニィコォニャンニャンニャンディスニャン?」

「ネコニャンニャンにゃ!」

「ニィコォニャンニャンニャン?」

「あ゛~もう! ネコニャンニャンニャンニャン! ニャン? ニャンニャンニャンニャンニャン?」

「お、落ち着けェ!」


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第三話 いきなり、初めての死

そして、翌日。

 

「ちょっと早すぎたかなあ......」

 

昨日出会ったクリアにゲームの遊び方を教えてもらうために、19時頃に噴水の前で待ち合わせをしていたレットであったが、実際に彼がエールゲルムの世界に降り立ったのは18時頃であった。

 

刺激的で魅力的な新世界が体を開けているこの状況下、ゲームにログインしないで自室で我慢するという選択肢は、今の少年には無かった。

 

(まだ時間はあるし、ちょっと国の中を冒険してみようかな!)

 

かくしてプレイ二日目にしてレットは、当てもなくフォルゲンスの大国を彷徨うことを決心する。

 

レットがまず最初に向かったのは共和国東で開かれている商店や露店だったが、しかし彼はこれに近づくことができなかった。

商店にいるNPC――プレイヤーが操作していないキャラクターが、独特のやり取りをプレイヤーと行っており、気後れしてしまったのである。

 

未知の空間で他者に主導権を取られてしまっているとそこに介入するのは今のレットには難しく、現実世界で例えるなら“未開の地で、中の見えない個人経営の定食屋に一人で入る”ような妙な気まずさがあった。

 

そして何より、彼の手元にはこのゲーム世界の貨幣であるゴールドがほとんど全く無かった。

そこで次に彼が何をしようと決意したか――

 

 

 

(よーし......セクシーな装備着ている人を探そう!)

 

 

 

――『ひたすら欲望に忠実になる』ということであった。

 

しかし、この少年の野望は割と直ぐ簡単に呆気なく打ち砕かれることとなる。

フォルゲンス共和国は基本的に冒険者の始まりの地の一つであり、視界に映るのは多種多様な種族の初心者達である。

レット含め、彼らが着ているのは各々にとっての初期装備、種族ごとに定められた一般的な装束なのだが――これが全くもって性的(セクシャル)な格好では無かった。

 

(うーん。皆地味な装備してるんだよなあ。どうしようかな......)

 

煩悩を総動員して、地の果てまで探してみようかとレットが思案し始めたその時――

 

 

 

「「チーム『聖十字騎士団』メンバー募集中! 社会人も学生も! 初心者さんなら大歓迎! 我々は確固たる意思を持ってゲームに挑んでいます。詳しくは――」」

 

 

 

――共和国の一区画全域に届く大きな声。

 

宮殿の近くで、白銀の鎧を身に纏い。いかにも騎士然とした格好の金髪の人間族の男が、何らかの募集をまるで演説をするかのように行っていた。

 

レットは募集をかけているその男の格好を見つめる。

騎士の白銀は誉れの象徴。正義の代行者であるような厳かな格好はレットにとって理想的に、魅力的に映った。

 

「そこの君、どうだい? 我々のチームに入らないか?」

 

じっと見つめていたレットの様子に気付いたのか。男はレットに向かって話しかけてきた。

 

「初心者さんみたいだし、一応説明しておくと。チームっていうのは、様々な目的下で集うプレイヤー同士のコミュニティのことなんだけど――」

 

チームの説明をしている男の前で、すでにレットは妄想の世界に浸っていた。

 

(聖十字騎士団っていうチーム名、かっこいいな! 『聖十字、暗黒の晴天の騎士ダークレッド』って名乗るのも、良いかも! これを好機と言わずしてなんと呼ぶ!)

 

そう思いレットは男の誘いに乗ろうとした、が――

 

 

 

「――おいおい! そこのそいつ昨日大声で叫んでいた“アレ”だろ? やめとけよ」

 

――別のプレイヤーが二人の間に割り込んできた。

 

「えっ......あっ――そうか、すみません。何でもありませんでした。それでは、失礼します!」

 

突然、白銀の男はよそよそしい態度になり、その場を離れて行ってしまう。

 

「「ああ! ちょっちょっちょっと待ってください」」

 

大声でレットが制止したが、これが全くの逆効果。男達は駆け足でその場を離れていく。

レットは慌てて彼らを追いかけようと駆け出す。

 

――しかし、結局見失ってしまった上に道に迷ってしまった。

 

(おいおい、ここ何処だよ――なんだあれ?)

 

共和国を外のフィールドと分け隔てている大壁の近くに、中空で円形のオブジェクトが立てられており、そこに色水で出来た膜のようなものが貼られていた。

それは、まるで巨大なフラフープに貼られたシャボン液のようであった。

 

レットはその真横に、説明のためか――古く頑丈そうな鉄製の立て看板が立っていることに気づく。

そこに書かれていた文字はレットにとって見慣れない異国のものであったが、近づくと同時に小さなウィンドウが表示されて、翻訳された内容を読むことができた。

 

「ええと、何々。『フォルゲンス共和国東、イントシュア帝国が親切に最果てまで【ポータルゲート】を設置。イントシュア帝国の強い希望で和平の象徴としてここに刻む事とする。GL.E 362年』」

 

「おや、こんな所に人が来るとは珍しい。そのポータルゲートを使えば国の中や近隣の地の指定された他のゲートにワープ出来るってわけだ。目的地を選んでから飛び込んでくれよ?」

 

声をかけられて、レットは慌てて振り返る。そこに立っていたのは中年男性のNPCだった。

 

なるほど、実にわかりやすい説明をしてくれる物だとレットは感心する。

 

「へえええええ......こうやって教えてくれるのかあ。えっと、初心者向けのフィールドってどこなのかわかるか――いや、わかります? なんてね、答えてくれるわけが――」

 

「――ああ、それならこの国に隣接する【ポルスカ森林の北部】に向かうといい。丁度いい強さのモンスターが一杯居るはずだぞ」

 

自分の説明にNPCが丁寧に答えてくれたことにレットは驚いた。

 

「凄いな、これが最新型の人工知能ってやつなのか!? そんじゃお言葉に甘えて――」

 

クリアとの約束の時間までまだ少し間がある。

国を巡るのは後にして、レットはこの国の中の外に出てみたいと思った。

 

少年の心の中には未開の地への憧れがあった。

 

彼の中では、現実の世界というものは全ての国や土地が明らかにされていて開拓の余地の全く無い物であった。

それに相反するように、この世界の中のことを自分は何も知らず、その全てが新しい体験となっている。

 

外に出ることで“何かが起きる”という期待感があった。

そして早いところ、レベルを上げて自分の望む装備を身につけたいとも思っていた。

 

ポータルゲートのウィンドウが開かれ、レットは転送先を決定する。

目指す目的地は共和国の隣接エリア、ポルスカ森林の北部である。

レットがゲートに飛び込んだ直後、NPCの男が悲しそうな表情をしながら呟いた。

 

「――はぁ......良い冒険の旅を......」

 

 

 

――ポルスカ森林。

 

 

ポルスカ森林は、フォルゲンス共和国に隣接する、鬱蒼とした森林地帯である。

霧の中で木々の葉は緑色に光を放ち、その光は森全体に幽玄な雰囲気を漂わせている。

自然の息吹と静寂が混ざり合い、この場所がただの森でなく、何か不思議な力に満ちているかのような感覚をプレイヤーに与えるという。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、このポルスカ森林北部に降り立ったレットは――――同時に、この世界の中で初めて命を落とした。

 

「え――は? なん――」

 

視界がはっきりすると同時に、その目に映るもの全てが茶色、茶色、茶色だらけ。

見えるのは自分の体だけで、その体が乱暴に引っかかれてズタズタにされていることに気づく。そこに全くと言って良いほど痛みが無かったのでそれが逆に違和感だった。

 

茶色い視界がぐるぐると回り、そのまま自分の体に力が入らずレットは地面に倒れ込む。

 

「(え? 何だ? しゃべれている感じはするのに声が出てない!)」

 

レットはすでに自分の意思で話すことはできなかった。

獣たちに踏みつけられて、口から空気の出る音が鳴るだけである。

 

倒れたままのレットの視界に見たことの無い茶色の、蠢く“足”が何本も映った。

 

 

 

 

 

 

(なんじゃあこりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)

 

レットはようやく自分が巻き込まれた状況を理解する。

 

大量の獣達が転送先のゲートの周辺に、ひしめき合うように集まっていたのであった。

戦闘不能になったレットは首を動かすことすらままならず、周囲の状況を詳しく見ることすら叶わない。

 

その耳には“近くで誰かが獣と争っている音”だけが聞こえてくる。

 

「きゃっ! 何なのこれ? 戦争!?」

 

不意に女性の声が聞こえた。

 

「いけない! あんな所に人が倒れてるじゃない! えっと――なんとかして近づいて............これで、蘇生できるかしら?」

 

突然、レットの体に力が漲る。

 

光と共に不可思議な力が働き、その体が自然と起き上がった。

 

「やったっ! 助かった! おお、話せる!」

 

――とはいえ依然としてレットの居る場所は茶色い獣団子のど真ん中。

レットはもみくちゃにされながらもなんとか“獣団子”の外に出ようとする。

 

(団子の外側には全員おんなじ格好をしているプレイヤーがいるけど......NPCかな?)

 

 

 

そのさらに外側に、レットを助けてくれたプレイヤーがいた。

 

レットと同じ種族でありながら、外見年齢は僅かに年上のその女性キャラクターは、少年が憧れるファンタジーの魔法使いを思わせるような丈の短い、水色の縁取りがされた白いチュニックを身に纏っていた。

 

チュニックは彼女の健康的な体型を自然に包み込み、その豊かなシルエットが彼女の魅力的な立ち姿を形作っており、腰の後ろには小さなポーチが添えられている。

 

チュニックの下から彼女の活発な動きを支えるショートパンツが見え隠れしており、実用性とファッションを兼ね備えた茶色のロングブーツを履いている。

 

頭のフード部分は脱がれ、露わになっている水色のミドルヘアは彼女の明るく開放的な性格を表しているようで、白い肌と相まって、どこかしら神秘的でありながらも、不思議と親しみやすい雰囲気を放っていた。

 

煩悩にまみれたレットの目が、少女の可愛らしさに釘付けになる。

 

「待っててね。今、回復してあげるから!」

 

少女は起き上がって間もないレットに、回復の魔法を詠唱しようしていた。

レットの中にあった邪な煩悩が瞬く間に胡散する。

 

(いけないいけない! 自分を助けようと頑張ってくれている人に、怪しい視線を向けている場合じゃ――)

 

そこで、獣達が一斉にその爪を振り回した。

そのままあっさり二人はなぎ倒され、レットは再び戦闘不能になってしまう。

 

(――やべえ......今度は助けてくれようとした人を巻き添えにしちゃった......。どうすればいいんだろうこれ......このままじゃいつまで経っても動けないじゃないか!)

 

獣達の足の隙間から団子の外側が伺える。

先程助けてくれた“彼女”が自分と同じように倒れている。

 

(諦めちゃ駄目だ! ここで女の子一人救えないような奴に! 一体何が出来るって言うんだ!? これがアニメなら、間違いなくここは”覚醒するシーン“だ! 動け!! オレの体アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それでもやっぱり、どこからどこまで行ってもこれはゲーム。

 

動かない物はどうやっても動かない。

 

「グワッ!」

 

「オゲッエエエ!」

 

「キエエエエエエエエエ!!」

 

倒れているレットの耳に、凄まじい断末魔と共にプレイヤーが倒れる音がいくつも聞こえてくる。

 

(他の冒険者達だ......自分と同じように他の場所からワープしてきたんだ!)

 

「おいおいおいおい、レット〜! 本当に外に出てしまったのか? ニヤリ――なんてね!」

 

少し遠くから聞き覚えのある――クリアの声が聞こえてきた。

レットは自分が幸運であると感じた。この状況下で、まさに地獄に仏である。

 

(クリアさん! お願いだからこの状況をなんとかしてくださ〜い! 聞こえてないか......)

 

「――あー、だめだなこれは。自分も昨日で蘇生アイテムは全て使い切ってしまったし、フォルゲンス共和国に一度リスポーン――つまり、“キャラクターごとに設定されている特定の場所に戻って”ゲームを再開すれば良い。念じるだけで戻れるから、心配は要らないよ。レベルが著しく低い初心者は、死んでも何のペナルティもないから」

 

聞こえてきたクリアの助言に従ったのだろうか?

 

水色の髪の少女は、倒れ込んだ姿勢のままレットの視界から光に包まれて消滅した。

 

(うえー格好悪い......オレェ......情けないとけど、戻らないでずっとここにいるわけにもいかないよな......)

 

レットは目を瞑って強く念じた。

 

(”戻りたい〜帰りたい〜“......これで、いいのかな?)

 

同時に、レットの体が光に包まれる。

――そうして再び、フォルゲンス共和国東。

無事にゲーム開始地点に戻ってくることができたレットはその場で周囲を見回す。

 

「ああ......そっか......クリアさんはまだ外にいるのかな」

 

「――いや、もう戻ってきたよ」

 

「うわっ!」

 

二重の意味で驚くレット。

 

一つ目は唐突にクリアが現れたことに対して。

二つ目はその全身が赤黒いペンキのような液体に塗れていたということに対してである。

 

「あ、いや失礼。ちょっと狩りの用事があってね。これはリアルじゃないけど、全部返り血なんだ。今洗い流すから」

 

クリアはポケットから何かを取り出し頭上にばらまく。

あっという間にその体にこびりついていた“血糊”が消滅した。

 

「クリアさん......急に現れてびっくりしましたよ」

 

クリアの格好は昨日の上半身半裸の姿とは違って、軽装の皮装備だった。

暗めの様々な色――赤、緑、青、黄色――等が不規則に組み合わさったふざけているかのような色合いをしていたが、それに反してクリアの装備品自体は緻密なディテールをしている。

 

軽装とはいえ何の皮を使っているのか、やたら頑丈そうに見える革製のコートは細部に至るまで丁寧に作り込まれた装飾が施されていて、袖や襟元には繊細な飾り縫いがある。

 

多数のポケットやツールを収納するためのスペースが設けられており、動きやすさと機能性を考慮した作りになっていた。

 

腰には様々な小道具が収納されているポシェットが着いており、ベルトには、狩りのためのナイフや小さな袋などがぶら下がっている。

 

手を守りつつ、ある程度緻密な動きをするためなのか。付けている黒い薄手のグローブの関節部分には穴が空いていた。

 

ファンタジーの世界に根差しながらも、どこかしら洗練された現実的な要素を持ち合わせているような。一言で表すなら“必要最低限のことは何でもできる”――そんな格好だった。

 

(この装備、割とカッコいいかもなぁ......)

 

そう思ったレットであったが、彼の求める理想の格好では無かったのでそこまで食いつくようなことはしなかった。

 

少年の好みは“様々な装飾が付いた派手な金属製の鎧”若しくは“全身黒ずくめの軽装”だった。

 

「驚くも何も、よく見てみなよ。さっきレットが倒れていた場所、すぐそこなんだぜ?」

 

クリアはレットの後方を指さした。

大壁の中に小さな門――先程の森林に繋がる門がすぐそこにあった。

 

「あ......あー酷い遠回りをしたのかオレ......」

 

「国の中を散歩していたってわけか。まあ、良いんじゃないか? 遠回り、自分は好きだけどな。ハハハハ」

 

「何はともあれ、ありがとうございました」

 

「いいよ、俺のことは気にしなくて。本当に何もしていないし」

 

「自分を助けようとしてくれた彼女にも一言お礼が言いたかったんですけど......」

 

「彼女って言うのは、あそこで一緒に倒れていたあの女の子のことか......名前は、非表示の設定になっていたからわからなかったけど」

 

「へぇ〜。このゲームって、名前を非表示にできるんですね」

 

「理由はプレイヤーによって様々だけどな。後ろめたい過去を持っていて、自らの素性を探られたくないプレイヤーとか......”名前のスペルを間違えてしまったプレイヤー”とかな!」

 

クリアはレットの頭上を見つめて、軽く笑って見せる。

 

(っていうか、クリアさんがすぐに戻って来れたってことは――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これってつまり、“国を出て直ぐの場所にあんなモンスターの大群がいた”ってことですよね!?」

 

「それが、このゲームの常識みたいなもんだ!」

 

「ぶっ飛びすぎでしょ! NPCにだまされて、街の外に出たらいきなりぶっ殺されるなんて、もう無茶苦茶じゃないですか!!!!」

 

「仕方ないだろう。このゲームのNPCはあ――......ある程度世界観に沿ったことまでしか言えないんだから。あれは一部のプレイヤーの仕業だな」

 

「えぇ? プレイヤーの仕業ってどういうことです? あそこには自分とあの女の子以外、他に誰も居ませんでしたよ?」

 

「ポータルゲート周辺はNPCの衛兵がいる。彼らはタフだけどモンスターと同じ場所でだらだら戦闘するだけで敵を倒すまでに時間がかかるんだよ。だから、ああやって嫌がらせ目的で国の出入り口にわざと大量のモンスターを連れてきて足止めさせるプレイヤーがいたりするわけだ」

 

『で、例えばお前みたいな初心者プレイヤーが――』

 

そう言いながら、クリアがレットを指差す。

 

「――ゲートを通ったり、国の出入り門を無警戒に駆け抜けてあそこにやってくる。そのまま戦闘中のモンスターの攻撃に巻き込まれて死ぬ。それの繰り返しだ。よりにもよって獣が無駄に強くて範囲攻撃を繰り返すから悲劇が悲劇を呼ぶんだ。生半可な知識で蘇生させようとすると、蘇生しようと近づいた人も巻き添えで“皆死ぬ”。めでたしめでたし!」

 

「全然めでたくないですよォ......。“完全に嫌がらせ”だし。初心者はあのゲートを使えないじゃないですか......」

 

「ああ、そこで付いたポータルゲートの通称が『デスゲート』だ。外の状況がはっきりしない時や、危険なモンスターがいるエリアではゲートは極力使わない方がいい」

 

(デスゲートって、ネーミングセンス直球すぎるだろ......)

 

「そもそも、なんでプレイヤーがあんな場所にモンスターを集めたりするんです?」

 

「よく“聞く理由”が『面白いから』だな。ただのストレス発散でやる奴もいれば運悪く大量のモンスターに見つかってしまって逃げ

ようと必死になった結果ああなることもある――まあ、あんまり面白いもんでも無いだろうけど」

 

 

 

 

 

「あのォ......クリアさん......さっきからやたら詳しいんですけど。もしかして、あなたも“アレ”をやったことあるんすか?」

 

「いやいやいやいや! 初心者狩りなんて〜。そ〜んなこと、このゲームで俺がやるわけないじゃあないか! ダッハッハッハッハッハ!」

 

疑惑の視線を向けるレットに対して、クリアはどこか白々しさを感じさせる笑い声を上げて見せた。

 

後にレットは知ることになるが、この嫌がらせは実行時以外は自分の姿をほとんど見られないという理由も相まってか犯人の特定は困難であり、発生頻度が非常に多い物だった。

 

バレなければ、人はどんな悪事でも平気で行ってしまう物なのだろうか――と、後日レットは軽い人間不信に陥ることとなる。

 

「うーん......オレェどうすればいいんですか? あれじゃあ、これから先一人で街の外に出れませんよ......」

 

「国を囲んでいる大壁の周辺には”出入り用の梯子“があるんだ。ここからでも登り口は見えるだろ? 城門がモンスターで詰まっていたら、安全なあそこから様子見して出入りするのが基本なんだ」

 

(なるほどなぁ......)

 

クリアが指差したの先にはフォルゲンス共和国の城壁があった。

その高さは相当な物であり、クリアの言う通り外の状態を確認するのに適しているようだった。

 

「後は――救いなのがあのモンスターは国の“討伐対象”になっているということだ。レベルの高いプレイヤーがまとめて倒してくれることが割とあるから、その後に通り抜ければいい。慈善でやる奴もいたりするが......ま、そんなことは『腹黒いお人好し』共にやらせておけばいいのさ。連中もさぞ満足だろうよ」

 

「腹黒いお人好し......ですか?」

 

クリアは周囲を軽く見回した。

 

「あ、いや――何でも無い。気にするな。それと、他にも“解決手段”はあるぞ」

 

「――なんですか?」

 

首を傾げるレットに対して、クリアはニヤリと笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

「“強くなって、あのモンスターどもを全部一人で叩きのめす”だ。――それじゃあ、外に出て“レベルを上げる職業を決めようか!”」

 

そのクリアの言葉を受けて、レットは俄然やる気を出した。

 

(これだよ、これ! こういう展開を待っていたんだ! 修行して、オレは最強になってみせる!)










【デスゲート】
 “出たら死ぬポータルゲート”のことをこのように呼ぶ。

ちなみに街や冒険の拠点の出入り口などにモンスターを意図的に保有し集める行為はMPK(※モンスタープレイヤーキル。モンスターを利用した他者の殺害行為)の対象となり普通のゲームならば間違いなく利用規約に違反するものである。

しかし、このゲームでは何とプレイヤーの自治行為に任せてしまっている状態である。
フィールドが切り替わった瞬間に自キャラが死ぬのはMMOの華なのであろうか?

「冒険への長いトンネルを抜けると地獄であつた」


【いい加減さが大事】
 この時代のオンラインゲームは①プレイヤーの遊びそのものを厳格に管理して、②プレイヤー層の住み分けを行った上で、③極力複雑なトラブルが起きない作品が主流となっている。

しかし本作は、通常のVR技術、ひいてはフルダイブVR技術の黎明期が訪れていることを逆手にとった(悪い言い方をすると集客力頼りの)ゲーム作りをしており、それこそが本作の特徴であると開発者が公式で語っている。

実際にこのような攻撃的な発言を行ったわけではないが、開発者のインタビューを要約すると以下のような文章になる。

『我々はシステムで管理されつくした安全な遊園地のようなゲームを作るつもりも無く、定期的にプレイヤーに配給食エサを配るディストピアのようなゲームも作りたくない。行き過ぎた管理を行っている単純で応用の効かないゲームはプレイヤーにリアルな体験と鮮明な思い出を提供しない。故に、我々はこのゲームシステムを作る上で“意図的にいい加減さが発生するような穴を作っている”。そういったいい加減さは我々開発者が調整の按配あんばいを間違えなければ、後のプレイヤー達への貴重な思い出話の一つになるからだ』

尚、当のプレイヤー諸氏からは『きっちりとゲームバランスの調整が出来なかった時用の言い訳』にしか聞こえないという辛辣な批判もあるようだ。

実際、本作はかつてのMMO時代の黎明期を再起させるかのような珍妙な事件が多発している。

ひょっとすると、このゲームの製作者は遥か昔の“懐かしのオンラインゲーム”に何らかの思い入れがあるのかもしれない。

「『時間のない社会人の皆さんに遊んでもらえる為のシンプルなゲーム作り』? 必要ない。そんなものは熱中できる魅力的な世界を提供できない開発者のただの言い訳だ。大人になって、ゲームを遊ぶ時間が無くなっていうのはただの嘘っぱちだと僕は思っている。本当に面白いゲームを作ることが出来ればね。会社を辞めても学校を中退してでも人はゲームに熱中する物なんです」

(『それはプレイヤーの実生活に影響が出るのでは?』というインタビューアーの質問がここで投げかけられる)

「いや、大丈夫ですよ。滅多なことでは人は死なないから。むしろ思い出ってものは人生に於いて最も大事な物で、現実世界で明日に繋がる良い活力になると僕は思ってる。僕がゲームの開発を始めたのも、それが理由だからね」


【チームの自動解散】

 このゲームに限った話ではなく、オンラインゲームにおいてチーム単位で活動するプレイヤーは非常に多い。
本作では『アクティブなプレイヤーが一定人数以下に達した少人数のチームは自動で解散してしまう』という独特のシステムが採用されている。
このシステムは、ゲーム外に設置されているコミュニティボード(プレイヤーの議論用の掲示板)では賛否両論である。

では何故、このようなシステムがゲームに実装されているのか?

それはオンラインゲームにおいて“チームの数が増えすぎる”と、“新しいプレイヤー同士の交流の妨げ”になってしまうからである。

例えば、ゲーム内に3~5人程度の少人数チームが多数できてしまった場合。
これはVRMMOの中期から末期において頻繁に起こりうるシチュエーションである。
このような場合でも、ほとんどのチームは解散しない。

チームを脱退し他のチームに移るプレイヤーより、“そのままチームに残ってしまうプレイヤー”の方が圧倒的多数なのである。
こうなるとそのプレイヤーにとっての“世界”はその3~5人だけの世界となってしまい、プレイヤー同士の新しい出会いが発生する機会は減っていく。

今作を販売、運営しているゲーム会社としては、プレイヤー同士のコミュニケーションの機会を減らす状況は作りたくない。そのような状況を打破するために『自動解散機能』を実装したという経緯があった。

もしも、チーム同士をそのまま合併できるようなシステムを構築してしまった場合、“新チームにリーダーが二人存在する”ということとなり、チームごとの管理権限で人間関係上でのトラブルが後を絶たなくなってしまう。

結果的にチームの自動解散機能という物は運営にとって、『たった一つの冴えないやり方』なのであった。

「そっか……無くなっちゃうんですね。このチーム」




【この日レットが冒険したポルスカ森林の解説と、クエストに関する情報】

 遙か昔、戦乱の頃は用途が非常に多く不適切な環境でも育つポルッカコーンの栽培が小作人達によって行われていたが、国は反対する小作人達を様々な方法で黙らせ出自不明の樹木を植える事に決定。どのような意図があったのか――莫大な利権が絡んでいたのか――それを知るものは誰も居ない。

植えてしまった木の繁殖力は予想以上に強く土地の栄養と日光を無慈悲にも奪い続けた。これが原因でポルッカコーンの畑はついに全滅してしまい、多くの小作人達がその仕事を失うこととなる。

今ここに残されているのは鬱蒼と生い茂る森林だけである。
いずれにせよ、最適な環境とはとても言えた物では無く、手に入る収穫物もお世辞にも美味とは言えない。
フォルゲンスの悲惨すぎる食文化の一端を担ってしまっている――というのが現状である。

そして、エリアを代表する危険なモンスターがこの日レットをなぎ倒した『(おぞ)ましい獣』達である。

初心者がこのモンスターに襲われ倒されてしまう一方で、フォルゲンス共和国は正体不明の獣を討伐するように冒険者達に依頼を出しているが、プレイヤーが攻撃すると討伐する前に、何かを思い出したかのように逃げ出してしまう。(この獣たちは金策、即ちお金稼ぎが目的の鍛え抜かれたプレイヤー達によって片っ端から追い払われる事もしばしば)

『森に迷い込んだ少女が獣達に襲われ、無残な姿で見つかった』――という話を、落ち込んでいる少女の弟から聞くことで、フォルゲンス共和国のメインクエスト、すなわち国ごとに設定されているメインストーリーが始まり、クリアすることでこの獣の出自や真相が明らかになるようになっている。


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第四話 運命を決める職業選択

「というわけでレット。今度は無事に外に出れたのは良いとして、レベルアップさせるのは本当にその職業でいいのかい?」

 

「もちろん、今の職業の【ソードマスター】を頑張りますよ!」

 

ソードマスター、剣を極めし達人。エールゲルム大陸の全ての剣に精通しており、ありとあらゆる剣を優れた技術で軽々と振り回せる。

巨大な剣を使うこともできるが、その力の本質は洗練された剣技に基づくものである。

故にその動きには無駄がなく、彼らは最小限の力で敵を断ち切るのだ。

 

二本の武器を同時に攻撃に使える“二刀流”はソードマスターの有名な職業特性。

 

装備品やスキルの選択によっては、敵の攻撃を受け止める盾役として立ち回ることもできる。

 

今作ではこういう“中庸で、できることの多そうな勇者っぽい職業”はやたらと年齢層の低いプレイヤーに好まれる傾向がある――ということをレットは後に知ることになる。

 

「レベルアップで覚える“二刀流”がかっこよくてかっこよくて、前々から職業だけ調べてて、コレやりたいなって思っていたんですよ! 初心者用の片手剣もばぁっちりです!」

 

レットは銅で出来た片手剣を儀式のように宙に掲げて、大きな声で叫んだ。

 

「「――こっからオレは『オリジナルスキルや特別な職業を、自分だけ習得して無双してみせます!!』」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ……よせよ――漫画やアニメじゃないんだぞ。そんなこと、できるわけないだろ……」

 

クリアは心底呆れたような表情でレットを見つめる。

 

「い、いや。オレ自身薄々わかってはいたんですけど。このゲームでは、やっぱり無理なんですかね。“そういうの”」

 

「どんなゲームでも無理だろ……。お、お前……もしも、自分以外のプレイヤーが一人だけシステム上で優遇されて圧倒的に強かったらどう思う?」

 

「そ、そりゃあ……クソゲーですよね……オレ自身、遊びたくなくなるカモ……」

 

気勢の削がれたレットに対して、クリアが苦々しい表情で答える。

 

「まあそういうケースが全く無いわけではないだろうけどな。例えば――“先が長くない病気の少年に、開発会社が伝説の武器をプレゼントしてあげた”……とかなら。他のゲームでも実際にあったことだし、美談としてギリギリあり得る話かもしれないが」

 

「そんな流れで強くなるのは嫌ですよォ……。オレは健康だから、早死にする予定もないですし……」

 

 

 

(つまり結局、“無い”ってことだよな……この世界の中で“オレだけの特別な何か“は……)

 

レットは現実を理解して、深く落ち込んで肩を落とした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よって、今日は全く別の“イレギュラーな手段”を実行することで、効率良く強くなる」

 

レットは全く予想していなかったクリアの言葉に対して耳を疑った。

 

「ええっ……実際のゲームに、“本当にある”んですか? そんな抜け道みたいな方法が!?」

 

「ここに来る前に確認したが、もう一度確認させてくれ。お前は“この世界の中で手っ取り早く強くなりたい”って自分で言ったよな? ただ“適当にエンジョイしたい”わけじゃないんだな?」

 

「はい! 間違いなく言いました。もちろんオレは本気です!」

 

「よし、とりあえず。俺が教えるその“イレギュラーな手段”を、職業選択に適応した際の最適解は――武器を斧に代えて【ウォーリア】でアタッカーを始めてしまうことだ。正解はソードマスターなんかじゃない」

 

――それまでずっと掲げていた片手剣が、レットの手から零れ落ちた。

このままだと、この剣は無用の賜物――本当に儀式用のまま終わってしまいそうだとレットは焦りを感じて唾を飲み込む。

 

「い……いや、ウォーリアって要するに“蛮族の戦士”ですよね? 『ごつい格好で斧とか大剣とかをぶんぶん振り回す』っていう。自分、あんまりやりたくないっていうか――」

 

ウォーリア、最も基本的な職業で使える武器種は多岐にわたるが、細かな技術を要する武器は不得意。

どちらかといえば力に身を任せた豪快な戦闘スタイルが基本。

また、非常に頑強な鎧と重盾を装備して、スキルを調整することで盾役としても活躍できる。

 

「そもそも、どういう理屈でクリアさんはウォーリアをおすすめするんですか!?」

 

 

 

「VRMMOの“職業に対する評価”は、大別して二種類に分けることができる! ――なんだと思う?」

 

「え? えっと……職業に対する評価っていうのはつまり、“弱い職業”と“強い職業”ってことですよね?」

 

「ある意味で正解だが。俺の捉え方はちょっと違う。一つ目は開発者の『調整が長期安定している職業』、二つ目は『調整が長期不安定な職業』だ。んでもって、『調整が長期不安定な職業』に時間をかけすぎると強い時期と弱い時期を行ったり来たりことになるわけだから、精神が不安定になる可能性もあるし。ゲームのサービス終了までひたすら辛い思いをすることになるかねない」

 

クリアは思い当たる節があるのか何なのか、苦い表情をしながらレットに対してそう言い放った。

 

「調整っていうのは、“職業バランスの調整”ってことですよね? これ以上聞くと、なんか納得しちゃいそうで嫌だけど……じゃあ、たとえばどういう職業が不安定になりやすいんです?」

 

「どんなゲームでも、まず第一に『手広く一人で何でも同時にできちゃう万能な職業』は超危険だな。強すぎると『ソイツ一人で全部良いじゃん』ってなってしまうのでどこかのタイミングで調整されるんだが、万能をウリにしている場合一転して器用貧乏に陥ることがある。その逆も然りで、ある日突然強くなったりすることもある」

 

「そんなぁ……一人で何でもできるってカッコいいじゃないですか……」

 

「なんでもできたらその万能職以外の出番がなくなるからな。他には――開発者の中で『職業のコンセプトがあやふや』だったり『複雑な独自の仕様を抱えている職業』も調整が長期的に不安定になりやすい。ソードマスターはこれの“後者”に該当する。右と左で全く違う剣を2本持ちながら“攻撃することができてしまう職業”だから、火力の調整が他の職業と比較して迷走しやすい」

 

「二刀流……独特で格好いいのに……独特だから不安定になるのか……」

 

「他にも『自キャラ以外のユニットを“細かく”使役して戦う職業』とか『変な飛び道具がメインダメージの職業』とかもこのゲームでは不安定になることが多い。ご多分に漏れずゲームの基本部分からズレすぎて“調整が難しくなりすぎる”んだろう」

 

レットは深く落ち込みつつも――

 

(ソードマスターがダメっていうなら、じゃあ――)

 

――残された希望がまだあった。

少年にはまだ、他にもやってみたい“第二希望の職業”があったのである。

 

「じゃ……じゃあ。オレ、パラディンでみんなを守る盾役になりますよ! 前からかっこいいと思ってたんです! 『聖なる暗黒の晴天の騎士ダークレッド』の――」

 

パラディン、高貴なる騎士。

頑強な鎧のイメージが強いが、実際は軽装の鎧を着こなし華麗に立ち回るのが主軸。敵の攻撃を受け流しつつ要所で盾を構えることで最前線に立つ壁として活躍する。

 

回復もこなして防御にも優れている為、正々堂々とした殴り合いでは“最高クラスの強さ”を誇る。

 

また、装備品やスキルを適切に選択することで、回復役やアタッカー役を担うこともできる。

 

 

 

しかしその高貴さからか、使える武器種は非常に少ない。

 

――騎士の誉れは御身を蝕む。

 

 

 

 

 

 

「肩書きがさらに長くなるし。おすすめはしない」

 

「それじゃあ、オレもう何やっても駄目じゃねえか!」

 

 

 

 

 

 

憤慨し乱暴な言葉を使うレットに対し、クリアは冷静に話を続けた。

 

「このゲームで盾役をお勧めしない理由は、“プレイヤーへのメンタル的な負担が大きい”傾向にあるからだ。敵の攻撃を真っ先に受けることが心理的にも知識的にも負担になるし、敵のターゲットを集めるために一番前に出る必要があるので――つまり、後ろにいる味方プレイヤーに“ミスがバレやすい”」

 

「あ、あー……。納得できるっていうか、“すごくちゃんとした理由”ですね。それ」

 

「例えば、ダンジョンを攻略するときも先頭に立つことになる関係で知識を要することが多いし、野良パーティ――つまり、お互い知らない者同士で組まれたパーティでは、ミスると結構気まずい」

 

「う……それは、嫌だなあ」

 

レットは自分の脳内で妄想をする。

パラディンとなり先頭に立っている自分が、失敗から真っ先に戦闘不能に陥って、それを残念そうな目で背後から見つめる初対面の他のプレイヤー達の姿が自然と思い浮かんだ。

 

(想像しただけでゾッとする……)

 

「ま、いきなり初心者が始めるのにはちょっと厳しいかもな。盾役としての需要は高いけど」

 

「確かに……盾がいない戦闘ってのもそんなに想像できないし、活躍の場自体はあるってことか……」

 

「そうだな。“このゲームで盾に特化したパラディンは物凄く強い”。まさしく『物語の主人公の如き強さ』ってやつだ」

 

(まさにオレの理想だ……めっちゃ憧れるけど、すっごく大変そう……)

 

 

 

「はぁ……初心者が選んじゃ駄目な職業はよ~~くわかりました。じゃあ逆に、どうしてクリアさんのおすすめは“アタッカーとしてのウォーリア”なんです?」

 

「『近接戦闘職』の中の“基本中の基本”に位置する職業だからだ。このゲームは“近接で殴る”職業を中心に戦闘(バトル)のデザインがされている。そしてウォーリアは他のアタッカーの調整やデザインを行う上での“基準点”となっている職業だから、調整が入ってもブレ幅が少ない傾向にあるんだ。つまり“長期に渡って安定した強さ”が保証されやすい」

 

「ウォーリアはぶっちゃけ死ぬほどやりたくないんで、他に何か無いんです? 調整が安定している職業って」

 

「次点で……やっぱり回復ができる“基本の職業”だな。このゲームはプリーストの調整が安定している時期が長い」

 

「プリーストか……うーん。それもなんかあんまりやりたくないなあ」

 

(オレの中では、回復役って、女性キャラクターがやるイメージがあるし……)

 

プリースト、司祭、神官。

様々な回復、治癒の技術に優れる後方支援が基本。

刃物は持てないが、しかし棍棒を使った攻撃は強烈。

 

「そう、それが理由その一だ。回復役は盾と同じで『誰もやりたくない』。つまり、『ある程度強くしておかないと人口が増えなくてゲーム全体に影響が出るポジション』だから開発者から優遇されている。なんやかんやいってプレイヤーの性別問わず。爽快感溢れる攻撃職をやりたい人が多いからな」

 

「あぁ……なるほど。そういう理由もあるんですね。で、“回復役ができる職業”の調整の基準点がプリーストってことか……」

 

「これは他のゲームを長く遊ぶ時にも大事な考え方かもな。“ゲームの基準点となっている安定したキャラクターや職業”を事前に理解しておけば、ストレスを抱え込まないで済むってわけだな」

 

「逆にその“基準点の職業”が長期間不安定な調整を受けるってことは起こりえないんです?」

 

「それは滅多に無いし、もしそうなっているなら長期間にわたってゲームの基本が出来ていない(イコール)ゲーム全体のバランスがずーっと壊れ続けているということになる。そこまで不健全な状態に陥っているゲームは運営が迷走しているってことだからもう続ける必要がない。課金を止めるなりなんなりして、ゲームから距離を置いてしまった方が良い――以上!」

 

「乱暴な結論の出し方だなあ……結局、クリアさんは『変にテクい複雑な職業より、基本的で単純でわかりやすい職業の方が調整が安定しやすくて迷走しない』ってことが言いたいんですよね。でも、当たり前といえば当たり前の話じゃないですか?」

 

「職業の選択だけ見たら、そうなるが。俺が言いたいことはそうじゃない。“ゲームの基本的な構造とバランスを理解した上でその都度戦略的な選択を行うこと”。これこそが“イレギュラーなやり方”ってわけさ。こんなことまで考えてゲームを遊ぶプレイヤーは、滅多にいない」

 

(う……た、確かに。“普通にゲームを楽しもう”とか。“今強い職業をその都度全力で遊ぼう”っていう考え方とも全然違う。ゲームの基本的な構造をきちんと理解した上で、長期に安定して、効率良くゲームを攻略する手段を分析しているって感じなのか……)

 

レットは、余所見をしているクリアの顔をじっと見つめる。

 

(この人、フザけた見た目の割には頭が良いっていうか。単純にゲームが上手いとか下手とかとは違う次元で、“ただ者じゃない”感じがしてきた……)

 

「逆に、構造を理解しないで、自分の憧れとか好みだけでゲームを始めてしまうと『客集めの為だけに作られた中身の無い格好だけの職業』に釣られた挙句、迷走して辛酸を舐め続けることになりかねない」

 

(うぐ……。それってまさに今のオレじゃん……)

 

「“いつか必ず弱体調整が来る”と脅えて悩んだり“いつか必ず強化調整が来る”と希望を持って待ち続けることになる可能性だってある。転職を他人に薦められても“好きなんだから辞められない”と苦しみ続けることになったりとかな? ――だけど、どう足掻いても自分の力で現状(システム)は変えられないから、プレイヤーの性格次第ではストレスと向き合うのは大変になるだろう」

 

(憧れて始めて、頑張って鍛えた職業が全然活躍できなかったりしたら、オレなら確かにすごいストレスを感じるんだろうなあ……。だけど――)

 

「クリアさんの考え方もちょっと冷徹すぎるというか――あまりにもドライすぎるっていうか――身も蓋も夢もないっていうか。これはこれですごく窮屈な遊び方なような――」

 

レットの指摘を受けて、クリアは『しまった』と言わんばかりのハッとした表情をする。

 

「あ〜その……レット。なんというか、申し訳ないことをした。オンラインゲームで、こういう効率重視のネタバレみたいなアドバイスは初心者のやる気を削ぐ、一種の迷惑行為みたいなものだからな。――とはいえ、このゲームは一つの職業を極めるのにもある程度時間がかかる。適当に楽しく遊びたいっていうならまだしも、“本気で強くなりたい”っていうなら、ゲーム全体を冷静に俯瞰する姿勢も必要だと思ってな……」

 

「いや、それは良いんです……。オレが知りたくて自分から聞いたことだし――。でも――でも――」

 

レットは、クリアから突きつけられた“現実”を受けて、改めて打ちのめされる。

 

 

 

 

 

「「グッ…………グッ………………グググオオオオオオオオオオオオオオ!」」

 

そして、レットはポルスカ森林の中で猛る獣のように叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「それでも、それでもオレはソードマスターを…………やりたいんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ワッハッハッハ! わかったわかった。好きにしろよ!」

 

「――――え? あれだけ上から目線で長ったらしく偉そうに語っておいて?」

 

レットのさりげない暴言を流しつつ、クリアは深く頷いた。

 

「俺は“効率良く強くなりたい”ってお前が言うからこそ、必要な情報や考え方を最初に教えたんだ。そして、それを知ってもお前は自分の頭で考えて、やりたい職業をきちんと主張した。そんなお前の望みを否定する権利なんて誰にもありはしないさ! やっぱり、最終的には理屈がどうとかじゃなくて、“自分の心の声に従う”のが一番なのかもしれないな!」

 

「「はい! 覚悟を決めました! オレはアタッカーとしてのソードマスターを極めます!」」

 

「おう! 頑張れよ。“有名人!”」

 

 

 

 

 

「――――――――有名人?」

 

「ああ、そりゃあ悪い意味で有名にもなるさ。ゲーム開始直後からずーっと大声で叫んでいたからな」

 

「「ほげえええええええええええええええ」」

 

今まさにレットが使ったのが、ゲームの会話機能“Yell(エール)”。

大声で叫ぶことで、フィールドのかなりの範囲に声が届く便利な機能である。

 

「レット。今日、街の中で誰かに話かけようとしなかったか? 多分、無視されたろ?」

 

レットは聖十字の騎士達に逃げ出されたことを思い出す。

 

「ああ、あれってオレが昨日叫びすぎたせいで避けられていたってことなのか――――――ンアアアアアア!? こうなることがわかっていたなら一番最初に注意してくれたって……いいじゃあないですか……」

 

「そりゃあ、止めないさ」

 

 

 

 

 

「……はい、言われる前に自分で気づくべきでした………テンション上がって周りが全く見えていませんでした。反省しています」

 

「全然違う!! 謝るんじゃあねえ! 大声で叫ぶのは、お前の大事な個性なんだよ!」

 

「こ、個性!?」 

 

「ああ――そりゃあたしかに大声を出したことで他人の不興を買ったかもしれない。でも良いんだよ、いちいち萎縮しなくてさ! 普通、ゲームを始めたほとんどのプレイヤーは黙ってチュートリアルを受けようとする。でも、お前はそんなことせず。この世界に大きく派手な産声を上げた! そのぶっ飛び具合が気に入ったんだよ。ネジが外れていて面白い奴は俺は大歓迎さ!」

 

クリアが“レットの頭上”を見つめながら実に楽しそうに捲し立てた。

 

(やっぱり、変な人だなあ……。ちょっと頭おかしいのかもな、この人)

 

「ゲームの世界の中で自分を見失わないでまっすぐに進む奴は、著しく人の心を傷つけたりしない限り。どんなに周囲から馬鹿にされようと俺は評価するよ。今時見かけないしな。お前みたいに若くて、あそこまで突き抜けた“英雄キャラのなりきり”っていうか――ロールプレイができる奴なんて」

 

「ええ!? でも結構あんな感じの人って居ませんか? 自分いつもあんな設定で色んなゲーム遊んでますよ。オンラインでやるのはこれが初めてだけど……」

 

「確かに、VRMMOの最初期にはいい意味でネジの外れたプレイヤーがたくさんいたんだが、腫れ物扱いされた挙句に嘲笑の的にされて、今では皆どこかに消えてしまったんだよな。人の個性や可能性を潰そうとする等、愚かしいことだ」

 

そう語るクリアの表情はかつて出会ったプレイヤー達を思い返すかのような――どっか寂しそうな、懐かしむようなものだった。

 

「それはまあ……仕方ないですよ。悪い意味有名になって、ゲームを続けられないのかもしれないです。オレだって既に大声で叫び続けてたわけだから、もうどこのチームにも入れてもらえそうに…………ないし……」

 

「諦めるなよ。お前のロールプレイを止めなかった理由はもう一つある――お前、俺のチームに入れ!」

 

「い……いいんですか!?」

 

「ああ、もちろん。お前は“逸材”だからな――合格だ! ――というわけで今から、チームに誘うぞ! 挨拶の準備をしておいてくれよ!」

 

「――は、はい!」

 

突然舞い降りたチームへの加入イベント。

たくさんのプレイヤーと交流することになる――と緊張してか、レットの体が緊張で僅かに強張る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………リーダーに誘ってもらおうとしたんだが。冷静に考えたらチームに誘う権限を持っている肝心のリーダーが当分ゲームに戻って来れないの忘れてた」

 

「あららららら……」

 

思わぬ肩透かしを受けて、レットは思わずずっこけそうになる。

 

「いや、スマン。リニューアルしてから新規に立ち上げたチームだから、権限管理の移管がまだできていなくて自分は勧誘ができないんだよ」

 

(ふーん。チームって、結構細かい権限があるんだな)

 

権限管理とはチームメンバーが使えるチームの機能を、地位によって分けるものである。

『メンバーAはチームメンバーを新規で勧誘できるが、メンバーBは自由に勧誘できない』といったような物である。

 

「――ていうか、ゲームに“戻ってこれない”って、リーダーは何処に行ってしまったんです?」

 

レットの質問に対して、クリアはバツが悪そうに顔を背けた。

 

「リーダーは………………今、“監獄”にいる」

 

「監獄ゥ!? ……って何です?」

 

「利用規約を違反したプレイヤーが送られる隔離施設のことだよ。いつものことなんだよ。リニューアル前の無印のプレイヤーは特典として新型のVRゴーグルを真っ先に受け取れたんだけど、うちのチームのリーダーはサービス開始直後にいきなりゲームの違反行為を起こして監獄に連れて行かれてしまったんだ。『アスフォー無印』の頃からリーダーが監獄にぶち込まれるのは今回で……えー、ひいふうみい……――――丁度10回目になる」

 

「――――はあああああああああああ!? 10回!? それってその……キャラクターを削除されたりとかしないんですか!?」

 

「もう何回も処罰を受けてキャラクターを削除されているよ。アカウントの永久BANも何度もされてる」

 

「え、永久BANって。つまり”ゲームプレイが永久に停止されちゃう罰を受けた“ってことですか!?」

 

「ああ、永久BANをされる度に、立ち上げたチームもその都度解散してんだ。だけどその度にうちのチームリーダーは新しいVR機材一式とゲームを購入して新しいアカウントを作って遊んでいるってワケ」

 

「あ……あの……クリアさん。人間として信用できるんですか? そのチームのリーダー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、全然。自分なんかチームを乗っ取ろうと日々(たくら)んでいるくらいだ」

 

「それ、いくら何でもチームリーダーの人徳無さすぎだろ!!」

 

(この人、やっぱまともなプレイヤーじゃねえッ!)

 

 

 

 

 

 

クリアのあっけらかんとした物言いに、レットの中での“仲間”という概念が大きく揺らいだ。

 

「現実で投獄されていないだけましだろ?」

 

(比較対象がおかしいだろ……)

 

「リーダーが不在ってことで、チームへの加入は見送りだな。とりあえずレットは俺とのフレンド登録だけ頼む! まだ、登録ができてないみたいだからな」

 

「は、はぁ……そういえば……クリアさんは何故オープニングを見ている途中の初心者のオレに、いきなりフレンド登録なんて送ったんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? オープニングが見れなくて、いいリアクションしてくれそうだな――と」

 

「やっぱアンタ最悪だな! チクショウ!」

 

こうして、半ば苛立ちながらもレットは彼とのフレンド登録を認証したのであった。

 

「ハッハッハッハ! よしレット、改めてよろしくな! 困ったことがあったらいつでも呼んでくれ。どこからでもすっ飛んで来て、一瞬でお前を殺害してやるから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談でも、登録した直後にそういうこと言うのマジでやめろ!」

 

(くっそー! ゲームを初めてから、この人のペースに振り回されっぱなしだ! こうなったら必ずソードマスターで最強になってクリアさんに一泡吹かせてやる!! いつか絶対にこの人と戦って――勝つ!)

 

自らの職業とこの世界の目標を定めて、レットは心中で固く決意するのであった。







【バランス調整の難しさ】

本作の調整は不安定ではあるが、この時代、『アスフォー』を含めてほとんどのVRMMOは職業調整というものを諦めていた節があった。
調整が上手くいっているように見えるゲームも“複数職業があっても戦闘・回復・盾でやることが全部同じ”であったり――“敵が全体的に弱く調整されていたり”――“常にどこかの職業が壊れており、強くなって弱くなっての調整を、繰り返し高速で行っているだけ”だったり。

どのゲームも誤魔化し誤魔化しで調整しているという実情があった。

ゲームで万人が納得できる調整を施すことなど、不可能なのかもしれない。

「クッソゲやわ~。マジ糞ゲ。はいクソゲ」

(そんなに文句言うなら黙って辞めればいいのに……)



【未来永劫永久停止BAN】

ゲームによっては永久BAN措置を受けたプレイヤーが新しいアカウントを購入しても同一人物だと判明した場合、即そのアカウントも永久BAN措置を受けることもある。
しかし、アスフォーNWはそこまでは関与しない。
どうやら情報の取り扱いを間違えたからか同一人物の確認を怠ってしまい誤BANを行った結果、外国人プレイヤーに訴訟を受けたらしく。しかも、その個人相手にそのまま敗訴してしまったかららしい。

「ここの運営は、なんでいつも外人プレイヤーの意見ばかり聞くんだよ!」

「Youも訴訟しちゃいなyo!」




【NPC】

原則、殺害は不可。プレイヤーの攻撃はすべて透過する。
例外として特定のクエストやコンテンツなどで共闘したりする場合などはモンスターの攻撃で戦闘不能になることがある。
また、街を防衛する大型コンテンツが発生した場合なども侵攻してきたモンスターによって行方不明になったりする。
ほとんどのNPCは自動学習の単純なAIに基づいているため、決まったことしかにしか返事をしてこない。
しかしごくごく稀に妙に反応の良いNPCがおり「中の人がいる」と冗談交じりに言われることも。

ちなみに負荷がかかりすぎると、話しかけても無反応になる。
NPCに何度も話しかけると、周囲にいるプレイヤーから批判を受けることもある。

「すみません! ちょっといいですか?  ちょっといいですか? ちょっといいですか? ちょっといいですか? ちょっといいですか? ちょっといいですか?」

「おい! お前、うるせえぞ! 順番くらい守りやがれ!!」


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第五話 初戦闘、そして理不尽な死

「場所的にもそろそろだな……じゃあチュートリアルを受けていないレットに教えるぞ。“初心者狩り”……ではなく、“初心者の狩り”についてだ!」

 

「……わざと言い間違えてません? それ」

 

「おいおいおい、俺が初心者狩りをするような悪質なプレイヤーに見えるのか?」

 

そう言ってクリアは胸を張る。

レットは疎む様な目で目の前の男を見つめた。

 

「――はい、見えます。物凄く見えます」

 

「勘弁してくれよ……ハッハッハッハ! ま、兎にも角にも抜刀をしてくれ」

 

 今度こそレットが腰から銅剣を取り出し、凜と構える。

 

「それじゃあレット、あそこの手頃な初心者……ではなく、その隣にいる猪――ワイルド・ボアを攻撃してみてくれ」

 

「なんかもう――今ここで、クリアさんを攻撃してもいいですかね?」

 

「ワハハハハ、勘弁してくれよ!」

 

やれやれと首を左右に振った直後、レットは気持ちを切り替える。

猪に攻撃を仕掛ける為に、その背後に忍び寄った。

 

「そ――れ!」

 

全身して両手で剣を握り、力の限り振り下ろす。

猪を切り裂いた感触はたしかにあったが、ほとんど体に伝わらなかった。

過激な表現を抑えたかのような黒ずんだ色の血のエフェクトが出たが、それはほんの一瞬だけであり、リアリティは感じられない。

 

同時にレットは内心ホッとしていた。生き物を切り刻む感触など極力味わいたくなかったからである。

それと同時に気分が高揚するようなアップテンポのBGMがレットの脳内に流れてきた。

 

「よし、いいぞ。戦闘開始すると戦闘用の音楽に切り替わる。戦闘の基本は可能な限り敵の攻撃を回避して当てる――それの繰り返しだ! ソードマスターなら基本的には速度重視で良い! 殴って殴って殴りまくれ!」

 

「――ウオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そんなに最初から力まなくても大丈夫だからね。ゲームだからこれ」

 

「あ、ハイ」

 

気勢を削がれたレッの腹部に、加速してきた猪の突進が深く突き刺さる。

 

「ぐあっ……!」

 

レットの身体が宙を舞い鈍い音を立てて地面に激突する。

派手な衝撃がレットの身体を貫くが、不思議と痛みは無い。

 

「攻撃を受けるとダメージの量に応じて吹き飛んだり、転倒したりと様々だ。ダメージを受けすぎるとキャラクターがスタミナが無くなって疲労するぞ。上達してキャラクターの性能、反応速度が上がると、攻撃を受け流したり吹き飛ばされても即リカバリーができるようになる!」

 

「ぐっ……わ、わかりました!」

 

レットが猪の突進を寸での所で躱し――その横っ面に剣を突き立てる。

 

「いい回避と攻撃だ! 次は職業スキルだ! 職業スキルはほとんどの物がいつでも使用できるが中にはCD(クールダウン)――つまり、再使用できるまでの待ち時間が存在しているスキルもある。詳しくは利き手の逆側に表示されるシステムウィンドウのタイマーを見てくれ!」

 

「あの、スキルの……おっとと! 名前ってどこに書いてあるんです?」

 

「あるっちゃあるけどまあ、自分で好きに名前付けて叫べばいいんじゃないか?」

 

「まじっすか! それなら――よっと!――任せてください! 格好いい技名で決めて見せますよ!」

 

「い、いや。そもそも叫ばなくても、ちゃんとスキルは発動するから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおお! “閃光の光速の光! フラッシュライトの速度が上がるスキル!”」

 

レットが英文を再翻訳したかのような意味不明なスキル名を大声で叫ぶと、その体が一瞬発光して剣速が僅かばかり上昇する。

 

「おおー、流石レット! ――スゲェー! 流石だー! 流石ですレット様ー!! ……ネーミングセンスも色んな意味で光っているな……」

 

あさっての方向を見つめて、レットのいい加減な技名をやや棒読み気味に持ち上げるクリア。

 

スキルの効果を利用してレットは可能な限り俊敏に動こうとする。

しかし猪の速度が予想以上に素早く、レットは再びダメージを受けてしまう。

 

「あの。クリアさん! 攻撃が……あんまり通ってませんよコイツ!!」

 

「力を溜めて攻撃すれば威力も当然高くなる。ソードマスターは何よりも速度と部位に対する攻撃の的確さが大事だが、攻撃が通じない相手がいたら力を溜めてみるのもいいかもしれないな!」

 

「おっ――りゃあ!」

 

クリアのアドバイスを聞いて、レットは力を溜めて剣の切っ先を突き出す。

剣が深々と突き刺さり、猪は悲鳴を上げてレットを吹き飛ばした。

 

(今の一撃はかなり通じたみたいだけど。まずいな……オレ、そろそろ死にそうなんだけど……)

 

――レットの体力表示は真っ赤、もう幾許も無い。

これがお互いにとっての最後の一撃になる――そうレットは思った。

 

「オオオオオオオオオ! チェアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

全力を出して武器スキルを発動させようとするレット。

技名を名乗る余裕は無く、銅の剣が光を纏う。

レットの体が自然に動いて、Vの字を書くように銅の剣を猪の胴体に叩き込まれる。

 

派手なVの字のエフェクトが猪の体に残った――が、猪は倒れず、終にレットは猪の攻撃を受けてあっさり“死亡”し、その場に伏した。

 

(そ、そんな……序盤の雑魚モンスター一匹も倒せないだなんて……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……よかったよかった、死んで。いや、勝ってしまうのかと思った。危ない危ない!」

 

(え、なにそれ? どういうこと!?)

 

 

 

 

 

 

 

「全くもう……クリアさんは~。ずっと、隣で見てたけど、いくらなんでもあんまりなんじゃない?」

 

レットの耳に、突然落ち着いたトーンの幼女の声が聞こえて来た。同時に、その身体に力が入り。レットは本日二度目の蘇生を受ける。

 

彼の脳内に、それまで流れていた穏やかなポルスカ森林のBGMが舞い戻ってくる。

 

「ああ、こりゃどうもお久しぶりです。レット。この人は、チームメンバーのケッコさんな」

 

彼女は驚くほど小柄で、80cm程しか身長がない。

ずんぐりとした体形ながらも、どこか愛らしさを湛えている。

その褐色の肌は健康的な光沢を放ち、銀色の瞳と銀髪がその小さな顔に独特の魅力を添えていた。

 

頭には、大きな黒い魔法使いの帽子

体を覆う装備品は大人の魔女を思わせるようなセクシーで挑発的なスタイルで、彼女の小さな体にはやや不釣り合いな大胆さを感じさせる。

そんな彼女の背中には、堕天使のような黒く小さな羽が付いており、その矛盾した外見がレットの視線を引きつける。

 

彼女の存在は、その小さな体躯に反して、周囲の空間を支配するような――見る者を虜にするような危うい魅力を放っているようだった。

 

「『ケッコちゃん』とお呼びなさい!」

 

(ああん! なんか小さいのにセクシーな大人の色気が出ているのが、何かこういけない感じを醸し出していて可愛らしい!)

 

――等と新しい性癖に目覚めそうになるレット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紹介させてもらおう。Kekkoことケッコさんだ。チームの常識人で、コンビニの夜勤をしている20代の男性だ。身長190cm、体重は140キロ。好きな物は“ラーメンライス”と“幼女”と“ケモノ系全般”」

 

(うわああああああああああん。何だソレェェェェエエエエエエエエエ!?)

 

「あの――あのクリアさん。……その、凄まじい紹介を受けてオレは一体どう反応すればいいんです?」

 

レットの質問にしばらく思索してから、クリアはぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――“お会いできて、中身がそのキャラクターの身に余る光栄です”とか、言えば良いんじゃ無いか?」

 

「アンタ、失礼過ぎるだろォ!?」

 

「クリアさんったら! 紹介の情報に間違いがあるわよ? 私、最近減量して130キロまで落としたんだから! それと何度も言っているけど、好きなのは幼女じゃなくて、私のキャラクターみたいな“非現実的な成人女性キャラクター全般よ!”」

 

派手な自己紹介を受けても小人のような彼女――彼、ケッコはけろっとしている。どうやら、このような紹介のされ方は慣れてしまっているようであった。

 

「まあ、とにかく一旦全員で移動しよう。ここは、デスペナルティの回復待ちにはあんまり良い場所じゃ無いから」

 

レットはそこでやっと自分の身体に力が入らないことに気づく。

 

(なるほど、これがデスペナルティ――戦闘不能になった時のペナルティってやつか)

 

結局――クリアの提案で、三人はポルスカ森林の北東側に移動することとなった。

 

「ケッコさん、お久しぶりですね。チームの一部のメンバーは自分含めて、糖尿病で死んだかどうかの賭けをしていたんですが――」

 

「アンタのチームは一体何やってるんだ!」

 

「――賭けに負けちゃったなあ」

 

「しかも“死んだ方に賭けてた”のかよォ!?」

 

「なにいってるのよ~! そもそも糖尿病じゃないし、可愛らしい動物と、非現実的な妖精(セクシーガール)達が世界にいるかぎり、私まだ死ねないわ。――そういうことで、よろしくね。レット少年!」

 

ケッコが握手を求めてくる。

レットが握手に応じると、ケッコは両手で包むように優しく握り返して来た。

 

(ああ、でもこの笑顔……やっぱり可愛いかも――この種族)

 

「おいおい、レット。何ニヤニヤしてるんだよ……」

 

「や、やめてくださいよ! いや……ニヤついてなんかいないですよ!」

 

「あらあら……駄目よ少年! ハードな性癖は大人の特権なんだから! もうちょっと大人になってから――ね?」

 

そう言ってケッコはレットに対して、怪しげな笑みを浮かべた。

 

(この人はこの人で、またいろんな意味で危ない人だな……)

 

「いや~深いこと言うなあ……流石、ケッコさんですよ!」

 

傍目にもわかるほどいい加減な相槌をうちながらクリアはレットに向き直る。

 

「ペナルティ解除までまだちょっと時間あるから、食材と水を取ってくるよ。後で『料理』についても教えてやるからな!」

 

ワハハハハと叫んで、クリアは木々の間に消えていった。

 

「あら、もうペナルティ解けちゃってるのに、クリアさんはホント。おっちょこちょいなんだからもう……」

 

「うーん……知り合ってまだ二日目なんですけど、あの人って相当狂っ――いや、“変わった人ですよね」

 

大木に寄りかかりながら、レットは呟く。

 

「〔クリアさん早く帰ってこないかな。初対面の人と二人きりっていうのは、ちょっとだけ気まずいかも――にしても本当にエロいよなあ、この格好……〕」

 

「それにしても、良いお天気よね〜。ポルスカ森林はほとんど雨が降らないから、いつ来ても居心地が良いわ」

 

「そ、そうなんですね」

 

相手の中身は男性だとわかっていても、派手すぎる故に視線が引き寄せられてしまい。レットが横目でケッコの装備品をチラチラ見つめる。

すると――

 

「〔露出度の高い危ない格好をしているのは、“自己観賞用”に使うからってわけさ!〕」

 

――突然クリアの声がレットの頭の中に聞こえてきた。

 

「〔うわ! 小声じゃ無くて、直接脳内に声が聞こえる!〕」

 

「〔“whisper(ウィスパー)”っていう会話モードでな。こんな風に念じるだけでフレンド間で会話が出来るのさ。間違って関係ないプレイヤーに間違って話しかけるなよ! オンラインゲーム的には、そういうミスを誤爆っていうんだけど〕」

 

「〔き、気をつけます……。ていうか――あの……ケッコさんって、“この設定でチームの常識人なんですか?” 自分……クリアさんのチームに入るの辞めていいですかね?〕」

 

「〔――――――――――――〕」

 

クリアから一瞬、返事が返ってこなかった。

 

「〔あ、いやすみません! せっかく誘ってもらったんだから入ります入ります!〕」

 

「〔別に怒ってはいないけど駄目だな。メンバーにレットを既に紹介してしまった。ケッコさんは既にレットを知っているが、自分が戻るまでの間に自己紹介をしておいてくれよ〕」

 

「〔わかりましたよ、もう! やればいいんでしょやれば!〕」

 

「〔あ、いや。今回は小声でお願いしたい――――――――――〕」

 

「「ええと、ケッコさん! 改めてここで自己紹介しますね! オレの名前はレッド! ダーク・レッド! 黒き晴天の騎士の光の剣の達人だ! この世界の宿命を背負う男だ! それが何かは現時点では全くわからないがよろしくな! 趣味は刃物の収集と……あとは――えーと、オリジナルの必殺技を考えるとか!? このゲームの他のプレイヤー達とは違ってなんか最強の能力を持つ予定で、えー……神がかった反応速度をもった隠れた天才タイプだ! 好きな女性のタイプは胸がそれなりにあって言うこと何でも聞いてくれるような感じの人だ!」」

 

 

 

 

 

 

「あーーーああ……なるほどねぇ……クリアさんが気に入りそうなタイプよねえ……」

 

レットの派手な自己紹介に対して、ケッコはあっさりと納得したようだった。

 

「正答に評価されているのかなオレ……。んで、その――あなたの種族って何族って呼ぶんでしたっけ?」

 

「あら、このゲームの種族をまだ全て覚えていないのかしら? 私の種族は“フェアリー”よ」

 

「ははぁ、また……そのままなんですね」

 

 

 

 

 

 

 

『ねこまんまにゃ! ねこだけににゃ! ドニャッ!』

 

(…………)

 

このタイミングで思い出してしまい、少しだけ肌寒く感じるレット。

黙り込んでしまったせいか――ケッコとの話が途切れてしまい、沈黙が次第に気まずくなってきて、レットは質問を飛ばした。

 

「え……えっと、さっき。ケモノ系と――小さいフェアリーみたいな……“非現実的な成人女性が好きだ”って言ってましたよね? 正直、オレの理解が全然及ばない世界っていうか……。もちろん、否定するつもりはないんですけど。一体、どういう経緯で好きになったんですか?」

 

「――少年、人にはね。“誰にでも知られたくない過去”ってものがあるのよ〜?」

 

レットの質問に対して、ジト目をしながら嗜めるかのようにケッコが呟く。

 

「す、すみません……! 立ち入ったこと聞いちゃったみたいで……」

 

「気にしてないわ。むしろ逆っていうか――私、少年のことがちょっと気に入っちゃったから、嫌な思いはしてほしくないのよね〜。私の性癖の起源なんて、聞いて楽しい気持ちになれるような話でもないから……。とりあえず言えることは――」

 

ケッコはレットと視線を合わせた後、考え込むような仕草をして――

 

「――“少年には、私と同じ道は歩んでほしくない”ってことだけかな♪」

 

――とだけ言って、意味ありげな笑みを浮かべた。

 

(いや、そんな道に進むわけがないっていうか。オレ自身、全く心配なんかしてないけどォ……)

 

「ただいま……。やれやれ……レットの自己紹介が遠くまで聞こえてきたよ……」

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 「ああ、ケッコさんの種族か……。説明しよう。フェアリーっていうのはゲームのマスコットキャラクターとして都合が良いのかやたらとゲームの宣伝に使われる種族だ。ちなみに、この種族を選んでいるプレイヤーに対するイメージは、他種族と比べるとどうしても悪くなりがちだ」

 

その後のクリアの種族解説に対して、レットは困惑の表情を見せた。

 

「えぇ……それはちょっと……偏見なんじゃないですか?」

 

「ところがね、少年。このゲーム長くやってるとフェアリーに対するイメージって自然と悪くなってしまうのよ」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「理由はちゃんとある。一つは“単純にプレイヤーに人気だから、頭のおかしいプレイヤーの数も他の種族と比べて必然的に多くなる”。二つ目は“小さくて可愛いから何をやっても許されるという考えで問題を起こすプレイヤーが多い”。三つ目は“悪さをした時にギャップがあって目立つ”」

 

「な、なるほど……」

 

「もちろん、全員が全員というわけではないけどな。差別をしないように心がけてはいるが、正直言ってしまうと俺の中でも印象がちょっと悪い。ここだけの話――『これだからフェアリーは』と言いたくなることがたまにある!」

 

そう言いながら、クリアは自身のオレンジ色の頭頂部を撫でた。

 

(なるほどねえ。クリアさんはこのゲームでフェアリー相手に嫌なことでもあったのかな。確かにVR空間で“小さくてかわいいキャラクターが暴言を吐く”っていう絵面はイメージ悪いよなあ……。そんな光景絶、対見たくないよオレェ……)

 

「まあ、そう考えるとだ。ケッコさんはちょっとマイノリティーな性癖を持っているからフェアリーを選んだわけで、フェアリーの中でもぶっちぎりの良識派。――普通の人だから心配はいらない!」

 

クリアの言葉を受けて、レットはケッコを二度見する。

 

「それは普通……なんですかね……?」

 

「普通よねえ?」

 

「普通だぞ! さぁて、そろそろ気を取り直して。狩りを続けようか! ケッコさんもレットに色々教えてやってください!」

 

「任せなさい少年! そのために私はここに来てあげたのだから!」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

こうして、再びレットの狩りが始まる。

 

「それで、戦闘を始める前にね~。私クリアさんにちょっと聞きたいことがあるのだけれど――」

 

「はぁ、何でしょう?」

 

「――なんで少年をレベル6の猪に突撃させたの? この子まだレベル1じゃない?」

 

「え? クリアさん……猪がレベル6って――どういうことです?」

 

「敵を騙すにはまず味方からって言うだろ? それに、圧倒的に不利な戦いの方が見てて面白そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「く、Clear・All……こ、この――悪党めがああああああああ!」」

 

「――わかったわかったよ! 殴るなって! 殴るなって! 当たらないから! ワハハハハハハハハハ!」

 

クリアはレットが振り回した剣の隙間を縫うように避けると、周囲を見渡す。

そして逃げるように近くの木にしがみつき、そのままスルスルと登って行ってしまった。

 

「あらあら、もう見えなくなっちゃったわ……逃げ足だけは速いんだから……。少年も怒ったりツッコミ入れてばかりじゃ無くて、気をつけなくちゃだめよ。クリアさんはいつもああいう人なんだから……戦う敵の情報はきちんと事前に調べましょ?」

 

「……わかりました。気をつけます……敵のレベルですね。あと少しで、勝てそうだったんだけどなあ……」

 

「「まあ、もうちょっとヒントを出すとだなー! 敵によって最適な部分に攻撃を当てれば大きなダメージが入る! そうすることで効率よく倒していけというわけだー! 所謂部位破壊というやつだなー!!」」

 

木の上からクリアの声が響き渡って来る――が、それがどこからなのかはわからない。

 

「あの猪は、何処が弱点なんです?」

 

「「――実は俺もよく知らない! ま――まあ、大体首筋とか目とか狙えば良いんじゃ無いか?」」

 

「えぇ……知らないんですか!?」

 

クリアの予想外の発言にレットが仰天した。

 

「あら、もう……。クリアさんったら、はぐらかさないでそのくらい教えてあげればいいのに。猪系は鼻と足、これは常識でしょ?」

 

「ああ――そうでしたっけ?」

 

登って行った木から滑るように降りてきて、口笛を吹き始めるクリア。

 

(今更だけど、この人本当に信用できるのかな? オレがこのゲームを遊んでいるうちに、“気まぐれで敵になって襲ってきたりしてもおかしくない”っていうか。むしろ、そういうことをやってくる方が自然な気すらしてきたぞ……)

 

いい加減なプレイヤーについてきてしまったものだと、レットは少しだけ後悔した。

 




【始まりの地、ポルスカ(Polska, where it all began)】
本作品の【Ost(オリジナルサウンドトラック).Vol1 世界】に収録されている楽曲。
昼と、アレンジされた“夜バージョン”の二種類がある。
穏やかな曲調であり、編曲者はインタビューで「長時間流れていても違和感が無いけれど、不思議と望郷の念にかられる。そんな作曲を目指してみました」と発言している。
人気の曲であるが故に、調子に乗って口ずさんだ結果、「通りすがりの第三者に聞かれて恥ずかしい思いをした」というプレイヤーもいるようである。

「ふんふふふん♪ ふふふんふふふんふふふん♪」

「あのォ……ケッコさん。オレのBGMが流れるタイミングと同期していないみたいなんで、歌うのやめてくれませんか……」

【ワイルド・ボア】
要するに、野生のただの猪。
比較的穏やかな性格ではあるがリンク(※同族のモンスターによる増援)しHPが多く、レべリングには甚だ不適切なモンスター。
暴食で過酷な環境でも生息可能であるが故に、ポルスカ森林の環境破壊に大貢献している。
数が多い割りに、肉が硬くて不味いと評されている。

「猪突猛進するものは、ワイルドボアに斃される」

【戦闘曲.1(Battle Theme.1)】
【Ost.Vol1 世界】に収録。
おそらく本作で最も聞く頻度の高い汎用バトルBGM。
長時間ゲームを遊ぶプレイヤーから『100万回聞いた曲』、『親の声より聴いた曲』などと揶揄されることもある。
しかしゲームから離れてしばらくして、忘れたころにじっくり聞き返してみると「やはり名曲である」と再評価をするプレイヤーもいるのだとか。


【ルソニフ地方の天気予報】
『本日のポルスカ森林は、晴れ。今後も雨が降る予定はありません。ただし、オーメルド丘陵はその限りではありません。雪、もしくは雨にお気を付けください』


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第六話 焚火と食事と“招かれざる客”

 その後、レットは敵の細かい弱点等をケッコに手取り足取り教えてもらうこととなった。

まだまだ操作に慣れてはいなかったものの、普段から身体を全く動かさないレットにとって、森を駆け巡り、敵と戦うのは新鮮な体験であった。

 

「ソードマスターって魔法は使えないですね」

 

「まあな。だけど武器にスキルや魔法効果を付与する――なんてことはできるんだぞ。杖に回復上昇効果が付いていたり、剣から炎が飛び出したり。キャラクターのステータスを底上げしたりする物もある。レアなモンスターから手に入る武器は、最初から割と滅茶苦茶な性能が付いていることが多いな」

 

「伝説の剣って奴ですね! いや~楽しみだなあ! オレ、いつも別のものばっかり握っているからなあ〜」

 

「お前な……そういうことばっか言っていると本当に通報されるぞ」

 

手に入れても居ない武器を振り回す妄想を始めるレットを見つめて、クリアは呆れたような表情をした。

 

「そういえば、言っていなかったけど。俺の職業はノマドだ。格好いいぞ!」

 

(ああ、オンラインマニュアルで読んだな。あの薄汚い物乞いみたいな職業か……)

 

ノマド、要するに流浪者である。

エールゲルムのノマドは国々を当てなくさまよう放浪者――と聞こえは良いが、ゲーム内でNPCの流浪者は“生活の糧として事故者、奴隷や被差別民そして戦死者からすら際限なく金品を略奪する卑しい存在”であることを嫌でもプレイヤーに見せ付けてくる。

 

不遇というわけではないのだが、イメージの悪さからプレイヤーからは不人気。

 

他人を信用できない設定故か、罠をしかけたり身を隠したりする能力に長けている。

職業性能的にも賤しい為か、使える武器の括りは割といい加減。

 

高い技量を必要とする武器や設定的に逸話のある片手剣、盾、各種杖等は一切付けられない。おそらく、その身の丈に合わないのであろう。

 

一方で死体漁りの設定が生きるのか、“趣味が悪いレベルで豪華なだけ”の武器は装備できてしまうあたり、RP(ロールプレイ)が捗るとプレイヤーには称されている。

 

「ノマドねえ……いやあ、オレは遠慮しておきますよ」

 

「ああ――それがいい、こんな職業でこのゲームを遊ぶのは正気じゃないぞ!」

 

「それ、自分で言うんすか……」

 

改めて、レットはクリアが装備している武器を見つめた。

 

「そういえば、クリアさんが背負っているその気味の悪い武器……なんですかねこれ」

 

「ああ、これは長槍だよ。三――――二つに折りたたんでいるんだ」

 

クリアが背中から取り出したそれは、珍妙な見た目の武器だった。

刃先はギザギザで反対側に把手のような物が曲がってくっ付いており、錆びているような色合いで汚らしい。

まるで穂先だけを鋭い槍に挿げ替えたシャベルのような奇妙なデザインだった。

 

「俺の武器は三種類あって、戦闘中に切り替えているわけだ。二つ目がこれね」

 

クリアは片手持ちの短い剣を取り出す。

デザインは実に無骨な物で刃は反れていて、刀身は淡い緑色。

お世辞にも格好良いとは言えないシンプルすぎるデザインだった。

 

「なんかロクな武器がありませんね……そこの武器だけだなあ、格好良さそうなの。曲がっているけど……」

 

レットはクリアの右腰を指さす。

そこには豪華な刺繍の施された細い鞘がついていた。

鞘の細さから察するに、収められている剣も細身であろう。

しかし武器の刃部分だけがグニャグニャに湾曲しているようで、どうやって鞘から抜くのかレットには見当もつかない。

 

「ああ、これはレイピアだ。ある男の死に際に……譲られた大切な物なんだ――」

 

クリアは目を瞑り、懐かしむような表情でポルスカ森林の風を受けながら目を瞑る。もう間もなく夕日が沈もうとしていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

フォルゲンスの巨大な宮殿の前で二人の男が話し合っている。

 

「通報、されたんやが」

 

「ああ……また、何か悪さしたんですね」

 

「普通にお○ん○ーーーって、叫びながら、国中走り回った、だけや」

 

「あーはいはい……いつも通りですね。そろそろまた監獄行く感じです?」

 

「うむ。次はキャラごと。消されるやろな。んで、このレイピアめちゃレアな武器なんやけど、キャラと一緒に消されたら、しゃくなんや」

 

「ああ、じゃあそれ自分に預けておいてくださいよ! 帰ってきたら――必ず返しますから!」

 

「うむ、わかた。わたすわ」

 

「(……愚かなリーダーめ! 引っかかりおったな! このアイテムは未来永劫貴様には返さん! ギャハハハハハハハハハハハハ!)」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「あ、あの――クリアさん。話を聞く限り。それ、ただの持ち逃げっていうか借りパクじゃないですかね? というかチームのリーダー、本当にロクでも無い人ですね」

 

「遙か昔の美しい思い出さ……。二日くらい前の話かな……」

 

「えぇ…………」

 

何からどうツッコミを入れて良いのかわからず困惑するレット。

 

「でもこのレイピアは強いんだぜ!? どんなプレイヤー相手にも背後からぶっ刺さって引っこ抜けば大ダメージだ! そして背中に突き刺さった時点でもう手遅れ。スロウ(行動遅延)デバフ(弱体効果)によって相手キャラクターの速度は半分になって勝利が確定するのだ!」

 

「……無茶苦茶強くないですか、ソレ」

 

「流浪者という悪目立ちする職業で、相手の“無防備な背後に一撃入れられる状況を作れる”のなら強い。最も――僅かにでも相手に警戒されていたら、100%うまくいかないだろうけど」

 

「ほんと、クリアさんは何もかもが邪道なのよね~……基本的にそこらへんの武器は、モンスター相手には役に立たない――というか、普通の対人戦でも運用するのが難しい変な物ばっかりよ……まあ、クリアさんらしいと言えば、らしいんだけど」

 

(ほんと、大丈夫かな……こんな粗大ゴミが合体したような人について行ってしまって)

 

ゲームを教わる相手を間違えているのでは無いかとすら考え始めるレット。

その内心は非常に毒舌であった。

 

 それからも、レットの修行は続いた。

少しずつキャラクターのレベルが上がり手応えを感じ始めた頃に、夕日が沈み始める。

夕暮れによってもたらされた暗闇が三人を包んでいく。

同時にそれまで懐かしくもどこか軽快だったBGMが、どことなく落ち着いた物に切り替わった。

 

(うわあ、音楽が変わるの凄いな。……凄いの一言としか言えないのが虚しいくらいに凄いや)

 

「――あら、もうこんな時間! すっかり夜じゃ無い! ごめんなさいね。私そろそろ夜勤……もとい用事があるの。また遊びましょ? 少年♪」

 

「はい! 色んなことを教えてくださって、ありがとうございました!」

 

「お疲れ様です。ケッコさん」

 

ケッコが突然奇妙なポーズを取り、くるりと一回転する。

紫色のゲートが広がりどこかにケッコは吸い込まれていった。

 

「このゲームの魔法はあんな感じだ。その場で動作を再現して感覚で詠唱を完了する。彼に――気に入られたみたいだな。レット!」

 

「オレはそれが気に食わないです……なぜ、女の子ではないのか。なぜ、この世界はオレにこう冷たいのか……」

 

「現実世界と比べれば暖かいものさ。まあ、腐るなよ。そのうちいいことがあるさ! とにかく強くなるには“レベルを上げる”ことだな。後は慣れだ。キャラクターの身体の操縦に慣れれば凄い動きができるようになるぞ!」

 

「とりあえず、苦境に陥るのは結構慣れてきましたよ。オレは、めげません! ……それで、可愛い女性プレイヤーさんの“身体の操縦”はいつになったらできるようになるんでしょうか……」

 

「オッサンの下ネタかよ!? やかましいわ!」

 

クリアが悪ノリしたレットの頭部を軽くひっぱたく。

 

「うぐぐぐぐ……。そういえばクリアさん。オレ、昨日から思っていたんですけどォ。この世界って日が落ちる時間がズレてますよね? 現実ではもうすぐ夜の10時になるっていうのに、こっちじゃ日が落ちたばかりだし」

 

「少しずつ、ズレるようになっているのさ。この世界の一日は23時間! ――そりゃあそうだよ。現実と時間の流れを同じにしてしまったら、人によっては仕事や睡眠の関係で、“絶対に遊べない時間帯”が存在してしまうだろ?」

 

尚、ゲーム内表示は24時間制なのでこの世界の一時間は現実世界では約57.5分ということになる。

また、日の出日の入りが早く設定されているというだけであり、“時間そのもの”が圧縮されているわけではない。

 

「――まあ、たしかに毎日ゲームを始めたら夕方から始まるっていうのは嫌だなあ」

 

RP(ロールプレイ)的には“夜専”“昼専”って感じでやれると趣があるかもしれないけどなあ……夜か朝かでモンスターが登場する時間帯やNPCの開く露店だって違うんだからそうもいかない。――さて、レット“少年”が寝るような時間まではまだもう少しあるわけだ……が。結構長時間遊んでいたからな。一度休憩しようか?」

 

「……わかりました」

 

周囲に危ないモンスターがいないことを確認してから、レットはその場に座り込んだ。

 

「いや、休憩する場所には気をつけた方が良いぞ。“普段はプレイヤーもモンスターもいないような場所”に限って、特定の条件下で特別なモンスターが登場したりすることがある」

 

クリアは周囲を見つめる。

 

「あそこなら、大丈夫だろう」

 

クリアが指し示した場所は木々が少しだけ開かれた平地。

その真ん中に石と木で組まれたオブジェクトが設置されていた。

 

「あれは一体、なんです?」

 

クリアがオブジェクトに近づき、覆うように座り込むと瞬く間に火が立ち上がる。

 

「焚き火だよ。このゲームのフィールドは馬鹿みたいに広いからな。ちょっとした休憩地点が点在するんだ」

 

『――座れよ』

そう言われて、レットはクリアの隣に座り込んだ。

 

「火をつけると色んなプレイヤーが集まってくる。逆にほとんどのモンスターは寄ってこなくなるから休むときは火を付けると良い――とされている」

 

「なるほどなあ……焚き火なんて現実でやったことないや」

 

「……そりゃ、そうだろうなあ」

 

クリアが枯れ枝と火打ち石を手に取り、火花を散らす。

試行錯誤するような素振りも見せぬまま、小さな炎がひょっこりと顔を出して、やがて焚き火が大きく勢いを増した。

 

「熟練っていうか、すごく手慣れた感じがしますね」

 

「普段から松明を持ち歩いている関係で、“火をつけるのは習慣になっているからな!”」

 

(この人が言ったら“お尋ね者の放火魔”みたいに聞こえるな……)

 

 

 

 

 

 

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レットは燃え上がる火に手を近づけてその暖かさを感じる。

薄暗い森の中で、炎が勢い良く弾ける音が心地よかった。

 

「いかにもな雰囲気出ているっていうか……めちゃめちゃ落ち着きますね!」

 

目を輝かせるレットを見つめて、クリアは軽く笑った。

 

「ああ、これだけはどんな時も素晴らしいと感じるよ。実際、このポルスカ森林っていうフィールドがこのゲームで一番印象に残る場所だというプレイヤーも結構多くてな」

 

「どうしてですか?」

 

「“最初に冒険を始めるフィールド”は誰にとっても新鮮で“何度も行く場所”だから、皆色んな思い出ができる。ひょんなことから、何の気なしに出会った人とずっと仲良くすることになったり、思い入れのある場所になったりするわけだ」

 

「なるほどな〜」

 

 クリアはどこからともなく取り出した銅製の鍋に豆を入れて、缶詰から粉状の調味料を乱雑に入れ始めた。

 

「お、料理作成のスキルって奴ですかね?」

 

「いや、違う違う。完全な手製だ。こっちの方が趣があっていいだろ? このゲーム、手製で物を作ることも出来ちゃうのさ。効果は固定じゃ無くてランダム要素が強くなるんだけどね」

 

「変なところ凝ってるんですねぇ……。それってスキルで作るのと何が違うんです?」

 

「どっちにも長所、短所がある。スキルによる合成はあっという間に作れるし、時間がかからない。その代わり味や料理効果はスキルに依存するだけで皆同じ物が出来る。手製はそれの逆だな。時間がかかるが味や料理効果はスキルに依存しない。本人の現実の腕次第。他の種類の合成も同じような物だ。複雑すぎたり、時間がかかりすぎる作業は手製でもある程度手順を簡略化されているらしい」

 

『――俺はあんまり合成は好きじゃあ無いからよくわからないけど』と鍋を木の棒で適当にかき回しながらクリアが答えた。

 

「さて――食うか? まずいぞ?」

 

レットはクリアから皿を受け取る。中には中途半端に白く濁ったスープが注がれていた。

スプーン等は貰えなかったためそのまま両手で皿を傾けてその中身を飲む干そうとするレット。

 

 

「…………!! ゲホッ! ゲホッゲホァア! 何ですかこれ! 想像以上に強烈ゥ!?」

 

豆は柔らかいものの極端に苦く、それを覆い隠すかのように各種調味料の数々が、レットの口の中で凶悪な主張をしてくる。

 

「フォルゲンス共和国関連の食材はどう調理してもまずいのだ。普段現実で取っている食べ物がどんなに美味いかよくわかるだろ。ワハハハハハ!」

 

「――あ、でも何かこう珍味って感じがする。不味いはずなのに不思議と飲みたくなってくる!?」

 

「ワハハハハハ! そうだろうそうだろう!」

 

珍妙な味わいに目覚めたレットは、クリアの作った非常に味の濃いスープを瞬く間に飲み干してしまった。

 

「はい、これ牛乳。スープに使った余りな!」

 

そう言ってレットは、クリアが差し出してきた瓶を受け取った。

 

「いい加減だなあ……」

 

しかし、うんざりするほど味の強いスープの後に飲む牛乳は不思議と口当たりが良く、程良い甘さであった。

 

「食事を取ると、何か良いことあるんです?」

 

「食事の効果は様々さ。基本的にはステータスの上昇や経験値の取得量上昇とかそんなところだな。後は現実と同じで満腹感と精神の安定! 単純に美味い物はそれだけで高値で取引される」

 

「お腹も膨れるんですね」

 

「ゲームの中限定で満腹感を感じているだけだけどな。……食べさせておいて何だが、それは特に気をつけてくれ。今、レットの『満腹度の設定』はどうなっている? キャラクターコンフィグで見れるはずだ」

 

レットはコンフィグウィンドウを開いて中身を確認した。《満腹度設定 オン》と表示されている。

 

「オンになってますけどォ……」

 

「切っておいた方がいいな――満腹度設定をオンにしておくと仮想空間の中だけで満足してしまって、現実で食事を取ることを怠って餓死する可能性がある。実は他の国で死人が出て、結構問題になっているらしい」

 

「ひえっ……」

 

慌てて設定をオフに切り替えるレット。

彼のお腹に僅かな空腹感が戻ってきた。

 

「それでいい。まあ――満腹度設定をオフにすると“食べても食べてもお腹が一杯にならない”ので人によっては食事依存症のような状態になってゲームの中で激しく散財するようになる。ケッコさんとか割とそのタイプだな」

 

「そんな……どっちもロクでもないじゃないですか……」

 

「自分の現実の体の自己管理はしっかりしろってことだよ。開発者が無責任と言えばまあそうなんだが――VRMMOで自己管理ができない人間は冗談抜きで死ぬんだよ」

 

「怖い話ばっかりしないでくださいよォ……。クリアさんはゲームで死んだ人を――見たことがあるんすか?」

 

「………………さぁな。きっとこれから先の冒険で、お前も出会うことになるんだろうな。色んな事件に。ヤバくなったら直ぐに自分に相談しろよ。VRもMMOも面白い反面――両方とも怖いからな」

 

俯いて呟くクリア。

その言葉は他のアドバイス以上に、重い意味が込められている――根拠は何も無かったが、レットはそう感じた。

 

「これから先の冒険――ですか」

 

レットはまだ見ぬ土地やこれから出会う人々との冒険を想像し、夜空を眺めた。開かれた空間には見たことの無いような美しさで星々が瞬いている。

――絵画のような情景に、焚き火から上がった煙が淡々と吸い込まれていく。

 

「――ああ、そう。色んな連中に出会うものさ……………………こんな風にな!!」

 

突然、クリアが胸元から小型の投げナイフを取り出して森の闇の中に放り投げる。

 

「ぎゃっ――ガッ――――ク――――」

 

暗闇の奥からどさり――と、何かが倒れ込むような音がした。





【違反行為通報ついて】
本作では違反行為に対して通報をすることができる。
通報されると内容の精査が行われた後にキャラクターは監獄に送られることになる。
直接的な物理接触、言葉によるもの、過剰な付き纏い行為など、ハラスメントの種類は多岐に渡る。

【泥豆のスープ】
豆が半分溶けて牛の乳と混ざり合った奇妙な料理。
飲む人間が思い思いに調味料を追加して味を合わせるという、とてもいい加減な料理で、不味い。
元はとある種族の郷土料理であったが、フォルゲンスの人間が自分達の物であると主張し、今ではフォルゲンスの郷土料理となっている。
元々はとても美味なスープであったと聞く。
誰がどう作っても不味いという宿命から逃れられないが、ケパトゥルス族の一部のプレイヤーのみが知りうる調理法を行うと美味となる――らしい。

「迫害された大地の神々の涙、泥豆のスープ」

【本作の各種属性解説】

火:ダメージとしては安定性があり平均的。応用的な使われ方もするが、原則力押しのごり押し的で大雑把な使い方をされる。
  使い方次第で自らの身を滅ぼす魔法が多い。調子に乗ると使っているプレイヤーは死ぬ。
  延焼というプロパティが付与されるスキル、魔法が多いので時間を鑑みた場合は最もダメージの出る可能性があるが、それはデバフどころか火属性のバフにも適用されたりすることがある。敵味方を問わない無指向性の力という印象を与えたかったのかもしれないが、それが故にプレイヤー同士の揉め事の原因になりやすく、炎上しやすい。

水:液体ということで毒もここにカテゴライズされる。土と同じく見た目が地味な魔法が多い。
  他属性と比べるとダメージは低めだがデバフを付与するスキル。魔法が多い印象。
一時期妙にエフェクトの音がうるさかった時期がある。
なので、長時間の戦闘で寝落ちしそうなパーティメンバーに対して突発的に水魔法が使用されていた。
寝耳に水である。

風:ただそこにあるだけの属性という概念からか単純なダメージに拠らない汎用性の高い魔法が多く無指向性のものが多い。
  火とはまた違ったベクトルで味方に被害が出やすい属性。特に物理演算の関係か、エフェクトなどのバグ調整が運営から頻繁に入る。
  キャラクターの座標を直接動かすこともあるため大抵想定外の悪さに使われがち。
  使い方を間違えると取り返しのつかない暴風のようなトラブルが起きることも。
  
土:地味なエフェクトだがとても強い。しかし地面を揺らすためか、使い方次第で別の意味で重くなる。ゲームにかかる負荷も大きめ。また、地割れや細々としたひび割れが集合体恐怖症を思わせるため一度修正が入った。
天候のエフェクトなどが重なるとさらに重くなる。雨降って、地固まる。
かつてはゲーム自体が固まることもあったようだ。

氷:凝固するという特性がある故か、風とは対照的に速度を遅くする魔法が多い。
  水系統のデバフをさらに凝縮したようなものが多いが、効果時間も凝縮されているため扱いが難しい。
  既存の魔法をそのまま氷に作り直した結果、予期せぬエラーが発生したことがあり、無印の頃、他プレイヤーのゲームハードをフリーズさせたことがある。

雷:大がかりな魔法が多い。
  風と同じレベルで様々な用途があるが、こちらはゲームシステム的にハイリスクハイリターンなものが多い。
  理論上最強ダメージが出る魔法もこの属性にカテゴライズされている(ただし詠唱時間とコストが莫大で、装備のブーストがないとろくに撃てなかったり、撃つと自分が死ぬようなあまりにも極端な魔法だったりする)。
  エフェクトの処理が間違っていたのか、この魔法が原因で異常な負荷がかかりサーバーの電力そのものが落ちたことがある。

闇:独立した属性で、闇はさらに深い闇に弱い。
  意外なことに、回復魔法のほとんどがここにカテゴライズされている。光を扱うはずの魔法もカテゴリーは闇。
  表向きのゲーム内設定では、闇をコントロールすることで光を集めるイメージで詠唱を行うらしい。
  プリーストたちは嘯く。闇を抱えているからこそ、光を使役できるのだと。
どこかしら闇の深い設定である。

光:ほとんど存在していない。本作の世界設定的には神々の時代に完全に消滅したらしい。
  プレイヤーには使えない。この世界の希望の光はどこに行ってしまったのか。

無:いわゆる万能属性。しかし、属性という概念そのものを完全に無視する強さであり、「何のために属性を作ったのかわからなくなってしまう」といった開発の事情でプレイヤーが使える無属性技は軒並み削除されることとなる。
無属性は完全に無の存在となってしまった。

【尿意、便意】
食欲と違って、こちらは絶対にオフにすることができない。
じっとしていないとログアウト処理が始まらないため、尿意に負けてじたばたすると“事故”の原因につながる。

「あー、コレはまずい。まずいけど――あ」


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第七話 ボーイミーツガール

「例えば――焚き火をつければこんな風に初心者を狙う不届き者が――――――おかしいな。一番弱い投げナイフなんだけど――、一発で決まるか? 普通……」

 

ぶつぶつと呟きながらクリアが断末魔の主に近づいていく。

 

クリアの後に追従して襲撃者の正体を確認しようとしつつ、レットは内心で興奮していた。

 

(どこか変な人だけど、クリアさんはやっぱり強いプレイヤーなんだ! 面目躍如っていうか、ちょっとだけ見直しちゃったかも――)

 

そして、正体不明の怪しい存在とのコンタクト。

少年の中で、これから何かが始まる予感があった。

 

 

 

 

 

果たして、そこに居たのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木に倒れこむような姿勢のままナイフでその体を固定され瀕死になっているプレイヤーは白いチュニックに水色の髪。

 

――数時間前に“獣団子”からレットを助けようと身を挺してくれたあの女性キャラクターであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおい! 何やってくれてるんだこの人ォ!?」

 

レットの追及に対して――

 

「…………………………やべえ、間違えちゃった♪」

 

――とは言っているものの、クリアに悪びれているような素振りは微塵も見られない。

 

「いやね、癖で――つい手がね」

 

「つい手がね……じゃねえよ!」

 

怒りを顕にするレットを適当に(なだ)めつつ、クリアは女性キャラクターに近づいて刺さったナイフを丁寧に抜く。

 

「大丈夫大丈夫、俺はもう戦う意思はないし心配は要らないさ。ハハハノハ。ナイフを抜いて――そら、もう回復したぞ」

 

“戦闘不能でなければ自動で体力が最大まで回復する”というゲームの仕様に従って、少女のHPを示すバーは迅速に回復していった。

 

「――ご丁寧にありがとう――ございます」

 

少女は起き上がってぎこちなく礼を言い、クリアに頭を下げた。

 

「いや、君にナイフを刺したのは俺なんだし、感謝もへったくれも無いと思うのだけど……、えーっと。君の名前は――非表示か」

 

「〔どうやって調べたんです?〕」

 

「〔直感だよ直感! モンスター調べた時と同じように、意識すればそれだけで見えるようになるから!〕」

 

実際は、意識を集中するまでも無かった。

少女の名前は表示されず。

チーム名に関しても、【unknown】という表示がレットの視界に映るのみだった。

 

(ほとんど無意識で切り替えが出来るんだな……手を動かそうとしたり、瞬きしようとするのと同じくらいの気軽さか)

 

「ご、ごめんなさいね。私、チームのリーダーに自分も情報は非表示にしておくべきだと言われたの」

 

「ふむ……チーム情報非表示に名前も非表示か。いや、賢いリーダーだな。このゲームで身元を明かすのは正気じゃあ無いからな! ワハハハハハハ!」

 

「……え? なにそれ〔どういうことですかクリアさん!〕」

 

「〔いいだろ別に! 実際正気じゃ無いんだから!〕」

 

(いやいやいやいや、オレとクリアさんの名前は、昨日から誰に対しても堂々と表示されっぱなしじゃん!)

 

クリアは慌てるレットを適当にあしらって、少女に問いかけた。

 

「それで、俺達は君をなんて呼べばいいのかな。髪が水色だからミズイロちゃんとか?」

 

「〔クリアさん、酷いネーミングセンスですね……〕」

 

そう言われたクリアは、黙って数秒間ほどレットの頭上を見つめる。

レットにはその意図が理解できていなかった。

 

「えっと――そうだ! アリス。私のことはアリスって呼んでくれると嬉しい――です!」

 

「ふーん…………………………アリス……アリスねえ。これはまた――。あー、何でも無い。よろしく頼む! ほら……レット!」

 

「あ、はいぃ! よろしくお願いしままますです!」

 

彼女――アリスを入れた三人は、焚き火の前で再度休憩することとなった。

 

「――んでだ。君もレットと同じ初心者なんだろ? 二人に注意しておかないといけないことがあるんだ。【パッシブモード設定】を見てみてくれ、今度はゲームシステムのコンフィグだ」

 

クリアの指示でシステムコンフィグを開くレットとアリス。

該当項目は『パッシブモード オフ』と表示されている。

 

「これがオフになっているとPKをされる。つまり、プレイヤーに殺害されてしまう。そうなると事前に保護していないアイテムは持って行かれてしまうから、許可エリア外で迂闊にオフにしないことだ。意識するだけで簡単に見抜かれる……非常に危ないぞ」

 

説明するクリアにレットが異議を申し立てた。

 

「あのォ~自分、これも一日中オフにしていたんですけど……もっと早く教えてくださいよ!」

 

「心配はいらない! 俺が付きっきりだったからな! ケッコさんもいたしな! ハハハハハ」

 

憤慨するレットの真横で少女――アリスがコンフィグの設定を変更する。

 

「もう、これで他のプレイヤーに襲われることは無いのかしら?」

 

「場所によるよ。PKが拒否できるフィールドとそうでないフィールドがあるんでね。ポルスカ森林の北側はまだ安全な土地さ……新天地に行くと――そうはいかないけど」

 

含みのあるクリアの物言いに、レットが疑問をぶつける。

 

「それ、PKを拒否できない場所ではどうすればいいんですか? 初心者は、黙って殺されるだけな気がするんですけど」

 

「規模が大きなチームだと仲間や一般のプレイヤーを守ってくれることが多々ある。所謂、PKK――“護衛者”という存在だ。PKを倒す見返りはとても大きい。聖人RP(ロールプレイ)として楽しんでいる奴もいるくらいだからな」

 

(あ~そういうの憧れるな――)

 

突如、レットの妄想が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『うっへっへっへ。俺の名はClear・All! お嬢ちゃん。死にたくなければ俺に金を払いな!』

 

『いやあ! 誰か……助けてください! 変な頭の、頭の変な人に襲われています!』

 

『――待ちな。女の子に投げナイフを投げつけようとするだなんて、いい年した男のやることじゃあないな』

 

『なんだァテメエは! ――ギャアアアアアアアアアア!!』

 

『助けていただいて、ありがとうございました。私の名前はアリスです! あなたのお名前を聞かせてください!』

 

『名乗るほどの名はねえ。オレの名はレッド。ダーク・レッドさ』

 

 

 

 

 

 

(――な~んて! な~~んて!! ウッシッシッシッシッシッシ)

 

ニヤケ面になっているレットの思考を察したのか、呆れた表情のままクリアは話を続けた。

 

「まあ、人助けをするからと言ってそいつが善人とは限らないんだが……。他にも救済策がある。例えば、敵対行為を受けたプレイヤーが連続して殺されると、一定時間アイテムを落とさなくなったりとか。他にも、プレイヤーキャラクターごとに『総合レアリティ』というものがあって、死亡時に落とすアイテムの価値が決まるわけだ。だから、“強くて悪いプレイヤー”ほど多くアイテムを落とす。他にも、PKをしすぎると、ゲーム内で悪名が上がって他プレイヤーに狙われやすくなる。ちょっとでもヤンチャすると、まず名前は表示できなくなるくらいにな」

 

(なるほどね。“PKにはデメリットが多い”ってことか。無法地帯のように見えて、やりたい放題ってわけじゃないんだな)

 

「ちなみにゲーム開始時点ではパッシブモードがデフォルトでオフになっているから、割と無知な初心者がふらふらしていることが多いのだ!」

 

「なんでそんなことを知っているんですかね……まさかクリアさん……」

 

「勘弁してくれよ。俺は本当に初心者狩りなんてしてないってば。ナハハハ」

 

クリアの発言を聞いて、レットは少女――アリスの表情が少しだけ曇っていることに気づいた。

 

「〔ほらぁ! クリアさん……彼女に怪しい人だと思われてますよ! どう見てもいきなりナイフ投げて女の子を殺そうとした蝋燭みたいな色合いのサイコパス扱いされてますって!〕」

 

ここぞとばかりにレットはクリアをボロクソに責め立てる。

クリアはゆっくりとレットの方に首だけ動かして、それからポツリと呟く。

 

「〔お前の言っていることは滅茶苦茶だが、内容自体は実際何一つ間違っていなくて、本当に滅茶苦茶なことを俺がやっているせいで、何も言い返せない……〕」

 

 

 

 

「……あ~、悪い悪い! 俺みたいな不審者を怖がるのは当たり前だよな! 後は、お二人でごゆっくり!」

 

それだけ言って、不意にクリアが立ち上がった。

 

「え、いや! 一人で急に何処に行くんですか!!」

 

「ちょっくら散歩だよ! ダハハハハハ!」

 

再び森の奥に消えていこうとするクリア。アリスの表情がみるみる穏やかになっていく。

 

しかし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〔クリアさん。行かないでくださァーーーーーい!〕」

 

レットは体育座りをしたまま、クリアに内心で縋り付いていた。

その表情は平静を保っているものの、顔汗がじっとりと流れ始めている。

 

「〔えぇ!? ここは邪魔者が空気を読む流れだろ!〕」

 

ぴたり――とクリアが不自然に止まってしまった為か、アリスが再び訝しげな表情でクリアの背中を見つめる。

 

「〔いやいやいや、この人がリアル女子だったらやばいっすよ! 行かないでください! オレは一体何を話せば良いんですか!?〕」

 

「〔そもそもこの状況は、お前が望んでたような展開だろう! 何で肝心なところでヘタレてるんだよ!?〕」

 

「〔そんなこと言ったって仕方ないじゃないですか! 普段から女の子と話す機会なんてこれっぽっちも無いのに、いきなり二人きりにされて急に話せるわけないでしょ!〕」

 

「〔そんなこと俺に聞かれてもわからん! あ、いや。丁度いいや――――――ちょっと待ってろ! ――これでよし! こいつを受け取れ!〕」

 

アイテムのインベントリーを弄った後にクリアが差し出してきた装備品は、どこにでもありそうなパーティ用のお面であった。

 

「〔こんなもん何に使うんですか――ふざけないでくださいよ! まだそういうプレイとかやるような段階じゃ無いですって!〕」

 

「〔コラァア! ……ふざけているのはお前だろうが! いいから受け取れって! それを顔に装備すれば落ち着いて話せるから!〕」

 

余裕があるのか、それとも無さ過ぎるのか――低俗なボケをかますレットに、クリアがツッコミを入れた。

 

「あ――ああゴホン……失礼! 忘れてたよレット。この装備、返しておくからちゃんと“元通り”付けとけよ! 何、直ぐ戻るから!」

 

気を遣ったのか、レットがお面を装備するための自然な口実を作りながら、クリアは今度こそ森の奥に消えていった。

 

(えーっとアイテムインベントリ――あ、このお面直接装備しても大丈夫なのか!)

 

 

 

 

 

 こうして、“体育座りをしている淑やかな乙女”と、正座をしているパーティ用の“お面を付けた少年”が焚き火の前に残された。

 

(……意味不明なシチュエーションだ。何も知らない人が見たら、オレ絶対不審者だろ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっと……その、そうだ! さっきはオレを助けようとしてくれて、ありがとうございました!」

 

レットはアリスに真っ先に感謝の意を伝える。

 

(でも、凄ェ! 本当に緊張しないで話せてる! ありがとうクリア様、神様、仏様!!)

 

「ああ――さっきの門の近くのアレね? 気にしなくていいわ。困っている人がいたら助けるのは当たり前のことじゃない? ……ちょっとドジをしてしまって、助けられなかったけれど」

 

アリスはペロッと舌を出して照れているような素振りを見せる。

 

(うわあお、可愛いし、凄ェ善い人じゃねーか!)

 

レットはささくれ立っていた気持ちが瞬く間に癒やされていくのを感じていた。

 

(ゲームを始めた昨日から、クリアさんとネコニャンさんとかケッコさんとか、変な人に巻き込まれ続けて散々だったもんな。でも――この空間には、変な格好も変なRP(ロールプレイ)も変な性癖も無いッ! 変な格好しているのは……この場では――“オレだけだ”……うん)

 

「そ、そうですかね? オレ、こんなに優しくて、いい意味で普通の人とこのゲームでちゃんと話すのは初めてなんですけど……」

 

誉めているわけでも、口説いているわけでも無く、それは少年にとって紛れもない事実であった。

 

「フフッ……おかしなことを言うわ。VRに限らず、MMOって基本的にはそういうものでしょ? かしこまらなくてもいいのよ? ……敬語はいらないから。初心者同士、対等に話しましょ?」

 

髪をかき上げながら、アリスはレットをじっと見つめてくる。

 

「え、ああうん。わかりまし――わかったよ」

 

(本当に……お面をつけていてよかった)

 

――そう、レットは痛感する。

顔がニヤついていており、装着しているお面よりも遙かに不気味な形相となっていたからだった。

 

レットの顔のお面をまじまじと見つめて、アリスが感想を言う。

 

「――面白いわね。そのお面」

 

「そう? オレの自慢の装備なんだよ! これ!」

 

「それを貸していたってことは――さっきのあの人はあなたのお友達なのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、全然違う。全然違う。あれは、昨日出会ったばかりのただの変質者だよ」

 

レットのクリアに対する容赦ない切り捨て方に、アリスが笑みを零した。

 

「いやだわ、あなた言い過ぎよ。でも、フフッ。たしかに笑ってはいけないのだけれど、可笑しな人よね」

 

「出会ったときからそうなんだよ。最初に会った時なんて――」

 

レットはできるだけ丁寧に、クリアにどういう目に逢わされたのかをアリスに説明した。

 

オープニング中にフレンド登録を押し付けられたこと――。

胸に松明を当てられたこと――。

高レベルのモンスターをぶつけられたこと――。

 

アリスは自分のゲームプレイとかけ離れた体験が新鮮だったのか、話の合間によく笑っていた。

 

(あれ? 結構話せているぞ? これはひょっとして、“いける”のでは!?)

 

「あの、さっきの今でこういうことを言うのは――おかしいのかもしれないけど……。ここで会ったのも何かの縁だし……………………よかったら、オレとフレンドになってくれませんか!?」

 

レットはついに、己の勇気を振り絞ってその意を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ごめんなさい。それはできないの」

 

(死んだああああああああああああああああああ)

 

その視界が歪み、レットは必死で断られた理由を考えようとする。

 

モンスターの群れに巻き込んでしまったからだろうか――。

それとも、やはり付き添いのクリアが彼女を殺害されてしまったからだろうか。

 

(く、Clear・All……こ、この――悪党めがああああああああ!)

 

レットは“心の中の手のひら”を高速で回転させる。

 

「気を悪くしないで欲しいのだけれども、私個人としては――とっても嬉しいのよ? だけど、私のチームのリーダーにね。強く言われているの。“このゲームでは、知り合ったばかりの人とフレンドになってはいけない”って」

 

体育座りで俯き、寂しげな表情で焚き火をじっと見つめるアリス。

レットはついつい見惚れてしまった――がジロジロと見つめるのは不自然だと思い、無理矢理視線を逆方向に向けて呟いた。

 

「そ……そっか、そうだよね」

 

(チームのことを考えてる。ちゃんとしたリーダーさんなんだなあ……。普通の人は、そういうもんだよなあ……。クリアさんみたいに、いきなりフレンドの登録をけしかけてくる方がどうかしてるよ……)

 

「あっ! それでも、私と同じチームに入ればきっとフレンドになることを許してくれるはずだわ。私、チーム勧誘の権限を持っている人に掛け合ってみようかしら!?」

 

名案を思いついたことに喜び、姿勢を変えてレットの近くまで身を乗り出してくるアリス。

 

(ほわあ……顔ちけえ……ゲームなのに、なんかいい匂いしてくる気がする――――――――――じゃない! これは絶好のチャンスだ! 同じチームに入ってフレンドになれれば“ひょっとしてひょっとする”んじゃあないか!?)

 

棚からぼた餅ここに有り。レットの中の“思春期の少年の煩悩”が暴走する。

レットは彼女の誘いに心の底から喜び、応える。

 

「本当!? それならオレ是非――」

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――お前、俺のチームに入れ!』

 

 

 

 

「――――――――ああ、駄目だ。オレ、もう入るチーム決まっていたんだ。だから………………“ごめん”」

 

「そう……それなら――仕方ないわ。残念だけど……」

 

「…………」

 

――声は消え、焚き火が燃える音だけが響いた。

 

「…………ごめんなさい。折角ペナルティの解除を待ってもらっていたのに、チームメンバーから呼び出しを受けてしまって……私、そろそろ帰らなくてはいけないみたい」

 

そう言って、アリスがおもむろに立ち上がる。

 

「ああ――うん。さようなら……」

 

突然の別れの到来を悲しむレットだが、今の彼に、気の利いた言葉は何一つ言えなかった。

 

 

 

 

「――ということで、お帰りはあっちだ。あそこを真っ直ぐ進んでいけば、安全に国に戻れるよ。足下にお気を付けて、お嬢さん!」

 

気がつけばクリアが木を背に腕を組んで突っ立っている。

 

「ありがとう、感謝するわ。えっと――クリアさん」

 

レットから話を聞いたからか、彼女のクリアに対す警戒心は幾分か解けているようだった。

項垂れてるレットを見てクリアはかける言葉がみつからないのか。

それとも何かを察したのか、口笛を吹きながら森の暗闇をじっと見つめていた。

 

「あ、そうだ。レット君――」

 

アリスの声に、レットが慌てて顔を上げて振り返る。

レットとアリスの視線がぴたりと合った。

 

 

 

 

 

「――また今度出会ったら、一緒に遊びましょ?」

 

アリスは笑顔でそう言って、森の中に消えて行く。

 

「……」

 

レットは何も言わずに放心している。

最後に彼女が見せた眩しい笑顔が、余りにも強烈だったから――なのかもしれない。

 

「随分とあっさり帰ったな。はい、というわけで返してくれよ。そのお面!」

 

クリアがレットに話しかけたが――

 

「…………………………はえぇぇぇ????」

 

――彼の意識は視線の先に飛んでいってしまっているようである。

 

「おーい! ほら! しっかりしろよ!」

 

レットは放心したまま黙ってお面を外す。

その手元に、奇妙なウィンドウが出た。

 

「んあ? ――コーディネート……解除?」

 

ぼーっとした表情のまま、何も考えずにレットが解除のボタンに手を伸ばす。

 

「あ、おいおい! 余計なことはしなくて良いんだ!!」

 

その瞬間――パーティ用のお面が剥がれ落ち、下から不気味な仮面が顔を覗かせた。

 

「うわぁッ! なんだこれ!」

 

上の空だったレットの意識が一瞬で戻ってくる。

それは、現実世界で例えるならば“未開のジャングルの長が付けていそうな厳めしいカラフルな木の面”――といった感じで、非情なまでに邪悪な表情をしていた。

 

「ホラホラ! 返した返した!」

 

クリアはレットから半ば奪い取るように仮面とお面の二つの装備品をインベントリーにしまった。

 

「あの……その不気味な装備。何なんです?」

 

「これは、お気に入りの装備を上からかぶせてたんだよ。装備品の上に装備品をかぶせる。“コーディネート機能”ってやつさ。コーディネート機能っていうのは――」

 

 コーディネート機能とは、装備品の上に同じジャンルタイプの装備品を“被せる”機能のことである。

歴が長いゲームであればあるほど、装備品の種類は増えていく。

そこで起こりうる“特定の装備品同士の見た目の相性がどうやっても合わない”問題に対して後から実装された機能であり、プレイヤーはある程度自分の個性に合った装備品のコーディネートを楽しむことができるのである。

 

とはいえ、なんでもかんでも自由に被せられるというわけではない。

 

装備には重装備、軽装備には軽装備のみ――といった感じで、基本的に元の装備品と逸脱したデザインの物は対象外となる。

 

「――なるほど。じゃあ、この不気味な仮面の正体は“心が落ち着く効果”が付与されたレア装備だった――ってことなんですね」

 

レットは装備品の効果に一瞬納得したが――

 

 

 

 

 

「このゲームで、プレイヤーの精神に影響が出るような装備品は存在しない!」

 

――直後にあっさり否定されて驚愕した。

 

「ハァ!? でもオレ実際にスラスラ話せましたよ! 人生初ですよ! 初! 女の子相手に、未来永劫そんな機会ないと思ってたくらいだもん!」

 

「いや……いやさ。そういう悲しいことを何度もサラッと言うなよ……。とにかくゲーム上でのアドバンテージがあるわけじゃない。人間っていうのは“自分の本当の姿を隠していた方が本音で語り合える”ってことなんだろうよ」

 

(そういうものなのかなぁ?)

 

「俺も最後の方は会話を聞いていたけど、彼女のチームへの誘いを断るだなんて。お前――意外と義理堅いんだな」

 

「……本当だったら、入っていたんだろうけど――クリアさんとの先約を無視してチームに入ることなんてできないっていうか……」

 

レットは、目を背けながらボソリと呟く。

 

「――少なくとも、“オレが憧れる物語のヒーロー”なら、きちんと断ります」

 

「なるほどね。憧れの模倣をしたってことか。少しだけ、見直したぞ」

 

「そう思ってくれるのなら、もうちょっと――ちゃんとしたサポートっていうか、真面目なレクチャをしてくださいよォ……」

 

「そうだな――」

 

クリアは片手を首元に添えて思案するような素振りを見せる。

 

「――お前がこの世界の中で、どんな状況でもそのまま意地張って“馬鹿正直”でいられるのなら――それなりの手助けはしてやるよ」

 

そう言ってからレットに対して、『どうせ出来はしないだろう』と言わんばかりに、クリアは意地悪く笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

「おっと、言いましたね? じゃあ、今ここでちゃんと約束してください!」

 

「――約束だって?」

 

約束という言葉と一緒に、クリアは眉を顰めてどこか浮かない表情をした。

 

「そうです。約束してください! これから先、オレがピンチの時に、オレがヒーローになることから逃げ出さなかったら――クリアさんは困っているオレを必ず助けること!」

 

「……おいおい。俺がヒーローのヒーローをやれってことか? また、随分と――」

 

クリアの言葉が、頬を膨らませているレットの睨みつけるような表情を受けて止まった。

クリアは頭を軽く掻いてからため息をつく。

 

「わかったよ。その約束――乗ってやる」

 

根負けしたクリアの前で、レットは意気込んだ。

 

「よーし、オレの憧れの強さを見せつけてやりますよ!」

 

(相変わらずこの人は胡散臭いっていうか、何考えているかよくわからないから別に信用なんかしてないけど……。ここだけは譲れないもんな! ――ま、カッコつけてたところで。……現実は今日も、オレが期待しているような展開にはならなかったけど。それでも――――――今日はあの娘と知り合えただけ、良しとしようかな!)

 

かくしてこの日の“彼の冒険”は終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――しかし、この日彼が冒険していた時間帯。

彼の預かり知らぬとても近い場所で、まさに【大事件】が起きていたのである。




【非戦闘時の体力自動回復と累積ペナルティ】
 このゲームでは、敵を倒したり、敵から逃走する等の理由で戦闘が終了し次第、HP、MPが高速に自動回復する仕組みになっている。

――それは何故なのか?

結論から言うと、利便性の問題である。

宿、回復アイテム、魔法を使った治癒は総じて手間と時間がかかる。
一日に一度や二度ならまだしも、長時間のレベリングを続けた場合、プレイヤーが何もしていない時間も比例して増加してしまう。

現実の世界で“ながら”で遊べる旧世代ゲームならまだしも、世界そのものがゲームとなるVRMMOでは操作をしていない時間は直接的にプレイヤーのフラストレーションに繋がってしまう。
そのため、本ゲームでは戦闘が終了した直後に自動で体力が最大まで回復する仕様となっている。

――余談ではあるが、“戦闘不能になると経験値がロストする”というペナルティ以外にも、“ステータスと最大HP、MPが一時的に低下していく”というペナルティが発生するようになっている。(戦闘不能回数が累積されると、ペナルティも累積される)
ペナルティ状態の時間も鰻登りに累積していくため、乱暴なプレイは御法度、ということであり。「“戦闘不能からの回復時間は、死んでしまった自分を見つめ直すために設けられた反省の時間”として開発者が設定しているのではないか――?」と、プレイヤーには分析されている。

【キャラクターのお面】
ゲーム内イベントの装備。
どうやらこのゲームのマスコットキャラクターのようで、底抜けて明るい表情をしている。

イベントの内容は“お面を装着したプレイヤーを参加者全員が松明を掲げて追い回す”というやや物騒なもの。
この装備に限らず、フルフェイスの装備品を好むプレイヤーは多い。

「仮想の世界で仮装したら火葬されたんだけどぉーー……何このイベントぉーー」


【PKシステムについて】
 基本的に、PKというものは不利を背負わなければならない存在である。
PK一人当たりに殺されるプレイヤーが多くなってしまえばゲームを楽しめるプレイヤーの数は減り、運営の不利益に繋がってしまうためである。

MMO世界におけるPKシステムの導入はハイリスクハイリターンであると言われており、別の項で紹介した通り、PKがオンラインゲームで可能であること自体、近年では稀である。
アスフォーにおいてPK行為がごく少数のサーバーでのみ容認されているのは、とある一人の有能な開発者がPKに対して並々ならぬ熱意を持っているから……らしい。


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第八話 “災厄な天災”の噂・その1

自身の身分を隠して取材をするために、細心の注意を払って選んだ装いの着心地は悪くない。

 

羽飾りのない実用的な革製の帽子。

肩からは、動きやすさを重視した軽装の革鎧。

 

胸元を飾るのは、目立たないよう柔らかな色合いの綿布で、その上から腰まで下がる革のベルトが取材道具を携えるための小袋を固定している。

顔の上半分には、目元を隠すための黒い手拭いが巻いてある。

 

 

 

そして――俺の武器は、小さな手帳と羽根ペンだけだ。

 

 

 

「――で、ミズテンよ。こいつをどう思う? クロかシロか……」

 

「その呼び方ぁ、いい加減やめてよぉ~。どう思うって、今のところ~どうにも思わないけどぉ~」

 

俺と似たような雰囲気の装いをしている仕事の相方、ミズテンはフォルゲンスの広場の木製ベンチの上で喉をゴロゴロと鳴らして紫色の尻尾をだらりと垂らしていやがる。

こいつめ……本当によくわかっていないのか? それとも知能が全部胸に行ってしまっているのか?

 

「今回の調査対象の事は、理解しているんだろうな?」

 

「んめぇう?」

 

「だぁああ~かぁあ~らァ……今回の取材対象は!?」

 

「わぁかってるわよ~『屑塵(くずごみ)』でっしょ~」

 

……相も変わらず反応が鈍くて嫌になる。

しかしやれやれ、流石にこの位のことは覚えていたようだ。

 

 プレイヤーコミュニティの間で有名なPKプレイヤー――通称『屑塵』。

行動パターンとしては、とりあえず初心者を見かけ次第一撃で殺す。

殺しに来た他のPKを息をするように殺す。

仲間を殺された報復で掃討作戦を展開した奴らも全員殺す。

 

むしろ報復に来た奴のチームを突き止めてレベル上げのパーティを組んでいるところを強襲、皆殺しにする。

意味も無く一日に同じプレイヤーを何度も何度も執拗に殺す。

 

何日もぶっ続けで、神出鬼没に圧倒的な数の悪事を正体不明のままを続ける――正真正銘のイカレ野郎。

 

――噂を簡潔にまとめると、こんな感じか。

 

「それにしてもぉ~、都市伝説みたいじゃない~? なんかそういう話、わっくわくするわよねぇ~。ゲームやアニメのラスボスみたいなかんじしない~?」

 

 ミズテンは変なところでロマンチックを発揮しているが、実際この『屑塵』が俺達にとってのラスボスであることには違いねえ。

このPKの情報、あわよくば正体を掴むことが出来れば我らがプレイヤーコミュニティ【エールゲルム冒険者新聞 フォルゲンス情報誌社】は発行部数と閲覧数で他の二国や地方誌社をぶっちぎること間違いなし。

 

 記事の公開の仕方をちょっとでも間違えれば誹謗中傷になりかねないが、特定のプレイヤーがPKを繰り返し続けているという事実を“客観的事実に基づいて漫然と提示するだけなら問題なし!”

 

 その行為の善悪を判断するのは記事の読者がやることだ。

 

「なんとしても『屑塵』の正体と行動パターンを明らかにしてみせる。俺達で金の鉱脈を見つけるしかない――それを掘る奴のことまでは知らんがな」

 

「もう~小っちゃいフェアリーの姿でゲームを遊んでいるくせに、性格悪いんだからぁ~……」

 

「知ったことかよ。しかし、問題はこの『屑塵』。PKを受けた被害者から情報を集めようとしても、正体が全く見えてこねえんだよな」

 

「んみゃう……殺されたプレイヤーなんて、数え切れないのに、正体が分からないなんておっかしな話よねぇ~」

 

ミズテンは座った状態でじっとしていることができないのか、立ち上がってふらふら歩き回り始めやがる。

ちょっとは落ち着いてもらいたいものだな。

まあ、まだターゲットが見えないからこのくらいのことは許してやるか。こっから先は当分、自由に動き回れんだろうしな。

 

「ああ、もはや一人のプレイヤーではなく“PKという現象”そのものになりつつある」

 

「もう~、そういうことでいいんじゃなぁい?」

 

「いいわけねえだろ。ターゲットが“あれ”を持っているかどうか――それが今回の調査のスタートラインだ」

 

そう、【アジャッタの仮面】。

リニューアル前に、イントシュア帝国で開催された小規模なPVP大会の上位ランカーのみが手に入れたとされるスペシャルにレアな頭装備。

噂でつけている面と特徴が一致していたから、あの個人戦に参加していた者達の中でそれを手に入れたランカー上位者、若しくはその付近のプレイヤーが『屑塵』である事は間違いない。

 

――という推理を立てたまではよかったんだよな。

 

「そんなこといってもぉ~。いくら何でも調査に時間かかりすぎよぉ! これ何人調べればわかるわけぇ~?」

 

ミズテンが本能のままに大きな欠伸をしやがる。いつ見ても、まんま猫だな。

問題はミズテンの言うとおりで、件のPVP大会は参加者一覧からランキングの表記まで“名前の非表示設定・可”となっているという点なんだが……。

これじゃあ誰が『アジャッタの仮面』を手に入れたかなんてわかりゃしねえ。

 

「俺だってそのくらいのことはわかってるさ。だから情報をかき集めて“ヤバい奴”から虱潰(しらみつぶ)しにやっていこうって話だよ」

 

「それにしてもさぁ~、『屑塵』の疑惑を掛けられて巻き添えになった人達がかわいそうよねぇ~。腕試しで参加した人も結構いたんじゃないのぉ~? そのPVP大会~」

 

「ああ、自己顕示欲丸出しでキャラ名を出していたランカーは全員後悔したろうな」

 

キャラ名をきちんと出して正々堂々戦った“アジャッタの仮面持ち”共はほとんどが、ゲーム内外で言われ無き誹謗中傷の雨あられに曝された。

中にはゲームにログインしなくなったプレイヤーも居ると聞く。ご愁傷さまと言ったところかな。

 

散々文句を言って、無実と判明しても謝罪すらしない。匿名の烏合の衆という物は救えない連中だよなあ。

 

「このゲームってぇ~、キャラクターの情報が無駄に秘匿されているから色々めんどくさいのよねぇ~」

 

ミズテンの言うとおり、何か起きても個人を特定するのが余りにも面倒くさい。

このゲームはシステム的な制限がかかるとはいえ、課金をすればプレイヤーの名前や見た目を変えること自体は一応できてしまう。

 

それに加えてゲーム運営者の“PKプレイヤーの情報を秘匿するという姿勢”にどういう意図があるのかが全く理解できん。

このゲームの運営はいつもプレイヤーとゲーム内外でしっかりコミュニケーションを取ろうとしねえから、何を考えているのかさっぱりわからない。

 

 「そういえばぁ……その仮面が誰か別の奴に使われてたり、複数人が使い回して“屑塵を演じている”って可能性はないのかしらぁ~?」

 

「前者はともかく、後者はありえねえな。あそこまで強い『屑塵』の代わりがゴロゴロ存在したら、このゲームのPKシステムはとっくに破綻しちまってる。上位たった10人のランカーの内、身元が判明していないプレイヤーは第一位、第二位、第四位、第八位、第九位の計5枠……頼んだぞミズテン。今回もお前の“変な直感”が頼りになるかもしれん」

 

「んめ~ぅ…………」

 

このぱっと見馬鹿そうな猫が今回も活躍することを願うしかないな。

なんやかんや、毎度毎度痒いところに手が届く猫の手ならぬ孫の手のような“気付き”がある。

 

今まで下手を踏まずに、ビビるような本物のスクープを手に入れて来れたのは身も蓋もないことを言うとコイツのおかげなわけで……たまには褒めてやるべきか?

冗談抜きで野生の直感があるのかもしれねえ。

 

「んで、この『屑塵』候補の一人が今回のターゲット、【Clear・All】、通称クリアだ! PVP大会で他の参加者やランカーが対戦、目撃したらしい。風の噂じゃ相当悪さをしている――というかもう悪さしかしてないような“超の付く問題人物”のようだな」

 

「“ヤべーヤツ”っていうのは聞くけどぉ……具体的に何をやっているのかまではワタシ知らないわよぉ?」

 

 仕方ねえ、俺が最初から『アスフォー無印』の頃のClear・Allの“大冒険”ならぬ“大暴挙”を説明してやるしかないようだ。

 

不正に作られた武器を、合法的な手段で入手して量産して不特定多数にばらまいた結果、血みどろの殺し合いを演出してサーバーリセットの原因を作り出した事件。

 

言語の通じない外人プレイヤーと、勢いだけで強すぎるモンスター討伐に挑んだ結果、意思疎通がとれず誰も弱点を突けずに10時間程戦闘を継続。休日とはいえ外人達はストレスで敗走して全滅。

一方本人は普通にご飯を食べたり、のんびり風呂に入ってたということが判明して国内外から非難殺到となった事件。

 

特殊フィールドの倒せてはいけないはずの敵対NPCをどうやったか知らないが無理矢理撃破し、それがきっかけとなりプレイヤー同士の戦争が起きた事件。

 

詳細は不明だが東の大陸の“国家防衛戦”関連でもトラブルを起こしているようで、その当時、東の国家にいた全プレイヤーにとてつもない迷惑をかけた事件。

 

「他にも大事件を数えきれないほど起こしているが、ここまでで充分だろう? 要はまともじゃねえってこと!」

 

――簡単に説明してやったまではいいが……やっぱりミズテンの奴、ドン引いてるな……。

 

「――なによそれぇ~………………あいつ一人だけ別のゲームやっているんじゃないのぉ? そういうゲームじゃないわよこれぇ~……」

 

そういうツッコミも、批判に混じってされていた気がする……。

ミズテンめ、露骨に嫌そうな顔をしやがる。

色々ヤバイ奴見てきた俺だって、スクープが無ければあんなわけわからん奴とは正直関わりたくねえんだよ。

 

「しかもだ。あの男が所属しているチーム。【テツヲ・ゴッデス (Tetsuwo・Goddess)】がリーダーをやっているチームらしい」

 

「テ……テツヲってぇ~……ひょっとして“まともじゃない方”のかしらぁ……」

 

「ああ、そっちのほうだ。事あるごとに卑猥な発言を繰り返し、街中やダンジョンで場所問わず大暴れを続けて、監獄に何度もぶち込まれてアカウントを失っても何事も無かったように生還する。正真正銘の魑魅魍魎の親玉。不死身の超迷惑プレイヤーだ」

 

「それぇ~……生還したとは言わなくないかしらぁ~……」

 

――まあ、たしかに。不死鳥のように何度も生まれ変わっているという表現の方が正解なのかもしれねえな。

 

「ともあれ、『屑塵』の正体がこのクリアと決まったわけじゃねえ。イントシュアのPVP大会に参加していたヤバいプレイヤーは他にもいるからな。例えば、意味も無く素手で初対面の相手に張り手をするハラスメントを年単位で繰り返して、誰のパーティにもチームにも誘われなくなってしまった男! ハンドスラッパー・レイン丸!」

 

「何か、そういう病気なのかしら……」

 

「何も悪いことはしてねえのにキャラの名前が“海外のギャング団”と同じという理由だけで周囲から悪者扱いされてしまった結果、本当にグレてしまった物理攻撃最強、伝説の料理人ハマス!」

 

「その名前、ヒヨコ豆のペースト料理の事じゃない……酷い勘違いだわぁ……」

 

「超過激派宗教集団の幹部をやっていたことがオフ会で判明した女、キチクナオコ! こいつは既に現実で逮捕されてるが可能性は十二分にあるぞ」

 

「もうそれ普通に犯罪者じゃなぁい!」

 

「現実で犯罪を起こすプレイヤーは沢山いるさ。あのクリアが滅茶苦茶なことをやっているのはあくまで“ゲーム内”だけだからな。リアル犯罪者と比べればまだマシな方かもしれねえ」

 

それにしてもPVP大会にいた連中だけでこの面子の厚さだからな。

このサーバー、呪われているんじゃねえか?

 

「ところでぇ~。もうちょっとなんとかならなかったわけ~? その『屑塵』って名前ぇ。普通、『悪夢の恐怖(パラノイア)』とか『黒の鎮魂歌(レクイエム)』とかそれっぽい名前が付くもんじゃ無いのかしらぁ?」

 

「ないない。そういうの全ッッッッ然ねえから。そもそも殺された奴らが単純な恨みを込めて付ける名前なんだから、格好なんてつくわけねえよ。塵と屑を連続で読むと、このゲームの“公序良俗に違反する音声を自動でカットする”『ボイスフィルター機能』に引っかかってしまうから順番を入れ替えて『屑塵』だ」

 

「もう~、みんな夢がないんだからぁ……」

 

落ち込んでいるところを見る限り、意外とこういうネタ好きなんだなコイツ……。

 

「おい、出てきたぞ! ターゲットだ、身を隠せ!」

 

ミズテンに指示を出しつつ咄嗟に路地裏に身を隠す。

木製ベンチの上で堂々と聞き耳を立てていても良いのだが、これから尾行をする以上、顔を覚えられてしまっては厄介だ。

 

昨日入ってきた情報とは違って、ターゲット――クリアは予想より早い時間にやって来ていやがる――いきなり血塗(ちまみ)れの状態で。

 

「〔もう、既にまともじゃないわよぉ! 何をやったらああなるわけぇ!?〕」

 

「〔モンスターかプレイヤーを大量殺戮してきたんだろうな……現段階じゃなんとも言えんが……〕」

 

クリアの奴は速攻でリアリティのない黒ずんだ血の汚れを落としたが……目の前のぱっとしない黒髪の初心者もビビッていやがるぞ。

 

「〔そいえばぁ~あの初心者ってもうすでに有名になってたわよねぇ~……〕」

 

「〔国中で大騒ぎしていたあいつか。別の意味で注目されているな。付いた異名が『触るとこっちも痛い厨房のだあく(笑)』〕」

 

「〔ちょ……ちょっと……か、かわいそうじゃなぁい。フッ……ククッ……〕」

 

ミズテンは笑いを堪えられないようだ。

――実際俺も、最初にアイツの名前を知ったときはかなりツボったわけだが。

 

「〔――――――――まずい!!〕」

 

突然クリアの奴が周囲を見回したので、再び二人で身を隠した。

ミズテンが尻尾を出さないことをついつい祈っちまった。

 

「〔何か周囲を警戒していたな……尾行がバレたのか?〕」

 

「〔いくらなんでも早すぎじゃなぁい~。違うと思うわよぉ?〕」

 

クリアと件の初心者は、門から普通に歩いて外に出て行きやがった。

 

「〔そのままポルスカ森林に向かうようだな。追跡するぞ!〕」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 外に出てからクリアは――また件の初心者と話を始めている。

どうやら、手取り足取りゲームの事を教えてやっているようだが……。

 

「〔懐かしいわよねぇ~……私もああやって、色々アンタに教わったものよねぇ~……〕」

 

「〔……ほとんど身につかなかったがな〕」

 

色々教えて、結局戦闘はからっきしだったので俺がコイツをこの仕事(ロールプレイ)に引き込んでやったんだが、このポンコツ猫がそこまで覚えているかは怪しい……。

 

 

 

「「――こっからオレは『オリジナルスキルや特別な職業を自分だけ習得して無双してみせます!!』」」

 

 

……とてつもない声量だ、勘弁してくれ。

あの件の初心者――だあく(笑)の野郎に違いない。

 

「〔うるせえ!〕」

 

思わず心の中で叫んじまった。

 

「〔噂以上の大音量ねぇ~……〕」

 

実際はその後の方が遥かに酷かった。あの初心者、加減というものを全く知らねえ。おそらくポルスカ森林の北側にいる連中全員に聞こえているんじゃあないだろうか?

 

 

 

 

「「グッ…………グッ………………グググオオオオオオオオオオオオオオ!」」

 

 

 

 

「「それでも、それでもオレはソードマスターを…………やりたいんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」

 

 

 

 

「「はい! 覚悟を決めました! オレはソードマスターを極めます!」」

 

 

 

 

「「ほげえええええええええええええええ」」

 

 

 

 

 

 

あいつの叫び声だけが鮮明に聞こえてきやがる。

どんなアドバイスをしているのか、一週回って気になってきたぞ……。

 

「〔あの子、見てて面白いわねぇ~……〕」

 

「〔ああ、突き抜けた馬鹿だな……。しかし、クリアの野郎が一介の初心者のレクチャーをしているっていうのは理解できない。あいつが『屑塵』なら、いきなりあの隙だらけのだあく(笑)を殺害してしまってもおかしくはないんだが……〕」

 

まずったな、ひょっとすると俺の読みが間違っていたのかもしれねえ。

 

「〔――クリアの奴、意外と善人なんじゃないか?〕」

 

「〔そ、そうかしらぁ~……見間違いでないのなら、レベル1の初心者をレベル6の猪につっこませているように見えるんだけどぉ~……〕」

 

訂正、とんでもねえ屑だ。ぶったまげた……。

 

「「うおおおおお! 閃光の光速の光! フラッシュライトの速度が上がるスキル!」」

 

勝てるわけがねえのに全力で未知の言語を叫びながら突進を繰り返す哀れなだあく(笑)……。

肝心のクリアは自分たちが隠れている地点の反対側を向いているようだが……何を見ていやがるんだ?

 

だあく(笑)は無駄に熱い戦闘を繰り広げて、壮絶な死を遂げやがった。

死体の上でクリアが満足そうに笑っていやがる――本当に楽しそうだな、オイ。

 

「〔俺が言うのもなんだけどさ、慈悲の心っていうものがねえのか? あの男には……〕」

 

「〔初心者の子、言うこと聞いてわりと頑張ってたのにねぇ~……〕」

 

そこに……フェアリーだな――トコトコと歩いて来てだあく(笑)の死体に蘇生魔法をかけやがった。

 

「〔おっ……あのキャラのRP(ロールプレイ))はなかなか――センスがいいじゃねえか〕」

 

装備がかなりアダルティだが、キュートというか――フェアリーの可愛らしさをよく理解しているようないい動きをするものだ。

中で操作している人間いるとは思えねえな。

 

「〔ふぅ~ん。ゲームの中じゃ、ああいう女キャラが好きなんだぁ~……。へぇ~……。まあ同族だから仕方ないわよねぇ~……〕」

 

おいおい。ミズテンの奴、何か勘違いしていやがる。

 

「〔馬鹿言え! 俺は小児性愛者なんかじゃねえ! 俺がフェアリーを選んでいるのは、単純にキャラ面積が小さく視覚的に目立ちにくいからだってのは知ってるだろ!?〕」

 

職業柄、他人の癖や仕草はどうしても気になってしまうというだけだっつーの。

目ざといと褒めてもらいたいくらいだな。

 

そこからしばらく経って、クリアの野郎の先導で三人とも――森に入っていったようだな。

 

「〔奴ら、また進んだか――早速追っかけるぞ!〕」

 

「〔くんくん……なんとなくなんだけどぉ、ちょっと待ったほうがいいと思うわぁ~〕」

 

……………………。

なるほど、猫の手ってヤツだな。

ミズテンの提案をすんなりと受け入れてその場で待機したが――――ビンゴだ。

 

俺達とは逆側の草むらから――ぞろぞろとプレイヤーが溢れるように出て来やがる。

それにしてもこいつら、普通のプレイヤーとはぜんぜん違うな。

 

仁侠映画を観終ったばかりなんじゃないかというくらい殺気立っている。

人間性を捨て去ってしまっているかのように、全員の目が死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「〔――おそらく、ありゃあ本物(ガチ)のPK集団だ〕」

 

 







【エールゲルム新聞・フォルゲンス情報誌社】

ゲーム世界の中での活動を主とする、プレイヤー主体で運営されている新聞社。
ごく少数の有志が運営会社に強く働きかけ、そのアイデアを開発者の一人である「木場田知亜貴」氏が拾い上げて自分の物としたのが設立のきっかけであり、本格的に稼働し始めたのは比較的最近のようだ。

攻略情報重視の日刊と、趣味やプレイヤーコミュニティを重視する夕刊の二部が毎日発売されている。
コンセプトは『一日二回、小粒でおいしい文字の旅』。(職人、傭兵の求人や一般プレイヤーの撮った写真が掲載されたりすることも頻繁にある)

地方ごとに記事の内容が違っていることもあり、場所によってはかなりふざけた内容の物もあるとかないとか(彼女の募集、彼氏の彼氏募集。等)。
バックナンバーにもきちんと対応しており、発行したものはログイン前のゲームコミュニティ一覧で全て確認できる。(インターネットでの閲覧も可能)。
しかし、検閲が面倒なのか、トラブル発生時に責任を負いたくないのか、その内容に関してはあくまでプレイヤー主体。オフィシャルなものではないようだ。

プレイヤー発祥のコミュニティとはいえ、何をやっても許されるというわけでは無く、著しく特定のプレイヤーを直接的に誹謗中傷することは規約上では禁止。
記事にされたプレイヤーが削除申請を行うこともできるが、一度出回った情報を無かったことにするのは不可能であり、トラブルの原因になることも多々あるようだ。

当初はプレイヤー自身に世界を構成させるという意図があったようだが、現状は情報リテラシーの管理とトラブル対応が後手後手になっているというのが実情であり、その存在が危ぶまれつつある。

プレイヤーに対する取材の姿勢は現実世界の新聞社と同じように、支社ごとに違いがある。
尚、フォルゲンス支社の取材スタンスは可も無く不可も無くといった感じで、スクープが出ることは少ないが、メディアリテラシーが欠如することも滅多に無い。


「――汝、中立であれ。――そして、公正であれ。されど、世界の中心は誰にもわからぬ」



【紙媒体・本】

 世界観を重視するためか、技術的に不可能なのか。
アスフォーNWは旧世代ゲームとは違い、ゲームプレイをしながらインターネットの外部サイトを同時に閲覧するという従来の遊び方ができない。
故に、ゲーム内では紙媒体で様々な情報がまとめられているのである。
一見不便そうだが情報の持ち運びは便利で索引、検索も可能。そして何より、頑丈。
プレイヤーが書いた物は製作者が許可しているものなら写本もできる。

 ちなみに、ゲーム内の民家の本棚の本は全て読める。(持ち出しは厳禁)
本を集める目的で世界各地を旅する者もおり、意外と奥が深い。
図書館で閲覧許可の必要な禁書や、印刷不可のレアリティの高い本も存在している模様。

なぜこんな部分に力を入れたのか甚だ疑問であり、ゲームバランスの調整にもっと力を入れて欲しいというプレイヤーの要望が頻繁に上がっているようだ。



「物語の金脈を掘る者よ。まさしくその道程をしたためたまえ」



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第九話 “災厄な天災”の噂・その2

 予想外の新勢力の登場――PK集団と鉢合わせにならないように気をつけながら、尚且つクリアを尾行できる位置取りをするのに一苦労した。

 

姿を隠す隠密の魔法を使おうと思ったが――辞めた方が良さそうだ。

詠唱する際に音が出る上に時間制限があって使いづらいし、ここは生身でなんとかするしかねえ。

 

パッシブ設定にかまけてPK集団に直接話しかけるという選択肢も無いわけじゃ無いが――それもやめておくことにする。

性格の悪い連中のことだ。経験上、おそらく何も答えやしないどころか煽られるだけだ。

 

クリアの野郎は相も変わらず呑気に三人で移動中か……。

 

「〔人数は八――あのPK共、『屑塵』だろうがなかろうが、クリアをなんとかして殺そうとしているようだな〕」

 

連中、身を隠してはいるが一人ずつ、間隔を開けて並ぶように移動している。

まとまって行動すればいいじゃねえか……これは一体どういうことだ?

 

……何か理由があるはずだ。

 

まず、基本的にこのゲームではPKを仕掛られる人数は仕掛けられる側の人数の二倍までというシステム上の制限がある。

このルールを破って無理に戦闘をしかけようとしても戦闘には介入できん。

 

つまり、この状況下だと、パーティを組んでいないであろうクリアを襲撃できるのは最大で二人までということになる。

 

――もしかして、あのバラバラの“隊列”はそのうちの一人だけが『屑塵』に気づかれるように立ち回っているんじゃないのか?

“1VS2を四連続やる”より“一人が襲われたら七人が増援に来て集団リンチ”というシチュエーションのほうが奴らにとって理想的――そんなところだろう。

 

「〔まだクリアがそうだと確定したわけじゃないのにぃ、『屑塵』ってそんなに目の敵にされる存在なわけぇ~?〕」

 

「〔システム的にもゲーム内的にも莫大な懸賞金が付いている“金の鉱脈”とも言える存在だからな。噂が広がって怪しいプレイヤーはとりあえず殺害される流れが出来てしまっているんだよ。殺せばそいつがクロかシロかわかる。『屑塵』目的の腕利きのPKが集まって、それでレベリング中の初心者がパーティごと虐殺されて。それを守る“護衛者”プレイヤーが現れる。アイテムの流通や供給が止まって、困った商売人達が金をつぎ込んで傭兵が乗り込み、刺激が欲しい野次馬プレイヤーが集まってきて、収拾が付かなくなる〕」

 

「〔なにそれぇ~……戦争じゃ無い!?〕」

 

「〔そうだ。噂だけでそうなるんだ。その場で屑塵討伐の短期のチームが発足されたり、その中に裏切り者がいてそっから魔女狩りに派生したり、もう滅茶苦茶だ。たいした理由も無く大戦争が続くのさ〕」

 

「〔なんか、このゲームって世紀末よねぇ~……〕」

 

否定する気が全く起きない。

ゲーム設定上では一応平和になっているはずなのに、PKが可能なサーバーなせいでプレイヤーの民度は極端に低い。

だから、終わりなき戦争が続いているし俺たちのような記者まで寄ってくる。

 

「〔あの三人、目的地にたどり着いたようだな〕」

 

何か話しているようだが……、クリアの奴だけが突然立ち上がった。

PK共の存在に気づいた――いや、おそらくさっき初心者に先頭のレクチャーをしていた時の余所見の段階で既に、気づいていやがったな?

 

クリアは、二人を置いてPK連中のいる方向に向かっている。

 

「〔……これは一悶着あるな〕」

 

歩いているクリアの速度がどんどん上がっていっていく。

徒歩が早歩きに、早歩きから駆け足になっていく。

全力で走り始めて――俺達の可視範囲からいきなり消えやがった!

 

「〔――ちょっとぉ! 見失っちゃったわよぉ~!〕」

 

「〔心配するなよ。PK共のいる位置は大体把握できている。奴の向かった先は間違いなくそこだからな!〕」

 

 

 

 

 回り込んだら、即ジャックポットだった――遂に出やがった。『屑塵』だ!

 

「〔湧いたわよぉ~! 早く早く!〕」

 

「〔写真は既に撮ってるっつーの! まずはスクープ一枚、といったところだな〕」

 

『屑塵』は河川敷の上でPKの一人と向かい合っていた。

既に相対している一人は体力がほとんど残っていない。

 

顔装備は『アジャッタの仮面』、銀の鎧一式に銀の剣……。

だが、おそらくそれは偽りの姿だ。

 

このゲームでは、装備品に“上から別の装備品の外見を被せることができる”。

あいつは、そうすることで正体を隠していやがる。

 

「〔あの見た目では職業はわからんな。あの中庸な装備品ならば、布装備、若しくは派手な重装備以外何にでも“上から被せる”ことが出来ちまう〕」

 

そこで、『屑塵』に相対しているPKの背後の茂みから、速攻で七人が加勢してきた。

連中の狙い通りだろう。

 

「〔ああ、こりゃあ駄目だな。まんまと連中の手に引っかかって一対七の状況を作られた。流石に『屑塵』も逃走するだろうよ〕」

 

「〔えぇ? でもアイツ、逆に突っ込んでいくわよぉ!?〕」

 

「〔――――は?〕」

 

屑塵が音も立てずに走り抜けた時、最初の一人は既にトドメを刺されていた。

咄嗟に――腕利きなのか、残り七人の内の二人が同時に斬りかかる。

片方のPKは両手持ちの斧、もう片方は二刀流の長剣だ。

 

「〔どういうことだ……刃と刃がぶつかり合う音が全くしねえぞ!?〕」

 

「〔わ……私に聞かれても困るわよぉ~……〕」

 

目を細めて注視してようやくわかったが、同時に目を疑った――これは人間業とは思えねえ。

『屑塵』は打ちあってすらいない。全て刀身と左手だけで受け流していやがる……。

左側からPKが横一文字に放った片刃の斧の斬撃。それを回避して振り抜けた斧を逆側から左手を添えて“押すように加速”させている。

勢いが乗りすぎて一回転。バランスを崩したPKは後頭部を何度も切られて――戦闘不能だな、あれは。

 

二人目のソードマスターの右からの突きを両腕を上げて寸でのところで回避。

続いて下段から放たれた縦方向の一閃に対して手の甲を横から押し当てて受け流してバランスを崩した相手に銀の剣で“何かをした”。

こうして、三つ目の死体が出来た。

 

後ろに控えていたPK共は全員固まっている。

屑塵に話しかけようとする者はいない。

 

その静寂は、弱者をいたぶる作業的な余裕から来る物じゃねえ。

圧倒的恐怖によってもたらされた沈黙だ。

 

「…………………………」

 

無言なのは屑塵も同じだ。

邪悪なフルフェイスの仮面が、黙ってPK共を見つめるだけだ。

 

恐怖に耐えられなくなったのか、残りの五人が一斉に斬りかかった。

 

『屑塵』の野郎は、特別なことは何もしようとしねえ。

戦術を変化させることもしないし――逃げることもしない。

 

あの野郎……そのまま“敵に対する処理速度を上げた”だけだ。

 

(おい、こいつ――本当に人間なのか!?)

 

余程集中しなければ『屑塵』は剣撃の嵐の中心で舞っているかのように見える。それだけで、武器を振っている側がバタバタと倒れていく――異様な光景。

しかも、奴の反撃は速い上に重い。短めの銀色の片手剣に込められているパワーが尋常では無い。

切られた側のダメージと、出血量を見れば一目瞭然だ。

屑塵に対して武器を振ったら、その倍のダメージが攻撃した人間に返ってきているような状態。

 

奴に向かって幾つもの武器の軌跡が集約して行く。

それと同時に、血漿の軌跡が水圧のカッターのように勢い良く広がっていく。

 

内にいる屑塵に対して向けられる攻撃の白い円と、外に向けて屑塵が攻撃を返してできる赤い円――まるで、美術館のオブジェみたいだった。

そのオブジェも『屑塵』の最後の一振りで発生した風圧で、真ん中から弾け飛ぶ。

 

五人のPK達が薙ぎ払われて動かなくなり――それで終わりとなった。

いつの間に全員死んでいたようだが、それが何時だったのかは見ていてもよくわからない。

 

『屑塵』は剣を片手で振り切った姿勢のまま、不動だった。

時間差で上方向に飛び散った黒ずんだ血漿が、墨汁の混ざった雨のように降り注いで、動かぬ奴の身体を染め上げる。

 

「―――――――――――――?」

 

『屑塵』は何かに気づいたのか、姿勢を戦闘態勢に周囲を見回し始めた。

最初は、どこか遠くの森の一点を見つめていた。

だが――――次の瞬間には、振り返ってこちらを見つめて来やがった。

 

 

「〔ひぃぃぃぃぃ~~~!!〕」

 

「〔ミズテン落ち着け! 俺達はパッシブ設定をしている! 奴に見つかっても大丈夫だ!〕」

 

そう言っている俺自身も、正直恐ろしいと感じている。

蛇に睨まれた蛙の気持ちが何となく分かった。

動かない『屑塵』を前に、時間が止まったような気すらしてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ええと、ケッコさん! 改めてここで自己紹介しますね! オレの名前はレッド! ダーク・レッド! 黒き晴天の騎士の光の剣の達人だ! この世界の宿命を背負う男だ! それが何かは現時点では全くわからないがよろしくな! 趣味は刃物の収集と……あとは――えーと、オリジナルの必殺技を考えるとか!? このゲームの他のプレイヤー達とは違ってなんか最強の能力を持つ予定で、えー……神がかった反応速度をもった隠れた天才タイプだ! 好きな女性のタイプは胸がそれなりにあって言うこと何でも聞いてくれるような感じの人だ!」」

 

(うるせえ! 長ぇ! 欲深ぇ!)

 

『屑塵』は遠くから響き渡るだあく(笑)の声を聞くと、何故かその手に持っていた片手剣を放り出して――茂みの奥に一瞬で消えていった。

 

「〔クリアの野郎、元の場所に戻りやがったな?〕」

 

「〔ん……んめめ……んめめぇう……〕」

 

やれやれ。ミズテンが縮こまってしまって動かないので、仕方なしに自分だけで現場を調べる。

PK共は……既にリスポーン地点に戻ってしまっているようだな。

とにかく『屑塵』が残した痕跡くらいはちゃんと見ておきたい。

 

「〔ちょっ……ちょっとぉ! 今出るのは“危ない気がする”わよぉ!〕」

 

「〔馬鹿野郎! アイツが捨てた武器が消えちまうだろ!?〕」

 

仕方なく、自分だけが茂みから飛び出して、河川敷に転がって消滅を待っていた“銀の剣の形をした正体不明の武器”を拾い上げる。

 

嗚呼、クソ…………………………そういうことか。

地面に投げ捨てられて消滅を待っていたその武器――冗談抜きに刃毀(はこぼ)れしたただの銀の剣だ!

 

「〔別の武器の見た目を被せていたわけじゃない! おそらく防具も初心者と同じ物だ! 消耗してもゴールドを払って修理する必要すら無い程の安い武器……だから捨てたんだ!〕」

 

「〔はぁ? 何でそんな装備で戦う必要あるわけぇ~……〕」

 

「〔“身元を隠すため”だな……。万が一屑塵が攻撃を受けても、あんな安物の防具では受けるダメージが不安定すぎて職業はまず特定できない。銀の剣を使っていたのも似たような理由だ。装備できる職業が多すぎる! しかも装備一式全て、NPCから購入できてしまうから特定など不可能だ。こいつは模倣犯でも何でも無い。あそこにいたのは本物の『屑塵』……PKのプロフェッショナルだ!〕」

 

「〔でも、これでクリアが『屑塵』ってことは確実なんでしょ~? もうこれで取材はおしまいでいいんじゃないのかしらぁ~〕」

 

「〔いや、ここからが正念場だぞ! 決定的な証拠を手に入れてやる!〕」

 

後は、あいつが“屑塵”であるという証明を撮れれば良い。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

そこから、クリアを監視できる場所まで戻ってみたが――野郎、何事も無かったかのように他の二人と合流して話していやがる。

捨てられた銀の剣は結果的に、奴が体制を整える時間を稼ぐための巻き餌になってしまったわけだ。

突然クリアが冷やしたのか挑発したのか、よくはわからないがだあく(笑)がクリアに斬りかかっている。

涼しい顔で攻撃を避け続けるクリアだが……あのくらいなら誰にでも避けられるな。

素早い身のこなしで、クリアは木に登って行った。

 

「「まあ、もうちょっとヒントを出すとだなー! 敵によって最適な部分に攻撃を当てれば大きなダメージが入る! そうすることで効率よく倒していけというわけだー! 所謂部位破壊というやつだなー!!」」

 

奴の叫びが聞こえるが、その姿が全く見えねえ。

不意に頭上から葉っぱが落ちてきて、ミズテンが反射的に手を伸ばす。

 

「〔おいおい、目星まで付けたんだ。あと少しなんだからじっとしていてくれよ!〕」

 

「〔んめぅ……ごめんなさぁい。なんかどうしても気になっちゃってぇ~〕」

 

先程までの緊張は何処に行ったのやら。落ちてきた物に反応を示すとは――全く、精神まで猫になってるんじゃないかこいつは……。

 

「「――実はよく知らない! ま――まあ、大体首筋とか目とか狙えば良いんじゃ無いか?」」

 

クリアが木から滑り降りてきた。

そのまま初心者に対するレクチャーを続けている。

連中が何を話しているかまでは聞こえない。

微かにクリアの口笛の音が聞こえてくるだけだ――が。

 

 

 

口笛の音。

口笛の音。

口笛――――――――――――――。

 

「〔――駄目だ。俺達も一旦距離を開けるぞ。ヤツからの警告だ!〕」

 

「〔何よそれぇ? 全然意味分からないわよぉ!〕」

 

「〔聞こえなかったのか? あの口笛の歌は“エールゲルム情報誌の外部オフィシャルサイトのBGM”だ。ゲーム内で情報提供を行う俺達にとってのテーマソング! ゴーグルつけた先のコミュニティサイトでも流れてるだろ!!〕」

 

俺は、ミズテンが身を潜めている箇所の足下を見つめた。

そこに先程、コイツが反射的に掴んだ葉っぱが落ちている。

 

「〔葉っぱ……葉っぱか……クソ! 木の上を伝って俺達の真上にまで来ていたんだ! ……俺達の存在は“既に気づかれている!”〕」

 

時既に遅しって感じもするが――奴から一旦距離を開ける。

このままだと連中を見失うかもしれないが……仕方ねえな。

 

「なんで記者だってわかったわけぇ~? 情報試社の礼服なんか、着てもいないのにぃ……」

 

「近くにいたのにパッシブ設定をオンにしていたからかもしれん。“自分達には敵意は無い”ってことの証明だからな。直ぐにオンに切り替えられるわけでも無い。格好も相手を強襲するようなPKの物じゃあ無い。となると、ストーカーか記者のどっちかってことだ」

 

さて、問題はここからだ。

 

「少なくともこれでこの写真を公開することは出来なくなっちまったな。俺達の名前と顔の上半分を隠していたとはいえ、姿が見られた状態でこんな物を公開してみろ。ヤツが本物の『屑塵』なら執念で特定してくる。もしも俺達の身元が割れたら知り合いや知人、そして俺自身が“正体不明の人物による無限のPK被害”という報復に会うだろうよ」

 

「そんな中途半端なことしてもぉ……正体までちゃんと暴かないとスクープにはならなそうよねぇ~……」

 

その通りだ。写真だけ公開してもそこまで意味は無い。

たしかにスクープには違いないが、中途半端に藪をつついて蛇を出すような物だ。

選択肢は二つある。

 

このまま潔く退くか。

取材を続行してヤツの正体を暴くか、俺達が破滅するか。

 

「ミズテン、お前の勘に賭けてみよう。どう思う? 続行して決定的な瞬間を狙うべきか――それとも手を引いて今回は諦めるかだ」

 

「……個人的にはぁ、帰りたいけどぉ~。でも、なんかもう何やっても大丈夫な気がしてきたわぁ~」

 

――覚悟を決めた。こうなったら一か八かだ。

俺の身元が特定されてゲームを遊べなくなるか、“屑塵”の正体が暴かれるか。

どっちが先に潰れるかの戦い――乗ってやろうじゃないか。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

クリアの奴を見失ってしまい。再び見つけた時には、すっかり日が沈んでいた。

どうやら、フェアリーの女キャラと別れて。だあく(笑)と二人で呑気に焚き火をしているようだ。

そこに近づいてくる影がある――が。

装備品から見て、どう見ても初心者だな。

 

そこにクリアが咄嗟に投げナイフを放り投げる。

水色髪の初心者の――よりにもよってその肩に深く刺さってしまった。

 

「〔初心者に当たったな……致命傷だ〕」

 

「〔事故だし未遂だけどぉ、一応初心者狩りよねぇ……アレぇ〕」

 

それにしてもクリアの奴、流石に初心者の前で隙を晒すようなことはしてはくれないか。

また再びPK連中が介入してくれれば良いのだが――こんな半端に国から離れた場所では誰も寄ってこないだろう。だあく(笑)が叫べば話は別だが。

 

「〔ん……んめぇう!? 今、そこの奥の茂みに誰かいたような気がするんだけどぉ……〕」

 

「〔は? 誰もいないぞ? 何かの見間違えなんじゃ無いのか?〕」

 

「〔あまい色の何かが通り過ぎたような気がしたのよぉ……〕」

 

あまい色――亜麻色のことか?

モンスターか何かかと思ったが、ここら辺りにそんな目立つ色のモンスターはいないはずだ。

 

……………………………………。

周囲を見回したが、何も見当たらない。

俺が気づかなかったくらいだ。おそらく気のせいだろう。

そろそろミズテンの疲労も限界のようだな。

 

 

 

 

――――――――――――!!

 

おいおいなんてこった。

クリアの野郎、こっちに普通に歩いて来やがった。

手まで振っていやがる!

 

「〔なんなんだよあいつは!? どう忍んでもこっちの位置がバレちまってるじゃねえか!〕」

 

「〔どうするのぉ!? あいつが『屑塵』かどうか以前に、これすごく気まずいんだけどぉ!?〕」

 

どうするべきか考えている内に、もう目の前にクリアの野郎が立っていた。

 

「…………」

 

「……めぅ」

 

「えーっと、その……そろそろ帰ってもらうわけには――いかないかな?」

 

何も言わない俺達に向かってクリアがぎこちなく話しかけてくる。

仕方ねえ。もう後戻りできないところまで来てしまった。

 

「――単刀直入に聞くぞ。お前、『屑塵』か?」

 

「…………………………」

 

クリアはぽかんとした表情で突っ立っている。

ミズテンが息を飲む音がした。

先程とは違ってほんの僅かの沈黙だったが、それが何よりも恐ろしい。

 

「――――――ああ! 屑という自覚はある。でも、塵と言われるのは心外だな……そういうのはよくないぞ!」

 

意味が通じていないのか、それともはぐらかされたのか? 一か八か、ここまで来たら警告もしてみるか……。

 

「言っておくがな――俺達の身に何か起きればもうクロだと確実に判断するぞ! “決定的な証拠”も掲載してやるからな!?」

 

もちろんそんな証拠は撮れていない。

こんな物は、自分達の身を守るためのハッタリだ。

 

「決定的な証拠って、一体いつの話のだ? あの時のあれかな……いや、あれのことか?」

 

クリアはぼそぼそと呟きながら腕を組み、何か思案していやがる。

 

「〔なんかぁ~、緊張感無いねわねぇ。この人ぉ~〕」

 

「〔飄々としていやがるな、こういう奴は絶対に裏に何かあるぞ〕」

 

 

 

「よくわからないけど――――俺は君達に何もしたりしないさ」

 

通じたのか、通じていないのかよくわからないような返答をして来るが、ここら辺りが限界だな。

 

「それが賢明だな。最後に、一つアンタに聞いても良いか?」

 

「あ、ああうん。何だい?」

 

「所持品を調べさせてくれないか? アイテムインベントリを見させてくれるだけで良い。それで今の段階では、俺達は納得する」

 

最後の賭けだ。

これで断ったり、『アジャッタの仮面』が入っていたら……確定とは言わずともクロである可能性は高い。

クリアはニヤリと笑うと、気前よくメニューを開いてアイテムのインベントリーを見せてくれた。

持っている装備品は少ない。

 

「…………なるほどな。いや、ありがとよ。これで俺達は手を引くとする。――今日のところはな」

 

「本当かい?」

 

「ああ、本当だ」

 

大ハズレ。仮面は入っていない……。何一つ尻尾を掴ませちゃくれなかった。

 

「おい、行くぞ。ホラ」

 

渾名とはいえ“ミズテン”という単語を使わないように付き添いの猫に声を掛けてやる。

 

「ああ、そうだ。こっちも聞きたいことがあるんだった。あんた達は国から来たんだよな? 道中にモンスターとかいなかった――よな?」

 

帰ろうとした俺達を逆にクリアが引き留めてきた。

 

「ああ、真っ直ぐな。道中にモンスターなんか見かけてねえし、そもそもあの道はモンスターの生息範囲外だろ?」

 

「ああ、そうか。そういえばここはそうだったな! ナハハハハハ!」

 

クリアの野郎、何かよくわからんことを納得していやがる。

モンスターの生息地くらい普通に冒険していれば誰でも知っているだろうに……喧嘩でも売っているのか?

 

「それじゃ、お気を付けて~~お帰りくださいな!」

 

いい加減な台詞と一緒にクリアが後ろ手に手を振って焚き火に戻っていった。

 

「んめぇう……〔これで取材おわりぃ? やっと帰れるわぁ~~〕」

 

「〔そんなわけないだろ! 一旦、ここらで立ち止まってからもう一回……〕」

 

 

 

 

 

 

 

――口笛の音が再び聞こえて来る。

 

わかった、わかったよ。退散すればいいんだろ! 畜生!

 

「確実な証拠までは手に入れられなかったわねぇ~……。結局あのクリアが『屑塵』なのかしらぁ~」

 

「可能性は高いが……決定的な証拠が無い以上、断言が出来ない。投げナイフ――投擲の技術は悪くなかった。でも、それに限って言うならあのくらいのレベルの奴はごまんと見てきた。どの世界にも上には上がいるもんさ。『屑塵』であるという決定的な瞬間を手に入れられずに俺達がパッシブを発動させていた以上、あいつがPK狂いかどうかなんて証明のしようがねえよ。それにしても、頭のおかしいことやりまくってる割に、妙に話の分かる男だったな……。不思議な野郎だ」

 

「もういいんじゃないのぉ? なんとな~く匿名で“50%くらいの確率で屑塵なんです”って記事出しちゃえばぁ~、報復が怖いけどぉ~……」

 

「いずれにせよ憶測で記事は書かんさ。俺だけではなく、フォルゲンス情報誌社全体がそうだからな。この仕事は現実のメディアに嫌気がさして始めたRP(ロールプレイ)なんだぜ? 俺達は真実と、信用で金を稼ぐんだ」

 

ミズテンの奴、ため息をつきやがった。

悪いか? これが俺の、この世界での在り方なんだよ!

 

「もう、性格悪ぅ~い。小っちゃいんだからもう少し可愛らしく取材しなさいよぉ~」

 

「ああ、するとも。それで情報が得られるならな」

 

後は奴に仕掛けたハッタリが効いてくれるかどうかといった話だが、これに関してはもう祈るしかなさそうだ。

 

それにしてもあのクリアが一介の初心者を引き連れて行動しているというのは、やはりただごとじゃない。

もしも万が一、クリアの正体がかの悪辣極まりない【屑塵】ならば……あのレットとかいうガキの未来はお先真っ暗だ。

 

あのガキは近々――“とてつもなく恐ろしい目”に遭うに違いない。

 

 

 

 

 

 

「それにしてもぉ~、なんだろぉ。よくわからないんだけどぉ、もうちょっとだけクリアのこと、ちゃんと見ておいた方がいい気がするのよねぇ……」

 

ミズテンがふと振り向いたので、俺も奴の方を振り返った。

遙か遠くの木々の隙間から、クリアがレットから“何か”を奪って慌てて隠すような仕草をしていたが――それが何なのかまではわからなかった。

 

 




【PVP大会】
 本作『A story for you NW』では、個人向けの大会というものは原則行われない。
この大会はあくまで、他ゲーム開発企業との提携で開かれたイベントの延長である。
全サーバーで個別に執り行われたが、規模は小さい。
10位までの入賞者に下記のアイテムを、それ以降は順位に応じてさらに別の報酬を得られるという仕組みだったようである。

【アジャッタの仮面】
イントシュア帝国、PVP大会の上位入賞者に送られる装備品。
一位には、加えて別の装備品が送られる。
公の場での売買は不可能。
プレイヤーとの交換か強奪のみで得られるレアリティの高い装備である。
提携している会社の取り扱っているゲームの世界観に合わせているのか、ややおどろおどろしい外観をしている。
それ自体に価値は無いが、それを付けること自体には意味がある。

「恨みの篭った表情は、お前が向けて良い物ではない。お前が受け止めるべき物だ」


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第十話 金策

 フォルゲンス共和国の最南端、【フォルゲンス港】。

 

港と聞くと海を連想するかもしれないが、隣接しているのは海ではなく四国を結ぶ巨大な湖【フルーミア湖】である。

海空両用の飛空艇による交通の入り口でもあり、他国からの輸出輸入も盛んで、フォルゲンス共和国から主に木材を輸出し、食材を輸入している。

 

そこでまさに偶然出会ってしまい、そのまま語り合っている露出度の高い二人。

 

「い、言っている言葉の意味がよくわかりませんにゃ。大ピンチってどういうことですかにゃ?」

 

一人は布面積の少ない煌びやかな格好のキャット――

 

「はい。今、オレはかつて無いほどの大ピンチで、危機的な状況に陥っているわけです! 実はオレ――」

 

もう一人の人間族(ヒューマン)の少年は、新しく購入したフェイスガードタイプのヘルメットに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お金――ゴールドがなくて、無一文なんです!」

 

他の部分は装備無し、白いブリーフ一丁だった。

 

「し、知らんがにゃ……」

 

「まず、どういう経緯でこうなってしまったのかを説明させてください」

 

「えぇ……めんどくさいですにゃ。あ、そうだ。自分、釣りしますにゃ!」

 

無視の流れを決め込み、釣り糸を垂らすネコニャン。

露出度の高かった装備品が、全て釣り人用の装備に切り替わり、短パン一丁の男――レットの存在だけが港の真ん中でより強調される。

 

「釣り、楽しいですか?」

 

「ええ、楽しいですにゃ。よかったらレットさんも――」

 

「そう――――そして、あれは数分前の出来事でした!」

 

「いや……レットさん。その話の持って行き方は、ちょっと強引すぎませんかにゃ……」

 

あきれた表情のネコニャンは、ため息をつきながらも、左の猫耳を少しだけレットの方に向けた。

 

「クリアさんに新しい装備を手に入れる方法を聞いたところ『適当に何か売っぱらえ!』と言われたんです。なので、勇気を出して装備品の全てをNPCの店で売り払ったんですよ! んで新しい装備をその場で買おうとしたら頭につける装備品しか買えなかったんです!」

 

ネコニャンはそのレットの話を聞いて耳と、尻尾と、持っている釣り竿と、その姿勢全体がだらりと垂れ下がった。

 

「もう何から言及すれば良いのかさっぱりなんですけどにゃあ。『何か適当に売っぱらえ!』っていうアドバイス自体が適当すぎますにゃ。この世界では基本的にNPCが取り扱う武器、防具はプレイヤーによる合成を促すために、“初心者向けの装備を除けばほとんどが割高”なんですにゃ。そんな店で、武器と防具の取引をしているのもおかしいし、売値と買値を把握しないで商売のやり取りするのも正気じゃ無いと思うんですけどにゃ……」

 

ネコニャンが釣り竿を引き上げると――青い色のクラゲが釣れた。

 

「はい、反省しています。なのでお金持ちのネコニャンさんに――」

 

「む。お金の稼ぎ方を教わりに来たんですかにゃ? それなら釣りが――」

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、もう面倒なので“お金ください”と、直接お願いしに来ました」

 

「そんなん駄目に決まってますにゃ!」

 

「………………………………………………」

 

「………………………………………………」

 

ネコニャンが再び釣り竿を引き上げる――ボロボロの革靴が釣れた。

 

「「くださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいいいいいいいいいいひぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいぇぇぇぇぇぇええええええええええええ」」

 

レットはその格好のまま仰向けに寝転がり、ヘルメットを軸にずりずりと音を立ててコンパスのように回転を始める。

 

「“うるせえ!“ わかったわかった! あげますから、あげますから静かにしなさいにゃ!」

 

余りの大音量に、一瞬その“猫口調”が崩れるネコニャン。

釣り竿をしまってから、ごそごそと気だるそうにゴールドの詰まった革袋を取り出す。

レットの視線が革袋に釘付けになる。

それを片手で掲げてネコニャンは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あーげたにゃ!」

 

レットに対して、わずかに冷たい風が吹きつける。

最南端とはいえ、港に吹く風は寒く感じられたような気がした。

 

「――すみません、オレが悪かったです。だからもう“そういうの”本当に勘弁してください」

 

レットは立ち上がってあっさりネコニャンに頭を下げた。

 

「渾身のギャグなのに……その反応はキツいですにゃ……」

 

結局、レットはネコニャンから一般的なお金稼ぎの方法を簡単に教わる。

具体的には合成のスキルレベルを上げたり、合成に必要な素材アイテムを集める。

NPCからクエストを受注する、等である。

 

尚、レットの答えは――

 

「なんか自分には全部向いてなさそうですね。なんか他に無いんです? 楽なお金稼ぎ!」

 

――これであった。

ネコニャンの批難の視線を受けて、レットは弁解した。

 

「あ、いや! そんな大金が欲しい訳じゃあ無いんですよ! 格好いい装備品を一式着れるだけのお金があればそれで満足なんですって!」

 

「はぁぁ……全く最近の若い人達は沢山お金を稼ごうという気概がないんですかにゃ? いや、まあここ数十年……現実世界は不況だからですかにゃあ……。ゲームでもお金稼ぎやりたがらないで、逆に現実のお金を注ぎ込んで破滅するような人ばっかりなんですよにゃあ……。世代なのかにゃあ……う゛う゛ーん」

 

レットの言葉を聞いて、ぶつぶつと呟くネコニャン。

 

「――とにかく、試しに釣りでもしてみればいいんじゃあないですかにゃ? やってみるとそんなにしんどくにゃいですにゃ」

 

「わかりました。このゲームの釣りってどんな感じなんです?」

 

「現実の釣りとほぼ変わらないですにゃ。違いがあるとすればどこでも魚がヒットする確率が現実より高めになっているってことくらいですかにゃ。潮の流れも一応影響したりしますにゃ。【釣り新聞】、要チェックですにゃ。むっ……岩の下に針が引っかかって――これは根がかりしたにゃ……」

 

竿を撓らせるように振り回して根がかりを外そうとするネコニャン。

 

「とりあえずやってみますよ。一回ネコニャンさんの竿をオレに貸してください!」

 

「いや、これはちょっと初心者が握るには危険すぎる竿な気がしますにゃ……。釣りの技術を鍛えないと――それに、手持無沙汰だから釣りをしていただけで。そもそもここはあんまり良い釣り場じゃないんですにゃ」

 

「何言ってるんですか! 竿なら毎日自分のを握っているんだから、任せてくださいよ!」

 

「ちょちょちょちょ! 初心者用の竿を貸すから色々な意味で落ち着いてくださいにゃ! まずきちんと装備をして――」

 

ネコニャンが持っている釣り竿を、横から強く握るレット。

釣り竿に付いている“如何にも”なスイッチを押してしまう。

機械式のリールが起動し、凄まじい速度で回転――ネコニャンが反射的に両手を離し、竿をがっちり握っていたレットの身体が引っ張られ――湖に吸い込まれるように消えていく。

 

そして、数秒経ってから――

 

「グエーーーーッ!! エハッエハッ!」

 

――レットは釣り竿と共に、湖面に浮上した。

 

「落ち着いてって言ったじゃあないですかにゃ! 釣りの素人がこんなパワーのある釣り竿使っても身体の方がひっぱられますにゃ! ――あ、浮いてきたってことは、根がかりが取れてるんですかにゃ? よかった、よーかった~」

 

激しく咳き込みながらも、梯子を伝って波止場に上がるレット。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「別に、水中に長時間沈むことになっても苦しくなったりはしませんにゃ。水中にもぐり続けているとHPが減っていくから、泳ぎが苦手な人は要注意ですけどにゃ」

 

「いや、ていうか。パワーおかしくないですか!? こんな釣り竿現実にありませんよ!」

 

「ある程度【釣りスキル】があるプレイヤーならちゃんと扱えますにゃ。そういえば、これより凄いパワーの釣り竿、前にクリアさんの誕生日にプレゼントしてあげたことがありましたにゃ……」

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ほぉ~。クリアさんも、釣りとか始めてたんですかにゃ?」

 

「始めてたもなにも昔から自分、“釣り”は大好きじゃないですか!」

 

「へぇえ~。そうでしたかにゃ? たしか、今度誕生日でしたよにゃ! 丁度よかったですにゃ。この釣り竿、プレゼントしますにゃ。自分の自信作なんですにゃ。今度一緒に釣りに行きましょうにゃ!」

 

「え? “釣り竿”……? およ!? こりゃあ凄まじいパワーのリールが使われているんですね……ナハハハハハハ! 折角だしもらっておこうかな? ハハハハハハ」

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「へ~、それでクリアさんと釣りに行ったんです?」

 

「あげた釣り竿…………“バラバラに分解”してしまったんだそうですにゃ。もう自分、あの人には金輪際、何もプレゼントしませんにゃ!」

 

(……それ、そもそもクリアさんの“釣り”の意味が違ったんじゃあ無いか……?)

 

『悲しいにゃあ……』と項垂れるネコニャンを前に少しだけ同情するレットであった。

 

その後、ネコニャンは用事ができたということでその場を離れることとなった。

別れ際に“今度一緒に釣りしましょうにゃ”と言われはしたものの、レットはそこまで乗り気では無かった。

 

(それにしても、ネコニャンさん。釣り場としていまいちなら、なんであそこでいきなり釣りを始めたんだろう。……もしかして、釣り仲間が欲しかったのか?)

 

レットはネコニャンが釣りあげたボロボロの革靴を譲ってもらっていた。

何も装備しないよりはマシだと判断して、ひとまずそれを装備する。

 

(くそお、裸足は避けれたものの……このまま国の中を闊歩するのはなあ……というか、革靴を履いたら全体的な変態度が、逆に上がってきているような気がする……)

 

リアリティのあるVRMMOにおいて、不審な格好をするというのは予想以上に恥ずかしいものなのだと、レットは深く後悔した。

 

『あ、そうそう。クリアさんにお金稼ぎの方法を聞いても無駄ですにゃ。宵越しの金は持たないらしくて、貯めてもゲーム内のプレイヤー同士のギャンブルで全部擦っちゃうらしいんですにゃ。お金がなさ過ぎてその場しのぎにレアな武器とかNPCの店で売っちゃうらしいし~。利率低いのに勿体ないですにゃ』

 

別れ際にネコニャンに言われた言葉を思い出し途方に暮れるレット。

頼みの綱のクリアも今回は――というよりクリアのアドバイスを聞いた結果が今なので、役に立っていないどころか足を引っ張っている有様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クックック……貴公、少し良いかな?」

 

(なんだこの渋い声!?)

 

声を掛けられてレットが振り替えると、一人の男が腕を組んで壁に寄り掛かっていた。

男のスタイルはとても良く、背も非常に高い。

 

頭に被せられた羽のついた硬質の帽子に、茶色いグローブ、厚くて頑丈そうな革製の古いトレンチコート、肩には、耐久性に優れたクロークが掛けられている。

それは完全なお洒落装備というよりは身嗜みを損なわぬように整えられた戦闘用の装束といったような印象を受けた。

 

ピエロのようなお面が張り付いているためどのような顔をしているのかはわからないが、帽子には耳を入れるスペースとして使われる二つの突起がついており、毛艶のある黒色のスマートな尻尾が生えていることから、どうやらキャットのようである。

太股の外側には巨大なホルスター、そこに骨董品のような長銃が差し込まれていた。

そして、“名前の表示は無かった”。

 

レットは異様な雰囲気を醸し出す謎の人物に気圧される。

 

「ええと……その、何でしょうか?」

 

「そうだな……吾輩の名はLuxe(リュクス)。“Mr.レット”。貴公の轟く自己紹介は先日、聞かせてもらったよ」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

「それで、貴公はかの、白き妖精《Clear・All》に見初められた男と聞くが、それは――事実かね?」

 

「はい、一応あの人はオレのフレンドです。――一応」

 

(変だな。意味不明な言葉で話しているはずなのに何を話しているのかはっきりわかる……)

 

後日レットが知ることになるが、これは単語を別の単語に置き換えて相手に意味だけを伝えるVRMMOの“ プレイヤー登録辞書機能”という物。

設定をしておくだけで小難しい単語を連発しても相手にきちんと意味が通るというもので、RPが捗るためか、ごく一部のプレイヤーからは好評だった。

 

男――リュクスはレットの容姿を、下から上まで舐めるように見つめる。

 

「成る程。吾輩は白き妖精《Clear・All》の知人でな。貴公が淡い幸せ《お金》に困っていると、ここまで聞こえてきたので――。どうだろうか、吾輩の同好の士《仕事仲間》にならないか? フッフッフッフ」

 

「本当ですか!? その仕事って儲かるんですかね?」

 

怪しい出で立ちではあったが、クリアの知り合いと言うことで警戒を解き、レットはリュクスの話に飛びつく。

 

「アア――心配は要らないさ。――その手で掴み取るのだ。貴公の真の安心《幸せ》を……ハハハハハ……。吾輩に付いてきたまえよ……」

 

そう言ってから振り返って、リュクスは路地裏に消えていく。

 

(すご〜く怪しい雰囲気がするけど……ゲームなんだから、犯罪に巻き込まれたりするわけでもないだろうし。ちょっとだけついて行ってみるか)

 

 

 








【商魂逞しいプレイヤー達】
 プレイヤーには独自に販売する目的で国々を渡り大量の物品を送り届ける転売屋が存在している。
また、合成スキルを高めた職人同士で集まり、僻地で行商を行う者達も居る。
商売を成功させて、富豪と呼ばれるようになったプレイヤーの中には戦闘能力が一切ない者もおり、そのようなプレイヤーは、ゴールドで戦闘に長けた傭兵プレイヤーを雇う傾向にある。
戦わずとも大富豪になれるという事実は、まさにこのゲームのプレイの自由度と懐の深さを表現しているともいえる。

「最強クラスの武器を作ることに成功したが……市場価値が高すぎて誰も買い取ってくれないな」

「まあ、このゲームのお金持ちって意外と戦闘してなかったりしますからね。もう、自分で使ったら良いんじゃないですか?」

【魚釣り】
 多くの人々にとっては興味がわかないものであるが、一部に熱狂的なマニアが存在するゲーム内コンテンツ。
このゲームの釣りは現実とは違って、魚の遺伝子淘汰が起きない設定になっている故かスレる(※魚が警戒心を持つ)ようなことがほとんど無い――が、伝説の怪魚クラスになると現実の釣り人でもゲンナリしてしまう程の難易度であるとされ、きちんとした魚に対する知識と技量が問われる。

竿は複雑なカーボン製の物から、シンプルで原始的な木製の物まで多岐に渡る。

餌は疑似餌、生餌、ルアー、妖精族等。

地味に設定を弄ることでゴカイ等のグネグネする生餌を疑似餌として認識することができるので女性でも安心であり、初心者のお金稼ぎにももってこいであると言われている。

魚が腐ることは無いがきちんと鮮度があるため、釣りたての魚の美味しさに目覚め、料理のスキルを上げて一日中釣り竿を垂らす者が後を絶たない。
世界中を回るアクティブな釣り人達に配慮してか、釣りプレイヤー達のコミュニティで作られる釣り新聞は全国で統一されている。



「ああ、ま~たグラスパッファーだよ!!」


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第十一話 光の届かぬ場所

 フォルゲンスという国家の地下には遙か昔から下水道が存在する。

これは、共和国になる遙か前に王族達の緊急避難用の通路として活躍していたものであり、時間をかければポルスカ森林に出ることも可能となっている。

ゲーム内設定ではその昔、下水を通ることを嫌がって革命で命を落とした哀れな皇帝がいたとされている。

 

そして今、その下水道にヘルメットとパンツだけを履いたレットと、キャットの男――リュクスが足を踏み入れた。

 

(こんな場所にも入れるんだな……)

 

そこは薄暗かったが、地上から僅かに光が差し込んでいる。

プレイヤーが出入りする一つのフィールドということもあってか、汚物が流れていることもなければ、下水道特有の悪臭がすることも無かった。

 

二人は薄暗い道を進んでいく。

突然レットの足下の下水から巨大なネズミが顔を出し、レットに飛びかかった。

 

「うおっ!」

 

それとほぼ同時にリュクスがホルスターから銃を取り出す。

激しい炸裂音と共に火花が飛び散り、ネズミの躰が吹き飛び落水する。

同時に、リュクスは無駄の無い動作でホルスターに銃を仕舞う。

 

それは一瞬の出来事であった。

 

「おおお、かっけえ! 今のは銃!? このゲーム、銃なんて使えるんですね!?」

 

「吾輩の職業は……しがないハンターさ」

 

「ハ、ハンター……」

 

ハンター、遠距離攻撃職。弓にクロスボウ、古式銃に投石器、場所によっては大砲やバリスタまでも運用できる、狩りと飛び道具のエキスパート。

 

威力は抜群だが銃撃を正確に当てることは難しく、防御性能は総じて低い為、敵からの攻撃は回避で立ち回るのが基本。故に操作難易度は最高クラスで、他の職業と違って純粋なアタッカーしかこなすことができない。

ゲーム開発者の職業調整で不遇と優遇を行ったり来たりする――マイナーな職業でありまさに浪漫と修羅の茨の道である。

 

「ここら辺が良いだろう。吾輩の“天職”もまた、ハンターのような物なのだよ。ンッフッフッフ……」

 

銃をホルスターにしまってリュクスが次に取り出した物は、前世代的な装飾がされた【写真機】であった。

 

「それって、カメラですよね? 何に使うんです?」

 

「上を見てみたまえ――光と、恵みが差し込んでいるのが、きっと君にも解るだろう」

 

狭い地下道の中、レットが上を見るまでもなく天井からは光が差し込んでいた。

 

「えっとォ……この光が何なんでしょうか?」

 

「……覗いて見たまえよ。きっと君も気に入るだろう」

 

レットは、言われるがままに背伸びして光が差し込む天井の穴を覗き込む。

 

(なんだこれ!?)

 

穴から外を覗いたレットの視界に映った物は、様々なプレイヤー達の脚部。

レットはそこで、自分が今まさに覗き見を行っている穴が、地上からの雨水を取り込む側溝だったということに気づいた。

 

「へぇ~。ここから地上が覗けるんですね」

 

「そうだ。そしてこれを見たまえ! 我々が此処で得る物だ!」

 

突然、リュクスが懐から何かを取り出してレットに急接近して来た。

その股間の“硬い何か”がレットの腹部に押し付けられる。

 

「これを見ればもう分かるはずだ。吾輩と白く濁った手で――『堅い誓い』を交わそうぞ。クックックック」

 

(いやいやいやいや、“硬いし近い”んですが! 当たってる当たってる! なんなんだこの人ォ!?)

 

「アア――失礼。貴公を驚かせてしまったかな? 吾輩の股間に仕舞っているのは本物の“長銃”だ。心配は無用だ。この世界の中でそのような卑猥な機能はない。そんなに脅えなくても良いじゃあないか。ほら、これを見てみたまえよ……」

 

「こっ……こここここここっ。これはっ!?」

 

レットは、リュクスが興奮している理由を一瞬で理解した。

リュクスが取り出した物は写真だった。

 

 

 

“ソレはまさしく誰かにとっての桃源郷であった”

 

 

 

凄まじいリアリティが齎した本物と見紛う――否、本物以上に美麗な盗撮写真の数々。

そして、どれを撮っても――どれをとっても単調な写真では無いのである。

角度、光の当たり方、撮られたシチュエーションの豊かさ。それは最早、芸術品の域であった。

 

「も――もしかして……………………ここで、女性キャラの下着を撮るんですか!?」

 

「アア、そうだとも。そして、これが貴公の淡い幸せ《お金》に繋がる」

 

「それ……その……要するに、『盗撮した写真を売ってお金を稼ぐ』っていう――――――――ことですよね?」

 

「クックックック……その通りだ。察しが良いな。貴公」

 

(と、盗撮…………か)

 

「心配は要らないさ……。これから貴公は圧倒的な財を得るのだ。その淡い幸せ《お金》で望みの丈を叶えたまえよ――」

 

詰め寄るリュクスに対して、誤魔化すようにレットは話題を咄嗟に切り替える。

 

「は……はぁ。そういえばこの上にいる人達って、一体何が目的なんです? この上がチームの集会所か何かだってことは、わかるんですけどォ。いくら何でも人数が多すぎるような……」

 

「上にいるのは『聖十字騎士団』に所属する者達だよ、貴公。――噂ではチームのリーダー、――連中曰く“団長”がメンバーに対して演説を行うらしい。ご苦労なことだな……クックック。かのチームには最高位の女神達《上質なターゲット》が多々居ると聞く。これは吾輩にとって千載一遇の機会だ。偶像《被写体》が一人では――“色々足りない”のでな……」

 

(聖十字騎士団って、オレが加入しようとして逃げられた。あのチームか……)

 

リュクスはその身を屈めて、レットは背を伸ばして、その溝から地上を覗き込む。

 

「さて、まず最初にその偶像《被写体》についてレクチャーをしよう。基本的には――お淑やかな乙女《装備品の露出が少なめ》であり、淡い思い出の欠片《下着》が秘匿されている格好であるほど高値で売れる」

 

「あれ? そういうものなんですか。セクシーな格好していた方が高値で売れたりするわけじゃないんです?」

 

「この世界は仮想現実。“派手な格好を好むのは現実世界では男性である”という噂がまことしやかに囁かれている以上。淡い幸せ《お金》を注ぎ込むに値しないようだ……。実情はどうなのか吾輩は知らないがね」

 

(ああ、そうか。キャラクターを操作しているプレイヤー。つまり“中の人”のことまで考えて写真を撮るのか……すごいな)

 

VRMMO特有の歪んだ価値観にレットは内心で圧倒される。

 

「尚且つ――対象が高名な女神《有名な女性キャラ》であれば在るほどその価値は高くなる。その美しき秘匿が破られた者《現実世界で美女であると判明している人》であるならばなおさらだ。個人を対象とした依頼すらも流れてくる程に――な」

 

(うわぁ……想像以上にゲスいけど――なんか仕組みを理解すると、怖くなってきた)

 

「あの……その――写真を買う人がいるのはよくわかるんですけど。率先して撮ろうっていう人って、そんなにいるもんなんです?」

 

「アア――吾輩は独りではない。現世の楽園《外部掲示板》には、多くの同好の士《仕事仲間》が日々作品《写真》を投稿し切磋琢磨している……。その努力の結果、渇望する者達《購入者》の層を厚くすることに成功し、巨大な市場が出来上がった――というわけだ……」

 

「それで、一枚いくらくらいで売れる物なんです?」

 

「ふむ――まあ物によっては一枚。50万から100万と言ったところかな。クククク」

 

「ごっ……ごごごごご50万!?」

 

ちなみに、今レットが欲しいと思っている軽装装備の相場は一式で7000ゴールド。

扱われる金額の高さを理解して、レットは戦慄した。

 

(ぐっ……お金欲しい……お金欲しいけど流石に自分が撮るとなると――良心が痛むウウウウ)

 

「さて、これから貴公に軽くお手本を見せよう。撮影に当たっては二枚の真実《写真》を撮ることが大切だ」

 

「二枚、ですか?」

 

「そうだ、淡い思い出の欠片《下着》を写した物を一枚、偶像《被写体》の全体図が一枚。こうすることで作品の由縁が鮮明になる《写真の信憑性が増す》のだよ……クックック」

 

「ああ、たしかにそれはリアル感あるかもですね……。“ヤラセじゃありません!”みたいな感じか……」

 

「――成る程、流石あの男が見込んだだけのことはある。貴公、筋が良いではないか? それで良い、己の直感を大切にな……」

 

 

 

 

《団長! アインザーム万歳!》

 

《アインザーム! アインザーム! アインザーム!》

 

地上にいるチームメンバー、――騎士団員達が一斉に歓声を上げた。

レットが地上を覗くとその視線の先に演説台のようなものが見える。

そこに、一人の男が姿を現した。

 

その外見は、レットが出会ってきた人間族の中でも特に際立って見えた。

彼の金髪は日の光を浴びて輝き、整った顔立ちはまるで彫刻のような美しさを持っている。

レットより一回り年上と見えるそのキャラクターは、落ち着きと経験を感じさせる。

 

彼が身に纏っている鎧は、金と緑のツープラトンで彩られ、上品な輝きを放っている。

その鎧は、この世界の中での彼の高貴な地位を物語っているかのようだった。

 

腰に巻かれているのは、金色の豪華で緻密な刺繍が施された白い長い鞘。

その鞘には巨大な片手剣がしっかりと収められており、彼の力強さを示している。

左手に携えた白金製の盾には、紋章が描かれている。

男の職業がパラディンであるということはゲーム初心者のレットにも一目瞭然であった。

 

「へぇえ。あの人がリーダーなのか……」

 

「アア――誠実さと正々堂々とした強さで有名な『不敗のアインザーム』。あの男がその強さで作ったという聖十字騎士団の規模は、今やフォルゲンスという一つの国家の枠を超えている。今やエールゲルムの最大手チームなのだよ……。異端者《PKプレイヤー》共の弾圧、そして初心者を保護することが活動の中心――と聞くな」

 

団長――アインザームはその壇上で演説を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

《――大義がある。この世界でしかなし得ない。“大義”が》

 

 

 

 

 

演説と共に、自然と周囲は静まり返った。

 

《それは本来、人の心の奥底に眠っているものだ。原始の頃から心の中で燻っている小さな火だ。だが、冷たい世の中は時にその心の火を消そうとする。しかし、人が人の心を持つ限り、それは決して――消えはしない》

 

しばしの沈黙が続いた。

どうやら壇上で話している人物が、聴衆の一人一人を時間をかけて見つめているようだった。

 

《私は今日この場に立って、その火が大きく燃え上がっているのを感じている。壇上にいる私を見て欲しい。鮮やかな世界の中で君の心の中の、暖かい火が燃え上がってきているのを感じているはずだ》

 

レットは演説を聞くために、気がつけば自然と黙り込んでいた。

 

《――それは即ち、『強きを挫き 弱きを助ける正義の心』である》

 

「…………」

 

《この消えそうな火を抱えて、私がこの世界に降り立ったはじめての日から半年。私が得たのは深い絶望だった。その時、この世界は魅力的であると同時に、際限無く閉ざされていたと言える。このチームに入るまで、君達にも経験があったはずだ。多くの初心者達が広い世界に放り出された後、何をすればいいのかわからぬまま右往左往していた。そのような迷える人々を騙し、脅かし、害する悪辣な者すらいた》

 

脳裏にクリアの邪悪な笑みが浮かび上がり、レットは納得するように深く頷いていた。

 

《彼らの多くが私を笑った。裏で私を『狂っている』と揶揄する者たちもいた。しかし、それでも私は歩みを止めなかった。今日までやってきて、そこからさらに半年後、壇上の上にいる私を見てくれている人達が、一緒に歩いてくれている人達がたくさんいる! これが“結果”だ! ――今、君たちの心に抱えているものはなんだろうか? 言わなくてもわかる。きっと私が抱えているものと同じ――暖かい大義の火なのだろう》

 

レットは聴衆達の様子を見つめる。彼らも、アインザームの演説に対して、深く頷いているようだった。

 

《――改めて、心に刻んで欲しい。我等が騎士団は……弱き者達を決して見放さない。行き場を失った人達を、決して見捨てない。皆が笑顔でいられる世界は、此処エールゲルムで実現出来る!》

 

興奮からか、観衆が色めき立ち拍手が鳴り響く。

 

「す……すごいな。こんなカッコいい人がいるなんて……とてもゲームとは思えないような真剣さですね……」

 

「吾輩は何故あそこまであの男が好かれているのかはさっぱり理解できんが――しかし吾輩も理解されないこの仕事に命を賭けた結果人望を集めた。どのような行動でも意思を伴い全力で挑めば、人はついてくるものだよ。貴公」

 

(リュクスさんについてくる連中って、相当だぞ……)

 

「クリアさんとか絶ッッッ対入れないでしょうね……このチーム」

 

「そうかね? あの男は存外、このチームにご執心のようだが……」

 

(え? どういうこと!?)

 

レットの疑問は頭上で湧き上がった歓声に掻き消された。

その後もアインザームの演説は続き、聴衆の声は下水道にまで反響し続けている。

 

「フフン、ご立派なことだな……。なかなかに響く声だが、地下に潜む者達にその信念が伝わることなどありはしない。さて、そろそろ仕事に取りかかろうじゃないか」

 

(うわあ、いよいよ始まるのか……どうしようオレェ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その声、レットだな。お前こんな所で――よりにもよってリュクスの奴なんかと何をやっているんだ!?」

 

「――へ?」

 

不意に声を掛けられたレットが地下に視線を戻すと、噂をすれば何とやら、立っていたのはクリアであった。

 

「クリアさん!? え、いや。こここここれはその……」

 

「アア――久しいじゃあないか、白き妖精《Clear・All》よ」

 

覗き穴から離れて親しげに話しかけるリュクスに反して、クリアの言葉には棘がある――そうレットは感じた。

 

「おい、レット! そいつから離れろ! そいつはロクでもない奴だぞ!」

 

「貴公にそういった侮蔑の言葉を投げかけられるのは、些か心外なのだが……」

 

 

 

 

 

 

「〔ええ!? あの、クリアさん。この人は知り合いじゃないんですか?〕」

 

「〔“所属しているチームが同じ”ってだけさ。コイツは個人的にウマが合わないんだよ!〕」

 

「フム……。貴公はいつまで経っても吾輩の趣味に理解を示してくれない。……それが吾輩、何よりも理解できないのだよ。クックック……」

 

「お前の趣味が理解できない奴なんて、いくらでもいるだろう。この前なんて嫌がらせを受けていたじゃないか。いい加減、反省してこんなゲスなことは辞めたらどうだ?」

 

(い、嫌がらせ?)

 

クリアの“嫌がらせ”という単語を聞いてリュクスが不機嫌さを露わにする。

 

「ああ、そうだとも。たしかに吾輩この前地獄を見た。匿名で送られて来た物が素晴らしい作品《写真》だと思ったのに。吾輩が白き楽園《絶頂》に到達した直後に、それがよりにもよって“筋肉質な”男の物であったと匿名の手紙で伝えられてな……。矮小な下衆めが! 吾輩のたった一つ《この世の楽しみ》をこのような形で汚すとは……。吾輩の心は愚か者の手によって無残にも引き裂かれたのだ!」

 

リュクスは仮面を両手で覆いながら呻き、その声が地下道に響き渡った。

 

「〔実は、それやったのは俺なんだけどな。チームリーダーの股間のドアップの写真を送りつけてから手紙で教えてやったんだ! ざまあ見やがれ! ウヘヘヘヘヘヘ〕」

 

「〔それ本当に酷いですよ。……同じ目に遭ったら自分でも落ち込みますって〕」

 

「――とにかくだ。レットはこんな方法で金を稼いじゃだめだ。上にいる人達が隠し撮りされていると知ったらどう思う? きっとショックを受けるに違いないぜ」

 

「ほう――それは普段から悪事を行っている貴公が言えたことなのかね? 神々の預言書《利用規約》上では何も問題が無いではないか?」

 

「それは――たしかにそうだがな……」

 

クリアはリュクスの反論に口ごもる。

 

 レットはリュクスの言葉が本当であることを後に知る。

“ゲームのキャラクターに肖像権という物は存在していない”為、本物以上のクオリティの下着を盗撮しようが、その写真を現実世界や国の中でバラまこうが、その行為についてどれだけ批判を受けようが、ゲームの利用規約上では何の問題にもならないのである。

 

「故にだ。上にいる連中にならまだしも“貴公に否定される謂われ”は無い。これは、吾輩がこの世界に求めた吾輩自身の在り方だ。そう――貴公がまた、この世界に“何か”を求めているように――」

 

嗤うリュクスを見てクリアの表情がみるみる険しい物になっていく。

 

(クリアさん、ちょっと様子が変だな……)

 

「…………仕方ない」

 

クリアはそう呟くと――――――――長槍を取り出して、構えた。

 

「反論できない故の実力行使かね? なるほど。どうやら、貴公の首は柱に吊されるのがお似合いのようだな…………」

 

リュクスはコートを翻し、ホルスターにゆっくりと手を近づける。

いつでも銃撃ができる戦闘態勢――まるで西部劇のガンマンのようだった。

 

(ちょっと待てよ。会話するだけならまだしも、こんな所でドンパチ戦闘を始めたら……上にいる人達に聞こえてしまうんじゃ無いか!?)

 

「……………………………………………………」

 

「……………………………………………………」

 

二人の間に重い沈黙が続く。

見ているレットにも緊張が走った。

 

そこで――

 

《だからこそ。我々は、強い意志を持って自らの進む道を決めていかねばならない。――私の正義を信じて、ここまでついてきてくれてありがとう。これからも心に同じ火を抱えて歩みを進めていこう》

 

アインザームの演説がついに終わり、地下に万雷の拍手が鳴り響く。

 

「――――――――――――ハァ」

 

クリアが一瞬だけ頭上を見つめてから、ため息をついて長槍を仕舞った。

 

「――仕方ない。リュクス。今ここで、お前のプレイスタイルを否定することはしない。しかし、レットには“選択の権利”があるはずだ」

 

そう言ってから、クリアはレットに向き直った。

 

「レット、もう一度自分自身で考えてみてくれ。ここで、女性キャラの下着を盗撮して生計を立てるか。他の方法でお金を稼ぐかを――だ。選ぶのは他でもない、お前自身だ」

 

「フン……たしかにそうだな。“お互いにとって”ここで騒ぐのは賢い選択では無い。そうだな――白き妖精《Clear・All》よ? フッフッフッ……」

 

“お互いにとって”。そう言われてクリアが眉を顰める。

レットは少しだけ悩んだ。

一連の話を聞いて、自分の身のあり方を今になって考える。

 

(そりゃあもちろん! お金は欲しい。でも…………)

 

「なんか――よくわかんないんですけど。オレ、リュクスさんみたいに胸を張って写真を撮れる気がしないです……。途中で辞めた方がいいなと思ってたし。クリアさんに声を掛けられ時にも後ろめたさがあったというか。何よりも――オレの憧れのヒーローは、こういうことはしないだろうし……」

 

実に歯切れの悪い答えであったが、それを聞いたクリアは胸をなで下ろした。

 

「そうだ――それでいいんだレット。よく思い留まったな」

 

「残念ではあるが――致し方在るまい。例えるのなら、“期待していた教え子に逃げられた教師の気分”……。ひょっとすると、“離婚して子どもに選ばれなかった母親の気持ち”とはこのようなものなのかもな……クックック」

 

肩を竦ませてリュクスが呟いた。

 

「リュクスさん。すみません! わざわざ誘ってもらったのに、断ってしまって!」

 

「何、構わんさ。貴公が自分で選び取ったことだ。その他にも、吾輩は“個人に対する写真撮影の依頼”も受けている。貴公らが望むのなら、いつでも応じよう」

 

「き、気が向いたら――また来ます」

 

(この人に対して、写真の撮影を自分から依頼する人なんて……いるのかな?)

 

「全く……良い写真を撮る実力はあるのに――それを盗撮に使って品位を落とすだなんて、もったいないことをするべきじゃないと俺は思うがな」

 

そう言ってクリアがリュクスを睨み付ける。

リュクスは平然とした様子でクリアに歩み寄った。

 

「相変わらず。ブレない男だ――熟々、貴公の想い人が“羨ましい”よ。いつかあの者の淡い思い出の欠片の作品《下着の写真》を手に入れてみたい物だ――ンッフッフッフ……」

 

(え? 想い人って――どういうこと?)

 

「勘違いするな。“あの人”とはそういう関係じゃあない――だが、やってみろ。只では済まさん。この変態野郎」

 

クリアはリュクスに棘のある言葉をぶつけた。

それに一切動じずにさらにリュクスがクリアに顔を近づける。

 

「変態か――善い響きだ。何、貴公の“想い人”に心配は要らないさ。何せ吾輩が一番欲しい物は他でもない―――――――貴公の作品《写真》なのだから。……Clear・All。他の誰でも無く、貴公にこそ吾輩の変態性を受け入れて貰いたいものなのだがね……」

 

突然、予想外の方向から変態性欲の対象にされてしまったクリア。

その顔色が真っ青になり、その場から一歩後ろに引き下がった。

 

(うわぁ……あのクリアさんが押されているよ……)

 

「〔ああ、クソ! だから苦手なんだコイツは……! ホラ、早くここから出るぞレット!〕」

 

歩き出したクリアに、レットは慌てて追従する。

 

 

 

 

 

 

 

「〔――すまなかったな。アバウトで適当なアドバイスをしてしまって。まさか盗撮をするまで追い詰められていたとは思わなかった〕」

 

「〔あ、いや――いいんすよ。オレも割と途中まで乗り気になっちゃっていたし、気にしないでください!〕」

 

「〔今後も気をつけろよレット。あんな風に自分の表情を他人に見せたがらない人間は、心の奥底になにか――良く無いものを抱えていることが多いからな。さて、新しい金稼ぎについて話し合おうぜ?〕」

 

「〔クリアさんってお金稼ぎには詳しいんですか?〕」

 

「〔ああ――リスクを負えばなんとかなるさ。多分!〕」

 

(他に頼るアテがないとはいえ……ここに来る時よりも嫌な予感がしているんだけど)

 

最後にレットは一度だけ振り替える。

リュクスがこちらに背を向け、側溝に写真機を掲げていた。

暗闇に囲まれつつも、その頭上には光が差し込んでいる。

 

 

 

レットには何故かそれが――絶望の最中、女神に祈りを捧げる聖職者のように見えた。

 




【盗撮掲示板】
NPCの下着に満足できなくなった者達の行き着く地獄、当人達にとっては天国。
彼等は今この瞬間にも、一流の盗撮家になるために日々写真を撮り続けている。
その熱意をもっと違うものに向けるべきではないかという批判が日々繰り返されているが、彼等は全く動じる事無く写真を撮り続け今日に至る。

【動作の“遊び”】
銃に薬莢をセットしたり、扉を調べて開いたりといった動作はゲームとして行えるが当然手でも可能。
好みの問題もあるのでこの辺りは結局プレイヤー次第。どちらが早いか計測したり、タイムを縮める練習をするプレイヤーも居る。

【解像度と写真について】
 ゲーム内で解像度を上げることは可能だが、脳に入る情報量が膨大になってしまう。
最終的に過剰な負担が行かないようにVRゴーグルが処理を肩代わりする為、クライアントに多大な負荷が掛かってしまいゲームプレイに支障が出るのが難点。

現状の技術では、完璧な画質で冒険を楽しむことはできないため、結局現実世界と同じように風景を美しく保存するためには写真を撮る必要が出てくる。

写真機には値段の違いがあるが、性能の違いはない。
諸事情あって、映像を配信する機能はプレイヤー個人に対して未だに実装されていない。
よって、写真とはプレイヤーが仮想世界を現実世界に出力するための数少ない手段でもある。

「“世界”を楽しもうじゃないか……貴公」


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第十二話 気がつけば見知らぬ地

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「あ、あれ? ここ…………………………どこだ?」

 

その日、レットは途方に暮れていた。

 

気がつけば自分を取り巻く景色が一面、茶色に様変わりしていたからである。

 

彼が居るフィールドは【オーメルド兵陵】。

レットがゲームを開始したフォルゲンス共和国の、そこから遥か北西に位置するフィールドである。

草木の一本も生えない荒涼とした兵陵で、気温は低く、時折冷たい雪が降り積もる。

 

BGMは存在せず、風化した赤茶色の岸壁に打ち寄せる波の音のみが響いている。灰色の空はこの地の厳しさを象徴し、訪れるプレイヤーに自然の雄大さを感じさせる。

広大な海原に面し、巨大な蒸気船が大陸の外側を回るように航行する景色が特徴的で、最北端にはアロウルという港町があり、冒険者たちはここを起点に旅立つのである。

 

(なんか、周囲が妙に殺風景だな。吹いてくる風も、少しだけ寒くなってきたような……)

 

レットが周囲を見渡す。

フィールドの様々な場所にくすんだ色味をした巨大な天然の結晶石のような物が置かれており、北西の方角には巨大な雪山が聳え立っていた。

 

「〔クリアさん。言われたとおりにアイテムを拾い集めていたら、いつの間にかとんでもないところまで来てしまったみたいなんですけどォ……〕」

 

レットはフレンド登録を行ったクリアに対して、専用の会話チャンネルで連絡を入れる。

 

「〔一体何時間『箱開け』をやっていたんだい?〕」

 

「〔昨日の夜からやってます。明日は土曜日だし、休み中もずっと続けられると思いますよ〕」

 

「〔おいおい、無理はするなよ。それで、結果はどうだった?〕」

 

「〔Lv.8の装備品が2箇所とLv.3の装備品が2箇所出ました。装備品はとりあえず言われた通りの部分が右腕を除いて揃いました。食材とか木材も出たけど、ぶっちゃけゴミです……〕」

 

現状レットが装備品をつけているのは四肢や腰、胴体などの部分のみ。

尚且つ、ゲームを始めた直後の初期装備より“ちょっとマシ”程度の物であり、外見的な違いはほとんどない。

色が塗られていないためか、全体的に白色が目立つ地味なコーディネイトとなっており、ネックレスやピアス、ベルトなどの装飾はまだ入手できていなかった。

 

(クリアさんに言われた通りに“モンスターを倒した後にたまに出現する宝箱を開ける”っていうお金稼ぎをしてみたけど、結果は微妙だったなあ……)

 

「〔こんな序盤のフィールドで倒したモンスターが落とす宝箱の中から、良いアイテムが出るとは思えないんですけどォ……。紹介してもらってこんなこと言うものアレだけどあまり割のいいお金稼ぎとは思えなかったです〕」

 

先日の下水道での一件から、レットはお金(ゴールド)を得ることもできておらず。

職業のレベルアップもほとんどできていなかった。

 

「〔たま〜に上級者も使うアイテムが出たりするんだけどな。ま、時間をかけてじっくりやる金策だからな〕」

 

(なんか……違うんだよな。オレの知ってるVRMMOってもっとこう……トントン拍子で強くなっていってお金もガンガン稼げるってイメージだったんだけど……)

 

「〔ま、何も得られなかったわけじゃないだろ? レット、一旦フォルゲンスのAH(オークションハウス)で手に入れた装備を売り買いするのはどうだ? リスポーン地点がフォルゲンスなら、一方通行だけど近くの転送用(ポータル)ゲートから戻れるはずだ〕」

 

クリアの言葉を受けて、レットはここ数日で学んだ知識を思い返す。

 

クリアが提案したAH(オークションハウス)

これはプレイヤー同士でアイテムをやりとりする競売会社の事をいう。

国家には直接売り買いを行える窓口が必ず設置されており、規模によっては街にも設置されていることがある。

エールゲルムのどのような場所で出品しても別の場所で即購入できてしまうと言う点はご愛敬、ゲームプレイには時にリアリティよりも利便性が重要なのである。

 

「〔ゲートはこの近くにあるんですかね?〕」

 

「〔レットが今いる【座標】を教えてくれ。ゲートまでのルートを案内できると思う〕」

 

(えーっと。座標座標座標……座標っていうのは確か――)

 

 座標とは“地図の座標”の事である。

緯度経度をフィールドごとに簡略化した物と考えると分かりやすいかもしれない。

地図の縦の位置を示すのが上からA~Z。横の位置を示す物が1~26。

 

地図上の最北西がA-1、最南東がZ-26。

プレイヤーは直感的に座標を伝えることが出来、教わった側は地図上にマーキングがされるのでとても便利で、オブジェクトやモンスターの生息域等の必要情報を伝達しやすくなる。

 

「〔ええっと、今の座標が【W-20】なんですけど〕」

 

「〔えらく東にいるんだなあ……。ゲートはポルスカとのフィールドの境目の【N-13】まで戻らないといけないから、結構手間だぞ〕」

 

「〔【N-13】って……遠いなぁ。参ったなあ……〕」

 

しかも、今のレットはこのフィールドの地図そのものを持ってはいないため、真っ白な地図に教えて貰った座標のみが表示されており、これは“迷子に近い状態”だった。

 

「〔リスポーン地点がフォルゲンス共和国なら、死に戻りすれば大丈夫だろう?〕」

 

「〔“死に戻り”って“自分が設定したリスポーン地点にわざと戦闘不能になって戻る”ってことですよね?〕」

 

「〔戦闘不能になると普通なら蓄積した経験値のロストするけど、レットはまだ初心者だからな。デスペナルティなしで後腐れなく死ねるはずだ〕」

 

 

 

 

 

 

 

 

「〔わかりました。じゃあオレとりあえず自殺しますね〕」

 

突如自殺を決意したレットは、近くにいた巨大な亀の強さを調べた後に、銅剣で殴りつけた。

亀がレットの頭上にその頭を叩き下ろす。

 

「うごっッッア!」

 

その一撃の威力は、レットの最大体力の約三倍以上の数字を叩き出した。

レットは凄まじいダメージと衝撃を受けて“自殺した”。

 

(何度も戦闘不能になっているから慣れているとはいえ……いきなり自殺を決意して亀に殴りかかるってなんかシュールだな……。戻りたいー、戻りたいー。"メシマズ"フォルゲンスが待っている~)

 

レットが念じた、次の瞬間――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――リスポーンしたレットが立っていた場所は再びオーメルド兵陵であった。

 

「あれ? ここ…………………………どこだ?」

 

その台詞は二回目だった。

ここはオーメルド兵陵である。

 

「そんなわけないよな? フォルゲンスだよな」

 

オーメルド兵陵である。

 

「なんでだこれ!? おかしいだろ……フォルゲンスなんだよな!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーメルド兵陵である。

 

「〔クリアさん! 死んだらオーメルドの前哨基地にまた戻ってきちゃったんですけどぉぉお!〕」

 

「〔お前……ひょっとして“前哨基地のNPCに話しかけて、リスポーン地点を変更してる”んじゃないだろうな?〕」

 

「〔あっ……………………………………〕」

 

クリアの指摘を受けてレットが黙り込む。

 

(そういえば、前哨基地でNPCに話しかけたら長話を始めたから、適当に聞き流していたんだよな。その時に“何かの選択肢”を無意識に選んでしまっていたような……。あの時にリスポーン地点が変更されちゃったのかも!?)

 

「〔返事が無いって事は、つまりそういうことなんだな?〕」

 

「〔ウワアアアアアアアアアア。やっちまったアアアア……〕」

 

「〔……まあ、いいんじゃないか? 近辺にはアロウルの港町もあるんだし、しばらくその【オーメルド丘陵】でレベル上げをすればいい〕」

 

「〔ここら辺のモンスター強すぎませんかね? さっき、でかい亀には一撃で殺されてしまったんですけどォ〕」

 

「〔心配はいらない。レベリング用のパーティを組めばいいのさ! このゲームはパーティとは2人から8人まで一緒に行動ができるからな〕」

 

「〔パーティを組むってことは、【オートマッチングシステム】をオンにして待っていればいいんですか?〕」

 

「〔そういうことだ。オーメルド丘陵には、フォルゲンス共和国が作った前哨基地があるはずだ。ここならモンスターは入ってこない。そのうちシステムが自動で最適なメンバーを集めてくれて、倒すべきおすすめのモンスターを教えてくれるはずさ〕」

 

(なるほど……ちょっと、試しにやってみようかな?)

 

クリアのアドバイスに従って、レットは前哨基地に移動する。

オートマッチングシステムをオンにしてから、レットは周囲を見渡した。

 

「〔ヘぇ〜。こんな場所にプレイヤーの拠点みたい場所があるんですね〕」

 

「〔そこの前哨基地はフォルゲンス共和国の管轄だな。前哨基地ではプレイヤーや旅人は所属の国を問わず、物資のやり取りが出来るってわけだ。とはいえ――前哨基地の西側はプレイヤー同士の戦闘が許可されている区域だから、ううかつに足を踏み入れるなよ〕」

 

そのまましばらく待機していると《メンバーが参加しました》という通知と座標表示が出た。

参加してきたパーティメンバー、レットのいる場所と大分近いようである。

 

「〔クリアさん。言われた通りにしていたら、速攻でパーティメンバーが集まってきちゃったんですけど……なんかオレ、急に緊張してきました……〕」

 

「〔お前、普段どれだけ人と話していないんだよ……〕」

 

(せめて今のうちに、メンバーの情報をちゃんと確認しておかなきゃ!)

 

レットは咄嗟にゲームメニューのウィンドウを開いてパーティメンバーの情報を確認しようとする。

しかし、焦っていたため『パーティを解散する』という全く違うボタンを押してしまった。

 

「あ――うわ! やっば! 組まればかりのパーティを解散しちゃった!」

 

 

 

 

 

 

「……初めまして。よろしくお願いいたします」

 

レットは突然、落ち着いた雰囲気の声の持ち主に話しかけられた。

咄嗟にそちらを見遣ったが――“ソレ”を認識した瞬間、レットは戦慄した。

 

立っていたのは緑色の奇妙な生き物。

頭は禿散らかしており半裸で醜く太っている。

身長は半端に小さく顔面は恐竜の骨格のような奇妙な形。

目の部分が空洞になっていて、眼球が見えない。

小さな盾に、無骨な片手持ちの斧を背負っていた。

 

「うわあッ! モンスターだ! 獣人が前哨基地にいる!」

 

レットは咄嗟に銅の剣を取り出して、“モンスター”を殴りつけた。

18ダメージが緑色のモンスターに入った。

緑色のモンスターは、レットに殴られながらも冷静に話を続けている。

 

「す、すみません。殴らないで頂けると嬉しいのですが……。ええと、たった今パーティを解散されてしまったようなのですが、察するにこれは誤操作をされてしまったということでしょうか? それならば――」

 

「食らえッ!!」

 

しかし興奮していたレットは一切の聞く耳持たず、その禿げた頭部を銅の剣で力の限り叩き続ける。

クリティカルヒット判定となり、32ダメージが緑色のモンスターに入った。

 

「ええと、(ワタクシ)の外見に気分を害されたのなら、謝ります。なので、一旦落ち着いていただけると――」

 

「今だ! 【閃光の光速の光! フラッシュライトの速度が上がるスキル!】」

 

レットが、数日のゲームプレイの内に編み出した『叫ぶ必要のない』戦闘用のスキルを炸裂させる。

 

「――ウグウッ!」

 

レットの斬撃の雨霰の前に、無抵抗のモンスターは血塗(ちまみ)れとなり、ついに息倒れた。

 

『Lv.UP』の表示とともにレットに力が(みなぎ)る。

同時に『Lv.Down』という真っ赤なエフェクトが死体の上に表示された。

 

レットは勝利の余韻をかみしめて、クリアに連絡を入れる。

 

「〔クリアさん! 言ってるそばから前哨基地にモンスターが出現しましたよ! 【Makoto・Tanaka】って名前です。固有名詞がついているから珍しいモンスターみたいですね。でも、オレ一人で倒せました!〕」

 

「〔固有名詞がついているモンスターはこのゲームでは『ユニークモンスター』と言われるんだが、そんなモンスターが前哨基地に出てくるなんて知らなかったよ。直訳で『誠のタナカ』――武士の怨霊とかそんな感じのやつなのかな?〕」

 

「〔武士って感じじゃないですね。斧と盾を背負っています。体表は緑色で――おかしいな。倒しても消滅しないぞ? お、装備品持ってますよコイツ。――よっしゃ! ゴールドと右手の装備品ゲット! これで、装備品の基本部位が全部揃いましたよォ!〕」

 

レットの耳に、クリアの息を飲む音が聞こえて来た。

 

「〔緑色って……それ多分というか――絶対にモンスターじゃない……【ケパトゥルス】だ!〕」

 

「〔けぱとぅるす?〕」

 

クリアから指摘を受けて、レットは自分の記憶を思い返す。

 

(そういえば、そんな種族もいたっけ。他の種族と違って、名前が造語みたいだからうろ覚えだったけど……)

 

「〔プレイヤーが選べる種族の一種だよ。ケパトゥルス族というのはね――――〕」

 

ケパトゥルス族は西部大陸の森林からの自然を愛する流浪の民である。

サイズが巨大な者と中途半端に小さい者の二種類が存在しており流浪の生活を続け、エールゲルムの社会に適応しつつも質素な生活を好む。

 

その不気味な見た目と裏腹に『困っているときは自分達が進んで他の民族を助けるべきである』という教えの元に行動する信心深い種族なのだが、”醜い外見でありつつなんでも言うことを聞く“ということもあってか現地の人間に搾取、若しくは虐げられてしまっており、今となってはどの国家でもその扱いは奴隷以下。

 

国同士の戦いに駆り出され、追い剥ぎとなった者達は沢山いるが、その中でも彼らは献身的なようで虐げられているようである。

 

本作を遊ぶ多くのプレイヤーは長い呼称を嫌い、『ケパ』や『ケパ族』と呼ぶ。

 

「〔――簡単に説明するとこんな感じだ。ケパを選ぶプレイヤーは何となくなんだけど、礼儀正しい人が多いかな。俺は見た目も含めて、割と好きだな〕」

 

(そういえば、キャラクター選択時にそんな種族が居たような……こんな化け物みたいな外見が好きって……変わってるけど……ちょっと待てよ!? じゃあ、つまりオレはたった今――)

 

 

 

 

 

 

「うわ……ヤ……ヤバい。どうしよう、オレ……“初めてプレイヤーを殺しちゃった”よぉぉおおおお!!」

 

 かくして、オーメルドの大地でレットは途方に暮れた。

物語の英雄(ヒーロー)に憧れる少年。初参加のパーティを解散させた挙句に、“メンバーを惨殺す”。







【リスポーン地点設定の注意点】
今作では、適当にNPCに話しかけてリスポーン地点の設定をいい加減にすると国に戻れなくなったりすることがある。

また、ゲームを始めたばかりの初心者をターゲットに言葉巧みに遙か遠い土地まで連れて行き、そこにリスポーン地点を設定させて自分だけ国に帰る『エールゲルム観光』という呼称の嫌がらせ行為も存在する。

初心者は移動手段が限られている為、最果ての過酷な土地から帰って来れる者は極めて稀であるとされている。

「ここはどこじゃ! ワシは誰じゃあ!!」

「ボケてんなよ爺さん!」


【パーティプレイのフットワーク】
ストレスを無くすためかパーティには割と気軽に参加できて尚且つ、気軽に抜けられる為の配慮が成されている。
現在のメンバーの構成やレベル、人数から経験値効率の良いモンスターの位置座標が選出される機能も付いているためとても便利。
全体的なフットワークを軽めにすることでプレイヤーの負担を下げられている。
勿論、異常な強さのモンスターを効率良く長時間倒す“廃人御用達のパーティ”も存在しているが、そのようなパーティは移動手段の豊富な上級者が国の中で集まって組む場合がほとんど。

【オーメルド丘陵の釣り事情】
ここまで来て釣竿を使うことで、ようやくまともな魚介類が釣れるようになるが、その敷居が無駄に高く多くの釣り初心者が前情報無しに釣り糸を垂らした結果、グラスパッファー(※後書き後述)を釣り上げてしまい怒りの余り魚を岸壁に叩き捨てる光景が散見される。

【グラスパッファー】
猛毒の河豚。どこを食べても毒なので完全な外道。大外れ。
釣り人から嫌われており、捨てられていることが非常に多い。
実はとある条件下で飼育すると無毒になる。
また、合成のスキルで毒を抽出して販売をすることで富を稼ぐプレイヤーも存在する。

ゲーム側は設定を間違えているのか、毒の有無に関係なく料理の素材に使うことができる。
食べたもの曰く『舌がピリピリするような刺激的な味わい』らしい。



「あっ、食べてみると結構うま―――――――――」




【装備品について】

基本的な装備部位でステータスに大きく影響する装備部位は①頭装備、②胴体装備、③右手装備、④左手装備、⑤両脚装備、⑥両足装備の6箇所。

そこからさらに⑦右肩装備、⑧左肩装備、⑨右指装備、⑩左指装備、⑪右耳、⑫左耳、⑬背中装備、⑭腰装備、⑮首装備とスロットが存在しているため合計15スロット。

気の遠くなるような数であり、やり込みがいがあるとも言える。


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第十三話 初めてのPT、『初めてのPK』

「さっきはいきなり殺してしまってスミマセンでした! 次からは気をつけますんで!」

 

レットはそう叫んで、再度組まれたパーティのメンバーに対して頭を下げる。

 

(“いきなり殺してしまってスミマセン”ってなんだよ……事実だけど、台詞だけ見ると滅茶苦茶なこと言ってるなオレ……)

 

「いえいえ。大丈夫です。このような仕打ちには慣れているので、気になさらないでください」

 

そして、ケパトゥルス族の物理前衛職の男、【タナカマコト】がまさにその前哨基地にリスポーン地点を設定していたのはレットにとって不幸中の幸いであった。

 

(おかしいな。この人さっきまで装備を一式来ていたのに、リスポーンしたら裸になっているぞ?)

 

貧相な下着一枚となったタナカを見つめるレットの視界に、奇妙なメッセージが表示される。

 

《Makoto・Tanaka。プレイヤー殺害数0》

 

そしてレットの手元にタナカマコトの小さなホログラムフィギュアが出来上がった。

 

「〔クリアさん。なんか変なフィギュアみたいなものが手に入ったんですけどォ〕」

 

「〔他プレイヤーを撃破すると、そのプレイヤーのPKを行った人数と、PKを行っていた時の姿を模したデータフィギュア――通称『首級』が手に入るわけだ。その人はまだ誰も殺していないから普段通りの格好だろうけどな〕」

 

その説明を受けて、自らの手を汚してしまったことを再度実感するレット。

 

「〔まさか、自分の手でパーティメンバーを殺してしまうなんて……ダークレッドは絶対こんなことしないよォ…………〕」

 

「〔まあ、いいんじゃあないか? もし殺害したタナカマコトさんのレベルがレットよりも高いのならデスペナルティはあるだろうけど、そのレベル帯なら三、四匹モンスターを倒せばロストした経験値は戻ってくるだろうし、緊張もほぐれたろ?〕」

 

「〔いや、まだ緊張してますよ。……オレ、今度はパーティのリーダーになっているんですけど……〕」

 

「〔オートマッチングは自動でパーティのリーダーが決まるからな。大丈夫だって気にするなよ! 戦闘開始直後にパーティを解散して意味も無くメンバー見殺しにしてみようぜ!〕」

 

「〔やりませんよ! “クリアさんじゃあるまいし”!〕」

 

「では、改めてよろしくお願いいたします。(ワタクシ)、タナカマコトと申します。精一杯、頑張ります」

 

(緊張してちゃ駄目だ! オレは自分を曲げたりしないぞ!)

 

タナカマコトの挨拶に、レットが脊髄反射的に叫んだ。

 

「「オレの名前はレッド! ダーク・レッド! 黒き晴天の騎士の光の剣の達人だ! この世界の宿命を背負う男だ! それが何かは現時点では全くわからないけどよろしくな! 趣味は刃物の収集とゴミの収集! このゲームの他のプレイヤー達とは違ってなんか最強の能力を持つ予定で、神がかった反応速度をもった隠れた天才タイプ――だと思っています! 好きな女性のタイプは胸があっていい匂いがして怒ったりしない感じの人です! 知り合いにいたら紹介してください! よろしくお願いします!」」

 

少年にとって、これは"いつもの自己紹介"。

しかし、流石に相手の素性が分かっていないからか――気恥ずかしさから後半は失速して敬語が混ざっていた。

 

[あ……ええと……“レットさん”。よろしくお願いいたしますね。今後はできれば、その――こちらのパーティ専用の会話チャンネルで会話をして欲しいです]

 

[は、はい。こんな感じで大丈夫かな?]

 

(名前を非表示にしたはずなのに、レットって呼ばれるなんて。ああ、そうか――パーティメンバーはお互いの名前とかステータスがちゃんとわかるんだ。それにしても、なんで誰もオレの名前がおかしいって“指摘しない”んだろう?)

 

[……ああ~~はいはいそんな感じなのね。よろしくお願いします]

 

唖然とした表情のタナカを尻目に三人目のメンバーが合流してきた。

子どものように小さく、羽の生えているその容姿を見て、レットはその種族がフェアリーであることを即座に理解した。

防具には赤いマント付きの装束。頭には黒いフルフェイスのヘルムを被っている。

武器は草刈りに使う物をそのまま巨大化させたような、無骨な大鎌であった。

 

[システムがメンバーの検索を止めたようです。つまり、これでパーティメンバーは全員揃ったということですね。初めまして――よろしくお願いいたします]

 

タナカがレットに行ったのと同じように、妖精にお辞儀をする。

 

[――――――――――――――チッ]

 

(え!? この人今、いきなり舌打ちをしたような……)

 

「〔クリアさん。なんか、巨大な鎌を背負っている怖い人がいるんですけど。これ何の職業なんですか?〕」

 

「〔ああ、それは【ブラッドナイト】だな。なるための敷居が高くて上級者向けの職業だ。近接火力職だな〕」

 

「〔ブラッドナイトってまた凄い名前ですね〕」

 

「〔一応これからパーティが始まるからな。詳しいことは後で自分で調べてもらうとして、先に簡単な職業の説明をしておこう。ブラッドナイトは――〕」

 

ブラッドナイト。HPを様々な手段で攻撃力に変換して、与えたダメージでHPを吸い取り、取り戻すという独特の職業である。

 

主な使用武器は片手持ちの剣、両手持ちの大剣、両手持ちの鎌、鎖で結ばれた二つで一セットの双頭鎌など。盾は装備できない。

 

HPを消費してハイリスクハイリターンの攻撃を仕掛けるスタイルが基本だが、攻撃による吸収と被ダメージ吸収を利用した『吸収盾』として活躍することも出来る。その自己完結能力の高さから一人でゲームを遊ぶソロプレイヤーに人気。

 

公式サイトには以下のように書かれている。

 

『誇り高き血統と血筋の騎士。その血脈は迫害されて尚、絶えることは決して無い。人の争いに流血が必ず伴うのと同じように』

 

[それで、狩り場はどこにいたしましょうか?]

 

[……リーダーにお任せします]

 

(やばい。リーダーだけどオレ何にもわかんねえ!)

 

突然意見を求められてレットは動揺する。

 

「〔クリアさん! これ、どこの敵を倒せば良いんです?〕」

 

「〔パーティのおすすめ狩り場とモンスターのチェックに関してはメインメニューを開いてくれ、やり方は確か――――ごめん。忘れちゃった〕」

 

「〔ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおお!〕」

 

「〔パーティで聞けば誰か教えてくれるんじゃないか?〕」

 

「〔ええ~。嫌ですよオレェ……なんかメンバーが怖くて。”そんな事も知らないのか!“って怒られそうで……〕」

 

「〔お前……いつも勢いのあるを自己紹介しておいて、今更何をビビっているんだよ……〕」

 

「〔あれとこれとは話が別ですよ! 現代文の点数が高い人が数学の点数高いわけないじゃないですか!〕」

 

「〔何だよその微妙な例えは……〕」

 

(うーん……困ったなあ……)

 

頭を抱え始めたレットを見かねたのか、タナカがパーティに提案する。

 

[ええと――リーダーさん。(ワタクシ)、調べてみたのですが。この先の北西のポータルゲートの近くにウサギがいるみたいです。差し出がましい提案かもしれませんが、皆でそれを倒すというのはどうでしょうか]

 

[あ! マジっすか! じゃあそれ倒しましょう。それに決定!]

 

渡りに舟。タナカの提案に、レットはあっさり便乗する。

 

[わかりました。それでは(ワタクシ)に着いてきてください]

 

[はい!]

 

[…………了解]

 

こうして三人は移動する。

狩り場はポータルゲート付近。前哨基地の北西で、それほど遠くない位置である。

そこには確かに、ウサギ達が群生していた。

顔は余り可愛くなく、尻尾が不自然に大きい。

 

[狩りの進め方はどうしましょう。戦闘状態になっていると、周囲に生息する他のウサギも襲ってくるようになるので、移動しながら敵を殲滅するのではなく。拠点狩りをする感じで良いですかね?]

 

[……お任せします]

 

[あ、はい。それでお願いします!(よくわかんないけど)]

 

分からないことだらけのレットが再びクリアに質問する。

 

「〔クリアさん。拠点狩りってなんです?〕」

 

「〔一箇所に固まって、“釣り役”が一匹ずつ敵を引っ張る狩り方だ。雛たちに一個ずつ餌をやる親鳥みたいなもんだな〕」

 

「〔はは~。後、このメンツだと回復役がいない気がするんですけど。それは大丈夫なんですかね?〕」

 

「〔心配はいらないよ。戦闘後の自動回復があるからね。要するに盾が死なないのならある程度の強さの敵に対処できるから、三人でも問題はないはずさ。“殺られる前に殺れ”だ!〕」

 

[釣ってきた敵の攻撃に対して、誰がヘイトを集めましょうか? ブラッドナイトさんか自分のどちらかが、盾に適しているんですが]

 

(やべえ、ゲームの専門用語が全然分からない!)

 

悩むレットを見て再び何かを察してくれたのか、タナカがレットに説明をした。

 

[ヘイトとは挑発や敵対行為で貯まるモンスターの怒りのようなものでして。強敵に対してHPや防御の高いプレイヤーが相手のターゲットを固定することで、パーティ全体が受けるダメージを軽減するわけです]

 

[な、なるほどォ……]

 

[……………………お任せします]

 

妖精は再びそっけない返事をする。

 

(このブラッドナイトのフェアリーの人、さっきから『お任せします』ばっかりだな……)

 

[了解です。私は盾を持ってきているので盾役は私、タナカが勤めさせて頂きます。釣り役――“敵に攻撃を当ててここまで引っ張ってくる役”はどうしましょうか?]

 

[…………]

 

タナカの質問に対して、妖精が無言のまま露骨に嫌そうな顔をした。

 

[あ! じゃあ自分がやりますんで! ハイ!]

 

レットが名乗りを上げて、所持品である銅の剣を取り出す。

 

[わかりました。先ほどの戦闘不能のペナルティ状態も終わったので、戦闘を開始して貰って大丈夫です]

 

タナカの指示を受けてレットは拠点から移動し、倒すべき獲物を探し始めた。

 

(ウサギ……ウサギ。とにかくウサギを殴ればいいんだよな?)

 

レットはまとめて“釣って”しまわないように、群れから離れて草を食べている黒いウサギを切りつける。

 

 

 

 

 

――――――――次の瞬間。

黒ウサギが跳ね飛び、レットのHPも吹き飛んだ。

 

(ダメージが痛え! 本当に倒せるのかこんな敵!)

 

キャラクターが大きなダメージを受けたものの、運良くパーティメンバーのいる方向に吹き飛ばされたレット。

そのまま、息も絶え絶えに“拠点”まで駆け込む。

 

[――これはいけない!]

 

レットのHPの減り方を見て焦るタナカ。

その体から赤い光が迸る。

黒ウサギが狙うターゲットが、レットからタナカに切り替わった。

 

[……ハァ]

 

妖精がため息をついて黒ウサギを鎌で切りつける。

慌てて追従して切り付けるレット。

タナカは必死でその猛攻を凌ごうとするが、重い攻撃を受け続けて瞬く間にHPが減っていく。

 

(そんな! 三人で余裕じゃ無いのかよ!)

 

[ぐっ……]

 

そしてついに、タナカが斃れた。

黒ウサギは妖精を蹴り飛ばし瀕死状態にすると、既に死にかけのレットに向き直る!

 

「「もう駄目だ! いきなり全滅するゥーーーー!」」

 

しかし、黒ウサギの攻撃を受ける瞬間――どこからともなく回復魔法が飛んで来た。

同時にウサギの攻撃を受けて吹き飛ばされるレット。

辛うじて死亡はしていない。

 

同時に、蹴り飛ばされていた妖精が戦闘に復帰し、その鎌が振り下ろされる。

大鎌の一撃の威力は凄まじく、ついにウサギのHP(体力)を削り切り――絶命させた。

 

(た……助かった――――のか?)

 

 

 

 

 

「――良かった。”今度はちゃんと助けられた“みたいね」

 

レットは、歓喜と安堵の混ざった声でその名を呼ぶ。

 

「あ、ああああああ。アリスさん!」




【釣り役は誰がやる?】
 敵をパーティに引っ張る。つまり、釣り役に適している者は要するに“ダメージを食らってもその後の戦闘に差し支えない”ポジションの職業である。
基本的には戦闘開始後はダメージを受けない火力職や飛び道具持ちの職業が担当する。
逆に戦闘が開始した後HPを大きく減らすことになる盾や、強化の魔法をメンバーや自分にかけたりする必要のある魔法職はこれに向いていない。
他に有名な狩りの方法としては“移動狩り”がある。

こちらはパーティメンバー全員が移動をしながらその周囲の敵をどんどん倒していく形式である。

この場合は盾が敵を最初に殴る。

「任せろ! 俺が全部の敵を釣ってきてやるぜ!」

「その言葉を聞いて任せられるやつはいねえよ!」

【独特な構成のパーティ】
 パーティの戦術の幅は広い――故に定石とはかけ離れた戦術も多数存在する。
ハンターが8人で逃げ回ってノーダメージで足の遅い敵を撃ち続ける戦法『蜂の巣』。
メイジが8人同時に超火力の魔法を詠唱して複数の敵を一気に殺害する『大空襲』。
堅さに自信のあるパラディンに自動反撃を行う魔法を大量に重ねがけして強敵の大群に一人で突っ込ませる『逆無双』。

一番酷い物だとHP重視で防御を完全に無視した超火力のブラッドナイト三人を、五人のプリーストで介護するように回復を繰り返す戦法『血屍霊術』などがある。
何故このような名称が付くかというと殉職率が高く、死亡しても交代で即戦闘に狩り出されてしまうためである。

「は~い。皆、頑張ってね☆」

「――って言われるとさ。なんか、頑張りたくなっちゃうんだよね。なんでなんだろうね。多分、男の悲しい性ってヤツなんだろうね」

【首級について】
 罪の大きいプレイヤーを倒す程、得られる報酬は多くなる。
反対に、倒された側の失う物は大きくなる。
また、PKを行ったプレイヤーの殺害数は普段他人には表示されない。
数字を見せつける自己満足の為に、初心者を倒し続けるプレイヤーが現れてしまうためである。
どちらかといえばプレイヤー同士の自慢に使われるのは“強力なPKプレイヤーの首級”であり、自分の罪を無くす為にはその分ゴールドを支払わないといけないため“PKを行う側”のデメリットが全体的に目立つ仕様となっている。

【プレイヤーの文化軋轢】
余談だが、少年の現実世界の国のプレイヤー達は率先してリーダーをやりたがる者が非常に少なく。オートマッチングでパーティが組まれた際に、“自分がリーダーである”と判明した瞬間にパーティを解散してしまう者が多々いる。
そのため、海外のプレイヤーから批難の対象になっていたりもする。
一方で海外のプレイヤーは『いい加減な統率を行いリーダーとしての責務をこなしてくれない』『適当な用事ですぐにパーティを抜ける』という理由で国内のプレイヤーから批判を受けることが多いようである。

【ウサギ族】
顔は余り可愛くなく、尻尾が不自然に大きい。
リニューアル前のA story for you.(無印)では現実のウサギと大差ない見た目であったが、調整を受けて今の見た目になったという経緯がある。
理由は――動物愛護団体が愛嬌のあるウサギを攻撃することに対してゲーム内で反対活動を起こしてしまったため。

そこで起きたPK集団と愛護団体と“とあるプレイヤー”とのゲーム内での笑えない抗争に関しての話は長くなるのでここでは割愛させて頂く。

「筋骨隆々な俺らのパーティが、一匹のウサギ相手に全滅したんだが……」


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第十四話 言い争い

「あ、ああああああ。アリスさん!」

 

「もう! レット君ったら。私、“前”にも言ったじゃない。『敬語は無し! 私のことは、呼び捨ててもらって構わない』って」

 

「わかり、わかった! えええと、そのっ! ぐぐ偶然だね! 助けてもらってありがとう! アリスさ――アリス!」

 

緊張で、レットの声が上擦る。

 

「偶然なんかじゃないわ。『こっちにレット君がいるな』ってわかったの。だってあなたの声。すっごく大きいんだもの。気になって私――見に来ちゃった」

 

舌を出して悪戯っぽく笑うアリス。

 

(……うわあ……悲鳴とか聞かれてたのかオレェ……格好悪いとこばっかり……)

 

「それで……私もパーティに入れてもらってもいいかしら――リーダーさん?」

 

「あ……ああ! 喜んで!!」

 

「〔おいクリアァ! パーティメンバーの誘い方教えろやゴラァ!〕」

 

「〔いやいやいやいや、落ち着けよ。何があった!?〕」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「〔ああ……ウサギ。そこのウサギかあ……もしかして、黒いウサギに攻撃当てたりとか――してないよな?〕」

 

「〔え? どれも同じウサギじゃないんです?〕」

 

「〔その『ブラックラビット』はレベル18とかだぞ! お前のレベルの倍はある! 『敵の強さを調べてから戦闘を始めろ』って――この前ケッコさんに言われていたじゃないか!〕」

 

「〔ウワアアアアアアアアアアアアアやっちまったああああああ!〕」

 

頭を抱えるレット。

死亡していたタナカを蘇生させてアリスがパーティメンバーに自己紹介をする。

 

[初めまして、よろしくお願いします。私、アリスって言います。このリーダーさんの知り合いです]

 

レットは改めて、パーティメンバーとして加入した彼女の名前を今日初めて確認する。

 

(なあんだ。普通に名前は【Alice】じゃないか)

 

レットは、目の前の少女と初めて話をしたときのことを思い返した。

 

(前に出会った時は、アリスって名前を”頑なに隠していた"んだよな? 一体、どうしてあの時は名前を隠していたんだろう?)

 

[助けて頂いてありがとうございます。私、タナカマコトと――]

 

 

 

 

 

 

[ちょっと……いいですかね?]

 

挨拶を遮って、不機嫌そうな表情のフェアリーが会話に割り込んできた。

 

(あ……やべェ!? ……オレのミスでパーティが壊滅したんだ。……怒られる!)

 

[狩り場を提案したのはあなたでしたよね。釣ってはいけないモンスターがいるなら……釣り役に事前にきちんと説明とかしたらどうなんです?]

 

フェアリーがパーティメンバーを糾弾する。

その相手はレット……ではなく、タナカであった。

 

[――失礼しました。(ワタクシ)のミスです。黒いウサギが強いのだということを説明するのを忘れていました……]

 

フェアリーの言葉にタナカが深々と頭を下げる。

 

[ゲーム内のデータベースなんて紙媒体でいつでも読めるんだから、盾役やるならフィールドにいるモンスターの予習くらいやったらどうなんです?]

 

[……仰るとおりです]

 

“一体どうしたのか?”そう聞きたそうな怪訝な表情でアリスはレットを見つめてくる。

レットはアリスの無言の問いかけに首を小さく横に振って答えた。

 

(おかしいな。オレが怒られるところじゃないのか――これ?)

 

その後、タナカのデスペナルティ回復と同時に狩りが再開。

レットは今度こそ間違えの無いように敵を釣る。

そうして釣ってきた敵を三人で攻撃し、アリスがバックアップを行う。

しかし、アリスとパーティを組めたレットの内心は――決して穏やかな物では無かった。

何故なら、戦闘中もフェアリーのタナカに対する追求が止まらなかった為である。

 

[――なんで敵の攻撃にちゃんとスキルを合わせないんです?]

 

[――ダメージを受けすぎているのわかりますよね?]

 

[――あなた攻撃のタイミングがおかしくないですか?]

 

(何で……何でこんなにタナカさんだけボロクソに言われてるんだ……。……空気悪ぅい……誰かなんとかしてくれぇ……。――待てよ? これはアリスに良いところを見せるチャンスなんじゃないか? オレがこの喧嘩を止めれば彼女の内部評価は二階級特進間違いなしだ!)

 

勇気を振り絞ってレットがフェアリーに話しかける。

 

[すすす、すみませんが[ちょっと――アナタ、その言い方はないんじゃないかしら?]ハイなんでもないです]

 

割り込むように口火を切ったのはレットではなくアリスであった。

 

[私は初心者だから、そんなに細かい事はわからないけれど。傍から見ていて、タナカさんがそんなにおかしな事をしているようには見えないわ]

 

(全然分からないけど、むしろタナカさんオレより遙かに上手いんじゃ無いかな……格上のモンスター相手の攻撃を耐え抜くなんて……)

 

心の中でアリスに便乗するレット。

 

[……それなら、黙っていればいいのでは? 少なくとも、私はあなたよりこのゲーム長くやっていますが]

 

[それは――たしかにそうかもしれないけれど……]

 

突如剥き出された敵意にアリスが思わず口ごもる。

 

(怖っわ! この人怖っわ!)

 

[それと、最初から気になっていたんですが盾役が“装備品を着ていない”のはどういうことなんです? ふざけているならこのゲーム辞めて欲しいんですが]

 

[すみません。ちょっとこれには理由が御座いまして……]

 

[どういう理由なんです? 納得できるように、ここで説明してみてくださいね]

 

[それは――すみません。理由をお伝えする事は出来ないのですが……]

 

タナカの歯切れの悪い返答を受けてフェアリーの罵倒が加熱する。

 

[別にさ、いいんですよ。自分としてはね。最低限の仕事をしてくれるのならそれで。あなた今最低限の仕事もできてないですよね。ケパトゥルスってこんな人ばっかり]

 

[――――――そんな言い方って!]

 

アリスはフェアリーの言葉に怒りを通り越して呆れているようだった。

 

「〔あああ。ヤバい! クリアさん。なんかパーティの物凄く空気が悪いんですよ。実は――〕」

 

藁にも縋るような思いで、可能な限り現状を説明するレット。

 

「〔なるほど――なあレット。ひょっとしてそのケパの人。“レベルがダウンした”んじゃないか?〕」

 

レットはタナカを倒したときに『Lv.Down』という表示が出たことを思い出す。

 

「〔そういえば――さっきオレがタナカさんを倒したときにレベルが下がっていたような……〕」

 

「〔それが原因だな……。死んで経験値を失ってレベルが下がって、今まで着れていた装備品がいきなり全部着れなくなってしまったんだ。だからその盾の人はずーっと裸なわけだ。だからと言ってそんな物言いを――されてもおかしくないな“ケパトゥルス”なら〕」

 

「〔よくわからないんですけど、今喧嘩が起きてる原因ってもしかして――もしかしなくてもオレのせいだったりします?〕」

 

「〔ぶっちゃけると、PKの件もウサギの件も全部レットに原因がある〕」

 

(うわぁ……やっぱりそうだよなぁ……)

 

 

 

 

『それは――すみません。理由をお伝えする事は出来ないのですが……』

 

タナカの発言を思い出すレット。

 

(タナカさんは、装備品が着れなくなった原因――レベルダウンの理由を話さなかった……。もしかしてオレの事を……庇ってくれたのか!?)

 

フェアリーの怒りの矛先が、再びタナカに向けられる。

 

[ハァ……。裸で必要以上にダメージを受けて。回復役にまでずーっと負担を掛けていて、あなた恥ずかしくないんです?]

 

[はい……ご迷惑をおかけしています]

 

タナカがその禿げた頭を深々と下げる。

 

[気にしなくて良いのよタナカさん。私、これっぽっちも迷惑だなんて思っていないから!]

 

(怖いけど……でもオレが原因なんだから、流石に何も言わないわけにはいかないよな)

 

 

 

 

 

 

 

[いいいいや! そのっ…………ですね。こここここの人が装備を着ていないのはオレが間違ってその――ええと、かかかか彼を攻撃して倒してしまってレレレレレベルを下げてしまったからでございましてでございまして、でですね! 悪いのは全部オレなんです。すみませんでしたあああ!]

 

レットが咄嗟にフォローに入り深々と頭を下げた。

“自分が原因である”という事に加えて、フェアリーの剣幕が恐ろしいのとアリスの前ということもあってかその声は上擦っている。

 

[そうだったのね。正直に教えてくれて、ありがとうレット君。ほら、タナカさんだって好きで裸でいるわけじゃなかったのよ!]

 

(やった!! 褒めてもらったー! 死ぬほど情けないけど……)

 

しかし、フェアリーはレットの言葉を聞いて動揺すること無く続ける。

 

[そのくらいの事態は、想定しておくのが当たり前なのでは?]

 

[――――えっ?]

 

アリスが間の抜けた声を上げる。

 

(ええ!? なにそれェ!?)

 

[だってこの人ケパですよ? モンスターみたいなものじゃないですか。見た目キモいし何も知らない初心者からすれば敵だと勘違いされるのが当たり前なんだから、そのくらい想定して立ち回ったらどうなんです?]

 

(そんな滅茶苦茶な!)

 

「〔駄目ですクリアさん! どう言っても丸く収まる気がしないです! 限界です助けてくださぁぁぁい!〕」

 

「〔実は既に様子を見にオーメルドまで来ているんだけど、そんなに酷いのか?〕」

 

「〔見た目が可愛いのに言い回しが怖くてどうすればいいかわからないですオレェ! コンビニで店員にネチネチ絡むクレーマーみたいです!〕」

 

それを聞いて、クリアの声のトーンが下がる。

 

「〔あー、――――――――――――要するに"フェアリーのプレイヤーが暴れてる"のか。それは確かに怖い。わかったわかった。レット。俺に現在の座標を教えてくれ!〕」

 

「〔【O-17】でパーティをやってますけど……何をするつもりなんです?〕」

 

「〔俺が近づいて来たらパーティを解散させてくれれば良い。任せろって! 俺がその場を丸く収めてやるよ! 解散のやり方はわかるか?〕」

 

「〔さっき間違って一回解散させちゃったから、やり方はわかりますけどォ……〕」

 

レットがクリアに助けを求めている間にも、アリスとフェアリーの口論は続いている。

 

[アナタ……ケパトゥルスのプレイヤーに何か恨みでもあるの?]

 

[――別に何も? 浮かれていたのか、何なのか理解できませんが。死んで経験値を失ったら装備品が剥がれるのなんて当たり前でしょ? どう見ても準備不足のケパの責任だと思うのですが、如何でしょうかね]

 

[それは……事実です。(ワタクシ)、新しい装備一式が欲しくてつい前の装備を売り払って資金の足しにしてしまったんです。考えが及ばず、申し訳ありませんでした]

 

(装備を買うために前の装備を売ったって――オレと同じじゃないか……)

 

レットは自分がゴミ拾いを始めることになった理由を思い返す。

お金稼ぎをすることになってしまった原因とは単純なもので――『装備品を“一つ買うため”だけに店に全身装備品を売っぱらってしまったため』であった。

 

(一式揃えてきたタナカさんよりも、一つ買うためだけに破産したオレの方が遥かに無計画だよなあ……)

 

[それでも――ねえ。私、さっきからアナタの言っている事さっぱり理解できないのだけれど。そもそも、そんなに強くタナカさんを責める必要が一体どこにあるのかしら?]

 

[実際に迷惑を被っているという事が見てわからないのでしょうか? 迷惑をかけられたらきちんと謝罪を行うのは社会の常識ですよ]

 

(ああもう! この人の話し方、気分悪いなあ……)

 

[アナタ……アナタ間違ってるわ! 自分の中の苛立ちを目の前のタナカさんにただぶつけているだけよ。少し冷静になりなさい!]

 

[ああ、そういうのもういいですから。こんな謂われの無いような噛み付かれ方される為にパーティ入ったわけじゃ無いんで。自分このパーティ――]

 

 

 

 

 

 

「「ちょっと待ったアアアアアアアア! そこの初心者パーティ! お届け物だぜエエエエエエアアアアアアアアアアアアアア!」」

 

(クリアさんが来た!! ……もうどうにでもなれ! ここで解散だ!)

 

地平線の彼方から突然馬に乗ってクリアがこちらにやって来る。

今回はその体に何も装備を付けておらず短パン一丁。

 

突然の乱入者にレット含む四人の視線は釘付けになった――クリアではなく、背後の“ソレ”に。

 

(なんだあのモンスター!? さっきの亀よりもデカい! クリアさんは、一体何を連れて来たんだ!?)

 

筋肉質で半裸の巨人がクリアを追いかけるように走ってきている。

レットは近づいてくるそのモンスターの詳細を調べて、驚愕し、そしてクリアの凶行に対して絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「《大剛力のアルバトロス》。レベル……86ゥウウウウウウウウウウウウウ!?」




【非表示設定】
 キャラクターの名前や所属チームの名前はチーム、パーティ、フレンドに対してすら非表示にすることができるが、様々な情報を非公開にしていると『このプレイヤーには何か後ろめたい過去があったのではないか』と他のプレイヤーに怪しまれて、もめ事の原因になったりする。

一般的なプレイヤーなら、名前と所属チームの両方は“表示してあるのが当たり前”。
表示していて正気じゃ無いと言われるのは『後ろめたい事や、問題のある名前をしている』プレイヤーから見た場合の話だったりする。

とはいえ、キャラクターの情報を隠せばどのような悪事も隠し通せるかというと決してそういうわけではない。
他ゲームとは違って声と顔の認証が現実と同じようにできてしまい色々痕跡の残る本作では、ノウハウが無ければ他人に成り済ましたり、生半可な技術で悪事を隠し通すのは困難である。


「「大型モンスター討伐用の責任感あるパーティメンバー募集中です。“名前非表示×、フルフェイス装備×、チーム非表示×”」」



【地形破壊】
 破壊された地形はサーバーがリセットされるタイミングメンテナンスやアップデート時等)で復旧される。
ただし、『ゲームバランスに関わるようなオブジェクト』を破壊ことは基本的には不可能(ポータルゲート等)。(しかし、ごくごく稀に仕様の穴をついて破壊できてしまうこともあるようだ)

また、ゲーム内でプレイヤーの記憶に残るような事件が起こり、それが“運営会社にとって肯定的な内容”であった場合に限り、事件に関連する地形破壊が復旧されないことがある。

「ここの岩。壊れていますけど。何があったんですか?」

「――うん。昔の懐かしい思い出の一つかな」


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第十五話 揺らぐ足元

クリアが連れてきたのは、固有名称を持つユニークモンスターだった。

 

「さいならッ!!」

 

そのモンスターを連れてきたクリアは馬から飛び降りて――行き先を設定する素振りも見せずにレット達のパーティの近くに設置されていた転送用(ポータル)ゲートの中に飛び込んだ。

 

かくして、半裸の巨人はクリアを完全に見失う。

新たなるターゲットは――――――レットである。

 

(ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!)

 

巨人は怪しげなエフェクトと同時に大きく垂直に跳躍し――地面に尻から垂直落下をした。

その衝撃により発生した“地殻の津波”がレット達のパーティを一瞬で飲み込む。

 

レットの最大HPはこの時157。

対して、その巨人の放った必殺技『大激震』は周囲にいるキャラクターに対して480ダメージ。

今のレットが到底耐えうるものではない。

 

「ぐうううええええええええええええええええええええええ!」

 

凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされレットの体が地面を転がる。

――そのまま兵陵に点在している“黒くて巨大な結晶石”に寄り掛かるような姿勢でレットは一撃で戦闘不能になった。

他の三人のパーティメンバーの姿がレットの視界に映る。

 

(な、何やってくれてんだあの人……一発でパーティが全滅したよォ……)

 

パーティの中心で敵の技が“爆発”したからかアリスもタナカもフェアリーもバラバラの場所に寝転がっていた。

当の半裸の巨人はその場を荒らすだけ荒らして、元の生息地に帰っていく。

 

「「“我が名はClear・All”! 罪無き罪人に石を投げるために、フォルゲンスから遙々(はるばる)やって来つかまつった! 愚か者共よ。理由の無い初心者狩りを食らうが良い!」」

 

ポータルゲートから顔を出したクリアは大声で名乗りを上げながら、フェアリーの死体に近づいていく。

 

「「ああっと~! こんな所に丁度よさげなプレイヤーの死体があるではないか~! 死体蹴りしてやるよ! “残った死体がこれだけ”だから、こいつに死体蹴りだッ!」」

 

クリアどこかわざとらしく叫ぶと、フェアリーのうつ伏せになっている死体を右足で何度も蹴っ飛ばす。そして、ひとしきり蹴り飛ばした後に満足そうに死体に背を向ける。

 

「このくらいで許してやろう……と見せかけて――」

 

その懐から紙が刺さっている瓶を取り出す。

クリアは振り向きながら紙に火を付けると回転の勢いを殺さずにフェアリーの死体に瓶を放り投げた。

 

「そ~れ――まだまだまだまだ〜!」

 

瓶が割れて死体の上に火が飛び散る。

クリアが投げたのはおそらく火炎瓶か何かだろうとレットは思った。

当然ダメージは入らない、倒れている死体が動くことも無い――が、死体を蹴った時と同じように、“フェアリーに精神ダメージを与える目的”で投げているのだろうとレットは推測した。

 

「それ! そぉれ! ワッハハハハハハハハハハハーーッ!」

 

(テンション高いなあ……)

 

クリアが甲高い笑い声とともに何度か火炎瓶を投げつけると、馬鹿にされているのが耐えられなくなったのか、炎に巻かれていたフェアリーの死体はついにその場から消滅した。

 

「よし、“残り一人”だって叫んだから。狙い通り、リスポーン地点に戻ったな。はい! これでイライラの原因は消えて、めでたしめでたしと!」

 

その後、クリアの手によって残された三人は蘇生された。

全員が起き上がった瞬間に、アリスがレットに質問する。

 

「……クリアさんを――いえ、“この人”を呼んだのは、レット君――――――――――――アナタなのね?」

 

アリスは俯いており、その表情は伺えない。

 

「えっと、クリアさんは――」

 

「あ、あーー……いや、レットからここで揉めているって話を聞いて、面白そうだからって“独断で邪魔しに来た”んだ。 悪いなレット。好き勝手やらせてもらったよ! お嬢さんも同じパーティにいたんだな! "あの日"以来だ――お久しぶり!」

 

そう言いつつ、クリアはアリスの前に立って俯いた顔を覗き込もうとする。

アリスが急に顔を上げて――乾いた音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはアリスが、クリアの頬に平手打ちを放った音だった。

 

「ぐおっ!!」

 

クリアが打ちのめされたようなリアクションをして蹌踉めく。

その表示は――0ダメージ。

 

「いいっ……!」

 

レットは緊張感から思わず声を上げる。

 

「今、叩かれた理由。アナタにわかるかしら?」

 

「あ~~~……わからないこともないかな」

 

「モンスターを連れてきてレット君を――自分の知り合いを――初心者のパーティを襲わせるだなんて、一体どういうことなの!? しかも楽しそうに名乗りまで上げて!」

 

クリアはそのアリスの言葉に感心したように呟いた。

 

「へ……へぇ~っ!! これは中々……」

 

「――何かしら?」

 

「あ、いや――何でも無い。まあ、荒んでいるパーティの空気を打ち壊すにはあんな感じで終わらせるのがベストというのが俺の考えなわけだ! ダッハッハッハッハ!」

 

クリアがいつものように高笑いを上げる。

 

「あなた……正気じゃ無いわ!? 場を引っかき回しただけじゃない! 話し合いできちんと解決するのが普通でしょうに!」

 

「あ~。言われてみればそういうのもありだったかもな! ワッハッハッハ!」

 

再びアリスのビンタが炸裂する。

クリアがよろめいて――0ダメージ。

 

「ふざけるのもいい加減にしなさい!! きちんと納得できる理由を聞かせてもらうから!」

 

「――――――わかったよ。落ち着いて聞いてくれ」

 

クリアは観念したようにその場に胡座をかいて座り込んだ。

 

「あ~~、理由を言うとだな。そうだな~~……“なんとなく面白そうで”――冗談だって! 睨まないでくれよ。俺があんなことをした理由は、“そのまま会話を続けていても後味が悪いまま遺恨を残して終わる”と思ったからだ」

 

「そんなことはないわ。あの人はタナカさんの選んだケパトゥルスという種族に偏見を持っていただけよ。きちんと話し合えば自分の言っていることがおかしいってこと。理解してくれたはずよ」

 

ふっ……とため息をつくクリア。

――仕方ない。と小声で呟いて話を続ける。

 

「その偏見が厄介なんだ。“このゲームの中でケパ族を本気で虐める”ってのは、一部の狭いコミュニティの中でお約束になりつつある。特に当たりが強いのはさっきみたいなフェアリーの上級者プレイヤーだな」

 

「プレイヤーの種族で差別をするなんて……本当にどうかしてるわ……だってこれは、ゲームじゃない! 」

 

「そうだな――」

 

アリスの言葉に同意してから、クリアはその場に胡座をかいた。

 

「――実際。他のゲームだったらここまで酷くはなっていないかもしれない。これはリアリティと没入感を追求しすぎたこのゲーム特有の問題なんだ。種族の外見に対する差別は『リニューアルしてフルダイブ形式になったらもっと酷くなる』って前から言われてたくらいでな。実際問題として、ケパトゥルスは見た目で差別をされるようになってしまっている」

 

クリアの言葉を聞いて、レットは自分の持っている片手剣をじっと見つめた。

 

(…………そういえば、オレもモンスターだと勘違いしてタナカさんをぶん殴っちゃったんだっけ)

 

「どう考えてもおかしいじゃない! こんなに風当たりが酷いのなら、ケパトゥルスのプレイヤーはゲームにいられないわ!」

 

「そう、ゲームがフルダイブ化する前は違ったんだ。昔、ケパトゥルスは攻撃職に有利なタフな種族で、外見での差別は少なかった。むしろ“優遇されていた”くらいだ」

 

「……えぇ? その後に何があったら、“あんなこと”になるんですか!?」

 

「“種族毎に設定されていたステータスの差”がなくなったんだ。それが発端で、外見での差別が始まった。特にフルダイブ化してから、プレイヤーの外見がリアルになると、“以前不遇だった種族”がやり返すかのようにケパトゥルスを差別するようになったんだ」

 

「も、もしかして――“以前不遇だった種族”ってフェアリーのことなんじゃ……」

 

「正解だ。他の種族と比較するとHP(体力)が低くてな。酷いとフェアリーってだけでパーティの参加も断られることもあったらしい。だがフルダイブ化と同時にステータス差は撤廃されて、虐げられていたフェアリープレイヤーの鬱憤が爆発。ケパトゥルスに対する差別が激化したんだ」

 

レットは首をかしげる。

 

「でも――それだけで、あんなに酷いことにはならないと思うんですけどォ……」

 

「実は、フルダイブになったタイミングで、特定のプレイヤーが“まるで現実世界で大っぴらに他人を差別できない鬱憤を晴らすかのように”ケパトゥルスの外見扇動する連中も出てきてしまってな。結果、“特定の種族をモンスター扱いして虐げる”ことで、プレイヤー同士の結束力を高める風潮が構築された」

 

「――成る程、その結果、見た目に基づく差別がこの世界で行われるようになってしまったのですね?」

 

タナカの発言を最後に、何とも言えない嫌な沈黙が場を支配する。

しばらくの沈黙の後、クリアが小さな声で呟いた。

 

「……皮肉なもんだな。結果として“フルダイブになったおかげで色んなリアリティが増した”」

 

そう言って、クリアは自嘲気味に笑うとアリスの表情がみるみる青ざめていった。

心の中から湧き上がってくる嫌な感情を払拭するかのように、レットはクリアに訴える。

 

「そ、そんなに酷いことになっているのなら。肌の色とかを普通の色にして、ケパトゥルスの外見を今からでもカッコよくすれば良いんじゃないですか?」

 

「“普通の色”ねぇ……」

 

クリアはため息をついて、オレンジ色の頭頂部を搔きむしる。

 

「差別が激化した今ではもう手遅れだ。“差別されている外見の種族に対して、外見を変えることで解決しました”なんて調整をやらかしたら、それこそ“ゲームの外にいる連中”が黙っちゃいないさ」

 

「あのォ……つまり、それって。その――」

 

レットは思わず言葉に詰まる。

助けを求めるように周囲を見渡すも、アリスは唇を噛んで黙り込んでいる。

 

“誰も、何も言えなかった”。

 

「そんなわけで今、風当たりが強いからこのゲームに残っているケパのほとんどが“原住民”と呼ばれる無印の頃の古参プレイヤーだ。今からケパでゲームを始める初心者は余程の変わり者だろうな。もしくは何か“事情がある”――とか」

 

そう言ってクリアはタナカを見つめる。

タナカは無言のまま、クリアから視線を逸らした。

 

(いや……待てよ?)

 

そこでレットが、居た堪れなくなった空気を払拭するためにクリアに提案した。

 

「えっと、確か“サポートデスク”だっけ? クリアさん。ああいうマナーの悪いプレイヤーってゲーム内の問い合わせの窓口とかから運営者に通報できたりしないんですか? 」

 

「確かに、サポートデスクから――サポートする権限を持っているスタッフにゲームの違反行為を直接通報することはできる」

 

「どうして皆通報をしないんですか? なんならオレ、今からでも――」

 

「――“現実世界の宗教や人種に関する差別”なら話は別だろうけど、あの程度の発言はこのゲームでは暴言として扱われないんだ。『対象のプレイヤーから発言が聞こえてこないように。ゲームのブロック機能を使って対処してくれ』で終わりだ。泣き寝入りすることになる」

 

「そ……んな――そんなことって……」

 

アリスは動揺を隠し切れないのか、一歩後ろに後ずさる。

真面目な表情でクリアは話を続けた。

 

「まあ、お嬢さんの言う通り。ああいう迷惑な手合いとはきっちり話し合うべきだったかもしれない。ただ、俺の経験からすると、嫌みったらしい物言いをするやつは100%反省しない。正論を語って説得しても解決はしない」

 

それを聞いてアリスが頭に手を当てて再び俯いた。

クリアはアリスの顔色を伺いながらさらに話を続ける。

 

「結局、ああいう奴らは“話し合いの中身”なんてもうどうでもいいのさ。あの手の連中は最初から議論を議論と捉えていない。話し合いを自らのプライドや利益が掛かった勝負だと思い込んで“敗北を認めない”。追い詰められたら色々理由を付けて、その場から後を引くようなことを言うだけ言って、逃げ出してただろうな。それであいつは“気分爽快で終わりにするつもり”だったんじゃないか?」

 

(そうか、あの時――)

 

 

 

 

 

 

『ああ、そういうのもういいですから。自分、こんな謂われの無いような噛み付かれ方される為にパーティ入ったわけじゃ無いんで。自分このパーティ――』

 

(『――抜けますね』って言おうとしていたんだ……アイツ)

 

再び懐から火炎瓶を取り出し火を付けて気怠そうに、振り向きもせず真後ろに放り投げるクリア。

フェアリーが先程倒れていた場所にきっちり着弾し、火の手が広がる。

 

「だから――険悪な空気で終わってしまうくらいなら逃げられる前に、“丸ごと派手に吹っ飛ばした方が良い”と思ってね。そう思ってあんな凶行で強制終了したわけだが、俺の判断は浅慮だったかもしれないな。それに何より――」

 

クリアは胡座をかいたまま、タナカの方に向きなおる。

 

「長い口論――言い争いが起きて、しかも後味の悪い空気っていうのは、自分が原因である以上。このケパのオッサンにとって、救いにはならない。本当に辛いだけの状況なんじゃ無いかと思ってね。――まあ、その……なんだ? 結局こうやって、別の口論が起きてしまったわけなんだけど。それも俺の責任だ。申し訳ない! ――というわけで勘弁してくれ!」

 

クリアがアリスとタナカに向かって頭を下げた。

 

「いいえ。クリアさん――でしたか? お気になさらないでください。何にせよ、(ワタクシ)は――――――あっ」

 

タナカが突如、沈黙した。

そこでようやくレットはアリスの様子がおかしいことに気づく。

その体は小刻みに震えていて、顔は真っ青。

喘息のように息を荒げ、何かを堪えるかのように頭に手を当てて、目には涙を浮かべていた。

 

「――――――――ッ!!」

 

アリスは一人背を向けて、その場から走り去ってしまった。

 

「あー、クソッ。まずったな~――……」

 

頭を上げたクリアの独り言がオーメルドの荒れ果てた大地に虚しく響き渡る。

残された三人の間になんともいたたまれない空気が流れた。

 

「……レット。その――俺が行くと死ぬほど気まずいので……代わりに彼女を追いかけて欲しいんだが?」

 

「…………」

 

レットが冷めた目でクリアを見つめる。

 

「頼むよ! お願いだ――これじゃあ俺が悪者みたいじゃあないか!」

 

「いや、クリアさん。やったこと自体は実際に悪者じゃないですか」

 

レットはクリアに刺々しい言葉を言い放つ。

クリアのしてきた会話の内容やそのが理屈なんであれ。

レットにとって“少女を泣かせた男”という存在は紛れもない悪者であった。

 

「う…………うがぁ~~~~~お願いだよ……この通り! な? 多分この先はフィールドが行き止まりだから時間はかかるかもしれないけど、彼女を見失うことは無いはずだから――頼むよ!」

 

手を合わせて懇願するクリアを前にレットは溜息をつく。

 

「はぁ~……わかりました」

 

(喧嘩の大元の原因は自分なんだし。放っておくわけにもいかないよな……)

 

「よし、頼んだぞ! あと、これを持って行け!」

 

クリアが手渡した物はブカブカの外套だった。

 

「何ですかこれ? 大きいコートみたいな……」

 

「説明は後でするから。行った行った~。モンスターに気をつけてな!」 

 

クリアに急かされて、レットはアリスが走り去っていった方向に駆け出した。

 

 

 

 

『果たして自分に何ができるのか?』

 

そんな不安を、胸に抱えたまま――




【違反行為通報ついて】
本作では違反行為に対して通報をすることができる。
通報されると内容の精査が行われた後にキャラクターは監獄に送られることになる。
直接的な物理接触、言葉によるもの、過剰な付き纏い行為など、ハラスメントの種類は多岐に渡る。

【ブロック機能】
 ブロック機能を使うことで入れられたプレイヤーとの会話やアイテムのやり取りなど、ありとあらゆるコミュニケーションができなくなる。
登録すればコミュニケーションを拒否できる優れた機能――と思われがちだが実際はそうでもない。

例えばプレイヤーAをブロックしているBとその二人を誘おうとするリーダーCの三人がいたとする。
当然二人を誘おうとすると片方が機能上誘えなくなるわけで、「あれ? 誘えないぞ」などとリーダーが零してしまった場合“なぜ誘えないのか”“誘えなかったのは誰か”等、面倒なことになる。
また、チームにはそこまでの排斥機能は無く(一方が一方を追い出せてしまうようになるため)、AとBのお互いの会話が噛み合っていないのは傍から見て恐怖以外の何者でもない。

いずれにせよ頭を抱えるのは概ねメンバーを募集するリーダーである。
解決が困難な上に規約上の違反に該当しないため、ゲームマスターは“民事不介入”である。




「一対一なら、ブロックで終わりになってしまうんだよね? じゃあ……20人相手なら――――――」


【ケパトゥルス族差別】
 リアリティに特化した本作で発生したゲーム内種族差別。
この差別を主導しているのはかつてゲーム内のステータス的に不当な扱いを受けていたフェアリーのプレイヤーであるとされる。

種族ごとのステータス差が撤廃され、今まで蓄積されていたフェアリープレイヤーの鬱憤が「かつてステータス的に優遇されていたケパトゥルス族」に向けられるようになった。

弱者が攻撃するのは常に他の弱者である。

ケパトゥルス族は本作の中でも最も現実世界の人間と見た目が乖離している所謂「クリーチャーのような外見」をしていたため、フルダイブのリアリティから発生した「外見の醜さ」を徹底攻撃する差別が次第に横行されるようになり、現在では冗談の枠を通り越してルッキズム的な問題にまで派生しつつある。

尚、「人種の坩堝(るつぼ)である国家」に生活圏を置く海外ユーザーの方が顕著にケパトゥルス族に差別をする傾向にあるようだ。

『現実世界では公に外見・人種差別は禁止されているが、“人間とは思えない外見ならば”堂々と差別しても問題ないだろう』という安直な発想がその根底にあるようだ。

このようなことをする海外圏のプレイヤーは”普段から差別を強く意識しすぎる環境であるが故”に、強い差別意識を心に抱えてしまうのかもしれない。

「ゲームでも現実でも、人は愚か」

【ゲームの外でも不遇なケパトゥルス族】
 ごく一部のプレイヤー以外に、このケパトゥルスを推しているのはデザインした当の開発者だけのようだ。
アスフォーの公式サイトでは“種族”と扱われていなかった時期があった(サイトデザインを行った人間の勘違いか、表記が“獣人”になっていた)。

本作のオープニングムービーやトレーラーは「それぞれの種族でパーティを組んで世界冒険をする」という内容なのだが他の種族が華々しく活躍する中、なぜかケパトゥルス族だけパーティからハブられていたり、ほとんど登場させてもらえなかったり、とにかくゲーム外でも不遇な扱いを受けている。

このような公式のいい加減な扱いが、現在の差別を助長しているのではないかというプレイヤーからの指摘もある。



(※以下、本作初心者プレイヤーのブログより抜粋)

『ケパトゥルス族はヤバいです。流石にヤバすぎました。「よーしかっこいいからケパトゥルスにしよう」って、普通ならないんですよ。何度でも言います。このキャラを選んだ人はヤバいです。見た目がヤバすぎます。オンラインゲームを遊び慣れている自分でもさんざん悩んだ挙句、ケパトゥルス族は選べませんでした(結局エルフにしました)。だって、マッチョ体形ならケパトゥルス以外の種族でかっこよく作れるじゃないですか。小さくてかわいい種族だってケパトゥルス以外にちゃんといるわけだし。いよいよもって、この種族何の為にいるのか理解できないです。もちろん人は外見とか見た目じゃないと思いますよ? だけど、あえて【オンラインゲームでブサイクで奇形のハゲのキャラクターで頑張りたい】って一体どういうことよ』




【大剛力のアルバトロス】
 巨人族のネームド(固有名称付き)モンスター。
プレイヤーからはゴミクエストと評されている「僕の楽しい爪とぎ」の攻略に必要なアイテムを落とすモンスター。

無駄に強い上に倒してもレアなアイテムなどは一切落とさない。
そのため、ほとんどのプレイヤーにとって存在意義も無く最早オーメルドの緊張感を増すためだけに存在しているようなモンスターとなってしまっている。

“レアなモンスターのくせに大体常駐している”という矛盾した存在であり、専ら他プレイヤーに対する嫌がらせの為に使われることが多い。

しかもリニューアルに伴い、なぜかレベルが大幅に上昇した為、生半可な強さのプレイヤーでは対処できなくなってしまった。

「オーメルドのバカ貝とアホウドリ、どちらも利用価値は無し」


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第十六話 隙間風

急ぎ足故に、その顔に冷たい空気がぶつかる。

現在のゲーム内時間は深夜、オーメルドの空は曇っている為か黒く濁っていた。

 

「〔クリアさん……少し聞きたいことがあるんですけど……〕」

 

「〔ん? なんだい?〕」

 

「〔あの娘は怒っていましたけど。クリアさんの“やったこと”は結局のところ酷い行為(コト)なんですかね……〕」

 

周囲のモンスターを警戒しながらクリアに話しかけるレット。

 

レットはクリアのやり方は乱暴そのものであると感じていたし、アリスを泣かせたという事実に対しては確かに怒りを感じていた。

その一方でアリスがクリアの行動にあそこまで怒ったり、涙を流したりする理由もよくわかっていなかった。

 

両者の感性と問題に対する解決方法。

 

二人の衝突を隣で見ていてそのどちらが“正しい”のか、少年は自分の中で明確な答えを出せていなかった。

 

「〔そりゃあ。…………“鬼畜外道の所業”に決まってるさ! 俺を誰だと思っているんだよ? パーティが全滅して、何にも解決してないからな! ハハハハハハ〕」

 

(そりゃそうか……あやふやな内に話が終わっちゃったわけだしなあ……)

 

「〔オレ、あのフェアリーのことが一番理解できないです。どうしてあんな心に刺さるような酷い言葉を……初対面の人間に言えちゃうんだろ……〕」

 

「〔…………………………この世界が、普段自分たちが住んでいる世界よりも遥かに広大だからだ。一期一会の出会いだと、普段は我慢して言えないような言葉を言えてしまうんだろう。ああいう手合いはチームの中では表面上“お利口ちゃん”だったりする〕」

 

「〔何か現実で嫌なことがあったのかな……〕」

 

「〔……そうかもしれないな。ま、いずれにしても俺は個人的に許しはしないけどな。……とにかく、あのクソ野郎のことは忘れてしまえばいいさ。あいつの怒りの矛先はインパクト的に俺に飛んでくるだろうしな! アイツが今頃どれだけイライラしているのか考えるのが楽しいぜ!〕」

 

「〔自分達はそれで助かるんですけどォ……クリアさんはそれでいいんです?〕」

 

「〔気にするなって。ああいう手合いの恨みと喧嘩なら喜んで買ってやる。“いつでも殺しに来い”って感じだな! ワハハハハハ〕」

 

「〔あれ? ――――――もしかして、クリアさんはオレ達を庇うために名乗りを上げたんです?〕」

 

「〔…………無い無い。面白いからやっただけに決まってるだろ! ここだけの話な――――――――――モンスター連れて来た理由もインパクトと面白さ重視で、まともな理由はそれっぽく後から考えた物だったのさ! ――なんてな! ダハハハハハ!〕」

 

「…………………………はぁ~~~~~~~~~……」

 

クリアの、のらりくらりとした態度にレットは呆れかえり、とても大きな溜息をついた。

 

(この人は全く……何を考えているのかさっぱりわからないや。話を聞いて真面目に考えてたオレが馬鹿みたいだよ……)

 

「〔クリアさん……あとォ、自分のレベルが下がってしまったんですけどォ――〕」

 

 

 

 

 

 

 

 

「〔すみませんでした。――今度何らかの形で償いますのでそこは勘弁してください……〕」

 

(そこは素直に謝るんだな……)

 

素直な謝罪に内心で驚くレット。

レットの恨み言を受けて、クリアのテンションが駄々下がりしたようであった。

 

「〔なんか ちょっとショックでした。オレが憧れていたVRの世界は、もっと物語みたいに綺麗なものなんだって思っていたからーー〕」

 

「〔現実はファンタジーみたいにはいかないのかもしれないな。……ゲームがリアルに近づけば近づいていくほど、『現実世界で起きているような問題がゲームの中でも起こるようになってきている』。こういった問題は、今後もきっと減るどころか増えていくだろう――人が仮想世界に身を投じ続ける限りはな〕」

 

突然“冷たい風”が吹いてきて、レットは一瞬足を止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『現実はファンタジーみたいにはいかない』

 

 

 

 

 

 

その言葉が、“少年”の頭の中で何度も反響していた。

 

(嫌だな。もしもこの言葉が本当なら――オレが憧れるような物語のヒーローは、この“世界の中では絶対に実在できない”ってことに――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〔――それはそうと、好機だぞレット! 身も蓋もないことを言うと“あの娘と仲良くなるチャンス”到来だ!〕」

 

「〔うえっ!? いやいやいやいや……そもそも今“そういう話をする雰囲気”じゃ無いでしょこれ!〕」

 

「〔いや、複数の意味でお前にとってのチャンスなんじゃないのか? あの娘はリアルでも女性だろ。しかも、滅法若いみたいだが〕」

 

「〔……へっ? なんでそんなことまでわかるんです!?〕」

 

「〔初めて見たときからそんな感じはしていたんだけど、普段の仕草や歩き方とかどう見ても女子高生のそれだな。そして、おそらく現実の体の方が遥かに女性的なはずだ。動きに“ズレ”がある〕」

 

「〔ゲエッ……そこまでわかるもんなんですか!? 歩き方や仕草なんていくらでも誤魔化せる物じゃ無いんです?〕」

 

「〔動きに男性プレイヤーのようなわざとらしさやクドさがないし自然なんだよ。ポータルゲートの中から覗いていたけど、戦闘不能になる時の倒れ方なんて演じてできるような物じゃ無いな〕」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〔ぶっちゃけ、動きで性別と年齢と現実の容姿を特定するとか……滅茶苦茶キモいですよクリアさん……〕」

 

「〔――仕方ないだろ! キャラクターの仕草や動きを見るのは癖になっているんだよ〕」

 

(この人、普段は一体何をやっているんだろう。……やっぱり怪しいな)

 

「〔性格も良いしお前の頑張り次第では仲良くなれるかもしれないぞ――無理だと思うけどな! お前は彼女をどう思ってんだよぉ? うりうり~!〕」

 

「〔無理とか言わないでくださいよ。自分年上ふんわり系がタイプなんでタイプ的にはドンピシャですけどォ……やっぱりこんなことは、今話すようなことじゃないですよ! ……というか、さっき散々ひっぱたかれた割にはあの娘の性格だけはちゃんと褒めるんですね……〕」

 

そこで突然、クリアの口調が真剣みを帯びた。

 

「〔――そりゃあそうだろ。VRMMOの中でも、特にこのゲームのこのサーバーでは滅多にいないぞ、あんなに真っ直ぐで善良な性格の女の子なんて。普通あんな風に殺されたら怒る理由は“自分が殺されたこと”に対してだ。でも、あの娘は全然違った。“レットが知人に殺されたこと”に対して怒っていたんだ。――正直、驚いたよ〕」

 

「〔そうですね。オレもそのォ……そういうところが――とっても素敵だなと思ってます……〕」

 

歩くレットの顔がみるみる真っ赤になるが、クリアは笑うことなく話を続けた。

 

「〔お前、いいセンスしてるな。しかし、チームに加入していてああいう真っ直ぐな性格しているのならファンの一人や二人直ぐに出来てもおかしくないと思うんだがな。一人で行動しているのは珍しい〕」

 

「〔VRMMOを遊ぶ全ての男性を馬鹿にしてません? ――ソレ。いくらなんでもチョロすぎでしょ……〕」

 

「〔いやいや、本当なんだって! チームに所属しているのなら、間違いなく男性キャラの追っかけが出来て面倒臭いことになるんだよ。……おっかしいなあ……何か“訳あり”なのか? 実は、リアルの顔がちょっと地味とか?〕」

 

「〔もぉ~、変な推測始めないでくださいよォ! アリスにどんな事情があろうが、そんなことオレにはどうでも良いんです! あの娘と一緒にいるとそれだけでそのォ……ちょっとだけドキドキするっていうか……今のオレは、それだけでもう幸せっていうか……〕」

 

そのレットの呟きに対して。しばらくの間、クリアは返事をしてこなかった。

 

(うわぁ、オレ何を喋っているんだろう……自分で言ってて恥ずかしいや。自分をコントロールできていないっていうか――ちょっと暴走してるかも)

 

「〔…………そっか。ま、とにかくあの娘はレットが見ていてあげないと駄目だ。真っ直ぐなのは良いことだけど、見ていて何かこう――“危なっかしい”。何かあったら、俺に相談してくれよな!〕」

 

「〔相談ねえ……――――――クリアさんに相談したら、このザマなんですけどォ〕」

 

レットの鋭い指摘が再びクリアに突き刺さったようで、またもやテンションの低い囁きが聞こえてくる。

 

「〔返す言葉も無い……〕」

 

「〔というかオレ、あの娘に会って何を言えばいいんですかね? 正直情けないんですけど、緊張して何も話せなくなっちゃいそうで怖いです。ぶっちゃけると――今すぐ帰りたいくらいです〕」

 

「〔無理に話す必要はないんじゃないか? とにかく――落ち着いた頃合いを見計らって話を聞いてあげるだけで良いと思う。他人に話をするだけで、結構心が軽くなるものさ〕」

 

「〔もうちょっと具体的な台詞を教えて欲しいんですけど……台本とか選択肢とか無いと女の子と話すのとかマジ無理ですよおおおおおおお〕」

 

「〔言うことがあるとすればそうだな――そうだ。彼女にケパトゥルスのオッサンからの伝言を頼むよ。“言えなかったから伝えて欲しい”ってさ――〕」

 

 

 

 

 

 そこからしばらく歩いて、レットはようやくをアリスを見つけた。

彼女が立っている場所はフィールドの最果ての岸壁であり、そこから先は空が曇っていることもあってか、黒く濁った海がどこまでも広がっている。

普段は他のプレイヤーもモンスターもいないような場所。

アリスは岸壁の上から、黙って海を見つめていた。

 

――波がぶつかる音だけが響く。

 

(うおおおおお行け! 頑張るんだオレ! 勇気を出せ!)

 

「アアア、アリスさん――。アリス! ええと、その…………」

 

「…………格好悪いところ、見せてしまったわね」

 

アリスがレットに振り返る。

 

(……ああ、なんてことだ…………)

 

余程悲しかったのだろうか――その顔には涙を拭いた痕が残っており、ローブの首元の部分が濡れていた。

それに気づいたレットは、彼女に対して心の中で用意していた言葉を全て失念してしまう。

泣き腫らした顔を見られたくないからだろうか――アリスは再び後ろを向いた。

 

「私ね。――前に“似たようなこと“をしてしまったの……」

 

「似――“似たようなこと”?」

 

「そう。目の前で起きている出来事が許せなくて……自分の考えを必死になって押し通したら……取り返しのつかないことに……なってしまって」

 

レットに独白するアリスの声がどんどんくぐもっていく。

 

「あれほど同じことはしないようにって……自分で誓っていたのに……私、馬鹿みたい」

 

「そ……そんなことないよ!! アリスは別に、間違ったことなんて何もしてないって! クリアさんが色々おかしいのさ!」

 

「いいのよ――。あのやり方はどうしても納得いかないけど……クリアさんが言ったこと自体は間違っていないわ。『現実世界で起きているような問題がゲームの中でも起こるようになってきている』って言葉にはすごく納得ができたし。私がやろうとしたことって、ありがた迷惑で――タナカさんを苦しめているだけだった……」

 

(違う……それは違う!)

 

「――――――――そんなこと無いッ! タナカさんはそんな風に思ってなんかいないッ!」

 

無意識に、レットの語気が上がる。

 

 

 

 

『――どうあれ、(ワタクシ)のような人間のために身を挺してくださったアリスさんに対して、深く――深く感謝をしています』

 

 

 

「――タナカさんは、そう言ってたよ……だから――迷惑なんかじゃないよ!!」

 

クリアから届いた『タナカの伝えられなかった言葉』を、レットはアリスに伝えた。

――そこまで言ってレットはある事実に気づく。

 

(ああ……どっちが正しいとかじゃ無くて……『オレだけが何もしていない』んだ……何も……。浮かれていて事態を軽く見ていて……肝心な時にヘタレて、怖くなってクリアさんに丸投げしてしまって――畜生! 最初からずっと隣で見ていただけじゃないか!)

 

「タナカさんがそんなことを――ありがとうね。レット君」

 

タナカの言葉を聞いて少しだけ元気を取り戻したのか、アリスの声に張りが戻ったようだった。

 

「いや……オレは何もやっていないよ。本当に――本当に何もやっていないや……駄目だな、ホント」

 

「そんなことないわ。タナカさんの言葉を私に伝えるために――ここまで来てくれたじゃない」

 

(逆に慰められていてどうするんだよ! ……オレが悩んだり落ち込んだりする時じゃないだろ――今は!)

 

「いや、本当とっても空気が悪くてさ。オレ何にも出来て無くって! それでどうしようもなくて怖くて、つまり何にも……出来ていなくて……。そんな時に代わりにアイツにぶつかってくれて――」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

「――つまりその……ありがとう、アリスのおかげで俺助かったよ!」

 

しどろもどろに感謝の意をアリスに伝えるレット。

何かに驚いたアリスが――レットの笑顔をぼーっとした表情で見つめる。

 

「…………えーっと、えー……? オレ、なんか変なこと言ったかな……?」

 

その言葉を聞いたアリスの目に、再び涙が滲んで零れ始めた。

 

(やッッッべえ! オレなんか地雷踏んだアアアアアアアアアアア!?)

 

「レッ――ト君っ――ごめんなさい。ちょっと……私、“よくないこと”を思い出してしまって……まだ……ちょっと戻れそうに――ない――みたい」

 

焦るレットのその視界に――見覚えの無いマークが表示される。

見慣れない雪玉のアイコンである。

 

 

 

 

《オーメルド兵陵:天候【雪】》

 

 

 

 

(あ――天候が変わったってことか。そういえば……少しだけ涼しくなった?)

 

レットの頭上からはらはらと雪が降ってきた。

泣いているアリスを前に、一瞬だけ『ロマンチックだな』と思った矢先に――

 

 

 

 

《オーメルド兵陵:天候【吹雪】》

 

雪玉のマークが三つに増えた。

 

 

 

 

 

 

 

(いや、こんなに沢山いらないって! つーか……おいおいおいおいおいおい!)

 

垂直に落ちてきていたはずの雪が、強風によって真横からレットの体にぶつかり始める。

レットの体感温度が僅かに下がった。

 

(う――現実ほどじゃないけど。ちょっとだけ寒くなってきたかも……)

 

レットが周囲を見回すと二人が立っている場所が様変わりしていることに気づいた。

見たことの無いような透き通った無機物がふらふらと俳諧している。

 

(ゲッ……【氷結の精霊】レベル26ってなんだよこれ……。そういえば、この前クリアさんが言ってたな)

 

 

 

『“普段はプレイヤーもモンスターもいないような場所”に限って、特定の条件下で特別なモンスターが登場したりすることがある』

 

 

 

吹雪も相俟(あいま)って、レットとアリスの周囲を取り囲む状況がどんどん悪くなっていく。

この状況から、“二人で死んでリスポーンポイントに戻る”というのも流石にどうなのか――とレットは悩んだ。

 

「〔あの、クリアさん。ちょっと聞きたいことが――〕」

 

「〔……吹雪でモンスターが登場して帰れなくなったんだろ? そこから南側の高台にがあるはずだ。洞窟みたいになっているからそこで二人でゆっくり話すといい〕」

 

「〔あ……はい〕」

 

クリアの言葉を聞いて、周囲を見渡すレット。

確かに、高台に洞穴のような物が空いていた。

 

(あそこに連れて行けば良いんだな?)

 

「アリス――ここはちょっと寒いし、どっちにせよ今は危なくて帰れないみたいだから……オレに付いてきて」

 

「…………」

 

レットの言葉に対して、アリスは返事をしない。

吹雪に煽られながら、海に向かって俯いたままだった。

 

(参ったな……)

 

悩むレットに今度は前から、強い海風がレットに向かって吹いてきた。

 

「うえっ……冷えるな……」

 

「――! ごめんなさい。そうさせてもらうわ……」

 

レットの呟きが聞こえたのか、アリスがローブのフードを被ってレットに対して振り向く。

 

(顔、見ないであげた方がいいかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、二人は移動することとなった。

レットが先導して到着した場所は【ヨヴの祠】――とある職業の習得資格を得るためのクエストに使われるだけの祠が設置された小さな洞窟だった。

 

(ここもまだちょっと寒いけど……外よりはマシかな)

 

「ごめんなさいね。取り乱してばかりで。レット君も帰れなくなってしまったし……」

 

「いいよ。気にしなくて。それよりその――もう大丈夫?」

 

「大丈夫よ。“私が泣いてる場合じゃない”もの」

 

(そうだよなあ……これからどうしよう。凍死するとかは無いと思うんだけど。このままじゃあ前哨基地に帰れないし。あ――そうだ)

 

レットがクリアから受け取った大きめの外套を取り出した。

 

「あら? 暖かそうなマントね」

 

「えへへ、備えあれば憂い無しってね!」

 

「〔クリアさん。この外套くれたのって……もしかして吹雪で帰れなくなることを予想していたんですか?〕」

 

「〔ネコニャンさんが“吹雪限定”で釣れる魚があるとかでオーメルドの天気を事前に調べて大はしゃぎで出かけて行ったから、知ってたんだよ〕」

 

(サンキューネコニャン! でも一枚だけかあ……まあ、現実と比べたらこのくらいの寒さはどってことないし。オレが我慢すれば良いだけの話かな!)

 

アリスに外套を渡そうとしたレットの手が――

 

「〔――さて。場所も、天候もバッチリだな。レット。そろそろ“始まる”ぞ〕」

 

――クリアのその“囁き”で止まった。

 

「〔へ? “始まる”って、どういう意味です?〕」

 

「〔――――――――直ぐに分かるさ!〕」



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第十七話 光が照らす世界

クリアの言葉とほぼ同時にそれは起きた。

 

オーメルド兵陵に点在していたくすんだ色の巨大な結晶石が、突然強く発光をし始める。

その上に積もった雪が光を鈍く、淡く反射させた。

 

「うお! 凄ェ……!」

 

吹雪で左右に揺らめく視界の中、様々な色の光が空に向かって細く高く――真っ直ぐに伸びていく。

そして、今まで無音だったオーメルド兵陵にBGMが流れ始める。

それは吹雪で尚且つ、夜時間限定で流れる――厳しさとは正反対の、穏やかさと儚さ溢れる物であった。

現実には決して存在しない幻想的な――しかし現実と見紛う程の情景にレットは圧倒された。

 

「――――素敵ね」

 

(ああ――本当……本当に……)

 

レットの体は吹雪に煽られ既に冷えきっていたが、心の中でどこか不思議な暖かさを感じていた。

 

――目の前の絶景に。

――微笑みかけてくるアリスの表情に。

――そして、エールゲルムという世界そのものに。

 

(オレ……ここまで…………ここまで生きていて――よかったぁ……)

 

「レット君、どうしたの?」

 

「ごめん……ごめん。なんか色々凄すぎて……なんかオレ。わからないんだけど……よくわからないんだけど――――涙が出てきて。今までずっと、身体がっていうより、その――どこか……心が“寒かったから”かも……」

 

震えるレットの手から外套が抜け落ちる。

彼が涙を流す理由。

“ソレ”を彼女に打ち明けられるほど彼の心は強くはなかった。

強くないからこそ、彼は仮想の世界を求めていたのかもしれない。

 

「レット君も、何か――辛いことがあったのね。……でも、もう大丈夫」

 

アリスが自分の近くで身を屈ませる。

直後にふわり――と柔らかい感触がした。

 

「座って頂戴。これでもう――心も身体も冷たくないわ」

 

(――――――――――――――――!!)

 

アリスは外套を拾って羽織った――”レットと一緒に“。

言われたとおりに座り込むも、密着しているアリスの体が気になって涙を流したままレットは動揺していた。

 

「いいのよ……大丈夫。泣きたいときには泣いたほうが良いから」

 

「だ……大丈夫だよ。目に……雪が入っただけだから!」

 

「本当? ――本当に?」

 

(うわ……顔が、近い! いやあだめだ。緊張するッ!)

 

すぐ隣でこちらをマジマジと見つめるアリスに照れながらレットは困惑する。

 

(この前もそうだったけど、どうしてこんなにオレのことを見つめてくるんだろう。ひょっとして、オレのことを気に入ったとか!?)

 

沈黙に耐えられず。レットの顔が次第に赤くなってくる。

そんなレットを見つめて、アリスがくすくすと笑った。

 

「今日改めて気づいたけど。レット君って、ちょっと『うさぎっぽい』感じがするかも」

 

「え!? どうしてそう思ったの?」

 

「――今日、レット君のパーティに私が駆けつけた時。どっちがウサギでどっちがレットくんなのか、一瞬わからなくなっちゃって、その時に初めて『あ、レットくんって、うさぎっぽいな〜』って。そう思ったのよね」

 

(うぅ、つまりそれってオレが弱っちいってことじゃん。もっと、カッコイイ動物に見られたかったなあ……)

 

アリスの所感を聞いて、レットは深く落ち込んだ。

 

「それに、そんな風に感情表現が大袈裟なところとか。小さくて“か弱い”から、どこか守ってあげたくなるような感じとか。“ウサギっぽいな〜”って。装備品も白いし、雪が髪の毛に張り付いて、真っ白になっているし」

 

そう言ってからアリスが手を伸ばして、レットの頭にくっついていた雪を取り払う。

 

(オ、オレ……“うさぎのままで良いかも”……)

 

雪を払い終わった後、アリスは僅かに顔を埋めて、笑みを浮かべたままレットをじっと見つめてくる。

アリスの透き通った目に吸い込まれそうな感覚を覚えるほどに二人の距離は近く、吹雪と結晶石の光が少女の瞳に映っていた。

 

「レット君、顔が――真っ赤になっているわ。体調が悪いのかしら……この世界の中で風邪を引くだなんて、あり得ないと思うのだけれど……」 

 

「ああ、いや。これは風邪とかじゃなくて、ちょっとスキル暴発しただけだって!!」

 

レットのしどろもどろの言い訳にアリスがクスクスと笑う。

 

「もう、レット君って面白いわ。今日だって、物凄く長い自己紹介をしていたじゃない? あれって自分で考えた物なのかしら?」

 

『オレの名前はレッド! ダーク・レッド! 黒き晴天の騎士の光の剣の達人だ! この世界の宿命を背負う男だ! それが何かは現時点では全くわからないけどよろしくな! 趣味は刃物の収集とゴミの収集! このゲームの他のプレイヤー達とは違ってなんか最強の能力を持つ予定で、神がかった反応速度をもった隠れた天才タイプ――だと思っています! 好きな女性のタイプは胸があっていい匂いがして怒ったりしない感じの人です! 知り合いにいたら紹介してください! よろしくお願いします!』

 

(あの自己紹介もアリスに聞かれてたアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 改めて考えるとオレ恥ずかしィイイイイイイイイイイイ!)

 

レットは吹雪の中に飛び出して“地面に寝転がってバタバタしたい”衝動に駆られる。

 

「あ……あー!!。あれは……あれはその。オレの……願望というか、“こうなりたいな”っていうイメージを自分で口で言うことによって目標に近づこうとしているというかなんというか……まあ、前向きにやっていこうという気持ちの表れでして……」

 

「その、レット君の名前について少しだけ……前からず~っと気になっていたことがあるのだけれど、レット君って――ひょっとしてレッ“ド”君なの? 名前のスペル、全然違う気がするのだけれど」

 

「あーそれか……。別におかしくないんだ。いつも叫んでいる“ダーク・レッド”って言うのは俺の憧れで……そう呼んでもらいたいだけで、そのぅ………………。実は、“レット”っていうのはオレの――――――――――――“現実の本当の名前”をちょっと変えたものなんだ。これ、クリアさんにもまだ言っていなくって。その……秘密にしておいてくれると助かる……かな」

 

(クリアさんにこれ言ったら怒られるだろうな……“現実の名前をキャラクターにつけるな”って……。名前について結局言いそびれてたから、怒られずに済んでるけど……)

 

「へぇ……。そんな理由があったのね」

 

「まあ、自分でこんな名前にしてる以上、レットって呼ばれても仕方ないんだけどね」

 

「あんまり詳しくないのだけれど――ひょっとしてダークレッドって言うのはアニメの登場人物か、何かなのかしら? 実は、色んな種類のフェルトのお人形を…………友達に貰ったのだけど、その中にレット君とそっくりのキャラクターがいたのよね」

 

「え? そ……そうだよ。VRMMOが舞台のアニメの主人公の名前なんだ。………………やっぱり変かな。アニメの主人公に憧れるだなんて――」

 

「そんなことないわ――良いじゃない。自分の好きな物なんだから!」

 

急に語気が強くなったアリスに、レットは少しだけ驚いた。

 

「う……うん。ありがとう。でもさ、変なんだよね。いつも“ダーク・レッド”って叫んでいるのにクリアさんは愚か、誰一人オレの“名前のスペルが違う”とは一度も言ってこなくってさ。皆、レットって呼んでくるだけなんだ。こうやって聞いてくれたのはアリスが初めてだよ」

 

「うーん。ちょっと“不思議な人”に思われてるのかも知れないわね。私としては、レット君って呼んだ方がしっくりくるかな」

 

「そっか――……」

 

レットは深いため息をつく。

 

「アニメの中のダークレッドみたいに、オレの勇気が――この世界の中で、誰かを救えるんだって。そんな風に……心から信じられるくらい頑張れたら良いんだけど……」

 

そう呟きながら、レットはこれまでの冒険を思い返して頭を掻きむしった。

 

「実際は……空回ってばっかりで、全然うまくいかなくって――」

 

「――レット君はレット君だもの。無理して背伸びなんてしなくていいのよ。ありのままのレット君が一番格好良いじゃない」

 

「(かかかかかか格好! 格好良いって言ったの今!)」

 

「――何か言ったかしら?」

 

「にゃにゃにゃにゃんでもない……です」

 

密着しているためか、二人の間を通り抜けようとする風も雪もそこには既に無い。

後はただ、少年にとって楽しい時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

 

「本当さ――オレ、このゲームを始めてから未知の体験ばっかりだよ。わからないことだらけでさ。クリアさんが居なかったら割と路頭に迷っていたかも」

 

「私もよ。チームの――リーダーが親切な人で助かってるわ。何もかも初めての体験だから、困ってしまうわよね」

 

「現実みたいに剣を振り回すのも初めてだったし。焚き火を囲んだりするのも初めてだったし」

 

「そうね。私は自分のキャラクターの操作が一番新鮮かも。現実の体よりその――スラッとしているから、動きやすくて本当に助かるわ。私の理想の体型なのよね」

 

(馬鹿な! その真のポテンシャルはゲーム内での見た目より遥かに上だというのか!?)

 

そこで、レットはクリアの言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そして、おそらく現実の体の方が遥かに女性的なはずだ。動きに“ズレ”がある』

 

(クリアさん……本当に何者なんだ?)

 

「――ええと。レット君?」

 

険しい表情をしているレットにアリスが心配そうに声をかけてくる。

レットは慌てて、咄嗟に話を切り替えた。

 

「そうだ。あと――こういう景色。こんな綺麗な景色はオレ見たこと無いなぁ……。このゲームの名所なのかな。ここって」

 

「フィールドごとに絶景や秘境のような場所があるみたい。オーメルドは天候と時間限定で“フィールド全体が秘境になる”っていうのはチームで聞いていたのだけれど、私も直接見たのはこれが初めて」

 

(こんなに綺麗な景色を見れるだなんて、思ってもいなかったな……)

 

“自分が活躍できる仮想世界”というものをただただ漠然と求め続けていたレットにとって“純粋な世界の美しさ”というものは予想外の副産物であった。

 

「秘境と言えば……例えば――ねえ、レット君。あの雪山の上ってね。天然の温泉があるみたいなの」

 

遠景は吹雪によってほとんど視認できない状態となっていたが、アリスが指をさした先には、うっすらと山のような物が映っていた。

 

「そっかあ……温泉があるっていうのは良いなあ……」

 

吹雪を見ながら、湯に浸かる妄想をして思わず体を震わせるレット。

 

「どのくらい先のことになるかわからないけど――今度、私と一緒に入ってみない?」

 

「へっ!?」

 

(温泉! 温泉? 温泉! 温泉? 温泉ッッッ!?)

 

湯に浸かってもいないのに、レットの顔は再び茹でた蛸のように真っ赤になった。

 

「(……それは裸のお付き合いなのか! そうなのか!? って駄目だ駄目だめだめだめだめだ! 落ち着けって! 何考えているんだオレ!)」

 

「レット君、何か言った?」

 

「あ――いや! 何でもないよ! 何でも! いやあ~~行きたいなあ。もう今すぐにでも行きたいくらいだあ~~! 絶対行こうね、うん!」

 

レットの目が不自然に泳いで、チラチラとアリスを見つめる。

 

「でも、強いモンスターが沢山居るらしいから私達二人のレベルで簡単に行けるような場所でも無いみたいなのよね……」

 

「それじゃあ、レベルをもっと上げないといけないね。大分先の話になりそうだなあ」

 

(土日の予定は”終日レベル上げ”に決定だッ! あ……でも、待てよ……。レベルを上げるってことは――)

 

「また、パーティ組まないといけないわね。今度は喧嘩しないようにしなくちゃ。レット君に迷惑がかかってしまうもの」

 

「オレは平気だよ。でも……次いつ会えるかわからないし。でも――――ええと……その、つまりオレが言いたいことは――その」

 

「レット君」

 

「はいい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私とフレンドになってくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いやったああああああああああああああ!!!!)

 

レットの脳内で大量の“二頭身にデフォルメされた自分”が派手なBGMと共にサンバを踊り始めた。

 

「どうかしら? レット君の言うとおり、このゲーム、知っている人じゃないと中々出会えないんだもの」

 

「そう! オレもそれが言いたくって。でも、ええと、オレなんかがフレンドになって本当に良いの――かな?」

 

ぎこちなくレットが尋ねる。

 

「もうお互い、知らない物同士って訳じゃ無いもの。それに、レット君は私の――」

 

 

 

 

 

「わ……私の?」

 

「――ううん! 何でも無いわ。レット君はどうかしら?」

 

「ああ、うん。ええとその。はい! 喜んで!」

 

「よかった……! 何か困ったことがあったら、いつでも私に相談してね?」

 

気がつけば夜が明けていた。

同時に吹雪が止み、モンスター達は溶けるようにどこかに消えていく。

 

二人が洞穴の外に出たとき、既に結晶石の光は消失していた。

荒々しかったはずの大地は柔らかい銀世界に変貌し、レットに振り返ったアリスの背中から、日の出の後光が溢れ出していく。

 

「改めてよろしくね――レット君!」

 

光の中で、アリスはレットに微笑む。

 

とても。とても眩しい――

そう、レットは思った。

 







【ハイゴウル山脈】
 試される大地。もはやフォゲンス共和国にとっての自然要塞と化している雪山郡。
山脈の裏側から登る場合、逆側の地方から踏破しなければならない。
温泉があり、入ればストレス解消。
間欠泉があり、入れば戦闘不能。





「そう――ハイダニアとフォルゲンスを隔てる自然要塞……ハイゴウル山脈だ」


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第十八話 あの山に登るための第一歩

『現在オーメルド兵陵からポルスカ森林の境界線において大多数のプレイヤー同士の争いが発生。通行の妨げとなっている。この戦いは大規模かつ苛烈であり現在終わりが見えない状況である。初心者プレイヤーは戦いが終わるまで無理をせず、最寄りの前哨基地や町村で待機することを強くお勧めする。【ルソニフ地方紙】』

 

「――本当に、とんでもないことになってるなあ……」

 

黄ばんだ羊皮紙を広げながら、レットが呟いた。

 

彼が今いる場所はアロウル、オーメルド兵陵の最北に位置する港町である。

 

(別れちゃったクリアさんは今頃どこで何やっているんだろう……)

 

アリスとフレンドになった後に前哨基地に戻ろうとしたレットであったが、そこでクリアから『プレイヤー同士の争いが起きているから戻ろうとするな。今戻っても身動きが取れなくなるからアロウルに向かえ』という指示を受けた同時に、遙か遠くで鳴り響く爆発音が鳴り響いた。

 

前哨基地に戻ったところで、そこから移動ができなくなってしまっては意味が無い――と判断したレットは、クリアの指示通りに時間をかけて最北のアロウルに到着した。

 

そして、その後に新聞を購読して事の顛末を知ったと言うわけである。

 

(いつになったらフォルゲンスに戻れるのかな……もちろん、悪いことばかりじゃないけどさ……)

 

「レット君! ほらほら。リスポーンポイントの設定を忘れちゃダメよ!」

 

大地をそのまま削って作られたような石造りの階段の上からアリスがレットを呼ぶ。

 

「あ……ああ、今行くよ」

 

石段を登り、リスポーンポイントの管理をするNPCに話しかけて設定を行うレット。

 

「これでまた全滅してしまっても、二人ともここに戻ってこれるわね」

 

アリスのその言葉を聞いてレットが驚いた。

 

「えっ!? アリスも設定したの? フォルゲンスに設定していたはずじゃ……」

 

アロウルの外にはポータルゲートがあり、リスポーンポイントに戻ることも可能だったが、アリスはそれをしなかった。

クリアの指示を受けたレットを落ち着いてここまで先導してくれたのも、何を隠そう彼女である。

 

「いいのよ。既に設定は終えてしまったし、何より私が好きでやっているんだから。それより見てよレット君。私、新しい装備買っちゃった!」

 

アリスは両方の手のひらをレットに差し出す。

そこには、深い青色の穴空き手袋が装備されていた。

 

「いいなあ。オレも早く装備品、何でも良いから全部付けてしまいたいよ」

 

(そういえば……タナカさんから“奪った”右手装備。まだ付けたままだった……やべェ……早く返さないと)

 

「そんなレット君に朗報よ。ほら、この募集を見て頂戴」

 

アリスが腰のポーチから緑色の羊皮紙を取り出した。

 

「ええと、これは何? 見たことも無いアイテムなんだけど……」

 

「あら、“プレイヤー募集”のことを知らないのね? いいわ、私が説明してあげる」

 

レットの左手を引っ張るアリス。

穴あきの手袋をつけているからか、少女の手のひらの暖かさと指の冷たさの感触にはギャップがあり、レットは思わずドキリとした。

 

(いやあ~気に入られてしまいましたかなこれは~~デヘヘヘヘヘ)

 

緩んだ表情のままレットが連れて行かれた先には――大量の紙が貼られた木製の掲示板が立てられていた。

近づくレットの前に見慣れないウィンドウが表示される。

 

「これがプレイヤー達の募集掲示板よ。色んな用途があるの、プレイヤーがプレイヤーを募集したり。仕事を直接依頼したりね」

 

後にレットが知ることとなるが、募集掲示板は町、国家に最低でも一つは設置されている。

貼りっぱなしの情報は下に蓄積されており、とあるクエストをこなすと利便性が向上する。

報酬は依頼主から直接渡すことも出来るし前もって預けておくことも可能である。

 

「へぇ~。ここに来る間もそうだったけど。アリスは何でも知っているね。同じ初心者とは思えないや」

 

「当たり前よ。私がゲームを始めたのって、レット君より大分前だもの」

 

「でもさぁ、キャラクターのレベルは同じくらいだよね?」

 

「最初は町の中で他の人達とお話してばっかりだったから。外に冒険に出ようって決心したのは……つい最近のことなの。それに、前にもお話ししたけれど、レット君がクリアさんに色んなことを教わるように――チームのリーダーに色々教えて貰っていたから」

 

(羨ましいなあ……。クリアさんにはほったらかしにされるし。ロクでもない情報ばかり教わってるんだよなあ……)

 

自らの“先生”の差を体感するレットであった。

 

「それで、この掲示板からコピーを取ってきたのがこの募集。レット君。読んでみて」

 

アリスが差し出した募集用紙をレットが改めて覗く。

 

「えーと何々――『蒸気船乗船許可証入手クエストの必要アイテムを“ククルトの洞門”で入手するツアーを企画! 参加されるメンバーを募集しております。参加される方は募集用紙をチェックして地点に集まってください。お願いします』」

 

そのクエストの内容はオーメルドで妻を喪ったNPCから弔いのための花を取って来て欲しいと頼まれる物。クリアすると本人が持っていた許可証は“もう使うことは無い”と譲り受けることになる。

 

不意に汽笛の音が聞こえてきて、レットは背後の海を見つめる。

遠くには大小様々な蒸気船が行き来していた。

 

(西に向かう航路行きの船があれか。そして、あの船に乗るためには『乗船許可証』が必要なんだな……)

 

「なるほど。いつかはあの船に乗ることになりそうだし、初心者がこなすべき必須のクエストっぽいね」

 

「それだけじゃないわ。クエストをクリアするときに5000ゴールドも貰えちゃうのよ。旅のお駄賃ってことでね」

 

「へえ。随分気前が良いんだね」

 

「ここでこのままじっとしていても仕方ないもの。レット君、このツアー。一緒に……参加してみない?」

 

アリスはまるで縋るような表情でレットに提案をしてきた。

 

(いやあ~こんなに強く迫られたら断れませんなあ! 断るなんて選択肢、最初から論外だけど! お金も欲しいし。船にもいつか乗ることになるだろうし!)

 

レットは視線を上げて、アロウルの村から見える大きな雪山を見つめた。

 

(そうやって冒険を続けて強くなって、あの山にアリスと二人で登るのが当面の目標だな!)

 

「もちろん参加するよ。アリスの言うとおり、他にやることなんて無いしね」

 

「よかった――決まりね! それじゃ、クエストを受注して頂戴」

 

アリスの指示を受けてNPCからクエストを受注するレット。

募集を調べてから、町の入り口に集まっていたプレイヤーの集団に合流する。

そこには20人近いプレイヤーが集まっていた。

 

(随分大所帯だなあ……)

 

狭い町の入り口に集まっている為、やたら窮屈であると感じるレット。

実際、無言で通行するプレイヤーが居たがレットから見ても実に邪魔そうであった。

 

「応! 新しいメンバーが入ってきたようですね! 募集に参加してくださってありがとうございます。ただの初心者プレイヤーですが、今日は自分がリーダーをさせていただきます。よろしく頼みますよ!」

 

(なるほど、この人が募集主件、リーダーってことか……)

 

人混みをかき分けながらレットとアリスに気さくに話しかけて来た浅黒い肌色の青年。

彼の種族は“耳長族(エルフィン)”だった。

 

世間一般的なファンタジーにおけるエルフ族と似通った外見の種族であり、プレイヤーからは“エル”“エルフ”といった呼ばれ方をすることもある。

 

ゲーム内では『強い物には誰であれ敬意を表する』という所謂武士的な思想を持っている種族設定が存在しており、秘匿された存在では無く、他の種族に対して寛容な姿勢を見せているというのもファンタジーの一般的なイメージ像のエルフとは違う点である。

 

「私の名はアリスです。よろしくお願いします」

 

「あ……えと、よろです。レットっす……」

 

アリスに習って頭を下げるレット。

 

「いやあ。狭くて申し訳ないです! ちょっと集合場所の設定間違えてしまいました! 何分、募集掲示板を使うのは初めてなもので!」

 

言うだけ言って募集メンバーの中心に戻っていくリーダー。

雑談している周囲を見回して、レットはウィスパーでアリスに話しかける。

 

「〔なんか、皆似たような格好というか……熟練のプレイヤーはいないのかな?〕」

 

「〔そうね。誰かしら知識のある上級者プレイヤーが手伝ってあげても良いと思うのだけれど……〕」

 

(あー。そっか。近場にいる上級者はプレイヤー同士の戦争に行っているんだっけ?)

 

熟練のプレイヤーが集まっているのは、まさにオーメルド兵陵の南の前哨基地周囲であり、要するにクリアの言っていた“戦場”である。

この場にいるメンバーは誰にも手伝って貰えないからこそ、こうやって集まっているのだろう――とレットは推測した。

 

(――優しい上級者ってあんまりいないのかもな……)

 

そして、まるでそれが当たり前のようにツアー参加者の中にケパトゥルス族の姿は見えなかった。

 

「よーし、募集締め切り! それでは注目。ほいだばクエストの内容と今日の流れを確認しますよ! もしもーし!」

 

リーダーが大きな声でその場にいる全員に語りかける。

全員が静かになるまでそこから20秒程かかった。

 

「――はい。というわけで今日の目的はダンジョン、『ククルトの洞門』の最奥にある譲渡不可のアイテム“光る輝花”を入手して持って帰ることです。入手して外に出た段階でツアーは解散とします! モンスターに襲われたら全員で一斉に殴って倒す! 以上! 質問は何かありますか?」

 

(大雑把だなあ。聞きたいことはあるけど。こんな大人数がいる状況で質問できる人ってそんなにいないと思うけど)

 

「ごめんなさい。少し質問良いかしら?」

 

躊躇無く手を上げたのはアリスである。

 

(うへぇ……凄ェ。度胸あるなあ……)

 

「は~い。何でしょうか!」

 

「募集用紙には書かれていなかったのだけれど。ダンジョンに入る上で参加者の私達が何か気をつけないといけないことってあるのかしら?“このモンスターには気をつけるべきだ”とか、“こういうギミックが危険だ”とか」

 

アリスの質問を受けて、リーダーは何もない空間から羊皮紙を取り出して捲り始める。

 

「う~ん。そうだなあ……。全員で行動すれば、特に気にすることはないと思いますよ? きっちりリニューアル前の『無印』の頃の情報があるわけだし、今日はこれを頼りにクエスト進行しますんで、僕に付いてきてくれれば大丈夫だと思います」

 

「じゃあもう一ついいかしら? パーティは組まないの? 何かあった時に困ってしまいそうだけど……」

 

「あーいや……その……この人数でパーティを組むとその……どうしてもパーティからあぶれる人が一人できてしまうので。『みんな! 二人組作ってー』ってヤツと同じ結果になるのが嫌なんでパーティ作ってません!」

 

そのリーダーの発言で、周囲に笑いが起きた。

 

(生々しいけど、その配慮は凄くありがたいかも……)

 

「なるほどね。わかったわ。ありがとう。頼りにしているわ――“リーダー”さん」

 

「あはは~ハイ。頑張ります!」

 

アリスの応援に照れるエルフの青年。

 

(……………ぺっ!)

 

――それを見て、レットは内心で僅かに嫉妬した。

 

「みなさん。他に質問は――――――無いと言うことで、それでは出発出発~!」

 

かくして、参加者達はリーダーを先頭に移動を始める。

固まって移動するとモンスターに見つかる可能性があるということで、メンバー達はゾロゾロと縦二列にアロウルからオーメルドの海岸沿いに歩き始めた。

 

 

 

「自分、このゲーム始めたばっかりで――」

 

「ええ! モンスターに弱点なんてあるのかい!?」

 

「――チームってどうやって入るんです?」

 

「この前、凄く気持ち悪い緑色のモンスターが――」

 

雑談をしているメンバーを見つめて、ふとレットは思った。

 

(ゲームを始めたばっかの初心者同士の集まりだからか、皆んな結構気さくだなあ。もっと真剣な雰囲気で挑む物かと思ってたけど。想像していたのとイメージ違うかも……)

 

レットは隣で歩くアリスに話しかける。

 

「なんというかこう――小学生の遠足みたいだね」

 

「私は集団下校を思い出すかな。こうやってよく並びながらお話ししたものよ。…………レット君、海側に来た方が良いわ。モンスターに襲われるかもしれないもの」

 

「ちょっとォ――勘弁してよ。車に轢かれないように小学校低学年の子が道路の外側歩くのと同じだよそれェ」

 

「レット君は見ていて危なっかしいんだもの。良いから代わって頂戴!」

 

(車には普段から気をつけているんだけどなあ……)

 

やれやれと呟いてアリスと位置を交代するレット。

 

そこで、遙か遠くから轟音が鳴り響いた。

南の方角で起きているプレイヤー同士の“戦争”の音である。

ここ数日間鳴りっぱなしである為、今更動揺するようなメンバーは居なかった。

 

「このツアーが終わった頃にはあの“戦争”が終わっていると良いんだけど。頼みの綱のクリアさんはずっと音信不通だし……。どうしようかな――オレ」

 

不安で曇るレットの顔を、アリスはしばらくじっと見つめてからポツリと呟いた。

 

「ねぇ――レット君。実は、私ね。提案したいことがあるんだけど」

 

「うん――何?」

 

「このまま二人で、蒸気船に乗って別の大陸を一緒に冒険してみない?」

 

アリスの提案を受けて、レットは目を輝かせて返事をする。

 

「それ! すっごく良いね! 面白そう!」

 

「――えっ?」

 

レットの返答にアリスは驚いているようだった。

 

「え――あれ? ……オレ、何か変なこと言ったかな? 正直、他に行くあてもないから――何だっけ? “渡りに船”っていう感じ――っていうか……」

 

慌てて取り繕うレット。

――“一人じゃ心細いし”とまで言うことはしなかった。

 

「それは、もちろん嬉しいのだけれど……本当に――本当に良いのかしら……?」

 

「もちろん! 良いに決まってるさ!」

 

「…………ありがとう。それじゃあ――クエストが無事に終わったら、一緒に行きましょう? でも……」

 

「――でも?」

 

「――ううん。何でも無い。暫くの間、フォルゲンスには戻れないと思うのだけれど、それは大丈夫なのかしら?」

 

「ああ……まぁ、たしかに。クリアさんにバレたら五月蠅いかもしれないなぁ。『隣の大陸は危ないから云々かんぬんであって~~どうたらこうたらという理由で~~気をつけなければいけないんだ』とか長ったらしい説明を聞くことになるかも……」

 

レットの物真似にアリスがくすくすと笑う。

 

「可笑しいわ。クリアさんって、いつもそんな雰囲気でレット君に色々アドバイスしているのね」

 

「アドバイスらしいアドバイスなんてしてくれないよ! 聞きたくも無いようなことを聞かされてばっかりなんだって! 隙あらば蘊蓄(うんちく)挟んでくるし!」

 

「良いことじゃない。アナタ――きっと心配されているのよ」

 

「うーん……そういうものなのかなあ……」

 

「ええ。私も実感しているけど、親身になってくれる人がいるっていうのは――幸せなことよ」

 

アリスはそう呟いて、南側の――遙か遠くの戦場を見つめた。




【この日レットが拠点にしていた、アロウルの町の特産品】
この町の特産品とされているアイテムはアロウルレッドペッパー。
直接食べることで低体温症の対策になる。
気付け薬と消毒液の素材にもなり、酒の原料や燃料にも使われたりと利用用途が多岐に渡る便利な品。

二つ目の特産品はアロウルオレンジ。
長期間の船旅の為に寒冷地でも育つように品種改良されたオレンジで、体に必要な栄養を備えており食料と水分補給の両方をこれ一つでこなせて、尚且つ船上での栄養不足を防いでくれるという大国に輸出されるほどの逸品である。

――とはいえ、実際にプレイヤーがゲーム内で低体温症になったり栄養失調を起こしたりするわけでは無い。これはあくまでエールゲルムの世界設定の中のお話である。

【募集掲示板の四方山話】
募集掲示板はめくって全部の募集を読んでみると中にはかなり奇抜な内容の物が紛れていることが有るので“あえて変な募集のコピーを収集する”コレクターも存在している程。
締め切りの設定も自由なため募集したパーティで“伝説的な事件”が起きると冒険先の話のネタ確保の為にそのコピーをストックするプレイヤーが現れたりすることも……。



「はいこれ。全員でクエスト進行中に君が死んだせいで全滅して皆の一時間が台無しになったときの募集用紙」

「ああもうわかったよ。今日は何を驕ればいいんだよ!」



【The kurimanju】
それはまだクエスト作成のU《ユーザー》I(インターフェース)がいい加減だった頃の話。
どこかの著しく性格の悪い男が、完全に悪戯目的で作った伝説のクエストである。(クエスト名の語源は不明)
このクエストの用紙を手に入れると同時に受注した扱いとなり、瞬間的にクエストはクリアとなってしまう。


クエスト報酬は――このクエストの募集用紙二枚。
“この募集”によってエールゲルム全体が崩壊の危機に陥り、大規模なメンテナンスに発展したとされる。




「WTF! What the hell is this quest! It never ends! I can't “clear” it! Heeeeeeeeeeeeeelp meeeeeeeeee!」


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第十九話 蜘蛛の意図

――かくして、初心者プレイヤー一行はククルトの洞門に到着した。

地表に入り口となる洞穴がぽっかりと空いている。

そこから地下に降りて行く道が見え、中から砂が流れる落ちる音がレットの耳に聞こえて来た。

 

「よし! モンスターに見つかって“絡まれたら”戦闘不能になる前にきちんと報告するように! 全員で対処しますよ!」

 

ツアーの参加者達は、リーダーの先導で洞門に足を踏み入れた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

  ククルトの洞門。

洞門は洞穴の別称であり、オーメルドの厳しい乾燥気候が地層を風化させ、その結果として砂と化した地層が洞穴内に流れ落ちているダンジョンである。

狭い隙間からわずかに光が差し込み、洞門内の砂山に光の柱を作り出しているのが特徴。

 

その構造はまるで蟻の巣のように上下に複雑に入り組んでおり、階層ごとにモンスターの強さが大きく変わる。

そのため、新たにゲームを始めたプレイヤーが迷い込んで戦闘不能になることもあるという。

 

このダンジョンは、「通常のダンジョン」に分類され、つまり様々なプレイヤーが同時にアクセス可能な“フィールドの延長として存在するダンジョン”である。

 

「ち~ゃんと着いてきてくださいよ! 無いとは思うけど、下の層に落っこちたりしないように!」

 

リーダーの指示の元、列を乱さぬままダンジョンを下っていくツアーメンバー。

いくらモンスターが強いダンジョンとはいえ、ここにいるプレイヤーは合計20人。トカゲや小さな亀が勢い良く襲いかかってくると同時に、大量の武器と魔法が降り注いで“蒸発”していく。

 

(酷いなこりゃ。一人で戦ったら間違いなく死ぬのはこっちなんだろうけど)

 

たった一匹のモンスターが大多数のプレイヤーに囲まれ殴りつけられている様をみて、レットの中の僅かな良心が痛んだ。

 

「えーっと……たしか、ここを右でしたね!」

 

リーダーの指示に従って大きな広場を進む一行。

地上から砂と一緒に光が差し込んでいる為か、そこは仄に明るかった。

 

「――ちょっと待って頂戴!」

 

「あ、はい。何でしょうか?」

 

列の後ろから、アリスが地図を凝視するリーダーに大きな声で話し掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も無印の時のダンジョン情報を見ているのだけれど。――ここに部屋なんて表示されていないわよ?」

 

(……え、何それ?)

 

レットが周囲を見渡してメンバーの反応を確認する。

他のメンバーも皆、状況が理解できていないようであった。

 

「ん~……んん? ということは。僕らは“存在しないはずの部屋”にいるってことですかね? …………なんか怖いなあ。ちょっと一度戻ってから――あれ?」

 

リーダーが不意に首を傾げる。

その違和感はレットにも直ぐに理解できた――

 

(なんだ? 地面が動いているような……)

 

――広場の床の砂が揺れるように動き始めている。

 

(そうか――トラップだ! きっと、デカいボスモンスターか何かが出てくるぞ!)

 

覚悟を決めて真っ先に剣を抜くレット。

しかし、その予想は外れてしまった。

 

 

 

 

 

 

地面から姿を現したのは――蜘蛛である。

 

 

 

 

 

 

サイズはランドセル程の大きさで広場の端から足下まで大量に湧いて出て来た。

妙にリアルな造形で、レットの足に生き物特有の嫌な感覚が伝わってくる。

勢い良く飛び出れば良い物を――何故かぞわぞわと湧き出るように登場したためレットの中の生理的嫌悪感が爆発した。

 

「「ウゥワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」

 

恐怖の余りその場に蹲るレット。

その体に容赦なく蜘蛛が覆い被さってくる。

 

「ちょちょ、おい。うるせえよ!」

 

「なんだよ……なんだよこれェエエエエ!」

 

「イヤアアアアアアアアアア!!」

 

レットの悲鳴があまりにも迫真すぎて恐怖心を必要以上に煽られたためか、ツアーに参加していた他のメンバーは蜘蛛に対して、まさに蜘蛛の子を散らすように広場の中を逃げ惑い始めた。

 

「「落ち着いてください! 落ち着いて机の下に――じゃない! とにかく皆さん冷静になってください!」」

 

蜘蛛に纏い付かれながら、広場の中央でリーダーが絶叫する。

 

「リーダーさんも落ち着いて頂戴! レット君――よく見て! この蜘蛛達はレベルが低いわ! アナタが恐れる必要なんて無いのよ!」

 

体に登ってくる蜘蛛をはたき落としながらアリスがレットに激を飛ばした。

 

(そうだ……そうだ。落ち着けオレ……。ダメージは喰らっているけど全然痛くない! この気持ち悪い感触さえ耐えれば……。――何だ? このゲージ――)

 

いつの間にか、レットの視界の隅っこに赤黒いゲージが表示されていた。

蜘蛛に噛み付かれる度にそれが増加していき――

 

――突然、“タイヤが破裂するかのような鈍い音”と共にレットの視界が真っ暗になる。

 

(何だよ……目に何か入ったのか? ――水? お湯か?)

 

レットが左手で目を擦る。

 

擦った手にべっとりとこびりついていたのは、血だった。

気がつけばその全身から夥しい量の血が流れ出ている。

痛みはほとんど無い。

しかし――一瞬にして減少した自身のHPゲージが、本能的にレットの危機感を煽った。

 

「「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」

 

先程と全く同じ悲鳴を上げるレット。

しかも、それで終わりではない。

蜘蛛の攻撃には毒が付与されていたのか、そこからさらに体力がじわじわと減っていく。

 

レットは半狂乱になり、蜘蛛を振り払う為に転がり回ろうとするが、逆に蜘蛛を巻き込み団子のようになってしまう。

 

 レットの視界は再び真っ暗。

激しい回転によって上下の感覚が失われ、天井も地面もわからない。

しかし直ぐに、レットの失われた平衡感覚は戻ってきた。

なぜなら――その“下半身が地面に埋まり、身動きが取れなくなってしまった”からである。

 

(なんだよこれ! 今度は砂に吸い込まれるゥ!)

 

広場の端に隠されていたのは天然の“蟻地獄”だった。

 

そこで体制を僅かながらに立て直したのか、ツアーメンバーが蜘蛛に対して範囲魔法を放つ。

レットの体に付着していた蜘蛛たちが敵意の矛先を変えて、一斉に飛び退いた。

ようやく視界が鮮明になるも、地面に沈んでいくレットの混乱は収まらない。

 

「誰か! 誰か誰かッ! 誰か助けてエェェエエエ!」

 

悲痛な声が広場に木霊する。

少年の視界に写る物は足下と広場の壁面だけ。

後ろを振り向いて状況を確認したいが、既に胸の部分まで体が飲み込まれてしまっておりそれすらままならない。

ただ、その耳に他のメンバーが戦っている音が聞こえてくるだけであった。

 

「誰か助け――わぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」

 

ついにレットの体は完全に飲み込まれ――“落下”した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドワアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

高所から、下のフロアへの転落――

 

「う……ウグッげほッ。ゴホッッァ……」

 

――天井から止めどなく流れ落ちてくる砂に噎せ返りながら、レットは自分の現状を確認する。

 

(ダメージは――無いな。砂の上に落ちたからかな? とにかく……ここから上に戻らなきゃ!)

 

――と、少年が決意した瞬間に上から大量の砂と一緒に何かが降って来た。

 

「わぱっ!」

 

レットの背中に強い衝撃と柔らかい感触が伝わる。

 

「ご……ごめんなさい。レット君!」

 

落ちてきたのはアリスであった。

彼女は謝罪をして、砂を被りながらもなんとかレットの背中から飛び退く。

 

(嗚呼……柔らかったなあ。いやぁ――酷い目にあったけど……来て良かった)

 

ニヤつくレットの顔色は、自らの血液のせいで――その名に違わず暗く赤くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 二人は積み上がった砂山から出て、周囲を調べる。

砂で出来たようなその小部屋の出入り口は一つだけで、周囲にはオブジェクトも無ければ敵も居ない。

 

「レット君。大丈夫? 体力が自動で回復しているから、戦闘からは抜け出すことができたみたいだけれど……」

 

「うん――なんとか大丈夫。他のメンバーは無事なのかな?」

 

「レット君が取り乱しただけで、あの蜘蛛で他のメンバーが壊滅することは無いと思うわ」

 

「うぐッ……そうですね。叫んでスミマセンでしたマジで……」

 

「混乱するのも仕方のないことよ。蜘蛛の攻撃には毒が付与されているらしいし。レット君が受けた“出血”のステータス異常は、HPが割合で削れてしまう物なの。いきなり体中から血が吹き出て、さらに体力が減っていったら、誰だって驚くわ」

 

(ゲームなのはわかってるんだけどなあ。蟻地獄に呑まれるなんて、生まれて初めてだよ……)

 

アリスは落ちてきた天井を見つめ、少し考え込むような素振りを見せる。

 

「あのトラップはリニューアルで新しく作られたのかもしれないわね。このゲームの開発者って、ひょっとして性格が悪いのかしら? 私もうっかり、引っかかってしまったわ」

 

(なるほど、アリスもあの蟻地獄に引っかかったのか)

 

アリスの目線に釣られて天井をぼうっと見つめるレット――

 

「それにしても……もう――背中が冷たいわ。体中砂だらけね……」

 

――横側から布が擦れるような音が聞こえてくる。

 

(はえ? ……何の音だろ?)

 

「いや、オレはもう砂だらけってレベルじゃ無いよ。アリスもさっき落ちた時んでぶばばばばばばばばばばばばばばば」

 

視線を下ろしてアリスの方を見たレットが、奇声を上げた。

彼女は既にローブを脱ぎ捨てており、両脚装備のショートパンツを脱ごうと両手をかけている最中だった。

露わになった下着は過激なデザインではなく、特別な装飾が成されている物ではなかったが、しかしそれはレットにとって十二分に過激な光景だった。

 

「えっと、その……レット君」

 

アリスは手を止めて、レットを見つめる。

 

「あ……あ。すいませんでしたアアアアアアアアアーーーッ!」

 

(やべえええええええええ! ガン見してた。オレのバカバカバカバカバカァアン!!)

 

レットは赤面して、慌てて後ろを向く。勢いをつけすぎて、体に付着していた砂が周囲に僅かに飛び散った。

 

「もう……どうして謝るのかしら? 装備品の砂を落としている間、他の人がこの部屋に来ないか見張っていて欲しいのだけれど……」

 

「あ――うん! 任せて! オレ全力で見張っているから!!」

 

慌ててその場から離れて出入り口から外を覗くレット。

細い道が通じているが湾曲している為か、道の先の様子まではわからない。

 

(うーん。下着を見られても怒られないなんて、どういうことなんだ? もしかして――オレには見られても良いとか、“心を許してくれている”ってことなのかッ!?)

 

外を見張る素振りをしつつ首を僅かに動かして、レットは片目で背後を確認する。

――服を着終わったアリスと、丁度目が合った。

 

「あッ――も」

 

『申し訳ありません! もうしません!』

 

――と再び敬語で謝罪しそうになる寸前でアリスが歩み寄り、先にレットに話し掛ける。

 

「余計な事をさせてしまってごめんなさい。冷静に考えたら、こんな辺鄙な場所に誰も来るわけないわよね。それでも、やっぱり知らない人に見られるのは恥ずかしいから……。レット君も装備を脱いだ方がいいわ。ほら、体中砂と血で真っ黒じゃない」

 

「え? は!? あ、えっと。あ――いや……いいよオレは。一旦町に戻ってから落とすよ」

 

レットは自分の体を見つめて溜息をつく。

全身には固まった血と砂がこびりついていた。

 

「服を脱いで叩く程度じゃ綺麗にならないと思うし……」

 

「ならせめて――顔だけでも拭いた方が良いわ」

 

少し考えてからアリスは装備品だろうか――インベントリからスカーフを取り出してレットの顔を拭う。

 

「あ……ありがとう」

 

(何だろうこれ、やたら上品なスカーフだな……)

 

水色の布地が砂と血で赤黒く染まっていき、逆にレットの顔は幾分か綺麗になった。

 

「そのスカーフ。綺麗にして返すよ。汚したままじゃ申し訳ないし。高そうなアイテムだし」

 

「気にしなくて良いのに……。でも――そうね。お願いしようかしら。高くは無いけれど、私にとっては大切なアイテムだから……」

 

そう言って、アリスはレットにスカーフを手渡す。

その裏面には、黒と金の十字架の紋章のような物が刻まれていた。

 

(何だろうこのエンブレム。ブランド物なのかな?)

 

アリスは、自分たちが落ちてきた穴を見上げる。

 

「さて――ここからどうやって上の階層に戻るかを考えなくてはいけないわね」

 

「他のメンバーが助けに来るのを待つっていうのはどう?」

 

「それは駄目ね。私がリーダーさんに伝えたの。『私が助けに行くからこのまま先に進んで欲しい』って――あっ」

 

しまったという風に口を抑えるアリス。

その仕草さえ無ければ、普段のレットなら聞き流していたかもしれない台詞である。

 

「あの……アリス。――さっきは“うっかり落ちた”って言っていなかったっけ?」

 

レットが引きつった表情でアリスに尋ねる。

 

「う――嘘をついてしまってごめんなさい。実は私……アナタを助けるために飛び込んだの! でも、助けるに決まってるじゃない! 私達、その――フレンド同士なんだから」

 

ばつの悪そうな表情でアリスは弁解する。

 

「いや、うん。まあその……うん。助けに来てくれてありがとう」

 

助けに来てくれて嬉しいやら――気を使われて情けないやら、複雑な心情のレットであった。




【ダンジョントラップ】
 通常ダンジョンの場合は特定の座標にランダム発生。
トラップはダンジョンの雰囲気や周囲の世界観を尊重しており、プレイヤーからが無駄に凝っていると評される。
トラップでしか登場しないようなレアなモンスターも存在するので状況次第では、わざと引っかかるような“トラップハンター”も存在しているようだ。
トラップに引っかかって死亡してしまい、蘇生待ちで死体がそのままになっていたりするプレイヤーもたまに見かける(特に外国人プレイヤーに多いとされる)。


「ダンジョンのトラップ? ああ、怖くないね。イカれたパーティメンバーの方が100倍恐ろしい地雷だよ。しかも、踏んでみるまでわからないと来た」

【蒸気船クエストの報酬について】
レットが今回挑戦したこのクエスト、とにかく手間が掛かる。
必要アイテムの所得が無駄に困難だった為、実装当初まだレベルの低かったプレイヤー達にとってはまさしく“壁”であり、報酬の5000ゴールドは後付けで追加された物。
クエストの内容を調整しようとはしない辺りが実にいい加減であり、『リソースを裂こうとしない開発者の都合が丸出しとなっているのが実に生々しい』という感想を述べているプレイヤーも居たという。

そもそもククルトの洞門自体、公式のマップ(他のプレイヤーが記したものではなく。システム上で確認できるマップ)を自由に手に入れることが困難であり、初心者が気軽に挑めるダンジョンではない。
開発者がどういう意図でこのダンジョンを作って蒸気船のクエストアイテムを設置したのかをプレイヤーから疑問視されることもある。


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第二十話 “敵”との邂逅

 二人が小部屋から細い道を進んで辿り着いたのは、砂で出来た天然の大広間である。

広間の中を覗くなり、レットはうめき声を上げた。

 

「うぇえ……まぁた蜘蛛かよォ!」

 

広間に生息していた蜘蛛は、上層に生息していた物と見た目の違いは無い。

しかし、大きさが全く違った。

例えるなら――六人掛けのテーブル程の大きさといったところだろうか。

 

「レベルは――32。初心者が迷いこむような場所に、こんな高レベルのモンスターが配置されているだなんて……」

 

絶句しながら羊皮紙――ダンジョンの地図を見つめるアリス。

 

「もし上を目指すとするのなら、オレ達は、ここからどこに向かえばいいんだっけ?」

 

「上の層に戻るためには、あそこの道の先に進む必要があるみたい」

 

アリスが指した広間の出入り口は二人が立っている場所の正反対側にあった。

 

「上層に上がることさえできるなら、ツアーのメンバーに合流できるし、そのまま“光る輝花”に辿り着くことができるかもしれないわ」

 

「でも、モンスターが沢山いるから、ちょっときついな――どうやって突破しよう……」

 

「方法が無いわけではないわ。“歩いて通り抜ける”の」

 

「歩いて!? 敵のど真ん中を?」

 

「そう。聞いた話では蜘蛛は“聴覚感知”って分類がされていたはずよ。ひょっとすると、音を立てなければ通り抜けられるんじゃないかしら? バレないっていう確証があるわけじゃ無いけれど……」

 

(“聴覚感知”? 待てよ。 ケッコさんからそんな話を聞いたような――)

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「コラコラ少年! 気をつけなくては駄目よ~。敵には大雑把に分けると、“視覚感知”と“聴覚感知”っていう分類が出来るの! 敵をよーく調べて、情報をきちんと見る事よ!」

 

「でもォ、この猪。音立てても目の前で逆立ちしても襲ってこないじゃないですか!」

 

「それは襲ってこない“ノンアクティブ”なモンスターなのよ。敵対行動を取らなければ撫でても触っても襲われないわ」

 

「お~ほんとだ」

 

「アクティブモンスターでも、視覚感知なら正面に映らなければ襲ってこないわよ。聴覚感知なら近くに居ても音を立てなければ大・丈・夫♪」

 

「へぇ~見た目地味そうな奴は襲ってこないってことかな? じゃあこの観葉植物が擬人化したような可愛らしいモンスターもノンアクティブ――ギャアアアアアアアアアアア! 聴覚感知だこれェ!!」

 

「よくできました~! ご褒美に少年にハグしてあげる!」

 

「あ――いや。遠慮しておきます! というか助けてください死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。あっ――」

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「多分、大丈夫だよ。自信は無いけど――自分も教えて貰ったんだ。音を立てなければ問題なく通り抜けられると思う」

 

(“あの”クリアさんの情報ならまだしも。ケッコさんが教えてくれたことだもんな……)

 

「そう。じゃあ、進みましょ? レット君がそう言うんだから、信用に足る情報よね?」

 

(えっ!?)

 

レットの返事を待たずしてアリスがいきなり歩を進める。

音を立てないようにゆっくり歩いてはいるが、そこには何の躊躇も無い。

 

(ああ。もう! 駄目だ! 信用して貰っているのにここでビビったら情けないってレベルじゃない――オレも行くしかないッ!)

 

意を決してレットは赤い大蜘蛛の群れを通り抜ける。

抜き足差し足。

遙か遠くの蜘蛛がガサガサと動くとそれに連動して隣の蜘蛛が距離を開ける。その連鎖で広間中の蜘蛛が一斉に動き回る。

 

(おえ。気持ち悪ゥッフゥッ!)

 

蜘蛛の動きの波がレットとアリスの近くまで迫る。

近くに居た蜘蛛が動いて、触覚がレットの顔前を通り過ぎる。

レットの顔が恐怖と戦きで顔芸と紛う程、凄まじく歪む。

運悪く振り向いたアリスがそのレット表情を見て、小刻みに震え始めた。

 

「〔ちょ……ちょっとレット君――笑わせないで頂戴! アナタ凄く変な顔しているわよ!〕」

 

「〔いやその。正直、凄く、その――ええと〕」

 

「〔だ……大丈夫。時間をかけても良いから、ゆっくり進みましょう〕」

 

「〔ああ。わかってるよ。ゆっくりだ……ゆっくりね!〕」

 

この時のレットは知識として知っていたわけではなかったのだが、“焦らずに時間をかけて確実に通過する”というこの判断は間違っていなかった。

 

五感のいくつかを封じている状態で生息しているということはそれだけ鋭敏な聴覚を持っているということであり、今作は無駄に設定が凝っている為、普通に歩く程度ではモンスターに簡単に感知されてしまうのである。

本来、装備品から音が出ないように軟膏を塗布したり、専用の隠密魔法を使って通過するのがセオリーであり、熟練のプレイヤーからすれば、この二人の移動方法は正気では無い。

 

二人は知る由も無いが、もしもその足装備が皮製でなくガチャガチャと音を立てる金属製であったのなら――床が柔らかい砂地でなかったのなら――この広間で“本日の冒険”は終わっていた可能性が高かった。(と、後日レットはケッコに教えられることになる)

 

 

そのまま、幸運にも二人は広間を通過することに成功した。

アリスとレットはそのまま出口を出て上層に続く細道を登っていく。

 

「〔もう。レット君のせいで見つかってしまうところだったわ。こんなことなら――顔を拭かなければ良かったかしら?〕」

 

「〔ええ~~そりゃあないよ〕」

 

「〔ごめんなさい。ちょっとした冗談よ。冗談〕」

 

そこからさらに二人はダンジョンを進んでいく。

モンスターがいないことを確認しながら入り組んだ道を進んでいくと、先程の広間とは全く違う開けた空間に辿り着いた。

 

そこは、先ほどの広間とは違い縦に広い空間で――巨大な吹き抜けとなっていた。

その空間を見上げれば、上の層の道が複雑に入り組んでいるのがわかる。

 

 

 

 

――わかるのだが、レットの視線はその空間の“床部分”に釘付けになっていた。

 

 

 

 

 

 

「――――――――――何だよ。これ」

 

 

 

 

 

 

無残な光景が、床一面に広がっていた。

先程まで一緒に行動していたツアーのメンバーがひしめき合うように倒れている。

その密度は先程の小蜘蛛の大群を思い出させた程であった。

 

「皆……戦闘不能になっているわ。まさか――上から飛び降りたの!?」

 

アリスが慌てて蘇生をしようと近づいて――

 

「――離れるんだ!」

 

――部屋の反対側から大きな声が聞こえて、洞門の中を反響した。

そこに立っていたのはツアーのリーダーのエルフの青年で、その体は身に纏う装備品ごとボロボロになっていた。

 

「なんて――ことだ……。身を挺したハズの自分が――一番最後の生存者になるなんて……そんなことが……」

 

息も絶え絶えのリーダーにレットが歩み寄ろうとする。

 

「い、一体何があったんですか!?」

 

「駄目よ。レット君――リーダーさんのHPが回復していないわ! 彼、“まだ戦闘中”なのよ!」

 

それを聞いたレットの歩みが止まった。

 

「そうだ――二人とも、自分に近づいては駄目です! 僕を見殺しにしてここから逃げなさいッ! 君達だけでもクエストを――あれ?」

 

そこまで言ってエルフの青年が目線を下ろして自分の腹部を見つめる。

そこから――

 

 

――鋭利な銀色の突起物が飛び出ていた。

 

 

 

“銀色の刃”が腹の中に消えていくと同時に、吹き飛ぶようにエルフの青年のHPゲージが消滅する。

 

「ぐうっ…………!!」

 

そして、彼はそのまま前のめりに倒れて――動かなくなった。

 

(何だ? 何が起きた!? い、今、あの人の後ろから――)

 

レットが背後の暗闇に居る“人物”を確認する前にアリスが動いた――

 

 

 

「〔レット君。走って!〕」

 

――その腕を掴んで別の小道を走り出す。

危うく何も無い場所で躓きそうになるが、どうにか体勢を立て直して牽引されるレット。

 

「もしかして、あれって――」

 

「間違いなくPKね。タチが悪いわ……初心者のクエストクリアを妨害する為に、ダンジョンの深層で待ち受けているなんて!」

 

レットは走りながら後ろを振り返る。

迫ってきている人物は身を隠すように黒いフードを纏っている。故に、性別も種族も不明であった。

 

(アイツが一人でツアーのメンバーを全滅させたってことか……。どうしよう……このままじゃオレ達もすぐにやられる!)

 

 

 

 

 

「よ、よーし。こうなったらオレが――」

 

「私が“アレ”を引きつけるから、その間にレット君は逃げて頂戴!」

 

 

 

 

 

 

(“一度で良いから言ってみたかった台詞”を、先に言われちゃったよォ……)

 

「ちょ――ちょっと待ってよ。アリスが死んだらあそこで倒れていた他のメンバー達を誰が蘇生させるのさ! 皆ここまで時間をかけて歩いてきたんだ。その頑張りを無駄にするわけにはいかないだろ! オレが囮になるってば!」

 

走りながら、アリスはレットの言葉を聞いて悩むような素振りを見せた。

――が、それはほんの一瞬だった。

 

「……他の人のことなんてどうだって良いわ! 私は他でもないアナタのことが心配なの!」

 

予想だにしていなかった少女の返答に、レットは驚きながらも苦悩する。

 

(そう言ってくれるのはとっても嬉しいけど――アリスに死なれたら皆が困っちゃう! ――なにより、オレの憧れるヒーローだったら。ここは絶対に格好良くキメるシーンだ!)

 

レットはアリスに引っ張られながらも思案して、そして提案した。

 

「ええと……じゃあさ、こうしよう――二手に分かれるんだ! 見つかった方は運が悪かったって事で、割り切って切り抜ける! それでいいだろ!?」

 

レットの咄嗟の提案を受けてアリスは頷く。

 

「ええ、そうね。それで行きましょう!」

 

そのまま狭い通路を走る二人。

入り組んだ道の前で、二手に分かれる。

 

「こっちよ! 来なさい!」

 

咄嗟にアリスがPKを挑発“してしまった”。

どちらを狩るべきか思案していたPKが走るアリスの方をじっと見つめる。

 

(まずい! 考えろ――考えろ! アリスを守るためにアイツを引きつけるにはどうすればいい!? ――待てよ?)

 

レットは立ち止まりT字路の真ん中に立つ黒いフードの人物――PKに向き直り、わざとらしく咳払いをする。

立ち止まるPK。ソレに対して――レットは“ドヤ顔で”中指を立てた。

 

「――――――――!!」

 

そのレットの姿を見るやPKはこちらに向かって駆け出してくる。

 

(やっぱりだ。本気で追って来ているわけじゃ無い。追いかけて楽しんでいたんだ。そんな状況でターゲットに本気で煽られたらイラついてぶっ潰したくなるに決まってるよな! って……コイツ、足速いッ!!)

 

 レットの“煽り”は予想以上に相手の怒りを買ってしまったのだろうか?

PKは先程とは比べものにならないほどの速度でレットを追いかけてくる。

いつの間にか距離が縮んでいき、レットはあっさりと小部屋に追い詰められてしまった。

 

(駄目だこりゃ――速すぎる。でも上等だ……上等! これ以上、アリスに格好悪い所見せられるかっての! あれ? ――なんだこれ? “壁が光っている”ぞ!)

 

レットが背中の壁を見遣ると、そこには砂だらけのダンジョンに似合わない輝く白い花が生えている。

それは間違いなく『光る輝花』であった。

 

(適当に逃げ回っているうちに、ゴールに辿り着いていたのか……)

 

剣を抜く音がして、レットは前方に向き直る。

PKは、銀色の片手剣を取り出してレットに近づいてきた。

 

「ぐっ…………言っておくけどな――怖くないぞ!?」

 

「……………………」

 

レットの言葉に対して黒いフードのPKは黙したままであった。

 

「そんな無言の圧力も全ッ然怖くないね! オレのフレンドや知り合いの方が、色んな意味でお前なんかより100倍怖いんだぞ! たかだか普通の悪そうなプレイヤーに殺されるなんて、今更なんだって言うんだよ馬ッ鹿野郎!」

 

初心者の割に“理不尽な戦闘不能”というシチュエーションに晒されすぎた故なのか、ここに来てレットの反骨心が爆発した。

 

「というかむしろ――黙って殺されてたまるかアアアアア!」

 

窮鼠、猫を噛む。

レットは先に剣を抜いて黒フードに斬りかかろうとする。

 

(あれ? なんで――)

 

しかし、剣を抜いた段階でその刀身は“既に折れていた”。

 

「だから速ッ――――――――――んげッ!!」

 

レットの腹部に衝撃が伝わり壁面に叩きつけられる。

体が跳ねて反り返ったレットの視界に映ったのは、飛び上がったPKが握る銀の剣であった。

 

(な、なんだよこれ……なんとなく予感はしていたけど、いくらなんでもキャラクターに性能の差がありすぎるだろ!)

 

音が無くなり、視界が真っ暗になる。

自らの死を実感し、レットが悔しさで頭を抱えた。

そう――頭を抱えた。

 

(あれ? 何で“体が動く”んだ? オレまだ生きて――)

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そこまでだ」

 

 レットを覆っていた影。

命を奪おうと放たれた銀の剣は、レットの頭部に振り下ろされる前に虚空に受け流されていた。

受け流した盾には豪勢な装飾が施されている。

鞘から抜かれた剣は長大で美麗。

 

彼を庇うように立つその緑金の鎧の男の名はアインザーム。

以前レットが下水道の隙間から見上げていた『聖十字騎士団団長』――その人であった。




【キャラクターの見た目や名前の変更】
ヘアースタイルや刺青などはゲーム内で変更できるが、細かい顔パーツの変更は原則として不可能。
ただし作り直し自体は期間限定、且つ回数制限有りで可能。名前に関しても同じ。
その代わり、現実世界のお金をつぎ込む必要がある。
見た目や名前の変更が容易でない理由は、名前や声、顔を簡単に変更できるようになってしまうと悪事をやりたい放題できるようになってしまうためである。
余りにも公に問題行為を起こしてキャラクターの外見を弄り倒して“逃走”したプレイヤーがいた場合。他のプレイヤー達によって大規模な捜索網が敷かれることがある。
口調で変更前の身元が疑われ、自白によって正体がバレたという逸話があったりする。
そして何より、自分の罪は消えない。


「見つけたぞテメェ!」

「いや! 俺達違いますって! 雰囲気が似てるだけですって! 人違いですって!!」


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第二十一話 “理想の体現者”

「さてと。無駄だと理解した上でだ……――我が名は聖十字騎士団長、アインザーム。我が前に立つ者として正々堂々、名乗りを上げたまえ」

 

アインザームが言い終わると同時にPKは跳躍、海老反りに後転する。

着地すると同時に再び跳躍し、空中で体を曲芸のようにうねらせて銀の剣をアインザームの頭上に叩き込む。

 

縦の一閃をその体ごとを大盾で弾き飛ばし、真横に飛ぶアインザーム。

 

黒いフードのPKが横に回るように受け身を取って、砂の上に奇妙な軌跡が出来上がる。

一連のやり取りで、お互いの距離が大きく離れた。

 

 

 

 

 

(……………………??)

 

レットは両者の間――壁面の真下で(うずくま)っていたが、二人の動作が速すぎたためか、レットには何が起きたのか理解が追いついていなかった。

 

「舌打ちもしなければ悪態も、冗句(じょうく)の一つもつかないとはな……それほどまでに自分の正体を探られたくないのか?」

 

アインザームは無言のPKに再び語りかける。

 

「…………」

 

徹底して守られる沈黙――アインザームは深い溜息をつこうとする。

ソレを見計らったかのように、PKはアインザームの頭部目掛けて銀の剣を投擲した。

 

(危な――――)

 

しかし、レットが思考を終える前にアインザームは溜息をきっちりついて、片手を軽く振るう。

風圧で音が鳴り、地面の砂が一斉に巻き上がる。

飛んできた銀の剣は“真っ二つに折れた”。

 

間髪入れずにPKの両腕が靡く黒いフードの中に引っ込められる。

そこから取り出された両手の指の間には針のように細い投げナイフが握られていた。左右で合計六本。

PKは振り子のように腕を交差してソレを射出する――今度はレットに向けてである。

 

(え? 今度は何――――)

 

やはり思考が追いつかない。

次の瞬間には耳が遠くなる程の轟音が響いた。

投げナイフから起きたのは“爆発”だった。

ダンジョンの壁が剥がれて砂と共にレットの頭に降り注いだ。

 

(ああ! 結局オレ死んだよおおおおおおおお! なんなんだよチクショウッ――とんでもない爆発だ! キャラクターの肉体吹っ飛んだりしたんじゃないかコレェ!?)

 

バラバラになった自分の体を想像してレットは恐る恐る目を開ける。

しかし、レットの前には護るようにアインザームが立っていた。

今度は盾すら構えていない。

緑色のHPのゲージが数ミリ程減っていたが、不思議なことに、ゲージ自体の長さは“増えていた”。

理にかなっていない現象を前にレットは唖然とする。

 

「今の攻撃で見切りを付けるとは――逃げ足だけは一流か……」

 

アインザームが呟く。

既に黒いPKは、その場から消滅していた。

 

「やれやれ、鎧が汚れてしまったよ。盾を投げて横から打ち落としても良かったのだが……」

 

アインザームは独り言ちてから、剣を鞘に納めてレットに向き直った。

 

「君、大丈夫かい? ――血だらけでは無いか。いや、これは……この血の出方は、ここの蜘蛛に襲われたのだな?」

 

レットは、自分の目の前で起きた出来事を未だに理解し切れていない。

その場に座り込んだままである。

 

「どうしたんだね? 呆けてしまって――ほら」

 

アインザームがレットの前で“光る輝花”に手を翳した。

 

「君の求める物が、此処にあるではないか?」

 

騎士の取った仕草は輝花が出す妖しげな光も相俟って、まるで一枚の絵画のようであると――レットは感じた。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

「えと――あの。改めて、ありがとうございました!」

 

無事に輝花を手に入れたレットは、アインザームに対して深々と頭を下げた。

 

「気にしないでくれ。むしろ、助けに来るのが遅すぎたくらいだ。君は一人で此処まで来たのかい?」

 

「いえ、フレンドと一緒に――20人くらいの“ツアー”で来たんですけど。他のメンバーはほとんどやられてしまって……」

 

「団長――ようやく見つけましたよ! 一人で先に行かないでくださいよ!」

 

話し込む二人の元に人間族の男が駆け付ける。

それは、初日にレットのチーム入団を拒否した白銀の騎士であった。

アインザームはPKの落とした折れた銀の剣を拾い上げながら白銀の騎士に語りかける。

 

「ラントユンカー。情報通り例の奴が居た。“屑塵”だ。そちらに逃げたが――鉢合わせはしなかったか?」

 

「いえ――――――見かけませんでした。見つけていたらクソッ……俺が倒していたのに!」

 

銀色の騎士は、悔しそうに両手の拳を打ち付ける。

 

「気を落とすな。他の団員達も連れて来てくれているのだろう? 先ず、この洞門をくまなく調べて欲しい。戦闘不能にされた犠牲者達がいる。この場にいた彼と同じように蒸気船のクエストをこなしていたのだろう。蘇生して安全な場所まで先導してあげてくれ」

 

苛立つ騎士――ラントユンカーをアインザームが諫め、指示を出す。

 

「それと例の“緘口令”を頼む。屑塵が現れたと知られたら、ここら辺一帯がヤツを狙うプレイヤー達によって火の海になる。そうなったら、初心者のプレイヤー達が困ってしまうからな」

 

「わかりました。団長はこれからどうされるおつもりで?」

 

「私は一足先に、彼を安全なところまで送るよ」

 

「は……はぁ――しかしその男は……」

 

ラントユンカーは怪訝な表情でレットを一瞥した。

 

「彼がどうかしたのか? 心配は無用だ。ここのダンジョンの入り口まで送るだけだ」

 

「……団長がそこまで仰られるのなら……」

 

「うむ。――というわけでだ」

 

アインザームはレットに向き直る。

 

「君の友人と仲間達の捜索は団員――私のチームのメンバーに任せてくれ。リニューアルしてから、ダンジョンの作りが大きく変わって危険になったというのに、開発者達は「実際に自らの手で変更点を探してみてください」と言うだけでね。全く以て……呆れてしまうばかりだよ」

 

「えっと、つまり。誰も何もわからないくらい危険だってことですか?」

 

「そうだ。このゲームを検証する人々は上級者向けのダンジョンの調査にご執心でね。初心者向けのダンジョンは未だ情報が出回っていない。だから今、初心者が独断で動くのは危険だ。君の身に何か起きても私は責任を持てない」

 

それまで自力でアリス達を探そうと考えていたレットであったが、アインザームの指摘を受けてトラップに引っかかったという事実――“自分が既にやらかしている身”であることを思い出す。

 

(ここはこの人の言うことに従っておこう。――――――また穴に落ちて足手まといになったら、目も当てられないし……)

 

「…………分かりました。じゃあすみません――お世話になります。オレのフレンドのこと。本当に、本当によろしくお願いします」

 

レットは二人の騎士に頭を下げる。

 

「ああ、任せてくれ。心配は要らないさ。ラントユンカー、君はこのダンジョンに詳しいのだろう?」

 

「詳しいと言えばまあ――詳しいですよ。このダンジョンはなんという――“居心地が良い”ですからね……」

 

「面白い感性だな。なら――後の指揮は任せたぞ。それでは行こうか」

 

歩き出すアインザームに追従するレット。

部屋を出る瞬間に背後を振り返って――

 

(――ッ!?)

 

 

 

 

 

――その背中に悪寒が走った。

銀色の騎士、ラントユンカーは無表情で、じっ……レットのことを見つめていた。

 

その視線には喜怒哀楽、何の感情も籠められていないようで、レットは不気味に感じた。

 

(何だよあの眼……怖ええ……この前も逃げられたし。やっぱ嫌われてるのかなオレェ……)

 

部屋を出た後も、アインザームはレットに語りかける。

 

「……今更ながら、自己紹介がまだだったね。私の名はアインザーム。このエールゲルムの地で“正義の体現者”を目指している者だ」

 

「あ、はい! 短い間ですが、よろしくお願いします!」

 

その返事を受けて突然。アインザームは立ち止まってレットに振り返った。

 

「………………」

 

(あれ? オレなんか変なこと言ったかな……やっぱり名前か!? それとも、自己紹介は派手にやった方がよかったか!?)

 

レットにはアインザームが“驚いている”ように見えた。

 

「あ、その。――すまない。珍しいと思ってね……。この私の自己紹介を聞くと私を知らない者には笑われて、知っている者には愛想笑いをされるのが常……なのだが……」

 

「へ? 何で笑う必要があるんです? “正義の体現者”! 格好いいじゃないですか。というか、実際に正義のヒーローですよ! だってオレのこと、助けてくれたじゃないですか?」

 

レットのその言葉を受けてアインザームは真顔で立ち尽くしたままだったが、再び前を向いて――

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだね。そういえば確かに……そうだった」

 

――と一言呟く。

 

「ああ、えっと……それで、オレのことは――」

 

「君の名は……。…………“ダーク・レッド”君でいいのかな?」

 

予想だにしない名前の呼ばれ方をして、レットは驚いた。

 

「実は、私も旧シリーズから、新作まで毎週欠かさずアニメを見ている。劇場版も見に行ったし、原作の小説も全部買っている。君と同じで、主人公が一番好きなキャラクターなんだよ」

 

「えっ……マジっすか!?」

 

「ああ、“マジ”だよ」

 

振り返ってニヤリと笑うアインザーム。

思わぬ共通点に、レットの肩の力が抜けた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

それから、二人の道中は二人の大好きな『物語の話』で大きく盛り上がった。

 

話の途中にはトカゲに亀、さらには巨大な蜘蛛が何度もレットに対して襲いかかって来たが――それらはアインザームが長大な片手剣を“軽く振る”とあっという間に動かなくなった。

 

(20人で殴ってた時よりも敵が消滅する速度が早いってのが凄いよな……)

 

その圧倒的な強さに、レットは感嘆を通り越して半ば呆れていた程であった。

 

「アインザームさんは、滅茶苦茶お強いんすね」

 

「それ程でも無いさ。普段の癖で蜘蛛にだけは剣を振ってしまう辺り、私もまだまだだ」

 

(どういう意味だろう? こんな上級者でも、蜘蛛の見た目が気持ち悪いのかな?)

 

「君も冒険を続けていれば直ぐに強くなれる。強さを求めていないのなら話は別だがね。それも決して悪いことではない」

 

「ええ? そんなプレイヤーがいるんですか?」

 

「キャラクターのレベルを上げないまま国や街から外に出ないというプレイヤーもいる。合成のスキルでお金を稼ぐことそのものに執着していたり、“人と話をしているだけで満足”だったりと理由は――様々だがね」

 

「オレは……やっぱり強くなりたいなあ。あのPKもトンデモない強さだったのに全く動じないんだもん。いやあ。凄いな~憧れちゃうな~ホント!」

 

「いやいや、大したことでは無いよ。あんなものは紛い物の強さだ。真の強者は武器に細工を施すような外道に遅れを取ったりはしないものさ」

 

(武器に細工っていうのはええっと……)

 

レットは、先程自分を襲ったPKが使っていた武器を思い浮かべる。

 

「武器に細工って、アイツの持っていた“投げナイフ”のことです?」

 

「ああ、“改造武器”というやつだな。高い鍛冶のスキルとゴールドを要するが、武器に様々なアイテムを仕込むすることができるのさ。武器や道具を融合させて、複数の機能を使えるようにしてある訳だ。あのPKはおそらく、投げナイフに火薬を塗布してあったのだろう。手癖の悪い連中が考えそうなことだ」

 

(あのナイフ。どっかで見たことあったような……どこだったっけ?)

 

「私がさっさとあの男を既に倒していれば、君――レッド君がこんな恐ろしい思いをすることもなかったかもしれないのに――申し訳ないことをしたね」

 

「いやあ、そんなこと。気にしないでくださいよ。……というか、PKって倒したら反省したりするものなんですかね?」

 

「プレイヤーを倒せば倒すほどペナルティは大きくなる。その上、首級が上がってしまえば名前が割れて行動を起こしづらくなる。非公式の“指名手配”がされるような物だな」

 

(なるほど……)

 

「君を襲ったヤツは巷では“屑塵”と呼ばれているらしい。その罪に相応しい。罰せられるべき悪しき存在だ」

 

レットは先程のPKの姿を、鮮明に思い出していた。

 

「酷い名前だなぁ……。いかにもって格好してましたけど……でも、PKに通り名があるなんて。なんかちょっとワクワクしちゃうかも!」

 

レットの言葉に、アインザームは頷いてから軽く笑った。

 

「PKの通り名というものは、物語ならばワクワクする要素だからね。黒いフードを被っていて顔はわからなかったが……噂では、怪しい“お面”をつけているらしい。君、何か心当たりは無いかな?」

 

聞かれて、再び記憶を辿るレット。

当のアインザームは巨大な剣を振るうのが面倒になったのか、片手で巨大なトカゲを掴んで軽く放り投げている。

 

(お面……お面……フォルゲンスでも沢山見かけたし、クリアさんも持っていたし。――あ)

 

その時、レットの脳裏に真っ先に浮かんだのが『下水道のゲスい男』であった。

 

(いやあ。あれはどう見ても違うよなあ……)

 

「――仮面とかお面とかはこのゲームを始めてから、色んな場所で沢山見すぎて、何が何だかって感じなんですけどォ……」

 

「まあ、そうだろうな。フルフェイスの頭装備と同じように、お面は一般的な装備として普及しているからな。やはり、倒してみないことにはその正体は分かるまい。――いつか必ず、奴の首級を表沙汰にしてやるさ。それまで、初心者の君には迷惑をかけてしまうかもしれないが――許してくれ」

 

「いやあ。許すも何も無いと思うんですけど……」

 

(困っている人間は自分が助けて当たり前っていう発想がもうなんかこう……絵に書いたような聖騎士って感じだなあ……)

 

「そして、君には頼みがある――“屑塵”の名前を極力外に漏らさないでもらいたいんだ」

 

「べつにそれは構わないんですけど……一体どうして? 一般人が怖がってダンジョンに入らなくなってしまうからとかですかね?」

 

「逆だ。多くのPKプレイヤーがヤツの首目当てで、集まって来る。今、オーメルドの前哨基地が戦争状態で出入りできない理由がまさにソレなのだ。屑塵が現れて、パーティに対して“モンスターを使ってプレイヤーを殺害する”MPK(モンスタープレイヤーキル)をしたという噂が立っている」

 

(うへぇ……屑塵っていうのは、クリアさんみたいなことやってるんだな。しかもそれが原因で戦争が起きるとか、どこの世紀末だよ……)

 

「とにかく、何か困ったことがあったら我々『聖十字騎士団』を頼ってくれ。エールゲルムの地で慎ましく活動させてもらっているチームだ。私はそこのリーダーをやらせてもらっている。いや――待てよ?」

 

再び立ち止まって考え込みながら飛びかかってくる大蜥蜴を手刀で真っ二つに両断するアインザーム。

際限の無い強さに思わず怯むレット。

 

(『慎ましく活動させてもらっている』だって? またまたご謙遜を……たしか、フォルゲンスの最大手チームだったよな?)

 

その余裕っぷりに冷や汗をかきながら、心の中でツッコミを入れる。

アインザームは振り返って、レットに提案をした。

 

 

 

 

 

「レット君。君は、聖十字騎士団に入団する気は無いかい? 公募は締め切ってしまったのだが、希望があれば私が直々に推薦させてもらうよ」

 

「うえっ!?」

 

最大手の名高い聖騎士団。

しかも、こちらから希望を出したというわけでは無く、団長から直々に勧誘を受けたのである。

レットが仰天するのも当然のことであった。

 

「いいいいいいいや、凄く嬉しいんですけど。一体どうしてわざわざオレなんかを……」

 

「気恥ずかしいが――痛く君を気に入ってしまったんでね」

 

(オレ、なんか気に入られるようなことしたか!? 悲鳴を上げてただけだった気がするんだけど……)

 

レットは、普段全く受けない賞賛に歓喜すると同時に困惑していた。

 

「PKに襲われたら、初心者は追い詰められてもどうにかして逃げ出そうとするものだ。しかし私があの場に駆け付けた時、君は遙か格上の相手に武器を抜いて立ち向かおうとした。君には我等が騎士団員たる素質がある――と。そう思った」

 

「あれはただ、オレがぶっ壊れちゃってただけだと思うんですけど……速攻で負けたし」

 

「いや。騎士に大切な物は勇気だ。同時に一番失ってはいけない物も勇気だと――私は思う。失うことを恐れてしまうと人は前に進めなくなる物だからな。なによりも――」

 

アインザームは、優しく穏やかな表情を浮かべていた。

レットは不思議と男の表情に、遠い記憶を思い出しているかのような――淡い郷愁を感じた。

 

「――君のようなプレイヤーを見ていると、他人事のように思えなくてね。昔を思い出すんだ。“英雄に憧れてゲームを始めた頃”のことを」

 

アインザームはしみじみとそう語って、レットに顔を近づける。

 

「それに、パラディンとソードマスターは“戦闘の相性も良い”。君のような真っ直ぐな心根のプレイヤーが力をつけて、私の隣に立ってくれればとても助かる。――どうだい? 私と一緒にエールゲルムの平和を守らないか?」

 

(うう……是が非でも無いお誘いだけど…………いざこういうことを言われると、今のオレの身の丈に全然合ってない気がしてくるなあ……)

 

「その…………お誘いしてもらって申し訳ないんですけど。できません。自分は既に他のチームに誘われてしまっているし、その――まだそんなに勇気が無い――と思うんで…………割とマジで」

 

レットの即答にアインザームは肩を落とす。

 

「なるほど。既に誘われている……か。残念だが、君を誘ったプレイヤーは中々目利きのようだな。君にはなんというべきか――“何か”がある。気が変わったら、よろしく頼むよ」

 

(そんなまたいい加減な……もしかして、本気で言ってるのかな?)

 

冷やかされているのではないかと、疑心暗鬼に陥るレットであった。



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第二十二話 遠い 誓い

 しばらくして、二人は洞門から外に出た。

時間帯は夕暮れ時。

ククルトの洞門にレットが足を踏み入れて数時間しか経っていなかったが、彼にとってはそれがまるで何日もの出来事のように感じられた。

 

「あれ? 何だろう。前とオーメルドの雰囲気が違っているような……。静かになった――気がする……」

 

「ああ。“無益な戦争”がようやく終わったんだろう。ポルスカとオーメルドの通行も、今なら問題なく行えるはずだ」

 

なるほど――と、納得するレットを尻目にアインザームがアイテムのインベントリから何かを取り出す。

それは先程アインザームが拾っていた“折れた銀の剣”であった。

 

「さて、ここでレッド君とはお別れだが……最後に君に対して餞別を送ろう。といっても――これは(PK)が捨てた剣だがね。破棄された為に、折れただけでは無く質も落ちてしまってはいるが――。少し待っていてくれるかな?」

 

アインザームが折れた剣を地面に置いて両手を翳す。

剣が強く赤く発光し、鉄を打ち付けるような音が鳴った。

 

「うおっ!」

 

レットは驚きの声を上げる。

しばらくすると赤い光が消えて、アインザームはゆっくりと立ち上がる。

 

「合成のスキルで修復させてもらったよ。これで折れる前と同じように――いや、折れる前以上の質で運用する事が出来るだろう。銀には“退魔”の効果がある。お守りのようなものだ。是非受け取ってくれ」

 

アインザームが片手で差し出す銀の剣を恐る恐るレットが両手で受け取り注視する。

その剣に装飾は一切されていない。

素朴な作りではあるが、傷一つ着いていない鏡のような刀身にレットは確かな上品さを感じた。

 

「あ……ありがとうございます!!」

 

「ああ。君のこれからの旅に――祝福がありますように」

 

アインザームはそう言ってからレットに背を向け、再び洞門の中に消えていった。

レットは地面に座り込み、剣を見つめる。

ソレは沈みゆく夕日を受けて再び赤く輝き、レットの顔を照らす。

 

「すっ……げ~なぁ……!」

 

(オレもあんな風に格好良くなりたいな。どうしようかなあ……ソードマスターの二刀流を諦めて――パラディンに転職しちゃおうかな……………………がああああ。迷う! 迷うッ!! そもそも転職って、どうやってやるんだろ?)

 

剣を見つめたまま、レットはアインザームの圧倒的な戦いっぷりを頭の中で何度も反芻(はんすう)する。

そこで、不意に持っていた剣の刀身に人影が映った。

こちらに何者かが近づいてくるのが分かり――

 

(またPKか!)

 

――反射的にレットは背後を振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レットに力強く抱きついてきたのはアリスであった。

 

「レット君。よかった――無事だったのね!」

 

「――――わったたたたたムググググ!!」

 

(あわわわうぇあ! 柔ら柔ら柔らッ!!)

 

その柔らかい感触と不思議と、香ってくる“いいにおい”に、レットはただただ困惑し手足をバタつかせた。

 

「あ――そうだったわ。レット君!」

 

拘束を解いて、アリスはレットの両肩に手を添える。

 

「――“光る輝花”は取れた?」

 

「あ――ああ。うん、ちゃんと持っているよ。ホラ、ここに」

 

レットが赤面しつつ、インベントリーから輝花を取り出す。

その白い花から淡い光が消えることは無かった。

手を離しても、レットの手に磁石のように戻ってしまう。

 

(このアイテムは他の人に渡したり捨てることができないってことか……)

 

「そう――持っていなかったら、これから二人で改めて取りに行こうと思っていたのだけれど……無事に取得できていてホッとしたわ」

 

「他の人達はどうなったんだろう? 多分、助けて貰えたと思うんだけど。アリスは会ったかな? 聖十字騎士団の――」

 

「――多分、全員蘇生されたんだと思う。いつの間にかパーティも解散されてしまっているし、早くここから離れましょ?」

 

アリスは割り込むようにそう言って、レットの手を握って立ち上がろうとする。

レットはその突然の行動に反応できず、手を離してしまい尻餅をついた。

 

「アリス。そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

 

「ご――ごめんなさいね。ここから離れたくて――えっと………………またPKに襲われたら嫌だなって思ったの」

 

「でも、聞いた話じゃ前哨基地の“戦争”は終わったみたいだよ。PKも全員いなくなったんじゃ無いかな?」

 

「そういえば――確かに、あの戦いの音がもう聞こえないわね」

 

(まあ、それでもこんな場所で浮かれて呑気に剣なんて見つめている場合じゃ無かったか……)

 

「あ――少しだけ待って頂戴」

 

アリスが目を瞑り側頭部に手を当てて動かなくなった。

どうやら、誰かと“囁きでの会話”を始めたようである。

 

(オレ以外にもフレンドがいるんだなあ……当たり前か……ハァ……チクショウ~~)

 

「――――――レット君。急かしておいてごめんね。今、チームの人に呼ばれてしまって……私、ポルスカに戻らないと行けないみたい。明日の夕方にはアロウルに戻ってこれると思うわ」

 

「そっか……わかったよ。オレも今日はもうログアウトしようと思ってた所だし。丁度良かった」

 

「アロウルに戻る時は気をつけてねレット君。とにかく、来たときと同じように海沿いを歩くこと。明日アナタがログインするのが何時かはわからないけれど、ゲームの夜間帯は危険なモンスターが出現するから、周囲を注意深く観察しながら帰るのよ?」

 

「だぁあ……もう、わかってるよ。だから心配いらないって。そのくらいのことは一人でできるってば~」

 

「そうね。それで、明日のことなんだけど――」

 

「うん。明日にはいよいよ、蒸気船に乗るんだよね。楽しみだなぁ。どこの大陸に繋がっているんだっけ? ハイゴウルの温泉――じゃなくて! フォルゲンスにはいつ頃戻ってこれるんだろう?」

 

「――レット君」

 

俯くアリスの言葉と共に、日が沈み始める。

 

「えっとアリス……どうかしたの?」

 

「…………………………」

 

レットの質問にアリスは答えない。

 

(何だ!? もしかして“告白イベント的”なアレなんじゃないかコレは!?  この前だってフレンドに誘われたんだし。ひょっとしてひょっとするんじゃないか?)

 

山の影と沈黙が彼女だけを包み込んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………ううん――やっぱり、何でも無いわ。それじゃあ私。もう行くわね」

 

「あ……うん。それじゃあ、また明日!」

 

(――まぁ。そんなに上手く行くわけが無いか。“好感度不足”ってやつかなぁ……なんてね。エヘヘ……)

 

アリスはレットに背を向け歩き出す。

何故か、レットにはその背中がいつもよりも小さく見えた。

 

(思い返してみると、アリスには色々助けてもらってばっかりだなオレ……。信用してもらってないみたいだし……こんな事……今言うべきじゃ無いかもしれないけど…………)

 

「ねえ! アリス!」

 

レットの声にアリスが振り返る。

 

「オレっ……さァ……その……オレ、もっと今より強くなるよ。えっと、強くなって今度は――アリスを助けられるように頑張る……からさ!」

 

話している途中恥ずかしくなってしまったからか――レットは勢いで誤魔化しつつなんとか最後まで言葉を紡ぐ。

 

「…………」

 

アリスはレットの突然の言葉に一瞬だけたじろいだようであったが、すぐに表情を和らげた。

 

「……無理しなくても良いのよ。でも……そうね。私がどうしようもなくなった時にだけ――お願いしようかしら?」

 

「えっと――うん! せめてもうちょっと頼りにされるように頑張るよ! それじゃあ、また明日――アロウルで!」

 

 

 

アリスは柔らかな微笑みを浮かべて――

 

「――ええ。レット君との船旅。私、とっても楽しみにしているわ」

 

その言葉を最後に――南に向かって歩いて行った。

レットはその場でログアウト処理を行う。

処理が終わる数十秒の間、レットは薄暗い空を見上げて、明日の船旅に思いを馳せた。

 

(船酔いとかはしないかな? 向こうの大陸のモンスターの情報とか集めておこう。それと――パラディンに転職する方法も、クリアさんに聞いておかなきゃな!)

 

やるべき事が一気に増えて、これからの冒険に対する期待が膨らむレット。

恐らくゲームを始めた初心者プレイヤーにとって、最も楽しい時期。

 

 

かくして、レットは“理想の中の理想”に出会った。

その男の名はアインザーム。

 

『強くなってアリスを助ける』

 

感化された彼は、助けてもらってばかりの少女に対して小さな誓いを打ち立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、後にこの日の出来事を思い返して少年は気づく。

この仮想世界の中で、この誓いを守るチャンスは――――――――“永遠に訪れなかった”のだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 夕暮れのオーメルドを馬が走る。

乗っているのはエルフの女。

彼女は兵陵の南西の、小さな砂浜で馬を止めた。

 

「お疲れ様。長旅だったね。丁度、料理ができたところだよ。どうだった? 何か――いいお仕事は見つかったかい?」

 

女の旦那だろうか――砂浜でキャンプをしていたエルフの男が彼女を暖かく迎え入れた。

 

「うふふ。見てよ、これ。振り込まれていた後金を受け取ってきたわ。送ってもらった武器の余りは、そのまま処分していいって話よ」

 

エルフの女はゴールドの袋を取り出して、木で出来た持ち運びのできるテーブルの上にどかりと乗せる。

その上に敷かれていた地図が破れそうになり、調度品の一種だろうか? 半透明の小瓶が揺れて中身が零れそうになった。

 

「おっとっと! 危ないなあ。零れたら大変だよ!」

 

女はそれまで着けていた装備品を外すと、動きやすい部屋着のような布装備に着替えた。

 

「そんな心配はもう要らないってば。これだけあれば大きなサイズの家だって、“外の土地”だって買えるんだから!」

 

「ああ、それもそうだね……よかったよかった。長い間苦労した甲斐があった……」

 

感極まったのか、エルフの夫婦は熱い抱擁を交わす。

しばらくして、抱きつかれていた女は夫に苦言を呈した。

 

「いやあね。重いわよ! 倒れ込むように抱きしめてくるなんてアンタ……」

 

そこで女は、目の前の夫の様子がおかしいことに気づいた。

その両手を離すと、抱きついていた男はそのまま滑り落ちるように地面に倒れ込む。

ゲホッ――と男から肺に残った空気が零れて動かなくなった。

そこでやっと、その背中から夥しい量の血が流れている事に女は気づいた。

女が視線を上げると、フードを被った人物がそこに立っている。

 

「何で――どうして!?」

 

女は酷く狼狽して、その場に力なく座り込んだ。

 

「――――――――ああ、もういいよ。何も喋らなくて。どうせ“何を聞いても何もわからないままで終わる”わけだしな」

 

フードの人物が実に退屈そうに呟いた。

 

「待って――待って――助けて……お願いよ……」

 

「さぁて……これから君は、血塗れになってそこにぶっ倒れるわけだが。なぁ~~~~~にを取らせても・ら・おう・かなッ? ゴールドの袋を出しっぱなしだしだけど。それでどうでしょうかネェーーーッ!?」

 

抑揚の付いた声で嘲るように女に語りかけるフードの“男”。

 

「お願い――これだけはやめて――やめてください――大切なお金なんです! 私と夫が長い時間かけて働いて……ようやく手にしたお金なんです!」

 

命乞いをしようと手を合わせる女。

 

「それは良かった――――――楽しい旅を!」

 

これから頭を下げようとした彼女に男は容赦なく曲剣を振り下ろす。

その動作は、まるでスイカ割りのようだった。

立派な防具を着けていなかったからか――たった一度の攻撃で、オーメルドの小さな砂浜に深く黒みかかった赤い染みが広がっていく。

一仕事を終えた男は、周囲を見渡し誰も居ないことを確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男――クリアは、フードを脱いで楽しそうに口笛を吹きながら善き夫婦の死体を漁り始めた。



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第二十三話 残酷な裏切り

 ポルスカ森林南の遺跡の前には、朽ちて倒れた太い石柱がある。

そこに腰をかけていたクリアは、待ち合わせの約束をしていた相手――レットを見つけると手を振った。

 

「よう、レット! ――今日は、パラディンの転職クエストを手伝って欲しいんだって?」

 

クリアは石柱の上から飛び降りて、レットに対して陽気に話し掛けてくる。

 

「あのクエストは大して難しくないから、問題無いって。まあ、あんまり俺もよくわかっていないんだけど、多分なんとかなるなる! 」

 

クリアに対してレットは無言のままだった。

 

「――どうしたんだよ? 辛気くさい顔しちゃってさ」

 

不審そうにクリアが問いかけて、レットは俯いたままようやく口を開いた。

 

「クリアさん。オレ――オレ……………………あなたのことがよく分からなくなっちゃいました」

 

「へえ………………。――そりゃあ。わからないことだらけだろ? 俺だってお前のこと。まだ全然分かってないさ。そういうものだろ?」

 

今まで見たことの無いレットの表情に、クリアが不審がる素振りを見せる。

 

「どうして――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――どうして、“あんな非道(ひど)いこと”したんですか?」

 

 

 

 

レットの質問にクリアは腕を組んで今度は考え込む素振りを見せる。

しかし、どうやら答えは出なかったようでクリアはレットに逆に問いかけた。

 

「――スマン。あんな非道いことって言うのは一体“どれ”のことだい?」

 

クリアはレットに対して首を傾げて見せる。

要領を得ないクリアの態度が、レットの怒りに火を付けた。

 

「「クリアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」

 

レットは倒すべき敵――クリアに対して剣を抜いて斬りかかった。

我武者羅に振り回された鏡のような銀の剣の連撃が、太陽の光を乱反射しながらクリアに襲いかかってくる。

 

「ちょっと……おいおい。どうしたんだ急に!? 今日は妙に真剣じゃあ無いか?」

 

――クリアはそう喋りながら、武器を取り出すような素振りも見せずにレットの全ての攻撃をあっさりと避けた。

 

「感謝していたんですよ……アナタには、感謝していたんだ! だから返して欲しい。オレの大切な物を返して――返してくださいッ!!」

 

レットの異変に気づいたのか、クリアは無言でその場に立ち止まる。

 

 

 

 

 

 

 

その肩にレットの銀の剣が竹を割るように綺麗に刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

「返して――返してください――」

 

しかし、それ以上深く剣が刺さることは無い。

――剣を握るレットの両手から、力がどんどん抜けていってしまったからだった。

 

「ま――待てよ。レット。どういうことだ! “一体何が起きたんだよ!?” おい……説明しろって!」

 

「ぐっ……ウウッ――ウ……とぼけないで――くださいよォ……」

 

レットはついに剣から手を離し、両膝をついて涙を流し始めた。

 

「なぁ、落ち着いてくれ。大丈夫だ。大丈夫。俺が、もし何かお前に迷惑をかけたなら謝る。だから、お前の身に何が起きたのかきちんと説明してくれよ――な?」

 

「………………………………………………………………」

 

 

 

事は、そこから数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

その日、レットはアロウルの港で欠伸をしながら、海を走る蒸気船の煙を眺めていた。

 

(昨日の夜は興奮して全然眠れなかったなぁ。それにしても……遅いなぁ。待ち合わせの時間、過ぎちゃってるんだけど)

 

「〔ねぇ、アリス。流石に、もうログインしているかな?〕」

 

 

 

 

 

 

「〔――――――――あ〕」

 

定期的に(アリスの迷惑にならなそうな間隔で)アリスに囁きかけていたレットであったが、ここでようやく返事があったことに安堵する。

 

(お、ログインしてるじゃ~ん! でも、どうしてログイン状態を“非表示”にしていたんだろう?)

 

「〔オレ、もうアロウルの乗船場の前にいるんだけど、船旅に行くにあたって必要な物とかあるかな?〕」

 

「〔――――――――――――――〕」

 

「〔次の船の出港時間にはまだ間に合うと思うから…………アリス?〕」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〔――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――〕」

 

最初に声が聞こえたはずなのに、沈黙。

妙だ――と、レットは思った。

 

(何かあったのかな? まさか――返事ができないってことは取り込み中――“集中しないといけない戦闘が始まった”とか……もしかして、またPKに襲われたんじゃ!? いや、モンスターに囲まれていて身動きが取れないのかも!)

 

レットは彼女が陥っているありとあらゆる危機を想像する。

アロウルで彼女を待っている間、定期的に周囲をぶらついたレットは、少なくともアリスがこの町にいないということは把握していた。

 

(もしそうならオレが助けに行かないと……。アリスと昨日お別れした場所から考えると。多分、オーメルドからポルスカへの道を進んで行けば――そのうち会えるかも!)

 

居ても立っても居られず。レットは確証なしにオーメルドに向かって飛び出す。

モンスターに気をつけながら、アロウルからポルスカまでの道を最短距離で突っ走った。

 

(急がなきゃ! 何が起きたのかとか、今から行って間に合うかなんて関係ない! いい加減助けてもらってばかりで、申し訳ないっつーの!)

 

――しかし、走り始めた直後にレットは足を止めた。

アリスをあっさりと見つけてしまったからだった。

 

“彼女はのんびりと兵陵を歩いていた”。

 

その姿を見てレットは再び安堵する。

 

(何だよ……驚かせないでくれよォ……)

 

「もう、びっくりしたよ。アリスの返事が無くてオレ心配になっちゃってさ――――――――――――――――」

 

そう言いながら、アリスに駆け寄ったレットは言葉を失った。

アリスはのんびりと歩いていたわけではなかった。

その歩き方は体の軸がどこかおかしく――まるで、“行くあてもなく徘徊している”ようだった。

 

「ねえ……アリス――どうしたの?」

 

異変に気づいたレットは少女に近づく。

その表情は伺えない。

 

「しっかりしてよ! どうして俯いて――」

 

アリスの顔を覗き込んだレットは、そこで戦慄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームの中なのに――レットには彼女の表情はまるで死の間際の病人のように見えた。

 

その目元は真っ赤に腫れていて、眼の瞳孔は完全に開ききっていた。

感情の籠もっていないその目はまるで顔に二つの大きな穴が空いているかのようであった。

ブツブツとうわごとを呟いており、まるで唇が痙攣しているかのようだった。

 

「ねえ、アリス――アリス! どうしたんだよ! 何があったんだよ!」

 

「――な……さい」

 

「え?」

 

「――ごめんなさい。わ、私――」

 

よろよろとふらついていたアリスは、レットに対してナメクジのように力なく倒れ込む。

レットはアリスを支えるために中腰になって咄嗟に抱え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「――ご…め……ん……な…………さ…………………い」

 

その少女の表情は、見る者に、失意と絶望を伝播させる程のものであった。

レットは、今まで積み上げてきた暖かい“何か”が粉々に砕け散るような戦慄と、それがもう二度と戻らないような焦燥を感じた。

 

少年はこのままではいけないと思った。

 

“何か良くないこと”が起きている。

 

そして、このままでは“ここからさらに、良くないこと”が起こる――そんな嫌な直感があった。

 

「し……しっかりしてよ! オレェ、アリスに謝られるようなことなんて、何もされてないって!」

 

放心しているアリスに、レットは必死になって語りかける。

しかし、その少年の言葉は通じていないようだった。

 

アリスはしばらく呆けていたが、思い出したかのようにレットに何かを差し出す。

だらりと力が抜けて、その腕ごとレットの肩に“ソレ”が置かれる。

彼女が握っているソレは――【蒸気船の乗船許可証】だった。

 

「私、“また”アナタに迷惑を――アナタのことを考えもしないで、巻き込もうとして――また……取り返しの付かないことを……」

 

「一体どういうことさ……どういうことだよ! ちゃんと説明してくれよ!?」

 

「もう――――必要ないんだ。“必要なくなっちゃった”。この世界に私の居場所――なくなっちゃったみたいだから……」

 

そこで、レットはアリスを支えきれなくなった。

糸の切れた人形のようにアリスが膝を付き、首の力が抜けて前のめりになる。

レットは倒れ込む彼女を再び抱き抱えようとしたが、力及ばず地面に膝を付いてしまった。

 

「落ち着いてよ。ゆっくりでいいからさ――、一旦……一旦さ。アロウルに戻ろう?」

 

アリスはそこで初めてレットを顔を見据える。

 

「ごめんなさいね――――“アナタ”の側にいようって、決意したのに。“今度”は――――――――――――私の方が先に…………折れちゃって………………」

 

その視線は確かにレットを見据えていたが、何故かレットには“自分を見られていない”ように感じた。

 

「――アリス?」

 

そこで、何の前触れも無く。

レットの体はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。

 

(一体……何――)

 

バランスを崩したのは当たり前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抱えていたアリスの体が仮想世界から消滅(ログアウト)したのである。

ただのそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それで――終わりだった。

 

 

 

「――――――――なんだよ。コレ」

 

突然の事態に、レットは蹲ったまま呆然とする。

怒ることも、悲しむこともできなかった。

 

(わけがわかんねえよ……何が起きたんだよ……どうすれば良いんだ? オレ……どうすれば……)

 

ただ其処にあるのは、圧倒的な喪失感。

立ち上がろとしても力が入らない。

孤独となって、目の前の状況にただただ困惑するばかり。

 

(落ち着け、まずは落ち着いて……。ああクソッ! 何で体に力が入らないんだよ! しっかりしろって!)

 

 

 

 

 

 

――どさり、という音。

それは、(うずくま)っていたレットの体が“地面に寝そべった音”だった。

 

(――何でオレが倒れているんだよ! こんなところで、寝てる場合じゃ……ないってのに――)

 

――――『一体どうして』。

その台詞が“口から出なかった”。

 

そこでようやく、レットは自分が戦闘不能になったのだということに気づく。

レットを斃した“人物”が、しゃがみ込んでレットの顔を覗き込んできた。

 

“今度は”フードなど被っていなかった。

 

(この仮面――――――)

 

眼前に映る物々しい仮面はレットにとって見覚えのある物だった。

自分を戦闘不能に追い込んだ“ソレ”は動き回ってレットの体の上を行ったり来たりする。

 

(コイツ! オレのアイテムのインベントリーを弄っているのか!? ――やめろ! 何をするんだ!)

 

抵抗しようとしても、体は動かない。

 

(やめろ! やめろっての!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やめろってば!!」

 

気がついたときには、彼は戦闘不能時に設定していたアロウルに戻っていた。

レットは自分の体を見回してから、弄られたアイテムインベントリーの中を慌てて確認する。

装備品、アイテム、素材。

そこには“レットの所持品”は全てあった。

 

「う、嘘だ……嘘だろ? そんな――そんなことが……そんなことが……」

 

奪われた物があるとすれば、それは“レット以外の人物”の所持品である。

 

(スカーフが……アリスから借してもらっていたスカーフが……返す約束をしていたスカーフだけが……なんで――どうしてそんな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ウオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」

 

レットの慟哭がアロウルの村の中に、虚しく響き渡る。

彼は手に入れたばかりの――できれば手に入れたくなかった辛い思い出の最後の残滓を――あっさりと、いきなり、いとも簡単に、理由すら分からぬまま乱暴に奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

クリアは黙ってレットの話を聞いていた。

いつの間にか、串焼きのような物を取り出し齧りついている。

串にはジャーキーのような水分の無い肉と、萎びた野菜が刺さっており、如何にも不味そうだった。

 

「…………それで、お前は俺が“彼女を追い詰めて、スカーフを奪った犯人”なんじゃないかと思った」

 

「――そうです」

 

「そして、何故俺がそんな暴挙に走ったのか――何より、彼女の身に、何が起きたのかを知りたがっている」

 

「――そうです」

 

「そして、最後に、これは全てお前が自分で推理した」

 

「――――――そうです」

 

 

 

 

 

 

「……最後のは嘘だろう」

 

“串焼きモドキ”を食べ終わったクリアはそう言って、ペッと地面に野菜の種を吹き出した。

 

「嘘じゃないですよ! オレは自分の考えでクリアさんを疑っているんです! だからアナタに攻撃を――」

 

「お前は“疑っていただけ”だ。ここにお前を誘導して、俺にけしかけた奴が別にいるのはわかってるさ。――おい、出てこいよ!」

 

動揺しているレットを尻目に、自分のいる位置とは反対側の石柱に話し掛けた。

 

 

 

 

 

「クソ。後から来てもバレるのか……。お前、一体どれだけめざといんだよ……」

 

石柱の影からは、二つの人影が出てきた。

一人はフェアリー――もう一人はキャットである。

 

キャットの少女は実に気まずそうな表情。

反して、フェアリーの方は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「さぁて、いい加減。正体を現しやがれ――クリア。いや、“屑塵”!」



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第二十四話 蛇の囁き

 煙突から燻っている煙を見ると、頭が痛くなってくる。

オレはオーメルドで苛ついていた。

何故なら、フォルゲンス情報誌社から突然の解雇を告げられたからだ。

局長は何をやらかしたんだと驚いていたが、俺達にも何があったのかさっぱり分からない。

 

とはいえ解雇は解雇。

あくまでRP(ロールプレイ)とはいえ、仮想世界の中では労働者の権利なんてあってないような物だ。

まあ――現実世界でもあってないようなモノなんだが。

 

「んでぇ~。グレるのはいいんだけどぉ~。これからどうするわけぇ~?」

 

ミズテンが歩き疲れたのか(ダメージを受けても居ないのに疲労することなんて無いのだが)どでかい天然の結晶石に身を預けて座り込む。

 

「基本方針は変わらねえよ。“屑塵”を追いかけるのは続行だ。アイツを調べ始めた途端にこのザマだ。何かあるに違いねえ。野に放たれたジャーナリストが、どれだけ迷惑で危なっかしい存在なのかを世間に知らしめてやらぁ!」

 

「……意気込みはいいんだけどぉ……あの戦乱のど真ん中に入るのはどうやったって無理よねぇ~。近づくのだって不可能だったじゃなぁい?」

 

オーメルドで起きた大戦乱。

その発端はやはり“屑塵”の発見情報からだ。

いつも通り噂が広まって、あれよあれよという間に混沌の大戦争が起きた。

 

全く同じタイミングで、クリアの奴がMPK(モンスターを使ったPK)をやらかしていたことも判明した。

オーメルドのレベル上げパーティで被害を受けたプレイヤー(名前非表示のフェアリーで、おそらく装備から察するにブラッドナイトだ)がフォルゲンスで大声で喚き散らしていたから間違いないだろう。

 

何故、“屑塵”の姿でソレをやらなかったのかは疑問だが、“屑塵のあるところにクリアあり”だ。

いくら何でもタイミングが出来過ぎている。

 

「ヤツが戦乱に斃れる瞬間を拝めると思ったんだが、たしかにアテが外れちまったな。あそこまで酷い闘いだと敵も味方もあったもんじゃねえよ。つーか、何が『外に出た方が良い情報取れる気がするわぁ』だよ!」

 

屑塵の噂を聞いて、ここでプレイヤー同士の紛争が起きる所までは読めたんだが……。

オーメルドに真っ先に向かってから前哨基地で張り込もうとしていたらミズテンがこう言い出すので、その勘を信じてそっから先に出張ったのが本当に良くなかった。

 

 

 

 

起きた戦乱が余りにも激しく中心部に戻れなくなりました。おしまい。

 

 

 

 

――こんなことなら身動きが取れない前提で前哨基地に居るべきだったと俺は後悔していた。

 

「仕方ないじゃない。その時はそれが正しいと思ったのよぉ~……」

 

「じゃあもう一回。お前だけあのプレイヤー同士の紛争に近づいてみるか?」

 

「うぇぇぇん。わかったわよぉ~。謝るわ……だからそれだけは勘弁してぇ~……」

 

ミズテンが小刻みに震えている。

俺だって、アレに外側から近づくのは二度と御免だ。

最初に近づいたときはいきなり馬を攻撃されて、二人ともPKに殺されそうになった。

だけど、殺そうとしたヤツが次の瞬間に別のヤツに殺されていた。

そこからさらに別のPKの一団に追いかけ回されて、散々な目に遭って逃げ延びてきたわけだ。

 

あそこはもう、完全な無法地帯だ。

 

「ミズテン、お前は反省しとけ。……とりあえずアロウルで潜入の準備をするぞ。ついでに情報を手に入れる。今俺達にはそれくらいしかやれることしかねえ」

 

「まあ。できることからやるしかないわよねぇ~…………」

 

 

 

 

 

 だが、そこからあっさり数日が経過してしまう。

結論から言うと、有益な情報なんて何一つ手に入らなかった。

アロウルに居る連中のほとんどは所詮初心者だ。

何も知らない人間に取材した所で話を“盛ってくる”ので記者の身としては一周回って迷惑千万なだけだった。

 

外部掲示板で情報を集めようともしたが“殺し合いの恨みに対する無差別の晒し行為”が酷すぎて掲示板としての機能を成していない。

仕方ないので、準備を整えて虎視眈々と再突入の機会を狙っていたのだが……こちらも大失敗。

 

そのままいきなり戦乱が終わってしまったのだ。

 

 

んで、絶望して、怒りが限界に達する寸前にアロウルで“ソイツ”を偶然見つけることとなる。

 

つくづく、煙突から燻っている煙を見ると頭が痛くなってくる。

なんとかと煙は高いところが――ってヤツか。

その上実際に“燻っている”のだから勘弁して欲しいと思う。

 

「「ウオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」

 

「おい! 落ち着けよ。お前うるせえって……………………だあああ! うるせえんだよ! 泣き叫びたいのはこっちだっつーの!!」

 

「ちょっとぉ~。泣き叫んでいる相手に怒鳴ってどうするのよぉ~!」

 

外で“死亡”したのかレットの奴がアロウルに突然現れやがったのだ。

嗚咽が止まらなくなっており痙攣してやがる。

 

「〔面倒くせえのに出会っちまったな…………。ミズテン、とっととポルスカに戻るぞ〕」

 

「〔でもぉ、流石に放っておけないわよぉ……。何があったかくらい聞いてもいいんじゃなぁい?〕」

 

「〔知らねえって。そもそもこんな奴を――〕」

 

 

 

 

 

 

「――クリアさん……どうして…………」

 

「えぇ~? アナタぁ……今何て?」

 

ミズテンは聞き逃していたが、俺はそのレットの呟きを聞いた瞬間にピンと来た。

ひょっとするとひょっとするかもしれねえ。

 

「――――気が変わった。ミズテン、コイツを連れて行くぞ」

 

そこから俺達が移動した先は、アロウルの貸し切りの宿だった。

酒場ならまだしも、泊まるメリットの薄い寒村の宿をわざわざ利用するプレイヤーは少ない。

とはいえ、ゲームシステム上パーソナルスペースとしての機能は十全。

俺達のような記者にとって、宿屋はうってつけの仕事場だった。

 

「えっと……初めまして……オレ…………レットって言います……えっと――」

 

「――ああわかった。大丈夫だわかった。お前がデカい声を上げようと頑張っているのもよくわかったし虚勢を張りたいというのもよくわかった。わかっているのもわかったしよくわかった。だからそれで充分だよ」

 

レットはキョトンとした表情をしているが、放っておいたらコイツは間違いなく“アレ”をやる。

そう――鬼のように長い自己紹介だ。あんなもんはもう二度と聞きたくない。

 

(それにしても、“初めまして”か……)

 

レットはポルスカで俺達が“尾行”していたということを知らなかった。

きっとクリアから聞かされていなかったのだろうが、話すと面倒なので黙っておくことにした。

 

「オレの名はオロチだ。んで、こいつがミズテン。二人ともゲーム内で“記者”をやっている。まあ、落ち着いてこれでも飲めよ」

 

俺が差し出したグラスをレットは一気に飲み干した。

その段階では、まだ嗚咽が止まっていなかった。

――VR世界で横隔膜が痙攣している奴なんて初めて見たわけだが。

 

「〔連れてきたのはいいんだけどぉ……一体どうするつもりなのぉ?〕」

 

「〔どうするもこうするもねえよ。利用できる物は何でも利用する! 容疑者クリアの情報が何かつかめるかもしれねえ!〕」

 

「ぐ……うぐ…………ッガ!! アガガガガパパパパパ……」

 

突然レットの嗚咽がぴたりと止まり、その場で悶絶し始めた。HPが少しずつ減っていく。

どうやら、飲ませる物を間違えたようだった。

グラスに注いだ酒はペッパラム。原材料はアロウルレッドペッパー。

ゲームの設定上では辛いみたいだが、辛さというのはあくまで痛覚の一種なので酸味で辛さを再現しているらしい。

丁度いい、コイツを飲めばむせてこれ以上泣き叫ぶことはできないだろう。

 

「まあ、これなら確実に静かになるな…………自殺扱いだからPKにもならねえぞ」

 

「HPの全体量が少なすぎてこの子死んじゃうわよぉ! 取材するんじゃないのぉ!?」

 

「オポポポポポポ………………」

 

 しばらくして、レットは落ち着きを取り戻した。

いや――落ち着いているというか単純に元気がないだけだ。

その顔には生気が無かった。

 

「おい。お前大丈夫か? その――悪かったな」

 

「いえ…………気にしないでください。おかげでオレ、大分落ち着けましたし……。最近、ああいう目に合うのは慣れてきているんで……」

 

「そ………………そうか」

 

ミズテンが憐れみの目でレットを見つめていやがる……。

コイツ、普段からどんな目に会っているんだ?

 

「それで、記者っていうのはその……新聞を作っている人ってことでいいんですかね?」

 

「ああ、そうだよ。誰だって知っているはずだ。エールゲルム情報誌。公式で扱われているくらいだからな。新聞だけじゃねえぞ。“VRゴーグル”でゲームに出入りするときにコミュティサイトに表示されるだろ?」

 

「あ……あー。見たことあるなあ。色んなニュースのタイトルが表示されてます……よね? いや、違ったかなあ」

 

「ったく! 政治に興味が沸かねえ現代の若者かお前はよ! いや……興味を持ってもどうにもならねえから持たねえのかな? うーむ……」

 

「ハァ……なんかスミマセン」

 

レットの反応の薄さに毒気が抜けちまった。

流れている痛々しい噂と、ふざけた自己紹介をやらかす割には、意外とまともな受け答えをしやがる。

 

「ところでお前さ、何があったんだよ? 話くらいは聞くぜ?」

 

(――というか聞かせてくれ。頼む!)

 

俺の質問に対して、レットは言い淀んでいる。

話すのに躊躇するようなことなのかも知れない。

 

「〔断るようなら金を積むか、ミズテンを脱がして誘惑させるしかねえな!〕」

 

ゴチン! と俺の頭にランプが振り下ろされた。

炎が揺らめいて、頭を抱える俺の影が部屋の中を情けなく動き回った。

驚いたことに――クリティカルが入って俺は144ダメージを受けた。

 

「〔めぇえええぅ! オロチの馬鹿ぁ!〕」

 

「〔冗談だっつーの! 睨むなよ! マジになるなよ! ダメージ的に痛えよ!〕」

 

全くこのゲーム……宿の部屋はそれぞれ個別のエリアとして設定されていて、“その気になれば中で戦闘できる”っていうのが本当にロックだぜ……。

別の部屋に行くたびに、パッシブの設定なんていちいちしてられるかっつーの!

 

「だ……大丈夫ですか?」

 

レットが心配そうに見つめてくるが、直ぐに非戦闘状態に戻っていたので、俺のHPは既に全回復していた。

 

「心配するな。この程度で戦闘不能になるほど俺は弱くねえよ」

 

そこで突然、レットの奴が落ち込む。

どうやら“弱い”という言葉が効いたようだ。

 

「なあ……ひょっとするとお前――PKでも受けたんじゃないか?」

 

「…………………………………………………………」

 

「ねぇ~、話してしてくれても良いんじゃない? もしかしたら私達ぃ~、何か力になれるかもしれないわ?」

 

ミズテンが(珍しく)真剣な表情でレットに提案する。

ひょっとして――情でも移ったか?

 

「………………わかりました。オロチさんの言うとおりなんです。オレ――襲われたんです」

 

そこから先はトントン拍子だった。

レットは咳を切ったように話し始めた。

屑塵に数日の間二回ほど遭遇して、“二回目”にはアイテムを奪われたこと。

奪われたアイテムがフレンドから借りていた大切な品だったということ。

そのフレンドが突然豹変してゲームからいなくなったしまったことなど。

 

表面上の信頼関係は大事だ。

こちらもお返しに俺達が“屑塵”の話と、その正体を暴こうと取材を続けているという旨を伝えた。

もちろん誰にも言わないことを約束した上でだが――リスクはある程度、承知の上だ。

 

「――そんなわけでだ。俺達は“とあるプレイヤー”を疑っているのさ。問題行動ばかり起こしている奴で――名をClear・Allという」

 

突然爆弾を放り込んでやると、レットの奴は鉄砲で撃たれたみたいに椅子から飛び上がった。

 

「おいおい。レットとやら、お前もしかして知っているのか?」

 

俺は、あえてすっとぼけながらレットに質問する。

 

「あの……その人……オレのフレンドなんです。このゲームを始めたばかりの頃から色々教えて貰ってて……最近は連絡がつかないんですけど……でも――でもクリアさんが……そんな……」

 

「まあ、にわかには信じられねえよな。でも、お前さっき呟いていなかったか? 『クリアさん……どうして?』ってさ」

 

椅子の上に立ち上がって(俺のキャラクターは背が低い)レットに顔を近づける。

ランプの光が顔に当たり、影が付いて威圧感が出る。

レットがビビって黙り込んだ。疑心暗鬼に陥ったのか、目が泳いでいる。

 

「もう! オロチ怖いわぁ……。レットくん。ここまで聞いておいてなんだけどぉ~……どうしても話したくないのなら無理に話す必要はないのよぉ~?」

 

「あ――いえ。大丈夫です。ちゃんと話します……」

 

『余計なフォローをしやがって』と思ったが――おかげでレットは話しやすくなったようだ。

なんか、凸凹コンビの刑事が容疑者に対して尋問しているみたいだな……。

 

「……お面なんです」

 

「――は?」

 

「アイツが――屑塵が着けてたお面。クリアさんが持っていた物と同じなんです……」

 

「アイツが持っていたお面って、もしかしておどろおどろしいヤツか? 例えるなら、そうだな――未開の地の異民族がつけてそうな」

 

レットは酷く動揺した素振りで、大きく頷く。

 

畜生――大当たりだ。

 

どう隠し通したのかは知らないが、やはりクリアの奴は“持っていた”のだ。

 

――こうなると、アイツがレットの奴からスカーフを奪った理由も合点が付く。

多くのプレイヤーにとって一つの装備品だが、レットにとっては大事なアイテムだ。

そのアイテムを大事な物だと知っていたクリアはレットを裏で監視して、ここぞというタイミングでソレを奪って立ち去る。

ただ、それだけの為にここまで面倒を見ていたとするなら――どうだ?

数多のプレイヤーをどん底に突き落とした屑塵なら、そのくらい邪悪なことは平気でやるだろう。

自分で想像しておいて、ゾッとしない。

 

 

「とにかくよ。待ち合わせて、アイツに問いただしてみたらどうだ?」

 

「――でも……もしもクリアさんが犯人なら……呼んでも会いに来ないんじゃないですかね」

 

「いいや、来るね。“バレるわけが無い”って、“何食わぬ顔で”な。理由は簡単。もしもあいつが屑塵ならば、ドクズ野郎ってことになるからな」

 

そうとも、ポルスカの時だってそうだった。

疑いがかけられていることを伝えたのに、はぐらかして煙に巻く性悪野郎。アイツはそういう男だ。

 

「言っておくが、普通に“囁き”で聞くだけじゃ駄目だぜ? 心理学的に、大切な話って言うのは、直接会って聞くのが良いんだ」

 

そう伝えると、レットは考え込み始めた。

いや、考え込んでいるんじゃない。

思い詰めていやがる。

――良い傾向だ。

 

「〔ねぇオロチ。それって本当の話ぃ?〕」

 

「〔いや。ただ俺が会話を聞きたいだけだ。これはひょっとすると面白い物が見れるかも知れねえ〕」

 

今の落ち込んだ状態のコイツなら、クリアに対してとんでも無い暴走をしてくれるかもしれない。

俺達の時と同じように煙に巻かれるかも知れないが、クリアの戦い方を見るチャンスでもある。

 

「俺としては、もう確実だと思うぜ。言っておくがアイツが屑塵なら、初心者を泳がせておいてどん底につき落とすくらいのことは――平気でやるだろうよ」

 

「そんな……いくらなんでもそんな酷いことは……。そりゃ――クリアさんならやるかもって……ちょっとどこかで思っている自分もいるんです……。でもやっぱりオレ……信じられない……」

 

レットは俯いて、その表情がついに見えなくなった。

 

「――わからねえぜ? 他人が普段何考えているのかなんてわかるわけがねえ。このゲームじゃ、善人ぶって、裏で屑みたいなことを考えているヤツは沢山いる」

 

(――今の俺みたいにな)

 

「もしも、アイツが屑塵ならば――――今頃、高笑いしているだろうよ」

 

その言葉が決め手になった。

レットのヤツは突然立ち上がって、宿から飛び出していった。

 

「〔いいのぉ……? けしかけるようなことしちゃってぇ……〕」

 

「〔いいんだよ! 俺としては後一つ何か証拠が欲しい。アイツを泳がせてクリアを屑塵だと断定できるわかりやすい証拠が出てくることに期待だな! 早速追いかけるぞ!〕」

 

ミズテンはげんなりした表情でポツリと呟いた。

 

「〔もぉ~本当に、性格悪いんだからぁ……〕」



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第二十五話 チェックメイト

 尾行をしたは良かったが、やはりというか何というか……あっさりバレたので、こうして俺達は今、クリアの前に堂々と姿を現すこととなった。

 

クリアの奴が、斬りかかったレットに反撃してくれれば証拠は十分だったというのに。

クリアが最後までしらばっくれていたのが残念だ。

 

しかし後は、クリアの言い分を聞いて終わりだ。

俺達にとっては、それでもう充分。

 

「クリア。お前がアジャッタの仮面を持っているってことはもう割れているんだ。諦めて認めたらどうだ」

 

「…………もしもだ。もしも俺がその事実を認めなかったら――どうなる?」

 

今度のクリアの態度は、ポルスカの時と違って飄々とはしていない。

 

「どうにもならねえな。記事が出て、お前がこの大陸からいなくなるだけだな。お前は詰んでいるんだよ。もう逃げ場はねえ」

 

そうだ。コイツがシラを切っても関係ない。

ここまで話をまとめれば、決定的な証拠など無くても充分記事は書ける。

 

「そうか……クックックック……クックックック……クックックック……」

 

俺の揺さぶりに、ついにクリアが正体を現した。

ミズテンが震えて、レットの顔が絶望に歪む。

 

 

 

 

 

 

 

「アーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!! ワッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハーーーーーーッ!! ――――――――――――――いや、俺じゃないよ」

 

…………思わせぶりな笑い声からの容疑否認。

肩すかしをくらって、体中の力が抜けた。

 

「あのな――馬鹿かお前は! この後に及んでまだすっとぼけるのかよ!」

 

「アンタこそ早まるなって。とにかくレット、事の経緯をもう一度聞かせてくれよ」

 

クリアに促されて、レットは最初から起きた出来事を説明する。

それは、俺達がアロウルで聞いた内容と同じだった。

クリアの反応と言えば――

 

「へぇ~蒸気船のクエストをこなすなんて、やるじゃないか! これで船旅に行けるな! ただ、他の地方や大陸に行くにあたって、気をつけないといけないことがいくつかあってだな……」

 

――レットに助言を始めようとしていた。

 

「おい。そんなことは今、本当にどうでもいいだろうが。テメエ自身の悪事を聞いて一体、何がしたいんだよ」

 

「――そりゃあもちろん、弁解がしたいのさ。まず、これを見てくれ」

 

言ってクリアはズシン――と、地面にゴールドの袋を放り投げる。

袋がはち切れて、中から眩い黄金が溢れ出た。

 

「うへ……凄っげェ。いくらあるんですかコレェ……」

 

初心者らしく、派手に驚くレット。

……こっそりミズテンの奴も目を輝かせている。

 

「960万ゴールド。これは、俺が“あるPK”から奪い取った物だ」

 

マジかよ。

趣味の延長とはいえ、情報誌社の“年収”の何倍もの金額だ。

――例えゲームの中でも、こういう大金を目の前に乱暴に置かれるとまともに仕事をやる気力が減退するのでやめて欲しい。

 

「これを持っていたPKの名前はマートレル夫妻という。知らないかな?」

 

「いや。聞いたことが無いんですけど……」

 

「まあ、初心者が知らなくても仕方ねえだろうよ。マートレル“夫妻”ってのはその名の通り、リアル夫婦で行動している有名なPKプレイヤーだ。……金を積まれてPKをするっていう質の悪い連中だろ?」

 

そして、このサーバーで名前と顔が割れている中ではおそらくここら一帯では一番強いPKだ。

頼めば上級者から初心者まで、気に入らない奴を確実にぶっ殺してくれるらしい。(当然、外部掲示板には晒されている)

屑塵と比べたら流石に見劣りするが、アレが頭二つ抜けて異常すぎるだけだ。

 

俺の説明を聞いて補足することが何も無かったのか、クリアはそのまま話を続ける。

 

「そうだ。そして、レットの話を聞くに、ククルトの洞門を襲ったPKの人物の正体は――おそらくその夫妻の妻の方だ。こっちは件の“屑塵”でも何でもない」

 

「そんな――オレを襲ったのは間違いなく――」

 

「そいつはフードを被ってたんだろ? こういう感じの」

 

そう言ってクリアはフードを取り出した。

それはカメムシみたいな緑色で唐草模様もついている。

ぶっちゃけ、とてもダサい。

 

「仮面なんてつけちゃいないのに、お前はそいつが屑塵だと思い込んでいたのさ。間違いないよ。あの女が洞門から出て、アロウルの配達ポストに立ち寄ったのを俺は見た。おそらくこのゴールド――PKの報酬を郵送で受け取っていたんだろう。これを見てくれ」

 

クリアがインベントリーの装備品の枠を開いて見せる。

そこには大量の銀の剣が並んでいた。

 

「その後、オーメルドで夫との会話も盗み聞きしたんだが、“誰か”に頼まれて屑塵が使う装備と武器を渡されてPKをしてたってわけだ。レットが襲われたのと日時的にピッタリだし、間違いない」

 

「ちょっと待てよ。どうしてその装備品とゴールドをお前が持ってるんだよ。まさか倒して奪い取ったわけじゃねえだろ?」

 

「いや、だから“倒した”んだよ。まさか襲われて奪われるとは思っていなかったみたいだ。ほら、これ『首級』」

 

そう言って二つのホログラムを俺達の前に見せてくるクリア。

その片方を見てレットが驚く。

 

「そうだ……確かにこの格好です! 洞門の時は、この格好のプレイヤーに襲われたんです! 背丈も同じだ……。でもクリアさん。オロチさんの話を聞く限りだと。倒そうと思って倒せるような相手ではないと思うんですけどォ……」

 

「確かに、油断していたとはいえ女の方は特に厄介な相手だったな。命乞いするフリして魔法を詠唱しようとしてきたから質問する間も無かった。倒したら二人ともさっさと消滅しちゃったし……雇い主を聞いても絶対に答えちゃくれなかっただろうが」

 

「でもぉ~それって結局強さ的に、あなたが屑塵なんじゃないのぉ~?」

 

「う……うーん……」

 

ミズテンのツッコミにクリアが言いよどむ。

正しくその通りだ。

名だたるPKを“倒そうと思ってそのまま倒してしまいました”だなんて、普通のプレイヤーにはまずできないことだ。

 

「答えろよクリア。やっぱりお前が屑塵なんだろ?」

 

「――――――――――屑でーす!」

 

クリアはそう言って、アジャータの仮面を付けてわざとらしくおどけてみせる。

 

「……へ?」

 

「……はぁ?」

 

「……めぅ?」

 

疑問符のついた声が、三つ同時に重なった。

クリアは自分の顔につけていた仮面をずらして、顔の半分だけを顕わにした。

 

「まぁ……つまりその――可能性があるとすれば、俺は――“屑塵の中の屑”。“半分”なんだと思う」

 

――前にポルスカで問いただしたときもこんなことを言われてはぐらされた気がするが……意味が分からない。

 

「半分って――どういうことです?」

 

レットの質問に、再び仮面を被ったクリアが応える。

 

「ぶっちゃけると、各地の悪名高い上級者に対する不意打ちだとか、大規模な悪戯とか。PKを殺害していたのほとんどはその――俺がやっていたんだよ。それはまあ事実なんだ……」

 

「やっぱりお前が屑塵じゃねえかよ!」

 

「早まるなって! 情けないけど――俺は伝説のPKなんて言われるほど――強くないし凶悪でもないんだよ。屑塵の噂とは全然違う! 自分でこういうことを言うのも変だけどさ。正々堂々面と向かって小細工無しで戦ったら『ゲーム人口の上位一割の人間には負ける』くらいの強さなんだ」

 

「あの……それ……オレよくわからないんですけど、相当強くないですか?」

 

「いいや、そのクリアの“自己分析”が正しいのならコイツは屑塵じゃあねえ。屑塵の噂とは不釣り合いだな。あくまで“常識的な強さの範囲内”だ」

 

それは少なくともポルスカで俺が見たような、真正面から剣一本で1対7をこなせるほどの超人じゃねえ。

俺のフォローを受けてクリアがほっとした表情を見せやがる。

――オイ、俺はまだお前を微塵も信じていないぞ。

 

「そうなんだよ! 初期フィールドで純真無垢な初心者に対する執拗なPKとか、利益目的の粘着行為みたいな笑えない悪事――“このゲームでは”やっていないんだよ! 悪どい上級者と真正面から正々堂々と戦うようなことも全くしていない! 俺がPKやるときは大体不意打ちや卑怯な手を使って倒していたんだ!」

 

頭が痛くなってきた。

コイツの話を聞いていると――善悪の基準がよく分からなくなってくる。

 

「あれ――でもそれだと。クリアさんって、上級者相手とはいえ普通にPKはしているわけだから……やっぱりいい人でも何でも無いってことになりませんか?」

 

レットのツッコミが入るが、その疑問に対してクリアがどう答えるかなんてどうでもいい――

 

「そりゃあ、そうだ。――でも、そんなことはレットも知っているだろ? 事情があったとはいえ、パーティごと俺のMPKに巻き込まれたわけだし」

 

――コイツの言うとおり『クリアが普通にロクでもない奴』だってことは既に知れ渡っているからだ。

俺が知りたいのはあくまでコイツが“屑塵”なのかどうかという一点だ。

 

「まあ……はい。クリアさんがまともじゃないのは、ぶっちゃけ出会った初日から知ってました」

 

クリアに対するレットの受け答えも、結構辛辣だなオイ!

 

「ってことはぁ~最凶のPKって要するにぃ。アンタともう一人誰か別の“誰か”の噂が混じってできているわけぇ~? 『不意打ちでセコい悪戯しまくってる(クリア)』と『正々堂々見境なく容赦なく際限なく殺している(だれか)』の二人が合わさって、屑塵ってわけ――ねぇ……」

 

ああ、なるほど。そりゃ二つの噂が集まったら最凶最悪のPKが誕生するわけだ。

もしもクリアの言っていることが正しいと仮定するのならば、コイツは“白でもなければ黒でもない”ということになる。

 

『半分くらい屑塵』……クリアを備考していた時のミズテンの勘はある意味的中していたのかもしれない。

だがやっていることだけを見たら、実際に噂になるほどの残酷な悪事を働いているのは、屑塵のもう半分の“片割れ”だ。

 

「そうみたいなんだよな……。いや、こんな大事になるなんて本当に申し訳ない。――といっても屑塵の噂が出てから、俺は怖くなって仮面なんか全く被っていないんだが」

 

そう言ってクリアは件の“仮面”を顔から外してから、人差し指を軸にしてくるくると回し始める。

 

「おいクリア。その仮面は、PVPの大会で手に入れたのかよ?」

 

「ああ。俺はあの大会に出ていた。でも一位じゃない。“八位”だった。コレに関してはちゃんと証拠がある」

 

そう言ってクリアは仮面を裏返した。

紫色の裏地には金色の刺繍で『イントシュア帝国 PVP大会 Best.8』と記されていた。

うーん。コイツが自分で言うとおり、常識の範疇を抜けない――微妙な成績だ。

 

「な!? ホラ! 一位じゃあない! だって平地戦闘限定で、罠とか、強すぎる一部の状態異常とか、卑怯な戦い方は全部禁止なんだぜ!? あの大会で優勝なんて俺には絶対無理だ! 優勝した奴は人間じゃない!」

 

「それならぁ~。最初に私達が問いただしたときに、そう言って欲しかったわぁ……」

 

――全くだ。ポルスカで初めて問いただしたときに、はぐらかさないで全部教えてくれれば済む話だろうに。

 

「いや……エールゲルム――特にフォルゲンスのプレイヤー新聞ってあんまり信用なくてな。あることないこと書かれるのも嫌だなと思ってすっとぼけちゃってさ。大手チームをやたら持ち上げてる感じが――あんまり好きじゃ無い」

 

……灯台もと暗し。

俺自身は記事を書いててそんな風に思ったことはない。

 

――というか、他の連中が書いている記事なんて、ここ最近はこれっぽっちも見ちゃいなかったわけだが…………。

屑塵の噂が立ってからは、寝る時間も惜しいでいるくらい俺はこの件に入れ込んでいるからだ。

 

「でも、おかしくないですか? クリアさんが普通に屑で、悪事を隠すような性格じゃ無いってのはよーくわかりましたけど……。それならどうして仮面なんて付けていたんですか?」

 

レットの言うとおりだ。

他の大陸でさんざん悪さをやって有名になっているのなら、そのままフォルゲンス付近でも堂々と馬鹿をやっていれば――ここまでクリアが怪しまれて、邪悪な存在だと疑われることもなかっただろう。

 

「いやその……そのだな……感謝……されてしまったんだよ……」

 

「え? ――あの――はい?」

 

「いや……初心者狩りをしていたPKを流れで倒したら、普通に初心者に感謝されてしまって。それがなんというかむず痒くてだな……見た目のインパクトでもっと悪者になれないかなあと、色々試行錯誤してたんだ……」

 

――――――駄目だ。理解できない。

コイツは一体何なんだ……宇宙人より理解不能な存在だ……。

俺の呆れた視線を感じて、クリアが慌てて話を元に戻す。

 

「と……とにかくだ! 俺は噂になるくらい執拗な弱い物虐めなんてしてないんだって――そんな笑えないことをやってどうするんだよ! 萎えて初心者がゲームを辞めたら、先細ってプレイヤーの人口が減るだろ! そしたら俺の悪戯を受けてくれる人がいなくなって、俺自身が一番困るじゃないか……!」

 

ミズテンが頭の上に『?』マークのゲームエフェクトを出した。

――正直、俺も出したい。

煙突の煙とレットをアロウルで見たとき以上に、頭が痛くなってくる。

 

「クリア……お前な。言っていることが滅茶苦茶だぞ……。このまま意味不明な発言を繰り返して煙に巻こうとするようなら、お前が邪悪なPKだったってことでこのまま記事に――」

 

「――――気になることは!!」

 

クリアが途端に声を張り上げた。

 

「気になることは、レットが“オーメルドで襲われた時のこと”だ。話を聞く限りでは売買禁止の仮面をつけていた以上、『屑塵の真の正体』である可能性は高い。じゃあ、何故ソイツは、レットからあの娘のスカーフを奪ったのか? それだけがわからない」

 

「だから、それはお前が信用させていたレットの心を徹底的に折るためにだな……」

 

俺の推理を受けてクリアが憤慨する。

 

「なんだよソレ。性格悪すぎるだろ……。レットも思い直せって! そもそも俺はお前に信用して貰える程、人徳ある行動なんてほとんどしていないはずだッ!」

 

堂々と主張するクリア。

…………自分でそういうことを言うなっての。

自己弁護とは言え、見苦しすぎるだろ…………。

 

「え……いや。うーん。ま……オレ……実はちょっとだけは信用してますよ……。か……勘違いしないでくださいよ! ちょっとだけ……ちょっとだけですからねっ!」

 

レットもレットで、なんだそのツンデレキャラは……気持ちが悪い。

 

「うーん。よくわからないな……」

 

クリアはレットの反応を無視して考え始めた。

――コイツら、ある意味で、相性が良いのかも知れない。

 

「レット。その奪われた“アリスのスカーフ”に何か特徴は無かったか? 虹色に光っていたとか、鉱物みたいな質感だったとか」

 

――なるほど。クリアが挙げた二つの例は両方とも“超レアな合成素材の特徴”だ。金銭目当てなら、一番しっくりくるわけだが……。

 

「いや――ちょっと高そうだったけど、どこにでもある普通のスカーフでした。片面に変な紋章が入っていたくらいです。黒と金色の十字架でしたけどォ……」

 

 

 

 

(マジかよ!?)

 

ミズテンの奴も流石に察したのか、一瞬にしてその耳と尻尾が立ち上がった。

 

「………………そうか……………」

 

――クリアはレットの言葉を聞いて、しんみりと呟いた。

 

「えっと――どうかしたんですか?」

 

「オイお前。『どうしたんですか?』じゃねーよ。何で、それを今まで黙っていやがったんだ! その紋章はチームのエンブレムってヤツだ! このゲームは装備品にチームのイメージデザインを刻めるんだよ!」

 

「ああ、その記者の言う通りだ。…………これでもう、“大体わかった”。わかって……しまった」

 

クリアは落ち込んだ調子で結論を勝手に出しているが、冗談じゃない。

そりゃあ確かに驚きだが、今のレットの話を聞いて“全てが分かる”のはおかしい。

 

「おい、もしかしてお前。“本物の屑塵”の目星が付いているのかよ?」

 

「…………ああ。ポルスカ本物の”屑塵”を見た時。戦闘スタイルから、ある程度の絞り込みはできていたからな……」

 

「ポルスカの“屑塵”って、私達が調べていた時に出たヤツ――よねぇ……あの時アンタも見ていたのねぇ……」

 

「――まあ、な。というか、正体は分からずとも二人が隠れているのは第三者の自分から見てもバレバレだった。もう少し身を隠す練習をした方がいいんじゃないか? 多分、屑塵にも気づかれていたと思うんだが……」

 

『うるせえ、余計なお世話だ』と言い返してやりたいが、正直笑えない。

もし、ポルスカでの尾行を屑塵に気づかれていた可能性があるなら、あの時屑塵が落とした『銀の剣』をのこのこ拾いに行った俺は既に身元が割れてしまっている可能性が高い。

屑塵から報復を受けるかも知れない。

 

 

 

 

 

いや……もう“既に報復を受けている”のだとしたら――。

 

「え、あの時っていつのことですか?」

 

「ああ、教えてもらっていなかったのか。実はあの日――」

 

考え込む俺をよそに、クリアはレットに説明を始めた。

これで俺たちがレットのことを“既に知っていた”ということがバレてしまった。

説明を聞いた後、レットの表情は『もう誰も信じられない』と言わんばかりに曇りに曇っていて、ミズテンはバツが悪そうに縮こまっていたが――俺は、ここに姿を出した時点で隠し通せるとは思っていなかったので、気にしないことにした。

 

レットへの説明が終わった後に、クリアは屑塵について再び言及する。

 

「とにかく重要なのは、あの日、あの場にいた屑塵の“攻撃の避け方”だった。“手甲で剣を受け流す戦い方”なんて見たことが無かったが、あのとんでもない強さを発揮する以上、間違いなく普段の戦闘の癖は出ている。……あれは、普段盾を持っていて受け流しが主体の人間の戦い方だ。佇まいからして、職業はもうパラディンで間違いない」

 

「――おいおい、決めつけが過ぎねえか? 盾を使う職業なんていくらでもあるだろうが。ウォーリアとかよ」

 

「いや、あれは真正面から攻撃を盾で受け止めるウォーリアの戦い方じゃない。尚且つ、回避の際に片手では無く“両手を同時に上げて攻撃を回避”していた。これはつまり、かなりのサイズの盾を普段から持ち歩いているってことだ。剣を持っている片側の腕だけ上げて肉薄してくる攻撃を避けてたとしても、もう片側の腕に装着している“大盾に引っかってしまう可能性がある”からだ」

 

「んめぇう。大盾を持っているのに受け流すなんて、それ随分余裕綽々な戦い方じゃあない~?」

 

「そうだ。余裕綽々だ。そして大胆不敵な奴さ。あんな戦い方をしている以上。普段から間違いなく“実力を隠さず人目についているプレイヤー”に違いない」

 

…………なんか、雲行きが怪しくなってきたぞ。

 

「次は武器だ。レット、その銀の剣を貸してくれ」

 

そう言って、クリアはレットから片手剣を借り受ける。

 

「記者さん。アンタもあの時見ていたんじゃないのか? あの武器の振り方は短めの剣に見合っていないんだよ。どうみても“大型の騎士剣”の振り方なんだ。そして、それを豪快に振り回す癖がついていることがよくわかる」

 

こんな感じに――と、クリアは銀の剣を力を込めて振り回し、刺突した。

ぶおん――と鈍く剣が空を切る音が鳴る。

 

たしかにその通りだ。それは俺にも分かる。

 

あの武器の振り方は技量と鋭さ重視のソードマスターの物じゃあない。

フォルゲンス共和国発祥のパラディンが学ぶ“練兵闘書”の基本中の基本。

 

ゲームメタ的なことを言うと、力を乗せて突き刺したり叩き潰すのが基本の“西洋剣の振り方”ってヤツだ。

――流石に、あそこまで極めているのは屑塵だけだろうが。

 

「記者さん。この段階である程度絞り込みが出来るだろ? ぴったりの戦い方をしていて、見合った強さを発揮しているプレイヤーなんて、もうあのチームの中で数えるほどしかいないはずだ」

 

「なるほどな……。“容疑者”なら一人いるな……確かによ……」

 

「ああ、そうだ。この大陸にいて、尚且つ“彼女のスカーフ”に関連性がありそうな人物はもう一人しかいない」

 

「えっとその……それってつまり、そのチームに所属している奴が犯人ってことなんですよね? いったいどこの――」

 

「だぁあ……答えてやるよ! お前の持っていたスカーフは、要するに聖十字騎士団の物なんだよ」

 

苛立っている俺の言葉を受けてレットは動揺する。

 

「そんな……つまり…………もしかして……嘘だ……」

 

衝撃の事実に絶望しているのか、曇っていたレットの目のハイライトがさらに消えていく。

動揺したレットを追撃するように、クリアは断言した。

 

 

 

 

 

 

「ああ、屑塵の正体は恐らく――――――――――聖十字騎士団団長。アインザーム」



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第二十六話 孤独な決意

「う、嘘だ……嘘ですよ! 何で――よりにもよって――どうしてあの人があんなことをするんですか!」

 

クリアの出した結論を聞いた途端。レットのヤツが叫んだ。

“あの人が”、か。

接点なんぞ欠片も無さそうだが、ひょっとして知り合いなのか?

 

「それは――わからない。わからないことだらけなんだ。あのタイミングでレットの持っていた聖十字騎士団のエンブレムのスカーフを奪いに来たというのが――何よりもわからない」

 

「〔ねぇ……オロチぃ……。そのエンブレム、“別のチームのモノ”だっていう可能性はないのぉ?〕」

 

「〔まず、ねえな。このゲームは自由にエンブレムを作ることはできねえが、それでも色の組み合わせを真似しただけで、確実にそのチームはパクりってことで第三者に解散に追い込まれる。そのくらいあのチームの威光は凄いんだよ。ヤバすぎて、銘が入ったままだとどんなアイテムも買い手が付かねえんだ。だから、レットを襲ってスカーフを奪ったPKの目的は、少なくとも金銭じゃねえ〕」

 

チームのエンブレムを完全自作できない理由――馬鹿馬鹿しいが“卑猥なエンブレム”を作るプレイヤーが登場したりすると面倒なのだ。

運営からすると、いちいち検閲などやっていられない。

故に選べるデザインはほぼ固定で、被りやすい。

 

それでも過去、聖十字騎士団と全く同じデザインと色合いを真似した馬鹿なチームは、“1チーム”だけで、そのチームは既に解散している。

考え込む俺と同じように、クリアが首を傾げる。

 

「ここから先はもうさっぱりだ……。あの娘が“消滅”したことと、何か関係があるのか……何よりも――あの娘が聖十字騎士団所属だったということが驚きだが……――で、どうだ? この推理は」

 

「却下だな」

 

即答してやった。

クリアは落ち込んだ素振りを見せたが、それよりもレットの様子が気になった。

目を見開いて地面を見つめているが、目線のピントが少しズレていやがる。

 

「――――――――――――――わかりました。オレ、“問いただしてみます”よ」

 

信じられない程落ち着いた声のトーンで、レットが突然言い放つ。

その突然の豹変っぷりに、ミズテンの尻尾が再び立ち上がった。

 

「おいお前。問いただしてみるって――さっきから気にはなっていたんだが。もしかして、アインザームと知り合いなのかよ?」

 

「あの人は……ククルトでPKに襲われているオレを助けてくれたんです」

 

「レット。その時のことについて、詳しく聞かせてくれないか?」

 

クリアから質問を受けて、レットは洞門で出会った時のことをこの場にいる全員に詳しく話した。

クリアの奴が、“アインザームがどのモンスターに対してどんな攻撃をしていたのか”――とか、割とどうでも良いことを聞いて話の腰を何度か折ってきたのが気になった。

 

アインザームの情報を引き出して、屑塵であるということをどうしてもこじつけたいのだろうか?

 

(それにしても――そういう経緯があったのなら、最初から全部話せよ……)

 

どうやら俺達はコイツから本当に大事な部分を聞き損ねていたようだ。

まぁ、いずれにせよその話を聞いたとしても“あの”アインザームが黒だと推理するようなことは俺は絶対にしないがな。

聖十字騎士団の活動を知るものなら皆がそう思うだろう。

 

「先走るなよ。……クリアの言っていることは本当に怪しいぜ? ちょっと考えてみろよ。アインザームとコイツなら、お前はどっちを信じるんだ? それにもしも――もしもだ。屑塵の正体が明らかになったとして、お前は一体どうするつもりなんだよ?」

 

「――その正体に確信を持てたら……オレが奴を……“屑塵”を倒します。簡単な話でしょ? 倒して『首級』を上げればその正体がはっきりする訳だから……」

 

思わず笑みが零れちまった。

少し安心した。

やっぱりコイツは考え無しの――底なしの馬鹿だった。

 

「噂に違わずビッグマウスだなお前! ――できるわけねえだろそのレベルで! クリアの野郎には攻撃一つ当たっていなかったじゃねえか。それに、アインザームの異名を知っているのか? 対モンスターと対プレイヤー最強と謳われる『不敗のアインザーム』だ!」

 

「そんなことわかってます!!」

 

「いや。お前は何もわかっちゃいない」

 

クリアが諭すようにレットに語り掛ける。

 

「基本的にオンラインゲームでつけられる異名というものは“嘲笑の対象”であることが多い。しかし、アインザームという男は匿名掲示板上で妬まれながらも『不敗である』と周囲の有象無象にきちんと認められている。要するに『最強の廃人兼超人』なんだ。真正面からやって倒せるようなプレイヤーじゃない。知識もレベルも足りていないお前じゃ、絶対に勝てない――それでも、本気で立ち向かうつもりなのか?」

 

クリアの問いかけを受けて、レットは俯いて拳を握った。

 

「――逃げたくないんです」

 

その時、俺が気になったのはクリアの表情だった。

まるでありもしないようなものを見てしまったかのように、雷に打たれたかのように驚いていた。

 

 

 

 

 

「だ……だって……だって、“オレの憧れるヒーローはここで絶対に逃げたりしない”……」

 

そう呟いて、レットが顔を上げて訴えかけるように叫ぶ。

 

「オレ、知りたいんです! オレに優しくしてくれたアリスが、どうして突然いなくなってしまったのか知りたいし。誰が正しくて、誰が間違っているのかも知りたいんです! クリアさんの話を聞いて、やっぱりクリアさんを信じたい――とも思うし。でも、あの人が――アインザームさんがあんなことを行っているなんてオレは――信じたくないし……。もしかしたら他に犯人がいるかも知れない。ただの格好つけなのかもしれないけど……オレはこの世界でちゃんと“倒すべき敵を見つけたい”んです!」

 

そう言って、レットがクリアを睨み付ける。

その目つきには不思議と敵意――いや、違う。覚悟のようなものが伺える。

 

「オレが……弱いってことはわかってます。――負けるってことは当たり前だってわかってます。でも、いくら時間が掛かってもいいんです。とりあえず戦いを挑む前に“誰が敵なのか”白黒つけたいんです。だから、オレ。あの人に会う方法を探さないと――」

 

 

 

 

 

 

「――できるぜ? 方法ならあると言えばある。とっておきのヤツがな」

 

レットの覚悟を、利用しているという自覚があった。

これは、きっと悪魔の提案だ。

 

「俺達は新聞社からは追い出された身だが、俺の名前はまだ使える。ソレっぽいネタを手紙でチラつかせてインタビューっていう名目でアインザームを呼び出すのさ」

 

要するに俺がレットを使ってクリアぶつけたのと同じように、今度はレットをアインザームをぶつけてやろうというわけだ。

揉めるのはレットだけ、ぶつけるだけぶつけて、後からやってきて美味しいところを貰えば良い。

 

「それならお願いします。オレ。もう、すぐにでも――」

 

「そうやって“また”初心者を、ラジコンみたいに誘導してぶつけるのか! それがアンタらのやり方なのか!?」

 

レットの言葉をクリアが怒りの声で遮った。

 

――知ったことか。

 

「クリア。お前みたいなヤツにどうこう言われる筋合いはねえが………………何とでも言えよ。おいレット。場所は前哨基地のポータルゲート付近でどうだ。向こうは直ぐこれて、こっちも直ぐ行ける」

 

話を進める俺に対してクリアが再び割って入ってくる。

 

「なあ、レット――推理して、焚き付けておいて申し訳ないとは思う。だけどこんなことはよせ! きっとロクでも無いことになる。言わせてもらうが、アインザームをPKだと“疑う”だけで、巨大勢力の聖十字騎士団全体に喧嘩を売っているような物だ! 正気じゃあ無い。お前がこれからやろうとしていることが一体どれだけ無謀で無策で恐ろしいことか――」

 

そうだろうな。流石にクリアにはそのヤバさが理解できているようだ。

匿名ならまだしも大手チームのリーダーをゲーム内で“邪悪なPKだという疑い”をかけただけで、きっととんでもないことになる。

全うにゲームを遊べなくなるどころか、ましい恨みを買うかも知れない。

 

「〔ね……ねぇ……。オロチぃ~……本当に“これで良い”のかな……。流石にもうやめたほうがぁ~……〕」

 

「〔それはお前の勘ってやつか?〕」

 

「〔違うけどぉ~……いくらなんでもこんなやり方は――〕」

 

「〔じゃあ黙ってろ! 俺は今必死なんだ! 俺達が他に行き着く場所なんて他にはもうねえんだよ!〕」

 

ミズテンは目に涙を浮かべている。

自分でも流石にやりすぎだと思い始めたが、今更止められない。

 

「――わかってますよ」

 

クリアは息を呑む。その言葉が途中で止まる。

当のレットは全く怯んでいなかった。

ただ真っ直ぐクリアを見つめている。

 

「オレ、本気です。たしかにいつもヘタレて……逃げてばっかりかもだけど。ここで“何も解らないまま”全部忘れてあの娘を見捨てて逃げ出すなんてことは――絶対にしてはいけないんだッ!」

 

クリアはレットに歩み寄って、その表情をじっと見つめる。

クリアの目線はゴーグルに覆われていて、俺には何を考えているかさっぱりだった。

 

「――そうか。じゃあ、俺は止めない。お前のやりたいように……………………好きにしろ。それと、身の潔白を証明できなくて申し訳ないと思う。俺を疑って、やっぱり殺したいと思ったのなら……いつでも言ってくれ。“協力する”から」

 

何とも奇妙なこと言うクリア。

俺としてはクリアにはとりあえず戦闘不能になってもらいたかった。

――だが、レットはどうやらクリアを倒して首級を得てまで、黒だと確信させようとは思っていなかったようだ。

 

「ありがとうございますクリアさん。いえ――“ありがとうございました”」

 

「……………………………………………………」

 

レットの謝辞に当のクリアは何も言わない。

レットは背を向けてその場から立ち去り、クリアはその背中を黙ってずっと――――不自然なくらいずっと見つめていた。



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第二十七話 “寒さ”

 

 

 

 

 

 

 レットは緑溢れるポルスカの森を一人、走り続ける。

流れていく風景の中、少年はこのゲームに身を投じることを決めた日のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

その日は、いつもと同じような何事もない平日だった。

学校での六限目、少年は社会科の授業を受けていた。

社会科は彼の得意科目の一つだが、昨夜見たアニメのシーンが頭から離れず、興奮が冷めないままだった。

授業の内容は彼の耳に入らず、彼はそのシーンの“主人公の格好良さ”と“ヒロインの可愛らしさ”を鮮明に、何度も思い返していた。

 

我に返った少年は、じっとクラスの片隅を見つめる。

そこに座っている生徒たちは休み時間中にアニメを初めとするサブカルチャーの話題で盛り上がっているメンバーだった。

 

少年は毎日、休み時間が来る度に、そのグループに混ざって話がしたいと思ってはいたが、しかし輪に入ることが未だにできていなかった。

彼はクラスで特別親しい友達はいないが、悪い扱いを受けているわけでもない。

ただ、自分を表現するのが苦手なだけだった。

 

話のきっかけとしてアニメの原作小説を持ち歩いていたが、今日も休み時間に話しかける勇気は出なかった。

 

少年は時計を見て授業の残り時間を確認する。

注意力散漫な状態で彼が時計を見たのはこれでもう10回目で、教師から注意されてもおかしくない行動だが、しかし、その時授業を行っていた男性教師はまだ新任で優しく――悪く言えば甘い教師であり、惰眠を決め込んでいる生徒も居た。

 

あと少しで今日の授業は終わりになると知った少年は、授業を行っている教師の背中を、なんの気無しに見つめる。

以前「ここ最近、あの先生は調子が悪そうだね」と学友同士が話しているのを横で聞いていたことがあったものの、少年は教師に対して関心を持っていたわけでも、思考を割いていたわけではない。

 

その時、少年が考えていたことは予てより楽しみにしていた最新作のVRゲームについてであり、今日が発売日ということもあってか、はやる気持ちを抑えられなくなりつつなっていた。

 

 

 

 

 

 

「……もう――おしまいですかね」

 

夢うつつだった少年が現実に引き戻されたのは――突然のことであった。

男性教師の放ったその一言が、それまでの授業内容とは無縁の物であったということは、上の空だった少年にも理解できた。

 

「わかりますか? 僕の言っている意味が……」

 

察しが良いと評されている女子生徒が、寝ているクラスメイトを慌ててたたき起こした。

それを見て、レットは眠っている生徒に対して、教師が静かな怒りを発したのかと息を呑んだ。

そして同時に、その背中越しに自分が授業を聞いていないことを看破されたのではないかと焦りもした。

しかし、教師の発言は説教とは全く違うものだった。

 

「皆さんに……皆さんにどうしても……お話を……お話だけはしておかないと………………」

 

男性教師は背を向けたまま、チョークを黒板に押し付けたまま話を続ける。

生徒たちの方を向こうとはしなかった。

暫くの間、教室は痛いほどの静寂に包まれた。

 

「皆さんは、この学校を卒業した後のことを……考えたことはありますか?」

 

突然の質問に答えるものは誰もいない。以前として教室は静まり返っている。

 

「大学の数もだいぶ減りましたが……半分以上の方が高校を卒業した後にさらに進学をして、そして就職をされるのでしょう…………」

 

教師は間を空けずに続ける。まるで返事など返ってこないだろうとわかっていたかのように。

 

「その後、就職をして……そして今、この国の定年は……6……いえ、70歳となっていますから、その後40年以上働き続けるわけです。……これは当たり前のことですが、しかし重く受け止めなければならない“当たり前”です。そして何より……おそらく……もう、その段階であなた方の労働だとか……老後だとか……そんなことに気を使えなくなっているに違いないと……僕は思うのです」

 

まるで、純粋なアイドルのファンに対して、芸能界の負の面を説明しているかのような――

プロレスの試合で、解説者が試合のストーリーが決まっていると公に発言をしてしまっているような――

 

 

少年は、“言ってはいけない場所で、言わなくても良いようなことをあえて言われてしまった”ような気分だった。

 

「この学校に教師として勤めて……気づいたことがあります。あなた方はまだまだ若いのに……夢を持っている人は……ほとんどいません。……ずーっとずーっと、見なくても良いような社会の流れを見ているとわかるのです。これは僕個人の……推測だとか、破滅願望とかではなく。情報として、数字としてわかってしまうことがあるのです。このままでは……希望に満ち溢れている一部の方々も、このままではその多くが自分の夢を諦めて、望まぬ人生を過ごすことになってしまうのだと……」

 

少年は教師の言葉を聞いていたものの、その内容について細かく考える余裕が無かった。

その時は気まずい空気に絶えるのがやっとで、それがただただひたすらに辛かった。

 

「あなた方の人生はこれからどうなってしまうのでしょうか。……あなたの人生は一体誰のものなのでしょうか? あなた達は果たして…………“あなた自身の人生をきちんと生きることができるのでしょうか?”」

 

若い教師は震えていた。泣いているのだということが少年にもわかった。

大の大人が涙を流しているという事実は少年にとって衝撃的だった。

教師が、力強く押し付けていたチョークの粉がぱらぱらと零れた。

 

「無責任な話ですよね…………そのお手伝いをするのが僕の仕事で、僕の夢だった――――――はずなのに……ごめんなさい。先生には……君達を明るい将来に導ける自信が――もう――――――もう、これぽっちも……これっぽっちも無いのです」

 

 

 

 

 

そこまで言って、若い男性教師は膝をついてからその場にいきなり倒れて、動かなくなった。

クラスメイト達は全員唖然としていて、それからしばらくして保健室に連れて行ったほうが良いのではないか――とか、救急車を呼んだほうが良いのではないか――とか相談し始めた。

 

少年は何もしない――正確には座ったまま目を見開いて、何もできなかった。

右往左往している内に誰かが呼んできたのか、体育の教師がやってきた。

倒れた教師の容態を確認した上で、体育教師は生徒たちに「騒ぐな、ついてくるな、教室の外に出るな」と強く強く釘を刺す。

そうして倒れた教師は、教室の外に運ばれていった。

 

その授業は自習となり、クラスメイトたちは先程の出来事について少しだけ話し合った。

 

事態を重く捉えずに、壊れてしまったと茶化すもの。

前々から様子がおかしかったと興奮気味に心配するもの。

 

しかし、衝撃的な出来事はしばらくすると明日の授業の話や放課後の予定など、ありきたりな話に飲み込まれていって――少年は、それが酷く虚しいものだと感じた。

 

 

「授業が終わって、黒板に強く刻まれたチョークの点が消えづらい」

 

――そう日直が愚痴を零したのが最後だった。

 

 

 

連れて行かれた男性教師を少年が学校で見ることは二度と無かった。

 

 

 

 

 

 放課後になって、少年は学友に遊びに誘われて――それを丁寧に断った。

断っても付き合いが悪いといわれるほど期待されている仲ではなかったからか、学友は『残念、また今度』とだけ言って別のクラスメイトを誘った。

そこから誰にも気に止められることなく教室を出て――校舎を出た後でも、少年は走り出すようなことはしなかった。

 

ぶらぶらと歩き回って、気がつけば、少年が立っていた場所は学校の裏手の高台だった。

その場所に設置されていた欄干に頬杖をついて、少年は若い教師の言葉を頭の中で繰り返しながらずっと、ずっと考え込んでいた。

 

自分の頭が決して良くないということを少年は理解していたが、内省的な性分故か、考え込まずにはいられなかった。

少年は普段は決して悲観的な性格ではなかったものの、考え込むその表情は暗かった。

 

 

しばらく少年はそこで悩んでいたが、悩みに対する答えなど出なかったようで――無意識に自分が愛読している小説のワンシーンを思い出していた。

 

 

 

ゲームの世界で主人公が出会った危機が、現実世界の運命を決める。

自分が出会った少女を救うことが、世界を救うことに繋がる。

そんな状況下で、日常を守ろうと、主人公が現実世界の青空の下、自分が住んでいる町を一望して、覚悟を決めるシーンだった。

 

 

 

外面(そとずら)だけなら、なんとなくそっくりだな」と少年は思った。

 

ひょっとすると、少年が無意識の内にここに辿り着いたのは、この場所で黄昏れる自分の姿を、小説の主人公に重ねようとしていたからなのかもしれない。

 

しかし、そっくりなのは状況だけで――この場所はそもそも、街が一望できるような景観の良い立地ではなかった。

 

中途半端な高さから見られる町の景色はさほど良くなく、空はどんよりと曇っていて、道路の間に住宅がひしめき合い、張り巡らされた電線が景観をこれでもかと汚していた。

 

灰色の景色の中、視界の端に僅かながら緑が見えて、少年が期待を込めてそちらを見つめると、その緑は――最近新設された墓地を囲む生垣だった。

 

墓地の中は少年の立っている高台からできた影で覆われておりとても薄暗く、陰鬱な雰囲気を醸し出していた。

 

そして、その日は今時珍しく朝からとても寒くて、布団から抜け出すのに難義して遅刻しそうになった為か、少年はいつも通りブレザーを羽織っただけの状態で手袋をつけておらず、マフラーを巻いてくるのも忘れていた。

 

鋭い風が首元に直撃して、その冷たさに思わず頬杖の状態を崩して、両手で首を覆った。

 

「………………………………………………」

 

少年は屈んで、地面に放っていた鞄からその小説を取り出した。

今時の若者が滅多に持ち歩くことのない“紙の書籍”。

 

奇異の目で見られるのが気恥ずかしくて、少年はそれを人前では決して取り出さなかった。

 

それでも、ただ持ち歩いているだけで――その重さを感じるだけで不思議と元気が出るような気がして。

 

心が暖かくなるような気がして。

 

少年はその本を、お守りのように常に持ち歩いていた。

 

万が一通学中に落っことして、冷やかされたら大変だ――と、巻きっぱなしになっていた本屋のブックカバーを(かじか)んだ手でゆっくり剥がして、少年は小説を握った手をまっすぐ宙に掲げる。

 

 

空は灰色だから、町も灰色で――色鮮やかなはずの表紙がくすんで見えた。

 

掲げているうちに、右手が冷えていって、その感覚が無くなっていく。

少年は小説を落っことしそうになる前に手を引っ込めて、それからため息をついて、高台の欄干に背を向けて座り込んで、足を放り出して空を見つめる。

 

 

 

 

 

『こんなところで、何しているんだ?』

 

灰色の天を仰ぐ孤独な少年に、そんな風にタイミング良く、まるで小説の登場人物のように話かけてくるものは老若男女――誰もいない。

 

本当に意味もなく、起こりもしないようなことを期待しているのだなと――気恥ずかしいことをしているのだなと、少年は自覚しながらも、その状態で少しだけ待ってみてから、少年はため息をついて立ち上がって歩き始める。

この場所に来る前よりも、その足取りは重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の帰路に、同じ学校の生徒は誰一人歩いていなかった。

風はいよいよ強くなり、少年は寒さに耐え切れず、道中にあった自動販売機に同じ種類の硬貨を何枚か入れてタッチパネルを擦って暖かい缶のコーヒーを購入しようとする。

しかし、金額が足りない。

“購入のために必要な硬貨がまた増えたこと”を認識した直後に少年の後ろから救急車が走ってきて、サイレンを鳴らしながら少年の横を通過した。

 

『また、街中で身寄りのないお年寄りが倒れたのだろう』

 

それは最早、この時代を生きる少年にとってよくある出来事だった。

だから、サイレンの行く末を見つめることなく、少年は仕方なしに再び歩き始める。

その足取りは重いままだった。

歩く速度が早くなることも、それ以上遅くなることも無かった。

 

『……今日が、発売日』

 

手に入れたいと思っていた最新作のVRゲームのことを思い出す。

既に新しいVRゴーグルと周辺機器の自宅配送を予約は済ませていたが、ゲーム自体はダウンロードで入手するつもりでいた。

だけど、なぜか少年はゲームショップに向かって歩いていった。

 

 

 

 

ひたすら冷たい冬の風の中。

少年はこれから向かう目的地に、心をわくわくさせて、現実を忘れさせてくれるような――ある種の“熱気”のようなものを感じたかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 時間をかけて、この町で唯一のゲームショップに少年が辿り着いた時には、欲しいゲームのソフトには長蛇の列ができていた、販売の列に並ぶことはもうできなかった。

陳列棚に乗せられた鮮やかな色合いのパッケージを手に取った直後に、隣に立っていたサラリーマン二人が話を始める。

 

「100年ぶりくらいの定時退社だったのに、間に合わなかったか……」

 

「実際はあの並んでいる草臥れた連中のほとんどが転売目的だろう。DL販売だと特典のグッズとか、付属のコードが売れないからな」

 

「そんなこと言って、お前も遊んでつまらなかったらとっとと売っぱらうつもりなんだろ?」

 

「……バレたか。金はないけど、ゲームなんて他にも沢山あるんだ。適当に遊んでつまらなかったら“ポイ”さ」

 

少年は、ゲームの薄っぺらいパッケージが陳列されている棚の間から出て、並んでいる列をじっと見つめる。

並び続けている人々は携帯端末の液晶をぼうっとした表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

“暖かいはずの店内が、なぜか急に冷えていくように感じられた”。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

そこで背後にあった入り口の自動ドアが開いて、冷たい風が吹き込んでくる。

少年は再び肩を竦めた。

その目的は潰えたが、少年は振り返って店の外に――強風の中に身を投じて、歩き出すつもりにはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

それから当ても無く再び店の中を彷徨って――彷徨って――本当に、なんとなくだった。

 

 

 

 

 

 

『A story for you NW』

 

 

 

シンプルなゲームタイトルが少年の目を引いた。

パッケージの色が一面灰色で、見るだけではゲームの内容が全く頭に入ってこない不親切なデザインが少年を驚かせた。

 

そのタイトルは、VRのMMOタイトルがまだ多くリリースされていない時期だからこそ人口を確保できていたゲームだった。

内容が複雑で無駄が多く、成果を得るには時間がかかるため、クラスメイトのゲーマーがほとんどプレイしなかったゲーム。

遊んだ少数のクラスメイトたちも、「複雑で身につかなかった」と不満を漏らしていたゲーム。

 

そのゲームは少年にとって、ひたすら異端だった。

 

パッケージの下に店員が自作したゲームの紹介内容が熱心に長々と書かれていて、そこそこ売れてはいるようだったが、店舗限定というわけでもなく、少なくともそのゲームは“今日の主役”ではなかった。

 

しかし、それから、少年はなぜなのか――本当になんとなく――宿命付けられたわけでもなく、誰かに操られていたわけでもなく――自らの意志でそれを購入してしまった。

 

理由の一つは“気まぐれ”だった。

機材を予約してしまった故の、惰性と妥協に基づく気まぐれ。

 

もう一つの理由は、冷たい現実に晒されて少年の心も冷え切っていたからだった。

 

だから、自分のことを誰も知らないような――本当の意味で現実と縁の無い世界に旅立ちたかったのかも知れない。

加えて、少年は周囲とは違う“普通ではない異端な物”に憧れを持っていたのかもしれない。

 

だからその時、他に少年が選べるような選択肢は無かった――無いように感じられた。

 

同時に、“ゲームを買う”という“今日の本来の目的”から大きく逸脱するほどの大胆さや自発性を持っていたわけではなく――少年は“どこまで行っても、どこにでもいるような普通の少年”だった。

 

 

だけども、家に帰るまでの間。

どんな強風に煽られても、少年はもう気にはならなかった。

 

 

それから機材が家に届くまでの間、少年は自分の選択を後から肯定するかのように買ったゲームの情報を調べた。

彼らしいといえば彼らしいのだが――前情報だけを軽く集めて浮かれてしまって、機材が届くのを今か今かと待ち続けた。

いつの間にかその心は奥底に冷たさを抱えたまま、根拠の無い希望が流し込まれ――少年の心は満ちていった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

そして、この世界の中で少年に“暖かさ”がもたらされた。

短い時間だったが、少女と過ごした時間は少年のそれまでの人生の中で夢のようだった。

冷たさを感じていた日々に、どこか乾いていた少年の日々に、まるで嘘のような癒しをもたらしてくれていた。

 

だからこそ、少女が傷つけられたことに少年は心底憤った。

何もわからないまま終わりたくないと思った。

その行為は彼が憧れている物語の主人公の――ただの模倣だったかもしれないが、それでも心の奥底にあったのは少女を救いたいという純粋な気持ちだったことに変わりは無かった。

 

 

 

 

 

しかし、少年には憤る理由はあったが――前に突き進める根拠があったわけではない。

 

その時少年は、「時が来たのだ」と思っていた。

困っている女の子を目の前にして、自分が助けに行くべきだと――そうするのが当たり前だと――そしてそれが自分の役割に違いないと思っていた。

 

自分が憧れる主人公が立ち向かうようなシチュエーション――おそらく二度と訪れないであろう機会が――どんな形であれ、もたらされたのだから、ひょっとするとある意味で少年は幸せだったのかもしれない。

 

そして、それは“逃避”だったのかもしれない。

クリアに対して啖呵を切ったのも、それができるのは自分に違いないという本当に根拠の無い驕りのようなものがどこかにあった。

もしかすると、少年はゲームを始めた時から未だに夢を見続けていたのかもしれない。

 

同時に、だからこそ信じたくはなかった。

まさに自分の憧れと理想像が具現化したかのような騎士然としたアインザームという男が、自分を襲った犯人であるわけがない。

彼女を陥れたことに対して“何かを知っているわけがない”――“関わりがあるわけが無い”。

 

だから、夢見がちな少年は“世界を転覆させるような巨悪が、他にいるに違いない”と、思い込もうとすらしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、夢を見つづける少年は依然変わらず、力強く歩みを進める。

周囲の景色は様変わりし、眼前に広がるのは荒涼とした兵陵。

 

 

 

 

 

 

 

そこは少年が大人になっても、おそらく決して忘れることの無いであろう――実在しえない思い出の地。



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第二十八話 少年が得ていたもの

 記者が取り付けたアインザームとの“待ち合わせ”の場所は、オーメルドの前哨基地の西側。

そこはかつて、レットがレベル上げを行なったウサギの生息地のすぐ近くだった。

 

周囲には、景色に不釣り合いなポータルゲートが一つあるだけで、レット以外の人影は見当たらなかった。

――その瞬間までは。

 

「おや――これは、レッド君ではないか。奇遇だね。こんな所で出会うとは」

 

ポータルゲートから出てきた男、アインザーム。

記者(オロチ)が時間になってもやってこないことに内心で焦りつつ、レットは思考する。

 

(クリアさんの時と同じように……二人は近くで見ているのか……?)

 

そうだ。きっと、そうに違いない――とレットは思った。

 

(もしも……もしも、“クリアさんの方”を信じた場合――最悪の場合。この人が屑塵だと仮定して“揺さぶれる言葉”って一体なんだろう?)

 

「ひょっとして、この前の話を思い直してくれたのかい? 君がその気なら、今すぐにでも入団の手続きを――」

 

「教えてください!」

 

アインザームの言葉を遮って、レットが突如叫んで、貰ったはずの銀の剣を掲げた。

 

「あなたがこの武器を“最初に渡した”のは誰ですか!」

 

(どうせ会話からその流れに持って行けるほどオレは器用じゃないんだ。行くなら真っ直ぐだ……覚悟を決めろ!! 思った言葉をぶつければいいんだ! 大丈夫だ。この人が屑塵なわけがないんだ……)

 

「……なんのことだかわからない。君は一体どうしたんだい?」

 

「間違いなく渡したはずですよ! ――――――――960万ゴールドと一緒に!!」

 

“知らない者”にとっては全く持って意味不明な台詞。

余りにも突拍子の無い言葉だったので、その馬鹿馬鹿しさにレット自身が思わず笑いそうになってしまった程である。

 

『……ごめんなさい。わけわからないこと言っちゃって……思い当たり――ない……ですよね?』

 

――等と、レットが誤魔化そうとした次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬時に空気が凍り付いた。

――言ってはいけないことを言ってしまったとレットは直感した。

まるで千を超える人々に、一斉に無表情で見つめられたかのような緊張感があった。

 

(何だよ……アレ……)

 

レットはほんの一瞬、アインザームの背後に立つ黒い影を見た。

それは、紛れもなく幻覚。

仮想の世界で、アインザームの溢れ出た敵意がソレを見せたのだと――レットはそう思った。

 

(クリアさんに問いただした時とは全然違う!! ……ああ――ああ。こんな“簡単に”……。なんてことだ……。“この人が”……“この人が”ッ!!)

 

レットの言葉を受けたアインザームは数秒間ほどその場に立ち尽くしていたが、周囲を軽く見回してから再び笑顔を取り戻す。

 

「――【ストリーム機能】の実装予定はもう少し先らしいな」

 

突然の話題転換に、レットは困惑した。

 

「それは……あの、どういう――意味ですか?」

 

アインザームはレットに対して、話を続けたままゆっくりと近づいてくる。

 

「なるほど……わからないかね? リニューアルしてからというもの、このゲームには写真以外で、映像。および音声を外部に持ち出す方法が存在していないのだよ。それができるのは開発関係者だけで、プレイヤー向けの機能実装は数ヶ月後を予定しているようだが――まあ、要するにだ」

 

視界が緑色に染まり、レットの前方と後方に同時に衝撃が走る。

 

「あっ――がッ……………」

 

山の岩肌に吹き飛ばされてようやく、文字通り“蹴散らされたのだ”とレットは理解した。

 

「――“ここで私が君に全てを話したところで何の意味も成さないわけだ”」

 

そう言ってアインザームは速度を変えずに、ゆっくりと――再びレットに近づいていく。

 

「周囲に気配は無く。写真を撮られる危険性も無い。撮られても、捏造だと言い逃れることもできる。……あの記者共、何か“存在してはいけない証拠”でも掴んだかと思ったが、“倒しても何も得られなかった”。……なるほど、君を使って私に揺さぶりをかけて、容疑者としての目星をつけようとしていた――といったところかな?」

 

「ア……アナタは……いや……お前は……!」

 

「私は一人でここに来ている。そして君も“既に一人”ということさ。しかし、興味深いな。一体どうやって気づいたのだ? ……疑われる可能性をゼロにする為に“ソレらしいPK”に依頼をして、ククルトで自作自演をしたのが、裏目に出たのかもしれないな」

 

戦闘不能にはなっていなかったが、既にレットの体力は残されていない。体に力が入らない。

それでも必死になってなんとか立ち上がろうとする。

 

「アロウルの近くで……オレを襲ったのは――お前だったのか!!」

 

「――君が彼女と知り合いだと知ったときは驚いたものだ。根拠無く近くに居た君を攻撃してしまって、実に申し訳なく思うよ。結果的には“大当たり”だったわけだが」

 

「じゃあ、あの娘を――アリスを追い詰めたのもお前がやったのか!?」

 

「『追い詰めた』? さて…………何のことだ? 私にはさっぱりわからない――な」

 

「はぐらかすな!! どうして……どうしてスカーフを奪ったんだ! あれはアリスの持ち物だろ!」

 

「…………………………わからないか? エンブレムが刻まれた装備品は、我々のチームの誇りなのだよ。それを“手放す人間がいる”とは思えないがな。私なら、その事実を知ったら“どんな手段を使ってでも回収する”し、そんなプレイヤーは私のチームには“必要ない”――というだけの話さ」

 

「言っている……意味が……わからない…………」

 

「――君のような個人には、理解できまい」

 

言うだけ言って、アインザームはレットに背を向けその場から立ち去ろうとする。

 

「――そして、そんな君を放っておいても私には何の不利益も無い。せいぜいそのまま地面を這いつくばっていてくれ」

 

(誇り……? 誇りだって……!?)

 

レットは頭に血が上るのを感じていた。

隊章が刻まれた装備品。

それを手放したというだけで、アリスがチームから追い出されたという事実。

 

「そんなモノの為に……そんなモノの為に――」

 

何より彼女が――

 

 

 

 

『チームのリーダーが親切な人で助かってるわ』

 

『レット君がクリアさんに色んなことを教わるように、チームのリーダーに色々教えて貰っているから』

 

『私も実感しているけど、親身になってくれる人がいるっていうのは――幸せなことよ』

 

“信じていたはず人間に、見捨てられたという悲劇”に激昂した。

 

 

 

「「――あの娘を追い出したのか……お前はッ!!」」

 

震える足を押さえながらレットが立ち上がる。

 

「まさか…………この私に刃を向けるのかい? それがどれだけ愚かな行為か、理解していないわけでもあるまい」

 

その叫びを受けて、ポータルゲートに入ろうとしていたアインザームはレットに振り返った。

 

「……良いだろう。君のその蛮勇に免じて、思い知らせてやる」

 

ため息をついてから、ゆっくりと剣を抜いてアインザームはレットを見据える。

そして、ククルトの洞門で相対した(PK)に対して放った言葉を、レットに対して同じようにぶつけた。

 

「我が名は聖十字騎士団長アインザーム。我が前に立つ者として――自らの沽券を賭けて名乗りを上げて見せよ」

 

「オレの名は――………………………………」

 

まさに物語の主人公のように、名乗りを上げる絶好のチャンスではあったが――

 

「『Daaku・Retto』……レット。オレの名は――――――レットだ」

 

少年はそれだけ呟いた。

アインザームは肩透かしを受けたかのように眉を顰める。

 

「ふむ、レットか……。……まさか、ありのままの名を名乗るだけとは。洞門で君の名前を初めて呼ぼうとした時、いらぬ気を使ってしまって損をしたよ。今の君には背負うべき肩書きはないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

少年が仰々しい名乗りを上げなかったのには、理由があった。

 

 

 

 

 

『素敵じゃない? 変に自分を飾らなくたって、あなた充分……魅力的よ』

 

 

 

 

――その時、少年は彼女(アリス)のことで頭が一杯になっていて。

そんな彼女が、自分に言ってくれた台詞が自然と思い浮かんだからだった。

 

 

 

 

 オーメルドの乾いた大地に大粒の雨が降り始める。

体に当たる雨水の冷たさに、レットの体から入りすぎていた力が自然と抜けていく。その剣を握っている手首だけに力が籠もっていく。

現実ならば指の骨が折れて拳が砕けていても可笑しくないほどの力が集約していく。

 

もう止まれない。

 

レットは真正面からアインザームに、渾身の力で斬りかかっていく。

 

アインザームは抵抗らしい抵抗をしなかった。

しかし――

 

「……無意味だな」

 

――レットの攻撃は全く通らない。

全力で振り切っても――振りぬいているのに、ダメージが入らない。

 

「だからって……だからって何なんだよ……。だからって退けるかよ!」

 

しかし、そんな事実は今のレットには関係なかった。

敢然と立ち向かい、ぶつかり続けた。

 

 

 

レットは――少年は、それしかやり方を知らなかった。

 

彼の中の憧れというものは、いつもそういうものだった。

どんな巨悪が顕れても決してめげなかった。

 

一人でありとあらゆる問題を解決して、奪われた人の為に一人で戦い抜いていた。

だからそれに習ってひたすらに、銀の剣を振り続けた。

 

その彼の孤独な戦いは――

 

 

――さくり、と。

 

 

綺麗な音がして、それで終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い知ったかね? “現実”はこれだ。この世界にも、君にも、何の特別も無い。レベルの低い君が私に勝てる道理など無いんだよ」

 

胸に突き刺さった剣は一瞬で引き抜かれ、レットの動きがその場でぴたりと止まる。

 

(――――――“わかっていた”んだ……)

 

少年にはいつものような名乗りを上げなかった、“もう一つの理由”があった。

 

(結局、“オレは無力でヒーローになんかなれない”んだ。そんなこと、オレ自信が一番よくわかっていたんだ……)

 

それは、ポルスカを走っている間にも常に心の隅にこびりついていた一つの事実。

理解していたのに、思い返さないように必死に押さえつけていた思考。

 

(虚勢張って格好つけていたけど……現実でも、ゲームでも――――――“同じ”なんだ。オレには特別な力なんて何も無くて……他人に誇れることなんて一つも無くて……。無力で苦しくて――惨めで――情けなくて……)

 

レットは戦闘不能になり、地面に横たわることすらできずにその場に座り込む。

 

「…………私はこれでも、君を気に入っていた。君が持っているものは、純粋さと素直さだ。それは“この世界”では実に、稀有な物だった。私の正体を知って尚、立ち向かおうとするなど酷く愚かではあるが……しかし、君は物語の主人公のように勇敢だった」

 

そう言ってアインザームは座り込んだレットの肩に剣を添える。

その動作は不思議と、爵位を授与する儀式を思わせた。

 

「そしてその美点は――正体を明らかにした今の私にとっては、ただただ目障りなだけだ。喜べ。私自ら、君を不届き者として聖十字の名の下に“指名手配”してやろう。この世界でお前の居場所はいずれ――消滅するだろう。さっさと帰ると良い、君の現実の生活に」

 

男の口から出た言葉。それは巨大な獣に牙を剥いた代償。

こうなることはレットにはわかっていて、覚悟していたことだった。

 

それでも、やはりその心は圧倒的な絶望と無力感に苛まれつつあった。

 

(ああ……雨が冷たくて……寒い……“あの時”に感じた寒さと――同じだ……)

 

少年の心をさらに挫くためか、アインザームはレットに語り続ける。

 

「誰も君のような、素直すぎる馬鹿者を助けるような人間はいないだろう。…………この世界で、君は“孤独”だ――――――――――――――――」

 

アインザームの声はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いいや、いるさ。そんな馬鹿が大好きで仕方ない大馬鹿野郎が……一人だけ、ここになッ!」

 

 

 

 

 

 

聞き慣れた声がレットの耳に届いた。

アインザームの左胸から飛び出していたものは――グニャグニャに湾曲したレイピアだった。

 

「そして、“ポータルゲートの前”で背中を見せて、隙を見せたアンタも大馬鹿野郎の――仲間入りだ!!」

 

 

 

 

 その男の見た目はいつものように奇抜だった。

頭髪の色はブルーで頭頂部はオレンジ――まるで燃える蝋燭のような奇妙な色合い。顔には目線のような横一文字の黒のフェイスペイントをしている。

珍しくゴーグルは外していて、群青のスカーフは首に巻かれていた。

 

その男は笑っているような――困っているような――照れているような――何ともいえない表情で、レットから顔を逸らしていた。

 

「あの時、約束――しちゃったもんな?」

 

男の“約束”という言葉で、その時の情景が少年の頭の中でフラッシュバックする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――お前がこの世界の中で、どんな状況でもそのまま意地張って“馬鹿正直”でいられるのなら――それなりの手助けはしてやるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レットの目から涙が溢れて、雨と混ざり合い地面に流れていく。

その涙は、無力で愚かな自分に対してか。

その男を見た目と素行でずっと疑っていた罪悪感からか。

それともやはり――自分を助けに来てくれた安堵からか。

 

(――クリアさん……)

 

言葉は出ない。伝わることもない。

――闘いはもう、始まってしまった。

 

「何故だ……ゲートは――外に出て初めて周囲を認識できる……ワープした直後に中から瞬時に攻撃ができるはずが!? ……そして、しかも――“我々”に刃向かうとは……この愚か者を助けたことで――この世界で、お前の居場所もいずれ無くなるぞ!」

 

男――クリアは、邪悪な笑みを浮かべた。

 

「お前の疑問と脅しに対して、まとめて答えてやるよ。そうだな……“俺の居場所は最初から――とっくに決まっていたってことさ!”」



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第二十九話 屑塵相打つ(せつじんあいうつ)

 最初に攻撃が開始された瞬間から、二者の間で戦いの駆け引きは既に始まっていた。

その時、確かにアインザームは驚愕していたが、攻撃を仕掛けたクリアの方が遙かに驚いていた。

 

クリアは軽口を叩きながらも、アインザームの胸から“レイピアが刺さった瞬間から”――ソレを引き抜こうと躍起になっていたのである。

 

(クソッ! “突き刺しただけ”じゃ駄目なんだ! こいつを最後まで引っこ抜くことさえできれば……多少なりともダメージを与えられるのに!!)

 

対して、動揺する素振りを見せたはずのアインザームは、胸部を貫通しているねじ曲がった刀身を右手で力強く握っている。

 

「…………」

 

瞬く間に冷静さを取り戻したアインザームは、刺さった剣をごと上半身を傾けつつ、体を大きく捻った。

 

「――うおッ!!」

 

クリアはバランスを崩してあっさりと手を離す――と、言うより“離さざるを得なかった”。

自分の視界の右側にアインザームの片手剣が映ったからである。

 

しゃがみ込んだクリアの頭上を雨水と突風が突き抜ける。

 

クリアは咄嗟にその場から飛び退いて後退する。

直後。クリアのいた場所の地面に長大な剣が突き刺さり――土が跳ねて地面が軽く揺れた。

 

「フゥーーーー……」

 

アインザームとの距離を空けて深呼吸するクリアの顔に汗が滲んで、あっという間に雨に流される。

その表情は、まるで悪夢を見ている状態から――最悪の寝起きをしたかのようであった。

 

(視界外からの刺突だったのに――咄嗟に刀身を掴んで、引き抜くことで発生するダメージを防ぐとは……。覚悟はしていたがコイツは化け物だ! 装備と武器から自分の職業が流浪者(ノマド)だと瞬時に分析して、周囲に罠が張られている可能性も加味して様子見をしていやがる……。これが『屑塵』の半身だって? 冗談だろ!? 装備も、技量も、知識も、プレイ時間も、反射神経も超一級品! スーパーマンと戦ってるような気分だ……)

 

対して、その時。

 

(…………………)

 

アインザームは“何の思考もしていなかった”。

剣を地面に突き刺したまま、アインザームはクリアを見つめ呟く。

 

「Clear・All――だったかな? 噂には聞いていたが、卑しい男だな。高貴な武器を背後を狙うためだけに“逆手”で使うとは……。貴様には、騎士道精神というものは無いようだ」

 

クリアは動揺した。

その中身の無い(そし)りに対してではなく、目の前の敵の“気づき”に対してである。

 

(理解できない……。後ろから攻撃を仕掛けたのに……どうして“逆手持ちで攻撃した”ということが分かったんだ!? まさか……力の加わり方でわかるのか? 精密機械じゃあるまい――)

 

そこで、クリアは思考を辞めて瞬時に後退する。

アインザームの言葉に対して、軽口を叩こうとしなかったのは正解だったとクリアは思った。

 

そこに思考を裂いていたら、おそらく彼は既に戦闘不能になっていただろう。

 

アインザームが何の前動作も無く、砲弾のように接近してくる。

その速度に対してクリアが驚いている余裕もない。眼前の騎士は容赦なく踏み込んでくる。

 

後退しながらも、咄嗟にクリアが新しい武器を取り出した。

同時にアインザームの目線がそちらに向かう。

 

(そうだ。それで良い。この武器の種類を判別してみろ! 目測を計ってこい! アンタがゲーム慣れした真の強者なら、それが癖になっているはずだ! そもそも戦闘中に――)

 

アインザームは取り出された武器に思考せず“反応してくる”。

 

(――“武器をわざわざ組み立てるプレイヤー”なんて、論外だからな!)

 

クリアは下から槍をすくい上げるように“完成させた”。

 

(これは――何だと!?)

 

突然伸びるリーチに対して初めて“思考した”アインザーム。

その左肩に予想だにしない一撃が入る。

 

「よーし……“まずは一撃”」

 

呟いて、クリアは出来上がった槍を振り回して構える。

 

(……取り出した瞬間は棍か、棒の一種だと思っていたが……なるほど。“槍を二つに折り畳んでいた”というわけか……。下らないことを……)

 

「……………」

 

アインザームは何事もなかったように剣を構える。

この状況下で“彼”が落ち着いて武器を構えていたのは、本来あり得ないことであった。

 

 

 

 

“彼”というのはアインザームではなく、クリアである。

 

 

 

 

奇を照らして放ったクリアの一撃のダメージは“無かった”。

このゲームで滅多に見かけることの無い“0ダメージ”。

 

間違いなく取り乱してもおかしくないダメージ量を前にして、しかし不思議とクリアは平静を保っていた。

 

(――妙だな。この私のダメージのカット率に動じないとは……私のことを細かく事前に調べて知っているということか? つまり、この男には“何か他の策があるのか?”)

 

(さぁて、問題はここからだ。俺のこの『下らない戦い方』が、この超人相手に果たして何処(どこ)まで通用するか!)

 

再び牽制するかのようにアインザームが仕掛けた。

距離が詰まるのは一瞬。二人の間を槍と長大な片手剣が何度も交差する。

 

 

 

 

 

 しかし、不思議と一方的な戦いにはなっていなかった。

そもそも、それはさほど激しい剣戟――ではなかった。

 

剣と槍は交差するも、刀身がぶつかり合って火花が散るようなことは決して無い。

アインザームの長大な剣を、クリアは横から丁寧にはたき落とし、振り切った剣を逆側から槍で押さえ込みペースを乱す。

自分から踏み込むことは決して無く、アインザームの踏み込みに合わせて追い詰められないように距離を開け続ける。

 

それを繰り返し、剣を持つ手に力が入る前の絶妙なタイミングで、クリアは槍の穂先をアインザームの剣や頑強な装備に、ちまちま、ちくちくと浅く突き刺す。

それは実に泥臭い――“見栄えのしない地味な戦い方”であった。

 

(コイツのパワーと剣速は異常だ! 異常なキャラクター性能とプレイヤー性能故に、擦っても二回。直撃したら一撃で敗北し得る程の威力がある。そんな馬鹿みたいな火力に打ちあったら、槍ごと真っ二つにされる! だから力が乗る前にリーチを使って抑えて――出てしまった攻撃は受け流す!)

 

緑金の騎士のHPゲージはクリアの“槍の攻撃力では”一ミリも減っていない。

しかし、僅かに焦り始めていたのはアインザームの側だった。

 

(まさか……これは――この槍……毒の追加効果が付与されているのか? ダメージは(ちり)以下だが……蓄積される毒のダメージに対して、物理や魔法に対する防御を積んでも意味は無い――)

 

そう、減っていない。

 

“槍の攻撃力では”。

 

アウトローな改造を続け、歪な形をしているクリアの槍の先端のギザギザ部分。

そこには――毒が塗布されていた。

 

最初に攻撃を受けた段階から毒のゲージが蓄積され、ついに毒状態に陥ったアインザームのHPが僅かに減り始める。

雨音に混ざって“かりかり”とファンタジーの毒のイメージとかけ離れた乾いた音が鳴り響いた。

 

しかし当然、毒を無効化する方法を聖騎士(パラディン)であるアインザームは持っている。

 

アインザームはクリアから距離を大きく開けて武器を構えた。

それは、“自動回復魔法”の詠唱。

 

詠唱時間も短く、毒のダメージよりも全体回復量の大きいその魔法を唱えれば、毒による体力減少などまるで気にならなくなる。

つまり、“自動回復魔法”の詠唱は、この瞬間アインザームが取れる行動の中では間違いなく“最善手”だった。

 

しかし――

 

(読み勝った!)

 

クリアはアインザームの後退とほぼ同時に、槍の持ち方を咄嗟にかえて力強く刺し込む。

今までとは比較にならない大きなダメージが無防備なアインザームの胴体部分に入った。

 

攻撃を受けて、魔法の詠唱が止まる。

 

ならば――と、アインザームは反撃に転じようとする。

力を入れて本格的に攻撃を仕掛けるタイミングで――再びクリアは後退を始める。

 

こうして再び、クリアの見栄えのしない戦いが始まった。

 

(おのれ……回復の詠唱も、攻撃を食らえば止まってしまう。この男……戦い慣れている! 厭らしい毒蛇のような戦い方……平地の上ではこの見合い、続けるだけ無駄か。間合いの差――通常の持久戦ではおそらくは勝てまい)

 

(馬鹿みたいな話だが……『負けなければ勝てる!』 “相手がやられて一番嫌なことを延々繰り返してやる!” コイツが倒れるまで、一時間でも、二時間でも――100時間でも続けてやるとも!)

 

しかし、戦いはそこで一旦止まる。

アインザームが突如剣を鞘に納めて、クリアに対して語りかけた来た為である。

 

「君が卑劣なのは重々理解できた。そして同時に理解できない。君のような卑劣な男が、あえて私に対峙する理由は――何だ? 貴様も私が行ったことに対して……何か言いたいことでもあるというのか? 」

 

力を抜いて、天を見上げるアインザーム。

その顔に、緑金の鎧に、大粒の雨が当たる。

 

「予め言っておくが、これは私が決めた“私の在り方”だ。貴様のような程度の低い。卑劣な人間にはおそらく、到底理解は――」

 

 

 

 

 

 

「――“どうでも良い”」

 

隙だらけのアインザームに対して、クリアは槍の構えを一切崩さない。

 

「特に“今”、アンタに話すことは何もない。アンタが善だとか悪だとかそういう話は、本当にどうでも良い。咎めるつもりも説教するつもりもない。――“黙って俺に倒されてろ”」

 

やや早口でそれだけ伝えて、クリアは口を閉ざした。

雨と毒の音が虚しく響く。

 

(………………………………なるほど、動じないか。話に乗った瞬間に、意趣返しに不意打ちでも仕掛けてやろうと思っていたのだが……。“面倒だが”、仕方在るまい)

 

黙り込んで再び剣を抜き、構えるアインザーム。

隙の無いクリアに対して、ここからこの男が取った行動は実に単純な物だった。

 

 

 

 

――要するに、『より速く動く』。

 

ただ、それだけである。

 

(おいおい、ふざけ――――)

 

常軌を逸したキャラクターのパワーと、反射神経がもたらす人間性能の暴力が、職業とステータスの壁をあっさり乗り越えてクリアを蹂躙しようとしてくる。

 

(最初に背中から仕掛けたレイピアのデバフで“速度が半減”しているんだぞ! 普通の上級者が相手なら、それだけで勝ちが確定するほどのデバフなのに……駄目だ――このスピードと、パワーは……“捌ききれない!”)

 

圧倒的な攻めを受けて、クリアは全力で後ろにステップしているような状態に陥ってしまう。

 

アインザームは最早、多少の槍の攻撃には怯んでいない。

次第に二人の距離が詰められていく。

 

ついに接近され――クリアの槍は根元の部分から、大盾で弾き飛ばされた。

 

(フム……久しぶりだな。盾を攻撃に使ったのは)

 

クリアは姿勢を崩してしまわぬように槍から手を離す。

遙か後方に槍が転がっていき――その胴が、がら空きになった。

 

「――――終わったな。私が全力を出すまでも無かった」

 

呟き、振り下ろされた剣を前にして、クリアが“取っていた”行動。

 

アインザームは、今度こそ驚愕した。

 

防戦に徹していた以上、それを破られれば反射的に防御や回避に回るのが普通である。

クリアはアインザームの高速の踏み込みと大盾の捌きの動作に合わせて突然“逆に踏み込み直進した”。

まるで――“槍を手放すタイミング”を最初から見計っていたかのように。

 

(コイツの獲物は片手剣と盾だけだッ! 俺の“待ち”に対して、受け流して接近してくる以外のことはしてこない! だからこそッ――)

 

(武器を弾いたつもりだったが、弾かれたフリをして持っている武器を切り替えていたのか……これは剣――しまった。曲剣か!)

 

アインザームという戦闘の達人。

その相手に、本来絶対に踏み込めないはずのリーチ。

 

(――死いいいぃいいいいいねえええええええ!!)

 

そこにまんまと潜り込み盾の防御もかいくぐり、アインザームの胴体部分を我武者羅に――執拗に――粘着質に――曲剣を両手で握って――アインザームの右腹部を何度も何度も切り刻む。

鋭利な曲剣の攻撃は分厚い鎧に阻まれ、ほとんどのダメージがカットされる。

しかし、アインザームの“別のゲージ”があっという間に蓄積し――

 

――バツン!

 

という音と共に、その体中から“赤黒い血が吹き出た”。

 

(よし――これで“三割”持っていけた! 読みが当たった――“通じた”! こいつは完全無敵じゃない。“毒と出血は最低限通じる”!)

 

(先程の毒からそうだった。この男、“私が唯一塞げていない弱点”を――一体どこで知った?)

 

(レットが言っていた情報通りだ! ――この男はあの洞門で『毒と出血状態にしてくる蜘蛛に対してだけ常に剣で攻撃していた』。つまり、普段のハイレベルな戦闘の最中でも“そういう弱点を常に抱えている”可能性が高いってことだ。――弱点といえるかも怪しいくらいの弱点だがな……)

 

クリアはアインザームの出血と同時にフッ――と、息を吐く。

それは安堵から来るものではない。

 

それは“覚悟と準備の吐息”だった。

 

 

 

 

 

 

パラディンという職業に存在していた自動発動の反射(スパイク)ダメージが、失われたアインザームの体力よりも遥かに多く、クリアの体力を削っていた。

 

(なんてことだ……まさか、ここまでの威力の反射(スパイク)ダメージを受けるなんて……。ラッシュをしかけた俺の方が、劣勢に陥ってしまった! この圧倒的な反射(スパイク)の威力――俺は、これ以上コイツに対して“直接攻撃を叩き込むことができない!”)

 

攻撃を受けたアインザームは出血して尚、動じていない。

その瞬間、二人の距離は“密接したまま”である。

 

(なるほど……劣勢を装って更に大きなリターンに繋げるとは――悔しいが、この男を“敵と認識させてもらう”)

 

アインザームの剣を持つ手に力がこもる。

曲剣を全力で振り切り“出血”に繋げたクリアには後退する時間が残されていない。

 

(くるぞ“本気”が! ああ……畜生――――――――これは……耐えきるしか無い!)

 

巨大な片手剣が暴風のように襲いかかってくる。

クリアは脳をフル稼働させて、短い曲剣を両手で握ることでなんとか受け流そうとする。

 

(……ありえない……ありえない! 武器的にどう見てもこっちが得意なリーチのはずなのに……なんで……そんな大物を、こんな密接状態で軽々と振り回せるんだ!? 不味い不味い不味い不味い……いなしきれない! 相手は片腕なのに――衝撃で両腕が痺れてきている……ここで下がったら本当に終わり――)

 

打ちあったまま後ろに下がってしまえば、そこはアインザームの握る片手剣の最も得意な“力の乗る距離”。

そこに移動した瞬間に、クリアの敗北は確定する。

 

(ここまで仕掛けて日和らないとは……妙にしぶといが――しかし、“二流の剣技”だな。槍の時と同じように、武器を“受け流しに使う”だけで精一杯だとは――!)

 

ついに、クリアの両手持ちの曲剣がアインザームの剣と真正面から打ちあってしまう。

打ちあったのは片手剣の刀身では無く――鍔と柄の間だった。

 

「ヌ……ギギギギギギギギギ!!」

 

何とも奇妙な鍔迫り合い。

片手で上から押さえ込むように力をかけるアインザームに対して、斜め下からダンベルを持ち上げるアスリートのように両手で曲剣を掲げるクリア。

 

(フン――こんな情けない戦いをするのも、馬鹿馬鹿しい)

 

アインザームは後ろにステップし、同時にクリアの腹部に蹴りを放つ。

 

「グアッ!」

 

派手に吹き飛ばされて、クリアは無様にすっ飛んでいく。

地面のくぼみに溜まった雨水が、激しく飛び散った。

 

(これで良い――今度こそ距離は充分に取った。そして貴様の太刀筋は“大体解った”。“二度目は無い”)

 

両手で剣を掲げて、回復魔法の詠唱を始めるアインザーム。

その詠唱が完了すれば――今まで意表を突いて積み上げた努力が全て無に帰す。

そうなれば、クリアに勝ち目は無い。

戦いはついに――終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

(ああ、こうなったか……体術まで一流とは――キャラクターの性能どうなっているんだ。クソ――距離が空いてしまった。もう………………アイツには手が届かない…………)

 

 

 

 

 

「――――――――――――――だけど、吹っ飛ばされたこの位置。“さっき弾かれて吹っ飛んだ槍には手が届いちゃうんだな、コレが!”」

 

クリアは泥だらけになり無様に這いつくばりながら、先程吹き飛ばされた槍を再び掴む。

槍の“赤い把手部分”をねじ曲げて、よろよろと立ち上がる。

 

「喰らええェェェェエエエエエエ!」

 

わざとらしく叫んで、クリアの手から槍が全力で“放たれた”。

 

(なるほど。――二つ折りではなく。三つ折りだったか)

 

クリアの奇手にアインザームは驚いたが――何のことはなかった。

その“奇手”に気づいてから、アインザームの元に槍が到達するまでに60分の13秒程かかった。

これは、“アインザームにとって”十二分に対応できる速度である。

魔法の詠唱を中断し、軽く体を捻らせてそれを回避する。

槍はアインザームを通り過ぎて、遙か後方の天然の結晶石に突き刺さった。

 

(ただの虚仮威(こけおど)しか。ほんの少しだけ驚いて反射的に避けてしまったが、何のことは無い。戦闘時間は約90秒程度か――ここまで時間が掛かった戦いも久しぶりだったが、いい加減引導を渡してやろう)

 

そこで詠唱を再開したアインザームは違和感を感じて、再び振り返った。

戦い慣れていたが故に、結晶石に突き刺さった槍を見て――気づいてしまったのである。

 

(槍から“何か”が出ている……――これは!!)

 

「“とっておきの――――――秘密兵器だぜ!!”」

 

そう叫んで、クリアはそれまで外していたゴーグルを装着して、“手元に残った槍の赤い把手(とって)”を腰に取り付ける。

把手の機械式のボタンを力強く押すと――凄まじい勢いでその体が引っ張られた。

 

(馬鹿な……あの槍には――“釣り竿が組み込まれている”!!)

 

奇手を超えた鬼手に――アインザームの手が止まる。



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第三十話 MAD/NOMAD(イカれた流浪者)

 クリアの体が“発射”された。

それは制御不能の速度。

同時に、武器スキルを発動することで両手で握られた曲剣が淡く発光する。

 

「コイツを……喰らえやあああああああああああああああ!!!!」

 

そのあまりの速さに、光る曲剣の緑色の軌跡が雨を切り裂き、宙に残留する。

まるで、一陣の疾風が吹いているかのようだった。

 

 

 

 

 

風を纏ったクリアの体がアインザームを通り抜ける。

 

 

 

 

 

アインザームに隙は無い。

 

その大盾でクリアの渾身の一撃であるはずの武器スキルを受け止めていた。

緑色の曲剣は情けなく、あっさりと地面に転がる。

 

そう――既にクリアの手の中に曲剣はない。

そもそも、武器スキルの発動は見せかけだけで……“不発”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勢いを殺しきれずに地表への滑走を続けるクリアの手の中に在った武器は――アインザームの背面から、胸部に刺さっていたはずの、グニャグニャにねじ曲がったレイピアだった。

 

全ては一瞬の出来事。

クリアがアインザームに接近を始めた次の瞬間には、大気の衝撃波にアインザームの血と雨が混ざって四方八方に飛び散っていた。

滑走している状態から、姿勢を崩してクリアは地表を転がって――フィールドに設置されていた結晶石に激突する。

凄まじい轟音と共に石が砕け散り、クリアの姿は粉塵の中に見えなくなる。

 

アインザームは今の今まで、クリアに対してレイピアを戦闘中に引き抜かせる隙を一切与えなかった。

与えていない“つもりでいた”。……故に、油断していた。

 

アインザーム自身が、堂々とした出立ちにこだわらずに、即座に大きく後退してレイピアを引き抜いていれば――HPの目測を誤るようなこともなかった。そのチャンスは何度もあった。

 

クリアを真正面から堂々と潰そうとして、無駄な時間を使わなければ――レイピアを途中で引き抜かれてたとしても、手遅れになることは無かっただろう。

 

槍の投擲に対する咄嗟の回避。

 

クリアの曲剣の武器スキルに対する堅実な防御。

 

どれもこれも、“この世界に君臨する最上位の聖騎士”として理想的な対応であったが、しかしその結果、アインザームは自らのスタイルとは正反対の卑劣な搦手の数々を連続で受けて、雨で泥濘んだ地面に膝をついている。

 

それは道化師(ピエロ)に付き合ってしまったアインザームという男の“絶対的な強者としての在り方”がもたらした悲劇だった。

 

しかし、卑劣な流浪者がここまで徹底的に、容赦無く策を尽くしても尚、形勢は圧倒的と言える程のものではない。

 

何故なら、ここまでがクリアの“全力”であり“万策”であり、次の搦手はもう何も残されていなかったからである。

 

一方でアインザームは、尚も未だ戦闘不能にはなっていない。

虚をつかれるも、即座に冷静さを取り戻し、地面に膝をつきながら回復魔法を詠唱しようとする。

 

 

 

 

 しかし――背中を刺されて。

槍捌きによる時間稼ぎと毒のダメージでじわじわと体力を削られ。

鋭利な刃で切り刻まれ出血し。

胸部の武器を想定外のタイミングで乱暴に引き抜かれ。

 

 

 

 

「く……Clear・All――! この……! “悪党”……め……が――ッ!」

 

 

 

 

 

減りきったアインザームのHPが――魔法の詠唱が完了する寸前で、毒によってゼロになった。

その体は力なく地面に倒れ、ついに動かなくなる。

同時に、先ほどの大気の衝撃で空に飛んで行った血と雨水が、一瞬――時間差で滝のように降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲は激しい戦いから一転、静寂に包まれて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――突然。崩れた結晶石の中から足が飛び出た。

山積みになっている石を蹴っ飛ばして、泥だらけのクリアが這うように石塊の中から出てくる。

 

「ああ――もう――畜生……し……しんど……かった…………」

 

溜息交じりの感想は半分、涙声になっていた。

 

極限的な戦闘に脳を限界まで酷使した故か、クリアは立ちあがろうとするもそのまま姿勢を崩してしまい。

その場で大の字に転ぶように仰向けに寝そべった。

 

結晶石が砕けた為か、先程まで突き刺さってた槍が元通りの長さで、地面にだらしなく転がっている。

クリアは寝転がったままそれに手を伸ばして、片手で天に掲げると――

 

「サンキュー、ネコニャンさん。仕込んだ釣竿のおかげで……“大物が釣れたよ”」

 

――と、一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

地面に突き立てた槍を杖のようにして、ようやく立ち上がったクリアが真っ先に行ったことは、戦闘不能になっていたレットの蘇生だった。

 

 

 

 

「あ、あの――――クリアさん。その……」

 

レットは満身創痍になっているクリアの顔をじっと見つめて――

 

「オレ……………疑って――スミマセンでした!!」

 

――深々と頭を下げた。

 

「……おいおい、起き上がって真っ先に言うセリフがそんなことか。――気にするなよ。疑われるようなことをしていた俺が悪いのさ」

 

クリアはそう言って、アインザームの死体に歩み寄る。

 

「とにかく、これでもう言い逃れはできないな」

 

死体の前で、クリアが掲げたのは――

 

『プレイヤー名:“Einsam(アインザーム)” プレイヤー殺害数:5706』

 

――“件の仮面を被ったアインザームの姿”を模した首級(ホログラム)だった。

 

「『首級』では最もプレイヤーを倒した時の姿が再現されている。そして、この数字の中に、公正なPVPで倒したプレイヤーはカウントされていない。つまり――もう言い逃れはできない」

 

クリアはそう呟いてから、再びインベントリーを弄り始める。

 

「コイツを――アインザームを起こすんですか!?」

 

「心配するなよ。レット、終わったんだよ。自分の首級が出てしまった以上、この男はどう足掻いてもどう暴れても自らの誇りの失墜は避けられない。システム上、奪い返すこともできない。――終わったんだ」

 

クリアが(かざ)した手の平から光り輝く雫が溢れ出て、アインザームの体に降り注ぐ。

 

「………………」

 

蘇生アイテムで起き上がったアインザームは当初、言葉を発さなかった。

ただ自分の前に立つ二人をじっと見つめていた。

 

「さて、“聖十字騎士団団長”アインザーム。気分はどうだ? ――話せるか?」

 

クリアの質問を受けてからも、アインザームはしばらくの間無言を貫いていたが、隣で自分を睨み付けるレットを一瞥するとようやくその重い口を開いた。

 

「…………何故、私を蘇生させた?」

 

「コイツが――」

 

クリアは親指を立てて、背後にいるレットを指した。

 

「――さっきアンタにした質問に対して、答えてもらいたいからだ。要するに、事の全てを話して欲しい」

 

「………………………………」

 

「まずは、そうだな――アンタ自身のことから聞かせて欲しい。どうしてこんなことをしたのか、こんなことになってしまったのか」

 

「私はもう終わった人間だ。今更自らの“罪”を語って何になるというのだ」

 

(この人…………)

 

レットは動揺した。

アインザームが自ら“罪”を自覚していたということに。

 

「戦いは終わったけど、“全てが終わった”かどうか、それを決めるのはアンタだろ。少なくとも、俺にはアンタを批判する資格も権利もない。確かにアンタはそんなことをする人間じゃ無いと思っていたのは事実だけど……」

 

そのクリアの言葉を受けて、アインザームがその視線を鋭くした。

 

「とにかく、聞きたいことは沢山ある。いいから――聞かせてくれ。……何よりも、戦いが終わった今、俺がソレを一番知りたいんだ」

 

クリアの問いを受けて、アインザームは自嘲気味に笑った。

そして、座り込んだままゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

「そうだな……あれは、私がこのゲームに出会う前の話だ――」



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第三十一話 『腐敗の…………』

 私という人間は昔から、なんでもできた。

――できてしまうような人間だった。

 

しかし、そんな私の人生が充実していると感じたことはかつて一度もなかった。

 

心の中はいつも、冷え切っていて――虚しかった。

 

薄っぺらい日常。

変わらない真っ暗な社会と、冷たい世の中。

 

そして、それを変えるだけの力がありながら、意思を持たず。

自分の心を満たすこともできずに周囲に流されるだけの自分という存在。

 

私という人間と、それを取り巻く人間――環境――現実の世界――全てが虚しく、何もかも空虚に感じていて。

そんな私という個人は他人の幸福を理解できず。

他人の笑顔等、ただ顔に張り付いているだけのようにしか見えない。

 

人の涙に悲しみを感じられず。

人の怒りに共感を見い出せず。

 

最初は抵抗していた。

自分はこの世に生を受けた以上、何らかの存在意義があるのだと。

人生の目的を自ら探そうとした。作ろうともした。

 

だが、私は常に孤独で……結局心に残ったのは圧倒的な無力感と絶望だけだった。

 

生きている実感がなければ、それは死んでいるのと同じことだ。

だから――自らの命を断つ意味すらもない。

 

そんな空っぽの私という人間が――人生で初めて――唯一希望を見出せたのが“架空の夢物語の英雄”で、そんな英雄に憧れて、挙句に辿り着いたのが……この世界だった。

 

 

 

私にとっての思い出の地……。

最初はポルスカ森林の大きな滝の近くで、獣に襲われていた初心者に助けたのが始まりだった。

 

感謝された時。私の中で大きく何かが変わったような気がした。

私は人々の為に、ありもしない英雄のように必死になった。

 

『いやー助かった。ありがとう。君は本当に最高のプレイヤーだな! ハハハハ!』

 

『アインザームさんが居れば、どんな敵も倒せちゃいますよ!』

 

『あなたの強さと素直さと嘘偽りの無い思想に乾杯!』

 

『団長。少し困ったことがありまして――』

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「皆が心の底から私のことを慕ってくれていた。そうして、チームメンバーから支持を受けて、どんどん組織は大きくなっていった。気がつけば私は現実の全てを捨てていて、居場所を完全に失い。仮想世界でもいつの間にか、負けられない、不敗の存在に――失敗のできない孤立した立場になっていた。……私はそこに至って、人生で初めて恐怖というものを感じた。敗北することで、この世界の自分(アインザーム)という存在が(そし)られることが――自分の作り上げた在り方を壊されるのが何よりも怖かった。失うことを恐れて、気がつけば『不敗の騎士』になってしまっていた。そして、どう足掻いても黄金期という物はいつか必ず去る……」

 

「――おかしくなったんだな? アンタを取り巻く環境が変わった出来事が、何かあったんだ」

 

「その通りだ。――何時だと思う? ゲームの中で人が自らを在り方を見つめ直し、互いに争う時は――何時だと思う? 解りはしないだろう……」

 

 

 

 

 

 

「――ゲームそのものが、停滞した時だろ_」

 

クリアの呟きを聞いてアインザームが目を見開いた。

 

「……よく分かったな。その通りだ。何のことは無い。“心の腐敗”という物は、突然沸いた非日常から起きるモノではない。“ある日突然”――などという言葉は、人の間では起こりはしない」

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

つまらない話――それはこのゲームのアップデートが“遅れた時”だった。

ゲームの中で話し合うことが無くなった仲間達は互いを監視し始めた。

コミュニティに閉塞感が溢れると、人間関係が一種の娯楽として取り扱われるようになるのだと、私はその時初めて知った。

 

 ある日、オーメルドを通る合成職人達の隊商と、チームのメンバーが言い争いになった。

隊商は、チームに加入している合成の職人達と利益が競合していた。

ゲームシステム上、穏便に解決する手段は無く。外部の掲示板では匿名の誹謗中傷が耐えなかった。

終わらないプレイヤー同士の罵り合いに、メンバーのストレスは限界に達していた。

 

 

“だから私が全てを倒した”。

 

 

チームの利益の為に、隊商を徹底的に襲って壊滅させたのだ。

最初に身分を偽って彼等を殺害した日は忘れられない。

悪事に手を染めた罪悪感は全くなかった。

 

これは、人々のために必要なことだと――そう思ってしまった自分がそこにいたことが忘れられなかった。

 

私はチームの要望に応える為に、必死だった。

目的のためならば、相手が初心者でも容赦をしなくなっていった。

 

やれることは本当に、何でもした。

この世界の中で、私に解決しない問題など無かった。

 

プレイヤー同士の問題に乱入して、両方とも殺害する。

チームを(そし)プレイヤーがいれば、PKやMPKを行って徹底的に追い詰める。

匿名で疑心暗鬼に追い込み、他のチームのメンバー同士の仲を裂いて解散に導いたこともある。

 

こうして、聖十字騎士団はフォルゲンス周辺で存在感を増し、メンバーは“増えていった”。

増えていったが……私の心は再び冷えていった。

気がつけば、チームメンバーは自らの利益の為だけにチームの名声に縋っていった。

 

いや――ひょっとすると最初からそうだったのかもしれない。

だが、その事実を私は見たくなかった。信じたくなかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「そうだ……敵が居てくれればよかった……この世界に倒すべき敵が居てくれれば良かった。共に目的を目指す真の仲間が私の隣に立っていてくれれば良かった……。でも、この世界はどこまでも進んでも現実の延長だった。いつまで経っても世界に危機など訪れはしないし、心の底から信頼できる友人は私の前から離れていった。それでも――それでも、私は誰かに心の底から必要とされたかった。この世界が例え仮想であったとしても……私のような破綻した人間の居場所は最初から、ここにしか――なかったのだから……」

 

そう言って、アインザームは頭を抱えた。

 

「…………」

 

レットは項垂れていた。

話が終わっても、クリアはアインザームに対して何も言わなかった。

批判もしなければ共感もしない。

ただ本当に、話を黙って聞いていただけであった。

 

「そんな私に一つだけ……誤算があったとするのならば。まさかこの場で私が負けるとは思っていなかったということだ。私の戦い方――立ち振る舞い――弱点――その全てを、理解できているわけもなかろうに……」

 

「実を言うと、アンタには期待していた。“正義を体現する”なんて、カッコつけた標題を仮想世界の中で堂々と掲げて、チームを引っ張っていくアンタの在り方は馬鹿げてるしイカれてるけど“本物”なんだろうなって――期待してた……。だから興味があって、前から一人のプレイヤーとして――悪役として――戦ってみたいとも思っていた。良くない噂が流れ始めていた頃から……“そんなこと”あるわけが無いって――アンタのことを色々調べていたんだ。俺も、アンタのブレない“本物”を――正義を信じたかった…………アインザーム」

 

そう言ってクリアは目線を逸らして、顔に装着したままのゴーグルを抑える。

 

「――お前のような人間が私に“そんな物”を期待して何になるのだ? お前に、私の何がわかる。いずれにせよ。もう全て、終わったことだ」

 

アインザームは、まるで末期が迫っているかのように息を大きく吐く。

 

「なあ、レット…………。お前もこの男に聞きたいことがあるんじゃないか?」

 

(オレの聞きたいこと――)

 

クリアから話を振られて、レットは意を決してアインザームに対して質問をする。

 

「あの娘に――。『アリス』に何があったのか教えて“ください”」

 

「それは、最初に話したとおりだ。私は『詳しいことは何も知らない』。ただ――多数のチームメンバーからのアイテムを捨てたという事実の報告と……要望があった」

 

「……言っている意味が分からないです。――“要望があった”?」

 

「彼等と彼女の間で何が起きたのか……詳しいことはわからない。彼女は何かを私に伝えたがっていたようだが……その前に私は一方的に追放する旨を伝えて彼女を排除した。私にとっては特別なことでは無い。誘った人間がチームに馴染まなかった時、理由をつけて追放することは多々あった。ほとんどのプレイヤーが聖十字から追い出されたというだけで謗りを受けて消えていったものだ」

 

そこで初めて――――クリアは怒りを顕わにして、突然アインザームを殴りつけた。

 

「こんの……馬鹿野郎が――お前はチームのリーダーだろうが!! 最後まで初心者の面倒くらいちゃんと見ろよ!!」

 

「流浪者風情にしてはなかなかの拳のダメージだな……だが、今の私には痛くもなんともない。ここは現実では無いし、今更痛がるのも無責任というものだろう……。どこにでも爪弾きにされる人間はいるものだ……それは現実でも仮想でも変わらない。私は“二つ”を天秤にかけて、チーム全体を優先したというだけの話だ。私にはもう、それしかできなかった。君達の言葉から察するに…………彼女はこの世界から去ったのだな?」

 

「はい。……あの娘、落ち込んでました。……泣き腫らしてもう涙が出ないくらい悲しんでました。なのに――――――なのに」

 

「あの少女の身に何があったのか定かではないが。おそらく、私のチームのメンバーが何か“よからぬことをした”のだろう」

 

それから、アインザームはしばらくの間、黙り込んでいた。

クリアは立ったまま、全てが終わった男を間近で見下ろしていた。

いつの間にか雨は止み、僅かながら黒雲の隙間から日が射し始めている。

 

「この場に至って、ようやく理解できた。“結局のところ、私には最初から、何も得てなどいなかった”」

 

アインザームは自分達の真上にある真っ暗なままの天を仰いだ。

少し離れた場所で、その顔に太陽の暖かさを感じていたのは、この場ではレットだけだった。

 

「俺は――そうは思わないがな」

 

クリアの言葉に、アインザームが僅かに顔を上げる。

 

「調べていたとはいえ、俺の持っているお前の戦闘に関する情報は明らかに足りていなかった。そのまま戦っていたら、俺は100%負けていたんだろうが――。しかし、哀れなもんだな『ヒーローさん』よ。他のチームのメンバーが、どういう連中で、アンタをどう思っていたかは知らないけどな――」

 

クリアはゆっくりと腕を上げて、今この瞬間もアインザームを見つめているレットを指差した。

 

「それでもアンタは、“コイツの憧れの対象”だったんだぜ? あの日、あの洞門の中で、レットは“英雄アインザーム”の一挙一投足。戦いの全てを覚えていた。だから、俺はお前の弱点を知ることができた」

 

そう言ってから勝者であるはずのクリアは、アインザームに対して悔しそうな表情をしてみせた。

 

「つまり、アンタはそれだけ、“羨望の目で見られていた”ってことなんだよ……。“それがお前の敗因になったのさ”」

 

アインザームはクリアの指摘を受けて、一瞬だけ声を出して自嘲気味に笑う。

そしてアイテムインベントリーを広げた後、持っていた剣を自らの手で乱雑に放り投げた。

“破棄された”長大で真っ直ぐで美しい剣は、結晶石に当たって簡単に――真っ二つに折れた。

 

アインザームはそこからしばらく開かれたアイテムインベントリーの前で呆けていたが、何かに気がついたのかクリアを一瞥した後に――穏やかな表情でレットと目線を合わせた。

 

「なあ。アインザーム……。アンタ…………もし良かったら――!」

 

顔を上げたクリアの提案を聞く前に、『アインザーム』はその場から消滅した。

 

 

 

 

――二人の前に、二度と戻って来ることはなかった。











「おいおい。ここで一体何があったんだよ……」







「全部――終わったんだ。アンタのインタビューの対象は変更だ」


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第三十二話 迷い子(Alice)

それから暫く経って、全てが終わって。

 

ここは、あの(ひと)の――アインザームにとっての始まりの場所。

 

オレはクリアさんと一緒に、森を抜けた先にある高台に来ている。

そこから、ポルスカの巨大な滝を眺めることができた。

 

時間帯は昼で、天気は雲が少しだけ入り混じっている普通の青空。

周囲には、オレ達以外のプレイヤーは誰もいなかった。

 

「“終わるんだってさ。聖十字騎士団”」

 

胡座をかいて座っている状態のまま、新聞紙を開いていたクリアさんがポツリと呟いた。

 

「……やっぱり。そうですか。随分、あっさり解散しちゃうんですね…………」

 

「事が公になる前に、あっさりだ。あいつの後釜になれるような能力の高い人間が他にいなかったんだと。全員が普段から、自分の最低限の役割しかこなしていなくて、主体性無く流されて、お互いがお互いに着いてくるだけのアインザーム有りきの烏合の衆だったってことだ。奴が敗北して不敗伝説は崩れて、しかも団長が悪名高いPKプレイヤーだったって事で騎士団に対する批判は未だに止まらない――食うか?」

 

そう言って、クリアさんが串焼きのようなものを投げる。

地面に落っことしそうになりながらも、オレはそれを両手で受け止めた。

 

「そして“聖十字騎士団”から被害を受けたプレイヤー達の告発も止まらなくなってる。どうやら、団長以上に、メンバーの方が“悪さ”をしてたみたいだな――」

 

その後、クリアさんから詳しい事情を聞いてオレは驚いた。

告発された内容はアインザームが行った悪事とは比べものにならないほど酷いものだった。

あのチームのメンバーは初心者プレイヤーに対して言葉の暴力を、チームではなく個人の利益の為に、ずーっと裏で平然と行っていたらしい。

 

「――それで、ゲーム内外でも叩かれまくって権威失墜した結果のチーム解散なんだと」

 

「そんな酷いことをしていただなんて……どうして、今まで隠し通せていたんでしょう?」

 

「このゲームではフザけた仕様があってな、『通報は被害を受けたプレイヤーが行わないと受理されない』んだ。だから、知識も頼れるフレンドもいない哀れな初心者プレイヤーは、今までは泣き寝入りで終わっていた。しかし、今回の事件が起きたことで、それが初めて表沙汰になったというわけさ。最終的に被害者達の“ゲーム内通報”によって、加害者達のほとんどが“処罰”されたらしい」

 

そこでクリアさんは新聞から顔を出して、オレの顔をじっと見つめた。

 

 

「――“お前もある意味で被害者だった”ってことさ」

 

「え!? どういう意味ですか?」

 

クリアさんから詳しい話を聞いて仰天した。

あのチームが裏で行っていた悪事のうちの一つ。

 

MPK――フォルゲンス周辺のポータルゲートにモンスターを“設置”していたのは、まさかの聖十字騎士団のメンバーだったらしい。

 

「お前が初めてフォルゲンス共和国の外に出たあの日も、連中は同じことをやっていたんだろうな。そうすることで、打ちのめされた初心者達を勧誘。――もしくは、自作自演でモンスターを蹴散らして恩を売って、メンバーを増やしていたというわけさ」

 

オレは、あのチームでオレを勧誘した――洞門でオレをじっと見つめてみた銀色の装備をつけた騎士を思い出した。

 

(ひょっとすると、あの人もそういうことをやっていたのかな……)

 

「そういうことをエゲツないことをやっている連中がいるということは自分も知っていたが、まさかそれが聖十字騎士団とまでは思っていなかった。で――どうだレット、全てが終わった気分は? 少なくともフォルゲンス共和国周辺は、前より平和になりそうだよな」

 

「そうかもしれませんけど。オレは――なんか、悲しいです。まさか、チームのメンバーがそこまで悪い連中だったなんて。チームのリーダーが救われないっていうか……素直にあの人(アインザーム)を憎めなくなっちゃったっていうか……」

 

そう言ってからオレは串焼きモドキを口に入れたけど――すぐに吐き出してしまった。

 

「不味いですね…………コレ」

 

「当たり前だろ。フォルゲンス産だぞ」

 

『――ひょっとして美味いと思っていたのか?』と言わんばかりの表情で、クリアさんは意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「――とにかく。あのアインザームは、俺みたいなただの屑とは違ったんだと思う。能力もあったし、意気込みも立派だった。現実が冷たくてうんざりしていて、でも自分の理想を諦められなくて、流れ着いた仮想世界で一人で必死に足掻き続けて……」

 

そう言ってから、クリアさんは立ち上がって目の前の大きな滝を見つめる。

 

「でも、周囲の人間は誰もあの男を理解してやろうとしなかった。アインザームを持ち上げていたメンバー達は、体の良い“寄生先”として聖十字騎士団に所属していただけだったのだろう。本当の意味であの男を慕っていた人間など、誰一人いなかったのかもしれない」

 

その言葉を聞いて、あの人と洞門で出会った時のことを――オレはふと思い返した。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

「あ、その。――すまない。珍しいと思ってね……。この私の自己紹介を聞くと私を知らない者には笑われて、知っている者には愛想笑いをされるのが常……なのだが……」

 

「へ? 何で笑う必要があるんです? “正義の体現者”! 格好いいじゃないですか。というか、実際に正義のヒーローですよ! だってオレのこと、助けてくれたじゃないですか?」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

(あの時――あの人、とっても嬉しそうに笑ってたな。あの人は最初から最後まで、ずっと“孤独”だったのかも……)

 

「不幸中の幸いなのは、あの男がメンバーの悪事までは知らないままこの世界から去れたということだけだな。あのチームのメンバーはあの男にとって肩を並べる仲間ではなかったのかも知れないけど。しかし、あの男にとっては最後まで“守るべき人々”だったんだろうよ」

 

オレは、自分の今の気持ちを素直にクリアさんに伝えた。

 

「……オレの中で――オレの憧れが潰れたような気がしました。やっぱり……現実はうまくいかないんだなって――」

 

心が折れてしまったオレを見て、かける言葉が見つからなかったのか。

クリアさんは黙って懐から新品の羊皮紙を取り出す。

その羊皮紙には、小さな紙が数枚付箋のように貼りつけられているはずだ。

 

どうしてそれがわかるのかというと、“その羊皮紙に何が書かれているのか、既にオレは知っていた”からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――Clear・AllとDaaku・Rettoへ。お前らには感謝しているよ。おかげさまで途轍もないスクープを掴むことが出来た。まず、何から伝えるべきか……。

 

騒ぎが大きくなって、聖十字騎士団の連中が情報誌社のかなり上層に食い込んでいた事が判明して、汚れた真実を洗い出すことに成功した――って所からにしよう。連中は自分達のチームにとって不都合な情報を記事に載る前にことごとく握りつぶしていたんだ。これも、おそらくアインザームの預かり知らぬところで行われていたことだ。

 

――話を聞けば聞くほど、哀れな男だ。

 

聖十字に癒着していた記者連中はまとめてクビになり、局長は今度の記事に俺のスクープと、謝罪文を掲載する羽目になった。

 

 俺とミズテン(俺の横にいた馬鹿っぽいネコだ)《馬鹿とは何よぉ!》は見事に職を取り戻して今は大忙し。

 それで、まあ俺も鬼じゃない。解散した騎士団のメンバーを個人的に取材していなくなった件の少女“アリス”の話をまとめてみたんだ。

 

ここから先は俺の“記事”だ。

読者はたった二人――もしかすると一人になるかもしれない。

 

 俺がこの文書をレットではなく、クリア――お前宛てにしたのには理由がある。

まず、お前が読んでアイツに見せるか判断してやれ。

お前がアイツの“お守り”として優秀かどうかっていうのはこの際関係ない。これは正直に言うと“逃げ”なんだ。

情けないと自覚はしている。

だけどこの話は俺には余りにも荷が重すぎるから、責任転嫁させてもらうぜ。

――悪いか?

 

まず彼女(アリス)が居場所を失った原因が何処にあったのか。

彼女自身にあるとすれば、『初心者だったがチームのやり方に従わなかった』ってことか。

――といってもメンバーと喧嘩したり、口論をしたというほどの物では無かったらしい。

 

チームメンバーの手伝いを断ってチュートリアルを受けずに一人で何でもこなせてしまっていたというだけの話だ。

要するに意志が強くて、優秀で、少しだけ、ほんの少しだけ周囲に合わせていなかったという程度の物。

 

俺的には本来、チームというものはそのくらい自由であるべきだと思うんだが――聖十字騎士団はその程度の事すら容認できる空気じゃなかったらしい。

当時、あのチームの中は煌びやかな外見とは裏腹に、人間関係のドロドロと無言の圧力でもう地獄だったそうだ。

 

彼女がそんな事を知る由も無い。

大人数のチームの中で物怖じせずに普通に混じって楽しそうに会話していた。

最初はそれで良かった。実際、彼女はチームの中で一種の清涼剤になっていたらしい。

そしてチームメンバーの“一部の男性陣”から瞬く間に気に入られた。

 

 

これが本当に良くなかった。

 

 

聖十字の古株の女性陣から恨みを買ってしまった。

彼女は何もわからぬままそこから次第に孤独になっていった。

元々一人で活動していた彼女はチームにいながら、名実ともに一人になった。

それでも彼女は全くめげない。無視されようとも明るく振る舞っていた。

 

アインザームはそんな彼女を滅法気にかけていたらしい。理由は不明だ。仮面を被っていた奴の事だ……下心があったのか気まぐれだったのか、そこは想像にお任せする。

 

 

そして、これがさらに良くなかった。

 

 

チームの中で祭り上げられていた団長と仲が良いと言うこともあってか――男性プレイヤーすら彼女に『チーム内の不和の原因』であると苦言を呈し始めた。

馬鹿馬鹿しい話だが、それで彼女はさらに孤立を深めていった。

 

で……だ――ここからが直接的な原因なんだと思う。

 

アリス(Alice)というのはある意味で、彼女の偽名だ。

このゲームで名前を変えるのは容易ではないが課金さえすれば不可能ではない。

 

彼女がチームで活動していた頃の、かつてのキャラクター名は××××××× ××××××という。

わかるだろう? このキャラクター名は――実名に近いんだ。

 

もちろん、これだけで全てが分かってしまうというほど、隙だらけでは無かったがな。

それを知ってか知らずか警告をして、名前の非表示を勧めて、『課金した上での改名』を彼女に提案したのも――アインザームだったらしい。

 

だけど遅すぎたし、何よりもアインザームは自分のチームメイトが底なしの邪悪だったってことを理解していなかった。

彼女は仲の良いメンバーに裏切られて、上手いこと現実の話を引っ張り出されてしまった。

仲良く話していたメンバーは突如彼女に牙を剥いて、その情報を周囲に流し始めた。

 

そこから実名が割れて、チーム内であっという間に流出したんだ。

連中は彼女の実名を使って彼女の個人情報を更に、執拗に洗い出し始めた。

 

ネットで彼女の“本当の名前”を入力して情報を混ぜて検索をかけてみると、そこでようやく分かってしまう事実がある。

 

 

 

 彼女には年の近い弟がいた。

勉学の成績も低くて吃音が酷くて、根暗な性格だったからか――学校では虐められており、両親にもあまり愛されていなかったようだ。

だけど彼女だけは違った。

あの娘は弟にとっての親代わりだった。

彼女が弟を庇っていじめを無くそうと一人で様々な行動を起こした。

結果的に、彼女は多くの敵を作ってしまったが、決してめげなかった。

――“彼女”は。

 

ここであの娘を責めるのは余りにも酷だと思う。

独りじゃ、どうにもならなかったんだ。

結果的に、イジメの標的にされていた弟に更にしわ寄せが行った。

学校、両親、教師。

それが当たり前のように誰も――何もしなかった。

弟を取り巻く環境が改善される前にその心がぶっ壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今時、よくある話だ。

山ん中での、首吊り自殺だったらしい。

 

 

 

学校はイジメの事実を認めないまま終わった。

親も騒ぎ立てなかったから、大事にはならなかった。

メディアは“優しいお姉さん”を取り扱ったが直ぐに撤退した。

 

両親の涙が無いとセンセーショナルに取り上げることが出来ずに世間の受けが良くないからなんだろうよ。(それが理解できてしまう自分に苛立ったよ。マジでな)

 

そして、彼女に対する執拗な特定によってこの情報が漏れてしまった。

――よりにもよって『VRMMOのプレイヤー』にだ。

 

ある日、連中は仲良くしたいという名目で一人ぼっちの少女(アリス)を呼び出した。

何の準備もせず、幸せそうにやって来た彼女に、連中はついにやってはいけないことをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女を取り囲んで『弟を間接的に追い詰めて自殺に追い立てた殺人者』だと集団で罵ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これでもかなりオブラートな表現だ。

実際に彼女を取り囲んで何を言ったのか――そこまでは調べが付かなかった。事実を知ったミズテンがその場で泣き出して、仕事にならなかったせいでもある。感情のコントロールを失敗して情報を聞きそびれるなんて全く――プロ失格だぜ。《こんな事書いて私のせいにしてるけどぉ。オロチも珍しく取材対象に激昂してたのよぉ》

 

いきなり心に言葉のナイフを突き刺された彼女は、そのタイミングで何も知らないアインザームの手によって、メンバーの意向でチームから追い出されてしまった。

ここからは推測だが、彼女がゲームを始めた原因も弟の自殺が関わっていたんじゃ無いかと思う。

要するに彼女は――“現実世界”に絶望して、最後に縋っていた“仮想世界”の中ですら『現実世界と全く同じように裏切られてしまった』んだ。

 

 

 俺は恐ろしいよ。

この私刑が“何となくで行われた”って事が恐ろしい。

おそらく、加害者連中は誰も何も悪びれてはいないだろう。

何よりもこういう事をやるプレイヤー達が、普段何食わぬ顔で歓談しているこの世界が、現実と何も変わりはしないのだと――改めて思った。

 

さっき、読者は二人だと言った。俺は全く、それで良いと思っている。

いくら俺でも公にしてはいけない情報があるのだと、今回は勉強になった。

 

 そうだ。認めるよ。

俺は確かに焦っていて、何も知らないレットに対して意地悪だった。

真実に固執した結果、気がついたら……俺が大嫌いな――現実のメディアと、似たようなことをやっちまってた。

 

贖罪にはならないだろうけど、彼女の“本当の名前”と“彼女を取り囲んだ連中”の名前を手紙に添えさせてもらった。

 

俺にできることはこのくらいだ。

この情報をどう使うのかは全部お前に任せる。

 

本当に無責任だろ? 笑ってくれよ。

 

…………だけど、約束はしよう。

 

俺の口は堅く、エールゲルムは広い。

この話は俺が死ぬまで、誰にも話さないと誓うよ。

そしてもう、アンタらに付きまとうことも、会うことも無いだろう。

 

ミズテンの奴が俺を五月蠅く呼ぶのでここで筆を置いて、あいつにこの手紙の投函を任せることにする【オロチより】

 

《クリアさん。レット君を慰めてあげて頂戴ねぇ~……。彼とはどこかでまた、ばったり会える気がするわぁ~。【ミズテンめぅ】》

 

ああ、そうだ。それとオロチより最後に追伸――』

 

 

 

 

クリアさんが手紙を再び読み直して、手紙の内容を思い出して俯いているオレをじっと見つめてくる。

 

「……これを初めて読んだ後、お前を抑えるのに苦労したよな」

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「どうしてですか! 何で貰ったリストを“燃やしてしまった”んですか!」

 

「それを見て――お前はどうするつもりなんだ?」

 

「正直、何回でもゲームの中で殺してやりたいです。あの娘の――アリスの敵だって叫びながらゲームを遊べなくなるまで嫌がらせしてやりたいですよ!! それでも……それでも足りないくらいだッ!」

 

オレは完全に怒っていた。怒っていただけじゃない。

多分、いろんな感情が混ざっていたんだと思う。

 

「レット。“それだけは絶対にやるな”。この一件で既に彼女は学校名まで割れている。この世には――金を払えばどんな事だってやる奴がいる。恨みを買って彼女の私生活まで暴かれてみろ! お前のせいで彼女をさらに追い詰めることになるかもしれないんだぞ!」

 

クリアさんの指摘を受けて、オレは言葉に詰まった。

 

「――それは……。そんなことって……」

 

「ああ――これはあくまで可能性だよ。でも少なくとも、この世界に“倒すべき敵”なんていないんだ。相手を殺しても終わりが無い。“復讐”をしちゃ駄目なんだよ。必ず破滅する。そこまでやるか? と思うかもしれないがやり返してくる奴がいるかもしれないのが――MMOだ」

 

「あの娘の本名まで俺に隠す必要は無いじゃないですか! オレ調べたんです! ……でも、似たような事件ばっかりで――どれがどれだか何もわからなくて……」

 

“似たような事件ばかり”。

オレの言葉を受けて、クリアさんは気の滅入りそうな表情をしてみせる。

 

そこから、オレとクリアさんは更に口論になった。

だけど――クリアさんは絶対に譲ってくれなかった。

 

「これ以上お前を巻き込むわけにはいかない。この話はお前の手に負えないんだ。正直に言うよ。レット、今のお前じゃ役者不足だ。鬱陶しいだろうし、余計なお世話と思うかもしれないが、彼女のことはもうそっとしておくべきだと俺は思う」

 

オレは、悔しかった。

あの娘のために、何もしてあげられないことが――とても虚しくて――悔しかった。

 

「納得がいかないのは当たり前だ。じっとしていられない気持ちもよく分かる。でもな。“復讐の為だけにゲームを続けるっていうのはな――辛いことなんだぞ”」

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「本当に嫌になる。“どこもかしこも”嫌なことばかりだ」

 

クリアさんがポツリと呟く。

『“どこもかしこも”』

それは、現実世界と、仮想世界の両方を指しているのかもしれない。

 

現実でいじめられて命を絶った少年。

そして、ゲームの世界でいじめられてこの世界を去ったアリス。

 

『現実世界で起きているような問題がゲームの中でも起こるようになってきている』

 

かつて、クリアさんに投げかけられた言葉が――オレの頭の中で自然と思い返された。

 

「レット…………おっかしいよな。全く。何でなんだろうな? 昔から、この世界はずっとそうなんだ。俺みたいなネジ曲がった人間がいつまでたってもだらだらのさぼっててさ。純粋で真っ直ぐな人間ばかりいなくなってしまうんだ…………」

 

クリアさんは昔を思い返すように。

目に着けたゴーグルを片手で抑えてから、天を仰いだ。

 

オレは気まずくなって、振り返って目の前の滝を見つめていたけれど。

沈黙に耐えきれなくなって、思っていた言葉を思わず零してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリス――戻って来てくれないかな……」

 

直後にクリアさんと目が合う。

その名前を口にしたことで辛くなってしまって、オレは耐えきれずにすぐにまた視線を逸らした。

 

「何となくだけどオレ、今になってわかったんです……。あの娘……いつの間にかオレに“弟を重ねていた”んだって――オレ自身のことなんてきっと全く見てくれてなんていなかったんだって。オレ、色んな意味で浮かれてただけだったんです……」

 

(思い返してみても……本当にオレ、馬鹿みたいだった)

 

「……………………レット」

 

「でも……そんなことはオレの問題だし……今はもう、ただ戻ってきて欲しいんです……。また一緒に――アリスと冒険がしたい……………」

 

自分の言葉が、段々咽び泣きみたいになってしまって、そこで途切れてしまった。

 

「……辛い思いをしたから、彼女はこの世界からいなくなったんだ」

 

クリアさんの言っていることは、よくわかっている。

わかっているんだ……。

“またあの娘とがしたい”だなんて――ただのオレのワガママなんだって。

 

 

 

 

 

彼女はきっと、戻ってこない。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 

「えっと――そうだ! アリス。私のことはアリスって呼んでくれると嬉しい――です!」

 

「ふーん…………………………アリス……アリスねえ。これはまた――。あー、何でも無い」

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  

 

クリアさんがアリスという名前を初めて知った時に不思議そうな表情をしていた理由を、後になって教えてもらった。

 

アリス……Alice。

それは漫画でも小説でも、どこにでも出てくる名前だ。

ありきたりでどこに居てもおかしくない名前。

 

その名前は、このゲームでも最も多く使われる名前で、最もポピュラーで――

 

 

 

 

 

 

――“中身の無い、ありきたりの女性名”の象徴なんだとか。

 

 

 

 

後から考えてみると、あの娘のその名前は――“本心を明かさない。明かせない”

そういう思いが込められていたのかもしれない。

 

(畜生…………チクショウ……)

 

オレがもう少し頑張って、あの娘の信頼を得ることができていたら……。

せめて――せめてもう少し、オレが彼女を知る時間さえ在ったのなら……。

 

 

 

 

 

自分の無力さに耐えきれず。オレは拳を強く握った。

 

 

 

「そう……辛い思いをしたから、彼女はこの世界からいなくなった。――心配なのは……“それ”を現実世界でもやってしまわないかってことなんだが――」

 

(つまり――現実世界からいなくなるってことで……それは――つまり……)

 

クリアさんの言葉の意味を理解して胸が張り裂けそうになる。

きっと今――オレは、世界が終わりそうな表情をしているに違いない。

 

「だが、その件に関しては…………心配するなよ。きっと、大丈夫だ。ちょっと躓いただけさ。戻っては来ないかもしれないけど――彼女はきっと立ち直れるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして…………どうして、クリアさんがそうまで言い切れるんですか?」

 

「それは――」



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最終話 Your wind

 『ありがとう、姉ちゃんのおかげで俺助かったよ』

 

あの子はいつも私の前でだけ、笑っていた。

本当は辛いはずなのに――いつも。

 

ストレスを溜め込んでいたあの子の髪の毛は、次第に白くなっていった。

 

なのに、あの子はいつも通りオーバーなリアクションをしながら――

 

『なんか、ウサギみたいになっちゃった』

 

――と、人懐っこく笑っていた。

 

 

 

 

どうしてなのだろう。

 

 

 

どうして――急に居なくなってしまったのだろう。

 

“急に”なんていうのは嘘。

本人からすれば“ようやく”だったに違いない。

 

最期の日の前の夜のことを、何度も思い返してしまう。

 

後から考えれば、おかしかった。

どうして、気づいてあげられなかったのだろう。

 

布団の中に潜り込んできて、一緒に寝て欲しい。

頭を撫でて欲しいだなんて――突然言い始めたのだから。

 

あの時から、あの子は既に全てを決めていたんだろう。

 

私は、何もしてあげられなかった。

誰にも悟られたくなかったから、だからあの子は一人で遠出した。

 

最後の瞬間、何を感じていたんだろう。

本当に、怖かったんだろうなと思った。

 

人の痛みには人一倍優しい子だったから。自分がどうなってしまうのかよく分かっていたんだと思う。

 

思った。思った。思っただけ。

……私は今、あの子が何を考えていたのか想像しているだけ。涙すら流していない。

誰か、私を罰して欲しい。

いっそ、殺して欲しい。

自分の心が壊れてしまいそうなのに、いつまで経っても中々壊れてくれない。

 

今はそれに輪をかけて――誰も信用できなくなった。

だからもう、“終わりにしようと思う”。

 

弟の棺に入れることのできなかったフェルトの人形。

とあるアニメの主人公を模したそれを、私はじっと見つめる。

 

…………………………。

 

例え手遅れだったとしても――自己満足だったとしても、あの子が憧れていた世界を少しでも知りたかった。

 

でも私は結局、何もわからなかった。

何も、理解できなかった。

 

人形をリュックサックのポケットに仕舞い込んで、身辺整理が全て終わった。

包装用のロープが良い感じに余ったので“この先”の手間が省けて丁度いいな――なんて考えてしまって、思わず苦笑してしまう。

そうして最後に、ネット経由で公式サイトからゲームのアカウントを削除する。

 

どうか私が逝った先で、あの子に再び逢えますように。

 

 

 

 

そう願ってから、持っていた携帯端末を仕舞う――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――直前で、コミュニティのニュースサイトの小さな記事に偶然、目が行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聖十字騎士団崩壊。行われていた不正の数々とチームの悪しき風潮。名実ともに“仮面を被っていた男”アインザーム』

 

震える手で、そのタイトルを閲覧する。

 

とても長い記事だった。

私のいたチームが、崩壊したこと。

私を取り囲んでいた人達が裏で行っていた悪事の数々。

所属していたプレイヤーが特定のプレイヤーに対して著しく人権を侵害するような発言を行っていたという事実。

この騒ぎを受けて、運営会社からプレイヤーに対して「暴言、誹謗中傷の類いはきちんと通報してくれれば厳格に処罰する」と言及するまでの事態に発展していたということ。

その先の写真つきのを見て…………私は思わず息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

『――以上が今回の事件の全貌である。

 

尚、本事件の関係者として【不敗のアインザーム】を“成り行きで倒してしまった”というダアク・レット氏はこう答えている。

 

《オレの名はレット、只のレット! 考え無しにアインザームに勝負を挑んで倒したらそいつが伝説のPKだったぜ! フォルゲンスの最大手チームが崩壊してメンバーは全員路頭に迷ったみたいでメンゴメンゴ! オレが好き勝手やったせいでフォルゲンスのチーム勢力図は今まさに混沌の極みとなったようだな! 恨みがある奴は俺をいつでも殺しに来いよ! 待ってるぜ!》』

 

最後のページ、写っていたのは――レット君だった。

畏まった立ち方はインタビューの内容とは不釣り合い。

――私の渡したスカーフを首に巻いて、『こちらに向かって』ぎこちなく笑っている。

 

「なによこれ……可笑しいわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オレっ……さァ……その……オレ、もっと今より強くなるよ。えっと、強くなって今度は――アリスを助けられるように頑張る……からさ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば――――――――――笑っていた。

泣きながら、笑っていた。

事情なんて知らないかもしれない……。

 

 

 

 

 

それでも、本当に英雄が居てくれたんだって。

 

 

 

 

他の誰の為でも無く。

私の為だけに身を挺してくれた人が一人だけ――ちゃんとここにいたんだ。

何よりも……“誰かによって自分が救われたという事実”に――救われた。

 

「ありがとう―――ありがとう、レット君……」

 

少しだけだけど、ほんの少しだけだけど。

ぎりぎりの所で――踏みとどまれたような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それと、この最後の手紙はクリア個人宛ての追伸だ――“お前ら”の送ってきたインタビューと写真。俺とミズテンは大多数から反感買ったり運営にキレられても最悪クビがぶっ飛ぶだけで済むから全然良いけど、本当にこんなハチャメチャな感じで記事に載せちまって良いのか? お前からのたった一つの頼みだから普通に載せちまうけど。今更止めても、もう遅いぜ?』

 

――クリアさんがさっきからずっと読んでいた“記事”の一面をそこで初めて読んで、オレは目ん玉が飛び出そうなくらい驚いた。

 

「え……………………………………いや。なんですかこれ?」

 

「何って――“今回の事件を暴露した新聞のトップ記事”だよ? 写真はこの前のあの“下水道の変態のリュクス”に撮ってもらったんだ。俺の依頼で、お前のところにやってきたろ?」

 

そう――クリアさんの言う通り――実は事件の後、突然あのリュクスさんがオレのところにやってきたのだ。

『クリアさんの依頼で写真を撮りに来た』と言っていたけれど――

 

 

 

 

 

 

 

「って……この記事に掲載する写真だったんですか!? 聞いてないですよォ!」

 

「“言ってないからな”。リュクスから受け取った写真を、俺からオロチに送って、一足先に完成前の記事を受け取ったわけだ」

 

それまで、ずーっと落ち込んで暗い表情をしていた自分の顔が、新しい問題に直面して“みるみる真っ青になっていくのを感じる”。

オレの反応がよっぽど面白かったのか、クリアさんは思わず吹き出しそうになっていた。

 

「いや! 笑っている場合じゃないですよォ! え? は? ――――――――いや、これ絶対ヤバイですよ!」

 

「丁度昨日かな?」

 

「――何がです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その記事がフォルゲンス共和国で号外として配られ始めたのは。これだけのスクープだ。今頃、このゲームのコミュニティサイトにもデカデカ掲載されているんだろうな。――“お前の注文通り”だ!」

 

クリアさんの言葉で、オレは思わず目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“届くと良いな――あの娘に”」

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「――お願いします」

 

あの(ひと)が――アインザームがこの世界を去った直後。

オレはクリアさんに対して、深々と土下座していた。

 

「“どんな方法でも良い”んです! あの娘を……あの娘を助けてあげてください! このままチームを追い出されて、それで終わりだなんて……いくらなんでも――あんまりじゃないですか!!」

 

馬鹿みたいだった。

他人任せも良いところで、情けなくて仕方ない。

でも、なりふり構っていられなくて。その時のオレは必死だった。

 

「あの娘を助けると言ってもな――正直、今の段階では何も思いつかない。もし思いついたとしても、彼女を“救う”ことができるかどうか……」

 

クリアさんからすれば、無茶振りも良いところだろう。

オレ自身、本当に無茶苦茶なお願いをしているという自覚があったけど、他に頼める人もいない。

 

「どんな方法でも良いんです!  何でもします! オレは――どんな目に遭っても良いから……だから――」

 

本当に無力で、自分自身が情けなかった。

涙を流していたし、鼻水まで垂らしているから、顔はぐちゃぐちゃだった。

だけど――

 

 

 

 

 

「……わかった! その代わり、やり方は俺に一任してくれ。おそらくお前に説明している時間もない。どんな手段を取るにしてもスピード勝負になるぞ!」

 

――クリアさんはオレに対して、そう言ってくれた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

「――というわけで」

 

俺は邪悪そうな笑みをレットに浮かべた。

 

「このぶっ飛んだ記事のインタビューの内容も、俺が独断で書いてオロチに送り付けたというわけだ」

 

――レットとアリスの関わりを詳しく知るものは自分と二人の記者だけ。

彼女を気にかけていたアインザームですら、レットにPKを仕掛けるまで知らなかったほどだ。

アリスとレットの出会いが団の解散の発端であると悟られることは無い。

 

万が一悟られたとしても――人を憎むのにはそれだけエネルギーが要る。

直接レットが明確な意志を持って復讐を仕掛けようとするならまだしも、こんな風にありとあらゆる連中を堂々と敵に回してしまえばこれはもうただの愚かな愉快犯だ。

 

この程度ならただ流されているだけのあのチームの烏合の衆が率先して現実の彼女に対して嫌がらせを仕掛けるとは到底思えない。これ以上、彼女に危害が加わることは無いだろう。

 

 この記事は“願い”だ。

彼女の心が辛ければ辛いほど“全てを片付ける時”に必ず目に付くであろう最後の“希望”。

 

もちろん、届かない可能性も加味しなければならない。

あれだけレットに関わるなと言っておいてアレだが、彼女の現況は心配だし“バックアップ”は可能な限りするつもりでいる。

 

 

 

 

 

 

――というか、もう既に行っているわけだが。

 

 

 

危害を受けるという意味で、心配なのはどちらかと言えばレットだ。

独断と推定の元、スピード重視で動いてしまった結果。コイツの名が広まってしまったのは正直申し訳ないと思う。

 

思うが――

 

 

「この記事、死ぬほどダサいし……絶対――絶対ヤバいですよ。“絶対に……広まりますよ……絶対”」

 

“涙を流しながらも元気を取り戻して笑っているレット”を見つめて、俺は同じようにニヤケ面で言い返す。

 

「俺は“嫌な奴”だからな! 本人の居ない場所で、話を大きくすることが大好きなのさ! 恨むなら俺に出会っちまった自分の不運を呪いなッ!!」

 

 

 

 

――こいつにそんな心配は要らないと思う。

 

『オレ、本気です。たしかにいつもヘタレて……逃げてばっかりかもだけど。ここで“何も解らないまま”全部忘れてあの娘を見捨てて逃げ出すなんてことは――絶対にしてはいけないんだッ!』

 

確かに、無鉄砲だったかもしれない。無知だったかもしれない。

それでも、あの時のレットの覚悟の重さはある意味で本物だったのだと俺は信じている。

いや、“確信がある”。

 

 

 

 

 

何故なら……俺のような人間には、到底言えない言葉だから。

それに――もし、何か起きたとしても自分がしっかり面倒を見てれば良いだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 

 

嬉しさを隠しきれなくて、しばらくの間。オレはずっと泣いていた。

しばらく経って、ひとしきり大きく笑ってから涙を拭って――それから大きく深呼吸する。

 

「それにしても。よくこんな記事出せましたよね?」

 

「――本当にな。“表現的に”という意味じゃないぞ。真相に辿り着けることすら怪しかったって意味でな」

 

クリアさんの言っていることが理解できずにオレは思わず首を傾げる。

 

「……本来――レットの追究に対して、アインザームが自らの正体を暴露する必要なんて、無かったはずなんだぜ?」

 

そう言ってからクリアさんは眼前に広がる“あの(ひと)にとっての思い出の景色”を再びじっと見つめた。

 

「確かに……そうですね。しらばっくれればそれで済む話だし……」

 

オレは、手を伸ばして自分の首に巻かれているスカーフを握った。

この水色のスカーフは、このゲームでは別に高価なわけではないみたいだけど、そんなことは関係ない。

オレにとって、世界でたった一つしかない大切なアイテムだ。

 

(そうだ――“オレにとっては大切だけど、高価ではないアイテム”……。“奪われた後に捨てられてしまっていても、おかしくないような”)

 

「……そのスカーフはアインザームの尻尾を掴み、破滅の原因となったアイテムだ。そのスカーフに、騎士団の沽券を守るという理由だけでレットに襲い掛かり、取り返すリスクを冒す必要があったのか。それだけの暴挙に走らせる価値がアインザームの中にあったのか――今となってはわからないな」

 

クリアさんに倣うように、オレは振り返って滝を見つめる。

晴れた空模様の下で、ピンク、オレンジ、紫。

光が反射して――たくさん色の水しぶきが複雑に混ざり合っていた。

 

「もしかしたら、あの人にもどこか……“罪悪感”みたいなものが、あったのかな……」

 

「そうかもな。もし、アインザームが前を向いて、自らの意志と願望を持ち続けることが出来れば、正真正銘アイツ自身が目指す“誇り高き騎士”に成れたのかもしれない……。本当の仲間を、得られたのかもしれない。逆に、あの男が心汚れていて、敗北しても言い訳してふんぞり返れるような本当に醜い人間だったなら……多分本当の意味で、“レットがアイツに勝つことはできなかったんじゃないか”と俺は思っている」

 

「ちょ――ちょっと待ってください!」

 

オレは驚いてクリアさんに向き直った。

 

「何言ってるんですか! 勝ったのはクリアさんですよ。オレなんて結局、何もできてないし……本当に結局……何にもできていなくて……………」

 

「……確かに、戦いに勝ったのは俺だ。お前の好きな物語の中ならまだしも、ゲームを始めたばかりの初心者なんてものは何もできないのが当たり前。それが“現実”ってものだ」

 

クリアさんの言葉を受けて、悔しさからオレは拳を握り込んでしまう。

 

 

 

 

 

「だけど、アイツに真正面から本当の意味で向き合って――ぶつかって――勝利を手にしたのは間違いなくお前だと俺は思う」

 

「オレが……?」

 

「お前は、逃げずにアイツと向き合って真正面からぶつかった。……あの瞬間、それまで目を反らしていた現実(モノ)に対して、アイツは“向き合わざるを得なくなった”。だから、あの場所でアイツは振り向いたまま大きな隙を晒した。今でも、隙だらけになっていたアインザームの背中を思い返すよ。お前が作り出したあの瞬間。“あの瞬間こそが、俺とアイツの勝敗を決める最大の分水嶺だった”」

 

「でも……オレはただ無謀だっただけで……」

 

「その無謀さにも救われたよ。俺は最初からアインザームに挑む気なんて無かった。事の真相を知りたいと思っていたのは事実だ。でも『屑塵』を倒してまでそれを暴こうなんて――考えてすらいなかった。俺なんかが勝てるわけが無いと決めつけていたんだな。なんというか――最初から心で……“ずっと負けてた”」

 

クリアさんは何かを思い返すような表情で、ポツリと呟いた。

 

「――――――――――サンキュな。レット」

 

「え? どうしてクリアさんがオレに感謝するんですか!? 感謝するのはオレの方なのに……」

 

「もしもお前がいなかったら――“また俺は”……」

 

クリアさんは再び何かを言いかけて、それから軽く笑った。

 

 

 

 

 

 

「――“いや、何でもない”。とにかくさ――」

 

そう言って、クリアさんは改めて――オレに対して向き直る。

 

「今回の一件で、お前がこの世界に抱いた憧れや理想は、散々打ちのめされてしまったかもしれない。だけど、“無駄にはならなかった”のさ」

 

(無駄には――ならなかった)

 

クリアさんから言われた言葉を――心の中で――自分の言葉で言い直す。

ほんの少しだけだけど……救われたような気がした。

 

「それとさ……何というか、お前が引きずり出してみせた“本当のアインザーム”を見て『コイツには絶対に負けたくない』って思えたんだ。やっぱり、俺のような悪を倒せるのは――“真に正しき者だけ”だからな!」

 

そう言って、クリアさんがオレに対してサムズアップをしてみせる。

 

(悪…………悪人か。確かにこの人、“やっていること自体は全然正しいことじゃない”んだよな)

 

 

 

 

 

「――今回も俺はとんでもないをやらかしをしてしまった! “本当にすまないと思っている!” これでお前の“ぶっとんだ名前”が世間に知れ渡ることになるわけだな! ワハハハハハ!」

 

高らかに笑うクリアさんの前で――

 

 

 

(“ゲームの中だけでみたら、この人は――とんでもない悪党だ”)

 

――オレは思わず、笑みをこぼした。

 

「あの……今更なんですが……クリアさん。オレの名前について何か誤解してません? ダーク・レッドのスペルの本来のスペルと全然違うってこと。オレは……自覚してますよ」

 

「え!? マジで? 俺は“英語ができないおかしなヤツ”だと思ってたぞ! むしろ名前がおかしかったからフレンド登録を送ったまである」

 

「……だったら、何でツッコミ入れなかったんです?」

 

「お前自身が名前のスペルを勘違いしてると思っていたし、そのまま黙っていた方が面白いかな~と思ってな! チームのメンバーには細かく言及しないように釘を刺していたのさ! 無理にレッドとは呼ばなかったけどな。気づかれていないのかなと思ってたよ! ワハハハハ!」

 

「……ひでえ……何ですかそれェ……。オレ完ッ全に変な人じゃ無いですか…………クリアさんには言ってなかったけど、オレがこんな名前にしたのは理由があるんです」

 

「へぇ? ――どんな理由さ?」

 

クリアさんの質問に対して、オレは気恥ずかしくなってしまって――頭を掻いて顔を背けた。

 

「それは――――――――――いつか、お話しします……。今は、ちょっと落ち着かせてください……色々混乱していて考えが追い付かないや……」

 

「まあ――今更だけど。一応キャラクターをゼロから作り直せば、名前を変えることもできるぞ?」

 

クリアさんがそう言ってから、オレに対して提案をする。

 

「――それとも、本当に“レッド”って呼ぶようにしてやろうか?」

 

黙り込んでいるオレの表情はまだ暗いままだった。

 

だけど、その質問の答えは心の中でもうとっくに決まっている。

 

オレは立ち上がって、アリスからもらったスカーフを掴んで――クリアさんに対して振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、いいんです。オレ――色々あったけど……色々あったからこそ、自分でつけたこの名前がやっぱり好きみたいです。オレのことは、変わらず“普通にレットって呼んでやってください”」

 

「……そう言うと思ったよ。その名前の方が、色々お前らしい感じがする。これから改めてよろしくな、“レット”!」

 

「それで、クリアさん。気になっていることなんですけど、こんな記事が大っぴらに出回ったら――あれ……?」

 

オレは周囲を見回した。

遠くからプレイヤー達の怒鳴り声が響いてきた。

 

 

 

「――そろそろ頃合いだな!」

 

涼しい顔をしているクリアさんに対して、オレは恐る恐る質問を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリアさん。……なんか、滝の音に混じって人の声が聞こえてきません?」

 

そこで、ようやく近づいてくる怒鳴り声の正体が何なのかわかった。

それは――“争いながらオレたちに向かって迫り来るプレイヤーの集団だった”!

 

「あ――ああ! あれはどうみてもPK集団だな。この号外記事を見て、有名になった“俺達”の首を狙ってやってきたんだ! そしてここポルスカ森林南のこの座標は――パッシブ禁止エリアだ!」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………嘘ダアアアアアアアアアアアア! 覚悟はしてたけど……まさか、オレがお尋ね者になるだなんて…………そんな馬鹿ナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

「その為の馬だ! いいから乗れよホラ、逃げるぞレット! 来た来た来た来た来たァ!!!!」

 

馬の後ろに俺を乗せると、クリアさんはゴーグルを装着する。

その掛け声と共に、馬がポルスカの森林を勢い良く走り始めた。

 

「あわわわわわわ!」

 

「落ち着けってホラ!」

 

「わぷっ!」

 

慌てるオレの顔面に、クリアさんが新聞の裏面の記事を押しつけてくる。

オレは危うく落馬しそうになったけど、クリアさんもクリアさんで眼前の木を避けるのに精一杯なのか――それどころでないみたいだった。

 

『【屑塵の正体について】この蔑称はアインザームだけの物では無かった模様。その悪事の半分をかの【Clear・All】が担っていた事が本人の自供により判明した為である。具体的にどのようなことを行っていたかと言うと――』

 

「な? 心配するなよ! 俺の『屑塵』としての悪事も一緒に堂々と載せてもらったんだからさ。旅は道連れ世は情け、最後まで面倒は見るさ!」

 

「クリアさん……」

 

オレは、思わず言葉に詰まった。

“この人は、本当にとんでもない悪党だ”。

 

「今回の一連の事件は、お前にとって“重すぎるチュートリアル(導入)”になっちまったかもしれないが、“お前の冒険が本格的に始まるのはいよいよこれからだ!”ってことで、気を取り直して――二人で共に、地の果てまで逃げようぞ!!」

 

クリアさんの提案を受けて、オレは大きく息を吸って――頬を両手で何度か叩いてから俺に対して苦笑してみせる。

 

「――わかりました。ここまで来たらオレも、覚悟を決めますよ! ――それは良いんだけど。どうして装備品を着替えてるんですか!? ちょっとォ! ――そんな目立つ格好で走るのは辞めてくださいよ!!」

 

クリアさんはオレのツッコミを無視して半裸になって、両手の松明に火を付けた。

 

「いや本当――悪者って最強だよな! 何をやってもノープロブレムなんだもんな! ハッピーエンドとは無縁だけどさ!! ダッハッハッハッハッハ~~~!!」

 

「もォ〜、オレまで悪者扱いしないでくださいよォ〜。悪いのはクリアさん一人でしょ! でも……今回の件に限って言えば……クリアさんって、まるで――」

 

オレの言葉の先が気になったのかクリアさんが振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いや、“なんでもないです”」

 

オレは両目を瞑り、穏やかな表情でそう呟く。

それから、意を決して天を仰いで、持っていた新聞を勢い良く放り投げた。

 

ソレは風に流されて――

 

――オレの“祈り”のように、真っ青な空に向かって舞い上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――どうか、その祈りが………………あの娘に届きますように。











Thank you for reading!(読んでくれてありがとう!)


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エピローグ 邪悪なプレイヤー?

 亜麻色の髪色の少女が蘇生によって起き上がったのは、彼女が獣に襲われてから数分後のことである。

彼女は周囲を見回すと“自分を見殺しにしてから蘇生させた”男を睨み付けた。

男はそんな少女に対して、やれ『ここら周辺は危険だ』だの『初心者が一人で彷徨く場所じゃあない』だの、だらだらとレクチャーを始める。

少女はそれを途中で遮って、男に対して質問をぶつけた。

 

「あなたの長ったらしい講釈なんて、どうでも良いですけど。……何故、あなたはわたくしを助けないで見殺しにしたのかしら?」

 

苛立ちを感じさせるその言葉を受けて、男は二本の松明を仕舞い込んで改めて話を始める。

 

「理由は三つある。一つは――見ていて楽しそうだったから!」

 

少女はその言葉を聞いて、明確な怒りを顕わにした。

 

「二つ目の理由は――あんたのためにならないと思ったからだ。あんたの周辺にいるプレイヤーは、控えめに言ってロクでもない連中だろうな」

 

この言葉についに少女は怒りを爆発――させるようなことはしなかった。

少女は、酷く動揺していたようだった。

 

「驚くようなことじゃ無い。見ればわかる。そんな煌びやかな防具は、一介の初心者が装備できるような品じゃ無い。ゲームを長く遊んでいる男から『プレゼント』されたんだろう? なのにそいつらは与えるものだけ与えて、大切なことを何も教えちゃいない――――君は、まるで檻に閉じ込められた着せ替え人形みたいだ」

 

男の言葉に少女は雷に撃たれたかのように息を呑む。

 

「そんな……私(あたくし)が“着せ替え人形”だなんて……そんなことは……わたくしの友人達に好き勝手なことを……あなたのような人に……言われる筋合いは……」

 

「そんな扱いをされるのが嫌だから、君は今日こんな危ない場所まで一人でのこのこやって来て、知識不足で結果的に戦闘不能になった――違うか?」

 

少女は小声でぶつぶつと呟き始めたが、男は気にせず話を続ける。

 

「三つ目の理由は、俺が単純にイカレているってことだな。俺には人助けを率先してやれる度胸なんて、これっぽっちも持っていないんだ」

 

「――――――それは、結局のところあなたこそが“一番ロクでも無い人”ってことでよろしいのかしら?」

 

「ああそうとも。俺には“誰かを助けようと決意する力なんて最初から無い”からな」

 

そこで男の言葉は止まる。

少女が、煌びやかな装飾がされた片手持ちの棍棒で男に殴りかかった為である。

 

「ど……動揺して損してしまいましたわ。見殺しにしておいて、上から目線で主義主張を押しつけて……私の友人まで侮辱して、あなたみたいなネジの外れた極悪人――許せません!!」

 

男は少女の発言に異を唱えるようなことはしなかった。

ただ――

 

「ああ、そうか! そんなに俺が悪者に見えたか! よーし……よし、かかってこーい!」

 

――と言って、どこか嬉しそうに槍を取り出した。

 

それから暫くの間、男は少女が振り回す棍棒を“正面から”堂々と何度も受け止めていた。

そして、戦いの終わり方は実に地味なものだった。

バランスを崩した軸足に男が軽く槍を当てて、少女はその場にあっさりと転倒する。

 

「まだまだ修行が足りん! いい目をしているが、俺を倒すならもっともっと経験を積まないと駄目だな! ああ、でも――無理はしないこと! 長時間ゲームを続けると体に悪いし何より――」

 

「ああ! もう! もう! もうッ! 屈辱……! 屈辱ですわ! あなたのような人に、ここまで虚仮にされてええええええええええええええ……! 許せません!!」

 

「あっ……ちょっと待ってくれよ! 話はまだ途中――」

 

少女は男の言葉を遮って、森の中に消えていった。

男は走って追いかけようとしたが、少女が消えた方角の遙か遠くに高い城壁が見えることを確認して、足を止めた。

 

「そっちに行くなら大丈夫か――。それにしても……屑に…………極悪人か。……いつから俺は、こんな風になったんだろうな」

 

無表情で独り言ちて、男はそのまま少女が消えていった先――フォルゲンス共和国を目指して森を進んでいく。

 

男はふと足を止める。

そして、まるで誰かに見つめられているかのように周囲を振り返る。

 

 

 

 

 

 

彼が馬に乗って来たときと違って、日が落ち切った夜の森の中は空気が淀みきっていた。

 

 

 

 

 

 

男に向かって吹き込んでくる風は――どこにも無かった。




【龍雫の欠片】
 通常のフィールド、及びダンジョンで使えるこのゲームの一般的な蘇生アイテム。
しかし、値段に関してはお世辞にも一般的とは言えず蘇生を行える職業のアイデンティティーを守るためか、合成に必要な素材も含めて非常に高価。
数個購入すれば、あっという間にゴールドが無くなってしまう。
見知ったばかりの人間に対して使うようなプレイヤーなどそうそういるものではない。
もし、居るとすれば余程のお人好しか――余程の狂人か、そのどちらからだろう。


「だからクリアさんにお金は貸せないって……前にも言ったじゃないですかにゃ! 現実でもゲームでも持ち合わせが少ないって、一体どういうことなんですかにゃ!?」












ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

本当に情けない話ですが、正直に言ってしまうと作者はこの作品に関してモチベーションの維持が苦しい状態が長期的に続いております。

もしも、この作品を良いなと思ってくださった方がいらっしゃいましたら、評価をしていただけると幸いです。


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第二章 闇に蠢く
プロローグ 監視者達


 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスフォーNWというゲームには一般のプレイヤーが立ち入ることのできない特殊なエリアがいくつか存在している。

 

その一つがエリア345、プレイヤーの間では『監獄』と呼ばれている。

地下深くに広がる巨大なドーム状の空間の壁面にそれぞれ牢獄が設置されている。

そして、その中央には、監視員が移動しながら周囲を見渡せるように、螺旋状に巡る階段が配置されていた。

 

 

 

とはいえ、監視者たるゲームマスターのキャラクターは宙に浮くことができる上に操作キャラクターの位置情報を直接動かすことができる為、階段自体が無用の賜物。

 

懲罰を受けているプレイヤー達も、脱獄できる可能性はシステム上ゼロであり、ゲームを遊ぶことができない“見せしめの罰”を受けている状態では、ログアウトしている場合がほとんど。

要するに、監視する者も監視される者も普段はここには存在していなかった。

 

しかし、この日は珍しいことに地下へ続く螺旋階段をわざわざ足を使って下りていく人影が二つあった。

片方のキャラクターは女性で、もう片方は男性だった。

 

「〔珍しいこともあるものですね。シュニンが貴方が自ら、牢獄に赴こうとするとは〕」

 

「〔GM(ゲームマスター)の一人として、部下の業務の監査をするのも俺の仕事のうちだ。それに、他にやることがあったわけでも無いし。うちの部署のメンバーは全員が完璧にプレイヤーのトラブルを対処してくれているみたいだしね〕」

 

「〔……完璧に、ですか〕」

 

「〔ああ、そうだとも。現場はあまり見ないけど、皆の仕事は間違いなく完璧さ。何か異論でも?〕」

 

「〔…………いえ〕」

 

その二人のゲームマスターの装備品はゲーム全体の世界観を尊重しつつも、どこか物々しく機械的なデザインだった。

深い青と薄い金色で飾られた重厚な甲冑を装備していて、頭部を覆う兜は顔の全てを隠している。

全体的に周囲に落ち着きと権力を印象付けるデザインとなっており、彼らがこの仮想世界の秩序を保つ存在であることが伺えた。

 

「〔ところでロクゴーくん。“彼”は今ログインしているかい?〕」

 

先頭を歩く“シュニン”と呼ばれた男性キャラのGMの問いかけに対して、背後を歩くロクゴーという奇妙な名前の女性キャラのGMは淡々と事実だけを伝えた。

 

「〔しているからこそ、収監されている牢屋にこうして歩いて向かっているわけです。可能ならば、直接自キャラクターの座標をそちらに移動してしまいたいのですが〕」

 

「〔そう言いなさるな。俺も結構暇でね。良いじゃないか、彼の解放の時刻まで、まだ時間はあるし、二人でゆっくり話しながら歩いてもさ。――それにしても、対象がログインしてるとゲームの中で通知を宣告する必要があるから面倒だよねえ〕」

 

「〔全くです。できれば事後報告の場合と同じように、プレイヤーメッセージで“アカウント停止解除”の通知を送っていただければと思うのですが……〕」

 

「〔それに関しては“気が向いたら”上に報告しよう。――ところで最近どうだい? 何か悩みごととか無い?〕」

 

「〔“彼”以外には…………特にありません〕」

 

そう言ってロクゴーはシュニンからそっぽを向く。

 

「〔あ~……そう、ご愁傷様。すまないけど君以外の人間が応対すると対応した他の担当者曰く“彼”はすごく面倒臭いらしいんだよ。だから君が担当みたいになってるわけなんだが、全く、下心丸出しだよねえ。厭らしい男だよ。――――ところで――〕」

 

シュニンが急に足を止めてロクゴーに対して振り返る。

 

「〔ロクゴーくん、今日時間空いてるかな? “よかったらこの後、食事とかどう?”〕」

 

「〔……いえ……申し訳ありませんが、遠慮させていただきます〕」

 

「〔それは残念〕」

 

そう言って再びシュニンが歩き始める。

 

「〔何か理由があるのなら、是非とも教えていただきたいのだけれど〕」

 

「〔“訳あって”仕事が山積みになっています〕」

 

――“訳あって”、そう強調してからロクゴーは前を歩くシュニンの背中をヘルムの中から睨みつけた。

 

「〔君は、お堅いんだから。いいじゃないか、君だけだぜ? プレイヤー同士の問題が起きたら、率先して頭を突っ込みたがるGMなんて。冷徹ながら、別に間違った対応をしているわけじゃないから俺も認めてるけどさ。部下の君の判断で勝手に動かれても困るっちゃ困る。だからさ、埋め合わせとして“食事”しようよ。いいバーを知ってるんだよ。本社のビルの近くにある〕」

 

「〔すみませんが、最近起きているゲーム内のユーザー間の問題をもう一度しっかりまとめておきたいので――また、別の機会にお願いします〕」

 

「〔そうかい? でもそんなもんは――〕」

 

誘いを断られて尚もシュニンは食い下がろうとしていたが、ロクゴーが突然足を止めた為、二人の話はそこで中断となった。

螺旋階段から、壁面に配置された牢の中をロクゴ―が見つめる。

 

「………………時間、やな」

 

その牢屋の中から、恐ろしく野太い声が響いた。

 

牢屋の最奥に拘束され座っていたのは、高身長で筋肉隆々のヒューマンの男性だった。

装備品は下半身を覆う白いパンツ以外、何もつけていない。

肌の色はやや薄めで、白髪。瞳に色はついておらず、眼球ごと真っ白。

対照的に、目の周りを取り囲むように深い色の隈がついており、真っ白な口ひげがびっしり生えてためか、その男の表情はロクゴーには読み取れなかった。

 

「はい。本日の21:06分をもちまして、剥奪されていたあなたのキャラクターにゲームプレイの権限を復旧させて頂きます。今後は同じようなことを繰り返されないよう、よろしくお願いいたします」

 

ロクゴーが決まり切った台詞を一字一句、間違えの無いように牢の中の男に伝える。

 

「〔それにしてもロクゴーくんさあ、何をどうしたら自分の分身である自キャラの見た目を、こんな風に弄っちゃうんだろうねぇ? 本当に気持ちが悪い。後、一週間くらいぶち込んでいたくならないかい?〕」

 

「〔……お言葉ですがシュニン。どのような見た目のプレイヤーでも、規約の内容に即して公平に処罰をするのが我々の仕事だと考えます〕」

 

そう答えてから、ロクゴーはGMの権限で拘束されていた男の体を自由にする。

 

「あなたのキャラクター操作の拘束を解除させていただきました。これからあなたのキャラクターを、処罰を受ける直前のフィールドまで転送させていただきます」

 

ロクゴーのその言葉と同時に鉄格子が上がり、牢屋が開かれる。

 

本来、男がそこから徒歩で牢屋の外に出る必要は無い。

これは解放を意味する、一種の演出のような物だった。

 

しかし突然、自由を得た男は立ち上がった。

 

男は牢から歩いて出るや否や、外に立っていたロクゴーの尻を流れるような手つきで触った。

それと同時に、男の座標が牢の中に戻され、鉄格子が再び落下する。

 

「お気をつけくださぁい? そのような行為はしないでください。規約違反ですのでえ」

 

シュニンがねっとりとしたトーンの敬語で、牢の中の男に話し掛ける。

 

「……そか? こんなん。規約の違反でも、何でもないやろ」

 

「〔……シュニン。彼はフザけているわけではなく“我々を試しています”。彼の言う通り、ゲームマスターはプレイヤーではありません。故に、ハラスメントは適用されません。加えて――厳密には彼の手は透過しています。私は触られていません。その対応はGMとして論外です〕」

 

「〔相変わらず硬いことばっかり言うねえ。単にムカつかないか? この男はここに閉じ込められるの一体何回目なんだ。いい加減、わからせてやった方が良いんじゃない?〕」

 

「〔他のGMが同じような目にあって、それが不快であるというのなら協議の必要はあると思います。しかし、いずれにせよ私個人は全く気にしていません〕」

 

「〔何言っているのさ。協議するつもりなんて、あるわけないよ。こんなもんは俺の気分の問題さ。気分気分〕」

 

シュニンの言葉に返事をせず。ロクゴーは男の座標を干渉前の状態に戻す。

 

「え~……失礼いたしましたあ。何分普段から、ゲーム内の治安に目を光らせている物でしてえ」

 

牢屋から出た男に、“丁寧な口調”でシュニンが男に対して軽く謝罪した。

 

「そか。……俺が捕まるのは別にええが、もっとやばい奴らを平然と野放しにしとるのは。納得できんな」

 

「〔……オメー以上にヤバいヤツが、このゲームにいてたまるかってんだよ!〕」

 

そう内心で“囁いて”、首に手を当てて軽くならすシュニン。

 

「〔………………………………〕」

 

ロクゴーは黙したまま、何かを考え込むように目線を地面に落とす。

 

こうして、男は処罰を受け終えて、エールゲルムに転送される。

牢屋からその体が消える直前――まるでロクゴーの内心を見透かしたかのように男がゆっくりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やれやれや。俺より、悪い奴なんか。“この世界にいくらでもおるやろ”」



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第一話 新天地へ

「〔クリアさん……その格好。何とかならないんですか?〕」

 

(まあ、いつもの格好の方が目立つけどさぁ……)

 

木造の船倉の中、周囲のプレイヤーに聞こえないよう直接“囁いて”からレットは同行者の格好を見つめる。

 

「〔いいんだよ別に俺は。正体がバレても一人で逃げたり返り討ちにするなり、いくらでもやりようがある〕」

 

レットの同行者――クリアは普段の格好の上から、身を隠す目的で唐草模様の緑色のフードを被っていた。

 

「〔そんなことよか、自分のことを心配しろって! 名前非表示にしたり身を隠したりだなんて――俺“だけ”ならやる必要ないんだからさ!〕」

 

「〔オレはバッチリですよ! わざわざ新しい装備品まで作って貰っちゃって、ネコニャンさんには本当に感謝してます〕」

 

レットはそう囁いてから、自身を覆っているフードを軽くまくって新調した装備品をクリアに見せつける。

 

「〔それは良かった。しかし、直接感謝するのは、もう少し――――後になるだろうな〕」

 

大きな欠伸をしながらクリアがレットにそう囁いて、船倉の端っこに座っている――先程合流したばかりのネコニャンを見つめる。

その視線の先では――

 

 

 

 

「うにうにぃ~……。酔ってる酔ってる酔ってるにゃり~……」

 

「あの……大丈夫ですか? ひょっとして、出発される前から船酔いをされているのでは?」

 

 

――大きなフードを被った微妙に小さい男――ケパトゥルス族のタナカが、ベロンベロンに泥酔しているネコニャンを介抱していた。

 

「そいやぁ~、あなたとの自己紹介がむぁだだったですにゃ~。自分の名前はNekonyannyanですにゃ~。17歳女子高生です! にゃ!」

 

「は……はぁ。ご丁寧にありがとうございます。随分、お若いんですね。自分の名前はタナカマコトと申します。冴えない中年ですが、よろしくお願いいたします」

 

「んうぇ~ぃ。よきにはからえ、よきにぃ~」

 

(オッサンらしさを欠片も隠せていないのに、なんで堂々と嘘をついているんだあの人は…………。タナカさんも真面目に応対しようとしなくて良いのに……)

 

「〔クリアさん。ネコニャンさんは、色々大丈夫なんです?〕」

 

「〔心配するな。ネコニャンさんが“仕事上がりに飲むだけ飲んでログインしてくる”のは、よくあることなんだ。放っておけばそのうち元に戻るよ。ま、飲み過ぎなのはよくないから。後でちょっとお灸を据えないといけないけどな〕」

 

そこで改めて、ここに至るまでの経緯をレットは思い返した。

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 

 

レットとクリアは、迫り来るPKの魔の手から辛くも逃げ延びて、ポルスカとオーメルドの境に到着していた。

 

「今オレ達が居る【ルソニフ地方】からの移動……ですか?」

 

「ああ、そうだ。追いかけて来たPK共は何とか逃げることができたが、このままここに居ても追われ続けるだけだからな。とっとと二人で大陸ごと船で移動してしまおう。今の俺達のチームが拠点として活動している国はフォルゲンス共和国じゃないし――幸い、お前はちゃんと『蒸気船の許可証』を手に入れているしな」

 

「蒸気船――か……わかりました」

 

レットの表情が一瞬暗くなる。

クリアは一瞬だけ首を傾げたが、そのまま話を続けた。

 

「タイミングも良い。チームのリーダーがそろそろ監獄から釈放されるし、チームのメンバーも¥同じ場所に集合するらしいからな。レットは一度メンバー達としっかり顔合わせをしておくべきだろう」

 

「へぇ~。集合するって、ひょっとして【定例会議】とかするんですか?」

 

レットは目を輝かせる。

その脳内で少年が妄想していたのは、『長机を囲む“底知れぬ強者達の会議”』であった。

 

(うわ~なんか、バトル漫画っぽくてちょっとカッコいいかも!)

 

 

 

 

 

 

「……いや、うちのチームには会議ができるほどの協調性は無い。全員で同じことをしようとするとごちゃごちゃになって意思統一ができなくなるから、“実質無法地帯が基本”なんだ」

 

「それもうチームである意味がねえじゃねえか!」

 

「今回集まるのは、復帰するリーダーが『チームの権限を定める前に監獄にぶち込まれてしまったから』でな。つまりウチのチームは新しく立ち上がってから、“チームとしての最低限の初期設定すらろくにできていない状態”が続いていて、それを解消するために一度集合するわけだ」

 

「本当に大丈夫なんだろうなそのチーム!?」

 

レットのツッコミに、クリアはいつも通り大きな声で笑った。

 

(なんか、またこの人が信用できなくなってきちゃったよォ……。そういえば、オレがチームに未だに誘われていない理由も、『勧誘の権限を持っているリーダーが監獄にぶち込まれていたから』だったっけか……)

 

「何にせよだ。考え無しにああいう記事を出してもらっておいて何だけど、記事の写真のままの格好をして歩き回るのは危ない。だから、お前にはこれからちょっとした“変装”をしてもらう」

 

そうレットに質問して、クリアはアイテムのインベントリーを開く。

 

「最初にレット、右腕の装備品を見せてくれ――お前の好きな色は何色だ?」

 

「――もしかして、カラーリングで装備の色を変えてくれるんです?」

 

「ああ、そうだ」

 

“カラーリング”。文字通りゲーム内に流通している様々な資源から取り出された色素を塗りつけることで、装備品の色を変更するシステムである。

 

「あの、ありがたいっちゃ――ありがたいんですけど。この装備品はこの前パーティで組んだタナカさんから奪ってしまった装備なんです。だから、勝手に色を塗ったりするのはちょっと良くないかなって……」

 

「心配するなよ。もうその装備品はお前のものさ」

 

クリアがそう言ってから、背後に向かって軽く手を上げる。

その先にあった茂みが突然動き始めて、何者かがゆっくりとそこから体を出した。

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです。レットさん」

 

「あ、ああ! タナカさん。お久しぶりです!」

 

そこから出てきたのは、緑色の奇妙な生き物。

頭は禿散らかしており半裸で醜く太っている。身長は半端に小さく顔面は恐竜の骨格のような奇妙な形。

目の部分が空洞になっていて、眼球が見えなかった。

 

(一瞬だけど、またモンスターかと思ったよ……)

 

「実はレットとオーメルドの戦乱ではぐれた後、タナカさんとしばらく二人で行動していたのさ。フレンド登録もしてある。レットと同じく、俺達のチームに入ることになった。これからは、この三人で海を越えてチームの拠点である【ハイダニア王国】に向かう」

 

「レットさんに“何かが起きたのか”ということは、記事を読んで(ワタクシ)も知っています。“何があったのか”は知りませんが……(ワタクシ)は気にはしませんし、詮索するつもりもございませんので……」

 

「あ……ありがとうございますタナカさん……。でも、タナカさんはオレ達と行動なんかして大丈夫なんです? それに、クリアさんのチームってまだオレ全然知らないけど、多分絶対“ヤバい”ですよね?」

 

そう言ってレットは心配そうにタナカの顔を覗き込むが、当のタナカは一切動じていないようだった。

 

「レットさん。気になさらないでください。“爪弾きにされる”のは慣れっこです。今更PKに襲われる回数が増えたところで、どうということはありません。チームに関しても、どこのチームの参加も断られてしまった(ワタクシ)としては文字通り、渡りに舟ですよ」

 

(ケパトゥルス族の人って、普段から世知辛い思いをしているんだなあ……)

 

「――だそうだレット。加入している俺から見てもヤバいチームだから、オススメはしないって言ったんだけどな……。とりあえずタナカさんには、危なくなったら真っ先に一人だけ逃げてもらって他人のフリをしてもらおうな!」

 

「――オレは巻き添え確定ですか」

 

「“他に選択肢がない”からな。レットはチームの支援と庇護の元、ある程度強くなってPKから自衛できるようにならないと、ゲームを続けることが困難になると思うぞ?」

 

(ま……しょうがないよな。あの記事が出回ったのだって、オレがクリアさんにお願いをしたからだし。――もちろん“あの娘”が元気でいてくれるなんて保障はないけど……)

 

自分の置かれている状況に納得してから、レットはクリアに対して頷いた。

 

「……わかりました。要はオレが強くなればいいんすよね? クリアさんがレクチャーしてくれれば問題ないと思います!」

 

「ああ、対人戦闘のノウハウは任せろ。向こうの大陸に到着してから教えるさ。レットにとっても丁度良い機会だとは思う。じゃあ改めて、その腕装備を塗るぞ。――いいんだよね? タナカさん」

 

「はい。実はその装備は私が合成の――鍛冶のスキルで稚拙ながら試しに作ってみた安物なのです。新しい装備品は既に買ってしまいましたし使う予定も無いので、受け取ってください。自分の手で作った装備品を人に使って貰うというのも、なかなかどうして嬉しい物です。使い潰すなり売り払うなり、好きにしてください」

 

「それならオレお言葉に甘えていただきます! 長く使わせていただきますんで!!」

 

レットはタナカに返事をしてから、“装備品を好きな色に塗ってもらえるというイベント”に僅かに心を躍らせて目を輝かせた。

 

「えーっ……とじゃあ、オレの好きな色は……黒! いや……赤かな! 赤でお願いしますクリアさん!」

 

「よし、わかった!」

 

そう言ってクリアはレットの右手装備にスプレーのような物を取り出して緑色の塗料を吹き付ける。

レットの装備品は瞬く間にカメムシのような緑色になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……クリアさん。“オレの好きな色を聞く必要って――ありました!?”」

 

「特にない! ……ワハハハハハ! 勘弁してくれ! 緑の塗料は安いんだよ。“ケパトゥルスグリーン”だ。タナカさんから強奪した装備ってことで丁度良いだろ! ――他の部位には、この装備をつけると良い」

 

そう言ってからクリアは、インベントリーから銀色のくすんだ防具一式を取り出して、目の前にあった切り株の上に並べる。

 

「【ミスリルプレートメイルシリーズ】だ! 右腕以外の基本部位は全部ある。耳とか指とかのアクセサリー類は持ってきていないけど」

 

「マぁジっすか! ありがとうございます!」

 

「つっても安物なんだけどな。ネコニャンさんが作って、“もてあましていた物”の余りだ。今、俺が持っている低レベル用の装備品がこれしかないんだ」

 

「うーん……安物の余り物かぁ。――なんか見た目も地味ですよねこの装備……。軽くて動きやすそうだけど、可も無く不可も無くみたいな色と見た目で――雑兵みたいだなあ……」

 

「余り物の方が気兼ねなく受け取れるだろ? その代わり、金のことは気にしなくていい。ハイダニア王国についたら、自分で塗料を買って、好きな色に塗るなり、自分で好きな装備に新調するなりしろ」

 

「――わかりました」

 

(今の装備品の貧弱さは目も当てられないし。クリアさんの言う通り、いつまでも同じ格好でいるのは危ない。この際文句は言っていられないよな!)

 

――装備品に手を伸ばしたレットを、クリアが制する。

そのままクリアが装備品を拾い上げて、レットの体に“直接”装着しはじめた。

 

「おほ~。直接装着して新調することもできるんですね!」

 

「いいだろ? こういうの。インベントリーから装備しても良いんだけど、このやり方ならちょっとした変身ヒーロー気分を味わえる。よし、ヘッドギアつけて――これで全部だ!」

 

クリアがレットの背中を強く叩く。

レットの体が揺れて、ガチャガチャと小さく金属がぶつかり合う音が鳴った。

 

「おっとと……そういえば、タナカさんは装備品を新調しなくていいんです?」

 

「はい。今まで一人でずーっと地道にやっていたので、お金は貯まっているんです。レベルも取り戻しましたし、つけている装備品もランクアップして“これから先装備する分”まで準備はできているので」

 

(この人は本当にたくましいな……)

 

今までタナカが受けてきたであろう境遇を察して、レットは内心で同情する。

 

(……前に組んだパーティでも強かったし、酷い扱いを受けて居る分。普段から努力してるんだなあ)

 

「後はまあ、レットのその首の水色のスカーフなんだが――」

 

「………………………………」

 

そのクリアの言葉でレットは黙りこくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――好きにしろ。それはもうお前の装備だ」

 

「……ありがとうございます」

 

「今度はきちんと、言われたとおりに【お気に入りタグ】つけてるな?」

 

「受け取ったときから、完璧についてます。何度も何度も確認しました。外すつもりもありません」

 

所謂、“お気に入り設定”。

ゴールド以外でのPKの旨味は低く、レアリティの高い装備は滅多に奪われない本作だが、どうしても奪われたくないアイテムというものはどんなプレイヤーにも必ずといって良いほど存在する。

そういったアイテムは“国のNPC”にゴールドを支払うことで、PKから奪われないように設定することができるのである。

 

「〔まあ――何も自分から俺に倒されて“試しに奪われないか”まで確認する必要は無かったとは思ったけどな〕」

 

「〔……すみません。心配だったんで、どうしても確認したかったんです。もう二度と、あんな思いしたくないから……〕」

 

「〔それも結果オーライだと思うけどな。そのスカーフが奪われたからこそ、辿り着いた結末があって――今のお前があるんだし〕」

 

 

 

 

 

 

 

「――よし!今日はもういい感じの時間だから、今日は全員ここでログアウトだ。明日の“こっちの早朝時間”にログインして、そこから三人でアロウルの寒村に移動しよう。その時間帯のオーメルドの天候は“濃霧”だしな」

 

「オレは……別に徹夜なんてどってことないんですよ。だから、このまま移動しませんか?」

 

「――――――レットは色々あったから、無理はするな。今日はもう休んでおけ」

 

「クリアさんの言うとおりです。疲れて体を壊してしまっては、元も子もないですからね。健康は失ったら、二度と返ってはきませんから」

 

(うげ……意外とがっつり注意されたな……。た〜まに深夜にログインしてるのがバレたら、怒られるかもな……これぇ……)

 

二人の大人の説教にレットは内心で辟易した。

 

「ああそうだレット。ログアウトする前に、“身を隠す一人用のマント”も貸しておこう。こっちは素材が高いから、船を降りたら返してくれ。――何色がいい?」

 

クリアの提案にレットは再び目を輝かせる。

 

「身を隠すってことは――フード付きですよね? ならぶっちぎりで“黒”です! これはもう絶対に譲れませんよっ!」

 

(ん? 冷静に考えれば、“高価な借り物”に、オレ好みの色なんてわざわざ塗って貰えるわけがないような――)

 

「よし、任せろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って、クリアはぶよぶよとした獣の皮でできたベージュのマントを取り出して、レットに投げ渡した。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

(――で、翌日同じ時間にログインした三人はそのままオーメルドを無事に通過して。アロウルで泥酔していたネコニャンさんをクリアさんが“拾って”、四人でそのまま“大陸間移動用の蒸気船に乗ることになった”――と)

 

今日までの回想を終えたレットが、再び船倉にいる仲間達を見つめる。

 

「んも゛ぉ。お仕事きっつすぎですにゃ~。10時間超えの不安定労働者を敬えいたまえい、ですにゃ…………はぁ~……」

 

「は――そう………………ですね…………」

 

(愚痴られてるタナカさんの元気が、どんどん無くなってきてるよ……)

 

「〔同じチームのメンバーとはいえ、とんだ野良猫を拾ったな。いや、野良猫というよりありゃあ……捨て猫か〕」

 

そうレットに囁いてから、再びクリアが大きな欠伸をする。

 

(捨て猫というか……“捨て鉢になっている猫”というか…………)

 

「〔でもォ……クリアさん。ネコニャンさんを勝手に拉致するようなことしちゃって良かったんですかね?〕」

 

「〔呑んだくれていたネコニャンさんは釣り人ための装備品で身を固めていた。察するに、チームの拠点に集合するために船で移動しつつ、釣りもするつもりだったんだろ。“船釣り”は釣り人にとって基本の基だからな〕」

 

(なるほどね……。ああいう風に他のメンバー達もオレ達と同じ目的地にほうぼうから集まってくるわけか……)

 

 

 

 

 

 

 

「〔言っておくが、俺のチームの残りのメンバーの中に、レット好みの女の子なんていないからな!〕」

 

「〔そんなこと、オレはもう全く気にしてませんってェ!〕」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《お待たせいたしました。当客船はこれよりオーメルドを出港いたします》

 

係員のNPCの抑揚のない声と共に、ようやく船が動き始める。

出発と共に、木造の船倉から甲板に上がる木製の扉が開かれた。

他のプレイヤー達が、我先にと甲板に上がっていく。

 

「さぁ~て、船の上は街中と同じように常時パッシブだし。他のプレイヤーに襲われることも当分無くなったわけだ。俺はこの船旅を――――甲板で昼寝しながら過ごすかな。昨日はやらなきゃいけないことがあって、あんまり寝れなかったんでな」

 

そう言って再び欠伸をして、悠々と船倉に上がっていくクリア。

 

(せっかくの船旅なんだから、もうちょっとマシな過ごし方がいくらでもありそうだけど……他のメンバーは――)

 

レットはやり取りしているネコニャンとタナカを見つめる。

 

「あの、ネコニャンさん。(ワタクシ)……もう離れてしまっても大丈夫でしょうか?」

 

「まぁまぁ~そう急がんでもええがにゃ! 船旅は始まったばかりですにゃ! これから一緒に釣りでもしましょうにゃ、そうしましょうにゃ! うぇーい!」

 

(――駄目だこりゃ。せっかくの旅立ちなんだから。物語みたいに、“全員で船首に集まって地平線を見つめて『いくぜ! 新大陸に!』って気合を入れるロールプレイ”をやってみたかったんだけどなあ……)

 

ゲーム内の時間帯は昼前。

船倉の窓から見える空は、曇りが基本のオーメルドの天候で珍しく雲一つない晴天だった。

 

出航を迎えて、レットはこれからの航海と冒険を想像し、一人期待に胸を膨らませようとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『レット君との船旅。私、とっても楽しみにしているわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………………………)

 

――フードが脱げないように立ち上がって、汽船の窓にゆっくりと歩み寄る。

そこから小さくなっていくオーメルドの地を――立ち上がるアロウルの寒村の煙突の煙を、しばらくの間――じっと見つめていた。









【ミスリルプレートメイルシリーズ】
散々この装備品を馬鹿にしたレット自身がゲームの理解を深めて後に知ることとなるが、この装備一式には利点が多々あり――

①職人の合成スキルのレベル上げに使われる関係上生産数が多い為、値段が安い。
②軽装と重装の間の装備であるため装備が可能な職業の種類が多い。
③基礎性能が高く、レベルが上がっても長く使える。
④無駄な装飾がなく、装備した際のつけ心地に違和感が無い。
⑤消耗しても装備品の修理代金が安い。
⑥レアリティが低いのでシステム上PKが奪える装備品の対象にランダムで選出されやすい=他のレア装備を守ってくれる。
⑦究極、奪われてもオークションハウスでの現地調達が即可能。
⑧くすんでいるため多少の汚れが気にならない。
⑨上位装備の合成の素材になる。
⑩合成のスキルで溶解するとミスリルのインゴットになるため同レベル帯の装備品と比較して換金率が高い。
⑪各種属性に対して決して強くは無い――が、逆に明確な弱点も無い。
⑫装飾数に反して、塗装可能部分は多いため、つけられる色の種類を細かく指定でき、カラーリングバリエーションの自由度が比較的高い。
⑬安くて流通量が多いので、付呪(装備品に魔法効果をつける)の合成のスキルアップに使いやすい。

――等。
開発者の意図した物では無いかも知れないが、とにかく安定性と機能性に重きを置かれておりプレイヤーからは人気で、“ミスプレ先輩”の呼称で愛されている。
一部の上級者には何故か必要以上にやたらと馬鹿にされるが、余程の強敵に挑まない限りは中級者までなら大体のシチュエーションにも最低限耐えうることができる光るものを持った装備品であるとプレイヤーには称される。(実際、特定の合成スキルで磨くと美しく光る)


わざわざこの装備品を鍛えて様々な効果をつけて使い回す【ミスプレ先輩愛好会】というゲーム内のプレイヤーコミュニティが存在していたりする。



「まあ……このくらいのプレゼントならいいだろ?」


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第二話 “航海”の時間

 レットは船倉の扉を開けて、長い階段を上って甲板に上がっていく。

天井からは甲板に居るであろう他のプレイヤー達の声が聞こえてくる。

階段を上がる途中、木製の内壁の様々な場所に奇妙なゼンマイ仕掛けのギミックが設置されていることに気づいた。

それは航海の開始と共に流れ始めた穏やかなBGMにあわせて、テンポ良く機械音とスチームを吐き出している。

 

(なんか、こういうのいいな。薄暗い照明がいい味出してるし、ここでぼーっとしているだけでも、割と楽しいかも)

 

「――外から見たらただの大きな船ですが、内側は凄いことになっていたのですね。ここに来て、急に技術力が上がったような気がします」

 

不意に話し掛けられて、レットは背後を見遣る。

階段を上って来ていたのはタナカだった。

 

「技術力かぁ。うーん……これ、設定だとどこの国の技術なんだろう? それよかタナカさん。ネコニャンさんはもう大丈夫なんです?」

 

「はい。お水を飲まれるということで一旦ログアウトされるそうです。そこまで自己判断できるようなら、介抱は要らないかと思われますので」

 

(タナカさんは大人だなあ。オレは酔ったことなんて無いから、助かったよ……)

 

「それと、レットさん。(ワタクシ)に対して、敬語は要りません。同じ初心者同士なので、話しやすいように話してくださって結構です」

 

「あ、うん。わかった。じゃあタナカさんも、もっと気楽に話してよ」

 

「いえ、(ワタクシ)はこの話し方が一番気楽です。敬語が、すっかり板についてしまっていますので……」

 

(いいのかな……タナカさん――オレの何倍も年上っぽいのに……)

 

そこで、レットは足を止めて階段の脇に伸びる廊下を見つめる。

脇道には移動するプレイヤー達の為に用意された物なのか、客室のドアが並んでいた。

レット達が乗っている船はNPCが操作している大陸間の定期便。

船の規模は中型で資材の輸出入も兼ねており(出発前にレット達が居た場所が貨物スペース)、輸出入用の一般的な貨物船よりは立派な物である。

 

「タナカさんはこれからどうするの? 客室はまだ埋まっていないみたいだけどォ……」

 

客室所得のフラグ管理や鍵を初めとしたアイテムの管理が面倒だからか、旅客船の客室の占有は、船が出発してから早い者勝ち。

割とずさんな作りとなっており、レットはその仕様をクリアから聞かされて唖然としてしまったことを思い出し苦笑する。

 

「航海は一時間から二時間程かかるようですが、(ワタクシ)は甲板でのんびりしたいと思っています。現実では無いにせよ。船に乗るのは――久しぶりなので。む――おっと!」

 

 

 

 

そこで僅かに船が揺れる。

興味津々で船内を見つめるレットの横で、タナカが姿勢を崩した。

 

 

 

 

「気をつけたほうがいいよタナカさん。階段からこけたりして、ダメージ受けたらかっこ悪いし……」

 

(あ、でもここは街中と同じように強制パッシブのエリアなのかな。流石に)

 

「これは――失礼しました。レットさんはどうなさるんです? 乗るだけ乗ってログアウトされるプレイヤーの方も、割といらっしゃるみたいですが……」

 

「いやいやいやぁ~。もちろん船を探検するつもりだよ! オレ、修学旅行とかだと観光より“行き帰りに乗るバスの方が好きなタイプ”なんで!」

 

「これはなかなか――フフッ。面白い例えですね」

 

二人は、話を続けながら階段を上がり甲板に繋がる木製の扉を開ける。

晴天から降り注ぐ太陽の光は眩しく、レットの顔に潮風が強く当たった。

 

(うひょ~! すっげェ! 全方位ほぼ真っ青だ!)

 

視界一面に、現実では(少なくとも、レットの住んでいる近辺では)そうそう見れないような種類の青さの海が広がっている。

地平線の彼方には、大陸が小さく見えていた。

 

「ふーむ……これは――中々に壮大な景色ですね。驚きました。このような景色を見るのは久しぶりです」

 

「おお~! おおお~! おほおぉおぉおおお~~~!」

 

タナカの感嘆を他所に、甲板の上に出て首を円状に“ぐわんぐわんと回して”空と海の青を堪能しようとするレット。

真上に見せる船の帆を視界に捉えてその首の動きがぴたりと止まる。

 

「あれ? この船……帆が畳んであるのに、前に進めるのか……」

 

「――古代の技術によって、魔法で進めるようになっているワケだな!」

 

「うお!」

 

レットが再び振り向くと、先程開けた扉の真横にクリアが寄り掛かっていた。

どうやら、扉を開けるときにレット達の視界の死角になっていたようである。

 

「ビックリしましたよォ。クリアさん。甲板で昼寝するんじゃなかったんですか?」

 

「いや――それが寝れなくてな。徹夜明けでいざ寝ようとすると、中々眠れないものだろ?」

 

「クリアさんの仰る話、よくわかります。徹夜をすると、徹夜前に採ったカフェインがいつまでも抜けなくて、寝たくても眠れないアレ……ですよね?」

 

「そう――まさにそれ! 流石タナカさん。話がわかる!」

 

頷くクリアに、首をかしげるレット。

 

「そうですかぁ? オレは徹夜しようとしても、眠くなったらいつでもどこでも寝れちゃうけどなあ……」

 

「これだから全く、若さってのはいいよなあ……。というか、レットも徹夜とかしてるのか? もしかして――昨日は眠れなかったか?」

 

「あ、いやそういうわけではなく! いつもきっちり寝てますよオレは! 常に元気ビンビンですって!」

 

「あ……ああ。それなら、いいんだが……」

 

クリアが怪しむかのように眉をひそめる。

徹夜の習慣を誤魔化したレットは少しばかり動揺した。

 

(――ま、昨日はぐっすりとはいかなかったけどさ……)

 

「レット。お前も寝たけりゃ寝ればいい。無印の頃から、このゲームの睡眠は現実で寝ているのと扱いが大差ないからな。この船は風で走るわけじゃ無いから“揺れもほとんどない”し」

 

「先程仰っていた“古代の技術を使って、魔法で動くようになっている船”というわけですね?」

 

タナカの質問に対して、クリアが自分自身の記憶を思い返すように額に指を当てた。

 

「確か――世界設定では、古代の技術の暴走によって猛毒がばら撒かれて、かつてこの世界の支配者だった古代人たちは滅んだんだったっけか? その毒が残留しているから、冒険者が立ち入りできない設定のフィールドがあったりするんだと」

 

「成る程。興味深い設定ですね」

 

「ま、開発者の都合的に言えば、単にフィールドのデータがゲームに未実装なのをそれっぽく理由付けしただけなんだろうけど。全く――原発の事故で住めなくなった村じゃあるまいし」

 

「オレは結構好きですけどね。そういう設定、ワクワクするし!」

 

目を輝かせるレットに対して、クリアは気怠そうに欠伸(あくび)をした。

 

「――どうだかな。魔法は言わずもがな。“古代技術”っていうのはゲームの作り手にとって便利な概念なんだよ。とりあえず存在を臭わせておけば、多少時代にそぐわないようなモノでも簡単にオーパーツとして登場させられるからな。いい加減なモンだよ、全く」

 

(言われてみれば確かにそういうものなのかもしれないけど、相変わらず……身も蓋もないことを言うなこの人は…………)

 

「船に乗ると、長時間拘束されるのは個人的にはしんどいんだよな。俺はもっと、自由に動き回っていたい。アスフォーは今時の時流に合っていないゲームだよ。最近のVRゲームなんて乗り物の移動はムービーで済ませるのが基本だってのに」

 

「ええ~。それ……冒険してる感じがしなくないですか~?」

 

レットのツッコミに――

 

「そうだな。だから――俺は、無駄が多くて不便なこのゲームが……別に嫌いなわけじゃないんだぜ?」

 

――そう応えると、ニヤリとクリアは笑った。

そのままレットの前を通り過ぎて、甲板の縁(へり)に向かってゆったりと歩き始めた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい~~~~~~~~っす! 準備完了ですにゃ!」

 

――直後、木製の扉が再び、今度は勢い良く開いてクリアの顔面に激突し、とても鈍い音が周囲に響き渡る。

パッシブエリアな為、ダメージは0だったが――文字通り“出鼻を挫かれた”クリアがフラフラと扉の影から這い出て来た。

 

「あの……ネコニャンさん? 騒いでもいいけど、もう少し静かにしてほしいです……。ちょっと今、色々ワケありなんですよ俺達……」

 

「『クリアさんがワケありなのはいつものこと』じゃないですかにゃ! はいほらほらはい! 船釣りしましょうにゃ! 他の人の分の道具も完璧ですからぁ~! 誰か釣りましょうにゃ~釣りぃ! うえへへ~」

 

元気よく前傾姿勢でベタベタと歩きまわりながら、釣りを補助する為の装備を身につけて、腕を(上がりきっていなかったが)ぶんぶんぶんぶんと振り回すネコニャン。

 

「〔レットさん。この方はまだ酔いが抜けきっていらっしゃらないようなので、私(ワタクシ)がお相手いたします。お二方は……目立つと不味いようですので……〕」

 

「〔あ……タナカさん本当にごめん。……後は任せるよ……〕」

 

レットはそう囁いて、一人で騒ぐネコニャンを後にした。

甲板を見回して、レットはネコニャンのテンションが高かった理由を即座に理解した。

 

(なるほど。甲板には釣具屋の出店があったのか……道理でネコニャンさんが張り切るわけだ)

 

「うえへへへへ。“船釣りは釣り師の基本”ですにゃ!」

 

ネコニャンがそう言うだけのことはあってか、甲板の縁には釣り糸を垂らしているプレイヤーが散見された。

 

レットは船の縁の、人気の無い場所に移動する。

それから、後方の景色を見つめた。

 

(ここから……“まだ”見えるのかな?)

 

景色に映るアロウルの港町とオーメルドの丘陵は、既に見えなくなる寸前まで小さくなっている。

 

(…………………………)

 

「――あの大陸は、もう偽物さ」

 

黄昏れていたレットが顔を上げる。

気がつけば、再びクリアがレットの背後に立っていた。

 

「クリアさん……それ、どういう意味です?」

 

「あそこに見えているオーメルドと実際のオーメルドは別物なのさ。距離が開けると本物の土地は“勝手に非表示にされる”んだ。同時に負荷の掛からないハリボテみたいなグラフィックと差し替わる。同じように、近づけばハリボテが本物の地形に差し替わるわけだ。遠い景色の全てをプレイヤー全員が完全に認識できてしまうと、ゲーム全体の処理に負荷がかかるからなんだろうな」

 

「…………オレには全然そうは見えないです。さっきからちまちま見ているけど、この前までオレがいたオーメルドと同じように見える……」

 

船の縁に頬杖をついて、尚も消えゆく大陸を見つめ続けるレットの頭を――クリアが乱暴に撫でつけた。

 

「うわっちょ! 何するんですかクリアさん!」

 

「だぁ……もう! 振り返って深刻に見つめてま~た落ち込まなくたっていいんだよ! ……要はだ――もっともっと気を抜けって。ゲームなんだからさ」

 

「…………」

 

「お前は、“お前ができる以上の精一杯”をやったさ……………………。だから、こんな隅っこでウジウジしてないで、前を向いてこれからの新天地での楽しい冒険に想いを馳せようぜ!」

 

そう言ってからクリアが船の進行方向に向き直って、遥か彼方の地平線を勢いよく指差す。

 

「それこそネコニャンさんが落ち着いたら、一緒に釣りでもしてみたらどうだ?」

 

「でもオレ、追われている身ですし……」

 

「大陸を動けば、配られる新聞も違うしコミュニティサイトの記事もすぐに更新されるだろうから、ここまで来れば警戒を緩めても良い。この船に尾行しているような人間も乗っていなかったし、動き回ったり普通に会話してももう大丈夫さ」

 

『あそこまで堂々と馬鹿騒ぎしなければな』――と、船の縁沿いに釣り場所を決めようとだらだら動き回るネコニャンを見つめながら、クリアは苦笑する。

 

「あの……クリアさんは、尾行されてるかどうかもわかるんです?」

 

「わかるさ。要は慣れだ。慣れ慣れ! それに、とても都合の良いことが起きた。昨日、外部の匿名掲示板を覗いてみたんだけど、レットのそっくりさんがフォルゲンスに“結構いた”とかで今はそっちが襲われているらしいぜ?」

 

「ええ? オレの偽物ですかぁ!?」

 

いくら有名になったとはいえ、いきなり偽物が現れたというのはどういうことなのか?

自分に何かリスペクトされるような要素も無いだろうし――と思案するレット。

 

「いや……偽物というか……。うーん……おそらく“本物のダークレッドさん達”なんじゃないかな……。例の記事、カタナカ表記で名前を出して貰ったから勘違いされてるのかも知れない。お前の名前が、意外なところで役に立ったな」

 

「そりゃあまあ、ダークレッドは人気で有名ですからね。そっか……沢山いたのか……そりゃそうか」

 

「レットにとって嬉しくないだろうけど――大量の“偽物の本物”がいるんだから都合が良いんじゃないか? まあ、偽物が多いってことは話題が完全に沈静化するまでの時間もかかるから一概に良いとは言えないかもしれないがな!」

 

「うーん。名前的にオレが偽物で、そっちの方が本物なんですかね? ――なんかもうよくわからなくなってきましたよオレ……。そういえば、クリアさんのチームのメンバーはあの事件のことは知っているんです?」

 

「知らないんじゃないか? チームの拠点がそもそもフォルゲンスじゃないし、コミュニティサイトのニュース欄に載ったとはいえ、詳細を読まなければバレないだろう。もし知っている人間が居たとしても悪戯に吹聴してお前を晒し上げるようなタイプの悪人はいないから心配するな。そんなに皆、暇じゃない」

 

(つまり、“他のタイプの悪人”はいるんだな……)

 

しかし、木を隠すなら森の中。

お尋ね者になってしまっている以上、(おそらくロクデモないであろう)クリアのチームに加入することは今の自分にとっては逆に都合が良いのかもしれない――とレットは前向きに考えることにした。

 

「それで――今は、“どんな感じ”なんだ?」

 

クリアの質問に要領を得られずにレットは訝しげな表情をする。

 

「“どんな感じ”って言うと……」

 

「お前の英雄(ヒーロー)への憧れさ。あんな事件があった後だ。今のお前に、どのくらいのモチベーションがあるのか気になってな」

 

レットはしばらく黙って景色を見つめた後、クリアの質問に答えた。

 

「――正直、“すごく迷ってます”。あんな風に、現実を突きつけられちゃうと。やっぱりこの世界の中でヒーローを目指すのって不可能なんじゃないかって……」

 

「……そっか」

 

そう呟いて、クリアはレットの横に立って同じように景色を見つめた。

 

「ま、お前がどんな理由でこのゲームを遊ぶにせよ。今後、PKと戦う機会があるかもしれないし。最低限、自分の身くらいは守れるようにしないとな」

 

そしてそのタイミングで、ネコニャンとタナカがすんなりと戻ってきた。

どうやら、釣り場を探していたはずが、そのまま甲板を一週してきてしまったらしい。

 

「どっこもライバルの釣り人ばっかりですにゃ~~……。ここなら日陰になって太陽が当たらないから、気分的に落ち着きますし。ここで釣りさせていただきますにゃ」

 

そう言ってからガニ股で中腰になって釣りの準備を始めるネコニャン。

 

「ネコニャンさん……そのォ。できれば騒がないで貰えると助かるんですけど……」

 

そう言って、レットはネコニャンを不安そうに見つめる。

 

「大丈夫みたいだぜレット。ネコニャンさん。いつの間にか“おねむモード”だなこれ。酔うと最終的に少し眠くなって落ち着くんだよ」

 

「はい。もう大分落ち着きましたにゃ……割とおねむですにゃ」

 

「〔近くで様子を見ていた私としても、もう心配は要らないかと思われます。大分、状態が安定してきたようなので〕」

 

「〔あ……うん。ありがとうタナカさん〕」

 

(何故か知らないけど、タナカさんは酔った人の介抱に慣れてるな……)

 

「それでも釣りはする……しますにゃ……。ほい、これタナカさんの釣り竿ですにゃ。餌はつけてあるから楽しんでいってくださいにゃ……」

 

「はい。ご教授、お願いいたします」

 

「タナカさん。背負っている小盾、インベントリーに仕舞った