オーシャン・プレデター (竜鬚虎)
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序話

 夜の海、海面には近くの島の大きな影と綺麗な半月が映し出され、静かな波の音が聞こえる。

 

 そんな中、突然空から流れ星が落ちてきた。

 

 それはたまにあるいつもの流れ星とは違っていた。流れ星は島に落ちたからだ。

 

 隕石のように思えるが、島からは特に衝撃・爆発の音は聞こえない。地表に衝撃が起きないほど小さなものではないはずだ。

 

 その後はこれといって何事も起こらず、いつもの静かな海だった。

 

 この島には住民はおらず、その三つ(・・)の流れ星に気づいた人間は誰もいない。

 

 唯一あれを見たのは、海面に浮かぶ一匹のウミガメだけであった。

 

 

 

 

 

 その海とは遠く離れたとある大地のとある街にて。

 その一角に、一軒の屋敷があった。この小さな街の建造物の中では最も大きい。恐らく裕福な家庭の人間が住んでいると思われる。

 

「本当に大丈夫なの? あそこには悪い精霊やクラーケンが出るって・・・・・・」

「そんなものはただの噂だ。何、あんな木偶どもすぐに捕らえてみせるさ」

 

 屋敷の中、外観と違って意外と質素な大部屋の中で、一組の家族が話し合っている。

 30歳ぐらいの年齢の夫婦。妻が夫の今回の仕事への不安を正直に打ち明け、夫は特に問題ないと元気づける。5・6歳ぐらいの娘が、二人の会話には興味がないのか、脇で夢中に絵本を読んでいた。

 

 夫はこの先、長期間仕事で家を空けることになる。だがその仕事の内容に、妻は心配しているのだ。なにしろ相手をするの海賊。しかもサンダーバードという魔物を飼い慣らし、暴虐を繰り返しているとんでもない者達なのだ。

 

 そいつらも危険だが、彼らがいる縄張りも大問題。彼らは人を遠ざける為、魔物が棲むとされる危険海域に潜んでいるのだ。

 だが軍人であるらしい夫は、特に気にとめず、軍の制服を着て玄関に向かって歩いてくる。

 

「じゃあな。なるべく早く戻ってくる」

「ええ、いってらっしゃい。気をつけてね、エイド」

 



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第一話 海の狩人

 大海原を一隻の船がグングンと前進していた。その船は漁船や客船などと言ったちゃちな物ではない。船の両脇には大きな水車のような円輪がついている。外輪船である。

 

 船の全長は80メートル程、この世界の船としてはかなり大型である。

 船の全体、甲板を除く側面から底までの部分は、水色の分厚い金属の装甲で覆われていた。これは人間が魔法を利用した精製技術で作り出した特殊金属で、その強度は鋼鉄よりもやや劣るものの、金属とは思えないほどとてつもなく軽い。そのため頑丈さを追求し、尚かつ水に浮けて素早く動けることが追求される軍船などによく利用される素材である。

 船の側面には大砲を覗かせるための窓が、片側に六門分着いている。

 

 ここまで語れば判るとおり、とある王国の軍船である。

 巨大でマントのようにたなびく帆には、カルガモを象ったと思われる紋章が大きく描かれている。軍船そのものの剛健なイメージとは正反対の何とも可愛らしいデザインだった。

 

 甲板には、この船の作業員も兼ねているらしい兵士達が何人か見張りについていた。彼らの制服には帆と同じ軽鴨の紋章が描かれている。中には鎧を着た兵士もいた。

 人数は最初十人いたが、いつのまにか突然九人に減っている。船の下に降りたのだろうか? 誰も何も不思議に思うことはなく、船は前に進む。

 

 

 

 

 

 

「またやってるのかあいつ・・・・・・」

 

 甲板の見回りをしていた1人の乗員が、甲板の手すりから海上に顔を出している同僚の姿に呆れ果てる。

 

「また船酔いか? いい加減馴れろよ。今日で何日目の航海だと思ってるんだ」

「・・・・・・悪い。最初よりは良くなった気がするんだが・・・・・・それでも時々こうなっちまうんだ」

 

 手すりから離れた乗員は、見るからに顔色の悪い。

 

「ところでリュウカンの奴知らないか? そろそろ交代の時間なんだが?」

「いや、俺は見てないな」

「そうかい、また昼寝か? ちょっと部屋行ってくるわ。 お前少しの間2人分の見張りを頼むわ」

 

 乗員は少し苛立ちながら、同僚にそう頼む。

 

「ああいいぞ、行ってこい」

 

 

 

 

しばらくして。

 

「おい、あいつ部屋にもいないぞ。入れ替わりでこっちに来たって事はないよな? あれ?」

 

 乗員が戻ってきた時には、あの嘔吐していた同僚の姿は、影も形もなく消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 船内にある艦長室に、この船の兵士達が多数集まっていた。その内の一人が鎧を着た位の高そうな兵士に話しかける。

 

「艦長、やはり今日も6人ほど消えています」

「そうか・・・・」

 

 艦長と呼ばれた兵士は物憂げに嘆息する。

 それがいつ起きたのかは判らない。気づいたのは昨夜だった。とある任務でこの船は、この未開の海に彼らは入り込んだ。

 

 異変に最初に気づいたのは、航海が始まってから数日後のこと。船の乗員の何人かが、船内の見張りや作業交代の時間になっても姿を現さなくなったのだ。

 最初はどこかに隠れてサボりでもしているのだと、皆憤慨していた。だが翌日になると姿を見せない乗員が更に数人増えた。

 確認してみると消えた乗員は就寝の時間になっても、寝室に帰ってきていないことが判明した。

 

 そして今日もまた乗員の何人かが消息不明になっている。他の乗員達も異変に気づき始めており、場は緊張に包まれていた。

 

「今から警戒令を命ずる。皆外だけでなく船内部にも徹底的に警戒を怠るな。また船内に不審な物・人が入り込んでいないか、徹底的に調べ上げろ」

 

 艦長の言葉に伝令は頷いて部屋を出た。誰もが判っていたことだが、この程度のことで解決するような事態であるならば、とうに誰かが何かを掴んでいる。

だが現状にて彼らに出来ることはこの程度のことであった。そして翌日も数人の乗員が消えていた。

 

 

 

 

 

 

「今からこの船を一時停止する。全乗員に伝えろ。この船にいる物は身分・配属関係なく全員この船の甲板に集まれ、そして一晩の間そこに固まって待機しろと」

 

 翌日の艦長の命令に、その場にいた全員が動揺した。

 

「艦長、そのようなことをして何を?」

「今の事態が事故なのか人為的な物なのかすら判らない。だからといって船を引き返すという判断も即座には出せん。その間にもまた乗員が消えるかもしれんからな。帰還するか否かを決める前にせめて原因だけでも掴まなければ・・・・」

 

 最もな言い分だが、その原因を掴む方法に乗員達は疑問を浮かべていた。

 

「しかしそのような手段が果たして効くでしょうか? 確かに何か起こればすぐ全員が気づくでしょうが、そんなあからさまな手に犯人が乗るかどうか・・・・」

「何もなければそれでいい。何ならそのまま甲板に集まったまま、帰還すればいい。夜風は応えるだろうが、乗員の安全が守られればそれで良い」

 

 艦長の武骨とも言える作戦は実行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方辺りから甲板に百人程の乗員が全員集った。甲板の最も広い部位で行軍式のように綺麗に並んで座り込み、皆得体の知れず存在するのかどうかすら判らない“敵”に脅えを隠せずにいる。

 

 食事は任意に選ばれた数人の乗員が甲板と船内を行き来して運んでくる。幸い彼らが帰ってこなくなるということは起こらなかった。やがて日は沈み、夜がやってくる。

 

「こんなことして何とかなるのかよ? 相手が幽霊だったりしたら・・・・・・」

「幽霊なんかじゃないよ。それだったら魔力反応ですぐ判る。とにかく何か起こるのを待つっきゃない」

 

 最初はそんな風にひそひそと会話する者がいたが、時間が経つと誰も一言も喋らなくなった。

 

 何もない静寂の時間が刻々と過ぎていく。

 

「(何も起こらないな。今日はハズレか?)」

 

 だが異変は何の前触れもなく起こった。

 

「ぐっ!?」

 

 隅にいた一人の乗員が突然腹を押さえて、声になっていない悲鳴を上げた。隣にいた乗員が何事かと声を掛けようとした時、突然その乗員が飛んだ。

 

 何が起こったのか一瞬誰にも判らなかった。乗員が集団の中からいきなり離れてしまう。

 彼の意思ではないことは誰にでも判った。乗員が何かに引っ張られるように、背中から海老反りの体制で集団から引き離された。身体も少し浮いており、そのまま甲板から飛び出し、海に転落する。

 

 ほんの一瞬の出来事である。ボチャン!と乗員が海に落水する音が妙に耳に響いた。

 

「何だ今のは!? 魔法か?」

「でも魔力なんて何も感じないぞ!?」

 

 乗員達は何が起こったのか判らず混乱した。

 

「うわぁあああああ!?」

 

 僅かな時間も置かず次の犠牲者が現れる。最初の犠牲者とは全く違う角にいた乗員が、先程全く同じようにして海に投げ出された。

 

「落ち着け! 全員迎撃態勢を取れ!」

 

 艦長はそう言うものの、具体的にどうすればこの現象に迎撃できるのか誰も思いつかなかった。そうしている間にも、三人目四人目と次々と乗員達が宙を舞い、海に落とされていく。

 

 乗員達を引っ張り上げる力はかなりのもので、一人が舞う前兆が出たとき、周りにいた二人の仲間が彼の身体を掴んで、その場に踏み留まろうとする。だが謎の力は三人分の体重を一気に引っ張り上げ、海に引きずり込んでいく。

 

「もういい! みんな甲板から離れろ! 船内に逃げるんだ!」

 

 その命令が下ったときには、既に多数の乗員が船内への入り口へと駆け込んでいた。皆我先にと階下の船内へと入っていく。艦長も慌てて彼らの後に続いた。

 

 そして全員が、各々の部屋や食堂などに立て籠もり、そのまま夜を凌いだ。

 船内の各地で乗員が騒ぎ立てる声が聞こえたが、誰もがそれはこの異常事態に対する混乱の叫びだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 この船の副艦長:エイドは数人の部下と共に、船内の武器庫で多くの乗員と同じように眠れぬ夜を送った。

 彼らのいる部屋には多くの魔法剣・銃・弾薬などの大量の武器が、それほど広いわけではない室内にギッシリと詰まっている。その量は最初にいたこの船の全乗員よりも遥かに多いだろう。

 

 中には“大殲滅”という大きくて判りやすい文字が書かれた、自爆用の大型爆弾も積んであった。

 

「もう日が昇った頃だと思いますが・・・・どうします? 副艦長?」

 

 一人の部下がエイドに申告する。エイドとしては、まず艦長の命令を待ちたかったが、未だにその命令はおろか、艦内に変化の兆しが見えない。

 

「この際しかたないな・・・・甲板に出るぞ。危険だが状況をいち早く知るにはそこしかない」

 

 甲板には既に大勢の乗員が集まっていた。どうやら沈黙が続くこの船の状態に待ちきれなくなったようだ。

 一人の部下がエイドに耳打ちする。

 

「全員がここに来たわけではないようですね。昨夜生き残ったと思われる人数と明らかに足りません」

「あの奇怪な現象が船内にまで起こるとは考えにくい。きっとまだ隠れている奴がいるんだろう。そういえば艦長の姿も見あたらないな」

 

 そこへ副艦長の姿を認めた数人の乗員が駆け寄ってきた。

 

「大変です副艦長! ここに上がってくる途中に見たのですが・・・・」

「何を見たんだ?」

 

 次に乗員が口にした言葉に、エイドの顔は青くなった。

 

 

 

 

 船内に隠れていた乗員が大勢殺されていた。

 その数は確認できただけでも二十人以上。ある物は首を切断され、あるものは心臓を何かに刺され即死していた。何かの刃物によるものであることは間違いない。室内に遠慮なくぶちまけられた血液が生々しかった。

 考えられることは一つ。奇怪な術で乗員を海に引きずり下ろした犯人は乗員達が船内へ降りた後、自身も潜入して各部で隠れていた乗員を少人数ずつ殺し回っていたのだ。

 

 あれだけの騒ぎだから、声で事の起こりに気づくのは難しかっただろう。だがだからといって敵の姿を見た物が一人もいないというは不思議だった。よほど隠密に長けた者だったのだろうか?

 

「何ということだ・・・・」

 

 艦長室にやってきたエイド一行は、そこに倒れていた数人の死体を見て深く嘆いた。犠牲者の中には艦長も含まれていたのだ。

 部下達は絶望しきった顔で、一斉にエイドに顔を向ける。

 

「どうしましょう・・・・。やはりこのまま急いで帰還した方が良いのでは? これだけの異常事態、上も判ってくれるかと・・・・」

「無理だ。帰り着く前に恐らく全員狩り尽くされているだろう」

「じゃあどうすれば?」

「残った乗員に伝令しろ。今日一日船の中から絶対に離れるなと。・・・・・今日は俺一人で行く」

 

 この言葉には、先日の艦長の命令以上に、部下達は目を丸くした。

 

 

 

 

 一時間後、本当にエイドは一人で甲板に上がった。

 入り口で部下達が心配して見詰める中、一番見晴らしが良いと思われる場所でエイドは座り込み、ロングソード型の魔法剣を抜いて天上に掲げる。

 

 魔法剣に魔力を込め、まもなくエイドの周囲で目に見えない変化が起こる。

 彼の周囲には、エイドの最大の魔力で形成された最上級の結界が張られていた。この結界は堅固な上に人間の目には見えない優れものだったが、そのかわり防御中はその場から全く動くことが出来なくなる技だった。

 これは考え無しで防護しているのではない。昨夜起こった、糸に引かれるヨーヨーのように海に引っ張られる乗員の姿を見たエイドは、敵の戦法にある程度見当を付けていた。それに対する策である。

 

 エイドはただひたすら敵が現れるのを待った。朝昼は何事も起こらず、やがて夜がやって来た。

 

 

 

 

(来た!)

 

 彼以外には誰もいない甲板の上で、結界の上に何かが接触した。

 その何かは人の目には見えなかったが、その存在の感触は確かに感じられる。エイドは一気に精神を集中させて、結界の力を更に強める。

 

 すると彼の周囲に電光が発せられ、結界に触れた透明な何かが姿を現した。

 それはワイヤーだった。金属製と思われるワイヤーが、結界に覆われたエイドの身体に蛇のように巻き付き、とてもつもない力で引っ張り上げようとしていたのだ。

 そのワイヤーの先には甲板の外の海へと繋がっている。

 

「やはりこういうカラクリか!」

 

 エイドは自分の勘が正しかったことを確信する。敵はこの魚釣りの逆のようなやり方で、乗員達を捕らえ海に引きずり込んでいたのだ。

 固まろうとする力と、それを動かそうとする力による力比べがしばらく続いたが、唐突にワイヤーはほどけ、巻き尺のように一瞬で海に帰っていった。

 

(行ったか?)

 

 エイドは用心のため、もうしばらくこの状態を維持しよう考える。だが突然海の方から水しぶきの音が聞こえ、何かが船の壁に掴まり、猿のように素早くよじ登ってきた。

 その気配を感じ取ったエイドは、その方角を睨み身構える。やがて敵の姿が現れた。

 

(ワイヤーだけでなく本人もか)

 

 姿を表した敵の姿は見えなかった。矛盾しているが、実際の所そうなのである。

 敵と思われる存在は姿がほとんど見えなかった。それは先程のワイヤーと同じように、全身がガラスのように透けていて、人型をした僅かな空間の歪みが見えるだけであった。夜間の暗さがあって、その存在は人の目には非常に捕らえにくい。

 

(幻影魔法か? しかし魔力の波動を全く感じないが?)

 

 思考している最中のエイドの額に、突然赤い光が照射される。その光は敵の頭部から放たれた細い直線上の光線で、エイドの額に映された光の印は、三つの○を繋げた奇妙なものだった。

 これは何だ?と考える暇もなく攻撃が来た。敵の左肩から青い光弾が高速で発射され、光の印が押されたエイドの額に命中した。

 

「ぐうっ!」

 

 その威力は強大で、彼を守る結界は大いに揺れ、エイドの身体にも多少の衝撃が伝わる。即座に青い光弾がもう一発放たれる。

 堅固な結界もさすが二発目には耐えられなかった。エイドは死にはしなかったものの、結界が壊れた余波で数メートル吹き飛ぶ。

 

「敵が出たぞ! 一斉にかかれ!」

 

 異変に気づいた乗員達が、次々と甲板に上がっていた。そして謎の敵と対峙し、剣を向けた。

 



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第二話 海亀と怪人

「(あれは何なんだ? 霊体か? しかしそれらしい力は何も感じ取れないが・・・・・・)」

 

「散々好き勝手やってくれたな! 覚悟しろ!」

 

 彼らはエイドの指示を聞かぬうちに、一斉に敵に魔法を放とうとする。すると敵は攻撃が来る前に、甲板の上を走り出した。甲板の各所を動き回り、乗員達を撹乱する。

 

「くそ! どこだ!? どこにいる!」

「わかんねえよ! 暗い上に相手があれじゃ!」

 

 数十人の乗員たちが喚きながら、円陣を組んで四方八方に魔法を打ち込んだ。

 彼らは持っている魔法剣を突き出し、剣先から火球や雷撃など各々の得意な魔法を放っている。だがそのいずれも敵に命中することは無かった。

 敵は複数ではない。彼らはたった一体の何かに向けて、がむしゃらに攻撃を繰り出し続ける。物が風に揺れれば、乗員たちは即座に反応して、その方角に攻撃を仕掛ける。

 もちろん結果は空振りだった。

 

「ぐがぁ!」

 

 敵の攻撃は唐突に行われた。一人の乗員が背中から長い刃物で突き刺された。特殊金属の鎧は紙のように簡単に破られ、腹から生えてきた敵の得物は血で濡れていた。だが得物自体も透明化しており、得物の形がよく見えない。

 恐らくこれが船内にいる乗員を惨殺した凶器であろう。

 

「くそぉおおおっ!」

 

 乗員たちが敵に向けて一斉に魔法を放った。敵は突き刺した兵士を盾にしてその攻撃を受ける。

 十発以上の魔法攻撃を一度に受けたその地点に、船を揺らすほどの爆発が起きた。煙や破片が巻き起こり一瞬視界がゼロになる。

 

「冷静になれ! 船を沈める気か!?」

 

 エイドがそう叫んだ直後に、新たな犠牲者が出た。

 爆風で乗員たちが怯んでいる合間に、敵は即座に間合いを詰め、乗員の一人の首を刎ねたらしい。姿が見えないので何をされても“らしい”という表現しかできない。

 乗員たちは一斉に、敵がいると思われる方向に突進した。魔法の力で強化された光る剣身を次々と振るおうとする。

 

 するとまた青い光弾が放たれた。一人の乗員の身体が貫かれ、腹に大きな穴が開いて絶命する。

 

「(何ぃいい!?)」

 

 先程エイドが受けたものと全く同じ攻撃だったが、その攻撃を放ったのは眼前の敵では無かった。

 飛んできた方角を見ると、彼らの目上、船首の所に、今までいたものとは別の透明な人型が立っていた。何と敵は二体いたのである。

 

「(くそ! 敵は1人と思いこんで油断した! このままでは全滅だ。どうすれば・・・・・・)」

 

 二体目の敵から赤い照射光とともに、二撃目が放たれ、また乗員が一人犠牲となる。

 乗員達は慌てて敵に攻撃魔法を放とうとするが、その隙にもう一体の敵が乗員達の陣に斬り込んできた。乗員達が次々と腹や首を切り裂かれて死んでいく。もう一体も攻撃を止めない。

 

 遠近両方からの攻撃を受け、半狂乱になりながらも戦う乗員達は、次々と数を減らしていった

 船内への入り口近くにいた一人の乗員が、扉の向こうで隠れながら、力を込めて剣に魔力を込めていた。時間を掛けて大掛かりな魔法を放つつもりだ。

 標的は接近戦を仕掛けているもう一体の敵。今それを撃てば、戦っている仲間も巻き添えにすることになるが、彼は一向に構わなかった。

 

 力を溜め終えた乗員は、勢いよく扉を開け、敵に剣を向ける。だが敵はその気配をいち早く察知、魔法を溜めている乗員の方に顔を向く。

 行動は素早く、乗員に魔法を発射される前に、乗員の額に向けて光弾を撃った。

 光弾は寸分の狂いもなく乗員に命中。乗員の頭は果実のように簡単に砕け散る。

 すると隙を窺っていたエイドが敵に向けて突撃してきた。

 

「たりゃあっ!」

 

 エイドは敵に斬りかかる。魔法を放とうとしていた乗員に気を取られていた敵は、反応が僅かに遅れ、その攻撃をまともに受けることとなった。

 

「グォオオッ!」

 

 ザシュッ!と肉が切り裂かれる音ともに、敵は人間とは思えぬ声質の悲鳴を上げてよろめく。エイドは二撃目を放とうとするが、すぐ体制を取り直した敵に蹴り上げられ吹き飛んだ。

 

「グゥウウウッ!」

 

 だが敵もそれなりに深手を受けたのか、乗員たちに背を向けて、その場から逃げ出した。我に返った残りの兵士が魔法で追撃をしようとするが、その時敵は既に甲板から離れ、海に飛び出していた。

 ボチャンと石を水に投げたかのような地味な音が聞こえた。

 更に追うようにもう一つ落水音が聞こえる。目を向けると船首の方にいた敵が、姿を眩ましていた。どうやら共に退却したようだ。

 

「おい! 何人生き残ってる!」

 

 エイドが他の乗員たちに呼びかける。だがそれは報告を待たなくとも直ぐ判る、残った乗員は僅か十人足らずであった。

 

「・・・・・・何てことだ。もうこれは壊滅と言っていいほどじゃないか・・・・・・」

 

 エイドは敵のいた場所に目を向ける。そこには明らかに人間のものとは違う、緑色の光る血痕がついていた。

 

「何なんだよあいつは・・・・」

 

 エイドは疲れた声でそう嘆く。ふと目をやると、月星に照らされた海上に一つの孤島が存在していた。

 

 

 

 

 

 

 果てしない海。

 陸から離れればどこにでもある風景、というよりそうでない風景のほうが珍しいのが海である。その海の水面を、あるものが動いていた。

 

 それは生き物だった。やや黒みがかかった楕円形の甲羅、そこからオールのようなヒレ足が四本生え、左右真ん中の前部には嘴のついた爬虫類の頭が生えている。

率直に言えばそれはただのウミガメであった。甲羅の長さは一メートルほど、この種のウミガメとしては大きくも小さくもないごく普通のサイズで、別に珍しくもなんともない存在である。

 

 ただ変わっていることは、そのウミガメの位置と動き。

 通常ウミガメは、生活のほとんどを海中で過ごし、息継ぎの時だけに海面に上がる。だがこのウミガメは体の上半分を海中から出している。いわば船のように海面に浮きながら泳いでいるのだ。

ウミガメの視点はただ一点を見詰め、ただひたすら真っ直ぐに泳いでいる。

 

 これの様子を人間が見たら、随分目立つ泳ぎ方をしているな、と首を傾げるだろうが恐らくそれだけだろう。そんな驚くほどのことでもない。

 

 ウミガメが進む先には島があった。果てしない大海原の中で、その島は野原の中の一本の木のように、ポツンと孤立して浮かんでいる。

 規模は直径一キロメートルほど、完全な円形をしているわけではないので、実際の島の長短はそれよりもやや長いかもしれない。

 

 ウミガメと島の距離は、時間と共にどんどん縮まっていく。

このウミガメはあの島を目的地にしているようだが、何のためだろうか? この時期はまだウミガメの産卵の時ではない。

やがてその島は山や砂浜の形・色が人間の目にもはっきりと見える程にまで近づいた。

 ウミガメは水鳥のように水面から顔を上げ、歯の無い尖った口先を動かした。

 

「やっぱり昨日の船だ。何かあったな・・・・」

 

 これまで珍しくもないと評していた光景が、ボロくずのように簡単に破壊されてしまった。

 

 何とウミガメが喋ったのだ。どもることの無いハッキリした口調で、しかも人間と全く変わらない声質で、である。

 

 ウミガメの見据える先には大きな船があった。三本柱の帆は畳まれており、船の両脇には大きな水車のような円輪がついている。外輪船である。

 それが島の砂浜に無造作に打ち上げられていた。誰が見てもこれは遭難船である。

 

 ウミガメは少し速度を上げ、島に向かう。やがてそう時間もかからないうちに島に到着した。船の直ぐ側の浜に上がったと同時に、またもや驚くべき事象が発生した。

 ウミガメの体が突然光ったのだ。蛍のような静かな光りでもなく、太陽のような眩いものでもない。ボワ、と擬音が聞こえそうな勢いで、ウミガメの前進が青く光る。

 その光りは直ぐに止んだ。するとそこには先程のウミガメの姿がなかった。だが全てが消えたわけではない。

 

「うぅぅん! こう頻繁に、この姿になるのも久しぶりだな」

 

 ウミガメが消えた代わりにそこには人間が立っていた。身長150センチ前後、黒髪で瞳の色は青、見た目13~14歳ぐらいの中性的な顔立ちの少年だった。

 衣類は腰に巻いた青いフンドシのみで、それ以外はほぼ全裸。背中には入れ墨と思しき模様があり、それは先程のウミガメの甲羅を写したもののようだった。

 

 少年は大きく背伸びをした後、首をコキコキ動かす。

 先程のウミガメはどこに消えたのか? この少年は何者か? 考えるまでもない。あのウミガメが少年の姿に変身したのだ。彼は一体何者なのであろうか?

 

 少年は眼前にある打ち上げられた船を見上げた。それは先日、謎の襲撃者の攻撃を受けたエイド達の船である。

 だが現在この軍船には、人気が全く感じられない。まるで年期を過ぎた漂流船のようにも見える。

 

 少年は船の側面に飛び乗った。猿のように身軽で驚異的な跳躍力で壁に飛びつき、蜥蜴のように手足を壁に張り付けて上へと登り始めた。

 船の上は酷い有様だった。戦闘の後と思われる各破壊箇所と幾人もの人間の死体が転がっている。その死体は高級そうな鎧を身に着けている者もおり、血みどろの鎧や武器にはカルガモを象ったと思われる紋章が着いていた。

 

「やっぱりこれか・・・・・・全く最近のこの海は・・・・・・」

 

 少年は呆れ顔で嘆息した。その表情は怪訝ながらも驚きはなかった。どちらかというとうんざりといった感じである。

 外見から彼らはどこかの国の部隊と思われるが、少年にはそれがどこの国の者かは判別できなかった。

 

「クラーケンに喰われた訳でもなさそうだし・・・・サンダーバードの仕業か? いや、さすがにないか」

 

 少年は現場には早々に興味を無くし、甲板から飛び降りる。猫のように軽々と砂地に着地し、真っ直ぐ島の森の中に入っていった。

 

「おおぉおおおおい! 誰か生きてる奴いるかぁ!?」

 

 やや気抜けした口調で森に向けて大声を上げ、返事の有無を待つことなくさっさと森の中に入っていく。

 少年は特に目処があって動いている訳ではないようで、ぶらぶらと森の中を適当に歩き回っていた。

 

「うん?」

 

 ふと少年は何かに気づいて足を止める。少年の目線はある一点に固まった。

 いくつもの照葉樹の葉に覆われて薄暗い森の中、幹が途中で二股に分かれた一本の樹木。その太い枝の狭間に、確かに何かがいた。

 

 それは人型をしていた。だが具体的な姿はよく分からない。

 その人物は身体が透けていたのだ。ガラス瓶の向こうの風景を見るように、視認できる風景が歪んだ箇所が人型のシルエットのようにそこに存在していたのだ。

 大きさは、目測でもかなりの大柄であることが判る。身長は2メートル以上あるかもしれない。頭部には髪の毛と思われる箇所が見えた。

 それはカメレオンのごとく周囲に完全に溶け込んでおり、常人ならばまず気がつかなかっただろう。この少年はよくぞ見つけられたものである。

 

 それは特に動くことなく、少年に顔を向けているようだ(透明なのではっきりとは判らないが・・・・・・)。何とも不思議で不気味な存在だが、少年は恐れることなく足を進め距離を縮め、その怪人に語りかけた。

 

「俺はこの辺りの海を縄張りにしている精霊のルイだ。お前は誰だ? この島の住人か? 違うよな、俺ここに結構来てるけど、人が住んでたことなんて一度もなかったし。やっぱりあの船にいた奴か?」

 

 少年=ルイの問いに怪人は何も答えなかった。しばしその場が沈黙する。するとルイは徐々に不機嫌になっていく。

 

「こっちが名乗ったんだ。お前もさっさと名乗れよな!」

 

 すると怪人は突然ルイに背を向け樹木から飛び降りた。逃げるといった様子は無く、ただ興味が無いから行くといった感じで、その場から立ち去ろうとする。

 

「待てやこら!」

 

 ルイはその少女のような容姿には似合わないドスの利いた怒声を上げて、怪人を追いかけた。

 怪人は大柄に似合わぬ俊敏な動きで森へと消えていく。ルイもそれに負けず素早く動いたが、山林での移動に慣れていないせいで順応に動けず、怪人を見失ってしまった。

 

「なんだよあいつ・・・・よそ者の癖に礼儀知らずだな」

 

 ルイは不機嫌丸出しで嘆く。そして再び森の探索を始めた。

 

 

 

 

 

 

 時間が経ち、日が傾き始めた。

 

「そろそろ帰ろうかね」

 

 ルイがそう呟き、空の太陽を眺めると一羽の鳥が飛んでいるのが見えた。それはカルガモだった。

結構高い位置を飛んでいるはずなのに、何故か鳥の種類がはっきりと判る。

 

(あんな鳥この辺りにいたかな?)

 

 ルイは首を傾げ、カルガモの飛んでいく先を見つめる。カルガモは島の森の中の一点に入っていった。ルイは興味をかられたのか、カルガモの着地地点に足を運んだ。

 

 

 

 

「お前どこ行ってたんだ!? 奴に見つかったらどうする気だ!」

「落ち着け! お前の声のほうが一番危ないぞ!」

 

 一人の男が怒鳴り声を上げ、側にいた一人が慌てて彼の怒号を止める。カルガモが降り立った林の中には、あの船に乗っていた8人の兵士が茂みの中に隠れていた。

 

 怒鳴られたそのカルガモは、どう見ても普通の鳥ではなかった。外見はどう見ても普通のカルガモで、遠くから見た場合おかしな点には全く気づかないだろう。

 だが近くによればはっきりと判る。カルガモの体格は、常識では考えられないぐらいの大きさで、馬と同じぐらいあったのだ。おそらくダチョウよりも大きいだろう。

 首には手綱のついた首輪、背中には乗馬のような鞍が取り付けられている。

 

 この明らかにおかしな生き物に兵士達は特に動揺することなく、それが当たり前のような慣れた対応でカルガモの手綱を引っ張り、共に茂みの中に隠れる。

 

「餌が無くて我慢できなかったんだろう。仕方ないさ」

「副艦長・・・・」

 

 副艦長と呼ばれた30前後と思われる兵士が、疲れた表情で一息吐いた。

 

「どうする? いっそこいつを放しちまおうか? どうせこいつの羽じゃ海を越えられない・・・・」

 

 一人の兵士が嘆いた言葉に反論する者はいなかった。

 だれもが疲れ絶望しきった表情でカルガモを見詰めている。カルガモは何も判っていないようで、お気楽に「グワッ!」と一声を上げる。

 

「・・・!」

 

 突然副艦長が何かに気づいたようで、凄まじい速さで腰に差していたロングソード型の魔法剣を抜いた。

 他の兵士達が動揺する一瞬の間にも、剣筋に雷の魔力が迸り、切っ先を茂みの向こうの一点に向ける。そしてようやく一人の兵士が声を上げられた瞬間に、切っ先から青い電光が放たれた。

 

「うわ!」

 

 茂みの奥から何かの声が聞こえ、電光の炸裂による爆発が起きた。

 

「しまった!?」

 

 副艦長は気配を察した瞬間は、茂みの向こうにいる者を人間だとは思っていなかった。だが今の人間と思しき声を聞いた途端、自分の失態に気づき、慌てて焼けた茂みの外側に飛び出した。

 

「大丈夫か!?」

 

 飛び出した先にいたのは、ルイだった。今の電光の直撃を受けたはずだが、とくに外傷はない。

 

「お前・・・・・・?」

 

 ルイは力士の張り手のように、広げた掌を前方に突き出していた。

 そして掌を中心にルイの前方を全て覆う、円形の大きな水の壁が出来ていた。水魔法の障壁だ。どうやらこれで電光を防いだようである。

 ただ帯電率の高い水では完全に防ぎきれなかったようで、ルイの身体は僅かばかり痺れで揺れていた。

 

「いてえよ。普通の奴だったら死んでたぞ」

 

 先程の怪人の時以上に、不機嫌丸出しでルイは副艦長を睨み付けた。

 



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第三話 海の精霊

「さっきはすまなかった。私の名はエイド。エルダー王国海軍の者だ。君はこの島の者か?」

 

 副艦長=エイド含む八人の兵士達は、眼前の半裸の少年の姿を物珍しげに見詰める。この海域には住人はいないとされていたため、この少年の存在は、かなり意外だった。

 

「俺の名前はルイだ。この辺りの海を縄張りにしている水の精霊だ」

「!? 精霊!?」

 

 水の精霊、という言葉に一同は動揺した。人や動物の姿に具現化した精霊の存在は、一応知られてはいるものの、それに目撃したという情報は、ここ最近は全くといって良いほど無い。

 

 彼らは基本的に人間との接触を嫌い、人間の住む土地にはまず住み着かないのだ。ただ最近、雷精霊の一種が、国内の各海岸に出没したという情報があるが、それが本物の精霊だという証拠はまだ出ていない。

 一応この海域に精霊が居るという噂はあったが、そういうのは未開の地域にはありがちなので誰も信じていなかった。

 

「今度はこっちから聞くが、お前らは何者だい? こんな遠海に人間が来ること自体珍しいのに、更にあんなおかしな有様になってるし」

 

 ルイと名乗った少年は動揺する兵士達に構わず、話の続きを始める。

 エイド達はルイの言葉に信じられないとは思った。だが先程の見せた水の魔法から只者ではないと判断し、特に聞き返さずに質問に答える。

 

「・・・・そうか。ではお話ししましょう。と言っても、我々にも判らないことだらけなのですが・・・・。我々は海賊討伐の任を受けておりました。一月程前に、ある海賊の一団が、この辺りの海に逃げ込んだという情報があったんです。危険な魔獣を飼い慣らして、国を脅かしている厄介な奴らでして、それで精強の我々が出動したのだが・・・・」

「ああ、あいつのことか」

 

 ルイはすぐに何かを思い出したかのような素振り見せて、答えを返す

 

「知っているので?」

「知ってるよ。船とその魔獣だけはな」

 

 ルイの言い方に兵士達は怪訝な顔をする。

 

「十日ぐらい前だったかな。この海に船が一隻入り込んできたのさ。どこの船かなんて俺は判らなかったけど。あんまり関わりになりたくなくてしばらくは放っておいたんだが・・・・」

「何かあったので?」

 

 ルイは首を横に振る。

 

「何もないから変だったんだよ。その船、それからずうっと動く気配が無かったんだ。ただ波に任せるままプカプカと浮いてるだけでさ、特に誰かに乗ってる様子も見えなかったし、ちょっと気になって近くに寄ってみたんだ」

「それで何が?」

「誰もいなかったよ。もぬけの殻さ」

「やはり全員殺されていたか・・・・」

 

 “やはり”という言葉に気にかかりつつも、ルイは答えを続ける。

 

「殺されたかどうかは判らないさ。ほんと中には誰もいなかったんだから。甲板は荒らされてて血痕とかもチラホラあったけど、死体は何もなかったよ。中の方もほとんど誰もいない。荷物とかはそのままだったから略奪とかでもなさそうだった。まあ丁度良いから、中にあった酒とか金とか勝手に貰っていったけど」

 

 精霊でありながらおかしな物に手を出す。精霊が酒を好むなどと聞いたことがない。伝わっている話では、人間の俗物を嫌っている印象があったのだが・・・・・・。

それはともかく、最初の船が無人だった話しには誰一人驚かなかった。今度はルイが質問を発した。

 

「それでお前達はどうしてこうなったんだ? 海賊にやられたか?」

 

 その問いに兵士達は一時沈黙した。ルイが不思議そうに彼らを見ている中、沈黙はしばらく続いたがエイドリアンが最初に口を開いた。

 

「・・・・全く判らない。姿さえはっきりしない奴に船は攻撃された」

 

 正直こんな今日会ったばかりの謎の人物に、あまり詳しく喋るのは軽率に思えたが、どのみち自分たちには何の力もない。とりあえずこの少年を信用しておく以外に選択肢はない。

 彼が本当に精霊だというなら、もしかしたら帰還に役立つ力を発揮してくれるかも知れない。

 

 エイドは航海に出て数日程たった日から起こり始めた出来事を語り始めた。

 ある日船から行方不明者が続出したこと、見えない敵に襲われことなどを、曲解無く詳しく説明する。そして海上にいるのは危険と判断して、近くの島に緊急避難したと話した。

 

 ルイもまたこれらの話に驚いたりはせず、無表情で話しを聞く。そして説明を終えたところでエイドからルイに質問をしてきた。

 

「あなたはここに長く住んでいるのでしょう。ここの海には昔からあんな奇怪な生き物がいるので? 一応魔物がいるという噂は、以前からあったようですが」

「いや、いない。ここにいる変な生き物と言ったら、俺以外ではでかいタコが一匹いるだけだ。あんなの俺も今日初めて見た」

「見た?」

「その変な奴、今日会ったぞ。朝辺りに向こうの林のなかでな」

 

 ルイは自分が見たと思われる島の部位に指さす。エイド達は表情こそ変えなかった者の、冷や汗が垂れ始める。

 

「陸上にも上がれたのか・・・・。海上から離れたのは失敗だったか。しかしあなたはよくご無事で」

「いや俺何もされなかったし」

 

 ルイは困ったふうに答えを返す。

 

「されなかった?」

「ああ、話しかけても何も喋らなくてな、しばらく睨めっこしてたら勝手にどっかにいった」

 

 意外な話だった。エイド達は、あれは見る者全てを狩り殺す存在だと、盲目的に思い込んでいた。

 

「何故ですか? あなたが精霊だからですか?」

「そんなの知るかっつうの。人間を見るのだって数十年ぶりだってのに、あんな変な生き物が出てきて、こっちこそ困惑してるんだ」

 

 エイドは理不尽なものを感じながらも、ルイの言葉に納得せざる終えなかった。寿命のない長年の精霊でも知らないことを、人間の自分たちが知れるとも思えない。

 

「あんたらはこれからどうするんだ?」

「それなんですが・・・・ルイ様にお願いしたいことがあります。あなたの水霊の力で我々を国に帰していただけないでしょうか?」

 

 エイドは彼に望んでいることを、単刀直入に申し出る。

 ルイは難しい顔をして考え込む。彼は別にこの頼みを嫌がっているわけではない。

 

「帰せって言われてもな。俺はあんたらの国の場所なんて知らないぞ。そもそも最後に人間に会った場所がどの方角にあったかも忘れたしな」

「それならば大丈夫です。方位磁針も手元にありますし、航海術の手ほどきも受けていますから」

「あんたらの船に小舟とかはあるのか?」

「ええ、もちろん」

「ならいいぞ。後で礼はたっぷり貰うがな。極上の酒をたっぷりもらうぜ」

 

 ルイの了承の言葉にエイド達は大きく喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 ルイとエイド達は砂浜に座礁した軍艦に戻ってきた。もちろんあの大きなカルガモも連れている。

 だが軍船の様子は、先程ルイが見つけたときとは大分様子が違っていた。

 

「これはいったい・・・・?」

 

 船の下層部には無数の穴が空けられていた。一つ一つは握り拳ほどの大きさだが、それがいくつも蜂の巣のようにポツポツとついている。穴の周囲は強い熱を受けたのか焼け焦げていた。

 また船底にある竜骨が一カ所大きく破壊されていた。恐らくこの船は二度と海に上がることはできないだろう。

 この惨状にエイド達はただ呆然とした。カルガモだけが呑気に地平線を眺めている。

 

「さっき俺が来たときはこんなじゃなかったぞ。これも例の謎の敵か?」

「この島で、我々以外に誰かいるとしたら、それは奴だけです」

 

 もともとこの軍船は乗り捨てる予定だった。気を取り直して、彼らは船に上がり込んだ。小舟を探すためである。

 国に帰る方法はただ一つ。乗員達を小舟に乗せ、それをルイに運んで貰うことだ。

 別に馬車のように引っ張ってもらうわけでない。ルイの魔法を使って、船底の水を操り、スケートのように高速で海を駆けるのだ。

 人になれる程の力を持った精霊の魔力があれば、その速度はこの世界の人間が作り出したいかなる船を凌ぐ。精霊の御技である。その速度ならば二日もあれば王国に帰還できるだろう。

 

 甲板に上がった一行は、またもや驚愕させられることとなる。

 何かがあったわけではない。何もなかったから驚いたのだ。

 

「ルイ様が来たときは・・・・」

「あったぞ。何十人ものお前らの仲間の死骸がな」

 

 朝ルイが来たときは、あれほどあった乗員の死体が全て無くなっていた。

 見たところ一人残らずである。転がった武器や大量の血痕が、あの惨状が幻ではないことを証拠づけていた。

 

「これもその透明怪人の仕業だと思うか?」

「そうなのでしょうが・・・・一体何のために?」

「まあ何だっていいや。小舟もぶっ壊れて使えそうにないし、別の手を考えるか」

 

 ルイは甲板の一点を見やる。そこには緊急避難用の小舟が無残にもバラバラの状態で散らばっていた。

 

「別の手とは? 何か考えでも?」

「この島の木で新しい船を造るんだよ。イカダみたいな簡単な物でもいい、海の上で人が乗れて浮かぶ物なら俺の魔法でなんとかなる」

「しかしそんなことをして奴らに気づかれたら・・・・」

「その必要はないよ。残念ながら」

「残念?」

 

 ルイの奇妙な言い回しに、エイド達は首を横に曲げる。

 

「最初に言うが、俺が何を言っても絶対に動くなよ。もちろん顔の向きもだ」

「・・・・? 判りました」

 

 ルイは表情を変えずに喋り始める。

 

「あいつら俺たちの居場所にとっくに気づいてる。というか今現在監視中だ」

「なんですって!?」

 

 エイドは反射的に、ルイとの約束を破りそうになる。

 

「動くなって言ったろ! 変な反応すんな!」

 

 周囲を見渡そうとしたエイド達を、ルイは静かな口調で一括する。そして落ち着いて話しを続けた。

 

「俺は人間よりも感覚が鋭いから判るんだ。遠すぎて今は判らないが、多分俺の真後ろの方角の林の中に一人いる。林の中を歩いてきた辺りから、ずっとつけてきてるぜ。僅かな殺気と血と潮の臭いがついていたから、すぐにわかった」

 

 林の方角に目を向けそうになったのを何と堪えて、エイド達はルイの僅かに強張った顔を直視して硬直する。

 

「何故ですか? 何故奴は襲ってこない?」

「そこまで判るかっての。俺という異分子が入ったことで警戒しているのか、もしくはただつけ回すのが好きな変態か・・・・・」

「いったいどうすれば・・・・?」

 

 小声で会話する二人に、他の乗員達は怯えた表情を現しながら聞き入る。

 

「とりあえず今は気づいてないふりをしろ。近くによれば奴の気配はすぐに判る。俺がどうにか、あいつの居場所から逸れる場所を歩くから、お前らは俺の後をついてこい。それと船の中に食料と使えそうな縄とかがあったら持ってきな」

 

 いつのまにかルイが全員の主導権を握っていることに特に文句はなく、乗員達は全員その指示に頷いた。

 一行はルイを先頭に砂浜を一列に歩く。エイドは敵がまだ近くにいるのかルイに問おうとしたが、すぐに思い直す。敵が言葉を解せる存在だった場合、会話で気づかれるかもしれない。

 

 やがて最初にねぐらにしていた場所とは、大分離れたところにある林の中でルイは足を止めた。そしてようやくルイが口を開く。

 

「大丈夫だ、あいつはもういない。途中までついてきてたが、引き返していった」

 

 緊張で固まっていた一行は、一気に肩が軽くなるのを感じた。

 

「休んでる暇はないぞ。今すぐ作業開始だ。完成次第、あいつらが追ってこれない速さで海を走る」

 

 そういってルイは近くにあった手頃な太さの樹木に手をかざす。掌を真っ直ぐ手刀の形にすると、掌が薄い水の膜で覆われる。

 ルイは無言で樹木の幹に手刀を振るった。水の魔力で増強された手刀に、幹は野菜のように簡単に切断された。あまりの切れ味に、樹木が音も立てずに倒れ落ちていく。

 

「何してる? さっさと枝を刈り取れ!」

 

 あまりに見事な魔法さばきに、エイド達は一瞬あっけにとられたものの、すぐ言われたとおりに作業を開始した。

 その間にも、ルイは次の樹木を切り倒していく。

 

 使えそうな分を切り終えると、ルイもエイド達の作業に参加した。巧みな手刀さばきで枝を次々となぎ払い、丸太同士がきちんと繋ぎ合うように幹の各部を削り、形を整えていく。

 

 やがて船から持ち出した縄で縛り上げ、驚異的な速さでイカダは完成した。この結果に乗員達も驚きを隠せない。

 

「さてさっさと海に運ぶぞ」

 

 これを聞いてエイド達はイカダを押して海に運ぼうと、イカダの背に集まり始める。だがそれをルイが止めに入った。

 

「まあ見てな」

 

 ルイはイカダの一部に手を触れた。エイド達が不思議に思ってみていると、突然イカダが浮き上がった。

 

「これは・・・・水に浮いている?」

 

 イカダと地面の間には平面上に広がる大量の水があった。それは常識的な物理法則を無視し、その場所に入れ物のない水槽ができたかのように存在していた。

 イカダはその上に、普通に海面に置かれたように浮いているのだ。

 

「行け」

 

 ルイがイカダをどんと押すと、不可解な形で存在している下の水が急速に増えた。それは海の方角に向かったイカダの前方を、河川のように真っ直ぐに伸びて広がり、あっというまに海に到着した。

 

 その細長くなった水面を、イカダは激流に呑まれたかのように走り出す。雪山のソリのように走り出したイカダは、あっというまに海に到着した。

 その途端イカダを運んだ水の魔力が解けた。地面の上に出来た河川は一気に崩れ落ちる。バチャン!と音が聞こえると、地面には直線上に広がるただの水たまりができていた。

 

 イカダは今までのことが無かったかのように、海の上にプカプカ浮いていた。

 

「ここまで水を自在に生み出し、操れるとは・・・・・・」

 

 エイドはルイの魔法の腕に、透明怪人とは別の意味で驚愕した。

 我に返った乗員達は次々とイカダに乗り込む。ルイもウミガメの姿に戻って海に飛び込んだ。これを見てようやく、ルイが精霊だという話が真実だと、皆が理解できた。

 何はともあれ出航である。

 



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第四話 海洋の狩人

 ウミガメ型のルイが先頭を走り、その後ろをイカダが勢いよく前進している。まるで馬車が海上を全速力で走っているようだ。

 当然前にいるルイも、それ以上の速さで泳いでいる。水かきは後側に畳んでおり、ルイは全身を動かさずに矢のように海を突進している。とてもウミガメとは思えない、奇怪な泳ぎ方であった。

 

 後方の島がどんどん小さくなっていく。

 

 だが航海は順調に思えたが、実際の所すぐに終わった。 出航20分も経った所で、何かに気づいたルイが、慌ててエイド達に話しかける。

 

「お前ら! 悪いがここで引き返すぞ!」

 

 気が緩んでいた矢先の突然の言葉に、エイド達は一瞬ルイが何を言ったのか判らなかった。

 その最中にルイはUターンして、ものすごい勢いで島の方角に進む。

 

「なっ!? 何故ですか!?」

「奴が来た!」

 

 奴、という言葉が意味することは一つしかない。

 

「もう一匹はどこにいるのかと思ったら、海で待ち伏せてやがった! もの凄い速さでこっちに近づいてきてるぞ!」

 

 敵の出現より先に、このルイのスピードに追いつけそうなスピードとは、敵はどういう泳ぎ方をしているのだろうか?という疑問をエイドが真っ先に思い浮かんだ。やがて島の砂浜が近づいてくる。

 

「(ちくしょう! 楽に済む仕事だと思ったのに、とんだ災難に関わっちまった。もう人間と取引とかすんのはやめよう)」

 

「クワァアアアアアアッ!」

 

 一緒に乗っていた巨大カルガモが、場の変容に驚いたのか、突然翼を広げてイカダから飛び立った。

 

「お前、どこにいく!? 止まれ!」

 

 エイドの制止も聞かず、カルガモはあさっての方へと飛び去っていく。

 一行が脱走したカルガモの姿を唖然として見送っていると、どこかから水のはねる音が聞こえた。

 

「がっ!?」

 

 音と同時に然一人の乗員が苦悶の声を発し、身体が宙に浮いた。そして吹き飛ばされるようにイカダから離れ、海に転落する。軍船にいたときと全く同じ現象である。

 

 一人を捕らえたためか、敵の速度が一瞬落ちたのをルイは感じ取る。その間に一行は一人を残して島に到着した。

 人型に戻ったルイは、エイド達に手招きしながら走り出す。

 

「もう一匹は近くにいない! とにかく海から離れ・・・・」

 

 全てを言い終える前に、水のはね音が聞こえ、ルイが飛んだ。

 

「ルイ様!」

 

 声が届かぬうちにルイは海に引き摺り落ちる。一瞬の出来事である。

 

 

 

 

 

 

(うぉおおおおおお!)

 

 海中でルイは、自身の胴体に巻き付いたワイヤーを、何とか引きちぎろうと両手に力を込めていた。

 陸では透明だったワイヤーは、何故か海中では、はっきりと実体を視認できた。ワイヤーは頑丈で、常人を超える力を持ったルイでもなかなか破れない。

 

 そうしている間に、ルイは敵の姿をその目に捉えた。ワイヤーと同じく水中では透明になれないのか、その姿が明確に肉眼に映っている。

 

 海中に漂うそれは人間と同じ体型をしていた。だがそれは人ではなかった。

 それは2メートルを超える身長と、屈強な筋肉が全身を覆う巨漢であった。肌は水棲生物のように滑らかで、その上に網目状の服を着込んでいる。

 更にその上、両肩・胸・背中・下腕・両足等、各部に銀色の鎧が装着されていた。剥き出しになっている手や足の指は、人間と同じ形の五本指で、指先には肉食獣のような鋭い爪が伸びている

 そして顔は、鎧と同じ銀色の仮面で隠されていた。仮面は何らかの動物の頭骨を象ったと思われる物で、額の面積が広く平らになっており、顎部が少し前方に突き出ていた。目の辺りには穴は無く、楕円形の窪みのような形になっている。顎部の左右両端には長い牙が下向きに伸びており、セイウチを思わせる外観だった。

 仮面に覆われていない後頭部には、黒色で触手のように太い髪の毛が無数に生えており、ドレッドヘアのように見える。

 

『お前が犯人か。やってくれるじゃん』

 

 肉声を出せない水中で、ルイは魔法で放った声で、その仮面の怪人に呼びかける。

 

 怪人の左手には銃のようなものが握られていた。

 色は黒、大きさは小銃並で、銃身は長い四角形である。銃口に当たる部分には、金属のワイヤーが飛び出しており、それが長く伸びてルイの身体に巻き付いている。

 どうやらこれが乗員達を捕らえた奇怪な力の正体のようだ。

 

(うおっ!)

 

 ワイヤーが銃身の中に引き戻され、ルイの身体が怪人のいるところへ引っ張られる。

 怪人は右手を振りかざすと、右手の籠手から、素早く一本の長い刃が伸びた。この籠手はかぎ爪が収納された細工物だった。近づいてくるルイに向けて、怪人はかぎ爪を構える。

 

『なめんなよ!』

 

 ワイヤーを破るのは無理と判断したルイは、怪人に攻撃を仕掛けた。怪人に向かって両掌を組んで向ける。すると掌周辺の水が一気に圧縮され、掌に膨大な水圧の力がため込まれ始めた。

 

 怪人との距離がほんの数メートルにまで到着したとき、その膨大なエネルギーを怪人に向けて一気に放出した。

 水中で強大な水の爆弾が破裂した。その余波で周囲にいた魚や海草が吹き飛ばされる。

 強力な水の衝撃波を受けた怪人は、その巨体を勢いよく後ろへ飛ばした。その際、掴んでいた捕獲銃を手放してしまった。

 

 すんでの所まで近づいていたルイと怪人は、それによって一気に引き離される。

 銃が手放されたとき、ルイを拘束していたワイヤーの力が緩み、無事拘束から脱出した。

 

『今度はこっちの番だ!』

 

 ルイは逃げずにそのまま反撃に出た。水流を操る魔法で水を高速で移動し、怪人に向かって突撃する。右手に水の波動を集め、突進の威力を足した強力な右ストレートを怪人にぶつけようとする。

 

 だが攻撃は命中しなかった。命中の瞬間、怪人はロケットのように上方に飛び回避した。

 

『なんだ!?』

 

 水中にいながらの、あまりにも俊敏な動きに、ルイは僅かに動揺する。

 怪人はとてつもない速度で上に移動したかと思うと、ピタリと水中で急停止し、海底近くにいるルイを見下ろした。

 

『あれか・・・・』

 

 よく見ると怪人の両下肢後ろ側には、下向きに噴射口がついた細長い装置が取り付けられていた。

 現在噴射口からは、弱めの水流が絶えず放出されていて、鎧を着た怪人が水に沈まないようにうまく調整して、水中を立っているかのように怪人の身体を固定している。

 

(あの推進装置が水の中を、高速で動く力の正体か。案外普通なんだな)

 

 水中で立ち上がっていた怪人は、鉄棒を回るように水中をバク転し、上半身をルイのいる下方に向ける。そしてかぎ爪を構えると、足の装置から強力な水流が一挙に放出され、矢のような勢いでルイに突撃した。

 

(速い!?)

 

 ルイは慌てて後方に飛んで回避する。怪人のかぎ爪が、海底の柔らかい土に突き刺さり、海中の土煙が散乱する。

 それにより怪人の姿が視界から消えるが、高い感覚能力を持つルイには関係ない。ルイは怪人に向けて、二発目の水の衝撃波を放つ。

 

 更に大きな土煙が上がり、怪人が再び吹き飛ぶ。だが例の推進装置ですぐに体制を立て直した。見たところ、それほど大きなダメージを受けたようには見えない。

 

(くそ! 頑丈な奴だ!)

 

 ルイは先程より小さめの威力の衝撃を、連続して叩き込んだ。

 怪人はそれを巨漢に似合わぬ俊敏な動きでかわしていく。ようやく一発が当たったかと思えば、怪人はそれを銀色の籠手で防御した。

 

 ルイは瞬時にウミガメ型に変身し、怪人に背を向けて島に向かって逃げ出した。

 敵は自分と同等以上の水中移動能力を持っている。その上、向こうは強靱な筋力と刃物を所持しているのだ。真っ向から戦っても、まず勝ち目はない。

 ウミガメ型の速度は、人型よりもずっと速い。すぐにルイは敵を振り切って陸に到着した。

 

 

 

 

 

 

 ルイが水に引きずり込まれた直後、エイド達はどうすればいいのか判らず呆然とした。こういう心境になったのは、航海に出てから一体何度目であろうか?

 

 水の精霊であるルイだから、すぐにやられてしまうとは限らない。だからといって加勢などできようもない。水中戦がほとんどできないただの人間が水に飛び込んでも、足手まといにしかならないだろう。

 

「とにかくどこか隠れやすいところに行こう。ルイ様ならきっと大丈夫だろう」

 

 一行は走り出す。最も、ルイのような超感覚を持っていない彼らには、どこが安全かなど判りようもない。とりあえず一行は見通しのよい砂浜を避けるため、林の中へと走り出した。

 林の中でどこか隠れやすそうな場所を探している一行だが、すぐに狩人はやってきた。一人の乗員の頭に、あの恐怖の赤い光線が当てられる。

 

「ふくかっ・・・・・!」

 

 それに気づいた乗員がとっさにエイドに呼びかけようとしたが時遅く、光弾が乗員の頭をスイカのように粉々にした。大量の肉片と脳汁がむごたらしく辺りに四散する。

 

「走れ!」

 

 一行が林の奥へと走り出す。怪人は彼らに向けて次々と光弾を放つ。だがいくつもの樹木が立ち並ぶ林の中、赤い光線でもなかなか照準を合わせられず、光弾は一発も当たらない。

 代わりに光弾によって何本もの樹木の幹が破壊され、林の中に倒木の音がズシンズシンと鳴り響く。

 怪人は深追いを避け、その場から退いた。

 

 

 

 

 

 

 ルイが陸に上がると、そこには誰もいなかった。

 

(エイド達は!? もう一匹の方にやられたか?)

 

 それならここに死体が残っているはずである。自分が海に引き込まれてから今までの短時間に、7人分の死体を運ぶことは不可能だろう。

 

 そう考察している最中にルイの背後、海の方から光弾が飛んできた。ルイは後ろを見ないまま、俊敏な動きでそれをかわした。

 振り返ると怪人が海から上半身を出していた。見ると怪人の左肩部には、銃と思われる銀色の筒状の物体が装着されていた。先端の穴からは煙草のような白い煙が浮いている。これがあの光弾を放った武器である。先程水中にいたときは、この銃は存在しなかった。あのかぎ爪と同じ収納式なのであろうか?

 

 怪人の仮面の右目の部分から赤い光線が放たれ、数十メートル先のルイの腹部にあてられた。狙撃の合図である。

 

「やられるか!」

 

 両掌を出し、以前エイドの魔法を防いだ水の障壁を瞬時に作り出した。

 

 ギュン!という地味な音と共に、怪人の左肩の銃から青い光弾が発射された。

 弾速は普通の銃弾よりは遥かに遅いが、弓矢よりはずっと速い。光弾は光線の照射先通りに飛び、ルイを守る水の壁に着弾した。

 光弾の威力は、ルイの魔法力でも完全には防ぎきれなかった。水の壁は砕けて大量の水飛沫となって辺りに散乱し、ルイ自身も後方に吹き飛んで、砂浜と林の境目へと転がっていく。

 

 怪人はルイに起き上がる暇を与えず、二発目を放った。ルイは身体を横に転がしてギリギリのタイミングでよける。外した光弾は、ルイの向こうにあった細い樹木を粉々にした。

 ルイはすぐに立ち上がって、林へと駆け込む。三発目が飛んだが、ルイは走る方向をジグザグに動かして逃げ切った。

 

(さっき水の中にいた時はあんな技は使わなかったな。あの銃は地上でしか使えないのか?)

 

 ルイは全力で逃げながら、冷静に敵の戦闘法を分析していた。

 林の中へと消えていくルイを、怪人は追うことなく静かに海に潜っていった。

 

 

 

 

 

 

 林の中で逃走していたエイド達は、敵の追撃が無いことに気付くと、一斉に地面に倒れ込んだ。全力疾走だったため全員疲れ切っている。

 

「陸と海からの挟み撃ちから。どうしたらいいんだよ、これじゃあ・・・・」

「どうしたら? もう選択肢は一つしかない。まずあいつを何とかしないと、島からの脱出も不可能だ。戦うしかない」

 

 木の根もとに腰掛けたまま呟いた乗員に、エイドが高く断言する。

 

「戦うって!? どうやってですか? あれに勝てると?」

「やってみなければわからんさ。今と前とじゃ大分状況が違う。前は船の上、完全な奴らのテリトリーで不意を突かれ続けたからな。だが今は違う。今二匹は陸と海に分かれて動いている。陸の奴に絞れば俺たちも自由に動いて戦える。今度はこっちが不意を撃って反撃しよう」

「具体的にどうすると?」

「罠を仕掛けるぞ。奴の狩りが再び始まる前に済ませなければ・・・・」

 



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第五話 海の悪魔

 一方のルイは島にある最も標高の高い丘の上に堂々とあぐらで座り込んでいた。

 辺りに樹木はそれほど生えておらず、島の回りの風景がグルリと見渡せる。

 

 敵の気配を細かく感じ取れるルイには、怪人の透明化能力など通用しない。変に隠れるよりも、こうして堂々としていたほうが敵の動きを察知しやすいと判断したからだ。

 

(完全に俺も標的にされちまったな。酒欲しさで請け負ったら、かなりやばいところまできちまったよ。いっそこのまま見捨てて逃げちまうか?)

 

 楽勝と思って関わったところの、予想外の事態にため息をつく。

 

(というか、そもそもあいつは何者なんだ? どういう種類の魔物かなんて興味ないが、目的がよく判らん)

 

 ルイは色々と思考を巡らせてみる。以前見た無人の海賊船、これもあの怪人達の仕業だとしたら、海軍に恨みがあるとは考えにくい。元々あの怪人の存在は、海軍の者達も知らなかったのだ。

 

(殺しのやり方からして、ただの快楽殺人狂か? でも最初に俺に会ったときは、何もしてこなかったよな? それと・・・・・・)

 

 正直埒があかないので怪人の出所について考えるのは早々にやめた。そして目の前にあるもう一つの疑問に考えを埋める。

 

「何なんだよ・・・・。この変な注射器は?」

 

 ルイのいる丘には怪人以上に奇妙な物体が存在していた。

 

 ルイが“注射器”と称したその物体は、上部は円筒上の大型の銀色の物体で、高さは5メートルほどで、かなりの大きさである。

 何かの入れ物のようにも見えるそれは、下部が地面に深く食い込んでいた。先端の形状は不明だが、この見事地面の刺さりようから、かなり尖っているのではないかと推察される。

 その物体の上部には、クローバーのように三つに分かれた傘が、被さるようについている。物体上部の側面には、開き戸のような大きな穴が開いている。そこから中を覗いてみると、物体の内部は完全な空洞であった。

 

 そんな何とも言えない奇妙な物体が三つ、この丘の上にキノコが生えているがごとく、地面に突き立っていた。

 

(もしかしてこれ、ずっと前にこの島に落ちた流星か? 流星て、こんな形だったっけ? まあ今はそんなことどうでもいいんだけど)

 

 ルイはしばらく考え込むが、それも面倒になって途中で止めた。

 

(敵は陸と海に一匹ずつ・・・・。とりあえず海の奴を先にやるか。丸腰じゃ勝てんが、あの船から良さそうな魔法剣をとれればあるいはな。そいつ一匹を倒せば、俺一人でもここから逃げ出せる)

 

 あぐらの両足を勢いよく叩き、ルイは立ち上がる。そして真っ直ぐに軍船の方へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 陸にいる怪人が接触することはなく、ルイは無事に軍船に到着した。

 船の様子は数時間前に来たときと何ら変わらなかった。

 

 ルイは甲板に上がり、転がっている持ち主を失った魔法剣を何本も拾い上げ、細かく物色する。やがて一番質が良いと判断した一本を取り、後は粗末に投げ捨てる。

 

(いい業物じゃないか。船だけでなく武器も高級なんだな)

 

 ルイは手にした魔法剣を何度か強く振ってみる。

 ルイが剣を振るうのは何十年ぶりかのことである。何度か振るってみて、以前より扱いがなまっているのに気づく。

 この辺りの海に住んでいる上で、武器を必要とするような敵と遭遇することは、今までほとんどなかった。クラーケンという巨大タコのモンスターはいたが、あれは怒らせなければ特に害はない。

 

 ルイは船の中にもっと良い武器が無いか探ろうとしたが、変に時間をかけている内に、陸の方の怪人が襲ってくる可能性を考えて取りやめた。

 

(まあ、全部片付いた後で物色するのもいいかもな。いい酒があったりするかもしれんし)

 

 剣を鞘に収め、魔法で腰のふんどしに固定した後、ルイは船尾から海に飛び込む。ウミガメ型だと武器を持てないため、人型のままで海中を進んでいく。

 

(どこだ? とっととかかってこいよ)

 

 水の精霊であるルイは、水中だと感覚能力が更に高くなる。あれほど大型の生物ならば、その辺を泳いでいる魚類と間違えることもない。

 怪人を捜して海底近くを泳いでいると、海底のある場所で妙な物が大量に浮いているのに気がついた。

 遠目から見たところ、ブラブラと漂っているため、海草かとも思ったが、どうにも様子がおかしい。

 

(何だろうな? ちょっと見てみるか)

 

 近くに寄った結果、ルイは自分の好奇心を少し後悔した。

 

(これは!?)

 

 見るに耐えない光景だった。

 

 漂っているのは人間の死体である。その数は百数十にものぼる。

 彼らは足にロープを括り付けられており、そのロープは海底に突き刺された杭に繋がれて固定されている。死体は両手を上げた、万歳の姿勢で水中に浮遊していた。

 

 そして彼らは皆全身の皮を剥がされていた。あまりに残忍で惨たらしい姿である。水中に入れられてから、それなりに時間が経っているのか、既に出血はなく表面の肉が少しふやけてきている。

 

(これもあいつの仕業だってのか? どういう趣味だよ・・・・・)

 

 あの怪人が狩りを終えた後は、いずれも死体が一つも残っていなかった。この死体の身元が、最初の海賊船の者か、海軍船の者か、もしくは別のどこかで狩られた者かは判らない。

 

 どっちにしろルイは、この場にはこれ以上いられず、早々に後にした。

 ルイは海中移動を続ける。やがてあまり来たくなかった場所、クラーケンの寝床がある海域で、怪人の気配をかぎ取った。

 

(やっかいな所で出合っちまった。それともこれを狙っていたのか? とにかくクラーケンを怒らせないようにしないと)

 

 やがて怪人が姿を現した。身体を水平にして、足を後ろに伸ばし、かかとの噴射口から水流を放出してこちらに向かってくる。

 両者が接近すると、怪人はかぎ爪を構えて速度を上げてくる。ルイも同じく剣を構えて怪人に全速力で突進した。

 

『いくぜ、こら~~~!』

 

 両者の刃が激突した。水中なので火花は散らなかったが、ガキン!という鋭い金属音が音を通しやすい水中に、効率よく響き渡る。

 

『うお!』

 

 鍔迫り合いは一瞬で終わり、ルイは怪人の一撃に後方に吹き飛ぶ。やはり体格によるパワー差は大きかった。

 

 クルクルとヨーヨーのように水中を回転しながら飛ぶルイに、怪人は追い打ちをかける。

 大きな一本の刃が、ルイの小さな身体に迫ってくる。ルイは回転の最中に両足で水を大きく蹴った。するとジャンプしたかのように、ルイの身体が上へと飛び、怪人の刃から逃げおおせた。

 

 怪人は即座に上向きになって、かぎ爪の突きを繰り出す。刃はルイの心臓を狙ったが、紙一重のところでかわされた。するとその外しの隙を掴んで、ルイは思いっきり怪人の仮面の顔を蹴り下げる。

 そしてルイは、今度は自分の意思で後方へ飛び、怪人との距離を広げた。怪人とルイは、スピードは互角、パワーは怪人が上、敏捷性はルイが上だった。

 

 怪人がまたかぎ爪を繰り出し、それをルイが剣で受け止めた。今度は吹き飛ばされないように、僅かに一歩下がって衝撃を緩和し受け流す。

 今度はルイが攻撃を仕掛ける。水中で身体を一回転させることで加速した斬撃を怪人に繰り出した。怪人はそれをかぎ爪で受け止めた。

 

 怪人とルイは、水中での剣戦を数十合に渡って打ち合い続ける。だが次第にルイが押されてきた。

 

(くそっ! やっぱり勘が鈍っている。このままじゃやられる)

 

 しばらく戦ったルイは、一時打ち込むような姿勢を向け、怪人が身構えた隙に再び背を向けた。

 ウミガメ型になって高速で水中を走る。剣は魔法の力で甲羅に張り付いている。怪人もルイを追って、その方向に走り出した。

 

 今回ルイが向かったのは陸ではなかった。それはこれまでの彼ならば絶対に近づかないような場所だった。

 

 そこの海底に一隻の沈没船があった。

 大きさはエイド達の軍船と同等の大型の者だが、外輪や駆動機関などはついていない。結構な年代物だ。

 船体は完全な木造で、ところどころ腐っており、表面にはフジツボなどの海洋生物がこびり付いている。船尾近くの船の側面には、木が砕けて大きな穴が船壁に開いている。

 マストはボロボロながらも存在するが、帆は跡形も無くなっており、僅かな断片がマストに揺れていた。

 

 海の物語にありがちな幽霊船を連想させるそれは、四十年前にこの海域に逃げ込んで沈没した海賊船であった。

 沈没の原因は、この辺りの先住者であったルイを怒らせたから。当時の船は全て完全木造だったため、ルイの魔法で簡単に船底に穴を空けて沈めることが出来た。

 

 最もそんな過去話はどうでもよく、ルイがここに近づかないのは、沈没以降にこの船の中に住み着いた、ある生物の存在があったからである。

 ルイはその船の近くで急停止した。そして船の壁の大穴に近寄り、その穴の中の暗がりに潜んでいる者の気配を読み取り、一人頷いた。

 

(気持ちよく寝てる所悪いが、荒ら起こしさせてもらうぜ)

 

 後ろからあの怪人が迫ってくるのを感じた。ウミガメ型の速度でかなり距離を空けていたが、あと十秒足らずで捕まるだろう。

 

 ルイは急いで力を溜め、船の大穴に向かって全力の水の波動を放った。ドン!と砲音のような音が大穴の向こうで鳴り、途端に沈没船全体が地震でもあったかのようにグラグラと揺れる。

 最初の音はともかく、ルイの攻撃だけでこのような揺れは発生しない。

 

 ルイは急いでそこから離れ、大穴の方角からは姿が見えないだろう船首の側に移動する。怪人はルイの突然の行動に警戒したのか、全速力で走っていたのを慌てて止め、大穴の中を観察しようとする。

 穴の向こうにいる者の正体に気づいたのか、怪人はその場から離脱しようとした。だがその前に大穴から何かが飛び出した。

 

 それは長く太い巨大な生物の触手だった。

 いくつもの吸盤がついたそれは、この船のマストをたやすくへし折れそうな程の大きさだった。その灰色の頭足類の足が、突然びっくり箱のように数本同時に飛び出す。

 そして逃げようとした怪人の胴体に巻き付いて捕獲した。突然のイレギュラーの干渉に、怪人は為す術なく大穴の中に引きずり込まれていく。

 

(よし! 上手く引っかかった)

 

 船の中にいた住人は、自分を攻撃した水の波動を放った者を、あの怪人だと思いこんだようだ。ほぼルイの読み通りだ。

 

 沈没船がまた大きく揺れる。数秒後に大穴があったのとは反対方向の船の壁が、内側から弾けるように大破した。大量の船の破片と泥煙が上がり、そこから船の主が姿を現す。

 

 その正体は全長二十メートルにも及ぶ、巨大な灰色のタコだった。海の魔物としては、人間達の間で最も有名なモンスター=クラーケンである。

 

 いつ頃からかこの海域に棲み着いたこのクラーケンは、平穏な生活を望んでいたルイにとって最大の悩みの種だった。

 とにかくこれを怒らせないように、なるべく鉢合わせしないようにと、毎日注意しながら生活する羽目となっていた。それがこんな形で自分から接触することになるとは、ルイは今日まで思いもしなかった。

 

 怪人はまだ一本の足に捕まっていた。右手のかぎ爪を触手に食い込ませて切断しようとしている。鋭い刃がクラーケンの柔らかい肉を切り裂き、程なくして触手は青い血をまき散らしながら切断された。

 

 怪人はすぐにそこから逃げだそうとするが、クラーケンがそれを許さない。怪人に向かってクラーケンの別の触手が、鞭のようにしなやかに、棍棒のように重く振り下ろされる。怪人はその攻撃にハエのように叩き伏せられ、海底に激突した。

 次にまた別の触手が怪人の身体を捕まえる。そして勢いよく近くにあった大岩に、怪人の身体ごと叩き付けた。

 

『グガァアアアアアッ!』

 

 その衝撃に、怪人は溜まらず苦悶の悲鳴を上げた。

 

 クラーケンは更に振り上げて怪人に止めを刺そうとする。すると怪人はかぎ爪を触手から放し、今度はクラーケンの本体に差し向けた。

 この距離でかぎ爪の攻撃など届くはずがないと思われたが、突如かぎ爪が怪人の右手から離れ、高速で前方に飛んだ。

 矢のように射出されたかぎ爪の刀身は、巨大なタコの眉間に深く突き刺さる。眉間から青い血を垂れ流しながら、今度はクラーケンが苦悶を上げた。

 

 その隙に怪人は、右足の鎧に仕込まれていた一本の短剣を引き抜いた。その短剣で自身を拘束している触手の、先程かぎ爪を食い込ませた傷に、再び刃を重ねる。

 触手はあっけなく切断され、怪人はクラーケンから解放された。

 

 解放と同時に短剣を元の所にしまい、別の新たな武器を取り出した。

 最初それは長さ50センチ程の奇抜な形をした金属の棒だった。だがそれは即座に形を変える。棒の両端の先端が、二段伸縮式で一気に伸び、両端に刃がついた二メートルを超える長い槍に変貌した。

 

 怒りに満ちたクラーケンは、残りの触手を鞭のように動かして攻撃する。怪人はそれらを自在によけ、もしくは槍で払いのけ、一気に加速してクラーケンの巨大な頭部に突撃した。

 

 槍の穂先は、かぎ爪が突き刺した部位の、すぐ近くの頭頂に刺しこまれた。タコの柔らかい肉に、槍の刃が、柄の部分にまで到達するほど深く食い込む。

 両足をクラーケンの頭に踏みつけて、推進装置の水流を再放出した。その勢いで怪人の持っていた槍は、クラーケンの肉体から一気に引き抜かれた。傷口から大量の青い血が流れ出し、水中に拡散される。

 

 クラーケンは痛みで悶絶するが、怪人は構うことなく再び槍を突き刺す。助速がついていないため、先程よりは深く刺さらなかったが、怪人はそれを自前の力ですぐに引き抜いて、また突き刺す。それを何度も繰り返した。

 やがて辺りは青い血液で視界が悪くなり、クラーケンは弱ってほとんど動かなくなった。多少痙攣の動きはあるものの、そのうち完全に息絶えるだろう。

 

『グォオオオオオッ!』

 

 クラーケンの血で染まった海中が、時間と共に晴れてくると、そこにはクラーケンの頭頂に立ち上がり、槍を掲げて勝利の雄叫びを上げる怪人の姿があった。

 



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第六話 海軍船消失

 クラーケンを利用して怪人から逃げおおせたルイは、浜辺に打ち上げられたエイド達の軍船の船尾にいた。

背後を警戒しながらも、ルイは正面の海を見据えていた。怪人の襲撃に備えているのである。

 

(まだ出てこないんだな。あのままやられちまったんなら、それで構わないんだが・・・・。時間がこないうちに、この船から逃げないと・・・・・)

 

 そう思った矢先、遠距離にある海面から何者かが顔を出した。

 それと同時に、その何者のいる位置から、ルイに向けて赤く細い光線が照射された。あの照準照射は、数百メートルの距離からも狙いをつけられるらしい。

 

(来た!)

 

 わざと目立つ位置に立っていたルイは、照射と同時に頭を下げ、甲板へと転がり込んだ。直後に飛んできた光弾が、船尾の一部を破壊する。

 ルイは船内への階段を駆け下りる。ルイの姿が見えなくなったことで、上半身だけ海面から姿を出していた怪人は、再び潜って泳いで軍船に近づいてくる。

 

 怪人はイモリのように船の壁をよじ登り、ルイのいた船尾に上がりこんだ。

 外から見える船の甲板には誰もいなかった。ただの血痕と、転がった武器と、破壊された部位があるだけである。

 

 怪人はルイが島の方へと逃げた可能性を考え、その方角を見ようと船首の方へと足を進める。すると下の方、船の中から音が聞こえてきた。

 カンカンと金属同士が強く衝突するような高い音で、それはリズムを作るかのように音調子を変化させている。何かが転がったような偶然で起きる音ではない。これは明らかに、何者かが故意に立てている音である。

 

「・・・・・・?」

 

 怪人は警戒しながらも、獲物がいるであろう船の中へと向かった。

 ルイが入ったのと同じ入り口に近づき、そこから階段を下りて船内へと侵入する。ルイには姿を消す力は通用しないことを理解したのか、その姿は透明化していない。

 

 それほど広くはない廊下を、槍を構えながら警戒しながらゆっくりと歩いていく。

左肩に装着されている銃は、怪人が顔の向きを変えるたびに、低い機械音を発しながら、生き物が首を振るように機敏に動いて、怪人の目線の先に照準を合わせる。

 先程の音は、怪人が中に入った途端、急に止んだ。そのためルイのいる正確な位置は、怪人には判らない。

 

 これまで怪人はその姿を消す能力を利用して、獲物を様々な方角から襲い、狩りを成功させてきた。

 だが今は、自身が見えない敵に警戒させられる立場になっている。この状況に怪人は、恐怖に震えているのか、やりごたえのある狩りに高揚しているのか、その仮面の上からは窺い知ることは不可能だ。

 

 怪人は途中にあった部屋の扉をじっと見る。中に潜んでいないか確認しようと扉を開けようとするが、鍵がかかっていることが判ると、豪腕でドアノブをもぎ取り、扉を蹴破って勢いよく部屋の中に突撃した。

 進入と同時に戦闘態勢をとるが、あいにくこの部屋には誰もいなかった。壁に劇場のポスターが貼られている以外は、何の変哲もない質素な乗員の寝室である。

 

 部屋から出ると、また近くの部屋に同じように侵入する。

 だがその部屋にもルイの姿はなかった。この行為を何度か繰り返しながら、上階の部屋を全て確認した。怪人は更に下の階段に下がる。

 

 階段下は、船の食堂へと直接繋がっていた。

 開けた空間の中に、多数の椅子とテーブル、キッチンに食料保管庫などが一斉に揃っている。右横の壁には、大量の酒樽が幾つも積み重ねて置かれていた。この船の乗員達は、相当の大酒飲みだったのだろうか?

 広い場所で、尚かつ人が隠れやすい場所というだけあって、怪人はより警戒を強める。部屋の中央で赤い光線を放ちながら、ゆっくりと身体を回して辺りを注意深く見回す。

 頭部から真っ直ぐに放たれた光線は、当然のごとく怪人の目線の先にピッタリとついてくる。銃身もその方角に向けてクキクキと動く。

 

 やがて怪人の目線が、壁際に置かれた酒樽の方角の正反対に向けられたとき、背後の酒樽の一つが突然動いた。

 

「うりゃぁああああああっ!」

 

 動かしたのはルイだった。ルイは酒樽と壁の境目に、その小さな身体をずっと隠していたのだ。そしてこちらの位置が、完全に怪人の死角に入った瞬間、行動を起こした。

 

 一番天辺に積まれた一本の酒樽を持ち上げ、怪人に向かって投げつけた。あの小さな身体のどこにあんなパワーがあるのか、怪人以上に怪物じみた少年である。

 慌てて振り返った怪人は、目の前に迫ってくる酒樽に向けて、即座に光弾を発射する。強度の脆い安物の樽は、光弾を受けていとも簡単に砕け散る。

 そして中にあった大量の酒が弾け飛んだ。

 

「!!??」

 

 自身に吹きかけられた大量の液体に、怪人は顔を手で覆い、大いに動揺した。あの樽に入っているものが何なのか、怪人は知らなかったらしい。

 大量の酒の雨が降り注ぎ、怪人の全身がびしょ濡れになる。

 

 だが事態はこの程度では済まなかった。着弾した光弾の熱が原因で酒が引火し、散らばった酒に炎が燃え広がる。

 

「グァアアアアアアアアアアッ!」

 

 薄暗かった食堂は、突然起きた火災によって、夕日のように赤く照らされ、黒い煙が立ち上る。全身に酒を被った怪人は、火だるまになり悲鳴を上げた。

 怪人は火を消すために海に飛び込むことを考え、壁に向かって走り出す。壁をぶち破って外に出ようという考えだ。だがその前に、ルイが次の一手を繰り出した。

 

「水が欲しけりゃくれやるよ!」

 

 ルイが魔法剣を突き出すと、剣先に水球が出現した。その水球は風船のように一気に膨れあがり、怪人に向かって剣先から射出された。

 

 火に気を取られて反応が鈍っていた怪人に、直径1メートルにもなる巨大な水の砲弾が命中した。

 水球の突撃に押されながら、怪人の身体は飛び、進路にあった椅子やテーブルをなぎ倒し、キッチンの向こうの壁に激突した。怪人の身体が壁の中にめり込む。

 その衝撃で水球は弾け、食堂内に今度は水のシャワーを浴びせる。それによって怪人の身体の火は消え、食堂内の火災もある程度弱まる。

 

「来やがれ! 海のカマ野郎!」

 

 ルイが指を上に指して、挑発してきた直後に光弾が飛ぶ。ルイはそれを軽々とよけて奥の廊下へと走り込んでいく。

 

「グルルルルルルルッ!」

 

 怪人は狼のような怒りの唸り声を上げて、ルイの後を追った。

 槍を振り回しながら、ルイの走ったと思われる方を全速力で駆ける。ルイの姿は途中で見えなくなったが、怪人の視界に唯一ドアが開けっぱなしになった部屋が映った。

 

 そこにルイが隠れた可能性が高いと考えた怪人は、その部屋に突撃する。

 

「!?」

 

 部屋に入った直後に、怪人は怪奇現象を目撃した。水が浮いているのだ。

 その水はアメーバのように形が崩れ、フヨフヨと浮いており、それが大きな円を描いて怪人の回りを取り囲んでいる。

 

 怪人が、これが罠だと気づいたときには既に遅かった。

 水の円は急激に収縮して、一瞬で怪人を捕獲した。細くなった魔法の水の縄が、怪人の両腕と胴体を拘束して、一時的に怪人の動きを封じる。

 

 その魔法を放った張本人であるルイは部屋にいた。

 ルイは攻撃を仕掛ける思いきや、その場から逃げ出した。この部屋には砲門の窓が掛けられていた。大砲は現在に脇に置かれており、大きな窓だけが船内と外の空間を繋いでいる。ルイはその窓に飛び込んで、船外に脱出する。

 

「ガァ!」

 

 怪人は自身を捕まえている水の縄を、力任せに引きちぎった。

 いくら魔法で強化されているとはいえ、所詮脆い水の固まり。水の縄は引きちぎられると同時に形を失い、ただの水となって床に滴り落ちる。

 

 カチカチカチカチ・・・・・・

 

 ルイを追おうと足を一歩踏み込んだとき、怪人はまたおかしな音を聞いた。咄嗟に音の方に顔を向ける。

 実はこの部屋は、以前エイド達が隠れた武器庫だった。数々の武器が所狭しに並べられている中、一際目立つ銀色の四角い巨大な物体がある。

 大きさは三メートルほど、正面には“大殲滅”とう文字が下手くそな字体で大きく書かれており、その上には壁掛け時計のような大きなタイマーが設置されていた。

 怪人が聞いた音は、このタイマーから発せられていた。

 

 カチカチと堅い音を鳴らしながら、細長い秒針が上へと向かっていく。一番てっぺん、時計ならば12時の位置には、“皆殺し”という文字が横書きで書かれていた。

 そして今、秒針がその位置に到達した。

 

 その瞬間、怪人の視界は光りに包まれて、何も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

「うわぁああああああああっ!」

 

 軍船から脱出し、少しでもあそこから離れようと砂浜を走っていた。やがて背後からくる強烈な衝撃波に吹き飛ばされた。

 

 軍船は内部から大爆発を起こした。船の胴体が弾け飛んだかと思うと、そこから巨大な火球が発生し、それがまた弾け飛んで、周囲に強力な熱と衝撃波をまき散らす。

 島全体が大地震に見舞われたがごとく大きく揺れた。

 海の波が全く正反対の方向に走った。砂嵐のように大量の砂塵が空中を舞い上がった。近くにあった木々が、ミニチュアの模型のようにへし折れ、もしくは吹き飛んだ。

 

 吹き飛んだルイの身体は、河原の投石遊びのように何度もバウンドし、最後には顔から砂浜に突っ込んだ。上半身は完全に砂の中に埋もれ、ルイは実に間抜けなポーズで逆立ちをすることとなる。

 よく考えればルイは砂浜を走るより、海に飛び込んで、泳いで逃げた方が速かったはずである。あいにく本人はその事実に気づいていなかった。

 

「ぶはっ! ああ~口の中がジャリジャリする・・・・・・」

 

 砂から埋まった頭を抜き、昏倒しながらもかつて軍船があった場所に目を向ける。

 軍船の姿はもはや影も形もなく、大きなキノコ雲がモクモクと空に昇っていった。近距離で爆発を受けた怪人は、当然のごとく即死である。

 

「・・・・・・さて、どうするか? 海の奴はやったし、このまま逃げるか?」

 

 ルイがそうつぶやいた後、あの奇妙な物体があった丘をじっと見据えた。

 

 

 

 

 

 

 エイド達は、見通しのよい島の丘の上にいた。先程ルイがいた、あの見晴らしのよい丘である。あの注射器のような巨大な物体は、先程と変わらず点在している。

 最初この場所に訪れたエイド達は、この物体に多少驚いたものの、すぐに思考から外して目的の行動に出た。

 

(さあ、いつでも来い!)

 

 エイドはその見晴らしの良い場所であぐらを組み、自らを結界に包んでいた。以前船の上で怪人を引っかけた結界である。

 他の5人の乗員達は、近くの林の茂みの中に隠れている。そこでエイドの周囲を見ながら、いつでも魔法を撃てるように身構えていた。

 

 怪人は光弾を放つ時、直前に必ずあの赤い光線を照射してくる。

 つまり光弾を繰り出してこようとすれば、光線の軌道を見て、即座に怪人のいる位置を掴むことが出来るのだ。怪人が攻撃を仕掛けたと同時に隠れていた乗員達が、一斉に最大出力の魔法を放つ。

 

 もし怪人が光弾ではなく、直接刃で攻撃してきたとしても同じこと。

 怪人の透明化能力は完全に姿を隠せるわけではない。よく見ればぼんやりとその姿の輪郭を見つけることが出来る。

 今は昼間の明るい時間で、しかも見通しのよいこの場所である。敵が近づいてくれば、すぐにその位置が判る。

 

 エイド達は待ち続けた。船の時はおおよそ半日ほど時間がかかったのだ。今回も気長にいこうと思っていた。

だがそう時間がかからぬうちに、敵は思わぬ方向からやってきた。

 

「うん?」

 

 隠れていた乗員の一人が、真後ろに何らかの気配が感じた。

 まさかと思って振り返ると、彼の視界に真っ赤な強い光が当てられて、彼の目を眩ませる。それがあの怪人の光線だと理解した途端、彼の意識はその頭ごと消し飛んだ。

 

 

 

 

「まさか!」

 

 光弾の発射音と乗員達の悲鳴が聞こえ、即座に乗員が隠れている方を向く。

 四人の乗員達が必死に逃げながら、こっちに向かってくるのが見えた。そしてその背後からあの光弾が放たれ、一人の乗員の身体を貫く。

 

(しまった! 同じ手が何度も通用する相手ではなかったか!)

 

 エイドは即座に結界を解除し、剣に攻撃魔法の魔力を充填させる。その最中にまた一人、乗員が光弾の犠牲となり、その背後からあの怪人が姿を現す。

 場所が場所であるため、透明になる意味がないと考えたのか、その姿は明確にエイドの視界に入った。

 

 その姿は、海中でルイが遭遇した怪人とさほど変わらない物であったが、仮面のデザインが若干異なっている。セイウチのような牙はなく、目は細く、顔から鼻先が尖っている。どことなく鳥の顔を連想する。

 

「それが貴様の正体か!」

 

 エイドは怒りと共に、強力な雷撃魔法を発射しようと怪人に剣を向ける。

 怪人はそれを避けようと足を動かす。すると今まで逃げていた乗員の一人が、突然振り返り怪人に魔法を放った。魔法の火球が怪人に右足に命中する。短速で放たれたため、威力はあまり大きくなかったが、怪人の動きを一瞬止めるには充分だった。

 

「くらえ!」

 

 エイドの魔法剣から、極太の雷撃光が発射された。怪人はそれを正面からまともに受け、数歩後退する。エイドの攻撃はそれでは止まず、何度も雷撃を放ち続けた。

 



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第七話 海上の雷鳴

 7発目を撃ったあたりから、疲労によりエイドは攻撃を中断した。剣の刃には、今だに小さな電光がバチバチと鳴っている

これだけの攻撃を受ければ、いかに怪人でも無事ではないと思い、雷撃で発生した煙を立ち上らせている怪人を凝視する。だが・・・・・・

 

「馬鹿な!?」

 

 あれだけの雷撃を受けたにも関わらず、怪人は無傷で立っていた。その身体に火傷などは一切なく、弱っているようにも見えない。

 

(こいつ不死身か!?)

 

 実はこの怪人の肉体は、落雷の直撃を受けても何ともない程の、強力な耐電性を持っている。もちろんそんなこと、エイド達が知るよしもないが。

 

 怪人の仮面から光線が放たれる。エイドは即座に結界魔法を纏わせた剣を、照射された部位にかざし防御する。

 光弾はそこに命中した。だが短時間で創った結界では、完全な防御はできなかった。剣はへし折れ、エイドは後方に吹き飛ぶ。

 

「うわぁあああああああっ!」

 

 火球を放っていた乗員が、がむしゃらになって怪人に突っ込んだ。怪人は乗員の魔法剣を、かぎ爪で軽々と払いのけ、乗員の首を切断する。

 怪人はエイドの方に再び顔を向け、赤い照射を放った。

 もうこれまでかとエイドが覚悟したとき、大地が揺れた。

 

(何だ!?)

 

 どこからか大きな光が見え、凄まじい轟音と共に島全体が揺れ、ある方角から凄まじい突風が吹いてきた。

 

(まさか軍船が!)

 

 エイドが予想した通り、ルイが自爆させたあの軍船の爆発である。

 怪人は地響きに足を取られたものの、すぐ姿勢を整える。そして照射のためにエイドに向けていた顔を、爆発点の方に向ける。

 怪人は船の爆弾の事を知らないため、事態の把握をするのに、エイドよりも多少時間がかかった。

 

 エイドは素早く起き上がり、腰に差していた予備武器の短剣を引き抜いた。怪人がそれに気づいて向き直ったとき、エイドは眼前にまで接近していた。

 エイドは短剣に全力の魔力を込め、猪のように勢いよく突進する。電灯のように強い光りを放つ刀身が、怪人の腹の肉と一体化した。

 

 ザグッ!

 

 エイドは自分の手から、固い肉を突き刺す感触が伝わってくることに気づくと、怪人の右足を蹴り、その反動で怪人から転がりながら距離を取る。

 

「グォオオオオッ!」

 

 怪人は腹を押さえて苦しみ悶えている。手で押さえられた腹からは、蛍光色のように緑色に光る血液が流れ落ちる。

 エイドは側にいた殺された乗員から剣を取り、再び怪人に突撃する。怪人はかぎ爪で応戦しようとするが、先手を取ったのはエイドだった。

 

 白く光る魔法剣が、怪人の右肩の銃を襲う。刃は銃身の根本に命中した。

 ガキン!と鋭い金属音が聞こえた。固さのため、スッパリとは斬れなかったものの、根本は完全に破壊された。すると充填したエネルギーが暴発したのか、怪人の頭の直ぐ側で爆発した。

 

 ボン!

 

 弾けるような爆音が走り、この衝撃に怪人は大いに怯む。

 

 エイドは昏倒する怪人の身体を、何度も斬りつけた。網目状の服は破られて、両生類のような滑らかな皮を、下の肉ごと深く切り裂く。緑色の血が空中に舞う。

 太刀筋は全て、怪人の鎧を着けていない露出部分をうまく狙っており、エイドの熟練した剣の腕が伺える。

 怪人だけでなく、エイドの全身も返り血を浴びて、緑色の光沢が身体中にこびりついていった。

 

「はぁあああああああっ!」

 

 怪人が足に地面を付けて倒れ込むと、エイドは剣に全力の魔力を込めた。剣身に限界以上の魔力が充填され、これまでにない輝きを放つ。

 

 ザシュッ!

 

 輝く太刀筋が怪人の首を通り抜けた。エイドの必殺の剣技を受けた怪人の首は、見事に両断され、頭部が右横に飛んでいく。

 

 首を飛ばした直後に、魔力消費が元で、エイドは全身の力が抜け落ちる。ボールのように地面をバウンドして転がっていく怪人の生首を、エイドは虚ろな目で見送った。

 

(やったのか? これで?)

 

 エイドは息を荒げながら、腰から崩れ落ちて短い草が生い茂る地面に座り込んだ。生き残った一人の乗員がエイドと視線を合わせ、無言で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「おお! お前ら生きてたか!」

 

 二人はそのまま丘の上に座り込んで動かなかった。20分程して、その場にルイがやってきた。

 

「ルイ様、ご無事でしたか」

「おうよ。海にいる方は始末したぜ。そっちも何とかやったみたいだな」

 

 首を飛ばされた怪人の亡骸を見て、ルイはエイド達に感嘆した。

 

「ですが結局何人も犠牲にしてしまいました。結局生き残ったのは我々だけです」

「どうしようもない。四人だけでも生き残れたんだ。全滅よりマシ」

 

(四人?)

 

 ルイの言葉にエイドが疑問を浮かべる。現在生き残っているのは、ルイと自分と一人の部下の三人だけである。意味がよく判らなかったが、とりあえず頷いておいた。

 

「そういえばルイ様。あの地面に刺さっている妙な物は一体?」

 

 エイドはあの注射器のような物体を指す。ルイは一言「知らん」と返した。

 

「俺もさっき見たが、あれも初めて見た。一日で初見の物が次々と出てきて、なんだか嫌になってくるよ。本当この退屈な海に何あったんだか。そんでもって、あれの空っぽの中身には何が入っていたんだか・・・・」

「あの怪人が持ち去ったのでしょうか?」

「もしくはあの怪人そのものが入っていたりしてな。まあいいや。件の怪人の面を拝ませてもらおうか。俺が倒した奴は、骨も残さず灰になっちまったからな」

 

 ルイは丘に転がっている怪人の頭に、ゆっくりと歩み寄る。右手で頭の首元を押さえ、仮面を剥ぎ取ろうと、顔の脇に左手をかけた。

 だがある理由で、怪人の顔を見る暇は無くなってしまった。

 仮面に手をかけた直後、二人の背後からギュン!と聞き慣れた珍妙な銃声が耳に届いた。

 

((何ぃ!?))

 

 振り返れば、生き残っていたエイドの最後の部下が、胸に焼け焦げた大きな穴を開けて倒れ込んでいた所だった。

 振り返って一秒も経たずして、ルイの胸に見慣れた赤い照射が当てられる。

 

(ちぃ!)

 

 ルイは軽やかに横にバク転して、発射された光弾を避ける。光弾は丘のすぐ近くの林から放たれていた。

 

「エイド! 逃げるぞ!」

 

 二人は全速力で丘を駆け下りる。背後から光弾が次々と放たれ、一瞬前まで二人がいた位置に着弾し、地面を爆発させる。

 二人は林の中に駆け込んだ。そして海に向かって真っ直ぐ走る。

 

「一体どこへいくんですか!?」

「海だ! 海に逃げる! お前一人なら、俺が乗せてやれる。ただし逃げるためじゃない。あの最後の一匹を確実に仕留めるためだ!」

「仕留めるとはどうやって!?」

「いいから俺についてこい!」

 

 二人は砂浜に到着した。さっきは連発していた光弾は、今は襲ってこない。

だがルイは、怪人が猿のように木を伝って、自分たちを追っているのを気配で気づいていた。

 

 ルイは海に足を入れると同時に、前屈みになって両手を海につかさせる。

 すると静かに波を打っていただけの海水が、急に不自然な動きをし始めた。大量の海水がルイの中心に集まり、一気に後方に弾け飛ぶ。

 

「うわっ!」

 

 エイドは、すぐ横を飛んだ水の塊に驚いて腰を抜かし掛ける。

 海水は津波のように地表を走り、背後の林に直撃した。何本かの細い樹木が水圧で曲がり、辺り一帯に水しぶきがなって木々を濡らす。

 

 ドサリ!と何かが地面に落ちる音が聞こえた。それはついさっきまで木の幹に掴みかかっていた怪人だった。水の勢いで木から滑り落ちて転落する。

 透明だった身体は、水を浴びると同時にバチバチと電光と火花を鳴らして、その姿を現していく。水中戦の時から大体見当はついていたが、どうやらあの透明化能力は水で無効化されてしまうらしい。

 

「何してる! 速く乗れ!」

 

 ルイは水を飛ばすと同時に、ウミガメ型に姿を変えていた。

 エイドは怪人の姿をはっきりと確認せずに、急いでルイのいる海に向けて走った。そしてルイの背中の甲羅に腹ばいになって乗り込む。

 

 ルイが砲弾のように海の上を飛んだ。身体の半分を海面から出して、高速艇のようにものすごい速さで海上を走る。その背中をエイドは吹き飛ばされまいと、必死になって甲羅にしがみつく。

 二人はぐんぐんと島から放れていく。怪人もそれを追って海に飛び込んだようだ。人一人分の体重を背負ったルイは、いつもより幾分か遅いが、ウミガメ型の水中速度は充分怪人との距離を引き離していく。

 

「まさかもう一匹いたとはな。俺としたことが迂闊だった」

 

 ルイが悔しみの声を上げる。人型だったなら、チッと舌打ちをしていただろう。生憎ウミガメの口は、そんな器用なことができる構造にはなっていない。

 

「奴の気配に気づかなかったのですか?」

「気づいてたよ。あの時あの場には、俺以外の人間大の気配が三つあった。怪人の死体が転がっていたから、もう一人の林の中にいた奴は、隠れていたお前の部下だと思ってた。なんて間抜けな話だ」

 

 人を乗せたウミガメ型の精霊はどんどん前を進む。彼らが向かっている先は、エイド達がこの海に来る理由になった存在。近くの浅瀬に座礁中の無人の海賊船だった。

 

 

 

 

 二人は人がいない海賊船に上がり込む。

 その船は所々傷がついているが、エイドが乗船していた物と同等以上の頑丈で重装備なものだった。だがその前に、船の上から見えた者にエイドは険しい顔をさせられた。

 

「こいつは!?」

 

 その船には確かに人間は一人もいなかった。だが人間以外の者ならばいた。甲板の上に、巨大な鷲がいたのだ。

 大きさは背丈だけでも5メートルを超える。目は炎のように赤く、羽は雷のように青白い。巨大鷲は船の上を寝床にしてくるまっていたが、ルイ達の接近に気づくと、その巨体を起こして顔を向ける。

 船を巣にする巨大鳥の姿は、遠くからでもその姿が見え、近づく者を圧倒させる。

 

 警戒するエイドとは違い、ルイは平然としてその巨大鳥に近づく。

 

「これは、海賊が率いていたというサンダーバードでは?」

 

 サンダーバードとは雷の精霊の一種である。鯨を餌にすることもある強大な怪鳥で、人間の住む土地にも、時々姿を見せるため、精霊の中では知名度はそれなりに高い。

 

「安心しろ、害はない。海賊に従ってたのは、誓約の呪いに捕まって無理矢理働かされてたんだ。前にこの船に来たときに、オリに閉じ込められたのを開放してやったのさ。もちろん呪いも解いてやった」

 

 言葉をある程度理解できるのか、サンダーバードはルイの言葉に同調するように、クェエエエッ!と一声をした。

 

「それともう一羽先客がいたな。まああいつは紹介の必要はないか」

 

 実は巨大鳥はもう一羽いた。サンダーバードのすぐ側に、それとはずっと小さめの、それでも普通の鳥とは比べものにならないくらい巨大な、一羽のカルガモだった。

 

「お前・・・・・・ここにいたのか」

 

 エイドは呆れ声を上げる。エイド達と同行し、途中で脱走したあの巨大カルガモは、悪びれもせずにクェ!と人懐こしく鳴いた。

 

「もうすぐ来るぞ」

 

 見ると向こうの海から、この船に近づいて来る者が、船の上からでも視認できた。

 サメがヒレを海面に出して泳ぐように、何者かの一部(恐らく怪人の頭部)が海面に出して、水しぶきを上げながら、こちらに高速で接近している。

 

「よし、鳥! あれを撃て!」

 

 怪人と思われる接近物を指さして、サンダーバードに攻撃を促す。サンダーバードはそれに応じたのか、翼を広げて高らかに鳴いた。

 



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最終話

「クェエエエエエエエッ!」

 

 するとサンダーバードの青白い身体が、それと同じ色で発光した。

 目も眩むような強光に加え、バチバチと無数の電光が全身を覆う。そして両翼から全身の光りが分裂したかのように、四つの光球が生み出され、翼から離れる。

 太陽のように強く光る光球は、全身と同様、無数の電光を纏う。それに対してサンダーバードから発せられる光は、大分弱くなったようだ。

 

 サンダーバードは両翼を羽ばたかせる。すると四つ雷の光球が、怪人のいる海を目がけて飛んでいった。

 怪人は船まで後十数メートルという位置まで接近していた。

 だが光球に気づいて、急停止する。だが避けようが避けられまいが関係なかった。怪人の周囲の海面に雷の光球が着弾すると、電気が海水を流動し、一帯の海面全てを電撃の嵐で覆った。

 

「(なんて量のエネルギーだ!?)」

 

 エイドの雷魔法を、遙かに超える威力の雷撃。無数の電光が一体の海面から立ち上る。だがそれもすぐ収まった。

 水蒸気が立ち上って、視界が少し悪くなる。やがて感電死した魚の死体が大量に浮き上がってきた。船の底の方から、何やら煙が浮いている。今ので船の一部が焦げたのかもしれない。

 

「ようし、やったか?」

 

 鯨を仕留める程の威力を持つ、サンダーバードの電撃を食らって無事で済むはずがない。これだけで倒せたかは判らないが、かなりの痛手を与えられただろうと、ルイは確信の笑みを浮かべる。

 それにエイドが気まずそうに声をかける。

 

「ルイ様。一つ伝えたいことがあります」

「何だ?」

「奴らには電撃は効きません」

 

 その言葉の直後に、蒸気で覆われた海面から赤い光線と青白い光弾が、前触れなく発射された。狙いは二人ではなく、サンダーバードだった。

 巨体のサンダーバードには、光弾を避ける素早さはなかった。光弾は広げていた右翼を撃ち抜く。

 

「とりぃいいいいいっ!」

 

 無数の羽根が花びらのように舞い散り、倒れていくサンダーバードにルイが叫ぶ。とりあえず名前は考えておこうよ、と突っ込むまもなく、海面からまた何かが飛び出してきた。

 それは光弾ではなく、怪人の使う捕獲用のワイヤーだった。それは透明化しておらず、また狙ったのは船の上にいる誰かではなく、海賊船のマストの柱に巻き付いた。それは重点を巻き付けた柱に固定させ、ワイヤーが巻き戻される。

 

「上がってくる気だ!」

 

 この形の場合、引っ張られるのは当然怪人の方。ザバッ!と豪快な水しぶきを上げて、怪人の身体が海面から飛び出して、マストに向かって突っ込む。

 

 怪人は身体を回転させて、ジャングルの猿のようにマストの側面に着地する。

 マストに巻き付けられたワイヤーは、瞬時に解かれて怪人の右手の銃型の道具の中に収まった。

そしてマストに側面立ちする支えを無くした怪人は、そのままマストから飛び降りて、甲板に降り立った。

 

「来やがったか。こんちくしょうめ」

 

 その怪人の姿は、これまでの二体とは少し外見が違っていた。身体に装着されている鎧は、輝く銀色ではなく地味目の黒色だった。

 同じく黒い仮面は、目の部分がかなり大きい。下部の顎の部分には、横に立ち並んだ切歯のような物がついていた。これまでの二体が被っていたものよりも、遥かに髑髏に近いデザインである。

 

「お前は一体何者だ!? 何故俺たちを狙う!?」

 

 エイドの怒りを込めた問いに、怪人は何も応えない。そもそも言葉が通じるのかも不明だが・・・・・・。右肩の銃口がドリルのように回転し、光弾が発射される。

 

 この光弾の発射パターンを大分覚えてきた二人は、二手に分かれてこれを回避する。怪人は、以前クラーケンと戦った仲間の得物と、同系統の槍を取り出した。

 ルイは叫ぶ。

 

「話しても無駄だ! こいつに目的は無い! ただ狩ることだけが目的だ!」

 

 小刻みに足を動かして怪人から離れながら、ルイは右掌を怪人に向ける。掌から見る見ると水の球が形成される。

 

「だからこっちもお前を狩らせてもらう!」

 

 水の砲弾が掌から放たれる。怪人は槍を振って水の砲弾を叩き弾く。

 その隙をついてエイドが背後から怪人に襲いかかった。怪人は後ろを振り返らぬまま、エイドの剣撃をかわす。そしてコマのように足首を回し、振り返りざまにエイドに槍による叩撃を放つ。

 

「くっ!」

 

 怪人の攻撃を魔法剣で受け止める。

 耳に響く金属音が鳴った。だがエイドの腕力では怪人の攻撃を受け止めきれなかった。怪人が槍を振り上げると、魔法剣はなんなくエイドの手から弾き飛ばされる。

 

「エイド!」

 

 ルイが二度目の水の砲弾を放つ。それが怪人に命中するのと、怪人の槍がエイドの腹に突き刺されるのは、ほぼ同時だった。

 ルイの攻撃を受けた怪人は、パンクした水を被りながら甲板を転がっていった。エイドは腹を押さえ、決して少なくない血を流しなら蹲る。

 ルイの助けで致命傷はさけられたものの、槍は確実にエイドの腹の肉を貫いていた。

 

「うわっ!」

 

 怪人は膝をついた状態で上半身を起き上がらせ、ルイに光弾を次々と発射した。それをネズミのように船の上を素早く駆け巡りながら逃げ回る。

 怪人は攻撃を繰り返しながら完全に立ち上がった。

 怪人の銃には弾切れというものは無いのか、撃ち放たれる光弾が止まることはない。船上の各所が壊されていき、逃げるルイは反撃の隙を見つけられないまま、疲労が溜まっていく。

 

 一応海に逃げるという選択肢もあった。だが弱っているエイドがいる手前、その手段はどうしても躊躇われた。

 

(うん?)

 

 突然怪人の背後から、巨大な影が覆い被さった。怪人はルイへの攻撃に集中していたせいなのか、それとも影自体が見えていないのか、それにすぐには気づかなかった。

 

(あいつ!?)

 

 影の正体はサンダーバードだった。光弾の破壊音が鳴り響く最中に、ゆっくりと起き上がり、鋭い嘴を頭突きと同じ動きで、怪人に振り下ろす。

 

 ガキン!!  ボン!!

 

「!!??」

 

 嘴は怪人の右肩・銃本体に命中した。サンダーバードの巨体の体重を乗せた重い嘴の一撃は、怪人の銃を大破・爆発させた。その衝撃で、怪人は押し倒されるように俯せに倒れ込む。

 サンダーバードは更にもう一撃、嘴を振った。怪人は全身を横に転がしてかわす。元軍船であった海賊船の、頑丈で素材で造られた甲板は、ベニヤのように簡単に破壊される。

 

 手で甲板を叩き付けた反動と共に、怪人は起き上がる。そして槍を構えて、甲板にめり込んだ嘴を引き抜こうとする、サンダーバードに突撃した。

 

「させるかぁあああああああっ!」

 

 ルイは全身に水の竜巻を纏い、それで空を飛んでサンダーバーに迫る怪人に突進した。怪人の横腹にルイの頭突きが命中する。そのまま水の推進力で押し続けて、怪人と共に二十メートルに渡って甲板の上を直進する。

 推進力が切れると共に、双方かなり近い位置で甲板に墜落した。だが両者ともすぐに立ち上がって、一気に距離を取る。

 

 ルイは魔法剣を構え、怪人も槍を構えて睨み合う。その後、しばらく膠着状態が続いたが、先に怪人が動いた。だがそれは攻撃の一手ではなかった。

 

(なに?)

 

 怪人の行動にルイは動揺する。怪人は自らの黒い仮面に手をかけて、それを力任せに取り外した。

 一瞬で露わになった怪人の素顔に、ルイも、近くで様子を見ていたエイドも息を呑んだ。

 

 

 顔の皮膚は全体的に赤黒かった。額は大きくて体毛はなく、皮膚の表面には小さな凹凸がいくつもある。

 顔の下・顎の部分は前方に長く突き出ており、口元にはとても大きな爪状の器官が生えている。虫の足に似ているようにも見えるそれは、正面から見て四角形の形を取って伸びている。それらは虫や蟹の足のように、生物的にそれぞれ独立して動いていた。

 その爪状器官の、あまりの大きさから見落としやすいが、怪人の口は二重に存在していた。爪の生えた口の奥に、人間に近いもう一つの口があり、立ち並ぶ切歯が見える。

 目も比較的人間に近いものだったが、その鋭い眼球から肉食獣の殺伐とした力が感じ取れた。

 

「グワァアアアアアアアアアッ!」

 

 怪人は咆哮を上げ、ルイに向かって槍を構え直す。それにルイに睨む目つきが、一際鋭くなった。

 

「(最後に堂々とぶつかって戦いましょう、てか? 上等だ!)」

 

 先に怪人が足を踏み込んだ。槍を振ってルイに襲いかかる。

 ルイは小柄な体躯を軽やかに動かして、その攻撃を紙一重で避けた。そして魔法剣で怪人に足払いを掛けようとするが、怪人はそれを右足の装甲部分で受け止めて防護した。そのまま怪人は、ルイを左足で蹴りつけた。

 ルイはそれを事前に後ろに下がって衝撃を和らげる。空中を後ろ向きに飛び上がって、サーカスの芸のように空中をバク転しながら着地した。

 

「ふんぬっ!」

 

 ルイは魔法剣を強く握りしめ、剣身に力を溜め込んだ。剣身に水の魔力が充填されていく。

 そして突進してくる怪人に目がけて、柄杓で水まきをするような動作で剣を振った。剣の刃で鋭さを増した水の塊が、水の刃となって怪人に襲いかかる。

 

 怪人はそれを槍で受け止めた。剛力を誇る怪人も、必殺の水魔法の威力には、完全に耐えきれなかった。受け止めた直後に、怪人が数歩後退し、槍が大量の水と共に手から弾かれる。

 だが怪人はそれに怯んだわけでなかった。槍を失うと、すぐに代わりの武器のかぎ爪を出して、迷わず再突撃した。

 

(くうっ!)

 

 魔法の反動で隙をつくっていたルイは、それを避けることはできず、ギリギリのタイミングでかぎ爪を魔法剣で受け止める。

 だが体重の差で、力を受け止めきれず、今度はルイが数歩後退した。

 

 かぎ爪の攻撃が、幾重にも繰り出される。ルイは無我夢中で剣を振るって、それを受け止めるが、どんどん後ろに追いやられていく。やがて甲板と海と境目の壁際に追いやられた。

 

「(やばいぜ! これ!)」

 

 ルイはいよいよ海に逃げ込むことを考える。怪人が止めと言わんばかりにかぎ爪を振り上げた。ルイはそれを後方飛びでよけて、海に飛び込もうと身構える。

 

 すると怪人の背後から、またもや何かが迫ってきた。今度はサンダーバードではない。それよりもずっと小さい。

 

「うぁああああああああっ!」

 

 それは巨大カルガモに跨ったエイドだった。先程怪人が落とした槍を持って、騎馬兵のように怪人に突っ込む。

 それに気づいて怪人は振り向く。怪人の姿が正面から捉えられた瞬間、エイドは渾身の力を込めて、槍を投げつけた。

 

 怪人は飛んでくる槍を、かぎ爪で叩き落とそうとするが、慌てていたためか、要領悪く空振り。槍の片方の先端が、怪人の腹に突き刺さった。

 

「ガァアアアッ!」

 

 エイドの突撃は止まない。怪人が悲鳴を上げる暇もなく、胸の装甲部分にカルガモの頭突きが炸裂した。

 怪人はそのまま押しつけられ、背後の壁に追突する。ついさっきまでその位置にいたルイは、エイドの姿を見た瞬間にそこから離脱していた。

 

 エイドはカルガモから飛び降りた。そして怪人の腹に刺さった槍を掴み、それを思いっきり前に押す。

 

「グォアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 槍が怪人の腹に更に深く食い込んでいく。先端が身体を貫通し、怪人の背中から飛び出し、背後の壁に突き刺さる。血液が滝のように流れ落ち、甲板を緑色に輝かせる。

 エイドは手早く槍から手を放し、今なお頭突き押しをしているカルガモの手綱を引っ張って、怪人から強制離脱させる。

 一瞬前までカルガモの頭部が存在していた空間に、怪人のかぎ爪が空を切った。

 

 怪人はもはや磔状態で、かぎ爪を振り回しながら、エイドを睨み付ける。

 一方のエイドは、怪人の姿を少し眺めた後、人形のように倒れ込んだ。無理に動いたせいで傷口を広げたらしく、更なる出血を起こしている。

 

「(引き分けか?)」

 

 ルイが一瞬そう考えたが、怪人はまた次の行動に出た。だがそれは戦闘行為とは少し違っていた。

怪人は、エイドから視線を外し、己の左腕に装着されている籠手に目を向けた。

 そして右手の人差し指を、左腕の篭手の端に近づけた。そこにある篭手の窪んだ一部分を、怪人は指で押し付けると「ピッ!」と妙な音声が発せられた。

 同時に上腕を長方形のような形で覆っていた篭手の表面が、突然びっくり箱のようにパックリと開いた。これも何らかの機械仕掛けの道具のようだ。

 開いた篭手の内側の部分には、五枚の長方形の黒い部位が並んでおり、篭手の内側の大部分を覆っていた。それぞれの黒い四角の下には、銀色の細長い窪みのようなものが、内側の真下をなぞる様に入っている。

 怪人は、今度はその窪みに、人差し指を押し付けた。横から横へと単純なものではなく、何らかの意味のある順番があるかのように、それぞれの窪みを押していく。そのたびに「ピッ!ピッ!」とまたしてもあの音響が聞こえてくる。

 

「・・・・・・何をしている?」

 

 そんな意図の判らない行動をルイは不思議に思う。だが黙って最後まで見てやる理由はない。

 怪人が奇行を行っている最中に、ルイは魔法剣に力を込めていた。そして足を踏み込んだかと思うと、猛烈な速度で突進した。

 ルイが勢いをつけて跳躍し、落下と共に、怪人に必殺の剣撃を振り下ろす。

 

 グシャッ!

 

 お世辞でも心地よいとは言えない音が鳴り、怪人の左腕が籠手もろとも斬り落とされた。緑色の飛沫を上げながら、妙な装置が取り付けられていた左腕が転がり落ちる。

 

 今の怪人の行動が何だったのかは、最後まで謎に終わった。

 

「何をする気だったか知らないが、これ以上何もさせるかよ」

 

「ガァアアアアアアアアアアアッ!」

 

 怪人が怒りの声を上げて、ルイを睨み付ける。口元の四つの爪が限界までに広げられ、奥側の口も大開きして威嚇の声を上げた。

 

 ルイは無表情でそこを刺突した。口内へと呑み込まれた剣身は、口の奥の肉を突き抜け、頭蓋を内側から突き破る。またしても嫌な音が聞こえて、怪人の後頭部から剣先が生えてきた。

 

 脳を貫通させられた怪人は、絶命した。あれだけ猛威を振るった者達の、意外とあっけない結末だった。

 

「エイド!」

 

 怪人に止めを刺し終えたルイは、すぐにエイドの元へと駆け寄る。エイドは息も絶えかけて顔色も最悪だった。

 

「・・・・やりましたね・・・ルイ様。しかし・・・・俺ももうこれまでのようです。最後に仲間の敵を討てて・・・・よか・・・」

「な~に悟ったこと言ってんだ。俺の力を甘く見るなよ」

 

 エイドの言葉を遮って、ルイはエイドの傷口に手を当てた。水の治癒魔法の光りが、蛍のように柔らかに放たれる。

 するとどうだろう。エイドの腹に開けられた穴が、見る見る塞がって消えていく。死にかけていたエイドの顔色も幾分か良くなっている。これにはエイド自身も驚いた。

 

「流しすぎた血はどうにもならない。この船に輸血用の血がないか見てくる。海賊船もこれだけの物になれば、医者の一人ぐらい居ただろうよ」

「・・・・・・さすがです。あなたのことを、まだ見くびっていたようだ。・・・・・・あの怪人もそうですが、あなたが何者なのかも気になってきますよ」

「ただの精霊だよ。まあ、それもある程度上にいくと、化け物ということになるのかもしれないがな。あいつみたいにな・・・・・・」

 

 ルイは磔のままの怪人の死体に一瞬目を向けると、そのまま海賊船の内部へと向かって歩き出した。

その際、ずっと様子を窺っていたサンダーバードにも一言声をかける。

 

「悪いな鳥。お前の治療はもう少し後だ。我慢できるよな?」

 

 サンダーバードは頷くような動作をした後、可愛らしく一声鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、エルダー王国の上空に、海の方角から巨大な鳥・サンダーバードが飛来した。ある海賊がサンダーバードを飼っていたという情報から、付近の軍は警戒した。だがそのサンダーバードには、海賊ではなく王国の士官兵が一人乗っていた。

 

 ただ1人生き残り帰還したその兵士は、軍に戻って全てを報告したと言うが、その内容が公表されることは無かった。

 ただその後まもなく、住人がいないはずのある海域を目指して、多種多様の酒を積んだ船が出航したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~~~~ん。ちと飲み過ぎたか」

 

 かつて怪人と死闘を繰り広げた島の丘の上で、ルイはもう何杯目かも判らない酒を飲み干した。側には山のように大量の酒樽が積みに積んで置かれている。一体何人分の酒が、何年分置かれているのだろうか?

 ルイは顔を真っ赤にして、夜空を見上げている。精霊であるルイは、普通の人間よりは酔いに強いのだが、さすがにこの量には限界が訪れる。

 ありふれた量の酒に、ルイは幸せな気分にどっぷり浸かり、月に向かって意味不明の歌声を上げていた。

 

「しかし一人での酌にも、いい加減飽きてきたなあ。いっそこの際、人間のいる海に引っ越してみるかな? この酒をどうやって運ぶのかが、まず問題だがな・・・・・・。うん!?」

 

 ルイは静かな夜空に何かを見た。

 それは流星だった。その流星はそのまま願い事を叶えられないうちに消えてしまうことは無く、その三つの流星は、視界からどんどん大きくなっていく。

 そしてまっすぐ島に向かって突っ込んでくる。

 

「はい?」

 

 酔いで判断力が低下しているルイは、その一瞬の光景にしばらく放心していた。流星はルイのいる側とは反対方向にある、島の山岳地に墜落したようだ。

 

 ルイはこの光景に既視感を感じた。それが何なのかは判らなかったが、とても嫌な予感がどんどん沸き上がってくる。

 少しずつ酔いが醒めていき、ルイの思考がグルグルと動き回る。そしてたっぷり時間をかけて、ようやく結論を出した。

 

「引っ越そう。この海からさっさと出よう。酒は・・・・・・まあ持って行ける分でいいや」

 

 ルイはそう固く決心し、月夜に向かって握り拳を上げた。誰もいない海の、静かな夜は、もうしばらく続きそうだ。

 



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