遊戯王 Another GX (RABOS)
しおりを挟む

序:遊戯王ではよくあること

 その日、砂漠の国から、三人の親子が消えた。

 

 広大なナイル川のほとりに築かれた砂の王国。それを築いたファラオは(バー)を媒介とした秘術を行使し、まず初めにすべての魔物(カー)の始祖たる聖なる創造の翼と、三幻神といわれる最強の魔物を従えた。そして精強な兵達に、神の兵である魔物を飼い馴らす術を与え、国に攻め入ってくる敵軍をすべて打ち負かし、逆にその者達を飲みこんでしまった。いつしか砂漠の国に敵対する国はすべて滅び、多くの国民が大いなる誇りを胸に、ファラオの支配と魔物の強さを讃えた。

 その一方で、魔物たちに征服された民族は、一夜の寒さをしのぐ寄る辺すら与えられぬ屈辱に耐えなければならなかった。ファラオの圧政によるものだ。

 家もなく、税は重く、食べるものはその日その日に見付けなければならない。多くの仲間が砂漠の生活に耐えかねて、国を捨て、そして白い灼熱の水面にドクロをさらした。中には国に取りいって魔物を使役する術を学び、ファラオに反逆を企てる者すらいた。だが、それらはファラオの忠実な兵達によって捕えられ、はりつけにされるばかり。

 希望はどこにもない。

 哀れな流浪の民は、流浪の身のまま、その最後の一人まで迫害されたまま消えるかに思われた……。

 

 しかし例外がいた。新たな道を見付けた者がいたのだ。

 

 シナイ山の高みから、一人の老人が神の啓示を受けた。その者の言葉によれば……東へ、二つの海に挟まれた砂の大地を越えた先には、『約束の地』が存在するという。

 そこは白砂から葡萄が実り、岩から生命の泉が溢れるところで、誰もが笑みをたたえて違った血が流れる人と手をかわすという。人々は魔物を魂で縛るのではなく、一枚のカードで縛るという。彼らは鉄でできた半円のアーチを腕に嵌めて、その上に数多のカードを並べ、魔物同士で戦わせる。それは流浪の民達の国を滅ぼしたような凄惨な戦いではなく、一日の享楽のために催される娯楽であるというのだ。

 

 ――まさに、理想の地。

 

 この預言を信じて、流浪の夫妻は修行に明け暮れた。そして時が満ちると、夜の静けさにまぎれてファラオのお膝元から強力な魔物を奪うと、ひたすら東へと逃走した。真っ白な砂の海に深い足跡を作り、《約束の地》を目指したのだ。

 だがファラオの動きは速かった。すぐに選りすぐりの兵を集めると、俊足のラクダを与えて夫妻を追わせた。兵らに与えられた命令……『裏切り者を見つけ次第、殺すこと』。

 

「これまで、か……」

 

 ざくり……男が砂漠の丘に膝を屈する。振り返れば、さんさんと降る陽射しの中に、うすらとファラオの精鋭たちの姿が。

 二つの海に挟まれた砂の大地は目と鼻の先。だが、やつらのラクダは速い。そこに辿り着く前に、自分達の運命は決するであろう。これまでの旅路の苦労は、水の泡となる。自分も、妻も、そして息子もすぐに……。

 男は天を仰ぐ。その眼に宿るのは諦観……そして、それを覆い隠してしまう激情。ファラオのように座して手を差し伸べなかった、神に対する憎悪と、怒り。

 

「天地は、今、分けれり!」

 

 声は空に響き、雲を割った。

 白々とした空が、まるで男を中心とするかのように曇っていく。大地に人間が現れて以来、かつてないほどに砂漠は暗くなっていき、男の妻は不安を抱きながらも、凛とした表情を崩さずに息子を抱きしめる。  

 

「ユザ、よく見ておきなさい。もうすぐ、私達の苦労は報われるのです。暴虐に身を任せたナイルの人間たちを、制裁の炎が襲うでしょう。そう……私達、ユダヤの願いを、創造主は聞き入れてくださる」

「母上……こわい」

「息子よ。見なければなりません。邪なファラオの魔物に、心を奪われてしまいます」

 

 男は大きく空に手を伸ばした。早鐘を打つ心臓に急かせれるかのように、天に向かって怒鳴りつける。

 

「赤い月よ! すべての魔物を統べる三又の矛よ! 我が魂を捧げ御身の依代とならん! 願わくば今ここに、《聖なる火》を片手に降臨せよ!」

 

 雲が逆巻き、渦をつくる。一瞬のうちに夜にでもなったかのように、冷たい風が吹き付けてきた。 

 流浪の妻は我が子をもう一度強く抱きしめると、名残惜しむように彼を離し、勇壮にもこちらに向かってくる兵等を睨みつけた。

 

「誰も、夫の所には行かせません……我が身に変えてもっ!!」「母上っ!」

 

 妻は顔の前に両腕を交差させる。彼女を中心として風が生まれ、腕を開放すると同時につむじ風が放たれた。

 その風は兵達の波にぶつかり……一拍の後、二人の兵の体が、ラクダごと縦に割れた。死を認めることもできず崩れる彼等を、砂から突き出た真っ赤な手が握りつぶした。その腕はおもむろに砂漠の下から伸びてきて、丘に手を突き――また幾人かの兵がつぶされた――ながらその体を現す。

 あちこちが爛れ、赤黒く発光した溶岩の魔人。体を覆う蒸気は、まるでその者の憎悪を現しているかのよう。ファラオの宮廷にも匹敵するほどの巨体を仰ぎ、ファラオの忠実なる隊長は瞳を見開いた。

 

「炎の魔人……妹の、故郷の仇! 総員、突撃! 何としてでも、あの魔人を討伐せよッ!!」

『ファラオに栄誉あれ!!』

 

 生き残った兵たちが剣を抜き、空に掲げた。雲を突き破って光が注ぎ、砂漠を支配した魔物たちが姿を現した。

 斧をもつ虎の巨人、古風なマントを羽織った耳長の剣士、水もなく空を泳ぐ七色の魚、長い腕とかぎづめが特徴の奇妙な姿をした悪魔……。この世ならざる光景の現出。流血を予感させる、悪魔のカーニバル。

 

「消え失せろ、下賤なナイルの人間め!」

 

 溶岩の魔人が、あたかも雲をかすめるかのように大きく腕を振り被り、砂漠に叩き付ける。異形達が飛び退いて得物を浴びせるも……キン、キンと、鉄を叩くような音が返ってくる。悪魔がふわりと浮いてかぎづめを頭に振るったが、その蒸気に目をやられて慌てて退いてしまった。

 魔人はさらに二度、三度と、腕を振るう。砂丘がえぐられ、その影に隠れていた兵士が殴り飛ばされ、七色の魚が幻のように消えてしまう。

 まるで子供を相手にするかのように、魔人は兵らを襲い、着実に砂漠に血潮を降らせていく。夫妻が盗み出した魔物は、精鋭たる彼らをもってしても抗し得ぬような、強い力を持っていたのだ。

 王国の隊長は、魔人の腕がおよばず、かつ砂丘全体を見渡される丘に登ると、剣を天に突き上げた。

 

「いざ、我が身に来たれ! 混沌の剣王よ!」

 

 降雷。衝撃。風に逆らう砂嵐が生まれ、魔人は思わずそこを見やった。

 隊長が立っていた場所に、一人の剣士が立っている。金色の縁取りをした蒼く重厚な鎧に身を包み、兜の後頭部には獅子のたてがみのような赤い長髪が靡く。刃が反った大剣を肩にかつぎながら魔人を見据える様は、まさに混沌を制す者にふさわしき威厳と、疑いようのない強さを直感させる。

 剣士はゆっくりと大盾を背中に背負い、左手をかざす。何もない空間から、稲妻をまとった剣が現れ、剣士はそれを握りしめた。

 

『ハァッ!!』

 

 剣を交差させ、広げる。空気が鳴動した。魔人の蒸気とが吹き飛ばされ、白いドクロが露出した。

 びくりと、流浪の妻はなにかを悟ったかのように肩を震わせ……いつまでも誠実であれと願い、苦難を共にしながら育ててきた我が子へと向き直る。

 

「……ユザ」

「母上ッ!」

 

 子の叫びが、砂漠の異形に決意をさせた。

 一気呵成。混沌の剣王は風のように走り、大きくジャンプすると、魔人の胸に稲妻の剣を浴びせた。その一撃に後ろのめりに崩れる魔人。異形達が一気に迫り、その足に、腕に得物を浴びせる。

 そして剣王はふたたび跳躍すると、二つの剣を交差させ、落下しながら魔人の顔を切裂いた。魔人の顔が割れると同時に……母親の顔が、地面に滑り落ちた。 

 

「エンピっ、覚悟しろぉっ!!」

 

 かぎづめを持つ魔物が、「キィエエ」という奇声をあげて流浪の父親へと迫る。剣王の威を借りるかのようにその爪を振り下ろし、男の体から肉を削いだ。

 だが、彼は破願する。痛みなど初めから感じていない。炎の魔人が溶けていく様を見て、狂ったように笑みを漏らした。

 

「ふはははっ、我が血はとうの昔に神のものよぉっ!! あはははっ!!」

 

 ――こいつは、なにを言っている。

  

 魔物を操る兵士らが顔を向けると……世界の、時が止まった。

 次の瞬間、逆巻いた雲が反対に回り始めて……突如、風が襲った。

 

「うお、おおおっ、おおおお!?」

 

 かぎづめを持った魔物が、巨人が、宙に浮いたと思うや否や、空へと吸いこまれていく。

 それは男のすべてを賭けた、最後の秘術。時を止めた世界に存在するすべてが、その雲の中へと引き摺りこまれていく。海をも、砂漠をも、そして人をも飲みこんでいく。

 

「た、隊長!! 砂漠が、世界が、吸いこまれていきますっ!」

「あの渦はなんだ!? 魔物が、魂が飲まれていく……!? これが、神の御業だというのか!」

 

 悲鳴をあげることもできず、男達の体が浮いて、魔物ごと雲の中へと攫っていった。

 ともすれば、母が討たれるのをなすすべなく見詰めていた子供が、この暴虐の風に耐えられることができようか。

 両眼から大粒の涙を流して、子供は身を丸めてなんとか堪えようとする……だが、足場である砂丘が崩れ、砂の渦に巻きこまれる形で、あえなく空に飛ばされてしまった。

 こんなの、ひどすぎる。救いを求めて父を見るも、その顔は狂喜に染まり、砂漠を凍らせるような冷笑が「どきり」と、子供の心臓を鳴らした。

 

「――我が息子よ、神の贄となれ」

 

 そんなことを言っているかのように、父親は口を動かし、息子を見捨てた。

 やがて目に見えるすべての人間が飲みこまれた後、父親も力尽きたように体を投げ出し、黒い風にさらわれた。

 

 

 

―――三○○○年後―――

 

 

 

 薄暗く……しかし明るい夜空。ネオンの光を受けた空は文明の盛隆を象徴するかのようであり、さながらそこに浮かぶ飛行船は文明の支配者ともいうべきであろうか。

 高層ビル群のはるか上を飛ぶそれを、一人の少年は見つめていた。黒髪で、温和さを感じさせるほっぺたの張り。優しさが見え隠れする素朴な瞳には今、落胆と、悔しさ、そして隠しきれぬ羨望の色がある。

 しばしそれを見上げていると、少年はうつむいて踵を返し、父親が待つ車へと向かった。公園のそばに停められた白のサルーンがそうであった。

 少年が車に乗りこむと、父は何も言わずに車を出す。ヘッドライトが照らす町並みは、まるで祭りの後のように静まり返り、いつもに増して人気が少なかった。

 

「負けちゃったな」

「……ぱぱ」

「バトルシティ、予選敗退だ。残念だ。パパとママ、応援してたんだがな」

 

 少年はドアに頭をおいて視界を遮った。

 二速のまま車をゆっくりと走らせる父親――痩せ身で、丸い顎をしている――は、少年によく似た横広の目をバックミラーにやって、子供の意地を垣間見る。こんな情けない顔を見られるのが恥ずかしいし……童実野町で一番のデュエリストとなれず、親の期待を裏切ってしまった現実も見つめたくもない。そんなことを、涙を落とす少年の横顔は暗に物語っていた。

 父は、エンジン音に負けぬ大きさで、しかし静かに言う。

 

「そうしょげるな。何時だって何から何まで上手くできるとは限らないさ」

「ごめんなさい……パパの、クリアカード、もらったのに」

「泣き虫め。……ほら、手を出せ」

 

 赤信号で停車した折、父はダッシュボードから二枚のカードを取って息子に渡す。

 涙で腫らした目で、彼はそれを見た。『カオス・ソルジャー』、そして『カオスの儀式』。少年の懐にとってあまりにも強い輝きを持つカードだ。それは決して、大人にとって手に入れやすいという意味でもない。

 少年は驚いたように父を見返す。これは、彼がずっと欲していたカードだった。今よりももっと幼い頃……とあるプロデュエリストがこのカードを巧みに使って劣勢を覆し、見事勝利をもぎ取ったシーンを、彼は生放送で視聴し、心より感動した。世界にはこんなにも素晴らしいカードがあるんだ、と。その時に彼の童心はぐらぐらと魅了され、以来この艶美な剣士が大好きとなったのだ。

 父は、両脇から照らしてくる街灯の光に口元を隠した。

 

「誰にだって可能性がある。どんなデュエルにも挑んで、どんなデュエルにも勝利できる可能性が」

「えっ……で、でも――」

「――ああ、分かっている。それでも負けた、ってな。だが今は今だ。お前がこのバトルシティで負けて、お前は何を失う?」

「……わかんない。かーど?」

 

 父は小さく息を吐く。

 

「世の中、カードよりももっと大切なものがある。勝利を信じる心。自分の可能性を疑わぬ心。最後まで諦めない心だ。お前は飛行船を見て、そいつを忘れちまったか?」

「……うんうん」

「じゃあ、どう思った」

「……悔しかった。勝ちたかった」

「だろう。勝負で負けても、お前はそれを胸に刻み込んだ。勝利を最後まで諦めないことをな。デュエルモンスターズはそれを教えてくれる。

 そのカードは、いつの日か、お前の助けになる。その時まで大切に持っているんだ。そして、いつまでも大切に、大切に、戦う気持ちを持ち続けろ。その時になればおのずと分かる。いいな、遊座(ゆざ)」

 

 少年は、蒼い鎧をまとった剣士にじっと目を落とし続けた。家に帰ると、母は息子の頑張りを労い、三人で遅めの夕食をいただいた。温かな食卓によるものか、遊座は夕食が終わる頃にはすっかりいつもの調子を取り戻していた。

 深夜、遊座は自室のベットに寝転びながら、父からもらったカードを見詰めていた。窓からの夜光のせいでカードが金色のホログラムを反射させて、星のように瞬いている。子供の眼にはそれは一等星のような煌めきに映り、夜空の星々よりも、少年がもつどんなレアカードよりも、美しいカードであった。

 もっとホログラムの光を見たい。色んな角度から、これを眺めてみたい。

 そんな思いで、遊座はカードを傾ける――

 

 

 ――それが間違いだった。

 

 

 燦……瞬く暇すら与えぬ、生誕の光。

 ホログラムが、『カオス・ソルジャー』の輝やきが、破裂した爆弾のように部屋中に広がった。 

 

「うわぁっ! か、カードが光った……」

 

 視界が潰れる。瞼を閉じるより前に眼球が悲鳴をあげ、何かが潰れるような音が遊座の頭の中で響いた。それを境に、彼の眼は何も見えなくなり、ただ虚無の明るさが世界のすべてとなってしまう。

 彼の手から剣士が滑り落ちる。その輝きはぐんぐんと強まり、衰える様子がない。まるで星の誕生に立ち会っているかのような圧倒的なエネルギーが、カードから発せられ、徐々に遊座の部屋を、家を地震のように震わせていく。

 どたどた……。階下からの慌てふためいた大人の足音が、二つ。それは真っ直ぐに、遊座の部屋へと近付いてきた。

 

「遊座、どうした! 遊座っ!?」

「遊座! 大丈夫なの?」

 

 扉が開かれ、光の奔流が彼らを出迎えた。

 大人であろうとも、いや大人だからこそ、非情な現実からは逃れえない。

 

「きゃあああっ!?」

「遊座ァっ!!」

 

 少年の耳に、遠くから両親の声――母の悲鳴と、父の呼びかけ……そして二つの声はテールランプのように遠のいていく――が届く。遊座は潰れた瞳をそこへ向けるが……白い世界が鳴動しているだけで、何も映らなかった。

 ふと、強い耳鳴りが彼を襲う。きぃんと、鉄同士が擦り合うような歪んだ響き。

 そして彼は、白い世界の奥からゆっくりとこちらへ進んでくる、一人の男の姿を見た。蒼い鎧を着た、大柄な戦士の姿。西洋の剣士のような大剣と、それと同じくらい大きな盾を手にしている。まるでさっきまで握っていた、魔性の剣士とうり二つの容貌。

 

「―――――」

 

 彼は何かを語り掛けるが、耳鳴りのせいで聞こえない。

 もう一度、彼が何かを口にする。それを切欠として、少年は意識を落した。白い世界が暗転する様は、まるで立体映像(ソリッドビジョン)のようだと、心の底で感じながら。

 

 

 




 地文が多いのは性格です。
 デュエルは次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話:カオス・ソルジャー、降臨

 からっ、からっ。そんなオノマトペが似合う天気は……快晴。

 これからの門出を祝い、その勇気を讃えるような日光。 

 

 ――天気晴朗。日本晴れ。雲一つなし。

 

 ともすれば太陽を直接見るよりも眩い光を童実野町の高層ビル群が反射している。十年ほど前の閑静な街並みと、アンダーグラウンドめいた妙な治安の悪さを想起すれば、まったくありえない光景であった。

 町で最高峰の建築物、KC(海馬コーポレーション)本社ビルこそが童実野町の名物であり、町で唯一の高層ビル。元軍需産業の大企業のお膝元にはその裏の顔にふさわしい、危険が潜んでいた。バーガーショップでは脱走犯が籠城し、札付きの不良がそこらを暴れ回り、なぜか心神耗弱に陥るものがあちこちで多発し――しかもどいつもこいつも精神的に問題がある人間――、挙句の果てには遊園地で爆弾騒ぎ……。

 童実野町はカオス。日本のヨハネスブルグ。

 それが日本の裏常識……だった。

 数年前、童実野町全域を会場として開催された一大イベント、《バトルシティ》は経済史と、興行史に残る大成功を収めた。

 KC社の若き新社長かつ世紀のデュエリストで、立体映像(ソリッドビジョン)を世に送り出した今世紀最大の経営者、海馬瀬人。そしてデュエルモンスターズの生みの親にして『TIMES』誌による『世界で最も入社したい企業 NO.1』のI2(インダスト・イリュージョン)社社長、ペガサス・J・クロフォード。この両名と、両社による強力かつ魅力的な宣伝活動はそれまで日米を中心としたデュエルモンスターズの人気を世界的に、しかも爆発的に上昇させ、たちまち童実野町をデュエルモンスターズの聖地と変えてしまったのだ。

 噂は流れ、人は流れ……そして彼らは金と名声を背負って帰ってくる。

 かつて日本の中で指折りの危険な『町』が、今や世界最高水準で発達した『街』となったのは、そのような数多の幸運に恵まれたからであった。テレビの一コメンテーター曰く、『第二の高度経済成長期があそこから生まれた』。名の知れた評論家曰く、『デュエルモンスターズによる経済支配の中心地』。童実野町は姿を変え、繁栄の道を歩み始めている。

 

 町の中心部に鎮座する、アメリカはヤンキー・スタジアムをも凌駕する巨大なドーム……『海馬ランド・童実野町』。

 若社長のかつての陰湿な野望の残滓が見え隠れする縦長のドームは、入場者にデュエルモンスターズを最大限楽しませる造りとなっている。ドームのスペースを極限まで生かした広大なデュエルリングがいくつか。そして、小さなスタジアムをそっくりそのまま入れたような円形状の会場まで――勿論デュエル専用のスペース――。廊下にはそれまでのデュエル史を彩る名デュエルや伝説的なデュエリストの一枚画、ペガサス直筆のデュエルモンスターズのデザイン画、そして《青眼の白龍》の巨大模型まで展示。まさに聖地にふさわしき建造物。KC社が誇る、世界海馬ランド計画の象徴ともいえよう。

 そこに向かって、一人の若者がてくてくと歩を進めている……リュックサックを大事そうに背負い、歩行補助用の杖を突きながら。

 

(ようやく見えてきた。バス停からちょっと遠いな、ここ)

 

 彼は内心で、そんな愚痴をこぼす。

 年は高校生くらいか。優しい丸顎に、童心の現れを強調するはっきりとした二重瞼。ウェーブがかった柔らかな短髪は行きつけの美容店で整えてもらったものだ。

 どこか覚束なさそうな足取りをスポーツメーカーのシューズ――靴紐がほどけているのに気付いていない――と杖でカバーしつつ、彼の体はまっすぐに海馬ランドへと向かっていく。背中にじんわりと汗をかきながら、『デュエル・アカデミア入学試験会場』という看板を立てたエントランスへと入っていく。

 美人の受付嬢は杖を見てわずかに目を見開いたが、その緊張した面持ちを見るとすぐに心境を察して、いつもより気持ち二割増しの営業スマイルを浮かべた。

 

「ようこそ、海馬ランドへ。デュエル・アカデミアの入学試験を受験される方ですね?」

「は、はい。受験番号三九番、下柳遊座です。これ、受験票です」

「ありがとうございます。少々お待ちくださいね……はい、確かに。下柳遊座さま。ようこそいらっしゃいました。

 では、こちらの電子カードをお渡ししますのでそれで改札を通った後、まっすぐ、フロア奥の大ホールへお進み下さい。二次試験はそこで行われます。宜しければ、ご案内いたしましょうか?」

「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です。ありがとうございます」

「かしこまりました。それとお節介かもしれませんが……靴紐がほどけていますよ?」

「えっ!? あ、すみません! 気づきませんでした」

「結んで差し上げますね。そのままでいいですよ」

 

 丁寧にひざまずいて、受付嬢はすりきれた靴紐を結んでいく。髪が揺れて、透き通ったうなじが見えた。それを見て、あるいはボロ靴を直視されるのが恥ずかしいのか、遊座の顔は赤らんでしまう。

 遊座は、彼女の気配りに深く感謝した後、かつかつと歩を進める。小刻みに脈打つ心臓の音はまるでドラムのようだ。視点の中心を囲うような白い世界に、みみずのような七色の光が現れては消え、そしてまた現れる。緊張するとすぐにこうなるのが遊座の日常風景だ――今は別の意味でも緊張しているのだが――。

 そんな心のこわばりをほぐすかのように、遊座は頭の中ではおしゃべりになる。

 

(あー、やばかった。女性にあんなことをさせるなんて。しかもうなじのチラリとかダメだって。デュエルどころじゃなくなっちゃうよ。あー、靴紐ほどけてて良かったぁ。

 ……よし! ここから集中! 集中しろ、デュエルに。一次試験だって集中してやったからこそ、成績が上から39番目だったんだ。次も大丈夫。僕はできる、できる、できる……)

 

 ファンが涎が垂らすような展示物には目もくれず、遊座は大ホールと思わしき入口に辿り着く。

 リュックを背負い直してその戸を開けようとして……ばたんと、戸は内側から開き――

 

「ふごっ!」

 

 ――遊座の鼻面を強打した。思わず杖を落としてのけぞってしまう。

 戸を開けて現れたのは、黒縁の眼鏡をつけた生真面目そうな少女。慌てふためきながら謝罪を口にする。

 

「ご、ごめんなさいっ! 私の不注意で、申し訳ありません! 御怪我はありませんか?」

「大丈夫……これしき、序の口……」

「あ、鼻血が……すみません、本当にすみません!」

 

 少女はちり紙を取り出して、遊座の鼻に当てる。

 何とか応急処置を施すと、少女は改めて深く頭を下げた。本当に申し訳ないという彼女の心境が、その口調から伝わってきた。

 

「私ったら、大舞台を前に慌てふためいちゃって。申し訳ありません。すぐに医務室に行って、手当をしてもらえるようにしておきますので、すみませんがご一緒に――」

「――いやいや、そこまでのモノじゃないから平気だよ」

「そんなことはありません! 私の完全な不注意で、あなたに怪我を負わせてしまって……」

「そうかもしれないけど、仕方ないさ。君、多分だけど、すごく緊張しているんだよ。僕と同じさ。沢山の人に自分のデュエルを観られるからね。さぁ、リラックスしようか。一緒に深呼吸だ」

「え?」

「はい、息を吸って」

 

 遊座は大きく胸を膨らませる。そのきらきらとした目に操られるように、少女も思わず真似をしてしまう。

 口端に笑みを浮かべると――「吐いて」――遊座はナマケモノのようにのんびりと息を吐き、少女もそれにつられてしまう。

 思わぬトラブルだったが、心はわりと落ち着いた。遊座は今一度少女を見る。七三の深い緑の髪で、体型はスレンダー。ちょっと困惑したような顔はどこか子犬のような愛嬌があり、人目を惹くのに十分な容貌の持ち主だ。

 

「どう? 落ち着いた?」

「は、はい。本当にすみません」

「いいっていいって。大したことじゃないし。それに、鼻血をだして死ぬわけでもないしね。君も受験生?」

「はい。もうすぐ試験なんですけど……時間が近付いてきたら、なんか急に不安になってきて。それでその、お手洗いに行こうとして……」

「あー、成程ね。それじゃぁ、いつまでも道を塞いでちゃ悪いか。いいよ、もう行っても」

「……その、なんか深呼吸をしてたら、不安がなくなってきたので、やっぱりいいです」

「あれま。それじゃ僕って当てられ損……?」

「っ! い、いいえ! 別にそういう訳じゃなくて、むしろ私の方が一方的に悪いんですけど――」

 

 ――受験番号四五番! 原麗華!

 

 試験官の声が、開け放たれた扉の奥――会場内――から響いた。

 目の前の少女は思わず肩をびくりとさせた。どうやら彼女の名前は、原麗華というらしい。

 遊座はぎゅっと拳を握って、顔の前に掲げる。

 

「頑張って、原さん。席で応援しているよ」

「あ、はい! これで失礼します。あの、私もあなたのことを応援してますので、頑張ってください!」

「うん! お互いに頑張ろう!」

 

 こくりと頷いた後、原はホール内へ向かおうとして、地面に投げられた杖に気付いて遊座に手渡すと、改めて礼をして会場内へと入っていった。

 去り際に、彼女の髪が揺れてうなじをカバーするのに視線を取られつつ、遊座は思う。

 

(いい子だなぁ。きっと彼女のデュエルは、真面目で、優しさのあるものなんだろうなぁ)

 

 彼の中で原麗華は、とても真面目で優しく、困った人を見捨てず、そして優しいデュエルをする少女としてインプットされた。

 そんな午後一時の出逢い。

 

 

 ――そのイメージを保っていられたのは、僅か三分間だけだった。

 

 

「受験生が先攻だ。頑張りたまえ」

「私のターン、ドロー。私は『強欲な壺』を発動し、二枚ドロー(手札6→5→7)……この勝負、私の勝利が確定しました。

 私は『連弾の魔術師』を召喚し、永続魔法『悪夢の拷問部屋』を発動!」

「ま、まさかそいつらは……!?」

「では参りましょう。最高の理論に基づいた、ワンターンキルを。

 私は『闇の誘惑』を発動し、デッキから二枚ドローして手札の闇モンスターを除外(手札5→5)。『連弾の魔術師』の効果。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分が通常魔法を発動する度に、相手ライフに400ポイントダメージを与えます。そして『悪夢の拷問部屋』がチェーン! 相手ライフに戦闘ダメージ以外のダメージを与える度に、相手ライフに300ポイントダメージを与えます。計、700ポイントのバーン!

 私は『デス・メテオ』を発動! 1000、プラス700ポイントバーン! 『昼夜の大火事』! 800バーン 、700バーン! 二枚目の『昼夜の大火事』! バーン、バーン!(手札5→2)」

「そんな馬鹿なぁっ!?(LP4000→0)」

「なにを勘違いしているんです? まだ私のターンは終了していません! 

 『火あぶりの刑』! とどめに『ファイヤー・ボール』! バーンにバーン! バーンバーンバーン、バァァン!!」

「ひぎぃ、あぐっ、うごぉっ、たわばぁ、駄目ぇぇっっ!!」

(……なぁにあれぇ)

「最適化すれば、あと2000は削れましたね。ですが勝利は勝利です。ありがとうございました」

 

 原麗華は、自らが構築したデッキがそれに求められる最適解を提示したことに大きな満足を得て、思春期の少女らしい慎ましくも華やかな笑みを浮かべる。死にたいの試験官相手に向けるにはいささか酷薄であったが。

 局地大のブリザードに襲われた会場の空気は、彼女の奮闘を歓迎していなかった。原はそれに気付くと、気まずそうにしながらリングを後にする。残された試験官は、魂まで煤けたように放心し、風の前の塵のようにリングから消失した(運ばれた)

 その後に行われたデュエルでは、デュエリストが真冬並みの空気を換気しようとしたためか、比較的和やかなムードで行われた。ターンを重ねて、着実にフィールドを支配し、強力なモンスターで攻撃を決める。ごくごく普通のデュエルの光景だった。

 

「三体の『シーホース』で攻撃! スーパー海馬アタック・三連撃!」

《うおおおおっ!! シーホース、シーホース、シーホース、シーホース!!》

(……そろそろ僕の番か。デッキ、確認しておくかな)

 

 受験番号44番がデュエルリングで勝利を刻むのを見つつ、遊座はバッグからデッキを取り出す。テーマで統一された訳でもなく、特別強みをもっている訳でもない。寄せ集めのカードたち。

 彼の『義父』は、近代的な娯楽が発達した童実野町では数少ない古書店を開いている。海外の大学や図書館で歴史資料の研究などを行っていた父は、店では明治以前の巻物や和洋を問わぬ稀覯本などの売買・修繕・鑑定を取り扱うが、一方で道楽ついでにレアカード専門の転売人としての顔を持っている。デュエルモンスターズの聖地であるからには、カードゲームに携わらない人間の方が少ないのだ。

 遊座のデッキは義父が購入して転売するのにためらったり、あるいは買い手がつかないと判断されたカードたちを譲り受けて構成されたデッキである。勿論、すべてのカードがレアカードという訳ではなく、一般のカードショップで購入したカードも織り交ぜてはおり、実際それらの方がデッキの過半数を占めている。しかしデッキの中心となるのは、やはりシンプルで強力なレアカードだった。

 その一枚、『スフィアボム 球体時限爆弾』。元全米チャンピオンが使用したという闇属性の四つ星効果モンスター。裏守備表示のこのカードを攻撃したモンスターに装着し、次の相手のターンに爆発し、ダメージを与えるカード。義父から譲ってもらったフェバリット・カードだ。父が客に支払った購入金額、¥250,000也。

 

(即効性はないけど、デザインが恰好いいから好きなんだよね。鉤爪がクールだ。他のカードを入れてもいいんだけどなんとなく嫌なんだよな。

 ……やっぱり、好きなカードを入れて戦うのって、勇気がいるなぁ。最近はこれよりも、もっと便利な効果モンスターも出てきたし、シリーズで統一された新しいカードパックも出てきた。皆が飛びつくのってああいうのばっかり)

 

 少々、寂しい思いを遊座は抱く。昔から好きだった戦方が今ではすっかりとなりを潜めて、気付けば周りは効率的なテーマデッキで戦うようになり、無造作に造ったデッキを使っているのは彼だけになっていた。

 百鬼夜行……種族を選ばぬ混沌としてしかし強力なモンスターたちの集結。魔法・罠で援護を受けての雪崩のような一斉攻撃、そして勝利。物心ついたばかりの歳でバトルシティに参加して、遊座はそれらに打ち負かされた。その光景(ビジョン)は強い憧れを植え付けたのだ。いつか自分もあんなデュエルをやってみたい、と。

 バトルシティの日は、遊座にとって何よりも大切な決意の日であり、矜持の誕生を思い出せる何よりも大好きな日だった。

 

 ――敗北の夜に、大切なものを失ったことを除けば。 

 

(まだ時間が余っているか……そういえば、会場にもガチャガチャあったっけ)

 

 会場の隅にある黒い筐体が、それだった。誰もそこにおらず、今ならすぐに利用できるようだ。

 百円硬貨を三枚投入すると、カード五枚入りのパックが二つも出てきた。リーズナブルである。

 袋を手で開封し……その中身に、遊座は思わず瞠目する。

 

(さ、『サイバー・ドラゴン』!? なんてレアカードが入ってるんだ! 大手銀行の部長クラスの年収分だぞ!? 海馬社長、こんなのここにポンと入れとくなんておかしいですよ!

 他にも……あ、ラッキー。『ダブル・サイクロン』だ。意外と便利なんだよね。あとは、『エネミーコントローラー』に、『神の宣告』……は? 『モリンフェン』? いらないな)

 

 義父の仕事を手伝ってきたせいで、むだに金銭感覚が鋭敏化している。

 一抹の恐怖を抱きながら当たったカードを確認していく遊座であったが、二パック目の最後の一枚を見て、思わず首を捻った。

 

(なんだ、このカード? 真っ白だ)

 

 おかしな一枚だ。デュエルモンスターズカードの証であるカード枠の模様はしっかりと印刷されている。しかし奇妙なことにカード枠にあるはずの偽造防止のナンバーもなく、ホログラムも確認できない。何よりおかしいのは、カードの名前・イラスト・効果が『入っていない』ことだった。

 

(もしかしてプリントミスのカード? でも工場のラインでこういうのは弾かれるんじゃないの? なんでパックに入っていたんだ?)

「――受験番号39番! 下柳遊座!」

(うえっ。もう、終わったの?)

 

 遊座はとりあえず、当てた中から目ぼしいカードを適当にデッキに突っ込み、リングへと上がる。

 杖を持って上がってきた少年に、会場内の注目が集まった。試験がまだの者、終わった者、見学のためにアカデミア本校から来た者達……皆がデュエルリングに注目する。

 

「おいおい、病人が受験するのかよ」

「あんなのが入学するのなら、文字通り足手纏いになるな。もっとも、デュエルが期待外れだったら入学すら」

「クロノス先生。彼はあの通り、視力に問題があるため――」

「――生徒のプライバシーの問題を公共の場で、しかも大きな声で話すことは許さないノーネ。私達はデュエル・アカデミアの教師として、彼をデュエルをもって判断する。それだけなノーネ」

 

 リングにはちょび髭を生やした試験官の男性が立っていた。彼は遊座の杖を見て、眉をぴくりとさせる。

 

「下柳遊座くん、だね。よろしく頼む」

「よろしくお願いします、先生」

「この試験では立体映像システムによるデュエルを行うが、ダメージ量やカード効果によっては身体やフィールドに影響を与えるものがある。大丈夫かね?」

「はい。準備はできているので、大丈夫です」

「君が大丈夫と言うのなら、私からも何も言わん。これより二次試験を始める。デュエルの結果で試験の合否が決まる訳ではない。気負うことなく、君の実力を発揮したまえ。私は全力で、それに応えよう!」

 

 遊座は赤く丸みがかったデュエルディスクを試験官から借りて、左腕に装着する。そして杖の持ち手にある細工を動かし、ディスク底部に固定した。姿勢が前のめりとなってしまうが足の踏ん張りがきく。

 訝しげに彼を見下ろす青色の制服を着た学生を一睨みした後、試験官はディスクを起動した。カード板がスライドして現れ、ライフゲージが表示される。値は4000。

 遊座もまたディスクにデッキを挿入して、起動する。ディスクがひとりでにカードをシャッフルし、ドローしやすいように上から五枚を僅かに押し出す。

 両者は五枚ずつカードを引き、互いを見詰めると―――

 

《デュエル!》

 

 ――戦いのゴングを鳴らした。

 

「先攻は君だ」

「ありがとうございます。僕のターン、ドロー!(手札5→6)」

 

 視界の外縁を虹色のみみずが弾けた。低いドラムの響きが、耳の内側からさっきよりもうるさく聞こえてくる。

 遊座はデッキに指を乗せて、勇気を込めてドローをする。

 

 

 ―――――――

 

 手札:シフトチェンジ サイバー・ドラゴン 受け継がれる力 電気とかげ 月の書

 ドローカード:スフィアボム

 

 ―――――――

 

 

 なかなかの手札だ。さっき適当に組み入れたカードが既にきている。他のカードも有用性が高い。

 しかしそれ以上の安堵を感じられたのは、スフィアボム。遊座が最も好きなカードの一枚。

 

「(きたな、マイ・フェイバリット・カード)……モンスターを裏側守備表示に召喚。さらにカードを二枚伏せて、ターンエンド(手札6→3)」  

 

 立体映像が、三枚の伏せカードをリングに現出した。黒い丸を囲うような焦げ茶色の渦模様。

 客席のどこかで失笑らしき音が聞こえたが、遊座は無視する。

 

「緊張して、恐れを抱いたか! 臆病者はアカデミアの学生には不要! 

 私のターン、ドロー! 私は『アックス・ドラゴニュート』を、攻撃表示で召喚! さらに手札から魔法カード、『二重召喚』を発動! このターンもう一度、通常召喚ができる! 私は『アレキサンドライドラゴン』を召喚!」

 

 両刃の大斧を持った有翼の黒いドラゴン、そしてその名の通りアレキサンドライトの鱗をもつドラゴンが現れる。美しき巨体を伸ばし、翼を広げて咆哮する二体の異形に客席が湧いた。

 四つ星のモンスターでATK(攻撃力)2000というのは破格のステータスだ。しかもそれが二体で、かつどちらも貫禄を感じさせるドラゴンの姿。細部まで突き詰められたリアリティ溢れる立体映像は、観る者の心を感動させる。

 試験官は威勢よく、遊座のフィールドに指をつきつけた。

 

「行け、『アレキサンドライドラゴン』! 伏せモンスターに攻撃!」

「迂闊だ! 行け、『スフィアボム』!」

 

 伏せたカードが反転し、鉤爪をもった赤い爆弾が現れた。それは宝玉の鱗をした龍が襲うよりも早く、それの体に爪を立てて食らい付く。 

 裏側守備のこのカードを攻撃したモンスターに対し、スフィアボムはダメージ計算を行わずに破壊されず、かつそのモンスターの装備カードになり、次の相手のターンにモンスターごと爆発。モンスターのもつ力の分だけダメージを与える。

 試験官は歯噛みする。

 

「ぐぅ、道連れにするつもりか! ならば代わりに行け、『アックス・ドラゴニュート』! プレイヤーにダイレクトアタック!」

「伏せカードオープン! 『月の書』! 書物の光により、『アックス・ドラゴニュート』は裏守備表示になる!」

 

 カードが捲り上がり、青い表紙をした本が現れるとひとりでにページが捲られ、強烈な閃光が大斧の龍を放たれた。龍はたまらず光から逃げるように体を丸めてしまうと、裏返しになるカードの中に消えてしまった。

 遊座は無傷で、龍の猛攻を凌いだ。

 

「見事に防いだな。加点対象だ。私はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ(手札6→2)」

「僕のターン、ドロー(手札3→4)」

 

 

 ―――――――

 

 試験官:【LP】4000

     【手札】2枚 

     【場】(伏)

         アックス・ドラゴニュート(裏) アレキサンドライドラゴン  

     

 遊座 :【場】 スフィアボム(→アレキ) シフトチェンジ(伏)

     【手札】サイバー・ドラゴン 受け継がれる力 電気とかげ

     【ドロー】魔導雑貨商人

     【LP】4000

     

 ―――――――

 

 

 今引いたカードは、一定条件下でデッキからカードをドローできる、ドローソースといわれるモンスター。強力ではあるが、しかしこの手のモンスターは大抵力不足が否めず、このカードも例に漏れない。しかもこのカードの効果は、一度裏側守備でフィールドに出すことが発動条件である。現状打破には使えない。

 ゆえに、遊座は新しい(おもちゃ)を使うことを決意した。

 

「早速だけど、力を借りるよ。相手フィールド上にしかモンスターがいない時、このカードは手札から特殊召喚できる。現れろ、『サイバー・ドラゴン』!」

 

 カードが現れて光の飛沫を発し、その中からモンスターが現れる。蛇のような長躯でかつ全身はメタリック。機械独特の妖美さをもった龍。

 ざわざわと、観衆は驚きの声を漏らす。遊座を見下ろしていた生意気そうな者達や、対峙する試験官はなおいっそう驚いた様子だ。

 

(えっ? な、なんでみんなそんなにどよめくの? 僕、何か拙いことやった?)

「なっ、そのカードは……!」

(先生もですか! そんなに意外だったかな、こいつは)

 

 『サイバー・ドラゴン』。それは、『サイバー流』の中心となるモンスター。

 日本プロデュエル――大企業や資本家がスポンサーとなって行われる日本最大級のデュエルリーグ……プロ野球のデュエル版――において人気の一角を占めるのが、強力な機械属モンスター群である『サイバー』を中心として戦うデュエリスト……人は彼らを『サイバー流』と呼ぶ。

 大味で、分かりやすく、しかも強い。まるで機械仕掛けの隕石群。観ていて爽快ともいえるくらいのモンスターの展開と連続攻撃に、特に初心者やデュエルにそもそも興味のない者、またデュエルの奥深さを改めて知った者など、多くの者がこの『サイバー流』を好んで応援している。なぜなら単純明快に、強いからだ。

 遊座は『サイバー流』で知っているのはカードの効果と、その値段のみ。故にさも驚天動地といわんばかりの周囲の反応は予想外で、逆に遊座が動揺してしまう。

 

「ば、バトルです! 『サイバー・ドラゴン』、裏守備の『アックス・ドラゴニュート』に攻撃! エヴォリューション・バースト!」

 

 龍の口に銀色の閃光が溜まっていき、火の玉となって吐き出され、裏表示のモンスターを粉砕。カードの破片が宙に吹き飛ぶ。

 

「僕はモンスターをさらにセットして、ターン終了(手札4→2)」

「くっ……まさか君も『サイバー流』とは。去年の入学試験もそうだった……だがあのカイザーは、君より何倍も強かった。

 私のターン、ドロー!(手札2→3)」

「スタンバイフェイズ。何もなければ、『スフィアボム』は爆発します。どうですか?」

「残念ながら、今の私にそれを防ぐ手段はない」

「では……『スフィアボム』、大・爆・発!」

 

 鋭い鉤爪が龍の肉に深々と食い込み、直後、赤い爆弾は一気に弾け、龍の悲鳴をかき消した。あたかも目の前でタンクローリーが爆発したような炸裂と、爆風に、二人は思わず顔を覆う。

 最新の立体映像システムを搭載したデュエルリングの真骨頂。映像をその場に立体化するだけではなく、それによって生じる物理現象を、ある程度までは再現してしまう。爆発によって生じる熱や風が、遊座の肌をびりびりとさせて髪を揺らすのは幻などではない。

 煙が晴れた頃には、フィールドには機械の龍以外のモンスターはすべて消滅していた。試験官のライフも、4000から2000へと半減している。

 

「これしき、必要経費だ。私は伏せてあった『リビングデッドの呼び声』を発動! 墓地の『アレキサンドライドラゴン』を特殊召喚!」

 

 カードオープン。墓石からまがまがしい紫の煙が漂い、宝玉の龍が這うように現れた。

 試験官は、遊座の場の伏せカードを値踏みするように一睨みしたのち――

 

「更に、手札から『トレード・イン』を発動! 手札のLV8モンスター、『ダーク・ホルス・ドラゴン』を墓地に送り、デッキからカードを二枚ドロー!(手札3→1→3)」

 

 ――素早く手札を交換する。そしてそのドローカードを見て、試験官は瞳に闘志の炎を燃やした。 

 

「私は『死者蘇生』を発動。墓地の『アレキサンドライドラゴン』を復活させ、生贄とし、『創世竜』を召喚!」

 

 宝玉の龍が光の渦に消えて、真っ白な腹をして赤黒い鱗をもった新たな龍が召喚された。

 遊座は警戒を強める。あのモンスターは、攻撃力が2200で、サイバー・ドラゴンより100上回る。だがそれだけではない。

 

「『創世竜』の効果発動。手札からドラゴン族のモンスターを墓地に送り、墓地からドラゴン族を一体、手札に加える。私は『コドモドラゴン』を墓地に送る」

「『コドモドラゴン』……?」

「見せてやろう、これがコンボ召喚というやつだ。『コドモドラゴン』の効果発動! このカードが墓地へ送られた場合、手札からドラゴン族モンスター1体を特殊召喚できる。現れよ、『ダーク・ホルス・ドラゴン』!!」

 

 闇よりもなお漆黒の体を持つ、巨大な龍がフィールドに現れた。デュエルリングを隠さんばかりに翼を開き、天を仰いで戦意を叫ぶ姿に観衆はどよめく。

 その攻撃力、圧巻の3000。最強の龍といわれる『青眼の白龍』と同じ値であった。

 

「『コドモドラゴン』の効果を発動したターン、私はバトルフェイズを行えない。ターン終了(手札3→0)」

「僕のターン、ドロー! (手札2→3 ドロー:『強欲な壺』)……僕は『強欲な壺』を発動。デッキから二枚ドロー(手札2→4)」

 

 

 ―――――――

 

 試験官:【LP】2000

     【手札】0

     【場】 創世竜 ダーク・ホルス・ドラゴン

     

 

 遊座 :【場】 サイバー・ドラゴン 魔導雑貨商人(裏)

         シフトチェンジ(伏)

     【手札】受け継がれる力 電気とかげ

     【ドロー】異次元の女戦士 バトル・フェーダー

     【LP】4000

     

 ―――――――

 

 

(これも使えるけど、欲しいカードじゃない!)

 

 思わず遊座が舌打ちをしそうになったその瞬間、「ばっ」と、試験官が手を伸ばす。

 

「この瞬間、『ダーク・ホルス・ドラゴン』の効果発動! 相手のメインフェイズ時に魔法カードが発動された場合、自分の墓地からレベル4の闇属性モンスター1体を特殊召喚する事ができる。再び現れろ、『アックス・ドラゴニュート』!」

 

 斧使いの龍が再び召喚された。これで相手モンスターは三体。

 びりびりと、白い世界でみみずが踊る。遊座は即決した。

 

「僕はモンスターと、カードを一枚伏せて、『サイバー・ドラゴン』を守備表示に変更。ターン終了(手札4→2)」

「私のターン、ドロー!(手札0→1) 魔法カード、『強欲な壺』を発動! デッキからカードを二枚ドロー(手札0→2)。

 そして今引いた『撲滅の使徒』を発動! 君から見て、右側の伏せカードをゲームから除外する!」

「なに!?」

 

 鉄色の鎧を着た処刑人が走ってきて、断罪の刃を遊座の伏せカードに振り下ろした。『シフトチェンジ』のカードが、フィールドから消滅する。

 

「『シフトチェンジ』……通なカードだ。

 装備魔法『ビッグバン・シュート』を『ダーク・ホルス・ドラゴン』に装備。攻撃力400ポイントアップ、そして守備表示モンスターを攻撃した場合、貫通ダメージを与える。これで攻撃力は3400だ!」

「くっ!?」

「バトル! 『アックス・ドラゴニュート』で左の伏せモンスターに攻撃! 『創世竜』で右の伏せモンスターに攻撃!」

 

 活躍の場ができて嬉しいのだろうか。二匹の龍はいななきながら飛来し、一本の斧が逃げようとしたとかげを両断し、赤黒い爪がひょうひょうとした商人を殴り飛ばす。

 

「『電気とかげ』を攻撃した『アックス・ドラゴニュート』は、次のターン攻撃できない!

 さらに『魔導雑貨商人』の効果! デッキを上からめくり、一番最初に出た魔法か罠カード1枚を自分の手札に加え、それ以外は墓地へ送る!

 ……『戦士ダイ・グレファー』を墓地に送り、『地獄の暴走召喚』を手札に加える(手札2→3)」

「まだ私には攻撃権限が残っている! 『サイバー・ドラゴン』に攻撃だ、『ダーク・ホルス・ドラゴン』!」

 

 黒龍は両手を構えて紫紺の火球を創ると、それを自らの胴体ほどに膨らませていき、機械の龍に発射する。哀れ、悲鳴すらあげることもできず『サイバー・ドラゴン』は破壊され、砂塵のような爆風が遊座を襲ってライフを2200まで削る。何とか遊座は杖で踏んばり、体をその場にとどめた。

 わぁっ! やった! 

 観衆の一部が湧く。まるで格闘技のヒール役がリングに倒れたのを喜ぶような声だ。

 

「ターン終了、君の番だ(手札2→0)」

「僕のターン、ドロー!(手札3→4 ドロー:『メタル化 魔法反射装甲』) モンスターとカードを伏せて、ターンエンド(手札4→2)」

「私のターン、ドロー!(手札0→1) 私は『治療の神 ディアン・ケト』を使って、ライフを1000回復する。

 そして『創世竜』でモンスターを攻撃だ!」

「伏せモンスター、『異次元の女戦士』。彼女と戦ったモンスターは次元の狭間へ道連れにされる。『創世竜』を除外」

「くっ、だがこの攻撃で終わりだ。行け、我が龍よ!!」

「相手の直接攻撃時に、このカードを特殊召喚できる! 『バトル・フェーダー』!(手札2→1)」

 

 どこからともなく、大きな古時計の時針を垂らしたコウモリが現れ、翼にくくりつけた左右に鐘を揺らす。

 龍達はそれを見ると途端にやる気をなくしてしまい、すごすごと自分達のフィールドへ後退していく。

 

「バトルを無効とし、強制終了させるモンスターか。ターン終了だ(手札1→0)」

「まだ僕は、終わりじゃない。ドロー(手札1→2 ドロー:スピリット・フォース)……バトル・フェーダーを守備表示にして、カードを伏せます。ターン終了(手札2→1)」

「私のターン、ドロー(手札0→1)。『ダーク・ホルス・ドラゴン』で攻撃!」

「戦闘ダメージ計算時に、『スピリット・フォース』発動! 『ダーク・ホルス・ドラゴン』の貫通ダメージは0となる!」

「だが『アックス・ドラゴニュート』の攻撃は残っている!」

 

 紫紺の火球で生まれた爆炎をかいくぐり、龍が斧を振りかざして遊座に斬りかかる。

 遊座の肉を冷たいものが通過していく感覚が走った。亡霊に触られているかのようだ。本物でないにせよ、攻撃力の値が多ければ多いほど、肉体に及ぼす影響がリアルになっていく。

 

「まだ頑張るか。だが私には君の伏せカードが読めるぞ。察するに、片方は魔法カード、それも装備魔法だろう。私の召喚宣言や攻撃宣言にそれを発動しなかったのが何よりの証拠。残った一枚も攻撃反応型のカードではない。

 下柳君。君のデュエルは、いささか決め手を欠く印象を受ける。君に必要なのは覚悟だ。強力なモンスターによって、相手の陣地を粉砕し、ライフを大幅に削る。そういうカードを使う度胸が、君が今、最も必要としているものなのだ。

 私はカードを伏せて、ターンは終了(手札1→0)」

 

 

 ―――――――

 

 試験官:【LP】3000

     【手札】0

     【場】(伏)(ビッグバン・シュート(→ダ) 

        ダーク・ホルス・ドラゴン(ATK:3000+400) アックス・ドラゴニュート

     

 

 遊座 :【場  メタル化(伏) 受け継がれる力(伏) 

     【手札】地獄の暴走召喚

     【LP】200

 

 ―――――――

 

 

 手詰まりだ。文字通り、絶体絶命の状況。

 二体の龍の背に守られながら、試験官は悟られぬように息を吐く。

 

(運任せのデュエルもそこまでだ。筆記が優秀だと聞いて期待したが、ただのファン・デッキではこの『正統派ドラゴンビート』を破ることはできない。

 私の伏せカードは『神の宣告』。たとえ彼が何をしようとも、この防御態勢を突破することはできない。次のターンで終わりだ)

 

 歴戦のデュエリストにブラフの類は通じないのだ。試験官は静かに勝利を確信した。

 会場内の多くの者もまた、デュエルの結末を予想して冷たい視線を杖持ちのデュエリストに注ぎ、彼の首筋に冷汗を流させる。覆しようのない敗北の兆を、遊座は直感する。

 だが、まだ勝負が決まった訳ではない。そう思ってデッキに指を乗せようとした瞬間……小さな女性の声が、やけにはっきりと彼の耳に届いた。

 

 

 ――退屈。もう終わりね。

 

 

(……なんだって?)

 

 思わずそこを見る。客席の上段隅から、長い桃色のツインテールをした少女が遊座を観察している。その歳の割にはあまりに大人びて、少女の枠に収まらぬ色気を類稀な美しい容貌から香らせる。

 それがゆえに、彼女の雪原の女王のような瞳は遊座の心に、負の感情を生ませる。敗北に対する恐怖。アカデミアに入れぬ絶望。

 どくりと、心臓が跳ねた。

 一度意識したそれは、女王からそう遠くない席に座る原麗華を見付けることで、さらに増大した。彼女は心配そうにこちらを見ながらも、諦め半分に口を閉ざしていたからだ。 

 

(僕が、負ける? ここまで頑張ったのに?

 ……駄目だ。手が、勝手に震えてくる。デッキか遠ざかって見えてくる。こんなことが起こるなんて、そんなことって……)

 

 遊座は立ち竦み、思わず瞳を閉じてしまう。

 

(いやだ。終わりたくない。まだ僕には戦えるカードが残っているのに……)

 

 だが手札のカードでは、もうどうしようもない。伏せたカードもそれを使ってあげる対象もいない。相手の強力なモンスター達を倒す術も、どこにもない。

 彼の知らぬうちに、カードを引こうとした指が徐々に離れていき、ゆっくりと掌がディスクの上へ向かっていく。『サレンダー』。降伏による敗北の受諾。

 屈辱に塗れた現実だが、自分の意思で敗北を受け入れるのは何よりも楽な道だ。ならばせめて、自分でデュエルの幕を下ろそう。

 遊座の手が、試験官の瞳が、諦観の重みで落とされていき――

 

 

 

 

『――おい』

 

 

 

 

 遊座の手が、止まった。教会の祝福された鐘のように透き通り、しかし歴戦の英雄のように力強い声。

 思わず瞳を開いて、視線が周囲を探る。声の主はどこにもいない。だがその声はまるで守護霊のように傍から発せられ、遊座の心にわだかまっていた不安・恐怖、そして絶望を浄化していく。

 声はなおも響く。

 

『俺を引け』

「……誰だ? どこにいる?」

『ここだ。お前が組み上げた山麓に、俺はいる』

 

 デッキに目を落す。白い世界で弾けていたみみずが、一気に消え失せた。

 山札が光って見える。曇っていた遊座の表情が、可能性の光を受ける。

 

『俺を引け。俺を使え。お前の前に勝利の栄光を引きずりだしてやる』

(……君は声は、誰なんだ。僕に、勝たせるというのか?)

『深く考えるな。勝ちたいのだろう? ならば俺と、お前の可能性を信じろ』

 

 遊座の指が、デッキトップのカードをつかんだ。

 頭を垂れているせいで、周りからは表情が窺い知れない。だが正面に立つ試験官にはよく見えた。彼の瞳に、月光のように皓皓とした勝利への執念が燃え盛っていることを。まだ諦めていない。

 声はさらに、遊座の背中を押す。

 

『引け。勝たせてやる』

「き、君。大丈夫かね。顔色が優れていないぞ」

「……僕の、ターン。ドロー!!」

 

 

 

 ―――――――

 

 ドローカード:天よりの宝札

 

 ―――――――

 

 

 

「……『天よりの宝札』を発動。互いのプレイヤーは手札が⒍枚になるようにドローする(手札2→1→6)」

 

 相手に有無を言わせず、遊座はカードをドローする。その気迫たるや先程までの弱気な少年の姿のものとは思えない。圧倒された試験官は、最高峰のカウンター罠を発動するタイミングを逃してしまった。

 遊座はドローしたカードを見て、僅かに瞳を歪めた。……他の何よりも大切なカードが、彼の手札にきた。そして抱く。勝利の確信を。

 手品師のように、遊座は人差し指と中指でカードをかざす。

 

「ラストターン!!

 僕は魔法カード、『ブラックホール』を発動。フィールド上のモンスターをすべて破壊する」

「そ、そうはさせん。カウンターで、『神の宣告』を発動! 効果発動前に、君のブラックホールは無効とし、破壊する!(LP:3000→1500)」

 

 フィールドに敬虔な老人が出現し、出かかっていた巨大な黒い渦に向かって手を伸ばす。渦は、時を遡るように消えて行った。

 それを見越したかのように、遊座はさらにカードをかざす。

 

「先生、それは悪手でしたね。これを使って、僕はこのデュエルを支配する!

 『D・D・R』、発動!」

「『D・D・R』?」

「手札を一枚捨てて、除外されているモンスターをフィールドに特殊召喚する。選択するのは、『異次元の女戦士』。

 さらに、速攻魔法『地獄の暴走召喚』を発動。相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。現れろ、女戦士達よ」

 

 蒼い亡霊が呻き声をあげながら出現し、フィールドの床めがけて突進して消えてしまう。そしてその直後、亡霊に引っ張られるように手を数珠つなぎにしながら三人の女戦士がフィールドに帰還した。  

 モンスターの数は上回った。だが会場の空気は未だ、遊座の敗北を疑っていない。当然、試験官も同意見である。

 

「いくら数が増えようが、攻撃力はたった1500。私の『ダーク・ホルス・ドラゴン』はおろか、他の龍も倒せんぞ」

「ええ。彼女たちの力では、残念ながら龍を倒すより前に僕は負ける。だが彼は違う! 儀式魔法、『カオスの儀式』!!」

「なに!?」

「フィールドの二人の女戦士を墓地に送り、この戦士は現れる。出ろ、我が最強の僕」

 

 手札から現れた美麗な騎士と一人の女戦士を光が包み、フィールドの頭上へと連れていく。直後、光はオーロラのような時空の壁を突き破り、立体映像がフィールド頭上に時空の裂け目を創造する。

 裂け目の間から交差された大剣が現れ、炎が噴き出す。やがてその剣の片割れを掴んで、蒼いオーラを放つ最強の剣士が現れた。

 

「『カオス・ソルジャー』、降臨」

 

 

 

 ――そして、伝説が現れた。

 

 

 

 その者は、天使のように神聖さと、悪魔のような禍々しさに包まれて、ゆっくりとフィールドに舞い降りた。

 深い蒼に染まった鎧は鋭利な金縁に彩られ、十字鍔の大剣は獲物を裁断しやすいように刃を湾曲させている。この世のものとは思えぬ絶世の美貌は、ただこの瞬間のみ、龍を畏怖させるがごとき殺意で静まり返っている。 

 観衆が今日、一番のどよめきをあげた。キング・オブ・デュエリストが愛したという伝説の戦士が降臨したのだ。

 

「ばっ、馬鹿なっ! 伝説のカードが、どうしてここに!?」

「カオス・ソルジャー。勝利の神を引きずってこい!

 僕は伏せてあった。『受け継がれる力』を発動。『異次元の女戦士』を一人墓地に送り、彼女の力をカオス・ソルジャーは継受する。

 さらに『メタル化・魔法反射装甲』。カオス・ソルジャーの攻守は300ポイントアップ。さらに相手モンスターを攻撃する時、そのモンスターの攻撃力の半分の値、攻撃力が上昇する!」

 

 最後の女戦士が光の粒子となり混沌の戦士にまとう。そして彼を守護するかのように、純銀色の鎧が装着される。

 彼の殺意は二つの新たな輝きを受けてさらに強固なものとなる。恒星に勝るとも劣らぬ、勝利の光。

 その攻撃力、4800。

 

「『カオス・ソルジャー』、『ダーク・ホルス・ドラゴン』へ進撃!」

 

 戦士が大剣を垂らすと……ひゅんと、音もなく龍の布陣へ跳躍。地面すれすれを風のように飛んでいき、剣士は黒い巨竜へ近づくと、その下腹部めがけて曲剣を突き立てた。

 純銀の鎧が輝いて龍の血肉から力を奪う。攻撃力、6500に上昇。

 

「閃光の、カオスブレード!!」 

 

 戦士が宿っていた光が、意思を持つかのように剣に集約する。彼は両腕に力を込めると、雄叫びをあげながら、巨竜の体を一気に駆け上がって頭頂部までを断ち切る。

 閃光が切断面から発せられて……爆発。斧を持つ龍も爆炎に呑まれて破壊され、会場全体を揺るがす光の暴風が走った。誰もが声を上げて顔を覆う中、遊座はしっかりと杖を立てて、相手の最期を見据える。

 風と煙が晴れていくと、地に伏せた試験官が見えてきた。そのデュエルディスクに刻まれたライフゲージは、0。

 敗者の誕生により、立体映像は役目を終えた。混沌の戦士が幻のように消えていく。遊座は、勝利の喜びに震えながら、《魂のカード》を手にとった。

 

(勝った……勝ったよ、父さん!)

 

 実の父から託された、形見。義理の父からは与えられぬ、太陽のような誇らしさ。

 心からの笑みを浮かべながら蒼い戦士を見詰めて――

 

 

 

 ――そいつは、首をぎょっと捻り、遊座と見つめ合う。 

 

 

 

『おい、エロい壁画はどこだ。なるべく卑猥なものを希望する』

「……」

『や、やめろォッ! 俺に、ホモの絵を見せるなぁぁっ!』

 

 

 

 数日後、遊座の下に一通の書類が届いた。

 デュエル・アカデミアの入学許可を知らせる手紙だった。

 

 




 書き過ぎた(白目)。
 次からはダイエットします、ごめんなさい。
 
 使用されたカード一覧は、書いてまとめた方がいいのかな。
 希望があればそのうち……(やるとはいっていない)。

ラストターン使用カード変更
サイクロン→神の宣告
命削りの宝札→天よりの宝札

 原さんの手札計算ミスりました。
 火力を控えめにしました。ごめんなさい(土下座)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間:入学式

 登校するの忘れてました。
 すんません。


 

 ざぶり、ざぶり……。小さな波が大海に広がり、船首にぶつかる。

 からからとした日本晴れの下、海鳥が純白の翼を広げて飛んでいるのが船の甲板から見れる。少女らは微笑ましくそれを眺め、そして少年らはカードによる攻防に夢中となっていた。 

 

 遠く、横浜の港から出航した大型客船。出航のトランペットと別れのハンカチに見送られると、船長はその航路を南西に取り、太平洋の真ん中にある孤島へ目指す。そこには非常に専門的な分野ではあるが、しかし社会的には受け入れられるであろう、世界最高水準の教育機関が設立されている。

 《デュエル・アカデミア》。KC(海馬コーポレーション)社が設立した、デュエルモンスターズに関する英才教育を施す教育機関。海馬瀬人とその宿敵、キング・オブ・デュエリストが歩んできた戦いのロードを現すかのように、その島で生徒たちはしのぎを削り合い、高め合い、デュエリストの頂点を目指すことになる。それが海馬社長の望む未来であり、生徒達が望む未来でもあった。

 

「僕はモンスターを裏守備表示に召喚……さぁ、君の番だ」

「ドロー。ええっと……じゃぁ、これを召喚する! 『バードマン』!

 更に『デーモンの斧』と、『メテオレイン』を発動! 1000ポイント攻撃力アップ、そして相手の防御を貫通だ! 行け、バードアックス!」

 

 甲板に立つ少年少女の注意が、その鳥人に奪われる。

 赤い戦化粧を顔に施す、カラスのような羽根をした男だ。彼はその手に地獄の悪魔の顔をした斧を持ち、大気圏につっこむ隕石のような勢いで、甲板に伏せられたモンスターへ吶喊する。攻撃に迷いはなく、誰もがこの攻撃は通ると思っていた。

 カードが反転し……四足の鉤爪をした赤い爆弾が現れる。それは鳥人が攻撃するよりも早く、鳥人の体に鉤爪を絡ませてしがみつく。反抗を封じるように、鈍い輝きをした爪が鳥人に食い込んだ。

 遊座は不敵な笑みを浮かべて。

 

「僕のモンスターは、『スフィア・ボム 球体時限爆弾』。裏守備表示のこいつを敵モンスターが攻撃した時、ダメージ計算を行わず、攻撃してきたモンスターの装備される。そして次の君のスタンバイフェイズに爆発。『バードマン』は爆殺され、君はその攻撃力分のダメージを受ける!」

「そんなッ!? 俺のライフは1500、『バードマン』の攻撃力は2800……。うぐぐ、『サイクロン』があればっ!」

「まだ君の番だ。どうする?」

「た、ターンエンド……」

 

 遊座はデッキからドローする。

 

 ―――――――

 

 相手:【LP】1500

    【手札】2枚

    【場】 メテオ・ストライク(→バード) デーモンの斧(→バード)

        バードマン(ATK1800+1000、貫通)

 

 遊座:【場】 なし 

        スフィアボム(→バード)

    【手札】カオスの儀式 デュナミス・ヴァルキュリア ペンギン・ソルジャー   

    【ドロー】神の宣告

    【LP】2300

 

 ―――――――

 

「(結局、来なかったか)……では僕のターン。一枚伏せてターンエンド。さぁ、カードを引くんだ!」

「俺はこれに、すべてを託す! カモン、『サイクロン』!! 来なかった!!」

「大・爆・発!」

 

 爆弾の爪が一層食い込む。瞬間、船を轟沈させるような爆炎が空中で生まれる。スフィアボムは、モンスターの強さに比例して更なる力を得る爆弾だ。空中で炸裂するそれは、さながら第二の太陽。航海士が思わず呻くくらいの眩しさだ。

 デュエルを観ていた誰もが顔を隠して、立体映像(ソリッドビジョン)のやりすぎな再現映像に耐えようとする。熱波によりデッキが仰向けに倒れ、ビーチボールが宙を飛び、海鳥が悲鳴をあげて去る。遊座は必死に杖を甲板に立てて、びりびりと視界を白く染める爆発に耐えぬく。

 何度か目をぱちくりさせた後、遊座は青天と挨拶をするかのように気絶した対戦相手を見て、静かに勝利を噛みしめる。そして少女らの非難の視線から逃げるようにつかつかと杖を突いていき、自室のベッドに寝転んだ。

 

「ふぅ、どうにか勝った。一応『神の宣告』を伏せたんだけど、心配いらなかったか」

『船出を勝利で飾ったな。見事なものだ』

 

 デュエルディスクに挿入されたデッキから野暮ったくもどこか品のある声が届いてくる。

 遊座はデッキに指を滑らせ、それを引き抜いた。青のカード枠に囲われて『カオス・ソルジャー』が椅子にふんぞり返り、魔性のごとく整った美顔に賞賛の笑みを浮かべている。中身がただのエロいおっさんだと知っていなければ、遊座とて一瞬、見惚れてしまうやもしれなかった。

 

(というかなんで椅子に座ってんの? どっから取り出したの、それ)

 

 デュエルモンスターズの販売下であるI2(インダストリアル・イリュージョン)社が把握する限りでは、儀式魔法も合わせて世界でたった10数ペアしか存在しないと言われるカード。それが『カオス・ソルジャー』だ。その希少性は超限定生産カードである儀式モンスター……『ゼラ』には及ばぬものの、キング・オブ・デュエリストが使用した所縁もあり、市場では『ゼラ』の実に五倍の価格で取引されるそうだ。過去の取引では文字通り、億が飛び、屋敷が吹っ飛んだらしい。

 遊座もまたそれの所持者である。が、彼が持つそれは余りに希少すぎて真っ当な価格がつけられないだろう。世界で唯一の、喋るカードであるがゆえに。

 

「君を出せたらもっと恰好がついたんだけどね。儀式魔法を引けても、当人が来ないんじゃ意味がない」

『俺に相応しい場を作ることだ。あれしきの格下など……俺が出る幕ではない』

「随分と言うね。君ってそんなに偉いの?」

『そうだ。俺は最高の戦士。混沌の魔物(カー)を与えられし、誉れ高きファラオの戦士だ』

「いつの時代さ。ファラオって、古代エジプトの王様のことを言うんだっけ?」

 

 ディスクからマイデッキを出して、中身を確認。

 今日使ったデッキは試験で使ったのと同じものだ。

 

(相手のデッキ……通常モンスターが多過ぎだったな。サポートカードが豊富だったけど、あれは駄目だ。装備カードに頼りすぎてモンスターの展開が遅い。デッキを回すことはやっぱり重要みたいだ。

 ……《カオス・ソルジャー》は、戦士族の儀式モンスター。戦士族はサポートカードが充実している。もっとサーチカードを入れて、デッキを戦士で固めた方がいいか? うん、そうすべきだ。いや待て。迂闊にそんな結論を出していいものか……)

 

 堂々巡りの思考の海。解答と間違いが、泡のように現れては消える。しかしこれも愉しみな時間だ。

 あれやこれやと深く考えて、自分だけの解答を探して、それを試す。いい結果が出なければ再考して、またデッキを組み直す。延々と螺旋階段を登るような日常だが、それが苦にならないのは遊座がゲーム好きであり、そしてデュエルモンスターズが大好きだからだ。

 間違いはあるが正解がない。それがゲームの真理。どこまでも悩むのが正解だ。遊座はそう感じていた

 ぷいっと横から、『おい、遊座。よく部屋が見えんぞ』。強欲なカードである。

 

「はいよ。これで見える?」

『おお、よき働きだ。うむ、なんとも無機質な空間よ。しかし居住性は高い。これが鉄の時代の――』

 

 

 ――ざばぁん! 船が、波で大きく揺れた。

 

 

『おろろろろ』

「うへぁ……」

 

 どうして椅子はあるのにエチケット袋はないのか。遊座は溜息を何とか殺す。

 試験の日以来、遊座はこの不思議なカードについていろいろと調べた結果、《何もわからない》ことがわかった。なぜ喋れるのか。《カオス・ソルジャー》とファラオの関係とはなにか。すべてが謎に包まれて、理解がつかない。

 戦士にとっても、なんで自分がカードに囚われているのか分かっていないどころか、それ以前の記憶についても思い出せないようだった。唯一覚えているのは、自分がナイル川のほとりで生まれたファラオの戦士で、《カオス・ソルジャー》を使役した戦士だということのみ。

 夜通し頭を悩ました結果、遊座は結論に達する。

 

「おい、デュエルしろよ(僕の友達になってよ)

 

 元はと言えば《カオス・ソルジャー》は、遊座にとって命と同じくらい大切なカード。それが喋るようになっただけで、大事にする気持ちは変わりがない。戦士の方も極上のレアカードだといって売り捌きにもいかず、自分を大切にする遊座の存在はありがたいようで、提案にすぐに賛同してくれた。

 こうして二人は友となり、デュエルにおける掛替えのない相棒となった。価値観がやや異なる点を差し引けば、両者の関係は良好かつ相互理解のあるものだ。遊座は現状に満足すら感じていた。ある一点を除けば。

 

(君がこんなに自由気儘なんて思いもよらなかった……僕の《カオス・ソルジャー》のイメージがずたぼろだよ……)

 

 いろいろとお出しになられた後、自称ファラオの戦士は、無駄に高貴な顔付きを青白くさせて不平を言ってくる。

 

『どうして、どうして船なんだ。船は駄目なん……しまった。鎧にかかってる。洗った方がいいか?』

「洗えよ! 汚い恰好じゃ恥ずかしくて召喚できないでしょ!? 裸で出るつもり!?」

『女性と裸のお付き合いができるなら俺は混沌の戦士をやめるぞ! 偉大なるファラオの裸族だ! 筋肉モリモリ、まっちょまんの変態だ』

「ふざけるな、《カオス・ヘンタイ》! お前のせいでデュエルが18禁になるだろ! 君はちょっと、黙っていろ!」

 

 遊座はカードをつかむと、引出しの中に偶然入っていた雑誌を引っ張り、ぞんざいな手付きでカードをその中に挟んだ。

 くぐもった声で、変態は感動の呻きを漏らす。

 

『すんばらしい……おお、いい光景だ。おぬしも男よのぉ』

(は? 一体どういう意味……)

 

 雑誌の表紙を見て、遊座は耳を赤くさせた。八頭身の色気たっぷりのグラビアモデルが、過激な水着で、過激なポーズを取っている。

 

「う、うるさい。これは、僕が持って来たんじゃない! 偶然、引き出しの中にしまってあっただけだ!」

『不健全だぞ、異性の体に興味がないなど! いや、待て。お前は童貞か? そうかそうか、純情な男の子という訳か』

「そ、そんなのどうだっていいでしょ!?」

『男は童貞を失えばおっぴろげの変態になる。俺はそうなった。お前もいつかはそうなる』

「知らないよ!」

 

 遊座は杖で真上から雑誌を叩く。ハレンチな水着美女の笑顔が歪んだ。

 だが《カオス・ソルジャー》はまったく動じず、不敵な笑い声をあげる。更に文句を言ってやろうかと思ったその時――

 

《まもなく、デュエルアカデミアに入港いたします。恐れ入りますが、乗客のみなさまは自室で待機していただくようお願い申し上げます》

 

 ――船長からのアナウンスが入って来た。目的地はもうすぐのようだ。

 

『……でゅえるあかでみあ、といったな。家でも何度も言っていた。それはなんだ? 学校か?』

「……そうだね。デュエルモンスターズを専門的に勉強するための世界最高峰の教育機関だ」

『まるで分からん』

「要はカードゲーム専門の学校だよ。今の世の中、カードゲームで億万長者になる人なんてざらだよ。名声に抱かれながら金塊を敷いた浴槽で寝るんだ」

『なんと堕落しきった世界よ。ファラオが聞けば嘆かれるだろう……』

「……君って本当にファラオのことが好きなんだね。今更だけど、仕えていたファラオの名前とか覚えてるの?」

『……よし、死ぬか』

「ちょ、ちょ待て! オチツケ!!」

 

 慌てて雑誌を開いてそれを引っ張りだす。

 混沌の戦士はけだるそうに椅子の肘置きに頬杖を突き、空いた手でまさに曲大剣を取り出そうとする真っ最中だった。

 

「な、なんでいきなりハラキリモード入ってるの!?」 

『だってファラオの名前すら思い出せない兵士とか生きる意味あるの、っていう』

「あるに決まってる! 君は僕にとって大切な存在なんだ。勝手にいなくなられたら困る。自殺なんてもってのほか!

 それにね! 君には残酷なことだけど、今の君はカードなんだ! もっというならカードの精霊! 世界でたった一人の存在なんだ! だから自分を大切にしてよね!?」

『……落ち着け。最初から死ぬ気など毛頭ない。戦いとエロがある限り、俺は生きる』

「絶対だからね? 変な考えに走らないでよ?」

『お前の勝利のためにも、俺は死なん。覚えておけ』

「……臭い台詞言っちゃって」

『お前だって十分ひどかったがな……おぉ? 耳が赤いな? 今更恥ずかしくなったか?』

「放っておいて!」

 

 遊座は不愉快そうに戦士を雑誌の中へ押し戻し、ベッドに倒れむ。船が学園に着くまで不貞寝するつもりだった。

 横からくすくすと聞こえる笑い声がやけにむかついて、遊座は雑誌をさらに杖で殴りつける。「いてっ」 殴りどころが良かったらしい、混沌の戦士はその後、口を開こうとはしなかった。

 

 

 

 ―――――三時間後―――――

 

 

 

「――みなさんは、今日からデュエル・アカデミアの生徒となるからにして、互いの成長と信念、そしてデュエルに対する熱い思いをリスペクトしていただき……」

(嗚呼……なんだこの視線。凄い居辛い)

『くそ、枠から出れん! ええい、こなくそ!』

 

 アカデミア入学式。アカデミアの象徴たる特設デュエルリングにて、鮫島校長が挨拶を述べている。デュエリストとしての気概や信念を説いた訓戒は、生徒の成長を望む校長の善意によるものであった。

 だが遊座は苦しんでいた。いくつもの理由がある。

 一つ目。ハゲの校長は絶好調な口調でべらべらと、しかも割かしのんびりと高説を垂れており、その間、新入生は身動き一つとれやしない。椅子に座れるのが唯一の救いだが、長時間動かないままだと尻が痛くなる。既に遊座の周りからは寝息らしきものがいくつも聞いて取れていた。

 二つ目。ちらちらと背中に、顔に、生徒らの意識が突き刺さる。都内の繁華街を大手を振って歩く芸能人のような感じだ。一番の気がかりは数多くの視線の中に、剥きだしの薔薇の棘のような、鋭い敵意が混ざっていることだった。今後の学園生活に一縷の不安が過ぎる。

 三つ目。演説に飽きた《カオス・ソルジャー》が、この場から脱出しようと破壊活動を行っている。ガンガンという轟きは……おそらく愛剣でカードからの脱出を試みようとしているのだろう。誰かにこの異常事態を気付かれやしないか。冷汗が止まらない。

 

『しゃあ、おらっ! えいしゃ、おらっ!』

「剣壊れるよ」

『どうせお前に召喚される時に追加でもらえる! ええい、この枠め! ファラオの戦士を封印するとは生意気な!』

「続いて、在校生代表の言葉ナノーネ。在校生代表、オベリスクブルー二年、シニョール・丸藤」

 

 

 ――ぞわり。空気が一変した。

 

 

 遊座に集っていた視線がみな、示し合わされたようにリングへと向かう。

 しっかりとした身体つきの男子生徒が現れた。青いラインが走った服は彼の所属を現す。男子にしては長めの髪。臆病という言葉がまったく似合わない威風堂々たる雰囲気があり、眼つきの鋭さは歴戦の警察官のようだ。

 丸藤はマイクの高さを調節しながら新入生らを見渡し、ふと何気なく、中列後方に座っていた遊座を見付ける。それに込められたものを感じ取り、遊座の体は強張った。

 僅かな興味……そして、地獄の釜から漏れ出したような戦意。明らかに他の生徒よりも意識されていた。

  

(だからこっち見ないでよ)

『えいっ、この! このっ(パリン)、あ。あああっ、剣が欠けたぁっ!!』

(うるせぇよ)

 

 無念無念という叫びに誰も振り向いたりしてこない。いや、気付いていてあえて無視している可能性がある。油断できない。主席の視線も怖い。

 丸藤は壇に軽く両手を乗せて、よく通る低音で話していく。

 

「新入生諸君。デュエル・アカデミアへの入学、おめでとう。在校生代表として君達に言っておきたいことがある。

 君達はそれぞれ違った理由があってデュエル・アカデミアへ進学してきた。この場でそれを詮索したりはしない。君が何を思うと、それは君達だけのものだからだ。

 だがこの学園に進学してきたからには、君達の胸に、デュエルに対する熱い思いがあると俺は信じている。デュエルモンスターズが嫌いで、ここへ来ようとする人間はいない。

 だからこそ、俺から君達に望んでいるものがある。君達のデュエルに対する想いを、昇華してもらいたい。自分の思いや自分の勝利を一方的に誇るのではなく、互いの思いを尊重し合い、戦いの後にはその努力を健闘する。デュエリストとして、人間として成長することを諦めない。それが君達のこれからの成長にとって、最も大切な信念だ」

 

 澱みなく言われた言葉は、校長が一時間弱かけて話した内容を端的にまとめたものだった。

 彼の言葉に集中しようとした矢先、ぱりんと、何かが割れる音が響き、視界が蒼の鎧で埋め尽くされた。やりやがった。

 

『お、おお? 出れた、出れたぞ! やればできるもんだ!』

(おい、馬鹿やめろ! 大人しくしろ!!)

『ほ、ほほほほっ! 素晴らしいっ! ファラオよ、私は飛んでおります! これで俺は自由だ! ふはははっ!!』

 

 狂喜しながら空中で捻転し、フィギュアスケーターのように華麗に回転する混沌の戦士。だが、それを凝視するのは遊座だけだった。誰も彼のことなど見えてないし、気付いてもいない。

 安堵するやら、疲れるやら。いろんな所から攻撃しようとする新しい環境に、遊座の生まれて初めて胃痛を覚えた。

 

『あー、疲れた』

「もう自由なんだからどっか行きなよ」

 

 そして入学式の後、何事もなかったように寮の自室でくつろぐ戦士を見て、さらに疲れ果てるのであった。

 余談だが、遊座が入ったのはラー・イエローという寮であり、歓迎会で影が薄そうな寮長が作ってくれたカレーは、まさに絶品。気疲れした胃にスパイスが沁みたことを追記しておく。

 

 

 

 ―――――その日の夜、女子寮にて―――――

 

 

 デュエルアカデミアに入る女子は、男子と比べれば数は半分ほどだ。ゆえに男子のようにそれぞれ寮に分かれるということはなく、一つの寮、オベリスクブルーの寮に全員が入る。

 《バトルシティ》の初代優勝者、武藤遊戯。彼が所有する三つの神のカードから名を借りた寮は、オベリスク、ラー、オシリスの順で豪華さが違う。オベリスクは頂点の青。新入生歓迎会が催されている女子寮においては、寮内に噴水があり、今それを囲うように女子会が繰り広げられていた。

 未成年ということを配慮してジュースを片手に。華やかな笑顔で今後の成長を祝い、互いの努力を讃えて、しかし牽制し合う。そんな上流階層めいた光景を、原麗華は壁の花となって静かに鑑賞していた。

 

(こういう空気はちょっと苦手ね。何を話したらいいものか見当がつかない。というかあの輪に飛び込めない。今日はみんなの顔を覚えるだけにしておこうかしら)

「ねぇ、あなた」

 

 足の爪先で背筋をなぞるような、猫撫での艶やかな声。

 淡い紫色の長髪を頭部で左右に分けた少女が原を見詰めている。とびぬけた美少女だ。均整の取れた黄金律の肢体に、出るところは出て締まるところは締まった体。同性という立場から考えても他の女子とは比べ物にならぬほどの容貌の持ち主で、挑戦的な真紅の釣り目と扇情的とすら感じさせる微笑は、傾城の魅力と評するに十分過ぎる。

 原は、心のどこかで拒否反応のような不快感が湧くのを感じるが、それを無視して、思い出した。

 

「あっ。あなたは、確か会場で近くに座っていた……」

「記憶力がいいのね。あなたに尋ねたいんだけど、二次試験で《カオス・ソルジャー》を使っていた人とは、知り合いなの?」

「下柳さん、ですか。いいえ、当日偶然出遭っただけで、親交はありません」

「ふぅん。ということは、顔見知りというのは変わりないわね?」

「何か彼に用があるのですか?」

「ええ……」

 

 少女は二の句を継ごうとするも、思い直したようにゆっくりと口を閉ざした。 

 

「……いいえ。彼の友人なら、話を通して欲しかったと思っていただけ。ただの知り合いというのなら無理を押し付けてはいけないわ。突然、ごめんなさいね」

「待って下さい。私で力になれるなら、喜んで力になります。私達は同じ生徒で、同じ一年生なのですから」

「あら、そう? だったら今度でいいわ。彼にこう伝えてくれるかしら」

 

 一歩二歩と近づいてきて、彼女は微笑んだ。ふわりと漂ってくる上品なコロンの薫り。魂を抜き取るかのようにな妖艶な色気。その年の子とは思えぬ雰囲気に、原はたじろぐ。

 潤いを帯びた唇が、月を隠す流れ雲のように形を変えて。

 

「私は、強い男が好み。今はまだあなたに用がないけれど、私がもっとデュエルと女を磨いたら、あなたの本気を見せて頂戴」

「な……なんですとォッ!?」

「しっかりと言ったわよ。それじゃあ、御互いに歓迎会を愉しみましょうね」

「ま、待って下さい! お名前は?」

「藤原雪乃よ」

 

 そう言い残して、彼女は手をひらひらと振って去っていく。自分の色香をその場に刻むようにしながら。

 原は呆けた風にそれを見送って、暫くした後、品行方正な口がびくびくとひくついていく。

 

「なんですか、あの人は……は、破廉恥ですっ! どうなってるんですか、昨今の女性というのは!」

 

 律するべき法の精神をまるで意に介してないような、異性を弄ぶ態度。法律家の両親から授けてもらった美徳と教養には、人に向かってあんな蠱惑な笑みをしろなどという教えはなかった。むしろあれは原にとっては相容れぬ存在だ。理解はできても受け入れられない。

 原はぎりりと歯噛みして、将来の学園の風紀を乱す、魔性の女を睨んだ。凡庸な花のように視線で棘を投げる。

 そして藤原は同級生・上級生の妬みのオーラを笑って受け流し、オレンジジュースが入ったグラスを傾けた。その所作一つ一つが洗練され、美しいものとなっているのに、ますます原は煮えくり返る思いを抱いてしまう。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話:オベリスクブルーの洗礼

 デュエルは次回です。


 

 

 太平洋の朝は早い。

 遮るものがない群青の地平線から、「やぁ」と太陽が出て、雨雲をかき消すような輝きを放つ。もくもくと上がっている活火山の煙が灰色に色付き、鶏がけたたましく鳴いた。

 学園生活、二日目。この日から本格的に新入生は一生徒として授業に参加し、デュエルの腕と知識、そして長期戦に耐えうるための体力を培っていく。人生を成功させるための大きな一歩を踏み出すのだ。

 遊座は朝一番――中学生時代ではいつものことだった――起きて朝食と身支度を整えると、山腹に建てられた神殿のような大きな建物……デュエルアカデミア・本館に入った。寮からの道が長いせいで体力を使ってしまい、今は休憩室で一休みしているところだ。 

 

『寝心地がいいな、このリクライニングシートというやつは」

 

 《カオス・ソルジャー》、椅子を倒してくつろぐの図。

 重厚な鎧姿でリラックスできているのか。顔を子犬のように緩めて睡眠の構えを取っているのが無駄に絵になっている。そう思わずにはいられない。

 

『欲しいな、これ。どうして部屋に持ち帰れないんだ』

「そりゃ学園のものであって僕のものじゃないの」

『買えばいいのに』

「買えねぇよ、備品だぞこれ! 椅子を買う金あるならデュエルするわ!」

『お前も毒されているな』

「……そろそろ時間だ。授業に出てくるよ」

『嗚呼、いってらっしゃい。俺は一眠りしている』

「なんだ、来ないのか。じゃあここで待っていてよ? 勝手に何か弄らないでよ?」

 

 力無く手を振り返してくるのが頼りない。遊座は疑わしげにしながらも、杖を突いてゆっくりと教室へと向かっていく。

 遊座の足は、健常者のように普通に機能している。障害があるわけではない。しかし眼は、白内障のように視力が利かないところがあり、特に足下はまったく見えていない。杖はそのためのものだ。今後もこれに助けられることになるだろう。

 段々と教室が近付くにつれて、生徒の活気が話し声となって聞こえてきた。扉に向かっていくと、反対側の廊下から生徒が歩いてきて――。

 

「「あっ」」

 

 ――遊座は、少女と再開を果たした。

 原麗華。生真面目で心優しき少女だ。オベリスクブルーの制服と同じ、白を基調とした制服を着ている。

 

「や。先日ぶりだね。原さん」

「は、はい。お久しぶりです」 

 

 そう言って、黒縁の眼鏡をくいっとあげて愛想よく微笑むも、少しぎこちない。内股気味でもじもじとして、恥ずかしがっているように見える。彼女の服装を見れば分かることだ。

 制服はノーショル・ノースリーブ。青のスカートはやけに短く、転べば下着が見えてしまうのではという程。とてもじゃないが生徒に着せるには際どすぎる。製作者の意図が感じられるほど露出的。彼女の態度を見るに、こういった派手な服は着たことがないのだろう。

 

「……あの、あまり見ないで下さい。ここまで肌を出す服は初めてなので」

「え? あ、ごめん。気に障ったなら謝るよ。でもそんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。可愛いいんだから」

「は、破廉恥な態度は感心しません! 清純で、折り目正しく! それが私達生徒に課せられた学園生活における義務です! 不純な言動は慎んでください!」

「わ、分かった。気を付けるよ」

 

 頬を赤らめて叱ってくるが、語気はそこまで荒くなく、むしろ柔らかい。褒められることに素直になれていないだけのようだ。

 原は教師の戸を開けて、遊座が入るのを手助けする。彼が階段に足を取られぬよう傍を歩きながら、言葉を続けた。

 

「試験での下柳さんの試合、観戦させていただきました。素晴らしい攻防でした。最後の最後に、あんな上級儀式モンスターを召喚するなんて……思わず息を呑んでしまいましたよ」

「ありがとう。原さんのデュエルも凄かったよ。とても完成されていた。先攻1ターンで面接官を焼き切るなんてさ」

「ふふ。これも計算に基づいてデッキを組んだおかげです。当日は上々の仕上がりでした。けど、周りからはあまり評価してもらえなかったようです」

(そうなのかな。ワンターンキルなんて、このくらいの年の子じゃみんな狙ってくると思うんだけど)

 

 席につくと、原は彼の隣に座って、ノートとペンの用意をする。

 遊座も同じように授業の準備をしながら、ふと周りを窺った。今日も今日とて、ちらほらとチラ見してくる者がいる。露骨な意味合いを含ませてくるのは青い制服の集団だった。

 

「……にしても、寮ごとでみんな見事にバラけたね。僕らみたいに寮の垣根を越えて席を並べるのって、そんなに珍しいのかな」

「かもしれませんね……あ、あの、下柳さん。ちょっとお話したいことが――」

「――ボンジョールノッ!!」

 

 生徒らが、一斉に教壇に目を向けた。

 近代ヨーロッパの貴族風味な金髪をした中年外国人が立っている。自信に満ち溢れた瞳はオベリスクブルーの制服にとても似合っていた。

 

「あの人は、クロノス教諭……」

「二次試験ではァ、私のことを覚えている人もいるかもしれませーんネ。私の名前はクロノス・デ・メディチ。入学試験でのデュエル最高責任者にしてェ、オシリスブルーの寮監でありィ、このデュエル基礎理論の教師を務めまスーノ」

 

 はきはきとして特徴的な口調が、分厚い唇から飛び出してくる。

 生徒の記憶から一生忘れることができないような、圧倒的な存在感だ。

 

「デュエリストの卵である皆さんに、基礎中の基礎を叩きこむのが私の職務。ゆえに、この授業で怠けた態度を取ることは決して許されないノーネ。まぁ、ドロップアウトボーイ達には関係のない話かもしれまセーンが」

 

 そう言って、赤い制服を着た生徒らに含み笑いを投げかける。人の気分を害させることで、あえて自分の印象を高めているのか。

 

「初回の授業ではまず、皆さんにデュエルモンスターズのルールを思い出してもらいマース。指名もしますので、自分が覚えていることを思い出しておくように。ノート&ペンを用意しなサーイ」

 

 かちゃかちゃ……ぺらぺら。あちこちでそんな音がしてくる。

 遊座もまたシャーペンの芯をかちかちと出していると――。

 

「いてっ」

 

 ――頭に飛んできた紙屑のせいで、注意が逸れてしまった。机に転がったそれを広げてみる。

 

《今日の授業が終わった後、俺達とデュエルをしろ。場所はオベリスクブルー寮近くの森。時間は今夜の十時だ。逃げればどうなるか、分かっているな? 今後の学園生活が、苦しいものになるだろう》

 

 顔を上げると、後方上段の席からレイピアのような鋭い視線が。青い制服集団だ。習うことはないといわんばかりに、堂々と座り込んでいる。 

 睨み返していると、その様子を不審げに見ていた原が、集団に気付き、ついで紙に走った文面に目を走らせた。彼女は驚きと怒りを顕にしながら。

 

「な、なんですかこれは。まさか応じるのですか?」

「……正直、気は進まない。オベリスクブルーは、アカデミアの中等部を優秀な成績で修めることで入れる寮。彼らだってその例に漏れないよ。手強いのは想像がつく」

「そういう問題じゃありません! 授業を無視して、人を挑発するような輩と、あなたは面と向かって対抗するのですか。この手の輩は何をするか分かったものじゃない。こんな卑怯な誘いに乗ってはいけません!」

 

 そうきっぱりと、小声で言い放つ。理性に則った、とても正しい意見だった。 

 

「……原さんの忠告は、とても嬉しいよ。けど逃げる気にはなれないな」

「え?」

「それデーハ、速攻魔法について尋ねまスーノ。速攻魔法とは一体どんなものか。ラー・イエローのシニョール・下柳」

「はい、先生」

 

 心なし、やや大きめの返事をして遊座は立つ。教室中の視線を一身に奪い取ることに、心臓が窮屈そうに拍動した。

 しかし遊座は、かえって胸を張るように、よく通る声で話す。

 

「速攻魔法とは、相手のターンでも発動できる魔法カードです。そのカードが引ければ基本的にどんなタイミングでも発動可能ですが、相手ターンで発動する場合はあらかじめ魔法&罠ゾーンにセットしておかなければなりません。ただし、セットしたターンにそのカードを発動する事はできません。

 他の魔法カードとは違い、これらの特性上、罠カードに近い性質があります。また、自分のターンでも手札から使用可能であり、『月の書』や『サイクロン』はその典型例といえます。ただしスペルスピードが2であり、速攻魔法の発動に対して相手のカウンター罠が発動されることがあるため、使用には注意が必要です」

「宜しい! ちゃんと基礎を理解しているようなので嬉しいノーネ」

 

 作り笑いを返して、遊座は席に戻る。原が驚いたように目を見開いているのが、遊座にとってちょっと愉快だった。

 授業はそれから滞りなく進み、無事に初回の中身を終えた。

 予鈴が鳴って、一気に騒々しくなる教室。オベリスクブルーの一年生二人が出口に向かいながら、遊座とすれ違うに言う。

 

「後悔するなよ。向田さんは、とても強い方だ」

「お前はもうおしまいだ。明日からは松葉杖か、車椅子で授業だな」

「なっ……ちょっと! 今の発言はどういう意味ですか!?

 ……最低です! 本気でデュエルをするのですか!? あんな連中を束ねる人なんですよ!?」

 

 原は怒りを口調に走らせて、しかし瞳は彼女の心配を物語っていた。その善意は、一部の澱みもないのが分かる。

 心からの感謝を抱きながらも、遊座は返した。

 

「原さん。僕のことを心配してくれてありがとう。でも決めたんだ」

「決めたって……危険です!」

「それも分かっている。けどもう目をつけられたんだ。多分、試験で《カオス・ソルジャー》を出したあの時から。今日じゃなくてもどこかのタイミングでちょっかいを出してきた。

 それが今日だったってことさ。僕が応じようが応じまいが、この手の手合はいくべきところまでいこうとする。これ、経験則」

「経験って、あなた……」

「僕は退かない。デュエルに応じるよ」

 

 面と向かって、臆することなく。大山の高みを頂くには、道なき道を踏破して、障害物を乗り越えて。そんな気概。

 自分のハンディキャップのせいで心無い誰かの行為に晒されるのは、遊座にとっては珍しくない光景だ。思春期真っ盛りの中学生時代は、一部の悪ガキには苦労した思いがある。だが彼はそこでへこたれることはなかった。ナイーブな子供の悪戯よりも、もっと辛く、身が裂かれるような過去があったから耐えることができ、そしてそれに甘んじずに問題に対面することもできた。

 だから、退けない。自分で選んだ道を自分の力で進むためには、これくらいのハプニングなど、なんのその。

 戸惑いや、他の思いで顔を曇らせた原だったが、遊座の真っすぐな表情に気を取り直すと、さらに続けた。

 

「ですが、相手は向田です。私が記憶している向田と同一人物なら、彼は中等部の時、あのカイザーに引き分けたこともある実力者です」

「カイザー……だれそれ?」

「あなた、そんなことも知らずにこのアカデミアに来たのですか? 有名ですよ、丸藤亮。常勝無敗の学園最強。あのサイバー流を引き継ぐ人だと、皆が噂しています」

「丸藤亮。サイバー流……」

「『サイバー・ドラゴン』の使い手です。ですがそんなことどうでもいい! どうするのですか?」

「何が?」

「デッキですよ! 今デッキ持っていますよね? 見せて下さい」

 

 曇り空な表情から打って変わって、自著に記した法律論を述べる弁護士のように、原は勢いましましで迫る。

 遊座からデッキを受け取って、それを一枚一枚、確かめていく。眉に寄せられた皺が深くなっていくのを見て、遊座はどことなく申し訳なさそうに視線を逸らした。

 

「……な、なんとなく答えは想像つくけど、聞いておくよ? 僕のデッキはどうですか?」

「駄目です。非理論的です。ただのファンデッキでは勝機はありません。

 ……今日は授業が他にもありますが、仕方ありません。デッキを見直しましょう。手伝いますから」

「いやいや! これは僕への挑戦だ。君を助力は嬉しいけれど――」

「――どの道、さっき彼らに声をかけた時点で、向こうからは仲間だと思われていますよ。それならば堂々と対抗するだけです。

 この前の謝罪の代わりです。デッキ構築を手伝わせていただきます。全力で!」

「……ありがとう、原さん。でも『カオス・ソルジャー』は絶対に入れるからね」

「ええ、それがあなたの主力ですから」

 

 その後、二時限目の錬金術を終えた二人は、昼食の合間にデッキの軸を固めると、午後の授業を終えた後に急ピッチでデッキを完成させた。その頃には時計は午後七時前を差し、夕食の時間にまで近付いていた。

 最後まで付き合ってくれた原に心からの感謝を捧げて、遊座は寮に行こうとした段に至って思い出す。学校に来てから、休憩室にずっと相棒を置き忘れていたことに。

 

「ど、どうなっているんだ!? この椅子、勝手に起きて、勝手に寝る!」

「しかも振動している! ナゼ!? 誰も乗っていないのに!」

「コワイ! オソロシイ! アカデミア、コワイ!!」

『良い顔をするなぁこいつら! 見せてやろう、ファラオの怒りを! ブィィィィン!』

「「「イヤァァッ! 椅子が海老ぞりぃぃっ!!」」」

「……なにしてんだ、僕の相棒」

 

 

 ―――――三時間後―――――

 

 

 遂に迫る決闘の時。上弦の月が雲間から島を照らす。

 遊座はなぜか満たされたような笑顔を浮かべる相棒を共に、また原麗華も連れて、月光に明るむ森の中を進んでいく。その腕には既にディスクが装着されていた。

 前者がついてくるのは当然ともいえたが、後者は少々意外だった。彼女の生真面目ぶりを考えるに、校則で禁じられている深夜の外出には乗ってこないと思っていたからだ。しかし彼女曰く、「自分が携わったデッキの力が見たいし、校則にも例外規定がある」らしく、こうして無理矢理な形でついてきたのだ。つくづく誠実で、律儀な子だと遊座は感じた。

 杖が木の根やらを探ってかつかつと音を立て、二人の足音が夜の静けさに広がる。こんな場所を会話もなしに進むのはどうも穏やかではない。

 

「大きな栗のー木の下でー」

『おお?』「え、え!? な、なんで歌ってるんです?」

「緊張を解すためだよ。一緒に歌おう?」

「えぇっ!?」

「あーなーたーと、わーたーしー」

「……な、なーかーよーくー、遊びましょう」

「大きなー栗のー」「『木の下でー』……なんですか、これ」

 

 気の抜けた炭酸ジュースのようなジト目が、遊座の背中をじりじりと焼く。

 やがて乗り気となったのか、三人の合唱は森の中を突き抜けていった。 

 

「「『大きな栗のー木の下でー。あーなーたーと、わーたーしー。なーかーよーく、遊びましょう。大きな栗の――』」」

「――木の下でェェェッ」

「ひぃっ!?」

『うあアアおっ!?』

 

 原の肩が震え、戦士が思いっきり慄く。

 夜闇の中からの、突然のオペラ座ばりのテノールボイス。その声の主は、大きな木に寄り掛かるように立っていた。

 彫りの深い長躯の男子生徒だ。銀糸を入れたバンダナで首を巻き、逆立てた金髪を横に流している。まるでメンズモデルのような容姿であった。当然ながら、オベリスクブルーの制服を着ている。

 彼の傍には取り巻き――教室で遊座を挑発した二人――がおり、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしていた。

 

「む、向田さん?」

「……ブラーヴォ。プラーヴァ。いい歌声だったよ、二人とも。杖を持った君が下柳遊座くんだね」

「では、君が僕に紙を投げた人か?」

 

 向田は眉をしかめると、取り巻きを一睨み。

 

「……ああ、そうか。彼等はそうやって君に丁寧な《挨拶》をしたのか」

「《挨拶》ですって? 人の感情を逆撫でするような真似をして、何が挨拶ですか! オベリスクブルーの名が泣きます」

「おぉ、誰かと思えば原さん。中等部では筆記が常に一位だったね。二次試験では違ったようだが、どうかしたのか? 気分でも優れなかったのか?」

「……」

「まぁ、いい。しかし君がそちら側につくとは思わなかったよ。情が入ったのかね」

「そうともいえますね。私が下柳さんといるのは、あなた方が人として尊厳を傷つける行為をしたからです。そんな人に迎合するなんて、私の誇りが許しません」

「尊厳か、なるほど」

 

 ちらりと傍にいる二人を見て、向田は木から離れて正面から遊座の視線を受けた。

 

「確かにこの二人は馬鹿だ。配慮の欠ける行為を中等部でも重ねてきた、筋金入りだ」

「「む、向田さぁん……」」

「しかしそんな彼等だが、人を慕って敬うという基本的な行いはできるし、デュエリストとしては誠実な一面もある。私は彼等が更生する余地があると考え、今日まで指導を重ねてきた。今日はたまたま、彼等の」

「「む、向田さぁん……!」」

『庇い立てか。ふん、類は友を呼ぶか?』

 

 混沌の戦士にそう揶揄された気障な男は、原に意味ありげな笑みを向けた。

 

「原さん。君はとても賢い人だ。誰と一緒にいれば未来が安泰になるか、分かるはずだが」

「それは脅しのつもりですか。御生憎。あなたみたいな人と一緒にいるくらいなら、留置所に放り込まれる方がまだマシです」

「酷い言われようだね……」

「当然ですよ。中等部時代のあなたを見れば、そう思いたくなります。言ってあげますよ」

「え?」

「彼の恥ずかしい過去を」

「は、原さん、待ちたまえッ!! それだけは勘弁――」

 

 ――きらり。黒縁の眼鏡が月よりも妖しく輝いた。そして裁判官の大傍論が始まる。

 

「あなたはデュエル・アカデミアの中等部ではクラシック同好会に入っていました。男子で、ただ一人。学校でただ一人。「高尚な生き様を理解したまえ」という口癖でベートーヴェンのようなカツラを被り、指揮棒で男子の顔をつつき回り、ノートがわりに楽譜を使って鼻歌を歌い、デュエル中でも唐突にクラシックをかけては何台ものスピーカーを駄目にしてきた。

 男子からは辟易され、女子からは嫌われ、教師からは呆れられ……。友達もいない。いるのはあなたの子分だけ。あなたの未来、安泰ですか?」

 

 じりじり。どこかで虫が鳴いている。

 いたたまれぬ空気の中、向田はなおも堂々と、震えた声で言う。

 

「ふ、フゥン!! 所詮は過去の過ちだッ! 未来とはなんの関係もない! 今の私はクラシックを深く理解し、地獄の業火でデュエルを支配する、インフェルノ・デュエリストなのだよ!」

「今だって過ちを犯しているよね、あれ」

「さぁ、下柳くん! ディスクを構えたまえ! これ以上の戯言は不要だ!」

「元よりそのつもりだよ」

 

 勝利。そのために今日一日という時間を費やしてきた。その成果を発揮するのに、ためらう必要はない。

 遊座は杖をディスク底部に固定させて起動し、いつものようにやや前屈みとなる。ディスクの電光板が「4000」という数字を表示する。緊張が胸を打つせいで、視界にまた虹色のみみずが湧いて出てきた。

 

 

 ――デュエル!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話:炎のアンデッド使い! 向田慶介

 まだデュエル描写が未熟かもしれないです。
 すんません。

9/5 色々とまた修正しました。ごめんなさい。

   


遊座は杖をディスク底部に固定させて起動し、いつものようにやや前屈みとなる。ディスクの電光板が「4000」という数字を表示する。緊張が胸を打つせいで、視界にまた虹色のみみずが湧いて出てきた。

 

 

 ――デュエル!!

 

 

『お前の力を見せてやれ。俺は山札で待っている』

「頑張ってください! あなたならできるはずです!」

「見ていてよ。僕と原さんと、カードの絆の力を」

 

 遊座はシャッフルされたデッキから、手札を引いた。

 

 

 ―――――――

 

 手札:鎖付き爆弾 戦士ダイ・グレファー マジック・アームシールド 団結の力 サイレント・ソードマンLV3

 

 ―――――――

 

 

 上々の手札。

 フェイバリット・カードの『ダイ・グレファー』。そして、原の薦めで入れたレベルモンスター。二体とも手札に来ている。

 

「私の先攻だ。ドロー! 『おろかな埋葬』を発動し、デッキからカードを一枚墓地に送り……。

 手札から『ゾンビ・マスター』を召喚し、効果発動。手札からモンスター一体を墓地に送ることで、墓地に存在するレベル4以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。私は『スカル・フレイム』を墓地に送り、『ピラミッド・タートル』を召喚!」

 

 長い白髪ををした男の子だか女の子だか見分けがつかない子供が現れる。稲妻を手に宿すと地面にそれを打ち付け、ピラミッドを背負った亀を引っ張り出した。

 亀は守備表示だった。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド(手札6→2)」

「僕のターン、ドロー!(ドロー:レベルアップ!)……『サイレント・ソードマン LV3』を召喚!」

 

 青いコートを羽織り、身の丈ほどの大剣を担いだ金髪の少年が現れる。

 向田の取り巻きが驚愕した。 

 

「あ、あれは!」「デュエルキングが使ったという、伝説のモンスター!?」

「君は……やはり、レアカード使いか」

「カードの価値に目が眩んで、本質を見過ごしては駄目だ! 魔法カード、『レベルアップ!』を発動! フィールド上のLVモンスター墓地に送り、手札・デッキからレベルアップ後のモンスターを召喚できる! 『サイレント・ソードマン LV5』、ゴー!」

「……駄洒落のつもりなんでですか?」

「こ、細かいことはいいでしょ?」

 

 少年が白い光のオーブに覆われる。それが取り払われると、一回り成長した姿となっていた。顔付もより精悍となり、武器も巨大化している。

 遊座は思案する。手札の魔法カードを使って、更なる強化をしてもいいが向田の伏せカードが気になる。効果発動型か、または攻撃反応型の罠か。今は使う時ではないだろう。

 

「(『ピラミッド・タートル』は、デッキからカードを召喚するモンスター。怖いのはそっちの方だ)……『サイレント・ソードマン』で、『ゾンビ・マスター』を攻撃! 沈黙の剣LV5!」

「罠発動! 『シフトチェンジ』! そいつの攻撃対象を入れ替える! 君が攻撃するのは『ピラミッド・タートル』だ!」

 

 一瞬のうちに、ゾンビの少年と亀の立ち位置が変わった。剣士の大剣が振り落とされ、亀は二つに割れて、消滅した。

 

「『ピラミッド・タートル』は戦闘で墓地に送られると、デッキから守備力2000以下のアンデッドをフィールドに呼ぶことができる。出るがいい、『スカル・フレイム』!」

 

 紅のマントを羽織った、燃え盛る長髪がゆらゆらと揺らした骸骨が現れた。

 沈黙の剣士が立ち位置に戻る。剣士と骸骨の攻撃力の差は、300。遊座が不利だ。

 

「攻撃力2600……僕はカードを二枚伏せて、ターンエンドだ(手札6→2)」

 

 

 ―――――――

 

 向田:【LP】4000

    【手札】2枚

    【場】 スカル・フレイム ゾンビ・マスター

     

 

 遊座:【場】 サイレント・ソードマンLV5

        (マジック・アームシールド) (鎖付き爆弾)

    【手札】戦士ダイ・グレファー 団結の力

    【LP】4000

 

 ―――――――

 

 

「私のターン!(手札2→3) 死せる者が集いし時、私のデッキは更なる力を発揮する。

 永続魔法、『一族の結束』を発動! 私の墓地に存在するモンスターの元々の種族が1種類のみの場合、フィールド上に表側表示で存在するその種族のモンスターの攻撃力は800ポイントアップする」

「なら、『スカル・フレイム』の攻撃力は3400か!」

「ま、またですか。攻撃力が3000を越えた……」

「見たか、これが!」「向田さんのアンデッドデュエルだ!」

 

 骸骨の炎の髪がさらに乱れ、広がり、フィールド全体を覆うまでに至った。

 ゾンビの少年も、自分を忘れるなといわんばかりに手に大きな雷球を造り出す。

 

「『ゾンビ・マスター』もアンデッド族。よって攻撃力が上がり、2600となる……どっちから攻撃しようが、結果はァ、大ダメージというやつだ! 『スカル・フレイム』で、『サイレント・ソードマン』を……と、言いたい所だが」

「?」

「君の伏せカードは二枚。どちらかは罠、そう考えよう。無策で攻撃するのは愚鈍な者がすること。

 ……『スカル・フレイム』の効果を発動!」

 

 骸骨が胸の前に両手を掲げて、大きな火球を生み出していく。

 

「『スカル・フレイム』は1ターンに1度、バトルフェイズを行わない代わりに、手札から『バーニング・スカルヘッド』を1体特殊召喚する事ができる。

 そして『バーニング・スカルヘッド』は、手札から特殊召喚された場合、相手に1000ポイントのダメージを与える!」

 

 火球が爆発して、中から怨霊のようにドクロが飛び出してきた。それは沈黙の剣士の横を通り過ぎて、遊座の腹部に痛恨の一撃を与える。

 立体映像(ソリッドビジョン)はリアリティ溢れる映像だけでなく、肉体へのダメージをも再現する。ボクサーのブローを喰らったかのように遊座は後退り、たまらず原は声を掛ける。

 

「下柳さん!」

「この『スカルヘッド』もまた、アンデッド族だ。『一族の結束』の効果により、800ポイント攻撃力が上昇、1800となる。

 メインフェイズ2に移行し、カードを伏せてターンエンド(手札3→1)。どうした、弱気になったかね」

「けほっ、けほ……大丈夫だ。続けよう」

「……君は肝が据わっているね。虎の威を借りる狐と戦うよりも、よっぽどやり甲斐があるというものだ」

「君だってそうさ。歌の上手さだけじゃない。手本のようなデュエルタクティクス。オベリスクブルーにこんな凄い人がいるなんてね」

「オベリスクではなく、私が強いのだ」

「ああ。今、身をもって知ったよ」

 

 賞賛を口にしながらも、向田は油断なく相手を見据える。強力なモンスターとバーンを相手にして、遊座は臆することなく立ち向かう。その姿からは、障碍者というハンディキャップを感じさせないものがあった。

 遊座は腹部の痛みを堪えて、闘志の笑みをキープする。両者はそれぞれの勝利の方程式を脳裏に描き、自分達の戦意を揺るぎのないものへとしていく。その頃、混沌の戦士はまとわりつく炎の髪を鬱陶しげに払いのけていた。

 

「ちっ、LPで負けてるくせに強がりやがって」「向田さんに敵うもんかってんだ」

 

 歯噛みする取り巻き達。片割れが原に目をつけた。

 

「おい。お前もあの杖野郎の仲間か? 俺たちとデュエルしろ」

「失礼ですが、今俺たちと仰った?」

「お前にも分からせてやるのさ、この学園の上位関係ってやつを」「レアカードだけが取り柄の奴に引っ付くなんて。その眼鏡、雲ってんじゃねぇの?」

「……あなた方のような輩にこそ、本来なら、法的手段による制裁が必要なのでしょうね。いいでしょう。向こうが終わるまで何度でもやりましょう」

「へ。なら遠慮なくやらせてもらうぜ……」「覚悟しろってんだ」

「「「デュエル!!」」」

 

 森林に、三つのディスクが起動する音が響く。

 

「……どうやら、向こうでも盛り上がっているようだ。協奏の参加者が増えて、嬉しい思いだ」

「ふぅん。その余裕、崩してあげるよ。

 僕のターン、ドロー!(手札2→3 ドロー:強欲な壺) 『強欲な壺』を発動。2枚ドローする(手札2→4)」

 

 

 ―――――――

 

  手札:戦士・ダイグレファー 団結の力

 ドロー:光帝クライス 二重召喚

 

 ―――――――

 

 

 原麗華が薦めた、第二のエースが手札にきた。見えてきた勝利の兆に、遊座の柔らかく頬が緩む。

 

「その炎の死霊には退場願おうか! 僕は『戦士ダイ・グレファー』を召喚。さらに伏せていた『鎖付き爆弾』を発動し、『ダイ・グレファー』に装備させる!」

「はっ! 木偶の棒の攻撃力を500上げるだけかね! 『スカル・フレイム』の攻撃力には遠く及ばない」

 

 筋骨隆々の戦士が現れ、その大剣に鎖だらけの爆弾が巻き付く。

 ちっち、と得意げに指を振る炎の骸骨。一泡吹かせてやろう。

 

「だからこうするのさ! 魔法カード、『二重召喚』!」

「なに……」

「このターン、もう一度だけ通常召喚が可能となる。『サイレント・ソードマン LV5』を生贄に捧げ……現れろ、『光帝クライス』!!」

 

 そして『サイレント・ソードマン』が湯水のように湧きでた光の粒子に消え、入れ替わるように、金色のフルプレートアーマーを纏った戦士が現れた。

 向田は呆れたように肩をすくめる。

 

「初歩的なプレイングミスだ。『サイレント・ソードマン』の方が、攻撃力もモンスター効果も強力だ。どうして雑魚モンスターを残すのかね」

「『ダイ・グレファー』は、僕が初めて買ったカードパックに入っていたカード。僕が初めて出遭ったモンスターだ。これからどんなことがあろうとも、僕はその絆を大切にしたい。だから僕は彼と戦うんだ」

「ハッ! たかがカードを人間扱いとはっ、殊勝なやつだ!」

「カードには心が宿る。そう心から信じていた時があった。君にもそんな時期があったんじゃないのか?」

「君と僕を一緒にするんじゃない。私はクラシックの世界で生きてきた! スリリングで、リアリティのある大人の世界だ! カードゲームは、人生を深めるための手段に過ぎん!」

「……なら、カードの力を思い知るがいいさ。『光帝クライス』は、帝の名の下に裁きを下す! フィールド上のカード二枚を選択して、破壊! 選択するのは『一族の結束』、そして『鎖付き爆弾』!」

 

 金色の戦士はその腕を大きく広げた。レーザーのように二つの光が走り、向田の永続魔法と、『ダイ・グレファー』の剣を縛る鎖を破壊した。巨漢の剣士は自由となった爆弾をつかむ。

 

「破壊されたカードのコントローラーは、破壊された分だけデッキからドローできる(手札1→2 ドロー:カオスの儀式)……よし」

「……(手札1→2)……ほぅ」

「『一族の結束』が破壊されたことで、君の場のモンスターは攻撃力が元に戻る。

 そして破壊された『鎖付き爆弾』の効果! フィールド上のモンスターを破壊する。塵と化せ、『スカル・フレイム』!!」

 

 オラ、くれてやるよ。

 にへらと嗤った『ダイ・グレファー』が御手玉のように爆弾を放り投げ、骸骨に着地。爆発。肋骨一つ一つに至るまで破砕させる。

 遊座は、先程使うのをためらった魔法カードを指でつかむ。出し惜しんだのが生きてきた。

 

「さらに『団結の力』を『ダイ・グレファー』に装備! 自分フィールド上のモンスター一体につき、攻撃力が800ポイントアップ!」

「くっ……君のフィールド上のモンスターは二体。『ダイ・グレファー』の攻撃力は、1700。1600アップで……攻撃力3300だと!?」

「お返ししてあげよう! 『ダイ・グレファー』、『バーニング・スカルヘッド』を破壊しろ!!」

 

 紫紺のオーブに包まれた戦士が、自慢の筋肉を躍動させて浮遊するドクロに斬りかかる。

 一刀両断。ドクロは激しい爆発を起こして木々を揺らし、熱波を向田に浴たる。ドクロの破片が向田の鼻っ面を直撃した。

 

「『光帝クライス』は召喚されたターン、攻撃できない。僕はこれでターンエンドだ(手札2→1)。

 どうだ、僕の実力は!」

 

 

 ―――――――

 

 向田:【LP】 1700

    【手札】2枚

    【場】 (伏)

        スカル・フレイム ゾンビ・マスター

     

 

 遊座:【場】 光帝クライス ダイ・グレファー(ATK1700+1600)

        (マジック・アームシールド) 団結の力(→ダイ)

    【手札】カオスの儀式

    【LP】3000

 

 ―――――――

 

 

 

 ゆっくりと煙が晴れていく。向田の顔――鼻の辺りが赤らんでいる――に現れた闘志には一部の陰りも見当たらず、遊座は息を呑む。

 

「調子に乗るんじゃない。私のターン、ドロー!(手札2→3) 『天使の施し』を発動し、さらに三枚ドローして二枚を捨てる(手札2→5→3)。

 ふ、ふハハハ……」

『なかなか邪悪な笑みだ。都の神殿では、よくああいうやつが罪人の処刑を行っておった』

「怖いよ」

 

 喉の奥から鈴を鳴らすような哄笑。向田はその美顔を不敵に歪める。

 

「下柳くん。つくづく思っていたんだ。デュエルモンスターズに、通常モンスターは必要なのか」

「なに?」

「考えてみたまえ。デュエルモンスターズは発展し、新しいカードがどんどんと増えていく。私ですら知らないカードだって増えてくるだろう。

 そんな中、人々から不要の烙印を押されて消えていくのはなんだ? 鼻紙にもなりゃしない、雑魚カードではないか。取り分け、消えていくモンスターの数といったら……呆れて物も言えない」

「何が言いたいんだ」

「私はね、通常モンスターが大嫌いだ。常々! 我々の希望を荒らし、腐らせる! イナゴのようなカスども! 

 ゆえに、私は一つのデッキを作った! 効果モンスターによる、一方的な蹂躙を行うデッキを! 君はこれから、私が作り出した地獄の協奏に、土下座するのだヨ!

 私は墓地の『スカル・フレイム』をゲームから除外し、『スピード・キング☆スカル・フレイム』を、特殊召喚!」

 

 『スカル・フレイム』の隣に、下半身をギリシャ神話のケンタウロスのように変化させた骸骨が現れる。『スカル・フレイム』よりも、さらに巨大だ。

 二体の骸骨の攻撃力は共に同じ、2600。だが放たれる威圧感はケンタウロスの骸骨の方が強く、物々しいものがあった。

 

「見たかね!? これが効果モンスターが、これからのデュエルを支配するのさ!! 通常モンスターごときが、勝てるはずがない!」

「……覚えているぞ。あれは、父さんが昔売り捌いたカードだ……確か、その効果は――」

「――1ターンに1度、自分の墓地に存在する『バーニング・スカルヘッド』の数×400ポイント、相手にダメージを与えること。今、私の墓地には三体の『スカルヘッド』がいる!」

「三体だって!? ……そうか、今の捨てカードは!」

「『スピードキング』の効果発動! セメタリー★ファイア!!」

 

 ケンタウロスが小さな隕石を彷彿とさせる大火球を作りだし、空へ投じた。

 放物線を描きながらそれは落下して、枝葉を貫いて遊座に直撃した。ケンタウロスの炎に焼かれ、思わず遊座は杖にしがみいてしまう。

 

「ぐぅぅ……(LP3000→1800)」

「これで終わりではない! 私は魔法カード、『サイクロン』を発動し、『団結の力』を破壊する。これで攻撃力はダウン……。

 さらに、『死者蘇生』を発動! 『バーニング・スカルヘッド』を特殊召喚、そして除外! そのモンスター効果により除外されていた『スカルヘッド』を、フィールドに帰還させる!」

 

 

 

 ―――――――

 

 向田:【LP】1700

    【手札】0

    【場】 スカル・フレイム スカル・フレイム スピードキング ゾンビ・マスター

    

 遊座:【場】 光帝 ダイ・グレファー

        (マジック・アームシールド)

    【手札】0

    【LP】1800

 

 ―――――――

 

 

「どうだ、私の美しき炎と地獄の協奏は!? 壮観ではないかね!!」

「ぐっ……」

「バトルだ。『スピードキング』で、帝気取りの無礼者に攻撃! スカル★ファイア!!」

 

 骸骨の上半身をしたケンタウロスが、猛然と駆け出していく。まるで暴走した車のように金色の戦士に突進していき、彼の体を正面から轢いてしまう。地面にせんべいのように張り付いた帝は、情けない声をあげて消滅した。遊座のLP、残り1600。

 

「ハハハっ、なんと無様な声よ! これが帝を僭称した者の末路よ! さらに私は『ゾンビ・マスター』で、『ダイ・グレファー』を攻撃!」

「リバースカードオープン、『マジック・アームシールド』! 相手モンスター一体のコントロールを奪い、攻撃の盾とする! 僕は、『スカル・フレイム』を選択!」

「なに、ここで発動だと!?」

 

 ゾンビの少年が放った雷を、マジックハンドで捕まった骸骨が受け止める。頭から湯気を出した骸骨は、助命を懇願する少年を思いっきり殴りつけ、地面にめり込ませてしまった。

 少年は両目に×印を作って、消滅。LPが900まで減少し、向田は頬に汗を流した。

 

(まさか、ここまでやるとは。光帝を見殺しにしたのはこのためか。レアカードだけが取り柄の人間ではないらしい……ふふ、これだからデュエルは面白い。

 だが次の攻撃は防げまい。次のターン、『スカル・フレイム』の第二の能力で墓地の『スカルヘッド』を手札に戻し、そのまま召喚。終幕の総攻撃を加えて、勝利だ。君のフィナーレは炎で飾ってやろう!)

 

 勝利の道筋を想像して、向田はライフで負けているに関わらず頬を歪めた。

 

「バトルフェイズを終了。この瞬間、君に奪われていた『スカル・フレイム』のコントロールも元に戻る。

 私はターンを終える。さぁ、君の番だ。このターンでどうにかしたまえ。次のターン、我が炎の軍の総攻撃が君を襲うだろう」

 

 だが、どう足掻こうとたった一枚のドローではどうにもできないだろう。凡庸な人間なら、ドロー力もたかが知れている。そのような確信を抱く向田。

 果たして遊座も、同じような一抹の不安を抱かずにはいられない。バトルフェイズが終了し、すべての攻撃を防ぎ切った。だが、手札がない。場に伏せていた罠も切れ、エースカードも引けていない。儀式魔法を引いても当人が来なければ意味がない。

 小さな安堵と大きな不安の間に挟まれ、遊座の胸は弾けんばかりに高鳴る。

 ばん、ばん。二次試験で聞いた『火炎地獄』が炸裂する響き。原は優勢を保っている様子。それが遊座に一段とプレッシャーを与えていた。

 

(……これがおそらく、ラストドロー。これでデッキが応えなければ、僕は負ける)

 

 喉に溜まった唾を飲みこんで、デッキトップに指をかけた。

 その時、ずっと沈黙を保っていた彼の相棒が姿を現す。その口に、秀麗で、不敵な笑みを浮かべながら。まるで彼にはデュエルの行方が分かっているかのようだ。

 

『臆したか、遊座』

「冗談……まだ僕は勝てる。カードの力を借りて」

『……いや、負けるだろうな』

「なんだって?」

 

 なにを根拠にそんなことを。

 普段は見せぬ怒りを顕にした遊座に、相棒は諭すように。

 

『お前は最初に言った筈だ。お前と、あの少女と、カードの絆で戦うと。なのに最後は力頼りか? お前は最後には、自分に力を貸したすべての者の手を振り払い、たった一人で勝利を掴む男なのか? 執念で勝利の栄光を独占するのは、独りよがりな支配者がやることだ』

 

 岩清水のように、涼やかに、静かな言葉。それを耳にしていく内に、遊座の顔から怒りが消え、瞳が開いていく。

 戦士の言葉で、遊座は己を省みる。そして気付いた。強力なカード効果とそのコンボに人知れず酔っていた自分を。光帝が現れて相手ライフを一気に削ってから、どこか心が傲慢になっていたのかもしれない。

 

(……僕は、自分の言葉を、絆を無視して戦っていたのか)

 

 遊座は恥じ入るようにほぞを噛む。そして相棒の言葉を噛みしめると、瞳を閉じる。 

 

「ごめん。自分をちょっと見失っていた。自分勝手に、カードの力を頼っちゃだめだね」

『ああ。お前の勝負は、お前だけのものじゃない』

「……相棒。僕はこの勝負、勝つよ。僕と、原さんと、カードの絆を信じて!」

『ああ。勝て。この勝負、俺を頼らずとも勝てるものだ!』

 

 バッ! 遊座は開眼し、向田を見据えた。彼は訝しげに目を細める。

 

「向田さん。あなたの言う通りだ。効果モンスターはとても強い。これからのデュエルモンスターズは、一芸に秀でたカードが支配するようになる。彼等を使うのが世界の王道となり、なんの取り柄のないモンスターは脇役になる。僕にだって分かるさ。

 けど、忘れちゃいけない。デュエルモンスターズの始祖を。何の力も持たぬ彼等が地を蹴り、宙を舞い、フィールド内を駆け巡る。それがすべての始まりであり、僕らはそれを尊敬しなければいけないんだ。他に強いカードがあるからって、彼等を脇に押しのけて捨ててしまうのは、デュエリストとしてやってはいけないことなんだ!」

「ほざけ! どうあがこうと君は勝てないのだよ」

「ならしかと見ておけ。僕が勝利するその瞬間を! ドロー!!」

 

 森の静けさを奪い取る、風のようなドロー。それを見て遊座は、はっとしたように思い出す。

 

(そういえば、このカード。原さんがもしものためにって渡してくれたカード。……なんだ。もっと早く、デュエルに決着がついていたじゃないか。僕は本当に未熟だ。真のデュエリストに、遠く及ばない。

 カードは常に、僕に応えてくれた。原さんも応えてくれた。僕だけが、それを心のどこかで信じていなかったんだ。

 ……今日は、そんな自分にサヨナラだ。僕だけを、僕の力だけを信じる僕と決別して、もっと人を信じる、人との絆を信じる自分になる。このカードに誓って)

 

「何をしている! さっさと敗北を認めろ!」

「……向田さん。この勝負、絆の勝ちだ」

「なに!?」

「僕のカードが、原さんとの絆が応えてくれたんだ! 絆が僕を支えてくれる! なら僕はそのすべてを信じて、自分の全力を出すだけさ!

 魔法を発動する! 『アームズ・ホール』!!」

「な、なんだ。そのカードは」

「デッキトップのカードを墓地に送り、装備魔法をデッキから手札に加える! 僕が咥えるのは……」

 

 デッキ中程から、カードを指でさらう。魔法カードの枠は緑――

 

「『下克上の首飾り』!」

 

 ――『ダイ・グレファー』の胸元に、見開いた目玉を飾る星型のアクセサリーがつけられる。

 

「このカードは、通常モンスターのみに装備可能。装備モンスターが、自分よりレベルの高いモンスターと戦闘を行う場合、その攻撃力はレベル差1つにつき、500ポイントアップする。

 バトルだ! 『ダイ・グレファー』、『スピードキング』を攻撃!」

 

 金色と、混沌の戦士を振り返り、『ダイ・グレファー』は鷹揚に頷く。そして、オリンポスの神に挑むかのように勇ましく、猛然と駆け出していく。

 

「ま、まさか……」

「『ダイ・グレファー』のレベルは4! 『スピードキング』のレベルは、10! よって攻撃力はッ!」

 

 

 ――3000ポイントアップっ!!

 

 

 『ダイ・グレファー』が突進する。その攻撃力は4700。必殺の間合いだ。

 ケンタウロスを眼中に収めた戦士は龍のような咆哮をあげながら一閃。大剣を振り抜く。太平洋の孤島にある森林から、神罰のような火炎が生まれ、何事も無かったように消えていった。

 

 

 

 

 疲労で固くなった足を動かし、遊座は原の下へつかつかと歩く。

 杖で落ち葉を払いのけつつ進むと、向こうの方からやってきた。すっきりしたような笑顔は勝利の証だ。

 

「終わりましたか?」

「うん。ありがとう、原さん。君の助言のおかげだ」

「いえいえ。デッキのほとんど、下柳さんが決めていたでしょう? 私が手を加えたのは、ほんの少しですよ」

「でも助かったよ。最後の決め手は、原さんのカードだったから」

 

 そう言って、勝利を飾った二枚の魔法を見せる。フェイバリット・カードである『ダイ・グレファー』をどうしても外そうとしない遊座に対して、ならばと原が差し出したのがこのカードだった。

 どうしても好きだというのなら、せめてそれを活躍させる術を見付けてあげなさい。彼女の優しさと真摯さ、そしてデュエルに対する鋭敏でロジスティックなセンスを見せつけたカード。

 それが今日、勝利をもたらしてくれた。この言葉では表せないくらいの感謝を、どう表現したらいいか。

 

 遊座は杖を自分の方へもたれさせると、自分の両手で、原の両手をしっかりと握る。原の顔が林檎のように赤らんだ。

 

「本当にありがとう。これからも、宜しくね」

 

 そう言って、何度も手を上下させる。原は握られていた手を見詰めてわなわなと口を震えさせると、背を翻し、いつも以上に凛とした口調で話す。

 

「……ふ、ふん! 分かればいいのです。あなたはまだまだ新米デュエリスト! 常に精進するためには、私のようなパートナーがいないと始まりません!」

「パートナー? いいの、これからも頼って?」

「あ、甘えないで下さい! もしこれからタッグデュエルの課題が課せられたら、あなたにも責任があるんですからね!? ちゃんと強くなってくださいよ!?」

「ああ。もっと強くなっていくよ」

『ヒュー、お熱いねぇ。顔から汗が出るゼェ』

「うっさい!」

「ど、どうしました?」

「あ、いや。蚊が飛んでたみたいで……ってまずい。もう12時だ!」

「なんてこと! 走りますよ! ほら、急いで!」

 

 二人は、警備員に見つからぬことを祈りつつ寮への道を急いでいった。

 彼等が去った後、向田は足をもつれさせながら、森を歩いていた。整った髪はちりちりと燻ぶり、顔には転んだ拍子についただろう土がこびりついている。

 

「こ、この敗北……決して忘れぬぞ……お前達、いったいどうした」

「怖いよォ……お母ちゃん」「やめてぇ。『大火事』で炙らないでェ……」

 

 樹木の影で、二人の大きな子供が啜り泣き、ひしと抱き合っている。

 原麗華、そして下柳遊座。月光の差す森の中、向田はリベンジの炎を胸に宿した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話:タッグデュエル! 恐怖のアンデッド・ワールド!

 またやらかしました。
 デュエル描写の一部を変更しました、ごめんなさい。

 


 

 暁が、ざぶりざぶりと産声をあげる太平洋の波間を白ませ、神殿のようなデュエル・アカデミアの荘厳な外観を輝かせる。日は登り始めて浅い。

 まだ学園で起きている人は少ない。購買部の人が養鶏場で卵を取ったり、夜番の事務員や食堂のスタッフが働いているくらいだ。

 遊座はそういった学園内の例外の一人だ。ラー・イエローの制服ではなくスポーツ用のジャージを着て、向田と対戦した森のすぐ近くまで来ていた。童顔はまだ眠たげに弛緩していたが、何とか眠気を殺そうと口をもごもごとさせている。大欠伸をかくカードの精霊、《カオス・ソルジャー》とは正反対だ。

 

「んん……まだ早すぎるかなぁ」

『俺だって眠い……早すぎる』

「ファラオの戦士が早起きくらいで弱音を吐かないでよ。訓練で慣れてるんでしょ」

『お前と一緒に居てからは、遅めに起きてきたんだ。夜明けと共に起きるのが俺の日常だった……ような気がする。まだまったく思い出せんが』

「そうなの」

『嗚呼、だるい。学園に来ていきなり生活習慣を変えるのはきつい』

「ま、いいじゃない。精霊にも健康管理は必要でしょ」

「下柳さん!」

 

 森の傍を通るように、ジャージ姿の原麗華が近付いてきた。なかなか堂に入った姿なのは、華奢なわりに体の輪郭がしっかりとして背筋をまっすぐにしているからだろう。

 どこぞの混沌の戦士が、眩しそうに若さを見下ろしてくるのを無視して。

 

「おはよう、原さん」

「おはようございます。御早いですね」

「そう? ま、慣れたことだしね。今日は一緒に付き合ってくれて有難う。こんな朝早くからからさ」

「これでも小学生の頃は父の薦めで武道を嗜んでいまして。ちょっとだけですけどね。だから私も早起きには慣れているんです」

「へぇ、背筋がぴんとしてるのはそれかぁ」

「ふふ、これも日頃の成果です。さぁ、早速始めましょう」

 

 そう言って、彼女は地面に置いてあったラジカセのスイッチを押す。聞こえてきたのは一縷の眠気も吹き飛ばす、《ラジオ体操第一!!》の叫び。《カオス・ソルジャー》が地面にしゃがんで、死んだ魚の眼を小鳥に向けていた。

 早起きが常である遊座が、特に早起きした時にはこのようにラジオ体操をする。彼の習慣を聞いた原は、「自分もリフレッシュしたい」と申し出て、二人は今日に至るのだった。

 ピアノの音色に合わせて、二人は体を動かす。手足を伸ばし、腱をほぐす。ちらり、と動く遊座の眼。薄い産毛があるすらっとして艶やかな首筋を視界に収めると、蜘蛛の巣に引っ掛かったかのように目が離せなくなってしまった。品性と瑞々しさと色気のある肌は、遊座の胸を拍動させる。

 

「一、二、三、四」

「ごぉ、ろく、しち、はち……」

 

 脚に向かって上半身を大きく倒す運動をしながら、遊座は赤くなった顔を運動中の少女に向ける。彼女は何も気づいていない様子だった。

 ふと、後ろから忍び寄る影。蒼い鎧に包まれた彼は、悪戯げに遊座の背中に手をつけて――

 

「ごぉ、ろく、しち、はち……」

『ほれ、もうちょい背中が曲がるだ、ろッ!!』

「あいでででで……!!」

 

 ――思いきり倒してやった。腰から「ばきぼき」という快音が鳴る。 

 

「な、なにやっているんです? 逆海老ぞり?」

「あだだ、腰が、死ぬ!」

『ハッ! 小娘のうなじ如きに見惚れるからだ! むははは!』

「大丈夫ですか? 起きれます?」

 

 二人はラジオ体操を中断。

 遊座は地面にうつ伏せとなり、原はその腰を入念に調べていた。

 

「ここですね」「あいでぇっ……」

「いつも姿勢が悪いせいですよ。大分凝っています」

「多分、デュエルの時の姿勢が一番悪いんだと思う」

「自覚があるのなら、直せばいいのに」

「そうもいかないよ。立体映像(ソリッドビジョン)の再現度は僕らの想像を超える。この前、向田さんとのデュエルの時も、熱波を受けて倒れそうになったから」

「……そんなに、悪いんですか? その、体が」

「いんや、眼の方かな。まだ足下がよく見えてなくて、それで体の軸をどこに置けばいいか分からないんだ。

 これでも、昔よりは大分マシさ。あの頃は歩くのに補助が必要だったから」

「そう、ですか……苦労しているんですね。周りの人が良くされていましたか」

 

 原はそう優しげに尋ねた。

 一瞬の空白を置いた後、遊座は何気なく語っていく。

 

「凄く良くしてくれた。病院や、学校の先生も気を遣ってくれて、義父さんも親切だった。不自由ではあったけど、幸せだった」

『遊座。お前の同級生はどうした』

 

 言及を無視して、遊座は起き上がる。その表情にある種の硬さがあるのに気付いて、原は軽く頭を垂れた。

 

「すみません。不快なことを思い出させたりして」

「え? そ、そんな。気を遣わなくてもいいよ。そ、そうだ、原さん。今度でいいから良かったら、デュエルしない? ほら、デッキを組んでくれた時の御礼も兼ねて、カードパックもあげたいから。本土から送られてきたレアパックなんだ」

「本土って……いいのですか?」

「勿論だよ」

 

 柔らかに頬に笑みを浮かべる彼女に、遊座もつられて笑みをたたえる。

 軽めの運動をして、朝の運動を終えた後、原はすっきりしたように額の汗をタオルで拭いながらオベリスク・ブルー寮へと戻っていった。遊座もまた息を吐いて寮へ戻っていく。ラジカセを肩にかつぎ、杖を突きながら。 

 相棒が気遣うように声の調子を落して。

 

『不愉快な過去があったらしいな』

「……今は話したくない」

『ああ。楽になりたい時まで胸にしまっておけ。我慢できなくなったら、思いっきり叫べ。それが一番だ』

「有難う」

『礼を言うなら――』

「――デュエルでね。頼りにしてるよ、相棒」

 

 

 ――――その日の午後、四時限目――――

 

 

「いいか、下柳。一流のデュエリストになるためには、やらなければならないことがある」

「なんでしょうか」

 

 遊座の目の前に、カイザーと呼ばれる男がいる。巨大な三つ首の機械龍を背後に控えさせたその姿は、まさに勝利の覇者。立ち向かう者のプライドを踏み潰すような、圧倒的なフィールを放っている。

 彼は、自らに揺るぎなき自信を抱くように、咆哮した。

 

「デュエルの前にはイカサマをしろぉっ! カードの積み込みは常套手段だァッ!!」

「ハッ!?」

 

 ばちりと、遊座は激しく瞬きをする。彼の前からは、いつのまにかカイザーも機械龍もいなくなっている。常識外の妄言が体を貫いた気がしたが、何も覚えていなかった。

 横向きとなった視界で、原がジト目で見下ろしてくる。頬の冷たい感触から察するに、机に突っ伏していたらしい。

 

「おはようございます」

「あ、ああ。おはよう」

「もうすぐ先生がいらっしゃいますよ。起きなさい」 

 

 デュエル・アカデミアの入学式から、約半月ほどが過ぎた。入学当初は右も左も分からぬ新入生も、今や学園独特の孤島ならではの閉鎖感と、それに反駁するかのような団結力を身につけて、寮の仲間と愉しい学園生活を過ごしていた。

 教室がやがやと騒がしくなっている。先程まで新入生らは体育をしており、そのせいで落ち着きを欠いている様子。だがクロノス先生の登壇により、波を打ったように一気に静まり返った。流石は学園随一の実力者だ。

 ちなみに遊座と原は、いつものように隣り合わせに座っていた。それを羨ましげに周囲のロンリーメンズが見ていたことに、二人は気付く由もない。

 

「ボンジョールノ!!」

『ボンジョールノ、カルボナーラ!!』

 

 《カオス・ソルジャー》、体育でやったドッジボールに興奮したままの儀。遊座は蠅を相手にするように相棒の尻を叩く。

 

「サテ! 三時限目が体育だったということもあって、ミナサンお疲れだと思うノーネ。そんな疲れを吹き飛ばすタメに、今日は特別授業を行いたいと思うノーネ」

「特別授業?」「なんでしょうか」

「題して、『リスペクト・トゥ・バトルシティ スーパータッグデュエル』! アプロディッスマン!」

 

 ぱん! ぱん! どこからともなく弾けるクラッカー。そして拍手。

 生徒達がつられて拍手をする中、遊座らは顔を見合わせた。

 

「さてさて、一体何をやるのやら」

「クロノス先生のことですから、意味のないことなんかやりません。生徒を信じての特別授業の筈です」

「ところでアプロディッスマンって?」

「フランス語で拍手喝采という意味です」

「『へぇー』」

「皆さんが小学生かそこいらの頃ですガァ、童実野町で最強のデュエリストを決める大会があったノーネ。その名もバトルシティ! KC(海馬コーポレーション)の命運を賭けて行われた大会は、数々の名デュエル、そしてキング・オブ・デュエリスト《武藤遊戯》の誕生によって大成功を収めたノーネ。みんな、記憶していると思うノーネ」

 

 一、二もなく誰しもが首肯し、遊座は重々しく顔を強張らせる。彼にとっては良くも悪くも印象のある日だ。 

 

「その中で私は、武藤遊戯・海馬瀬人ペアと、光の仮面・闇の仮面ペアによるタッグデュエルに注目したノーネ。

 タッグデュエルは、御互いにサポートしながら戦っていくデュエル。互いのコンビネーションを合わせたデュエルは、自分の思わぬ強みや弱み、そして思いもよらない戦術を発見できるだけに留まらず、自分がやりたかった理想のデュエル像すらも見付けることができる。私はそう考えて、今回の提案に至ったノーネ」

 

 クロノスは熱弁を振るう。 

 

「今日は、皆さんにはそれぞれペアを作ってもらいィ、その後テーブルでデュエルを行ってもらうノーネ。授業終了後、デュエル内容と、その反省・改善点をレポートにしてもらうノーネ。私が手を鳴らしたら、自由に動いて構わないノーネ。

 それでは、スタァァト!! なんですーノ」

 

 一気に騒々しくなる教室。目当てのパートナーを見つけるために、赤・黄・青の服の有象無象が室内を動き回る。

 一部、座席から動かない生徒は最初からパートナーと隣に座っていた者達だろう。遊座も一例となるべく……。

 

「原さん、どうかな。一緒にペア組まない?」

「嗚呼、お誘いは嬉しいのですが……実は、前々から組みたいと思っていた相手がいまして、今日はその人と一緒にやってみたいのです」

「え! 組んでくれないの? 残念」

「すみません」

「いいよいいよ、いつも無理を言っちゃさすがに悪いから。頑張ってね」

 

 良い結果が出せるように。そんな応援の意味も込めて、遊座は原と握手を交わす。彼女の顔にさっと赤みが差した。

 

「あ、あの……いきなり握手されるのは、ちょっと」

「ご、ごめん。嫌だよね、デリカシーがない行為」

「いえ、嫌では無かったのですが……べ、別に、嬉しかったわけでもないですからね!? ただ、心の準備もなしに男女が手を重ねるというのはちょっと――」

「――おや。もうペアを組んでしまったのかね、下柳くん」

「……向田さん?」

 

 通路の方から声を掛けてきた向田。今日もキリリと流された髪型だ。

 原が慌てたように席を立って離れてしまう。遊座は口元に苦笑を浮かべた。

 

「ああ。今、ふられちゃったところ。フリーだよ」

「君も運がないねェ。いや、ある方なのかもな。レアカードを何枚も持つことができるのだから」

「それは関係ないでしょ。今日はどうしたの、向田さん? あの子分二人は?」

「子分じゃない! 二人は、ちょっと心理的なダメージを負って保健室で寝ている。記憶があるとは思うのだが」

「え?」

「そ、そうか、ないか。……いや、記憶にあるのは彼女の方か、うむ。ところで下柳くん。フリーだというのなら私とペアを組みたまえ」

 

 一瞬の困惑。そして驚いたように「エェッ」と声を上げる。その大きさに肩をそびやかしつつ、向田は自らの狡猾さに頬が緩みそうになるのを我慢した。

 

(ふん。タッグデュエルなど、所詮クロノス教諭の気まぐれに過ぎない。私はそれを利用するだけなのだよ。私に、二度の失敗は許されないのだ。

 先ずはこいつのデッキ運用と、思考ルーチン、そしてデッキの中身を把握せねば。次のデュエルでは、封殺してやろう)

 

 おどろおどろしい内心を隠せているのは、両親から受けた道徳教育の結果なのか。

 彼の薄い笑みの意味に気付かず、遊座はただ安堵していた。

 

「良かったぁ。最後の手段で先生と組むしかないのかなぁって、不安だったんだ。さ、互いのデッキの確認をしよう」

「ああ。……ふん、君は戦士族中心のファン・デッキか。私はアンデッドによるバーン・デッキだ。それこそ上手く回ればカイザーなど2ターンで倒せる」

「比較対象がどんな人なのかわかんないよ」

「デュエルすれば分かる。……それにしても厚いな。下柳くん、君はデッキに何枚のカードを入れてある」

「ん? 55枚くらいだけど」

「なんだそれは!? ダイエットしたまえ! 君はどうしてそんなにカードを入れる!?」

「だって、好きなんだから仕方ないでしょ? 5枚余裕を作ってあるのは、また好きなカードが出来た時のためにさ」

『ガリガリよりデブが役に立つぞ!!』

「そう! だからデブでも強いんだ!」「そう、意味が分からないね!」

 

 効率最重視のデュエリストが多い中で平然と愛着でのみ行動するリベンジの相手と、その一途な想いによって作られたハチャメチャかつ統一性のある究極のデッキに、向田は半ば戦慄を感じる。

 不意に、横合いから声がかけられた。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 溌剌として、自信に満ち溢れた声。振り向いた先には二人の女学生がいた。

 片や桃色の髪をカチューシャでまとめて勝気そうな瞳をしており、誰を相手にしようと怖気づかなような「ヘ」の字の口をした生徒。仄かに色付いた唇が尖っているのは、その戦意の現れか。

 片やこざっぱりに切った淡いブラウンの髪で、嘘一つ疑うことのできないような素直で柔らかな瞳をした生徒。やや不安げそうである。どちらも学園の女子の中では、第一級に可憐な容姿の持ち主だった。

 遊座は彼女らを見て、思い出す。前者は体育のバレーボールで高速スパイクを連発し、後者はレシーブ以外がダントツで下手だったこと。そして男子の間でも有名な、凄腕デュエリストであることを。

 

「暇してんでしょ? 僕たちとデュエルしない?」

「ああ、構わないよ。私は向田慶介、この杖持ちが……」

「下柳遊座でしょ、有名よ。ボクはツァン・ディレ。こっちが宮田ゆま」

「あううぅ……ディレちゃん、本当にやるんですか? どちらも凄く強そうですぅ」

「なによ。あなたの方から言ったんでしょ。強い人と戦ってHEROを活躍させたいって。もう覚悟決めたんだから、今更止めますはナシよ」

「でも、あうぅぅ……プレッシャーを感じますぅ。ガクガク……」

「それが面白いところじゃない。さっ、いい場所を取られたら嫌だし、さっさとやりましょ」

「いい場所って?」

「見てれば分かるわ。すみません、クロノス教諭! 教壇をお借りしても宜しいでしょうか?」

「シニョーラ・ディレ。どういうことナノーネ」

 

 つかつかと近付いて、ディレは何やら説得し始める。訝しげに聞いていた先生だったが、話を理解していくにつれて面白そうに頬を吊り上げる。 

 

「なるほど。大体のことは把握したノーネ。シニョーラの積極性を、私は評価しようと思うノーネ」

「ありがとうございます」

「では、シニョーラのペアとその対戦相手は特別に教壇で立体映像(ソリッドビジョン)を使った、つまりいつものデュエルをしていいノーネ」

「はい! 本当にありがとうございます」

「皆の手本となるので、模範生らしいデュエルをするようニ」

 

 勢い任せの交渉を成功させたディレは振り向くと、笑顔を浮かべて、顔の傍でサムズアップする。子犬のような八重歯が光っていた。

 四人は登壇して教卓を端に置き、ディスクを構える。他の生徒達から視線が殺到するのを、クロノスは喜ばしいことと感じていた。

 

(四人とも入学試験では試験官を撃破った実力者。これは期待ナノーネ。授業をやっていなければ、お茶を飲みながら観戦したい……ですが私は教師。自分の本分を忘れちゃ駄目ナノーネ)

 

 名越惜しげに教壇から目を話し、クロノスは生徒達の様子を見て回り始めた。

 遊座はいつものように杖をディスクに嵌めて、前傾姿勢となる。腰痛は無視した。

 

「準備はいい? 相手してあげる!」「あうぅ、あう、あう……こうなったら、やるしかないですぅ」

「無様な真似で、私の足を引っ張るなよ?」「君こそ。あの時よりもっと凄いデュエルを、期待しているよ」

 

 

 ――デュエル!!

 

 

 ―――――――

 

 手札:ペンギン・ソルジャー カオス・ソルジャー 死者蘇生 和睦の使者 ガイアパワー 

 

 ―――――――

 

 

 思わず遊座は喝采を上げたくなる。デッキの中で、最も信頼しているカードが手札に来た。あとはそのための必要条件を整えるだけだ。

 相棒も喜色を露わにして声をかけてくる。

 

『今回は俺にも出番があるようだ』

「期待して待っていてよ……」

「ルールを確認するわ。互いのプレイヤーはLP8000、フィールドを共有し、墓地と手札・デッキはそれぞれ持つ。そしてプレイヤーは自分のカードのみをプレイすることができ、パートナーのカードを使うことはできない」

「付け加えて言うがね、特定のカードを対象にした効果が発動した場合、影響を受けるのはそのカードのコントローラーのみだ。パートナーには影響がない」

「そして最初のターンは誰も攻撃できない。先攻は……宮田さんだね。宮田さん!」

「は、はいぃ! 私のターンです、ドロー!」

 

 意を決したドロー。おずおずとした手付きでありながら、しかし全幅の信頼を託すかのように堂々と宮田はカードを行使した。

 

「私は、『E・HERO フェザーマン』を召喚します。さらにカードを1枚伏せて、ターンエンドですぅ(手札6→4)」

「序曲は始まった。規律よく、丁寧に指揮させてもらおう。

 ドロー。『ゾンビ・マスター』を召喚。さらにカードを二枚伏せて、ターンエンドだ(手札6→3)」

 

 まるでアメコミのような、翼ある緑色の全身タイツを履いた異人が現れる。それに対するかのように、男とも女とも分からぬ子供のゾンビが現れた。

 ここまでは普通の展開。どこにでも有り触れた序盤の読み合い。しかし、ディレの順番に回ってきた時、室内だというのに風を受けたように第六感がざわめく。相棒は目を鋭くさせた。

 

『……感じるぞ』

「?」

『あの小娘、相当やる』

「いくよ、ボクのターン! 魔法カード、『六武衆の結束』を二枚発動。「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを1つ置く。僕は『六武衆-ザンジ』を召喚。さらにフィールドに「六武衆」と名の付くモンスターがいる時、手札から『六武衆の師範』を特殊召喚可能。『師範』を特殊召喚」

 

 薙刀を持った鎧武者、そして眼帯をした白髪の老人が現れる。二人の風格たるや、天変地異に動じぬかのようだ。

 

「カウンターが二つ乗った『六武衆の結束』を破壊することで、デッキからカードを1枚ドローできる。二枚の『結束』を破壊して、二枚ドロー。カードを1枚伏せて、ターンエンドよ(手札6→2→4→3)」

「……油断は禁物だね。僕のターン……ん? こんなカード入れたっけ」

 

 思わずそれ――『暗黒の扉』――を凝視してしまう。デッキに入れた覚えがないカードだった。

 向田がほくそ笑んで言う。

 

「さっき、こっそり入れておいたぞ。有難く使いたまえ」

「……こんにゃろ、後で覚えてろ。永続魔法『暗黒の扉』を発動。互いのバトルフェイズでは、1体のモンスターしか攻撃できない」

「ああっ! ずるいわよ、そんなピンポイントなメタカード!」

「て、手札に来たからには使わない訳にはいかないでしょ!? 僕はモンスターとカードを伏せて、ターン終了!(手札6→3)」

 

 

 ―――――――

 

 ③ツ・①宮:【LP】8000

       【手札】3・4

       【場】(伏) (伏)

          ザンジ 師範 フェザーマン 

 

 

 ④遊・②向:【場】(ペンギン) ゾンビ

          暗黒の扉 (和睦)(伏) (伏)

       【手札】カオス・ソルジャー 死者蘇生 ガイアパワー : 3

       【LP】8000

 

 ―――――――

 

 

 ぎゅうぎゅう詰めとなったフィールドを見て、遊座は苦笑を禁じえない。

 タッグデュエルならではの無尽蔵な展開力。フィールを一掃するカードが来たら即終演な状況だ。教壇という名のフィールドが狭いせいもあってか、モンスターが満員バスに乗っているようにも見えなくはなかった。

 

(テーブルでやれば、もう少し、彼らも窮屈しないで済んだのかもね……そういや、原さんはどうしたんだろう)

 

 遊座はちらりと座席の方を見る。見目麗しくも人混みに隠れやすいタイプで、探すのに時間がかかってしまう。そうこうするうちに宮田の番が始まり、遊座はデュエルに集中する

 

「で、では、これからが本番です。HEROさん、行きましょう!

 ドロー!(手札4→5) 私は『融合』を発動! 手札の『E・HERO バーストレディ』とフィールドの『フェザーマン』を融合させ、『E・HERO フレイムウィングマン』を召喚します!」

 

 二つの異人が交わり、光り輝く渦に吸いこまれていく。赤い龍の右手と白い片翼をした新たなHEROが現れた。

 

「私はそれに罠を発動する! 『昇天の角笛』!」

「駄目よ、『魔宮の賄賂』! その効果を無効にして破壊。けど、あんたは1枚ドローできるわ」

 

 悪徳な商人が、懐から小判を投げよこす。向田は仏頂面にカードをドローした(手札2→3)。

 

「ありがとうですぅ、ディレちゃん!

 私は魔法カード『団結の力』を『フレイムウィングマン』に装備! 自分フィールド上のモンスター1体につき、攻撃力が800ポイントアップです! モンスターは全部で3体。よって2400ポイントアップで、攻撃力は4500です!

 『フレイムウィングマン』で『ゾンビ・マスター』を攻撃ですぅ! スカイスクレーパーシュート!」

 

 獲物を見付けた鷲のように、またアンデッドの庭を駆け抜けるように異人はその翼で飛行し、紅蓮の炎を身にまとう。

 

「『フレイムウィングマン』は破壊したモンスターの攻撃力分、さらに相手にダメージを与えます! 一気に大ダメージですぅ!」

「「だったらこうするよ! 『和睦の使者』!」

 

 神聖なる壁を突き破った異人だったが、敬虔な信者の祈りを前にしてたじろぎ、攻撃を止めてしまう。

 1ターンの間に行われた攻防の応酬に、生徒らはどよめく。口惜しそうに、宮田は胸の前で手を掲げた。

 

「あうぅぅ……惜しかったです」

「平気平気。それよりも凄いわね、ゆま! いきなり攻撃力4000オーバーのモンスターを出すなんて」

「えへへ。私、頑張っちゃいましたぁ! このままターンエンドですぅ(手札5→2)」

「私のターンだ、ドロー(手札3→4)。『天使の施し』を発動して、さらに三枚ドローして二枚捨てる(手札3→6→4)。

 ……序曲は終わり、第一楽章へと入った。死霊たちが手をかざし、呻きを上げている。君達を仲間にしたいとな」

「な、なによ急に」

「私はフィールド魔法、『アンデッド・ワールド』を発動する!」

 

 向田が掲げたカードから、まるで流砂のように世界が広がる。

 異形の森……その奥地にある、名も知らぬ墓地。耗弱した子供が描いたような不気味な木が生え、暗澹とした霧はまるで死者の呻きが耳元から聞こえさせるような、重苦しい空気を放っていた。

 教室内の誰しもが嫌悪感を抱くようなフィールドで、向田はただ一人、これぞ我が求めし世界といわんばかりに笑みを輝かせる。

 ディレと宮田は、自らのモンスターを見て驚く。彼等の体が、まるでロメロ映画のような変貌を遂げている。

 

「そんな、私のHEROがゾンビみたいに!」「ろ、六武衆がただの落ち武者じゃない! なによこれ!」

「生者の時代は終わり、世界は死者の手に委ねられた。『アンデッド・ワールド』が発動する限り、フィールド・墓地のモンスターすべてはアンデッド族となる! そしてすべての生者は、死者を踏み台にして舞台に上がることは許されない!」

「くっ。アンデッド族以外のアドバンス召喚を規制する効果ね!」

「……向田さん。この前のデュエルじゃ、使わなかったよね」

「ああ。モンスター効果があれば十分勝てると思ったからだ。だが間違っていた。サポートがあってこそ、私のデッキは本領を発揮するとね。君の御蔭だよ」

「そう? 光栄だよ」

『割と仲良くやっていけるじゃないか、お前等』

 

 そうゴチる相棒。召喚したときにどんな姿になっているのか楽しみだ。

 

「私は永続魔法、『不死式冥界砲』を発動! アンデッド族が特殊召喚されることで、1ターンに1度、相手に800ポイントのダメージを与える。

 そして伏せてあった『リビングデッドの呼び声』で、墓地の『スカル・フレイム』を特殊召喚! 『スカル・フレイム』の効果で、手札から『バーニング・スカルヘッド』を特殊召喚! ンンンっ、フォルティッシモォ!!」

 

 炎の髪をした骸骨が、ドクロで作られた大きな大砲にまたがり、大砲の発射と合わせて自らも火球を放つ。

 二つの弾丸が相手の陣地に着弾し、ディレらは軽く悲鳴を上げる。

 

「カードを一枚伏せて、ゾンビ・マスターを守備表示に変更。ターンエンドだ(手札4→0)」

 

 デュエルは、徐々にクライマックスに近付きつつあった。

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話:六武衆、推参! 紫炎は世界を照らす

 ―――――――

 

 ③ツ・①宮:【LP】6200

       【手札】3:2

       【場】(伏) 団結(→フレウィ)

          ザンジ 師範 フレイムウィング(ATK2100+2400) 

 

 

       【フィールド】アンデッド・ワールド

 

 

 ④遊・②向:【場】(ペンギン) ゾンビ(守) スカル・フレイム スカルヘッド

          暗黒の扉  リビング(→スカ・フレ) 冥界砲 (伏)

       【手札】カオス・ソルジャー 死者蘇生 ガイアパワー : 0

       【LP】8000

 

  ―――――――

 

 

 ぱらぱら……土が形を変えて、崩れていく。モンスターと大砲による弾丸で、アンデッドの暗澹とした庭には土煙が巻き起こっていた。

 教壇全体が見渡せる上部座席で、原は油断なく土煙を見据える遊座を見る。

 まだ彼女は、件の《あの言葉》を彼に伝えていない。言うタイミングこそ沢山あるが、どう言っていいのか、どんな反応が返ってくるかを考えると、口が開こうにも開かなかった。

 

「ここまでは、普通ね」

 

 凛……と、鈴のように綺麗で、香り立たせるような色気のあるアルトボイス。藤原雪乃がその秀麗な顔に、闘争を愉しむ小さな笑みを浮かべている。

 その横顔の中になにが眠っている。彼女は遊座を使って、どうしたいのだろうか。原が彼女とタッグを組んだ理由は、そこにあった。

 

「……あなたも愉しみなさいな。あなたの御友達が戦っているのよ」

「と、友達ではありません! その、そんなに深い仲ではなく、パートナーと言いますか……兎に角違うのです!」

「私の耳には、友達よりもパートナーの方が、より親密な間柄を思わせるのだけれど」

「っっ!!」

「そんなに顔を赤くしちゃって……可愛いわね、あなた」

「ふん。そうやって彼にも同じように囁くおつもりですか!?」

「私がそういう気分になったらするかもしれないけど……今は保留ね。この学園の男共が、どのくらい逞しいのか。まだまだ分からないことばかり。それが分かったら……」

 

 藤原の瞳に艶やかで、深い色が差した。己の欲求に忠実でかつ狡猾な雌豹のような眼光。

 サバンナに暗躍する密猟者は、己が張った罠に獲物がかかると舌なめずりをするという。彼女はそのような品性を欠く行為はしない。だがその底無し沼のような欲望を、瞳で語っている。

 

「彼を、私の物にしちゃおうかしら……」

「あ、あなた……やっぱりそんなことが――」

「――やってくれたわね!!」

 

 フィールドの煙が晴れた。ゾンビを化した侍達の背に隠れるように、宮田が咳き込んでいる。

 かつんと、靴音が鳴る。ディレは鬼気迫るような闘志をたぎらせ、凛然と立っている。

 

「やってくれたわね……倍にして返してあげるんだから!

 ボクのターン、ドロー!(手札3→4) 『強欲な壺』でカードを二枚ドロー!(手札3→5)」

 

 ディレは体を腐敗させつつも、生前の忠義を思わせるようなモンスターの凛然たる姿を見る。

 

「……ボクの六武衆。どんな姿になっても、信じているわ!」

『空気が変わったぞ。何か来る』

「向田さん。注意を」「んん?」

「ボクは『紫炎の狼煙』を発動! デッキから、LV3以下の『六武衆』と名の付くモンスターを手札に加える。僕は『六武衆ーカモン』を手札に加えるわ(手札5→5)。 

 そして、『六武の門』を発動! 「六武衆」と名のついたモンスターが召喚・特殊召喚される度に、このカードに武士道カウンターを2つ置く。さらに『六武ノ書』を発動して、フィールドの六武衆二人を生贄に、デッキから『大将軍 紫炎』を特殊召喚! 『ザンジ』と『師範』を生贄にして、推参せよ、大将軍!(手札5→3)」

 

 墓場の奥から、仰々しい和風の大門――東大寺の南大門のよう――が現れる。落ち武者と化した二人の武士が、その大きな巻物を二人がかりで広げる。魔法陣のような扉の錠が武士らを吸いこむように光り、開門する。

 中から現れたのは、井伊の赤備えがごとき威風堂々たる鎧武者。武者は、放たれてきたドクロの弾丸を受けても何一つ怯みはせず、ディレもライフゲージが5400まで減ったのに動じない。

 

「上級モンスターを出したところで、残念だが私の『冥界砲』は、相手ターンでも発動するのだ」

「コバエの鉄砲でいい気になってんじゃないわよ!

 ボクは墓地の『六武衆』二人を除外して、手札から『紫炎の老中 エニシ』を特殊召喚!(手札3→2) 『エニシ』の効果で、フィールドのモンスター1体を破壊できる。破壊対象は『スカル・フレイム』!」

「おおぅ……」

 

 緑の陣羽織をまとい、髷を立てた侍がどこからともなく現れたと思うと、《喝》とばかりに目を広げた。

 『スカル・フレイム』の体が震えだし、大砲から滑り落ちて地面に消える……ような光景だったが、遊座の眼には侍にビビって遁走したようにしか見えなかった。

 

「ボクは『六武衆ーカモン』を召喚。三体の六武衆が召喚されたことで、『六武の門』にはカウンターが六つ乗っている。ボクはその四つを取り除き、『門』の第二の効果を発動。自分のデッキ・墓地から「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。墓地から『師範』を加えて、その効果で『師範』を特殊召喚するわ。

 さらに『カモン』の効果発動! 『カモン』以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する場合、1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊できる。破壊するのは『暗黒の扉』!」

 

 ばりんと、小気味よく魔法が破壊される。ワンターンで、向田の温情は砕け散った。

 相棒は愉快そうに頬を吊り上げる。

 

『どうだ。見立て通りだろう』

「ひょっとして気に入ったの?」

『威勢の良い小娘は、将来、良い花嫁になる。ファラオの民は皆そうだった』

「あ、あの! モンスターが五体に増えたことで、『フレイムウィングマン』の攻撃力は、プラス4000の6100になりますぅ!」

「くっ……ここは、私の世界だというのに!」

「ふふ。これもボクの力ってやつよ。

 さて。ちょっと物足りないけど、この布陣で攻めましょう。さっきの特殊召喚で、『六武の門』にカウンターが二つ乗り、四つになったわ。その二つを取り除くことで、第一の効果が発動。フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」または「紫炎」と名のついた効果モンスター1体の攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。

 私は第一の効果を使い、『大将軍』に効果を発動! 攻撃力500ポイントアップ!」

 

 門の中から光が走り、鎧武者の中へと吸い込まれる。兜から注がれる眼光に力が入ったように感じられた。

 

「これが最後よ! 『団結の力』を『大将軍』に装備! 合わせて攻撃力は、7000まで上昇!」

「ホァァッ!? 7000ってどういうことカネ!?」

「わぁ、吃驚。ディレさん、君もそのカードを?」

「デュエルを始める前に話し合ったのよね。タッグデュエルをするなら、このカードを入れましょうって。ねー?」

「はい! パートナーとの団結が、勝利をもたらすんですぅ。僕はディレちゃんが勝つって信じてます!」

「ふふ、ありがとう。でも覚えてね、勝つのは僕とゆま。そしてボク達のデッキよ!」

 

 有翼の緑の異人と四人の武者が肩を揃えて、生身の刀のような視線を注ぐ……武者たちはさらに本物の刀を鞘から抜き、それぞれ違ったポーズで構えていた。フィールドも合わさることで、あたかも敵のアジトに乗りこむ寸前の一枚に見える。 

 

「さぁ、引導を渡してあげる。バトルよ! 強化された『大将軍』で『スカルヘッド』をこうげ――」

「――ハッハァァ! このタイミングで、『地縛霊の誘い』を発動! このカードがある限りは、相手のモンスターの攻撃対象は私が決めることができるのだ! 『大将軍』が攻撃するのは……下柳くんの伏せモンスターだ!」

「嗚呼、またか! 勝手に僕らのフィールドを支配して!」

「ふははは! 私がこのデュエルをただ一人、指揮するのだよォッ!」

 

 ポチっ、ポチっ。何度もスイッチを押す。ポチ、ポチ、ポチ。無反応。

 『大将軍』は猛然と、『スカルヘッド』に斬り込んでいく。ドクロも、その主も必死の形相となった。

 

「え? あれ? な、なぜ『地縛霊』が出ない。え、ちょ、ちょちょちょちょちょ!!!」

 

 滝を二つに割るような瓦割りをドクロがもらい、雪崩のような爆炎が遊座……の横を通り過ぎ、向田を吹っ飛ばす。まるで湯を通した春雨のように髪が乱れ、落ち武者ばりの頭となった。

 客席上段の隅に座っていた原は、思わず嘆息した。

 

「だと思っていました。下柳さん、パートナーが悪すぎます」

「……あの程度の相手に苦戦するなんて。失望させては嫌よ、ぼうや?」

 

 彼女の隣で、藤原が苛立ちを滲ませて言う。神をも虜にする岩清水のように湧き出る色気……それに負の感情をブレンドすることで、凡人が竦むような凄味を表現していた。彼女の類稀な美貌に惹かれた男子らが、音を立てぬようにすり足で離れていく。

 ディスクのLPゲージが8000から一気に2000まで目減りしたのに、遊座は口を引き攣らせる。彼の相棒もまた深刻そうな顔で。

 

『凄まじい痛手だな。いつものデュエルなら、肉片一つ残っておらん』

「い、言いたいことは分かるけど、デュエルはそこまで物騒じゃないから……で、トリックの種はなにかな。宮田さん?」

「わ、私は、攻撃に合わせて伏せカードを発動していました! 『神の宣告』です! 半分のLPを支払って、その罠カードの発動を無効して、破壊したんですぅ!」

「さっすが、ゆま! 最高よ!」

「えへへ。これがコンビネーションですぅ!」

 

 ハイタッチをかわす美少女二人。おどろおどろしいフィールドの中、二人だけが輝かしい星光を受けているように見える。

 ディレは力強い笑みを浮かべて指差す。

 

「『カモン』と『エニシ』は、その効果を発動したターンは攻撃できないわ。だから『師範』! そこのガキンチョをやっつけちゃいなさい! 特攻!」

 

 独眼の老武将が年齢と体の腐敗ぶりを感じさせぬ、風のような一太刀を浴びせた。斜めに別たれるゾンビの子供は、煙のように消えていった。

 ゾンビのような呻きを上げて、向田は起き上がる。盛大に吹っ飛ばされてどこか痛めたのか、腰に手を当てて伸びをしている。

 

「なんか期待外れね。試験官に逆転勝利を収めたって聞いて、強いのかなって思ってたんだけど。あんた達、それで本気なの?」

「……下柳くん、言ってやりたまえ」

「見くびってもらっちゃ困るよ、ディレさん。僕は昔とは違う! 二次試験の時よりも、そして入学した時よりも、僕の力はさらに高まっ、あいててて……腰がッ」

「せ、せめて《カオス・ソルジャー》くらいは見せてよね。ターンエンドよ。門による強化も、このターンで消えるわ (手札→0)」

 

 

 ―――――――

 

 ③ツ・①宮:【LP】2700

       【手札】0:2

       【場 門(武:2) 団結1(→大将軍) 団結2(→フレウィ)

          エニシ 師範 大将軍(ATK2500+4000) カモン フレイムウィング(ATK2100+4000)

 

 

       【フィールド】アンデッド・ワールド

 

 

 ④遊・②向:【場】(ペンギン) 

           冥界砲 

       【手札】カオス・ソルジャー 死者蘇生 ガイアパワー : 0

       【LP】2000 

 

 ―――――――

 

 

 一見、フィールドのカードだけを見れば遊座側にとって圧倒的な不利に見える戦況。早とちりしがちな生徒らは、既にディレらの勝利を確信していた。

 しかし、そうは問屋が卸さない。それが気まぐれなカードの精霊の思し召しだ。

 

「僕のターン、ドロー(手札3→4 ドロー:強欲な壺)」

 

 一発逆転に繋がる、最高のドローカードがきた。

 何のためらいもなく使ってやりたいところだが、彼のカードに関する記憶が赤備えの鎧武者に秘められた力を警告する。

 

「……僕の記憶が正しければ、『大将軍』がフィールド上にいる限り、相手は1ターンに1度しか魔法・罠を発動できない。そうだったね」

「御名答よ」

「だったら出番だ。オープン、『ペンギン・ソルジャー』!!」

「げぇっ!?」「あうぅ、可愛いですぅ!」

 

 小振りな剣を持ったペンギンが、カードをひっくり返して現れた。愛くるしい眼差しに宮田はデレデレとなり、その凶悪な効果を思い出してディレは瞳を見開いた。

 

「おう。懐かしいカードだ。私も昔は使っていたな」

「効果はみんな知っているみたいだね。さぁ、『ペンギン・ソルジャー』! 『大将軍』と、『フレイムウィングマン』を追い払ってしまえ!」

「ああ、僕の六武衆が!」「『フレイムウィングマン』!」

 

 ペンギンがてくてくと短足をもって近付くと、地面に平べったい手をつっこみ、ちゃぶ台返しのように捲りあげる。鎧武者と有翼の異人はそれに巻きこまれるようにフィールドから離されてしまった。

 その矮躯には似合わぬ盛大な仕事ぶり。ふんすと鼻息を漏らす姿は堂が入ったものだ。

 

「これで魔法が自由に使える……! 僕はここで、『強欲な壺』を発動し、二枚ドロー(手札3→5 ドロー:マンジュ・ゴッド 攻撃の無力化)。手札から、『マンジュ・ゴッド』を召喚!

 『マンジュ・ゴッド』が召喚に成功した時、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加えることができる! 加えるのは、『カオスの儀式』!」

「来たわね……」

「『死者蘇生』を発動! 向田さんの墓地から『スカル・フレイム』を特殊召喚! 『冥界砲』を喰らってもらうよ」

 

 ドクロ製の大砲台が発動し、相手陣地に着弾する。LPを1900まで減らした。

 

「そして、『カオスの儀式』を発動! 最強の剣士のために贄となれ、LV8モンスター『スカル・フレイム』!!」

 

 アンデッドの大地を突き破り、昏い炎を照らす祭壇が現れる。轟轟と燃え盛る燭台の間に大剣が交差され、ゆっくりと、古強者の証明たる蒼い鎧が浮き出てきた。

 朽ちた体に鞭を打ち、武者たちはそれを確りと見届ける。最古にして、最強にして、その名を世に名を知らしめる最高の剣士が現れる様を。

 

「『カオス・ソルジャー』、降臨!」

 

 大剣の前に、炎の渦が湧き起こる。生者の生血を吸った地面が、まるでひれ伏すかのように炎から逃げていく。

 クレーターの中心から、ゆっくりと、蒼き鎧を炎で照らし、《カオス・ソルジャー》は死者の世界に降臨した。鎧のあちこちに罅が入り、僅かに見える顔が土気色をしているのは死者の世界に足を踏み入れたせいだ。

 死者の指揮者は思わず唾を飲みこむ。

 

「こ、これが……『カオス・ソルジャー』。だが、その姿は」

「うん。僕が知っている彼は、こんな姿をしては駄目だ。だから向田さん、君には悪いけど……僕の舞台を作らせてもらう!」

「……ふん、勝手にするがいい」

「戦士の大地を、僕は作るよ。フィールド魔法、《ガイアパワー》!」

 

 死者の国をまとう、暗澹とした空気が割れた。

 気付けば空は、巨大な樹木が作り出す樹冠をかぶっており、樹冠と周囲の木々の合間からさんさんとした陽光が注いでいる。すべてのモンスターがその恵みを受けて、生前の最も輝かしき姿となっていた。

 混沌の戦士が曲大剣を肩にかつぎ、首を軽く鳴らす。新たなフィールド魔法の影響により、すべての地属性モンスターは攻撃力が500アップし、守備力は400ダウンする。戦士の攻撃力は、3500。守備力は2100。

 ディレは感慨深そうに瞳を閉じた。そして開眼した時には、晴れやかな微笑を浮かべた。

 

「……見事ね、下柳遊座」

「ありがとう。行け、相棒! 『六武衆―カモン―』を攻撃! カオス・ブレード!」

「『門』に乗った二つの武士道カウンターを消して効果発動。『カモン』の攻撃力を上げるわ!」

 

 戦士の邁進を、小さな赤備えはその身を呈して受け止めた。衝撃がディレらを襲い、ライフを著しく削る。

 

「『ペンギン・ソルジャー』を守備表示に変更。更にカードを伏せて、ターンエンド(手札0)」

 

 

 ―――――――

 

 ③ツ・①宮:【LP】400

       【手札】1(大将軍):2

       【場 門(武:0) 

          エニシ(ATK2200+500) 師範

 

 

       【フィールド】ガイアパワー

 

 

 ④遊・②向:【場】ペンギン(守) マンジュ カオス・ソルジャー(ATK3000+500) 

           冥界砲 (攻撃の無力化)

       【手札】0 : 0

       【LP】2000 

 

 ―――――――

 

 

 形勢は変じた。少女らへと傾いていた勝利の天秤は、今、男子らの方へと重みを移している。

 宮田はフィールドを……泰然とした混沌の戦士とその後ろに控える伏せカードを見て、そして震えている手に握られた自らの手札を見ると、瞳に涙を浮かべる。遊座は察した。彼女は今、自分が二次試験で窮地に追いやられた時のように、すべての望みを絶たれたような思いを抱いている。助けてはやりたいが、デュエリストである以上、今は情けをかけられない。

 樹冠の囁きが、宮田の僅かばかりの希望の灯を奪おうとする。ディレは優しげに彼女を見詰める。

 

「どうしたのよ、ゆま」

「……あうぅぅ。私の手札じゃ勝てないですぅ。……ごめんなさい。LPを勝手に使ったせいで、こんな不利に持ち込まれてしまいました。ディレさんに迷惑かけてばかりで……」

「ボクは、ゆまの選択が正しかったって、思ってるんだけどね」

「そ、そうですか?」

「うん。ゆまだってそうでしょ? あれが一番良いタイミングだと思ったから、使ったんでしょ? だからボクは信じた。今でも信じてる」

「な、なにをでしょうか」

「デュエルに勝つこと。ゆまが勝利を信じられなくても、ボクは信じるわ。だから、ゆまも諦めちゃ駄目」

 

 ディレの両手がたおやかな手付きで、宮田の手をしっかりと握る。その手に走る震えと、胸に突き刺さる絶望を払うように、力強く。

 おずおずと宮田は顔を上げた。何物をも受け入れるような慈愛の笑みで、しかし明日を夢見る戦士のような純真な眼差し。心の震えを熔解するまで、宮田は何度も呼吸を繰り返す。遊座も、彼の相棒も、向田ですらも、宮田の覚悟を待っている。

 

「引きましょう。あなたのと、ボクと、カードの絆を見せて」

「……あううぅぅ。私は、ディレちゃんみたいに強気にはなれません。でも……」

「でも?」

 

 まだ濡れた瞳に、希望の光を宿す。口許には疑うことも知らぬ、いつもの微笑みがあった。

 

「デュエルは最後まで、諦めません。そう決めました」

「……うん」

「私のターンです! ドローー!!」

 

 吹っ切れたような一声、腕の振り。彼女の顔から迷いは無くなっていた。

 

『良い戦士になるぞ、彼女は』

「ああ。HEROみたいだ」

「私は『天使の施し』を使います! 3枚引いて、2枚捨てて……魔法カード、『友情 YU-JYO』を発動します!!」

 

 宣言を聞いたディレは思わず吹きだす。二人が近付いてくるのを見て、遊座らもそれに応じるように近付く。

 樹冠と木々の間、太陽の光が差し込むその場所で、四人は握手を交し合った。

 

「下柳さん! 今日は、有難うございました!」「こちらこそ!」

「あんたのバーン、結構やるわね」「君の六武衆も。さすがは、侍だ」

 

 晴れ晴れとした笑みを見せる宮田と、遊座。勝気に頬を吊り上げるディレと、向田。健闘を讃えあう。

 青春を絵に描いたような光景に、ギャラリーの間に立っていたクロノスは手を何度も打ち鳴らす。生徒らも同じように、手を鳴らす。拍手喝采が教室に木霊した。

 四人は元の位置に戻り、向かい合う。今日一番に自信溢れる宣言を、宮田は下す。

 

「『友情 YU-JYO』の効果で、お互いのライフポイントは現時点のお互いのライフポイントを合計して半分にした数値になります。ライフの合計は2400。つまり、ライフは1200です!」

「うん!」

「さらに手札から、『融合回収』を発動! 墓地から『融合』と、『フェザーマン』を手札に加え……『融合』を発動します!

 『フェザーマン』、『クレイマン』! 強い絆に結ばれたHEROよ! 今、燦々たる大地に招来し、力を示せ! 私のHERO、『E・HERO ガイア』!!」

 

 二人の異人が交わる渦から、鋼鉄の黒いメタリックフォルムをしたHEROが見参する。体のあちこちにレーザーを照射するための赤い射出口があった。

 特別な異人の出現により、『冥界砲』が再び砲弾を放つ。宮田は甘んじてそれを受け止める。

 黒いHEROは踏ん張るように足を広げると、黒光りする両腕の射出口を混沌の戦士に向け、レーザーを照射した。戦士からHEROに向けて、レーザーを通るようにエネルギーが伝わっていく。

 

「『ガイア』の効果を発動です! 召喚成功時、相手モンスターを選択します。そしてそのモンスターの攻撃力を半減させ、半減させた分を、『ガイア』のものとするのです! そして『ガイア』もまた、大地の子供! 『ガイアパワー』は彼に味方します! よってその攻撃力は……4450!

 行きます、下柳さん! 『ガイア』で、『カオス・ソルジャー』に攻撃ですぅ! コンチネンタルハンマー!!」

 

 力を奪い取った『ガイア』は、高々と跳躍して、全身の射出口を光らせる。今にもそこからレーザーが放たれようとした瞬間――

 

「罠カード! 『攻撃の無力化』!」

 

 ――遊座のカードがその力を発揮して、『ガイア』から放たれたすべてのレーザーを、青い渦の中へと連れ去ってしまう。

 宮田は、結果が分かっていたのか、穏やかな笑みをたたえていた。自分のやりたいことをやることができて、自分のHEROを信じることができて、誇りを抱いている。

 

「ターンエンドです!(手札0)」

「私のターン。……墓地の『スカル・フレイム』を除外することで、『スピードキング☆スカル・フレイム』を特殊召喚! 『冥界砲』、放てェッ!」

 

 炎のケンタウロスの横を、ドクロの砲弾が通過していく。止めるものが何一つないそれは無常にも相手の陣地で炸裂する。

 ディレらのLPゲージが0となり、立体映像(ソリッドビジョン)がその役目を終え、元の教室へと姿を戻す。拍手喝采を受ける四人は、教壇で顔を見合わせると、微笑みのままに頭を垂れた。

 藤原は小さく手を叩きながら、男の軟弱な理性を蕩けさせるように、艶やかに微笑んでいる。

 

「……彼、素敵だわ」

「……見初めたのですか」

「さぁ、それはどうかしらね。だから、もっと深く、彼のことを知ってみたいわ。そう、もっと激しい、胸の中にあるすべてをさらけ出す熱いデュエルなら……きっと、私も彼も、満足できるはず。今からそれが愉しみね」

「……」

「さっきの口振りから察するに、あなた、まだ私の伝言を伝えていないんでしょ。焦らされるのは嫌よ?」

 

 原は言葉を返すことなく、羞恥と戸惑いが混じったように眼を細めるだけだ。落ち着きがなさそうに無自覚にデッキを撫でているのを見て、藤原はくすりと笑った。

  

 

 

 ―――――デュエルの後、食堂で―――――

 

 

 

「はい。こちらがスーパーレアパックです!」

《おー!》

 

 今日のヒーローたちが、思わず歓声を上げる。今まで見たことが無い金色のパッケージ。レアカードの匂いをぷんぷんと感じさせる。

 本当はこのパックを原にだけあげようと思っていた。だがあんなに気持ちの良いデュエルをしてくれたのだから、せめて気持ちの良い恩返しをしたい。遊座は、義父から送られたプレゼントの喜びを、みなで分かち合おうと考えたのだ。

 宮田は輝かんばかりの顔をして、早速自分の獲物を見付けた。

 

「私はこれです! 開けちゃいますね!」

「あっ、じゃあボクこれ!」「ま、待ちたまえ! 私が取ろうとしたものだぞ!?」

「やったぁっ! 新しいHEROですぅ! ありがとうです、遊座さん!」

「どういたしまして、ゆまさん」

「悪いわね、遊座。こんな凄いパック貰っちゃって」

「いいのいいの。僕からの気持ちだから、遠慮なく受け取って」

 

 いつの間にか名前で呼ばれている。この中でまだ意固地になっているのは向田だけだった。

 

「……あ、あの、下柳さん。ちょっといいですか?」

 

 新しい友と喜びあおうとしたその時、原が遊座を呼び止める。

 席を立って、彼女についていく。食堂の壁付近で近くに誰もいないのを確かめると、原は頬をぷっくりと赤らませて、恥じいつつも言い放った。

 

「藤原雪乃という方から伝言を預かっています。いつか、デュエルと女を磨いたとき、あなたにデュエルを申し込むから、待っていて」

「……え、ええ!?」

『おおっ! やったな、遊座!』

 

 相棒がそう背を叩く。遊座の頬が、原など目にならないほどに赤くなった。彼は人生で、ここまで女を意識させる台詞は受けたことがなく、その手の免疫は微塵もついていないのだ。

 食堂の入口近くから否応なく目につく絶世の美少女が、流し目で遊座を見ている。背を翻して桜色のツインテールを揺らすのに、遊座は慌てた。

 

「彼女が藤原さんだよね?」

「は、はい。ああっ、ちょっと!」

 

 いつも以上に早足で遊座は近付いていく。

 杖の音に振り向いた藤原は、少し意外そうに可憐な口元を開く。

 

「藤原さん、これ貰って」

 

 そう言って、遊座はレアカードパックを差しだす。自分と原のを含めて、残り3つとなったパックの1つだ。

 デュエル以上に緊張した面持ちの彼を、藤原は面白そうに上目遣いで見返す。

 

「これはどういう意味かしらね、ぼうや」

「その、こういうこと、言われたことが無いからなんて言えばいいのか……兎に角! 君の気持ちが分かった! だからその……僕ももっと強くなって待っているよ、君のことを! そ、それだけ!」

 

 来た時よりもさらに早足――健常者の競歩なみの速さ――で遊座は座席に戻ろうとする。しかし原麗華の華麗なインターセプトが彼の足を止めた。

 静かな表情だった。菩薩のように動じる素振りも見せていない……しかし阿修羅のように瞳が爛々と煌めているのに、遊座は思わず死を覚悟する。

 

「今の言葉……どういう意味ですか?」

「エッ!?」

「まさかあなた、変な風に解釈したんじゃないでしょうね?」

「いやどう聞いてもそういう風に解釈するのが――」

「――言い訳無用っ!!!」

 

 菩薩の顔が崩れ、文字通り悪鬼のように原は説教をかましていく。常以上に滑らかとなる舌に原は違和感を感じながらも、回さずにはいられない。なぜかは知らないが、そういう気分を抑えきれなかったのだ。

 食堂で繰り広げられていく大説教劇を止める者は誰もいない。藤原は食堂から出ると、廊下に背をついてパックを開封する。中から、『終焉の王 デミス』のカードが現れた。

 

「律儀な子ね。可愛いわ」

 

 頬を淡く染めて、藤原は『デミス』に口付けを落とす。まるで愛しい人のようにカードを仕舞うと、周囲には決して分からぬであろう、彼女だけの心からの微笑みをして去っていく。

 遊座が説教から解放されたのは、それから2時間後、就寝時間を間近にしてのことであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話、前半:少年少女、心のうごき

 なんとなく原作リスペクトの流れで書いたら、膨大な文量になってしまいました。
 デュエルは案の定、次話です。


 緑色のデスクトップの光が、生徒らの顔を照らしている。薄暗い一室に詰めているせいか彼等の表情は妙に意固地な感じであり、一様に口を閉ざしているのが不気味だ。

 部屋のドアがスライドする。眼鏡をかけた男子が入ってくるのを、示し合わせたように皆が見た。眼鏡がきらりと光る。

 

「ビバ・デュエッ!」

 

 彼は正面を指差し、ヒーローのように両腕を斜め右へと伸ばした。「ビバ・デュエ、小野木副長」。皆がそれに続く。

 眼鏡の奥から、小野木は知的な眼差しを向けた。トカゲのような鳶色の三白眼である。

 

「カードマニア倶楽部・デュエルアカデミア支部、新年度最初の報告会を始めましょう。先ずは各種レアカードの使用報告からです。ドゾ」

「ハッ! 先週の木曜日、丸藤亮が『サイバー・ツイン・ドラゴン』を使用したとの確認が取れました。データを提出いたします!」

「ご苦労様デス。さすがはサイバー流の継承者ですネ……次」

「はっ! ラー・イエローの御手螺子黄粉(みたらしきなこ)が、『双頭の雷龍』を使用しました」

「同デュエルで対戦相手である、ラー・イエローの経曾黒子(へそほくろ)が、『冥界の魔王 ハ・デス』使用しました。まとめて提出します」

「また、オベリスク・ブルーの向田慶介が、『スピードキング☆スカル・フレイム』を使用、さらに新規カードとして『真紅眼の不死竜』を使用しました」

「真紅眼の派生ですか……データを」

 

 彼の正面の大型スクリーンに、モンスターが今まさに攻撃をしかけんとする画像が映される。記録として見慣れている『真紅眼の黒竜』と比べると、体が生々しく爛れている。アンデッド族というのは伊達ではないようだ。

 この世には、まだまだ見たことのないカードが数多にある。あの『不死龍』もまた、初めて見るカード。自分の知識の蔵に、新たな本が加わって重みを増す。小野木はそれに喜びを感じる人間だった。

 

「素晴らしいですネ。この学園にいるだけで何枚ものレアカードと逢うことができる……けれど、それも今年まで。3年間というのはあっという間だ」

「副長。副長の分まで、我々は鋭意努力を重ねて、倶楽部を盛り上げて参ります」

「どんなレアカードも見逃しませんわ」

「期待しますヨ。私はここを去ったら、倶楽部の本部に栄転するのですカラ。この学園は金で成った巨木です。その根となるのはあなた方、カード界を俯瞰する者達なのです。どんな細かなことでもそれはあなた達の徳となる。忘れないようニ」

《はい!》

「……それで、件の彼はどうですか。報告を」

 

 丸縁の眼鏡をかけた気弱そうな少年が立ち上がり、ぼそぼそと始めた。

 

「は、はっ。ラー・イエローの下柳遊座は……その」

「どうしました。早くしたまエ」

「ほ、報告します。二日前のオシリス・レッド生とのデュエルで、『千年の盾』と、『無敗将軍 フリード』を使用しました」

「……それで、『サイバー・ドラゴン』は? 使いましたカ?」

「……いえ」

 

 ちらり。小野木の視線に少年は怖気づき、慌てて椅子に座ってしまう。

 本人としては言葉に引っ掛かって目を向けただけなのだが、生まれもった三白眼のせいで人を威圧してしまうきらいがある。暗室のデスクトップの光は、彼の眼光をより鋭くさせるのも恐怖の一因だが。

 小野木は、カードマニア倶楽部の使命を頭の中で反芻させる。一つは、世界中に存在するカードの情報を記録して、誰しもがそれを閲覧できる状態にし、デュエルモンスターズをより世界に広める。いわば、第二のI2(インダストリアル・イリュージョン)社となることだ。そしてその理念に匹敵する責務が存在する。それは……。

 

「下柳遊座……どんな手段であのカードを入手した。なぜ二次試験以来、あのカードを使わナイ」

「……『サイバー・ドラゴン』は、本来、サイバー流を修めた者にしか与えられぬ伝説級のカードです。I2社は一度たりとも、あのカードを一般向けに販売いていません。信念を持つ人のために作られたレアカード……」

「調べたところ、下柳遊座の近親者、または周辺にサイバー流と関係のある者はいません」

「……ならば、決まりデス。彼と接触しましょう」

 

 机に手を突いて、小野木は立ち上がる。

 

「健全なデュエルの未来のために。違法な手段で手に入れたと自覚しているから、彼は使用をためらっている。その理性に賭けましょう。

 彼をデュエリストとして、あるべき姿にさせるのデス! ビバ・デュエ!」

《ビバ・デュエッ!》

 

 一同は立ち上がり、華奢な体に似合わぬ素早さでポーズを決める。あたかも世界征服を企む悪の部隊のように。小野木は自分等の首魁たる人物が、一刻も早く学園に帰還して、自分達を更に導いてくれることを祈った。

 

 

 

 下柳遊座は少し構えたような顔付きで、学園内の廊下を歩いている。向かう先は面接用の客間だ。

 クロノス先生は、前回の思いつきデュエルとは対照的に真面目で、丁寧な授業を行い、授業後に遊座を呼びつけた。「四限目が終わったら話があるノーネ」。何かあるのかと聞いた所、「うじゃじゃ」という奇妙な笑い声しか返ってこず、ちょっとイラついたのは記憶に新しい。

 

『気にしなくていいんじゃないか。カルボナーラは良い奴だ。生徒を想って行動できる』

 

 これは隣をふわりふわりと浮く、相棒の言。先日、欲しいと言っていた学園禁制のエロ本をあげて以来、いたく機嫌がいい。聞いた事がない民俗的な鼻歌するくらいだ。御蔭で遊座の部屋にはアラブ人の怨霊が憑りついていると、ラー・イエロー寮内で専らの噂だったが。

 閑話休題。何か引っかかる思いが、遊座の胸から離れない。あの気まぐれでオベリスク・ブルーを贔屓しがちな先生は、時折、面倒な難問を課してきそうな雰囲気がある。今回はその類の気がする。できるだけ楽な方がいいけれど……。

 客間に入った遊座は、足を組みながらソファに座る美しい少女に目を見張る。彼の胸がどきりと音を立てた。

 

「き、君は……」 

「あら、ぼうや。また会ったわね」

 

 その微笑みに一瞬、遊座は虜となりかけた。今まで会った女子とは全く違うタイプ。髪の流れ方から目の向け方、足の伸ばし方まですべてが艶美で、遊座の純情が拍動してしまう。

 藤原雪乃だ。

 詰まりかけた喉を必死に開けて、何とか遊座は返事をした。

 

「う、うん。藤原さんも先生に?」

「ええ。どうやら、呼ばれたのは私達二人だけみたいね。これも何かの定めかしらね……?」

「さ、さぁ? 僕にはそういうの良く分からないから。占いとかも興味ないし」

「なら、デュエル以外で、今は何が興味があるのかしら?」

『女心』

「そう、女心……えっ! あ、い、今のは無しね! うっかり口にしただけだから! 他意はないから!」

「……ふぅん? 私は、何も聞かなかったわ」

 

 そう言いつつも藤原は笑みを深める。ほんのわずかに口端を上げるだけだったが、失言を誤魔化せてないのを遊座は悟る。

 ニヤついて空中で踊る相棒をどうやって殴ろうか。そんなことを考えていると、部屋にクロノス先生が入って来た。

 

「お待たせナノーネ。呼び出しておいて待たせてしまって、すまないノーネ」

「だ、大丈夫です、先生。それで御話というの、は……」

 

 後から続いて、体格の良いオベリスク・ブルー生が入ってくる。それが丸藤亮だと分かると遊座は言葉を失くす。藤原も驚いたのだろう、ソファから立ち上がったのが分かった。

 

「シニョール・シモヤナーギにとっては初めましてだと思いますので、紹介しまスーノ。彼は丸藤亮。オベリスク・ブルー二年の特待生にして、サイバー流の後継者でスーノ」

「じゃあ、皆がいってたカイザーというのは……」

「きっと俺のことだろう。皆からはなぜかそう呼ばれている。これからよろしく、下柳」「は、はい!」

「……君とは二回目だな、藤原さん」

「はい。以前対戦した時は、あなたの『サイバー・ツイン・ドラゴン』に」

「それについては、俺からも礼を言いたい。あの一戦はとても有意義なものだった。『サイバー・ドラゴン』の新たな可能性に気付けたからな」

 

 既に二人は顔を合わせただけでなく、一戦交えた間柄だったとは。藤原の交友関係が気になる所ではあったが……ここでそれを本題にする気はない。

 クロノスは生徒らをソファに座らせる――藤原とカイザーとの出逢いで動揺したせいか、自分の足をソファの足にぶつけてしまった――と、一年生に向かって言う。

 

「さて、今回二人を呼んだのは他でもありまセーン。今学期の最後の日に、学園では一学期の総まとめとして公開デュエルを行う予定になっているーノデス。デュエルに対する理解を再確認するためのものナノーネ。

 生徒達に模範を示すという題目がある以上、落第寸前のドロップアウトボーイや、効率最優先のワーンターンキラーは好ましくないノーネ。そこで、二人のうちどちらかが、カイザーの対戦相手として公開デュエルの壇上に上がって欲しいノーネ」

「これはまた、先生も人を驚かすのが御好きですわね。でも宜しいのですか。三年生が出た方が、私達よりも見栄えがいいでしょうに」

「カイザーが出ると聞くと、みな辞退してしまったノーネ……。二年生は猶更ナノーネ。だから先生の頼みは、もう一年生しかないーノ! 

 お願いだから出て欲しいノーネ! このままじゃ公開デュエルを考えた私の面子が丸潰れ! 教職免許はく奪の路頭迷いーノ、家のローンが払えないまま野垂れ死になノーネ!」

 

 やっぱり思いつきなのか。良い先生なんだか駄目な先生なんだか。

 藤のような品の良い笑みを浮かべた藤原は、「申し訳ありませんが、クロノス教諭。私は辞退いたしますわ」。

 あんぐりと口を開けた教諭に、藤原は二の句を継げる。

 

「先日、カイザーと対戦したのですが、4ターンも経たずに負けてしまいましたの。しかも彼は『サイバー・エンド・ドラゴン』も使わずに、です。体が熱くなる時間すら与えて下さらなかった……悪い人」

「サイバー流は、常に全力で戦うことで相手をリスぺクトする」

「ええ。この体で知りましたわ……ですから教諭。私では他の示しになりませんわ」

「そ、そんな……シニョーラ・フジワラは新入生の中でも最優秀なのーニ……嗚呼、どうすれば。当日は外部からカメラも来るノーネ! 対戦相手が見つからずじまいでは、恥さらしも良い所ナノーノ!」

「せ、先生! テレビ局も入れる約束をしたんですか?」

「仕方ないノーネ! カイザーの進路を安泰にするために、入れざるを得なかったノーネ!」

 

 そう言って、クロノスは上目遣いでこっちを見てくる。気色悪さに鳥肌が立つ。

 遊座は改めて周りを見る。篝火のような静かでしかし熱い闘志の眼差しをする、学園最強のデュエリスト。捨て子のような懇願の表情をする、たらこ唇の中年教師。なぜかこちらの膝に手を置いて蠱惑的な上目遣いをする、日本随一の美少女……彼女が一番問題だ。

 八方塞がり、慈悲はない。原さんの膝枕に埋まりたい……たとえ顔を真っ赤にされて膝蹴りを喰らおうとも。

 

『遊座。ここで逃げるのは男として、戦士として恥ずべきことだ。そうではないか?』

「……答えなんてとっくに出てるよ」

 

 独り言のように聞こえたのか、丸藤は目をきょとんとさせる。

 彼の眼を醒ますように、遊座はデュエリストとして返事を返した。 

 

「分かりました。学園最強相手にどこまで戦えるか分かりませんが、全力で御相手します」

「……ああ。こちらこそ、君の意思と闘志をリスペクトして、全力で戦おう」

 

 全力でぶっ殺しにいきます。サイバー流の継承者は、そう言いたげに秀麗な笑みをたたえた。自らの勝利を当然だと信じているような、どこか無垢な微笑み。きっと当日のデュエルでもカイザーの勝利を確信する人間が、観衆の大勢を占めるだろう。

 だがそれに逆らってこそ、敢然と戦ってこそデュエリストというものだ。キング・オブ・デュエリストは常に敗色を覆し、勝利を得てきた。諦めることを諦めて、戦う姿勢。

 映写室にて、藤原が大型のスクリーンに映像を流す間、遊座はそのことを考えて続けていた。

 

「これが一番最近の彼のデュエルよ」

「藤原さんが相手だったやつ?」

「ええ。観なさい。あれが彼のエースよ」

《俺は手札から、『パワー・ボンド』を発動。フィールド上の『サイバー・ドラゴン』と、手札の『サイバー・ドラゴン』を融合し、融合デッキから『サイバー・ツイン・ドラゴン』を特殊召喚する!》

「何もできなかったわ。完封よ」

《『サイバー・ツイン・ドラゴン』で攻撃!》《きゃああっ!!》

『……おぅ。今のはキタぞ』

 

 杖での相棒の急所を殴りつける。やりやすい場所にいてよかった。悶絶しているのが滑稽である。

 

「『パワー・ボンド』の効果で、攻撃力は2倍となり、攻撃力は5600。そして『サイバー・ツイン・ドラゴン』は二回攻撃が可能なモンスター……」

「何が効率最優先のワーンターンキルデュエルは好ましくない、さ。クロノス先生、贔屓しちゃって」

「それと教諭が仰っていたわ。サイバー流に攻撃力の制限など無意味だって。本当のエースが出てきたら、攻撃力なんて軽く1万は超えるわよ」

「……そっか。機械族だから、『リミッター解除』もあるのか。本当のエースって?」

「『サイバー・エンド・ドラゴン』。これよ」

 

 藤原は映像を切り替える。

 現れたのは、『サイバー・ドラゴン』の何倍もの巨体を持ち、首も三つに増やした機械の龍。尾を伸ばして屹立する様はまさに伝説の名をいただくに相応しい威厳と、神々しさがある。その攻撃力は圧巻の4000。『カオス・ソルジャー』より1000も高い。

 

「どう? 負けちゃうかしら?」

「……勝つよ。その気持ちで、やってやるさ。戦う前から負けを考えるなんて、ナンセンスだよ」

「……威勢がいい返事でよかった。あなたにあげるわ」

 

 そう言うと、藤原は遊座の指を開いてカードを挟むと、両手でもってしっかりと握らせる。

 彼女の柔らかく細やかな手付きと、仄かな体温に遊座の頬は赤らむ。それを知ってか知らないでか、藤原は愉しそうな口調だった。

 

「あなたがくれたパックに偶然入っていたんだけど、私には不要だから」

「いいのかい?」

「ええ、私には『デミス』がいるわ。私の手の中でこの子は何度も啼いてくれる……あなたとの出逢いがなければ、この子には逢えなかった」

 

 機器の電源を落とし、部屋は暗くなった。藤原は背を翻すと同時に、まるで妖精のような素早さで遊座の胸にもたれかかる。

 香りつく上品なラベンダーの香水。首元をくすぐる色気と熱気のある吐息。思わず彼女の体を抱きしめたくなり、腕を伸ばしかけてた。

 

「ぼうや、私の悔しさの分まで、戦いなさい」

 

 藤原は麗しい笑みを作ると、その余裕げな表情とは打って変わり早足で部屋を後にした。

 彼女の残り香がまだ鼻をついてくる。その場で茫然となり、遊座は焦がれたような瞳を扉に向けていた。相棒の言葉が、どこか遠くのように聞こえてしまう。

 

『負けられん理由が増えるのはいいことだ。そう思わないか?』

「ああ。絶対勝ってやる……!」

 

 その頃。少年の純情を闘志へと傾けた少女は誰もいない廊下に背をつき、肩で息をしていた。

 半ば呆気にとられたように瞳は潤い、首から耳まで赤い。部屋が暗くなければ遊座でも分かっただろう。藤原は羞恥のあまり部屋から逃げ出したのだ。

 

「私、こんなに大胆だったかしら……」

 

 彼女にとって、いくら多くの男子をその手草仕草で誑かせたとはいっても、あんなに直接的に男子に触れたのは初めてだった。自分からしたいと思った時には、既に遊座の胸の中で、恥ずかしさを考える暇もなかった。

 入学以来、彼女は友人を作らず、一人孤独の身で学園中の男とデュエルを重ねている。カイザーとの対戦もその一環。ただ、自分のものにしたい男を見付けるために……それがデュエル・アカデミアに入学した理由だった。

 それを抱いた時と同じ感じを、藤原は今感じていた。衣服の全てを脱ぎたくなるような昂揚感。一面に広がる向日葵畑の、すべての花を我が手にしたような充足感。遊座の横顔……闘志溢れる男の顔を見てから、藤原の胸から騒がしさが消えない。

 

「……どうしちゃったのかしらね」

 

 疑問を抱えたまま藤原は部屋に戻り、ベッドに倒れこむ。

 脳裏に、『カオス・ソルジャー』を使役するデュエリストがちらちらと陰るのが億劫で、体の火照りは中々消えなかった。 

 

 

 

 ―――――数日後―――――

 

 

 

「……どうしたのでしょうか、彼」

「何がよ」

「下柳さんです。何か、憑りついたように直向きにカードを弄って……あんな姿、初めて見ました。」

 

 食堂で原とディレ、それに宮田が顔を見合わせて、遊座の様子を窺う。一人席を離し……というよりも周囲から煙たがれるような感じで、デッキを睨みつけている。あの温和なカピバラのような瞳が、まるでコカインを売りつける移民十年目のメキシコマフィアのような眼つきとなっている。今なら『デーモンの召喚』を睨み殺せそうだ。

 

「思い出しました! セタスですぅ、セタス!」

「黙りなさい」

 

 友人らが勝手に盛り上がっている一方、遊座本人としてはいたく真面目にデッキ構成を見直しているつもりだった。

 クロノスの依頼を受けてから……というよりも、藤原の願いを聞いてから今まで以上にデュエルに対する熱が入り、湧き立つ溶岩のようなオーラを醸しているのである。だが彼女の存在を匂わせないことで、誤解を生んでいるのだ。彼の温和さに見慣れている他の生徒は、その鬼気迫る表情に気圧されているのが煙たがっている真相だろう。

 原から見ても、彼がそんな風になるのには一応の納得がいく。先日、学期末に公開デュエルが行われる予定であり、カイザー亮と下柳が対戦すると発表されたばかりだからだ。だが原はそれでも解せない。彼があれ程までに勝負に拘るのに、何か別の理由があって気がしてならない。女の勘が、デュエルのルール上の穴を突くように告げている。

 

「そんなに気になるなら直接聞きなさいよ」

「何がですか」

「そんなに公開デュエルが心配ですか。手を貸してもいいんですよ、って」

「……いえ、あれはクロノス先生が彼を信頼して」

「それイコール、一人の力でやりなさいって意味じゃないでしょうよ。あんたが手を貸しても誰も文句は言わないわよ」

「相手は常勝無敗のカイザーさんですからね」

「あなたは、どうなのですか」

「ボク? 手を貸さなくても、あいつは自分の答えに辿り着けるでしょ。なんかいつもこなれた感じがあるし」

「あー、私もそう思います。年上っぽい空気ですよね!」

「そうそう……ねぇ、麗華。彼から声を掛けてもらわないと嫌なの?」

「そ、そんなことはありませんが」

 

 持っていたスプーンが乱暴にプリンの顔面へ突き刺さり、キャラメルソースが沈んでいく。動揺を悟られたくないように、原はプリンを素早く掬って頬張った。

 ディレはジト目で遊座を見ながら、呟くように。

 

「……あいつにも、春が来たのかな」

「え?」「ディレちゃん、春って?」

「誰かに恰好いい姿見せたいから、頑張ってるのかなぁって……まぁ、ただの当て勘だけど」

「でも、それって素敵ですぅ! 人のために全力で頑張れるのが、遊座さんの凄いところですから!」

「それはあるかもね。あのタッグデュエルで、なんだかんだで向田をサポートしてたし。あれで引きが強かったら、この学園じゃ最強になるんじゃないかしら」

「でも他にも強い人はいますよ! たとえばここ――」

「――そうねぇ。藤原さんって子、新しいカードを手に入れて一気にデッキを変えたらしいし。向田の奴もそうだし、後は誰かしらねぇ?」

「ここです、ここ! 宮田ゆま、立候補してますぅ!」「はいはい、ゆまは凄いHERO使いですね」

 

 友人の喧騒をスルーして、プリンを摘まみながらじっと遊座を見詰める。誰にも相談せず自分だけの道を進もうとする姿が、原にとって少し不愉快な感じがした。

 その時、眼鏡を掛けた気弱そうなオベリスク・ブルー生が彼に話しかけた。一瞬きょとんとした表情をした遊座は言葉を返した後、首を捻りつつも承諾したように立ち上がって、少年の後へと続く。

 

「最強ですよ、最強。最強のHEROさんが私の仲間になったんですから!」

「ええ、ええ。ボクの『紫炎』の次くらいには強いHEROね」

「あうぅ……こうなったらデュエルで一番だって証明してやります! デュエルです!」

「望むところよ! ……あれ、麗華、どうしたの?」

「すみません、ちょっと気になることがあるので、お先に失礼します!」

 

 静止の声を振り切って、原は食堂を出て行った遊座の背を追いかける。

 杖を突いているとは思えないスピードで、二人はあっという間に廊下の角を曲がってしまった。そういえば杖を突いているとはいえ足は健常者と同じ状態なのだと、原は早足で歩きながら思い出す。

 追いかけていくうちに、二人は学園の外へと出てしまい、森の奥へと進んでいく。不審な行動に原の足は早足の段を越え、駆け足となっていった。森の影に消えようとする遊座の背を、焦燥に駆られたように追っていく。

 

(変です。こんな気持ち。絶対、変です)

 

 はやる気持ちを抑えんと、幼少期に教わった武道の呼吸法を試す。鋭く、氷雪に潜む狼のように。

 その時、遊座と少年を突然、黒ずくめの者達が包囲した。硬直する遊座を尻目に、少年は黒ずくめの者から同じ黒いマントを投げ渡されて、それを羽織った。爛々とした訝しむような瞳である。

 

「なっ……ど、どういうことですか!?」

「答えてあげまショウ、お嬢さん」

 

 変に語尾が跳ねた口調だ。

 黒ずくめの者達がその声の主を見やり、遊座は驚いたように原へ振り返ると、仲間を分け入るように現れた小男へと向き直る。

 

「何のつもりだ! 友達が虐められているから、助けてくれと言われてここにきたら、これはどういうことさ!」

「下柳遊座。君はそうだな?」

「あ、ああ。そうだけど、君等は?」

「我等はカードマニア倶楽部。下柳遊座、君を制裁しに来た」

「制裁!? 僕を犯罪者みたいに言うつもり!?」

「その疑いが、ベリーベリーなのダ。君が持っている『サイバー・ドラゴン』……君はそれをどこで手に入れた?」

「海馬ドームの、カードガチャだ」

 

 ハハハ。嘲笑の小波。小男、小野木は肩を震わせる。主張の可笑しさに笑っている訳ではない。 

 

「今更言逃れはできんヨ! それは盗んで手に入れたものだろう! 君の親の力を使って!」

「盗んだ!?」「な、何を言ってるんだ! 勝手に因縁づけて、どうする気だ!」

「しらばっくれないでもらいタイ! 君の親はレアカードバイヤーだ! 密売に関わる黒い噂も流れているのを私達は掴んだ! 君は親を利用して、選ばれた者しかもらえぬカードを手に入れたのダ!」

「黒い、噂? あの人が? そんなこと有り得ない! ……いや、昔やりかけたけど」

『おい、馬鹿!』

「皆の者、見るがイイ。彼はほとんど自分の罪を認めたも同然。これを赦しておけるカネ?」

「否!」「断罪あるべし!」「カード界に秩序を!」

「だから、僕は何も悪いことなんてしてない! これは正規の手段で手に入れた――」

「――犯罪者はいつもそうだ、自分の罪の存在を否定する。だから我等は、正義の手段を行使する!」

 

 小男は指をぱちんと鳴らす。

 木の枝から大男が飛び降りて、遊座の正面に仁王立ちする。身の丈は2メートルはいこうか。男の男たる要素をすべて兼ね備えたような強靭な体躯で、獰猛なイノシシのような顔も合わさって見ると、まるで迷宮を守護するミノタウロスだ。

 ある程度予測はついていたが、彼の丸太のような腕には、窮屈そうにデュエルディスクが嵌まっている。つまりそういうことだ。

 

「犯罪者に裁きを与えたまえ、スーパー・ピーター!」

「イエス、ロード!」

「す、スーパー・ピーター?」

「説明しよう! スーパー・ピーターとは、自分の名字ともやしのような体に嫌気がさしてレスラー顔負けの肉体改造を施した、元ピーター少年なのだ!」

「いや、訳がわからない」

「訳!? また言い訳を述べようというのかね! スーパー・ピーター、デュエルで奴を制裁せよ!」

「イエス、ロード! 武士ども、戦陣を組めェッ!」

 

 黒い風が森を走った。黒ずくめの者達が遊座と、原の周囲をさらに厚く囲む。どこから湧いて出たのか、数は50人以上は確実にいるだろう。

 

「逃げ場など無いぞ。自分の罪をきりきり数えたまえ。彼女はその証人だ」

「……やるしかないみたいだ! 僕の無罪は、デュエルで証明してやる! 原さん!」

「は、はい!」

「新しくなった僕の強さ、しっかりと見ててね!!」

 

 遊座はデュエルディスクを凛と構える。普段の優しさからは想像のつかぬ、成長途中の戦士の顔付き。

 原はそれに見惚れかけ、はっとしたように頭を振った。

 

 

 ――デュエル!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話、後半:ダイ・グレファーのイメチェン

 ヤリタカッタダケー、な一話です。

 こ、今回こそ、ミスはない筈……。
 主人公に好都合な展開なのは察してください(全裸靴下白目土下座)。



 ――デュエル!!

 

 

 森林に響く、戦士の声。

 デュエルディスクのライフゲージが4000の値まで回転し、カード板がスライドして展開される。遊座はディスク底部に杖を固定せると、素早くカードを引いた。

 気弱な少年の誘いに乗り、袋の鼠のような立場におかれた。小男はデュエルでもって犯していない偽りの罪を自分に着せようとする。ならばその枷を拒むのも、デュエルでなければならない。

 舞台は整った。ピーターはその昂ぶった闘志を奮然と胸を張ることで表現している。野性味あふれる浅黒い肌に血管の筋を浮かせるかのようだ。

 

「俺の先攻だ、ドロー! 『エンシェント・エルフ』を攻撃表示で召喚! さらにカードを2枚伏せ、『凡骨の意地』を発動! ターンエンドだ(手札6→2)」

 

 紫の軽装の鎧を着た、物憂げな顔をした美女が現れる。相棒が色めいた。

 

『おお、結構好みだ。だが俺でも分かるくらいの雑魚だ!』

「……もしかしたら彼、結構いい人かも。今どき、あのカードを使うなんて。粋だ」

『デュエルに集中しなくていいのか? やつを倒すのだろう?』

「わ、分かっちゃいるけど、ああいう懐かしいカードを使われると嬉しくなって、ね。ほら、僕も大体同じ身だから」

『……気持ちは分かるが、戦いは真面目にな。彼女のためにも』

 

 うっ、と言葉を詰まらせて原を見る。

 出で立ちの分からぬ不審な輩に囲まれて不安を感じているのだろう。だがそれを露わにするよりも、彼女は純真に遊座の勝利を、無実を祈るかのようにこちらを見ている。

 緊張を解すつもりでいった冗談は、場違いだったようだ。遊座は、杖の立たせ方を調節しつつ、息を整える。

 

「……今から、本気でやる。行くよ、スーパー・ピーター! 僕のターン!」

 

 

 ―――――――

 

 手札:魔装戦士テライガー ガード・ブロック ダメージ・コンテンザー バトル・フェーダー 融合失敗

 ドロー:未来融合-フューチャー・フュージョン

 

 ―――――――

 

 

 上々の仕上がり。

 このデッキは学園最強、丸藤亮との対戦を見越して構成されたデッキだ。ゆえにこれまで使っていたデッキとは一味も二味も違う。融合召喚はそのための調味料の一つだ。

 

「さて相棒。君はこのフィールドと手札を見て、どうしたい」

『ふむ……相手の伏せ札と、発動している札が厄介だ。『凡骨の意地』とはなんだ』

「強力な永続魔法だ。対象となるカードが引けたら、さらにドローできる」

『……となると、やつの勝負は決め手となる強力な魔物(カー)を引いた時だ。それが来ていない今は、攻めるべきだろう。罠が張ってあろうともな』

「分かってきたじゃないか、相棒」

『当然だ。俺は常に学びの精神を貴ぶ!』

「ああ、恐れていても仕方がない。反撃を喰らおうと、相手の手段を消費させる!

 僕は、『魔装戦士テライガー』を召喚! 彼が召喚に成功した時、手札からレベル4以下の通常モンスター1体を守備表示で召喚できる効果がある。だが手札には通常モンスターがはいない。従ってこのまま続行する」

 

 ピーターが眉をひそめ、フィールドに参陣した白銀の戦士を睨む。

 遊座は手札から魔法カードをディスクへ滑らせた。

 

「更に魔法カード、『未来融合-フューチャー・フュージョン』を発動!」

「なに、あやつも融合使いだと! 聞いていないぞ、小野木ぃ!!」

「ば、馬鹿者! 名前を出すナッ!」

「小野木、ね。覚えたよ。

 『未来融合』の効果で、デッキから融合素材モンスターを墓地に送り、2ターン後のスタンバイフェイズにその融合モンスターを特殊召喚する。墓地に送るのは『戦士ダイ・グレファー』と、『スピリット・ドラゴン』。よって2ターン後に、『ドラゴン・ウォリアー』を特殊召喚する」

 

 墓地にモンスターを2体送り、遊座はぴしっと腕を伸ばした。

 

「バトルだ。『テライガー』で、『エンシェント・エルフ』に攻撃!」

「リバースカード、オープン! 『ジャスティブレイク』! 自分の通常モンスターが、相手モンスターの攻撃対象となった時、攻撃表示で存在する通常モンスター以外のモンスターを全て破壊する」

 

 エルフの杖に光が宿る。彼女が枯葉を払うかのように杖を振ると、鋭い雷が放たれて白銀の戦士を消炭にしてしまう。

 やはり、伏せられていたのは強力な罠だった。早めに消費できて助かったかもしれない。

 

「ふぅん。カードを2枚伏せて、ターンエンド(手札6→2)」

「下柳さん。伏せカードがたった1枚ですけど……大丈夫ですか」

「勝負はこれからだよ。ワンターンじゃ、絶対にやられないさ」

「……下柳、俺が持って、お前には持っていないものが一つある。何か分かるか?」

「筋肉」『筋肉』

「くくっ。それもそうだろう。だが決定的に違うのは、俺には経験があり、お前にはないということだ。人として持ち得るべきものを、すべて失った経験! それがお前にはあるか?」

「似たような感じだけど、あるっちゃぁ、ある」

「……そうだな。みな、それぞれの人生がある。だが、俺ほどすべてが一変した人間はいまい。どん底から這い上がった男の力を、金持ちのボンボンに見せつけてやろう!

 ドロー(手札2→3)! 『凡骨の意地』の効果を発動! ドローフェイズにドローしたカードが通常モンスターだった場合、それを相手に見せる事でもう1枚ドローできる! 俺が引いたのは、『水の踊り子』。よってもう1枚ドローする!」

 

 すっ、と風のように。ピーターは新たな手札を見て口端を歪めた。嫌な予感が遊座の背中を駆け巡る。

 

「『マグネッツ1号』だ。よってさらにドロー……『ワームドレイク』! ドロー、『真紅眼の黒竜』!!」

「真紅眼ですって!?」『凄いのか?』「山手線沿線の一軒家が三棟だったかな?」

「驚くな、眼鏡、小僧。ドローフェイズは終わらない! ドロー、『暗黒騎士ガイア』! ドロー、『岩石の巨兵』。『カース・オブ・ドラゴン』。『メテオ・ドラゴン』。『ワームドレイク』……」

『ど、どうなっている。どこまで引くつもりだ』

 

 見る見るうちにピーターの手札に厚みが出来ていく。2枚だったものが7枚、10枚、13枚と増加し、都合13回目のドローで漸く彼の手が止まった。引かれたモンスターカードは、計12枚。彼のゴリラのような手に収まっている。

 遊座はそれらの共通するある一点を思い出した。すべてのモンスターが融合素材と成り得る。ピーターの手の内が読めた。

 

「……魔法カード。これで終わりだ」

「はは、冗談を。ここからが始まりってやつでしょ。手札だけで15枚もある。次はどうするつもりさ」

「ならば括目して見よ! 俺は、最後に引いたカード、『フュージョン・ゲート』を発動!」

 

 一変。森閑として綺麗な森が、グラフ表のような地面と渦巻く黒雲の空に様変わりした。そこにいる生命を一個の数値として計算し、式を表し、数字を叩きだす世界だ。

 天を覆う渦を見て、遊座の胸、記憶の欠片がなぜかざわめき、視界が一瞬白く濁った。どこか遠い昔に、あれに極限まで近付き、自らの根源を揺るがすような真実に触れたような気がする。そこで自分は、何を見たのか。 

 

「見たまえ! 融合モンスターの大量召喚! スーパー・ピーターは大量のモンスターを使った、『融合』のスペシャリストなのダ!」

 

 両手を万歳させた小野木の喝采で、遊座は気を取り直した。

 

「融合使い、か」

「では、名前についているスーパーとは、どういう意味なのですか?」

「……俺はアメリカのシカゴで育ってな、貧困層の移民一家だった。誰からも疎外され、まともに飯にもありつけない。自分の居場所がどこなのか分からない日々だ。

 ある日、両親がギャングの抗争に巻き込まれて神の御許へ行き、俺は天涯孤独の身となった。俺はゴミ同然の財産をもって別の街へ逃げ出して……そこでカードマニア倶楽部と出逢い、チャンスをつかんだ!

 俺はデュエルで勝ち進み、必死に己を鍛え、伸し上がった! デュエルという戦場こそ俺の居場所だ。曇りなき俺の舞台! これがスーパー・ピーターのデュエルだ、覚えておけ!」

「スーパー・ピーター! もう結果は見えてマス! 彼を倒し、彼の罪を証明してやりナサイ!」

「イエス、ロード! 『フュージョン・ゲート』の効果で、ターンプレイヤーは手札・フィールドから決められた融合素材モンスターを除外することで、融合モンスターを特殊召喚できる!

 さぁ、先陣を切るがいい! 『真紅眼の黒竜』、『メテオ・ドラゴン』!(手札14→12)」

 

 彼の手札から、天の渦に向かって二つの光が走った。ブラックホールに消える星のように残滓の光粉を撒いて、光は渦の中心で交わった。

 

「赤き瞳の龍よ! 鋼の甲羅を持つ龍よ! 血濡れた鉛の道に、無限の可能性を示せ! 融合召喚! 出でよ、『メテオ・ブラック・ドラゴン』!!」

 

 空から一つの隕石が降ってきた。赤く発光して蒸気を吹きだすそれは、線形の地面にあたる直前で止まり……白い双眸を光らせた。

 冷えたマグマのような菖蒲(しょうぶ)色の鱗から、ぶわりと翼を広がった。龍の証たる巨大な翼。かつての姿を思わせる亀のような寸胴の胴体。生物の証拠である真っ赤な血筋が、肉肌と鱗に走っていた。

 原はその威容に慄然とする。

 

「武藤遊戯が、海馬瀬人に繰り出した伝説のドラゴン……攻撃力、3500……」

「驚くのは早い。融合素材はいくらでもいる! 可能性の龍に続け! 『竜騎士ガイア』! 『紅陽鳥』! 『ヒューマノイド・ドレイク』! 『砂の魔女』!(手札12→5)」

 

 さらに光が天に注ぎ、モンスター達が悠然と降りてきた。細身の竜に乗った双槍の騎士、紅の鳥、トカゲのように変形したスライム、そして真紅のローブと三角帽子を着た美しく颯爽とした魔女。

 『融合』の名の下、五体のモンスターがピーターの下へ参集した。そのすべてが効果を持たぬバニラモンスターであるのは、ピーターの誇りのためだろうか。

 油断なく相手を睨む遊座――その手は既に伏せカードの起動ボタンへ添えられている――とは対照的に、原はとても驚いているようだ。

 

「い、一気に五体もの召喚……なんてこと!」

「見たか、これが俺の力だ! 先ずは『竜騎士ガイア』! 一番槍はお前だ!」

「リバースカード、『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを0にして、僕は1枚ドローする!」

 

 突貫してきた竜騎士の槍は突然力を失ったように垂れてしまい、悠々と遊座の頭上を通過するだけに終わった。

 

「だが、これで伏せカードは消えるな! 行け、『ブラック・メテオ・ドラゴン』! バーニング・ダーク・メテオ!!」

 

 寸胴の巨竜の口に、溶岩のような色をした特大の火球が生まれる。

 それが放たれて猛然と遊座に迫っていき、いざ炸裂せん……という時、遊座のフィールドに一陣の風が吹き火球をかき消す。風を起こしたのは、時計台の鐘を体に吊るしたコウモリだった。

 

「悪いけど、戦闘を強制終了させてもらったよ」

「『バトル・フェーダー』! やはり引いていたか。情報が正確のようで安心したぞ、小野木」

「だから、名前を出すナッ、このタワケ!」

「いい加減自分を偽るのは止めた方が良いよ、小野木」

『もう隠し通す意味もないと思うぞ、小野木』

「最初から堂々とした方が恰好がつきますよ。オベリスク・ブルーの3年生で、先月彼女にフラれた学年一のチビの小野木さん」

「チビって言うなぁぁ! あとフラれてもいなぁぁい!!」

 

 小男が思わずフードを脱いで反論した。眼つきの悪い眼鏡の少年で、鳶色の眼はまるで独り身のカラスのようだ。

 遊座は小野木に向かって呆れつつ、先程の効果で手札に加えた最強のドローカードにほくそ笑む。 

 

「大丈夫なのか、あんなチビ助に倶楽部を任せて……俺はこれでターンエンドだ!(手札5)」

「僕のターン、ドロー!(手札2→3 ドロー:決闘融合-バトル・フュージョン)。 カードを1枚伏せ、手札から『天よりの宝札』を発動! 互いに手札が6枚になるようにドローする」

 

 

 ―――――――

 

 スピ:【LP】4000

    【手札】5

    【場】 凡骨 (伏)

        砂の魔女 ドレイク メテブラ 竜騎士 紅陽鳥

 

    【TURN 4】

 

 遊座:【場】 バトル・フューダー(守)

        未来融合(@1) (ダメコン) (融合失敗)

    【手札 決闘融合-バトル・フュージョン

    【宝札 トランスターン 戦士ダイ・グレファー カオス・ソルジャー しっぺ返し 高等儀式術

    【LP】4000

 

 ―――――――

 

 

(さて、どうするか。この場面で一番厄介なのは『メテオ・ブラック』、次点に『ガイア』だ。あの2体をどうにかしないと勝機はない。

 そしてこの手札と、フィールド……相手モンスターを一掃する手段はない。それに、エースを出そうにも攻撃力が足りない)

『遊座、引き際を考えろ。今は攻め時ではない』

「ははっ。同じことを考えてた。

 『戦士ダイ・グレファー』を召喚! そして手札から、『トランスターン』を発動! フィールド上に存在するモンスターを墓地へ送り、そのモンスターと種族・属性が同じでレベルが1つ高いモンスター1体をデッキから特殊召喚する!」

 

 筋骨隆々の戦士が機械仕掛けの椅子に座り、ビリビリと電流を全身に流される。そのあまりの眩さに見る者は目を伏せてしまう。

 光が収まったのちに椅子を見ると、そこに戦士の姿はなく、ウジャトの眼をあしらった巨大な盾が屹立していた。五つ星地属性の戦士族モンスター。攻撃力0、守備力3000。

 

「『千年の盾』! あれなら、『メテオ・ブラック』以外倒せない。手を出さねば直接攻撃もできず、その時には『メテオ・ブラック』も攻撃に参加できない。いい牽制です」

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンド(手札)」

「俺のターン、ドロー! 『デーモンの召喚』だ、更にドロー……魔法カード(手札6→8)。

 メインフェイズ! 『凡人の施し』を発動する。2枚ドローして、手札から通常モンスターを除外……ならば、『押収』を発動! 1000ポイントライフを払い、相手の手札からカードを1枚捨てる!」

「なっ……くそ」

「ほう。来ていたか、『カオス・ソルジャー』。迷うまでもない。それを捨てろ」

 

 遊座は惜しみつつも、相棒が宿ったカードを墓地に送る。 

 

「どうだ。もっとも頼みとするカードが手の届かぬ所にいった気分は」

「はっ。墓地は2つ目の手札さ。まだ彼は僕の手中にある!」

「ほざけ! バトルフェイズだ! 『砂の魔女』で、『バトル・フューダー』を攻撃! そして『千年の盾』を破壊せよ、『メテオ・ブラック・ドラゴン』!」

 

 魔女が箒に乗って繰りだされた火球の上を滑るように滑空する。火球が盾を粉砕し、魔女はコウモリをひき逃げした。

 

「『竜騎士ガイア』で、やつにダイレクトアタック! ダブル・ドラゴン・ランス!」

 

 今度こそ一撃を加えんと、騎士は龍を操って遊座に槍を振るった。LPが一気に1400まで削られる。

 

「これで終わりだ。『ヒューマノイド・ドレイク』で、やつに止めを……っ!」

 

 ピーターは口をつぐみ、瞠目する。遊座のフィールドに残ったままの電脳椅子がひとりでに震え、再び発行している。

 その光が止むと、椅子を踏み砕くように金色の戦士が出現した。後光が差しているかのように鎧はまばゆい。遊座のエース、『光帝クライス』が召喚された。

 

「なっ……なぜ、『光帝』がそこにいる!」

「『ガイア』の攻撃が通った瞬間、『ダメージ・コンテンザー』を発動していた! 手札を1枚捨てて、受けたダメージ以下の攻撃力を持つモンスターを、デッキから特殊召喚する!(捨→しっぺ返し)」

「な、なんだと……。情報を出し渋ったか、小野木!?」

「し、知らない! 私はそんなカードなどっ!」

「『光帝クライス』の効果発動! 召喚・特殊召喚に成功したとき、フィールド上のカードを2枚まで選択し、破壊する! 対象となるのは『メテオ・ブラック・ドラゴン』と、『竜騎士ガイア』だ! 裁きを受けよ!」

 

 光り輝く帝が大きく手を広げた。彼の両手に雷が宿り、龍と竜騎士に電撃を食らわせ、消炭になるまで焦がしてしまった。 

 

「『光帝』の効果対象となったカードのコントローラーは、破壊されたカードの分だけドローできる」

「ぐっ……攻撃は中断! バトルフェイズを終了する(手札7→9)。 

 だがまだメインフェイズ2が残っている! 『D・D・R』を発動! 手札を1枚捨て、『真紅眼の黒竜』を帰還させる。そして『フュージョン・ゲート』の効果を発動!」

「なんてこと……次はあのモンスター!ですか?」

「現れよ、『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』!!(手札9→6)」

 

 先ほどとは違う、また新たな巨龍が天から舞い降りた。二本足で背筋をぴんと伸ばし、漆黒の鱗と、紫色の肉肌。2体の融合素材の面影をはっきりと残している。

 『メテオ・ブラック』ほどではないが、しかしその攻撃力、3200は厄介なことに変わりない。

 

「……相棒」『ん?』

「今日は、デュエルできて良かったよ」

『な、なんだ突然』

「キング・オブ・デュエリストが使ったという、三体の融合モンスター。それを見ることができた。ちょっと不愉快な始まりだったけど、ふたを開ければなんてことはない。良いデュエルをできた」

『……好きなのか? その、キングとやらが』

「ああ、キングは偉大だ……僕の中じゃキングはあの人、ただ一人さ。DDとか、そういうのが出てきても、武藤遊戯こそが最高のデュエリストさ。

 ピーター! 最高のサプライズだったよ!」

「……なに?」

「だからお返ししてあげるよ! リバースカードオープン! 『融合失敗』!!」

《なにぃっ!》

 

 重なる皆の声。ピーターも、小野木も、そして原すら声を合わせた。誰しもが予想し得なかったカードが、猛烈な嵐となってグラフ表の世界を襲った。

 龍が、スライムが、鳥が分裂して消えていく。魔女は肌蹴そうになるスカートを何とか抑えようとしていたが、風の勢いには逆らえず、肉付きと血色のいい下肢を露わにしながら吹き飛ばされてしまった。

 ピーターのフィールドが、がら空きとなる。ふんすふんす。機嫌のいい相棒の鼻息……何がそんなに嬉しいかは聞かぬが花。 

 

「融合モンスターが特殊召喚された時、フィールド上の全ての融合モンスターを融合デッキに戻す……『融合失敗』」

「お、お前……デッキを変えたのか!?」

「まさか。『カオス・ソルジャー』は僕のエース。彼が主役だよ」

「だが、そのカードは『融合』を使う前提でなければ……」

「……ピーター。あなたは運が悪かった。僕のデッキは今、あなたのようなデュエリストと戦うために姿を変えていたんだから! 間が悪かったのさ!」

「ぐっ……手札の『マグネッツ1号』と『マグネッツ2号』を融合させる! それでターンエンドだ(手札6→4)」

 

 ピーターのフィールドに、紫紺のプレートアーマーをまとった戦士が現れる。

 しかし、『カルボナーラ戦士』とは驚きだ。今の環境下で、これほど古風なカードを愛用する者がいるとは思いもよらなかった。

 ちょっとだけど、気分がいい。目の前でデュエルモンスターズの歴史が揃い踏みして、こちらに立ち向かってくる。ピーターは初めから計算してそれらを召喚した訳ではない……きっと、一番上手く使いこなせるからそれを使っているだけなのだろう。

 しかしそうであっても、遊座は感謝したい気持ちがあった。小さかった頃にテレビで見た憧れのモンスター達を、この眼で観ることができたのだから。彼のデュエルタクティクスが、粋とさえ思えてしまう。

 

「ピーター、今日のデュエルは愉しかった! 僕からの御礼を受け取ってくれ! ドロー!」

 

 

 ―――――――

 

 スピ:【LP】4000

    【手札】4

    【場】 凡骨 (伏)

        カルボ

 

    【TURN 6】

 

 遊座:【場】 光帝

        未来融合 

    【手札】 決闘融合-バトル・フュージョン 高等儀式術

    【ドロー】貪欲な壺

    【LP】1400

 

 ―――――――

 

 

「先ず第一手! 『未来融合』の効果で、『ドラゴン・ウォリアー』が召喚される!」

 

 過去に放たれた融合の光が、その未来である今に届く。

 竜の鱗を重ねて作られた兜と肩当を着た、ダイ・グレファーに筋肉のつき方がよく似た男が現れる。

 

「第二手! 『貪欲な壺』を発動! 墓地のモンスター5体を選択してデッキに加えてシャッフル。その後、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 戻したカードは、『カオス・ソルジャー』・『テライガー』・『千年の盾』・『ダイ・グレファー』・『スピリット・ドラゴン』。

 そして2枚のドローカード……欲していたカードが、その1枚に来た。『マンジュ・ゴッド』だ。

 

「第三手! 『マンジュ・ゴッド』を召喚する!」

「こ、これ以上はやらせんぞ! 罠発動だ、『激流葬』!」

「ば、馬鹿者! ピーター! 相手の融合モンスターは……」

「『ドラゴン・ウォリアー』の効果! ライフを1000払い、相手の通常罠の発動を無効にする!(LP1400→400)」

「うぐっ……」

「しまった……ピーターはバニラカードを使うあまり、効果モンスターの効果を把握しきれていナイ!」

「下柳さん、一気に決めて下さい!」

「ああ! 『マンジュ・ゴッド』の効果を発動! デッキから儀式モンスター、『カオス・ソルジャー』を手札に加える!

 第四手! 手札から、『高等儀式術』を発動! 手札の儀式モンスター1体を選び、そのカードとレベルの合計が同じになるようにデッキから通常モンスターを墓地へ送り、儀式モンスターを特殊召喚する!

 デッキから、『ダイ・グレファー』と『バトルフットボーラー』を墓地に送り……来い、相棒!」

 

 地面のグラフを突き破るように炎の祭壇が現れ、巨大な二振りの曲剣が交差した。

 遊座が最も頼りとする最高の相棒がその一振りを掴み、ゆっくりとフィールドに歩いてくる。王の君臨ともいうべき威風堂々たる様に、相手の戦士は茫然としていた。

 

『さぁ、幕を引いてやれ』

「ああ! バトルだ! 『ドラゴン・ウォリアー』で、『カルボナーラ戦士』を攻撃! スピリット・スラッシュ!!」

 

 竜鎧の戦士が、ばんっ、という勢いで地面を蹴り付けた。その肩当が翼のように風をきる。瞬く間に両者の間が詰まっていき、すれ違ったと思ったときには紫のフルプレートアーマーが見事に両断されていた。

 

「『光帝クライス』、そして『カオス・ソルジャー』!」

『応!』

「敵を食い破れ! 光輝の、カオス・ブレード!!」

 

 二人の戦士が肩を並べ、ピーターに向かって疾走する。光り輝く戦士は跳躍すると両手から光のレーザーを放ち、混沌の戦士が下段から大振りの一撃を放った。

 防ぐ手だではすべて消え、ただ待ちて決着を受け入れるより他ない。ピーターは瞳を瞑り、敗北の刃と閃光をまともに受けた。合算して攻撃力5000以上の攻撃は、彼が立っていた地面に粉塵を巻き起こし、地面のグラフ模様と空に渦巻く黒雲を晴らす。モンスター達はその役目を終え、幻のように消えていく。

 元の穏やかな森に戻ってきた。

 黒ずくめの者達が包囲を解いて、地面に臥していたピーターを神輿のように担ぐ。

 

「今日は勝利に免じて退いてやりまショウ! だが覚えておくがイイ! 我等カードマニア倶楽部は、お前の悪事を必ずや暴いてやルゥ! 撤収!」

 

 そう言うと、集団は小野木を先頭として森の奥へと遁走していく。始まりと同じくらい、終わりも唐突だった。 

 遊座はディスクを仕舞い、老人のように腰を軽く叩く。腰の痛みを意識してからというもの、頻繁に凝るようになっている。これは整骨院にでも行った方がいいかも……。 さくさくと、原が草を踏みつけるように近付いてきた。勝利の安堵だろうか、秀麗な顔立ちに可憐な笑みが浮かんでいる。カードマニア倶楽部を追い払ったのもそうだが、彼女の笑顔を見れたのもこの勝利の御蔭だ。

 

「これは、僕の冤罪が証明されたってことで、いいのかな」

「あの口ぶりだと、また何かするという宣言に聞こえますが」

「まぁ、その時はその時で、またデュエルをすればいいさ。……なんだか、途中から蚊帳の外みたいにしちゃってたね。ごめん、原さん」

「い、いえ。あなたが勝てたのならそれでいいのです……あの、下柳さん」

「なんだい?」

「……あの人たちの話は、嘘なんですよね。あなたは無実で、彼等は罪を着せようとして」

「ああ。『サイバー・ドラゴン』は、正規の手段で手に入れた。それで終わりさ。……しかし、まさか僕ですら知らない情報があったなんて」

「え?」

「『サイバー・ドラゴン』が非売品だってこと。帰ったら義父さんに聞いてみるかな」

 

 懐のサイドデッキから、その1枚を取り出す。メタリックなウナギは、その外観に似合うほどの価値を計上する。これが遊座にもたらす危難は、一体何を意味するのだろうか。

 遊座は原をちらりと振り返り、心配をぶり返したような顔をしているのを見ると「あっ」と呟き、表情を真剣にさせる。

 

「原さん。僕はカイザーに勝つよ。絶対に、勝つから」

「……はい。応援しています」

 

 それでも、彼女の顔が晴れることはなかった。いつもの凛とした椿のような笑みを引っ込め、思考に耽っている。生真面目で聡明がゆえに、彼女の考えは遊座では及びもつかぬ域に達することもある。今の遊座が、それに触れることはできない。

 わざとらしく杖を持ち直すと、遊座は原を学園までエスコートして、いつも通りに午後の授業に臨んだ。そして筆談ではあったが、ディレや宮田とカードマニア倶楽部の危険性について意見を交しあう。その間、原がずっと考え込んでいたのが、遊座の意識を捉えて離さず、御蔭で「話を聞きなさい」とディレに頭を叩かれる破目になってしまった。

 

「ヘへー、ざまぁみろ、ざまぁみろ! 一緒に立たせてやんのー!」

「うっさい、この馬鹿ァっ!」

「静かにするノーネっ!!!!」

 

 学園の平和な日々は過ぎ、決闘の時は近付いていく。

 戦意を保つようにカイザーはデッキを見直し、遊座は心を穏やかにし……そして藤原雪乃は、心を揺らす男の顔をその眼に焼き付けていた。

 

 

 

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話:激突! サイバー・エンドvs究極竜騎士

 わりと短めに済んだので、前後編分けずに書きました。
 相変わらずデュエルは短期決戦です。すんません。


 ―――――公開デュエル、当日―――――

 

 

 その日、デュエル・アカデミアは一年でもっとも社会に注目される日となった。

 一年から三年にわたる全ての生徒、教職員、そして外部から招いたマスコミ関係者とプロリーグのスカウトなど……。学園で最大の収容人数を誇る大デュエル場――ローマのコロッセオのように四方からフィールドを見れる――に彼等は集まり、試合の開始である午後1時の到来を待っている。メディチ家の末裔が提案した公開デュエルの開始を。

 大々的に喧伝された割に、外部の人間の本音は統一されている。《期待していない》だ。デュエルを行うのはラー・イエローの1年生、下柳遊座。バトルシティの予選で敗退した経歴を持つ、ごくありふれた名無しのデュエリスト。片や、プロ・アマチュア問わず活躍するサイバー流に若くして名を連ねる、オベリスク・ブルーの2年生、丸藤亮。名前でも実績でも、勝負は戦う前からついている。マスコミはサイバー流の良い絵面を撮るため、スカウトはサイバー流の師範たる鮫島と逢うために学園に来たに過ぎなかった。

 外部の人間でこれであるなら、まして学園内部の人間がどれ程期待していようか。

 カードマニア倶楽部の小野木は後輩を従えて、客席前席に座る丸藤亮に向けてカメラを合わせていた。フィールド全体が見渡せる最高の場所、つまりマスコミ関係者の隣に陣取っている。

 

「んー、今日も凛々しいですネ。カメラ班」「準備OK!」

「データ収集班」「いつでも!」

「宜しい。今日のデュエルは見物デス! 一瞬たりとも捉え損ねてはなりまセン! サイバー流のエースと、狡猾な盗人が所持する更なるレアカードを記録するのですカラ!」

「すべてはカード界の平和と、正義のために!」

《ビバ・デュエっ!》

 

 大人たちの白い視線に、純粋な子供らが気付くことはなかった。

 クロノスは遅めの昼食代わりにヨーグルトを食べていた。ベリーを頬張る口に邪な笑みが浮かんでいるのに、鮫島校長は気付かないふりをする。

 

「ムフフ。テレビ局のカメラがいっぱいナノーネ。頑張った甲斐がありまスーノ」

「クロノス教諭。興奮されるのは分かりますが、マスコミ関係者に聞こえますぞ」

「こ、校長……これは失礼ヲバ」

「先程、社長から連絡があった。『腑抜けたデュエルをするようだったら容赦せん』とのお達しだ」

「オゥ、ディーオ……。これは一念発起しなければ! シニョール・マルフジに、発破を入れてきまスーノ!」

「彼に限って緊張することは、って、行ってしまった」

 

 クロノス教諭もそして鮫島校長も、他の大勢と同じように丸藤がなぜカイザーと呼ばれているか、その所以を知っている。サイバー流の力を知っているからこそ、彼の勝利を確信しているのだ。

 一方、大デュエル場の外……通路脇の控室に、数少ない遊座の応援団が詰めていた。男子・女子も、ラー・イエローとオベリスク・ブルーの一年生によって構成されていた。

 

「ゆ、ゆま。本気でやるつもりなの? こんな恥ずかしい恰好で!」

「やるしかないですぅ! 下柳さんも男の子ですから、きっと喜んでくれます!」

「で、でも、丈が短すぎない?」

「ホットパンツですから足を上げ過ぎでも平気ですよ?」

「そういう問題じゃないでしょ!?」

 

 溌剌として笑う親友に向かってディレは抗議する。宮田は不思議そうに首を傾げて、スレンダーな体にフィットする薄っぺらいチアガールのユニフォームを撫でた。彼女も緊張しているのか、肌に僅かな汗が浮かんでいる。

 そう、チアガールだ。スーパーボウルにでも参加して男達の眼を惑わすような本格的で、華美で、色気のある衣装。首元から胸の谷間まで大きく開いたオレンジの上着は、健康的な下腹部は完全に露出している。下肢に着ているのは宮田の言う通りホットパンツだ。だが黒色のそれは、上は臀部の割れ目がぎりぎり見えないくらいであり、下は臀部の肉付きが若干隠れる程度でしかない。身体が少し太っていれば、確実に裾からはみ出ていた。

 ディレが顔を真っ赤にしているのは、過激な服で自分の身体――ふくよかな谷間と丸い臍――を晒しているからだけではない。ユニフォームを着るためにブラは外し、下はティーバッグを履かなければならなかったのだ。慣れぬ感触で羞恥心がさらに掻き立てられ、ツァン・ディレは立っているだけで精一杯。

 そんな同級生をよそに、藤原は余裕のある艶美な笑みを崩さない。学園の誰よりも美しい女子生徒は、エロティシズムの食指を動かす女神のような黄金律の四肢を飾っていた。張りと均整の取れた胸、柳のように引き締まった腰は、同性の嫉妬すら起こさせぬほど完璧。彼女一人で、パリコレを制圧できる。

 

「ところで、なんで私まで巻き込まれているのかしら?」 

「暇してたんでしょ? だったら、死なば諸共よ……」

「一緒に遊座さんを応援して、あの人のヒロインになりましょう!」

「勝手に殺さないでほしいわ……でも、ヒロインというのはいいわね。彼が私を見て興奮するかと思うと、ぞくぞくするわ」

「……こうなったらヤケクソよ、ボク! 一気に行って、バァって応援する! よし、オッケー! 嗚呼、やっぱ恥ずかしい……」

 

 僅か三人のチアリーダー。だが意気軒昂ぶりは、百人のデュエリストに勝る。

 対して男子、番長のような学ラン姿。遊座に親しいラー・イエローの僅かなメンバーは皆、魅力的な女子に見惚れて遊座の事など考えていない。オベリスク・ブルーの三人……向田とその取り巻きは、憂鬱そうに顔を見合わせている。

 

「……なぁ。どうして俺たちも一緒にやらなくちゃいけないんだ?」「そりゃお前、六武衆とHEROにボコられたからだろ。いいじゃないの、近くでカワイコちゃんの匂いを嗅げるんだし」

「最低ですぅ!」「この変態」「死ねばいいのに、この馬鹿男!」

「「ありがとうございます、姉御!」」

「……こいつら、いい加減見捨てるべきか?」

「ちょっとちょっと、向田さん! あなたが一番声が大きいんですから、一番頑張って下さいね」

「こんな恰好は不本意だ! 指揮者はタキシードが正装なのだぞ! 優雅にタスクを振らせたまえ! そして君達を指揮させたまえっ!」

「そういえば麗華から教わったんだけど、あんた、恥ずかしくて身悶えするようなことを中等部でやったんだって?」

「ふぅん? さぞかし、面白かったんでしょうねぇ。当時は」

「う、ぐぐぐ……どうしろというのだ、この私に! 恨むぞ、下柳遊座め!」

 

 屈辱に肩を震わせつつ、向田は白手袋と翼神竜印の鉢巻を着る。かくして応援団の心は一つとなり、時間の到来まで打ち合わせに励むのだった。

 彼等の思いが試合前に届けばきっと、遊す座の緊張は少しばかり楽になったかもしれない。今の遊座は、張りつめた糸まではいかぬものの、緊張で手足が震えていた。

 

(また目が白んできた。嗚呼、緊張してる)

 

 会場内。彼は、杖とデュエルディスクを抱き締めるようにして最前部の席に座っている。あちこちから、視線が彼に注がれている。無遠慮で温かみがない。ペットショップで商品を吟味するような、そんな感じだ。

 ふと、彼の肩に重みが増した。遊座にだけ伝わる、相棒の手の感触だ。彼の容姿が最も頼みとするカードであることが、心の支えとなっていた。

 

『震えているぞ。そんなに緊張するのか?』

「……針の筵だよ。これから僕のすること一つ一つに皆が反応さる。それがちょっと気になっちゃうんだ……分かるでしょ」

『ああ。だが余り深く考えるな。ド壺に嵌る。もし考えたいのなら、こうだ。「やってやる、やってやるゾ!」』

「はは、なにそれ?」

『開き直れと。観衆が求めるのは圧倒的な勝利ではない。心を動かすような戦いだ。お前のデッキなら、それができる。後はお前の覚悟次第。違うか?』

「……僕のデュエルにそんな力があるか、分からないや。けど……今日は、勝ちたいな。それに、藤原さんとの約束がある。今日だけは負けたくない。彼女のために、勝ちたい」

『……ほう。頬を生娘みたいに染めて。惚れたか?』

「ば、馬鹿言わないでよ! 不謹慎だよッ、デュエルの前に惚れた腫れたなんて!」

『緊張を解してやったんだ。ほら、少しは落ち着いただろう。その感じで後ろの彼女とも接してやれ』

 

 にたりと、通路の方へ笑いかける混沌の戦士。

 そこには原麗華が、朝露に濡れる菊のようにしおらしく立っていた。

 

「あ、あの、下柳さん」

「あ、ああ! 原さんか。よかった、緊張しててどうしようかと思って。ともだ、いや、知り合いが近くにいると安心できるね、ハハ」

「……なんだか、下柳さんのそんな姿を見るの、初めてな気がします」

「ん?」

「いつも冷静で、余裕をもってデュエルに臨まれていましたから。今日の下柳さんは、ちょっと興奮されているように見えます。小動物みたいです」

「し、小動物? まぁ、下手なデュエルを見せちゃ恰好がつかないからね。カメラもあるんだ。テレビの前のじゃりん子達のために、エンターテイメントのフィールが味わえるデュエルをしないと! 僕もデュエリストだからね!」

「なんだか、やる気満々って感じですね」

「うん。なんだか体が火照って仕方ない。落ち着かないんだ……こんな気持ち、初めてだよ」

 

 彼のおどけたようで、しかしシッカリとした笑みを見て、原は俯く。

 普段こそ冷静だが、大舞台では緊張して尻込みするタイプ。それが原から見た下柳遊座。入学試験の二次選考の時もそうだった。だがそれを抑えて、気丈に振る舞っているのはどうしてか。どんなきっかけがあって、彼は変わったのか。

 彼女の脳裏にふと、艶やかな女性の微笑み……藤原雪乃がちらつく。そして彼の表情が、初恋を叶えんとする女子のそれにソックリだと気が付いて……原は合点がいってしまった。じわり。心の奥底に鉛のようなものが広がる。

 

「……藤原さん、ですか?」「えっ!? ど、どうして彼女のことを?」

「……何を言われたんですか、あの人に」

「え、えっとぉ、私の悔しさの分まで戦って、とか。だから戦うんだ」

《ンッン、レディースアンジェントルメーン。これより、学期末公開デュエルを執り行うノーネ。シニョール・マルフジ、シニョール・シモヤナーギ。壇上に上がるノーネ》

「……じゃあ、行ってくるよ」

 

 かつん。杖を片手に、遊座はフィールドへ上がろうとする。

 原は慌てたように彼の背に向かって言う。

 

「あ、あの! 月並みな言葉しか言えませんが、頑張ってください。私はあなたのことを、その、応援してます!!」

「ああ! 勝ってくるよ、原さん!」

 

 振り替えって笑みを一つ。焦がれるような顔をする原から目を離して、遊座は勇むように壇上にのぼっていく。

 フィールドの反対側から、丸藤亮が上がってきた。まだ鳴りを潜めている闘犬のような顔付だ。彼の端正な口が、くいっと吊り上がった。

 

「今日という日を心待ちにしていた。良いデュエルをしよう、下柳」

「はい。全力全開で、やってやります! 先輩、倒してますからね!」

「ああ、かかってこい!」

 

 

 遊座はデュエルディスクを嵌め杖を底部に固定すると、肩幅に開いた両足の間、体のすぐ前に杖を落とす。ピンと背筋を伸ばす。

 立体映像(ソリッドビジョン)による爆風で、体が吹っ飛ぶかもしれない。だが今日だけは、どんなに格好悪くても自分のデュエルをする。そして勝つ。

 遊座は武者震いしながら叫んだ。

 

 

 ――デュエル!!

 

 

 その瞬間、大デュエル場の入口から、幾人もの影が走ってきた。

 彼等は前列と後列を別つスペースに並ぶと、煌びやかなボンボンを、翼神竜の応援旗を振り上げた。

 

《フレー、フレー、ゆーざー!》

「えっ……ええっ!?」「……なんだあれは」

 

 やや白んでいた遊座の眼に、見知った者達の姿が映り……遊座の顔が見る見るうちに赤くなった。

 桃、茶、淡白な紫……スポーティに揺れ動く女性達の髪の毛。オレンジ、黒、金色……肉体的でアダルティなチアリーダーの服。そして白、また黒……ヤケクソ気味な男達の学ランと鉢巻だ。

 彼と縁のある女性達が、思春期の若者を挑発し大人の視線を釘付けにする、ド派手な格好をしていた。緊張でぼやけつつあった目が一気に覚醒したのは、彼女達のエロティックな肉体に反応したためか。

 

《フレー、フレー、ゆーざー! 頑張れ頑張れ、ゆーざー! 殺れ殺れ、ゆーざー! カイザーぶっ倒せェェっ!》

「と、突然どうしたノーネ!?」

「ふ、フレーフレー、ゆーざー!! フレーフレー、ゆーざー! 嗚呼、恥ずかしい……」

「あ、あうぅ、いざやると緊張しますぅ……負けたら承知しませんよぉ! がんばれー! がんばれー!」

「気合だー! 根性だー!」「やけっぱちだー!」「戦いたまえぇぇっ!!」

 

 オペラ歌手顔負けの雄大な声量が、向田の存在を誇示している。

 

「私にこんなことをさせるんですもの。男を見せなさい、ぼうや」

 

 遊座の視線が数秒ほど、藤原にのみ集中された。彼女は会場のすべての視線をそのメリハリのはっきりした肉体でさらい、しかし全てを無視して遊座だけを見詰める。

 情念に訴えかけるように腕を振り、足を晒す。ちらりと唇を一舐め。蠱惑の眼差しには、沼地の泥濘よりもドロドロとした彼女の心が現れており……遊座の胸を、ひどく弾ませていた。

 深く深呼吸して、遊座は相手に向き直る。さすがはカイザー、動揺しつつもあれを見て顔色一つ変えてない。

 

「……なんか、すみません」

「気にするな。それより君の方こそ大丈夫か。致命傷の顔色だ。サレンダーするか?」

「いいえ。今日はあなたを倒します! 男の子には意地があるんですよ!」

『そうだ! 思いっきりやれ!』

「ああ! 絶対本気でカイザーを倒す!! 僕の先攻、ドロー!!」

 

 

 ―――――――

 

 手札:バトルフットボーラー ミラーフォース 融合武器ムラサメブレード 魂のリレー スピリット・ドラゴン

 ドロー:ダメージ・コンテンザー

 

 ―――――――

 

 

 さてどうするか。

 何度も丸藤亮の対戦ビデオを見て理解したことは、彼を相手に守勢を張るは愚の骨頂ということだ。だが遊座のデッキは、今は少し待てと告げている。それを遊座は信じた。

 手にするのは守備力が2100のからくりアメフト選手。そして2枚の攻撃反応型の罠と、今は不要の装備魔法。

 

「『バトルフットボーラー』を守備表示で召喚。さらにカードを3枚セットして、ターンエンド(手札6→2)」

「俺のターン、ドロー。手札から、『タイムカプセル』を発動。デッキからカードを1枚選択してゲームから除外。発動後2回目の自分のスタンバイフェイズにこのカードを破壊し、除外したカードを手札に加える」

 

 丸藤の手元から、青瀝(せいれき)を施したミイラを入れる棺のようなものが現れた。

 その中に収められる1枚のカード。厳重に仕舞われたそれを、相棒は睨む。

 

『あれは、やつの切り札だろう。このデュエルの趨勢を決める』

「……タイムリミットは、あと2ターンか」

「これをどう捉えるかは君次第だ。

 手札から『サイバー・ドラゴン・コア』を召喚。このカードは、フィールド・墓地に存在する限り『サイバー・ドラゴン』として扱う」

 

 数珠のように丸っこい『サイバー・ドラゴン』が現れる。ビデオで度々出てきた二つ星機械族モンスターだ。

 

「『サイバー・ドラゴン・コア』が召喚に成功した時、デッキから「サイバー」、または「サイバネティック」と名のついた魔法・罠カードを1枚手札に加えることができる。その効果で、俺は『サイバー・リペア・プラント』を手札に加える。

 さらに魔法カード、『融合』を発動。フィールドと手札の『サイバー・ドラゴン』、この2体を融合させ、『サイバー・ツイン・ドラゴン』を召喚する(手札6→4)」

『きたなっ、双頭の機械龍!』

 

 フィールドに、白銀の衣をまとう双頭の竜が現れ、観客のどよめきを招く。

 首から胴にかけて、そして胴から尾鰭にかけて走る背中の棘が興奮しているかのように逆立っている。まるで闘志の塊だ。

 

「速攻魔法、『サイクロン』を発動。君の右側の伏せカードを破壊する」

「ミラーフォースが……」

「バトルだ。『サイバー・ツイン・ドラゴン』で『バトルフットボーラー』に攻撃! エヴォリューション・ツイン・バースト、第一打ァッ!」

 

 機械龍の片方の首に、青白くフラッシュが唸り、一つの光弾となってアメフト選手を灰燼に帰した。

 

「『サイバー・ツイン・ドラゴン』は二回攻撃が可能なモンスターだ! エヴォリューション・ツイン・バースト、第二打ァッ!」

 

 もう片方の首から光弾が放たれ、それは真っすぐに遊座に襲いかかる。

 攻撃力2800の猛威は体の芯を揺さぶるくらい凄まじい。倒れそうになる足をなんとか踏み止まらせていると、観客席から可憐な声が飛んできた。

 

「たった一撃ですぅ! 気張っていきましょー!」

「あんた、そのくらいでへばってんじゃないわよぉ!」

「誰がヘバるかってんだ! 戦闘ダメージを受けた時、罠発動! 『ダメージ・コンテンザー』!」

「受けたダメージ以下の攻撃力を持つモンスターをデッキから特殊召喚させる……何を召喚する?」

「切り札、その1です。発動のコストとして手札を1枚捨てて(捨→スピリット・ドラゴン)……『光帝クライス』を召喚します!」

 

 黄金の戦士が現れた。その両手に宿りはじめる光を見て、丸藤は思い出す。

 

「『光帝』のモンスター効果で破壊できるカードは2枚まで、だったな。俺のフィールドを蹂躙するつもりか」

「半分正解です! 僕が選択するのはあなたの『サイバー・ツイン・ドラゴン』、そして自分の伏せカードです!」

「俺の『サイバー・ドラゴン』は、そうやすやすと破壊させん! 手札から『融合解除』を発動! 破壊の前に、『サイバー・ツイン・ドラゴン』を分離させる!」

 

 レーザーのように走る光を回避するように、機械の龍はそれぞれ元の姿に分裂する。双方とも守備表示だ。

 

「破壊対象がいなくなった場合、効果は不発です。僕の伏せカードだけを破壊。そして『光帝』の効果により、1枚ドローできる(手札1→2:高等儀式術)」

「ならばカードを2枚伏せて、ターンエンドだ(手札6→1)」

「僕のターン、ドロー(手札2→3 ドロー:カード・トレーダー) バトルです。『光帝クライス』で『サイバー・ドラゴン・コア』に攻撃! 裁きの閃光!!」

 

 戦士がその手に、稲妻でできたジャベリンを生成して、丸っこい機械龍めがけて投げつける。体に深々と穴を開けた龍は爆発四散し、破片を散らした。

 双方ともにリバースカードの発動をまったく恐れていない。向田はその強気に舌を巻く。

 

「よくもこの舞台で攻める。恐れていないのか。……それにしても帝か。あのシリーズ、私も欲しくいな」

「こら、向田! あんたなにサボってるのよ! 一緒に腕振りなさい!」

「も、もう十分やったではないか! こういうのは、私の得意とするところでは……」

「ぼうや、やりなさい」「マム、イエス、マム! フレー、フレー、ば・か・も・の!!」

 

 会場中に罵声が響く。すぐ近くの人にとっては大迷惑かもしれないが、遊座にとっては心強い大声だ。

 

「カードを伏せ、『カード・トレーダー』を発動します。ターンエンドです(手札3→1)」

「俺のターン、ドロー(手札1→2)。『強欲な壺』を発動。デッキから2枚ドローする(手札1→3)。

 手札から魔法カード、『サイバー・リペア・プラント』を発動。自分の墓地に『サイバー・ドラゴン』が存在する場合に発動。デッキから機械族・光属性モンスター1体を手札に加える」

「ああ、『コア』の効果ですね」

「そうだ、『ドラゴン・コア』は墓地にいるとき『サイバー・ドラゴン』として扱われる。そして手札に加えた『サイバー・ヴァリー』を守備表示で召喚。ターンエンドだ」

 

 

 ―――――――

 

 丸藤:【LP】4000

    【手札】1

    【場】 タイムカプセル(@1) (伏)

        サイバー(守) ヴァリー(守)

    

    【TURN 5】

 

 遊座:【場】 光帝 

        (魂のリレー) トレーダー

    【手札】高等儀式術

    【LP】1200

  

 ―――――――

 

 

 遊座から数えて3ターン目。相手フィールドには機械龍と、もう一体の見知らぬ龍。遊座の場には黄金の戦士……そして念の為伏せておいた、命綱が一枚。

 此処が勝負の分かれ目だ。次のターンには相手の手札に切り札が入る。それを阻止する手段は今の遊座にはない。彼が最も恐れているあのモンスター……攻撃力4000という桁違いの力を持つあれがフィールドに出た時、サイバー流は真の力を発揮する。今までモンスターの攻撃力で勝利してきた遊座では、到底辿り付けぬ次元。攻撃力1万代の攻撃。

 熱に侵されつつあった頭で、遊座は結論付ける。エース・オブ・エースが必要だ。

 

「僕のターン、ドロー!(手札1→2:スフィアボム)……ここで、『カード・トレーダー』の効果を発動! スタンバイフェイズに手札を1枚デッキに戻す事で、デッキからカードを1枚ドローします!

 手札の『スフィアボム』をデッキに戻し、ドロー! よし! 『強欲な壺』を発動し、2枚ドローする!(手札1→3)」

 

 力強いドロー。カードから心を熱くさせるような力を感じる……1枚は、筋骨隆々の武骨な剣士。そしてもう1枚は、蒼い鎧をまとった混沌の戦士の絵柄。

 

『今しかあるまい、行け!』

「手札から、『高等儀式術』を発動! デッキから四つ星モンスター、『戦士ダイ・グレファー』と『闇魔界の戦士 ダークソード』を墓地に送り、合計レベル8の儀式モンスターを召喚する!」

「来るわよ、ゆま!」「はい!」

 

 二人の戦士が剣を交差するとそれは光を帯びて、彼等の身の丈ほどの曲大剣となる。そして彼等自身もまた一筋の光となり、炎の祭壇を顕現させる。

 がしゃがしゃ。鎧の響き。混沌の戦士は一振りの曲大剣を掴むと、祭壇から跳躍して、フィールドに降り立つ。

 

「『カオス・ソルジャー』、降臨!!」

《イケイケ、ゆーざー! ゴー、ゆーざー!》

 

 思わず頬が緩むような援護の声援。だがここは彼にとってファラオの土地に代わる新しい戦場だ。瞳を爛々と燃やし、正眼に剣を構える。贄となった勇士の遺志を継ぐように。 

 藤原雪乃は熱っぽく、誰にも分からぬように身震いする。汗伝う頬に、艶やかな紅が差した。

 

「いいわよ、ぼうや。もっと体の芯から熱くなって……」

「バトルだ! 『カオス・ソルジャー』で『サイバー・ドラゴン』を攻撃!」

『応っ!!』

 

 大剣を手に戦士は駆け出し、間合い――フィールドのちょうど真ん中――に入るやいなや地面を滑るように跳び、丸まった機械の龍に接敵する。 

 

「『カオス・ブレード!!』」

 

 呼吸を合わせ、敵を屠る。

 機械の龍は縦一文字に両断され、光の粒子となって消えた。その光景にどこからか溜息が聞こえてくる。

 

「続いて、『光帝』で『サイバー・ヴァリー』を攻撃します!」

「『サイバー・ヴァリー』の効果発動! このカードが攻撃対象となった時、このカードを除外してバトルフェイズを終了させる! 更に俺はカードを1枚ドローする!(手札1→2)」

 

 角ばったロボットのような頭をした龍がけららと一鳴きして、不可視のバリアで黄金の戦士から主を守る。

 カイザーのフィールドからモンスターは消えた。だが手札を増強されたことは痛い。まさかとは思うが、次のドロー、そして『タイムカプセル』を含む4枚で形勢を逆転する気なのだろうか。

 だとすると出てくるのは、やはり『サイバー・エンド・ドラゴン』。その召喚には『サイバー・ドラゴン』が3体も必要。うち1体は墓地に送った。残る2体のうち1体が手札にあると考えると……丸藤がそれを呼び出すとするなら、彼は墓地のモンスターを利用する。『サイバー・ドラゴン・コア』という例外の存在が、遊座の警戒心を煽る。

 『ダイ・グレファー』を出さなくて良かったかもしれない。何故から知らないが、嫌な予感が背筋を走った。

 

「これで、ターンエンドです(手札3→1)」

「……なかなかやるじゃないか、後輩。ラー・イエローでいるのが勿体ないくらいだ」

「先輩こそ。さすが学園最強って言われるだけあって、油断も隙もない。でも、先輩はまだ本気じゃない」

「俺がまだ手加減していると?」

「……『サイバー・エンド・ドラゴン』。サイバー流に伝来する最強のカード。それがあなたの最後にして、最高の切り札。そうでしょう」

 

 獲物に飛びかかる前の闘犬の顔にさらに戦意の皺が寄り、瞳孔が細くなる。マスコミのカメラがそれを注意深く捉えている。

 客席で、藤原と原はそれぞれ思いを馳せる。この場にいる誰よりも遊座の健闘を祈っていると……そう心のどこかで自覚している二人だ。

 

(私が越えられなかった壁を、彼は越えた……ここからが本番よ、ぼうや)

(下柳さん……気を付けて。カイザーの本気はここからです)

 

 カイザーはちらりと手札を見る。そして一拍間を置けて、デッキに指をかけた。

 

「俺のターン、ドロー(手札2→3)……見せてやろう、下柳! この俺のパーフェクトを!

 『タイムカプセル』の効果発動! このカードを破壊し、除外していたカードを手札に加える。加えるのは、『パワー・ボンド』!」

「っ! 機械族専用の融合魔法!」

『始まったか、サイバー流の本気とやらが!』

「俺は『サイバー・ドラゴン』を特殊召喚! 更に魔法カード、『エヴォリューション・バースト』を発動! 『サイバー・ドラゴン』がフィールドに存在するとき、相手フィールドのカードを1枚破壊する! 『光帝』を破壊しろ、『サイバー・ドラゴン』!」

 

 機械の龍が怪獣映画を彷彿とさせるようなレーザーを放ち、戦士をフィールドから消し去った。

 なぜわざわざ攻撃力が低いモンスターを破壊したのか。その答えを示すかのように丸藤は最強のカードカードを展開し、遊座の表情からありったけの余裕を奪う。

 

「そして『天よりの宝札』を発動! 互いに手札が6枚になるようにドローする!! 俺は5枚ドロー!」

「僕も、5枚ドロー……!」

 

 

 ―――――――

 

 ドロー:沼地の魔神王 融合賢者 決闘融合 千年の盾 サイバー・ドラゴン

 

 ―――――――

 

 

 カイザーの攻勢展開が止まらない。その手札1枚1枚がオーラとなり、彼の背後に不可視の守護霊を作っているかのようだ。いつの日か夢で見たような、巨大な三つ首の龍……機械仕掛けの八岐大蛇。

 胸が拍動して、視界の隅から虹色のみみずが点滅し始めた。強い緊張が遊座を襲っている。

 

「手札から、『サイバー・ジラフ』を召喚し……俺は『パワー・ボンド』を発動! そして伏せてあった速攻魔法、『サイバネティック・フュージョン・サポート』を発動!」

「『サイバネティック・フュージョン・サポート』……?」

「このターン、俺はライフを半分支払う。機械族の融合モンスターを召喚する場合、手札・フィールド・墓地から融合素材を除外。除外したカードを、このカード1枚で代用する!」

「まさか……まさか!」

「俺は墓地の『サイバー・ドラゴン』、『サイバー・ドラゴン・コア』、フィールドの『サイバー・ドラゴン』を選び、『パワー・ボンド』の効果で融合!(手札6→4)」

 

 三体の龍が、渦の中へと吸い込まれていく。

 丸藤が融合デッキから紫色の枠をしたカードを引いた。絶対的な信頼をおく最強のカード。サイバー流のサイバー流たる、カイザーのカイザーたる所以を担う、融合モンスター。

 

「現れろ、『サイバー・エンド・ドラゴン』!!」

 

 光渦巻くフィールドに地割れのような響きが走らせて、遂にそれは姿を現した。

 三つ首の巨龍だ。その鎧のようなメタリックな肌と大翼は美しく、あたかも皇帝が玉座に座っているかのように圧倒される。天然の高純度の金剛石が、龍に形を変えているかのようだ。

 あれが、『サイバー・エンド・ドラゴン』。『パワー・ボンド』の効果で、機械族の融合モンスターは攻撃力が2倍となって召喚される。すなわち攻撃力は4000の2倍、8000だ。

 大歓声とどよめきが会場から湧き起こる。誰しもが――特にオベリスク・ブルーの生徒ら――巨龍に見惚れ、カイザーの忠実なる僕は遊座の応援団から意気を奪った。

 

「こ、攻撃力、8000……」「あ、あうぅ。こ、こんなの、初めて見ました……」

「こりゃぁ」「ひでぇな」「ど、どうするのかね? 下柳よ」

「勝ちましたな」「やはり、カイザー流ナノーネ……」

「きたァァァッ!! 録画デス! 録画! マスコミどかシテ! レアカードを撮りなサァイ!!」

 

 巨龍の睨みが戦士達の間をすり抜けて、遊座を捉える。妖しく無機質な六つの瞳が彼を茫然とさせ、さらに彼の心を竦ませようとする。

 

「これが、先輩のエースカード……」

『馬鹿、圧倒されるな!』

「とどめだ! 『サイバー・エンド・ドラゴン』で、『カオス・ソルジャー』に攻撃! エヴォリューション・エターナル・バースト!!」

 

 機械龍はその三つの口に大いなる光を貯め始めた。遊座の胸中に、火山の噴火を予期するかのような、どこか現実離れした感覚が去来する。

 そして瞬きの後、巨龍は光線を放つ。あたかも波動砲のようなそれは、混沌の戦士を飲みこみ、遊座ごとフィールドのすべてを飲みこもうとする。

 相棒はその体を消炭にされつつも、力を振絞って叫んだ。

 

『遊座っ! 弱気になるなァッ! 最後まで勝利を信じろォッ!!』

「ああ! まだ僕は負けてない! 罠発動!」

「何人たりとも『サイバー・エンド』は止められん! 攻撃は、続行だ!」

 

 龍が一度首を引いて、より強力な光線を放つ。レーザーがフィールドに炸裂して、爆炎をまき散らす。強風が会場を吹きつけて、前列にいた者達の髪をばさばさと揺らした。

 歓喜の響きがそこら中から木霊する。ディレや宮田、向田は、悔しげに歯噛みした。藤原は瞳を閉じて、小さく息をこぼす。そして原は、立ち上る煙の中心から一瞬たりとも視線を逸らさない。

 丸藤は満足げに息を吐こうとして……薄れていく煙の中に仁王立ちする、武骨な戦士の姿に眼をかっと見開いた。

 

「馬鹿な、そのモンスターは……」

 

 曇天から快晴となるフィールドで、遊座は不敵な笑みを浮かべていた。原が小さく、ガッツポーズをする。

 

「……先輩。僕は攻撃のタイミングで、罠を発動しました。ですが先輩はそれがどんな効果か聞く前に、バトルステップを続行した。そうですね?」

「……気が緩んでいたな。久しぶりに、愉しいデュエルだと感じたからか」

 

 丸藤は遊座のフィールドでめくれ上がる、一枚の罠カードを見詰める。死にゆく者から生き残る者へ、その者の魂を手渡す絵。

 

「手札からモンスター1体を特殊召喚。そのモンスターがいる限り、プレイヤーが受けるすべてのダメージは0になる」

「……そしてそのモンスターがフィールドから離れたとき、プレイヤーは敗北する」

「文字通り命をかけた召喚。そのプレイング、リスペクトに値する。下柳……その不屈の闘志はどこからくる?」

「言ったでしょ。今日だけは、今日だけは、勝つんです! 勝って、僕は……」

「……バトルフェイズを終了する。この瞬間、俺は『サイバー・ジラフ』をリリースして効果発動。このターンに受ける効果ダメージを0にする。よって『パワー・ボンド』のリスクを回避する。

 さらにカードを2枚伏せて、ターンエンド(手札4→2)」

 

 

―――――――

 

 丸藤:【LP】2000

    【手札】2

    【場】 (伏) (伏)

        サイバーエンド(ATK:4000×2)

    

    【TURN 7】

 

 遊座:【場】 戦士ダイ・グレファー 

        魂のリレー(→ダイ・グレファー) トレーダー

    【手札】沼地の魔神王 融合賢者 決闘融合 千年の盾 サイバー・ドラゴン

    【LP】1200

  

 ―――――――

 

 

 遊座は手札を見詰める。可能性の束だ。『ドラゴン・ウォリアー』は使えないが、まだそれでも戦うことはできる。手札に来た機械の龍は、自分に何を告げているのか……問うまでもない。カイザーがやったように、自分も戦えと、それは言っているのだ。

 遊座は客席に目をやった。今や応援団のほとんどが、敗北の兆に肩を落としている。だがそれでも一部の者は、それを感じてもなお健気な意思を自分に送ってくれる。デュエルの間、ずっと応援してくれたのは、カイザーが負ける姿を見たいからではない。デュエリストが勝利に向かって、死力を尽くすことを信じているから……。そして、紛れもなく自分の為に彼等は声を上げ、腕を、旗を振ってくれた。

 丸藤亮という最強の壁に立ち向かう、自分の意思を後押してくれた彼等のために、ここで諦める訳にはいかない。

 

(原さん、藤原さん、ディレさん、宮田さん、向田。皆が応援してくれてる。僕のデュエルを心から!)

 

 遊座は友を見返り、一途な思いで頷く。そして油断なく、しかし期待しているかのように構える丸藤を見据えた。

 

「先輩……今日は僕が勝ちます! 男の意地を、見せてやるんですよ! 僕のターン、ドロォッ!!」

 

 勢いよく、遊座はカードを引いた。引いたカードは……『アームズ・ホール』。

 これが遊座のカード達の答えというのなら、最早迷うまい。

 

「これでラストターンです!! 『カード・トレーダー』の効果で、『千年の盾』をデッキに戻し、もう一度ドロー(ドロー:死者蘇生)!

 『死者蘇生』を発動! 墓地から『カオス・ソルジャー』を復活させる!」

 

 再び蘇る混沌の戦士。遊座の昂ぶりを受けたかのように、秀麗な口許が引きつっている。

 

「『アームズ・ホール』を発動! デッキトップを墓地に送り、デッキから『巨大化』を手札に加える! そして『融合賢者』を発動! 『融合』を手札に加える!」

「……そうか! 下柳、君はッ!」

「僕は手札の、『融合』を発動! 手札の『沼地の魔神王』と……」

 

 ヘドロに塗れた巨人が相棒と肩を並べた。

 そして遊座は渾身の力を振絞り、相棒を指差す。

 

「『カオス・ソルジャー』を融合!!!」

 

 中空に渦巻く黒雲に、二体のモンスターが吸いこまれていく。

 誰しもが、まさかという想いで渦を見上げた。『カオス・ソルジャー』と融合素材モンスター……その二つの組み合わせからなり、召喚されるモンスターを皆が知っている。デュエルモンスターズの神か、キング・オブデュエリストでなければ召喚すること自体できないモンスターだとも。

 渦から遠雷のように咆哮が聞こえる。力持つ者を虜とする、美しい龍の嘶きだ。遊座は融合デッキからカードを引き、鷹揚に、神を正面から見据えるがごとくディスクに滑らせた。

 

「君臨せよ、『究極竜騎士(マスター・オブ・ドラゴンナイト)』!!」

 

 一声を受け、再び嘶きが響いた。ばさり、ばさり。翼を羽ばたかせて、空気を揺るがす。

 デュエルモンスターズの始まりから何時の日か訪れる終わりまで、その龍は伝説となるだろう。青き瞳をした白き龍。最強の名を欲しいままとした黎明期……そしてこの時代には更に名を馳せ、デュエルアカデミアと童実野町を支配している。

 今、その龍は三つ首となり、勝利の女神をも虜とさせる美麗な姿となって舞い降りた。どんな青空よりも澄み渡り、払暁のように美しい蒼い肌。頭に邪悪の印を刻み、鉤爪のような翼を広げる姿は王者のごとく、凛として中空に浮く姿は覇者のごとし。

 『青眼の究極竜』。KC(海馬コーポレーション)社社長、海馬瀬人が最も愛するモンスター。世界でたった3枚しか現存しない『青眼の白龍』を3体融合させて召喚することができる、彼のみが扱うことを許されたモンスター。連綿とする殺戮兵器の系譜を撃破り、この世に至高の娯楽を広めんとする男の夢想を体現する、デュエルモンスターズの化身だ。

 その背には、遊座が最も信じ、最も頼りとする男の姿があった。王に拝謁するような厳粛な面持ち。兜から垂れる赤い髪は、まるであるはずのない白龍のたてがみのように見えた。

 

『いい顔だ、遊座』「そっちこそ、相棒」

 

 歓声が爆発した。

 声を上げ、目を開き、すべてのデュエリストがその姿を記憶に焼き付けんとする。マスコミがこぞってカメラを向け、スカウト陣は口を半開きとさせた。

 遊座は更にカードを展開する。

 

「手札から、『巨大化』を『究極竜騎士』に装備。攻撃力を倍にします!」

 

 『究極竜騎士』の攻撃力は、単体のモンスターとしては最高値である5000。メーターがぐるぐると回転して、桁を一つ跳ね上げた。

 

「攻撃力、1万……」「……美しい」「凄いですぅ! 勝てますよ、ディレちゃん!」

「『究極竜騎士』で、『サイバー・エンド・ドラゴン』を攻撃!」

 

 究極の竜が首をもたげて口を開き、混沌の戦士が天に向かって剣をかざす。神々しいばかりの光が、剣に、竜の口に光球となって収束する。

 丸藤は心の高揚のあまりその頬に凶悪な笑みを浮かべ、己の僕へと命ずる。

 

「迎え撃て、『サイバー・エンド』!!」

「ギャラクシー・クラッシャァッ!!」

 

 神秘的な青白い光線、メタリックな銀の光線……二つがフィールドの真ん中でぶつかり合う。究極と最強の衝突。光の余波で世界が眩み、衝撃で風が会場内を吹き荒れる。

 遊座の視界は光で覆われ、モンスターやフィールドに存在するすべてが見えなくなっていた。子供の頃、実の両親が消えた日を想い起させる光の世界……。そこへ、丸藤の叫びが届き、遊座の戦意を駆りたてる。

 

「見ているか、翔! この俺のデュエル、その眼に焼き付けろ!! リバースカードオープン、『決闘融合』! 自分の融合モンスターが相手モンスターと戦う時、相手モンスターの攻撃力と同じ数値を、己のものにする! よって攻撃力は、18000!」

『それがどうしたっ!!』

「さすがはカイザー! けど読んでたよ、そのリバース!! 手札から速攻魔法、『決闘融合』を発動!! これで攻撃力は……28000だ!!」

 

 

 たとえ光で世界が眩もうとも、手中の希望は見失わない。藤原が託してくれた『決闘融合』にかけて、それだけはずっと抱き続ける。

 強化に強化を重ねた『サイバー・エンド』の攻撃力は、圧巻の18000。その力を更に上回る力を『究極竜騎士』は得た。攻撃力28000。

 限界の壁を突き破った一撃。藤原はそれに見惚れ、原は腹の底から声を出した。

 

「……最高よ、ぼうや」「下柳さん!! 勝って下さい!!!」

「これで終わりだ、カイザーッ!!」

 

 『究極竜騎士』の攻撃が、さらに勢いを増し、『サイバー・エンド』の光線を押し込んでいく。

 青が、徐々に銀のそれを圧していかんとした時――

 

「ああ、終わりだ! 速攻魔法、『リミッター解除』を発動!!!」

 

 ――銀の力が一気に増して、究極のモンスターを逆に飲みこんだ。

 

『……及ばなかった、か』

 

 膨れ上がる光の奔騰の中、相棒の声が微かに、遊座の耳に届いた。

 アルティメットが最期に悔恨の咆哮を上げた直後、会場中を揺るがすような爆風が襲った。断末魔とも、大噴火ともつかぬ風の唸りに、会場中から悲鳴が上がる。

 やがて光が収まっていき、フィールドが晴れていく。丸藤は、心から感じたような、誇らしげな微笑みを浮かべた。 

 

「下柳。君のデュエル、確かに俺の闘志に届いたぞ」

 

 遊座のフィールドに、竜の姿はいなくなった。そこに跨る戦士の姿も、また。

 一つ、大きく溜息を吐きかけて、遊座は口を噤んだ。まだフィールドには『ダイ・グレファー』が存在している。自分を見ている人たちがいる。そして勝機を失くしたからといって、デュエルは続いている。 

 最後まで毅然たるべし。相手にリスペクトを抱き、その勝利を讃え、自らの敗北を受け入れるべし。亡き実父が、自分がデュエルモンスターズを始めたばかりの頃に言った言葉が、遊座の凛然とした眼差しを作った。

 

「…………見事です、先輩。ターンエンド」

「『リミッター解除』を発動したターンの最後に、この効果を受けたすべてのモンスターは破壊される」

 

 三つ首の機械龍が消え――

 

「俺のターン。『死者蘇生』を発動し、『サイバー・エンド』を復活させる! 『サイバー・エンド』の攻撃! エヴォリューション・エターナル・バースト!!!」

 

 ――再び現れる。なんたる強運、なんたるカードへの信頼。

 思わず笑みをこぼした遊座に向かって、最後の光の奔騰が襲った。体全体を覆い尽くす白を耐えぬき、フィールドから立体映像(ソリッドビジョン)が消失するまで、背筋を曲げず、そこへ立ち続けた。

 万雷の拍手が会場に響いたのは、二人が握手を交わした時だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話:海馬瀬人

 

 ぶぅ、ぶぅ。豪華客船の銅鑼のような汽笛が海鳥と共に、きらきらと光る水面を滑った。

 7月下旬の熱さがデッキを照り付けていた。甲板に上がる者はみな薄着か、あるいは水着だ。ここぞとばかりに女子はデッキの一部を占拠して日焼けを愉しみ、男子はそれの覗き――すぐにバレて蹴られている――やボール遊びに興じている。皆、デュエルアカデミア本校の生徒達だ。

 学期末を大いに盛り上げた公開デュエルから、早一週間。終業式を迎えた生徒らはその大半が実家に帰る選択をした。一部の者やスタッフのみが学園に残っており、今頃島は潮騒がよく響く静けさに包まれているだろう。

 だが穏やかな空気とは一変。遊座の世界は、強い波飛沫に揺さぶられていた。

 

(……勝てるかなぁ)

 

 イメージ映像が脳裏に走る。……岸壁に波がぶつかり、砕ける。狂おしいほどに破壊的な波風が、。

 穏やかに揺れる船の客室で、遊座はそのデュエリスト……原麗華と対峙ししていた。彼のもっとも近くにいる友人であり、彼の理解者の一人。彼女とのデュエルは遊座が待ち望んでいたことの一つ……。学園での成果をここで発揮してみせよう。

 ぱしゃりと、頭の中で波が砕ける。

 

 

 ――デュエル!!

 

 

 ―――――――

 

 戦士ダイ・グレファー スフィアボム 魔宮の賄賂 和睦の使者 カオス・ソルジャー

 

 ―――――――

 

 

 手札は割と好調だ。カウンター罠や、いざという時の防御手段がある。生贄も手札に揃い、あとは儀式魔法を引くだけで最も頼りとするモンスターが召喚できる。

 肝心なのは、デュエルディスクが示した電光板の文字……《TURN WAITING》。遊座の後攻だ。原麗華は学園では最強のバーンデッキ使いと言われていた。彼女に先攻を許すほど恐ろしいものはない。

 原麗華は眼鏡をきらり、冷酷に光らせた。

 

「私のターンです、ドロー! カードを2枚伏せて、ターンエンド!(手札6→4)」

「僕のターン、ドロー(ドロー:死者蘇生)! 『戦士ダイ・グレファー』を召喚!」

「罠発動! 『奈落の落とし穴』!」

 

 戦士は振り返り、すべてを悟ったような表情をする。俺にはもう展開が読めたといわんばかりに微笑み……そして、波飛沫に吸いこまれた。

 

「ぐっ……カードを2枚伏せ、ターンエンドだ(手札6→3)」

「エンドフェイズに入る前に、『心鎮壷』を発動。あなたがセットした2枚のカードを選択! このカードがフィールドにある限り、それは発動できません。勿論、これはあなたのターン内での処理です。カウンターも不可能です」

 

 二枚の罠の上に、壺がのっさりと伸し掛かる。あんな重たい見た目じゃ、捲ろうにも捲れないだろう。

 

「私のターン、ドロー!(手札4→5) ……見せてあげましょう、下柳さん。私のバーンデッキの、更なる進化形を」

「……え?」『来るぞ、遊座』

「伏せカードの『針虫の巣窟』を発動し、デッキから5枚カードを墓地に捨てます。チェーンして『手札断札』を手札から発動。互いに2枚手札を捨て、2枚ドローします(手札4→4)」

 

 原は凄まじく速い手付きでデッキからカードを抜き取り、残すカードを選ぶと墓地へ捨てる。そして『針虫』の効果も同じように。

 常よりも気迫を感じる動作と眼つきに、遊座はごくりと唾を飲みこんだ。

 

「私は手札から、『ソーラー・エクスチェンジ』を発動。手札から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を捨てて、デッキからカードを2枚ドローし、その後自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送ります(手札4→2→4)。

 『光の援軍』を発動。自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送って、デッキからレベル4以下の「ライトロード」と名のついたモンスター1体を手札に加えます。『ライトロード・モンク エイリン』を選択し、召喚します」

 

 褐色肌のツインテールの女闘志が現れた。その間にも、原の手はデッキと手札を行き来して、さらに墓地を肥やしている。

 遊座の頭をハテナが支配する。『連弾の魔術師』の姿一つ見られやしない。狙いが分からない。相棒も訳が分からぬといった具合に唸っている。

 

「『強欲な壺』を発動し、2枚ドローします(手札3→5)。『無の煉獄』を発動します。自分の手札が3枚以上の場合、1枚ドローし、このターンのエンドフェイズ時に自分の手札を全て捨てます。

 ……『手札抹殺』で、互いの手札をすべて捨て、捨てた分だけドローします(5→4)」

『な、なにが起こっているんだ……?』

「……分からない。どういうことなんだ?」

「もう一回、『ソーラー・エクスチェンジ』を発動し、手札の『エイリン』を捨てて2枚ドロー、更にデッキから2枚墓地に捨てます。

 カードを2枚伏せて、『エイリン』を召喚。ターンエンド。『エイクン』の効果で、エンドフェイズに、デッキトップから3枚墓地に送ります。そして『無の煉獄』の効果で、自分の手札をすべて墓地に捨てます。処理終了です」

「……え?」

「あなたの番です。ドローしなさい」

 

 有無を言わせぬ眼力。原の手が何気なくディスクに置かれているが、それは贔屓目に見ても、必殺のタイミングを測っているようにしか見えない。

 1ターンで、およそ30枚近くの墓地肥し。頭の検索機がぐりぐりとカード検索の時間を所望しているが、早くドローしないと怒られそうだ。

 

「ぼ、僕のターン。ドロー!(ドロー:カオスの儀式)」

「下柳さん」「は、はい?」

「制裁の時間です」

 

 彼女の柳のような指が、しっかりとディスクのスイッチを押す。チンと、検索機が同時に音を立てた。

 捲られた2枚のリバースカードを見て、遊座は改めて実感する。彼女は学園一のバーンカード使いだという事に。

 

「伏せカードを発動。『残骸爆破』、『マジカル・エクスプロージョン』」

『へぁっ!?』「……嗚呼、そういうこと」

 

 素っ頓狂と相棒は声を出す。カード効果の意味が分かっていないから、彼のような声が出る。

 そして効果が分かっている遊座は直感した。自分の敗北を。

 

「『残骸爆破』、自分の墓地のカードが30枚以上存在する場合に発動……相手ライフに3000ポイントダメージを与えます。

 『マジカル・エクスプロージョン』、自分の手札が0枚の時に発動する事ができる……自分の墓地に存在する魔法カードの枚数×200ポイントダメージを相手ライフに与える」

「……墓地に行った魔法って、何枚?」

「25枚です。発動、通りますか?」

「……通ります」『おう、いぇあ』

 

 3000+200×25。占めて、8000ダメージ。

 二つのカードに光が溜まっていく。やがて一気に膨れ上がった光はカードの怨霊と共に遊座に襲いかかり、瞬く間に彼のライフゲージを0とさせた。

 部屋に小さな嵐が吹いて、ぺらぺらとカレンダーを暴れさせる。原麗華は満足げに息を吐き、眼鏡を取って微笑んだ。

 

「私の勝ちです」

「……負けました」

 

 支点を失った案山子のように、遊座はベッドに倒れた。見事なまでの完敗にぐうの音も出ない。カードの引きがもっとよくても今の原には勝てない気がするのが、遊座の顔から力を失わせる。ベッドで隠してなければ、ラリったナマケモノの顔を晒してしまう。

 カイザーとの一戦で負けて以来、なんとか症候群ではないが、感じて当然なはずの闘志がどこか燃え尽きたような感覚があった。藤原雪乃との約束を果たせず、あれ以来一度も彼女と言葉をかわせていないからか。『究極竜騎士』という、最高の隠し玉を使ってなお及ばなかったためか。待ち望んでいた筈の原麗華との一戦がこうも感慨もなく終わってしまったのは、自分に落ち度があるためか。

 ダウナーなテンションのせいで、ポジティブなことを考える気力が起きない。どうにかしなきゃ……と考えていると、原がベッドの枕側の方へと座った。

 

「どうでした? 私の新しいデッキは」

「原さん」「はい?」

「そのデッキ、僕以外の人相手には、使わないで」

 

 原が息を呑んで生まれた、一瞬の空白。ちらりと顔を上げてみたが、角度のせいで表情が窺えず、ただ彼女の耳が火照っているのが分かった。さっきのデュエルで戦術が上手く決まり、嬉しかったのだろうか。

 

「そ、それはその、どういう意味でしょうか? せ、積極的な言葉でしたけど……それは遠まわしにその……」

「さっきのワンターンキル、初心者泣きます。経験者でも傷つく。そんぐらい完璧だった」

「……あの、褒めているように聞こえないんですけど」

「完成度は最高レベルだったよ。入学試験の時に見た、先手必勝のバーンコンボより。昔流行った手札破壊コンボを思い出すね。ほら、『強引な番兵』を使った奴」

「嗚呼……『いたずら好ずきな双子悪魔』も使っていましたね……。まさか、それと同じレベルだと?」

「あ、あれほどじゃないよ、さすがに! 何というか原さん、伸びしろが有り過ぎて逆に怖いくらいだ。自分に満足してない証拠なんだろうけど……強くなりすぎかな、って」

 

 二の句を言わんとして、遊座ははっとした。今の言動、まるで原に向かって「強くなるな」と言っているようではないか。より高みへと精進するデュエリストの心を尊重もせず、迂遠な言い回しで否定している。敗北を重ねて意気を落としてるからといってその気分で他人を否定するなんて……。自省の念に、遊座は首筋に冷たいものを流す。

 ボスッ。不貞腐れたように、原は枕に顔を埋めた。くぐもった声はツンツンとしている。

 

「下柳さんからそんなことを言われるなんて思ってもいませんでした! 気分を害します!」

「ご、ごめん……」

「……謝っているのなら、その……もう少し別のやり方があるのでは?」

「そ、そう? だったらどうすればいい? 何でもやるよ!」

「じ、じゃあ……ら……とか」

 

 彼女の声は小さすぎて、船体が軋む音に呑まれそうなほどだった。だが幸いか不幸か、遊座の耳はその呟きを鋭敏に捉え、彼の胸を不意に高鳴らせる。

 やや迷ったように視線を移しながら、遊座は壁を背にするように枕元へと動く。そして正座の姿勢を取ると、壊れ物を扱うように原の頭を持ち上げ、己の膝へと置いた。さらさらとした艶やかで癖のない緑髪が揺れ動く。

 

「これでいい、かな?」

「…………はぃ」

 

 真っ赤にした耳がもぞもぞと動き、遊座の膝に顔を隠した。さりげないミントコロンが上品な女性のいじらしさを演出するようだ。

 遊座の視線が、露わとなった原のうなじに吸いこまれる。陶磁のように透き通いていたそれが仄かに色付き、呼吸と共にぴくりぴくりと脈打っているかのよう。二人きり、ベッドの上、密着、薫り。それらすべての要素が、遊座の心にひそんでいる邪な想いを誘惑した。

 横槍を入れるものは誰もいない。まるで導かれるように、遊座の手がその白いうなじへと向かっていき……部屋の戸が開かれた。

  

「御邪魔だったかしら?」

 

 妖艶な薄紫のツインテール。パリコレを制覇するような黄金の調律がとれた体。男を誘う深い眼差しと、絶世の顔立ち。藤原雪乃だ。

 その登場に肩をびくりとさせた遊座とは対照的に、原はしごく落ち着いた様子で、しかも大胆に遊座の膝へ顔を擦らせる。甘える犬のように。そして藤原へ見せつけるように。

 

「……いえ、別に」

 

 藤原の柳のような眉がぴくりと跳ね上がる。原は微動だにせず、どこか勝ち誇ったような雰囲気だ。

 

『うほっ、良い修羅場! 遊座、原をそっと抱いてやれ』

(やだよ! 死ぬよ!)

 

 静かな睨み合いを切り上げた藤原は、堂々と遊座の隣へと腰掛けてそのまま彼の肩へしな垂れかかる。

 ミントの薫りを打ち消すような、マーガレットのコロン。片腕ごしに彼女の熱っぽい体躯が伝わり、遊座の頬がゆるゆると緩みかける。

 

(どうなってるのこれ!? こんなモテ期にいつなったの!? な、流されたい……このまま雰囲気に流されたい! けどそれじゃ、節操がない! 我慢しなきゃ!)

 

 内心の葛藤を弄ぶように、藤原は繊細な指を遊座の顎へと伸ばして、その肌を撫でる。「へあ」と情けない声が漏れたのは仕方のないことだった。原が膝を抓ってくれるおかげで、何とか理性が暴走しないで済んでいる。

 

「あの時、以来ね。こんなにあなたと近くにいられるのは」

「あれ以来とはどういうことです?」

「麗華には教えてあげないわ。あの部屋でのことは、私と彼の二人だけの秘密ですもの。ねぇ、遊座?」

「ご、ごご、誤解を招くような言い方はよそう! あれはただの、あいたたっ! 原さん、抓らないで!」

「あ、あなた、二人きりで何していたんですか! この不埒者!!」

 

 二人の美女を相手に、嬉し痛しの連続である。昔こういうアニメがあるのを聞いた時は主人公が羨ましいとさえ思っていたが……二度とそう思うまい。胃痛がするし、頭痛もする。正直辛い。『俺も多くの女を侍らせていてだな』などという楽観的な懐古主義者が、ひどく憎たらしかった。

 数分後、遊座の膝やふくらはぎに紫色の抓り痕を残したことで原は落ち着いたらしい……それでも、頭越しに炎が盛っているように見えたが。藤原はマイペースに、遊座の腕に肉感的な温もりを伝えながら。

 

「ねぇ、遊座。船が着いたらどうするの?」

「自分の家に帰るよ。童実野町に」

「羨ましいわ。デュエリストの聖地が実家だなんて。小さい頃から、さぞ有名だったでしょうね。キング・オブ・デュエリスト、武藤遊戯のことは」

「まぁ、ね……海馬社長との因縁は、学校でも話の種になっていたし」

「ねぇ、遊座。夏休みの間、一人のままじゃ寂しいでしょう? 都合のいい日取りを教えてくれるかしら。今度、あなたの家に御邪魔になろうかと……」

「マジっすか!?」「ふ、藤原さん! いいですか、男女十八にして同衾せずです! あなたは下柳さんのような年頃の男性の家に、お、お泊りに行って……いくら下柳さんでも狼になりますよ!?」

「あなたは真面目ねぇ、麗華。遊びに行くだけよ。遊座、これ私のアドレスと電話番号。気が向いたら……もしかしたら私の方からかもしれないけど、電話を頂戴。あなたともっと深い仲になりたいから」

「わ、私のも教えます! 童実野町は近所ですから、すぐに会いに行けますよ! いいですか、何かあったら、私に! 私に言って下さいね!」

「あ、ああ。ありがとう……」

 

 『強引な番兵』のように、二人は遊座の手元へ紙を押し付けてきた。どちらも童実野町出身ではないことだけを今は覚えておくことにして、遊座は船が到着するまで、二人の橋渡しのように気を遣い続けることにした。

 

 

 船が到着の汽笛を鳴らしたのは、それから2時間後のこと。出航の日を思い出させる青々とした海と、機械仕掛けの発達した近代都市……船は横浜の港へと到着し、生徒らは口々に懐かしむようなことを言いながらそれぞれの帰路へと着いた。普通の生徒は公共交通機関を利用するため、原もその列に加わったのだが、藤原は出迎えのリムジンに乗って帰っていった。育ちの違いというのは恐ろしい。

 一方遊座といえば、船旅の心労を癒すために一人横浜港へと残っていた。今日は祝日。赤レンガ倉庫や大観覧車から活気の響きが伝わってくるようだ……目にはおぼろげにしか見えずとも分かる。島にはない喧騒が、本島への帰還の実感を沸かせる。

 

「本当に帰ってきたんだね。3か月って、意外と長かったなぁ」

『この港の光景も懐かしいな。見ろ、大きな歯車が回っているぞ』「観覧車ね」

『そういえばあれ、昔壊されてなかったか? でっかい羽虫か二足歩行のスカラベあたりに。直ったのか?』

「あれはね、映像作品での出来事で……ん?」

 

 ふと、遊座の方へ黒塗りの高級車が近寄ってきた。一目で外国産だと分かる威圧感。

 車は遊座のすぐ近くに止まり、中からサングラスをかけた体格の良い男性が降りてきた。

 

「下柳遊座様でいらっしゃいますね」

「は、はぁ……えっと、どちら様ですか」

KC(海馬コーポレーション)社の磯野と申します。海馬社長が、あなたにお会いしたいと申しております。実家への御帰りのところ申し訳ありませんが、どうぞ御同道下さい」

「し、社長直々に呼び出しですか!? 嗚呼、今日中に遺言書を書かなきゃ」

 

 アレだ。もうアレしかない。アレしか思い浮かばない。なんて言おう……「『究極竜騎士』を勝手に使ってゴメーンネ。しかも負けちゃってゴメーンネ」。退学不可避だ。絞殺される。

 車外の風景が横浜から童実野町へと移ったのにも気づかず、遊座は何度も言い訳のシミュレーションを行う。だがあの《ザ・カリスマ》海馬社長の数々の言動を思い出していくうちに、会社に着く前には既に心は屈服してしまった。何を言おうとあの人は容赦しない。ここが自分の墓場と化すのだ。

 童実野町最高峰の建築物、KC社本社。『この会社、ちょっとおかしくないか』という相棒の言は、まさに正鵠を射るものがあった。いつ建てた、会社正面にそびえる『青眼の白龍』像。なんの意味がある、『青眼の白龍』記念館。なぜ賑わう、『青眼の白龍』写真撮影用の穴あき衝立。ほんとにここの社長はちょっとおかしい。おかしい人ほど天才でプライドが高い。嗚呼、やっぱり僕の死に場所はここだ。

 

「社長、下柳様をお連れ致しました」

《入れ》

 

 ドア越しの少々ドスがきいたボイス。遊座は死兵の気持ちで……実際杖を持つ手を震わせて、KC社の社長室へと入っていく。たった一人で。

 夕陽を後光のごとく背負い、彼は座っていた。日本人離れした鷲のように精悍な顔立ちで、若く高圧的な眼差しはバトルシティ開催時とまったく変わらない。トレンドマークであるノーショルの白いコートは、今さっき新調したように美しく優雅だ。

 彼が海馬瀬人。童実野町に君臨し、カード界を政界・財界と並ぶまでに成長させた立役者の一人。『TIMES誌』による『世界で最も人気のある企業 NO.2』の大社長。立体映像(ソリッドビジョン)を世に送り出した天才経営者……そして、キング・オブ・デュエリストに並ぶ最強のデュエリストだ。

 

「貴様が下柳遊座、だな」

「は、はい! デュエルアカデミア本校1年、下柳遊座です! 社長には、デュエルモンスターズを通じて――」

「――見え透いた世辞を述べろと誰が言った?」

「す、すみません! 口が滑りました!」『滑ってどうする』

 

 海馬社長は無駄を嫌う。童実野町在住の人間なら誰でも知っている常識を遊座は思い出し、背筋をぴんとさせた。

 社長は「ふぅん」と鼻を鳴らす。

 

「貴様。デュエルアカデミアの公開デュエルで、『究極竜騎士』を使ったそうだな」

「は、はい……」

「世間でも貴様に注目が集まっている。遊戯とこの俺に続き、三人目となる『究極竜騎士』の使用者。しかもシングルデュエルでは史上初だ、とな」

「……『カオス・ソルジャー』が手元にあって、丸藤亮を倒すにはそれしかなかったから、そうしたまでで。もし『究極龍』が手元にあったら、僕はそっちの方を召喚して……あっ! い、今のは、別に『青眼の白龍』が欲しいって訳じゃありませんからね!?」

「そんなことは分かってる。何人たりとも俺の『青眼』を侵すことは許さん。たとえそれが、遊戯であってもだ」

 

 神を前にしても揺るがぬような絶対的な『白龍愛』。テレビで見てきたアレは、エンタメでもなんでもない、本物の愛だったのか。遊座の心で感動が生まれた。

 

「下柳。貴様に聞きたいことがある。どうだった、伝説と呼ばれる史上最強のモンスターを使役した感想は」

「え?」「どうだったと、聞いている」

 

 遂に詰問の時間がきた。言い訳も虚偽も認めぬであろう、攻撃力3000の睨みにどうすることもできない。

 時代劇で悪事のほどをばらされる商人のように、遊座は正直に話した。

 

「……とても、誇らしく思いました。あんなに凄いモンスターを使えるなんて。人生の中で一番興奮したのを覚えています。

 けどそれ以上に、あのカードを使って負けたのが、今となっては凄く悔しいです。相手モンスターの種族を変更していれば……まだ勝機はあったかもしれません」

 

 相棒も空気を読み、口を閉ざして社長を見詰めている。彼がいなければ声がもっと震えていたかもしれない……感謝の思いを遊座は抱いた。

 社長は数秒ほどこちらの心を覗くように黙っていたが、口を再び開いた。

 

「どこで『竜騎士』を手に入れた」

「義理の父からです。父はカードバイヤーで、レアカードについて詳しくて、色々な方面に伝手を持っているんです。もっとも、それは実父から受け継いだものですけど」

「ほう……一カードバイヤーが、『竜騎士』を手にするとは驚きだ。あれはペガサスがデュエルモンスターズを生み出す際、『青眼』と共に刷られた最初期のカード。初版で刷られたきり二度と作られておらん。普通であればそのような貴重品は資本家やコレクターの手に渡り、厳重に保管される筈なのだがな」

「……僕は入手経路については、よくわかりません。これは実父から託されたものだと義父に教わったきりで」

「……ふぅん。よかろう。それについては今はどうでもいい。俺から言いたいのは一つだ」

 

 ぎしりと、椅子の背もたれを歪ませる音。社長の口許に浮かんだ笑みを見て、遊座は己の運命が終わるのを悟り――

 

「貴様はそこいらの取るに足らぬ凡骨よりかは、ましなデュエリストだということだ」

「……え。えっと、どういう意味ですか?」

「分からんか。貴様は己の力で、戦いのロードを切り開こうとした。下らぬ周囲の視線や、プレッシャーに打ち勝ち、至高のカードを扱ってみせた。公の舞台、デュエリストの戦場で! 

 俺はそれを賞賛しよう。貴様からは勝利への執念を感じ取れた。この童実野町から新たな強者が生まれるとは……バトルシティを成功させた甲斐があったというものだ。ふはは、フハハハっ!!!」

 

 ――まるで『青眼の白龍』の攻撃で勝利したかのようにご機嫌な社長に、唖然となった。

 どうしてそんなに笑っているのかは理解出来ないが、どうやら彼は怒っていないことだけは確かみたいだ。それを実感して安堵を覚えるより早く、社長は微笑みながら続けた。

 

「それで、下柳。本題に入ろう」

「エッ!? 今までのは本題じゃないんですか!?」

「勘違いするな。俺個人が動くのは、俺以外に『青眼の白龍』を使う人間が現れた時だけだ……もっともそんなことは有り得んが。貴様が使ったのは『カオス・ソルジャー』と融合素材モンスター。俺が手を出す意味もない」

「あっ、そうなんですか……よかったぁ! 『竜騎士』の半分アルティメットだから、「俺以外に使うのは許さん」とか言ってぶっ殺されるかと」

「ふぅん。御望みならそうしてやるが」

「すんません、今のは妄言です!」『お前……緊張から解放されると、なんで口が緩くなるのだ。はしたないぞ』

 

 横からの突っ込みが耳に痛い。しかし彼がこうして口を開くということは、一先ず山場を越えたという証左。リラックスして話す事ができそうだ。

 しかし社長が機械を操作して映した映像は、一見穏やかに見えて、そうではない。遊座の自宅だ。それを囲むようにバンが何台も停まっているが……。

 

「この映像を見ろ。現在、貴様の家の周辺には有象無象の輩共が大挙して貴様を待ち構えている。つまりマスコミだ。童実野町近隣に住む、貴様の友人も同様だと社員から報告が上がっている」

「ほ、本当ですか……って近隣ということは、原さんも……?」

「貴様があれを使った唯一の失点は、カメラのの前だったという事だ。船旅で知る由もなかっただろうが、既に貴様の特集が放映されている。ゴールデンタイムでキー局の特別番組が組まれる程のな」

「うへぇぁ……」

「情報統制を敷いて状況を安定させはしたが、背広を着たゴロツキどもが遠からず、金目当てに卑劣な手段を行使するのは目に見えている。

 デュエルアカデミアは俺の夢を支える組織だ。その組織の一員たる生徒が、下らぬ世間の興味とやらで圧迫され、潰されるのは癪だ。

 よって貴様の身柄を一時的に我が社、この俺の下に預かる事にする。異論は認めん」

 

 一息に社長はまくし立てた。上から目線の言葉の裏に、遊座は社長の心遣いを感じ取った。

 

「社長。ありがとうございます」

「礼を言うほど冷静ならば、デッキを見直せ。貴様のデッキは装備魔法次第で化ける。凡骨と同じ種族のモンスターを気に入ってるなら、望むままにカードを引き当てる術を充実させろ」

「御助言、痛み入ります。……あの、二つ伺いたいことがあるのですが」

「言ってみろ」

「義父は、今はどうしていますか? あの人もマスコミに追われているんじゃ」

「貴様の義父は、貴様のデュエルが放映された時間、海外に滞在していた。我が社が手を打つより早く奴から一報が届いてな、暫く大人しくしているゆえ息子を頼むとのことだ」

「嗚呼……迷惑かけちゃったか。あともう一つですが」

「貴様の友人のことだろう。既に手は打ってある。貴様もそれに従え。磯野」

 

 革靴を鳴らす音。磯野が社長室へと入ってくる。

 

「会談はこれで終わりだ。何かあったら磯野に言え。以上だ」

「し、社長! 色々とありがとうございました! 精一杯、恩返しします!」

「ふぅん。早く行け、日が暮れるぞ」

 

 社長は椅子をくるりと回して背中を向けて、茜色の夕焼け空と対面する。どこまでも威風堂々とした人だ。

 本社から出された車に乗りながら、遊座はふとあることを思い出す。

 

「磯野さん……社長って今、何歳でしたっけ?」

「今年で、御年23歳になられます」

「し、新卒一年目の年齢……決めた。僕、23になったら社長みたいな威厳を持てる人間に成長します!」

『まったく想像できん。お前、上に立つような人間じゃないだろ』

「……相棒もだけどね」

「は?」「な、なんでもないです、ハイ!」

 

 車がタイヤを止めるまでの間、遊座は暮れなずむ童実野町の風景に見惚れ、感慨に耽るように口を閉ざした。

 

 

 社長室に一人残った社長は、一本のテレビ電話に出ていた。

 

「調べがついたか、モクバ」

《うん、兄様》

 

 下柳に対するよりも、何倍もの優しさに満ちた声。返ってくるのは知性を感じさせる返事で、映像にはグレーのスーツを着た青年の姿があった。社長によく似た鷲のような顔立ちに人懐っこい眼差し。ドレッドヘアのような末広がりな髪型が特徴的だ。

 海馬モクバ。海馬瀬人の弟にして、KC社の副社長である。こと、情報収集と分析にかけてはモクバに比する人間などいない。海馬瀬人はそう確信して、弟を絶対的に信頼している。ゆえに弟に対しては、特に重要なことについて調べるよう任せることが多い。

 今、その報告を瀬人は受け取っていた。新たに出てきた画像には、丸顔の穏やかな顔付の男性が映っている。遊座が歳を食った姿として見る事もできるが、はたしてその通りで、この男は現在の遊座の父であった。

 

《秋田与志夫、旧姓下柳与志夫。高校卒業後と同時に一般女性に婿入りして、姓名を秋田に改める。その後大学の研究機関のスタッフとして務めて、勤続2年目にサウジアラビアへ渡航。以後、現地で考古学の研究をしていたと思われる》

「思われるとはどういうことだ」

《詳しいことが分かっていないんだ。今から7年前、兄夫婦である下柳祐樹・美里が突然失踪するまで、何をしていたかまったくつかめていない。

 兄夫婦が失踪後は日本に帰国。姓名を下柳に戻して、遺児である下柳遊座の義父として兄の仕事を継いでいる。その時点で、与志夫の妻は他界して、その妻の実家とも縁を切っている》

 

 彼を調べろと言う社長の判断。それは、報道に対してあまりにも早く彼が行動したことに端を発する。

 報道放映時、与志夫は上海にいたことが分かっている。現地のテレビでは日本の番組は放映されていないし、報道規制が毎日のようにかかっている。当然日本国内の番組など見る事はできないはずだが、彼は報道直後の時間帯には既に滞在先のホテルから出て、上海を抜け出していたのだ。その上彼が連絡を寄越したのは、KC社の現地法人が彼に連絡を入れるより前の話だった。一方的に話してガチャンである。まるで報道を見て、慌てて遁走したようではないか。

 あまりに性急すぎる行動が、逆に社長の眼をひいたのだ。息子が使用した超絶レアカードが、さらに疑問を掻きたてた。あのカードを使用したことが関係あるのではないか、と。

 

「続けろ」

《与志夫は、帰国後は古物商として古物の修繕・販売をしている。それと並行して、兄の仕事であったカードバイヤーとしても手広くやっているみたいだ。

 仕事柄は温厚、職務に忠実。収集癖があるらしくて、何かを集めたり調べたりすることに才能があるみたいだ。扱う商品も高価格・高品質のものが多く、顧客からの信頼は厚い。……けれど》

「どうした」

《……兄様。こいつは胡散臭いよ。才能があるだけじゃバイヤーはやれない。しかもこいつがやっているのはレアカード専門の売買だ! ある程度は運が絡むだろうさ。なのに、こいつの所には呆れるくらいレアカードが入ってる。分かっているだけで、去年だけで総額9億ドル規模の売買をしているんだ! 個人でだよ?》

「お前の言う通りだ、モクバ。カード界とは無縁だった奴が、こうも容易く業績を伸ばせるとは思えん。極めつけは『究極竜騎士』。奴はどうやって手に入れた」

《兄様は、やっぱり疑っているの? こいつのこと》

「遊戯以外に、あのカードを持っている奴を俺は知らん。そもそも、あれは世界でたった2枚しかないカード。1枚は遊戯が持っており、もう1枚は行方知れずだった。それを首尾よく手に入れたとして、どうして義理の息子に渡せる。カード界に無縁だった奴の行動とは思えん」

 

 もし与志夫が成金趣味の人間だったなら、金のなる木は自分の手元に保管しておくだろう。しかし遊座のレアカードの保有率を考えるとその線は消える。かといって与志夫がカードに執着していないようにも見えない。情報が不足している。

 黎明期からデュエルモンスターズに関わり続けてきた人間として、そしてカードの力で世界の運命を動かしたデュエリストとして、下柳与志夫という人間は警戒に値した。デュエルモンスターズを世界に広めるための行動というのなら容認できるが、行動の一つ一つが不自然で、疑いを呼び起こす。海馬瀬人にはカード界の秩序を守るために、彼に目をやる必要があった。

 

「どんな経緯であれ、奴の行動次第で何が起きるか分からん。モクバ。そいつの情報を徹底的に洗え。この事は下柳と、マスコミには漏れないようにしろ」

《分かった。俺からは以上だよ》

「苦労をかける。落ち着いたときに、一緒に食事でもどうだ」

《へへ、いいぜ。兄様と一緒なら、どこへだって行くよ! それじゃ、頑張って調べてくるぜぃ!》

 

 兄は淡く微笑み、通信を切る。

 徐々に昏く静まっていく童実野町の夕景。ネオンの燦々たる光がここを支配するのはもう間もなくだ。

 

「下柳与志夫……貴様は何を企んでいる」

 

 海馬は静かに街並みを見下ろす。新しくオープンさせた超高層ホテルや海馬ドーム……興隆の証。童実野高校や武藤遊戯の実家……懐かしき思い出。

 学生だった頃から、良いも悪いも、多くのことをここで行ってきた。その結果、デュエリストの聖地と呼ばれるまでに成長させてきた。そういう自負がある。ぱっと出のどこぞの馬の骨ごときに、街の平穏を乱されることはあってはならない。

 海馬は超高層ホテルの最上階へと目をやった。KNH(海馬ニューホテル)。下柳遊座の滞在先となる、仮住まいの家であった。




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 前半:へい坊や、スクープ下さい

 プロットに悩んだ挙句、フツーな内容になってしまいました。
 次回、デュエルします。


 

 

 寝起きに感じたのは、カーテンを貫いて差しこんでくる夏特有の陽光と、適度に利かされた空調の音だった。

 眠たげに顔に手を当てて、ツァン・ディレは体を起こす。和装の寝間着がやや肌蹴ているのは寝相のためだ。昔からディレは、寝返りを打って体を横にする癖があった。おかげで肺が圧迫され、寝苦しさから悪夢を頻繁に見ているのだ。

 今日見た夢はこの上なく意味不明だった。望遠鏡で空を見上げている少年が実は前方から見た自転車だったり、トンコツラーメンがトンエロラーメンに見えたり、カーテンの影が絶妙な濃淡で『ヤタガラス』に変化してドローロックを決めてきたり……。最高の悪夢だった。

 

「なんて夢よ。やだもう……寝汗が酷い」

 

 変えの衣服と下着を手に、同室の者を起こさぬようにしながらディレは閑散とした温泉旅館を歩く。

 露天風呂へ着くと、脱衣所ですべての衣服を脱ぎ、体を隠すタオルもなしにタイルを踏む。朝の陽ざしが竹藪に囲まれた乳白色の湯を輝かせている。静かに足を差し入れ、そして二の腕のあたりまで体を沈ませていくと、ほっと息を出してしまう。露出した肩や首元に湯をかけながらディレは――。

 

「ふぅ……良い身分よね、ほんと。社長さまさま。

 けど大丈夫かな。麗華も、藤原さんも。ボクらみたいに追われてないといいんだけど」

 

 中部地方のひっそりとした避暑地にまで、マスコミが追ってくるとは思えない。学園のニュースはいわばホットトピックだ。熱が冷めれば誰もが興味を失くす。だが人を惹きつける要素を持つ人間、下柳遊座や藤原雪乃などは、情報次第では自分より大変な目に遭っているかもしれない。原麗華も、遊座と親しいという事で難儀しているのやも。

 とても心配だが、かといって自分が何かできる訳でもない。歯痒さを隠すように口許まで湯に浸かり、ディレは「ぐぼぼぼっ……」と息を吐いた。

 体が芯まで温まったところでディレは朝風呂を切り上げて、部屋に戻る。ニュースの声が耳に届いてきた。

 

《――これらの生徒らに対して、海馬社長は一時的な保護を行うとともに、各マスコミに対して過剰な報道を避けるように意見書を提出されました。今回は、その意見書のコピーを使用して番組を進めていきたいと――》

「おはようございます! 朝風呂してたんですか?」

「ゆま、おはよう。起きてたの?」

 

 笑みを返す宮田。彼女もまたマスコミに追われる身であり、ディレと同じ経緯でこの旅館へと避難してきたのだ。

 

「寝汗ぐっしょりで酷かったから。何か飲まない? 冷蔵庫に確か紅茶があったと思ったんだけど」

「えへへ。実はもういただいちゃってます。ディレちゃんのも、日本茶を用意してますよ」

「嗚呼、気が利くわね。さすがよ、ゆま」

 

 テーブルにはコップ一杯の冷えた緑茶。風呂上がりには丁度いい渋みだ。

 ちびりちびりと飲んでいると、宮田は座布団に胡坐をかいて適当にテレビのチャンネルを切り替えていく。

 

《――そういうところがありましたが、今回の一件は海馬社長が自身の判断力を見せつけた点を注目するべきだと思い――》

《――西日本からの湿った空気が流れ込んでくるため、中部地方では『青眼』のち『真紅眼』の天気に――》

《――モリンフェン体操、はっじまる――》

《――俺からすればまだ地味すぎるぜ。もっと腕にシ――》

「ピッ。つまらないですね」

「『魔人テラ』みたいな素敵な笑顔で言うんじゃないわよ……あんた、それでいいの?」

「はい、HERO使いは笑顔が大事です」

「答えになってないわよ。ボクがHEROを使っても、ゆまみたいに素直になり切れないわよ」

「ディレちゃんでも十分扱えますって。たとえばディレちゃん、いざという時の即断即決が凄いじゃないですか。それもHEROに必要な条件だって、カイバーマンが言ってましたよ?」

「い、言ってたってあんた、まだあの番組見てたの?」

「はい! 子供の頃からずっと好きでした。今も好きで、今度童実野町でやるイベントにも参加するんです! デュエルにも興味はありますけど、一番はカイバーマンです! 社長に話したら、「フハハハ」とか言ってましたよ」

「どういう意味よ」「愉しんでこい、って意味です」

 

 迷いなき答えにディレは苦笑を浮かべて茶を一口飲む。笑い一つで色んな解釈が出来るから不思議なものだ。

 ディレは座布団に座り直して、話題を切り替えた。 

 

「そういえばあんたが寝た後、ボクのPDAに麗華から連絡が来たわよ。あの子は今、童実野町にいるんですって」

「え? というと、遊座さんの故郷ですか?」

「ええ。どうもカメラの映り方のせいで重要人物っぽく見られてるらしくてね、家にマスコミがこぞって来たんだって。その後、海馬社長の部下の人が送ってくれたのが」

「童実野町、ですか。あうぅ、可哀想です。私達と違って何かした訳じゃないのに」

「本当よ。……まだこんな時間だから、様子を見るのも憚られるわね。けど遊座の方は大丈夫でしょ。ゆま、PDAのコードをテレビに繋いでみて。嵐の中心にモーニングコールよ」

「合点承知の助」

 

 慣れた手付きで宮田は配線を終える。アニメ好きのテレビっ子なだけあって、こういうのは得意なのだろう。

 学園から配布されたPDAはKC(海馬コーポレーション)社が開発したもので、テレビ会話機能も充実している。当然、それらは液晶に映す事だって可能だ。

 配線を繋げたのを確認して、ディレはPDAで遊座をコールする。旅館のテレビに映ったのは、まず上品な白のカーテンに彩られた窓と青空だ。そして岩のように微動だにせぬ老紳士。そして彼を侍らせて、放蕩皇子のように鷹揚に食事を取る遊座の姿だった。

 

《朝に食べるフルーツは格別ですね。そうえいば、メインディッシュは何でしたっけ》

《3種類からお選びいただけます。本日のお薦めは、海馬ファームから仕入れたばかりの最高級卵を使用したホワイトオムレツです》

《海馬ファーム? さすが社長。農業にも手を加えているとは、心服します。では、オムレツでお願いします》

「遊座っ!」

 

 給士が下がっていくのを見送った後、遊座は鋳造されたばかりの金貨のような晴れやかな笑みを返してくる。

 《あっ、元気してた?》。ディレの額に青筋が走る。

 

「何が元気してたよ!? こっちが結構心配していたと思ったら……ず、ずるいわよ、ボクもオムレツ食べたい!!」

「そ、そうです! 果物ずるいですぅ!」

《そ、そんなこと言われたって、此処に通常のサービスって言うんだから、受けるしかなくて》

「通常! そんな高そうな皿のどこが通常なのよ。本当にそこって日本なの?」

《いやいや、日本だよ。僕がいるのはね……KNH(海馬ニューホテル)の61階――》

 

 ――ぬっ。老紳士がカメラを占拠し、茶目っぽくウィンクをする。

 

《ロイヤル・スィートで御座います》

「「ロイヤル・スィート!?」」《ああ、僕の台詞っ!》

 

 給士らしい老紳士は苔のような穏やかな笑みを浮かべ、テーブルに皿を置く。

 珠玉のように美しいホワイトオムレツに、紳士以外の一同は息を飲んだ。

 

 

 ――――――――――

 

 

 KNHとは、今年の初めにオープンしたばかりの童実野町の新しいランドマークだ。地上62階建ての超高層建築物であり、44階から上階はホテルルームとなっている。高級レストランやスパ等を併設しているのも魅力的だが、何と言っても一番有名なのは海馬社長直々の許可が無ければ宿泊できないスィートルームだ。

 社長は其処へ、遊座を宿泊させている。彼が所有する数枚のレアカードが米ドルでいうミリオンの値まで達している事実と、スキャンダル好きなマスコミから匿う必要性を考えれば、当然の判断と言えた。

 海馬社長は手を組みながら社長室の椅子に寄り掛かり、磯野の報告を受けている。

 

「生徒らの保護は進んだか」

「はい。現時点で、のべ20人の生徒らを保護下に置くことができました。いずれも学園で、下柳・丸藤両名とある程度親交のある生徒達です。他の生徒らは、保護の必要がないと判断し、監視下に置くのみとしております」

「うむ。下柳と親しい生徒は?」

「原麗華、ツァン・ディレ、宮田ゆまの3名はそれぞれKC(海馬コーポレーション)グループ庇護下の旅館に宿泊させております。

 例外として、丸藤亮はサイバー流の道場へ自主的に避難し、向田慶介は家族と欧州へ行っております。また藤原雪乃については家庭より直接、保護の必要はないとの連絡が入りました」

「ふぅん、大した自信だ。よかろう、藤原家との連絡体制を強化しておけ」

「了解しました」

《社長、デュエルディスク開発顧問の野北です。入ります》

 

 のっぺりした顔をした白衣の男が入ってきた。元は映像機器メーカーの開発主任だった男だが、海馬社長に引き抜かれ、立体映像(ソリッドビジョン)について誰よりも詳細に知る権利を得たのだ。

 

「報告します。バイク搭載型デュエルディスクの最終調整が終了しました。4日後の海馬ドームでのイベントに参加させることができます」

「よし。磯野、レーサーは誰にするか決まっているな」

「はい。日本を代表するレーサーを2名呼んでおります。うち1名は現在、マンハッタンにいますが、明日中には帰国する予定です」

「イベントの不備など認めん。帰国次第、双方を交えて打ち合わせをしておけ。『カイバーマン』は15か月連続で視聴率35%を達成している番組だ。それに相応しい内容でなければ、『カイバーマン』の沽券に関わる」

「はっ」

「野北。常にデュエルディスクが万全の状態であるかチェックを怠るな。カード業界に革命を起こす作品だ。期待している。しっかりこなせ」

「委細承知致しました」

「海馬社長、報告はまだ御座います」

「言ってみろ、磯野」

「はっ……今朝、下柳様から外出の許可を求められましたので、社長の事前に仰せになられた通り、護衛付での外出を認めました」

「そうか。何か理由を述べていたか」

「生活に必要な最低限の物は自分で用意したいと。何から何まで任せきりというのは社長にも悪いし、ベッドメイクの時間くらいは外出したいと」

「ふん。なら好きにさせておけ。俺から特別何かを言うまでもない……が、貴様はまだ何か言いたそうだな」

「はっ……今朝、KNHの駐車場に不審な車が2台入っておりました。そのうち1台にはこれが」

 

 磯野が写真を提示する。外国産らしい銀色のSUVだ。鮮明度を上げたカメラには、一眼レフを車中で構えている男の姿があった。

 

「ちっ。マスコミ風情が、俺のホテルに土足で入りこむとは。第二段階だ。磯野、下柳に更に行動の自由を認めろ」

「さ、更に自由を? 宜しいのですか」

「ふぅん。状況は常に流転する。デュエルと同じだ。ならば俺は、それを利用して、戦いのロードを歩むだけだ。

 野北。マスコミ共の無謀次第では、貴様の試作品を試す絶好の機会が訪れるやもしれんぞ」

「愉しみです。ドライブとデュエルの融合……きっと素晴らしいものが生まれるのでしょうなぁ」

 

 社長は何も言わず、忌々しげに写真を睨んだ。

 マスコミは報じる内容一つで愉快も不愉快も変えることができる。その点でデュエルとの類似性があるだけに、進んで不愉快な事をする輩には嫌悪感しか湧かない。早々に彼奴等を潰す手立てを打たねばと、社長は思案を巡らせていった。

 

 

 

 一方その頃。

 遊座は姿がバレぬよう、ベレー帽と伊達眼鏡、地味な薄着を着て街を散策していた。

 杖持ちの少年が切れ目のクール系の女性――磯野が派遣してくれた護衛――を同伴しての買物は周囲の視線を惹くものがあったが、遊座はスムーズに買い物をする事ができた。相棒が今日という日に限って、なぜか無口なのがその一因でもあった。

 エジプトはファラオが砂漠に君臨していた時代から、日本は数多の資本家が手をかわし合う時代へと彼は移ってきた。昨晩のKNHのスィートから見た綺羅星が渦巻くかのような夜景は、今朝の天地薫るような朝焼けは、彼にとっては神の視点からしか見えなかったものだろう。それを見ても彼は何も言わず、遊座もどこか気が引けたまま問う事もできなかった。

 

(何か感じるものがあったんだろうな) 

 

 とは思うものの、それが何なのか分からず仕舞いだった。ホテルに帰ってからは二人きりの時間が続く。その時にでも聞いてみよう。

 そう心に決めながら買い物を吸饐えていくと、そんなこんなで車中に買い物袋が4・5個ほど積まれてしまい、時刻は午後2時を回っていた。

 

「貯金降ろした。服は買った。カードも買って、おやつも買った。……後は、あそこだけか。すみません、この病院までお願いします」

 

 遊座は名刺を渡す。その住所を確認して、護衛は頷いた。

 

「分かりました。5速で飛ばしてもいいですか」「駄目です」

 

 不機嫌な顔をして、護衛は渋々命令に従って2速で病院へと向かう。病院は童実野町の外にある。其処には、遊座が昔から世話になっている眼科医がいた。

 事前にアポを取っておいたおかげで、遊座はスムーズにその人の所へ行く事が出来た。地元の囲碁クラブにいそうな感じの、狐目をした好々爺だ。

 

「上向いて……次は下。ぐるりと一周して、こっち見る。はいおーけー。次はいつものね。ポイントレーザーで絵を差すから、そこがどこか口で教えてね。……ここは?」

「『お注射天使』の顎です」

「此処は?」「『エルフの剣士』の、胸です」

「此処は?」「……すみません、分からないです」

「此処は?」「『ミスター・ボルケーノ』の……えっと、脇のあたりですか?」

 

 昔から幾百回とやってきたテストを、何時ものようにこなしていく。一通り終わると先生はチェックを入れて、再び別のテストへと移る。

 詳細なデータが取れた後、先生は目を線のように細めた。

 

「大分良くなったね。視界の上半分は完璧に見えてるでしょ」

「はい、おかげさまで」

「おかげさまじゃないよ。手術もなしに治しちゃったんだから。昔は全盲に近いレベルだったから、その頃に比べたら本当に良くなった。うん、学会に発表してもいい?」

「えー、僕のことかっこよく乗せて下さいよ?」

「ファッション雑誌じゃないんだからさ。そこまで恰好よくはならないな。

 じゃあ、本題ね。君も分かってるだろうけど、君の眼はね、まだ完全に治ったわけじゃない。視野の下半分の更に半分、つまりちょっと先の地面から足下を見る部分については視野欠損が生じている。そこに何があるか見えない状態だね。だからまだ杖は持っておきなさい、転倒の危険性があるからね」

「分かりました」

「君の回復力から考えて心配はないと思うんだけど、もしこれで18歳になるまでに治らなかったら、手術しましょう。近くに凄腕の先生がいる病院があるので、そこを紹介します。大丈夫だ、君なら治せる」

 

 老いを感じさせぬ若々しい口調で、先生そう断言する。数年来の付き合いで分かるが、この人は絶対に嘘を言わず、褒めるべき所は素直に褒めて敬意を表する人だ。

 

(……やっぱり、先生はいい人だなぁ。義父さんなんかじゃ眼にならないくらい、人間できてる) 

 

 古物商とカードバイヤーの二足の草鞋を履く義父は、遊座から声をかけねば親子関係が成り立っていないんじゃないかと思うほど私生活は淡白で、研究熱心な面がある。亡き実の父母が与えてくれた愛情を訴えても、彼は偶にしか意に介さない。気が向いた時にだけ、息子を息子らしく扱う感じだ。

 だがこの先生はリハビリを通じて遊座に安堵を与えてくれ、本物であれ偽物であれ、愛情を注いでくれた。法律関係で定められた最低限のものを与える義父よりも、よっぽど父親らしい態度を取ってくれた。遊座にとっては実父、義父に続く、3人目の父親であり、実父に続いて最も好きな人だった。

 

「お義父さんは元気かい? 君がいないところでは、結構気に掛ける人だったから」

 

 彼から義父の事を口にされた時、遊座の心が一気に曇った。

 普段友人には見せぬ苛立ちを滲ませつつ、遊座は話していく。

 

「あの人はいつも通りですよ。ビジネス一筋です。よく地方に飛んで、よく海外に行って。あんまり顔も合わせません。今あの人は、僕が学園で騒いだせいで海外にいるみたいです」

「あー、もう。君の目の前で言うのもあれだけど、なんか抜けてるよね、あの人。気にする所は気にしてそうじゃない所もあるとか。面白いなぁ。

 けど君の事を心配してたよ。もっといい治療法はないのかとか。昔からどうしても肝心なところで支えてやれないのが悔しいとか。騒ぎが収まったら帰ってくるだろうから、その時に色々と話せばいい」

「……どうせあの人の心配なんて、社交辞令も良い所ですよ。先生が僕の父さんだったらいいのに」

「こらっ。あの人に支援してもらってる身で言う台詞じゃないぞ。寂しい気持ちはわかる。だが、会話もしないで相手の事を好き勝手言うな」

 

 今のは先生の口癖だ。医者としての人生経験の豊富さから、彼はよく対人関係に悩む患者にそれを言うらしい。遊座も何度も言われた事があり、その時は親子間の絆を深く考えるのだ。

 だが家に帰ってあまりに無頓着な父を見ると、その気持ちが萎縮してしまう。毎度、毎度の事だと思うが、それでも寂寥と怒りが募ってしまう。先生の諭しは今の遊座にとって、火に火種を入れるようなものだった。

 

「……帰ったら聞いてますよ、色々と」

「そうそう。話すに越した事はないんだけどね」

「でもあの人、僕の話をまともに聞いてくれた事がないんですよね。僕が学園に入学するって言っても、好きにしろとしか言わなくて。お前の人生はお前が決めろって! 進路にすごく悩んで、障害学校に通うか迷った末の決断だったのに! 「へぇ、兄貴の息子はそんなに大事じゃないんだ!」って言っても馬鹿にするみたいに鼻で笑ってくるし! 学園にいる間、こっちがメールを送っても返信してこないし!」

「遊座、止めなさい」

「止めるってそりゃないですよ。『竜騎士』を使った後なんですから。あの人がくれた中で一番高価なカードですよ! 使えば何か言ってくれるんじゃないかって思って! ほら、僕はこんな事してるよ、こいつ見てどう思うよ!? なんか言ってよって! なのに音沙汰もなしに海外に逃げるなんて、信じられない! なんなんだよ、あいつは!」

「遊座!」

「僕のことどうでもいいっていうのか! 血が直接繋がってないから!?」

「口を慎め! 病院だぞ!」

「…………すみません。軽率でした」

 

 まだまだ言葉の槍が喉の奥から出方を窺っている。だが罅割れた能面のような先生を前にすると、遮断機のようにストッパーが喉の手前に降りてしまう。

 不承不承として視線を逸らす遊座に同情を示しつつも、先生はカルテを書きこんでいく。

 

「私からも君の父親に言っておく。もっと君と、親として接しろと」

「……すみません」

「あれだけ言う元気があるんだ。君はまだ義父を諦めていないんだろう? ならその気持ちを持ち続けなさい。

 処方箋出しておくから、涙を拭いたらもう帰りなさい。今日は早めに寝ることだ」

 

 指摘を受けて、遊座は目元に涙が溜まっていた事に気付く。知らず知らずのうちにここまで激していた証拠を指でふき取ると、礼を述べて去っていく。

 残った先生は診察室で一人、カルテの記入を進めていき、一分ほどでそれを終えるとナースを呼んた。

 

「はい、これ彼のカルテね」

「分かりました」

 

 ナースはそれを受け取ってナースセンターへ行く……素振りを見せて、人目がない一瞬の隙を突いて、非常階段を降りていった。

 階段の途中で小型のカメラを取り出すと、カルテを撮り、そのまま駐車場へと向かう。支柱の影に停まっていた銀色のSUVの下へ向かうと、運転席の窓を叩く。窓を開いた男にカメラを渡して。

 

「これ、言われたモンを撮ったから」

「……確認した。約束の金は口座に振り込んでおくよ」

「ねぇ、もうバイバイなの? 次に会えるのは何時? 御互いの時間が合いにくいにのは分かってるでしょ? なるべく早く……」

 

 媚びるような声色のナースの頭を男はがっしりと抑えて、女の頭を窓の内側へ無理矢理押し込む。硬直したように女の足が伸びて、その手が車の窓にもたれかかった。

 十秒か、二十秒か。食べ物を咀嚼するような水音が駐車場に響いた。解放されて蕩けたように肩を上下させている女を置き去りにして、車はエンジンを吹かし、男は颯爽とそれを勝って病院を去っていく。

 男は週刊誌のルポライターだ。顔と一物がそこそこイイ事を武器として、スキャンダルを知っているだろう人物――特に独り身の女性――と接触して親密となり、情報を得る事を専らの手段としていた。今日はKNHに宿泊しているという地方議員を狙って行動したのだが、途中、思いもしない大物が眼に留まって、標的を変えたという訳だ。

 半年前、この病院には過去に不正経理の横領が発覚した医者が勤めていた経緯があり、その時も男は手段を弄して情報をすっぱ抜いている。その時の伝手を生かせたのは、男にとって僥倖だった。

 

「結婚したくねぇな、あんな軽い女とは。……しかしいいモンが入ったねぇ、これは。ええ? 原因不明の長期の視野欠損? しかも手術なしに回復だと? いいねぇ、こういうヒロイズムは好きだよ」

田治(たじ)先輩。今病院の駐車場から、車が出てきました。ジャガーで、ナンバーは童実野001、ど、05-49です》

「例の餓鬼が乗ってる。追っかけろ」

 

 後輩記者からの連絡。田治も病院から少し離れた所でジャガーを視認すると、車間を開けて追跡していった。

 幹線道路を走るジャガーの車内、遊座は萎んだ果実のように俯いている。受付で渡された薬とお薬手帳がビニール袋に入って、脱ぎ捨てられたベレー帽と一緒にシートに転がっている。

 ここまで黙したままだった相棒が、ふわりと現れる。砂漠の砂山のように落ち着いた瞳だ。

 

『お前、薬も処方してたのか』

「相棒には見せてなかったんだけね。一応、これも必要なんだ」

『……あんまり無理するんじゃないぞ』「何のことだか、ね」

「失礼します、下柳様」「あ、はい」

「後ろから不審な車が追ってきています。シルバーのSUVと、ブルーのワゴンです。病院から出た時から、ずっとついてきています。いかがされますか」

 

 驚いたように遊座は振り向く。トラックの列に隠れて分かり難かったが、確かにその車はあった。

 ジャガー珍しさに追ってきているように思えない。という事は……。 

 

「顔が割れたと考えて、いいよね。護衛さん。高速に乗って一気に振り切っちゃって下さい」

「一気に?」「はい」

「……ふっ。分かりました。ベルトをしっかりと付けてください。飛ばしますよ……きひッ!」

「え? な、なにニヤついて――」

 

 ――瞬間、遊座の体はシートに張り付き、買い物袋が宙を踊った。

 豹のごとく唸るV8エンジン。外に見える遮音壁がキャンパスに絵具を落とすように流れ、消えていく。護衛が操るジャガーが周りの車を脅かし、颯爽と追い越し車線へと移って加速する。

 

《せ、先輩、気付かれました! 相手、一気に飛ばしてます!》

「ばっきゃろぉ! 高速に乗る気だ! おめぇの車の方が早いんだからさっさと追え!」

《それが、今ので車線が潰れちゃって! ああ、トラックも横付けすんな、うざってぇ!!》

 

 後輩が使い物にならぬと悟ると、田治はギアボックスをガチャガチャと言わせて、SUVに面目躍如の走行を強要させた。

 2台の高級車がまるで追いかけっこのようにICに乗り、高速道路へと入る。ギアチェンジで車が加速させていくのに、遊座の護衛は頬を赤くさせてにたついた。

 

「ヒヒッ。いい声で鳴くねぇ、この子……最高のギアチェンジっ! ゾクッてくるわァッ!」

「まともな護衛を送ってこいよ、海馬社長!?」

『遊座っ、この女怖いぞ!? き、切りつけていいか!?』

「運転の邪魔したら事故りそうだから止めよう! そうしとこう!」

「あばよSUV……ちっ、なんだお前は、ヒュンダイ野郎!! 誰の頭を取ってると思ってんだ、この野郎! タマ潰すぞ、コラッ!」

『ヒィィッ!! タマ、タマだけは勘弁をっ! 嗚呼、頭の奥から嫌な思い出がァァッ! 焼きごてをアソコに向けないでェッ!』

「こんな時に都合よく記憶取り戻してんじゃないよ! 馬鹿なの、相棒!?」

 

 ジャガーの前方にどこからか青のワゴンが躍り出て、ジャガーを巧みに追い越し車線から走行車線へと誘導した。

 田治はジャガーを真正面に捉えるまで接近して、心中で小躍りした。

 

「よくやった! これで単独スクープ間違いなしだゼ」

《これでこの前の貸しはチャラっすよ!》

「ああ! お前さんがグラビアモデルに手を出した件、伏せといてやるよ」

 

 男が後輩を気に行った理由……自分と同じ匂いがしたからに、他ならない。下種な手段だろうと仕事を完遂する能力がライターには求められる。男は後輩にそれを見出し、仕事では常に連携を取り、それを遺憾なく発揮していた。

 高速道路でのカーチェイス。危険極まりない。だがスクープのためなら許される。それが田治の、信念に基く行動だった。

 前後を挟まれたジャガーは追い越し車線へと行こうとするも、異常に接近してくるワゴン車に危険性を感じ、中々判断ができない。その間にも追い越し車線には、午後五時の茜色を受けた車輛達が好き放題に飛ばしていく。護衛は歯軋りでマーチを奏でんばかりに怒っていた。

 

「しつこい奴等ッ……いっそぶつけて――」

「――護衛さん! 磯野さんに連絡取れます!?」

 

 命の危険を感じた遊座が咄嗟に割って入った。スクリーンが表示され、茜色に染まる磯野が現れた。

 

《どうされました、下柳様》

「すみません、用事を終えた帰りにマスコミに捕まって! 今高速なんですが、こいつらをホテルに着くまでに追い払いたいんです! どうすればいいですか?」

《……了解しました。下柳様。ドアの取っ手の近くに、開閉式のボタンがあるはずです。そちらを押して下さい》

「これですか?」

 

 言われるがままに、不自然なまでにメタリックなボタンを押す。

 瞬間、シートベルトが蜘蛛の足のように伸びて遊座の体を拘束し、後部座席が反転、遊座はSUVと睨みあう格好となる。そしてトランクの辺りから、大型のデュエルディスクと思わしき装置がスライドしてきて、眼前に展開された。

 その変化は、田治から見ても理解できた。ガタガタとジャガーが震えたと思ったら、トランクが変形し、馬鹿でかいレーザー照射器のようなものを出す。其処から光が投射されたと思うと、SUVとジャガーの間に光り輝くデュエルフィールドが展開されたのだ。KC社の技術に、田治も遊座も驚愕するしかない。

 

「な、なんじゃこりゃぁっ!?」

「ちょ、ちょちょ、磯野さんこれって何です!?」

《我が社の開発顧問が試作した、車内搭載型デュエルディスクです。車にいながらデュエルをする事を可能とするデバイスで、まだマスコミにも公開しておりません。今回はこれの試運転を下柳様にお願いしたい》

「し、試運転!?」

《社長は下柳様にこう仰せになりました。「火の粉はデュエルで払え」》」

 

 遊座の脳裏に閃く、開花したラフレシアのように笑う海馬社長。すべて予測済みという事なのか。

 まさかこうなるとは思ってもみなかったが、マスコミを追い払えるのならばそれでいい。遊座はバッグからメインデッキを取ると、ディスクにセットした。

 フィールドにデッキの束が投影され、田治は慌てる。

 

「じ、冗談じゃねぇ! 高速でデュエルをするってのか!? くそっ、自動運転システム!」

《認証番号が間違っています》

「嗚呼、これ古本屋のポイントカードのじゃんっ! こっちだこっち!」

《自動運転システム起動。現在の速度を維持します》

 

 シートベルトを解くと車のサンルーフを開け、田治は後部座席へと移ってデュエルディスクとサングラスを装着する。 

 高速を走るだけあって、窓の外は強烈な猛風だ。だが此処を踏ん張れば一大スクープの足掛かりが掴める。どこからか聞こえる後輩の声をスルーして、男はディスクを構える。

 サンルーフから突きだした人間の上半身を見て、遊座も覚悟を決める。機械音声が《ドライビング・デュエル、レディー》と囁いた。

 

 

 ――デュエル!!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話、後半:ドライビングデュエル! ビック・バイパー襲来!

色々と修正しました。
矛盾点多過ぎて笑えない……。もっと覚え直さないと。


 夕景の明るみに染まる高速道路。都心から童実野町へと延びる幹線に、闘争の火ぶたが切って落とされようとしていた。

 ジャガーの中には遊座が、そのすぐ後ろにはSUVに乗った田治がつかず離れずの距離を取り、それぞれに己のデッキを構えている。突然に吹っ掛けられたデュエルに、田治は焦る気持ちを抑えんとしていた。

 

(お、落ち着け。アポも取らないで突撃取材ってのは何度もあった! 今回はたまたま向こうに気があっただけだ!

 それによく考えりゃぁ、こいつはまたとないチャンスだ。超絶レアカード使いの更なるレアカード! 鴨が小判ちらつかせるようなもんだ! 逃す訳にはいかないねぇ!)

 

 本分である記者としてのプライドと、飽くなき欲望が彼の背中をそっと押す。デュエルという名の餌をちらつかせる漁師のごとく、田治はヤケクソ気味に叫んだ。

 

 

 ――デュエル!!

 

 

 先攻の表示……『Your Turn』が点ったのは、遊座のディスクだ。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 ―――――――

 

 手札:レベルアップ! ダメージ・コンテンザー 戦士ダイ・グレファー 闇魔界の戦士ダークソード 移り気な仕立屋

 ドロー:異次元の女戦士

 

 ―――――――

 

 

 時間があれば、今日買った新しいカードパックから何枚か使えるカードをデッキに組み込んでいた。だがこの状況ではそうもいってられなかった。

 メインデッキは昨夜、寝る間際に少し弄った程度だ。戦士族を中心とした効率重視でありながらも、自分のフェイバリット・カードを抜かないファンデッキ。だが、どんな相手であろうと全力を出し、必ず勝利する。そのためのデッキだ。

 

「『異次元の女戦士』を攻撃表示で召喚! カードを伏せて、ターンエンド!!(手札6→4)」

「ちっ、やるっきゃないのね! 俺のターン! 俺は、『メカ・ハンター』を攻撃表示で召喚! さらに手札から、『二重召喚』を発動! その効果で、『超時空戦闘機ビック・バイパー』を召喚する!」

 

 六つの手足に物騒なそれぞれ物を持たせた機械仕掛けのコウモリ、そしてレーザーの弾幕を掻い潜りそうな先端が左右に分かれた戦闘機が現れる。

 

「バトルフェイズだ! 『メカ・ハンター』で『異次元の女戦士』を攻撃! その後、『ビック・バイパー』でダイレクトアタックだ!」

 

 初めに動いたのはコウモリだった。ラジコンのように浮遊しながら女戦士に吶喊して斬撃を与えつつも、黒々とした次元の隙間に道連れにされていく。

 直後、隙間が消えたのを見計らって戦闘機が照準をジャガーに合わせて、銃口から青白いレーザー弾を数発放つ。それは道路に着弾すると爆炎を生じさせ、車のカーボンフレームをぎしぎしと軋ませる。

 遊座はLPが2450まで減ったのを確認し、ドライバーの抗議を背中で受けた。

 

「タイヤが取られかけた! なるべくダメージは抑えて下さい!」

「分かりました!

 ダメージを受けた瞬間、『ダメージ・コンテンザー』を発動! 『ビック・バイパー』の攻撃力以下のモンスターをデッキから特殊召喚する! 僕が呼ぶのは、『サイレント・ソードマン LV3』!」

 

 大剣を担いだ金髪の少年がジャガーの天井に伏せるように張り付く。

 車から飛ばされぬように目を可憐にぎゅっとしているのに、田治は嫌なものを思い出したように舌打ちする。

 

「高給取りのクソガキめ! お前等のせいでいつまでたってもオリコンはっ! カードを伏せて、ターンエンドだ(手札6→2)」

《Your Turn》

「僕のターン、ドロー!(手札4→5:カード・トレーダー)

 『闇魔界の戦士ダークソード』を召喚! 更に手札から『レベルアップ!』を発動! フィールドの『サイレント・ソードマン LV3』を墓地に送り、デッキから『サイレント・ソードマン LV5』を特殊召喚する!」

 

 ジャガーの天井にまたしても戦士――二刀使いの刺々しい鎧を着た漆黒の剣士――が現れ、金髪の少年は光に包まれると、現代風な凛々しい青年へと成長した。

 

「バトルだ。『ダークソード』で『ビック・バイパー』を攻撃! そして『サイレント・ソードマン』でダイレクトアタック! 剣士達の剣を受けろ!!」

「相手に聞こえる訳ないのに」「で、デュエリストの性に突っ込まないで下さい!!」

「はっ! 記者が取材相手から殴られてたまるか! 罠発動、『ホーリーライフバリアー』! 手札を1枚捨てる事で、このターン、俺は無敵の存在となる!」

 

 漆黒の剣士が双剣を重ねてX字の剣波を打ち出して、戦闘機を撃墜する。爆発の余波ともう一人の剣士の跳躍を、青色のバリアーが防ぐ。

 田治の無線に、後輩からの甲高い声が届く。

 

《先輩、カッコイイっす! 聞くに堪えない恥ずかしい台詞なのにカッコイイっす!》

「貶めてんのか、てめぇっ!」

「直接攻撃が通れば『サイレント・ソードマン』は『LV7』になれたけど、通じなかったか……僕は永続魔法『カード・トレーダー』を発動して、更にカードを伏せる。これでターンエンドだ(手札5→1)」

 

 

 ―――――――

 

 遊座:【LP】2450

    【手札】戦士ダイ・グレファー

    【場】 カード・トレーダー (仕立屋)

        闇魔界の戦士 沈黙戦士LV5 

 

    【TURN 4 : フィールド→高速道路】

 

 田治:【場】 なし     

    【手札】1枚

    【LP】4000

 

 ―――――――

 

 

「俺のターン、ドロー!(手札1→2)。

 手札から『一時休戦』を発動! 互いに1枚ドローし、次のお前のターンが終わるまで、互いに無敵の存在となる!」

《先輩、記者が無敵の存在とか妄想激しすぎっす!》

「馬鹿にしてんのか、この尼っ!」

 

 遊座はカードを引く。『スフィアボム』だ。

 

「くそっ、あいつに眼に物を見せてやる! 俺は今引いた『シャインエンジェル』を召喚し、『ダークソード』に攻撃させる! おらッ、仕事しろ!」

 

 袈裟懸けに白布を着た天使はその命に従い、殉教者のように遊座の戦士へと飛びかかる。そして当然のごとく、体をX字に切裂かれて消滅した。

 

「反撃により俺のモンスターは破壊されたが、『一時休戦』の効果でダメージは発生しないぜ!

 そして『シャインエンジェル』がバトルで破壊されたことで効果発動! デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスターを特殊召喚する! いざ黄金色の空に飛躍せよ! フライト=オン、『ビクトリー・バイパー XX03』!」

 

 フィールドに、モンスターを召喚する際に生まれる独特の光の粒子が生まれた。そこから現れたのは、先に撃墜された戦闘機と外観がほとんど同じ機体。合金製の純白のカラーに、澄んだ青の外縁。遊座の眼には2機の違いはまったく分からなかったが、田治には旧世代と次世代機との差、火器管制システムの細部のディテールが違う事が何より誇らしかった。

 某世界的シューティングゲームとのコラボによりペガサス氏が書下ろしたあの機体は、4つ星モンスターなのに攻撃力1200と、火力不足な面がある。だがペガサスのゲームへのリスペクトからか、あれには戦況を一変させる多彩な効果が隠されていた。

 

「『ビクトリー・バイパー』……あれの効果で恐ろしいのは、自分と同じ攻撃力を持つトークンを呼ぶ事。しかも、本体の力が上下すれば、その分トークンも力を変化させる」

「そして数に物を言わせて攻撃ですか」

「ええ。強力な戦闘機ですよ……けど、僕のカードなら勝てる!」

「嗚呼……夕陽に照り輝く『ビクトリー・バイパー』は美しい。俺はカードを伏せて、ターンエンドだ(手札2→0)」

「僕のターン(手札2→3:ガード・ブロック)。

 『カード・トレーダー』の効果で、手札のカードを1枚デッキに戻し、もう1度ドローする(スフィアボムー→帝王の烈旋)。

 ダメージは通らなくても、モンスターは破壊させてもらう。『サイレント・ソードマン』で、『ビクトリー・バイパー』に攻撃! 沈黙の剣LV5!」

 

 金髪の剣士が再度跳躍する。遮音壁よりも更に遥か高みにある機体に向けて剣を振り上げるが――

 

「伏せカードを恐れずに来るたぁ、いい度胸だ! だがルポライターに死角はねぇ! 罠カード、『光子化』を発動! 相手モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力分、俺のフィールドにいる光属性のモンスターの火力を上昇させる! 『ビクトリー・バイパー』、サーチ&ラーニング!!」

 

 ――神々しい光のベールに目を覆ってしまい、剣を振れなかった。戦闘機は可視化した照準を剣士に合わせると、パイルバンカーのようにフックを打ち出して戦士を拘束し、その力を奪い取っていく。

 戦士を解放した戦闘機は、レーザーの発射口に剣呑な光を溜めていた。次の一撃が凄まじい事を、否応なしに予感させる。

 

「くっ……みすみす相手の力を上げるなんて! 僕は『ダークソード』を守備表示に変更。更にモンスターとカードを伏せてターンエンドだ(手札3→1)」

「俺のターン、ドロー!(手札0→1)。へへっ、いつの日か、不良債権抱えた不動産の社長からパクった甲斐があったぜ。『天よりの宝札』を発動! 互いに手札を6枚になるようにドローするぜ!」

《先輩、そろそろ警察動いてきますよ? 次のICで降りましょう!》

「ちっ、こういう時は仕事すんだよな。なら、やる事だけやって、相手のレアカードを拝むとするか!

 『ビクトリー・バイパー』には3つの効果がある。そいつは相手モンスターを破壊しねぇと発動できねぇんだが、この『パワーカプセル』はそんなの物ともしねぇ! こいつを使用する事で、『ビクトリー・バイパー』の効果をこの瞬間に発動できる!

 俺は第3の効果を選択して発動! 『ビクトリー・バイパー』と同じ火力を持つトークンを、フィールドに出撃させる! もう一丁! 2枚目の『パワーカプセル』を発動! 『ビクトリー・バイパー』は、更にもう1体のトークンを出撃させるぜ!」

 

 純白の戦闘機の周りに夕暮れに負けぬほど濃いオレンジの球体が次々と現れ、機体を中心として回り始めた。

 肥やした手札で、田治は一気に攻勢を仕掛けていく。

 

「手札から『団結の力』を『ビクトリー・バイパー』に装備! 自分フィールド上のモンスターの数に800をかけた数値、つまり2400ポイント火力を上乗せするぜ」

「『光子化』で既に火力は2300も上げている。これであの機体の火力は、5900か!」

「まだまだ! 手札から『フォース』を発動! 『サイレント・ソードマン』の力の半分を奪い、『ビクトリー・バイパー』の火力に上乗せだァッ!」

「その効果で、トークンもまた力を変化させる。敵ながら見事です」

《先輩、最高っす!!》

 

 ぐんぐんと火力を上げて達した『ビクトリー・バイパー』の攻撃力は、7050。シューティングゲームのゲーム終盤では主人公機は強化に強化を重ねて、雑魚相手には鎧袖一触の勢いとなれる。例えボスが出てこようともオプションとの連携で1分も満たずに打ち負かす事ができる。

 まさに田治はその要領で、自機の火力を一気に高めていったのだ。純粋な火力と火力のぶつかり合いをデュエルモンスターズで、燃え盛る陽射しが当たる高速道路で再現しようとしている。 

 

「へへっ、最強のモンスター、『究極竜騎士』も上回る力。これを誰でも出せるのがデュエルモンスターズの良い所よ! そんでもってあの高給取りの餓鬼をぶっ潰せば、胸がすく思いってモンだ!!」

「下柳様、みすみす食らう気じゃないでしょうね!?」

「そんな訳ありませんよ!?」

「『ビクトリー・バイパー』、エンカウント! レーザー照準、『サイレント・ソードマン』に合わせ! 撃てェッっ!!」

 

 戦闘機が一気に頭上へ舞い上がり、KC本社ビルの鉄の山麓のごとき姿を視界に捉えたと思うと、ジャガーに向けて急速落下する。操縦士がブラックアウトを引き起こしそうな軌道で、夕景を二つに裂く極太のレーザーを放った。

 

「罠発動、『ガード・ブロック』! 相手の攻撃によるダメージを0にして、1枚ドローする!」

 

 沈黙の剣士が跳躍してレーザーを受け止め、爆散する。その余波からジャガー全体を守るようにバリアーが張られ、レーザーは遮音壁に達する前に弾かれた。

 

「ちっ。ならトークンどもっ! 残った戦士共を爆撃しろォッ!」

「速攻魔法、『移り気な仕立屋』を発動! モンスターに装備された装備魔法を、別の対象に移し替える! 『ビクトリー・バイパー』に装備された『団結の力』を奪取し、『ダークソード』に装備させる!」

「なにッ!」

 

 オプションから放たれたレーザーを、二人の剣士は身を呈して受け止めて爆発四散する。余波を受けてジャガーのタイヤが空転しあわや車線から外れかかったが、護衛の巧みなタイヤ捌きで何とか体勢を立て直す。

 攻撃を受けた事で、LPは大幅に削れ、たったの200まで減じた。場も一掃された。だがそれでも相手の攻撃を防ぐことができ、次に繋げる機会を得た。ターンを凌いだ事で『光子化』と『フォース』の効果は終了し、更に『団結の力』を奪った事で攻撃力減少に拍車がかかる。戦闘機の火力は元の値である、1200まで戻っていた。

 市の境を越え、車は童実野町へと入る。田治がカードを1枚伏せてターン終了を宣言した後、遊座はデュエルの趨勢を決めるべくデッキに手をかけた。

 

「マスコミ相手だからって油断してたな……僕はまだまだ未熟だ。だからここからは、デュエリストの領域を見せてやる! 僕のターン、ドロー!」

 

 

 ―――――――

 

 遊座:【LP】200

    【手札】帝王の烈旋

    【宝札】最強の盾 マンジュ・ゴッド 光霊術-「聖」 アサルト・アーマー 死者蘇生

    【ドロー】???

    【場】 カード・トレーダー          

 

    【TURN 7 : フィールド→高速道路 童実野IC手前】

 

 田治:【場】 オプション ビクトリー・バイパー オプション  

        (伏)  

    【手札】1枚

    【LP】4000

 

 ―――――――

 

 

「手札から、『死者蘇生』を発動! 墓地の『闇魔界の戦士ダークソード』を復活させる!」

「っ! 何をするか分からねぇが罠発動だ、『安全地帯』! 効果対象は、『ビクトリー・バイパー』!」

 

 田治が発動したカードもまた、ペガサスが書下ろした新規カードだ。その語源は、シューティングゲームでいう敵機の弾が飛んで来ず自機が被弾しない安全な場所から取られている。

 

《選択されたモンスターはカード効果の対象にもできず、しかも戦闘でも効果でも破壊されなくされる。さっすが先輩、肝っ玉小さいっすね!》

「成程。どうにかして次に繋げようって事か。だがその勝機、貰い受ける! 手札から速攻魔法、『帝王の烈旋』を発動!」

「『帝王の烈旋』だと?」

「このカードを使うことで、このターン生け贄召喚をする場合、自分のモンスターの代わりに相手のモンスターを1体生け贄にする事が出来る! そして僕が選ぶのは、『ビクトリー・バイパー』が生み出したオプショントークン!!」

「え? ですが下柳様、トークンは生け贄素材には……」

「いいえ。トークンが生け贄素材にできないのは、素材にできないとカードテキストに明記されている場合のみ! しかし『ビクトリー・バイパー』のトークンは違う。あのトークンは、モンスターと同じです! 生け贄にできる!

 僕は『ダークソード』と、『オプショントークン』を生贄に捧げて……」

 

 二台の車からそれぞれ光が空に伸びて、赤い夕陽を引き裂き、払暁の光をもたらす。

 

「『ギルフォード・ザ・レジェンド』、召喚!」

 

 紅の空から一筋の流星が高速道路に舞い降り、ジャガーの天井に着弾し、稲光を吐きだした。衝撃のあまり護衛は顔を歪めて必死にタイヤを制御し、遊座も吐き気と命の危険を感じつつも必死にカードを握りしめた。

 ジャガーの天井に、灰色のロープを背負った大男が立って武骨な両刃大剣を構える。その背にも2対の剣が背負われており、男の戦いにかける想いの強さを示しているかのようだ。遊座の新しい仲間は、装備魔法により力を発揮する遊座のデッキに相応しき力を秘めている。今はそれを発揮する状況こそ整っていないが、いつかはそれを示す時が来るだろう。

 戦闘機を圧倒する攻撃力を更にあげてやろうと、遊座は鬼に金棒とばかりに装備魔法を示そうとして……。

 

「手札から装備魔法、『最強の盾』を発動! 攻撃表示の戦士族モンスターに装備する事で、そのモンスターの……」

「きたァァァッ!! レアカードきたぁっ!! ああっ、いいよぉっ! いい顔してるよぉっ!!」

 

 シャッターの嵐を光らせる相手の動向に顔を引き攣らせる。ハイスピードで駆っている車から体を突きだしているのに、写真を撮る姿勢はまったくブレていない。体幹が見事なまでにしっかりしている。

 田治は自然な動作で写真を撮り続ける。ルポライターとしてのプライドが歓喜の声を上げている。『究極竜騎士』ほどではないものの、伝説の戦士族モンスターと似た上級モンスターの召喚を目にする事ができた。週刊誌に持ち込めばどのくらい売れようか。30? 50? 手に入れた遊座の個人情報をセットにすれば、500万もいくやもしれない。そうなればそれを元手に更なる立身出世の道が……。

 精神だけは一丁前のルポライターは全力で写真を撮り続ける。そのあまりの徹底ぶりに遊座は閉口し、まるで秋を迎える木々のように戦意が萎えていくのを感じた。

 

「……そうだった。マスコミは戦うのが仕事じゃない。絵を撮って放映するのが仕事だった」

「うっしっ、良い具合に撮れた! サンキュー、俺の金づる! おい、撤退するぜ!」

《あいさー!》

 

 田治は車内に体を引っ込めて運転席に戻り、自動運転システムからマニュアル操作へと切り替えた。

 ICまで残り500メートルといった所で、ジャガーを挟む2台の車が走行車線へと移って疾走していき、その頭上を『ビクトリー・バイパー』とオプションが随行していく。SUVとワゴンは振り返る事もなく――というかできず――、ICの出口を降りていく。新たなカーブに差し掛かり、遊座は横目で彼等が遮音壁の向こう側に消えていくのを見守るしかなかった。

 デュエルディスクの反応距離外まで距離が開くと、立体映像(ソリッドビジョン)が音もなく消失し、ディスクがエラーの言葉を吐きだす。《反応距離外です。反応距離内で再度ディスクを展開して下さい。反応距離外です……》。

 後部座席が震えて座席が回転し、元の姿へと戻った。カードが肘置きの部分に自動排出されたのを見ると、遊座はカードをバッグに戻し、一息吐く。

 

「やられるだけやられた。勝ち逃げ……引き分け? ……いや、負けか」

「デュエルはあなたが制していました」

「いいえ。向こうはいい写真が撮れて、目的を果たせた。こっちも何とか直接的な接触を避けたけど、すぐにあいつらが世間を騒がしてしまいます。僕がKC社に匿われてる事を……嗚呼、社長に叱られる」

「叱られるかどうかは、直接お聞きになられたら宜しいかと」

「それってどういう事です。というか、ホテルってさっきのICを降りなきゃ行けないんじゃ」

「デュエル中に社長から通信が入りました。あなたを本社へお連れしろとの事です。言いたい事は、直接仰られた方がいいかと」

「うへぇあ……」「飛ばします」

 

 護衛はアクセルを一気に踏み込み、走行車線へと移って童実野町の中心地へと向かう。

 海馬社長は一つの失敗に拘泥する人間ではない……ないが、失敗については厳しく問う人間だろう。どんな形であれマスコミと接触してしまったからには、御小言の一つは貰うかもしれない。その上、今のデュエルについてもまた何か言われそうだ。

 加えて遊座の頭に、昼過ぎに掛かり付けの先生から言われた事がさざ波のように巡っている。義父との対話という難儀な課題。どうせ外国に行ったついでにまたビジネスでもやるんだろう……そして、自分を話をする時間を削っていく。その事を考えると、遊座は無性に溜息を吐きたくなる。

 車中、遊座はどことなく気の重さを感じてレザーシートに寝転び、高級車独特の重厚なエンジン音を体全体で受け止めていた。

 

 

 

 ―――――その頃、アメリカ、ジョン・F・ケネディ国際空港にて――――― 

 

 

 日本時間の午後5時半頃……その時間、ニューヨークの摩天楼はまだ静かな夜の冠を被っており猥雑な看板広告に光を焚いていた。

 アメリカの政治・経済・流行、すべての中心地であるこの都市は夜中であっても陽気さを忘れない。酒を飲むように踊りを嗜み、肉を食べるように麻薬を吸いこむ。J・F・ケネディ空港の第4滑走路のから見えるのは、そんなニューヨークの快活で、どこか陰湿さを秘めた横顔だった。

 ガタイの良いアジア系の男が滑走路の端っこを歩きながら電話を取っている。シャープなサングラスをかけ、リーゼント風な尖った髪型をしている。

 彼の魂ともいえる蒼い稲妻が走った大型バイクがプライベートジェットの貨物庫に仕舞われていくのを見ながら、男は――。

 

「ああ。ちょっと早めに来過ぎてな、まだ夜明け前だよ。……いやいやアメリカのダチにな、気を利かせてくれる奴がいてプライベートジェットに乗っけてもらえるんだ。昔じゃ考えられねぇな。俺もビッグになったって事さ。

 しっかし海馬の奴、何だって俺なんか呼ぶんだろうな? 日本にも結構いいドライバーなんかいるだろうによ。ああ、ありゃゼッテー遊戯目当てだ。もっかい遊戯とデュエルがしたいから、俺をこき使おうってんだ、やらしーねー!」 

「おい、兄弟! 後はフライトチェックするだけだ! いつ飛びたい?」

「ちょい失礼。ああ! そっちの準備ができ次第、頼む! ロス経由なんだよな!?」

「そうだ! かっ飛ばせば、現地時間の午後8時には到着するぜ」

「OK! チェック進めてくれ! 相棒の事も頼んだぜ! ……おう、わりぃな。あははっ、そうだよ、マジでビッグになったんだぜ?」

 

 サングラスを取り、東から昇ってくる太陽の兆に男は目を細めた。彼の故郷、童実野町と同じ輝きだ。男はもうすぐその地へ舞い降りる。仲間との命を賭した思い出が男の脳裏を駆け巡っていた。

 

「城之内。現地で会ったらどうだ、一杯。俺もお前も大人になった。カードじゃなくてグラスを交し合うってのは、いいモンだぜ。そんでもって静香ちゃんを呼んでくれると……ああ!? 御伽なんか呼ぶんじゃねぇぞ!? マジであの野郎イケメンになってきたんだからな! 静香ちゃんを持ってかれたらどうする気だ!?

 ……へっ。相変わらずのシスコンぶりで安心したぜ。ああ、安心した! そんじゃな、城之内。できれば、遊戯も呼んでくれや。童実野町にさ」

 

 男、本田ヒロトは電話を切って、眠気覚ましに大きく背伸びをする。

 彼の友人が近付いてきて、声をかける。

 

「どうした、ヒロト。童実野町が恋しいか」

「ああ。青春の日々ってのは一生色褪せねぇもんさ。ずっと心に残ってる。そいつがどんな風に変わっているのか、怖くもあるが、愉しみでもある。待ち遠しいぜ!」

「羨ましいよ、その前向きな姿勢。俺のデトロイトも童実野町みたいだったら良かったのにな」

「なに言ってんだ。これからは何が起こるか分からねぇ時代だ。俺がWSB(World Superbike Championship)のチャンピオンになれたのも、昔の俺からすりゃぁただの幻だった。けど実際は違う。マジで、自分で何とかしちまった。だからお前もマジになれば何とかできるんだぜ」

「……言葉は拙ねぇってのに、力強いってのがまた、お前の強みだな。よしっ、俺もお前を見習って、いっちょ故郷を立て直すか!」

「その意気だ! 俺はバイクで」「俺はデュエルで!」

「「世界を盛りたてるの、よッッ!!」」

 

 二人は高々と掌を叩き合い、ぱちんと、決意の音を奏でた。

 デュエルモンスターズ、そしてすべての興行の本場であるアメリカの大地から、思い出の場所へと本田は故郷へ帰る。まだ見ぬものがそこにあると思うと、まるで昨日の出来事のように学生時代に感じたワクワクが胸を支配する。

 本田はリーゼントを撫でながら、朝日に向かって大きく吼えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。