アカメが斬る! 銀の皇帝 (白銀の亡霊)
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第一幕 危険な男

調子に乗って連載始めました。アニメは全然見てないのでサッパリですので、基本は漫画基準です。ただし、漫画は友人から借りているものですので、更新が途切れるのもすぐです。多分。

俺にもっと……力(財力)があれば!!!!


人がやがて朽ちゆくように、国もいずれは滅びゆくーー

千年栄えた帝都すらも、今や腐敗し生き地獄。

人の形の魑魅魍魎が、我が物顔で跋扈するーー

 

 

ーーならばこそ、天が裁かぬその悪を、闇の中で始末するーー

 

我ら全員、殺し屋稼業ーー

 

帝都宮殿、謁見の間。

祭壇上の玉座に腰掛けているのは、未だ年端もいかない幼い子供。

彼がこの国を治める皇帝なのだと、一体誰が想像できようか。

本来、強力な後ろ盾でもいない限り、彼が世継ぎ争いで玉座を射止めることは出来なかっただろう。

だがしかし、現実として彼は玉座に座り、皇帝の地位に着いている。ーー例えそれが、お飾りに過ぎないのだとしても。

「ライゼル将軍」

幼き皇帝が、口を開く。

声をかけた先にいるのは、二人の人物。

一人は、全身を黒い衣で覆い隠し、男女の区別すら付かない上に、白い仮面をつけており、顔すら分からない。

更には謁見の間だというのに帯刀しており、それを誰にも咎められないことこそが、仮面の人物の立場を物語っている。

まさに不審者ここに極めりだが、その横で跪く青年が、それらの悪印象を吹き飛ばしていた。

 

くすんだ銀の髪に、蒼のグラデーションがかった神秘的な瞳。白磁のように白い肌はシミ一つなく滑らかで、その顔立ちは寒気を覚えるほどに整っている。

 

性別は間違いなく男だが、誰よりも何よりも『美しい』と言う言葉が似合っていた。

だが、それだけではない。肝心なのは人間離れした美貌ではなく、彼が醸し出すその雰囲気だ。

 

ーーただ一人の例外もなく竦み上がらせる永久凍土の如き冷徹な表情と、その場にいるだけで室内の体感温度を下げるような、絶対的な威圧感。

 

その二つが合わさり、彼を世界を支配する覇者へと見せている。

そんな彼が跪いているこの光景は、ひどく違和感を誘うものだった。

「はっ」

短く、ライゼルと呼ばれた青年が返答する。

「今度の戦、僅か一週間で終結させるとは見事であった!褒美として黄金一万を用意してある」

「ありがたき幸せ。戦に疲弊した兵たちも喜びましょう」

「ヌフフフ。あの奇襲夜襲を得意とし、我が軍も何度となく苦渋を舐めさせられたナワ族を僅か一週間で殲滅するとは恐れ入りましたよ。ええ、ええ。余りにも早すぎるモノですから、私もついつい貴方がナワ族と通じているのではないかと疑ってしまいましたよ」

皇帝の影より出てくるのは、でっぷりとした肥満体型を軍服に包んだ中年男性。

登場して早々かなり際どい言葉を言ってくる彼こそが、この幼い皇帝を世継ぎ争いで勝たせ、実質的にこの帝都を支配している男である。

「おや?これはオネスト殿。よもや私の陛下への忠義を疑いになるおつもりですか?」

「いえいえ、そういうわけではありませんよ。ただこれから先の諸国制圧に役立てようと思っているだけですよ」

胡散臭い笑に胡散臭い言葉。誰がどう聞いてもその言葉が本心でないことは明らかである。

現在、この帝都を実質的に支配しているこの大臣に逆らうことは即ち『死』を意味する。が、そんなもの知ったことかと言わんばかりのこの態度。肝っ玉が座ってるというか単に図太いだけというか。

両者ともに第三者からすれば肝の冷えること間違いなしのブラックジョークを交わしながら、互の腹の底を見定めんとする。

「ーーそう言えば」

ふと、皇帝が口を開いた。

「ナイトレイドの件はどうなっておるのだ?」

「お言葉ですが陛下、直接の管轄でない話を私にされても困ります」

「む、それもそうだな。ーーよし、それではライゼル将軍、下がって良いぞ」

「はっ」

小さく頭を下げて、立ち上がって踵を返すライゼル。

「ーーああ、そうだ。伝え忘れておりました」

ふと、その足を止めて、ライゼルが振り返った。

「どうされました?」

怪訝そうに眉をひそめる大臣に対して、どこか皮肉げに唇の端を吊り上げる。

「宮殿内で"ネズミ"が何匹か彷徨いておりましたので、全て始末しました。ーー事後承諾となりますが、宜しかったでしょうか?」

「……ええ、構いませんよ。ですができれば生け捕りが望ましいですねぇ。もしかしたらナイトレイドの一味かもしれませんし、情報を握っているかもしれませんし」

「ですが、この宮殿内に侵入できるほどの暗殺者が捕まってしまった場合、生け捕りにしたとしても自害する可能性が高いですので、あまり期待はされませんよう……」

「ええ、分かっていますよ」

「そうですか。では、今度こそ私はこれで」

もはや要は済んだと歩き去る青年の後を追うように、黒装束の人物も退室した。

「……やはり危険ですねぇ、あの男は」

 

 

皇帝との謁見を終えたライゼルは、黒衣の人物を従えて自身の執務室に戻っていた。

「………黒」

「周囲に人気配なし。視線も感じないし、監視はいないと思う」

黒、と呼ばれたのは黒装束の人物。驚くことにその声は高い、女性のものだ。

「となると、ここには私たち二人きりと言うわけか……」

呟いて、ライゼルはようやく肩の力を抜くように息を吐いた。

「ーーお疲れクロメ」

「えへへ、どういたしまして、お兄ちゃん」

ーーと二人の雰囲気が変わった。

室内に漂っていた危険な雰囲気はものの見事に霧散し、代わりに穏やかな、優しい雰囲気が満たす。

黒ーークロメは仮面と身に纏っていた全身を覆うローブを脱ぎ捨てて、ライゼル改めライに抱き着いた。

何も知らぬ第三者が見れば、顎が外れるほどに驚愕するであろうこと間違いなしだが、どちらかというと先程までの姿が偽りであり、今の姿が本来の彼らである。

ライに抱き着きながら、クロメは非難の眼差しを送る。

「もう!いつものことだけど毎回大臣を挑発しないでよ!見ている私の身にもなって!」

「いや、だがあれは大臣に対する牽制にもなるし、監視の数をこれ以上増やさないための示威行為でもあってーーごめん」

つらつらと理由(言い訳)を述べていたライではあるが、段々と涙目になっていくクロメにあっさりと降参する。

慰めるように艶やかなショートカットの黒髪を撫で、苦笑を浮かべる。

「お兄ちゃんが無茶なこと、平気でする人なんだって知ってるけど、心配なの。お兄ちゃんは誰よりも強くてカッコイイけど、此処(宮殿)で大臣に敵対されれば、いくらお兄ちゃんでも死んじゃうかもしれない。私じゃ守り切れないかもしれない」

それが怖いの、とクロメは涙混じりに言う。

「ーー死なないよ。例え何があろうと、僕が二人を残して逝くわけがないだろう?」

微笑を湛えながら、力強くライは言う。

ーーそう、"まだ"死ぬわけには行かない。僕にはまだ、やらなければならないことがあるのだから。

心中で再度己の意思を再確認し、場を和ませるために努めて明るい口調で呼びかける。

「明日からはしばらく休暇だ。これを機に、一度アジトに戻るとしよう」

久し振りにアカメにも会いたいし、と付け加える。

「やった!お姉ちゃんにも会えるね!」

楽しそうにクロメが笑う。

やはりこの子には笑顔が似合う。悲しい顔など似合わないな……もっとも、悲しい顔をさせている原因が今の所自分のせいであると言うのが痛いが。

「念の為に影武者は置いておいてくれよ。もしバレたら流石に不味いことになる」

「了解。お兄ちゃんの頼みだもん。なんとしてでもやり遂げるよ」

「……いや、毎回やってることだし、そこまで気負わなくてもいいんだが………」

やる気に満ち満ちているクロメに苦笑を浮かべながら、ライは部屋の片隅で逆さ吊りになっている相棒へと呼びかける。

「ーーキバットもそれでいいか?」

キバットと呼ばれたそれは、黒い蝙蝠のような姿をしていた。

「俺はもとよりお前に従うだけだ。が、ちょうどこそこそ隠れ住むのには飽きていたところだ。アジトへ戻るのは賛成だな」

明らかに人語を話せないように見えて、驚くことに蝙蝠ーーキバットと呼ばれたそれは人の言葉を話していた。

しかし、ライは勿論、クロメもまた気にした様子はない。

「よし、なら決まりだな。ーー久し振りに帰るとしようか。僕らの家ーー」

 

「ーーナイトレイドに」

 




最後までご覧頂き、ありがとうございました。
後書きにちょっとした主人公の設定を載せようと思います。
では、

【character file】
名前:ライ
容姿:くすんだ銀髪に蒼のグラデーションをした瞳。白い肌と十人中十人が振り向く端整な顔立ちの持ち主。体格はスレンダーで華奢な青年。
帝具:絶滅魔王「キバ」
備考:超がつく美形主人公。アカメとクロメの兄ではあるが、実際の血の繋がりはなく、幼き頃に二人の親に拾われ、以後は奴隷のように扱き使われていた。拾われる以前の記憶はなく、出自は不明である。
その正体は転生した『LOST COLORS』の主人公ライであり、ギアス編後、C.C.によって眠りから覚め、以後は黒の騎士団として戦って行く。ルルーシュの正体が発覚したときは人芝居をうち、全て自身が仕組んだこととしてルルーシュと黒の騎士団の決壊を防いだ。その為、シャルルとマリアンヌの計画はライがたった一人で崩壊させ、二人の魂さえも消し去った。その代償として三度目となるギアスの暴走が起こり、自らの命がそう長くないことを悟る。最終決戦ではルルーシュ及びシュナイゼル率いる黒の騎士団とスザクを初めとするラウンズの連合軍にギアスで奴隷化した兵と、自身に心酔する腹心を引き連れ、勝負に挑みーー後は、原作のルルーシュと同じような最後を迎えた。
その後、Cの世界の集合無意識に「明日が欲しい」とギアスをかけた影響により、『アカメが斬る!』に転生した。ちなみに、アカメとクロメの二人と血の繋がりがないことをライは秘密にしているが、二人共普通に知っている。そのことをライは知らない。
幼い頃より守られていた影響からか、アカメとクロメ共にライへ依存しており、特にクロメが重症。更に無意識なのか束縛癖や独占欲があり、近頃はそれがライの悩みだとか。
一度死んでいる、という経験からか、自身の命に対する価値観が希薄で、自分の命を『無いもの』として考えることが多く、妹二人を不安にさせている。
なお、拾われる以前の記憶はないらしく、気付けば生まれ変わっていたとのこと。
生身のままでも人間離れした身体能力と戦闘能力を誇り、エスデスに匹敵するほどであり、ナイトレイド及び革命軍の最強の切り札であり、革命軍の決起の際にはエスデス及びその配下の三獣士を相手にすることになっている。
頭も相当切れ、現在はその能力をフル活用して帝国将軍にまで登りつめ、宮殿内の情報や暗殺対象の情報など様々な点でも暗躍している。
また、かつての世界で王となっていただけはあって、相当なカリスマ性を持ち、彼の配下の兵は彼がナイトレイドの一員だと知っても迷うことなくついて行くだろう。
二人の妹のことを常に気にかけており、二人を守り抜くことを誓いとしている。
一人称は「僕」または「私」

絶滅魔王「キバ」
鎧の帝具。最強の鎧を造り出すことを念頭にして造られたためか、装着者への負担を一切考慮しておらず、その負担はインクルシオの比ではない。それ故、装着者を殺す「死の鎧」として永年封印されていたものの、ライの並外れた「資格者」としての力に反応する。
危険種の素材や今では採掘できないとされる超希少なレアメタルをふんだんに使って造られ、その力は「世界を作り変えるほど」。強大な力を持つが、それ故においそれと使用出来ないものでもある。
絶大な力を悪用されないために選定には慎重を期し、資格者の第一印象、鎧の最終装着決定権を持つキバットの裁量、そして鎧自身による最終選定と、三つの課題をクリアしなければならないと言う規格外の帝具。
副武装は`ザンバットソード´
外見及び能力は仮面ライダーダークキバ


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第二幕 ナイトレイド

2話です。が、主人公は出ません。代わりに原作主人公が出ます。
長い、かな?
兎に角、どうぞ。


ーーナイトレイド。

帝都においてその名を知らぬものはいないであろう、今もっとも帝都を騒がせている殺し屋集団である。

現在判明しているナイトレイドのメンバーは、

元帝国将軍、ナジェンダ。

元帝国暗殺部隊の一人、アカメ。

元帝国軍人、ブラート。

そして、帝国下町を中心に暗殺稼業をこなしていたシェーレ。

以上の四人である。

一人はほぼ無関係とはいえ、内三人は元帝国軍から離反しているという、ある意味帝国の内情を物語っているようなメンバーである。

しかも、その中の一人は元将軍だというから始末に負えない。と言うより笑えない。

 

帝都の重役たちや富裕層の人たちを中心に狙っており、世闇に紛れて暗殺対象を確実に殺すその力量は、とてもじゃないが人間業ではないらしい。

それもまあ、当然と言える。

 

帝都を震え上がらせる殺し屋集団。その存在もメンバーも知られているのだ。彼らも馬鹿ではない。

誰かが暗殺されれば次は我が身かもしれないーーそう思うのも無理はないだろう。誰だって、命は惜しい。だからこそ、大金を積み、権力を使い、警備や護衛を山ほど雇っても、彼らはそんなもの意にも解さず殺していく。

これほど恐ろしいことはないだろう。何せ、何をしても無駄だと、眼下に突きつけられているようなものだから。

それは恐れて当然だ。

そして今日、殺し屋集団「ナイトレイド」に、新たに仲間が加わることとなった。

「いや、俺まだナイトレイドに入るとか言ってないんですけど!?」

ーー地の文に突っ込んではいけない。

「?何を言ってるんだ、タツミ?」

「いや……なんか急に言っとかなきゃいけない気がして」

怪訝そうに首を傾げるのは、野性味あふれる見るからに快活そうな女性。露出度の高い服装から覗く小麦色に焼けた肌は、男ならば誰であれ目を奪われるだろう。

彼女の名はレオーネ。一見すると気立てのいい姐さん気質な女性に見えるが、こう見えて彼女もナイトレイドの一員である。

そんな彼女に問われ、歯切れ悪そうに視線を逸らすのは、やや小柄な体躯の少年である。無邪気な笑顔が似合いそうな、年頃の少年にしか見えない彼は、タツミ。

帝都からの重税で貧困に苦しむ故郷の村を救うべく、幼馴染みと三人で村を出て帝都に稼ぎに出たはいいが、その直後に盗賊に襲われ三人ともはぐれ、どうにか帝都についたはいいがレオーネに騙され金銭を失い、路頭に迷っていたところに貴族の御令嬢に救われ一度は感謝するも、翌日の晩に噂の殺し屋ナイトレイドの襲撃を受け、そこで親切な一家だと思っていた彼らの本性を知り、更には探し求めていた幼馴染みまでもがその毒牙にかかって死亡。

ブチ切れて諸悪の根源を切り捨てたはいいが、その思い切りの良さと容赦の無さを買われてレオーネに(強制的に)ナイトレイドのアジトまで連れてこられたりと、踏んだり蹴ったりな少年である。

「え?まだ仲間に入ってなかったんですか?」

と、不思議そうな顔をするのは、優しげな風貌のメガネをかけた女性。

彼女は帝都の手配書にも顔写真が記載されているメンバーの一人、シェーレである。

「そうなんだよー。というわけでシェーレ。なにかタツミに暖かい言葉をかけてやってくれないか?」

「そうですね……」

考え込むように数瞬間を開け、

「そもそもアジトの場所を知った以上、仲間にならないと死んじゃいますよ?」

「暖かすぎて涙が出るね」

人、それを脅迫と言う。

嗚呼、悲しいかな。殺し屋の世界とは無情なのである。

「良く考えた方がいいですよ」

最後に一つ、忠告するように言って、シェーレは手元に広げた本に視線を移した。

何を読んでいるのかと気になったタツミが表紙をチラリと盗み見ると、

『男の気を引く2000の方法』

………見なかったことにした。

(色んな意味で)タツミがため息を吐くと、ちょうどそこに声がかかった。

「あー!ちょっとレオーネ!なんでそいつを中に入れてんのよ!」

言葉は大分、非友好的だが。

そう言って不機嫌そうな顔で指を指してタツミを睨んでいるのは、高飛車そうな少女、マイン。

「ああ、ちょうどタツミにアジトの案内をしてたんだ。どうせ仲間になるんだし、別にいいだろ?」

「仲間~?」

如何にも不満そうな眼差しでタツミを上から下までジトッと眺め、

「ダメね。とてもプロフェッショナルなアタシたちと仕事ができるとは思えないわ。主に顔とか」

「はあっ!?」

流石にこれにはカチンと来たタツミである。

何故にどうしてほぼ初対面の子にそこまで言われなければならないのか。

憮然とするタツミに呆れたようなレオーネの声がかかる。

「あ〜……別に気にしなくていいぞ。マインは基本誰にでもそうだから」

「ふんっ」

高慢そうに顔を背けるマイン。タツミとしても彼女とはどうにもソリが合いそうにない。

初っ端から幸先の悪いアジト案内のスタートだった。

 

 

「ーーで、こっちが訓練所と言う名のストレス発散場所。あそこで槍振ってる暑苦しい男がブラートね」

レオーネの指差す方向を向けば、確かに一人の男がいた。

雄叫びを上げながら凄まじい速度と迫力で槍を振るっている。

(すげぇ……あんな凄い槍捌き、見たことねぇ)

思わず拳を握り、食い入るようにタツミはブラートを見詰める。ーーと、その視線に気付いたのか、ブラートが槍を振るうのを止めてタツミたちの方向へと振り向いた。

「おっ、何だ、レオーネじゃん!んで、そっちの少年が、この間の奴か?」

「な、なんで俺のことを……?」

「ん?この姿じゃ初めてだったっけ?ほら、初対面の時鎧に包まれてた奴」

あれが俺、とブラートが自分を指さしながら言う。

そこまで言われてようやくタツミにも合点が言った。そう言えば声にも聞き覚えがある。と今更ながら思い出したのだ。

「俺はブラートだ。よろしくな!」

「は、はい」

勢いに押されるように頷きつつ、握手を交わし、

「気をつけとけよー。こいつホモだから」

囁くレオーネに背筋が凍った。

「おいおい。そんなこというなよ。ーー誤解されちまうだろ?」

(何故か)頬を朱に染めながら、ブラートは言う。

(否定してくれよ!)

思わず心の中で叫ぶタツミであった。

 

木々の生い茂る森の中、はあ、はあ、と呼吸も荒く、まるで犯罪者のような顔でーーまぁ、そもそも犯罪者なのだがーー歩く一人の少年の姿があった。

「そろそろレオーネ姐さんの入浴時間だ……。あのオッパイのためなら、俺は命だって捨ててやるぜ……」

凄まじい覚悟である。一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。

しかし彼は止まらない。止まれない。己の行く先に、桃源郷(ユートピア)があると信じているから。

何故そこまで、と言う疑問は当然だろう。しかし彼は止まらない。何故なら彼はーー男なのだから。

「じゃあ、指の2本行っとくか」

「ほあああああああっ!?!?」

しかし、長々と語ったはいいが、結局彼が女性の敵であることには変わりない。

変態撲滅。化けてでないよう、成仏して欲しい。

「まだだ!まだ終わらんよ!」

「んじゃあ、今度は腕行っとくか?」

ギリギリと容赦なく腕を捻り上げながら、レオーネはタツミ振り向いた。

「んで、この変態はラバック」

「痛だだだだだだッ……あっ、なんか気持ちよくなってきたかも」

変態(ラバック)が新たな扉を開かない内に次へゴー。

 

「次は……川原かな?」

「まだあるのかよ……。正直もうお腹一杯なんだけど………」

疲れ切った顔でトボトボと歩くタツミの横を笑いながら歩くのはレオーネ。

「まあまあ。次は美少女だから期待しときなって」

カラカラと笑うレオーネの言は信じられない。ジト目で見るタツミなど気にもせず、レオーネが声を上げた。

「おっ、いたいた。ほら、あれがアカメだ。可愛いだろ?」

ニヤニヤと笑うレオーネに従って視線を向ければーー

 

ーー人の背丈ほどはある怪鳥を丸焼きにしてワイルドに骨付き肉に齧り付く長い黒髪の少女の姿が。

 

(何処が!?)

この光景を見て可愛いと言える人の神経が信じられない。可愛いと言うよりむしろおどろおどろしいくらいである。

ーーと、彼女が今現在食している怪鳥を見てハッとした。

「あいつが食ってんのってまさかエビルバード!?」

エビルバード。一匹で村を滅ぼすとされる特級危険種である。

危険種には強さに応じてランク分けがされており、四級•三級•二級•一級•特級•超級となっている。上に行くほど強い危険種、というわけである。

「アカメはあれで野生児だからねー」

ほのぼのとレオーネは言うが、そういうレベルじゃないだろと内心密かにツッコミを入れるタツミである。

「レオーネも食え」

「おっ、さんきゅっ」

ポイッ、と放られた骨付き肉を受け取り、レオーネは嬉しそうに齧り付く。

アカメは肉をもう一つ手に持ちながら、何故かタツミを凝視していた。

「な、なんだよ」

「お前……仲間になったのか?」

「いや……」

「じゃあ、この肉はまだやれないな」

鋭さを感じさせる表情でアカメは言うが、

(いらねえ!)

タツミにとってはありがた迷惑である。

実はタツミはアカメに二度ほど殺されかけており、彼女に苦手意識を抱いていた。ーーまあ、アカメの表情が分かりづらいとということも理由の一つかもしれないが。

「どうしたよアカメ。今日は随分と大盤振る舞いじゃん」

「ボスが帰ってきている」

言葉少なに答えるアカメ。

「へえ、マジ?」

「ああ、マジだ」

そう言ったのはアカメではなく別の女性。

エビルバードが壁となって見えなかったが、そこには一人の女性が椅子に腰掛けていた。

綺麗、と言うよりカッコイイ、と言った評価が似合うスーツ姿の女性である。しかし、特徴的なのはその右腕。

彼女の右腕は付け根の部分から無骨な鋼の義手になっていた。

「よっ」

片手を上げる女性に、レオーネが声を上げた。

「ボス!!」

少し驚いたようだが、レオーネは人懐っこい笑顔を浮かべて彼女に近寄っていった。

「ボスー。なんかお土産とかないですかー?」

「お土産はともかくレオーネ。お前三日前の仕事で作戦時間をオーバーしたそうじゃないか」

レオーネが笑顔のまま凍り付いた。

ヤバっ、と声なき声で呟いて、一目散に逃げ出すレオーネだが、それよりも早く女性の拳が射出され、猫よろしくレオーネの首根っこを捕まえた。

「ひいいいいいいいっ」

「強敵との戦いを楽しみ過ぎるのは良くない……そのクセはなんとか直すんだ」

キリキリキリキリと金属同士が擦れる不協和音が響く。

「分かったからそのキリキリ音を止めてくれよ!!」

堪らず悲鳴じみた声を上げて降参する。

「ふん……で、そっちの少年は?」

女性の視線がタツミに向けられる。

ワイヤーを通じて拳は腕に戻されている。

「あっ!ボス!この子推薦するよ!」

「ちょっ、だから俺はーー」

「推薦ねぇ……確かに人手は欲しいが……使えるのか?」

スゥ、と騒ぐタツミを無視して女性はそう問うた。

殺し屋集団ナイトレイド。その仕事は決して楽なものではないが、ナイトレイドとしてやって行くためには一つ、絶対に満たさなければならない条件がひとつある。

それは別に、強さなどではない。そんなものは後から入って鍛えればいい。実際、シェーレもそのタイプである。

では何か。それは、簡単なようで最も難しいこと。

 

ーーなんの恨みもない人間を、戸惑いなく殺せるかどうか。

 

ただそれだけ。

ナイトレイドは確かに悪逆非道を尽くす帝都の重役や富裕層の人間を対象に暗殺する。だが、実際に関わり合いになることはない。言ってしまえば、関係のない人間を殺しているのだ。

人の命を、依頼だからと言う理由で。

タツミにそれができるのか、と暗に目で問いかける。

その問いに、自信を持ってレオーネは答えることができる。

「使えますよ」

思い出すのは、タツミと二度目の邂逅を果たした時の出来事。

『俺が斬る』

そう言って、タツミは一人の少女を斬り殺した。

彼女によって幼馴染みを殺され、如何にも憎い相手だったとはいえ、彼にとっては恩のある相手だった。ーー例え、その真意がどうであれ。

それを彼は容赦なく切り捨てたのだ。ナイトレイドとしてーー殺し屋集団の一員としてやって行く素養は十二分にあるだろう。

「ふぅ。まぁいい。その話も兼ねて報告会と行こうか。ーーちょうど奴も帰って来るそうだしな」

「ーーっ!それは本当か!?」

いきなり、である。無言でひたすら肉を食べていたアカメが急に立ち上がり、女性に詰め寄った。

突然の行動に目を丸くするタツミだが、女性とレオーネにはそんな様子は見られない。流石、仲間だけあって慣れているらしい。

「ああ。少し前に連絡があった。それもまとめて報告するから、早く行くぞ」

「ああ、分かった!」

溌剌と答えるアカメ。先程までの無表情なクールキャラは何処へ行ったのやら。

「もう、何がなにやら……」

タツミ。常識人では……殺し屋の世界は生き残れないのである。

 

 




最後まで見て頂き、ありがとうございます。
本作品にライくんですが、ぶっちゃけチートです。設定見れば分かりますが、ほぼ最強です。敵無しです。公式チート主人公は伊達じゃない(`・ω・´)キリッ
なので、ナイトレイド側で自由に動かしてしまえばあっという間にメアリー•スーの出来上がりとなってしまうので、色々枷を付けて自由を封じています。今回の帰省はこうでもしないと原作主人公やナイトレイドメンバーと絡ませる機会がほぼなくなってしまうので、やったまでですが、今後は帝国側で原作メンバーと関わります。
将軍となって宮殿に入り込んだはいいですが、その代わりにおいそれと目立つ行動はできませんし、帝具もチートですが、おいそれと使えません。
強力だが、多用できないもの、というわけでダークキバを選んだのもそこにあります。まぁ、単純にカッコイイからでもありますが。
ライくんは命を削って戦うところが一番輝いていると思うのですが(ゲス顔)。
次回はライくんを出します。頑張ります。ついで戦闘もあるかもしれません。が、作者の腕がへっぽこなのであまり期待されない方がいいと思います。それでは、また次回。


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第三幕 襲撃

三話です。気付けば一万文字近くまで……でも話はあんまり進んでいないという。
よろしければどうぞ。


ナイトレイド会議室。

そこには、タツミを含め、ナイトレイドの現フルメンバーが勢ぞろいしていた。

「ーーなるほど」

ただ一人会議室の椅子に座っていた女性、ナジェンダに自身がナイトレイドアジトに連れさらわれるまでの経歴を話終えたタツミは、ふっ、と強ばっていた肩の力を抜き、何時の間にか固く握り締めていた拳をゆっくりと開いた。

ーーどうやら、知らず知らずの内に感情が昂ってしまっていたらしい。

一人息をつくタツミを尻目に、事情を聞き終えたナジェンダは一つ頷いてタツミを真っ直ぐに見据えた。

「事情は全て分かった。それを踏まえてタツミ、改めて聞こう」

一拍、余韻を持たせるように間を空けて、

 

「タツミ。ナイトレイドに加わる気はないか?」

 

「……どうせ、断ったらあの世行きなんだろ?選択の余地なしじゃねぇか」

シェーレから言われていたので、改めてそれを提案されたことに困惑しつつ、タツミはそう言った。

だが、ナジェンダは「いや」と首を左右に振る。

「アジトの場所を知られた以上、帰すわけにはいかないが、だからと言ってナイトレイドに加入しなければ殺す、というわけでもない。その場合は我々の工房で作業員として働いて貰うことになるがな」

「まぁ、相手の意思を無視して無理矢理仲間にしても意味はないしな。いずれ裏切られるかもしれない。仲間になるなら自分の意志で加入して貰った方がいい」

「ブラートの言う通りだ。強制的に働かせたところで、何の役にも立たんことは百も承知。第一、その手の強制は“アイツ”が許さないだろうしな」

彼らの言う“アイツ”とは誰なのかが分からないが、彼らの言っていることは分かる。

だが、しかし……

「兎に角断っても死にはせん。それを踏まえた上で……どうだ?」

「………」

ナジェンダの言葉に、タツミは葛藤する。

その数瞬間に、かつての出来事がグルグルと脳裏を駆け巡る。

「俺は……」

キツく手を握り締め、己の意思の在処を探るように言葉を紡いでいく。

「帝都に出て出世して、貧困に苦しむ村を救うつもりだったんだ……」

思い出すのは、故郷の村から幼馴染みと三人で意気揚々と旅立ったあの日のこと。

あの時は、三人が三人、夢と希望を抱えていた。自分たちが村を救う救世主になるのだと、本気でそう信じていた。

だがーー

「ところが帝都まで腐りきってるじゃねえか!」

『お前たちはなんの役にも立てない地方の田舎者でしょ!?家畜と同じ!!それをどう扱おうがアタシの勝手じゃない!!』

脳裏に響く、耳障りな声。ものの見事にレオーネに騙され、疑心暗鬼に陥りかけていた自分に、優しさを向けてくれた貴族の少女。ーー少なくとも、あの時のタツミはそうあの日の夜、ナイトレイドの襲撃で、その家の実態を知るまでは。

 

自分が必死になって守ろうとしていた少女は、自分の大切な幼馴染みを嬲り殺しにした張本人で、追い詰められた彼女は最後にそう言ったのだ。

謝るのではなく、開き直った。ーー否。自分が悪いなどと、欠片も思っていなかった。

あの時、彼女が罪を悔やんで謝っていれば、タツミももしかしたら斬るのを躊躇ったかもしれない。あのまま彼女を守るためにナイトレイドと矛を交えていたかもしれない。が、それももう過去の話。

タツミの二人の幼馴染みは二度と帰っては来ないし、あの女ーーアリアとももう二度と会うことはない。

「中央が腐ってるから、地方が貧乏で辛いんだよ。その国を腐らせる元凶をとっぱらいたくはねえか?ーー男として!」

声に反応して視線を向ければ、壁に寄りかかるようにして立つ大柄な男ーーブラートが、やたらとキリッとした表情でタツミを見ていた。

「ブラートは元々帝国の優秀な軍人だったんだ。だが、帝国の腐敗を知り、今では我々の仲間として戦っている」

「ま、帝国には完全に失望していたところにあの殺し文句だ。男なら、腐ってるわけにも行かねえよ」

そういう彼の顔は、驚くほど晴れやかだった。

自分の意志で自分の往くべき道を見定め突っ走る男の顔。その顔はタツミの心を激しく揺さぶった。

少なくとも、幼馴染みを失い、何をするわけでもなく沈み込んでいる今の自分には、とてもできない顔だから。

「でも、悪い奴らをチマチマ殺していったところで、世の中大きく変わらないだろ?それじゃあ辺境にある俺の村みたいな所は結局救われねぇよ」

正直、タツミの心は大分ナイトレイド側に傾いている。だが、それでもまだタツミは迷っていた。

そもそも、タツミは貧困に苦しむ故郷の村を救うためにこの帝都まできたのだ。殺しをやって金を稼ぐのは別にいい。

今のこのご時世だ。そうやって金を稼ぐ人などそう珍しくもない。

タツミの最終目標は村を救うこと。チマチマと暗殺を繰り返したところでこの国自体が変わらなければ、村の貧困も変わらない。

「ふっ、なるほどな。それならば余計にナイトレイドがピッタリだ」

「?なんでそうなるんだ?」

純粋なタツミの疑問に、ナジェンダは懇切丁寧に説明から始めた。

「帝都の遥か南に、反帝国勢力である革命軍のアジトがある」

「……革命軍?」

思わず、と言ったふうに聞き返すタツミ。当然だ。何故なら、彼女のその言い方ではまるでーー

「初めは小さかった革命軍も、今や大規模な組織に成長してきた。そうなると必然的に情報の収集や暗殺など、日の当たらない仕事をこなす部隊が作られた」

タツミの内心の動揺などには取り合わず、ナジェンダは説明を続けていく。

 

「それが我々、ナイトレイドだ」

 

ズシン、とその言葉が重みを帯びてのしかかる。

「今は帝都のダニを退治しているが、軍が決起の際には混乱に乗じて腐敗の根源である大臣をーー」

ゴクリ、自然と口内に溜まった唾を飲み込む。

意識したわけではなく、無意識的に。それほどまでに、今この空間は緊張感に満ちていた。

「ーーこの手で討つ!!」

ナジェンダの強き意志を現すように鋼の義手が音を立てて握り締められる。

「……大臣を、討つ……!?」

信じられない思いでタツミは知らずとその言葉を繰り返していた。

大臣を討つ。それは即ち今のこの世界を敵に回すということに他ならない。

そんなことができるのか?と言う思いよりも、ナジェンダの醸し出すその雰囲気に圧倒された。

「それが我々の最終目標だ。まぁ、他にもあるが、今は置いておく」

昂った気持ちを落ち着けるように息をつき、ナジェンダは再び話し始める。

「決起の時期について詳しいことは言えんが、勝つための策はある。そのための用意もしてある。そしてその時が来ればーー確実にこの国は変わる」

「………」

葛藤を振り切るように、問う。

「その新しい国は、ちゃんと民にも優しいんだろうな?」

「無論だ」

少しの沈黙の後、タツミが再び口を開いた。

「なるほど。スゲェ……。じゃあ今の殺しも悪い奴らを狙ってゴミ掃除してるってわけか」

「ん……まぁそんなところだな」

なんとなくタツミの声音が変わったことで、何を考えているのか察したナジェンダだが、取り敢えずは肯定しておく。別に間違っているわけではないのだし。

「それじゃあ所謂正義の殺し屋ってヤツじゃねえか!!」

興奮のためか拳を握りそう言うタツミにーーその場が爆笑に包まれた。

平然としているのはナジェンダとアカメくらいのものである。

ラバックは腹を抱えて爆笑してるし、マインに至っては指を指してまで笑っている。

「な、なんだよ。何が可笑しいんだよ!?」

折角盛り上がってきたところに水を差されて憤慨するタツミ。だがーー

「タツミ」

自分の名を呼ぶレオーネの声音に、背筋に冷たいものが走った。

「どんな綺麗事を口にしようが、やってることはただの人殺しなんだよ」

「そこに正義なんてあるわけ無いですよ」

「此処にいる全員……何時報いを受けても可笑しくないんだ」

続くシェーレとブラートの言葉に思わず黙り込む。

他のメンバーも特に何も言わない辺り、同様の考えなのだと知ることができた。

「とまあ、此処にいる全員、戦う理由はそれぞれだが、みんな覚悟を決めている。それでも意見は変わらないか?」

確認するような、警告するようなナジェンダの言葉。

それでも、タツミの心は既に定まっていた。

「……ちゃん報酬は出るんだろうな?」

「ああ。真面目に働けば故郷の一つは救えるだろうさ」

「そうか」と呟いて、瞳に強い意思を宿す。

「だったらやる!そういうデカイ目的のためなら、サヨやイエヤスだって協力してたはずだしな!」

そう、今自分がすべきことは友の死を悼んで嘆くことではなく、前へと進むこと。

何時までも落ち込んでいては、二人になんと言われるか分かったものではない。それにーーきっと二人もそう思ってくれているはずだ。

「いいの?故郷には顔を出せなくなるかもしれないわよ?」

意地の悪い質問をするのはマインだ。

タツミはマインに振り返ることなく、ハッキリとした口調で言う。

「いいさ。それで村のみんなが幸せになるんなら」

「……フン」

期待していた反応と違ったのが意外だったのか、それとも自身の意地の悪い質問にそこはかとなく罪悪感を抱いたのかは定かではないが、マインは鼻を鳴らして顔を背けた。

「そうか。では決まりだな。ーー修羅の道へようこそ、タツミ」

ギシリ、と軋みを上げる義手が、いやに印象に残る。

 

ーーと、緊迫した空気が流れていたわけだが、空気を読まずに発言する者が一人。

「それよりボス。“あの人”が帰ってくることについて詳しく話を聞かせてくれ」

紅い目の少女、アカメである。

「あ~、とうとう我慢できなかったか」

「何?“あの人”が帰ってくるの!?」

「むしろよく今まで我慢できましたね」

先程までの重苦しい雰囲気は何処へやら。途端にほのぼのとした空気が蔓延する。

しかし、ナイトレイドメンバーは事情を知っていても、今此処には本日新たに加入した新参者ことタツミがいるわけで、この急な空気転換に着いて行けずに困惑していた。

彼らが言う“あの人”というのもタツミにとっては全く分からない。

なので、ちょうど近くにいたブラートに聞いてみることにした。

「あ、あの」

「ん?」

「さっきからみんなが言ってる“あの人”って……」

「ああ……。ナイトレイドのもう一人のメンバーだよ。正確には、アイツを含めて後二人いるんだが」

「へえ……。その人が帰ってくるってことはじゃあ、今まで何処か遠くに行ってたのか?」

「別に遠くに行ってたわけじゃないんだがな……。ま、それはアイツが帰ってきてから本人に聞けばいいさ」

「はあ……」

イマイチ要領を得ない回答だったが、この場はそれで納得しておく。どの道今日此処に来るというなら会うことになるのだ。

今から気にすることでもないか、と心中にて頷くタツミ。

だがタツミとしてはあのどこまでも冷静沈着でクールな印象を受けるアカメがあそこまで何かにこだわるということが意外だった。

「まあ待て、アカメ。そう焦らなくても今から話す」

「ああ、そうそう。アイツは確かアカメたちのーー」

「ーーッ、大変だぜナジェンダさん!侵入者だ!」

ナジェンダとブラートの言葉を遮るように、突如としてラバックが声を張り上げた。

侵入者の存在を感知して報告するのはいいのだが、一体どうやって侵入者の存在を知ることができたのか?

内心首を傾げるタツミであるが、他のみんなはそうではないらしい。

「人数と場所は?」

「俺の結界の反応からすると恐らく8人!全員アジト付近まで近付いてます!」

「手強いな。此処を嗅ぎ付けてくるとは……」

懐から煙草の入ったケースを取り出し、一本を加えつつ話を続ける。

その態度には一切の動揺も焦りも感じられない、落ち着いたものだった。

「恐らくは異民族の雇われた傭兵だろう。………仕方ない」

ため息混じりに煙草に火を付けて、ナジェンダはナイトレイドに指示を出す。

「緊急出動だ。全員生かして帰すな」

(雰囲気が、急に変わりやがった……!!)

まるで鋭利な刃物のような鋭く研ぎ澄まされたそれは、彼らが曲がりなりにも暗殺者だということを再認識させるものだった。

特に、アカメが殺気立っている。

良く見れば表情も不機嫌そうに見える。……基本が無表情なので分かりづらいのだが。

「行け!」

まさに鶴の一声。

瞬時に各々の武器を携えて、軍人もかくやという機敏さで全員が散らばり、タツミとナジェンダだけがその場に残される。

「え、あ、あれ?」

もっとも、ただ単に展開に着いていけずに困惑していただけなのだが。

バシンッ

「痛ぁッ!?」

不意に背中に走った激痛に思わず悲鳴を上げるタツミには構わず、

「何をボヤボヤしている。初陣だ。始末して来い!」

極悪な表情を浮かべながら、ナジェンダはタツミにそう言うのだった。

 

 

 

ーー時は少し遡り、郊外。帝都を離れたライとクロメは帝都周辺ではもっとも危険な地域と言われるフェイクマウンテンに来ていた。

彼らの本拠地、ナイトレイドアジトは帝都より北に10㎞の山奥にある。

本来ならばフェイクマウンテンをわざわざ仲介する必要はないのだが、今現在の二人の状況を鑑みると此処を通った方が、何かと都合がいいのだ。

そう、例えばーー

 

「やれやれ……こうも監視を寄越すとは、どれだけ信用ないんだか………」

ーー送り込まれた刺客や監視を炙り出したり、などである。

「だから何時も言ってるのにぃ……」

ムスッとした顔でクロメはジト目でライを見上げる。

散々心配をかけさせているライに弁解の余地はなく、バツが悪そうに顔を背けた。

「もう、すぐそうやって顔を逸らす。私とお話してる時はちゃんと私の顔を見てよ!」

ますます不機嫌さを増すクロメに苦笑し、「ゴメンネ」と謝りながら頭を撫でる。

「んっ。……こんなので誤魔化されないんだからね」

その言葉とは裏腹に、クロメの表情はこの上なく嬉しそうに緩んでいる。

(そう言えば、クロメは昔から頭を撫でれば機嫌が良くなったな)

ふと、幼き日のことを思い出して、懐かしい気持ちに駆られた。

(貧しく、何時も貧困に耐えていても争いごとや殺し合いなどとは無縁だったあの頃と、殺し殺される日々が日常となった今……一体、どちらの生活が幸せなんだろうな………)

頭を撫でられて、昔と変わらず嬉しそうに笑うクロメを見ているとなおのこと強く思ってしまう。

クロメもーーもう一人の妹も、争いごとなどして欲しくない。殺し殺されるのが常の世界に身を浸して欲しくないのが偽らざるライの本心である。

だけど、結局は二人の妹は殺し屋の世界に足を踏み入れ、無数の血を浴びてしまっている。

そうさせたのはーーそうするきっかけを与えたのは、ライだ。

考える度にその結論に行き着き、その度にライは自己嫌悪に駆られる。が、そんな内心の感情を妹に見せるわけには行かない。

「お兄ちゃん?」

「ん?どうした?」

「……ううん。なんだかお兄ちゃんが悩んでるみたいだったから……」

表情には出さず、内心驚いていた。

悟らせまいと隠していた内心の葛藤を、この妹は無意識の内に見抜いていたのだ。ーーだからと言って、素直に言うわけではないが。

「まあ、確かに“コレ”をどうするかについては悩んでるな」

そう言って視線を向けた先にいるのは、6人の男たち。元は9人だったのだが、このフェイクマウンテンに住む擬態能力を持った危険種に殺られて数を減らしていた。これもまたライの狙いの一つである。

フェイクマウンテンに住む木獣などの危険種は見抜くのが難しく、知識はあっても活用出来るかは分からないのである。フェイクマウンテンが危険度の高い地域とされているのはこれが要因でもある。

「さて、それでは質問と行こうか?」

腰に差した剣を抜き放ち、男たちの内の一人の首筋に添える。

「くっ……!例えどんなことをされても俺は何も喋らないぞ!拷問されたとしてもな!」

金で雇われた傭兵だとしても、プライドはある。彼の場合は依頼主についての情報を決して口外しないと言うことが彼に残された誇りだったのだろう。

それに、任務を失敗してしまったのだ。例え生きて帰れたとしても、自分が生き長らえるとは思ってはないない。そこまで彼らは優しくはない。

キッ、と強く鋭い眼差しでライを睨み付けーー次の瞬間、背筋が凍った。

「別にいい。お前たちを雇った人間については検討は付いている。よって、聞きたいことは二つだ」

淡々と紡ぐその言葉の中に、一切の感情と言うものがなかった。先程までの傍らの少女に向けていた優しく慈愛に満ちた表情など欠片もなく、まるで能面のような、人としての大切なものがゴッソリと抜け落ちてしまったかのような、欠けた顔をしていた。

「お前たちを雇った人間は誰なのか?お前たち以外に雇われた奴はいるのか?ーーこの二つだ」

「た、例え何をされたとしても俺は何も喋らない!」

「そうか。ならお前に要はない」

えっ、と思う間もなく、するりと刀身が横に滑り、男の首を切断していた。

ブシュッ、と鮮血が噴き出すのを無表情に一瞥して、次の男の首に血の付いた剣を添えた。

「私はエスデスのように無駄なことに時間を費やすような趣味はない。これでも急いでいてな……話すまで尋問する、などと言う下らんことにかまける暇はない」

男はライの目を見て本能的に悟った。

ーーこの男は、自分たちを人間だと思っていない。差別意識や家畜を見るような、帝都の腐った連中とも違う。アレはそんな“生易しい”ものじゃない。例えるならばそう、まるで路傍に転がる石ころを見るような、人を人として見てなどいない。

こんな、こんな目をする奴が、まともであるはずがない。

「お前たちに残された選択肢は二つ。何も喋らず逝くか、私の質問に答えてから逝くか、だ。ーーまあ、一つ目については私の予想を裏付ける確証が欲しかっただけのこと。依頼主はハラクロ内政官であろう?」

「なッ!?」

「当たりか。やはりな」

ハラクロは大臣派の内政官の一人で、裏では賄賂や数多くの悪事に手を染め、今回の件も大臣の己に対する株を上げたいがために仕組んだことだろう。ーーまあ、もっとも、その裏で手を引いているのは大臣だろうが。

「さて、それで?話す気になったか?」

どこまでも堂々とした立ち振る舞いと自信に満ちたその口調。三歩後ろに従者のように少女が控えるその様は、ただの将軍と言うよりもむしろーー王。

だがしかし、それは正道を往くに非ず。しかして覇道にも非ず。

言うなればそれはーー

眼前の男に底知れぬ畏怖と崇敬を抱いた男は、自然とその口を動かしていた。

 

「……アジトの方にも行ってるのか」

「心配しなくても、お姉ちゃんたちなら大丈夫だと思うけど……?」

「だとしても、万が一、と言うこともある。心配なのは変わらないさ……。仕方ない。ゆっくりしている時間はなさそうだ。なるべく急ぐとしよう。ーークロメ、大丈夫か?」

主語を省いたその言葉。しかし流石は兄妹というべきか、その意図は正確にクロメに伝わっていた。

「勿論。お兄ちゃんが私を頼ってくれるのに、それに応えなかったら妹失格だもん」

両の手で握り拳を作り、気合を入れるクロメその姿に苦笑する。

頑張ってくれるのは有り難いのだが、それで無茶をされても困るのだ。妹に頼りっぱなしで負担をかけさせる一方だったら、それこそ兄失格である。

「……あまり張り切りすぎるなよ?」

「ん、大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんのためなら、クロメはなんだってできるもん」

ライの顔を見上げて、クロメは無邪気に笑う。

余りにも満たされたその顔に、思わず黙り込む。

「それじゃあ、さっさとやっちゃおうかな。ーーね、八房」

腰に差した刀を抜き放って、艶然とクロメは微笑んだ。

 

 

所変わってアジト付近。森から平原へと続く境界線にて、タツミは身を潜めていた。

というのも、つい先程まで行動を共にしていたブラートより、

『いいか、敵が来るとしたら此処を通る可能性大だ。足止めでいいからなんとか応戦しろ』

との指示を受けたからである。

如何にも新人の役割であり、実際タツミもそう思っていたのだが、敵が現れたことにより状況は一変する。

「ッ!?此処にも敵を配置してやがったのか!?」

「わりーけど、こっから先へは行かせねえぜ!」

威勢良く剣を抜き放って構えたはいいが、思わず逡巡してしまう。

互いに剣を抜き、向け合っている。今から始まるのは稽古ではなく敗北=死の実戦。

それで自分はなんの恨みもない奴を、果たして斬れるのだろうか?

「少年といえどーー容赦はせんぞ!!」

(迷うな!此処で迷えばーー死ぬ)

迷いを追い出し、二人は激突した。

 

「ーーあの新人、大丈夫かしら?今頃死んじゃってるんじゃない?」

倒れた大木に腰掛けながら、頬杖をついてマインは眼下のシェーレに話しかけた。

無論、同意を求めるためだが、当のシェーレの意見は違ったようで、

「それはないと思いますよ」

「あら。珍しいわね。シェーレがそこまで評価するなんて」

言葉通り意外そうにマインがシェーレを見た。

「だって彼、アカメと戦って生き延びていますからね」

「まあそれは確かにね」

アカメの実力とその武器の凶悪な性能を知っている身としては、彼女と遣り合って生還しているだけで十分評価に値する。ーーだが、それだけではない。

それに、とシェーレは続ける。

「剣を交えたアカメが言ううにはーー」

 

男の振り降ろした剣を弾き、歯を食いしばって返す刀で振り下ろす。

ーー血飛沫が上がった。

 

「ーー伸びしろの塊。鍛えて行けば将軍級の器、とーー」

 

倒れた男に切っ先を向け、

「どうだ……これが……サヨと……イエヤスの……三人で……」

溢れる悲しみを振り切るように、叫ぶ。

「鍛え上げた、技だ!!」

(そうだ。変えるんだ。腐ったこの国を、俺がーー俺の手でッ!)

まだ男には息がある。ボスの指示は『始末しろ』、止めを刺さなければならない。

止めを刺すために剣を振り上げてーー

「ま、待ってくれ!頼む!見逃してくれ!俺が死んだら里がーー」

(ーーえ?)

止めを刺そうとした手が止まる。

(コイツも、故郷のために……?)

逡巡するタツミ。だがそれはーー戦いの最中では命取りとなる。

「ハハハ!甘いなあ少年!一族のために死んでもらうぞ!」

「しまっーー」

完全に不意を突かれた。この距離にこの速度。今のタツミでは対応できない。

あわや殺される所かと、男が確信し、タツミが諦めたその時ーー空に影が指した。

天より舞い降りた影はその場の誰よりも早くタツミに襲いかかろうとした男の首に足を置いて前倒しに倒れさせつつ、正確に刀で心臓を貫く。その間、数秒も経っていない。一瞬の出来事だった。

「ーーじゃあ貴方は私たちのために死んで」

絶命した男に冷たく言い捨てて、首を回してタツミを振り向く。

「戸惑ってちゃ、君が死んじゃうよ?」

「お前は……」

(コイツ……戸惑いもせずに……)

突如として現れた少女は、初めて会った筈なのに何処か既視感を覚えた。

「私?私はクロメ。ナイトレイドの一員だよ」

(クロメ……もしかして、コイツがみんなの言ってた“あの人”なのか?)

「ところで君は?もしかして、敵?」

「えっ!?いや違う!俺もナイトレイドの一員だって!」

「ナイトレイドの?でも見たことないし」

それはそうだろう。タツミがナイトレイドに加わったのはつい先程の出来事。それまで不在だったクロメが知っている方がおかしい。

しかしそんな理屈を言ったところで信用されるとは思えない。

どうしたものかと激しく悩んでいると、草を掻き分ける音が響いた。

「む。敵?」

眉を顰めて面倒臭そうにクロメは男の上から下りて音のした場所へ視線を向ける。

タツミから視線を外しているのは敵ではないと判断されたからか、それともーー相手にならないと判断したからか。

「トウッ!」

「あ。なんだ。ブラートだったんだ」

小さく呟かれた言葉はタツミにしか聞こえなかったが、彼女は既に刀を納めている。

知り合いが来たことにより、やっとタツミも肩の力を抜くことができた。

「こっちに敵が来ただろう?後は俺に任せな!」

そう言って飛び出してきたのは、全身に鎧を纏った男、ブラートである。

「もう終わったよ」

「なにぃ!?ーーって、クロメ!?帰ってきてたのか?」

「うん。ついさっきね」

「そうか。ならあいつも帰ってきてるんだな……。おう、タツミ!無事だったか!」

「あ、ああ……」

「あ、本当に仲間だったんだ」

やはり信じていなかったらしい。

「何はともあれこれで一件落着だな。んじゃ、帰還するとしようぜ」

ブラートの言葉に、二人は揃って頷いた。

 




相変わらず主人公なのに影が薄いな……じ、次回は、次回こそは主人公メインで行きたいと思います!そろそろアカメたち他の原作メンバーとの絡みとか書きたいので。
次回も宜しくお願いします。それと、感想待ってます。


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第四幕 “あの人”と新入りと

四話です。少し短いかもしれません。
今話にはアカメは登場しません。彼女は少しどう言ったキャラにしようか迷ってるので次回へ持ち越しです。
それでは、どうぞ。


クロメとタツミが血に塗れた邂逅を果たしていた時、ライはナジェンダがいるアジト内部に足を運んでいた。

「こうして会うのも久し振りだな、ライ。……いや、ライゼル将軍と言った方がいいかな?」

「……止めてくれ、ホームでまで気苦労を背負いたくない」

からかうようなナジェンダの言葉に、本気で嫌そうに表情を歪めて、ライははあ、とため息をついた。

「おや?天下の将軍さまにも敵わない奴がいるのか?」

ナジェンダの言葉に何処か遠い目をしながらライはポツリと呟くように、

「……妹が、な」

ナジェンダは、そっと目を逸らした。

どうやら察してくれたらしい。余計な言葉を交わすことなく事情を分かってくれる辺り、付き合いの長い友人と言うのは素晴らしい。が、今はその気遣いが少しだけ胸に痛いライであった。

「んんっ。ーーそれで?珍しいな。お前とクロメが別行動をするなんて」

場の空気を変えるように咳払いを一つ。

しかしその疑問がその場しのぎのものでないことは、彼女の不思議そうな顔で分かった。

「確かにクロメと一緒に行動することは多いが、だからと言って四六時中一緒にいるわけじゃないさ」

「そうか?日頃のお前たちを見ていると、お前はともかくクロメの方が離れたがらないと思うが」

「僕もクロメも人間だからな。一人になりたい時もあるさ」

「ふむ……そういうものか」

納得したように頷くナジェンダだがーー実際、その考察は当たっている。

宮殿内での立ち位置からライの傍を離れることなど一部の例外を除き、存在しないクロメだが、それはあくまでも任務。

そんなんじゃ一緒にいたことにはならない!ーー以前、クロメに注意した時に言われた言葉である。

何とかしないといけないと思いつつも、どうにもならない現状にため息が溢れる。

「まぁ、もっとも過酷で危険な任務を遂行してるんだ。私の言えた義理ではないが、余り無茶するなよ。キバットから聞いたが、監視を潰すためにワザと尾行させたそうじゃないか。ん?」

幸いにしてナジェンダはそのため息を別の意味に受け取ったらしく、ライの思考とは別のことを話題に上げる。もっとも、それがライにとって救いになるわけではないのだが。

(あの蝙蝠もどきめぇ……!)

もう片方の付き合いの長い友人はどうやら余計なことを言ってくれたようである。

冷静沈着な顔を殴りたくなる衝動に駆られるが、ため息と共に飲み下す。

「……仕方ないだろう。置いてきた影武者の方に余り負担をかけたくないんだ」

「だからって無茶しすぎだ、馬鹿者。お前が倒れれば多くの人間が悲しむし、革命軍にも致命的なダメージになってしまうからな」

バツが悪そうに顔を背けるライに呆れたように、ナジェンダはため息混じりにそう言った。

「分かってるさ。だからこうして不安材料を潰して行ってるんだろう?」

「やれやれ……。私はそう言うお前の方が心配だよ」

はあ、と今度はナジェンダがため息を吐いて、眼前に立つくすんだ銀髪の青年を見やる。

彼女の知る限り、彼以上に優れた人間はいない。その力は、誰にも扱えないが故に『欠陥品』の烙印を押された帝具を扱い、帝都宮殿内へ瞬く間に将軍の座に収まったことが証明している。自身もかつては将軍だったが故に、その地位に就くのがどれほど難易度の高いことかは分かっている。

その力に溺れず、なおも己を高め続けるその姿には、一人の武人として、また人間として尊敬している。ーーまぁ、本人の前では絶対に言わないが。

だからこそーー彼の抱える危うさを危惧しているのだ。

並外れた知略と帝国最強に並び立つとされる常識外の武力を保有する彼の、『人間』としての致命的な欠陥を。

「ーーまあいい」

そう、幾ら気にしたところで、本人に自覚がなければ指摘するだけ無駄だろう。指摘したところで何一つ変わらないであろうことも容易に想像できる。

ならば、彼女の想定する“最悪の未来”にならないよう、いるかも分からない神にでも祈っておくことにするとしよう。

「それで?首尾はどうだ?」

「……四割程度、と言ったところか。此処の所大臣に警戒され始めてな……。この程度、とも言える」

「いや、十分過ぎる。大臣に目を付けられつつある以上、それ以上の動きを見せるのは危険だ」

「僕と同意見か。できるなら半数以上の数値に持って行きたかったんだがな」

「上々だよ。誇っていい。流石だな。お前の手際には称賛するしかない」

「……なんだ。嫌に持ち上げるな。何かあったのか?」

ジト目でナジェンダを見やるライに思わず苦笑する。

どうにも彼は称賛されることに慣れていない……と言うより嫌っているフシがある。どうも彼は昔から自身の手柄を誇るよりも他者に押し付けようとするのだ。そのくせ、他人の犯した失敗やその尻拭いは全て自分一人でやってしまうのだから始末に負えない。

彼の妹曰く、ライは昔からそうだったらしいが。

「正当な評価だよ。正直な所、この程度の言葉しか贈れないことがもどかしくてたまらない」

「止めてくれ。背中が痒くなる」

本気で嫌そうに柳眉を顰め、顔を歪めるライ。彼の珍しい表情を見ることができて満足したナジェンダは、唐突に“あること”を思い出した。

「そうだ。ライ。ナイトレイドに新しく仲間が加わることになった」

「ーーは?」

ポカン、とする彼の表情は非常に珍しい。

「ああ、断っておくが、無理矢理仲間にしたわけじゃないぞ」

「当たり前だ」

憮然としてライは言う。

「ま、今日はそいつにお前たちの紹介を兼ねて歓迎会と行こうか」

そう言って、ナジェンダは席を立つ。後ろで、「殺し屋に歓迎されても嬉しくないと思うが……」と言う言葉は無視する。

人間、都合に悪い言葉は聞き流した方が得である。

 

 

「ーーあれ?あんたは……」

会場(と言ってもアジトの外なだけだが)に着くと、見慣れない少年が自分を見て首を傾げてた。

ーーなるほど。彼が新入りか。

あっさりと目標に人物が見つかったことに若干拍子抜けしつつ、ライは少年の方へ近付いて行く。

「初めまして、かな。ナイトレイドのライだ。よろしく」

挨拶と笑顔は人間関係を円滑に進めるための重要なファクターである。何事も第一印象が大事というが、その第一印象も挨拶から始まるのだ。更に笑顔は人の警戒心を解き、相手に好印象を与えることができる。

「あ、ああ。俺は今日ナイトレイドに加わったタツミだ。こっちこそよろしくな!」

ライの姿を見た時警戒していた彼も、狙い通りに警戒心を解いたのかニッ、と笑う少年ーータツミは何処からどう見ても無邪気な普通の少年にしか見えない。

ナイトレイドは殺し屋集団。日の目を見ることのない日陰者の集まりだ。そんな集団の中で彼がこれから先やっていけるのか、一抹の不安に駆られる。ーーが、そんな内心の不安など表情には一切漏らさずに、ライはタツミと握手を交わす。

「……ああ、そうだ。今日加入した新入りなら、クロメのことも知らないか」

ポツリとこぼした呟きは、しかしタツミの耳に届いたらしい。

「クロメって……もしかしてアイツのことか?」

「?知り合いだったのか?」

常時ライにベッタリなクロメに、ライの知らない知人(しかも異性!)がいたことに驚くライ。

「いや……知り合いっつうか、なんと言うか……」

苦渋の表情で言葉を絞り出すタツミを怪訝そうな目で見詰めつつも、取り敢えず妹(クロメ)を呼ぼうと思ったのか、周囲に視線を巡らせる。と、その時だった。

「おおっ!誰かと思えばライじゃねえか!久し振りだなぁ!」

「ん?ブラートか。確かに久し振りーーって酒臭いぞ」

背後から肩に腕を回し、アルコールで真っ赤に染まった顔を近付けるブラートを鬱陶しそうに手で制していると、

「オイオイライくぅん?なぁにをそんな隅ぃーっこの方で新入りと二人で話してるんだぁ?んん?」

「君らがそうやって酒臭い顔を近づけて来るからだよ、レオーネ」

反対側から同じように肩に腕を回して体重を預けてくるレオーネにウンザリしたように苦言を申し立てるライだが、アルコールにドップリ浸かった頭では理解できたかどうか怪しいところである。

「んっふふふふ。そんなこと言ってぇ、ホントはおねーさんに抱き着かれて嬉しぃんだろー?素直に言っちゃいなよぉ。“コレ”はお前の妹にもシェーレにだってないもんなんだからなぁ」

悪戯っぽく笑いながら、レオーネは自身の豊かな乳房を押し付ける。

あの威力に覚えのあるタツミは生唾を飲み込みつつ戦慄する。

ーーなんて羨まsじゃない、なんて威力なんだ!

「……生憎だが、妹をそんな目で見たことはないぞ。と言うか何故そこでシェーレが出てくる?」

「またまたぁ。そんな澄まし顔したっておねぇさんは全てお見通しだぞー?」

「オイオイレオーネ。俺を忘れてもらっちゃ困るぜ?」

「黙れ、酔っ払い」

強引に二人を振りほどきつつ、酔っ払い二人の後頭部に軽く手刀を当てて昏倒させる。

一連の動作に一切の無駄が無い。洗練された動きであり、技術の無駄使いであると言えた。

「スゲェ!今の一体どうやったんだ!?」

先程の一連の動作に興奮を隠せないのか、キラキラした眼差しで見上げて来るタツミに苦笑しつつ、ライは「そもそも」と前置きして、タツミに解説し始めた。

「今のは二人にアルコールが回ってたからであって、平時の状態ならああも上手く出来なかったよ」

「ーーそれでも、レオーネとブラートの二人を一撃で昏倒させるなど、並の人間にはできないがな」

と、そう不意打ち気味に二人に声をかけてきたのは一人の女性。

「あ、ボス」

ナイトレイドのリーダー的存在のナジェンダである。

片手を挙げてタツミに応えつつ、二人に近付く。

「ああ。どうだ、タツミ。ちゃんと楽しめてるか?明日からは存分に仕事をこなしてもらうからな。今の内に英気を養っておけ」

「お、おう!」

「ーーって待て、まさか行き成り仕事を任せるんじゃないだろうな?」

「それこそまさかだ。ま、しばらくは雑用兼見習いとして私たちについて学んでもらうさ」

「……まぁ、ならいいか」

取り敢えず、タツミがなんのノウハウもなく暗殺業などできる訳がないので、そこは安心する。

「何はともあれ、タツミ。初陣ご苦労だったな。……が、先程も言った通りお前には殺し屋としてのノウハウが欠けている」

暗殺者と言うのは、何も腕が立つだけでは勤まらない。

気配の消し方は勿論のこと、闇夜に紛れて正確に対象を始末する技術、暗殺成功後に素早くその場を離脱する状況判断能力や空間把握術などなど、学ぶこと、身に付けることは山ほどある。

流石に全てを身に付けられるわけではないが、ある程度は身に付けないと暗殺の成否に関わってくる上、自身の生死にも直結する。

その点で言えばタツミはまだまだ未熟極まりないのである。

「ライ。此処には何時までいられる?」

「今日を入れなければ三日だな」

ナジェンダの問をあらかじめ予想していたのか、淀みなく答える。

「というわけだ、タツミ。お前は明日から三日間、ライの下で勉強しろ」

「べ、勉強?」

「ああ。ーーコイツの下にいれば、お前は今までよりも一つ上のステージに行けるはずだ」

確信に満ちたナジェンダの台詞に何処か釈然としないものを感じながらタツミは頷く。自分が新参者なのは自覚しているつもりである。だったら、上司の決定に逆らうべきではないだろう。

「それはそうとしてお前たち。なんでこんな隅の方にいる?」

「ああ、それはーー」

ライが答えようとしたその時、再び第三者の横槍が入った。

「そんなのレオーネとブラートが酒臭いのが原因でしょ」

高慢そうな声で入って来たのはマイン。その横にはシェーレの姿もある。

「久し振りね、ライ。宮殿内の様子はどう?」

「お陰様で毎日大忙しだよ。最近はやっぱりナイトレイドの話題が多いな。大臣も相当苛立っていたぞ」

「ふんっ!いい気味ね。そのままストレスで禿げて疲労で死んじゃえばいいのに」

「その前に高血圧と心臓病で死にそうだがな……。まぁ、余りいいことばかりでもないんだが」

険しい視線で帝都の方向を睨みつつ、くすんだ銀髪をかき上げる。

こんな動作の一つ一つにも気品が見えるのだから、実は王族か貴族だったりするんじゃないかしら、コイツ。などとマインはありもしない妄想を笑おうとしてーーふと思い至った。

(あれ?そう言えばライって確か……)

行き成り考え込んだマインを不思議そうに眺め、それからシェーレの方へと視線を向けた。

「シェーレも、久し振り」

「はい。お久し振りです、ライ」

ふわりと優しげに微笑むシェーレは相変わらず殺し屋には見えない。まぁ、それはナイトレイドメンバーほぼ全員にも当てはまることなのだが。

綺麗な顔立ちをしているが故に、右の頬に付いた一筋の傷跡が痛々しい。ーーもっとも、傷が付いた経緯を聞くとそんな感想など消え失せるのだが。

優しく微笑むシェーレに対するライの対応も何処か柔らかく、口元には微笑みが浮かんでいる。

「任務の様子はどうですか?何か不安なこととか悩みごととかありませんか?怪我や病気になってませんか?私に出来ることならなんでも言って下さいね。全身全霊でお世話しますから!」

「いや、そこまで気合を入れなくても。と言うかその言葉はそっくりそのまま君に返すぞ?」

言ってから、苦笑する。どうにも彼女は自分に対して世話を焼きたがる傾向にある。

別に迷惑というわけではないのだが、“かつての世界”の時も含めてこう言った扱いは受けたことがないので反応に困るのが現状である。『兄』扱いを受けたことはあっても、『弟』のような扱いをされたことはなかったので。

「そう、ですか?残念です……」

しゅんと肩を落とす彼女を見ていると自分は悪くない筈なのに罪悪感を覚えるのは何故だろう?らしくもない考えに自分でも苦笑するものの、

「……まぁ、何かあった時はよろしく頼む。頼りにしているよ、シェーレ」

「ーーッ!はいっ!」

たったこれだけで眩しいくらいの笑顔を見せてくれるのだからまあいいか、と納得する。

「ーーって、違う。話が逸れた」

そう、そもそもライはクロメをタツミに紹介しようと思ったのだ。

それが何時の間にかこんなことになっていた。

「二人共、クロメが何処にいるか知らないか?」

「クロメ、ですか?さあ、何処でしょう?」

「シェーレ……アンタも見てたでしょうに」

何時の間にか思考の海から上陸していたマインが呆れたようにシェーレを諌め、ライに向き直った。

「クロメならアカメと一緒に向こうの方にいるわよ」

「アカメと?だったらまだ二人切りにしておいた方がいいかな」

別に紹介するのは明日でもいい訳だし。

「あ〜。ライは行った方がいいわよ」

「?そうなのか?」

「そうよ。……今頃ちょっと大変なことになってるかもしれないし」

「大変なこと?」

聞き返すが、マインは視線を逸らすのみ。大変なことが何なのかは全く分からないが、取り敢えず行ってみれば分かるだろう。

本人は否定しているが、立派なしすkーーもとい妹思いの兄であるライが看過できるものではなく、一もなく二もなくライは妹の元へと急ぐ。

「ーー済まないが、タツミのことは任せた。悪いがタツミ、話しはまた後で」

早口に言い切って、ライは早速走り去って行った。

「……って、ちょ、ええ!?行き成りなんなの!?」

「気持ちは分かるけど気にしない方がいいわよ」

妹が絡むとライは大抵あんなんだし、とマイン。

「へぇ、家族思いでいい人なんだな!」

「アンタはお気楽ねぇ」

「何だと!?」

「何よ!?」

行き成り言い争いに発展する二人を他所に、

「……やっぱり、まだまだアカメとクロメには及びませんか」

何処か残念そうにシェーレは呟いた。

 

 

 

 

「あれ?俺は?」

 

 

 




アカメは一体どういうキャラにするか……素直クールなクーデレかキャラ崩壊必至でデレデレにするか……それとも両方の要素をブチ込むか……みなさんはどう思います?



……え?誰か忘れてる?さぁ……思い当たりませんねぇ♪~(´ε` )


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第五幕 甘える妹

五話です。
先に謝っておきます。ーーまじすんませんでしたあああああああああm(_ _)m
作者にはこれが限界でした。と言うか今回はマジで難産でした。
キャラ崩壊が酷い上に原作キャラの大半が出てこないという……いや、ホント申し訳ないです。
それでも見てくださる愛と勇気と優しさを兼ね備えた真の勇者さまはお進み下さい。


マインの言葉に急ぎ足でライは妹の姿を探す。

マインたちの様子から別に命の危機が迫っているわけではないだろうが、それでも心配なものは心配なのである。

ライにとっては、幼い頃から共にいて、共に育ってきた最愛の家族なのだから。

ーーそう、例え、自分と二人が……。

(一体何処に……?)

言い知れぬ焦燥感に焦れながら、辺りの様子を見回してーー見紛うはずもない、艶やかな黒髪が視界にチラついた。

髪の長さから見て、恐らくクロメではなく、もう一人の妹のアカメだろう。

移動するとその向かい側にクロメの姿も見える。マインの話し通り二人一緒にいたようである。ザッと見た様子では特に何かがあると言った感じではない、が……。

行ってみれば分かるだろう。声をかけようと口を開きかけた時、

「兄さん……?」

不意にアカメが振り向いた。

「アカメ……?」

記憶にある彼女の普段の姿とは違う落ち込んだ姿に驚き、内心で狼狽するライ。

ライの記憶通りなら、こんな姿のアカメは仲間が亡くなった時に見られる表情である。……ライが唯一嫌う、妹の表情。

内心の感情を理性で以て封殺し、近付きつつ優しく微笑みかける。

「ーーどうしたんだ?そんなにしゅんとして」

アカメーーお姉ちゃん大好きっ子であるクロメが何の反応も示していないことが気がかりだが、取り敢えず落ち着いているようなので今はアカメを優先する。

「兄さん……」

暗く沈んだ声でライを見上げるアカメの赤い瞳はウルウルと潤んでいて、今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうである。

「うん?」

その原因を直ちに抹消したいところだが、原因が分からなければそもそも意味がない。

何にせよ、まずは話を聞くところからである。ーーと、瞬時に計算を張り巡らせて、優しい声音を意識して出しつつ腰をやや屈めて視線を同じ位置に持ってくる。

「わ、私は、兄さんの役に立てているのか……?」

「……はい?」

そうしてアカメの口から紡がれた言葉は想像の斜め上を行っていて、さしものライも首を傾げる。

一体何を思い詰めたら『自分は役に立っているのか?』などという疑問を持つに至るのか。

不思議に思うものの、表情を見るに相当思い悩んでいるようなので、答えないわけにも行かない。

「まぁ……役に立っているだろうな。ナイトレイドメンバーでアカメはかなりの依頼量をこなしているし、組織に十二分に貢献してるだろう?」

他とは性質の異なる任務をこなすライと、ライの傍らで護衛を行うクロメが依頼をこなすことができないのは当然としても、アカメの成功させてきた仕事量は相当な物である。

彼女自身の持つ帝具の能力を抜きにしても、だ。彼女自身の高い身体能力とかつて帝国の暗殺部隊で培われた戦闘能力に寄る所も大きいだろう。……ライにとってそれが良いことなのかどうかは置いておくとして、だ。

至極当たり前のことを口にしたライだが、どうもアカメの望んだ回答ではないらしい。

「違うんだ……」

「違う?」

一体何が違うというのだろうか?内心で首を傾げるライを他所に、アカメはフルフルと首を左右に振り、答えを聞くことを怯えるように途切れ途切れに口を開いた。

「私は……兄さんの役に、立てているのか……?」

「……僕の?」

コクン。

自身を指さしながら、聞き返すライに、アカメが小さく頷く。

「……どうして、そんなことを?」

「私は……クロメと違って兄さんの傍に何時もいられるわけじゃない」

「それはまぁ、アカメは顔が割れているからな」

クロメも万が一に備えて変装させてはいるが、アレはあくまでも影武者を建てやすくするための措置である。アカメと違って顔が割れていないクロメならば変装が解かれたとしてもどうとでもできるが、アカメの場合はそうは行かない。

何せ顔割れしているのだ。バレた場合は宮殿内の兵士たちが山のように押しかけてくる上に、皇帝を守る近衛兵団とそれらを束ねる隊長にして帝国の切り札である男とのエンカウントバトルが勃発してしまう。

如何なる強者であれ、そこから生還できる見込みなどない。何せ、宮殿内は保身にだけは長けた者たちが「これなら大丈夫」と作り上げた場所なのだから。

ライが宮殿内に潜入しておきながらも、大臣暗殺と言う短慮に冗談でも走れない理由もそこにある。

だからこそライの随伴がアカメではなくクロメなのは、彼女の依存具合もそうだが、何より任務における不確定事項を一つでも減らしておきたいがためでもある。

だから別に気にする必要はないーーと、そうライは伝えたかったのだが、

「やはり……私は兄さんの役に立てていないんだな……」

なおも落ち込むアカメにどうすればいいのか対応に困るライである。

どうも相当思い詰めている様子。助けを求めるようにクロメに視線を向けるがーー

「……ふーんだ」

先程からアカメにしか構っていないことで拗ねてしまったのか、唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。

(さて……困ったな……)

「そもそも、なんで今頃になってそんな話を?今までだって、特に問題はなかっただろう?」

「だって……クロメが……」

「クロメ?」

何故そこで彼女の名前が出てくるのだろうか?

「……クロメの方がお兄ちゃんの役に立ってるもん」

「はい?」

視線を向けると、そっぽを向きながらクロメが言う。

「私はお姉ちゃんと違って、お兄ちゃんの傍でずっと一緒にいるもん。今日だってお兄ちゃんが早くアジトに到着できるようにしたのは私。お姉ちゃんにはそんなことできないよね?」

クロメの言動が幼くなるのは主に拗ねている時か、兄妹が絡む時。

勿論ライが妹の癖を把握していないはずもなく、今の言葉で大体の予想は着いた。

(なら、後は……アカメか)

「うぅ……兄さぁん……」

「あ〜、はいはい。よしよし」

今にも泣きそうな顔になるアカメを抱き寄せて、いい子いい子と頭を撫でる。

「はぁ……アカメ」

ライがそっと耳元で囁くと、ピクンッ、と肩が小さく跳ねた。

「な、なんだ……?」

「アカメは十分僕の役に立ってるよ」

優しく頭を撫でながら、穏やかな声でライはアカメに囁く。

「ほ、本当か?」

「ああ。ナイトレイドに行く依頼の幾つかは僕が出したものも混じってるんだ。その8割をアカメが単独で成功させてくれたんだ。お陰で僕も随分と負担が軽くなったし、動きやすくなった。これもアカメのお陰だよ」

ライの言葉に嘘はない。

事実ナイトレイドに届く仕事(暗殺)の依頼の中にはライが発注したものも混ざっている。まぁ、そうは言っても数自体が少ない上に、市民からの依頼にも挙げられるものと内容が一致したりと、受ける機会が少ないこともあるのだが。そこら辺はナジェンダが気を利かせているのかアカメに優先的に回していると言う裏事情もあったりする。

「前にも言ったけど、僕には僕の、クロメにはクロメの、そしてアカメにはアカメの、それぞれの特性を活かした適材適所という物がある」

“前”と言うのは、ライが今の任務ーー宮殿内に潜り込むという奇策を実行しようとした時のことだ。

あの時既にライは革命軍の切り札として失うわけには行かない存在として位置付けられていた。そんなライを単独で行かせるわけもなく、かと言って宮殿内に潜り込むことによって得られるメリットは無視できるものではなく、妥協案として出されたのが『護衛』兼強力すぎる手札であるライが帝国側に寝返らないための『監視役』としてクロメとライの(正確には少し違うが)帝具であるキバットが選ばれた時のことだ。

あの時もアカメを宥めるのが大変だったな、と頭の片隅で思う。

「アカメにはクロメのような殲滅力はないけど、クロメにもアカメのような突破力はないだろう?それと同じだ。僕の護衛については、僕の正体が発覚した場合にその場を切り抜けられる能力があるからクロメに頼んだだけだ。アカメよりクロメの方が役に立つからとか、、そんなこと思ってもいない。ーーそれとも、アカメは僕の言葉なんて信じられない?」

「そんなことはない!」

それまでの弱々しい姿は何処へやら。首が取れるんじゃないかと心配になるほど激しく首を振り、強い言葉で否定する。

「兄さんは何時も正しい!兄さんの言うことに間違いなんてなかった!兄さんを疑うなんてこと有り得ない!!!」

「あ、ああ、そうか?ありがとう……で、いいのかな?」

アカメの突然の剣幕に驚くよりも困惑の方が大きく、目を瞬かせる。

が、アカメの興奮はそれだけでは収まらなかった様で、

「兄さんは何時だって優しいし、頑張れば褒めてくれるし悪いことをしたらちゃんと叱ってくれる。作ってくれる料理は何よりも美味しいしそれにーー」

「少し落ち着け」

ピンッ、と弾くように軽く額を指で弾いてアカメの言葉を封殺する。

これ以上聞いていたら背中が痒くなる。称賛されるのは苦手なのだ。

それにどうもこの妹たちは自分を過大評価している節がある。頼りにされるのは嬉しいが、それで依存されては元も子もない。

「全く……。取り敢えず、アカメもクロメも僕の大切な妹なんだ。役に立つ立たない云々は関係ない。それだけは分かってくれ」

「うん……じゃあ、兄さん」

「なんだ?」

ギュッとライにしがみつきながら、上目遣いに見上げるアカメ。

元々整った顔立ちの彼女が上目遣いに見上げて来るのは結構“クル”ものがあるが、完全に妹としか思っていないライにとっては邪な思考など思い浮かぶはずもない。

至って平然とした様子で優しげに微笑みかける。

「兄さんからも、ギュッてして?」

潤んだ瞳で甘えた口調。もうこの姿だけでそこらの男など一発でノックダウンされるのであろうが、そこはそれ、ライは兄である。

兄とは即ち後から生まれた弟妹を守るべき存在である。邪な思考など以下同文。

「ああ……」

(アカメからこういう“おねだり”をして来るのは珍しいしな……こういう時でなければ甘えられないんだろう)

殺し屋としてアカメに限らずナイトレイドメンバーは常日頃から張り詰めた生活を送っている。普段の様子からは想像できないだろうが、彼らとてプロである。

宮殿内で内情を探るライやクロメは言うに及ばず、だ。しかし、張り詰めた糸はいずれ切れる。適度に息抜きが必要なのだ。

自分に甘えることでその息抜きが出来るのならば、幾らでも甘えさせるのがライの方針である。ーーもっとも、叶うならば二人には暗殺業などではなく極普通の姉妹として幸せに生きていて欲しいのだが。

人生ままならないものである。

 

それはともかく、今はアカメである。

彼女の要望通りライはアカメを抱き締めた。ーー華奢なその身体は、不用意に触れると脆く壊れてしまいそうで、あくまで優しく、ではあるが。

しかし、アカメにはそれが不満らしい。

「んむぅ……兄さん。もっと強く……」

「……これくらいか?」

先程よりも強めに力を込める……が、まだ満足しないらしい。

「ん……もっと強く」

「……」

ライは何も言わずに更に力を込めてアカメを抱き締める。そうすると当然アカメの身体が押し付けられることとなり、柔らかな女性特有の肉の感触が服越しに伝わって来た。

「うん……そのくらいがいい……」

何処か恍惚とした表情で頬を朱く染めながら、自ら身体をライにすり寄せ、顔面を胸元に押し付ける。

「クンクン……すー……ふふっ」

どうやら匂いを嗅いでいるらしい。

急いでアジトまで来てそのままなので少なからず汗をかいているし、何より男の体臭など女性にとってそういいものでもないだろうに、とライは思うものの、傍目から見ても幸せそうな様子のアカメを引き離すのは躊躇われる。

「……兄さんはいい匂いがするな」

「汗かいてるから結構臭うと思うけど……」

「そんなことはない。私は兄さんの匂いは好きだ」

「そう、か……?」

それは喜ぶべきなのだろうか?反応に困るライである。

二人で抱き合うライとアカメだが、それを快く思わない者もいた。

「うー……うー!うー!」

言うまでもなくクロメである。

頬を思いっ切り膨らませて全身を使って不満を訴える。

「クロメ?どうかしたのか?」

「お姉ちゃんばっかりずるい!私だってお兄ちゃんに抱きしめてもらいたいのに!」

一人放って置かれたことが相当不満だったらしく、表情からは怒気が伺える。

「クロメは何時も兄さんと一緒にいるじゃないか。こういう時じゃないと私は兄さんと一緒にいられないんだ」

口調こそクールなものだが、ライに回した腕は決して離すものかと強く締め付けている。

「宮殿内じゃ全然お兄ちゃんと遊べないもん」

「……そりゃあ、遊びに行ってるわけじゃないしな」

「一緒にいられるだけいいじゃないか。私は一緒にいることすらできないんだ」

「……まぁ、それもそうだが、そろそろ手を離してくれないか?」

「お姉ちゃんはもう十分お兄ちゃんに抱き締めてもらったからもういいでしょう?」

「十分じゃない。兄さんと何時まで一緒にいられるかわからないんだ。いられる内はずっと一緒にいる」

「と言うか僕の話聞いてるのか?」

ささやかなライの言葉など、ヒートアップしていく二人に届くはずもなく黙殺され、諦観の念を抱きながら空を仰いだ。

(……何時まで続くんだろうか?)

その問に答える者はいない。

 

 

ーー結局、姉妹による言い争いはナジェンダの「今日はもう遅いから解散だ。明日からまた頑張ってくれ」と言う言葉で宴が終わるまで続いた。

三人に状態についてはメンバーも心得た物で、ものの見事にスルーしていた(タツミは酔い潰れて寝ていた)。

後片付けは昏倒状態から復帰していたレオーネとブラートを含めたメンバーで行われ、ライたち三人は積もる話もあるだろうということで先に帰された。

その後三人とも入浴を済ませ(ライと姉妹二人は流石に別々に入った)、元々ライに宛てがわれていた部屋に三人共集まっていた。

もっとも、言い争いの件が片付いたかと言うとーー

「…………」

「…………」

「えーと……」

ーーそんなことは無かったりするのだが。

まさかライとしても、此処まで険悪な雰囲気が続くとは思っていなかったのだ。まぁ、お互い時間を置けばライの知る仲良し姉妹に戻るだろうが。

しかし二人共流石は姉妹と言うべきか、ライに服の裾を摘んでいて離そうとしない。取る行動がお互い同じで見ていて微笑ましい気持になる。

「ーー取り敢えず、今日はもう寝ようか。クロメも疲れてるだろうし」

「……また、クロメばっかり気に掛ける…………」

拗ねたように小さく呟かれたその言葉に苦笑するしかない。

ライとしては宮殿内での護衛や影武者の設置、更にアジトへの移動など様々な面で負担をかけてしまっているので、疲れてるだろうという気遣いだったのだが、ご機嫌斜めなお姫様(妹)にはその思いが通じなかったらしい。

「そんなことはないさ。アカメも今日はお疲れ様。ゆっくり休むといい」

労わるように優しく髪を撫でると、頬を綻ばせ、上機嫌になるアカメ。

「兄さん」

「ん?」

「寝る時は私を抱き締めてくれないか?」

「ああ。別に構わないが……」

「………………私にはそんなことしてくれないのに」

今度はクロメが不機嫌に。

「…………クロメも同じようにすればいいか?」

言っておきながらも、(いや、どういう体勢になればいいんだ、それ?)などと思わなくもないが。

「ううん。お姉ちゃんより強くして」

「はいはい…………全く……二人して今日はやけに甘えたがるな…………」

小さく、呟く。

無論、嬉しくないかと聞かれれば、それは嬉しいのだが。

要望通り、二人を抱き締める。

二人を抱き締めるとなると、三人がピッタリとくっつくことになり、流石に寝苦しいのだが、

「んぅ……にいさぁん……」

「えへへ……おにーちゃん」

(…………まぁ、いいか)

二人共幸せそうなので良しとするとしよう。

なんだかんだ言ってライも立派なシスコンである。

 

ーーそして、二人の妹に囲まれながら、ライは徐々に意識を沈めて行った。

 

 

ーー翌朝。

「昨夜はお楽しみでしたね」

「行き成りどうしたんだ、ラバック」

まだ日の昇り切っていない早朝ーー何時もの時刻に目を覚ましたライは、幸せそうに眠る妹君を起こさぬように細心の注意と技術を注いで布団より抜け出し、部屋から退出。その後、景気よく朝風呂にでも行こうかな?と足を運んでいると偶然出会ったラバックに出会い頭に先程の台詞である。

何やらジト目で睨んでくるラバックに何と言っていいのか分からない。

「ケッ。『妹には興味ありません』みたいな顔してた癖にやることやってたんじゃねえの?」

しかも何故かやさぐれている様子。意味不明である。

「いや、本当にどうした?」

まさか前回存在を忘れ去られていたことに対して憤っているわけでもあるまいし。

「憤ってるんだよ!!」

地の文に突っ込んではいけない。

「……どうしたんだ、行き成り叫んで。大丈夫か?」

行き成り叫んだラバックに気遣わしそうな視線を送るライ。

殺し屋稼業に嫌気が差して遂に発狂でもしたのだろうか?

ラバックのイメージが若干酷いライである。

「あ、ああ。大丈夫だ、問題ない」

「それは問題あるような……?」

「兎に角大丈夫だ。ま、それは兎も角久し振りだな、ライ」

「そうだな……で?ナジェンダとは相変わらずか?」

先刻のお返しとばかりに、意地の悪い表情で問いかける。ライのこういった表情は実に珍しい。

「うぐっ!?さ、流石は帝国将軍……痛い所を突いてくるぜ……」

「将軍は別に関係ないと思うが?」

苦笑する。ラバックのこういったリアクションを見ると何となく「戻ってきた」と言う実感が湧いてくるので不思議なものだ。

それはそうとしてこのラバック。実はナジェンダに恋心を抱いており、そのために軍に入隊し、彼女が離反して革命軍に移籍した時もついて行ったと言うのだから侮れない。

「だが、俺は諦めないぜ!何時かきっとナジェンダさんを惚れさせて、思う存分イチャラブしてやる!!」

「……決意が固いのは結構だが、それなら女性陣の入浴中の覗きを止めたらどうだ?」

「馬鹿野郎!それとこれとは別物だろうが!女の子の裸がーー一糸纏わぬありのままの姿が見たいのは、男ならば当然のことだろう!?」

「欲望に正直で大変結構……それで?アカメの裸体も見たのか?」

無表情で淡々と言葉を紡ぐライには気付かずに、意気揚々と話し続けるラバック。

「ふふん!アカメちゃんは警戒心が強くて中々拝めなかったが、先日遂に見ることができたぜ!」

「ほう」

無駄にいい表情のラバックを見るライの視線は絶対零度もかくやと言うほどに冷たい。

「アカメちゃんってさ、普段はあんまり気にならないけど脱ぐと意外にもおっぱいある、よ、な」

凍て付いた周囲の空気にやっと気付いたラバックは青ざめながらも振り返りーー

「ひぃっ!?」

ーーそこに一人の修羅を見た。

「ーーそれで、ラバック」

「は、はい」

「アカメの裸体を見た感想は?」

「ご馳走様でした、お兄様!……ハッ!?」

気付いた時にはもう遅い。

「正直者だな」

そして正直な者ほどーー

 

「残念だよラバック。まさかこの手で仲間を斬ることになるとはな」

「ちょっ、まっーー」

「ーー葬る」

「それはアカメちゃんの台詞ッギャアアアアアアア!?!?!?」

 

ーー長生きはできないのである。

 




m(_ _)m
というわけでありがとうございました。
前書きでも話しましたが今回は難産でした。しかもキャラ崩壊が酷いこと酷いこと。嗚呼、感想が怖い…………。
デレアカメは次回からはあんまり出てきません。あれはアカメの溜め込みすぎた感情が大爆発して起こる現象なので、次回からはクーデレアカメになってると思います。と言うか、キャラが上手く書けている自信がない。

それはともかく質問なのですが、ライくんを特撮のヒーローに当て嵌めるとするなら、何が似合うと思いますか?
作者的には、ライダーならダークキバ、スカル、ウィザードが似合うと思います。次点でディケイドかな。
スーパー戦隊ならシンケンレッド。理由は普通に好きだから。
ウルトラマンならネクサス。理由はデザインも好きですし、何よりもーーライなら!ライならあの鬱世界も完膚無きまでにハッピーエンドにできるはず!
実際、命を捨てでも戦いそうですけどね。それも躊躇いもせずに。
みなさんはどう思います?ーーあ、ライダーに昭和が出てないのは作者自身が昭和ライダーをあまり知らないことと、トラウマがありまして。

ーー昭和ライダーって、流血多いじゃん?始めてみた昭和ライダーって、真(変身シーン)は…………子供(当時幼稚園児)にはキツかったっす。


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第六幕 哀しみはいずれ飲み干せる

今回は話はあまり進みません。前々からちょくちょく出てきた帝具の説明と、帝国側の話……ライの表のプロフィールを若干公開です。
後半はシリアス……かな。


ーーライゼル。

帝国軍人であり、階級は将軍。

今から約二年ほど前に帝国軍に従属。以後二ヶ月を辺境にて過ごすものの、異民族や賊軍との戦闘にて目覚しい戦果を挙げ、現在では故人ではあるものの、当時の将軍であるモトベ将軍に気に入られ、彼の将軍の部隊に入隊する。

それからも戦場に赴く度に目覚しい戦果を挙げ挙げ続け、帝都近郊にて起こった内乱が彼の指揮の下速やかに鎮圧され、帝国軍最上位、ブドー大将軍に気に入られる。

公私共にブドー大将軍とは友好関係を築き、彼の推薦により、またライゼル自身の並外れた功績もあり、エスデス将軍に次ぐ最年少の将軍として僅か一年足らずで将軍にまで昇格。

その後もブドー大将軍とは友好関係を続けている。

また、同年代のエスデス将軍とも友好な関係にあり、食事を共にしたり、帝都近郊での危険種の狩りに駆り出したりなど、共に休日を過ごす様子が度々見かけられる。

ライゼルに常に付き従う黒衣の人物ーー『黒』については、本名・性別・容姿などなど、殆どのことが不明である。ライゼルの従軍当初から行動を共にしており、驚異的な戦闘能力を誇っているが、それ以外については依然として不明なままである。

規模こそ他の将軍には劣るものの、彼の率いる部隊は規律や軍規を絶対としており、ブドー大将軍、エスデス将軍と並ぶ帝国軍の主戦力に数えられる。

基本的には宮殿に常駐しており、ブドー大将軍と共に帝都近郊における非常戦力となっている。

自身の職務がない場合は街に出ており、パトロール兼羽安めとしている様子。

賄賂の類は受け取らず、また本人の人柄もあってか市民からは慕われている模様。

彼が個人で経営している孤児院は彼が行った戦闘にて生じた天涯孤独の遺児を拾ってきては孤児院で養っている。

ブドー大将軍の庇護下にいる文官たちーー反大臣派の良識派の文官たちにも慕われており、個人的な友好関係もあるとのこと。

帝具は所持していないものの常識外れの戦闘能力を誇っており、彼の下に向かわせた密偵はその尽くが始末されているーー

 

 

「ふむ…………」

油の滴る霜降り肉に豪快にかぶり付きながら肥満体型の中年の男ーー今や実質的に帝都を牛耳っている大臣、オネストは小さく頷いた。

(見れば見るほど怪しい人間ですねぇ)

手にした紙切れに記されているのは、一人の男の経歴。即ちライゼルの経歴である。

別に経歴に何かあるわけではない。その経歴自体は酷く自然なものだ。ーー否。“余りにも自然すぎる”言うべきか。

普通なら気にならないほどの違和感。だが、それがどうもオネストの頭に引っかかる。

こういう時、彼は自身の直感を信じることにしている。というのも、その直感のおかげで今の皇帝を世継ぎ争いで勝たせた時、何度となく殺されかけた時もこの直感を信じたが故に紙一重で生き残ることができたのだから。

そのオネストの直感が警鐘を鳴らしているのだ。

 

ーーコノ男ハ、危険ーー

 

と。

だからこそこうしてこの男に怪しい点がないかどうかを調べているのだが、やはり警戒されているのだろう。まるで尻尾を掴ませない。異民族の傭兵や、皇拳寺の腕利きを送り込んで入るものの、一つの成果も挙げることなく、無駄に人材を減らして行くのみ。

度々密偵を送り込んでいるものの、そろそろそれも難しくなってきた。

まさか、ああも堂々と警告してくるとは思わなかったが。

「ヤレヤレ。本当に面倒ですねぇ、貴方は……」

ため息混じりに呟いたその顔は、言葉とは裏腹に歪んだ笑みを浮かべていた。

ライゼルはオネストにとっての目の上のたんこぶ、ブドーの庇護下にいる将軍。適当に冤罪を着せて処刑することはできないし、裏を洗って合法的に潰すという手段も今の所取れそうにない。

オネストにとっての最強の手駒ーーエスデスをぶつければ簡単に片付けられるだろうが、そんなことをすればブドーが黙っていないだろう。

手放すには余りに惜しく、飼い慣らすには余りに危険。思い通りに行かない現状に苛立つことこの上ない。

実に忌々しい。忌々しいこと甚だしい。ーーだが、それがどうしたというのだ?

 

目障りだから殺す。

食したいから最高の肉を食す。

 

その生き方を変えるつもりはないし、変えようとも思わない。

邪魔するものは老若男女一切合切の区別なく、殺し滅ぼし陵辱する。

己の良くするがままに生きることのなんと愉快なことか。己の快楽を守るためならば、オネストは手段を選ばない。ーーそう、例え“どんな手段を用いてでも”、だ。

唇を歪んだ笑みの形に歪めたまま、分厚い舌でベロリと唇を舐める。

「じっくり、じ~~~~っくり時間をかけて潰して差し上げますよぉ。ヌフフフフフ」

その時、あの凍て付いた美貌がどう歪むのか。想像するだけで食が進む。

豪奢な部屋に、男の欲に塗れた哄笑が響き渡ったーー

 

 

ーー所変わってナイトレイドアジト、訓練所。

「ーーうおおおおおおおおおッッ!!!」

幼さの残る少年、タツミが雄叫びを上げながら一直線に疾走する。

向かう先はその先に佇む銀髪の青年、ライ。

こちらは静かにタツミの疾走を目で追いながら、手にした木刀を肩に担いで寛いでいる。

「だ、ラァッ!!」

力任せに一閃。

胴を狙って横薙ぎに振るわれた木刀はしかし、あっさりと受け止められてしまう。ーーが、別に問題はない。元よりこれで一撃入れられるなど自惚れてはいない。

タツミは未だ発展途上ではあるものの、現状でも危険種を討伐できる程度には強い。だからこそ、彼我の力量差を理解している。

ーー今、タツミが相対する相手は、桁外れに強い。

その程度のことは。

木刀を受け止められた瞬間にはタツミはもう次の行動に移っている。

瞬時にしゃがみ込み、下段を狙っての薙ぎ払い。

が、これも片足を上げられただけであっけなく回避される。ーーだが、ここまでがタツミの策。

(此処だッ!!)

片足を上げたことで不安定になった所へ、飛び込みながら喉笛を狙っての突きを放ちーー

「ーーガ、ハッ!?」

ーー一瞬で視界が回転し、次の瞬間には地面に叩き付けられていた。

全身に響いた鈍痛に思い切り表情を歪めながら立ち上がろうとして、

「ーーチェックメイト」

文字通り目と鼻の先に木刀の鋒を突き付けられていた。

どう足掻いても逆転不可能ーーつまりは詰みだ。

「…………参った。降参だ」

「そうだろうな」

小さく笑いながら木刀を下ろして代わりに片手を指し伸ばしてきた。

遠慮なくその手を掴んでよろよろと立ち上がり、はあ、とため息。

「……また負けか」

「当然だ。兄さんとお前では経験も技量も、何もかもが違うのだからな」

「分かってるよ。俺がまだまだ弱いってことは」

アカメの言葉に拗ねたようにタツミが言う。

自分がまるで及ばないと理解していても、やはり負けると悔しいのだろう。表情からは悔しさがにじみ出ている。

「ああ、くそ。さっきのは惜しかったと思ったんだけどなぁ」

「タツミは武器に注目しすぎ。だからお兄ちゃんの投げ技にああも簡単に引っかかる」

「うぐっ」

クロメの指摘に反論できずに苦虫を噛み潰したかのような表情となるタツミ。

自覚はあったのだろうが、改めて他人に指摘されると結構キツイ。

「まあ、そうは言うけど、筋はいい。現時点でも大抵の相手に遅れを取ることはないだろうな」

流石はアカメが『伸びしろの塊』と評しただけはある。才能という一点においては最高レベルかもしれない。

内心で評価するのは、アカメとクロメの兄であるライ。

現在彼らはナジェンダの指示に従い、タツミを鍛えている真っ最中なのだ。正確にはライだけがそう言われたのだが、気を聞かせたのだろう、姉妹二人も一緒である。

「とはいえ、帝具使いが相手となると勝ち目は薄い。だからタツミ。君にはこの三日間、“生き残る術”を徹底的に叩き込むから、覚悟しておいてくれ」

「お、応ッ!」

その言葉に不吉なものを覚えないでもないが、力強くタツミは頷いた。

でも、とその後にタツミは言葉を続けた。

「ん?」

「いや、稽古付けてくれるのは嬉しいんだけどさ、その前に一つだけ聞いていい?」

「ああ、勿論」

頷くライに、タツミは昨日から気になっていたことを尋ねた。

「さっきから言ってるんだけどさーー帝具って、何?」

その瞬間、「あ」と今気付いたと言いたげな表情になった三人の顔を忘れない。

と言うかあんまり似てない兄妹だなと思っていたが、こういう表情はそっくりだなーーなどとどうでもいい方向に思考が飛んでしまうのは、疲れているせいだろうか。

「あ、あ~、そうか……まずはそこから説明しなきゃいけなかったか。すっかり失念してたな」

申しわけなさげに苦笑しながら、「そうだな」とライ。

「帝具と言うのは、約千年前の始皇帝がその権力と財力を用いて作らせた超兵器でーー」

「こういうのだ」

「分かりません」

ライの説明の途中で徐ろに壁に立てかけてあった刀を持ち出し、タツミの真正面に掲げるアカメに即答するタツミ。当たり前である。

今ので分かったならばそもそも説明など不要である。

「と言うかまだ説明の途中なんだが……?」

ふぅ、と気を取直して。

 

“帝具”

約千年前。大帝国を築き上げた始皇帝は悩んでいた。

『この国を永遠に守って行きたいが、余とて人間。いずれ死ぬ』

自身が国を未来永劫守って行くことは不可能。だが、それが武器や防具だとしたら……?

命無き武具の類ならば、遙か未来にまで受け継ぐことができる。

そう思い至った始皇帝は、自身の配下を集めて言い放った。

『国を不滅にするために、叡智を結集させた兵器を造り上げろ!!』

 

伝説と言われた超級危険種の素材。

オリハルコンなどのレアメタル。

世界各地から呼び寄せた最高の職人たち。

 

始皇帝の持つ絶大な権力と財力は、現代では到底製造できない48の兵器と1つの『欠陥品』を生み出し、それを“帝具”と名付けた。

 

帝具の能力はそのどれもが強力であり、中には一騎当千の力を持つ物もある。

帝具を貸し与えられた臣下たちはより大きな戦果を挙げるようになったという。ーーがしかし、五百年前の大規模な内乱により、その半分近くは各地に姿を消してしまったーー

 

「ーーと、まあこういうわけだ」

「なるほど……じゃあ、みんなが持ってる武器とかも帝具なのか?」

「そうだよ。ボス以外は全員帝具持ち。勿論私もね」

そう言ってクロメが見せたのは、アカメと同じ刀。

姉妹だと使う武器も似るのだろうか?などとしょうもないことに頭が回る。

「……ん?ちょっと待ってくれ」

余りにスケールの大きい……というよりかは初めて聞くことばかりでうっかりスルーしていたが、今のライの説明には違和感があった。

と言うのもーー

「48と1つの『欠陥品』?普通に49とかじゃないのか?と言うか、欠陥品なのに“帝具”扱いされるもんなのか?」

そう、そこなのだ。タツミが気になったところというのは。

なんでわざわざ49ではなく48と『欠陥品』などと区別する必要があるのか?と首を傾げるタツミだが、その疑問にもライは答えてくれた。

「『欠陥品』、と言っても普通に強力な帝具なんだ。だから本来なら帝具の総数は49であってるんだが……」

「だが……?」

「その帝具、強力過ぎて誰も使えなかったらしい」

「は?それって意味なくないか?」

どんなに強力な武具でも、使い手がいなければ宝の持ち腐れでしかない。

そう指摘するタツミに「ああ」と肯定するように頷いて、

「そう、意味はない。誰も使えないのなら、あっても意味はないんだからな」

「だから兄さんの帝具は欠陥品と呼ばれてるんだ」

「ふ~ん……って、ちょっと待って、『兄さんの帝具』?」

アカメがさらりと口にした言葉に、首を傾げる。

(アカメの兄貴はライさんで、アカメが“兄さん”って呼ぶのもライさん一人。ってことはーー)

「ライさんの帝具が、その欠陥品……?」

そう、タツミが恐る恐ると言った感じで尋ねたことに返答しようとライが口を開くよりも早く、

「誰が欠陥品か、戯け」

「あ痛ァッ!?」

明後日の方向より突如飛来した飛行物体が苦言を呈しながらタツミの頭部にタックルをかましていた。

かなりの速度から全体重を乗せた一撃は、幾ら掌サイズだとしてもかなりのダメージを与えていた。

「な、なんだぁ!?」

驚きつつも距離を取るのは日頃の鍛練の賜物か。

振り返りつつ距離を取ったタツミの視界に写ったのは、一匹の黒いーー

「……蝙蝠?」

「俺をあんな下等生物と一緒にするな」

再び激突。痛みに悶えるタツミを軽くスルーして、ライは黒い蝙蝠に似た生物ーーキバットバットⅡ世に話しかけた。

「珍しいな。お前がこの時間に出てくるとは」

「起き抜けにあれだけの侮辱を繰り返されて黙っていられる訳がなかろう」

ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らすキバットバットⅡ世(Ⅱ世と言うのは自己申告であり、ライたちは普通にキバットと呼んでいる)に、ああ、と納得する。

この蝙蝠もどきは尊大な口調通りにプライドが高いのだ。かと言って頭が固いわけではなく、『誇り高い貴族』と言った所か。帝都の貴族が皆こうなら今の世も少しはまともになっていただろうにと思わなくもないが、それはそれで余り住みたくはない。

何奴も此奴もこの尊大な口調とか疲れることこの上ない。

「ーーって、ええ!?蝙蝠が喋ったぁッ!?!?」

タツミ、絶叫。

分かっていたことなので三人とも叫ぶ直前に耳を両手で塞いでいたため、ダメージはない。

「この俺を蝙蝠呼ばわりするとはな……。実に度し難い」

「普通、誰だって同じような感想を持つと思うがな」

ツッコミつつ、未だ呆然としているタツミに彼(?)の紹介をすることにした。

「この蝙蝠に似た黒いのはキバット。僕の相棒だな」

「キバットバットⅡ世だ。ありがたく思え。この俺がよろしくしてやろう」

「は、はぁ……」

何がなんだかまるで分からない。

未だに蝙蝠もどきが人語を解したことに対する衝撃に混乱しながら、何とか返答する。

次いである疑問が鎌首を持ち上げてきた。

「この蝙蝠ーーキバットが、ライさんの帝具?」

この蝙蝠で一体どうやって戦うのだろうか?全く想像ができない。

しかし、タツミの疑問にライは「いや」と首を左右に振る。

「キバットはあくまで管制ユニットに過ぎない。帝具は鎧だ」

「管制……?」

まるで聞きなれない言葉が出てきた。

「ああ……まあ、そうだな。管理人みたいなものだと思ってくれればいい。僕の帝具、『キバの鎧』は二重の選定を必要とする帝具なんだ」

「う、ううん……よく分かんねぇな」

頭を抱えるタツミに特に何を言うでもなくライは苦笑した。それもそうだと思ったのだ。

今まで馴染みのないものを一気に紹介されて理解できるなど普通はできない。

「分かんないのはタツミの頭が固いからだよ」

「くっ、は、反論できねぇ」

クロメの口調が若干違うのは、彼女に人見知りの気があるからか。

当のクロメは縁側に腰かけてライ手製のお菓子をパクついている。クロメにせがまれて簡単に作ったものだが、存外気に入ったようだ。

「まあ、そう簡単に理解できるものでもないさ」

励ますようにそう言って、

「この際だからみんなの持っている帝具も簡単に紹介しておこう」

 

「私のはこの刀、『村雨』だな」

ーーアカメの帝具、一斬必殺「村雨」。

この妖刀に斬られれば傷口から呪毒が入り、即座に死に至らせる。解毒方法はない。ただし、殺すためには刀で直接斬る必要がある。

 

「私のはこの『八房』」

ーークロメの帝具、死者行軍「八房」。

斬り捨てたものを呪いで8体まで自分の骸人形にすることができる。人形のスペックは生前のまま自在に操れるが、術者が死ぬか能力を解除すればただの死体へ戻る。

 

「片方はかすり傷でも終わりで、もう片方は下手すりゃ死んだ後も扱き使われるのか……」

と言うかそんな凶悪な刀を相手に二度も殺されかけて、よく生き残っていたなと改めて命のありがたみを実感するタツミである。

一歩間違えたらあの時死んでいたかもしれないと思うと、流石にゾッとしない。

「しかも死体だからな。腕が引きちぎられようと頭を吹っ飛ばされようと命じられるままに動き続けるぞ」

「どっちもエグ過ぎんだろ」

「後、お兄ちゃんをアジトまで運んできたのは私が八房で人形にした危険種だよ」

「僕のは少し特殊だから後にするとして、次だ」

 

ーーレオーネの帝具、百獣王化「ライオネル」。

ベルト型の帝具。己自身が獣化し、身体能力を飛躍的に向上させる。また、嗅覚などの五感及び第六感も強化されるため、索敵なども可能。

 

ーーマインの帝具、浪漫砲台「パンプキン」。

精神エネルギーを衝撃波として打ち出す銃の帝具。使用者がピンチになるほどその破壊力は増していく。

 

ーーブラートの帝具、悪鬼纏身「インクルシオ」。

鉄壁の防御力を誇る帝具。装着者に負担がかかるため、並の人間が身に着ければ死亡する。

 

ーーラバックの帝具、千変万化「クローステール」。

強靭な糸の帝具。張り巡らせて罠や敵を察知する結界にしたり、拘束・切断も可能な異名通りの千変万化。

 

ーーシェーレの帝具、万物両断「エクスタス」。

大型鋏の帝具。世界のどんな物でも必ず両断できる。その硬度故、防御にも使用できる。

 

また、帝具には奥の手を持つ物もあり、インクルシオは素材となった生物の特質を活かし、しばしの間透明化できる。

 

「ーーで、最後に僕」

「俺が管理する鎧、『キバ』がその帝具だ」

ーーライの帝具、絶滅魔王「キバ」。

キバットが管理する鎧の帝具。製造から現代に至るまで装着者が現れなかったため、その能力は未知数。キバットによる選定が第一段階、その選定をクリアしたとしても第二の鎧による選定をクリアできなければ即座に死へと至るため、「死の鎧」と呼ばれる。装着者にかかる負担は並大抵ではなく、その分力を完全に引き出せばその力は「世界を終わらせる」ほどだという。

 

「死!?」

驚愕の事実に顎が外れるのではないかというほどに驚くタツミに対して、当のライの方は至って平然としていた。

「まぁ、あの時はそうするのが最善だったし……キバの力を使わなければ生き残れないような状況だったんだ」

肩を竦めて苦笑する。

ライがキバの鎧を手にした経緯ーー即ち、キバットと出会うことになった経緯は偶然の産物でしかない。だが、その偶然は運命だったのではないかと思う。

陳腐な言い方に思わず笑ってしまいそうになるが、そう思っている。

「いやいや、帝具の力を使わなくちゃライさんが生き残れない状況って、一体どんなだよ……」

半信半疑と言った面持ちで軽く笑うタツミにライは「ふむ」と数瞬思案して、

「そうだな。簡単に言えば、遠征帰りの帝国最強と出くわしたり、とかかな?」

「……は?」

思わず呆然とするタツミを責めることはできないだろう。多分。

改めて眼前の青年のトンデモなさを思い知らされるタツミであった。

 

「あ~、それは一先ず置いておいて、だ」

場の空気を仕切り直すように、咳払いを一つ。気を取り直して説明を続ける。

「帝具は当然のことながら僕らだけが持っているわけではない」

「相手が帝具を使ってくる場合もある、ってことか」

「そう言うことだ」

伝えたいことを先回りして理解してくれるタツミに満足そうに頷く。

タツミは田舎出身であるためか、やや知識不足は否めないが、別に鈍いわけではない。むしろ頭の回転は早いほうだろう。

殺さなかったアカメには感謝するしかない。実にいい掘り出し物と言えた。

「私たちは殺し屋チームだが、帝具集めもサブミッションとして存在する」

「相手が帝具持ちの場合はそれを奪取、最低でも破壊する……でもまあ、タツミには厳しいかもね。全然弱いし」

「なんだとぉ!?」

説明を引き継いだアカメに便乗する形でクロメが悪戯っ子のような笑みを浮かべながら言う。全くの遠慮なしに言われた言葉に憤慨するタツミ。

「落ち着け。言い方は悪いがクロメの言ってることもあながち間違いではない」

帝具の能力はどれもが強力なものだ。才能はあれど、まだまだ青い果実でしかないタツミが帝具持ちと戦闘に陥った場合、九分九厘敗北する。そして殺し屋の鉄則は、敗北=死。

負けてからでは遅すぎる。

「だからこそ、こうして生き残る術を叩き込むんだ」

生き残るとは、何も戦闘で勝利することが全てではない。生きてさえいれば、負けることにはならない。文字通り、決着はまだ付いていないのだから。

「僕らはあくまで殺し屋。闇に紛れて標的を始末する暗殺者。正々堂々とした高尚な戦いなんて何処ぞの騎士にでもやらせておけばいい。戦って勝つことに執着して本来の責務を忘れることこそが、僕らにとってもっともあってはならないことなんだ」

「何があっても生き残ってさえいればいい、か」

「そう言うことだ。……ああ、それと、これも読んでおくといい」

そう言って、何処からともなく取り出したのは、一冊の分厚い本。

手に持つとずしりとした重さがのしかかる。

「何これ?」

「帝具図鑑、とでも言っておこうか。全てではないが、帝具に関する文献やら資料やらをまとめたものだ」

「あ、それ昔お兄ちゃんが作ってたやつだね」

横合いから除き込んだクロメが懐かしそうに呟いた。

「すげぇ……帝具って色々あるんだな。…………って言うか、これ作ったのかよ!?」

驚きである。分かり易いイラストと簡単な解説付きでスルスルと頭に入ってくる。詳しい解説は後ろの方のページに纏めて載せてあるらしく、該当するページが簡易解説の最後に記されている。

……どれだけ優秀なのだろうか、この男は。

「まあ、一々文献を引っ張り出して調べるよりもあらかじめ纏めておいた方が探し易いし、何より便利だからな」

なんてことないように言ってのける青年の姿が、やけに大きく感じる。

今はまだ、まるで足元にも及ばないが、何時か絶対にその背中に手を届かせる。

密かに決心を固めるタツミの脳裏に、ふとある考えが浮かんできた。

ーーそれは、一度は諦めていた希望。

たった一人の身勝手が故に喪われてしまった未来の可能性。

「ようし!ならこのままどんどん強くなって、全部の帝具を集めてやるぜ!」

帝具と言う途轍もない性能を秘めた武具の存在を知って、まるで闇の中に一条の光が差した気がした。

平たく言えば、タツミは今現在舞い上がっていた。

「?やけに機嫌がいいけど、どうしたの?」

首を傾げて尋ねるクロメに、タツミは弾む気持ちのまま己の予想を話し出す。

「まだ未知の力を持つ帝具が一杯あるんだろ?そこで俺はピーンと来たわけさ!」

拳を胸の高さで握り締めながら、興奮と期待に頬を朱く染め上げながら、タツミは口を開いた。

「これだけの性能揃い。もしかしたら、もしかしたらだけど」

 

「死んだ人間を蘇らせる帝具があるかもしれねぇ!そうだろ!?」

 

ーー瞬間、空気が凍った。

「もしかしたらサヨやイエヤスも生き返るかもしれねぇーーだから俺は帝具を集めて……」

「ない」

しかしそれに気付かずに話続けようとしたタツミの言葉を、鋭く冷たい言葉が押し留めた。

その言葉を発したのは、銀髪の青年ーーライだ。

「帝具だろうが何だろうが、死んだ人間は二度と生き返らない。命は……一度切りだ」

まるで……鉛を吐き出すかのような重たい口調で放たれた言葉に思わず後退りしてしまいそうになるが、グッ、と奥歯を噛み締めてその場に留まり、逆に喰ってかかった。

「わ、分からねぇだろそんなの!?探してみなくちゃ!」

「分かるよ。じゃないと今生きてなきゃいけない人がいる」

感情を排した淡々とした口調で、クロメが言う。

「誰だよ、それ……」

「分からないの?始皇帝だよ」

そしてそれこそが、タツミの言う帝具が存在しない証明でもある。

もしそんな帝具があるならば、今なお始皇帝は存命している筈なのだから。

だからこそ、

「不老不死が不可能だと分かったから、始皇帝は帝具を残したんだ……」

俯き加減にアカメが絞り出す様にそう言った。

「……あ…………」

立て続けにれっきとした証拠を見せ付けられて、己の希望を粉々に打ち砕かれて、二重の意味で呆然とするタツミの姿に、憐れむような口調でアカメは語りかけた。

「諦めろ。でなければその心の隙を敵に利用される。…………お前が、死んでしまうぞ」

「…………」

タツミはなにも言わない。否。言えないのだろう。

ただ無言で、拳を固く握り締めていた。

「………………」

そして、ライもまたーー

(死んだ人間は蘇らない。命は一度切り。…………だとしたら、今こうしている僕は何なんだろうな?)

かつて今と全く異なる世界で生き、そして死んだはずの人間が、今こうして生きている。

転生、などと軽々しく言えやしない。死者は蘇らない。それは世界が定めた絶対の法則。それを破り、人の摂理を超えて蘇った自分は、果たして真に“人間”と呼べるのだろうか?

(君も、こんな気持ちだったのかい?C.C.……)

同じように人の摂理を外れ、老いることも死ぬこともなく生き続ける緑髪の魔女の姿を脳裏に思い浮かべて、軋むほどに強く、歯を噛み締めた。

 

 

ーー夜。

ナイトレイドのアジトからやや離れた場所に寂しげに座る少年の背中を認め、ライはふぅ、と吐息を吐いた。

「まだ……寝てなかったのか?」

結局、昼間はあれから訓練をしなかった。タツミがそういうことをできる精神状態ではなかったのと、その場の空気に流された所もある。

何よりライ自身がそういうことをする気分ではなかったので、訓練は明日から本格的に行うこととなった。

「……もしかしたら、あいつらが生き返るかもしれないって思うと嬉しくって…………」

タツミの独白を、ライはただ黙って聞いていた。

タツミが座り込んでいる先にある石、それが彼の幼馴染みの眠る墓なのだろう。

「低い可能性でも、希望が持てるって……」

ポツポツと、握り締めた手の甲に、雫が落ちて行く。

「でももう無理なんだよな……。分かってた筈なのに、俺…………」

 

ーー瞬間、旋律が響いた。

 

「え……?」

驚いて振り返れば、瞳を閉じたライが、弦楽器ーーヴァイオリンを弾いていた。

ゆったりとした、穏やかな調べは、そのまま青年の心を表してるかのようで。

哀しみに乾いた心に優しく触れて、溶け込んで行く…………。

 

夜の空に星が瞬き、草花は咲き乱れ、踊る様にその身を揺らす。

地上を照らす月明かりは何処までも優しくて、真っ暗闇の中を静かに照らしている。

 

「綺麗な、曲だな……」

タツミには芸術を理解するような心はない。曲を聴いて楽しいと思うことはあっても、曲そのものに聞き惚れることなどなかった。

なのに、どうして彼が紡ぎ出す音色には、これほど心惹かれるのだろうか?

「ーー当然だろう。この曲は、奴がお前のためだけに弾いているのだからな」

何時の間にいたのだろうか。タツミのすぐ傍をゆっくりと旋回しながら、キバットがそう言った。

「俺の、ため?」

「そうだ。音楽とは、弾き手がただ音を紡ぐだけでは成り立たない。そこに聞かせる者がいてこそ、音楽は初めて完成する」

この場合はタツミ、お前だーーそう言うキバットは飛び回るのを止めて墓石の上に着地した。

大きな黄色い瞳を閉じており、本格的にこの曲に聞き入っているようである。

タツミもまた、黙ってその曲に耳を傾けていた。

 

ーー今はもう会えないけど、何時か必ずまた会おうぜ。

ーー何時までも私たちに甘えてないで、ちゃんと自分で真っ直ぐ歩いて行きなさいよ。

 

幻聴だろうか。

今はもう聞くことができないーー聞けるはずのない懐かしい声が聞こえてきたのは。

 

ーーじゃあな、タツミ!

ーー来世があるならそこでまた会おうね!

 

「ふっ、くっ……」

みっともなく涙と鼻水を垂れ流して、嗚咽を洩らすタツミの耳に、優しい声が届いた。

 

ーー泣きたい時には、泣くといい。悲しみは何時か必ず飲み干せる。

例えどれほど時間がかかろうと、前へ進むことを諦めない限り、その悲しみもやがては自分の強さになるのだから……。

 

「…………ありがとう」

夜の闇に、ヴァイオリンの旋律と、少年の泣き声が響くのだったーー

 




というわけで第六話でした。
ライの芸術に関する才能は音也並。流れた曲はキバ劇場版のあの曲をイメージ。曲名は……すみません分かりません。
それと、感想でも書きましたけど、"あとがきコーナー"みたいなのって、需要ありますか?
読者様の疑問や本編の解説とかがメインになりそうですけど。
この回で一番やりたかったのはラストのタツミとの下り。主人公は全然喋ってませんが、その優しがうまく伝わればいいな。それ以前に上手く書けてるか不安なんですけど(^_^;)
そして一話以降まるで姿を表さなかったキバットをようやく絡ませられました。口調はこんな感じで大丈夫ですかね?性格とかも違和感なくかけてるといいな。勿論彼だけでなく他のキャラクター立ちにも言えることですが。
他のナイトレイドメンバーとの絡みは申し訳ありませんが次回行こうと言う形で……。
それでは長々と失礼しました。次回も宜しくお願いします。


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第七幕 束の間の休息

段々と更新速度が落ちてきている……スミマセンm(__)m
そして相変わらずの駄文&キャラ崩壊。
色々詰め込みすぎた結果、一万文字越えとなっておりますので、ご了承下さい。
それでは第七幕、どうぞご覧下さい。


ーータツミとの訓練も終わり、ライはソファーに腰掛けゆったりと寛いでいた。

「ふぅ……」

こうしてゆっくりするのは随分と久し振りな気がする。体調管理はしていたし、疲労は残さないようにしていたのだが、やはり知らぬ間に疲労が溜まっていたのだろう。

タツミは現在暇を持て余したブラートたちの相手をしているので此処にはいない。出会った当初ならいざ知らず、現在のタツミの力量はかなりのものに成長しているから、そうそう一方的にやられっ放しになるような展開はないだろう。……帝具を使われれば、分からないが。

帝具の能力を過信し、それに頼りっ放しにするような輩ならば不安はないが、自身の力に更に磨きを掛けるような相手だと…………今のままでは、危ないかもしれない。

「……やはり時間が足りない、か」

とはいえこればかりはどう仕様もない。後はタツミの成長力とみんなの指導に期待するしかない。

「何が足りないんですか?」

ーー不意に、声をかけられた。

事前に気配は察知していたので別段驚きはないが。

「シェーレか……。いや、タツミのことについてだよ」

「タツミの?」

首を傾げるシェーレ。童顔な彼女には不思議と子供っぽい動作が似合うーーなどと、しょうもないことを考えてしまうのは、やはり疲れているからか。

「ああ」

自然な動作でシェーレがライの隣りに腰を下ろし、問いかけてきた。

「どうして、タツミのことを?」

不思議そうに問うてくるシェーレに、思わず苦笑する。どうやら彼女は忘れてしまっているらしい。

「忘れたのか?僕がいる間はタツミに稽古を付けることになってただろう?」

「…………ああ!」

ようやく合点がいったと手を叩くシェーレに再び苦笑する。どうも本当に忘れていたらしい。

彼女は見た目理知的に見えるのに、物忘れが激しいのだ。更に言えば、ドジっ子というか天然と言うか、小さなことで失敗することも多い。

殺し屋の業界に入る前はそれで散々周囲の人間にからかわれていたらしい。ーー別に、ライはそのことを気にしていないし、むしろ彼女のそういうところは彼女自身の魅力の一つだとも思っているのだが。

そう言えば、と。シェーレがやたらと自分のことを気にかけるようになったのもその辺りからだったような気がする。

「ーーそれで、何が足りないんですか?」

「ん?……ああ、時間だよ。時間」

「時間、ですか?」

頷く。

訓練開始一日目はあんなことがあったためろくに鍛えられなかったが、それを抜きにしても時間が足りない。

ライが向こうに残した影武者も、何時正体が露見したとしてもおかしくはない。それを考えると冷や汗ものだ。……まあ、影武者の件がバレたとしても、表立って言ってくる人間はいないだろうが、面倒な探りを入れられるのも御免である。

それを考えると、余りアジトには長居できない。

「確かにタツミを鍛えてる時のライは楽しそうでしたからね」

「楽しそう?僕が?……と言うか、見てたのなら声をかけてくれれば良かったのに」

「すみません。ライが楽しそうでしたので声をかけづらくって」

困ったように微笑むシェーレ。

訓練することは忘れていたのに、その時の様子は覚えていたらしい。……彼女のことだからきっと「今思い出しました」とか言いそうだが。

「そんなに楽しそうだったのか?」

「はい。それはもう」

全く自覚がない。が、シェーレがそう言うのならきっとそうなのだろう、と不思議とそう納得してしまうのがシェーレの長所なのだろう。包容力があるというか。この場合は優しさ、になるのだろうか?

微笑むシェーレを見ていると、ついそう思ってしまう。

「楽しそう、か…………。確かにそうかもしれないな」

正直に言えば(まあ、別段隠すようなことでもないのだが)、タツミの成長スピードはライの予想を遥かに超えていた。流石にアカメが『伸びしろの塊』と評したことはある。

まるで乾いたスポンジが水を吸うように、あるいは周囲を石に囲まれた宝石の原石が加工され、徐々にその輝きを表わして行くかのように。次々と技術を吸収し、研ぎ澄まされて行っている。まだまだ青い果実に過ぎないが、このまま成長し続けて行けば、いづれは自分やエスデスのようなーー帝国最強とも渡り合えるほどの強者になる、かもしれない。……まあ、アカメやクロメにも同じことが言えるのだが。

帝国最強に並び立つほどの才を手ずから磨き上げて行くのはーーなるほど。確かに楽しかったのかもしれない。

まだ全然、ナイトレイドのメンバーに比べれば弱いのだが、これから先経験を積み、己を律し、その才能を研磨し続けて行けばーー必ず此処まで来れるはずだ。いや、来る。

それが何時になるのかは分からないが、あのまま行けば、昇り詰めてくるだろう。ーーもっとも、その場合も負けるつもりは毛頭ないが。

「ああ、確かに楽しみだ」

もう一度、今度ははっきりとそう告げて。

だからこそ残念でならない。輝かんばかりの原石を、自らの手で磨き上げられないことが。

「ふふっ。ライがそこまで言うから、私も気になってきました」

笑うシェーレにライもまた笑い返して立ち上がる。

「それなら、確かめ見るといい。これから何度でもその機会はあるさ」

「そうですね。時間はたっぷりありますし、その時に確かめることにします」

「ああ」

頷いて、二人はもう一度笑い合うのだった。

 

 

「あら、ライじゃない。妹は一緒じゃないの?」

アジトを適当にぶらついてると、偶然にもマインと遭遇した。ーーいや、この言い方では会いたくなかったと聞こえるが別にそんなわけではなく。

「それだとまるで四六時中一緒にいるみたいだな」

「実際そうじゃない」

呆れながら断言するマイン。

「そんなわけ…………あるな。確かに」

反論しようとして一切反論できないことに思い至った。

思えば、一人でいる時間など此処最近まるでなかった。そりゃ疲労も溜まるはずである。

「ま、でもちょうど良かったわ。ちょうど今誰かの感想が聞きたかったところなのよ」

そう言ってマインは不敵な笑みを浮かべて胸を張る。

「どう?この服。似合ってるでしょ?」

そして表情と言葉が一致しないと思うのは自分だけだろうか?思わず首を傾げるライである。

しかし尋ねられた以上、答えなければならない。

ふむ、と頷きつつ胸を張るマインを見て、

「ーーって、ああ。その服、新しく買ったのか?」

「今頃気付いたの?ーーって、そうか。アンタってば宮殿内に潜入しているおかげで全然アジトにいないんだったわね」

お互い今更のように互いの置かれた現状を再確認。

「アンタって昔からそうなのよねぇ」

と、不意に呆れと感心が混じったような声音でマインが口を開いた。

「そうって……なにが?」

「何時の間にかそこにいるのが当たり前になってるってことよ。ホント、不思議よね、ライは」

「……人を座敷童子みたいに言わないでくれるか?」

ライの場合は「ちょうぴらこ」とでも言うべきか。座敷童子の中でも格が高く、色白な肌が特徴の美形である。まさにピッタリ。ぜひ住んで欲しい。

「何よ、座敷童子って」

「妖怪……いや、なんでもない。忘れてくれ」

この世界に危険種はいるが、妖怪はいない。ついでに言うと、そう言った伝承も言い伝えもない。ナマハゲみたいなのはいるらしいが。

余り根掘り葉掘り聞かれても困る。答えられないわけではなく、答えた結果その出処を聞かれると困るのだ。

 

ーーなにせ、そもそも別世界で伝わる伝承なのだから。

 

幼き日はアカメとクロメに寝物語としてよくかつての世界での御伽噺を聞かせてやっていたのだが、今ではそういう機会はめっきり減った。せいぜいが孤児院に行った時に戯れに聞かせるぐらいか。

「それより、服のことだっけ?ーーうん。よく似合ってると思うよ」

怪訝そうな顔のマインを誤魔化すように無理矢理軌道修正。

「ホントにそう思ってるの?ありきたり過ぎて聞き飽きたわよ、その台詞」

「また我侭な……。まあ、そうだな。所々がレース生地になってるところとか、全体的に見ても変なところとかも見当たらないし」

「でしょ!?アタシも気に入ってるのよ!こういう細部までキッチリデザインされてる服が一番よね!」

話が合う相手が見付かったからか、マインのテンションが高い。顔が綻んでるし、饒舌である。

誰にでも高飛車な態度を取る彼女だが、それはかつての悲惨な子供時代から来る反動のようなものだろうとライは思っている。逆境の中、希望を諦めることなく耐え忍び、必ず這い上がってやるという強い意志。それこそが彼女の強さなのだろう。帝具も彼女のその在り方を体現するかのような代物だし。

「ーーちょっと、聞いてるの?」

「ああ、それは勿論」

並列思考はお手の物。でなければ一年足らずで将軍職に就ける訳がない。

数多もの策略を巡らせてどうにか命綱なしの綱渡りを成功させたのである。…………もっとも、終わった後も今度は別の綱を渡ることになっているのだが。今なお現在進行形で。

「ホントに~?」

しかしマインはまだ疑ってーーというよりかはこの遣り取りを楽しんでいる風でもある。

話しの分かる友人は男女関係なく稀少なのである。

「本当だって。ーーそうだ、マイン。ちょっとその場で回ってみてくれないか?」

「何よ行き成り……。まぁ、いいけど」

不思議そうに首を傾げつつも言われた通りくるりとターン。

ふわっ、とスカートが舞い、ツインテールの髪が風に揺れた。

「はいっ、と。これでいいの?」

「ああ。完璧だ」

頷く。

思った通りである。満足する結果だったらしく、口元が軽く緩んでいる。

「……で?これって結局なんなわけ?」

「ん?いや、マインって何と言うかお姫様みたいなイメージがあったからな。……うん。可愛いよ」

お姫様、と言っても、その頭に『お転婆な』とつくだろうが。

しかしそこは空気の読めるライである。余計なことなど言いはしない。真顔でさらっととんでもないことを言うのがライクリオリティ、なのである。

「ふぇっ!?ちょっ、可愛いって……行き成り何言い出すのよ!」

顔を真っ赤にしながら何時もの癖で、高圧的に言ってしまう。

「何って……見たまま、感じたままにありのままのことを言っただけだが?」

むしろ君が何を言ってるんだ?と言わんばかりにきょとんとした表情でライが言う。

まさに追い討ちだった。

「~~~~ッッ!!」

顔どころか耳まで赤くなったマインを流石に心配したのか、

「おい、大丈夫か?」

と顔を覗き込むようにして声をかけーーる前にマインの限界がきた。

「うっさいわよ馬鹿!ライのバーカ!!」

「ええっ!?」

心配したら行き成り罵られたことに驚き、思わず仰け反るライ。

早足に去って行くマインの背中を見詰めつつ、

「何だったんだ、一体…………?」

一人首を傾げるライであった。

 

 

そう言えばタツミは無事だろうか?と今更のように思い至り、訓練所へとライは足を運んでいた。

「おーい、タツミ。大丈夫、か……?」

そこでライが見たものとはーー。

 

ーー嫌に晴れやかな表情で額の汗を拭うブラートとレオーネの二人と。

ーーボロボロの状態で地面に倒れ伏すタツミの姿だった。

 

「ーーって、本当に大丈夫か!?」

慌てて駆け寄る。…………息はしている。脈拍はやや速いが許容範囲内。つまりは正常。意識はないようだが、気絶しているのだろう。

時間が経てば目覚めるだろう。

しかし、しかしであるーー!

「ブラート……レオーネ……」

知らず低い声で二人の名を呼ぶ。

「おう、ライじゃねえか。どうした?」

「『どうした?』じゃない!一体何やったんだ!?」

「まあまあそう怒るなって。命に別状はないんだし、なっ」

そういう問題ではない。

「明らかに、どう見ても、やりすぎだろう!」

「いやー、タツミがどれくらい強くなったのか気になってさぁ。試してみたらこれがなんと想像以上にできたもんだから、つい」

てへペロ、とレオーネ。

思わず拳を握り締めた自分は悪くない。そのはずだ。

深呼吸して内心の感情を押し留め、ジト目で二人に問う。

「で?なんでこんなボロボロになるまで何をやってたんだ?」

返答しだいでは鉄拳制裁も辞さない覚悟である。

「だからそう怒んなって。これはタツミだって了承していたことなんだしよ」

 

「ーーその通りだ」

 

不意に響いたその声は、この場にいる全員に馴染み深いものだった。

「ナジェンダ……それにラバックも」

不思議そうな声音のライに向けて、「よっ」と片手を挙げてラバックが返答し、そのまま近付いてきた。

「ブラートの言う通りだぜ、ライ」

「と言うか、私がけしかけたんだ」

衝撃の真実である。

「……どうして、そんなことを?」

そこはかとなくナジェンダを睨むように見詰めながら、ライが問う。

「何、タツミが悩んでいたようなんでな。私からアドバイスというか、自分の力を試せる機会を与えてやったんだ」

「それに私たちが乗っかったってわけ」

「そう、だったのか?それで?タツミが何に悩んでるって?」

ライの見ている限りでは、そう言った兆候は見られなかったため、怪訝に思うライ。

「ああ、それはなーー『自分は本当に強くなっているのか?』ってことだ」

「?タツミは十分強いーーああ、なるほど」

いいかけて、納得する。

確かに実力に大きな差があれど、掠り傷一つ付けられなければ自身の力に疑問を抱いたとしてもおかしくはない。ライとしては調子に乗らないように徹底的に叩いていたのだが、今回はそれが裏目に出たようである。

はあ、と思わずため息。

「言い訳するわけじゃないが……調練は苦手なんだ」

「ま、お前は現場指揮で兵の力を何倍にもするタイプだからな」

肩を竦めてナジェンダが笑う。

的確なその指摘は流石は元将軍と言うべきか。

「それはそうとして、やはりお前に頼んで正解だったな」

「まあ、タツミ自身の成長スピードが予想以上だったこともあるが」

「それでも、鍛えたのはライでしょ?流石は一年足らずで将軍職に就いた出世頭!」

「茶化すなラバック」

やたらと持ち上げてくるのは一体なんのつもりなのか。ライは自身が褒められること苦手なのだ。

ライは兵を鍛えるのは余り得意ではない(それでも人並み以上にはこなせるのがライのハイスペックたる所以である)。だが、自身よりも圧倒的に格上の相手との戦闘経験はタツミの持っている技量を大幅にブーストして上昇させた。

習うより慣れろ、百聞は一見に如かず、である。

「相変わらず、褒められるのは苦手なんだな」

と、呆れてるのか感心しているのか微妙な表情を浮かべながらラバックが言う。

「貶されるより褒められる方が何倍もいいと思うんだけど?」

「そう言われてもな……」

そう言って苦笑する。

こればかりは性分なのだから仕方ない。

「ま、それがライの美点ってことだろ?いいじゃねえか。褒められて無駄に威張るより、よっぽど“らしい”と思うぜ」

「つーかライが威張り腐ってるところなんて想像もできないって」

と、貶してるのか褒めているのか良く分からない感想を送るブラートとレオーネ。果たしてどう反応するべきなのか、判断に困るところだ。

「まあ、それは一旦置いといて、だ」

ふと、ブラートが真剣な声音と眼差しでライを見詰める。

「どうした?」

その真剣な眼差しに何かを感じたのかライもまた表情を真面目なものに変えて問い返す。

見れば、他のメンバーも真剣な眼差しでブラートの次の言葉を待っている。

それだけ彼からは真面目な雰囲気が出ていた。

「俺と……」

ゴクリ、と唾を飲み込んだのは一体誰か。誰もが固唾を呑んで見守る中、ライが無言で次に言葉を促す。

「ーーやらないか?(槍を構えつつ)」

「全力で拒否する」

真面目な雰囲気とは一体なんだったのか。

身の危険を察知して、ライは全速力で駆け出したのだったーー

 

 

「んぅ……お兄ちゃぁ~ん、頭ぁ」

ーー猫撫で声を出しながら、クロメがグリグリと頭を腹部に擦り付けてくる。

「はいはい」

昔から変わらない妹のその姿に苦笑しながら、要望通りに優しく頭を撫でてやる。

「んふふ~」

嬉しそうに笑いながら、更に頭を押し付ける。

未だに兄離れできていないことに嘆くべきなのか、最愛の妹に甘えられて喜ぶべきなのか。

どうでもいいことに思考が偏るのは、すっかり気を抜いてしまっているからか。

自身のだらけっぷりに自嘲する。

(もし今敵が奇襲してきたらどうなるんだろうな?)

ふと、そんなことを考える。もし今敵が奇襲してきたら……恐らく、その全員を死よりも恐ろしい生き地獄へと誘うのだろう。二人が。物騒になったと言うべきか、逞しくなったと取るべきなのか……判断に困る。

「……兄さん。私も…………」

クロメの甘えっぷりにあてられてか、寂しそうな顔をしながら隣りに腰掛けるアカメが服を引っ張ってきた。

何時も無表情でクールなアカメだが、実際は寂しがり屋で甘えん坊なのである。特に、ライとは何時も一緒にいられないからその傾向が強い。ーーもっとも、甘える相手がライしかいないと言うのも一因なのだが。

 

……アカメも、クロメも、あの何処までも狂った施設に入れられて。どうにか共に過ごせるように命懸けの交渉でもぎ取って。二人が狂った施設に染まってしまわないようにずっとずっと守ってきた。……守れた、はずだ。

薬物による強化も、『教育』による洗脳も、どうにか防げたはずだから。一部の例外を除いて、ほぼ四六時中一緒にいたのだから。

疎まれてでも共に居続ける心算だったのだが、すっかり自分に依存してしまったことには反省しているが。

 

「兄さぁん……」

「ーー……あ、ごめんごめん」

ーー妹の、涙混じりのその声に、意識を引き戻される。

気付かない内に考えに没頭してしまっていた。そのせいで無視されたとでも思ったのか、アカメが若干涙声になってしまっている。

しまったな、と思いつつ、微笑みかける。

「ごめん。ちょっと考えごとしてて」

「……うん」

ゆっくりと髪を梳くように撫でれば、うっとりと紅い瞳を蕩けさせて鷹揚に頷く。

「おいで、アカメ」

「うん」

片手でクロメを相手しつつ、もう片方の手をアカメに差し伸ばす。

嬉しそうに笑みを浮かべながら擦り寄るアカメの姿はやはりーー

(犬……と言うか忠犬だな)

試してみようか、と脳裏に思い浮かんだことをなんとなしに実行してみる。

「アカメ、待て」

ピクンッ、と小さく肩を震えさせ、ライの肩に頬を擦り付け腕を抱き締めていて「ほぅ」と息を吐いていたアカメが硬直した。

紅い瞳を潤ませて、切なそうに見上げてくる。……やっておいてなんだが、罪悪感が酷い。

潤む瞳が「どうしてなんだ?」と問いかけてきているようである。

「お手」

しかしなんとなくこのまま引いてはいけないような気がしたので、更に踏み込むライ。……疲れているのだろうか?自分でやっておいて首を傾げる。

差し出した掌の上にポフッ、と素早くアカメの手が乗せられる。

「…………」

ジィ、と見詰める瞳から消えなき声が伝わってくる。言うことを聞けばご褒美が貰えると期待する犬のようである(いや、悪い意味でも変態的な意味でもなく、比喩的な意味で)。

「これでいい?これでいい?」と激しく振れる尻尾とピンと立った犬耳を幻視した。

(……大分疲れてるな、僕)

眉間の辺りを揉みほぐし、ふぅ、と小さく息を吐く。

「よしよし。よくできたな」

片手だけではなく両手を使って撫でさする。

もうまんま人間ではなくペットに対する飼い主の構図である。俗に言う、深夜のテンションである。

「ふあぁぁ……にいさん、にいさん」

褒められたのが嬉しいのか顔を綻ばせ、舌っ足らずに兄に擦り付くアカメは、こちらも兄妹と言うより、飼い主に褒められて喜ぶペットにしか見えない。もし尻尾があったらちぎれんばかりに振っていたことだろう。それはもう、ブンブンと激しく。

しかしアカメが『犬』だとするなら、クロメはーー

(……猫、かな?甘えん坊な飼い猫)

「お兄ちゃん…………?」

自身を撫でる手の感触が止まったことを不思議に思いますクロメが不満を表すように起き上がった。ーーちなみに、お分かりの方もいるかと思うが、クロメはずっとライの膝枕で横になっていた。

「クロメ、待て」

「?」

兄の意図が分からないという風に小首を傾げる。……まあ、妥当である。

次は手を差し伸ばして、

「お手」

「……?…………!」

首を傾げ、考えても無駄だと判断したのか、行き成りニコッ、と笑ってクロメがライに飛び付くように抱き着いた。

姉のアカメとは大分違う反応である。

試しに喉をくすぐるように撫でてみる。

「……あ、猫?」

と、楽しそうに言って、モノマネするようにゴロゴロと喉を鳴らす。

(……うん。猫、だな)

しかし姉妹でこうも反応が違うというのが面白い。

「くぅーん……」

「……よしよし」

ライがクロメに構ったことで結果的に放って置かれる形になったアカメが寂しそうに喉を鳴らす。本格的に犬っぽくなったアカメに苦笑しながら、片手で抱き寄せて髪を撫でると心地よさそうにまた「くぅーん」と喉を鳴らす。

三人が三人、ベッタリとくっついているおかげで身体が自然と温まる。暖房いらずだな、とライはかつての世界を思いながらそっと微笑んだ。

 

 

「ーー」

草木も眠る丑三つ時。みんなの眠りに妨げにならないようにそっとアジトを抜け出したライは、ヴァイオリンの入った特注のケースを片手に歩いていた。

そして、到着したのはタツミの幼馴染みが静かに眠る場所。

「……夜分遅くに済まないな。明日にはもう此処を出るから、そのお別れを言いに来たんだ」

実は此処でタツミのための演奏を行なってからというもの、毎晩のように此処に来て、演奏を行なっていたのだ。

台所からくすねててきた果実酒の入った瓶を傾けて、そっと墓地に染み込ませる。

近くに花が添えてあるのはタツミか、それとも優しいシェーレか。

今は眠るーー会ったことはないーー二人の冥福を祈ってしばし手を合わせ、ライはヴァイオリンを取り出した。

そうして演奏するのが此処最近のライの日課である。そして、何時もならこの場にもう一人ーー

「ーー今日も此処にいたのか」

「ああ。……最後だからな」

「そうか」

背後から声をかけてきたその主の正体を、わざわざ確認するまでもない。

無愛想に言って、声の主ーーキバットは翼を羽ばたかせて墓石の上に留まる。罰当たりではあるが、言ったところでどうにもならないことは長い付き合いでとうに理解している。

観客が静かに目を閉じたところでーーライはヴァイオリンを構えた。

 

ーー旋律が響く。

 

月明かりが照らす中、銀髪の青年の姿を闇夜に浮かび上がらせる。

何処までも優しく、暖かい旋律を奏でる青年。

朽ちかけていた草花が再び生気を取り戻すかのように咲き乱れるその様は幻想的で美しくーーまるで、この世界を青年が支配しているかのような、そんな錯覚を得た。

(………やはり、俺の目に狂いはなかった)

キバットは思う。この男こそが、今のこの世界を破壊し、新たな世界を創るに足る男だーーと。

(キバの鎧の持つ選定に選ばれたことが、一体何を意味するのか…………お前は気付いているか?)

かつての彼が言ったように、『キバ』は通常の帝具とは違う。だが、それは何も選定のことばかりではない。

だがーーそれを教える気は、今のところない。言ったところで無駄だろうし、ライ自身が信じることもないだろう。ーーいや、案外あっさり納得するかもしれないが。

どちらにせよ、今のところは教える気はない。

(“その時”が来たら教えてやろう。だからーーそれまでに死ぬなよ、ライ)

何処までも自分の命に無頓着な、優しくも狂った青年のことを想い、キバットは内心でそう呟いた。

ーー闇夜に、一人の青年の奏でる音楽が静かに木霊するのだった。

 

 

翌朝、荷物を纏めてアジトを去ろうとするライを見送りに、タツミが出てきていた。

「もう行っちゃうんだな」

「まあ、任務だからな」

何処か残念そうな響きを含んだ声音に、苦笑しながら返す。ーー本当に残念なのはこちらの方だ。

などと思いながら。

「俺、まだ色々教わりたかったのに」

「確かにな。だが、後はアカメたちに教えてもらうといい。“暗殺者”としてなら、僕よりもみんなの方が優れてるし」

言いながら、ライは一度纏めた荷物を置いて、真っ直ぐにタツミの目を射抜いた。

「タツミ」

静かに名を呼ぶライに、思わず姿勢を正す。

特に何かを威圧している訳ではない。至って自然体。何時も通りの姿だ。

だが、タツミは自然とそうしていた。そうさせる“何か”ライにはあった。

「アカメは表情が分かりづらかったり、厳しく当たるかもしれないけれどーー」

そこで一拍間を空けて、ライは優しい微笑みを浮かべた。

帝国の将軍でも、ナイトレイドの間諜でもない、妹を想う優しい兄としての笑み。

そこから紡がれるには、他の誰でもない『ライ』と言う家族思いの青年の言葉。

「あの子は誰よりも仲間思いで優しい、素直ないい子なんだ。だから、どうかあの子のことをーー」

 

ーー宜しくお願いします。

 

そう言って、ライは頭を下げた。

新入りでまだ実力も遥かに劣るタツミに向かって。

……それだけ、アカメのことを大事にしているのだろう。その思いが、何よりも深く感じられた。

「ーーああ!任せてくれ!」

胸を張ってタツミは答える。

尊敬する人が此処まで言って、それに応えなければ男が廃る。

「……ふっ。それじゃあ、任せたよ、タツミ」

荷物を担ぎ上げ、先に待っているクロメの下へと歩き出すライの背中を、タツミは無言で見守っていた。

(ーー何時か、絶対に追い付いてやる)

果てなき背中を夢見ながら。

 

 

ーー斯くして、舞台は再び帝都へと舞い戻る。

 

 




アカメ(以後ア)「アカメと」
クロメ(以後ク)「クロメの!」
ア・ク「「あとがきコーナー!」」
ワーワーパチパチパチ!!
ア「というわけで、調子に乗った作者が試験的に作ったあとがきコーナーだ」
ク「ここでは本編の解説や読者の疑問なんかにお答えしたりする完全メタ空間だよ」
ア「ゲストとして本編未登場のキャラクターとかも招待するかもしれないが、メタ空間なので気にしては駄目だ」
ク「好評だったら本格的にこのコーナーを始めると思うから、感想を書いてね」
ア「今回は初回と言うことで特に質問もないしな……。本編についての解説をしよう」
ク「今回は初心に戻って短編集みたいに幾つかの小話を詰め込んだんだよ」
ア「時系列的には三日目の昼、タツミとの訓練が終わった辺りからだ」
ク「お兄ちゃんとシェーレさんとの会話だね」
ア「ああ。そしてラストは兄さんとタツミの会話だ」
ク「作者さんはキャラクターの口調とか結構悩んでるらしいよ。キャラ崩壊酷いのはやっぱり私とお姉ちゃんなんだって」
ア「それは仕方ない。兄さんだから」
ク「お兄ちゃんだもんね」
ウンウン
ア「……ん、そろそろ終わりだな」
ク「こんな感じで進めていくので、他にこうした方がいいとかああした方がいい、そもそもするな!って言う意見とかくれると嬉しいなぁ」
ア「あと、感想をくれないと作者が『不安で夜も眠れなくなるので感想書いてください』、だそうだ。全話で全然感想が来なかったからかなり不安がってたぞ」
ク「というわけで、今日はここまで。それじゃあ、」
ア・ク「「さようならー!」」

書いてみました。不評だったらやめます。次回は別パターンのを書いてみようかとも思ってます。
というわけで、感想、誤字報告、どうか宜しくお願いしますm(__)m


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第八幕 初任務

遅れてすみませんでしたm(_ _)m
活動報告でも書いたように、受験が重なり連絡もなく更新が途絶えたことを謝罪します。
合格発表の合否にもよりますが、これからはなるべく早めに更新できるように努めたいと思っています。
それでは本編をどうぞ。


人で賑わう帝都メインストリート前に、一組の男女が佇んでいた。

野性味溢れるアウトローと言った雰囲気を感じさせる長身の女性と、未だ幼さの残る小柄な少年ーー言うまでもないかもしれないが、レオーネとタツミの二人である。

この二人が今や帝都を震撼させる殺し屋集団、『ナイトレイド』の一員であると一体誰が想像できるだろうか。

(あの時は勢いで「任せてくれ!」って言ったけど……正直自信がないぜ)

渋い顔で思い悩むタツミ。

たった三日間とは言え、タツミにとっては鮮烈な印象を残した銀髪の青年。その彼から頼まれたのが、彼の妹ーーアカメについてだ。

タツミにとっては(誤解だったとは言え)二度も殺されかけた苦い思い出がある相手だが、同じ職場で戦って行く仲間。どうにか距離を縮めようと彼なりに頑張ってみたのだが……結果は惨敗。

青年が去った後に世話係として彼女と組まされたのだが、無表情で何を考えているのか分からない。その上タツミに対しての対応が明らかに他のメンバーとは違う。認められていないのは明白だが、タツミとて聖人君主ではない。厳しくされれば反発心だって芽生えるし、どうにか認めさせてやろうと言う気概も湧いてくる。

そのための今回の任務なのだが…………果たしてこれで認められるのだろうか?と言う不安がある。

それに、タツミにとってはこれが初任務。その成否によっては今後の立ち位置も変わってくる。

思わず頭を抱え込みそうになるタツミに朗らかな声が掛かる。

「この道を真っ直ぐ行けばメインストリートだ…………って、どうしたんだい。頭なんか抱えちゃってさ」

「いや、なんでもねえ。分かった」

頭を振って思考を切り替える。

アカメに自分を認めさせるためにも、今回の任務ーー帝都警備隊隊長オーガの暗殺ーーは絶対に成功させる。

気合十分、メラメラと反骨精神を燃やしながら勇み込んで行こうとするタツミに対して、唐突にレオーネが話しかけた。

「これはアカメーーまあ、ライとクロメもなんだがーーの昔話なんだが」

「ん?」

タツミが振り返ったのを確認して、レオーネは語り出した。

ーーかつてアカメ自身から聞いた、幼い兄妹の話を。

 

 

アカメ達は小さい頃に兄妹揃って帝国に買われたんだよ。……酷い話だが、まあ、貧乏な親が子供を売るのはよく聞く話だ。

そして同じ境遇の子と一緒に帝国の暗殺者育成機関に入れられて、殺しの教育を受けながら、過酷な状況を生き延びてきた……。

やがて、帝国の命ずるままに仕事をこなす、一人の暗殺者が生まれた。……だが、任務をこなす度に帝国の闇を感じ取り、当時標的だったボスに説得され、帝国を離反。真に民を想う革命軍についたんだ。

 

 

「ーーそうなるまでに、共に育った仲間のほとんどは死んでしまったらしい」

そう言ってレオーネは昔話を締め切った。

彼女から聞かされた、アカメ達の壮絶な半生に、思わず黙り込む。

(そんな環境で育ったから……あの人は二人を大切に思ってるんだな)

脳裏に浮かぶ、優しげな表情。見るもの全てを優しい気持ちにさせる、ただただ優しさに満ちた微笑みを向ける相手は、決まって二人。

彼の妹ーーアカメとクロメ。過酷な環境の中で、あの三人は互いに身を寄せ合って生き延びてきたのだろう。だからこその、絆。

「何が言いたいか分かるか?」

その問いかけに、思い付く回答は一つしかない。

「殺しのプロとして俺がヌルいって言いたいんだろ?」

だが仕方ないではないか。こちらは少し前まで暗殺稼業に身を窶すことなど考えもしなかったのだから。

そんな思いを込めて放たれた言葉に、レオーネは困ったような微笑を浮かべて、

「……ま、今日のが成功したらお前にも分かるさ」

「おう!絶対成功させて見せるぜ!」

「グッドキル!」

湿っぽい空気を振り払う様に明るく宣言するタツミに、こちらも明るくエールを送るレオーネ。

随分と物騒なエールを背に受けながら、タツミは今度こそ背中を向けて歩き出した。

 

ーー帝都警備隊隊長、通称「鬼のオーガ」。

鬼と呼ばれるだけあり、その剣の腕は多くの犯罪者達から恐怖の対象とされている。

普段は多くの部下と見回りに出ており、それ以外は警備隊の詰め所で過ごす。賄賂は自室に相手を呼んで受け取っており、今回の任務はオーガと賄賂を送って好き勝手に無法を働く油屋のガマルの暗殺。

ガマルはアカメとレオーネが担当し、難敵であるオーガはタツミが一人で担当する。

そして、非番の日は役目柄詰め所を離れるわけにもいかず、宮殿付近のメインストリートで飲んでおり……今日この日が、オーガの非番の日である。

 

ローブを目深に被り、顔を見られないようにしながら周囲に目を配る。

ボスーーナジェンダの情報通りなら、オーガはこの辺りにいるはずである。

(…………いた)

酒を飲んだ直後なのか、若干足元が覚束無いが、警備隊の服装に身を包んでいるその姿は確かに写真の姿と一致する。

周囲から揉み手擦り手で言い寄られながら、機嫌良さそうに相手をしている。…………まだ、接触するには早い。

周囲に気付かれぬようにオーガを殺すには、まず人のいない場所に誘導する必要がある。

「………………」

小さく深呼吸して心を落ち着かせ、オーガの周りから人がいなくなった時を見計らって近付いて行く。

「……あのう、オーガ様」

「あん?」

「ぜひ、お耳に入れたい話があるのですが……」

ニヤリ、と悪っぽそうな笑みを浮かべながらオーガに提案する。酒が入って気分が良くなっている今なら、多少怪しくとも乗ってくるはずだ。

果たしてーー

「……なんだ?言ってみろ」

「(かかった!)此処では少し……」

予想通り、乗ってきた。なら後は、人気のない場所ーー裏路地辺りにオーガを連れ込む。

「裏路地でお話できませんか?」

 

(此処では、順調……後は、俺次第だ)

「(人の気配がねえな)オラ。此処ならいいだろ。話してみろ」

人の気配がないことを悟っていながら、こうもタツミの話に釣られてきたのは、単純に自分の力量に絶対の自信を持っているからだ。

例えタツミが敵だったとしても、自分なら問題はないと言う強い自負……或いは、傲慢。

なんにせよ、此処が運命の分かれ道であったことは想像に難くない。

そして次の瞬間、タツミがとった行動とはーー

「お願いします!俺を帝都警備隊に入れて下さい!!」

土下座。そう、土下座である。

それはもう見事な土下座。非の打ち所がない完璧なDO☆GE☆ZAである。

「…………」

今までの雰囲気を纏めてぶち壊さんばかりの行動に流石のオーガも唖然とする。

しかし、徐々に現状が理解できたのか、呆れたように「はあ~」と息を吐き出した。

「金を稼いで田舎に送らなきゃならないんですよ~~!!」

泣き付いてくるタツミにオーガの反応は至極冷たい。

「はあ~……。んなこったろうと思ったぜ」

そう。帝都警備隊の隊長であるオーガならば、自らの裁量で新たに隊員を入隊させることなど難しくない。こうして入隊を頼んでくる人間はしょっちゅういるのだ。

だから、その時の対応も心得たものである。

「正規の手順を踏んでこい、ボケ!」

断じて、去って行こうと背を向ける。

「ですが……」

膝を着いた体勢から、静かに剣に手を掛ける。

「ーーこの不景気では、倍率が高すぎます」

ゆっくりと、刀身が顕になる。

「ーー仕方ねえだろ」

その気配を察して、何時でも対応できるように剣の柄に手を置いた。

「お前が力不足ってこったな」

背後に気を配りながら、柄を握る。

一瞬の静寂。そしてーー

 

ーー斬ッ!

 

と、弾丸のように飛び出したタツミと振り返り様に上段から斬り下したオーガが交錯する。

崩れ落ちたのはーーオーガ。

(……迅え!!)

剣技の冴えも、抜刀から斬撃に移るまでの速さもそうだが、何よりも、恐れを知らぬ思い切りの良さ。

それがーーより早く、より深い踏み込みへと繋がり、タツミの力を一段階押し上げている。

(まさかこの俺様に歯向かう奴がいるとは……)

タツミ自身の技量もあったが、何より大きかったのはオーガ自身の油断だろう。

自身の技量を過大評価し、タツミの実力を侮ったこと。それが彼の敗因。

ドサリ、と倒れたオーガを見て、思わず「やった!」と歓声を上げてしまう。

これで任務は達成したーーと達成感に浸るよりも早く、アジトでアカメに言われた言葉が脳裏に甦る。

『きちんと任務を遂行し、報告を終えて初めて立派と言える』

「あ……そうだ…………すぐ報告に行かないとーー!?」

その瞬間、凄まじい悪寒が背筋を走り抜け、振り向きつつ咄嗟に剣で防御しつつ、思いっ切り後ろへと跳躍する。

距離は空いてしまうが、衝撃を殺して場を仕切りなおすためにも有効な手段である。

「……俺が…………このオーガ様が……テメェみてぇなクソ餓鬼に殺られるかよ……」

犯人は、倒したと思っていたオーガ。

斬られた箇所から血を流しながらも、男は立ち上がっていた。

「弱者が泣こうが喚こうが関係ねえ……この街じゃ力が全てなんだよ」

ブツブツと独り言のように呟かれるのは、今際の際の言葉ではない。

「俺が人を裁くんだよ!俺が裁かれて堪るかぁ!!!」

それは、権力に取りつかれ、力に酔った者の果て。ーー今の腐り切った帝国同様、芯まで腐った醜い男の叫び。

「勝手なことーー」

柄を握り締めて、勢い良く地面を蹴り付ける。

全身の力を一点に集中させ、それを一気に開放することで爆発的な加速力を得る技術ーー拙いながらも習得した、銀の青年の技術。

弾かれたように接近し、下段から更に地面を蹴って跳躍、斬り上げる。

「言ってんじゃねえッ!」

だがーータツミの放った斬撃は、敢え無くオーガの剣によって受け止められてしまう。

「噴ッ!!」

「ぐっ!?」

それだけでなく、元々の体格、筋力の差によって強引に剣を押し込まれ、地面が上からの圧力に耐えきれずに陥没する。

その執念とも言うべき力に、拮抗するだけで精一杯のタツミ。

「そうかぁ……」

と、唐突に何かを気付いたようにニヤリと表情を歪める。

「さてはお前、ナイトレイドの一味だな?」

(ーーッ!気付かれた!?)

「誰の依頼だ?心当たりは腐る程あるが……最近だとこの間殺った奴の婚約者か?」

ギリギリと変わらず剣に力を乗せてタツミを押さえ込みながら、オーガはタツミの動揺を見抜いていた。

「当たりかぁ……やっぱあの女もあの時殺っておけばよかったなぁ…………いや。今からでも遅くはないか」

上からかかる力に歯を食いしばって拮抗するタツミを絶望させようとするかのように、楽しげに“その後”の想像を語り出した。

「まずはあの女を探し出し、親兄弟を重罪人に仕立て上げて、女の目の前で皆殺しにしてやる……!テメェを殺った後になぁ……!!」

哄笑をあげるオーガの姿にーータツミの中の何かが音を立てて切れた。

拮抗させていた力を少しだけ抜いて、刀身を滑らせ体勢を崩す。

地面スレスレまで屈み込んでーー跳躍。下からすくい上げる様に剣を振るい、オーガの両腕を切断する。

(コイツら、みんな同じだ。手に入れた権力を振りかざして、理不尽にそれを行使する)

二人の大切な幼馴染みの姿が脳裏に蘇るーー

(貴様みたいなクズはーー)

空中で体勢を整えるタツミと、オーガの視線が交差する。ーーその、何の感情も宿さぬ瞳に、背筋が凍った。

そしてその瞳はーーかつて一度だけ会った男を回想させる。

余りにも冷え切った、蒼い瞳を。

(ーー俺が切り刻む!!!)

タツミが放った神速の連続切りに、両腕を切断された男に対応できるはずもなく、為すすべもなく滅多切りにされーー今度こそ、オーガの命は尽きるのだった。

 

 

「強敵の始末、ご苦労だったなタツミ」

見事だった、と上司に称賛されて嬉しくないはずがない。

「おう!」

と返答しつつご満悦のタツミ。しかし、彼の災難は此処から始まるのだ。

「どうだアカメ!報告終えて任務終了!何とか無傷でやりとげてきたぜ」

話しかけられたアカメはと言えば、相変わらずの無表情でタツミを眺めていた。

「さあ、俺を認めろ……」

鼻高々ですっかり調子に乗っているタツミに無言で近付きーー行き成り上着を脱がせた。

「なっ……!なにすんだよ行き成り!?」

思わず叫ぶタツミには一切取り合わず、ガッチリと両腕をホールドしたまま、アカメは外野の二人に応援要請。

「レオーネ、ボス。押さえて!」

やたらとキリッとした顔で。

「分かった!」

「お?なんだか面白そうだな!」

そしてそれに乗る二人。何となく、先の流れが読めてきたタツミが静止の声を上げようとするよりも早く、

「イヤアアアアアッ!?!?」

アカメによってズボンを降ろされた。

思わず生娘のような悲鳴を上げるタツミ。下着に靴下という全く需要のない姿になり果てたタツミ……哀れである。

そんなマニアックな格好になり果てたタツミを紅い瞳でじっくりと観察しーーやがて、ほっ、と息を吐いた。

「……よかった」

「え……?」

余りの恥ずかしさに俯いていた顔を上げると、タツミには初めて見せる優しい微笑みがあった。

共通点のない兄妹ではあるが、その微笑みは、確かに兄のものと似通っていた。

「強がって傷を報告せずに毒で死んだ仲間を見たことがある。ダメージがなくて何よりだ。初めの暗殺(任務)は死亡率が高い……よくぞ乗り越えた!」

戸惑うタツミの手を取って、強引に握手。先程までとは打って変わった様子である。

「あ、ああ……?」

首を傾げるタツミに、静観していたレオーネが説明してくれた。

「アカメはお前に死んで欲しくないから厳しく当たってたんだよ」

「料理は仲間とのコミュニケーション。難しい狩りで暗殺を学ぶ……どれもお前にとってプラスな日々だと気付いていたか?」

真意を語らない所は兄とそっくりだな、と補足説明の後に面白そうに付け加えるナジェンダ。

「え……あ……そ、そうなの?」

確かに、言われてみればそうだと納得するものも多い。

「ゴメン、アカメ……俺、誤解してた」

『あの子は仲間思いの優しい子だから』

優しげに笑った青年の言葉は間違っていなかった。今までの態度は、全てをタツミのためを思ってのものだったのだ。

「いいさ。これからも生還してくれ、タツミ」

小さく笑みを浮かべながら握手を求める手を、

「ああ!これからもよろしくな、アカメ!」

力強く握り返すのだった。

「服も着ないで何をよろしくするつもりなんだよ」

「お前らが脱がせたんだろうが!」

一言余計な奴である。

 

 

コン、コン、コン……と三度のノックの後、中から男の声が耳朶を打つ。

『誰だ?』

「私です。スピアです」

『……入れ』

名乗った後、数瞬の間を空けて入室の許可が出た。

「失礼します」と断って、扉を開けて入室する。

部屋に入ると、まず殺風景な室内の景色が目に映る。華美な調度品を好まず、無駄なものを置かない主の性格が現れた部屋は、必要最低限のものしか置かれていない。以前、気を利かせたスピアが持ち込んだ花が花瓶に入れられて飾られているくらいだろうか。

以前、装飾品の類は置かないのかと聞いたことがあったが、「仕事部屋に何を飾れと?」と逆に問いかけられて以来、その手の話題は口に出さないようにしている。

次に目に映るのは、綺麗に片付けられた書類の傍で、静かに紅茶を啜っているこの部屋の主の姿ーースピアの上司であるライゼル将軍である。

「それで、何用だ?仕事ならば今日の分のノルマは果たしたぞ」

「帝都警備隊隊長のオーガが暗殺されました」

無駄なことを嫌う主のために、簡潔且つストレートに報告する。

ピクリ、とカップを持つライゼルの手が止まった。

「犯人は?」

「依然、調査中です。ですが、フードを被った小柄な人物がオーガと共に裏路地に入るのを見たと言う目撃証言があります。恐らくはその人物が犯人ではないかと」

「妥当な所だな。……それで、お前は犯人についてどう思う?」

抽象的な言い回しだが、彼の部下である以上、こう言った言い回しには慣れている。彼がこう言った言い回しをする時は、決まって意見を求める時ではなく、何かを“試す”時であることも、スピアは知っている。

「そうですね……殺害されたオーガは『鬼のオーガ』と呼ばれるほどの力量を持った人物です。並の相手に殺られるような男ではありません」

無言で、ライゼルが先を促す。

「調査によれば、彼は殺害される前に近くの店で酒を飲んでいたそうですが……」

「以前にも似たような騒ぎがあった。その時は奴自身が捕縛し、一族野党皆殺しにしたーーだったな」

「はい。ですので、“酔った隙を狙われた”と言う線は薄いかと」

此処までは調査の結果とオーガ自身の経歴を鑑みれば誰でも予測できるようなことである。当然、そんな答えはライゼルは望んでいない。主の期待に応えるため、スピアは自身の推測を話し出した。

「これは私の推測なのですが、犯人は恐らくナイトレイドの一味かと」

「……根拠は?」

「辺りにオーガと争った形跡はありましたが、その他の証拠ーー犯人の手がかりとなるような証拠などが発見されませんでした。それにより、相手は相当な手練だと思われます。そしてオーガを一方的に惨殺出来る程の手練、事前の目撃証言にある小柄な人物……これを“男性”ではなく“女性”と見れば、平均身長と同程度になります。そんな条件に当てはまる人間となれば、自ずと答えは限られます」

即ちーー

「ナイトレイドのアカメ、か」

「はい」

一口紅茶を含んで、ライゼルは微かに唇を吊り上げた。

「中々いい線を行っているが、犯人はアカメではない。……多分な」

「……では、誰が犯人だと?」

先の考察にはそこそこ自信があったため、どことなく棘のある言い方になったのは勘弁して欲しい。まぁ、彼はその程度で腹を立てるような人間でもないのだが。

「犯人がナイトレイドであることは間違いないだろう。帝都内で帝都の警備隊隊長を殺すなど、連中くらいのものだろう。メリットがあるのは。だが、それだけでアカメが殺したと考えるのは早計だ。ーーそもそも、その死体はどんな殺され方をされていた?」

「袈裟斬りに着いた傷が一つと、それより後に付いたと思われる多数の斬撃痕がーー」

と、資料での写真を思い出しながら答えると、言い終える前にライゼルが口を挟んだ。

「そこだ」

「はい?」

「犯人がアカメであるなら、その殺害方法はおかしい。ーーよく考えろ。アカメは何を持っている?」

そこまで言われれば、流石に気付いた。

ナイトレイドのアカメが殺したとするならば、確かにそれは引っかかる。

何故なら、アカメはーー

「『村雨』……!」

「そうだ。その時に限って村雨を持ってこなかったーーなどと言う間の抜けた失態を奴が犯すはずあるまい。であれば、アカメ以外の誰か…………新しく加入したのか、それとも元からいたのか。何れにせよ、アカメが殺したのならば最初の一撃でカタが付いている」

「成程。確かにそうですね」

確かに、ライゼルの口にした考察は理に適っているし、スピアの言ったものより説得力がある。

「まぁ、犯人探しは私達の役目ではない。それは他がやることだ……ふん。しかし奴が殺られたとなると、“抑止力”がなくなるな」

オーガは賄賂を受け取り好き勝手にやっていたが、その力は犯罪者達の行動を抑制する一種のストッパーになっていたのだ。これにより、今まで息を潜めていた犯罪者連中が図に乗り始める可能性が高い。

面倒なことになったな、と三度紅茶を啜る。

「……まぁ、いい。それは私が出れば済む話か」

「将軍自ら、ですか?しかしそれは……」

将軍格の人間がそう簡単に動いていいのかと余り乗り気ではない様子のスピアに、表情も変えずに(まぁ、何時も通りと言ってしまえばそれまでなのだが)ライゼルが付け加える。

「元より外には出ていた。今回は範囲を広げるだけだ。それに……」

「それに?」

「将軍自ら動いたとなれば、民も安心するだろう」

「……成程」

相も変わらず無愛想な言い方ではあるが、彼なりに帝都を慮っているのだ。民なくして国は成り立たんーーかつて父より聞かされた言葉が脳裏に甦る。

父に頭を下げてまでこの方の下に仕えてよかったと思う。彼の下ならば、自分の槍は最大限に活かせるだろう。

「では私もお供します!」

「いや、お前は残れ」

「ええ!?」

ビックリである。

「……私の留守中、何があるか分かったものではないからな。番は任せたぞ」

しかしそれも自身を信頼してのことだと分かり、一安心。

だが、それでも不安が残る。

「ですが、何の護衛も付けずにお一人で出回るのは……」

「私に傷を付けられる人間がいると思うか?…………いや、済まぬ。意地が悪かったな。何、心配せずとも私には腕の立つ護衛が既にいるーー『黒』」

音も、気配もなく、まるで影のようにライゼルの傍で佇む全身黒ずくめの仮面の人物。『黒』と呼ばれた人物は、彼が従軍するよりも前から彼にのみ仕える従者として、皇帝の命であっても従う必要はないというかなり特殊な立ち位置に立っている。……その特殊性を認める代わりに、ライゼルの権限は他の将軍達と比べると低くなってしまっているのだが。

「一体何時の間に……」

「気にするな。ーーともあれ、護衛の件は問題ない。不安事項も抜けたことだ。茶でも飲んで行け」

「え?で、ですが」

「遠慮はいらん。美味い茶菓子もあるぞ……手作りだがな」

「頂きます」

どんなに己を律していても、そこは花も恥じらう可憐な乙女。甘味の誘惑には打ち勝てなかった様子。ーー何より、秘かに慕っている人の誘いなのだ。戸惑いこそすれ、断る理由などない。

「ああ。ゆっくりして行くがいい」

その後、手作りだという茶菓子が自身が作ったものより美味しくて、若干ショックを受けたスピアであった。

 




今回、後書きにて『キバットによる華麗なる後書きコーナー』を企画していましたが、作者の精魂尽き果てそうなので、今回は無しです。
なので代わりに本編での新キャラ、スピア登場。……知ってる人、覚えている人はいるかな?
原作では早々に猟奇的な殺され方をした彼女ですが、『銀の皇帝』ではライゼルの部下として生存してもらいました。なお、帝具“は”持っていません。
彼女にはライゼルの部下として頑張ってもらいます。

それでは、今回はこの辺で。感想、何時でもお待ちしております。


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第九幕 ある夜の一幕

今回の話は投稿するかどうか迷いました。
何せ、どうもスランプなのか微妙な話になってしまい、いつも以上に駄文となってしまいました。
結構迷ったのですが、前回でタツミ達ナイトレイドがメインだったので今回はライ達に焦点を当ててみた結果、なんとろくに原作キャラが登場しない事態に。
マインとタツミの市政調査及び任務は丸々カット。大臣と処刑されるショウイの話もカットしましたが、こちらは一応次回に書く予定です。
なお、今回はそのまま最後まで書き進めると長過ぎることになってしまいますので、不自然ながらも途中までで中断しました。
内容に賛否両論あるかとは思いますが、広い心でご観覧ください。






あ、受験受かりましたヽ( ´ ▽ ` )ノ



ーー夢を見た。

とても……とても懐かしい夢だ。

自分が今いる世界ではない、此処とは異なる別の世界でのできごと。

懐かしくて、幸せで…………そして、とてもとても悲しい夢。

 

 

「ーーーー」

夜。自室で仮眠をとっていたライは目を覚ました。

「すぅ……すぅ……」

そっと視線を移せば、そこには自身に抱きつくようにして寝息を立てる妹ーークロメの姿がある。

安心し切った幸せそうな、見るだけで癒されそうな穏やかな寝顔。それが自身を信頼してのことだと理解できないほどライは鈍くはないつもりだ。

そんな妹の姿に小さく微笑んで、ライは彼女の抗い難い拘束を慎重に解いて行く。

折角気持ち良さそうに寝ているのだ。起こしてしまうのは忍びない。

ーーそう思ってのことだったのだが、どの道ライの気遣いは無駄になってしまった。

「ん…………おにいちゃん……?」

「……ごめん、起こしたかな?」

クロメの拘束を解いた直後、当の本人が起きてしまった。

まだ半覚醒状態……つまりは寝起きだからなのか、ボンヤリとした表情でライを見詰めている。

「どうしたの……?」

「ちょっとね。……ああ、起きなくてもいいよ。そのままお休み」

姉に似て艶やかな黒髪を梳くように撫でてやれば、心地よさそうに目を細め、ゆっくりと微睡みの中へと意識を沈めて行く。

しばらくはそのままクロメの髪を梳いていたライだが、彼女が完全に寝付いたのを見届けると、起こしてしまわないように細心の注意を払ってベッドから抜け出した。ーーのだが、

「おにいちゃん…………行かないで…………」

「………………本当に、鋭いと言うか、何と言うか」

咄嗟に振り返ってクロメを見やるも、彼女が起きているような様子はない。ならこれは寝言と言うことになる。

だが、それにしても何と言うタイミングだろうか。

「大丈夫だよーー僕は、ずっと傍にいるから。どんな時でも、二人の傍に」

幼い頃にそうしたように。怖い夢を見たと言って中々寝付いてくれなかった妹達に繰り返し聞かせてきた言葉を、耳元で囁く。

あの頃と同じように、優しさと愛しさを込めて。

するとーー何処か苦しげだったクロメの表情が、穏やかなものへと変わる。

そっと額に口付けを落として、ライは音を立てずに窓を開いてバルコニーへと移動する。

 

ーー美しい三日月の夜だった。

「………………本当に、懐かしい夢を見た」

それは、ライがこの世界に転生する前の世界。アカメとクロメの二人と出会う前のできごと。

昔は毎晩のようにかつての世界を夢想した。だが、時が立ち、二人の妹に“紛い物”ではない“本物”の愛を注げるようになってからは、あの世界のことを夢に見ることは少なくなって行った。

別に忘れたわけではなく、“今”と“過去”をはっきりと区別できるようになったからだろう、とライは思っていた。

だが、本当にそれは“思っていただけ”だったらしい。でなければーーこれほどまでに望郷の念に駆られることもないはずだから。

「クッーー本当に、弱くて愚かだな、僕は。救いようがない」

自嘲するように呟く。

未だに未練たらしく二度と戻らない過去に縋っているなど、本当に救いようがない。

今の自分の姿を見たら、あの親友達になんと言われるか。

“あの日”から何年過ぎ去ったかは定かではない。もしかしたら数百年も時間が経過しているのかもしれないし、未だに一年も過ぎていないのかもしれない。だが、ただ一つ言えるのは、彼らは今こうしている間にも、己の成すべきことを全力でやっているということだ。

みんな、戦っているのだ。きっと、今もずっとーー

「……いけないな。こうも感傷に浸るとは」

年だろうか?などと苦笑混じりに考えてみる。前世も合わせるとそろそろ中年に差し掛かろうかと言う年齢だ。感慨深くなるのもある意味当然なのかもしれない。

ーーと、不意に一段と強い風が吹き、くすんだ銀髪が激しく揺れる。

「……嫌な風だ。こういう時は何時も何か不吉なことが起こる」

気分転換も兼ねて、少し外でも歩こうかーーとライはバルコニーから躊躇なく身を投げた。

下から吹き荒れる強風に煽られつつ、クルクルと猫のように空中で身体を回転させ、音もなく着地。

そのまま何事もなかったかのように歩き出す。ーーとんでもない外出経路だが、部屋で寝ている妹を起こさないようにと言う配慮故なのである。まさにシスコン此処に極めり、である。

 

 

ーー夜の街は、存外静かなものだった。

オーガの一件から時間が経ち、宣言通りライは公務を終えた後に街を巡回している。が、その時間帯はあくまで昼過ぎから日が沈んでしばらくの間。

このように真夜中にまで出歩くことはほとんどない。それでいいのか、と思われるかもしれないが、もとよりライはナイトレイドのメンバー。支援こそすれ邪魔建ては必要がなければしない。

民衆を安心させるために巡回しているものの、実際に出歩いているのは、“将軍が実際に動いている”と言うポーズを取るためなのだ。

民衆の支持を集め、己への信頼を高める。そうしておけば、来るべき革命の際に避難誘導がやりやすくなる。そう思っての行動だ。

 

だからだろうか。何時もは何かしらの理由があって外に出ていたが、その理由もなく外出するのが妙に新鮮に感じる。

 

「ククッ…………らしくなく感傷に浸ってるな」

これも、かつての世界を夢見たせいか。何時もより感慨深くなっているらしい。

はあ、と重たいため息を吐き出して、気の向くままに足を動かす。

なんだかんだ言ってライも人間なのだ。知らない内に負担が溜まっていたのだろう。

時にはこうして……何も背負うことなくゆっくりとくつろげる時間を持つのも必要かもしれない。

「ん…………?」

ーーふと、幾つかの気配を感じ、すぐにああ、と納得する。

(帝都警備隊か……オーガ殺害の犯人探し、と言ったところかな)

感じる気配がやけに殺気立っているのはそのためか。

他人事のように考えながら、自然と足が動いていた。警邏の巡回経路をより深く把握しておこうと思ったのだ。

そして、そんなことを考えた自分自身に苦笑する。

(仕事中毒って、こういうことを言うんだろうな)

などと考えつつ、足を動かしているーーと、

『ギャアアアアアアッ!?!?』

「っ、悲鳴!?」

夜の街に響き渡る絶叫に、意識する間もなく走り出す。

 

ただ一度聞こえた悲鳴を頼りに場所を絞込み、到着したのは人目に付かない路地裏。そこでライが見たのは、首を切り落とされて息絶えた二人の帝都警備隊隊員。

流れ出した血が地面を赤く染め上げている。

「これは…………」

呻くように呟く。

犯人はナイトレイドではない、誰か。この日は確か、大臣の縁者であるイヲカルを暗殺するはず。

彼の屋敷はこの辺りからは離れたところにある。時間的にも距離的にもありえないし、そもそも理由がない。

「おやおや。こんな夜更けに出歩くとは、いけないなぁ」

ーー気配。

視線だけを後ろにやって姿を確認すれば、そこにはライよりも一回り体格の大きい男が下卑た笑みを浮かべて立っていた。

「じゃないと俺みたいな殺人犯に、首を刈られてしまぞ?」

「なるほど。犯人探しの手間が省けたな」

言いつつ、落ちていた二つの武器ーー剣とハンドガンーーを拾い上げる。

息絶えた二人の物だろう。彼らの流した血が付着し、白い手を汚すものの、特に気にはしない。

「勇ましいねぇ。もしかして、俺を捕まえる気なのかい?」

「どうだろう、な!」

振り向きざまに発砲。

高速で放たれた弾丸。それも至近距離からの銃撃を、

「おっと!いきなり攻撃してくるとは中々過激だな!」

あっさりと両手の双剣で弾かれる。

(至近距離での銃撃に反応するとはな。少しは本気で行かないと不味いか?)

「へぇ、大層な自信だな。本気になれば俺を倒せると思っているのか?」

不意に投げかけられた言葉に、目を見開く。

(今、思考を……)

他者の心を覗く。そんな芸当を可能にできる要因はライの知る限り二つ。

一つは、自身にとって馴染みのある力。だが、この力がこの世界にある確率は限りなく低い。

なら、考えられる可能性は残りの一つは。即ちーー

「ーー帝具か!」

「帝具について知っているとは博識だねぇ。そうさ。こいつが俺の帝具さ」

そう言って男が指さしたのは額に付けられた目玉。

「博識な君に教えて上げよう。何、気にするな。冥土の土産と言う奴だ。この帝具、“スペクテッド”。五視の能力を持った帝具さ」

(五視……なら先程の読心術は帝具の能力。更に言えば銃撃を躱したのも帝具の能力で動きを先読みしたからか?)

「ピンポーン!大正解!心を読んだのは五視の一つ、“洞視”。表情などを見ることで考えていることが分かるのさ。攻撃を躱したのは“未来視”。筋肉の機微で、次の行動が読める」

「ご丁寧に能力を教えてくれるとは、親切な奴だな」

唇を吊り上げ、酷薄に笑う。既にライの意識は戦闘時のそれに切り替わっている。

「趣味はお喋りだからな。そう殺気立たずにもうちょっと俺に付き合ってくれよ」

「ふん……断る」

「そう言わずにさぁ……『ギアス』とやらについて教えてくれよ」

瞬間、再び発砲。

放たれた弾丸を剣で弾き飛ばし、男は笑う。

「おいおいそう怒るなよ。『マオ』って奴のことを教えてくれるだけでいいんだって」

止まることなく引き金を引いて銃弾を発射するものの、それら全てを回避される。

どうやら、帝具の能力だけでなく、本人の戦闘能力もそれなりであるらしい。でなければ、幾ら動きを先読みしようと至近距離での弾丸に対応できるわけがない。

銃弾を撃ち尽くしたハンドガンを無造作に投げ捨てて、地面を蹴って高速で接近する。

「勇ましいねぇ!だが、心を覗かれた状態でどう対応できるのかな!?ーーッ!?」

振るわれた剣の速度はまさに閃光。

余りの速さに対応が遅れ、手傷を負ったのは男の方であった。

(こいつ……!ただの一般市民や警備隊じゃなさそうだな)

「……例え心を読まれようと、反応するのは人間。であれば、当人が反応できない速さで攻撃を仕掛ければいいと思ったがーー」

一拍の間を空けて、ライは冷笑を刻む。

「どうやら“この程度”で問題ないらしいな」

「ーー嘗めるな!!」

先程の巫山戯た様子は何処へやら。一瞬で激昂した男は双剣を構えて突進を仕掛けてくる。

だが、その程度に対応できないようなライではない。

ほぼ同時に地面を蹴って男に合わせて動き始めている。鏡合わせのように全く同じ進路で走りながら、数瞬で近付いていて行く。

一秒にも満たない間で、二人がぶつかり合うーーことはなく、

「なっ!?消えた!?」

驚愕の声を上げたのは男。彼らが激突する刹那に満たない間にライの姿が視界から消失していたのだ。

その直後、

「ーーッ、ぐううッッ!?」

背中に走った悪寒に、後先考えずに全力でその場から離脱する。

結果的にその行動が男の命を救ったが、僅かに遅かった。

「……浅かったか」

ぼそりと呟くライ。彼が握るその手の剣には鮮血が付着していた。

刀身に付いた血が流れ、切っ先からポツリポツリと地面に滴り落ちる。

「貴様、一体どうやって!?」

脇腹を切り裂かれた男が、驚愕の声を上げるものの、ライの表情は変わらない。

付いた血を振り払う様に一閃し、切っ先を男に向けて突き付ける。

「答える必要はない」

一瞬の攻防だったが、彼我の実力差は明確に理解できたらしい。

脇腹から血を流しながら、男は智謀を張り巡らせる。

 

心を読んでも、動きを読んでも届かない高みに眼前の男は立っている。このまま戦ったところで、自分は確実に死ぬだろう。

今生きているのは間違いなく運が良かったからに過ぎないことは、誰よりも理解している。

ならば…………“アレ”を使うしかないだろう。

 

「やれやれ……このままだと死んでしまうかもしれないな」

「そうか。なら死ね。今なら苦しまずに殺してやる」

さらりと物騒な言葉を言い放つのは、無遠慮に己の内に土足で踏み込まれたせいか。

今のライは、平時とは違い気が立っていた。

「そうかいだが、そういうわけにも行かないんでねぇ!!」

男の額に付けられた目玉が目を見開く。

何をするつもりなのかと思わず身構えたライの目に、信じ難い光景が移り込んだ。

「なっ、あっ」

呻く。蒼いその目は驚愕により見開かれ、表情が強ばり身体が硬直する。

倒すべき敵を前にして、茫然自失となることが如何に危険で愚かなことなのか、理解していないわけではない。

だが、それでも、ライの前に広がる光景は、彼を硬直させるには十分過ぎて。

もしライを知る人間がこの場にいたら、驚愕の声を上げていたことだろう。それほどまでに、今のライの様子は有り得なかった。

「どれほど卓越した技量を持っていようと、人間である以上『心』がある。それはお前も例外ではなかったようだな!」

三日月のように唇を歪ませて、男は嗤う。

傷は負ってしまったが命に別状はない。戦闘行動も問題なく行える。

 

であればーー今眼前で棒立ちとなり呆然としている男の首を刈り取ることなど赤子の手をひねるよりも容易い!!

 

男の判断は正しい。

如何なる達人とはいえ、それなりの使い手の前で茫然自失となることは「殺して下さい」と言っているようなものだ。

傷を負っているとはいえ、所詮は浅傷。剣を振るうのには何の問題もない。

ならば、こうして実際に立ち尽くす青年の首を切り落とすのに、何の障害があろうか。

男の判断は正しかった。過去に何度も同じような手で人を切り殺してきたが故に、この状態となった人間に抵抗することなどできないことは理解している。

男は間違ってはいない。だが、そう。

彼は単に、手を出す相手を間違えたのだ。

ーー剣閃が閃く。

防御しなければ死ぬ、と言う生存本能からの警鐘に咄嗟に体の前で交差させた双剣が、力尽くで破壊され、その衝撃の余波で男の身体が強引に押し戻された。

「なっ、馬鹿な!?有り得ない!?貴様は今確かにーー」

 

「ーーよくも」

 

動揺を隠す余裕もなく、狼狽する男の声は、地獄の底より響いてきたかのような低い声に遮られた。

 

「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくももッッッッ!!!!」

 

背筋が凍るほどに冷たかった声が、次第に熱を帯びてくる。

それは、誰かを暖かく包み込むものではないーー全てを焼き尽くしてしまうかのような、地獄の業火にも似た怨嗟の響き。

常人が触れればただちに発狂してしまうかのような、憤怒と憎悪に彩られた苛烈な声。

「よくもこの“私”にーー『あの娘』を斬らせてくれたなああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

剥き出しの殺意と憎悪に触れて、理性ではなく本能で理解する。

わざわざ思考を読むまでもない。彼の考えていることは、凍り付くような殺意が言葉よりも明確に教えている。

「くっ、くるな!!!」

震えを帯びた男の声に耳を傾けることもなく、ライは血走った瞳で男を睨み付ける。

「殺してやる……絶対にぃ、殺してやるッッッ!!!!!!!」

狂ったように感情を剥き出しにしてあらん限りの殺意と憎悪を向けてくるライの姿は、まるで『悪魔』。

ライの痩身が殺意という鎧を纏って何倍にも肥大化したかのような錯覚を、男は覚えた。

(こんな化物と戦っていられるわけがない!!)

瞬時にそう判断できた男はまだ冷静だった。

コートのポケット手を突っ込み、

「悪いがまだ死にたくはないんでね!」

中から取り出した小さな球を地面に叩き付ける。

「逃すものかーー!!」

ーー瞬間、鮮血が舞った。

 

 

所変わって、ライが普段使用している自室。

「ん…………」

不意に寒気を覚えてベッドで眠っていた一人の少女ーークロメが目を覚ました。

寝起き直後のぼやけた頭のまま、我が身を襲う冷たさに、何時もそうしていたように隣りの温もりに縋ろうとしてーー

「え…………?」

何時もならあるはずの場所に、なくてはならないものがものがない。そのことに気付いた瞬間、クロメを襲ったのは凍えるほどの冷たさだ。

己の身体が、心が、急速に凍て付いて行くのを感じる。

「お兄ちゃん?何処にいるの?」

呼びかけに応える声はない。

「お兄ちゃん、どうして返事してくれないの?ねえ、どうしてこんな意地悪するの?お兄ちゃんは知ってるよね。私はね、お兄ちゃんがいないと生きていけないんだよ?なのになんでいないの?お兄ちゃんは私のこと嫌いになった?…………違うよね。お兄ちゃんが、優しいお兄ちゃんが私のことを嫌いになるはずないもんね、アハハ」

空虚な笑みで、淡々と言葉を口にする。

だけど、相変わらず部屋にクロメ以外の気配が生じることはない。

兄のーーライの気配は意識して探るまでもなく探知できる。ライが意図的に気配を殺している場合はその限りではないが、どの道本気でクロメが気配を探れば見付けられる。

だからこそ、分かる。分かってしまう。

どれほど否定しようと、此処にライはいないのだということをーー

「あ、あ、あ、ああああああああああ!!!嫌!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌いやぁ!!!!!嫌だよ!クロメを一人にしないでよ!傍にいてよ!お願い!お願いします!ねえ?ねえどうして?クロメ悪いことした?教えてくれないと分かんないよ。クロメはあたまがわるいから、お兄ちゃんがいないと何もできないの。だから教えてよ。あやまる。あやまるからぁ!一杯ごめんなさいするからぁ!だから、だから一人にしないでぇ、おにいちゃん…………」

その事実に気付いた瞬間、クロメは絶叫していた。

ボロボロと涙をこぼし、恥も外聞もなく泣き喚きながら、クロメはライを求め続ける。

駄目なのだ。自分から離れた時や、兄に言われて一時的に離れる時とは違う。

何の言葉も事前の予定もなく離れられると、クロメという少女は一瞬で精神崩壊寸前まで追い込まれる。

以前、ナイトレイドのアジトに戻った時、一人で行動することもあった。だが、あの時とはわけが違う。

あの場所にはライの他にも姉ーーアカメがいた。それに、ライとは自ら(不承不承とは言え)離れていたし、夜中にこっそり抜け出した時もヴァイオリンの音色を聞いていたからこそ安心できた。

しかし、今回のように事前の心構えもなく、不意打ちのように姿を消されると、クロメは今の状態に陥る。

半狂乱……あるいは恐慌状態に陥るのは一重に、クロメがライに対して重度の依存を抱えていることが原因だ。

依存しているという点ではアカメもクロメと同じだが、アカメの場合は『唯一心置きなく甘えられる相手』としてでの依存であり、クロメのそれと質が違う。

クロメの依存は、アカメのそれよりも遥かに重く、深い。そう、自身の存在意義さえもライに依存するほどに。

ライがほぼ四六時中クロメと行動を共にするのは、何も護衛と言うだけではない。この依存があるからこそ、ライも迂闊に離れることができないのだ。

「こわいよぉ……つめたくてさびしいの…………たすけてよ、おにいちゃん……」

とめどなく涙を流しながら、虚ろに呟く。

色を失った世界で、クロメは一人だった。

「………………これは、不味いな」

窓の外よりボソリと呟いた黒い影は、ため息をこぼしながら夜闇の中へと消えて行った。

 

 

「ーーっち、逃がしたか」

無造作に剣を放り捨てて、ライは舌打ちする。

(手応えはあった、が、致命傷には程遠いな)

別に油断していたわけではないが、本気を出していなかったのは事実だ。先程の舌打ちは、敵を取り逃がしたことに対するものではなく、自分自身の不手際に対するものだった。

 

ーーあの時、男は攻撃ではなく逃げるために閃光弾を使用した。小型ながら高性能な最新型である。

結果、瞬間的に視力を奪われたライは気配と音を頼りに剣を振るったわけだが、残念ながら仕留め損なったようである。

 

「はあ…………」

既に感情は落ち着いている。男が去ったことを気配で察し、ライは瞬時に己の感情に蓋をした。

ーーそうでもしなければ、目に映るものを衝動的に破壊してしまいそうだったから。

「いっそ笑えるくらいに滑稽だな、僕は…………」

むしろ笑ってもらった方がいいのかもしれない。

などと自虐的に嗤いながら、ライは軽く頭を振った。

「さて…………」

麻痺した視力も回復し、感情も落ち着かせた。後のことは警備隊に任せて一足先に戻るとしよう。

何せ、こちらは返り血を浴びて色々と不快なのだ。一刻も早く汚れを洗い落としたい。

あの男については、正直余り警戒はしていない。致命傷には至らなかったとは言え、男にはそこそこの手傷を負わせた。すぐに行動するということはしないだろう。

如何に帝具使いと言えどーーいや、帝具使いであるが故に負傷した状態での騒ぎは望まないはずだ。

帝具の能力も大体の予想はつく。傷が癒え、行動を開始使用とする前には決着を付ける。

「……落とし前は付けてもらうぞ。必ずな」

暗い感情と共に吐き出した言葉は、夜空に消えて行き…………見上げた空に、蠢く影を見付けた。

その影は真っ直ぐにライを目指して飛翔してくる。

影の正体には覚えがあった。と言うより、忘れることなどできはしない。

「ようやく見付けたぞ、ライ」

「キバット?一体どうしたんだ?」

どことなく顔に疲労を滲ませた表情でキバットが息を吐く。

何やら憔悴している様子だが、こんな彼を見るのは珍しい。

不思議に思って尋ねた所、キバットによって爆弾発言が齎された。そう、ライにとっては前世における戦略級フレイヤ並の破壊力を持つ情報を。

「クロメがお前がいない内に目を覚ました」

ピシィッ!と一瞬で石化する。

ギギギ……、とぎこちなく首を動かして滞空するキバットを正面から見詰め、恐る恐る、と言った風体で口を開いた。

「それは、本当、なのか?」

対するキバットの返答は無情だった。

「俺が嘘を言う理由があるか?」

「……………………………………………………………………………………………………………………ない、な」

随分と間を空けて、その言葉を肯定する。

ライとてたまには現実逃避がしたくなる時があるのだ。そっとしておいてやりたいところではあるが、そういうわけにも行かない。

彼ら三人をもっとも間近で見続けてきた身の上としては、現状がどれほど“危ない“状態のなのかが身に染みて分かっているのだから。被害の削減に尽力するのは当然とも言える。

「キバット」

「なんだ?」

「力を貸してくれ」

「おい待てこんなところで寿命を縮めるとか正気か貴様と言うかお前なら此処から数分も経たずに到着できるだろうが俺の力を使うとか一体何を考えてるんだそもそもキバの鎧をなんだと思ってるんだ軽々しく使用できないと言ったのはお前だろうが全く」

怒涛の勢いで話しまくるキバット。…………冷静そうに見えて彼も彼で、混乱しているようであった。

しかし、キバットが全て言い終わらない内にライは既に走り出している。

「やれやれ……全く、世話のやける兄妹だな」

自分よりもよほど取り乱している相棒の姿を見て逆に冷静になったキバットは、嘆息混じりに呟いて、彼の後を追って翼をはためかせるのだった。

 

 




~ヴァイオリンの音色~
キバット(以下キ)「今回はこの俺、キバットバットⅡ世が後書きコーナーを務めるぞ」
ライ(以下ラ)「……キバット。僕はいつまでヴァイオリンを弾いていればいいんだ?」
キ「決まっているだろう?コーナーが終わるまでだ」
ラ「結構疲れるんだけど!?」
キ「黙れ。少しは気張れ。さて、というわけで今回の話だが……まあいつもながら駄文だ。許せ」
ラ「なんでお前が偉そうなんだ」
キ「そして前書きでも言った通り今回は前後編に分けるそうだ。長すぎてしまうのでな」
ラ「おかげでだいぶ不自然な終わり方になったけどね」
キ「考えもなく作品を書いているからだ。さて、本編の話はここまでにして、ちょっとした質問だ」
ラ「原作一巻であった大臣とショウイの話について、僕が回想と言う形で書くか、それとも裏で手を回してイベントに発生を阻止していたことにするか。どちらがいいか意見を活動報告などで書き込んでくれると嬉しい」
キ「貴様、俺のコーナーで俺のセリフを奪うとはいい度胸だな。一度俺の力を思い出させてーー」
ラ「!?キバット!危ない!!」
キ「!?!?」
パアアアアアアアアアアン!!!

突如として虚空より現れた電車。その進路方向にはキバットが。
果たしてキバットの運命や如何に!
次回へ続く!!



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第十幕 前段階

え~……皆様、更新が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
十一月四日には更新したかったのですが、どうにも筆が進まず、二日ほど日にちがズレてしまいました。
…………あ、なぜ四日なのかは誕生日だからです。
ふっふっふ。ついにこれで合法的に十八きnーーイエ、ナンデモアリマセン。

なるべく週一更新を心がけるつもりですが、遅れてしまうこともあるかもしれません。その時はどうぞ御容赦下さい。


では、本編をどうぞ。



キバットより告げられた緊急事態に大慌てで帰還したライは、音もなく自室のバルコニーに着地する。

返り血で悲惨なことになっていた元々の服装はさっさと破棄して別のものに着替えを済ませている。これは気を利かせたキバットに感謝するしかない。いくらなんでも血塗れはないだろうし。

「さて……」

小さく深呼吸して、逸る気持ちを落ち着かせる。

クロメの状態にもよるが、落ち着かせる側の自分が取り乱していてはどうにもならない。

そっと窓を開けて、ライは部屋へと入った。

 

ーー部屋の中は強盗にでも荒らされたのかと思うほどに散らかっていた。

本棚やタンスは引っ繰り返され中身が床に散らばっており、ティーカップなどの食器も粉々に砕かれてしまっている。よくよく見てみれば窓には罅が入っている。

元々そう多く物を置いていない部屋だったことが幸いした。後の片付けが多少は楽になる。

そして、この惨状を作り出した犯人は、部屋の中央にヘタリ込んで茫然としていた。

「クロメ」

意識して、優しく声をかける。

兄の声に反応したのか、ビクリと肩を震わせるクロメ。

ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳にはまるで光が宿っていなかった。

「おにい、ちゃん?」

光の宿らない空虚な瞳がライを映し出しーー次の瞬間、その目に怯えが宿った。

人の感情の機微に必要以上に敏感なライは、クロメの感情を理解するなどわけもない。その原因が自分自身にあることを察することさえも。

近付くライから逃げるように後ずさりーーするよりも早く距離を詰めて、華奢な体を包み込むように抱き締める。

「ひぅ……」

肩を大きく震わせて咄嗟に離れようとしたクロメを更に強く抱き締めて、ゆっくりと頭を撫でる。

「ごめんね」

耳元で囁かれた言葉に、震えが治まる。

「クロメのことが嫌いになったわけでも、怒ってるわけでもないんだよ。ただちょっと、散歩に行っていただけで。ごめんね?心配したよね?本当にごめん」

「あ……う……」

優しく頭を撫でながら、そう囁く。

あくまで優しく。クロメに一切の非がないことを訴える。この時に部屋の惨状について言及することはしない。言ったところで無駄なのだ。

何故なら、この惨状はクロメ自身も無意識の内に行ったことなのだから。

以前も似たような出来事があり、その時は妹に甘いライも心を鬼にしてクロメを叱り付けたこともあった。が、クロメは心当たりがないと言ったように瞳に涙を溜めながら首を傾げるばかりだった。

演技などではなく、本当に何故怒られているのか分からないと言った表情で。

それがクロメの自身に対する依存心から来る暴走だということに気付けたのは、かつての世界の親友……その妹が同じような状態になっていた時期があったからだ。

目の前で母親を殺され、その精神的なショックから心を閉ざし、兄一人だけに傾斜していた少女。彼女もまた兄が不在の時はクロメと同じように無自覚で暴走し、時には己自身をも傷付けることさえあった。幸いにしてその少女は兄のーーそしてライのーーもう一人の親友が閉ざされた世界に踏み込んできたことによって改善されたが、クロメにはそう言った相手がいない。

クロメの世界は今も昔も、酷く狭い。三人ーーあるいはもしかすると二人だけで完結してしまっていることもあり得る。

どうにかしないといけない。それは分かっている。

だがーー

「本当……?本当に、怒ってない?」

「ああ。勿論」

「……もう、私を置いて何処かに行かない……?私を一人にしない?」

「……ああ。そうだな。時と、場合にもよるけどね」

そう言うことで、クロメを落ち着かせると同時にその依存を深めてしまっていることを理解しながら、それでもどうすることもできない自分が酷くもどかしい。

(せめて、もっと早くタツミが仲間になっていてくれたら……)

そう考えてしまう自分が憎い。本来はライ自身の手で片付けなければならない問題を他者に押し付けようとしている自分が。既に諦めかけている自分が許し難い。

そんな自身の苦悩などクロメには微塵も感じさせることもなく、優しく撫で続ける。

「えへへ……よかったぁ」

幸せそうな笑顔で、今度こそ完全に怯えは払拭されたのか、自らの身を委ねる。

頬を胸板に押し付け、心臓の鼓動の音を愛おしそうな顔で聞いている。

「私ね、お兄ちゃんの全部が好き」

唐突に、クロメがそんなことを言い出した。

「お月様みたいに綺麗な髪が好き」

持ち上げられた手がライの髪に触れる。さわさわとその感触を楽しむようにくすんだ銀の髪を撫でて、顔の輪郭をなぞりながら下へと指先が移動する。

「宝石みたいにキラキラしている目が好き」

ぐいっと顔を近付けて蒼い瞳に口付ける。咄嗟に閉じた瞼を舌で舐めて、名残惜しげに顔を離した。

「微笑んでくれる唇が好き。優しい言葉をくれる声が好き」

指先で口周りをなぞり、唇を撫でる指先が往復する。

ライは、抵抗しない。これが暴走した後の習性のようなものだと理解しているから。

クロメのような美少女にこんなことをされれば理性が焼き切れそうでもあるが、そこはそれ、クロメは“妹”でライは“兄”。その関係性がある限り、ライが我を忘れて襲いかかるーーなどということはあり得ない。

「クロメ」

「なぁに?お兄ちゃん」

「そろそろ寝よう?休める内に休んでおかないと、明日も早いから」

「……お兄ちゃんがそう言うなら」

不承不承、と言った感じだが、クロメは基本的にライに逆らうことはない。こう言った“スキンシップ”を黙認し続ければ最終的にどうなるのか予想できないのだし、強引にでも打ち切ってしまう方がいいと言うのは経験上よく分かっている。

布団に潜り込むと、当然のように抱き締められる。それはまるで、外すことのできない拘束具のように。

「お休み、お兄ちゃん」

「お休み、クロメ……」

優しく頬を撫でてやると心地よさそうに目を細めながら更に身体をすり寄せるクロメ。

そんな彼女の表情に癒されて、彼女の依存心を切り離さなければいけないと、そう思う心の何処かで、「このままでもいい」と思っている自分のことがどうしようもなく憎い。それこそーー

 

ーー殺してやりたいと、思うほどに。

 

 

「うっし!今日も一日頑張ろう!」

気合を入れるようにパンッと頬を叩いて眠気を覚まし、タツミは日課の修練を始める。

剣の素振りは勿論、基礎体力向上のためのランニングも欠かせない。アップダウンの激しい土地柄、こう言った修行がやりやすいのは幸いである。

「おっ、朝っぱらから気合入ってんな、タツミ!」

「あ、兄貴!」

と、そこへ現れたのはリーゼントが目立つ大柄な男性、ブラートである。

木製の訓練用の槍を手にしていることから、目的がタツミと同じ朝練であることは疑いようがない。

「言い忘れてたがこの間は任務ご苦労だったな」

「い、いやぁ、それほどでも……」

謙遜しつつ、まんざらでもない様子のタツミ。尊敬している人物より褒められると嬉しいのは誰だって同じである。

そんな、謙遜しながらも照れるタツミの背後から、高速で飛翔する物体が後頭部に激突する。

「いったぁっ!?」

タツミ、堪らず絶叫。

完全に油断しきっていたところにいきなりの衝突。これは痛い。

「な、なんだ!?敵襲か!?」

「ふん。この程度の奇襲に反応できないとは、まだまだ未熟だな、タツミ?」

不敵且つ尊大な口調の低い声。絶対の自信を言下に容易に感じ取ることができるその声の主には心当たりがあった。

と言うより、該当する者が一人?しかいない。

「キバットじゃねぇか。こんな朝っぱらからお前が起きているなんて珍しいな」

と、心底珍しそうな表情のブラート。

対するキバットは機嫌悪そうに鼻を鳴らした。

「貴様が普段、どんな目で俺を見ているのかよく分かったぞ。この報復はいずれ必ずさせてもらう……!」

尊大な口調の通り、プライドの高いキバットである。

それはともかく、何故キバットが此処にいるのか。と、不思議そうに首を傾げるタツミ。

「なぁ、キバットってライさんの帝具なんだろ?なんで此処にいるんだ?」

「む?……なんだ、お前達。まだ説明してなかったのか?」

不機嫌そうな顔から一転して呆れたように言うキバット。バツが悪そうにブラートは頬を掻いた。

「あ~、それな。ぶっちゃけ忘れてたんだよな、説明すんの」

「ええ!?」

タツミ、二度目の衝撃。

ナイトレイドのみんな、実践主義過ぎないだろうか?習うより慣れろが多過ぎて若干挫けそうである。

思えばライが一番優しいのかもしれない。訓練は死ぬほどキツかったが。

「悪い悪い。後でちゃんと説明するからよ。ーーで、お前が来ってことは“そう言うこと”なんだよな?」

「無論だ」

先程までの何処か巫山戯たものとは違う、任務に挑む時のような雰囲気に一瞬で切り替わる。

此処までの切り替えの早さは、タツミにはまだできない。

(俺ももっと頑張らないとな……)

「分かった。じゃあ、俺はボスを読んでくるからタツミはみんなを会議室まで集めてくれ」

「押忍!」

決意を新たに、早速仕事に当たるタツミであった。

 

「ーーさて、今回の話し合いを始める前に、だ。タツミ、なんでお前は既にボロボロなんだ?」

「不幸な事故っす」

頬に赤い紅葉を張り付けたタツミは、憮然としながらそう言った。

そんなタツミに噛み付く少女が一人。

「何が『不幸な事故』、よ!この覗き魔!変態!」

……お察しの方もいるかもしれないが、マインその人である。

ブラートの指示を受けてメンバーを呼びに言ったタツミであったが、既に起きているメンバーと未だ夢の中にいるメンバーがいた。

起きているメンバーについては滞りなく済んだものの、眠っていたメンバーについてはちょっとした問題が起こったのだ。

その問題と言うのがーー

「だから誤解だって言ってんだろ!大体、ノックした時にお前が返事をしないのがそもそもの原因じゃねぇか!!」

「だからって女の子の部屋に勝手に入る普通!?あんたはデリカシーがなさすぎるのよ!この馬鹿!」

マインが着替えている最中に部屋へと入室した、という……ラッキースケベな所謂“お約束”である。

「ああ!?誰が馬鹿だと、この馬鹿!」

「あんたに決まってんでしょうが!バーカ!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」

「うるっせぇ!!お前の方が馬鹿だろ!この馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」

「何よ!」

「何だよ!」

「……どうでもいいけど、仲いいねぇ、お前ら」

「「何処がだ!」」

息ピッタリなところがだよ、と口には出さずにレオーネは苦笑するだけに留めた。こう言った諍いを宥めるのはライなのだが、いないのだから仕方ない。触らぬ神に祟りなし、賢明な判断である。

「やれやれ……朝から元気があるのはいいことだが、ひとまずは話をさせてくれ。痴話喧嘩はその後にすればいいさ」

「だから、痴話喧嘩なんかじゃないって言ってるでしょうが!!」

「マイン、抑えて」

荒ぶるマインを苦笑しながら宥めるシェーレ。任務で組むことも多い二人だが、こう言った性格の相性もあるのかもしれない。

「ボス、話しを」

「お前がいると随分と楽になるな、アカメ」

苦笑と共にそう言って、ナジェンダは一瞬で雰囲気を切り替えた。

それに応じて他メンバーも雰囲気を切り替える。

「話をさせてくれ、とは言ったが、今回は私ではなくーー」

「俺から話すことになる」

翼を羽ばたかせながらそう言って来たのは、闇色の身体を持つ蝙蝠ーーキバットバットⅡ世である。

「キバット!ってことはーー」

「兄さんからの直接の依頼……!」

驚くラバックと兄からの依頼に僅かに顔を綻ばせるアカメ。

「そうだ。今回の件はライから直接頼まれた」

キバットの言うように、ライから直接(と言ってもキバットを介してだが)依頼するのはそう多いことではない。普段、ライが依頼を申し込む場合は大抵の場合痕跡を辿られないようにいくつもの偽装と仲介を介しているため、それがライからの依頼であると理解しているのはナジェンダぐらいのものである。

まぁ、大抵の場合ライの依頼は民からの依頼とほぼ同じ内容なので、誰が依頼しようと大した違いはないのだが。

「って言うかさ、そろそろキバットが此処にいる理由を教えてくれよ」

「ふむ。そう言えばまだ説明してなかったな」

と、ナジェンダが頷く。

「ちょうどいい。今此処で説明してしまおうか。ーーライが、帝都の宮殿内で将軍として潜入任務を遂行していることは知っているな?」

「ああ」

それは勿論知っている。

と言うか僅か一年で帝国の将軍にまで登り詰めることがどれほどの偉業なのかは、そういうことに疎いタツミであっても容易に分かる。

つくづくライと言う人間のとんでもなさに驚嘆する。

「あの魔の巣窟みたいな場所で将軍にまで成り上がるって、ホントに化け物みたいだよな」

「……いくらラバでも、兄さんの悪口は許さない」

「いや、アカメちゃん?今のは悪口とかではなくてですね、単に言葉の綾っていうか、いい意味での化け物だから。だからとりあえず村雨の柄に置いた手を退けようか?」

文字通りの意味で一撃必殺の妖刀に手を掛けるアカメと脂汗を滝のように流すラバック。兄のことになると異様に沸点が低くなるのはブラコン故の弊害か。普段は人間味が薄い無表情ばかりなのでこう言った一面があることはいい意味で親しみが持てるのだが、軽口を言った程度で死の危機に直面するのは遠慮したい。

口は災いの元、と言う諺を深く心に刻みつけるタツミであった。

「やれやれ。アカメの病気にも困ったものだな。ーーと、それはともかくだ。ライは帝国内部の情報を誰よりもよく把握している。だが、それを伝えることは難しい。当然だな。将軍の地位になると権力や特権も増えるがその分身動きが取りづらくなる。軽々しく革命軍と密会を拓くわけにもいかんしな」

これが帝国を裏切り、革命軍に加担するのならまた話は違ってくる。が、ライの場合はそもそもの順序が逆なのだ。

“裏切る”のではなく“潜り込む”。敵陣の真っ只中に素知らぬ顔を飛び込む胆力はまさしく“化け物”と称するしかないだろう。当初、ライがその計画を話した時は誰も本気にはしていなかった。それをあっさりと成し遂げたのだから、当時は冗談抜きで開いた口が閉じなかったものだーーと、懐かしい過去に若干思いを馳せるナジェンダ。

が、すぐさま意識を切り替えたのは流石というより他はない。

「得られた情報を伝えられなければ意味がない。そこで登場するのが」

「この俺、ということだ」

「……そうか、キバットなら見付かりにくいしわざわざ紙に書いて知らせる必要もない!」

ようやく疑問が氷解した、と言ったタツミの表情は明るい。

「そう言うことだ」

「っていうかそんなことも分からないなんて、あんたってホント馬鹿ね」

「んだとコラァ!?」

嘲るように嗤うマインに我慢の限界が来たのか怒髪天を衝くとばかりに怒鳴るタツミ。

しかし、当のマインは素知らぬ顔をしている。タツミのことなど眼中にもないようである。

「落ち着いて下さい、タツミ。マインもタツミを挑発しないで」

険悪な雰囲気になりかけた二人の間を慌ててシェーレが取り持つ。……何だかんだで一番の苦労人気質は彼女なのかもしれない。

「……そろそろ話を始めるぞ」

「あ、はい」

いい加減に苛ついてきたのか低い声で告げるキバットに先を促す。

そもそもは彼からライの依頼について聞くのが目的なのに色々と脱線しすぎた。

それぞれ自覚があるのかどことなくバツが悪そうに居住まいを正した。

「ようやく話が始められる……。今回の話というのは他でもない。現在帝都に出没する連続通り魔についてだ」

「連続通り魔?」

「ああ。……まぁ、最近はなりを潜めているようだが」

「それが今回の標的ってわけ?」

「そうだ。実は既にライが接触し、一度は交戦した」

『ーーっ!』

何気なく放たれた言葉に、その場の全員が硬直した。

ライと言えば、ナイトレイド……革命軍最強の切り札である。

その実力は帝国最強と名高いエスデスに匹敵するとまで言われるほどであり、実際、それを証明するのが今の彼の立場だ。

キバットが管理する『キバの鎧』を身に纏った時の戦闘能力は言うに及ばず、生身の戦闘能力も桁外れのライと交戦し、その上で取り逃がした?

「おいおい……アイツが取り逃がすほどの相手を俺達で倒すってのはちょっと無茶じゃねぇか?」

「何時になく弱気だな、ブラート」

「いや、そうは言ってもよ……」

ライの実力は文字通り“骨身に染みて”理解しているブラートだ。

それが及ばぬ相手となると一体どんな化け物が出てくるのやらと、想像するだけで気が滅入る。

「安心しろ。標的は別にライ以上の怪物でもないし、お前達以上の実力者というわけでもない」

「ふむ……詳しく話してもらおうか」

「元よりそのつもりだ。と言っても、標的について話すことなどそう多くはないがな」

そう前置きしてから、キバットは話し出した。

 

曰く、今回の標的は帝具を持っているということ。

曰く、帝具の名は『スペクテッド』と言い、その能力は“五視”の能力を持つと言うこと。

曰く、標的は首を斬ることに快楽を見出す精神異常者であること。

 

などである。

「ライと交戦し、負傷を負うまでは深夜に無差別に現れ首を切り取っていたらしい。被害者の中には帝都警備隊の連中もいる。帝具抜きにしてもそれなりの実力者であることに間違いはないだろうな」

「首斬り……そいつの名前は分かっているのか?」

「いや。まだ調査中、とのことだ」

「なら十中八九そいつは“首斬りザンク”だね」

首斬りの精神異常者なんてそいつぐらいしか思い浮かばないし、とラバックは続ける。

「な、なぁ、そいつって誰だ?」

「ん?タツミは知らないのか?ってああ、田舎じゃそこまで有名じゃないのかもな」

いいぜ、教えてやるよ、と耳打ちするタツミに笑いかける。

元はそれなりにいいのでそうやって好青年を装い続ければモテそうなものだが、そこはそれ、内からにじみ出る“残念臭”のようなものがその魅力を妨げてしまっている。しかし何時も何時も覗きを敢行しようとしたりと常日頃から変態行為に勤しんでいるので自業自得と言えばそれまでなのだが。よって、同情の余地はない。

「知らないの?本当にド田舎から来たのね」

と、二人の会話を聞いていたのか呆れたように言うマイン。

「うるせぇな。お前には聞いてないっつうの」

憮然と返すタツミに何かを言おうと口を開きかけたマインだが、

「すみません。私も分かりません」

「シェーレは多分忘れてるだけだと思うわ……」

天然なのか計算なのか、タイミングよく口を挟んだシェーレによって出鼻をくじかれたマインであった。

「とりあえず、説明な」

 

首斬りザンクは元々帝国最大の監獄で働く首斬り役人だった。

大臣のせいで処刑する人間が多く、毎日毎日、命乞いする人間の首を斬り続けてきた。

それを何年もの間繰り返し続けて行く内に、首を斬ることが癖になってしまった。その時点で既にザンクは壊れてしまっていたのだろう。

そう考えると哀れではあるが、同情の余地はない悪人であることは間違いない。

 

「で、監獄で斬ってるだけじゃ満足出来なくなって、辻斬りになったってわけ」

そう言って、ラバックは説明を打ち切った。

「毎日毎日そんなことを繰り返していけば、そりゃおかしくもなるわな……」

「同情なんかするんじゃないわよ。どんな理由があったとしても、ザンクが何の罪もない人々を無差別に殺しているのは確かなんだから」

「わ、分かってるよ」

何時になく真剣な表情のマインに気後れし、悪態をつくことなく頷く。

「分かってるならいいわ」

髪をかき上げて何事もなかったかのようにタツミから視線を外す。

「今回はその“首斬りザンク”を見付け出して始末しろ、と言うのがアイツからの依頼だな」

「でもザンクは負傷して今は姿を眩ませてるんでしょ?どうやって見付けるのさ?言っとくけど、怪しいところを片っ端から探す、なんてことはお断りだぜ?」

「問題はない」

ラバックの言葉に、表情を小揺るぎもさせずに堂々と宣言する。

「ライ曰くーー『布石は既に打ってある』、だそうだからな」

 

その後、ライが交戦して得られた帝具の情報と残りの能力の推測と帝都警備隊の巡回経路を説明して、キバットはアジトを去って行った。

任務が始まるまではまだ時間があるため、一人でアジト内を目的もなくぶらついていたタツミは偶然にも同じく一人だったアカメと遭遇した。

そこでふと、タツミはアカメ帝国を裏切ったと聞いた時から気になっていたことを尋ねて見ることにした。

「なぁ、アカメ。一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

「いや、さ。アカメが帝国を裏切った経緯はレオーネ姐さんに聞いたんだけど、ライさんが離反した経緯は聞いてなかったからさ」

「兄さんが離反した経緯?」

不思議そうな顔で聞き返してくるアカメ。それは単に話したくない、と言うより、どうして知りたいのか、と不思議に思っているような表情だった。

流石に唐突すぎたので、タツミも説明を付け加える。

「ほら、此処にいるメンバーはみんなライさんのことを知ってて、仲もいいだろ?でも俺は最近来たばっかりだからライさんについて全然知らないんだよ。物凄くスゲェ人だってのは分かるんだけどさ、やっぱりこう、もうちょっと詳しく知りたいな、と」

成程、と心中で頷く。

確かに自分達は昔からライのことを知っているが、タツミは全然知らないのだ。それでいてことある毎に彼を持ち上げ称賛するのだから、気になるのも当然だろう。

アカメとしても兄について語るのは嫌ではない。むしろ語りたいのだから、タツミの提案はまさに渡りに船、と言ったところだろうか。

「それで、兄さんが帝国を離反した理由だったな」

「ああ。簡単にでいいから聞かせてくれ」

「分かった」

何時もの無表情で頷いて、アカメは口を開いた。

 

レオーネから聞いているならもう知っていると思うが、私達は昔、親に兄妹揃って帝国に売られたんだ。

そこで私達は一度、バラバラに隔離されかけたんだ。依存されるのは不味いから、と。

抵抗しようにもこちらは子供で向こうは訓練を受けた軍人。本来ならどうすることもできなかった。……でも、兄さんは違った。押さえ付けようとした男達を逆に叩きのめして、こう言ったんだ。

 

『僕は今のままでも十分使える。もし、妹二人を僕の管理下に置いて、絶対に引き離さないと確約できるのなら、僕は如何なる命令にも従うし、どんな任務であっても完璧にやり遂げて見せる』

 

相手はその時、全然本気にしてなかった。面白半分に兄さんの出した条件を呑み、ろくな訓練もなしに苛酷な任務に送り出した。一度でも失敗すれば約束は無効。弱音を吐くことも、任務を拒否することも許さない。

任務が終わればまた次の任務。それが終わればまた次の……。休む間もなく兄さんは次々と任務に駆り出されーーそれら全てを完璧にやり遂げて見せた。

そうやって私達は離れ離れになることなく、一緒にいられることになった。その頃にはもう無茶苦茶な連続任務はなくなっていたが、兄さんは帝国の忠実な駒として命令に従い続けた。

そんな生活を続けていく内に、私は任務でボスと出会い、革命軍に寝返る決意をした。……兄さんは、もっと前から帝国を裏切るつもりだったらしい。私達の顔を知っている者や記録を全て抹消して、クロメと共に離反したーー

 

「ーーと言うのが、大まかな経緯だ」

「はぁ~……」

なんて、気の抜けたため息が溢れる。

感想を述べるなら、一言「驚いた」と言うだろう。何が驚いたのかと言えば、それは、

(アカメがあんなに饒舌に喋ってるところなんて初めて見た……)

薄々気付いてはいたが、この少女は兄のこととなると若干性格が変わるらしい。

当初は苦手意識を持っていたタツミではあったものの、こうして純粋に兄を慕う姿を見ると、親近感のようなものを抱けてくるのだから不思議である。

「と言うかアレだな」

「どれだ?」

「ライさんって昔からとんでもなかったんだなぁ」

此処までくると嫉妬よりも呆れが出てくる。

普通、自分達をこれから暗殺のための道具にしようとしている機関の人間に、あんな生意気な口を利けるわけがない。少しでも機嫌を損ねればその場で処刑されることだってありえたかもしれないのだ。

タツミでさえも容易に思いつくことを、聡明な彼が思い浮かばないわけが無い。

一体どんな経験と胆力があればそんなことができるのか……想像するだけで目眩がしてくる。

「当然だろう?兄さんは昔からそうだった。どんなことでもあっさりやり遂げてしまいながら全然驕ったところなんて見せないで何よりも私達のことを優先してくれてーー」

饒舌に兄について語り出すアカメを見て、ふと、タツミは思うのだった。

 

ーーあれ?俺もしかして地雷踏んだ?

 

気付いた時には大抵の場合、遅いのである。

何時終わるとも知れない“兄自慢”を話半分に聞き流しながら、「もうアカメにライさんの話を振るのは止めておこう」と密かに決意を固めるタツミであった。

 

 




本当は今回でザンクの話を終わらせたかったのですが、そろそろ作者の力量限界がきた上に確実に一万文字オーバーとなってしまうので、均一性を保つために強引に打ち切らせてもらいました。
とういうか十話ですよ、十話!当初は1話限りの短編の予定だったのにいつの間にか二桁に突入しましたよ!
せっかくの十話、誕生日に更新したかったな……。

まぁ、というわけで、十話記念兼受験合格兼誕生日祝いに何か特別編のようなものを書こうかなーと思っているわけですが、どうでしょう?要望があれば活動報告の方に書き込み下さい(感想欄に催促すると規約違反になるので明言はしないZE☆)。
そんなもんより本編かけやコラァというのが多いのでしたら、本編を書きます。アップするのはいつになるのかわかりませんが……。と言うか話を重ねる毎に文章力が落ちて行っている気がする。

それでは皆様、本日はこの辺で。感想や意見、いつでもお待ちしております!


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第十一幕 苦悩と最期

遅れちゃってフヒヒwwwサーセンwwww




いやほんとマジですんませんでしたm(_ _)m
最近はテストだとか風邪だとかが重なり……いいわけですね。はい。すみません。
更新を心待ちにしてくださった皆様には大変申し訳ない気持ちで一杯です。しかも今回は残念クオリティの上過去最高文字数と言う……ぶっちゃけ二話に分ければよかったと若干後悔しております。

それでは、本編の方をどうぞ。


「えへへ。お兄ちゃん♪」

黒衣を纏いながらも仮面を付けずに素顔を晒したままの状態の『黒』ーークロメがこの上なく頬を緩ませて、ライに甘えていた。

ライの膝の上に腰掛けて抱き着くようにして胸板に頬をくっつけたりと、ベタベタである。

その甘えっぷりは飼い主に懐き切った猫を連想させて大変愛らしいのだが……“事情”を知るライにしてみれば笑い事ではない。

(はぁ……)

心中でため息。

別にクロメに対する愛情が薄れたわけでも、彼女の行動に疲れたりしたわけではない。

そのため息は自身への自嘲を多分に含んだものだった。

(本当に、何をやってるんだろうな……僕は)

昨夜のクロメの暴走は、容易に予想できた筈なのだ。自分に重度の依存心を抱いている彼女が、自分が何も言わずに離れた時どうなってしまうかなど。そしてその後、彼女がどういう行動を取るのかも。

一度“そうなって”しまえば任務に支障が出る可能性があったからこそ、これまで気を付けてきたのだ。なのに、それを自らの過失で失敗してしまうなど、無様であるとしか言い様がない。

 

ーー本当なら、無邪気に擦り寄るクロメを力尽くでも引き剥がすべきなのだろう。これ以上自分に依存させないために。彼女自身が未来を選択し、生きて行くためにも。

だが、それができなかった。本来ならば時と共に庇護者の手から離れて行くのだろうが、彼らを取り巻く環境がそれを許さなかった。一度離れてしまえば、もう二度と道を同じくすることは出来ないだろうと容易に予測できてしまったから。

 

無意識の内に、自らの喉を撫でていた。

ーー自らを一度は破滅させ、更には友の未来さえも歪ませた忌まわしき力、『ギアス』。

人を孤独にするという王の力。その力は、一度は生き絶えたライの中に未だ宿っている。何よりも嫌悪しながらも何よりも多用したが故に、その力の気配は容易に感じ取ることができる。

今尚己の中で胎動するその力はしかし、使うことは出来ない。

何故かはライにも分からない。実際に使おうとしたわけではない。だが、「使えない」ということは漠然と理解していた。どうしてだか、“使える”と思えないのだ。

もしかしたらそれはライが転生などという体験をしたことにも関わってくるのかもしれないが、どの道ライには興味がない。元よりあってはならない力。存在すること自体が禁忌であるような呪われたものなのだ。ない方がいい。

少なくともライはそう考えている。その力が原因で全てを失ってしまったからこそ、誰よりもその力の危険性を理解していると自負できる。ーーそれなのに、

(僕は今、何を考えた?『ギアスがあれば』と、どうしてそう愚かなことを思い浮かべることができた!?)

その声で、その言葉で、一体どれほどの命を容易く奪って来たのか、知らないわけではないのに。

(……どうしようもなく愚かだな、僕は)

己に対して幾ら罵倒しようと、込み上げてくるのは虚無感のみ。何の意味もない。

(いっそ、最初から僕がいなければーー)

と、そう考えた時だった。

 

「お兄ちゃん?」

 

 

名前を呼ばれた。たったそれだけ。そう、たったそれだけのことなのだ。

なのに、どうしてだか得体の知れない感覚が背中を走り抜ける。例えるなら、そう……自分の思考を見透かされたかのような、そんな居心地の悪い感覚。

「……どうしたんだ?」

自身の心に生じた僅かな動揺を押し殺して、意識して何時も通りの声音で問い返す。

「ねぇ、お兄ちゃん。今、何を考えたの?」

ライを見上げるクロメに変わった点は見受けられない。

表情も、顔色も、声音も……唯一点、姉であるアカメと違う真っ黒な双眸が、怖いくらいに澄んでいることを除けば。

「……別に、何も考えてないよ」

「嘘」

即答で否定される。普段ならライの言葉を疑うようなことなどしないクロメが、である。

「ねぇ、お兄ちゃん」

何時も通りの声。何時も通りの顔だけどその瞳はライの全てを見透かすような、それでいて全てを呑み込むかのような妖しい光を放っているように見えた。

クロメの手が頬を撫でる。クロメ自身の体温が掌を通して伝わってくる。

「私はね、お兄ちゃんのことなら何でも分かるの。今どんなことを考えてるのかも、何が好きで何が嫌いなのかも。だって、ずっとずっとお兄ちゃんのこと見てきたから。何時も何時もお兄ちゃんのことを考えてきたから。………………でも、お兄ちゃんはそうじゃないんだよね」

「え…………?」

その言葉の意味が分からずに、思わず首を傾げる。

確かに、昔こそライはアカメやクロメのことを何よりも優先して考えてきたし、だからこそ帝国の暗殺者育成機関に売られた時も危険を冒して三人が共にいることができるようにした。が、時が流れて帝国を裏切り、革命軍へと着き、こうして潜入任務をこなすようになって、色々と二人のこと以外にも考えることが多くなった。

別にそれで二人のことを疎かにしていたわけではないが、二人のことを常に念頭に置いて動くことはかつてと比べれば少なくなったことは事実である。ーーだが、クロメのその言葉は、そんな“上っ面”のことについて言っているわけではない気がした。

「私はーー」

クロメが何かを口にしようとした時だった。

『ライゼル様。スピアです。お時間よろしいでしょうか?』

ライの部下であるスピアが訪ねてきた。

クロメの様子は明らかにおかしいが、それを追求するには時と場所が悪い。何より、此処でクロメのーー『黒』の素顔を見られるのは不味い。

「クロメ。とりあえず今は変装して退いてくれ。素顔を見られるのは不味い」

「うん。分かったよ、お兄ちゃん」

ニコリと笑って、一度だけ抱き着いて名残惜しそうにライの膝の上から降り、仮面を付け更にフードをスッポリと被る。これでクロメだと分かる人間はいないだろう。

(ーーあれ?)

しかしーーそこでふと、ライは内心で首を傾げた。

何と言うか……上手く言葉にできないが、先程までのクロメと雰囲気のような物が違うような気がしたのだ。

クロメが過剰に甘えてくるのは暴走後の副作用と言うか習性のようなものなのは兄であるライが一番良く分かっている。が、先程のそれとは根本的に何かが違うような気がしたのだ。

『ライゼル様?』

今までに覚えのない不可解なクロメの様子に没頭しかけたライの思考をスピアの声が引き戻した。

何時までも返答のないライの様子に訝しんでいる様子である。

「あ、ああ。済まない。入っていいぞ」

慌てて意識を切り替えて、ライはライゼルの仮面を被る。

クロメのそれが素顔と正体を隠すための物理的な仮面だとするならば、ライのそれは己の真実を隠し通すための精神的な仮面と言えるだろう。

青年の言葉に「失礼します」と言って、スピアが入室してくる。

無駄なことに時間をかけるのはライのーーライゼルの好むところではない。早速本題に入ろうと口を開く。

まさか彼女も自分と世間話をするためにわざわざ此処へ来るわけが無いだろうし。

「それで?今回は何用だ?」

「……ライゼル様は相変わらず人と会話を楽しむということをしませんね」

「?何か言ったか?」

「いいえ、何も言ってませんよ。それで今回の用件なのですがーー」

彼女にしては珍しく、小さな声でボソボソと呟くように何ごとか言っていたようなので聞き返したところ、何故か憮然とした表情で返されてしまった。

その様子を訝しく思ったが、まずはスピアの用件を聞いてから疑問を解消することにした。

「内政官のショウイ殿が『話がしたい』、と面会を求めてこられました」

「何?」

思わず、眉を顰める。

ショウイ。その名に聞き覚えがないわけではない。顔も知っている。

しかし、彼が何故自分に面会を求めてきたのかその意図をライゼルは計れないでいた。

怪訝な顔をするライゼルを見兼ねたのか黒が音もなく近付き、聞こえるか聞こえないかの極小さな声量で耳元に囁いた。

「(多分、“あの時”のことでお礼を言いたいんだと思うよ)」

「ふむ……礼、ね」

それにしても昨日の今日で些か無用心とも言えるが。文官と武官とでは物事の捉え方が違うのか、それとも何か他に別の思惑があるのかーー

(……まぁ、いい)

「通してやれ。その間に茶の用意でもしておこう」

「よろしいのですか?ショウイ殿は良識派と言われていますが、万が一の場合もーー」

「ほう?珍しいな。お前が他人を疑うようなことを言うとは」

皮肉でもなんでもなく、本心から驚いたようにライゼルは言う。

彼から見たスピアと言う女性は、清廉潔白、品行方正を地で行く性格であり、他人を貶めるようなことは滅多なことでは口には出さない。ライゼルの記憶にある限りではかつてエスデスの軍に対して「理性も秩序もないケダモノの集まり」と眉を顰めながら酷評した時ぐらいのものである。あるいは大臣に対してもそうかもしれないが、どちらも表立って批判できる相手ではないため、そう口には出せないのが現状ではあるのだが。

「……ライゼル様は一体普段私のことをどのような目で見ておられるのですか……」

「固いところもあるが文武両道の自慢の副官……だけでは不服か?」

ジト目で苦言を呈されたので間髪入れずにそう言うと、今度は何故か俯いてしまった。

「…………全くもぅ……不意打ち気味にそんなことを時々仰るから困るんです………………」

「何だ?言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」

「何でもありません!それでは、これ以上ショウイ殿をお待たせするのも失礼なので、迎えに行って参ります!」

「あ、ああ……」

、突如としてスピアは怒ってーーと言うより拗ねてーー退室して行った。

ライゼルとしては呆然と頷くより他はない。何せ、未だに理由が全く分からないのだ。

バタンッ、と勢い良く閉められた扉を見詰めながら首を傾げる。

そんな彼の様子に、黙っていられなくなったのか傍に寄り添う黒ことクロメが唐突に口を開いた。

「……お兄ちゃん、それって天然なの?」

「何の話だ、何の」

「…………お兄ちゃんの鈍感」

「何でそうなる…………」

妹からも謂れのない酷評を受けて、疲れたように肩を落とすライゼルであった。

 

「ライゼル将軍。先日の一件、誠に礼を言う」

「礼を言われるほどのことではない。国の未来を憂うものとして、当然のことをしたまでのこと」

スピアの案内の下、ライゼルのいる執務室に通された男性ーー内政官ショウイの話は、感謝の言葉から始まった。

あらかじめ予想できていたことであるため、対して間を置くことなく返すことができた。が、その言葉をそのままの額面通りに受け取ることはなく、怜悧な蒼の瞳でショウイを観察していた。

遥か昔、照魔鏡とまで称された観察眼を活用して、ショウイの言葉からその真意を探り出す。彼と言う人間の器を見定める。

「それでも礼を言わせて欲しい。貴方が口添えしてくれたおかげで、この命は繋がれているのだからな」

「大袈裟だな」

そう口にしつつも、ライゼルは少しだけ驚いていた。

彼は嘘を付いていない。ただ純粋な思いでこの場に来て自身に頭を下げて礼を言っているのだ。自分よりも遥かに年若い自分に向かって。

表に出ることはないが、ライゼルは彼に対する評価を一段落上げた。

「大袈裟などではない。私は文字通り君に命を救われたのだ。ーーその代わりと言ってはなんだが、私は君を全力で支援しようと思う」

ーーその言葉に、ライゼルは目を鋭く細め、同席していたスピアは驚きに目を見開いた。傍に侍る黒のことは仮面で表情が伺えないが、驚いていると言う雰囲気は伝わった。

「……正気か?皇帝に対する謀反と取れるぞ」

心無し声のトーンを低くして、警告するようにライゼルは言う。

そもそも大臣に睨まれているライゼルに加担するなど普通ならあり得ない。何故なら、大臣に敵対する=死と言う構図は誰であっても容易に理解できる事柄である。

誰だって命は惜しい。それなのに今回のこの発言。これはある意味帝国を敵に回すことに等しい。

今の帝国は、大臣が支配しているのも同然なのだから。

「正気だとも。君だって知っているはずだ!今のこの国の内情を!」

ライゼルの言葉に頷き、激情を顕に立ち上がる。

「皇帝陛下は大臣の言いなりになり、その大臣は権力を以て暴虐に限りを尽くし、国の有権者はそのおこぼれに与る者共ばかり!政府は腐り切り、民は疲弊し切っている!このままでは千年続いた帝国の滅亡もそう遠い未来の話ではない!腐り切ったこの世界を変えるためには力が必要なのだ!そのための旗印こそがライゼル将軍!貴方だ」

「…………」

「貴方は知らないかもしれないが、既に今のこの国を憂う者達にとっても、将軍は希望となりつつある。後は貴方の一声でーー」

「……笑えない冗談だな」

白熱するショウイの話に冷水をぶっかけるように言って、ライゼルは若干温くなった紅茶を啜った。

……どうやら、知らない内に大分時間が経っていたらしい。

ため息を一つついて、ライゼルは口を開いた。

「ショウイ殿が本気だということは分かった。それに賛同者がいることもな。ーーが、残念ながら私は卿をまだ信用していない。何せ昨日の今日だ。大臣に唆されて私の言質を取ろうとしているやもしれぬ」

「そんなことはーー」

「まぁ待て。私は卿について何も知らぬ。故に、見定める必要があろう?契約には何事も信頼関係が必要だと思うが?」

「………………分かった。今日のところはこれで失礼するとしよう」

ライゼルの言葉に一理あると思ったのか、落胆したように肩を落としながらショウイは晴れやかに笑って見せた。

「では、今後はその目でしっかりと見定めてもらいたい。罪には罰が必要なのだ。帝国を腐らせる大臣に正義の鉄槌を下すのは、ライゼル将軍に他ならないと私は考えている」

「買い被り過ぎだな」

唇を吊り上げて苦笑を浮かべるようにしながら、ライゼルはそう言った。

「それだけ期待しているということだ。それから、大臣と敵対する覚悟がある者は私以外にもいることを覚えておいて欲しい」

それだけ言って、ショウイは退室して行った。

後に残されたのは三人は、しばしの間沈黙していた。

(大臣と敵対する覚悟がある者がいる、か……)

ーー知っているさ、そんなこと。

何故ならば、そうなるように仕向けたのは他ならぬライゼルなのだから。

「それにしても驚きました」

「何がだ?」

「ショウイ殿のことですよ。何時の間にお知り合いになられていたのですか?昨日の今日と仰っていましたが、昨日何かあったのですか?」

不思議そうに疑問をぶつけてくるスピアに「ああ、言っていなかったか?」と首を傾げつつ、ライゼルはあっさりと昨日起こった出来事を教えた。

勿論、簡潔に纏めて、ではあるが。

「ショウイ殿が皇帝陛下の決定に口を挟んだのだ」

「ゆ、勇気がありますね、ショウイ殿……」

何せ、現在の皇帝は大臣の言いなり。従って、皇帝の執る政治は大臣にとって都合のいい傀儡政治なのは周知の事実。

その皇帝の政策に口出しするのは大臣に反対するに等しいのだ。

よくもまぁそんな自殺行為をできたものだと素直に感心する。

「彼自身は善良な内政官だからな。大臣の圧政に我慢できなかったのだろう。ーーまぁそれで当然の如く大臣の反感をかってな。罰として処刑判決を下されたところを口八丁で誤魔化して助けた、というわけでだ」

「自分で言いますか……それにしても」

呆れたように言ったところでスピアは言葉を区切ってジト目でライゼルを見遣った。

「相変わらず平然と危険を冒しますね、貴方は。ライゼル様自身が『謀反の疑いあり』と判断されてその場で処刑されかねませんでしたよ」

心なしか、背後の黒からも同じようなジト目を送られているような気がするライゼルである。

どうにも居心地が悪かったので、一応、こう付け加えておいた。

「私は大将軍殿の“お気に入り”だからな。難癖付けて処刑などできんだろう」

「貴方はもう少し、御自分の身を大事にするべきです」

しかし効果は薄かったようで、強い口調でそう言われてしまった。

やれやれ、と肩を竦めつつ、ライゼルは窓の外へと視線を遣った。

……今頃はキバットがナイトレイドのアジトでみんなに話終えている頃だろう。

首を斬り落とすことに快楽を見出す危険人物。ライゼルとの交戦で手傷は負わせたものの、致命傷には程遠い。

だが、それでも傷を癒すために行動は控えるはず。その間は無理に探し回る必要はないーーと、あの場で“そう思っておいた”。

ほんの刹那のような邂逅だったが、その間の戦闘行為でライゼルは既に帝具「スペクテッド」の能力は見切っていた。

(帝具スペクテッド。その能力は五視の力。奴自身の話によればその内二つは既に判明している)

 

洞視。相手の表情から思考を読み取る力。

未来視。筋肉の機微で相手の次の行動を読み取る力。

 

(…………それと、“僕”自身の体験からもう一つ)

忌々しい思いと溢れ出しそうになる危険な感情を理性の檻に強引に閉じ込めて、虚空を睨む。

 

幻視ーーその力は恐らく、相手にとって“最も大切な存在”を見せる。

 

あの時、自分が見た人はーー

「ーーさま。ーーライゼル様!」

「ーーッ、ああ。スピアか。どうした?」

自身を呼ぶ声に、思考の海に沈んでいた意識を引っ張り出される。

どうやらかなり考え込んでいたのか、自身を見詰める見慣れた女性の顔が、心配するような色を帯びていた。

「『どうした?』ではありませんよ。一体どうしたんですか?心此処に在らずと行った感じでしたけど……私が呼びかけても反応しませんでしたし……」

「……ふっ。すまぬな。少々考え事をしていた」

事実を言うわけにはいかないので、そう誤魔化すしかない。

「考え事ですか?……と言うと、先程のショウイ殿の話ですか?」

幸い、そんなライゼルの言葉に上手い具合に誤魔化されてくれたようで、そう言ってくる。実際、彼女の考えが間違っているわけではないのだが、ライゼルにとっては特に意外と言うわけではない。ーーが、そのことをわざわざ指摘するつもりはない。

「まぁそんなところだ」

表情を変えることなく特に否定も肯定もしない言い回しでこの話を自然に打ち切ると、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して立ち上がる。

そのままの扉の方へと歩み寄る。

「どちらへ?」

「気分転換がてら危険種の討伐でもしに郊外へ行く。ーー折角だ。お前も来るか?スピア」

「差し支えなければ、是非」

「決まりだな。では早速準備して行くとするか」

そう言って、ライゼルは扉のドアノブに手をかけた。

 

 

「んー、どうやら“あの男”は部屋から出るつもりはないようだな」

時計塔の屋根に上に器用に佇みながら、ロングコートを身に纏った男は呟く。

男の名はザンク。通称「首斬りザンク」と呼ばれる狂気の殺人鬼。ーーそして、夜中に街を散歩していたライと偶然鉢合わせてその逆鱗に触れてしまった男でもある。

傷はまだ完治しきってはいないものの、別にこの程度ならば戦闘行為に影響はしない。

「あの男がいないのなら、心置きなく俺は首斬りに専念できるな」

ニタリと唇が笑みの形を形作り、不気味に笑うザンク。

その額には、大きな目玉ーー帝具スペクテッドが装着されていた。帝具の瞳で街を見回し、更に笑みを深くする。

その視線の先には、何時かの手配書で見た人物が映し出されていた。

「辻斬りに加えて殺し屋まで闊歩するとは、物騒な街だねぇ、此処は」

愉快愉快と笑いながら、ザンクは映し出された“獲物”の品定めを行っていた。

「……決めた」

手配書でその姿を見た時から気になっていた。ザンク自身も噂でよく聞く名前でもある。

「美味しいものは、先に頂いてしまおう」

その視線の先には黒い長髪を風に揺らす、刀を携えた紅い瞳の少女が、見知らぬ顔の少年と共にいた。

 

 

首斬りザンクの始末のため、ナイトレイドは二人一組となり帝都へと来ていた。

ナイトレイドの新米、タツミはアカメとペアを組んで人気のない街中を散策していた。

「しっかしすげぇな。此処まで来るのに誰とも合わないなんて」

辺りを見回しながら感心したようにタツミはそう言う。

「兄さんの主な任務内容には私達が入り込めない宮殿内での情報収集だが、それとは別に私達の任務を速やかに実行できるようになるために裏から手を回すのも兄さんの仕事だ」

今回で言うならば、帝都警備隊の巡回経路がその最たる例だろう。

キバットを介してライが与えた情報は相手の帝具の能力を含め、様々である。

心なしか自慢げに胸を反らすアカメに苦笑いを一つ。何時もは感情を読み取りづらいこの少女だが、兄が関わると途端に年相応の少女のような表情を見せる。

「へぇ……。それにしても、全然出てこねぇな」

街を散策し始めてからもうすぐ一時間が経過しようかと言う頃だ。

「キバットの話では兄さんに手傷を負わされたらしいからな。二人でいることを警戒しているのかもしれない」

「ふぅん……」

単純にライが読み違えた可能性もあるんじゃ……と思ったが口にはしない。口にした瞬間アカメの村雨に一刀両断されそうな気がするので。此処数日で口は災いの元と言うことを理解しているのである。……なお、某糸使いがタツミの理解に一役かっているというわけではない。ないったらない。

「なら、一旦別れてみるのはどうだ?」

「……相手は帝具持ち。今のタツミでは無理だ」

無表情で首を横に振る。表情の変化が乏しいので初対面の相手には誤解されるのだが、その実彼女は非常に仲間思いなのである。

そんな彼女が仲間を危険に晒すような行動を易々と許可するわけがないのは分かっている。もとより了解が取れるとは思っていないわけだし。

そういうわけなのでタツミは潔く諦めて、アカメと共に大人しく標的探しをすることにした。ーーのだが。

「……流石にそうホイホイ簡単に出てくるわけねぇよな」

「根気よく行くしかないな」

辺りの店は全部締め切っているおかげで、指名手配中のアカメも堂々と街中を歩くことができる。

そんな二人は標的探しを一時休憩し、店の前の長椅子に腰かけていた。

ぼやくタツミに携帯食料をパクつきながらアカメがそう言う。

アカメの言葉はもっともなので、「そうだよなぁ」と適当に返しーー不意に、タツミが体を震わせた。

「ちょっと失礼」

そう言って立ち上がったタツミに、

「トイレだな」

「…………」

何の遠慮もなくストレートに言い直されて沈黙。

殺し屋とは言え女の子の前なので気を使ったわけなのだが、まさか向こうからその気遣いを無駄にされるとは思ってもいなかったタツミである。

 

「……はぁ」

尿意を開放し、ホッと一息つきながらも自嘲するように笑う。

「緊張してんなぁ、俺」

半強制的とは言えナイトレイドに加入してから任務をこなしてきたが、帝具使いとの戦闘はこれが初めてである。いや、まだ戦闘になると決まったわけではないのだが。

しかも相手は首斬りを楽しむ危険人物。酔っ払って隙だらけだったオーガの時とは条件が違う。

こちらにはアカメがいるーーそう無意識の内に自分とそう歳の変わらない少女に頼っている自分が嫌になる。

はぁ、ともう一度ため息をついて、ズボンを引き上げる。ーーと、不意に視線を感じて振り返る。

「ーーえっ?」

その瞬間、思考が停止する。

あり得ない、と思いながらも目の前にある現実がその考えを否定している。

何故なら、そこにあるものは、視線の先に佇む人はーー

「サヨ……?」

ーー死んだはずの、タツミの幼馴染みの少女、サヨだったのだから。

タツミのその声が聞こえたのかそうでないのか、サヨは何も言わずに去って行く。

「ま、待ってくれ!!」

大慌てでタツミはサヨを追って走り出す。その時、ナイトレイドのことは勿論、ライから伝えられた敵の帝具の能力のことも頭になかったーー

 

「遅いぞタツミ」

しばらくして、タツミの帰りが遅いことを不思議に思ったアカメが通路を覗きに来た。ーーが、そこにタツミの姿はない。

姿どころか、気配さえも。

「…………!」

自分達が分断されたと気付くのに、そう時間はかからなかった。

むしろ、アカメの経験と事前情報から考えればその考えに行き着くのは当然とも言えた。

そして、聞かされていた相手の帝具の能力から考えて、タツミはーー

村雨を握り締め、アカメはすぐさま走り出した。

 

何故か言葉を発しないサヨの姿を追いかけていたタツミは、ようやく立ち止まった彼女の前で息を切らしながらもう一度彼女の姿を確認する。

意志の強さを感じさせる勝気そうな顔も、身に纏う着物も、全てがタツミの記憶にある通りのサヨそのものだ。

「間違いない。サヨだ……」

言いながら、無警戒にタツミは佇む彼女に近付いて行く。

ーー実際の彼女はタツミと再会する前に帝国の貴族であるアリアによって嬲り殺しにされており、その遺体もナイトレイドのアジトのすぐ傍に丁重に埋葬されている。しかし、“大切な人”との再会と言う状況にタツミは正常な思考を奪われていた。

どれほど過去を克服した気になっても、人の心はそう簡単には変わらない。時間によって癒されるのは上辺の傷だけで、その奥底に刻み付けられたトラウマまでは癒えない傷として残り続けるように。

大切な人の死を受け容れるには、余りに時間が足りず、またそうするにはタツミはまだ幼かった。

「なんだよ……生きてたんじゃねぇかよ」

間近に見て、ますますその確信を強くする。

物心つく前からずっと一緒に育ってきた幼馴染みを自分が見間違えるはずがない。

「兎に角、よかった!」

瞳に涙まで浮かべて、力強くサヨの体を抱き締める。

だが、幸福に満ちたその瞬間はーー一瞬にして瓦解する。

「熱烈だなぁ」

聞き覚えのない男の声。

「我ながらいいモン視せて上げたらしい……」

「え?」

抱き締めていたサヨの華奢な体はゴツゴツとした筋肉質な男の体に変貌する。

見上げるほどの巨体の男の顔は、やはり見覚えはなく、

「こんばんは」

聞いた声もやはり聞き覚えはなかった。

唇を吊り上げて不気味に笑う男を力強く抱き締めている自分ーー途端に気持ち悪くなった。

「うげぇ!?サヨが怪しいオッサンに!?」

嫌な汗を垂れ流しながら弾かれるように離れる。

「オッサンよりもこう呼んでくれ」

両腕に装着した二本の剣を展開して、胸の前で交差させるように構える。

「親しみを込めて、『首斬りザンク』と」

一瞬、何を言われたのか分からずに、呆然とするタツミだが、徐々に思考が追い付き、理解が及ぶ。

そして、理解が及んだ次に生まれたのは、自分の大切な人を利用されたと言う純粋な怒りだった。

「お前が……」

剣を抜き放ち、構える。

しかし、それでもまだタツミは冷静さを失ってはいなかった。短い間とはいえ徹底的に体に叩き込まれたライの教えが功を奏したと言える。

怒りに侵されながらも冷静な部分で考える。相手は帝具持ち。自分一人では厳しい相手だが、分断された仲間を待てば勝機はあるはず。ーーだが、

「『分断された仲間を待てば……。だがそんな猶予があるか……』と、考えたろ」

「!」

考えていることが読まれたーーそれと同時に、事前に聞かされた情報が思い浮かぶ。

(そうか!アイツの帝具は心を読む力があるってーー)

「ピンポーン!なんだ、知っているのなら話は早いな。この帝具“スペクテッド”の五視の能力の一つ、“洞視”表情などから相手の考えていることが分かるのさ。観察力が鋭い、の究極系だな」

「いいのかよ?敵に自分の帝具の能力を教えたりなんかして」

「別に構わんさ。知ったところで対策の仕様もないだろ?」

確かに、表情から思考を読み取る力に対抗するなら顔を隠すぐらいしかないが、それだと自分の視界を遮る結果になる以上対して有効とは言えない。

ブラートのインクルシオなどの鎧の帝具ならばまだ分からないが、生憎今は此処にはいない。

「お近付きの印に干し首やろうか?」

「いるか!」

そんなもん貰ってどうしろというのか。

反射的にツッコミを入れながら、ふと思ったことを尋ねた。

「しっかしよく喋る奴だな」

「趣味はお喋りだからな。ちなみに……お前を見付けたのは“遠視”の力。夜だろうが霧だろうが遥か遠くまではっきり見通せる!」

「!」

ザンクが話しているその隙を狙って放った必殺の斬撃は、話を止めることもせずに呆気なく回避される。

攻撃後の隙を突いての攻撃を警戒して距離を取ったタツミに対してザンクは大人しく見送り、相変わらず話しかける。

「愉快だなぁ。トークの隙を突けばどうにかなると思ってるのか?」

ザンクの言葉は、寸分違わずタツミの考えていたことと同じで、ゾクリ、と冷たい汗が背中を伝う。

反射的に思ってしまったのだ。ーー自分ではコイツを倒せない、と。

「無理無理。お前の心全てが見えている」

額の眼球ーー帝具スペクテッドを指さしながらのその台詞に、タツミの体は一瞬竦み、

「うーーおおおおおおおおおお!!!」

内心の怯えを振り切るように雄叫びを上げて突進して行く。

だが、それでもザンクは慌てない。当然だ。心が読める以上、相手がどんな策略を練っていようと全てが筒抜けの状態なのだ。

読まれた策に、なんの価値もない。

「思い切り踏み込んで上段からの斬撃」

斬ッ、と力強く踏み込んで放ったタツミの斬撃が空を斬る。

「返す刀で切り上げ」

後ろへ下がった相手を追うように更に踏み込んでの切り上げは呆気なく防がれる。

「下段……は、フェイクで」

フェイントを入れたその攻撃は、

「喉笛を狙っての突き」

しゃがみ込まれて回避され、その上腹部を切り裂かれた。

「と……思っていただろう?」

薄ら寒い感覚が全身に広がり、タツミはその場で膝を着いた。

(強ぇ……今までの相手とは段違いだ……!)

自身の動きの全てが筒抜けの状態で、更にその思考をわざわざ口に出して言い当てられる。

静かな諦めが、タツミの心を支配して行く。

じわりと広がる傷口の痛みに思わず這いつくばるタツミに向けて、唐突にザンクが口を開いた。

「首を斬られた時の表情ってさぁ……たまらなくイイんだよなぁ」

それはまるで楽しむように、嘲るように。

「意外に多いのはキョトンとした顔でさ。『えっ?』っていう感じの……」

人の命を命と思わない、狂気に満ちたその言葉は、タツミの心に火を灯すのには十分で。

己の悦楽のために人を殺し続ける男への怒りが憎悪へ変わるのも不思議ではなかった。

余りの激情に痛みさえも忘れり、立ち上がって剣を構える。

「お前はどんな表情をするのかなぁ?愉快愉快」

「テメェ斬られる程、ヤワな首じゃねぇ!!」

そうして、首斬りと殺し屋は激突した。

 

一方その頃、タツミと分断されたアカメはーー

「タツミ……何処へ消えたんだ……?」

人気もない街で姿を消したタツミを探していた。だが、結果は芳しくなく、やや途方に暮れている時だった。

「タツミの居場所が知りたいのか?」

何処までも尊大で威厳に満ちた声。

ある種特徴的なその声には、聞き覚えがあった。

「お前は……」

 

勇ましくザンクへと再度戦いを挑んだタツミだが、有効打どころか掠り傷さえ負わせることが出来ずに苦戦を強いられていた。

再び鮮血が宙を舞い、地面に落ちて赤く染め上げる。

これで斬られたのは何度目だろうか?なす術もなくズタズタにされているタツミだが、その瞳に諦めはなく、なおも強気にザンクを睨み付けていた。

「いいねぇ。若いってのは真っ直ぐだねぇ」

被虐的な嗤いを浮かべながら、ザンクはタツミを嘲笑うように告げる。

「気に入った!俺の干し首コレクションに加えてやろうか?」

歯を食い縛り、せめて心だけは屈してなるものかとタツミはザンクを睨み付けた。ーーと、不意にザンクの猛攻が止んだ。

既にタツミは満身創痍。焦らずともすぐに始末できると思ったのか。それとも、何か別の思惑があるのか。ーーどちらにせよ、ロクなものではなさそうだが。

「愉快愉快。我ながら程よい傷を負わせたな」

「な……に……?」

肩で息をしながらその言葉の真意を問う。

「お前みたいな目をした奴の命乞いは心地いいからな。じっくりやらせてもらったのさ」

それはつまり、最初からそのためだけに手加減されて死なない程度に切り刻まれたわけか、と言われるまでもなくタツミは理解した。

理解してーー猛烈に腹が立って来た。

先程までとはベクトルの違う怒り。誰しも当然のように持っているものを、思い切り刺激されたからだ。

「さぁ……嘆願しろよ。仲間が来るまでの時間稼ぎになるかもしれんぞ」

被虐的な笑みを浮かべてそう言うザンク。対するタツミはペッ、と血が入り交じった唾を吐き捨てた。

コートの袖口で乱暴に口元を拭い去って、

「……ふざけんなよ」

ポツリと、そう呟いた。

「テメェみたいな首を斬るしか能のない腐れドブ鼠に命乞いなんてするわけねぇだろ!!!」

タツミ、怒りの咆哮に思わず固まるザンク。彼にとっても予想外だったのだろう。

てっきり命乞いをしてくると思った相手が、まさかブチ切れるとは思いもしなかったに違いない。

固まるザンクを余所に、真っ直ぐに剣を構える。

 

心が読まれている以上、色々と考えたところで無駄なこと。だったら、もう余計なことは考えなくていい。

シンプルに、ただひたすら一直線にーーこの一撃に、全てを懸けて!!

 

タツミの覚悟は、わざわざ心を視るまでもなくその構えを見れば伝わってくる。

「ほう」と感心したようにザンクは笑った。

「勇ましいねぇ。傷が痛いだろうに。特別にこの首斬りの達人が介錯してやろう」

ザンクの言葉には耳を貸さずに、地面を蹴る。

「いくぞ!!」

爆発的な加速力はザンクの予想よりも遥かに早く、結果、浅かったとは言え頬に切り傷を負わせた。

が、その代償とでも言うのか、交錯する間にタツミ自身も背中を横一文字に切り付けられていた。

しかし、それでもタツミは満足げに笑って、先程のお返しとばかりに嘲笑うように言ってやる。

「何が……首斬りの達人だ。斬り損なってんじゃねぇか……笑わせんな、ヘボ野郎」

安い挑発だ。しかも相手は満身創痍。負け惜しみとも言える言葉はしかし、ザンクにとっての“誇り”とも言える『首斬りの腕』を馬鹿にされたことで、一瞬で頭に血を登らせて激昂した。

「貴様ッ!!」

双剣を構えて止めを刺そうと向かってくるザンクの目の前に、上空から飛来した一本の刀が突き刺さった。

続いて舞い降りてくるのは、黒い長髪に紅い瞳の少女ーーナイトレイド、アカメ。

重さを感じさせずに地面に着地すると刀、村雨を引き抜いて、ザンクへ突き付けるように構えた。

「いい悪態だ。精神的にはお前の勝ちだな」

不敵に言い放つアカメ。彼らの勝敗が分かったのは別に少し前から覗いていたわけではなく、今の状況を見れば普通に分かることだろう。

「アカメ……!」

「ようやく見付けた。キバットには感謝だな」

振り向きつつ地面に倒れ伏すタツミにホッとしたように言って、次にその有様を見て表情を凍らせた。

「……待っていろ」

村雨の柄が軋む程に強く握り締めて、冷たい怒気をまき散らしながら一歩、また一歩とザンクとの距離を縮めて行く。

「すぐに終わらせて手当てしてやる」

仲間思いの彼女はこの時、非常に頭に来ていたのだった。

「……ふん。悪名高いアカメと妖刀村雨。愉快愉快。会いたかったぞ」

「奇遇だな。私も会いたかったぞ。任務だからな」

ザンクの挑発に同じく挑発で返して、油断なく刀を構えるアカメ。……任務だからな、のフレーズにどことなく私情が混じっているように感じるのは、タツミの思い過ごしなのだろう。そうに違いない。

「前菜を片付けたら俺の方から行くつもりだったんだが、そっちから来てくれるとはな。嬉しいぞ。主菜を探す手間が省けてなぁ」

相変わらず軽口を叩きながら、帝具の能力の一つ、“透視”を以て服を透過し、隠し武器の類がないことを確認する。

「アカメ……分かってるだろうけど、アイツの帝具は……」

「心を覗いてくる、だろう?確かに厄介な能力だが……動きに対応できなければ意味はない」

言うや否や地面を蹴り付け一気に加速する。

一瞬で接近し、斬り付けるーーが、防がれる。すぐさま返す刀で再び斬撃を見舞うも、これも防がれる。

そのまま高速で一合二合三合……と剣を合わせる。

心を覗かれようと、動きに対応できなければ意味が無いことは、既にタツミが立証済み。更に付け加えるならアカメの場合、一撃掠るだけでも即死させることができる。

村雨の能力故に、一瞬の気の緩みさえも許されない。その上アカメ自身も相当の使い手。

この戦いは一見するとアカメが不利に思えるものの、蓋を開けてみればほぼ互角の条件なのである。

アカメが振るった刀を双剣で受け止めた一秒にも満たない僅かな硬直時間に蹴りを叩き込む。

年頃の少女としてはやや長身の部類に入るとは言え、同性の中でもかなり大柄な男を蹴り一つで柱に叩き付ける有様はシュールとも言えるが、当人達にとっては笑ってもいられない。ーー何せ、一瞬の油断が命取りになる戦い。これは殺し合いなのだから。

勢い良く柱に叩き付けられたザンクをそのまま見送ることはせず、追撃で神速の突きを放つも、間一髪ザンクはこれを躱す。

だが安心してもいられない。なんとアカメはその細腕の何処にそんな力が秘められているのか、柱に突き刺さった刀を強引に動かし、“柱諸共”ザンクを切り裂かんと横殴りの一閃を放つ。

しかし相手もそれ相応の実力者。これも回避して、お互い一度仕切り直そうと距離を取る。

「は、速ぇ……」

満身創痍で地面に倒れたままのタツミは今の一連の攻防を見ていることしかできなかったが、それでも目で追えない部分が幾つもあった。

(あれが、帝具持ち同士の戦い……!)

 

ーー古来より帝具には、その強力な性能故に変わらず伝えられるある“鉄則”がある。

その規格外とも言える性能故に、殺意を持ってぶつかれば、例外なくどちらかに犠牲者が生まれる。

つまりーー帝具使い手同士が争えば、どちらかが必ず死ぬ。

 

ザンクとアカメは互いに帝具持ち。両者相打ちはあれど、両者生存の道はない。

 

(アカメ……!)

帝具もなく、戦う力も今はないタツミには、仲間の勝利を祈ることしかできなかった。

ふぅ、と肺に溜まった空気を吐き出して、改めて彼我の差を考える。

心を覗かれた状態で、両者互角。

(ならば……)

軽く息を吸い込んでーーふっ、と己の意識を無に帰した。

明鏡止水、と言う言葉がある。これは、一切の邪念や妄念、雑念を排して心を空っぽにした状態のことである。武術の世界においてはある種の奥義とも言える無念無想もほぼ同意。

『無意識・無殺意』の攻撃とは言葉で言うほど簡単ではない。そうであれば、武の境地とは成り得ない。

その境地を、アカメは十代の若さで会得していた。

「ほう。無心になったか。凄いな!」

心を読めるが故にアカメの状態をすぐさま察知し、自らも武人の端くれであるが故にその境地に至ったアカメを賞賛する。

「だが、このスペクテッドには未来視がある!」

相変わらずベラベラと、自分の帝具の能力を自分を殺そうとする相手に教える。

「筋肉の機微で……相手の次の行動が分かる」

それは余裕の表れなのか、それともーー

 

ーーザンクの言葉を裏付けるように、無念無想で放った、文字通り何も考えずに放った斬撃は、ザンクの双剣が危なげなく防いでいた。相手の能力は既に知っている。だからこそ動揺もなく離脱しようとしたアカメの動きよりも一瞬速く、ザンクの斬撃がアカメの太腿を浅く斬り裂いていた。

それに驚いたのはアカメではなく、タツミの方。

(アカメが傷を負うなんて、初めて見た……)

彼女の強さは、一度殺されかけたからよく知っている。その壮絶な過去に裏打ちされた強さも身に染みて。

だからか彼女が傷を負ったことは少なからずタツミの中に動揺を広げた。

 

一度距離が離れたことで少なからず余裕ができたのか、剣を突き付けた体制のまま「ふー」と疲れを吐き出すように息をついた。

「やれやれ……その刀、掠り傷も許されないってのは狡いねぇ」

ザンクの言葉に、律儀にアカメも応答する。

「私も心や動きを視られている……お互い様だ」

アカメの応答に気を良くしたのか、ザンクは再び口を開いた。

「なぁアカメ。お前、『声』はどうしている?」

「……『声』?」

怪訝そうにする彼女に同意を求めるように、ザンクは言葉を紡ぐ。

「ホラ……黙っていると聞こえてくるコレだよ」

それは、今に至るまで男を悩ませ、苦しませ続けていた亡者の幻聴。

男を恨み、早く地獄へ来いと怨嗟の声を響かせ続ける男に殺されてきた人間達の声。

「俺を恨んで、早く地獄へ来いって言い続けている」

笑いながらそう言う男はどう見てもマトモではなくて、明らかに狂っていた。

タツミはただ黙るしかなくて、アカメは黙って聞いているだけだった。

「刑場で毎日斬ってた時から聞こえたが、最近は特にヒデェ」

耳を塞いでも聞こえるその怨嗟の声に、何度眠れる夜を過ごしたのか分からない。

「俺は喋って誤魔化しているが、お前はどう対処してーー」

「ーー聞こえない」

男は何も、最初から異常者だったわけではなかった。ただ職務に忠実なだけの、誠実な男だった。

それが帝国の処刑場に務めることになったのが、この男の最大の不運なのだろう。

無実を主張する人間を斬り続けて、何の罪悪感も抱かないほど彼は残酷ではなかったし、犯した罪を平然と無視できるほど彼の精神は図太くなかった。

罪の意識に苛まれ続け、遂には幻聴が聞こえるほど追い込まれた男の心は摩耗し、壊れてしまった。

それが今の狂気の辻斬り、『首斬りザンク』へと繋がってしまった。

彼の問は、暗殺者として何人もの人々を手にかけてきたアカメに対して、シンパシーを感じたのかもしれない。自分との境遇を重ね合わせ、理解者が欲しかったのかもしれない。

「私には……そんな声は、聞こえない」

紅い瞳には何の動揺も迷いも浮かんでいない。ただただ何処までも澄んだ色が広がっていた。

「……なんと」

思わず、呻く。

「お前ほどの殺し屋なら、この悩み、分かち合えると思ったんだが……」

男の額で、目が開く。

五視の力を持つ帝具スペクテッドの瞳が、

「悲しいねぇ!!」

今再び見開かれた。

 

今度は何が来るのかと咄嗟に身構えたアカメの身体を、衝撃が襲った。

「え……あ……」

言葉にならない声が、唇から漏れ出す。

「おい!?アカメ!どうしたんだよアカメ!?」

明らかにアカメの状態がおかしい。敵の前で呆然として立ち尽くす彼女など、どう見ても正常ではない。

考えられる要因は、ただ一つ。

「まさか……」

「幻視」

タツミの予想を裏付けるように、ザンクが解説する。

「その者にとって最も大切な者が目の前に浮かび上がる」

ーー頭の中では分かっていた。

キバットが伝えに来た情報の中に、ライが実際に体感した能力と、その他の能力の予想で聞いていはいた。

だが、自分がそうであったように、一番大切な人がそこにいるという状況は、麻薬のように思考を奪う。

頭で理解していてもーータツミにサヨが斬れないように。

「アカメ!!見えてるのは幻だ!惑わされるな!」

ましてや、普段のアカメを見ていれば誰が一番大切かなど容易に理解出来る。

だが、彼女が見ているであろうその人物は偽者なのだ。

あらん限りの声を張り上げて、タツミはアカメに呼びかける。ーーが、

「無駄だ。一人にしか効果はないとは言え、催眠効果は絶大」

そして……

「最愛の者を手に掛けるなど、どんな手練であっても不可能……」

ゆっくりと歩み寄り、ザンクはアカメを殺すために剣を振り上げてーー

 

ーー瞬間、呆然と立ち尽くすアカメの姿が、銀髪の青年の姿とダブった。

 

「ッ!?!?」

意図せずして体が硬直する。

「何だ……?」

ザンクの身体が硬直したことを不審に思ったタツミが思わず呟いたその時だった。

「ーーッ!」

呆然と立ち尽くしていたはずのアカメが、突然息を吹き返したように刀を一閃したのは。

 

間一髪回避できたのは、奇跡以外の何者でもなかった。

それ程までに彼女の斬撃は鋭く、そして何の躊躇も迷いもなかった。

「な、何故だ!?一番愛する者の姿が見えたはずだ!」

ザンクの言葉に、迷いなく、アカメは答えた。

「最愛だからこそ……その姿を利用するお前が許せなかったんだ」

「な……ッ」

ーーそれは、単純な信頼とも愛情とも違う。

互いが絶対に裏切らないと心の底から信じているが故の、言うなれば、絶対的な“絆”。

「お前が考える程、私達の絆は脆くない!」

力強く断じたアカメに怯むように、ザンクは一歩、後ろへ下がった。

そしてその瞬間、

「うぐっ、き、傷口が……」

ザンクが思わず痛みに呻く。それまでは戦闘での高揚感が痛みを打ち消していたとは言え、あれ程激しい動きをしたのだから、治り切っていない傷口が開くのは当然とも言える。

「勝負あったな。傷を負っているその体では、満足に戦えないだろう……」

「くっ!」

地面が陥没するほどに強く踏み込んで、刀を構えて走り出す。

「まずは武器を葬る」

「ぬうああああ!!!死んでたまるかあああああああああああ!!!!!」

男の生への執着は、痛みという肉体の感覚を一時的に遮断し、男に剣を振るわせる。

二人は衝突し、激しい連激の応酬となる。

(先に殺す!未来の動きが見える俺が有利!!)

だがーーザンクの攻撃は既に見切られ、掠り傷一つ与えられない。

アカメ自身も易々とその命に刀が届くとは考えていない。ならば、邪魔な障害を取り除いてしまえばいい。

ピシッ、と金属に罅の入る致命的とも言える音が響く。

(いかん……剣が折れる!?即座に殺し切れん!なます切りにする前に剣が……!!)

そうこうしている内に、剣に入った罅は徐々に広がって行きーー

下段からの切り上げに遂に耐え切れずに腕が跳ね上げられ、剣が無惨に砕け散る。

そこに残ったのは、無防備な体勢を晒すザンクと、妖刀を構えたアカメ。

「葬る」

斬ッ、と急所の喉を切り裂かれた。

 

血を吐き出し、地面に崩れ落ちるザンクを見て思わず「やった!」と歓声を上げるタツミ。

(今回は助けられたけど、俺ももっと強くならないとな……)

決意を新たにするタツミを尻目に、アカメは倒れたザンクへと口を開いた。

「これでもう、呻き声は聞こえないだろう」

ーーもう随分と忘れていた静寂の世界。ずっと頭を悩ませ続けていた死者の幻聴もそこにはなく、ただただ静かな世界がそこにはあった。

(音が……止んだ……)

「……ゆ、愉快愉快……」

皮肉にも、死の間際になってようやく男は悩みから解放されたのだ。

「ありがとよ……アカメ」

自らを殺し、そして同時に救ってくれた殺し屋の少女に礼を言って、男は息絶えるのだった。

 

 




何と言うか今回は色々と詰め込みすぎました。
本来ならエスデス初登場まで書きたかったのですが、その前に作者が真っ白に燃え尽きまして。……ぶっちゃけ限界です。
そんなわけで中途半端に終わらせました。……嗚呼、有言実行がまるでできてない。ごめんなさい。ホントゴメンなさい(ToT)
本来ならザンクの幕引きはライにやらせるつもりでしたが、この作品でアカメが全然活躍してない上に口癖の「葬る」も言っていなかったために彼女が決着を付けることになりました。
……当初の予定ではブチギレたライがダキバに変身して圧倒的な力でザンク蹂躙する予定だったんですが。世の中ままなりませんね。
つらつらと文章書き連ねた結果無駄に長くなった上に大して上手くもないという。もう、自分の文才のなさに慟哭です。


それと、話は変わりますが、特別編の募集、これ以上でないようなら今ある分からアンケートとなりますが、それでよろしいですか?

ちなみに、今ある意見だと、
ナイトレイド全員アニマル化(某三名以外の動物も書いてくれると助かります)
ライ過去編(キバの入手当時のこと)
ライvsブラート
作者から、シスターズとの有り得たかもしれないIFストーリー
そんなもんより本編かけよ

こんなところでしょうか?意見の方は活動報告の方にどんどん書き込んでくださって結構です。……だいぶ遅筆にはなりますが、頑張って書きます。
次回、エスデス登場……させます。多分。
駄文ですが、感想及びアドバイスや意見その他、いつでもどこでもお待ちしておりますので、どんどん書き込んでください。でないと寂しくて作者のラビットハートが砕けます。
それではみなさん。また次回。


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第十二幕 帝国最強の帰還 上

前回からまたしても時間が空いてしまって申し訳ありませんでした。
待っていてくれた人(いるのか?)には御迷惑をおかけして申し訳ないです。はい。
このままでは月一更新になってしまう可能性が…………

それでも待っていてくれるみんなが大好きですヾ(‐-)オイ


それはそうとして、サブタイからして分かりますが、今回は遂に“あの人”が登場。
分からない人は本編へGO!







ーーという訳で本編をどうぞ。


北の異民族、要塞都市。

“北の異民族”とある通り、帝国の北方に位置する国家である。同時に、帝国に従わない国でもある。

彼らは自国の要塞都市を拠点とし、帝国に従うどころか逆に帝国へと侵略を強めていた。

彼らが強大国家であり、数々の実績を持つ帝国を相手に此処まで強気に出られるのは、偏にある人物のお陰だろう。

 

ーー北の勇者、ヌマ・セイカ。

 

彼は北方異民族の王子であり、槍を持っては全戦全勝。凄まじい軍略を併せ持ち、更には秀麗な容姿も相まって民の絶大な信頼を受けている。

彼の武勇は留まるところを知らず、その勇名は帝国の辺境に住まう者、つまり田舎者であるタツミでさえも知っているほどの人物である。

その彼が率いる精強な軍隊はまさに帝国の脅威と言える。

 

故に帝国は、北方異民族の侵略に対抗するために北方征伐部隊を組織。派遣したのだ。

一人の将軍が率いる征伐隊は、北方異民族との激しい闘争が予想され、最低でも一年はかかるだろうと多くの者達は予想していた。

 

ーーだが、彼らはまだ理解していないのだ。征伐隊を率いる一人の将軍……“彼女”の規格外さを。

 

 

ぴちゃ、ぴちゃ、と水気を帯びた音が、雪の降る北の地に響いていた。

周囲を見渡せば、衣服を剥がれ、目鼻口を惨たらしく縫い止められたまま絶命し、貼り付けにされているかつての異民族達の姿が。

そして、湿った音の発生源は、『北の勇者』と称えられた北方の王子ーーヌマ・セイカその人だった。

彼は全裸のまま地面に這い蹲り、ある人物の靴に舌を伸ばして舐めていた。

そこには王子としての誇りも威厳もなく、ただただ惨めな『敗者』の姿があるだけだった。

ーーふと、彼が顔を上げる。

屈辱に歪む表情でも、恥辱に怒る表情でもなく……“飼い主”の命令に唯々諾々と従う“犬”のような、屈辱的な扱いを受けて恍惚と頬を染める姿があった。

今の彼を見て、一体誰が『北の勇者』だと信じられるだろうか。

そしてその“負け犬”の姿を無表情に見下すのは、椅子に腰掛け靴を舐めさせている女性。

「北の異民族を瞬く間に討伐。流石です将軍!」

彼女の部下の一人が、今回の成果を褒め称えるものの、彼女の表情には変化がない。

気だるげな表情で、ヌマ・セイカを見下ろしている。

「兵も民も誇りも砕かれ壊れたか……これが北の勇者とはな。つまらん」

嘆息し、ゾッとするほど美しくも冷たい顔で、

「死ね、犬」

片足が霞み、ヌマ・セイカの頭を蹴り砕く。

飛び散った鮮血が先程彼女を褒め称えた兵の顔にまで飛び散った。

その容赦のなさに恐怖さえも覚えるが、同時にこの上ない心強さもある。

『彼女がいれば、自分達が負けることはない』

そんな絶対的な安心感を抱くほどに。そして、そんな彼女の部隊にいることが彼らの自信にもなる。

とは言え、そんな彼らの心の淵など知ったことではないとばかりに音を立てて彼女は立ち上がる。

余りに強く、まさしく『飢えた獣』とまで称された彼女が求めるものは、兵からの信頼でも支持でもなく、次なる獲物の到来。

強者であるが故に、己の好敵手足りうるーーあるいは、己に比肩しうる最強の敵を常に求めているのだ。

北の勇者を喰い殺してもなお、彼女の『飢え』は満たされない。彼は彼女にとって死力を尽くして戦う“強者”ではなく蹂躙されるだけの“弱者”でしかない。

まぁーー武人としての渇望を持つと同時に、殺戮し蹂躙することに快楽を見出す彼女にとっては、今回の遠征はそこそこに楽しめる内容ではあったのだが。

だが、やはりーー

「今回の敵も……お前のようには楽しませてくれなかったよ」

右腕をーーその服の下に刻まれた傷跡を愛おしそうに撫でながら、彼女は何処か寂しそうに呟く。脳裏にあるのはかつて相対した最大最強の“敵”の姿。

生まれながらの強者であった彼女に傷を付けたたった一人の『魔王』。

「お前は今、何処で何をしている……?帝都へ往けば、お前もそこにいるのか……?」

誰にともなく彼女は囁く。

その声は熱っぽく、まるで今は会えない恋人を想う一途な女性のような。

だがしかし、内に秘める想いはそんな甘いものではない。

「なぁーー『キバ』」

かくして、北の地を制圧した彼女は帝都へと舞い戻る。

彼女の名はエスデス。

性格、ドS。その強さーー“帝国最強”

 

 

 

謁見の間ーー

「ナカキド将軍、ヘミ将軍。両将が離反。反乱軍に合流した模様です!!」

なされた報告に、謁見の間に集った文官達がにわかに騒がしくなる。

「戦上手のナカキド将軍が……」

と、一人が言えば、

「反乱軍が恐るべき勢力に育ってきてるぞ……」

「早く手を打たねば帝国は……」

一人、また一人と後ろ向きな言葉が我先にと飛び出してくる。

それも当然だろう。反乱軍の革命が成れば、真っ先に殺されるのは現在の帝国の象徴。即ちそれは皇帝と大臣に他ならない。

いや、皇帝が大臣の傀儡と化しているのは周知の事実であることに加え、更にまだ年若い童子であることを考えればまだ殺されずに済む可能性はあるが、どちらにせよ皇帝としての地位は失われる。

大臣が消されてしまえば、今まで彼に付き従い、甘い汁を吸い続けてきた彼らも無事では済まないだろう。まさしく明日は我が身なのだ。

大臣に従い、そのおかげで手に入れた権力を以て贅沢三昧。その生活がなくなることを考えれば、焦るのも無理はない。

 

「狼狽えるな!!」

 

騒ぎ出す室内に、幼くも凛とした声が叱責する。

騒いでいた文官達がハッとしたように玉座の前に立つ幼き皇帝を見上げた。

「所詮は南端にある勢力。何時でも対応できる!反乱分子は集めるだけ集めて掃除した方が効率が良い!!」

例え大臣に傀儡とされていたとしても、千年続く血統に刻まれたカリスマ性はなくなることはない。

歴代の皇帝もまたそのカリスマ性を以て多くの人間を魅了し、忠義を得ていたのだから。

「……で、良いのであろう、大臣?」

ーー例えそれが、大臣の言葉を借りたものだとしても、だ。

「ヌフフ……。流石は陛下。落ち着いたものでございます」

大臣を振り向いて確認を取る皇帝と、笑いながらそれを肯定する大臣。これだけで二人の関係性が良く分かるものだ。

「遠くの反乱軍よりも近くの賊。今の問題はコレに尽きます」

グチッ、グチッ、と行儀悪く音を立てながら手にした肉に食らい付きつつ、オネストは最近起こった事件を挙げていく。

「帝都警備隊長は暗殺される。私の縁者であるイヲカルは殺される!首切り魔も倒したのはナイトレイドで帝具は持って行かれる!!」

感情を抑えきれないとばかりに徐々に口調が荒くなる。

常日頃から不気味な笑みを浮かべていて本心を覗かせることのないオネストであるが、今日に限ってはその怒りを隠すこともしないようぜある。

そう、彼は今怒りに駆られていたのである。

“自分の”帝都を何処の馬の骨とも分からない者共に荒らされることに怒りを感じている。ナイトレイドの行動によって帝都周辺を縄張りとする賊共や、彼らに希望を抱いて増長する無駄に数だけはいる家畜のような民達が此処最近増えてきているのだから。

「やられたい放題……!!悲しみで体重が増えてしまいますっ……!!!」

……もしこの場にライゼルがいたら、「そのまま高血圧で心臓発作を起こして死ね」と思われそうな言葉を口にするオネスト大臣。

この場にいるのは全員オネストに与した者達ばかりなので、そう思う者はいないのだが。

「……あの異民族はどうしたのだ。アジトを見付けるプロなのだろう?」

ふと思い出したように皇帝が言う。肥満体型で今更体重が増えるも何もないだろう……とは口にしなかったが、その顔には若干の呆れがある。

「連絡を絶っています。ほぼ確実に消されているでしょうな」

生かしたまま拘束するような甘い連中でもないでしょうし、と振り向くこともせずに言い捨てる。元より然程の期待はしていないが、こうも簡単に消されるとなると実に使えない連中である。

「もう穏健である私も怒りを抑えきれません!!」

お前の何処が穏健なんだ……と突っ込む人間はいなかったが、口を挟んでくる人間もいない。

皇帝もそうだが、文官達も大臣にとっては替えの利く駒でしかない。不要と判断すれば一瞬後には自分の首が切られる。

誰だって、自分の命は惜しいのだから、誰も大臣には逆らわないーー逆らえない。

誰もが口を挟まないまま、オネストの次の言葉を待っている。

「北を制圧したエスデス将軍を帝都へ呼び戻します」

『!!!』

ーーもっとも、その言葉にまでは黙っていることはできなかったようではあるが。

「て、帝都にはブドー大将軍がおりましょう!」

「大将軍が賊狩りなど、彼のプライドが許さないでしょう」

この国において大臣と並ぶ人間と言えば、誰もが帝国軍最上位、ブドー大将軍の名を挙げるだろう。

古くから続く武官の家系であり、皇帝からの信頼も厚く、大臣と言えど容易には手を出せない相手。帝国の切り札と謳われる彼だが、周囲には「堅物」と言われるほど気難しい武人気質の男である。

そんな男が賊討伐など引受けるだろうか?……答えは否である。

「で……では、ライゼル将軍は!?彼ならば実力も申し分なく、賊討伐であろうと引き受けてくれるでしょう!!」

「……確かに彼ならば問題ないでしょうが、今回エスデス将軍を呼び戻すのは何も賊狩りのためだけではありませんよ。最近急激にその勢力を拡大させている革命軍や彼らに触発されて帝国に歯向かおうとする周辺諸国への示威行為でもあるのです。それに、ライゼル将軍は帝都警備隊長の抜けた穴を埋めるために後任が決まるまでは警備隊のまとめ役を代理しているでしょう。その上で彼に賊狩りを命じるのですか?」

「そ、それこそ賊狩りは警備隊に任せておけば……」

「その警備隊でも最強の実力者である隊長が暗殺されるほどの相手に、隊員達が適うと思いますか?」

それを言われてしまうと、もはや言葉もない。

何故彼らがエスデスの帰還をこれほど嫌がるのかというと、単純に彼女の性格と言うのもあるし、尚且つ彼女はオネストと組んでいるのだ。

ただでさえ絶大な権力を握っているオネストにエスデスと言う最強最悪の矛まで付いてしまえば、もはや誰も手が付けられなくなってしまう。少しでも大臣の不興を買えばその日の内に消されているかもしれないのだ。ーーそれも、限りなく凄惨なやり方で。

エスデス自身も文武共に優秀としか言いようがないのだが……如何せん。その闘争と殺戮にのみ興味関心を注ぐ危険人物なのだから、下手し刺激しても不味い。

まさに八方塞がりと言えた。

「エスデスか……」

ふむ、と思案顔の皇帝。

「確かに彼女ならブドーと並ぶ英傑。安心だ!」

「異民族四十万人を生き埋め処刑した氷の女ですからな」

このエピソードで彼女のぶっ飛び具合が良く分かるというもの。むしろ彼女にしてはこれは軽い部類に入るのだから救えない。

「それまでは無能な警備隊に活を入れなさい。最早生死は問いません」

全ては、己が欲望を満たすために。

オネストは命じた。

「一匹でも多く、賊を狩り出し始末するのです!!」

ーーこれが、後に結成される特殊警察「イェーガーズ」と暗殺組織「ナイトレイド」との血で血を拭う闘争の切っ掛けとなる言葉となった。

そして、「エスデス帰還」の報告はライゼルにも届き、彼を通してナイトレイドにも通達される。

 

ーー新たな戦乱が始まろうとしていた。

 

 

時は過ぎて夜。

丁度、レオーネとタツミが薬の密売人達を始末し終えた頃、別働隊として薬を横流ししていた標的を無事始末したマイン、シェーレのコンビは人目に付かない夜道を疾走していた。

「あのチブルって標的、用心深いにも程があったわ」

「でも無事に片付いて良かったです」

話す口調は明るくとも、その内容は物騒極まりない。

ナイトレイドのメンバーとしては慣れ切った会話である。特筆することもない何時もの会話。

談笑しながら人目を避けつつアジトへ帰還するーーそれが彼女達の日常である。

ただし、今晩は何時も通り何事もなく、というわけには行かなかった。

『!?』

見た目は可憐な女性であれど、実態は幾多もの修羅場を越えてきた暗殺者である。

不意打ちのように放たれた殺気混じりの攻撃を寸前で回避した。

「敵……!?」

ザザーッ、と地面を滑りつつ、マインが警戒しつつ呟く。

視線の先には、長髪を一つに束ねた女性が一人佇んでいる。彼女の所属は身に纏う帝都警備隊の制服を見れば一目瞭然である。

それ自体は問題ない。彼女達にとって警備隊の人間に狙われるのは当然であり日常茶飯事でもある。更に付け加えるなら先日警備隊隊長のオーガを暗殺したばかりなのだから、狙われることはおかしくない。

問題はーー

(何コイツ……気付かなかったわ……)

(気配丸出しの警備隊員とは違うようですね……)

眼前に佇む女性の実力の底が見えない。

使用する帝具が遠距離専用であるマインならともかく、近接戦闘を主とするシェーレの知覚をもすり抜けて奇襲してきた彼女に警戒レベルを引き上げる。

「……やはり」

手にした紙切れに視線を落とし、シェーレの方を向く。

「手配書と顔が一致……ナイトレイドのシェーレと断定!」

キッパリとした口調で言い切り、次いでマインへと視線が移る。

「所持している帝具から、連れの女もナイトレイドと断定!」

警戒し、油断なく身構える二人には目も呉れず、独白のように彼女は続ける。

「夜ごと身を潜め待っていた甲斐があった……」

言葉の節々から、殺意が滲み出る。憎悪に満ちた視線が、二人を真っ直ぐに射抜いた。

「やっと……やっっっっっっと巡り合えたなナイトレイド!!!」

抑え切れない殺意が開放される。狂喜によって歪んだ笑みの先には警戒する二人の姿が。

この時を待っていた。親を殺した賊。師である隊長を殺したナイトレイドを自らの手で断罪できるこの時を、どれほど待ち侘びたことか!

「帝都警備隊ーーセリュー・ユビキタス」

この時二人は知る由もないことだが、彼女は昼間、借金取りに追われるレオーネのとばっちりを受けて逃げ回り、ものの見事に道に迷って迷子になったタツミが偶然出会った女性だった。

「絶対正義の名の下に、悪を此処で断罪する!!!」

ーーもっとも、これから始まる殺し合いには、無用な情報でもあるのだが。

 

時計塔の時計が時間を刻一刻と刻む中、呟くようにマインが言う。

「……正体がバレた以上、来てもらうか死んでもらうかしかない訳だけど……」

どう見ても、平和的且つ穏便には片付きそうにはない。殺気がダダ漏れでこちらを殺すと言う意志が口にするまでもなく如実に伝わってくる。

「賊の生死は問わず……ならば正義(わたし)が断罪する」

人差し指を向けて静かに……されどそこに紛れもない殺意を載せて、セリューは血走った瞳で睨み付ける。

「パパはお前達のような凶賊と戦い殉職した。そしてお前達は師である隊長を殺した……!」

言うまでもなく交渉は決裂。憎しみと共に吐き捨てる。

「絶対に許さない!!」

一瞬の静寂。

それを破ったのは、マインだ。

「やる気満々って訳ね……なら」

そっと、帝具「パンプキン」に触れる。距離はそう遠くはない。マインの腕ならば、一々狙いを定めるまでもなく当てられる距離。

殺意を持って相対する敵への対応は決まっている。

「先手必勝!」

瞬時に構えたパンプキンの銃口から、精神エネルギーの銃弾が幾つも撃ち出される。

正確には弾丸ではなく衝撃波なのだが……まぁ、細かいことはいいだろう。

放たれた弾丸に対してセリューの方は棒立ちのまま動かない。

「キュアーッ」

可愛らしい声を上げて、セリューの傍に控えていた謎の生物が唐突にセリューの前に躍り出る。

その刹那、着弾。土煙が舞い上がり、セリューの姿が見えなくなる。

「…………やったか……?」

ポツリとマインが呟く。

不意打ち気味に放った銃撃。土煙に覆われる前までは、謎生物がセリューの前に躍り出る場面までしか見えなかった。

これで終わってくれる相手なら、マイン達としても楽なのだがーーそんなわけなかった。

セリューの前には堅牢なる盾の如く立ち塞がる謎生物がいる。ーーただし、先程の小さな体などではなく優に二メートルは超えようかという巨体へと変貌を遂げて。

パンプキンの銃弾も、謎生物の腹の部分に着弾しており、全弾防がれていた。

こんな非常識極まりない生物が自然界に存在する筈がない。いたらいたで気持ち悪い。

ならば、考えられるものは当然ーー

「マイン。やはりアレは帝具です!」

「みたいね。しかも生物型ってやつか……」

生物型帝具「ヘカトンケイル」。犬に似た姿を持ち、戦闘時には巨大化して相手を捕食する。

内部の核(コア)を砕かない限り無限に再生可能であり、物理攻撃は勿論毒への耐性も強い。

「“旋棍銃化(トンファガン)”!」

今度はセリューが動いた。

腰に収めていたトンファガンを瞬時に構え、先程のお返しとばかりに発砲した。

ーーが、そこはそれ、今までに数々の修羅場をくぐり抜けてきたナイトレイドの二人である。放たれた銃弾を見切り、瞬時に回避行動を取っている。

その際にシェーレは自身の帝具「エクスタス」を皮鞘から抜き放ち、マインはパンプキンの銃身を交換している。

(この距離で銃撃しても、効果は薄いか……)

ならばとセリューは銃撃による攻撃案を破棄。傍に控えるヘカトンケイル……通称「コロ」へと命令する。

「コロ!捕食!」

その言葉で、大きな口が開かれる。人間など簡単に丸呑みできそうな巨大な口腔内にはビッシリと鋭い牙のような歯が生え揃っている。あれに噛み付かれたらどんなに頑強な人間であれど噛みちぎられそうである。

おぞましい巨体が大口を開けて飛びかかってくるのを、シェーレは冷めた目で見ていた。

手には万物両断エクスタス。この世のあらゆるものを切り裂く巨大な鋏。生物型の帝具だろうが慌てる必要はない。何故ならーー

「すいません」

ーーエクスタス斬れぬものなど、ありはしないのだから。

背後には首をザックリと切り裂かれて横たわるコロの姿。エクスタスに付着した血(?)を振り払い、次はお前の番だとセリューへ向かって歩き出そうとしーー背後から聞こえる音に思わず脚を止めた。

「!」

振り返ると、何事もなかったかのように立ち上がっているコロ。主人の殺意を共有するかのような凶悪な眼差しが、シェーレと交錯する。

そのコロを背後から情け容赦なく吹っ飛ばすのはマインのパンプキンによる一撃。

先程までの銃身が連射に重きを置いた物ならば、今のそれは一発一発の威力に重心を置いたものらしい。

その証拠にコロは主人のセリューが立つ場所まで吹っ飛ばされてしまっていた。

「文献に書いてあったでしょ、シェーレ。生物型の帝具は体の何処かにある核を砕かない限り、再生し続けるって」

それに、と忌々しそうにマインは続けた。

「心臓がないんじゃアカメの村雨も効かないだろうし」

「なかなか面倒な相手ですね」

思わず苦言を呈する。

そう、実に面倒だ。核の位置が分からない以上マイン達はコロを倒せない。持久戦になってしまえば人間である自分達より疲れを知らない道具が勝つに決まっているのだから。ーー勿論、勝利への策はあるが。

「コロ、腕」

主人の命を受けて、コロの両腕が変化する。……いや、変化と言っていいのか。

図体はデカくなれど、四肢が変化することはなく人形のような形のままだったのだが、セリューの言葉により両腕がまるで人間のような形へと変わる。変わるというより生えてきたと言った方が適切だが。

「キュウウウ……」

「……気持ち悪い」

マインが思わずそう呟いてしまうほど、その有様はグロテスク。とは言えドン引きしている訳にも行かない。

「こうなったらアレしかないわ、シェーレ」

「分かりました」

流石はパートナー。ここら辺のやり取りは以心伝心である。

「粉砕!」

「キシャアアアアア!!!」

咆哮を上げて、コロが突撃してくる。生え変わった両腕の拳を、まるでマシンガンのように展開させながら。

「!?何よコレ!逃げ場ないじゃない!!」

驚愕するマインの前へとシェーレが躍り出る。

「マイン!私の後ろへ!」

何時ものおっとりした表情は何処へやら。緊迫した表情でエクスタスを盾のように前へ構えーー瞬間、コロの豪撃が衝突する。

「ぐ……重い……!」

エクスタスは鉄壁を誇るインクルシオの装甲でさえ簡単に切り裂くほどの切れ味を有している。その切断能力の高さ故に刀身そのものの強度も群を抜いている。その為、攻撃だけではなく時にはこうして身を守る盾にも使用できるのだが……使い手であるシェーレが攻撃に耐え切れずに押され気味となっていた。

必死に耐えるシェーレを尻目にセリューは笛を取り出しーー高らかに鳴り響かせる。

駄目押しとして増援を呼ぶためだ。目論見が上手く行き、ほくそ笑むセリュー。

 

ーーだが、

 

「嵐のような攻撃……」

それこそがマインの狙い通り!

「援軍も呼ばれた……」

何故なら彼女には、どんな逆境からでも逆転できるーー

「これはまさに……ピンチ!!!」

一発逆転の切り札があるのだから!

「だからこそ行けぇぇええええ!!!」

帝具「パンプキン」は使用者の危機に比例してその威力を増加させる帝具。

絶体絶命の窮地こそ、その威力を最大限に発揮する絶好の機会!

そのチャンスを逃す程、彼女は馬鹿ではない。

銃口から放たれたそれは、最早銃弾などではなく砲撃に等しい。

増大した威力はコロを見事に吹き飛ばし、倒したーーように見えた。

「クソ!もう修復を始めてる……なんて生命力……!」

思わず毒突くマイン。

「ハッ!帝具の耐久性を嘗めるなーー!?」

ゾクリ、と背筋に走る悪寒。振り向けばそこには砂塵を振り払うように迫るシェーレの姿があった。

「帝具は道具……使い手を仕留めれば止まります!」

(初めから私狙いか!)

そう、それこそが彼女達の策。

如何に優れた武具なれど、帝具は道具。それ自体は意思を持たず、人間が使役しなければ物言わぬ置物に過ぎない。

であるならば、厄介な帝具そのものを相手取るよりも、使い手を仕留める方が遥かに簡単である。

慌てて武器を構えるセリューだが、シェーレも余り時間をかけてはいられない。

ならーー

(奥の手で一気にーー)

シェーレはエクスタスの“奥の手”の発動を決意する。

十分に接近したところで、叫ぶ。それこそが、彼女の奥の手の発動を意味していた。

「鋏(エクスタス)!!!」

カッ、と眩い閃光がセリューの目を焼く。

「金属の発光現象!?こんな技が……!!」

完全に不意を突かれ、驚愕しながらも距離を取るために後ろへ下がったのは正しい判断である。

ただ、その隙を見逃す程甘い相手ではなかったというだけのこと。

「終わりです」

冷たい死刑宣告。

視覚を封じられてしまえば、どんな人間であれど常と同じようには行動できない。パフォーマンスは激減してしまう。

が、それでもそう易々と死んでやる程セリューとて諦めがいい人間ではない。

「……う……」

僅かながらも回復しつつある視覚とそれ以外の五感と直感を以て迎撃するためにトンファガンを握り締める。

「うわあああああ!!」

巨大なハサミによる挟撃ではなく尖端での刺突の連激を辛うじて捌く。

(!彼女自身も強い……!)

と、主人の危機に反応して援護に動こうとするコロ。その脇腹を撃ち抜くのは、マインに他ならない。

「おっと。アンタは私!行かせないわ!」

威勢よく言ったはいいものの、

(ピンチが薄くなった分倒し切れないか……)

パンプキンは使用者の危機に比例して威力を変動させる。つまり、危機的状況でなければ大した威力は発揮できないのである。

それは、先程のように一撃でコロを半壊させる程の威力が出ていないことが証明している。

(でも足止めには十分……)

単純な話し、シェーレがセリューを仕留めるまで時間を稼いでおけばいい。まぁ、そんな時間稼ぎに徹するだけの役割など、マインのプライドが許さないのだが。

(核の場所も消去法で見当は付いてきた)

「シェーレがアンタの主人を仕留めるより早く、私がアンタを仕留めてやるわ!」

再度マインはパンプキンを構えた。

 

互いに距離を取る暇すらなく至近距離で攻撃を捌き続ける。

攻撃を仕掛けているシェーレはともかく、彼女の奥の手で視界を一時的に封じられたセリューが未だに仕留められていないのは彼女自身の戦闘能力の高さ故だろう。

が、セリューが後退する時不幸にも足を滑らせてしまったことにより均衡は終わりを告げた。

「あ」

と間の抜けた声と共に力が抜け、トンファガンを落としてしまうセリュー。

その隙をシェーレが見逃すはずもなく、命を絶たんと開いたハサミの刃が迫る。

(まずい!!)

防御不可の切断攻撃に対し、なんと彼女は躊躇いなく腕を捨てることにより致命傷を防ぐ。

絶たれた両腕が宙を舞い、血が吹き出すものの、シェーレは止まらない。躊躇いなく腕を捨ててきたことには驚きを感じるものの、好機であることには変わらない。

次の攻撃で確実に仕留めるために更に接近する。

「正義は」

鬼のような形相で、セリューは絶たれた両腕を向ける。

瞬間、肉から突き出すように二丁の銃身が両腕に現れた。

「必ずかぁぁぁつ!!」

(人体改造!?)

勝利のために自らの体に改造手術を施す、まさに狂人としか思えない所業に、さしものシェーレも驚愕する。

「隊長から授かった切り札だ!喰らえぇぇぇぇぇ!!!」

銃声が鳴り響く。

幾ら優れた戦闘能力を持つと言えど、この至近距離からならば防げないはず。

勝利を確信したその認識の甘さが、セリューの致命的な隙となった。

なにせ、シェーレは銃撃を喰らうどころか咄嗟に前に出したエクスタスの刀身で完璧に防いでいたのだから。

(防いだ!?)

驚愕するのも束の間。エクスタスを一閃。無情にも両腕の銃身が斬り飛ばされる。

「ぐっ、まだ……負けてない!」

このままでは死ぬ。そんなこと誰が見ても明らかだ。

だが、そこで大人しく死を受け容れるわけには行かない。

(使うとオーバーヒートで数ヶ月はコロが使えなくなるけど、仕方がない……!)

「コロ!狂化!!」

その一声で、コロの姿が変わる。白い体色が鮮血を思わせる赤黒い色へと変わり、様相もまたより凶悪に、凶暴に変貌する。

帝具、魔獣変化「ヘカトンケイル」の奥の手。内部に蓄積されたエネルギーを使用する「狂化」がそれである。一度使用すれば数ヶ月はオーバーヒートしてコロが動けなくなるというリスクはあるものの、それによって得られる力は強大である。

「ギョアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

咆哮。先程までのそれとは迫力も規模も威力さえも桁違いだった。

凶悪。その一言に尽きる。

「うああああっ!!」

「ぐっ……」

ビリビリと大気が震撼するほどの咆哮に真正面から晒されたマインは悲鳴を上げ、直接無形の衝撃波を当てられたわけでもないシェーレでさえ苦悶に顔を歪めた。

大音量のその咆哮は、耳を貫き脳へと到達し、一時的にその身を硬直させるには十分で。

「しまっーー」

その隙に、コロがマインを捉えることなど造作もないことだった。

「!マイン!」

「握り潰せぇ!!」

小柄なマインの体を握り締めたコロの腕に力が込められて行く。ミシリミシリと軋む音はマインの体から発せられたもの。

「う……うう……あああああ」

遂にはバキッ、と骨が折れる音。

マインとて鍛えていないわけではない。だが、その身は小柄で、鍛えるにも限界がある。その上相手は奥の手により強化された帝具。

少女の身体が悲鳴を上げるのも無理はない。

「ああっ、あああああああ!!!」

折られた腕を更に圧迫される激痛に耐えかねて、涙を流しながら絶叫する。

文字通りマインを握り潰すつもりなのだろう。それを証明するかのようにマインを握り締める腕の力がどんどんと上がって行っているのだから。

このまま死んでしまうのかーーマインが諦めかけたその時だった。

ザンッ、と極太に肥大化したコロの腕を横合いから切り裂くパートナー……セリューそっちのけで駆け付けたシェーレの姿があった。

「シェーレ!」

圧迫から解放され、拘束から抜け出したマインは涙ながらにパートナーの名を呼ぶ。

「間に合いました!」

一方の助けた本人は間一髪だったと安心したように息をついた。

 

ーーそれが、戦いの場において最もしてはならない“油断”に他ならなかったとしても、仲間思いの優しい女性であるシェーレは、大切な友人でもある少女を助けられたことに安堵し、気を抜いた。

 

「ーー……え?」

パンッ、と、一発の銃声が鳴り響いた。

 

 

 




十二話でした。最後まで読んでくださった方はありがとうございます。
や、なんか最終回っぽいな、これじゃ。もちろんまだまだ続きますよ。だってサブタイに上って付けてるし。
実は連載を始めてからこの人の帰還までが目標点だったんですよね。つまり、後一話でその目標が到達できる、と。
本当なら二巻のラストまでを収めたかったんですが、そうすると文としての繋がり的に作者的美意識に反するといいますか……まぁ、特撮系のお約束だよね!

話は変わって番外編ですが、余りに票がないので密かに涙している状態です。感想でも突っ込まれましたしね。
……仕方ないやん。だって全然誰も書いてくれへんのやしorz
現在作者脳内プロットには唯一得票があったものが候補として上がってます。知りたかったら感想書いてね!←無理矢理な催促
まぁ、どの道書くのは下が終わってからですが。作者的な区切りでもありますし。


ーーというかなんで自分は友達から借りただけの作品の二次創作をかいてるんだ?自分の持ってるやつの二次創作を書けばよかったのに。
いや、テンションって怖いですね、ホント。

なにはともあれ感想御意見いついかなる時でもお待ちしております。それでは、また次回


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第十三幕 帝国最強の帰還 下

遅くなってすみません。気付けば前回の投稿からかなりの時間が空いてしまったようで……ああ、また読者が減っていく……。
今回もかなりの駄文の上無駄に長いです。更に展開に納得行かない人もいるかもしれませんが、作者のポンコツ脳ではこれが限界です。


それでは、本編をどうぞ。



完全に油断しきったシェーレに放たれた一発の弾丸。

それは自らの信じる「正義」のために自身の肉体をも改造したセリューの本当の切り札ーー口腔内に取り付けた小型の銃器。

全ての武器を奪われたように見せかけたセリューの正真正銘最後の武器である。

隠し武器故に小型であり、連射が利くような代物ではないが、一発当てられればそれで十分。その動きを封じられれば、コロからの攻撃で詰み。

残されたのは腕を折られた小柄な少女のみ。折れた腕では帝具を持つことはできても扱うことはできないだろう。

そんな状態でコロから逃れられるはずがない。

ーー正義(わたし)の勝利だ!!

どう足掻いても奴らに勝ち目はない。放たれた弾丸は確実にシェーレに直撃する。仮にそれを回避できたとしても、間違いなく態勢は崩れる。それならば……どの道コロの追撃まではかわせない。

セリューは勝利を確信する。

 

そう、実際彼女の目論見通りになるだろう。シェーレは銃弾をかわしきれず、マインは戦力にはならない。

そんな状態では狂化したコロの猛追を防げるはずもない。

不可避の運命。振り上げられた死神の鎌は確実に彼女の命運を絶つだろう。ーーそこに、“外部からの介入”と言う不測の事態が起こらなければ。

「っあ」

その声は、誰が上げたものなのか。

セリューとシェーレの間に立ち塞がる者に、その場の誰もが惚けたように視線を向けていた。

「……やれやれ」

真紅と漆黒に彩られた禍々しい甲冑。吸血鬼を彷彿とさせる仮面と大きく鋭い深緑の双眼。

闇を切り取ったかのような漆黒のマントが夜風に煽られ静かにはためいていた。

「間一髪、だったな……」

グシャリ、と掴んだ弾丸を握り潰し、ただのクズ鉄と化したそれを地面に放る。

全48個あると言われる帝具。その49個目と言う存在しないはずの帝具……絶滅魔王「キバ」。

そして、それを身に纏うのはーーナイトレイド、ライ。

「油断大敵だぞ、二人共」

最大最強の切り札が今此処に姿を表した。

 

「アンタ……っ!」

驚きつつも立ち上がろうとしたマインは、折れた腕に走る激痛に顔を顰めて起こしかけた状態をペシャッ、と地面に落とした。

「うぅ……」

「無理はしない方がいい……どう考えても骨折してるから」

普段よりも優しい口調で言って、怪我に響かぬようにそっとマインの小柄な身体を抱き起こす。

「う……ありがと」

「ああ」

勝気な彼女にはやはり屈辱と言うか恥ずかしいのだろう。頬を赤くしながらそっぽを向きつつボソりと礼を言う。キチンと例を言う辺りツンデレた彼女の性格が良く分かる。

「らーーむぐっ」

「……頼むから、此処では『キバ』と呼んでくれ」

ため息混じりにうっかりを起こしそうになったシェーレに言う。偽名を使って入るものの、何が切っ掛けで正体が露見するとも限らないのだから。

「(それならば助けに入るという行為も十分危険なのだがな)」

「(正体が露見するよりも、仲間を救う方が優先だろう?)」

腰部のバックルーーその中央にある止まり木に逆さ吊りになっているキバットが皮肉げにそう言うが、これが偽らざるライの本音である。

「すみません……」

また迷惑をかけてしまいました……と気落ちしているらしいシェーレに「気にするな」と励まして、

「前にも言ったけど、仲間なんだから迷惑とは思わないさ。仲間同士は助け合いーーそうだろう?」

「ーーはい」

ありがとうございます、と何故だか礼を言ってくるシェーレに対しては特に何も言わず頷く。

笑顔を浮かべているのでまぁいいか……と思ったのだ。

とは言え何時までも和んでいるわけには行かない。何せ目の前には敵がいるのだから。

「悪に味方するとは、お前もナイトレイドの一員か!」

「……そんなところだ」

セリューへと向き直る。その際にそっと小声で後ろの二人へ告げた。

「此処は僕が引き受ける。その間に撤退を」

奴を此処で始末しないのかーーとは聞かれなかった。頷く気配がしたので、指示に従ってくれるのだろう。

確かに今ならセリューを討てるかもしれないが、そうした場合のメリットは殆どない。

というのも、時間をかければかけるほど、援軍が到着する時間を相手に与えることに等しいのだから。

引くべき時を見誤るのは馬鹿のすること。此処ではまだ命をかけるには値しない。二人が此処にいるということは任務を達成した帰りにセリューと出くわし交戦、と言ったところだろうし。任務を達成しているのならわざわざリスクを負って帝具使いと戦う理由はない。

(……マインの顔が割れてしまったのは痛いな)

しかも腕を骨折済み。しばらく戦力外として療養しなければならないだろう。

セリューを此処で始末すれば問題はないが……万一ということもある。死ぬ気になった人間ほど厄介なものはないということをライは嫌と言うほど知っている。

油断と慢心は大敵である。

「コロ!」

セリューの叫びを受けて、コロが雄叫びを上げながら突撃してくる。

奥の手使用中とだけあって流石に速いーーが、

「遅いな」

ーーライにとってはまだ遅い。

そうでなくとも、今はキバの鎧を纏っている状態。如何に奥の手を使用中とは言えスピードに特化しているわけではないのだ。コロ程度の速さでは、到底キバには敵わない。

余裕を持ってコロの攻撃をかわし、カウンター気味に一撃を与えることだって容易く行える。

「なにっ!?」

だが、あえてライはそうしなかった。

人を簡単に握り潰せる程の怪力を有した剛腕が静かに佇むライへと振るわれ、その腕を交わすでもなく防御するでもなくーー片手を挙げて、いとも簡単に受け止めた。

予想もしなかった光景に、セリューが驚愕の声を上げた。

「……吹っ飛べ」

受け止めた手を握り締めて自らの方へと強引に引き寄せる。と同時に空いているもう片方の手で、勢い良くコロをぶん殴った。

絶叫しながらセリューの下へとコロの巨体が飛ばされる。

「(……よし)シェーレ。マインを連れて離脱。急げ!」

短い指示に言葉ではなく頷きを以て応え、負傷したマインを抱えてこの場を急いで離脱する。

「って、ちょっとシェーレ!?私は腕を怪我しただけで普通に走れるんだけど!?」

「え?……あっ、すみません、マイン。ですが、ライがマインを連れて離脱しろ、と……」

「『連れて』の意味が違うわよ!とにかく下ろしなさいって!」

つい先程まで絶体絶命の危機に瀕していたのだが、そのところを分かっているのだろうか、二人は。変身したことにより身体能力が大幅に増大したことにより強化された聴覚は、後方で遠ざかる二人の会話をクリアに拾っていた。

……ライ自身の意志とは関係無しに。

ため息をつきたいところだが、

(そういう場合でもない、か)

何故なら、この場に近付いてくる複数の気配を感じ取っていたからだ。

そしてこれが、ライが二人に撤退を急がせた理由でもある。

「セリュー!大丈夫か!?」

その声を皮切りに、一人二人と姿を現してくるセリューと同じ制服身を包んだ者達……帝都警備隊の警備員達だ。

「交戦しているぞ!」

「援軍!急げ!!」

ゾロゾロと集まってくる面々に、内心でため息。というのも、彼らとは面識があるのだ。主に大臣によって押し付けられた結果だが。

その関係上、セリューとも面識はあり、帝具使いと言うことで警戒していた。

まさかその矢先に交戦する羽目になるとは流石に思ってもいなかったが。

(面倒な……)

と言うよりも、やりづらいのだ。オーガ隊長を努めていた頃から権力を笠に着て好き放題にしていた連中は纏めて“処理”しているため、今此処にいるのは職務に忠実で自らの仕事に誇りを持ち、帝都の平和を願う者達ばかりと言う真っ当な集団なのである。流石になんの罪もない彼らを容赦なく皆殺しにするのは気が引けるのだ。……無論、いざと言う時は容赦はしないが。

「相手は一人だ!落ち着いて周囲を囲め!」

『了解!』

武器を構え、決して無理に飛びかかることなく陣形を組み、じわりじわりを包囲していく動きはまさに訓練の賜物。暫定隊長のライもこれには満足である。

(……いや、そういう場合じゃないか)

そもそもなんで僕は将来敵になるであろう部隊に塩を送るような真似をしたのだろうか?自らの行いを若干後悔しているライである。

「わ、私も……!」

「いや、セリューとコロは俺達が失敗した時のフォローをしてくれ。その傷じゃあ戦闘は無理だろう?コロだって常時あの状態でいられるわけでもないんだろうしな」

「くっ、悪がそこにいるのに何も出来ないなんて……っ!」

悔しげに下唇を噛むセリューを尻目に、ライを囲む包囲網は完成しつつあった。

(……そろそろいいか)

シェーレ達が離脱するのには十分な時間は稼いだだろう。そう判断したライは、自分も離脱することにした。

すぅ、と自然な動作で片手を持ち上げて、パチン、と指を鳴らした。

 

ーーその瞬間、ライに立つ地面が盛り上がり、地表を突き破って巨大な怪物の姿が飛び出してきた。

「なっ!土竜だと!?なんでこんな場所に危険種なんかが出てくるんだよ!?」

警備隊の誰かが悲鳴にように叫んだのを皮切りに、彼らの間に動揺が広がって行く。

それらを一瞥し、駄目押しのように今度は腕を軽く横に一閃させる。ーーその瞬間、先程と同じように、今度は二体の土竜が飛び出てきた。

傍から見れば、まるでライ=キバが危険種を操っているように見えるだろうが、。

先程からライが一々芝居がかった動作をしているのは、離れた味方に指示を出すため。その指示に従い、あたかもライが危険種を操っているのように見せているのである。

危険種は普通に考えて操れないが、幸いライの手元には不可能を可能にする道具があるのだ。それを活用しない手はないだろう。

もっとも、そんな裏事情など警備隊員達が知る由もなく、ライの目論見通りに彼が危険種を操っているように見えていた。

「このままじゃみんなが……コロ!」

動揺する味方の士気が著しく下がってしまったのを感じたセリューはもはや休んでいる場合ではないとコロへ指示を出す。

幸いまだ狂化は解かれていないが、そろそろコロの限界も近い。長期決戦は不可能である以上、勢い任せでゴリ押しするしかない。

「…………」

仮面の内側からその一部始終を見詰めていたライはそろそろ頃合か、と闇色のマントを翻し、夜の闇に包まれた森の中へと去って行く。

「なっ、待て!」

咄嗟に叫んで走り出そうとするも、両腕が斬り飛ばされた状態では立ち上がることができずにうつ伏せに地面に倒れてしまう。コロの方も限界が近いのか動きが普段よりも数段鈍く、三体の土竜に苦戦を強いられているようだった。

警備隊達も援護するのだが、土竜がやたらとタフであり、なかなか倒せずにいた。そうこうしている内に、キバの姿を完全に見失ってしまう。

「クソッ!」

ギリッ、と噛み締めた歯が軋む音を立てる。

帝具を授かり、しかしその力に驕るまいと修練を重ね、この身を改造してまで得た力。それでもまだ、悪を裁くには足りないというのだろうか。

悔しさに、思わず涙が溢れそうになる。

 

「ーー俯くな、セリュー・ユビキタス」

その時、静かな声が聞こえてきた。

「悔いるのもいい。涙を流すのも構わない。ーーだが、俯くな。下ではなく上を見ろ。みっともなくとも、情けなくとも無様でも、自らの欲するものは地面には転がっていないのだからな」

内側から漲る強烈な自信と存在感。知らず身が引き締まるような凛としたその声は、セリューの記憶にある限り一人しかいない。

「ら、ライゼル将軍!?」

将軍格の人間が、何故こんな場所にいるのだろうか、と言う驚きと、彼が自分に話しかけてきたということに驚いた。

「最近は夜風に当たりながら散策するのが日課でな。警笛の音が聞こえたので駆け付けた次第だ」

「そ、そうでしたか……はっ!?申し訳ありません、このような姿で……!」

両腕を切り落とされているとはいえ地面に横たわったまま上司と会話するなどありえないことだ。真面目なセリューはそう思って慌ただしく起き上がろうとするも、腕が使えないのでは上手く行くはずもなく、案の定苦戦する。

「……構わん、そのままで。無理に直すな」

起き上がるのに四苦八苦するセリューに呆れたのか、ライゼルがため息混じりにそういった。

「も、申し訳ありません……」

「ふん……私も加勢すべきか……?」

顎に手をやり何かを思案するライゼル。そんな何気ない仕草でさえ気品があるのだから、一体彼はどんな育ちをしていたのか気になるところである。

やがて考えが纏まったのか、ライゼルは鞘から剣を抜き放ちつつ、地面を蹴って未だ警備隊と交戦する土竜へと接近する。

「速い!?」

思わずそう言ってしまうほど、傍で見ていたセリューが動きを見失ってしまうほどの速さで以て一気に土竜の手前まで近付くと、跳躍。閃光を瞬かせて土竜の頭部を切り落とし、崩れ落ちる胴体を蹴って別の個体へ飛び移り、今度は脳天から真っ二つに切り裂く。

「な、何だ!?ーーって、ら、ライゼル将軍!?」

「そら、二体は片付けたぞ。もう一体は自分達でなんとかしろ」

『了解!』

将軍の存在が大きな支えになり、萎えかけていた士気が再び盛り上がる。

「慌てず騒がず冷静に頭を狙え!功を焦るなよ!」

ライゼルの指示に従い、残った土竜も警備隊の連携により倒れ伏す。なお、コロは既にオーバーヒートを起こして戦力外となっている。「被害は?」

「はっ。危険種との戦闘では軽傷者はではましたが、死者や重傷者はいません。ですが、その前のナイトレイドと交戦していたと思われるセリューが……」

「成程な……」

おおよそ計画通り。マインがしばらく戦闘不能になってしまったが、同じく帝具使いであるセリューに重傷を負わせられた時点で御の字である。ーーもっとも、そもそもの戦力差があるため、ナイトレイドとしてはかなりの痛手だが。

(まぁ犠牲者が出なかっただけましか)

そう結論付けて、ライゼルはセリューの下へと歩み寄る。その傍らには戦闘形態を解除したコロが寄り添うように傍にいる。

「セリュー」

「あっ……ライゼル将軍」

普段のハキハキした声ではなく気落ちした、随分と暗い声音だった。

「申し訳ありません……ナイトレイドの連中を、取り逃がしてしまいました……っ!」

涙混じり、嗚咽混じりの声は、十二分に彼女の心境を物語っている。

「構わんよ。取り逃がして反省の色が何もないのならば私も容赦はせぬが、お前は悔し涙を流す程に悔やんでいる。過去を悔いるのは生者の特権……今は存分に後悔しろ。そして必ず這い上がれ。戦って勝つことが“強さ”ではない。倒れても這ってでも前へと突き進む覚悟こそが“強さ”なのだから」

無論、それだけが全てではないが。最後にそう付け加えて、ライゼルは声を張り上げた。

「救護班!何をぼさっとしている!負傷者の治療を急げ!」

『は、はっ!』

「私は戻るが、今回の件について報告書を纏めた後提出しろ。いいな」

了解、と返答の声を背に受けながら、ライゼルはその場を後にした。

 

(『倒れても這ってでも前へと突き進む覚悟こそが強さ』、か。ハッ、どの口がほざく。全て自分で生み出した自演で、よくもまぁ偉そうに言えたものだな、貴様は)

反吐が出る、と憎々しげに内心で己を罵倒して、ライは宮殿の自室へと到着した。

ちなみにキバットは此処にはいない。変身を解除した際にシェーレ達の様子を見にアジトまで行かせたためだ。だから今此処にはライと、

「お帰り、お兄ちゃん」

クロメしかいない。

「ああ。クロメもお疲れ様。おかげで助かった」

「うん。えへへ……」

微笑みながら頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかむ。

というのも、今回の自作自演はクロメがいなければまず計画することすらできないことなのだ。

クロメの帝具、死者行軍「八房」の能力である骸人形を最大限利用しなければこの計画はない。

キバ=ライが派手な動作で隠れているクロメに合図を出し、合図と共に八房の能力を起動。事前に人形にした土竜三体を如何にもライが操っているように見せ、警備隊の目を引き付けている内に去っていくように見せかけ、別の骸人形に掘らせた穴を使ってセリュー達の背後に回り込み、さも今来たかのように演出するという、クロメなしでは絶対に成功しない計画である。

甘えるように擦り寄るクロメを見て、気を緩めた瞬間、

「……っ!?」

ーーぐにゃり、と視界が歪んだ。

上下の平衡感覚があやふやになり、立っていられない。堪らずベッドへと身を投げ出した。

「……お兄ちゃん?」

ライのそんな様子を訝しむように首を傾げたクロメになんでもないと首を振って、仰向けに体勢を変えた。

そんな何気ない動作でさえ気怠く、動くのも億劫だった。

理由ははっきりしている。別に毒を受けたわけでもなく、これが極度の疲労からくる現象ということはよく分かっている。

先程までは気力でどうにかもたせていたが、部屋に着いて気を抜いた瞬間、それまで堪えていた疲労が一気に吹き出してきたと言ったところか。

不安そうに自分を見詰めるクロメに何かをしてやることもできず、ライの意識は暗闇の中へと呑み込まれて行った。

 

 

ーーナイトレイド、アジト。

怪我の治療をしたマインは、腕をギプスで固定した状態で食事を取ろうとしていた。

利き腕の使えない彼女を気遣ってか、今日の料理は箸を使わないで済むシチューである。

利き腕を折られているとは言え、何も全く動かせないというわけではない。少しくらいは動かせるので、なんとか自分で食べようとしているのだが……。

「あっ……」

やはり利き腕でない方の手では感覚が掴みづらいのか、折角掬った食べ物を落としてしまい、遅々として食事が進まない。

「マイン」

見かねたシェーレがスプーンで掬って食べさせようとするも、

「別に、一人で食べられるわよ。邪魔しないで」

とはいえ、勝気な彼女が素直に従うわけもない。そうでなくとも、人から食べさせて貰うというのは恥ずかしいわけだし。……いや、そう言えば喜々として食べさせて貰うことを喜ぶ人間がいた。

「……?」

自分の顔に何か付いているのか?と不思議そうに首を傾げるアカメから視線をそっと外す。

……まぁ、何事にも例外は付き物である。

「マイン」

「だ、だから一人で食べれるって言ってるでしょ」

「でも、冷めてしまいます」

「うっ……分かったわよ」

チラと包帯で包まれた腕を一瞥して、遂に観念したのか諦めたように口を開けた。

まぁ、これもシェーレがマインを助けるのが遅くなったという思いからくる罪悪感故の行為だろう。彼女自身には何の落ち度もないわけだが、優しい彼女らしいとは言える。

もっとも、

「はむっーーっ!?あふい(熱い)!?あふいふぁふぉっ(熱いわよっ)!?!?」

「ああっ!?すみません!今水をーーきゃっ!」

ドジなところも彼女らしいと言えるのだが。

なお、今の状況を説明すると、マインの反対側に座っていたシェーレが熱々のシチューを冷まさずにマインへ差し出し、無警戒にそれを口にしたマインにダメージ。悶える彼女に慌てて水を差し出そうとしてコップを取り、差し出そうとして椅子に引っかかって体勢を崩し、コップの中の水がマインの顔面へとぶっかけられた、というわけである。

なんともお約束な展開であると言える。

「……やっぱり一人で食べるわ」

「あうぅ……すみません……」

怪我人が出たとはいえ、今日もナイトレイドは平常運転のようである。

「……毎度のことながら騒がしいな、お前達は」

「キバット?どうしたんだ?兄さんから何か連絡があったのか?」

いち早くキバットの存在に気付いたアカメが席を立って彼に近付いて行く。

「それもあるな。メインはこれだが」

そう言って、キバットは脚にぶら下げていた小壺をアカメへと渡した。

「これは?」

中身を問うアカメに答えようとした時、キバットに気付いたマインが近付く。なお、既に水は拭き取っている。

「あら?キバットじゃない。どうしたの?」

「アイツからお前への差し入れだ」

「ライから?」

アカメから受け取り、匂いをかいでみる。

ツン、とした鼻にくる刺激臭に思わず顔を顰める。

「……何これ?」

「軟膏だ。怪我した箇所に塗っておけば痛みも和らぎ傷も早く癒える優れもの、と言っていたぞ」

「ふ~ん。ま、ライらしいわね。ありがと、ありがたく使わせてもらうわ」

「キバット。私には何もないのか?」

何処となくワクワクした様子で尋ねるアカメだが、

「いや、何も受け取っていないが」

「………………………………そうか」

今度は酷く沈んだ様子で肩を落とすアカメ。

「た、ただアカメも無理せず怪我のないように、あとちゃんと野菜も食べなさいと言ってれていたぞ」

「オカンかアイツは」

「本当か?」

「うむ」

嬉しそうにするアカメに頷きを返す。

実際はライが「あの子は肉が好きだからって朝昼晩と重たいものばかり作ってそうで心配だ」と呟いていたのを咄嗟に脚色したのである。ニュアンスは間違ってはいないのだから別に構わないだろう。

マインのツッコミに関しては完全に同意である。

「それはそうとナジェンダは?」

「ボスなら今は出かけてますよ」

「そうか……では帰ってくるまではしばらく此処にいよう」

このタイミングで、となるとナジェンダもキバットと同じ情報を持ち帰って来るだろうことは予想出来る。

そして、これから革命が本格的に動き出すことも。

(さて……この中で一体何人ーー)

 

ーー生き残れるか?

 

 

 

血の匂いと人々の絶叫が響き渡る。

ある者は目を抉り取られ、またある者は生きたまま火に焼かれ、そしてまたある者は脚を削ぎ落とされる。

これが、帝国の実質的な支配者、オネストに逆らった者達の末路。生き地獄の中、いっそ殺してくれと願う咎人とされた人達の絶叫と、拷問官達の下卑た笑い声が響く場所。

男も女も区別なく、全裸にされて並べられた先には煮え滾る湯が溜められた大釜があり、その中に放り込まれた人間達が余りの熱さに絶叫している。

「オラァ!もっといい声で泣けやぁ!!」

「オネスト様に逆らう奴はこうなるんだよぉ!!」

拷問官が笑いながら嘲笑う。一歩外に出れば彼らは取るに足らない一兵卒だが、この場においては彼らが法。支配者だった。

「何をしている……お前達を見ていると気分が悪くなる」

カッ、と靴音を響かせて、その女性は機嫌悪そうに言った。

「あぁ~~~ん?」

もう一度言うが、この場においては彼らが法。逆らう奴らはどうとでもできるのだ。そんな彼らにとって最高の時間を邪魔されたことに苛立って、挑発的な口調で生意気なことを言った奴を見ようと振り返り、

「ひキっ!?」

引き攣った、妙な声が飛び出した。

何故なら、そこに立っているのは帝国に住むものなら知らぬものがいない程の人物なのだから。

『え、エエエ……エスデス様!!!』

三人の男を従わせ、威風堂々と佇む女性こそ、帝国最強の呼び名も高い将軍、エスデス。

『お戻りになられていたのですね!』

ははぁー!と見事なシンクロを見せ付けながらその場に平伏する拷問官達。一瞬にして立場が逆転してしまっていた。

それもそのはず。彼女に逆らおうとする人間など、この帝都には一部の例外を除いて存在しない。

付け加えておくと、彼女が不機嫌な理由は別に人を拷問する彼らの残虐な行いを嫌うからーーではない。そうであればどれだけ良かったか。

「拷問が下手過ぎる。お前達を見ていると本当に気分が悪い……」

悩ましげな溜息と共に煮え滾る大釜へと視線を移し、

「この大釜の温度はなんだ?これでは直ぐに死んでしまうではないか」

嘆息しつつ、パチン、と指を鳴らした。

瞬間ーー巨大な氷塊が一瞬にして生み出され、大釜の中へと落とされる。

熱湯の中に氷の塊を投入したのだから必然的に温度は下がる。しかし、もう一度言っておくが、これは彼女が残虐な行いを嫌っているからではないのだ。

「少し温くした。これくらいが一番長く苦しむぞ」

単純に、より長く人苦しめることを目的としているからこその行為なのだ。

『べ、勉強になりますうううっっっ!!!!!』

またも見事なシンクロで平伏する拷問官達を尻目に、エスデスは背後の三人を引き連れてその場を後にする。

「流石はエスデス様……ドSすぎる……」

「まるでSの塊が形となったようだ……」

恍惚とした様子で呟く彼らの様子は危ないが、それだけ彼女に心酔しているということ。彼女自身も残虐かつ残酷な女性だが、人から不思議と慕われるのは彼女の天性のカリスマ性故だろう。

「それに今もエスデス様の後ろについていた“三獣士”……」

今度はエスデスではなくその配下の者にも称賛が向けられる。

「あの方々、異民族の生き埋めを喜々として実行したらしいぜ」

「まさに飢えた獣の軍だよな……俺も入隊してぇ……!」

「でも訓練がドS過ぎて何人も死んだらしいぜ」

「…………」

そんな話を喜々として行う辺り、彼らも相当壊れているが、そもそも拷問官なんて仕事をまともな人間がこなせるはずはないのだから当然か。

 

「失礼します。ライゼル様」

「……スピアか。どうした?」

「先日の件で警備隊から報告書が届きましたのでその御報告に……」

スピアが何時もの様に執務室へ入室すると、何時もと変わらず彼女の主であるライゼルと、黒衣に仮面の謎の人物、黒がいた。

何時もと変わらない。その筈なのだが、スピアは何故かその光景に違和感を覚えていた。

「……どうした?」

疑問を感じていたことが伝わったのか、ライゼルが問いかけてきた。

「はっ。あの……」

問われたのだからこの際遠慮なく聞いてしまおうと、内心の迷いを押し切って口を開いた。

「ライゼル様は先日から御気分が優れないのでは?」

「……どうしてそう思う?」

「いえ、あの、本当にただそう思っただけなのですが……」

どうして、と問われると彼女としても答え辛い。本当に勘、としか言えないのだから。

「……まぁ、確かに最近立て続けに事件や事故が頻発しているおかげで、休む時間が取れないのは事実だがな」

「はぁ……」

本当にそれだけでしょうか?と問いそうになるが、慌てて口を噤む。

「しかしまぁ……よく気づいたな」

「えっ?あっ、それは、その……」

何処か感心したような彼の声にスピアの頬が赤くなる。

……言えない。言える訳が無い。

(何時も見ていますから、なんて、言える訳が無い……!!)

なんだそれは。まるで自分が恋する年頃の乙女のようではないか。何より恥ずかしい。

(私とライゼル様は上司と部下!それだけです!上司の体調に気を遣うのも部下たる私の使命なのです!)

誰に言っているのやら、言い訳じみた言葉を内心でツラツラと並べる。……いい具合に彼女は混乱していた。

この場面を彼女の父親が見たら涙を流して喜びそうなものである。

「……?まぁ、いい。報告書を見た後私は負傷者の見舞いに行くが、お前も来るか?」

「わ、私もですか?」

「ああ。……無理にとは言わんが」

「いえ、その……御一緒させてもらいます」

「そうか」

それから特に会話をするでもなく、二人は黙々と書類を片付けるのだった。

 

「……そう言えば、何故お見舞いなどに行かれようと思ったのです?」

書類を片付けたライゼル、スピア、黒の三人は負傷者が入院しているという病院へ向かって移動していた。

宮殿からは少し歩かなければいけないが、手ぶらで見舞いに行くのもアレなので、病院への道すがら果物でも買うつもりである。

「特に理由はないが、そうだな。どうにも見ていて危ういから、か」

「危うい、ですか?」

「ああ」

首を傾げる。一体どういうことだろうか?時折謎めいた言葉を発する彼ではあるが、今回もその部類なのか。

主人の言葉の真意を問おうとした、その瞬間だった。

「ーーッ!?」

不意に冷たい感覚が背中を伝わり、慌てて振り向く。

その時には既に氷の剣が眼前に迫ってきていた。

「ッ!」

スピアが驚きの声を上げるよりも早く、黒衣の人物ーー黒が動いていた。

黒衣の中に隠れていた刀を鞘から抜くことなく、そのまま振り回し、氷剣を叩き落とし、あるいは砕いて無効化する。

「助かりました、黒さん!」

気を取り直したスピアも自らの槍を構え、臨戦態勢を取る。理由は何であれ宮殿内で主が襲われたのだ。この宮殿で、だ。

守りだけはガチガチの宮殿内に忍び込める程の実力者に自分の力量で立ち向かえるかは不安が残るが、主が襲われた以上、黙っているつもりはない。

「この氷……黒、スピア。下がれ」

「で、ですが!」

「構わん。……あの女にとっては挨拶替わりだろうさ」

見れば黒も渋々と行った感じだが臨戦態勢を解いている。自分よりも強いであろう彼女が引いているのだから、自分がでしゃばったところで意味はないだろう。

不満は残るが、スピアも指示通り構えを解いた。

「宮殿内で騒ぎを起こせば大将軍殿が黙っていないぞーーエスデス」

「ふふふ。あの堅物とやり合うのもそれはそれで楽しそうだがな」

コツ、コツ、コツ、と足音を響かせながら近付いてくる一人の女性と、彼女の後ろに控える三人の男性。

帝国最強の将軍、エスデスとその私兵、三獣士の面々である。

「エスデス将軍……」

苦々しげにスピアがその名を呟く。反大臣派の彼女からすれば、大臣と組んでいるエスデスの存在は敵でしかない。更に言えば闘争と殺戮による蹂躙を良しとするエスデスの思考に潔癖なスピアが嫌悪感を感じているのも理由の一つである。

「久し振りだな、ライゼル。調子はどうだ?」

「変わったところは特にないな」

「その割には随分と疲労が溜まっているようだがな」

ーー見抜かれている。

内心で舌打ちしつつ、そんな内心の動揺など微塵も感じさせずに肩を竦める。

「お前の部下も、見ない内に腕を上げたようだな。どうだ?コイツらと一度戦ってみるか?」

「え?いえ、私は、その……」

まさか自分が声をかけられるとは思ってもいなかったのか、動揺するスピア。

すかさずライゼルがフォローする。

「死人が出るだろうから却下だ」

「それは残念だ」

然程残念そうでもなく肩を竦める。と言うか先程攻撃を仕掛けてきたというのにまるで悪びれる様子がない。

彼女らしいといえば彼女らしいのだが。なにせ、部下をペット扱いする女なので。

「で?陛下との謁見は済ませたのか?」

「これからだ。行く途中にお前の姿を見かけたのでな」

「それでアレか?」

「宮殿暮らしで腕が訛っていないか見極めようとしたのだがな。それは邪魔されてしまった」

そう言って、面白そうにエスデスは黒へと視線を送る。

「まぁ、それは今から確かめればいい話か……?」

が、すぐに黒から視線を外し、殺気混じりの挑発的な眼差しで本気とも取れる言葉を発する。

そんな彼女に思わず臨戦態勢を取る黒とスピア。

「……二人は冗談には慣れていない。からかうのはよせ」

「そうか。それは残念だ」

嘆息しつつライゼルが言うとあっさり殺気を消し去ってしまう。身構えていた二人が拍子抜けする程あっさりと。

「おっと……そろそろ行かないとな。陛下をお待たせするわけにもいかんし」

「そもそもの原因は貴様だろうが」

「冷たいな。仮にも友人に向かって」

「仮にも友人だからこそ、だ。ではな。私もそろそろ行くぞ」

「ああ。呼び止めて悪かったな」

「ふん……」

軽い謝罪に片手を挙げて応え、ライゼルは二人を引き連れてその場を後にした。

 

(ーーとうとうエスデスが帰還した、か)

彼女自身が最強クラスの帝具使いである上に、配下の三獣士もまた優れた帝具使い。この時期に彼女達が呼び戻されたということは、間違いなくナイトレイド殲滅目的のためだろう。

数で劣るナイトレイドが、果たして対抗できるのか。抜け目のない彼女のことだ。恐らく対ナイトレイド用組織設立のために帝具使いを複数人集めるはず。

帝国の軍事バランスを考えて集められる帝具使いの数は五人……もしくはギリギリ六人。三獣士とエスデス自身を含めて十人。

帝具の相性にもよるが、真正面から戦って勝てる確率はかなり低い。

(せめて僕らが加勢出来ればいいんだが……)

できないことを行っても仕方はないが、そう思わずにはいられない。

最悪クロメを加勢に行かせることはできるが、それでも数の上では劣る。

これから苛烈を極めて行くであろう戦況で、全員が生還できる可能性は、限りなく低い。ほぼ確実に、誰かが死ぬだろう。

それでも、祈らずにはいられない。

(どうか、みんな生き残ってくれ……)

例えそれが、叶わぬ願いだとしても。

 




最後まで見ていただき、ありがとうございました。
……これだとなんだか最終回っぽいですね。……あれ?なんかこのやり取り、どこかで見たような……?

まぁ、それはさておき、皆さん。『ファルキューレの紋章』というアプリを知っていますか?
作者が携帯を手に入れた当初からやっていて、実は結構古参だったりするのですが。
そのアプリで昔、とあるラノベのコラボでカードが配られたのですよ。そのカードに一目惚れした私はコラボ元のラノベまで買ってしまったのですが……それはさておき、作者は無課金ながらもゲーム内で得られるメダルをイベントを必死にこなしてかき集め、九枚(最終進化に三枚必要)集め、最終進化後の限界突破(最終進化後のレベルMAXのカード二枚を掛け合わせる。最大三回)をして行ったのです。ええ、頑張りましたとも。そして最後の最後、最後の限界突破で私は、ベースのカードを間違えてしまうという失態を犯し、後一回で限界突破三になるはずだったカードが限界突破一に逆戻りしてしまうという……書いてて落ち込んできた…………欝だ。死のう。
しかもそのカード、交換不可、もはや手に入らない限定カードであるため、もうどうにもならないと言う始末。おかげでもうやる気がほぼ皆無の状態に………………ハハッ、笑えよ……なぁ?
みなさんはこんな失態を侵さないように常に注意を払いましょう…………はぁ。





今、誰か俺を笑ったな?


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第十四幕 この身が外道へ堕ちようと

十四話です。
何時にも増して駄文です。自分の文才になさに絶望して欝になって泣きたくなったorz

なお、後書きにて重大発表があります。


謁見の間。

玉座には何時ものように幼い皇帝が座り、その傍らには当然の如くオネスト大臣が侍っている。

そして彼らが見下ろす先には、一人の女性が跪いていた。

「エスデス将軍」

「はっ」

エスデス、と呼ばれた女性が短く返答する。

彼女こそ帝国最強と謳われる将軍にして最年少で将軍となったとは外見からはまるで想像できない。ーーもっとも、その内面を知っているからこそ例え味方であったとしても彼女は恐れられているのだが。

「北の制圧、見事であった!褒美として黄金を用意してあるぞ」

「ありがとうございます。北に備えとして残してきた兵達に送ります。喜びましょう」

下賜された褒美を部下に送る、と言うのはライゼルがよくやっていることだが、どちらかと言えば彼女が最初である。どちらもその思惑は違えどやることは一緒と言うのは中々に面白いところである。

「戻ってきたばかりですまないが、仕事がある」

皇帝の言葉に居住まいを正す。豪放磊落な性格の彼女ではあるが、だからと言って仕えている君主の前でも慇懃無礼に振舞うわけではない。当たり前だが。

「帝都周辺にナイトレイドをはじめ凶悪な輩がはびこっている。これらを将軍の武力で一掃して欲しいのだ」

一瞬、エスデスの瞳に雷光のような鋭い光が走った。

「……分かりました」

が、それを指摘できる者もまた気付ける者もいない以上、その意味を理解できるのは彼女一人だけ。

内心の思いを己の内に封じ込め、エスデスは静かに口を開いた。

「一つお願いがございます」

「うむ……兵士か?なるべく多く用意するぞ」

それは賊討伐を依頼する側としては当然の言葉だった。帝都周辺の凶悪な賊の筆頭であるナイトレイドの構成員はほぼ全てが帝具使い。一騎当千の力を持つ帝具使いを相手にするには、用心しすぎて困ることはない。

エスデスとて一騎当千の猛者だが、実際にその実力を理解するには彼女の戦い振りを目の当たりにするしかない。

結局の所、皇帝もオネストも、又聞き程度でしか彼女の力の一端を知らないのだ。これもまた、当然だが。

しかしエスデスの要求はある意味において予想通りだが、ある意味において予想の斜め上を行っていた。

「賊の中には帝具使いが多いと聞きます。帝具には……帝具が有効」

そしてそれは、。つまりはナイトレイドにとって最悪にも等しいこと。

「六人の帝具使いを集めてください。兵はそれで十分。帝具使いのみの治安維持部隊を結成します」

思わず絶句。彼女の要求があまりにも突き抜けたものだったからだ。

「……将軍には三獣士と呼ばれる帝具使いの部下がいたな?更に六人か?」

帝具優れた武具ではあるが、使い手を選びすぎるため帝具の数に比べて帝具使いの数は十分とは言い難い。逆に言えばそれだけ帝具使いの数を揃えたナイトレイドは脅威であるとも言えるが。

「陛下」

そのような実状もあってかエスデスの要求に難しい顔になる皇帝だが、すかさず傍に侍っていたオネストが口を挟んできた。

「エスデス将軍になら安心して力を預けられます」

全幅の信頼を寄せる大臣の言葉を受け、皇帝は表情を緩めた。

「うむ。お前がそう言うなら安心だ。用意できそうか?」

「勿論でございます。早速手配しましょう」

「これで帝都も安泰だな。余はホッとしたぞ!」

言葉通り胸をなで下ろして安堵の息を吐く皇帝に向けて、オネストは慈愛に満ちた優しい表情を浮かべて見せた。

「まことエスデス将軍は忠臣にございますな」

などと嘯きつつ、頭の中では冷徹な思考を走らせる。

(エスデスは政治や権力に全く興味がない。戦いに勝って蹂躙することが全て……!)

彼はエスデスの力を又聞き程度でしか知らないが、彼女の本質的なことに関しては熟知していた。

でなければいくらなんでも帝具使い六人と言う戦力を預けられるわけが無い。

それだけの戦力に内乱でも起こされたら一体どれだけ面倒なことになるのか、想像したくもない。

(私が国を牛耳ることで彼女は欲するままに暴れられる。利害の一致……最高の手札です!!!)

更に言えば、エスデスを味方に付けている限り、どれだけ自分に叛意を持っていたとしても処理できる。一部の内政官達がライゼルを祭り上げようとしていることもとうの昔に把握している。が、エスデスがいる以上実力行使には出られない。何せ、ライゼルの部隊には帝具使いはいないのだから。

(まぁ、“臣具”使いならいますけどねぇ)

どの道たった一人で何ができるのだ。武器の質で劣り、実力でも劣っているのに勝ち目などない。

帝具を隠し持っているかもしれないが、それこそ一人で何ができるのだ。

絶望的な戦力差を覆すことなどできはしない。

とは言え戦に関してはオネストも専門外である。いざ戦うとなれば自分ではない誰かが戦うのだから関係ないといえば関係ない。

「苦労をかける将軍には黄金だけではなく別の褒美も与えたいな。何か望むものはあるか……?爵位とか領地とか」

ふむ、と考え込む。望むもの、と急に言われて思い浮かぶものはーーまぁ、あるにはあるが。

「そうですね……あえて言えば……」

「言えば……?」

「恋を、したいと思っております」

 

ーー空気が凍った。

 

暫し沈黙が場を支配し、

「……そ……そうであったか!将軍も年頃なのに独り身だしな」

逸早く皇帝が復活し、先程までの沈黙を誤魔化すように付けている限り努めて明るい声を上げた。

「しかし将軍は慕っている者が山程おりましょう?」

次いで再起動を果たしたオネストがそう問うが。

「あれはペットです」

身も蓋もなく断言する彼女に再び凍る空気。

「……では誰か斡旋しよう。この大臣などはどうだ?いい男だぞ!」

「ちょ……陛下!!」

まさかのキラーパスだった。

容姿に関しては文句はない。むしろ満点に近い。近いのだが……性格が致命的である。

ドSな彼女の伴侶となった暁には一体どれほど苛烈なプレイが待ち受けているのか想像するだに恐ろしい。

「お言葉ですが、大臣殿は高血圧で明日をも知れぬ命」

「これで健康です失礼な」

しれっと毒を吐くエスデスに物申すオネストだが、寿司を頬張る肥満体型の中年男の言葉では説得力がまるでない。

「将軍はライゼル将軍と親しい仲なのでしょう?彼では駄目なのですか?」

さりげなく聞くオネストだが、実際は探りを入れていた。

有り得ないだろうが、もしも彼女がライゼルと手を組んで攻め込んできたとしたら……。あまり考えられないが、万が一ということもある。

「彼とは確かに親しい仲ですが……ただの戦友です。それ以上でもそれ以下でもありません。それにーー」

「それに?」

一度言葉を区切り、エスデスはその美貌に笑みを浮かべた。

ーーゾッとするほど危険な笑みを。

「ーー彼とはいずれ殺し合う。そんな予感がするのです。だからこそ、私達は決して結ばれることはない」

その予感は、出会った時からあった。今なおその予感は続いていて、彼女の中では確信へと変わりつつある。

二人は結ばれることはないが、ある意味において結ばれているのかもしれない。

例えそれが、血塗られたものだとしても。

「うぅむ……では一体、将軍はどのような男が好みなのだ?」

「此処に……」

と、胸の谷間に手を入れて、一枚の紙を取り出した。

「私の好みを書き連ねた紙があります。該当者がいれば教えて下さい」

用意してたんかい!と突っ込むことはなく、皇帝は素直に頷いた。

「分かった。見ておこう」

決して、衝撃続きで疲れたわけではないことを此処に記載しておく。

 

 

皇帝陛下との謁見が終わり、エスデスとオネストは並んで廊下を歩いていた。

「相変わらず好き放題のようだな大臣は」

「はい。気に食わないから殺す。食べたいから最高の肉を頂く。己の欲するままに生きることのなんと痛快なことか」

フフフ……と笑みを零すオネストに呆れたように「本当に病気になるなよ」と一言進言する。とは言え、この男は放っておいてもしぶとく生き残りそうだが。

「しかし妙なことだ……私が闘争と殺戮以外に興味がわくとはな」

オネスト達を驚愕させたエスデスだが、彼女自身も自分に芽生えた新たな欲求に戸惑いを感じているらしい。

「あぁ、生物として異性を欲するのは至極当然のことでしょう。その気になるのが遅すぎるぐらいですよ」

恋と言う言葉は全然似合っていないが、と言う本心は心の中に押し止め、年長者らしい言葉をかける。

彼女もまた人の子、と言うことだろう。

「なるほど。これもまた獣の本能、というわけか……まぁ、今は賊狩りを楽しむとしよう」

新たに芽生えた欲求には一先ず納得が行ったのか、まずは目の前のことを片付けることにしたらしい。

彼女の場合、下手に色事にうつつを抜かされたら非常に困るのでその方がオネストとしても喜ばしい。が、

「それですが、帝具使い六人は要求がドSすぎます」

「だがギリギリなんとかできる範囲だろう?」

薄く、笑う。

「揃える代わり……と言ってはなんですが……私……居なくなって欲しい人達がいるんですよねぇ……」

隠す気の無い邪悪な言葉に、エスデスもまた小さな笑みを浮かべた。

「フッ……悪巧みか」

呆れているのかそれとも楽しんでいるのかは定かではないが、オネストがエスデスに“頼みごと”をするのは珍しくない。依頼される内容も大抵は似たりよったりなのだが。

 

 

所変わって、オネストと別れたエスデスの前に、黒い軍服を身に纏った三人の男達が跪いていた。

一人は見上げるほどの巨体を持つ筋骨隆々の男性。

一人はまるで童女のようにも見える中性的な風貌の少年。

一人は三人の中では最も高齢だろう白髪の男性。

彼ら三人はエスデスの忠実なる下僕にして、彼女の部隊の中枢を担う存在ーー三獣士。

「お前達に新しい命令をやろう。今までとはちと趣向が異なるが……」

彼女の言葉に、跪く三人があらかじめ口裏でも合わせていたかのように順繰りに口を開いた。

「何なりとお申し付けください、エスデス様」

「僕達三人はエスデス様の忠実なる下僕」

「如何なる時如何なる命令にも従います」

迷いなく紡がれるのは揺るぎなき忠誠の言葉。

「よし」

満足げにそう言ったエスデスの唇は、獰猛に歪んでいた。

 

 

ライゼルと同じ執務室で書類仕事をこなすスピアは、何処と無く浮かれている様子であった。……いや、浮かれていた。

作業しながら鼻歌とか歌っているし。

それで気が散るというわけではないが、仕事に対して真面目な姿勢を崩さない彼女が何故今日はこれほどまでに浮かれているのか気になったライゼルは、本人に聞いてみることにした。

「スピア。何をそこまで浮かれている?」

「えっ!?」

ライゼルの言葉に驚いた表情でスピアが固まった。

それから恥じ入るように頬を朱に染めつつ、ライゼルの表情を伺うように上目遣いになりつつ問い返す。

「う、浮かれてましたか?私」

「それはもう、鼻歌を歌うほどにな」

今にもそこら中をスキップして駆け回りそうだったぞ、とは言わないでおいた。理由をしいて上げるとするならば、優しさ、である。

ライゼルの予想通り、スピアはかあぁぁ、と頬どころか耳まで赤く染めて小さく縮こまった。

「う、うぅ……まさかそこまで浮かれていたとは…………しかもライゼル様に見られてしまうとは……不覚。一生の不覚です…………!」

「何をそこまで浮かれているかは知らんが、流石に気になる。一体何があった?」

「う、そ、それは……」

言い淀むスピアに、ライゼルは閃いた。

「……あぁ、もしや結婚相手が決まったとか?それならば大急ぎで祝言をーー」

「違います!!」

「むぅ……」

一瞬で否定され、思わず唸る。では一体何だというのか。

「じ、実は、父上が近日中に帝都へと来るとの知らせを受けたものですから、つい……」

「父上……と言うとチョウリ元大臣か」

「はい」

成程、と心中にて納得する。スピアは元大臣でもあった自分の父チョウリのことを心から尊敬しているのだろう。親離れしていない、というのとも違うだろう。単純に家族仲が良く、尊敬している。実に見習うべき家族関係である。

尊敬している人が来るとなれば嬉しくて当然だろう。彼女の浮かれっぷりはまさにそのことが原因だったのだ。

ライゼルとしても、チョウリの政治手腕は尊敬に値すると思う。まぁ、娘のことに関するとダダ甘の親馬鹿になり果てるのだが。

娘を貰ってくれ、と以前あった時にそう言われたのは懐かしい思い出である。

「では、到着し次第歓迎するとしよう。私としても色々と便宜を図ってもらった恩がある故」

「本当ですか?きっと父上も喜ばれると思います」

嬉しそうに微笑むスピアに頷きつつも、ライゼルはエスデスの帰還、と言う出来事に一抹の不安を抱かずにはいられなかった。

(何もなければいいが…………)

ライゼルのその予感は見事に的中することとなる。

 

ーー元大臣チョウリがナイトレイドに暗殺された、と言う報告によって。

 

 

(……やってくれたな)

「お兄ちゃん……」

表に出さないように気を付けていたどす黒い感情はしかしクロメには感じ取られてしまったようで、心配そうな眼差しを送られる。

そんな彼女を安心させるように艶のある黒髪をそっと撫でて、ライは自室のソファーに深く腰を下ろした。

勢いを付けすぎたのかギシッとソファーが軋む音を立てたが、それは思考として纏まる前に霧散して消えた。

チョウリが暗殺されたのは帝都近郊の小さな村の近く。そこで彼は多数の護衛の屍達と共に頭と胴を切り離された死体となって発見された。そしてその周囲に散乱していた『ナイトレイドによる天誅』と書かれた犯行声明の紙。

今回のように帝都で文官が殺される事件が此処の所多発していた。チョウリの事件を含めれば四件目ーーそして、その全ての現場にナイトレイドの犯行声明のビラが撒かれていた。

無論、これらの事件がナイトレイドによるものでないことはその一員であるライがよく分かっている。ナイトレイドにとって革命は最重要事項ではあるが、革命を起こすことが最終目的ではない。その後のより良き新時代を作るためにも大臣に同調しない、それでいて優秀な人材というのは貴重である。特に、反乱軍のスカウトにも靡かない者達は。そんな彼らを殺したところでメリットはない。むしろ、良識派の人間を殺してしまえば、民からの信頼も落ちる。デメリットしかないと言ってもいい。

だから、ナイトレイドが彼らを殺すことはない。ーーが、あくまでそれはナイトレイドに属しているからこその考え。そうでない者にしてみればそんな理屈は関係ない。

無論、今まで犯行声明などしなかったナイトレイドがいきなりビラをばら撒くなどの行為をしても、本物と受け取る輩は少なかっただろう。が、それが二件三件と重なっていくなら話は別である。

更に、事件が起これば当然他の文官達も警戒する。警戒して護衛の数を増やしてーーその上で四件目。チョウリ暗殺の際の護衛人数は四十名近くが殺されている。

そんな芸当が出来るのはナイトレイドしかいないーー簡単だが効果的な一手。考えた人間の意地の悪さが良く分かる。

ともあれこれでナイトレイドは動かざるを得なくなった。後は適当に待っておけば向こうからやって来る。

信頼を築き上げるのは難しいが、崩れるのは一瞬なのだ。このまま放っておくわけには行かない。

はぁ、と鬱屈とした思いを吐き出すようにため息。誰がやったのかは簡単に想像できる。エスデスの所の三獣士だろうということは。だが、こちらから何か行動を起こすことはできない。

下手に動けばライの素性を勘づかれる恐れがある。それだけは避けなければいけない。でなければ、一体何のために危険を冒して宮殿内に潜り込んだのかが分からなくなる。

そしてーー気になることがもう一つ。

(スピア…………)

ライのーー否、ライゼルの部下である彼女。彼女は葬儀の際、決して涙を見せず黙したままだった。ライとしても世話になった人物が亡くなるのは辛いこと。であれば、肉親というより深い繋がりを持つ彼女の悲しみは如何ほどのものだったのか。

自宅休養を出したはいいが、短気を起こさないとは限らない。

スピアは真面目だ。真面目であるが故に、思い詰めたらその内なにかとんでもないことを仕出かしそうで怖いのだ。

「よくもまぁ、此処まで不愉快極まりない策を使ってくれたな…………」

低く、怒気を含んだ声が響く。近くでクロメが怯えたように身を震わせたのを見て、四苦八苦しながらどうにか自身の激情を抑え込む。それからクロメに謝ろうとした所でーーノックの音が聞こえた。

目配せをして素早くクロメが黒装束と仮面を身に付けたのを確認して、ライーーライゼルが扉を開けると、そこには一人の女性……スピアが立っていた。

「……夜分遅くに申し訳ありません」

深く、暗く、沈んだ声。

彼女の声に我を取り戻し、意識して平静を保って問いかけた。

「どうした?しばらく休みを取らせる、と言ったはずだが」

「仕事を、させて下さい」

「駄目だ。今のお前では任せられん。一度休養を取り、気持ちを落ち着けてから仕事はしてもらう」

だからもう帰れーーそう言って扉を閉めようとしたが、それよりも早くスピアが口を開いた。

「仕事を下さい」

「だからーー」

「お願いします」

ライゼルの言葉を遮って、スピアが再度同じ言葉を口にした。

思わず息を呑む。彼女の瞳には、今にも溢れ出しそうなほど涙が溜まっていたから。

「何かしていないと、どうにかなってしまいそうなんです。今すぐにでも全てを忘れて父上を殺したナイトレイドを打つために槍を振るってしまいそうになるんです」

だから、と。仕事をさせてくれ、とスピアは懇願する。自分が復讐に取り憑かれる前に、と。

「…………」

これは、ライゼルのミスだ。彼女の親愛を事前に見抜けなかった、そして警戒すべき相手がいるのに警戒を怠ったライゼルの。

「黒。暫しの間、外へ出ていろ」

言いつつスピアの手を引き室内へ招き入れる。

黒は一瞬戸惑ったものの、結局は指示通り退室した。

音を立てて閉ざされた扉を視界の端へ収めて、ライゼルはそっとスピアを抱き締めた。

「っ!」

「スピア。私にはお前の気持ちは分からない……が、理解は出来る」

肩を震わせて反射的に離れようとしたスピアを強引に腕の中に押さえ込んで、囁くように語りかける。

「悔しいだろう。哀しいだろう。殺した相手が憎いだろう。ーーそれより何より、何も出来なかった自分が許し難いだろう」

だが、スピアが感情のままに暴れることはできない。否。許されない。

彼女は個人ではなく組織の一員なのだから。私情を優先させることはできないし、できる立場でもない。

だが、だからこそーー

「お前の全てを、私に寄越せ。お前の感じた全てを私が背負おう」

「ライゼル、さま……?」

 

ーー今のスピアは精神が不安定な状態。そんな状態で、不用意に情報を与えてしまえば最悪壊れてしまう。

それを許容できるほどライゼルは非情でもなければ、見捨てるには情を抱き過ぎた。

 

不思議そうに見上げたスピアの顔へ自身の顔を近付けて、僅かに開かれた唇に自分のそれを重ね合わせる。

「んんっ!?」

先程とは違った驚愕で体を震わせる彼女を押さえ付け、片手でほっそりとした腰を抱き、空いた片手で顔が離れないように抑え続ける。

噛み締めた歯の周りの歯茎を舌でなぞり、優しく唇を愛撫する。

「んっ……はぁ、んぁっ……」

丹念にゆるゆると愛撫を続けていると、自ら求めてくるようにスピアの口が開かれた。

おずおずと差し出された舌に自分の舌を絡み付かせて、今度は口腔内を愛撫する。

「ちゅっ……あふぁ……らいぜる、さま」

くたり、と強ばっていた体から緊張が抜け、ライゼルに体を預ける。

青白かった肌は赤みを帯び、瞳は情欲に濡れ光っている。

「お前の憎しみも、哀しみも、喜びや幸せも、全てを私に捧げ尽くせ」

ライゼルが行うのは、人として唾棄すべき最悪の手段。

だが、今はもうこれしか思い付かなかった。

 

「スピア、その命尽きるまで、この私と共にあれ」

 

「は、い……」

即ち、敬愛する父親を失い、悲しみの渦中にいるスピアの心に付け込み、彼女をライゼルへと依存させる。

少なくとも、スピアの心は救われる。

…………今は、それでいい。

(だが、この借りはいずれ利子付きで返させてもらうぞ……オネスト)

そう、例え、この身が地獄の業火に包まれることになろうとも。

 

奴だけは殺さなければならない。例え、外道へ堕ちようともーー

 

 

 




最後まで見ていただき本当にありがとうございます。
今回の話しは賛否両論あると思いますが、頭を空っぽにしてお読みいただければ幸いです。

えー、それはそうと前書きにあったように重大発表です。
作者の拙作『アカメが斬る! 銀の皇帝』の本編は今回の話で一旦終了となります。
………はい、すみません。一応理由がありますので、説明します。


元々この作品は作者が試しに投稿してみたものなんですよね。だから、元々連載する気はなかったんですが、連載希望の感想が多数(誇張)書かれまして、調子に乗って連載し始めたのがきっかけです。
ちょうど友人からアカメの漫画を借りていたので、その場のノリとテンションで書いたものでして、しかし卒業式が近付き、友人とも離れ離れになるので借りた漫画を返却しなければならなくなり、これ以上本編を書き進めることができそうにないので、本編は申し訳ありませんが取り敢えず本編は凍結にさせてもらいます。
いままでこの作品を楽しみにして下さった読者の皆様には深くお詫び申し上げます。



え~、既に察した方もいるかもしれませんが、“本編”は一応打ち切りとなりましたが、それとは関係ない作者のオリジナルとなる外伝は投稿します。
それと、作者の初めての二次創作作品なので思い入れも当然ありますし、いつかまた更新再開出来ればいいな、とも思ってます。完結もさせたいですし。
以上、作者からの重大発表でした。それでは、また別の作品か外伝でお会いしましょう。


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