緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ! (よもぎだんご)
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緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!

ざっくり紹介
ゼル伝オタクがVRゼルダの伝説スカイウォードソード(綺麗な茅場さん作)を買ってきて始める。なぜかd.grayman の世界のハワード・リンクに憑依
ゲームだと勘違いしたままGO!!
デスゲームする気が無くてもデスゲームになっちゃう茅場さんマジ茅場さん。



 俺の膝の上には一個のゲームソフトが置かれている。

 

 タイトルは『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』、世界初の一人用VR(ヴァーチャルリアリティ)ゲームである。

 

 朝から5時間並んで買ってきた。

 

 前作のトワイライトプリンセスもYOUリモコンに合わせて主人公の勇者リンクが剣を振るという仕様、65よりも圧倒的に綺麗になった映像に大興奮した俺だが、今回はそれを上回る。

 VR技術によって作られたゼルダの伝説の世界に直接入り込み、俺がリンクとなって冒険するのだ。これに興奮しないやつはゲーマーとは言えない。VRゲームの開発者である茅場さんに感謝だ。

 

 しかしもどかしいことにVRゲーム機本体が発送のミスで届くのが昼頃らしい。

 

 しかたないので俺はソフトに添付してある薄い説明書を舐めるように読んだあと、こうして焦れているのである。

 

 セーブはログアウトと同時で、ログアウトしたい時は口に出して、または心の中で『オーダー、メニュー、ログアウト』と唱えればいいらしい。それだけわかれば十分だ。

 

 早く来ないかな。

 

 

 

 

 

 VRゲーム機の本体の初期設定を終え、ゲームをスタートさせると 真っ暗な中に俺が浮いていた。

 その上空には光輝く青い体の女の子が浮いている。

 

『マスター、目覚めの時です。邪悪な者が今蘇ろうとしています。はるかな東、中つ国で眠る運命の剣をお求めください』

 

 うん、運命の剣ってあれかな、ゼルダの伝説伝統の最強の剣「マスターソード」かな。今回は開発者インタビューで「マスターソード誕生の物語です」って言っていたらしいから。

 

 俺がメタな事を考えているうちに、いつの間にか周りの黒いのが集まってとてつもなくでかい化け物になっていた。

 

 それは俺に向かってナイフの様に鋭い歯がいっぱいついた口を開き、すわいきなりボス戦か! とおののく俺の前で唐突に霧散した。

 

「こんな所で寝てんじゃねえ! くそ坊主!」

 

 突然響くおっさんの怒鳴り声にびくぅっとすると、いつの間にか俺は馬とかにあげる干し草の束の上にいた。恒例の夢落ちですね、分かります。

 

「たく、タロンの旦那は隙あらばまっ昼間からごろごろ昼寝! おまけにこんなガキまで。お天道様が登っている時は起きて働くってのが、この世の決まりなんだよぉ!」

 

 タロンの旦那、だと……

 

「え、じゃあ、あなたもしかしてインゴーさん!?」

「お、なんだ坊主、俺のこと知ってるのか! その通り。泣く子も黙るロンロン牧場の大黒柱インゴーさんったあ俺の事よ」

 

 干し草フォーク片手にさっきまで怒鳴っていたのに今度はふんぞり返っている、中々愉快なちょび髭親父はなんと旧作時のオカリナで出てきたインゴーさんだった。

 

 あれか、オマ-ジュってやつか。ん、待てよ。ロンロン牧場にはアイドルが一人いたはずだ。

 

「じゃあ、マロンちゃ、いやマロンさんいますか」

 

 マロンちゃんは時のオカリナのヒロインの一人で、栗色の髪を腰まで伸ばしたかわいらしい女の子だ。

 

 7年の時を行ったり来たりする作品の都合上大人バージョンと子供バージョンがあり、さんづけにしたのも大人バージョンだったらやばいからだ。

 

「なんでえ、坊主。マロン嬢ちゃんの知り合いか。嬢ちゃんなら牛小屋にいるぜ」

 

 そう言って近くの建物を指さす。礼を言って俺は走った。

 タロンさんにも会ってみたかったけど、所詮奴はただの中年親父。マロンちゃんとは比べるべくもない。

 

 俺は牛舎の扉を勢い込んで開けると、そこには白い服に茶色のスカートをはいた美女がいた。

 

 年は18の俺より少し年上だろうか、スタイルの良い落ち着いた風情の美人である。マロンさんは時のオカリナでは活発な雰囲気だったのだが。

 

 もしかして平行世界にいたクリミアさんか! なんて思っていた時期が俺にもありました。

 

「あら、マロンのお知り合い?」

「え、ええ、まあ」

 

 こっちが一方的に知っているだけですとは言えません。

 

「えっと、マロンさんのお姉さんですか」

「あら、お上手ね。初めまして、私マロンの母のメロンです」

 

 この時絶叫しなかった俺を褒めてやりたい。

 だって時のオカリナではマロンちゃんのお母さん死んでたし、どう見たってこの人は10代後半から20代前半にしか見えない。夫のタロンさんは40近かったはず、このロリコンめ! 爆発しろ!

 

「はい。初めまして。僕はリンク、ハワード・リンクと言います」

 

 心の中はムンクの叫びでも表情にださず、挨拶しきった俺グット!

 名前に関しては速攻でメニュー画面をオーダーして確認。俺名前はデフォルトのままにしたので、今回はハワード・リンクがデフォらしい。苗字付きなんて珍しい。

 

「ごめんなさい。せっかく遊びに来てもらったのに」

 

 彼女の目線の先には、牛に抱きついて眠っている子供バージョンのマロンちゃんが!

 

「マロン泣きつかれて眠っちゃったの」

「何かあったんですか」

 

 これはイベントの匂いがプンプンするぜ!

 

 メロンさん曰く、この牛はマロンが小さなころから一緒にいたが、年を取ってもう牛乳があまり出なくなったので食肉として売らなくてはならない。

 

 マロンは当然大反対。皆も彼女の友達を売りたくはないのだが、正直最近ここの経営は苦しいらしく売るしかない。

 

 話し終えたメロンさんは憂鬱そうにため息をついた。

 

「みんなが幸せになれる道がどこかにないものかしらね」

「だったらこの話俺に預けてみませんか」

 

 俺はきりっとした声で言った。

 別に下心があって言ったわけではない。これが序盤のイベントなら解決できるかもしれない。というか、きっと解決しないと先に進めない。

 

「あら、僕には何か考えがあるの?」

「ええ、まあ」

 

 微笑ましそうな顔でこっちを見ているメロンさんに毅然と頷く。

 

 まあ、はっきりとした勝算は全然ないが。

 これが時のオカリナのオマージュならば、対策の一つや二つ、ゲーマーなら余裕でできる。要するにこの牛が牛乳さえ出ればいいのだ

 ……それにしてもいくら年下でも僕はないだろ。18だぞ、俺。

 

「それにはある物が必要なので、町に行って買ってきます。えっと一番近い町はどこですか」

「あら、あなた町の子じゃなかったのね。町はここを出て左に真っ直ぐ行けばすぐよ」

「分かりました。では俺が帰って来るまで牛を売るのは待っていてください。日暮れまでには戻ります」

 

 俺は彼女がしっかりと頷くのを見て踵を返した。

 

 

 牧場から歩くこと数分、そこそこ活気のある街に着いた。

 特に検問とかも無く普通に入ることが出来て良かった。身分証的アイテムなんて持ってないもん。

 

 さて、まずは町を探索だー!

 

 テンションの上がった俺はうきうきと街に繰り出した。

 

 武器屋、道具屋、服屋、仕立て屋、防具屋、雑貨屋、教会、露天商。中世から近世までの街をリアルに再現している。

 

 驚いたのは剣か盾、出来れば弓があるといいなあと思って見に行った武器屋に時代がかった拳銃やボルトアクション式のライフルが置いてあったことだ。

 

 剣よりも若干安い値段で販売していたことに二度びっくりした俺だが、高額の弾丸を見て納得した。

 印刷機本体は安いが、専用のインクを高くする商法と同じだ。あるいは携帯本体を安く売って、契約料を高くする商法と言ってもいい。

 

 ゲームなのになんてこすっからい。ムジュラの仮面を思い出す。あれもダークなゲームだった。

 

 それにしても今作のリンクは銃も扱えるのか。それなら剣いらなくね、盾と銃だけでよくね、マスターソードはラスボスに止めを刺すのがお仕事です、になっちゃうよ。

 

 まあ俺はゼル伝の伝統と様式美に則って左手に剣を右手に盾を装備するけどね! 

 実際の武術では心臓を守りづらいこの構えは良くないらしいが、ここはゲームだ。そんなの関係ねえ!

 

 銃を使うのは中盤になってお金にも気持にも余裕が出きてからでもいいだろう。どっちにしろ一番安い剣も銃も盾すら買えないけど。俺無一文だし。

 

 

 

 そんなこんなでゼル伝世界にテンションの上がりすぎた俺は町の下水道にまで突入した。

 現実の俺は家の排水口の匂いにさえ吐きそうになる軟弱者だが、今の俺は緑衣の勇者リンク。例えここが排水口の匂いを1万倍にしたような臭さでも屁でもねえぜ!

 

 すると俺の睨んだ通りルピーがあるわ、あるわ。下水道にはお宝がある、ゼル伝のお約束だ。

 緑色の小さな石が1ルピー、黄色が10、赤が20ルピー。綺麗な宝石なのに水に浮くのは何でなんだと世界の不思議について考えながら50ルピーまで集め、初期装備300ルピーまで入る財布に入れていく。赤が1つ、黄色が2つも出てくれて助かった。

 

 お金集めにとりあえず満足した俺が帰ろうと踵を返した所で、俺の前に5つの影が躍り出た。全員ボロボロの布を頭からかぶった小柄な敵だ。

 

 ふ、ついに敵キャラとエンカウトか。こんなゴブリンなんて片っ端からやっつけて……しまった!? 俺、剣どころかパチンコすらねえ! ザ・丸腰だ!

 

 このゲームって素手戦闘出来るのか。今まではしようにも出来なかったが、今の俺なら一応可能なはずだ。喧嘩なんか小学生の時にしかしたことないけど。

 

 ダメージ判定あるか、ないか。それが問題だ。

 

「その袋を置いていけ……」

 

 集団の一人が幽鬼の様にかすれた声で言った。序盤の雑魚敵のくせに無駄に怖いぜ、チクショー!

 

「嫌だ、と言ったら」

 

 俺は大物っぽく答えた。

 さっき水に映ったのを見て気付いたのだが、俺は今子供リンクをリアルにしたような姿をしている。つまりメロンさんに子ども扱いされても仕方ない金髪碧眼で7歳くらいの少年。藍色の服に茶色のズボンだ。

 

 いつもの俺なら子供のような奴で済ませられても、今は敵との身長差はほとんどない。むしろ一部負けてすらいる。

 

 しかしここで自信の無さそうな態度をとることは、ルピー全損、あるいはHP全損に直結する。

 なによりこんな序盤の雑魚敵に負ける事はゲーマーとしてのプライドが許さない。

 

「なら痛い目にあってもらう。ゴウシ、行け!」

「……」

 

 この中で一番大きな奴が無言で前に出た。

 俺はルピーの入った皮袋を庇う様に両手で持った。結び口はしっかりと縛っている。

 その態度を俺がひるんだと見なしたのか、ゴウシとやらが両腕を前に出して突進してきた。

 

「はあ!」

 

 俺は思いっきり掴みかかってきたゴウシ君の頭を財布で殴りつけた。

 

 怯えていたはずの俺がここまで強烈な反撃をしてくるとは思ってもみなかったのか、財布はゴウシ君の顎に当たり、彼は水しぶきを上げて倒れた。

 

 考えてみて欲しい。財布に入っているのはお札ではなく、重たくて硬い石である。拳よりもよほど強力な武器となるのだ。まあ、効かなかったら財布を投げつけてその隙に逃げるつもりだったが、本当効いてよかった。

 

「ゴウシ!」

 

 俺を襲ってきた一団から動揺した声が聞こえる。一人が倒れた彼の元に走り寄る。

 

「どうする、まだやるかい」

 

 俺はここぞとばかりに挑発する。というか初めて敵を倒して完全に調子に乗っていた。一応この時はこうして余裕を見せつければ、格の違いを感じて退散してくれるのではないかと考えていたが、今思うと軽率だったとしか言いようがない。

 

「っく、くそ!」

「に、逃げられると思うなよ!」

「全員でかかれば、貴方のような者に負けるはずは……」

 

 そう逆上して全員でタコ殴りにされる可能性もあることを失念していたのである。

 

 それでも俺はテレビで見たヌンチャクの様に財布を無駄にかっこつけて振り回し、余裕の笑顔だった。

 正確には脳内物質により思考がヒャッハー! 汚物は消毒だー!! 状態なだけだった。

 

 薄暗い下水道の中で両者が激突しようとした時、小さな声が響いた。

 

「やめて! 私のために争わないで!」

「テワク!? なっなにを!?」

 

 倒れたゴウシ君に寄り添っていた奴が俺と一団の間に割って入り、敵集団から再び動揺の声が上がった。

 

 テワクと呼ばれた彼は、いや彼女は顔に巻いていたボロボロの布をかなぐり捨てる。そこにいたのは、薄汚れてはいるけど長い金色の髪に、綺麗な緑色の目を涙でいっぱいにした女の子だった。

 

「もういいの! やっぱり私達に泥棒なんて無理だったんだよ! 私のためにお兄ちゃんや皆を悪者にしたくない!」

「でも、そうしないとテワクの体が……!」

 

 言い争う二人、おろおろしている2人、隅っこで気絶しているのが一人、沈思黙考する俺。

 

「なるほど、君たちはそこのテワクさんを助けるためにお金を捕ろうとした。そういうことか」

 

 俺の言葉に兄妹はバツの悪そうな顔で頷いた。

 

 つまりこのイベントは強盗イベントに見せかけた人助けイベント。あそこで武器を使ってヒャッハーしたりするのも、ルピーを置いて命乞いするのも間違いだったということだ。

 

「……ああ、そうだ。テワクはこの一週間ひどい咳が止まらないし、熱も高い」

 

 お兄ちゃんさんが覆面をとって言った。10歳前後の少年だった。それにならって残りの二人も覆面代わりのぼろ布をとる。

 

「何とかしたいと思ったのですが、どうしようもなかったのです」

「僕たちは親も、家も、仕事も、今日の晩御飯すらない。テワクを医者に診せれるほどの金なんてあるはずがない」

 

 2人ともやはり汚い身なりだがモンスターでは無く人間の子供だった。いわゆるストリートチルドレンってやつか。

 彼らが話し終えると再びリーダーっぽいお兄ちゃんさんが話し出した。

 

「だからあんたの金を狙った。もうあんたに勝てるとも思っていない。あんた程の相手から逃げる事も出来ないだろう。はなから許されるとも思っていない。だが!」

 

 彼は汚水に膝をつき頭を垂れた。神に許しを請う懺悔のポーズ、またはいわゆるDO・GE・ZAだった。ハイラルにもDOGEZA文化が……!

 

「俺はどうなっても構わない。叩きのめすなり、警官に突き出すなり好きにしていい。だからこいつらは、こいつらだけは見逃してやってくれないか。頼む!!」

 

 そこには文字通り泥をかぶってでも、仲間を、家族を守ろうとする漢の姿があった。

 

「わ、私も、な、何でもするから! 皆を見逃がして欲しいの!」

 

 ん? 今何でもって言ったよね? ヘタレ紳士である俺にならともかく他の人に言っちゃ駄目だよ。変な人寄ってきちゃうからね。

 

「お、俺も」

「私からも頼みます」

 

 次々頭を下げる子供たち。みんな苦労している分、人間が出来ているなあ。プライドを捨て慣れているというか。だけど相手が悪かったな。

 

「ダメだ。それは出来ない」

 

 俺の好きな事はそんなやつらにNO! と言ってやることだ!

 

 彼らの顔が絶望に染まった。

 だってそうだろ、脳内物質出まくりで、テンションが振り切れている俺がここでYESと言う筈がない。

 

「俺はお前ら全員を救いたい。命だけじゃない、誇りもだ」

「誇り……」

 

 顔を上げたテワクちゃんが静かに呟く。

 

「そうだ。簡単に己の全てを差し出すな。全員が幸せになれる結末を目指して足掻いて、足掻いて、足掻き続けろ。自分のプライドを簡単に捨てる奴は虫けらにも劣るゴミだ、助ける価値も無い」

「……」

 

「だが、お前たちが自分のためではなく他人のために誇りを捨てた事は評価に値する。おめでとう、君たちはゴミでも虫けらでもない。立派な人間だ。そして俺は人助けを惜しまん」

「そ、それは……」

「ああ、君たち全員の命と誇り、この俺が預かった」

「……」

 

 ち、沈黙が痛い!!

 なんだよ、さっきの上から目線の発言群は!いきなり説教かましだした子供に皆ドン引きだよ。ついでに俺もドン引きだ!

 

 でも何度止めようと思っても言葉が内から溢れて止まらなかったんだ。

 も、もしかしてこのゲームはリンク=サンモードを搭載しているんじゃないですか。そうでなければ学校でもボッチ気味な俺がこんなにしゃべれるはずがない!

 

 きっとコミュニケーション能力に優れない人のために茅場さんが作った機能なんだろう。ゼルダの伝説では主人公の話しているセリフは出ないけど、実際はしゃべっているはずだし。

 なんてありがた迷惑な機能なんだ。自分には自分のセリフが聞こえないようにしといて欲しかった。

 顔はリンクさんでも声は俺のままだから余計に辛い。ベッドで足をバタバタしたくなった。

 

「わかった。俺の命と誇り、あんたに預けよう。今日からあんたが俺達のリーダーだ」

 

 お兄ちゃんさんが懺悔では無く、忠誠を誓う騎士の様に腰を落としてそう言った。他の皆もそれにならう。

 君たち本当に10歳前後?

 

 ま、まあいいや。

 これもイベントの一つと割り切ろう。

 

「行くぞ」

 

 俺は颯爽とその場を後にした。後は野となれ山となれー。

 

 




連載の息抜きに始めたお話です。希望があれば連載するかも。


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これはゲームであってゲームではない。パクリ? そんな言葉は知らないな

要望があったので次話投下。

任●堂社員「次のゼルダは空飛ぶ島のお話です」
茅場さん「キターーーー!!!」

この世界のゼルダの伝説スカイウォードソードはVRゲームなのとアインクラッド的巨大ダンジョンが追加されただけで、私達の世界の物とストーリーその他あまり変わりません。主人公のやっているのは完全に別ゲー。
今回はちびっ子サードエクソシスト(未定)と牧場物語をお楽しみください。


 

 下水道から出た俺達はこの町で唯一つの公衆浴場にいた。

 

「リーダー……背中流しましょうか」

 

 後ろからおずおずとした声が聞こえる。俺は冷たく言い放った。

 

「それよりしっかり自分の体を洗ってくれ」

 

 しゅんっとして戻っていくゴウシ君。金髪幼女テワクちゃんかと思った? 残念、巨漢のゴウシ君でした! 子供とはいえ野郎に体を洗われてもちっとも嬉しくないです。

 

 夜の寒さをしのぐために下水道で寝泊まりしていたテワクたちにはすっかり匂いが染みついており、下水道から出た彼らは臭くてたまらなかった。

 

 このままでもプランAには支障は無いが、プランBに差し支える。

 仕方ないので5人以上で来れば半額キャンペーン実施中だった公衆浴場に入った。さりげなく序盤のルピー消費を抑えてくれるなんて、茅場さんの微妙な優しさを感じたね。

 

 お金がかかるのが嫌ならば、そこらの川で水浴びすれば良いよね、と思った其処の貴方、甘い甘すぎる。

 この時代地球、特にヨーロッパでは衛生観念が壊滅的なので、町の川は下水道と大して変わらない汚さだ。下水道は古代ローマ時代に作られた物をそのまま使っているに過ぎない。

 

 その事実を無駄に尊重したのか、この町の中を流れる川は汚くて、身体を洗うなどとても無理だった。そんな所まで凝らなくてもいいのに。

 

 明らかに浮浪児っぽい客に店の親父は眉をしかめていたが、金を払ってしまえばこっちのものだ。

 風呂なんて何か月ぶりだとか言っているマダラオ君たちに戦慄しながら、身体とついでに服とズボンも洗った。

 

 風呂の中で改めて自己紹介する。

 

 テワクちゃんのお兄ちゃんで、リーダー格のマダラオ君。

 手を口元に当てて丁寧語で話すのがトクサ君。

 子供の割に巨漢なのがゴウシ君。

 一番ちっこいのがキレドリ君。

 

 なんか微妙に日本人っぽい名前だが、作っている人が日本人だから仕方がない。

 

 風呂から出た俺達の所にテワクちゃんがちょこちょこと駆け寄ってきた。

 事前にしっかり洗う様によく言い聞かせといたおかげか、彼女は着ている物は相変わらずぼろいけどそれ以外は見違えるように綺麗になっていた。はちみつ色の金髪がさらさらと風になびいている。

 

 ……もしかしてテワクちゃんがゼルダ姫?

 風のタクトのテトラ姐さんのように自分の正体を知らず、中盤で発覚するとか……ないな、きっとない。

 

「これからどうするの」

「ついてきてくれ」

 

 そんなことより、プランAの準備にかかるぜ! 目指すは露天商だ!

 

 

「いひひ、いらっしゃい」

 

 やってきました露天商。売っているのはとんがり帽子を目深に被った小柄な人。そのお姿、どう見てもスタルキッドさんです。本当にありがとうございました。森からの出張ご苦労様です。

 怪しい匂いがプンプンするけど、ここには俺が目をつけていた代物がある。

 

「これをください」

「40ルピーだよ」

「はい」

「おいリンク! いったい何を……」

 

 マダラオが焦った声を出している。40ルピーは俺の、いや俺達の全財産だ。彼からすれば節約すれば数日は生きていけるはずのお金を、あろうことか薬でも食べ物でもない、役に立たない物を買おうとしているように見えただろう。

 

「安心しろ。(ぼっちゲーマーの)俺が意味の無い物を買うはずないだろ」

 

 40ルピーと一見するとちょっと高いが、その効果からすれば安すぎるくらいだ。

 

「ひひひ、まいどあり」

 

 俺は震える手でそれを受け取る。

 重要アイテム(と思われるもの)であり、過去作で散々お世話になったあれを手に入れた喜びが胸の奥から溢れてきた。

 

 耳の奥で“宝箱を開けた時のあの音楽”を聞きながら、衝動のままにそれを天高く掲げる! 

 

 

 妖精のオカリナを手に入れた!

 

 

 ん? なんだか皆の俺を見る目がひどく冷たいような。HAHAHA気のせいだな。

 

 

 ひとしきりオカリナの調子を確かめた(遊んでいたともいう)俺は夕焼けをバックに皆に話しかけた。

 

「さて諸君、プランAもついに最終段階に入った」

「え? そうなの?」

「というか計画的な行動だったんですね。私はてっきり衝動買いかと……」

 

 うるさいぞテワク、トクサ。

 

「これからの行動で俺達の明日が決まる。成功すれば今日の夕食は暖かいシチュー、美味しいパンとミルクつきだ」

 

 皆ごくりと唾を飲む。お腹減ってるもんね。

 

「だが失敗すれば、俺達は寒空の下で夜を明かすことになる」

 

 空気がぴんと張り詰める。いいなあ、こういう素直な反応。俺1人っ子だから弟とか妹と遊んでみたかったんだよね。

 

「作戦はこうだ……」

 

 俺は作戦を語り始めた。

 

 

 この作戦の肝はタイミングだ。敵は1人。攻略対象は2人。合流するのが早すぎても遅すぎても駄目だ。

 部隊は敵を監視する組と攻略する組に分かれ、俺とテワクちゃんは先陣を切って堂々と正面から攻略対象者に挑む。

 

 ロンロン牧場を舞台に彼らの未来と夕食をかけた戦いが、今始まる!

 

 

 

 

 

 結論から言おう。作戦は結果的には大成功に終わった。

 

 俺が企てていた「エポナの歌を使ってマロンちゃんご執心の牛から牛乳を出させて食肉加工を防ぎ、恩を売って彼女の友達の立場を手に入れつつ夕食をねだる」プランは成功した。

 

 時のオカリナやムジュラの仮面で教えてもらえるエポナの歌には2つの効果があり、一つはリンクの愛馬エポナを呼べること、もう一つは牛に聞かせて牛乳を貰えることである。

 どんな牛でもこの曲を聞くと牛乳の出が良くなって、瓶にHPを回復させる牛乳を入れてくれるのだ。

 

 何でエポナの歌を演奏出来んのかって? 皆も小学生のころ練習しただろ。百円ショップのオカリナとゲームについてた楽譜を使って。したよね、したと言ってくれよ、バーニー。

 

 

 現在俺達は暖かい歓迎を受け、夕食をご馳走になっていた。

 

 会場は宴もたけなわ。マロンちゃんと俺の仲間たちが盛り上がっていた。

 俺? 俺は夕食を食べながらインゴーさんの愚痴を聞いている。メロンさんは料理を作りに厨房へ。タロンさんはすでに寝てしまった。

 

 ボッチの業を感じながら木製の器に盛られたクリームシチューやサラダ、パン、搾りたてのミルクを頂いているのだが、このゲームは味や食感も分かるみたい。凄く美味しいです。

 これで味が分からなかったら、リアルに描かれた汚い中年親父の愚痴を2時間近く聞き続けるという苦行に耐えられなかったかもしれない。

 

 しかし俺はあいつらの友達作りスキルを舐めていたね。

 

 俺がお金を集めて、オカリナ買って、牛さんを助けてと地道なフラグ立てをした挙句に、やっと友達になれたマロンちゃんと一時間もしない内に友達になっていた。

 

 これならプランAもプランBもいらなかったよね。

 友達作りに失敗した時に備えて、牛乳だけもらってインゴーさんから逃走する時のルート作りとか明らかにいらなかったよね。

 

 しかもマロンちゃんは俺をリンクさんと呼ぶのに、マダラオたちは君付け、テワクちゃんもちゃん付けである。どっちが親しみを覚えられているのか一目瞭然だ。せめて原作みたいに妖精君がよかった。せっかく「これは妖精のオカリナって言うんだ」ってフラグ立てといたのに。

 

 しかもこっちを見るたびに顔を赤くして目をそらすし。やはり最初にここに来た時に知り合いと偽った事に怒っているのだ。テワクちゃんもその事に気付いているのか俺とマロンちゃんの事をちらちら見ては“むうっ”と難しい顔をしている。優しいなあ、テワクちゃん。

 

 それにしても完全に俺いらない子だよね、もうあいつらだけでいいんじゃないかな? 

 

 これでも端折れるところは端折って来たんだよ。新規ユーザーならオカリナにも気付かなかったろうし、牛に向かって演奏するとか思いもつかないだろうから、タロンさんやインゴーさんや町の人たちにお話を聞きまくらないといけなかったはずだ。

 

 すっかり俺を置いてきぼりにして盛り上がっている彼らを見ていると、ぼっちの業を感じてしまう。盆暮れ正月の親戚との集まりもこんな感じだったな。あれ妙に牛乳がしょっぱいぞ。

 

 でも身体は子供でも心は大人のつもりなので顔には出さない。ええ、出しませんとも。

 

「ありがとね、リンク君」

 

 話しかけてきたのはマロンのお母さんのメロンさんだった。いつの間にか隣の席に座って俺を優しい目で見ていた。俺が友達の輪に入れないから、話しかけてくれたんだろう。やっぱり優しい人だなあ。

 

「あなたのおかげでマロンにもたくさん友達が出来たわ。あんなに嬉しそうに笑っているマロンを見るのは久しぶり」

「いえ、大した事はしていませんよ。俺がやらなくてもあいつらならやってくれたはずです」

「そうかしら。あなたが言うならそうかもしれないわね」

「そうですよ。俺にできる事なんて牛の乳を出させることと、世界を悪いやつから救う事くらいです」

 

 俺の冗談に彼女はころころと笑った。

 

「じゃあ世界を救っちゃう勇者君にはなにかお礼をしないとね。何かして欲しいことある?」

 

 お礼、ムジュラの仮面、クリミアさん、ぎゅうっと……おっといけねえ、せっかくのプランAの最後の詰めを誤る所だったぜ。流石ハイラルとタルミナ、2つの世界で一番の新幹線と言われただけのことはある。……もちろん足の速さの話だよ。

 

「俺達を……雇ってもらえませんか」

「雇う?」

「俺達には帰る家も迎えてくれる親も、明日のパンを買うお金もありません。だから俺達をここで働かせてください」

「それって住み込みで働きたいってこと?」

「はい。俺の寝床は馬小屋でもなんだったら外でも構いませんし、俺はしばらくしたらここを出ていきます。牛乳を出させる妖精のオカリナは置いていきますし、あいつらに弾き方を教えてきます。それから……」

「はい、ストップー」

 

 メロンさんは俺の口に指をあてて俺の発言を封じた。指がひんやりしていて気持ちいい。

 

「まずあなたたちを雇う事についてだけど、良いよ。細かい条件については夫やインゴーさんとも相談しなくちゃいけないけど、住み込みもオッケー。インゴーさんもそうしてもらっているし、部屋も余っているからね」

 

 うち土地だけはいっぱいあるから、と苦笑するメロンさんが一瞬女神に見えた。

 

「ありがとうございます」

「別にお礼を言われるほどの事じゃないよ。正直に言うと牛のお肉ってあんまりおいしくないから、牛乳に比べてかなり買い叩かれちゃうのよ。だから牛をお肉にするのは、一時しのぎにはなっても根本的には解決にならないのよね」

 

 現代の最初から食肉用に育てられている牛と違って、この時代の牛は畑を耕すために働かされている。そのために最初から食肉用として育てられている豚と比べてお肉が非常に硬くて、あまり美味しくなく人気もなかったらしい。対して牛乳は栄養価も高く、美味しい。どっちが高く売れるかなんて明白だ。全部山田先生の受け売りだけどな!

 

「リンク君のおかげでうちも助かる、うちもお金も人手も増えて助かる」

 

 “ねっ”、と小首を傾げて可愛らしく微笑んでいるメロンさん。

 

 だけど信用が大切なビジネスで、体力と経験が必須な牧場仕事で、そのどれもが欠けている俺達を雇ってくれるのはやはり彼女が優しいからだろう。その上で俺が打ち解けられるように気遣ってくれている。やはり女神だったか。そしてマロンちゃんが天使と。

 

 俺の妖精のオカリナだって弾き方さえ分かれば誰でも良いわけだし……あれ? 本当にそうなのか。もしかして勇者リンクが吹かないと効果無しとかない、よな。俺マスターソードを取りにいかないといけないんだけど。

 

 俺が計画の穴に気付いておろおろしていると、メロンさんは何を思ったのか俺を抱きしめた。

 さ、さすが新幹線は伊達じゃねえ。も、もちろん俺に気付かれないで接近する速さの事だよ。

 迷走を深める俺の耳元で彼女がそっと囁く。

 

「だから大丈夫。肩の力を抜いて。今日からここがあなたの、あなたたちのお家よ」

 

 俺の頭を撫でながら“大丈夫、大丈夫”と囁き続けるメロンさん。

 

 うん、大丈夫だよね。大丈夫な気がしてきた。明日でも出来る事は明日すればいいや。

 




ひ、ヒロイン候補がロリと人妻しかいないだと! しかも残りのヒロイン候補であるリナリーもまだロリナリーだと……一体俺はどうすれば……。タロンさんを秘密裏に消してメロンさんをフリーに……駄目だ、諦めろ作者。


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とにかく剣をくれ、話はそれからだ

原作リンクに関わり深い人が二人登場。


 ロンロン牧場に転がり込んではや一週間たった朝、俺たちは班に分かれて牛乳配達、草むしり、牛馬の世話などをしていた。しかしそれはゲーム内の時間であり、現実世界ではまだゲームプレイ初日だったりする。

 細部までリアルに作りこまれているけど、その辺はゲームだよな。夕食までまだ時間あるし、もし忘れても良い様に6時にアラームをかけておこう。俺は一人暮らしなので早めに飯を作り始めないと夕食が夜食になっちまう。

 

 思いのほか大変だったが感動的でもあった馬の出産イベントをこなして馬にエポナと名付けてみたり、悪戯盛りの子供たちを扇動して広い牧場をキャンパスに、棒を使ってみんなで1つの大きな絵を描いたりした。

 

 あんまり複雑なのは無理だが単純すぎても面白くないので3つの正三角形が組み合わさった図形であるトライフォースを書いた。中々上手く描けたと思う。

 案の定、インゴーさんとメロンさんに思いっきり怒られたが、みんなと少し仲良くなれた気がする。童心に帰った甲斐がありました。

 

 後は、ノリでトライフォースの真ん中に立ってゼルダの子守歌を演奏してイベントが発動しないか試してみたり、俺が出ていった後にここの子供たちを纏めるだろうマダラオやマロンにオカリナを教えたり、ルピーや空き瓶を収集したりしていた。

 

 

 さて、ぼっちかつゲーマーな俺はもちろん時間を無駄にしたりしないで、畜産業の傍ら積極的にアクションを起こして町や牧場で出来る細かいイベントをこなし、ルピーや情報やアイテムを集めていたことは分かってくれたと思う。

 

 うん、町や牧場で出来る、だ。

 だって俺一週間経ったのに今武器を1つも持ってないんだもん。

 

 ドラクエで一週間あったら、どんなへなちょこ勇者だって布の服にヒノキの棒くらい手に入れられるんじゃないだろうか。ファイアーエムブレムだったら鉄の剣か魔道書、ファイナルファンタジーならロングソードくらいはゲットできるんじゃなかろうか。

 

 信じられるか? 俺、(1人でゲームをやりまくったという意味で)ベテランの勇者なのに丸腰なんだぜ……。

 未だに剣と盾どころか、リンクのトレードマークである緑色のとんがり帽子や服すら手に入らねえんだ。

 おかげでせっかく体感ゲームでリアルに近い戦闘が出来るはずなのに、敵モンスターとエンカウトすらしてないんだぜ。

 

 どういうことなの?

 

 

 

 もう金属製の剣や盾が欲しいとか我が儘言わない。

 木刀にするならデクの棒が欲しいとも言わない。

 もうこの際干し草フォークと草刈り鎌でもいい。

 

 だからメロンさん! なにか装備を! 獲物を! 刃物を! 俺に下さい!

 

 他の皆は干し草フォークで干し草を運び、草刈り鎌で草を刈っているのに、俺だけ素手とかあんまりだ!

 そのうち素手でこの広い畑を耕せとか言うんじゃなかろうな。亀仙流やってるんじゃねぇんだぞ!

 

 言いつけを破って、森に一人で入って悪かったよ! 

 でも仕方がない、仕方がないんだ。知らないマップがあったら入ってみる、壺があったら割ってみるというのは勇者の基本なんだ。

 

 あの時戦利品のルピーやデクの棒やデクの実を皆に見せびらかしたりしなければ。

 あの日の朝にメインストーリーをそろそろ進めようと「夢で精霊様に呼ばれている。東方の中つ国に来て欲しい、と言われたから旅に出ます」なんて言わなければ。

 

 後悔先に立たず。

 

 言いつけを破って森に入った罰として、俺は一切の装備と所持金を失ってしまった。

 笑顔のまま迫って来るメロンさんに俺はゲームオーバーすら覚悟したほどだ。

 

 しかも全ての装備を剥ぎ取られてぐったりしている俺の前に『セーブが完了しました』の文字が浮かびあがる。それを見た時の絶望ったらなかった。

 

『これはゲームであっても遊びではない』

『現実にはなあ、リセットボタンなんてない。ボタン一つ押すだけで全てが元通りなんて、そないな便利なもんあるわけないやろ』

 

 茅場さんと話の長いエセ関西弁モグラの声が聞こえた気がした。

 

 大乱闘にも出演し、次回作では主人公も参戦すると言われた……なんだっけ。「かかっておいでよ、どうぶつの森」だっけ、「おいでよ、しっこくの森」だっけ、似たようなタイトルが多すぎて正式なやつを忘れてしまったよ。

 

 正直あのゲームの想い出は、リセットすると現れるモグラさんのお説教中にAボタンを連打して、『さっきからガチャガチャ、ガチャガチャやかましいねん!! 何ボタン連打してんねん!! 628回も連打しよって!!』とブチ切れながらも正確な連打数を数えているシュールさに大笑いしたり、木を切るために斧を振ったら住人の首が取れてしまって唖然としたことぐらいしか覚えていないなあ。

 

 

 丸腰・無一文マンに逆戻りした俺に更なる試練が襲いかかる。

 

 ゼル伝伝統の草むしりをやりまくり、牧場で貰えるお給料と合わせて町の武器屋に行った俺を待っていたのは、

 

「未成年者に武器は売れません。おひきとりください」

 

 超無愛想な態度の武器屋の店員さんだった。ご丁寧に『未成年者お断わり』の貼り紙まで貼ってある。

 

「お、お前、この前来た時は『お金さえあればお客様は皆神様ですぅ!』ってくねくねしながらしつこいくらいセールストークしてきたじゃないか!」

「それはいったいどなたでしょうか。少なくともこの店の者ではありませんね」

「目の前にいるあんただよ!」

「人違いです。わたくしにはとんとおぼえがございません」

「あんたになくても俺にはあるんだよ! 刃こぼれするフェザーソードを絶対に壊れない剣とか言って売りつけようとしやがって!」

「私は過去を振り返らず、前だけを見ている女なんです」

「やっぱりあんたじゃないか!」

 

 ここの店員さんは黙っていればショートカットの可愛らしいお嬢さんなのだが、自分がかわいいと分かっており、金に汚い上にいけしゃあしゃあと戯言を吐くので注意が必要である。でれでれしているととんでもないものを売りつけられてしまうだろう。

 

 ちなみにフェザーソードは子供用の剣にしては威力もリーチもそこそこあるが、百回振ると刃こぼれしてしまうという武器で、少なくとも剣を多用するゼル伝では粗悪品である。

 

「……メロンさんか」

「……さて、なんのことだか分かりませんね」

 

 俺もこうなるまで知らなかったんだが、メロンさん一家はこのあたりの地主さんみたいで、かなりの影響力を持っているらしい。しかもメロンさん個人もあの美貌と母性的性格からマドンナ的な人気がある。

 

 俺が必死こいて金策に励んでいる間にメロンさんはこの町の人たちに話をつけてしまったらしく、武器や防具になりそうなものはどの店も売ってくれなかったのだ。

 

 仕方がない。こうなったら作戦を第二段階に移行する。

 

「頼むよ、この店が最後の希望なんだ」

 

 俺は懐から青ルピー(5ルピー)を取り出しながら言った。この店員は金に汚い。ルピーをちらつかせての、交渉開始だ。

 

「なんと言われようと駄目です。未成年者に武器は売れません」

 

 彼女はにべもない。だが一瞬ルピーに目が釘付けになったのを俺は見逃さなかった。金額を上げて10(黄色)ルピーを出す。

 

「じゃあこのあたりで一番腕のいい鍛冶屋の場所を教えてくれよ。それならメロンさんとの約束には反しないだろう」

「むう、でもなあ……」

 

 口ではそう言いながらも、目はルピーに吸い寄せられている。試しに左右に振ってみると彼女の目も一緒に動いた。楽しい。

 

「なにも武器を売れって言っているんじゃない。俺は鍛冶屋に行く途中で迷子になった子供で、あんたに道を聞いただけ。親切なあんたは道を教えてくれて、俺はあんたに感謝してお礼する。ほら何の問題も無い」

「そう、だよね。迷子に道を教えただけ。何の問題も無い」

 

 真っ赤な20ルピーも加えてやると、彼女の視線は完全に俺の手元に釘付けになった。左右に振ると彼女の首まで動く。これは愉悦ッ!

 

「さあ、教えて欲しい。優秀な鍛冶屋の場所を」

「……ここを出て右に入って突き当りをさらに右に行きます。その道を真っ直ぐ行ったところの大きなハンマーマークがついている所です」

 

 情報を貰った俺は彼女にルピーを渡して店を出た。金を払っておけば、店員さんもメロンさんに密告しないだろうという計算である。

 ちなみにお金をもらったとたん店員さんは素晴らしい笑顔でお礼を言ってきた。いつもこの顔ならいいのに。

 

 

 

 

「ごめんくださーい」

 

 例の鍛冶屋に着いた俺が扉を開けると、中から怒鳴り声が聞こえてきた。若干ビビりながらそっと中に入る。髭おやじと白衣の人が言い争っているようだった。

 

「何だと、お前もういっぺん言ってみろ!」

「ですから娘さんの治療は無理だと言ったのです」

「医者が病気を治せねえったあ、どういうことだ!」

「ともかく申し訳ありませんが、私にはこれ以上手の施しようがありません。次の患者の診察がありますので、これで失礼します」

「ま、待てよ。せめてアンジュだけでも……」

「失礼しました」

 

 言うだけ言って出ていってしまう白衣の人もといお医者さん。まああれだけ喧嘩腰で怒鳴られたら気分悪いだろうけど、ちょっと淡泊すぎないか。鍛冶師らしきおじさんがっくり膝ついてるぞ。「すまねえ、アンジュ」とか俯いて呟いてるけど、それでいいのか医者。

 

 まあ医者と兵士は使い物にならないってのはゼル伝の伝統だし。それにしてもアンジュってどこかで聞いたことがあるような。

 

 なんかイベントの匂いがする。リンク、行きまーす!

 

「あのーどうかしたんですか」

「あん、なんでえ坊主。悪いが今はおめえと遊んでる暇はねえ。かえんな」

 

 そっけない態度だがここで帰ったら35ルピーが無駄になってしまう。

 

「アンジュさんどこかお悪いんですか」

「おめえアンジュの友達か。悪いがアンジュは風邪で寝てるんだ。また遊びに来てくれ」

 

 なんだ風邪か。じゃあさっきのけんまくはおじさんの親バカかよ。心配して損したぜ。それにしても医者のくせに風邪一つ治せないのか。でも風邪に効く特効薬は現代でもないからしょうがないのかもな。

 

「そうですか。じゃあこれどうぞ」

 

 でも心配は心配なので瓶に入ったロンロン牛乳を渡す。風邪を治すには栄養付けてしっかり休息するのが一番だ。風邪は万病のもとともいうからしっかり治してほしい。

 

「これを温めて少しずつ飲んでください。この牛乳は栄養たっぷりですから、すぐに良くなりますよ」

「……ありがとな、坊主。そうだ、せっかく来たんだからアンジュの顔を見てけ。アンジュも喜ぶだろう。風邪が移るといけないから口を布で覆っておけよ」

 

 なんだ、怖い顔して気遣いの出来る良い親父さんじゃないか。

 

 アンジュは2階だと言って、厨房に向かうおじさん。

 なんか成り行きでお見舞いすることになっちゃったけど、別にいいか。ゲームなんだから風邪がうつるはずもないし。

 

 

「だれ……ぱぱ?」

 

 彼女を起こさないように部屋をそうっと開けたつもりだったが、失敗しました。木製の扉はぎぃぃときしんでしまった。

 

「俺はリンク。お見舞いに来たんだ」

「リンク? そういえばそんな名前の子が最近牧場で働いているって、マロンのお手紙に書いてあったような……」

 

 彼女がゆっくりと体を起こす。明るい茶色の髪をショートカットにした美少女だ。この世界の俺やマロンちゃんと大体同じ位の年だろう。

 

「もうすぐお別れだけど、初めまして。マロンの友達のアンジュです」

「お別れ? どういうこと?」

「……私ね、もうすぐ神様の所に行かなくちゃならないの」

 

 窓の外を眺めながら言うアンジュちゃん。

 え、何それ中二病? それともまさか……

 

「それって死んじゃうってこと?」

「うん」

「きみはただの風邪だよ。あったかいミルクでも飲んで、ゆっくり寝れば大丈夫さ」

 

 反射的に言い返したが、もしかしてこれ鬱系イベント? さっきおじさんがアンジュちゃんは風邪だと言ったのは子供のアンジュちゃんや見た目子供の俺を気遣ったからとか。

 

「私、さっき来たお医者さんの話聞いてたの。もうこの病気は治らないって。それに自分でも分かるんだ、心臓の音がどんどん弱くなっていくの」

 

 こ、これは風邪で弱気になっているだけなのか。でも彼女の顔色は青通り越して白っぽいぞ。

 本当に病気で死に掛けているのだとしたらどうしよう。今にも涙をこぼしそうな彼女を前に今俺に何が出来る。

 

「アンジュ」

「あっ」

 

 俺は彼女の両手を俺の両手で握りしめた。

 

「すまない、苦しんでいる君に今の俺にはこれくらいしかできそうにない」

 

 この細くて冷たい手に少しでも温もりが宿ればいい。そう思って手を握っていると、不意に階段を上って来る音がした。彼女のお父さんだろう。彼が来る前に伝えなくては。彼女の目をじっと見つめながら心をこめて頼み込む。

 

「俺は、君のことを……」

「えっ」

「アンジュ、入るぞ」

 

 君のお父さんに友達だって言っちゃったんだ。だから友達ということで口裏を合わせてください、と言おうとした所でお父さんが湯気経つミルクを持ってやってきた。慌てて彼女の手を離す。

 

 おやじさんがお盆に乗せたミルクをこぼさない様にそっとベッド横の小さなテーブルに置く。カップが三つもあるが、これは俺の分なのか。

 

「慌てているけどどうしたの。もしかして牛乳アレルギーだった?」

「ち、違うの。ただ、あの、そのえっと」

「……坊主、アンジュに何か変な事はしてないよな」

「え、してませんよ」

 

 おやじさん、俺を親の仇を見るような目で見るのをやめてください。ちょー怖いです。

 何でそんな話になるのか。まあこの人親バカっぽいしな。親バカに理屈は通用しない。

 

「まあ飲みなよ。今朝絞ったばっかりのロンロン牛乳だ。美味しいよ」

「え、ええ」

 

 変な空気を払しょくするために彼女に牛乳を勧める。

 

「あ、おいしい」

 

 囁くように漏れた声がその美味しさを物語っていた。

 ロンロン牧場の牛乳は本当に魔法でもかかっているみたいに美味しい。俺は最高級の牛乳とか飲んだことないけどきっとそんな感じ。

 

「美味いな、こくがあるのにサラリと飲める。坊主牛乳好きなんだな」

「ええまあ、好きですよ」

 

 おやじさんにも好評みたいだ。

 きっとスタッフの中に牛乳グルメがいるんだろう。……響きが微妙だな、牛乳グルメ。でも牛グルメじゃあ、牛肉料理のグルメみたいになっちゃうし、乳グルメは響きがさらに危うい。

 

 阿保なことを考えているうちに、みんなのコップが空になった。

 

 暖かくて美味しい牛乳を飲んだせいか体がぽかぽかする。身体の奥から力が湧いてくる感じと言おうか。

 俺の体力は戦闘などしてないので減っておらず、この牛乳で回復しているのか分からないのだ。ちなみに世界を救うはずの勇者の現在の最大HPは3である。このあたりもゼル伝の伝統だ。

 

「あれ? 身体が……」

「まさか……」

 

 おじさんがアンジュのおでこに手を当てて、驚愕の表情を浮かべる。まさか熱が下がっちゃったとか……ないか。牛乳に即効性の解熱作用があったら逆にびっくりだ。

 まあ旧作にはシャトーロマーニみたいなびっくり牛乳もでてきたんだけどね。HPとMPを全快にし、ゲームを止めるまでMPの消費をゼロにするという、どこのエリクサーだよって突っ込みが来そうなチート牛乳だった。正直この牛乳と鬼神の仮面さえあればラスボスすら瞬殺出来るほどのチートである。チートいくない。

 

 ホットミルクを飲み終わったアンジュとおじさんはさっきより顔色がぐっと良くなった。だいぶ体が冷えていたみたいだ。

 

「ぼ、坊主……お前いったい何を」

「リンク君……?」

「だから言ったでしょ。アンジュはただの風邪だよ。あったかいミルクでも飲んで、ゆっくり寝れば大丈夫さ」

 

 何故か信じられないと言った顔をしている2人に、思わず笑ってしまう。

 アンジュはやっぱり風邪ひいただけだったんだな。確かに風邪ひくと心細くなっちゃうもんね。子供のころ夜中に一人だけ起きちゃうと妙に怖く感じるもんだ。鬱イベントなんてなかった。

 

「ッそうだね! ありがとうリンク君!」

「ありがとう! ありがとう! 恩に着る、恩に着るぜ。坊主……」

「どういたしまして」

 

 お見舞いに牛乳持ってきただけなのにこんなに感激してくれるなんて。2人ともいい人だなあ。

 

「良かったらもう少しどうぞ」

 

 懐(インベントリ)から牛乳の入った瓶をごろごろと取り出す。

 

 気に入ってくれたみたいだし、牛乳は笛吹けばタダで手に入るから惜しくない。というか余っている。散れい、散れい、俺のインベントリを埋め尽くすロンロン牛乳たちよ! 

 

「いいのか。これ高いんじゃ……」

 

 おじさんが遠慮しているが、気にしないでください。一本20ルピーの安物です、とは言えないので。

 

「みなさんが喜んでくれれば俺はそれでいいんです。ぜひ近所の人とでも」

 

 いい子ぶってごまかしといた。ふふふ、これだけの量だ、とても2人では飲み切れまい。ぜひ近所の人に配ってくれたまえ。それが牧場の宣伝にもなるのだ。

 

「坊主……おめえってやつは……」

 

 絶句しているおやじさん。今更いらないといっても駄目だぞ。牛乳は既に君の物だ。あ、でも空き瓶は返してね!

 

「っく、こうしちゃいられねえ! 早くみんなの所に持っていかねえと! 坊主、素敵な贈り物ありがとうな、あとでお礼はたっぷりするぜ!」

 

 お礼かあ、出来れば剣とか盾が欲しいなあ。まあ大量の牛乳を押し付けたから、もらえるのはゲンコツくらいだろうけど。HAHAHA。諦めとともに乾いた笑いが……

 

 慌てたおやじさんが出ていってしまったので、部屋には俺と熱で上気した頬と潤んだ目でこっちを視ているアンジュだけが残った。やはり解熱作用は無かったか。

 

「リンク君、ありがとう。おかげで元気が出たよ」

「気にしなくていいよ。あれはちょっとした親切心(と在庫処分)……さ」

「リンク君……」

 

 インゴーさんめ、俺が牛乳を持っていると腐らないと知って、売れ残りを大量によこしやがって。インベントリの中が大量の牛乳マークで溢れかえっているぞ。

 空き瓶たくさん手に入るのは嬉しいけど、百本以上はさすがに多すぎる! 

 

「あのね、私、リンク君に、き、訊きたいことがあるんだけど……」

「なに」

 

 ていうか君は早く寝なさい。顔が真っ赤だ。

 

「そのリンク君……さっきは何を言おうと……」

「さっき?」

「だからお父さんが来た時に……」

 

 えっとおやじさんが来て、おやじさんに睨まれて、おやじさんが牛乳のうんちくを語りだし、やばい俺なんかしゃべったっけ。

 あ、おやじさんに牛乳は好きか訊かれたな。あれか! 

 

「もちろん好きって言ったんだよ」

「す、すす、き」

 

 なんかアンジュの目ぐるぐるしているような。顔も真っ赤だし、会話が楽しいからって長く起きていたせいか。

 あ、倒れた。「きゅ~~」って言っている。熱あるのに無理しちゃダメだろ。

 

 なんか小動物っぽい子だな、と思いながら毛布をかけなおして、近くに置いてあった濡れた布を額に置いてあげる。

 俺が女の子で彼女が起きていたら汗とか拭いてあげるといいんだろうけど、俺は男なのでしません。セクハラ怖い、痴漢容疑怖い。

 

 結局剣はもらえなかったが、おやじさんが帰ってきたら駄目元で頼んでみよう。ゲンコツは怖いが、こっちには痛覚設定がある。これでダメージを受けた時に痛覚を刺激しないようにすれば大丈夫。というか痛覚を感じる様にしてプレイする奴はマジもんの勇者か、冒険野郎、それとマゾだけだ。

 

 帰って来るまで時間かかりそうだし、セーブしていったん止めるとしよう。夕食を食べたら再開だ。

 

 ゲームを止めた俺が目を開けると、そこは病院だった……なんてことはなく見慣れた俺の自室だった。

 ヘルメットみたいなゲーム機を外し、伸びをする。

 

 さて夕食を作ろう。胡椒を振った豚バラ肉と長ネギをオリーブオイルを入れたフライパンで炒める。大根おろしドレッシングとタバスコで味付けし、とき玉子を入れて弱火でかきまぜ、卵が固まれば完成。ご飯とサラダ一緒にいただきます。

 

 広告で見た宅配ピザが美味しそうだったんだが、これを頼むのはやばい、危険だ。本能が告げていたので諦めた。まあピザは美味しいけど高いしな。学生の俺には無理だ。俺のマルゲリータピザ……

 

 何故か死亡フラグを回避したような気持ちになりながら、ご飯を食べ終えて皿とフライパンを洗う。こういうの溜めちゃうとやりたくなくなっちゃうからな。また山田先生に叱られるのは勘弁だ。

 

 

 

 ゲームを再開すると、至近距離のアンジュと目が合った。

 

「きゃああっ」

 

 可愛らしい悲鳴を上げて飛び跳ねる様に離れるアンジュ。

 ゲームを終わる時にそんなことをした覚えはないのだが、俺はいつの間にかアンジュのベッドにもたれかかっていたようだ。

 

「すまない。いつの間にか君のベッドにもたれかかっていたようだ」

「い、いえ。だいじょうぶです」

 

 アンジュは赤い顔のまま俯いてしまった。まだ熱が下がりきらないか。これは今作の牛乳は美味しいだけで回復はしないというのが濃厚だな。

 

「そうか君の心が広くて助かった」

 

 俺なんか他人が自分のベッドで勝手に寝てたら蹴飛ばしかねない。少なくとも不快に思うだろう。ましてアンジュは子供とはいえ女の子なんだし。

 微妙な空気になった時、階段をのっしのっしと上がって来る数人の足音が聞こえた。ドアが軋んだ音と共に開かれると、律儀にアンジュは悲鳴を上げて跳び上がった。

 

 ドアから入ってきたのはアンジュのお父さんことおやじさんと、黒い髪をオールバックにした若い男性、金髪をオールバックにした目つきの悪い中年だった。

 オールバック、流行っているのかな。前髪を一房だけ前に垂らすのもオサレというものなのだろうか。個人的には真似したくない髪型だ。だってオールバックって将来禿げるって言う噂が。

 

「ああ坊主、この人たち、じゃなかった。この方たちがお前に会いたいと言って来てな」

 

 え、俺に? なんかおじさんの話し方からして偉い人っぽいけど、ついにストーリーが進むのか。それともサブイベントか。

 

 金がかかってそうなワインレッド(日本的にはあずき色)のスーツを着た金髪のおじさんが一歩前に出た。

 

「初めまして、私はマルコム=C=ルベリエ。単刀直入に言おう。ハワード・リンク君、私は君が欲しい」

 

 単刀直入すぎて意味が分からない。

 この時、俺の脳内には3つの選択肢が浮かんでいた。

 

 1「僕は絶対に行かないぞ!」

 2「ショタコンとホモはお帰りください」

 3「スゴイ髪形ですね!」

 

 さあ、どうする! どうしちゃうのよ俺!

 




続く。

>亀仙人「手を鍛える修行じゃ」
>どうする、どうしちゃうのよ俺! ライ●カードのcm
>俺のピザ~ 茅場さんが作ったVRゲームでそれを頼むとログアウト不可のデスゲームが始まります。

時々出てくる山田先生は何者なのか。ヒントは回文。またこの世界に女性専用の兵器はありません。

アンジュさんは、時のオカリナではコッコ姉さんとも言われる美人なモブ。優しいし可愛いしコッコ大好きなのにニワトリアレルギー持ち、なのに名前不明のモブ。
ムジュラの仮面ではアンジュさんと名前が付き、カーフェイくんと特大ラブコメイベントを起こす人。
主人公は原作のアンジュさんが最初から大人でしかも他人とくっついてしまったからか、彼女の事を気付いていません。


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駄目だこいつ……早く何とかしないと……

今日は昨日更新できなかった分も足して、いつもの倍の12072文字です。



 金がかかってそうなワインレッド(日本的にはあずき色)のスーツを着た金髪のおじさんが一歩前に出た。

 

「初めまして、私はマルコム=C=ルベリエ。単刀直入に言おう。ハワード・リンク君、私は君が欲しい」

 

 単刀直入すぎて意味が分からない。

 この時、俺の脳内には3つの選択肢が浮かんでいた。

 

 1「僕は絶対に行かないぞ!」

 2「ショタコンとホモはお帰りください」

 3「スゴイ髪形ですね!」

 

 やべえ、どれを言ってもただですむ気がしねえ!

 

「ルベリエ長官、説明を省きすぎです」

 

 どれにしようか、迷っていると黒っぽいコートを着たお付きの人がルベリエさんをいさめた。

 

「ふむ、そうだな。では君の保護者の所に案内してくれたまえ。話はそこでしましょう」

 

 わかりました、と言おうとして口が勝手に「ショタコンとホモはお帰りください」と言いそうになってあわてて閉じる。

 

「どうしました。なにか問題でも」

 

 口を開こうとすると、「スゴイ髪形ですね!」と言いそうなったので、がちんと歯を食いしばる。どうやら選択肢以外は言えないらしい。

 

 とりあえず頷いておいた。なんかイベントっぽいし。

 

「俺も行かせてもらうぜ」

 

 鍛冶屋のおやじさんが前に進み出た。

 

「ふむ。失礼ですが、あなたはこの子とどんな関係があるのですかな」

「俺たち家族はこの坊主に救われた。いわば坊主は命の恩人だ。ルベリエさんよ、あんたが偉い人なのは分かっている。だが、信用できるかどうかは別だ。最後まで見届けさせてもらうぜ」

 

 なんかおやじさんが輝いていらっしゃるー! お見舞いに来ただけの娘の友人(しかも自称)なのに、権力者(たぶん)にもひるまず立ち向かうなんて、眩いくらいの漢だぜ。

 

「……まあ、いいでしょう。私もあなたには聞きたいことがありますから」

「わ、わたしも行きます!」

「アンジュ!?」

 

 アンジュちゃんがそう言って、ベッドから出てくる。おやじさんが慌てて押し留めようとするが、

 

「わ、私だってリンク君に命を救って貰った仲なんです。絶対に一緒に行きます!」

 

 そう言われてしぶしぶ引き下がった。

 さすがおやじさんの娘。今はまだ子供だが将来イイ女になる素質を垣間見せてくれる。将来はお婿さんに困らないね。

 

 ルベリエさんも少々考えていた様子だったがオーケーをくれた。

 

「いいでしょう。被検体は多ければ多いほどいい」

 

 被検体? 実験する時に薬とか与えられる人の事だよな。え、何、このおっさん頭にマッドがつく科学者なの? ホモでショタコンでマッドな科学者で、オールバックちょび髭親父とか、誰得属性乗せすぎだろ。明らかに積載量オーバーだ。

 

 この人を牧場に案内して本当に大丈夫なのか、割と真剣に考えていると目の前に豪華な外装の馬車があって驚いた。いつの間にか牧場の食堂についているし。

 

『リンク君は何かに夢中になると、すぐ常識とか周りの状況とか忘れちゃうみたいね』

 

 メロンさんに言われた言葉がリフレインする。悔しいが反論できねえ。

 

 牧場の皆と、鍛冶屋さんとアンジュちゃんも含めた説明会が行われた。主にルベリエさんが色々と話し、たまに質問を挟んだり言い争うみたいな感じだ。

 

 だがせっかくのシリアスイベントだというのに、俺はそれどころではなかった。全身全霊で歯を食いしばっていないと、さっきの選択肢のセリフが口から飛び出しそうだったのだ。

 

 このシリアスな雰囲気でさっきのセリフなんて言えねえよ! 空気が死ぬわ!

 

 まるで吐き気を催しているような感覚のせいで、全然話に集中出来なかった。

 

 ルベリエさんは7000年前がどうとか、いのなんとかが~とか、専門用語を交えて色々難しいことを言っていたが、要は俺を引き取りたいらしい。少々うさん臭い話だが、お金がいっぱいこの牧場に入るらしいからいいんじゃないかと俺は思っていたんだが、みんな大反対してくれた。

 

 メロンさんやマロンちゃん、インゴーさん、テワクちゃんやマダラオたちといった牧場の皆やさっき会ったばかりのおやじさんやアンジュちゃんまで、口をそろえて大声で反対してくれたのだ。

 

 泣ける。おかげで嬉し泣きしたい気持ちも加わって俺は一言もしゃべれない上に変な顔していたと思う。

 

 しかしルベリエさんが凄みを効かせて、黒のなんとかの名を出して皆を黙らせてしまった。なんかこの世界の偉い所らしいよ。よく聞いてなかったけど。

 

 そしてこのままルベリエさんペースでこの話が進むと思われたその時、意外な所から会議に一石投じられた。

 それは会議が始まってからずっと寝ていて一言もしゃべらなかったタロンさん、ではなく吐き気、もとい脳内選択肢をついに抑えきれなくなった俺である。

 

「俺は絶対に行かないぞ……変な髪形しやがって……この後頭部ハゲのホモ野郎が」

 

 ――空気が、死んだ。

 

 というか俺、口わるー!?

 選択肢が融合してめっちゃひどいセリフになっとる。

 鎮まれ俺の口ー! まさか口が勝手に動き出すとは、これがイベントの、世界の強制力か!

 この年でリアル中二病するとは思わなかった。

 

 視ろよ、ルベリエさん怒りのあまりこめかみと口元をひくつかせているし、そのお付の人も他の皆もうつむいて震えているじゃないか!

 そりゃこれだけひどいこと言われれば怒るわ!

 

「それでも君は私の所にやって来る。それは君が何と言おうと変わらない」

 

 それでも怒鳴り散らすことなく、夜も遅いので明日また来るって帰っていくルベリエさん、まじ大人! 

 お付きの人たちも慌てて出ていく。

 

 やっちまった感の漂う食堂、みんなうつむいて震えたままだ。

 

 メロンさんがうつむいて震えたまま立ち上がり、カーテンを開けて窓を覗く。ちょうどルベリエさんの馬車が町の方へと向かって林の中に消えていくところだった。

 それを確認した彼女は大きく頷く。

 

 とたんに響く騒音。

 その原因は皆が突然堰を切ったように爆笑し始めたから。

 

 メロンさんは笑いすぎて力が入らないのかカーテンにしがみつきながら笑っているし、おじさんたちは手や床を叩きながら笑っている。少年少女組もおなかを抱えて大笑いだ。唯一起きたばかりで話について行けていないタロンさんだけが、インゴーさんと鍛冶屋さんに笑いながら肩を組まれて困惑している。

 

 え、みんなどうしたの。笑い茸でも食べちゃったの? 

 

「坊主よく言った!」

「いやぁーすかっとしたぜ! 見たか、ルベリエのあの顔!」

 

 理由が分からず、混乱する俺の背中をおじさんたちが笑いながらバシバシ叩く。

 少年組は尊敬の目を俺に向け、少女組に至ってはどさくさまぎれに俺に抱きついていた。ちょっと嬉しい。

 

「さっすがリンクさんです!」

「何かやってくれるって思っていました!」

 

 それはどういう意味かな、マロンちゃん、テワクちゃん。俺があんな風に人を罵倒すると思っていたと? ちょっとお話ししようか。

 

「かっこよかったですよ」

 

 ありがとう、アンジュちゃん。でもどこをどうしてそう思ったのか、ちょっとお兄さんに説明してくれないかな。

 

「まったくあなたという人は……しょうがない子なんだから!」

 

 そう言う割には嬉しそうに、大きな胸に俺の頭をかき抱くメロンさん。とても、やわらかい。

 

 

 皆に笑った事情をそれとなく訊いたところ、ルベリエさんは非常に高圧的かつ嫌味で、俺やここの人を物の様に扱っており、情の欠片も無い対応に皆苛ついていた。だが彼は宗教組織のお偉いさんであり、下手な事を言えば不敬罪や異端審問にかけられて、身体的にも社会的にも抹殺されかねない故にみんな言いたいことが言えず悔しかった。

 

 そこに俺のあの発言である。不敬罪とかなくてもあれだけ言えば普通に刑務所にぶち込まれかねないが、煮え湯を飲まされた皆としては非常に痛快だったらしく、一応彼らが帰ったところを見てから大笑いしたらしい。

 ルベリエさん、偉い嫌われようである。出会って数時間でここまでヘイトを稼ぐなんて、いったい何を言ったんだ。

 

 それにしてもなんていうか、うん。やっちまったな、俺! てへぺろ。

 

 

 

 ひとしきり騒いで皆が落ち着きだした頃、メロンさんが訊いてきた。

 

「それで、結局あなたはどうしたいのかしら」

 

 その声は凪いだ海のように穏やかで、何物をも受け入れる慈愛に満ちている。

 

「俺は精霊様の導きに従います」

 

 だって宗教団体と敵対とか怖いし、向こうに行ったらいじめられそう。ここにいたら皆にも迷惑がかかっちゃうしな。

 それに遂にメインイベントが発動したが、これは分岐イベントだとゲーマーの俺の勘が告げている。ここであの発言をせずにルベリエさんと一緒に宗教団体に行くか、一人でマスターソードを取りに行くか。俺は後者を選ぶのだ。

 

「東に、ご先祖様の土地に向かうのね」

 

 え、ご先祖様の土地!? なにそれきいてない。 

 

「メロンさんって代々ここで牧場と地主をやってきたんじゃ」

「私達の先祖は元々はここよりずっと東で生活していたわ。私達はこの地に移住した開拓者たちの末裔なの」

 

 そう言って彼女は自身の髪をすっとかき上げた。そこにあったのは普通の耳では無く、先の方が尖ったエルフ耳。

 そしてゼルダの伝説の世界でのエルフ耳はある種族を表す。

 

「ハイリア人……」

「そう、ここにいる皆は遥かな昔、天空都市スカイロフトから連綿と続く女神ハイリアの血を継ぐ者ばかり」

 

 全員が髪や帽子で隠していた耳を見せてくれた。確かに皆とんがっている。

 

「そしてあなたも」

 

 彼女の手が俺の耳の上の髪をどけて、その尖った耳を完全にあらわにする。

 

「私達ハイリア人はかつて女神様より万能の力、トライフォースを預かり、かの地に王国を築いていた。それを狙い王国を脅かす者たちもいたけれど、平和を脅かす者たちは女神様がおつかわしになられた新緑の衣を纏う若者に、『時の勇者』に“必ず”破られてきた」

 

 時のオカリナの彼ですね、分かります。時系列は大人リンクがガノンドロフを退治した世界らしい。どおりでマロンちゃんのそっくりさんがいるわけだ。

 

 ん? 待てよ。確かガノンドロフってその数百年後だったかに復活して、最終的にハイラルはガノンドロフを巻き添えに海に沈んで滅びちゃうんじゃなかったっけ。そのさらに数百年後が風のタクトだろ。

 

 でも、子供に戻ったリンクが間接的にガノンドロフを倒した世界では精霊とかの人外を除いて、人々は時の勇者を知らないはずだ。実際にトワイライトプリンセスでも知られていなかったし。

 

 じゃあ俺はゼルダ史的にどこにいるんだ。

 

「マロン、あれ持っている? 予定と違くなっちゃったけど、今渡しちゃいましょう」

「うん!」

「さあ、男はあっちを向いた、向いた」

 

 壁の方を指さすメロンさんに疑問符を浮かべながら、言う通りにする。

 

 ところでマロンちゃんとメロンさんは白い地に青の模様が入ったおそろいのワンピースを着ている。彼女たちのつやつやな栗色の髪とも相性がよく、可愛らしいこと請け合いだ。

 

 なんでこんなことを急に言い始めたかと言うとだね……

 

「ちょっ、ど、どこにしまっているんですか!」

「マ、マロンちゃんに、メロンさんまで!」

 

 悲鳴のような声を上げるテワクちゃんとアンジュちゃん。

 

「どこって、ここ」

「あ、テワクちゃんはお母さんいないし、アンジュちゃんのお母さんはハイリア人じゃなかったね」

 

 ……するんですよ。するすると服を脱いだり着たりする音が。いったい何が起こっているのか。私、気になります!

 

「でも、そ、そんな所にしまうなんて!」

「だ、だってこれがしきたりだし」

 

 テワクちゃんの咎めるような声に、恥じらうような声で答えるマロンちゃん。

 

「民族の伝統って時々理不尽かつ意味不明よね」

「だったらそんなことしなければいいじゃないですか!」

「それではすまないから、民族の伝統は理不尽なのよ」

 

 恐らく遠い目をしているだろうメロンさんに突っ込みを入れるテワクちゃん。

 テワクちゃん大忙しである。テワクちゃんには突っ込みの才能(宿業とも言う)があるらしい。

 

「もういいわよ」

 

 振り返ると、顔を真っ赤にして口に手を当てているアンジュちゃん。同じ位真っ赤になっているテワクちゃん。すまし顔をしようとがんばっているけど顔の赤さを隠しきれていないメロンさん。

 

 そしてマロンちゃんが赤い顔をしながら輝くような笑顔で俺に“ある物”を手渡す。

 

 それは剣や盾と同じ位、あるいはもっと俺が求めていたもの。実用的には必ずしも必要ではないけれど、やはりこのリンクという勇者を象徴するもの。

 

「はい、これをどうぞ!」

 

 

 勇者の服を手に入れた! 

 時の勇者が着ていたという緑の衣と帽子、革手袋をかたどったもの。

 メロンとマロンの手作りだ!…………ほのかに暖かく、いいにおい。

 

 

 俺の中に例のテロップが流れる。そうか、手作りなのか。そして文章の最後、問題発言はやめろ。公式、落ち着け!

 

「これが何か、君にはもう分かっているみたいね」

「はい」

「これは私達からの贈り物。道中災いから逃れられるようにと、昔から旅に出る男子に送られてきたものよ。あなたが旅に出るって言うから私とマロンで急いで作ったの」

「ありがとうございます。とても、とても嬉しいです」

 

 念願の勇者の服、しかも美女と美少女の手作りだ。嬉しくないはずがあろうか、いやない! 嬉しいに決まっている!

 

 さっそく着替える。

 

「あ、っちょっと、着替えは向こうで」

 

 今の青い服をぬいでその下の茶色いチェニック(だと思う)の上に緑の服を着る。緑の帽子をかぶり、最後に指ぬきグローブをはめれば完了だ。

 

「どれもサイズがぴったりだ。いつの間に採寸したんですか」

「えっ!? そ、それはマロンが……」

「ええ!? 私!? お姉ちゃんがやったんじゃ」

「え?」

 

 マロンちゃんってお姉ちゃんいたの。見た事ないんだけど。

 

「こら、マロン!!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 なんか立ち入っちゃまずい問題だったのかな。でもここを出発したらしばらく帰って来れないだろうし、聴いておきたい。

 

「メロンさん、もしよかったら話してくれないか。事情によっては力になれるかもしれないし、悔いを残したくないんだ」

 

 俺が心を込めて頼み込むと、メロンさんはしばらく葛藤した後、ため息をついた。

 

「……この際だから話しておくわ。私はマロンのお母さんのメロン・ロマーニじゃない。マロンの姉のクリミア・ロマーニよ」

 

 クリミアさん来たぁああー!!

 よっしゃー、これで勝つる!

 

「どういうことなんですか」

 

 内心の狂喜乱舞を微塵も外に逃がさない。さすがリンク=サンフェイスは鉄壁だぜ! イベントの時とか色々と苦労するけど、今だけは感謝だ。

 俺の疑問にマロンちゃんが答えた。

 

「私達のお母さんは病院にいるの」

「病院?」

「私達の母親はやり手の経営者だったんだけど、ある日馬車にはねられたの。今はサレルノ大学病院にいるわ。母さんは30歳を超えているのに15の私と姉妹に間違われる位そっくりだったから、私が彼女の代わりをしていたの」

 

 クリミアさん15歳、年下だったのか。まあゲーム的には年上だが。

 15であのスタイルと母性とか半端ねえな。てっきり20は超えていると―殺気ッ!!

 

 クリミアさんがじっとこちらを視ている。あの時の、装備全損の記憶がよみがえる……あばばばばばば。

 

「……話を続けるわね。彼女は手術の結果命はとりとめたけど、1月たった今も意識が戻らないの。ここの土地を狙っている人はたくさんいてね、今までは母さんがいたから跳ね除けてこれたけど、いないと分かったらここぞとばかりに嫌がらせをして、追い出そうとしてくるわ」

 

 昏睡状態か。風のタクトではリンクのおばあちゃんがそれに近かったな。

 

「それでクリミアさんがメロンさんを名乗っていたと」

「ええ。折りを見て話すつもりだったんだけど、中々きっかけがつかめなくて。騙してしまってごめんなさい」

「ごめんなさい」

「俺が不甲斐無いばかりにクリミア嬢ちゃんに苦労を掛けちまったんだ。すまねえ、この通りだ」

「ごめんだーよ」

 

 牧場の皆が俺や孤児組に頭を下げる。

 俺がマダラオたちを見ると、彼らも俺を見ていた。黙ってうなずきあう。答えは決まっていた。

 

「顔を上げてください」

「私達気にしてませんから」

「俺達に住む場所を、仕事を、日々の糧をくれた。それだけで充分です」

 

 俺とテワクが笑って、マダラオがいつもの仏頂面まま意思を伝える。

 

「俺、ここの皆好き。だから許す」

「私達はみなリンクとこのメロンさん、いえクリミアさんに救われた身ゆえ、許すも許さぬもありません」

「以下上に同じ」

 

 ゴウシ君がぼそぼそと、トクサがいつものように口元に手を当てて、キレドリが小さな体を照れでさらにすくめて言った。

 

「……みんな、ありがとう。ありがとう……」

 

 クリミアさんが泣き出してしまい、慌ててフォローする、皆。皆もちょっと半泣きだ。俺は泣いてないよ、ちょっと心の中で汗が出そうなだけだ。

 

「良かった、良かったなぁ。嬢ちゃん……!」

 

 インゴーさんと鍛冶屋さんもむさくるしく男泣きを始めてしまい、何故か捕まってしまう俺。ごつい4本の腕に掴まれた俺は逃げる事も出来ず、彼らが泣き止むまで、そのリアルに汚いひげ親父×2の顔を至近距離から見続けることになった。泣きたい。

 

 しかもその後、泣き止んで照れた親父の赤ら顔を間近で見せつけられることになる。……この格差社会、泣いていいかな、泣いていいよね。

 

 

 それにしてもハイラルに大学だなんて、今作は時代が進んだんだな。

 でも時のオカリナから数百年後の夢幻の砂時計では蒸気船があったし、その百年後の大地の汽笛では蒸気機関車が普及していたんだからおかしくはないか。

 

 ちなみに蒸気船の登場は18世紀だが、現実のサレルノ大学は9世紀には南イタリアにあった。

 世界で2番目に古い大学であり、医学を看板にしていて解剖学なども古くから行われていたらしい。10世紀には英仏の王族が来ていた位、ヨーロッパの医学の中心であり続けた。

 ゲームイベントで名前を借りて登場するに相応しい大学と言える気がする。……名前を借りただけで実際は別の歴史を持つだろう大学だから、山田先生の授業で得た知識をひけらかせないのが悔しいぜ。

 

 

 

「よーし! 嬢ちゃんらが服を作ったってんなら俺は、俺の出来る最高の武器を作ってやるぜ!」

 

 むせび泣くおやじたちにサンドイッチされるという拷問にも等しい時を過ごした俺に待っていたのは待ちに待った鍛冶屋さんの一言だった。

 

「剣を。最高の剣と盾が欲しいです」

 

 最終的に市販の剣はマスターソードに代わってしまうのだから、訓練しやすい槍や後々必須になるだろう弓、弾代はかかっても遠近に隙の無い銃剣付の小銃のほうが良いのかもしれない。

 マシンガンの弾雨ですら切り落としてしまう石川なにがし13世やじぇだいのように、剣は持ち主の技量によってどこまでも凄くなる武器であると同時に、素人が持ったらただの鉄の棒っきれだ。そして俺はインドア派であり、剣の素人だ。

 

 だが、それがどうした! この世界はゼルダの伝説という名のゲームだ。

 ゼル伝と言えばやはり剣と盾。リンクと言えば剣と盾。最終的にはマスターソードに代わってしまうのだとしても、主武装に銃や弓、槍を使うなど邪道でしかない。

 

「オーケー任せとけ。お前に合う剣で最高の剣を作ってやる。出発は何時だ」

「明日。……出来ますか?」

 

 監視とか怖いから早めに出発したい。だが、急いで質は落ちないだろうか。

 

「はっ、なめんなよ。一晩あれば十分だ。俺の弟子たちも総動員して作ってやるよ」

 

 そう言って、帰っていくおやじさん。その背中はやはりかっこいい。スポーツカーを乗り回すイケメンとは違う漢のカッコよさがそこにある。

 

「では私も失礼します。明日の朝に家に寄って行ってください。私もお弁当を作っておきますから」

 

 ぺこりと頭を下げてからアンジュもおやじさんの後を追って帰って行った。良くできた娘や~。

 

「リンクさん!」

 

 ……と思ったら走って引き返してきた。

 忘れ物かな、そんな風に思っていた時期が俺にもありました。

 

 彼女は真っ直ぐ俺に突っ込んできた。

 

「んっ」

 

 錯乱した彼女の突然の頭突き攻撃!……ではなくて

 

「ああっ!!」

「な、な、なにをやっているのですか!!」

「さ、最近の子は進んでいるのね……私も早く何とかしないと」

 

 マロンちゃんやテワク、クリミアさんの言葉がどこか遠くに感じる。

 このゲームでは味や香り、食感や温度なども再現されていたりする。

 つまりアンジュのくちびるは柔らかいという事である。

 

「私の……気持ちです。ちゃんと帰ってきてくださいね。待っていますから」

 

 色の白い顔を自分の髪と同じ位真っ赤に染めて今度こそアンジュは帰っていった。

 

 さ、最近の子は進んでいるんだなあ。あの子小学生くらいだろう。

 でも小学生位の子供の気持ちなんて、すぐ変わっちゃうんだろうな。

 そういえば俺小学生のころに女の子に告白されたが、当時の俺はLIKEとLOVEの差が全く分からなくて時効的に消えてしまったことがあった。

 ちょっと惜しい気もするが、まあしょうがない。

 というか俺はいつの間に彼女の好感度をあそこまで上げたのか。出会って半日くらいしか経っていないぞ。このゲームって実はフラグの管理が雑でどっかバグっているのか。そもそも小学生とフラグ立てられるゲームはダメだろう。いつからゼルダの伝説はギャルゲーになったんだ。このゲームは全年齢対応ですぞ。

 

「――クさん! リンクさん!!」

「はっ!」

 

 気が付くといつの間にか前後左右にシェイクされていた。

 

「もう、もう、もう、リンクさんったらデレデレして!!」

 

 マロンちゃんそんなにもうもう言うと牛になっちゃうよ。

 それにでれでれはしていない。身体は子供、頭脳は大人。その名はハワード・リンク。流行るか?

 

「みっともないですよ、リンク!! ぽっと出の女の子にデレデレして!!」

 

 だからデレデレはしていないと何度言えば、って言ってなかったね。

 

「「なんとか言ったらどうですか、リンク(さん)!!」

 

 君たちが揺さぶるからしゃべれないんだよ。

 

 まあ彼女達の気持ちは分かる。見た目は子供でも中身は大人なリンクくんは近所の仲の良いお兄さん的存在なのだろう。それが他の子にとられそうになった気がして焦っているのだ。可愛いじゃないか。

 

 俺もまだ先生じゃなかったころの山田先生にくっつく男子がいたら、いやたとえ女子でも気に入らなかっただろう。彼女は女子中、女子高、女子大って行ったから男子の心配はあまりしてなかったんだけどね。

 

 最近は逆にあまりにも男の影も形も無いから、心配になってきた。将来の夢は学校の先生をしながら、お嫁さんになる事じゃなかったのかよ。確かに高校の教師は出会い少ないだろうけどさ、俺以外親しい男友達皆無ってどうよ。

 

 しょっちゅう尊敬する女教師の話をしているが、まさか百合の花が咲く方に走ったんじゃなかろうな。出席簿の一撃で生徒をノックダウンさせることが出来る化け物だそうだ。

 前に酒の席でそれを言ったら「じゃあ、あなたは私以外に親しい女の子の友達いるんですかぁ」と涙目で言い返されたがな! 

 居ねえよ! 友達全員かき集めても両手で数えられるようなぼっちに友達、しかも女友達とかハードルが高すぎるわ! 高すぎてその下を屈まずに潜り抜けられそうなほど高いわ!

 

「まあまあその辺にしときなさい」

 

 少女二人はようやく揺さぶるのを止めてくれた。

 

「さすがクリミアさん、頼りになります」

「リンク君も男の子なんだからしょうがないわ。それにデレデレする男をちゃんと叱ってから許してあげるのもイイ女の器量ってものよ」

 

 ……クリミアさんまでデレデレしていたとおっしゃる。俺に味方はいないのか、神も仏もいないのか。

 

 まさか本当にデレデレしていたのではあるまいな、俺。

 だが俺はロリコンでは無いし、例え万が一そうだったとしても、内心が表に出ない事には定評のあるリンク=サンの鉄壁の防御力をアンジュは貫いたと言うのか。片手でかめはめ破を出しながら、突進してくるのか。

 

「もう絶対について行きますからね! リンク!」

「私もついていく!」

「じゃあ俺も行こう」

「じゃあ私も……って言えないのが大人の辛い所ね」

 

 おかしいな、いつからゼル伝の勇者はパーティー制になった。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 ルベリエさんたちに見つからないように、まだ夜が明けきらない内に俺は出発することになった。

 

「うー! 私もやっぱり行きたいですよー」

「しょうがないだろ。俺もテワクも武器はまだ何も扱えないんだ。リンクの足手まといになる」

 

 まあ、俺も特に扱えないがな! どうも最初の出会いのせいか、彼らは俺を武器の扱いは達人級だと勘違いしているらしい。

 

「絶対、絶対オカリナ吹いてね。私も一生懸命練習するから!」

「分かった」

 

 涙目のテワクとマロンを宥めつつ、インゴーさんたち他の皆とも別れをすます。

 

 旧作ではサリアの歌と呼ばれる曲は吹くと特定のオカリナ同士で会話が出来る。いわば携帯電話みたいなものだ。

 

 露店商人スタルキッドからマロン達用の妖精のオカリナをすでに買ってあるので、しようと思えば連絡可能だった。俺がいなくてもエポナの歌を吹けば牛が乳を出すことも確認済みである。なにせ武器が無くて検証とサブイベント位しかすることがなかったからな。

 

「いい。何度も言うけどまずはリー一族のいるトアル村に行くのよ。そこならきっと運命の剣の手掛かりが見つかるはずだわ」

「分かったよ」

 

 トワイライトプリンセスで主人公リンクの故郷であるトアル村。

 村の名前からしてスタッフの適当感が滲み出ているが、彼ら曰く『勇者リンクとは、たまたま遭遇した凶事を見過ごせず飛び込み、解決してしまう通りすがりの若者』らしいので、これでいいらしい。屁理屈に聞こえるのは俺だけか。

 

「それから真水や生肉、生卵、生チュチュゼリーは飲まない事。きちんと火を通してからにしなさい。夜は冷えるから、火を焚いてマントにくるまって寝るのよ。後は……」

 

 吹っ切って冒険に送り出してくれたように見えて一番俺を心配しているのはやはりクリミアさんだった。一族に伝わるお守りとか厄除けとかが満載の袋をくれたし。決して開けてはいけないと言っていたが、その辺は日本のお守りと一緒だな。

 

 それにさっきから俺に肩をつかんだまま放してくれない。

 

 彼女は旅の危険を知らないほど子供では無く、可愛い子には旅をさせよと子供の可能性を信じられる程大人でもない。15歳とはそういう中途半端な時期なのだ。

 

 どれだけ大人びていても年相応な所もあるのだな、と微笑ましくなった俺は背伸びをして彼女の頭を撫でた。

 

「大丈夫、僕は絶対にここに帰って来る。心配しないで」

 

 不安になっている子供をあやすにはやっぱりこれだ、1週間子供たちとの触れ合いで学んだことだ。

 

「うん」

 

 クリミアは小さく頷いて、俺を放して――あ。

 

「これはちょっとしたおまじないよ」

 

 視界いっぱいに広がる彼女の顔。空色の目。

 くちびるに柔らかい感触。

 

「あら、ほっぺにするつもりだったのに間違えちゃった」

 

 えと、うんと、駄目だ。とりあえず耳まで赤く染めながら悪戯っぽく微笑むクリミアさんが可愛い。

 でも、その代償はでかかった。

 

「お、お姉ちゃん! ず、狡いよ! 自分ばっかり! わっ私だって」

「あ、あ、あ、そんな、ク、クリミアさんまで……?」

「おい! しっかりしろ! テワク! テワクー!」

「クリミア嬢ちゃんが欲しければこのインゴーさまを倒してからにしろ!!」

「クリミアにもやっと春が来ただよ。おらこれで安心して寝れるダ」

「これ以上寝たら、いつ起きているんだ」

「寝過ぎは、健康に良くない」

「これが誑しと言う奴ですか。さすがは私達のリーダーと言ってよい物かどうか」

 

 なにこれカオス。

 

 でもこれはこれでへっぽこ勇者である俺の門出に相応しいのかもしれない。

 

「行ってきます」

 

 俺は皆に背を向けて、町に向かって歩き出した。まずは鍛冶屋で剣と盾を。そして次はいよいよハイラル平原の先、かつての故郷トアル村へ。

 

「行ってらっしゃい」

 

 彼女の言葉と共に。

 

 

 

 

 なんて綺麗に纏まったら良かったんだが……

 

「待っていましたよ、ハワード・リンク」

 

 街に入ったところでのっけから会いたくない人に出会ってしまった。

 しかも高そうな制服を着てサングラスを掛けた人たちがルベリエさんの前にぞろぞろと並んでいる。

 

「なんでここに」

「あなたを野放しにして置く訳ないでしょう」

 

 やっぱり監視がついていたんですね。まあ予測はしていましたよ。

 だがこんな時のために昨日お金と装備を返してもらったのだ。

 

 かつて時の勇者をも撒いたシークの技を見せてやろう!

 目つぶしと麻痺効果のあるデクの実を使い、颯爽と撒いてやる。

 俺の冒険は何人たりとも邪魔させないぜ!

 

 俺がインベントリを呼び出そうとした時、

 

「ハワード・リンクっううう!! 貴様の、貴様のせいで、私のウイルス拡散計画が! 私の一か月の我慢が!! 台無しDA――!!」

 

 いきなり顔を真っ赤にしてシャウトし出すおっさんが現れた。

 白衣を着ていることを除いてこれと言って特徴のない普通の中年だが、酒乱だ。それとも風邪でもひいて熱が上がってテンション振り来てるのか。どこかでみたことあるような顔だが、まあいわゆるモブ顔というやつだろう。現実の俺と一緒だ。

 

「誰だ、あんた」

「私は誰かだとー! 良いだろう教えてやる。私はレベル3ィイイイイイのAKUMAだ!!」

「い、いかん!!」

 

 駄目だこいつ……早く何とかしないと……

 

 ルベリエさんも慌てている。だよね、路上で自分は悪魔だってシャウトするとか、正気に戻った時に死にたくなるよね。早く止めてあげないと。明日からこの人ひきこもりになっちゃうよ。

 

 もう何なんだよさっきから。出鼻挫かれるどころか骨折してるんだけど。

 

 とりあえず、旧作では目潰しと麻痺効果のあったデクの実を使ってみよう。

 

 インベントリを開く。って、牛乳マークばっかり!

 古い物順に並んでいるという事か。今まで牛乳しかなかったから分からなかったぜ。

 

 つまりデクの棒や実は最後の方か。指を上下に軽くふって、ページを下へ下へと高速で送っていく。

 

「へへへ、ふへへ」

 

 くそ、牛乳が多すぎる! 騒音おじさん今にも跳びかかってきそうだぞ。

 もう牛乳でも何でもいい。ともかく時間を稼ぎたい。これに決めた!

 

「っく、逃げるぞ! ハワードリン」

「何をしようとしているのか知らねえが、もう遅え。消えてなくなれェエエエエ!!」

 

 酔っ払いのおじさんが腕を突き出した瞬間、俺達は眩い光に包まれた……

 

 

 光が収まると酔っ払いおっさんはびっくりしたのか居なくなっており、道にはルベリエさんとお付の人たちが倒れていた。

 

 どういうことなの?

 




第一ボス レベル3AKUMA 能力は拡散と収束。AKUMAの持つ猛毒のウィルスを、即効性と致死性は薄まるものの、人から人、生き物から別の生き物へと感染するウィルスを作り出すことが出来る。平たく言えば疫病を起こせる能力。
 しかもAKUMAのウィルスが元なので普通の薬などは効かない。治したければイノセンスの力を被害者の体内に直接入れて、イノセンスに拒否反応で死ななければ助かるかもしれない。
また力を収束して威力を上げたビームを出したり、敵の攻撃の威力を拡散させて防ぐなども可能。

第一ボスがやたら強いのはスカイウォードソードだから。

ちなみに主人公の現状の装備は

ハート 3つ
頭 勇者の帽子
体 勇者の服
手 勇者の手袋
インベントリ 大量の牛乳 妖精のオカリナ デクの実 デクの棒 デクの種 その他心配性の皆が持たせてくれたお守りや食糧、衣類など。
ちなみにこの中に状況を打開するものがあります。


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とある長官の記録

今回と次回はルベリエさん視点でお送りします。
長くなってしまったので、分割しました。今日中に続きを書くか、明日に回すかは作者の気分次第。


 私は電話で報告を受けて、ため息をつきたい気分で一杯だった。

 

 チャン一族とエプスタイン一族が行っている人造使徒計画がはかどっていないのだ。

 

 悲劇と魂とダークマターによって造られる人の皮をかぶった殺人兵器AKUMA。その製作者であり7000年の時を生きる千年伯爵。

 それらを撃退できる可能性を唯一持つとされる神の力の結晶〈イノセンス〉。

 そしてイノセンスに選ばれた神の使徒〈エクソシスト〉。

 

 彼らは奮戦しているが如何せん数が敵軍に対して圧倒的に少ない。AKUMAは着々と数と強さを増しているのに押されて、エクソシストは次々と死亡していく。

 

 戦争は数だ。

 

 そもそも最大でもイノセンスの数が109個しかない無いため、私達の最大戦力はエクソシスト109人。だが、イノセンスは散逸していたり、伯爵に破壊されていたり、そもそもイノセンスの適合者がいなかったりと私たちの現戦力は30人にも満たない。

 

 イノセンスを持たなくても例えば中央庁直属の〈鴉〉部隊のように戦闘に特化した魔術師ならばエクソシストと同等の戦闘力を得ることが出来る。

 

 AKUMAに攻撃魔術を叩き付けて吹き飛ばす事も出来る。だがイノセンスを持たない彼らにAKUMAは破壊できず、倒せない。

 

 たとえそれが新人エクソシストでも倒せるレベル1、2でも、止めが刺せず、封印が精一杯だ。レベル3のAKUMAとなるとそれすらままならない。AKUMAはレベルを上げるごとに進化し、固有の能力や知恵、感情を得ていくからだ。

 

 このままいけば我々人類は遠からず千年伯爵たちに敗れてしまうだろう。そうすれば7000年前のノアの大洪水の二の舞になってしまう。

 

 それは駄目だ、決して許すことはできない。

 

 我々が推し進める人造使徒計画とは、我々の弱点であるエクソシストの数を何とかして増やす、または維持することを目的とした計画であり、科学と魔術の双方の側面からアプローチされている。

 

 だが、現状ではどちらもほとんど成果が上がっていない。

 

 魔術的試みとしてはイノセンス適合者の血縁者にイノセンスを適合させる実験がずっと前から行われている。アジア支部を作り上げたチャン家のように魔術の素養は家系に深く関係しているからだ。

 

 千年伯爵やイノセンスの事についての過去と予言が記された「キューブ」の適合者が私の家系から出て以来、私の一族は代々生贄ともいえる被験者を出し続けている。そして聖女と言われたヘブラスカによって彼らは次々イノセンス不適合者「咎落ち」となって死んでいったのだ。

 

 咎落ちとなったものは24時間以内にイノセンスに命を吸い尽くされて死ぬ。イノセンスは吸い取った命を使って広範囲に破壊をまき散らすのだ。

 

 初めて見た時は理不尽さのあまり怒りで心が震え、ヘブラスカに食って掛かり、父親に張り倒された。父のような冷酷な男になるまいと思ったものだが、すっかり父親と同じになっている気がする。……どうでも良い事だ。

 

 それからというもの、私はヴァチカンの教皇直属の中央庁に努めているが、神など信じなくなった。

 

 イノセンスは神の力の結晶などではない。ただこの世ならざる力を持ち、奇怪な現象を起こし、AKUMAや千年伯爵に対抗できる物質。

 エクソシストも実験に失敗して咎落ちとなった者もこの戦争に勝つための駒、道具でしかない。その差は有用性の有無だけだ。

 

 

 そしてアジア支部でチャン一族とエプスタイン一族が行っているのが、人造使徒計画の一環であるセカンドエクソシスト計画だ。

 

 セカンドエクソシスト計画とは戦死したエクソシストの脳を他者に移植すればイノセンスの適合権は継承で出来るのかを調べて、継承出来るのならば戦死したエクソシストを再び戦わせようという計画だ。

 

 すでに計画は実行に移っており、私の元家庭教師であり治癒魔術師でもあるズーも参加している。他にもアジア支部や他の支部の優秀な魔術師、科学者がこの計画に参加している。

 

 戦死したエクソシストの肉体を魔術により保存し、科学者がエクソシストの体細胞クローンを作りだし、魔術と薬品で即席培養する。

 

 さらに細胞段階から魔術師により生命力や回復力を強化させる。肉体の回復力に頼りすぎると寿命が減るのが改善点だがまあいいだろう。死んだらまた脳を別の器に移せば良いだけだ、何の問題もない。

 

 ある程度器となる肉体が育ったら元の脳を移植する。魔術で元の記憶を封鎖することも忘れない。恨まれたりすると面倒だからな。

 

 すでに2人の男女が目覚めた。だがイノセンスには拒絶されているようだ。もっとも2人とも身体がバラバラになりかけても咎落ちにはならなかったらしいので、気にせず計画は続行だ。

 

 この計画以外にもう人造使徒計画で目ぼしい成果が上がっているものはない。

 なんとしても成功させろと言っておいた。

 

 

 

 私は部下と護衛付きでケルン大聖堂の再建費用や献金についての話し合いにドイツのケルンまでやって来ていた。

 

 汽車と船と馬車を乗り換えての旅は疲れるが、悪くない。

 

 ケルン。

 元々はコロニア・アグリッピナと舌をかみそうな名前で呼ばれていた古代ローマの植民市であり、ローマが滅びてもなお栄えている。

 

 そもそもヨーロッパには古代ローマの植民市が原型となった町が多い。

 

 ゲナウァ(ジュネーブ)、アクインクム(ブダペスト)、ルティアナ(パリ)、マッサリア(マルセイユ)、ボンナ(ボン)などスラスラあげることが出来る。

 

 それらが栄えているのも無理からぬ話で、上下水道、街道網、公衆浴場といった生活に関わるインフラ、闘技場や劇場といった娯楽施設、常駐するローマ軍団の庇護、それら全てを昔から備えていたのだ。

 

 当然人々は安全かつ快適で刺激のある都市に集まる。そうして街は今の今まで発展し続けてきたのだ。

 

 特にケルンは都市を覆う城壁まで有しており、ローマ皇帝を僭称した者もここを拠点とする程だった。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、彼らはキリスト教と互角以上の歴史と伝統を持ちながら、同時に経済力、軍事的防御力まである。我々からすると無下に扱えない厄介な存在だということだ。

 

 故にそれなりの歴史と、イノセンスに適合するかもしれない一族の者を犠牲にし続けることで築いてきた地位と名誉、財力を持つルベリエ家筆頭の私が出てきたということだ。

 

 交渉においてヨーロッパのたいていの者は最悪の場合、破門や異端審問をちらつかせればどうとでもなる事が多い。キリスト教の盛んなヨーロッパにおいて、破門や異端というのは社会的に死亡したも同然だ。破門されたり異端とされた者は人間扱いされない。

 

 これがヨーロッパ以外ならまたそこに独自の宗教があるため、そこまでの重みは無いが、それでもヨーロッパの人間には見向きもされなくなるだろう。

 

 だが、ケルンはたとえ破門や異端審問をちらつかせてもケルン大聖堂を神輿にして独立し、平然と新しい宗派を名乗りだしそうだ。

 

 ヴァチカンとしては腹ただしい問題だろうが、一口にキリスト教といっても世界にはたくさんの宗派がある。

 

 ローマ・カトリック、プロテスタント、ギリシャ正教、英国国教会、他にもご当地宗派がたくさんあって、それは同じキリスト教というひとくくりにされているのが現状だった。

 

 故に筆頭の私が出てきたのだ。

 護衛の〈鴉〉ももちろんいる。黒の教団本部からも護衛と言う名目で、スパイというか牽制として新人のエクソシストも一人送られてきた。

 

 どうにも今の教団本部の室長は野心と執着心が強い男らしく、私もライバル視されているようだ。幹部の一人である私に何かあっても新人にすべての責任を擦り付けて、尻尾切りするつもりだろう。

 

 今の室長が上にあがってきそうな優秀な者は使いつぶすか地方に飛ばしているせいで本部にはロクな奴がいない。アジア支部でセカンドエクソシスト計画をしている理由はここにもある。

 

 送られてきたスーマン・ダークという男はこの町の出身で、妻と難病持ちの子供もケルンに住んでいるらしい。

 風を操る寄生型エクソシストだ。寄生型は珍しいが、いないわけではない。

 

 イノセンスには装備型と寄生型があり、どちらも一長一短だ。

 

 装備型はイノセンスを銃や剣などに加工し、使いやすくしたものだ。その分爆発力に欠けるがそこは経験を積んで、イノセンスとのシンクロ率を上げればいい。

 

 寄生型は体の一部にイノセンスが癒着している者で、いざという時の爆発力には優れているが、その分消耗も激しく、寿命も短い。

 

 このスーマンと言う男に正直興味はないが、何かあった時に生死を分けるかもしれないので情報収集は怠らない。

 

 

 それから数日たったある日のこと、少し面白い者を見つけた。

 

 退屈で面倒な会議を終えて、スーマンを妻子の元へ送り出し、自室でゆっくりしていた所でおもわぬ情報がスーマンと監視兼情報収集についていた鴉から入ったのだ。

 

 

 ハワード・リンク。

 イノセンス、しかも滅多にいない他者を回復させるイノセンスの適合者と思われる少年。

 方法の詳細は現在調査中だが、流り病で死に掛けていた病人たちを次々に救っているらしい。

 

 スーマンの娘が患っていた不治の病も一緒に完治させたそうだ。

 スーマンは娘を生き長らえさせるためにエクソシストになったらしいから、喜びも一塩だろう。

 

 ハワード・リンクを知っているという鍛冶屋がスーマンの友人であり、そこから情報が入ってきた。人生何が役に立つか分からないものだ。

 

 室長に礼を言いたいね。君の送り込んだスパイのおかげでまた1人エクソシストが見つかり、戦力は拡大した。ついでに就いたばかりの今の中央庁特別監査官長官の地位と教団幹部のルベリエ家筆頭の座も盤石になる。

 

 さっそく私自ら勧誘してみた。まあ彼に拒否権は無いのだが、体裁は大切だ。

 

 見た目は金色の髪に蒼い目をした美少年。背は平均的で太っても痩せすぎてもいない。

 

 性格は少々大人びている子供といったところだ。

 初めて会う私を警戒しているのか、歯を食いしばって何もしゃべらない。何か聞いても首を振ったり体で示すばかりだった。

 私が来る前には彼が少女と話している声が聞こえたので口がきけないという訳ではないらしい。

 

 家の場所を聞いてもそっぽをむいて何も答えないので、鍛冶屋とその娘から聞き出し、彼の家へ行く。彼も観念して馬車に乗った。

 

 彼は、ケルン近郊の地主の一人であり、牧場を経営しているメロン・ロマーニの保護下にあるらしい。ロマーニという響きはイタリア系だから移民なのだろう。

 

 彼はどうやら周りから大切にされているようで、私が千年伯爵やAKUMA、イノセンスについて説明し、世界を救うためにどうか彼の力を借りたいと説明しても、そんな危ない所には行かせられないと頑として聞き入れない。

 

 その他にもエクソシストとなれば彼には高度な教育を施し、高額の給料も払うし、何だったらの牧場にいる他の孤児たちを引き取ってもいいとさえ譲歩したのだが、メロン女史やその周囲の者を余計に頑なにしてしまった。また当の本人は黙ったままだし、メロン・ロマーニの夫についてはあろうことか寝ている。ヴァチカンからの使者である私を前にしてだ。

 

 珍しいエクソシスト候補を見つけて少々舞い上がってしまったのだろう。交渉に失敗するという私らしくない失態を見せてしまった。

 そこで私は作戦を切り替えた。

 交渉には飴と鞭が基本だ。飴は十分に与えた。今度は鞭の出番である。

 

 メロン・ロマーニもハワード・リンクも気丈に振る舞っているもののまだ若く、甘い。

 

 こちらの力を見せて、その小生意気な心を折ってやればいいだろう。

 

 法王やヴァチカンの元に組織された黒の教団とその影響力を指摘し、異端審問や破門をほのめかす。

 

 さらに今私が受け持っているケルンの領主との交渉もあげ、彼をこちらによこさなければケルン領主にも睨まれることも話す。地元と世界と両方に拒絶されればこの牧場は、ひいてはここに暮らしている子供たちはどうなるのかもじっくりと指摘する。

 

 またAKUMAの脅威についてもとりあげて、イノセンスを持つ彼を狙ってここにやって来るだろうこと。そして彼のイノセンスは他者を回復させるものであり、直接的戦闘力は無く、その末路はどうなるのかについても微に入り細を穿って説明する。

 

 メロン・ロマーニに迷いが生まれ、逡巡し、葛藤するのを内心で笑いながら、最後の詰めに持ち込もうとした時、今まで一言もしゃべらなかった彼が唐突に低く獣の唸り声のような声を発した。

 

「俺は絶対に行かないぞ……変な髪形しやがって……この後頭部ハゲのホモ野郎が」

 

 それは私に対する罵倒であり、ひどい侮辱であった。正直不敬罪やその他の罪に問えそうなほどだ。

 

 私の後頭部は禿げていないし、この髪形は紳士の証。それに私は禿げていないし、ホモでもない。ただ美少年や美青年の良さを知っているだけだ。

 

 私は怒りのあまり反射的に怒鳴り散らしそうになったが、彼の目に宿る野生の猛獣が相手を値踏みするような目線にその衝動をぐっとこらえた。

 

「貴様の器はその程度か。紳士を気取っているが子供の戯言で怒鳴り散らすのか」

 

 そう視線で言われた気がしたのだ。

 

 私は怒りを飲み込んだ。この手の輩は一度なめられてしまうと終わりだ。その代わり一度忠誠を誓った者を裏切らない。そういうタイプなのだ、このハワード・リンクという少年は。

 

「それでも君は私の所にやって来る。それは君が何と言おうと変わらない」

 

 毅然とした態度で私は彼に通告し、明日の予定をとりつけてから帰宅した。

 実に英国紳士だったと言える。

 

 

 馬車の中で怒りをある程度消火した私は最低限の護衛だけを残して、彼らに任務を言いつけた。

 

 内容はハワード・リンクの監視と護衛だ。

 

 その後街で情報を集めさせていた連中から報告を聞く。

 

 彼は1週間前からイノセンスの力が宿った牛乳を使って治療をしていたらしい。

 その牛乳の効能は確認が取れただけでも複数の病気の治療、疫病の根絶、体力の回復、怪我、しかも四肢欠損レベルの治癒など多義にわたるらしい。

 ほとんど万能薬。まるでおとぎ話のエリクサーや大妖精の雫のような牛乳だ。

 

 

 つまり彼のイノセンスは、牝牛

 

 

 

 ……新しい

 




本編には一部ベーコンレタスでグロテスクな表現があります。お食事中の方がいたら申し訳ありません。また当方ではいかなる弁償も出来かねます。


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とある長官の記録(2)

彼の(勘違い)勇者伝説はすでに始まっていたのだ!


 イノセンスが牝牛に寄生するという珍事。

 

 ラウ・シーミンというサーカスの猿にイノセンスが寄生した例もあるので、初めての例ではないが限りなく珍しいタイプだ。

 あの猿は遠近共に攻撃できたが、今度の牛はどうなのだろうか。もしできるなら前線に出てもらうことになるし、攻撃出来ないなら教団で保護して牛乳を提供してもらうことになるだろう。後者ならヘブラスカに次ぐ前線に全く出ない完全な後方支援型エクソシストの誕生だ。

 

 回復力はおとぎ話の万能薬レベルだし、回復速度も速く、飲んだ瞬間に効果が表れる。また味も最上級らしい。料理に使ったらどうなるのか気になる所だ。

 

 対AKUMA武器開発者であり、治癒魔術師でもあるズゥ・メイ・チャンも闇癒蛇で似たような回復ができるが、あれはズゥの寿命を消費するので頻繁にはできない。

 

 

 私が城の貸し出された部屋で寝巻に着替えていると、ふと疑問を覚えた。

 

 彼がイノセンス適合者ではなく、ただイノセンスの力の宿った牛からでる牛乳を配っていただけの少年である可能性に気付いたのだ。

 

 だが、ベッドに座って報告書の続きを読んでいくうちにその疑問は消えていった。

 

 この町で疫病が貧民を中心にじわじわと広がりだしたのが約1か月前。

 まだ死者は出ていないが、感染力が高くかなり広がっている。中流や上流階級の者もかなりかかっており、かかっても部屋で安静にしていればひどい症状は出ないらしいが、正直大量の死者が出るのも時間の問題だったろう。

 

 この町で「奇跡のミルク」と呼ばれるものが出回りだしたのは1週間前。

 そしてこの少年がこの町に現れて、牧場で保護されたのも1週間前だ。

 

 この一致がただの偶然だとは思えない。

 

 彼が来る以前からロンロン牧場は存在していたし、牛乳も出回っていた。だが、それは味は良いが間違ってもエリクサー級の回復薬では無かった。

 

 そんなものがあったらとっくの昔に評判になって、この街にイノセンス探索部隊であるファインダーが来ているはずだ。

 

 そして彼自身がイノセンス牛乳を無償で大量に配り出したのが4日前。

 

 奇跡のミルクの回復力は伝説のエリクサー級。実際に飲んで病気が治った貴族の話では味も王族が飲む様な最上級品らしい。

 それなのに一本20ルピーとその味と効能を知るものからすれば冗談のような安値だ。

 

 魔術師や錬金術師が訊いたら、お手頃価格でエリクサーを売ってまわるな! と頭をかきむしるだろう。

 

 だが、それでも1日を10数ルピーで生きているような貧民にはギリギリ手が届かない。

 その貧民こそが疫病の主な罹患者だと言うのに、だ。

 

 そこで彼は牛乳の試飲販売という形で彼らの救済を始めた。

 試飲、つまりこの一杯はお試しであり料金はとらないという訳だ。

 

 タダで飲める、しかも味は至上で怪我も病気も一発で治る。これに飛びつかない貧民はいなかった。

 

 彼ら貧民は社会的弱者であるが故に、仲間意識が強く、独自の情報ネットワークを持っている。

 瞬く間にその情報は広がり、我も我もと貧民が押し寄せてくる。動けないほど弱っている者は担いででも連れてきていたようだ。

 

 生き残るためには盗みや売春、最悪暴力や殺人だろうが厭わない彼らは自分達が嫌われていることを知っている。少しでも暖をとるために貴族街や公衆浴場の近くの下水道に住んでいる者も多く、不潔であり悪臭を放ってしまっていることも。

 

 それをハワード・リンクは嫌な顔一つせずにニコニコと給仕してくれた。

 

 誰からも相手にされない自分たちを救ってくれる、彼らの中で少年がヒーローになるのに時間はかからなかった。

 

 人間は例え貧民でも命を救われれば、恩を感じる。

 

 だが少年は、彼らが自分達の雀の涙ほどの金や財産を、あるいは自分たちの体を少年に捧げようとする者がいても決して首を縦には振らなかった。

 

 それどころか彼ら彼女らを風呂に連れていき自腹を切って体を清潔にさせた後、自分が助けた貴族や裕福な商人たち、あるいは食堂や道具屋などに連れていって、彼らを雇って欲しいと頭を下げて回る始末だ。

 

 最初は貧民だからと渋っていた雇用側も命の恩人である少年に熱心に頼み込まれては嫌とは言えなかった。少年はその場で雇用条件を決め、彼らがもし何かすれば自分に言ってくれとまで言う。

 

 少年は貧民たちに、ここで真面目に働いてあなたが幸せになってくれるのが、最高のお礼だ。最初は難しいだろうけど、頑張ってほしい。もしあなた方が幸せになった時には、今度は自分の売りに来た牛乳を買って欲しいと言った。貧民たちはむせび泣きながらこれを承諾し、絶対に不義理な真似はしないと誓ったそうだ。

 

 ここまでしておいて少年には何の利益も無い。すがすがしいまでのお人好しである。

 

 今では少年は「小さな勇者(ヒーロー)」と呼ばれているそうだ。ついでにロンロン牧場の売り上げが急激に伸びているらしい。まあこれは味や効能の上昇のせいでもあるだろうが。

 

 無論、人間の中にはそうした少年のお人好しぶりを利用してやろうとする者が出てくる。

 しかしそれは未だに一件も成功していない。

 なぜなら少年に命を救われた住民たちが街のいたるところにおり、階級の差なく彼を守っているからだ。

 

 明るい所では住民や憲兵がそれとなく彼を見守り、物陰から彼らのボスから少年の護衛を受けた者や自主的に参加した貧民たちが見守っている。

 

 貧民たちは悪意や敵意に晒され続けてきたが故に人の悪意に非常に敏感である。むしろそうでなければ生き残れない。

 少年を害したり、陥れようとするものは彼らによって即座に発見され、秘密裏に闇に葬られるのだ。

 

 ある時は体格の良い男たちに囲まれて、ある時は艶然と微笑む売春婦に袖を引かれて、路地裏に連れていかれ、街の裏側を支配する彼らのボスの前でやろうとしたことを洗いざらい吐かされてから裁かれるのである。

 

 ちなみにこの情報は女に釣られてホイホイついて行った馬鹿鴉からの情報である。

 任務中に女に現を抜かすとは、呆れてものも言えない。まあ町全体が彼を守っているという有益な情報を得たことは確かなので、首にはせず半年の減給ですませてやった。

 

 疫病は簡単に万単位で人命を奪っていく。

 ケルンのような大都市で昔から最も恐れられているのは、神でも悪魔でも戦争でもなく疫病なのだ。

 

 つまりそれを解決した少年は彼らのヒーローであり、彼を守る事に関しては街の表側を支配する領主や地主たちと、裏側を支配する者たち、そして住民たちが結託しており、強引に連れていくことはヴァチカンの権威を以てしても難しいという事だ。

 

 それにケルン大聖堂帰属問題を扱っているこの微妙な時期に問題を起こしたくない。

 もう取り決めはほとんど済んでしまっている。

 もしケルンがローマ・カトリックから独立してしまえば、我々は大聖堂再建にかかる莫大な費用のみを負担した挙句、献金や寄付などの見返りが無くなってしまう。

 

 戦争は金だ。

 

 千年伯爵との戦いにも膨大な資金が必要であり、我々は日々金策にあくせくしているのだ。

 

 この状況で膨大な資金だけかかって、見返りはゼロ、なんてことしたら私の首が飛ぶだけではすまない。ルベリエ家がおとりつぶしになってしまう可能性もある。ただでさえ英国国教会ではなくローマ・カトリックに所属するわが家はイギリスでは肩が狭いのに、ヴァチカンから見放されたら終わりである。

 

 あくまで彼が自分の意思で黒の教団のエクソシストになってもらわねばならないのだ。

 

 逆にそうなれば後はこっちのものだ。

 情報からすれば彼は甘い。どうしようもなくお人好しでケーキの様に甘い人間なのだろう。そういう人間を御するのは容易い。

 

 困っている人間を放っておけない。

 そこを利用してやれば、奇跡のミルクを無償で提供させることも簡単なはずだ。

 

 奇跡のミルクはエクソシストや鴉、ファインダーの標準装備となるだろう。イノセンスの力が宿っているのだからAKUMAにだって効くかもしれない。

 各国の要人や大商人に神の奇跡ということで売りつければ、外交も資金集めもはかどる。

 

 絶対に彼を我々の仲間にする。私は心に決めて眠りについた。

 

 

 

 翌日の早朝、彼が牧場を出発したという報告を受けて、私は部下と伴に街の入り口で彼を待っていた。

 

 私の後ろには私が趣味でやっているお菓子作りで作ったケーキやパイが積まれた馬車が控えていた。

 やはり子供と仲良くなるには食べ物、特に甘いものである。ある程度仲良くなったら彼と一緒にケーキ作りというのもいいかもしれない。

 

「待っていましたよ、ハワード・リンク」

 

 やってきた彼は濃い緑色の帽子を被り、同色の服を着ていた。ズボンは昨日と同じ薄い茶色だ。

 奇妙な格好だが不思議とよく彼に似合っていた。

 

「なんでここに」

「あなたを野放しにして置く訳ないでしょう」

 

 あくまでも確認といった感じで聞いて来る少年。監視がついていたことに気付いていたようだ。

 

 私が話しかけようとしたその時、突然見知らぬ男が少年の後ろから現れた。

 

「ハワード・リンクっううう!! 貴様の、貴様のせいで、私のウイルス拡散計画が! 私の一か月の我慢が!! 台無しDA――!!」

 

 顔を真っ赤にして叫び出すその男は明らかに錯乱していた。

 

 これと言って特徴のない普通の中年男性の顔だが、口からよだれをたらし、目は虚ろで、顔は酒をあおったのか真っ赤だった。

 

 私の前に護衛部隊がさりげなくたち、少年は動揺することも無く男の方を向いて尋ねた。

 

「誰だ、あんた」

「私は誰かだとー! 良いだろう教えてやる。私はレベル3ィイイイイイのAKUMAだ!!」

「い、いかん!!」

 

 最悪の状況に私は大いに焦りながら、緊急ブザーを押した。これでしばらくすれば増援が来るはず。

 

 レベル3、現在確認されている中では最高位のAKUMAだ。

 

 レベル2より更に発展した能力を操り、身体も格段に硬くなり、戦闘力や知恵もはるかに高くなっている大物AKUMAだ。

 

 その力は並のエクソシストではまるで歯が立たず、ここにいる新人エクソシストとエクソシスト候補、護衛の鴉ではとても倒しきれない。

 

 ここで私や少年が倒れるわけにはいかない。

 

 ここはスーマンと鴉をAKUMAにぶつけて時間稼ぎをさせるしかない。

 少年は何時の間にか茶色い革袋を手にして、突っ立っていた。何をするつもりか知らないがあのままでは死んでしまう。

 

「っく、逃げるぞ! ハワード・リン」

「何をしようとしているのか知らねえが、もう遅え。消えてなくなれェエエエエ!!」

 

 AKUMAが腕を突き出した瞬間、AKUMAの手から紫色の光が飛び出して少年を蹴散らし、その後ろの我々をひき肉にする……はずだった。

 

 

 私は見た。

 

 少年の右手の袋から仮面がひとりでに飛び出し、少年の顔を覆うのを。

 少年から黄金の光が発せられ、AKUMAの光を掻き消したのを。

 

 そして光が収まった時、少年がいた所には1人の青年が立っていたのを。

 

 私はその時確かに、神を感じた。

 

 少年と同じ先のとがった白い帽子と服、肩を覆う銀の鎧。

 身長195cmの私よりなお高い背。流れるような銀色の髪。

 

 そしてあふれ出る禍々しくも神々しいオーラ。

 

 かの軍神アーレスのように万夫不当。

 かの英雄オデュッセウスのごとく不撓不屈。

 かのアーサー王にも劣らぬ常勝不敗の勇者。

 

「な、な、なんなんだよ!! 何なんだよ、お前ぇえええ!!」

 

 AKUMAの叫びを無視し、私の方を向いて歩いて来た。

 

 その端整な顔にはいくつもの紅い線が走り、額には蒼い線が走る。

 彼の目は銀色に光り、尖った耳は彼が古の民族ハイリア人であることを誇示していた。

 

 彼が近づいて来るにつれて、私の体が震えはじめる。

 今すぐ跪いて慈悲を請え! と私の中の全てが叫ぶ。

 今まで幾多の神秘の深奥に触れてきた、この私が!

 

「……借りるぞ」

 

 彼は震えて声も出ない私から、剣を取り上げた。

 

 彼が手にした瞬間、儀礼用の細剣は異様な大剣へと生まれ変わる。

 

 その剣身は中心で捻じり狂い、お互いを喰い合うウロボロスのごとし。

 

 それは剣というにはあまりにも禍々しすぎた。分厚く、重く、そして神々しすぎた。

 

 それはまさしく神の、神による、神のための兵器。

 

 彼が青銀に輝く剣を両手でゆっくりと振り上げる。

 

 私達はAKUMAさえ魅せられたようにそれを見上げた。

 

 そして振り下ろす。

 

 其の青銀の一撃は、AKUMAを滅し、大地を砕き、雲を穿ちて、空間を切り裂く。

 

 今ここに魔を滅する勇者の、復活を告げる一撃であった。

 

 

 

 

 




やあ、(´・ω・`) ようこそ、KISHINの街へ。

この一撃はサービスだから、まずは喰らって死んで欲しい。

うん、絶対に勝てないんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、この姿を見たとき、君は、
きっと言葉では言い表せない 「絶望」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした世の中でそういう気持ちを忘れないで欲しい、

そう思ってこの攻撃をしかけたんだ。

______________じゃあ、リセットしようか。



ちなみに剣はルベリエさんに返却されました。借りパク、ダメ絶対。
次はヒロイン視点にしようか、それともリンク君視点にしようか、考え中。


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さすが時の勇者は格が違った

鬼神リンク=サンを出した所、UAと評価が倍以上に伸び、日刊ランキングで1位になってしまった上に感想欄が阿鼻叫喚になってしまった。
好評価、面白い感想ありがとうございます。作者は皆様の感想を見て毎日ニヨニヨさせてもらっています。

さすが公式チートリンクさんは格が違った。

主人公視点に戻り、物語が大きく進みます。ヒロイン視点はいずれ、どこか



 なあ、見てくれ。こいつを、どう思う。

 

 

 ルベリエさん「待っていましたよ」

 酔っ払いおじさん「私はアクマDA―!!」

 

 ピッカー!

 

 ルベリエさん「」(返事がない。ただの屍のようだ……)

 酔っ払いおじさん「」(返事がない。もういないようだ)

 

 

 すごく、意味不明です……

 

 いや、さっき確認したらルベリエさんとお付の人はただ道の真ん中で気絶しているだけで、死んでなかったんだけどね。

 

 もしかしてあの謎の光は強烈な光と音で周囲の者を麻痺させるスタングレネード的何かだったんだろうか。

 

 あの酔っ払いが酒の勢いに任せてそれを投げてしまったとか。

 いや、なんで一般人がスタングレネードなんて兵器を持ってんだよ。

 ありえねえだろ。この世界はそんな物騒でも世紀末でもないはずだ。

 

 ん、待てよ。

 俺が投げようとしたデクの実も強烈な光と音で相手を1定時間麻痺させる効果。

 そしてデクの実は森で拾った物。

 つまりこの世界はスタングレネードまがいのデクの実がぽとぽと落ちている、物騒で世紀末な世界だったのだ!

 

 なんてこった。

 

 このままじゃモヒカンが大量発生しちまう! 早く何とかしないと。

 

 そういえば俺はあの時何を出したんだろう。

 何でもいいから投げて牽制しようと、適当に出したもの。たぶん牛乳瓶だと思うのだが。

 

 俺が改めて周囲を見回すと出がけに貰ったおまもりが落ちていた。

 

 牛革で作られた袋の中にはいろんな小物が入っている。

 代々ロマーニの家に伝わる物や、マロンやテワク、マダラオやゴウシ君たちが街の子供たちと、かくれんぼで勝負してゲットした物、その他にも色々入っているらしい。

 かくれんぼで勝負、ムジュラの仮面のボンバーズか、それとも風のタクトのキラービーか。はたまたオリキャラか。

 まあ何でもいいや。どうせ、クリミアさんから絶対に袋を開けてはならないし、中身を見てもいけないって厳命されているからな。

 

 もし破ったら……装備全損、ルピー全損、笑ってない笑顔……

 

『リンクくーん、なにしているのかな』

 

 巨乳のお姉さんに笑顔で背中からぎゅっとされているのに、冷や汗が止まらない。

 逃げようにも万力で絞められて逃げられない。

 するすると白い蛇の様に腕が懐に入って来る。

 勝手にインベントリが開き、苦労して拾い集めたデクの棒や実や種が……

 

『約束を破る子にこんなものは……』

 

 クリミアさんはインベントリに気付いた様子はない。

 なのに、なんで勝手にアイテム消去欄が開いて……

 

 選んだアイテムを消去しますか? はい いいえ

 

 やめろ!やめろ!やめてくれ!やめてください!

 

『いらないよね』

 

 アッ――――――――!!

 

 

 …………と、とにかく今は剣と盾を手に入れるのが先決だな!

 

 俺は自身のトラウマと倒れ伏すおじさんたちをカレーにスルーして、鍛冶屋に向かった。

 

 

「ひひひ、その恰好、出かけるのか」

 

 鍛冶屋への道の途中でスタルキッドに再開した。今日はまだ早朝なので露店を広げておらず、背中にでっかいリュックを背負っている。どこぞのお面屋みたいだぞ。

 この人にもきちんとお別れを言っとこう。

 

「ああ、ちょっと東に用があってね。しばらく君とも会えなくなる」

「そうか、そうだな。お前はいつもそうだもんな……」

「え?」

 

 小さな声で何かを言って俯いてしまうスタルキッド。心なしか体も震えている。

 もしかして寂しいのか。実は俺以外に話す人いない、とか。

 

「大丈夫だよ。また会いに来るさ。俺たち友達だろ」

 

 ばっと顔を上げるスタルキッド。

 

「ほ、本当か。俺たち友達か……?」

 

 この友達という言葉への食いつきっぷり。

 

 間違いない。こいつは俺と同じボッチだ!

 

 そういや時のオカリナやムジュラでも半ばボッチだったね、君。

 なんでスタルキッドってみんなボッチ属性なんですかねぇ。

 

「ああ、友達だ」

「っ、これやる!」

 

 スタルキッドはリュックから取り出したのは妖精のオカリナだった。しかもいっぱいある。

 

「でも俺そんなにお金持ってないよ」

 

 これを他の人に渡しておくと携帯電話の代わりになるのでぜひ欲しいのだが……

 

「金はいつでもいい。やる」

 

 彼は手に持ったオカリナの束をぐいっと俺の胸に押し付けた。

 お金はとるのね。当然か。

 

 ここで断るのも悪いし貰って置くか。金も何時でもいいって言ってるし。

 

「ありがとう」

 

 俺は礼を言ってオカリナを受け取った。

 

 

 

 

「おう坊主、待ってたぜ」

「あ、リンクさん。おはようございます」

 

 鍛冶屋に着くと、アンジュちゃんとそのお父さんの鍛冶屋さんが家の前で待っていてくれた。

 

「待たせてごめんね」

「いいえ、私も今来た所だから」

 

 なんだか今のやりとりは待ち合わせに遅れてきた恋人みたいだ。

 いつか俺も言ってみたいセリフだったが、ゲームで、しかも10歳前の子に言うことになるとは思いもよらなかったよ。

 

「……坊主お前本当にアンジュには何もしてないよな」

「ええ。リンクさんは私にまだ何もしていないわ」

 

 まだってなんだ、まだって。

 それじゃ俺がアンジュちゃんにいつか何かやらかすみたいじゃないか! しないぞ!

 

 だが豪快なおやじさんはそんな微妙なニュアンスには気付かなかったようだ。

 

「そうか、ならいいんだ。ほれ坊主、約束の品だ。受け取れ」

 

 そう言って抜身の剣を俺に差し出した。

 

 漆黒の刃の上を、金色のラインがいくつも交差したその剣を俺はかつて画面越しに見た事があった。

 今それが実体を伴って目の前にある。

 俺は歓喜に震える体でそれを受け取り、左手で天高く掲げた。

 

 

 金剛の剣を手に入れた!

 フェザーソードに砂金を加えて鍛えた、絶対に折れない剛剣。

 リーチもフェザーソードより長く、切れ味も抜群だ!

 

 

 例のテロップが脳内を流れる。

 

 金剛の剣はムジュラの仮面に登場した剣で、子供リンクが持てる剣としてはマスターソードや大妖精の剣といった規格外を除けば最高の剣だ。

 耐久力は無限で、リーチも攻撃力もそんじょそこらの剣とは比較にならない。世界を滅ぼそうとするラスボスにだって通じる剣だ。

 

 ムジュラではこれを作るには中盤までストーリーを進めてから、面倒なレースに出る必要があったり、この剣の前段階であるフェザーソードですら材料を提供した挙句に100ルピーもかかると言えば、この剣を得るのがどれだけ大変か分かってもらえるだろうか。

 

 まだ初期装備の剣すら手に入っていなかったのに、序盤からこんな高級品を貰ってしまっていいのだろうか。

 

 もう返せと言われても返さないけどな! こんな良い剣捨てられるか!

 

「いいんですか。こんな素晴らしい剣を頂いてしまって」

「ああ。お前は娘の、いや俺達の恩人だからな」

 

 恩人って、俺お見舞いに来て牛乳渡しただけなんだけど。あれって大切なイベントだったんだな。

 

「こいつは俺の鍛冶屋としての人生の中でも1,2を争う出来の剣だ。正直もう1回作れと言われても無理かもしれねえほどにな」

 

 娘の友人が子供ながらに旅に出ると知って、少しでも安全になる様にと頑張ってくれたのだろう。つくづく良いおやじだぜ、あんた。

 

 若いころはモテただろうな。娘さんも可愛いし、きっと美人の嫁さんがいるんだろう……あれ、なんだろう、おっさんがリア充だと思うと急に感謝の気持ちが薄れていくぞ。

 

 この剣は売れば200ルピーはするような砂金をわんさか使っている。柔らかい金属である金を使ってなんで剛剣が出来るのか分からないが、錬金術的な何かなんだろう。

 この店儲かっているようにはあまり見えないけど、どこから砂金を手に入れたんだろうか。実は標準装備なのか。

 

「だが、だからこそおめえに使って欲しいのさ。坊主ならきっとその剣で正しい事を成してくれる、そう信じてるぜ」

 

 渋い声で信じているというおやじさん。リンク=サンモードの俺がそれに応える。

 

「分かりました。俺の負けです。謹んでお受取りします」

 

 俺の負けだよ。おやじさん、あんたはリア充だ。

 俺も子ども時代最強の剣を手に入れたし、それでいいじゃないか。

 現実の俺がリア充でないのは関係ない話だ。

 

「それでな坊主、盾の事なんだが……これだ」

 

 おやじさんがまたもどこか見覚えのある代物を出し、俺に渡した。

 

 

 トアルの盾を手に入れた!

 トアル村のヤギが描かれた木製の盾。

 木製なので火に弱い。火がついたらすぐ消そう。

 

 

 またテロップが流れる。

 トアルの盾は前作トワイライトプリンセスで主人公が最初に手に入れる盾だ。

 初期装備だけあって火がついたら前転とかして消火しないと燃え尽きてしまう。後半は全く使わなくなる盾だ。

 

 武器は最強、防具は初期装備……落差がひどいな。

 

「あーこれはだな……」

「お父さんたちは最強の剣を作ることにこだわりすぎて、盾のための材料も予算も時間も使い切ってしまったんです」

「こ、こらアンジュ!」

「本当の事じゃない」

「ぐぅ、まあそういう事だ。その盾はトアル村からの貰いものだが、かなりいいものだ。坊主が使ってくれ」

「はい。ありがとうございます」

「その代わりと言っちゃなんだが、余った材料で作った鎖帷子だ。いざって時のためにその緑の服の下に着とけ」

 

 鎖帷子とは服の下に着こむ小さな鎖で編まれた鎧である。

 

「助かります。子供用の鎖帷子は中々売ってなくて」

 

 防御面でもそうだが、見ため的にも鎖帷子があった方がかっこいい。早速服の下に着こんだ。大して重く感じないのはゲームだからだろう。

 

 これで俺の見た目はトワイライトプリンセスのリンクを子供にしたような感じになったはずだ。

 決してムジュラや時のオカリナのようなスカート状態じゃない。

 その下にしっかりズボンをはいている。ちなみに靴はブーツ(初期装備)だ。

 

「あとこれ、お弁当です。道中食べてくださいね」

 

 美少女であるアンジュの手作り弁当を貰えるなんて、やはりゼル伝がギャルゲー化している。

 いいぞ、もっとヤレ。違う、そうじゃない。

 

「ありがとう。大事に食べるよ」

「はい……」

 

 泣き出しそうな潤んだ目でこっちを見ているアンジュちゃん。

 いかん、ここで泣かれると辛い。俺は涙もろいのだ。俺はとっさにあれを出した。

 

「そうだ、これあげるよ」

 

 さっきスタルキッドから餞別に貰った妖精のオカリナだ。

 

「これは……笛、ですか?」

「妖精のオカリナって言うんだ。ある曲を吹けば、これを持っている者同士でどんなに離れていても会話できる」

「どんなに離れていても……すごい。ありがとうございます! 私大切にしますね!」

 

 アンジュちゃんは目に見えて喜んでいる。

 オカリナには他にも色々効果があるんだけど、まあ別れを悲しんでいる彼女にはこれが一番だろう。

 

「曲の吹き方はテワクたちやマロンに教えたから、彼女たちから訊いてほしい」

「……マロンちゃんたちにもあげたんですか……」

「うん。君も彼女達も友達だからね」

 

 なんか今度はズゥンと落ち込んでしまった。何故だ。

 

「なあ、本当に、本当に坊主はうちのアンジュに何もしてないんだよな! そうだよな!」

「していません」

 

 さっさと出発しないと、ルベリエさんが復活しそうなので早々に去ることにした。

 おやじさんも親バカ発動! してるしな。

 

 俺は改めて礼を言って彼らと別れ、東門に向かった。

 

 まあ、なんにせよ剣と盾はそろったのだ。最初の街から出て俺の運命の剣を求める冒険は、物語は加速する。

 

 これはあの有名なセリフを言っておかないといけないな。

 

 俺の冒険はまだまだ始まったばかりだ!

 

 

 

 俺は東門から出て、以前デクの実などを拾った小さな森を抜け、広大なハイラル平原に出た。

 

 雲一つない夜明け空、徐々に輝きを増していく太陽、広々とした草原、青々としげる草木。風が草の匂いと涼しい風を運んでくる。

 

「すごい。これがあのハイラル平原……」

 

 俺は1ゼルダプレイヤーとして猛烈に感動していた。

 

 なんせ俺がリンクになって緑の服を着て、剣と盾を持ち、ハイラル平原に立って、夜が明けていくのを見ているのである。

 

 時のオカリナで初めてハイラル平原を見た時はその広さや雄大な景色に感動したものだ。

 トワイライトプリンセスで見た時は更にリアルに広大になっていて、大興奮したものだ。

 

 そして1度でいいからこのゲームの中に入ってみたいと思ったものだ。

 

 今、俺は念願叶い、これ以上ないほどリアルになったハイラル平原にいるのだ。感動しないはずがない。

 

 俺は慎重に1歩踏み出す。

 

「凄い……!」

 

 俺、あのハイラル平原を歩いているよ……!

 

 いちいち感動する俺だった。

 

 

 

 あれからあっという間に1週間が過ぎた。現実の俺もゲーム生活2日目だ。

 

 その間、様々な事があった。

 手に入れた剣を振り回して草を刈りまくってみたり。回転切りごっこしたり。夜になると湧きだしてくる小さな骸骨の群れや人の顔っぽい物の付いた空飛ぶボールを狩りまくったり。

 草原を全力疾走して、リンクさんの身体能力TAKEE! ってやってたら5分もしないでばてたり。

 

 昼を過ぎて、日が沈んで、月が上って、夜になり、また朝が来て。

 その間に様々な事で感激しまくり、でもこの身体は意味のない絶叫を許してくれないので俺は内心で叫びまくっていた。

 

 まあでもさすがに1週間もすれば、感動は少しずつ収まってくるものだ。

 

 少なくとも無意味な草刈りや全力疾走はしなくなった。環境破壊いくない。

 

 だが今の俺にも叫びたいことがある。

 

 広い! ハイラル平原広すぎんよ!! トアル村どころか隣の街にも村にも全然着けないよ!!

 

 俺は忘れていたのだ。風のタクトでも途中で、何この世界の海無駄に広すぎ、やってらんねーってなったことを。

 

 そしてこのゲームはかつてのゲームよりはるかに処理能力が高い。世界を広げるのが大好きなゼル伝スタッフが調子に乗って平原を広くし過ぎてしまう事などよく考えれば分かるはずだったのに!

 

 俺はリンクさんの体なので剣と盾を背負って走っているだけではまるで疲れない。ゲーム的には頑張りゲージ(スタミナゲージ)が全く減らない。リンクさんの体力の回復速度が早すぎるのか、もとから体力が桁違いに多いのか、たぶん両方だろう。

 

 やろうと思えば休憩なしで1日でも3日でもぶっとおしで走り続けられるのだ。しかも現実の俺とは比べ物にならないほど早く。

 

 さすが世界を救っちゃう予定の勇者様である。格が違った。

 

 それでもさっぱりトアル村に着けないのである。困った。

 

 いや、途中で個人的に怪しいと思った林に飛び込んでみたり、穴に落ちてみたことは認めるよ。

 どれもはずれだったけど。ハートの欠片どころかルピーすら落ちてなかったけど! ゼル伝のお約束はどこへ行った!

 

 それでも夜も寝ずに走っているのに一向に着かないのはどういう事? もしかして道間違えている? 

 

 でも地図的には俺の通っているのは最短ルートのはずなんだけどなぁ。

 

 

 そんなことを考えながら、俺は元気に剣をブンブン振るって弾丸を跳ね返し、ハイラル平原を“後ろ向きに”疾走していた。

 

 いわゆる1つのムーンウォークってやつだ。

 

 剣を振りながらムーンウォークで平原を凄い速さで疾走する緑の勇者リンク……我ながらシュールだな。

 

 

 俺がこんなことをしている理由は、ゼル伝の伝統と新要素が奇妙な融合を果たしたからだ。

 

 まず2Dゼルダから続くゼル伝の伝統を1つ紹介しよう。

 

 勇者リンクは基本的に前向きに走るより、後ろ向きに歩いた方が早い。

 

 何を言っているのか初めての方は意味が分からないと思うが安心してほしい。熟練プレイヤーも意味分かってないから。

 

 ただ訓練されたゼル伝プレイヤーは“ゼル伝とはこういうのもんだ”とニヒルな笑みで割り切って使っているだけだ。そこが初心者と熟練者の唯一の違いである。

 

 ニュービーは問う、「そんなことをして大丈夫なのか、人類はそもそも後ろ向きに歩き続けられるのか、それは正しいのか」と。

 

 訓練されたゼル伝プレイヤーは答える、「大丈夫だ、問題ない」と。

 

 実際今回もメニュー画面のマップを脳内に開きっぱなしにしておけば、自分の進んでいる方向は分かるし、敵がどこから近づいてくのかも分かるし、不意打ちをされる事も無くなって普通に走るよりかえって安全かつ速かった。意味分かんない。

 

 現実ではありえないが、これはゼルダの伝説なのだ。

 

 だからニュービーの皆さんも“そういうものなんだ”と納得してほしい。

 

 

 そしてゼル伝がVRゲームとなる事で新たに追加された新要素。

 

 何を隠そう武器熟練度とソードスキルである。

 

 なんとこのゲームはゼル伝なのに、熟練度制とスキル制だったのだ。超びっくりである。

 

 そういえば茅場さんってそっち系のゲームを作っていた人だもんね。納得ちゃあ納得。

 

 3日目の昼頃、変わり映えしない毎日に嫌気がさして普段あまり弄らないメニュー画面を色々を見ながら淡々と後ろ向きで走っていたら見つけてしまったのだ。

 

 そして喜び勇んだ俺が経験値の表示されているメニューを出しっぱなしにして、草を刈り、骸骨の群れやチュチュ、顔の付いた空を飛ぶボールを斬り殺したりした結果分かったことがいくつかあった。

 

 剣は振れば振る程、威力や速度、技のキレが上がっていく。

 これは素振りでも構わないが、一番良いのは敵や物を、それも出来るだけ強そうな敵や硬そうな物を斬ると良い。

 

 硬くて強い物を斬れば切るほど、武器熟練度の経験値がたくさん貰え、レベルが早く上がっていく。

 

 経験値的には素振りで1、チュチュのような柔らかい敵で2、小石は10、人面ボールが出す弾丸で30、人面ボール本体で100位たまる。

 

 今作ではフィールドにたくさん落ちている小石は投げる物では無く、斬り刻む物となったのだ。小石の経験値、おいしいです。

 

 ちなみに人面ボールとは今作オリジナルの雑魚キャラで、人の顔と大砲みたいなのが体中についたメカメカしい外見のボール型浮遊モンスターだ。見た目はかなりキモイ。まあゼル伝ではよくあることだ。

 

 俺を見つけると紫色のビーム(実は巨大な弾丸)を発射しながら、どこまでも追って来る。オクタロックやデクナッツの親戚だろうか。最初こそ剣が届かず焦ったものの、今では問題なく倒せる。

 

 彼らが発射する弾丸は斬ると武器熟練度の経験値が30溜まるので、わざと彼らを倒さずその弾丸を剣や盾で跳ね返し続ける事で美味しい想いが出来る。

 しかも最初から大群でいたり、仲間を大量に呼んでくれることもある。無論そういう時はヒャッハー! 汚物は消毒だぁー!! して経験値を稼ぐ。

 

 やつらは所謂はぐれたメタル的なボーナスモンスターなのだろう。たまにやたら強くて、よくしゃべる敵を呼び出すのも同じだ。

 

 人面ボールさん、あざーっす!

 

 

 そして武器の熟練度レベルが上がると新しい武器スキルを覚えられるのだが、ここでもゼル伝ファンにとっては憎い演出があった。

 

 メニュー画面のはしっこに金色の狼のマークが出る。それをタップすると謎の空間にワープし、トワイライトプリンセスに登場した骸骨先生こと先代の時の勇者に奥義を教えてもらえるのだ。

 

 さすが世界を2度も救った時の勇者、なんか強者のオーラが溢れていました。

 

 それにあの戦う前にお互いの剣をキンって合わせ合うやつ、やってみたかったんだよねぇ。

 

 威厳たっぷりなしゃべり方と共に最初に教えてもらったのは“とどめ”、次が“盾アタック”だった。その辺はトワイライトプリンセスと一緒なんだね。

 

 教えて貰って以降、とどめの一撃で倒せる相手が分かるようになった。その時に“とどめ”と念じると、身体が勝手にジャンプして敵のど真ん中に威力が大幅に上がった剣を突き立てるのだ。

 

 でも、相手が人型の場合は一回地面に転がしてからじゃないと、スキルが発動しない上に、外すと剣が地面に突き刺さって一定時間隙だらけになるのでその辺は注意が必要な所もトワイライトプリンセスと一緒だった。

 

 まあ、デメリットもあるけど確実に相手を仕留められるソードスキル、それが“とどめ”だ。

 

 “盾アタック”については言う事は少ない。

 文字通り盾を前に突き出す技で、隙は殆ど無いが、ついでに威力もほとんどない。ただ、これの真骨頂は相手の遠距離攻撃を跳ね返せる事と相手の体勢を崩して攻撃を当てやすくする事なのでこれでいい。

 

 

 次は“背面斬り”かなぁとか考えながら俺は武器の熟練度を溜めるため、トレインした敵の弾丸をスパスパ斬りまくり、無理なのは盾で弾く。その間もバックする足は止めない。たまにマップも確認して進路を微調整。

 

 しかし俺は剣の達人でも何でもないのに、なんで某ゴエモン大先生のような真似ができるのだろうか。

 

 防御を意識すると体が勝手に動く感じだし、たぶんゲーム補正とか武器熟練度補正とかが効いているのだろうか。

 それとも武器熟練度が最初からレベル2だったことと関係があるのか。謎は深まるばかりだ。

 

 ま、楽しければ何でもいいや!

 

『面白きことはよきことなり』

 

 ボッチの俺の数少ない友人であり、狸みたいな性格をした京都の大学生の言葉だ。

 

 

 

 

「やっとついた……」

 

 それから更に3日後、絶え間ないムーンウォークと無数のスパスパの末、やっと俺は中つ国のはじっこにあるトアル村に到着した。

 目の前にはトアル村はあちらと書かれた看板がある。

 

 そしてその向こうには前作トワイライトプリンセスのリンクさんが住んでいた、ツリーハウスが見える! これはゼル伝ファンとして行くしかない!

 

 だが、それに水を差すものがあった。

 

「……眠い。腹減った……」

 

 ゲーム内の俺は水と牛乳以外もう3日も何も食べてないし、10日も寝てなかった。現実世界なら死んでいる。リンクさんの肉体でもいい加減休息を入れたかった。

 

 このゲームはなんと空腹や満腹感、眠気なども再現されている。無論ゲームなので無視することは出来るのだが、空腹感、脱力、幻覚などの様々なデメリットが発生する。

 

 俺はクリミアさんやアンジュちゃんからお弁当とか1週間分の食糧を貰っていたし、徒歩で3日の所に隣村があるのでそこで食糧を買い足せと言われていたのだが、いつの間にか通り過ぎてしまったらしく買えなかったのだ。

 

 その結果が、狂おしいほどの空腹感と人面ボールが巨大な豆大福に見えてくるなどの幻覚だった。あと今すぐ寝たい。

 

 だが、俺のゼル伝プレイヤーとしての矜持が安易な道に走ることを許さない。

 

「あと少し……あと少しなんだ……」

 

 あのツリーハウス、あそこまで行ったら、行ったら……

 

「お兄さん、だあれ?」

 

 その時舌っ足らずな声が聞こえた。

 木の陰から顔だけチョコンと出した少女が目を好奇心と警戒心でいっぱいにして俺の事を見ていた。

 緑がかった艶やかな黒い髪をツインテールにしている、4,5歳くらいの女の子だ。

 

「……ハワード・リンク。君は……誰……」

「わたし? 私はリナリー・リーっていうの」

 




呼び名 主人公の認識 真実 末路

人面ボール=はぐれたメタル=レベル1 ゴチになります!
やたらと強い敵=はぐれたメタルの王=レベル2 ??
酔っ払いおじさん=世紀末なおじさん=レベル3 アイェエエエ! 身の程をわきまえよ!!

これはひどい(確信


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リンクの格好って着る人を選ぶよね

更新遅れてすみません。
パソコンの調子が悪いのかパソコンがまるで立ち上がらなかったのです。どうすればいいんだ。半年前に買ったばかりなのに。

今回はトアル村のお話。


「あなたは、だあれ?」

「……リンク……君は……」

「わたし? 私はリナリー・リーっていうの」

 

 ゲーム生活2日目、旅に出て10日目にしてやっとトアル村に着いた俺が会ったのは1人の少女だった。緑がかった艶のある黒髪をツインテールにしている4、5歳くらいの美少女で、木の陰から顔だけ出してこっちを見ている。

 

 これもなんかのイベントかな。

 それともRPGゲーム定番の「ここはマッサラタウンです」とか「今は2時30分ですッ」みたいな時報キャラか。いや、名前言っているから違うか。

 

 やっぱりゼル伝の女の子は皆かわいいなあ、と思いながら前作のリンクの家に向かって歩き出した途端に足がふらつき、膝をついてしまった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 リナリーが慌てて駆け寄って来る。

 

「だ……だいじょ、ぶ。ちょっと……疲れただけ……」

 

 凄く、眠い。睡魔のお姉さんがおいでおいでしている。

 

 これは耐えられそうにないな、と頭のどこかで冷静に考える。

 俺の思考とは関係なく体が前のめりに倒れていくのを感じた。

 

「あわわわ、ここで寝たら駄目だよ。死んじゃうよ。ねえ、起きて、起きてってば……」

 

 雪山じゃないんだから、死なないよ。

 だから、そんな泣きそうな顔するな。

 

 これ、俺が死んだらやっぱり泣いちゃうかな。泣いちゃうかもしれん。

 泣き顔は見たくないし、またハイラル平原を後ろ向きにダッシュするのも嫌だし、セーブしとこう。

 

 死んだらセーブした所から復活するはずだ。このゲームがデスゲームでもない限り。

 

 

 

 目が覚めた俺がまず感じたのはもの凄い空腹だった。今なら牛だろうがヤギだろうが一頭丸ごと食べられそうだぜ。

 

 だが、その前に俺には使命を果たす必要があった。俺はこの旅が始まる前から決めていたんだ。

 

「知らない天丼だ……」

 

 やった! 言えた! 第三部、完!

 

 このセリフはさりげなく間違うのがコツだ。一応言っとくが誤字では無い。誤字なんてなかった。

 

「目が覚めたかい」

 

 悦に入っていた俺に聞こえたのは若い男の声だった。

 顔を動かしてみると、そこには中国っぽい民族衣装を着た緑がかった黒髪のイケメンが扉にもたれて立っていた。

 ここはハイラルなのであくまでも中国っぽいだけだが。

 

「リナリーに君が倒れているって聞かされた時は驚いたよ」

 

 イケメンは微笑みながら垂れた前髪をかき上げた。

 

 それにしても俺このゲームに来て、本格的なイケメンに初めて出会った気がする。

 

 高身長、美形、声も仕草もイケメン。腰まで届く長い髪の毛なんか無駄につやつやしちゃってる。当たり前だが現実の俺とは比べ物にならないレベルだ。

 

 美しさは罪ってか。イケメン、爆発しろ!

 

 ゼル伝にはなあ、犯罪者は爆死するっていう由緒正しき伝統があるんだよぉ。色男さんよ。

 

 夢見る島の一撃必殺店主ビーム。

 ムジュラの仮面の泥棒サコンさん。

 

 犯罪者はみーんな跡形も無く爆砕されてきたんだ。

 あんたもそれに倣ってみるかい、ええ?

 

「あ、目が覚めたのね、リンク君」

 

 一人でヒートアップしていた俺の前に今度はスタイルの良い金髪の美人さんが現れた。

 

「……どうして俺の名を」

「リナリーから教えて貰ったの。あなたは村に来てすぐ倒れちゃったみたいだけど、覚えてる?」

「ええ、覚えています」

 

 そういえば俺、彼女に名乗ってたね。

 

 金髪美女はリナリーを呼んでくるねと言って、部屋から出ていってしまった。

 

「えっとあなたたちは……」

「おっと自己紹介がまだだったね。初めまして、リンク君。僕はリナリーの父親のロック・リーって言うんだ」

 

 え、その名前……大丈夫なん? 

 こう著作権的とか商標権的に……また開発スタッフの悪ふざけか。

 

 その名前はせっかくの美形が台無しになると思うの。

 

 か、勘違いしないでよね! 別にこの彼は全身緑タイツも着てないし、ゲジマユでも、おかっぱでもないんだからね!

 

 全身緑タイツ枠は自称妖精中年のためにとってある、なんてことはないんだからね!

 

 俺が精神的に衝撃を受けて混乱していると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「リンク!」

 

 扉の前にはお父さんと同じ中国っぽい服を着たリナリーが立っていた。

 

「リナリー……」

「もういきなり倒れるなんて、心配したんだからね!」

「ごめん。それと、助けてくれてありがとう」

 

 彼女に助けてもらわなければ、森で一晩過ごすことになっていただろう。眠っている間に魔物に喰われてゲームオーバーになっていたかもしれない。礼を言わねば。

 

「だめ! 反省するまで許しません!」

「えっと、ロック・リーさん……」

「どうだい、うちのリナリーはかわいいだろう」

 

 ぷんすか怒っているリナリーに困った俺は助けを求めたが、ロック・リーさんはゆるゆるに緩んだ笑顔でリナリーを見ているだけだった。

 

 三日間放置したラーメンよりも緩みきった笑顔はイケメンを完膚なきまでに台無しにしていた。

 

「ああ~、リナリーはかわいいなあ」

 

 ……とりあえずこの人は爆発の必要が無い気がしてきた。

 

 というか仮にも命の恩人なんだから爆破しちゃダメだろ。

 そもそも俺爆弾も爆弾袋も持ってないし。

 

「はいはい、リナリー、そのくらいにしておいてあげなさい。もうお昼ご飯にしましょう。リンク君も食べれそうなら一緒にどう?」

「いただきます」

 

 リンクさんのお腹はぺこぺこですよ。

 

 ロック・リー、食糧の貯蔵は十分か?

 

 

 

「さーて、そろそろどうしてあんなところに倒れていたのか聞かせてもらおうかな」

 

 どこか中華料理っぽい食事を堪能してお腹がいっぱいになった俺にロックさんが改めて向かいなおった。

 

 食事中はがつがつ食べる俺やその姿に目を丸くするリナリーを見てニコニコしていた彼だったが、食べ終わったところで急にシリアスボイスになった。

 

「そうですね……なにから話したものか」

 

 俺のマスターソード探しの旅はゲームだから納得できるけど、そうじゃなかったら一笑に付される類のお話だ。

 

「じゃあまずは君がどこから来たのか、教えてくれないかな」

 

 ロック・リーさんに促される。

 

「俺はここから西にあるロンロン牧場から来ました」

「ロンロン牧場から? それはまた随分遠い所から来たね。ご両親か一緒に来た人はどこにいるか見当はつくかい」

「いません。俺は一人でここに来ました」

「一人で!? 平原には魔物がうようよいるんだぞ! 君のお父さんやお母さんはそれを許したのか!?」

 

 憤慨するリーさん。両親ってまた面倒なところを。

 この世界のリンクだって人の子なのでお父さんとお母さんがいる、またはいたんだろうが、生憎おれは見た事も聞いた事も無い。

 

 まあ歴代リンクはみんなそんな感じなので今まで気にしてなかったが……どう説明しよう。

 ええい、正直に言ってしまえ。

 

「……俺は父親と母親の顔を知りません。会ったことも聞いた事もないです」

「! ……そうか、すまない。じゃあ一緒に来た人はいないのかい。ここと向こうは半年に一回くらい行商人が通っていくが、彼らと一緒に来たのか」

「いえ、一人で走ってきました」

 

 無論、剣を振りながら後ろ向きにね!

 

「走ってきた!?」

 

 再度驚愕するロック・リーさん。この人の反応って見ていて面白いんだが、実はこの人弄られキャラなんじゃないか。

 

「……信じられないがとりあえずそれは置いておこう。君はロンロン牧場から来たと行ったね。そこにはマダム・メロンがいるはずだ。彼女は君を止めなかったのかい。君のその服は彼女が作ったものだろう」

 

 名前に反して鋭い洞察力を見せる彼に今度は俺が驚いた。

 

「お詳しいんですね」

「僕の妻、そう洗い物に行くふりをしてさっきからリナリーと一緒に扉の隙間から覗いているアリア・リーはハイリア人の血を引いているんだ。彼女からハイリア人の風習は聞いているし、今大学に行っている息子のコムイにも同じような物を作ってあげてたからね」

 

 正直絶望的に似合ってなかったけど、と笑うロックさん。

 

 そうかハイリア人が身内にいるのか。じゃあ元になった時の勇者伝説も知っているかな。知っているならマスターソードを探しに来た事を話しても大丈夫だろう。

 

「じゃあこの服の由来はご存知ですか」

「もちろん。これでも大学では民俗学と歴史学を専攻していたんだ。

『ハイラルが、世界が、闇に覆われし時、時を超えて現れる伝説の勇者。新緑の風をその身に纏い、右手には何者も通さぬ女神ハイリアの盾、左手には黄金に輝ける聖三角形、白銀に輝ける退魔の剣マスターソードを持て、悪を討ち祓う若者。人々に時の勇者と称えられし、かの者の名は……』」

 

「「リンク」」

 

 俺とロックさんの声が重なる。

 

 思わず俺も呟いちまったぜ。ちょっと恥ずかしいが、ロックさん凄く語り方が上手でつい引き込まれちまったんだ。

 

「その通りだ。奇しくも君と同じ名前だが、まあイギリス人の男の子にアーサーの名前をつけるのと一緒だろう。そんなことよりマダム・メロンだ。彼女なら絶対に子供を一人で旅に出したりしない」

 

 うーん、メロンさんが意識不明ってことは話さない方が良いよな。ロックさん良い人だと思うけど、情報はどこから漏れるか分からないし。

 

 恩人に嘘をつくのは非常に心苦しいが、クリミアさんやマロンちゃんの生活が懸かっているんだ。ここはごまかそう。

 

「牧場の人たちは渋々とですが俺が旅に出るのを許してくれましたよ。何故かと言うと……」

 

 俺は謎の宗教組織黒の教団とその幹部と思われる謎のショタコンマッドサイエンティストルベリエについて話した。

 

 彼らは理由は分からないが俺に目をつけ、俺の身柄引き渡しを要求してきたのだ。彼らは何やら強い政治的影響力を持っているらしく、慕われているとはいえ1地主でしかないメロンさんは仕方なく俺を旅に出したと。

 

 俺の話を聞いたロックさんは眉根を片手で悩ましげに揉んだ。

 

「……噂には聞いていたが黒の教団か。聞いていた以上に怪しい組織だな。だが旅に出た事情は分かったが、何故この村に? ここは美味しいヤギの乳とチーズ、あとは自然しかないが……」

「……ロックさん。俺は夢で精霊様に啓示を受けました。邪悪な者が目覚めようとしている。東に行き運命の剣を求めよ、と。そしてメロンさんはこう言いました。トアル村のリー一族を頼れ、と」

「…………」

 

 ロックさんは沈黙し、扉の向こうからハッと息をのむ声がした。

 

 ロックさんの奥さんで、リナリーの母。彼女の名前はアリア。

 前作トワイライトプリンセスでこの村に住んでいたリンクのヒロインにして幼馴染の名前はイリア。

 そして時のオカリナでリンクの幼馴染であり、ヒロインであり、森の賢者でもあったサリア。

 

 彼女達の名前が非常に似ていること、俺のゲーマーとしての勘がこれは重要なことだと言っている。

 

「アリアさん。かつて時の勇者と共にハイラルを闇から救った森の賢者サリア様に名前がそっくりですね」

「……ただの偶然だ。君の名前がリンクなのと一緒でな」

 

 顔からは何の感情も読み取れない。だがそれは何かあると言っているようなものだ。

 往生際が悪いぜ、ロック・リーさんよ。さっさとゲロっちまえよ。

 

「そうですか。なら民俗学と歴史学に詳しいあなたがこの村に住んでいる理由はなぜでしょう」

「別に。ヤギの美味しいチーズが好きなだけさ」

 

 うーむ、しぶとい。中々抵抗を止めない。ならばこれでどうだ。秘技・原作知識の舞。

 

 

「禁断の森。森の聖域。朽ちた時の神殿」

 

 ロック・リーさんの肩が僅かにピクッと反応した。

 

 ビンゴだ。

 

 この人はマスターソードについて何か知っている。

 

「恐らくアリアさんは勇者リンクか賢者サリアの子孫。彼女の使命はマスターソードの保護と剣に退魔の力を宿す祈りをささげる事。そしてあなたは研究の末にこの村を突き止め、ここにやってきて、彼女と恋に落ち、ここで彼女と彼女の秘密を守りながら暮らすことを決めた」

 

 風のタクトやトワイライトプリンセス、時のオカリナの知識を総動員して妄想し、当てずっぽうでありそうなストーリーを適当に述べてみる。どれか一つでも事実に掠れば、そこから話を持っていける。そう思っていたのだが……

 

「……全てお見通しってことか」

 

 ロックさんが観念したかのように苦笑してしまった。

 

 手をチョイチョイと縦に振って、覗いていたアリアさんとリナリーを呼ぶ。

 アリアさんも苦笑いを浮かべ、リナリーは難しい話について行けなかったのかきょとんとした表情で部屋に入ってきた。

 

 あれ?

 

「その通りだよ、リンク君。まるで僕らの過去を見て来たように分かるんだね。それも精霊様のお告げにあったのか。それとも時の勇者の実力ってやつなのかな」

 

 参ったよと言うロックさん。両手も上に揚げて降参のポーズだ。

 

 あれれ?

 

「君の言う通りよ。私の一族は代々、時の勇者の使ったマスターソードを守り続けてきた。国が滅び、興り、場所を変えて、私達の事を忘れ去っても、次代の勇者が来る日を待ち続けてきた。緑の衣を纏った時の勇者がいつか現れる、そう信じて」

 

 アリアさんはそう言って豊かな金髪を持ち上げると、そこには尖がった耳。ハイリア人の血を引く証である。

 

「私とリナリー、この村の人たち、あと西に行ったロンロン牧場の人たちは時の勇者の末裔なの。あとはハイラル王国の末裔とゾーラの里の人達の中にも勇者や賢者の血を引くものがいるかもね。そして私とリナリーは森の賢者の血も引いている」

 

 リナリーはいきなり時の勇者や賢者の末裔がどうのとか言われて、混乱しているみたいだ。お父さんとお母さんの顔を見比べておろおろしている。かわいい。

 

 漫画にするならリナリーの心情に“訳が分からないよ”と書いてあるような気がするな。

 

 安心して欲しい。さも全て予想通りだみたいに頷く俺もちょっとついていけてない。

 

「我が家はハイリア人の中ではそれなりに有名でね。マスターソードの事は限られた者しか知らないが、時の勇者が暮らしていたツリーハウスは我々が管理している事は皆に知られている」

 

 だがそんなの関係ねえ、とばかりにロックさんの話は進む。進むったら進む。

 

「だからたまに緑の服を着た人がこの村にはやってくる。聖地巡礼ってやつに近いかな。僕らは最初君もそうかと思ったんだけど、それは違ったようだ」

 

 ロックさんとアリアさんは俺の全てを見通すような、まさしく賢者の眼をしていた。

 

「君には危険な冒険に挑む勇気も、それを乗り越える力も、私達の全てを見通した知恵もある」

 

 ごめんなさい。

 安全を確保した上で借り物の力と原作知識を利用している仮面勇者でごめんなさい。もっと精進して歴代勇者に相応しい漢を目指すから、許して欲しい。

 

「故に君にはマスターソードの試練に挑む資格がある」

「試練……」

 

 ロックさんの言葉に思い出す。そういえば前作ではスタルキッド探しや、石像パズルとか色々やったなぁ。

 

「試練といってもマスターソードを手に取って台座から引き抜くだけよ。資格無き者には決して抜くことが出来ず、邪悪な心を持つ者は触る事も出来ない。他にも2,3個障害があるけど、子供だましみたいなものよ。牧場からここまで来たあなたなら造作も無いはず」

 

 良かった。大した試練は無いらしい。安心して行けるぜ。

 ゲーム的にはたぶん剣は抜けるはずだしな。

 

 いやあ、今回はマスターソードが手に入るのが早いなあ。

 せっかく作ってもらった金剛の剣がもったいないぜ。2刀流って出来ないかな。

 

 

 ……まさか聖地に封印されるとかないよね。

 気づいたら10年後、かつての平和な世界が今では………とか俺嫌だよ。

 

 ま、まあ恐れていても仕方がない。

 

 俺のマスターソードを手に入れるため、禁断の森に、その奥にある時の神殿に向かうのだった。

 




リナリーの両親は原作の描写が無いので、完全にオリキャラ。

ロック・リー リナリーとコムイの父。原作で理由も無くぶっ殺された人。
見た目や言動はほぼ年取ったコムイさん。ただコムイは理系だが、この人は文系。故にメカを作ったりは出来ません。ただ、騒動を起こさないかというと……。ちなみにコムイとリナリーの髪と耳は父親遺伝なので、耳は尖っていません。

アリア・リー 原作でリナリーを悲劇のヒロインとするためにぶっ殺された人。
今作ではサリアやイリアの血を引き、勇者の血まで引いているサラブレッド。見た目は大人になったイリア。まあ、スレンダーなエルフ耳の金髪美女と思ってくれればいいです。


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牧場物語と胃が痛くなり始めた人の話

今回はクリミアさんの牧場物語とルベリエ長官の胃痛物語の第1章。
上下のシリアスにだいぶ差がある。

日付はリンク君が眠気と腹ペコでぶっ倒れたあたり。今回は日記風にしてみました。


 クリミア日記

 

 

 リンクがここを去って今日で11日経つ。

 

 心配だから最低でも1日1回は私にオカリナで連絡をするように言っておいたし、昨日までは毎朝ほぼ同じ時間に連絡があった。

 

 でも今日の定時連絡が来ない。マロンやテワクたちのところにも来ていないらしい。こちらからの連絡にも出ない。

 

 一日位どうってことはない。何か忙しいのかもしれないし、もしかしたら単に朝寝坊しているだけかもしれない。

 

 そう自分や皆に言い聞かせてみたが、それでも私はリンクの事が心配だった。私だけじゃなくて、他の皆も。

 

 リンクには人を惹きつける何かがあるのかもしれない。

 リンクと出会ってからたった2週間ちょっとしか経っていないのに、まるで長年の友人や家族のように心配してしまう。

 

 そう家族や友人だ。決して恋人とか王子様とかそういうのではない。

 

 マロンもテワクもしつこい。この間はアンジュちゃんまでオカリナでこっそりと聴いてきた。

 

 あの出発する時のキスは家族にお休みなさいのキスをするのと同じだ。

 偶々、偶然、ほっぺたじゃなくて唇に当たってしまったに過ぎないし、赤く等なっていない。

 

 だからマロンはほっぺたを膨らませない。テワクも疑わしいですとか言わないの。

 アンジュちゃん、分かっていますよみたいな切なそうな女の笑顔を浮かべないで。あなたはまだ8歳だから。

 

 だいたいリンクは私より7つも年下なんだから。……たまに私より年上なんじゃないかと思う時もあるけど。

 

 

 でもマロンたちの気持ちは分かっている。要するに姉にやきもちを焼いているのだ。

 

 マロンは元々夢見がちな所があると言うか、白馬に乗った王子様が自分を迎えに来てくれるというお姫様願望を持っている節があった。これはテワクやアンジュちゃんにも当てはまる気がするが。

 

 彼女達は皆、自分たちではどうしようも出来ない病や餓えから自分や友達を助けてくれたリンクに熱を上げている。いわゆる初恋というやつ。

 冷たく言えばシチュエーションに酔っているとも言えるけど、きっと恋なんてそんなもんだろう。

 

 まあ白馬に乗った王子が自分を迎えに来てくれるという大抵の女の子が一度は思い浮かべ、憧れるものだ。

 それは時と共に忘れていく、というか現実の厳しさに打ちのめされていくものなのだが。

 

 

 それにしてもリンクがいなくなって11日、意外な事に牧場は平和だった。

 

 ルベリエやその部下がここに来るかもしれないと覚悟していたのだが、全く来ないので逆に拍子抜けしてしまったくらい。

 

 代々家の牧場のミルクを卸し続けている商人さんやミルクバーの店主曰く、リンクは今やケルンの街のヒーローになっていて、彼を体良く利用しようとしている黒の教団やその後ろ盾であるヴァチカンに対する不信感が広がっているらしい。領主は民衆の感情を利用してこの街からヴァチカンの影響力や献金額を出来る限り削ろうとしているそうだ。

 

 ヴァチカンといえばヨーロッパ全土で信仰されているキリスト教の総本山だ。まあ、私達はハイリア人だから信仰してないけど。

 

 家に来た領主の使者は、教団があなたとリンク殿に会いたがっているが、教団との交渉は我々に任せてマダム・メロンとリンク殿はここでゆっくりしていて欲しい、と言ってきた。

 

 どうやら領主も他の地主も黒の教団も皆リンクはここにいると思っているらしい。真実を知っているのは私達と鍛冶屋さんの一家だけ。

 

 私は彼らに体調が優れないので会議に出席出来ませんと言うと、使者は笑みを浮かべて帰って行った。

 

 ……あなたたちはそうやって大好きな権力闘争をしているといい。

 

 私は私の大切な物を守る。

 リンクも、私の家族も、牛や馬たちも、このロンロン牧場も、みんなみんな守ってみせる。

 

 私は彼が帰ったのを見計らって、アンジュちゃんにオカリナで連絡を取り、事情を話してリンクが旅に出た事について口止めした。

 

 黒の教団様も領主様も誤解したままでいてもらいたい。

 

 聡いアンジュちゃんは私の上手じゃない説明をあっさり理解し、お父さんにも口止めしておくと言っていた。

 

 ……あんなに賢いのにどうしてリンクが絡むとマロンやテワクと同レベルになってしまうのか。分かんないなぁ。

 

 私はその後みんなを集めて事情の説明をし、領主と黒の教団の交渉が終わるまで牧場の外に出ないようにと言った。

 途中でお父さんが寝ていたから、個室でじっくりとお話ししといた。全くこんな時に寝るなんて信じられない。だからタロンさんは居ても居なくても一緒とか言われるのだ。

 

 それがリンクが旅に出た日の夜の話。それ以降私達は今日まで牧場から出ていない。

 

 元々この牧場は自給自足出来るようになっているし、どうしても足りない物は商人さんに頼めば手に入れてくれる。

 

 街の人と話したいことがある時はアンジュちゃんにオカリナで連絡をすればいい。これなら電話と違って盗聴も出来ない。……我が家は貧乏だから電話なんてないけどね。

 

 リンクのくれた妖精のオカリナは不思議な力を持っていて、奏でる曲によって異なる力を発揮する魔法のオカリナだ。

 初めて見せてもらったときはびっくりしたなあ。

 彼がどこか懐かしい曲を吹いたと思ったら、弱って餌も水も飲めなくなっていた牛がみるみる内に元気になってとっても美味しい牛乳を出すんだもの。

 

 サリアの歌はオカリナを持っている人と心の中で会話出来る曲。

 エポナの歌はどんな牛でもたちまち牛乳の出と味を良くする曲。後最近生まれた馬のエポナがこの歌が大好きで吹くと寄って来る。

 

 他にも嵐の歌とか色々あるけど、皆が一番吹いているのはこの二曲。

 

 特に馬の女神の名前であるエポナの歌は牧場を預かる身としては本当にありがたい歌だ。

 あの歌を聞かせてから牛たちはとっても元気になったし、出す牛乳の量も増え、味もとても良くなった。

 

 あとこれはアンジュちゃんとそのお父さんが教えてくれたことなのだが、どうやらこの歌を聞いた牛から出てくる牛乳には魔法がかかっていて、飲むと病気や怪我がすぐに治っちゃうのだ。

 

 彼ら親子はこの街で流行っていた病にかかり、医者にも手遅れだと言われたが、リンクの持っていた牛乳であっさりと治ってしまったそうだ。

 

 私もお料理をしていて手を切ってしまった時に飲んだら傷が治っていた。それどころか膝にあった古傷まで消えていた。

 

 これはもうブランド品として売れるんじゃないか考えてしまう。

 名前は何が良いだろう、今まで通り元気爆発ロンロン牛乳? 

 それとも私たちの家名からとってシャトー=ロマーニとかかな?

 

 みんなにも相談してみよう。もちろんリンクにも。

 

 

 

 

 

 

 

 ルベリエ日記

 

 神との邂逅から11日あまり経ったが、私はいまだケルンにとどまっている。部下にはこの街や近隣の村を見張らせ、万が一にもハワード・リンクを逃さないようにしていた。

 

 その理由の1つはケルンとの交渉が白紙に戻ってしまったから、もう一つはハワード・リンクを黒の教団のエクソシストにするためだ。

 

 あの時のハワード・リンクとのやり取りを街の誰かに視られていたらしく、今では領主や裏町のボスどころか街中に情報が広がってしまい、住民たちは我々の活動を邪魔こそしないもののひどく非協力的になってしまった。

 

 部下たちの報告によると、パブで食事をとったら自分たちだけ生焼け肉と半分焦げたパンが出てきた。道を歩いていると道を塞ぐ様にたくさんの住民が自分達の周りを横切り続け、10分以上立ち往生した。などなど苦情を入れづらい地味な嫌がらせが続いている。

 

 領主や地主たちも民意が自分達の側にある事、私達が少年に手を出すなという警告を守らなかった事をかさに着て、教皇への献金の全額免除を要求してきた。

 

 そんな条件はとても飲めない。そんなことをすれば教皇に見限られ、ルベリエ家は終わりだ。

 

 

 さらに問題なのがハワード・リンクの保護者であるマダム・メロンが会議をボイコットしていることだ。

 

 この11日間、牧場の者は誰1人牧場の外に出て来ない。

 

 部下をやったり、時には私自らが牧場を尋ねようとしたが、牧場の近くの木立で延々と迷ってしまったり、局地的大嵐に見舞われて吹き飛ばされたりしてさっぱり辿り着けない。

 

 まるでイノセンスの起こす奇怪現象によって牧場が迷宮にでもなってしまったかのように。

 

 だが、死人は一人も出ず、元々出入りしている商人や領主からの使者は問題なく牧場に入れることから、人為的に起こした奇怪現象だという事は明らかだった。そんなことが出来そうな奴は私の知る限りハワード・リンクしかいない。どこまでもデタラメな奴だ。

 

 元々出入りしている連中に紛れ込んでも、変装しても、エクソシストのスーマンだけを送り込んでみても駄目だった。

 

 商人や領主の使者に伝言を頼んでも『マダムはご加減が悪く、伝えることは出来ませんでした』と澄まし顔で言われる始末だ。

 

 奇跡のミルクがあの牧場にはたんまりあるのに加減が悪いわけがあるか! と怒鳴りそうになったことも1度や2度では無い。おそらく商人も使者も我々とケルンの交渉を有利にするために、マダム・メロンや領主からそう言うように命じられたのだろう。

 

 メロンは私の思っていた以上に強かだったらしい。

 この街に来てからハワード・リンクといいメロンといい、私は見誤ってばかりだ。

 

 故に私と部下たちはケルンとの交渉を全力で白紙に戻すしかなかった。実質私達の負けだ。

 

 これまで散々賄賂を贈って今の条件にしたのを白紙に戻し、始めから交渉をやり直さなくてはならなったため、滞在費や交友費、様々な賄賂、その他諸々がさらに嵩んでいく。

 

 中央庁と黒の教団にこれまでの経緯を報告して経費の増額も頼まなければならなかったし、私や私の家などとは比べ物にならないほどのお偉方からネチネチと嫌味を言われて胃の痛い思いをした。

 

 しかも少年がAKUMAを倒せることから、イノセンス適合者だとはっきりしてしまった。

 

 私にはハワード・リンクと彼のイノセンスや奇跡のミルクを回収する命令が下され、彼を諦めて帰るという選択肢は消えてなくなった。

 

 

 正直な気持ちとしては、私はもうハワード・リンクに関わりたくなかった。

 

 病や傷を治す奇跡のミルクを民衆に与え、牧場に奇怪現象を起こして結界とし、凡庸な剣を不可思議な大剣に変えてレベル3のAKUMAを消し飛ばした男、ハワード・リンク。

 

 レベル3のAKUMAを瞬殺する、それ位なら経験と訓練を積んだ上位のエクソシストや元帥なら可能だ。

 私は彼らを知っているが、彼らの事を恐ろしいとも、神の使徒だとも思わない。AKUMAを破壊できる兵器を持つただの異能者だ。

 

 私の家庭教師ズゥ・メイ・チャンなら癒闇蛇で人を癒せるが、それは寿命という相応の代償を払わされる魔術でしかない。十数人も癒せば、彼は寿命を使い果たして死ぬだろう。

 

 だが、ハワード・リンクは何の訓練も経験もなければエクソシストでも魔術師でもない。

 ただのイノセンス適合者の子供のはずだ。

 

 だというのに、万を超える人々を軽々と癒し、牧場に完璧に制御された奇怪現象を起こし、イノセンスでも何でもなかったはずの私の剣を使ってレベル3のAKUMAを一瞬で滅ぼした。

 

 戸惑いも喜びも無く、目の前の敵をただ排除するだけという様子で淡々と振るわれた力はAKUMAを切り裂くだけに留まらず、大地に深く抉り、山を斬り飛ばし、空を覆っていた雲を消し飛ばしてしまった。

 

 そしてなにより私は、銀色に輝く眼と彼の戦う姿を見た時に本能で感じてしまった。理性で考えさせられてしまった。

 

 あれは人では無い。人の姿をした戦いの神、軍神なのだと。

 

 普段の子供の姿は真の姿を隠す高度な擬態なのか、それとも普段は力を抑えていて必要な時だけ解放しているのかは分からない。

 

 分かるのは、あれは人が手を出してはならない恐ろしい存在という事だけだ。

 

 

 しかし運命は私を彼とどうしても関わらせたがっているらしい。

 

 気絶から目覚めた私は馬車の床に突き刺さる彼の大剣を見つけてしまったのだ。

 

 私は長官としての義務感からそれをすぐにアジア支部に送った。そこが一番近くて、優秀な人材が集まっていたからだ。現在本部にはおべっかつかいの無能ばかり集まっているし、中央庁にはどうも人ならざる怪しい者がいるということも、もちろん考慮に入っていた。

 

 そして今日、アジア支部の科学班からの連絡で新たに衝撃的な事実が分かった。

 

 アジア支部がセカンドエクソシスト計画を中断してまで調べて分かった事は、この剣は金属がイノセンスの力を纏っているのではなく、材質そのものがイノセンスに変質しているという事実だ。

 

 私が儀礼用に身に着けていたレイピアはハワード・リンクが手放して10日経っても、彼の使っていた不可思議な形状の大剣に変わったままであり、今ではその二つの蛇がお互いを噛み合っているような刀身の形から「ウロボロスソード(無限の剣)」と呼ばれているらしい。

 

 ウロボロス、「尾を飲みこむ蛇」を表す古代ギリシャ語だ。死と再生や永遠、無限を象徴する竜蛇の名前。凡庸な人の剣から非凡な神の剣へと変わった剣には相応しいかもしれない。

 

 今までもイノセンスを物質に纏わせることの出来る者はいた。例えばスーマン・ダークは風にイノセンスの力を付与して操っている。

 

 だが、ハワード・リンクはすでに奇跡のミルクを生産できるイノセンスの宿った牝牛を所有している。また牧場を迷宮化してもいる。さらに姿を変えることが出来るのも分かっている。この上、鉄をイノセンスに変質させてしまった。

 

 この脈絡のない力から導き出される仮説は3つ。

 

 彼は複数のイノセンスを扱うことが出来る初めての人材という事か、今まで誰も出来なかった“物質へのイノセンスの寄生”もしくは“イノセンスの生産”が出来るのか、あるいはそれら全部ということだ。

 

 私は報告を聞いてそう考えたし、アジア支部も、教団本部も、中央庁もそう考えたはずだ。

 

 そして誰も言わなかったが皆が考えただろう。「もしかして彼がハートのイノセンスの適合者なのでは」と。

 

 だから私はお偉方から電話で毎日のように嫌味を言われる立場から手の平を返したように称賛されるようになったし、本部はこの街にケビン・イエーガー元帥とイノセンスに寄生された猿を操るクラウド・ナイン元帥候補を派遣した。中央庁とアジア支部はセカンドエクソシスト計画を延期し、彼の残した大剣を調べ続けている。

 

 イノセンスは全部で109個。その中に核となるハートがあり、それが壊されれば全てのインセンスは消滅する。キューブの予言の文句だ。

 

 つまりイノセンスは始めから数が決まっており、今までは限られた物を千年伯爵と奪い合っていた。

 

 戦争は数だ。

 

 我々の兵士となるエクソシストが、武器であるイノセンスが多ければ多いほど、我々は有利になっていく。

 

 もし彼がイノセンスを増やせるならば、彼はこの戦争のカギとなる。

 

 元帥と元帥候補が到着するのは明日だ。明日ロンロン牧場に彼らは踏み込む。

 

 それまでに私も出来る事をしておかねばならない。

 奇跡のミルク、全て研究室に送ってしまったからな……胃薬の準備をせねば。

 

 




鬼神さんは大変な物を残していきました……彼の剣です


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君たちも退屈なヌルゲーより、スリル満点の方が楽しいだろう。だからこちらも趣向を凝らしておいた

 諸君、俺は高い所が嫌いだ。

 

 繰り返す、俺は高い所が嫌いだ!

 

 学校の屋上くらいならいいんだけど、それより上に行くと駄目だ。

 

 恐怖で足がすくんで一歩も動けなくなる。

 

 飛行機とか吐きそうになるし、スカイツリーの展望台とかもう怖くてたまらなかった。

 

 崖の上の吊り橋とかも駄目だ。

 

 脆そうな木製の橋とか絶対無理。

 

 ほれほれとか言って橋を揺らす奴には殺意すら覚える。

 

 

 そんな俺がフィローネの森と禁断の森との間にある深い深い谷を繋ぐ長い1本のロープの上に立っていた。

 

 もはや橋ですらねぇ!

 

 ロープの下は見通せないほど深い谷だぞ! 

 

 足元には体を支えるにはあまりにも細くて頼りないロープが一本しかなく、落ちたら奈落の底までまっさかさまだよ!

 

 超怖いよぉおおお!!

 

 所詮ゲームなのに、何ビビってんの? 落っこちたって死なないじゃん。

 

 馬鹿なの? チキンなの? コッコさんなの? とか思った奴、表へ出ろ! 

 

 表へ出て、命綱付けてバンジージャンプでもしてくれば少しは俺の気持ちが分かるだろうぜ!

 

 

 確かにこれは安全が保障されているはずのゲームだ。

 

 だが、安全が保障されている事と、怖いか怖くないかは別問題だと俺は信仰している。

 

 例えば鏡に映る幽霊とか、謎のウイルスによって世界中の人間がゾンビ化とか、仮想現実で死ぬと脳味噌をチンされて現実でも死ぬとか、普通に考えればありえない。実際に起こるはずがない事だ。

 

 だけど優れた作品は人々にそれが本当に起こる“かもしれない”と思わせる説得力を持っている。

 

 だから人々はホラーを見れば怖がるのだ。山田先生は夜中に鏡を見れなくなるのだ。

 

 そしてここは天才茅場さんと優秀な任●堂のスタッフが精巧に作り上げた仮想現実。そりゃあ1学生には否定できない説得力があった。

 

 つまりゲームでも怖い物は怖いよね!

 

 

 俺もできれば別の道やアイテムを探すなり、最悪ここを通らなくてはならないとしてもロープにしがみついてコアラのように進みたかった。

 

 それなのにロープの強度を確かめようと触った途端にリンク=サンの体は勝手に直立し、両腕を広げ、バランスをとってロープの上を歩き出してしまったのだ。

 

 恐らく綱を渡るイベントのトリガーが綱に触る事だったのだろう。

 

 ロープの上をまるで地面に立っているかのようにスイスイと進んだところで、リンク=サンの中で恐怖に震えていた俺に唐突に操作が戻った。

 

 アィエエエエエエ!! リンク=サン!? リンク=サン! ナンデ!? 

 

 まだあと800メートル位残ってるよ! 残りも宜しくお願いしますよ!

 

 パニックになった俺は途端にバランスを崩しそうになった。

 

 しばらく全身全霊で踏ん張り、なんとか落ちるのを回避する。

 

 心臓発作で死んでしまう前に早く元の場所に戻らないと。

 

「あ、やってる。やってる」

 

 そこに追い打ちをかけるかのごとく現れるリナリー一家。

 

「おお、リンク君さすがだなぁ。僕はインドア派だから最初は10分くらいかかったのに」

 

 断崖絶壁にかかる目測で1キロ近くあるロープを、10分で渡り切れる奴はインドア派って呼ばねえよ! 

 

 バリバリのインドア派である俺が認めねえ! 現実の俺なら一歩目で墜落するどころか、乗ろうとすら思わねえよ。

 

「最初は誰でもそんなものよ。慣れれば5分もかからないわ。リナリーだってもう6分位で行けるしね」

 

 マジで!?

 リナリーちゃん、そんな凄い子だったの?!

 

 アリアさんも5分って。

 ここはいつからオリンピック選手みたいな身体能力の奴が底辺ですみたいな人外魔境の世界になったんだ!?

 

「でも、お母さん。リンクは時の勇者だからお母さんよりももっと凄いんだよね!」

 

 やめてぇ! 

 リナリーちゃん、凄いなぁ、憧れちゃうなぁ、みたいなキラキラした視線を飛ばさないでぇ!

 

 お兄さん、そっち側に戻れなくなっちゃう!

 

「そうね。時の勇者なら最初から5分、いえきっと3分半くらいで行ってくれるに違いないわ」

 

 アリアさんもこれ以上ハードルを上げないでください! 

 

 もう上がりきったハードルはハードルと呼んでいいレベルを遥かに超えて羅生門の域に達している。

 

 自分でももう何を言っているのかよく分からないが、1つだけ確実に言えることがある。

 

 

 罠は子供だましが2,3個だと言ったな。あれは嘘だ!

 

 

 

 

「がんばれーリンクー!」

 

 逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。

 

 俺は生まれたばかりの小鹿の様にプルプル震える足と新人パイロットな心を懸命に叱咤し、前に進んでいた。

 

 スピードは遅く、行程は遅々として進まないがとりあえず立ち止まる事も、後ろに下がることもなかった。

 

 マラソン大会と一緒で一度立ち止まったら、また走り出すのは辛いし、また立ち止まってしまうだろう。

 

 純粋なリナリーちゃんの期待を裏切りたくないと思っている今でも、本心は逃げたくてたまらないのだ。

 

 今逃げだしたらきっと一生ここを渡れない。つまり一生リアルマスターソードは手に入らない。

 

 ゼル伝ファンとして、それは嫌だ。

 

 故に今の俺の辞書には撤退も、後退も、敗北も、恐怖もない。

 

 ただ前に進む。一歩、一歩、確実に。

 

「ねえ、彼随分とおそ……慎重ね」

「いや、彼は思慮深いからね。きっと見えない罠を警戒しているんだろう」

 

 ま、惑わされないぞ。

 外野がなんと言おうと、渡り切った者が勝ちなのだ。

 

「そうよね。何と言っても時の勇者様だし」

「そうさ、勇者がこんなことを恐れる筈がない」

 

 ……ねえ、もしかして君たちわざとやってる? 

 もしかしてこれいじめ? いじめなの? よくある新人潰しの勇者版なの? 

 

 でも新人勇者がここで潰れちゃったら、きっとこの世界滅んじゃうよ?

 

 他人の城や国をリフォームする事にかけては定評のあるガノンドロフさんに滅ぼされちゃうよ? 

 

 ガノンさんはハイラル王国やハイラル城、はたまた聖地のある世界を丸ごと自分好みのおどろおどろしい感じに毎回変えちゃうんだよ?

 

 あの人は文字通り世界の匠なんだよ?

 

 それでいいの?

 

 

 

 

 これが画面越しにやるゲームなら、ちょっとビビりながらコントロールスティックを前に倒しておくだけのヌルゲーなんだけど、VRゲームになると格段に難易度が増す。開発スタッフもそれを十分に分かっていたからこそ、こんな何のギミックも無い一本道を作ったのだ。

 

 

 ……そう考えていた時期が俺にもありました。

 

 距離を残り半分まで詰めた所でやつらが現れた。

 

 木の上から俺に群がって来るキース(鋭い牙のコウモリ)

 リナリーたちとは反対側から現れるボコブリン(ゼル伝版ゴブリン)

 俺の両サイドの壁から唐突に生えてくるビーモス(ビームターレット)

 

『君たちも退屈なヌルゲーより、スリル満点の方が楽しいだろう。だからこちらも趣向を凝らしておいた』

 

 ……何か茅場さんの声が聞こえた気がした。

 

 こんなところで剣を振ったら間違いなく反動で墜落する。

 遠距離攻撃できる武器なんて最初から持ってない。

 そもそも綱渡りのせいでただでさえ精神値がガリガリ削られているのに、脳内にインベントリを出す余裕はない。

 

 わらわらと頭上に群がってくる大量のキース。一発でも当たれば体のバランスが崩れかねない。

 

 綱に乗って正面から迫ってくるボコブリン。ゆ、揺らすんじゃねえ! もっと慎重に乗れ! いや降りろ!

 

 紅い宝玉を輝かせて熱線を一斉に放とうとして来るビーモス。あのビームって追尾してくるんだよなぁ、毎回。

 

 つまり茅場さんは『ゆっくり死んで逝ってね!!』って言いたいんですね。

 分かります。

 

 チクショー、やってやんよー!! 

 

 

 

 

 

 中国の上空。そこには色とりどりの物体がひしめきあいながら飛んでいた。

 下から見れば黒い雲にしか見えないそれらの実体は「機械」と「魂」と「悲劇」を元に千年伯爵によって造られたAKUMAたちである。

 

 鋼鉄の玉に大砲を取り付けたようなレベル1。

 黒い炎の塊や昆虫、ピエロのような奴までいる個性豊かなレベル2。

 小さな羽をつけた鋼鉄の全身甲冑のような形のレベル3。

 そしてそれらより圧倒的に大きい人型と昆虫型のAKUMA。

 

「おい、あいつのこと知っているか」

 

 昆虫のようなレベル2が巨大なAKUMAをそっと指さして、ピエロのようなレベル2にキーキー声で訊いた。

 

「知ってる、知ってる。なんでも今回の作戦のために伯爵さまがレベル2と3を何体も合体させて特別に作ったやつらでしょ」

「そうそう。あっちの人型の奴はデカい剣で近接攻撃したり、昆虫型のレベル2を大量に呼べるらしいぜ」

「あの巨体で大剣か。おっかねえな」

 

 そこに他のレベル2が甲高い声で混ざる。

 

「あっちのでかい昆虫型もすげえ強力なビームをぶっ放せるらしいぞ。あと腕も体もすんごく硬いらしいぜ」

「レベル3より強いのかな」

「そりゃお前レベル3を何体も材料にしてるのに、弱くなるわけねえだろ」

 

 ぎゃははははと爆笑するレベル2のAKUMAたち。

 

「おい、作戦前だ。私語は慎め」

「そうですよ」

 

 頭の悪そうな会話を見かねて、帽子を被った黒っぽい人型のAKUMAとメイド服を着た少女の姿のAKUMAが止めに入った。

 

「んだと、おらあ!」

「貴方達みたいなのがルル=ベル様や伯爵様の立ててくださった作戦をぶち壊すんですよ! せめて足手まといにだけはならないでくださいね! 私は無能は許せるけど足手まといは我慢ならないんです」

「こぉのやぁろおおお! 好き放題言いやがって!」

 

 少女の物言いにカチンときたピエロのような形のAKUMAが成人男性の倍はある長さと太さの腕で少女に掴みかかろうとする。

 少女も巨大な鉄扇を2つ取り出して、応戦する気満々だ。

 

 周りのAKUMA達もそれを止めない。むしろ積極的に野次を飛ばしている。レベル1は自我の無い人形に過ぎず、他のAKUMAも血や争い事が大好きだからだ。巨大なAKUMAたちは煽らないが、止める気も無いらしく黙って目的地に向かって飛んでいる。

 

 一触即発の事態になったその場を沈めたのは黒っぽい人型のAKUMAだった。

 

「止めろ。これ以上場を乱すならお前ら全員をぶっ壊す」

「なんだとぉおおおお、てめえさっきから横からごちゃごちゃとぉ。じゃあまずてめえから俺の追尾式ミサイル81連発を喰らわせて……」

「俺はレベル3だ」

「やるのは辞めました」

 

 AKUMAにとってレベルは絶対だ。レベルが1つ違うだけで戦力に埋めがたい圧倒的差が生じるのだ。

 

「お前も少し黙っていろ」

「……はい。承知しました」

 

 ピエロも少女もレベル2、たとえ戦っても勝ち目は無かった。

 悔しさでぎりぎり歯を食いしばるレベル2と、退屈を紛らわせなかったレベル3の不満が高まった時、AKUMAが絶対の忠誠を誓う千年伯爵の声が彼らの脳裏に響き渡った。

 

『いいですかぁ、我輩のかわいいAKUMAタチ♥ 今回の目標は緑色の服と帽子の少年、または青年デス♥ 見つけたら即抹殺♥ いなかったら帰ってきなさイ。分かりましたネ❤』

 




ちなみにビーモスはリンク君の現状の武器では倒せません。攻撃力はハート半分。

弓矢もしくはチェーンハンマーなどが要ります。
隣村をショートカットなんてするから、大時な物を取り逃がすのだよ。

仮面? せめて守り袋がインベントリから出ていれば……

え、ロープから墜落したらどうなるかって。

HAHAHA現状の装備ではゲームオーバーDEATH。
デクの葉とかパラショール、あるいは妖精とかがあれば助かるんだけど……


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なあ、お前、勇者だよな? 一体全体どこに向かっているんだ?

タイトルはいつも作者からのメッセージです。主に主人公に対しての。

今回は勘違い成分が少し増えたので、次回投稿する分も合わせないと分かりづらいかも。


『君たちだって退屈なヌルゲーより、スリル満点の方が楽しいだろう。だからこちらも趣向を凝らしておいた』

 

 ……何か茅場さんの声が聞こえた気がした。

 

 わらわらと群がってくるキース。

 

 綱に乗って正面から迫ってくるボコブリンたち。

 

 両サイドの壁から唐突に生えてきて、紅い宝玉を輝かせて熱線を一斉に放とうとして来るビーモス。

 

 こんなところで剣を振ったら間違いなく反動で墜落する。

 遠距離攻撃できる武器なんて最初から持ってない。

 そもそも綱渡りのせいでただでさえ精神値がガリガリ削られているのに、脳内にインベントリを出す余裕はない。

 

 つまり『ゆっくり死んで逝ってね!!』って事ですね。

 分かります。

 

 チクショー、やってやんよー!! 

 

 セル伝ゲーマー舐めんなコラァー!

 

 俺は勇み足で一歩を踏み出し……踏み外した。

 

 傾いていく視線、頭上を通り過ぎるレーザー光線。

 

「ッ!」

 

 ひええええ! 落ちる! 落ちる!

 

 必死に落っこちないようにコアラのごとく両手両足でロープにしがみつく。

 

 しかし俺が偶然躱しただけのレーザーは滑らかに軌道修正して俺の腕を焼く。

 

 痛みは無いが硬く組まれていた俺の腕はダメージのせいで強制的に解かれて、俺はロープの上で足だけで宙吊りになった。

 

 洗濯物の様に垂れ下がる俺の命を支えるのは両足のみだ。

 

 ここまで来ると恐怖が一週回って笑いに変わるね。HAHAHAこのままじゃ僕プッツンしちゃうよ。

 

 

 ……もう覚悟を決めろ。

 

「道が無いなら探せばいい」

 

 アイテムやダンジョンの仕掛けを利用して、謎を解き、敵を倒し、攻略のための道筋を探す。

 

 これがゼル伝プレイヤーの基本精神だ。ゼル伝の本道だ。

 

 だが、今の俺には敵を倒す力もアイテムもない。

 この綱渡りイベントの正しい解き方も分からない。

 リナリーの純粋な憧れとプレイヤーの矜持を守るための時間もHPも残りわずかだ。

 

 これは正規のルートじゃないかもしれないとか、もう戻ってこれなくなるかもしれないなんて、怯えている場合じゃない。

 

 俺は基本精神の1つ上の領域に足を掛ける!

 

「道が無いなら作ればいい」

 

 

 今までの作品において正規のルートを無視して序盤からマスターソードを取ることは、時間と努力を重ねれば出来た事だ。

 

 それは数々のプレイヤーの実験と検証で証明されている。

 

 例えば時のオカリナなら、ストーリーを進めてダンジョンを3つクリアし、ゼルダから時のオカリナを貰わないと開かない時の扉。

 

 マスターソードへの道を塞ぐこいつは、実は特定の場所でサイドステップしまくればすり抜けて序盤から侵入できる。

 

 トワイライトプリンセスなら、ストーリーを進めてフィールドとダンジョンを3つずつ攻略しないといけない森の聖域。

 

 マスターソードの眠る森の聖域には、実は序盤に狼化したときフィローネの森の特定の場所で大ジャンプすれば侵入できる。

 

 

 今まで俺はそれをせっかくのゲームなのにストーリーを味わえない邪道だと考えていた。

 小さなショートカットとはともかく、ストーリーを大幅に歪めてしまうような行為は忌むべきものだと。

 

 だが、もはやそんなことを考えている場合ではない。

 

 このままでは俺は死ぬ。誇りもヒロインも守れぬまま。

 

 ……ゼルダの伝説では一回も死なずにクリアしないとバッドエンディングに変わることがある。

 

 俺はかつてゼルダの伝説・夢を見る島でつまらない事で死亡し、ヒロインのマリンを助けられなかったことがあった。

 

 マリンはゼル伝ユーザーにはマロンちゃんの前世だとまことしやかに囁かれている人物であり、彼女たちは名前や容姿、性格、歌が好きな事、父親の名前など多くの共通点、類似点がある。

 

 そして彼女を助けるのに失敗すると、彼女の家族や故郷の島と共に彼女は霞となって消えてしまうのだ。

 純真で優しい彼女が自分のせいで消えてしまうエンディングは俺を含め多くのプレイヤーにトラウマを刻み付けた。

 

 このゲームがバッドエンドを搭載していない保証はどこにもない。

 

 故に俺は、リンクは、一度たりとも死ぬわけにはいかないのだ。

 

 集中しろ。道が無いなら自分で作ればいいんだ。ゼル伝上級プレイヤーはみんなやっていることだ。

 

 

 第二射が来る前に立ち直ろうと逆さ吊りにされた身体を捻ってロープをしならせ、反動で上半身を前に持っていきロープにぶつける。

 

 なんとか片手でロープを掴むことが出来た。

 

 でも目の前にオレンジ色の二本の棒があった。

 

 邪魔だ。

 

 もう片方の手でガシッと掴んで谷底に捨てる。

 

「ぎぎぃ!?」

 

 何か奇声が聞こえたがこちとらそれどころではない。

 

 今度はキースとビーモスが同時に邪魔してきた。

 

 人の腕程の太さがあるレーザー光線が、俺に攻撃を仕掛けるキースたちを焼き殺しながら、俺の脚に迫る。

 

 ……あとハートは2つ半しかないのに、ハート半分も削る攻撃を喰らう訳にはいかない。

 

 でも、脚を放す事を怯える俺がいる。

 

 しっかりしろ!

 

 俺はゼル伝上級プレイヤーになるんだ。

 

 ゼル伝上級プレイヤーは盾を構えて後ろ向きに空を飛び、壁に体当たりしては空間をすり抜けてワープするんだぞ。

 

 これくらいのことを恐れてどうする。

 

 俺は自ら組まれていた脚を解いた。

 

 当然、重力に引かれて落下しはじめる足。その勢いを利用してぐるんと脚を前に持っていく。

 

 スペックの高いリンク=サンの体は俺の想像通りに動き、腕より前の位置に脚を絡ませることに成功した。

 

 はたから見れば、俺はロープの下でブリッジをしているように見えるだろう。

 

 ビーモスはビームの軌道を修正し、腕を攻撃してきた。どうやらビーモスは一番近い所を攻撃する習性があるらしい。

 

 再度俺は腕を放し、その勢いで前へ。しっかりつかんだら今度は足を放してその勢いでさらに前へと進む。これを繰り返す。

 

 途中掴むのに邪魔なボコブリンの脚を引き摺り下ろしたり、谷底に蹴落としたり、ビーモスに焼かれたり、キースに体当たりされたり、逆に蹴り殺したりしながら、俺の一人サーカスは続いていく。

 

(ブリッジ! ブリッジ! ブリッジ! キック! ブリッジ!)

 

 流れる景色が、俺が前に進んでいることを教えてくれる。

 それに励まされ、気を良くした俺はどんどんスピードを上げていく。

 

(ブリッジ、ブリッジ、ブリッジ、ブリッジ、ブリッジ)

 

 流れる景色が加速していく。なんだか楽しくなってきた。

 

(ブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジ)

 

 集中が高まっていく。

 俺の頭からブリッジ以外の余計な事が消えていく。

 どうすればより効率よく、より素早く進めるかという事だけが頭を占めていく。

 

(ブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリ)

 

 いつの間にか頭からモンスターもリナリー一家もマスターソードのことも消えていた。

 脳を支配するのはどうすればこれ以上の速さでブリッジできるか。ただそれだけ。

 

 今なら行ける。

 

 この集中状態なら、秒間3回の、いや秒間4回のブリッジだって出来る……!

 

 それ以上だって俺は成し遂げてみせる。

 

 人間の限界を超える!

 

(ブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリ……)

 

 

 

 

 

 

 

 あ、ありのまま起こった事を話すぜ!

 

 いきなりオドルワさんが現れて爆散したら、ゴーマさんが降ってきて、竜が変身した銀髪美少女が黒人美少女と一緒に谷底に落ちた。

 

 な、なにを言っているか(ry

 

 

 うん、落ち着け、俺。最初からだ。

 

 綱渡りを達成した俺は最高の気分で、一杯やろうとインベントリからロンロンミルクを出そうとした。

 

 ほら腰に手を当てて空を見上げながら、ごくっごくっ、ぷはーってやつをやりたかったんだよ。

 

 それで空を見上げながら、インベントリを右手でくいくいっと操作してたらさ、突然聞き覚えがある叫び声が聞こえて、見覚えのある巨人が空から落ちてきていた。

 

 羽とか角とかがついたごてごてとした印象のある帽子と仮面をつけて、大剣と大楯を持ち、なにより高速で盆踊りみたいなのを踊りながら、意味不明な言葉を叫びまくる。

 

 どう見ても、ムジュラの仮面の第一ボス、オドルワさんです。

 本当にありがとうございました。

 

 ちょ、まだダンジョン入ってないのに、いきなりボス戦かよ。聞いてないよ!

 

 俺もうHPがハート半分(0.5ポイント)しかないよ。回復薬も持ってないし。雑草か壺はどこだ!

 

 とか焦っている内にオドルワさんは地面に土煙を上げながら着地し、唐突に絶叫してオドルワダンス(高速盆踊り)しながら身体中から青い光を出し、爆散した。

 

 まず俺はここで目が点になった。

 

 ダンジョンでもないのにいきなり現れたと思ったら、登場と同時に突如爆散、死亡するボスキャラ。

 

 うん、意味が分からねえ。

 

 10年以上ゼル伝をやっているが、さっぱりだ。

 しかもご丁寧なことにオドルワの爆散あとにはしっかりとハートの器があった。

 

 もしかして出オチ? 

 

 この試練を乗り越えたプレイヤーに対するスタッフからのご褒美?

 

『オドルワさんはハートの器を届けるのがお仕事です』とでも言いたいのか。

 

 ムジュラの仮面でその扱いやすさと死に際の面白さから、鬼神リンクの試し斬りに使われるようなボスだとしても、その扱いはあんまりにもあんまりだ。

 

 つうか普通に宝箱置けよ。

 

 あの“ごまだれー”な音楽を楽しみにしているのに、まだこのゲームで一回も宝箱を開けてないんだぜ。

 いつものゼル伝なら1日目には開けているはずなのに。

 

 まあ、貰える物は貰って置くか。

 

 それにしてもリアルで見るハートの器は綺麗だな。ガラス細工や超高級ゼリーみたいな感じだ。

 

 俺がハートの器を手に入れ、HPの最大値が4になり、ついでに体力全回復していると、後ろから轟音が響いた。

 

 振り返るとそこには土煙が立ち込め、クレーターの中に大きな目玉がチャームポイントのゴーマさん、メカメカしい竜、黒っぽい鎧が落ちていた。

 

 なんかどれもすでにボロボロだった。ゴーマさんは目を回しているし、鋼鉄製の竜は腕や足がもぎ取られていて、そこをビリビリと電気が走っている。黒っぽい鎧は恐らく今作のタートナックかアイアンナックだと思うが、すでに鎧がべこべこだ。

 

 高い所から落ちてきたせいかな。

 

 それともこいつらはオドルワさんと戦っていたとか。ゴーマもオドルワも森林に出現するボスだし、縄張り争いか何かか。

 

 とりあえず、俺はインベントリからデクの実を取り出した。インベントリは収納せず、いつでも道具を出せるようにしておく。

 

 左手には金剛の剣を、右手にトアルの盾とデクの実を持って、ゴーマの前に立つ。

 

 いや、ゴーマってデクの木様やヴァルー様みたいな大精霊を傷つけたり、最悪殺しちゃう害虫だから、早めに駆除しないとね。

 

 それにこのゲーム初めてのボス戦だ。少なくともイベント戦であることは間違いない。

 

 オドルワさんの積極的な献身のおかげで体力は全快だし、正直ちょっと戦いが楽しみだ。

 

「せいっや」

 

 まずは挨拶代りにその大きな目玉に大上段からのジャンプ斬り。

 

 ゼル伝ではジャンプ斬りは基本的に攻撃力2倍計算だからね。

 

 くぐもった悲鳴を上げるゴーマ。

 

 衝撃で意識が戻ったのか、立ち上がろうとしたので、すかさずデクの実を眼球に投げつける。

 

 炸裂音と共に閃光が弾けて、ゴーマはまた気絶してしまった。その隙にデクの実を右手に召喚しておく。

 

 今度は盾突きを試してみよう。

 

 盾突きとはしゃがんで盾を構えてから剣で突きを入れることなのだが、時のオカリナやムジュラの仮面では何故かこれが普通に剣を振るよりも遥かに速く連続して攻撃できた。ダメージを稼ぎたい時にはお世話になったものだ。

 

 難点は地上の敵にしか当たらないことで、今まで空中に浮いている敵ばかりで使うことが出来なかった。

 

 でも、ゴーマを含め基本的にボスは地上に落としてから攻撃するので問題は無い。

 

「そおいっ」

 

 すご。いつもの1,5倍くらいの速さで剣が動く。こりゃいいや。

 

 盾突きといい、オドルワといい、マロンちゃんたちといい、やっぱ茅場さんはゼル伝をやりこんでいるな。

 

 なんてことを考えながら、テンション上げて剣を振っていると、ゴーマさんが絶叫した。

 

 またデクの実の出番かな、ってデクの実を構えていたんだが、ゴーマさんは青い炎に包まれて体がぼろぼろと崩れていき、砂になって消えてしまった。

 

 え? 弱くない? 俺まだノーダメージだよ。

 いくら金剛の剣が強いからってあっさり死に過ぎでしょ。

 もしかしてゴーマさんは中ボスさんですか。でもボスしか出さないハートの器があるぞ。

 

 どういうこと?

 

 ハートの器を取ってライフの上限を1つ上げながら、考える。

 

 可能性としてはここのボスはコキリの剣やトアルの剣みたいな初期装備で倒すことが想定されていて、コキリの剣の約3倍の威力を持つ金剛の剣で倒すことは想定されていなかったという事か。

 

 もしかして金剛の剣イベントは終盤でやるものだったのだろうか。でも特にあのイベントで変わったことは……あったな。アンジュの俺に対する好感度が高すぎる。

 

 きっと金剛の剣イベントはアンジュちゃんの好感度がトリガーになっていて彼女と友達になると親父さんが剣を作ってくれるのだ。本来ならきっと何度も何度もあの家に通い、贈り物とかしなくちゃいけなかったんだろう。

 

 普通にやっていたら最初の街なんて剣と盾を買って速攻出ていってしまうから、気付けないというわけだ。

 

 でも俺は一週間も街にいた。しかもアンジュの友人であるマロンとも友達だ。それに俺がアンジュと会った時に丸腰だったのも良かったのではないだろうか。普通に考えると子供が武装していたら怖いし、一般プレイヤーはそこで彼女の好感度を下げてしまうのだ。

 

 あと考えられるのがオドルワとゴーマは高所から落下し、落下ダメージですでに息絶え絶えだったという事か。

 他にはゲームのバグか何かで、本来なら出会わないし敵対もしないはずのオドルワとゴーマが出会ってしまい、お互いを攻撃し合ってしまったとか。

 

 まあ、つまり俺自身は何も悪くない。

 

 運や成り行きの結果がコレ、という事だ。

 

 俺がゲーム考察をしていると、呟き声が聞こえてきた。

 

「早く戻らないと……ルル=ベル様」

 

 声のした方を振り向くと、なんということでしょう、メタリックカラーの竜が光に包まれてみるみる縮んでいき、メイド服を着た銀髪少女になっているではありませんか。

 

 いや劇的ビフォーアフターすぎるだろ。家一軒くらいの大きさの竜が、15歳くらいの小柄でやせっぽちな少女に変わるって体積が違いすぎる。

 

 質量保存の法則はどこに行った。

 

 いや空き瓶のことを考えると、ゼル伝世界にはそんなものは存在しないのかもしれないな。

 

 ムジュラの仮面じゃあ、1m位あるデクナッツのお姫様を手乗りサイズの空き瓶で収納できるからな。

 

 空き瓶がAKIBINなだけかと思っていたんだが、実は……いややめよう。これ以上は危険な気がする。

 

 

 それよりこのドラゴンガールをどうするかが問題だ。

 

 見ていて可哀想なくらい傷だらけだし、手当てした方が良い。

 

 というかあの竜は四肢も翼も鋭利な刃物で切断されたかのようになっていて、そこから内部構造が若干見えていたんだが、この少女は五体満足だ。その辺はどうなっているんだろう

 

 考えているうちに、少女は傷ついた体で立ち上がっていた。

 

「待て」

 

 とっさに呼び止める。

 このまま森に帰ったんじゃ猛獣とかの餌食なってしまうかもしれない。そうなっては目覚めが悪い。

 

 ドラゴンガールはこっちを振り向いた。

 

 肉体年齢7歳位の俺より頭半分背は高いが十分小柄な部類に入る15歳くらいの少女の体は、悲しい位傷だらけで、哀しい位ぺったんこだった。顔はマロンちゃんたちやリナリーとタメを張れるくらい整っているが。

 

 銀髪小女はこっちを警戒心マックスで睨んでくる。

 なんか弱い者苛めしているみたいな気分になってきたが、引く訳にはいかない。

 

 俺はある可能性を思いついていた。

 

 “モンスターティム”というのをご存じだろうか。

 

 弱らせたり倒したモンスターを何らかの方法で味方にすることで、よくRPGに使われる。ポケットに入るモンスターもこれだ。

 

 ゼル伝でも大地の汽笛という作品に存在していて、鎧だけのモンスターファントムをリンクで弱らせてから幽霊ゼルダ姫を憑依させることで操ることが出来た。ファントムはリンクよりもスピードで劣るが、その分パワーと防御力に優れている上にワープなどの特殊能力も使えるので攻略に必須だった。

 

 もしかしたらこの竜もファントムみたいに仲間にできるのではないだろか。

 ポケットに入れるモンスターみたいにゲットできるんじゃないだろうか。ほら、ちょうどモンスター玉みたいなAKIBINがあるし。

 

 竜だったら空を飛んで移動出来るし、戦闘だって出来るだろう。

 

 なにより俺だって前を向いて歩きたい。

 

 さっきはエキサイトしてしまったが、出来ればもうブリッジで後方に進むのは遠慮したい。

 

 それに俺は決してムーンウォークやムーンダッシュを使うのが好きなHENTAIなわけでもない。

 

 前を向くより速いから使っているだけだ。盾で空も飛ばないし。

 

「なんですか、その眼」

 

 彼女が怒りの目で見てきた。俺が何かしただろうか。

 

「君の名前は?」

「ミミ、ですけど」

「ならミミ、俺の仲間にならないか」

 

 とりあえずストレートに勧誘してみた。

 

「例え殺されたって貴方にお仕えするなんてお断りです」

「そうか……」

 

 提案は鼻で笑われてしまった。どうしよう。

 

 とりあえず牛乳飲むか。さっきは飲めなかったし。インベントリを左手に呼び出し、スワイプする。

 

「ひっ!」

 

 ミミが悲鳴を上げて、頭を手で庇って目をつぶった。

 

 なんだ、何を彼女は怯えて……ああ、そうか、そういうことか。

 

 俺は馬鹿だった。

 

 ミミはメタリックカラーなドラゴンとはいえ、まだ少女なのだ。

 

 しかもついさっきオドルワに大剣で四肢と翼をちょん切られて死に掛けたばかりであり、トラウマになっていて当然だ。

 

 それなのに目の前に剣をぶら下げられたら、そりゃあ怖いだろう。

 

 配慮ってやつが足りなかったな。トラウマの克服は時間がかかるっていうから、暖かい目で見守ってやらなくてはならない。

 

 俺は目を数回瞬かせて、暖かい目を作った。決して猫型ロボットのような変顔ではないぞ。

 

 恐る恐るといった様子で目を開けたミミ。

 

『いじめない? いじめない?』

 

 彼女の心の声が聞こえてくるようだ。

 おずおずとこっちを見てくる彼女は、正体は巨大なドラゴンなのに、小動物っぽい愛らしさがあった。

 

 ミミは過剰反応した自分が恥ずかしくなったのか赤くなって俯いてしまった。

 

 よし、彼女のトラウマを克服する手伝いをする過程で仲良くなり、可能ならばティムしよう。ティムできなくても彼女の心が少しでも癒されればそれでいいや。

 

 まずは武器をしまう。暖かい触れ合いに冷たい剣は無用だ。

 

 次にミミが逃げないように固定し、彼女の頭を撫でる。

 人間の女性には絶対にやってはいけないらしいし、やる度胸も無いが、彼女はドラゴンなので問題は無い

 

「よーしよしよしよし。そうか剣が怖かったのか。ごめんな~」

 

 動物と仲良くなるには、やはりスキンシップと餌付けだ。ドラゴンって何食べるのかな。そもそも俺食べ物なんか持ってたっけ。

 

「わ、私は犬や猫じゃありません!」

「よーしよしよし。剣はしまったからな。ほらもうないぞ~」

 

 辛かったよなーうんうん。お兄さんもトラウマは108個くらいあるよ。

 

「だから、撫でるなぁー!」

 

 照れたミミは俺の手を振り払おうとするが、リンク=サンの力は見た目よりずっと強い。その程度では逃げられんよ。

 

 さて今のうちにインベントリの確認をしよう。俺はインベントリを脳内に呼び出して、確認していく。見事にロンロン牛乳ばっかりやで~。食べ物補給しないとなあ。

 

 

 結局ロンロン牛乳以外見つからなかった。

 

 すっかり大人しくなったミミを尻目に左手をひょいと振るう。俺の左手に牛乳瓶が現れた。何か魔法使いになった気分だが単にインベントリを操作しただけだ。

 

 何故か呆れたような視線をこっちに送って来るミミだが、瓶の蓋を開けると目の色が変わった。

 

「……そ、それはいったいなんですか」

「ん? ああこれはね、牛乳っていうんだ。欲しい?」

「い、入りません! 敵の施しは受けないのです!」

 

 敵って、撫ですぎちゃったかな。

 

 猫とか撫ですぎると嫌われちゃうらしいし、ドラゴンも構い過ぎには注意か。

 

 でもそう言いつつ、ミミの視線は牛乳瓶に釘付けだった。

 

 非常に分かりやすい。牛乳大好きなんだね。それとも鼻が良いから、美味しい牛乳だって分かるとか。

 

 俺はミミの目の前に瓶を持っていき、左右にゆっくりと揺らした。

 

 なみなみと入っている牛乳が波打つ、ミミはそれを目で追っている。

 

 うん、ツンデレっていいよね。こう、苛めたくなる。

 

 ミミの喉がごくりと鳴り、手がふらふらと伸びていく。

 

 その手が瓶を掴む寸前、ひょいと瓶を取り上げてみた。

 

「欲しいなら欲しいって言わないと駄目だよ」

 

 涙目で睨んでくるミミ。

 

 悩んでる、悩んでる。

 

 家で飼ってる猫そっくりだな。飼い始めたころはこんな感じだったっけ。

 

 うちの猫にやる様にミミの頬に牛乳瓶を押し付けてみた。

 

「これが欲しい? 欲しいなら、うんと首を縦に振ればいい」

 

 そしてミミは、たっぷり逡巡した後、遂に首をこくんと縦に振った。

 

「俺の所に来れば、毎日飲めるよ」

「まい、にち……」

 

 ここでもう一度押してみる。

 

「ミミ、俺の仲間にならないか」

「わ、わたしは……」

 

 その時、空気を切る凄い音が聞こえた。

 

 とっさにバックステップすると、さっきまで俺がいた所を黒い触手が唸りを上げて通り過ぎていった。

 

 あぶねー。

 

 黒い触手がミミの細い体に巻き付き、彼女の体を引き寄せていく。

 

「人の従者を随分と可愛がってくれたものね」

 

 おいおい飛び込み参加はそろそろいい加減にして欲しいんだけど、と思っている俺の前に現れたのは黒いスーツを着こなした肌の黒い少女。さっきの触手は彼女の手だったのだ。ナメック星人?

 

 しかも発言と全然ミミちゃんが抵抗しないところを見ると、ミミの保護者かモンスター仲間らしい。

 

「あっ」

 

 ミミの声には若干だが残念そうな声があった。そんなに飲みたかったならあげればよかったな。

 

「帰るわよ」

 

 不機嫌そうな彼女はミミとタートナックを腕で回収すると、谷を跳び降りた。

 

 ちょ、投身自殺かよ!

 

 そう思ってダッシュで駆け寄ると、谷の中に紫色の水のようなものが溜まっていた。

 

 なんだあれ。

 

 そう思う暇も無く彼女達は紫色の水に飛び込む。

 

 水はすぐに消えてしまい、あとにはぽかんとしている俺だけが残った。

 

 結局どういう事なんだ。

 




今回の伯爵の敗因:人選ミス リンク攻略隊にオドルワを選んでしまったこと。

ないないづくしに追い詰められた主人公は遂に覚醒を始めてしまいました。

そう恐るべきゼル伝上級プレイヤーRTA、そしてその向こうにあるTAS=サンへと、な。

主人公がブリッジしてる時のリナリー一家
ロック「遥かなる高みというやつか。僕にはとても近づけない……」
アリア「近づかれても困るわ」
リナリー「……カッコいい」
ロック アリア「「!?」」


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リンクって、牛乳ってなんだっけ?

デーモン・テイマーという言葉があってだな……


 レベル2AKUMAであり、普段は色のノアであるルル=ベルのメイドをしているミミは今唖然としていた。

 

 その理由は今回の標的と思われる緑の服の少年がロープの下を猛烈な勢いで回転しながら前進していたからだ。

 

 回転速度も前進する速度もどんどん加速していく。

 

「お、おい。あれ本当に人間か……」

 

 さっきミミと喧嘩したAKUMAの呆然とした呟きが耳に入ってきた。

 

 イノセンスや魔術が発動している気配もしないのに、少年は追跡するビーモスのビームを紙一重で避け続ける。

 

 行く手を阻むボコブリンの足やキースを掴んで引き摺り落とし、または蹴り上げながら、細い綱の下を一瞬の遅滞も無く回転し加速していく。

 

 憐れ、キースやボコブリンたちは悲鳴を上げて谷底に墜落していった。

 

 AKUMAたちは知らなかったが、本来ここは弓矢やパチンコ、ブーメランなどで予め敵を減らしてから挑む。事実リナリー一家もそうしていた。

 

 それを少年はイノセンスや魔術を使わず、己の身体能力のみで補い、人間離れした速度で連続回転し、緑の半円を描きながら前進していた。

 

「なによ、あれ……」

 

 ざわめくAKUMA達。

 少年の姿は人の皮を被りグロテスクな事には定評のあるAKUMA達から見ても、とても、とても……

 

「「キモッ!!」」

 

 ……気持ち悪かった。

 

 吐き気を催す邪悪というのではなく、え、人体ってそんな風に動かしてイイの? という違和感がひどい。

 

 最後に崖際で巨大な体格と盾と槍を持って待ち構えていたモリブリンを、今までの加速を最大限に利用した両足蹴り上げで、谷底に落としてフィニッシュ。

 

 勢い余って空中に跳び上がった彼は空中で一回転して体勢を立て直し、余裕の笑顔でしっかり森の入り口に着地した。

 

 そしてAKUMAたちを見上げると、右手をくいと挑発するように曲げる。左手にはいつの間にか牛皮の袋を持っていた。

 

 

 AKUMA達はハッと悪夢から目覚めたように我に返り、千年伯爵からの命令を果たすべく、雄叫びを上げて突撃を開始した。

 

 今回の作戦のために作られた巨人型合体AKUMA、密林戦士オドルワとレベル3のほとんどが前衛として突撃する。

 

 残った虫型合体AKUMAのゴーマと黒い人型レベル3、ミミたちレベル2や1が雲の上から少年に向かって1秒につき100以上の弾丸やビームを撃ちまくった。

 

 

 オドルワが手足を奇妙な形に振り上げながら、奇声を上げて突撃する。

 

 奇声と共に能力が発動し、緑の少年を紅蓮の炎と大量の虫型AKUMAが取り囲んだ。

 

 さらにオドルワ自身も大剣を持って踊りながら、跳びかかる。その後ろには3体のレベル3がいて少年の逃げ道はどこにもない。

 

『勝った』

 

 ミミはそう思ったし、他のAKUMAたちもそう思った。

 

 どれだけ身体能力が高くても、わけの分からない動きをしても所詮は人間。イノセンスもなしにAKUMAに勝てるはずがない。

 

 付近の人間たちも突然巨大な怪物が現れて、少年に襲いかかった事に恐怖し悲鳴を上げた。

 

 だが、それは一瞬で覆される。

 

「え?」

 

 炎の中に佇んでいたのは少年では無く、大柄な青年だった。

 

 青年を一言で表すなら銀。

 

 髪も服も鎧も帽子も全て白銀。

 

 ただ彼の剣だけが青い。

 ミミもAKUMAも今まで伯爵にしか感じたことの無いほどの圧迫感を青年と剣から感じた。

 

 そして剣が輝きを増し、一瞬だけぶれた。

 

 瞬間オドルワの絶叫が響く。

 

 腕や足をバタつかせながら青い光に溶けていく。

 

 青年の近くにいた虫型AKUMAや炎、オドルワの近くにいたレベル3に関しては声を上げる暇も無く蒸発していた。

 

 オドルワよりも遥か後方の上空にいたミミたちにも攻撃の余波が叩きつけられる。

 

 ゴーマは墜落し、レベル1とレベル2のほとんどは衝撃波に耐えきれず破壊された。

 

 ノア直属だけあってレベル2の中ではかなり上位に入るミミもボディに甚大な被害を受けて、ゴーマと共に墜落した。

 もっともミミの隣にいた黒い人型のレベル3も壊れかけて一緒に墜落しているのだから、ミミは壊れなかっただけマシと言える。

 

 

「クぅ……!」

 

 意識を取り戻したミミが見たのは、墜落したゴーマを黒金の剣で滅多切りにする緑の服の少年。

 

 少年は嗜虐的な笑みさえ浮かべながらゴーマの露出した巨大な目玉に凄まじい勢いで剣を突き立てる。

 時折思い出したように閃光を放ってゴーマやミミたちの視界や動きを封じ、また斬りつける。

 

 ミミは戦慄した。

 この男は本来なら一撃で片づける事が出来るはずなのに、わざと手加減してゴーマをいたぶり、楽しんでいるのだ。

 

 こんなやつに殺されるわけにはいかない。

 

 ミミは立ち上がろうと四肢に力を籠め……竜となった自分の翼も手足も無くなっている事に気付いた。

 

 それでもミミは諦めなかった。AKUMAはレベル1だってダークマターの力で空を飛べる。

 

 主人であるルル=ベルのためにも、普段は無表情な彼女に笑顔になってもらうためにも、首だけになっても動き、噛みついてやるつもりだった。

 

 ミミの体は王女、その魂は彼女の侍女であった。信頼し合っていた彼女達は千年伯爵にその信頼を利用され、AKUMAにされてしまったのだ。

 

 生まれたAKUMAミミは伯爵の言いなりになって人間を殺し続け、それに飽きたころノアの一族であるルル=ベルに拾われた。

 

 それ以来ミミはまるで元になった侍女の魂に導かれるようにルル=ベルに仕え、自分の顔を見る度にちらつく謎の映像に苦悩しながら主人の笑顔を見ることを目標に頑張ってきた。

 

 ……その映像が生前の侍女の記憶であり、殺してしまった主人の顔を見て、侍女の魂が泣き叫んでいることに気付かないまま。

 

 ゴーマの断末魔が聞こえて、彼女が最後の特攻を仕掛けようと決意した時―――

 

『もういい。引きなさいAKUMAたち』

 

 ルル=ベルの言葉が頭に響いた。

 

 だが、ルル=ベルもミミも遠くの人物に声を届ける力は無い。ミミの能力は巨大な竜となり風を操ること。ルル=ベルの能力は万物への変身だからだ。

 

「な、ぜ……」

『主は今回の目標を達せられました。貴女たちの役目は終わりよ。谷底にゲートを張ったわ。早く帰ってきなさい』

 

 今回の目標はあの男の抹殺のはずだが、ルル=ベルが終わったと言うなら終わったのだろう。

 

 そう考えたミミは消耗を少しでも抑えるために少女の姿に体を変えていく。

 

「早く戻らないと……ルル=ベル様」

 

 幸いな事に人の方のボディの四肢は壊れていなかったので、彼女は傷だらけの体を引き摺って帰ろうとする。

 

「待て」

 

 だが、そうは問屋が卸さないとばかりに緑の服の少年が彼女の前に立ちふさがった。

 

 ミミはその時、初めて少年を正面から見た。

 

 薄茶色のズボンに緑の服ととんがり帽子。10歳前後の金髪に青目の少年で、顔立ちは程々に整っている。少年は山羊が描かれた木の盾と黒金の剣を持って、こちらを見ていた。

 

 ミミにはその眼が彼女を哀れんでいるように見えた。

 

「なんですか、その眼」

 

 今のミミでは逆立ちしたって勝てない。会話でごまかしながら、逃げるしかない。

 

 だから胡麻をするなり命乞いをするなりすればいいと分かっていたのに、何故かミミはそれが出来なかった。

 

「君の名前は?」

「ミミ、ですけど」

「ならミミ、俺の仲間にならないか」

 

 ミミはこの男の正気を疑った。

 さっきまで殺し合いを、一方的な虐殺をしていたくせに今度は自分を欲しいと言う。

 

 女は強さを見せつけてから、優しくすれば自分になびくとでも思っているのだろうか。

 あるいはミミに惚れたとでも言うつもりか。

 

 確かにミミは体も魂も生まれた自我も女のAKUMAだ。

 だが、ミミにはルル=ベルという仕えるべき主人が、自分の心身魂全てを握る千年伯爵がいる。

 

 例え千の言葉で愛を囁かれようと、最高の贈り物をされようとそう簡単に寝返ったりはしない。

 

 ミミはその提案をふはんと鼻で笑った。

 

「例え殺されたって貴方にお仕えするなんてお断りです」

「そうか……」

 

 男は残念そうにそう言うと、不意に剣を持つ左手を振り上げた。

 

「ひっ!」

 

 殺される!

 

 そう思った彼女は反射的に頭を庇って目をつぶった。

 

 だが、いつまでも斬撃が来ない。

 

 恐る恐る目を開けた彼女の目に飛び込んできたのは、彼女の事を生暖かい目で見ている少年だった。

 

 あ、呆れられている。

 彼女はそう直感した。

 

『例え殺されたって貴方にお仕えするなんてお断りです』

 

 かっこよく言ってみたものの、やっぱりAKUMAのミミだって死ぬのは怖かったのだ。

 

 なによりミミ自身の行動がそれを証明している。ミミは悔しさと恥ずかしさで赤くなって俯いてしまった。

 

 そんなミミに少年は武器をしまって無造作に近づいてくる。

 

 そして何を思ったのか、ミミの頭を撫ではじめた。

 

「よーしよしよしよし。そうか剣が怖かったのか。ごめんな~」

 

 年下の少年に頭を撫でながら、慰められる。しかも動物のように。

 髪をくしゃくしゃにされて痛い、しかし若干気持ちいいような。

 

 結果彼女の羞恥心が更に刺激され、頬がますます赤くなっていくのを感じたミミは思わず大声で叫んだ。

 

「わ、私は犬や猫じゃありません!」

「よーしよしよし。剣はしまったからな。ほらもうないぞ~」

「だから、撫でるなぁー!」

 

 ミミは少年の手を振り払おうとするが、少年の力は見た目よりずっと強く、傷ついたミミではどかせなかった。

 

 逃げようにも腰に置かれた右手が彼女を逃がさない。

 

 ミミに逃げ場は無く、頭を撫でる少年に大声で抗議し襲いかかる羞恥心と戦う以外に道は無かった。

 

 

 ミミが叫びすぎて息も絶え絶えになったころ、少年はようやく満足したのか頭を撫でるのを止めた。

 

 ぐったりするミミを尻目に少年は左手をひょいと振るう。すると少年の左手に白い液体が並々と入った瓶が現れた。

 

 もうこいつはなんでもありか、と呆れるミミだが、少年がその瓶の蓋を開けると目の色が変わった。

 

「……そ、それはいったいなんですか」

「ん? ああこれはね、牛乳っていうんだ。欲しい?」

「い、入りません! 敵の施しは受けないのです!」

 

 そう言いつつ、ミミの視線はそれに釘付けだった。

 

 視線だけでなく、AKUMAの鋭い嗅覚も牛乳の芳醇な香りに支配されていた。

 

 からからに乾燥していた口の中に自然と唾液が溜まって、濡れていく。

 

 少年はミミの目の前に瓶を持っていき、左右にゆっくりと揺らす。

 

 濃厚な甘い匂いがミミの久しく刺激されてなかった食欲を刺激し、なみなみと入っている牛乳が波打ち、こぼれそうになる様子に目を奪われ、ミミは気付かない内にそれを目で追っていた。

 

 飲みたい。とても。

 

 ミミはそう思った。そしてすぐにこれは異常だと気付いた。

 

 人間には食欲や睡眠欲、性欲や排泄欲など生きて、遺伝子を残すために必要なことをさせるための欲求が存在する。

 

 だがミミを含めたAKUMA達はそれらが極端に薄い。生きるためにそれらを必要としないからだ。

 

 そのかわりAKUMA達には殺人欲求がある。人を殺すと人間の欲求を全て同時に満たしたように気持ちがいいし、人を殺さなければ欲求不満でイライラして、最終的に人を殺さずにはいられなくなる。もう殆ど人の食欲のようなものだ。

 

 ミミは今1か月も殺人を我慢したかのような渇きを感じていた。人で言うなら砂漠で何日も彷徨った後、目の前によく熟した冷たいスイカを差し出されたようなものだ

 

 早くそれを飲みたい。

 

 もうそのひんやりした空気やしっとりした汁気を肌で感じることが出来るレベルだ。

 

 ミミの喉がごくりと鳴り、手がふらふらと勝手に伸びていく。その手が瓶を掴む寸前、ひょいと少年はそれを取り上げた。

 

「欲しいなら欲しいって言わないと駄目だよ」

 

 ミミにはもう少年が人の皮を被った本物の悪魔にしか見えなかった。

 

 ミミには分かっていた。

 

 AKUMAにここまで強い影響を及ぼすのは、AKUMAについて深い知識を持つ魔導士の術かイノセンスしかないと。

 

 そしてあれを飲めば、今の自分、ルル=ベルのメイドのAKUMAミミは、存在しなくなると。

 

 イノセンスにより、魔導式ボディの材料であるダークマターが内側から溶かされてしまうのか、魔導士の術により改造されて操り人形にされてしまうのか、あるいは飲んだ瞬間爆発でもしてしまうのか。

 

 普段のミミならそのどれも絶対にお断りだっただろう。

 

 だが、今のミミにはどれも甘美な結末に思えてしまう。

 

 あれさえ飲めれば、その後どうなっても構わない。

 

 そう思わせる魅力がこれにはあった。

 

 彼女を辛うじて踏みとどまらせているのは、彼女のルル=ベルへの侍女としての誇りと忠誠心、死への恐怖だった。

 

 少年はミミの反応をクスクス笑いながら、ミミのほっぺたに瓶を押し付けてくる。

 

 甘い香りがむわっとミミの鼻孔を襲い、彼女の理性を奪っていく。火照った頬に冷たい瓶が心地よい。

 

 それを一刻も速く離して欲しいような、ずっとこうしていたいような、あるいは今すぐそれを飲み干してしまいたいような。

 

 ミミの中で理性は蒸発していき、責任感や誇り、恐怖や憧れ、食欲とも性欲ともつかない欲求がぐちゃぐちゃに混ざりあい、訳が分からなくなる。

 どうしたらいいのか分からず、体が動かない。

 

「これが欲しい? 欲しいなら、うんと首を縦に振ればいい」

 

 そしてミミは、耳元で囁く少年の、AKUMAを陥れる悪魔の囁きに、遂に首をこくんと縦に振ってしまった。

 

「俺の所に来れば、毎日飲めるよ」

「まい、にち……」

 

 毎日、これを飲める。

 

 今のミミにはたまらない誘惑だった。想像するだけで身体の芯から魂の底まで震えが走る。

 

「ミミ、俺の仲間にならないか」

 

 さっきと同じセリフ。

 

 だが、同じように断ることは、もうミミには出来なかった。

 

 口は開いたが、声が出ない。

 

 口の中に入って来る空気すら甘ったるく、ミミの思考を乱していく。

 

 ミミは心の中で天使と悪魔がせめぎ合っているのを感じていた。

 

 そしてどちらが優勢なのかも、分かってしまった。

 

「わ、わたしは……」

 

 その時だった。

 

 少年がパッとミミから離れた。

 

 さっきまで少年がいた所を黒い触手が抉る。

 

 ミミの細い体に黒い触手が巻き付き、引っ張られた。

 

「人の従者を随分と可愛がってくれたものね」

 

 黒スーツを着こなした肌の黒い女性、ミミの主であるルル=ベルが立っていた。

 

 さっきの触手はルル=ベルの手だけを変身させた物だったのだ。

 

「あっ」

 

 彼女が上げた声には決断をしなくて済んだ安堵と欲求を満たせなかった不満と落胆、その両方が混じっていた。

 

「帰るわよ」

 

 不機嫌そうなルル=ベルはミミと生き残っていた黒い人型のレベル3を腕で回収すると、谷を跳び降り、空間を跳躍移動できる箱舟のゲートに入った。

 

 一瞬真っ暗になり、次の瞬間には白い家が立ち並ぶ街、ノアの箱舟の内部にミミたちはいた。

 

「引き所は間違えるなと前に言ったはずよ」

「も、申し訳ありません! ……私はクビ、でしょうか」

 

 おそるおそる訊くミミ。

 

「主は仰せられた。もしこの部隊が負けるようなことがあれば、このレベル3だけは連れ帰るように、と」

「このレベル3を、ですか」

 

 ミミは何か特別なレベル3なのだろうか、と疑問に思ったがそれよりも自分がルル=ベルの侍女をクビになっているか、いないかが気になっていた。

 

 もしクビになっていたら……あの少年に……とミミは考えてしまい、慌てて首を振ってその考えを打ち消した。

 

 だいぶ自分は毒されているらしい。本当に自分は危ない所だったのだろう。

 

 それにルル=ベルは伯爵に命じられていないのにミミを助けてくれたのだ。

 

 お礼を言わなくてはならない、とミミは考え、ルル=ベルの前に立って頭を下げる。

 

「あの、ルル=ベル様。助けて下さってありがとうございました!」

「……新しい爪とぎ係を探すのが面倒……それだけよ」

 

 そう言うと、ルル=ベルは黒猫に変身してテクテクと歩きだしてしまった。

 

 ミミは慌てて、でも笑顔で照れ屋な主人を追うのだった。

 

 あれは一時の気の迷い、単なる悪夢だったのだ。次に会った時は絶対に負けない。

 

 そう自分に言い聞かせながら……。




今回登場したミミ(AKUMAの自我)は自身の生前の記憶を思い出しかけては苦悩するという非常に珍しいAKUMAです。

アニメオリジナルキャラですが、原作が休載を繰り返すために長々とやっていたアニメオリジナル編に出まくっていたので、エリアーデやエシと同レベルの存在感を出していました。

初めて登場したマテールのレベル2は名無しでしかも2話位で速攻撃破されたのに、彼女は8話位かかったと言えば分かりますかね。1クール12話のアニメで8話、しかもしょっちゅうミミの活躍や喜びや葛藤が描かれるなんて、昨今のアニメならメインヒロイン級です。ここでもそうとは限らないけど、彼女とはいずれまたどこかで会うでしょう。

次はいよいよあのお方の登場です。

おまけ

盾突き 別名TAS突き。時のオカリナやムジュラの仮面で発見されたバグ技。3D版では修正された。直前の攻撃の威力と性質をそのままに連続攻撃が出来るTAS=サン御用達の技。

しゃがんで盾を構えて攻撃をする直前の攻撃、作中ならジャンプ切りの攻撃力で連続攻撃できる。もし盾突きの前にハンマーを使っていれば、ハンマーの威力と性質で連続攻撃できる。

もしゴーマの体力が300、初期装備のコキリの剣の威力を10とすると、普通は30回切り付けなくてはならない。
金剛の剣はコキリの剣の3倍の威力なので30。普通なら10回、威力2倍のジャンプ斬りなら5回だ。
しかしジャンプ斬りは隙が大きく、時間もかかる。
そこで盾突き、2倍の威力(60)を維持したまま、1.5倍の速度で連続攻撃だ! 

……これだからバグ技は……

ちょっとした用語解説 

RTA リアルタイムアタックの略。ゲーム開始からクリアまでの時間を競う競技のこと。競っているのは泣く子も黙るゲーム廃人ばかりなので、基本的にキャラの動きやルートは人外チックになる。この際、改造コードやその他の補助機械は使用を認められない。

TAS ツールアシステッドスーパープレイ、またはツールアシステッドスピードランの略。実機で理論上は可能だが実際はほぼ不可能なスーパープレイを補助機械を使って行い、そのタイムを競うこと。ただし、改造コードなどでゲーム外部から内部へのハッキング行為をしてキャラクターやステージ等を弄ってはいけない等、様々な制約がある。

RTAもTASさんも攻略の効率を極めすぎた結果、変態機動で挙動不審になり、だけど最速でゲーム攻略をする(世界を救う)人と思ってくれればいいです。


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エピローグとはプロローグでもある。

次が長くなるかもしれないので、区切りの良い所で区切って、更新しました。


 

 辛くも綱渡りの試練を突破してゴーマさんを撃破したものの、フルメタルドラゴンがメイド服の少女になったり、その主人と思われる腕が伸びる謎の少女が出てきたり、と色々とイベントがてんこ盛りだった。

 

 あの腕が伸びるスーツ姿の少女はドラゴンガール「ミミ」の主人、あるいは同僚の執事さんってことで良いのだろうか。

 

 やっぱり彼女もモンスター娘なのかな。半人半タコのスキュラとか、そういうのなのか。それとも新たな種族なんだろうか。

 

 ゼル伝にはハイリア人以外にも、永遠に子どもの姿で森に住むコキリ族とか、彼らが進化したコログ、優秀な鍛冶職人を多く有する岩を食う種族ゴロン族、水の中でも地上でも生活できるゾーラ族、ゾーラ族から進化し翼と嘴を得たリト族、寒い地方に住むユキワロシ、女しか生まれないゲルド族などなど多くの種族が存在している。

 

 彼女達も新たな種族なんだろうか、だとしたらミミはティム出来ないのかな……

 

 いや、風のタクトではリト族のメドリちゃんやコログのマコレちゃん、時のオカリナではゾーラ族のルト姫みたいに一緒に冒険することが出来るキャラがいた。

 

 前作では一時的だったけど、今作ではきっと継続的に一緒に冒険出来るに違いない。出来なくてもとりあえず一緒に冒険してみたい。竜騎士リンクというのをやってみたい。

 

 そう言えば時のオカリナの妖精ナビィやトワイライトプリンセスのミドナちゃん、大地の汽笛のゼルダ姫を始めとする相棒キャラはいつ出てくるんだろう。

 

 ハッ、もしかしたらミミちゃんは相棒キャラか!

 

 トワイライトプリンセスのミドナちゃんはリンクや物をワープさせたり、狼リンクに変身させたり、自分が巨大な怪物になって戦ったりと大活躍な子だった。

 

 大地の汽笛のゼルダ姫もファントムに憑依して、リンクや物を運んだり、リンクが行けない所に行ったり、一緒に戦ったりとやっぱり大活躍だった。

 

 今作ではミミちゃんがドラゴンになってリンクや物を背中に乗せてくれたり、攻略のアドバイスをくれたり、ドラゴンに変身して戦ったりするのだろうか。そうだとしたら嬉しいのだが。

 

 

 

 俺たちは今マスターソードが眠ると言われる朽ちかけた時の神殿の最奥、時の扉の前にいた。

 

 時の神殿はリナリー一族が代々守ってきたし時々掃除もしているそうだが、森の中に建っているのであちこち森の植物に侵食されて崩れている。

 だが、目の前の重々しい石壁とその周りの一角だけは時間が止まってしまっているかのように綺麗だった。

 

「お待ち申し上げていました。我が創造主より選ばれし運命のお方……」

 

 そして俺の目の前にいるのは、ゲーム最初の夢に出てきて東に行くように言った、青い金属のような質感の身体をした精霊。

 色と質感を無視すれば、髪型をショートカットにした15歳くらいの美少女に見えなくもない。

 

 俺の後ろにはロックさんたちが弓矢を、リナリーはパチンコを構えて警戒した様子で立っている。

 

 彼女たちはミミたちが消えた直後に俺の所に来てくれた。俺に襲いかかろうとするオドルワさんやゴーマさんたちを見て、加勢しようとしてくれたらしい。出会って間もない俺のために危ない橋を渡ってくれるなんていい人たちだよな。

 

「君はいったい……」

「ファイ……それが私に与えられし名」

 

 ファイさんの声は女性的で、和音のような美しく神秘的なものだった。

 

「時の向こう……遥かな過去より大いなる使命を背負いし貴方のために、ファイはその為だけに創られた存在なのです」

 

 なんともファンタジックで、あまり答えになっていない解答を頂いた。まあ名前が分かったから良しとしよう。

 

 ファイさんはすぅーっと空中を滑る様に移動し、扉の中に入っていく。

 

 藍色の石造りの扉は空気に溶けるように消えていった。

 

「どうぞ、この剣をその手に……我が創造主に選ばれしお方、リンク」

 

 部屋の中央に鎮座ましましている銀色の長剣。

 

 蒼い鳥の翼が閉じたような形の鍔をした剣が、白い石で出来た台座に突き刺さっていた。

 

 それは言わずとしれたマスターソード。俺が追い求めてきたゼルダ界最強の剣。

 

「どうか我が創造主の命に従い、その手で剣を抜き、天にかかげて下さい」

 

 ファイさんの言葉に従い、俺は興奮に震える両手で、その蒼い柄を掴んだ。

 

 ビリビリと感じた事も無い程の強烈な力が、やっと主に会えた喜びや興奮のような物が剣から伝わって来る。

 

「うわっ!!」

「きゃあ!!」

 

 ロックさんやリナリーたちの悲鳴が聞こえる。

 

 この剣が直視できないほど眩い光を放ち、周囲に台風のような凄まじい突風を巻き起こしているからだ。

 

「リンク君! 大丈夫かい!」

「リンク!」

 

 だが、風も光も中心にいる俺に全く影響を与えない。むしろ心地良くさえある。

 

 俺はマスターソードを引き抜こうと掴んでいる両手に力を籠めた。

 

 石の台座から光が溢れ、初めから決まっていたかのようにスラリと抜ける剣。

 

 俺はそれをゆっくりと持ち上げ、天に向かって真っすぐにかかげた。

 

 俺と剣を中心にもう一度風が吹き、周囲の荒れ狂う力を鎮め、天にかかげられた剣が神々しい光を帯びていく。

 

 不思議な力が剣の先端から、剣身を通ってたまっていくのを感じた。

 

「……承認、完了しました。マイマスター、リンク」

 

 その姿を少し離れた所から見ていたファイはすぅと寄ってきた。

 

 マイマスター? 

 

 俺はいつからジェダ●になったんだ。君を弟子にした覚えもないが。

 

「ではマスター、剣をもう一度台座にお収めください」

 

 そうか、そうか剣をもう一度台座に収め、ファッ!?

 

 ナンデ!? せっかく手に入れたマスターソードを、ナンデ!?

 

「現在この剣は権能のほとんどを、ある存在の封印に使っています。その為、長時間剣を抜いていると封印が解けてしまう可能性98%」

 

 ……そういえば、マスターソードやフォーソードは悪い奴を封印するのにも使ってたネ。

 

 伝説の聖剣は悪者の封印のカギになるのはゼル伝の伝統だったね。

 

 じゃあなにか、俺は10日間散々苦労した挙句に伝説の剣を抜き差しして終わりと、そういうことですか。

 

 まあ、正直ちょっと予想はしていたよ。

 

 マスターソードを手に入れるにはまだ序盤すぎるし、本来なら翼が開いたような形のはずの鍔が閉じていたし。

 

 しかし使わずに収めるのはあまりにも悔しすぎるので、俺は剣を可能な限りカッコよく振り回してから、もう一度台座に刺した。

 

 剣を刺した瞬間、台座を中心に黄色い幾何学模様の魔法陣がでてきた。カッコよかったが今はそれどころではない。

 

 俺の10日間の頑張りを返せー!

 

「……再封印、完了しました。」

 

 俺の憤りをしり目に、ファイさんは淡々と作業をこなす。

 

「さっきから君はマスターソードの事を色々と分かっているみたいだけど……」

 

「マスター。ファイはこの剣の精霊。遥かな過去より大いなる使命を背負いし貴方を導くために創られた存在なのです」

 

「剣の、マスターソードの精霊……前に、封印したのは君だったのか」

 

 衝撃のあまり口から言葉がこぼれ出た。時オカでリンクを封印したのは彼女だったのか!

 

 

 マスターソードは謎の多い剣だ。

 

 まず現時点で出自がはっきりしていない。

 

 神々のトライフォースでは、数百年前にガノンドロフが現れたので王が賢者に命じて作らせたとあるが、ガノンドロフが現れた時のオカリナの時点で剣は既に存在している。

 また時のオカリナよりも以前にマスターソードを扱う時の勇者がいたということを、時の神殿の守護者であり、光の賢者であるラウルが述べている。

 

 深い森の奥、時の神殿、ハイラル城の地下、時代によって様々な所に封印されており、時のオカリナでは勇者リンクの肉体が幼すぎるからって大人になるまで7年間も封印したりする。でも同じ年位の風のタクトの勇者リンクは封印しない。

 

 ゼル伝世界には時空を操る時空石なるものが存在しており、時のオカリナがそれから作られていることは有名だが、柄と鍔の部分がそれと色や質感共に似ている。

 

 そして前々からゼル伝プレイヤーの中で噂されていたマスターソードの中の人の存在。

 

 俺は漫画版のイメージから教頭先生みたいな厳格な人かと思っていたら、クール系少女だったとは。

 

「イエスマスター。そこまで思い出しておいででしたか」

 

 ん? 思い出す? 何を?

 

「さすがマスター。今回の旅は以前にも増して厳しいものになるとファイは推測していましたが、どうやらその心配は不要だったようです」

 

 あれ? なんか行き違いが生じているような。……気のせいか。

 

「ともかくこの剣は今使えないんだな」

「イエスマスター。この剣が封印具の役目を担っている限り、武器として使用することは不可能です。故に封印の代行が可能な7人の賢者の捜索し、彼らを賢者として覚醒させる必要があります」

 

 来たよ、ゼル伝伝統の7人の賢者探し!

 

 神々のトライフォースでも時のオカリナでも、風のタクトでも世界中を探させてもらいました、賢者の皆さん!

 

 もっとも探したのはマスターソードをゲットした後だけどね。

 

 マスターソードが出てくる作品ではトワイライトプリンセスを除いて賢者を探さなくてはならない。ここ、テストに出るよ!

 

 ちなみに風のタクトは開発中は海・風・大地の3人の賢者だったのが、製作期間の関係で風と大地の2人になったらしいのは余談だ。

 

 まあ、こちとら10年以上ゼル伝をやり続けたゲーマーだ。7人位あっという間に見つけ出してやんよ。

 

「それだけか。ならさっさと……」

「更に邪悪な思念による刃の穢れを落とすために3つの聖なる炎を探し、刃を清める必要があります」

 

 え?

 

「またそれと並行して剣に退魔の光を宿すための3人の賢者を捜索する必要があります」

 

 え? え?

 

「最後に我が創造主であられる女神様の祝福を受けることで、剣はかつての力を完全に取り戻すでしょう」

 

「…………」

 

 なあ、待てよ、待ってくれよ。

 

 一体何工程あるんだよ、それ。

 賢者って最大7人じゃねえの。今までだって一作品あたり7人しかいなかったじゃん。

 

 なんで急に10人に増えてもうたん?

 

 今までは3つのメダルとか精霊石とか集めたら、マスターソード手に入ったじゃん。

 

 マスターソードを手に入れるまでのフィールドとダンジョン攻略って毎回3つか4つ位だったじゃん。

 

 なんで急に探し物が14個に増えてもうたん?

 

 そして最後、ゼル伝において伝説で語られるだけでゲーム中に女神が登場したことは一度も無い。出てくるのは精々妖精の泉に住む大妖精位なものだ。

 

 それなのに女神様なんて、どこに行けば会えるのか見当もつかん。天空にでも住んでいらっしゃると言うのか。

 

 どないせえっちゅうねん。

 

「……参ったな」

 

 本当に、参った。

 

 

 

 

 時の神殿マスターソードの間に入ったリナリーたち

 

 ロック「あれがあの有名なマスターソード! あれがマスターソードの台座! こっちのが……!」

 リナリー「お母さぁん……お父さんが変だよぉー」

 アリア「フフフ。ついに、ついに始まるのね。マスターソードを引き抜き、今ここから新たな勇者の伝説が……!!」

 リナリー「ふぇえええ、おにいちゃぁああん」

 

 とある大学

 

 コムイ「!! リナリーに呼ばれた気がする! リナリィィィイイー!! 今行くよぉおおおお!!」(猛然とダッシュ

 大学教授「はあ、これさえ無ければねぇ……」(ため息

 




誰がそう簡単にファイ様とマスターソードを渡すか!

Dグレの世界は難易度ルナティックがデフォなんだよ!

というお話でした。

主人公動揺のあまりエセ関西弁に。


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新たな力

最近忙しすぎる。しかもますます忙しくなりそうな気配がプンプンする。

感想は忙しくて返信できないだけで、疲れた時にニヨニヨしながら読ませていただいています。

いつの間にか通算UAが12万を超え、お気に入りが3千人を、感想が200を超えました。

ご愛読してくださり、本当にありがとうございます。



 マスターソードを取るための膨大な条件を聞いた俺は一瞬気が遠くなった。

 

 なんで、なんで急に探し物が14個に増えてもうたん?

 

 そもそも今回はマスターソード誕生の物語じゃなかったのかよ。ゲーム雑誌がまたいい加減なことを言ったのか。

 

 マスターソードあるじゃないか、弱体化してるけど。今作の時系列はどうなっているんだ。また考えなくてはならないことが増えちまった。

 

 

 最初の街から次のトアル村までの移動に10日もかかるほど広いゲームで14個も探し物とか、いったい何日、いや何年かかるか分かったもんじゃない。

 

 だがこちとら10年以上ゼル伝をやり続けたコアユーザーの端くれ、この程度の苦境でマスターソードを諦めると思っては困る。

 

 そもそもゲームには現実と違って何らかの答えが予め用意されているものだ。

 

 しかもそれがマスターソードならば、絶対に手に入れる方法が用意されているはずだし、絶対に手に入れたい。

 

 例え何年後ろ向きに走り続けることになったとしてもだ。

 

 なら善は急げだ。早速行動を開始しよう。

 

 俺は祭壇を後にし、

 

「マスター、ファイから一つ進言致します」

 

 ―――ようとしたところで俺の前にファイさんがドアップで現れた。

 

 ちょ、ちょっとお顔が近すぎやしませんか。顔と顔の間が拳1つ分くらいしかないよ。

 

 こうして見ると意外と綺麗で可愛い顔をしている、ってそうじゃないだろ、俺!

 

「な、なにかな」

「ファイを供に連れていくことを強く推奨します」

「君をお供に?」

「イエスマスター。この広い世界において賢者と聖なる炎の探索はマスター一人では非常に困難です。しかしファイがいれば適宜ダウジングを行い、マスターを導くことが可能です」

 

 ダウジング、鉱石とか探す時にやると言うあれか。棒を目標に近づけると曲がったり、震えたりするらしい。この場合はファイさんがアドバイスをくれるということかな。

 

 ということは彼女がナビィちゃんやミドナちゃんポジか! 

 

 ゲーム内で約17日、やっと相棒キャラを発見か、長かったな~。

 

 そうするとここまで来たのは案外無駄ではなかったということか。……しかしすぐにはウンと言えない問題があった。

 

「でも君がフワフワ飛んでいたら目立つし、騒ぎを起こしたくない」

 

 歴代の相棒キャラって隠そうと思えば己の姿を隠せるんだよね。

 

 例えば初代相棒ナビィちゃんと2代目のツンデレ妖精チャットちゃん、記憶喪失のシエラちゃんは小さな妖精だったから帽子の中に隠れることが出来た。

 

 ミドナちゃんは影の世界の住人だから、リンクの影に潜ることが出来たし、幽霊ゼルダ姫は幽霊故にそもそも一般人には見えない。

 

 でもファイさんはリナリーたちにも見えているっぽいし、どうしたもんかな。

 

 前作のトワイライトプリンセスでは、ミドナちゃんを街中で実体化させとくと魔物扱いされて、住人は大声を上げて逃げ惑うし、へっぴり腰の衛兵がすっ飛んで来たんだよな。

 

 ミドナちゃん……小悪魔ちっくな猫みたいで可愛いのに。

 

 まあ彼女が現実に居たらびっくりするだろうし、ミドナちゃんをゲーム中で実体化させるにはリンクが大きな灰色狼になる必要があるから、住人はそっちにびびっていた可能性もあった。

 

 リアルさを重視するゼル伝のことだから、青い体の女の子を連れて街中を歩こうものならたちまち面倒なことになるだろう。

 

「ご心配には及びません、マスター。性能は大幅に低下しますが、ファイは他の剣を依り代とすることも可能です。マスターの剣の中に居ればいたずらに騒ぎを起こすこともないでしょう」

「それはすごいな。じゃあこの剣に憑依出来るか」

 

 さすがマスターソードの精霊、抜かりは無かった。

 

 俺が金剛の剣を鞘から抜いて差し出すと、彼女は俺から離れて剣に顔を寄せる。

 

 や、やっと俺から顔を離してくれたぜ。例え精霊でも女の子に至近距離から自分の顔をじっと見つめられるのは緊張するもんだな。

 

「可能です、マスター。この剣ならばダウジング機能をある程度使うことが出来るでしょう」

「ある程度……完全に使うのは無理なのか」

「イエスマスター。現状では本来の性能の約9%が限界です」

 

 1割未満か。思ったよりだいぶ低いな。封印のせいか。

 

「原因は封印に力を取られていること、そしてこの剣の性能的限界です」

 

 子供リンク最強の金剛の剣でも、ファイさんの、マスターソードの本来の力は出せないってことか。

 

 まあ、出せちゃったらマスターソードの力を取り戻す旅に出る必要が無くなってしまうんだから当然っちゃ当然だ。

 

 それにしてもマスターソードにダウジング機能なんてあったんだね。

 時のオカリナや風のタクトでも使わせてほしかった。その辺の理屈はどうなっているんだろうか。

 

「そうか」

「剣としての完成度が高く、マスターの力も宿ったこの剣ならば、封印の賢者さえ目覚めさせれば、剣の能力の強化や新たな能力の追加が可能です」

「本当か!」

 

 そ、それは夢が広がリング! 徐々にパワーアップする剣とかロマンだ。

 

「イエスマスター。賢者を一人目覚めさせる毎に順次強化が可能です。最大で30%まで再現が可能と観測。マスターは良い剣をお持ちのようですね」

 

 マスターソードの精霊にも認められるとは、さすがはおやじさん、さすがは金剛の剣! 

 

 色々と腑に落ちない所もあるけど、とりあえずここにはもう用はない。

 

 ファイさんを仲間に加えた俺は、涙目のリナリーとハイテンションであちこち調べている彼女のご両親を回収して、ルンルン気分で神殿を出た。

 

 

 

 

「さて、君はこの後どうするつもりなのかな」

 

 さっきまで学者魂が暴走したのかハイになって、ファイさんにあれこれ質問していたロックさんが真面目な口調で訊いてきた。

 アリアさんはリナリーとソファに座って話している。

 

 みんながリナリーを無視してファイさんばかり構っているから、拗ねてしまったのだ。頬を膨らませてへそを曲げているリナリーはちょっと可愛い。4歳ぐらいは甘えたい盛りだもんな。

 

「ファイさんと一緒に賢者様を探したいと思います」

「そうか……ちょっと待っていてくれ。君に渡したいものがある」

 

 ロックさんは気になる事を言って居間を出て行ってしまった。

 

 もう食糧を融通してもらう約束もしちゃったし、これ以上貰うと何を返して良いか分からないんだが。

 

「マスター、ファイのことはファイで構いません」

「あ、うん。ごめん、つい慣れなくて」

「いえ、ファイはマスターのお好きなように呼んでもらって構わないのですが、テイサイという物を人間は大事にすると記憶しています。ファイはマスターの剣なのですから、人前で敬称を付けるのは避けるべきだと推測します」

「了解。とりあえず人前ではファイって呼ぶことにする」

 

 ファイさんは剣の中から話かけることも出来るらしい。今も膝の上の剣がうっすらと光ながらしゃべっている。それにしてもファイさん体裁って意味は分かっているんだろうか。妙に片言だったが。

 

「しかしアリアさんが賢者になれないのは予想外だった」

「人間の口伝はやはり信頼に足るものではありません。賢者の末裔が何の準備もせずに子孫を成すとは」

 

 ファイさんはその人物に賢者の適正があるかどうか分かるらしいのだが、賢者の末裔であるアリアさんには驚くべきことに賢者の資格が無いそうだ。

 

 最初の賢者はゲットしていた気になっていた俺は、衝撃の事実に危うく膝をつくところだった。

 

 スタッフはとことんプレイヤーに楽をさせる気はないらしい。

 

 賢者をやる気満々だったアリアさんもこのことを聞いて、大きなショックを受け、ズゥンと落ちこんでしまった。

 

 もう部屋の隅で床にのの字を書きそうな勢いの落ち込みぶりだった。ついさっきまでリナリーとロックさんと俺で必死に慰めて、なんとか回復させたのだ。

 

 詳しい説明を求めた所、

 

『賢者たる者、呪力、すなわち生命力に溢れていなければなりません。子孫を成そうとしないのが一番ですが、もし成すとしてもしかるべき処置をしてから行うべきです。女性は1個体出産するたびに、消費した呪力を微かに回復するので、通常の手段で子孫を産むなら千単位で産んでください』

 

 と無茶ぶりされた。

 

 うん、無理!

 

 千人単位で子供を産むなんて、人間には無理!

 

 肉体的、精神的、時間的、どれをとっても無理!

 

 あとの希望はリナリーだけだったが、

 

『彼女には適正はありますが、心身が充分に発達していませんので現状では賢者になれる可能性は5%です」

 

 とのことだった。

 

 そこでアリアさんが復活し、

 

『リナリーが賢者になれるのに何年かかるかしら』

『およそ12年で賢者になるのに足る呪力が溜まると推察されます』

『リナリー。貴女にはお母さんの、お母さんの夢を継いで欲しいの……』

 

 リナリーを懇々と諭し出した。

 

 賢者は殺されたり、クリスタルに閉じ込められたりする危険な仕事なので子供には出来ればなってほしくない。

 

 だが、ゲームをクリアして世界を救うには賢者の力がいる。

 

 俺は勧めるべきか、止めるべきか迷ったが、ゼル伝では賢者の末裔は賢者として覚醒していようがいまいが狙われる宿命にある。

 

 故にいっそのこと賢者として覚醒した方が安全かもしれない、と思って止めなかった。

 

 賢者だろうとなかろうと、女の子は何が何でも助けるし。

 

 賢者になれば、賢者のみ入れる不思議安全空間に居られるし、賢者パワーも使えるしね。

 

 それにゲーム内で12年なんて、時間がかかりすぎる。

 

 きっとリナリー以外に適性のある人がいるはずだ。

 

 ……マジで12年かかるとかないよね。うん、ないない。ありえない。

 

 物は考え様だ。ほら14個の探し物をするからって、14個のフィールドやダンジョンがあるとは限らないじゃん。

 

 ……今まではあったけどね。

 最悪風のタクトの勇気のトライフォースの欠片集めみたいに、世界中あっちこっち回ることになるかもしれないけどね。

 

 そんなことを茅場さんはさせないよね。

 

 あれ、ユーザーに不評だったよ。

 

 

「リンク君、ちょっとこっちに来てくれないか。やっぱり僕じゃ動かせないみたいなんだ」

 

 

 

 俺が案内されたのはトワイライトプリンセスでリンクさんが住んでいたツリーハウスだった。

 

 天窓から入って来る日の光、2階や地下につながる梯子、暖炉やかまど、壁に掛けられた白い絨毯や絵、干し草フォーク、ゲームそっくりの家が目の前にあった。干し草フォークがあるのはトワイライトプリンセスのリンクが牧童だったからだろう。

 

 俺はあちこち見回し、感動し、感激しながらも疑問を覚えていた。

 

 ここは明らかにトワイライトプリンセスのリンクの家だ。

 

 だが、それはおかしい。

 

 ゼル伝は時の勇者の行動が歴史のターニングポイントらしく、そこでいくつもの平行世界が生まれているから時系列が少々ややこしい。

 

 俺の知っている情報では時のオカリナでリンクがガノンドロフをいつどうやって倒すかによって未来は大きく分けて3パターン、神々のトライフォース、トワイライトプリンセス、風のタクトに別れるらしい。

 

 神々のトライフォースは時のオカリナのリンクさんがマスターソードを手にすることが出来ず、ガノンドロフが何でも願いが叶うトライフォースを得て世界の王となってしまった世界。

 

ガノンドロフはトライフォースを使って世界をまるまる一個作り、そこを足掛かりにハイラルも落とそうとしたが慢心していたのか7賢者に封印されてしまう。

 

 だが、この世界はマスターソードを持った時の勇者が現れているので神トラの世界ではない。

 

 

 トワイライトプリンセスは、時のオカリナのリンクさんがガノン討伐直後に過去に遡って子供に戻り、未来の知識を過去のゼルダ姫に話して、ガノンドロフのハイラル乗っ取りを未然に防いだ世界のその後の物語だ。

 

 ゼルダ姫と賢者はガノンドロフ処刑に失敗し、ガノンさんは約百数十年後に蘇ってしまうものの、勇者の血筋は残っていたのでガノンさんはトワイライトプリンセスのリンクさんにぶっ殺された。

 

 

 風のタクトは大人になったリンクがマスターソードを使ってガノンドロフを倒して封印した数百年後の世界。

 

 一般人にまで時の勇者伝説が広がり、ガノンドロフが復活した時、人々は時の勇者の再来を信じていたと、風のタクトのプロローグで語られている。

 

 しかし時のオカリナでゼルダ姫が勇者の役目を終えたリンクを過去に飛ばしてしまったために勇者の血筋が途絶えてしまい、約百年後に復活するガノンドロフを倒せず、結局ハイラルは滅び、海に沈んでしまう。

 

風のタクトはその後の話なのである。

 

 

 トワイライトプリンセスの世界では賢者の霊や大精霊のような人外や一族の長位しか時の勇者の実在やその遺産を知らない。

 

一般人は端から知らないか、眉唾物の伝説や神話だと思っている。トワイライトプリンセスで精霊やたくさんの人たちとの会話の結果、俺が出した結論だ。

 

 この世界の人々はマロンさんのような一般人まで時の勇者リンクの存在を知っている。実在した人物だと知っている。聖地巡礼まであるくらいだ。

 

 だから勇者の生まれないはずの風のタクト系列の滅びゆくハイラルのはずなのに、トワイライトプリンセスのリンクの家がある。トアル村が存在している。

 

マスターソードがハイラル城では無く、森の聖域に、しかも弱体化しながら何者かを封印している。

 

 ファイさんは俺達に何を封印しているのか、『今のマスターにお教えすると混乱する確率85%』とか言って教えてくれなかった。

 

 ガノンさんやグフーさんみたいなシリーズ伝統の存在なのか、それとも今回初出演の方なのか分からない。

 

 だが、マスターソードをここまで疲弊させているんだから相当の大物のはずだ。

 

 何かがおかしい。パラレルワールドのはずの風のタクト世界とトワイライトプリンセス世界の設定が混じっている。

 

 しかも時代も滅茶苦茶だ。

 

 そもそも雑誌のインタビューコーナーがねつ造でなければ、今作はマスターソード誕生の話のはずなのに、マスターソードは弱体化が激しいとはいえ存在している時点でおかしい。

 

 もしかして俺の金剛の剣がマスターソードになる話なのか? 

 

 でもファイさんの話では全盛期の3割の力しか出せないって話だしなぁ。

 

 

「こっちよ、リンク君」

 

 俺がメタな考察を入れていると、アリアさんが地下に続くはしごを下りていく。

 

「僕はここで待っているよ。リナリーもいるしね」

 

 ロックさんはうとうとしているリナリーをおぶっている。

 

 もう夜だもん、眠くなるよね。リナリーの眠そうな顔は可愛いなあ。

 

 対してリナリーを見つめるロックさんの表情は幸せを通り越して、恍惚としている。

 

 漫画に出てくるようなイケメンで恩人補正まであるのに正直ちょっと笑えてくる。遊戯〇並みの顔芸です。

 

 いつまでも彼らを見ていてもしょうがないので、地下室に下りる。

 

 そこは梯子の周辺とカンテラで照らされている所以外は真っ暗だった。

 

 明かりの下にあったのは1つの大きな宝箱。

 

 アリアさんは厳かに語りだした。

 

「君に渡すのは、私の家が代々受け継いできた物。次代の勇者のためにご先祖様が遺された時の勇者の遺産」

 

 誰だってなんだって、初めてというのは特別だ。

 

 初めて行った旅行、初めてやったゲーム、初めて読んだ小説、初めてプレイしたゼル伝。

 

 この世界に来て未だ一つも開けていなかった宝箱、記念すべき最初の宝箱が目の前にあった。

 

「ここにあるのは勇者に新たな道を開くもの。天地をさかさまにしかねない、ありえない力を持つとされているわ」

 

 期待が否応も無く高まっていく。

 

 なんだ、何が入っているんだ!

 

 時の勇者の遺産、新たな道を開くもの。

 

 巨大な岩をも砕く爆弾か、遠距離に移動できるフックショットか、大穴で魔法の弓矢かもしれない。

 

 ロックさんたちの使っているのは弓矢だし、リナリーちゃんもパチンコを使っている。正直ちょっと羨ましかった。

 

 遠距離武器が欲しいと思っていたんだよねぇ。あるいはあの広い平原を少しでも早く移動できるようになるアイテムとか。

 

「私は賢者の末裔として、あなたを勇者と認め、これを贈ります」

 

 俺は期待に胸を膨らましながら宝箱に手を掛ける。

 

 ふたを開けても宝箱の中は光に溢れていて、良く見えない。

 

 脳内にあのディレディレ、ディレディレ、と宝箱を開ける時のゼル伝伝統の音楽がする中で、光の中に手を差し込む。

 

 そして伸ばした手が、今、何かに当たった。

 

 

 

 

 

 

 

 アイアンブーツを手に入れた!

 鋼鉄で作られたとても重い靴。履くと体が重くなり、歩くのが遅くなる。

 水の底だって歩けるぞ!

 

 

「…………」

 

 

 おのれ、茅場ァァァアアアアア!!!

 

 

 

 





〇〇さん「トアル村といったら、アイアンブーツだろう」


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新たな力(役に立つとは言っていない)

昼休みにこっそり投稿。


 ついに目の前に現れた宝箱。

 期待に胸を膨らませていた俺が手に入れたのは鋼鉄で出来た靴「アイアンブーツ」だった……

 

 

 ふざけんなよ、茅場!

 

 アイアンブーツってお前、水中でも探索しろって言うのかよ!

 

 それとも火山地帯の磁石壁に張り付けとでも言う気か! 

 

 こちとら耐水装備も耐熱装備も何一つ持ってねえ。今のまま水の底や火山に潜ったら、一発で死ぬわ!

 

 火山や水中で耐性装備なしで一定時間経つと一発死っていうのはゼル伝の伝統なんだよ!

 

 さんざん人の期待をあおっておいてこれか、と俺が内心で怒り狂っていると、アリアさんがおずおずと声をかけてきた。

 

「……も、もしかして気に入らなかった?」

 

 その怯えたような声にハッと我に返った。体内の熱が急速に冷えていく。

 

 何やっているんだ、俺。

 

 アリアさんは先祖代々受け継がれてきた宝を俺にくれるっていうのに、その態度はなんだ。

 

 確かに予想とは違ったが、アイアンブーツだって立派なアイテム。立派な勇者の遺産。

 

 例え現状では役立たずでも、いずれ使う日がきっと来るはずだ。ならば俺のすべきことは一つ。

 

「いいえ、ありがとうございます。確かに勇者の遺産を頂戴しました」

 

 俺が謝罪と感謝の念を込めて頭を下げると、アリアさんはあからさまにホッとした様子で息を吐いた。

 

「よかったぁ。森の賢者になれなかった上に、遺産の管理にまで失敗してたらどうしようって思っちゃった……」

 

 あ、そういえばアリアさんは自分が受け継いできた賢者の役割を果たせなかったことを無茶苦茶気にしていたんだっけ。

 

 じ、自責の念がやべえ。どうしよう、これじゃあ余った弓矢かパチンコをくださいなんて言えねえよ。

 

 わ、話題を切り変えないと。

 

「それはそうとアリアさんたちは森の賢者の一族なんですよね」

 

「ええ、そうよ。……もっとも私はお役目を果たせなかった駄目賢者ですけど……。あ、賢者になれなかったんだから駄目賢者じゃないですね、ただの駄目女ですね、ハハッ」

 

 やべえ、全然話題が切り変わらねえ! 

 

 アリアさんの目に光が宿ってないし。地雷を踏んじまった感ががががが。

 

「他の賢者の一族について、何かご存じありませんか」

 

 そんな俺の内心の焦りを微塵も感じさせずに、滑らかに話すリンクさん。俺だけならどもっちゃうと思うから正直助かるぜ。

 

「……そうね。言い伝えでは7人の賢者はハイラル各地から、その土地の力を最も強く受け継いだ者が選出されたとあるわ。だから他の土地の民族を探し行けば……」

 

「自ずと賢者に会えるかもしれない、と?」

 

「ええ。例えばゴロン族は火山帯に、ゾーラ族は水のきれいな川や海に住んでいるはずよ」

 

「ちなみにゴロン族やゾーラ族の居る火山とか川の場所は……」

 

「ごめんなさい。そこまでは分からないわ」

 

 ゼルダの伝説では7賢者は全員ハイリア人である場合(神トラや4剣)や、ほとんど全員が違う種族(時のオカリナ)、生き物であるかも不明(トワプリ)など作品によって様々だ。

 

 例えば時のオカリナにおいて賢者は、光(種族不明)森(コキリ族)、炎(ゴロン族)、水(ゾーラ族)、闇(シーカー族)、魂(ゲルド族)、時(ハイリア人)の7人だった。

 

 あの時もハイラル中を端から端まで駆け回って、賢者を探し回ったが、どうやら今回も同じことをしなければならないようだ。

 

 しかも今回はゲーム技術が格段に進化したことにより、フィールドはよりリアルかつ巨大なものになっている。

 

 時のオカリナでは、ロンロン牧場からコキリの森の里(おそらく過去のトアル村)まで南東に半日位しか掛からなかったが、今回は10日もかかっている。

 

 フィールドはざっと20倍は広がったと思っていい。

 

 ちなみに時のオカリナではロンロン牧場を中心に、ハイラル城が北、シーカー族の立てたカカリコ村とゴロン族の住む火山は北北東、ゾーラの里は北東、ゲルドの谷は西、となっていた。

 

 まあ、全部が全部過去作の通りとは限らない。民族の移動とかがあるかもしれないので、あくまで参考になる程度だ。

 

 

 でもトアル村で情報を集めて何も見つからなかったら、とりあえず北東に行ってみようかな。

 

 

 ゴロン族の住むだろう火山もゾーラ族の里もシーカー族の村もみんなコキリの里から北東にあるし。俺の推測が正しければ、そのどれかがあるかもしれない。

 

 

 

 一夜明けて、結局俺とファイさんは北東に向かうことになった。

 

 

 トアル村は中世的世界観にありがちな閉鎖的農村で、半年に一回行商人と役人が立ち寄る程度。あとはごくまれに巡礼者が来るくらいだ。

 

 村人は、はっきり言って村の外について碌な情報を持っていなかった。

 

 おまけに村唯一の道具屋、というより雑貨屋でも弓どころかパチンコすら売ってねえ。あるのは鍬やスコップなど農作業の道具ばかりだ。

 

 歴史学者のロックさんだけはまともな情報を持っていたが、オタク気質な研究者にありがちなことに自分の興味のあることしか覚えていない。彼にハイラルの伝承をいくつか教えてもらったが、特に真新しいものはなかった。この世界は時のオカリナの後の時代なのでは、という予想が深まっただけだ。

 

 賢者の末裔であるアリアさんにもマスターソードに封印されている者の正確な名前は分からず、世界の最期に復活する王らしいということしか知らないみたいだ。

 

 これだけではガノンドロフかグフーか、それとも全然別のキャラなのか分からない。

 

 

 困り果てた俺がファイさんに相談した所、東に賢者の素質を持つ者の存在を感じるとのこと。

 

 力が弱っているせいで東、しかも遠くにいることしか分からないと申し訳なさそうに言ってくれたが、それだけ分かれば十分だ。

 

 近くに行けばよりはっきりと賢者の存在を感じ取れるそうなので、通り過ぎてしまう心配もない。

 

 やっぱり持つべきものは頼りになる相棒だぜ!

 

 もっと遊ぼうって言うリナリーや村の子供たちの誘いを断り、融通してもらった食糧と飲料をインベントリに詰め込む。

 トアルかぼちゃやトアル山羊の乳、山羊ミルクのチーズにパン、山羊肉、河魚、果物、はちみつ、はちのこ、毒針を抜いたスズメバチの蜂蜜漬け、すべて新鮮な山の幸である。ラスト二つは正直食べたくないけどな。

 

 次々と懐に消えていく食糧にリナリーちゃんを始めとする村人たちは不思議そうな顔で首をかしげていたが、勇者に伝わる魔法ということでごまかした。

 

 うん、嘘は言っていない。インベントリは歴代勇者がみんなやっていることだ。

 

 だからロックさんもアリアさんも鼻息荒く近づいてこないでください。色々質問しないでください、魔術とか知らないよ。ご両親の姿にリナリーちゃんも村の人も引いているよ。

 

 お世話になった人たちにお礼をし、遠慮する彼らに半ば強引にお金を払う。

 

 あとはリナリー一家にお別れを言って、出発だ。

 

「ごはんはちゃんと食べないとダメだよ」

「りょーかい。リナリーも賢者の修行がんばってね」

「……うん」

 

 リナリー元気ないなあ。やっぱり賢者になりたくないのかな。よし、ここはお兄さんが一肌脱ぎますか。

 

「リナリーは空は好き?」

「え? 好きだけど……」

 

 リナリーは空と賢者になんの関係があるのか分らず、きょとんとしている。

 

「賢者になれれば、君は自由に空を飛べるかもしれない」

「空を……自由に」

 

 空を自由に飛ぶって、人間共通の夢だと思うんだ。某どら○もんの歌にもあるし。リナリーも空を見上げながら、空想の翼を広げているようだ。空を飛ぶ自分を想像しているんだろう。

 

「言い伝えでは賢者は妖精に変身して、空を飛べたらしいよ。他にも遠くの人とお話しできたり、身を守る障壁を張ったり……」

 

 作品にもよるが、俺の言っていることはおおむね事実である。

 

 小学校時代、友人と一緒に遊びまくった4つの剣+でも賢者は妖精に変身して空を飛んでたし、念話もバリアも可能だった。

 

「賢者の修行を頑張る気になったかな?」

「うん! 私もしゅぎょうがんばってみる。リンクもゆうしゃがんばってね」

「ああ。何かあったらオカリナで連絡して欲しい。すぐ行くから」

 

 リナリーに妖精のオカリナを手渡し、サリアの歌の効果と演奏法を教える。幼いリナリーだけでは不安なので、さっきまで少し離れてこっちを微笑ましそうに見ていたロックさんとアリアさんにも教えといた。

 

 案の定根掘り葉掘り聞かれたが、妖精の力が宿るオカリナを通して会話できる、みたいに適当にごまかしておいた。その辺の詳しい理屈は分からないし。

 

 多分、リナリーが大きくなる前にこのゲームは終わると思うから、リナリーが頑張る必要はあまりないかもしれない。

 

 でも将来賢者になれれば、その力で身を守ったり、空を飛んだりできるだろうし、覚えておいて損はないはずだ。

 

「じゃ、行きますか」

「イエスマスター。ファイはいつまでもマスターとともに」

 

 出発だ。

 

 

 

 リナリーサイド

 

 

 行っちゃった。

 

 リンク。森で倒れていた不思議な男の子。伝説の勇者と同じ格好をしていて、青い目が一度だけ森で見た狼みたいに鋭く、どこまでも澄んでいたのが印象に残っている。

 

 村にいる同じ年頃の男子たちみたいに無意味に走り回ったり、騒いだりしない。でも暗いわけじゃなくて、みんなの知らないトアル村の外の話をニコニコしながら面白おかしく話してくれた。

 

 その笑顔は私たちが友達に向ける笑顔じゃなくて、お父さんやコムイ兄さんが私と話すときに見せる包み込むような笑顔。

 

 私と2つしか違わないのに、すごく大人っぽい男の子、というのが私の印象だった。

 

 お母さんとお父さんは、リンクは時の勇者になる定めを持つ少年だと言っていた。やっぱり勇者になるには大人じゃなきゃならないんだろうか。

 

 崖にかけられた1kmの綱を渡りきる勇気の試練をあっさり突破したリンクを見て、ずっと前にお母さんに訊いた言葉がよみがえる。

 

「お父さん、勇者ってなんだろう」

「それはね、勇気のある者のことだよ」

 

 私が小さいころからお父さんやお母さんが話してくれた、時の勇者の物語。時を超えて現れる、緑の勇者の伝説。

 

 さらわれた王女様を助けるために、マスターソードを手に魔王に立ち向かう時の勇者。7人の賢者の力を借りて魔王を封じ込めた時の勇者は王女様や賢者たちと一緒に末永く、幸せに暮らしましたとさ。

 

 まさか私の家が賢者の一族で、しかも伝説の聖剣を護っているとは思いもよらず、すっごくびっくりしたけど。長い綱を素早く安全に渡る練習を何度もしていたのはマスターソードを護るためだったのだ。

 

 

 リンクとマスターソードから出てきたファイさん(彼女が出てきた時は私だけじゃなくお父さんとお母さんもびっくりしていた)は、マスターソードを取りにまた来ると言っていた。

 

 リンクが私以外の9人の賢者と3つの炎、そして女神様を見つけるのに何年かかるか分からない。

 

 でも遠からず復活してしまうだろう世界の最期に現れる王を倒すためにも、賢者になれなかったお母さんの夢を叶えるためにも、私が賢者になることは必要だ。

 

 そう力みながらも、皆からの期待と責任に押しつぶされそうになっていた私を見かねたのだろう。リンクは笑って空は好きかと言った。

 

 質問の意図が分からず困惑しながらも正直に答える私に、彼は賢者になれば妖精に変身して空を飛べることを教えてくれた。

 

 秋や冬の澄んだ青空、たなびく雲、朝焼けや夕焼けににじむ空。そこを翼を使って自由に飛べる。その空想に私の心は羽が生えたかのように軽くなっていった。

 

 修行を頑張る気になったかと問う、彼の言葉に私は笑顔で返事ができた。

 

 それを見た彼は笑って私に妖精のオカリナという遠くの人と話の出来るオカリナをくれた。吹き方を私たちに丁寧に教えると、振り返りもせず、彼は門を出て村から遠ざかって行く。

 

 ……進行方向に背を向けたまま。

 

 トアル村でも彼はああやって後ろ歩きしていたし、どうして人や物にぶつかったり、躓いたりしないのかとても疑問だったが、「勇者には必須技能」だと教えてくれたのできっとそうなのだろう。

 

 勇者は後ろに目がついているんだろうか。でも私たちが手を振ると振り返してくれたし。

 

「お父さん、勇者ってなんだろう……」

「それはね、決して振り返らない者のことだよ……」

 

 

 




まだ行ける、まだ大丈夫と自分を騙しながら、更新してきましたが断腸の思いで決断しました。
拙作を楽しみにしてくださっている読者の方には大変申し訳ないのですが、作品の更新をしばらく休止させていただきます。
予想以上に急激に増やされてしまったリアルの方の仕事の多さに限界を感じまして。

Dグレもカンピもせっかく世界観やキャラクター設定、プロットを作ったのに、せっかくランキングにも乗って、色んな人が読んでくれたのにと口惜しいばかりです。

ただよもぎだんご氏にエタるつもりはありません。
来年の3月以降ならば、執筆の時間が取れると思われますので、よろしければまた読みに来てください。


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蛇のように

スマートフォンでの更新のせいか段落を変えた時の字下げが上手くいっていません。パソコンが治り次第修正しますので、どうかご容赦ください。


 仮想19世紀後半の中国の港町。

 

 時刻は「良い子は寝る時間」をとっくに過ぎていた。

 しかしこの街の9割は悪い子と悪い大人で構成されている。

 なので、ちょうちんぼんぼりガス灯と、この時代のあらゆる明かりがこうこうと点いていた。おかげで街全体が薄ぼんやりと光って見える。

 

 そこに、その男はいた。

 まだ年若いその男は色の濃い帽子を被り、同色の服を堂々と着こなしている。

 その姿は、100歩前後譲れば颯爽としていると言えなくもない。少なくとも本人はこの格好がなによりイカすと思っていた。

 

「まんじゅー、まんじゅー!」

 

「そこのお兄さん、うちに寄っていきませんか。可愛い子が揃ってまっせ」

 

 周囲には互いに競うように声を張り上げる出店の主人や怪しい店の客引き。

 

 彼らの前後左右には彼らの商品、ほかほかと湯気をあげる真っ白な中華饅頭や、白粉で染め上げた身体を色鮮やかな着物で包んだ女性たちが―はなはだ遺憾なことに―『陳列』されていた。

 

 共通点はどちらも白くて大層柔らかく、暖かそうな事である。

 

 木製の柵を隔てて座り込む遊女たちは特に人気らしく、たくさんの男たちが群がっていた。彼もついつい視線が行きそうになる。

 

(おっと、いかんいかん。仕事だ、仕事)

 

 青年は仲間と共に欧州から2ヶ月という、この時代においては最速と言っていい早さで中つ国『清国』へやってきた。

 

 途中、予期せぬ密航者の出現やらなにやらあったものの、旅は概ね順調だった。

 

 彼は先程から異国情緒溢れるこの街を見て周りたい誘惑に駆られていたが、まずは目的を果たすことにしていた。

 

 連れの少女、(あれを少女と言っていいのか甚だ疑問たが)にきつーく『やるべきことをやってから遊べ』と言われていたのだ。

 

(連休前の学生かよ)

 

 そんなことを心の中で呟きながら、目的地を目指して彼は人混みのひどい大通りを歩き続け、目的地に着いた。

 

 目的地は「天青楼」。

 

 この街一番の妓楼、つまり三ツ星級なレストラン兼キャバクラ兼ホテルであり、合法非合法ひっくるめた海運業にまで手を伸ばす店である。

 

 しかし青年が向かうのはきらびやかな入り口ではない。地味な裏口である。その奥には酒蔵があり、屈強な男たちと少女が待っていた。

 

「ロマネ・コンティが20樽、ロゼワイン50樽。合ってますか」

 

 少女が青年から伝票を貰い、読み上げる。

 

「ええ、合ってますよ。マホジャさん」

 

 マホジャと呼ばれた少女は並の男よりはるかに背が高く、腕も太くて肩幅も広い。スキンヘッドなのもあいまって控え目に言っても迫力がある。

 

 将来はさらに迫力が充実してきそうだが、今の所少しビビりな所のある彼が敬語になる程度の迫力だった。

 

 もし十年後だったら土下座外交を敢行しなくてはならなかったかもしれない。

 

「確認しました。それではこれをお受けとりください」

 

 マホジャはいかにも重そうな皮袋とを青年に渡す。

 

「開けても?」

「ええ、お確かめください」

 

 青年は受け取った皮袋の中身を取り出す。中身は色とりどりのルピー。ルピーは国際通貨の面もあったのだ。

 青年が中身をあらためている内に、太い腕の男たちが酒蔵に荷車の上の木箱や樽を運びこんでいく。

 

「確かに、頂戴いたしました」

 

 青年は金額を確認した袋を懐に入れると、マホジャの差し出した契約書にさらさらとサインする。

 

「契約、完了っと。お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

 

 にこり、と微笑むマホジャ。

 しかし夜中に大男を従えたスキンヘッドのマッチョ女が微笑んでも、残念ながら彼は恐怖しか感じなかった。

 

「お、俺も向こうを手伝いに行って来ますね」

「お構い無く。それよりお茶でもいかがですか」

 

 マホジャとしては完全に善意である。中国は茶の産地。おいしいお茶でおもてなししようと思ったのだ。

(く、喰われるっ!)

「い、いえ。やっぱり俺も手伝ってきますよ!」

 

 青年はそそくさと手伝いに行ってしまった。

 

 ……男に怖がられたり、男と間違えられたり、男ではなく女に告白されたりする自分を変えたかったという思惑もマホジャにはあったのだが、解決にはまだまだ先が長そうだった。

 

 

 青年が手伝いに来た酒蔵付近は、ごつい男たちが汗水たらして働いていた。

 

(ああは言ったものの、やっぱりやりたくねえなあ)

 

 しかしやると言ってしまったからには、やるしかない。

 

 青年がワイン樽に手をかけようとしたその時、

 

「お兄さん、お兄さん」

 

 袖口をくいくい、と引かれた。

 

(客引きか? いやぁモテル男は辛いなあ)

 彼は美人さん(たぶん)に袖を引かれたことを嬉しく思いながら振り返った。するとそこには……

 

(は?、え?)

 

 彼はしばらく硬直してしまった。

 そこには、美人さんどころか誰も、居なかったのだ。

 

(え? あれ? さっき俺誰かに話しかけられて、服の袖をひかれて……え?)

 

「ま、まさか……!」

 

 彼は顔を真っ青にしてポケットに手を突っ込みがさがさと探りだした。

 

 ポケットの中には命の次に大切な紙切れとルピー袋が入っていた。

 他にもペンやら小銭やら薄っぺらい財布といった細々とした物も入っているはずだ。

 

「あった! よっ、よかった~!」

 

 ポケットの中からは契約書と領収書、ルピーの入った袋が出てきた。

 

 人前では気持ち強めに振る舞っているが、彼は元来臆病者で心配性なのだ。

 

 その証拠に、ここに来るまでもスリに大切なものを盗られないようにコートのポケットに両手を突っ込んだまま歩いていた。

 

「すんごい物盗りじゃないとするとぉ……」

 

 とたんにゾォォっとさっきとは違う恐さがやってきた。

 

 ここは遊郭である。進んで遊女になる奇特な者など僅かであり、ここにいる女たちは皆様々な理由で売られてきたはずなのだ。

 

 そんな遊女に手厚い福利厚生などあるはずがない。例えば梅毒などの性感染症になればあとは死を待つばかりだ。

 

 そしてそんな無念の死を遂げた者たちが幽霊に、それも怨霊や悪霊にならない保証は……どこにもない。

 

 青年の体がガタガタ、脚も小鹿のようにプルプル震え出す。

 

「どうしたんだい、にーちゃん」

「ひっ、あ、あの。その……」

「なんだい、もう疲れたのか。じゃ、どいてどいて。毒見の邪魔だ」

 

 突然現れた毒見係の男はぞんざいに彼を押し退けた。だがそのぞんざいさは、かえって彼が落ち着きを取り戻すきっかけになった。

 

 毒見係は彼が掴もうとしていた樽を横に倒し、木槌でコンコンコンと叩く。

 叩かれた樽から栓が取れると、樽をゆっくりと傾けた。小さな穴からは小豆色の液体が流れ、毒見係の持つ銀の杯に注がれる。

 

「うむ、毒はない。味もよし。ロマネコンティに間違いない」

 

 うんうんと一人で頷く男を見ている内に少しずつ冷静さを取り戻した彼は、一つ決定を下した。

 

「よし、仕事も終わったことだし、可及的速やかに帰ろう」

 

(こんな物理的にも霊的にも危険な所はさっさとおさらばするに限るぜ)

 

「もし」

「ひぃっ!」

 

 飛び上がる青年。

 

「よかったら少しお話ししませんか」

 

 そろーっと振り返った先にいたのは、縁側に横座りする黒髪の美少女だった。

 

 艶やかな着物を深い胸の谷間が見えるまでしどけなく着崩し、意味深な微笑みを浮かべながら上目遣いにこっちを見る彼女は、外国人である青年に異国情緒と色気を感じさせて止まない。

 

「い、今は急いでいるんで」

「あら、お仕事終わったって言っていたじゃありませんか」

 

 咄嗟に断るもクスクス笑いながらあっさり退路を絶たれてしまった。

 

 しかし幽霊が出るかもしれないところに長居はしたくない。

 

(というか、この子が幽霊なんじゃ)

 

 ふとした思いつきながら、なんだかありそうに思えてきた。いくら遊郭とはいっても、果たして深夜に少女が一人で出歩くだろうか。

 

 かつて親に売られ、男に弄ばれ、ここで非業の死を遂げた少女の……亡霊なのではないか。彼の中で勝手に想像が広がる。

 

「貴方が船乗りであると見込んで、お話ししたいことがあるのです」

 

(お、俺が船持ってるって何で知って……)

 

 知るはずのないことを知る少女は座ったまま、いざるように青年ににじり寄ってくる。

 それが逆に青年にはたまらなく恐ろしい。

 

 この人意外にしっかりした英語だなぁ、なんて現実逃避しながら必死に打開策を練る。

 

 だが、都合良く頭が冴えるはずもなく、恐怖に支配された思考はぐるぐると空回りするだけで何も思い浮かばない。

 

「お、俺、船に人待たせてるんで! し、失礼しますー!!」

 

 結局、彼が選んだのは策とも言えない強硬突破であった。

 

 脇目も降らない全力疾走。

 

 それはそれは見事な逃げっぷりだった。

 途中で迷子の鶏らしき生物を蹴り飛ばして、抗議の鳴き声をあげられていたが、彼は全く止まらなかった程だ。

 

 

「あらら、行っちゃった」

 

 そのなにふりかまわぬ走りっぷりに少女が唖然として思わず素が出てしまう。

 

「主。またこのような所に勝手に出てこられて……」

「あら、別に良いじゃない」

「せめて人を呼んでください。一人ではお召し物も汚れてしまいますし、何より主の身が危ない」

「マホジャは心配性ねぇ」

 

 色々と手配を終えて自らの主の元に戻ったマホジャは苦言を呈するが、彼女の主はクスクス笑うばかりである。

「それに早くこの事態をなんとかしなくてはならないのは事実よ。私が直接動けないなら誰かにやってもらうしかないわ」

 

 彼女は自分の足を忌々しげに見つめた。その足は幾重にも布がきつく巻かれていて、成人女性としては異様に小さい。

 

 纏足という風習が清にはあった。

 幼い頃から女の子の足にきつく布を巻きつけ、足の骨や筋肉の成長を阻害することで小さい足の女を作るのだ。

 無論彼女らには施術中は激しい苦痛や高熱が起こり、施術中も後も走ることは愚か歩くことすら非常に困難であり、苦痛を伴うことになる。

 

 足の小さい女が可愛い、というある民族の男のエゴから産まれた風習は、女性の浮気を防止するという二次効果もあり、中国全土に広まっていた。

 

 当然可愛い女の子が売り物の遊郭でやらない理由はない。

 

「大丈夫、きっとなんとかなるわ」

 

 不安げなマホジャに言い聞かせるように彼女はあえて笑って言った。

 

「マホジャは誰か頼りになりそうな人見つけた?」

「いえ、色々回ってみたのですが……あっ」

「誰かいたの!?」

「いえ、今日妙な雰囲気の少年がいまして」

「少年?」

「『理由は話せないがこの店にいる人に火急の用事がある』、と言って門番の者と押し問答をしていました」

「それって割とよくあることよね。俺の姉さんを返せって」

「ええ、まあ」

 

 珍しく歯切れの悪い従者に彼女は視線で続きを促す。

 

「そのあとは門番を強引に突破しようとしたので、店の者と協力してつまみ出したのです」

「貴女が行かなきゃならないなんて、その子相当手強かったみたいね。でも子供では私たちの助けにならないわ」

 

 酒場の主従はしばらく話しあった後、主の体を心配する従者に抱えられて行く。そして…………

 

 酒蔵には静寂が戻った。

 

 ーーーーがたり

 

 ロマネコンティが入っているはずの樽が一人でに揺れた。

 

 樽の底から赤茶けた脚と手がにゅうっと伸びる。

 

『……やっと行ったか』

 

 誰もいないはずの部屋にする子供のように高く、それでいてどこかこもった声。

 

 それはこの世に未練を残した亡霊の囁き……ではなく。

 

「待たせたな」

 

 スネ●クのように潜入した緑の勇者であった。




ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
もし小説の続きを楽しみにしてくれてたなら、作者としてこれほど嬉しいものはありません。
また更新を再開します。

一発目はまあ、勘違い多めのこんな感じで。次回はリンクさん中の人視点です。


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記録すべき初ダンジョン

沢山の温かい感想、コメントありがとうございます。
あまりの温もりに、作者は泣きそうになってしまいました。もう嬉しくて、嬉しくて。

思ったより長くなってしまったので、分割。
後半は大体出来ていますから、近いうちにアップできると思います。




『精神と肉体、霊魂の再結合に成功。おはようございます、マスター』

 

 このゲームを久しぶりに始めた俺を迎えたのは、マスターソードの精霊ことファイさんだった。

 

 俺の片手で数えられる程数少ない友達の入退院とか、「来ちゃった☆(公安さんが)」とか、その他諸々あって暫くぶりのゲームなのだ。

 

 なんか前回より大部目線高いなあ、と思ったらなんか体が成長していた。メニュー画面によるとリンクさんは現在十歳のようだ。

 

 いつの間にか三年経っていることになるが、時のオカリナみたいに世界が滅んでいる訳でも無し、別に良いだろう。

 

 このゲームは俺がプレイしていない時も、ゲームの中では時を刻んでいるらしい。

 別にそれ自体は新しいシステムではないが、ゼル伝に限って言えば珍しい。

 

 俺達はマスターソードに眠る『世界の最期に現れる王』の封印を強化するため、各地の賢者を目覚めさせる旅路の途中だった。

 

 まぁそれは表向きの理由でホントは、なんとしてもマスターソードを使わせまいとする(そうとしか思えない)茅場さんと、なんとかしてマスターソードを使ってみたい俺の意地と情熱のぶつけあいの旅路である。

 

『マスター、賢者の子孫の反応はこのまま東です』

 

 彼女の導きに従い、俺は平原を越え山を越え、また平原を越え、道なき道を東へ東へと緑の風のように走り続けた。まるでメロスだ。雄大な景色の中をリンクとして走るのは実に楽しい。

 

『マスター、賢者の子孫の反応はこの中です』

 

 そして俺は目的地にたどりついた、のたが……

 

「なん、だと……」

 

 上手く声が出ない。

 それは余りにも予想外過ぎた。奇襲と言ってもいい。

 

 それは俺の長年の勇者経験でも希少なタイプ。いや、正直もう滅んだと思っていた。

 

 油断していたんだ。

 

 だって……だって、まさか記念すべき初ダンジョンが……まさか、

 

「天青楼……娼館だと……」

 

 エロダンジョンだったなんて!

 

『マスター、突入しますか』

 

 ああ

 はい!

 YES!

 

 クラァーー(風タクの赤シャチ風味)!!

 

 なんで肯定しか選択肢がねえんだよ!

 

 いや、賢者さんは特別な方法以外で子作りしちゃうと問答無用で賢者の資格が次世代に行っちゃうらしいから、現在進行系でピンチと言えなくもないけど、あらぬ誤解を招くだろうが!

 

 久しぶりに脳内選択肢が出てきたと思ったら、コレだよ!

 

 あっ、言っておくけど、リンクさんは将来大事な仲間になるだろう賢者さんの危機に対して義憤に駆られて、やる気満々になっているだけだから、そこん所は誤解しないでほしい。お兄さんとの約束だ。

 

「ああ」

『イエスマスター。まずは侵入経路と方法を検討することを推奨します』

 

 思考と行動が一致していないとか突っ込まれそうだが、さっさと脳内選択肢には答えないと選択肢が融合してとんでもないセリフになるのはルベリエさん罵倒事件で身に染みている。故に速やかに処理したまでだ、他意はない。

 

 というか、こんなところダンジョンにして大丈夫なのか、茅野さん。

 

 CER○とか、教育○員会とか、その他諸々に喧嘩売ってないか。

 

 たぶんFF7以来だぞ。大手が作った大ヒットゲームでこういうお店をダンジョンにしちゃったの。

 

 因みに同じ金髪剣士だからって女装はしない! しないぞ!

 

 某雲さんはたった一度の女装のせいでさんざんネタにされ続けている。同じ轍を踏むつもりはない。だいたい野郎の女装とか、誰得だ。

 

 それにしても、どうしたものか

 

 俺がいるのは天青楼の正面。

 今は昼前だから、きらびやかに飾り付けられた中華風の御殿は割と閑散としている。

 赤い柱に囲まれた大きな門を門番が二人、その奥の扉も二人、欠伸しながら守っているだけだ。

 

 今なら正面突破できそうな気も、しないでもない。

 

 しかし例え潜入出来ても、賢者さんと一緒に脱出できなくては意味がない。

 ぐるりと店の周囲をまわり、入り安い所、脱出に適した所はないか観察する。

 

 その結果判ったのは、天青楼はこの街のほぼ中心に位置し、敷地を白い石の壁で囲んでいるということ。

 

 天青楼自体は四階建て。外壁はつるつるしていてとっかかりがなく、二階建ての家くらいの高さだ。子供の体ではよじ登れそうにない。

 

 外部とのつながりはきらびやかな正門と地味な裏門のみ。

 

 突入自体はまあ、リンクさんの身体能力によるごり押しでもなんとか出来そうだが、問題は脱出。

 

 ボスを倒すと出てくるダンジョン脱出用の謎のひかりが有ればいいんだが、それがないと賢者さんを守りながらの逃避行は困難だろう。

 

「いっそ、空でも飛べたらな……。ミミちゃんやコッコさんがいれば……」

 

 前回ドラゴンガール・ミミちゃんを仲間に出来なかったのがここにきて痛い。

 

 爆弾やデクの葉、ペガサスブーツやホバーブーツなど空中を移動出来るアイテムを何一つ持っていないのも、致命的だった。

 

「現状では正面突破しかないか」

 

 なんだかんだ言ったが、物は試し。やってみなくてはわからない。

 

 作戦無し大作戦、行くぞおー!

 

 

 

 

 

「手強い……」

 

 その夜、俺は未だに天青楼に侵入出来ずにいた。

 

 端から見れば娼館に入るか入らないかさんざん迷った挙げ句に入ろうとするマセガキである、というのが先ず俺の心を折りかけた。

 

「ガキはお断りだよ」と言う門番の生暖かい視線が痛かった。

 

 そういうのではない。会わなくてはならない、助けなくてはならない人がいるのだ、通して欲しいと一生懸命説明すると生暖かい視線は厄介者を見る視線になった。

 

 挙げ句「お前の姉ちゃんが売られたのはきちんとした商取引で……」と説教されたり、なじられたり、堪忍袋が切れたのか罵声を浴びせかけられた。

 

 だがこの理不尽に俺の堪忍袋も切れた。

 なんでゲームで、しかも娼館の門番ごときに説教された挙げ句、罵倒されなあかんねん。絞め殺すぞ、ワレ。

 って似非関西弁になるレベルでプッツンしました。

 

 さすがに絞め殺したり、切り捨てご免! するのは寝覚めが悪いので、リンクさん自慢の身体能力で門番の下を潜り抜け、店の扉を開けた。

 

 だがその時そいつは、マホジャ=サンは現れた。

 

 一言で言うのならスタイリッシュなツキノワグマだろうか。

 

 胸の膨らみから女性と推測されるが、二メートル越えの身長、並々ならぬその筋肉は修羅を思わせる。

 

 つーか、アイツは絶対モンスターかニンジャの類だ。

 まだ十歳位の体とはいえリンクさんの脚力で首に蹴りを入れたのに、笑って反撃してきやがった。

 

 顔自体は不細工ではないのだが、それはスキンヘッドかつ殺気だった表情を際立たせるだけだった。

 

 兎の黒い毛皮を肩にかけ、鉄棒を片手に仁王立ちする、その姿は完全に山賊の親分(バーサーカー)であった。

 しかもその戦闘は店の壁や天井、鉄棒、俺の剣や盾すら足場にしての高機動戦闘。

 

 拳を盾で防いでも、その衝撃で大きくぶっ飛ばされた。

 大口径の銃撃さえ跳ね返せる盾なんだが。

 

 拳を縦にしたカンフー、いやリアルマジカル八極拳と言うべき武術と、彼女の部下からの銃撃もあり、俺はデクの実フラッシュを使った撤退を余儀なくされた。

 

「まあ、収穫が無かったわけじゃないしな」

 

 俺は手の平の上の白い羽を弄びながら呟いた。

 

 これについてはファイさんが『お任せ下さい』と言っていたので任せてある。

 

「どう、ファイさん?」

『作業の終了まで54分47秒です、マスター』

「オッケー」

『時間がかかってしまい申し訳ありません、マスター』

 

 ファイさんの言葉は淡々としているが、どこか申し訳無さげだ。

 

 ファイさんは現在マスターソードではない剣に憑依していることと、マスターソードに力を送る賢者がいないこと、封印されし者に内側から蝕まれていることで、全盛期の1割以下の力しかない。

 

「なんの、やってくれて助かっているよ」

『そう言っていただけて幸いです』

 

 俺の仕事はなんとかしてマホジャ=サンに見つからないようにする方法を考えることだ。

 

 マホジャさんは恐らく今作のインパさんポジションなのだろう、きっと。

 そうじゃないと、あの人間離れした強さに説明がつかない。

 

 ファイさんによるとマホジャさんは賢者の力を纏って肉体を強化しているらしい 。

 でも彼女は賢者でも、逆にモンスターでもないそうだ。

 

 つまり、どういうことだってばよ?

 

 天青楼から少し離れた船着き場をうろうろと歩きながら彼女の攻略法を考える。

 

 あれ、ちょっと待て。

 

 インパポジションが天青楼にいるということは……

 

 今作のゼルダは娼館にいる、のか?

 

 不味い。「くっ、殺しなさい!」展開はまずい。それはとても、マズイ。マズイ、マズイ、マズイ。

 

 最悪天青楼は後回しという選択肢もあったのだが、それは完全になくなった。

 

 賢者さんが、ゼルダが中に居るんじゃ俺に選択肢はないに等しい。

 

「強引にでも、行くしかないか……!」

 

 俺は悲壮感すら漂わせながら、大人の館に突撃しようとして、

 

「イヤッハーー!! やっと着いたぜ」

 

 ポンポン船の蒸気の上がる音と共に、聞き覚えの有りすぎるダミ声が聞こえた。

 思わず振り返り……何故か専用BGMが聞こえてきた。

 

 たった今着いたばかりの白い蒸気船から降りてきた、裾の長い青い服のちょび髭男。

 背は高いが胴長短足。目には隈、無精髭、ボサボサの黒い髪。

 

 夢幻の砂時計でのリンクの相棒であり、シリーズ初の人間の相棒キャラクターでもある、愛すべき伝説の船乗り(自称)。

 

(ラインバック、ラインバックじゃないか!!)

 

 ちなみに『イヤッハーー!!』はラインバックの口癖であり、冒険中に何回も聞ける。

 さらに無駄に勇ましい専用のBGMまであり、口癖と共に続編のラインバック3世に受け継がれていた。

 続編では「イヤッハーー!!」にはボイスまでついている。スタッフにも愛されているおっちゃんだ。

 

 懐かしさでいっぱいになった俺は、早速彼に話しかけようとしたが、この一声をきいて再び固まった。

 

「こっちの樽と箱は天青楼って所に運んでくれ。街の真ん中だ。こっちは湖月堂に、こっちは……」

 

 樽が! 天青楼に!

 

 天青楼の裏口に向かうラインバックと荷運びのお兄さんたちを、俺はこっそりと追う。

 

 作戦は決まった。風タクの魔獣島で使ったアレだ。

 

 だが、常に荷運び男が集団で複数の樽を担いでいて樽に入れない。

 デクの実では前方の狭い範囲しか硬直させられないのだ。

 

 その上、裏門前にいる毒見係りの男も邪魔だ。なんとかして樽に入っても中身を確かめられたらバレちまう。

 

『マスター、いかがしますか』

「まだだ。このまま待つ」

『イエスマスター。ファイは与えられた任務を継続します』

 

 俺たちは建物の陰でじっと機会を待ち続ける。

 

 裏門でラインバックとマホジャ=サンが会話をし始めるというアクシデントもあったが、隠れてなんとかやり過ごす。

 

 そしてその時は訪れた。

 

 歴代相棒きってのビビりであるラインバックが、マホジャ=サンの女子とは思えない野獣染みた迫力に耐えられるはずもなく、仕事を理由に逃げ出してきた。

 

 ラインバックは樽に近づき、自分もやると言っている。荷運び男たちは頷いて別の樽を持って裏門に向かった。

 

(今だ!)

 

 ラインバック一人になった所を見計らって、こっそり素早く近づく。無論、後ろ向きだ。

 

『お兄さん、お兄さん』

 

 俺が袖を引いてファイさんが声をかけた。

 女の子に弱いラインバックが振り返った所でデクの実フラッシュ!

 

「ごめんよ、ラインバック。後で謝るから」

 

 ラインバックが麻痺硬直している間にさっさと作業を済ませなくては。

 

 まずは剣で樽の蓋をこじ開ける。

 次に濃厚なアルコールと葡萄の臭いにむせかえりそうになりながら、中身のワインを空きビンで掬う。

 

 我らが空きビン先生は質量保存の法則をガン無視して、一掬いで樽いっぱいのワインが牛乳瓶に入ってしまった。

 

 デク姫様(1メートル越え)やゾーラ族の卵(人の顔位)を平然と容れたり出したり出来るのだ。

 出来るだろうと踏んでいたが、さすがにこれには俺も呆れた。

 

 やっぱり、リアルになってもゼル伝はゼル伝だよなあ。

 

 そんなこんなで樽に潜り込み、蓋をしめる。

 

 ここまでくればもう安心と。

 

 暗い樽の中でじっとしていると、いきなり樽ごと横にされる。

 

 あ、運ばれるなあと思ったが、外の人は予想を裏切ってガンガン樽を叩きだした。

 なんなんだよ、音が反響してスゲーうるせえ!

 

『マスター、毒見係です』

 

 うげっ、ヤバい。入った後のことを考えてなかったです。

 

 そうこうする内に、樽の中に細い光の束が入ってくる。

 あらかじめ樽に小さい穴を空けておき、普段は栓をしておいて毒見や瓶に注ぐ時に使うのだろう。

 

 俺はどうする、どうしたらいい、どうしちゃうのよ!? 

 

 

 ……とでも言うと思ったか! 

 ヴァカめ! 残像だ!

 

 俺はいまだ手に持っていたワイン入りのビンを穴にさっとあてがい、優しく傾ける。

 

「うむ、毒はない。味もよし。ロマネコンティに間違いない」

 

 そら、そうだ。貴方が飲んだのはそのロマネなんたらでしょう。

 

 中にいるのは俺だけどな!

 

 そしてその後は予定調和。

 酒樽は酒蔵へ。

 俺も勿論酒蔵へ。

 

 だが物事に予定外は付き物だ。

 

『マスター、賢者の魂を感じます』

 

 な、なぬ!?

 どこ!? ファイさんは見える!? 俺、見えない!

 

『イエスマスター、彼女の姿を記録しました』

 

 彼女!?

 やっぱりゼルダ!? ゼルダなのかー!?

 

『マスター、心をお鎮め下さい。あと付近から人の気配がなくなりました』

「やっと行ったか」

 

 あー酒臭かった。ではちょっと失礼して……

 

「待たせたな……!!」

 

 すかさずスネ○クのセリフと共に、樽を挙げた俺だった。




前回の視点は船乗りラインバックだったんだよ!


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真のトラップは相手が安心し油断した時を狙うのだよ

思いがけず仕事が入り遅れてしまいました。もっとよもぎだんごに時間と才能を!


 酒臭い……

 リンクさんはともかく、中の人たる俺は下戸なので、服についた匂いだけで酔っぱらいそうだった。

 

『マスター、先程の賢者のオーラを記録しています。ダウジングの使用を推奨』

 

 OK、やり方は?

 

 言うが早いか剣からピコン、ピコンと心電図の音を柔らかくしたみたいな音がしだした。

 

 ちょ!? 夜中にこんな高い音立てたら、せっかく秘密裏に侵入したのがパアになっちゃうよ!

 

『この音は現在ファイの声同様、マスターにしか聞こえないので問題ありません』

 

 あ、そうでしたか。騒いですいません。

 

 ファイさん曰く、賢者のいる方向に剣を向けると音が変わるらしい。

 

 いろんな方向に向けてみると、音と音の間隔が早くなる方向がある。

 

 天青楼の本殿、しかもてっぺんだ。

 

『イエスマスター。この建物の三階に賢者となるべき者がいる模様です』

 

 よし、早速迷宮攻略に出発だ!

 

 酒蔵を出てそっと裏口の扉を開けた俺を迎えたのは台所だった。

 中国ぽっい着物を着た中国人ぽっい料理人たちが忙しそうに働いている。

 『マスター、少々厄介な状態です。このまま無防備に駆け抜ければ発見される確率87%』

 

 うーむ、これはアレだな。一度酒蔵に戻ろう。

 

『マスター、この樽を被って行くのですか?』

 

 うん。ちょっと酒臭いけど、従業員やマホジャ=サンに見つかると面倒だし、魔獣島スタイルで行くよ。

 

 魔獣島とは、風のタクト最初の、そして風のタクトの中でも断トツで特殊なダンジョンだ。

 

 リンクさんは警戒厳重な魔獣島に潜入するため、海賊のお頭テトラ姐さんの案で樽に詰められ船の投石機で魔獣島までぶっ飛ばされる。その際に魔獣島の壁に激突して剣を落としてしまうのだ。

 

 ゆえになんと魔獣島では、この時点のリンク唯一の武器である剣を使用出来ない。

 

 しかもカンテラ持って見回りをしているモリブリンに見つかるか、サーチライトに照らされると、問答無用で牢屋に放りこまれる。

 

 つまりこのダンジョンをクリアしたければ、敵の監視の目を掻い潜ってサーチライトを潰し、最上階までたどり着かなくてはならない。

 

 その際にお世話になるのが、樽である。スネークにダンボールがあるように、緑の勇者には樽があるのだ。

 

 俺はそれに習って酒臭い樽を被り、足だけを出して天青楼内に潜入した。

 事前に栓を開けておいたので、ちょっと狭いが樽に入ったままでも視界は良好である。

 

 ゼルダ、待ってろよ。

 

 料理人たちの視界に入らないように、台所をこそこそ移動する。ともかくここを抜けないと上には行けないのだ。

 

「ん? なんだ?」

 

 やばっ!?

 

「なんでこんな所にワイン樽が」

「おい、新入り! さぼってんじゃねえぞ!」

「はい! すんません、先輩!」

 

 ほっ。

 

 なんてやりとりを挟みつつも、俺は厨房を突破し、ランプの明かりのみの薄暗い板張りの廊下を渡る。

 

 廊下の左右にはカギのかかった木製の扉があり、そこから女性の喘ぎ声とか切羽詰まった声とか聞こえて正直気になるけど断固として無視する! 

 

 アレはデストラップマスター茅場が仕掛けた巧妙な罠に違いないのだ。故に華麗にスルー!

 

 ……このゲームは12歳以上対象なんだけど、12歳って小学生だろ。こんな所をダンジョンにして本当に良かったのだろうか。

 絶対某所からクレームとか来ると思う。東京なんたら条例違反とか。

 茅場さんはゲームクオリティとかリアリティーのためなら世間の評判とかまるっと無視しそうな印象だけど、任○堂は、特にクレーム担当の人達は……今度匿名で胃薬でも贈ろうかな。

 

 お、階段発見!

 

 二階は一階より狭いがまたも廊下と左右の扉であった。一階より豪華な感じがするが、やっぱり中には入れない。スイートルームなのかな。

 

 俺はたまに現れる見回りを樽を被ってやり過ごしながら攻略していき、とうとう最上階に来てしまった。

 

 最上階は前後に二部屋しかなかった。

 前後の扉は二階より更に豪華な屏風などの調度品所以外は全く違いはなかった。

 

『マスター、この扉の奥から賢者の存在を感じます』

 

 え、もうゴール? 

 早くね? まだこのダンジョン攻略始めて四十分位しか経ってないよ。

 ダンジョンマップとかコンパスとか、新しい武器とか全然手に入らない。

 これじゃあダンジョンじゃなくてただのアレなホテルだよ。

 

 やっぱり左右の扉を開けて探索しなくてはならないのだろうか。でもいくら他人のタンスを開けれるのも勇者伝統の特権とはいえ。

 

 とりあえず前の扉を開けようと、樽を脱いで取手に手を伸ばす。カギはかかってないようだし。

 

 いやぁ今回は潜入さえしちゃえば楽勝でしたな。

 

『マスター、お待ちくだ……』

 

 俺は忘れていた。このゲームを作ったのは、デストラップ大好きな茅場さんだということを。

 

「え?」

 

 俺が触れた瞬間、扉がぐねぐねと悶え出す。ありえない光景に思わず目を奪われてしまう。

 そう、木製の扉が悶えるなんてありえない。だが、その光景をかつて画面ごしに俺は見たことがあった。

 

「ッ!」

 

 扉が猛烈な勢いでこっちに倒れてくる。

 咄嗟にバク転して大ダメージを回避するが、扉が床にぶつかって屋敷に響き渡る位大きな音がするのは避けられなかった。

 

 耳を覆いたくなる音が響く。響いちゃう。あはは、俺の隠行がパァだ。どうした? 笑えよ、ベジータ。

 

 頭の中はそんな感じでも、リンクさんの体は動く。偽の扉の被害に遭わなかった樽を冷静に被って、沈着に廊下の隅っこに移動したのだ!

 ……あんまり解決になっていない。

 

 時を置かずにマホジャ=サンを筆頭に警備員たちが、天井や階段からすっ飛んでくる。

 

 やってきたのは屈強な男たち……ではなく、薙刀や砂漠の民が使う片刃の曲刀(シャムシールだっけ)を両手に持つ見覚えのありすぎる若い女性たち。

 口元を紫の布で覆い、褐色の肌も同色の胸当てと、だぼっとしたズボンをはいている。

 

 つか、ゲルド族じゃねえか!!

 

 こ、これはますますヤバイことになったかもしれん。

 

 ゲルド族とはゼル伝で砂漠の盗賊や海賊を生業としている部族だ。魂の賢者ナボールや魔王ガノンドロフの出身部族でもある。

 

 赤毛と高い鼻、褐色の肌と抜群のスタイルを標準装備する女しか生まれない部族であり、ガノンドロフは百年に一回生まれる族長の資格を持つ男子らしい。それなんてエロゲ。

 

 ハイラル王国を向こうにまわして盗賊を生業にするだけあって、彼女らの実力はそこらの騎士や兵士よりよっぽど高い。

 リンクさんたちハイリア人が西洋の騎士剣術を使うなら、ゲルド族は中国と中東を合わせたような独特な剣術を用いる。

 特に必殺技である回転斬りは厄介で、まともに食らえば大人のリンクさんでも一撃で意識をもってかれる。まあ、大曲剣で頭から斬られても気絶で済むリンクさんも十分化け物だが。

 そんな奴が十人以上、しかもマホジャ=サンまでいる。まともにやっては多勢に無勢すぎる。

 

 

 ちなみに、どうやって繁殖しているんだと思われたが、時のオカリナではたまに城下町でボーイハントをしているらしい。ソースはゴシップストーン。欲しいものは力づくで奪う肉食系女盗賊団なのだ。

 

「また生きる扉が誤作動を起こしたのか」

「おいおいこれで今月何回目だい」

 

 さて、なんで俺がこんな場面で解説の真似ごとをしているのかというと、ぶっちゃけただの現実逃避である。

 現在ゲルド族は現場検証をしているのだ。俺の目の前で。見つかったら、店の外に放り出されるだろう。

 

「まったくゴロン族の商人め。なにが『いにしえの神殿を守っていた防犯装置』だよ。誤作動ばかり起こしやがって!」

「床の修理代だってただじゃねえんだぞ。また修理費がかさむ」

 

 あ~ゴロン族の商人がこれ売ったのか、納得。

 この偽の扉によるトラップは時のオカリナでゴロン族と関わり深い炎の神殿に登場したものだ。

 あの時はただの鬱陶しいトラップだったが、取り外して防犯装置として売るとは、さすがゴロン族。たぶんこれ魔物の一種だから、取り外しても勝手に生えてくるだろうしな。元手ゼロで出来る良い商売だ。

 ゴロン族は爆弾とか名剣とかを造っては歴代勇者に高値で売りつけてくるだけあって、器用というか、したたかというか。ともかくバイタリティーに溢れている。

 

「こんなパチモンを売り付けやがって、次来たら鞭でしばき倒してやる」

「あんたってゴロン族が趣味だったっけ」

「馬鹿言うんじゃないよ。誰がそんなマニアックな趣味を持つもんかい。あたいはチビッ子専門さ」

 

 堂々とした変態発言に戦慄を隠せない俺だが、その場にいたゲルド族はマホジャさんを除いて分かるよ分かると頷きだした。

 

「あたしは褐色の子が好き」

「あたいは大きくてもいいから黒髪黒目の女の子かなあ」

「くれぐれも頭や主に手を出すなよ。お前からしばき倒すぞ」

「ま、マホジャ姐さんになら、有り、かな……」

「…………」

「ああっ、マホジャ姐引かないで。その冷たい視線は止めて! 何かに目覚めちゃうから!」

「あたいは金髪碧眼の子かなぁ」

「あー、分かるよ」

「監禁して自分好みに育てたいよね」

「うんうん」

 

 泉のように湧き出すサド、マゾ、ロリコン、ショタコン、逆光源氏計画にリンク=サンの体は微動だにしないが、中の人たる俺はガクブルである。

 

 アジトに潜入したにも関わらず時オカリンクさんが牢屋に放り込まれるだけな理由が思いがけず分かったが、そんなことはどうでもいい。

 

 もうゼルダといっしょにおうちかえりたい。

 

「そういや、この樽なんだい?」

「さあ」

 

 でもこの場所に不自然な樽にゲルド族の注目が集まるのはある意味必然だった。

 

 マホジャ=サンを筆頭に近づいてくるゲルド族。

 彼女らは胸もあり腰も括れた美人だが、男としてお近づきになりたいとはこれっぽっちも思わない。

 むしろ物理的にも心理的にも全力で距離をおきたい。

 

「うーんこの樽どっかで」

「面倒臭えな。怪しいもんなら、ぶった斬っちまえばいいじゃねえか」

 

 止めてぇ! 斬らないでえ! 

 

「誰が零れた酒を掃除するとおもってんだい。切ったら自分で掃除すんだよ」

「それに中身が爆弾だったらどうするつもりだ。主に傷がつくだろう」

「実は中身は金髪碧眼の少年だったり」

 

 ギクッ、な、な何故分かった!?

 貴様ニュータイプか! それとも白眼の持ち主か?!

 け、気配が漏れているのか。くそ、石ころのお面さえあれば……!!

 

「そりゃ斬るのはもったいないな。皆で飼おう」

「女装させて店で働かそうぜ」

 

 こんな時、世の先輩たちはどうしていたんだ!? 素数を数える? いや、自然に溶け込もう!

 

「そして夜はしっぽりと……へへ」

「いや敢えてそういう趣味の客の相手をさせるっつうのはどうよ」

「傷ついた所を優しくシテあげて依存させるんですね、分かります」

 

 俺は樽だ、樽になるんだ、アイアムTARU!

 

「あー思い出した。これ新しく仕入れた高い葡萄酒だよ」

「じゃあ頭が飲むやつかな」

「わざわざ西から仕入れるなんて、頭も物好きだよね」

「じゃあ解散かねぇ。どうせこいつを持ってきた奴が間違ってお嬢の扉にさわっちまったんだろうさ」

「やれやれ、誤作動はいい加減にしてほしいね」

 

 おお、解散の流れを感じるぞ!

 

「……一応頭と主に報告を入れてくる。お前たちは新しい扉トラップを持ってきてくれ。お前はここで私が来るまでこの樽を見張っていろ。それ以外は解散だ」

 

 ゲルド族はマホジャ=サンの命令で三々五々に散っていき、あとにはゲルド族のお姉さんが一人残った。

 

 チャンスは、今しかない。

 ゲルド族の足音が十分離れたのを確認し、樽を少しだけ持ち上げる。

 

 デクの実を相手の顔面にシューーート!

 

「ん? 今樽が動いた気がし、ブベラッ」

 

 超エキサイティン!

 よっしゃ、麻痺った!

 

 俺は素早く樽を脱いで本当の扉に急ぐ。

 デクの実の効果は一時的なものだからな。

 だったらゲルド族を剣で気絶させとけよ、と言われそうだがそんなことしたら侵入者がいるって大声で叫ぶのと同じだ。

 

 因みに破裂したデクの実は勝手に消える親切仕様なので回収は考えなくてよい。

 ラインバックの反応からして麻痺硬直している間の記憶はないらしいし、さすがデクの実さんだぜ!

 

 リンク行きまーす!

 

 

 

 扉を開けてまず目についたのは、美しい屏風と着物を着た女の子の背中。包帯でぐるぐる巻きにされた女の子の足だった。

 

 角灯だったかな、ともかく角張った提灯のぼんやりした灯りの下で熱心に何かを書いている。

 

「どなた?」

 

 扉を閉める時に多少きしんでしまい、気づかれてしまった。まあ、特に問題はないだろう。

 

 ・僕は勇者だ

 ・泥棒です

 ・お化けだぞぉ

 

 また脳内選択肢が出たが、うん、相変わらずろくでもないものばかりだな。特にお化けだぞはねえだろ、女の子驚かしてどうする。

 

 つか、こんなもん選ぶまでもない。帽子を取ってごあいさつ。

 

「泥棒です」

 

 これに決まってんだろうが!

 一度でいいから言ってみたかったんだよね。

 

「泥棒さん?」

 

 おお、この子ノリがいいな。いやむしろ茅場さんやスタッフのノリがいいのか。

 

 振り返った彼女はどこかのお姫さまのように青い目と茶髪のショートカット…………なんてことはなく黒髪黒目だ。

 髪もストレートなロングだし、顔は切れ長の目をした中国系美人だ。

 黒い着物の上から分かる程胸も大きく、足も細くて長い。年齢は十代後半という所か。

 

「こんばんは、お姫さま」

「姫? 私はこの家の娘ですが、姫と呼ばれる程の身分では……」

 

 あれ? 彼女ゼルダ姫なんじゃ。テトラ姐さんみたいに自分じゃ気がついていないタイプ?

 

 ファイさん、ファイさん。

 

『なんでしょう、マスター』

 

 この子って賢者であってる?

 

『イエスマスター。彼女が我々が探していた賢者である確率99.5%』

 

 でもさ、ゼルダじゃない?

 

『ファイは彼女がゼルダ様だと申し上げた事はありませんが』

 

 ファッ! そうだっけ!?

 

『イエスマスター。あとファイの名前はファイです。お間違えないよう御願いします』

 

 い、いや、ファッてのは驚いた時に自然と口から飛び出る台詞であって決してファイさんのことでは無くてね。

 

「貴方は、マホジャの言っていた人ですね。ここにはなんのために?」

 

 ・ちょっと世界を救いに

 ・君を拐いに来たんだ

 

 え? 選択肢はこの2択ですか、そうですか。

 この台詞はさすがの俺も恥ずかしいんだが。

 

 それにしても相手が子供とはいえ、見知らぬ泥棒が部屋に入ってきたというのに、彼女は余り動揺している様子はない。純真なのか、肝が太いのか、何か奥の手があるのか。

 

「世界を救うために、君を拐いに来たんだ」

「…………え?」

 

 ああああっ、混ざったああっ!

 

 俺は少し躊躇しただけなのに、リンク=サンせっかち過ぎるんよ。

 

 見ろよ! 賢者さん(仮)が戸惑ってんだろ。どうしたらいいのかわからないって顔してるよ。

 

「あのそれはどういう……」

「俺はリンク。君の名前は?」

「アニタ、ですが」

「ではアニタさん。どうかこの泥棒めに、盗まれてやってください」

 

 リンクさんの暴走が留まるところを知らない。こうなりゃ自棄だ。俺なんかが言うのはこの台詞に失礼かもしれないが、もう突っ走るしかない。

 

「私を?」

「金庫に閉じ込められた宝石(ルピー)たちを救い出し、囚われの女の子(賢者やゼルダ)は緑の野にそっと放してあげる」

 

 ま、まあ間違った事は言っていない。

 

「これ皆、泥棒の仕事なんです」

 

 うーん、うん、と頷く俺。

 のりのりである。

 

「お断りします」

 

 だが覚悟を決めては恥ずかしい台詞を言い切ったにも関わらず、あっさり断られた。俺の覚悟がぁぁぁ。

 

「理由をお聞きしても」

 

 俺の精神的ライフポイントがゼロでも、リンク=サンは余裕綽々で会話を続ける。

 

「今この家は、この街は大変な事態に巻き込まれているのです。私だけおめおめと逃れるわけには参りません」

 

 どうやら責任感も気も強い子らしい。

 きっぱりと断られたが、リンク=サンは自信満々に続けた。

 

「分かりました。なら僕がその問題を解決してみせましょう」

「貴方みたいな小さな泥棒さんがですか?」

「小さいというのは否定できませんが、泥棒の力を……いや」

 

 緑の帽子を被り直し、剣と盾を取り出した。

 マップには敵対を示す赤マークが写っていたからだ。

 

 天井を突き破って飛んできた複数の弾丸を剣と盾で跳ね返す。

 

「勇者の力を信じなくちゃ」

 

 




 因みにもし今回リンクさんが好奇心に負けて、左右の扉を開けていたら、美女の裸体を一瞬拝める代わりゲルド族に掴まって大変な目にあっていました。
 具体的には財布の中身とか他にも色々と空っぽになるまで絞りとられ、挙げ句女装させられてそういう趣味の方のお酒のお相手をさせられます。

??さん「条令? PTA? 知らんな」

原作をちょろっと解説

アニタさんは原作で撃墜されたというクロス元帥を心配して、リナリーたちと一緒に船で日本に向かうも悪魔の襲撃で乗組員ごと死んでしまう悲劇の人です。一度愛したら一途で一生懸命、しかも美人。大勢の部下に慕われてもいました。

マホジャさんは彼女の側近。原作でもレベル2の悪魔を素手で撃退できる稀有な人物だが、多勢に無勢で死んでしまう。凄く迫力があり、間近で睨まれるとアレンやラビでも「ごめんなさい」を連呼するレベル。


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知らなかったのか? ボス部屋からは逃げられない

更新遅れがちで申し訳ないです。先輩方が8年以上溜めに貯めた書類整理を任されまして。休み時間と休日が消し飛びました( ノД`)…


ノアの長子

 

「ねえ、千年公」

「ハイハイ♥ 何デスか、ロード♥」

「さっきからなにやってんの」

 

 上質な服を着た黒髪の少女が、安楽椅子に座って編み物をする人物に抱きついている。

 それだけなら微笑ましいのだが、抱きつかれた本人がその牧歌的光景をぶち壊しにしていた。

 

 病的に青白い肌、悪魔のように長くとがった耳、高い鼻、異常にしゃくれた顎、巨大な口とそれに合わせたような立派過ぎる歯並び、風船のように膨らんだ体。

 

 巨大な黒い山高帽子を被り、白いロングコートで更に着膨れし、丸眼鏡を掛けたその人物は、明らかに尋常な人間ではない。

 

「我輩は今、とある獣を観察中なのデス♥」 

 

 傍目には編み物をしているとしか思えないのだが、どうやらその目には毛糸玉以外の物が見えているらしい。

 

「小賢しいヤギなのか、あるいは無能な羊なのか、それとも我輩たちに噛みつく穢らわしい神々の犬なのか、我輩は見極めねばならないのデス♥」

 

「ね~え、一人で楽しんでないで僕にも見せてよ~」

 

「良いデスケド、一つ条件がありマス♥ これを見ても絶対にこいつに手を出してはダメですヨ♥ 」

 

 ロードはこてんっと小首を傾げた。

  どうして見るだけで条件がいるのか分からない。

 

 しかし千年公はロードがうんと言わないと見せてくれそうにない。

 

 まあ、どうしても気になったらその時はその時、ということで。

 

「うん、分かった。分かったからボクにも見せてよ。気になる~」

 

「ハイハーイ♥ ちょっと待っててくださいネ♥」

 

 安楽椅子に立て掛けてあったジャックオーランタン(ハロウィンのかぼちゃ)の飾りの付いた傘で、彼がちょんちょんと床を叩く。

 すると黒い水のようなモノが床から滲み出てきた。

 

 それはひとりでに浮き上がり、ロードと呼ばれた少女の前で薄く広がって、一人の少年を写しだした。

 

 緑の帽子をかぶって、剣と盾を背負った少年が、こちらを余裕たっぷりな表情でみている。

 

 映画のスクリーンのようなものが地面から湧いて出るのは異様なことだったが、もっと異常なことはこの少女が全く驚かないことだろう。それは明確に少女も「ソチラ側」の人間であることを示していた。

 

「ふーん、こいつかあ。僕には弱っちい人間にしか見えないけどなぁ」

 

「そこが厄介なんデス♥」

 

 千年公が指先を振ると画面は一瞬の光と共に様変わりしていた。

 

 銀鎧の偉丈夫が8の字の先端を尖らせたような奇妙な大剣を持ち、仁王立ちしている。

 燃え盛る炎とAKUMAに囲まれているのに、眉一つ動かさない。なにより、画面越しだというのに背筋が震える程の凄まじいプレッシャーだ。明らかにただ者ではない。

 

 その後画面は眩い光に染まり、また黒に戻った。

 

「なに? 今の」

 

「我輩のカワイイ玩具たちの撮ってきた映像ですヨ♥」

 

「奴が羊の皮を被った狼なのか、狼の皮を被った羊なのか、はたまたどちらでもないのか。七千年以上生きる我輩にも判らなかった。故に我輩は試してみたのデス♥」

 

「玩具たちはほとんど壊されてしまいましたが、結果はこの通リ♥ 奴は本来この世に存在しないはずが、どういう訳か、またここにイル……」

 

 怒りの余りクスクスと暗黒の笑みを浮かべる千年公をロードは怪訝な表情で見た。

 

「この世界にいない……?」

 

「そうデスネ、ロード♥ 少し昔話をしてあげまショウ♥」

 

 千年公はよっこいしょとロードを膝に乗せる。

 

「これはあなたが生まれるずっとずっと前のお話デス♥ 昔、昔……」

 

 

 千年公の長い昔語り。それを聴き終わったロードはこう思った。

 

 なんかとっても面白そう、と。

 

 

 

 

 天井を突き破って飛来する 500mmのペットボトルサイズの、血のように赤く、ぬらぬらとした砲弾の群れ。

 

 それらは金剛の剣に切り伏せられ、あるいはトアルの盾で防がれて俺の足元にバラバラと落ちた。

 

 天井の向こうには角の付いた人の顔を貼り付けて、大量の砲身で全身をハリネズミのように武装した鉄球が浮かんでいた。その数、30は下らない。

 

 こいつらは水中のオクタロックや陸上のデクナッツの親戚、空飛ぶ人面ボールだ。

 正確な呼称は分からないので、暫定的に俺が命名した。

 

 そこ、ネーミングセンスがないとか言うな! これでも一生懸命考えたんだぞ。

 

 その中央には一際大きくて奇妙な甲冑が浮いていた。

 

 身長は3メートル前後。砲身を全身に張り巡らしているのは同じだが、背中に蝙蝠の羽を着け、全身を赤い唐草模様と緑の龍でペイントしている。

 

 人面ボールはこのゲームのはぐれたメタル的存在で、武器スキルレベルの良い経験値上げになる。

 

 だが、たまに大群を成したり、大物を連れていることがある。

 

 この唐草模様の甲冑は、きっと迷子メタルの王的存在なんだと思う。

 

 基本的に街には出没しないと思っていたんだが、何かのイベントだろうか。それともバグか?

 

 いや、ゼル伝では基本的に人の住んでる街にはモンスターは出没しないが、イベント中や街の中にあるダンジョンとなると話は別だった。

 

 時オカのカカリコ村の井戸の底や闇の神殿、初めて来た時のトワプリのカカリコ村、スノーピークの獣人の館等。

 

 どれも子供の頃にやったらトラウマに成りかねない程おっかないステージである。

 

 それにしても……

 

「生きてる! こいつ生きてるぜ! 上等上等、よくやった! たいていの奴は俺の話を聞く前にくたばっちまうからな」

 

「喋るか撃つか、どっちかにしろ」

 

 くっちゃべりながら馬鹿みたいに弾丸ばらまきやがって!

 防がなくちゃならんこっちの身にもなれ!

 

 第一うるさすぎて、何言ってるのかさっぱり分からんぞ!

 

「わりいがオレの能力8()簡単2()言え89724(ばくちにし)た数の弾丸をぶっぱなすことだから7()。お喋りすると勝手2()弾がでちまう」

 

 奴め、改める気ゼロだ。交渉の余地なしと言ってよい。

 

「アニタさん! ここは俺が食い止めますから、その隙に逃げて下さい!」

 

 敵の方を向いたまま、振り返らずに叫ぶ。というか弾丸防ぐのに忙しくて、振り向く余裕がない。

 

 余裕が無さすぎて素に戻ってしまい、せっかく恥かいてまで作ったダンディな怪盗的キャラが台無しだ。許せん。

 

 ちなみに「ここは俺に任せて、先に行け!」の類は有名な死亡フラグだ。

 でも1度くらい言ってみたい格好いい台詞でもあった。

 

 大丈夫、大丈夫。死亡フラグなんて迷信さ。

 

 

「とりあえず、51285132(こいつはごあいさつ)だあ、4649ゥ(夜露死苦ゥ)!!」

 

「ッ!?」

 

 唐草模様の甲冑は挨拶だとか絶叫しながら、ズドドドドドドドドドドッと、全身の砲から今までの人面ボールとは桁違いの量と勢いで弾丸を撃ってきた。

 

 唐草模様を『注目』していた俺には、まるでビデオのコマ送りのようにその光景を見ることができた。

 

 奴の膨大な砲台の一つ一つから砲弾が発射され、空中で鳳仙花のように炸裂して無数の弾丸をばらまく。

 

 しかもどういう原理か炸裂した小型の弾丸は次の瞬間には、他の人面ボールの砲弾と同じ位の大きさになっていた。

 

 他の人面ボールの撃つ弾丸とも合わさって、5000万を超える赤い砲弾の嵐がほとんど一瞬で形成される。

 まさに弾幕と呼ぶにふさわしい。

 

 ってふざけんな! 

 お前、挨拶って言ったやんけ!

 なに、いきなり全方位にぶっぱなしてんねん! こっちには女の子もいるんやで!

 

 焦りの余りエセ関西弁になりながらも必死に防御を念じる。

 

 リンクさんの体は例によって勝手に動き出し、機械のような正確さで膨大な弾丸を捌き始めた。

 

 自身の間合いをミリ以下単位で把握し、そこに入った弾丸は盾と剣を使った必用最低限の動作で軌道を反らし、弾く。

 

 強制的に弾道を変えられた弾丸は床や壁、空中の人面ボールに激突。

 

 木っ端や鋼鉄、煙とオイルを撒き散らし、視界は加速度的に悪くなっていく。

 

 もちろんアニタさん目掛けて飛んでくる弾丸や、壁や天井で跳弾して彼女に向かうものは最優先で叩き落とす。

 

 大口径の機関砲などリンク=サン以外の人が生身で直撃を受けたら一溜まりもないからだ。かすっただけでもスプラッタな大惨事となるだろう。

 

「あ、貴方、血が出て……」

 

「大丈夫です。俺は良いから早く逃げてください」

 

「で、ですが」

 

 だが、いくらリンクさんが時の勇者リンク=サンとはいえ、まだ子供の体。

 

 動きを制限される狭い部屋の中で、しかも誰かを守りながら、これほどの数の弾丸を一度に全て防ぎきるというのは少々無茶だったようだ。

 

 少なからず被弾し、がっつり体力を削りとられた。

 残り体力、2ポイント。全体のおよそ4割ってところだ。

 

 俺の灰色の脳味噌が分析したところによれば、状況は極めて不利だった。

 

 相手は俺の手の届かない高空から一方的に攻撃できるのに対して、俺は遠距離攻撃手段がほとんど無い上に回避が制限されている。

 

 俺に出来る唯一の遠距離攻撃は盾アタックで弾丸を反射することだが、せっかくの反射弾も途中で弾幕に呑まれるか、唐草模様の甲冑に弾かれてしまう。

 

 このままじゃ、ゲームオーバーになるかもしれない。しかもトワプリのイリアさん以来の護衛任務失敗という最悪のオマケ付きだ。

 

 調子にのって死亡フラグ建てたのはどこの誰であったか。責任者はどこか。

 

 更に悪いことに声をかけたにも関わらず、アニタさんを示すマップアイコンは扉の前から動かない。

 

 足を怪我しているせいで扉があけられないのか。それとも見かけは子供の俺一人を置いてきぼりにする事を躊躇しているのだろうか。

 

 俺がもう1度声をかけようとした時、予期しない所から予期すべきだった最悪の答えが帰ってきた。

 

『マスター、この部屋は結界により外界から隔離されています。アニタ様単独で脱出出来る確率0.3%』

 

 "知らなかったのか? ボス部屋からは逃げられない"

 

 ……茅場さん、ここ、ボス部屋扱いだったのね……

 

 まあ風のタクトの魔獣島のボス部屋からなら、ボスの攻撃を利用して逃げられますけどね!

 

 

 

『マスター、敵の弾丸をもっと多く切ることを推奨します』

 

「なんで?」

 

 跳んで、弾いて、弾いて、弾いて跳んで、回って斬って、また弾く。

 

 息つく間もない状況だが、なんとか声を絞りだす。

 

 現状、弾丸を切り裂くのは最小限に留めていた。

 

 リンクさんの持つ金剛の剣は、某石川先生の愛刀と違って幅広の西洋剣である。

 斬鉄剣に切れ味では多少劣るかもしれないが、絶対に壊れない頑丈さと面積で勝る。

 

 トアルの盾もゼルダの伝説仕様なので、木製とは思えないほどやたら頑丈だ。

 

 さらに片手剣術スキルの盾アタックは、タイミングさえ合えばマシンガンだろうが魔法弾だろうが関係無く、射撃系遠距離攻撃を相手に跳ね返すことが出来る。

 

 ならば広い剣身と盾を使って軌道を反らすか、剣と盾の頑丈さとリンクさんの腕力を活かしてジェダ○のように敵に打ち返す方が効率的だ。

 

『弾丸を切ることで、マスターの片手剣術スキルを上げることが可能です』

 

 ! そうだった。

 今までハイラル平原を後ろ向きに疾走しながら多くの人面ボールやその弾丸をスパスパ切ってきたので、そろそろ片手剣術スキルがレベルアップしそうだったのだ。

 

 レベルアップさえすれば、古の勇者に新たな剣術奥義を教えて貰える。それが起死回生の一手となるかどうか、分からないがやってみるしかない。

 

 さっそく意識を防御から迎撃に切り替え、こっちに飛んできた弾丸を切りまくる。

 

 真っ二つ、三枚下ろし、微塵切り、ともかく経験値を稼ぐ。みるみるうちに貯まっていく経験値。

 

 だけどアニタさんのまわりを跳び回りながら剣と盾を振るっている状況では、メニューを開くこともスキル画面を開くことも出来ない。

 

 ついでに防御より攻撃的な迎撃に切り替えた分、被ダメージが増えていく。

 

 いったん古の勇者との剣術修業タイムに入っちゃえば、ゲーム内時間がたたないのは確認済みなんだが……なんとかならないか。

 

『許可を頂ければファイが設定を変更いたします』

 

 え、なにその有能っぷり。

 ファイさんそんなことも出来るの? 

 

『イエスマスター。実行しますか』

 

 イエス! イエス!

 お願いします!

 

 返事と同時にピコンッと電子音がなり、耳の奥で聞き覚えのある狼の遠吠えが聴こえてきた。

 

 

 

 気がつくと俺は白い荒野にいた。

 

 空は雲に覆われ、地面も雪が敷き詰められたかのように一面真っ白。しかし実際には雪など積もっておらず、地面を這うように漂う霧のせいで白く見えるだけだ。

 

『また、会ったな』

 

 ハイラル城をバックに立っているのは、ボロボロの西洋式甲冑を纏った骸骨騎士。

 十字架のような兜を着けているせいで顔が半分隠れているが、片目は紅く光っているのが確認できる。

 コホー、コホーという呼吸音が元イケメン騎士のヴェイ○ー卿っぽい。

 

 骸骨は多くのRPGで敵として登場する。骸骨騎士、骸骨兵士、骸骨剣士、その他諸々。

 

 ゼル伝でもそれは例外ではないのだが、この骸骨騎士だけは例外的に味方である。

 

 この骸骨騎士はトワイライトプリンセスに登場し、リンクさんに勇者に伝わる7つの奥義を教えてくれる師匠的存在だ。

 現世においては勇者の魂の印とされる金色の狼として現れ、この精神と時の部屋みたいな世界では骸骨騎士に変身して剣術を指導してくれた。

 

 このゲームでもスキルレベルの上昇と共に剣術と奥義(スキル)を伝授してくれる。

 

 ちなみにトワプリでは最後の奥義を伝授し終えると、

 

「勇者として生を受けながら、後世に技を伝えられなかった私の無念もようやく晴らすことが出来た。怯まず進め! わが子よ」

 

と言うところから、一説にはトワプリのリンクさんの先祖、時のオカリナのリンクさん本人ではないかと言われているが定かではない。

 

 並行世界を含めて3つも世界を救った時オカのリンクさんの最期が亡霊というのは余りにも切ないし、それだと勇者リンク転生説が崩れるからだ。

 

 個人的には勇者の魂の大部分は次代に転生したが、子孫とハイラルを心配する余り魂の一部が残留思念として残ってしまったと考えている。

 

 なんにせよ古の勇者の教えてくれた奥義”とどめ”を使って、勇者リンクが宿敵ガノンドロフを倒す様は圧巻である。

 

『ふん!』

「なんの!」

 

 骸骨騎士が剣から不意打ち気味で光弾を放ったが、とっさに盾アタックで跳ね返した。

 

『剣の訓練は怠らなかったようだな』

 

 古の勇者はどこか満足気な声で魔法弾を盾で受け止め、消し去った。しかしここで彼の雰囲気が一変して鋭いものとなる。

 

『だがお前が眠っている間に世界はまた一歩破滅へと近づいた。ここからはよりいっそう厳しい修練を積む必要があるだろう。お前にその覚悟があるか』

 

はい

あります

 

 さすがリンクさん、返事が肯定しかないぜ。まあ、肯定以外選ぶ気はないけどね。

 

 てか俺がインしていない時はリンクさん寝てるのか。三年も眠っていたら普通は体のあちこちが動かなくなると思うんだが。時のオカリナの時みたいに謎空間に封印されてたのかな。

 

「はい」

 

 古の勇者は「当然だ」とばかりにうなずいた。

 

『お前にはこれまで機械のごとき剣術を教えてきた。己の間合いを完全に把握し、正確に剣と肉体を操り、肉体と思考を別々に並行して動かす技…… しかしそれは真の勇者、否、真のハイラルの剣士の基本技能の一つに過ぎない 』

 

 武器を背負い腕組みした骸骨騎士の落ち窪んだ目が紅く輝く。

 

『勇なき剣に力は宿らぬ。心なき剣を卒業し、餓狼のごとき剣術に目覚める時が来たのだ』

 

 古の勇者が剣を前に出し、リンクさんも前に出す。

 

『勝利への執念、鋭い勘、研ぎ澄まされたセンス、勝負どころをかぎ分ける嗅覚、奥義”背面斬り”と共にしかとその身に刻め』

 

 新旧二人の勇者がお互いの剣を重ね合わせ、キンっと小気味良い音がなる。

 

 修業が始まった。

 

 

 

 

「俺の132(あいさつ)をきちんと聞1()9()れる7()んて、嬉41(しい)ねえ。じゃあ、お次は俺の必殺の自己紹介! 俺83728893310480(はみんなにはヤクザさんと呼ばれている)……」

 

 意識が現実世界に戻って来た俺を迎えたのは人面ボールキングの不快なダミ声だった。

 

 しかしぼうっとしてはいられない。

 奴が自己紹介とやらを始めた瞬間、火山が噴火したのかと思う程の爆発音が響いたのだ。

 

「……射撃特化型AKUMA 、レベル3 ィィィイイイ!!」

 

 なんか奴が叫んでいるが、俺はそれどころではなかった。

 

 唐草模様が撃ってくる弾丸もう万も億も超え、兆に達するかもしれなかった。

 

 それはもう炎の壁に等しい。

 

「だが、どんなに壁のように見えても、所詮は点の集まりだ……!」

 

 防御を念じると同時に、俺の意識が切り替わる。

 

  体か精神か魂か。どこか深い所に繋がり(リンクし)、そこから闘うための術がおぼろげに伝わってくる。

 

  集中力が自然に極限まで高まり、意識が獲物を狙う狼のように研ぎ澄まされていく。

 

 対して全身はゆるゆるに弛緩していく。剣と盾を握る手、肩や足腰、体中の関節や筋肉から余計な力が抜けていき、何百回、何千回、何万回も闘ってきた熟練の剣士のように余裕すら以て構えた。

 

 力は必要な時、必要な分だけかければいい。余計な力は速さと体力を浪費するだけだ。

 

 俺たちは盾を構えて左右に連続でステップして、相手を眩惑しつつ弾丸をよける。

 

 弾道と弾速を見切り、俺たちに当たるのが早い順に盾アタックと剣で相手に跳ね返し、敵を減らす。

 

 どうしても盾が届かない弾丸は剣身で滑るように軌道を反らす。

 

 サイドステップで弾丸を躱しがら空中で体を捻って剣を振り、弾丸を人面ボールに打ち返し、怯んだ隙に壁を蹴って飛び上がり、頭から真っ二つに切り裂く。

 

44444(死死死死死)ぃ!」

 

 高笑いと共に俺の手の届かない天空から再び放たれた万を超える弾丸が、今度はアニタさんを襲う。

 

 奴は分かってるのだろう。俺たちがアニタさんを庇おうとすることも、今までの俺たちなら庇うことはできても完全に防ぎきることは出来ないことも。

 

 だが俺たちだって馬鹿じゃない。ガラ空きになったアニタさんが狙われるのは予測済みだ。

 

 斬り捨てた人面ボールの体を蹴って床に着地し、その勢いを利用して一瞬の遅滞なくアニタさんの前まで転がり……!

 

「せええああっ!」

 

 緑の勇者に伝わる奥義、背面斬り(そともぎり)で弾幕を全て叩き落とす。

 

 本来この技はサイドステップから素早く前転して相手の視界から消え去るように背後に回り込み、 跳び上がりながら回転斬りを繰り出す、というものだ。

 

 一種の奇襲攻撃であり、盾などで前方ばかりを防御し、側面や背後の守りを疎かにする敵に効果を発揮する。

 

 しかしこの技には一つ面白い特徴がある。

 

 この技の最後に出す回転斬りは通常のものより攻撃範囲が若干狭い分回転速度が速く、敵に連続ヒットするのだ。

 

 つまり俺たちは金剛の剣の長いリーチで背面斬りの短所を補いつつ、高速回転斬りで弾幕を斬り払った訳だ。

 

 

 跳んで、弾いて、弾いて、跳んで。

 奴等が叫び、撃つ。俺たちが奴等の撃った弾を避け、弾き、奴等に斬り込む。それを見て奴等はアニタさんに弾丸を撃ち込み、俺たちは攻撃を中断して防御に走る。

 

 奴等は動きの止まった俺たちをここぞとばかりに撃ちまくり、俺たちはそれに対処しながら、攻撃の機を見計らう。

 

 両陣営共に激しく動き、隙有らば相手を出し抜こうとしているのに、状況は膠着していた。

 

 いや、お互いにわざとそうしたと言うべきか。

 

 俺たちはアニタさんの防御に復帰する技を得たことで多少のフリーハンドを得た。

 

 が、人面ボールキングたる唐草模様の巨人には分厚い弾幕と人面ボールの肉壁で弾も刃も届かず、人面ボールも倒した側から補充されては意味がない。

 

 現状の装備でこの状況を打破するには、後ろを気にすることなく縦横無尽に跳び回る必用がある。

 

 現に今までそうやってハイラル平原の人面ボールと人面ボールキングを倒してきたのだ。

 

 そのためにはアニタさんの脱出が必用不可欠だが、ボス部屋故にボスを倒すまでシステム的に脱出不可能。

 

 空きビン先生ならアニタさんを収納できるかもと思い、ダメ元でやってみたんだが、空きビンはアニタさんの体に当たるだけで効果がなかった。

 

 デク姫様は入ってアニタさんはダメ。純粋な人間は入らないと言うことなんだろうか。

 

 まあ、今までも街の人間とか入らなかったしな。あまり期待はしていなかった。

 

 こうなると俺たちに出来ることはしゃかりきになって防御しながら、盾アタックと隙を見て斬り込む位しかない。

 

 遠距離武器、特に片手で盾も持てるフックショットがあれば話は違ったんだが……今あるのは剣と盾、デクの実と種、アイアンブーツと牛乳瓶、酒瓶、空きビンだけだ。

 

 フックショットはムジュラの仮面ではゲルド族砦にあったんだが……今回見つからなかったしな。

 

 攻守の要である剣と盾を投げつけるわけにもいかず、かといってデクの実や種は距離的に敵まで届かない。つか当たっても数体麻痺させるだけで倒せない。

 

 まさか武器でもない酒瓶やミルクビンを投げつけるわけにもいかんしな。そもそも重すぎてアイアンブーツなんて投げられないし。

 

 畜生! 矢でも鉄砲でもいい。

 

 茅場先生! 遠距離武器、遠距離武器が欲しいです。

 

 対して敵はともかく撃ちまくってりゃあいいんだから気楽なもんだ。いつか俺たちがミスしてダメージは通るのを待ってりゃいいのである。

 

 これが現実世界の軍隊相手なら弾切れとか、戦意の低下とか、対費用効果とかあったんだろうけど、ゼル伝のモンスターにそんなものを期待するだけ無駄だろう。

 

 つまり一見互角の戦いのようで実は詰みなのである。

 

 それでも俺たちは剣を振るのを止めない。

 別に「死なばもろとも」みたいな悲壮な覚悟があるわけじゃない。

 

 単純な話、勝算があるからだ。

 

 この絶望的戦場から、俺たちもアニタさんも皆で生きて帰れる、一発逆転を起こす方法が一つだけ。

 

 緑の勇者は一人じゃない。

 

 逆転の鍵はファイさんとアニタさんが、新しい相棒と賢者の卵が握っていた。

 

 

 

 

 

「これを使えば……」

『AKUMAの弾丸に手を触れてはなりません』

 

 押しても引いても頑として開こうとしない扉。

 もう扉を壊すしかない。

 そう思って今まで不気味に思い触らなかった赤い砲弾にそろそろと手を伸ばしていたアニタは、ビクッと手を引っ込めた。

 

『その弾丸には強力な呪毒が籠めてあるのです。特殊な体質の持ち主以外が何の処置もせずに触れた場合、ウィルスに犯され死亡する確率100%』

 

 どこからともなく聞こえてきた和音のような声に、アニタは背筋に冷や水をかけられたような心地になる。

 

「だ、誰?」

 

 無数の砲弾を放つ怪物たちを相手に、剣と盾だけで一歩も譲らぬ戦いを繰り広げる少年。

 

 彼の剣が一瞬青白く輝き、まるで狭い穴を通り抜けてきたように、光の中から空色の肌の少女が現れた。

 

『ファイ、とお呼びください』

 

 目の前に浮かぶ少女にアニタは目を見開く。

 目も含めて顔全体が水色をした少女らしき存在が真夜中に宙を舞う姿は客観的に言って幽霊の類にしか見えない。アニタの震えは大きくなるばかりだ。

 

「あ、あなたたちは何者なの?」

 

 それでもアニタはファイをアクマの仲間と見なさない。

 それはファイが少年の剣から出てきたように見える事に加えて、彼女自身からも祈りたくなるような清らかな力を感じるからだった。

 

『マスターは遥かな過去より大いなる使命を背負う者。ファイはマスターと貴女がたを導くために創られた存在なのです』

 

 案の定余人には理解しづらい回答をするファイ。アニタの混乱はひどくなる一方である。

 

 緑の少年を守護する祖先の霊かしら、とアニタは混乱したまま考える。

 ゲルド族と中国人の血と文化を継ぐアニタらしい発想は当たらずとも遠からずだ。

 

 そんなアニタを華麗にスルーし、空色の精霊はあちこち見回しながらすいすいと空中をすべり、ある一点で止まった。彼女が目をつけたのは部屋の隅に置かれた楽器。

 

『アニタ様、この琴を演奏出来ますか』

 

「一応、一通り出来ますが……」

 

『それはなによりです。本来ならマスターの伴奏が欲しいところですが、現在の状況では高望みでしょう』

 

「それより質問にちゃんと答えてください! なんであんな怪物がここにいて、貴方たちは何者で、一体何のためにここに来たのか!」

 

 突然現れた謎めいた少年と恐ろしい怪物たち。

 会ったばかりなのに緑の服を血で染めながら懸命に自分を怪物から守ろうとする少年。

 逃げたいのに何をしても開かない扉。

 空色の幽霊。

 

 精神的に追い詰められているせいで徐々にヒートアップしていくアニタに瞳のない目を向けて、ファイは告げた。

 

『貴女には今から魂の賢者として覚醒していただきたいのです』

 




重力操作? 物質分解? そんなちゃちなもんは要らねえ。男なら銃! 弾幕はパワーだぜ!! なアクマさんでした。

背面斬りはスマブラの空中回転斬りをイメージしてくれれば大体あってます。

次の更新は来週末までにはできると思います。
え”、鬼神さんはどうしたって、それは次回のお楽しみということで一つ。


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第20夜 賢者の覚醒(前)

 どことも知れぬ深い闇の中、山高帽を被った風船のお化けのような怪人がいた。

 

「時の勇者、やはり賢者の末裔たちの前に現れましたか♥」

 

 間延びした独特な、しかしいつまでも聞いていたいような不思議な魅力を持った声がロウソクの灯りさえない真っ暗な空間に吸い込まれていく。

 

 怪人、千年伯爵の眼鏡の中には多数の高レベルアクマに囲まれて、その圧倒的物量に苦戦する少年の姿があった。

 

「ふふふ、相変わらず甘いですねぇ勇者リンク♥ あのくそ忌々しい神の力で町ごと薙ぎ払えば良いものを、足手まといを気にして全力を出せないとは♥ まあ、そうなるように我々が誘導したんですが♥」

 

 千年伯爵は実に楽しそうにリンクを嘲笑う。 リンクが恐ろしい鬼の神の力を手に入れたことをすでに千年伯爵は知っていた。

 そもそも前回の中国での襲撃は表向きは勇者の抹殺が目的だったが、実際は鬼神の力の有無を確かめること、そしてもしも所持しているのならばその対抗策を得ることが目的だった。

 襲撃自体は鬼神の剣の一撃で全部隊を一瞬で蹴散らされるという酷い結果になってしまったが、リンクが既に鬼神の力を所持しているということを知れただけでも成果はあった。更に対勇者用のアクマの素材まで手に入ったのだから、戦術的には伯爵の敗北だったが戦略的には伯爵は優勢のままだった。

 

「それにしても相変わらず優秀デスネェ、あのアクマは♥」

 

 機嫌良さげに手元の傘を振り回す伯爵。

 

「なにしろ昔、我輩たちの侵入に気づき、口の上手さと火縄銃を使って日本を統一しようとした男とその配下を使って作成したアクマ♥ですからネ♥」

 

 今勇者に対して弾幕を張っている個体はレベル3アクマの中でも特に古く優秀な個体の一つであり、対勇者用にチューニングまでした伯爵の肝入りの一つだった。

 口述火器という口にした文章に含まれる数字の数だけ砲弾を形成し発射するという有用な能力を発現させ、しかも能力ごり押しのスタンドプレーに走りがちなアクマの中では数少ない頭を使ったチームプレーを重視する個体だった。

 彼はその気になればレベル4に進化できたにも関わらず、レベル4化に伴う固有能力の喪失や自我の変化を嫌い、部下にしたアクマの育成のために自分は牽制と指揮に専念し、殺しは他の低レベルアクマにさせるという手法で数多くの高レベルの部下を作り出した有能な個体だった。その経緯で彼を慕うアクマも多い。

 

 基本的に近距離での戦闘を得意とする勇者に対して遠距離特化のアクマは有利であったが、彼はその事実に胡座をかくことなくより自分達に有利な戦場を求めた。

 

 狭い戦場を用意して奇襲をしかけて俊足を謡われる勇者の足を止めさせる。

 更に勇者が逃亡せぬように、部下にしたアクマに命じて結界を張り巡らす。

 そして最も厄介な鬼神の力を使わせないために、戦場は賢者の一族が住み、かつ人工密集地の市街地に設定する。戦場を誘導出来るように賢者の一族が住みついている町や屋敷に人に化けたアクマを忍ばせておくなど下準備もバッチリだ。

 これだけのことを伯爵やノアがいちいち指示しなくても、勇者の基本的な性格と戦闘スタイルの情報を伝えただけで自分で考えて行える。歴戦の将に恥じない戦術眼であった。

 

「緑衣の勇者リンク、あなたは昔っからソウでした♥ 自分のために民や兵士に死ねと言えない甘さ。愛だの優しさだの勇気だのを信じる青臭さには、ヘドが出るンデスヨ♥」

 

 勇者は弱者を見捨てない。切り捨てることが出来ない。

 

 将軍が首都を守るために兵士に防衛を命じるように、 重要度の高いものを守るために重要度の低いものを犠牲にするのは、人を率いる者の権限であり責務でもあった。

 

 替えの効かない勇者と、能力が多少落ちても替えが効く賢者候補の少女とたいした価値のない町の住民。

 千年伯爵を倒せる数少ない存在である時の勇者が死ねば人類の命運は尽きたも同然である以上、どちらを犠牲にすべきかは明白であった。にも関わらず、勇者リンクは弱者を見捨てない。見捨てることが出来ない。

 

「我輩たちを侮りましたネ♥ 勇者リンク、アクマの目は我輩の目であり、耳でもある。ここ数年の足取りをまったく掴めなかったのはお見事ですが、今世のあなたのやったことは大方調べさせて貰いましタ♥ ナニやら企んでいたようですが、フフフ、賢者の末裔どもに網を張った甲斐がありました♥ さて、と……」

 

 チリンチリン、と千年公は手元の鈴を鳴らす。すると彼の片眼鏡の中に石造りの立派な街並みと一匹の美しい毛並みの黒猫が現れた。

 

 黒猫は千年公に気づくと振り替えってちょこんとお辞儀をし、柳のようにしなやかな尻尾をぴんと立てて建物の陰に入っていく。

 

 すると石畳に延びる子猫の影がニュウッと伸びていき、あっという間に子猫の影は人のものとなる。やがて子猫の消えた街角から黒いスーツをパリッと着こなした少女が現れた。

 

 黒髪を肩の辺りで切り揃えたスタイルの良い10台後半くらいの美少女だ。灰色の肌の額には髪に隠れてはいるがノアの一族の証である十字架がいくつも刻まれている。

 

「お呼びですか、伯爵様」

 

「ええ、ええ。ルル=ベル、お仕事ですよ♥ かねてからの計画をスタートさせます♥ 吾が輩のかわいいオモチャたちを使って時の神殿の賢者とその末裔たちを捕らえなさい♥」

 

「かしこまりました。……それは賢者に連なる者たち全員ということで間違いありませんか、主」

 

「ええ、今までは勇者を殺すための罠として賢者どもとあの忌まわしい神殿を残しておきましたが、 勇者が現れた今となってはもう必要ありませんからね♥」

 

 邪魔になるだけです♥ とうそぶく千年公。勇者と世界各地に点在する賢者を同時に攻撃すれば、勇者が一人しかいない以上、確実に賢者を潰せるというものだ。

 

「承りました」

 

 伯爵の命令に眉一つ動かさないルル=ベル。変身能力を持つ彼女にとって拉致や暗殺は日常なのである。

 

「言い忘れてましたが、決して貴女自身が賢者に近づいてはいけませんよ。貴女の役目はあくまで神殿への道案内と結界の破壊の手引きだけ、神殿の中へはアクマだけを行かせなさい♥」

 

「何故、でしょうか」

 

 美少女の表情は変わらない。だが、ルル=ベルの育て親である千年公には彼女が自身の力量が不足しているのではないかと懸念しているのが手に取るように分かる。そういう風になるよう育てたのだから当然だ。

 

 伯爵は慈愛の表情を作り、気遣わしげに言った。

 

「貴女の力量を軽視している訳ではありません♥ あなたが「色」のノアとして万物への変身能力を持つように、賢者どもは全員己の職分にみあった特殊な力があります♥」

 

「我々のノアの一族のように、ですか」

 

「ええ、実に忌々しいことですが、過去にはノアの一族の者が賢者たちに消されたこともありました♥ 無論我輩たちの総力を上げてその時代の賢者どもは叩き潰しましタが……ゴキブリのようにまた湧いてきて♥ 本当に鬱陶しい一族です♥」

 

 最後の呟きには伯爵に心酔するルル=ベルさえ背筋がぞっとする程の憎悪がこもっていた。

 

「だから替えが効き、疲れを知らぬアクマを送り込むのです♥賢者どもは確かに厄介な能力を持ちますが、所詮は脆弱な人間。昼夜を問わず飽和攻撃をし続ければ、神殿の力を借りてもいずれは力尽きる♥」

 

 伯爵の声には抑えようにも抑えきれぬ暗い喜悦が滲んでいた。

 

「かしこまりました、主」

 

「賢者の一族を抹殺したら、アクマを通して我輩を呼びなさい。神殿の占拠に向かいます♥」

 

「神殿は破壊しないのですか?」

 

「ええ、ちょっとしたサプライズを、ネ♥」

 

 リサイクルですヨ♥ リサイクル♥ とうそぶく千年公。

 

「かしこまりました」

 

 うやうやしく頭を下げるルル=ベル。伯爵も満足そうに頷くと通信を絶ち切った。

 

「フフ、今回はいい感じデスネエ♥ レロ、アナタもそう思いませんか?」

 

 千年伯爵は手元の傘に話しかける。傘はなにも答えない。

 

「? どうしたんですか♥ レロ……えっ♥」

 

 伯爵は手元の傘を見て、気づく。それが伯爵謹製のゴーレムレロではなく、ただのピンクの傘だということに。

 

「またロードですネ♥ 我輩の傘をちょろまかして、どこに行ったん……!? ま、まさか……!?」

 

 その時伯爵に最悪の考えが浮かんだ。まさかロードは勇者の所に……!!

 

「ロード! ロード!」

 

(もしそうだとしたら、一刻も早く連れ戻さなくては……!!)

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかきつい状況だな」

『今しばしの辛抱を、マスター』

 

 俺たちは金剛の剣を振るいまくって、赤黒い弾丸を叩き落としながら呟いた。

 

 いつものゼル伝なら近距離戦を挑んでくるはずの鎧武者タートナックが背中に蝶の羽のようなものをつけて宙を舞い、体の全身についた小型のバルカン砲から、バカみたいな数の砲弾をばらまいている。

 

 使える武器を剣と盾しか持ってない近距離型の俺は、 遠距離特化の新しいタートナックとその取り巻きたちの集中放火を掻い潜り、 敵に接近するしかない。

 

 だが俺の後ろには足を怪我してろくに動けない女の子がいる。そのため、敵に接近するどころか回避もままならない。

 

「シナナイムシハイイムシサ!」

 

 4771億と6481万、おまけに1643、悪夢のような数の砲弾が、タートナックの唯の一言で形成された。血のように赤い砲弾の列がタートナックの背中から沸き上がり、渦を巻いて館の上空を覆い尽くしていく。

 

「どうだい、エクソシスト! ヤクザさんの能力、口述火器(こうじゅつひっき)の味わよお!」

「ヒャッハー! 蜂の巣にしてやるぜ!」

 

 奴の取り巻きたちが自慢気に叫んだ。取り巻きたちは人面ボールが数体と胴長短足の紫タコオクタロックしかいないが、その連射力は旧作の比ではない。人面ボールは体から生えた大砲から、オクタロックは口と吸盤から、冗談みたいな数の砲弾を飛ばしてくる。

 口述火器(こうじゅつひっき)とやらも、だじゃれみたいな名前の能力だが、その脅威は今まで俺が戦ってきたどの敵より強い。一斉に発射する訳ではないのと、リンクさんの防御能力でなんとかなっているが正直かなりきつい。お前ホントに序盤のボスか?

 

 繰り返しになるがひたすらに弾幕を張るという戦法は、遠距離武器が皆無の俺にとって非常に不利だ。つーかゼル伝に弾幕ゲーを持ち込むんじゃねーよ、殺すぞ。

 

 くそ、今ここにボウガンがあれば、リンクのボウガントレーニングで鍛えた腕であいつらなんか蜂の巣にしてやるんだが。

 

 やはり、この状況を打開するにはボスである新型タートナックを倒すしかない。そのためにはこの場で得られる可能性のある唯一の遠距離攻撃スカイウォードソード、別名剣ビームを習得するしかなかった。

 

 

 

 時間は数分前にさかのぼる。

 

「スカイウォードソード?」

『イエス。アニタ様を魂の賢者に覚醒させることが出来れば、マスターはスカイウォードソードを放つことが出来るはずです』

 

 タイトル回収?と激しく戦いながら内心首をかしげた俺と、部屋の隅で実際に首をかしげているアニタさん。

 アニタさん、さっきまでわりと怖がっていたのだが、ファイさんから賢者について、己の役割についての説明を受けているうちに覚悟が決まったらしい。賢者の使う楽器っぽいものを持ってるし、メドリちゃんみたいに先代賢者とお話したのだろうか。

 

「申し訳ないのですが、スカイウォードソードとはなにか教えてくれませんか」

『スカイウォードソードとは天空に満ちるエネルギー、スカイウォードを剣に集め、射出する技です』

 

 なるほどと頷くアニタさん。

 戦いながら聞いていた俺は色めきたった。それって剣ビーム、神トラや4つの剣に出てきた剣ビームなんじゃないですか!?

 

『イエスマスター、その認識で間違っておりません。ただしスカイウォードをためるために、剣を一定時間天空に向けて掲げねばなりません』

 

 ヒャッハー! 剣ビーム、リアル剣ビームじゃ! 剣を天に掲げてチャージとか実に必殺技っぽい。ゼル伝スタッフも分かっているじゃないか。

 

「その技を使えばあの怪物たちを倒せるでしょうか」

 

 俺が掛け声はエクスカリバー! にしようか、それとも「壁にでも話してろ」の人にするか、真剣に迷っているとアニタさんが真剣な顔でファイに訪ねていた。

 

「そこは俺も気になるな、どうなんだ」

『十分破壊可能な威力であると断言いたします。しかしアニタ様が首尾よく賢者に覚醒されても、スカイウォードソードには問題も存在します』

 

「問題、ですか」

「イエス、現状でのスカイウォードソードの発動は一度のみ。それ以上はこの剣がもちません。また、スカイウォードをためている間、マスターは無防備です。歩くことは出来ますが、走ることも盾を構えることすら出来ません。無防備のままスカイウォードをためようとすればAKUMA の弾丸により敗北する可能性98%』

 

 98%ってそんなにか。しかしチャージに時間がかかるのもやばいが、一発で打ち止めって。いくらなんでもそれは……

 

「具体的には何秒ぐらいかかるんだ」

『およそ30秒です。マスター』

「確かに、30秒間この砲弾の嵐の中で剣も盾も使わずに突っ立ってたら死ぬな」

 

 たぶん肉片も残らないんじゃないか。今もなんか新型タートナック=サンは弾丸をチャージしてるし。

 

「なんとかスカイウォードを速くためられないのか。あるいは回数を増やす方法でもいいが」

 

 こう、オラに元気を分けてくれ!って呼び掛けるとか。

 

『残念ながら賢者を一人覚醒するだけではスカイウォードソードを日に1度使用可能にするのが限界でしょう。マスターが更に賢者を覚醒させれば性能は向上すると考えられます』

 

…………ま、まあ賢者がいなくなったせいでマスターソードは邪悪な存在の封印にエネルギーの大半をとられている上に、今回剣ビームを発射するのは金剛の剣。名剣とはいえ、マスターソードじゃない剣からの発射は難しいということなんだろう。前に30%しか機能を再現できないって言っていってたしな。

 

「それしか方法がないようですね。……分かりました。その作戦でいきましょう」

 

 おう、アニタさんに先に言われてしまった。ただのお姫さまじゃないと思っていたが果断な性格なようだ。

 

「俺もそれでいい。アニタさんの覚醒はファイに任せてしまって大丈夫か?」

『イエスマスター、問題ありません。しかしスカイウォードをためる時間はどうなさるおつもりですか』

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 リンクさんに良い考えがあります。

 

 

 

 

 




更新遅れてすみません。ちょっとここ半年くらい原作科学班ばりの量の仕事が作者と同僚に襲いかかり、てんてこ舞いでした。
でもdグレがまたアニメになると聞いたので、テンション上がって更新した次第です。
次回の更新は明日です(予約投稿済み)


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第21夜 賢者の覚醒(後)

 アニタさんが魂の賢者に覚醒し、マスターソードの力を奪っている封印を肩代わりしてもらい、封印に割いていたエネルギーをスカイウォードソードの発動に回す。なんやかんやしてチャージし、剣ビームをぶっぱしてボスを倒す。

 

 けっこう綱渡りな作戦だが俺には心強い希望があった。しかも3つもだ。

 

 ガキンッと火花を散らして金剛の剣が砲弾を弾いた。赤い砲弾が空中で弾けて鳳仙花のように破片をばらまく。

 

 サイドステップやバックステップを駆使して出来る限り回避し、出来ない物や避けるとまずい物のみ剣で切り裂き、トアルの盾で跳ね返していく。

 

 まず俺の剣と盾は普通じゃない。金剛の剣は一流の鍛冶師が採算を度外視して俺のために作ってくれたシステム的に絶対に壊れない名剣だ。

 鍛冶屋のおじさんが手抜きですまんなと言いたげにくれたトアルの盾だって、リナリーやロック・リー たちが住むトアル村で作られた名品。火には弱いが、逆に言えばそれ以外なら魔王ガノンドロフの一撃にだって耐えてくれる凄い盾だ。

 

 迫り来る砲弾を跳ね返し続けるなんて、ただの鉄剣と盾だったら最初の一発すら防げずスクラップになっていただろう。

 鍛冶屋の親父さんと彼と俺とを繋いでくれたアンジュちゃんとマロン、作ってくれたトアル村の人たちには感謝してもしきれない。

 

『敵勢力45%減少及びマスターの体力の低下を確認。マスター、体力の回復を推奨します』

 

 さらに俺の相棒ファイさんもそんじょそこらの精霊ではない。なんとあの伝説の退魔の剣マスターソードの精霊だ。ナビゲーション、攻略アドバイス、剣の強化、賢者との交渉となんでもござれのスゴいヒトだ。

 今も賢者の覚醒を促しながら、敵の能力の分析しつつ、脱出法を模索するという重要な任務を複数同時にこなし続けている。

 

 最後の希望はこれがゼルダの伝説であるということだ。俺がこのゲームシリーズにかけてきた時間と情熱は半端ではない。周回プレイはもちろん、ストーリーや作品世界、人物への考察にかけては中々のものだと自負している。

 

 アニタさんはきっと賢者になってくれると確信している。アニタさん自身を、ハイラルを守ってきた賢者という歴史を信じている。

 

「だから俺は悲観しない。絶望もしない」

 

 だって……

 

「困難を打ち砕いてこその勇者だからだ!」

 

 俺は自分に渇をいれるていると、懐かしい音楽が聞こえてきた。

 

 確か……名前は、そう、魂のレクイエム。

 

 ちらりと視線をやると満開の花のような魔方陣の中でファイさんが歌い、アニタさんが二胡を弾いている。俺も詳しくないがざっくりいうと東洋版のバイオリンみたいな感じの楽器だ。

 

 魂のレクイエムは時のオカリナでは砂漠の神殿にワープさせてくれる曲。あの時と同じ曲がオカリナパートをファイさんが歌い、ハープの部分をアニタさんが二胡で再現している。

 叙情的なデュエットは1分にも満たなかったが、俺の心に深く響いた。

 

『アニタ様の魂の賢者への覚醒を確認。これよりアニタ様へ封印の権能の委譲を開始。同時にスカイウォードソードの発動準備を開始します』

 

 来たか。剣を力強く握りしめ、盾を構える。盾突き!

 

「アニタさん、ファイ」

「ええ」

『イエスマスター』

 

 俺は盾突きを中止して、ファイとアニタさんに視線を送った。ここからが肝心だ。二人も力強く頷く。

 

 それに応えるように、金剛の剣が白く輝いた。

 

 

 

 

 

「なっ、ここに来て結界だと!?」

 

 俺が剣を掲げると剣先から少しずつ神秘的な光が満ち始めた。

 怪物たちは今がチャンスとばかりに攻撃するが、まるで見えない結界があるかのように、俺の手前で弾は火花を散らしながら全て弾かれた。

 

「くそ、撃て撃て! 撃ちまくれ! どこに隠してんだか知らねえが、結界装置ごときで俺たちの攻撃を止められると思うなよ!!」

 

 大声で仲間を鼓舞し、砲弾を送り込んでくる怪物たち。その勢いは先にも増して凄まじく、火山が爆発したんじゃないかと思わせる程だ。

 

 しかし、無駄だ。

 

「ファック! どういうことだ、1発も通らねえぞ!?」

「くそ、なんでだ! どうして、たかが結界ごときが、この俺の、ヤクザさんの弾幕を……!!」

 

 なぜかだって?

 決まっている、これは結界じゃない。

 

 ーー斬撃だ。

 

『マスター、魂の賢者へ封印の権限の移行は完了。スカイウォードの充填率は56%です』

 

 ーー残像剣。別名、無限の剣。

 時のオカリナとムジュラの仮面で登場する、「リンクの左手前に剣による攻撃判定を置き続ける」有名かつ有用なバグ技だ。

 

 発動方法は盾突きをAアクションでキャンセルすること。具体的には盾突きをしている時に誰かに話しかけたり爆弾を持ち上げたりすればいい。発動に成功すると白く光りながら剣が残像を残すようになることから、残像剣と名付けられた。

 

『あと何秒で撃てる』

『残り12秒です。カウントダウンをしますか』 

 

 「剣による攻撃判定を置き続ける」というのをゲーム慣れしていない人にも分かりやすく言うなら、俺は外見上は剣を振ってもいないのにアリ一匹入る隙間もない無数の、しかも不可視の斬撃の嵐が目の前に発生し続けるといった具合だろうか。

 

 当然モンスターや弾丸みたいな破壊可能オブジェクトがその範囲に入れば、あっという間にバラバラに切り刻まれるし、ダンジョンの壁のような破壊不可能オブジェクトならばもの凄い勢いで火花を散らすことになる。

 

 しかもこの技は使いながら盾を構えたり、爆弾を投げつけたりといった行動も出来る。盾を構えれば残像剣でも防ぐことの出来ない火炎放射のような非実体の攻撃を防ぎながら残像剣で攻撃することが出来るし、爆弾は……投げつけた瞬間斬撃判定に引っ掛かって爆発するのでカミカゼアタックごっこが出来る。

 

「畜生! 囲め! 全方位射撃だ!」

 

 しかし一見すると無敵に見えるが、この技にも当然ながらいくつか欠点があった。

 

 まず残像剣の攻撃判定はリンクの剣の届く範囲、すなわちリンクのやや左前方にしか発生しないので、攻撃範囲が思ったより狭く、背後と右側面ががら空きだということ。

 

 第2にこの技を使っている間は高い段差を一切降りることが出来なくなるということ。下の階に用があるなら諦めてこの技を解除するしかない。この特徴を悪用してボムチュウホバーにつなげて空中浮遊するリンクさんもいるのだが脇道にそれるといけないので置いておく。

 

 第3にリンクが剣を素早く振ったり、ダメージを受けたり、水中にダイブしたり、死んでしまったりすると解除されてしまうということ。

 

 つまりスカイウォードをチャージ中ゆえに盾を構えることすら出来ない現状で全方位から一斉攻撃されると、背後からダメージを受けて残像剣が解除、そのまま滅多打ちにされて死んでしまう、ということも可能性としては十分にありえる。

 

「親分、包囲完了ッス!」

「全砲門開け! 目標はあの緑のクソ勇者だ! ぶっぱなせー!!」

 

『ファイ、カウントダウンを頼む』

 

 だが、その程度の弱点はテクニックでカバーしてこそ、熟練のゼル伝プレイヤーである。

 

『イエス マスター。カウントダウン開始します。11……10……9……8……』

 

「ダメです! 結界破れません!」

「こっちには 口述火器(こうじゅつひっき)のヤクザさんと、レベル2と1が大勢いるんだぞ! どうなってんだ!?」

 

 斬撃判定が前方にしか発生しない? 

 逆に考えるんだ。俺が回ればいいやって。

 

「お、おい、勇者のやつ剣を掲げたままその場でグルグル回り始めたぞ」

「くそ、あの野郎! 俺様たちをおちょくりやがって!」

 

 別におちょくってるわけじゃないんだけどなあ。

 

 俺はただ効率よく弾幕を防げるようにしているだけなんだが。

 

『……6……5……4……』

「ダメだ! 勇者の野郎には傷一つついてねえ!」

「畜生! この変態野郎があ!」

 

 誰が変態だ、誰が。俺は清く正しい勇者です。

 

 スカイウォードの充填が進んだのか、俺の金剛の剣からは神々しいオーラが漏れ始めていた。

 

 怪物たちもそれを感じているのか、より一層必死そうに撃ってくるが、斬撃判定の嵐がその接近を許さない。

 

『……3……2……1……』

「こ、これが……伯爵様の言っていた勇者と賢者の力だとでもいうのか……」

 

 止まらないカウントダウンに怪物たちの一体が絶望に駆られた声でいう。

 そう……これが……

 

『……0。スカイウォード充填完了。スカイウォードソード発射可能です』

 

 いつのまにか俺の金剛の剣は、残像剣の白い光とは違う神秘的な光に包まれていた。溢れんばかりのスカイウォードが解放の時を今か今かと待っているのを感じ、この力ならあの怪物たちを倒せると確信する。

 

 いつのまにか周囲は沈黙の風に包まれていた。見れば怪物たちはこの荘厳なオーラに呑まれてしまったのか、皆空中で動きを止めている。好都合だ。

 

 俺は回転を止め、新型タートナックをキッと睨み付ける。よくもアニタさんを怖がらせてくれたな。よくもゼル伝に弾幕ゲーを持ち込んでくれたな。知らないみたいだから教えてやる。これが……

 

「……これが、勇者と賢者(とバグ技)の絆だ!!」

 

 勢いよく降り下ろした剣から円盤状の光が高速で飛んでいく。

 

「し、シナナイムシハ、ッ!?」

 

 慌てて迎撃しようとしたがもう遅かった。文章を作り終える前に新型タートナック=サンの体はまっぷたつに切り裂かれ、爆散した。

 

「どうする? もっとやろうか?」

 

 俺が悪役っぽく笑いかけてやる。

 

「う、うああああ!?」

「お、お前なんか恐くねえ! ヤロウぶっ殺してやらああああ!!」

 

 突っ込んでくるのが3割、逃げようとしているの7割か。

 

 思ったより根性あるのが多いが、まあどっちでもいい。結果は同じだ。

 

「町の人に被害を出さないために追撃するね」

「え、ええ。そうしてください」

 

 ? アニタさん、なんでそんなに引き気味なんだ。まあいいか。

 俺はもう一度残像剣を発動させ、突撃した。

 

 弾幕ゲー死すべし、慈悲はない。

 




大体4千字位を目安に書いていきます。
次回、アニタの述懐。
明日に予約投稿済み。


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第22夜 アニタの述懐

今回はシリアス(真)です。


 私の実家である天青楼は中国より遥か西の砂漠を源流とする『ゲルド族』の海賊が母体となって生まれた店でした。

 

 他種族と交わってもほとんど女しか産まれないという特異な遺伝子を持ち、独自の女神信仰と、世界を滅ぼしかけた魔王ガノンドロフを産んだという伝説を持つゲルド族。

 

 世界でもわりと有名だけど好かれているとはお世辞にも言えない私たちゲルド族は、世界中に移民を繰り返していて、そのネットワークを活かして、合法・非合法ひっくるめた海運業、東西貿易等を営んでいました。

 

 現在、異教や異民族を排除する思想を持つ者たち、特に自民族中心主義者や白人至上主義者が幅を利かせていて、彼らはコキリ族やゾーラ族、ゴロン族といった異民族に優しくありません。彼らを理性のない魔物と同一視している者さえいました。

 

 その手の排外的な思想を持つ者が言うには「『神に祝福された我々』が『異教の邪神』を信じる『異形の者』を『討伐』し、その土地と富を『取り返す』ことは『我々の正当なる権利』である」だそうです。

 なんとも思い上がった突っ込みドコロ満載の考えですが、これが彼ら彼女らの『常識』でした。

 

 誇り高いゾーラ族やゴロン族、コキリ族のような少数民族たちは、差別的思想を持つ人々を嫌い、ますます秘境や魔境と呼ばれるような所に暮らすようになっていきました。彼らの生態がそこにあっていたというのも大きいです。

 

  妖精と共に生きるというコキリ族は深い森の中で暮らし、岩を主食にするゴロン族は火山帯を好みますし、半分水棲のゾーラ族は川の上流や海辺を好みました。

 

 そんな彼らを世界と繋いでいたのがハイリア人とゲルド族でした。どちらも異民族たちと古い付き合いがあり、かつ世界のあちこちに居ながら討伐されるほど嫌われてはいませんから、世界中に散らばる異民族と独占的に交易を行うことで大きな利益をあげていたのです。

 コキリ族からは不思議な力の宿った老木の木材や植物を、ゴロン族からは良質な武器や貴金属を、ゾーラ族からは豊富な魚介類や美しい真珠、珊瑚等を買い取り、代わりに彼らの村の外にあるものを売りました。

 

 もちろん差別主義者たちはハイリア人の耳の形や、ゲルド族の褐色の肌を蔑んでいました。商売上でも彼らは様々な難癖をつけてきます。ハイリア人やゲルド族は経済と情報を握っているので、表立っては攻撃してきませんが、裏で様々な嫌がらせをしかけてきました。

 

 天青楼は表向きは高級な遊女の集う遊郭でしたが、実際はこの街の貿易を仕切るゲルド族の中国における出先機関。ゲルド族という国際的企業(ヤクザ・マフィアと言い換えてもいいかも)の中国における最大拠点です。

 

 しかし天青楼は今、大変な危機に瀕していました。

 

 ゲルド族は腕っぷしの強い戦士も魔術の使い手も魔性の美貌の持ち主も揃え、その経済力と顔の広さから権力者におもねることをよしとせず、独立独歩の気風の強い民族です。

 

 そんな彼女たちがはばかりながら次期族長候補であった私、アニタを他の民族に売り渡さねばならぬほどの危機といえば分かって貰えるでしょうか。

 

 危機の主な原因は魚などの海産物や真珠や珊瑚等の高級品を養殖していた大切なビジネスパートナー、ゾーラ族との断絶でした。

 

 半年前から、海上、海中に謎の霧が発生して、それ以降ゾーラ族と連絡が一切取れなくなってしまいました。更に港から出た船がたびたび行方不明になるようにもなってしまったのです。

 

 これはゲルド族に対するゾーラ族の裏切り、宣戦布告だと主張する者もいれば、ゾーラ族もこの海ものっぴきならない危険な事態に巻き込まれているにちがいないと主張する者もいました。

 

 でも実際は詳しいことは何も分かっていないのが現状でした。

 

 原因究明のために霧のなかに船が向かったのですが、屈強な船乗りもベテランの漁師も手練れの海賊も誰一人として帰ってこなかったのです。

 

『この海は呪われている』

 そんな評判がたつのにそう時間はかかりませんでした。

 

 私たちの必死の調査と経営努力にも関わらず、それ以降も天青楼の業績は悪化し続けました。

 

 天青楼のゲルド族は ゾーラ族と海という巨大な供給者を失ってしまいました。注文があっても品物が無ければ何も売ることは出来ません。それどころか注文そのものがどんどん減ってきていたのです。

 

 私たちが主に高級品を扱っていたのも災いしました。未納品のとても高いキャンセル料もあって、あっという間に借金で首が回らなくなってしまったのです。

 

 ストレスが祟ったのか母の飲酒量は明らかに増え、娘の私から見ても美しかった容姿には陰りがでる有り様です。

 

 私はこの店の女主人の娘であり、いずれ子を為し、この家を支え、ゲルド族を盛りたてていかなければならない立場にあります。 

 

 だから好きな男と一緒になりたいと思っているわけではなく、身売り同然でお金持ちの中国人のおじいさんに身請けされるのも、まあ納得出来ずとも我慢しようと思っていました。頑張って良いところを探して愛する努力をする所存でした。

 

 しかしそんな私をして許せないことが一つありました。纏足です。

 

 相手側がまさに足下を見て出してきた家の資金援助のための条件である纏足。本来纏足は幼少のころから足に布を巻いて骨格を矯正していくものです。

 しかし独立独歩を尊ぶゲルド族の私がそんな自分で歩くことさえ出来なくなるような風習をしているはずもありません。

 おかげさまで私は一族の呪術師の助けを借りてまで、足を小さくするはめになりました。

 

 足の骨を削る魔術による激痛に次ぐ激痛、そして歩くことも料理することも用を足すことも一人で出来なくなるということは、私の精神に凄まじいストレスをかけました。

 

 何をするにしても人の手を借りなければならない。家を助けるどころか、己のことすら一人で出来ない自分が足手まといにしか思えない。

 

 大好きな母やマホジャ、一族の皆に足手まといと思われることは、私にとって最大級の恥辱であり、恐怖でした。

 

 せめて家族の迷惑にはなるまいとすみに引っ込み、悪戦苦闘する家族を見ていることしかできない。

 

 そんな鬱屈した時でした、緑の少年が訪ねてきたのは。

 

「なら僕がその問題を解決してみせましょう」

「貴方みたいな小さな泥棒さんが、ですか?」

 

 それは荒唐無稽な話でした。まだ10かそこらの子供が一族の危機を救うというのです。

 

「小さいというのは否定できませんが、泥棒の力を……いや」

 

 私は思わず息を飲みました。

 

 言葉を区切った少年がおもむろに緑の帽子を被り直すと、今まで背負っていた剣と盾を構えたからです。

 

(斬られる!!)

 

 足の動かぬ私では逃げることさえできない。死の恐怖に思わず目をぎゅっと瞑りました。

 

 大砲のような音、激しい風切り音、そして何かが床にドサドサと落ちる音が聞こえます。

 

(私、生きてる?)

 

 恐る恐る目を開けた私の目に飛び込んできたのは、真っ二つに切り裂かれた血のように赤い砲弾。そして……

 

「勇者の力を信じなくちゃ」

 

 緑の少年の小さくて大きな背中でした。

 

 

 それは本当に荒唐無稽な話でした。私よりも小さな少年が剣と盾を持って、少女のために異形の魔物たちと互角に戦う等というのは、酒場で話しても誰一人信じてはくれぬだろう話です。

 

 しかしそれは驚くべきことに私の目の前で、私を当事者として起こっている問題でありました。

 

 勇者を名乗った少年は目にも止まらぬ速さで動き、稲妻のように剣を振ります。なんと彼は信じられないことに、恐ろしい速さで飛んで来る血のように赤い砲弾を全て切り裂き、盾で受け止めてしまうのです。

 

 しかも私を庇って戦っていたと思ったら、いつの間にか鋼鉄の体を持つ魔物やタコのような外見の魔物を切り裂いています。そして私が魔物に狙われると、なに食わぬ顔で私を守っているのです。彼は音に聞く分身の術を心得ているのでしょうか。

 

 マホジャや一族の武術の訓練を何度も見ている私でも、何が起こっているのか半分も分かりません。

 

 更に輪をかけて不思議なのが私の前に現れた空色の霊です。彼女(たぶん女性だと思います)は私の前にいきなり現れたかと思うと、

 

『貴女には魂の賢者に覚醒してほしい』と告げるのです。意味が分かりませんでした。

 

 賢者、それはおとぎ話の存在。絵本のなかで時の勇者やゼルダ姫を助けて魔王を封印するとても優れた魔法使いたちのことです。

 

 私たちの部族からは魂の賢者ナボール様が一番有名ですね。

 貧しい者からは決して盗みはしない義賊として当時から有名で、一族の悪い魔術師ツインローバに捕まって操り人形にされてしまいますが、時の勇者に助けられ、魂の賢者として覚醒し、魔王から世界を救うのに大きな役割を果たします。

 一説では彼女と勇者は愛し合っていたらしいですが、定かではありません。全ては歴史の向こう、真実はいつも闇の中です。

 

『賢者とは勇者を助け、ハイラルを、ひいては世界を守護する存在。その役割は時代を越え、種族を越えて受け継がれ、今貴女の番が来たのです』

 

「……私には魔術の才能はありません。一族の魔術師も”貴女は魔術に向いていない”とはっきりおっしゃっていました」

 

『確かに貴女のように暖かい心と魂の持ち主は、昼夜の夜であり陰陽の陰である魔術を習うべきではありません。しかし魔術師の魔術と賢者の魔法は全くの別物。賢者の魔法は昼夜の昼、その本質は祈りに近い。そして今世でもっとも魂の賢者の適性を有しているのは貴女なのです』

 

『そ、そう言われましても……』

 

 嬉しくなかったと言えばウソになるでしょう。こんな私でも役立つこと適していることがあると聞いて嬉しかった。ナボール様に対する憧れもあったと思います。

 

 賢者の魔法は魔術師の魔術の延長線上にある発展形だと単純に考えていた私にとって、両者が全くの別物だと聞いて興味が全く湧かなかった訳ではありません。

 

『マスターは貴女の一刻も早い脱出を望んでいますが、結界に覆われた現状ではそれも不可能です』

 

 空色の霊、ファイ様は私の言い訳を潰すようにいい募ります。

 

『突然現れた私達に対して困惑と不信感、警戒心を持つのは当然のこと』

 

 警戒心、もちろんそれもありました。私は自分が特段霊に対して見識が深いとは思っていませんから、ファイ様が万が一悪霊であっても見抜けません。

 

『故に貴女にはこう問いましょう。これは貴女の気持ちを動かす確率80%。ーー貴女は今貴女のために命を懸けて闘っている少年を放っておくのですか。貴女はこの状況をただ見ているだけでいいのですか』

 

 空色の霊は如何なる霊験をもってか、私の心の葛藤をピタリと言い当てました。

 

 そう、それは私の中で大きな葛藤となっておりました。

 

 緑の少年はなんでもないふうを装っていますが、既に体のあちこちを血で染めていました。

 

 生傷の絶えないマホジャや一族の戦士たちを看ている私には分かります。

 あの出血の位置や量、急所こそ外していますが、酷い有り様です。

 

 大の大人でも激痛のあまりのたうち回る程の傷でしょう。あるいは出血で目が霞み、意識を失ってもおかしくありません。

 

 それなのに世界を救うために私を拐いにきた小さな泥棒勇者さんはまるで戦いを諦めようとはしません。

 

 私は悩んだ末にファイ様を見つめて問いかけました。

 

「ファイ様、いくつか質問をする許可を頂けますか?」

 

『どうぞ、ですが手短にお願いします。』

 

 ファイ様は淡々としていましたが、どうやらあの少年が気がかりなようでした。でも賢者というのは大切なお役目。軽々しく受けるものではありません。

 

「あの少年はあの足の速さなら私を置いて逃げることもできるはずなのに、私を、足手まといの私を鋼鉄の怪物から守ってくれていますか」

 

『肯定します』

 

 即答でした。

 やはり、そうでしたか。でしたら次の質問です。

 

「私が魂の賢者になればあの少年を助けることが出来ますか」

 

『肯定します』

 

 これもまた即答でした。

 この時点で私の心は半ば決まりかけていました。次の質問が最後です。

 

「私が賢者になれば一族の、ゲルドの民の救いとなれますか」

 

 ファイ様はこれまでと違って即答はしませんでした。その瞳の無い目で暫しじっと私を見つめ、告げました。

 

『それはアニタ様、貴女次第です』

 

 私の心は決まりました。

 

「ファイ様、私は魂の賢者になろうと思います」

 

 私は心の底ではずっと、ずっと、嫌でした。

 

 一族を救うどころか、役立たずな足のせいで自分のことすら一人では出来ない。そこまでの屈辱を耐えても私の身請け金程度ではゲルド族は助からない。ここまで育ててくれた母や一族に、恩を返したいのに返せない。それが堪らなく嫌でした。

 

「見目美しくあれ」

 

 それはいずれ遊郭・天青楼の主になる私にとっては使命であり、身を縛る呪いでもありました。

 

 一人では何も出来ないし、させてもらえない。無理にやっても一族の助けになるわけでもなく、むしろ他の者の迷惑になる。それが、堪らなく悔しく、辛かった。

 

『アニタ様、魂の賢者になればもう後戻りは出来ません。今日のように魔物に命を狙われることもあります。それでも魂の賢者になる運命を選択しますか』

 

 ファイ様は私にずいと顔を近づけ、最後の確認をします。臆するなら降りろ、と。

 

 私は正直言えば怖いです。魔物にだって出来れば生涯会いたくありません。ですが、もう私は決めたのです。

 

「私はあの少年に命を助けられました。命の借りは命で返すのが、ゲルドの掟であり、私の掟です。ならば何を躊躇うことがありましょうか」

 

 これが私の出した答えです。

 

 男が血まみれのボロボロになってまで女を守っている。そこまでの男気を見せた男を見棄てるなんて、女が廃るというものです。

 

『分かりました。では今後の作戦をお伝えいたします。ですが、その前にひとつだけお伝えしなければならないことがあります』

 

「な、なんでしょうか」

 

 ファイ様は更に顔をずいっと私に近づけました。おでこがくっつきそうな近さに、思わず身構えます。

 

『ファイのマスター、つまり今あなたの身を守っている人物の名はリンクです。”少年”ではありません』

 

 力強く断言するファイ様。これは主人をないがしろにされたと感じて怒ったのでしょうか、意外な人間らしさを見た気がしました。

 

「し、失礼しました……考えてみれば勇者の名前を知らない賢者と言うのもおかしな話ですものね」

 

 くすり、と笑いが漏れ、緊張で強張っていた肩から力が抜けました。

 

『魂の賢者は女神様へ祈りを捧げることで、冥界に封印されし者の魂の封印を守護することが主な役割です。ですが同時に時の勇者の魂の奥底に眠る過去の勇者の記憶と経験を呼び覚まし、肉体と霊魂の結びつきを強めることも役割の一つ。勇者の名前を知らずに祈っては片手落ちもいいところです』

 

「も、申し訳ありません」

 

 けっこう真面目な理由でした。

 

 そのあと今後の作戦、スカイウォードソードという剣から光弾を放つ魔法とそれを使った作戦について説明されました。賢者になることを決断した私のことをリンクさんが感心したような目で見ていたのが少しこそばゆかったのは余談です。

 

『それでは、魂の賢者に受け継がれる楽器に触れてください。使命の継承をいたしましょう』

 

「これでいいのでしょうか」

 

 私が見せたのは二胡と呼ばれる弦楽器です。たしかこれが我が家では一番古い楽器のはずですが。

 

 ファイ様は私の腕の中の二胡をじっと見つめると、頷きました。

 

『確かに魂の賢者の楽器のようです、では』

 

 ファイ様が不思議な歌を歌い始めました。その歌声を聴いている内に私は急に目蓋が重くなり、眠ってしまいました。

 

 

 

 

(ここは?)

 

 気がつくと私は暗い世界に横たわっていました。

 

「よく来たね」

 

 こちらをじっと見つめる古いゲルド族の女性。だぼだぼのズボンを履き、シャムシールを腰につけ、水着のような布地で褐色の肌を包んでいます。そして何よりもその右手でもっているのは……

 

「それは……私の二胡と同じ……ということは貴女は……」

 

「ああ、そうだ。偉く行儀の良さそうな娘が来たからちょっと驚いちまったが、アタシは先代の魂の賢者さ」

 

「先代の魂の賢者様。つまり私のご先祖様……?」

 

 私はぼんやりしていました。

 

(もっと聞きたいことたくさんある、のに、駄目。頭がぼーっとしてる。眠い)

 

 私は眠い目を何度も瞬かせます。魂の賢者は全て分かっているというふうに笑ました。

 

「今からあんたに魂の賢者の全てを教える。といっても難しく考えなくていい。教えも役割も受け継がれる曲にイメージとして全て籠っているから、あんたは楽にして私の演奏を聴いてな」

 

 そう言って先代賢者はどっかと胡座をかくと、二胡を弾き出しました。遠い昔、どこかで聴いたことがある曲を。

 

 私の中にイメージが泡のように次々と浮かんでは消えていきます。渓谷にかかる橋、砦、砂漠、蜃気楼、巨大な神殿、邪神に貶められて顔を抉られた女神像。時の勇者とは何か、魂の賢者とはなにか、勇者の使命、賢者の使命。封印されし者、封印の剣、剣の精霊。賢者の力、賢者の知恵、その使い方。歴代賢者の偉業と栄光、愚挙と没落。

 

(待ってください……もっとゆっくり……)

 

「いっぺんに積み込み過ぎて、目が覚めたら半分も覚えてないだろうけど、必用な時は自然と思い出すさ。心配しなさんなって!」

 

 私の不安を古のゲルドの女性は豪快に笑い飛ばします。

 

(で、でも……)

 

 それでも不安げな私にゲルド族はどこか困ったような笑顔を浮かべています。

 

「ああもう、まったくどうしてあのお転婆娘からこんな真面目な娘が生まれるのやら。生命の神秘だねえ」

 

(私の母を知って……! もしかしてあなたは私の……)

 

 その時、古の賢者がそっと私の頭を膝に乗せて撫でました。両手を離しているのに二胡は勝手に音楽を奏で続けています。彼女の手は奔放で若々しい見た目に合わぬ固く節くれだった戦士の手で、けれど優しい手でした。ずっと前にも、こうして貰ったことがあったような気がします。

 

「ゆっくりお休み、アニタ」

 

(おばあ……ちゃ……)

 

 

 

『お目覚めですか?』

 

 私が涙と共に目が覚めた時、視界に飛び込んできたのは間近で覗きこんでいるファイ様と腕に抱えられた二胡でした。

 

「……ええ」

 

 私の中では賢者の記憶が未だ渦巻いていましたが、心は穏やかでした。放っておいても記憶は収まるべきところに収まる。何故だか分かりませんが、そう確信できるのです。

 

『記憶の継承の完了を確認。これより賢者覚醒の儀式を行います。準備はよろしいですか』

 

「ええ、かまいません」

 

 私が身を起こして二胡を構えると、ファイ様の足下に魔方陣が現れます。

 

『では曲をお願いします』

 

「はい」

 

 私が二胡を奏でます。するとファイ様がその和音のような美しい声で続き、ファイ様の足下の魔方陣に花びらのような模様が生まれます。

 

 先代から受け継いだ曲を、魂のレクイエムを奏でます。なんだか私の隣に先代が座って一緒に弾いているような気がしてなりません。

 

 一小節ごとに花弁が増えていき、同時に魔方陣の輝きも増していきます。

 

 かつて古の時の勇者も奏でた曲。勇者の魂を砂漠へ誘ったとされる曲です。

 

ーーこんな私にも出来ることがあるのなら……どうかお役立てください。女神よ。

 

 




アニタさんメインのシリアス回。

19世紀末ですから、人種差別も戦争も人身売買も当然のようにあります。
というか基本的にゼルダもDグレもダークファンタジーなので、普通にやるとシリアスでハードなんですよ。
*ただし時の勇者は考えない事とする
*一部文章に抜けがありましたこと、心よりお詫びします。


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第23夜 ノアと賢者(前編)

「アニタさん、ファイ」

「ええ」

『イエスマスター』

 

 リンクさんは戦闘を一瞬中止して、私とファイさんに視線を送りました。子供とは思えない凛々しい視線に、少しどきっとしながら私も頷き返します。

 

 その時、私の祈りが届いたのかリンクさんの黒い剣に白い光が宿りました。

 

「はあっ」

「なっ、ここに来て結界だと!?」

 

 彼が剣を掲げると、白い光が残像となって剣を追いかけます。そして剣に少しずつ神秘的な光が宿り始めました。

 

 硝煙の煙る戦場で、光輝く剣を高々と掲げる時の勇者。

 

 怪物たちの攻撃は見えない結界に阻まれて、リンクさんの手前で火花を散らしながら弾かれて行きます。

 

「これが魔王の攻撃をも跳ね返す時の勇者の大魔法、ネールの愛……! いい考えってこれのことだったのですね!」

 

 ゲルド砂漠の果てで大妖精に授けられたというネールの愛。どんな攻撃をも跳ね返すという時の勇者の結界魔法をこの目で見られるとは!

 

「くそ、撃て撃て! 撃ちまくれ! どこに隠してんだか知らねえが、結界装置ごときで俺たちの攻撃を止められると思うなよ!!」

 

 大声で仲間を鼓舞し、莫大な量の砲弾を送り込んでくる怪物たち。その勢いは先にも増して凄まじく、狙われていない私の方が空気の衝撃で震える程でした。

 

「ファック! どういうことだ、1発も通らねえぞ!?」

「くそ、なんでだ! どうして、たかが結界ごときが、この俺の、ヤクザさんの弾幕を……!!」

 

 しかし自信満々な顔で剣を掲げるリンクさんの前で攻撃は空しく弾かれるばかりです。

 

「畜生! 囲め囲め! こうなりゃ全方位射撃だ!」

『マスター、魂の賢者へ封印の権限の移行は完了。スカイウォードの充填率は56%です』

『あと何秒で撃てる』

『残り12秒です。カウントダウンをしますか?』

 

 混乱し徐々に動きが乱れてきた鋼鉄の怪物たちとは対照的に、冷静に相手を倒す手筈を整えていく2人の姿は、体は小さくてもプロフェッショナル、歴戦の勇者なのだと私に教えてくれます。

 

「親分、包囲完了ッス!」

「全砲門開け! 目標はあの緑のクソ勇者だ! ぶっぱなせー!!」

『ファイ、カウントダウンを頼む』

『イエス マスター。カウントダウン開始します。11……10……9……8……』

 

 私は内側から湧き出る興奮で身が震える思いでした。

 

 私は今確かに時の勇者とその従者である剣の精霊の物語に参加しているのです。彼らを助ける凄腕の魔法使い、魂の賢者として!

 

 しかしその興奮も長続きしませんでした……

 

「……」

「ダメです! 結界破れません!」

「お、おい、勇者のやつ剣を掲げたままその場でグルグル回り始めたぞ!」

「こっちには 口述火器のヤクザさんと、レベル2と1が大勢いるんだぞ! どうなってんだ!?」

「くそ、あの野郎! 俺様たちをおちょくりやがって!」

 

 ……な、なんかリンクさんが剣を掲げたまま、その場でコマみたいに回りだしたんですけど……これは……

 

『……6……5……4……』

「ダメだ! 勇者の野郎には傷一つついてねえ!」

「畜生! この変態野郎があ!」

 

 これは……勇者に伝わる魔法の儀式かなんか、なんでしょうか。

 

 私の困惑をよそにスカイウォードの充填が進んだのか、回転するリンクさんの剣からは神々しいオーラを放ち始めました。

 

 怪物たちもそれを感じているのか、その射撃はより激しさを増して行きます。同時にリンクさんの儀式も激しさを増していきます。回転が速すぎてもう手とか帽子の先っちょとかが、緑や茶色の線にしか見えないです。

 

『……3……2……1……』

「こ、これが……伯爵様の言っていた勇者と賢者の力だとでもいうのか……」

 

 ファイ様の止まらないカウントダウンに怪物たちの一体が辛そうな声で言いました。元は怖そうな目をしていたのに、今は心なしか虚ろな目をしているように感じるのは私の気のせいなのでしょうか。

 

『……0。スカイウォード充填完了。スカイウォードソード発射可能です』

 

 怪物たちは攻撃しても無駄だと悟ったのか、今までとは明らかに違う聖なるオーラを放つリンクさんにひるんだのか、攻撃が止まってしまいました。

 

 今までの白い光とは違う神秘的な蒼い光に包まれた剣を掲げ、急停止したリンクさんは怪物たちを睨みつけます。溢れんばかりの力を感じ、嵐の前にも似た静けさに私はごくりと唾を飲みこみました。

 

「……これが、勇者と賢者の絆だ!!」

 

 長かった戦いの決着は一瞬でした。

 

 リンクさんが稲妻の様に剣を降り下ろした瞬間、敵の首領と思しき鎧武者はズバン、とまっぷたつに切り裂かれて、悲鳴を上げる間もなく爆発したのです。

 

「どうする、もっとやろうか?」

 

 リンクさんは余裕のこもった声で剣を突き出し、大将を倒されて動揺している怪物たちに語り掛けました。

 

 

 雄叫びと共にこちらに破れかぶれの突撃をしてくる怪物たち。ですが悲鳴を上げて逃げようとする怪物たちのの方が多く、彼らは空中でお互いにぶつかったりして、上手く動けていません。

 

「町の人に被害を出さないために追撃するね」

 

 リンクさんの申し出は私としてもとても助かりました。彼がなんでもなさそうに倒す魔物でも、野放しにすればこの街に洒落にならない打撃を与えるでしょう。弱っているこの街と我が一族ではそれがそのまま致命傷になりかねません。

 

「え、ええ。そうしてください」

 

 あ、ちょっと声がひきつったかもしれません。リンクさんが不思議そうな顔をしています。でも、さっきの謎の回転もそうですが、首をかしげたいのは私の方です。

 

 だってリンクさん私に話しかけながら、誰もいない方向に右手で盾を構えて、左手の剣を裂帛の声と共に突き出して、その直前で背中の鞘にしまう、なんておかしな行動を繰り返しているんですよ……

 

 今の会話だって実際は――

 

「(セイッ!)町の(ハアッ!)人に(フンッ!)被害を(ヤアッ!)出さない(タアッ!)ために(セイアッ!)追撃する(シェアアア!)」

 

 ですからね!!

 なんでワンセンテンスごとに気合いを入れて剣を鞘にしまうんですか!?

 そんなにその鞘は剣のおさまりが悪いんですか!?

 というか追撃するって言いながら剣をしまわないでください!

 

 挙げ句の果てに、リンクさんは剣も盾もしまったまま嬉しそうな顔で前転しながら、魔物に突撃していきました。

 

 しかも相手の弾はリンクさんの目前で全て弾き飛ばされていく上、剣をしまったまま前転しているだけなのに相手は切り刻まれていきます。前者はネールの愛だとしても、後者の方は意味が分かりません!

 

「あの、ファイ様……? リンク様の今の行動にはどんな意味があったのでしょうか……?」

 

 このあまりの意味不明っぷりをなんとかすべく小声でファイ様に尋ねてみます。すると先程まで淡々かつ流麗に話していたファイ様が、急に歯切れの悪い口調になってしまいました。

 

『……マスターは時の勇者に伝わる奥義を使うための儀式のようなものに近い行為をしていたのであろう確率57%』

 

 あの……ファイ様、説明が説明になっていません。しかも自分のマスターのことなのに確率57%って、その微妙な数字はいったい?

 

「では、どうしてあの魔物たちは斬られているのでしょうか。リンク様は剣を抜いていらっしゃらないですよね」

 

『マスターによる斬撃である確率94%』

 

 ということはリンクさんは一瞬で剣を抜いて、敵を切り裂き、その場ですぐしまって前転するという行為を繰り返しているのでしょうか。だとすれば一体どうしてそのような行為を……? 

 

「でも剣をしまう時に間違えて肩とかに刺してしまわないのでしょうか?」

 

『アニタ様もマスター同様かなりの天然である確率90%』

 

「? 私の足は生まれた時から動かなかった訳ではなく、呪術によるものですから、むしろ養殖ものですよ?」

 

 何故、今唐突にその話題になるのでしょうか?

 

『アニタ様もマスター同様かなりの天然である確率95%』

 

 私の前に現れた謎の少年と霊。

 私が賢者になり、彼らが時の勇者と剣の精霊と分かっても、やっぱり2人は謎多き方たちでしたーー

 

 

 

 

 

 

 

 念願の剣ビームを使ってボスモンスターを討伐したことで生まれたハートの器を回収し、ボロボロになっていたライフを回復、さらにライフの上限を1増やす。

 よし、これで突発的事故死を防げるな。ここまできて、雑魚相手に事故死なんてしたら絶望のあまり本当に死んでしまうかもしれない。

 

 それにしても今回は苦戦したな。正直あの弾幕を見たときはもうダメかと思ったが、案外なんとかなるもんだ。でもやっぱり遠距離武器がないときついって分かったから、このステージ終わったら弓かボウガンでも買いに行こう。

 

 そんなことを思いながら、残りの魔物に向かって突撃する。

 

 残像剣の特性上前を向いて走らないといけないのが不満だ。

 いくら殆ど間断無く前転を繰り返しているとはいえ、前転するとスタミナを消費するし、やはり後ろ向きに摺り足で全力疾走する方がリンクさんは速いのだ。

 

「おいっ、結界の解除はまだか!?」

「やってる!」

「バカ野郎、何をチンタラやってやがる!」

「はやくしろ! 間に合わなくなっても知らんぞー!」

 

 オクタロック型の魔物たちは人面ボールと共に必死に銃弾を撃って来ていたが、ただのグミ撃ちではこの残像剣は貫けない。このまま正面突破しよう。

 

「……ない」

 

 窓の外を見て絶望に駆られた声を揚げる腕の長い鋼の魔物。

 

「何がないんだ?」

「そ、外がないんだ……お、俺の結界は解除したのに……」

「確かに外は真っ暗だな」

「そ、それだけじゃねえぜ。俺は空間を仕切る結界を張れるから解るんだが、この部屋は完全に外界から孤立している! 方舟でも使うか、術者を取っ捕まえて解除させるかしねえと外に出られねえ!」

「つまりお前じゃ、どうにもならないってことか」

 

 役に立たんヤツめ、とでも言いたげなため息に魔物はいきり立った。

 

「ああっ!? じゃあお前にどうにか出来るのかよ! なめたこと抜かすと頭引っこ抜いてや…ん…ぞ……」 

 

 振り返った魔物がみたのは、無数の剣で切り刻まれてスクラップどころか金属片になっている仲間の姿とこちらに白い光を纏う剣を突きつけている緑の勇者だった……なんてな。

 

「ま、ま待ってくだせえ。話せば分かる。そう、剣を降ろして。オレ何もしない。そうそのままそのまま……かかったな、食らえ!」

 

 俺が剣をおろした瞬間、手から銃ぽいの出そうとしたので、俺は一歩前に足を踏み出した。次の瞬間、残像剣の範囲に入った魔物は不可視の剣に千々に切り裂かれる。

 

「この距離ならナイフの方が速いってレオンも言ってた」

 

「これ、ナイフってレベル、じゃ、ねえ……ぞ」

 

 魔物生の最期をツッコミでしめるとは、こやつ中々やるな。でも騙し討ちしようとしたお前が悪い。成仏してくれ。

 

 しかし、方舟とかいう謎の代物を使うか、この結界を作っているヤツを捕まえないと外に出られないのか、厄介な。

 壁抜けバグ的な何かを使えないだろうかと考えながら、俺はさっさと帰還することにした。

 

 

 湧いた取り巻きモンスターたちをさくっと殲滅し終えた俺は、どこか微妙な目でこちらを見ているアニタさんたちのところに戻った。

 

『マスター、お疲れさまです』

 

「ありがとうございます、リンクさん。おかげで助かりました。こちらへどうぞ、傷の手当てを致します」

 

「いや、怪我は大丈夫。あと礼を言われるのはまだ早いみたいだ。実はーー」

 

 俺が視線を向けると、すぐに真剣な表情に戻ったアニタさん。彼女が傷の手当てをしようと俺の服を脱がしにかかるのを慌てて押し留めながら、事情を説明した。

 

 ハートの器を取ったことで、あちこちドリルで掘削されたような穴だらけだった俺の体は今や傷跡一つない。それを見たアニタさんは目を丸くしていたものの、ハートの器の話を聞いて納得してくれたみたいだった。俺は結局脱ぐことになった服と鎧をまた着ながら、結界についても説明する。

 

「……そうですか、結界が……」

 

「あの魔物の言うことを信じるならばね」

 

 ゼル伝ではボスを倒すとダンジョンの入口に戻れるワープゾーンが生成されるのが通例で、今回のようにボスを倒したのにワープゾーンか生成されないのはかなり異例の事態だ。十中八九イベントだが、最悪バグという線も捨てられない。

 

 ワープゾーンのおかげでいわゆる「穴ぬけのひも」的なものはゼルダの伝説の通常プレイでは重要視されないし、現状持っているわけでもない。

 

 ちなみに帰ってくるまでに部屋の中に結界師がいないか探したり、壁を切りつけてみたり、壁に体当たりしてみたりしたが、無駄だった。壁を破壊しても外は光1つない真っ暗な謎空間が広がるばかりである。ためしに壁の切れ端を投げ入れてみたが、いつまで待っても底についた音がしなかった。こりゃ墜落したら助かりそうにないね。

 

 俺に残された唯一の方法は壁抜けバグ的なものの発生を期待して、アニタさんを背負って部屋の隅っこで各種ステップやアタックを連打することくらいだ。

 

 だが壁抜けバグはキチンと実証実験をしてからやらないと、次元の狭間というか画面外で身動きとれなくなり詰んでしまう可能性がある。よっぽどの緊急事態でもなければ到底試せたものではない。

 

「――私達が私の部屋ごと連れ去られたのでしたら、一族の者が捜索を始めるはずです。ゲルドの呪術師たちが力を貸してくれるかもしれません」

 

「なるほど、救助を待つ作戦か」

 

 雪山に遭難したようなもんと考えて、ジタバタせずに大人しく救助を待つ。あるいはここに閉じ込めてくれやがった犯人の接触を待つ。中々悪くないように思える。だが……

 

「上手くいけばそれでいい。でも、その作戦にはいくつか重要な欠点があるな」

 

「はい。ゲルドの呪術師がこのような面妖な場所を見つけられるのか分かりませんし、見つけられたとしても解除出来るかどうか」

 

「それにこれが事故じゃなくて、敵による攻撃なら時間は敵を有利にするだけだ」

 

 こっちは何も出来ず食糧や水を失っていくが、向こうはいくらでも準備や補給ができる。この差は大きい。

 

「ファイ、何かここを出る手段はあるかな?」

 

 ファイは多数の儀式を行ったせいで消耗したらしいので実体化を解いて、金剛の剣の中に戻っているが会話は可能だ。

 

『現状では脱出は不可能と判断します。アニタ様のおっしゃる通り外部からの接触を待ちつつ、翌日まで待ってスカイウォードソードを使用することを提案いたします』

 

「スカイウォードソードを?」

 

 意外な提案だった。

 

『イエスマスター。アニタ様の祈りにより、マスターソードはスカイウォードソードの機能を取り戻しました。金剛の剣でのスカイウォードソードは不完全ではあるものの、マスターソードの退魔の力を模したもの。それゆえ日に一回という回数制限こそありますが、邪悪な魔力を切り裂く力に変わりはありません』

 

 そういえばマスターソードはガノンを封印する力ばかりが注目されがちだが、城に張られた結界や封印を破る力もあった。その証に風のタクトや神トラでもハイラル城の結界を切り裂いている。

 

「つまりスカイウォードソードを使う限り、マスターソードの力はそのままってことか」

 

『イエスマスター』

 

 スカイウォードソードってただの剣ビームじゃなかったんだな。

 

 確かにタートナックを一撃で倒していたから、凄い威力だと思ってはいた。

 神トラや風のタクトやトワイライトでも、マスターソードは最強の剣であったが、光の弓と違って一撃でタートナックを倒せる程の威力はなかった。

 時のオカリナやムジュラではマスターソードの倍の威力を持つ大ゴロン刀や大妖精の剣という大剣が登場するし、今持っている金剛の剣だって計算上はマスターソードの1.5倍の威力だった。

 

 俺としては設定的にどうかと思うが、最強の聖剣という割にマスターソードは退魔の力を除いた武器としての純粋な威力では、他の武器に劣ることもあるのだ。

 

 だが、だ。マスターソードは成長する聖剣でもある。例えばトワイライトプリンセスでは、影の国の太陽であるソルの光を吸収して、邪悪な闇を払う力を大きく増していた。ゲーム的にいうとガノンドロフの力で変異させられた影の国の魔物に特効ダメージが入るようになったのだ。

 

 この世界の歴史ではトアル村出身の勇者がいた。つまりトワイライトプリンセスの勇者が過去にいたはずなのだから、ソルの力を得ていることも十分以上に考えられる。

 

 ましてやあれだけの時間とスカイウォードとやらを費やしてチャージしたのだ。必殺技と呼ぶに相応しい威力でもおかしくない。

 

 そんなことを考えながら、俺はいまだ難しい顔でうつむいているアニタさんを見ていた。

 アニタさんは怪我で身動きすら出来ない中、正体不明の怪物に狙われるという恐怖に耐えて、賢者になる決断をしてくれた強い人だ。彼女のおかげで勝ったと言ってもいい。そして賢者になってしまった以上、しっかりした説明は必須だろうな。

 

「ファイがある程度説明してくれたみたいだけど、時間もあるし俺たちの目的や現在の情況を説明した方がよさそうだな」

 

「ええ、お願いします」

 

 ようやくうつむいていた顔をあげるアニタさん。でもやっぱり暗い顔だなあ。

 

「だけどその前にアニタさんとやっておかなければならないことがある」

 

「なんでしょうか」

 

 俺は腰のポーチに手を突っ込んだ。右手をスワイプして脳内にインベントリを開く。

 

「恐い思いをして疲れただろう。飯にでもしよう」

 

 相変わらず俺のインベントリは大量の牛乳瓶に占拠されているのが、苦笑を誘う。でもそれらをかきわけるように根気強く探せばトアル村で貰った食糧があった。

 

「え? ですが私の部屋に食べ物は……」

 

「ほい、どうぞ。産地直送ロンロン牛乳とトアル村の蜂蜜、それから……」

 

 アニタさんは腰のポーチから次々に出てくる食べ物に目を丸くしている。それが大人びた印象を与える衣装とアンバランスで、俺はつい笑ってしまった。

 

「やっと暗い顔をやめてくれたな」

 

「え?」

 

「いや、なんでも。トアルヤギのミルクのチーズとバター、焼きたてのパンとリンゴもある」

 

 俺は料理用のナイフでパンを切り、バターと蜂蜜を塗ってアニタさん手渡した。これまで時間を惜しんで料理とかせずにリンゴとかをそのままかじっていた俺としては、このゲームの中で料理用のナイフを使うのは初めてだ。

 

 このナイフも牧場で貰った物だったけど、今までインベントリの肥やしになったまま存在すらなかば忘れかけていた。少々古いがしっかりと刃が研がれ、柄もしっくりくる。たまには料理もいいな。いや、現実では一人暮らしゆえにしょっちゅうやっているのだが。

 

「リンクさんの鞄はまるで魔法の鞄ですね、なんでも出てくるんですもの」

 

 ミルクとパンを渡されたアニタさんは不思議そうな顔で俺の鞄を見てる。

 

「実際魔法の鞄だからね。ただ、なんでもは入っていないよ。俺が容れた物だけだ」

 

 アニタさんは蜂蜜とバターを塗ったパンをかじって、少し表情が明るくなった。うん、やはり憂いに沈んだ顔よりも明るい顔の方がいいな。俺も皮を剥いたリンゴを手渡しながら、切ったチーズと蜂蜜を乗せたパンをかじる。やっぱパンがあたかくてもチーズが冷たいから、そこそこだった。牛乳は相変わらずすこぶる美味いので、それで流し込む。次はバターにしよう。

 

「温かい食べ物が少なくてすまないな」

「いえ、これでも十分美味しいですよ」

 

 瓶入りの魚やベーコンなどの火を通す必要のある食べ物は止めておいた。温かいものを食べたい気持ちはあったが、結界で密閉されたこの部屋で焚き火をして火事や一酸化炭素中毒で死亡、なんて御免だ。

 

 アニタさんは見たところ女子高生くらいの年代なので、見た目がグロテスクな蜂の子やスズメバチの蜂蜜浸けは出さなかった。あれは慣れている人じゃなきゃ食えないだろう。俺? 俺は食えるよ? 俺の母方の家は農家で、牧畜と養蜂もやってるから。積極的に食いたいとは思わんが、その味や食感が無性に好きで毎年のように買いに来ている人もいるのも知っている。というか御歳暮で俺が包んで毎年送っている。

 

 そんなことを思っていると、ふとこの食べ物を恵んでくれたロンロン牧場やトアル村のみんなのことが頭をよぎった。クリミアさんやマロンたちは元気にしているだろうか。タロンさんはまた昼間から寝ていて、インゴーさんがそれにぶつぶつ文句を言っているのかな。牧場に預けてきたテワクやマダラオたちも牧場のみんなと仲良くやっているだろうか。リナリーやロックさんとアリアさん、トアル村のみんなも変わらぬ日々を送っているといいんだが。

 

「なんだか、ほっとしました」

 

 両手でロンロン牛乳を飲みながら、アニタさんが微笑んだ。今まで張りつめた表情や憂い顔ばかり見ていたので、彼女の年相応な笑顔に俺も笑顔で応える。

 

「だろ、ここのミルクは凄くうまいんだ。よかったらもう一本……」

 

「いえ、リンクさんもご飯食べたり、家族を思い出したりするんだなあって」

 

「え、?」

 

 俺はここぞとばかりに軽く百本はある牛乳の在庫整理をしようとしたが、アニタさんの予想外の言葉に固まった。

 

「リンクさんは私よりだいぶ年下なのに、私よりもずっと勇気があって、魔物だってやっつけられるくらい強くて……でも、家族のことを思い出して嬉しそうに話したりするのは、私たちと一緒なんだと思ってしまいまして」

 

 アニタさんは穏やかな顔で俺を見ている。これはけっこう恥ずかしいぞ。

 

「顔に出てたかな」

 

「はい、とっても分かりやすく」

 

 さっきまで俺が彼女を気遣っていたのに、立場が逆転してしまった。

 

 そんな時だった。この部屋の開かずの扉がガチャリと音を立てて開いた。

 

「ゆーしゃくん、あーそーぼ」

 

 カボチャ頭の傘を肩に乗せた黒い肌の少女が扉から現れて、彼女の周りの空気がグニャリと歪み、咄嗟にアニタさんの前に出た俺を飲み込んだ。

 

 薄れゆく意識の中で俺は呟く。

 

「いいだろう、遊んでやるよ」




 作中でも言っていますが、魂の賢者の役目は封印の守護と勇者の魂の底に眠る過去(時オカやムジュラや神トラ等の)の記憶(バグ)と経験(白目)を呼び起こすことです。ゲーム的にはゲーム後半までロックされている時の勇者の奥義と各種バグ技がアンロックされます()つまり残像剣なんてとんでも技が発動出来てしまったのはアニタさんのせい。

今日のひとこと

ク□トア「てめえなんかこの世の終わりまで地の底で眠っていりゃ良かったんだ」


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第24夜 のびる呪い

前回までの牧歌的なあらすじ

子供リンク「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」
レベル3あくま「ぐわーやられたー!」
子供ロード「勇者君あーそーぼ」

いやあ、平和ですね。

では本編です



「いよいよですね、ルル=ベル様!」

 

 トアル村に続くハイラル平原。そこを走る馬車の中で、気合いのこもった声をあげたのは銀髪を左右で縛った少女ミミであった。白と黒の古風なメイド服を着ており、顔立ちもスタイルも子供っぽいが整っている。

 

「そうね」

 

 冷静に答えたのは男性用のスーツを着た金髪の白人女性ルル=ベル。サングラスで目元を隠してはいるものの、スタイル抜群の美女であることは隠しようもない。

 

 そしてその後ろには緑の帽子や服を被った十数名の男女たち。年齢も性別もバラバラな人々が同じ格好をしているのは、馬車の中ということもあって、異様な光景であった。

 

「ミミ、作戦内容を確認するわね」

 

 ルル=ベルが落ち着きを払った声で問う。

 

「私たちが今から攻撃する森の神殿と時の神殿は互いの距離が近い上に、大妖精と大精霊の結界が強化されている。おかげで3年前のように『箱舟』を使って直接神殿前に乗り込む事が出来なくなったわ。更に二つの神殿の間は深い森と原住民、やっかいな精霊種まで住み着いている。さて、どうするのだったかしら」

 

 ルル=ベルの問いにミミは自信満々に薄い胸を張った。

 

「はい、ルル=ベル様。まず邪魔な原住民と覚醒していない賢者の一族を私たちで一掃します。大妖精と精霊デクの木は強力な力を持ちますが、既に伯爵様が手を打たれていて、基本的にその場を動けないので、抑えにアクマと魔物を大量に残して放置です」

 

 メイド服の少女は淀みなく答えていく。容姿や言動が子供っぽいところもあるが、彼女はルル=ベルの優秀な副官であり、侍女であり、アクマなのである。

 

「その通りよ。注意点としては賢者を殺すと他の者がそれを引き継ぐ可能性がある。だから賢者たちは決して殺さないこと。生きたまま捕らえて伯爵さまの前に突き出すわ」

 

「ルル=ベルさま、他の人間はどういたしましょう。殺してもかまいませんか」

「好きになさい」

 

 その言葉にミミを含めてアクマたちが凶悪な笑みを浮かべた。彼らアクマにとって人を殺すことは任務であり、食事であり、信仰であり、エクスタシーであり、存在価値である。

 

 ルル=ベルは馬車に吹き込んだ埃っぽい風でなびいた髪を払った。そして伯爵の計画に思いをはせる。

 

 ――賢者狩り

 何度掃除しても蛆虫のように湧いてくる賢者とその巣である神殿を、伯爵の戦力をもって文字どおり狩り尽くし、叩き潰す計画である。すでに攻撃は開始されており、いくつか落としている神殿すらあった。

 総大将は千年伯爵、各方面軍の将をルル=ベルを初めとするノアの一族が担当。副将に一部アクマやスカル等の頭脳労働が出来る魔物を配し、兵士としてはAKUMAを使う。

 

 厄介な勇者や賢者、教団の元帥たちに気取られないように、伯爵はアクマを作戦寸前に箱舟で神殿のある地域に少しずつ送り込み、潜伏させている。普段なら最優先目標のエクソシストや元帥を発見しても襲わないことを伯爵自ら厳命し、徹底させた上でだ。

 こうなると旅先でアクマと人間を見分ける技術を持たない人間たちに打てる手はほとんどない。アクマのエサとなる人間の不審死に教団のファインダーやエクソシストが派遣されることはあってもアクマたちは彼らをスルーしてしまう。

 

 教団がアクマを見つけるには地道に調査を続けて殺人の現場を押さえるしかないのだが、黒の教団は年中人手不足なことは調査済み。なかなか結果の上がらない事件に何時までもかかずらっている程彼らは暇ではなく、調査すべき事案は他にも幾等でもあるため暫くすれば勝手にいなくなる。

 

 あとはあちこちふらついている勇者と元帥、各地の精霊や賢者に注意しながら、数で圧倒的に勝るアクマで神殿ごと賢者たちを圧殺にすればよい。

 

「すでに勇者が魂の賢者の前に現れたことを我が主が確認した。いくら勇者が強力でも、体は一つしかない。ならば私たちの勝利は揺るがない。これより作戦を開始」

 

 ルル=ベルが静かに宣言し、配下たちが頷く。ここに神々と悪魔たちの宿命の戦いが、また一つ幕をあけた。

 

 

 

 リナリー・リーはトアル村に住むごく普通の少女だ。数年前から兄のコムイは都会の大学に行っていること、家族がとあるツリーハウスと神殿を管理していること、そして彼女自身が賢者の卵であり、イノセンスの適合者なのを除けば、だが。

 

 彼女の運命は過酷である。本来の歴史なら彼女の村はアクマによって焼き払われ、父母は死に、生き残った彼女も黒の教団に連れ去られて、エクソシストとして戦うことを強要されるはずだった。監禁され、洗脳され、自身の父母や故郷のことすら忘れてしまうはずであった。

 

 しかし彼女はそうはならなかった。時を超えて現れ、歴史を変えていく時の勇者が現れたからだ。勇者の活躍によってアクマは払われ、彼女は元の歴史においてどんなに望んでも得られなかった家族との平穏な暮らしを知らず知らずのうちに手に入れていたのだ。

 

 時の勇者が現れたことで千年伯爵は彼の捜索に血眼になり、アクマたちは無作為な破壊をする暇がなかった。さらに勇者がピロピロと楽しげに吹きまくったオカリナのせいで、眠っていた森の精霊や妖精たち、さらには時の神殿と森の神殿の防御機能が呼び起され、生半可な戦力ではトアル村や神殿を落とすどころか認識することすら出来なくなったという事情もあった。

 

 しかしその状況は変わりつつあった。

 千年伯爵は神殿や森の精霊たちの力の源である水や大地を、配下の魔物やアクマを使って汚染し、彼等を弱体化させていた。森の精霊や妖精たちは迷いの森や霧、封印などの防御や迎撃には非常に優れるが、反面攻撃能力がほとんどなかった。何せ森の守護を司るデクの木は木ゆえに動けず、動ける戦力は妖精やコキリ族、コルグ族、デクナッツたちくらいなのだ。彼らの戦闘能力はお世辞にも高いとは言えない。

 

 そして勇者の位置が分かった現在、神殿には勇者を誘い込む囮としての価値すら失った。故に賢者の一族が住むトアル村と彼らの守る神殿が襲われるのは当然であり、神代の昔より続く神々と魔の戦の舞台となってしまうのも必然であった。

 

 

 堰き止められていた運命が再び動き出した日の朝、リナリーは母のアリアと共にトアル村近くの精霊の泉にいた。山羊同士の喧嘩で脚を怪我してしまったトアル山羊を癒していたのだ。

 とは言っても縫合などの特別な行為をしていたわけではない。アリアたちがやっているのは清らかな泉の水で傷口の草や泥を落とすこと。それだけでもう傷は癒えていた。トアル山羊の方も特に暴れたりすることはなく、泉のほとりでのんびり草を食んでいる。

 

「コリン長老が言うにはね、この泉は精霊ラトアーヌ様や癒しの妖精がいらっしゃるから、どんな病や怪我もすぐ治ってしまうの。時の勇者もここで己と愛馬の傷を癒したと言われているわ……リナリー、聞いてる?」

「…………」

 

 アリアは作業をしながらリナリーにこの地に残る伝説を伝えていたが、ふとリナリーの反応がないことに気付いた。ここではないどこかを見ているような虚ろな表情で佇むリナリーに、嫌な予感を感じたアリアは作業を止めて、強めに娘の名前を呼んだ。

 

「リナリー! どうしたの。ぼうっとしてたけど、疲れた?」

「ううん……違うの。あのね、今どこか声が聞こえたような気がして……」

「声? どんな声で、ううん、なんて言ってた?」

 

 ぼんやりした声で胡乱な事を言い出したリナリーをアリアは無下に扱う事は無く、むしろ真剣そのものの声で尋ねた。なにせ彼女たちは賢者の末裔であり、ここは精霊や妖精が現れると言われる泉。3年前には時の勇者や聖剣の精霊まで現れ、リナリーには賢者の資質があり教育すべきだとまで言っていたのだから。

 

「若い女の人の声、だと思う。それで……」

「それで……?」

 

 トランス状態なのか、途切れ途切れに話すリナリーをアリアは辛抱強く優しく促す。トアル山羊もその独特のドーナッツのような輪を描く角を揺らして、どこか不安げだ。

 

「……ここから、にげてって……」

「逃げる理由は言ってたかしら?」

「もうすぐ、悪魔が、来るから……」

 

 悪魔が来るから逃げろ。その穏やかとは言えないその言葉にアリアは迷わなかった。

 

「リナリー、今すぐ家に帰って支度をなさい。私は村の皆にこのことを知らせてくるわ」

 

 古のハイリア人はその長い耳で神々や精霊の言葉を聞き災厄を逃れたと言われている。

 賢者とはそのハイリア人の中でも特に優秀な魔法使いであり、神々と精霊に仕え、その声を伝える巫女である。ゆえに賢者になる素質を秘めたリナリーなら精霊の声を聴けても不思議ではない。あとは大人の自分が村人を説得するだけだ。そう思ってアリアは駆けだした。

 

 だが、この行動はあまりにも遅きに失していた。

 

 それを示すかのように、神殿の方角から途方もない轟音が響いた。

 

 

 

 

 神殿に轟音が走る少し前、トアル村には一通の鷹文が届いた。

 

「おーい、雑貨屋からの連絡だ。巡礼者の馬車が来たぞー!」

 

 岩で出来た天然の物見台で叫んだのは水車小屋の主人だ。彼の腕には鷹が止まっていて、手には文がある。

 彼の言葉を聞いた村人たちが野良仕事を中断して慌てて家に戻る。そして老人や女子供を家に残し、男衆が鞘に入れた剣やら弓矢やらで武装して集まってきた。

 

 男衆は小走りにトアル村とフィローネの森を繋ぐ橋に向かっていく。その中にはこの村唯一の非ハイリア人であり、民俗学者であり、リナリーの父であるロック・リーの姿もあった。

 

「さてと、盗賊や魔物じゃない本物の巡礼者だといいんだが……」

 

 ロック・リーは不安そうに鞘に入れた剣の柄頭を撫でる。彼の視線は年中通して霧深い谷、そしてそこに架かる木製の吊り橋に向けられていた。

 

 トアル村は一年を通して去年と変わったことの方が少ない平和な村だ。客が来る方が珍しい。そして最近森には魔物が増え、行商人さえ寄り付かなくなっていた。

 他の村人も弓に弦を張り、ボウガンに矢をつがえながらもどこか不安な表情だった。温厚な人間の多いトアル村には不吉な予言や命のやり取りを好む輩はいない。

 

 がっしりした体形でイノシシのような髭の村長が柄の長い鍬を背中に担ぎなおして、ロック・リーに言った。

 

「御者は初めて見る顔だが行商人で、勇者の服まで着ているらしいから、大丈夫だと思うんだが……もしハイリア語が通じなかったら交渉は頼んだよ、ロックさん」

「まかせてください。こう見えても8か国語はしゃべれますからね。そのかわり……」

「ああ、相手が魔物や盗賊なら俺たちの出番だ。たとえ俺やあんたが死んでもアリアやリナリーちゃんは村の皆が守るだろう」

 

 トアル村はかつて魔王を倒した時の勇者や森の賢者を輩出した村であり、時の勇者を信じるハイリア人の中では特別な意味を持つ村だ。勇者の生家や彼の遺産は今でもその子孫であるアリアたちと村人によって大切に保存されている。

 それゆえ熱心な信者がごくまれに巡礼に来ることもあり、彼らの落とすお金や情報は村の貴重な収入となった。だが勇者の遺産や村の子供たちを狙って盗賊や魔物が来ることも皆無ではなかった。だから彼らはこうして普段から交代で見張りを立てて、いざという時の備えも覚悟も怠らない。

 

「おーい、わしはトアル村の者だ。その橋は馬車じゃ渡れない、そこでいったん馬車を降りてくれー!」

 

 村長が橋の向かい側に向かって叫ぶと、馬車は橋の前で大人しく止まった。御者は巡礼を示す緑の勇者の衣装をまとった中年の男。馬車から降りてきたのは、子供を連れた老夫婦と若いメイド、その下男たちだった。

 年齢も性別もバラバラだが見た所武器の類は無く、メイドを除いて皆緑の服を着ている。どうやら盗賊ではなく金持ちの巡礼者のようだった。村長がこっちにこいと手招きすると御者の男を先頭に素直に橋を渡りだした。

 

「乗客は外国人みたいだがハイリア語は通じたみたいだな……」

 

 どうやらこのままいけば殺し合いをしなくて済みそうだ、とほっとしていた村長の後ろに茶色のローブを被った人物が寄ってきた。

 

「嫌な予感がする……油断しない方がいい」

「うおっ、いたのかコリン爺さん、じゃなくて長老。一昨日カカリコ村から帰ってきたばかりで疲れたから寝てたんじゃねえのか」

「寝てたよ、君らの鷹の歌を聴くまではね。あいかわらず微妙な鷹の歌だったけど」

「うるせえ、余計なお世話だ」

 

 ローブの人物はこの村の長老コリン。幼い頃に時の勇者に会ったことすらあるという村一番の高齢だが、鋭い目つきで橋の向こうを睨みつけ、剣と盾を背負った姿はある種の凄みを感じさせる。

 

「それより、警戒してほしい。森がざわめいている。こんなにざわめくのは子供の時以来じゃ」

「森が……ざわめく……ですか?」

 

 ロック・リーの言葉に長老は頷きを返す。

 

「ああ、鳥たちの様子もおかしい」

「そういや鷹笛で来た鷹もちょっと変だったな」

「それにあいつら全員丸耳だが、ハイリア教を信じているのにハイリア人じゃないのか……?」

 

 村人たちがコリンに触発されて疑問を呈しだしたが、ロック・リーは苦笑しながら応えた。

 

「確かに、時の勇者と彼を遣わせる女神ハイリアを信じているのはハイリア人が多いですが、私やゴロン族のように他種族にいないわけじゃありません。それにハイリア人にも尖っていない耳を持つものもいます。うちのコムイやリナリーも丸耳ですしね」

 

 ロック・リーは学者らしく村人の差別的発言にやんわりと釘を刺す。彼の言葉にある程度納得した長老や村人たちは頷きを返した。

 

「だが、油断は出来ない。念のために儂が行こう。万が一のことがあれば橋ごと落としてくれて構わない」

「爺さん、そいつは村長の俺の役目だろう」

 

 コリン翁の言葉にアル村長はイノシシの様な顔をしかめて詰め寄った。並の者ならすくみ上るような大した迫力だったが、長老は小揺るぎもしない。

 

「村長がいなくなったら誰が村の皆を纏めるんだ。こんなことは私みたいな老いぼれに任せておきなさい」

 

 そう言うや否や肩を掴んでいた村長の太い腕を軽やかにすり抜けて、コリンはさっさと橋の方へ歩きだしてしまった。

 

「お、おい待てよ爺さ……」

「村長、長老は僕が」

「ち、ちょっとロックさん……」

 

 ロックもこれまた学者とは思えぬ身のこなしでさっさと歩いていく。

 

「はあ、しかたねえ。お前らまだ弓矢の弦を元に戻すなよ。あいつらがやばくなったら援護だ。あといつでも橋の縄を切れるようにしとけ。ロックさんがいれば長老も大丈夫だ」

 

 村長の言葉に「おう」と応えが返ってくる。なんだかんだで慕われている村長と信頼されているロックだ。

 

 長老と通訳のロック・リーは橋の真ん中で行商人と旅人たちに落ち合った。

 

「はじめまして、僕はこの村に住むロック・リーと言います。彼はこの村の長老のコリンさんです」

 

 だんまりと相手を睨む長老と朗らかに挨拶するロック。対して中年の商人はにこやかに手を差し出した。ロックも手を握手しようと手を伸ばす。

 

 次の瞬間だった。

 

「はじめまして。私の名前はルル=ベル」

 

 長老が背後からロックを崖に向かって突き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 あれ、俺何してたんだっけ。

 たしか……そうだ、アニタさんがガトリング砲ブッパマンに襲われたから、残像剣しながらこっちも聖剣ビームをブッパしたんだ。いやー残像剣の無限に剣の攻撃判定を出し続けるバグを利用して聖剣ビームを連射できないかなーとか思ってたんだけど、そんなことはなかったぜ!

 

 ところでここどこだろう。地平線まででかいチェス盤みたいな地面が続いている。あたりは夜なんだが、月は不気味な笑顔を浮かべているし、本物の熊の倍はでかいテディベアがあちこちに浮いていたり、座っている。デバックモードだろうか。

 

 俺はぼんやりと光っているテディベアの腹をつつきながら、うすら笑いを浮かべた月を粉砕する予定を立てていると、後ろから鈴のような声がかかった。

 

「はろー、勇者くん」

 

 はてここに人などいただろうか。首をかしげながら振り向くと、フリフリの黒いドレスを着た少女がドレスの裾をチョコンと上げてお辞儀した。またファンキーな奴の登場だなー。年頃は中学生くらいだろうか。しかしこれがゴスロリってやつか。実物(ゲームだけど)は初めて見た。

 

「えっと初めまして、かな」

「いやいや、僕達的にはお久しぶりってのが正しいと思うよ」

 

 え、マジで。すでにどこかで会っているとでもいうのか、この僕っ子ゴスロリは。いつだ、いつ出会った。

 俺のゼル伝検索エンジンが光って唸る。ゼル伝の中でドレスと言えば、作品タイトルのゼルダ姫だが、これは違うだろうと思う。ゼルダ姫のドレスはゴシック調ではないし、色も大抵桃色で裾が引き摺りそうなほど長い。何よりゼルダ姫は作品によって性格に差異はあるが、作品の看板娘であることもあってか清楚なお姫様というイメージであるのに対して、このゴスロリさんはアンニュイなマダムと無邪気な少女を足して2で割ったような雰囲気だ。

 ゼルダ姫以外でドレスを着る様な少女……しかもゴシック系の……いたよ、いましたよ。前作トワイライトプリンセスにいましたよ。虫さん王国のプリンセス(自称)のあの人が。

 でもあの人金髪ツインテールじゃなかったっけ。この子は黒髪のショートなんだけど……イメチェン?

 

「あーごめんごめん、気付かなくて。何しろ昔のことだから」

 

 俺の言葉にゴスロリ少女はどこか危うげな笑みを浮かべた。

 

「思い出してくれたならいいんだよ」

 

 虫さん王国のプリンセス(自称)ことアゲハさん。

 彼女はハイラル各地に生息する黄金に光る虫たちに招待状を出してお茶会を催そうとする少女である。彼女は大層なお金持ちらしく、彼女に黄金の虫を持っていくと、初期装備の財布よりいっぱいルピーが入る財布や大量のルピーをもらえるのだ。ちなみに虫を持っているのに渡さずに帰ろうとすると、「持っているくせに……」と呟く黒い彼女を見ることも出来る。

 

 ボス戦後にワープが出なかったのは、きっと黄金の虫を拾ったことでアゲハさんイベントのフラグが立ってしまい、何の因果(バグ)かボス戦後のイベントに割り込んでアゲハさんイベントが発生してしまったのだ。

 

 もちろんそれは通常ではありえない状況、つまりバグだから、ゲーム本体に負荷がかかって処理に時間がかかり、イベントの発生にタイムラグが発生する。そもそもボス撃破の後のボス部屋の結界が解除されるイベントに割り込んでしまったので、結界の解除が行われず、結果としてアニタさんと俺はボス部屋に閉じ込められるという状況になってしまった、というわけだ(親父ぃ風に)。

 

 なんてこったこのゲームも最新のソフトなのにバグだらけじゃないか。最初の町のアンジュさんといい、次の町のアゲハさんといい、人間関係のフラグ管理がガバガバ過ぎる。

 

 まあそれはそれとして、大きな財布が欲しいので、アゲハさんに黄金の虫を渡してしまおう。

 

「では姫、お近づきのしるしにこれをどうぞ」

 

 俺はかしこまって片ひざを折り、森や平原で手に入れた黄金に輝くダンゴムシを恭しく彼女に手渡そうとしたが、彼女は受け取らず、それどころかすごく嫌そうに後ずさった。

 

「いや、そんなのいらないんだけど」

 

 何故かドン引きしたような顔をするアゲハさん(仮)。

 あれ、前作だとどんな虫でもすごく喜んでくれたのに。虫に頬ずりする勢いだったのに。

 渡す虫が悪かったんだろうか。ダブってしまったとか。それともこんなあからさまにバグった空間だからだろうか。

 

「では、これを」

 

 ダンゴムシで駄目なら蝶々でどうだ。俺はカバンから空き瓶に入った黄金の蝶々を取り出した。

 

 今度は彼女の気を引けたようで、彼女は興味深そうに寄ってきた。やはり彼女はアゲハさん(確信)。

 

 ふっふっふ、この蝶は虫網が無かったから頑張って空き瓶で捕まえたのだ。高いところをふわふわ飛び回るのと、足元から食人花(おそらく今作のデクババ)が奇襲してくるのもあいまって捕まえるのに半日はかかったぜ。

 何故かデクババに襲われない吸血鬼みたいな恰好をした男の子の助けがなかったらこの倍はかかったに違いない。この苦労が今報われる。さあ、光輝く黄金の蝶よ、我が大いなる財布となれい!

 

「ふーん、綺麗っちゃ綺麗だけどいらないかな」

 

 なん、だと。

 馬鹿な、俺の、俺の貴重な休日が無駄だった、だと。

 また、小さな財布のせいで出てきたルピーや高額な装備たちを泣く泣く諦める生活が始まる、のか?

 

 いや、まだだ。まだ終わらんよ……!

 

「それより、勇者くん僕は君に聞きたいことがあって」

「なら、この黄金のカブトムシ(オス)を」

「いや、いらないんだけd」

「黄金のカマキリ」

「なんか勘違いしてるみたいだけど、僕そういう虫とかは」

「黄金のカミキリムシ」

「いや、だから」

「黄金のカナブン」

「あの、僕は」

「黄金のカメムシ」

「だから、僕は」

「黄金のホワイトアカガエル」

「いや、だから、僕こういう虫は好みじゃ」

「ところでこの『黄金のホワイトアカガエル』っていったい何色なんですかね」

「僕が知るかーー!」

 

 

 




 今日の勇者伝統の技、押し売り。

 更新遅れたのはホントごめんなさい。きっとこれも原作がどっちも伸び伸びになっているのが悪いんや! 原作でまだ明かされていなかった秘密が…されるかと思うと設定崩れるのが怖くて書けないやんけ!
 嘘ですただ仕事忙しかったから休日寝てばっかだっただけです。許してください、なんでもry


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第25夜 トラウマ

ゼルダの新作をプレイしてみました。いやー面白れぇぜ。矛盾するかもしれないと不安だった時系列や勇者、賢者に関わる新たな設定とかは特になかったので、続きを投稿します。


「いい加減、僕の話を聞けえ!」

 

 アゲハさん(仮)を怒らせてしまった。

 

「僕は金色の虫なんかいらないって言ってんだろ!」

 

 そうだっただろうか、そうだったかもしれない。なにせ大きな財布を貰うためにアゲハさんなら反応するだろうキーワードを片っ端から試していたもんだから……いやあ反省、反省。

 

「まったく、千年公を倒せるくらい強い時の勇者がどんなやつかと思って来てみたら、こんな虫オタクだったなんて、がっかりだよ!」

 

「ちょっと待て」

 

 カンカンになって怒っているところ申し訳ないが、まさか虫さん王国のプリンセス(自称)のアゲハさんに虫オタク呼ばわりされると、こんなにも腹が立つとは思いも寄らなかった。

 

「虫オタクなのは君の方だろう。昔の君は金色の虫が大好きだったじゃないか」

「えっ、そうなの? 」

 

 驚いたような顔をしているが、誤魔化そうったってそうはいかない。君があざとい腹黒娘であることはすでに調査済みだぜ。

 

「そうだよ。昔の君が金色の虫が欲しさに俺に泣きついて、世界中を探させたのは忘れたとは言わせないよ。広いハイラルの中で小さな虫を探し当てるのに、どんだけ苦労したと思っているんだ」

 

 いや、これは本当の話。今作でも前作でも大きい財布のために、虫探しをしたが、そのだるいことだるいこと。空き時間にやっていたとはいえ、リアルで数週間かかったぜ、おい。

 

「そうなんだ……何やってんだよ前世の僕は……い、いや、昔は昔、今は今! 前任者はどうであれ、今の僕は金色の虫なんて興味ないんだよ!」

 

 と、目の前のゴスロリ少女は必死に主張してくる。

 俺にたくさんの虫を押し付けられたのがそんなに嫌だったんだろうか。まあ、たくさんの脚がワキワキと動き回るのは虫嫌いの人には鳥肌が立つくらいいやだろうけど、アゲハさんなら大喜びなはずだ。

 ……ひょっとして、もしかして、彼女はアゲハさんではないのだろうか。

 そう言えば彼女は僕っ子だけど、アゲハさんの一人称は私、あるいはアゲハだ。

 

 でもアゲハさんのキャラは不思議ちゃんなあざとい系腹黒娘、ファッションはゴスロリで、小さな日傘を持っている。

 目の前の彼女はほぼそれを踏襲しているように見える。ここまで完璧な類似……マロンちゃんやクリミアさんの例もある……

 

 じーーーー

 

「な、なんだよ、その目は」

 

「怪しい」

 

 リンクさんの表情も怪訝そうな感じになっています、たぶん。

 

「あ、怪しくないし。今の私はキモイ虫なんて一匹も持ってないし、まして欲しがるなんて……」

 

 その時、彼女の背中から一匹の黒く大きな蝶がひらひらと舞い上がった。紫がかった黒い光を放つ蝶は見方によっては幻想的で美しい。

 

 俺の視線に気づいた彼女は慌てて蝶を捕まえると懐にしまいこんだ。

 

 なるほど、なるほど、そういうことか。

 

「これは違うよ。千年公が作った通信用ゴーレムだから、虫じゃない。ノーカン、ノーカウントだから」

 なにやら彼女が苦しい言い訳をしているが、もう遅い。俺の推理は止まらないZE。

 彼女はさっきこう言った。

 

「今の僕は金色の虫なんて興味ないんだよ」

 

 つまり金色でない虫には興味があるということだ。

 

 彼女の髪を見よ! かつて金髪ツインテールだった髪は、今や黒髪のショートだ。

 彼女の服を見よ! かつて明るい色だったゴスロリドレスは、今やシックでムーデーな黒いゴスロリドレスだ。

 そして彼女の背中から舞い上がったのは金ではなく黒いアゲハチョウ。

 

 これらから導き出される答えは、一つ。

 

 今作の彼女は、金色に輝く虫じゃなくて、黒く輝く虫を集めているんだよ!

 

 俺の脳内で「な、なんだってー!」という合唱が聞こえる。

 

 前作のアゲハさんは虫さんに対してデレデレだったので、今作の彼女はツンデレ僕っ子で行こうということか。茅場さんも中々分かっているじゃないか。いたいけな少年少女に新たな性癖を植え付けることに定評のあるゼル伝製作者の鏡ですね。

 

 あ、そういえば彼女の名前を聞いてなかった。名前を聞くのはコミュニケーションの基本だし、いつまでもアゲハさん(仮)では彼女に失礼だろう。

 

「ところで今更だけど、君の名前は?」

 

 何て名前だろう。アゲハかな、モンシロかな、黒が好きみたいだからカラスアゲハという線も。

 

「ほんと今更だなぁ。……まあ、いいや」

 

 そう言うと彼女はカボチャ頭の傘をステッキのようにして姿勢を正し、胸(無い)をドヤッと張った。彼女なりの決めポーズなんだろうか。

 

「僕はロード・キャメロット。君も知っての通り、夢を司るノアの長子さ」

 

 ……名前、全然違った。まさかどこかのバックのブランド品みたいな名前だったとは。

 それにしても前作は自称プリンセス(姫君)で、今作はロード(君主)、キャメロット(アーサー王が築いた都の名前)かあ。

 自称虫さん王国のお姫様の次は自称アーサー王とは、この電波っぷりはやっぱりアゲハさんの系譜に連なる人物だな(確信)。

 

 ところで知っての通りと言われたんだが、夢を司るノアの長子ってなんだろう。他にも彼女みたいな人がいるんだろうか。

 やっぱり本来ありえない出会いだから、本来あるべき夢のノアの長子とは何かということを説明するイベントをすっとばしてしまったんだろうか。まあこの僕っ子は中々面白そうな人だし、あとでイベントを探してみようと思う。

 

「ロード・キャメロット、キャメロットの主、つまりアーサー王か。うん、洒落てていい名前だね」

 

「それはどうもありがとう」

 

 とりあえずここは名前の件を話して、話を合わせておこう。彼女の正体については出来れば使いたくはないが、ファイ先生やウィッキー先生に頼るって手段もある。しかし俺がなけなしのアーサー王知識で褒めたのに、この子ったら硬い表情のまま眉一つ動かさねえ。ツンデレはこれだから。

 

「それで、そのロード・キャメロットさんは何しに来たの?」

 

 ほんとそれ。こんなデバック空間くんだりまで何しに来たんだろうか。やはり虫か、虫なのか。でも漆黒に輝く虫なんて、俺持ってないぞ。冷蔵庫とかの下とかにいる、名前を呼んではいけない漆黒に輝く虫でいいなら探してくるけど。

 

 俺の問いが何かのトリガーだったかのように、彼女は笑みを浮かべた。小さな子が蟻の行列にファブリーズをかけて、フェロモンで動いている蟻たちがどうなるかを観察する時のような無邪気で嗜虐的な笑みであった(体験談)。

 

「君で遊びに来たんだよ、勇者君」

 

 うん? なんか今の発言おかしくなかったか? 聞き間違いかな。

 

「そうか、俺“と”遊びに来たのか」

「うん、君“で”遊びに来たの」

 

 聞き間違いじゃなかった!

 そうかそうかそうだったのか、あっはっはと笑い合う俺たち。笑ってる場合じゃねえ!

 でも、笑う以外どうしようもねえ!

 やっぱりこの少女、ロード・キャメロットはどこかおかしい。

 真っ暗の中に光るテディベアが浮かぶバグった空間、見方を変えればホラーでしかない空間でこんなことを言い出すとか、ホラーにしかなりえない。

 

 ゼル伝はなあ、ちょくちょくホラーをぶっこんでくるからなあ。いったいいくつのトラウマが俺に刻みこまれたことか。

 時オカで一番平和な村(当社比)であるカカリコ村に限っても、一見平和そうな村の中にある怨霊だらけの井戸の底とか、呪いで人面蜘蛛「スタルチュラ」に変えられて呻き声を上げる人々の館とか、禁断の森に入って「みーんなスタルフォス」に変えられてしまった男の人とか、村のすぐ後ろにあるハイラル王家の墓地には皆のトラウマ「リーデッド」が湧いていたりとか、そのすぐ後ろにある血に染まった拷問道具と幽霊だらけの闇の神殿とか、ホラー要素満載である。

 その続編であり、トラウマ量産ゲーとして名高いムジュラの仮面とかね、もうね。

 

 まあ、一番性質が悪いのはそこまでトラウマを量産しながら、やめられないくらいゼル伝が面白いことなんだけどね。やめられない、とまらない、かーっぱえび〇んなんだよ。

 

 でも、マロンちゃんの前世っぽい存在であるマリンちゃんをエンディングで海のモズクにしたり、並行世界のマロンちゃんらしいロマニーちゃんを謎の幽霊に誘拐させて精神崩壊させるイベントは絶許。ゼル伝スタッフはマロンちゃんに何か恨みでもあるのか。このゲームでも何が起こるか分からんので、胸糞イベントはバグ技を使ってでも絶対に阻止する所存である。

 

「夢のノアとしてはさあ、興味があるんだよねえ」

「なにがだい」

 

 そんなことを考えていると、目の前の少女は年に似合わぬ蠱惑的な笑みを浮かべていた。お、これは……?

 

「時の勇者ってさあ、時を超えて魂を転生させながらもう一万年以上も戦ってるんでしょお? だからさぁ、君がどんなに鋼の魂だとしてもぉ溜め込んでると思うんだよねぇ」

 

 お、おいさっきから夢とか溜め込んでるとか、まさかフロイト的な精神分析(意味深)じゃないだろうな。ホラーも駄目だが、エロも駄目だぞ。

 つーか、俺たち、じゃなくてリンクさんはもう一万年以上戦ってんのか……ぱねえ。

 

 そんなことを考える俺の前で、花も恥じらう少女の笑顔がニヤァとサディスト染みた凶悪な笑顔に変わる。

 

「決して消えないトラウマってやつをさ」

 

 あ、やっぱりホラー展開なのね。

 

 いや、アゲハさん系統っつうか、ゼル伝にちょっと頭がおかしい人が出るのは今更か。無邪気な顔して腹黒いのも今に始まったことじゃないし、ここは腹を括って鬱イベントを見よう。

 夢島で泥棒した時にくらう死ね死ねビームみたいな即死イベントじゃないといいんだが……

 

 

 

 

 

 

 それからあとのことはよく覚えていない。

 気がついたら風船みたいな体型のおっさんが背中に気絶したロードと黒猫を担いで、空の割れ目みたいな所に落ちていくところだった。俺の後ろではアニタさんとゲルド族の皆々様が、変な目で俺を見てるし……どういう状況だ、これ?




トアル村編を入れたら見づらかったので今回は主人公視点に統一。そしたらちょっと短すぎたのでゼル伝解説をば

頭のおかしい人たち
劇中でも言っているが、いい人や可愛い人ユーモアあふれる人が多いゼル伝では、一作に必ず一人以上、頭がおかしい人や演出が登場する。それは最新作でも相変わらずで、ダンジョンの周囲を勝手に花壇に変えた挙げ句、花を踏むと発狂して襲いかかってくるイベントを持つ糞BABAがいる。夢島の店主もそうだが、こういう奴に限って殺〇したり、湖の底に沈めたりする手段がない。ロードのサディスト発言に対する主人公の反応が大したことないのもある種の慣れ。

次回はシリアス回(予定)です


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第26夜 ノアと賢者(中編)

今回はシリアス&伏線回収回です。


 夕暮れ時、降りしきる雨の中、リナリーは母親に手を引かれながら必死に走っていた。大きな木が生い茂る森の中は薄暗く、霧雨のせいで視界も悪い。ただ導きの笛の音だけを頼りに走っているような状況だ。

 ずぶ濡れの泥だらけなコートが酷く冷たく重い。全速力で走り続けたから疲労で息も絶え絶えな上に、足がパンパンだ。足元は足首まで埋まってしまう程ぬかるんでいて、もう何度も転んでいる。

 腰を下ろして休めれば、それがたとえ泥の上だろうとどれほど心地よいだろう。

 何度そう思ってもリナリーたちに立ち止まることは許されない。村を襲った魔物たちから少しでも遠くに逃げなくてならないのだ。今も少し離れた所で雷鳴のような音がなっている。

 

 同時刻、ロードもまた暗い遺跡の中を走っていた。

 背後から迫る恐ろしい敵から逃げていたのだ。

 いや、敵は背後にいるとは限らない。頭上から、正面から、横の壁から、足元から、あらゆる所から現れる「手」が、彼女を恐ろしい敵の元へ連れ去ろうとする。

 さらに迷路のように入り組んだ遺跡の中には落とし穴や恐ろしい敵を呼び出すサイレンなどが至る所に設置され、疲労したロードを苦しめる。

 

 荒い息を吐き、恐怖と疲労で震える身体に鞭打って走り続ける少女たち。

 賢者とノア、正反対の立場の二人だが、二人の気持ちは一つだった。

 

(どうして、どうしてこんなことに……)

 

 話は数時間前に遡る。

 

 

 

  ▲

 

 

「はじめまして。私の名前はルル=ベル」

 

 その挨拶が聞こえた時、コリン長老は倒れこむようにロック・リーを突き飛ばしていた。彼の剣士としての本能がそうしなければ死ぬと叫んでいたからだ。

 

 直後、彼の目の前にいた行商人の腕が急速に伸びてタコの足のような触手になり、鞭のような動きで先程まで彼らの首があった場所を凪ぐ。

 コリン長老の行動が一歩でも遅ければ、二人の首から上は吹き飛んでいただろう。

 

 コリン翁は追撃してくる触手をギリギリで回避し、行商人に斬り掛かる。

 

 奥義:居合斬り

 

 武器を抜くことなく素早く敵に接近して、武器を抜くと同時に必殺の一撃を抜き放つ技だ。リスクは高いがその威力は最終奥義である大回転斬りにも匹敵する。

 

 斜めに払った剣は行商人の無防備な首筋に吸い込まれていき、その首を落とす。橋の上に落ちた生首がごとり、と音を立てた。

 

「なんとっ……」

 

 しかし驚愕したのは奥義を放った長老のほうであった。彼の脇腹を倒したはずの男の手が抉っている。

 

「中々いい腕。でも残念だけど、あなたのなまくら刀では私を殺せない」

 

 目を見開くコリン翁の前で冴えない首なし中年男が、黒髪黒肌の目の覚めるような美少女に変わる。

 彼女が金色の瞳を獲物を狙う猫のように細めると、もう片方の手から槍のような触手を生やし長老を狙う。

 長老はとっさに前のめりに倒れることで、なんとか刺突を回避したが、体勢を完全に崩してしまった。

 触手が振り上げられる。このままでは老人は昆虫標本のように橋の上で磔にされるだろう。

 

「奴らは魔物だ! 橋を落とせい!」

 

 だがそうはさせじと、村長の声に従ってトアル村の男たちが橋を支えるロープを斧で一気に切り落とした。

 

 支えを失った橋は大きく傾き、バランスを崩した少女は攻撃を中断させられる。

 橋は上に乗せたコリン長老や次々と変身を始めた魔物たち諸共、谷底に向かって落下していく。

 橋の下の地面は数百メートル先だ。叩きつけられればハイリア人も魔物も死は免れえない。コリン長老たちの死は決定されたも同然だった。

 

「ロック鳥の翼よ! 我が背に翼の加護を授け給え!」

 

 そんな彼の死を覆したのは、長老に橋から突き落とされた筈のロック・リーだった。

 突き飛ばされたロック・リーは橋の縁に掴まって事なきを得ると、橋の落下の勢いと彼の一族が代々伝えてきた秘宝ロック鳥の羽に祈願して翼の加護を得て跳躍したのだ。

 

 どんな一流の軽業師も真似できない程鮮やかに空中で回転して長老を捕まえると、落ち行く橋を蹴ってもう一度跳躍、村長たちのいる側まで戻って来た。

 

「見事じゃ、ロック・リー。礼を言うよ」

「おう、さすがロック村の生き残りだぜ」

「いえいえ、ロック鳥の羽のおかげです。私の力じゃありませんよ」

 

 ロック鳥の羽。

 伝説の怪鳥ロックバードから抜け落ちた羽であり、身に着けた者の跳躍力を飛躍的に増す力がある。ロック・リーの故郷に代々伝わってきたものでもあり、彼自身の名前もそれに因んでいる。

 ちなみにとある平行世界では勇者に使われたこともあるのだが、彼らはそれを知るよしもなかった。

 

「奴ら死んだかな……」

 

 行商人に化けた魔物たちは橋と共に墜落した。あの高さから落ちれば生きてはいないはず……一人の村人がそう思って谷底を覗き込んで……すぐに腰を抜かして頭を引っ込める羽目になった。

 

「ド、ドラゴンだあああっ!!?」

 

 村人の絶叫を尻目にメタリックなドラゴンが谷底から飛び上がってきた。全身を鋼で覆われたドラゴンに変身したミミは背に主であるルル=ベルを乗せ、優雅にはばたいている。

 

 ドラゴンなど見た事も無い村人が唖然とし、気圧される中、幼いころに同じ位恐ろしい魔物に襲われたことがある長老だけが険しい表情でルル=ベルたちを睨みつけた。

 

「ぬしら、何者じゃ」

 

「……? よく聞こえなかったのかしら。なら、もう一度言ってあげる」

 

 首を傾げながら、嚙み合わない返事をするルル=ベル。彼女は義務感だけを感じさせる口調で淡々と告げた。

 

「私は色のノア、ルル=ベル。あなたたちとはすぐお別れだけど、主が挨拶はちゃんとしなさいって言っていたから……来なさい」

 

 その言葉と共に谷底から緑の服を着た人間の死体が浮きあがって来る。死体は緑の服と人間の肉体を内側から引き裂きながら、異形の怪物AKUMAへと変わっていく。

 

 目を覆わんばかりのおぞましい光景……だが、トアル村の人々が感じたのは怯えよりも怒りであった。

 

「貴様ら、時の勇者の服を穢したな……!」

「許さん、許さんぞ……!」

 

 トアル村はハイラルを救った勇者たちやその師の出身地であり、子供の頃から親や祖父母たちに彼らの伝説を聞かされてきた村人たちもそれを誇りにしている。

 

 当時の勇者やその師は既にこの世を去って久しいが、時の勇者はその名の通り時を超え、記憶と齢を失いながらも、まるで運命に導かれるように、またこの村を訪ねてくれたのだ。

 まさに女神ハイリアのお導き、伝説は正しかったのだ、という彼らの感動はとても言葉では表しきれない。

 

 だというのに、この魔物たちは、時の勇者の象徴のような服を着て、彼の、そして自分たちの故郷を襲おうとしている。

 言語道断の冒涜行為であり、村人たちの心にあった怖気が蒸発するほどの怒りを彼らにもたらしていた。

 

「よくも貴様らっ……よくも……!」

 

 特に長老の怒りは凄まじい。長老にとって時の勇者はハイラルの救世主であると同時に、剣と人生の師匠であり、兄のように思っていた大切な友人でもあったのだから。

 

「蹴散らしなさい」

 

 ルル=ベルは怒りに震える彼らを一顧だにせず、淡々と指示を出した。7000年前から転生を繰り返し生き続ける超人の一族ノアと、千年伯爵の作り出したAKUMAにはこの世の武器は一切通用しない。

 

 この世ならぬ力を放つイノセンスを持たない村人風情、どんなに束になってもこちらの勝利は揺るがない。これはこの後に控える神殿攻略のための景気付け、そのための虐殺だ。殺人を何よりも楽しむAKUMAたちが襲いかかり、村人たちと衝突した。

 

 

 

 

 

 戦線はルル=ベルやミミにとっては意外なことに、AKUMAたちによる一方的な虐殺ではなく、村人が少々不利ではあるものの互角の様相を呈していた。

 

 AKUMAには原則としてイノセンス以外の武器は通用しない。人間を数秒で殺してしまうウィルスのついた弾丸を連射し、レベル2以降のAKUMAには特殊な能力が付与される。もちろん身体能力は人間とは比べ物にならないくらい高い。

 

 では何故村人たちが戦えているのか。それは彼らの持つ武器に秘密があった。

 

「はあっ!」

「せえぃ!」

 

 村人たちが剣を振るい、レベル2のAKUMAの腕と足を切り落とす。

 

「ガアアッ! イテーだろぉがあ!」

 

 レベル2は叫び声を上げながら、反対側の拳を振るって村人を叩き潰そうとするが、別の村人が盾を両手で持って割って入る。

 

「ぐぅぅっ!」

 

 トアル山羊の模様が入っただけの木盾など、岩をも砕くAKUMAの腕力にかかれば本来楽々粉砕して、持ち主の身体に大穴を開けていたはずだ。

 にも関わらず、村人は苦渋の表情で大きくよろめいたものの盾は砕けず、むしろ殴った方のAKUMAが予期せぬ反動によろめく始末。その隙に後ろから走ってきた村人にクワで頭から耕されて、倒されてしまった。

 

 似たようなことは戦場のあちこちで起きていた。

 盾と剣を装備した長老がAKUMAたちを牽制している隙に、別の村人が干し草フォークで背後から突き上げるように串刺しにする。

 あるいは子供には持てないような大剣を振るってAKUMAの注意を引きつけておき、横合いからロック・リーが草刈り鎌で首を掻っ切る。

 弓矢や鷹、蜂を使って空から引きずり下ろし、村長たちがトンカチやハンマーで叩き潰すなど。

 

「な、なぜ村人たちの攻撃がAKUMAに通るのですか!?」

 

 正体不明の攻撃に、ルル=ベルを連れて上空に逃れ、指揮をとっていたミミが驚愕に目を見開いていた。

 

 繰り返すがAKUMAには、剣や槍はもとより銃も大砲もミサイルとて一切通じないのだ。

 死者の肉と魂、伯爵の魂の欠片であるダークマターで構成されたAKUMAたちは、対極の物質であるイノセンスか同じダークマターでしか破壊できない。

 衝撃を与えることや動きを封じることくらいなら、通常兵器や魔術などでもやり方次第で可能だが、破壊だけは絶対にできない。ミミの混乱も妥当なものだった。

 

「イノセンス、主の作ったAKUMAを破壊出来るのはそれしかない」

「それしかないって、アレ全部ですか!? あの剣とか盾とか弓とかならともかく、クワとか干し草フォークとか草刈り鎌とか、飛んでくる鷹とか蜂まで、ぜーんぶイノセンスってことですか!?」

「そう。そうとしか考えられない」

 

 通常兵器に対する絶対の防御力、それが人間に化けることと並ぶAKUMAの兵器としての大きな優位性であり、AKUMA運用の大前提だった。

 このお陰でAKUMAは人間相手に無双を誇り、例え数や連携で劣ろうが、圧倒的な個の力でごり押し出来た。逆に、AKUMAを倒せるイノセンスの使い手たるエクソシストは全員で30人にも満たない極少数であり、AKUMAたちは圧倒的な数の力で押し潰す事が出来た。

 

 だが、その前提は崩れた。

 村人たちに有効な反撃を受けることを想定していなかったミミたちは、戦力の大半を迷いの森での神殿捜索と森の精霊たちへの牽制に回している。

 いつもなら無尽蔵に近い予備戦力も世界各地で行われる神殿と賢者、勇者への同時攻撃、エクソシストや元帥への牽制に回されていて存在しない。手持ちの戦力でなんとかするしかないのだ。

 

「せめて私がNO.8933(ヤクザさん)みたいに部下を統率出来れば……!」

 

 X字やW字などの変態的な編隊を組んでしつこく襲いかかってくるハチを、パタパタと背中の翼を一生懸命動かして追い払いながら、ミミは歯噛みする。

 

 ミミは竜になって風を操る能力はあれど、予期せぬ反撃に混乱するあるいは戦闘本能を刺激されて狂喜する部下を再統率する能力やカリスマはない。

 勇者を襲ったNO.8933(ヤクザさん)のようなごく一部の例外を除いて、AKUMAたちは連携を磨いていない。

 一体一体が性格や能力に癖がありすぎて、数体ならともかく、組織だったまともな連携はほぼ不可能だし、何より今までほぼ数や個の暴力で正面から圧倒出来ていたのだ。

 連携の訓練をするよりレベルを上げて能力で殴れというのが伯爵の方針であったのだが、ここに来てそれが裏目に出てしまったのだ。

 

「や、やっぱり、これ“も”時の勇者か賢者がやったのでしょうか……」

「こんなインチキ、それ以外にありえない」

 

 右往左往するミミに淡々と応えていたルル=ベルだが、爪を噛みながら忌々しげに村人たちを見ている。

 

 イノセンスは本来109個しかない。それらは7000年前の大洪水で世界中に散らばってしまっている。それなのにこんな辺鄙な村にまとまって100個近くあるはずがない。

 そもそも黒の教団が所持しているものや伯爵が破壊したものが数十個あるのだから、どう考えても計算があわない。時の勇者か賢者が何らかのインチキをしたに違いないのだ、とルル=ベルたちは考えていた。

 

 ……前回この村を訪れた時、リンクは道具屋や畑の周りに落ちている農具に片っ端から触りまくっていた。何か武器になるものやイベントのトリガーになるものはないかなと色々と試して回っていたのだ。

 草笛を吹いて鷹を呼んでみたり、蜂の子を捕まえたり、鶏と戯れたりした。武器を探していると知って、村人たちもそれとなく自身の武器や防具を勇者に献上しようとした。

 

 子供の体に合うような武器や防具は特になかったので、全部元の場所に戻されたのだが……その結果がコレであった。

 

 推定年齢50ピー才のいたいけな少女に黄金の虫やGを押し付けようとするなど、最近押し売りしかしていない疑惑があった勇者リンクだったが、本人も意識していないところでちゃんと勇者として仕事をしていたのである。

 

 もちろんルル=ベルたちはそんなこと知る由もなかったが……論理的に考えても、女の勘的にも、時の勇者が余計な事をしたということを薄々察していた。

 

「ロンロン牧場といい、迷いの森といい……時の勇者は自重すべき、そうすべき」

 

 仕事を邪魔されまくっているルル=ベルが恨めし気に呟く。

 シャトーロマーニと呼ばれる聖なる力が宿った牛乳を出荷し続けるロンロン牧場と、森の神殿と時の神殿に続く迷いの森には、3年前から常に深い霧が立ち込めている。

 霧に入った者はたとえそれがAKUMAやエクソシスト、ノアや元帥だろうが道に迷い、問答無用で入口に戻されてしまうのだ。

 迷宮を作る能力を持つ高レベルAKUMAを筆頭に人海戦術で突破を図っているが、未だに迷いの森を突破出来たという報告は入っていない。その上、今度はイノセンスらしきものを量産しだすときた。いい加減にして欲しかった。

 

「ど、どうしましょう。このままじゃ壊滅しちゃいますよ!?」

 

 トアル村の村人たちはお互いに連携しあい、数の強みを最大限に活かしてAKUMAたちを切り崩していた。

 彼らは犠牲者を出して数の優位を失わないように勇者の残したシャトーロマーニをチビチビ飲んで回復しながら、四方八方からAKUMAたちを攻撃しており、AKUMAたちを一体また一体と片付けていた。

 個々の力では勝っていても、数に劣り、連携に劣るAKUMAたちは徐々に追い詰められつつあった。

 

「仕方ない。私が出る」

「ルル=ベル様!? 危険です、時の勇者がどんな頭のおかしい仕掛けをしたか分からないんですよ!? いったん撤退して部隊を再編制してからでも……」

 

 相手はあの時の勇者である。どんな頭のおかしい罠が仕掛けられているか分からない、とミミは考えていた。敬愛するルル=ベルまでもその毒牙にかけるわけには行かない。

 

「そんな時間はない。主からの命令を失敗するわけにはいかない」

「ルル=ベル様……」

 

 ルル=ベルの目に宿る決意と僅かな焦りに、ミミは共感と悲しみの目を向ける。

 主人に捧げる忠誠は同じ使用人として共感できるのだが、ルル=ベルがどんなに頑張っても、彼女の主である千年伯爵から彼女が本当に望んでいるものを貰えるとは思えなかった。彼女が忠誠を果たすために命を落としても……伯爵は恐らく……

 

(いけません。私がすべきことはルル=ベル様に仕え、ルル=ベル様の望みを叶えること。そのために何が出来るかを考えるのが私の仕事です!)

 

「分かりました。私も出来る限りお手伝いさせて頂きます!」

「……何言っているの? それは当然」

 

 照れているのか視線を上に向けるルル=ベル。そのままルル=ベルも巨大な竜に変身する。何にでも変身出来るのが、色のノアの強みだ。

 

「それに私は色のノア。人間ごときに負けること等ありえない」

「その通りです! ルル=ベルさまが負けるはずありません!」

 

 自信にあふれた彼女の言葉に、ミミは力強く頷いた。

 

 

 

 レベル2どころかレベル3AKUMAを遥かに超える力を持つノアの一族。

 ルル=ベルの言葉通り、その参戦は戦場を一方的なものとした。巨大な竜と化したルル=ベルとミミはその巨体を活かして暴れまわる。

 

「くそっ、なんて硬さだ。 剣が通らねえ!」

 

 ミミは鱗の上に装甲を纏ったドラゴンのAKUMAだ。並のレベル2より装甲がずっと厚く身体も大きく重い。ルル=ベルも色のノアの力でミミの上位互換と言えるようなドラゴンに変身して暴れまわる。

 

 2体の竜はその巨体で戦場を席巻し、レベル2AKUMAたちには善戦していた村人たちも近づくことさえままならなくなった。しかもミミはその分厚い装甲で多少の攻撃はものともせず、ルル=ベルに至ってはどこを攻撃してもかすり傷にもならない。地力が違いすぎるのだ。

 

 そして一度連携が崩れて乱戦に持ち込まれると、個の力で劣る村人側が一気に不利になった。彼らは魔物の特別な力を警戒して、AKUMAに能力を使った攻撃をさせない、あるいはされても即座にリカバリー出来るようにしていたのだが、その肝心の連携が崩されたのだ。

 

  それはAKUMAたちがその特殊な能力を存分に活かして、攻撃出来るようになったことを意味した。

 

 そこからは酷いものになるはずだった。

 トアル村の住人達は次々と風の刃に切り刻まれ、炎のブレスで体を灰にされていくだろう。巨体に押し潰されたり、石にされたり、ミサイルで吹き飛ばされたり、音で脳を破壊されるものも出てくるはずだった。

 元々薄氷の上に成り立っていた戦線なのだ。戦線が崩壊すれば地力で勝るノアとAKUMAたちが有利になるのも当然である。

 

「みんな!」

 

 それを未然に防いだのは母親と神殿に向かっていたリナリーであった。今まで母親の言いつけ通り隠れていたが、傷ついていく村人たちに自分を抑えきれなくなったのだ。

 

「駄目! リナリー!」

 

 母親の制止を無視して戦場に向かって駆けるリナリー。

 

「戦場に武器も持たずに来るとは無謀もいいところ」

 

 ルル=ベルは迷い込んだ彼女を処理しようと、やる気なさそうに尻尾を振りおろす。

 しかし……

 

「…………!」

 

 リナリーを守るように出現した薄緑色の障壁がルル=ベルの攻撃を弾く。

 ここ数年、母親から賢者としての教育を受けたリナリーは賢者の基本技である結界を張ることが出来るようになっていた。

 

 今まで誰も止めることの出来なかった強大なノアの攻撃を見るからにか弱い少女が止めた事で、AKUMAも村人も呆気にとられ、戦場に一瞬の空白が生まれる。

 

「……弾かれた」

 

 ルル=ベルが意外そうに呟く。

 その間に追いついてきたアリアが荷物を小脇に抱え、もう一方の手でリナリーを抱き抱えると声を張り上げた。

 

「みんな、聖域に逃げて! 村のみんなも逃げたわ!」

 

 そう、アリアとリナリーはリナリーの託宣を受けてすぐに轟音が発生したことから、異常事態が起こっていると察知。村人たちをもう一方の道から逃がしたのだ。

 

「……! させない」

 

 いち早く我に返ったルル=ベルが、今度は力いっぱい尻尾を障壁に叩きつけた。

 

「……うぅ!」

 

 その衝撃はリナリーの結界に大きなヒビを入れ、一瞬の拮抗の後破壊する。

 いかに賢者の修行を積んだとはいえ、リナリーは賢者として未だ覚醒していない賢者候補の少女に過ぎない。

 本気のノアの力を止められるはずもなく、その攻撃で屍を晒すはずだった。

 

 そう、はずだった。

 

「これでも食らいなさい!」

 

 リナリーが一人だったら、ノアの攻撃は止められない。

 しかし彼女には母親がいる。賢者になれなかった、何の特別な力も持っていない、だけど誰よりもリナリーを愛していて、賢者としての知識と知恵、誇りを持つアリア・リーが!

 

 彼女がバスケットから取り出し、結界が壊れる寸前に投げつけたもの。

 デクの実? そんな安っぽいものではない。

 妖精のオカリナ? オカリナは投げるものではない。

 

 それは歴代勇者すら畏敬を持って、慎重に取り扱うものだ。

 

 最強にして無双、個にして群、必殺の剣にして無敵の盾、その名は……

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 ドラゴンの尾に殴られて、今高らかにコッコの勲し声が鳴り響く。

 

「……!?」

 

 結界を破ったと思ったら、今度は一見何の変哲もない鶏に攻撃を受け止められて、目を白黒させるルル=ベル。

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 それを尻目に二度目の声が鳴り響く。

 これは悲鳴である。罪無きその身に振りかかる痛みを嘆く絶叫である。

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 何かがおかしい。この地に満ちる異様な空気を感じて、小回りの効くメイド姿に戻ったミミはルル=ベルの元に走り寄る。

 

 しかしその行動は余りに遅い。彼女は主人を連れて箱舟の異空間へと一目散に逃げるべきであったのだ。

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 これはもう悲鳴ではない。

 

 これは号令なのだ。

 

 傷付けられた我が身の痛み、それを百倍にも千倍にもして返さんとする怒りの叫び。

 傷付けられた同胞を救えという大義名分を振りかざし、無双の軍勢を呼び寄せる王者の号令なのだ。

 

 かくして、王の召集に応じたものたちがその地に集う。

 何十、何百、何千、数えきれぬ無数のコッコたち。

 

 その一羽一羽が勇者を数秒で突き殺せる攻撃力と、金剛の剣やダイゴロン刀で何度斬りつけてもものともしない耐久力、スーパースライドを使いこなして後ろ向きに高速移動する勇者を軽々屠るスピードと命中力を併せ持っていた。

 

 歴代勇者に数え切れない絶望と死を与えてきた無双の軍勢たち。

 

 その先頭では傷付けられたコッコが、家畜から成り上がった王者が、その赤い鬣を王冠の如く掲げ、最初にして最後の命令を今高らかに下す。

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 曰く、蹂躙せよ。と。

 

 怖るべき死神たちは、その白き翼を広げ、王の敵へ猛然と襲いかかった。

 

 





歴代勇者たち「コッコさんに無闇に手を出してはいけない(戒め)」

ゼル伝最新作で分かった農具の威力を参考までに

干し草フォーク 干し草を持ち上げる槍のようなフォーク。威力は7
ハンマー 鉱石を採掘するために金属の頭を持つハンマー。威力は12 頑丈だが、振りが遅い。
クワ 畑を耕す農具。威力は16 ただし脆い上に振りが遅い
覚醒していないマスターソードは威力30

ゼル伝しか知らない人用にちょろっと解説。
 リナリー・リーの運命
 dグレはメインキャラに不幸な来歴な持ち主がほとんどなのですが、ヒロインのリナリーもそれに漏れません。本来の運命なら、物心つくまえにアクマに村を襲われて、たまたまシールドを張れるイノセンス適合者だったリナリーと偶然遠方(大学?)にいた兄のコムイを除いて村や親族は全滅。

 途方にくれるリナリーを黒の教団が保護(拉致監禁)し、教育(廃人寸前までの暴力を伴う虐待と洗脳)を施し、エクソシストという名の少年兵に仕立て上げようとします。

 必死に家に帰ろうとした幼いリナリーの抵抗むなしく、彼女は故郷も両親の顔も忘れ、教団を家、教団を家族、教団を世界とまで言う優しくも悲しい聖女になります。コムイや彼の優しい部下たちがいたのが唯一の救いでしょうね。

 幼女を拉致監禁虐待調教洗脳コンボからの少年兵ゴールとか、真面目に描いたら鬱確定です。黒の教団とその上層部は腐ってる、ハッキリわかんだね。

 今作では勇者化したリンクがトアル村までのアクマを狩りまくったこと、鬼神リンクが勇者を倒すために掻き集められたトアル村付近のアクマをボスごと消し飛ばしたこと、更に伯爵が勇者と賢者と神殿を確殺するためにアクマの無軌道な殺戮を控えさせたこと、付近の森が誰かさんのせいで魔境化していることなどから、原作より数年ほど多く本当の家族との平和な時間が過ごせました。
 それはたった数年でしたが、なににも代えがたい大切な時間だったと思います。


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第27夜 ノアと賢者(後編)

三年も連載して原作開始に届かない二次小説ってどうなのよ……でも仕事を疎かにするわけには……
ともかく更新遅れて申し訳ない。時間がかかっても完結までもっていこうと思います。

前回までのあらすじ

リンクとロードのビューティフルドリーマー

アクマさん「ヒャッハー! 殺人タイムだ!」
むらびと 「ヒャッハー! 緑の服を穢す奴は消毒だー!」
コッコさん「ヒャッハー! 頭捩じ切ってオモチャにしてやるぜー!」



「ああっ、ルル=ベル様がモズの早贄みたいな姿に!? い、今お助けします! このっ、このっ、何ですかこのニワトリは! あっちに行きなさい!」

 

「なんだこのニワトリはっ、石化光線が効かねえぞ! ギャアアア!」

 

「超電磁砲も駄目だ、ビクともしねえ! ヤメロ、こっちに来るなあ! グフゥ!」

 

「シンジィ! 駄目だ、コアを破壊されてる……くそ、やめろ! シンジを食うんじゃねえ!」

 

「俺達のオイルは猛毒のはずなのに……! 糞がぁ、焼き鳥になりやがれええええ!」

 

「ちくしょう! 俺の原子崩壊砲がッ! くそっ次から次に現れやがって! ……ッ、こいつら、俺達の体に卵を植え付けてっ、ガハッ!」

 

「きゃああああああ!? どこに顔突っ込んでんですか! ぶっ飛ばしますよ!? 痛、痛い! この、家畜の分際でいい気に……イタタタ! そんなところつつかないでください!」 

 

 

 第3勢力の乱入により戦場は混乱を極めていた。

 

 攻撃されると仲間を呼び集めて反撃する特性を持つコッコは、まず直接攻撃してきたルル=ベルを寄って集って突つき回し、続いて彼女を守るためにコッコを攻撃したミミたちAKUMA部隊を小突き回していた。あちこちでAKUMAたちが爆発四散し、汚い花火になっていく。

 

 勇者を秒殺しうる火力を持つコッコたちが数千羽。

 

 しかもノアやアクマは体が大きく、勇者にはない数々の特殊能力を持つ代わりに、歴代勇者なら共通して持っている被弾時の瞬間的な肉体強化、いわゆるダメージ後の無敵時間がない。

 

 考えても見て欲しい。

 ダメージ後の無敵時間があり、一度攻撃を喰らえば数秒の間はダメージを受けない体質の勇者でさえ、練度の低い勇者は秒殺され、幾多の世界を救ってきた熟練の勇者でも生身では15分も生き残れれば御の字なのだ。

 

 まあ、熟練の勇者ならば余程変態的な縛りプレイでもしてない限り、コッコに対する防御策ぐらいあるのだが、それは横に置いておく。

 

 重要なのは、ダメージ後の無敵時間なんて能力を備えておらず、特にシールドとかの防御能力も持っていない、色のノアやAKUMAたちにとっては自前の装甲と体だけが頼りだということだ。

 

 ルル=ベルやミミは巨大なドラゴンに変身している。一般のAKUMAたちも人間より遥かに大きく、熊や象ぐらいあるものもいる。

 

 それは格闘戦ではリーチとウェイトという点でとても大きなアドバンテージだったのだが、対コッコ戦では明確な弱点になる。

 

 身体が大きいということは、的が大きいということであり、ゲーム的に言えば当たり判定が巨大かつ大量にあるということでもある。

 

 彼ら彼女らは目の前を埋め尽くすような弾幕を、その巨大な身体を引きずって回避し続けなくてはならない。しかも弾幕は威力もスピードも十分すぎる程高く、前だけでなく死角となる背後や頭上、足元からも湧き出てくるのだ。

 

 はっきり言って全弾回避し続けるのは不可能と言ってもいい。

 

 暗殺者や指揮官として教育を受けているルル=ベルも、コッコたちの波状攻撃を受けて、ボロボロになりながら回避は不可能と理解した。

 

 回避が駄目となると防御、あるいは迎撃ということになる。

 

 しかし、今のルル=ベルの変身できるものの中で防御力が一番高いのがこのドラゴンなのだ。

 これ以上の防御力となると彼女にはもう彼女の主であり絶対的な力を持つ千年伯爵ぐらいしか思いつかない。そして今の彼女の力量では千年伯爵を再現するのは不可能であった。

 

 回避も防御も駄目。となれば迎撃するしかない。ルル=ベルはそう考え、意識を集中する。

 

「ッ、喰らえ!」

 

 ルル=ベルはノアの共通の特殊能力であるイノセンス破壊の力を行使した。

 

 一般的なイノセンスなら赤子の手をひねるように破壊出来るが、ドラゴンになった自分に大きなダメージを与えていることから、このニワトリはふざけた見た目に反してかなり強力な臨界者級イノセンスと推定される。

 

 故に破壊の範囲を狭める代わりに威力を極限まで上げた一撃を放った。

 

 紫電を纏った濃い紫色の光線が、ドラゴンとなったルル=ベルの口から発射され、運悪く射線上にいたコッコたちを射貫く。

 

 ルル=ベル渾身の一撃は功を奏した。

 コッコの中の「神に連なる性質」を破壊し、ただの鶏にすることに成功したのだ。

 

 しかし対コッコ戦において迎撃は非常に悪手だ。

 「攻撃は最大の防御」「殺られる前に殺れ」と言われることがある。それは戦争におけるある種の真理であり、必勝法でもあるが、ことコッコに対しては当てはまらない。何故ならば……

 

 コケコッコー!!

 

 倒れる寸前のコッコたちが断末魔の声を上げる。仲間の声を聴いた他のコッコたちもそろって声を上げた。

 すると、今までルル=ベルたちを襲っていた数千羽のコッコたちが一斉に卵を産んだ。

 

 数千の卵は一瞬で孵化し、ひよこの段階をすっとばしてコッコとなった。しかも声を聞きつけた別のコッコの群れがどこからともなく現れる。

 

 コッコは攻撃を喰らうと、それをトリガーにして別の群れを大量に召喚したり、卵をいくつも産んで増えるという恐ろしい特性がある。そしてそれは戦闘中だろうと変わらないのである。

 

 コッコたちは一斉に飛び立つと同胞の仇を取ろうと、さらに勢いを増して押し寄せた。

 

 コッコを数羽倒すごとに数千羽のコッコが追加される。

 悪夢のような状況を理解した、理解させられたルル=ベルたちの目が底なし沼のように濁った。

 

 

△ △ △

 

 

 白い死神たちの圧倒的な数と質の暴力に阿鼻叫喚の様相を呈するAKUMA部隊。

 

「今じゃ、聖域に逃げ込め!」

 

 その隙に長老の命令で、トアル村の村人たちは一目散に森の聖域に駆け込んで行く。

 

 追撃すべきAKUMA部隊はコッコの攻撃にてんやわんやで、村人たちに攻撃を仕掛けている余裕がまったくない。

 

 トアル村の住人たちは大した追撃を受けることなく、森の聖域に逃げ込むことが出来た。

 

 朽ちた時の神殿に続く森の聖域は、霧深いフィローネの森のさらに深い所にある。

 

 自然に帰りかけている石の門をくぐった先は、巨大な木々と乳白色の霧、ひっそりと飛び交う蛍、かすかに聞こえてくるオカリナやラッパのメロディーが待っている。

 

 途中地元民ならではのショートカットをしてきたアリアとリナリーは息を荒げながら、きょろきょろと辺りを見回す。

 森の聖域は入り口を入ってすぐに小さな広場になっており、ほぼ全ての村人がそこに集まっていた。皆不安げな表情をしている。

 

「アリア、リナリー! こっちだ!」

 

「お父さん!」

 

 リナリーが母親の腕から抜け出て、駆け寄ってきた父親に抱きついた。

 恐怖がぶり返してきたのか、小刻みに震えている。

 

「わた、私、怖くて……お父さんや村の皆が死んじゃうんじゃないかって怖くて、それで……」

 

「リナリー、ありがとう。よく頑張ったね。でももうこんな無茶はしないでくれ」

 

 ロックは涙ぐむ彼女を受け止めると、しっかりと抱きしめた。アリアもほっとした笑みを浮かべている。

 

 しかし、その笑みも凍りつくことになる。

 

 赤紫色の甲冑が彼らの頭上に降りてきたからだ。

 

「タイトル 感動の再会」

 

 ヴァイキングの兜を被り、獅子の鬣のような髪をなびかせながら、カリスマ性のある独特の低音が響く。リンクが聞いたら、フリー〇様ボイスだ! と内心騒ぐに違いない。

 

「タイトル 凍りつく微笑み」

 

 指で四角形の穴を作り、そこにリナリーたちを絵のように映して呟く。

 

 近接戦闘特化型レベル3アクマ「エシ」、後にリナリーと死闘を繰り広げることになる彼との早すぎる邂逅だった。

 

 

 

 

 + + + + + +

 

 

 

 気がついた時、ロードは見知らぬ街の途切れた桟橋に立っていた。

 

「浮いてる……」

 

 街は空を飛んでいた。

 

 街の下には分厚い雲しかない。

 

「勇者の心象風景……精神世界は空に浮かぶ街か。なんだかノアの方舟みたいだなあ」

 

 まあ、どっちもアホみたいに古い時代の人間だしね、と呟きながらロードは街に向かって歩き出した。

 

「さあて、(トラウマ)探しゲームの始まり始まり」

 

 ロードは夢のノアだ。

 

 扉を介したワープや浮遊術、鋭利な蝋燭の召喚と射出、全身が崩壊しても再生する不死に近い再生力、イノセンス破壊の力、結界の生成、箱舟の操縦などなどロードに出来ることは多岐にわたる。

 

 だが、その本領は自身の夢と他者の夢を繋いで、相手の夢に侵入し、記憶を読んで、悪夢を使った精神攻撃を仕掛けることである。

 

 彼女にとって相手を知ることが相手を倒すことに直接繋がっているのだから、表面的にはこの風景を楽しみながらも内心真剣である。

 

 彼女は探しているのだ、勇者の心のどこを突けば、血が噴き出すのかを。

 

 勇者は強い。現状でも高位のアクマを一蹴するほどだ。成長しきってしまえば、ノアの一族は疎か千年伯爵や彼らの『神』すら倒せる程になると聞いている。

 

 だが、どんなに強い人間にも人間である限り、弱点がある。

 

 それは魂と心だ。

 

 『夢』を司るロードにとって、心を探り、人格を破壊することなど造作もないことである。

 

 肉体とは魂の入れ物であり、中身の欠けた勇者など恐れるに足りない。むしろ手駒にすら出来るかもしれない。

 

 ロードは見るとも無く辺りを見渡す。

 自然豊かな美しい街だった。道の周りは芝生で覆われ、あちこちに草花や樹木が植えられている。

 赤や白の煉瓦で作られた街には色とりどりの旗が掲げられ、中央には巨大な天幕が張られている。どうやらバザールのようだが、人はいない。

 

 街の一番北側には巨大な女神像、反対側には灯台が街を見守るように立っている。

 

 東には小さな洞窟と湖があって、こんこんと湧き出た水が滝となって湖に流れ込み空に流れていく。

 

「綺麗な街だけど、静かなところだなあ。人っこ一人いないや」

 

 街を一通り見たロードの感想はそんなところだ。彼はどうやら孤独な男のようだ。

 

 いい加減、退屈になってきたところで新しい発見があった。

 

 浮き島の上に宝箱があったのだ。ロードは手掛かりを求めて小島に飛び移る。

 

「勇者が隠した宝物、なーにかなぁ、えい」

 

 勇者が箱に入れてしまっておく、大切な記憶とはいったい何なのだろうか、それ次第で彼がどういう男か見えてくるだろう。

 ロードはわくわくしながら宝箱を開けた。宝箱の中から光が漏れる。

 

『レロを手に入れた。伯爵の剣を預かる傘型ゴーレム。話すこともできるが、精神世界では特に役に立たないゴミも同然なアイテム』

 

 デデデデーという謎の音楽と若干悪意のあるテロップと共に輝きながらかぼちゃ頭のピンク傘、レロが出て来た。

 

「レロォ? なんでここにいんだよぉ」

 

 返事がない。気絶しているようだ。

 

 ハッと何かに気付いたロードはイライラとした様子でレロを振り上げると、空になった宝箱に向かって容赦なく振り下ろした。

 

「アイタあっっ、なんだレロ!? 敵レロ!? ヘブゥッ、レロを壊すと伯爵さまが黙ってないで……ってロードたま、レロで物を叩くのはやめるレロォ!!」

 

 しばらく宝箱をレロでスパンキングしていたロードだったが、跳び起きたレロが悲鳴と共に抗議してきたので、慈悲深くもひっぱたくのを止めてニッコリと微笑んだ。

 

「おはよう、レロ。よく眠れたあ?」

 

 頭の端に怒りマークが見えそうな迫力のある笑顔である。しおれかけたレロも思わず姿勢を正す。

 

「お、おはようございますレロ……ロードたまはなんでそんなに怒ってるレロォ……」

 

 前半はハキハキと後半はロードに聞こえないようにボソボソと呟くレロだったが、耳聡いロードは益々笑みを深めた。ただし目だけは笑っていない。レロは恐れ慄いた。

 

「えーなんで僕が怒ってんのか、本当に分かんないのぉ?」

 

「わ、分かんないレロ。ちっとも分かんないレロ」

 

 獲物を見る目で笑うロードに、ビビりまくるレロ。気分は猫に喰われる寸前のネズミである。もちろんどちらがネズミか言うまでもない。

 

「それじゃあ、ここがどこだか分かるー?」

 

「わ、分かんないレロ……」

 

 ロードから逃げたい。だが、こうもがっちり柄を掴まれては傘のレロは逃げられない。半月を描くロードの唇に、レロは失神寸前である。

 

「じゃあ、なんでレロと僕がここにいるのかなあ?」

 

「そんなのレロには分かんないレロ! 目が覚めたらここにいたレロ! ロードたまがレロを伯爵さまの所からちょろまかすのがいけないんだレロォ!」

 

 ロードの放つプレッシャーに耐えきれなくなったレロは遂にプッツンと逆切れしてしまった。ハッと正気に戻った時には、もう遅かった。

 

「じゃあ教えてあげるよぉ。ここは勇者の夢の中。僕は夢のノアの能力を使って入り込んだんだけどぉ、ゴーレムのレロはどうしてここにいると思うー?」

 

「…………」

 

 レロはもう声が出なかった。答えを持っていないというのももちろんだったが、それだけではない。

 優しい声をしたロードの笑みは狂気的なレベルに達していた。グロテスクなことに定評のあるAKUMAを鼻で笑える程度にはホラーだ。

 

「可能性そのいちぃ、レロは偶然僕の能力に巻き込まれて、たまたま宝箱に入っていたッていうレロ被害者説ー」

 

 ロードは楽しそうにぺシぺシとレロを叩く。面白くて仕方ないといった具合だ。

 

「でもこの説じゃ、あの嫌味なテロップは説明つかないし、第一夢を繋げている僕が真っ先に気付くんだよなぁ」

 

 指をハサミの形にして、すうっとレロの頭の下に持っていく。

 

「可能性そのに~、今ここにいるレロは僕の記憶を何らかの方法で読み取った勇者の意識が作り出した真っ赤な偽物説ー」

 

 目を細めたロードに、このまま黙っていたら殺される、と直感したレロが必死に弁解し出す。

 

「違うレロ! レロは本物のレロだレロ!」

 

「じゃあ、証明出来る?」

 

 自分が本物の自分であることを証明するというのは、本物の哲学者でも困難なのだが、ロードの意地の悪い質問の意図に気付かず、レロはそれなら出来ると胸を張った。

 

「そんなの簡単レロ! レロは本物のレロだから、伯爵様の剣を出せるレロ!……あれっ?」

 

 レロは体を震わせたが魔法陣が出ることも、伯爵の剣が出ることもなかった。ちなみに伯爵の剣が出せたところで、ここが夢の中である以上、特になんの証明も出来ないのだが、ロードは黙っていた。

 

「えいやっ、ふんぬっ、ぬーん!」

 

 叫んでも、いきんでも、何も出ることはなかった。ロードの目がますます細まり、レロは泣きそうになった。

 

「どうしてレロ! なんでレロ! 何で剣が出ないレロ!」

 

「レロ、うるさい」

「へぶぅ!」

 

 恐怖のあまりまた癇癪を起したレロをロードはひっぱたいた。苛めるのも飽きたので、許してやることにする。

 

「はあ、もういいよ。レロが本物でも偽物でも」

「ほ、ほんとレロ? いや、レロは本物だけど、叩いたり壊したりしないレロ?」

 

「うん。よく考えたら、レロが本物でも偽物でも僕にとって何の不都合もなかったや」

 

「それはそれでなんか複雑だレロ……」

 

(まあ、勇者が精神系統の能力を持っているってのは聞いた事ないし、たぶん変に抵抗されて巻き込んだんだと思うんだけど、確証はないなあ。まあ保留)

 

 まあ、レロが本物だろうと偽物だろうと、逆らったら拘束して、場合によっては破壊する。それだけである。

 

「ああ、なんでレロまで、なんでレロまでぇ」

「うーん、たぶん僕の力を勇者が中途半端に跳ね返したんじゃないかなぁ」

「えぇぇ、完全にとばっちりレロォ……」

 

 萎れるカボチャ傘をロードは慰めるようにポンポンと叩く。

 

「大丈夫だよ。レロ」

「ロードたま……」

 

 慈愛の目でロードはカボチャを眺め、あっけらかんと言い放つ。

 

「壊れても千年公が修理してくれるよ!」

「壊れたくないんだレロ!!」

 

 楽しく騒ぎながら、勇者の心を探検していくロードたち。しばらくすると、神殿の女神像に怪しげな入口を発見する。

 

「勇者の秘密はここかなあ」

 

 ニンマリと笑いロードは神殿に侵入しようとした。だがすぐ真顔に戻る。この世界に張り巡らしていた精神感応の触手が、異常を知らせてきたのだ。

 

「勇者の意識体……追ってきたか」

 

「え……勇、者? どど、どうゆうことレロ。ここってロードさまの許可なく入って来れないんじゃなかったレロ?」

 

「そうなんだけど、相手は勇者だからなあ」

 

(まだ意識に近い浅い部分しか取り出せてないんだけど、時間を稼ぐだけなら問題ないか)

 

 ロードは魔力の一部を解放し、勇者の精神世界を侵し始める。そこに焦りも不安も罪悪感もない。あるのはアリの巣を観察する子供のような好奇心と愉悦の予感だけ。

 

 精神の傷を抉り出し、結び付け、さらに深い傷となす。それこそが夢のノアの本領なれば。

 

 ロードはつつがなく作業を終え、さあ勇者の精神の本丸に突入せんと一歩踏み出した瞬間、視界が暗転した。

 

(……っ、罠か。やっぱ魔力の開放は目立ちすぎたかな)

 

 しかし問題はない。精神の世界では現実の世界の武器は使えない。精神の強さと柔軟さ、無意識の深さと強大さが勝負のカギになるのだ。

 

 往々にして強いものほど心は弱いもの、使命に尽くす硬い心は脆いものだ。

 

 何より夢のノアの無意識は新人類すべての無意識と言っても過言ではない。勇者とはいえ個人でどうにかできるものか。

 

 そう思っていた……この時までは……

 

 

「ゴロンレースだゴロ!」

 

「……え?」

 

 

  △ △ △

 

 

 

 目を開けると、そこは途切れた桟橋の上だった。

 

 木で出来た桟橋は雲の上に向かって突き出ていて、あと数歩踏み出せば、奈落の底へと真っ逆さまといった有様だ。

 

 なにこれ、危険。

 でも、雲海に突き出る途切れた桟橋って浪漫だなあ。

 

 ……うん? 

 そういやどうして俺はこんなところにいるんだ? 山登りを始めた覚えはないのだが……

 

 そう思って辺りを見回す。

 

 前方は青空だ。小さな雲と鳥以外特に何も飛んでいない。

 

 下方は雲海だ。一面の雲に覆われて、その下に何があるのかはわからない。

 

 どうやらここはかなり高いところのようだ。

 

 ゼル伝で高いところ……デスマウンテンかな?

 

 デスマウンテン、その言葉を聞くだけで背筋に悪寒が走る位には苦手である。

 

 デスマウンテンはシリーズ恒例の活火山で、しょっちゅう噴火しては火山岩やら溶岩やらが梅雨時の雨と同じ位の頻度で気軽に降って来る。

 

 しかも道中にはライクライクという草や岩に擬態して、高価な盾を食べてしまう魔物もおり、草を切って回復しようとしたリンクが丸呑みされる事件も多発している。初回時には俺も盾を失い、大変な目にあった。

 

 さらに火口付近は温度も非常に高く、対火装備なしではゴロン族のような特殊な種族を除いてあっと言う間に黒焦げになってしまうなどなど、登山初心者にはとてもおすすめ出来ない危険な山だ。

 

 だが、溶岩だとかライクライクだとか、そんなものを鼻で笑って吹き飛ばしてしまう位、危険な存在がデスマウンテンには住み着いていた。

 

 大妖精である。

 

 かつて、時のオカリナのデスマウンテン山頂には、トラウマ量産機として歴代トップクラスに悪名高い大妖精の泉があったのだ。

 

 何が悪名高いってその容姿だ。

 

 身体は大人リンクの倍以上の大きさで4m近くあり、妖精という可愛らしい名前からは想像することさえできない毒々しい赤と紫のメイクを施された白目がちな目をしている。血のように赤い唇はとても大きく、人間なんてリンゴのように丸齧りされてしまうだろうことは想像に難くない。

 

 更に実年齢ほにゃらら歳、外見年齢BBAのくせに、ショッキングピンクの髪の毛を分厚い三つ編みにしている。

 更にさらにぃ清純なイメージを他者に抱かせるだろう三つ編みを冒涜するかのように、服は草と蔦のような物を体に巻いただけという露出狂そのものな恰好なのだ。

 

 そんなのと冒険中に出会ってしまった時の勇者リンクさん、当時7歳。奇しくも初プレイ当時俺も7歳だった。

 

 幼い少年が、降り注ぐ火山岩からひいひい言いながら逃れ、逃げ込んだ洞窟の中には……なんということでしょう! 旅のお供にぴったりな小さくて可愛い回復妖精さんが、やたらデカくてゴテゴテした厚化粧中年女(全裸)に高笑いしながら大変身したではありませんか!

 これでもう空き瓶に入れられる心配はありません! ありません!

 

 この悲劇的すぎるビフォーアフターに当時多くのプレイヤーがトラウマを植え付けられた。死んだ時に身を挺して助けてくれるあの小さくて可愛い健気な妖精ちゃんの親玉が、まさかこんなのだったなんて……と。

 

 以後トラウマを植え付けられた人々に配慮して、ニマニマ動画では大妖精にモザイク処理が施され、冒険を共にするナビィやチャットや回復妖精にまで疑惑の目が一部向けられれるなど、様々な波紋を呼ぶことになる……

 

 ここまでが、時オカプレイヤー一般の話だ。

 

 が、この話には世にも恐ろしい続きがあった。

 

 トラウマを植え付けられた少年はほうほうの体で、大妖精の泉を脱出した。一秒でも早く、一㎝でも遠くに行きたい、その一心だった。

 一つしかない入口兼出口を通り、硝煙と青空が広がる外へ。

 

 外へ、外へ……出られなかった。

 

 画面が切り替わると同時に現れたのは、白い祭壇と泉に浮かぶ小さなピンクの妖精。そこに強制的に視点が固定され、体が勝手に泉に走り寄る。高笑いとも嬌声ともとれる声が上がって大妖精が、大妖精が……!

 

 

 この話題はやめよう。

 

 

 ま、まあ、そんなこんなで俺は後ろを振り向きたくない。

 

 でもいつまでも、空を眺めているのも時間の無駄だ。ゲームをする時間だって有限なのだ。なのでせーのっ、で振り向こう。時オカ仕様の大妖精様がいたら、黙ってログアウトしよう。

 

「せーのっ」

 

 そこには赤と白のレンガで出来た村があった。大きな神殿や風車、巨大なテントや滝もある。雲より高いところにあるのに気温は春のように温かく、蝶々まで飛んでいる。

 

 天空都市、そんな言葉が浮かぶ。マチュピチュだろうか。トワプリで天空人の都市があったから、その亜種か。

 

 しかし、初めて見たのに故郷に帰ってきたかのように懐かしい。この懐かしさはなんだろう、デジャブ?

 

 ふと、桟橋の隙間から、この町の下部が目に入った。この町の下は山ではなく、空であった。

 

 どうやらマチュピチュかと思ったら、ラピュタだったようだ。

 

「バルs……おっと危ない」

 

 危うく盲目になった挙げ句に、天空都市ごと吹き飛ぶところだった。

 

 でも誰だってラピュタに乗ったらバ●スしたくなる。俺だってそうなる。きっと茅場さん、いやロードはそれを利用した罠を仕掛けているに違いない……なんて卑劣な罠なんだ……

 

 そういえば、ロードはどこに行ったんだ。俺で遊ぶとかなんとか、言ってたけど。

 

 とりあえず、彼女を探しつつ町を見て回ろうかな。

 

 そう思い、一歩踏み出した時だった。急に目の前が暗転し、気付くと岩山に立っていた。目の前には見覚えのあるゴロン族の子供が腕を振り上げている。

 

「ゴロンレースだゴロ!」

 

「……え?」

 

 




ちなみに謎の大妖精の泉ループバグはおおむね作者の実話。


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第28夜 悪夢の饗宴:まずは地獄の一丁目

「ゴロンレースだゴロ!」

 

 太く幼い声で俺は目覚めた。あれ、俺は何してんの?

 

 目と鼻の先にはゴロン族の子供がいて、キラキラした目で俺を見ている。それをぼんやりと見る俺。

 

 なんだか視点がすげえ高いな。大人の男の視点どころか、大男の視点だ。

 

「久しぶりに、にいちゃんの走りが見られるゴロ!」

 

 興奮した様子で俺の腕をつかみ、ぶんぶんしてくるゴロン族の少年。

 

 いつの間にか、俺の腕はゴロン族のものになっていた。

 

 はて、いつゴロンの仮面を被ったっけと、頭を掻こうと手をやると帽子に手が当たった。良かった、牧場のみんなに貰った大切な帽子はなくしてないらしい。

 

 そんなことを考えているうちに、どやどやとゴロン族が集まる場所に連れられて行き、ゴロンレースの選手として並ばされていた。

 

 そう言えば自称アーサー王ことロード・キャメロットちゃんが俺のトラウマをほじくり返して遊ぶとか言ってたけど、もしかしてこれがそうなのだろうか……

 

 それがこのゴロンレース……あれ、やばくね。

 魔王カヤバーン作成のリアルゴロンレースとか、嫌な予感しかしない。

 

 なんだたかがレースか、と侮るなかれ。

 

 ゴロンレース、それは当時マリオカートとかをやってレースゲームを出来る気になっていたゼル伝ムジュラプレイヤーを阿鼻叫喚の渦に叩き込んだトラウマレースである。

 

 俺が今回序盤で裏技的に手に入れてしまった金剛の剣。

 本来それを得るには雪山のダンジョンをクリアし、鍛冶屋イベントを起こして、このレースで勝利し、賞品の砂金を手に入れる、という面倒な手順を踏まなければならない。少なくともムジュラの仮面ではそうだった。

 

 道中手に入るゴロンの仮面を装備することで、高速ででんぐり返しすることによる高速移動という一見するとよく分からないがゴロン族に共通の技、を覚えてゴロン族のレースに参加するというのが、このイベントの流れだ。

 

 このイベントの問題は主に2つある。

 

 まず第一に、この高速前転移動の操作性が悪いという点。

 当時の操作スティックの操作性では指示が間に合わない、あるいは早すぎるなんてことがしばしばだった。初心者はまず確実にコースに激突し、熟練者でも精密な移動は難しく、ささいなミスで壁や爆弾に接触して吹き飛ぶ。相手のゴロンもプロなので一度吹き飛んでしまうと逆転優勝は絶望的である。

 

 第二にとても有能なレース会場が使われている点。

 

 レース会場は隙間がほとんどないほど木が生い茂った林道や、一歩足を踏み外せば崖真っ逆様な細道、急な坂道や急カーブといったデンジャラスなレースの基本を押さえつつ、高スピードを維持するための魔力回復の壺、それに紛れるように設置された爆弾花、高速移動のために体に棘を生やしたゴロンリンクの体に全力でぶつかってくるSなのかⅯなのかよく分からないゴロン族といった応用編まできちんとこなす、大変(悪い意味で)有能なレース会場が使われている。

 

 その有能さは開発した本人すらクリアするのに、何回も何回もやり直しが必要なレベルだ。難易度は推して知るべしだろう。

 なんとかクリアこそしたものの、もう二度とやりたくないというのが当時の俺(8歳)の嘘偽りのない本音であった。

 

 まあ、プレイヤーを絶望させることに定評のあるゼル伝スタッフがそんな儚い願いをかなえてくれるはずもなく、後に月の中で人一人通れるか通れないかって場所で、難易度が遥かに上がったゴロンレースもどきを、させられるんですけどね! やはり月は斬るべし、慈悲はない。

 

 

 

「3……2……1……」

 

 そんなことを考えている間に始まるカウントダウン。イベントモードに入ったリンクさんの体はゴロンレースからの逃亡を許さない。勇者の辞書に後退の二文字はないということか? そんな辞書は不良品だから、早く新しい辞書を買おう?

 

 ねえ、待って。ほんと、待って。

 

 マジで? マジでゴロンレースをリアルでやんの?

 

 ちょ、ちょっと、いやかなり、いや、全力で遠慮したいかなあ、なんて。

 

 コントローラー操作でもバカみたいに難しかったのに、主観視点のヴァーチャルリアリティでやるとか……

 

「GO!」

 

 遠慮したいんですけどおおおおおお!?

 

「さすがにいちゃん! 良いスタートだ!」

 

 なにこれ、体が勝手に進む!? 自動で回る!? 前進も移動も速すぎて、訳が分かんねえゾラ!

 

 

 

 ……バーチャルリアリティーゲームになった際の大きな変更点の一つとして、視点の位置というものがある。

 

 今までのゼル伝は2Ⅾなら上からの見下ろし、3Ⅾならリンクさんを後ろから眺める感じであったが、今回はVRゲームということで、リンクさんと俺の視点は完全に同期している。いわゆるFPS視点というやつだ。

 

 リンクさんの目線=俺の目線、一見すると何の問題もないように見えたこの視点には、実は大きな、非常に大きな問題があったことを俺は実感していた。

 

 考えても見てほしい。

 

 ゴロン族はいうなれば団子虫のように丸まって転がることで馬よりも早く移動する種族だ。もちろん不思議な仮面の魔力でゴロン族に変身したゴロンリンクさんもそれに倣っている。

 

 TPS視点、後ろからそれを眺めているだけだったムジュラ時代は、それでもよかっただろう。精々スティック操作がムズカシスギー!、くらいの軽症ですむ。

 

 だが現在はFPS視点、それも視覚だけでなく聴覚、触覚、嗅覚、味覚、三半規管や平衡感覚、その他もろもろの神経まで同期させているVRゲームである。

 

 そんな状態で、この馬よりも早い高速ダンゴムシ移動を、時速80km超えの高速前転移動をしたら、どうなるだろうか。

 

「!? !? !?」

 

 

 答えは今の俺の状態が示している。

 

 まず凄まじい速さの前転で進んでいるから、空、岩、地面、前、空……って感じに、見える景色が一瞬ごとに大きく変わる。コマ送り再生(なお時速は80km以上とする)である。

 

 その結果平衡感覚が滅茶苦茶になる。

 

 以前俺はロープ上を連続ブリッジすることで移動したが、あれの比ではない。何せ一瞬たりとも同じ映像がないうえに、体はごつごつした岩だらけの道の上を、遠心分離機に放り込まれたかのように高速回転しているのだ。

 

 また、そんなんだから口や鼻に砂やら小石やら木片やらが入り込む。ゴロン族的に石は食べ物なので味や食感が分かるのが、中身が人間の俺としてはかえって嫌だ。あとあっちこっちぶつかりまくるわ、あちこちで爆発が起きるわで、ものすごいうるさい。

 

 オフロードレースカーのタイヤってこんな気分かな。

 

 そんなことを考えて現実逃避しながらゴロゴロしているうちに案の定、コースに設置されている爆弾にぶつかって吹き飛ばされた。痛覚を切ってるから痛くないんだけど、衝撃が酷い。

 

 でも体がバラバラにならないあたり、ゴロンリンクは耐久力高いなあ。

  

「にいちゃん、冬が長かったせいでなまっちまったゴロね」

 

 いや、なまるなまらない以前の問題だと思うんだゴロ。視点がグルグルで酔いそうだし、それ以前にレース会場に障害物や爆弾を設置するのも止めてほしいゴロ。

 

「ほんとうのにいちゃんはこんなもんじゃないゴロ。昔を思い出してもう一度走るゴロ!」

 

 分かった/yes

 

 あの……拒否の選択肢を、ください、ごろ……

 

 そんなことを思ったが、これはイベント判定らしく、俺には逃げ道も拒否権もないらしかったんだゴロ……

 

 それもこれも俺に月読ごっこを仕掛けてくるロード・キャメロットとこのイベントを仕組んだ魔王カヤバーンがいけないんだゴロ。

 

 何がキャメロットの主だ、アーサー王は男に決まってんだろ!

 お前なんかロッド・キャラメルコーンに変更だゴロ。

 つーか同じ中二病でも君はどっちかというと黒髪に月読にヤンデレなんだから、うちは一族でも名乗ってろいゴロ!

 

 あと、こんな鬼畜イベントを強化蘇生した魔王カヤバーンも悪い。普通復活怪人は弱くなるんじゃねえの?

 

 元から悪かった操作性が、ますます悪くなるとか聞いてない。テストプレイしたのかよぉ! 

 これであのやたら難しいステージをやらせるとか、それでもお前は本当に人間か!?

 

 いつぞやのアイアンブーツといい、こんな原作再現はノーセンキューだゴロ!!

 

 

『まずは地獄の一丁目』 

 

 そんなカヤバーンの声すら聞こえてくるようだ。待って、なんで一丁目なんだ。まさか二丁目があるんじゃなかろうな……

 

「3,2,1……GO!!」

 

 うぉおおおおおお! 視点が回る、回転するぅううう! 

 

 

 

+ + + + +

 

 

「ゴロンレースだゴロ!」

 

 太く幼い声でボクは目覚め、即座にこれを夢だと悟る。

 

 これはボクの作った勇者を苦しめるための悪夢だ。

 時間がなくてあまり深層心理の深い所までは潜れなかったが、トラウマには違いない。どうやらボクは勇者に悪夢を反射されたようだ。無駄なことを。

 

 目の前には岩を纏った山のようなゴロン族がいて、長い腕を興奮で振り回している。

 

「久しぶりに、にいちゃんの走りが見られるゴロ!」

 

 意味の分からないことを言っているが、無視して意識を浮上させるべく魔力を高めていく。

 夢はすべからく覚めるもの、夢のノアに悪夢を見せようとは片腹痛い。

 

 だが、その時、晴れやかな空にピリッと一瞬だけ稲妻が走った。

 

「うむぅ!?」

 

 突然目の前が真っ暗になった。

 

「うぅー、ううぅぅ!?」

 

 顔に何かがぴったりと張り付いてきた。手で剝がそうとしたけど、異様な滑らかさで指がツルツルと滑って取れない。何かがボクの、ナカに、ナカに、入ってく、る……!

 

「うぅ、うぁ、うう、ああああっ!?」

 

 顔に張り付いた何かに魔力を強制的に吸い出され、精神が侵食され肉体が変容していくのを感じる。

 

「はあっ、はああ、ぁああ……」

 

 魔力のほとんどを吸い取られたボクは、酸欠と魔力不足で息を荒げながら目を開ける。

 

 まず両手が見えた。細長かった手は、醜い黄土色の太い腕に代わっていた。

 

 次にお腹が見えた。くびれていた腰まわりは酒浸りの親父のようにだらしないものに変わり、しかも黄土色の吹き出物だらけで、砂のようにざらざらしていた。

 

 自分のあまりにも醜い姿に慄いていると、水たまりに自分の姿が映り込む。

 

 黄土色の肌、背中には甲羅のような岩を背負い、顔は大きな栗か玉ねぎのようだ。お気に入りの綺麗なドレスはまったく似合っておらず、逆に痛々しいものに成り果てている。

 

 

 つまり、ボクはゴロン族になっていた……

 

 

「ゴロンレースだゴロ!」

 

「久しぶりにおにいちゃんの走りが見られるゴロ!」

 

 呆然としていると、勝手にレースのスタート地点に並ばされていた。団子虫のようにゴロンたちが丸まってレース開始の合図を待っている。

 

「3……2……1……」

 

 カウントダウンが始まる中、見覚えのある緑の帽子をかぶったゴロン族を見つけた。ノアの直感にビビッときた。間違いない勇者リンクだ。どうやら彼も悪夢を反射しきれず、この夢の中にいるらしい。

 

「おい、ちょっと……」

 

「GO!!」

 

 ボクがこの状況に文句をつけようとした瞬間、レースが始まった。勇者もゴロンも一斉に転がり出し、すごい速さで駆け抜けていく。

 

「ちょ、ちょっと待っうわあああああ!?」

 

 レーススタートと同時にボクの体が強制的に動き出した。お尻を突き出すように体を丸めたと思ったら、勢いよく前転を繰り返して、凄い速度で進み出したのだ。

 

 視界が青空と地面の間をぐるぐると回って、ボクはあっという間にどっちが前後左右か分からなくなった。

 

「止まれ! 止まれ止まれ止まれ止まれえええええええ!!」

 

 叫んでも、喚いても、体の回転は止まらない、止められない。

 

 残りの力を全部集中してこの夢の主導権を取り戻そうとしたが、集めた先から魔力がこの回転を強化・維持するために使われてしまい、余計にスピードが上がってしまう。

 

「止まってええええええええ!!」

 

 意思に反して、強制的に高速で転がされ続ける。

 

 すごい勢いで回転が繰り返される。

 

 転がる、転がる、ころがる、コロガル……

 

 しばらくゴロゴロと転がされ続けて、自分が誰かすら曖昧になってきたころ、不意に強い衝撃が後頭部を襲い、体が傾いた。

 

 あっ、と思った時は崖から落ちて、岩盤に叩き付けられていた。

 

 ぶつかったところがものすごく痛んだが、やっと体が止まってくれたという思いが大きい。

 

 でも完全に目が回っていて、どっちが上でどっちが下なのか分からない。

 

「うええぇ、うぷっ、吐きそう……ゴロ……」

 

 強烈な吐き気が襲ってきた。勇者の前で無様はさらすわけにはいかないと、ノアメモリーが必死にボクをサポートしてくれたが、それでも吐き気の波がいくつも押し寄せてくる。ボクはそれに必死に耐えた。

 

 もう平衡感覚が滅茶苦茶だった。

 昔空をくるくると回りながら飛んだことがあるが、その比ではない。何せ一瞬たりとも同じ所を見れないうえに、体はごつごつした岩だらけの道の上を、馬車の車輪のように高速回転していたのだ。

 

 口や鼻に砂やら小石やら木片やらが入り込んでいるのを吐き出す。

 ゴロン族になってしまった今では石やの味や食感が分かる。それら独特の風味が自分はもうゴロン族であるということをダイレクトに伝えてきていて、もともと感じている吐き気と合わさって、頭がおかしくなりそうだ、

 

 でもこれでレースは終わりだ。拷問以上に拷問のようなこのレースさえ終われば、魔力を取り戻して、夢の制御を取り戻すことだって夢ではない……

 

 そこまで考えて、ボクは澄ました顔でレースコースの入口に立つゴロン化したリンクを発見し、はっとする。

 

 いや、待て。確かこのレースは地獄の一丁目……このレースが終わっても……勇者がこのレースをクリアするか、NOと言わない限り……いやたとえクリアしたとしても……

 

「にいちゃん、冬が長いせいでなまっちまったゴロね。ほんとうのにいちゃんはこんなもんじゃないゴロ。昔を思い出してもう一度走るゴロ!」

 

 あ、ああ、ああああ……

 

 その絶望の呪文を聴いた途端、体がもう一度、勝手に動き出した……

 

 

「も、もう、いやあ……ごろお……」

 



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第29夜 地獄の2丁目

あけましておめでとうございます(小声



――――3、2,1

 

 ゴロンリンクの一日は一杯の溶岩汁で始まる。

 

 熱すぎるほど熱い溶岩のスープをグビッと飲み干して、大きめのロース岩肉とゴーゴータケをバリバリ食らう。そうして一日分のエネルギーを蓄えた所で、レース開始だ。

 

 ―――GO!!

 

 猛然と皆が走り抜けていく中で、余計な魔力を使わないように、ちんたら進む俺。

 

 ……あれから何日も何日もぐるぐるとレースしていて、いくつか分かったことがある。

 

 一本目のレースは慣らし運転だ。これは鉄則である。

 

 というのも、夢魔的存在であるロードの、あるいは製作者カヤバーンのおかげでこのゴロンレース会場が不思議なダンジョン的なものにパワーアップしているからだ。たぶんこれがリンクさんの記憶からロードちゃんに作られた悪夢という設定だからだろう。

 

 64時代から糞マップとして有名だったコースは、ゲームスタートと同時にある程度のパターンからランダム生成されるのだ。この時点で割と絶望的なんだが……こんなの序の口だってんだからやってられないZE.

 

 だから初回はコース確認と、そこから予想される次以降の試合のコースに向けての調整に終始し、無理はしない。

 

 俺は途中の道で特定の木に何度か頭突きをしたり、自身の最高速度や旋回速度を確認したりしながら、コースを進んでいく。

 

『一番ゴロン、二番ゴロン快調な滑り出しを見せていますゴロ! 一方かつての王者ダルマーニ三世はのんびりと貫禄の歩みゴロ! これは追いつけるのかあ!?』

 

 もう何度聞いたか分からないほど聞いたMCの実況。変わり続けるが変わり映えのしない風景。

 

 そんな限りない繰り返しの中にもう何日もいる俺だが、収穫がなかったわけではなかった。

 ちょっと、いやかなり面白い事が分かったのだ。

 どうやら今作では、妖精やお薬だけでなく特定の素材を使った食事によってHPやMPが回復するだけではなく、なんとスピードにバフがかかるということだ。

 

 遡ること数日前、色々あって崖から突き落とされた俺が頑張って崖をよじ登っている折に、腹が減ったのでつい崖っぷちに生えている紫色の巨大キノコをつまみ食いした所、リアル時間で約1分ほどいつもより動きが素早くなったのだ。ご丁寧にも視界の端にはスピードアップを示すマークまで着いていた。

 

 その後実験として、溶岩の熱と岩盤を使ってキノコを焼いてみたところ、効果時間がアップ。ロース岩肉やその辺の野草と一緒に料理したところ効果時間が更に伸びて10分まで伸びたのだ。

 

 怪我の功名とでも言おうか、さすがは転んでもただは起きないことに定評のある俺、と自画自賛したい気持ちでいっぱいである。

 

 え、何故今まで食事のバフと回復に気付かなかったって?

 ……えー、今までのゼルダはそういう強力なバフがかかる食べ物はほとんどなかったのでありまして……あー、その点につきましては反省することしきりであります。

 

 そう今までは精々ミルクやスープでHPが全快したり、攻撃力が二倍になったり、魔力が無限になるくらいで、ぜんぜん大したバフは……うん、普通にヤバいバフ出てたね。特にシャトーロマーニのHP全快かつ魔力無限はやべーわ。

 鬼神の仮面で剣ビーム撃ち放題だもん。無限カリバー出来ちゃってたもん。世界を滅ぼすラスボスムジュラの仮面があっという間に微塵切りになってたもんなあ。しかもあるステージでは魔力を常時消費して巨人になれる仮面と同時使用出来るとか、もうね。お前が世界を滅ぼす気かと。

 

 それでもそういった強力な特殊効果を持つ食糧を手に入れるには長く苦しいイベントをクリアしなくてはならず、一種のご褒美アイテムだったわけで。

 崖になんとなく生えていた変なキノコが俺にハイスピードをもたらしてくれるなんて、初見で分かるわけねえだろ、カヤバーン。腹ペコじゃなかったら食べねえよ、あんな怪しいもん。見た目は紫色の巨大きくらげだそ。

 

 しっかしそうなると俺が貰ったシャトーロマーニもHP全快魔力無限になるんかねえ。

 

 ムジュラの仮面の世界タルミナの大地を再現したこの夢世界では、リンクさんは魔力を持っている。持っているだけで使い方と言えばゴロンゴロン転がっている内に自動で魔力を少しずつ消費しながらトゲダルマになって加速するくらいしかないんだが。他に仮面もアイテムもねえから試せねえ。

 

 一方普段ハイラルを旅している方のリンクさんには魔力ゲージは表示されていない。表示されてないってことは、魔力を持っていないのか、それとも持っているけど引き出し方が分からないから使えないとかなのか。

 

 リンクさんの魔力に関しては、大妖精に分けて貰ったり、才能を開花させてもらったりと歴代作品でもまちまちなので、今作ではどうなるのか正直分からない。あるといいなあ。剣ビーム連打したり、風タクの大回転切りしたりしたい。

 

 いやまあ空に剣を掲げてチャージする、スカイウォードソードがあるんだから望み薄だって分かってるんだけどさ。

 でもあれは威力はあるけどチャージに時間かかるし、一日に一発しか撃てないしで、正直切り札というかロマン砲枠なんだよなあ。だから普段使いが出来る手ごろな遠距離攻撃が欲しいわけで。

 

 とまあそんなリンクさんの魔力事情を考えている間に一回戦が終了する。

 どうせレース中にスピード飯を作って食わねばならない都合上負けは見えているので結果についてはどうでもいい。微かに聞こえる時の歌と共に夢の中の時間が巻き戻り、再びゴロンレースが開始される。

 

『位置についてー!』

 

 二週目の開始に当たってはすることは多い。急いでさっきのレース中に作った飯を口の中に放り込み、モグモグしながら助走を開始。こちらを舐め腐って突っ立っている他の選手の間を縫うように転がり、加速をつけていく。

 

 えっ、ドーピングやレース開始前に助走をつけるのはありなのかって?

 

 ありなんだなあ、このゴロンレースでは。

 

 スタートラインさえ出なけりゃ良いので、ライン前で助走をつけて魔力を使った加速状態である棘ゴロンリンクになっておくのは、ムジュラ時代からの常識である。

 

 スポーツマンシップ? フェアプレイ精神? 

 

 そんな甘っちょろいものは溶岩にでも熔かしておけ。スープにして食ってやる。

 

 やらなきゃ、負ける。

 それだけの話なんだ。

 

 このレースでは障害物の設置や、体当たりからの谷底への情け容赦ない突き落とし、果てはレーサーの爆殺まで許可されている。助走の一つや二つでガタガタ抜かすなゴロ。

 

 一部の隙もない完璧な自己弁護を行ったところで、第二レースの開幕だ。

 

 今度こそ一位をとってこの理不尽な世界を脱出するぞ、とレース開始に飽きることなく歓声を上げる他のゴロン族に混じって、ウォオオオオオオ! と気炎を上げる。

 

『レース開始3秒前……2……1……レース開始ィイイイゴロオオオオオ!』

 

 助走によってスピードが乗っていた俺は、レース開始と同時にトップに躍り出た。

 

 最初っからクライマックス、トップスピードってやつだ。このままぶっちぎってやるぜ!

 

 意気揚々と転がる俺だが、スタートダッシュで稼いだ差は時間と共に徐々に詰められつつあった。

 俺が仮面で変身しただけのなんちゃってゴロン族なのに対して、奴らは生粋のゴロン族だ。ゴロン族のレーサーとなってまだほんのちょいの俺と違って、やつらは設定上とはいえうん十年やってんだ。馬力と初速はこっちが優っていても年季が違った。

 

 今はまだ俺がトップだが、何かの拍子であっさり抜かれてもおかしくない状態だ。

 

 気を引き締める俺に最初の試練が立ちふさがる。

 

 最初の難関は並木道。いや獣道と言った方がいいかもしれない。

 

 曲がりくねった道を埋め尽くす大量の樹木。

 

 当然ツタや葉が生い茂って視界は悪く、考えなしに無理矢理潜り抜けようものなら大木やモンスターがぬうっと出て来て無様に激突、なんてこともありえる。

 

 それを避けるように走ったら、茂みの先は急カーブで曲がり切れずに崖下へ真っ逆さま、なんてことも何度もあった。

 

 ムジュラ時代の林道に生えていたのは葉っぱの無い枯れ木で、トラップもなかったってのに、何でパワーアップしてるんすかねえ、と責任者を小一時間問い詰めたい気分である。責任者はどこか。

 

 崖下に落ちても死亡判定にならないのは不幸中の幸いだが、あの時は半日かけて崖を素手でよじ登る羽目になった。やってらんねえぜ。

 

 でもおかげでこのゲームでは崖を登れることと、紫キノコがパワーアップアイテムだという事が分かったのだ。今までのゼルダは登れなかったので、今作もそうだろうと思って試したことはなかったのだが、嬉しい発見である。

 

 何事も先入観に囚われるのは良くない。

 もっと自由な発想をする勇者に、俺はなりたい。

 

 そんなことを考えながら走る、いや転がる並木道もそろそろ終盤だ。

 

 このあたりは張り巡らされた根っこのせいで地面はデコボコしていて、そうと意識していても体が勝手に跳ね上がる。おかげでまっすぐ走ることさえ困難だった。

 

 必死に目を見開いて、文字通り瞬きの間に通り過ぎる一瞬一瞬で地形を見極め、そこから最善の道を選び取る技能が必須だ。

 

 前へ転がって、額が地面にくっつく。その一瞬の間に進行方向と道の状態を把握する。後ろを向いている間に敵レーサーの位置を確認し、体当たりされない位置取りを掴む。

 

 一度ではない。機会は高速かつ連続して訪れ続ける。

 それら全てに正確無比に反応し、身体の向きを制御することで、初めて自分の望む方向へと進むことが出来るのだ。

 

 幸いにもゴロンリンクの回転は自動というかほとんど無意識のレベルで行われるので、中の人である俺は状況の把握と旋回のための体重移動に努めるだけでいい。これで回転まで俺が意識的にやらなきゃならかったら忙しさで目が回ってしまったかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、後方から執拗に体当たりしてくるゴロンレーサーを躱して近くの木に誘導して、激突させる。

 

 君には以前のレースで何度も谷底ダイブを強いられたからな。これはささやかなお返しだ。

 本命を楽しみにしておくといいぞ。俺は心の中でニヤリと笑った。

 

 ちなみに木に激突してもダメージはないが、跳ね返されて一時的にスピードが大幅にダウンする。

 

 重たいトゲダルマが高速でぶつかっているというのに、ゴロンと樹木の双方がダメージなしというのは少々おかしい気もするが、そこはゼル伝、しかも夢時空なのでしょうがない。何の変哲もない店主が唐突に殺人光線を撃ってこないだけマシってもんだ。あれマジでゼペリオン光線ばりに必殺光線だから。

 

 とにもかくにも序盤の難所である並木道でのミスは致命的である。

 

 いやまあゴロンレースでは大抵のミスは致命傷なんだが、ここで追い抜かれるとリカバリーは本当に絶望的なので、多少スピードを落としてでもなんとかミスだけは避けて通過するのがセオリーだ。

 

 ……なんて思っていた時期が僕にもありました。

 

 そんな生温い方法をロードは、いやカヤバーンは、いやゼル伝は許容しない。

 

 全速力だ。

 

 一心不乱の全速力である。

 

 そうでもなければ追い抜かれる。

 他のゴロンレーサーも並木道を全力疾走するのである。半分くらいは木に激突したり、崖から落ちて谷底にまっさかまだったりするが、半分はそのままここを超えていく。

 

 だからこちらも全速力。直進もカーブも関係なく、全速力だ。そんでもって……

 

「ここ、だぁ!」

 

 コースの左中央に生えた木の根っこを利用してジャンピングアウェイ!

 

「あがれぇ!」

 

 全速力はこのための布石でもあった。スピードが足らないと森の木の枝の作る天蓋を突破できないのだ。

 

 森の上空を高速縦回転しながら、弾道を素早く計算して到達地点を割り出す。

 

 よし着地狩りしてくる卑劣なやつは居ない。スピード足らないと着地狩りからのお手玉コンボで、崖下一直線なんだ。

 始めてこの森脱出ルートを思いついて成功した時、歓喜に沸く俺に着地地点でよってたかって体当たりし、無慈悲に谷底に突き落としたゴロン族たちのことを俺は忘れない。スマブラかよ……と谷底で怒りと虚脱のあまり呟いたのも無理からぬ話だ。

 

 さて、厄介な森ゾーンを一足早く抜けた俺を待っているのは、ジャンプ台ゾーンである。

 

 個人的には天国か地獄ゾーンと名付けたい。

 

 というのも、ここには急な坂がジャンプ台としてY(太陽万歳)の字になって並んでおり、ジャンプ台の上にはこれみよがしに最高速度を維持するのに必要な魔力回復用の緑壺が置いてある。

 

 選手たちはここで魔力を補給し、スピードに乗ってジャンプ台から次のエリアに飛翔していくのだ。

 

 ここは一見すると癒しの補給エリアに見える。

 

 しかしここはカヤバ―ンとロードの作った悪夢のステージ。

 言うなれば地獄の一丁目二番地であることを忘れてはならない。

 

『ゴロおおおおおおぉぉぉぉ!?』

 

 着地に失敗したゴロン族が悲鳴を上げて崖を転がり落ちていく。

 

 そう、このエリアは、片方は道が続いているが、もう片方は続いていない。

 

 Yの字になった道は急な上り坂になっていて、先が見通せないので、初見ではどっちに当たるかは完全に運ゲー、2週目以降については覚えゲーである。俺も初回は見事に墜落したもんだ。

 

 魔力を回復して意気揚々とジャンプした先には道が途絶えていて、谷底へ真っ逆さま。製作者は本当イイ趣味をしている。

 

 そんなことを想いながら、坂道の途中にある魔力回復用の壺を右端から掠めるようにして獲得。左のジャンプ台から跳躍する。このパターンは左だって調査済みだぜ。

 

 もうすぐ勝負所だ。気を引き締めなくてはならない。

 

 そんなことを考えているとすぐ後ろで激しい爆発音がした。

 

 空中を回りながら後ろを注視していると、何故かボロボロになったドレスを着た小さなゴロン族が近くのゴロンを巻き込んで盛大に爆発していた。

 

 極度の集中状態にある俺にはその光景がスローモーションのように見えた。

 擦り切れてタスキのようになったドレスを着るゴロンは、目を丸くして何が起きているのか分からないという顔をしていた。

 その後、徐々に崖の下に落ちていく自分に気付き、目と口をあんぐりと開ける。

 その手は必死に宙を掻くが、重量級のゴロン族が夢とはいえ空を飛べるはずもなく、谷底へ空しく墜落していった。

 

 ……あのゴロン族、話したことはないけど、このレースに割と最初の頃からいたんだよな。新キャラだろうか。たぶん初めて第一関門の森を越えてここに来たと思うんだけど……運がなかったな。

 

 ムジュラ時代と違って、この辺の魔力回復の壺は、中央付近に壺に偽装されたバクダン花が混ざっており、迂闊に触れると大爆発する文字通りの地雷なのだ。

 だから端っこを掠めるように取らなくてはならない。あと後続は他人の爆発に巻き込まれる可能性がある上に、魔力壺が爆発で消滅して魔力補給が出来ず、じり貧になるので注意が必要だ。

 

 ちなみにバクダン花とは主に火山地帯に生息する植物であり、見た目はバスケットボール大の爆弾に、申し訳程度の花と草がついた代物だ。引っこ抜いて数秒後、あるいは衝撃を与えれば即座に爆発する。それも人の倍以上あるような岩盤を木端微塵にする勢いで。

 ……バクダン花もゼル伝では割とシリーズ通して出てくる準レギュラーなのだが、どうしてダイナマイト並の爆発を魔物でも何でもない植物が起こすのかは謎に包まれている。スタッフはホウセンカの一種とでも言い張るつもりなのだろうか……

 

 今作では先端と地面に付いた緑色の大きな葉で黒いバクダンの実を隠して魔力壺の束の中に紛れているので、緑色=魔力回復! と脊髄反射で飛び込むと、隠れていたバクダン花がコンニチワして、触れたゴロン=サンは哀れ爆発四散するのだ。サツバツ!

 

 同じ緑だからと言って魔力壺をバクダン花にすり替えておくとは、語感が似ているからと言ってマラソン選手のアクエリアス(清涼飲料)をアポカリプス(終末世界)に変えるがごとき外道行為である。製作者は愉悦部に違いない。

 

 0コンマ何秒以下の高速世界で一瞬の判断を迫っておきながら、カヤバーンは勇者に脊髄反射を許さない。脊髄反射ではなく、きちんと見て考えて反応しろ、さもなければ永遠にこの地獄をさまよえ、と言うのだ。カヤバーンマジ鬼畜。

 

 爆発してしまったゴロンたちを気の毒に思いながらも、爆発に巻き込まれなくてよかったとほっと息をつく。ジャンプ台ゾーンを走り切り、いよいよ最後のコースだ。

 

 ラストコースはギミックなしの曲がりくねった下り坂。そこを他のゴロンと共に駆け抜けていく。ムジュラ時代と違って左右に壁は無く、一歩逸れれば谷底真っ逆さまだ。

 

 ここで起こるのはレーサー同士の純粋な潰し合い。

 

 他のレーサー達が次々と体当たりを仕掛けてくるのを躱し、あるいはこちらからぶつかって、ライバルたちを文字通り蹴落としていく。その様子を大盛り上がりで見る観客たちは、もうダメかもしれんね。コロッセオに詰めかけるローマ市民かな。住民はパンとサーカスさえあれば良いんだよ!とは誰の言葉だったか。

 

 ここから先、ゴロン達は謎の加速力を得て、どんなにこっちが加速しても絶対に追い抜かれるか、連続体当たりでトゲダルマ状態を強制解除させられて谷底にダイブさせられる。

 

 フェアプレイを重視し、体当たりとかラフプレイダメ絶対の紳士スタイルを貫いていた過去の俺は、いつもここでリタイアさせられてきた。それでも頑なに紳士スタイルを維持していた俺は、この地獄のマラソンコースを延々と走っていたわけだ。

 

 意外に思う人もいるかもしれないが、俺はこういうマラソン行為が決して嫌いではないというのもある。聖杯ダンジョン血晶石マラソンとか、銀騎士男坂青舌マラソン・墓地の骨とデブ司教ファランのグルー・ダークレイスも添えて、とかも楽しくこなした男だ。別会社の別ゲーだけど。

 

 だがいい加減、このレースにも飽きた。

 リアル時間で約2週間、ゲーム時間で……えーと分かんねえけど、とにかく朝から晩まで毎日転がりまくっていたのは確かだ。回転しすぎて吐きそうになった回数も一度や二度ではない。

 

 俺に残された手段はただ一つ。邪魔するゴロンレーサーは一人残らず谷底に叩き落すことだ。

 

 勝つためには手段を選ぶのが勇者というものだが、落とされたゴロン達は別に死ぬわけではない。むしろ谷底に落ちても次のレースで普通に復帰するので、勇者に体当たりするような不届き者は遠慮なく谷底にダイブさせてやろう。

 

 時代はただの紳士ではなく、建前と本音を十重二十重に使い分ける英国紳士スタイルなのだ。

 そう決意していた俺の行動は速かった。

 最終コースの谷に入るや否や、体勢をぐっと低くして速度を敢えて急激に落とすことで、後ろで俺を風よけにしていたゴロン族に追突させる。追突した衝撃で身体が浮きそうになるが、あらかじめ重心を低くしていたので何とか耐えた。

 

 追突したゴロンは鞠のように跳ね返ってコースアウト、続いて彼のすぐ後ろを走っていたゴロン2名がそれに巻き込まれて態勢を崩しコースアウト。

 

 だが残りは俺がスピードを落としたのを良い事に追い抜いていく。

 

 脱落者を除いて暫定的に最後尾になってしまった俺だが、焦ることはない。

 脳内でGOサインを出すと弾かれたようにゴロンリンクさんが回り出し、猛スピードで追走する。ここ数週間でなんだかんだゴロンリンクモードにすっかり慣れてしまった俺です。もういくら回転しても吐き気どころか、目が回る気配すらしない。これも地味に収穫かもしれない。

 

 再び加速した俺達は時を置くことなくS字型の急カーブゾーンに突っ込んで行く。

 

「……!」

「ゴロッ!」

「……ッ!」

 

 ここまでくると地面から伝わる轟音もレーサーの罵声も観客の声援も聞こえない。水の中にいるような遠い音が聞こえるのみだ。

 

 ここでの狙いはインだ。ひたすらインを突く。絶対にアウトコースから抜かしてやろうとか色気を出してはならない。そのままコースアウトさせられるからな。

 

 案の定、外周を回っていた連中が他のレーサーによって叩き出される。ライバルレーサー同士の衝突によって生まれた一瞬の間隙を逃すわけにはいかない。

 

 ここが決め時だ。多くのライバルが消えても、俺はまだ三位。ここから全速力であと二人、なんとしても抜かして見せる。

 

 ゴロンリンクの仮面の元になったのは、多くのゴロン族に慕われる英雄ダルマーニ三世。

 ゴロンの里に吹き付ける猛吹雪を止めるためにスノーヘッドの神殿へ向かうが、猛吹雪により崖から転落し、そのまま氷漬けになって無念の死を遂げた。しかし苦しむ同胞への思い故に成仏できず、幽霊の姿でゴロン族を救う勇者の訪れを待っていた。

 

 俺の体は彼の力を、精神を、魂を受け継いでいるのだ。

 ゴロン族で一番のレーサーでもあった彼の力と意志を受け継いだ俺が、こんなところで負け続けるわけにはいかない。

 

 速く……もっと早く、もっと疾く―――!

 

 

 

 

 

『おめでとおーー!! 優勝は往年のレーサー、ダルマーニ三世!! 俺達のダルマーニ兄貴だゴロおおおお!!』

 

 うおおおおおおっ!! と観客が沸き上がる。

 

 気が付くと、俺たちは他のゴロン族の兄弟たちに肩車されていた。

 

 兄弟たちは自分のことでもないのに、とても喜んでくれていて、それが俺たちにはたまらなく嬉しい。

 

『ありがとよ、兄弟。夢の中とはいえ、俺をもう一度走らせてくれて』

 

 暖炉のように暖かい声が聞こえた気がした。それは幻聴かもしれなかったが、幻聴でも真実でもそんなことはもう関係ない。

 

 俺も満足だ。

 カヤバーンとロードの地獄のイベントを終えられて。

 ダルマーニさんの未練をほんの少しでも解消できた気がして。

 

「ゴロッ(おい)」

 

 そろそろゴロン族に別れを告げ、名残惜しむ彼らに降ろしてもらおう。正体がばれない様に彼らから離れてから、ゴロンの仮面を外そう。さっきまでならどうやっても外せなかった仮面も今なら外せる自信があった。

 

 さあ、行こう。

 

「ゴロ(あれ)!? ゴロロッ(なんでっ)!?」

 

 次に……次に……あの、袖を掴むのは止めてくれませんか?

 

「ゴ、ゴロ(こ、声)、ゴロゴロゴロ(声が出せない)?!」

 

 いや、ゴロゴロ言いながら腕をバタバタしても分からんぞ、ちびゴロン君。なんかパ二くってるらしいのは分かるんだけど。

 

 なんかのイベントだろうか?

 もう一度ここに来れるか分からないし、付き合ってあげるべきだろうか。

 

 でももう一度ゴロンレースをやってくれとか言われたらさすがに嫌だしなあ。置いてきちゃったファイさんやアニタさんも気になるし。あと緊急の要件も一段落したこったし、そろそろ牧場やトアル村の皆にも連絡を取りたい。ファイさんによると数年が経過しているらしいから、心配しているかもしれない。

 

 そんなことを考えていた俺は知らなかった。俺を担いだゴロン族たちがどこに向かっているのかを。数多くの善良な少年少女にトラウマを植え付けたあの村へと向かっていたことなど。

 



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第30話 悪夢の裏側

 ♰

 

 ……ボクがこの世界に迷い込んで、幾月が経っただろうか。

 

 回転に次ぐ回転は地獄の極卒が回す車輪の如く。

 来る日も来る日も自分の意思に反して体を回されて、時間の感覚などとっくの昔に失われていた。

 

 当初こそ夢の主導権を取り戻そうと必死に抵抗を試みたものの、顔に張り付いたナニカに力を吸い取られ続け、勇者の手の平の上で転がされまくってるボクにはもう、夢の主導権どころか自分の意識を保つのが精一杯だった。

 

 今やこの世界のボクの体は時の勇者の記憶を構成する要素の一部となり、この狂ったレースの選手として働かされ続けている。

 勇者の記憶を探るどころか、このレースから逃げることも出来ず、延々と回転を繰り返しては壁や木々にぶつかり、他のレーサーとの衝突で谷底へと墜落する日々だ。

 

 吐いた。

 吐いて吐いて吐き抜いた。

 

 胃袋の中はとっくに空っぽだ。それでも苦く酸っぱい液がせり上がって来るのを止められなかった。

 

 この世界に来て以来、ゴロン族となったボクは何も食べていない。正確には何も食べられない。

 ゴロン族は肉の代わりに焼いた岩を、砂糖菓子の代わりに砂利だんごを食べ、スープの代わりに灼熱の溶岩を飲む。

 

 今のボクの体はゴロン族だからそれらを求める。しかしボクの精神は人間だ。そんなものはとてもじゃないが食べようとは思えないし、食べられない。

 

 でも強制的にしたくもない運動をし続けているから、当然のように喉は乾くしお腹は減る。お腹が減ると体が何か食べ物や飲み物を見つけようと嗅覚が敏感になり、腐った卵を煮詰めたような溶岩や岩の匂いが鼻につくようになる。

 

 例えるなら船酔いで何日も食べていない人の横に物凄く臭いニンニクとかシュールストレミング(スウェーデン土産の塩水で漬けたニシン、凄く臭い)を何日も置いておくようなものだ。

 どう控えめに言い繕っても拷問。それがボクの吐き気をより一層強いものにしてくる。

 

 ……時の勇者は他のゴロン族に混じって平気な顔でバリバリ岩を齧って溶岩も啜っていたが、あれはあいつの頭がおかしいだけだ。どういう舌してんのさ。

 

 健啖家とかいうレベルじゃない時の勇者はさておき、ボクは身も心もボロボロになりながらもこの世界から脱出することを諦めていなかった。

 

 何度も心を折られそうになった。ろくな抵抗すら許されず、一方的に嬲られ、体を弄ばれた。

 

 だが、ボクは夢に潜み、夢を操るノアだ。

 へぼへぼだらけの人間どもやお高くとまった長耳どもとは違う。本当の神に選ばれた使徒なのだ。

 すでにそのプライドはズタズタにされ、泥にまみれていたが、何とかしてこの場を脱出して、勇者の秘密を暴いてやる。そして奴にもボクらが散々味わってきた屈辱と絶望を味合わせてやるんだ。

 

 そう叫び声を上げ続けるノアのメモリー。7千年前から続く聖戦の中で培われてきた亡霊の記憶がボクに諦めることを許さない。

 

 ボクに出来たのは、今は雌伏の時、そう思ってじっとチャンスを待つことだけだった。

 

 そしてその時はやってきた。

 

 それは肉体に引きずられるままにコースにある緑色の壺を割った時だった。

 

 なんと完全に枯渇していたはずの魔力が大きく回復したのである。

 

 ボクらは、ボクとノアメモリーは歓喜した。

 ボクらの能力は微に入り細を穿つレベルで相手の精神世界を再現する。本来はそこに色々と手を加えて相手の心をへし折っていくのだが、今回は仕込みを終える前に勇者に能力を中途半端に反射されて、この狂ったレース会場に引きずり込まれた。その上、魔力を空っぽになるまで吸い取られる始末。

 

 ボクたちノアの一族が使う能力は、才のあるやつが学べば誰でも使えるような魔術ではない。どちらかというと一族固有の超能力、異能って感じだ。それでも燃料になるものが空っぽじゃ何にもできない。ボクらは自らが編んだ夢の中に封印されたも同然だった。

 

 だが、勇者に出来たのはそこまでだ。

 ボクらが勇者の精神を読んで再現した夢の世界。

 それを改変することも、理を覆すことも、力づくで脱出することも出来なかった。奴は戦士であって、心や魂を扱う専門家じゃないからだ。

 

 だからこうして、ボクがこの夢の世界の理に則って魔力を回復させることは止められない。ほら、今また緑色の壺から魔力を得れた。視界の隅に映った緑色に何とか反応して体の向きを変えただけだったけど、それでも確かに魔力を回復できた。

 

 水を得た魚とでも言おうか。疲れた夜にシャワーを浴びた心地と言おうか。

 回転の維持に魔力をじわじわと持っていかれているが、もう少しでそれでも何とかなるレベルまで魔力が回復する。

 

 緑をあと一つ。あと一つでいい。それさえ得られれば、ボクは再び夢のノアとして生き返れるんだ。夢の支配者としてこの世界に君臨出来るんだ!

 

 そう思って砂利が目を傷つけるのも構わず必死で目を見開いていると、見えた。

 

 茶色く乾いた砂地の中に輝くグリーン。

 

 ボクらはそこに突っ込んだ。

 

 

 ……後から考えるとその時のボクたちはどうしようもない馬鹿だった。

 

 

 巨人に思いっきり殴られたかのような、全身に奔る凄まじい衝撃。目の前を覆う爆炎。

 

 息が詰まり、体が宙に浮く。四散する魔力とゴロン族たち。

 

 何が起きたか分からないまま、ボクらは墜落した。

 

 

 

 

 動けない。

 

 崖の下でボクは呻いた。

 

 さっきまで走っていたコースが豆粒のように遠い。

 

 そしてさっきまでは確かにあった魔力がない。欠片も、ない。

 

「うぐぅ、えぐっ……」

 

 この距離を落ちてバラバラにならなかったのが奇跡だとか、命あっての物種とか、そういうのは関係なかった。

 

 掴みかけた希望を自らの手でふいにした自分の愚かさに腹が立って仕方がなかったのだ。

 

 夢のノアは現実の上では不死に近い。例え相手が勇者でも、ボクの正体、そして本体を知らなければ、いくら攻撃しても蘇れる。その代わり現実世界のボクは攻撃力が低すぎて、そこらの人間ならともかく勇者にダメージなんて与えられないんだけど。

 

 だからボクは自分が最もパフォーマンスを発揮できる夢の世界で、勇者を攻撃した。実際夢の世界に引きずり込めたのだから、攻撃そのものは通用しているのだ。ダメージを与えられたかどうかは別として。

 しかし夢の世界で勝負を挑むことは、自分の正体を晒しているのと同義だ。だから夢の世界でのダメージはそのままボクへのダメージとなる。

 

 最後に見たのは恐らく爆発、それも岩盤を吹き飛ばすような強力なやつだ。その上、高い山の頂上付近から一番下まで落下した。たぶん魔力を回復させる壺の中に爆弾が仕掛けられていたのだ。

 

「ううっ……ひぐっ……」

 

 あんまりだ。あんまりにもあんまりだ。

 

 希望を見せるだけ見せておいて、あと一歩のところでそれを取り上げて、絶望の谷に突き落とすなんて、酷すぎる。そんなのってないよ。

 

 鬼だ、畜生だ、これが人間の、勇者のすることかよぉ……あ、ボクら勇者の敵だった……

 

 そんなことを考えていると、どこかで歓声が沸いていた。また一つレースが終わったらしい。

 

 ボクはそっちをぼんやりと見るともなしに見て、次の瞬間には全力で立ち上がろうと足掻いていた。

 

 優勝者は勇者リンクだった。あの緑のとんがり帽子を被っているから間違いない。

 

 ボクが設定したこの世界の最も重要な理の一つ、つまり悪夢の終了条件はこの過酷というのも生温いレースでの優勝だった。

 

 本当なら勇者だけをこのレースに閉じ込めて、ボクは高みの見物をしながら、優勝する寸前でスタート付近まで夢の時間を巻き戻してやろうとか思っていたんだけど、それは今どうでも良い。

 実際は勇者はこのレース生活をエンジョイしていて、ボクだけズタボロになってるとか本当に今はどうでも良いんだ。泣いてなんかいないぞ。

 

 問題はだ、勇者がこの夢空間から脱出してしまえば、この夢は終わるということだ。そして夢の紡ぎ手から、夢の中の一登場人物まで身を落としたボクは、このままでは夢の消滅に巻き込まれてしまう。

 

 そうなればボクはどうなるのか。消滅するだけならまだいい。いやちっとも良くないけど、最悪の結末からは程遠い。

 最悪なのはこの夢に閉じ込められ、永遠にゴロン族としてゴロンレースをし続ける人形になることだ。そしてその可能性は高い。

 

 夢のゴロンレース開催のために魔力を絞り取られ、熱気と悪臭の中でしたくもない運動をする日々を死ぬまで続けるボク。ノアの寿命は普通の人間より遥かに長い上に、夢の中の十年が現実の一分とかざらだ。つまりボクは下手すると何千年、何万年とゴロンレースをし続ける羽目になる。

 

 いやだ。

 絶対に嫌だ。

 絶対に、絶対に、絶対に嫌だ。断固としてNOだ。

 

 勇者に媚を売ってでも、無害な子供のふりをしてでも、ともかく勇者について行き、やつがこの夢を脱出するのに便乗してボクも脱出する。

 

 この件の復讐は他人の脳を通して精神を覗ける智のノア、ワイズリーが復活してから臨もう。出来れば千年公にも手伝ってもらおう。

 

 そうと決まれば、善は急げだ。ボロボロの心身に鞭打って、何とか立ち上がると、ゴロン族に肩車されている勇者のところに向かう。多少よろよろしたけど歩けたのは、癪な事だがゴロン族の頑丈な体のおかげだろう。

 

 勇者のところに辿り着き、彼の服の裾をむんずと掴む。

 

 離さない、離さないぞ。何があっても離すもんか。

 

「ゴロ(おい)」

 

 おっと、つい怒りで言葉が荒くなってしまった。もっと猫撫で声で「ねえ」って言おうと思っていたのに。

 まあ、ボクの奴への溢れんばかりの怒りを想えば、出会い頭にメガトンパンチを叩き込まなかっただけ自制できている方だよ。

 

 そんなことしようとしても、一登場人物では出来ないんだけどね! ゴロン族の子供は理由もなく、人を殴らないから、だって! 

 

 ボクゴロン族じゃねーし! ノアの一族だし! 奴を殴る理由なら一つと言わず腐る程あるし!!

 だから一発と言わず、千発位殴らせてくれてもいいんだよ?

 

 それでも役割(ロール)に反した行為は出来ませんな、と言わんばかりの自分の体にブチキレそうになりながらも、ボクは心の中でbe cool be cool と何度も唱えながらにっこり笑った。

 

 頑張れ、ボク。悪夢からの脱出がかかってるんだ。クールになるんだ、ボク。

 

 さあもう一度、そう思ったボクはふと気づいてしまった。

 

 あんまりにもボクの中で自然だったから今まで気付かなかったけど、ボク……

 

「ゴロ(あれ)? ゴロっ(アレッ)!? ゴロロッ(なんでっ)!?」

 

 ボク……ボク……

 

「ゴ、ゴロ(こ、声)!? ゴロゴロゴロゴロー(声が出せなくなってるー)!?」

 

 

 

 

 

 悲報、ボクが悪夢的レ○○に耐え兼ねて失語症になった件について。

 

 いや冗談じゃないんだけど、本当にそれ冗談じゃないんだけど!!

 

 これ下手すると悪夢から脱出しても、ゴロン族のままなんだけど!?

 

 衝撃の事実に白目を向いて口から魂を飛ばしそうになりながら、それでも頑として勇者の服を離さなかったボクはいつの間にか、勇者やゴロン族に連れられて山を下り、麓の村まで来ていた。

 

 カカリコ村、と古いハイリア文字で書かれた看板を見て、はっと我に返る。

 

 カカリコ村、そうだ。ここもボクが勇者の記憶を読んで作成した覚えがある。

 

 ここ数か月、いや下手すると数年の間、熱気と悪臭の中で身も心もシェイクされ続けたせいか、記憶が曖昧だけど、たぶんここはまだ悪夢の中だ。現実じゃない。

 

 そう、確かあの時は……

 

『地獄のレースを乗り越えても、第二第三の地獄がお前を待ってるぜ、ヒャッハー絶望しろお!』

 

 的なノリで作っていた気がする。しかも超特急で作って、後から調整するつもりだったから、内容をほとんど覚えていない。

 

 馬鹿か。

 ぶん殴ってやりたい。今猛烈に過去の自分をぶん殴ってやりたい。ついでに勇者もぶん殴ってやりたい。

 

 そして小一時間説教してやるのだ。『いいか馬鹿な小娘、勇者を侮った行動は金輪際辞めろ。奴はケダモノだ、畜生だ、レ〇〇野郎だ、近づくんじゃない。気が狂うまで転がされたいのか』と。

 

 そんな妄想をしている内に、場面は進んでボクらは墓地に来ていた。

 

 天気は曇り。今にも雨が降りそうな重い曇天。

 

 そこにどやどやとゴロン族がやってきて、墓地の一番奥まで私達を連れてくる。

 

 そして、投げた。勇者を、ついでに奴をひっつかんでいたボクも。

 

「ゴロオッ(うわぁっ)!?」

 

 墓地の一番奥、人の頭ほどの柵で仕切られた洞窟に向かって投げ入れられた。

 

 こんな時でも悲鳴一つ上げず綺麗に着地した勇者も、こんな時でも悲鳴がゴロゴロしているボクにもキレそうになりながら、立ち上がる。

 

 洞窟の中は暗い。明かりは地面に円状に設置された数十本の松明のみだ。

 よく見ると地面にはうっすらと魔法陣が描かれている。魔術を見慣れたボクも見たことの無いその術式は、黒々としていてどこか禍々しい。乾いた血のようにも見える。

 

 ふと勇者が後ろを振り返ったのに釣られてボクも後ろを見た。

 

 ゴロン達はいなかった。

 

 あれだけ騒がしかったゴロン達は、足音一つなく忽然と消えていた。

 

 

 分かってる。別の夢に来たからあいつらは消えた。それは分かってる。

 

 千年公の行うイカレた魔道実験に何度も付き合ったボクはこの程度へでもない。

 

 でも思わず服を掴む手に力が入った。

 

「怖いか?」

 

「ゴ、ゴロゴロゴロっ!(こ、怖くなんかないしっ!)」

 

 生暖かい目でボクを見ている勇者リンクに腹が立つ。頭を撫でるな!

 

 立腹に任せて、勇者の手を振り払い、ずんずんと洞窟の奥へと進む。

 

 神殿のような門をくぐり、つきあたりを右へと曲がる。

 

「あっ、ちょっと!」

 

「ゴロおおおおおおおおお(うわあああああああああ)!?」

 

 

 なんで床があるのに落ちるんだよおおおおおおお!?

 

 

 

 

 

 

 △

 

 

「起きて、起きてください! 」

 

 魂の賢者アニタが倒れ伏した緑の勇者を揺さぶる。しかし先程まであんなに溌剌としていた彼は、冷たい床に横たわったまま何の反応も返さない。

 

「ファイ様、リンクさんが……!」

 

「バイタル……安定、マスターの肉体は安定状態にあります。マスターは敵の精神攻撃を受けている確率95パーセント」

 

 肝を大いに冷やすアニタに、リンクの顔を瞳のない目でじっと覗き込んでいた聖剣の精霊ファイは粛々と診断を下す。

 

「敵の精神攻撃? この女の子は敵、なのですか?」

 

 突然現れて挨拶と同時に突如倒れ伏した黒髪の少女を見るアニタ。

 

 敵の魔法で外の世界と隔離されたこの部屋に平然と入って来たことからもこの少女が尋常な存在ではないことがわかる。

 だが、ここで無垢な寝顔を晒す少女を見ていると時の勇者を昏倒させる程の敵だとは思い辛い。

 

「イエスレディ。敵をノアの一族と断定。ノアの一族は約7000年前から我々と敵対し続けている一族です。彼女はその末裔であると判断します」

 

「7000年も前から……」

 

 ファイの口から語られる7000年前からの因縁。

 伝説に語られるゲルド族の賢者、魂の賢者となり、その知識と記憶を継承したアニタだったが、改めて自分が参加した戦いのスケールの大きさに圧倒される。

 

 それと同時に彼女の中に疑問が生まれた。

 

「でもファイ様、私は賢者として記憶と知識を先代様から預かりましたが、その中にノアの一族に関するものはなかったと思います」

 

 私の勘違いかもしれませんが……と断りを入れて疑問を呈するアニタにファイはもっともな疑問だと頷きを返した。

 

「アニタ様は魂の賢者として覚醒いたしました。しかし、とりいそぎ必要な箇所をお渡ししただけで、全ての記憶と知識を受け継いだわけではありません。記憶と知識は膨大であり、段階的な継承を必要としているからです」

 

 ファイの説明にアニタは納得した。

 魂の賢者がいつからある役職で、いったいこれまで何人いたのかはわからない。しかしファイの口ぶりからして少なくとも7,000年前から敵対しているらしいことから、賢者の数は百や二百ではきかないことは想像がつく。

 

 自分1人の記憶でさえ全て覚えているというわけにはいかないのに、いきなり数百人分の記憶を頭の中に流し込まれたら頭が弾けてしまうかもしれない。

 

 その様を想像してしまい、なんだか怖くなってきたアニタだが、ファイは顔を青くするアニタに頓着することなく説明を続けた。

 

「ノアの一族はあなた達賢者と同様に役割に応じた特殊な能力を持っています。彼女は夢のノアとして、マスターの夢の中に侵入したようです」

 

「リンクさんの夢の中に? 」

 

「イエスレディ。マスターの精神は強固ですが、夢のノアならば侵入も不可能ではありません」

 

「でも他人の夢の中になど入ってどうするのでしょうか」

 

「アニタ様はどう思いますか?」

 

 今まで立て板に水と話していたファイが急にアニタに質問をふってきた。そんなことを聞かれても……というのが正直なところだが、根が真面目なアニタはうーん、と考えて答えた。

 

「悪夢を見せる、とか?」

 

「イエスレディ、概ねその通りです。夢は意識と無意識、そして魂との境界線です。そこをすみかにする彼女にとって他人に悪夢を見せることなど、箸を持つより造作もないことでしょう」

 

「でも悪夢程度では嫌がらせにしかならないのではありませんか?」

 

 常識的な疑問をていするアニタにファイは言葉の剣を突き刺した。

 

「それが現実と区別がつかないほど鮮明で、真に迫り、永遠に終わらないものであっても、ですか?」

 

 アニタの頭に邯鄲の夢という故事が浮かんだ。

 夢が叶う枕で眠った青年は波瀾万丈な人生を歩み死んだ。だが実際には寝る前に炊いた粥さえ炊けていない僅かな時間に見た夢に過ぎなかった。

 人間の栄枯盛衰の儚さを教えてくれる故事だが、今重要なのはそこではなく、人間の一生が僅かな時間の夢に収まってしまっていることだ。

 

 物語の主人公が見たのは波瀾万丈、栄枯盛衰とはいえ基本的には出世していく良い夢だった。

 

 しかし目の前の彼が見るのは悪夢。それも現実と変わらないほどのリアルさを持つものを、延々とだ。

 

 言葉を失うアニタにファイは淡々と説いた。

 

「永遠に尽きず、終わらぬ悪夢に耐えられる人間はそう多くありません。よしんば耐えれたとしても精神力を大きく消耗し、人格に重篤な影響が出ます」

 

「もし、悪夢に耐えられなかったら……」

 

「精神は崩壊し、人格は破壊されます。その後はノアにとって都合の良い操り人形となる他ありません」

 

「そ、そんな……こんな小さな子が、そんなことをするはずが……」

 

「これまでの戦いの記録から夢のノアは自身の肉体を自由に変更出来ると推測されています。彼女が見た目通りの年齢である確率10パーセント」

 

 重い沈黙が垂れ込めた。2人共考えていることは1つだったが、具体的にはどうすればいいのかわからない。

 

「……ファイ様、彼を助ける方法は?」

 

「…………」

 

「リンクさんは今苦しんでいます。でも、このノアの少女も苦しんでいる。これってリンクさんが抵抗しているってことですよね」

 

 アニタはリンクの頭を膝の上に乗せた。少しでも楽になれば、と。

 

「イエスレディ。マスターはノアからの攻撃の際、咄嗟に剣を振るわれました。聖剣は悪しき力を跳ね返す力があります」

 

「そ、それじゃあ!」

 

「ですが、それは退魔の力を宿した真なる聖剣のみが扱える力。今のファイにそこまでの力はありません」

 

 ファイはいつも以上に淡々と説明した。

 

 勇者の武器、相棒として生まれた彼女にとって、悪しき者の封印のためとはいえ、満足に性能を発揮出来ず主人を危険に晒してしまうことに忸怩たるものがあるのかもしれない。

 

「マスターはご自身の力でなんとか引き分けまで持っていかれたようですが、このままではどこまで持つか」

 

「わ、私に何か出来ることはありませんか!? 未熟ですが魂の賢者としての力もあります! 夢が魂と無意識の境界線なら、私の職分でもあるはずです!」

 

 そんなファイとリンクを見ていられなかったアニタは思わずそう言っていた。まだ賢者としては最低限のことしかわからないが、それでも、と。

 

「……ファイも先程からずっとそれを検討しておりました。マスターとファイだけでなくあなたの魂にも重大な危険が伴いますが、よろしいでしょうか」

 

 危険を共にする覚悟はあるか?

 そう尋ねるファイにアニタの答えは決まっていた。

 

「はい。助けて貰った恩を返せぬようではゲルドの女の名折れでございます。危険の1つや2つ、どうということはありません!」

 

 アニタの覚悟をファイは厳かに受け取った。

 

「イエスレディ。あなたの覚悟に敬意と感謝を」

 

 ファイに頷きを返して、何をすればいいのか目で尋ねるアニタにファイは応えた。

 

「ではアニタ様、ゴロン族をご存知ですか」

 

「は、はい。先日も私の部屋の扉を直していただきましたし。でもそれとリンクさんに何の関係が……」

 

「ではアニタ様、ゴロン族の顔を思い浮かべて、その上にマスターの帽子を被せてください」

 

「え、ええ? わかりました」

 

 ファイの唐突なリクエストにアニタは肩透かしを食らった気分で頭の中にゴロン族の玉ねぎのような顔を想像すると、その上にリンクの緑の帽子を被せた。

 

「イメージしましたけど、ファイ様いったい何をなさるのですか?」

 

「……アニタ様はハンムラビ法典をご存知ですか」

 

「ええ、まあ。教養は私どもには必須ですから」

 

 ただの娼婦と高級娼婦、その違いは様々あるが、一番の差は見かけではなく中身だろう。教養のある金持ちの心を掴むには、こちらもそれ相応の教養が必要だ。そうでなくてもアニタはここの次期女主人として育てられている。彼女は教養と言われるものを一通り収めていた。

 

「目には目を、歯には歯を。古代バビロニアの王に倣い、夢には夢をぶつけるのが良いとファイは思考します」

 

 いまいち要領を得ないアニタに、ファイは足元に花のような魔法陣を展開しながら答えた。

 

「マスターはノアの能力を反射し、彼女が作った夢の中に彼女自身を引きずり込みました。しかし、それだけでは夢の支配者である夢のノアに勝つことは出来ません」

 

 魔法陣はファイを中心に展開し、アニタとリンク、ロードをも巻き込んで拡大していく。

 

「今の我々には、ノアに直接干渉出来るほどの力はありません。しかし今のアニタ様は、マスターの魂と繋がることが出来る魂の賢者です」

 

 ふわふわと浮きながら淡々と仕込みを済ませて行くファイ。

 

「マスターの記憶の中からノアにふさわしいものをリストアップし、その中からマスターの成長の糧になるものを選択しました。これらをマスターの心に浮かび易くすることで、ノアの作る悪夢をこちらで間接的にコントロールします」

 

 何がどうふさわしいのか、アニタは尋ねなかった。なぜならファイは見るからに目が座っていたからだ。

 瞳のない目でそれをされると、怒りの対象が自分ではないと分かっていても、怖くて仕方がない。

 

「アニタ様、ファイが曲をお伝えしますので、伴奏をお願いします。曲はゴロンのララバイです」

 

「わ、分かりました!」

 

 ファイがまず歌い、アニタが曲を奏でる。

 即興で奏でるその曲はゴロンのララバイ。タルミナのスノーピーク地方に住むゴロン族の子守り歌である。

 

 するとアニタの中にある情景が浮かび出した。寒く険しい雪山、強すぎる吹雪によって凍りつく住民たち。

 そこにやってきたのは緑の勇者。彼は志半ばで倒れたゴロンの英霊と共に、この地に巣食う怪物を退治し、問題を解決していった。

 異常な吹雪が治ったころ、ゴロンの英雄の弟が現れた。彼はゴロンの英雄に変身していた勇者を兄と思い込み、とある過酷なレースに出ることを勧めてくる。

 

 そこまで見た時、その記憶の中に違和感を覚えた。いるはずのない人物、フリル付きのドレスを着たノアの少女が群衆の中に紛れていたのだ。

 

『アニタ様、その少女の顔にゴロンの仮面を付けてください』

 

 近くにいるはずなのに、どこか遠くの方から聞こえてくるファイの声。

 しかしどうやってゴロンの仮面をつけるのか、アニタには分からない。すごい人だかりだし、そもそも自分が今どこにいるのかすらも……

 

『仮面を大砲で撃ち出すイメージで結構です』

 

 それなら簡単だとアニタは言われた通りにした。自慢ではないが、大砲でマトを沈めるのはアニタの得意技である。

 

 アニタがレース開始を告げる大砲で仮面を発射すると、ノアの少女の顔にゴロンの仮面が取り憑いた。彼女はびっくりしてとり外そうともがいているが、ツルツルと滑って外せないようだ。

 

 そんなことをしている間にノアの少女はあっという間にドレス姿のゴロン族になってしまった。レース開始と同時に走り出してしまい、悲鳴を上げている。

 

 

「誘導成功。お見事です、アニタ様」

 

 ファイの声でアニタは現実に引き戻された。

 

 膝に乗せたリンクに覆い被さるように寝ていたことに気づく。幼さと凛々しさが入り混じった端正な顔だった。慌てて距離を取る。

 

 急に立ち上がったので、リンクの頭がゴン、と床に落ちて音を立てた。

 

「アニタ様、マスターのことをもっと丁寧に扱うようファイは要求します」

 

「す、すみません、私ったら気が動転してしまって……あれ?」

 

 ファイの視線に慌てて弁解していたアニタは、自分の足で立っていることに気づいた。

 

 

「……え?」

 

 何故? とアニタは状況も忘れて呆然とする。

 

 この店の資金援助と引き換えに、とある大金持ちの老人に売られることになっていたアニタは、老人の強い希望で、纏足を施していた。

 

 纏足とは本来子供の頃から足を締め付けて、足を小さいままにすることで女性を歩けなくすることだ。浮気の防止に役立つという。

 

 アニタは今年で17を数え、既に手足も成長しきっていたが、外科手術と魔術による施術で無理矢理小さくした。

 

 海千山千の貿易商人に負けないために、自分で船に乗って各地で取引し、時には悪質な海賊船や魔物を大砲で沈めたりするなど、活発な女性であるアニタにとって、一人では動くことすらままならないのはとても辛かったが、資金援助の料金を10倍にすると言われては断れなかった。

 

『一度手術をすれば元には戻せない。分かってんのかい? もう二度と自分の足で立つことも歩くことも出来ないんだ。それでもやるのかい』

『やります。私一人の足腰程度でこの街と一族の命運が長引くのなら、それは必要な犠牲でしょう』

『……不甲斐ないババアを恨めよ』

『いいえ、尊敬してますわ。ババ様もお母様も』

 

 アニタは縁談を断ろうとする母やマホジャを説得し、渋る一族の呪医を口説き落として施術を受けた。毒を食わば皿までというわけだ。

 

 しかしその選択に痛みがなかったかと言えば嘘になる。

 

「嘘、どうして足が……」

 

 アニタの足は治っていた。痛み一つ、引きつり一つない。

 震える手で包帯を切ってみると、そこには傷ひとつない健康な足がある。

 

 一歩踏み出した。ここ数ヶ月枯れ木のように頼りなかった足は、昔からそうだったかのように、アニタをしっかりと支えてくれた。

 

 歩ける。

 たったそれだけのことだが、アニタにはそれが天の福音のように感じた。

 

「アニタ様がマスターから貰って飲んでいたミルクはシャトー・ロマーニといいます。あらゆる外傷や病を治癒し、体力と魔力を回復させ、更には数日間無限に等しい魔力を得ることが出来る、エリクサーにも匹敵する秘薬です」

 

「そ、そんな貴重なものだったのですか!?」

 

 足が治った喜びに無邪気に包まれていたアニタは、自分が何げなく飲んでいたものの正体を知って卒倒しそうになった。

 

「イエスレディ。かつてはとても貴重な品でした」

 

「そ、そんなものを御厚意で頂いていたなんて……! 」

 

 本物のエリクサーなど、そんな下手すると小国が買えてしまうようなものを貰ってしまったら何を返せばいいのだろうか。

 

「いけませんでしたか?」

 

「だって当家にはお支払いするものがもう何も……」

 

「ご安心下さい。それは試供品です」

 

「こ、こうなったら母様と私とマホジャを纏めて、いやいっそのことこの店と街ごとリンクさんに……え?」

 

 破れかぶれにもういっそのことこの店と街の権利をリンクに売ることすら考えていたアニタは、信じられないことを聞いて思わず固まった。

 

「それは試供品です。マスターがお世話になっていた牧場で余った牛乳を頂きました。マスターが持っていると腐らない上に品質が上がるので」

 

「…………え?」

 

「アニタ様、何か問題がありましたか。ファイにはアニタ様は心拍数が少々高い以外特に問題は見受けられませんが」

 

「ではあの、これは無料?」

 

「イエスレディ。マスターは元より、ファイも店主もお金を取ろうとは思っておりません」

 

「な、何故ですか!? エリクサーにも匹敵する回復薬なんて、市場に出せばどれほどの値がつくか」

 

 エリクサー級の秘薬など、最初こそ信用されないだろうが、効果が確かだと分かれば、我先にと世界中から客が買いに来るだろう。末代まで遊んで暮らせる額が集まるはずだ。

 

 どうにかその商売の片隅にでも身を置かせてくれないかと、アニタがつい考えてしまっていると、ファイは当たり前のことを言うように言った。

 

「マスターは商売に興味がありません。マスターは勇者ですから」

 

 空は青い、とでも言うかのように、むしろ何故アニタが動揺しているのか不思議そうに見ているファイを見て、その下で眠っているリンクを見て、ストン、とアニタは腰を下ろしてしまった。

 

 一族とかお金とか、なんだか自分がとても小さく見えてしまった。それとどっと疲れた。スケールが大きすぎるのも考えものである。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「あーいえ、何でもありません。リンクさんの件に戻りましょう」

 

 でも絶対この商売には食い込もう。心に決めたアニタである。

 

「イエスレディ。このままでも夢のノアを倒せるかもしれませんが、念には念を入れるべきです」

 

「具体的にはどうなさるおつもりですか?」

 

「……古の時代、ファイを最初に手に取ったマスターが受けた女神の試練サイレンを再現しようと思います」

 

「ファイさんを最初に手に取った、初代時の勇者様と言うことですか?」

 

「そうとも言えるでしょう。もっともあの時代にその名はまだなかったのですが」

 

「でも一度解いた試練では、リンクさんなら楽々突破してしまうのでは?」

 

「イエスレディ、ファイもそこを懸念していました。あまりに簡単に突破されてしまうとノアへの精神攻撃にもマスターの心の成長にも繋がりません」

 

「では、リンクさんやファイさんの記憶にある難しいダンジョンやモンスターを組み合わせて見てはどうでしょうか」

 

「良いアイデアです、アニタ様。早速実行しましょう」

 

 闇のノクターンを始めとするいくつもの曲を合わせた変則的な曲が奏でられ、それは夢の中で実を結び、彼らの現実となった。

 

 彼らの多大な苦労は約束されたも同然なのだが、賢者になったばかりな上に情が深くて天然なアニタと、感情というものに疎い上にファイ自身がマスターに抱いている理想がエベレスト級に高いことを理解していないファイは、リンクのためになることだからと真剣に取り組んだ。

 

 

「完了です。アニタ様」

「はい、ファイ様もお疲れ様です。」

 

 一仕事終えた顔で、汗を拭うアニタ。魔法の音楽を通して人の魂や夢を扱う繊細な作業故に多大な集中力を要したのだ。

 

「あの、途中で予定より多く曲目を増やしましたけど何だったのでしょうか」

 

 ファイの魔法陣の中にいる間、アニタとファイの心は繋がり、以心伝心も同然となる。だから途中で曲目をファイが増やしても、アニタは対応出来た。

 しかし御歳ほにゃらら歳の聖剣の精霊と今日生まれたばかりのひよっこ賢者とでは、霊格に差がありすぎる。ファイが明かさなかった情報を知ることは今のアニタには無理があった。

 

「曲の途中、マスターの心に強く語りかけてくる魂をいくつか検知しました。いずれもマスターのご友人で、賢者候補です。彼女たちはマスターとコンタクトを取りたがっていたので、彼女たちの精神も夢の中に誘導しました」

 

「え!? それって大丈夫なんですか?」

 

「マスターなら問題ありません」

 

 ファイはリンクをこれ以上ないほど敬愛しているが故に、やや過大な期待をかけていることに気づいていなかった。毎回それに応えてしまうリンクも悪いのだが。

 

「そうですね、リンクさんですもんね」

 

 リンクと数千年も一緒にいる精霊が言うならそうなのだろう。アニタは納得して、引き下がった。

 

 この瞬間、闇の神殿の中でロードを連れてサイレンしながら、賢者候補の少女たちを救出し、彼女らの願いを叶えるという、難易度インファナルのミッションが発令された。

 

 なお、ロードの妨害により、井戸の中を調べられなかったので、闇の神殿探索に必須の『まことのメガネ』は得られなかったことを追記しておく。

 



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第31夜 ミッションインポッシブル

「ゴロおおおおお!?」

 

 闇の神殿っぽいところに来たと思ったら、ちびゴロンくんがいきなり落下した件について。

 

 あー、ここ手元が見えない位薄暗いし、あるように見えて踏むとすり抜ける幻の床とか、逆に見えない床とかギロチンとかいっぱいあるからなぁ。

 

 しっかしなんでまたゴロンレース場を降りたらカカリコ村があるんだ? 

 レース場があるのはハイラルとは別の世界、あるいは大陸、時代であるタルミナのスノーヘッド地方だ。

 一方カカリコ村はハイラルにあるデスマウンテン、その麓にある。

 両者には一応ゴロン族と高い山という共通のファクターがあるが、逆に言えばそれくらいしかないし……さすが夢時空、謎だ。

 

 ってそんなことを分析している場合か!

 

 すぐさま飛び出して後を追い、キャッチ&リリースを試みる。最近ゴロンレースのおかげで高速思考が出来るようになった気がする俺です。

 

 ーーードゥウウウン

 

 ちびゴロン君は子供とはいえ、岩石を食べて岩石を纏うゴロン族。

 人間とは比べ物にならない位重いはずだが、まだゴロンの仮面を纏ったままの俺はゴロン族特有の岩をも砕く腕力で彼を崖から引っ張り上げることが出来た。

 

 でも今の音はなんだ?

 ダクソで敵にパリイを決められたかのような嫌な重低音だったが……混沌ダガーはやめてください死んでしまいます。

 それにどこか空気が変わった気もする。何というか、今までは神殿そのものが眠っていたかのような静粛な空気だったのに、今は完全に起きてしまっているような……

 

 ハイラルの血塗られた歴史そのものである闇の神殿を覚醒させるとか、嫌な予感が止まらない。絶対、ロクな事が起こらねえだろ。

 

「ゴロゴゴロ(手を離せよ)」

 

 何が来ても対応出来る様に、ちびゴロン君の手をしっかりと握っておく。この子せっかく助けたのにすげえ嫌そうにしているが、無視だ無視だ。構ってられん、壁を背にして周囲を警戒。

 

 ここは雰囲気が暗いダンジョンの多い64ゼルダの中でも屈指のホラースポットである闇の神殿。出てくる敵も糞モブの宝庫と言ってよい。しかもムジュラと混ざってるっぽいからそっちから出る可能世もある。

 

 誰だ、誰が来る。

 

 ゼル伝界のゾンビ枠リーデッドか、同じくミイラ枠のギブドや骸骨枠のスタルフォスか。

 人面蜘蛛のスタルチュラや、空から壁から地面から迫り来る妙にリアルな生手首フォール(フロア)マスター、地面から生える手首たちの親玉デドハンド、などなど個性的でイカレタメンツがここには揃っている。

 

 正直どいつもこいつも戦いたくない連中だ。現状リーチの短い拳と体当たりくらいしか攻撃方法がないというのに、どいつもこいつも容易に近づけないか、そもそも近づいたらアウトな連中ばかりだ。

 

「っ!」

 

 だからだろう。

 フォールマスターやフロアマスターなど、一撃必殺の奇襲攻撃を旨とする連中を警戒していたからこそ、初見でそれを躱すことが出来た。

 

 とっさにちびゴロン君を連れて前転。

 

 一瞬遅れて、背後の壁の中から反り返った片刃の二刀が突き出され、周囲を滅多切りにする。更に攻撃の終わり際の隙を埋める様に、壁の中から重厚なメイスが突き出され、振るわれる。追撃を危惧して壁から離れていた俺たちにも猛烈な風が届くほどの勢いだ。

 

 歪な形の曲刀は石壁をバターのように切り裂き、メイスが壁を木端微塵にする……こともなく、メイスと曲刀はまるで実体がなかったかのように石壁に傷一つつけていなかった。

 

 そして、そいつらは現れた。

 

 壁の中から、ぬうと現れるローブ姿の3体の巨漢たち。

 

 まず現れたのは、鳥の翼をモチーフにした仮面の如き顔が二つ。仮面の中心には三つの円と三角形が一つあり、どこか子供が描いた絵のような素朴な顔だ。

 続いて現れた体は、神聖さと同時にどこか独善的な雰囲気も醸し出す白金のローブを纏っており、白地に金模様の反り返った刃を持つ大曲剣を両手に携え、互いに剃り合わせている。

 

 ローブ姿で曲刀の二刀流の彼らは、どことなく、ムジュラのイカーナ地方にいた亡霊忍者ガロを思わせた。

 

 そしてとりをつとめるのは、白と金を基調にしたフルプレートを身に纏い、セブンのウインダムみたいな兜を被り、手には刃渡り数メートルありそうな巨剣ともメイスとも言えるものを持つ大男だ。

 

 亡霊忍者風な他の二体と違い、こちらは重鎧騎士タートナックを思わせる。白と金、灰色の意匠からして聖騎士とか、クルセイダーとか、そんな感じ。別に攻撃が当たらなかったり、

 キャベツに打たれて悦んだりはしないだろうけど。

 

 

 で? 君たち、誰?

 

 もしかして味方かな……いやねえか。

 なんか無機質でロボットみたいな感じだし、目が赤く光ってるし。赤目は基本、敵である。ゼル伝以前にRPGの常識。

 

 それにこちらに近づくに連れて、心臓の鼓動のような重低音が響いて来るのだ。近づけば近づく程強く、早くなっていく。こいつはやばいと否が応でも分からせてくる。

 

 選択肢は3つ、進軍か、迎撃か、撤退か。

 

 進軍……は無理だ。

 何しろ幻の床と見えない床を見分けるアイテム『まことのめがね』も、ちびゴロン君が落ちた大穴を超えて向こう岸に渡るための『フックショット』もない。

 それにこれまでの経験上、幻の床と見えない床の配置が64時代と変わってるかもしれない。となると進軍するには、フックショットとまことのめがねを取りにカカリコ村へ戻るか、何らかの方法で道の有無を地道に検証するしかないだろう。くっそ、ほんと楽させてくれねえな。

 

 迎撃は……パスだ。そもそも武器がねえ。

 

 敵は特大剣二刀流が2人と打撃系特大剣が1人、両方とも何らかの理由で壁抜けが出来る上に、狭い通路なのに武器が引っかかったりもしない。

 

 対してこっちの攻撃は、ゴロンパンチと体当たりだけ。こんな狭い上にどこに落とし穴があるか分からん状況では、ゴロン得意の高速移動タックルは使えないので、体当たりはその場でやるやつだ。おまけに戦闘出来無さそうなちびゴロン君まで着いて来る。

 

 状況はダクソ3で例えるなら、輪の騎士の双大剣持ち2人と大槌持ち1人を同時に相手取り、デーモンナックルとボルトのないスナイパーワロス(体当たり用)だけを使って、狭い足場の上でシーリスちゃんを守りながら、重量過多のドッスンローリングのまま初見撃破するようなものだろうか。なお相手は落下死しない上に、スタブもパリイも取れないものとする。

 

 うん、無理!

 TASさんや達人勢なら出来るかもだけど、少なくとも一般的なゼル伝プレイヤーである俺には無理。相手のモーションは分かんねえし、足場も不安定、戦闘中のちびゴロン君の挙動も不明だ。

 

 つーか、見るからに拳と体当たりで挑んで良い敵じゃねえだろ。

 

 あんな大型武器持ち三人相手に、威力だけはあるけどリーチが糞雑魚ナメクジのゴロンパンチで挑んで良いわけない。火山帯出身のゴロン族と違って、雪山に適応したゴロン族の腕は正直短いのだ。たぶん、カタリナックル先輩にリーチも回転力も余裕で負けるレベルである。

 

 となると、選択肢は撤退しかない。ダンジョン内のモンスターはダンジョンの外に出られないので、ちびゴロン君を連れて急いで戻ればなんとかなるかもしれない。

 

 俺は反転しながら丸まり、敵に背を向け、全力疾走を開始した。

 

 ちなみに会敵から、逃走まで、僅か0.1秒である。

 ゴロンレースで否応なしに鍛えられた即決即断力(促成栽培)が光るぜ。

 

 だが、敵も追撃してくる。

 

 速い。

 

 特大剣持ちは巨体ゆえに一歩が大きく踏み込みも深い、双大剣持ちは空中を滑る様に飛んでくる。しかも彼らは障害物をすり抜けてくるのだ。障害物を避けなきゃならない俺は不利となる。

 

「ゴロおおお(ぬわあああああ)!?」

 

 一緒に回っているちびゴロン君が悲鳴を上げているが、構っちゃいられねえ。

 

 あんなアイクさんやらガッツさんやらが使うようなデカい剣でぶん殴られたら、ぺしゃんこになってしまうかもしれない。ゴロンの英霊ダルマーニ三世の力を纏ったリンクさんはなんとかなるかもしれないが、ただの子供のゴロン族では無理だ。挽き玉ねぎみたいになってしまう。

 

 加速加速加速。

 

 幾度もの旅を経て晴れてゴロン最速となった俺たちは、レースの経験を活かして狭く長い通路をスイスイと進む。

 途中、透明な出っ張りに引っかかってバウンドし、危うく天井から突き出た針山に串刺しになりかけて肝を冷やしたが、こっちも魔力でヤマアラシみたいにトゲだらけだったおかげで、無事天井の針でバウンドして事なきを得た。

 

 ゼル伝で良かったな、ロックマンだったら死んでたぞ。

 

 無駄に偉そうな謎の声が聞こえた気がしたが、気にしない。ロックマンだって針山に無敵になるアーマーを着れば大丈夫だから。ガイアアーマーとかシャドーアーマーとかさ。

 

 でも俺達は無事だったが、デカい音をたてまくってしまったからか、どうやらモンスターたちを起こしてしまったようだ。

 

 寝そべっていた床から立ち上がるリーデッド。天井から突っ込んでくるファイアーキース。

 真っ先に突っ込んできたファイアーキースは、火を纏っているとはいえ体は脆弱な蝙蝠なので、トゲゴロンの回転に巻き込まれてやっつけることが出来たが、問題はリーデッドだった。

 

 見かけはやせこけた骨と皮しかない茶色のハゲの死体だ。

 その正体は土で出来た人型の魔物、あるいは呪われた人間の死体である。

 

 動きはゆっくりだが、こいつはゼル伝でもトラウマになっている人の多いモンスターだ。それ相応の理由がある。

 

 リーデッドが絹を裂くような悲鳴を上げ、こちらを見た。腐り落ち、落ち窪んだ眼孔の中から血のように赤い光がががっが。

 

 その瞬間、強制的に俺達の時間が止まる。

 

 一種の邪視、なのだろうか。

 これについては身体を麻痺させているという説と、俺達の時間や空間を止めている説があるが、どうやら今作では後者のようだ。

 

 だって俺達バウンドして空中にいる状態で止まってるし。体が麻痺したら地面に叩きつけられるはずなのに、空中に浮いたままだし。ついでにちびゴロン君も空中で硬直してるし。

 

 ともかくこのイヤーな悲鳴からの視線で動きを止める。というのが、リーデッドとギブド共通にして最大の能力だ。見かけが怖くて、体力も地味に多くてタフってのもあるけどね。

 

 で、そのおっとろしい顔で迫ってきて、だいしゅきホールドしてくるってのがこいつの最大の脅威。主に怖さとかキモサ的な意味で。徐々に一番近い位置にいるちびゴロン君に近づいてくる。ちびゴロン君、顔がむっちゃ引きつってるぞ。

 

 しかもこのイヤーな風切り音、足元に出来る小さな手形の影。

 フォールマスター来てんなー。捕まるとダンジョンの入り口とか、牢屋に入れられるやーつ。入り口はともかく、牢屋は最悪詰むからな。捕まるわけにはいかん。

 

 いやー生前は男性だったか女性だったか、あるいはその中間だったのかは知りませんが、俺達死体に抱きつかれて喜ぶ性癖は持ってないんですよ、だからお引き取り願いますパーンチ。

 

 硬直が解けるのとほぼ同時に繰り出される上空からの炎のパンチで、敵の目線を顔ごと地面に釘付けにする。昔は一回攻撃してもすぐまた視線で硬直させられてたけど、今ならこういうことも出来るわけだ。戦闘の自由度が上がったのを改めて感じるねえ。

 ほんとなら昔の恨みもこめてこのまま釘パンチ体勢に移行してまっくのうちしたいが、無理だ。後ろからガッションガッション音を立ててタートナックもどきが走ってきてるし、シャキンシャキンと刃を研ぎながらゴールデン亡霊忍者が迫ってきてるし、フォールマスターの影がいよいよ濃くなってるしで、諦めざるをえない。

 

 もう一度、丸まってダッシュ再開である。

 

 そのすぐ後ろに、どさっと落ちてくる。テカテカした黒くて大きい生手首。フォールマスターだ。

 フォールマスターはまるでGのようにカサカサと地面を高速で這って追って来る。リーデッドに負けず劣らずキモイ。虫唾が走るわい。

 

 そんなこんなを躱しながら、入り口付近まで戻って来た俺達だったが、そこでまた一つ衝撃を受けることになる。

 

 入り口が、閉まっとる。

 

 正確にはシーカー族の意匠が描かれた闇の神殿の門は開いていたが、カカリコ村の墓地に繋がる道を塞ぐ謎の柵が出来ていた。青白い棒が何十本も地面にも天井にも突き立てられており、カカリコ村に行けなくなっている。

 

 どうする? 

 絶望している暇はない。Uターンして引き返すか、それともあの柵を強行突破するか?

 

 考えるまでもねえか。

 どのみちこの神殿の安全な攻略にはカカリコ村のフックショットとまことのめがねが必須なんだ。だったら敵陣を強行突破するより、あの謎の柵を勢いそのままぶっ壊す方がいいだろう。壊れなかった時は壊れなかった時だ。

 

 万歳突撃を敢行しようとした時、俺に誰かが語り掛けて来た。

 

『マスター、マスターリンク、聞こえますか』

 

『ファイ!』

 

『マスター、このまま魔法陣に飛び込んでください』

 

『魔法陣……あれか!』

 

 俺が転がりながら入り口を見渡すと、門のすぐ近くの台座を中心に描かれている魔法陣が青白く輝き出していた。魔法陣の上に配置されている多数の燭台の炎も一斉に青白く変わっていく。

 俺達がそこに文字通り転がり込むと、魔法陣から青い光が立ち上り、俺たちを囲むように壁となった。

 それと同時に赤くひりつくような空気が終わりを告げ、夜の帳が降りたかのように、―しんっとした空気に包まれた。

 

 どうやらファイさんが結界のようなものを張ってくれたらしかった。すぐそこまで迫っていた巨漢剣士たちも、化け物たちも砂の像が夜風に吹かれて消える様にいなくなっていた。

 

 流石は退魔の剣の精霊が張った結界だ。魔を祓うのはお手の物らしい。

 

『助かったよ、ファイ』

 

『いえ、マスターのしもべとして当然のことをしたまでです』

 

 この誇らない淡々っぷりが頼もしい。個人的にはファイさんはしもべじゃなくて対等の友達とか仲間とか、相棒だと思っているんだけど、この点については何度言っても彼女も譲ってくれないんだよなぁ。一応今回も駄目元で言ってみるか。

 

『ファイ、前にも言ったけど俺は君の事をしもべじゃなくて対等な相棒だと思ってるんだ。だから君も自分をそんなに卑下しないで欲しいんだけど』

 

『貴方はファイのマスターです。マスターの想いは大変光栄ですが、ファイはマスターに永遠の忠誠を定められ、またファイ自身もそうと誓った身。ご容赦ください』

 

 うーん、これである。

 あんまり言うと部下に慣れあいを強要する上司みたいだから、これ以上は言わんが……もうちょっと打ち解けたいな。

 そんなことを話しながら魔法陣の中心にある台座の上に移動する。魔法陣を踏んづけて文字が消え、結果魔法を維持できなくなるなんて展開は嫌なんでね。

 時のオカリナでは闇の神殿の門を開けるためにここでディンの炎使って、燭台に火を付けったけなあ……ボンファイアーリット。ここをキャンプ地とする! 

 

『マスター、そのようなことを話している時間はありません。ファイは今アニタ様にマスターとファイの魂の結びつきを強化してもらって話しかけています。アニタ様の集中力は無限ではありません』

 

『了解。手短に必要な情報交換をすませよう』

 

 俺達は情報交換を始めた。その結果、予想通りのことがいくつかと、予想外のことがいくつか出てきた。ここが俺の記憶からロードが作った悪夢の世界だーとか、そのへんは予想内だったんだが……

 

『え? ごめん、もう一回言ってもらって良い』

 

『イエスマスター。夢のノアを撃破するには、現状では夢の世界で戦うしかありません。故にマスターの記憶からいくつかふさわしい記憶をリストアップし、その中からマスターの成長の糧になるものを選択しました。これらをマスターの心に浮かび安くすることで、ノアの作る悪夢をこちらで間接的にコントロールしました』

 

『あ、うん。そこは良いんだ。いやそういうことは事前に教えて欲しかったけど、そんな時間なかったし。で、ファイはその後なんて言ったかな』

 

『マスターソードを鍛える旅の中で受けた女神の試練サイレンを再現しました。ですが一度突破なされた試練ですので、ノアへの精神攻撃とマスターの心の成長のために、アニタ様の提案で、マスターとファイの記憶にある攻略が困難なダンジョンやモンスターを組み合わせることになりました』

 

 ファイ……アニタさん……君たちは俺に何の恨みが……

 いや良いけど。彼女達が善意でやってるのは分かるし、マスターソードを作った勇者の試練の追体験とか、けっこうロマンあるしね。問題はこの先なんだ。

 

「また儀式の途中で、マスターの心に強く語りかけてくる魂をいくつか検知しました。いずれもマスターのご友人で、賢者候補です。彼女たちはマスターとコンタクトを取りたがっていたので、彼女たちの心も夢の中に誘導しました」

 

 いやいやいや、ここ闇の神殿だぜ。ハイラルの闇、欲望と怨念の溜まり場だぜ?

 血だらけの拷問用具とか、ギロチンとか、処刑用の道具とか、アイアンメイデンとかで一杯だよ。壁とか一面塗りこめられた死体だし。敵は幼児にも、下手したら大人でもトラウマになること請け合いのアンデッド系列ばっかりだぞ。

 

『ファイ、君はなんてことを……』

 

 何でこんな所に大切な賢者候補の心を連れてきちゃうかなあ!?

 

 シリーズ経験者の俺だって、リアルになった闇の神殿にかなりブルってるってのに、賢者候補の子を連れてきちゃうとか、ダメでしょ。ダメダメ。何がダメってもう全部ダメ。

 

 しかも俺の友人で賢者候補って……トアル村のリナリーちゃんじゃん!!

 

 初めて森で出会った時のこわごわと俺を見上げていた顔。みんなと遊ぶ楽しそうな顔、落ち込んでしまった母親を慌てて慰めていた顔、賢者になることに不安そうな顔、父親の背中で幸せそうに眠る顔。

 

 彼女の様々な表情が俺の中に去来する。暖かで普通な、俺達勇者が守るべき光景だ。

 

 あたりを見回す。眠っているとはいえ、リーデッドが隠れ潜み、壁一面に死体が塗り込まれ。さっきのよく分からんマッチョ霊どもが潜んでいる。俺達勇者が正すべき場所だ。

 

 こんなところに子供が来るべきじゃない。一刻も早く助け出さなければならない。

 

『マスター、怒っていますか?』

 

『ああ、正直怒っている。マスターとして言うが、君は今回許されないミスをしたと思う』

 

 いくらいつもお世話になってるファイさんでもちょっと今回の所業は許せない。

 

 何が許せないってこんな陰湿で危険極まりない所に、あんな普通の家の子供を連れて来たのが許せん。

 

 俺が危険な目にあったり、大変な目にあって苦労するのはいいんだ。

 

 だってそれは俺が望んでやってる苦労だからな。

 

 勇者やってるのも、極論すれば運命とか宿命とかというより、俺がやりたいからやっているだけだ。昔から人の不幸は見逃せない性質でね。何とかしたくなっちゃうんだよ。

 

 でも、リナリーは違うだろ。彼女はたまたま賢者の家に生まれたから、賢者候補になっただけだ。そこに深い意志や覚悟はなかったと思う。焚きつけた俺が言うのもなんだが。くそっ。

 

『だけどファイ、この件については後で話そう。賢者候補はリナリーの他に誰を呼んだんだ』

 

 今はともかく時間がないから、必要最低限のことだけしか話せない。

 

 思考を切り替えろ。

 さっき、ファイは賢者候補たちって言ったからな。そこは聞き逃さんぞ。

 

『イエスマスター、黒の教団アジア支部からミス・テワク、ゾーラの里からプリンセス・ルト、竜の島からミス・メドリです』

 

 ……ツッコミどころが多すぎる。ちょっとー、時系列の合ってない他作品の方がいましたよー。救助対象多すぎでしょ、常識ねえのかよ……

 しかも黒の教団って確かホーモー紳士ルベリエさんとかがいるちょっと怪しい宗教団体では? なんでロンロン牧場にいたはずのテワクちゃんがそこの、しかもアジア支部とかいうところにいるんだ?

 

『テワクが何で黒の教団、それもアジア支部なんかに……それに今回ルト姫とメドリ嬢に会った覚えはないが……』

 

 今回、はな。ルト姫は時のオカリナで、メドリちゃんは風のタクトで、一緒にダンジョンを攻略した仲だ。確かに彼女たちは友達で賢者に覚醒していたが、それは今作の話ではない。

 

 そもそも今作の時系列は不明だが、トアル村のツリーハウスやアイアンブーツ的に考えて、トワイライトプリンセス後だと思う。だから風のタクトの時系列には繋がらないはず……あ、でもラインバック船長いたしなあ。

 あいつも風のタクト時系列の人間だし……実はここは風タク時空? 

 それともただのセルフオマージュなのだろうか。なんかいまいちスッキリしないから、たぶんまだ解いていない謎があるのだと思う。

 

 ま、彼ら彼女らはとても魅力的な人物なので登場してくれるのは素直に嬉しい。

 

『詳しい事情は不明です。直接の情報収集をお願いします』

 

『了解。直接聞いてみるよ。他に話すべきことは?』

 

『サイレンのルールは覚えておいでですか』

 

『覚えていない。最初から教えてくれ』

 

 こっちは知らないから教えてください。

 

 そしてファイの口から語られる心の試練サイレンのルール。ざっくりまとめるとこんな感じだ。

 

 1. リンクさんの心の器を満たすひかりのしずくを指定個数集めてくること

 2. 武器や防具、アイテムなどの持ち込み、使用は一切出来ない(ゴロンリンクも解除済み)

 3. 敵の攻撃に当たったら俺の心は砕け、即死する

 4. 死んだらこの魔法陣の中に自動で戻って来る。その際、手に入れたしずくはなくなり、元あった場所に配置される

 5. すべてのしずくを集め、心の器を満たすことでリンクさんの心が成長し、女神の宝具を使う資格を得る。

 

 ……なるほど、うーむ。うーむ……(玉ねぎ感

 

『けっこう、いやかなりきついね』

 

 極めて控えめな表現です。

 

『マスターなら何の問題ありません』

 

 ア、ハイ。

 

 ノータイム即答だった。前々からちょっと思ってたけどファイさんの忠誠と信頼が重い……

 いやいくらご褒美があっても、このルールで闇の神殿突破はきっついと思うんですけど……

 つか、まことのめがねもフックショットもオカリナも剣も盾もなしで、闇の神殿攻略とか……初手からして詰んでね?

 あんな長い穴どうやって超えるんだ? ジャンプでどうにかなる距離じゃねえぞ。風車地帯も体を重くしないと吹き飛ばされるし、ホバーブーツないと渡れない足場とか、まことのめがねがないと見えない動き続けるリフトとかあったと思うんですけど……

 

『マスターなら何の問題ありません』

 

 ア、ウン。ソウデスネ。ファイさんまじスパルタ二アン。心身を7年凍結とかよりはマシだけどさあ。

 

 まあでもゼル伝なんだし、なんとかなるだろ。解答が絶対に用意されているのが良いゲーム。ゼル伝はいつだって良ゲーなので、なんの問題もない。情報を整理し、気楽に素早く、クールに行こう。

 

 まずお姫様方の救出は最優先。

 こっちは攻撃出来ないから、基本スニーキングミッションで。お姫様たちがどこにいるか分からないから、あたりをつけて片っ端から調べていくしかない。夢幻の砂時計や大地の汽笛のファントムがいる神殿を思い出すな。

 そこから考えると、たぶんだけど、攻略の糸口はやたら多い救助対象にあると見た。NPCと協力していく系のダンジョンアタックだな。

 

『これは心を鍛える試練なので、マスターの心が折れない限り何度でも挑むことが出来ます』

 

 ファイさんが安全を保障してくれた。

 

 これはあれじゃな?

 不死人や火のない灰のように、死んで覚えろってことじゃな(名推理

 不屈の精神と死に慣れで理不尽を捻じ伏せろ的なサムシングを感じる。

 

 まあ一度だって死ぬ気はないんですけどね。だって夢の中の出来事なはずの夢島だって、一回でも死ぬとマリンちゃん(メインヒロイン)海の藻屑エンドだし。あれはほんとトラウマになるでぇ。

 

 それに考えたくないけどこのファイさんすら、ロードの作った悪夢の中の偽ファイさんな可能性も大いにある。その場合、心が死んだから本体も死亡でゲームオーバーとかされそうで怖い。あとこれがデスゲームだったら頭レンチンされて死んじまうぜ、はっはっは。天下の任〇堂にあるわけないか。

 

 でもゼル伝は何があるか分からんから、俺も味方も死なないのが一番だ。どこでどう死亡フラグが立つか分からんからね。あるいはもうすでに死亡フラグが立っている可能性もあるが、そいつは確かめようがない。

 発売からあんまり日も経ってないから攻略wikiとか充実してないだろうし、そもそも俺、年単位で詰んでるとかじゃない限り、攻略サイトとか見ないからなあ。

 

『そろそろ時間のようです。マスター、ご武運を』

 

『了解。ま、なんとかしてみるさ』

 

 お姫様の救出も、愛剣の期待に応えるのも、勇者の仕事のうちってね。

 

 闇の神殿のノーデス・ノーリセットサイレン、頑張っていきまっしょい。

 



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第32夜 ミッションインポッシブル2

 △

 

 サイレン。

 それは女神に選ばれし勇者だけが入れる精神世界の修練場。

 一切の装備とアイテムを縛り、敵の攻撃に一発でも当たれば負けになるシビアな精神世界で、自身の心を鍛える試練らしい。

 ダンジョン内には15個の「しずく」が隠されており、それを「心の器」の中にすべてはめ込むことで、試練クリア。晴れて、この悪夢世界から脱出出来、ご褒美に神器を貰える(たぶん

 

 なんつーか、あれよ。

 このゲーム持っていない人は、ムジュラの大妖精の破片集めやトワプリの光の雫集めだ。あれをノーデスノーダメ縛りでやれば大体あってる。

 

 追加ルールとしては主なものは3つ。

 1つめは地面や壁に咲いてる白い蓮の花みたいな「光の実」を取ると30秒間、しずくのある場所に光の柱が立つってこと。

 

 これはものごとの真贋を見抜くまことのめがねも心眼も持っていない俺にとっては救世主的な存在で、これが入り口近くにあったおかげで、廊下の片隅でひっそりと透明化した箱の中にある「しずく」とかいうくっそ分かり難いものを発見することが出来た。

 

 たぶんこれ、「この神殿にはこういう透明化したしずくがある。各々注意して探すように」っていうカヤバーンからのメッセージというか、注意勧告というか、そういう捻くれた優しさだよね。今はありがたく受け取っておこう。

 

 2つめにサイレンの世界の中では守護者(例の金ぴか三銃士だ)が俺を倒そうとひたすらつけまわしてくる。もう超能力おまわりさん並にどこからともなく現れる。スタアアアアップ!!

 でもこいつらにも弱点がある。入口の魔法陣の中にいる間と、しずくを取って約90秒間は活動を停止するってことだ。こいつらは地形をガン無視して突っ込んで来てはスタミナとか知った事か言わんばかりに大剣ブンブン丸と化すので、大変ありがたい仕様である。カヤバーン、有情!

 

 ただし、注意しなくてはならないのは、しずくを取れば確かに守護者は停止するが、リーデッドなどのモンスターは停止しないっていことだ。さすがにファイさんの張った結界魔法陣の中にいる時なら大丈夫なんだが、しずくを取ってもモンスターには関係ないらしく、いつも通りに俺を攻撃してくる。

 そして厄介なことにモンスターに見つかると、守護者に無線通報でもしてるのか、即座に守護者が殺しに来る。やっぱりあいつら超能力おまわりさんだよ。スタアアアアップ!!

 

 こうなってしまうと、別のしずくを取るか入り口の魔法陣まで戻るかの2択である。しずくがあればいいが、なければ時間を停止された状態で即死攻撃の乱舞を回避する無理ゲーに挑むか、さもなくば魔法陣まで戻るしかない。

 

 そして3つめの追加ルール。

 退魔の魔法陣は確かに、守護者だろうがモンスターだろうが追い払うことが出来る。しずくと違って時間制限も回数制限もない。まさに退魔の陣、まさに篝火的な安全地帯!

 

 だが乗るたびにモンスターの敵意や配置をリセットしてくれる代わりに、手に入れたしずくまでリセットしちゃうのだ。苦労して崖から突き落としたモンスターももれなく復活するおまけ付きである。まさに時を司るマスターソードの精霊が作った魔法陣! ショッギョ=ムッジョ!

 

 っていう、シビアを通り越してもはやマゾなんじゃないかっていう仕様もあって、意気揚々と闇の神殿攻略に乗り出した俺たちは、早速暗礁に乗り上げていた。

 

 俺はこっそりと目の前の空洞を観察する。隅から隅まで、だ。

 

 わ、渡れねえ。

 神殿に入って最初の角を右に曲がったところにある巨大な穴、あるいは深い溝とか谷とか言うべきものがデカすぎて渡れないのだ。

 

 VRゲームになって上がったリンクさんのジャンプ力でゴリ押しさせないためとはいえ、この穴、いくらなんでもデカすぎ&深すぎだろ。

 

 こんな断崖絶壁がどうして神殿内にあるんだ。空でも飛ぶか、梯子でもかけなきゃ使いづらいだろ。盾も爆弾もねえから大ジャンプも使えねえし、まったく常識ねえのかよ……

 

 しかもスイッチとか、見えない足場とかを探してると、すーぐあの金ぴか三銃士がやってきやがる。こっちはもうゴロンパンチすらない完全な生身なので、そのたびに撤退するしかないのだ。おかげで調査が遅々として進まない。

 

 マリオ的に考えると、モンスターか何かを空中に投げて、それを足場にジャンプして……って感じなんだけど……リーデッドは近づくとザ・ワールドからのだいしゅきホールドしてくるし、キースは燃えていて持てないし、フロアマスターは作品によっては触っただけでダメージ受けたり、牢屋にINしたりするしなあ。

 

 こっちは1ダメージも受けちゃなんねえってのに、向こうはタッグマッチしてくるわ、スタンド能力使ってくるわ、不公平だぜ。

 

 特にリーデッド、お前だよお前!

 

 金ぴか三銃士は守護者とかいう明らかにボス格というか、海王の神殿のファントム枠というか、そんな感じの強モブ感があるから、壁すり抜け奇襲も特別に良しとしよう。

 

 フォールマスターのテレポーテーションからのキャトルミューティレーションとかいう極悪コンボもかなり有罪だが、数は一体しかいないから、特別に執行猶予をくれてやる。

 

 だが、リーデッド! てめーはダメだ!

 お前ら数も体力もやたら多いゾンビ枠のくせに、視線だけで時空間停止とかいう糞強アビリティ持ってんじゃねえぞ!

 今どきなあ、無双系主人公やライバルだって、時間停止能力はチート過ぎて大概一日数回とか、一度使うと長めのインターバルを挟むとかするんだぞ。そうでなくても時空間系能力は主人公とかラスボスとかが持つ特別な能力のはずなのに、数頼みのゾンビ枠がさも当然の権利のように時間停止を連打してくるとか……

 

 しかも一体に見つかったら大声を上げて仲間を呼び寄せて、攻撃手段すら持たない俺たちに集団で時間停止能力連打してくるって……ほんと闇の神殿は地獄だぜ! フゥハッハッハアーー!

 

 でも、こういうのって生きてる実感が湧いて来るから俺、好き!

 

 とでも言うと思ったかブァーカ、大っ嫌いだ!(ドイツ伍長感

 

 ……ふぅ、一通り愚痴を叫んですっきりした。

 

 いや、リーデッドの時間停止、フォールマスターのテレポーテーションアタック、黄金三銃士の壁抜け斬り、この即死コンボで死に掛けること幾星霜。これくらい心の中で叫んでもバチは当たらんと思うの。

 善意とはいえ、こんなステージを作っちゃったファイさんとアニタさんは後で俺に優しくすることを要求する。

 あっ、大本の原因であるロードとカヤバーンは焼き土下座か、リーデッドにだいしゅきホールドされる刑ね。ライクライクにモグモグされても良いぞ。お尻ぺんぺんでも可。たぶん今頃、腹を抱えてゲラゲラ笑っているだろうし、それぐらい良いだろう。

 

「ゴロっ、ゴロロ(ぷぷっ、いい気味だね)」

 

 次に問題なのが、こいつ。なんでか後をついて来るちびゴロン君。

 

 こいつときたら来るなと言ってもついて来るくせにデッカイ音立ててせっかくのスニーキングをパアにするわ、モンスターに捕まりそうになったらこっちの身を盾にしてでも助けなきゃならないわで、大変なんだ。

 

 何度言っても離れてくれないし。闇の神殿が怖いのは分かるけどさあ。もう一回言ってみるか。

 

 膝を着き、ゴロン君の目線で話しかける。

 

「なあ、ゴロン君。この神殿から出るには君の協力が必要なんだ。手伝ってくれないかな?」

 

「ゴロ(やだ)」

 

 ぷいっと首を横に振るゴロン君。

 

「じゃあ、手伝うのはいいから、安全なここで待っていてくれないかな?」

 

「ゴロー(べー)」

 

 あっかんベーするちびゴロン。

 

 こいつ、非協力的すぎぃ!?

 

 そのくせついて来て邪魔だけはするって、君はいったいどこのナターリアだ! あるいはジャンゴか! 悪い事したトリーとでも言ってみろ!

 

 なんなん、手伝わないけど、足手まといにはなるってなんなん!?

 

 ったく、玉ねぎみたいな間抜け面しやがって、腹立つわー。

 

 君のおかげで毎回、モンスターに見つかるわ、騒いで他のモンスターを呼び起こすわ、毎度対処するこっちは大変なんだぞ。

 

「ちょっとくらい手伝ってくれてもバチは当たらないぞ」

 

(ぷい)

 

 アアアア! 可愛くねえ。

 ゴロン族♂のツンデレとか誰得だよ。こいつの場合、ツン100%だから、ますます可愛くない。

 

「せめてこの安全地帯にいてくれないか?」

 

(ぷい)

 

 こいつ……はあ……せめて来るなら来るで、なんかの役に立たないかなぁ。

 

 体が重いからスイッチの押し役に!

(スイッチが)ないです

 

 ちょっと外道だけど囮に!

(すぐこっちに来ちゃうので使え)ないです

 

 もういっそ踏み台に……

(出来るけど、踏み台の使い道が)ないです

 

 うーむ、こいつは難問だ。

 

 味方NPCに体力は設定されないのがゼル伝の伝統だが、神トラのゼルダ姫護衛ミッションのように例外もあるしなあ。

 

 それに振り回してハンマーの代わりにってのは流石に可哀想だし………ルト姫みたいに安全が保障されていれば使うんだけど……

 

 うーん、あっいいこと考えた。壺を集めてこの子を安全地帯の台座に拘束しよう。

 

 風のタクトとかトワイライトプリンセスとかで使われた、動き回るNPCを任意に移動させたり拘束したりするための小技だ。

 俺一人ならコッソリ行って、崖の壁に張り付いて移動できるかもしれん。

 

 こいつは妙案だ。さっそく実行することにした。

 

 

 

 ♰

 

 この陰気な神殿に来てはや数時間が経った。

 

 拷問道具とか死体とかが溢れる暗い雰囲気の神殿とは対照的に、ボクの機嫌は有頂天だった。

 どうやらボクは大きな、とても大きな誤解をしていたみたいなんだ。

 

 ボクは勇者リンクがボクを嵌めたと思っていた。

 だってそうじゃないと、突然ボクがゴロンゴロン回された理由が分からないからね。あ、思い出したら急速に気分が悪くなってきた。よし、こういう時は……

 

「ゴロー!ゴロゴロゴー!(ウワー、転んじゃったー!)」

 

 大声を上げながら大げさに転び、足をばたつかせる。ツボをひっくり返して、更に大きな音を出してやった。

 

 すると先程までボクの前で、足音を殺し、姿勢を低くしていた緑の勇者がすっ飛んで来た。大慌てでボクを立ち上がらせるが、もう遅い。

 

 ぎゅぴーん、と目を赤くして壁の中をすっ飛んでくる仮面の戦士たち。起き上がる土気色の死体たち、飛んでくる火のついた吸血蝙蝠。

 

 勇者はその対応に大わらわ。ボクはその様子を近くで見ながら、大爆笑ってわけ!!

 

 はあー、心が洗われるようだ。命の洗濯ってこういうことを言うんだね。

 

 どうやら勇者リンクはボクが子供のゴロン族だということに気付いていない。あるいは気付いていても助けざるを得ないようなのだ。

 

 ゾンビたちの邪視により変なポーズで空中に縫い留められた勇者は必死の表情で、足先だけ動かして飛んでくる蝙蝠を躱したり、首を捻ったり腹を引っ込めたりして仮面の戦士たちの斬撃を潜り抜ける。ボクはそれを高みの見物だ。

 

 ボクは精神の専門家だからね。恐怖で怯えた顔をしながら、心の中では腹を抱えて大笑いなんて容易い事なのだー。

 

 あと魔物は基本的に近くのやつを襲うから、注意を引いた後は少し離れていれば襲われない。ノアのボクから頑張り屋の勇者リンクくんに、特別ワンポイントアドバイスだよ♡ 

 

 あ、ボクゴロン語しかしゃべれないんだ、ごめーんね♡

 

 うーん、でもなんだかリンクの奴、もう攻撃に慣れてきたのか。危うげなく避け初めて詰まらなくなってきたなあ。

 

 よーし、ここは夢を作って幾星霜。

 ドリーム☆マイスターなボクが特製のスパイスを効かせてあげよう♡

 

「ゴロー、ゴロロ―ゴロゴロ-!(ウワー、敵が来たーこわいよー!)」

 

 大声を上げてわざとゾンビの大群の方に走る。当然、邪視にやられて硬直する体。

 

「ゴロー、ゴロゴロー!(きゃー助けてー、勇者さまー♡!)」

 

 すると勇者リンクは決死の表情ですっとんできては、ボクの体を肩車して、入り口に向かって全力ダッシュを開始した。魔物を追いつかせない猛ダッシュである。

 

 ヒュー、さすが勇者様だー。いざって時はすごいねえ。頼りになる~。まさに、ナイト!

 

 感謝の気持ちを込めて、なんかゴロン化を解いて以来、背が伸びて大人になった勇者の頭をポンポンと叩く。

 

「ゴロゴロー、ゴロゴロー(ありがとう、ボクのナイト様♡)」

 

 じゃあ、あと一万回くらいしようか(ゲス顔

 

 何回目に死ぬかなー♪

 

 

 

 ボクを担いで拠点にしている魔法陣に帰って来た勇者は、しばらく何かに耐える様に虚空を睨んでいたが、ゆっくりと膝を着き、ボクの目線に合わせると穏やかな声で話しかけてきた。

 

 いやー、こうして間近で見るとこいつホントイケメンだよねー。

 

 たぶんすげー苛ついてるだろうに怒鳴り散らしたりせず、足手まといの子供のために膝を着いて目線を合わせるところなんか、今どき中々出来ることじゃない。お姉さん的にポイント高いぞー青年。

 

「なあ、ゴロン君。この神殿から出るには君の協力が必要なんだ。手伝ってくれないかな?」

「ゴロ(やだ)」

 

 でも、意地悪は止めてあげなーい♡

 

 ぷいっと首を横に振るボク。ボクを頷かせたければ、飴を一年分持ってくるんだな。あとイチゴの乗った美味しいケーキもね!

 

「じゃあ、手伝うのはいいから、安全なここで待っていてくれないかな?」

 

「ゴロー(べー)」

 

 あっかんベーするちびゴロンことボク。

 

 ゴロン族の玉ねぎみたいな間抜け面でやると威力倍増だろー怒れ怒れー。君は敵じゃない幼児には手を上げられないタイプだってことは、お姉さんにはお見通しなのだー。

 

「ちょっとくらい手伝ってくれてもバチは当たらないぞ」

 

(ぷい)

 

「せめてこの安全地帯にいてくれないか?」

 

(ぷい)

 

 困り果てた様子のリンク君。うんうん、その位の方が見た目相応で可愛いぞ~。

 

 ああ、愉快、愉快。

 

 相手の夢に侵入し、相手が絶対に手を出せない奴に変身して、相手の心を弄ぶ。

 

 夢のノア、かくあるべし。

 

 そう標語にして飾りたいほどのボクの八面六臂の大活躍に、ボクの中のノアメモリーも非常に満足気だ。猫ならゴロゴロと喉をならしているだろう。

 

 さーて、次はどんな意地悪をしてやろうかなぁ。

 

 ん? なんだリンクの奴、部屋の四隅に猛ダッシュしたと思ったら、壺をかき集めだしたぞ。

 

 何をしているのか、不思議に思って眺めていたら、壺をボクの周りに重ねだした。

 

 ? 何がしたいんだろう。バリケードのつもりなのだろうか。

 

 一通り重ねて満足したらしく、勇者は頷き「ここで待ってるんだよ」と言って、風のように去っていった。

 

 おいおい、アホのゴロン族とか非力な人間ならともかく、夢のノアのボクにそれはちょ~っとお粗末じゃないかなあ。

 

 これはボクを舐めてますね。間違いない。

 ボクの許可なくボクをペロペロするなんて。やれやれリンクにはきついお仕置きが必要なようだ。

 

 こんな壺の塔なんてボクの念動力で……あ、今ゴロン族だから使えないや。いやーすっかり夢のノアに戻った気分だったから、忘れてた。

 

 でも今は元の姿に戻れないことなんて気にならないくらい気分がいい。だから勇者への刑は全治10年くらいにしてやろう。ボク優しいなあ、アイツなら全治100年とか言い出すところだろう。

 

 ボクはさっさとゴロン族の腕力で塔の山を叩き壊すと、勇者の後を追った。この身体の欠点は一杯あるけど、その一つは空も飛べなければ足も遅いってことかな。

 

 その代わり地面を凄い速度で転がって走れるけど……やめよう。あれはボクの中ではなかったことになっているんだ。美麗で可憐なロードちゃんは、泥にまみれてゲ〇なんて吐かない。吐かないんだ……

 

 ちょっとトラウマを思い出して軽くゲ〇りそうになりながら走っていると、やっと勇者に追いつくことが出来た。

 どうやら勇者リンクは壁に張り付いて進むという体力勝負の力技に出たようだ。夢の中でも体力勝負とは、君はつくづく脳筋だなあ。

 

 ふむ、ところでリンク君。

 

 ボクは君に日頃の感謝を込めて贈り物をしたいと思っているんだ。

 

 ボクだって鬼じゃないからね。して貰ったことへのお礼はたっぷりと、それはもう嫌というほど、たっぷりじっくりとしてあげようと思うんだ。

 

 ここに君が置いて行った壺の山の一部があるんだけど……これを君にあげたらどうなるかな。

 

 うーん、どうなるかなあ。ボクあたまがわるいから、あげてみないとわかんないなぁ。

 

 ということで~、ぽいっ~と。

 

 バリーンっ!

 

 勇者の足元で壺が割れ、静寂の中に甲高い音が響き渡る。それと同時に、例のギュピーンって音がして、周囲の空気が赤く染まった。

 

 これは……くるぞくるぞ~

 

 何が起こったのか察した勇者が全速力で、向こう岸に進みだしたけど、もう遅い。

 

 突如、勇者の右手の在った場所から剣が生えてくる。

 

 リンクは慌てて手を引っ込めたが、今度は左足のあたりから刀が生えて来て、それを避けたら今度は首元に……それらを上下左右に体を振って躱していくリンクはまるで虫かなんかのようで……くくく。あはははははは、あふふ、なんだあの動きっ。あははバネみたい。はひっ、笑いすぎてお腹痛くなってきたよっ。

 

 壁の中から十重二十重に攻撃されて、必死に避けまくるリンク。その姿は死に掛けのセミという言葉をつけて額に入れて飾っておきたいくらいだ。

 

 ああ、最高だ。

 

 今、ボク、すっごく充実してる。

 

 ―――トントン

 

 なんだよ、今いいとこなんだ。邪魔すんなよ。おおっ、すっごい連続ブリッジだ!? あんな躱し方があったとは……

 

 ―――ぺたぺた

 

 うっさいな!! 今良い所って言ってん、だ、ろ…… 

 

 

 ……え? 

 

 振り返ったボクの視線の先にいたのは、リーデッドたちの山、そしてその奥からやって来る得体の知れないうぞうぞした穴のついた柱だった。

 

「ゴロぉ!?(っひぃ!?)」

 

 なんだあれ!? なんだこれ!? 

 

 パニックになりかけたボクは気づいた。

 

 魔物は一番近くの敵に襲いかかる習性がある。

 

 勇者は向こう岸に渡るために壁に張り付いているのだから、当然ボクがいる側のモンスターというモンスターは全部ボクの方に来る計算に……

 

 やっとそのことに気づいたボクは必死に動くか、声を上げようとしたが、邪視の数が多すぎてピクリとも動けない。その隙を突くかのように、ゆっくりと一歩一歩近づいて来るリーデッド。

 

 ムゥウウウウウウ……

 

 ムゥウウウウウウ……

 

 リーデッドたちの唸り声の合唱が響く。駄目だ、目玉一つ、指一本動かせない。

 

 徐々に近づいて来るリーデッド。見たくもない死相がドアップになる。

 

 カサカサに乾ききった茶色い肌、すえた雑巾のような匂い、眼球の無い眼孔の群れが、こちらを無感情に見つめている。

 

 こ、こんなはずじゃあ!?

 

 このままじゃ、せっかくゴロンレースから抜け出せたのに、ゾンビどもに生きながらにして永遠に食われ続けることになる。そんなのやだよ!

 

(助けて勇者様!)

 

 今回はマジ、マジだから!

 

 って心の中で叫んでも、件の勇者様はボクが仕掛けた罠のせいで、黄金の剣士とバトルの真っ最中だ。とても助けに来れそうにない。

 

 自分で仕掛けた罠で自分の首を絞めるとか、ボクは馬鹿か! 学習しろよ! 

 

 でも勇者を苛めるの、すっごく楽しかったんだもん! しょうがないじゃん!!

 

 しかし現実(悪夢)は待ってくれない……

 

 ――――ウゾゾ、ゾゾゾゾ……

 

 なんかどんどんキモイのが近づいて来るんですけど!?

 

 緑黒白青赤黄色、絵の具をぶちまけて混ぜ合わせたような汚い色の、穴の開いたうねる柱がこれまたゆっくりと這うようにして近づいて来る。

 

 こ、これに食われると、たぶん、永遠に消化され続けることになる……のか?

 

 や、やだー!

 そんなのいやだー!

 

 勇者リンク! いや、リンクさん! いやリンク様ぁ! 早く助けてー!! なんとかしてー!?

 

 謝るから! 壺投げたり、わざと足を引っ張ったりしたことも謝るから!! ね? ね?

 

 必死に祈るボクの祈りが通じたのか、ボクの頭がぐわっしと掴まれた。

 

 そのままゆっくりと持ち上げられていく。

 

 かなり痛いが、生きながら消化されるよりマシだ。

 

 ああ、怖かった。

 でもリンクが来たならもう大丈夫、そう思って上を見ると……

 

 ……え?

 

 それは黒々としていた。濡れたようにヌラヌラテカテカしていた。

 

 それはまさに生手首だった。

 

 ボクの頭より遥かにデカい手が、ボクの頭を鷲掴みにしてふわふわと浮かんでいる。

 

 ってこれ、リンクが言ってたフォールマスターじゃん!?

 

『いいかい、ゴロンくん。フォールマスターに掴まっちゃいけないよ。彼らに掴まるとどこかへ連れ去られてしまうからね』

 

 勇者に言われたことが脳内に蘇る。まるで森に入っちゃいけないよとでも言うような口調だったが、言っていることは子供だましではなく、本当のことだったのだ。

 

 本当のことだったのだ……じゃない!

 それを言った当の本人はどこだ。

 って、なんか腕が翼みたいになってる女の脚に掴まって空飛んでる!? 

 

 おい自分だけ助かるんじゃない!!

 

 そんな女に構ってないで、ボクに構ってよ! 

 

 ボク連れ去られる、連れ去られちゃうからぁ!?

 

 そう思った瞬間には、出てきた時と同じ位の唐突さで放り出された。

 

「ごろぉ!?(ぷぎゃ!?)」

 

 は、鼻打った……痛い……

 

 涙目のまま痛みをこらえて起き上がると、そこは牢獄だった。

 窓のない石造りの部屋で、一方には鉄格子が嵌められている。鉄格子の向こうは悪趣味な船が赤い川の上でつながれていた。

 ボクは牢屋に転移させられたらしい。出口は土で塗り固められている。

 

「鎧女、妖精女、鳥女のお次はゴロン族、いやゴロン族もどきゾラ……アイツ、わらわがちょっと目を離した隙に女を作りすぎゾラ……」

 

 あと、イルカと人を混ぜ合わせたような種族、ゾーラ族がアンニュイなため息を吐いていた。

 

 どういう状況なんだよ、これ……

 

 

 

 ♰

 

 

「マスター、ご武運を……アニタ様、通信を切っていただいて結構です」

「はい、では……」

 

 アニタは目を閉じたまま、弦を一つ弾く。するとリンクとファイを覆っていた緑の光が揺らめき、すうっと消えていった。

 

「……魂の賢者によるマスターの魂との繋がり(リンク)補助(アシスト)、停止を確認。初めてにしては上々と言える戦果です。アニタ様」

 

「……はあ、はっ、はあっ。はい、ありがとうございます」

 

 ファイの淡々とした賞賛に、アニタは息も絶え絶えに答えた。

 アニタ自身は今まで自覚していなかったが、勇者の魂の記憶に干渉したり、聖剣との繫がりを強化補助したりするために、ほとんどトランス状態に近いレベルで集中していた。

 

 まるで深く潜水した後のように、いや実際に勇者の魂という深淵に潜った後ゆえに、心身魂が野生の息吹(ブレスオブザワイルド)を求めていた。ほとんど消耗し尽くした呪力を回復させようとしているのだ。

 

「アニタ様、闇雲に息を吸うのは非効率的です。目を閉じ、あなたの中にある旋律に耳を傾けてください」

 

 ファイの忠告に従ってアニタは自分の心の中にある曲に耳を澄ませた。聞こえてくるゲルドの砂漠に誘う歌。どこか懐かしく、物悲しい風のような旋律に耳を傾けているうちに、自然と彼女の呼吸は整えられていった。

 

「バイタルの安定を確認……アニタ様、気分はいかがですか」

 

「……はい、大丈夫です。これが……私の呼吸なのですね。今まで意識したこともありませんでした」

 

 アニタは海と港町で生きてきた人間だ。ゲルド砂漠は遠い憧れと郷愁の場所であり、実生活とはほど遠い。その砂漠の風がこれほどまでに自分の中に根付いていたことに驚きを隠せない。

 

「イエスレディ。貴方の中に息づく(かぜ)が、あなたを導くでしょう。今までも、これからも。大切になさってください」

 

「はい……ご指南ありがとうございます」

 

 また一つ魂の賢者としての階段を上がった、アニタは神妙に頭を下げた。

 だが、それはそれとして、先程からずっと気になっていたことを聞くことにした。

 

「ですがよろしかったのでしょうか。リンクさんはだいぶお怒りのようでしたが」

 

「賢者候補たちの魂を闇の神殿内に導いたことですか」

 

「はい。リンクさんのお怒りから察するにだいぶ危険な行為のようでしたが……」

 

 自分の安全にあれほど気を使ってくれたファイにしては、あの判断は非情というか、らしくないとアニタはリンクたちの話を聴いてからずっと思っていたのだ。

 

「ファイは問題ないと分析しています。既にマスターはあの時点で夢のノアを大幅に疲弊させており、95%無力化していました。マスターへの負担はほぼないに等しいでしょう」

 

「そ、そんなにですか。リンクさん、さすが手が速いというか、なんというか……」

 

「マスターは迅速な対処をしたまでです。さらにマスターのいる夢の世界と我々のいる現実世界では時間の流れ方が異なっていることも原因に上げられます」

 

「なるほど……」

 

 またしても一炊の夢理論。夢の中での時間はまさに光陰矢の如しというわけだ。

 

「また賢者候補の方々は既に何らかの方法で非公式にマスターの魂との繫がりを得ているようです。それゆえに彼女達は夢のノアの攻撃に巻き込まれていました」

 

「そんなことが起こっていたのですか!? で、でも、非公式につながりを作る……そんなことが可能だったなんて……」

 

 新米とはいえ魂の賢者たるアニタには、勇者と魂のつながりを作り、それを維持することがどれだけ困難か分かっていた。それも魂の賢者として勇者と聖剣に許可を得てやっているアニタさえ、百里先から針の穴を通すような繊細な作業を求められるというのに、それを専門外の者が許可を得ずに出来るなど、どれほどの才能の持ち主だと言うのだ。

 

「可能か不可能かと問われれば、可能です。ですが非正規の繫がりゆえに守りが甘く、夢のノアの攻撃に巻き込まれていました。それにどうやら賢者候補たちは非常に熱心にマスターに祈りを捧げていたようです。恐らく火急の要件があったと推測。あのままノアが作りかけた悪夢の中を彷徨い続けるより、マスターに引き合わせる方が良いと判断しました」

 

 アニタの疑問にファイは推測混じりながらも真摯に答えた。こういうことは勇者のナビゲーターとして造られた彼女にとって得意分野である。

 

「そういうことだったのですね……でもどうしてそれをリンクさんにお伝えをしなかったのですか」

 

 聴いてみれば納得の理由だっただけに、どうしてファイはそれをリンクに伝えなかったのかアニタは尋ねた。そうすれば彼女はマスターの無用な怒りを買わずに済んだだろう、

 

「アニタさまの呪力と集中力が切れそうでしたので、他の重要な案件を伝えることを優先しました」

 

「あっ……も、申し訳ありません!」

 

 原因がまさかの自分であったことに、アニタは赤面して頭を下げた。さっきから気付かない内に他人に治療を施されたり、庇われたりと不甲斐無い自分が嫌になる。

 賢者として、ゲルドの女として、もっと精進せねば。アニタは心の中でぐっと両手を胸の前に構えて誓った。

 

「いえ、マスターが夢から目覚めた後に説明すれば良い事です」

 

「そ、そうですよね。夢から醒めた後に……」

 

「夢から、醒めれればいいデスネェ♡」

 

 朗らかな老人の声が、会話に割って入って来た。

 

 はて、老人などこの部屋にいただろうか。

 

 そう思うアニタの頭上に、不意に黒々とした不吉な影が差す。

 

 思わず空を見上げたアニタが見たのは、まさに怪物だった。

 

 派手な蝶の飾りが付いた黒いシルクハット、うさぎのように長く尖った耳、ネズミのような前歯、冗談みたいに太った腹が白い燕尾服を押し広げている。

 そんなユーモラスな体型だというのに、紳士的な丸眼鏡の奥には隠そうにも隠しきれない冷たく歪んだ殺意と憎悪、嘲りと罵倒、憤怒と狂気、あらゆる負の感情が滲んでいた。

 

 そして賢者たるアニタにも測ることすら出来ない莫大な力を纏い、その両の手には、黒塗りの刀身に大人の身の丈ほどある十字架をあしらった異形の巨剣が、断頭台の斧のようにふりかぶられている。

 

「こんばんは勇者諸君♡ そして、さようなら勇者諸君♡」

 

 AKUMAの製造者にして、絶大なる力を持つノア一族の首領。世界を終焉へと導くもの。

 

 千年伯爵が、そこにいた。

 



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