カンムスレイヤー ネオチンジュフ炎上 (いらえ丸)
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ジ・エンド・オブ・ムーンレス・ナイト
#1


(これまでのあらすじ)恐るべきオリョクル・シックスゲイツのカンムスが一人、スノーウィンドを大破せしめたカンムスレイヤー。だが、誇り高きスノーウィンドは今わの際まで自らが所属する組織の情報を話す事はしなかった。またも復讐の手がかりを失ったカンムスレイヤーはしかし、偶然にもマイズル工廠付近でカンムス・ソウルを感知! カンムスレイヤーは、古代のニンジャめいて、その後を追うのだった! カラダニキオツケテネ!



 マイズル工廠の煙突から不気味な色をした有毒煙が吐き出される。それらを取り込み、それら以外も飲み込んだ空はまさしくジゴクの風景そのもの。カオス極まる上空からは、絶えず有害な雨が降り続ける。

 重金属が混じった酸性雨が降り注ぐ闇の中、一人のカンムスが灰色コンクリート港町の屋根の上を駆けていた。カンムスの名はナカチャン。オリョクル・シックスゲイツの斥候だ。彼女らカンムスははカンムス・ソウルに憑依され、闇に堕ちた者たちだ。ナカチャンが手にしたのは早熟なカラテと宿したソウル由来の通常の三倍の速力だ。だが、アイドル志望の彼女がストーキングに遭おうとは、理解こそすれ期待できぬインシデントである。

 ナカチャンは焦燥していた。カンムスの速力に追随できる程の何者かが自分つけ回している。その焦りから、彼女は屋根から目立ちにくい裏路地へと飛び降り、小道を進んだ。しかし不注意にも道はそこで行き止まりになっていた。

「Wasshoi!」奥ゆかしくも躍動感のあるシャウトと共に、工廠の煙突の上からもう一人のカンムスが跳躍した。そのカンムスは空中で三度回転し、流麗な動作でピタリと着地した。風が彼女のメンポたる赤黒いマフラーをたなびかせる。そのマフラーには地獄めいた書体で「艦」「殺」の文字が刺繍されていた。

「ドーモ、カンムスレイヤーです」飛び降りたばかりの女――カンムスレイヤーが流れるようにオジギした。「ドーモ、カンムスレイヤー=サン、ナカチャンです」ナカチャンもオジギを返す。これはアイサツだ。モータル同士のそれとは違い、カンムス間でのアイサツは遺伝子レベルで記憶された絶対的な礼儀なのだ。これを無視する者はスゴイ・シツレイとされ、例え仲間であったとしてもムラハチを免れる事は困難であろう。

 先に正々堂々とアイサツをしたカンムスレイヤーのカンムス装束は、肩を露出した紅白の水兵めいた衣服に、下は丈の短いスカート。左右不ぞろいの靴下に、首にマフラーを巻いている。その髪は長く、腰まである後ろ髪を馬の尻尾めいて一まとめに結んでいる。また、その身体のどこにもカンムスを象徴する擬装が見当たらない。

 カンムスレイヤーが、ゆっくりと、かつ冷淡な声で言った。「ここまでだ、ナカチャン=サン。オヌシに逃げ道はない、観念せよ」イクサの前の緊張を感じ取り、ナカチャンはすり足で一歩後退する。この距離はまずい。直感で状況判断し、後ろ手にクナイ・ダートを構えた。「そのマフラー、貴女が最近噂のカンムスレイヤー=サン? 羨ましいなあ。ナカチャンも、早く有名になりたいな!」

 ナカチャンがクナイ・ダートを不意打ち気味に投擲しようとした瞬間、甲高いカラテシャウトと共にカンムスレイヤーの腕が鞭めいて撓り、目にも止まらぬ速度で二発の銃弾が射出された。その手には機銃。

「イヤーッ!」「ンアーッ!」銃弾がナカチャンの艤装に突き刺さる! クナイ・ダートを取り落とし、艤装から燃料が噴出した! それでも、ナカチャンは素早くアイドルステップを踏み、機銃を構えて反撃に転じようとした。しかし! 機先を制するようにカンムスレイヤーの腕が鞭めいて撓り、目にも止まらぬ速度で二発の銃弾が射出された。

「イヤーッ!」「ンアーッ!」銃弾がナカチャンの艤装に突き刺さる! 艤装から燃料が噴出した!

「ま、待ってよ! ナカチャンを轟沈させても組織があなたの命を……」有無を言わせず、カンムスレイヤーの腕が鞭めいて撓り、目にも止まらぬ速度で二発の銃弾が射出された。

「イヤーッ!」「ンアーッ!」 銃弾がナカチャンの艤装に突き刺さる! 艤装から燃料が噴出した!

「洗いざらい喋ってもらう」カンムスレイヤーが近づく。……だが、ナカチャンは既に覚悟を決めていた。

「オリョクル/バンザイ/インガオホー! さ、サヨナラ!」

 言い残し、ナカチャンは突然大破し、しめやかに入渠していった。これはナカチャンの決死の自爆であり、彼女もまた自身の所属組織の情報を渡すまいとしたのだ。

 カンムスレイヤーはしばし立ち尽くしていたが、やがて踵を返し歩き去った。おお、しかし見よ! その背に、弱弱しく明滅する小さな装置が張り付いているではないか! これはまさしくナカチャンの執念! 小型の発信機が、自爆の拍子に付着していたのだ!

 遠ざかる背中は、やがて路地裏の闇へと溶けていく。復讐に取り付かれた狂人、カンムスレイヤーが歩む茨の道を示唆するように。

 

 

 

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 奥ゆかしく静謐な岡山県の奥地。古の滝のほとりに設けられた荘厳なアズマヤ・ハウス。六畳ほどのスペースの中、二人のカンムスが相対していた。

 一人は長い黒髪を後ろに流したカンムス。手には高級冷やし抹茶を持ち、奥ゆかしく正座している。艤装を外したそのバストは豊満であった。

 もう一人は、先のカンムスに傅くようにして正座しており、作法に則って頭を垂れている。艤装が外されたそのバストは平坦であった。

「カンムスレイヤー? いえ、知らないカンムスですね」長髪のカンムスが云う。高級冷やし抹茶を音を立てて啜り、膳に盛られたオーガニック・トロ・スシを二つ同時に口に運んだ。「それで、そのカンムスは何者なのですか?」

 スシを嚥下したカンムスが問う。問われたカンムスは、頭をさらに下げ言った。「はい。カンムスレイヤーとかいうサンシタですが、どうにもカラテだけは中々のものらしく、既にスノーウィンド=サンとナカチャン=サンが大破させられております。早急に手を打ちませんと、このままでは被害が大きくなるばかりです」

「へぇ……」呟いた豊満カンムスは二つ同時にタマゴ・スシを口に運び、嚥下してから言った。「慢心はいけませんからね。いくら我がオリョクル・ファンドの力が絶大でも、柱を傷つける者がいるならば、油断せずに排除しておくべきです」

 ここで言葉を区切り、控えていたクローンマルユに冷やし抹茶のおかわりを注がせる。今度は平坦カンムスの方をしかと見据え、おごそかに告げた。「残るシックスゲイツ全員で以て、その狼藉者をすみやかに排除して下さい。失敗は、即解体を意味します。いいですね?」「ヨロコンデー! では、今からすぐにカンムスレイヤーの討伐に向かいます」「ご武運を」

 退室するカンムスを見送りながら、黒髪のカンムスは奥ゆかしく高級冷やし抹茶を啜った。シシオドシが音色を奏で、周囲のゼンめいた風景に彩を添えた。

 

 

 

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 ネオチンジュフの空は暗い。吐き出され続ける有毒煙と、バイオ水牛のゲップからなる環境汚染ゆえだ。悪しき人の業を頭上に、ネオチンジュフ市民は今日も今日とて死んだマグロめいた目を瞬かせ、過酷な労働に従事するのだ。無論、このような非人間的システムの中にあっては、それに馴染めないイレギュラーがつきものだ。

「ザッケンナコラー! お前今、俺のLAN端子ぶつかっただろコラー!」人だかりの中、恐ろしいヤクザスラングが木霊する。そこに目を向けると、ブッダ! 一人のドレッドヘアー・ヨタモノが罪なきサラリマンに因縁をつけているではないか!「アイエエエ!? そ、そんな事はしてな……」「ザッケンナコラー!」「アバーッ!」ヨタモノのパンチが炸裂! まともに受けたサラリマンは鼻血を噴出させながら数歩後ずさった。

「つべこべ言ってんじゃねぇぞコラー! はよう弁償代払わんかコラー!」「アイエエエ……」痛む鼻を押さえながらサラリマンは周囲の人間に救いを求めた。しかし、マグロめいた目をしたネオチンジュフ市民は一切彼に目を向けようとはしなかった。それもそのはず、ここネオチンジュフでは、このような悲劇はチャメシ・インシデントなのだ。

「早くしろ! さもなくばもう一発いくぞコラー!」ヨタモノが顔を赤くしながら言った。「ア、アイエエエエ! 私はこれから大事なプレゼンがあるんです! 大怪我は実際心象を悪くする! 見逃して下さい!」「見逃して欲しいなら金出せコラー!」「アイエエエ! それも困ります!」「スッゾコラー!」

 ヨタモノが丸太めいた腕を大きく振りかぶった。この一撃を食らえば、命に別状はなくともサラリマンの鼻の骨が粉砕してしまうかもしれない。アブナイ!

 ヨタモノの拳が振り下ろされようとした、その時である。「アバーッ!」突如として空中2mほどの高さまで浮き上がったヨタモノは、彼自身にも理解できぬまま重力に逆らわず地面に激突した。フシギ!

 これは一体どういう訳か? 読者の方々の中に、カンムス動体視力をお持ちの方がおられれば分かったことだろう。そう、ヨタモノが拳を振り下ろさんとした瞬間、疾風めいて赤黒マフラーのカンムスが現れ、ヨタモノを垂直に投げ飛ばしたのだ。

 痛みを覚悟し、閉じられていたサラリマンの瞼が開かれる。するとそこには、地面に大の字になって気絶しているヨタモノの姿が。サラリマンは周囲を見渡した。誰かが一瞬のうちに自分を助けてくれたに違いない。しかし、視界に映るのは見慣れたネオチンジュフ市民のみ。

 サラリマンは気づいていなかったが、彼の視界の中、人ごみに紛れるように赤黒マフラーの救世主は歩いていた。

 

 その瞳に、復讐の炎を燻らせながら。

 

 

 




◆艦◆ カンムス名鑑#131 【カンムスレイヤー】 ◆殺◆
唯一の家族である妹を殺され、自らも致命傷を負った下層労働者「ヤマト・ゴテン」に謎のカンムスソウルが憑依。
圧倒的なカラテと、全カンムス打倒の執念こそが彼女の修羅道を切り開く。


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#2

 煌々たるネオン光を見下ろしながら、高層ビル上でアグラ・メディテーションする影あり。我々は、このカンムスの名をよく知っている。彼女の名は、カンムスを殺す者――カンムスレイヤー。全カンムス打倒の執念を胸に、今もこうしてカラテを回復し、次なるイクサに備えているのだ。

 強風に煽られ、赤黒いマフラーがぶわりとたなびいた。その時である!「イヤーッ!」BLAM! カッと立ち上がったカンムスレイヤーは、前方へ向けておもむろに機銃を発砲した! すると、カンムスレイヤーの目前数メートルの地点で眩い火花が散り、迫っていたステルス・ギョライが爆発四散したではないか! ワザマエ!

 アンブッシュを回避したカンムスレイヤーはしかし、何事もなかったかのように口を開く。「そこにいるのは分かっておる。姿を現し、アイサツせよ」数秒後、カンムスレイヤーを囲むようにして三人のカンムスが近くの高層ビル屋上へと降り立った。

「ふん、アンブッシュを見切るだけのカラテはあるようだな。まったく報告通りよ」白い帽子をかぶったカンムスが云う。「なのです。報告通り、カラテばかり上手な根無し草なのです」ギョライバットを手にしたカンムスが続く。「故に、我らには勝てぬ定めよ。特に、我がジツにとってすれば、貴様のようなサンシタなど既に術中」右腕のカタパルト艤装が特徴的なカンムスが締めた。

 カンムスレイヤーの瞳に、地獄めいた復讐の炎が燃え上がる。カンムスレイヤーは突如として現れた三人のカンムスを見渡し、威風堂々とアイサツした。「ドーモ、はじめまして……カンムスレイヤーです」

 復讐相手がアイサツを返す。まずは帽子のカンムスから、「ドーモ、カンムスレイヤー=サン、ヴェールヌイです」「プラズマです」ギョライバットのカンムスが続き、「リバーインサイドです」最後にカタパルト艤装のカンムスが締めくくった。

 明らかに、違う。これまでの相手とはカラテの格がアイサツの段階からして違う。個々のカラテはともかくとして、三人の並び立つ姿に、カンムスレイヤーは自らのカンムス第六感に従ってカラテ警戒を強めた。

「ふふふっ、カンムスレイヤー=サン。知恵の足りぬ貴様に、ひとつ良い事を教えてやろう」カンムスレイヤーに対する三人が各々カラテを構えた。「一本の矢は折れやすいが、三本の矢は、実際折れにくい。古事記にもそう書かれている」

 次の瞬間! カンムスレイヤーは視界の端に僅かな違和感を感じ取り咄嗟に側転回避! 見れば先程まで彼女のいた地点にステルス・ギョライが撃ち込まれていた! なんたる早業! カンムスレイヤーはギョライの方を見もせず機銃発射! KABOOOM! 放たれた銃弾はギョライに見事命中! タツジン!

「ウラーッ!」「イヤーッ!」爆炎の影から猛禽の如く飛び出てくる二つの影。ヴェールヌイとプラズマだ。両者はより高く飛んで上方から機銃掃射! BRATATATATATA! 容赦ない弾幕が迫る! しかし、非凡なカラテを持つカンムスレイヤーにしてみればあまりにも脆弱!「イヤーッ!」両手に連装機銃を持ち、カード投げめいたフォームで応射! 二者と一者の銃弾は吸い込まれるように着弾! カンムスレイヤーに被害なし!

「ヌゥーッ!」ヴェールヌイが呻く。内心で敵対者の測定カラテ段位を上方修正し、新たなフォーメーションを導き出す!「プラズマ=サン! 近接カラテ重点!」「了解なのです!」カンムスレイヤーのいるビルに着地した両者は、弾かれたように疾走した。ヴェールヌイはカンムスレイヤーを中心に円を描くように。プラズマはカンムスレイヤーへ向けて突貫!

「覚悟するのです! カンムスレイヤー=サン!」寄らば堕とすべし。カンムスレイヤーは前方へ向けて右手を伸ばした。すると、おお……見よ! 眩いほどの黄金カラテ粒子がカンムスレイヤーの右腕へと凝集していき、瞬きの刹那閃光を伴い形成されるは、六十口径十五センチ三連装砲!

「イヤーッ!」KKKBOOOOOOOM! カンムスレイヤーの大口径砲が火を噴く。超音速で撃ち出された砲弾は、狙いたがわずプラズマの腹部に着弾し――すり抜けた! プラズマを透過した砲弾は無人の彼方へ直進していき闇へと飲まれていった! 人的被害は実際無い。

「なに!? ンアーッ!」予想だにしなかったインシデントにカンムスレイヤーが目を見開いた瞬間、後方よりヴェールヌイによる機銃攻撃! まともに受けたカンムスレイヤーの副砲が爆発四散! ウカツ! しかし、一体なにが!? カンムスレイヤーの放った砲弾は、しっかりとプラズマに着弾していたはず!「ヌゥーッ!」呻くカンムスレイヤー。しかし休む暇なし、左右二方向よりステルス・ギョライ感知! 空中で三回転を決めたカンムスレイヤーは両手に連装機銃を持ち直し、ブレイクダンスめいた体捌きでそれらを迎撃する! KABOOOM! KABOOOM! 見事命中!

「ふふふっ、驚いているなカンムスレイヤー=サン。やはり、実戦経験が不足しているようだ」ヴェールヌイがあざ笑う。その隣、ヌゥーと影より現れたるは、プラズマだ! 砲弾が直撃したはずの腹部は全くの無傷! 目を細め、機銃を構えるカンムスレイヤーに対し、プラズマは勝ち誇った笑みを向けた。「カンムスレイヤー=サン、私を誰かと間違えていたんじゃないですか?」言いつつ、プラズマは先程まで自身がいた場所を視線で促す。言葉の意味が分からない。が、カンムスレイヤーは片目で促された場所を見た。するとそこには、無惨にも木っ端微塵にされた等身大プラズマ型木人形が!

「カワリミ・ジツ……」カンムスレイヤーが忌々しげに呟く。カワリミ・ジツ――防御の瞬間に自らをカラテ粒子に還元し、攻撃をすり抜ける厄介なジツだ。消費される血中カラテも僅かで、概して燃費に優れている。「なのです。付け加えるなら、私のジツに弱点は実際無いのです」

 なおも機銃を構えるカンムスレイヤー。その目には、未だ復讐の炎が燃え滾っている。カラテ警戒するカンムスレイヤーに対して、並び立つ両者は余裕げだ。するとその隣に、すたりとリバーインサイドが降り立った。ヴェールヌイが横目でリバーインサイドを見る。「リバーインサイド=サン、首尾はどうだ」「無論、上々よ。抜かりはない。早く帰ってスシが食べたい」「そうだな、そうするとしよう」

 ――何かが来る。脳裏に雷光が閃いたカンムスレイヤー。手にある機銃を強く握り締め、カラテを込めて引き金を引いた。「イヤーッ!」何かが来るのが分かっているのだから、そうはさせない。カンムスレイヤーは銃弾をばらまいて敵の分断を図った!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ウラーッ!」三人がその場から飛び退きつつ機銃応射。雨霰と吐き出される弾幕を前に、カンムスレイヤーは一切ひるむ素振りも見せず突貫! 飛来する銃弾の隙間を縫う、縫う、縫う! ゴウランガ! 一発としてかすりもしない! 弾幕を抜けた先、意表をつかれたヴェールヌイ! 隙だらけ! 残る二人の援護は間に合わぬ! カンムスレイヤーはヴェールヌイの腹部へと、無慈悲に連装機銃の銃口を押し当てた! そして!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」BRATATATATA! 極至近距離での圧倒的連続射撃! ヴェールヌイの被害甚大! 手放される機銃、破かれていくカンムス装束! まるでオスモウのオシダシを食らったモータルめいて宙高く放り出されるヴェールヌイ! 中破!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」即座にカンムスレイヤーへ攻撃を仕掛けるプラズマとリバーインサイド! しかし時すでに遅し! カンムスレイヤーは悪魔のような射撃を中断し、奥ゆかしくバック宙をして退避していた。

「ヌゥーッ!」見事なウケミで着地したヴェールヌイ。はだけたカンムス装束を気にする暇もなく、壊れかけの背部艤装をパージ。忌々しげにカンムスレイヤーを睨みつけながら、近接用のイカリブレードを持ち構えた。「大丈夫ですかヴェールヌイ=サン! よくも!」プラズマがギョライバットを構える。同じく艤装を構えたリバーインサイドが並び立つ。

「すまない、実際ウカツだった。しかしリバーインサイド=サン」「ああ」「いけるな?」「ヨロコンデー!」今度こそ来る! スプリント姿勢に入るカンムスレイヤーの前、対峙する三人は微動だにしていない。構うものか! 突貫あるのみ!

 リバーインサイドが目を瞑り、カラテを集中する。やがて、カッと目を見開き、シャウトした!

 

「ヤセン・ジツ!」

 

 次の瞬間、カンムスレイヤーを含めた四人の視界は荒漠たる暗黒墨絵空間へと切り替わった! 降りしきっていた重金属酸性雨はピタリと止み、コンクリートに叩きつけられるはずだった雨粒は中空で静止している。闇夜の虹めいて過剰だったネオン光も白黒の不気味モノクロ世界へと姿を変えた。

「ウラーッ!」「イヤーッ!」左右より接近するヴェールヌイとプラズマ。彼女らはカラーだ。迫る両者を見据え、カンムスレイヤーは脊髄反射的に跳躍し機銃応射。BRATATATA! プラズマの胸部に命中。しかして瞬きの後にずたぼろの木人形へと変化。分かりきっている、本命はヴェールヌイ! 大上段に構えたイカリブレードによるイアイド斬撃が振り下ろされる。即座に機銃の銃身で受けるが、しかし!

「ヌゥーッ!」非凡なカンムス膂力を持つカンムスレイヤーが、押し負けている! つばぜり合いに持ち込まれ、隙を晒している! 停止状態の彼女の背後の空間が歪み、捩れた影からプラズマが出現! 邪悪な形状のギョライバットを振り上げる。アブナイ!

「イヤーッ!」「ウラーッ!」「ナノデス!」瞬間、三人のカラテ・シャウトが木霊した! アクションは三つ。さらにカラテを込めたヴェールヌイ。得物を振り下ろしたプラズマ。空中で激しくスピンし、それら二つを受け流したカンムスレイヤー。結果として、攻撃を空回りさせた二名はサーカスめいて互いの手を取り合い何とか体制を立て直した。対するカンムスレイヤーは獣めいて着地し、機銃を構えて次なるインシデントに備えた。

 思考が加速する。一体これは如何なるジツか? 自分だけ上手くカラテが込められない。間違いなく、リバーインサイドのジツだ。が、名のみ知って打開策が分からない。しかして、カンムスレイヤーの瞳には恐れも、惑いの色もありはしなかった。何故ならば、如何なる空間においても、カンムスレイヤーの成すべきことは変わらない。

(カラテだ、カラテあるのみ……!)決意に要した時間、僅かコンマ以下秒! ハヤイ! 百八十度切り替わった世界の中で、カンムスレイヤーは、超然とカラテを構えた。




◆艦◆ カンムス名鑑#048【ナカチャン】 ◆殺◆
アイドル志望の少女にカンムスソウルが憑依。
ソウルの格は高くないが、血の滲むようなトレーニングによりそれなり以上のカラテを修め、オリョクル・シックスゲイツの地位までのし上がった。


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#3

 対重金属酸性雨高級ビニール傘を差し、平坦なバストをもつカンムス――アールジェーは高層ビル上で無線連絡をとっていた。通信相手は自らの仕える主であり、このネオチンジュフの裏の支配者たるカンムスである。

「はい、はい、今リバーインサイド=サンがジツを使いました。アッハイ、了解しています。はい、はい、ヨロコンデー!」無線連絡を切る。隣にいるカンムスに無線機を手渡しながら、アールジェーは嘆息した。「はぁ……なんでウチがこんな事やらなあかんのやろ……。ホンマ、もう下積み時代は終わっとるっちゅーに」

 項垂れるアールジェー。こんなはずではなかった、こんなはずでは。本来なら、今頃岡山県の秘境で主と共に天然温泉にでも入って、日ごろの疲れを癒していたというのにである。それは一種の現実逃避であったが、今のアールジェーの精神は上空の暗雲めいて鬱々としており、ある意味仕方のない事なのかもしれない。

 まさか、得点稼ぎのために具申したプランが自分に回ってくるとは。さらに項垂れる。この作戦とて、自らが直接監督するつもりではなかったのだ。主じきじきに出撃を言い渡されるなど、思いもよらなかった。重苦しいため息を吐くアールジェーに、隣のカンムスが不思議そうな目を向けている。そんな視線に気づく事もなく、アールジェーは内心で本作戦の発端たるカンムスレイヤーを憎悪した。

「むむむ、許さへんでカンムスレイヤー=サン! これが終わったら帰ってスシ・パーティや!」なおも不思議そうな目を向けている隣のカンムス。ようやくその視線に気がついたアールジェーは、内心慌てながらも余裕げに人の良さそうな笑みを向けた。

「あんたも来るんやで」「え、なに?」「スシ・パーティ。もちろんオーガニック重点な。ウチのおごりやで」「おっ! いいの!? ヤッタ!」ちょろいもんや、とアールジェーは内心ほくそ笑んだ。この強いだけのカンムスは単純で実に御しやすい。だからこそ、簡単にソンケイを集められるし、戦力の強化だって出来る。

「まあ、それもこれもこの仕事が終わったらや。気合入れてやりな」「うん、わかった! ガンバルゾー!」張り切っている後輩を横目に、アールジェーは遠く前方を見た。彼女の視線の先、まるでそこだけ空間が切り取られているような球状の暗黒墨絵空間が存在していた。

 

 

 

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「イヤーッ!」BLAM! BLAM! BLAM! 狙い済まされた弾丸が迫りくる三つのステルスギョライに着弾。KABOOOM! 見事命中! タツジン! しかしカンムスレイヤーは爆発の方向を見ようともせず視線を上に向けた!

「ウラーッ!」BRATATATA! 上方よりヴェールヌイの機銃掃射! プラズマからの借り物だ!「イヤーッ!」カンムスレイヤーの右手が一瞬ブレる。放たれた弾丸を、おお! すべて掴み取っているではないか!「イヤーッ!」次いで手中の弾丸を散弾めいて投擲!「無駄なのです!」投擲散弾は強かプラズマに命中! しかしやはり、次の瞬間には木製人形へと姿を変えていた。フシギ!

「いい加減諦めたらどうだカンムスレイヤー=サン。このジツに捕らえられた以上、如何にカラテを込めようとも無意味! 奥ゆかしくセプクしろ!」ヴェールヌイが邪悪な形状のイカリブレードを投擲! 不穏な凄みを湛える回転イカリブレードをカンムスレイヤーは上体を捻って回避。背後に影、プラズマだ。影より伸びた手が飛来するイカリブレードをキャッチ&リリース!「イヤーッ!」後方からの変則奇襲にも上体を捻って対処する。刹那、カンムスレイヤーの機銃が火を噴いた!「イヤーッ!」BLAM! KABOOOM! またも迫っていたステルス・ギョライを迎撃! ゴウランガ! なんたる超高速カラテ攻防か!

「斬新な命乞いだな」カンムスレイヤーが吐き捨てるように云う。おお……しかし見よ! カンムスレイヤーの破れかかった装束を、銃口の焼け焦げた機銃を。誰がどう見ても、形勢はヴェールヌイ達に傾いている。

「とんだイディオットなのです!」プラズマが背部擬装に手を伸ばす。中から取り出したのは、ナムサン! 悪魔的カンムス用武装、五連装カラテギョライ! 彼女らはこれまで以上の攻勢で以て一気に片をつけようというのだ!

「ヴェールヌイ=サン!」「承知しているとも!」死神鎌めいた邪悪な形状のイカリブレードを構えたヴェールヌイが応える。カンムスレイヤーは身構え、来るべき時の為に呼吸を整えた。「スゥーッ! ハァーッ!」精神を落ち着かせる。体は熱く、思考は冷徹に。憎悪を燃やし、復讐心を研ぎ澄ませる。カラテを込めるのではなく、体内に留めるように。

「ウラーッ!」「ナノデス!」二人の声が聞こえる。違う、狙うのは彼女らではない。思考が加速し、見開かれた目に鈍化した世界が映し出される。二人の動きも酷くスローモーションだ。まだだ、まだだ……狙うべきは……。

 舞うようにして五連装カラテギョライを回避。迫るヴェールヌイを牽制。刮目し、スローの世界を見渡す。白黒の墨絵世界を、泥のような空間を、その中にあるはずの歪みを見つけ出すべく。

 やがて、それは見つかった。鈍化した世界ですらの一瞬、その歪みを!「イヤーッ!」

 ――ついに、見つけた! 飛び上がったカンムスレイヤー! 同時に突き出された右手に、これまで体内で溜めていた黄金のカラテ粒子を開放・凝集! 同時、獲物に襲い掛かる鷹めいて突撃! 大口径砲が形成され、目標までの距離が、ゼロになる!

「なっ……!?」砲口を突きつけられ、動きを止めるリバーインサイド。今まさに撃ちださんとしていたステルス・ギョライを手に、蛇に睨まれた蛙めいた反応で立ち尽くしている。ヴェールヌイとプラズマの二人も驚愕に硬直している。それは時間にしてみれば一秒にも満たなかったであろう。しかし、カンムス同士のイクサにおいては、その一瞬こそが命取り! 今、この瞬間においてまともなアクションを起こせるのは……!

 カンムスレイヤーが、無慈悲に引き金を引いた!「イィィィヤーッ!」KABOOOOOOM!「ンアーッ!」ゼロ距離砲撃! 爆炎と共に空高く吹き飛ばされるリバーインサイド! 砲弾を受けながらも、なおも原型を保っているのは、ひとえに彼女がカンムスが故だ。しかし、たとえカンムスであろうと、その耐久力には限界がある!

「イヤーッ!」吹き飛ばされるリバーインサイドを追いかけ、地上から上昇気流めいて砲弾を放つ! KABOOOM!「ンアーッ!」砲弾直撃! ダメージ甚大! さらに吹き飛ばされる!

「イヤーッ!」吹き飛ばされるリバーインサイドを追いかけ、地上から上昇気流めいて砲弾を放つ! KABOOOM!「ンアーッ!」砲弾直撃! ダメージ甚大! さらに吹き飛ばされる!

「イヤーッ!」吹き飛ばされるリバーインサイドを追いかけ、地上から上昇気流めいて砲弾を放つ! KABOOOM!「ンアーッ!」砲弾直撃! ダメージ甚大!

 花火めいてさらに高く舞い上がる! そして!「サヨナラ!」リバーインサイドは大破し、闇の帳へと吹き飛ばされていった!

「「リバーインサイド=サン!」」二人の絶叫がむなしく響く。やがて、地獄めいた目をしたカンムスが二人を見据え、呟いた。「さあ、先に入渠したいのはどちらだ」

 ナムアミダブツ! コ、コワイ! コワイすぎる! なんたる死神めいた眼差しか! もしも現在の彼女の眼を覗き見たモータルがいたならば、良くて失禁、最悪急性KRS(カンムス・リアリティ・ショック)で死に至るであろう! それほどの剣呑に過ぎるアトモスフィアを纏う彼女のバストは実際豊満だ! 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……! 音を立てて崩れ始める白黒墨絵世界! しかし、カンムスレイヤーは委細かまわず突貫! これではまるで飢えた狼! 野生をむき出しにしたカラテモンスター!

「「アイエエエエエ!」」小柄な二人はカンムスでありながら悲鳴をあげて逃走! なんたるブザマ! それを追いかけるカンムスレイヤー! ジゴクの鬼ごっこだ! ぐんぐんと距離が詰められていき、先に捕まったのは、ヴェールヌイ!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」巨大な砲身を横凪ぎに振るう! 大味な攻撃は見事ヴェールヌイの背後に直撃!「ヤ! ラ! レ! ター!」ヴェールヌイは野球ボールめいてかっ飛ばされ、墨絵空間の隙間――元いたネオチンジュフの闇へと吸い込まれていった! ゴウランガ! ゴウランガ!「アイエエエ狂人!?」プラズマが背後を振り返りながら泣き叫ぶ。実際彼女は失禁しかけていた。

「Wasshoi!」カンムスレイヤーが全筋力を駆使し跳躍! 俯瞰する墨絵地上には、涙目で逃げ回るプラズマの後姿! 砲身を掲げ、慣性のままに突撃! 着地の瞬間、掲げた連装砲の砲身を隙だらけのプラズマへと叩きつける!「ンアーッ!」背部擬装が粉砕され、衝撃で盛大に吹き飛ばされるプラズマ。ゴロゴロと転がるも何とか停止し、はっと顔を上げると、ナムサン! そこには既に悪魔めいたカンムスが!

「選択肢を与えてやる」悪魔が言う。重く、復讐心に囚われた狂人の声だ。プラズマはまたも失禁しかけた。目尻によりいっそう涙を溜めたプラズマを確認し、カンムスレイヤーは続けた。

「大人しく情報を吐いて大破させられるか、惨たらしく拷問された後に大破させられるか。選ぶがよい」ナ、ナムアミダブツ! なんたる理不尽な選択肢か! これではどちらにせよプラズマが大破し入渠するのは確定事項ではないか!

 しかし、崩壊しかかっている治外法権暗黒墨絵空間においては、この復習者の言い分こそが、力を持つ勝者こそが正しいのだ!

「ア、アイエエエ……一番で」プラズマは失禁を耐えながら答えた。涙は耐えられなかった。

 

 

 

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 ネオチンジュフの消えぬ闇。その闇よりもなお暗い球状墨絵空間が、見る見るうちに晴れていく。高層ビルの屋上で、違法オハギを咀嚼していたアールジェーは、ジツの崩壊を確認してから口のものを嚥下し、横で暇そうにしているカンムスに視線を送った。

「お仕事の時間やで、あんたは先に行き。ウチはこれ食べたら行くでな」後輩を顎で使うアールジェー。そのバストは平坦であった。「了解! じゃ、行ってきます!」言うが早いか、後輩カンムスは一瞬の溜め動作の後、風となって飛んでいった。

 無邪気な後輩を見送るアールジェーは、箱の中から最後の違法オハギを取り出し口に含んだ。そして、咀嚼しながら呟く。「覚悟するんやなカンムスレイヤー=サン。ウチらオリョクル・ファンドに楯突いたカンムスがどうなるんか、その身をもって思い知るんや」

 残る口内のオハギを高級冷やし抹茶で流し込み、一気に飲み下す。やがて、獰猛な笑みを張り付けたアールジェーは、獲物を狩る捕食者めいて舌なめずりし、呻くようにして呟いた。「さて、何はともあれ久しぶりのイクサや。ウチの古代ケークーボカラテが火ぃ噴くで!」

 

 

 

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「サヨナラ!」暗いコンクリート室内でヴェールヌイは大破し、しめやかに入渠した。彼女はカンムスレイヤーによる致命傷を受けながらも、恐怖を克服し、自身の所属する組織の危機を伝えるべく緊急無線連絡を取っていたのだ。情報が間違いなく伝わったことを確認し、入渠を目前にしたヴェールヌイの心境は如何なるものか。大破の際の彼女の表情は、不思議と穏やかなものだった。

 そして、ヴェールヌイの決死の緊急連絡を受けたネオチンジュフの支配者は、ゆっくりと、しかし力強くサバ・スシを嚥下した後、恐ろしいほどの覇気を纏い立ち上がった。

 ネオチンジュフの支配者が動く。カンムスレイヤー、その者一人の為、巨大なドラゴンが目を覚ましたのだ。後戻りは出来ぬ。賽は投げられた。破滅を知らせる鐘の音が、ネオチンジュフの闇より響く。ジゴクへの、カウントダウンが始まった。

 




◆艦◆ カンムス名鑑#147 【ヴェールヌイ】 ◆殺◆
状況判断に優れる歴戦のカンムス。
その忠誠心は組織に所属するどのカンムスよりも厚く、ゆるぎ無い。


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#4

「ハイクを読め、カイシャクしてやる」ぞっとするほど冷淡な声でカンムスレイヤーは云った。「そんな馬鹿な……ウチの古代ケークーボカラテが、こんな輩に……!」「イヤーッ!」「ンアーッ! サヨナラ!」アールジェーは大破。そしてしめやかに入渠。

「ヌゥーッ!」カンムスレイヤーは破れかかったカンムス装束を生成し直し、自身の消耗具合を認識して眉をひそめた。アールジェー、油断ならぬ相手であった。

 しかし消耗に見合った成果はあった。プラズマからの情報で、憎むべきオリョクル・ファンド本部の場所が分かったのだ。まずはスシを食い、カラテを高め、万全を期して挑むべきだ。

 カンムスレイヤーがその幼さを残す相貌に狡猾な復讐心を練り直した、その時である!

「イヤーッ!」遥か遠くの空から甲高いカラテ・シャウト! 無論聞こえてなどいない。だが、その瞬間カンムスレイヤーは自らのカンムス第六感に従った! 風を切る、瞬時加速次いで跳躍回避! 隣のビル屋上に飛び移る! KABOOOOOOM! 背後に凄まじい爆音! そして熱波! 一体なにが!? 見れば、おお……ナムサン! 先ほどまでカンムスレイヤーが居た地点が、どういう訳か無残に爆砕されているではないか!

「アイエエエエエエエ!」爆破されたビルの真下では、落下してくる瓦礫にネオチンジュフ市民が悲鳴を上げて逃げ惑っている。それだけではない。屋上から始まり、その破壊力を振りまいた爆破は間違いなくそのビルにいた人間をも惨劇に導いたに違いない! ナムアミダブツ!

 逃げ惑う罪無き市民。轟々と燃え続ける爆炎の赤い光。一瞬のうちに数え切れぬ悲劇を生み出したるは、如何なる神罰か!? 否、これは神罰などではない。一人のカンムスの、その邪悪な意思、ただそれだけなのである! カンムスレイヤーは眼下の惨状を見て、煮えたぎる怒りを抑え込むのに必死だった。握った拳に、制御下にない黄金カラテ粒子が散った。

 上空を通り過ぎていくVTOL。遅れて落下してくるのは、ひとつの影。それは長い髪のカンムスだ。やがてカンムスレイヤーのいるビル屋上へと着地すると、凛とした声色で覇王めいたアイサツをきめた。「ドーモ、カンムスレイヤー=サン、アカギです」

「……なんだと?」――心臓が跳ねる。その瞬間、カンムスレイヤーはこれまでにない程の怒りの感情に見舞われた。血液が過剰生成され、視界が赤く染まり、過去の映像がフラッシュバックする。

 何気ない日常のはずだった。ただいつものように過ごし、妹と一緒に回転スシ・バーで夕飯を食べていた。そのはずだった。しかし、平穏は呆気なく破壊された。記憶の奥。まず感じたのは目を焼くような光と、間近に過ぎる熱の奔流。その後の、怒号と悲鳴。一般市民であったはずの姉妹の日常は、その時崩れ去ったのだ。

 燃え盛る店内。動かぬ体。朦朧とする意識の中、歪んだ視界に映るのは、倒れ伏した唯一無二の妹の姿。そして、聞こえてくる話し声。「私はこれで帰りますので、後の事は任せましたよ」「はいヨロコンデー!」「ああ、生きている方がいらっしゃいましたら、口止めをしておいて下さい。あとあと、面倒な事になるかもしれません」「はいヨロコンデー!」

 過去のビジョンの中、少女達に命令する女。その黒く長い髪、凛とした立ち姿、右肩の擬装。間違いない、このカンムスが……! このカンムスこそが……!

 復習者カンムスレイヤーは、怒りに震える手を合わせ、低く唸るようにアイサツした。「ドーモ、アカギ=サン、カンムスレイヤーです」

 オジギ終了から、0コンマ以下秒! カンムスレイヤーは既に彼我の距離を消し飛ばしていた!「イヤーッ!」カンムスレイヤーの渾身のカラテパンチが迫る!「イヤーッ!」音速を遥かに超えるパンチをしかし、アカギはがっしりと掴み取った!「イヤーッ!」アカギの体が翻る。それと同時、カンムスレイヤーの視界が乱回転し、あらゆる関節が軋みを上げる。一瞬の交錯でカンムスレイヤーは空中高く投げ飛されたのだ! なんたるジュー・ジツ!「イヤーッ!」是正し機銃を構える。しかし既に、小型の戦闘機が目前へと迫ってきていた! アブナイ! カンムスレイヤーは第六感に従って小型戦闘機へ向けて機銃迎撃。BRATATATATATA! KABOOOM! 数発の弾丸を受けた後、小型戦闘機は爆発四散した。あれをまともに食らっていたとしたら、例え強靭なカンムスレイヤーといえど大きなダメージを受けていたに違いない。

「イヤーッ!」ビル側面を蹴り、再度アカギ目掛け突撃する! 合間に十五センチ副砲を形成し、鈍器めいて大上段から振り下ろす!「イヤーッ!」アカギは右肩の擬装で以て防御! 反動でさらに空高く飛び上がったカンムスレイヤー。凶悪な連装砲をアカギに向け落下突貫!「イヤーッ!」超重量の砲身がドリルめいてアカギへと突き立てられる!「イヤーッ!」またも擬装防御! なんたる悪夢めいた強靭さか!「「イヤーッ!」」一瞬の膠着の後、両者は弾かれたように距離を開ける。砲身のひしゃげた副砲を投げ捨て、両手に機銃を持ち構え脳内で次なる攻め手を高速思考する。

「そろそろですね……」アカギが呟く。カンムスレイヤーは機銃を構え機を伺っている。「はい、時間通り……整いました。では、終わりにしましょうか」そう言って両手を広げて見せるアカギ。瞬間、カンムスレイヤーのニューロンにこれまでにない程の危機的直感が去来した! これはまずい! 思うが早いか、カンムスレイヤーがスプリントを開始した、その時であった!

 

「イッコーセン!」

 

 次の瞬間、カンムスレイヤーは爆炎に飲み込まれ、吹き飛ばされた。意識を手放す間際、カンムスレイヤーが見たものは、空に浮かぶバイオイナゴめいた不気味な影の群れであった。

 

 

 

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 ネオチンジュフの遥か南に存在する寂れた無人の軍港。自然的要塞のアトモスフィアを纏う一帯は、狂った気象とかつての死者の怨念が支配者然として君臨しているかの様である。この軍港のさらに南には廃れた入り江めいた巨大工廠があり、赤く錆びた工廠の内外は人がいなくなって久しい。そして、その工廠の中心部、無人の大きな格納庫に、おお……ナムサン! キリストめいて磔にされたカンムスレイヤーの無残な姿が!

 復習の火に燃えていたはずの大きな瞳は、今や安らかに閉じられており、見るも無残なカンムス装束は無事な箇所を探す方が難しい。その姿から、かつてのカンムスレイヤーを想起するのは困難だ。磔台に固定された彼女の足元には獰猛なバイオサソリが警戒心もあらわに俳諧している。獲物がエサに変わる瞬間を待っているのだ。

 こつん、こつん、巨大工廠内部に足音。音源を辿っていくと、筆舌に尽くしがたい程の覇気が否が応でも感じ取れる。本能で危機を察知したバイオサソリが一目散に逃走する。やがて、足音の主は磔にされたカンムスレイヤーの目前で止まると、そこにポータブルタタミを敷いて奥ゆかしく正座した。

 覇王めいた気を感知したカンムスレイヤーがの瞼が、老朽化の進んだ旧世代シャッターめいて開かれる。おお、しかし見よ……おごそかに開かれたはずの彼女の瞳には、光が無い。かつての身を震わせるような冷酷な恐ろしさも、狂気と人間性の狭間で苦悩する危うさも、原動力であったはずの復習の意思さえも見受けられぬ。そこには、ジョルリ人形めいた無機質な闇だけがあった。あのカンムスレイヤーに、一体何が? それは、これから行われる悪夢めいた所業を見て、知ってもらおう。

「では、今日もはじめましょう」言いながらアカギは、手にしていた風呂敷包みを解いていく。中から現れたのは、漆塗りの高級三段重箱。アカギは洗練された動作で蓋を開けると、その他の準備も瞬く間に終了させていった。

「ヌゥー……!」カンムスレイヤーが弱々しく身をよじる。凶悪な拘束具が彼女の肌に食い込む。憔悴しきったカンムスレイヤーの目の前には……ナ、ナムアミダブツ! 色鮮やかな大量のスシと、罪悪感さえ覚える程の豪華な料理の数々! 中にはカンムスレイヤーがこれまで食べたことのないような高級料理が、両手の指では数え切れない程敷き詰められているではないか! なんたる格差社会! なんたるマネーパワーか!

「いただきます」奥ゆかしく手を合わせたアカギは、器用に高級箸を使い油の乗ったトロ・スシを口に運んだ。「ヌゥー……!」カンムスレイヤーがもがく!「んん、やはりスシはオーガニックのトロが一番です。安価なバイオマグロではこの味を再現するのは不可能ですからね」続いて、テンプラ、イクラ、タマゴ……重箱の中の高級料理の数々を、アカギは覇王めいた風格で以て食していく。

 空腹の極限にあるカンムスレイヤーに対して、この悪魔のような所業。まさに生きながらにして殺されていくかの様。これは、古より伝わる雅な拷問手法のうちの一つ、バンメシ・トーチャリング。その効果の程は推して知るべし。強靭なるカンムスレイヤーにも実際テキメンである。

「そろそろ、答えてほしいのですが……」いったん箸を止め、アカギがさも悲しげに呟いてみせる。「もう一度お聞きしますね。貴女に宿ったソウル……それは一体なんのソウルなのですか?」問われたカンムスレイヤーは俯くばかり。アカギはやれやれと肩をすくめながら言葉を継いだ。「実際、我々には分からないのです」

 目を瞑り、淡々と言う。「その驚異的なカンムス膂力からしてホロ級である事に疑いはありません。ですが、その詳細が分からないのです。コンゴウ・カンムスクランにしては速さが足りないし、フソウ・カンムスクランであるなら邪悪なユニーク・ジツを持っているはずですから……。ナガト・カンムスクランが一番近い気がするのですが、貴女のカラテはそれを超えている気がします」

 ここで、アカギはすっと目を細めた。一呼吸の後、今度は覇気の満ちた声で言葉を発した。「貴女は一体、何者なのですか? どうやってそのソウルを? 何故、私を憎むのです?」放たれた言葉は、果たして辛うじてカンムスレイヤーに届いた。「オヌシが……カンムスだからだ……」「ほう、だから復讐を?」「…………」それ以降、カンムスレイヤーは返事をしなかった。否、できなかったのだ。既に意識を手放しているが故に。

 アカギは食べ終わった重箱を片付けると、立ち上がってポータブルタタミを畳んだ。「今日は良いお話を聞けました。これは、そのお礼です」そう言って、カンムスレイヤーの唇に米粒を一粒だけ挟んで去っていった。

 足音が遠ざかる。再びの静寂。カンムスレイヤーは動かない。磔にされたまま、生きるでもなく生かされている。これもまた、インガオホーの一つの形なのだろうか。光差さぬ闇の中、カンムスレイヤーはただ、俯いていた。

 

 

 

 

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 それから、数時間後、闇の中からカンムスレイヤーを注視する怪しい人影がひとつ。その者は首にメンポマフラーを巻いており、その両端にはそれぞれ決断的な字体で、「夜」「戦」の謎めいたカンジが書かれていた。間違いない、カンムスである。近代隠密めいた出で立ちの彼女はしかし、サムライ然とした足取りでカンムスレイヤーの近くへと歩み寄ると、腰に下げていた袋からタッパーを取り出し、中に収められていたスシをカンムスレイヤーの閉じられた口に半ば強引にねじ入れたのだった。

 口内に広がる懐かしい感触。スシだ。カンムスレイヤーはねじ入れられたスシを無意識的に丁寧に咀嚼し、感謝するようにして嚥下した。「もっと食べる?」またも口内に感触。今度はトロ・スシだ。それから数分、何度も同じ事を繰り返すと、ようやくカンムスレイヤーは完全に覚醒し、目の前のカンムスを見た。

「オヌシは……リバーインサイド=サン!?」目の前の救世主は、なんとかつてカンムスレイヤーが大破させたカンムスであった!「それは、今の私の名じゃない」

 言いながら、リバーインサイドであったカンムスはカンムスレイヤーの拘束を解いていく。「今の私の名は、ヤセンニンジャ。過去を思い出した大罪人であり、この世界の救世主であり、カンムスであり、ニンジャであり……」開放され、その場で四つんばいになるカンムスレイヤー。ヤセンニンジャと名乗ったカンムスが、復習者に手を差し伸べた。「ジゴクから蘇った、贖罪の戦士だ」

 




◆艦◆ カンムス名鑑#158【ヤセンニンジャ】 ◆殺◆
ソウルが完全覚醒したリバーインサイドの新たな姿。
その精神は極めて不安定な状態にあり、自身を神々の使者と錯覚している。


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#5

「……カンムスは砲を振り上げ、ファラオとその家臣の前でナイル川の水を打った。川の水は血に変わり、川の魚は死に、エジプト人はナイルの水を飲めなくなった。……忌々しい過去だが、私の頭から離れてくれなかった。一時は忘れたが、そう忘れていたが、思い出したのだ。ALAS! そう、思い出した。この、我が身に宿るソウルの真の力が覚醒した際に、な……。そして私は決意したのだ。全ての哀れなカンムスを救済し、最後に私自身をジゴクへ送還しゲヘナの門を閉じる。それが、それこそが私の使命なのだ」ヤセンニンジャは赤錆びた壁に背を預け、自身の装備を確認しながら、懺悔するように言った。彼女は狂っていた。自身の妄想と現実の境があいまいになり、その精神はアンコシチューめいてカオスの極みにある。

 強風に煽られ、巨大工廠内に不気味な風切り音が空しく響く。「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」アグラ・メディテーション姿勢で、丹念に呼吸を整えるカンムスレイヤー。ヤセンニンジャの齎したスシは全てカンムスレイヤーがその腹に収め、体内で循環しカンムス治癒力に変換されていく。みるみるうちに身体の傷は回復していき、カンムス装束も新たに生成しなおした。次のイクサは、ほぼ万全に近い状態で挑めるだろう。

「目覚め、決意した後、私は組織の金庫からいくらか拝借して、そのまま一人でカンムスを狩猟していく事もできた。しかし私はしなかった。何故か分かる? ……貴女だ。貴女は強く、今の私と同じくカンムスハンターだ。故に、仲間と判断し、こうして救出に来たという訳だ。フフフ……これも夜の神のお導きによるものか……ブッダエイメン」「スゥーッ……ハァーッ……」ふと、カンムスレイヤーはチャドー呼吸を続けながら隣にいる狂人へ目を向けた。彼女はカンムスだ。だというのに、自分を助け、仲間だと言っている。例え狂人の戯言であったにしろ、その言葉に不思議と安らぎを覚えている自分がいるのだ。

 何故だ。繰り返すが、彼女はカンムスだ。復習対象であり、一度この手で惨たらしくスレイしたカンムスである。そんな相手に、何故……。「アカギ……奴は強大に過ぎるカンムスだ。私一人では手に余る。しかし貴女ならば、万全の貴女と私ならば、奴を大破させ、入渠させる事も可能だろう。二人のカラテとカラテを掛けて百倍だ。わかるか? このカラテ算数が? つまり、百倍のカラテならば、確実に奴を倒せる。確実にだ」

 その瞬間、カンムスレイヤーのニューロンに複数の強いパルスが迸る。まず、カンムスレイヤーはヤセンニンジャの案に対して、内心で同意した。その上で、アカギを葬った後、この愚かなカンムスもスレイしてしまおうと思った。しかし、ほぼ生理的反射でその考えに強い嫌悪感を抱いた。それではまるで、己の憎む邪悪なカンムスのようではないか。カンムスレイヤーは小さく首を振り、イクサに不必要な雑念を払った。カラテだ。カラテあるのみ。

「フフッ……そう焦るな、カンムスレイヤー=サン。夜は長い。そうも早く終わりはしないさ」闇夜の中心で、二人のカンムスは、静かに戦意を研ぎ澄ませるのであった。

 

 

 

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 非人間的な錆びれた壁面に、小さな人影が二つ。一人は長い黒髪のカンムス、アカギ。もう一人は、復習に燃える小柄なカンムス、ゼカツマーだ。ゼカツマーは幼い相貌に憤怒の感情を湛え、しきりに周囲へと殺気を撒き散らしている。「許すまじ、許すまじカンムスレイヤー!」「ウーン、ソウルの痕跡からして、まだ近くにいるはずなのですが……」二人は、突如行方を晦ましたカンムスレイヤーを捜索していた。アカギ一行が最後のバンメシ・トーチャリングを行おうと来てみれば、どういう訳か件のカンムスの姿が消えていたのである。独力で脱出したとは考えにくい。では、組織の裏切り者か、あるいは元からの協力者の手引きによるものか。どちらにせよ、捜し、見つけ、今一度大破させるのみ。アカギは懐からオニギリを取り出し、一口に平らげた。

「では、ゼカツマー=サンはこの区画をお願いします。私はもう少し奥を調べてから、ここに戻ってきますので」言い残し、アカギは唯我独尊といった風で歩みを進めた。「ヨロコンデー!」ゼカツマーは礼儀に則った返事をすると、壁面を蹴り、より深い闇へと身を潜らせた。

 闇の隙間を縫う。怨敵・カンムスレイヤーの命を狩る為に。ゼカツマーは、つい先日カンムスレイヤーによって無二の親友を喪った。彼女とはほぼ同時期にカンムス化した、いわば同期である。強いカラテを持つ彼女に対し、ゼカツマーが手にしたのは通常の三倍の速力。非力なゼカツマーに、しかし彼女は侮蔑も嘲笑もなく接してくれた。「ゼカマシ=サン、仇は討つ!」

 決意を胸に、ゼカツマーは食料保存庫へとしめやかにエントリーした。中には誰もいない。ソウルの痕跡もない。警戒を解き、ゼカツマーが振り返ろうとした、その時である!

 コツン、と。ゼカツマーの頭に硬質な感触があった。「エ?」この感触はまさに、小型のステルス・ギョライ! 一体なにが? ぐるぐると思考が高速回転し、答えを導きだすまでに数瞬の静寂。そして、無音の小爆発。「ンアーッ! サヨナラ!」ゼカツマーは大破し、しめやかに入渠した。

 爆煙の影より、ヤセンニンジャが姿を現す。彼女のカンムス野伏力は実際卓越している。この程度のアンブッシュなど、ベイビー・サブミッションなのだ。「ベトコンは大人しく貴様のヒサツ・ワザの披露を待ってはくれんのだ。ジゴクでは……覚えておくがいい……ゼカツマー=サン」

 マフラーを翻し、立ち去るヤセンニンジャ。かつての仲間の救済を果たし、ヤセンニンジャの胸中に神聖な酩酊感が染み渡る。しかしその瞳には、一切の油断も慢心もなかった。そう、こんなところで感傷に浸っている場合ではないのだ。これより先は、本当の、カンムスの戦いなのだから。

 

 

 

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「イヤーッ!」「サヨナラ!」強烈な回し蹴りを受け、主人公めいたカンムスは大破し入渠した。復讐に燃える両者の攻防は意外なほどあっさりと終結した。優れたカンムス同士の戦闘、その殆どは一瞬の駆け引きによって決着する。このカンムスもまた、油断ならぬ相手であったという証左だ。

 ザンシンを終えたカンムスレイヤーは、周囲の気配を探る。やがて、目標の気配はすぐに見つかった。隠せるはずもない、圧倒的な覇王の気――アカギの気配を。

 カンムスレイヤーは最小限の動作で疾走を開始した。影から影へ、闇から闇へ……。アカギに自らの気配を気づかれぬように。何故、カンムスレイヤーがこのようなニンジャじみた事をするか? それは、ヤセンニンジャの策が為である。ヤセンニンジャは言った。「次にアカギが来る時は、必ず取り巻きを連れてくる。何故だと思う? ただの酔狂だろうさ。情報もある。その取り巻きは二人。ゼカツマーと、ブリザードだ。こいつらは実際大した事ない。しかしな……」

 ヤセンニンジャは言葉を区切り、云った。「……アカギ、奴は異常な力を持っている。そんな奴を相手に、サンシタとはいえ取り巻きがいるのは厄介だ。なので、最初にこいつらを狩る。まず、カンムスレイヤー=サンはこの場から離れて何処かに忍んでもらう。すると、奴らは分断して貴女を捜索するはずだ。そこを、狙う。幸い私の存在はバレていない。片方は私がやろう」

 果たして、計画は上手くいった。カンムスレイヤーは先ほど取り巻きの一人をスレイしたところだ。恐らくヤセンニンジャも成功している事だろう。障害は消えた。あとはアカギにアンブッシュを仕掛け、カラテで決着をつけるのみ。カンムスレイヤーはこれまでの不明瞭な思索を切って捨てた。カラテに無駄な雑念は、ひとまず振り払うべきだ。でなければ、あの怪物には敵わない。一足ごとに鋭利になっていくカンムスレイヤーのセイシンテキは、今や一振りのカタナそのものと化していた。

 影さえ追いつけぬ速度で疾走する。やがて、ドクンと心音めいてアカギの気配が増大したのを感知したカンムスレイヤーは、スプリントを続けながらもカラテ警戒した。疾風のカンムスレイヤーが崩れた灯台前にエントリーした、その時である。冷やりと、脊柱に氷を押し当てられたような不快感。同時、気がついた時にはそれまで感じていたはずのアカギの覇気が霧散していた。咄嗟に物陰へ隠れるカンムスレイヤー。これは一体どういう事だ? カンムスレイヤーは困惑しながらも、カラテ警戒を維持した。

 やがて、灯台前の広場に新たなる覇気を再探知。これはまさに、紛う事なきアカギの気配。「おや、以外と遅かったですね」冷然とした覇王の声が聞こえる。隠れる意味なしと判断したカンムスレイヤーは物陰より現れ、威風堂々とアイサツした。「ドーモ、アカギ=サン、カンムスレイヤーです」「ドーモ、カンムスレイヤー=サン、アカギです」

 アイサツ終了後の一瞬、怨敵へ向け走り出さんとするカンムスレイヤー。しかし、その機先を封じるように、アカギは右手につかんだモノを大仰な身振りでかざして見せた。突き出されたその手には……ナ、ナムアミダブツ! 大破したヤセンニンジャ! 轟沈寸前のヤセンニンジャはアカギに首根っこをつかまれ、ピクリとも動けないでいる! 思わず急停止したカンムスレイヤーは内心の動揺を押し殺しつつも僅かな渋面を隠せないでいた。

「二人してこの私を挟み撃ちにするつもりだったんですよね? ふふっ、お見通しです」遥か上空から、まるでブッダが哀れなマジックモンキーに向けるような目で、アカギは笑みを浮かべた。「人質のつもりか!」「いえいえ」アカギは小さく首を振った。「私はただ、あなた方に興味があるだけです」

 そう言うと、アカギの笑みはよりいっそう深さを増した。カンムスレイヤーのニューロンに、微弱な警告が発せられる。精査することもなく、カンムスレイヤーはそれを無視した。「何故、私があなた方に興味を持つか? それを、今からお教えしましょう」空いているアカギの左掌に、青白い光が灯る。やがてその手は、ヤセンニンジャの胸部へと触れ……「イヤーッ!」

 BRATATATATATATATATA! カンムスレイヤーのカラテがこもった弾丸が、無防備なはずのアカギに殺到する!「それはシツレイではないですか?」呟いたアカギはヤセンニンジャを放り捨て、最小限の動きで全弾回避。「イヤーッ!」「イヤーッ!」狼めいて飛び掛ったカンムスレイヤーの銃身殴打攻撃に肩部擬装で応じるアカギ。ジリジリと火花が散り、大気が震える!

「イヤーッ!」機銃を振りぬき、距離を取る。カンムスレイヤーは己の内の警鐘に、それに反応した自分自身に、訳も分からず驚愕していた。あの時、アカギの不気味な光の手がヤセンニンジャに触れようとした瞬間、カンムスレイヤーはこれまで無視していた小さな警鐘に従いアカギの行動を阻止した。第六感とも違う。もっと人間的な何かに突き動かされ、カンムスレイヤーは行動したのだ。

 二人の怪物の間に、肌を切るような突風が吹きすさぶ。その距離、およそタタミ六畳。絶えず聞こえる波の音が静寂を許さない。目の前の敵は、今なお泰然自若としてカラテを構えようとすらしない。覇王の余裕を振りまき、周囲の空間を我が物顔で侵食している。

「ウーン、ではこうしましょう」一瞬の思案の後、アカギはひとつ手を打ち言った。「まず、貴女からいただきましょうか」瞬間、アカギのカラテが爆発的に上昇する。構えるカンムスレイヤー。自らの膨大なカラテを味わうように微笑するアカギ。

 BRATATA! 両者のイクサの始まりは、数発の銃弾だった。「イヤーッ!」対し、アカギは跳躍した。高く、高く!「せめてもの手向けです。見せてあげましょう! 我が究極のカラテを!」闇夜に包まれたアカギの身体が……ゴウランガ! ホタルめいて青白く発光した! 見上げるカンムスレイヤー! 見下ろすアカギ! 突如、未明の空に巨星が浮かぶ! 禍々しき光! 上空のターゲットへ向け、容赦の無い無数の銃弾がばら撒かれる! それら全てを弾きつつ、やがて光は収まっていった。

 収束した光の中心。アカギは、おお……なんと! 超自然的に変身していた! 今まで身に着けていたカンムス装束ではなく、豊満な身体のラインにピッタリと吸い付くような特殊任務用カンムス装束。そう、スクミズタイプのカンムス装束に! その胸元の名札部分には流麗な字体で「赤」「城」の二文字!「イヤーッ!」上空十数メートルから急降下! やがて水面を切り裂き海中へと潜水! ナムアミダブツ! なんたる不可思議な光景か!

 通常カンムスは海中での戦闘行為は一部タイプのカンムスを除き不可能とされている。その、海中での戦闘が可能なカンムスタイプとはつまり、「センスイ・カンムスクラン」に属していた水中戦特化のカンムスたちである。であるというのに、このアカギは、あろうことかそのセンスイ・カンムスクランを象徴するカンムス装束に身を包み、なんと海中に潜ってしまったではないか!

 不可解な事象を振り払うように、潜水したアカギを追うカンムスレイヤー! 海上に躍り出ると、水面をスケート選手めいた動きで高速移動し、姿を晦ましたアカギを炙り出すべく暗黒の海面へと機銃乱射! BRATATATATATATATATA! 連続して激しい水柱が生まれ、辺りを暴力の色に染めていく!

「イヤーッ!」真下に影。カンムスレイヤーがそちらに機銃を向けるより先に、アカギのギョライはカンムスレイヤーを捉えていた! KABOOOM!「ンアーッ!」直撃! 爆風に煽られながらも、果敢に機銃を構え狙いもつけずに発射!「イヤーッ!」BRATATATATA!「イヤーッ!」一際大きな水柱を巻き上げ宙高く飛び上がった! その体がまたも青白く輝く! 瞬きの間には二度目の変身が終了しており、今度は黒い制服めいたカンムス装束に、頭部には龍角めいた装備。手にはそれぞれ、怪しく光るカタナとナギナタ。ナムサン! これはまさに、テンリュウ・カンムスクランへの変身だ!

「イヤーッ!」右手のナギナタを凄まじい膂力で投擲!「イヤーッ!」クロスした機銃で防ぐ! おお、しかし鋭利なナギナタの刃は一瞬の拮抗の後にカンムスレイヤーの機銃を両断! 身を捻りなんとかダメージを回避したカンムスレイヤーだが、その時には既にカタナを構えたアカギが目前まで迫っていた!「イヤーッ!」「ンアーッ!」横凪ぎの強烈なイアイド斬撃! すんでのところで回避したカンムスレイヤーだったが、驚異的なワザマエで生み出された真空波によりカンムス装束の一部を切り裂かれてしまった!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」有無を言わせぬ連続イアイド斬撃!「ヌゥーッ!」巧みなバックステップでそれらを回避! しかし、避ける度にジリジリと追い詰められていく! まるで、型にはまったアドバンスド・ショーギの攻勢めいて!「イヤーッ!」「ンアーッ!」不意をついたケリ・キックがカンムスレイヤーの腹部に直撃! 斜め上に吹き飛ばされるカンムスレイヤーの真下――海中に、複数の影! 影はやがて水面より顔を出し、カンムスレイヤー目掛け追尾ミサイルめいて接近してきたではないか! カラテギョライ! それを認めた瞬間、カンムスレイヤーは新たな機銃を生み出し海面へ向け発射! BRATATATATATATATATA! KBOOOOOOOM! 

 嵐のように巻き上がる水柱! それらを切り裂くように現れたのは、またも変身を終えたアカギだ! 漆黒のセーラー型カンムス装束を身にまとい、背には二連装砲塔を負っている。接近してくるアカギは、あろうことか空気の壁を蹴るようにジグザグ高速移動で迫る!「イヤーッ!」「イヤーッ!」急速接近してきたアカギの回し蹴りと、カンムスレイヤーの迎撃回し蹴りが交差し拮抗する! 互いのカンムス膂力はゴジュッポ・ヒャッポ! しかし! KABOOOM!「ンアーッ!」硬直していたカンムスレイヤーの背に対処しきれなかったギョライが直撃!「イヤーッ!」よろめくカンムスレイヤーの腕をつかみ、イポン背負いの要領で投げ飛ばされる!「ンアーッ!」短くカラテ演舞をきめ、アカギはすぐさま不可視の壁を蹴り、吹き飛んでいくカンムスレイヤーに追随。無慈悲な追撃が、その身体に突き刺さる!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!「イヤーッ!」「ンアーッ!」無慈悲な追撃!

 やがて、中破相当のダメージを受けたカンムスレイヤーをイクサ開始地点の灯台前上空まで追い立てるように蹴り飛ばしたアカギは、カンムスレイヤーの腕をつかみ、「イィィヤーッ!」落下の勢いをつけて地面へと強かにイポン背負いを極めた!「ンアーッ!」

 CRAAAAAAAASH! 大小さまざまな破片が宙を舞い、視界をさえぎる砂煙が辺りを隠す。強風によって払われた砂煙の先には、激突の衝撃で巨大なクレーターができあがっていた。汚水の浸入を許し、神罰を受けたような傷跡の深奥には……ナムサン! 大破し、カンムス装束のほとんどを失ったカンムスレイヤーの無惨な姿が! 彼女の目は安らかに閉じられ、まるで眠っているようでさえある。

 轟沈寸前のカンムスレイヤーに、ゆっくりと近づいていくアカギ。元の弓道家めいたカンムス装束へと戻ったアカギは、敗者をあざ笑うようにクレーターの奥へと足を進めた。「実際、私の攻撃をこうまで浴びておいて未だ轟沈していないカンムスは、これまで存在しませんでした。しかし、貴女はまだ、沈んでいない」

 口元を歪め、目には邪悪な意思が宿っている。バチバチと身体に青白い稲妻を走らせ、左手には不穏な光を灯すその姿は、まさにジゴクの王か。あるいは、不世出の英雄か。圧倒的に過ぎる暴力を手に、両方の側面を有するカンムスはただ、勝利の美酒に酔いしれていた。「そのタフさ、気に入りました! 間違いなく神話級のソウル……この際、多少のソウル漏れなど考慮しません!」

 倒れ伏すカンムスレイヤーの傍まで歩み寄ると、アカギは左手の光をいっそう強くし、豊満なカンムスレイヤーの胸部へとその手を伸ばしていく。「ふふふっ、いただきます……」

 邪悪な光の手が、カンムスレイヤーの胸部に触れた。

 

 

 

 




◆艦◆ カンムス名鑑#006 【アカギ】 ◆殺◆
オリョクル・ファンドの首領にして、七つのカンムスソウルを同時に憑依させた悪魔的存在「ボーキクィーン」。
異常なカラテと複数の強力なジツを持つが、それらを存分に発揮するには膨大なエネルギーが必要である様だ。


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#6

「姉さんは働き過ぎなのだ」タマゴ・スシを食べながら妹が言う。「自分の身体なのだ。もう少し気にしてはどうだ。このままではカロウシしてしまうぞ」「あはは……」妹の苦言に対し、気まずい笑いをあげたのは、過去のカンムスレイヤー。否、まだ彼女がカンムスになる以前の、ヤマト・ゴテンだ。目の前にいるのは、妹のムサシ・ゴテン。この二人こそが、ゴテン家の唯一の家族だ。

 今のゴテン家に両親や親戚はいない。幼き日に、それら全てを喪ったのだ。以後、二人は唯一血のつながった家族として強く慎ましく暮らしてきた。ヤマトは低賃金ながら手堅い職場で労働し、スクールに通う妹を養ってきたのだ。

「でも、今日は早く帰ってこれましたよ?」弁明するようにヤマト。「帰りが早くても、休日がないんじゃな……焼いたスシに水をかけても戻らない」「えっと、ミヤモト・マサシでしたっけ?」「どうだったかな……」妹のムサシは賢い。ハイスクールでは首席を維持し、難解な古事記をまるでカトゥーンでも読むように解読できる。姉であるヤマトの、何よりの自慢だった。

 センタ試験を近日に控えながらも、普段のムサシの振る舞いに緊張や焦りの色は見受けられなかった。賢い妹なら、何も心配ないだろう。そして、センタ試験を勝ち抜いて、妹だけでもカチグミの人生を謳歌してほしい。ヤマトはチャを啜りながら思った。 

「とにかく、上に言って休みをもぎ取って来い。たまには家でゆっくりしろ」あれから何年が経っただろうか。真面目で勤勉に成長した妹を見て、ヤマトの心にどこか暖かい懐かしさが滲んできた。「姉さん?」こちらを心配げに見つめる妹。「あ、エート……善処します」慌てて応える。「はぁ……」ムサシのため息。

「あはは……」苦笑しつつ、トビッコ・スシを口に運ぼうとした、次の瞬間であった。

 轟音が聞こえ、店が揺れ、日常が破壊されたのは。最後に聞いた妹の声は、ため息だった。

 

 

 

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「ンアーッ! ンアーッ!」筆舌に尽くしがたい激痛が、ヤマト・ゴテンであった女の身体に駆け巡る。魂までも焦がすような痛みと熱に、抵抗することさえできず、ただ堪える事しかできない。

 青白い稲妻を全身に受け、ビクビクと意思に関係なく身体が痙攣する。「ウーン、時間がかかりますね」アカギの哄笑に満ちた声が耳をかすめるも、今のカンムスレイヤーには届くはずもなかった。暴力的に過ぎる痛みの奔流に晒されては、まともな思考すら覚束ない。

 身体中の血管一筋一筋まで稲妻の悪意に浸食されていく。やがて、痛みは身体の奥へと収束していき、「ヤッタ! つかまえました!」カンムスレイヤーに宿る、カンムス・ソウルへと伝わっていった。「ンアーッ! ンアーッソウル!」ソウルへの直接攻撃を受け、カンムスレイヤーの感じる激痛が増す。外側ではなく、存在自体への侵攻。自分自身の何かが、ずるずると引きづられていく感覚。それに、抵抗ひとつできない。「さあ、今こそ私とひとつになりましょう!」

 全身が焼けるように熱く、心臓を氷の手で握られているかの様。「ンアーッ! ンアーッ!」とうにカンムス耐久力の限界を突破しているヤマト・ゴテンの脳裏に、これまで生きてきた記憶が波のように押し寄せてきた。生者が死者へ変わる際に起こるという、ソーマト・リコール現象である。

 いや、まだだ。まだ復讐は終わっていない。思い出せ、あの時の憎しみを! 妹の最期! その未来を奪った敵の姿を! ソウルへの呼びかけに応答はない。だがしかし、このままでは……!

「イヤーッ!」「ンアーッ!」アカギによるダメ押しの一撃! 瞬間、カンムスレイヤーの不屈の執念に亀裂が入る。「ンアーッ! ンアーッ!」

 やがて、視界が霧に覆われたように、ヤマトの意識が遠のいていく。存在が落ちていく。奈落の底へ。見上げる遥か高い空には、月のない夜の闇だけがあった。

 

 

 

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「姉さんは働き過ぎなのだ」霧の中、ムサシの声が聞こえる。

回転スシ・バーでの、最後の思い出だ。妹は安価なタマゴ・スシを大事そうに食している。ヤマトはどこか俯瞰するようにそれを見ていた。

「ふふん、見てみろ。学年で一位の成績だ。これならセンタ試験も楽勝だろうさ」ハイスクールに入ってしばらく経った頃の妹の声。この後は、確か少しだけ贅沢な店で外食をしたのを覚えている。

「すまない……いつも姉さんに苦労をかけて……」ミドルスクール入学当初の妹の口癖。この時期の妹はこんな事ばかりを言うので、少し困っていた。

「姉さん。父さんと母さんは、どこへ行ってしまったのだ?」両親を喪い、途方に暮れていた時期の無邪気な妹の声。この頃のヤマトもムサシと同じ心境だったが、姉の自分がしっかりしなくてはと、いつも気を張っていた。

「お姉ちゃん! ありがとう! この万年筆、大切にするから!」誕生日を祝った時の、幼い妹の声。隣には両親がいて、二人とも笑顔で妹を見ている。家族四人の、幸せな時間だ。

「はぁ……」最後に聞いた、妹のため息。最後の最後まで妹には心配をかけてしまった。

 次の瞬間、思い出は炎の奔流に飲まれ、視界が暗転する。

 炎の過ぎ去った後、ヤマト・ゴテンは茫漠たる霧の世界に、たった一人で佇んでいた。周囲には半透明のオバケめいた人型オブジェクトがヤマトを避けるように歩いており、見上げる曇天の空には無機質な色彩パターンがどこまでも続いている。ここは、ヤマト・ゴテンの心象風景。ローカル・コトダマ空間である。

 妹には、未来があった。その未来を、自分には見届ける責任があった。そして、その先も妹と共に生き、暮らしていくという望みがあった。ささやかな願いがあった。

 しかし、それを奪う者がいた。踏み躙る者がいた。その存在を許す事が出来ず、生き残った自分は復讐の鬼と化した。

 だが、復讐は成らなかった。最も憎むべき敵に倒され、今まさに道半ばで朽ち果てようとしている。

 ヤマトは――カンムスレイヤーは、歯を割れんばかりに噛みしめ、拳を砕けんばかりに握った。右の目からは雫の涙を、左の目からは血の涙を流し、それらが落ちた箇所に不可思議な波紋が広がっていく。

 二つの波紋が広がる。小さな波は地を覆い、空を覆い、やがて世界の色を変えていった。

 そこは、一面赤黒い世界だった。周囲には轟々と炎が燃え盛り、そこら中に憎しみの思念が渦巻いている。ヤマトは顔を上げ、目を剥いた。

 燃え盛る炎の先、柱に押さえつけられ、倒れ伏す妹の姿があった。駆け出そうとするが、身体が動かない。うっすらと目を開くムサシ。炎越しに姉妹の視線が交差する。

 ――ジリッ。鮮明だった記憶にノイズが走り、記憶のその続きを、封じられた深奥を再生する。切れ切れになった旧世代フィルムめいて、真実を暴くように。ヤマトのニューロンに残ったムサシの本当の最期の言葉が聞こえた。最愛の妹が、小さく口を開く。

 

「……姉さん……頼むから、生きて……」

 

 次の瞬間、カンムスレイヤーの心象風景はホタルめいた光の粒に変換されていき、無数の光の集合体となって天へと上り、消えていった。

 カンムスレイヤーの意識が、覚醒する。

 

 

 

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「殺すべし……殺すべし……」カンムスレイヤーの口が憎しみを紡ぐ。忌々しいアカギの腕を掴み、万力のような握力で握り締める。「んなっ!?」突如、本能レベルの危機を察知したアカギは咄嗟にソウルドレイン・ジツを止め、掴まれた手を振り払い大きくバックステップした。一体、何が起こった? アカギの異常な高速思考が回転する。「これは……なに? 知らない現象? 何らかのユニーク・ジツ?」防御の構えを取りつつ、アカギは数歩後ずさった。

「殺すべし、殺すべし……!」呟き、カンムスレイヤーは重力に反した動きで立ち上がった。周囲に黄金のカラテ粒子が湧き上がる。すると、黄金粒子はカンムスレイヤーの全身に集い、凝集する過程で桜色へと変化していった。やがてカンムスレイヤーの全身は桜色の光に包まれ、一際眩い閃光の後に完全な形を成した。

 光の先、そこに現れたのは、まさしくカンムスそのものだった。両目は眠るように閉じられ、ゆったりと構える姿は聖母の様ですらある。しかし、その背に負うは破壊と殺戮の化身。鉄塊とも言うべき背部擬装に、数えるのも億劫になるほどの砲塔が並んでいる。その左右両端はカンムスレイヤーを守るように前へせり出しており、さながら巨人騎士の腕の様。破れかかっていたカンムス装束は完全に修復され、その端々にはこれまでになかった装備が取り付けられている。首には赤黒いマフラーが巻かれ、敵を威圧するように刺繍された「艦」「殺」の文字が剣呑なアトモスフィアを纏う。

「殺すべし、殺すべし!」閉じられていた両目が開かれる。その瞳には超自然的な桜色の光が宿り、闇夜に妖しく浮かび上がった。「カンムス……殺すべし!」

 瞬間、アカギと比しても互角以上の膨大なカラテが解き放たれた。身構えるアカギ。先に仕掛けたのは、カンムスレイヤー!

「イヤーッ!」KKKKKBOOOOOOOOM! 制御下の全砲塔が火を噴き、黒煙が濛々と立ち上る! それが晴れるのを待たず、カンムスレイヤーは跳躍した! 瞬時に右手へ桜色カラテ粒子を集中! 形を成したのは、一本の傘状マストだ! その傘で以て、闇を、虚空を、凪ぎ払う!

 ギィィィィィィン! 硬質な衝突音が響き、荒れた夜空に盛大な火花を咲かせた! 続いて、二度三度と火花が散り、今度はまったく同じタイミングで海面に二つの巨大水柱が発生した! 見れば、漆黒の海を舞台に、二人のカンムスが向かい合っている。傘を手に構えるカンムスレイヤーと、それぞれ左手にカタナを右手にナギナタを構えたアカギである。

「イヤーッ!」カンムスレイヤーの擬装機銃が唸り、激しい弾幕がアカギに殺到する!「イヤーッ!」対するアカギはナギナタを回転させ、それら全てを叩き落した!「イヤーッ!」副砲から巨大な砲弾が放たれる!「イヤーッ!」カタナによるイアイド斬撃で全弾切断!「イヤーッ!」主砲が火を噴く!「イヤーッ!」一瞬の状況判断で変身潜水回避! ゴウランガ! なんたる超次元的イクサか! 

 海中に逃れたアカギは狡猾にギョライの生成に取り掛かった。短く息を吸い、カンムスレイヤーは巨大マスト傘を大上段に構えた。掲げたマスト傘に桜色のカラテ粒子が集う! 闇夜には過剰な光の柱が形成され、周囲を桜色太陽めいて照らし、「イィィィヤーッ!」それは海へと振り下ろされた! 寂れた工廠跡地に、これまでになく盛大な水柱が立ち上り、おお……見よ! 暗黒の海が、海面から地底まで割り開かれていくではないか! まるでカンムスレイヤーの威風に慄いたように! その暴力に耐えかねたように! おお、ゴウランガ! ゴウランガ!

 すると、視界の端に海面より空高く舞い上がった影があった。現れたアカギの装束には少なくないダメージが見受けられる。「なんという無茶苦茶な!」光を纏い高機動形態へ変身したアカギは、稲妻めいたマニューバで急速接近! 応じるように飛び上がるカンムスレイヤー! その主砲が回転し、狙いを定める!「イヤーッ!」「イヤーッ!」KABOOOM! 面制圧的主砲の攻撃を、アカギは針穴に糸を通すが如き機動で回避! しかしその装束は、ところどころ破れている! 余波でさえこれだ! 

 目にもとどまらぬ速度で接近したアカギは、「イヤーッ!」瞬時に近接格闘形態に変身! カタナを構え突貫!「イヤーッ!」迎え撃つカンムスレイヤー!

 ギィィィィィン! またも硬質な衝突音! しかし二回と続かなかった。なぜならば……「イヤーッ!」カンムスレイヤーの叩き斬るようなチョップ!「イヤーッ!」アカギの切り裂くようなチョップ!「「イィィィヤーッ!」」拮抗したカラテが、互いの異常なカンムス膂力により弾き返される「「ンアーッ!」」

 荒波の支配する海面に、両者は同時に叩きつけられた。その姿、互いに小破相当! すぐさま立ち上がったカンムスレイヤーは根元から拉げ使い物にならなくなった傘を放り捨て、素手のカラテを構えた。アカギは立ち上がったと同時に元の弓道家めいた装束へ変身し、忌々しげに両手を広げた。

「多少のソウル消費は度外視します!」急激なカラテ膨張の後、アカギの背後に巨大な異次元壁が発生した! 空間の歪みにはバチバチと青い稲妻が迸り、その異様はまさに制御下に置かれた嵐そのもの!

「イッコーセン!」ジゴクの門が解き放たれる! 亜空間より現れたのは、小型の旧世代爆撃機! その数は一機に止まらない! また一機、二十機……六十機……! ナムサン! まだ増えるというのか! やがて百を超えたバイオイナゴめいた群が、カンムスレイヤー目掛け襲いかかった! その後を、高効率工場製品めいて生成された爆撃機が追う!

 暗雲を体現したような爆撃機の群れを前にカンムスレイヤーは、「イヤーッ!」背部擬装にカラテを込め、腰を据えての迎撃を選択した! なんと、正面から打ち破ろうというのだ! 機銃が、副砲が、主砲が唸る! 爆撃機の群れが広がり迫る! カンムスレイヤーの瞳に、より強い光が煌いた! 

 ――KABOOOM! BARATATATATA! KKKBOOOOOOOM! KABOOM! KABOOOM! BRATATATATA! KABOOOOOM! 火力と火力がぶつかり合う! 二人の間に爆炎と爆音が閃き轟き、残酷に過ぎる花火が咲き乱れる!

 群と個。爆撃と砲弾。爆発と硝煙。「「イヤーッ」」!カンムスとカンムス。カラテとカラテが正面から拮抗し、ソウルすらも削って持てる力の全てを放出する! 砲撃を続けるカンムスレイヤー! 爆撃機を生み出し続けるアカギ! 両者、一歩として譲らぬ!

「イヤーッ!」カラテの合間を縫い、カンムスレイヤーがイカリ・スリケンを投擲!「ヌゥーッ!」肩部擬装で防御! おお、しかし見よ! 一瞬の集中の低下により、爆撃機の生成が遅延!「イヤーッ!」次いでテッコウ・スリケン投擲!「ンアーッ!」連続の直接攻撃により肩部擬装爆砕! 集中が乱れ、空中の爆撃機が次々と墜落していく!「イヤーッ!」急速接近! 獣めいて迫るカンムスレイヤー!「イヤーッ!」崩れた体制からの、アカギの不意打ち爆撃機投擲!「ンアーッ!」回避失敗! 投擲された小型爆撃機はカンムスレイヤーの背部擬装に直撃・爆発! 高速接近と爆破の勢いで海面を数度バウンドしながらも損傷具合を計り状況判断。擬装をパージし立ち上がる。対するアカギも荒い呼吸を整えつつ、流れるように弓を握り矢を番えた。

 轟音の嵐が終わり、不気味な静寂が訪れる。両者の距離はタタミ十畳程度。暴力的な無音の波が荒れ狂う中、二人の間にはゼンめいたカラテの緊張だけがあった。何倍にも引き伸ばされた時間間隔。周囲の景色がスローモーションへ変じ、カラテに無駄なもの全てが認識より消え去っていく。

 一粒の雫が、両者のちょうど中間へと落ちた。その時!

「「イヤーッ!」」カンムスレイヤーが爆ぜるように飛び出し、アカギは番えていた矢を解き放った! 電磁の尾を引き迫り来る矢を見据え、さらに加速するカンムスレイヤー! 正面に矢! 装束をかすめながらも回避成功! しかし、既に目前には壁と錯覚するような矢の群れが! 二段構え! 多少のダメージは覚悟で突貫! 致命的な矢だけを払い落とし、それ以外を無視して加速! 止まぬ矢の嵐! 数本の矢が身体をかすめる! だが動じぬ! カンムスレイヤーはさらに加速した!

 そうして、両者の距離がタタミ一畳まで縮まった瞬間、カンムスレイヤーとアカギの視線が交錯した。また、両者は同時に、同じ感情を抱いた。

 それは、恐れ。死に至る恐怖。互いへの畏怖。それらがない交ぜになった感情を抱き、しかして時は停止を許さない。アカギが必殺の矢を解き放つ! 放たれた矢は次元さえ貫かん程の勢いで飛んで行き、カンムスレイヤーはそれに対応できない!

 アカギは、カンムスレイヤーより先に自らに去来した恐れを飲み干したのだ。たった一瞬の遅れが、カンムス同士のイクサでは勝敗を、生死を分けるのだ。

 引き伸ばされた時間がさらに拡大し、カンムスレイヤーの世界が停止した。迫る鏃。重い身体。脳裏に、過去の記憶が迸る。ムサシの願いを、最期の言葉を。その時、カンムスレイヤーの口元がわずかに動いた。やがて、目を見開き、咆哮した。

 時間間隔が戻る。

 絶え間ない荒波に、吹きすさぶ風。その中心に、彼女らはいた。重なった影。一筋の陽光が二人を照らす。「後悔はありませんか?」空を仰いだアカギが言う。その体にもたれ掛かるような姿勢で、カンムスレイヤーは安らかに両目を閉じていた。「そうですか。……では、サヨナラ」呟いたアカギは、大破轟沈した。

 閉じられていたカンムスレイヤーの両目が開かれる。その瞳は元の色に戻っていた。その右手には、稲妻を纏う青白い光の玉。カンムスレイヤーは手中の光球を無造作に握り潰すと、波打ち際へ向けて移動していった。

 灯台前に着くと、そこには轟沈寸前のヤセンニンジャの姿があった。カンムスレイヤーは、倒れ伏すヤセンニンジャの心臓へ向け生成した機銃を向けた後、それを捨て、ヤセンニンジャを肩に担いで再び歩き出した。

 その背には、嵐が過ぎ去った事に安堵するような、穏やかな海が広がっていた。現代には珍しい病んだ太陽が水平線より顔を出し、去っていく二人を照らしていた。

 

 




第1部「ネオチンジュフ炎上」より 「ジ・エンド・オブ・ムーンレス・ナイト」終わり 


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