境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~ (フォレス・ノースウッド)
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シンゴジ公開前特別篇 - ゴジラの休日

ゴジラご本人様が休日を楽しみながらシンゴジについて考えてぼやく短編です(オイ

別に本編の中身は伏せといていいから、もっと熱の入った宣伝してよ……


特別篇 – ゴジラの休日

 

 

 6月のあくる日の休日、俺こと黒宮澤海は某所の海岸にいた。

 海面は澄んだ青で泳ぎ甲斐があるんだが、ここはサメがよく出るってんで、遊泳禁止区域で人もほとんど来ない。

 俺はそんな心地いい潮風の吹く場所で、空気と一緒にイタリアンシガーの紫煙を吸い込みながら、葉巻の先端で銀色の杭に青い火を点けて砂浜に突き刺していた。

 こいつは人払いの結界の効果がある異界士たちには重宝されているアイテム、情報屋兼こういった稼業に関わる品も売る彩華からちゃんと現金で買った。

 これで半日はいわゆる一般人が来る心配はない。

 何をしているかお分かりだと思うが、俺はこれからサメがわーわーいる海を遊泳する気満々である。

 怖くないかって? 何を怖がる必要がある。

 

 だって俺は、吾輩は――〝ゴジラ〟である。

 

 むしろサメたちの方が怖がって近寄らない。

 

「さ~てと」

 

 準備は完了、せっかくなので。

 

「変身」

 

 と、言ってみて、俺の体は光に一度包まれたのを経て、身長18メートルほどのゴジラに〝変身〟した。

 どっちかと言えば変身型の光の巨人みたく〝本来の姿に戻る〟なのだが、細かいことは気にするな。

 

「ガァァァァァーーーーオォォォォォーーーン!」

 

 久々なので、鳴いてみた。

 作品で言えば、84年版からVSギドまでの頃、やっぱこの鳴き方がしっくり来る。

 その気になれば初代様やギャレゴジのも含めてほぼ全作の鳴き声を発せられるが………字にすると全部同じ文字になってしまってあんま変わり映えしないのが残念だ。

 さすがにあの〝暴走時〟の苦痛混じりのはやろうと思ってできるものではないが。

 

「――――ッ!」

 

 初代様寄りな重低音が効いたのをもう一鳴き声吐き、敢えてハルさんっぽい歩き方で、俺は海の中への入った。

 

 遊泳禁止になるだけあって、サメはいるわいる。

 案の定、本能で俺のヤバさを感じ取ってそそくさと離れ、こっちを刺激せぬよう一定の距離を保たせていた。

 いい心がけだ、生物として正しい判断だし、怪獣は怖がられてナンボである。

 俺も俺で、うっかり彼らをこの海域から追い出さぬよう留意しながら、ゆったりと泳ぐ。

 結界の効力は夜遅くまで持続するし、今日は遠出してみるか、海岸から離れすぎて迷ってしまったなんて心配はいらない。

 今でも俺の体には地球の地磁気を感知する磁性体――コンパスがあるので、出発地点に真っ直ぐ戻るくらい造作もないのだ。

 しばらく群青色の海中をうつ伏せ向きに進んでいた俺は、仰向けになり背泳ぎ風の体勢になって海面を見上げる。

 

〝ぽわぁ〟

 

 口から感嘆の泡(いき)が出て、海面に昇っていく。

 いつ見ても、海の中から見る太陽の光は美しい………純然たるゴジラだった前世の頃から覚えていた感情の一つだ。

 陸上に上がった恐竜の身から、水中でも生存できるようにある意味〝先祖帰り〟したこの黒い身体も、捨てたものじゃないなと、四本指で真っ黒な自分の手を見た。

 

「………」

 

 って………、何で溶岩の如く赤く発光して、ケロイドの如く焼け爛れた表皮な新たな〝同朋〟を今頭ん中で思い浮かべてんだ?

 どうやら俺も、熱狂的ファンたちと同じくまんまと焦らされているらしい。

 来月の7月の末になれば、ようやっと新たなゴジラ映画――〝シン・ゴジラ〟が公開される。

 なのに6月に入って2か月切っても、秘密主義とは聞こえはいいけど、何か出し惜しみをされている。

 300人体制のフル稼働でポスプロ中なのは聞いているし、予告で見せる情報は制限して、実際に劇場に来た観客をアッと驚かせて、新鮮な衝撃を突きつけたい目論見も分かるが…………某エ○ァとのコラボ除いて、いかに劇場に観客を呼ぶ宣伝戦略が、素人ながら本物のゴジラな自分から見ても足りない気がする。

 初代様の歴史的ヒットは、終戦から9年、映画が今より身近な庶民の娯楽だった時期ってのもあるが、熱心な宣伝興行も功労者の一人なのだ。

 某第四の壁を超えるクレイジーで、妙に共通点多くてシンパシー抱いちまうクソ無責任ヒーローみたく、人形乗せた宣伝トラックで全国周るくらいの太っ腹さは見せてほしい。

 本音を言うとこの姿で宣伝の一環で街中を闊歩してやりたいが、本物が本当に現れちまったら映画どころじゃなくなるので却下。

 昭和映画黄金期や、90年代みたいに〝ゴジラ〟だからで見に行く時勢じゃない、そんなことあちらさんたちも分かっている筈なんだけどな。

 

 ぼやきはこの辺にして。

 

 仮にも本物である俺が〝シンゴジ〟をどう思っているか、気になっている筈だろ?

 

 同じ初代様回帰でも、戦没者の怨霊の化身な白目野郎(暴れ方はともかく、人の怨念が宿る、つまり人の思惑で暴れる設定は正直気に喰わない)より遥かにあの禍々しい造形は大歓迎である。

 なんか巷じゃ〝気色悪い、気味悪い〟だの〝不細工、キモい〟だのなんて声も聞くが、ちょっと待て。

 身のふたもない言い方すれば、元から体内に生体原子炉があって放射線が餌だったギャレゴジはともかく、俺らゴジラは〝被爆者〟だぞ。

 本来は生命に破滅を齎す〝光〟を浴びて尚生きている〝ケダモノ〟だぞ?

 監督ら作り手が初代様の原点に立ち返ると謳っている以上、人様の美的感覚が入り込む余地はない。

 VSゴジラ準拠な自分がこんなこと言うのはナルシシズム臭がして嫌なのだが………俺の見てくれは正直言うと核で変異したにしては〝端整〟が過ぎる二枚目面。

 口の中の二列ある歯を指で触ってみても、綺麗に並び過ぎているのが分かる。

 だから、シンゴジのこの世の者とは思えぬ修羅の如き見てくれには文句はございません。

 

 ただ、同じゴジラとして気になるのは………俺達の十八番――熱線だ。

 

 かの川と北な特技監督以降みたいな派手で外連味のあるビーム系は、何か似合わない、ましてやバカスか撃ちまくるのはもっと似合わない。

 かと言って、初代様みたいな〝白熱光〟では、放射線の恐ろしさを与えるのは持って来いだが絵的なパンチには欠ける。

 

 何より、自分の口の中にもあり、生命にとって欠かせぬ器官である〝舌〟がないってのが………一体〝シンゴジ〟はどういう出自なんだ?

 実際のところ、出自がはっきりしているのはギャレゴジとあのマグロ食ってる奴と、ゴジラザウルスの変異体なVSゴジくらいで、後は――山根博士の台詞を引用して、海棲爬虫類から陸上獣類へと進化する過程の中間生物と言われている初代様を筆頭に、元は一体どんな生物だったのかは―――〝ぼかされている〟。

 

 それを踏まえても、外見含めてシンゴジは謎だらけだ。

 

 まあ答えを得る方法は明確。

 

 公開日に、劇場へ走ってその目で見ればいい、至ってシンプルだ。

 

 もうシンゴジのことで考えるのはよそう、あの総監督は深読みされるのは嫌いなくせに深読みせずにはいられない作風なのばっか世に出している輩だし。

 

 趣きを変えて、海面に背びれと顔の上半分をひょこっと出した。

 

 今度はこの体勢で泳ぐとしよう。

 

 もし人様に見つかったら―――そんときやそんとき♪

 軽く咆哮を上げて脅かしてやろう♪

 カメラ撮る気もないほど、我さきに逃げるだろうさ。

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 それからもう暫くは、破壊神――怪獣王の気まぐれなお遊戯な遊泳が続いた。

 

終わり。

 



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シンゴジ公開前特別篇Ⅱ - 山根博士との邂逅その①

前に宣言していた通り、山根博士が出てくるとんでも特別篇。

本当は一本の話の内に、シンゴジの予告絡みで二人を対談させたかったけど、肝心の新予告がまだ劇場限定状態なので、仕方なくパート分けに(汗


 黒宮澤海――ゴジラである俺は、夢の中にいた。

 いわゆるこれは夢だと自覚できている――明晰夢。

 

 で、今見ている夢の世界ってやつは、鮮やかな青空の下、どこかの山間の草原で、風に揺れる草たちの上で、ゴジラの風体で佇んでいた。

 いわゆる俺は、映画で言うと〝VSシリーズ〟に当たる世界にいた個体で、白目がほとんど隠れた猛禽系の目、哺乳類の趣きもある小さめな頭部、二列の歯並びと言った特徴は同じだが、各映画に出てくる自分(きぐるみ)と、微妙に違う見てくれである。

 スーツに喩えるなら、頭と顔つきと鳩胸はギドゴジ北海道、目はチェレンコフ光を連想させる青、首はバトゴジ以降のくらいの太さで、ベーリング海の底に長いこと眠っていたせいかギャレゴジと同じ鰓が三対あり、背びれはあるイラストレーターの描いたポスター風の配列とボリュームで(一番近いのは、本編の丸っこいイメージが強いと誰だお前なメカゴジの初期デザインが描かれたVSメカゴジラのやつ)、腹部と四肢はビオゴジに似ている―――な感じだ。

 

 視界から推察するに、背丈は恐竜だった頃の自分、ゴジラザウルスくらいみたいだ。

 

 しかしこれはまったけったいな夢だな……とりあえず目が覚めるまで暇つぶしに歩いてみるかと足を一歩踏み出した矢先、背後から視線の気配を感じる。

 

「(誰だ?)」

 

 と言いながら振り返った。

 ゴジラの時は人語を発せないので、傍からはただの鳴き声にしか聞こえたいが………って、え?

 夢の中なのに、幻でも見てしまったように、目を手で擦ってしまう。

 俺に視線を送っていた者の正体は、人間の男だった。

 白髪交じりで歳は大体五〇台ほど、面長ながら知的な印象も受ける馬顔に、知的さをより引き立てる髭に眼鏡、その面持ちとぴったり組み合う、袖部分を腕まくりにした白衣。

 少年の如き眩さを、この年頃でも失っていない瞳。

 俺は彼を見たことがある………しかし、実際に会ったことはない。

 なぜなら――

 

「(山根……博士?)」

 

 1954年、初代様が東京を火の海にした様を直に目にし、水中酸素破壊剤――オキシジェン=デストロイヤーを使いつつも、自らの肉体と魂を贄にしたことで初代様の魂を鎮めてくれた悲劇の科学者、芹沢博士の〝師〟に当たる古生物学者、山家恭平博士その人だった。

 勿論、数あるゴジラが存在する世界の中で、俺のいた世界にも博士は実在してはいたが、当然俺は面識などあるわけがなく、彼のことを知ったのは〝ゴジラ〟ら怪獣がフィクションの産物な世界に転生してからのことである。

 

 とにかく………〝常識〟をぶっ壊すことに自覚が大ありな自分でも、その山根博士と、夢の中とはいえご対面するとは思ってもおらず、驚きを咆哮で表現することさえできずにいた。

 

「おぉ……夢にまで見た瞬間だ」

 

 対して博士は、初代様の足跡の中で生きた三葉虫を見つけた時以上に、今この地上に降り注ぐ太陽に負けない勢いで輝いた瞳から発する眼差しを俺に向けて、少年そのもの奈軽やかな足取りで近づいてきた。

 姿はゴジラそのものな上、心理学では一番恐怖を感じやすい大きさである俺に全く恐れを見せせず。

 

「握手してもらっても、よいかな?」

「ガァっ!?(何だって!?)」

 

 それどころか、右手を出して握手まで求めてきた。

 

「(ほらよ)」

 

 断る理由も特になかったので、膝を曲げて屈みこみ(こちとら本物、着ぐるみでは限度がある動きもお手のもんなのさ)、自分の右手を差し出した。

 

 大きさの関係上、握りれないこっちの手を両手でがっちり触れ、強く上下させる。

 

 すっかり俺は博士に半ば圧倒されている格好………何とおすごいお方だか。

 

「ここで立ったままも何だろう、私の住まいに来なさい、客人としてもてなすよ」

「ヴォウ……(はぁ……)」

 

 景気よく歩き出した博士の背中を見つめた俺も、その場から初代様のとそっくりな足音を鳴らして後を追った。

 そう言えば、暇を見つけての遊泳を除けば戦闘以外で普通に歩くの、久しぶりだったなと気が付き、妙に気分がウキウキし始めて、尻尾もいつも以上に振り回してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして暫く森の中、博士に付いていくと、案の定、初代様の劇中に出てきた〝住まい〟が現れる。

 正面玄関と中庭が、映画で見たのとそのままなので、間違いないだろう。

 

「ささ、座りなさい」

「………」

 

 その中庭には、ゴジラザウルス並の今の自分の大きさにぴったりな円形のクッションが置いてあった。

 まあせっかくもてなしてくれているんで、ご厚意に甘えて、地球最大の決戦での二代目っぽくクッションに座り込む。

 

「座り心地はどうかね?」

「(わるくねえ)」

 

 人語を発せず、お馴染みの吠え声しか出せないのに俺と普通に会話している博士だが、夢の中なので気にしないことにした。

 

「コーヒーでよかったかね?」

「(ああ、ブラックで)」

 

 しばらくすると、ローラー付きのオートで動くお盆が、ホットコーヒーの入っている俺の大きさに合わせたカップを乗せてやってきた。

 さすが夢、何でもありだ。

 

 俺はカップを右手に取り、一服する。

 

 この歯形でカップに入った液体を零さず飲めるか懸念もあったが、意外に上手くいった。

 

「お口に合ったようで何よりだよ」

 

 少々濃い目に淹れられた深みのある苦味が、舌に心地いい。

 

「(ところで、山根博士)」

「何かねゴジラ君? 質問があるならいくらでも私は大歓迎だが」

「(あんたは――俺の夢が生んだ幻か? それとも………)」

「なるほどそれは確かに当然の疑問だ、実を言うとね、私は本物の〝山根恭平〟なのだよ」

 

 

 その②に続く。



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シンゴジ大ヒット特別篇-山根博士との対談その②(※ネタバレ考察あり)

間が空きましたが、前回の特別篇の続きです。
シンゴジの劇中に関するネタバレと考察があるので、注意………と言っても今となってはネタバレ塗れな現状ではございますが、念のため。


 ある日の明晰夢の中で、人の器を得たけったいなゴジラである黒宮澤海は、山根博士と対面してしまい、大きさはゴジラザウルスくらいだが、見てくれはゴジラそのものな姿のまま、初代様の出る一作目劇中でも出てきた博士の屋敷の中庭で、コーヒーをご馳走になった。勿論カップも量も身長約12メートルな自分に合わせた特大サイズである。

 

「(あんたは俺の夢が生んだ幻か? それとも……)」

「実を言うとだね、私は本物の〝山根恭平〟そのものだ」

 

 芳醇で濃い香りと苦味を堪能して一服させてもらった俺は、山根博士当人に、正体を尋ねてみると、博士本人は俺の意識が生み出した幻ではなく、本物であると答えた。

 

「いわばこの世界は、私の潜在意識と言えるものが作り出した代物で、どうやら何らかの形で君の意識がここにアクセスされたようだね」

 

 付け加えられた博士の説明を纏めると、まずこの山根博士はオキシジェン=デストロイヤーで、初代様とともに芹沢博士が東京湾で心中してから以降の彼だ。

 博士曰く、1954年からは10年以上経ったらしいが、その間に新たなゴジラは現れることなく、しかしゴジラとは別種の巨大生物――怪獣が頻繁に日本に現れるようになり、対巨大生物防衛の為の第四の自衛隊が組織され、メーサー殺獣光線車が正式にロールアウトされたばかりの頃、らしい。

 つまりは………後々人類が初代様を生体サイボーグにして同族殺しの兵器に仕立て上げてしまう〝大罪〟を犯すことになる、世界だと見ていいだろう。

 ゴジラな俺からしたら、あの世界を舞台にした映画は、東京湾で静かに眠っていた初代様に〝同族殺し〟の汚れ仕事を押し付けておいて、仲間だの共に戦おうだの、挙句我々の勝利だの虫の良いことほざいて開き直る人間たちに腹が立ってしまったので、余り好きではない方だ。

 これはあくまでゴジラ当人から見た評価なので、傑作扱いしているファンは大目に見てくれ。

 

「どういうわけかは私にも図りかねるが、意識が現実に目覚めている間この夢のことは一切忘れてしまう一方で、ここでの私の屋敷の書斎には、あらゆる世界のゴジラの情報が記された書物が、たくさん保管されていてね、中には物語形式の小説として記録された本も沢山あるのだよ、ある世界では虚構の産物だと知った時は、さすがに驚いたがね」

「(その割には博士、今は受け入れてるみたいだが?)」

「どれだけ突飛な現象でも、まずはその仮定して受容し、直感とイマジネーションを最大限に活用し、あらゆる可能性を導き出すことこそ科学的姿勢なのだよ、でなければ人間社会から見た謎の数々は曲がりなりにも解明されてはいない」

「(それもそうか)」

 

つまりは………この夢はゴジラ限定のアカシックレコード、または二人で一人の探偵の片割れな魔少年の頭ん中の本棚みたいなもんなのか。

 ゴジラ映画ファンの奴らにとっちゃ、羨ましくてたまらなさそうな世界だ。

 

「(あんたにとっちゃ、まさに天国だなここ)」

「その通りだ、現実では忘れてしまう代償も苦にならないほどに、君たちの持つ生命の神秘をとことん探究できる理想的環境だ、実際こうして本物のゴジラたる君とも会えたのだからね」

 

 これまた博士は、年老いた馬顔な容姿とは正反対に、少年そのものな眩しい瞳と笑みを見せてきた。

 その笑顔を見ただけで、どれだけこの古生物学者が俺達に畏敬を抱き、惹かれ、入れ込んでしまっているかは一目瞭然だ。

 はっきり言って俺らゴジラが実在する世界じゃ、マッドサイエンティストと揶揄されてもおかしくない、実際初代様の原作小説での山根博士は迎撃作戦を妨害したりと、吐き気もするくらい不快を催す典型的マッドじじいである。

 その原作小説の方を含め、他の科学者だったらいくら俺達のことを力説しても〝勝手にしろ〟を切り捨てるのに、この山根博士からは不快さを抱かないどころか微笑ましくも見えてしまうのは、博士自身の人柄と人徳がなせる技だろう。

 

 ん? 確か、あらゆる世界のゴジラと、さっき博士は言ったよな?

 

「(じゃあ、一度目は蒲田から、二度目は鎌倉から上陸したゴジラのことは知ってるか?)」

「ふむ………ここの書斎は夢を見る回数を重ねる度、蔵書数は増えているのだが………今のところ君の言うゴジラは存じないな、どんなゴジラかね?」

 

 どうやら、いわゆる『シンゴジ』はまだ知らないらしく、興味津々に身を乗り出して聞いてきた。

 俺も最近劇場で見てきたばかりである、なのに既に10回以上はリピートしちまっている。

 そんだけゴジラの片割れな自分から見ても、『シン・ゴジラ』は面白い。

 面白さを語ろうにも、その面白さを抜き出すと仰山出てきて迷い、何度も何度もバカに高い鑑賞料払って見てしまうくらい抜きんでた傑作扱いである。

 破壊描写、特に闇夜のカタストロフは最高に痺れたし、実は強力でとんでもない、俺達の噛ませ犬によくされる現代兵器の恐ろしさ、それを諸に受けてもケロッとしてる俺らゴジラの絶望を突きつける頑強さも改めて認識できたし。

 全編畳みかけるほどハイスピードなテンポも然り、過剰に情緒を盛り付けて感傷に訴える要素排除したソリッドなシナリオ然り(本当副長官と米大使が元恋人じゃなくてよかった………もしその設定採用されて一刻も争う状況で長々とキスなんか始めてたらフ○ックと吐き捨てて中指立ててたところだ)、ブラックユーモア溢れる官邸内の会議室と現実で進行している深刻な事態との温度差も然り、スピンオフ見たくなるくらい面白い連中が揃った巨災対然り、洋画でよくある、ギャレゴジでもやらかしてた困った時にすぐボタン押す等の雑な核兵器描写への痛烈なアンチテーゼも然り。

 何よりこれでもかとシンゴジの恐ろしさを演出し、過度に美化にもせず、かと言って極端に汚くかつ醜くも装飾もせずシンゴジに翻弄される人間たちを描いていたもんだから、クライマックスの、シンゴジの天敵のいないそのトンでも生態を逆手にとったヤシオリ作戦(舌がないから口の中に薬飲まされても吐きようがない、逆に舌のある自分含めた他のゴジラではああは行かなかった)は良い意味で〝お互いの生存を賭けた戦い〟として見ることができた。

〝生き延び、種を残す為に戦う〟ってには、どの生物にも平等に持っている権利ってやつだ。

 

「(そいつは人間の八倍の遺伝子量の持ち主で、世代を経ずに短期間に形態を変化させやがるとんでもな驚異的自己進化能力の持ち主でさ――)」

 

俺はシンゴジの物まねも交えながら説明する。

 第一形態は劇中では尻尾と背中ぐらいしか見えず、元は海棲生物だったのを踏まえて、中略。

 

「(死んだ魚みたいな目ん玉と半開きの口にこの体勢で、『わぁ~あぁ~あ!』とラリッた感じ蒲田を進撃しやがってたな)」

 

 うつ伏せになり、両腕は使わず這うように進んでいった蒲田のあいつまたは蒲田君こと第二形態の歩き方を再現して見せる。

 

「君の言う死んだ魚の目で充分に想像はできたから無理に再現せんでもいいんだぞ」

「(あ……すまねえ)」

 

 猛禽類みたいに自分のは白目が隠れている目ん玉なものだから、あの気色悪い目つきの再現は苦労した。無理に見開いたせいで自分にはあるがシンゴジにはない瞼(でもギャオスみたいに遮光板はある)をパチパチさせる。

 なまじ人間社会に暮らしているのもあって、正直初めて蒲田君を見た時は気持ち悪かったし、〝細胞が常に崩壊と再生を繰り返している〟ことを示す、首の鰓から出てくるいかにも腐臭を帯びてそうな体液など臭そうで臭そうで、自分があの場にいたらさっさと熱線で匂いを焼いて消し飛ばそうとしただろう。

 俺もベーリング海の底でこの姿に落ち着くまでには………相当嫌悪感を持たれそうな変異を繰り返してたんだろうな。

 

「ガァァァァーーオォォォ――ン」

 

 次に第三形態になって二足で立ち上がり、天に向かって初代様の鳴き声を響かせた流れを見せる。

 この辺の咆哮の流用は白状すると、シンゴジ独自の鳴き声を作ってほしかったとも思っている。

 

「急激な進化で体内の原子炉の冷却が追いつかず、一度海に戻ったと言うわけか」

「(正解、さすがだな)」

 

 やはり科学者だけあり、俺の説明とパントマイムだけで生態をすっぱ抜いた。

 

「(マグマが流れる岩肌みたいなケロイドの皮膚とイメージしてくれよ)」

 

 さて次は、陸上でも長時間活動できるようにデカく、表皮も堅く進化した第四形態。

 一見同じ二足歩行なようで、両手の掌を空に向け、上半身はほとんど動かさず、尻尾は地に付けず常に振って歩くシンゴジの歩き方は、やってみると自分のとかなり違うってのが分かった。

 

 さて、次は熱線だ。

 まず背びれを光らせる、紫に光らないのはご愛嬌。

 次に空に向かって口から黒煙、それに続いて赤い炎を出し、それを集束させて某巨○兵のプロトンビーム風の熱線を出し、体内放射の応用で、背びれからの乱れ撃ちをも披露した。

 色が青なのを除けば、音も含めてほぼ完ぺきである。

 けどさすがに背びれ乱れ撃ちは疲れるな………ガス欠で360時間もお寝んねするもの納得だ。

 

「さすがに私も、ヤシオリ作戦には同意せざるを得ないな」

 

 一連の説明で、ゴジラ抹殺一辺倒な世論に苦言を呈していたさしもの山根博士も、劇中では〝人知を超えた完全生物〟と称され、84年版では渋々取りやめた某米国による核攻撃を本当にやりかけた(ギャレゴジでは実際水爆ぶち込んでただご馳走与えただけだったなんて醜態を見せてたけど(笑))ゴジラ界隈でも屈指のとんでも生態なシンゴジには、苦笑交じりでこう表せざるを得なかった。

 

「それで君は、そのゴジラに対してどういう印象を持ったのかね?」

「(進化を楽しんでいるって、感じだな、ある意味で無邪気)」

 

 俺は博士からの質問に、素直に初見時に抱いた印象を述べた。

 たった数時間で、人類史などより遥かに長い長い、何代にも渡る時間を掛けていった海棲生物の陸上進出を成し遂げるくらいだ………肉体がどんどん変質していくことに、むしろ快感を覚えていたのかもしれない。

 ちょくちょく東京に来るのと、例のラストの尻尾のあれは――

 

「(牧博士のみぞ知るってやつだな)」

 

 牧悟郎、ぶっちゃけシンゴジでの一連の怪獣災害を引き起こした元凶な困ったさんである。

 

「君の説明と、その牧悟郎なる人物の境遇、半減期が20日と言う未知の放射線を見るに、東京湾に入水すると同時に放射性物質を餌とする海棲生物でしかなかったゴジラに急速な進化を齎す作用を与えたのは、確かだろうね」

 

 俺の見立てでは、牧博士は東京湾でゴジラとなる〝フランケンシュタインの怪物〟と、心中する気だったと見ている。

 放射線で愛する者を奪われ、人生を狂わされた自分自身と、放射線の根絶を果たす為の研究材料でしかなかった、放射性物質を餌に生きる海棲生物に、テレビ越しで初代様が暴れる姿をじーっと見ていた芹沢博士みたく、放射能、ひいては人間の犯した大罪で狂わされた者同士、奇妙な共感を持っていたのかもしれない。

 その過程で、放射線を変質させる何らかの発明をした………それこそオキシジェン=デストロイヤーや抗核バクテリアに匹敵するほどの。

 しかし、米国含めた国々にその発明を悪用される可能性に行き着いた博士は、このまままた驕れる人の思惑に振り回されるくらいなら〝好きにやってしまえ〟と、〝私は好きにした、君らも好きにしろ〟なんて遺言と一緒に、わざと研究データを分けてクイズの形で残し、こっそり何らかの形で海棲生物ごと、愛憎入り混じる故郷の日本に帰国し、自前の船にもヒントを幾つか残して東京湾に身を投げ、自らの発明品で心中しようとした………多分、食われでもしたんだろうな。

 わざわざ残したのは、海棲生物――ゴジラが、死ぬどころかさらなる進化を遂げる可能性を直感とイマジネーション、長年の研究と経験で導き出していたから、と言えなくもない。

 

 まあ結局、本当のところ――真相ってやつは、博士本人が身を投げた東京湾の底で、永遠に封印されてしまったんだけどな。

 

 そんな牧博士を、不気味だと表した意見もネットでちらほら見かけたが、俺の場合はちと違う。

 

 俺にとって〝ゴジラ〟とは、単に俺自身を差す名でも、人間様どもの前に常に立ちふさがる怪獣の名だけではなく、〝楽園(あんじゅう)の地を追い出された者〟と言う意味合いでもある。

 そういう意味では、牧博士もある意味で―――〝ゴジラ〟だ。

 

 そう結論づけるに至ってカップに入っていたコーヒーを飲み終えると………耳が草木をかき分けてこっちに向かい走ってくる生き物の足音を捉えた。

 

「おう、今日も来たのかね?」

「がお♪」

 

 その生き物が中庭に現れ、山根博士の下に来て、彼に頭を撫でられていた。

 

「…………」

 

 博士と仲良さそうなそいつに、俺は目が点になって口はシンゴジみたく開きっぱなしになっていた。

 何しろそいつは、サイズはワンコくらいで、妙に可愛い方面でデフォルメされてはいたが、溶岩流れる岩肌みたいな表皮、ティラノ並みに異様にちっちゃい両腕、かみ合わせ悪そうな不揃いな歯の持ち主なそいつは――

 

「紹介がまだであったな、この子は最近この夢に現れるようになって、よく私のところに遊びにくるラプ君だ」

 

 ――今まさに話題に上がっていたシンゴジ第四形態であった。

 

「ほらラプ君、お客さんに挨拶なさい」

「がう♪」

 

 そのラプ君と博士に呼ばれたチビゴジは、死んだ魚の目とは程遠く生気溢れ、それどころかまさにヒーローに憧れるお子さんまんまなキラキラとした憧憬の目つきで、俺を見上げてぺこりを一礼して挨拶した。

 

 どういう原理はさっぱりだが、夢の中とはいえ………〝人類とゴジラ〟の共存をちゃっかり実現してしまっているこの山根博士………おそろしや。

 さしのもゴジラな自分でも、これには驚嘆させられるのであった。

 

 

終わり

 



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第一章
プロローグ - 彼の名は――


 夜、遥か遠方の星と月の光さえ厚い雲に覆われ、その漆黒をより濃く、深くなっている闇の中、一人の男が走っていた………いや逃げていると表現した方が適切だ。

 男は20代後半くらいの優男で、髪は脱色でもしたかのように銀色であるところを除けば人間と言いたいところなのだが、とてもそうは見えない部分があった。

 目は、白眼の部分が黒く染まり、虹彩は黄色と絶対人間では見られない色をし……右肩から流れる血の色は、鈍く淀んだ緑であった。

 男は繰り返し背後に目をやりながら、一心不乱逃げていた。肩に傷を刻ませた本人たる〝死神〟から。

 やがてどこかの廃工場の敷地内に入り込んだ。

 とりあえず建物の中に入って隠れようとした矢先。

 

「鬼ごっこの次はかくれんぼか? 妖夢(ようむ)さんよ」

 

 背後からの声。あどけさなが残りながら、こちらを刺し貫かんとするばかりの鋭さを秘めた少年の声。

 トン……トンと、足音が鳴る。それが異形の青年へと近づいていく如に、青年の悪寒と発汗が酷くなっていった。

 少年の足音から、まるで地面を抉り、震源が移動する地震となって進撃する巨大な〝ナニカ〟を連想させたからだ。

 意を決して青年は振り返る。暗闇の中、微かに人影が見えた。

 夜天を覆っていた雲が晴れ、月明かりが人影を照らす。

 追跡者はやはり10代後半の少年で、背は170代後半、上ボタンを全て外した長袖シャツに白いインナー、下はジーパンを羽織り、余裕そうに両手をポケットに入れていた。

 夜の闇より深い黒い髪は男としては長いが女性としては短めな長さで、顔付きはかなり端正だが、獰猛な猛禽の如く威圧的だった。

 

「悪かったよ……」

 

 銀髪の青年は愛想よく笑みを浮かべて。

 

「ちょっとつまみ食いしようとしただけじゃん!」

 

 左手を突き出し、手と腕の関節部分から蜘蛛のものらしき白く束になった糸を発射、少年の胴体を両腕ごと捕縛した。

 

「死ねぇぇぇぇーーー!! 裏切り者の〝妖夢憑き〟がぁぁぁぁ!!」

 

 そのまま奇声を上げて跳躍し、右腕を黒い刃に変質させ、それを以て少年を突き刺そうと迫る。

 だが――対象たる少年の全身が青白く輝いたかと思うと……ドーム状に同色の衝撃波が迸り、彼を縛り付けていた糸を破砕した。

 青年も衝撃波と閃光で宙を跳んだまま怯む。

 その隙を少年は見逃さない。人間離れした跳躍力で青年目がけジャンプすると、バッタの改造人間を連想させるジャンピングキックを相手の土手っ腹にお見舞いした。

 受けた青年は嘔吐しながら大きく吹っ飛び、工場の一角の屋根に激突。老朽化していた建物は、今の衝撃で完全に自らを支える力を失い、轟音を立てて崩れていった。

 着地した少年は舌打ちを鳴らし。

 

「〝二代目〟と戦ったクモンガの方が、まだ骨があったぞ」

 

 と愚痴た。

 直後、建物の身体であった破片の山が四方に飛び散り、中から巨大な〝蜘蛛〟が姿を現す。

 全長は20m近くあり、一番先の前足からはカマキリのものに似た鎌が伸びていた。

 これがあの青年の正体―――妖夢だ。

 対峙する少年は怖気ずく気配の欠片も見せず、むしろ不敵に笑い。

 

「なら、遠慮はいらねえな」

 

 少年の体が、再びあの青白く綺麗な光に包まれ、段々とその姿は大きくなる。

 身長にして15mほどにまで光が肥大化すると、一瞬の閃光を経て、〝ソイツ〟は現れた。

 真っ黒い体躯、岩の如くゴツゴツとした表皮、図太い両脚に胴体、長く伸びた尻尾と背中から刺々しく伸びた背びれ、見る者の心を屈服させてしまう威圧さを帯びたハ虫類型の厳つい容貌をした―――〝怪獣〟。

 少年だった怪獣は、天地を引き裂かんとする声量で雄叫びを上げた。

 その咆哮の効果は抜群で、大蜘蛛の妖夢は明らかに怪獣に対して恐怖を感じ震えていた。

 大蜘蛛は生存本能のままに、怪獣目がけ突き進み、その両腕の鎌で切り裂こうとする。

 右腕の鎌が怪獣の表皮を捉えた……筈だった。

 大蜘蛛は驚愕する。怪獣は防御するまでのなく、鎌の一閃を受けた―――にも拘わらず、火花を散らしただけでまったくの〝無傷〟だったからだ。

 漆黒の巨獣は唸り声を上げる。

 

『残念だったな、あんたの〝なまくら〟で怪我するほど―――』

 

 その唸り声には、このような意味合いを込めて、叫んだ。

 

『――柔じゃねえんだよ!』

 

 その巨体からは想像もできない軽やかさから、右切上げで右腕を振るい、指先から生えた鋭利な爪で大蜘蛛の右腕を両断した。

 切断面から鈍い緑色の血が溢れだし、大蜘蛛は悲鳴を上げながらも、反射的に左手の鎌で怪獣の首を切り落とそうする。

 しかし怪獣は上体を逸らして、ギリギリのところで躱し、鋭く歯を生やした口で刃を挟みこみ、そのまま脅威的な咀嚼力で噛み砕いてしまった。

 怪獣は続けて剣術で言う逆風の軌道で蜘蛛の胴体へ左の拳を打ちこみ、奴の身を打ち貫いた。左手を引くと同時に上段から右の拳をハンマーよろしく打ちこみ、地面に叩きつけ、勢い余ってバウンドし、宙に浮いた大蜘蛛に図太い脚からサッカーボールキックを見舞って蹴り上げた。

 放物線を描いて大蜘蛛は仰向けになる形で大地と衝突。

 怪獣は三歩ほど地響きを上げて歩むと、その背中の背びれが青白く光り出し、口の奥から同色の光が現れた。

 それを目の当たりにした大蜘蛛は思い知る。

 奴だ……奴こそが噂で聞いた、空想上の存在でしかなったあの〝怪獣〟なのだと。

 その怪獣の……名は―――

 

『〝ゴジラ〟……』

 

〝ゴジラ〟は大きく息を吸い込むと、背びれの光の輝きが増し―――息を吐き出す要領で、口から青色の熱線が放たれた。

 闇を照らす熱線は、大蜘蛛を呑み込み、またたくまに爆発。耳を裂かんとする爆音と一緒に炎が小山のような形で舞い上がった。

 ゴジラは夜空に向かって、勝利の咆哮を上げると、爆心地へ近づいていく。

 まだ火が残る痕の間近に立つと、その体はまた青白く輝き、さっきと逆再生する形で収縮、その姿は人間の少年へと戻った。

 少年は爆心地の真っただ中に入ると、その中で落ちていた〝石〟を拾い上げる。

 宝石の原石の様に、ところどころ光沢の宿った石だった。

 

「たくみ、やり過ぎ」

 

 石を拾った直後、やや片言気味な女の子の声が聞こえ、〝たくみ〟と呼ばれた少年が声のした方へ振り向くと、6、7歳くらいの幼女がいた。

 服は白の着物で、髪は夜空の光でも映える金色がかった白色で腰まで伸ばし……狐のものらしき耳が髪の合間から飛び出ていた。

 

「マナが結界張ってくれてんだ、こんぐらい暴れさせてくれよ」

 

〝妖夢〟と対峙していた時と打って変わって、澤海は気だるそうに答えた。

 

「でも〝名瀬〟の人、後始末大変」

「あんなチャラ男如きで俺を駆り出したんだ、おあいこだよ、まあ一応火ぐらいは消しといてくれ」

「分かった」

 

 マナという名の少女は了承すると手を突き出し、掌から魔方陣らしき光の円陣を出現させると、そこから冷凍ガスを発射、まだ燃える火を次々と浴びせて鎮火させた。

 

「帰るぞ、マナ」

「うん♪」

 

 マナの体が光り出し、人間の姿から小さくなっていき、リスぐらいの大きさで、彼女の髪と同色な子狐となった。

 子狐はぴょんと跳ねて、澤海の肩に乗り、それを確認した澤海はその場から悠々と立ち去る。

 

「せっかく今日は〝怪獣大戦争〟でも見ようと思ってたのに、人遣い荒いよな……名瀬泉、明日も〝芝姫〟の選考苦行(さぎょう)があるのってのによ」

 

 道中、澤海はあくび愚痴を零しつつ、口笛で〝怪獣大戦争のマーチ〟を口ずさみながら、帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このお話は、黒宮澤海(くろみやたくみ)――怪獣王ゴジラ含めた長月市立高校文芸部の面々たちによって奏でられる物語である。



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第一話 ‐ 不死身仲間との朝

思った以上に第一話がすらすらと書けたもので、早速第一話投稿します。

境界の彼方の魅力の一つたる、キャラ同士の軽快なやり取りを再現できているかは別としてご賞味下さい。

ちなみに原作の秋人視点による地の分も、大体こんな感じであります。

では感想お待ちしてます。


ちなみにオリ主、黒宮澤海(くろみや・たくみ)のイメージCVは内山昂輝君(大体、エアクエリオンEVOLのカグラを演じている時のトーン)


 某県の比較的どこにでも見かけそうな地方都市、長月市の4月の朝。

 長月市立高校に通う学生たちを多く見かける時間帯だ。

 通勤電車が走り去り、踏切が立ったのを境に、車や通行人たちが渡っていく。

 その中には、市立高校のブレザー型制服を着込み、通学カバンたるワンショルダーバックをしょって、神山高校文芸部員の一人並に眠たそうな目つきで通学する黒髪セミロングの少年がいた。

 昨夜、怪獣〝ゴジラ〟となって〝妖夢〟と呼ばれる怪物を獰猛にかつ苛烈に退治したあの少年である。

 名前は、黒宮澤海(くろみや・たくみ)。彼のことを説明する前に、妖夢について説明しよう。

 妖夢とは、伝承に出てくる妖怪に酷似し、古くから人間に害を為しているものが多い生命体の総称である。

 一口に妖夢といっても、その種類は様々、それこそ鬼そのものだったり、既存の生物が巨大化したようなのだったり、中には人間に化けられる個体も、人間の体を乗っ取ってしまう個体もいる、その被害を受けた人間は『妖夢憑き』と呼ばれ、当然退治対象になる。

 実は澤海もその一人である………のだが、現在の彼は学業に勤しむ傍ら、そんな悪事をはたらく妖夢たちを退治するハンター、俗に〝異界士〟と呼ばれる職に就いている高校生、今年の4月で二年生になり立てだった。

 彼がどうして、本来は異界士に殺される筈な妖夢憑きながら、逆に妖夢を狩る立場に位置し、銀幕の中の存在である筈の〝ゴジラ〟になれるのか、その辺の説明はまた今度にて。

 

 

 

 

 

 

「おい澤海!」

 

 昨日の妖夢退治の代償で、まだ眠気が取れない体で、どうにか余裕ある時間帯の中通学している俺こと黒宮澤海は、聞き馴染みのある人の良さそうな男子の声を聞いた。

 その主が俺にまで追いつき、横並びに歩く格好になる。

 

「あ……おはようなアキ」

「相変わらず眠たそうな顔だな」

「本当にねむてえんだよ、昨日も妖夢退治の仕事があったからな」

 

 170より少しある背丈、薄い金髪な短髪ヘアに、声に違わず人の良さそうな、そこそこ顔付きは整ってるけど……でも金髪でもなけりゃいまいち印象に残りにくそうな感じのある顔付き。

 名前は神原秋人、俺は下の名から二文字取って〝アキ〟と呼んでいる。

 

「お前こそ今日も、眼鏡が超似合う美少女眼鏡ッ子がいないかな~~って顔してるぞ」

「な、なななななんで分かった!?」

 

 あからさまに秋人はテンパった、ほんとその辺分かりやすい。

 

「見れば分かる、女子を重点的に周りをキョロキョロし、目的の女子が見つかればその子の眼鏡をぺロぺロ舐めたいって顔してた―――」

「待てぇ! 僕の溢れんばかりの眼鏡愛は否定しないが! そんな倒錯的なことは考えてない!」

「違うのか?」

「違うわ!」

「でもこの辺にいる眼鏡女子の眼鏡をじろじろ見て、あの子のは対ブルーライト型とか、そっちの子のはスポーツ対策で頑丈にできてるなとか、今どき黒ぶちとか逆にイカスぜとか考えてただろ?」

 

 図星だったようで、ぐぬぬとした表情を秋人は浮かべた。

 

「くそ……それは否定できない……できないけど、わざわざ追及することもないだろう?」

「ここで俺が手を打たないと、アキは女子を視姦した罪で御用になるかもしれねえし」

「どっち道澤海が口にしたせいで誤解を受けちまうだろうが!」

「大声で言ってないから安心しろ」

「できるか! もしうっかり近くにいた女子に聞こえでもしたらどうする!?」

「だってメガネストの変態なのは事実だし」

「だぁか~ら違う! メガネストは違わないけど」

 

 

 眠気で顔にこそ出なかったが、内心俺はゲラゲラと大爆笑していた。

 よし、今日も仕事の疲れには効果抜群なキレもノリも良いツッコミ、いただきましたと心中合掌する。

 今の会話で嫌でも理解できただろうが、神原秋人は俗に言うメガネスト、つまり眼鏡とそれを常時掛けている女性たちをこよなく愛する〝変態君〟である。

 本人はメガネストであると認めた上で、変態ではないと豪語しているが、正直自らの性癖をこうも惜しげなくカミングアウトしている時点でどう考えても変態である。

 世の中には二種類の男がいる。スケベ心を必死に隠す奴と、堂々とひけらかす奴だ。

 間違いなく、秋人は後者である。同意できる奴は大勢いることだろう。

 そんなこいつのメガネスト以外で、こいつたらしめる要素は―――〝ツッコミ〟だ。

 秋人のツッコミセンスはほんとずば抜けて秀でている。もしツッコミ大会なんてものがあるとしたら、毎年優勝確実、さらに殿堂入り確実だ。

 そしてこいつのツッコミはセンスが良いだけじゃない、こっちがボケてから返してくるまでのテンポも神がかっているし、何より、めっ~~~ちゃ気持ち良いのだ。

 どれくれい気持ち良いかと言えば、カリオストロ城の屋根を超高速で駆け降りたルパン三世がその勢いに乗って大ジャンプし、クラリス姫が閉じ込められている塔まで辿り着いちゃうとこくらいの域。

 彼のこの才能のお陰で、裏の仕事のせいで特に朝は眠気という怪獣に襲われっぱなしな俺を気持ちよく覚醒させてくれる。

 秋人のツッコミセンスは、自分だけでなく、同じ部に所属する部員でもある名瀬兄妹からも大好評、なこともあり、俺と名瀬兄妹は彼を弄るのが日課の一つとなっていた。

 あ~~~春の朝の空気が美味しい。

 これなら今日も午前中は気持ちよく居眠りできそうだ。

 

「アキ」

「今日は絶対ノート見せんぞ!」

「まだ何も言ってねえだろ」

「言われなくても分かる、午前中はぐっすり寝るから今日の科目の内容をノートに移させてくれ……だろ?」

「心外だな、いつも頼みこんでるわけじゃねえのに、まあ当たりだけど」

「やっぱりな……」

 

 とほほと、秋人は自身に課せられた運命を嘆いた。

 

「だって仕方ねえだろ、一応世の為人の為に働いてんだから」

 

 と言った直後、俺はあくびを鳴らす。

 

「確かに澤海たちの仕事も社会貢献になってるのは違いない、でもその為に被害に遭う僕の身にもなれ」

「ノート移すくらい、異界士に喧嘩吹っ掛けられるよりはマシだろ? 別に減るもんじゃないし」

「減るよ! ハートが極限にまで削られるよ!」

「なぜだ?」

「お前が居眠り常習犯のくせに去年は全学期とも学年トップ10圏内に入ってたからだよ!」

「学校は勉強するところっつー学生の本分を果たしてるだけじゃないか、せめて高成績維持しつつ、部活と仕事との両立はしとかないと」

「その為に僕のハートが犠牲になってんだよ」

「安心しろ、今学期もばりばり削るから」

「この鬼!」

「鬼じゃない、ゴジラだ」

「そんなとこ訂正せんでもええわ!」

 

 さて、このメガネストの変態かつツッコミの神様な神原秋人と、この俺黒宮澤海の関係性を述べるとすると。

 級友、クラスメイト。

 同じ部活に所属する部員同士。

 三年前からの腐れ縁。

 色々あるのだけれど、しいて二つ上げるなら。

 

〝監視する者と、される者〟と、〝不死身仲間〟。

 

 二つ目は置いといて、一つ目の方は俺が前者で、秋人は後者、お互いそれは了承のした上での間柄。

 俺はこの地の大地主で、異界士界では名門中の名門な名家たる〝名瀬一族〟から直々に依頼を受けている。

〝神原秋人を監視し、場合によっては、殺しても構わない〟

 という依頼を、だ。この長月市の市立高校に通っているのも、その依頼の賜物によるもの。

 どうして俺に白羽の矢がたったのかと打ち明けるなら、俺のこの体に受け継がれちまった〝ゴジラ〟の血が理由だ。

 つまり目には目を、怪物には怪物って理屈だ。

 秋人の人畜無害そうな外見からは想像できないけれど、実はこいつにもこいつで、とんでもなく重い運命、宿命を背負っている。

 少なくとも、こいつがこうして人並みに学生生活を送れているのは、幸運にいくつも恵まれているからだと断言できよう。

 そんで俺も何だかんだ言って、不可避な運命を背負わされ、異界士としての仕事をこなしながら、ヘタすりゃ殺し合わなきゃならない相手と、同業者な兄妹たちとで、幸運にも青春を謳歌していた。

 

 

 

 

 

 この時の俺は、いつもと変わらぬ夜明けから、高校生活の初めから定着したこの日々が、今日も変わらず続くと思っていた。

 でもそれは、ある意味で間違いであった。

 その日、俺の友、神原秋人は思い知ることになる。

 

 

〝運命の出会い〟って―――奴を。

 



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第二話 - 夕陽に染まる鮮血たち

前半は、ちょっと気だるいが微笑ましくもある部活動風景、後半原作一巻orアニメ一話の衝撃的だけどロマンスさからはちと味気ない冒頭です。

澤海君の、何だかんだ人間として生きてもいるけど、時折垣間見えるゴジラの本能、身内には優しいけど、一度敵とみなした相手には容赦無いゴジラの気質を感じていただければ幸いです。


 長月市立高校文芸部、スポーツと文化両方込みで、当校内のそれなりに多く存在する部の一つ。

 文芸っていう妙に硬さのある単語から、とっつきにそうなイメージを持たれるだろうが、一度部の内情を知ってしまったら『全然そんなことなかった』と思うだろう。

 四月十三日の昼休み。

 狭すぎもしなければ広すぎもしない、午後は昼から夕方まで窓から陽光が差し込む文芸部の部室の中央に置かれた二つの長机といくつかのパイプ椅子に座り、一応書物と呼べる代物を読みふける部員が三人。

 一人は部員兼異界士兼、元人間でゴジラでもあるこの俺、黒宮澤海。

 もう一人は、自分並に訳あり事情を背負う級友で副部長、アキこと神原秋人。

 

「バラバラ死体ね」

 

 そんでもう一人の女子部員が、甲高い声で傍からはいきなり物騒な一言を口にした。

 艶やかさと柔らかさに満ちた黒髪を腰まで伸ばし、肌はそこらの陶器よりも白磁、制服越しでも把握できるスタイルの良さ、目尻はややつり気味だがつぶらで丸丸とした双眸に、口紅に頼らずとも潤った唇。どこかの名家そうな気品に、ほのかに匂い立つ色香と少女の可愛らしさが同居した美少女。

 彼女の名は、名瀬美月、文芸部のボスもとい部長で、異界士界の大本で、この長月市を実質的に牛耳る大地主な名瀬家のご令嬢だ。

 

「なんでもかんでも殺し方を残酷にすれば、読者の興味を引けるわけじゃないだろ?」

 

 秋人は辟易とした表情で答えた。

 

「じゃあ、どんな殺し方ならいいの?」

「劇中の登場人物の行動と意味が、ちゃんとリンクしてれば僕としては問題ない」

「つまりアキは、キャラがどうしてそんな目に遭うかの必然性を練りもしないで、残虐さだけを強調するやり方が嫌ってわけか」

「そういうこと、ただバラバラにしてみましたってのが一番苦手なんだよ」

「なるほどね」

 

 はっきり言うと、ここにいる全員が辟易としていたわけだけど。

 その原因は、長机の上に置かれている本どもの群れだ。

 こいつらの共通点は、表紙に『芝姫』と書かれていること。

 さっきの会話は、秋人の手が持つその内の一冊に載せられていた小説の内容についての批評、みたいなものだ。

 秋人はやれやれと本を机上に放り投げた。

 

「こら秋人、文芸部の先輩方の魂の籠もった〝紙屑〟を、そんな風に扱っては失礼よ」

「その表現からは敬意の欠片も感じないんだけど?」

「いや敬意は一応あるだろ、〝ゴミ屑〟でないだけマシなもんさ」

「さすが澤海は察しがいいわね」

 

 文芸部の活動内容の一つを上げるなら、自分たちで小説を書いて、それを季刊発行される活動誌『芝姫』に掲載して一応の作品として世に出すことだ。

 今年度の春号で芝姫は200号目となる……とのことで、今回のは記念号として出す羽目になり、今の部の実状で一番記念号らしい形にするには過去の作品たちからの選抜された傑作選とする以外に手は無く、こうして俺たちはリスペクトしたくとも、つい〝紙屑〟と表してしまうくらい大量にある過去に発行された『芝姫』たちから、今日も選抜作業という名の苦行を強いられていた。

 数にして千冊はある、この中から一冊ずつ地道に吟味しなけりゃならない。中にはプロ顔負けの力作もあるにはあるが、中には掲載できたのが不思議なくらい文章も内容も雑なのがたんまりある。

 だからこんな辟易とした気分にもなってしまう。

 鏡こそ見てないが、眠気と格闘する朝の時よりも今の俺は不機嫌な顔となっているのは明白だった。

 

「これはどうかしら? トリックの科学考証が雑で、犯行動機の薄いミステリー」

「ボツ以外に選択肢ないだろ」

 

 俺は冷淡に切り捨てた。秋人もうんざりとした表情だ。

 美月はそんな俺たちを見向きもせず、もう一冊を手に取る。

 

「これは童話だけど、面白かったわ」

「タイトルは?」

「『赤ずきん脱いじゃいました』」

「もはや誰か分からない!」

 

 予想外の題名に秋人は味のあるトーンでツッコミを入れた。

 対して俺は中々面白そうだと思った。美月が太鼓判を押すだけでなく、赤ずきんが赤ずきんたる〝赤ずきん〟を卒業するのだ。きっと狼も驚愕する劇的な展開があるに違いない。

 ただ秋人は、内容……よりも美月の姿勢が不服だったようで。

 

「真面目に選考する気あるのか?」

「あるわよ」

「あっても勝手が分からないんだ、どうしようもねえだろ」

「それも……そうか、悪い美月、今のは失言だった」

「気にしてないわ、でもこれはもう新手の拷問よ」

 

 そうだな、拷問って表現は適切だ。

 何が悲しくて、長いとは言えない昼休みを食いつぶしてまでこんな作業をさせられなきゃならないのか………秋人が顧問のニノさんに今季は200号だと進言しなけりゃな………と愚痴りたいとこだが、秋人も現在は後悔真っただ中なので言わずにおこう。

 何より俺の流儀に反する。

 異界士として、〝ゴジラ〟としての人生を歩んでいく上で己に課している流儀、主義ってやつにだ。

 暫く無言で構成された静寂が続いた。

 

「ちょっと秋人」

「なんだよ? 美月」

 

 静けさを破った二人のやり取りは、直視せずとも分かる。

 苦痛の余り、出来心で美月の豊かな双丘を秋人がガン見し、美月はそんな副部長のセクハラ行為に白い目で睨み返し、対して疾しい意図はないと証明しようとそらさず彼女と視線を交わし続けるメガネストの図だ。

 

「視線がエロい」

「僕の努力を無駄にするな」

 

 何が努力だか……疾しさ全開で見てた癖にと、心中苦言を呈した刹那、部室の外から物音がした。

 俺たち三人は一斉に部室扉に目を移す。

 

「またあの眼鏡ちゃんか?」

「多分ね」

 

 物音が鳴るまでは、比較的いつもの部活動風景。

 そして今の物音は、数日前に俺たちの学生生活にて起きた〝波紋〟だ。

 溜め息を吐いた秋人は立ち上がり、部室を出ようとする。

 

「〝栗山未来〟に付き合っている暇なんてあるのかしら?」

「直ぐ戻るよ」

 

 不満げな美月の文句を軽く流して、秋人は一時退室した。

 

「ところで澤海」

「なんだ?」

 

 直後、美月は瞳をこちらに向けてくる。

 

「あなたは一度も私の体を見てこないじゃない」

 

 机の下から美月が脚を組みかえる音がし、不満に混じって微かに艶めかしさの混じった挑発的だけど魅力的でもある視線を向けてきた。

 美月の一面の一つを上げるなら、サディストだ。

 こうして黙っていれば美人の中の美人なのに、口を開ければ暴言ばかり発砲してくる。

 こいつに告白したけりゃ、まずこのサドな面を心に刻んだ上で臨まないと、万が一の奇跡で叶ったとしても早急に関係は破綻する筈だ。

 俺も人のこと言えないが、主な被害者は秋人と、今日も来てない彼女の〝兄貴〟だ………あいつらの性癖を踏まえれば、自業自得でもあるけど。

 大体……美月のSッ気はあの〝シスコン〟が育んだも同然だからな。

 

「変態じゃない方の紳士としても、部員としても理想的な姿勢じゃんか、ミツキも不快になることもない、何の問題がある?」

「その意気には感服します、でも〝対象〟として見られないのも、それはそれでショックなのよね」

「俺如きがミツキのをガン見する資格なんてないだろ、今は一秒も無駄にしたくねえんだ」

 

 いつもなら心おきなく健全に暴言を言い合える仲だけど、今はそんな気は持てなかった。秋人が抜けた時間は少なく済むだろうけど、一秒ちょっとでもこの拷問からは早く抜け出したいので寄り道はしたくない。

 さすがに美月も重々承知しているので、頬を膨らませてむくれ面になり。

 

「■■■■……」

 

 と、常人より五感が鋭い自分でさえ聞こえづらい小言を呟く。活字相手に格闘していたので、全く聞きとれなかった。

 まあどうせそんな大したことじゃないさ、『分かってますよ~~だ』とかなんとか零したんだろう。

 

「ただいま……」

 

 部室のドアが開き、秋人が帰って来た。

 

「おかえり秋人」

「進展は?」

「さっぱりだよ……」

 

 他の〝芝姫〟を読む気か、部室の端に設けられた本棚へ行き、もう何冊取り出した。

 

「にしてもあのしつこさは何なんだか……」

「心当たりはねえのか?」

「う~~ん……あるとすれば―――」

 

 無意識に漏れた愚痴を返す形で俺が問いかけると、秋人は不機嫌から一転して。

 

「―――恋!?」

 

 頬を赤くし上機嫌にもう何冊かを取り出して机に戻り、芝姫どもを置くと。

 

「なんてすばらしいことだ! どんな眼鏡も似合う女の子に好かれちゃうなんてぇ!!」

 

 ピュアで輝かしい目を発散し、嬉々としてそんなことホザいた。

 瞳こそ確かにピュアだが、その心は不純に塗れている。

 やはりこいつは生粋の〝変態メガネスト〟だ。

 

「これだから変態の誇大妄想は手がつけられないのよね」

 

 いつもの調子に戻った美月は、臆面もなく暴言だが正論を口走った。

 こいつが今言った『どんな眼鏡も似合う女の子』こそ、俺たち文芸部の日常にちょっとした、でも小さくはない波紋を引き起こした張本人。

 

〝栗山未来〟

 

 という名の少女だ。

 

 

 

 

 

 秋人と、こいつをここまで夢中にさせる〝栗山未来〟との出会いは、この日から四日分遡ること、四月の九日の、一際綺麗な夕陽が長月市を照らした放課後。

 日直作業のあった俺は、少し遅れる形で部室に向かっていた。

 その道中。

 

「アキ?」

 

 現在地の廊下より先の角で、秋人が何やら切羽詰まった様子で走るのを目にした。

 妖夢の気配は……ない、けれど胸騒ぎもしたので俺も追いかける。

 回廊の先から聞こえる秋人の荒れる息を頼りに進み、階段を駆け上がると、屋上に連なる扉を抜ける。

 この学校の頂までまだ何段か階段が残っており、それを登ろうとして。

 

「要するに―――眼鏡が大好きです!」

 

 ずっこけた、かなり盛大に。

 原因は、秋人の眼鏡に対する異常な愛を糧に、想いの丈を精一杯込めた叫び。

 何を急いでいるのかと思ったら………自分の心配は杞憂だったを結論づけようとして―――実はそうでなかったと知る。

 

「不愉快です」

 

 幼さが色濃く残った女の子の、秋人の告白を一蹴する一言………そこから間を置かずして、肉が貫かれる音と、液体が漏れる音、血の匂いが五感に押し寄せる。

 考えている暇はない、考えるまでもない。

 俺はその場から大きく跳躍し、階段を一気に飛び越えた。

 まだ宙にいる状態ながら、眼下を目にした俺は躊躇うことなく右手を指鉄砲にし左手を添え―――指先から、俺達(ゴジラ)の十八番を弾丸状にした青白い光弾を放った。

 夕陽よりも濃く、黒味のある赤い刃を秋人に突き刺していた〝少女〟は、俺の存在に気づいて、刃を引きぬくと同時に後退。弾丸は床に弾かれて四散した。

 当てるつもりはなかった。あくまで今のは、秋人がこれまでも味わってきた不条理から逃がす為のもの。

 俺は少女に立ちはだかる形で、屋上の地面に降り立つ。

 神原秋人殺害未遂をやらかした少女は、〝血〟でできた赤い片刃を正眼に構えたまま。

 

「何者ですか? あなたたち……」

 

 戸惑いの色を隠しもせず、そう呟いた。

 対して俺は――

 

「それはこっちの台詞だ、可愛い殺し屋さん」

 

 沸き上がる〝闘争(ゴジラ)〟の血を知覚しながら、笑みを返した。

 俺を差し置いて、俺の〝友達〟を殺そうしたのだ。

 たとえこいつの好みに見合った美少女だとしても、楽しませてもらうぜ。



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第三話 - Gの憂苦

境界の彼方~G-ゴジラ-を継ぐ者~第三話-Gの猛威と彼の憂苦

今作のゴジラ君は、時々仲間を思うが故、その凶暴性を表出させる一面があります。
まあむしろ核による変異前に戻ったって感じですかね。自分と同族の命とテリトリーが犯されなければ本来大人しいですから。
人間という種そのものに対しては、『良いとこと悪いとこがぐちゃぐちゃに入り混じって、時々すっげーむかつくけど、でも面白い』スタンスで、比較的丸く、特に似たような境遇の秋人には彼なりに気に掛けてます。
それゆえの冒頭の凶悪な面構えになってしまうんですが。

感想お待ちしてます。


 生粋のメガネストこと神原秋人は、額と背中から大量に汗を流していた。

 原因は、腹部を刃で貫かれ、痛々しく流れて制服を染める血も………その一つではある。実際刺された直後はそれがメインの原因だった。

 今は違う……僕をここまで戦慄の発汗をさせるのは、自分を庇う形で、腹の傷をつけた張本人たる妹風眼鏡美少女と対峙している級友。

 黒宮澤海(くろみや・たくみ)………いや、今は〝ゴジラ〟と言うべきだろう。

 姿こそ人間のまま、だが背中からも重々しく伝ってくるプレッシャーは……澤海が自ら〝ゴジラ〟の血を呼び起こしているのだと思い知らされる。

 直に目にせずとも、彼の顔は獲物を見つけた野獣の如き、凄味で満ち満ちている。

 こんな状況に適していると言えないのに、頭の中ではあの伊福部大先生の〝ゴジラのテーマ〟がひっきりなしに再生される。

 腐っても鯛という諺があるように、〝人間〟となっても、〝怪獣王〟に〝破壊神〟と付けられた異名は伊達ではなく、発せられるオーラはスクリーンの壁を隔てていない分、より強大に際立つ。

 彼ほど……味方となってくれれば心強く、反対に敵となるのは絶対御免被ると断言できる者はいない。〝獣人化〟してない時に敵として相まみえていたなら、まっさきに僕は腰を抜かして尻餅を付いていた。

 少なくとも………僕の運命ゆえにまた訪れた〝不条理〟を踏まえれば、その身に秘めし〝ゴジラ〟を呼び起こした澤海を頼もしくも思うべきだろう。

 けど残念ながら、メガネストゆえの性が、それを許さない。おそらく異界士であろう、低身長で童顔でショートカットで赤縁眼鏡を掛け、手には自身の血で作った剣を構えている一年生の女の子。

 異界士として鍛え上げた自制心でどうにかなってはいるものの、よく見れば、血の剣も、それを持つ手も震えている。これが初対面の僕でさえ、彼女の異界士キャリアにおいて、過去最強クラスの〝敵〟と相対しているのだと察することができた。

 澤海もそれぐらい分かっているだろう、しかしだからどうしたとばかり、彼は両手を握り拳にしたと同時に、指と指の隙間から、某アメコミヒーローを思わす爪を計六つ出現させた。

〝妖夢憑きの元人間〟であり、〝ゴジラ〟でもある今の彼ならではの能力だ。

 

「さて異界士の嬢ちゃん、存分に殺ろうぜ」

 

 どう聞いても〝やろうぜ〟の〝や〟が〝殺〟と当てられたとしか思えない響きで、駆け出そうする―――

 

「待ってくれ!」

 

 ―――直前、僕は勇気を振り絞り、両手で澤海の肩を捕まえた。

 僕のおもわぬ行動に、少女も面喰らって、血の剣の構えを無意識に解いていた。

 

「アキぃ……」

 

 彼は僕に振り向く。

 こ、怖い……ヤクザどころか、プロの軍人でも裸足で逃げ出しそうな凶暴なる容貌、心なしか犬歯が伸びている気がする。

 瞳はゴジラの十八番たる必殺技と同じ色合いで光っており、声はいつもよりずっと重低音、普通にあの〝鳴き声〟を至近距離から吠えてきそうで、人間の肉体のまま〝ゴジラ〟の凶暴性を体現していた。

 今ここで少女が攻撃してきても、僕に目を合わせたままさくっと彼女を殺せそうな説得力もある。

 

「邪魔するなぁ………今こいつは今までの屑野郎(いかいし)共と同じことをアキに味あわせたんだぞ……」

 

 ああ、分かっている。

 今澤海の目に宿っている〝怒り〟は、僕を思ってのことでもあるって。

 ゴジラたちは同族意識が強く、身内には親身になる一面も持っている。

 つまり僕も彼にとってはその〝身内〟の一人であり、彼の怒りはその証であり、正直に言えば嬉しくもあるけど、だからこそ譲れないものもある。

 

「いいんだ、これは僕の不手際が招いたことなんだ、あの子が屋上のフェンスの外に立ってたから、てっきり自殺だと勘違いし、つい調子のって彼女が不愉快になるくらい僕の眼鏡愛を語ってしまったツケだ、だから澤海の手を煩わせることはない、頼むから……ここは穏便に済ませてくれない……かな?」

 

 どうにか目を逸らさず言いきった。でも顔は相当引きつっているから情けないにも程がある。

 しかしなけなしの勇気は報われ、澤海の凶悪なゴジラの顔は、少し気だるそうなアンニュイないつもの感じに変化し。

 

「分かったよ……アキがそこまで言うならしょうがねえ」

 

 日常の場における彼の物腰に戻った。

 これでどうにか、ゴジラの逆麟に触れてしまった少女に押し寄せようとする危機は回避できたのだ。

 

「けど、忘れんなよ嬢ちゃん」

 

 いつもの感じよりも、少し棘のある、でもゴジラの時より格段に丸い態度で彼は少女へと振り返り。

 

「嬢ちゃんが助かったのは、お前に殺されかけても失くさなかった友達(こいつ)の勇気と温情のお陰だってことをな」

 

 少女に釘を刺した。

 

「は……はい」

 

 刺された方の彼女は、本物のゴジラと間近で対峙した精神的疲労で、たった一言しか返せなかった。

 それでも僕は、ゴジラからのプレッシャーを耐え抜いた眼鏡美少女に〝よく頑張った〟と、エールを送りたい気持ちであった。

 

 

 

 

 

 これが、ゴジラこと黒宮澤海も交えた、僕と栗山未来の出会いの一部始終である。

 こんなファーストコンタクトを果たした僕たちが、この時限りの関係で終わるなんて確率は、旅先でゴジラに鉢合わせた時よりも低いだろう……やれやれだ。

 

 

 

 

 そんな出来事から五日後、四月の十三日に戻る。

 

 

 

 

 放課後。

 太陽は夕陽となっているけど、まだ空の大半が青空な時間帯の部室では、澤海(オレ)と美月が窓際に腰かけて、外を眺めながらポ○キーをシェアして食べていた。

 断っておくが、俺たちには色恋の欠片もない、悪友と呼んだ方が相応しい関係性である。

 一応、夕陽に照らされた美月の図も、そこらの美人画よりずっと美しいことは認められるし、俺と戦った個体のモスラよりも、ずっと可愛げがある。

 引き続き選考作業は進行中、けれど今は小休止。

 

「で? 秋人を買い出しに行かせてまでの話題は何だ?」

 

 秋人は、美月の部長特権……否独裁権によって、副部長にも拘わらず、夜まで続ける予定な作品選抜の腹ごしらえに必要な食糧を買いに行かされていた。

 来年までの文芸部における副部長ってのは、体の良い部長の使いっ走りが実態な、寅さんももらい泣きすることこの上ない苦労に満ちた職なのだ。

 

「名瀬家が栗山未来を警戒してるのよ」

「そいつは〝を〟じゃなくて、〝も〟じゃないのか?」

 

 予想してた通り、話題の中身は異界士の中でも特異な能力を持った眼鏡少女の件で……正確には彼女も含めた一件であった。

 

「よくぞ見抜いてくれたわ、碧眼ね」

「今日だけでも、知らねえ異界士たちの無駄にやる気に満ちた気配がぷんぷん匂ってたからな」

「あら? 妖夢と対峙してる時の澤海に比べれば健全でなくて?」

「だとしても、四六時中発散されるのはうっとおしいんだよ、あんだけ無闇に気張ってたら、肝心な時に対処が遅れてお陀仏だ」

 

 と、吐き捨てて、ポ○キーを歯で折った。

 

「怪獣王のご意見は格が違うわね」

「皮肉か?」

「半分は、もう半分は心からよ」

「じゃあ半分は謹んでゴミとして投げ返し、もう半分は快く頂戴するよ」

 

 逆に清々しいまでの嫌味のボールを投げ合い、俺たちは短くなったチョコスティックを同タイミングで口に入れた。

 これらはさておき、あの栗山未来が、この学校に入学した頃からだ。

 長月市では、外来の異界士が次々と移ってきている。俺もその〝外来〟の一人だし、それ自体は問題ないと言いたい……では片づけられない懸念があった。

 いくらなんでも、活動拠点をここに移した異界士の数が、多過ぎるのだ。

 こうなると面白くないのが、代々この辺を拠点にしてきた名瀬家である。ああいう手合いは、長年積み重ねてきた実績に対する自負心が強過ぎて、保守的かつ排他的だ。だから警戒心を持っちまうのも詮無き話だし、動物だって自分のテリトリーを侵されれば怒る。

 かく言う俺も、まだ〝ゴジラ〟じゃなかった頃、実際は隠れていた日本軍を攻めていたアメリカ軍の蛮行に怒り狂い、上陸してきた兵士を片っ端から殺しまくったものだ。

 自分の過去(むかし)は置いといて、嫌な予感がする現状である。いくらもう直ぐ〝凪〟が来るからと言って……いやアレが来るからこそ、外来異界士の動きは不可解。

〝凪〟は大物の妖夢を倒して名を上げる千載一遇のチャンスだから、いつもより意気込みが増すのは分かるが、それだけじゃない気がする。

〝栗山未来〟個人に対しても、ひっかかる疑念がある。

 

「実際に彼女の能力を目にして、何を感じた?」

 

 連日繰り返される秋人へのストーキングも気にはなる。

 対策として、選考作業の犠牲にされた昼休みをさらに切り詰めて、秋人と対栗山未来の作戦を練るくらいには。

 それ以上に関心を引かれるのは……自分の〝血〟を使った異能だ。

 

「なんでわざわざ〝武器〟の形にしてんだって、とこだな」

「そういう能力だからじゃないの?」

「いや……俺の直感が正しけりゃ、栗山未来の血はそれ自体が凶器だ、普通の人様なら、数滴分でも致命傷を与えられる」

 

 そして、異能以上に、冷静に彼女を思い返して、もっとも気になったのは………俺たちと会う前の秋人と、純然たる〝ゴジラ〟だった頃の自分と同じ匂いが、彼女からしたこと。

 

「そんなわけあり眼鏡美少女なら……また秋人も首突っ込むかもしれないわね」

 

 その栗山未来よりも、もっと心配なことがある。

 秋人だ。あいつは自分の内に封じられている〝怪物〟を使役できていない分……俺より遥かに厄介な〝脅威〟を抱えているし、その為に栗山未来からも受けた仕打ちを過去何度も被って来た。

 なのに……今でもあいつは〝お人よし〟な奴だ。それ自体には文句はないしそれに救われてる部分もある。しいて文句を上げるとすればその性格で、何かあるとつい藪に突っ込んじまうとこが、危うい。

 だからこの話題は、わざわざ秋人抜きで交わされたのである。

 

「『これ以上栗山未来に関わるのはやめなさい』って言ったら………秋人は彼女に関わるかしら?」

「多分……な」

 

 あえて濁したけど、実際は確定されているも同然。

 よりによって相手が秋人にとって最高にドストライクなルックスで、自身と何かしらダブるとこがありそうな眼鏡美少女、関わらない確率の方が目茶苦茶低い。『不死身だから何とかなる』とか、しれっとほざきそうだ。

 俺もだけど、あいつの体を正確に表現すれば〝死ににくい〟で、全く〝死〟とは無縁じゃないってのに。

 

「生き返るのを前提で、一度本当に死んでみれば良いのに、それならいくら秋人でも………」

 

 言い方はかなり悪い、文字だけを抜き出せばただの暴言、でもそれを口にする美月の声には、苦さと憂いも籠もっていた。

 何だかんだ言って、美月も秋人のことを心配している証拠だ。

 俺も今日の〝作戦〟を以て、彼女との接触は控えてほしいと願いたい気持ちが渦巻いていた。

 

「異界士絡みの話はこの辺にしとこうぜ、俺たちには妖夢より手ごわい奴らがいるからな」

「同調するのは少し癪に障るけど、確かにね」

 

 俺たちは裏の仕事の話題をここで切り上げて、選考作業を再開させる。

 

「こぉん♪」

 

 その間もなく、来客が来た。

 俺の仕事仲間である、ちっこい狐ちゃんだ。

 俺と美月が一人ずつ順番にこいつを撫でると、嬉しそうに綻ばせる。

 

「来たなマナ、さっそくそっちのを読んで感想聞かせてくれ」

 

 こっくりと狐っ子は頷き、小さい体で器用に本を開いて、中の小説を読み始める。

 

「マナちゃんが来てくれて助かったわ、兄貴は戦力外だし、秋人はいまいち頼りないのよね」

「こんこん!」

 

 和訳すると、『まかせて!』と〝マナ〟は返した。

 

「今の言葉、メールでヒロに飛ばしても良いか?」

「どうぞおかまいなく♪ むしろ大大大歓迎よ♪」

 

 マナの天性の癒し効果で、美月も美月なりにやる気を出してきた、明らかにさっきより上機嫌だ。

 さて、頼れる助っ人もいることだし、一冊でも早く読破するとしますか。

 

 

つづく



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第四話 - Outlaw

さて今回は、何かノリノリで書いてしまったプロローグ以来の戦闘回な第四話です。

やっぱどうも自分はアウトロー系の主人公が好きならしく、本作のゴジラの澤海君はすごく生き生きと戦いに興じるスリルジャンキーと化してます。
一応ファイズのたっくんとか、X-menウルヴァリンを参考にしてアクション作ったら、とんだ荒くれファイトに(戦慄
地の文がけっこうお茶目なだけに、余計恐ろしさが引き立つ仕様です。

そして恐ろしいのが、原作のゴジラも作品ごとに大小あれど、オーバーキルは基本という容赦のなさ。


ちなみに澤海の相棒(やきいもポジ)なオリキャラの子狐ちゃんのCVは悠木碧ちゃんです。
名前でも分かる様に、澤海のモチーフの一つはたっくんなので、555繋がりも兼ねて。

それも主人公なのに原作もアニメ(最終回で無双したけど)もほぼ非戦闘員な秋人ですが、どうにかしようと前回に続いて男気を見せてくれますよ。


 四月十三日、今日の選考作業中心とした部活動はとっくに終わり、すっかり夕陽は水平線の奥へ沈み、空は紺色がかった夜天となった頃。

 俺は屋上に設置されたタンクの上に腰かけて、丁度良い塩梅の涼しい夜風を浴びていた。

 学校そのものの身長は、人間の尺度で100mはあったゴジラの時よりずっと低いというのに、なぜか不思議にも人間の姿から見た高所は中々に壮観なものだった。

 かつては憎々しくてたまらず、ある海のウルトラマンからは〝愚かな光〟と揶揄された味気ない電気の灯りも、それなりに悪くない………とても壊し甲斐のある光りどもだ。

 できることなら、この地上の星たちを破壊して廻りたくもなるが、現在の俺は曲りなりにも人様の社会に身を置いている身なので自重しよう。

 説明すると、今のは人工の光につい反応してしまうゴジラたるの自分らの困った習性だ。特に〝初代様〟にこの光は、怒りの火に大量の油をぶっかけるにも等しい。

 ただやっぱり、夜において一番映える〝光〟は月だ。生憎今日は半月と半端さは否めないけど。

 

「こん」

 

 俺と同じくタンクに座していたあの狐ッ子が俺を呼んだ。

 紹介が遅れたな。

 こいつは狐型妖夢で、名はマナ、一応〝新藤まな〟ってフルネームもある。

 昔から妖夢退治の仕事でコンビを組んで来ており、付き合いは秋人たちよりも長い。

 妖夢としてはまだ若輩者なので、直接戦闘はやや難があるが、結界などの補助系統の妖術に秀でており、俺が遠慮なく妖夢をぶちのめせる環境を作ったりとサポートしてくれる心強い奴(あいぼう)だ。

 その気になれば人間の女の子に変身もできるが、普段は一日の大半を子狐の姿でいることが多い。

 

〝せめてエンカウントは一日一回にしてくれないか?〟

 

 頭の中で、秋人の声が響いた。

 あいつは屋上(ここ)にはいないし、俺に話し掛けているわけじゃない。

 

〝昼休みは上手く誘導されましたが、もう乗せられはしません〟

 

 続いて、秋人の苦言をさらりと無視して、栗山未来の声も響く。

 同時に頭には、黒色の背景に、物体の輪郭に走る白いラインの構成でどうにか有機物、無機物を認識できるネガフィルム風の映像が映されて、そこには秋人と栗山未来が対峙する廊下が見えた。

 この現象は、マナの持つ妖術の一つ。

 よく俺達(ゴジラ)の餌食になっている気がする潜水艦のソナーや、超音波で周辺の環境を認識するエコローションと呼称されたイルカの能力と同じ要領で、妖夢や異界士でも感知が困難なくらい微弱な妖気を発し、それが物体と衝突することで視覚と聴覚を認識する術で、マナは捉えた映像をリアルタイムで俺の脳に直接送っている。

 さすがマナ。秋人はともかく、幼い見てくれに反して修羅場をくぐり抜けている栗山未来でさえ、この会話が俺と相棒には筒抜けであると全く気付いていない。

 

〝妖夢退治が生業の一族が妖夢憑きを見逃すと思いますか?〟

〝家柄の慣習に固執するのは感心しないぞ、それに何度も言ったけど僕は〝半妖夢〟、世にも珍しい妖夢と人間のハーフである以外は普通の高校生、玄人さんなら無視できる相手だと思うけど……〟

 

 秋人が、自ら己の正体を口にした。

〝半妖夢(はんようむ)〟

 名の通り、秋人は妖夢と人間の間で生まれた存在なのだ。

 妖夢を知る人間は、例外はあれど妖夢に恐怖し、忌み嫌い。

 思想風に言うなら〝妖夢至上主義〟に侵された妖夢どもは、人間を見下し、襲って喰らう。

 こんな対立関係が確立されてもいる両者の血を継いでしまった秋人が、どんな半生を送ってきたかは、詳しく説明するまでもなく……どちらからも迫害を受けてきたことは容易に想像できよう。

 俺は過去の経験のお陰で、それがより鮮明に連想できる……昔の俺みたいに自分から喧嘩吹っ掛けたわけでもなく、「ただ■■」なだけで秋人を襲う奴らが、今でも俺にはとてもムカつく………でもそれはまだ可愛い方で、〝あの頃の俺〟ならば、躊躇うことなくそいつらをなぶり殺し、灰も残さず消し去っていただろう。

 栗山未来に対しても、最初に会った時はそうだった。

 今では、決して彼女は〝悪い奴〟じゃないってのは分かる……でもそれゆえに、彼女にこれ以上侵害させるわけにもいかなかった。

 たとえ仮初でも、秋人の下へ戻ってきた尊き〝日常〟って奴を。

 

〝戦闘を始めましょう〟

 

 少女は右手に巻いていた〝異能〟を隠していた包帯を外し、掌から滴り落ちた血で片刃の剣を生成した。

 栗山未来が〝碌でなしな人間〟ではない本当は良い奴だと認めた上で、今夜は彼女に、ちょっとしたお仕置きを受けてもらう。

 わざわざ秋人に部室の消灯役を担わせたのは、これが理由だ。

 毎日半妖夢を相手に、闇雲に〝異能〟の力を使ったツケを払わせる前振り。

 言葉で説得させた方が手っ取り早いが、それだけじゃ味気ない。

 体色に違わず、腹黒で性悪なのは承知だ。

 生憎と俺は、同じ〝科学の光〟で変異した者同士な〝光の国の戦士(ヒーロー)〟みたく、品行方正さからは程遠い……粗暴で野蛮で、本来は秩序の破壊者たる〝怪獣〟……品性を問うのは、お角違いってもんだ。

 

 

 

 

 

 そこから、三十分ほど、学校を戦場にした秋人と栗山未来の激闘は続いた。

 

〝逃げてばかりいないで少しは反撃したらどうなんですか!〟

〝だから戦略的撤退と言っただろ!〟

 

 すまない……激闘って言い方は誇大表現だった。

 実際のとこ、秋人はひたすら学び舎の敷地内を逃げ回り、それを栗山未来はブーブー文句垂れながら追いかけている形となった〝命がけの鬼ごっこ〟が、最初から現在まで変わらず継続している。

 秋人は稀有な出自に反して、直接的戦闘能力は皆無だ。

 しいてあいつの異能を上げるとすると、それが秋人特有のものなのか妖夢な親からの遺伝なのかは不明だけれど、〝G細胞〟を有した俺に負けず劣らずの肉体再生能力……ぐらいで、かなしきかな、異能者揃いの文芸部の中では、現状ワースト一位の座をほしいままにしている。

 神様ってやつは残酷だ。同じ〝不死身〟なのに、俺には今でも人々を絶望の谷底へ突き落とす戦闘能力を与え、一方で秋人には再生能力以外まともに異能を使いこなせないへっぽこ野郎に甘んじさせているのだから、俺と張り合えるレベルの意地汚さ。

 そんなもので、秋人には彼女がガス欠になるまでひたすら逃げ続けるように予め打ち合わせをしていた。

 ポケットからスマートフォンを取り出し、時間経過を確認、そろそろだな。

 

〝大丈夫か? 顔色悪いぞ?〟

〝逃げ回る先輩がいけないんです〟

〝僕に責任を押し付けるな!〟

 

 窓から中庭を展望できる三階の廊下では、ぜえぜえ息を荒げて暴言かます栗山未来と、理不尽なボケにツッコむ秋人がいる。

 分析した通りだ。あの眼鏡ちゃんの異能を使った戦闘法スタイルは、血液を消費する性質上、長時間の戦闘には不得手だ。

 

〝澤海、来た……二匹〟

 

 マナがテレパシーで報告してくる。

 目論見通り、こっちがぶら下げた異能に釣られて来た妖夢が二匹。

 校舎に近づくのは、〝日常〟を浸食する〝非日常〟と……〝戦い〟の匂い。

 それを嗅ぎとった俺は、抑えきれない欲望(よろこび)を素直にニヤりと顔に表して、立ち上がる。

 

「マナ、網にかかった奴らを絶対出すなよ」

〝わかった〟

 

 相棒に念を押した俺は、その場から跳び立った。

 

 

 

 

 能力行使の代償の貧血に苛まれた未来も、必死に逃げ回っていた秋人も、逃走劇の代償で、こちらに迫りくる影の存在に気づくまで遅れをとっていた。

 

「危ない!」

 

 反射的に秋人は未来に駆けよって抱き付き、影の猛威から彼女を守ろうとした瞬間……影は横合いから迫ってきた光る物体の直撃を受け、弾き飛ばされた。

 地面に着地した影の正体たる妖夢、そいつはトノサマバッタを人型に落とし込んだ姿をし、顔などほぼバッタそのものだった。

 

『きさま……』

 

 バッタ型の妖夢は、原語を発して攻撃してきた澤海を凝視する。

 

『あの青の光、そうか……貴様がかの〝ゴジラ〟か?』

「だったらどうする?」

 

 澤海は挑発的に微笑んではぐらかす。

 

『なぜ異界士となって人間どもの〝味方〟をする? 奴らは〝核の光〟で貴様をおぞましい姿に変え、安住の地から追い出したのではなかったのか?』

 

 バッタ男の質問を受けた澤海は、何やらツボを突かれたようで、静謐な学校の中庭にて、大音量の笑い声を上げた。

 

『何が可笑しい』

「一体俺がいつ〝人間様の味方〟になったんだ? 笑わしてくれるじゃねえか………俺はただな、調子乗って思い上がった奴らをぶちのめす為に戦(や)ってんだよ、てめえらの勝手な都合を押し付けるな―――カスが」

 

 途中から狂笑を消し、澤海は明確な敵意と殺意をバッタ男に向ける。

 無論その面構えは、〝ゴジラ〟が〝敵〟と認識した相手に突きつける凶悪なものとなっていた。

 もはやお互いに相手と話す舌は持たず、バッタ男は握り拳で構えを取り、澤海(ゴジラ)はいわゆる無業の位の体勢で、右の手首をスナップした。

 戦闘が始まる直前、もう一つの図太い影が、澤海の背後をとろうとする。

 だが、それは一人の女性の強烈なジャンピングハイキックによって阻止された。

 亜麻色の髪を縫いあげて、背広をビシッと着こなした……およそ戦闘には不向きな格好をした妖艶で妙齢の女性だった。

 

「ニノさん…」

「一人で二匹もぶんどろうなんてずるいわよ」

 

 背中を向きあったまま、澤海は女性と会話する。

 彼女もまた、異界士(うらのかお)を持つ異形の狩人である。

〝ニノさん〟に蹴り飛ばされ、中庭に叩きつけられた妖夢は、首と平たい顔な頭が一体化し、腕を中心に上半身が肥大化したアンバランスな体格をしていた。

 

「しゃあねえ、そっちのデカブツは頼む」

「妖夢石ももらっていいかしら?」

「あんたの好きにしろ」

 

 そうして改めて、学校を戦場に異界士(かるもの)と妖夢(かられるもの)による戦いの火ぶたが切られた。

 

 

 

 

 

 

 一階に降りて直ぐ様中庭に出た秋人と未来は、進行中の戦いを目にする。

 自然と彼らは、澤海とバッタ男の方へと視線が向かった。

 貧血の疲労から回復した未来は、澤海に加勢すべく走りだそうとするが、秋人の手に小さな肩を掴まれて引きとめられた。

 

「なんで止めるんです!? 押されてるのは黒宮先輩の方じゃないですか!」

 

 そう、一見すると、戦況はバッタ男の方が優勢であった。

 飛蝗の特性を有した妖夢なだけに、奴の身のこなしは俊足、そこから繰り出される足技は華麗で、手数も多いテクニシャン。

 澤海はそららを手で捌くのに手一杯で、一方的に押されている。

 妖夢の廻し蹴りが澤海の頬にヒットし、彼は横回転で飛ばされる。

 

『噂は誇張でしかなかったか』

 

 そう吐き捨てた妖夢は、脚の形状を人間に近いものから飛蝗そのものへと変化させ、起き上がったばかりの澤海へ、地面すれすれの低空ジャンプで接近し、擦れ違い様に蹴りつける。

 そこで攻撃の手を緩めず、飛蝗の跳躍力を最大限に生かした一撃離脱―――ヒット&アウェイの戦法でじわりじわりと追い詰めていく。

 見ていられない未来は、秋人の手を振り払おうとするが――

 

「よく見て栗山さん、あれが追いつめられた顔に見える?」

 

 言われた通り、防戦一方な筈の澤海の顔を見て、戦慄を覚えた。

 笑っている……痛めつけられている側であると言うのに。

 

『guaaaaaaaa―――――!!』

 

 奇声と共に、澤海へ再び跳びかかりながら、その脚で重い回転キックを当てようとするバッタ男。

 凶器たる脚が、澤海の喉元を捕えようとした………直前、何かが突き刺さった音がした。

 音源の一つは、バッタ男の顔から……澤海がカウンターで繰り出した右手のアッパーが奴の下顎に命中し、接着面から体液が流れ出ていた。

 

「何か言ったか? ライダーもどき」

 

 見れば、指の隙間から伸びた青白い刃が、妖夢の頭部を刺し貫いていた。

 正体は現在のゴジラが持つ能力、体内で生成されたエネルギーを半固体に押し固め練成する制御法で作られた〝爪〟。

 では、彼に止めを刺そうとしていた妖夢の蹴りはどうなったか?

 その一撃は澤海の左腕が蛇の如く絡め取る形で脚を鷲掴み、外見以上に強大な腕力で体組織をずたずたにし、指はその握力のみで皮膚を抉っていた。

 澤海は相手から両腕を離すと、直ぐ様バッタ男の触覚を掴み上げ、強引に引きちぎり、手で肩を掴み、引き寄せると同時に膝撃ちを二発当て、両手を組んで上背を叩きつけ、掌底で顎を打ち上げた。

 澤海――ゴジラのほぼ我流で、野獣的荒々しさ溢れる喧嘩屋殺法による冷徹な反撃は、そこで止まらない。

 右手で何発も、連続でバッタ男の顔を撃ちこみ、一度軽く手をスナップした後、下段からあのジークンドーの創始者顔負けの見事な右上段掛け蹴りで、奴を蹴り上げた。

 宙に舞うバッタ男、触覚を千切られて感覚が狂った今の奴には防御すらままならない。

 まだ相手が浮いている間、澤海は蹴った勢いで一回転しつつ、肉体を発光させて瞬時に3m近くの大きさなゴジラに変身、この姿の彼の強力な武器たる尾を、右切上げの軌道で打ちつけた。

 斜線状に夜空へと飛ばされていくバッタ男に眼(ガン)を飛ばしながら、ゴジラは背びれを断続的に発光、口から50万度ものの敵に死を齎す青色の熱線を発射。彼の卓越した対空迎撃力によって熱線はまだ慣性の波に呑まれたバッタ男に直撃し、断末魔とともに妖夢は爆発の炎に散っていった。

 

 

 

 

 

 妖夢の体でできた不細工な花火を、瞬きも忘れて見入っていた秋人たち。

 

「うっわ~~今日も妖夢さんが哀れに思えちゃう暴れっ振りね」

 

 偶然駆け付けた〝ニノさん〟の声で、ようやく彼らは我に帰った。

 彼女の手を見ると、さっきまで妖夢だった光沢混じりの石がある。

 これは妖夢石といって、倒された妖夢が残す置き土産とも言える石だ。

 

「ニノさん……」

「先輩……この人は?」

「あ、この人は二ノ宮雫、通称ニノさん、学校(ここ)の先生で、うちの部の顧問、そしてこの辺じゃ有名な異界士だよ」

 

 秋人が二ノ宮雫のことを未来に紹介してほとんど間を置かずに、耳鳴りに苛まれるほどの轟音が響いた。

 ゴジラが勝利の咆哮を夜空に向け、放っていたのだ。

 

「噂は………本当だったんですね」

「そう……あれが僕の〝友達〟でもあり………僕達の常識を破壊する怪獣王………〝ゴジラ〟だ」

 

 体躯は学校の校舎より小さくとも、まるで100mもの大きさを間近で見ていると錯覚させてしまう圧迫感が、ゴジラからは発せられているのであった。

 

 

つづく

 



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第五話 ‐ 孤独の理由

冒頭の話は、未来ちゃん除いた文芸部員たちのビギンズナイトで、アニメエピゼロと原作三巻序章を掛け合わせた仕様。

そんでやっぱりここでも度を越したシスコンなのは草加並にブレない博臣なのでした。


 宵闇に支配された森、その日の夜の月は完全に身を隠し、仮に照らしていたとしても、木々の枝場は月光を遮り地上に届かせるのを許さなかった。

 常人の目では慣れても視界を確保しにくい世界の中を、無我夢中でひたすら走り抜ける人影――少年が一人。

 余りに速く走ることに意識が向き過ぎ、何かに引っかかって転倒してしまう。

 

「人語を話せるくせに、逃げる以外に能がないのか?」

 

 もう一人の少年の……侮蔑が露わとなっている声。

 

「恨むなら悪運を呪うんだな、妖夢」

 

 逃亡者の方の少年は、倒れたまま振り返り、後ずさった。

 

「や…め…ろ」

 

 追跡者の少年は、追われる側な相手を見下ろす。

 瞳は明らかに、人を見る目ではない。文字通り〝虫けら〟を見る目つきだ。

 

「兄貴!」

 

 その追跡者の後を着いて来ていたらしき少女も現れる。

 

「美月、近づくなと言っただろ」

「そう言われて大人しく引っ込むと思う?」

 

 状況から踏まえれば呑気としか思えない、兄妹の言葉による小競り合い。

 

「もう……手遅れ……だ」

「戯言はもう飽きた……直ぐに――」

 

 兄の方の追跡者は、最初逃亡者の言葉を妄言だと一蹴し、直ぐ様そう解釈しやのは間違いだったと気付いて顔を歪ませた。

 逃亡者の全身から、闇よろ黒い瘴気が漏れ出したかと思うと……彼の肉体が禍々しいケダモノ――妖夢へと巨大化、変貌して行く。

 人間だった姿はそこにはなく、猛毒を帯びた瘴気が奴の周囲を漂っている。

 鋭く伸びた爪が、兄妹の身体(にく)を裂こうとする。

 

「美月!」

 

 兄はその身を以て盾となり、彼の背中は爪の一撃で切り裂かれた。

 

「お―――お兄ちゃん!」

 

 袈裟がけ上に斬られた背の傷口から、血が痛ましく溢れだす。

 それでも致命傷にならなかったのは、彼の……というより彼らの〝異能〟である青い半透明の壁が、威力を軽減させてくれたからだ。

 しかし、もう次はそうはいかない。二撃目は確実に、二人を死に至らしめる。

 妖夢の口内から大量の瘴気が溜められている、奴はそれを吐き出して彼らを殺すつもりだ。

 一度首をのけ反らせ、猛毒を放とうとしたその時―――

 

「なっ!」

「え?」

 

 青白い光の奔流が奴の胸部に命中し、衝撃で巨体は大きく吹き飛ばされた。

 原子炉のチェレンコフ光にとてもよく似た……〝熱線〟、その〝飛び道具〟が誰の仕業によるものか思案もできぬまま、兄妹は大地の震えを知覚する。

 最初は地震と勘違いした……が、轟音と一緒に短い揺れが繰り返し起こる現象に、それは地球が起こす揺れでなく、巨大な〝物体〟の歩行で鳴らされているものだと把握した。

 振動と足音はどんどん大きくなり、重低音な獣の唸り声まで耳に入る。その主がこちらに近づいているのを意味していた。

 

「お兄ちゃん………見て」

 

 二人は背後へよく目を凝らして、主の正体を見た。

 あの巨大化した妖夢の瘴気よりも漆黒で、図太い四本の白い爪が生えた足、ゆっくりと目線を上で移動させて行くと、先の熱線と同じ色をした瞳を宿す……〝怪獣〟の顔を目の当たりにした。

 

「ガァァァァァァァァァオォォォォォォォォォォーーン!!」

 

 怪獣は眼前の兄妹を見向きもせず……自身が先程放った熱線の洗礼を受けた〝妖夢〟に敵意を突きつけながら、二列の牙を生やす口を大きく開かせ………身体の芯まではおろか、天地さえ震撼させる咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 雀が景気よく鳴く朝、名瀬博臣は目を覚ました。

 さっきまでの夢は、彼が三年前に体験した過去だ。

 

「全く……こんな気持ちいい朝の日に、アッキーとたっくんの夢を見るなんてな」

 

 と、本日の夜明けに似合わぬ夢をみた己を嗤う。

 この目で〝本物の怪獣王〟を間近で拝んだ瞬間は、今でも鮮明に脳内のスクリーンで再生できる。

 正直に打ち明ければ、あの時の自分は、全高二十メートルほどしかなかった〝彼〟を前に、完全に心が屈していた。

〝破壊神〟という異名や、〝GODZILLA〟という英名を付けられるのも至極納得な荒ぶる〝神性〟が、あの黒い巨体には持ち合せていた。

 悪夢といっても良い経験な……一方で彼には感謝もしている。

 結果的(それは彼にとってはある意味いつものこと)に、命を助けてもらったし、あの巨体と戦いぶりを焼きつけられたことで、完膚なきまで破壊させてもらったのだ………自らの内に巣食っていた……〝驕り〟と〝増長″を。

 同時に、もっと〝強くなろう〟する、向上心も齎してくれた。

 人間に転生しても、人間の〝負〟の鼻っ柱を叩き折る彼の性質は、衰えることなく健在なのである。

 

「さて、我が妹(めがみ)のあどけない寝顔を見る前にシャワーっと」

 

 当人は勿論、ゴジラですらドン引きする妹愛を堂々と独白して、屋敷内の浴場へと向かう博臣。

 廊下を歩きながら、ふと考えた。

 三年前に会ってから現在まで、たっくんとは何度も共闘し、ゴジラの雄姿を幾度も目にしてきたけど……微妙に映画での彼と違う点がある。

 ファンの間では〝VSシリーズ〟と呼ばれる90年代に公開された作品群の世界生まれで、外見もそのシリーズのゴジラ寄りなのだが、独自の特徴もあった。

 一つは筋肉質と表せるふとましさに重々しさと引き締まった感が同居した体格、これは今後発売予定のPS3ゲームの彼に近い。

 二つ目は目、色はチェレンコフ光そっくりで鮮やかな水色、人間体の時でも感情が昂ぶり〝ゴジラ〟の本能が表出するとその目になる。

 三つ目は鳴き声、初代とVSシリーズ前期と2000年代の作品のが入り混じっていた。

 四つ目は、首に三対ある鰓、映画に使われる着ぐるみたちには、そんな特徴は無かった。

 ひょっとすると、未来人にベーリング海へタイムトラベルされ、核廃棄物で変異していく際、海中に長時間いたことで初代の設定である海生爬虫類と陸上獣類の中間生物に進化した賜物かもしれない。

 どうもゴジラには、生命の神秘(ベール)も教えてくれる一面もあるようだなと、考えに耽る博臣の首には、〝美月〟の全身絵が描かれたバスタオルが掛けられていた。

 どんな時でもシスコンな面は絶対にブレない、それが名瀬博臣である。

 

 

 

 

 

 せっかくの休日な土曜……だけれど僕たち文芸部は本日も選考作業に追われる運命である。

 先に澤海が来ていると顧問のニノさんから聞き、職員室から部室に着いてドアを開けると………静かに寝息を立てた彼が座り寝をしているのを見た。

 朝が弱い澤海――今のゴジラならではの一面。こうして安らかに寝顔を見せられるのは、自分の経験上でも良いことだとはっきり言える。

 美月も来るまで(博臣は端から期待してない)、もう暫く寝かしとこうと、ゆっくりドアを閉め終えた瞬間。

 

『gyaaaaaaaa――――oh―――――!!!』

 

 部室内に、獣のらしき叫び声が響いた。

 余りの音のでかさに耳を塞ぐ。鳴き声は、机の上に置かれた澤海のスマートフォンから……つまり正体はアラーム機能なわけだった。

 

「ふあぁ~~~」

 

 それをセットした澤海は目を覚まし、やかましく鳴くスマホの画面をタッチして鳴り止ませる。

 

「ようアキ」

 

 アンニュイな様子で僕に挨拶をしてきた。

 

「ようじゃない! 今のアラームは何だ!?」

「何って……同族(なかま)の鳴き声だ、朝起きるには打ってつけでさ」

「つまり………ゴジラのってこと?」

 

 頷いて肯定を示す澤海。

 

「今の聞いたことないぞ」

「あ……こいつは今年初めてハリウッドリメイクされる方のゴジラだ、予告見てないのか?」

「いや~~ネタばれが怖いから余り見ないもので―――」

 

 ん?待てよ? 僕の記憶が正しければ、今の澤海の発言には誤りがある。

 

「待てぇ……確かハリウッド版は今年ので二度目だろ? 98年のを知らないとは言わせない―――」

「あんなの〝ゴジラ〟と呼べねえ」

 

 澤海はそう答えた。彼の迷いの欠片のなさに絶句する。

 確かに……1998年に公開されたハリウッド版は、日本はおろか海外のファンにまで評判が悪く、怪獣映画の企画は通りにくくなり、それ以降に作られた本家ゴジラ映画でも故意に皮肉った場面が度々見られる始末。

 せっかく本家とのバトルが実現した現行最終作ではほんとに〝瞬殺〟され、劇中のボスキャラから『マグロ喰ってる奴はダメだな』と言われ、それを見たファンからは拍手喝采されたという。

 こんなに悪評がある原因は、なにせトカゲというかイグアナと、当時の学説準拠の肉食恐竜を組み合わせた、本家の面影はほとんどないデザインの他。

 自力では熱線どころか火すら吐けない。

 リニアモーターカーに匹敵するそんな馬鹿なスピードで走りまくり。

 しまいには、本家たちにはへっちゃらなミサイルで死ぬあんまりな末路を迎えた。

 これらの要素のせいで、ヒットはしたけど内容ド不評な〝典型〟の烙印を押され、ちゃっかりその年の最低映画賞のラジー賞を受賞してしまった。

 いわゆるエメゴジ(トラゴジ)は現在、〝GODZILLA〟からGODを抜いて、〝ZILLA〟って名称が半ば公称となっていた。

 擁護しとけば、エメゴジは劇中の人間よりも頭使ってアメリカ軍を翻弄するし、作品そのものの出来もポップコーンを食べつつツッコミながら見る分には面白いとの声がある。

 

「別に〝ジラ〟を貶したいわけじゃない、元々リド○ウルスのリメイクだったあいつには、〝ゴジラ〟の名が重すぎたんだ」

「え? そうだったの?」

「ああ……あいつとレ○ー・ハウゼンはな、金儲けって〝妖夢〟に取りつかれちまった野郎どもの被害者なんだよ」

 

 心底不快そうに吐き捨てた澤海の話によると、どうも実際は一作目の前年に公開された〝原○怪獣現る〟って映画のリメイクだったのだが、スタッフの悪知恵が働いて、そっちの方がお金と客が入るから〝ゴジラ〟のリメイクになったと……最近制作に携わったプロデューサーが暴露したらしい。

 これじゃ澤海が彼を〝被害者〟と表したくもなる。本家へのリスペクトは……あったと信じたいが、不運にもスタッフの姿勢が悉く裏目に出た結果〝ジラ〟は不幸にも〝ゴジラ〟の重圧を背負うことになってしまったのだから。

 

「アニメで挽回できたのがせめてもの救いだ」

 

 幸いなのは、続編のアニメにてジラから生まれた子が、見た目は親譲りでもタフで熱線吐く〝ゴジラ〟であったことだろう。

 まあ一番の幸いは、澤海の逆麟にギリ触れずに済んだことだ。

 下手すれば制作会社はおろか、ロサンゼルスごと焦土にしていた可能性も捨てきれない。

 監督らスタッフは、まだ自分が生きていることを感謝すべきだ。

 ちなみに今年公開される〝二度目の正直〟の方のリメイク版を当のゴジラたる澤海がどう思っているかは………鳴き声をスマホのアラームにしている時点でお分かり頂けただろうから、割愛する。

 ハリウッド版ゴジラの話題はこの辺でしめよう。

 

「ミツキのメールによると、今日はヒロも来るとさ」

「そいつは珍しい……」

「だろ?」

「だなぁ……でもそうなると……〝アレ〟が」

「嫌なら絶対あいつに背中見せるなよ」

「博臣がやりそうになった時は、ぶん殴ってくれないか?」

「そんぐらい自分でどうにかしろ」

「ケチぃ、ノートを移させといて薄情だ」

「趣味に没頭し過ぎてよく勉学サボるのはどこの誰でしたっけ?」

「うぐぅ……」

 

 あえなくゴジラに論破された。確かに僕はノート移し等の強制力がないと眼鏡への情熱で度々勉強がおろそかになり、澤海は仕事疲れで居眠りこそすれど、その辺はきっちりちゃんとしているからだ。

 僕らの話はこの辺にして、分岐前に話題になっていた人物の名は名瀬博臣、美月の兄にして、確かな実力を持った名瀬家の異界士だ。

 彼について僕から言えることは……ない。

 気になっても聞かないでほしい、絶対後悔するから。

 

「二人が来る前に始めとく?」

「異論はない、やっとこうぜ」

 

 横スライド式金属製本棚から、未読の『芝姫』を複数冊取り出して、作業を再開させる。

 

「アキ、独り言として流してもいいから聞いてくれ」

「何?」

「栗山未来がお前に付き纏ってたわけは、聞いたか?」

「あ~~一応………〝単純接触の原理〟………と言われたよ」

「そいつは……災難だったな」

 

 ぽろぽろと僕の瞳から涙が流れ出る。

 単純接触の原理。心理学用語で、初見時の第一印象は悪くとも、繰り返し接すると好感度が高まるというもの………平たく言えばツンデレの原理。

 つまり彼女は、自ら殺そうとした相手でその原理を証明しようとしたのだ。

 百歩譲ってその試みは認めよう……でもそれなら普通に接してほしかった! 襲いかかる必要性など全くないじゃないか! 故意に精神を追い詰める同級生たちと、無意識に肉体を傷つけようとする後輩君との組み合わせとかマジ誰得なんだ!? 生まれるのは僕と言う被害者だけだ!

 

「人の良さそうな見てくれが仇になったなアキ……だから俺にはノーマークだったのか、すっきりした」

 

 そうなのだ……栗山さんが澤海に手を出さず、僕にばかりちょっかい掛けたのは、つまるところ脅威度の差。

 彼女を救うべく、なけなしの勇気で怪獣王のお怒りを静めてあげたのに、どうしてあんな仕打ちを受けなきゃならないのか。

 

「ほんと世の中無情だ! 間違ってる!」

 

 嘆きが極まるあまり、天に向かって吠えるゴジラの如く、思わず立ち上がったと同時に心情(パッション)が口から天井に向け迸らせていた。

 

「でもそいつから、ちゃんと詫びももらったんだろ?」

「ま……まあね」

 

 とはいえ、栗山さんも罪悪感はちゃんと抱いていたようで、昨夜校舎の戦いの後、夕飯を奢ってくれた。

 店の指定は僕の一存に委ねるということで、好物のオムライスの専門店〝オムの木〟で御馳走してもらい……ちゃんと謝罪の言葉も受け取った。

 

「めでたく解決したのに、何だ? その顔」

 

 僕が浮かない顔をする理由を、澤海は問うてくる。

 

「実は……せっかくだと思って、文芸部(うち)に入ってみないかって、誘ったんだけど」

「自分(てめえ)を殺そうとした奴を勧誘するなんて、ほんと物好きだな、お前」

「そこは僕も認めるよ………でも」

「でも?」

 

 僕からの勧誘に対し、彼女は断り、続けてこう答えたのだ。

 

〝もう私には関わらないで下さい………私は、先輩たちのように暮らしたいとは思いません…………先輩達みたいに、みんなと楽しく生きていく資格なんて……私には無いんです〟

〝どうして?〟

 

 と、問いかけても、彼女は〝答えたくない〟って意志以外には、一切教えてくれなかった。

 

「澤海はどう思う?」

「さてな……直接聞いてねえんだから、どうとも言えねえよ」

「だよね……」

「ただ――」

「ただ?」

「例えて言うなら………〝俺がチビスケに手を掛けた〟―――なんてこと、あの子は経験したのかもしれねえな」

 

 澤海の言う〝チビスケ〟は、前世の彼が実の子同然に育ててきた……〝ゴジラザウルス〟の子ども。

 実際に彼がその子を殺したわけじゃない、けど澤海が比喩表現で〝我が子〟を使ったことから意味するのは―――一つ。

 栗山未来は、自分の大切な人を……殺したのだ。

 

 

 

 

 

 もうすぐ正午な、午前11時56分頃の食堂の切符売り場でのこと。

 

 

 

 

 

 どうして自分は、今日も学校に来ているだろう?

 今日は土曜日、部活に入ってるわけでもなく、昨日お誘いを受けたけど断ったし、用が無い自分では、登校しても暇を玩ぶだけ。

 昨日は〝あんなこと〟があって。

 

〝もう、関わらないで下さい〟

 

 その後〝あの人〟あんなこと言った以上、もうここ数日みたいなことはできない。

 なのに何のわけもなく、校舎内に自分はいる。

 せめて理由の一つは作っておきたい。

 そうだ……学食は外の店で食べるよりずっと安いんだから、食費を抑える為に来たってことにしよう。

 

「何が食べたい?」

「え?」

 

 不意に、声が聞こえた。

 そこから少し遅れて、その声は自分に呼び掛けるもので、声は前に立っていた男子のもので……メニューは何を選びたいのかって意味なのだと悟る。

 背中を向けていた前の人が、こちらに振り返る。

 

「黒宮……先輩」

 

 神原秋人の友人であり、名うての異界士であり、怪獣ゴジラでもある………黒宮澤海その人であった。

 

 

つづく



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第六話 ‐ 文芸部の騒がしい日常

「あんがとよ」

 

 食堂のカウンターから、注文したデカチャーシュー付き大盛りチャンポン麺チャーハンセットと、海老ピラフを受け取った俺は奥の方のエリアに向かい。

 

「待たせたな」

「いえ、奢らせて頂きありがとうございます」

 

 先に座していた栗山未来の前に彼女が注文したピラフを置き、真向かいになる席に腰かけ、腕に掛けていた手さげ袋をテーブルの角に置く。

 

「「いただきます」」

 

 日本人が飯を食べる前にやるこの挨拶をする。今の言葉には『命(たべもの)をありがたく頂く』なんて意味がある。

 生きていくことは〝命〟を食うこと、そいつは生きている者例外なく持っている宿命(さだめ)で、俺――ゴジラもまたそいつから逃れられない。

 主な食糧源が放射性物質なゴジラになってからも、クジラとかサメとかシャチとかイカとかの海生生物を食すことがあったからな。

 その上で、だからこそそれに感謝しようって考え方は、人間も粋なこと考えるのだなと、我ながら感銘を受けたものだ。

 箸で細かく切り分けたチャーシューの一部と野菜を麺と一緒に食べ、味を堪能する。元々ゴジラザウルスは雑食性、なので色んな食材が入ってるちゃんぽんは絶好の料理だ。

 美味い、今日も食堂のおばさんが作ったこいつは絶品の域。生物が生きていくのに必要な義務でしかない食に娯楽性を見い出し嗜むのは、人間の種の良いとこだ。

 一方で調子乗って食料源以外の目的で取り過ぎてしまい、禁止してもやらかす奴らがいたり、勝手かつ一方的な屁理屈で殺しちゃいけないなどと言って余計に生態系狂わして裏目に出る〝無様〟な面もあるけど。

 どうも知性ばっかり発達させた人間は、そういうバランスを取るのがめっちゃ下手くそだった。

 人間になっても、俺には動物的感性(してん)も少なからず残っているので、こうも考えてしまう。

 

「あの……」

 

 未来が何やら言いたそうに尋ねてくる。

 

「ここ数日は、本当に申し訳ありませんでした……お友達にご迷惑を掛けて」

 

 一旦スプーンを置いた未来は、こう言って頭を下げた。

 謝罪内容はここ数日の秋人への心身両方の面で苦痛を与えた件。

 

「アキにちゃんと謝ったんだろ?」

「はい」

「ならもういいさ、俺もお前を妖夢釣りの〝餌〟にしたんだし、おあいこだ」

 

 磁力が金属を引き寄せるのと一緒で、異能の力は異能を、異界士の異能は妖夢を引き寄せてしまう。

 あのまま連日その異能を使って秋人と追いかけっこしていたら、いずれ目に付いた妖夢が二人を襲うなんてこともあり得た。

 ならばいっそ、敢えてその状況を誘発させてやろうと、昨夜の作戦を実行させたのだ。

 実際に妖夢を呼び寄せた状況を起こしてしまえば、無闇に異能は使わない方が良いと戒められるし、喰らいついてきた妖夢を俺(ゴジラ)の力で叩きのめすことで、『これ以上秋人に手を出せばお前もこうなるぞ』と見せしめにもなる。効果は覿面で、その日の内に秋人と彼女の間に手打ちが交わされた。

 これで秋人の日常を脅かす〝不穏要素〟の一つは払しょくされたわけだ。

 ただ、その為に栗山未来に妖夢を釣る〝餌〟の役を押し付けもしたので、こちらからも何らかのお詫びの措置をしなきゃならない。

 

「こいつはせめてものお詫びってことで」

 

 俺は制服の内ポケットから封筒を取り出して見せる。

 

「それは?」

「あのバッタ男の妖夢石を金に変えたもんさ」

 

 倒された妖夢が残す妖夢石は、専門の鑑定士によって現金に換金することができる。

 あのバッタ男は結構珍種、噂によればとある漫画家はあの妖夢を目撃したことがあり、それがインスパイアとなって自由の守護者〝仮○ライダー〟が生まれたのでは―――なんて都市伝説が、特撮ファンな異界士たちの間で囁かれている。

 俺が倒したその一体は、二十万もの金額に換えることができた。

 

「その半分の諭吉さん十人が入ってる」

「じゅ―――十万!? あの妖夢そんなに!?」

 

 ちゃき~~ん。

 よくアニメとかで聞く効果音がほんとに鳴った気がした。

 赤縁眼鏡の奥の目は、見れば\のマークができている。

 

「それと」

 

 足下に置いていた手さげ袋に入れていた一冊の本を取り出してテーブルに置き、その上に封筒を添える。

 

「どどどど――どうして先輩がこれを!?」

「この間本屋に行ったら偶々見かけたんだよ、どっちを買おうか迷ってるお前をな、お金は趣味にでも自由に使ってくれ」

 

 差し出したのは、彼女の〝趣味〟であろうものに関連するものだ。

 で、未来はと言うと、目をキラキラとさせて〝欲しい〟って欲求を正直に見せた………かと思いきや我に返って、手で頭を抱え『受け取るか、断るか』の二択による葛藤に苛まれていた。

 ほんとそう言う分かりやすいとこ、秋人にそっくりだなと、つい笑みが浮かんだ。彼女のその素直さは嫌いじゃない。

 でも、このまま未来を苦悩させ続けるのもアレだ。

 

「わるい、過ぎた施しだったな」

 

 札の入った封が乗る書物を手に取ろうとすると、ほぼ同時に彼女の葛藤でぶるぶる震える手も置かれた。

 こっちが引っ込めようとすると引っ張り、逆に差し出そうして押すと押し返される………おい、どっちなんだてめえ。

 

「受け取れません……」

「せめてどうするかはっきりさせてからにしろ! 言動がちぐはぐだぞ」

 

 たく……よくそこまで人間の象徴(ことば)を空虚にできるな。

 柄でもないのに、秋人くらいのテンションで突っ込んでしまった。こういうハイかつキレっキレなツッコミはあいつの役目だと言うのに。

 

「すみません………では、ありがたく」

「最初からそう言えっての」

 

 暫くすると心の揺れが治まったらしく、彼女は受け取ってくれた。

 お詫びの品を渡すか否かの交渉を終えて、昼飯を再開。

 先にこちらのちゃんぽんとチャーハンを食べ終えると。

 

「あの、こちらからも聞きたいことがあるのですが?」

「何だ?」

 

 まだ少しピラフが残る未来は、何やら聞きたいご様子。

 

「黒宮先輩と秋人先輩って……どう知り合ったのかな……って」

 

 質問の中身は、俺と秋人が初めて会った時の経緯、別にトップシークレットってわけでもないし、話しても問題はないか。

 

「もう三年前だ、あの頃の俺は異界士やりつつ放浪しててな―――」

 

 風の向くまま気の向くまま、流れに身を任せて、この長月市に来た時、異界士と妖夢……らしいのだが他の奴とは違う妙な気配を感じた。

 奇妙な気の正体を掴もうと、森の中に入り発生源の下へと急ぐと、自分の立っていた位置から100m先で、追いつめられる金髪の少年と、追いつめる異界士の少年と少女を捉えた。

 追いつめた方の少年の傲岸さに満ちた目に最初吐き気がしたが、直ぐに追われる方から禍々しい瘴気と、かつての自分に匹敵する憎悪が溢れだし、奴は――神原秋人はケダモノへと成り果てた。

 

「暴走したアキをぶちのめして、結果的に名瀬家の子息(せがれ)どもを助けた俺は、あっちからの依頼で秋人(あいつ)の監視をすることになったんだよ」

「先輩って……そんなに……」

 

 未来はきっと〝危険〟なのかと言いたかったのだろう。

 けれど秋人の人柄を多少なりとも知った今の彼女には、とてもその一言を口に出せそうになかった。

 

「あいつは親譲りの異能の力を全く制御できてないんだ、そういう点じゃ、ゴジラである俺よりも厄介なもんを背負ってるのさ」

「だから……あの時の先輩はあれ程までに怒っていたんですね、せっかく学校に通えるようになった神原先輩の妖夢の〝血〟を、私が暴走させてしまうかもしれなかったから」

「ああ」

 

 俺が未来にあそこまでの怒りを見せたのは、ゴジラの本能に駆られたことに、友達に傷つけられた怒りと、今までもあいつが受けてきた理不尽への怒りだけじゃない………気まぐれな運の巡り合わせで、異界士(にんげん)にも妖夢からも追われる逃亡生活から脱却し、曲りなりにも〝普通の生活〟を過ごせるようになった秋人の現在(いま)を、絶対に壊させない想いもあったからだ。

 安息の地を追われた俺は、核の光すら憎しみの力に変えて自らの糧とし、人間どもを絶望の淵に追い込む破壊神となった……そんな業を、あいつにまで背負わせたくない。

 どれだけ迫害されても、他人への情を捨てなかったあいつだけは……〝ゴジラ〟にしたくない、させたくない。

 もし本当に〝ゴジラ〟と化して、あいつの人の心が消えたその時、一思いに殺す覚悟は、名瀬の依頼を了承した時から腹を括ってる。妖夢の血が秋人の尊厳を汚すくらいなら、せめて引導を渡してやるのがせめてもの手向け。

 だがその時を迎えぬ様、とことん抗う気だってある。

 

「知らなかったとは言え………ほんとにすみませんでした」

 

 罪悪感を刺激されたようで、改めて未来は頭を下げてきた。

 正直まだまだ人間には気に食わないことが多くあるが、かといってこの少女をこれ以上苦しめる気も無い。

 

「もうその話は水に流すって言ったろ? 奢ったのはその為の手打ちだ」

「はい」

 

 それでも彼女の瞳は曇っていた。

 優し過ぎるな……この子も―――人でなしの碌でなしと化し、とうに良心捨てているのに人間の振りした悪魔どもよりは、秋人や未来のようなやつらの方が良いに決まっている。

 だけど、時として良心に善意や優しさは………持ち主の心を苦しめる毒になることもある……ずっと心に持つべきものだが、持ち続けるには相当苦労する厄介な代物だ。

 未来の心境を思えば……〝聞く〟のはやめた方がよさそうだな。

 どういう目的で長月市に来たのか?

 他の外来の異界士との繋がりはないのか?

 あったとしたら、そいつらは何をしようとしているのか?

 今の未来に、これらの質問は酷だ。

 本人に聞くまでも無く、分かったことも幾つかある。

 

〝もう、私に関わらないで下さい〟

 

 何やら事情を抱えていることは間違いないし、秋人には〝単純接触の原理〟と説明したけどそれは嘘で、本当はあいつがストーキングにうんざりして、意識的に彼女への関心を断絶させる為が真の理由だった可能性は、彼女の人柄を見ればあり得ない話でもない。

 長月市には、他の異界士とたまたま同じ時期に来てしまったかもしれない……実は組んでる奴らが彼女に何も知らせて無いって可能性もまだ否めないけど、ここまで隠し事が下手で、他人との交わりを強迫観念の域で避けているとなると……一人で来たってのが、現状一番手。

 これだけ収穫があれば、今日はそれで充分だ。

 

「午後も部活あるから、先に行くぜ」

「は……はい」

 

 皿の中身が空になったお盆を持って、その場を去ろうとし、二~三歩進んだ辺りで立ち止まり。

 

「あと一つ聞くが、昨日部活勧誘したアキに、もう関わらないでくれって、言ったそうだな」

 

 未来に背を向けたまま、もう一言問う。

 

「はい、私には……誰かと一緒になる資格なんて――」

「〝無い〟……か?」

「はい」

 

 ここまで他人と関わることに〝恐れ〟を抱かす元凶は、血を操る異能も関係あるのが明らかだが………他にも決定打になったものがあるな。

 

「気をつけろ」

「え?」

「自分から〝関わるな〟って言う程、実はまだ未練があるって思われやすいんだよ、まあ………気が向いたら一度文芸部(うち)に来てくれ、それなりのもてなしはしてやる」

 

 最後にそう付け加えて、俺は食堂を後にした。

 背後から自分を見る栗山未来の視線は、見えなくなるまでずっと続いていた。

 

 

 

 

 

 文芸部用部室のある階に着くと、腕を組んだ美月が柱の一つに背を預けて待っていた。

 いつも高圧的なお嬢様な彼女は、いつもより不機嫌そうな顔で。

 

「行くわよ」

 

 と、一言発すると部室に向かって歩き出す。

 続いて俺も歩を進めて、美月と横並びになる位置まで追いついた。

 ご機嫌斜めな理由は分かっている。敢えて何も言わず黙っているのは、向こうから切り出させる魂胆だからな。

 

「何か……言いなさいよ」

 

 Sなお嬢様も痺れを切らした様で、先に口を開いた。

 

「位置が分かってる地雷を踏みに行く趣味はない」

 

 大抵のティーンエイジャー主人公がここで〝何で怒ってるのか?〟などと聞いたら、却ってヒロインを怒らせるのは、ある種の定石な展開、生憎そちらを選ぶほど俺も馬鹿じゃない。

 

「踏みに行かない時点でそれも地雷なのよ、分かってるのかしら?」

 

 ただ美月に限って言えば、この状況で何を選んでも結局地雷になってしまう不条理なのだが。

 これ以上のはぐらかしはしない方が良いな、そろそろちゃんと言っておこう。

 

「心配するな、俺は栗山未来を巡ってあのメガネストと張り合う気はねえよ」

 

 機嫌が斜めに傾いていた理由は、言ってしまうと食堂で傍からは仲良さそうに話している自分と未来に、少なからず妬いてしまったからだった。

 一昔前の男にひたすら尽くす女性像に真っ向からNOと突きつけ、その卓越した話術で以て逆に手懐けてしまうタイプな美月も、こんな女の子らしい一面は確かに持っている。

 

「なら……最初から言いなさいよ」

 

 はぐらかされた美月はそっぽを向いた。角度的に見えにくくとも、頬の赤味と膨れ具合からむくれ面をしてるのはバレバレだ。

 刺々しい雰囲気は大分和らぎ、さっきよりも確実に機嫌はよくなっている……が、転んでもただでは起きないのが美月。

 

「でも罰として今日は久々にホットケーキ〝奢りなさい〟、これは部長命令よ」

 

 こちらに目を向きなおし、指を差してくる。

 そらきた、部長という絶対的権力を行使して、不可避の命令を押しつけてくる。大抵の奴の指図なんて、くそったれも同然だが、美月が相手なら悪くないかなってのが本音だ。

 内容は俺自作のホットケーキを食べさせろってもの。長年一人で放浪していたし、下宿先の写真館兼喫茶店の店番の経験で、料理のスキルはそれなりに持っていた。食糧は自分で確保するのが必須だった野生動物の感覚もあって、それぐらいの腕前は持って然るべきって持論もあるからだ。

 

「分かったよ、放課後遊びに来い、久しぶりに振る舞ってやる」

「前より不味かったから承知しないわよ」

「期待して待っててくれ、おかわりは自由だ」

 

 横顔に目をやると、やっといつもの美月に戻った。

 いや……口元をよく見ると、微妙に嬉しそうに綻んでいる。

 ホットケーキを所望するとことか、やっぱこいつも〝女の子〟だよな、悪友の間柄な俺でもそこを認めるのはやぶさかではない。

 

「ん?」

「あら?」

 

 部室の出入り口に着いた俺達は、目に映る青い半透明のフィールドが乱れる様を前に揃って声を上げる。

 

「何だ? この〝檻〟の乱れよう……」

 

〝檻〟は名瀬一族特有の異能。空間そのものに干渉することで、結界みたく防御は勿論、攻撃にも、使用者の気配遮断にも、対象の捕縛にも、妖夢の策敵にさえ使える汎用性に優れた術。上級の域な檻の使い手ともなれば、ゴジラの熱線でも打ち破るのは難しい。

 この〝檻〟によって、名瀬一族は名家であり、数ある異界士の大本の一つにたらしめているのだ。

 で……部室の周りに張り巡され、防音機能を高めている檻は、使い手の心情の影響か………乱れに乱れていた。これなら人間体時の俺の単純な腕力でも破壊は容易だ。

 

「またあの〝変態ども〟が何かしでかしたようね」

 

 というか、それ以外にあり得ない。

 同じ檻の使い手な美月は、常人には不可視なフィールドのドア部分を中和させ、中に入ると………秋人ともう一人の部員が、激情剥き出しに何やら罵詈雑言を吐き合っていた。獣同士の威嚇の方がまだ品があると思うくらい、それはそれは下品で下劣な罵り合いだった。

 

「ミツキ、アキから貰った眼鏡持ってるか?」

「あるけど、どうして………なる程、それは名案ね♪」

「だろ? ヒロに止めを刺すには絶好の武器だ♪」

 

 こちらもこちらで、悪知恵が働いた俺達はウシシと邪悪な笑みを浮かべ合う。

 美月は制服のポケットから取り出した秋人からのプレゼントな伊達眼鏡を、キリッと額に掛けた。

 中々似合う。黒髪ロングな大和撫子風のルックスと名家の出なだけあり、知的さがより強調されていた。

 

「そこの変態二人、ここを神聖な部室と知っての狼藉かしら?」

 

 眼鏡を掛ける美月の呼び掛けで、罵り合うあまり俺達の存在にまったく気づいてなかった変態どもは、ようしく部室は自分らだけで無い状況になっていると知る。

 一人はメガネストの秋人であり、もう一人である―――今年度は最高学年を意味する緑のネクタイに、もう春もまっ盛りなのに結構値の張りそうでおしゃれなマフラーを首に巻いたマッシュルームヘッドな美貌の三年生こそ、今朝俺達の話題にも上がった美月の兄――名瀬博臣(なせ・ひろおみ)。

 秋人と同じく名前から二文字とって〝ヒロ〟と俺は呼んでいる。

 他に言えることと言えば……度を超し過ぎて当人からドン引きされている実妹美月への愛と、妹という概念へのあくなき愛、つまりシスコンだ。

 眼鏡姿な美月を目にした二人の反応は、綺麗に対照的で。

 

「美月! ついに………ついに眼鏡の素晴らしさに目覚めてくれたんだな!」

 

 秋人は実に大喜び、メガネストなこいつにとっては最高に至福なひと時。

 

「はぁ………あぁ………美月が………我が女神(いもうと)が………眼鏡に侵されたぁ………」

 

 対して博臣は………当人にとっては愚行にも等しい妹が眼鏡を掛けた行為に、美月が結婚するを通り越して………この世の終わりを目の当たりにしたのかと思わす程、青ざめて絶望のどん底に突き落とされた顔をし、泣き崩れていった。

 もしこいつがゲートだったら、確実にファントムが生まれ出ていたことだろう。

 博臣の絶望した様を見た俺と美月は、充足感溢れる満面の笑みでハイタッチし合った。

 さっきの罵り合いの中に、『よくも美月に眼鏡を!』なんてのがあったから、今のきのこ頭に最大のダメージを与えられると判断し、美月に眼鏡を付けるよう進言、利害が一致した彼女は喜んで掛けてくれたわけ。

 

「私はそこの変態兄貴に一泡吹かせたかっただけよ」

 

 目的が達せられた美月は、もう用済みと眼鏡を机に放り投げた。

 別に眼鏡に思い入れなどない俺にとって軽くスルーできるが――

 

「眼鏡様に……何たる仕打ちを」

 

 メガネストなこいつにとっては仏様を足蹴にするも同然な扱いだったので、丁重に拾い上げ、眼鏡拭きでレンズを丁寧に掃除する。

 

「どうやら熱くなりすぎたようだな」

 

 と、メンタルダメージから回復した博臣が告げ。

 

「しかしこの一見無意味なやり取りが活かされる機会もあるだろう」

 

 と、秋人はカッコつけ気味に応じ。

 

「一生活かされねえだろ、阿保どもが」

 

 と、俺は一刃のもとに切り捨てた。

 こいつらにとっては全身全霊の討論だったろうが、俺にとっちゃ美月が放り投げた眼鏡以上にどうでもいい話である。

 美月もそれには同意見で、反論も許さぬタイミングと口調で。

 

「それより変態兄貴」

 

 至極真っ当な暴言(せいろん)を吐く。

 

「〝お兄ちゃん〟と呼べといつも言ってるだろ?」

「じゃあ変態お兄ちゃん、檻をとっとと解除しやがって下さい」

「おう、分かった♪」

 

 彼女なりの譲歩な敬語と粗暴さの混じった申し出に、心底嬉しそうに手で虚空を横薙ぎに斬って檻を解除させた。

 

「〝変態〟は良いのかよ!」

 

 お前も人のこと言えねえだろ。

 ゴジラの俺ですら、引きに引く変態嗜好をこの二人の男子部員は持っている……お陰でこの中じゃ一番突飛な存在の俺が常識人の方である有様だ。

 

「では選考の続きを始めるわよ」

 

 そんなこんなで、午後の部活動が開始された。

 秋人たちは互いの性癖に関するあの罵り合いで、実は全くお昼は食べずじまい。しかし美月は、知ったことか、自業自得だと部長権限で強引に二人を説き伏せて、選考作業に参加させた。

 

「たっくん、もし君の読んだ中に実の妹シリーズとか、義理の妹シリーズとか、できれば妹しか登場しない作品があれば――」

「ねえよ、お前以外に妹の概念をこよなく愛する奴がいるなどと期待するな」

「つれないね……どうしてみんな妹の素晴らしさを理解しようとしないのやら」

 

 普段の物腰である軽薄で余裕ぶった態度の博臣は、一応先輩方の小説に目を通してはいるけれど、やっぱり〝妹〟を中心軸に価値観が廻っているこのシスコンがいる程度では、作業の進行速度は五十歩百歩未満だ。

 ちなみに俺はこいつから〝たっくん〟と呼ばれている。アッキーと呼ばれている秋人はアイドル崩れの変なニックネームと揶揄していたが、こっちはいちいち癇に障っても疲れるだけだと、実名の読みが一緒な某ライダーの変身者と同じあだ名で呼ばれるのを半ば容認していた。

 秋人もシスコンの傍若無人振りにうんざりとした顔をし、溜め息吐いた美月に至っては、声には出さず口の動きだけで二文字の単語を呟いた。

 それを読唇した博臣は、見るものに気色悪さを齎す恍惚とした顔で。

 

「『す・き』」

 

 と答えた。当然見当違いの誤った解答である。

 

「どうみても『し・ね』だろ!」

 

 正解の一つを秋人が答えてツッコむ。唇の動きは『き・めぇ』にも読めるからだ。美月のことだからどっちの意味も入っているだろう。

 博臣の思考を踏まえると、前述の意味だと察しはしたが、それは妹の照れ隠しで、実際は〝好き〟って意味だと無駄に深読みした……ってところか、全く以ておめでたい兄貴だ。

 重過ぎる妹愛の乗った誤解答された美月は、ヘドロの海から浮かんできたヘドラでも見てそうな顔で兄を蔑んでいた。

 日頃の美月とのやり取りを見てると、自分をこんなぞんざいに扱うところもひっくるめて実妹を溺愛していると思えてならない。

 ダメだ……こいつをプロファイルしている暇などなかった。

 今は選考に意識を集中させるのみ、俺も秋人も美月も付き合ってはいられないと、博臣を完全無視して作業に没頭していた。

 そこから何分経過しただろうか……部室扉からこんこんとノック音が鳴った。

 叩き具合からニノさんじゃない。位置と加減から見て小柄な女子、おそるおそるノックした音からはジレンマが見られ、部室前に来るまでに相当思い悩んでいたことが窺える。

 思った以上に早かったな、と俺は内心微笑んだ。

 一番扉の近場にいた秋人がそれを開けると………案の定そこには、赤縁眼鏡を掛ける栗山未来の姿が、そこにはあった。

 

つづく

 



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第七話 - 続・文芸部の騒がしい日常

引き続き変人どもな文芸部員たちの協奏曲の続きです。

本当は秋人の母弥生の黒歴史ものなお手紙まで行きたかったけど、新堂写真館の下りで尺取り過ぎちゃったので次回(汗

それと注意事項として、サディストな美月と人類を憎んでた澤海が○○○に関してちょっと辛口なことを口走ってます。
書いといてなんだけど、自分も気をつかんとな(冷や汗


 扉を開けて、選考作業中にノックを鳴らした訪問者が栗山未来だと把握した秋人は、直ぐ様自ら手を彼女の背中に回し、彼なりに丁重さを維持しつつ少し強引に挙動不審気味な彼女を部室に招き入れた。

 

「美月と博臣も名前は聞いてるだろ? この子が〝新入部員〟の栗山未来さんだ」

「へ、へえ!?」

 

 秋人のさりげなく吐かれた爆弾発言に、部室(ここ)に来る前からおどおどしていた未来は仰天、彼女の心境にでも応じたのか、眼鏡の片側がころっとズレ落ちた。

 名瀬兄妹もそれぞれ驚いた表情を浮かべる。特に美月など驚きに混じって睥睨とした視線を秋人にぶつけていた。

 この反応を彼女が見せるのも当然で、部長である自身に何の相談もなく、それも先日の騒動の当事者で、ここ数日の外来異界士の不穏な動きにも関連しているかもしれぬ疑惑も持つ彼女を〝新入部員〟として招いたのだから。

 

「猫の手も借りたい状況なんだ、一人でも多く部員がいた方がいいだろ? 栗山さん異界士の仕事も結構こなしてて動体視力も鍛えられてそうだから、即戦力になると思うんだ」

 

 副部長は部長の睨みに動じることなく、自らの独断を押し通そうとする。

 

「あの……私は入部するつもりで来たわじゃ」

 

 まあそうだと思った。未来は悩みに悩んで、一応見学の一つぐらいはし、その上で謹んで入部を断ろうとここに来たわけだ。

 別に俺は入部しようが断ろうが構わない。これは彼女に関心がないわけではなく、無理してまで俺達に付き合わなくても良いと思っているからだ。

 多分、長月市(ここ)に来る前、現在(いま)からさほど遠くない昔に〝自分には人と関係を持つ資格はない〟と植え付けられた出来事があったと見えるし、踏み込むか引き下がるかは彼女の一存に委ね、どっちを選んでもこっちはそれを尊重する……なので未来が俺に視線で助け舟を求めてきても、俺は応じなかった。それぐらいは自分で決めてほしいと目線で返す。

 俺からの助力も叶わず、目の焦点をあちらこちらキョロキョロしていた未来は、いきなり本棚のある一点を見定めた。

 

「何か気になる本でも?」

「はい……手にとっても良いですか?」

「どうぞ」

 

 秋人の了承を得て、すたすたと本棚に寄った彼女はやや厚めな一冊の本を手に取り、開く。表紙には〝園芸大全〟を書かれていた。彼女の〝趣味〟含めたガーデンニング全般の情報が記載された本ってとこだ。

 

「ここにある本は先輩や顧問から寄贈されたもの、だから貸し出すことはできない」

 

 その証拠に、本の背表紙には〝寄贈書〟と表示されたシールが貼られている。よってこれらの本を隅から隅まで読みつくしたければ、文芸部に入るしかない。

 一度入部してしまえば、季刊誌を発行する義務と、寄贈書を丁寧に取り扱う義務さえ果たせば三年間読み放題だ。

 

「ただし、文芸部の部員になれば―――」

「入部します!」

「はやっ!? 何その〝女心は秋の空〟的展開!」

 

 それを未来に伝えようとする途中で、彼女からの強い入部希望を受けた秋人は今日も一切衰えていないキレのあるツッコミで〝心変わりしやすい女子〟の様を謳った比喩表現を口にした。

 

「というか栗山さん……園芸に興味があったの?」

「まあまあ……です」

 

 まあまあと返したが、実際園芸に属する彼女の趣味歴は長い方だろう。さてと、実質彼女が部員になるのは決定したし、お茶の一杯だけでも用意しとこう、部の〝表向き〟のヒエラルキーでは一応、二年で平部員の俺が下なわけだし。

 あの手の趣味の持ち主なら和風………でも外見から苦味系は苦手そうなので、ここは抹茶ラテだな、と粉と湯のみを出して準備をする。

 

「とりあえず、まずは自己紹介を」

「はい、えーと………はじめまして………栗山未来です」

 

 まだ緊張が降りてない様子で未来は一礼した。

 

「で、そこの長い黒髪の女子が部長の名瀬美月、彼女の兄で春なのにマフラー巻いてる三年生が名瀬博臣、そして改めてだけど、あそこで抹茶ラテを入れてるのが黒宮澤海だ、とりあえず空いてる席に座って」

 

 彼女は黙して頷き、美月の横の空席に座る。

 

「ほらよ」

「あ、ありがとうございます」

「猫舌か?」

「いえ、熱いのは平気です」

 

 ポットのお湯で溶かした抹茶ラテの入った湯のみを未来の前に置く。

 

「へぇ~~実在したのね」

「どういう意味だ?」

 

 今まで黙っていた一人の美月がようやく口を開く。

 

「てっきりこの子は、現実逃避することでしか自分を肯定できない秋人の可哀そうな脳内が生み出した、眼鏡が可愛く似合う語尾がにゃわ的架空の美少女かとばかり」

「よくもそこまでスラスラと悪口が出てくるな……」

「いや、語尾は〝メガネ〟だったかしら?」

「〝そうでメガネ~〟とか随分斬新なキャラ設定だな! おい」

「じゃあ、俺も彼女に会ってる件はどう説明する?」

「ゴジラも騙しちゃう程な秋人の幻覚投影術かと思ってたわ」

「そんな能力僕にはない!」

 

 ジト目で美月を睨み返しツッコむ秋人、人が良い顔付きなので、全然迫力も嫌味も足りないのはご愛嬌。

 

「確かに君は、赤縁の眼鏡がよく似合っているな」

「ひゃあ!」

 

 俺達が漫才し合っている間、いつの間にか博臣は未来を間近で見上げ、それに気がついた彼女が可愛い悲鳴を上げた。

 下賤な雰囲気がそんなに見られないのは博臣なりの配慮だと一応信じよう。

 

「おお! 博臣もやればできるじゃないか! 君も今日からメガネストだ!」

 

 乗っかる形で、秋人は眼鏡が似合うと言った博臣の両手を握りしめて褒め称える。

 

「それに、アッキーの言う通り〝妹要素〟も詰め込まれている」

「だろぉ!?」

 

 冷静に彼女を観察する博臣の発言に全力でメガネストは全力で同調した。

 それを見た俺と美月は〝あ~あ~また始まったよ〟な顔をした。

〝眼鏡好き〟と〝妹好き〟って違いはあれど、秋人と博臣はあるフェティシズムに対して異常なまでの愛情を持っている点は共通している。だからさっきみたいに価値観の相違で醜い罵り合いをすることもあれば、たまに性癖のベクトルがシンクロして気が合うこともある。そうなった時のこいつらの心が通い合った気味悪さは………それはまた一級品だ。

 

「ゆるふわ系の髪質………あどけない顔立ち………幼さを残した胸元」

「うんうん」

 

 おい、それセクハラだぞ、この変態ども。

 

「はぁ!」

 

 胸のことを言われた未来は咄嗟に腕で胸部を覆い隠す。

 こっちは胸が育まれてない〝自らの身体〟に対しコンプレックスを持っているに違いないと彼女を案じて、絶対に口から出さなかったと言うのに。

 

「汚れを知らない太腿………小柄で華奢な体躯………」

「まさに理想の妹の体現者と呼べるな」

「そうだろ♪」

「い……いもうと? た……たいげん?」

 

 すっかり調子乗って舞い上がっている変態たちに未来はたじろぎっ放しだ。明らかに妖夢を相手にしている時より苦戦を強いられている。

 可愛いのは認めるが、こういうのは他に人がいない時まで内に秘め、明かす際には表現するにも気を遣うものだろうに、特にフェティシズムを持たない俺は溜め息を吐くしかない。

 

「何より眼鏡が似合う、それも昨日今日掛けた眼鏡じゃ~~ない、そこが眼鏡置き場ですとでも言いたげな、パーフェクトな鼻―――」

 

 その後の数十分は、秋人による熱烈な講義が続けられた。

 

「(こうなった時のアキの話は長いからさ、適当に相槌打って流しといてくれ)」

「(分かりました、そうします)」

 

 お題はいわれるまでもなく〝眼鏡とそれを付ける女性の魅力〟。

 眼鏡は少女の可愛らしさを演出させるだのとか、働く女性の知的さも表現させられるとか云々、同じ嗜好持ちなら熱中して耳を傾けることはできようが………秋人以外にメガネストと呼べる人種は部室(ここ)にはいないので、上手く聞き流すのが苦痛を感じないコツだと小声で未来に教えておく。

 今すぐにでも講義止めたいところを好きにさせているのは、早目に部の空気を彼女に触れさせ、慣れさせておきたいからだ。

 

「小中学生では、眼鏡ッ子のことを『眼鏡』などと呼ぶが、そんなニックネームはナンセンスだ」

 

 そろそろ潮時だな、こいつの眼鏡愛のデカさはもう彼女にも充分理解できただろうしと、俺は美月にアイコンタクト、受けた彼女も頷いて了承する。

 

「しいてあだ名を付けるとしたら〝メガネ置き場〟と呼ぶのが―――」

「「お黙りなさい」」

 

 俺と美月は意識的に冷血さを込めて一蹴した。というか創作での〝メガネ〟ってあだ名からして良い意味でないのが多いのに、『メガネ置き場』とかになったら余計に〝いじめ〟の匂いがぷんぷんすんだけど。

 

「その情熱を選考作業に使えないのかしら?」

「無理な話だ、眼鏡と選考に関連性はないからな」

 

 その〝趣味〟だからこその情熱ってのは一応分からなくもないけどな、少なくともそれを〝真っ当な意見です〟とでも言いたげに宣言することでもないだろ、この阿呆が。

 俺達の白けた視線に効果が出たらしく、さすがに秋人も眼鏡講座を取りやめた。さも〝紳士的です〟的な姿勢は腹立つけど。

 

「栗山さん、くれぐれもこの二人(へんたい)に耳を傾けないようになさい」

「あの……黒宮先輩は?」

「澤海なら心配ないわ、凶暴さはとてつもな~いゴジラだけど、この部室の中では一番紳士な男子だから」

 

 美月は未来の頭上に両手を乗せながら、彼女にそう忠告した。

 そうなんだよな………ウルトラマン№6のタロウ兄さんに『常識を超えた生物』と称された自分が比較的常識人寄りになっちゃうくらい、尖った奴らばかりな文芸部。GMKの三雲中将なら絶対こう言うだろう――〝この部は変人だらけか!〟と。

 それはそうと、未来と絡んでいる美月は、どことなく嬉しそうだった。

 いや……気のせいでもなく本当に喜んでいるなこれは、何だかんだ彼女を気に入ったようだ、

 お姉さん風なルックスをしている美月だけど、実際は名瀬家の末っ子ちゃんな部長、妹っぽい〝人間〟な後輩君ができたのは、ある意味で念願叶ったと言える。

 美月がいるなら、未来が変態どもの毒牙にかかる心配はないか。

 もし彼女がいない時にあいつらが未来に手を出そうものなら、俺が〝ハイパーウラニウム熱線〟百発分はかましてやる気だけど、これでも加減はしている方だ。

 ある意味ギャレゴジに近いと言えば近い立場にあるのが、現在の文芸部員な俺(ゴジラ)である。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで寄り道に逸れてばかりな部活動だったが、未来に季刊誌『芝姫』の発行といった主な活動内容を簡単に説明しつつ、作業を再開。

 本当のところ、即彼女の手も借りたいが、正式な部入りの手続きがまだなので、寄蔵書の読書も許しつつ部の見学をさせた。

 

「ごめんみんな、今日は先に失礼するよ」

「急用かアキ?」

「あぁ………そんな、とこかな……じゃあ」

 

 午後四時を過ぎた頃、秋人はいかにも何か曰くありげな様子で帰宅準備し、そそくさと部室を出ていった。

 

「アッキーのあの急ぎ様、間違いなく何かあるとみた」

「あるわね」

「あるな、こいつは興味深い」

 

 秋人が早急に帰宅した謎、良い意味でゾクゾクする。

 俺と名瀬兄妹は、湧いてくる好奇心を笑顔の形で惜しげも無く表現した。

 唯一未来だけは、何のことやら分からず、きょとんとした表情で首を傾げた。

 

 

 

 

 

 一応、傑作選に出す過去作品の選抜は今日で半分にまで行ったので、ここらで部活動はお開きにし、秋人の後を追うことにした。

 どの道この〝謎〟への関心で選考への集中力は削がれる。早い内に不安要素は排除しておかなきゃならない。

 学校の通学路でもある道路の端を、俺と美月と未来が歩く。それで博臣はと言うと、メールで異界士の仕事の催促が来たらしく、校舎から出た時点で別れた。

 普段の軽薄さが消え、異界士としての顔な〝真剣〟な眼差しになった時のあいつは、プロフェッショナルと呼ぶに相応しい。その切り替えの早さと裏の仕事に打ち込む姿勢は、俺も同業者として敬服している。

〝妹〟への偏愛がかなりマイナスになっているが、それを除けば異界士としての博臣は、男としてかなり〝男前〟だ。

 

「これからどこへ?」

「俺の下宿先だ、アキは今そこにいる」

「根拠は?」

「家の方角からあいつの匂いが漂ってる、それにさっき、アキの鞄の中から微かに異界士の霊力を宿した物体を感じたからな」

「多分、その霊力を秘めたモノを彩華さんに調べてもらうつもりね」

「その人も異界士なんですか?」

「一応な、着いたぜ、ここだ」

 

 踏切を超えて直ぐ左の角を曲がって進んだ俺達は、住宅街の中ぽつんと立つ一軒の店の前で歩を止めた。

 レンガ造り風で自己主張の控えめな洋風レトロの外観、部首の冠に見える形な屋根。扉の左隣りには『coffee』と彫られた木板製の看板、右隣りには鳥に猫に犬に人間の母と子や結婚祝いの家族といった写真が多種多様に飾られている。

 そして一際目立つマゼンダ色な出入り口の上に被る笠には、『新堂写真館』と銘打たれていた。

 

「新堂写真館………喫茶店もやってるんですか?」

「表向きはね、実際は妖夢関連の情報屋と妖夢石の鑑定を行っている店よ」

 

 美月が住まい主の俺に代わり、この店についての説明を未来にする。

 俺はというと、『新堂』という二文字から、また…………また〝アレ〟を思い出してしまっていた。

 脳裏に二種類の記憶が蘇る。共通点は、同一の男がそこにいること。

 

〝この恩は生涯忘れない、我らが恩人、そして友に対して―――敬礼!〟

 

 一方は若い姿で、第二次大戦当時の日本軍軍服を着て、大勢の兵士たちの代表として瀕死の俺に感極まった様子で〝感謝〟の敬礼をとり。

 

 もう一方は老いた姿で、高層ビルからゴジラとなった俺と再会し、潤んだ目で何かを伝えようとしていた。

 

 新堂靖明―――俺が結果として助け………そして、殺した男。

 

 東京の新宿で対面した時の俺は、怒りと憎悪と凶暴性の影響でゴジラザウルスとしての記憶がおぼろげだった、けれどあの人を熱線の光で焼いた時、奇妙なまでに悲しい気持ちがどうしようもなく沸き上がってもいた。

 今となっては、どっちもはっきりと覚えている、それもあって時々考えてしまうのだ。

なぜあの人は、俺が来るのを分かっていて、ゴジラとなった俺が最早あの〝ラゴス島の恐竜でない〟でないことも解っていて………俺に殺される運命を選んだんだ?

 何度思い出しても、何度〝映画〟でその瞬間を見返しても、分からない。映画で演じた俳優さんも、完全に彼の心情を理解できていたとは言えないだろう。

 

〝どうせわしの人生は、ラゴス島で終わっておる〟

 

 その前に漏らした言葉から、ラゴス島で果てる覚悟だったあの人は、戦争に生き残ってからの人生を〝ご褒美〟と捉えていた節がある。だから殺される運命を……安からに……潔く享受できたともとれる。

 だけど結局、彼のその真意(こころ)は、本人にしか知り得えない。

 謎が解かされることは、もう永久にない、俺が完膚なきまで消し飛ばしてしまったから。

 それでも……問わずにはいられなかった。

 

〝新堂靖明(あのひと)にとって、俺(ゴジラ)は一体、なんだったんだ?〟

 

「澤海?」

 

 過去のことで物思いに耽っていた俺は、こちらを見上げる美月の顔と声のお陰で我に帰った。

 

「何ボーとしてたのかしら?」

「いやちょっと………昔を……な」

「っ………………そう」

 

 極度に端を折った発言でも、美月は彼女なりに察したらしく、ジーッと睨んでいたその目はハッとした後、少し憂いを含んだものになった。

 

「ここで立ちっぱもあれだし、入ろうぜ」

 

 ある種の苦い郷愁を振り払って、俺は店の扉を開けて鈴を鳴らした。

 

 

 

 

 

「あの、どうしたのでしょうか? 黒宮先輩」

「きっと、思い出していたのよ………かつて自分が助けて、殺してしまった人間のことを」

「え?」

「詳しい話は〝映画〟を見ればおおよそ分かるわ、行きましょ」

「は……はい」

 

 このやり取りを経て、二人も入店した。

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 中に入って直ぐの外観に違わずレンガ式の壁に木色系統な色合いの喫茶店フロアは、和と洋が混在したレトロチックな光景、出入口側しか窓がないので灯りがないと自然光が控えめで薄暗い、店を照らす照明も色温度は低い。

 

「うわ~~レトロって感じがしますね」

 

 おまけに店内は、いろんな小物で溢れ返っていた。

 天井は、一つ一つ異なる見てくれの昭和感を匂わす傘付きランプが吊るされ、壁は絵が写真が添えられた額縁やら火縄銃やらが飾られ、ガラスケース内には昭和のもあれば明治のものまで幅広くアナログカメラたちが揃っている。

 他にもサイズ差のある白磁に黒い太文字が描かれたとっくりたちや、ミニマムな和製水車だったり、大正期の扇風機だったりと、とにかく当時を生きていた日本人なら懐かしさで我を忘れる代物が勢ぞろいだった。

 これだけ物が溢れているのに雑多さはそれ程感じず、混沌の化身たる怪獣な自分ですらも、どこか安らいだ気持ちにさせてしまう。

 超常的な力も魔術的な効果も、何ら使われていないと言うのに、小物らとそれらの配置のし方だけで、ここはある種の〝異空間〟を演出していた。

〝人除けの結界〟が張られていなければ、この店は隠れ穴場スポットとして、今頃名を馳せていたことだろう。

 

「あ、澤海♪」

 

 店の奥の暖簾を潜って、6、7歳くらいで、微かに金色がかった白い髪色のエプロン姿な少女が出てきた。

 マナ、俺とは長い付き合いな仕事仲間であるあの狐型妖夢だ。店名と同じ〝新堂〟って名字があるけど、便宜上付けているだけでここの〝女店主〟とは血縁はない。ただしそいつとはある種の〝同族〟ではある。

 彼女は帰宅したての俺達を見止めると、とぼとぼと真っ先に俺に駆け寄って抱きつき、頬ずりをした。この仕草はこいつの〝撫でてほしい〟ってサインなので、そっと頭を撫で上げる。

 

「おかえり♪」

「おい、耳と尻尾が出てるぞ」

「あ、いけない」

 

 髪色除けば完璧に人間の幼女に化けていたマナは、嬉しさのせいでうっかり狐の耳と尾を出してしまい、俺の注意でやっとそれに気づいて引っ込めた。

 まったく、そういうとこも愛らしいのが良い方面で憎たらしい。

 

「その子って、やっぱり妖夢ですよね?」

「そう、でも長いこと澤海とコンビを組んでいる仕事仲間でもあるわ、名前はマナちゃんよ」

「こ……こんにちは、マナちゃん」

 

 未来はマナに自己紹介して挨拶したが――

 

「うがぁぁぁぁっーーー!!」

「なななな何でそんなに怒ってるんですか!?」

 

 マナは俺の背中に周って、歯をむき出しに未来を威嚇し出した。

 された未来はすっかり混乱で目をぐるぐるさせて涙ぐんでいる、今の彼女からはとても異界士の端くれには全然見えない。

 

「秋人刺して、澤海、怒らせた悪い子」

 

 先日の衝撃的な出会いが、マナに未来への悪印象を植え付けてしまったようだ。こいつはまだお子様なので、言動が素直な分容赦ない。

 

「こら、そりゃ俺もブチ切れた身だけどな、もうミライ君とは仲直りしてんだ、遺恨をぶり返すんじゃない」

「い~~いたいいたい~~~ごごごごめんなさぁ~~い」

 

 怒りたい気持ちも理解した上で、俺はマナの頬を引っ張ってお仕置き。

 心おきなく甘えさせてやる分、叱る時はみっちり厳しく、それが俺の教育法ってやつだ。

 

「大丈夫よマナちゃん、栗山さんは秋人をワルな妖夢と勘違いしちゃって刺しただけ、悪い子じゃないの」

「ほんと?」

「ほんと、だから澤海とお姉さんを信じて」

 

 続いて美月が、普段の刺々しさからは想像もできない温和な調子でマナをあやす。こいつが持つ天性の愛くるしさと癒しは、美月のサディストな面でさえ引っ込めさせてしまう魔力を秘めているのだ。

 

「分かった」

「さあ、ミライ君に謝ろうぜ」

「うん」

「澤海、ちょっと気になったのだけれど、なぜ栗山さんを君付けで呼んでるのかしら?」

「別に意味はない、なんとなくそっちの方がしっくり来ただけの話さ」

「ふ~ん、なら良いけど」

 

 本当は一応ネタ元がある。特撮でウルトラマンで眼鏡で女子とくりゃ、明言せずとも大体分かる筈だ。

 さて、可愛らしい狐ッ子からとんだ歓迎を受けた未来はと言うと。

 

「………」

「………」

 

 俺達は何も言えずに彼女の現況を眺める。

 店の隅でしゃがんだ未来は、自身のスマートフォンの画面をひたすら超高速でタイピングしていた。

 俺だってスマホのタッチパネルには苦戦したのに、よくそんなに速く正確に打てるなとつい感心してしまう。

 

「お~い、どったの?」

「どうせ私はどこへ行っても嫌われ者ですよ!」

 

 呼び掛けると、自虐に塗れた悲愴な叫びが返ってきて流石に俺達でもたじろいだ。

 

「見て下さいこれを! ブログもツイッターも絶賛炎上中ですからね!」

 

 俺と美月にスマホの画面を見せる未来。ツイッターのブラウザなのだが、彼女のアカウントにはツイートに釣られた輩たちが続々心無いコメントを吐きまくっていた。

 いや……これは因果応報というか、あんな激情をそのままネットに書き込めば、匿名制に調子こいた野郎どもが嗅ぎつけて炎上しちまうだろ。

 俺も調べものでネットを使うが、使うつもりが逆に道具に良い様に扱われる醜態を演じまいと距離をとっている。当然ブログもツイッターも、今流行りらしいラインとやらもやってないし、アプリもそれほどダウンロードしてないから画面がすっからかんだ。死ぬわけでもないから別にどうってことない。

 

「栗山さん落ち着いて、勢い任せの書き込みは哀れなネット奴隷たちをうざったく騒がすだけで、あなたは損をするばかりなのよ、後で私もフォローしてあげるから」

 

 見ていられなくなった美月は、未来の背中をさすって興奮を抑えようとした。

 こうして見ると、本当の姉妹みたく見えてしまう。

 二人の容姿、性格、属性が好対照で凸凹となっている為か、彼女らの組み合わせは綺麗にぴたっと嵌っていたのだ。

 夏の芝姫に載せる小説の主人公は、こいつらをモデルにしてみっかな、バディものとして意外に面白いのができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 それから程なくして、未来の精神は平常下に元通りし、マナと彼女との間でめでたく手打ちが行われたとさ。

 

 

 

 

 

 さてさて、秋人がどんな恥ずかしい隠し事をしてるのか、見ものだ(ニヤリ。

 

 

つづく。



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第八話 – 迫る影と停滞の時

とんだハイテンションシリアスブレイカーな秋人のお袋さんですが、ほんと原作でもこれぐらいに濃いです。アニメなんて動きがある分フリーダムっ振りに磨きがかかってますwww


「やっぴー♪ あっくん元気にしてた? やっちゃんだ―――」

 

 卓袱台の上の白紙なはがきの裏面から投影された立体映像を目にした僕は、ささっと速攻で自分の名と住所しか書かれてない表面にひっくり返した。

 今世界は静寂に支配されている。一秒の長さがどんどん引き延ばされていく気がした。

 今ならたとえ―――

 ゴジラの熱線で街が焼き払われても。

 ラドンの突風(ソニックブーム)で吹き飛ばされても。

 成虫モスラの鱗粉地獄に遭っても。

 キングギドラの引力光線で重力がずたずたに破壊されても。

 昭和メカゴジラの全兵装フルバーストが迸っても。

 スペースゴジラが世界中にたくさんの結晶体を出現させても。

 あげく妖星ゴラスが地球と衝突する運命が不可避となっても、穏やかな心境で受け止められるかもしれない。

 それぐらい僕の身体からは、嫌な汗が流れまくっていた。

 ここは高校近辺の閑静な住宅街に佇む喫茶店も兼ねた新堂写真館の中の和室。

 真向かいに正座する妙齢の女性が、哀れそうな目でこちらを見ていた。

 赤い花に彩られた緑色の着物と、その上に黄色い羽織りを着込み、結った長髪を右肩に乗せた京都美人風のおっとりとした上品さが漂い、キセルを吸う姿も偉く品の良さを感じさせる女性の名は――新堂彩華、澤海の下宿先でもあるこの写真館の店主で、異界士でもある。

 

「今のが神原君の………お母さん?」

 

 外見に違わない流暢かつ心地良い京言葉で、彩華さんがはがきの立体映像の主のことを聞いてきた。

 

「そうだよ! 昔からちょっとどころじゃないレベルで変わってるんだ! あの人は―――」

 

 やけくそも同然に肯定するしかなかった。

 まずはこうなった経緯を説明せねばなるまい。

 あれは昨夜のこと………栗山さんからの言葉に引っかかりを残したままマンションに帰宅した僕は、約半月ぶりに無駄なくらいセキリティ機能が凝った郵便受けを確認すると、溜まってた郵便物の中から差出人の名がなく、裏面も真っ白なはがきを見つけた。

 この時電流にも似た衝撃がめぐった。

 不定期かつ、大抵忘れた頃に送られてくる両親からの便りだと分かったからだ。禁忌の愛に墜ち、僕を生んだことで今尚も続く放浪(とうぼう)生活を余儀なくされている中、こうしてまだ生きていると報告があるだけでも、正直に言うと喜ばしかった。

 この便りが来る頻度はまばらで、月に三回もあれば、一年は音沙汰なしだったりなこともあった。

 今回は一見何も書かれてないハガキ、でも母――神原弥生が異能の力で何らかのメッセージを吹き込んでいるのは確かだったので、彩華さんに解読も兼ねて相談しにきたのだ。

 それで調べてもらったところ、さっきの立体映像が映された……なのに即座に裏返して閉じたのは、母の姿に問題があった。

 派手なイルミネーションをバックに、ショートカットな髪に猫耳を被り、やたらスカート丈が短くて巨乳な胸の谷間が強調された扇情的な猫のコスプレをしていたのだ。

 危険なのを覚悟で手紙をくれるのは嬉しいけど………ぶっ飛んだ方向で凝り過ぎにも程がある。

 

「小学校の授業参観の時も、パンダのきぐるみ着てくるわ、小学生に混じって先生が出した問題に挙手するわともうやりたい放題で―――」

 

 このワンエピソードだけでも、母がどれだけ前衛的でアバンギャルドでエキセントリックな性格をしているかお分かり頂けただろう。

 脳の成分の大半が〝ノリと勢い〟で構成されていそうなのがうちの母。

 お陰で波乱の人生送っている筈なのに悲哀さも悲愴さも皆無! 元気でいる方はいいけど、それにしたって限度がある、というか限度を地上に置き換えたら母は既に太陽系にすらいない、振り切り過ぎだ!

 あ~~こんな振りきれた母の姿を彩華さん以外の誰かに見られでもしたら………しまった! 何やってんだ!

 僕はそんなことを思考した自分を断じる。嫌なことが頭に過ぎったら、それが本当になっちゃう的なのはよくある話じゃないか!

 

「まさかここまで滑稽でぶっ飛んだ奴だったとはな、アキのお袋さん」

「ある意味では、並ぶもののない素晴らしい財産(こせい)を持っているわね」

 

 聞き慣れた声たちが響く。

 もう……どうして現実に起きてほしくない時に限って現実になってしまうのだ! 不条理だ!

 おそるおそる、僕の座り位置からは右側なふすま戸の方へ見ると、右からマナちゃん、澤海、美月、栗山さんの順で四人が佇んでいた。

 

〝いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!〟

 

 頭から血の気が引いていく感覚が、僕を襲った。

 

 

 

 

 

 俺達からの一言で、ようやくこちらを見据えた秋人は、ムンクって画家の〝叫び〟に出てくる悲鳴を上げてるらしい人間らしきナニかっぽい顔付きになって青ざめていた。

 そこまでこの事態を避けたかったのなら、ああもあからさまな態度で出て行かなきゃ良いってのに。

 

「い……いつからいた」

 

 ある程度精神の乱れが和らいだ秋人の質問に。

 

「どうしても女子高生が掛けてた眼鏡をビニールに入れて吸引するのを止められないんですの辺りから――」

「そんな会話はしてない!」

 

 美月はいつものブラックなジョークで返し、さらに秋人は素早く弁明のツッコミを打ち返した。

 いくらメガネストな変態たる秋人でも、そこまで倒錯的な行為はしないと………信じて、良いよな? 疑念は拭えないがここは信じておこう。

 

「おかえりな澤海君、そんでそちらの眼鏡の子が栗山さんやね」

「はい、栗山未来です、はじめまして」

「新堂彩華や、分こうてると思うけど、妖夢やからって襲わんといてな」

 

 品のある滑らかな京都弁で未来に自己紹介した彩華は、予め正体を明かして念を押しつつウインクをした。

 本人が言った通り、彩華は妖夢でありながら異界士稼業をやりつつ人間の社会の中で暮らし、〝異界士のお役所〟と言える組織からもちゃんと許可証を貰って妖夢石の鑑定業を兼業していた。京都弁が堪能なこともあり、時々京都が舞台の映画やドラマの方言監修の仕事を請け負うこともある。

 妖夢も千差万別、無害な奴から積極的に人間に喧嘩吹っ掛ける奴まで色んな奴がいるけど、彼女みたいな生き方をしてる奴はそうそういない。妖夢憑きでゴジラな俺や相棒のマナ、そして半妖夢の秋人も、彩華と並んで物珍しい身だと言えるが。

 

「母が元気なのは分かったし、この話はここらで――」

 

 ハガキを引っ込めようとした秋人は、裏面に触れた美月の手に阻まれ。

 

「待ちなさい、どう見てもまだ続きがあるじゃない、私も見たいわ」

「せやね」

「僕にも羞恥心はあるんだ!」

 

 俺らからしたら衝撃の一言を口走った。

 

「なん……だと?」

 

 目ん玉を大きく開かせる俺は信じがたい気持ちであった。

 一癖も二癖もある強敵な怪獣たちに驚かされたことは多々あれど、今この瞬間ほど驚愕の荒波を受けたのは初めてかもしれない。

 日頃から自らの性癖を堂々と見せつける秋人に、まだ羞恥の感情が残っていたなんて………人間に何度も信じがたい事態を見せつけてきた自分(ゴジラ)すらも驚天動地な事実だ。

 つか羞恥心があるならちっとは変態的メガネ愛は抑制してほしい。何度こいつの性癖にムカッとし、ゴジラ化して熱線ぶっ放したい衝動に駆られたことか。

 

「こら澤海、なんでそんな信じられないって顔してんだ!?」

「いやてっきり………メガネフェチに目覚めた時点で羞恥心(そんなもの)捨て去ったのかと」

「残ってるわ! 母親がこんなキャラなのを誰にも知られたくない気持ちを持つくらいにはあるよ!」

「あかんえ、確かに猫型妖夢はアホの子が多いけど、実の母をそんな恥ずかしいやらこんなキャラやら言うなんて」

「まてぇ…」

 

 秋人を窘める彩華の雅びさのある発言、実はさらっとボケが入っている。

 

「僕の母は妖夢じゃない、異界士だ、妖夢なのは父の方、前にも話しただろ」

 

 秋人はこう言うが、あんな恥じらいもなくノリノリで猫のコスプレをされると、本当に猫型妖夢なのではと勘繰りたくもなる。

 

「ではあの耳は?」

「付け耳に決まってるだろ」

「妙に本物っぽかったですが?」

「拘り派なんだよ……」

 

 目が良い自分の眼でも、秋人の母の猫耳は作りが精巧で、ぱっと見じゃ街中でみる本物と見まごうクオリティだった。

 わざわざ猫のものと同じ瞳孔があるカラコンを瞳に付けているとこと言い、〝あっくんLOVE〟とでかでかと照らされたイルミネーションと言い、確かに無駄に拘るタイプ、秋人の妥協なき眼鏡愛を踏まえると――

 

「蛙の子は蛙ってことね」

 

 全く以てその通りだな、秋人とこいつの母は美月が口にした諺に真実味を見事持たしている。

 

「あ~~もういい! 話せば話すだけ無駄だ! とっとと終わらせてくれ~~!」

 

 もう母の話題は止めてほしいって意味での懇願だったろうが、彩華はそれを分かった上で。

 

「潔ええのは好きやよ」

 

 わざと解釈を間違えて再びハガキの無地な裏面を露わにする。彩華にはこんな小悪魔な食えない一面があった。

 程なくして裏面から猫コスプレな秋人の母の立体映像(ホログラム)が映しだされた。

 

「今日は大事な話があるから、ちゃんと最後まで聞いてほしいにゃん♪」

 

 秋人の顔の影がどんどん濃くなり、みるみる目が死んだ魚になって生気が失せていく、今にも口から魂が出てきそうだ。

 映像ソフトみたいに早送りなんて都合の良い機能をハガキは持たないので、ひたすら〝本題〟まで再生し続けるしかない。

 出産時の年齢をどう若く見積もったとしても、既に30は過ぎている計算になるので、年齢に反して語尾に『にゃん』とか付けて猫っぽく小躍りする母に良い気がしないのは至極当然ではあった。

 

「かくれんぼでお尻を出した子一等賞くらい前衛的やね」

「むしろ出したもん勝ちなの!?」

「私としては羨ましい限りやけどね、神原君くらいの子がおる歳で猫耳が似合うんやから」

「確かに世の主婦たちから羨望の眼差しを受ける若々しさだわ」

「そろそろ母の話題はやめにしない?」

 

 そこから暫くは〝大事な話〟とは言えない話が長々と続く。

 独特な見た目と物言いとテンションで失念しがちだが、よく吟味すると中身は一人暮らしの我が子に送る親の手紙のそれと何ら変わらないオーソドックスなものだった。

 

「ちゃんと自炊してご飯は食べてるかにゃん♪ 外食ば~~っかりだと栄養が偏って体に―――わ・る・い・ぞーーーー!」

 

 実母の奇行で精神にのしかかる負荷に耐えきれなくなった秋人は、超高速でハガキを表面に裏返した。

 

「後生だぁ………」

 

 しかしこの部屋にはぶっちゃけ、それを許さない意地悪なメンツばかりが揃っている。

 

「秋人――」

 

 その一人の美月がハガキを押さえる秋人の手に手を乗せ。

 

「―――潔く死になさい」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」

 

 公開処刑の続行を宣告した。

 嘆きの絶叫を秋人が上げている隙に、もう一人のいじわるな奴な彩華がほいっと軽い調子でまた裏面に返す。

 

「澤海! 離せ! 離してくれぇぇぇ! いっそもう一思いに殺してくれえぇぇぇぇーーー!」

「悪いがそうはいかない、大事な話までは聞かせろ」

 

 精神的苦痛で若干おかしくなりつつある秋人を、背中から羽交い絞めにして取り押さえる。

 もう息子の方が悶えたくなる母の恥ずかしい姿は、ここにいる者らに知られてしまっている、ここで止めようが進めようが対して変わらない。

 それに秋人母が最初に念を押した〝大事な話〟の内容を聞いておきたい気持ちもあった。

 

「ここからが大事な話にゃん、今この街に超強い妖夢が近づいているのにゃん」

 

 やっとその本題に入った。若干だが秋人母の態度が真剣味を帯びる。

 わざわざ異能でハガキにホログラムを記録する形式で、長月市に忍びよる不穏な影が来る直前に秋人のポストに投函されたところから、送り主のはっちゃけ具合に反して重要な話だと俺は予測していたので、先の意地悪をしたわけである。

 

「〝虚ろな影〟って聞いたことあるかにゃん?」

 

 虚ろな影………名前だけは一応聞いたことがある。連絡寄越したところから、相当やばそうな妖夢らしい。

 

「名前の通り実体を持たない超大型妖夢にゃん、それにもう直ぐこの街には〝凪〟も来るから、くれぐれも近づいたりして手を出しちゃぜぇーたいにダメにゃん」

 

 成程……こんな妖夢絡みの話じゃ、普通に肉筆での手紙で送れるわけがないわな。

 

「やっちゃんとあっくんとの約束にゃ~~ん!」

 

 そうして、やっと地獄の公開処刑もとい秋人母からの異能式ビデオレターが終了した。

 

「頭のネジゆるゆるな巨乳のお母さんって、素敵やね♪」

 

 彩華は意地悪にもシニカルなジョークを発した。こういう皮肉と京都弁は相性ばっちしである。

 

「アヤカ、多分アキには一言も聞こえてねえぞ」

「あら、残念やわ」

 

 で、秋人と言えばカーンって効果音が自然と脳内で鳴るくらい、卓袱台に突っ伏して気を失っていた。無意識にぼそぼそと『もうなにもいうな』と繰り返し呟いている。

 

「先輩、ご愁傷様です」

「ごしゅうしょうさま」

 

 さっきは険悪なムード(と言ってもマナが一方的に吠えるだけ)が嘘だっと錯覚する程、未来とマナは同じタイミングで秋人に合掌した。

 この様子じゃ、肝心の本題は聞いてない可能性もあるな、起きたら改めて俺の口から説明するとしますか。

 

 

 

 

 

 喫茶フロアの一席では、あの母からの拷問な手紙によるダメージから回復した秋人が、俺が調理したオムライスをがつがつ召し上がっていた。

 一日三食全てがオムライスな日々を一年は続けられるくらい、この卵料理は秋人の大好物だった。

 他の席では、美月と未来が同じく俺がふっくらと焼き上げたホットケーキを頬張っている。

 美月は『味が落ちてなくてよかったわ』と捻くれたコメントながらもテンポよくシロップの乗った生地を口に入れ。

 対して未来は素直に『甘いです♪』と、秋人がつい見惚れるくらい美味しいとリアクションを取ってくれた。

 二人の女子のどちらからも、堪能してくれたので何より。時々ここの店番もやるので料理の腕は鍛えられてる方だ。

 

「澤海、おかわり!」

「あいよ」

 

 丁度厨房で二杯目のオムライスを作り終えた俺は、秋人の席のテーブルに置くと、秋人は即食べ始めた。

 

「僕が作るのよりも美味しいなんて、憎いな……」

「その割には良い食いっぷりじゃねえか」

「当然の権利と言わせてもらう、僕にあんな拷問を味あわせたんだからな、博臣は仕方ないとして……絶対に他の誰かに母のこと話すなよ」

 

 どうして秋人にオムライスを振る舞っているのかというと、さっきの地獄に対するせめてものお詫びってやつである。

 

「念を押すまでもねえよ」

 

 秋人の家族のことを不特定多数に公表するメリットなんてないし、級友としての義理も込み絶対漏らさないつもりだ。

 それにこういう秘密は、自分らにだけ有しておいた方が良い。

 

「それより……母が言ってた〝虚ろな影〟って、どんな妖夢なんだ?」

 

 例の話題を切り出された俺は、秋人の向かいの席に座る。

 この写真館は異界士絡みの情報屋の顔を持っているので、妖夢の資料が多く揃い、彩華自身もその手の知識は豊富だ。

 あまり秋人に藪の中を突っ込ませる真似を仕向ける情報など与えたくはないが、実母からの忠告があった以上、教えとかなきゃならない。

 

「アヤカによると、虚ろな影は通称ミストなんて呼ばれてる超大型妖夢、名前の通り、実体を持たねえらしくて、成長の段階によっちゃ無害なんだけど……」

「ある程度成長すれば、台風や竜巻みたいに被害を与えるってことか?」

「そうだ」

 

 外見は黒色の霧みたいな形状で、成長し切った段階になれば大型台風クラスのデカさになる。実体を持たないので成長途中のはほぼ無害に等しいのだが、一定以上の成長を果たすと周囲に被害を齎す災害となる面倒な特性を持っていた。当然実体のない相手ではゴジラでもお手上げだ。どんなに熱線をぶつけても、奴にとっては蚊に刺されるよりも大した刺激にならないだろう。

 

「じゃあもしかして、昨日ニノさんが戦ったあの妖夢も」

「そいつの影響で凶暴化したんだろうな、実際は二万ちょっとの下級だったから、今朝は愚痴を散々吐いてただろ?」

「それはもうぶちぶち言われましたよ、『あれだけ苦労して二万とかあり得ねえ』だのどうのと」

 

 昨夜ニノさんが戦ったあの妖夢は、見た目に反して大人しく基本人は襲わない下級クラス。妖夢を狩るのに基準(+戦闘の手ごたえ)を設けた上で異界士やってる俺からしたらノーマークな種だった。下級は上級の影響を受けやすく、長月市に近づいている〝虚ろな影〟で凶暴化したのは間違いない。

 そんなもんで、今朝は妖夢石の鑑定結果に不満ありまくりなニノさんの愚痴を聞く羽目にもなり、部室で寝直さなきゃならなくなったわけ。

 

「どうすんだよそんなのが来たら、いくらゴジラでも実体のない奴にはお手上げじゃないのか?」

「お手上げさ、だから絶対手は出さず、そいつに凶暴化された下級どもの処理に精を入れて過ぎ去るのを待つのがセオリーなんだと、でも金と名声に目がくらんで喧嘩吹っ掛ける馬鹿も多くてな、特に長月市(ここ)は〝凪〟も来るから、その馬鹿どももわんさか来てやがる」

「その……凪ってのは、何なんだ?」

「妖夢が大人しくなる現象のことさ」

 

 風が止んで海面が穏やかになる現象の方の〝凪〟と同じ名が付けられている通り、それなりに凶暴な妖夢でも、一転して人畜無害になっちまう現象。時期が近くなれば予測は可能な一方で、周期はかなりデタラメ、台風以上に気難しくて気まぐれと来ている。

 けれど凪は妖夢の活動を抑制させるだけじゃない、妖夢そのものの力も弱体化させてしまう。

 

「半妖夢の秋人も例外じゃないんだぞ、そのことでお袋さんが連絡寄越して来たんだから、再生能力がガタ落ちするのは確実だ」

「それじゃ妖夢憑きの澤海も弱体化するんじゃ………と言いたいけど、あやうくお前(ゴジラ)のデタラメさを忘れるとこだった、G細胞は凪とやらの効力を打ち消すくらい造作なさそうだし」

「俺でも完全にはレジストできねえよ」

「そうなのか?」

「一応俺も妖夢だしな」

 

 G細胞、前世での世界と映画では、俺自身の細胞はそう呼ばれている。

 俺のデタラメなタフさと生命力の象徴とも言うべき細胞で、重傷の域な怪我でも瞬く間に治癒する自己再生遺伝子を有し、体内に侵入したウイルスを体温上げるまでもなく殺し、放射能すら無力化してちゃっかりエネルギーも取り込んでしまう…………人間に生まれ変わり、映画や異界士の仕事を通じてその性質と、元は恐竜だったのがここまでデタラメな生命体に進化した事実を知った時は、我ながらゾッとしたものだ。そんで人間(と異星人)らがその細胞を碌でもないことに使ってしっぺ返しをくらう様には、心底呆れたものだ。核兵器の膨大な放射線で変異した生物の細胞なんて、碌でもない代物に決まってるだろ。それぐらい想像できねえのかっての、阿保が。

 そのデタラメさは妖夢関係も然りで、凪は一度体験したことがあるのだが、G細胞は件の現象による弱体化の影響も軽減させてしまった。

 それでも〝妖夢憑き〟ゆえに妖夢の力を持つ身なので、完全には打ち消すには至らない。俺からすりゃ、凪はいわば期間限定の〝抗核バクテリア〟なのだ。

 再生能力も、熱線を打つ際に必要な熱エネルギー変換効率もその時期には落ちたので、異界士の活動はより慎重に行わなければならなかった。既に一回経験済みなので、コツは大体掴めているけども。

 

「俺はともかく、アキも気をつけろよ、凪の間はお前がよくやらかす無茶が通用しなくなっちまうんだからさ」

「重々気をつけます」

 

 問題は秋人の方だ……前にも言った通り、半妖夢なこいつの力は再生能力も込みで不明な点が多い。凪がどれほど秋人を弱めるのか、実際に起こってみないと見当もつかなかった。

 

「それで話は変わるんだけど」

 

 秋人はさっきより声量を下げて話題を変えてきた。

 

「栗山さんがこっちに来た目的って、〝虚ろな影〟を討伐しに来たのかな? そいつだって凪で弱くなるんだろ?」

「そうかもしれねえ……だが今日はミライ君に何も聞くなよ」

「なんで?」

「あいつの頑固さはお前が一番味わってきただろ、それに碌に心の準備もしないで聞いたんじゃ、お前の良心(おひとよし)に傷が付いちまうぞ」

 

 釘を刺された秋人は、それっきり何も言わず黙々とオムライスを食べ続けた。

 それでも顔を見る限り、未来が背負っているものを知りたい気持ちは、絶えずくすぶっているようだった。

 実を言えば、未来と〝虚ろな影〟との間に浅からぬ因縁があるのは、ほぼ明らかだ。

 気が付いたのは俺だけだろう。

 秋人母――神原弥生の口から〝虚ろな影〟が出てきた瞬間、未来の目が見開き、唇を噛みしめて、ほんの僅かに体が震えて、それ以上その震えが強まらない様に自制していたのを、目にしたのだから。

 わけを直接本人から聞いた方が早いが、彼女の頑なな一面を踏まえれば、打ち明けてくれそうにない。

 こっちもこっちで、独自に調べる必要があるな。

〝凪〟と〝虚ろな影〟が迫っている状況以外にも……俺の胸には不吉な高鳴りが響いていた。

 

 

つづく



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第九話 - 襲撃

 四月十六日の月曜の放課後。

 美月は未来の入部申請の手続き云々で遅れるとのことで、俺と秋人は先に部室に入ると、その美貌を何やら深刻そうに形作った博臣がいた。

 

「博臣……何があったんだ?」

 

 俺は半分聞き流す姿勢を取ることにする、このシスコン上級生がこんな顔をする時は大抵自分からは至極どうでもいい話と相場が決まっていたからだ。

 

「アッキー、たっくん、まずはこれを見てくれ」

 

 言われた通り、机に目を向けると、そこにはアイドルソング系の音楽CDやらライブのDVDやらが入ったパッケージが大量に、しかも中の円盤型ソフトは全て痛々しい亀裂が走っていた。中には完全に破片と化したのもある。

 

「事故じゃないよな……まさかここにあるの全部こうなってるのか?」

 

 痕跡から、どう見ても人為的に破壊されたものだ。

 念の入れ過ぎた込み様な破片が、犯人の恨みの強さを物語っている。

 

「前兆ならあった……一昨日の夜に音楽を聞こうとプレーヤーを起動させたら………曲が全てアイドルソングからヘヴィメタルバンド系に変わっていた」

「犯人は美月だ、間違いない」

「アッキーもそう思うか?」

「当たり前だ」

 

 秋人はそう断言する。俺も博臣の証言から美月が犯人だと絞りこんでいた。と言うか博臣の家族関係と、強烈な怨念の籠もった壊し様からして、あいつ以外にあり得ない。

 ブチ切れた理由も明らかだ。

 

「こっそりアイドルのオーディションに応募なんかするからだろ?」

「澤海、どうしてそうだと?」

「見ろよ」

 

 俺が指差した先には、美月の写真と、〝HNDガールズ〟ってユニット名なアイドル新メンバーオーディションの応募用紙と、それを入れて送る予定だった封筒が机上に置かれていた。

 

「写真は学生証用のやつをコピーしたのだし、用紙の筆跡はヒロのもの、大方こっそりこれを送ろうとしたのをミツキに感づかれたんだろ?」

「博臣……本当なのか?」

 

 博臣は苦汁の表情で頷いた。

 こいつのことだ。アイドル系の曲を聞いている内に晴れ舞台に立つ妹の姿を現実にしたい欲求に駆られたってとこだ。

 

「たっくんの推理した通りさ」

「どうして本人に確認を取らなかったんだ?」

「『家族が勝手に応募しちゃって』とか、よくある話だろ?」

 

 いや……確かに本人の了承を取らず親が勝手に応募した結果デビューしてしまった話は、よく聞きはするが………博臣の意図が読めた俺は呆れて溜め息を吐く。もうこの手の息が出るのは何度目か……途中までは数えてた筈なのだが、すっかり回数は綺麗さっぱり忘れてしまった。

 

「想像してみろ! 大人数の中センターを陣取り、可愛い制服(コスチューム)に身を包み、マイクスタンドに跨って熱唱する天使(みつき)の姿を」

 

 ああ……またしても実妹のことで熱く語り始めましたよこのシスコンは………いよいよ雲行きが怪しい方向へと流れ出した。

 目を瞑って熱弁する博臣の瞼の裏のスクリーンでは、美月がセンターなアイドルグループのライブ中の模様が再生中であると嫌でも分かった。

 

「め……メガネを掛けさせても良いか?」

「細かいことは気にしないさ」

 

 欲望に負けた秋人も目を閉じて映写し始めやがった。無論メンバー全員メガネッ子だと容易に読みとれた。

 

 俺も実は特撮系を嗜む身、だから好きな人は好きなのだってのは認めるが、多分自分には一生縁のないアイドルに関わる話題など、当然付いていけず置いてけぼりをくらう。追いつきたい気は皆無だが。

 

「壮観だな……」

「だろう?」

 

 たく、一昨日見たばっかだぞ……この変態どものメンタルシンクロ現象。今のこいつらならイェーガーを余裕で操縦できるかもしれない。性癖なんてしょうもない理由で心を一つに的展開なんて、プロットに入れる以前のレベルで却下だけど。

 そろそろ女性陣が来る頃合い、その二人の前に脳内上映を強制中断させよう。

 美月本人には罵詈雑言の嵐ものだし、さすがに未来だって〝不愉快です〟と不快な目で切り捨てるのは目に見えていた。

 なあに、こっちにはとっておきの一手がある。

 

「おい、もしミツキをメガネ妹系キャラでアイドルデビューさせてみろ、にわかシスコンとにわかメガネストを大量発生させることになるぞ」

「「なっ!?」」

 

 俺から発せられた会心の言葉(ねっせん)は、変態たちの幻想を粉々に砕いた。

〝にわか〟、誰だって一度はその道を通るのに、深みへと入れこんだ奴ほど嫌う概念。ある嗜好への度を越した愛を持つこいつらには、その効力が最大限に発揮される。

 

「「しまったぁぁぁぁーー!! そこは盲点だったぁぁぁぁぁーーー!!!」」

 

 背後に稲妻でも走りそうな驚愕の顔を浮かべて仲良くハモったお二方は、俺から進言されるまで考えもしなかった現実と、自力では気づくこともできなかった自身を恥じて攻め立て、仲良く同時に顔芸とセットで絶叫するのであった。

 それを目にした俺は反対に気分が良かった。中々見ごたえのある絶望に染まった顔を見せてもらったので、さっきまでの醜態を目にした際生じたストレスはチャラにするとしよう。

 それにこれで美月にアイドルの偶像なんて〝仮面〟を付けずに済む。あいつを思い……〝今〟を踏まえれば、そんなものまで背負わせるわけにはいかない。

 秋人たちが絶望している間、俺は机上のCDにDVDの群れを博臣の鞄に放り込んた。

 全部入れた直後、入れ違いに部室のドアが乱暴気味に開かれ、不機嫌顔の美月と、彼女の現状に少しオドオドしている未来が入ってきた。

 ドア開口の轟音のショックで、二人のテンションは瞬時に平時に戻る。

 美月の機嫌の悪さは手続きの面倒さに、変態たちの変態妄想を第六感で漠然と受け取ったからかもしれない。直接聞き出すのは絶対地雷になるので、詳細は問わないでおこう。

 

「聞いて頂戴、今日から正式に栗山さんは我が文芸部の部員となったわ」

「改めて、よろしくお願いします」

 

 ペコリと未来が頭を下げた。

 

「秋人、後でいいから栗山さんに部の規則と部室の使い方を説明しておいてね、それと夏号から栗山さんにも小説を書いてもらうから、そっちの教育もお願い」

「…………」

 

 そんで美月はペラペラと秋人に指示もとい命令を次々と下す。いきなりの奇襲だったので秋人は絶句するしかない。

 

「栗山さんを勧誘した責任くらいは取りなさい」

 

 美月個人としては気に入ってはいるものの、栗山未来は名瀬家から要注意人物としてマークされていたのだ。そんな彼女を実質異界士な学生たちの溜まり場たる文芸部に誘ったわけである。誘うだけ誘って入部したら知らんぷりは流石に無責任ではあった。

 

「わかったよ」

 

 秋人もそう行き着いた様で部長の命を承諾した。

 

「アキ、俺にも手伝わしてくれ」

 

 助け舟を出した俺に秋人は『助かるよ』って顔をし、美月はほんの少々だが慌てた様子を見せた。部長としては副部長に丸投げる魂胆だったので、ひら部員も後輩指導を名乗り出るとは予想だにしなかった様子だ。

 美月みたいに攻めることに長ける手合いは、逆に攻め返されるのが弱い。

 メカゴジラがその典型だった。圧倒的火力で押し切り、放電アンカーで仕留めようとするまではよかったのに、体内放射でのエネルギー逆流によるお返しで駆動炉のオーバーヒートによる機能不全なんて情けない負けっぷりを初陣で晒してしまったのだから。

 

「ぺーぺーなひら部員の澤海が無理して付き合うことはないのに……」

「ミライ君に一度遊びにこいって言ったのは俺だ、なら俺にも勧誘責任ってやつがあるだろ?」

「栗山さん、本当かしら?」

「はい、確かに一昨日の昼にお誘いを受けました」

「なら……仕方ないわね」

 

 こうも筋が通り、理路整然に返されては持ち前の毒の籠もった物言いを発揮しようがなく、微妙に悔しそうにむくれる美月だった。博臣の過剰な妹愛は理解できない自分でも、可愛いと思えるむくれ顔だなと、ポーカーフェイスの裏で心中そう呟く俺である。

 こうした前置きの後、本日の部活動は開始された。

 

 

 

 

 

「妹キャラが一人もいない……これは没だな」

「博臣、趣味趣向だけで判断するな」

 

 シスコン兄の選考基準に苦言を呈した以外は、厳かな環境下の中それなりのペースで選考作業は進んでいった。

 たった今読んでいた作品をラストまで進ませて一息ついた僕は、初日ながら作業に集中している新入部員な栗山さんに目をやる。赤縁眼鏡の奥の大きな瞳は、すらすらと活字を読みとっていた。

 

「あのさ栗山さん」

「なんでしょう?」

 

 本を広げたまま、こちらに目を合わせてくる。あれほど入れこんだ様子から、僕の薦めた作品を気に入ってくれたようだ。

 

「前から気になってたんだけど……」

 

 喜びを奥に引っ込ませつつ、僕は思いきった質問を投げる。

 

「どうして長月市(このまち)に来たのかな?」

 

 静謐さは維持されたまま、部室の空気が決定的に変質した。宙の酸素が硬化でもしたかのように重々しい。

 不意を突かれたにも等しい栗山さんは、童顔な容貌に三つの大きな穴を象っていた。

 他の三人の様子を見るが、素人目からは主だった変化は見られない。特に平時と戦闘時のギャップが激しい澤海はいつものややダウナーな雰囲気で作業を続けている。

 その彼から〝良心に響くから余り深追いするな〟と忠告されたけど………それでも僕は知っておきたかった。

 このメガネの美少女が〝背負っているもの〟の正体を。

 部活の最中に切り出したのは、栗山さんと他の三人、双方の反応を見たかったからでもあるし、彼女の口から直に名瀬家からの疑惑を払しょくさせておきたかったからもある。

 

「栗山さんには申し訳ないけど、今の内に博臣たちの家から抱かれてた疑いを晴らしておきたいんだよ、今長月(ここ)には異界士がわんさか来てるらしくて、どうも妖夢が弱る時期を狙って大物を―――」

「〝虚ろな影〟」

 

 僕から先んじる形で、博臣が単刀直入に核心へと踏み入った。

 

「やつを討伐する為に、この地に来たんだろ? 未来ちゃん」

 

 まさか博臣の口から例の大型妖夢の名が出ると予想し得なかったので、僕は何も言えぬまま美貌の異界士と後輩を交互にみやることしかできない。

 けれど冷静に考えれば……逃亡中の母も長月市に虚ろな影が来ると把握できたのだ、名瀬家が例の大型妖夢の動きを読むくらい不思議でもなんでもない。

 

「どうして……そう思われるんですか?」

「凪を利用した売名行為にはうってつけな妖夢だからね、こちらとしても穏便に進めたいから、質問には素直に答えてくれないかな?」

 

 言葉そのものには温和で気を遣ったものなのに、その癖言い様や態度は脅迫じみていて………どころじゃない、どこからどう聞いても脅迫だった。

 今の博臣からはいつもの軽薄さは消失し、代わりに獲物を見つけた猛禽の如き真剣な眼差しを持った〝異界士〟としての顔に変身している。

 

「虚ろな影で……間違いありません」

 

 隠しきれないと判断したのか、栗山さんが思いの他正直に明かしてくれた。

 体は委縮して、僕の眼からは実際の体格よりも小さく映る。僕も穏やかな気分ではいられない……でもこの状況に挟める上手い言葉もなかった。

 

「それにしても、世の中には悪い奴がいるものだね」

 

 独り言のようで、とても聞き逃せない勿体ぶった一言を博臣は漏らす。

 

「どういうことかしら? 返答次第では二度と『お兄ちゃん』と呼ばないわよ、今回の凪の管轄な私を差し置いてこそこそと………」

 

 当然兄の態度に美月が納得する筈も無く、博臣にとっては処刑宣告にも等しき切り札を出してきた。裏で動かれた事実は、彼女の異界士としての自尊心を傷つけてしまったようだ。

 

「親切心で情報提供しているのに脅迫はよくないな、これでも俺は名瀬家の幹部クラスだぞ? それを動かすのにどれだけの金額が必要か分かっているのか?」

 

 対して兄は冷徹に斬って捨てる。いつもは美月を溺愛している博臣が、ここまで実妹に冷たく応じる様は見たことがなく、それゆえ美月も面喰らっていた。

 とは言え、そこで白旗を上げる美月でもなく。

 

「博臣お兄ちゃん♪」

「素直に諦めなさい」

 

 妹はあざといくらいの調子で普段ぞんざいに扱う実兄に『お兄ちゃん』と呼んだが、博臣は動じず。

 

「博臣お兄たん♪」

「語尾を可愛くしても無駄だ」

 

 続けての第二撃にも応じず。

 

「博臣『バキューン』!」

 

 しまいには、とても文章で明文できそうにない放送禁止用語を口走った。そういうとこ本当期待を裏切らない名瀬家の末っ子令嬢である。

 まだ諦めるつもりはない様で、今度は栗山さんの耳に何やらひそひそと話しだした。

 

「良いからとっとと話せ、ヒロオミが言う悪い奴ってのは、虚ろな影を非道なやり方で討つ気な外道どもだろ?」

 

 しかし美月の栗山さんを巻き込んでの次なる攻めは、実行されることはなかった。

 

「おやまあ、たっくんには筒抜けだったか? 見抜かれたのでは仕方ないな……白状するよ」

 

 澤海がガードを固くした博臣の牙城をあっさり崩したのだ。人間としての知性と、動物的な鋭い直感を併せ持った彼は、時として僕らより先に物事の本質に斬り込んでしまうことがある。

 顔つきを見れば彼も〝異界士〟の時のものに変身し、さすがに見る者を畏怖させ、屈服させる圧力まで行かずとも、目つきは闘争に臨む〝ゴジラ〟に近くなっていた。

 いや、それより澤海は、今何て言った?

 

「アッキー、虚ろな影についてはどれくらい知ってる?」

「成長段階のある超大妖夢で、成体に近づいたら実害を与えるって性質を持つ―――くらいだけど……」

「成体にまで、あるいはその日知段階前に達した虚ろな影は討伐依頼が殺到する、大きなリスクに目を瞑れば富と名声を一挙に得られるからね」

「ちょっと待って、虚ろな影は実体のない妖夢なのよ? いくら凪の恩恵があるからと言って、そいつを討伐して名声を得ようなんて、自殺行為だわ」

「ミツキ、確かに実体のねえやつに喧嘩売るのはとんだ大馬鹿だが……やつを倒す方法なら、一つだけある」

 

 美月が投げた疑問を、博臣に代わって澤海が答えた。

 直後、虚ろな影が話題に上がってから畏縮していた栗山さんの顔色がさらに青ざめていく。瞳は眼前の光景を捉えていない………何か嫌な思い出が再生でもされているような感じがした。

 話題の発端を作っておいて何だが、早いとこ切り上げた方が良いと判断した。

 

「澤海……その方法って何だよ?」

「実体(かたち)がないなら―――肉体(かたち)があるものに移してやるんだよ」

 

 肉体を持つものに移す? 澤海の言葉を、心の内でオウム返しをした。

 澤海の今の発言と、その前の言葉の中に入っていた〝非道〟や〝外道〟といった単語から僕なりにその方法を推理してみた結果、寒気が走った。

まさかそれって、虚ろな影を―――

 

 

 

 

 

 未来がこの地に来訪してきた目的が〝虚ろな影〟絡みだったと判明して時点で、博臣は名瀬家の代表として彼女のバックにあるものを掘り出すつもりだったのだろう。

 しかし、尋問の真似事は強制的にお開きになる。

 部室の窓が、いきなり奇声を上げて砕け散った。

 俺以外の四人の視線が、窓側に集中する。

 

「ドアだ!」

 

 反対に俺はそう四人に発すると、立ち上がりながら最も近くにいた美月を庇えるよう抱き寄せ、扉の方へ指の銃口を向けた。秋人も咄嗟に未来を庇い建てる。

 乱暴に開放された扉から、物体が中へと侵入しようとする。そいつに俺は、指(じゅうこう)から青の光弾を放った。閉鎖的環境もあって、弾丸は物体に直撃し、扉を開け放つほどの勢いが衝撃で削がれて、相手は怯む。

 程なく、ロープ状の物体がそいつを縛り上げた。正体は博臣のマフラーだった。それは彼の暖をとるだけでなく、檻を応用することで異界士としての彼の得物にもなる裏の顔があった。

 

「伏せろ!」

 

 博臣の意図を汲んだ俺は邪魔にならぬ様、美月を抱いたまましゃがむ。美貌の異界士は捕縛した侵入者を透明(ガラス)の隔たりがほとんど無くなった窓の外に向かって投げつけ、物体が俺達の頭上を通り過ぎた。

 いつもの日常(ぶかつどう)が突如壊された状況に、さしもの美月も動揺を隠せず、体は震えていた。高圧的に振る舞う顔も、恐怖で強張って硬直している。

〝檻〟をマスターしているだけあり、美月も異界士としての実力は低くはない……が、専ら事務方の任に着くことが多い彼女は、実戦の場数においてはこの部の部員の中で最も少なかった。

 

〝こわいよ! たすけてぇぇぇ!〟

 

 手が美月の震えを感じ取ると同時に、宇宙から来た俺の〝分身〟に襲われた時の〝チビスケ〟を思い出させる。その記憶と現況が怒りに火を点け、闘争心を湧きあがらせた。

 よりによって部活中に喧嘩売ってくるとは、良い度胸してるじゃねえか………その報いをたっぷり味あわせてやる。

 

「ヒロ、ミツキを頼む」

「待て!」

 

 博臣(あに)に美月(いもうと)を託し、俺は襲撃者への反撃の為に窓から飛び降りようとしたところへ、博臣に引きとめられた。

 

「たっくん、できれば襲撃した妖夢を殺さず生け捕りにしてほしい」

「何ぃ?…………たく、保障はしねえぞ!」

 

 博臣の申し出に対し、半ば吐き捨てるも同然にそう答えた俺は窓から跳び、校庭の砂の大地に降り立つ。

 まだ部活動中の時間帯グラウンドには誰もいない、それどころか空も雲も太陽も、周囲のありとあらゆるものが昼の空より淡い水色がかった色合いになっていた。

 博臣の仕業によるものだ。ここは名瀬家代々の檻(いのう)の応用で作り上げた異空間たる結界の中。色彩を除いて校舎と同じ形なのは、地理的環境がほぼ反映されるからだ。

 非日常な空間の中で俺と対峙する奴を一言で表現すれば……〝人狼〟と呼ぶべきか。顔と頭は狼そのもの、対して死に装束見てえに真っ白い着流しを来た体つきは人間に近かった。

 どうにも解せえねな……よりによって学校に来るとは。この高校は常に名瀬一族が施した結界が張られ、並の妖夢では進入どころか消滅させられてしまう。

 先週末俺が敢行した作戦は例外。あれは博臣にも予め、秋人が被っていた未来からのストーキングへの対策によるものだと意図を伝えた上で、結界の強度を一時的に弱めてもらって校舎内におびき出したからだ。

 普段なら妖夢が入り込むなど絶対あり得ない………だとすれば、最初からおびき出すつもりだったな。

〝凪〟と〝虚ろな影〟が同時に押し寄せるこの珍しい状況を利用して、名瀬一族を失墜させようと企む連中をあぶり出す為に。

 そして博臣の読み通り、その連中が妖夢を使って餌に喰らいついてきた。

 証拠ならはっきりある。人狼の目は虚ろで、こちらを見据えているのに、視線の感触が希薄、これは妖夢がその意志を乗っ取られていると示している。

 犯人は……本来狩る対象であり、敵である妖夢を操り使役できる〝妖夢使い〟、俺にとっては――〝自分の手を汚す根性のない〟――一番気に食わない類の人種(いかいし)だ。

そいつらが糸を引く人狼など、さっさとぶちのめし熱線で消し炭にしたい衝動を抑える。犯人の尻尾を掴む手掛かりとなるこの人狼を生け捕りにしてほしいと博臣から依頼を受けた以上、できる限り果たすしかない。

 人狼が疾走して、こっちに肉薄してくる。俺の身体を裂こうと振るわれ、ギリギリのとこで躱した。

 せっかくの〝日常〟を侵し、秋人や美月たちに手を出しやがった許し難い相手に、つい致命傷になる攻撃を与えそうになる。敵と見なした奴は完膚無きまで叩きのめすのが基本な俺からすれば、殺さずに捕えるのは難しい話だった。

 攻めあぐねている中、左手からの逆袈裟からの一撃を擦れ違い様に避けるが、五つの内三つの爪が頬の表皮を裂いた。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちして一旦跳びのく。頭に血を登らせまいと、片手を軽くスナップする。変身に携帯使うかのライダーからの受け売りだが、思考をクリアにするには持ってこいな手癖だった。一回振っただけで熱くなった脳内が澄み渡ってすっきりする。頬の傷もG細胞の再生遺伝子が働いて直ぐに塞がった。

 奴の主な武器はあの両手の爪、あれを潰せばどうにか生け捕りにできそうだ。

 人狼が再び疾走して距離を詰めてくる。

 攻撃の隙間からカウンターをぶち込むべく待ち構えようとした刹那――

 

「澤海君! 下がって!」

 

 背後から顧問のニノさんの声が、博臣から事前に捕獲を頼まれたいたってところか……言われた通り後方へ跳躍して下がる。

 前進していた妖夢の周囲の空間が歪みだし、全方位からのしかかる圧力で人狼が呻き声を上げた。

 まだ宙を飛んでいた俺は右手を突き出して虚空を掴みあげるニノさんを目にした。

 人狼を襲った現象は、ニノさんの異能によるものだ。自らの視界内にある物体をプレスする重力操作の能力で、妖夢は全身を圧迫されている。

 お返しさせてもらうぞ!

 右足に体内で生成したエネルギーを集めて疾駆。

 

「ハァ!」

 

 人狼の鳩尾へ中段のバックキックを当てる。微妙な時間差を置き、衝撃が対象の肉体に届いたのを見越した俺は足裏から放った青白いエネルギーの衝撃波で、人狼を突き飛ばす。

 ダメージの尾が引く隙にニノさんへ目線で合図し、頷いた彼女とともに併走。

 そのまま同時に20メートルほど跳び上がり。

 

「デリャ!」

 

 ようやく起き上がった妖夢の肩部に降下の勢いを相乗させた飛び蹴りを打ちつけた。

 骨が砕かれる音と一緒に、何度も地面と衝突して転がる人狼。

 今のニノさんとのジャンピングキックで奴は気絶した上に、両肩の骨はずたずたに破砕されている。これではまともに主武装の爪は使えない。

 どうにか生きたまま戦闘不能に追い込んだので、部室に運んで博臣からの依頼を果たそうと倒れる人狼に近づいた俺は、奴の口から血が流れているのを目にした。

 単に口の中を切ったにしては出血量が多過ぎる……急いで妖夢に駆け寄り、鋭い牙の伸びた口を開くと―――

 

「澤海君……まさか」

 

 俺は頷き返した。

 

「こいつ……舌を噛み切りやがった」

 

 人狼は……というより人狼を操っていた妖夢使いは、操っていた人外に自殺を強要させる〝離れ業〟を、俺達に見せつけたのだった。

 

つづく。



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第十話 - 失楽園

 人狼を操っていた当人が、妖夢に自害を強要させた事実を伝えようと、死体を抱えながら結界でできた校舎内の階段を登る。ニノさんは他に襲撃者が潜んでいないか、結界内を見回っている最中だ。

 文芸部室の階の廊下に差し掛かると――

 

「説明次第では許さないわよ! この! このこの!」

「ぎゃぁぁぁぁぁーーー!!」

 

 四つん這いになった博臣が、怒り心頭の美月(いもうと)から足蹴にされ、秋人は苦笑い、未来はおろおろと成り行きを見守る図を目にした。

 一度、廊下の窓際に死体を置き、文芸部の現況に入り込む。

 

「澤海……これはその――」

「ヒロの待ち伏せ作戦の顛末だろ?」

「はは……まあね」

「二人とも……頼むから助けてくれ」

「自業自得だ、もうしばらく妹からのありがたい蹴りを味わってろ、ドMシスコンが」

「おい……ドMは余計だぞ……」

 

 事情は大体汲み取れている。予想通り、博臣はわざと校舎の結界の強度を弱めて名瀬一族の失墜を企む奴らをおびき出してさっきのような状況に陥り。その作戦の旨を知らされないまま怖い思いをした美月は、半ば八つ当たりも同然に首謀者な実兄をとっちめていたわけだ。

 もうそこには恐怖で怯えていた女の子はいない。俺としてはいつもの美月に戻ってくれて安心している。

 

「説明責任は果たすから、まずはその足を止めてくれ美月!」

 

 必死かつ情けない懇願で、ようやく美月は蹴りの乱舞をやめ、腕を組んでいつもの高圧的態度で説明しなさいと促した。

 

「たっくんは既に理解しているようだが、名瀬に喧嘩を売ってきた連中がいてね、てっきり頭の悪い奴らだと思っていたのだが………中々どうして強かだ」

「どうして私に黙ってその連中をあぶり出そうとしたのかしら?」

 

 一応美月なりに口調を穏やかに取り繕っている一方、目は怒りの火を隠しきれていない。

 罠を張った博臣も予想外な事態に整理がまだ付いていない様で、微笑みとも苦笑いともはっきりし難い笑みを浮かべていた。

 

「一つは美月に手伝わせることでも無いと幹部が判断したこと、もう一つは美月が無駄に奔走して陽動作戦に支障を来す恐れがあったからだ」

 

 散々な言われようだ。要するに、美月が状況を引っ掻き廻して足を引っ張るからなんて下衆な理由で、名瀬の幹部どもが作戦の全容を明かさなかったということだ。

 もっと端的に言えば〝足手まとい〟のレッテルを貼られたにも等しく………怒りが一気に通り越した美月は、悔しそうに身震いと歯噛みし、俯いて表情が読めぬ中、呟かれた。

 

「それは私が……未熟ってこと」

「そうだ」

 

 絞り取る様に発せられた妹の言葉に対し、兄は冷やかに言い切った。

 

「ヒロ、せめて危ない橋を渡らせたくないとか、他に言い様があるだろ?」

 

 普段は甘甘しく妹を溺愛する博臣は、こと異界士絡みに限って言えば、冷淡にまで厳しく容赦無い態度をとることがある。彼女が事務方の仕事ばかり任せられるのも、異界士稼業には手厳し過ぎる兄が原因の一つであった。そういう意味では、やっぱり博臣は過保護な兄貴ではある。

 

「これから言うつもりだったさ、できれば美月には……普通の女子高生でいてほしいからね」

 

 その非情な厳しさも、妹への惜しみない愛情からくるものであった。こいつは本心から妹の幸を願っている。それを理解できるだけに、これ以上博臣に追及はできそうになかった。俺がねちねちとあーだこーだと代弁しても、却って美月の異界士としてのプライドを叩き切ることになり、彼女を惨めにさせるだけだ。

 

「あの……お取り込み中失礼しますが」

 

 名瀬兄妹の異界士事情で停滞していた状況を、赤縁眼鏡の少女(いかいし)が進ませた。

 

「名瀬家の失墜を虎視眈々と狙っていたにしては、今回の襲撃は場当たり的と言うか……功を焦っている気がするのですが」

 

 未来が切り出した疑問には俺も同感だ。

 歴史の長く、組織としての規模も大きい名瀬家に喧嘩売って勝つ気なら、それなりに周到な前準備を心掛けている筈なのに………冷静に考えれば罠だと見抜ける罠にあっさり乗り、妖夢を操って殴りこんできた。

 妖夢使いの技術を持つ異界士一族は、片手で数えられる程しかない。妖夢に殴りこみの代行をさせるということは、単に手の内だけでなく、相手の名瀬家から、売り手側の素性がバレやすくなるリスクもはらんでいるのだ。

 個人的印象はさておき、術者としての力量には優れ、証拠隠滅にも抜かりはなかったというのに、襲撃そのものは杜撰過ぎる………この落差は何だ?

 

「それは人狼から聞きだすつもりだったんだが……どうなったたっくん?」

「一応、生きたまま戦闘不能にはできたんだがよ………術者が妖夢を自害させやがった」

「……………なるほど、確かにそれは予想外だ」

 

 ほんの数瞬、黙していた間は博臣が感じていた驚愕を物語り、理解の及んだ彼は額に手をやって悔しがった。

 

「あのさ……それってそんなに凄いことなのか?」

 

 あくまでここにいる異界士と知り合いな半妖夢で、異界士の業界の枠外にいる秋人が、俺達の反応を見て尋ねてくる。

 

「アッキー、異界士の異能の中には妖夢の意識を乗っ取り操作できる術もある、ただし術者の妖夢使いは、完全に妖夢を支配できるわけじゃない」

「基本生物ってのは、最後の瞬間まで何が何でも生き抜こうとする本能を持ってる、死んじまったら子孫は残せないからな、そいつは妖夢も同じさ」

「そうか……いくら妖夢を操れても、妖夢の本能とやらに反したことをさせるのは普通不可能で、例の襲撃者はそれを実行したのか……」

「ああ……だから参ってんだよ、手かがりではあるから、持ってはきたけど」

 

 俺は一時廊下のほぼ真ん中の隅に仰向けで置いていた人狼の死体の下へ行く、そいつの額には、ナイフくらいの刃で刺された痕があった。

 俺が念の為にと付けた傷だ。自害を強制執行できる妖夢使いとなれば、リモートコントロールする指示を受信する脳さえ無傷なら死体での操作など容易にできよう。術者がまたこいつで不意打ちしてくるる恐れもあったので、死して仏になった妖夢に死体蹴り紛いの措置を取らざるを得なかった。死んでいるのに生前の姿をほぼ保っているのは、一定以上の損傷を肉体に与えないと妖夢石化しない為である。

 そいつを博臣に見せるべく持っていこうとして―――感覚(ほんのう)が殺気を読みとり、耳が校舎内を疾走するニノさんの足音を感知した。

 

 

 

 

 

「新手が来るぞ!」

 

 張りつめた調子で警告を発した澤海の声に、僕は意識せずとも体が緊張感に支配された。

 栗山さんも血の剣を生成する。横幅が広いと言えない環境下に合わせたのか、今回は小太刀くらいの長さな短剣を逆手に持っていた。

 

「みんな逃げて!」

 

 直後、見廻りをしていたニノさんはこの階に登ってくる。虚空を掴みあげて重力ブレスを繰り出したが、彼女の反応から見て空ぶりとなったようだ。

 

「くそっ!」

 

 僕らの目には見えない〝新手〟が澤海を突き飛ばし、壁に激突させる。不可視の妖夢は、次に僕らに攻撃を仕掛けるのは明らか。

 

「させるかよ!」

 

 そうはさせまいと、澤海は左手を突き出すと、掌から青白い光の筋を飛ばした。鞭状な光は不可視な対象を見事に捕縛し、その進行を止めた。

 

「今だ!」

「はい!」

 

 促された栗山さんは剣を順手に持ち替え、切っ先を敵に向けて踏み込み、澤海も相手を封じたまま右の握り拳からエネルギー制の爪を伸ばす。

 挟み込む形で、二人は自分の得物を突き入れた。傍目からは何もない宙から緑がかった血が流れ出す。

 

「下がりなさい!」

 

 澤海たちが得物を引き抜いて後退したと同時に、ニノさんの止めの重力プレスが炸裂。大量の血と一緒に妖夢石が床に転げ落ちた。

 

「気を緩めるな、まだいやがる」

 

 ほっと一息付けようとして、臨戦態勢を維持したままな澤海、栗山さん、ニノさんらを見て、新手はさっきの不可視な妖夢だけではないと悟る。

 三人が注視する廊下の奥に目をやると、黒い外套(マント)を羽織った〝人型〟がそこにいた。フードを深く被っているせいで顔は見えず、それどころか人なのか人型の妖夢なのかすら判別できない………それが得体の知れない不気味さを醸し出している。さらにそいつに従う形で、巨大な単眼に口と、コウモリに似た翼を有した飛行型妖夢が三体、廊下内を滞空していた。

 

「博臣君……檻(けっかい)の精度落ちてるんじゃない」

「檻の策敵網を掻い潜るなんて……冗談だろ?」

 

 ニノさんからのジョークな悪態を返す余裕がないほど、博臣は珍しく狼狽していた。

 

「妖夢を自害させる術者なら、博臣先輩に感づかれずこちらへ転移するくらい造作ないと思います」

 

 反対に栗山さんは、小太刀程の刀身な血の剣をもう一振り生成して、両手に構えたまま冷静にからくりを推理した。さすが伊達に異界士としての場数は踏んではいない。

 美月を連れて僕は後方に下がる。博臣は校舎の体積分に張った結界の維持で手一杯だし、ここは前線での近接戦闘に秀でた三人に任せた方がいい。檻の使い手な美月たちは防御に徹すれば問題無いし、僕など人質にも使えない不死身の半妖夢だ。

 

「巻き込んですまないアッキー、もしもの時はたっくんたちの援護を頼む」

「柄にもなく弱気じゃないか」

「罠(あみ)を張ってこのザマだ、正直なところ困惑してる」

 

 それは美月も同様で、最初の人狼による奇襲時ほどじゃないが震えていた。

 向こうとこちらとの緊張感が急激に増した矢先。

 

「―――」

 

 黒外套の人型が、人語ではない言葉を呟くと、そいつの背丈より少し高い地点に魔方陣が出現、そこから身の丈以上に長く、周囲の光景が映るくらいの光沢な刀身と、護符らしき紙が何枚も巻かれた柄が特徴的な大剣が降りてきて、そいつはそれを手に取る。

 素人目に見ても黒外套の行動は不可解だった。刀身が長い剣ほど小廻りが利かず、ましてやここは狭い廊下、どう見てもこの場で使うには不得手な武器だ。

 澤海やニノさんも敵の意図が読めない様で、中々踏み込めない。

 飛行型妖夢も何やら詠唱を唱えて床に魔方陣を複数出現させ、人狼型妖夢を七体転移させてきた。

 しばし、睨みあう澤海たちと黒外套たち。

 澤海が、戦闘中の癖でよく行う〝スナップ〟ををした。

 それが戦端を開く合図(ゴング)となる。

 最初に栗山さんが駆け出し、敵陣へと突っ込み、先頭の人狼を横合いの一閃で切り捨てた。

 

「後の人狼はお願いします!」

「ああ!」

 

 彼女続く形で澤海はスライディング、二体をすり抜けると右手の指先からエネルギー弾を発し、弾丸は一体の脳天を貫き、間を置かずもう一体を蹴り上げる。キックを当てると同時に足から発せられた衝撃波が人狼の胴体に風穴を開けた。さらに彼は両手からさっきの光の帯を飛ばし、一旦スルーした二体の足を縛って転倒させ、そのまま天井に叩きつけた。

 相手側のリーダー格らしき黒外套はその大剣で踏み込もうとするが――

 

「あんたの相手は私」

 

 ニノさんがそれを阻み、ヒールを履いていると思えないアクロバティックなキックの連打を繰り出した、黒外套は大剣の側面で防御し切るが、後方へ下がっていく。そこへ重力波を乗せた彼女の正拳突きで突き飛ばされる。

 一方、起きあがった澤海は一番後方にいた人狼の爪による一閃が首を捉える前に、左手で相手の右腕を掴みあげ、そのまま強靭な握力で骨をへし折り、右手の三爪の刃で脳天を突き刺した。

 そのまま振り向き様に背後から跳びかかって襲おうとした残りの二体に対し、上段後ろ回し蹴りから発された三日月状のエネルギー波で、二体ともども胴体を真っ二つにした。ゴジラの全身から熱線のエネルギーを発する〝体内放射〟の応用技とも言える一撃だった。

 

「ニノさん! 床を割れ!」

 

 人狼を全て倒した澤海から指示を受けたニノさんは、しゃがんで床に拳を打ち付ける。重力操作で破壊力が増した拳打は校舎内の大地に亀裂を走らせ、黒外套の足場を崩し、そこへ澤海の指から放った弾丸が戦闘中な栗山さんと飛行型妖夢の合間をすり抜けて黒外套へ肉薄。すんでのところで相手はガラスを打ち破って回避して中庭に降り、それを追う形で澤海とニノさんも飛び降りた。

 廊下内では飛行型妖夢と栗山さんとの戦いが続く。

 跳躍した栗山さんは一体の真上を取り、落下の勢いとともに胸部を突き刺す。地に足が付くと、片方の剣を投擲してもう一体の片翼に刺して体勢を崩し、それをジェル状にして引き寄せると背後の一体に背を向けたまま突き入れ、深々と体内に血を流しこんだ、輸血された一体は口から泡を吹いて倒れ込む。

 彼女は残った剣で中空を振ると刀身から血の球がいくつも放たれ、前方の妖夢の身体に付着。血がこびり付いた部位から煙が上がって相手は痛々しく悲鳴を上げた。

 

「ハァァァァァァ――――!!!」

 

 再び飛び上がった異界士の少女は、血を増量させてリーチを長くさせた剣で上段から振り下ろし、両断した。

 彼女をよく見ると、顔色が明らかに悪い。それだけ自らの血を武器にした戦法は体力の消耗が激しいのだ。

 見ていられなくなり栗山さんの下へ駆け寄ろうとした際、胸部を刺された妖夢にまだ息があると気が付く。

 

「栗山さん!」

 

 疲労困憊な彼女では迎撃に間に合わない。僕は無我夢中で起き上がった妖夢の背中を歯がい締めていた。

 程なく抵抗されたことで腕は振り払われ、妖夢の羽の爪に胸が切り裂かれた僕は床に叩きつけられた、破れた制服に血が沁み込んでいく。

 邪魔をされたことへの怒りか、飛行型妖夢が狙いを僕に変え、襲いかかろうとした。

 

「秋人逃げて!」

 

 不死身でも〝痛覚〟があると知っている美月が自分に押し寄せる脅威から守ろうと、僕の周りに檻を張らせた。

 ライフル弾並の長さがある牙がこの身噛みつこうとする寸前―――妖夢の体は肉が斬れる生々しい音と共に下段から上へ縦に裂かれた。

 なけなしの体力を総動員させた栗山さんが、ギリギリのところで妖夢を切り上げて、どうにか僕を助けたのだ。

 助けるつもりが……逆に助けられてしまったと、自嘲する。

 切断面から溢れた大量の返り血が、顔が青ざめる栗山さんの体にこびり付いた。もう立つ気力すら残っておらず、尻餅を付いた彼女はそのまま横向きに倒れ込んでしまう。

 無我夢中で僕は彼女に駆け寄り、抱き上げる。

 

「栗山さん! 栗山さんッ!!」

「未来ちゃんは大丈夫だアッキ―、貧血で倒れただけ、直ぐに目を覚ます」

 

 博臣はそう言ってくれたものの、さっきまで血を武器に戦っていた時と反して、僕の腕の中で眠る血まみれの栗山さんから思い浮かんだ言葉は―――〝儚さ〟と〝危うさ〟の二つだった。

 

 

 

 

 

 黒マントと中庭に追い出した俺とニノさんは、二人がかりで奴を攻めていた。

 だが奴の戦闘能力は予想を超えていた。マントの隙間から見える華奢な体躯からは想像もできない腕力と、遠心力を応用した剣捌きで、刀身の大きさゆえ大振りで攻撃パターンが単調になりがちな大剣を巧みに円形状に振るい、こちらの接近を許さない。

 遠方から取って弾丸を撃っても、機敏に反応して剣を盾に防いでしまう。

 身のこなしの素早い相手だと、ゴジラの姿では相性が悪いので変身できなかった。

 一旦相対距離を開いた俺達に向け、黒マントは振り上げた剣を勢いよく振り下ろし、衝撃波を飛ばした。

 横合いに避ける俺達………が、見た目以上に攻撃範囲は広く、俺もニノさんも上腕を負傷。

 G細胞の働きで俺に刻まれた傷は治癒されていくが、そんな再生能力を持たないニノさんの右腕は……骨でも抜かれたが如く、力なくぶら下がっている。

 

「私って……乱視だったかしら」

 

 皮肉を吐けるくらい、まだ彼女の戦意に衰えはないが、負った怪我はかなり深手だ。

 先にニノさんを倒す魂胆か、正眼に構えた切っ先を彼女に向ける。

 

「やらせるか!」

 

 俺と黒マントが同時に跳躍。踏み出すと同時に足裏からエネルギーをジェットよろしく噴射して推進力を上乗せした俺は、どうにか敵とニノさんの間に割って入り―――すかさず全身を発光させて肉体をゴジラに変質。

 袈裟がけから振るわれた一閃を両腕で白刃ど取りしつつ、強固な皮膚で攻撃を受けた。

 見かけに違わず相当な衝撃が体に響くものの、どうにか膝を付かず耐えきった俺は背びれを光らせて余剰エネルギーを放出。

 反撃が来るのを察し、俺の腹部を蹴り上げて後退する黒マントへ、俺は動じずに熱線――アトミックシュートを撃ち放った。現在の俺の熱線は様々なバリエーションを持つが、これは前世から使い続けて、ある意味で慣れ親しんでいる撃ち方だ。

 手に持つ大剣で熱線を受け止めた敵は、衝撃で斜線状に飛ばされ、教室棟と一般棟を繋ぐ四階の高架通路の外壁に激突、崩れ落ちた破片と手元から離れた大剣と一緒に中庭の地に叩きつけられて転がった。

 その際、フードが脱げ、奴の顔が露わになった。驚きの唸り声を俺は上げる。

 正体は人間の女…………体格から予測はしていたから、その事実に驚きなどない。

 驚愕した理由は、あれほどの苛烈な身のこなしと戦闘能力を見せながら―――目は全く生気を有していなかった。肌も血が通っておらず百合の花並に白い。

 ゴジラ化したことで増した闘争心が油になり、この〝屍〟を差し向けてきた奴への怒りが増した。

 どこまでも薄汚ねえ野郎だぁ………直接出向かず、こそこそ妖夢で攻め立てるだけでは飽き足らず………よりにもよって―――

 

「あれは!?」

 

 次なる驚愕を、俺達は見せつけられる。

 倒れていた女性の背後に、直径一メートル近い穴が中空に現れたのだ。

 そして起き上がった屍はその穴へと突入しようとする。

 

「ちっ!」

 

 あの屍は大事な手掛かりの一つだった。肉体の原型は残しておきたかったが、この際贅沢は言えない……顔さえ無事なら、どうにか身元は割れる。

 下半身を焼き切ろうと、アトミックシュートを放った。

 高架通路の破片に着弾した熱線で、爆発が上がる。

 

「ちっ……」

 

 人間形態に戻った俺は舌を鳴らした。手ごたえは余りなかった……ギリギリのところで屍は逃げのびたのだ。

 まだまだ未熟だなと、己を戒める………怒りの熱で判断に遅れがでちまった。

 何はともあれ、あの大剣に自害した人狼の亡骸と、手掛かりは一応残されているだけでもよしとするか。

 

「ニノさん、怪我は大丈夫か?」

「な、何とかね」

 

 上腕の傷口に、ニノさんは何やら白い布というか札を密着させている。それは傷に治癒効果を齎してくれる異界士用の医療品とも言える〝護符〟であった。

 

「俺のもやるよ」

 

 俺も同じ効果のある護符を何枚か懐に持っていたので、一枚をニノさんに渡す。

 

「天下のゴジラ様にそんなもの必要かしら?」

「今のニノさんみてえに、同業者が怪我負った時の備えだっての」

「あらなるほど、気が利くわね」

 

 同業者兼顧問と他愛ないやり取りをした後、地面に刺さった大剣を抜きとり、秋人らの様子を確認しに三階へ跳び移った。

 まず妖夢の返り血を浴びて気を失っている未来と抱きかかえる秋人を目にするが、メガネの異界士が倒れた原因が血の消耗による貧血によるものと察した。

 秋人ら他の三人を見るに、特に怪我は負ってないと分かり、ほっと息を吐いた。美月は結界の中とは言え廊下の惨状に直視ができず……ついそちらに向きそうになる度に目を逸らし、妹に業務連絡をしている博臣も、顔に悔しさを滲ませていた。

 

「先……輩」

「大丈夫か?」

 

 血の量が多少増えた影響で目覚めた彼女は、弱弱しくも秋人を呼ぶ。

 

「どうして……私なんかを」

「気がつけば体が勝手に動いてたんだよ………特に僕は、どんなに強くてもメガネを掛けてる子は放っておけない性質(たち)でね」

 

 こんな時でも自身のメガネとそれを掛ける女性への愛を語る秋人に、やれやれと呆れつつもつい微笑が浮かんだ。

 

「優しいん……ですね」

 

 けど、憂いに満ちた未来の笑顔は、とても痛ましく物悲しかった。

 俺はその表情(かお)を知っている………ありふれた尊き日常を送りたいと願い、焦がれる一方で、どうしようもなくそれが叶わない現実に嘆いている者の悲しい顔だ。

 そしてその顔を浮かべる未来は―――どうしようもなく初めて〝人間〟の姿で対面した時の秋人と、瓜二つだった。

 それは俺に一つの事実を突きつける。

 この二人もまた………〝ゴジラ〟―――呪われた力を宿し、楽園(あんそく)から追放された者なのだと。

 

つづく



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第十一話 - 血の呪縛

 異界士と妖夢の戦いは、周囲に多大が影響を与える。

 特に猛者な異界士と上級の妖夢ともなれば、局地的に怪獣が引き起こした災害に等しい規模の被害を齎し、その上超大型妖夢ともなれば、完全に怪獣が暴れまわるのと大差がない。

 その為異界士の世界では、一般人に悟られる前に妖夢との戦闘で戦場となった地から痕跡を消し、綺麗に元通りにする事後処理を担う職種が存在し、それを生業とする者は〝掃除屋〟と呼ばれている。

 妖夢使いの襲撃で、結界内の学校の一画は妖夢の死体で溢れており、そのまま解除するわけにもいかず、結界の維持は博臣から他の名瀬の異界士らに譲渡し、一族専属の掃除屋たちに後始末を任せることになった。

 俺も含めた文芸部員の一部は、戦闘で制服が破れるやら血まみれ(特に未来などホラー映画のレベルで返り血を全身に浴びさせられた)やらでとても外には出歩けないので、結界と同時に校舎裏から校内を出ると、直ぐ様名瀬が手配した車に乗せられ、同様に一族が所有し、異界士の緊急避難用な学校から程近くのマンションに連れて行かれ、そこで体を洗いつつ代えの制服を貰った。

 今日はどの道、部活動など行えるわけもなくそこで解散になり、俺は博臣から話があると、そのまま名瀬家の屋敷に連行、俺からすれば連行同然………もとい招待された。

 飯がまだだったので、食事を作ってくれるという名瀬家の計らいを受けたが……丁重に却下した。

 美月や博臣の二人には気に入っているけど、名瀬家そのもの……というより〝名家〟な輩ってのは正直信用してないし、この手の家に貸しを作ると碌なことがないと思っている。名瀬兄妹はともかく、ああいう連中は下手に信じない方が良い。

 なので俺は、屋敷内の厨房は借りつつ自分で夕飯を作り。

 

「春に鍋焼きうどんとは………微妙に季節錯誤ではないのか?」

「別にいいだろ、俺の好みとお前の〝体質〟に合致してんだからさ」

「別に嫌とは言ってないさ、たっくんのご厚意には感謝してるよ、年中冷え性な身にはありがたい」

 

 学友の博臣の部屋にてちゃっかり彼に夕食を振る舞い、テーブル上の携帯ガスコンロで保温させている鶏肉やら野菜やらも豆腐やらきのこやらうどんやら具材がたんまり入った鍋から小皿に適量を移して、鍋焼きうどんを食している。こういう具だくさんな料理は、雑食性かつ比較的大食いの方な俺には絶好の品だ。

 本当は美月にも振る舞ってやりたかったが、本人が『食欲ない』と帰宅して直ぐ部屋に籠もってしまい、仕方なく兄にだけご馳走している。

 できれば美月にも食べさせてやりたかった………足手まとい扱いされた彼女への施しでもあり、名瀬家のお偉いどもへの嫌味も兼ねていると言うのに、後で具も混ぜた雑炊だけでも持ってくか。

 うどんの麺を品良く食べる今の博臣には、さすがにマフラーは巻かれていない。なぜ博臣がいつも首にマフラーを巻きつけているかと言えば、彼の異能の代償で年中冷え性に苛まれる体質を持っているから、たとえサウナ並に蒸し暑い真夏日でも、冷える体で外では手放せないのだ。その為家の中を除けば、マフラー姿はキノコヘアと並んで博臣のトレードマークとなっている。

 

「鍋の熱さも捨てがたいが、やはり心地良い温かさではアッキーの脇が一番だな」

「そういう気持ち悪い発言は心の中に留めてほしいものですね、変態兄貴が………飯がくそ不味くなる」

 

 ここにはいない美月に代わり、〝ヘドロの海に浮かぶヘドラ〟を見下ろしたような彼女の目と発言をできるだけ再現した冷たい返しを博臣に投げた。

 シスコンな博臣には、もう一つ残念な一面がある。俺には理解し難いが、本人によれば秋人の両脇は暖を取るのに適した温かさらしく、事あるごとに彼の背後を捉えては脇に異能の冷え症で冷たい手を突っ込む奇行を繰り返していた。

 その瞬間を目にした気味悪さと言ったら筆舌に尽くし難い………恵まれた美貌が却って不快感を煽りに煽ってくる。

 前に秋人とその手の話になった時、『俺はアッキーの脇の清潔さと温もりだけは認めてるんだぞ』と本人から言われたのを聞いた………俺が秋人の立場だったら悪寒が走って『そんなもん認められても嬉しくない!』と突っ返すだろう、現に秋人も同じ反応をし、同様の返答を博臣に突っ込んだという。

 

「そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「構わねえぜ」

 

 しばらくは鍋の具を味わっていた中、日常(いつもの)から〝異界士〟の顔になった博臣が、俺を屋敷に招いた理由を切り出した。

 言うまでもなく、話題は放課後の部活動中に起きた襲撃事件である。

 

「正直、夕方の件は今でも困惑してる……不可解なことが多過ぎたからね」

「だろうな……」

 

 怪訝な苦々しい笑みを博臣は浮かべた。

 俺もあれから色々考えてみたが、どうにもしっくり来ない。

 

「情報の整理も兼ねて、たっくんの意見を聞かせてくれないか?」

「あんま参考にならねえよ」

「それでも何かしら収穫はある筈だ」

 

 この日夕方の流れを一から説明し直すと。

 まず長月市には、超大型妖夢虚ろな影と、全ての妖夢を弱体化させる現象――凪がほぼ同時に押し寄せている。

 その状勢の中、この街の大地主な名瀬家を失墜させようとする輩がいる。

 どの業界でも、名を上げた奴ほど同業者から疎まれる側面があり、異界士の世界でもそれは同じ、俺からすれば、縄張り争いはどうにか理解できても、そんな足の引っ張り合いな内ゲバに何の意味があるのやらでしかない。

 ともかく、自分らに喧嘩売ろうとする奴らの存在を察した名瀬家は、待ち伏せ作戦を博臣に命じ、彼が学校の結界の効力を弱めて網を張っていると………部活中に襲撃を受けたわけだ。

 

「檻の使い手が欲しかった………にしても納得いかねえし」

 

 その連中の目的たる仮説の一つは、〝檻〟を使える名瀬の異界士が欲しかった。様々な用途に使える〝檻〟は、単純な盾としても頑丈である。力づくで壊すのは困難だ。

 例えるなら〝檻〟は強力なセキュリティプログラムで、そのプロテクトを解けるのは同じ名瀬の異界士だけ。

 だから〝檻〟の対抗戦力として、名瀬兄妹を狙おうとした。

 そうしてどちらか、あるいは両方を殺して捕えたら、〝傀儡法〟を使って手駒にする気だった。

 傀儡法とは、人間の死体を操作する術でそいつが有していた異能も行使できてしまう………特に性悪な妖夢どもが好む手。本来妖夢にしか扱えない能力なのだが、〝妖夢使い〟ならその術を使える妖夢を乗っ取れば異界士でも使える。糸で操る人形で作業するに等しいから、かなり面倒だけど。

 

「檻を中和できる以上、わざわざ俺達を狙う必要はないしな……」

 

 だがこの説は切り捨てざるを得ない。

 箸を止めて、俺はポケットからスマホを取り出し操作する。

 

「ニノさんが写真を撮ってくれたんだが」

「片腕が使えない状況でか? よくやるなあの人も」

 

 顧問から送られてきたメールに添付されていた写真を博臣に見せる。

 写っているのは、例の結界内で現れた穴だ。

 この穴は檻によってできた空間の風穴………これは向こうには既に〝檻の使い手〟がいる可能性を示している。穴以外にも博臣に悟られずに結界内に妖夢を転送する離れ業も行われた。

 つまり、名瀬の人間の一人が殺され傀儡にされているか………もしくは一族を裏切って協力しているのかもしれないのだ。

 とすれば………敢えて〝裏切り者〟の存在を明かし、一族の者同士を疑心暗鬼にさせ、内部抗争による自滅を誘発させる、なんてもう一つの仮説ができる。

 自分からすると悪辣塗れだが、こちらの説そのものの信憑性はある。

 

「この美人の傀儡が、黒外套の正体?」

「ああ」

 

 博臣が目にする写真は、あの黒外套の女性の屍だ。

 実は二つ目の仮説にもおかしな点がある――――〝手掛かり〟を残し過ぎている点だ。

 檻を中和して裏切り者の存在を名瀬にアピールしたければ、最初に襲ってきた人狼だけでどうにかなる。俺とニノさんによって戦闘不能にされる前に逃がしておけば事足りたのだ。

 なのに敵は妖夢の自害強要に、結界内に複数妖夢を転移、さらに傀儡の異界士までも送りこんできた。

 その傀儡の顔でも見られれば正体を掴まれる危険性が高まるのに、おまけに置いていかれたあの大剣………持った時の感触から、あれは霊力を実体化させた代物だと分かった。それをわざわざ傀儡に召喚させた……正体を明かして下さいと言わんばかりに。

 顔を見られたのにも拘わらず、傀儡は連れ戻して剣を放置した点も不自然だ。

 手掛かりを隠すどころか、逆に見せつけ、故意に残してもいやがる………一体敵は、何をしたかったんだ?

 しいて、あの場にいた誰かにあの傀儡と大剣を見せたとしたら――

 

「未来ちゃんだね、アッキーには悪いけど」

「ヒロもそう思うか?」

「あの傀儡の操り主、明らかに彼女を意識していたからな」

 

 俺達は実のとこ、今回の件で栗山未来に疑惑を抱かされてしまっている。

 あの子が良い奴なのは疑い様がないけど、徹底して長月市に来た目的を自分からは明かしてはくれず……〝虚ろな影〟のことさえ博臣に明かされたから渋々応えた様なものだ。

 その上にあの妖夢らによる襲撃と首謀者の不可解な行動の数々、秋人には申し訳ないけど、謎だらけな未来の現状と今日の一件に、異界士としての仕事柄上………彼女に疑いの目を向けざるを得ない、白か黒か、どっちにしてもはっきりできる証拠がまだないのだ。

 襲撃者と共謀の線は行き過ぎだとしても、何らかの関係があることは捨てきれなかった。

 まあいずれにしても、手がかりが結構残されている。それを生かさない手は無い。

 名瀬は下手人の割り出しで躍起になるだろうし、俺も俺で独自の情報網で調査を進めるつもりだ。

 

「俺も正直、未来ちゃんに疑いの目など持ちたくない………自分の異能で散々酷い目に遭ってきたと………思い知ったからね」

「マジでビビったか?」

「マジさ……彼女の力を目にした時、嫌でも浮かんできたよ…………〝呪われた血の一族〟って言葉が」

 

〝呪われた血の一族〟

 未来の〝血を操る〟異能を持った者たちを差す言葉、当然良い意味で付けられてはいない………同業者たちの恐怖と侮蔑が沁み込まれた蔑称だ。

 理由はその〝血〟に宿る恐るべき力が原因だった。

 例の異能者たちの血は、単に様々な形状へ変えられ、自由自在に操れるだけじゃない、猛毒を含んでいる。

 量にもよるが、一度他の生命体の身に触れると血は表皮を溶かして侵入し、脅威的な速度で全身の細胞を破壊し尽くしてしまう。

 放射線、悪性腫瘍、ウイルス、水銀、カドミウム、ダイオキシン、その他多くの生命体に牙を向くありとあらゆる物質よりも速く〝命〟を浸食し、脅かす悪魔の血。

 俺もその力に対し、ある兵器が頭に浮かんだ。

 科学者芹沢大助博士が、その人道的な人柄と裏腹に酸素の研究過程で生み出してしまい、東京湾で初代様を葬り、自分とも浅からぬ因縁を持った酸素破壊剤―――オキシジェンデストロイヤー………そいつと彼女が持つ血は、余りによく似ていた。

 一瞬で生物に〝死〟を齎す一点が………その突出し過ぎた異能は、人間社会では同じ異端に見なされる者たちを恐れさせ、〝良心〟を麻痺させたくそったれな奴らは、中世ヨーロッパの魔女狩りも同然な迫害に身を投じた。

 憎悪で人間社会のテリトリーを侵し続けた自分なら、攻撃される道理は理解できる、己の居場所を守ろうとする意志はどの生物にもあるからだ。

 だが……未来たち一族は違う。ただその力を〝持っていた〟なんてくだらない理由で、彼らは存在を否定され、同朋たちから無残に殺される不条理を突きつけられたんだ。

 現在、体の中にその破壊の血が流れる能力者は、栗山未来ただ一人だけ……その彼女もまた、普通の日常(らくえん)から追い出された人間。

 秋人は……たとえそれを知っても尚、彼女を支えようとするだろう。

 襲撃が終わった直後、返り血だらけの未来は秋人にこう言った。

 

〝私が……普通の人間に見えますか?〟

 

 対して秋人は、その異能を間近で目にしても、否と答える奴らが多数いる現実を嫌って程に自身の境遇で思い知らされていても、それでも――

 

〝もちろん〟

 

 と、迷わずはっきり答え、栗山未来は〝人間〟だと彼は肯定した。

 あいつがそれでも自らの善意を貫くなら、その想い……無駄にはしないさ。

 かつて不信と憎悪と破壊に塗れた俺にとって、神原秋人は……心から信じられる〝ヒト〟の一人なのだから。

 

 

 

 

 

 激動の月曜日から、あっという間に金曜になった。

 ここ何日はそれこそ〝凪〟と表するに相応しい、春の暖気をまざまざと感じ取れる穏やかな日々だった。

 もうすぐ押し寄せる現象と、着々とこの長月(まち)に近づいている超大型妖夢の存在を踏まえると………〝嵐の前の静けさ〟以外の何者でもないのだが、そのいずれ来る〝嵐〟の前に日常をたんまり味わっておくことはできる。

 なのでここ数日は異界士の仕事で夜遅くまで廻りつつ、さぼらず部活動にも勤しんでいた。その分朝の眠気がより難敵と化すのだがそこは仕方ない、実際の時間の密度は減りもしないし、増えもしないのだ。

 この日も放課後は半妖夢と新入部員込みな異界士三人、そして異界士兼ゴジラな自分の五人で選考作業中。

 まだ色変えしつつも陽が出て、外ではまだ運動部が大会に向け練習中の頃。

 

「窓際の盆栽の数が増えている気がするのは気のせいかしら」

 

 ちょっと小休止に入った美月はそんなことを口走った。

 

「はぁ? 盆栽(そんなもん)部室にあるわけ………あれ?」

 

 窓際を見た秋人は自らの目を疑う。陽光射す窓側の棚の上には、いつのまにやら素人でも丁寧に手入れされていると分かる盆栽がズラリと並んでいた。

 ちなみに盆栽自体は未来が正式に入部した翌日の火曜から既に置かれており、俺はその犯人への目星は付いている。

 

「栗山さん?」

 

 秋人も状況を推理して、消去法で一番疑いの濃厚な新入部員に声を掛けると。

 

「ぎくり」

 

 彼女は馬鹿正直に擬音を発した。動揺で体が震えている。まさか〝ぎくり〟なんて単語、実際に口から出されるとこを見るなんて、貴重な体験をさせられたものだな。

 こんな小動物風な年齢相応より幼いなりをして、栗山未来は盆栽が趣味と言う渋い面を持っている。この間本屋で見かけた時、どれを買おうか迷っていた本はどちらも盆栽関連もものだった。土曜の昼食中、手打ちの品として彼女に渡したのはその時選ばれなかった方の雑誌だ。

『どどどどどうしよう!』と、上手い言い訳が出てこず慌てふためく彼女の姿がツボを刺激して、笑いがこみ上げてきた。

 

「この盆栽について、何か知らない?」

「ぼぼぼぼ盆栽ですか?」

「メガネ拭いてる時点で犯人は栗山さんだろ!」

「ふ、不愉快です」

 

 どうやらこのメガネっ子、図星を突かれるとメガネ拭きでレンズを高速で拭く癖があるらしい。

 慌てている隙を突き、俺は赤縁メガネをひったくってぶら下げる。

 

「あ~~返して下さい~~黒宮先輩!」

 

 未来は取り返そうとするも、低身長なせいでぴょんぴょん跳んでも全然届かない。

 

「図星指されるとメガネ拭く癖、直しといた方がいいぞ、ミライ君」

「なななななななんのことですか?」

「誤魔化すの下手過ぎでしょ!」

 

 俺の悪戯っ気のある笑みからの忠告を受けた未来は、目線を斜め上方向に向けて、持ってもいないのにメガネを拭く仕草をし、秋人から今日も神がかったタイミングとテンポの良いツッコミを受けた。

 

「ミライ君、話は変わるが」

「はい?」

「ひょっとして長月(ここ)に来た日、引っ越し先のマンションに潜んでた妖夢とどんぱちになっただろ?」

「ギクっ!」

 

 今のは相手の反応を見る為に咄嗟に浮かんだ虚言でしかなかったのだが、それを聞いた未来はまた擬音を発し、全身をビクっとけいれんさせた彼女の目はメガネ屋の看板並にぐるぐる回って泳いでいた。

 どうやら本当に、引っ越し早々妖夢と戦闘になるトラブルがあったらしい。

 

「そそそそんなことってあると思いますか? ぐぐぐ偶然引っ越してきた部屋に、ぐぐぐ偶然妖夢が住みついてるなんて」

 

 あ~~こいつは病みつきになるな、この子のテンパった時のリアクションは、疲労回復には丁度いい効能を持っている。マナのとはまた違った癒し能力だ。

 美月と博臣も俺と同様らしく、口を手で覆って笑い声を抑えていた。

 秋人は相手が小動物系眼鏡ッ子な為か、保護欲でも掻き立てられたようで偉く微笑ましいそうな顔になっている。というか完全にあれはかわいい孫を見るじいさんの目つきそのものだった。メガネについて熱く語り始めやがった時よりはマシと言えるけど。

 こんな新喜劇っぽいやりとりを一休み中に挟みつつ、選考作業は続く。

 来月末には発行しないといけないので、美月と俺と秋人は強行軍染みたノルマを貸して速読し、新入りな未来にもたくさん読ませざるを得なかった。当然〝妹がメインキャラのやつ読ませろ〟とほざく博臣の主張がガン無視である。

 人数が増えたこともあり、今日も強行軍な苦行でかなりの数の作品を読み終え、ノルマもどうにか達成できた。

 外を見ればもうとっくに夜、室内の時計を見れば短針は9を指していた。

 

「根を詰め過ぎてもいけないから、今日はこれでお開きにしましょう」

 

 部長の一声で本日の作業は終了となる。

 集中力が切れると途端に疲れが押し寄せてきた。

 さっさと帰って〝84年版〟の続きを見て寝たいとこだけど、部室へ行く途中に受けた美月からのメールで、もう少し学校にいなきゃならない。

 

「それにしても、最近は妙に部活動をやっている気がするのよね……どうしてかしら?」

「そりゃいつもは僕と澤海の三人でいるからじゃないのか?」

「なるほど、それでいつもは〝怪獣〟と〝家畜〟の世話に明け暮れる感じがしていたのね」

「待て……その発言において〝家畜〟に該当するのは僕だよな、お前は僕のことを何だと思ってるんだよ?」

「お前ですって? そんな屈辱的な呼ばれ方……初めてだわ」

 

 と、わざとらしく大げさにのけ反る部長。

 

「そうはいってもなアキ、お前の立場からすればあながち間違ってねえぞ」

「だからっていらんフォローせんでくれよ! みじめになるわ………とほほ」

 

 同じく疲れで体が重くなっているであろうに、美月の毒舌も秋人のツッコミも、全く衰えを見せていない。

 

「美月、一緒に帰るか?」

「結構です、お兄さまは大人しくお一人でお帰り下さい」

 

 帰り支度をしながら博臣は兄妹仲良く帰宅を所望するものの、あっさり却下された。罵詈雑言を受け慣れているだけに、妹からの丁重な応対は暴言より心に響いたらしく、兄は一人寂しく先に部室から出ていく。

 マフラー姿なこともあり、その背中は11月の寒風にでも晒された趣きと哀愁が見られた。

 

「僕たちも先に帰るよ、戸締りよろしくな」

「ああ」

「お先失礼します」

 

 続いて、電車通学かつ最寄駅なのも同じで、一緒に通学下校するようになった秋人と未来の二人が帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 部室の鍵を職員室に返した俺は、その足で屋上に向かう。

 地方都市で、山々が比較的近いせいか、人工の灯りに負けず星の光がくっくりと見える。

 星の概念など知るよしもなかったゴジラザウルスの頃も、ゴジラであった頃も、そして今でも星を見るのは好きだ。人様の夜景は良くも悪くも興奮するのに、反対に夜天の闇の中輝く光点たちに対しては、不思議と心が落ち着くのだ。

 少し星空を堪能した俺は、先に来てタンクの上に脚を組んで待っている美月を見つけた。

 部活前に美月から送られたメールの内容は、『部活の後屋上、都合がよかろうが悪かろうが絶対来ること』って一言だった。

 俺はタンクに飛び乗ると、彼女の右隣の位置に座り込んだ。

 

「わざわざこんなとこで待ち合わせとか、どういう風の吹き回しだ?」

「その言い方だど、私が普段部室に引きこもってるみたいじゃない」

「何が引きこもりだか」

 

 部長の返答に俺は皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「部長(どくさいしゃ)として傲然と君臨してるくせに」

「口を慎みなさいこの放射能怪獣、せめてそこは女王様として敬ってほしいわ」

「あいにく人間の枠外にいる怪獣に、目上の輩とやらに仕える気なんかさらさらねえよ」

「確か二代目はヤクザの親分よろしく他の怪獣を引き連れていなかったかしら? その点はどう説明してくれるの?」

「怪獣の王だとか言われてんだから、王としての責務を全うするのは当然さ、纏め役がいなけりゃ人間様に暴れん坊な怪獣(やつら)の管理なんかできるわけねえ、お前んとこの家も実質ヤクザみたいなもんだろ?」

「口のよく回る怪獣王なんてどうかしてるけど、まあ、否定はしないわ」

 

 俺と美月の間で交わされる挨拶代わりないつのも清々しい毒舌の打ち合い。

 これを特撮で表現したなら、絶対に川北演出風光線合戦になること請け合いだ。お互いこういう会話の方が性に合っている悪友の間柄なもので、不愉快さとか不快さだとかいったものは一欠片もない。

 

「さて、本題に入ってもよろしいかしら?」

「いつでも」

 

 その証拠にあっさり美月は本題へと入らせた。

 よく秋人から『お前らはこの前振りがないと話せないのか?』と突っ込まれるのだが、双方好きでやっているのだから文句のつけ様はなく、不満など出ようがないのだ。

 

「明後日の日曜の予定は?」

「特に用事も仕事もねえけど」

「なら午前の十時、名瀬の屋敷に来てくれるかしら?」

「用件は?」

「知らないわよ………私はただの伝令役で何も知らされてないもの」

 

 頬の中の空気を膨張させて、美月は不貞腐れた。また見る目のない幹部どもから情報統制されているらしい。

 詳細は聞けずじまいだったが、日曜の午前十時に名瀬邸で行われる〝予定〟とやらは、ここ数日の出来事から大体見当がついている。

 でもそれならわざわざ口頭で伝えなくてもメールで事足りるよな? 秋人や未来には普通にメールで伝えた筈、これは他に真意があると見た。

 

「用はそれだけか? ならもう帰らせてもらうぞ」

 

 それを引き出そうと、俺は敢えて〝帰る振り〟をして立ち上がろうとし。

 

「待ちなさい」

 

 美月の両腕で右腕ががっちり縛り上げられた。

 相手からの圧迫力は大したことない一方で、当分は離さない気が感じられる。

 

「もう暫くは、傍にいなさい」

「何で?」

「それぐらい自分で察して………バカジラ」

 

 両腕だけでなく、体も俺の腕に密着させられている。

 当然頬も、制服の奥の柔らかい二つ山も押し付けられている状態。

 そこらの男なら非常に美味しい状況だろう。俺だって一応雄なので、何も感じてないわけじゃない。本能はまあ正直者で、心臓は平時よりも忙しく鼓動を鳴らしていた。

 

「一応………お礼ぐらいはしとこうと思って」

「どっちの方だ?」

「どっちも………雑炊、憎たらしいまでに美味しかったわ、そのご褒美よ」

 

〝どっち〟もとは、人狼襲撃時に助けた件と、鍋の具で作った雑炊の件の二つ。

 

「だがご褒美とらはここで寸止め、だろ?」

「ええ、だからこれで我慢しなさい、それ以上踏み込んだら〝凍結界〟に放り投げるから覚悟するのね」

「肝に銘じておくさ」

 

 しかし、日々ゴジラの闘争本能を御しながら戦っている経験で鍛えられた自制心で、自分を見失わずに済んでいる。

 お互い了承の上でこの段階に留めているのだから、何ら問題はない。

 かといって黙ったままも何なので、ちょっと話題振るか。

 

「もしかして、まだ怖がってんのか?」

 

 俺としてはいつもみたく強がりつつ、高圧的で平然とした態度でスラスラと毒の入った返しを期待していたのだが……

 

「うん……」

 

 予想に反して、少し顔が赤い美月は黙って腕の力を強め、しゅんとした様子でこっくりと頷いただけだった。

 色々返球を考えていた筈なのに、彼女の応じ様に全部吹き飛んでしまった。

 全くよ、こうも素直かつか弱い女子っぽく応じられると調子狂っちまうじゃないか、けどたまには……素直な彼女に付き合わないといけないよな。

 美月にも、血の呪縛ってやつを背負っている。

 異界士の名家で生まれた彼女………しかし不幸にも、異界士としての才は血を分けた兄と姉の方が恵まれていた。

 そのせいで、美月は大本な名瀬家の娘である自覚と自負心と、実力者な肉親への劣等感、自分も異界士としての役を全うしたいのに実戦に出してもらえない実状へのジレンマを抱え込んでいた。

 こんな立場ゆえ、美月は誰にも〝弱さ〟を打ち明けられず、必要以上に強がってしまう身の上となっている。

 肉親たる兄も然りだし、腹を割って話せる秋人とさえ〝監視する者〟と〝される者〟な関係性によって、サディストの仮面を外せない。

 学校といった外は勿論、家の中さえ〝自分の部屋〟以外に安らげる場所はなく、むしろ部屋から出た瞬間から、そこは予断を許さぬ外界となってしまう。

 本当に気を許せる奴は、今のこいつにはまだいないのだ。

 前世の俺が〝同族〟のいない〝孤独〟を味わったのなら、美月は同朋に囲まれた〝孤独〟の中にいる。

 こうして張りつめた気を安らげて、その〝弱さ〟を曲りなりに見せてくれるのは、人の日常に溶け込みつつも、人間と妖夢との領域と、常識の境界線を越えた先にいるこの〝ゴジラ〟であるのだ。

 これこそ―――特大に性質の悪い〝皮肉〟だ。できることなら、そんな彼女の重荷などぶっ壊してやりたいと、時として思ってしまう………代償が高くつくから、結局俺には受け皿になること以外、美月に何もしてやれない。

 とりあえず、こいつの気が済むまで静寂を維持した方が良さそうだ。

 実際、あの時の美月は本当に怖がり、怯えていた。まだそれを引き摺っているのなら、ジョークのネタにするにはよそう。

 

「ん?」

 

 急に肩に掛かる力が少し増した気がした。

 息づかいからしてもしやと美月の顔を見ると、俺の上腕を枕代わりにやはりすやすやと眠りに着いている。今になって選考作業の疲労が眠気となって押し寄せてきたようだ。

 なんだか未来やマナとは違う意味で微笑ましくなる。普段の毒々しさがさっぱりと抜けた穏やかな寝顔は、これもこれで可愛らくして、美しかった。

 シスコン的嗜好はさっぱりだけど、博臣があそこまで入れこんじまうのは無理ない。

 こいつが突出した美貌を持つ魅力的な女性だと認めるのは、俺もやぶさかじゃなかった。

 しかし、夜風吹く屋上なんかで寝ていたら風邪を引いてしまう………屋敷までおぶって行くかと、右腕に巻かれた両腕を慎重に解こうしたが――

 

 

「ミツキ?」

 

 安らかに眠りを維持していた美月の顔色が、一転して悪くなっていた。

 息が荒くなり、呼吸の間隔も秒刻みで短くなっていく、熱にでもうなされているみたく額から汗がいくつも流れ出て、縋るようにこちらの腕を掴む力が強くなる。

 乱れた呼吸のリズムが一時静まった瞬間――

 

「■■■……」

 

 ――ただ一言、そう口から零した。

 心当たりがあった………美月が発した言葉に。

 けれど彼女が口にしたのと、自分の知っているその単語が、同一のものであると知るのは、もう少し先の未来のことである。

 

つづく。



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第十二話 ‐ 真城一族

 四月の二十二日、日曜。

 

「澤海、これ」

「ありがとマナ、夕方までには帰ってくるから、アヤカの店番(てつだい)頼むな」

「うん♪ 行ってらっしゃい」

 

 マナから70cmと大き目な黒傘と見送りの挨拶を受け取った俺は、新堂写真館の鈴付きの扉を開けて外に出た。

 今日の天気は雨模様、灰色の空からは本降りと小雨の中間くらいな量と密度の雨玉たちが降り注いでいる。天気予報によると暫く雨の日が続くそうだ。

 

「よお、お二人さん」

「おはようございます、黒宮先輩」

 

 行き先は名瀬家の屋敷、踏切から秋人と未来の二人と鉢合わせになり、三人横並びで坂道を上がっていく。

 秋人は曇天よりは明るい灰色のパーカーと淡いジーパンのシンプルな組み合わせで、未来は白色のブラウスにチェック柄のスカートの組み合わせで、制服を着ている時とあまり変わらなかった。遠間からかシルエットでは絶対見分けがつきそうにない。

 

「やけにどんよりとしてるなアキ」

「だってもう十分くらい雨の中歩かなきゃならないだぞ、陰鬱とした気分にもなる」

 

 こういう雨の日に外へ出なきゃならないのは普通誰でも憂欝だ。

 そういう俺は結構雨が好きだったりする。これぐらいの雨量が奏でる雨音なら、機嫌が良くなるくらいだ。海中暮らしが長かったお陰で濡れることへの耐性が付いている。さすがに服やら私物やらの濡れては面倒なものがあるので、傘と言った雨具は欠かせないのだが。

 

「だからミライ君のメガネ姿をじっくり舐めてたのか」

「はい、駅に向かう時からすみずみまで舐められました、不愉快です」

「こらこら! 確かに今日もメガネが似合う栗山さんと雨の組み合わせも最高、でももうちょっとおしゃれしてほしいなと思って見てはいたけど、〝舐める〟なんて表現まで至ってないって!」

「そういう邪な要求を惜しげもなく言われても説得力がありません、いやらしいです」

「メガネスト対策として、いっそコンタクトに変えたらどうだ?」

「それは名案です黒宮先輩、前から一度やってみようかなと考えてましたし」

「ダメだ栗山さん! それだけは、それだけはご勘弁をぉぉぉぉぉーーー!!!」

 

 まるで目の前で世界遺産がなす術もなく破壊される様を目の当たりにしたかの如き悲鳴を上げる秋人だった。

 その間に目線で未来に〝付き合ってくれてありがと〟と伝え、彼女は言葉の代わりに笑顔でそれに応じた。

 メガネストの変態性癖そのものはしょうがなくとも、それをやたら表に出してこの純心な女の子に苦痛を与えるなど、絶対あってはならない。

 

「これで雨からのストレスは緩和できただろ?」

「違うストレスに置き換わっただけじゃないか! これなら雨の憂欝の方がまだマシだよ……」

 

 嘆くならもう少し慎ましさを覚えろっての……お互いの同意を得るまではそういった嗜好は秘めておくべき、それが〝紳士〟ってものだろう。

 そんなこんなで、舗装されて緩やかだけど長い坂道を登っていく内に目的地に着いた。

 

「これが名瀬家のお屋敷なんですね?」

「ああ」

「いつ見ても頑丈そうだよな」

 

 日本の屋敷と言うより家屋と言うと、解放感をイメージする者は結構いるだろう。そのイメージに間違いはない、けど名瀬家の屋敷に限って言えば違う。

 そこは一種の要塞と言えた。外壁は分厚く高くそり立ち、奥に佇む建物も歴史を感じさせる癖に堅固に作られた感じがある。

 秋人が〝頑丈そう〟と表するのも納得だ。

 俺もそういう印象はある。だがそれ以上に、俺はこの屋敷から名瀬の〝檻(いのう)〟と凝り固まった〝保守性〟を感じさせられた。

 防水機能付きのスマホを取り出して時刻を確認、『9:59』と表示されたデジタル数字は、約5秒ほど経って『10:00』へと変わる。

 10時きっかりになったと同時に、色合いは地味なのに華美な装飾が施された重々しい正門が開いた。

 秋人も未来も、表情が神妙なものとなる。

 扉の境界の先には、執事服を着た初老の年代な名瀬の使用人が立っていた。

 

「ようこそお出で下さいました、ご案内致します」

 

 笑みこそ浮かばず、けれど丁寧な物腰で俺達を屋敷内へと招く。偉そうな名家は気に食わない俺だが、彼のようにそこに仕える者たちまでは嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

 

 真摯な姿勢で応対する執事姿の男に自然と背筋が伸びた僕は、澤海と栗山さんと共に敷石が敷き詰められた地面を進み、これはまた頑丈そうな玄関から屋敷内に入った。

 そこから使用人の先導で数分掛けて廊下を歩き続けていると、応接室らしき広間に着いた。

 

「お連れ致しました」

 

 使用人の男性が出ていく、備えつけられたソファーには三人の人物が鎮座していた。

 一人はいつもの軽薄さは鳴りを潜めて〝異界士〟の顔となっている博臣、僕らにその美貌を存分に生かした爽やかな笑みを見せてきたけど、軽くスルーした。

 二人目の170前後あるすらりとした長身と、座っていてもプロのモデル顔負けなスタイルの良さが分かる美月たちと同じ色合いで、宝石の如く光を反射させる美しい黒髪の美女は――名瀬泉、名瀬兄妹の姉で、最も名瀬家の次期当主の座に近いらしい異界士だ。

 美月はここにはいなかった。伝令役を請け負ったと言うのに、今回も蚊帳の外に追いやられたらしい。

 

「ようこそ、ご足労をお掛けしましたね、どうぞ空いている席にお座り下さい」

 

 泉さんは温和な微笑みで出迎え、僕らにソファーを座るよう催促する。

 僕と緊張で固くなっている栗山さんは一礼し、澤海は仏頂面寄りの能面で挨拶もせずソファーに腰掛け、ぶてぶてしく腕を組んだ。

 

「この度は危険な事態に巻き込んでしまい、申し訳ありません」

「ご心配には及びません、何せ〝不死身〟ですから」

 

 オブラートした皮肉と嫌味も込めて僕は応じた。

 僕とて泉さんの人の良さそうな態度が〝作りもの〟であり、笑みの奥には〝冷徹〟さを秘めていることぐらいは分かる。澤海が平日の朝以上に無愛想なのも、彼女の本性を嗅ぎ取っているからだ。

 彼は動物的感性も持っているだけに、たとえ〝嫌い〟だと感じた人間が相手でも〝一緒にいても問題ない〟と思った人間には何だかんだ付き合う、幸い文芸部に属する部員たちは全員〝気に入った奴〟に該当している。

 対して泉さんの場合、〝嫌い〟かつ〝一緒にいたくもない〟人物であると彼からは見なされていた。

 おまけにちょくちょく澤海は、時に深夜の睡眠中だったり、時に部活動真っただ中に彼女から妖夢討伐依頼の催促もとい脅迫のメールを貰い、渋々仕事に駆り出されるのが多いのもあって完全に毛嫌いしている。彼が躊躇いなく熱線を放射しかねないくらいの相手からの依頼も断らないのは、ビジネスライクによる割り切りと、自身もプロである自覚があるからだ。慈善事業や娯楽性で成り立つほど、異界士稼業も甘くない。

 窓の外の雨模様を黙々と眺める澤海と、緊張の糸が張りつめた栗山さんを横目に、僕は三人目に目をやる。二十代後半くらいで、存在感が薄目な背広姿の男性で、一応異界士の筈なのだけれど、どう見ても街中で見かけるサラリーマンにしか見えない。応接室(ここ)にいる他の異界士たちが揃いも揃って美形ばかりなのがそれに拍車を掛けていた。

 

「それでは真城さん、説明に入る前にお手数ですが、まずは自己紹介を」

「はい」

 

〝真城〟と呼ばれた背広の男性が、よそよそしく余裕が無さそうに応じた。

 

「私は思念操作の術者、いわゆる妖夢使いの一族である真城家の渉外担当をさせて頂いております、本日こちらに足を運んだ理由は他でもありません、先日名瀬博臣さん並びに美月さんが襲撃を受けた一件についてお話があるからです」

 

 妖夢使いの一族だって? まさかあの襲撃者の身内らしい人物を屋敷に招いたのか!?

 顔に出すまいと努力してはいたが、それでも驚愕せずに済むのは無理な話だった。

 事情が読め切れていない僕は、澤海からの視線を感じて目を向けると、彼は瞳で〝今は黙って聞け〟と言ってきた。確かにその通りではあるので、気持ちを落ち着かせ、渉外役の男の話に耳を傾ける。

 

「まず皆様にご理解して頂きたいのは、今回の事件が一族総意によるものではないということです」

「と、言いますと?」

「全ては、一人の裏切り者によって引き起こされた悲劇なのです」

 

 入った時から緊迫感に満ちていた部屋に不穏さが立ちこめる。

 

「その裏切り者とは?」

「………」

 

 真城氏はしばし固く口を閉ざした。

 どうもこの人の態度が好きになれない。こちらに良くない印象を与えまいと気を遣い過ぎて、妙に芝居がかった感じがするのだ。そのせいで何だか演劇を舞台上の間近から鑑賞しているなんて錯覚に陥りそうになる。

 

「真城……優斗」

 

 ようやく真城氏が裏切り者らしい襲撃者の名を口にする。

 その名に覚えがあるようで、博臣と泉さんの顔に厳しさが増し、栗山さんがぐっと息を呑んだ。澤海はと言えば腕を組んだまま目を瞑って、興味あるのかないのか分からない態度でいる。多分、僕以上に真城氏の胡散臭さを嗅ぎ取っているからかもしれない。

 当然僕には初めて聞く名、それも真城氏が説明する筈なので聞き手に徹する。

 

「確か幹部候補の異界士だと聞き及んでいましたが、なぜ一族から造反を?」

「こちらもまだ動機を掴めてはいないのです」

 

 そこからの真城氏の説明を纏めると―――どうも真城優斗は氏曰く〝ある時期〟から〝虚ろな影〟の討伐することに固執するようになり、何度も幹部に提案したが却下されたらしい。

 さらに現在、真城家は次の代表を誰にするかを巡って一族内で内輪もめが起きており、これを機会に〝真城家〟という名の組織を崩壊させてやろうと画策しているかもしれないとの推測を打ち明けた。

 

「提案を却下された程度で造反するとは、随分と短絡的な幹部候補生ですね」

 

 泉さんのこの言葉には皮肉がたっぷり混入されており、言外に『真城家のお里が知れる』なんて意味合いを含んでいた。

 この人とてそれが理由とは端から思ってなさそうだと分かった。僕だって『それはない、絶対他の理由があるだろ』と言い切れるからだ。

 

「無理を押し通そうとする真城優斗と幹部との間に軋轢が生じたのは確かです、立場を悪くした若者が暴走を起こすはそう珍しいことではありません」

「事情は大体理解しました、この際虚ろな影討伐を進言した動機は後廻しにするとして、彼の足取りについて、どこまで掴んでおられるのですか?」

 

 真城氏によれば、今のところ戦闘使役用の妖夢三体を連れて逃亡、途中でその数を増やし、人間の亡骸を操る傀儡法に関してはその能力を有した妖夢を使ったらしい。

 これには泉さんも博臣も内心頭を抱えているだろう。真城家は犯人の行方どころか、使役する妖夢の数も種類も全く把握できていないのだ。

 なぜ真城優斗が博臣たちを襲撃したそもそもの件については。

 

「俺と美月を襲った理由は、檻の使い手を欲したからもしれないな」

 

 博臣がわざとそれらしい理由を述べ。

 

「今のところ、その可能性が一番高いかと」

 

 と、真城氏は応じた。

 でもこの仮説には矛盾がある。檻を中和できる術がとうにあるのなら、わざわざ檻の使い手を欲する必要はないからだ。

 ああも簡単に中和されたせいで、僕は一時、博臣たちは相手を泳がす為に逃がしたのでは? と疑ってしまったが、襲撃の第一波を受けた時の澤海がそれを否定する。彼は博臣から生け捕りを依頼されなければ、間違いなく人狼を殺す気でいた。

 最初から逃亡を許す魂胆なら、澤海にも予め打ち合わせをしなければならなかった筈、なので僕の疑惑は否定される。

 博臣たちは結局、あの襲撃の際に起きた不可解な現象については一切明かさなかった。今後の〝外交〟に於ける切り札として伏せておく気と思われる。

 

「内紛で組織内の力が弱まっている現在の状況で、名瀬家を敵に回してしまえば裏切り者を捕えることすらままなりません、どうか今しばらくの猶予を頂き、真城優斗の処分をこちらに委ねては頂けないでしょうか?」

 

 つまり今回の件は裏切り者個人が引き起こした犯行で、一族そのものには名瀬に喧嘩を売る気など毛頭ない、こちらでどうにか犯人は捕まえるから、どうか大目に見てほしいと真城家は主張しているのだ。

 もうこれじゃ交渉とは言えず、懇願と呼んだ方が良い。それだけ名瀬と真城の間には覆せない力関係が存在しているのだと分かった。

 

「まあいいでしょう、今回の一件は黙認することに致します、しかしそちらの管理能力の不手際で名瀬家に被害を被ったことはお忘れなく」

「はい、ありがとうございます」

 

 意外にあっさりと和睦が成立した。けどこれで真城家は名瀬家に大きな貸しを作ってしまったことになり、頭が上がらなくなることだろう。

 そう言えば、以前澤海と歴史関連の勉学をし、休憩中にテレビで外交絡みのニュースが流れた時に、彼はこう言っていた。

 

〝外交ってのは結局、いかに相手を手玉に取り、自分たちにとって有利な立場を勝ち取ろうする騙し合いだ、友好なんてのは幻想なのさ〟

 

 名瀬家と真城家のこのやり取りを見てると、澤海の発言は正論だと言う他なかった。

 

「あの、すみません」

 

 少しずつ張りつめた大気が緩んでいくのを感じていると、栗山さんが何やら切り出してきた。

 

「なんでしょう?」

 

 表面上は聖人の如きにこやかで、泉さんは応じた。

 

「なぜ私もこの場に呼ばれたのでしょうか?」

「あなたにも謝罪と説明責任を果たす為です」

 

 微笑みを維持した泉さんの言葉に隠された意味をどうにか読みとった僕は――

 

「つまり、手の内を明かすので部外者風情が勝手な行動をしないように、と言うことですか? 泉さん」

「ええ、神原君の表現には少々辛辣さも混じっておられますが、大方そう認識してもらって結構です」

 

 酷薄で皮肉めいた調子で〝隠れた意味〟を訳し、対して泉さんは少しも動揺することなく返してきた。

 やはりこの人の底知れなさと喰えなさは空恐ろしい………意外にあっさり和睦を踏み切ったのも何か裏があるのでは? と勘繰ってしまう。

 後に僕のこの時の直感は、ある意味で正しかったと思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 応接室から出た僕らは、客室へ向かおうとする。博臣によれば昼食を用意しているそうだ。

 しかしその中で、澤海だけが反対方向に行こうとしている。

 

「澤海? どこ行くんだ?」

「ミツキのとこ、部屋でしょんぼりしてるみてえだからな」

 

 と、そそくさと行ってしまった。

 

「元気づけてほしいと頼むつもりだったが、先読みされたか」

「じゃあ……ってことは」

「たっくんの見立ては正解だ、あいつは朝から引きこもっているよ」

「それは、重症だよな……」

 

 けど転んでもただでは起きない美月のことだ……このシスコン兄貴を困らせる為に落ちこむ演技をしている可能性も否めなかった。

 

 

 

 

 

 二階に上がり、突きあたりを曲がった先の廊下の最も奥まで進んだ俺は、ひらがなで『みつき』と書かれた楕円状のプレートが掲げられた部屋の前に着く。

 

「入っていいか?」

 

 ノックして部屋の主に入室許可を貰おうとする。

 

「鍵なら開いているわ」

 

 ほんの少しの沈黙の後、いつもより元気がなさそうな美月の声が聞こえ、扉を開けて美月の自室に入った。

 いかにも女の子らしい色合いの部屋は想像以上に整頓されている。部室の備品の片づけ方が大雑把なこともあって、意外だと思うしかない。

 ホテル並に柔らかそうなベッドの上では、枕を抱いて不貞寝する美月のピンクなパジャマ姿があった。

 金曜の夜、俺の腕を枕に美月が見ていた夢に関しては、屋敷までおぶっていく最中に起きた彼女に、『うなされたたが、嫌な夢でも見てたか?』とぼやかして聞いてみたが、本人は『覚えてない』としか言わなかった……けどその一言が口から出るまで、ほんの数瞬の間があった。

 全部が全部記憶にないわけなじゃないと分かった俺は、それ以上は踏み込まなかった。こういうのは引き際と相手に考える猶予を与えるのが肝心だ。

 

「兄貴の差し金かしら?」

「いや、しいて言うなら、シスコンへの意地悪と、存分に笑える場が欲しかっただけだ」

 

 起き上がった美月は怪訝そうな顔付きになる。

 

「意地悪の件は何となく察したわ、でも笑える場ってどういうことよ?」

「ずっと我慢してたんだ、悪いが部屋と自分(てめえ)の耳に檻を貼ってくれ」

 

 俺の発言にまだ疑問符が顔から出ている美月は、渋々部屋全体と自身の耳の穴に防音の結界を形成した。

 よし、これで外に騒音被害を齎すことはない、心おきなく〝鳴ける〟。

 

「はははぁ……ははぁぁ……」

 

 自制の枷と解いた瞬間、体の中に封じていた衝動で腹を抱え、それが一気に喉まで達し。

 

「ふっはははははぁっ―――!あ――はぁははははははは!!」

 

 我ながら、あくどく下卑に満ち、狂いに狂った嘲笑を、遠慮も欠片も無い大音量で迸らせた。

 そうだな……例えるなら白い永遠の悪魔な仮面戦士に変身するリビングデッドの傭兵が見せた嗤いに匹敵することだろう。

 または、コウモリのイカレコスプレヒーローが出るくらい治安が最悪な犯罪都市の道化師か。

 途中からはもう人間の嗤い声じゃなくなっていた。〝ゴジラそのものな唸り声〟で、俺は天に向かって嘲笑の咆哮を上げていたのだ。

 

「何が〝若者の暴走〟だぁ? 〝裏切り者の起こした悲劇〟だぁ? とんだ茶番だな、それで醜悪な内ゲバまでやらかしてんだから、ほんと可笑しくて狂いそうだぁ………はははははははぁっーーあぁーーはははははははははーーーー!」

 

 まあ何にせよ俺は、真城の奴らの弁明(いいわけ)に対し、嗤わずにはいられなかった。〝全ては一人の若者の暴走〟などとほざき始めた時点で大笑いしたくなる衝動を抑えていたものだ。

 惜しげもなく笑いこけた為か、思った以上に衝動は鳴りを潜めて落ち着きが台頭してくる。タフさに自信がある自分でも嗤い過ぎによる疲れで息は荒々しく、一時立てなくなって尻が床に着いてしまった。

 

「そろそろ説明してくれるかしら? ゴジラが笑ってるかと思うと凄く不気味で身震させられたよ、きっちり責任は果たしてよね」

 

 俺が笑いあげた最初こそ戦慄したものの、直ぐにいつもの高圧的な物腰で嘲笑いを黙認していた美月が説明を要求してくる。

 

「責任とやらは果たすさ、そもそも最初からお前に話す気にいたからな、事件の真相ってやつを……まだはっきりとした証拠はないけどな」

「でもその真城の説明で、大方の糸が繋がったのでしょう?」

「ああ……見事に繋がっちまった」

 

 自分の中ではあまりに鮮やかにくっきりと繋がってしまったので、最近は人間の業を怒るどころか笑えるようになった俺にとって、とんだ笑いの種な交渉の場だったのだ。

 

「本筋に入る前に、まずはあの傀儡(しかばね)のことを説明しなきゃな」

 

 ここ数日の学業と部活動の合間を縫っての調査で集めた情報と、今日の交渉で真城がほざいた言い訳の内容を、美月に話し始める。

 

「例の仏さんの名は伊波唯、あの伊波の一族の子さ」

 

 伊波唯、享年18歳。

 異界士の異能のエネルギーたる霊力を武器として固体化させる術を有す、名瀬に並んで大物な名家の一角で、伊波唯も霊力製の大剣で妖夢を葬る技量を有する優れた異界士だったが……二年前の大型妖夢討伐任務の際、殉職した。

 

「生前のそいつはミライ君と真城優斗の師であり、同時に三人は幼なじみな間柄だったらしい」

「そう……やっぱり栗山さんと関係があったのね」

「お前も感づいてたのか?」

「薄々よ………あの傀儡、妙に栗山さんにばかり関心を送っている感じがしたから」

 

 ただ伊波唯は未来と真城優斗より五歳年上かつ、二人の師だったので、どちらかと言えば双子の兄妹と歳の離れた姉って表現の方が似合うかもしれない。

 日常の裏で常に命を失うかもしれない過酷な異界士の世界の中で、三人の関係はさぞ安らぎを齎してくれただろう……そしてその日々が続くことを願い……互いの縁を〝守り抜く〟意志に変えて妖夢たちとの戦いの日々を送っていたことだろう。

 しかし運命の歯車ってやつはとんだ気まぐれな外道で、ある程度幸せを感じている者たちを引き裂こうとする性質の悪い顔を持っている。

 そんな運命(げどう)によって、二年前……三人の幸福は呆気なく壊された。

 その運命ってのは、悪意を持った生ける者たちが引き起こしたものでもあるがな。

 

「その伊波唯が最後に相手をした妖夢って……まさか」

「〝虚ろな影〟だ」

「…………」

 

 俺からの話を一通り聞き、自分が投げた質問の返しを受けた美月はしばらく手を下あごに添えて思案し、やがて納得した様子で皮肉の色が混じった笑みを浮かばせる。

 

「なるほど………もし私が立てた推理と澤海の推理が同じで、実際の真相と合っていたのだとしたら………ゴジラも大笑いするとんだ皮肉よね」

 

 彼女の意地悪でサドさがよく現れた笑みを見た俺は、こちらもと皮肉な笑みを返す。わざわざ口頭で説明し合うまでもなかった。

 お互いの笑顔を見ただけで、各々が組み立てた推理は相手と同じものだと明確に理解できたからだ。

 

「仲間外れにされたことへの傷心には良い薬になったわ」

「傷心ね………兄貴を困らせたいから引きこもりを演じてたんじゃねえのか?」

「あら? どうして見破られたのかしら?」

 

 ほらやっぱり、わざとらしい演技からも明らかだった。

 転んでもたたでは絶対起きない、それが名瀬美月と言う少女であり、俺は決してそんな彼女の気質を嫌うどころかとても気に入っている。そうでなければ健全に罵り合いなどできるわけない。

 

「ところで、いくらかしら?」

 

 指を銭のマークする美月に。

 

「お前個人にはタダだ、だが名瀬家としてなら、安くねえぞ」

 

 俺は金銭の要求を意味する指を同方向に伸ばした手を差し出した。

 まあ名瀬ほどの家なら、俺が得た情報などとっくに持っているから、情報の売り買いなど無いだろう。

 それに正直なところ、仮に名瀬から大金を提示されても、売る気などびた一文分の気もない。

 美月に明かしたのは、俺なりの人情に、使いっぱ知りにした次女を仲間外れにした上にちゃっかり今回の件で〝美味い思い〟をした幹部どもへのちょっとした嫌がらせでもあった。

 

 

 

 

 

「たっくん、美月の様子は?」

 

 美月の部屋から出て直ぐに、博臣が廊下の先からやってきた。

 あ、そう言えば部屋を出る際『もし兄貴に会ったら部屋に入れて頂戴』と頼まれたんだっけ? やっときますか。

 

「もう大丈夫だ、今なら最高の〝お兄ちゃん〟が聞けるかもし―――」

 

 言い終える前に博臣はささっと美月の部屋に直行した、本当現金な奴だ。

 そして扉が閉じてから一秒の経たぬ内に――

 

「auouwahoho!!gyau!!gyaaaaa―――――!!!」

 

 ――扉の奥から博臣らしき悲鳴が轟いた。

 らしきと付け加えたのは、某仲良く喧嘩する猫とネズミの猫の方の悲鳴っぽい悲鳴だったからだ。

 

 

「You`ll never learn. Preak brother!」

 

 俺は英語で『懲りないな、この変態兄貴!』と吐き出し、そのまま悲鳴塗れの廊下を後にした。

 

 

 

 

 

 あの後俺は直ぐに新堂写真館に帰った。

 午後になってからも雨は降り続く、こういう時は自室で開けた窓から雨音を聞くのが一番だが、店番の仕事もあるし、先に帰った秋人と未来のこともあった。

 あいつらの様子にでも行くかと思ってみたけど、考えてみればその必要はなかった。こちらが出向かなくとも、向こうから来る筈だからだ。

 今日の交渉で、未来に掛かった疑惑は強くなり、その上真城との不可侵条約締結で名瀬家が彼女を守ってくれそうにない状況下、秋人が未来のことで頼ってくるとするなら、写真館(ここ)だ。

 今日中には来ると見て、一階の喫茶フロアにて一応店番している俺とマナ、壁に掛けられた薄型テレビにて、専門チャンネルで放送されている映画を見ていた。

 今は奇遇にも、二代目出演作であり、シリーズ屈指のカルト作で、マナのお気に入りの一つである『ゴジラ対ヘドラ』だった。

 ゴーゴー喫茶で嫌でも印象に残る挿入歌が流れる場面になり、マナは劇中の人物たちと一緒にノリノリでサビの一節を連呼していた。

 ちなみに俺もこのブラックユーモアあふれるアバンギャルドな一作はお気に入りである。ただゴジラ当人としては、あの熱線を推進ジェットにした飛行シーンは何とも言えない気持ちになる………プロデューサーが入院している間にこっそり撮影するに値する場面だったのだろうか? まあやったのが二代目で良かった、俺と言うかVSのがやってたら下手なホラーよりホラーだ。

 

「澤海」

 

 と、ゴジラとヘドラの死闘に釘付けとなっていたマナが何かを感じた。

 

「結界に反応があったか?」

「うん、多分秋人と未来」

 

 直後、鈴付きのドアが開き、秋人と未来の二人が訪問してきた。

 目は口にほど物を言うなんて言葉が日本(このくに)にはある。

 確かに、秋人の目を見た俺の目は、ここに来る前に交わされた二人の会話の一節を鮮明に浮かばせた。

 

〝私は、人殺しです〟

 

 きっと未来は秋人にこう懺悔したことだろう。

 二年前、伊波唯も参じたあの虚ろな影討伐任務に加わった構成員の中には、弟子であり姉妹も同然だった未来もいた。

 そして………伊波唯に直接手を下した者は〝虚ろな影〟ではなかった。

 そう―――栗山未来その人だったのだ。

 これだけでも何て因果だと思うだろう。

 しかし……それ以上の因果と皮肉が、今回の事件の裏に潜んでいた。

 

 

つづく。



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第十三話 - 少女の懺悔

 写真館内の四畳半な和室では、雨の中訪問してきた秋人と未来に、店主の彩華と、そして俺が卓袱台を囲む形で座っている。マナは幼さゆえの眠気により俺の部屋で昼寝中だ。

 せめてもの差し入れとして、秋人が道中専門店で買ってきたアイスクリームのセットから、彩華はストロベリー、未来は抹茶、秋人はチョコ、俺は黒ゴマ味を食しつつ、合間に俺が淹れた緑茶で一服。マナの分のアイスはちゃんと冷蔵庫に保管してある。

 深刻な話題を交わそうとしているのにアイスを食うってのは考えものかもしれないが、だからこそ空気が余り湿り過ぎないように秋人はそれを選んだのだろう。意外に茶の苦味はアイスの甘味をほどよく流してくれたりと、相性が良かった。

 

「改めて聞くけど、あんたと真城優斗、そして伊波唯は子どもん頃からの付き合いだったんだな?」

「はい」

 

 まずは真城家が今日の名瀬との会合で下手人に上げた〝真城優斗〟と、あの傀儡の〝顔の主〟である〝伊波唯〟の二人との関係についての話題から入った。

 未来が物心を芽生えさせる前には、外道(どうぎょうしゃ)たちの〝魔女狩り〟で彼女の両親も含めて殺され、天涯孤独となってしまった。

 そんな幼く見寄りのない彼女を引き取ったのは、その伊波家であった。

 少なからず善意によるものもある一方で、〝呪われた一族〟の子を手元に置くことで一族の懐の深さをアピールする打算的な思惑も、決して小さくはなかっただろう。

 しかし、少なくとも現当主の娘である〝伊波唯〟だけは、妹も同然に彼女と接していたであろう。

 

「この指輪も、唯さんがプレゼントしてくれたものなんです」

 

 包帯が巻かれた右手の小指に嵌められたシンプルな指輪、それは未来の異能を抑制させる効能を持っているだけでなく、師でもあり、血の異能ゆえ当初は屋敷と言う籠の鳥だった彼女に外の世界に誘ってくれた人からの贈り物でもあった。

 そして最初は同じ師――を持つ者同士として、〝真城優斗〟と出会った。

 沈痛な面持ちで〝友達〟のことを話す彼女の姿は、三人一緒にいた日々がささやかながらも幸福であったと証明していた……決して安息ばかりとは言えなかったとしてもだ。

 あの子の剣筋で良く分かった。尖り過ぎた異能の呪いで、幼い頃から〝生きる権利〟を得るべく妖夢との戦いに身を置き、世界に〝自らの有用性〟を示し続けなければならなかったことを。先進国たるこの日本(くに)にいながら、途上国の〝少年兵〟の如き境遇に置かれていたことを。

 それでも、縁を深めた〝他者〟と安らげる〝居場所〟は、確かに栗山未来にもあった。

 ずっとその日々が続いてほしいと願い、それは妖夢との命がけの戦いに対し確かな力の源となり、〝呪われた血〟と揶揄された自身の力でも、誰かを守れるのだ、救えるのだとという自信にもなっただろう。

 それが無慈悲に壊されたのは………二年前、未来と伊波唯も加わっていた〝虚ろな影〟の討伐任務。

 

「同行していた異界士は私を除いて全滅しました………唯さんも、虚ろな影に憑依されて」

 

 殺したのだ……その異能で、虚ろな影に取りつかれた〝伊波唯〟を。

 妖夢の中には、人間の肉体を乗っ取る能力を持つ個体もいる。たとえ異界士でも、自身の肉体に憑依した妖夢を自力で跳ね除けるのは困難であり、それが虚ろな影ほどの上級ならば、その支配から逃れるのは絶望的だった。

 放っておけば、伊波唯という人間の肉体を得た〝虚ろな影〟が、殺戮を繰り広げていたのは想像するに難くない。

 彼女の人としての尊厳を汚さぬ為には、一思いに引導を渡すしかなかった……のは事実だけど、簡単に割り切れるものでもないのもまた事実。

 

「その時唯さんは……〝私ごと切って〟、〝異界士としての役目を全うして〟と………」

 

 現に未来の歳相応より幼く小柄な体は震え、特に膝の上に置かれた二つの握り拳は、怯えの域にまでいっていた。血の刃で〝伊波唯〟を殺した感触が蘇っているのだと、傍目からでもよく伝わってくる。

 

「栗山さん……辛いなら無理に」

「いえ、大丈夫です」

 

 その姿に良心が響いた秋人は未来を案じるが、彼女は〝懺悔〟を続ける。

 

「昔から優斗は、少し盲目的なくらい唯さんを敬愛していました、だから憎悪の矛先は虚ろな影だけでなく、実際この手で殺した私にも向けられたとしても………おかしくありません」

「栗山さん、その真城優斗は、あなたに一言でも恨みの言葉を漏らしたん?」

 

 今まで聞き手に徹していた彩華が質問を投げ掛けてくる。

 

「いえ、真城の渉外役が話してた通り、あれ以来優斗は狂ったように虚ろな影の生態の研究に没頭して、会う機会が減ってしまったものですから」

「だが今年になって奴はいきなり連絡を寄越してきた、長月(ここ)に来る虚ろな影を撃ってほしいって依頼を引っ提げて」

「はい、黒宮先輩のおっしゃる通りです、討伐の依頼をしてきたのは、優斗でした」

 

 やっぱりか、先日の襲撃前のやり取りを反芻しつつ、今日の会合の場での反応を見て、薄々そうではないかと勘繰っていた。

 ただし、襲撃の日にあの傀儡と大剣で首謀者〝優斗〟であると見抜いておきながら、何も話さなかったのは、クライアントでもあった奴を庇ったからではない。

 

「それで栗山さんは………虚ろな影にわざと憑依されて、真城優斗に殺される………つもりだったんだね? 彼が栗山さんへの恨みを晴らそうしてると、思ったから」

 

 未来はこっくりと頷いた。

 実体を持たない虚ろな影を確実に倒す方法、それは―――わざと人間に取りつかせ、そいつごと殺すこと……当然、故意にそれを実行するのは異界士の世界の倫理としても、人間そのものの道徳等にしても最低最悪な手段だ。もし妖夢を狩る為に〝人間の命を捨て石にした〟のが明るみに出れば、確実に実行犯は異界士を廃業させられる。

 伊波唯を〝殺してしまった〟その日から、ずっとこの子は罪悪感に苦しんでいた。一日、また一日を積み重ねる度、なぜ自分だけが生き残ったのかと悔やみ、自問自答し続け、時にこうも思ってしまった筈だ―――〝依り代となって殺されるべきは、自分の方だ〟と。

 そして真城優斗から討伐の依頼を受けた未来は、それが自身への復讐だと結論付けてしまい、自らその〝捨て石〟となるべくこの地に来た………だから頑なにその目的を話そうとしなかった。もし他の誰かに知られれば、その者から〝贖罪〟を妨害される可能性もあったから。

 あえて妖夢に憑依され、殺される―――二年前の伊波唯と同じ運命を辿ることで、真城優斗の内にあるであろう〝怨念〟を晴らす、それが彼女が選ぼうとしていた贖罪。

 なんて、無茶苦茶な償い方なんだ。未来当人の罪悪感を断じるようで忍びないが、たとえ本当に真城優斗が本当に彼女に対し憎しみを抱いていたとしても。たった一度の〝死〟程度で、恨みというものは消えない………それはかつての〝自分(ゴジラ)〟が証明している。

 秋人も内心こう思っているだろう、〝それでは誰も救われない〟と。

 

「そやけど、どうも澤海君は違うと考えているようやね」

「え?」

 

 この女狐め、ちゃっかり俺が未来とは違う結論に行き着いたことを先んじて明かしやがった。まあ、どの道言う気ではあったし、筋道を設けてくれたのはありがたくもある。

 

「澤海……本当なのか?」

「本当だ、はっきり言って、真城優斗がミライ君にも恨みを抱いてるなんてのは大外れだってのが俺の考えだ」

 

 未来と秋人は声にも出せぬくらい驚愕し、頭の中に大量の疑問符を浮かばせていた。

 

「とりあえず、半信半疑でも良いから俺の推理を聞いてくれ、意外とバカにもできねえんだぜ、〝部外者〟の意見ってのもな」

 

 立ち位置で言えば俺は、ちょっと巻き込まれた程度の部外者の身だ。けれど当事者がなまじ関わりと思い入れの強さのせいで見逃してしまう情報も、部外者はちゃっかり拾い上げてしまうことがある。

 

「まず真城優斗の目的が〝復讐〟なのは間違いない、ただその対象にミライ君は入ってないんだ、何せ奴が仇打ちしようしてる相手は―――」

 

 

 

 

 

 

 名瀬家と真城家との交渉の会合から、一週間後の休日。

 僕はその日、特に買いたいメガネや本があるわけでもなく、長月市の中心市街に来ていた。

 昨夜久々に見た〝悪夢〟の気晴らしというやつである。僕のまだ時の浅い人生が一変してしまった〝過去〟の再生である。

 

 

 

 

 

 小学生の低学年で、まだ普通の人間として暮らしていた頃……友達とボール遊びをしていた時、道路にボールが出てしまって、それを取りに行こうとした一人が車に引かれそうになった。

 僕は咄嗟に彼を突き飛ばして庇い、代わりに引かれた。人間としては確実に助からない怪我……けれど僕の再生能力は、たちまちその重傷すらあっとう間に完治してしまった。幼いながら、自分の体はとても治りが早いと自覚していたから、躊躇いも無く友達を助けられたのである。

 

〝な……なんなのそれ?〟

 

 傷の癒えた僕は、友達の無事を確認しようとして、自分を見て怯える彼らの姿に呆然とするしかなかった。

 

〝神原君……なんで……車にひかれたのに……〟

 

 この日僕は思い知った………〝不死身〟な僕は、人間の世界では異端だと言うことに。

 

 

 

 

 

 こんな記憶を追体験させられたものだから、選考の為に借りてきた文集たちを読み進める気にもなれず、どうにか暗澹とした気分を紛らわそうと街に出てきてはみたけど………失敗だった。

 周りは誰も彼も、家族連れだったり、友達と一緒だったりと複数……反対に僕は今一人、そのギャップが却って〝孤独〟な空虚さを増してしまった。

 ほんと、上手くいかない時はとことん裏目に裏目へと出てしまう、こんなことなら、なんだかんだ付き合ってくれる澤海を誘った方が賢明だったかもしれない。

 結局まともに気晴らしとならず、帰ろうと駅の中電車を待ち、その間の暇つぶしに辺りを見ていると………思わぬ人物を発見してしまった。

 白いワンピース姿がやたらと似合っている名瀬泉さんに……しかもイヤホンを付け、音楽プレーヤーを再生して何やら聞いている。

 その様を前に唖然としていると、不意に泉さんがこちらに目を向けてきた。

 たった今僕の存在に気づいた素ぶりだけど、檻の索敵能力を踏まえれば………僕が気がつくまでわざと待っていたとしか思えない。

 

「奇遇ですね……泉さん」

「買い物の帰りかしら?」

「はい、良いメガネがないかなと見に来たんですけど、今日は不作でして」

 

 知らん顔できるわけもなく、僕は正直に彼女の質問に答えた。

 

「そう、ところで今、お時間とれるかしら?」

 

 

 

 

 

 断る理由はなかったので、僕は泉さんに先導される形で、駅の改札の向こうで営業しているコーヒーショップに入った。

 

「ペンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップからのアイスコーヒーを―――あ、やっぱりホイップは乗せて頂けないかしら」

 

 レジに着いて早々、泉さんは自分のコーヒーを注文するのに、長ったらしい語句を滑らかに並べ立てた。しかも訂正のおまけ付き。

 

「泉さん………次からはそんな紛らわしい注文はやめた方が良いですよ」

 

 よりにもよって応対した女性店員はまだ研修期間中の新人であり、いきなり高難度な注文を前に右往左往するしかなく、先輩の助力を借りてどうにか会計を済ますことができた。

 内心店員さんに『ドンマイ』とエールを送り、無難にアイスコーヒー、シロップとミルク一つずつ付きを頼み、窓際の二人掛けの席に向かい合わせで座った。

 マイペースさを全く崩さない美人のお姉さんは、品の良さは維持したまま艶めかしくコーヒーの上に乗ったホイップを舌でかすめ取る。わざとなのではとも勘繰ったけど、僕にわざわざ色っぽさを見せる理由などないことと、美月も食事の時は気品とあだっぽさが同居した仕草で食すので、名瀬家の女性は自然と魅惑的な所作をしてしまう気質を持っているのだろう。

 相手は眼鏡と掛けていないとはいえ、さすがに眼前の女性の色気を目の当たりにするのは気まずく。

 

「用件は、警告ですか?」

 

 思いきって踏み込んでみた。泉さんがこれらか提示しようとしている事柄を。

 

「心当たりがおありなのかしら?」

「はい……」

 

 異界士の美女は、聖女の如き笑みを浮かべる。

 

「自覚を持っていらっしゃるようで何よりです、ないよりは良いことですからね、でも―――」

 

〝でも〟の一節から、彼女の声音が一変した。その声から温かみというものが、一切消え失せる。

 

「私は博臣や美月のように甘くはありません、邪魔だと判断すれば、躊躇わずにあなたを排除します、回りくどい方法を取るより、もっと直接的な手段で〝警告〟をしておくべきでしたね」

 

 どうやら、泉さんの目にはギリシャ神話のメデューサの如き見る者を硬直させる〝魔眼〟を有していたらしい。

 全身が完全に石化して身動きが取れなくなっていた。首はおろか瞼さえ微動だにできず、彼女の寒気を齎す美しくも冷徹な瞳を合わせることしかできない。

 

「あなたを〝殺す〟ことができないのなら、あなたの〝精神(こころ)〟を殺し尽くしてあげましょう」

 

 その目を僕は知っている―――異界士が妖夢と相対した時、彼らに向ける冷酷な眼差しそのものだった。

 次の瞬間、僕の〝意識〟は現実から引き剥がされた。

 

 

 

 

 

 

「悪趣味な悪夢(げんかく)もほどほどにしておけ、名瀬泉」

 

 秋人と向かい合う形で腰かけていた名瀬泉を冷たく見下ろす。

 

「あら奇遇ね、黒宮澤海君」

 

 対してこの女は、さっきまで秋人に見せていた冷徹なものから、温和で社交的なものに直ぐ様物腰を変質させ、俺に見上げてきた。

 

「〝奇遇〟ね……最初からこのメガネストに釘刺すつもりで接触してきたくせに」

「ふふ、さすがの目ざとさをお持ちだこと」

「お前のお世辞は正直吐き気がするからやめろ」

 

 この長月市は、ありとあらゆる場所に名瀬家の檻(あみ)が張られており、異界士と妖夢の動きはおおよそ読みとれてしまう。だから一人で外出した秋人を好機と見て、気配を悟られない檻で身を隠してずっと級友を監視していたのは明白だ。

 そしてメガネストの級友はと言えば、テーブルに突っ伏していた。気を失ってからまだ数秒……だがこいつの脳内では、名瀬泉が作り上げた生き地獄の幻覚を長いこと見せつけられていたことだろう。

 

 たとえば秋人の身近な人間たちの惨殺死体の図を。

 

 たとえば多数の人間から次々と罵倒される図を。

 

 たとえば、目の前で栗山未来が自ら命を絶った図を。

 

 たとえば………実母の神原弥生から自らの存在を否定される図を。

 

 実を言えばこれでも可愛い方だ。

 もし本当に〝邪魔者〟だと見なせば、この女は慈悲もなく秋人を〝凍結界〟に閉じ込めてしまうに違いない。

 

「私の目的が分かっていたのなら、なぜみすみず〝許した〟のかしら?」

「ちょっとした気の迷いだ、お前からの忠告の方が効果あるなんて少しでも考えてしまった自分に腹が立つ」

 

 秋人の〝お人よし〟を嫌ってなどいない。だからこそ、こいつは自分から藪の中に突っ込んでしまう悪癖には複雑な気持ちになる。

 理由は何となく察しがつく。

 人間でも妖夢でもない秋人は、両者の領域に入ることもできず、その境界線上で彷徨っている………半妖夢であるがゆえに何者にもなれず、自分が自分たるアイデンティティが不安定なこいつは、時に〝誰か〟に必要とされることを指針にしてしまう。

 そいつはある意味自分も同じだ。人間の器に放り込まれた〝ゴジラ〟という歪な身の上の俺が異界士をやれているのは、常に周囲に〝多大な犠牲を出して殺すよりも上手いこと利用して生かした方がいい〟と有用性を示しているからである。

 だから秋人の気持ちも分からなくもない一方で、今回ばかりは身を引いた方がいいとも思っていた。

 名瀬家の保護下にあるこいつが、親元も同然な家と不可侵条約を結んだ一族が絡む事件に首を突っ込んだらどうなるか………栗山未来に〝関わる〟とは、そういうことだ。

 実母からも〝深入り〟するなと便りが来た以上、大人しく学校生活を送っておいた方がいい………ただ、そうなったらきっと、秋人は後悔で〝日常〟を謳歌できなくなってしまうだろう…………俺もそんなのは、御免だ。

 

「ならあなたにも、一つ忠告しておくわ」

 

 名瀬泉は立ち上がり、擦れ違い様に―――

 

「彼もあなたも、〝人の皮〟を被っているだけの〝化け物〟でしかないのよ」

 

―――優雅にそう冷たく吐き捨て。

 

「それは〝人間様全員〟に言えることだ」

 

 と、直ぐに一言返した。檻の効果で、周りの客は俺達に全く気を止めてなどいない。

 名瀬泉は動揺どころか、僅かに動じる気配を見せることなく、外見に劣らない美麗な佇まいで店から出ていった。

 ほんと……女狐よりも悪辣な悪魔だ、あの女は………そいつに向けて俺が口にした言葉の意味を説明すると―――「人間の本質は〝混沌と無秩序〟であり、彼らは知性と引き換えに〝情〟という制御困難な怪物を秘めたケダモノでしかない」って意味だ。

 そこに例外など存在しない、俺も秋人も然り、地球上にいるどの人種も、誰も彼もが当てはまる真理、自然界と言う名の秩序から独立を図ろうとした人類が抱えてしまった代償ってやつである。

 誰もその真理が敷いた境界線を超えることはできない。

 とまあ、哲学もどきはこの辺にしとくとして。

 

「さて、こいつをどうすっかな」

 

 残された俺に待っている問題は、テーブルを枕に眠らされた秋人だった。

 さすがに奴の悪趣味な悪夢は見せられてはいない筈だが、当分起きそうにない。この手の店は長時間いるのを煙たがられるので、退散した方がよさそうだった。

 でもその前に、一応店の中に入ってしまった身なので、コーヒーの一杯だけでも注文しておこう。

 

「プレミアムコーヒーを、ブラックのホットで」

 

 一杯千円はするこの店で一番高値なコーヒーを頼んだ。やはりコーヒーはストレートに限る。

 シンプルな注文だったので、さっき長ったらしい呪文をくらった新人さんはどこかほっとした様子で応対するのであった。

 

つづく。

 

 



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第十四話 – 凪の日

 耳に、小さくて聞き逃してしまいそうな音が入る。覚えがある音だった。もうすぐ電車が到着するのを知らせるアナウンス音だ。

 だんだんと意識が戻っているのか、聞こえる音は大きくなる。電車の停車音が後押しになって、閉じていた瞼が開かれた。

 最初に映ったのは、澤海―――

 

「はぁはっは、スベテノクロマクハワタシダッタノダァ~~~」

 

 ―――いきなり……抑揚が平坦にも程がある棒読みな口撃(こうげき)に、僕は椅子から転げ落ちそうになった。

 

「んなご都合主義が許されてたまるか! せめて騙そうとするくらいの熱演を見せたらどうなんだよ!」

「お、よかったよかった、いつものアキだ」

 

 からかいの悦に満ちた彼のニヤケ顔見た僕はしまったと思い知る。澤海はわざわざ僕をツッコませる為に、わざと下手くそな演技を披露したのだ。

 またしてやられたと思う一方、いつもの感じで接してくれる彼のお陰で少し気持ちが穏やかになる。

 

「ここは……」

 

 現在僕たちは、僕と栗山さんの住まいの最寄駅のホーム内にあるガラス張りでできた休憩室にて、中の椅子に丁度向かい合う形で座っていた。

 

「泉さんは?」

「とっくに帰ったさ」

 

 意識を失う前に泉さんから受けた仕打ちを説明すると、僕は幻覚を見せられたのだ。

〝白昼夢〟―――前に博臣が話していた檻を極めた者が使えるようになる能力の一つで、現実とほとんど変わらない仮想空間を生み出してしまう。

 そこでは創造主たる術者が思いのままに〝夢〟を見せることができる。当然……相手が恐れ、望まぬ光景を嫌でも見せることだって………だからこの白昼夢は、一種の拷問器具とも言えた。

 

「殺意抱いただろ?」

「うん……ほんとマジで抱かされましたよ、泉さんほんと人の心抉る天才だわ」

 

 今まで何度も異界士や妖夢に命を狙われ、その境遇に何度も嘆いてはいても、彼らに殺意まで抱かなかった僕でさえ、少なからず〝殺意〟というものが沸き上がってしまうまでに、泉さんお手製の仮想(せかい)は、生々しくて悪趣味に満ちていた。

 澤海が割って入ってくれなければ、もっと長い時間かの悪夢を何度も魅せられ続けていたに違いない。

 なんで澤海が僕らを見かけたのかと言えば、半分偶然で、僕と同じく気晴らしで長月市の中心市街に来て散策していた彼は、普段街中では絶対に感じない〝不快感を催す異界士の気配〟を察知し、それを辿ってみたら僕に〝白昼夢〟見せる泉さんの図に出くわしたというわけだ。

 

「名瀬泉は言葉で人を殺せる魔女だからな」

 

 そのまま唾を吐き捨てそうな、心底忌々しげな調子で澤海は呟いた。

 僕や美月らといった信頼に値する者なら人間だろうと何だろうと問わない一方で、彼は基本〝人間〟という集団、種族に対してはほとんど信用しておらず、名家の出という人種は特に大嫌い。それ以上に泉さんを毛嫌っている。

 理由は色々あれど、しいて一つ上げるなら、目的の為なら〝肉親〟でも切り捨てられる泉さんの心の内にある冷酷な本性だろう。

 同族またはそれに値する存在に対しては情が篤く、そして深い〝ゴジラ〟とは、絶対に相容れない一線だ。

 

「それを言ったら、ゴジラなお前なんて歩く大災害じゃないか」

 

 現在は人の姿でいることが多く、ゴジラになってもせいぜい肉食恐竜ほどの大きさにしかならない澤海だけれど、その気になれば前世と同じ巨躯にまで巨大化できる。そうなった彼は、ただ歩くだけで文明の生産物を洗いざらい破壊してしまうことだろう。

 僕からのちょっと意地悪な一言に澤海は〝当然〟だと言わんばかりに無糖ブラックのコーヒーを飲んだ後。

 

「んでこっからは真面目な話なんだけど―――」

 

 怪獣王は本日二度目のボケをかます、また椅子から転がりそうになった。

 

「わざわざ宣言することか!?」

 

 ぐしゃり、と金属が潰れる音。

 

「何がだ♪」

「いえ、すみませんでした!」

 

 言い返した僕だったが、彼のリアクションを前に、即……謝罪の一礼。

 どうしてかと言うと、彼がやたらにこやかな笑顔を見せつつ、コーヒーの空き缶を糸も簡単に握りつぶしたからだ。しかもかの笑みから発せられるプレッシャーも半端なく………彼の背後から〝笑いながら背びれ発光させて熱線撃つ気満々なゴジラ〟が見え、僕の防衛本能が直ぐ様反応したからだった。

 体から発する〝気〟だけで相手を屈服させる………さすが怪獣の王と言うべきか。

 

「どうぞお話し下さいませ」

 

 そうかしこまると、怖いくらいに眩しい笑みを見せていた澤海の顔が急激に真剣味を帯び、釣られて僕も緊張感で気が引き締まる。

 

「悪いことは言わねえ、これ以上〝異界士〟としての〝栗山未来〟に深入りするな」

 

 僕から見たら、淡々と……突き放す声色な一言だった。

 

「どうして……」

 

 彼がこんなことを言うわけはほとんど察していたけど、それでも発言の意図を僕は尋ねる。

 

「忘れたわけじゃねえだろ? 名瀬との〝契約〟を」

 

〝契約〟………その単語は、改めて僕にある事実を突きつける。

 僕がひとえに学校生活を送れているのは、ある契約の下、名瀬家からの保護を受けているからに他ならない。

 簡単に纏めるならば―――

 

「〝名瀬は神原秋人に手を出さない〟、〝その代わり神原秋人は誰にも加担しない〟」

「うん……忘れてはいないよ」

 

 ―――この二つを澤海が提示する。つまり鉄火場に突っ込むなどと言った問題行動を起こさなければ、人並みの生活と言う名の自由を与えてやると言ったものだった。

 

「テリトリーを犯した真城優斗に手は出さないと名瀬が決めた以上、ミライ君の問題に首突っ込むってことは、その契約に違反することになる」

 

 そう、認めるしかない。異界士としての栗山さんが抱える問題に加担すれば……二重の意味で名瀬家に唾を吐いたも同然となってしまうのだと。

 

「廃人を何人も出してやがる名瀬泉が釘刺してきたんだ、次は本気でお前を〝凍結界〟に放り込むかもしれねえぞ」

 

〝凍結界〟……それは武道の流派で言うところの奥義に相当する檻の極致。対象を生きたまま……意識だけ残されたまま、周りの時間はおろか、肉体の時間すら凍結された異空間に閉じ込めてしまう術。

 術者が自分から解くか、または術者が死ぬまで、生きることも死ぬこともできぬまま、たとえ発狂しても精神崩壊しても尚続く地獄。

 

「名瀬の屋敷ん中に、妖夢の絵みたいなもんが飾ってあっただろ?」

「あ、そう言えば……」

 

 あの時は緊張感であっさりスルーしたけど、屋敷の中に、水棲生物系の妖夢らしきものが描かれた一際大きな絵が、額縁に飾られていたのを思い出す。

 そしてハッとする………彼がわざわざそのことを切り出したと言うことは―――

 

「あれはな、凍結界に閉じ込められた、まだ〝息がある妖夢〟だ」

 

 戦慄を覚えて閉口した、これにはお人よしなのには自覚のある僕でも、反吐が出そうになった。

 生きた妖夢を結界製のキャンバスに〝閉じ込めて〟屋敷内で額縁に飾る、あれはいくらなんでも……度を越して悪趣味だ。

 

「ミライ君だって、自分(てめえ)の立場危うくしてまで助けてほしいとは思ってない、それどころか………お前と関わりを持っちまったことで、自分を攻め続けるかもしれねえぞ、伊波唯を殺してしまった時みたいにな、お前だって……あの子をそんな目に遭わしたくないだろ?」

 

 澤海の発せられる言葉の数々には、刺々しさと容赦のなかがあった。でも一方で、それらは僕を少なからず思っているからこそ、紡がれる言葉でもあった。

 栗山さんを助けたい僕の気持ちに理解する一方で、その為に自身の〝今〟を壊してしまったら元も子もない、そうなってしまったら……栗山さんをもっと苦しめることになってしまう―――と、彼は言いたいのだ。

 一見突き放した澤海の言葉の内には、そんな意味が込められていた。

 ああ………これはどうしようもなく、澤海の方が正しい。

 僕は、どう足掻いても部外者、その上動けば動くほど足場が崩れ、自分で自分を追い詰めてしまう身の上だ。

 己が立場を認識した上で、あの眼鏡の女の子のことを思うなら………確かに身を引いた方が良い。

 それを勧めてくる目の前の友は、信頼できるに値すると見なした者には義理を尽くす男だ。

 

〝栗山さんを助けてほしい、死なせないでほしい〟

 

 そう僕が願い出れば、彼は迷わずに了承してくれる。むしろ僕から頼まれずとも………人間を震撼させてきたその〝怪獣王の力〟を、一人の女の子を助ける為に使うだろう。

 澤海は最初からそのつもりで、僕に〝身を引け〟と言っているのだ。

 正直……羨ましい。自らの内にありし強大な力を完全に制し、自分の意思で御すことのでき、〝怪獣の王〟、〝破壊神〟として堂々と鎮座している彼が………同じ〝不死身〟でも……僕は彼の様に自らの〝存在と生き方〟を確立できていない、人間と妖夢の境界線をひたすら漂流することしかできない〝半妖夢〟な半端者だ。

 

 

「じゃあ……僕が栗山さんを助けてくれって言ったら、助けてくれるか?」

「ああ」

 

 彼は凛然と、速答して肯定した。

 

「ありがとう」

 

 僕は彼の篤い義理とご厚意を、ありがたく噛みしめた上で。

 

「でもごめん、僕は栗山さんを戦場に行かせたまま………のこのこ日常を、送りたくないんだ」

 

 ちっぽけななけなしの意地を、通した。

 今〝栗山未来〟から離れてしまったら、僕は絶対後悔する。

 そうなったら、澤海に美月たちとの関係も、崩れてしまうだろう。

 僕はそのどちらも、嫌だった。

 

「…………」

 

 自分からの〝表明〟に対し、澤海はしばし黙然とこちらを見つめていた。

 彼の目は僕の体を凝視しているようで、実はそうじゃない。その瞳は、僕の心の内を見据えているようであった。

 やがて澤海は、そっと溜息を吐いた。その顔は、呆れているのか、それとも笑っているのか……僕には判別できなかった。

 

「なら、二つ言っとくことがある、俺は面倒見る気はさらさらないからな」

「何が?」

「〝遺品〟になったお前の持ってる〝眼鏡〟だよ、それと――」

 

 彼の背後の車線に列車が来るアナウンスが鳴ったと同時に、立ち上がると。

 

「善意や献身ってのもな、使いどころを間違えたら〝猛毒〟になっちまうもんだ………絶対毒にすんじゃねえぞ、お前自身の良心(おひとよし)を」

 

 澤海はそう忠告して、休憩室を出ていくと、持ってた空き缶を結構距離のあるダストシュートへと見事投げ入れ、そのまま丁度いいタイミングで空いた列車のドアを潜って乗車していった。

 

 

 

 

 

 新堂写真館と市立高校の最寄駅も通る車線の列車に乗った俺は、一つ向こうの扉から乗車し、すぐに座席の両端の柱に背を預けて腕を組む少女を見つけ、そこに行き、向かいの柱を背もたれにした。

 暗緑色なデニムジャケットを代表に、地味系の服装にベレー帽とサングラスの組み合わせな黒髪三つ編みの、ぱっと見た限りでは地味系な女子。

 

「そのサングラスはどうかと思うぞ」

「仕方ないじゃない、あの変態(メガネスト)相手じゃ、眼鏡だと簡単に見破れちゃうでしょ?」

 

 聞き慣れた甲高い声で、少女はサングラスを外す。

 その正体は美月だった。廃人製造機な名瀬泉がうっかりやり過ぎない様にと、お目付で変装していたのである。

 あの後二人で秋人運びつつ電車に乗り、一旦秋人の最寄駅で降りて、彼が目覚めるまで美月の檻が張った休憩室で待っていたわけ。

 ちなみに俺と秋人以外誰も入れない仕様は秋人が目覚めてから、それまではせいぜい市民が俺達を認識しない程度だ。

 

「まあ、確かにな、お前の眼鏡姿いつも妄想してるに違いねえし」

「健全なのか嫌らしいのかよく分からない妄想ね」

 

 言わせてもらえば、今の美月の格好にボストンタイプのサングラスは、ちと無理やりな組み合わせなのは否めない。

 ただ、眼鏡では秋人が簡単に看破してしまうだろう。美少女なのは認めた上で―――〝眼鏡を掛けてくれたらな……〟―――なんて願望があるあいつのことだ、眼鏡美少女になったこいつの姿をいつも想像しているだろう。

 それに秋人はサングラスに対しては手厳しく、前に部活中そのことで話題になったら、『眼鏡とサングラスは似て非なるモノだ、一緒にするんじゃない!』と一時間は熱い、でも聞いている側からは退屈な講義がぶっ通しで行われたくらいだ。

 

「秋人はどうだって?」

「全部聞いてただろ?」

 

 やたら用途が幅広い結界術な〝檻〟、たとえ形成場所からかなりの距離があっても結界内の会話を術者は聞きとることだってできる。

 俺がわざわざ報告せずとも、美月は休憩室での一部始終をとっくに把握していた。

 

「そうね……へっぽこ変態半妖夢のくせに、なんて頑固なのかしら」

 

 表面的にはボロッかすに秋人をけなす美月、当然ながら、これはサディストの仮面を被った彼女なりに、あいつを想ってのことだ。

 そうだな……一見人畜無害な野郎で荒事に向かなそうなようで、一度固めた決心は絶対に揺るがないのが秋人(あいつ)だった。

 さっきの身を引けって言葉は、俺の本心からの言葉だ。

 でもそれで素直に聞いてくれるとは端から考えてなかった………たとえ非力でも、部外者でも、それでも栗山未来を支え、関わり抜くと表明することは、最初から分かっていた。

 なのにわざわざ聞いたのは、その意志の度合いを確認したかったからと、大人しく引っ込まないなら引っ込まないで、未来の為に無茶をやらかすのをできるだけ予めに抑制させるのが目的だからだ。

 

「私からも一言いいかしら?」

「ああ」

 

 まず前置きを発し、少し間が空いたのを経て美月は、いつもは斜に構える目を真っ直ぐこちらに見据えて――

 

「必ず休み明けの文芸部に連れてきなさい、秋人と栗山さんを」

 

 ―――と、述べたてた。

 

「それは部長命令か?」

「半分はね……もう半分は私個人のお願いよ、異界士(わたしたち)のいざこざの為に、二人を死なせないで」

 

 そう願い立てるこの少女は、気丈に振る舞ってはいた。

 けれどその声には、名瀬家の者であるが故に、どうにかしたくてもどうすることもできない自分への無力感で、僅かに震えていた。

 

「言われるまでもねえさ」

 

 正直、今回の件で名瀬や真城がどうなろうとどうでもいいし、知ったことではない。

 だが……人の悪意が生み出した業が、人の世からつまみ出されても、それでも人として生きたい者たちを襲うと言うのなら、惜しまずにこの力を使わせてもらおう。

 俺は破壊神――ゴジラ、たとえあいつらを脅かす相手が、実体のない巨大な〝業〟だろうと、そんなもの、全力でぶっ壊すまでだ。

 

 

 

 

 

 

 

 四月最後の日、凪は始まりを告げた。

 同日、僕は栗山さんと一緒に、真城優斗が彼女に討伐依頼をした際に指定した場所へと向かっていた。

 最初の移動手段は電車。線路が一つしかなく、情緒的とも言えるけど、寂れている以外にこれと言った特徴のない無人駅を降り、直後丁度いいタイミングで、一時間に一本しかないバスが来てそれに乗り、目的地の最寄な地点で降りた。

 そうして、指定場所の神社の入り口に着く。

 その先は林道となる鳥居には、先に来ていた澤海が柱に背をもたせかける黒デニムにジーパンの風体な澤海が待っていた。

 

「行くぞ」

 

 僕たちが到着したのを見止めた彼は、ただ一言そう発して、ジーパンのポケットに両手を入れた立ち姿で先に鳥居の奥へと進みだし、僕たちも彼に着いて行く形で歩き出す。

 周りは群れてそびえ立つ木々と、そこから生える枝や葉のせいで見通しは最悪、昼だと言うのにかなり薄暗い。それなりに見栄えのある森だけど、襲撃を受ける恐れもあって、光景を堪能できそうになかった。

 幸いなのは先頭に澤海がいることだ。彼とて凪の影響を受けている筈なのに、助太刀の役を買って出てくれたその背中は、とてつもなく頼もしい。

 

「無理はしないで下さい、先輩の再生能力が落ちているのは確かなんですから」

「いや、そこは澤海もそうじゃないのか?」

「はい、ゴジラの細胞がどれほど凪の効力を打ち消すのか存じませんが、それでも能力減退は避けられないことは黒宮先輩も重々承知している筈です、むしろ一番危なっかしいのは神原先輩ですよ」

「分かってるよ……僕だって死にたがりじゃないんだ」

 

 眼鏡の似合う妹系異界士な後輩にここまで注意されるなんて、僕は相当〝無茶やらかす〟印象を持たれてしまったらしいと苦笑した。

 そりゃ、確かに不死身体質に甘んじて、時に無茶をしてしまう時もあるけど、今日から暫くはそうはいかないことへの自覚はある。

 妖夢の力を弱める〝凪〟。

 一応再生能力こそ残ってはいるけど、〝不死身〟と言えない。打ちどころが悪ければ………確実に〝死〟が待っている。

 現在の僕は、ただの高校生に少し毛が生えた頼りない身だ。普段から不死身な体質を持て余す、頼り難い半妖夢ではあるんだけど。

 栗山さんには弱体化していることは教えてあるけど、不死身じゃないことまでは伝えていなかった。澤海もあれ程反対したのだ。彼女がそれを知れば、僕の同行を絶対に拒否してしまう。

 我がままを押し通した以上、せめて自分の命の面倒は自分で見なければならない。

 薄暗い林道をもうしばし歩いていると、結構段差の数が多い石段に差し掛かった。

 それを全て登り切ると、本殿らしき建物が目に入る。もう何十年も前に廃棄されたらしく、社はボロボロで、今すぐにでも崩れてしまいそうだった。

 

「いるな、奴はもうここに来てる」

 

 澤海の鋭敏な感覚が〝彼〟の存在を捉えたらしい。彼は三原山からその〝分身〟のいる芦ノ湖へ正確に辿り着けるほど第六感の持ち主なので、〝彼〟ここにいることはほぼ確実だった。

 説明しておくと、澤海――ゴジラは未来人の策略の誤算で誕生した固体だが、時間改変を受けた自分とほぼ同じ出来事を体験、つまりバラと人間とG細胞で生まれた〝分身〟とも戦っているのだ。

 

「あそこだ」

 

 本殿の近くの木の背後から、人影が現れ、それを目視した僕は人差し指で指し示した。

 真っ黒なローブを纏った長身痩躯の少年。彼は被っていたフードを脱いだ。

 

「優斗……」

 

 栗山さんがその名を呼ぶ。彼こそあの〝真城優斗〟その人であった。

 真城優斗は黙したまま栗山さんを見つめる。聡明さのある瞳は、周囲の木陰よりも暗い影が、底の見えない深さのある哀しみと一緒に差し込んでいた。

 咄嗟に僕は彼女の前に出て庇い立てる。けれど栗山さんは真城優斗への視線を維持したまま、浮浪者の如き足取りで彼の下へと歩いていった。

 彼女の歩速に合わせて、僕も澤海も真城優斗も歩み寄って行く。

 

「そちらの方々は?」

 

 やがて歩を止めたと共に、真城優斗は口を開いた。

 

「黒宮澤海、この金髪は神原秋人、この子の先輩な文芸部員だ」

 

 まともに答えられる状態じゃない栗山さんに代わり、澤海が僕の分も込みで自己紹介した。

 

「そうでしたか、俺は真城優斗、彼女………栗山未来の幼なじみです」

 

 流麗かつ端正な所作で、真城優斗が一礼する。彼の応対にどう対応すればいいか分からなくなって面喰らい……静寂が、しばし朽ち果てた神社の敷地内を支配する。

 その静けさを破ったのは、栗山さんだった。

 真城優斗と再会したことにより、伊波唯を殺めてしまってから現在までの二年間、ずっと押し込めてきた罪悪感と贖罪の気持ちが一気に溢れ出て、とうとうこられ切れなくなった彼女はその場で崩れ落ち。

 

「ごめん……なさい」

 

 いわゆる四つん這いの格好で、幼なじみに謝罪の言葉を放った。

 僕からは、土下座の体勢よりも………それ以上に痛ましく悲愴に映って、見ていられなくなる。

 このまま栗山さんにこの体勢を続けさせたら、彼女の心が完全に壊れそうな気がして、僕は少々強引に彼女の体を立たせた。

 そんな罪の激流に苛まれる少女に対し。

 

「よかった……全てを打ち明けなくて」

 

 幼なじみは、哀しくも慈愛に満ちた微笑みを形作って、そう言い放つ。

 

「え?」

 

 僕も栗山さんも、最初理解が追いつかなくて、真城優斗の微笑をただ眺めることしかできない。

 そして、ようやく思考がある程度落ち着いたことで………真城優斗が発した言葉は、澤海の推理が他ならぬ〝当たっていた〟ことを示していたと思い知らされる。

 

「やはりか……」

 

 物悲しくも、乾きのある澤海の声が響く。

 

「伊波唯は………〝謀殺〟されたんだな、あんたと血を分けた真城(どうぞく)たちに」

 

 澤海はその推理の一端を口にし。

 

「はい、その通りです」

 

 真城優斗は、それを肯定した。

 

 

つづく。




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第十五話 – 真城優斗

「伊波唯は………謀殺されたんだな、あんたと血を分けた真城(どうぞく)たちに」

 

 澤海が一連の事件と情報から導き出した推理に対し。

 

「はい……」

 

 真城優斗は顔に張り付いた〝影〟をより深くさせて、肯定を示した。

 虚無を帯びた彼の双眸が空を見上げる。ただ、その瞳に今映っているは空では無く、過去と呼ばれる代物だ。

 

「伊波家と真城家は、表向き同盟関係であり好敵手の間柄ということになっていましたが、その実態は全く異なっていました」

 

 優斗は今回の事件を起こす〝切欠〟を話し始める。

 対等な〝関係〟と言われているかの二つの異界士の家、しかし実際のところ、真城は伊波の属国にも等しい身であり、その大国の恩恵を受けてどうにか成り立っているのが実態だった。

 長いことその関係性は続いていたが、現代の頃にもなると〝属国〟に甘んじている実状に真城の幹部たちは耐えられなくなっていき、反旗を翻す企みを秘めていた。

 だが、澤海から見れば真城は妖夢頼みの情けない一族、当然真っ向勝負で伊波に〝下剋上〟などできるわけがない。

 だから真城は、謀略によって伊波を追い詰める算段をとった。

 その一つが――

 

「伊波の有力者を、虚ろな影に憑依させて処分させたのです」

 

 栗山未来と言う一人の少女にトラウマを刻み込んだあの一件は、人為的に引き起こされたものであった。

 二年前、この長月(まち)と同じく、虚ろな影が真城の管轄地に接近しつつあった。

 かの大型妖夢の襲来こそ偶然の産物であったが、真城の幹部どもはそれを好機と見なした。

 内心に〝謀略〟を隠し、自分から狩りに行く度胸もない妖夢使いの真城は、伊波に討伐の依頼を申し立てた。

 表は同盟、裏は実質配下な真城の頼みを一蹴するわけにも行かず、その上相手は虚ろな影、家の名を高めるには絶好の機会と踏んだ伊波はその依頼を請け負った。

 その討伐チームの中にいたのが、既に弟子を二人持ち、将来有望だった本家の娘――伊波唯と、その弟子の一人であった栗山未来だ。

 未来も入っていたのは、実体を持たずとも〝生きている〟以上、彼女の〝血〟は有効な武器になると踏んだのだろうし………〝呪われた血の一族〟ただ一人の生き残りを召し抱える自らの器の広さをアピールしたかったのかもしれない。

 そして……結末は以前未来が澤海と秋人らに打ち明けた通りだ。

 ただそこに、一つの裏の〝真実〟が存在している。

 

「奴らの思念操作で、虚ろな影は唯さんの肉体に取り憑いたのですよ」

 

 伊波唯への憑依は、真城によって人為的に起こされたものだった。憑依は妖夢が持つ本能、そいつに沿う形であれば、虚ろな影とて一時的にでも操ることは可能だ。

 こうして未来は………自分と友の師を殺し、非劇のヒロインに祀り上げられてしまった。

 

「そんな……」

 

 その彼女は、幼なじみが明かした真実を前に惑うばかりだ。秋人も何も言えず、口を固く結ぶしかない。

 

「残念ながら本当だ、もっとも………それを突き止めたのは偶然なんだけどね」

 

 少女の願いも虚しく、幼なじみは〝嘘であること〟を否定した。

 一応彼女は、実際の真相を澤海から〝可能性の一つ〟として聞いてはいたが、その時はあくまで彼の〝憶測〟でしかなく、どっち道こうして直に突きつけられたなら、否定したい気持ちに駆られるのは避けられなかっただろう。

 

「だからお前は、真城に復讐の鉄槌を下す算段を企てたんだな?」

「はい、一族が唯さんを死に至らしめたのは他者への〝妬み〟を抱ける余力がある程に組織が安定していたからでした………ならばそれを崩してやれば………妬みや怒りを外部から内部に向かわせ、内紛を誘発させてやれば………奴らの悪意は外に向けられることはなく、これ以上犠牲が出ることも無い」

 

 言葉を紡いていくごとに、悲哀を帯びていた彼の声音は淡々したものへと変わっていく。

 自らの生を一変させた過去を回想することで、抑えていた真城一族への憎悪が再燃しているのだと分かった。

 その姿はまるで……心を持たぬ、ただ決められた行動(プログラム)を実行するだけの機械のように見えた。

 真城優斗の述懐を前に、秋人は戦慄で顔は凝固し、未来も変わり果てた幼なじみから提示された真実を未だ呑み切れず………奴の下に詰めよる。

 

「一族の内紛を引き越したって言うの?」

「そうだ」

 

 奴は少女の問いを抑揚がほとんど消えた声で答えた。

 

「それが本当に正しいと思ってるの?」

「思ってるよ」

 

 バシッ―――と甲高い音が朽ちた神社の境内を轟かせる。

 未来が小さな平手を、真城優斗の頬に打ち当てた音だった。

 

「ばかぁ………どうして………どうして話してくれなかったの?」

「未来を共犯者にできるわけないだろ?」

「え?」

 

 返された本人は奴の言葉の意味を読みとれずにいる。

 対して澤海と、そして秋人は、その〝意味〟を理解していた。

 伊波唯を殺してしまってから今日まで、彼女はその人並み以上の優しさを持つがゆえに、ずっと〝罪悪感〟と呼称される〝毒〟に苦しめられてきて、自らの師と同じ〝運命〟を辿ろうとしていたのだ。

 もし彼女が真城優斗の苦しみを、背負うとしている罪を知ってしまったら?

 地獄への旅路を、幼なじみと一緒に辿ったに違いない。

 この幼なじみも、それが分かっていたから、今日この瞬間まで、未来に何も話さなかった。

 二人のお互いへの優しさが、この擦れ違いを起こしてしまったのだ。

 

「おい」

 

 秋人が真城優斗へ一声。

 澤海は黙ったままでいたが、内心〝余計な横槍を入れるな〟と彼に言いたい気が出ていた。

 これは栗山と真城優斗、二人の幼なじみの問題である。

 この春に彼女と会ったばかりの〝先輩〟でしかない自分らは、少し巻き添えを食っただけの傍観者、彼女らの間に押し入る隙など端からないのだ。

 一方で澤海は、自分の立場を分かった上で割り込んだ秋人の意図を汲み取っていたがゆえに、〝もう暫く〟は何もせず成り行きを見守ることにした。

 

「お前にとって……伊波唯と栗山さん………どっちが大事なんだ?」

 

 秋人は、それがどれだけ返答に困る問いかけであるのか、自覚はしつつも投げ掛けた、投げ掛けずにはいられなかった。

 

「この状況が〝答え〟です、あの日から俺が望むものは、一族の終焉以外にないのですから」

 

 目を静かに覆って、そう真城優斗は秋人の問いに答える。

 彼の言う〝あの日〟とは、伊波唯の死が同族によって仕組まれたものだと知ってしまった日だろう。

 苦虫を噛む秋人は、一度未来に目を向けたが、直ぐに逸らしてしまう。

 残酷な真実を前に涙ぐむ少女の姿を、彼は直視できなかったのだ。

 そして………真城優斗の両肩を掴み上げた。思った以上に秋人の手には力が籠もっていたらしく、相手も微かに驚いた様子を見せた。

 

「栗山さんがどんな想いでここに来たのか分かってるのか!?」

 

 秋人の込み上げた怒りを胸に問い詰める。

 

「それについては、申し訳ないと思っています」

 

 淡々とした調子から発せられた謝意に、秋人の怒りの火は強まり、優斗の胸倉を掴み、そのまま捻り上げた。

 

「そんな安っぽい言葉で済ませるな! 栗山さんは………栗山さんはずっとお前に恨まれてると思って………伊波唯と同じ運命を辿って………お前に殺される気だったんだぞ!」

 

 実際にこの目で栗山未来が苦しむ姿を見てきた秋人は、結果的にそうなってしまった一面もあるとは言え、彼女にその〝苦しみ〟を味あわせてしまった幼なじみに怒りをぶつけずにはいられなかったのだ。

 

「先輩、もう……良いんです」

 

 これ以上、自分のことで〝怒る〟先輩の姿を見ていられなくなったのだろう。

 未来は秋人の行為を制止させとうとしたが―――その前に、澤海が彼と真城優斗の間に割って入ると、彼女の幼なじみの頬に一発、右の手の拳を振るった。

 境内を一瞬騒がす鈍い打撃音。思いがけなかったようで、まともにくらった優斗は地面に倒れ込む。

 当然秋人も未来も、状況を呑み込み切れず、棒立ちの状態だ。

 当事者たる澤海はあまりにも自然とした所作で右手をスナップさせていた。

 これでも加減は抑えてある上、敢えて相手の頬との密着時間を長くさせていた。

 打撃、特に四肢から繰り出される攻撃は、対象と接触している時間が長ければ長いほど、衝撃が上手く伝わらない。その為格闘技に精通しているほど、打撃を当てた瞬間、素早く身を引かせる。

 澤海はその性質を逆に利用したのだ。それでも人間体とは言え、ゴジラの拳打をまともに受けた優斗の頬は赤く腫れていた。

 

「わりいな……お前の境遇に何も感じないわけじゃねんだが」

 

 今澤海が口にした通り、彼は彼なりに真城優斗の境遇に対し、思うところは少なからずある。

 彼もまた、自らの〝楽園〟を奪われた者。おまけによりにもよって同じ血を宿した同族が下らぬエゴの為に奪い去った。

 そいつらに〝同士撃ち〟と言う形で破滅を誘わせようとする復讐者の怨嗟を、理解できぬ澤海ではなかった。

 なのに、拳を一発ぶち込んでやったのは――

 

「てめえの目的の為に、怖い目にあった奴らもいるもんでね」

 

 先の〝一発〟は、彼が目的を果たす過程で、美月たちが憂き目に遭った事実を突きつける為に放ったものであり。

 

「それと、てめえがどう思ってようとな、そんな獣道選んだ時点でミライ君が傷つくことは避けられねえことを叩きこんでおきたくてな、殴らせてもらった」

 

 復讐と言う〝茨の道〟を進むことを決めた瞬間から、大事な幼なじみの〝涙〟は不可避であったことを改めて示す為の一発でもあった。

 

「確かに、あなた方への謝罪の言葉がまだでした、申し訳ありません」

 

 しばらく倒れ込んだままだった優斗は立ち上がり、頭を下げた。

 

「まあ、せっかくの部活動邪魔された件も込みで、これでちゃらにしてやる」

「あなたの逆麟に触れた私を、一発のみで許すの―――」

 

 口にしようとしていた言葉を全て言い終える直前、優斗の首が〝二つの指〟に挟み込まれた。

 それが突き出された澤海の握り拳の隙間から伸びたエネルギーの刃であると気づくのに、秋人も未来も、真城優斗でさえほんの少しばかり時間を要した。

 中央の刃も伸び、優斗の喉仏にぎりぎり触れない隙間が残されたところで止まる。

 

「勘違いするな」

 

 殺ろうと思えばいつでも殺せる状態な澤海から、絶対零度の殺気を込め、チェレンコフ光と同色に光る〝ゴジラ〟の目が、優斗を捉える。

 

「お前にくれてやる〝慈悲〟など持ってない……〝彼女(おさななじみ)〟がいなければ―――躊躇いなくお前を殺してたところだ」

 

 背後にいる秋人たちでさえ金縛りにあう効力を有した殺意がそこにはあった。

 澤海が拳〝一発〟のみで済まそうとしたのは、優しさゆえに自らを追い込み過ぎてしまう少女を彼なりに案じてのこと。

 もし澤海が彼を殺してしまえば、彼女は彼を恨む以上に、こんな事態を引き起こす〝切欠〟を作ってしまった自分を攻めてしまうだろう。

 そう踏まえたからこそ、澤海は真城優斗に慈悲を齎したのであり、今宣言したように未来と言う存在がいなければ、迷わず自らと学友たちの〝日常〟を侵し、友に手を出した異界士を殺していた。

 比喩表現でもなんでもなく、たとえ事情を知り、それに一定の理解を示しても尚、引導を渡す気でいた。

 真城優斗の首がまだ胴体と繋がっているのは、ひとえに栗山未来の存在あってのことだった。

 

「肝に銘じておきます」

 

 さしもの真城優斗も、ゴジラの眼光を直視し続けるのは堪えたらしく、平静を保っている彼の声には僅かばかり震えが見られた。

 彼もこの時、思い知ったであろう。

 

 基本、妖夢は見つけ次第討伐が当たり前な異界士の世界に於いて、曲りなりにも〝妖夢〟の側面を持つ人間の器を得た〝怪獣王〟が、なぜ堂々と鎮座できているのかを。

 

 この〝王〟の逆麟にだけは、絶対に触れてはならないものであるかを。

 

「結構」

 

 澤海は殺気を消すと同時に爪を引いて結合を解き、刃は微粒子となって拡散していった。

 

「聞きてえことがあるんだろ? アキ」

「あ……ああ」

 

〝いつも〟の〝彼〟からの呼び掛けに、秋人はようやく我に帰る。

 確かに真城優斗に聞きたいことがあった。

 彼の目的を粗方知った上で、それでも晴れない疑問があったからだ。

 

「伊波唯の死の真相を知ったお前は真城家に内紛を起こそうとし、でも栗山さんを巻きこませたくはなかったから、表向きは討伐依頼ってことで長月(こっち)に呼び寄せた………で間違いないんだよな?」

「はい」

 

 未来に〝自身への復讐〟であると誤認させてしまった〝虚ろな影〟討伐の依頼は、優斗が自らの復讐の煽りを受けさせたくがない為にとった措置だった。

 真城家が内紛を誘発させた優斗〝裏切り者〟として祭り上げば、確実に彼と幼なじみな未来を利用しようとする。

 かと言ってバカ正直に詳細を伏せて〝逃げてほしい〟と本人に伝えれば、彼女は優斗を問い詰めて真相を聞き出してしまう恐れもあった。

 だから虚ろな影が進行する名瀬の実質的領有地に彼女を呼び寄せた。

 保守的で縄張り意識の強い名瀬が相手では、真城も迂闊に手を出せず、ある程度の安全は確保できる。

 

「だったら、何で名瀬家の子息を襲うような真似をしたんだ? 〝一族〟の崩壊が目的なら、名瀬を狙う理由なんて全くないじゃないか」

 

 これこそ、真相を知ったことでさらに謎が深まった秋人の疑問。

 真城優斗が、部活動中だった名瀬兄妹に襲撃を掛けてきたその理由だ。

 この件に関しては澤海も秋人らには〝まだ分からない〟と話していた。

 ただ、実際は当事者と対面するまでは本当なのかまだ測りかねなかっただけで、澤海は襲撃の意図もおおよそ読みとっていた。

 だからこそ、優斗に〝一発〟を与えたのである。

 

「理由ならあります、あの襲撃がきっかけで、真城に内紛が起きたのですから」

 

 種明かしの一部を、優斗は明かす。

 澤海は内心〝やっぱりか〟と呟いていた。

 

「証拠を見せろ、もう〝手元〟に戻ってるだろ?」

「勿論です」

 

 と、応じた優斗の口から〝呪文〟らしき詠唱が紡がれる。すると地面にあの襲撃があった日に〝伊波唯〟が見せたのと同じ魔方陣が現れたかと思うと、彼女が使ったのと同じ、霊力で生成した大剣が召喚された。

 秋人は驚き、未来はそれ以上に驚愕の表情を形作っている。

 記憶が正しければ、この大剣は名瀬家が回収した筈、なのに持ち主たる彼の手元にあると言うことは――

 

「お前と〝名瀬泉〟はグルで、あの襲撃は最初から失敗する目的で実行された出来レースだったわけか」

「ええ、ご明察です」

 

 皮肉を籠もらせ、吐き捨てるかの如き澤海の問いかけを、優斗は肯定した。

 彼は復讐を実行に移す上で、前々から名瀬家と、正確には名瀬泉と通じていたのだ。

 

「真城一族の崩壊を条件に、未来の安全の保障と、一族が所有している唯さんの〝遺体〟の回収を依頼したら、名瀬泉は二つ返事で了承してくれました、あちらにとっては美味しい話でしたからね」

「つまり真城の総意でもあったんだな? 名瀬の襲撃は」

「はい、襲撃そのものは名瀬泉の手こそ借りましたが俺が単独で起こしたものです、けれど檻の能力は、以前から幹部たちの間で注目を受けていましたからね、俺の真意も知らず潜伏の手引きもしてくれましたよ」

 

 経緯(ながれ)を整理して組み立てるとこうだ。

 前々から檻を使える名瀬の異界士を〝傀儡〟にし、名瀬への対抗戦力としたい意図があることを知っていた真城優斗は、裏で名瀬泉と交渉し、彼女と共謀にまでこぎ着けた。

 そして、四月の十六日のあの日、文芸部の活動中だった美月たちを襲撃、予定通り、わざと犯人が真城優斗であると匂わす〝手掛かり〟を残して失敗に至らせる。

 そうして名瀬から追及を受けた真城家は、『襲撃に失敗しただけでなく、名瀬に唾を吐いてしまった』状況に置かれたと思い知らされ、報復を恐れた彼らは慌てて渉外役を送り、『あくまで真城優斗の単独犯で、決して〝総意〟ではない』であると強調して弁明した。

 こうなるとどうなるか?

 

「襲撃失敗の一報が引き金になって、真城は真っ二つに分裂したわけか……」

「言わずもがなってやつです、一族は名瀬との全面戦争をするか否かで綺麗に別れ、紛争を始めてくれました、目論見通りにね」

 

 名瀬に唾を吐いた事態に追い込まれただけでなく、名瀬に巨大な借りも作ってしまうことになってしまった真城一族。

 これで彼らは名瀬に頭が上がらなくなる。実質名瀬家の属国な立場に追いやられたと言っても良い。

 一族の地位を高めるつもりが、逆に低くなってしまった上に、爆弾まで抱えてしまった。

 たった一人の幹部候補であった〝若き異界士〟によって。

 こうして真城は、『こうなれば名瀬と一戦交えるのみ』とする急進派と、『名瀬相手に勝てるわけない、開戦は断固反対』とする保守派に分裂し、優斗の目論見通りに同士撃ちを始めた。

 反対に名瀬はほぼ労せずして〝利益〟を得た。

 真城の保守派に首輪を掛けて、その縄を握れる立場を手にしたのだ。だから〝領土〟を侵され、美月たちが襲われたと言うのに、あっさりと不干渉の立場に徹する方を選べたのである。

 

〝稀代の悪女〟

 

 澤海は以前から抱いていた名瀬泉の印象を、より強めていた。

 ヤツ以上の悪人はもっといるだろう。しかしアレ程涼しい顔で暗躍できる奴はそうそういない。

 

 悪い奴は夜眠れないと言う―――罪悪感に少なからず苛まれているから。

 

 だが本当に悪い奴ほど―――逆にぐっすりとよく眠ると言う。

 

 澤海――ゴジラにとって後者は吐き気を催す存在、なぜならそんな奴らによって、自身は〝ゴジラ〟となってしまったからだ。

 

 名瀬泉は明らかに後者な〝悪女〟だ。

 真城の渉外役が〝事情の説明〟をしたあの時から、澤海は彼女が真城優斗と共謀していると推理していた。

 あの〝穴〟が根拠、博臣の〝檻〟にあれ程綺麗な中和による出口を作れる〝使い手〟が限られる上、目的の為なら肉親でさえ危険に晒せる〝冷徹〟さを有する者となれば、名瀬泉の可能性が一番高かった。

 そして渉外役に対する芝居がかって余裕ぶった態度から、彼女が〝共謀者〟である確信を澤海は得たのだ。

 

「ただ、お前でも計算外だったよな、ミライ君が名瀬の子息(せがれ)らがいる部に入ってたのは」

「否定はできません、あの場に未来もいたのには驚かされました、けれど逆に好都合だとも思いました、だから唯さんの姿に化かせ、この剣を持たせた傀儡を召喚させたのです」

「じゃあ………あれは唯さんじゃなかったの?」

 

 明かされた真実を前に、まともに声すら出せずにいた未来の口が久々に開かれた。

 

「違う、さっきも言っただろ? 俺は唯さんの遺体(なきがら)を真城から取り戻す為に名瀬泉と組んだって」

 

 不可解なくらい多く残された〝証拠〟の数々、あれは優斗が最初から〝犯行は自分〟だと真城に知らしめるべくわざとばら撒いたものであり、〝伊波唯〟に偽装した傀儡も、その一環だった。

 あの場に未来がいたことを利用し、より早い段階で犯人を特定させようとしたのだ。

 

「私は……ずっとあれが恨みを晴らす〝表明〟だと思ってた、だから誰にも話さなかったのに」

 

 ただ皮肉にも、当の未来には誤解――罪悪感から、優斗が〝伊波唯〟を殺してしまった自身を〝恨んでいる〟と言う過った認識を強めさせてしまう結果となってしまった。

 対して澤海は、あのメッセージが〝報復〟ではないと看破していた。

 理由は〝構え〟にある。

 傀儡はあの時霊力の大剣を〝八双〟に構えた。

 あれは、多人数を相手とした防御主体の構え、もし優斗が本当に未来に対し〝恨み〟があり、それを晴らそうとしている意志を伝えるのならば、正眼と言った切っ先を相手に向ける類の構えや、上段と言った〝攻撃的〟な構えを取る筈だ。

 だが、優斗に後ろめたがあり、その彼に殺される覚悟であった未来が勘違いしてしまうのも無理はなく、結局彼女は名瀬の屋敷に招かれた日に秋人へ打ち明けるまでは、頑なに口を閉ざしてしまった。

 

「俺も途中から未来が誤解してしまう可能性に気づき、名瀬泉に無理を言って、あなたがたの目の前で檻を中和させてもらいました」

 

 そうだろうと思ったよ……と澤海は心中で一人ごちた。

 真城を分裂させる計画を確実に成功させるには、名瀬の人間と共謀している疑いを見せてはならない。

 なのに、わざわざ〝檻〟に風穴が開けられる様を見せ、その疑惑をこちらに植え付けたのは、未来がメッセージを誤認してしまった場合の保険。

 現に未来は優斗を庇って固く口を閉ざし、一時共犯の疑いを掛けられていた。あの博打は、それを少しでも薄めさせ、澤海たちに真相を掴み易くさせる意図で行われたのだ。

 そんな気遣いをするんだったら………最初から偽悪的かつ突き放した態度で、栗山未来との関係を絶っておけばよかったんだ。

 やつが何も言わなかったせいで、あの子がここまで苦しんじまったのに………だから一発だけでも殴ってやらなければ気が済まず、先程秋人とともに、彼女の〝嘆き〟を澤海は代弁したのであった。

 

「名瀬家はともかく………真城の保守派は血眼になってお前を狙うぞ」

 

 秋人はここから先に待っている真城優斗の〝運命〟を本人に提示する。

 かつて〝ゴジラ〟が辿った道、誰一人味方のいない、自分自身以外は全て敵となった孤独なる〝戦い〟。

 優斗の首をこの手で取り、献上でもしなければ、永遠に真城家は属国として首輪の縄を握られ、従わざるを得なくなる。せめてそれだけは回避しようと、保守派はどれほどの年月が掛かろうとも、優斗の命を狙い続けるであろう。

 さらに、真城優斗に何かしらの助力を施そうとすれば、真城家だけでなく、その首輪の縄を手にする名瀬とも敵対することになりかねない。

 ゆえに……彼の味方となってくる者はほとんどいない。

 悲願を果たせたと引き換えに背負った、大き過ぎる代償だ。

 

「覚悟はできてます………だからこそ、最後に未来と会っておきたかった」

 

 幼なじみに優斗は、儚さに満ちた笑顔を向ける。

 

「優斗……」

 

 それが余りに、悲しくも晴れやかに映ったようで、声が震える未来は彼の名を呼ぶ以外に掛ける言葉を見い出せずにいた。

 

 

 

 

 

 舌打ちを鳴らしたくなる。

 せめてこいつらには〝別れ〟ぐらいちゃんとさせておこうと思ったが、それすらも許さない下衆な野郎どもがいた。

 そいつらが発する〝殺意〟は不快にもほどがあった。

 俺からすれば、真城優斗からの報復で内部抗争に陥った真城の現状など、自業自得でしかない。

〝同族〟のささやかな幸福を、下らぬ謀略でぶち壊したのだ。

 真城優斗も正直気に入れないが、もしこれ以上、未来との〝別れ〟すら邪魔すると言うのなら―――ヤツの背後に不意打ちを掛けようと飛びかかる〝人狼〟に、構えた指先から熱線弾を放つ。

 妖夢使いに操られた妖夢の血肉が四散した。

 そこでようやく、真城優斗を除き、秋人と未来は、取り囲むように生えている林の中に潜む〝刺客〟たちの存在に気がつく。

 

〝殺してやりたい〟お前らの気持ちは、同感ではある。

 

 しかし奴らは優斗だけでなく、真相を知った自分らにも口封じで殺す気だ。

 その証拠に、殺気は秋人たちにまで向けられている。

 奴らの意志に対し、我ならがら……冷血な笑顔を浮かべた。

 上等だ、向こうがその気なら、相応の〝地獄〟を見せてやるまでだ。

 

 来るなら来い―――完膚無きにまで、叩きのめしてやる。

 

つづく。




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第十六話 – 触れてはならぬ逆麟

VSの個体の筈なのに、GMK並みに怖い……それがうちのゴジラです。
外道な真城一族には、相応の報いを受けてもらいました。


「くぅ~~」

 

 その小さな体格では広過ぎて大き過ぎるベッドの上で、尻尾を枕代わりに丸くなっていた体勢で眠っていた妖狐――マナが目を覚まし、口いっぱいにあくびを吐き、ちっこい手で重い瞼をこする。

 

〝あれ?〟

 

 まだ寝ぼけが残っているせいで、この部屋の主たる澤海がいない状況にマナは疑問符を浮かべるも、段々と頭の眠気が覚めていくとともに、彼がいない理由を思い出す。

 あ……思い出した。澤海は今日彩華や秋人たちと一緒に〝うつろなかげ〟をやっつけに行ったのだった。

 本当は自分も手伝いに行きたかったのだけれど、澤海からは写真館(ここ)にいろと固く言いつけられている。

 マナにだって理由くらい分かる。今は〝凪〟の真っただ中、実はすっごい妖夢な彩華や、〝にんげんのじょうしき〟を紙切れ以下にしちゃう〝かいじゅうのおうさま〟な澤海はともかく、いつもより力が弱まった自分では足手まといだし、うっかり外に出て〝わるいいかいし〟に出くわしたら………その場で退治されてしまうかもしれない。

 彩華の強力な結界が貼られて、〝きょうかい〟から〝きょかしょう〟って許しを得ているこの家が、一番安全であるのだ。

 心配ではある……でもそこらの妖夢よりもずっと手ごわい〝かいじゅう〟と戦ってきた澤海――ゴジラがいるのだ。心配だけどそれ以上に、ゴジラを相手にすることになる妖夢の方が可哀そうと思うくらいである。

 今でもはっきり思い出せる……その昔、自分が初めて見た〝ゴジラ〟の戦い。

 あの時も、今でさえ……相手となってしまった妖夢たちに哀悼の意を示したくなるくらいに………怪獣王の力は圧倒的だった。

 敵となった妖夢らは、文字通り、灰燼に帰したのだ。

 きっと今回も、ゴジラと戦う羽目になった妖夢は総じて後悔し、彼と相対することになった運命を呪うことだろう。

 

〝るすばん……やりぬく〟

 

 それはさておき、留守番するのも大事な役、ちゃんと帰ってくるまで待とうと言い聞かせた。

 

 

 

 

 

〝最後に未来に会えて―――良かった〟

 

 栗山さんへと投げ掛けた言葉は、自らの一族が犯した罪を知り、復讐者の道に進むことを決めた真城優斗に残された〝こころ〟と言えるかもしれない。

 人間味がどんどん消え失せていった真城家への復讐心を発露した時と反して、その笑顔は儚くも穏やかさと慈しみに溢れていた。

 

「優斗……」

 

 幼なじみの栗山さんは、まだ返す言葉が出てこない様で、彼の名を震える声で呟くのが精一杯だった。

 さすがにさっきみたく、二人の間に割って入るなんて真似はもうできない。

 せめて彼女たちの〝別れ〟を、最後まで黙したまま見守ろうとしたその時だ―――真城優斗の顔から笑みが消え、張りつめた眼差しを見せた。

 そして召喚した霊剣を構え、背後に振り向き跳躍しようとしたが………その前に澤海の指先から放たれた〝放射熱弾〟が彼に不意打ちすべく跳びかかってきていた人狼を撃ち貫き、血肉を四散させる。

 今の光景を目の当たりにして、ようやく僕は周囲に生い茂る木々に隠れ潜む妖夢たちの気配を感じ取った。多分数は三十をゆうに超え、しかも完全に僕らを取り囲んでいる。

 

「すみません……撒いたつもりだったのですが」

 

 十中八九……真城優斗の首級を取ろうしている真城の保守派の連中。上手いこと気配を消して、優斗の様子をずっと窺い……隙を突いて不意打ちを掛ける魂胆だったのだろう。

 しかしそれは澤海によって失敗し、彼がおらずとも、さっきの様子から優斗は奇襲をしてきた人狼を返り討ちにしていたのは明白だった。

 優斗は大剣を八双に、栗山さんも目尻の涙を拭って、異能の制御装置でもある指輪を嵌めた右手から流して血の剣を正眼に構えをとった。

 彼女の闘志は幼なじみを〝助けたい〟想いもあるのだけれど……自分の身に迫る〝危険〟から身を守ろうとする防衛本能も少なからずあった。

 なぜかといえば………人狼たちから発せられる殺気は、真城優斗だけでなく、僕らにまで向けられていたからだ。

 理由なら僕にも把握できている。

 僕たちは、真城優斗の復讐と、それにより起きた真城家の内部紛争の原因になった〝伊波唯の死〟が〝謀略〟によるものだと知ってしまった。

〝真相〟をこれ以上漏らせまいと、真城は僕たちの〝口〟も封じようとしている。

 必死であることは理解するものの……今回は相手が悪すぎたと言うしかなかった。

 なぜ? かと言われると―――

 

「全く……よほど死に急いでいるらしいな」

 

 澤海――ゴジラがとても笑えないブラックジョークを口走って、嗤う。

 そう、理由はこの場に〝彼〟もいると言うことだ。

 顔こそ不敵ならがも笑みを形作ってはいるけど………全身からは怒りの波が吹き荒れ掛かっていた。

 先の発言から踏まえても、彼は優斗その人には敵意を示していたものの、栗山さんにとって大切な〝幼なじみ〟であることは認めている。

 この再会が、同時に二人の永遠の別れでもあると理解もし、彼なりに見守ろうとしていたのは間違いない。

 なのに真城の妖夢使いたちは、非情にも、無情にも〝別れ〟の時間に横槍を入れてしまった。

 僕の知る限り……〝再会〟と〝別れ〟を邪魔することは、彼の〝逆麟〟に一番触れてはならない部分だ。

 もうほんの少しの間………根気よく待っていればよかったのに。

 

「本当なら俺が引きつけている間に逃げてほしいんだけど……」

「いや……優斗を残して逃げるなんて………だから私も戦う」

 

 一方、幼なじみの申し出を、栗山さんは跳ね除けた。

 無論、優斗は彼女のことを想って催促している。しかしだからって〝はいそうですか〟と逃げ出す程、栗山さんは薄情でも非情でもなかった。

 それにまだ半月ほどの付き合いな僕でも、栗山さんの意志の固さ、頑固さはよく知っていた。

 

「分かった……」

 

 長い付き合いな優斗も折れたようで、顔に苦味と憂いを見せながらも了承し、僕と澤海に視線を向けてきた。

 

「心配ないよ……体の丈夫さだけは誰にも負けないからね」

 

 どの道、虚ろな影も近くにいる以上、逃げ出せない。はっきり言って僕はお荷物だけど、足を引っ張らないくらいくらいはできる。

 

「実は真城(やつら)にお灸を据えたかったんでな………付き合ってやるよ」

 

 合間に唸り声を交えながら、平時より低いトーンで澤海も応えた。

 目つきは完全に〝ゴジラ〟そのもの、対峙した相手に絶望の淵へと叩きこむ〝眼差し〟だ。

 

「その言葉―――今は甘えさせて頂きます」

 

 優斗がそう応じた直後だ。

 彼の一言が〝合図〟だったのか、澤海と優斗の二人はほぼ同時に人狼の群れの渦中へと飛び込んでいく。

 澤海は構えた指先から〝放射熱弾〟を連射。

 優斗は霊剣を下から切り上げ、衝撃波を飛ばす。

 不可視の荒波と、青く輝く光弾の雨で、一度に計10体の人狼が屠られた。

 陣形の秩序を崩した優斗は肉薄し、横薙ぎの一刃で四体を切り裂く。

 

 澤海も、握り拳から熱線を半固体化させた〝爪〟を三対伸ばし、ゴジラが持つ重厚だが鈍重そうなイメージを打ち崩すほどのスピードで斬り込んだ。

 荒々しさに溢れながら、ブレを一切見せない体捌きで、綺麗に円を描き、チェレンコフ光色の刃は、血すら流させず、敵たちの首や顔や頭を軽やかに焼き切った。

 爪の舞いの合間に、素早くも重々しい蹴りと、手の甲からの裏拳と、エルボーも繰り出される。

 学校での襲撃時のとは違い、彼は完全に敵を〝殺す〟戦いをしていた。

 その証拠に、どの攻撃も〝生物〟の急所――首から上へ躊躇わず当てに来ている。

 人間の姿でも、G細胞は澤海の筋力を強化させている。振るわれる打撃は何のエネルギーを纏わずとも、妖夢たちの頭部を粉々にしていった。

 脳さえ無事なら思念操作は続行できるので、確実に仕留めなければならないのもあるが、ゴジラの敵と見なした者への容赦のなさを窺わせた。

 ゴジラの猛威に翻弄される人狼たちだが、彼らは圧倒されてばかりではいられないとばかりに、一体が背後から澤海を羽交い絞めにする。

 そこから数の暴力で追いつめる気だろう。

 とは言え、澤海も敵の思うようにさせる気はない。肩を大きく捻らせ、捕縛していた一体を投げて地面に叩き、素早く腕を掴みあげると周囲に振り回し、接近していた他の人狼らをけん制した後、そのままもう一度大地に叩きつける。

 その間に、四体が迫りつつあったが、澤海は横の軌道で振るわれた蹴りから、熱線エネルギーの刃を飛ばし、それらを両断した。

 彼の剛腕に投げ伏せられた一体が、どうにか起き上がろうとする、しかし澤海はそれを許さず、エネルギーを帯びた右足で腹部へと獰猛に蹴り上げた。

 飛ばされた一体はそのまま四散する。そこから先の蹴りの際注入されたエネルギーが、無数の小振りながらも鋭い〝棘〟となり、熱線の散弾が五体をハチの巣にした。

 振り向き様にもう一体の顔面を右の正拳で破砕し、左手の指を森の中へと向け、熱弾を放つ。

 どさっ――と何かが落ちて、骨が砕ける音がした。

 額に穴の空いた背広姿の男、真城の術者……その者は澤海の正確な射撃で、何が起きたのかも分からぬまま、即死していた。

 飛び回る戦闘機すら撃ち落とせる彼にしてみれば、木々に隠れた人間を一発で絶命させるなど、造作もないのだろう。

 

 優斗も群れる妖夢へと果敢に斬り込み、大剣の長所をフルに生かし、一振りで複数の人狼を切り捨て、包囲網を崩していく。

 彼も枝葉の渦中へと斬撃を放った。情けない悲鳴を上げて、もう一人の背広な妖夢使いが落ちてきた。肩には衝撃波で裂けられた傷が見える。

 

「こ……殺さないでくれ! 話せば―――」

 

 情けなく命乞いをした妖夢使いの左胸(しんぞう)を、優斗は霊剣で突き刺した。

 明らかに、人狼たちから―――正確にはそれを操る術者の焦燥が僕の目でも読みとれる。まさか術者に直接攻撃を仕掛けてくると考えもしなかったらしい彼らは、安全な場所から引き摺り下ろされたも同然だった。

 

「優斗!」

 

 別の地点で人狼を相手にしていた栗山さんが叫ぶ、敵の矛先が優斗へと重点的に集中していったからだ。

 

「行け、俺のことは気にするな」

「はい!」

 

 澤海の後押しを受けて、彼女は少年異界士の下へと駆け出した。

 けれど敵も、陣形を整え直して、栗山さんの行く手を阻む。

 

「邪魔だ!」

 

 普段の物腰からは想像もできない荒い怒気を放ち、リミッターたる右手のリングを外して、自らの異能を解放。

 

「退け!」

 

 真紅の剣から迸る血飛沫、生物の体組織を蝕み、死を齎す血を浴びた人狼たちは、付着した部分から煙を上げ、同時に苦痛の絶叫を上がると、その命は果てていった。

 妖夢の死骸の海を走り、ようやく栗山さんは優斗の元へ辿り着く、彼は少々軽傷を負った程度でまだ健在だ。

 彼女の胸の内には、優斗が無事であることに対し、安堵の気持ちがあるのは僕にも分かったけど、それを顔に出す暇もないのも理解していた。

 澤海たちがあれほど倒したのに、次々と新手は現れ、二人は辟易とした表情を見せていた。

 

「長期戦に持ち込まれたらもたない……」

 

 特に血を消費する栗山さんにとって、これ以上戦闘時間が伸びるのは一番芳しくない。

 

「そろそろ飽きてきたからな、纏めて片づけてやる」

 

 澤海の声色が、さらに低く重くなった。

 さきの言葉を吐いた直後、彼の全身から青い〝波動〟が迸り、周りの大気を荒ぶらせる。瞳も同色に輝き出した。

 擬音に変換すると〝じりじり〟と聞こえる放電に似た轟音が響いてきて、広げた右の掌には、光が集束していく。

 

「巻き添え喰らいたくなかったら―――」

 

 僕はその姿から、背びれを発光させるゴジラを連想させた。

 

「―――伏せろ」

 

 間違いない……彼は――ゴジラは〝撃つ〟気だ。

 体から放出されているのは、体外に排出される余剰エネルギーに他ならない。

 真城の術者も、漠然とながら何が来るのか察したらしく、人狼を引かせようとした。

 

「散れ」

 

 左手に掴まれた右腕は振り上げられ、掌へ光がさらに集い、一気に振り下ろすと同時に―――目が眩むほどのバースト現象から、極太の熱線が放射された。

 射線状にいた人狼は瞬く間に呑まれる。

 優斗は栗山さんの肩を抱いて伏せ、僕もしゃがみ込んで頭を丸めた。

 それを見止めた澤海は、熱線を照射したまま、ほぼ360度―――奔流で薙ぎ払う。

 チェレンコフ光色の熱線が通り過ぎた木々は爆音とともに爆炎を上げ、人間の痛々しい悲鳴も上がる。

 熱線が照射し終える頃には、僕らを囲もうとしているが如く、火柱たちが30メートル以上の高さにまで舞い上がった。そこから炎が一気にしぼんでいくものの、それでも薄暗い昼の森を、燃えあがる火が照らした。

 さっきの悲鳴は、熱線に巻き込まれた妖夢使いの断末魔で間違いない。

 彼らは恐らくこの時初めて………僕も改めて………戦慄した。

 ゴジラの脅威ってやつを。

 澤海はたった〝一発〟で、戦況を一変させてしまったからだ………たとえ彼に対する〝友情〟は消えずとも、わなないてしまう。

 さっきまであれ程いた人狼の気配は、消え失せ……再度攻めてくる様子はない。それどころか火の奥から、奇声を上げて逃げていく妖夢使いの姿が見せた。

 無理もないか、ゴジラの〝規格外〟さを直に見せつけられては、真城優斗を撃ちとる目的さえ正気と一緒に消し飛んでしまう。

 僕は熱線が放射された右手をスナップする澤海に近づいた。

 

「怪我は?」

 

 すると、いつもの様子で澤海がそう聞いてくる。ほんと……二面性が激しいと言うか、掴みどころの分からない奴だ。

 でもそのお陰で、一度は心を埋め尽くした戦慄は和らいでいく。

 

「大丈夫、僕も栗山さんたちもどうにか免れたから………でもこの火どうするんだ? 今日はマナちゃんいないのに」

 

 とは言え、さっきの熱線の残り火はまだ活動を続けていた。

 このまま放っておけば、下手すると大規模な山火事になりかねない。

 

「あ、それならアヤカの作ったのが」

 

 そう言うと澤海は内ポケットから、何らかの紋様が描かれたお札を取り出すと、それを空へ目がけ、思いっきり放り投げた。

 お札は上空にて発光したと思うと、突如としてどしゃぶりクラスの雨が、火の上がる箇所のみに降り注ぎ、水玉の猛攻によって、火の勢いはどんどん弱まっていった。

 後で聞いた話だが、あの札は彩華さんがお手製の、鎮火用に雨を降らす効果を有したお札らしい。〝火〟に関連した〝異能〟を使う澤海には、ある意味欠かせぬ一品であった。

 いかな怪獣王でも、異界士な以上後始末も少しはしておかないとならない……と言うことだ。

 

「ちっ、まだ残ってるのがいたか」

「え?」

 

 澤海の視線の先へ目を移すと、背広服が焼け焦げ、顔にも痛々しく火傷を負った術者が仰向けに後ずさっていた。

 そして、栗山さんがその男と正面から相対している。

 

「た……助けてくれ! 俺はただ命令されただけなんだ!」

 

 男は恥も外聞もかなぐり捨てて………血の剣を持ったメガネの美少女に命乞いをする。

 僕は、栗山さんの哀しみに覆われた横顔から、読みとれてしまった。

 今の術者の一言が、彼女の〝逆麟〟に触れてしまったと。

 

「あなたたちのせいで………唯さんは………優斗は………それなのに………あなたは―――あなたたちは!」

 

 血の剣を振り上げる。彼女の瞳は、人狼と戦っていた時の澤海のものよりも、冷たさを有していると……僕の瞳にはそう映った。

 

「栗山さん!」

 

 たまらず僕は駆け出し、ギリギリ刃が術者の体を裂く寸前のタイミングで栗山さんに体当たりを掛ける。少しやり方は強引だったけど、こうでもしないと間に合わなかった。

 

「先輩……」

 

 まさか僕に押し倒されると思わなかった栗山さんは我に帰った様子で僕を見つめる。

 

「バカ野郎!」

 

 僕もらしくなく、ドスを利かせて罵声を放った、

 確かに……真城一族は栗山さんと優斗のささやかな〝幸福〟を奪った………それなのに、彼らは全くそのことに対して〝罪悪感〟を一欠片も持ってはいない。さすがの僕でも、澤海――ゴジラに情け容赦なく殺されても、それぐらいの罪を犯したと考えてしまう。

 

「栗山さんにまで手を汚してほしくなかったから……あいつは今日まで真実を告げなかったんだろう? その努力を無駄にするな!」

 

 一転して、弱弱しい眼差しになった栗山さんを目にして、膨れ上がった激情がしぼんでいった。

 

「ごめん………でも栗山さんが、手を下すべきじゃない……絶対に」

 

 謝りつつ、彼女に手を汚してほしくない僕の気持ちも打ち明ける。

 伊波唯を殺してしまったことに、ずっと罪悪感に苛まれていた彼女のことだ……たとえ自分らの幸せを壊した元凶でも、手を掛けた己に苦しむのは、目に見えていた。

 そうして頭が冷えたところで、この状況は非常に不味いと行きあたる。

 僕の油断を突く形で、男は僕を蹴り上げ。

 

「死ね!」

 

 そのまま横たわったままの栗山さんの頭に拳を叩きつけようとした。

 

「がぁぁぁぁぁーーー!!」

 

 が、その前に男の右腕が、肘からやや上の部分から切断され、情けなく喚き上げた。

 

「とことん性根が腐ってるらしいな」

 

 澤海が〝爪〟で切り裂いたのだ。

 

「腕が―――腕がぁぁぁぁぁーーー!」

 

 断面は火傷で焼けただれており、激痛で完全に理性を失った術者は、必死にその場から逃げようとするも、それを逃がさぬ者がもう一人――優斗。

 復讐鬼と化した彼の一閃で術者の脚は両方とも奪われ、うつ伏せに倒れ込む。それでも残った腕で前進するも、出血多量の影響か……ほどなく死に絶えた。

 その死にざまは哀れさを誘うものであったけど、僕はとても同情できなかった。

 経緯を踏まえれば……こうなってしまったのは、因果応報としか言いようがない。

 よりにもって、謀略なんて方法で成り上がろうとし、同じ血を持った同族を復讐鬼になどさせなければ、こんなことにならなかったのだから。

 もうこれ以上真城一族によって時間を割くわけにはいかない。

 定刻まで、もう少し時間があるけど。

 

「急ごう」

「はい」

「ああ」

 

 僕たちは本来の目的(レール)へと移ることにする。

 

 そう―――〝虚ろな影〟の討伐だ。

 

つづく。

 



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第十七話 – The Godzilla's Violence

読者の皆様は思い知るであろう、前回の彼の暴れっ振りは実は前座でしかなかったと言うことを。
本家の映画の公開まで待てない、荒ぶる破壊神を存分に味わいたい方、今回の話には存分に詰まっておりますのでどうぞ。

その興奮を遠慮なく感想に書いても構いませんので。


 最初は真城の奴らが操る人狼どもとの戦いも、それなりに楽しんでいた。

 だが屠った数が増える度、直ぐに飽き飽きとしてきた。

〝骨〟がいくらなんでも無さ過ぎる。最初から失敗前提で襲撃してきた真城優斗の操る妖夢どもの方が、ずっと手ごたえがあったと言うのに、やつらの操る人狼は余りにも情けなかった。

〝得意分野〟でさえこの体たらく、よくそれで長いこと妖夢退治が続けられたものだと、逆に感心するほどに落胆する。

 その癖次から次へと新手を投入してくる性質の悪さ、これから〝大物〟を狩りに行く身からすれば、うざいことこの上ない。

 だから格の違いと一緒に―――〝一発〟お見舞いしてやった。

 

〝アトミックバースト〟

 

 通常のよりも多くエネルギーを生成しつつ、それを四方から圧縮、圧迫させ、発射時一気に解放することで、より強力かつ攻撃範囲の広い熱線を放つ、こちらの世界で、新たに編み出した熱線の一つだ。チャージに時間は掛かるが、群れる相手を纏めて焼き払うには持ってこいの技である。

 凪の真っただ中なので、せいぜい火柱が30メートルくらいしか上がらない威力に留めていたが、あの腰ぬけどもには効果抜群であり、奔流を受けたものどもらは灰も残らず消え失せ、どうにか直撃を免れた妖夢使いは、それはもう情けなさの極みな奇声を飛ばして逃げていった。

 これで俺や秋人たちの口まで封じようなんてバカな真似はしないだろう。

 伊波唯の死の〝真相〟を公表して真城を失墜させる気などさらさらない、俺にとっては奴らの運命に全く関心を持たなかった。

 しかし、これ以上こっちにも喧嘩吹っ掛けるなら………真城を〝根絶やし〟にする気はあった。

 たとえそうなったとしても、名瀬に唾を吐いた今となっては、誰一人として同業者たちは同情の意は示さない。

 俺からしてみれば、腰抜けな一族としては相応しいにも程がある末路だがな。

 本気ではあったが、現実になることはないだろう。

 あのチェレンコフ光色の熱線を実際に目にして尚生き残った腰抜けの末端は、幹部どもへ自らの体験を過度に装飾して語り、それを聞いた上の奴らは名瀬以外に逆らえぬ存在を作ってしまったと絶望するに違いない。そんな連中が、俺にまた喧嘩売る根性など、持ちようがない。

 けど、〝もしも〟本当にそうなった時は―――完全に叩きのめしてやる。

 どんなに泣き喚いても、許しはしない。

 それこそ〝友達(ダチ)〟にまで手を出そうものなら―――楽に死なせはしない。

 一応、そうはならないよう内心祈りつつ、先に来ている手筈な彩華たちと合流することにした。

 

 

 

 

 

 澤海――ゴジラの熱線で大きく抉れた〝痕〟の隅を横切って、本殿の社の方へと走りゆく僕たち。

 

「待て」

 

 もう大分……50メートルは切った辺りで、澤海は突如足を止め、僕らにも止めるよう端的に促した。

 

「だから言わんこっちゃねえ……」

 

 何やら毒づきつつ、彼は何歩か進んで僕らの前で立つと、その全身は先の熱線と同色の光に覆われた。

 光はおよそ15メートルまで大きくなり、それらが一瞬の閃光で散ると………そこにはごつさのある背びれを生やした後ろ姿が。

 ゴジラ―――本来の姿となった澤海の雄姿であった。

 スクリーンの奥の彼よりもずっと小振りだと言うのに、間近にいるとその威圧感は本当に半端ない。少しでも気を抜くと………そのまま腰が砕けそうだ。

 心理学では、今のゴジラくらいの大きさの方が、巨大感を覚えると聞いたことはあるけど、この圧倒される感覚は、間違いなく〝彼〟自身から齎されているものと確信できた。

 それは栗山さんも真城優斗も同様らしく、言葉も出ず、瞬きすらも忘れて、その漆黒の巨体を見上げている。

 なぜ彼がいきなりその姿を現したのか――

 

〝来るぞ〟

 

 聞き出しそうになる前に、脳裏に彼の〝声〟が鳴り響いた。

 栗山さんたちにも聞こえたようで、二人は直ぐに各々の得物を構えて臨戦態勢をとり、ゴジラもやや前屈み気味となって唸り声を上げる。

 直後、荒れ果て、いつ崩れ落ちてもおかしくなかった本殿の社の屋根が、内側から―――突き破る、絶えず流動する黒い無数の霧状で肉体が構成された、大きな〝影〟が一つ。

 

〝虚ろな影〟

 

 社から跳び出し、大きく地面を揺らして着地した妖夢は、咆哮を上げる。

 

「ガァァァァァーーーーーオォォォォォォォ―――ン」

 

 応じる形で、ゴジラも天地裂かんばかりの低く重々しいあの〝雄叫び〟を上げ、文字通り大地を震撼させた。

 スクリーンでの〝彼〟と異なるゴジラの青い目と、虚ろな影の不安を煽る色合いな赤い目から発せられる〝殺気〟が虚空にて衝突する。

 

「彩華さんは大丈夫でしょうか?」

「無事だと思うけど……」

 

 巨獣同士の死闘が起きるのも時間の問題の中、先に現場(こっち)に来ている筈の彩華さんの現状が気がかりだった。

 けどそれ以上に、目の前の猛威は膨れ上がる。

 虚ろな影の体の一部分が膨れ上がったかと思うと、霧が分裂し、離れた霧は本体より遥かに小振りな全高さ2メートルほどの〝分身〟となった。

 分身を生成する工程は一回で終わらず、あらゆる部位から同様の現象で、虚ろな影が増えて行く。

 それをただ眺めるゴジラではなく、彼の口から〝放射熱弾〟が三発発射、三発とも小型の分身に直撃し、霧は四散して消滅する。

 

「先輩は彩華さんを見てきて下さい!」

「お……おう」

 

 ゴジラの先手が合図となり、栗山さんと真城優斗は得物を手に斬り込んでいった。

 相対するゴジラと本体の虚ろな影も、地面を大いに揺らして互いの距離を詰め、その巨体を激突させた。

 大型妖夢がゴジラたちに気を取られている内に、僕は屋根に風穴の空いた本殿の中へと走って入り込み、彩華さんを探そうとした矢先。

 

「彩華さん!」

 

 今日は黒色の着物姿な彩華さんの姿が目に入った。

 見れば彼女の背部から、ふさふさとした九つの狐の尾が生えている。

 

「お互い凪は難儀やね……」

 

 京言葉で装飾された声からは少々疲労の色が見え、額からは赤い液体が一筋流れていた。

 

「何があったんだ?」

「一緒に討伐に来てた異界士たちが殺気立ち過ぎたもんやから、それを虚ろな影に気取られて襲撃を受けたんよ………どうにかうちがさっきまで動きを封じとったんやけど、とうとう振り切られてな」

 

 ああ……それでさっき澤海が〝言わんこっちゃねえ〟と言ってたのか。

 母からの手紙が来た日に、最近外来の異界士が多く来ている状況を僕に説明した時、澤海は彼らに対して〝気張り過ぎだ〟と愚痴ていた。だから虚ろな影が自らを討伐しようとする異界士たちの存在を先に気づいたと、直感的に察したのだ。

 それはそうとどうする? 外に出れば群れる分身が待ち構えているし、かと言って老朽化著しく、本体が屋根を突き破ったことでいつ崩れ落ちてもおかしくない。

 僅かな思案の時間さえ、虚ろな影は与えようとしない。

 屋根の風穴から、分身が一体跳び下りてきた。

 

「こぉぉぉの!」

 

 がむしゃらに黒い影へと突っ走り、僕はタックルをかます。勢い余って分身ごと壁を突き破り外に飛ばされた。

 体が地面を転がる。状況が状況なだけに、どうにか回る勢いを利用して起き上がった。

 

「先輩!」

 

 栗山さんは張りつめた声音で僕を呼ぶ………他の分身たちが一斉に飛びかかっていたからだ。

 どうにか網から逃れる脱出口を見い出そうとするけど、間に合いそうにない。

 が、その分身らは、僕を襲うその前に―――突如中に現れた水色な半透明のキューブに閉じ込められ、キューブ内部の〝空間〟が圧縮されたことで奴らは一斉に押し潰された。

 あの水色のキューブは間違いなく……鑑賞結界の極みである――〝檻〟。

 

「アッキー!」

 

 宙を飛びながら華麗に分身を倒していく美貌の異界士が、檻の力で武器化したマフラーで二体を切り裂き、僕の前で着地した。

 

「手は出さないじゃなかったのか?」

 

 彼に対し、僕は少々皮肉に物を言う。真城一族との協定で、名瀬は今回の〝真城優斗〟に関係する事態には手を出さないことになっていた。

 自分より一つしか歳が違わないながら名瀬の幹部でもある博臣の行為は、下手をするとそれを破ってしまうものだ。異界士間の外交的問題に疎い僕でも、それぐらいは理解している。

 

「俺はただ、〝虚ろな影〟絡みの依頼を受けて来ただけさ」

 

 檻の力で〝鞭〟と化したマフラーを、その美貌に違わず美しく鞭捌きで振り回し、漆黒の影たちを両断しながら、博臣はそう答える。

 確かに、〝真城優斗〟には手を出せずとも、依頼と言う名目があれば、名瀬の領有地にいる状況もあって〝虚ろな影〟に乗り出すこともできなくはない。

 

「誰から?」

「私よ!」

 

 誰か?と問うた直後、その依頼主当人たるレディーススーツの女性が派手に飛び蹴りを影達にかまし、派手にスライディングして降り立った。

 顧問のニノさんだ。

 そういえば彩華さんが何やら〝助っ人〟も呼ぶと言ってたけど、どうやらそれは彼女だったらしい。

 

「もうちょっと早く来るべきだったかしら?」

 

 彩華さんに軽口叩きつつ、重力プレスで一度に敵を圧砕させる。

 

「気にせんでええよ………予定を狂わしてしまったんはこっちやから」

 

 どうも流れを見るに、彩華さんたちの異変を察した助っ人のニノさんが、博臣に依頼を持ちかけたようだ。

 でも………文芸部顧問からの依頼を受けなくても、博臣はこの場に来ていたかもしれない。

 

〝俺達は友達でもなければ仲間でもない、休戦しているだけだ〟

 

 過去何度となく、美貌の異界士からこんなドライな言葉を受けてきたけど、でも彼も、そして美月も―――〝根〟は決して〝人情〟を捨てていないタイプの人間であることは、この三年の付き合いで知っていたからだ。

 何にせよ、博臣たちが助っ人に来てくれたのは心強い。

 栗山さんも優斗も、凄腕の異界士ではあるけど、二人だけで賄うには数は多過ぎるし、分身の増殖率も速い。

 打破するには………本体をどうにかしないといけないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 虚ろな影本体と、ゴジラは真正面から巨体を押しあっていた。

 どちらも譲る気は全くない様子ではあるが、パワーではゴジラの方が勝っているようで、どんどん彼は影を押し通していく。

 実体を持たないとされる〝虚ろな影〟は、このように触れることは不可ではない奇妙な性質を持っていた。

 ゴジラは頭を屈ませ、そのまま影の顎の部分を打ち上げ、そのままエネルギーを噴射による推進力を乗せた尾の横薙ぎの一撃をぶつけた。

 打ち飛ばされた虚ろな影は、一度は大地に打ちつけられながらも体勢を立て直し、赤い目の下に同色の口を開けたかと思うと、血の色をした妖力が集まって行く。

 受けて立つとばかりに、ゴジラも背びれから、〝稲妻〟混じりの光を断続的に発した。

 

 虚ろな影の砲口(くち)からは暗い真紅の光線が。

 

 ゴジラの砲口(くち)からは、マゼンダ色の稲妻が螺旋状に巻き付かれた回転する熱線が放射された。

 

 双方の〝飛び道具〟が真っ向から衝突、閃光を幾度も閃かせて押しあう両者であったが、ゴジラの方が上手だったのか、ライフリング付きの銃で放たれた弾丸よろしく回転する熱線は、敵の光線を削りながら突き進み、ついに完全に押し切った。

 

〝アトミックスパイラル〟

 

 ゴジラが前世から使っていた技の一つで、チャージに少々時間を掛けつつ、渦を巻かせながら放つことで、射程距離の長さと命中率と貫通力が向上されていた。

 螺旋状の熱線は、頭部と一体になった影の背部を大きく抉らせ、焼いた。

 痛覚もあるようで、虚ろな影は大きく口を開かせて悲鳴たる奇声を上げる。

 一見すれば大ダメージを与えたかに見えるが………そこは実体なき妖夢、熱線で焼かれた部位が、あっという間に元に戻っていく。

 唸り声と一緒に、ゴジラは舌打ちを鳴らした。

 やはりこいつをどうにかして倒すには………本体の中心に存在している筈のコアを叩くしかない。

 しかし、それを覆う黒い霧はこちらが目に入る以上に高密度の域でコアを覆っている。いくら撃ち込んでも、分厚くダメージを受けない霧が阻みとなって中心部まで届かないのだ。

 これが討伐困難と言われ、過去多くの異界士をあの世行きにした謂われの一つだった。

 あの霧の脅威が防御に止まらない。

 地面へ四足で立たせていた右の前腕が、自身の胴体に匹敵する大きさにまで肥大化、そのまま自らの体長よりも遥かに腕は猛烈な速度で伸長し、ゴジラの胴体へと正拳を見舞う。

 人間体の時より機動性が犠牲となってしまう本来の姿では正面から受けざるを得ず、霧でできたものとは思えぬ重い打撃に後部へと吹き飛ばされそうになるゴジラ。

 彼は必死に両足を踏ん張らせ、屈みつつ大地へ熱線を吐いた。

 それが推進ジェットとなり、漆黒の巨体が飛び上がる。

 その身でアーチを描きながら、お返しに放射熱線を発射し、虚ろな影の背部にぶち込み、続けて自らの体重と落下速度を上乗せした尾による鉄槌を撃ち込んだ。地表が衝撃で幾重にもひび割れ、土の粉塵が飛び上がって舞い、クレーターが形作られた。それを作った主は足裏からエネルギーを放出して40メートル近くまで跳躍し、相手の背後に回る形で降り立つ。

 虚ろな影の背部には風穴が空き、尾の一撃もあって一時はふらついてはいたものの、やはり霧は流動して元の形へと再生し、何事もなかったが如く四足で立ち上がった。

 

 凪の影響を受けて尚この脅威………やはり〝大物〟としての名声は伊達では無いと、ゴジラは痛感した。

〝定刻〟までまだ時間がある………最低でも彩華の手筈で〝奴〟が来るまでは―――持ちこたえておかなければならない。

 無論、ゴジラには〝その程度〟で済ます気はなかった。

 この〝影〟に一泡吹かすとしたら―――

 

 虚ろな影がゴジラへと血色の目を見据えると、四足を引っ込ませた。

 蠢く霧の体表の動きが、せわしくなる。

 ゴジラは直感的に、奴が何を繰り出そうとしているか悟り、背びれを光らせた。

 影の全身から、夥しい数の〝触手〟が、生えたと同時にゴジラへと迫る。

 熱線で薙ぎ払う? ダメだ………バラと人間とG細胞で生まれた〝分身〟の触手の比じゃない。

 彼の口から、放射熱弾が連続で放たれた。

 光球たちは、触手たちとの相対距離が半分を切った瞬間、無数の小さな散弾に分裂した。

 小型の光弾たちは、ある種のミサイルチャフと化し、先陣の触手を迎撃して四散させる。

 それでも厚い熱弾の弾幕をすり抜け、肉薄した触手たちは、ゴジラの両腕、両脚、首に口さえ縛り上げた。

 当然振りほどこうとゴジラではあるが、いくらその怪力で引きちぎっても、新手の触手が彼の体を捕縛してしまう。

 これ以上の抵抗はさせないとばかり、虚ろな影は全身をスパークさせると、触手を伝ってゴジラの体に電流を流しこんだ。

 いくらゴジラでも、痛覚と無縁ではない全身の神経が電流で激痛を上げる。

 さらに虚ろな影は、口から先の光線を発射、その上新たに触手をいくつも生み出すと、それらの先端から同色の光弾を一斉に乱れ撃つ。

 電流と光弾と光線による三重の猛攻を前に、さしものゴジラも苦痛の呻き声を上げ、周囲は閃光と爆発が幾度も起きて炎が舞い上がった。

 ここまで防戦に追い込まれているのも拘わらず、ゴジラは絶対に膝を地上に付けようとしない。

 彼の尋常でないタフさに苛立ち始めたのか、触手で縛り付けたまま、強引にゴジラを持ち上げ、勢いよく森が茂る地表に頭から叩きつけた。

 次に、そのまま影は高くほぼ垂直に翔け上がり、何度も……何度も何度も何度も、その身で横たわるゴジラに叩きつける。

 そして………これが〝トドメ〟だとばかり、宙に浮きあがった虚ろな影は、曲りなりにも固体に近い体を完全なる霧状にして、自身よりも漆黒な怪獣へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 黒煙にも似た霧が、ゴジラの体へと入り込もうとしている。

 それが虚ろな影が〝憑依〟しているのだと理解するのに、一秒も僕は掛からなかった。

 さすがに多勢に無勢、数が多過ぎることもあって、僕たちは一旦博臣の貼る檻の内部に退避している。

 当然、分身たちはそれを破壊しようと、ある者は体当たりをし、ある者は口から光線または光弾を吐いて攻め立てくる。

 博臣の使い手としての技量の高さと、彩華さんが結界の強度を上げてサポートしてくれるお陰で、今のところは破られずに済んではいるけど、じり貧に追い込まれて二人の体力が限界に来れば………最悪の事態になるのも時間の問題だった。

 

「優斗!」

 

 そんな中、真城優斗が地に刺していた霊剣を抜き、歩み出そうとして……栗山さんがそれを止める。

 

「彼は憑依されかけている、いくら未来の先輩でも……乗っ取られない保障はない」

「だけど!」

 

 と、発した彼女は俯いて、口を固く紡いだ。

 巨獣同士の戦闘を見る限りでは、明らかに虚ろな影の方が有利であり、栗山さんは幼なじみの発言が正論だと分かっていながらも、ローブを掴んだ手を離そうとしなかった。

 やがて、その幼く歳相応よりあどけないメガネを掛けた顔を、強固に引き締めさせると、いつもは指輪を嵌め、包帯が巻かれた右手を翳した。

 

「待って!」

 

 僕はその手を掴んで止める。

 

「先輩……でもいくら黒宮先輩だって………あれに、憑依されたら」

 

 メガネの少女は恐れている。僕の友が……伊波唯と同じ運命を辿るかもしれないと。

 そしてあの惨劇を繰り返すまいと、完全に意識が取り込まれる前に、虚ろな影を追い出すべく、自身の血の刃を―――突きたてようとしていることを。

 

「大丈夫、そうはならないよ」

 

 僕は栗山さんが抱く〝恐れ〟を、真っ向から否定した。

 僕は知っている………今は〝友達〟でもあるあの〝怪獣の王〟が、どれ程規格外の存在であるかを。

 実際に間のあたりにしてきたからだ―――彼の〝神〟に等しき脅威なる力を、昔この目で。

 

「言っただろ? あいつは僕たちの常識を〝破壊〟するって」

 

 揺るぎない確信を以て、僕は彼女に告げた。

 

「神原君の言う通りやね………あれを見て」

 

 彩華さんが細く綺麗な人差し指を差す。

 僕らはその方角へと目を移した。

 今まで大地に伏していたゴジラが立ち上がる。

 彼の巨体の周囲には、黒い霧が漂っていたが、様子がおかしい。霧の動きに統一性がなくまばらだ。

 僕の目からでも………容易に読みとれた。

 明らかに虚ろな影は、苦しんでいる。

 一方で、ゴジラはと言えば―――そのハ虫類型で二列の鋭い歯を生やした顔を〝笑み〟に形作っていた。

 

 背びれが眩く点滅し、彼の口からも閃光が発せられたその瞬間―――彼の全身から全方位に向けて熱線のエネルギーが放出された。

 

 あの光こそ、彼が危機を打破する起死回生の切り札に他ならなかった。

 

 同時に、檻を攻め込んでいた虚ろな影の分身たちが、一度に消失した。

 

 

 

 

 

 体内放射―――生成した熱線を口から発射せず、全身から放つ逆転の一手。

 憑依しようとした虚ろな影は、その衝撃波を諸に受けてしまい、慌てて体外へと逃れ、距離をとった。

 先程に比べると、体躯は明白なまでに、分身クラスにまで小さくなっている。

 しかも胴体に当たる部分の内部からは、血色に発光するものがあった。

 あれこそが奴のコア―――真の〝本体〟。

 ゴジラに憑依した際、虚ろな影は彼からの逆襲を受けたのだ。

 G細胞は浸食しようとする〝外敵〟に攻撃を開始、侵す側の筈が、逆に侵される側となり、コアも含めた体組織は〝逆襲〟によってズタズタに破壊されていく。

 そこにほぼゼロ距離から〝体内放射〟を受けたことで、致命的に弱まってしまった。再生しようにも、〝凪〟の効力が邪魔をし、遅々として進まない。

〝王〟は奴に向け前進する。あれ程の攻撃を受けながら、疲労の色すら見せず、悠然と、豪然と、大地を震えあがらせた。

 それは虚ろな影も同じであった。

 小さく弱体化した体は、威圧感に満ちたゴジラの巨躯を前に、恐怖で震えていた。

 当たり前だが、いくら〝敵〟が戦意を喪失した程度で〝王〟は逆襲を止めぬわけがない。

 逃げることさえ忘れた妖夢に対し、ゴジラは容赦なく、激しく図太い脚で、赤いコアを中心に踏みつける。

 全く攻撃の手を緩めず、それどころか一打一打ごとに、威力は右肩上がりに上昇していく、相手からの悲鳴にも聞く耳を持たず、尾による鉄槌を計10発ぶち込み、蹴り上げ、浮き上がったところへ豪快に拳打を撃ち込んだ。

 

「今だ!」

 

 博臣が、まだゴジラからのダメージが濃く残る虚ろな影を檻で閉じ込めた。

 

「大人しくしなさい!」

 

 同時に二ノ宮は、抵抗されぬよう重力プレスで動きを封じた。

 

「もう直ぐ転移の法で応援が来よるから、それまで持ちこたえて」

 

 彩華の言葉に、ゴジラは吠えて〝言われるまでもない〟と応じた。

 再び背びれがチェレンコフ光色に発光して明滅し、喉元にエネルギーが集まった。

 大きく息を吸い込ませ、放射する。放たれたのは、ビームに近い熱線と言うよりは、炎そのものだった。

 対象を燃焼させることに重点を置いた技、〝放射火炎〟―――アトミックブレスだ。

 青色に眩くも妖しく輝く火炎は、微かに再生を始めていた虚ろな影の体をコアごと燃え上がらせた。

 火炎地獄を前に、妖夢は痛々しい悲鳴を上げる以外に為す術を持たない。

 一欠片分も威力を緩めず、ゴジラは火炎を〝影〟に浴びせ続けていたが、突如発射を止めた。

 間髪入れず、今まで火炎地獄に遭っていた虚ろな影は、地面の接した部位を端に、まるで早送りでもしている速度で急激に氷漬けとなっていき、完全に全身は凍結された。

 さっき彩華が口にしていた〝応援〟の手によるものであった。

 ゴジラは未来の方へ振り向くと、視線を彼女へ見定めたまま、首を虚ろな影の方へと振る。

 少女は〝王〟が伝えようとした意味を理解して、頷いた。

 右の掌から血が滴り落ち、それは長柄の槍を形作る。

 血の長槍を手にし、未来は力強く駆け出した。博臣と二ノ宮は、各々の異能を解く。

 

「ハァァァァァァァーーーーーー!!!」

 

 普段の彼女からは想像いがたい重々しく勇ましい声音による叫びを乗せて跳び上がると、そのまま槍を虚ろな影のコアへと突き刺し、血を流し入れながら深く……深く………奥の奥にまで突き入れた。

 あらゆる生命の〝イノチ〟を奪うその〝血〟は、虚ろな影とて例外でなく、コアの輝きはみるみると弱まってく。

 

〝最後の一撃〟を放つ準備として、ゴジラは背びれを点滅させることなく輝かせた。

 最初は青色だった光は、橙がかった赤色に変色し、今までの熱線とは比べ物にならない、陽炎さえ引き起こす量の余剰エネルギーが排出され、口元からも、赤色の荒々しい炎が漏れていた。

 

「栗山さん! 下がって!」

 

 秋人からの呼び掛けを受けた未来は、血の槍を突き刺したまま、後方へ跳んで退いた。

 

 ゴジラの砲口から、渦を巻く赤色で轟然とした熱線の奔流が迸る。

 

〝ハイパースパイラルバースト〟

 

 かつて宇宙から来たもう一人の〝分身〟に止めをさせた熱線と、アトミックバーストを掛け合わせた―――まさしく必殺の一撃。

 熱線は衝撃波の風を生み、嵐でも来たが如く森を吹き荒れさせ、瞬く間に氷漬けにされた〝虚ろな影〟を一気に呑み込んでいった。

 ハイパースパイラルバーストの濁流が止むと、着弾地点から超大型の火柱が爆音とともに登っていく。

 その高さは………およそ100メートル、彼の本来の大きさをも超えていた。

 

 それよりも遥か高みへ届かんとばかりに、ゴジラは天空へと向かって勝ちどきの〝咆哮〟を、力強く盛大に上げた。

 

 この世界で〝仲間〟と言える存在となった者たちの助力もあってのこととは言え………秋人の宣言した通り、彼は虚ろな影を倒すと同時に〝常識〟を完膚なきまで破壊し尽くしたのであった。

 

つづく。




多分ゴジラの二次でも、ここまで熱線のバリエーションがいくつも出たのは中々ないでしょう。
近い内にオリ技集を出す予定です。


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第十八話 – 最後通牒

お茶目でユーモアあるけど怖い、それがうちのゴジラです。


〝虚ろな影〟に限らず、強力な妖夢に一度を憑依されれば、その主は肉体を奪われてしまう。

 異界士の世界における〝常識〟だった。

 それを完膚なきまで壊し尽くしてしまった僕の友人でもある怪獣王ゴジラ――澤海は、彩華さんの力で目の前に現れた魔方陣に手を翳すと、円陣に向けて出力を控えめにした熱線を放射する。

 青き破壊の熱線は魔方陣を通ると、触れたものを瞬く間に凍結させそうな冷凍光線に変換されて、彼の〝赤色熱線〟で爆発した虚ろな影の残り火を消していった。

 

 あの後、博臣とニノさんは〝妖夢石〟を回収して先に戻っている。美貌の異界士は帰り際に「美月を説得させるのは骨が折れるな」とぼやいていた。確かにあのシスコンにとっても他の名瀬の幹部たちに説明するよりずっと美月は難儀な相手だ、

 凪の効力、ゴジラの反撃と栗山さんの攻撃で弱っていたとはいえ、あの大型妖夢を瞬く間に足掻く暇もなく氷漬けにした〝応援〟である〝あの人〟は、てっきり「チャイナで逝っちゃいな」だとか、深刻な空気をぶち壊しでもしそうだったのに、僕の予想(けねん)に反して直ぐに去って行った。

 本音を言えば寂しさはあるけど、あの人の現状を踏まえれば無理はない。内容は傍迷惑でも、手紙をくれるだけでもありがたいものであるのだから。

 

 僕は消火作業を終えたての澤海たちから目を外して、振り返る。

 少し離れた先には……お互い向かいあう栗山さんと幼なじみの、二人。

 彼女たちは、空白の二年を埋め込むかのように、言葉を交わしている。

 二人の様子を見ていると、肩に手が置かれた。

 

「割り込むなよ」

 

 いつの間にか、僕の近くまで来ていた澤海が、釘を刺した。

 

「分かってるさ……」

 

 さっきは大人げない上に八つ当たりにも等しい、澤海の〝代弁〟の拳に比べれば情けなさもある割り込みをしてしまったけど、今度はそうもいかない。

 彼女たちがたった今直面している〝場面〟のありがたみを、痛いほどよく知っているゴジラから忠言されてしまえば、尚のことだ。

 どんなにどうにかしてあげたくとも、結局自分はここ数日の流れにおいては〝脇役〟でしかない事実に少し心が痛みつつも、僕は友と一緒に成り行きを見守ることにした。

 

 

 

 

「これから……どうするの?」

 

 未来は幼なじみの〝今後〟を尋ねた。

 でもそれは、わざわざ問う問われるまでもなく明白だ。

 

「姿をくらますさ、そうすれば真城は俺の〝怨念〟に振り回されて、着実に自滅の道に至る」

 

 全て覚悟の上で、真城優斗は復讐の為に自ら〝安息の地〟を捨て去ってしまった。

 それは、ゴジラがまだ恐竜でしかなかった頃の〝思い出〟でもあった〝人間〟をこの手で殺し、人間達含めた世界の〝全て〟と〝戦う〟修羅の道に足を踏み入れたのと、瓜二つと言えるだろう。

 

「そう言う未来は?」

 

 優斗は真っ直ぐとした真剣なる眼差しで、未来の大きな瞳と合わせて問いかけ返す。

 

「私は……」

 

 受けた未来は、顔を伏せる。

 

「俺もその原因を作ってしまった身だけど、いつまでも根なし草でなわけにもいかない、唯さんが亡くなってから、誰にも師事してないんだろ?」

 

 もう彼女は、伊波家の元へは戻れない。

 妖夢憑きにされたとはいえ、師である伊波家の子――伊波唯を死に追いやってしまい、その上兄弟子は表向き同盟な真城家を内部抗争に陥らせてしまった。

 こうなってしまうと、伊波家は以前のように〝呪われた血の一族〟の末裔な栗山未来を保護下に置こうとしない。良くみつもっても、まだ彼女を置くか否かで伊波家を分散させてしまいかねない。

 

「俺と一緒に………来ないか?」

 

 ほんの少しの逡巡の間から、優斗はそう提言した。

 俯いていた未来の顔が上がり、赤縁メガネの奥の瞳は彼の顔を映し出す。

 驚きと、喜びが複雑に入り混じった不思議な顔を、彼女は浮かばせていた。

 

「この二年野放しにしておいて虫の良い話なのは重々承知だ…………でもこれから、未来を決して一人にしないと約束する、もし帰る場所がなくて………未来がそれを望むなら……俺と」

 

 破滅の選択肢であることは、提示した優斗当人も分かっている。

 逃亡犯も同然な彼と一緒になると言うことは、たとえ愛する人が傍にいる幸せはあっても、人並みの〝幸福〟は絶対に得られない。

 だから最後の最後なこの瞬間まで、彼は切り出せなかった。

 

「…………」

 

 しばし沈黙の姿勢を、未来はとった。

 きっと内心は、嬉しいとも感じている。幼なじみから投げ掛けられたその言葉は、ずっと彼女が望んでいたものでもあるから。

 

「ごめんなさい」

 

 慎ましやかに、彼女は沈黙を破る。

 

「私は……行けない」

 

 声音には〝本望〟でもあったと秘めつつ、少女は少年に〝一緒に行けない〟と答えた。

 

「そうか……でもそれでいい」

 

 優斗は残念そうながらも、納得した様子で幼なじみの彼女が選んだ〝答え〟を受け止めた。

 

「今でも必要な時に傍にいてくれる人がいるなら、その人を大切にするんだぞ」

「どうして……」

「どうして?」

「どうして………私を攻めないの?」

「未来……」

 

 恐らく、前述の彼の言葉がスイッチになったのだ。

 

「私は………唯さんを………優斗の大事な人を―――殺したんだよ!」

 

 ついに未来は、この二年間、ずっと溜め続けてきた想いを優斗に吐露した。

 その痛々しい姿に、見守っていた秋人は駆け出しそうになるけど、まだダメだと自分に言い聞かす。

 異界士の少女の懺悔を受けた優斗は、ローブからゆっくり腕を伸ばすと、彼女の頭に置いて優しく撫で。

 

「未来にその重荷を背負わせたのは俺達真城一族だ………俺は誇りに思っているよ…………異界士の務めを果たした唯さんと、未来に」

 

 そっと、その幼く小さな彼女を抱きしめた。

 

「■■■■■………」

 

 最後に、未来にのみ聞こえるくらいの小さな声で、一言ささやいた優斗は、抱擁していた両腕を離し、そのまま背を向けて歩き出した。

 深い森の中へと、消えていくその後ろ姿を、じっと眺めていた未来は、とうとうその場で崩れ落ちる。

 

 秋人ももう、堪え切りなくなり……彼女のもとへと一心不乱に駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「アヤカ……〝ドブネズミ〟はまだこの辺にいるか?」

「おるわよ、澤海君から見て大体北西の方角、今から走っても追いつける距離やね」

 

 

 

 

 

 

 

 比較的平地寄り、だが生い茂る枝葉で薄暗く、舗装もされてないので足場も良いと言えない森の中を、この場には似つかわしくない背広姿の男が〝追われている〟様子で、ただひたすら走っていた。

 何度か転んだらしく、スーツは上下共々あちこち汚れており、布地が破けている箇所もいくつか見られた。

 息は荒く乱れ、心臓は今にも破裂しそうな勢いで過剰に動いている。当然疲労もピークに達していた。

 呼吸の困難になりつつあると言うのに、男は走るのを止めない。

 男の脳裏には、ある光景が絶えず再生が繰り返されていた。

〝虚ろな影〟から見た………黒く巨大な塊が………〝一方的〟に叩きのめしていく様を。

 

 化け物だ……あれこそが正真正銘、本物の〝化け物〟だ。

 奴に比べれば………そこらの妖夢など、道端にいる〝虫〟も同然。

 映画で語られていた通り、本当に元は〝恐竜〟の生き残りであったのか?

 本当に奴は―――核兵器の〝放射能〟―――人の手によって変異させられた〝生物〟なのか?

 なぜ〝人間〟が生み出した存在が………A級含めた多くの異界士を死に追いやってきた大型妖夢さえ圧倒し、あまつさえ〝恐怖〟さえ抱かす?

 とてもこの世のモノとは、信じがたい。

 

 とにかく逃げなければ、少しでも離れなければ………でなければ殺される!

 あの〝光〟が……肉も骨もおろか灰さえ残さず、消し去る!

 根拠はなくとも分かるのだ………自分が〝虚ろな影〟と操っていたのだと。

 あれ程の凶暴性を有している奴が、みすみず見逃す筈がない。

 何が何でも、逃げ切らなければ!

 殺される! 奴は絶対に牙を向いてきた〝敵〟を許さない!

 

 死にたくない…………死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!

 

 

 

 

 

 

〝恐怖〟に駆られたまま走り続ける真城の妖夢使いの足に、光る〝帯〟が絡みついた。

 帯からの引力と走る勢いで、男は土に叩きつけられる。

 彼の後ろからは、足音が響いてきた。

 人間の足音のものだと言うのに………〝人間〟のものとは思えない。

 巨大な〝ナニカ〟が、歩いているとしか。

 

「おい」

 

 少年の声がしたかと思うと、男の背広の襟が掴まれ、引き摺られ、木の胴体へと投げつけられた。

 今度は顔が鷲掴みにされる。感触は人間のもの……しかし握力は人間のものとは程遠い。

 

 男は目を開けた………そして、恐れていた最悪の状況を突きつけられた。

 

 人の皮を被った………あの〝化け物〟が、いる。

 

「今あんた………俺を〝化け物〟って呼んだろ?」

 

 まるで男の心を見透かしたが如く、少年――澤海は、ゴジラはそう発した。

 

「別に怒っちゃいねえよ、むしろ大いに怖がって良いんだぜ、怪獣(おれたち)は怖がられてなんぼだからな」

 

 気にした様子もなく、むしろ晴れやかに笑顔さえ見せる。

 男からすれば、邪気の見えない笑みすら、恐怖の源となっていた。

 必死に澤海から逃れようとするも、頭を捕縛した右手は指の一本すら微動だにしない。

 

「ちょっと失礼…………そんなに暴れんなっての」

 

 澤海はスーツの内側に左手を入れると、内ポケットから目当てのもの――スマートフォンを取り出した。

 

「えーと………これだな」

 

 彼は左手で画面を操作し、アクセス帳から見つけた番号を発信、男を捕えたまま、電話を耳元に寄せる。

 

「どーも、こんにちは―――〝ゴジラ〟です」

 

 臆面もなく、通話先の相手にそう名のった。

 

「ごめんなさいね、いきなり電話なんかしちまって、どうしてもお伝えしたいことがございまして………………あ? わざわざジョーク言う為に部下のスマホ使うわけねえだろ、人を陥れるのを特技にしたけりゃ嘘と真の区別ぐらいできないと不味くねえか? 保守派のお頭さんよ」

 

 声だけでは、あまりにも自然体かつフランクに応対していた。

 ただし表現は物騒の色が濃く混じっている。

 

「要求だって? ハッハァハァハァハァ―――ふっハッハッハッハッハァッ!」

 

 余程相手がからの言われたこと可笑しかったのか、彼はいきなり高らかに笑いだした。

 

「言っておくとな、俺はてめえらみてえな妖夢頼みの腰ぬけどもに全く興味はない、外歩いてる時に体の周りを飛んでうろうろしやがるハエ程の関心もねえんだ、たとえお宅の下の一人が〝虚ろな影〟をけしかけて、俺に憑依して一暴れさせようとしてたとしてもな」

 

 男の内の恐怖の濃度が急速に増した。

 奴はやはり気づいていたのだ………虚ろな影を操り、憑依して、そのまま真城優斗含めあの場にいた者たちを始末しようとしていた目論見を。

 走っていないにも拘わらず………男の呼吸は逃げていた時よりも激しく乱れていった。

 

「この先あんたらが廃業しようが、同士撃ちして自滅しようがどうなろうが知ったこっちゃねえ、ちょっとでも火の粉をこっちに掛けさえしなけりゃ、急進派とのドンパちでも、裏切り者の首を取るでも何でも勝手にやってろ、俺には腰抜けどもを相手にする暇なんて、一秒分もないんだ」

 

 フランクな物腰のまま、何もしてこなければ何もしないと、彼は相手にそう伝えた。

 

「まあ………そんなにご所望なら、片道しかねえけど全員分用意してやるぜ」

 

 相手はこう返してきた―――〝それは何か?〟と。

 

「何かって? 決まってるだろ―――」

 

 対して、彼は顔を笑顔から一変し。

 

「―――〝地獄〟行きの列車の乗車券さ」

 

 双眸を青白く光らせ、冷酷な響きで宣言した。

 

 通話先の保守派のリーダーも、理性が壊れ始めていたらしく、「お前は一体何だ?」とお尋ねになった。

 

「そうだな、しいて言えば―――」

 

 大方伝えることは言い尽くした以上、もう彼にはわざわざ返答する必要もなかったのだが。

 

「〝我は死神、世界の破壊者なり〟―――ってな」

 

 澤海――ゴジラは、〝原爆の父〟と言う異名を付けられてしまったある物理学者も引用した古代インドの聖典の一節を使って、自らをそう言い表した。

 

「それじゃさよなら、二度と会うことがないよう願ってるぜ――――Motherfucker」

 

 最後にそう言い放って、澤海はスマートフォンの通話を切った。

 

 

 

 

 

 真城の保守派の連中のリーダーに、一通り言いたいことは言い尽くした。

 これは俺からの〝最後通牒〟であり、無闇に自分の命を粗末にさせないようにと、配慮も一応〝込み〟である。

 腰抜けな上に、ただ今勢力が真っ二つに分かれて絶賛内ゲバ中の一族だ。

〝虚ろな影〟を倒してしまったモンスターと、やり合おうなんてバカはこれでもう起こすまい。

 生きてなきゃ〝一族〟の再興なんてできるわけない、それぐらい奴らだって分かっている。

 さて、そろそろ離してやるか。

 右手の力を緩めて、妖夢使いの男を解放してやる。

 真城の奴らに情けは持ってないが、今は殺す気もない、こいつにも生き証人として、真城の幹部どもに知らしめてやる役目を担ってもらう。

 スマホのGPS機能を作動させた。これで迎えが来てくれるだろう。

 

「ん?」

 

 何かうっとおしい声がしたので、妖夢使いを見ると……そいつは大粒の涙を流してゲラゲラと、笑い袋の笑い声みたいに気味悪く笑いこけていた。

 こっちは手加減してやったのに、あの程度の脅しでここまで〝理性〟がぶっ壊れちまうとはな………つくづく〝度胸〟と縁のない、腐敗さだけはいっちょ前な連中だ。

 こんな奴らの為に、あの子が………未来が本気で自殺を考えるまで苦しみ、自分を追い込み攻め続け、自らの良心へのリストカットを繰り返し、罪悪感の沼に沈んでいたのかと思うと、やり切れない。

 二度とこいつらが〝波紋〟を起こさぬことを、祈っておこう………命あっての物種ってやつだ。

 

 通告に使ったスマートフォンを地面に捨て、それを足で踏む。

 精密機械の塊だけあって、軽い一押しで粉々のバラバラに砕け散った。

 

 とっとと帰るべく、ジーパンのポケットに手を入れて、その場を後にする。

 

 さすがに凪の中で大暴れしたからな、やっぱりいつもより〝疲れ〟がある。

 

 写真館に戻ったらさっさと………さすがに夕飯の用意くらいはちゃんとしてから寝よう、マナがお腹空かして待ってるだろうからな。

 

 森の中歩を進めていく内に、俺は〝連中〟へのほんの僅かな関心すら、段々と失せていくのだった。

 

 

 

 

 

 こうして、怪獣王の慌ただしい今年の四月が、終わりを告げた。

 

 

 

 

 つづく。



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第十九話 – 平穏なる一日 前篇

さてさて、シリアス全開な戦いは一旦お開きになり、文芸部員たちの騒がしい日常が戻ってまいりました。


 窓から差し込む朝陽と、目覚まし代わりのスマホのアラーム――いわゆるレジェゴジの鳴き声で、休眠中だった意識が醒め始めた。

 開けたての瞳は、顔に降り注ぐ陽光を浴びる。さすがに目覚めたてだと眩しくて、明度が調節されるまでほんの僅か時間を食うが、自然の光が好きな身からすれば朝のこの感じすら愛おしい。

 あくびを上げて、盛大に腕を伸ばす。昨日は早目に寝れたものだから、いつになく頭の冴えが速かった。

 空気の入れ替えも兼ねて窓を開ける、五月の青空も独特の味わいがある。感覚的で表現し難いのだが、空の違いは月ごとに区別ができた。

 今日が休日だったら、絶好の日向ぼっこの日和だと言うのに………残念ながら学生の自分にとって平日、つまり学校にも行かなきゃならないのであった。

 

 通学する前に、朝飯の支度、今日は俺の当番だからだ。

 部屋を出て、台所に行くと――

 

「マナ?」

「おはよう澤海♪」

 

 木製の足場台の上に立ったエプロン姿のマナが、ガスの前で煮込んでいた。

 

「お手伝い、しようと思って、澤海昨日、お疲れだったし」

 

 マナなりに昨日は色々多忙だった俺を気遣って、味噌汁だけでも先に準備しとこうしていたらしい。

 鍋を見ると、意外に綺麗に切られた野菜がぐつぐつと煮えたぎっている。

 汁の味見してみると、味気のバランスも想像以上にとれていた。

 

「実は、こっそり、特訓してた」

 

 なるほど………これで謎が解けた。最近起きていた、なぜだか自分が使った以上に材料が少し減っている現象。あれはマナが俺と彩華が留守の間に、練習していたからが真相だった。

 

「ありがとなマナ、偉いぞ」

「ふふ~ん♪」

 

 頭を撫でられたマナは朝の陽ざしに負けじと眩しく綻んだ。

 

「だが、驚かせたかったとは言え、こっそり火を取り扱う炊事に手を出したのはいただけねえな」

「ごめん……澤海」

「よろしい、俺も自分から取り組む姿勢まで否定はしない、だから今度やり方教えてやるよ」

「うん♪」

 

 前にも言ったが、アメとムチを使い分ける、それが俺の教育法だ。

 

「おは~~よ~う」

「おはよう彩ちゃん♪」

 

 背後から来た、眠たそうな京都弁を耳が捉える。

 入口の方へ目を向けると………これはまた眠たそうで、扇情的な彩華がいた。

 寝巻用の着物が乱れていて、普段絶対目にしないこの女狐の胸の谷間や太腿といった均整の取れた女体の一部が露わになっており、雄の目と本能には刺激が強いったらありゃしなかった。

 

「この寝ぼすけが………鏡で自分の体どうなってるか、拝んできやがれ」

「そうするわ~~」

 

 まだ寝ぼけが取れない彩華が洗面所へと向かった。

 この通り、日ごとに差異はあれど、新堂写真館の朝は大体こんな感じである。

 

 

 

 

 

「行ってくる」

「行ってらっしゃ~い」

「気いつけて」

 

 三人で朝飯を食べ終え、シャワーを経て制服に着替えた俺は扉の鈴を鳴らして写真館を後にする。

 線路と隣り合わせなアスファルトは、市立高校の学生やら、小学校の児童やら、サラリーマンやら行き交っていた。

 丁度踏切の前でサイレンが鳴るとともに遮断機が下りて、しばし立ち往生。

 ラッシュで人がごった返しな電車が通り過ぎ、ようやく通れるようになって歩き出すと、ポケットの中のスマホから、着信音にしてる〝ゴジラ・テーマ 1994〟のメロディが流れ出す。

 踏切を超えたところで取り出し、着信ボタンを押す。

 

「もしもしたっくん?」

「朝っぱらから何だ? シスコン」

 

 電話を寄越してきたのは博臣だった。

 

「学校で直接用件言う暇ないほど忙しいのか?」

「まあね、今日は幹部間の会合に出なきゃならなくてな」

 

 画面に〝名瀬博臣〟と出てた時点で薄々もしやと思ってたけど、話の中身は今日学校を休むと言うものだ。

 文芸部では幽霊部員でも、このシスコンは毎日ちゃんと学校に通ってはいる。

 そいつが休む上に、メールではなくわざわざ電話でこっちに連絡してきたってことは―――

 

「お題はの中心は、秋人(アキ)の処遇か?」

「そういうこと、たっくんのお陰で大事には至らなかったけど………目くじらを立てた幹部が結構いてね」

 

 あいつの学生生活……人並みの暮らしは、妖夢と人間のハーフの半妖夢である特異性と、〝波紋〟を起こしさえしなければと言う条件による契約の下、名瀬の〝飼い犬〟と言う形で成り立っている。

 その秋人は昨日、名瀬と真城の間交わされた〝協定〟を破って、真城優斗と接触してしまった。

 それが契約の反故に当たるか否か……それが会合とやらの〝焦点〟となるだろう。

 名瀬の異界士は保守的で排他的な連中、特に幹部の奴らは脳みそが固いことこの上ない。一昔前の推理小説に出てくる村並に凝固してやがると断言できる。

 秋人が〝不穏分子〟と見なされれば………たとえ不死身だろうと、躊躇わず処分―――凍結界に放り込もうとすることも込みだ。

 

「勝算はあるのか?」

「難しいだろうな……けど〝勝つ〟さ、〝必ず〟ね」

 

 俺とて、虚ろな影討伐を表向きとした真城優斗との接触にあいつを同行させたことが〝波紋〟を起こすぐらい認識していた。

 だから〝折れない〟と分かった上で秋人に口酸っぱく忠告して釘を刺し、前々から博臣と共同で対策も練っていた。

 それでも………幹部の連中を説得させるのは困難だ。

 俺の知る限り、あの名瀬泉も入れて人間の美点である筈な〝温情〟と最も縁のない奴ら、身内同士すら〝冷戦〟にも等しい騙し合いが繰り広げられている。

 その一方で、こんなこと言う性質(たち)ではないけど、博臣を信頼していた。

 でなきゃ秋人を行かせたりはしない………腹に拳ぶち込んで気絶させてまでも、阻止していた。

 

「頼んだぞ、博臣」

 

 歩きながら応対していた俺は、短くも切実な声音で、博臣にエールを送る。

 

「ああ」

 

 自分にとって………通話先の異界士は、シスコンとしての変態性には正直辟易しているけど―――〝信じられる人間〟の一人だと、はっきり言える。

 それは異界士としての技量や、世の綱渡り方と言ったものだけでなく、秋人たちと同様に、あいつ〝個人〟によるものが大きい。

 それを〝甘さ〟だとほざく奴はたくさんいるだろう、それこそ名瀬みてえな連中ともなれば。

 でも〝種族〟としてはてんで信用していない俺にとって、〝人情〟とも表現できるその代物は………人に限らず〝個〟を見極める上で、重要な〝物差し〟であった。

 一体何からそれを〝学んだのか?〟と言われれば………〝あいつ〟だとはっきり言える。

〝チビスケ〟を通して、人の世からは〝理解不能の野獣〟であった俺を、理解しようとしたテレパスの少女である―――〝彼女(あいつ)〟だ。

 

 

 

 

 

 

 昨夜は気持ちよく眠れた為か、今日は午前の内から起きてその日の諸々の授業に付き合っていた。

 喰ってくには勉学励まなきゃならねえ人の世に世知辛さは感じているが、眠気がなくとも特に苦痛はない。

 人間だろうが哺乳類だろうがハ虫類だろうが虫だろうが、結局どの〝生命〟も生きていく上で果たさなきゃならない〝義務〟があるからだ。

 そいつを日頃からこなしてこそ、謳歌できる〝自由〟ってものがある。そいつは決して〝好き勝手生きる〟ことではない。

今日は掃除当番と言う〝義務〟があったもので、文芸部には少し遅れることになった。

 もう美月に秋人に未来は来ているだろう。

 最近〝幽霊〟を卒業しつつある博臣の他に、幽霊部員はもう二人いるのだが、今日も幽霊なだけに部室へ向かっている段階で来てないのが明々白々なまでに分かった。

 実質異界士と半妖夢の溜まり場と化している今の文芸部を気に入っている身からすれば、逆にありがたい。たとえ傑作選に載せる文集の選考作業の負担が増えてしまうとしても、自分としてはそれもまた自由を楽しむ為に果たす〝義務〟である。面倒くさくはあっても、放棄する気もない。

 

 談話室と自販機が隣接する見慣れた〝文芸部〟の札が掲げられた部室の扉を開けると―――

 

「〝メガネを掛けた栗山さん〟か〝掛けてない私〟、どちらに殴られたいか選びなさい」

「あの………問題の趣旨が分かんないんだけど」

「心当たりはないのかしら? 今回は特別に二者択一にしてあげたのに、本来なら有無を言わせず殴り倒していたところよ」

 

―――いつも通り、腕を組んで高圧的な態度の美月が秋人を睨めつけて脅し、脅された方の半妖夢は戸惑い、それを未来が目にしてる図を目にした。

 

「良いとこに来てくれた……なんとかして澤海」

 

 俺の入室に気づいた秋人が助け舟を求めてきた。

 

「それは無理だな、こいつが怒ってるのは凪で〝不死身〟でもないのにミライ君に同行しようとしたから……だろミツキ?」

「ええ、どうせ秋人のことだから、澤海がいなかったら栗山さんに素敵なとこ見せようと奔走して、クソの役にも立たない自分の無力さを思い知り、仕方なくメガネ少女の潜在能力を引き出す役を担おうとしたけどやっぱり死ぬのが怖くなって『僕が死ぬことで発揮される設定あるなら死んだと思って覚醒してくれないか?』とか言い出して生き残るなんてことになったでしょうね」

「そんな安っぽい設定僕にはない!」

 

 美月からのブラック塗れなジョークボールに、今日も秋人はタイミングが完璧な気持ちの良い突っ込みボールを投げ返す。

 やはりうちの文芸部は、こいつらのやり取りがなくっちゃ始まられないし、締まらない。俺がここを気に入っている理由の一つだ。

 

「先輩、美月先輩が怒るのも無理ありません」

 

 沈黙の姿勢でいた未来が、美月と正反対に真剣な態度で、されど彼女と同じ気持ちで秋人に苦言を呈した。

 

「再生能力がガタ落ちしていた状態で一緒に来るなんて、無謀も良いとこです、もし虚ろな影が黒宮先輩じゃなくて先輩に憑依した時はどうするつもりだったのですか?」

 

 もし昨日の戦闘で俺がいなかったらどうなっていたか………人狼たちの数の暴力が続き、下手すると虚ろな影と同時に相手しなきゃいけなかったかもしれない。

 例えるなら、映画俳優としての自分らとはライバルと言える間柄なあの亀の大怪獣と戦ったシリコン好物な宇宙生物群のマザーとソルジャー、両方戦わなきゃいけない状況とも言えるだろう。

 このお人よしのことだ、混沌とした戦況の中、未来を庇って虚ろな影に取りつかれてしまい………躊躇う彼女に苦しみもがきつつも「大丈夫、僕は不死身だ―――だから、虚ろな影に屈するな!」と強がり、涙ながらに未来が血の剣で秋人を突き刺す姿が簡単にイメージできた。

 こいつの〝お人よし〟が嫌いじゃないからこそ、俺は〝ゴジラ〟となって、本体の注意にこっちに集中させていたのだ。

 もし自分のいなかった場合の最悪の事態が起きてたら………よしんば生きのびても、博臣たちはもっとギリギリの〝綱渡り〟に臨んでいたかもしれない。

 そうなったら……〝良心〟の負の連鎖ってやつも、起きていた。

 幸いなことに、俺の〝破壊〟の力は、そっちの可能性(みらい)を完全に破壊し尽くしたことで、避けられた。

 

「ごめん……黙ってたことは悪かったよ」

 

 相手がメガネ少女なこともあり、秋人は素直に謝意を見せる。

 

「でも……僕にばっかり追及するのはどう思うんだけど、ほら……実際無茶したのは澤海の方だし」

「無茶の上限値が高いゴジラとへっぽこ半妖夢を一緒にしないで頂戴」

「ひどい!」

「昨日私言いましたよね?一番危なっかしいのは先輩の方だって、〝不死身〟であること除けば先輩はただのメガネ好きな突っ込み要因の高校生なんですよ、はっきり言って黒宮先輩の方がずっと〝自分〟を顧みてます」

「栗山さんまで……とほほ」

 

 二人の女子からの挟み打ちに、すっかり秋人はたじたじになっていた。散々な言われようだが、これもこいつの無茶の〝抑止〟の為だ。

 彼女たちの態度は、それだけ秋人を心配している証でもある。

 

「私も鬼じゃないから今回は大目に見るけど、懲りずにまた藪に突っ込むようなら、栗山さんのメガネを外して兄貴をボッコボコにするわ」

「それただの八つ当たり!」

「――でもないわよ、不審な行動とらせないようにするには、『動いたら殺す』と脅すより『動いたら隣の奴を殺す』と脅迫した方が、抑圧効果が高いらしいわ」

 

 美月節、またはミツキズム炸裂と言ったところか、今日もこのサディストの舌は絶好調であった。当然彼女の悪友な俺としては好調の方が大歓迎である。

 まあいつまでも秋人にばかり突っ込ませるわけにもいかないので、俺も俺で返しておこう。

 

「ミツキ、その話を聞いて策士だと思ってくれる奴は極一部だけだぜ、大抵は〝酷い女〟と見なしちまう」

「ならその理解できない奴らもボッコボコよ」

「圧政にも程がある! もう少し好感度大切にしろ!」

「どうせ私はぺーぺーの脇役なのよ、ならいっそ好き放題やって極一部に指示される方を選ぶわ」

 

 ふくれっ面でぷいとそっぽを向くサディスト同級生。

 余程先日の会合と昨日の戦闘でのけ者にされたのが悔しかったらしい。そういうただでは起きないとこも美月らしくて、俺からは微笑ましくて可愛らしかった。

 一方で、あんな最前線に彼女がいなくてよかったとも思っている。却って自分の未熟さを突きつけられて、さしもの美月でも落ち込んでしまいかねなかったからな、それを口にしたら余計ぷんすかされるので言わないけど。

 

「僕からすれば学園生活は美月を中心に回ってるって………だからいつまでものけ者にされたこと気にするな」

「気休めの言葉で誤魔化そうとする秋人もボッコボコよ」

「もうお前〝ボッコボコ〟と言いたいだけだろ!」

「そんなに〝ボッコボコ〟をトレードマークにしたいのか?」

「あら? どうやら見破られてしまったようね、定着させようと今模索中なのよ」

 

 秋人はすっかり開いた口が塞がらない。俺としても美月の独壇場は、そろそろお開きにした方が良いとも考え始めていた。なんせ今日も選考作業が待っているのだから、潰される時間はできるだけ最小に留めないと。

 しかし、こっからどう軌道修正させるか………と、未来に視線を移す。きょとんとした彼女の表情を見て、閃いた。

 

「ミライ君、ボッコボコを可愛らしく言い替えてくれ」

 

 と、未来に投げると同時にアイコンタクトで頼みこむ、目線で俺の意図を理解した彼女はこっくりと頷いて了承、しばし思案した後切り出した。

 

「〝ポコポコ〟にしてみたらどうでしょうか?」

「どういうことかしら?」

 

 未来は拳を握りしめ、交互に虚空へパンチを繰り出しながら。

 

「ポ、ポコポコにしてやる!」

「か、可愛い!」

 

 秋人の表情が喜び一色に、そんぐらい可愛らしい光景だった。

 

「ポコポコにしてやるポコ!」

「語尾まで可愛くなった!」

 

 意外にノリノリなメガネッ子を前に、黒髪ロングなサディストは「負けたわ……」ってな感じで項垂れ、落ちこんだ。

 しかし一秒ちょっとすると直ぐに立ち直り。

 

「いつか秘密結社ポコポコ団を結成してやるわ」

「趣旨ズレ過ぎ!」

「秋人には目出し帽を被ってメガネを配ってもらうわよ」

「犯罪みたいに扱うな! メガネ配るのを!」

「ともかく切り絵や生け花が趣味の私に〝ボッコボコ〟が似合わないのは分かったから、もし私が柄にもなくツインテールにしたら止めて頂戴」

「もう……どっからツッコんでいいのか分からない」

 

 さすがの〝ツッコミの名手〟も、まとまりを端から放棄した美月のボケを前にタジタジとなっていた。

 仕方ない、秋人に代わって打ち返しとくか。

 

「似合うだろ、どこに止める理由があるんだ?」

 

 サディスト部長に一発撃ちこむ。

 俺としては、ちょっと美月を愛らしくぷんすかさせて、そっから上手いこと選考作業に移行させる魂胆だったのだが。

 

「…………そう?」

 

 白磁の柔肌を赤くし、恥ずかしそうに両手で黒髪をいじりながら、こっちに背を向けてしまった。

 しまった……博臣や秋人みたいな変態でもない限り、やっぱ美月でもストレートに褒められたら照れてしまうか、失敗したな。

 けどまあ、今の内にと、棚からまだ未読の文集たちを取り出して机に置く。

 

「駄弁りはこの辺にしてやるぞ」

「はい」

「おう」

「ちょっと………部長を差し置いて勝手に進めないでくれる!?」

 

 今日もこんな、くだらなくも素晴らしい、文芸部の日常なのであった。

 

 

 

 

 

 

 今日も夜遅くまで選考作業は続き、すっかり暗くなった時間帯に僕は住まいのマンションに着いた。

 元気な栗山さんを見られたことは喜ばしい、昨日の……幼なじみとの別れをした直後は、それはもう大きな目から大粒の涙を流していたものだから、気がかりだった。

 あの時の僕は、泣き崩れる彼女の両肩に触れて……溢れる感情を受け止めてあげることしかできなかったから、今日の栗山さんは安心させるには充分だった。

 にしても……今日の澤海はいつも以上に楽しそうな気がしたけど、気のせいか? 気のせいか……考え過ぎだな。

 それでも帰り際の発言が頭から離れない。

 

〝帰ったらオムライスが待っているかもしれないぜ〟

 

 

 カードキーで厳重な出入り口を抜け、自分の部屋の階まで上がり、扉を開けて電気を灯し、途中コンビニで買ってきた弁当とウーロン茶を入れようと冷蔵庫を開け、一瞬僕の体は凝固した。

 作った覚えのないオムライスが、ラップされて置かれている。しかも卵の表面にはケチャップで「あっくん」と不格好な文体で書かれていた。

 

 忘れようのない……母――神原弥生の字だった。

 

 そうか……澤海はこれのことを言ってたんだ。

 多分あいつは、日頃オムライスを食べてる僕から、あれは単に好物なだけでなく……いわゆる〝お袋の味〟であると見抜いていたのだ。

 僕は母お手製のオムライスを取り出し、レンジで温めた。

 ウーロン茶とテーブルの上に並べて、料理上手な怪獣王が作ったのと比べて少々ブサイクなオムレツの生地をチキンライスと一緒に頬張る。

 やっぱり……昔いつも作ってくれたのと変わらず、塩気が強過ぎて不味かった、いかに澤海の方が旨くて美味いと痛感してしまう味だった。

 それでも僕はひたすら食べ続ける。

 

「こんなの作ってる暇あんなら、顔ぐらい合わせろよな」

 

 こうは強がってはみたけど、瞼から涙が零れっぱなしだった。

 オムライスが好きであることを覚えててくれた………それだけで感極まってしまうくらい、嬉しかったから。

 

「ほんと不味いな」

 

 と愚痴ながらも、最後まで僕はお袋の味を食べ尽くしていった。

 

つづく。




なんで秋人がオムライスが好物なのかと言うと、今回の話でも取り上げられた通り、あのアバンギャルドな母がいつも作っていた本人にとっては得意料理だったわけです。

当然不味い代物だったのですが、それが秋人にとってはお袋の味なので、普通に美味いオムライスでは物足りないと感じてしまい、いつも自炊する時は決まってオムライスなのでした。
彼にとっては「一度失われた日常の温もり」の一つでもあったわけで、澤海は漠然とそれを見抜いていたわけです。


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第二十話 – 平穏なる一日 中編

本作でのゴジラの本質を描こうとしたら……思いのほかなっちまった。


 五月初頭、休日な今日は晴れに恵まれている。雲は小さな筋がいくつか漂流しているくらいで、ほとんど快晴そのものな、外出には持ってこいの天気であり、世間と言うか日本(このくに)では今長期休暇期間――ゴールデンウィークの真っただ中。

 その日の俺は、少し薄目のデニムシャツにVネックの白いTシャツと濃いジーパンの風体で、長月市中心市街を出歩いていた。

 休める日が連続してあるのはありがたく思う一方、一体何が〝ゴールデン〟なのか最初知った時はさっぱりだった。どうも初代様の映画が公開される何年か前に、ある映画のヒットを切欠に某映画会社の専務が作ったと言う造語とやらが由来の一つらしい。ただ他にも由来があるもんで、どれが〝真実〟だったのかは定かじゃない。

 社会人にとってはありがたい一週間でも、学生は間に挟まれる平日にも普通に学校行かなきゃならないので、俺も入れて〝黄金〟とも言えるほど長い連休ではなかった。

 これが運動部系の部活やってるやつなら尚更だろう、学校ごとに差はあるらしいが、せっかくの休日も練習やら練習試合とやらがあって潰されてしまうからだ。

 文芸部に所属する俺達も、心おきなく一日中休めるとは言い難い………文集の選考作業があるからだ。

 今日も朝の内から、借りてきた文集を何冊か読み進めた。夜はもう一回読み直して〝候補〟を絞る予定。

 その間の昼間、何で街のど真ん中ぶらぶら歩いているのかと言うと………ちょっとした〝待ち合わせ〟だ。

 指定の時刻まで時間はもうちょっと残っているので、気の向くまま雑踏の渦中を回っていると………百貨店の出入り口に〝盆栽市〟と言う看板が立っているのが目に入る。

 まさかと思い、その盆栽市とやらが行われている階に行く、中高年の男どもが主にひしめき、でも中には二十代の若い男女も少々混ざっている会場にて………彼女はいた。

 前に見た制服の時と変わり映えしないのと違い、水色のパーカーに青味系なチェック柄のミニスカートとマゼンダの色のストッキングと、いつもの赤縁メガネの組み合わせな栗山未来は、眼前の展示品たる盆栽たちを前に、陽光を反射した水面にも勝るキラキラとした眩いつぶらかつ大きな瞳で、それらを鑑賞していた。

 あまりに夢中になっていた為か、うっかりスマホのカメラでそれらを撮りそうになる。

 

「お客様、当会場での写真撮影はお断りしております」

「はぁ、すすすすすみません!」

 

 ちょっとした気まぐれで悪戯を仕掛けてみたら、未来はこっちの思惑通り慌てふためいて、短い感覚で何度も頭を下げてみせた。

 

「って―――黒宮先輩!」

「よう」

 

 ようやく正体が俺であることを気づいた未来は目ん玉ひんむかせてびっくりしていた。

 

 

 

 

 

 二人は百貨店の上階にあるイタリア系レストランに移り、窓際の席に向かい合わせで座る。

 

「すみません、また奢らせて頂いて」

「気にするなって」

「でもここ、結構値が張りますよ」

「たまには良いだろ、どうぞお好きなの選んでくれ」

 

 今回も食事に掛かる費用は澤海が請け負う形になっていた。

 百貨店内で経営しているだけに割高で、未来は少々困惑気味、対して澤海は至って自然体である。

 

「じゃあ………和風きのことめんたいクリームパスタLサイズと、ハンバーグリゾットと、●●肉のカルパッチョと、特製マルゲリータピザを」

「食いしん坊の大食漢」

「好きなの選んでいいって言ったじゃないですか! 不愉快ですぅ~」

 

 不意打ちな澤海の悪戯(ひとこと)に、未来は涙目で口癖も込み訴え掛けた。

 

「くれぐれも神原先輩にはご内密にお願いします、ちょっと先輩に悪い気がして」

「別に良いぜ、俺もあいつに自らの甲斐性なさを味あわせる気はない」

「黒宮先輩……本人がいなからってストレート過ぎますよ」

 

 少しジト目な彼女からの諫言にも、どこ吹く風で澤海は笑みを返した。

 

「ホットコーヒーと、アイス抹茶ラテになります」

 

 ウェイトレスが先に注文した飲み物を持ってきて、テーブルに置いた。

 料理の方は来るまでもう少々時間が掛かるので、それまでは気長に待つ格好になる。

 二人はまず先に各々頼んだドリンクを一口分飲みいれた。

 

「ミライ君はこの後アキとデートか?」

「デ! デデデデデデート!?」

 

 最初の一口を飲み終えた直後、澤海はいきなり爆弾発言を投げつけ、案の定未来は慌てふく、当然意地悪な彼はその反応を狙って発した。

 

「い――いえ! べべべべべ別に決してデートってわけじゃないんですが! 今日は神原先輩と本屋さんを回ろうって約束をしてまして! でも早目に来過ぎちゃったから時間つぶしに〝盆栽市〟に見に行こうと―――」

 

 残像現象起こす程の高速な身振り手振りも並行しながら未来は必死に弁明していた、その姿はメガネフェチでもない澤海から見ても可愛らしく映った。きっと秋人なら舞い上がる勢いで昂揚することだろう。

 

「何を勘違いしてんのか知らねえが、デートってのは恋人限定のイベントじゃないぞ、男と女が指定した時間に待ち合せて一緒に行動する時点でそいつは〝デート〟ってんだ」

「あ……あぁ………そそそそそれぐらいっ……分かってぇ……ましたよ、やだな……せせせ先輩こそぉ……何を勘違いぃ……なさってたのか……あはは」

 

 澤海はフォローすると一転してそう述べた未来であったが、嘘だと言うことが諸ばれだ。今回も分かりやすく噛み噛みかつ気まずそうに苦笑って、明後日の方向を向きつつメガネをメガネ抜きで勢いよくキュッキュと拭きまくっている。表情にこそ出さずいたが澤海は内心「ほんと分っかりやすいな~~この子」ニヤニヤが止まらなかった。

 本当にこの少女は色んな意味で飽きさせない。秋人と違うベクトルでリアクションが面白おかしかった。

 

「黒宮先輩こそ、なんでまたこちらに」

「あ、それはな――」

 

 

 

 

 

 澤海はその日街中を散策するに至る経緯は、昨夜に遡る。

 

「今レギオンが巣を張ったら、近くにいた奴ら全員餌食になっちまうよな」

「みんな、ケータイとスマホ持ってるから?」

「そう、本人にその気なくたって向こうから喧嘩売ってるも同然さ」

 

 この時彼は人間形態のマナと一緒に自分と同族たちが出演したゴジラシリーズではなく……ライバルと言っても良いガメラの〝名作〟と太鼓判が押された平成シリーズ2作目をブルーレイで鑑賞していた。ちなみにネット通販で購入した映像特典も豊富でリーズナブルな北米版セットである。

 澤海もこの映画を〝傑作〟と見なしている。現実感(リアリティ)ある描写に、感傷や情緒を抑えたハードボイルドな作風、何より〝初代〟のメガホンを取ったかの〝名監督〟の作家性にも通じ、怪獣映画の最も重要な味と言っても良い〝日常が侵され、破壊されていくのを人々が直面する〟様が、この第二作込みで色濃く感じられたからだった。

 丁度ソルジャーレギオンが〝電磁波〟を発する地下鉄の乗員乗客を襲う場面が終わり、そういやマナと初めて見た時、いきなり現れたソルジャーにマナがびびって抱きついてきたっけと懐かしんだ直後、スマホからメール受信のメロディ――『ギャオス逃げ去る』が鳴る。

 

「誰から?」

「ミツキから」

 

 送り主は美月からだった。

 中身を拝見すると――

 

『明日付き合いなさい、午後一時半に■■駅の駅前広場銅像前に必ず来ること、か・な・ら・ずね♪ てへ(^o^)』

 

 

 

 

 

「――てな〝脅迫文〟が来てな」

 

 と、澤海は涼しげに説明してコーヒーを一服飲んだ。

 

「どこが脅迫なんですか! あの美月先輩からデートを誘われたんですよ? もっと喜ばないと」

 

 などと未来は握り拳で力説してくれたが、澤海は「そうか?」と首を傾げる。

 彼からしてみれば、絶対文芸部部長は何か〝一物〟あって〝脅迫〟してきたとしか思えなかった。

 常識人な善人のくせに天の邪鬼の女王様のサディストなあの美月のことだ………きっと交際をしつこく求めてくる男子の精神を叩きのめそうと、俺を巻きこませる魂胆に違いない、と考えてしまう。

 今のとこ自分の邪推でしかないので、実状は本人に直で聞けばいいか、と言うことにし、澤海はもう一服した。

 

 

 

 ブラックコーヒーを飲む澤海の様を、本人に気取られない様に注意しつつも未来はまざまざと見つめていた。

 神原秋人とともに黒宮澤海――ゴジラと出会って……半月と数日経ち、今や彼とは自分と屈託なく会話を交わせる様になっている。

 絶対、初めて会った頃の自分にこの光景を見せたら、酷く驚いてしまうと断言できた。

 今はどうかと言うと、クラスメイトたちからは〝ミステリアスな一匹狼〟と表されていることにくすりとし、実際にお付き合いのある自分からしてみれば、面倒見の良くて義理堅く兄貴分なお方―――である。

 一日一日ごとに、その印象は強くなっている………が故に、時々分からなくなってしまうのだ。

 

 自分からの〝暴力〟を受けた友に代わって、その〝理不尽〟さに怒り、剥き出しの凶暴さを見せたあの夕暮れの彼。

 

 かと思えば……神原秋人の必死の説得を前にあっさり殺気を解き、未来に〝友〟の情の篤さを説いた。

 

 飛蝗型妖夢に追い込まれても悲観どころか〝笑み〟さえ浮かべ、独特の喧嘩殺法で逆襲した時の彼。

 

 かと思えば……昼食を奢り、お詫びに未来の好みに合わせた品を送り――

 

〝自分から「関わるな」って言う程、実はまだ未練があるって思われやすいんだよ〟

 

〝繋がる〟資格は無いと自己否定する一方で、それでも〝繋がり〟を求めてしまう彼女の願望を看破した。

 

 虚ろな影の憑依(しはい)を脱するどころか、返り討ちにし、多数の異界士に恐怖とトラウマを植え付けて来た大型妖夢を震えあがらせ圧倒した黒い魔獣としての彼。

 

 かと思えば……〝虚ろな影〟に一撃を与える――異界士の本懐を遂げるチャンスを未来に齎して、一度は身を引いてくれた。

 

 一体どの姿が……かつて核兵器の光で〝怪獣〟に変貌してしまった恐竜でもあったこの〝人〟なのか?

 人によっては……人格が〝破綻〟していると印象付けられても、おかしくなかった。

 かと言って……直接彼に〝どれが本当のあなた?〟と聞くのも、何だか卑しい気がして忍びない。

 

「あの……黒宮先輩」

「ん?」

「もし不快に思われたのなら……先に謝っておきます」

 

 この人の〝本質〟を少しでも垣間見たいが為に、幼なじみを出しに使うのは……それ以上に忍びないけど、自分を蝕んでいた苦痛を代弁したこの先輩が〝彼〟をどう思っているのか……気になっていたもので、彼女は尋ねてみることにした。

 

「今……優斗のこと、どう思ってますか? やっぱり……〝許せない〟と」

 

 自分から聞いておきながら、つい反応が怖くて目を瞑ってしまう。

 もし……かつての彼――ゴジラが人類に抱いていた憎悪と同等の感情を、優斗に対して持っていたら………その恐れが急に沸いてきたからだった。

 

〝お前にくれてやる慈悲などもってない〟

 

 あの時、優斗相手に見せた〝殺意〟は本物……自分が彼との〝縁〟がなかったならば、先輩達を襲撃した〝主犯〟を、殺していたのは確かだ。

 

「そうだな」

 

 恐る恐ると……瞼を開けて、ちょっと拍子抜けする。

 さっきまでの気さくだった顔を豹変させてしまったのでは? と、自分のそんな勘繰りに反して、笑みこそ消えていたけど、淡泊な反応であった。

 

「許す許さないだのといった気持ちは、今の俺にはない」

 

 窓の外を見つめる澤海は、そう言いつつも。

 

「好きか嫌いかと言われたら、〝嫌い〟だけどな」

 

 と、付け加えた。

 未来がどうしてかと尋ねる前に、彼は言葉を繋いでいく。

 

「核の墓場になるベーリング海に連れて行かれ、何もかも失くしちまったあん時の俺と違って、あいつにはまだ踏みとどまれる〝チャンス〟があったんだ」

「チャンス……ですか?」

「そう、〝栗山未来〟って一人の女の子と、一緒に未来を歩む〝チャンス〟だ………なのにあいつは、伊波唯を殺した罪で苦しんでいたお前をほったらかしにして、俺と同じ……世界(すべて)を敵に回す復讐(みち)を選んじまった、あいつは確かに強い異界士だ……だが俺に言わせれば、殺されそうになっても、ミライ君を理解しようとし、少しでも支えになろうとした秋人(あき)の方が、ずっと〝強い奴〟だよ―――」

 

 聞いた者を震え上がらせるあの咆哮を発したのと、同じ〝口〟から紡がれているとは思えない、静謐に語り続ける〝怪獣の王〟の異名を持つ澤海(しょうねん)。

 それを聞いている内に、未来の体は縮こまってしまう。

 人の〝常識〟から見れば、異形と異能と異端の極みな力を持ち、かつては他者からの〝感情移入〟を徹底して拒絶していたと言うのに………今の彼は誰よりも〝他者〟を見て、理解しようとしている。

 喩えそれが憎くてたまらなかった人間でも、妖夢でも、どんな存在でも問わない。

 

 優斗の件一つ取っても……自分では直に再会するまでついぞ見抜けなかった〝闇〟を見抜き、人となりを吟味し、未来との関係性を踏まえた上で〝嫌い〟だと答えた。

 

 世界(すべて)に牙を向けてもおかしくない境遇を送っていたのに、これまでの異界士と同じく〝妖夢だから〟と言う理由で自分も殺そうとしたのに、それでも〝普通の女の子〟だと言ってくれた神原秋人を、自分よりも〝強い〟と表した。

 

 彼は……誰よりもヒトを〝見る目〟を持っている。

 

 だから……さっきまでの自分を恥じたくなった。

 

 彼の〝姿勢〟を見習った上で、自分なりに〝黒宮澤海〟と言う人物を〝見てみたら〟……思いのほ簡単に読みとれてしまったから。

 

 どれが本当の彼か? どれもこれもなのだ。

 

 一言で表すなら……彼は〝強い自我を持った鏡〟。

 

 

 無自覚に自分が妖夢を〝化け物〟と一緒くたにしていたのを見抜いた彼は……その無意識の悪意に〝怒り〟を見せ。

 

 逆に秋人からの制止を受けた時は、彼の〝良心〟を持ち続ける彼の〝真心と誠意〟に応えた。

 

 そして自分の心を読み取り、奥底にある〝願望〟を目にした彼は、彼なりに手を差し伸べ、同じく理解しようとしてくれた神原秋人の手助けをし。

 

 明確な〝悪意〟を以て自分たちに牙を向けた真城一族に対しては、死を齎す破壊の〝光〟を与えた。

 

 文芸部の寄贈書の一つの本に、こんな記述があったのを思い出す。

 

〝深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ〟

 

 この人は、その言葉を体現している。だから、どこまでも〝義理を貫く好漢〟にもなるし、徹底して慈悲を許さぬ〝魔獣〟にもなる。

 

 彼と向き合うこと、それは自分の心の本性(ほんしつ)と目の当たりにすることに他ならない。

 

 それが彼の〝本質〟だと、彼女はこの時知ったのであった。

 

 

 

 

 

 ちょっと値の張るイタリアレストランのイタリア料理を堪能した二人は、その足で秋人との待ち合わせ場所に向かっていた。

 

「すみません……まだ地理感が慣れてなくて」

「こんだけ人がうようよしてんだ、無理はねえさ」

 

 本当なら昼食を食べた後直ぐに各々の〝デート〟に行く為別れる筈だったのだが、まだこの地域の地理に不慣れな未来のフォローでもう少し同行することになったからだ。

 この律義さ一つ取っても、澤海の面倒見の良さと深さが窺える。

 

「この辺か……って」

「は……はわわ」

 

 待ち合わせ場所に到着した二人は、目に映った眼前の光景に固まってしまう。

 何があったのかと言うと……ちょっとした修羅場、正確にはそうなる寸前の模様がそこに、たった今起きていたからだった。

 

 こちらに振り向き、二人と同様に気まずそうに固まって冷や汗を流しまくっている秋人。

 

 公衆の場の真っただ中を、だからどうしたと言わんばかりに彼に抱きついている美月。

 

 ―――が、そこにはあった。

 

 

 

 当人たちに代わって弁明しておくと、ぱっと見予想される〝ドロドロ感〟は、全くないと言っても過言ではないので、安心してほしい。

 

 

つづく。




修羅場の真相が気になる原作未見の方は第一巻をどうぞ。

澤海「小賢しいぞ、おい」

すいません


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第二十一話 – 平穏なる一日 後篇

 まだ長月市の、特に中心市街の地理不慣れな未来の手助けってことで、午後からある彼女と秋人のデートの待ち合わせ場所に向かっていた俺達を待っていたのは―――

 

 気まずそうにこっちへと振り返って心身ともに固まっている秋人。

 

 小悪魔な笑みと組み合わさったしたり顔で、秋人にぎゅ~~と抱きついている美月。

 

 ――の二人であった。

 俺としても一ミクロ分の思いもしなかった修羅場、もとい状況なので、ほんの僅かな時間……こっちの意識もフリーズしていた。

 どうにか直ぐ脳は再起動したが、未来は「はわ、あわわわわ……」と口は半開きで、大きな両目も大きく開かれていた。

 本人はさっき「デートじゃない」と大慌てで否定していたけど……二年前から〝非劇の沼〟に沈んでいた人生に〝転機〟と〝天気〟を齎してくれた存在として、秋人を少なからず意識し思っているのは間違いないので、自分以上に眼前の事態に理性が追いついていない。

 

「ちょっとくらい修羅場になればいいのよ、それじゃあね♪」

 

 美月はたった今修羅場を作っといて、やけに達成感も内包されたニヤけ放題の顔で俺のところに来る。

 その前にせめてものフォローとして、トントンと軽く未来の小さな肩を置き、直後美月に手を掴まれ引っ張られた俺は、ぎこちなげな笑みとのセットで秋人へ〝ガンバレ〟と手を振り、小悪魔に連行されるがまま、その場を去った。

 これは後日秋人から聞いたのだが、最初はやっぱり未来が「不愉快です」の口癖に「不潔です」と付け加えた「不潔不愉快です!」口走り、秋人も秋人で心中「なんでこんな重たい空気になってんだ! 責任者出てこい!」と叫んでいたらしい。

 それでも最終的には珍しく秋人自身もメガネを掛け、その姿を未来が似合うと表したりと結構良いムードなり、心に温もりが沁み渡るくらい朗らかな〝デート〟になったとのことだ。

 

 

 

 

 

 

 ほっそりすらりとした指と白磁の色合いをした美月の綺麗で、普段の言動からは想像し難い、自分の力の源たる放射能の炎とは決定的に異なる温かみを有した手に引かれるがまま、俺達は雑踏の中を走る。

 その気になれば彼女の手を払うなど造作もない……んだけど、敢えて俺は繋がれたままで、五月のそよ風になびく黒髪と後ろ姿を見つめていた。

 やっと美月は、当初の待ち合わせ場所に指定されていた駅前広場に着くと、駆けていた足を止める。

 メールを読んでから今日美月に会う瞬間まで、てっきり俺は〝付き合って下さい〟と詰め寄ってくる男どもを絶望させる気で呼んだと思っていた。

 ルックスは上物だから、部室の外では交際を求める異性に事欠かず、度々本人はそのことで愚痴ってるくらいで、休日と俺をダシにしようとの魂胆で、デートを申し込んだのだと―――だが、それは間違いだった。

 

 今日の彼女(みつき)の格好を見て悟る………正しかったのは、未来の方だったのだと。

 

 白のワンピースに薄手のカーディガン、いつもは化粧せず、その必要もないほどの美肌な顔には目立ち過ぎもせず、埋没し過ぎないバランスでメイクが施されていたからだ。

 これには男の俺でも、今日のデートは紛れもなく〝デート〟だと分かった。

 

「何人を見て二ヤケてるのかしら?」

「いや、別(べっつ)に」

 

 美月が、いつもの腕を組ませた高圧的な目線で睨みつけてくる。ともすれば気合いの入ったおめかしを台無しにしかねない佇まいなのだが、俺としてはそのギャップに不思議な愛らしさを覚えて、笑みを零していた。

 おっと……そろそろ何かしらの弁明しとかないと、さっきの秋人への抱擁も気になるが、今はそっちが先、でないとどうなることやら。

 

「そ・れ・よ・りも、栗山さんと一緒にいたわけをきっ~ちり説明してもらうわよ」

 

 ほらそう来た。自分だってついさっき〝修羅場〟って名の置き土産を盛大に放り込んだ癖に。

 その辺の追求は後にとっとくことにして。

 

「お互いの時間つぶしに、昼飯食ってただけだぜ」

「へ~~つまり仲睦まじくお二人で昼食を楽しんでなさってたわけね」

 

 ジト目の圧力は強く、声の温度具合がより低くなった美月はそう返してくる。

 これが秋人だったら、大慌てで「誤解を招く言い方をするな!」と突っ込んでいたことだろう。

 そうして、感情が昂ぶれば昂ぶるほど、思考が却って冷静に研ぎ澄まされる女の精神の〝特権〟も味方になって言葉の槍を美月は突きまくっていた筈だ。この知識は文芸部の寄贈書の中にあって気晴らしに『阿呆でも分かる心理学』って喧嘩腰なタイトルに反して中身は分かりやすくも本格的な心理学の本から覚えた。

 

「そいつはもう、二人で値がそこらのファミレスより高い合計13965円分のイタリア料理を食いながら会話を弾ませてましたよ、傍からは歳に似合わず仲良さそうな〝兄妹〟に見えるくらいにね」

「凸凹カップルの間違いじゃないのかしら、知らなかったわ、怪獣王がお山より断崖絶壁の方が好みだったなんて」

「あ、確かに〝そっち〟の方がしっくり来るし、まさかそっち系とは俺も知らなかった、ありがと美月、知らない俺を知ることができた」

 

 対して俺はと言えば、逆に神経逆撫でさせる勢いで、一見すると暴投も同然なほとんどジョークしかない返球を美月に投げつけた。

 

「もうちょっとオブラートに包むなり、明言を避けるなり、お茶を濁すなりできないのかしら? 口八丁のロリコンなたらし大怪獣さん」

「そんな小細工に引っかかる玉じゃないだろ? 実際ミライ君と一緒に飯食ったのは事実だし、誤魔化しなんかしたら余計ややこしくなるだけだ」

「開き直りも甚だしいけど……ここで言い返したら何だか負けた気がするわね………まあいいわ」

 

 こうして〝暴投〟は、傍からだと思いもよらぬ効果を発現させた。

 話題振って来た直後のちと妬き気味な美月は、下手に言い繕って言い訳をしようものなら自らの悪魔性(サディスティック)を生かして、毒々しさ全開の罵詈雑言を吐きまくっていたと、日頃の付き合いの賜物で俺は想像できていた。

 だったら本当のことをストレートに申し上げた方が良い。

 聡明な美月は、こっちの敢えて〝誘発〟させようとする意図をくみ取り、このまま暴言をかましたら相手の思う壺だと判断して、少し棘のある捨て台詞を発しつつも苦笑いをして潔く引き下がった。

 結果は良い方向に向かったけどこいつは俺と美月の仲だからどうにかなったわけで、他人、特に実際浮気した男には絶対参考にならない邪法だ。もしそういう奴らが実際に言い逃れる手段でこれを実行すれば………事態はさらなる混沌の奈落へと落ちて行くのは確実である。

 

「さて、今度はこっちからだ、修羅場製造機のミツキお嬢様」

 

 ここからは、俺からのお返し、もとい―――〝逆襲〟―――とでも言っておこう。

 

「な……なにかしら? 私をどうしようって言うの?」

 

 あからさまにわざとらしく、たじろぐ仕草を見せる小悪魔系サディスト女子高生な愉快なる美月。

 

「実を言うと私、澤海と栗山さんが楽しそうにデートしているのを目の当たりにしたショックで傷心してるのよ、そんないたいけで健気な少女を慰めるどころは傷を抉ってボッコボコにする気なの? この薄情者! 腹黒越えた全黒! 悪魔も泣きだす極悪非道のケダモノ!」

「どうもしねえよ、あとボッコボコじゃなくてポコポコだろ?」

 

 何やらマシンガンの如く言葉の弾丸を飛ばしくまくって状況をややこしくする気満々な小悪魔を諭す。

 最初こそさっきの〝アレ〟を見てしまった時は驚いたけど、今冷静に美月の人柄と言うか〝善性〟を踏まえたら、ハグも込みな、どう言う意図で今日街中で秋人を会っていたかは見当がついた。

 

「散々心配させられた分、秋人(あいつ)にお灸を据えてたんだろ?」

 

 別に美月の意図通りに暴言交わし合うのも吝かではないのだが、早い内に本題へと移すことにする。

 

「ええ」

 

 さっきまでの生きの良いノリから転じて、顔を俯かせる少女の貌(ひょうじょう)に張り付く………憂い。

 

「本当に、紙一重だったんだから……」

 

 今にも涙が零れそうな、つぶらで丸丸とした両の瞼を、そうはさせまいと美月は理性の〝檻〟でこらえている。

 その様は、言葉よりも雄弁に物語っていた。

 今日、未来と二人でデートが可能になっている点から見ても分かる通り、一応……秋人の首はまだこうして繋がっている。

 けど保守性と排他性の塊な名瀬の幹部の連中相手に説得させるのは、たとえ前準備をいくら練っていても骨が折れたと、実際あの場にいなかった自分でも分かった。

 根っこは善良な女の子な美月にとって、その時の夜遅くまで続いたらしい会合の場の大気の冷たさ、重々しさは耐えがたかっただろう。

 脳の内部のスクリーンでは、完全に〝モノ〟として扱っている名瀬の幹部による秋人への非常極まる刃(ことば)の数々が再生されていると、美月の瞳を見た俺の瞳は捕えていた。

 それでも秋人と違って良心(おひとよし)を素直に表せない天の邪鬼ゆえ、まだ少し腫れてる右手であいつにお仕置きの拳を叩きこみ、修羅場を作る悪戯も仕掛けたってところか。

 不器用と言う他ない………でもその不器用さは嫌いじゃない。

 

「澤海……あんたもよ」

 

 伏せていた瞳を、俺の方へ向けて、そう言い放った美月。

 

「え?」

 

 自分にまでやり玉に上げられるとは、考えもしなかった。

 

「一昨日は、〝無茶の上限値〟が高いのどうの言ったけど………〝不死身〟だからって、進んで〝無茶〟をして良いってわけじゃないでしょ」

 

 いつもなら、すらすら出てくるのに、今は珍しく言葉が浮かんでこぞ詰まってしまい、彼女の言葉を受けるがままになる。

 

「あんただって……バカみたいにタフな以外は、ただの〝生き物〟なんだから」

 

 かと言って、戸惑ってはいても、目は逸らそうとは思わなかった。

 心の底から、美月は自分をも〝心配〟していると、瞳を見るだけで汲みとれた………その想いを、どうして逸らすことができよう。

 以前(ぜんせ)の自分であったなら……変わり果てても尚生き続ける己への恨めしさもあって、〝何が分かる〟とはっきり拒絶していた。

 今はどうか? と言われると、色眼鏡もなく曇ってもいない〝澄んだ眼差し〟と向き合えるくらいには、なっている。

 そう言えば、あの頃もその〝眼差し〟を見たことがあったな、と思い出した。

 

〝三枝未希〟

 

 得体の知れない自分を理解しようとし、ゴジラとしての俺の一生を、最後まで見続けた女性。

 

〝人間にも、お前みたいな奴がいたんだな〟

 

 宇宙からの分身を倒して、そいつの牢獄から解放された〝チビスケ〟が待っているバース島に帰る前に、柄にでも無く……人間に語りかけた、初めての存在でもあった。

 バカ正直に言うと、彼女と美月は、異能持ちの日本人女性であること以外は、てんで似ても似つかない点が多過ぎる。

 第一印象からの付き合いやすさでは、圧倒的に未希の方に軍配が上がってしまう。

 けどその〝澄んだ眼差し〟の一点だけは、生き写しなまでに―――そっくりだった。

 

「その………まあ無茶をやらかす原因を作ったのは私でもあるし………〝約束〟はちゃんと果たしてもらったし、今日は………いわゆる、お礼も一環ってことで」

 

 これはまた一転して、ぎこちなくどう言い表して良いか困惑してしどろもどろになる美月を目にした俺の貌は、自然と微笑みを形作らせた。

 

「ちょっと……人の話聞いてるの?」

「聞いてるさ、立ち話して時間潰してもいられねえから行こうぜ」

 

 言い終えると同時に、歩き出す。

 特に行き先は決めてない、それは気の向くまま臨機応変にってことで。

 

「こら澤海!」

 

 少々ぷんすか気味に美月も後に続いて、横並びの位置にて歩を進めた。

 

「誘ったのは私なんだから、主導権は私にあるの、お分かり?」

「はいはい」

「〝はい〟は一回で充分よ」

「は~い」

「ほんと傍若無人な王様ね」

「お前がそれを言うか?」

「慈悲深き女王様な私と澤海が同列などと思わないことね」

 

 こんな感じで、いつもの毒気を以て毒づきまくる彼女は、モデル顔負けの二の腕をこっちの左腕に搦めてきた。

 

「当たってるぞ?」

「当ててるのよ」

「見られてるぞ? 周りと、あと〝変態兄貴〟から」

「あら? 私は敢えて見せてるのよバカジラ君」

 

 部室では専制政治を敷く女王な文芸部部長様は、いつになく全体的に調子もうきうきしている。

 これをあのシスコンが見たらさぞかし………と言うか本当に見ていた。

 視界に入った歩道橋から、見覚えのあるマッシュルームヘッドな黒髪と季節錯誤なマフラーが目に入り、それが誰かは分かるのに一秒も掛からなかった。

 そいつは慌てて、その場にしゃがみ込み、目立たぬ様自身に〝檻〟を掛けて、そっ~~と去って行った。

〝安心しろ、限度は弁えた上で楽しませてもらうからな〟と、シスコンに〝思念〟を飛ばしておく。

 

「休日中はたっぷり遊ばせてあげるから、覚悟しなさい」

「おいおい、明日も行くなんて聞いてないぞ」

「今決定したんだからしょうがないじゃない、大目に見てよね」

「しゃあねえな」

 

 女王様の気まぐれさにやれやれと肩を竦めながらも、かつては憎くて憎たらしくて、憎悪の業火を強める油となった〝雑踏〟の渦中を、二人で歩き続ける。

 彼女に付き合うのは色々苦労を伴うだろうけど、一日中文集どもを読みふけっているよりは休日の有効活用でもあるので、こちらもこちらなりに楽しませてもらうことにした。

 

 

 

 

 今となっては別に、大抵の人間も含めた不特定多数の〝他者〟たちから〝どう思われよう〟と、〝どう見なされよう〟と、どんな〝異名〟を刻み込まれても一向に構わない。

 

 怪獣王、破壊神、死神、得体の知れぬ化け物、無慈悲で非情なるモンスター、常識を超えた超越者。

 

 上等だ――大いに結構、今さら悲観にくれる気も無い、言いたい奴には言わせておけばいい。異物とみなした存在を踏み台にしてまで〝常識〟にしがみつく奴らに好かれようなんて気は、これっぽっちも無かった。

 むしろ、恐怖に震えてくれるのを歓迎したいくらいだ。

 怪しげな獣と書いて〝怪獣〟と呼ぶ、だから実状は〝頭良いだけの霊長〟でしかない人間や彼らと同等以上の知性を有した〝知的生命体〟な連中に怖がられて、なんぼなのだ。

 実際、そう思われるだけの力を今でも持っちまってる身であるし、驕りやすい連中には、自分みたいな〝いかに己が実はちっぽけ〟かを知らしめる〝存在〟がいた方が良い。

 

 今の気持ちに偽りはない一方で………〝嬉しい〟って感情もある。

 

 美月や美希、そして秋人たちみたいに、自分をそういった過度な装飾に囚われず――〝ただの生命体〟として見てくれる〝生命〟がいてくれることには、感謝もしている。

 

 こうして今日も燦々と降り注ぐ太陽の日に勝るとも劣らない〝温かさ〟が、ヒトにだって確かに〝ある〟のだと、彼女たちは……教えてくれたから。

 

 

 

「で、最初はどこ行く? 俺には服の審美眼なんてないぞ」

「端から期待してないわ、だからまず映画に行きましょ」

「何見る気だ?」

「そうね………〝初代〟のHDリマスターが見たい」

「本気かぁ?」

「本気も本気、女の子だってそう言うタイプの見たい時だってあるんだからね、恋愛モノばかり見てるってイメージは女性差別よ」

「気分凹んで後悔しても知らねえからな」

「〝臨むところだ〟って言っておくわ」

 

 最初の目的地が決まり、俺達は〝二度目の正直〟なハリウッド版が公開されるのを機会に再上映中な〝第一作〟をやってる劇場へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 その日は何だかんだで一日目のデートをお互い楽しみ、翌日の二日目。

 前日と同様、駅前広場で待ち合わせの約束をし、銅像の前で美月を待つ。

 

「お……おまたせ」

 

 聞き覚えのある、でもいつもは見られない〝恥ずかしさ〟の籠もった彼女の独特の色合いな声が聞こえ、目を移すと。

 

「ミツキ?」

 

 いつものストレートヘアではなく、艶やかな長髪をツインテールに纏め上げた美月がそこにいた。

 

「ちょっ、ちょっとした気まぐれよ………どうせ私には似合わないけど」

 

 柄にもなく、こんな髪型にしてしまったと自虐気味に頬を赤らめる美月に対し。

 

「いや、似合ってるよ」

 

 柄にもなく、皮肉でもジョークでもなく、俺もそんなことを口走ってしまった。

 

 折角貴重なものを目にできたので、今日も今日なりに楽しませてもらうとしよう。

 

 

第一部、終わり。

 



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澤海―ゴジラの技集(オリ含め)

今回は澤海が劇中披露した技の一覧です。

彼は参考に他のゴジラ映画を日々鑑賞、研究しているので、レパートリーが前世よりも多くなっております。


・放射熱弾―アトミックボール

四代目である澤海にとってパラレルの自分である三代目がヘリを撃ち落とす時にたった一度だけ使った技が元。

熱線エネルギーを球状にして発射する。澤海―人間体の時は指鉄砲にした人差し指から放つ。通常の熱線より威力が下がるが連射、熱弾を散弾よろしく分散させたりと使い勝手はよく、人間体時に多用される。

 

・アトミッククロー

 本作のゴジラは、自らの熱線エネルギーを半個形状に凝固させることができ、それを応用して握り拳の指の隙間から伸ばして生成した爪。澤海が某アメコミヒーローの超硬度金属製の爪に着目して編み出された。

切れ味は抜群であり、コンクリートも鋼鉄も、妖夢の血肉も骨ごと両断してしまう。

 

・アトミックビュート

 前述と同じ能力で、掌からロープ状に半凝固させたエネルギーを投げ飛ばす、敵を捕縛する際に使用。

 

・放射熱線―アトミックシュート

 澤海―ゴジラが最も扱い慣れた熱線、人間体時は広げた掌から放射。無論ゴジラ形態の時は余剰エネルギーを背びれから放出し、その際光輝く(人間体の時は全身から放出させている)。

Gフォース隊長の佐々木大尉がVSメカゴジ劇中ゴジラの生態に関する講義で説明していたのと同じく、背びれが発光してから発射するまでの平均時間は1.26秒。

 

・スパイラル熱線―アトミックスパイラル

 映画ではvsキングギドラで使用した強化熱線。通常よりチャージに時間を掛け、ライフリング付きの銃口から放った弾丸よろしく高速回転を加えることで、射程距離と貫通力が強化されたらせん状の熱線を発射する。

 

・体内放射

 VSシリーズにてほぼ毎度使用された、全身の皮膚から熱線エネルギーを全方位に向けて照射する衝撃波。ピンチの状況から逆転させる、ゴジラの起死回生の切り札にも等しい技。またこの技の応用で、パンチやキックによる体技から衝撃波――アトミックスラッシュを放つことも可能。

 

・アトミックバースト

 ほぼ本作オリジナルの技。よりチャージ時間を伸ばしつつ、体内で生成したエネルギーを高密度に圧縮し、それを一気に解放しつつ放つ強化熱線。射程はアトミックスパイラルに劣るが、威力と攻撃範囲は通常の熱線の比では無く、多数の敵を一気にせん滅してしまう。尚澤海は、敵に恐怖を与えるにはもってこいとの理由でGMKゴジの熱線をモデルにこの技を編み出した為、背びれ発光時に放電に似た轟音が鳴る、発射時強烈なバーストが起きる等、発射シークエンスがかなり酷似している。

 

・放射火炎―アトミックブレス

 主に初代が使用した白熱光と同じく、対象を燃焼させる方に重点を置いた青色の火炎を放射する技、物理的破壊力は他の熱線に譲るものの、超高熱による火炎地獄は充分脅威であり、照射可能時間も長い。ギャレゴジの熱線と似た形状をしているが、これは完全に偶然の一致。

 

・ハイパースパイラルバースト

 彼の奥の手たるいわゆる赤色熱線であり、スペゴジに使用したバーンスパイラル熱線の強化版であり、本作のゴジラの現状最強技。

 アトミックスパイラルとバーストを掛け合わせ、さらに敵からの攻撃で受けたエネルギーを吸収、プラズマグレイネイドよろしく増幅、集束して打ち返す。

 他の赤色熱線と違って連発はできないが、一発分の燃焼力、貫通力、破壊力は凄まじく、G細胞によるレジストがあったとは言え〝凪〟の期間中にも拘わらず着弾地点から100メートル以上の火柱を舞い上がらせる程の威力を見せ、怪獣王、破壊神の異名に恥じぬ猛威を見せつけた。

この技の欠点を上げるとすれば、威力があり過ぎて、結界の内部など心おきなく放てる環境が整ってないと使えないこと。

 



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第二章
プロローグ - とある少女


 ある……少女の話をしよう。

 その少女は、ひたすら〝苦痛〟に耐え続ける日々を強いられていた。

 異界士の道に入る以前、当時中学生だった彼女は同級生から、明文化するだけでも虫唾の走る、陰惨で、凄惨で不快な〝黒〟に満ちたいわゆる苛めを受けていた。

〝転機〟となるその日も夜も、〝金〟を用意しなかったと言うだけで、奴らは肉体と精神の両方に暴力を彼女に叩きこみ続けた。

 夜遅くの公衆トイレは、少女の悲鳴を一切、外へと漏らさず遮断する。たとえ仮に聞いたものがいたとしても、助けようとする〝度胸〟のある奴は、そうそういない。

 でなければ、連中の行為がここまで悪化する程〝野放し〟にされてはいない。

 誰も彼も、彼女の身の周りには〝悪意〟を止めようとする存在は……存在しなかった。

 

 そんな最中、結果として〝彼女〟を救う者が現れる。

 

 既に成人を過ぎた若い男は、この日本ではそうお目にかかれない本物の黒い〝凶器〟を少女に投げて寄越した。

 ショップで売られているエアガンでもモデルガンでもない〝本物〟だと知らず、屑の一人は再び理不尽なる暴力を与えようとした。

 既に一連の〝苦痛〟で肉体が、それ以上に〝精神〟が崩壊する限界にまで来ていた少女は、咄嗟の防衛本能のまま、引き金を引いてしまう。

 火薬が炸裂し、火を噴く銃身から放たれた鉛の弾丸は、人の皮を被った屑の額を貫いた………当然、即死、肉と骨の塊は倒れ込み、頭部から漏れた赤の液体は床を妖しく染め上げる。サイレンサーが装備されたことで、本来轟く爆音はほぼ掻き消され、異変は外へと飛ぶことはない。

 目の前の惨状を受け入れられずにいる残りの屑たちが悲鳴を上げるその前に、少女はさらにトリガーに掛けた指に力を入れた。

 一人は心臓を貫かれ、もう一人は背中を撃たれる。急所は外れたことで、全身は出血と激痛の地獄を味わいながらもまだ尚、息があった。

 少女は躊躇せず、最後の一人の後頭部に、完全な絶命に至らせる一発撃ち込んだ。

 

 

 

 

 これが今回の事件の中心人物である少女の〝分岐点〟の一幕。

 

 

 

 

 ヒトは単色だけじゃない、温かな色だってあると知っている今でさえ〝種族〟としてはドライに捉える自分の〝目〟から見れば、これらの出来事と、これから紡がれる出来事に対しては………〝辛辣〟な言葉しか浮かばない。

 

 その日彼女に殺された連中に対しては何も感じないし、感じようがない。踏みとどまれるチャンスは何度もありながら無碍にし、暴力の重みも意味をも知ろうともせず、背負う覚悟もなしに、自分の生を自分から〝無〟にした奴らに、何を感じようと言うのだ?

 

 誰も彼女を苦しみから解放しようとしなかったからって、慈愛の仮面を被って〝罪過〟を着せ、少女の〝従順さ〟を散々利用した〝男〟に対しても、救い難い〝下郎〟だとも思う。

 

 その少女に対しても、救い主の〝本性〟を知らなかったとは言え、半ば〝自分〟を捨てて、そいつから言われるがままの〝殺人マシン〟の皮を被ってしまい、そいつが犯そうとした罪を一度たりとも止めようとしなかったことには、どうしても手厳しい言葉が出てきてしまう。

 

 

 

 

 まあ……〝あいつ〟なら〝罪〟を理解していても、糾弾することはできず、むしろ感情移入してしまうだろう。

 

 甘いと言い切るのは簡単だ、けど俺は俺なりに、あいつの想いには理解も示す気だってある。

 

 

 

 ともかくこれは、文字として端的に表現すれば〝苦痛〟の二文字しかなかった少女の―――〝物語〟である。

 

 



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EPⅠ - 新たな波紋

 ゴールデンウィークって名の休みの連なりは終わり、五月も中旬。

 長月市立高校はこの月から中間服に〝衣替え〟となるので、ブレザーな男子生徒らも、セーラーブラウスな女子生徒たちも、白シャツにベストな風体に様変わりしている。

 

 中頃の金曜日の放課後の文芸部では、今日も今日とて部の季刊誌〝芝姫〟の記念号に掲載する文集の選考作業中。

 先週は俺を除いた全員が一応のわけあって〝歌〟やら〝ダンス〟やら他のことに現を抜かしていた為、発行日にどうにか間に合わせるべくひたすら勤しんでいる。

 とは言ってみたけど〝ひたすら〟ってのは、ちと語弊があるか。

 ちなみに……先週秋人たちが作業ほっぽいて何をやっていたのかと言えば………ちと説明するのが憚られる。

 とうに過ぎ去った〝過去〟となった今となっては、あれらの出来事は当人たちにとって〝恥ずかしい思い出〟の極み中の極み、下手に口走れるものじゃない。

 可能な限り、説明しようとするなら、五月の二周の始めから終わりまで、ある〝妖夢〟が学校の屋上を占拠して、俺の〝仲間〟たちは約一週間分、そいつに翻弄されたのである。

 

「作者は流行に乗りたかったのかどうなのか知らないけどさ、誰これ構わず助けようとするこの小説の主人公の設定はどうかと思う」

「男子なんて〝可愛い〟だけで女子を助けるものじゃないのかしら? 仲良くなりたい〝下心〟も込みで」

「その点は認めるざるを得ないけど、創作の上で確たる動機付けは必要だ、別に劇的じゃなくても良い、誰もが共感できる……と言うか」

「メガネが似合うとか? そんなのが当てはまるのは秋人くらいよ」

「僕だけとは限らないだろ? 世の中には他にも〝メガネスト〟がいるかもしれないじゃないか」

 

 金髪な短髪と人畜無害で人の良さそうな顔付きをした男子と、あどけなさと色気と気品と尊大さが入り混じった黒髪ロングの女子。

 前者の男子は副部長の神原秋人で、後者の女子は部長の名瀬美月だ。

 俺とは同級生でもある二人は、ある先輩の一作での〝やたら誰彼構わず助ける主人公〟をお題に討論じみたやり取りを交わしていた。

 自分に言わせれば……〝助けたいから助ける〟ヒーローなんて光の国の巨人たち含めてわんさかいるし、人間だって打算を捨てて利他的に他人を助ける時だって無くもないと、心中で補足しておく。

 今のこいつらの流れに限らず、選考中な部室内では部員たちの雑談混じりな会話がほとんど途切れず続いているので、やり込んではいても〝ひたすら〟とはお世辞にも言い難い。

 終始だんまりな一本調子じゃ余計集中が持続しそうにないから、この空気感の中で作業していた方がやりやすいけど。

 

「アッキー、たっくん、これはどうかな?」

 

 黒いマッシュルームヘッドと異能の冷え性で五月でも首に巻かれたマフラーと類まれな美貌が特徴的な、最近は幽霊部員を卒業して毎日部室に顔を出すようになったシスコン兄貴のいわゆる〝残念なイケメン〟な名瀬博臣が、読んでいた一作を俺と秋人に勧めてきた。アイドルっぽい〝あだ名〟に関してはもう追及するのはとうに止めている。

 えーと、さっきまで博臣が熱心に読んでいた作品の題名(タイトル)は――

 

「〝俺の妹は空気読めない〟」

「これ主人公博臣(おまえ)だろ!」

 

 博臣から主な話の筋を聞く前に、秋人は今日も景気よくタイミング良くツッコミを入れた。これは文芸部に於けるお馴染みの光景の一つである。

 

「おいアキ、ミツキは空気が読めないんじゃない、読める癖にわざと最悪の選択肢を取るだけだ」

「もっと最低だ!」

「碧眼だね~たっくん、実に我が天使(いもうと)を見ている」

「博臣もさらっと同意するな! こんなの〝悪意の権化〟だって!」

 

 俺の〝事実〟を元にした補足(ボケ)と、さらっと肯定する博臣に続けて二発、三発目のツッコミを秋人は連投した。溜まった疲れを払うのに、こいつのキレのあるツッコミはほんと持ってこい。今のだけで、もう二時間はぶっ続けでも集中が途切れず継続できそうだ。

 

「ちなみにその小説に出てくる主人公の妹は兄思いだが本当に空気が読めない、彼女は彼女なりに愛する兄とその恋人な女子の仲を進展させようと頑張るんだけど、その善意が悉く裏目に出て事態をややこしくしてしまってね」

「〝ラブコメ〟ってやつか? ヒロ」

「前半は俺もそう思ってたんだが、むしろその皮を被った青春感動物語だった」

「そ……そうなの?」

 

 博臣によると、その妹は本編より三年前に事故で亡くなっており、前半の時点で巧みにその伏線が散らばれ、中盤それが明らかになってからはページを進めるのが止まらなくなるらしい。

 地の文も兄の語りによる一人称なのだが、その利点を最大限に生かした作りになっているとのこと。

〝妹〟そのものを愛している博臣の主観って装飾が入っている以上、実際読んでみないとどうとも言えないが、読んでみる価値はありそうだ。

 内容次第では、これも候補の一つに入れておくことにし、まだ途中な外惑星が舞台の西部劇チックなアクションモノを読み進めようとすると、赤縁メガネを掛けた後輩に目をやる秋人の様子を目が捉えた。

 その後輩の名は栗山未来、先月ある〝依頼〟でこっちの越してきた異界士で、最初こそ秋人を〝妖夢〟と勘違いして殺そうとし、俺の怒りを買ってしまったのだが、今ではすっかり文芸部員の一人で、部室内で読みふける姿が様になっている。

 秋人はそんな彼女に一声かけたくなったようだが、集中して選考している彼女を見て引っ込めていた。

 

「くう」

「え? もう五冊も読んだのか? じゃあこの紙(メモ)に感想書いといてくれ」

「こんこん♪」

 

 後輩君の他に、黙々と読みふける女の子はもう一人、机の上に腰かける小さな妖狐、俺の異界士としての相棒でもある妖夢のマナだ。忙しい時はこの子にも手伝ってもらっている。精神年齢は幼いが、作品を見る目はかなり鋭く、生来の愛らしさと癒しもあって作業効率は何倍も捗る。

 この二人を見習って、こっちも暫くは私語を慎んどくか。

 

 

 

 

 かれこれ10作品分は読み終えた。

 体感時間で、あれから一時間と数分は過ぎた感覚がある。

 確認の時計を見ると、針は五時半の近くにまで差し掛かっており、体内時計との差異は微々たるものだった。日に日に日照時間は伸びているので、窓から見える陽は夕焼けとなりながらもまだ顔を出して部室と、窓際の盆栽たちを照らしている。

 盆栽な趣味の未来が入部してから、窓際(このへん)はすっかり彼女が手入れしている〝作品〟の展示場と化していた。

 密閉されて少々淀み気味な空気を入れ替えようと、窓から新鮮な空気が入り込む、さすがに〝バース島〟のより譲るものの、山々の近くだけあってこの辺のも中々味わい深いと、体内に取り込ませた。

 

「休憩しましょう、秋人、急で悪いけど甘いものと飲み物を買ってきてくれるかしら」

 

 腕を伸ばして疲れを和らげる美月は開口一番、副部長におつかいを催促、正確には〝命令〟を下す。

 この学び舎の文芸部に置いて〝副部長〟って役職は、独裁体制敷くサディスト&女王様な〝部長〟の体の良い〝使いっ走り〟でしかなく、実権はほぼ皆無。

 歴史でも創作でも、国の君主とやらはお飾りで摂政などの右腕が政治(まつりごと)のトップに躍り出ることは多いが、この部の場合はその逆なのだ。

 

「三人もヒラ部員がいるのに僕ばかりこき使われるのは納得いかないんだけど?」

 

 かと言って、副部長も決して盲目的に従う口ではなく、秋人なりにジト目で部長へ抗議の想いをぶつけ。

 

「副部長の分際で口答えしようなんて十年早いわ、悔しかったら早く部長の座に上り詰めることね、まあ十年くらい留年しないと部長として偉そうに命令してこき使えそうにないけど」

「そこまで留年してるくせに偉そうな高校生とか目も当てられないだろ!」

 

 それを受けた〝ミツキズム〟全開な部長(じょうおう)は今日もしれ~っと、ブラックジョークを副部長に投げつけた。

 説明しとくと、これは天の邪鬼な美月なりの親しみを込めた物言いなので、それが分かっている自分からしたらむしろ微笑ましい。

 

「でも秋人は普通なら嫌がられる行為を積極的にやろうとする節があるじゃない」

「ねえよ!」

「せっかく褒められてるのに否定するなんて、勿体ねえ」

「へ?」

「ミツキの言う〝嫌がられる行為〟っては、焼却炉への廃材運びに掃除当番、花の水やりとか動物飼育に委員会の資料作成とかの類だ」

「なあ美月、本当か?」

「当たり前じゃない、他にどういう意味があるのよ」

「それは………ヒラ部員がいるのに副部長を〝小間使い〟する……とか」

「あの……何なら私が代わって行きましょうか?」

 

 絶賛駄弁り中な中、一人黙々と作業を続けていた未来が、自分から買い出しの役を買って出た。

 約一月分の付き合いで、未来も美月は決して心から〝悪意〟を以て暴言を吐いているわけじゃないと知ってはいるが、それでもメガネっ子の後輩から見たら副部長の先輩はかなり〝可哀そう〟に映ったようだ。

 

「ミライ君、これでもアキは甘いものと飲み物を選び抜く能力に長けててな、ミツキもミツキなり一目置いてるからわざわざこいつに頼んでんだよ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ」

 

 俺からもフォローを入れておく。

 

「澤海、それ褒めてるつもり……なのか? イマイチそんな気がしないんだけど」

「そのつもりで言ったに決まってんだろ?」

 

 あんま自分が狙った効果は上がらず、秋人は訝しむ反応を見せてきたけど、褒め讃える気は本当だ。

 実際、こいつは各部員の好みと趣向に合わせた間食用の食糧と飲料をこっちから指定しなくとも選んで購入して来てくれる。

 秋人が選別眼に恵まれていなかったら、選考の作業効率は悪化して〆切たる発行日に絶対間に合わなかったことだろう。

 使いっ走りとして部長にこき使われる副部長も、この文芸部には欠かせぬ人員なのだ。

 

「〝怪獣の王様〟からもお墨付きをもらったのだからさっさと行きなさい、あと領収書はちゃんと貰っておくのよ、部費の恩恵を受けるには支出をはっきりさせなきゃならないんだから」

「分かったよ、息抜きも兼ねて行ってくる」

 

 読んでいた一冊を机に置き、秋人は腰を上げて部室を後にした。

 

 そこから数十秒の間、先程と打って変わって、未来は部室扉をちょくちょく覗き続けていた。

 この辺を見ても、最初に会った時からそんなに経ってないのに随分と変わったもんだ。

 

「一人にしておけないってんなら、行ってもいいぞ、数分程度の〝穴〟なんてどうってことねえ」

「っ………すみません、やっぱり私も買い出しに行きたいのですが」

「仕方ないわね、今リストを書くから少し待って」

 

 見かねた俺は、後押しをしてやる。

 この子が心配するのも無理ない、まだ完全にこの地は〝凪〟の効力から脱したわけじゃない。もし事情を知らぬ外様の〝異界士〟がいたらって懸念が彼女にあるのが分かる。

 実際、この子もあいつを妖夢と誤認して殺しそうになるところだった身だ。

 外の空気を吸うのも兼ねて、俺が買い出しを付き合ってやるつもりだったが、ここは後輩君に譲ろうとした―――矢先。

 

 

 

 

 開けた窓の外から進入してくる………空気の流れに乗った〝匂い〟。

 

 

 

 

 それを知覚した全身のありとあらゆる表皮が、鳥肌となって呻く。

 自分の〝嫌いな〟類のせいだった。

 しかも、意識せずとも鋭敏になった〝感覚〟が………もう一つ別の〝匂い〟を手繰り寄せた。

 口が舌打ちを鳴らす。

 考えるまでもなく、その〝正体〟を理解したからだ。

 

 わざわざ玄関に行って靴を履き替える〝時間〟すら消費できない俺は、マナに〝思念〟を送りながら、その足で部室の窓から外へ跳び超えた。

 

 

 

 

 

「澤海!?」

「おいたっくん!」

 

 いきなり電光石火の勢いで窓から外へ飛び出した澤海の行動を前に、美月ら三人は驚くしかない。

 

「今の黒宮先輩の目を見ました?」

「ああ……あのたっくんの目は、間違いなく〝ゴジラ〟の目だ、余程の大物を察知したようだな」

「けど……〝檻〟には妖夢も異界士の反応もなかったわよ」

「たっくんの直感が正しいのなら、それだけ俺達の網を掻い潜るだけの能力を持っているのかもしれない」

 

 名瀬の屋敷があるこの街は無論、この長月市は全域に〝檻〟の網が張り巡らされており、異界士と妖夢の大まかな気配と動きは名瀬兄妹含めた〝使い手〟に筒抜け………本来ならそうなのだが、二人の感覚には全く〝異常〟らしき異変は全く感知しなかった。

 それもあって、彼女の戸惑いの波はより大きい。

 

「く~ん」

 

 すると、小さい手で器用に鉛筆でメモに澤海から授かった〝伝言〟を書いていた子狐形態のマナが、その紙を三人に見せた。

 そこには、全文ひらがなながら、異界士である三人にとっては由々しき事柄が載っていた。

 

 

 

 

『きょうかいのにんげん、さもんかんがきてる』

 

 

 

 

 その言葉の意味を知る彼女らの額から、汗が滴り落ちる。

 

「追いかけます!」

「未来ちゃん!?」

 

 未来もまた、かの〝人種〟が半妖夢の秋人ともし鉢合わせたら、と居ても立っても居られなくなり、澤海に続いて窓から飛び出した。

 

 

つづく。

 

 

 

 

 



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EPⅡ- 憂き世

原作では二巻、こちらでは今回の話に出てくるキャラたちは今後ちゃんと再登場するのでしょうか……ちとそこが気がかり、真城優斗は出るかもしれない気配は匂わせてるけど。

ちなみに新キャラの一人の中の人はメガブルー(吹替えでファンタスティックフォーのヒューマントーチも演じてた)なので、今回の話はある意味ゴジラvsスーパー戦隊でもあると言う。


 僕たち文芸部の部員らの小腹の足しになる菓子類と飲料水は、主に校舎から歩いて三分ほどで着けるコンビニで購入されている。

 近場な以外に、店内規模は普通のコンビニより広く、品揃えも結構豊富で重宝している一店だ。

 今日も部長の横暴で、副部長の身ながら買い出しの役を押しつけられた僕はそこに向かっている。自らその役を買って出た栗山さんに譲ることもできたけど、熱心に物語の世界へと入りこんでいる彼女の姿を見たら、とてもそれを邪魔する気にはなれなかったもので、結局僕が請け負った。

 折角一人外に出たので、長びかせないよう注意は怠らず僕の〝楽しみ〟を楽しむことにする。

 例のコンビニまでの道中には、メガネ専門店があり、ショーウィンドウにはそれはもう多種多様でどれも各々の魅力に溢れたメガネたちが飾られており、それを拝む為だけに寄り道することも少なくない。

 

「なんと!?」

 

 今日はどんなメガネたちがいるか、ウィンドウの奥を眺めた僕は驚愕に駆られた。

 いわゆるコラボ、タイアップメガネである。

 一例を上げるなら、あるアニメのキャラが劇中使っているのと同じデザインなメガネだったり、或いはマスコット等のキャラクターそのものを反映したメガネだったりと言ったやつである。

 それら自体はメガネの世界では頻繁にあることでそう珍しくないのだが………まさか怪獣王ゴジラとそのライバル怪獣たち、さらには今年公開のハリウッド版とのコラボだなんて、メガネストたる自分は考えもしなかった。

 ゴジラら各怪獣の身体的特徴を上手く取り入れたデザイン。

 僕らの〝友〟でもある平成ゴジラと〝ギャレゴジ〟の背びれを模したテンプル、金星の文明を滅ぼした某超ドラゴン怪獣の体色を再現したカラーリング、インファント島の守護神の羽をモチーフとしたリム………どちらかと言えばシンプル派な僕でも、怪獣のビジュアルをメガネに落とし込んだ制作者のセンスには畏敬の念を抱かざるを得ない。

 いけない……このまま欲求に身を任せたらあっという間に真夜中だ……じっくり鑑賞するのは今度の休みにしよう。その時なら何時間だって鑑賞できる。

 本来の目的を忘れかけた自分を叱責して言い聞かせ、例の行きつけのコンビニの方へ足を運ぼうとした僕は―――足を止めてしまう、いや……止めざるを得なかった。

 

「まさか夕刻(こんなじかん)に、妖夢が徘徊しているとはな」

 

 現代の日本にとって、異様な光景が僕の眼の先にある。

 男がいた………見かけからして青年くらいの歳の男、その者の風体は余りにも異様だった。江戸時代の諸国を流れる浪人の如き、和装姿、今の時代の人間からはコスプレにしか映らない。

 しかし、精悍な容貌から発せられる〝気圧〟と、瞳が有する〝眼光〟は、その格好にはこの上なく〝似合っていた〟………創作でよくある、あの時代からタイムスリップでもしてきたなどと言われても、信じてしまいそうだ。

 当然、腰には〝日本刀〟が携えられている………鞘から抜かれてもいないのに、僕はそれが〝本物〟だと一目で見分けられた。

 

「…………」

 

 無意識に緊張で唾を一呑みしたことで、自らの息が荒れ出していたのを自覚した。

 悔しいが……ここ三年の暮らしが、僕の危機意識(ほんのう)を鈍らせていたと、認めざるを得ない。

 いくら名瀬家が裏で牛耳り、あらゆる場所に檻の網が張り巡らされている地だとしても、僕と僕の立場を知らない異界士が、僕の存在に気づかない保障など……無かったと言うのに。

 

「丁度いい」

 

 剣豪の瞳から発せられた……それ自体に殺傷力がありそうな〝殺気〟が僕を捉え、右手は腰の刀に添えられた……居合腰と呼ばれる体勢。

 何度………その目を〝突きつけられた〟ことだろう。もう何度となくどころじゃないけど、それでも一向にその〝視線〟に慣れそうにない。

 四月の始め、夕焼けの校舎の屋上で出会った時の栗山さんも見せた………〝殺意〟を帯びた眼差し。

 

 構える男の全身が前屈みになる……いつでも鞘から抜刀し、その凶刃で僕を斬り殺す準備を整え切っていた。

 全身全霊、全力でこの場さら逃げ去るか?

 無理だ……素人目に見ても、奴に背中を向けた瞬間、一歩でも足を踏み込めぬまま―――僕の体は裂けた肉から迸った大量の〝血〟に染まる。

 あの異界士と相まみえた時点で………逃げ場はとうに崩れ去っていたのだ。

 

 公衆の面前、多数の通行人が行きかう環境であることを全く臆せず、躊躇わず………剣豪は現代の大地たるアスファルトを蹴り、突風の如き素早さで僕へと肉薄する。

 

 距離を切り詰めながら、鞘に封じられた〝刃〟を解き、半妖夢の血肉を骨ごと断ち切ろうと迫る。

 

 瞼を閉じる猶予さえ許されず、凶刃と言う名を有した〝死〟が僕を呑み込もうとした―――直前。

 

 頭上を、見覚えのあり過ぎるチェレンコフ〝光色の弾丸〟が通り過ぎ、丁度光の衝突コースにいた剣豪はその手の刀で打ち払い、一転して跳び、後退する。

 

 光が軌道上たる頭上を僕は見上げる。

 バルクールってスポーツによく似た動きで宙返る………〝友〟の姿。

 彼は僕の前で降り立つ。

 僕と同じ〝制服〟を着た人間なその後ろ姿から―――僕は〝あの背びれ〟連想させるのであった。

 その背中は、逞しくあり、頼もしくもあり……同時に、僕の目から〝羨望〟の眼差しを発させていた。

 

 

 

 

 

 危ないところだった。

 窓の外から〝査問官〟の匂いをかぎ取って急いで来てみれば、人除けの結界を貼る措置さえせず〝殺気〟を撒き散らす〝異界士〟と対峙させられている秋人の背中を目にした。

 自分の位置からは死角だったものの、膨れ上がった殺気から咄嗟に飛び上がり、疾駆しつつ居合の構えから刀を引き抜こうとする野郎へすかさず牽制の放射熱弾――アトミックボールを放つ。

 こっちの存在を発した時代錯誤な〝浪人風〟の風体をした異界士は、その刀で熱弾を切り払い、跳躍で後退し、俺は秋人の盾になる形で友の前に降り立ち、右手を横に伸ばして〝手を出すな〟〝大人しくしてろ〟と伝達させる。

〝怒り〟がないと言われれば……そいつは嘘になる。

 またしても、誰も襲っておらず、当人は襲う気など全くないのに、ただ人の〝日常〟の中を歩いていただけで秋人は襲われたのだから………過去何度も繰り返された〝不条理〟だ。

 実際に、何度も人のテリトリーを侵し、文明物を洗いざらい破壊し、大勢の人間をぶち殺してきた自分や、実際に人様を襲ってる類の妖夢どもはともかく、秋人(こいつ)と、こいつみたいなのを出会いがしらに殺そうとする神経は、自分からすればどうしても理解に苦しむものだった。

 妖夢を〝絶対悪〟などと決めつけなんてしたら、それこそ人間はそれ以上にどす黒い恐ろしい〝怪獣〟となってしまう………見方によって俺は―――そんな怪獣の持つ〝闇〟を授けられ、それが〝形〟となった存在だ。

 でなければ〝ゴジラ〟の体表が、あんなにも〝漆黒〟な色合いに染まるわけがない。あの〝黒〟が人間が持つ〝色〟の一端であることは疑いようもなく、対峙する侍風の風体な異界士はそれを証明してしまっている、残念なことに。

 しかし、怒りの激流に身を任せるわけにもいかない、そいつは少々厄介な立場にある相手だからである。

 情が濁流をならぬよう制御し、ポーカーフェイスで臨まなければ―――まず懐(ポケット)から、パスケースに入った〝カード〟を異界士に見せる。

 そのカードの表面から、俺の名前と顔写真のホログラムが宙に投影された。

 このケースに入れてあるのは〝異界士証〟、言ってしまえば異界士の〝免許証〟かつ〝身分証〟、これ一つで同業者たちには正式な異界士だと表明できる便利な代物で、ホログラムはそれに備わっている機能って奴である。

 異界士証を見た異界士は相手が同業者な事実に驚いた様子、殺意の籠もった眉間の皺が一度緩み――――一層皺を深く寄せて睨みつけ、正眼で切っ先を向けて来た。

 つまり憤りがより増したわけだ。お陰で見ているこっちの怒りの熱が引いてしまい、溜め息を吐きたくなる………頭が冷えてより冴えたこっちとしてはむしろ好都合だけど。

 

「異界士の身でありながら、なぜ〝妖夢〟を庇う」

 

 とは言ったものの、面倒な手合いでもある。

 無駄に使命感と言うか思想と言うか………〝イデオロギー〟ってもんが強過ぎて、自分は〝天命〟を授かっただの何だので自負心があれぬ方向に捻じられて肥大化してしまった感じが自分からは見受けられた。こう言うのは脳みそが凝固寸前にお堅い上にカッとなりやすい、とても厄介なタイプ、説明しても碌に理解する意気どころか聞く耳を持っているのかすら怪しい。

 もう少し煽って見るか、それで少しは周囲の〝異常〟が分かるかもしれない。

 

「てめえみてえな勘違い〝ブシドー〟患った野郎と話す舌はねえよ、SAMURAI FAKER(サムライモドキ)」

 

 わざと憎々しげに、悪魔そのものを表現するつもりで顔に〝邪悪〟な笑みを作り、過敏な部分―――言っちまえばまえば〝逆麟〟に敢えて刺激させる言葉を言い放つ。

 

「きさま……」

 

 わざとらしい悪役臭が匂い立つ俺の〝大根演技〟に、素浪人風の異界士は分かりやすく引っかかった。

 自分の〝第一印象〟から全く違わず、ほんと分かりやすく、状況に似合わない大笑いをしそうになり、堪えた。敵を煽るにしても適切な〝やり方〟ってものがある。

 額の憤怒の皺がよりきつくなり、ケダモノみたく食いしばった歯をむき出しにし、素人でも勘づける程ダダ漏れな殺気は、俺にへと集中する。背後からも秋人が〝心配〟の目線を飛ばしていた。

 なのに……こんな事態になっても―――周囲の通行人たちは関心どころか見向きもしない、目線をほんの一瞬にでも俺達に向けず、通り過ぎ去って行く。

 

「妖夢に誑かされた―――この〝もののけ〟がぁぁぁ!!」

 

 もののけじゃない――〝怪獣〟だと心中訂正した。

 一応こっちにも、怪獣としての自負心が〝それなり〟に、〝程ほど〟にある。

 

 居合の構えから、憤怒の〝ニトロ〟により、秋人へ切りかかろうとした時の比じゃない瞬速で俺に向かって猛進。

 

 さあ……鬼が出るか? それとも蛇が出るか? どっちだ?

 

「彼をその剣で斬ってはならない」

 

 他の男の声がしたと同時に、回転からの遠心力を乗せた刃は、俺の首とギリギリの溝を作って空振りとなる。あの速さから繰り出された斬撃で虚空しか斬れないなど、不自然にも程があった。

 瀬戸際のスリルの〝快感〟を味わいながらも、ポーカーフェイスを維持したままな俺と対照的に、驚愕を分かりやすく見せる侍モドキは反撃を受けまいと下がり。

 

「なぜ邪魔を……あの妖夢ともののけを庇おうと言うのか?」

 

 同じ〝査問官〟の匂いがする男に不満をぶちまけた。

 180くらい背丈、やや濃い目の肌、下顎の無精髭と楕円型の眼鏡を掛けた、普段の博臣と似たり寄ったりに人を食った態度な優男だ。

 その隣には、ゴスロリ服な格好と、人形に見えてしまう無表情さに顔を固定させた少女がいた………こいつも〝匂い〟で査問官だと悟る。

 さっき部室内で感じた〝気配〟の主どもは、間違いなくこいつらだ。

 リーダーは、あのメガネの優男と見て良い。

 相変わらず―――周りの通行人は誰も彼も無関心を貫いている。

 

「すみません、面倒な事態を避けたかったのですが、そこ浪人が短気過ぎてとてもこっちの言い分など聞いちゃくれないと思いましてね、上司のあんたに止めさせてもらおうと〝一芝居〟打たせてもらいました」

 

 わざわざ露骨に奴を煽ったのは、そいつら他の〝査問官〟をあぶり出す為だ。縄張り意識の強い名瀬のテリトリー内で、不用意に騒ぎを起こすのは連中としても避けたいと俺は踏み、一芝居打ったわけである。

 ようやくまんまと〝乗せられた〟のを自覚したようで、浪人風の査問官は悔しさに歯ぎしりを見せる………さすがにくどいが敢えて言うと、分かりやすい。

 構えた時の姿勢の端正さと美しさ、研ぎ澄まされた剣閃から見ても、剣の腕は〝凄腕〟の域で、日々精進を怠らない〝努力家〟だと言うのに、あの気性一つでそれらの長所を台無しにしていた。それでよくもまあ〝査問官〟になれたものだ。〝協会〟の選定基準はどうなってるんだ? 役職上に於いて奴の〝短所〟は大問題だと言わざるを得ない。

 

「それはとんだ手間を掛けさせてしまいましたね、こちらこそ部下がご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ない」

 

 優男な査問官は、常時笑みを浮かべた様子でこっちに詫びを入れ。

 

「ここは査問官特権の利かない名瀬の管轄地だ、下手に事を起こせば事態は混迷を極めると、そこの彼は警告しようとしたのだよ」

 

〝表面〟からは温和に微笑んでいる態度で、サムライモドキに諫言を投げた。少なくともあの優男は、一見すると査問官の役職を得るのに相応しそうな人物に見えはする。実際任命されるだけの技量は持っているのだろう。却って協会の選考能力が公平か怪しくなってしまったが。

 

「その名瀬が妖夢を野放しにしているのだぞ」

「その名瀬がわけもなく〝自分の庭〟にいる妖夢をほったらかしにするわけないだろ?」

 

 なおも不服な態度を見せる優男の部下へ、皮肉と一緒に一応注意しとく。

 その凶暴性、まるで〝狂犬〟じゃないか、怪獣からこんな〝揶揄〟されるってのは我ながらどうかと思うぞ………せっかくの〝おつむ〟があるのだから、この程度の事情くらい自力で察してほしいものだ。

 

「こいつはやつらの〝飼い犬〟だ、そこの査問官様は名瀬と正面から喧嘩できる自信が相当おありのようだな」

 

 たとえ事実でも、我が〝友〟を〝飼い犬〟などと揶揄するのはさすがに良心に響き、胸の奥がズシりとする感覚が過ぎる………けどそれをちゃんと感じて噛みしめるのは後回しだ。

 あの優男、舌の扱いも達者な〝手練れ〟、細心の注意で言葉を選ばないと……ちょっとした一言でもそれは〝弱み〟となって突け入る隙を相手に与えかねない。ここは自然な調子で、ビジネスライクに振る舞わなければ。

 それに……気配そのものは感じていたのに、制止の声が上がるまで、俺の目は奴らを〝捉えていなかった〟………通行人が無関心になる現象と繋がりがあるくらいしか、今のところ把握できない。

 

「だそうだよ、いつも言っているだろ? 急いてはことを仕損じると、目先の小物に釣られて大物を逃しては元も子もない」

 

 結構以上に精悍で端正なせっかくの顔を、サムライモドキは盛大に歪ませた。改めるまでもなく、そいつは煽り耐性が無さ過ぎる上に〝駆け引き〟にてんで向いていない。

 憤怒の化身は昔の〝自分〟だと思っていたのだが、その認識は訂正しなきゃなさそうだ。

 あからさまに不満の気を発しまくるサムライモドキは、ようやく抜いていた刀を鞘の中にしまい。

 

「命拾いしたな」

 

 創作(フィクション)でよく見かけそうな捨て台詞を吐き捨て、背を向けて歩き出した。

 結局一言も発することなく、ゴスロリ少女なもう一人の査問官も追従して去って行く。

 どうにか危機は脱せられたことで、背後にいる秋人の口から安堵のため息が漏れた。

 

「先輩!」

「栗山さん……」

 

 直後、聞き慣れた少女の〝心配〟が詰まった声がしたかと思えば、未来が普段は真っ平らな道でも転びそうな幼い容姿に反した素早い身のこなしで駆けつけて来た。

 マナにはいきなり部室の窓から出ていったわけの言伝を頼んどいたから、相棒から聞き、かつては自身も秋人に手を掛けてしまった経験から、いても立ってもいられなくなって追いかけたところか。

 

 

「二人ともご無事ですか?」

「うん、僕も澤海も大丈夫」

 

 秋人からの応答で一端はほっとした顔をするも、未来は優男の存在に気づいて再び気を張り詰めさせる。

 

「それで……あの人は?」

「査問官だ」

 

 一言まで端的にまで切り詰められた説明に、未来の大きな双眸に宿る警戒の色が強くなり。

 

「警戒することはないよ、ただの〝半妖夢〟に用はないさ」

 

 周辺の大気も重苦しさが、柔和な態度の優男の一言で、さらに悪化した。

 こればかりは、驚きを押し隠すのは無理な話だった……抑えたつもりだが、それでも眉を中心として顔に出てしまう。

 

「どうして……」

「どうしてかって?」

 

 未来などそれ以上に、眼鏡越しの童顔を酷く驚かせていた。

 異界士は人間と妖夢を判別できる眼を持っているが、それを以てしても〝半妖夢〟を識別するのは難しい。

 俺でさえ、初めて秋人を目にした時は誤認したくらいだ。一目で秋人を〝半妖夢〟だと認識するのはそれ程困難であり、つまりあの男は直に秋人と会う以前から………こいつが妖夢と人間の〝ハーフ〟だと知っている。

 

「別に驚くことじゃないさ、あれだけ手に負えない〝怪物〟はいない、何せ名瀬が名高き〝怪獣〟を監視役に任ずるくらいだから―――」

「黙れ」

 

 おどけた調子で口にされる優男の発言を、中途で秋人が遮った。

 直接見ずとも、秋人の声と体が、震えているのが分かる。

 自身の内に潜みしもう一人の〝自分〟と、それを未来に知られてしまうことへの二重の恐怖によって。

 

「ではこれで失礼するよ」

 

 話の腰を折られた優男の査問官は、大して気にも止めず、悠然としながらも足早に去って行った。

 

「先輩……大丈夫ですか?」

「うん………大丈夫だから………本当、なんでもない………まあ、二人とも来てくれてありがとう、僕一人じゃどうしようもなかった」

 

〝心配〟の眼差しを送る後輩と俺に、秋人は〝大丈夫〟だと答えた。

〝何でもない〟わけがない、俺の目からははっきり強がっているのが見え見えだった。

 かと言って………俺からは下手にどうこう言えない。

 これは秋人にとって最もデリケートな問題である上に、化け物染みた〝力〟を支配し、ものにしている自分が口出しなんかすれば、余計に拗らせ悪化を招いてしまう。

 それだけ秋人の妖夢の〝血〟は―――凶暴につき―――な〝モンスター〟なのであり、俺は〝ただの人でいたい〟のに内なる〝闇〟を抱え、怯える秋人にコンプレックスを齎し、時に刺激させている存在でもある。

 だから……無理に〝戦え〟などと、発破を掛けられるわけがなかった。

 

つづく




いきなり問答無用で斬りかかられた秋人君ですが、半妖夢な彼に限らず、人を襲う気がない妖夢でも異界士とばったりはち合わせたら襲われる……境界の彼方の世界はそれほどシビアなのです。


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EPⅢ - 四の五の言わずに部活動

 あの優男率いる〝査問官〟との一悶着から数十分後の文芸部、窓からの景色はとうに陽が暮れて夜中、星を見たくとも、蛍光灯に照らされる室内からはあまり拝めないのが残念だ。いくら人の生活には欠かせないことは理解できても、やっぱり人工の灯りは個人的嗜好からはとても好きにはなれない。

 密着する格好な二つの長机の上には、あの後コンビニで買ってきた菓子類と飲料が置かれている。

 ポ○キーだったり、き○この山だったり、ポテトチップだったりチョコスナックだったり、おむすび型せんべいだったりグミチョコだったり、ミルク紅茶だったりコーヒーだったり緑茶だったり。

 

「あの〝メガネ〟、わざわざ名瀬管轄地(このへん)のことを〝査問官特権が利かない〟だとか抜かしてたからな」

 

 俺達は頭脳労働に必要な糖分と体力補給に食しながら、先程の秋人が襲撃された一件の一部始終を〝改めて〟その場にいなかった美月と博臣に話していた。

 

「お前らの〝目〟からはどう見えた?」

「確かに連中の雰囲気は〝査問官〟のものだったね、特にあの眼鏡の男」

「私も右に同じ、あの〝感じ〟はそうそう忘れられるものでは無いわ」

 

 美月も兄に続いて頷く。

 実は一応、二人も〝あの場〟を目にしている。それは机上できのこの山を狐なのにリスっぽく頬張っているマナの能力の賜物。

 あの時、俺とマナは彼女の力で視覚を共有していた。そして俺の視覚情報を得たマナが、二人の脳内のスクリーンに投影させていたのだ。

 なんで念を入れてこんな手を打ったのかと言えば、〝檻〟の万能性が持つ難点があったから、元々檻は妖夢を相手よりいち早く補足する意図で発展した空間系の異能で、バリアや異空間生成と言ったのは後から生まれたもの。

 それ故、名瀬は檻の索敵能力に頼り過ぎているきらいがある。これは博臣たちにも見られる傾向であり、時としてそれは不測の事態への対処に迅速さと冷静を鈍らす影響を与えてしまう。

 名瀬泉とグルになって決行された真城優斗の八百長試合染みた襲撃が、良い例だ。美月は言うまでもなく、檻の網を潜り抜けて次々と操られた妖夢が出てくる状況にさしもの博臣も焦りで判断力のキレを鈍らせていた。

 今回も檻の万能さが仇になって、学校の近場に外部の異界士、それも査問官がうろついていた事態に対し、懐疑的になる恐れもあったので、マナの力も借りてもらった。

 尤もこれは、俺達と二人の間柄だからこそ通用した手段、これが他の異界士だったら、似たような異能を持つ名瀬の連中さえも〝妖夢が生み出したまやかしだ!〟だのどうだの言って信じないのは目に見えている。

 

「その、毎度話の腰を折って悪いけど、僕にも説明願いたいのですが……」

 

 俺達と付き合いがあるだけで部外者同然の身な秋人が手を上げて、異界士関係の説明を求めてきた。

 まずは〝異界士協会〟のことからだな。

 

「異界士のお役所な組織があって、そいつは〝異界士協会〟って呼ばれてる、まあ某魔法世界の魔法省みてえなとこだ」

「あの……澤海さんや、その喩えからは濃密な悪意を感じるんだけど……」

「気のせいだ」

 

 と、表向き一蹴したけど、実際秋人の読み通り、濃厚なブラックジョークで先の比喩表現を俺は口走っていた。

 美月たちも苦味のある顔をしており、それはこの兄妹も決してあの組織を清廉であると捉えていない証拠と言える。

 勿論怪獣でゴジラな俺は、〝権力者〟って手合いは喜んで反吐を熱線よろしく吐き出すくらい大―――っ嫌いな人種どもである。

〝権力〟なんて最も実体がなく、従える下の人間がたちが大勢いないと効力を持たない――そのくせ持っている奴に自分は〝神〟にでもなったと驕らせ、増長させてしまう性質の悪さを有した〝力〟を持っている連中の組織なんて、クリーンからは完全なる対極に位置する存在だ。

 一応説明しておくと、今口にしたのと反復になるが、《異界士協会》ってのは、いわゆる異界士のお役所みたいなとこであり、異界士たちの統括と管理を行っている。もっとかみ砕いて言えば異界士が調子こいて〝暴挙〟をやらかさないようお目付、実際やっちまった者に対してはしかるべき処置を行って取り締まるところで、ようは異界士限定の行政機関であり、警察であり、裁判所みたいな、異界士の世界の秩序を一応担う組織だ。ちなみに喩えに出した某魔法世界の組織と同じく、権力、と言うよりそいつの魔力で心身腐りきった権力者の暴走を防止させる機構な〝分権〟は、ほぼ皆無と言っていい。

 人の本質は〝混沌〟であり、その反対の〝秩序〟を維持し続けるのに必要な〝構造(システム)〟がないとどこまでもタガを外し続けてしまう性質(たち)な以上、異界士の世界にも機関(システム)は欠かせない、権力者を毛嫌う自分でもそう言った〝システム〟の必要性は認めている。

 協会の仕事の一つを上げると、それは〝異界士証〟の発行、無論ながら、この資格証を持たずに妖夢退治なんかしたり、たとえ持ってても〝異能〟を悪用したり、他の異界士の手柄を横取りなどしたら、協会は黙ってなどいない。

 

「で、場合によっては実力行使で違反者を取り締まる専門の異界士が〝査問官〟と言うわけさ」

 

 俺と博臣は、協会の主な〝仕事内容〟と、実際暴挙をやらかした異界士を時として実力行使でねじ伏せ、お縄を頂戴する対異界士な異界士――〝査問官〟のことを説明した。

 軍隊に喩えるなら〝憲兵――軍警察〟に相当する役職である。

 名瀬の庭なこの辺など例外たる地域は少なからずあれど、特に面倒な手続きをしなくても査問官独自の一存で活動できる権力を持っている、あの優男も口にしていたが〝査問官特権〟ってのは、つまるとこそう言うことだ。

 

「あのサムライモドキみてえなのはそういねえから安心しろ」

「だ……だろうね、ああ言うのが大半いる役職だったら、色々問題あり過ぎだし」

 

 武士道をヘンテコな方向で曲解してしまったようにしか見えないあの瞬間沸騰器な単細胞の、俺からの見え透いた挑発をバカ正直に間に受けた様を思い出しているようで、秋人は苦虫を噛み潰した感じも混じった苦笑いを見せた。

 俺もそんな乾いた笑いを浮かべたくもなる。一応、同族を疑い、そいつが抱える疑惑を追及し、本当の真実を導き出し、実際に罪を犯したのならば御用にするデリケートな〝仕事〟なのだから、査問官の選定基準はさぞ厳しいだろうと、正直に打ち明けると自分なりに期待をしていたが、今日の一件ですっかりその幻想(きたい)は、音を立てて粉々に崩れ去り、壊れ果ててしまった。

 ああいう仕事は、特に冷静な思考力と推理力、色眼鏡に囚われない判断力が必須なのではないのか? 無意識の内に溜め息を吐いていた。

 

「でもあの査問官の方たち、一体どういう件でこちらに」

 

 未来が最ももたげさせる疑問を口に出した。

 連中の職務は暴挙を働く異界士を御用することなのだが。

 

「特に指名手配中の異界士がこの地に潜伏しているなどと言った話は、今のところないよ」

「だよな………名瀬の庭荒らしてまで下手人を捕まえる気なんて根性、基本連中にはねえし」

 

 一部例外の存在を今日目の当たりにしたばかりではあるが、もし本当に凶状持ちの異界士がこの辺に隠れてこそこそしているのなら、協会は名瀬に連絡の一つや二つはしている筈だ。

 この辺は保守的かつ排他的な名瀬の本家の直轄地、それに何の報告も連絡もせず庭の中でこっそり異界士を捕まえるだの妖夢を討伐だのすれば、当たり前だがただでは済まない。

 喩えるなら、本庁こと警視庁の嫌に鼻の付くエリートが、ある地方の一地域に潜伏している凶悪犯を、その地の治安を担っている所轄を完全無視して捕まえるようなもの。

 日本の警察でさえ縄張りを巡る内ゲバがあるのだ、異界士の世界とならば尚更ってやつだ。

 だが連中の様子と、博臣たちの反応を踏まえると、あの査問官どもは名瀬に事前通達もなく足を踏み入れているらしい。

 何が目的なのやら………さすがに無関心ではいられなかった。

 

〝目先の小物に釣られて大物を逃しては元も子もない〟

 

 優男がサムライモドキを諫めるのに使った表現にも妙に気になる上、奴は秋人が半妖夢であり、あいつの内に眠っている〝破壊衝動〟―――〝怪獣〟と言っても良い存在も知っていた。

 それに奴の〝異能〟と思われる現象の数々……これではどうしても気にはなってしまう。

 しかし、今はその疑問どもに頭を使うわけにもいかなかった。

 

「ともかくこの件は一旦保留にしましょう、私たちには一日たりとも時間を浪費していい暇なんてないのだし」

 

 文芸部員一同の急務は、季刊誌に載せる文集の選考である。いつまでも査問官のことで作業を中断してもいられなかった。

 部長こと美月の一声で俺達は、合間に買ってきたお菓子どもを食し、飲料で喉を潤して随時肉体に活力を補充させながら作業を進めていく。

 全員連中のことは微妙に差があれど気がかりであったけれど、それを押し込めて文集と睨めっこをし続けた。

 

「澤海、昨日薦めてくれた〝濡れ烏の館〟のことだけと」

「お眼鏡に叶ったか?」

「叶わされましたって言うか、してやられたわね、澤海の言う通り、後半からの面白さがトップギアだったわ」

 

 普段昼行燈、でもここ一番の加速力は凄まじい刑事なライダーみたいな感想を美月が述べた。

 俺が推薦した〝濡れ烏の館〟ってのは題名だけでも分かる様に推理モノってジャンルも含まれた小説である。

 前半は内部の外部と交信が断絶された孤島を舞台に起きた殺人事件の謎を探偵たちが解こうとするこの手の話としてはお馴染みの代物だが、どちらかと言えば……それこそあのホームズに代表される探偵役の奇人変人っ振りを楽しむタイプであり、どいつもこいつも癖のあり過ぎる探偵どもの絶賛迷走中な捜査が面白おかしく描かれている。

 これだけでも結構楽しめたが、後半一気に猛加速が掛かって大化けした。

 ところどころ〝おかしな表現〟が挟まりつつも、三人称と思われていた文体の正体は、その殺人事件の犯人の視点―――一人称であり、そっからはノンストップでいかに犯人が探偵どもを出しぬいて孤島を脱出するかの脱出劇が繰り広げられ、読んでるこっちも最後までぶっ続けに読み終えてしまった。

 

「主役に祀り上げられてた奴らがモブキャラに転落する瞬間の快感と言ったら……思い出すだけでも痺れさせるわ、選抜決定とします」

 

 捻くれ者な美月も恍惚とした表情を見せつつここまで太鼓判を押す逸品、傑作選に組み込むのに申し分のない。

 今のも含めて、どうにかやっと半分を通り越した。

 未だギリギリの状況ではあるが、先週の一週間、実質部活動の本来の機能が停止していたのを踏まえると、着実に進んではいると言えた。

 

「栗山さん、グミチョコ食べる?」

「はい、頂きます」

 

 一方、感想述べた時の美月とまた違った恍惚な表情を浮かべてるのがもう一人。

 

「あっ……」

 

 秋人からグミチョコを貰って食した未来だ。

 どうも今日初めて食べたらしく、固いチョコの感触から柔らかく弾力性に富んだグミのコンボが病みつきになったらしい。

 庇護欲を掻き立てる幼いルックスなのも相まって、親鳥に餌を催促するひな鳥みたく、未来は秋人にさらなるグミチョコを求めた。

 対して秋人は、すっかり我が子、または孫の愛らしさを前に心穏やかになる保護者の顔付きとなっていた。

 

「ほんとにまあ、未来ちゃんの仕草は愛らしいな」

 

 つられて、共食い……もといキ○コの山を食べていた博臣(シスコン)もこんなことを口走った。

 いつもなら呆れて突っつくとこだけど、実は自分も〝可愛い物を愛でる〟のに関しては人のこと言えなかったりする。

 実際彼女の小動物っぽさは認めるとこだし、とても無視できそうにないのは分かるし、自分だって昔何度〝チビスケ〟可愛さに親馬鹿になって可愛がったことか………あ、今でも時々マナを可愛がっていたので過去形と言えない。

 

「おい博臣、栗山さんを〝そんな目〟で見るな」

 

 ただ博臣を〝節操のない変態〟を見る目で見るのはいただけない。

 確かに〝ドシスコンな変態〟なのは事実ではある、しかし眼鏡好きな変態な秋人も人のこと言えないぞ。

 もしこいつが未来の眼鏡で倒錯的なことをやらかそうとしたら………そん時は熱線一発分で済ます気はない―――火は火で以て制してやろう。

 ただし限度を越えない内は大目に見ておく。

 

「栗山さんに現むかしていると、後が怖いぞ」

「心配するなアッキー、俺は未来ちゃん以上に妹を気に掛けている」

「それだと部活中は女子のことしか頭にないってことにならないか?」

「何を言う、周囲に気を配るのは異界士の基本スキルだ」

「だから俺達の行動も逐一観察してるしな」

「え? そうなの?」

「当然だ、アッキーの場合美月に十二回(内八回は顔、四回は胸)視線を送り、メガネも含めた未来ちゃんに三十二回一瞥し、俺とは三回目を合わせている、そしてたっくんは会話を振られなければずっと活字への目線を固定させている」

「そこまで見せられちゃな……疑って悪かった」

 

 例えば、こんなやり取りくらいは許容範囲だ。

 

 生き物な以上、いくら集中していてもどこかでムラが生じるもので、合間に益体のないやり取り挟まれつつも作業に没頭して、7時半を過ぎた頃になると、椅子の上で体育座りをして選考中だった未来のポケットからスマホのバイブ音が鳴った。

 それを取り出して画面を見た彼女の顔が瞬く間に微笑んだものとなる。

 

「すみません、急用ができたので先に帰らせてもらってもよろしいですか?」

「構わないわよ、元より栗山さんには無理強いさせてるし」

 

 早退の許可を部長から得た未来はささっと帰る準備を整えて部室をあとにし。

 

「失礼します」

 

 俺ら先輩一同は、その小さな背中を見送った。

 

「さっきの栗山さん、どう控えめに見ても〝待ち人来る〟って様子だったわね」

 

 バタリと扉が閉まって程なく、美月は未来の〝不可解〟な一連の行動からそう推測を組み立て。

 

「い、いや……彼女に限って……そんなことは……」

 

 真っ先に秋人は反論を述べた。とは言え物言いはぎこちなく、声色は不安に塗れている。

 そら文芸部(こっち)に入部してから毎日その日の最後まで部活動に勤しんでた少女がどこの馬の骨とも知れぬものからのメールで早々に帰宅すれば、気になってしまうだろう。

 実際のとこ、秋人が心配していることなど欠片もないのだが。

 あの時の彼女の顔は―――いわゆる○○の顔だった、間違いない。

 それを教えておこうかな……いや止めとくか、メガネストを自称しているのなら、メガネ女子の機微くらい自分で把握しろってんだ。

 

「余計な詮索はしないのが賢明ね、ほらほら、口を動かす暇あるなら、目と手を働かせなさい」

「……うん」

 

 結局秋人は自力で〝真相〟には至れず、その後は滅法集中力を欠いて作業スペースがガタ落ちして役立たずと化していたのであった。

 

 

 

 

 

 翌日の土曜日。

 昨夜の俺達が部活から帰る頃には一雨降っていたこの街も、今日は一転してはれもようとなっていた。

 雨も結構好きだが、そいつらに濡れた草木やコンクリートが太陽の光を反射させる光景も味わい深い。

 直射光と反射光を浴び、〝ギャレゴジ〟のテーマ曲を口笛で口ずさみながらながら、俺は新堂写真館に飾られている植物たちにジョウロ水をやり、せっかくの養分を横取りしかねない雑草を抜いていた。ちょっとした店の外観のお色直しと言うやつだ。

 肌に受ける太陽光から、夏は少しずつ近づいていると実感する。

 五月一つ取っても、初旬と中頃とでは、日光と大気の質はかなり違うものなのだ。

 作業が終わって、店の中に戻ろうとすると。

 

「おはようたっくん」

 

 見慣れた奴ら―――秋人と博臣と鉢合わせた。

 博臣はいつもの軽薄で飄々とした物腰で、一方秋人は少々不機嫌っぽい。

 

「ミツキと業者んとこに行くんじゃなかったのか?」

 

 確か今日副部長(あきひと)は、部長(みつき)と一緒に『芝姫』の製本の手続きの為に専門の業者のところへ行く予定だった筈。

 

「生憎美月は今風邪で寝込んでしまってね、俺はその代理さ」

 

 あ~~そう言うことね、と納得する。

 昨日降った雨の量は結構多かったからな、屋敷に着くまでの間に雨風に晒された影響で風邪をこじらせてしまったようだ。

 

「美月と出かけたかった気持ちは分かるが、そう不機嫌な顔するなアッキー」

「僕は博臣と二人っきりな状況が嫌でこんな顔になってんだよ!」

 

 ご愁傷様としか言えない。

 あの妹好き怪獣ドシスコンと一緒に外歩くってのは、確かに少々抵抗感を抱くのも否めなかった。

 

 二人を見送った俺は、ちょっと美月の様子を窺おうとお見舞いに行くことにした。

 

 勿論、この後起きる〝騒動〟のことなど、予想だにしていなかった。

 

つづく。

 



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EPⅣ – ゴジラのお見舞い

いきなりこんなこと言うのもなんですが、感想受付中。

美月のあられもない姿にムラムラしたなんてことでも構いません(コラ


 また……あの夢を見ていた。

 

 嫌なことに、段々見る頻度が多くなっている。

 

〝悪夢〟と表現するのが相応しい代物。

 

 今日は、人を殺した……と言うより〝食べた〟のを見させられた。

 

 緑が深く生い茂る山々に囲まれた、よく言うと昔を感じさせる、悪く言えば古びて茶けた家たちが立っているどこかの村。

 

 どの家も大嵐にさらされでもした感じで、ボロボロで、原型を留めていない。

 完全に崩れ去ったのも幾つかあった。

 

 地面には、村人だった人間たちの亡骸が横たわっている。

 

 人間……そう、彼らは人間の筈なのに……変わり果てた姿はどんなに理性が〝否定〟しても、嫌悪感は拭えない。

 

 一人残らず村人は、禍々しいミイラと化していた。

 苦痛に苛まれながら死んでいったせいか、血も養分も水分も抜けきって干からびた顔は、とても直視し続けられない〝歪み〟に変形して、そのまま凝固していた。

 生前身に纏っていた衣服が、まだ比較的綺麗なこともあって、亡骸の異様さが際立つ、中には夏服な制服を着ている〝女子高生だった〟ものたちもいた。

〝尊厳〟を徹底的にはく奪された〝死〟の数々。

 大昔の文明の王をミイラとして埋葬したその時代の〝納棺師〟たちの技術力がいかに高かったことが思い知らされる。

 そして……彼らをその人生ごと食いつくした張本人こそ―――

 

 

 

 

 

 円形の行燈と、長方形の板が並んでいるように見える木製の天井を目が映した。

 いかにも和風な様相に抵抗する形で、ベッドに机といった家具も小物も雑貨も洋風かつピンキーテイストで統一された自分の部屋。

 まだ昼とは言えないけど、陽の位置はとっくに朝とも言えない時間帯だと言うのに、美月はピンクパジャマ姿でベッドに横たわっていた。

 原因はこの体がこじらせた風邪のせい、昨日冷たい雨の中歩いて屋敷まで帰った為か、朝起きる頃にはすっかり全身は熱いし重いし、だるくなっていた。

 今日は副部長の秋人と芝姫製本の手続きに行くはずだったのに、仕方なく〝兄貴〟を代理で行かせた。二人分の署名がないと手続きができないのが理由。

 仮にも名瀬の出で、〝異界士〟を生業としようとしている身でありながら、風邪をこじらせてしまうなんてと、自分に情けなさを覚えながら、安静に寝こんでいたらいつの間にか二度寝してしまっていた。

 

「あ~~だるい……最悪……」

 

 けだるく片腕を額に付けて、美貌を不機嫌に染めた美月はけだるくぼそっと一言ぼやく。

 おまけに傷口に塩を塗らんとばかりに、またあの〝夢〟を見せられた……ほんと最悪の目覚め。

 見る度に気分は暗欝となる上に、汗もびっしょりかかされるからだ。

 冷却シートが付いたおでこも頭も、赤味な頬も背中も、体中がどっと汗水に塗れて、それらがパジャマと、その下のインナーの布地に沁みついて気持ち悪い。いつもはさらさらと柔らかな肌触りで光沢を放つストレートな黒髪は同じく汗を吸ってすっかり乱れていた。普段は全然気にならないのに、こういう時の長い髪はうざったい。これなら兄の〝うざきもい〟変態発言の方がまだマシと気の迷いが生じるくらい感触が不快だった。

 その上風邪で全身はまだ熱を発し続けて、それが汗の不快さをより煽ってくるものだから、余計にしんどい。

 自室で自分しかいなんだから良いかと、重い体を起こして少し窓を開け、ボタンは全部外しつつも上のパジャマを着たまま胸部のインナーを外した。

 

 今〝たゆん〟とも〝ぽろん〟とも聞こえる何かが揺れた音がしたけど気のせい。

 

 さらに美月は下のパジャマも脱いで、ほっそりとしてる癖に妖艶な肉感に恵まれた白磁の美脚が露わとなる。

 脱いだのを無造作に床へ放り投げ、上二つ分は開けたままボタンを付け直した美月は、勢いよく皺だらけのシーツが被さったベッドへ仰向けに倒れ込んだ。

 

 今、大きく揺れまくった美月の胸部のズームアップと、彼女の全身を舐めるようなカメラワークがあった気がするが気にしないでもらいたい。

 

「あっつ……」

 

 マゼンダに染まった頬に挟まれる潤った唇から、零れる艶の籠もった彼女の愚痴る声。

 ここまでラフな格好となったと言うのに、まだ全身は熱で火照っており、とうてい布団など被れそうにない。

 

〝コンコン〟

 

 もう暫くは熱と寝ころび地獄を味わう覚悟を決めた直後、扉の外面側から、ノックが鳴った。

 

「もう……誰かしらぁ?」

 

 熱で少しイラつきのあった美月は、少々ぶっきらぼうに〝誰か〟とお尋ねになると。

 

「ミツキ、入っていいか?」

 

 あの〝姿〟の時の重々しい咆哮と正反対に澄んだ馴染みのある声で〝彼〟は応えた。

 

「な~んだ澤海ね……え? 澤海―――ええぇ!?」

 

 ダウナー気味に半開きだった美月の双眸がカッと見開かれる。

 この扉の外に、彼――澤海、そして部屋の状態を見まわし、自らの風体を凝視。

 内と外の状況を照らし合わした美月が非常に不味い現況であると認識するのに一秒も掛からず、ほぼ同時に彼女の脳内の熱がトップギアとなった。

 焦燥と引き換えに風邪のだる気が吹っ飛んだ彼女は慌ててベッドから起き上がろうとして―――

 

「きゃぁ!」

 

 盛大に、ずっこけた。

 

 

 

 

 

〝みつき〟とひらがなで書かれた札がぶら下がった扉の前に立っていた澤海は、何かが盛大に床と接触した音を耳にし。

 

「ミツキ? 大丈夫か?」

 

 部屋の主に何があったのか聞くと。

 

「心配無用よ! いい! 私が〝良い〟と言うまで絶対開けるんじゃないわよ! 今開けたらボッコボコにしてやるんだから!」

「そこは〝ポコポコ〟じゃなかったか?」

「うるさい!」

 

 ついボケてみるとと、突っぱねた返答が返ってきた。

 

「きゅう?」

 

 肩に乗っていた子狐形態のマナが首を傾げて「ツンデレ?」と発し。

 

「リアクションだけ抜きだしゃツンデレだわな」

 

 澤海はそう応じた。

 

 

 

 

 

「入りさない」

 

 美月が部屋の中騒いでいる間、ぬるめのお湯の入った桶と濡れタオルを用意して扉の前に戻ってきた丁度良いタイミングで〝主〟からの許しを得た俺とマナはおじゃまする。

 そこに待っていたのは、慌てて着替え直したのでボタンの位置がずれてるパジャマの上にカーディガンを上乗せ、どうにも風邪とは異なる種類の〝熱〟を帯び、涙目かつ唇を大きく噛みしめた顔でこちらを睨みつけ、さっき盛大に転んで〝赤っ鼻〟となった美月が正座で待ち構えていた。

 

「今日お前から睨まれることした覚えねえんだけど」

「あらそう? ならそののーたりんでおめでたい〝脳みそ〟から無理やりにでも〝覚え〟を引っ張り上げることね」

 

 口ではこうほざいたけど、原因はおおよそ察しが付いている。

 ノックした直後のあの騒ぎ様を耳にしたら、ドアのせいで直視できずとも〝大体分かった〟。

 自分だけの部屋ってのは、単なるプライベートルームであること以上に、主の心の〝投影〟された空間。

 いくら気心が知れた仲でも、他者をそこに招き入れるには心身とも準備を要さなければならず、あれ程慌てるのもまあ詮無い話である。

 

「見損なったわ……見舞いに来るのなら、前以て連絡くらい寄越して頂戴、怪獣王のあんたがこんな不意打ちなんて……どんな敵にも正面からブチのめすゴジラへの〝憧れ〟を返してもられるかしら」

 

 美月が少しプンすか気味で毒を吐きまくるのは、こう言うことだ。

 しかしその言い方だと〝脳筋〟と言われているような気もする。

 そりゃ進行先の障害物は基本正面からぶち壊す姿勢だけど、俺達(ゴジラ)だって機転利かせたり知恵を使うことだってあるんだぞ………とも反論したくはなるけど、今はそれよりも。

 

「ちゃんとメールで送ったっての、ケータイ見てみろよ」

 

 ちゃんと前以て連絡したことを説明する。

 俺に言われた通り、奥の窓に隣接するラジカセやらノートPCやらと一緒に棚の上に充電器とセットで乗っているケータイの画面を美月は確認する。

 スマホ率の高い文芸部において、美月だけいわゆるガラケー、流行には自分から乗っても流されはしないとこは、こいつらしいと言えばらしい。

 

「あ……」

 

 ちゃんと受信欄には「ヒロから風邪ひいたって聞いた。今から見舞いに行く、今の内に準備しとけ」と簡潔な文体のメールが来ていた。

 

「でもその時私は寝てて確認しようがなかったのよ、送る時はもっとタイミングに気を遣ってもらいたいわね」

「無茶言うなよ」

 

 風邪の熱+全身のだる気+いきなり俺が押し掛けてきた(美月から見たらだけど)+転んでできた〝赤っ鼻〟を見られた影響か、美月はいつも以上に言動が遠慮なくて素っ頓狂で、いつもは空気察しつつも故意に投げられる〝暴投〟が、意図せずに投げてしまう暴投と化していた。

 もし秋人がこの場いたら「せっかく見舞いに来たのに目茶苦茶だ!」と理不尽を嘆くツッコミを入れるだろう、その模様がくっきり再生できる。

 対して俺は一言ぼやきことすれ、そんなに気にしてなかった。

 俺――ゴジラを殺す、もしくは体よく利用しようてきたゲスい人種(やつら)に比べれば、美月の暴投は比較以前のレベルで愛嬌ある。

 それに、実質押しかけて来たのは事実だし、あざとくはあるが部屋の内装から見ても分かる様に〝可愛い物〟好きな美月を宥める一手を切り出すことにする。

 

「(マナ)」

 

 肩に乗るマナに思念を送ると、子狐は「(分かった)」と送り返して床に飛び降り、とぼとぼと美月に近づくと合いの手をしてこっくり頭を下げた。

 

「はっ……」

 

 キラリと目が煌めいた美月の心が―――揺れる音―――俺にもその音が聞こえた。

 彼女の葛藤が明瞭として俺の目に映る。もしこのまま自らの欲求に従えば俺の目論見(おもう)の坪、聡明な彼女は瞬時に汲み取っていた。

 瞳から俺に向けて〝ひきょうもの~~〟と、目線って思念で訴えてくる。

 かと言って、いつも会う度可愛がっているマナを拒絶できるほどこのサディスト女子は冷徹でもないので。

 

「ごめんねマナちゃん、せっかく来てくれたのに私ったら取り乱しちゃって♪」

 

 結局、マナが持つ癒しオーラを前にすっかり態度を軟化させてほっこり笑みを浮かばせた。

 風邪なので抱きつきたい衝動はこらえながらも、細指でそっとマナの頭を撫でる。

 

「で? わざわざ足を運んできたわけはどうなの?」

 

 素直じゃない女王様は、ようやく〝いつも〟の感じに戻る。

 

「そりゃ、風邪にぶっ倒れたお前の無様な姿を笑いに―――」

 

 ギロッ!

 

 こんな擬音が本当に鳴りそうな域で、美月の美貌が一気に鋭利な仏頂面となった。

 こいつもこいつで、結構分かりやすいよな、と二ヤケそうになる。

 とは言えそれ以上やると大火傷を貰いかねないので、からかうのもほどほどにしとこう。

 

「―――来たってのもあるけど、心配だったのも本当さ」

「はぁ……だったら最初からそう言いなさいよ……バカジラ………一応感謝くらいしてあげるわ」

 

 と、これはどう見ても聞いてもツンデレな調子で美月は返した。

 根は善良なくせに捻くれ者で不器用なこいつらしい、その〝不器用〟は俺が彼女を気に入っている理由の一つだ。

 今口にもしたが、少なくとも俺の知る限りでは美月が風邪こじらせたことはなかったので、気がかりであったのは事実。

 たかがただの風邪、されどただの風邪、実際かかってしまうと〝ただの〟で引き起こされる熱だってきついものである。いくら外敵から身を守る身体の防衛手段だと理解していても、きっついものはきつい。

 博臣が外出するくらいだから、そう酷くはないと予想はできたが、それでも一応様子ぐらいは見ておこうと思ったのである。

 マナを連れてきたのも、少しでも風邪の苦痛を緩和できればと考えてのことだ。

 

「まあ安心したさ、その様子じゃ月曜の部活には必ず顔出しそうだな」

「と、当然でしょ! 怪獣たちの巣窟に栗山さん一人置いて行けないもの」

 

 怪獣たちとは言わずもがな、俺も含めた男子部員らを指す。

 俺――水爆大怪獣ゴジラ。

 秋人――眼鏡愛好怪獣メガネスキドン。

 博臣――妹溺愛怪獣ドシスコン。

 それっぽい怪獣名付けるとしたらこんなとこかな。

 美月の懸念も分かる。あの変態どものことだから、もし街中で見かけたらストーカーの一つや二つはしそうだ………と言うか、この時は知らないものの、後に本当に奴らはやらかしていたと俺は知ることになる(博臣は渋々だったけど)。

 

「いや……ミライ君あれでもたたき上げの異界士なんだけど」

 

 いたいけな子扱いされるあの子のフォローをする。幾度も共闘した仲なので、戦闘時は冷静沈着に獲物(ようむ)を狩るハンターっ振りを何度も見せられたからだ。

 

「でも普段は何もない平野(まったいら)でも転んじゃういたいけで危なっかしいドジっ子で純心な子よ、もし変態怪獣どものセクハラに押しつぶされてネットに殴り書きして集中砲火(えんじょう)にでもなったらどうするの?」

「一応お目付役の俺がいるんですけど、ミライ君の炎上防止も兼ねて」

「澤海がいたらいたで〝別の問題〟が起きるじゃない」

「一体何が起きると?」

「変態嗜好が無い分、文芸部で栗山さんが一番気兼ねなく話せる男子は澤海よ、もし仲睦まじく話す二人に嫉妬した秋人と兄貴が暴走したらどうするの? それこそあの子を舐めまわしたいとかどうとか」

「これはまたひっでえ言いようだこと」

 

 自分も日頃二人のフェティシズムに対し辛辣に表している身でありながらも、やれやれとした調子で俺は突っ込んだ。

 そんで一番自分と未来のやり取りに〝妬いていた〟本人の美月が何を言うって感じだが、秋人たちが度を越した変態性(フェティシズム)持ちで、遠慮の欠片ももなく(今のとこ文芸部部室に限定されてると補足しとくけど)アピールしまくるのは真のことではあった。

 

「そんな言い草するあんたなんて腹黒越えた全黒な癖に」

「確かに俺は全身真っ黒さ、だが黒の濃度はお前の腹に劣るぜ」

 

 いつもの毒塗れの駄弁は一度ストップしとこう。

 わざわざ屋敷の洗面所からお湯とタオルも持ってきたんだし。

 

「(持ってきたタオルでミツキの体拭いといてくれ)」

 

 俺からの指令を受けたマナはしゃきっと敬礼。

 朝起きて風邪だと判明した状況を踏まえて、用意しといたけど、案の定美月は汗まみれだった。

 湿り気のついた髪やら、汗でふにゃついた冷却シート、わざわざ別のパジャマに着替え直してたりで、人一倍鋭敏な自分の五感を前には見え見えだ。

 暫く男はいてはいけない状態になるので、一旦退室すべく立ち上がる。

 

「どこへ?」

「どうせ朝から碌に食ってねえだろ、作ってやるから待ってろ」

 

 昼飯作る旨を伝えて出ようとすると、何やら美月から発する〝妙な視線〟を感じ取った。

 しいて浮かんだ直感を単語にするなら……〝切望〟〝懇願〟? 〝落胆〟?

 さすがにそいつは穿ち過ぎか。

 

「どうした?」

「何でも……ほら、さっさとこんな気持ち悪い汗からおさらばしたいから行って」

「あいよ」

 

 バタリと扉を閉めて、一度美月の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 マナは子狐形態から人間形態へと変化させた。

 桶のお湯は彼女の妖術で40℃前半をキープしている。

 それにタオルを浸すと、あやちゃん――彩華から習った〝バッター絞り〟で余分な水気を出し、美月に服を脱いでほしいと頼もうとしたところ。

 

「………」

 

 美月がどこか、残念そうな顔を見せていた為、マナも少し呆気に取られた。

 

「っ! 何を考えるのかしら……私ったら……バカ」

 

 すると、急に我に返った様子でぼそぼそと愚痴を零し始めながら、交差した両腕で自分の体を強く抱きしめた。

 澤海ならある程度〝読める〟かもしれないが、マナからは美月の気持ちを上手く読みとれずにいた。

 もしかして澤海に拭いてほしかったとか?

 マナはそう思ったったがまさかと思った、いくら〝好き〟でも〝人間〟は自分の体を他人(ひと)に見られるのは恥ずかしい生き物だとあやちゃんから聞いたことあるし。

 

「みつき?」

「あ……何でもないわまマナちゃん、まずは背中からお願い」

「うん」

 

 美月はカーディガン、パジャマ、インナーの順で脱ぎ、そこらのモデルとは比べ物にならない均整のとれた白磁の美しい背中を見せた。

 マナは確実に多数の異性を虜にする魔性の肉体を、濡れタオルで丁寧に拭き始めた。

 

つづく。

 



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EPⅤ – ストーキングボーイズ

※この話は、ほんとにこの子が原作主人公?ってなくらい秋人君が暴走気味な回です(変態系主人公は挙げれば結構出てくるけど)
ほとんど原作でもこの場面はそんな感じです。
秋人君の度を越したメガネを見る覚悟のできてる方はどうぞ。


 名瀬の屋敷を出た僕と博臣は、園芸の草花に水やりする澤海――ゴジラと言う考えてみると偉く珍妙な光景(それを言ったら彼が〝日常〟を送っていること自体が珍妙な話だけど)を目にしつつ、最寄駅から、大都市に繋がるのにやけに単線、つまり上下とも一つの線路を共用している区画が多い不可思議な点のある路線の電車に乗って、都市部へと向かっていた。

 目的地の最寄り駅まで約30分、それまでは車内に揺らされる格好だ。

 

「そろそろ不機嫌顔を直してくれないかアッキー? 手続きには二人分の署名が必要なんだから仕方ないだろ、俺だって美月の看病したい気持ちを抑えているんだからな、滅多に風邪引かないから、未だに冷却シートを貼り替えさせてくれないと言うのに……」

 

 博臣のぼやきに釣られて僕も溜め息吐いた。

 

「一体博臣はどこに向かおうとしてんだか分からないよ」

 

 段々都市部へ向かうにつれ、車内の人口密度が高くなって騒がしくなってきた。

 特に女子たちの全然ひそひそになってないひそひそ話が目立つ、意識せずとも耳が会話を捉えてしまう始末。

 会話の数はたくさんあれど、その内容(なかみ)は大体一緒――「あのマフラーの人、目茶苦茶カッコいい!」なんてものだった。

 目的地の最寄駅に着き、電車を降り、改札を抜けてからも擦れ違う同年代の女子たちがこちらに目を向けてひそひそしている。具体的会話は聞きとれずとも、さっきの電車に同情していた女子陣と大差ないのは容易に想像できた。

 僕は話題に上がっている張本人――博臣を一瞥する。異能の代償で年中冷え性に悩まされている彼は、年中マフラーを首から手放せない。なので、今日もファッション誌に載ってそうな春服の組み合わせの上に襟巻きの季節感がごちゃまぜな風体だ。

 しかし平安貴族の衣装……どころか光源氏を演じられてしまう類まれな美貌(ルックス)は、そんな季節がちぐはぐな服装もプラスに転じ、女子を虜にさせてしまう。

 これが僕だったら「5月にマフラーとしか超ウケるんですけどwww」と笑い者と晒されよう。そこそこ顔立ちは悪くない自負はあるだけに、余計悔しい。

 やっぱり代理役は澤海に頼んだ方がよかったかなと思ったが、少し考えてみたらあんまり変わらないことに気づいた。

 ゴジラの姿からして、歴代屈指のイケメンフェイスな彼は、人間の姿でもシャープで近寄り難さはあるけど、博臣とは違ったベクトルで端正な容貌をしていたからだ。

 髪型も、染めてないのを除けばケータイで変身し、名の読みが一緒であだ名も同じ〝たっくん〟なライダーがしてそうなもの、そんだけ髪が長いとそこらの男では痛々しさしかないが、澤海はちゃっかり強みにしてしまっている。

 だから彼と出歩いていても、結局は周囲の視線を釘付けにする友人にちょっとした世の不条理を感じさせる展開は避けられなかっただろう………なんてちょっとした不条理なシチュエーション考え付いてしまうのを禁じ得ない。

 

「美月の依頼書は忘れてないよな?」

「ちゃんと持ってますよ~」

 

 僕は身に付けたワンショルダーから封筒を取り出し、見せた。

 この中には美月が予め作成してくれた依頼書が入っており、僕が長ったらしい説明するまでもなく印刷所の業者にこれを見せるだけで〝芝姫記念号〟の製本依頼を達成できると言っても良い。

 

「なら良かった、これで部長の美月代理としての責務は果たせる」

「どんだけ妹絶対主義なんだよ博臣は……」

「メガネっ子絶対主義者のアッキーにだけは言われたくない」

 

 辟易とした顔になって呆れる僕に対し、おどけた調子で肩をすくめた博臣は直後、視線を送ってくる女子たちに対し、空港で待っていたファンの黄色い声援に応える来日したてのハリウッド俳優ばりに笑顔を振りまき、ウインクまで披露した。

 博臣の艶やかな目を前に、受けた女子の胸は撃ち抜かれたのは言うまでもない。

 

「そんな顔するなアッキー、兄として妹から誰に紹介されても恥ずかしくないよう日頃から好感度を大切にするのは当然の務めだ」

 

 

 顎が地面にゴテン!とぶつかりそうなくらい絶句してあんぐりとした僕に対し、こう釈明する。

 つまりは、一応彼なりに尊敬される〝兄〟を目指してのことだった。

 

「ふ~~ん」

「ちょっとは感動してくれないか? 兄としては立派な志だろう」

「いくら立派でも動機が不純塗れなんだよ」

「妹に尊敬されたい願望のどこが不純なんだ?」

「気づけてない時点で終わってる」

 

 とまあ、こんなくだらない会話を交わしながら目的地に向かう僕たち。

 たとえ博臣と二人きりの状態でも、退屈な沈黙よりバカ話に興じる方が良かったのだ。

 

 

 

 

 これと言ったトラブルに遭うこともなく、印刷所での芝姫製本の手続きをスムーズに終えた僕らは、早いとこ帰路に着くべく駅に向かっていた。

 道中、博臣はこんな話題をいきなり振ってきた。

 

「見ろアッキ―、前方に眼鏡の似合う美少女が」

「博臣さんよ……気安く〝メガネが似合う〟とか言うな、栗山さんみたいな逸材はそうホイホイ世の中にいるものじゃないんだぞ」

 

 メガネストとして、厳正な姿勢で博臣の戯言を一蹴する。

 フーテンの寅さんみたく諸国を放浪してきたことで、本当にメガネの似合う美女と美少女を見抜ける審美眼は鍛えられている自負心があるからだ。

 

「文句を言う前に確認をとったらどうだ?」

「だからメガネさえ掛けていれば僕が興味抱くなどと思うな、そもそも僕がいくら熱弁したところでメガネの魅力と有力性と有用性を理解してくれる人間なんて極一部しかいない」

「ここで見ておかないと絶対後悔するぞ」

「だったら見てやるさ、僕の琴線に触れなかったら時は覚悟しておけよ」

 

 

 大口叩いて博臣の指定した方向に目を向けると………本当にメガネがぴたっと神々しくも顔に納まった小柄の美少女がそこにいた。

 僕の厳しい〝おメガネ〟にも叶う、百万人に一人いるかどうかも分からないくらい希少かつ完璧なメガネっ子。

 それも当然で……その少女は栗山さんその人だった。さすがにこうも短期間の間にメガネ美少女と邂逅する奇跡はそう訪れるものじゃなかった。

 

「ほら、本当だったろ?」

 

 博臣は皮肉めいた台詞を口にしていたが、僕はそれに応じていられる心境じゃなかった。

 なぜなら……栗山さんと横並びに歩きながら談笑する……見慣れぬ男が、そこにいたからだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここからは悪いが、黒宮澤海――ゴジラが状況を読みあげようと思う。

 ぶっちゃけここから暫くの秋人はメガネ愛の強さの余り、ドン引き必須な問題発言をかましまくるからだ。

 その上〝地の文〟ってやつにまで担われちゃ、相当な苦痛を諸君一同与えかねないので、それを少しでも緩和させる措置であると理解してほしい。

 

 

 

 

 呆然と突っ立っている秋人の目は、当人にとっては残酷にも仲良く見知らぬ青年と語り合っている未来の姿を映し出していた。

 正確には、未来が饒舌に力説し、それを青年が応じている恰好なのだが、そいつが相槌打ちながら彼女の笑顔を向ける様が、秋人の精神を機龍のスパイラルクロウばりにガリガリと削って行く。

 

「博臣……あの人って異界士か何かか?」

「いや、彼は一般人だ」

 

 もしや異界士関係の知り合いと言う願いも、無残に砕かれる。

 

「僕と話してる時より、楽しそうなんですけど……」

 

 めまいに苛まれた様子で、秋人はその場に尻餅付いてへたり込んでしまい、情けなさに満ちた声でそう呟いた。

 

「確かに傍目からは楽しそうだな」

「一体誰なんだよ……あいつ」

「本人直接聞けばいいだろ?」

「そんなことできるか! もし満面の笑みで栗山さんから『彼氏です❤』だなんて紹介されたら失禁してしまうからな! この世の終焉を突きつけられた僕の絶望に染まった顔を博臣は見たいのか!?」

 

 一転して力強く立ち上がり、ある意味で力強くも博臣に詰め寄るメガネスト野郎。

〝俗に言う〟までもなく、こいつは〝逆ギレ〟である。

 

「悪かったからまず落ち着いてくれないかな? 周りの通行人がこっちをじろじろ見ているぞ」

 

 さしもの博臣も、秋人の理不尽な剣幕を前に冷や汗を一筋流してて狼狽していた。

 

「それに俺としては彼氏とは思えない、未来ちゃん一途そうだし、彼氏なら夜遅くまで部活をやってないだろ?」

 

 が、直ぐ様冷静に博臣は〝彼氏説〟に否定の意見を唱えた。

 もしここに自分もいたらやつに同意を示しつつしつつ、『お前はあの子の何を見てたんだ?』と痛烈に突っ込んでいたことだろう。

 境遇を踏まえつつちょっと思考を働かせば、あの少女が易々と軽く〝彼氏〟など作るわけがないってのに、幼なじみだが単なる幼なじみ以上の関係であったのは確かな真城優斗との別離から、まだ一カ月も経ってないんだぞ。

 

「これは真相を確かめるしかない」

 

 秋人は真剣かつ気を引き締めている筈なのに、傍目からは間抜けにも見えてしまう面で宣言した。

 

「本人に確認する勇気が出てきたか?」

「それはない、ないので尾行する」

 

 二枚目っぽく言ったつもりだろうが、情けないにも程がある宣言だった。

 何しろ『私はこれからスト―キングします』と高らかに言ったのだ……そこには情けなさとカッコ悪さしかない。

 

「はぁあ?」

 

 素っ頓狂な反応をした博臣の腕を強引に引っ張り、秋人は近くに立っていた電柱の陰に隠れる。

 グレーの柱は人の姿を隠すだけの太さはないので、全然隠れきれてないけど。

 

「栗山さんのことだから『グミチョコあげるよ』なんて甘い誘惑に乗せられたのかもしれない………僕(メガネスト)にはメガネ女子を危険から守る義務がある」

「アッキーは一体何を言っているんだ?」

 

 発言が意味不明な上に、完全にストーカーな危なすぎる発想を前に、博臣も引いていた。

 美月のはジョークだったが、秋人のはマジで言ってやがる。

 確かに日常では天然入っている子だけど、少なくともそんな最近の小学生からも失笑される単純な罠に嵌るわけないだろ………ドアホ。

 

「そもそも未来ちゃんを何だと思ってる? そんな古典的罠に引っ掛かる奴なんて、今どき小学生でもいないぞ」

 

 博臣もその点を突いてはみたが、それでも秋人は自らが勝手に浮かんだ懸念を投げ捨てようとしない。

 

「今でも古典的常套句に騙される奴もいるさ、もし誰もいない怪しい場所に連れていかれて………嫌がって抵抗する栗山さんのメガネを無理やり………ああ考えただけで体が」

 

 絶対見たくもない想像を膨らませながら、震える体を抑える変態眼鏡愛好家(メガネスト)一人、もとい眼鏡愛好怪獣―――メガネスキドン。

 

「わざわざ人気のない場所に連れ込んで眼鏡をどうこうしようとする奴はアッキー以外にいないから安心してくれ」

「本当に信じて大丈夫だよな? ぺろぺろされたりしないよな!?」

「歪みなく……気持ち悪いぞ」

 

 やはり兄妹だけあって、美月がするのと瓜二つな〝ヘドロの海に浮かぶヘドラを見下ろす〟目で秋人に蔑みの槍(しせん)を突き刺していた。

 博臣……お前のその反応は全く以て正しい。シスコンの博臣でさえこれなのだ………俺だったら完全〝虫けら未満〟の絶対零度な目つきで睨み倒していたことだろう。

 仮にも〝栗山未来〟って少女を救う役を担ったお前が、一番彼女に近づいてはならない危険な人間と成り果ててどうする?

 

「無難な表現にしたくてもそこまで頭が回らないんだよ!」

「とにかく………アッキーが酷く混乱していることは分かった」

「よし―――じゃあ早速後をつけよう」

「はぁ………感心しないな……」

 

 ノリノリにストーカーやる気満々な秋人……もといヘタレチキンに対し、博臣は溜め息吐いて気乗りしない様子だ。

 似た者同士が同じ空間にて一緒にいた場合、どうなるか?

 それには3つのパターンがある。

 一つ目は同族嫌悪による反発(けんか)。

 二つ目は互いの利害が一致したことによる同調。

 三つ目は、一方が熱くなり、その姿にもう片方の頭が冷やされて思考が冷静になる。

 今の状況はその三つ目に相当しており、博臣は引いた視線で〝同族(へんたい)〟の奇行を捉えていた。

 それに博臣は、度々重過ぎて不快な妹愛を表明し、時に美月に内緒でアイドルのオーディションに応募したり、俺と美月のデートの様子をこっそり見に来ていたりもする一方で、異界士絡みの件を除けば意外にも美月(いもうと)のことは尊重し、過度な束縛をしないよう努めている。

 それこそあいつが誰かと真剣にお付き合いすることになっても、受け入れて潔く引き下がるだけの器は持っている〝大人〟だ。

 

「こそこそと嗅ぎまわったところで、知りたくもない事実に突きあたるだけだぞ」

 

 そんな大人なシスコンからしたら、秋人の尾行(こうい)は大人げない嫉妬から生まれた〝悪行〟でしかなかった。

 

「そうかもしれないけど………どうせ僕は正攻法で確かめられない小心者(ヘタレ)ですよ」

 

 秋人も秋人で、なまじ自らの情けなさに自覚あるのが性質悪い。

 結局こいつらは、こいつらからは正体不明な青年と談笑しながら街中を渡り歩く未来の後を、見つかって修羅場にならぬよう細心の注意を払って追っていった。さすがに〝異能〟は使ってはいない。

 未来たちはインテリアに凝ってそうな喫茶店に入っていく、続いて入店しようとした秋人を、博臣は引きとめた。

 

「見慣れた顔が二人もいたら気づかれるぞ、外から確認した方がいい」

「ぐぅ………分かったよ」

 

 渋々秋人は、博臣の提案を聞き入れ、窓際の席で合い席の格好となった未来と青年の様子を外から観察する。

 

「未来ちゃんがああも饒舌に語るなんて珍しいな」

 

 声は当然聞こえるわけないが、聞こえずとも、未来はうきうきと積極的に青年と会話している模様がはっきり見て取れた。

 

「ああもう!今すぐ栗山さんのメガネを奪い取ってやりたい! メガネを掛けた栗山さんが知らない奴と仲良く会話しているとこなんて見たくない!」

 

 そして嫉妬のあまり、完全意味不明なキレ方をしている変態が一名。

 度を越さなければ女性の焼きもちは可愛げがある一方、男のはひたすら〝情けなさ〟が付き纏う。

 

「眼鏡を掛けてなかったら誰でも構わないのか?」

「ダメに決まっているだろ! 一体何を考えてる!?」

「そっくりそのままアッキーにお返しするよ……少しは頭を冷やせ」

「全く……栗山さんも栗山さんだ、あんなメガネの〝め〟の字も知らなさそうな奴に微笑んだりしてさ……僕なんて毎日〝不愉快です〟と言われてるのに………」

「アッキーが不愉快を催す発言をするからだろ?」

 

 博臣も人のこと言えない立場なんだけど、この際は置いておこう。

 

「失敬な! いつもメガネが似合うと褒めてるだけじゃないか!」

「それが原因だと思うのだが……」

 

 だがご尤もな一言を吐いて呆れる博臣の肩を、やれやれといった様子で叩いた秋人は笑いこけた。

 

「そんなわけないだろ? メガネを褒められて嫌がる女子なんてこの世にはいないさ、あっはははは」

 

 どうしてそこまで自信を以て発言できるのやら………しかもこんな時の秋人の顔は目茶苦茶ムカッと来るんだよな………これは本当に未来のコンタクトへの鞍替えを提案した方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 そして、日常を破壊するアクシデントは、その直後に起きた。

 二人の近くにそびえ立っていた建築物の三階から、爆音を乗せて爆発が巻き起こった。

 炎と衝撃波で砕け散った窓ガラスは、アスファルトへ散り散りの落ちて行き、衝突音は奇天烈な音楽を鳴らす。

 無論、周辺にいた通行人たちは騒然となり、テロ染みた事態にパニックとなっていた。

 秋人も博臣も、何事かと今は黒煙を上げ、内部からは今でも火の手が上がる建物の三階を見上げる。

 直後、群れる煙の中を駆け抜けて、建物から跳び出した人影が一つ。

 

 その正体は、ダイヤモンドダストの如き白銀の色合いに染まった髪色な………少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スト―キング中だった秋人たちが巻きこまれていたその頃―――風邪を引いている美月の自室では。

 

「澤海、おでこのコレ貼り替えてくれるかしら」

「自分でやれるだけの元気はあるだろ?」

「だって今あんたの作ったミルク粥で手が離せないのよ」

「普通に手離せるだろ……」

「熱いうちに食べておきたいの、ほら!さっさとやる」

「分かりましたよ」

 

 美月の精を出すべく今日はミルク粥を作った澤海が、ちゃっかり冷却シートを貼り替えていた。

 しかも―――

 

「た~く~み♪ わたしも」

「ったく甘えん坊さんだな、ほらよ」

 

 

 マナの分の粥をスプーンで掬い、それを人間形態な彼女の小さな口に運ばせる。

 

「ふふ~ん♪」

 

 ひょこっと、思わず狐耳が髪の隙間から生え出てきてしまうくらい、粥の美味を堪能していた彼女の顔はとろけていた。まるで親鳥の餌に喜んで喰いついているひな鳥みたいな顔だった。

 

「ちょっと! 澤海だけそんな良い想いするなんてずるいわ、私にもやらせてよね」

 

 美月もただ見ているだけでは飽き足らなかったようで、自分もマナにいわゆる〝あ~ん〟をしていた。

 その最中の美月が、弛みに弛んで癒されていたのは明言するまでもない。

 

 そして澤海の置かれた環境を一言で表すなら―――〝両手に花〟。

 

〝無欲の勝利〟とは、ある意味こんな状況を指すのかもしれない。

 

 

つづく。

 



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EPⅥ - 銀髪の異界士

 風邪ひいた美月を見舞いつつ、昼飯も振る舞った俺は、坂道を下って帰路に着いていた。

 

「(たくみ……きになるの? さっきのニュース?)」

「ああ……」

 

 肩に乗る子狐形態なマナからのテレパシーによる問いかけに、俺は応じる。

 もう暫くは横になっていなけりゃならない美月の退屈感を少しでも紛らわそうと、飯の後某新喜劇のテレビ番組を、「今日はこの辺にしたるわ(ドヤ」と言ったボケキャラのボケにツッコミキャラと一緒にツッコミながら俺たちは笑って見ていた。

 笑いは健康にも良いとのことで、彼女の免疫力向上も含めてのチョイスだ。

 そして……番組の終盤辺りに、画面上部のニュース速報テロップでこんなニュースが流れた。

 

 テロップ曰く―――〝○○市中心市街地のあるビルの三階で爆発事故があった〟―――と。

 

 秋人たちの外出先な芝姫記念号製本の依頼先な会社の住所とほど近かったのもあり、気になってスマホからネットのニュースサイトで動画付きの記事を確認すると、三階からもくもくと黒い煙を上げるビルを捉えた俯瞰からのカメラ映像が流れた。

 幸い、〝通行人〟の中で巻き添えくらって死者となった人間はゼロ、飛び散ったガラスの破片で切った程度の負傷者も出なかったと言う。

 この、現在〝原因不明〟〝調査中〟とのことな事故に対し、俺は引っかかるものがあった。

 確たる根拠はない………しかし漠然とこれは単なる事故ではない………俺も身を置いている〝裏側の世界〟に絡んでいると言う直感が巡っていたのだ。

 

 

 

 

 そんな〝勘〟が頭の中で引っかかったまま、新堂写真館の扉を開けた俺は、微かに店内を漂う〝匂い〟を嗅ぎ取った。

 顔が自然と引き締まる。少なくとも、喫茶店の中……と言うより、〝日常〟で匂っていい代物じゃなかった。

 

「(焦げ臭い……)」

 

 マナもその〝匂い達〟の存在を捉える。

 靴を脱いだその足で奥の和室へと向かうと。

 

「いいとこで帰ってきよったな澤海君、おかえり」

「お邪魔してます」

 

 今日も優雅に煙草(キセル)を吸い、上品さを覚える煙を吹かしている彩華、そして秋人と未来が四角上のちゃぶ台を挟む形で座して、何やら話していた。固い秋人たちの表情から見て、穏やかな話題じゃないのは確か。

 例の匂いどもは和室(ここ)の方が強く、正確には……秋人と未来の二人の体に付着していたものだった。

 まさか……と、スマホを取り出してネットの閲覧履歴から例の爆弾事故の記事に再アクセスし、二人に見せる。

 

「この〝爆破騒ぎ〟は異界士の仕業で、二人はあの現場にいたんだな?」

「黒宮先輩のおっしゃる通りです……よく分かりましたね」

「いきなりこうもすっぱ抜かれちゃな……ホームズの推理聞いたワトソンの気持ちがちょっと分かったよ」

 

 俺が提示した推理に対し、二人の表情は驚愕の形になる。

 まだ何の説明もしてないのに、数時間前に体験した出来事をあの場にいなかった自分にすっぱ抜かれたんじゃ、そんな顔つきになるのも無理はない。

 

「今日も冴えとるね澤海君、ニュースと匂いだけでここまで見抜くなんて」

「別にそう凄いことでもねえよ」

 

 彩華も生粋の京都人も真っ青なになる流暢な京都弁で讃えてきたが、鋭敏な五感を使った以外は超常的能力的な何かは全く使っていない。

 得た情報を整理、思案を積み重ねて、最も適切であろう解答を導き出し、それが正解だっただけのこと、巧みに使いこなすのに訓練は必要だろうが、やろうと思えば別に名探偵でなくたって比較的誰でもできる〝知恵(ろんりてきしこう)〟の有効活用だ。

 写真館に入った時、俺は計三種類の〝匂い〟と言う情報を手にした。

 一つ目は―――化学薬品も混じった火薬の香り、爆発物……プラスチック爆弾の類」だ。

 二つ目は―――銃、恐らく拳銃の発砲によるものと思われる硝煙。

 三つ目は―――人間の血の匂い……血を武器とする戦法と、何度も共闘してきたゆえに、その血の主が未来のものであると直ぐに分かった。

 それらと爆弾事故のニュースと、芝姫の製本の依頼先な業者の会社が現場とそんなに離れていなかったことを踏まえて、二人はあの騒ぎに巻き込まれ、彩華に相談していると言うことはあの事故はやはり〝異界士と妖夢の世界〟に関係してるのだと行き着いた。

 ほら、常人離れな五感の鋭さを除けば〝知能(おつむ)〟しか使っていない。

 同じく鼻が利いて聡明な彩華だって、大体の大筋は秋人たちの説明を聞くまでもなく組み立てていただろうさ。

 

「妖夢の仕業かとも思ったが、妖夢の匂いは感じられなかったし……となりゃ、例の騒ぎの犯人は異界士の仕業、そのデコの怪我もそいつを捕まえようとしたとこ拳銃でぶん殴られたんだろ?」

「はい……」

 

 未来は戦闘で傷を負ってガーゼの貼られた額に手を添えた。

 否定しなかった辺り、実際犯人の異界士が持っていた拳銃で殴打されたようだ。

 しかし……銃を得物とする異界士とはね、この国は銃刀法が厳しく、また異界士自身の異能の方が強力かつ隠密性にも秀でているので、銃器を手に妖夢と戦う奴はほとんどいないと言ってもいい。

 

「で、ミライ君を返り討ちにしたのはどこの馬の骨だ?」

「これからそのことを聞くところやったんよ、その〝異界士殺し〟の犯人について」

 

 そのような飛び道具を使っていることは………異能自体は控えめな代物で、かつ銃器に精通していると言うところか……未来の追撃を振り切った点から見て、どうやらかなりの手練れらしい。

 

「ニノさんの話によると……その異界士の名前は―――」

 

 俺も腰を下ろしたのを皮切りに、秋人はつい数時間前に起きた爆破騒ぎの経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 真昼の……それも規模の大きい市街のど真ん中で爆発(あんなこと)が起きると思ってもみなかった僕は、鼓膜を突き破らんとする爆音………鼻孔を刺激する薬品の匂い、網膜が映し出す爆炎を経てビルの三階から立ち昇る黒煙に、口を開けたまま立ち尽くすこ としかできない。

 頭が状況を理解しきれていないせいか……飛び散るガラス片も、常時形を変えて上昇する煙の動きも心なしか、スローに見えてしまう。

 それでも、僕ははっきりと……〝彼女〟のその姿を捉え、認識した。

 炎と煙の渦中を走り抜け、風穴の空いた三階から、その少女は飛び降りてくる。

 機能性を重視したことで、よく言えばシンプル、悪く言えば味気ないタイトな服装………しかしそれに反して、髪は雪のように煌びやかな白銀で、今は五月だと言うのに、真冬の晴れた朝の如く光の結晶を迸らせていた。

 

「異界士か」

 

 同じくこの現況を目の当たりにした博臣が、あの少女の正体を看破し、その美貌は〝異界士の顔〟となる。

 爆発だけでもとんでもないことなのに……異界士絡みでもあるとは、碌でもない事情が存在していると、過ってしまう。

 

「奴は飛び降りたぞ! 急げ!」

 

 宙を一回転した少女がアスファルトに着地して間もなく、四階の窓から男が顔を出し、怒声を上げた。

 

「ちっ!」

 

 それを聞いた少女は舌打ちを鳴らし、その白銀の触れずとも流麗さが目へと伝わってくる長髪を揺らめかせて走り出した。

 僕らを横切る瞬間、彼女は一目こちらを見つめる。多分僕から妖夢の気配を察したのかもしれない……しかし一瞥した程度でそのまま駆けていく、逃亡者な身の上、僕程度に構ってなどいられないといったところか。

 

「待ちなさい!」

 

 直後、聞きなれた女性の声が聞こえ、走る人影がもう一つ、通り過ぎた。

 今日もレディース用の背広を着こなすニノさんが、銀髪の少女を追走する。

 

「なに? 映画でも撮ってんの?」

「ゲリラ撮影ってやつか?」

 

 余りに非日常な光景だったせいか、周囲の通行人は爆発も逃走劇さえも〝フィクション〟を生み出す現場だと勘違いしていた。

 

「先輩?」

 

 一連の騒ぎを聞きつけたのか、いつの間には栗山さんの外に出て僕らもこの場にいることを気づいていた。

 

「未来ちゃん、急ですまないが手伝ってくれ!」

「え?」

 

 はてな顔となりながらも、博臣の切迫した表情から薄々察したようで、僕らに続いてその小さな体躯を栗山さんは走らせる。

 

「さっきの爆発は異界士の仕業らしくて、ニノさんが仲間の異界士と一緒にその犯人を追いかけてんだよ!」

 

 僕も僕なりに状況を短めにまとめ上げて説明した。

 

「分かりました」

 

 幼さが濃く残る彼女の顔も、異界士のものとなった。

 

 

 

 

 そうして僕たちは、仲間の異界士とともに追走中だったニノさんに追いつき、彼女から事情を聞いた。

 

 例の異界士の少女の名は――峰岸舞耶。

 

 他の異界士を殺した罪状で現在異界士協会から指名手配されているらしく、その協会からは〝白銀の狂犬〟なんて異名が付けられていた………その協会は登録していた情報によれば、彼女の戦闘能力は決して高くない………とのことだったのだが、逮捕を任じられた査問官二人を返り討ちにし、引き継がれる形でニノさんにも依頼が回ってきたらしい。

 ニノさんもニノさんで、「妖夢以外と戦う機会が最近少なかったから」と、嬉々として依頼に応じたそうだ。

 博臣が「相変わらずの戦闘狂だな」と揶揄すると、「なら最前線より熱い会議室を紹介してくれる?」と返すくらい、うちの文芸部顧問はスリルジャンキーなお方である。 

 協会直々の依頼であることと、名瀬の家の身な立場、管轄外な地域と言ったもろもろの事情のせいか……詳細を聞いた博臣は追跡に加わることを断念、協会から情報を仕入れてくるとのことでその場を後にした。

 異界士の世界事情をさほど詳しくない僕でも……この状況に名瀬家の子息な博臣が介入するのが不味いってのは、漠然とながらも分かる。

 

 博臣が抜けた後も、僕と栗山さんは〝峰岸舞耶〟の追跡を続け、幸か不幸か、裏路地の片隅で……正面からその逃亡者の少女と正面から相対する機会に恵まれた………が、少女たちのキャットファイトは峰岸舞耶の方に軍配が上がり、栗山さんは彼女の得物である〝拳銃〟で頭を殴打され気絶し、銀髪の異界士はそのまま走り去っていった。

 

 

 

 

 

 ちなみに……この時僕が何かやったことと言えば―――両手に漆黒なオートマチック式拳銃を洋画よろしく二丁で持ち、腰の帯革には銀色のリボルバー(後で知ったことなのだが、オートマチックはベレッタM92、リボルバーはS&W M15って名称だそうだ)を携え、銃口をこちらに向けてきた峰岸舞耶に対し、拳銃の弾程度では死なない僕はとっさに栗山さんをかばったのだが………その彼女から少々強引に腕を掴まれ転倒させられ、揚句―――

 

「先輩は下がって下さい! メガネ好きのツッコミ要員なんて、戦闘には役に立ちません!」

 

 僕を思ってのことだったとは言え………美月に感化されているとしか思えない酷い言葉を浴びせられ………その話を聞いた澤海が―――

 

「メガネ好きのツッコミ要員かwwwwwあの状況でよくそこまでアキのことを的確に表現できたなwwwww」

 

 なぜそこまで笑いのツボを刺激されたのは全く理解できないのだが………澤海――ゴジラの大爆笑が誘発させられたのであった。

 

「黒宮先輩……笑い過ぎですっ―――て、彩華さんにマナちゃんまで!?」

 

 しかも、澤海ほど堂々を笑い声は上げなかったけど………彩華さんと子ぎつね形態のマナちゃんまで、手で口を塞いで笑いの衝動を抑えていたのであった………そんなに笑えるのか!? みんな美月の毒牙に毒され過ぎだ!

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、晩飯はとっくに済まし、マナにはお寝んねして頂いた時間帯。 

 座敷では、俺と彩華が日本酒による晩酌、つまり酒を飲んでいた。

 正確には、彩華に勧められて付き合っている。

 

「久しぶりに、〝一本〟どう?」

「頂くよ」

 

 おちょこに入った透明感のあるアルコール飲料を一口で飲み干すと、彩華は卓袱台に直方体状の紙ケースと、銀色の光沢に彩られたジッポ――オイルライターを置いた。

 俺はケースから、枝にも見える黒褐色の筒状の物体一本を取り出した。

 いわゆる葉巻タバコ、分類上はイタリアンシガーと呼ばれるタイプを口に加え、カチッと展開したジッポを点火、めらめらと燃え上がる小さな炎を、葉巻の先端で焦がし、ジッポを閉じ直した後、煙を口ん中でふかす。

 彩華も和風なキセルに刻み煙草を入れ、マッチの火で着火して吸う。イタリアンシガーは着火にコツがいるのだが、覚えてしまえばどうってことない。

 口内で溜まる、苦々しくも重々しい紫煙……スモーカーの中でも好みが分かれる味だが、俺はこれくらいパンチのある方が好きな身である。

 

「はぁ~~……」

 

 ほぼ同時に、一服した俺たちは味わった煙を吐いて、白煙が周囲を舞った。

 彩華はともかく、俺に対しては、一昔前の不良も真っ青な行為である。

 何せ酒を飲みながら、タバコ――それも葉巻を吸っているからだ。戸籍上未成年な身には問題行動に他ならない。

 生憎、人でありながら、放射線を糧にしちまうゴジラでもあるけったいな身は、ニコチンとアルコール程度ではてんで害にすらならない。G細胞はそれらを根こそぎ無毒化してしまうのだ。

 一応酒は今日初めて飲んだ。喉と体の奥がすぅーとする独特の感じは、病みつきになって溺れる奴が出てくるのも納得………主に失恋直後のニノさんとかニノさんとか、G細胞のせいでアルコールは急速分解されるもんだから、酔えはしないのだが。

 実を言うと、葉巻に関しては秋人たちに会う前、放浪しながら妖夢退治をしていた頃から習慣になっている、特に大自然の上手い空気の中で紫煙を吸うのは格別だった。さすがにマナが起きている時は吸わず、長月(この)地で学生やることになってからは一応控えていたけど、なあに、限度さえ設けておけば俺からしたらタバコの我慢程度どうってことない………のだが、今日は一本だけでも吸いたい気分だった。

 

 

「気になるん? 神原君らが今日遭ったこと」

「ぽぁ~~~………そんなとこ……」

 

 もう一服し、煙をリング状に形作って吐きつつ、酒をもう一杯嗜む。

 やはり聡明な彩華には筒抜けだった、だから酒と久々の葉巻を勧めてきたのだ。

 

 

「どうもデキ過ぎてる気がすんだよ……アヤカもそう思わねえか?」

「せやね……査問官が名瀬管轄地(このへん)をうろついてるだけでも穏やかやないのに、間を置かずあの爆弾騒ぎやもん」

 

 どうにも、偶然とは思えないのだ。昨日、〝査問官特権の効かぬ土地〟な名瀬の管轄地(なわばり)を、博臣たちの檻の網を悟られず掻い潜ってうろちょろしていた……あのメガネの優男をリーダーとした査問官一向。

 その翌日に、協会からの指名手配犯――峰岸舞耶が起こした爆発事件………引っかかりを覚えるには、十分過ぎる。

 秋人たちにあらましを聞くまでは、てっきり連中は、あの〝峰岸舞耶〟を追っていたのでは? と考えていたのだが………実際〝白銀の狂犬〟を追っていたチームの首領はニノさんだった。

 

〝目先の小物に釣られて大物を逃しては元も子もない〟

 

 つまりあの時優男が言っていた〝大物〟は奴じゃない。理由はさっぱりなのを置いといて、別の狙いで連中は長月に来ていた………でも安易に白銀の狂犬と無関係だと決めつけられない。

 その峰岸舞耶にしても………誰を狙ってあんな派手なことしたのか、と疑問を浮かぶ一方、正直今のとこ、事件が気になっても、そいつ個人に対してはそんなに関心はない。直に会ってもいない相手に入れ込むほど、俺はそんなにお人よしでもなかった。

 もし奴を確保せよなんて依頼が来ても、あくまで〝仕事〟として携わるだろう。

 辛うじて存在している〝関心〟と言えば、奴の爆破の目的、まさかビル解体を嗜好とするとんだ物好きってわけでも、ましてや承認欲求が肥大化しすぎて自らの痛ましさ動画でひけらかしてる若人でもなかろう。

 何らかの目的で……あの時あのビルの三階にいた連中――恐らく異界士を、一網打尽にする魂胆だった筈だ。

 後は……奴の全貌の解けない〝異能〟。秋人たちによると、今日奴を御用にしようとして返り討ちの銃弾を貰い受けながらもどうにか命拾いした異界士の一人が、逃亡犯への畏怖の感情と一緒に、二人へこんなことを話していたと言う。

 

〝完全に背後を捉えていた筈なんだ………なのに前方の攻撃を躱しながら正確にこちらを撃ってきた………まるで、俺が来るのを予期していたように〟

 

 どんな異能(からくり)かは知らねえが、射撃能力は精密性、早撃ちとともに高く、その力の恩恵を受けたカウンターショットは正確無比で、ニノさんでさえ完全に回避できず頬に銃弾を掠ったらしい……つまり彼女の反応が遅れていたら、うちの文芸部顧問は脳天を貫かれていたかもしれない。

 まあ、せいぜい俺の奴個人への興味はそれぐらいだ。

 しかし困ったことに、実際白銀の狂犬と相対した秋人と未来の二人は、ただ一度の対面だけで、当人らが自覚している以上に気になっている様子だった。

 

「あいつらが異界士殺しのことを話してた時、アヤカはどう感じた?」

「どうって、やっぱり入れ込んでしまってるようやったな……昔の〝自分〟をだぶらせてるんやなかろうか」

「ハぁ……世話の焼けるお人よしどもめ……」

 

 俺も一目で分かったもんさ……奴について話している時のあいつらの顔は、本人どもが無自覚の内に〝そういう顔〟をしていた。

 前にも言ったが秋人たちの〝お人よし〟は決して嫌いなわけじゃない……それを尊いと思うから、二人の立ち位置もあって心配にもなるし、もどかしくもある。

 あいつらの〝身の上〟って奴は、自身が有する尊く眩い〝良心〟でさえ、時として自らをも苦しめる毒に変えてしまう可能性もあるからだ。

 未来ならある程度自重はできそうだが………秋人はどうかな……不死身なのを良いことに、ここぞって時には突っ走り過ぎてしまう。

 

 

 

〝友〟らのことは無論……ここ数日の波紋のせいで、また〝一嵐〟来そうな予感を、嫌でも感じ取っている。

 そいつがまた……俺たちの〝日常〟の波紋となるのも無きにしも非ず、な以上、腰を上げなきゃならねえなと………溜息と苦笑いと一緒に紫煙を吐いた。

 

「とりあえず、明日はちょっと遠出するぜ」

「何か当てがあんの?」

「ねえよ、だから〝探すんだ〟」

 

つづく。

 



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EPⅦ - 似て非なる

 峰岸舞耶と言う異界士の少女と対面した土曜の翌日な日曜、いつもは休日を読書に費やされる僕はその日も前日に続いて、メガネの買い出しの為に遠出の外出をしていた。名瀬家に飼われている身だけど、一応一人で出歩ける自由は許されている。

 なんで近場のメガネ店を差し置いて遠くに来ているかと言えば、目的のメガネが販売形態を限定している漫画とのコラボモノだったからだ………数量も限定されているし、せめて東宝怪獣コラボみたいな太っ腹を見せてほしい、購入者であるこちらからすれば不便この上ない。

 それでも結局、デザイン自体は気に入ったこととメガネストゆえの収集癖ゆえにわざわざ遠くまで足を運んで購入した僕は、帰路に着くために自宅のマンションの最寄り駅に連なる路線の駅へと向かっていた。

 道中、夜になれば賑やかになるだろうけど、昼間な今は閑散としている幾つもの飲み屋が連なる通りに差し掛かった時だ。

 

「まさか……血?」

 

 薄汚れた路地のアスファルトに、黒ずんだ赤い斑点が染みついていた。

 どう見ても絵具のものじゃなく、生き物の体内を流れるあの液体である。

 大きさも数も微妙に不規則な赤色の斑点たちは、一定の間隔を設けて滴り落ちており、それを追っていくと電柱が立つ角辺りで途切れていた。多分、その辺りで血を止血したのだろう。

 ここで、僕の前には二つの選択肢が提示される。

 このまま素知らぬ顔で帰路に戻るか………何かしらの危機に陥っているらしい血痕の主と関わるか。

 僕の立場を踏まえるなら……打算的思考で前者を選んだ方が……〝最善〟ではある。

 

「メガネ買えた日くらい、晴れやかな気持ちで帰らせてくれよ……」

 

 声に出してもどうにもならないと理解しつつも、一人愚痴た。

 僕の知らない誰かが、怪我を負った体で逃げている………ただそれだけのことだ………立ち位置で言えば無関係なのだから、良心の呵責を感じる必要なんてない。

 そう自分に言い聞かせれば言い聞かすほど、僕の頭の中はどんどん鮮明に〝あの頃〟の映像が何度も再生される。

 澤海たちと出会う前のあの頃……鉢合わせた異界士に殺されて、自前の再生能力で蘇生し……助かったことを安堵すると同時に、この先何度もこんな理不尽な目に遭うのだと絶望を突きつけられる………そんな日々の記憶。

 陰鬱な気分にさせる思い出を無理やりにでも振り払おうと、首を大きく振り、気に病む必要はないのだと、その場を後にしようとして……路地を抜けるその直前。

 

「はぁ……最悪だ……」

 

 僕の目は―――見つけてしまった。

 ボロとまではいかなくても、そこそこ年季の入ったアパートの非常階段に、少女が一人、座り込んだ形で、倒れている。

 僕の方からは顔は見えないけど……その雪のように白く太陽光を反射させている銀の髪は、一目で何者かを突き止めるには十分だった。

 峰岸舞耶、白銀の狂犬と言う異名を付けられた拳銃を武器とする異界士の少女と、昨日に続いて……出会ってしまった。

 何の運命の悪戯か? それとも嫌がらせか?

 こんな状況に放り込まれたのでは、素知らぬ顔で帰れるわけがない。

 

「全く……」

 

 世界で最もツイていないNY市警の刑事みたくぼやきそうになる気持ちを抑えて、僕はアパートの非常口のドアノブに手を掛けるが、鍵がかかってたせいで押しても引いても開かない。

 仕方なく、塀を飛び越えてアパートの敷地内に入り、非常階段を上る。

 やっぱり案の定、倒れていた少女は峰岸舞耶だった。銀色の髪と言う、日本人どころか外国人でも似合うのが希少な髪色に負けず整っており、閉じている右目のすぐ下には泣き黒子が一つ付いている。歳は、僕や美月らと同じくらいだろう。

 パーカーを羽織った左腕は負傷しており、さっきまで流れていた血が破けた服の袖部分を中心に濃くこびりついていた。

 

 栗山さんやニノさんを振り切った後も、他の異界士に追われながら、どうにかここまで逃げてきたってのは、僕にでもある程度想像ついた。

 何にしても、異界士である栗山さんたちと同行していた昨日はともかく、異界士でない僕個人では峰岸舞耶を確保する義務を持たない。

 かと言って、負傷と逃走による消耗の影響で気を失っている少女を放置しておくわけにもいかない。

 ポケットからスマホを取り出し、アドレス帳に登録してあるニノさんの番号を押して連絡しようとしたけど………画面に表示された通話ボタンを、押せなくなった。

 栗山さんとの戦闘で見せた不敵な表情と反対に、あどけない女の子の顔が、目に入ったことで………頭では馬鹿げたことを理解していても、抗い難い〝衝動〟が沸き上がった時。

 

「そこで何をしてる?」

 

 下から、ぶっきらぼうな口調で奏でられた澄んだ声が聞こえてきた。

 恐る恐る………聞きなれた声の発生源たる階段下に目を移すと。

 

 澤海――ゴジラが、私服のジーパンのポケットに手を入れた姿でそこに立ち、僕を見上げている。

 

 彼の姿は今日も至って―――端正な顔を少々ダウナー気味に取り扱った―――いつもの佇まい………だけどその姿は、文芸部の寄贈書の一つであったハードボイルド小説の主人公の如き〝不動さ〟〝揺るぎなさ〟を漂わせている。

 人として人間社会の内(なか)で暮らしていても―――それでも〝ゴジラ〟であると、その身で表明するように。

 

「オイ、聞いてんのかアキ?」

 

 そして僕はと言えば、嫌な汗を額から流し、彼からの言葉を応じる余裕を持てずにいる。

 どこからか飛んできた、テレビ局の報道ヘリか、病人を搬送しているドクターヘリか知れぬヘリコプターが、プロペラ音を鳴らし。

 そう遠くない場所の建設現場から、ガタン……ガタンと、機械の駆動音が響いてくる。

 他にも走る乗用車のエンジン音とか、適度に吹く風の音とか、さっきはてんで気にしていなかった周りの音たちが、やけにはっきり耳に入ってきた。

 それぐらい、僕の意識は軽度ながら、混乱状態にあった。

 こんなほとんど見知らぬ土地で、昨日出会った〝逃亡犯〟と、同級生である〝怪獣の王〟と、ほぼ同時に鉢合わせるなんて………とても〝奇遇〟なんて単語で表せない……と言うかあってたまるか。

 

「まあいいさ、一回そいつに撃ち殺されなかっただけでも儲けもんだからな」

 

 僕がそんな〝奇遇〟に戸惑っている傍ら、澤海は澤海なりの自然体をキープしたまま、階段を登りながら、ポケットからスマホを取り出し、指で何回か画面をタッチして操作し始めた。

 

「待ってくれ!」

 

 画面に浮かぶ〝通話ボタン〟を押す直前……恐らくはニノさんに連絡を取ろうとし、逃亡犯を確保しようとしていた澤海を、僕は思わず引き留めてしまった………今倒れている峰岸舞耶の姿を目にしたことで、沸き上がった〝衝動〟によって。

 僕からの制止の声で、澤海はボタンを押そうとしていた親指を寸前で止め、こっちを見上げてきた。

 

「っ………」

 

 急速に口の中で唾が溜まって、それを飲み込む。

 背中からも。汗がいくつか皮膚から出ては流れていく……勿論〝嫌な〟と付く類のもので、母の奇行を澤海たちに見られた時以上に、嫌な感触を味あわされていた。

 澤海から発せられるプレッシャー………いや………正確には、僕が一方的にプレッシャーを覚えているだけだ。

 彼はただ………黙って僕を見ているだけ、特に苛立っている様子でもないし、ましてや〝ゴジラ〟たる溶岩の爆発の如き憤怒を見せてもいない。

 あの時と同じ――〝異界士としての栗山さんが抱えている問題〟――から手を引け、と警告してきた時の眼差しを、澤海は僕に浴びせる。

 これで二度目だけど、僕はその目が………嫌いとまで行かないけど、苦手だった。

 その目は、具体的に言い表すと―――〝ゴジラ〟が静かに人間の内部の〝深層〟とも表せるものを見ようとしている目(まなざし)、と言ったところで、何だか……自分の心が、何もかも澤海―ゴジラには筒抜けにされている………ゴジラの姿な彼にじっーと凝視されている感覚にさらされて、それが苦手意識を生んでいた。

 その上二度目な今回は……僕がやろうとしていたこともあって、余計に気まずさと……うしろめたさを感じていた。

 

「アキ、怒ってはいねえから正直に答えてくれ」

 

 僕と言う、人間としても、妖夢としても半端者な〝半妖夢〟に対して……ゴジラは諭すように、静かに問いかけてきた。

 何だか……悪いことしたのが父親にバレて追及され、縮こまっている子ども……とも言えなくない気分になった。

 断言できないのは、父の顔を知らぬ上に、その父が妖夢な半妖夢である僕が……〝父〟と言う存在を知らないからだ。

 会ったこともなければ、写真の一つすら見たことなく、シングルマザーな家庭環境が当たり前で、何の違和感もなく育ってきたが為に、知識では知っていても………感覚的にはほとんどピンと来ない。

 それなのに、今の澤海――ゴジラから〝父〟を連想させたのは、実際彼が〝父親〟を経験したことがあり、現在でも父親同然に異界士稼業の相棒でもあるマナちゃんを保護者として面倒見ているからかもしれない。

 

「自分(てめえ)とダブらせてたんだろ? そこにいる女を」

 

 と、言われた僕は〝正直〟に頷いて〝肯定〟を示すしかない。案の定……澤海は僕の心の内にあるものを見抜いてしまっていた。

 僕は倒れている彼女の姿から、どうしようもなく……重ねてしまっていた。

 澤海たちを会う前の………人々の営みの〝輪〟から追い出され、地獄の日々を送っていたあの頃の自分を、この少女の現在の境遇と〝ダブらせて″いた。

 ゴジラである彼には、完全に丸裸も同然だった………僕の〝心情〟。

 

「そうだよ……悪いのか?……ダブらせて」

 

 正直に答えつつも、つい……少し強がって、僕は開き直り気味に応じた。

 別に澤海は勝負だのどうのとで尋ねてきたわけじゃないんだけど、このまま言い様にされっぱなしなのがちょっと悔しかったのだ。

 

「いや、悪いとは言ってねえ、ただな―――」

 

 対して澤海は〝あの目〟のまま。

 

「俺からしたら〝似て非なる存在〟ってやつだ………お前とそこにいる女は――」

 

 あまりに淡々とした声色で、そう呟いた。

 

「っ!―――どういう意味だよ!?」

 

 全く今の澤海の発言を読み取れなかった僕は、襟をつかみ上げるとまで行かなくても、叫んでいた。

 直ぐに我に帰って、自分でもどうして〝ここまで感情的になったのか?〟……戸惑うくらい。

 なぜ? 思い出してみたら……この少女は昨日、こっちから捕まえようと吹っ掛けてきたとは言え、追い詰めた栗山さんの頭に容赦なく〝鉛の凶弾〟をぶち込もうとしていたじゃないか。

 

「ごめん……でも何が違うって言ううだよ?」

 

 戸惑いを払えない一方で、澤海の発言の意図を尋ねずにはいられない。

 どこからかリズムを作って響いている建設現場の音はまだ、僕らの聴覚の周りを漂っている。

 今の澤海の佇まいと、その音色は不思議なほどにお似合いだった。

 

「〝峰岸舞耶〟は―――自分から〝追われる道〟を選んだんだ………〝善意〟で日常から追い出されたお前とは違う」

 

 一見、さっきの発言と同じ淡々としているようで……静かに説き諭そうとする彼の言葉に、今度こそ僕は、返す言葉を失い、どうにか合わせられていた視線を逸らした。

 ああも堅固に組み立てられた言葉をはっきり言われてしまっては、為す術がない………元より、僕のなけなしの意地では、人の負の面に翻弄され続けてきた〝怪獣〟の重々しい言葉に勝つ術などなかったんだけれど。

 

「それと、前にも言っただろ? 自分(てめえ)の善意を〝毒〟にするなって」

 

 さらにダメ押しに、澤海は僕が泉さんからの警告を受けたあの日――駅のホームにて、僕に投げかけた〝忠告″を投げかけてきた。

 澤海があの言葉に込めた意図と意味は、僕にだって解っている。

 僕が、この場に澤海がこの場に現れなければ峰岸舞耶にしていたことは………間違いなく〝毒″に成りかねねない、場当たり的な〝善行〟だ。

 澤海の千里眼にも等しい〝あの瞳〟に頭が冷やされたらしく……もし僕があの行為を行った後の影響を、ある程度見通せるようになっていた。

 

「ここは異界士(おれたち)が片付けておくから、お前はとっとと家に帰って、買ったばかりのメガネでもじっくり鑑賞しとけ」

 

 澤海は澤海なりに僕に気を遣った言葉を発すると、再び、中途だった階段を登りだす。

 段数は決して多くないのに、彼が一段一段昇る様は、酷くゆったりと……時間がスローになっていく感覚に苛まれていく。

 そのまま〝異界士〟として峰岸舞耶を拘束し、ニノさんと連絡を取りつつ、協会に引き渡す気でいるだろう。

 彼のこの状況での対応は〝正しい〟と僕も認めざるを得ない……実際峰岸舞耶は異界士と言う人間の日常からは異質な立場にいるとは言え、人を殺しているし、昨日の爆発だって、通行人に被害こそ出なかったけど……あのビルの中にいた人は爆発に巻き込まれて消し炭になっていたのは………想像に難くない。

 何を目的に、同じ異界士追われながらあんなことをしているのかは分からないけど、また何かしらの事件を起こさないとも限らない以上………彼女が疲労困憊の内に確保しておくのは、間違っていない。

 

 でも、それでもこのまま澤海に委ねてしまっていいのか?―――とも思ってしまう。

 

 どうにかして、峰岸舞耶を確保しようとしている澤海――ゴジラを止められないか? なんて思考が過ってしまう。

 

 自分程度の半端者な半妖夢では、仮に……『ここは俺が引き留めるから逃げろ!』なんてしても、ゴジラ相手では時間稼ぎにすらならないと言うのに。

 仮に澤海と本気の殺し合いで100回戦えば、100回とも殺されてしまうだろう。

 仮に〝あの姿″を制御できたとしても……一糸報いることすらできるかどうか怪しい。

 

 知的生命体な人であることと、荒ぶる自然の化身なゴジラでもあることと、人知を遥かに通り越した怪獣たちとの死闘を戦い抜いた経験……それらが組み合わさった澤海と僕とでは、〝格〟に差があり過ぎる。

 

 そうでなくても、僕のやりかけた〝行為〟は決して〝正しくない〟。

 馬鹿げたことだと、自分の頭は理解している………けど、ゴジラからの正論と警告を前にしても、その衝動を完全に押さえつけることができずにいる。

 

 けどそのくせ為す術を自分は持たず、澤海が階段を登り切り、峰岸舞耶にたどり着いてしまう前にどうにかしたい欲求に駆られても……結局僕は立ち尽くしたままでいるしかない。

 

 そして、澤海が階段を全て登り終えた―――その直後。

 

「ギャース!」

 

 張りつめていた空気を一気にだらしなく弛緩させかねない、奇天烈な音……と言うか鳴き声が、峰岸舞耶が眠っている方から響いた。

 

 そちらに振り向くと、これまた奇天烈で小さな怪生物が、峰岸舞耶の体の上に乗っていた。

 黄緑色の体色、カエルとワニを掛け合わせて微妙にデフォルメ化させたみたいな全身、ギザギザっとした歯並び、ギョロっとした大きな目でこちらを睨み付けるその姿は………お世辞にも可愛いと言えず………子ぎつねちゃんなマナちゃんの可愛らしさを再認識させられる程、妖夢当人(?)には悪いと思っているのだが、不気味な印象を僕に与えていた。

 

「ギャッ!ギャギャギャァァーー!!」

 

 怪生物――多分妖夢は、やかましく鳴き続けて僕らを威嚇する。

 様子を見る限り、獲物として峰岸舞耶を襲おうとし、僕らはそれを邪魔するものと見なして敵意を見せた……と言うより、彼女を守ろうとしているらしい。

 突然の来客に、僕は余計にどうして良いか分からず、澤海はと言えば、じっーと怪生物を見下ろしていた―――かと思うと。

 

「そう喚くな、お前、名前は?」

 

 鳥肌を催す奇声をものともせず、澤海はその場でしゃがんで、小型妖夢に話しかけた。

 

「そうか、モグタンって言うのか」

 

 僕からは『ギャーギャー』としか聞き取れないのに、彼には妖夢が何を言っているのか理解できているらしい………彼が動物的感性も持っているからだろうか?

〝モグタン〟って名らしい小型妖夢と異界士である筈の澤海、両者のやりとり――妖夢がギャーギャー喋り、澤海相槌を打つ流れがはしばし続いた。

 彼が同族以外の存在には徹底して〝コミュニケーション〟を拒絶してきたゴジラであることを踏まえると、そのゴジラが積極的に耳を傾けている姿は、結構驚愕ものかもしれない………特に〝ゴジラを倒す〟ことに執念を抱いていた人間たちからは、驚天動地の光景だろう。

 僕の耳では相変わらず……妖夢の声は奇声にしか聞こえず、相槌を打つ澤海と対照的に意味を全く読み取れない。

 せいぜい、妖夢の攻撃的姿勢が段々緩和されていっていることぐらいだ。

 彼らの会話の輪に入りたくとも、何だかここで割り込むのは無粋な気もして、結局状況を静観するしかない………と言うか、峰岸舞耶に接触して、澤海と鉢合わせてからずっと棒立ちになっている気がする。

 そうなるのは無理ない。

〝主人公〟に喩えるなら僕は、〝勝手に物語が進行する消極的受動タイプ〟。

 そして澤海は――〝積極的に物語に参加して道を作っていく積極的能動タイプ〟。

 相性的に……分が悪いのだ。

 

「〝友達〟を助けたかったら―――こいつのアジトに案内しろ」

「ギャッ!」

 

 最終的に小型妖夢は、澤海からの言葉を素直に聞き入れるようになった―――って、今……澤海は何て言った?

 僕の戸惑いをよそに……澤海はなんと……峰岸舞耶の体を横抱き、いわゆる〝お姫様抱っこ〟で抱き上げる、勿論偉く様になっていた。

 妖夢はと言えば、彼女から飛び降りると、廊下の奥の方へと走って行き、澤海は少女を抱きかかえたまま、歩きでその方向へと向かっていく。

 澤海のとった行動に若干の混乱が頭の中で巡りつつも、僕は彼らの後を追った。

 

つづく。

 



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EPⅧ - 一芝居

澤海―本作のゴジラのモデルはクリント・イーストウッド。

寡黙な役が多いってイメージですが、ダーティハリーを筆頭に実はユーモアセンスの高いキャラが多かったり。

特にダーティハリーの一作目での自殺志願者を説得する場面が個人的にお気に入り、吹き替えの山田さんの「運転免許証も血まみれだろうしなwww」の言い回しがツボです。


 逃亡による疲労と、自身を追う異界士との戦闘で負った負傷の影響で意識を失っている峰岸舞耶を横抱きの形で抱き上げ、先導する〝モグタン〟って名前らしい小型妖夢の後を追い、僕は彼の行動の意図こそ読めても、その〝真意〟を汲み取れないもやもやを抱えつつも、その後を追う。

 もし澤海から「さっさと帰れ」と言われたら………その時は〝自分はワトソン〟だとでも言って無理やりにでも居座って納得させるとしよう。

 生憎ここで大人しく引き下がれるほど、僕は〝柔軟〟とも〝聞き分けが良い〟は言えないし、強情な人柄の方だ。

 

「ギャー!」

 

 階段をさらに登り、三階に着くと、モグタンが『307』と表示された扉の前で止まり、そこに指を差した。『307号室』、そこが彼女の〝隠れ家〟らしい。目前まで辿り着けたのに力尽いてんじゃねえよ……と、少し毒づきたくなった。

 

 

「鍵を出してくれ」

「ギャス!」

 

 澤海の指示を了承したモグタンは峰岸舞耶に飛び乗ると、パーカーの内ポケットから部屋の鍵を取り出し、それを受け取った澤海は、彼女を抱えたまま鍵穴に差し込んで開錠させ、扉を開けた。

 特に澤海からどうこう言ってこなかったので、僕もおじゃまさせて頂く。

 中に入り、短い廊下を抜けると、殺風景な様相の部屋が目に入ってくる。簡単な作りのベッドと、生活に最低限必要な家電が備えられているだけの味気ない仕様だ。

  そんな部屋で他にあるものと言えば、片隅に置かれている木箱一つくらいで、モグタンはその箱の下へ駆け寄ると、それを開けた。

 

「待て! それに触ったら――」

 

 僕は妖夢のとった行動を止めようとし。

 

「そいつの中身に触れるなよ」

 

 背後にて峰岸舞耶をベッドに降ろし、何やらカチャっとした音をたてながら、澤海も警告を発してきたが……時既に遅く。

 

「ギャァァァーーー!!」

 

 箱の〝中身〟に触れたモグタンは悲鳴を上げて、両手からプスプスと煙を上げて倒れてしまった。

 箱の中にあったのが異界士用の護符で、彩華さんやニノさんが使っているのと違う文様が刻まれていた。

 異界士にとって〝傷〟を癒すそれらは、当然妖夢にとっては〝毒〟な代物であり、人間が酸に触るようなもの……妖夢本人にとっては充分地獄だったろうが、煙が出た程度で済んだのは幸いだ。

 

「ごめん……止められなかった」

「はぁ……やれやれだ」

 

 溜息吐いて気だるげにぼやく澤海……どことなく80越えても精力的に映画監督業をこなす俳優が演じる〝一匹狼系〟のキャラの雰囲気を感じた。

 彼は躊躇いもせず、モグタンが手に取って被害を被ったのも含めた護符数枚を手に取る。

 彩華さんお手製のものはともかく、〝妖夢憑き〟でもある澤海にとっても直に素手で安全に触れる代物でなく、現に彼の手は軽度の火傷を負ったように赤く腫れていた。

 

 大丈夫か? と聞きたいところだけど、本人は至って痛がっている様子は皆無、実際痛覚はあるので感じてはいるのだろうが、全く痛みに苛まれてはいない。

 並みのメーサー殺獣光線の熱どころか、戦車も溶かす人口雷にも、マントルの灼熱地獄にも耐えてしまうゴジラからすれば、護符の熱などどうってことないってところか………常識的に考えればちゃんちゃらおかしなことである。

 ベッドの上にて横たわる峰岸舞耶の負傷した片腕に、澤海は護符たちを付着させた。

 描かれていた文様が緑がかった光を発し始め、ドーム状に負傷箇所を包み込んだ。詳細な原理は分からずとも、傷を癒していることは僕でも分かる。

 仰向けに眠っている峰岸舞耶の青ざめていた顔色が、段々と良くなっていく様を見て……僕はある懸念を過らせた。

 もし、このまま快方に向かっている彼女が目覚めたら……今の状況と照らし合わせて非常に不味いことに気付く。

 

「澤海……そんな近くにいて大丈夫か?」

「おい、こいつは猛獣か何かか?」

 

 ベッドの直ぐ脇で腰かける澤海は、軽快な笑みとジョークをかましてきた。 

 

「いや……そんなジョークかましてる場合じゃ――」

 

 と、苦言を呈しようとして矢先、女子の呻き声が聞こえたかと思ったら―――意識を取り戻した峰岸舞耶が電光石火の勢いで懐のオートマ式拳銃を抜いて澤海に銃口を向けてきた。

 なのに……何か様子がおかしい………最初は見ているこっちが居た堪れなくなる荒んだ目つきを見せたと思ったら、何やら顔が驚きを浮かび上がらせている。

 

「さすがだな」

 

 銃口が脳天に向けられていると言うのに、平静どころか軽口を叩ける姿勢を崩さない澤海は、まずデニムジャケットの内ポケットから異界士の免許証たる〝異界士証〟を見せ、ホログラムが表示された。

 そのホログラムは、持ち主当人の生体エネルギーがないと表示されない仕組みらしく、澤海が異界士であることの確たる証拠だった。

 

「撃たなくても〝空っぽ〟だと分かったか」

 

 次に澤海は長方形上の黒い物体、弾丸の入ったマガジンを見せた。

 どうやら……僕が目を離している間に、ちゃっかり弾を抜いておいたらしい、さっきの音はマガジンの排出音だったのだ。異界士としての己が武器として日頃から使っている峰岸舞耶なら、弾丸とマガジン分の重さの違いを悟るのに造作もなかっただろう。とあるスパイものの映画で、長年デスクワークに勤しんでいたせいで弾の重さを忘れて撃とうとしていた主人公へ盛大にヘマやらかす敵キャラの下りを思い出した。

 わざわざ持ち主の手元に残す辺り、意地汚いと言うか意地悪と言うか……悪知恵を働かせていると言うか、見てるこっちは背筋が冷やりとしつつも苦笑いが込み上げてしまう。

 

「おっと、だからって背中のM15を出すのはお勧めしねえぞ、敷金から修理代引く程度じゃ済まねえ」

 

 ならばと短パンに引っかけていたM15――多分あの銀のリボルバーを取り出そうとする彼女に、澤海はジョークを吐く姿勢を維持する。

 

「こんな部屋でマグナム弾なんかぶっ放してみろ、テレビ見てたおばさんは腰抜かして大慌て、昼寝してた赤ん坊は大泣きして近隣住人はうるせえぞと喚き散らす、その上もし近くを通りがかったパト中の交番警官が銃声聞いたとして、住人たちと一緒に部屋に上がり、血まみれの俺たちと煙吐いたモノホンのリボルバー持って返り血塗れなお前さんを見たらどうなる? みんなあんぐり口開けて茫然とするだろうさ、そうなりゃとても〝正当防衛〟だと擁護してくれる弁護士なんて名乗り出てくれえぞ」

 

 あんまりに現状の空気と場違いなトークをかます澤海に、峰岸舞耶は戸惑った様子で僕らを見つめて口を半開かせていた。

 かく言う僕の顔も、ほとんど似たようなものである。近くに手ごろな鏡がないので断言できないが、ひょっとすると彼女以上にびっくり顔になっているかもしれない。

 

「…………」

 

 それでも彼女は警戒の色を解かず、僕らを交互に見据える。

 この状況でこうも堂々と軽口叩かれては、そう簡単に解けないのも無理はない。

 隙あらばリボルバーを素早く抜いて撃つか……僕を人質に取るか思案していると見ていい……人質役も担えない不死身さだけは一丁前な僕では後者はてんで無意味なんだけど。 

 

「どうして……助けた? 私がどういう立場か分かっている筈だ………黒宮澤海………いや―――ゴジラ」

 

 峰岸舞耶は、澤海のフルネームを口にした後、怪獣としての彼の名を発してその行為を尋ねてきた。

 

「俺のこと知ってるのか?」

「知らない異界士を探す方が難しいと思うぞ」

 

 

 澤海はすっとぼけた反応を見せたけど、僕は思わずそんな彼のボケに突っ込んでしまった。

 大多数の日本人が思っている以上に、〝ゴジラ〟は地球上で最も有名な古今東西の物語に登場する〝怪獣〟の一体である。

 そんな彼が〝実在していた世界〟からその破壊的力と姿を有したまま人間に生まれ変わって異界士をしている――となれば異界士の世界の間で話題にならない筈がない。

 それに澤海――ゴジラには、こちらの世界の怪獣と言える〝虚ろな影〟を倒した実績もある。

 実際、栗山さんや博臣に母たちの協力もあってこその勝利であったが、噂は広まれば広まるほど〝装飾〟されていくもの……今となっては〝ゴジラが虚ろな影を倒した〟の一点が独り歩きしていると、実情を知らなくても容易に予想がつく。

 

「質問に答えろ、なぜ助けた?」

 

 流れが脇道に逸れかけそうになるのを、銀髪の異界士が修正した。

 警戒の棘を剥き出しにした威圧的物腰で、澤海を詰問する。

 もし本当に彼女が〝狂犬〟か〝狼の類〟だったら、犬歯を剥き出しに威嚇していただろう。

 

「〝友達〟が助けてくれとせがんできたもんでな、ちょっと気まぐれを起こしただけさ」

 

 そんな彼女の態度にも臆せず、自分のペースを貫く態度を澤海が貫いた直後。

 

「ギャース!」

 

 一度は止んでいたあのけたたましい鳴き声が響いたかと思うと、護符に触れたダメージで気を失っていたモグタンが目覚め、そのまま僕には奇声しか聞こえていない鳴き声を響かせて峰岸舞耶に抱き付いてきた。

 

「モグタン……無事だったか……よかった」

 

 自分に飛び込んできた小型妖夢の小さなを、峰岸舞耶は優しくも、強く抱きしめた。

 澤海と応対していた時の、二つ名に違わない狂犬じみた殺気が、彼女の顔から消え失せ、代わりに………眩い無邪気さに満ちた笑顔と一緒に、安堵と喜びを見せる。

 その様を、僕は瞬きも忘れて食い入るように見つめてしまう……その光景が、とても心に――ぐさりと来てしまう。

 人間が妖夢と戯れる光景は、一応何度も目にはしている。

 モグタンを愛でる峰岸舞耶の姿は、マナちゃんを愛でてSッ気を引っ込ませている美月にそっくりだし、澤海だって時に保護者として厳しい態度をとることはあるけど、基本的に妖狐な妖夢の少女をよく可愛がってはいる。

 光景そのものはよく見ているものなのに、どうしてここまで心が締め付けられるのは………先日の経験のせいだろう。

 あの剣豪が発していた研ぎ澄まされつつも禍々しい殺意―――〝妖夢は存在そのものが悪〟―――多くの異界士たちに刻まれている〝認識〟を改めて突きつけられ、直視させられるには十分過ぎた。

 

「ギャギャギャッ! ギャスギャス!」

「そこまで言われたら……仕方ないな」

 

 気分が芳しくない僕をよそに、ちゃんと妖夢と意志疎通が取れている峰岸舞耶は目の前にゴジラがいるにも拘わらずリボルバーを手に取り、シリンダーをスライドさせて六発分の弾丸を全て落とした。

 どうやら……モグタンからの説得により、僕たちを見逃すことにしたらしい。

 ほっと胸を撫で下ろす………取りあえず友と少女が流血塗れになる事態は避けられた。

 

「良い判断だ、これで俺もチケットをプレゼントせずに済む」

「何のことだ?」

 

 一方澤海は意味の読めない言葉を発し、僕と同様に疑問を持った峰岸舞耶が問うと。

 

「いやな、もしお前が口封じでうちのダチごと喧嘩吹っ掛けてくんなら、無間地獄って名称なテーマパークの走馬灯サービス付きチケット〝二人分〟を用意するつもりだったんでね♪」

 

 それはもう………博臣の類まれな美貌からのスマイルに匹敵する域な晴れやかさ溢れるスマイルを、彼は見せた。

 美月のような捻くれ者でもない限り、大抵の女子は撃ち抜かれてしまいそうである。某動画サイトなら「守りたい、その笑顔」なんてコメントが連呼されそうだ。

 だがそれを目の当たりにした僕たちは、とてもじゃないが晴れやかにも穏やかにもなれない。

 何しろ、そのスマイルを構成するパーツの一つな口から出てきたのは、ユーモアあるけどとても洒落にならない〝ブラックジョーク〟だったからだ。

 僕の脳はまたしても〝笑いながら熱線撃つ気満々〟なゴジラの姿を浮かべて血の気を引き、峰岸舞耶も元から銀髪に負けず劣らず白く透明感のある肌で覆われた顔を青ざめさせてモグタンを抱きしめた。そのモグタンもブルブルと小さな体躯を身震いさせている。

 どこまでジョークか? どこまで本気か? てんで割合を断定できない。

 その気になれば例のテーマパークのチケットを何万人分も発行できてしまうだけに、たとえ100%冗談で作られた発言でも、背筋が一気に凍るのは不可避だった。

 本人は以前、泉さんを〝言葉で人を殺せる魔女〟だと揶揄していたけど、澤海もその素質大ありだと思います………ほんとマジで。

 武力衝突になって周囲に被害を加えまいとする心意気もあるんでしょうけど………聞いているこっちからすれば生きた心地がしませんよ。

 

「あと、俺と会ったことは別にチクっても良いけど、もし名瀬に飼われているこの半妖夢――」

「半妖夢、だと?」

「そう、このへっぽこ半妖夢野郎もいたってことをチクれば――」

「分かった………私もモグタンもそんなチケットは欲しくない………心変わりを起こさないよう善処する」

 

 一応毅然とした態度で応じたものの、額には一滴ながら〝冷や汗〟の類な滴が流れていた。

 それでもモグタンには手を出させまいと庇い立てる………〝この子にだけは手を出すな〟とばかり、子を守ろうとする母親のように。

 

「ただのジョークだ、怖がらなくても良い、俺たちも今日のことは誰にも話す気はねえから安心しろ」

 

 そうさらっ~~と、言われましてもね……そのジョーク、いかにもフィクションでのヤクザとかが堅気に脅しに掛かる脅しより、湧いてくる恐怖を煽りまくられるプレッシャーに塗れていたので、怖がらない方が生物的に不自然である。

 ゴジラとしての憤怒を見せた時とどっちが怖いか?

 勿論……どっちも体験した僕からしたらどっちも怖いに決まっている。

 

「じゃあ、俺も自分(てめえ)の気が変わらねえ内に帰らせてもらうぜ」

 

〝言葉〟と言う熱線を川北特撮光線合戦ばりに吐きまくり、すっかりこの場の空気を手中に収めていた澤海はその場から立ち上がり、小さな物体を金属音を鳴らして放り投げ、キャッチした。

 

「こいつは餞別に貰っとく」

 

 正体は薬莢に備わった弾丸の一つ、多分薬室の中に最初に撃ちだされているのを待っていた一発だろう。

 

「あ、もう一言だけ良いか?」

 

 数歩広くはない部屋を進めた澤海は、一時立ち止まったかと思うと。

 

「どこの馬の骨の為に殺人やらテロやらやってるか知らねえけどな、そいつも道連れにするだけだぞ」

 

 一転して真剣味に満ちたトーンで、〝警告〟らしき言葉を言い放ち、峰岸舞耶はハッとした表情を見せた。

 

「行くぞアキ」

 

 そうして澤海は僕を促しつつ、悠々と峰岸舞耶が借りている部屋から出て行く。

 僕もこれ以上部屋に留まる理由がないので、彼に続いて出ようとすると。

 

 

「待て」

 

 峰岸舞耶に引き留められた。

 

「なんだよ……言っとくが銃弾でやられるほど僕も柔じゃないぞ」

 

 彼女が僕を撃たないと確信していたから、澤海は先に出て行ったんだろうけど……一応もしもの時は頭と胸には当たらせまいと警戒心を内に秘めらせて強気気味に応じる。

 

「彼が私を助けたのは、君がそう頼んだからなのか?」

「…………」

 

 本当のとこは、本人に直接聞いてみないと分からない。

 でも聞いたところで、はぐらかして真意を明かしてはくれないだろう。

 

「多分……ね」

 

 でも………モグタンからだけでなく、僕の意志と衝動を踏まえた上で、彼女に情けを掛けたのは確かだ。

 逃亡犯の異界士のお縄を頂戴する〝正しい行為″が、僕の心を蝕む〝毒〟にさせない為に。

 

「そうか……」

 

 僕の短い返答を受けた峰岸舞耶は、そう一言呟いてベッドから出ると冷蔵庫の扉を開けた。日持ちする食料品が保管された内部から、ペッドボトルのミネラルウォーターを取り出し、それをモグタンに飲ませ始めた。

 家族も同然に接する姿に、また少し胸の奥がちくりとしたのを知覚しつつも帰ろうとすると。

 

「〝言い忘れていた〟……」

 

 また僕を引き留めた峰岸舞耶は――

 

「ありがとう……」

 

 そう言い、モグタンも「ギャース」と鳴いた。

 

 僕は今度こそ、三度目の正直で、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 澤海の背中を追う形で、僕は帰りの電車に乗るべく駅へと向かっている。

 さっきの銀髪の異界士の隠れ家にいた時はあんなに、洋画のキャラクターを彷彿とさせる流れのいい饒舌っ振りを見せていたけど、今は黙々と、ジーパンのポケットに手を入れた態勢で歩き続けていた。

 こっちから『今日何してたんだ?』と聞くと――

 

「調べもんさ」

 

 と、ちゃんと答えてはくれたけど。

 例の爆破事件から彼なりに気になったらしく、事件現場を見てきていたらしい。

 分かったことと言えば――

 

「―――使われたのは、恐らくC4だ」

 

 本人曰くそうらしい………爆発規模と爆心地周辺に散らばっていた布地を舐めて、甘い味がしたことからその爆弾に行き着いたらしい。

 その、洋画で結構耳にしたことがあるC4ってのは、衝撃を受けても火に放り込まれても暴発せず、信管と起爆装置がないと爆発しない仕組みな爆弾で、噛むと甘い味がするらしい。

 当然、あの手の代物は人体に有害な化学薬品の塊なので、絶対澤海のとった方法で爆発物の特定などしてはならない。

 澤海はそれぐらいしか話してくれず、どうしてあのマンションに来ていたかは教えてくれなかった。

 どう見てもあれは偶然じゃない、何かしらの根拠があって、あそこに峰岸舞耶が潜伏している可能性があると踏んで来た……と推測も立てられるけど、単純に血の匂いを嗅ぎ取って来てみたら僕と峰岸舞耶がいた――のありえない話じゃないので安易に断言できない。

  僕はそんな爆弾の薬品を舐めても不調の不の字も出さず、今日僕と鉢合わせるまで具体的に何をしていたかベールに包まれている彼の背中を見たり、周りの風景を見たりを繰り返しながら、さっきまでの出来事を反芻している。

 

〝ありがとう〟

 

 去り際、彼女が〝僕たち〟に投げたと思われる感謝の言葉。

 それを受け取った僕は複雑な気分だ……だって僕はほとんど突っ立っていただけで、実際モグタンの懇願を聞き入れて彼女を助けたのは澤海である。

 いや……仮にあの場に澤海が現れず、抗いきれない衝動に駆られて僕が彼女を助けることになったとしても、こんなもやもやとして、心臓が締め付けられる感覚を突きつけられていたかもしれない。

 実際―――さっき澤海が僕に投げかけたあの〝忠告〟は正しい。

 一時の感情のまま、逃亡者である少女を助けるのは、一時の安らぎを齎すと同時に、果ての見えない〝絶望〟を与えるものなのだ。

 僕のかつての逃亡生活が証明している………不死身な体な上に、殺されても再生に、どうにか生き長らえる〝一時の安堵〟の後に、この不条理がこの先何度も繰り返される未来に、何度――絶望したか数えきれない。

 

〝自分の善意を毒にするな〟

 

 二度目であるさっきのあの〝忠告〟は、彼女にその絶望を味あわせるに他ならない――だと言う意味が込められていた。

 あの少女からかつての自分をダブらせていた自分は、同情心って名の衝動に駆られる余り……同じ〝痛み〟を与えるところだった。

 でも結局、それを止めようともしていた澤海は自分の前に提示された選択肢を天秤に掛け、〝正しさ〟を貫いてしまった方が僕の心により大きな影を落とす――毒になってしまうと判断し、モグタンの懇願もあって〝助ける〟ことを選んだのだ。

 もし今日のことが露呈したら………澤海だってタダじゃ済まない、逃走補助をしたのだから、貧乏くじを引いたも同然なのに………澤海は文句を一つたりとも零すことなく、逆に無自覚の我儘を振りまいた僕にまで飛び火させないよう一芝居まで打った。

 背中を見ても分かる……後悔なんて彼は微塵もしていない。自分の選択によって起こる〝結果〟と、そこから巻き起こる〝波紋〟に対して、全力で彼は迎え撃つだろう。

 ほんと、反対に何をやってんだ僕は………あんな感謝をされる資格なんてない………当人がどう思っているかは抜きにして、結果的に終止符を打てるもしれなかった〝苦痛〟を継続させてしまった。

 

 どうしても、悔やみたくなる気持ちに苛まれる。

 

 あの時、峰岸舞耶を見つけてしまわなければ……それ以前に、血痕を見つけた時点で、打算的に考えて振り切っていれば…………そもそも、この日にメガネ目当てに遠出なんかしなければ――

 

 ダメだダメだダメだ………そんなこと考えてもキリがないし、それこそ澤海の彼なりの〝優しさ〟を無下にしてしまうものだ。

 峰岸舞耶も、義理堅い人柄だったし、家族も同然な妖夢からもお願いされたこともあるから、僕たちと会った一件は口外しないだろう。

 

 当初の予定通り、今夜は買ったばかりのメガネ様たちを隅々まで鑑賞し尽すのだと、僕は自分に言い聞かせた。

 

 けど、それでも僕は――実際の背丈以上に大きく見える彼の背中から、目を離せずにいた。

 

つづく。



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EPⅨ - いつもの部活動の最中――

ブログで先に申しあげていた通り、早いとこ書き上がったので投稿します。

いつもの騒がしい文芸部の部活動ですが――


 五月十四日、月曜日。

 列記とした週明けの平日の日、今日も一日学校があり、その日の授業のカリキュラムを終えた後には部活動が控えている。

 我が文芸部でも無論、本日も部活動があり、迫る〆切に何としても間に合わせるべく文集どもと睨めっこしている。

 

「この眼鏡三部作、眼鏡愛好家(メガネスト)なら絶対に避けて通れない『眼鏡さえ似合えば誰でもいいのか?』と言う命題に正面から向き合っていてほんと感服したんだよ――」

 

 その途中、またまた秋人の熱は入っているけど退屈な上に長い〝眼鏡講義〟も含まれた眼鏡を題材にした作品集の魅力を暑苦しく述べていた。

〝三部作〟と聞くと、一貫した連続ストーリーか、テーマが共通しているだけで三作間の物語同士に繋がりはないかのどちらかだが、どうにか熱弁の中身に耳を傾けた限りは後者らしい。

 まだ季節が夏じゃなくてよかったよ………真夏の猛暑と決して広いと言えない部室の中でこんなむさ苦しいご講義なんて聞いていたら碌すっぽ集中できなかっただろう。

 今だって集中の糸を途切れぬように必死に繋いでいると言うのに。

 俺は後輩君――栗山未来の様子を見た。新入部員な一年生は幸いまだ秋人の講義の影響を受けず、静かにかつストイックに読み進めている。

 よかった………精神的苦痛を感じていないようで何より、しかしこの現状が続くのは芳しくない。せっかく入部してくれた未来や、口は悪い女王様でも部長としての義務を果たしている美月に、幽霊部員を卒業しつつある博臣に、手伝ってくれているマナに過度なストレスを与えかねない。

 そうなれば作業効率は一気にダウンするのは必至。

 俺は美月に目線で、現在の場の空気の改善を申し出た。

 美月も危惧していたようで、神妙に頷き。

 

「読んでいる内に僕の眼鏡愛に火がついてさ、眼鏡普及率をどうやってあげるか真剣に思案させられ―――」

「〝汚物塗れ〟にされたくなかったら黙りなさい」

「いっそもう殺してくれ!」

 

 絶妙なタイミングで美月はアンニュイ気味に暴言な口撃をさらりと投下し、見事に奇襲は成功した。

 

「汚物塗れとかどう言う意味だよ!?」

 

 本人からは理由も分からぬ暴言だったので、秋人は若干涙目に発言の意図の詳細を要求する。

 

「汚物は汚物に決まってるじゃない」

「ひょっとしてヘドロ塗れをご所望だったか?」

「そう言う意味じゃない! と言うかどっちの脅し文句も実現可能なのが性質悪くて怖すぎるわ!」

 

 俺も敢えて秋人のキレのある気持ちいいツッコミを引き出させようと、援護口撃を放った。

 

「選考作業をほったらかしてバカなことばかり言うからでしょ?」

「ちょっと待て、眼鏡を普及させることのどこがバカなことだよ、ます計画として栗山さんの宣材写真を撮ってそれを全国の眼鏡販売店に配って店内に置いてもらい、『眼鏡を掛ければ変われるかな?』と女子に希望を抱かせ、『眼鏡=地味』と言う思春期男子たちが持つ幻想を破壊させる―――そもそも近い将来PCの機能を詰め込んだハイテク眼鏡が販売されて――」

 

 おい、それどこの電○コ○ルだ?

 

「――眼鏡が記録した映像を共有、もしくは保存動画にして家族や友達に送付することもできるんだぞ? そうなれば眼鏡普及率も一気に――」

「「不愉快です」」

「そこの二人! 栗山さんの口癖(おはこ)を堂々とパクるな!」

 

 別のベクトルで眼鏡講義を再開したメガネストに、俺と美月はお互い前もって呼吸を合わせるまでもなく同時に未来の〝口癖〟たる「不愉快です」を口にしていた。

 なんかえらく秋人から糾弾されたけど、実際〝不愉快〟なのだからそうとしか言いようがない。

 

「不愉快です」

「――って今度は本家来たぁぁぁぁ!?」

 

 それは未来も同じだったらしく、今度は彼女からも〝不愉快です〟が来た。

 

「と言うか栗山さん………僕何か……したかな?」

「ふざけていると〆切に間に合わなくなりますよ」

 

 未来は口の中に食物を入れまくったリスの如くほっぺた膨らまして講義ならぬ抗議する。

 

「きゅうきゅう(そうそう)」

 

 妖狐なのにどこかリスっぽさもあるマナも便乗した。

 

「ごめんごめん、ちょっと熱入り過ぎちゃって」

 

 どう聞いても〝ちょっと〟どころの熱ではなかったのだが、まあそこは大目に見よう。

 

「前に博臣が勧めてた『僕の妹は空気読めない』、あれ候補に入らないかな?」

 

 自身の選考作業がちゃんと進んでいるのも兼ねて、秋人は博臣お勧めのラブコメの皮を被った青春感動モノを候補に上げた。

 

「ちゃんと読んだのかしら? 兄貴の戯言に乗せられて勧めてるのなら許さないわよ」

 

 美月が当然としか言えない反応を見せる。

 だって〝妹〟を自らの価値観(せかい)の中心にしている妹溺愛怪獣――ドシスコンの〝お勧め〟だからである。

 

「ちゃんと読み終えた上での発言だ、ここいらで泣ける系のを一つでも入れて全体のバランスを取った方が良いと思ってさ」

「一応俺も推薦しとく、全面的には無理でも、ちょっとくらいは兄の眼を信じてやれよ」

「そんなことより部室の空気が悪いから秋人、澤海、少し盛り上げてくれるかしら」

「支離滅裂だ!」

 

 無論、天邪鬼なサディスト部長の美月が素直に応じるわけもなく、こちらに無茶振りを強いてきた。

 

「じゃあ私が問題を出して盛り上げるわね」

「だからドッチボールじゃなくてキャッチボールをしてくれよ! それとも変化球しか投げられないのか!?」

「何言ってんだアキ? ミツキの言葉(たま)は全部〝暴投〟に決まってんだろ」

「それ余計性質悪い!」

「えっへん♪」

「こらそこ! したり顔で胸を張るな!」

「おい、ガン見すんな変態」

「そういう意味で言ったんじゃない!」

「秋人最低」

「美月(おまえ)も乗っかるな!」

「お使いを頼まれた未来ちゃんと美月ちゃんは商店街の青果店に向かいました」

「今の流れから問題に入るの!?」

「澤海、続きを頂戴」

 

 どうやら自分も問題を出す側らしい。

 別に不満もないので、秋人をいじくる者同士として便乗することにする。

 

「そこでミライ君は一玉八百円のスイカを一生懸命抱え、ミツキは一つ百円のリンゴと一つ五十円のミカンを選んで手に取りました、どうぞ」

「そして美月ちゃんはそれらを握力で粉々に圧砕し、果肉と果汁をまき散らしながら秋人君へ『次にこうなるのはあなたよ』と宣告します、はい」

「こんときのアキヒト君の心理状態をお答えください」

「一生消えないトラウマだよ!」

 

 大真面目に『幼稚園児くらいの未来と美月』の姿を想像しながら問題を聞いていたであろう秋人は、当然ながら問題の顛末に憤慨した。

 

「算数の問題かと思ったらホラーじゃねえか! 真面目に計算に費やした僕の脳細胞と時間を返せ! 一生懸命買い物していた幼稚園児くらいの栗山さんと美月を想像していた僕の幸せを返せぇ!!」

「まままま真面目に選考して下さ~~~い!」

 

 一通り秋人が行き場のない哀しみも混じった憤りを吐いて間もなく、真面目に作業をこなしていた未来は看過できなかったようで、立ち上がりながら机をバンッと叩いて絶賛駄弁り中の俺たちに抗議した。

 

「栗山さん、ごめんなさいね調子乗っちゃって………二人とも、下らない雑談は終わりにて選考作業に戻りましょう」

「ああ」

「いまいち釈然としないけど、まあいいか」

「いえ、こちらこそ声を荒げたりしてすみません」

 

 さすがに未来相手なので美月は素直に謝罪の意を示し、そんな彼女からストレートに謝罪を受けた為か未来は恐縮そうに一礼した。

 紅い夕陽に照らされた俺たちの目は全員、過去の文集の活字の群れにへと向けられる。

 部の空気は、あっという間に良い方向で静寂の体となった。

 まともに聞こえるのは、部室の壁に掛けられた時計の秒針と、ページを捲る音、あとはウーロン茶を体内に入れる水分補給の音くらい。

 このまま今日の部活動は、こんな心地いい静けさのまま締めまで続かないかな………と考えた矢先……〝まてよ?〟と、違和感が過った。

 何安心していたのだ俺よ……美月のことだ……あのサド部長が、相手が可愛がっている後輩とは言え、一回の諫言を受けただけで大人しく――

 

「栗山さんを性的に抱きしめたい」

 

 ――引っ込むわけがなかった。

 完全にセクハラそのものな、やたらアダルティな吐息付きの〝爆弾発言〟に、ほぼ同時にウーロン茶を口に入れていた秋人と博臣は、咄嗟に文集に掛からぬよう留意しながらも液体を粒子状かつ盛大に吹き出した。

 

「真面目に選考するんじゃなかったのか!?」

「ぐえっへっへ♪ 栗山さ~ん――大人しく私に抱かれなさ~い♪」

 

 秋人からのツッコミを完全無視し、美月は自らの両手の指をカニの口周りを連想させる卑猥さ全開で小刻みに動かしていた。

 目つきは特撮ヒーローに出てくる悪の組織の女性幹部的妖艶さに溢れ、顔なんて……完全に美少女に欲情する嫌らしさだらけのエロオヤジそのものなソレである。

 いくら美少女でも、こんな手つきと顔つきにされたら誰だって引くぞ。

 

「(みつき……こわい)」

 

 現に普段可愛がってもらっているマナが恐怖を覚え、ブルブルと震えて俺の肩に抱き付いていた。俺はそんなマナの頭をそっとよしよしと撫でてあげる。

 

「いけませんいけません!」

 

 美月は抱擁を強要しているだけだが、あんまりの卑猥さに自らの〝貞操〟に強烈な危機感を抱いた未来は、小さく華奢な両腕で胸元を覆ってあたふたしていた。

 その姿は服装が高校の制服であるのを除けば、時代劇で悪代官に迫られる美女そのもの。

 

「そここそ〝不愉快です〟の出番じゃないのか!?」

「別にどうでもいいだろそんなの」

「良くないよ! 口癖ってのは強引にでも使い続けることで定着させるものだろ!?」

「何の理屈だよ……」

 

 秋人と屋上で初めて会った時の第一声でもある未来の例の口癖を使わない未来に秋人はこう突っ込んだが、んなことは今口にした通り正直どうでもいいんだよ変態メガネスト。

 

「まだ風邪が治ってないのか美月? 今日のお前はどう見てもおかしいぞ」

 

 さしもの妹溺愛怪獣――ドシスコンも、少々呆れた様子で選考作業に適した静寂をぶっ壊し、荒らしまくる美月に問いかけ。

 

「私を怒らせた理由に心当たりはないのかしら?」

 

 美月は両腕を両足を組み直しつつ、憮然とした態度でこう答えた。

 本日の部活動にて、特に奇行が目立っていたのはそれが原因らしい。

 今日の記憶を探ってみたが……特に見当たりないことに直ぐ行き着き、昨日以前にまで手繰ってみると、一応ながらその〝心当たり〟に行き着いた。

 

「ニノさんから聞いたんだけど……秋人、私が風邪で寝込んでいる時にまた厄介ごとに首つっこんでたんでしょう?」

 

 あ、やっぱり例の〝爆破事件〟のことか、と思ったが……ならなんで秋人だけに矛先を限定しているのかが引っかかった。未来が巻き添えくってるけど。

 あの爆発の現場には未来も博臣も鉢合わせたと言うのに………と疑問が湧いてきたところ〝ニノさん〟の四文字で全て合点がいった。

 教師と異界士、二足の草鞋を履きながら年中毎日結婚相手を探し、目当ての男性を見つけて交際にどうにか漕ぎつけては寅さん並みに盛大に振られてヤケ酒飲む流れを繰り返すあの顧問のことである………きっと失恋の痛みを忘れようと酒に溺れまくって酔った勢いで大雑把に美月に一昨日の事件のことを漏らしたに違いない。

 なんでそこまで確信持てるかと言うと、実際恋敗れた翌日は、失恋の痛みとヤケ酒の代償による二日酔いで幽霊も真っ青な青ざめた顔つきになるからであり、普段は髪も顔の化粧も服装も手入れに余念がない分、そのギャップ込みの酷さに嫌でも記憶に残るからである。

 

「あれ程無茶するなと言わせておいてこのザマなら、約束通り栗山さんの眼鏡を外して兄貴をボッコボコにするわ」

「おい美月………それだと俺ばかり損してないか」

「美月先輩、そこはボッコボコじゃなくてポコポコですよ」

 

 自らに降りかかろうとしている不条理に対して突っ込む博臣に、この状況においてはズレた発言をする天然な未来。

 博臣は被害を受けるのは自分だけな事態に苦言を呈したけど、一応メガネストな秋人(こいつ)にとって眼鏡を半ば強制的に外されるのは〝最も耐え難き地獄〟であると一応の補足はしとく。

 

「ミツキ、お前が怒っていることは重々分かったがほどほどにしてくれ、ミライ君の眼鏡外されて失禁してるメガネストと血に塗れたシスコン見ながら作業なんて俺は御免だ」

「仕方ないわね………私も人の眼鏡外したり流血沙汰起こすのは本望じゃないの」

 

 なんとか乱れた場を収めようと申し出ると、思いのほか美月はあっさり引いてくれると思ったら――

 

「だから一分間に『き○りーぱ○ゅぱ○ゅ』を百回言えたら許してあげるわ」

「全く許す気がない!」

 

 ――んなわけがなかった。そこんとこある意味歪みない奴である。

 いくら滑舌を鍛え上げたプロの声優でも、あのアーティストの芸名を噛まずに一分以内で百回言い切るとか、無理があり過ぎる。

 

「じゃあ一分間に『き○りーぱ○ゅぱ○ゅ』を百回言えたらキスしてあげる♪」

 

 うわ……絶対達成は無理だと分かった上でご褒美を提示(ぶらさげ)やがったよこのドS部長。

 あのあざといくらいの満面な笑みとウインクは、それだけ成功率ゼロだと確信しているに他ならない。

 

「―――痛っ……」

 

 そして無謀にも美月からのキス権を勝ち取るべく挑戦するバカが一人、勿論博臣(ドシスコン)のことだ。

 早口で指定された一言を連続で口にするが、発音しにくい単語だらけなので、中途で噛んでしまうのは避けられない運命であり、既に端正な顔の一部であるほどよい大きさな口からは赤い液体が流れ出ていた。

 口と舌と声を酷使した代償――舌噛んで切ったってやつだ。

 

「もうよせ博臣!」

「そうはいかないんだアッキー………男には―――引けない時がある」

「だからってこのまま続けたら確実に死ぬぞ! 既に口の中が血だらけじゃないか!」

「気にするような怪我じゃないさ……」

 

 などとカッコつけてリトライするものの、やはり虚しく博臣の舌は単語がもたらす負担に耐えられず噛んでしまう。

 

「くそ! こんなところで………終わってしまうのか………俺は――」

 

 血だらけの歯を噛みしめ、悔しそうに拳を握りしめるマッシュルームヘッドの上級生。

 あれ? なんで強敵を前にして心が折れかけている主人公みたいな様相になってんでしょうか?

 なまじ声も美声なせいで、俺からしたら妙な笑いに誘われる。

 

「確かに状況は最悪だ! だがここで諦めていいのか博臣!? 美月に『あの時全力を尽くし切った』と誇れるのか!?」

「アッキーに言われるまでもないさ……素直にキスしてあげると伝えられない美月の為に俺は―――負けられない!」

 

 その美月の腹の内には悪意――自分の言葉に踊らされる兄の様を笑う旨しかないってことは……一応突っ込まないでおこう。

 

「いいぞ! その意気だ博臣!」

 

 秋人からのやたら熱いエールを受けて再び挑んだ博臣だったが、結局また盛大に噛んでしまい口を押さえて悶えていた。

 

「ほらヒロ、水(これ)で口ん中洗え」

「すまない……たっくん」

「それと手で舌を強く抑え込め、暫くすりゃ出血は止まる」

 

 取りあえずお湯を少々混ぜてぬるくした水を渡し、なぜか部の寄贈書の中にあった家庭医学の本がソースの応急処置方をレクチャーしてあげた。

 

 俺たちの気質の賜物か、部室そのものにそんな効能があるのか定かではないが、何だかんだ下らない雑談を合間に挟みながら選考作業は一応進行していった。

 やっぱり、静寂一辺倒の一本調子よりこっちの方がメリハリあって、集中力切れることなく作業がはかどるはかどる。

 何事も、適度な〝波〟が必要ってなわけだ。

 

 ちなみに何で秋人が妙に熱込めて応援していたかと言えば、創作上内にて存在する主人公に掛かった〝補正〟の使い方が秀逸な学園バトルモノの影響で、博臣にその補正を引き出してやろうと言う魂胆によるものだった。

 そんな理由で博臣を煽るとか、中々お前も食わせもんだよ。

 その食わせもんさは、メガネっ子な後輩相手にも発揮され。

 

「栗山さん、グミチョコどう?」

「はい、頂きます」

「じゃああ~んして」

「あ~ん――ってどうして普通にくれないんですか!?」

 

 仮にもいい歳した後輩の高校生相手にあ~んを要求し、ノリツッコミまで引き出し。

 

「僕があげたをグミチョコ食べて美味しい思いをしてる栗山さんを見て美味しい思いをしたいから」

「何を……言ってるのでしょう?」

「だからあ~んするだけで良いんだって」

 

 しかも普段の未来は純心天然ドジっ子なのを良いことに、押しの強さとヘンテコ理論で彼女の口を〝あ~ん〟させ。

 

「ほぉいしぃい(おいしい)です♪」

 

 目論見通り先週の金曜に初めて食べてから気に入ったグミチョコほおばって、擬音にするなら〝ほにゃ~ん〟と表現できるくらい顔を緩ませる未来の姿を拝むまでに至らせた………中々恐ろしい奴だ。

 

「私にもやらせなさい!」

 

 そして先日のお見舞いの時の再来とばかり、美月は秋人からグミチョコの入った箱を強奪し、未来に〝あ~ん〟を催促していた。

 やっぱ同性な女性がやると、嫌らしさよりも微笑ましさが勝るらしい。

 せっかくの楽しみを奪われながらも、幸せそうにグミチョコを頬張る未来の姿を微笑ましく秋人は眺めていた………と思ったら、途中までは喜んでいる顔だったのだが……〝お人よし〟を人の顔に落とし込んだと言ってもいいあいつの顔に――〝陰〟――が、差し込んでいた。

 

「先輩?」

 

 先日初めて食べて以来すっかりグミチョコ独特な二段構えの感触を堪能していた未来も、秋人の異変に気づき。

 

「どうかしたのかしら?」

 

 美月も不安と心配と苛立ちが――一:一:八の割合で作られた顔つきで様子を尋ねた。

 ただ、美月はさっきキス権得ようと不純に奮闘していた時の博臣の発言の通り、根っこは善良で思いやる心の持ち主なくせにサディストな態度と発言のオブラートに包んでしまう素直じゃない天邪鬼なやつなので、本当は心から心配はしているのだ。

 

「いや……別になんでも」

「あらそう、てっきり私たちの知らない女のことでも考えてるのかと思ったわ」

「………」

「峰岸さんの……ことですか?」

 

 なんとまあ……〝女の勘〟って奴は怖いな、と唸らされる。

 秋人の反応を見る限り、二人の発言は二つとも、大方当たっている。

 心の中で溜息を吐いた………一昨日と昨日の件で秋人が自覚している以上に、こいつの中で〝峰岸舞耶〟がへばりついてしまっている。

 どうしても隠れ潜み、逃げる姿から――俺たちと会う前の日々を否応なく思い出してしまうのだろう。

 俺は調査をしていた過程で鉢合わせたあの時、秋人に〝峰岸舞耶とお前は似て非なる存在で違う〟とは言ったが、一日経た今でも変わってない。

 

 理由はどうあれ、峰岸舞耶は自分から〝同族殺し〟の罪を重ねて、追われている。

 

 反対に秋人は、小学生の時に友達を助けようとして身代わりになり、自身の異能(ふじみ)が周囲に露呈してしまった結果、学校どころか人間社会と日常の〝輪〟から追い出されてしまった。

 

 この差異は大きい。〝追われる身〟と言う共通項があっても、少なくとも自分は秋人と奴を同一視はできない。

 実際にやつと対面した限りでは、義理堅い面もあり、情無き人間ではないと認めた上でだ。

 

 それに、こいつは異界士同士の問題、異界士と関わりがを持っているだけで、異界士の社会に身を置いているわけじゃない上にデリケートの塊な半妖夢の秋人がその手の問題に関わるのは、デメリットの方が遥かに大きい。

 

 眼鏡のことでご講義垂れる様は正直うざったいが、そんぐらい好きな眼鏡の為に自分の時間を使ってもらった方が俺としては喜ばしい。

 

「心配ごとがあるなら、言って下さい」

「………」

 

 顔に出ている時点で、今の秋人には上手くはぐらかす術は持っていない。

 一応、お互い会ったことは口外しないと約束した以上、美月たちにも明かすわけにはいかないし、それ以上に秋人が逃亡犯と接触していた事実も明るみにするわけにはいかない。

 未来たちには悪いが、上手いこと流れに入り込んで――

 

「聞いてくれ」

 

 とそこへ、普段の軽薄さが消え、異界士としての神妙な面持ちとなっている博臣が割り込んで来た。

 

「厄介な連中がこっちに向かっている………査問官だ」

 

 校内に張り巡らされた〝檻〟の効能で、博臣は一番先に文芸部に一応の来訪をしようとしている存在を感じ取っていたのだ。

 

「ちっ…」

「黒宮先輩?」

 

 忌々し気に舌打ちを鳴らしてしまう。

 気配を感じ取ったす自分の顔は、すっかり刺々しく不機嫌で近寄りがたいものとなっていた。

 なぜかと言うと―――

 

「みんな気をつけろ……この間の連中だ」

 

 今の俺の一言で、この場にいる全員の顔が強張り、来訪者たちへの警戒心を露わにした。

 

「ミツキ、暫くマナを匿っててくれ」

「ええ、マナちゃん、隠れてて」

「こぉん」

 

 マナは美月へと駆け寄ると、制服の襟元から美月の服の中へと入りこんで隠れた。

 狐の妖夢だから、身を隠す能力に秀でているし、美月の檻と組み合わされば、そう簡単に連中に見つかることはない。

 

 

 

 

 

 そしてそこ、絶対羨ましいとか思ってんっじゃねぞ♪ 消し炭にしてやるから(ニコ♪

 

 

 

 

 

 部室の扉の外側から、ノック音が二回鳴り響いた。

 そこそこ聞き慣れているのに、俺たちが抱く緊張感をより強めさせる。

 

「どうぞ」

 

 秋人が代表して入室の許可を述べると―――扉が開かれた。

 

 そこにいたのは案の定、あの長身で眼鏡掛けた優男と筆頭とした査問官どもだった。

 

 つづく。



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EPⅩ – 突然の不条理

途中、秋人君のとんだ自爆発言がございますが、今回はシリアス度が高め回です。


 一応ノックし、こちらの許可を得た上で入室してきた査問官ども。

 

 自分が感じた気配に一ミリたりとも誤差はなく、その査問官たちは、時代錯誤の瞬間沸騰器な侍もどきと、無表情なゴスロリ少女―――そして二度目の邂逅でも眼鏡と一緒に顔へ人を喰ったニヤつきを掛けた優男の三人だった。

 俺は警戒心を見せぬよう、かと言って変に友好的さを装わぬように努めて、連中を見据えつつ、密かに左手を〝制服のポケット〟に入れる。

 

 美月たちが、突然の来訪者に警戒していることを隠し切れなかったからだ。

 特に秋人は侍モドキに殺されかけ、優男から妖夢としての自分を追及されたのもあり、心ここにあらずな調子で全身が固くなり気味かつ呼吸を忘れかけている、その秋人を〝半妖夢〟だと知っていた事実もあって未来も、妖夢相手くらいにしか見せない険しい表情となっていた。

 

「おやおや? 随分と警戒なさっているようですが、戦闘でも行うつもりですか?」

 

 こちらに反し、優男は飄々とした真意を窺えぬニヤついた姿勢を崩さない。

 やはり油断ならない危険な相手だと直感が告げる………寄り過ぎず、引き過ぎずの自然的態勢で臨まないと。

 幸運にも、単細胞な侍モドキが大人しくしながらも俺への敵意を隠し切れず突きつけている………こいつを反面教師にしていれば、冷静さをキープできそうだ。

 

「そちらが警戒させる雰囲気をお見せになっているからでしょう?」

 

 美月も気圧されまいと、毅然とした物腰で優男の第一声に応じた。

 

「可愛らしいお姿に似合わず気丈なお嬢様だ………名瀬泉の性格を考えれば、当然のことかもしれませんがね」

 

 それを受けた優男は肩をすくめると、ジャケットの内側から異界士証を取り出し、俺たちに見せる。

 

「ご紹介が遅れました、異界士協会監察室所属、査問官の藤真弥勒と申します、こちらの二人は同じ査問官の楠木右京と永水桔梗」

 

 今緊張感に支配された部室にいる者たちのほとんどが、固い表情をしている中、優男――藤真弥勒だけが笑みを形作っていた。

〝慇懃無礼〟って単語は、こいつみたいなのを指すのだと実感しつつ、文芸部員一同と、査問官どもとの間を目で行き往きさせながら、疑問を探る。

 先週末、名瀬の縄張りのど真ん中な学校近辺をうろうろしていただけでも解せないと言うのに、連中はわざわざ名瀬の屋敷ではなく、異界士のたまり場となっているとは言え、一高校の文系部活の方へ顔を出してきたのだ………奇妙に思わない方が無理な話。

 

「用件をお聞かせください」

 

 

 子息の美月と博臣も同様に解せない気持ちなのが表情で読み取れる。

 

「先日、市街地中心部で爆破事件がありましてね、まあ君とゴジラ君以外の三人は偶然現場に居合わせたようだから、大まかな経緯は聞いているでしょうが」

「そう言えばニュースでそんなこと………って三人一緒だったの?」

 

 寝耳に水と言わんばかりに驚きを見せる美月。

 

「ニノさんから事情を聞いたんじゃないのか?」

「ハイボールでヤケ酒している時に、『神原君がまた厄介ごとに首突っ込んでいた』と聞いただけよ」

 

 

 案の定、ニノさんはその時大層酔っぱらっていて、大雑把に〝秋人が巻き込まれていた〟一点のみしか話していなかった。

 

「澤海は知ってたの?」

「まあ一応、ニュース見てた時点できな臭かったからな、言わなかったのはてっきり報告ぐらいは受けてると思ってよ」

 

 自分一人だけ実質蚊帳の外だった事実に少々ショックな美月へ、博臣には悪いが毒舌の矛先を向かれぬよう予防線を張っておく。

 実際現場に博臣がいたのだから、事件の概要と主犯くらいは美月にも伝わっていると今日の部活動までは思ってたしな。

 

 

「どうして私に黙ってたのかしら? 兄貴」

「言わなかったのは悪かった………だが美月に余計な心配を掛けたくなったんだ」

 

 妹から棘のある視線に送られた兄は、さすがに少々あたふたしながらも応じる。

 

「またそう〝私のため〟とか言って言い訳するのが許せないのよ………そもそも三人仲良く巻き込まれるとかどういうつもりなの?」

 

 仲間外れにされた怒りの矛先は秋人にまで向けられる。

 この点はさすがに言いがかりだった……三人が偶然爆発事件に巻き込まれたのは、運命の悪戯としか言いようがないからである。

 

「あの日の美月は風邪ひいてたんだから仕方ないだろ?」

「つまり私が熱に魘されている時に三人でよろしくやってたわけね」

「誤解を招くような言い方するな!」

 

 不満って名称の燃料を燃やし、美月は惜しげもなくいつもよりキレッキレな毒舌を吐き、そんな状況でもないのに秋人にツッコミを誘発させた。

 まあそう言う美月もその日はある意味〝よろしくやってた〟けどな。

 

「三人一緒に巻き込まれたのはほんと偶然なんだって――」

 

 慌てて弁解を始める秋人。

 

「――製本の手続きから帰る途中に知らない男と仲良く歩く栗山さんを見つけてさ、居ても立ってもいられなくなって跡をつけたんだよ」

「おいアッキー……」

 

 はぁ? 今この変態(メガネスト)……何言いやがった?

 弁明の言葉の中に、あってはならない単語が混じっていたような。 

 

「そしてお洒落な喫茶店で談笑してる二人を張り込んでいる時に丁度爆発が起きて」

「だからアッキー」

 

 跡をつける……跡をつける……跡をつける……跡をつける………跡をつける跡をつける跡をつける跡をつける跡をつける跡をつける―――尾行する――ストーキング。

 

「そのまま異界士同士の戦闘に巻き込まれちゃったんだよ………だから美月が考えているような疚しいことは何もないって」

「アッキー…」

「さっきから何だよ……そもそも博臣のせいでこんな面倒なことに――」

「Shut up! Fucking glasses nerd!!(黙れ! このクソメガネオタ!)」

「僕何かしたぁ!?」

 

 なぜかこの変態最低野郎は涙ながらに訳も分からぬ様子で俺の発言の意図を求めてきやがったが……自分がどんだけ最低発言したか分かってねえのかこのクソったれめぇ!

 あ~情けない……全く以て情けない………友人(ダチ)として恥ずかしいったらありゃしね………眼鏡を愛しすぎる変態だと疑わない一方で………眼鏡のすばらしさを理解しようとしない世間と戦う雄姿には、俺とて敬意を抱いていたと言うのに。

 

「たっくんが憤ってる理由を知りたかったら美月と未来ちゃんの顔を見てみろ」

 

 博臣に促されたストーカー野郎、もとい秋人は美月と未来の方を見て、ショックを受けた。

 美月は「へぇ~~そうなんだ♪」と言わんばかりのニヤケ顔で秋人を見据え。

 

「栗山さん……どうしてそんな不愉快そうな顔を」

「不愉快だからです」

 

 反対に未来の顔はストーカーに、心底蔑み、断罪する視線を送っていた。

 

 初めて会った時の『不愉快です』よりも、今の彼女の声色は冷たく、丸みを帯びた目じりは吊り上がって年相応より幼い童顔から〝あどけなさ〟を打ち消していた。

 分かる……そんな軽蔑の目を突きつけたくなる気持ちは痛いほど分かる。

 みるみる顔色が悪くなっている秋人の顔から、こいつの精神がGクラッシャーの電流地獄を受けているにも等しい苦痛を味わっているのだと汲み取れた。

 はっきし言って今の俺に憐れみの気持ちは皆無………むしろ〝ざまあみろ!〟と追い打ち掛けたいくらいだ。

 

「え? 僕栗山さんに何を?」

「声もかけずに尾行するなんて最ぃ――低です!」

「なっ!! おい博臣!さては男同士の鉄の約束(おきて)を!」

「落ち着いてくれアッキー」

「これが落ち着いていられるか!」

 

 なんとこの変態ストーカーは未だに自らの〝罪〟を自覚できず、あまつさえ博臣に冤罪を擦り付けようとした。

 確かに博臣も共犯者ではあるが、態度を見る限り半ば強引にストーキングにつき合わされた恰好なようなので、やはりこの場合最も断罪されるべき主犯は秋人だ。

 大方、その未来が饒舌かつ楽しそうに会話を交わしていた見ず知らずの男に嫉妬心を抱き、しかも関係性を聞くだけの勇気もないチキン野郎だったので、ストーカーするに至ったところだろう。

 呆れるわ……あの子の〝幼馴染〟との別れの瞬間から、何も感じ取れなかったのか? あれを思い出せば、安易に彼女が〝彼氏〟を作るわけないと直ぐ分かるだろ……アホ。

 その〝知らない男〟の正体も目星はついている。先週の金曜に未来の童顔を〝趣味を嗜む顔〟にさせたメールを寄越してきた主と同一人物と踏んでいい。

 

「フォローしてやろうとしたヒロに八つ当たりとか、どこまで落ちぶれりゃ気が済むんだ? motherfucker」

「だから――なんで澤海もそんな怒ってんだよ! しかも美月のがまだ可愛いと錯覚しちゃうくらいの罵詈雑言の嵐じゃないか!」

「決まってるだろ……お前がミライ君をストーカーした上に墓穴を掘るどころか荒らしまくりやがったからだ」

「え?」

 

 間の抜けた声を出し、ようやく自分のしでかしたことの重大さを自覚した秋人は――一応人の良さそうな顔を瞬く間に青く変色させた。

 

「ち、違うんだ栗山さん! これには――」

 

 もう今さら、何をどう言い訳したところで遅い………自業自得だ。

 もう暫くは未来の冷たい軽蔑の目線を味わってやがれ、このクソメガネオタ!――と心中罵りつつ、脱線した流れの軌道修正も兼ねて、査問官どもに弁明しておく。

 

「すみません、今の痴話喧嘩はきれいさっぱり忘れて下さい」

「そうさせて頂きますよ、しかし怪獣王を〝常識人〟にさせるとは、中々末恐ろしい部ですね」

「同感です、退屈はしませんけど」

 

 正直に同意を示した。実際末恐ろしい部だと実感することは何度もあるが、退屈しないのもまた事実。

 

 思えば――この優男の査問官に共感した瞬間の一つでもあった。

 

「ところで、そっちの用件と言うのは何だ? まさか今になって〝半妖夢を匿うな〟などと因縁つける気じゃあるまいな? その件に関しては協会にも一報を入れた筈だが?」

「違いますよ、先も申し上げた通り、例の爆破事件に関連することです」

 

 博臣の質問に対し、藤真弥勒はこう答えたが、それならわざわざ名瀬の屋敷にではなく文芸部に顔を出す理由としては弱い………爆破事件に関係していることに偽りはなかったとしてもだ。

 昨日俺と秋人がその逃亡犯と接触したのが明るみになった――わけでもなさそうだ。

 あの時は近くに追跡している異界士がいないことを確認した上で峰岸舞耶に情けを掛けたし、他にも白銀の狂犬には罪状があると言うのにわざわざ〝爆弾事件〟の話から切り出したってことは、その事件との関連性が主軸だと考えられる。

 

「実行犯の名は峰岸舞耶、協会からは〝技量が低い〟と評価されていた異界士なのですが、今や査問官を返り討ちにし、〝白銀の狂犬〟なんて異名を付けられるだけの凄腕となっております」

 

 それぐらいの情報は既に自主調査で把握済みなので適当に聞き流し、同じくその日現場にいて聞き及んでもいる博臣も適当に相槌を打った。

 逆にテレビのニュース程度でしか知らなかった美月は、犯人が〝査問官を返り討ちにした〟点に驚きを隠せずにいる。

 実際査問官の役職を得た異界士は、〝一応〟選ばれるだけの高い実力を備えた猛者たちではある………一応と付けたのは侍モドキの一件で、すっかり協会の選定基準を疑わしい目でしか見られなくなったからだ。

 

 そんな一応の選りすぐりのエリートの一端でこいつらが来た理由が、あの日事件に居合わせた三人の事情聴取………って感じでもない。

 だが漠然とながら、嫌な予感が沸き上がった。

 それから間もなく、予感が正しかったと思い知る。

 

「しかし、今日は峰岸舞耶の件でこちらに窺ったわけではありません」

 

 何やら曰く付きの表情で語る藤真弥勒の目線を追う………眼鏡越しの瞳の先には、赤縁眼鏡を隔てた未来の年相応より幼さが残る童顔に辿り着いた。

 

「と、言うと?」

「被害者の中に真城家の幹部たちが含まれていましてね、我々としては〝真城優斗〟が関与している可能性を捨てきれない」

 

〝真城〟――最後通牒の通り、次に何かしでかしてこっちにまで飛び火したのなら本気で根絶やしにする気でいただけに、その名を聞いて忌々しい気分になった。

 ポーカーフェイスを維持させて、未来の方へ再び目を向ける。

 真城優斗――自らの師を謀殺した同族たちの崩壊を企み、半ば成功させた逃亡犯、今でも奴への印象は〝嫌い〟な方だ。

 前に未来にも言ったが―――魔女狩り染みた迫害を受けてきた〝呪われた一族〟ただ一人の生き残りな上に、師であり、家族も同然な間柄であり、彼女を保護下に置いた伊波の嫡子でもある伊波唯を――虚ろな影に憑りつかれつつあったとは言え、未来は殺してしまった。

 それは彼女の心に大きな精神的外傷(トラウマ)を刻んだだけでなく、元から不安定だった彼女の異界士としての社会的立場を、より危うくさせてしまった………今日まで未来が生き長らえてきたのは、幸運としか言いようがない。

 なのに真城優斗は、大事な存在であり――己が師が自らの命と引き換えに生かそうとした彼女を守り、支えることよりも、死に追いやった同族たちへの復讐を優先させたのだ。

 あの巨大なおぞましい漆黒の姿に成り果て、〝チビスケ〟に会うまではたった独りで……人間たちに果ての知らない憎悪と憤怒をぶつける以外に道はなかった俺と違って、踏みとどまれるチャンスがあったってのに………とんだ愚か者だ。

 幸いにも未来にはこの〝文芸部〟と言う〝居場所〟を得られたけど……もしこの幸運に巡り会えなかったら―――秋人が屋上のフェンスの向こうで虚ろに立っていた彼女を呼びかけなかったら―――それこそ独り孤独に死を選んでいたのは疑いようのない事実。

 理由はどうあれ……たとえ復讐の理由を理解できても………俺は未来を置いていった奴を辛辣な目でしか見られない。

 だが、奴が栗山未来にとって単なる〝幼馴染〟を超えた存在であることも理解はしている。彼女の奴への想いまでどうこう言うつもりはない。

 奴の名が藤真弥勒の口から出た瞬間から、夕焼けの光でできた影よりも濃く、黒い陰が、俯く未来の顔を覆い、手入れが行き届いて新品同然なレンズの奥の瞳が、曇っていった。

 

「〝真城優斗が犯人の可能性もあるので、幼馴染の栗山未来も捕まえておこう〟――なんて言うつもりじゃありませんよね?」

 

 最悪の事態を想像していた秋人は、先んじる形で藤真弥勒たちの〝用件〟の形を口にする。

 

「そこまで協会は短絡的ではありません――と言いたいところですが、いくつか確認しておきたいこともございましてね、栗山未来の身柄を拘束させてもらいます」

「質問があるならここで済ませればいいでしょう!?」

 

 大人数なせいで余計狭苦しさを感じさせる部室内を、机を手が叩く音、椅子が後ずさる音とともに、秋人の叫びが響き渡った。

 

「アッキー……協会だって何の確証もなしに動いてはいない、こらえろ」

 

 嘆きと怒りがないまぜになった秋人を博臣が宥め。

 

「理由をお聞かせ願えますか?」

 

 美月が代わって、栗山未来を拘束するに至った理由を申し立てる。

 

「彼女は先月真城優斗と接触し、指名手配犯である彼を、名瀬家と真城家との協定があったにせよ見逃した――以上の事実から、重要参考人に助けを求められた場合、加担する可能性が高い」

「推測だけで彼女の身柄を拘束するおつもりですか?」

 

 当然美月は、納得していない俺たち文芸部員を代表して、反論を述べ立てる。

 

「接触しただけの事実関係なら我々とて動きません、しかし栗山未来と真城優斗はかなり深い関係だそうですね、それこそ〝他にあてがない〟と彼から縋られたら――匿ってしまうくらいに」

 

 軽薄な調子で口を動かす藤真弥勒へ、隠しもせず秋人が怒りも露わに見据えていた。

 秋人がここまで怒り、他者に刺々しい敵意を見せる姿は珍しい……珍しいが、その怒りの源泉は明白。

〝自らの理想とする眼鏡美少女〟であるが為にストーカーまでやらかした変態だが、それを抜きにしても栗山未来に対する〝想い〟は強く、並々ならぬもの。

 その想いを抱いている秋人からしたら、藤真弥勒は未来の心に土足で入り込んだだけでなく、ずけずけと土足で〝トラウマ〟を残した部屋にまで踏み込む許しがたい存在に見えているだろう………その点は秋人の主観抜きにしても事実なんだけど。

 

「栗山さんは匿ったりはしない」

 

 傍からでも、今の反論が半ば無意識に発せられたものだと、秋人の様子から見ても窺える。

 

「根拠は?」

 

 鼻先で笑い、肩をすくめて挑発的に藤真弥勒は発言の根拠を求めた。

 

「真城優斗が犯人でないと信じているからだ」

「話になりませんね、我々の使命は危険性の排除、友情ごっこを参考にするわけには行きません、そもそも異界士ではない素人に意見されても困ります」

 

 秋人の確信の籠った言葉は、されどあっさり打ち払われ、異界士の世界では〝部外者〟である点を突いてくる。

 確かに未来の関与を否定する反論としては弱い………が、真城優斗が関わっている可能性だってまだ小さいものだ。

 

「なら同業者のご意見を述べてやろうか?」

「ほぉ~~どのようなご意見でしょうか?」

 

 俺としてももの申したい気分でもあったので、反論のバトンを引き継いだ。

 小馬鹿にした感じで秋人からのを一蹴したのと反対に、レンズ越しに興味深そうな目線を向けて藤真弥勒が尋ねてくる。

 

「この子ははっきし言って嘘や誤魔化しが下手くそだ、仮に爆破事件の犯人が真城優斗だとしても、幼馴染なら熟知している栗山未来の性格を考慮して頼るのは断念するだろうさ、うっかり匿っていることがバレたら堪らないからな――」

 

 それに奴も今下手にことを起こせば、未来にも飛び火し、彼女が関与している疑いを掛けられることを考えるだろう。

 さらにもう一押し、反論しておく。

 藤真弥勒の楯突くのが気に入らないのか、早速侍モドキの肩が震え始めていたが、無視する。

 あらゆる可能性を探るのが捜査活動の肝――だろ?

 

「そもそも真城優斗の犯行自体疑わしいな、真城は今も奴の裏工作が引き金で起きた内ゲバの真っ最中だ、わざわざ手を下さずとも勝手に殺し合ってる状況で動くメリットはない」

「なるほど~~それは一理ありますね、しかしその認識を逆手に取り、あえて真城優斗がことを起こした可能性も、また否定はできません―――しかしまあ、人間たちから酷い目に遭わされた身にしては、随分と人間のことを見ていますね~~人の器を得たことで情が芽生えたとか?」

 

 査問官だけあり、こっちの持論に対しても冷静に打ち返してきた上に、皮肉も一緒に打ってきやがった。

 

「まさか、ちゃんと見て本質を理解した上で嫌いになっておきたいだけさ……先入観って色眼鏡ほど厄介な敵もいないんでね」

 

 対してこっちは、事実と虚言の半々で構成された発言を返しておく。

 

 俺としては真城優斗が犯人ではない線にくっきりとした根拠を持ってはいるが、結論を先走るのは早計――犯人が奴か、それとも他の者の犯行か、どちらもまだ確たる証拠がない。

 だからこそ、関係者だからって未来を拘束するってのは早計どころの話じゃないのだが。

 

「それなら尚のこと今回の判断には納得しかねます、隠匿や隠避の可能性だけで関係者を捕まえるなんて聞いたことがありません」

 

 根は思いやる心を持った美月が、協会の決定の一番の問題点を追及する。

〝逃亡犯を匿うかもしれない〟って理由だけで、そいつの身内、関係者を前もって捕まえておくなんて、とんだとばっちりだ。

 俺をおびき出して始末する為に、まだゴジラザウルスの赤子の頃だったとは言え、同族の〝チビスケ〟を囮にしたGフォースの連中と大差ない。

 もしや……協会は未来に〝チビスケ〟と同じ役回りをやらせる魂胆か?

 真城優斗をおびき出す為の―――人質役。

 そこまであの組織も腐ってはいないと言いたいけど………一度タガが外れれば、どれ程外道な手段でも行使できてしまうのが〝ヒト〟の悪しき一面の一つである。

 

「もし本当に栗山さんの身柄を強制拘束なさるなら、こちらからも協会へ訴えさせてもらいますよ」

 

 俺たちの一連の〝反抗的姿勢〟に業を煮やしたのか、とうとう侍モドキは腰に指していた刀の柄に手を掛け、大気の重々しさが一気に増す。

 

「待て美月!」

「逸るな!」

 

 博臣と藤真弥勒が、同時に制止の言葉を放ったことで、侍モドキは刀を鞘に納めた状態を維持させ、どうにか最悪の事態は避けられ、博臣は安堵の溜息を吐き出し、ゴスロリ少女は無表情のまま一連の流れを目視していた。

 俺もポーカーフェイスの内でほっとする………美月の服の中にマナが隠れているから――それと、念の為にポケットの中のものを起動しておいたのは正解だった。

 

「気の荒い部下で申し訳ない」

 

 全くだ、こればかりは潔く首きった方が得策かもな……その内辻斬り紛いの蛮行をやらかしそうで恐い………あ、とっくに秋人相手にやらかしてたか。

 

「我々も名瀬とことを構える気がございません、幹部としてのご意見をお聞かせ願えますか? 名瀬博臣君」

「友好的と好戦的、二つ意見があるが、どちらから先に聞きたい?」

「では前者から」

「扱いに困る身内には苦労しますよね、今回の件は早急に忘れましょう」

「で、後者は?」

「美月に手を出すなら全面戦争だ、檻から無事に逃げられると思うな」

 

 幹部としての意見を求められていたのに、後者の意見は思いっきりシスコンとしての個人的に本音と、殺意スレスレの覇気に塗れていた。

 秋人はすっかり萎縮してしまっているし。

 

「ですから、そうならない為の話し合いでは?」

 

 さしもの査問官な優男も軽薄さが一時引っ込み、呆れた様子で溜息を吐いた。

 

 同感だ……この瞬間が二度目かつ最後の〝共感〟であった。

 

「どうやら噂は本当だったようですね」

「噂?」

「名瀬泉が査問官の勧誘を断ったのは、君と言う不安要素があったからなんて噂がありましてね、記憶が正しければ――『人望が厚く支持層の広い名瀬博臣は、平時の管理にはこれ以上ないほど適任だが、非常時に組織より個人を優先するようでは話にならない』――だったと」

 

 だからさっきは気をつけろを釘を差しておいたってのに、言わんこっちゃない………私情に任せた発言までかましたせいで、喰えない相手に弱みを握らせてしまった。

 図星を突かれた恰好となった博臣は、沈黙を貫いている………このシスコンに〝甘ちゃん〟――情を捨てきれないとこがあるのは否定できない………かと言って、俺はそれを否定するつもりもない。

 その情があるからこそ、ヒト嫌いなのは割と本当でもある自分は、こいつも〝信頼〟できるからだ。

 

「あの……」

 

 幼馴染の名が藤真弥勒の口から出て以来、ずっと閉ざしたままだった未来の口が久方振りに開かれる。

 

「私が同行に応じれば、済む話ですよね?」

「勿論です」

「栗山さん……」

「優斗が事件と無関係だと証明されるまでの間ですから心配いりません」

 

 未来はそう述べ立てたが、はいそうですかと納得するほど文芸部員らは薄情ではない。

 

「ちょっと待って……本当にこんな理由で拘束が成立するの?」

「美月、未来ちゃんが承諾した以上、これは強制じゃなく任意同行だ」

「任意ですって? これが任意なら〝殴らないでやるから金を寄越せ〟が成立する――澤海……」

 

 現に義憤に駆られている美月に対し、俺はそっと肩に手を置き視線を自分にへと向けさせ、首を振る。

 美月の気持ちも分かるが……今ここで理不尽に怒り、喚いても却ってこっちが不利になるだけだ。

 怒りの化身たる俺(ゴジラ)に止められたことで頭が冷えたのか、一転して美月は大人しくなり、顔を俯かせて唇を噛みしめた。

 

「では、暫く御宅の部員をお借りしますよ」

 

 藤真弥勒たちは未来を連れて、文芸部室を後にした。

 秋人はしばしの間、未来が出て行った部室の扉を、悔しさとやりきれなさが張り付いた顔で、呆然と見つめるのだった。

 

つづく。



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EPⅪ ⁻ ネットダイバー

今回出てくるニノさんのいとこですが、ほんと原作でも大体こんな感じです(大汗


 藤真弥勒ら査問官どものとんだご来訪で、いつもの部活動ってやつが破壊されてしまったその日……ここ数週間は選考作業で夜遅くまで続いていた活動が、早めのお開きとなった。

 学校から写真館に帰宅した後、晩飯にありつき、その後直ぐ、部活で消費されていた分の時間を活かす形で外出する。

 いかにも学生ですな制服姿で夜は目立つので、当然私服、暴漢不良通り魔に襲われる心配はない、むしろそいつらが俺と鉢合わせちまった方が〝不幸〟だ。

 何度か実際経験しているのだが、俺が一発〝睨み〟を利かせただけで、連中の精神をへし折ったことがある。全員腰が砕けて尻もち付き、幼児のぐずりが慎ましく見えるくらい情けない声で泣きわめいて逃げる様はまだはっきりと覚えている

 風の噂によりゃそいつら全員、伸ばしていた上に染めていた髪を大胆に刈り上げていたらしい。

 

 耳に付けたイヤホンの端子と繋がっているスマホのリピートボタンを押して再生し直す。

 この端末には主に伊福部大先生のを筆頭としたBGMたちが詰まり、気分展開に鑑賞しているが、今の俺は音楽を聴いているわけじゃない。

 

『(――査問官の藤真弥勒と申します――)』

 

 先刻、本日の部活の早じまいの元凶たる査問官どもが来て、未来を〝任意同行〟による〝強制連行〟するまでの下りをスマホのレコーダー機能で録音させたもの。

 奴らの気配を感じてから部室に入るまでの間、咄嗟にかつこっそり、美月らにも気づかれぬようポケットに入れたままレコーダーアプリを起動させていた。

 それで録った一連の会話を、繰り返し聞いている。

 連中の目的の一端を掴めればとも期待していたが……今のところ目ぼしい収穫はない。

 それでも少しでも〝手がかり〟はないかと聞きながら歩いて行く内に、目的地の前に着いてしまった。

 耳に付けていたイヤフォンを外して、見上げる。

 

「白目の怨霊くれえか……」

 

 正直同じゴジラでもいけ好かない部類に入るが、吐く熱線は好みな〝あいつ〟と同じ、高さ60mはある――いわゆるデザイナーズマンション。一番家賃が手ごろな部屋でも月10万は悠に超えていそうである。

 うん、実に〝壊し甲斐〟のある建築物である(ニヤ。

 実際にやるつもりはないが、自分がヒトの作った建物に求める〝価値基準〟は〝いかに気持ちよく壊せそう〟かだ―――だって俺は、壊してなんぼな〝怪獣〟である。そんで酔狂なことに、俺達(かいじゅう)が実在する世界では〝災い〟だが、俺達(かいじゅう)が〝役者〟な世界じゃ、俺達の破壊はむしろ〝名誉〟となって歓迎されてしまう………アホらしくも可笑しな話だ。

 正門を抜け、いかにもな豪華さを帯びたエントランスに繋がる正面玄関に設置されているカメラと数字が割り当てられたボタン付きインターフォンの前に立ち、これから訪問する人物が借りている部屋の番号を押す。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 スピーカーから、大体20代の後半くらいな男の声が響いた。

 

「先程お電話致しました黒宮です」

「おお~~お待ちしていたよ」

 

〝うきうき〟って言葉が似合うくらい、いい歳してるだろうにうきうきした声音で男は応じる。

 さすが……文芸部の面々が〝真人間〟に見えてしまうくらいのド変人、美月と博臣が〝一人で訪ねたくない〟とぼやくのも納得しつつ、開かれた自動ドアを抜けて、中に入り、エレベーターで目的の階に登り、さらにもう何十歩進んで例の声の主が住む部屋の扉の前に着き、隣接する形にで備え付けられたインターフォンのボタンを押し鳴らした。

 数秒分の間を置いて、扉が開き――

 

「やあ、いらっしゃい―――よくぞ来てくれた」

 

 部屋の主が姿を現し、来訪した自分を出迎える。

 あの優男と同じ、端正な顔に眼鏡を掛け、されど一見すると気難しそうで理系的オーラと、学によって洗練された知性を纏っている青年。

 

「ん? どうかしたかね?」

 

 だが、俺の直感は、そいつの姿を一目見ただけで、一つの〝確信〟を俺に齎す。

 

「いや……ヒロオミやニノさんから聞いた通りの〝ド変人なド変人〟だと思っただけだ」

 

 彼は間違いなく――全人類有数、いや頂点の域にいるドも付く〝変人〟だ。

 きっとこの先、ここまでの逸材に会う機会はほとんどないだろう。

 天才とバカは紙一重なんて言葉があるが、こいつはその言葉そのものを体現していると言ってもいい。

 その証拠に―――世間体的には無礼な物言いを初対面からいきなりかましたにも拘わらず、男は憤るどころかツボを突かれた様子で笑いこけ出していた。

 

「君の方こそ、ニノと博臣君から聞いた通り、面白い人となりをしているな!」

「そいつはどうも」

 

 笑いを発散させたまま、意匠返しまでしてくる。

 

「〝破壊神〟の道はもう極み尽くしただろう? 今度は〝笑いの神〟を極めたらどうかね? Mr.GODZILLA」

「面白そうだが、遠慮しとくよ――一ノ宮庵さん」

 

 おっと、そう言えばこの変人の紹介をしていなかったな。

 彼の名は――一ノ宮庵(いちのみや・いおり)、ニノさんこと、我が文芸部顧問兼仕事仲間な二ノ宮雫の〝いとこ〟だ。

 

 

 

 

 彼に案内される形で、この建物の内で最も値が張るであろう部屋をお邪魔する。

 ここが日本、それも一介の地方都市のデザイナーマンションの一室であることを、一瞬でも忘れさせるには充分な異世界に彩られていた。

 置かれている家具も、天井にぶら下がっている照明も、壁に掛けられている小物たちさえ、いわゆる洋風で構成されている。

 新堂写真館の昭和レトロな喫茶店に、勝るとも劣らぬ異空間に、これはまたぴったりなクラシック曲が響いていた。

 確かこの曲………フランツ・リストって作曲家の〝愛の夢 3番〟だったか? 実際の流れより時間をゆったりとした感覚へと誘わせるには、もってこいの組み合わせであった。

 

「座りたまえ」

 

 リビングに置かれた、見るからに柔らかそうなソファーに案内され、腰を下ろす。

 何分かすると、キッチンで紅茶を淹れていたらしい一ノ宮庵が、独特の花模様に彩られたアンティーク系の陶器が乗るトレーを持ってきて、ソファー前のテーブルに置く。

 手慣れた様子でカップに注がれた紅茶を、丁重に一口、一応写真館の喫茶店で紅茶を出した経験があるので、少量飲んだ程度で彼が長年嗜んでいるのが分かった。どちらかと言えばコーヒーな自分でも深みのある風味ってのを感じられる。

 

「さて、私に何を調べてほしいのかな? 相当急を要しているようだが」

 

 嫌味さが全然見えない見事な所作で自分の分の紅茶を飲みながら、さっそく本題に入る。今の現状からすれば、その方がありがたい。

 

「ああ、どうしても今すぐ情報が欲しくてな」

 

 具体的な依頼内容を、彼に説明する。

 一ノ宮庵の職業を述べると――情報屋な異界士だ。

 これでも俺は異界士稼業が長い方なので、懇意にしているこの手の世界に関わっている情報屋は結構多い、真城優斗が起こした事件云々に関しても、稼業のキャリアの積み重ねで形成された情報網が役に立った。

 彩華もその一人、ただ彼女は主に、妖夢を専門とする情報屋である。

 それでも顔が広い身で、わざわざニノさんの親類とは言え、今日初めて会う異界士に調査依頼をしているのかと言えば、彼の〝異能〟がその理由と言ってもいい。

 

「分かった、その依頼受けよう、ただし仕事上、それなりの報酬は支払ってもらうが、よろしいかな?」

「勿論だ」

 

〝情〟そのものは否定する気はなくとも、異界士間に限らず、ビジネスの世界ってのは〝私情〟を剥き出しにしない方が良い――だとも知っている。

 それにビジネスに限らず、何かを得ようとするなら、相応の代価ってのは必要だ……そいつは自然界にだって存在する〝ルール〟である。

 

「幸い、あんたに高い情報料払っても余裕あるくらい、たんまり稼いでるんでな」

 

 我ながら、熱心に妖夢退治を勤しんでいるので、学生の身分でありながら財産は結構豊か、その上虚ろな影をぶちのめしたことで、たんまり協会から報酬を得た。最低でも2・3年は遊んで暮らせる金額なので、その一部を情報の代価として使うのに躊躇いはない。

 ただ……情報屋でありド変人でもある彼から、情報を得る為に払う代価は――金銭だけではない……ってのが困りどころで。

 

「ところで、他に何をすれば良い?」

「何を……とは?」

「ヒロたちから聞いたんだよ、あんたから色々やらされるって」

 

 何と表現するべきか………一ノ宮庵が自らの異能で掴んだ〝情報〟を得たければ、単に金銭を払うだけに留まらず、彼がその場で思いついた〝お題〟をこなさなければならないと、博臣から聞いたことがある。

 当然俺にそのことを話してくれ博臣も、お題の洗礼を受けた身だ。

 一例上げると、まずシャワーで身を清めろと指示され、その次はピアノを弾けるからってショパンの〝革命〟を――〝世に蔓延る不条理を訴える若人のような荒々しさ〟でだのどうだの無茶振りな注文を受け続けながら一心不乱に演奏させられたらしい……こっちの想像だが、あの時の博臣からしたらあの状況そのものが〝訴えたくなる程の不条理〟だったと、くっきりとしたイメージで脳内のスクリーンへ簡単に投影できた。

 しかも、その日に同行していた美月も、彼から〝グッバイアートな一瞬の儚くも煌めく美を見たい〟なんて理由で猫耳を付けられ、マジックで頬に猫髭を書かれて、猫の真似をさせられると言う一種の羞恥プレイもやらされていたと言う。

 その時の博臣は、さぞ〝ピアノは打楽器〟と言わんばかりに荒々しく〝革命〟を奏でていただろうさ。

 

 俺が今日まで彼と会わなかったのは、それが理由。

 何が楽しくて変人一人の欲求を果たす為に辱めを受けなきゃならないのか……きっと会えば絶対消したいけど消えない記憶として頭ん中に残ってしまうかもと、少なからず恐れがあったのである。

 しかし、今日ばかりはそうも言っていられない事態だ。

 

「あんたさえよければシェーもやるしカンガルーキックもやるし、何だってやってやるぜ」

 

 今は少しでも早く――〝情報〟が欲しい。

 その為なら、どんなお題でもこなす覚悟だった。

 なあに………幸いゴジラな俺には、〝二代目〟と言う、偉大なるコメディアンな大先輩がいる。

 二代目のプロ意識を見習えば、たとえひと時でも、この状況では邪魔となる〝羞恥心〟を捨てられよう。

 そう――心の準備、覚悟はできていただけに。

 

「気合が入っているところ申し訳ないが、気持ちだけ受け取らせてもらうよ」

「え?」

 

 まさかの応じように、ちと間の抜けた一言が零れてしまった。

 勝手にこっちが気を張り詰めさせていた反動で少なからず、拍子抜けしてしまう。

 

「〝なぜ?〟って顔をしているね」

 

 庵からのご指摘通り。顔はきっちり〝なぜ?〟の形に象られている。

 架空の怪獣が、その力を有したまま人間と言う器に宿った………この事実を前に、この〝変人〟が食いつかずにいるわけない――筈なのだが……どういうことだ?

 

「なぜかと言われれば、君がこうして実在している時点で私の好奇心を刺激してくれるからさ」

 

 段々彼の知的な口調に、〝興奮〟って二文字なカンフル剤が混入されていき、知性で上手くオブラートが被さっていた〝変人性〟が露わになってくのを目にした。

 この手の〝熱弁〟は下手に止めない方がいいことはメガネストの変態な秋人の眼鏡講義で散々体験しているので、暫く聞き手に徹しよう。

 

「君の知っての通り、人類(われわれ)は同族同士の殺し合い、他種族の駆逐、果ては自然と言う秩序の破壊と、長年に渡って血塗られた歴史を繰り返してきた」

「全く以てその通りだな」

 

 前置き、また序文らしいご講義に、ちと一言挟み込んでみた。きっとその歴史で流された血を全部集めたら、地球上に存在する海、河川ひっくるめた水を遥かに凌いでしまうだろうな。

 

「だが――一方で我々には育まれた知性によって生まれし〝芸術〟と言う〝美〟の歴史も積み重ねてきた――絵画、彫刻、怪獣(きみたち)の大好きな建築物、様々な形で、どの時代にも独自の輝きを持った文化と言う名の美が存在し、決して優劣は付けられない、それは〝知性〟を発達させた種だからこそ為しえた奇跡と言っても過言ではない、しかし―――」

 

 どうやら、ここからが本題らしい。

 

「残念ながら知性の会得と引き換えに――人間には失った〝美〟がある――生命そのもの、または生命がどんな困難を前にしても生きようとし、進化して環境に適合し、種を繋ごうとする過程で見せる〝輝き〟とも言うべきか―――そうした人類の英知などより遥か高みにある〝命あるもの〟の逞しさ、強さ、気高さ、美しさを―――私たちは自らを自然界と切り離すと同時に捨ててしまった、今やかつて抱いていた畏敬の気持ちごとね、ところがだ!」

 

 ただでさえ高くなっていたテンションがさらに高くなり、正直ちょっとばかりびっくりさせられた。ここが山ん中だったらさぞ盛大にやまびこがオウム返ししていたことだろう。

 この熱弁はお隣にまで聞こえちまったら………一瞬マジで心配したが、直ぐに杞憂だと考え直す、この手のマンションなら、防音措置は完備してるだろうから。

 

「未だ紐解けぬ生命の神秘そのものと言ってもいいゴジラたる君は、その神秘と輝きを宿したまま―――霊長の姿形を得てしまった………それは君が思っている以上に、その事実は奇跡の極みだ………人の姿からあの〝青き光〟を放つ様を想像するだけでも、私はその瞬間から発せられる〝美〟に酔いそうになってしまう」

「俺の〝光〟は、その生命の輝きとやらを根こそぎ破壊し尽す代物だぜ」

 

 皮肉たっぷりに、俺は自分の熱線が持っている〝悪魔性〟を提示した。

 

「確かにその一面も失念してはいないさ、君の熱線は――万物全てを破壊する破滅の光でもあると同時に、計り知れない謎に満ちた生命そのものでもあるのだよ、君に限らず、神羅万象に存在するあらゆる物事、事象には多面的で多色な魅力にあふれている、太陽が降り注ぐ光一つで周りの風景がこんなにも色鮮やかになるようにね………しかし我々の大半は、どうしても解りやすさに傾倒する余り、知性を持て余して〝単色〟に落とし込んでしまう凡庸な上に厄介な面がある………それこそ君のほぼ黒一色な本来の姿を、ろくに思案せずそのまま見定めてしまう………君そのものには単一では絶対表現仕切れない面が沢山あると言うのに」

 

 何だか……あの山根博士から〝俺達をお題にした講義〟を聞いているような気分にさせられて、ちょっとこそばゆくなりつつ、紅茶を飲み干した。

 山根恭平、大戸島で初代様の姿をはっきりと目撃した古生物学者。

 世間が〝ゴジラ抹殺〟の一辺倒に傾いていく中、実質ただ一人そいつに意を唱えた人物である。

 もし――人でありながらゴジラであるけったいな身な俺と会ってしまったら、絶対今の一ノ宮庵みたいな輝きに溢れた瞳で自分を見据えてしまうだろう。

 あの人は、いかにもって感じの、理知的な学者の顔の奥に、齢を多く重ねても色あせない少年の如き無邪気さと言うか、好奇心と探究心を持っている。

 ガイガーカウンターがガーガー鳴る初代様の足跡の中で、昆虫採集に来た少年みたく無我夢中に三葉虫――トリオバイトを素手で取る姿がその証拠だ。

 

 そんな山根博士と通じる部分がある一ノ宮庵の熱弁を聞いて、彼の人間性を紐解いてみると。

 初対面から見出した自分の直感通り、彼はあらゆる事象、物事に〝美しさ〟を見出そうとするド変人である。

 博臣に全力でショパンの革命を弾かせたり、美月の頬に猫髭を描いて猫の真似をさせたりすもの、自分の求める〝美〟をこの目で見たいからに他ならない。

 初対面時、真っ先に頭から浮かんだ〝勘〟に、一ミリの狂いもなかったわけだ。

 

「つまり、俺がこうして実在していること自体に〝美〟を感じているので、わざわざお題をやらせる必要もないと」

「ざっと纏めると、そうなるね」

「はぁ……やれやれだ」

 

 溜息がぼやきとセットで、勝手に口から零れ落ちた。

 醜態晒す手間が省けてほっとしているのも否定できないけど、やれやれな話だ……これじゃわざわざ覚悟決めて来た意味がねえ……これこそ骨折り損のくたびれ儲けってもんだ。

 けれど……回りくどい熱弁のお蔭で、偏執的に美を追求するド変人な〝一ノ宮庵〟に対して、ある種の敬意――リスペクトと、好感ってものは抱けた。

〝現代人〟でありながら、彼――こいつは忘れてはいない。

 かつての人間たちが確かに持っていた………〝自然への畏敬〟と呼ぶ感情を………どれほど文明を発達させても、むしろだからこそ、せめてそれだけは捨ててはならなかったもの、忘れてしまったことで、より人間の傲岸さを黒く歪めるに至らせてしまったもの………そう、自分――ゴジラのあの黒い身体の如く。

 それが用済みとばかり無様に捨てられてなきゃ……俺はずっとラゴス島で、ただの恐竜として静かに暮らせていたってのに………この辺のぼやきもほどほどにしとこう。

 

「しいて言えば、私の長話を聞くと言うお題に付き合わせてしまったとも言える、だからできるだけ早く、君の求める情報を手にする代価を払うとしよう、その前に――」

 

庵はそう言って立つと、背後にあったキャビネットの引き出しの一つから、二つの物体を取り出して、同時にこっちに投げて来た。

 受け取った右手に掴まれていたのは、マッチケースと、紙煙草――シガレットのケースだった。

 

「葉巻(シガー)の方がお好みだったかな?」

「どうしてそこまで分かった?」

 

 俺が葉巻を嗜んでいるのを知っているのは彩華だけ、となれば答えは一つなのだが、一応聞いてみる。

 

「ニコチンが毒どころか依存の誘惑にすらならない君なら、ヘヴィなのを嗜んでいると思ってね、そう直ぐに情報が手に入るわけでもないから、暫くそれで暇(いとま)を潰していたまえ」

 

 当たりだった。

 幸良く得られた知性を、奢ることなく鍛え上げた庵なら、G細胞を保有している俺が喫煙者だと見抜くくらい造作もないこと。

 

「なら、暫くテラスで外の空気と一緒に吸わせてもらうぞ」

 

 

 

 

 広めのテラスに出た俺は、まずサークルテーブルにガラスの灰皿を置いて、一本取り出したマッチ棒をケースに擦らせ着火、それで口に加えたタバコの先端を焦がす。

 そのまま振って消火して、背中を向けたまま指で弾いてテーブル上の灰皿に放り込んだ。

 

「ふぅ~~」

 

 イタリアンシガーとはまた違った紫煙の風味を味わいつつ、煙を吐きながら星空を見上げる。

 今日も今日とて、深くて澄んだ紺色で、点滅を繰り替えす星光たちに彩られた綺麗な夜空、それを鑑賞しながら吸うタバコも、それはまた格別なものだ。

 その気になりゃ、夜明けまでずっと喫煙しながらの星空鑑賞していられるのだが………当然今の俺には……いや〝俺達〟には、そんな馬鹿をやれる時間などないので、自重も自制も利かせるつつ、つかの間の一服を嗜んだ。

 

「澤海君、来たまえ」

 

 情報収集を一通り終えたらしい庵の一言を耳にした俺は、半分未満にまで短くなっていた煙草の先端を灰皿に押し付け。

 

「イオリ、もう一本いいか?」

「構わないよ」

 

 続けて口に加えた次の一本を着火し、二本目のマッチ棒を灰皿に放り投げ、左手でそれを手にとって庵の後を追う。

 二本目の煙を味わったまま、書斎らしい一室に入る。

 

「どこから知りたい?」

「藤真弥勒どもの経歴」

 

 庵が腰かけた机の上には、値が高くつきそうなデスクトップPCのディスプレイに、本体端末がいくつも繋がっていた。

 庵がマウスを操作すると、画面に藤真弥勒及び査問官どもの顔写真と経歴が映し出される。

 これだけでもとんでもねえことだ………何しろ警視庁のデータベースにアクセスして、厳重にプロテクトの掛かった極秘ファイルを分捕っただけでなく開錠まで成功させたに等しい芸当だ。

 

〝電子干渉能力〟………こいつの能力の詳細は博臣から聞いてはいたが、情報化社会なんて銘打たれるこの時世下ではある種の無敵さを持った異能だ。

 何しろ、一ノ宮庵は、このPCの画面の向こうにあるネットワーク世界に、自分の意識を直接入り込ませることができる。

 サイバーバンク系のSFでは特に珍しくもなんともない電子世界のダイブだが、庵の場合、潜るのに必要な道具は一切なしに、ネットの海の中へ飛び込めてしまうのだ。

 その異能を如何なく発揮すれば、厳重な筈の異界士協会のメインコンピュータにアクセスして目星の情報を抜き出すなど難なくこなしてしまう。

 ある意味、ネットを駆使して工作しているテロ組織の連中なんかより遥かに恐ろしい存在だ………こいつが独特の美意識持ちの〝変人〟な情報屋に留まっているのは、現代の世において最上の幸運である。

 

 画面に表示された経歴を読む。

 

「藤真弥勒はいかにもなエリート君だね」

 

 藤真弥勒の場合、庵の言う通り一見すると典型的エリートコースな経歴、小奇麗過ぎて逆に怪しさを覚える。

 

「後の二人はかなり微妙……」

「と言うより、きなくせえな……」

 

 逆に、瞬間沸騰器な侍モドキと、無口無表情のゴスロリ少女のは、はっきり不審な点が見られた。

 元々フリーランサーな身だったのが、いきなり協会直属の異界士となり、ほんの数年で査問官に任じられている。明らかに裏があるとしか思えない出世の早さ。

 ただ、侍モドキの場合は……どちらかと言えば〝追いやられた〟と表現した方がいい。

 基本、妖夢は異界士に見つかれば即〝殺される〟のだが、中には協会相手と上手く立ち回って人間社会の中にいる奴もいて、それこそ彩華もその一人。

 侍モドキは、そんな協会からの認可を得て、人間たちのテリトリーを犯さず、人に害を与えずに暮らしている連中さえ殺しまくっていた………正に辻斬り。

 こんなことやってんじゃ、凶状持ちの異界士を相手にする査問官に異動されるのも至極当たり前の話だ。

 

 さらに、庵が電子干渉能力で集めた〝情報〟を読み、頭に入れ込んでいく。

 自分の勘が正しければ……今週の内に〝嵐〟はやってくる……情報たちはそれに対抗する上で必要な武器弾薬。

 

「それと、気になった事件の記録を見つけてね、見てみるか?」

「追加料金はいくらだ?」

「そこまで私は守銭奴ではないよ」

 

 ジョークなやり取りを交えつつ、庵はその〝事件〟とやらの記録を俺に見せる。

 その中身は、女子中学生三人が殺されたと言うものだった。

 最初に公園清掃員が園内のトイレの掃除に取りかかろうとしたところ、その亡骸を発見し、警察の検証の結果、遺体発見時から遡って昨晩に殺されたことが判明。

 

「死因は………銃殺?」

 

 痛ましくはあれど、異界士の世界とは関係なさそうな事件には、これはまたおかしな点があった。

 鑑識係が撮影したであろう被害者の写真には、銃痕、そして記録には銃殺。

 つまり事件のあった晩、彼女らは銃で殺されたことになる。

 海の向こうの星条旗のお国さんはともかく、銃規制の厳しいこの日本で本物の銃器を手に入れるなんて困難、ましてや犯行に使うなど、自分から尻尾を捕まえさせて下さいと言うようなもの。

 

「ん?」

 

 しかし、読み進めていく内に、俺からの視点では――銃で殺された事実以上に、興味深い〝事実〟が、その活字の群れの中にあった。

 

 

 

 

 

 

 そして、二日後――〝悪意〟と呼ぶ嵐が、巻き起こる。

 

つづく。

 

 



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EPⅫ - 異界士裁判

 栗山さんが、僕――僕らからしたら言いがかりとしか言いようのない理由で異界士協会の査問官たち――藤真弥勒らに連行された次の日、まだ選考作業が残っている状況ながらも、文芸部の活動は休止されることになった。

 協会の決定に納得いかなかった美月が、あの後僕らから事情を聞いたニノさんと一緒に協会に異議を申立て、『栗山未来の拘束は正当に値するか?』を問う裁判が行われることになり、その準備の為――が理由だ。

 

 数週間振りに、陽が出ている時間帯に住まいのマンションに帰宅した僕は、気晴らしに一昨日買った眼鏡の鑑賞でもしようと考えたのだが、今でもどこかの協会の施設の中で、尋問を受けている栗山さんのことを思うと、とてもそんな気分になれず、いつもの自前のオムライスを食べた後は、何もせずに消灯した部屋の中で、ベッドの横になっていた。

 

 それでも栗山さんが心配で心配中々寝付けず、デジタル時計が日を跨ぐべくカウントダウンを刻んでいる途中、充電器に置いていたスマホがメールの着信音を鳴らす。

 送り主は美月だった。簡素かつ事務的な文体で、栗山さんの裁判が行われる日時と場所が記された地図が載っている。

 いつも彼女が送ってくるメールは、良くも悪くも表現豊かなだけに、余計に素っ気なさを覚えるけど、それだけ事態は深刻であると理解もできた。

 

 そしてその次の日の朝、僕は電話で学校に『風邪を引いた』と連絡をし、添付されていた地図を頼りに『異界士協会第八支部』へと向かっている。

 

 

 

 

「ここ…か」

 

 周辺の環境と、地図の図面を照らし合わせて、眼前の建物がそうだと見抜く。

 広大にな敷地に建てられた左右対称な近代建築様式風の五階建ての建物と、それを囲う塀、そして正面の門扉には、第八支部であることを示す刻印が堂々と張り付けられていた。

 

「妖夢が堂々とここに入るところなんて初めて見た」

 

 門を通ると、これで三度目の邂逅でありながら、声を聞くのはこれが初めてな………査問官の一人である〝永水桔梗〟から声を掛けられた。

 今日も黒いゴスロリ服と、同色のフリル付きの傘を差している風体。

 

「後輩の審議が十時から始まるんでね、君はここで何を」

「無関係な一般人が入らないよう見張っているの」

「あんな大きな看板掲げといて間違って入った、なんてドジを無関係な一般人がやると思えないんだけど……」

「人は真実より、本当は嘘でも信じたいことを信じる生き物……異界士を必要としていない人には存在を認識できない………それでもごく希に迷い込んでしまう人がいる」

 

 前から博臣あら名瀬家の〝檻〟や、彩華さんやマナちゃんの結界を通じて知っていたけれど、改めて〝人除けの結界〟の特性を聞かされて、頷かされる。

 異界士か、僕みたいに異界士の世界を知る者を除いた不特定多数の人々に〝存在しない〟と暗示を掛ける……施設全体に張り巡らされた〝まやかし〟の術。

 

「ところで、栗山未来の審議がどこで行われるか知ってるかな?」

「エントランスにその日の裁判の日程が載ってる掲示板があるから、そこを見ればいいよ、それでも分からないなら事務員に聞けばいいし」

「ありがとう」

 

 半妖夢な僕の質問にもちゃんと答えてくれた査問官の少女に礼を述べて、僕は第八支部の中に入った。

 言われた通り、エントランスの掲示板と、施設全体図を照らし合わせて、二階に繋がる階段を登る。

 それらを全て登り終えた直後、僕の目は――先にここに来ていた澤海と博臣の二人の姿を捉えた。

 二人も丁度、顔を合わせた直後だったらしい。

 

「よお」

「やあアッキー」

「澤海はともかく、なんで博臣までいるんだよ……立場上動けないんじゃなかったのか?」

 

 栗山さんの拘束に異議を申し立てた美月は、〝名瀬家の人間〟としてではなく、名瀬美月個人として裁判の審議に臨むことになっている。

 つまり、名目上名瀬家そのものとは無関係となるややこしい事情で、博臣は妹に手を貸すことはできなくなっている筈だった。

 

「〝名瀬の幹部〟として美月の様子を見に来たんだと」

「そういうこと、それがたまたま未来ちゃんの審議だったと言うだけさ」

 

 博臣も来ている理由を澤海が説明し、本人がそれを補足させた。

 

「煩わしい話だよな、それ」

「煩わしさに塗れているのが組織なのさ、大人の事情一つで簡単に白が黒になるし、その逆だってあり得る、面子の落としどころを探るのも、組織を動かす上で欠かせないスキルだ」

「大抵の組織の長は、落としどころの塩梅をミスって俺の〝体色〟より真っ黒にしちまうけどな」

 

 若輩ながら、異界士の世界に長く関わってきた博臣と、人間たちの組織の思惑に振り回され続けてきた澤海の言葉に、胸がずしりと来る。

 そう言う世界で―――自身の存在意義を表明し続けるべく、あの眼鏡の似合う純真で優しいゆえに、傷つきやすい少女は戦い続けてきたのだから。

 改めて、栗山さんの心理状態がどうなっているか、気が気でならなくなった。

 裁判が行われるっことは、少なくとも無理やり〝嘘の供述〟を自供させられる事態にまでは行ってないんだろうけど………でも今日の審議が、間違いなく、彼女に残る傷を〝抉る〟になると想像できるのは難くない。

 その懸念が胸の中を巡りつつも、法廷に向かおうと三人で廊下を歩いていると。

 

「あら、若い男子が並んで歩くのも悪くないじゃない」

 

 廊下の壁に身を預けていた背広姿の美人――つまり顧問で美月と一緒に審議に出ることとなっているニノさんを見かけた。

 

「軽口を叩いている余裕はあるのかニノさん……連中がここまで強引にことを進めると言うことは、何か切り札を持っているかもしれないんだぞ」

「たまには先生を信用しなさいって! もう大船どころか空母に乗ったつもりで私たちの活躍を拝んでくれればいいのよ! 今日のラッキーカラーは醤油みたいな黒! そして私の補佐役は黒髪の似合う美月ちゃん! どう考えても負ける気がしないでしょう!?」

 

 うん、誰がどこからどう見ても、どう考えても、ニノさんの様子が奇天烈極まるおかしさで満ちており、僕ら三人とも、各々らしい表情で暫く返す言葉が一言分も見つからず、そのくせ口はぽっかり開けられていた。

 

「寝坊した上に、一杯引っかけやがったのか? 寝癖ひでえぞ」

 

 僕らを代表して、澤海が皮肉たっぷりに、それでいて彼らしい彼なりの配慮も籠った口ぶりを見せる。

 

「そんなわけないでしょ! それにこれは寝癖じゃなくて流行間近の髪型よ、知らないの?」

「え?」

「はぁ?」

「あぁ?」

 

 僕ら三人同時に、意味不明なニノさんの発言に?だらけの怪訝な顔になる。

 

「なぜなら―――私が流行らせるからよ」

 

 などと、ドヤ顔で宣言する。

 もういちいちツッコむ気すら失せた中、わけわかめな宣言をしたニノさんはその場から立ち去った。

 美月からのメールを受けてから今日ニノさんに会う瞬間まで抱いていた不安とは違う意味で、今日の裁判の行く末がとて~~~も心配になる。

 奇行をやらかして裁判そのものが滅茶苦茶になってしまったらどうしよう……と本気で考えてしまった。

 

「ありゃまた、目当ての男から壮大に振られたと見た」

「みたいだな」

「みたい……だね……あはは」

 

 そんなニノさんの様子がおかしい原因そのものは、三人全員が見抜いていた。

 

 

 

 

 

 異界士でもある生徒――栗山未来の身の潔白を表明しなければいけない裁判なのに、十中八九盛大に失恋したショックが抜けきれていないニノさんの最悪のコンディションを目の当たりにして、早速暗雲が立ち込めているのを直視させられつつも、俺は彼女が心配でまらない様子が剥き出しな秋人と、何だかんだ妹が心配で様子見に来た博臣と三人で、法廷の傍聴席のフロアに入室する。

 全席自由席なので、一番乗りの特権を有効活用して、俺たちは最前列を陣取った。

 内容が内容なだけに、開始時間が迫っても俺らの他に傍聴に来る者はほとんどおらず、実質貸し切り状態である。

 バイブも鳴らぬよう設定したスマホの時計を見て、数字が午前十時を表示されると、同時刻、こちらから見て左側から藤真弥勒が、反対の右側から、正装代わりの制服姿な美月とニノさんが入室して、長机に腰を下ろし、恐らく拘束されている間の監視役であろう女異界士に付き添われて未来も姿を現した。

 奥の方の中央――査問委員席に、裁判長に当たるそこそこ歳食った年代の異界士も座し、書記係の青年が、審議の開始を宣言。

 

「これより、被告人二百八十七番の審議を開始します」

 

 同じ人間な相手を、名前ではなく〝番号〟で呼ぶ………しかも当人が明確に何かしらの罪を犯したわけではなく、ある事件の犯人が彼女の関係者かも知れず匿うかもしれないから――な理由だけで、こんなことになっているせいで、『二百八十七番』の響きが、こっちの耳からは偉く無機質で不快に聞こえた。

 

 開始の挨拶の次に、事の発端からこの審議を行うに至る流れを改めて大まかに説明がなされた後、いよいよ本格的な審議――まず藤真弥勒から、栗山未来への質問が始まる。

 

「栗山未来さん、あなたが真城優斗と出会ったのはいつ頃ですか?」

「小学校に上がる前で、中学までは一緒の学校に通っていました」

「それはまた随分と長いお付き合いですね、中学まで関係性を維持した幼馴染なんて、私の周りには数えるほどしかありません」

「藤真査問官、話が脱線しています」

 

 軽口で話を脇に逸らせた優男に対し、美月が異議を唱えて苦言を呈する。

 

「査問官は要点を絞るように」

「分かりました」

 

 査問委員からも注意を受けた藤真弥勒は――

 

「それでは、真城優斗といつの時期から連絡を取らなくなったか、教えて下さい」

 

 ――一転して、いきなり核心に踏み込んだ問いを未来に投げた。

 

「あなたが重要参考人と無関係であると言うのなら、長く続いた関係性に決定的な溝ができるだけの出来事があった筈です」

「それは……」

 

 まだ出だしの段階だと言うのに、未来は査問官の質問を直ぐに返すことができず、言葉を詰まらせてしまう。

 真城優斗との関係性の決定的な変質を齎した過去は、未来自身の最大のトラウマ――伊波唯をこの手で殺した〝罪〟――と直結してしまっている為、こうなるのは無理からぬ話だ。

 

「何が、それは、ですか?」

「それは………二年くらい前からです」

「では何がきっかけで連絡を取らなくなってしまったか、具体的な経緯を話してもらえますか?」

「…………」

 

 まだ質問が三つ目だと言うのに、完全に未来は黙り込んでしまう。

 その痛ましい小さな背中を見ていられなくなった秋人は――

 

「ここは異議で質問をやめさせた方がいいんじゃないか?」

 

 ――なんて提案を切り出して来たが。

 

「ダメだ、ここで中断なんかしてみろ、裁判長の中でミライ君への疑いが強まっちまう」

 

 秋人の逸る気持ちは理解できても、その提言は当然ながら却下するしかない……そんなことをすれば、未来の立場を余計悪化させてしまうだけ。

 

「ここは、未来ちゃん本人の口から、真城優斗との縁は切れていることを証明しなければならないんだよアッキー」

 

 博臣も、平静から遠ざかっていく秋人を何とか抑え、宥めようとする。

 

「そんなこと……栗山さんに……」

 

 ああ……確かに、異界士の世界では優し過ぎる少女には、酷(こく)過ぎる試練だ。

 理解者であり、深い縁を結んでいた筈の相手を、今は〝無関係〟だと断じるなど、たとえ嘘でも口にするには相当精神に負担を掛けてしまうだろう。

 でもやるしかない――こればかりは、自身一人で戦い抜かなければならない〝戦い〟、でないと枷を嵌めようとする連中から……〝自由〟を勝ち取れない。

 

「私と優斗の師である伊波唯さんが……虚ろな影の討伐任務の際、憑依されてしまったのです………討伐には成功できましたが………唯さんを救うことはできませんでした、その事件以来、優斗とは疎遠になりました」

「それはなぜです? 本来なら師を失った弟子同士、密かに連絡を行っていてもおかしくないでしょう、どうして伊波唯の死が発端となって疎遠になってしまったのですか?」

「…………」

「栗山さん、答えてもらわないと困ります」

「…………」

 

 トラウマの中で、最も触れられたくない部分に踏み込まれてしまったことで、またしても、未来は沈黙の態度を取ってしまった。

 

「…………」

 

 それでも、このまま黙っていてはダメだと発破を掛けたらしく。

 

「それは………憑依した虚ろな影ごと、唯さんを……私が殺したからです」

 

 はっきりと、自らを今でも苦しめる〝罪〟を、ついに自身の口から明かした。

 

「これは参りました……伊波唯の死が引き金となって、あなたと真城優斗の関係は崩壊してしまっている」

 

 華につくほど、嫌に芝居がかった調子で藤真弥勒は肩をがっくりと落とした。

 美月とニノさんは、何か意図がある見て、優男を注視している。

 

「では、どうしてまた連絡を取り合うようになったのですか?」

「関係が修復されたわけではありません」

「答えになっていませんよ」

「………」

 

 三度目の沈黙……身の潔白を証明するのは、痛すぎる数だ。

 

「では質問を変えます、先に連絡を取ったのはどちらですか?」

「優斗です……仕事の依頼と言う形で」

「依頼内容もお教え下さい」

「時期を聞くだけで充分でしょう!?」

 

 一連の詰問を前に、苛立ちが溜まっていたらしいニノさんが、声を荒げて異議を申し立てたが――

 

「拘束した理由を証明する為に必要なことです」

 

 ――藤真弥勒は即、反論を打ち返してきた………その辺の頭の回転の速さは、一応感服せざるを得ない。

 結局……〝依頼の詳細な内容〟を聞き出す是非は査問委員に委ねられ。

 

「質問を認めます」

 

 藤真弥勒側に軍配が上がり、ニノさんは悔しさを顔に見せながらも渋々決定に応じて引き下がった。

 

「今年の春先に、虚ろな影を討伐してほしいと依頼があったのです」

「あなたは二年ぶりに連絡を寄越してきた真城優斗に、不審を抱かなかったのですか? しかも決裂を齎した元凶たる虚ろな影となれば、何か思惑があると考えてしまうのがふつうです」

「…………」

 

 四度目の沈黙……しかも今までのより、その時間は長く続いてしまい。

 

「被告人、答えて下さい」

 

 ついに査問委員が、返答を求めてきた。

 不味い……こいつは藤真弥勒側の発言に信憑性を感じ始めてやがる。

 ここまでの流れを見れば、そっちに傾いてしまうのも詮無き話なんだが……何しろ〝材料〟が揃い過ぎている。

 

「依頼を受けた時の私は……優斗に殺されるかもしれないと考えていました」

「なぜです?」

「私に復讐するのに、最も好都合な妖夢だと思ったからです……唯さんと同じ苦しみを味あわせるなら、虚ろな影以外に考えられません」

「つまり、真城優斗の怒りと憎悪は虚ろな影に止まらず、伊波唯を殺してしまったあなたにも復讐の矛先が向けられていたと?」

「誤解だと知るまで、私はそう思っていました」

「その点が私には分からないのです………殺されるかもしれないと考えながら、なぜ虚ろな影の進行ルート上に位置していた長月市に引っ越したのか……」

 

 連中のやり口にはくそったれと罵りたいが、確かに揃い過ぎているのだ………栗山未来が、真城優斗を匿うかもしれない可能性を示す〝判断材料〟が。

 文字通り、〝真城優斗の為に本気で死のうとしていた〟のは紛れもない事実。

 

「〝殺されるつもりで依頼を受けた〟のだと、汲み取っていいのですね」

「………」

「沈黙は、肯定と受け取りますよ」

 

 半ば脅しな藤真弥勒の言葉にも、黙秘で応じてしまった。

 やっぱりこうなってしまうか………妖夢どもを狩る裏で、化かしあいと騙し合いと策謀と思惑が渦巻く異界士の世界で、この子はあまりにも優しすぎるし、その優しさを隠し、潜めさせる術を持っていない。

 

「真城優斗に対する栗山未来の依存度は、充分危険域にあると思われます、爆破事件に進展が見られるまで、保護しておくべきでしょう」

 

 未来からの返答を待たず、一通り質問を終えた藤真弥勒は査問委員に申告した。

〝保護〟なんてオブラートを包みやがったが、結局のとこ主犯の疑いがある人間を匿うかもしれないなんて理由で〝拘束〟することに変わりない………反吐が出そうだ。

 無論、あの査問官の暴挙に異を唱えた美月たちが、大人しく黙っているわけもなく。

 

「自己犠牲と愛情は、似ているようで非なるものです、確かに栗山未来の置かれた環境を踏まえれば、真城優斗に依存していたとしても不思議ではありません」

 

 寝癖が目立つことを除けば、凛然とした顔つきと立ち姿で、ニノさんが未来の弁護――反撃を始めた。

 さっきの寝癖も直さずハイテンションに捲し立てる姿には不安の荒波に晒されてしまったが、公私をこうちゃんと切り替えられる辺り、さすがだ。

 

「栗山未来は、たとえ真城優斗から協力を求められたとしても、むしろ説得する道を選びます、そうでなければ、彼女がここに来ることもなかったでしょう」

 

 ここまで藤真弥勒が追及してきた事柄の数々も事実ではあるが、一方でニノさんが反撃のカードとして切り出したのも、また事実。

 あの時の別れ際、未来は〝俺と一緒に来ないか?〟と、余りにも遅すぎた……彼女にとって最も求めていた言葉と瞬間を真城優斗から提示されながらも、あの子は毅然と………ともに破滅に至る地獄の道に進むことはなかった。

 奴も、未来の性格なら、もし自分の〝復讐〟の計画を洗いざらい明かせば何が何でも止めようと立ちはだかることを重々理解していたから、何も告げず表向きの〝依頼〟しか話さなかった………それであの子を苦しませちまったから世話ねえけど。

 

「憶測が過ぎていませんか?」

「それを言い出したら、そちらの発言も憶測の域を出ていません」

「こちらはただ、疑わしい可能性を照明すればいいだけ――ですからね」

 

 だが……未来が奴に加担しないと証明するのは困難で、逆に加担してしまう可能性を証明するのは、容易なのも事実なのが痛い。

 

〝嘘つき〟を証明するのは簡単、嘘を一つだけでも解き明かしてしまえば事足りる。

 

 逆に、〝正直者〟は、いくらしようと証明しようと裏付けをいくら多く並べ立てても、本当にその人間が正直なのだと納得させることは、無情にも……非常に難しい。

 

 美月と秋人たちには悪いが、この前提があるせいで、どうしても裁判が始まる前から、有利のベクトルが藤真弥勒側の方に傾いてしまっていた。

 それを嫌と言うほど、口が達者で頭もキレる優男の査問官を前して突きつけられたニノさんは、苛立ちを微塵も隠しもせず、ボサボサ気味な頭の髪を掻き乱し…………って……あ、あれ? つい数分前は同僚兼文芸部顧問の凛とした立ち姿に安心させられたのだが、ここで廊下で会った時の〝不安〟が、一気にぶり返してきた。

 あからさまに、嫌な予感がする……戦場でもほとんど出した覚えがない冷や汗が、額から一滴流れてくる。

 

「あなたは、コンビニの棚に愛が並んでいると、お思いですか?」

「は、はい?」

 

 寝癖の言い訳に勝るとも劣らぬ、全く意味を推し量れないニノさんの発言に、至極全うな疑問符が、藤真弥勒の頭の横に浮かんだ。

 

「たとえ二年間離れていてもその人のことを第一に考えられる人がいれば、反対に同居していても、書置き一つでいきなり蒸発する奴もいるのだと言いたいのです!」

「代理人、要点を纏めて下さい」

「私にも人生設計があると言うことです!」

 

 査問委員が暴走しつつあるニノさんを戒めようとするも、我ら顧問のテンションは一向に大人しくなる気配がない。

 

「予定通りに進んでいたなら、旦那と二人で子どもの寝顔を眺めて幸せを実感し、足のもみ合いっこでもしながら三十までには二人目が欲しいねなんて話してた筈なんです! なのに実状は録画したドラマの展開を突っ込んで酒飲む毎日!」

 

 皮肉なジョークを返した時には、さすがに朝っぱらから酒は飲まねえだろうとと信じてはいたけど………今は、本当にストレス発散にヤケ気味で飲んできたのでは? と下種の勘繰りが過ってしまうのは不可避だ………冷や汗もさらに流れ出てきやがる。

 

「朝起きた時『色んな世界を通りすがってくる、俺は風の人』なんて書置き一つで捨てられた女の気持ちが理解できますか? たった一晩でどんな心境の変化があったか分かりませんよ!」

 

 どこぞの世界の破壊者みたいな置手紙で振られた境遇には同情も禁じ得ないが……多分一晩よりずっと長いこと前から、ニノさんを〝一生愛し抜く自信〟は喪失していたと思うぞ。

 長月に腰を下ろして彼女と幾度も妖夢退治の仕事をともにこなすようになって3年の付き合いな自分から見ても、この女性は色々〝重い女〟だってのは嫌ってほどに知っている。

 

「誰もが羨む男は大抵会った時には売約済み、たまに掘り出し物の独身を見つけたと思ったら同性愛者! 前に年下の良い男を二人も見つけたと思ったら………半○健人似の片方は恋愛自体興味なさそうで、貴公子っぽくて可愛い系のもう片方は妹しか愛せないとかあり得ないでしょうが!」

 

 おい、その年下の男二人って………まさか俺と博臣のことを言ってるのか?

 とんだ問題発言だぞ! あんたは教師の身で生徒な俺たちを一時の迷いでも〝そんな目〟で見てたと言うのか!?

 

 ニノさんの爆弾暴言に、博臣は頭痛を発症したらしく項垂れ、秋人も開いた口がてんで塞がらない。

 さしもの藤真弥勒も、目んたま白黒させて相手の乱れ撃ってくる弾丸の中身に理解をできずにいる。

 有能な査問官ですらこのザマなので、査問委員のおっさんは注意すら忘れて思考停止の状態に陥っていた。 

 

「えー………代理人………どうか本件から逸脱した発言は控えてもらいたい」

 

 どうにか思考力を取り戻してニノさんを落ち着かせようとするも。

 

「これが関連のある発言でなくてなんと言うのですか!? 世の中には存在しないかもしれない〝純愛〟が栗山未来と真城優斗の間には在った! そのな二人が互いに迷惑を被らせる隠蔽や隠匿を行うわけがありません! お・わ・か・り!」

 

 う~ん……今のはどうにか、言わんとすることは読み取れたのだが………本人にとっては正当性のある未来の弁護のつもりでも、完全に個人的怨嗟に塗りつぶされた愚痴だらけの独壇場となってしまっている。

 正直そう言う赤裸々トークは、女子会以外に発散しないでもらいたい。

 

「それ以上の発言は、協会侮辱罪に抵触しますよ」

 

 平常心で裁判に臨んでいた筈の査問委員の堪忍袋の緒が、あわや切れかかる中。

 

「どういうこと―――」

 

 ビㇱッ!

 

 檻による気配遮断でニノさんの背後まで近づいていた美月が、おしおきのチョップをお見舞い。今の荒療治でどうにかニノさんの暴走は収まり、さっきまでの激情の激流はどこへやらな感じで大人しく腰を下ろした。

 

「二ノ宮氏の態度は確かに問題あるものでしたが、決して協会を侮辱するつもりで発言したわけではありません、栗山未来さんの拘束がいかに馬鹿げたものであるか、身を以て表現してくれたのです、これからそれを証明させて頂きます」

 

 顧問の暴走が良い反面教師になったようで、美月は努めて冷静かつ気丈に、長机の上に置かれていた資料を手に取り、弁を紡いでいく。

 

「この資料によると、隠蔽、隠避の可能性のみで身柄拘束された事案は、千二百五十六件まで登ります、内九割は理由開示手続きの段階で解放されていますが、残り一割の実際に拘留された事案は百十二件」

 

 ここで異界士にも、等級が存在していることを説明しないといけない。

 上の位から、A、B、C、D、Eの順で、能力、実績、協会からの評価によって振り分けられている。

 俺の等級は一応〝B〟、一応と付いてるのは、連中にとって俺は目の上のたんこぶであり、かと言って実績も無視できないゆえの渋々なものだから、俺は別に問題ない。

 未来の等級は、やはりその能力と出自による、異界士の世界にも存在する〝差別意識〟もあり、現在も最下位のEのまま。

 

「しかも等級が低い異界士に限られている、反対に即時解放された千百四十四件の事案の内、DとEに該当する異界士はわずか十二名、この偏りは偶然の産物かどうか検証していただければ、今回の拘束が不当であることを証明できる筈です」

 

 美月はその差別意識ってやつと、中途半端に汚れた大人どもに存在する〝やましさ〟を逆に利用して突いてきた。

 査問委員の顔が険しくなったのも、組織の中にはそんな悪しき風潮がこびりついていると認識しているに他ならない。

 

「異界士協会は、全ての異界士が公正な判断を受ける為に存在する機関ですよね、ところが実情は、過去の不平等に下された判決すら忘れ去られている―――公平さはどこに?」

 

 今度は黙り込まされる立場になった査問官と査問委員。

 未来を救いたい思いを秘めた美月の反撃は、一見成功したように見えたが――

 

つづく。



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EPXⅢ ⁻ 事態は急転す

 可愛い後輩でもある未来を救うべく立ち上がったサディストの仮面を被った女の子でもある名瀬美月の〝反撃〟で査問官と査問委員を黙らせるまで至った――『栗山未来の拘束は正当か否か』を問う裁判は、一旦小休止に入った。

 一度法廷を出た俺たちは、シンプルと言えば聞こえはいいがちと白味ばかりで素っ気なさのある近くの控室に移動した。

 

「はぁ……」

 

 美月は勢いよくソファーに座り込み、仮にもお嬢様の身で手に持っていたボトルの中のウーロン茶を、これまた勢いよくがぶ飲みして息を零した。

 法廷では冷静に、知的にかつ凛とした態度で弁論を述べ立ててはいたが、美月として人の子、内心は傍目から見受けられる以上に緊張していたようである。

 

「あれでどうにかなるんじゃないかしら?」

「だろうな、公平さを謳う協会にとって〝差別的傾向〟は絶対に認めたくはないだろうから、さっさと有耶無耶にして未来ちゃんを解放するだろうさ、しかしよく短期間でそれだけの資料を集められたな」

「ああ、中々上等な〝はったり〟だったぜ」

「たっくん……それはどういう?」

 

 あらら、てっきり冗談だと思ったら、本当に博臣は気づいていなかったらしい。これも妹を過剰にかつある意味純粋に愛しすぎているせいか、恋は盲目とは言うけど、それ以外の愛もまた然り。

 未来が言いがかりな理由で拘束されてから今日までの僅かな時間の間で、査問官どもの鼻をへし折るだけの確たる〝情報〟など、そう簡単に見つかるものではない。

 

「澤海の皮肉の通りよ、ニノさんが別件で使う資料にそれらしい体裁を加えただけ、兄貴も言ってたように、差別的な偏りは絶対判明されたくない事実だから、少しでもその可能性を過らせれば、私の発言の真偽に関係なく栗山さんの拘束を解くしかない」

「でっち上げだけで査問委員たちを出し抜いたのか?」

「他にも言いようがあるでしょう? 不公平さがないと確信を持ってるなら、資料の照会や事実確認の申請でもすればよかったのよ」

 

〝出し抜いた〟………か。

 

「澤海、どうした?」

「別に…」

 

 本当に連中が美月の〝ブラフ〟に出し抜かれてくれてるのなら、それはそれで未来も冤罪の枷から解放されるので、良しではあるけど。

 

「ひゃっほー! 二ノ宮雫、たっ~だいま戻りました!」

 

 どちらかと言えば、固い方だった控室の空気を一瞬でゆるゆるにさせかねない勢いで、ニノさんが勢い任せに入室してきた。

 

「……………」

 

 明らかに、まだ『世界を通りすがってくる』なんて置手紙を残されて彼氏に振られたショックが尾を引いている、陽気なれど、それ以上に痛々し過ぎさが溢れる片足立てて敬礼するニノさんに、俺達はどう言葉を掛ければいいか、てんで見つからない。

 むしろ今は掛けない方がいいかもしれない……何を言ったところでティーンなガキの俺らではどうすることもできない………どの道、だんまりだろうが言葉を返そうが、顧問の傷心を癒す術を俺らは持ち合わせていないので。

 

「ちょっと飲み物でも買ってくるよ」

 

 と、咄嗟の博臣の機転に乗る形で、男衆三人は控室を出ようとする。

 一応、美月にアイコンタクトで、『ニノさんを頼む』を伝え、美月も目線で応じた。同性として、情緒不安定なニノさんを放っておけなかったのだろう。

 ここは彼女に任せて、一時退室、自販機に向かいながらニノさんを話題に雑談を開始する。

 

「ニノさんは美貌に恵まれている上に異界士としても一流だからな、なまじ能力が高いせいで、お眼鏡に叶う相手は中々いない」

「いたとしても、そう言う奴らは無駄に自尊心を太らせてやがるから、女より劣る自分(てめえ)が許せなくて合わねえだろうし」

「前から思ってたけど、ニノさんって地位とか肩書き拘るタイプなのか?」

「さすがに見てくれや金で靡くほど軽い女じゃねえよ」

 

 良し悪し込みで、人一倍恋多き女ではあるが、かと言って〝上辺〟だけで靡くっほど尻軽な女でもない。

 

「けどまあある程度餞別はしねえと寄ってくる男がうようよいるのは確かだ」

「羨ましい話だこと……でも確かに美人だもんな」

「アッキーが眼鏡を掛けていない女子を褒めるとは珍しい」

「そりゃ眼鏡付けてた方がずっと良いけど、一般的な美的感覚は持ってるつもりだ」

 

 同じ変態な博臣の発言のご尤もな発言に、こう反論する秋人。

 俺もこのメガネストの審美眼は比較的一般寄りなのは認識している、実際美月の美貌を褒めることも少なくない………ただ眼鏡への愛がドを超し過ぎているので、その辺が完全に霞んでしまうのも否めない。

 

「てか歳的にニノさんを〝女子〟に分類してもいいのか?」

「男絡みで一喜一憂している内は問題ないと思うぞ」

「本人名義でマイホームのローンなんか組み始めたら卒業だろうけど」

 

 我らが顧問を話題の種にして雑談しながら、自販機から飲み物を買い集めた俺達は、控室の方へと戻っていく。

 ドアの前まで来ると、中から何やら聞こえてきた。

 先頭にいた博臣が口に人差し指を当てて静寂を要求してくる。

 秋人が主犯とは言え、先日未来を尾行したばかりなのに今度は盗み聞きか………感心できるものではないが、変態二人が耳をドアの表面に密着させる姿は気色悪くも中々滑稽なので、暫く様子見。

 もし美月に見つかりでもしたら……そん時は〝未来の眼鏡を外す〟とかどうとか提案するってことで。

 

 後から盗み聞き中の変態らから聞いた、控室の中の会話はこうだ。

 

「しっかりしてください! まだ審議はあるんですよ!」

 

 相変わらず失恋の痛みで情緒がてんで安定しないニノさんを、美月が発破を掛ける。

 

「美月ちゃんも大人になれば分かるわ………どうして教師にも異界士にも失恋休暇が出ないのかしら?」

「いや、出るわけないでしょ」

 

 全く以てその通り、んな休暇認められちまったら、経済の流れにも悪影響が出そうだ。

 

「なんですって?」

「え? もしかして先生もマヨウンジャーを?」

「何それ、日曜の朝にでもやってるの?」

 たまたま、文芸部の大半が毎週欠かさず見ているアニメのキャラの口癖を同じ言葉を口走ったので、ド嵌りしている一人な美月が思わず問いかけた。

 

「いえ、深夜アニメです」

「な~んだ特撮じゃないのね」

 

 テンションの低すぎる返しをするニノさん。今の言い方からするに、特撮は結構見ている口らしい。バトルジャンキーな面もあるから、嗜好的にぴったり嵌っていてもおかしい話じゃなかった。

 

「はは……どうせ男なんて女子高生にしか興味ないのよ」

「それは偏見です」

「もしかして女子中学以上は興味なし?」

 

 それじゃ全ての男がただのロリコン、いや下衆なペド野郎だと言っているようなものな極論な暴論である。

 

「違います……どうしてさらに年齢を引き下げるんですか?」

 

 これには美月も、心底冷ややかな目で同性の顧問に突っ込みを入れてしまう始末。

 とんだ重症加減に、どんだけその男にご執心だったのやら………はっきり面と向かって〝別れ〟も言えないチキン野郎なんざ、とっとと忘れた方が身のためだと思うぞ。

 置手紙では『世界を通りすがってくる』とほざいてたらしいが、きっと今日も普通にしれっと会社で仕事してると俺は見た、ただの想像なので信憑性ゼロではあるんだけど。

 

「美月ちゃんてば怖い、傷心してる時くらい優しくしてよ」

「公私混同する先生なんて知りません」

 

 完全に匙を投げてしまった恰好である、今のニノさんの心理状態を踏まえれば、根は慈悲深い美月でもこんな対応してしまうのは無理ない。

 

 と、ここでニノさんのスマホが電話の着信音を鳴らした。

 

「もしもし泉……何のよう?」

 

 相手はあの腹黒外道魔女の名瀬泉だった……たとえ美月たちの実姉でも、協会も直にスカウトするくらい一目置いていても、俺らからしたらその名自体、不吉を齎す単語そのもの。

 

「ええ~~急すぎない? それに私結構面食いよ、年上過ぎるのも苦手だし………え? それ絶対嘘よね? あ! 待った待った行く行きますって! ああ……あいつね、あんなへタレ野郎こっちから切り捨ててやりましたよ! ほんと逆に振って今清々してるんだから!」

 

 この嘘コケ、思いっきり未練たらたらなのを俺達に見せびらかしていたではないか、現金にも程がある。

 

「元気がないように感じたのは泉の気のせいだって、じゃあ明日の夜の合コン、楽しにしてるから、じゃあね~~♪」

 

 あの魔女からの悪魔の誘い(俺からしたらだけど)――もとい恐らく合コンの誘いを嬉々として受けたニノさんは、通話を切ると同時にドアを開けた。

 急な出来事で変態どもは碌に対応できず、そのまま控室の床に倒れ込む。

 

「飲み物は残しておいてね♪」

 

 しかし、眼前の異常事態が気にならないほどハイなご様子のニノさんは、退室していった。

 どこぞのダイヤな銃使いのライダーばりにアップダウンの激しいやつ、と揶揄してしまう。

 

「ぐふっ!」

「がはっ!」

 

 意図せず男どもを足蹴にして……繰り返すが、恋は〝盲目〟とはよく言ったもんだ。

 

「な……何があった美月?」

 

 踏まれた痛みがまだ残りつつ、博臣は立ち上がりながら説明を求める。

 

「泉姉さんにニノさんがピンチだって連絡したのよ、そしたら『今本人に電話するから放っておきなさいと言われて』、その通りにしていたらああなったわけ」

 

 ピンチってだけでニノさんが振られて傷心なのを看破したとか、その辺の察しのよさはさすがと言っておこう。

 補足しとくと、ニノさんと名瀬泉は結構付き合いの長い同僚兼友人であるし、ちょくちょく男子禁制の〝女子会〟も執り行う仲である。

 あの魔女を毛嫌う俺でも、顧問兼ニノさんとの交友関係までとやかく言うつもりはない。

 

「泉さんって、何でもお見通しだよね……」

 

 やれやれって感じで秋人は肩をすくめた。

 

「それより……三人揃って盗み聞きなんて、感心しないわね」

 

 両腕を憮然と組んだ美月が俺ら男どもを睨み付ける。

 特に、他の二人には気づかれぬように留意されながらも、俺に対しての視線の槍はより鋭利で刺々しい。

 意味を察するとこうだ――あんたがいながら何でこの変態どもをのさばらせておいてるのかしら?――とまあこんなとこ。

 美月からこんな棘を向けられるのは予測済みだったので、対抗策を切り出す。

 

 俺は秋人たちからは死角になっている立ち位置を活用して、掛けてもいない〝眼鏡〟を外す動作をした。

 

 これだけのジェスチャーで伝わるかどうかの懸念はあったが……美月は仏頂面をキープさせたまま、瞳を一瞬煌めかせた。

 この三年の付き合いで、今のは美月が〝良い企みを思いついた〟ことを表しているのは手に取るように分かる。

 どうやら、俺からの〝俺は毒舌を心置きなく吐ける環境を用意しただけだ〟、ってメッセージはと届いたらしい。

 まだ審議は続くんだから、なるべく部の空気を再現させて、緊張感を和らいでやろうと言う厚意半分、単に面白ろ見たさ半分の割合な意図。

 

「弁明くらいはさせてくれ」

「失敗したら只じゃ済まないわよ」

 

 さて、俺と美月の目線とジェスチャーによる密談など知る由もない秋人からの〝弁明〟を、いつもの女王様な調子で美月は打ち返し。

 

「死ねとか眼鏡を外せとか言うのはなしだぞ」

 

 冷や汗で〝嫌な予感〟を感じていることが筒抜けの秋人も秋人で、自らのブレない眼鏡愛に溢れすぎた発言をかます。

 

「その死と眼鏡を同列に扱う思考、どうにかならないのかしら?」

「眼鏡の存在しない世界なんて、死んでるも同然だ」

 

 真っ直ぐ美月を見据えたドヤ顔でそう宣言した秋人を、美月は〝ヘドロの海に浮かぶヘドラ〟を見下ろす視線を突き刺していた。

 

「分かりました……眼鏡以外なら良いんでしょう?」

「やっぱりその気だったのか!?」

 

〝この悪女め!〟

 口に出さずとも、表情で心中こんな言葉を発したのが分かる。

 対して〝悪女〟は、顎に指を添え、天井を見上げたまま何やら考え込み。

 

「じゃあ栗山さんにスリーサイズは上から九十五、五十二、七十八と言わせるのはどうかしら?」

 

 ある意味で、悪魔的な爆弾発言を投下しやがった。

 よりにもよって、あの子の最大のコンプレックスを突いてくるのは………自分が言うのもあれだが悪魔だ。しかも今口にしたスリーサイズ、恐らく美月自身のものかもしれない、もしそうなら自身の体格すら毒舌に利用するとか、ある意味大物と言えよう。

 

「どんな激しい運動でも微動だにしない栗山さんの胸に何て仕打ちをしやがるんだ! どっからそんな悪魔的発想が出てくるんだよ!」

 

 おまけに女かつ同性の特権を活用して、秋人にセクハラ発言まで引き出させやがった。

 もし本人の耳にうっかり入りでもしたら〝不愉快です〟の上位な〝不潔不愉快です!〟よりもさらに上を行く罵倒を秋人が受ける羽目になっていただろう。

 

「今の発言私のより酷いけど大丈夫なの? あんな断崖絶壁を前にしてはどんな登山家でもお手上げだって栗山さんが聞いたら大変よ」

「そんなことは言ってない!」

「似たようなのをかましてたくせに」

「ぐっ……そこは否定できない」

 

 グサッ! とタイミングよく痛烈な攻撃を発射、否定はできなかったようで、絵に描いたお人よしの顔に反省の色を見せた。

 

 こんなこと、同じ男な俺が口にせずとも心中思ってしまえばそれだけで色々不味いのを考慮した上で言わせてもらうと………本当に絶望的に未来はある部分〝膨らみ〟と縁がない。ここ数年はほとんど体型に変化がなく、発育はほぼ止まっていると言っても良い。

 

 この間の〝果実型妖夢〟が学校の屋上に鎮座したことによって起きた一連の騒動の中で、未来はそのコンプレックスを刺激されてしまい。

 

〝どうせ私は付けなくても揺れませんよ! かわいいとか小振りとか慎ましいとかささやかとか言われませんよ! そもそもどうしてABCDEFGなんて〝等級〟を設けるんですか!? あれで傷ついている人がどれだけいると思ってるんですか!?〟

 

 いじけて住宅街の隅っこにてしゃがみ、スマホでマイブログに高速タイピングで器用に殴り書きする事態に至ってしまった。

 当然衝動のまま書かれた記事の投稿は阻止させてもらった。ただでさえ衝動的に書き込んでしまう癖で頻繁に炎上しているのだ……全世界と繋がり、悪意もまたひしめくネットの海にんな醜態を晒すわけにはいかない。

 

 仮にもその後輩君の身の潔白を証明する裁判の合間だと言うのに、何ともばからしいバカな会話を繰り広げてしまったが、緊張に縛られてばかりなのも精神上、宜しいとはとても言えないので、丁度いい緩和剤にはなっただろう。

 

 そこからさらに、十五分ほど過ぎると。

 

「査問委員が戻られましたので、審議室にお戻り下さい」

 

 控室に書記係の異界士が顔を出して、もう直ぐ審議の続きが始まる旨を知らせに来た。

 

「この早さなら、未来ちゃんの解放はほぼ確定だな」

「そんな楽観的に捉えて大丈夫なのか?」

「被告人にとって不利益な結果が出たなら時間を掛けて熟慮されるけど、そうじゃない場合は結果が早く下されるのが通例なの、特に今回のケースで身柄拘束が決定されたなら、こんなに早急に結果なんて出ないわよ」

「それなら、大丈夫そうだね」

「ニノさんも立ち直ったことだし、無事一件落着ってところかしらね」

 

 すっかりこいつらは、万事事態は解決――な雰囲気になってしまっており、未来が即時解放されることを信じて疑わなくなっている。

 俺もできればその空気に入りたいところだが、そうは行かなかった上に……行けなかった。

 

 あの優男――藤真弥勒の〝異能〟は、言葉が武器な論争(たたかい)においては、ほとんど〝無敵〟と表しても誇張ではない。

 その異能を抜きにしても、奴は常人以上に頭が回るし、口も達者………そんな奴が、美月本人には悪いがお嬢様な高校生の〝ハッタリ〟に大人しく黙っているわけがない。

 

 敢えて最後尾で廊下を歩いていた俺は、ポケットのスマホを起動、メニュー画面のアプリの位置は覚えているので、目で見ずにメールをタッチする。

 

 来たか―――背後から感じる、お世辞にも穏やかとは言えない〝気配〟を察知した俺は、前方の秋人たちに気づかれないようにその場で立ち止まった。

 耳は、複数の足音がこっちに来ていることを知らせてくる。

 

「黒宮澤海君、ですね?」

 

 背後へ振り返ると、いかにも査問官の〝匂い〟が立つ異界士たちがいた。

 

「そうですが、何か?」

 

 連中の用件が何なのか大体把握していた上で、ポケットのスマホの送信ボタンを押した俺は、素知らぬ振りで彼らの意図を問う。

 

「あなたを、指名手配犯逃亡補助の疑いで拘束させて頂きます」

 

 さてと……鬼が出るか蛇が出るか、どっちだろうな。

 否……出るとしたらそいつは〝一つ〟しかなかった。

 

 

 

 

 

「あれ? 澤海」

 

 栗山さんがようやく〝冤罪〟から解放される――そう安心しきっていたせいか、傍聴席に座ってようやく澤海がいないことに気づいた。

 

「気まぐれなたっくんのことだから、そこらを周ってるんじゃないのか?」

 

 澤海ならあり得る話だけど、何だか妙な胸騒ぎがした………控室での彼の浮かない表情を見ていたせいなのか……僕の不安をよそに、法廷は審議が再開される。

 査問委員な初老の異界士が重々しい様子で口を開こうとしたところ、その前に藤真弥勒は座していた椅子から立ち上がり。 

 

「じっくり吟味を重ねた結果、証拠資料の事実確認を申請します」

 

 最悪の事態を、僕らに容赦なく突きつけてきた。

 同時に他にも最悪の事態が起きていることを――今はまだ知らぬまま。

 

つづく。

 



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EPXⅣ - 取引

ガメラとシンフォギアのクロスのせいで間が空いたのに、まさかの澤海――ゴジラが出てこない回と言う(大汗


「もう……一体どうなってるのよ!」

 

 慌ただしい様子で、控室に入室した美月は慌ただしく口走った。

 ほぼ毎日部活で毒舌を発揮できるほど聡明な彼女だから、こんなことしてもどうしようもないことは理解しているだろうけど、それでも発散せずにはいられなかったらしい。

 

「待て待て美月……俺に八つ当たりしてもどうしようもないぞ」

 

 詰め寄られた博臣は、冷静に愛する実妹の情を鎮めようとした。

 さすがに状況が状況で、いつもの軽薄さは完全に引っ込まれている。

 

「分かってる! 分かってるわよ………でも…………」

 

 僕らにとって、今の状況を最も端的に表すなら〝最悪〟だと言うしかない。

 美月が渾身の反撃に繰り出した〝等級差別〟の一手は、藤真弥勒からの〝資料の事実確認〟申請と言う〝逆襲〟を受け、次の審議が開始される午後二時までに彼女の発言が真であることを証明する資料を作成して開示しなければならなくなった。

 澤海が揶揄した通り、ハッタリかました頼みの一手をああも一蹴されては、完全に手詰まりに追い込まれてしまったわけ。

 

「頼みの綱の一人は、あれだしな」

 

 ニノさんは控室の片隅で三角座りをし。

 

「澤海まで……連中に捕まるなんて……もう、どうしたら……」

 

 美月は力なくソファーに座り込んで、弱弱しく頭を抱えて項垂れた。

 普段のドSな女王様たる憮然とした態度から想像もできない、ショックを受けて……落ち込んでいる美月。

 無理はなかった………ただでさえ袋小路に追い込まれた状況だと言うのに、もっと最悪な事態が同時に起きてしまったのだから。

 僕らのスマホまたはケータイへ………この状況においては最も頼りになれる筈の澤海から、こんなメールが届いた。

 

〝査問官どもに捕まっちまった。気をつけろ、こいつはまだ嵐の前ぶれだ。〟

 

 こっちからいくら電話を掛けても、呼び出し音が繰り返さし耳へと響くばかりで繋がらない。

 部活含め、日常ではジョークをかますことの多いユーモアを嗜む怪獣王だけと、ちゃんと時と場合は選ぶ………ましてこんな状況で悪ふざけなんかしない。

 となれば……このメールの文面通り、澤海は異界士協会に――

 

「おいアッキー!」

「直ぐ戻る!」

 

 僕は控室から抜け出し、彼の下宿先の主である彩華さんに連絡するべく屋上へと向かって走る。

 居心地の悪さすら感じてしまうあの部屋に充満する空気では、とても上手く説明できそうになかったからだ。

 階段をひたすら駆け上がる……体は一心不乱に走っていると言うのに、頭の中は〝悔い〟の心情に埋め尽くされかけてした。

 今さら……どうしようもないと言うのに、振り払えない。

 

 もしあの時、アスファルトの血痕を追って峰岸舞耶を見つけていなければ………彼女を〝異界士〟として捕えようとした澤海を、止めようなんてしなければ………澤海も栗山さんも………こんなことには――

 

 何度振り払っても、その度に頭の中を渦巻いてくる後悔の念に苛まれながら屋上に着くと、スマホの電話帳欄から、新堂写真館を抜き出し、通話ボタンを押した矢先。

 

「無駄だよ」

 

 さっき聞き覚えたばかりの抑揚の乏しい女の子の声がを耳にする。

 振り返ると、あのゴスロリな黒装束の少女査問官――永水桔梗が、正門で会った時と変わらず無表情な顔で僕を見つめていた。

 

「新堂彩華に連絡しようとしたんでしょ?」

 

 彼女はなぜか、僕の通話相手を看破していた。

 

「今から約一時間前、彼女は他の査問官たちに協会へ連行されたわ」

 

 抑揚の乏しい口調のまま、永水桔梗は僕に衝撃を突きつける。

 

「どうして!」

「新堂彩華は指名手配犯――〝神原弥生〟を一時的とは言え転移の法で召喚している、もし今も彼女と連絡を取り合っているなら大問題だし、黒宮澤海も共犯の疑いで拘束されたの」

 

 さらに、協会に追われる身な母の名前まで彼女の口から発せられて………全身も思考も固まりそうになった。

 メールを受けてから脳に過った峰岸舞耶を見逃した罪で捕まった可能性は否定されたけど、同じくらい厄介な事態に直面したからだ。

 確かに彩華さんは、虚ろな影討伐の時、母を呼び寄せ、その母の異能で超大型妖夢を氷漬けにして追い込んだ。

 協会が血眼になって追いかけても、今でも尚逃亡を許している手配犯を呼び寄せられるとなったら……協会にとっては美味しい話であると同時に、彩華さんたちにとっては危うい話でもある。

 

「もし、今でも彩華さんが神原弥生を召喚できるとしたら?」

「召喚は呼び出される側の同意がないと無理、今回の拘束で問われるのは『連絡手段を持っているかどうか』だよ」

「なら、連絡可能だとしたら?」

「たとえ強要された形だとしても、手配中の異界士を隠避することは重罪なんだ、囮として神原弥生の確保を協力するとかと言った〝司法取引〟、つまり交換条件を呑まないと厳しい判断を下されるだろうね」

 

 つまり……僕は選択する自由すら与えられることすらなく、最悪……自分にとっての大事な人を失ってしまう〝運命〟が押し寄せてしまうかもしれない、と言うことだ。

 もし澤海と彩華さんが交換条件を呑めば、母は下手すれば協会に捕われてしまう。

 いくら母でも凄腕二人、しかも片割れがゴジラ相手では…………かと言って異界士の世界の〝司法取引〟を一蹴すれば、澤海たちの身が………想像もしたくない。

 直ちに殺されるような〝罪〟じゃなくとも、どっちにしても穏やかな話じゃなかった。

 

「ありがとう、教えてくれて」

 

 僕はポケットから、拘束から解放された栗山さんに上げるつもりだったグミチョコの入った包み紙を彼女に渡す。

 

「買収のつもり?」

「ちゃんと僕の質問に答えてくれたお礼だ」

 

 状況は最悪の極みだけど、最悪であることをちゃんと教えてくれたのは彼女だ。

 半妖夢な僕の言葉などに、全く応じない方を選ぶこともできただろうに、応じてくれたのだから、お礼ぐらいはしておきたかった。

 永水桔梗の小さな手にグミチョコを乗せて、僕は美月たちのいる控室に戻るべく急いだ。

 

 

 

 とは言え………状況の最悪の度合いは、もっと大きくなってしまったのは痛い。

 栗山さんは、変わらず疑惑が晴れぬまま未だ拘束され、打開策は見いだせず、澤海どころか彩華さんまでと、ピンチに頼れる存在が悉く動きを封じられてしまった。

 マナちゃんは大丈夫なのだろうか? 永水桔梗は特に〝子ぎつねの妖夢を捕えた〟なんて発言はしなかったし、澤海曰く〝見た目はちっこいがあれでも修羅場慣れしてる〟と前に話してくれたことがあるから、どうにか逃げ延びて無事だとは思うけど。

 

 ただでさえ体は重く感じるのに、美月たちにより状況が最悪であると伝えなきゃならないのは………たとえ必要なことであっても骨が折れる。

 特に美月は……澤海が捕われた事実に、一番ショックを受けて狼狽していた。

 あの二人………何だかんだ仲が良いからな。

 部室では清々しいレベルで遠慮なく、楽しげにうきうきと暴言を言い合い、時に結託して僕をいじり倒す仲なんだけど………どちらかと言えば鈍い方の僕でも、単なる同じ部の部員同士、異界士同士、同学年の学友同士以上の強い関係性があることぐらい分かる。

 

 考えごとをしていたせいで、体感時間ではあっと言う間に控室の前に着いてしまった。

 胸の中の重々しさを自覚しながら扉を開けると………目にした室内の現在の環境を前に、呆気に取られてしまう。

 

 なぜなら………今裁判で争っている状態の筈の名瀬兄妹と藤真弥勒が、何やら話をしている光景であったからだ。

 

「おい……これ……どういうことだ」

 

 扉を閉めながら質問を投げる。

 

「取引を持ち掛けられたのよ、藤真弥勒から」

 

 きっと内心は完全にショックから振り切ってあいないかもしれないけど、見る限りではいつもの様子に戻っている美月が答えた。

 

「もう一度詳しく説明してもらおうか? ここでの会話は絶対に外部には漏らさない、その代わり建前なしの本音で語ってもらうぞ」

 

 いつもの軽薄さを封印させて、美貌が異界士の〝顔つき〟となっている博臣が、虚空を四角形状になぞる。

 外界と完全に遮断された……密閉されている空間に閉じ込められた独特の圧迫感と閉塞感。

 名瀬家の干渉結界――〝檻〟がこの控室分の空間と僕らを、外の世界より異空間に切り取ったのだ。

 

「本音で語ろうにも、部外者がここにいるようなのですが?」

「アッキーはいないものとしてくれ、ここで話される情報を知ったところで何かできるわけでもない身だ、その様子だと………彩華さんも巻き込まれたらしいな」

「うん………僕の母の逃亡補助したってことで拘束されたらしくて……澤海も、共犯者の可能性があるから、と」

 

 僕が慌てて控室から出ていった理由も完全に見抜いていた博臣は、壁に背中を預けて腕を組み。

 

「それで、用件は?」

 

 端的に本題に入ろうとした。

 確かに他愛ない雑談は、わざわざ結界を作ってまでやるものじゃない。

 

「峰岸舞耶を確保してほしいのです」

 

〝依頼内容〟を聞かされた博臣は、頭痛に苛まれでもした様子で、美貌の一部な眉間に皺を寄せる。

 美月も解せない表情を藤真弥勒に見せている。

 

「待ってくれ………白状すると、納得のいかないことが多すぎる……わざわざ未来ちゃん、それとたっくんたちを餌にしてまで名瀬へ秘密裏に依頼するような仕事じゃないだろ?」

「どう言うことだよ博臣?」

「非公式な形の依頼を俺たちに了承させる為、たっくんたちを人質にとったのさ、だろう?」

「そういうことです、監察室も当初は簡単に峰岸舞耶を捕えられる判断でした、その結果、僕も含めて確保に向かった査問官全員が彼女の能力と技量を舐めていたことを思い知らされましてね………幹部の博臣君も、協会や査問官の変成くらいご存知でしょう?」

「勿論だ」

「なら名瀬泉が監察室からのスカウトを拒否した件も存じているでしょう、つまり協会は名瀬の跡取り候補の筆頭とはいえ、一異界士に面子を潰されているわけですよ、お蔭で頭の固い上の連中は、正式な形で名瀬に依頼をしたくないなどと駄々をこねてしまいまして困りものです」

「ちょっと待って下さい、本当に協会の面子を守るために澤海たちを利用してこんな回りくどい真似をしたのですが? とても正気の沙汰とは思えませんよ」

 

 これまでの藤真弥勒ら異界士協会のとった行動に対し、美月は刺々しさも含んだ冷静な態度で苦言を呈した。

 普段から散々毒舌の弾丸を受けていたからか、彼女の声には〝怒りの熱〟がオブラートに包まれていながらも点火していることが僕でも分かった。

 

「否定はできませんね」

 

 藤真弥勒はわざとらしく溜息を零し、僕の眉は顰められた。

 

「上はいつも予算と期限だけを決めて後は”なんとかしろ〟の丸投げですからね、押し付けられた中間管理職の辛い現実は、涙を誘いますよ」

「そんな話はどうでもいい、早いとこ依頼の詳細な説明に入ってくれ」

「おっと、これは失礼、改めて言っておきますが、ここで交わされた内容は絶対に他言無用と言うことで頼みますよ」

「勿論です」

 

 美月たちと藤真弥勒はそれぞれ向かい合う形でソファーに座った。

 眼鏡の査問官は懐からタバコとライターと携帯灰皿を取り出し、僕らに見せる。どうも一本吸いたいらしい。

 空気どころか空間そのものが切り取られた〝檻〟の中で、よく喫煙なんてできるなと思った。こっちは想像するだけでせき込んでしまいそうだ。

 美月もくっきりと嫌な表情を整った美顔に浮かばせたが、渋々承諾した。

 許しを得た査問官は口に銜えたタバコに火を点け、紫煙を美味しそうに吸って吹かした。

 まだまだ未成年な僕らからは、空気の流れが止まった密閉空間と言うこともあり、煙ったくて仕方ない。

 

「まず初めに、協会は峰岸舞耶の異能を軽視し過ぎていました、最初に確保に向かった査問官二人が返り討ちに遭った話は聞いているでしょう? あの後慌てて多数の異界士が投入されましたが………今でも確保には至ってはいません、いくつか有力な情報は手にできましたが」

「こんな回りくどいやり方をしてまで名瀬に依頼する理由が、その情報とやらにはあるのか?」

「概ね正解です、まずこちらを見て下さい」

 

 弥勒はテーブルに置かれていたノートPCを起動し、映像ソフトを開いて僕らにその〝情報〟を見せた。

 峰岸舞耶と、彼女を捕えようとしている異界士との攻防の模様だった。

 結果は彼女が勝つと分かっていても、僕は小さな画面でも迫力が伝わってくる戦闘に息を呑んでしまう。

 

「ここを注目してほしい」

 

 一通り流した藤真弥勒は一旦巻き戻し、スローで再生し直す。

 どこかの廃屋らしき建物の中で峰岸舞耶が、自身の視線と正反対の方向にいた異界士に向けて弾丸を放った瞬間だった。

 スローのお蔭で、僕の目でも、彼女の左腕が、まるで勝手に、自動的にとしか言いようのない動きで構えて発砲した様を目にしていた。そこから彼女は意識的に右手の銃口を相手に向けて追い打ちの一発を放つ。

 

「次にこれです」

 

 次に映されたのは、後方から襲ってきた異界士にカウンターの上段蹴りを相手の延髄にヒットさせた彼女だった。

 倒れた異界士に一度銃を向けながらも、気絶していると悟ると走り出し、途中鉢合わせた女性異界士に跳躍しながらの膝蹴りを決めた。

 

「ここも重要です」

 

 天井に向けて彼女が一発放った。それを受けた異界士が苦悶の表情で落下、地に落ちた相手の戦意が喪失していることを確認すると、直ぐに立ち去った。

 

「ここもですね」

 

 次に壁へ背中を預けた峰岸舞耶が、リボルバーのシリンダーから空薬莢を落とし、スピードローダーって名前だった筈の専用器具で新たな六発分の弾丸を装填し、帯革に差し込んで移動し始めた映像。

 

「質問は受け付けますよ」

 

 ここで映像による情報提示は終わった。

 

「弾を込めているから銃は異能で生成したものじゃない、その上無意識に攻撃しているような素振り………とするなら、峰岸舞耶の能力は……どんな状況下でも〝先の先〟を取れる、と言うことか?」

「ご名答です」

 

 博臣が、一連の映像から導き出した解答に、藤真弥勒は正解だと肯定した。

 

「映像が捉えた彼女の不可思議な初撃は、彼女の異能が発動されたことによる先制攻撃によるもので、それで補足した敵に対し、第二第三の追撃を加えているのです、射撃や身のこなしそのものは本人の鍛錬の賜物でしょうが、彼女の異能と拳銃の組み合わせは、敵対する側にとっては最悪と言えるでしょう」

「それが協会からの低評価に繋がる原因か……」

 

 これまでの流れから、峰岸舞耶の異能と戦闘スタイルと纏めると。

 どうも彼女には、殺気もしくはそれに相当する敵意と言った気配に対し、彼女の体が半ば自動的に反応して先制攻撃を仕掛ける異能を有しているらしい。

 僕の周りだけでも、血を自在に操り、その血そのものが生物の生体組織を破壊できてしまう栗山さんや、博臣ら名瀬家が名家たらしめる〝檻〟、そして澤海――ゴジラの、ゴジラたらしめる破壊の光、放射熱線と驚異的生命力の源たるG細胞。

 彼らと比べてしまうと、能力としては、地味なのが否めない。

 銃がなければ、背後の敵には不意打ちの蹴りやパンチ等をくらわすくらいしかできなかっただろう、だが今はその手には人の血肉を貫く鉛の弾丸を放つ〝拳銃〟がある。

 

「つまるところ、協会は〝先制攻撃〟を不当に評価していたんだな……」

 

 彼女の異能は銃の恩恵を得ることで、敵に先手を打たれるより先に、先制攻撃と言う不意打ちを与えてしまう猛威となり、彼女の異能そのものにばかり見ていた協会は手痛いしっぺ返しをくらってしまったわけだ。

 

「だから〝檻〟を持つ名瀬(わたしたち)が必要となったわけですね」

「はい、彼女の異能に対し、檻は非常に相性が良いものでしてね」

 

 確かに、予め結界で防御を固めていれば、たとえ峰岸舞耶から〝先制攻撃〟も、そこから続けて繰り出される攻撃も防ぐことができる。

 だがその檻の使い手たる名瀬には、前述の面子が邪魔して正式に協力要請を出せない。

 だから協会は、名瀬側の方から〝狂犬狩り〟を引き受けざるを得ない状況を作り出した。

 そこまでも経緯は一応理解できたけど………納得は全然できない、できるわけない。

 

「本当に協会の体面を保ちたいが為に、栗山さんに澤海、彩華さんまで拘束したんですか?」

 

 組織の保身などと言う言い訳で、僕たちにとって大事な人たちが三人も巻き込まれたのだ………澤海が口にしそうな表現を借りるなら………〝胸糞悪い〟。

 

「念の為に言っておきますが、不当に拘束したわけではございませんよ、真城優斗が栗山未来に再び接触する可能性は否定できませんし、実際新堂彩華は転移の法で逃亡犯神原弥生を召喚していますからね」

「ならまず息子である僕を拘束するべきでしょう?」

「君が現在両親と連絡手段を持たないことは把握していますし、そもそも監察室は悪質な異界士を取り締まる部署ですから、妖夢、妖夢憑きは勿論、半妖夢の我々の管轄外なわけですよ」

 

 憤りを秘めた僕の苦言を、査問官はまたもさらりと躱した。

 

「それに新堂彩華と黒宮澤海は、栗山未来と事情が異なります、代理人がどれだけ優秀でも即時解放はあり得ない、こちらも仕事で動いていますからね、二の矢は欠かせないのですよ」

「つまり、名瀬(おれたち)との交渉が決裂したら、たっくんと新堂彩華に交換条件を持ち込む気だった、と?」

「それは最悪の場合です、理想はどちらからも快諾を受けることですよ」

 

 ともかく、僕らが置かれた〝最悪の状況〟をどうにか脱するには、峰岸舞耶と何としても確保しなければならないと言うわけだ。

 それを突きつけられたことで………また先日の〝一時の善意〟が、僕の心に毒も含んだ牙を向いてきて、必死に表情にまで出させまいと耐えた。

 

「私は受けるけど、お兄ちゃんはどうする?」

「たっくんたちをこのままにしておけないし、引くわけにもいかないだろ、監察室より先に峰岸舞耶を捕まえられれば、名瀬にとっても悪くないわけだし」

 

 幸いなのは、美月も博臣も、乗ってくれたと言うことだ。

 

「ありがたい判断です、ところで博臣君、査問官に着く意志はありますか?」

「見返りとしてのスカウトなら不要だ、推薦可能となる二十歳までに実力で候補に上がりたいからな」

「ちょっと兄貴……なら家はどうするのよ?」

「幹部に居残っていても二番手の地位は盤石だ、だがそんな地位に甘んじている俺を美月は誇れるのか? 俺は頂点に立つ兄の姿を妹に見てもらいたいんだ、資質では泉姉に叶わないのなら、経験で乗り越えるしかないだろ?」

「…………」

 

 こんな状況でも相も変わらずな博臣のシスコン振り、と、名瀬家のちょっとしたお家事情の片鱗が垣間見えながらも、僕らは藤真弥勒との〝取引〟に応じる形となった。

 

つづく。



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EP15 - 密談

もし澤海―ゴジラがシンフォギアGXの宣伝CM30秒に出たら

♪~Exterminateのサビ(シンフォギアGX)

澤海「シンフォギアGXの第三巻ブルーレイが発売されるぞ、今回はデュエット挿入歌集に前作で好評だったしないフォギアシリーズの最新作も特典に収録されてるぜ、さあみんなも素が駄々漏れなたやマの可愛らしさに酔いしれよう」
マリア「たやマって言うな!」
澤海「って本人来やがった……けど何て言うか、たやマ(ただのやさしいマリア)っつーよりタヒチ(ただのひよっち)だな」
マリア「誰が上手いこと言えとこのおしゃべり怪獣王!」


 藤真弥勒ら異界士協会からの回りくどい上に傍迷惑な〝峰岸舞耶〟の確保の依頼を応じた僕ら、正確には名瀬家の博臣と美月で、僕は場に居合わせただけの半妖夢な学生だけど。

 控室で博臣と査問官は書面で正式に依頼の手続きをしている間、僕と美月は拘束されている一人な栗山さんをまず迎えに行くべく、裁判中での被告人の待機場所である仮監置室に向かっていた。

 到着早々、藤真弥勒から説明を聞いていたらしい栗山さんの監視役を担っている女性異界士は僕らを室内に招き入れる。

 

「先輩? 美月先輩まで……どうして?」

 

 細い鉄格子の奥には、粛々と鉄格子内の椅子に座っていた栗山さんが、僕らが入ってきたことに驚いていた。

 そのまま栗山さんはは現状一時的に解放され、僕らは彼女を連れて控室に戻り、手続きを終えたばかりの博臣が経緯を説明する。

 

「やりますやります!」

 

 眼鏡っ子な後輩女子への心理的負担を考慮して、澤海と彩華さんを助けるには交換条件を呑むしかないと言う強調がなされた美貌の異界士の説明に、 栗山さんは二つ返事で力強く両の拳を握りしめて了承の旨を示した。

 自分の抱える事情の為に、澤海たちを巻きこまれてしまったと少なからず感じているのだろう。

 

「あんまり気負いすぎることはないよ、澤海たちはあくまで異界士として仕事を全うしただけなんだから」

「それじゃあ……先輩は黒宮先輩たちがどうなってもいいって言うんですか?」

 

 むっとした表情からの視線を、僕に投げかけてくる。

 自分でもどうかと思うのだが、最近眼鏡の似合う女の子から〝ご褒美です♪〟なくらい罵られたい願望があり、栗山さんはまさにそれを叶えてくれる女神にも等しいわけなのだが、ここで下手に頬が弛んでたり、鼻の下を伸ばしてたりなどしてたら、黒髪少女(無論怪獣王もここにいれば彼からも)からの罵声が飛んでくるので自制する。

 

「先輩? 聞いてますか?」

「いや、ごめん、栗山さんには危険なことをさせたくないけど、だからって澤海たちを見捨てたりなんかしたら、後味が悪すぎて眼鏡に合わせる顔がないからな」

「カッコよく決めたつもりでしょうけど一般的感性からはギャグにしか見えないわよ秋人……ここは全米が泣くような台詞で行ったらどうかしら?」

「眼鏡は世界共通概念なんだから問題ないだろ? 大体僕は全米が泣いたなんて謳い文句は信用していない、全国民が見ているなんて無理があり過ぎるし、感性が各々異なる人間たちを確実に泣かせたかれば、それはもう感動させるどころか脳に直接作用させて無理やり涙腺を緩めるみたいな話に―――」

「秋人は好感度を下げる天才よね」

「美月にだけは言われたかないッ!」

 

本当、どの口が言うかって話だ!

 

「とにかく、面倒なことになる前にたっくんたちを迎えに行こう。たっくんはともかく、新堂彩華の場合は明確な規律違反に当たるからな」

 

 こんな時にさえ愚かしくも駄弁ってしまっていた僕らに、博臣はぐうの音も出ない正論で促した。

 近場の階段を使い、四人で協会支部の地下にある留置場へと向かう。

 以前見たことがあるFBI捜査官がサイコキラーな精神科医の助力を得て連続殺人犯を追うサスペンス映画の影響か、もっと薄暗く不気味で衛生的に良いとは言えない環境をイメージしていたが、いざ階段を下り終えると、想像とは反対に明るく小奇麗であった………けど、円形状な出入り口は厳重でできていて、いかにも感は無きにしもあらずでもある。

 

「あんたが名瀬か? 話なら聞いている」

「そんな確認の仕方で大丈夫なのか?」

 

 博臣が尤もな返しをした。

 特に本人確認もしていないのに、ただ来ただけで〝名瀬である〟と判断するのはどうなんだろう?

 

「問題ないさ、知らない顔がここに来ることは希なもんでな」

 

 留置される側の異界士を除けば、見慣れた査問官か協会の人間しか来ないらしいことを話す管理人らしい恰幅のいい中年男性は、管理室に入ると、室内に備えられた端末を操作する。

 

「正式に決定が下るまでは監禁拘束する予定だったんだ、悪く思わないでくれよ」

 

 電子音がビッーと鳴ったかと思うと、円状の扉は真ん中からS字に開かれた。

 白色で統一された長い回廊と、壁は一定の幅で長方形型の扉が並列されている。

 

「新堂彩華は四番、黒宮澤海は五番だ、扉の前に立てばセンサーが反応して開くようにしてある」

 

 一瞬そんな仕様で脱獄されないのか? と勘ぐったけど……〝監禁拘束〟って管理人の言葉が何を意味するか、理解したことで納得しつつも、ゾッともした。

 二人が捕われている理由が、僕の母――神原弥生とも関係しているだけに、口の中に苦味を覚えてしまう。

 

「美月!?」

 

 まだ一時的だが、解放できるんだぞと自分に言い聞かせた直後、美月は躊躇わず、澤海がいると言う〝五番〟の方へ一目散に走っていった。

 

 

 

 

 留置場の管理人が言っていた通り、五号室の前に美月が立つと、周囲と同じく白い扉が横にスライドして開かれる。

 

「っ!?」

 

 中に入った美月は、震えている大きな双眸のレンズに映った光景に息を呑んで、両手を重ねる形で口を覆った。

 先程までは秋人のこんな時でさえブレな眼鏡愛のお陰もあって、〝いつもの自分〟でいられたのだが、捕われている澤海の現状を目の当たりにした途端、あっさりと崩れてしまう。

 美月からは却って薄気味悪さを感じてしまう一面真っ白な部屋(りっぽうたい)の真ん中に、部屋と同色の拘束着を着せられた上に、金属の鎖で何重にも、体内の骨にまで圧迫させるほどの強さで縛られ、口にも黒く分厚いマスクを嵌められた澤海が、力なく俯いた状態で目も閉されていた。

 檻の感知能力で、拘束具は異能の術で強化されていることを美月は読み取り、もしかしたら常人なら致死量な薬品を過剰投与されている可能性も過る。

 

「澤海ッ!」

 

 絶句させられていた美月は、唇を噛みしめ、今にも泣きそうな声音で澤海に駆け寄り、無我夢中で彼の肩を強くゆする。

 

「ねえ、起きなさいよ!」

「そう揺らすな」

「え?」

 

 すると、深く眠っていたのが嘘だったように、美月の手は澤海の体から力が入ったのが伝わり、彼は顔を見上げて、青白く鋭利な瞳を彼女のと合わせた。

 

「下がってろ」

「っ……ええ……」

 

 言われた通り、美月は少し背後へ下がって距離を取った。

 促した澤海は深呼吸から両腕と両手から瞬間的に力が放たれると、彼の動きを封じていた筈の鎖が、余りのも呆気なくバラバラと千切られて色白の床に散乱して金属音を鳴らした。

 

「振りをすんのも楽じゃねえよ、レ○ター博士もよく我慢できたよな」

 

 ボヤキながら自由になった手でマスクを簡単に引き千切り、握り拳にした指の隙間からチレェンコフ光色のエネルギーの爪を一刃出すと、それで体を傷つけず器用に両手首の手錠と、両足首の重し付きの足錠をいとも簡単に切り裂いてしまう。

 自らの怪力を発揮させたと同時に、拘束具が密着している部位に集中的に熱線エネルギーを放射させたのだ。

 さっきまでの捕われの身の状態が嘘だったのかと思わされてしまうほど、あっさりと澤海は自力で自由の身となってしまった。

 

「…………」

 

 完全に呆気に取られている美月、せいぜい、澤海が揶揄に使ったのがミステリーホラー小説に登場する人肉好きのサイコパスな精神科医であることぐらいしか頭が回っていない。補足すると美月は映画の方は見ていないが、原作小説は文芸部の寄贈書の中にあったので読んだことはあったりする。

 

「鳩が豆鉄砲くらったみてえな顔しやがって、〝逮捕されたゴジラの無様〟な姿を拝みに来たんじゃないのか? ミツキ」

 

 澤海はと言えば、自分の今置かれた立場すらユーモアに利用してジョークまで繰り出してきた。

 そもそも大人しく拘束された振りをしていたに加え、余裕で拘束具を破壊し尽した時点で、彼のブラックユーモアが満載である。

 恐らく人間形態のゴジラなら捕縛し続けられると自信を持っていたであろう協会の人間たちにとっては、とんだ面目潰しであった。

 

「そ……そうよ、せっかくの機会だから急いで来てみたら、協会の備品を壊す嫌がらせもできる余裕をお持ちみたいで本当残念だわ………監禁されたゴジラなんて、滅多に拝めるものじゃないから期待してたのに」

「悪かったな、そこは想像で我慢してくれ」

「ところで、マナちゃんも無事なんでしょうね? あの子まで何かあったら承知しないわよ」

「心配するな、あいつの気配遮断は檻でもそう簡単に見つからねえことは知ってるだろ? 見た目はガキンチョだが、あれでも修羅場は潜り抜けてきてるぜ」

「まあ、あんたとコンビを組んでるんだから……そうでしょうね」

 

 我に返り、五号室の中に入ってからの自分のとった行動の一部始終を思い返した美月は、いかにもな〝ツンデレ〟らしい物腰で、憮然と腕を組み、ぷいっとそっぽを向いて澤海に背を向ける。

 恥ずかしさで赤く熱を帯び始めた頬を、澤海に見られたくはないからであったが………普段通りの彼に安心しつつも。

 

〝どうして………そういつものあんたでいられるのよ………澤海〟

 

 同時に、普段通りの彼に胸が締め付けられる想いも込み上げていたが為に、素直になれない彼女は、いつもの〝毒舌〟で自分の気持ちにオブラートを包ませていた。

 同年代より豊かに実った胸の直ぐ下で組んだ両腕は、震えながら力を強め、潤いが増している瞳を細める。

 どうしてなのか?

 どうして………人間(わたしたち)はいつも………澤海――ゴジラを巻き込むのか?

 破壊神、怪獣王、核の落とし子、それらの異名を付けられるだけの恐ろしい力と猛威を、確かに彼は持っている。

 確かに彼の、そこらの自然災害とは比べものにならない猛威を何度も受けたあちらの世界の人類は被害者であろう。

 だが美月からすれば………あの三枝美希と同様に、ゴジラ自身も人類の勝手な都合と愚行の煽りを受けた被害者に他らなない認識を持っていた。  

 ゴジラザウルスからゴジラになった時から………体内の原子炉の暴走によるメルトダウンで散るまで、それどころか人間に生まれ変わって、自分たちと学生生活を謳歌している現在すら………見方を少し変えれば、ゴジラは………人間たちの〝事情〟に振り回され続けてきた〝悲しき怪獣〟でもある。

 今回だって……協会の上の連中の慢心と油断と、下らない〝保身〟なんかの為に、またこうして澤海は〝不条理〟に巻き込まれてしまった。

 なのに………ゴジラがゴジラたる万物を破壊し尽さんとする〝怒り〟を見せるどころか、憤りも籠った文句を口にすることもなく、澤海は至って日常にいる時と変わらないいつもの調子で、人間の一人たる美月と接している。

 美月にとっては、白状すると嬉しくもあるけど………眩しくも映って、とても直視できなかった。

 

「で? 俺を迎えに来たのは協会が散々煮え湯を飲まされてる峰岸舞耶を捕まえてくれと依頼された、からか?」

 

 そういつまでもそっぽを向いて感傷に浸っていられる状況でもないので、監禁拘束されたと言うのにそれほど間を置かず現状一時的とは言え解放される経緯を話そうとした矢先、澤海は〝依頼〟の件を先んじてすっぱ抜いた。

 

「どうして……それを?」

 

 一瞬、あの〝三枝美希〟クラスの超能力でも使ったのかと錯覚させられるほどの看破振りに驚いていた美月であったが、澤海の前世の分も込みな〝戦闘経験〟で鍛えられた観察力、推理力、状況判断力の高さを踏まえると、何ら不思議な話でもなかったので直ぐに納得できた。

 

「ああ言う上の連中の考えてることなんざ、俺からしたら滑稽なくらいに分かりやすいんだよ。どうせ下らなねえプライドだの面子だのなんかの為に正式に依頼したくないから、そっちから動いてくれるようミライ君や俺らを拘束したんだろ……」

 

 呆れと溜息、組織の上層部を毛嫌う感情を隠しもせず、澤海はぼやきを零す。

 

「何か違う点はねえか?」

「ええ………大体澤海が考えてた通りよ」

「なら、詳しい流れってやつを教えてくれ」

「ここを出てからじゃダメなの?」

「情報整理すんのにあんま大勢いるのは困りもんなんだ、文芸部部長一人の説明の方が呑み込みやすいと思うからさ、頼む」

「分かったわ」

 

 そのキレのある頭から、どう自分らのケータイにメールで送ってきた〝前ぶれ〟と言う単語に行き着いたのか気になりつつも、今はその気持ちを抑えて、ここまで状況の説明をする役目に徹した。

 

「やっぱり、おかしな話だな……」

 

 美月の説明が終わってほとんど間を置かず、澤海は普段からつり上がり気味な眉を怪訝そうにひそめて呟いた。

 

「どういう点がおかしいのよ?」

「せっかく協会は花を持たせてやろうとしたのに、名瀬泉はあっさりその花を投げ捨てて面目を潰しやがった、だから名瀬には頼りたくないと連中は駄々をこねてんだろ? だったらどんな形であれ―――名瀬に〝貸し〟を作るのは嫌がると思うんだけどな」

「っ………」

 

 澤海の意見に、美月の頭は清々しいまでの勢いでハッとさせられる。

 言われてみれば………なぜわざわざ〝名瀬家〟に峰岸舞耶の確保を押し付けたのだろうか?

 協会は姉の名瀬泉を査問官に登用しようとしたが、姉当人はあっさりとそれを拒否した。藤真弥勒曰く〝頭の固い上層部の連中〟がその時の〝屈辱〟を忘れられないなら………どんな形であれ、〝白銀の狂犬〟と言う異名が付けられるだけの実力があるとは言え、一介の異界士でしかない彼女を捕える為に名瀬に頼るなんてことは、連中の〝下らないプライド〟が許さない筈、どんなやり方であれ、澤海の言う通り名瀬に〝貸しを作ることになってしまう。

 

「それにこういう取引ってのはこっそりやるもんだってのに、協会はお前のミライ君の拘束に対する異議申し立てをあっさり受諾して裁判って形で表沙汰にしちまってる、こんな面倒掛ける上に恥を公に晒すくらいなら、最初からこっそり泣き寝入りした方がまだマシだろ」

 

 なのに、連中は名瀬(わたしたち)から動かざるを得ない状況に誘導させる為に、とても面倒な手順を踏んでいた。

 

「そうね………それに最初からあんたと彩華さんに取引を持ち掛けていた方が、上層部にとっても得だったのに……」

 

 そもそも、こんな回りくどいやり方で名瀬に頼む必要はない。

 秋人の母である神原弥生の逃亡補助の容疑が掛かっている彩華と、共犯の容疑が掛かっている澤海に、逮捕され処罰されたくなければ確保してほしいと司法取引を持ち掛けた方が、遥かに懸命だし、面倒も省ける。

 彩華も結界術に長けた異界士だし、澤海など拳銃の弾丸程度では軽傷にすらならない不死身の肉体の持ち主である〝ゴジラ〟だ。

 この二人が相手な上に、峰岸舞耶の異能の正体がつかめている今なら、いかに〝白銀の狂犬〟と言えど御用となっているのはほぼ間違いない。

 それで本当に確保できれば、逆にゴジラに貸しを作ることになって、連中の自尊心も大いに満たされただろうに。

 

「いきなり監禁拘束ってやり方も、理解できないわ」

 

 澤海たちにもその任を押し付けようとするやり方も、美月には解せなかった。

 今日澤海は、未来の裁判の傍聴で協会支部の施設内にいたのだ。

 まずは澤海に穏便な形で罪状と司法取引の説明をし、もし彼が拒否する意志を示したのなら強硬手段に出る………のならまだしも、実際はいきなり有無を言わせず拘束し、地下留置場にほんの僅かな間とはいえ監禁させている。

 

 よくよく考えてみると、たった一人の異界士を捕まえる為の措置にしては、色々と理解に苦しむ点が多すぎた。

 

「はっ……」

 

 そこで美月は、最も解せない点を見出した。

 

「どうした?」

「さっき、藤真弥勒が言っていたの……」

 

〝理想は、どちらからも快諾を受けることですよ〟

 

 一体何が……〝理想〟なのだろうか?

 檻の使い手、妖夢な異界士、呪われた血の一族の末裔、そしてゴジラ………たった一人の異界士を相手にするにしては、過剰戦力としか言いようがない。

 

「もう………何が目的なのよ……」

 

 腑に落ちない点が多く見つかったところまでは分かった………だが美月はそのクエスチョンのアンサーにまで辿り着けずにいる。

 しいて言えば………ここまでの状況は澤海のメールの通り〝前ぶれ〟で、よからぬことが起きようとしている予感くらいしか。

 

「今、名瀬泉は何している?」

「ちょっと……どうしてそこで泉姉さんの名前が出てくるのよ?」

「いいから」

 

 今の澤海の発言の意図は、全く分からない。

 

「詳しくは言えないけど、今―――」

 

 分からないが、それで何か分かるかもと姉の現状を思い返した美月の脳裏に、ある〝可能性〟が閃いて、背筋に寒気が走った。

 

「そんな…………嘘でしょ」

「いや、美月の推理は、大方当たってるだろうぜ」

 

 もし仮に美月の思考から浮かんだ可能性が本当なら、確かに〝好機〟ではあるし、裏付けも……あることにはある。

 

「澤海も……同じこと考えてた?」

「まあな」

「なら、大人しく依頼をこなしている場合じゃないわ! このまま放っておいたら――」 

「待て美月、焦るな」

 

 焦燥に駆られた美月を、澤海は彼女の両肩に触れながら、互いの目線を合わさせて宥める。

 

「言葉を使う人間、それも〝言霊信仰〟が今でも根付いている日本人じゃ、あいつの異能に〝勝ち目〟はない、だから―――これから俺が言うことを、しっかり聞いてくれ」

 

 眼差しを真っ直ぐ向けてくる澤海の言葉に、美月は少しずつ落ち着きを取り戻しながら、首を頷かせた。

 

つづく。



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EP16 - 嵐は迫る

さて本年度初めての境界のゴジラ最新話。

自分も人のこと言えないのですが、そろそろ原作にも動きが欲しいと思っているこの頃、劇場版が公開された去年も結局何の音沙汰もなかった……


追記:なんで更新した日にばっさり切られなきゃならないのだろうか………なぜよりによって更新したその日なんだ!
自分もその一人なんだけど、物言わぬ読者もまた厄介な存在です。


 地下留置場の前で、僕らは澤海たちが出てくるのを待っていた。

 拘束された異界士の私服込みな私物も場内に保管されているので、二人はそれを取りに行っているからだ。

 程なく、黒のジージャンと深みのある青なジーンズの組み合わせな澤海と、着物姿の彩華さんが揃って出てきた。

 澤海はさっきと同じ格好、彩華さんもいつも見る着物姿だと言うのに、これから〝戦場〟に向かおうとしている為か、〝戦闘服〟みたいな覇気が本人たちと一緒に衣服から発せられていた。

 

「全員参加とは、喜ばしいことですね」

 

 やっと文芸部全員が揃った中、相も変わらず藤真弥勒は人を喰った態度を見せ。

 

「戯言はいい、峰岸舞耶の潜伏先の目処くらいは付いているんだろうな?」

 

 博臣はそんな査問官に、自らの美貌を刺々しくさせて詰め寄った。

 彼の言う通り、ここまで手の込んだことをしておいて、相手の居所含めた情報を手にできてはいないとは考えにくい………振り回されたこちら側としては、早いとこ〝戦場〟に案内してもらいたいものである。

 

「ある程度足取りは掴めてはいるのですが、現在地までは把握していません、何せ隠れ家を転々としているようでしてね、ごく最近の居場所が判明できれば、今後の行動はある程度予測できるのですが」

 

 僕は峰岸舞耶が〝ごく最近〟隠れ家の一つにしていたマンションを思い出す。けどきっともう蛻の殻だ………澤海があの時情けを掛けなければ、あの留置室に収容されていたのは彼女の方だ。

 痕跡だって微々たりとも残してはいない筈、万が一ってことも考えて確かめにいく価値はあるけど、それにはせめて博臣にも僕らが彼女に接触した件を話さなければならない。

 義理堅さなら〝人間以上〟とも言ってもいい澤海なら、接触したことは一切口外しない約束は貫き通すだろう。

 事実澤海は、さりげなく目線で僕に〝喋るなよ〟と警告してきた。

 

「なら仕方ない、〝あいつ〟を頼りにするしかなさそうだ」

 

 

 

 

 博臣が口にしていた〝あいつ〟こそ、あの一ノ宮庵、自身の意識を直接ネットワークの世界にダイブできる電子干渉能力を持つ情報屋である。

 あいつの能力に掛かれば、峰岸舞耶が持っているケータイを通じて現在地を割り出すことも不可能ではない。奴が常時ケータイの電源を点けたままにしていればの話だけど。

 たった一人の人間の居所を見つけるのに一種の辱めを受けなければならない、だが背に腹は変えられない状況なので、博臣は苦虫を嚙んだ面持ちで秋人と美月を連れてあいつのいるマンションの方へ向かっていった。

 対して俺は、未来と彩華ともども、控室のソファーに腰を下ろし、外では扉の前で協会の異界士が見張っている恰好だ。

 現状まだ制約の多い仮釈放の身なので、完全に自由になるには、峰岸舞耶を今度こそ確保するしかない。

 

「澤海君、今あんま喉が渇いとらんけん、うちの分も飲んでくれるか?」

「ああ」

 

 テーブルに置かれた茶を一飲みした俺は、彩華の分も受け取った。

 

「あの………黒宮先輩」

 

 同じソファーに座す未来が、俺に何か聞きたげな様子を見せてくる。

 法廷の被告席にいた時よりは目に見えて顔色は良くなってはいるが、引っかかりがある、そんな感じの微妙な表情を、実年齢より幼い童顔に浮かばせていた。

 

「どうした?」

「その………ちょっと気になって………峰岸さんのこと、黒宮先輩がどう思っているか」

 

 例の白昼の爆破事件があった日のあいつらから、とうに察してはいたが、やはり彼女も秋人とどっこいどっこいに、峰岸舞耶のことが気になっているご様子である。

 

「そう言われてもな、俺にとっては依頼の遂行条件程度ぐらいしかねえよ」

 

 嘘偽りを、一ミリほどの割合分すら混ぜず、正直に現在の奴に対する自分の〝見方〟を打ち明ける。

 

「先輩らしい……ですね」

 

 苦笑交じりに未来からこう返されたが、他に言いようがない。

 単純な関心の度合いなら、奴よりも奴に〝モグタン〟と名付けられたあのちっこい妖夢と、そいつの友達に対する種族間を超えた友情ってやつの方が上であり、それらを踏まえてオブラートに包んだ譲歩的言い方をするなら〝友達の友達〟ぐらいのものだ。

 査問官ら協会の連中を散々翻弄した逃亡犯を確保するには絶好だった機会を逃したのも、巻き込まれた秋人とモグタンの気持ちを一蹴してまで強行した後に待ってる苦々しさを味わいたくなかったからであり、奴自身に情が移ったからではない。

 だから一連の事件と爆破が起きた直後にご対面してすっかり感情移入(いれこん)じまっている二人と違い、奴への見方はカラカラに乾ききったドライなもの。

 いや……むしろ、あんだけ友達(モグタン)に屈託ない笑顔を向けておいて、そいつに逃亡生活の相乗りをさせている点で、微かながら怒りすらある。

 あんなテロリストの真似事をしているのは誰の為か………いずれにしろ、待っているのは〝破滅〟しかない。

 あいつのことだ……あの小さな体で友を助けようと異界士に抵抗するのは目に見えている………そして妖夢は見つけ次第〝殺す〟が基本なこの業界において、あいつの友への情の篤さは間違いなく死に繋がってしまう。

 奴だってそれぐらい分かっているだろうに………奴もとんだ馬鹿野郎だ。

 あ……こうして考えを巡らせ、纏めてみると、何だかんだ奴に対する〝関心〟がないわけではないと気づいた。

 が、秋人や未来ほどあの〝逃亡犯〟に入れ込めないってのも事実だ。

 

「お前も気をつけろ、ミライ君は奴からアキと同じ匂いを感じているかもしれねえどな、同時にあの野郎は真城優斗についていくことを選んじまった〝栗山未来〟と言ってもいい」

「…………」

 

 俺の口から真城優斗の名が出た時、未来の顔にまた影が差し込まれた。

 こっちとして奴のことを余り話題に出したくはない、今回の件に奴が噛んでいなくとも、今もどこかで隠れ潜みながら追われている幼馴染の姿を、想像させてしまうからだ。

 けど未来が秋人(おひとよし)に釣られて深入りし過ぎて大火傷どころじゃない傷を負う目に遭わないよう、先んじて打つ手としては………奴の存在と、一緒に地獄に落ちる道を選んだIF(かのうせい)が抑止力として働くのは、確かだった。

 ただまあ……俺が白銀の狂犬どう思ってようが、どう辛辣に口にしようが、こいつらが簡単に引き下がる性質ではないと分かっている。

 たとえ奴が銃を構えていたとしても、素人でも当てられる距離よりも先にあるあいつの〝内側〟に、踏み込もうとするのは明白だった。

 

「辛いかもしれないが、自分自身を説き伏せるくらい厄介だってことは、分かってくれ」

「はい……」

 

 

 なんてせめてもと、二人の想いを尊重しつつも、その想いが裏目に出ぬように、未来に忠告を投げた。

 さすがに俺と比べればまだ可愛いもんだろうが、たとえ偽りない良心でも峰岸舞耶を破滅の底なし沼から引き吊り出すのは困難だ。

 何せ、その良心に裏切られ続けてきたあいつからすれば、その沼こそ〝救いの手〟と言う奴だったんだから。

 

「奴以上に、気をつけておいた方がいいのがいるけどな」

「それは……誰ですか?」

「お人よし君なアキに決まっているだろ、あいつは自分が思ってる以上に、自分の不死身さに甘えちまってるからさ、でないと……357マグナムをぶち込まれるより性質の悪いことになる、心当たり結構あるんじゃねえか?」

「はい、確かに結構ありますね………心当たり」

 

 苦笑いを浮かべて、未来は同意を示した。

 

「なので、ありがたく肝に銘じておきます」

「ああ、そうしてもらえると、助かる」

 

 

 

 僕たちが一ノ宮庵から、目当ての情報をどう手にしたかの経緯は、申し訳ないんだけど割愛させて頂く。

 とりあえず手短に述べていくと。

 博臣はシャワーで体を洗い、ピアノで一曲弾くことを強要され。

 美月は遠い昔の銀河系のお姫様みたいなお団子ヘアにされて(これがまた似合ってたりする)、四つん這いな体勢の僕に乗り。

 僕はそれ以外に特に何もされず、美月から自分が文系、理系、無所属のどちらかに所属しているかと言われれば〝無所属〟であることを突きつけられ。

 一方で一ノ宮庵とは充実したメガネ討論を繰り広げることができた―――等々だ。

 

 そうして彼の電子干渉能力で、峰岸舞耶の現在位置を得た僕らは協会に戻ると。

 

「連絡なら受けています」

 

 控室に戻るなり、藤真弥勒はそそくさと机の上にて地図を広げてみせた。

 時間に恵まれていると言えないので、これぐらい端的の方が助かるのではあるんだけど。

 査問官が用意した地図は、名瀬の管轄区とほど近い地域を記していた。

 

「これまでの経験で、峰岸舞耶は強敵を相手には本能的に屋内戦に持ち込むことが分かりました、それを利用して、今は廃墟な工場跡地を戦場に使います」

 

 地図に記載されているその工場跡地の地点を、査問官は指さしつつ、峰岸舞耶を確保する策を説明し始める。

 内容は、至極単純な〝袋の鼠作戦〟。

 包囲網で彼女を例の跡地に追い込み、二か所ある出入り口を博臣と美月が檻で封じて閉じ込め、挟み撃ちにすると言うものだった。

 

「そうなると、俺と美月の位置は必然的に別々になるな」

「博臣さん……頼むからやっぱり降りるなんてことは言わないでくれよ」

 

 つい僕は、博臣の口から零れた言葉に過度に反応してしまう。

 このシスコンの美月(いもうと)への想いの強さは、過保護なんて言葉ですら生ぬるいくらいの域だからな………美月が危険の藪の中に入ると踏んだら協力を拒否してしまう恐れもあった。

 

「私は降りるつもりはないわ、〝ただの拳銃〟ぐらい、どおってことないわよ」

 

 美月当人も大人しく引き下がる気はなく、強気の姿勢で兄に反論を述べる。

 一発でも、体のどこに当たろうが、直ぐか時間が掛かるかの違いだけで、死に至らしめる拳銃の鉛の弾を〝ただの〟と言える辺り、絶対不可侵の干渉結界の極みたる〝檻〟がどれだけ強靭で堅牢であるかを示していた。

 

「俺がでこいつのやる気を空回せてしゃばらせ過ぎないよう、目を光らせといてやるから、過保護もほどほどにしとけ」

 

 本人の反論に乗る形で、澤海も助け船を出してきた。

 

「さすがに降りろと無理強いはするつもりはないさ、たっくんもいることだしね」

「それじゃあ……」

「安全を最優先の、条件付きだがな」

 

 過保護な兄と言う問題(ハードル)を越えられた美月は、擬音にしてぱあっとした感じ喜びを見せた。

 本当はとてもそんな状況じゃないんだけど、美月からしたら〝蚊帳の外〟に放り込まれるよりは良いのだろう。

 

「戦力配分としては、俺と未来ちゃん、たっくんと美月と彩華さんの二手に分ける、非常時を考えると、未来ちゃんと美月の組み合わせは避けたい、みんなはどうだ?」

「異論はねえヒロ」

「私もです」

「うちも特に意見はあらへん」

 

 博臣の方針に、澤海も栗山さんも彩華さんも同意を見せた。

 

「確認するが、目的地に追い込むまでは手を貸してくれるんだな?」

「もちろんです、この手の追い込みに〝人海戦術〟は必須ですからね」

 

 こうして、作戦前の打ち合わせは終わった。

 完全に僕は蚊帳の外の傍観者だったが、立場が立場なので、気にはしていない。

 

 

 

 

 

 暮れていく陽で朱色に染まった空を見ていた僕は、目線を地上に移す。

 夕空の下では、完全武装した異界士たちが作戦開始前の最終チェックに勤しんでいる。その念の入れようから、峰岸舞耶から受けた〝苦味〟の強さが窺えた。

 

「作戦領域にまで踏み込む気ならアッキー、防弾に備える準備くらいはしておけよ」

「そういう不機嫌な言い方をしたら、栗山さんにまで気まずくさせるだろ?」

 

 少し苛立ち気味な博臣の態度に、僕はジト目とセットで苦言を呈す。

 

「俺が苛立っているのはアッキーが場違いに現場(ここ)にいるのが理由なんだが?」

「あの二人とも………喧嘩はよして下さい」

 

 案の定、気まずさを覚えた栗山さんが僕らの間を仲介してくる。

 

「未来ちゃんは何も悪くないさ、分不相応なことばかりするアッキーの性質(たち)が問題なんだ、今のアッキーに最善なのは、大人しく留守番役を徹することなんだぞ、分かっているのか?」

「悪いけど今の僕はそう拝めない博臣の活躍を見たい気分なんだ、聖書にしても武勇伝にしても、偉業を後世に伝えるのは第三者が書いた書物だろ? 歴史に名を残してきた偉人は〝言葉と態度〟で人々に道を示し、感銘を受けた者が文字で書き残す、言うなれば博臣がホームズで僕がワトソンと言うわけさ」

「そこまで言い繕えるアッキーの口の達者さは、ある意味で才能だな」

 

 僕からの芝居がかったユーモアに、博臣は肩をすくめて溜息を吐くも、直ぐにその美貌を厳しい表情にさせる。

 

「だが忠告はしておくぞ、現実の戦闘ではフィクションのような〝奇跡〟は都合よく起こり得ない、だから成功率を少しでも上げる為、どんなに地味な準備でも手間と暇を惜しまず最善を尽くす、その点で言えばアッキーの場合は不死身さが感覚を麻痺させているのかもしれない、頭では理解していても、死に対する本能的直感って奴は、一般人を乖離している」

「そりゃ………身近に不死身なのがもう一人いるからね」

「先輩には悪いんですけど、先輩が思っている以上に、黒宮先輩――ゴジラは本能でも〝死〟を理解していると思います、何しろ実際に死んだ瞬間をはっきり覚えているんですからね、前にあの人が虚ろな影を相手にした時の無茶は、自分の生命力の〝限度〟を重々踏まえていたからこそです」

「…………」

 

 澤海――ゴジラをつい安易に引き出してしまった僕は、まさかの栗山さんからの手痛い反撃を受けた。

 そこを突かれるのは辛い………美貌の異界士の言う通り、あの〝メルトダウン〟は、人に神だと連想させるほどの人知の越えた存在――ゴジラとなっても、死の避けられぬ〝命〟を持っている生命体であると、意識的にせよ無意識せよ澤海に認識させているのは………確かだろう。

 そう言えば、前にも栗山さんから自分が一番〝危なっかしい〟と釘を刺されたのを思い出す。

 留守番役が僕の前にある選択肢の中で一番最善なのは、確か………だけど、この眼鏡美少女とあの銀髪の少女のことを思うと、やっぱり大人しく待っていられそうにない。

 

「まあ、俺と未来ちゃんが言いたいのは―――自重してくれってことだ、同じ不死身仲間のたっくんも、今この場にいたら同じことを言っただろうさ」

 

 そう博臣から忠告を受けてしまった直後くらいから、作戦に参加する異界士たちの準備が整ったようで、後は実行時間まで待つ状態となっていた。

 

「工場内部に入るまでは、まずこの経路で攻め込む――」

 

 博臣は懐に持っていた工場の見取り図を広げて僕と栗山さんに見せ、段取りを改めて説明。

 

「対象を発見次第、下手に身を隠さずに正面から仕掛ける、弾切れ狙いの長期戦じゃ、俺と美月の集中力が持たない可能性もあるからな」

「じゃあ逆を言えば、短時間なら鉄壁の防御ってわけか?」

「全方位からの攻撃でも防ぎ切ってやるさ、仮に峰岸舞耶が工場ごと吹き飛ばすほどの自爆を敢行したとしても俺たちは無傷だ、そんなわけで標的を取り押さえる役は未来ちゃん、君に任せる」

「了解しました」

 

 段取りの確認が終わり、僕はスマホで時間を確認すると、作戦開始時間が近づいていた。

 栗山さんは日常でのあどけなさを消して〝異界士〟の顔つきとなっていつでも戦闘に入れる雰囲気を見せている。

 博臣も、万全の態勢で臨んでいるにも拘わらず……まるで負け戦を覚悟しているような険しい表情を、端整な容貌から表していた。

 美貌の異界士のスマートフォンから着信音が鳴り、博臣は通話先の相手と短いやり取りをした後、僕らに顔を向け。

 

「東から標的を追い込んだらしい、俺たちは西側から迎え撃つ、行くぞ」

「はい」

 

 博臣が先導する形で、僕らは西門から工場跡地内に入り、自然と三角形上の陣形となって進んでいった。

 虚ろな影との戦いの場となった神社に劣らぬ荒廃さを魅せる廃屋の中に入る。そこは建物の外壁以上に汚れと錆で荒れ果てており、作業用機械がそのまま放置されていた。

 

「予想より酷い有様だ……」

 

 地面に散らばる鉄くずを蹴った博臣はそうぼやいた。

 積もった大量の埃が宙に飛散して、こちらの視界を妨げようとする。

 

「急ぐぞ」

 

 無秩序に雑草たちが生えた建物間の中庭を抜け、元は食堂らしい次の建物に入る。

 ここでも夥しい無数の長い歳月で溜まった埃の洗礼を受けた。

 しかも、工場内はどこもかしくも身を隠せる場所に恵まれているので、いちいち埃に煙たがってもいられず、常に不意打ちを想定して警戒していなければならなかった。

 どれぐらい経ったか……前方より人間の呻き声らしきものが耳に入った。

 標的である峰岸舞耶を追い込んだ後、西と東、両方の出入り口を封鎖する………東の方は美月たちの役目であり、つまり今男の声が響いたと言うことは――――僕らは声の発生源の方へと急いだ。

 

 案の定………そこは不測の事態が起きてしまっていた。

 

 藤真弥勒と、武装している異界士数名が――倒れていた。

 全員……重傷を負ってはいるものの、まだ生きている。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 博臣は追い込み役の異界士たちの仕切り役である筈の藤真弥勒に駆け寄り、呼びかけた。

 

「外の連中を束ねる筈のあんたはどうしてここにいる!?」

「救援を要請したのは………そちら………でしょう?」

 

 どうにも、二人の会話は全く噛みあっていない。

 

「峰岸舞耶にやられたのか?」

「違う………仲間かも、しれませんが………」

 

 相手の意識が朦朧としているせいで、それ以上彼から事態を聞き出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 一方、東口の封鎖を担っている筈の澤海たちは―――〝研ぎ澄まされつつも禍々しい殺意〟と向き合わされていた。

 

 

 

つづく。

 



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EP17 - 夜戦

長いこと待たせてしまいました最新話です。

戦闘パートに思いのほか手間取り過ぎたもので。

何か当初のプロット以上に、澤海と美月が無言のイチャイチャを(オイ
どんどんゴジラがリア獣になっていく(コラ


 白銀の狂犬――峰岸舞耶を〝袋の鼠〟にして捕獲する場として選ばれた、とうに日は暮れて夜の闇に覆われていく途中な工場跡地の敷地内。

 東側の封鎖を担う、澤海、美月、胡桃らしき物体を口に入れている彩華の三人は、本来〝狂犬〟を追い込む為のとは別の建物の方へと突然進路を変えた。

 暗闇の支配下にある巨大な廃屋の内部に入ると――

 

「出て来い、闇討ちはお嫌いだろ?」

 

 ―――澤海は常人の目なら碌に見渡せない闇の奥へ、呼びかける。

 直後、向こうから足音が二人分、響いてきた。

 一つは女性のヒール、もう一つは現代の靴ではなく、どうやら藁でできた足袋の類らしい。

 足音の主たちが、闇から姿を現した。

 

「あ~あ、見え透いた挑発に乗るなんて、ほんと右京さん、策略家に向いてない馬鹿正直者だよ」

 

 目にした美月は、宙へ腕を伸ばして手を翳して横に振る。

 廃屋の内壁全体に、一瞬青白い光の筋が走り、全体的に青みがかったものに変色する。

 今この場にいる者たちは、美月の貼った〝檻〟の内部にいた。

 

 彩華は二人にアイコンタクトを送ると、それを受け取った澤海と美月の二人は、自分らにとっての切り札な彩華に危害が及ばぬよう、並んで盾になる形で、〝査問官〟二人と対峙する。

 自然と、澤海と浪人の風体――楠木右京、美月と傘をさしたゴスロリの少女――永水桔梗の組み合わせとなった。

 特に、澤海はそれぞれの握り拳から、計三つの熱線エネルギーの爪を伸ばし、右京も居合の構えを取って、いつでも戦闘の鐘を鳴らせる状態にあり。

 

「どうして私たちが貴方たちに敵意を向けているのか、聞かないの?」

「これからやりあう相手と、いちいち喋る〝趣味〟はない」

 

 永水桔梗からの問いにも、澤海はそう冷たく一蹴した。

 人の器を得た今でも、敵意を自分らに示し、攻撃をしようとしてくる相手には基本躊躇いなく迎え撃つ〝ゴジラ〟の性質は変わっていない。

 ゴジラからすれば――〝敵対する意志〟――だけで充分なのだ。

 それに、いちいち問わずとも、連中の目的の〝一つ〟は、澤海たちにはとうに分かっていた。

 変わり種と言う点では、澤海もそうだが、彼の背後にいる、〝妖夢でありながら異界士〟な妖狐の彩華、この場に現れた奴らの狙いの一部は彼女である。

 

「話が早くて助かる、たとえ虚ろな影を倒そうが、そんなことどうでもいい」

 

 得物の刀は鞘にまだ納められていながら、右京の双眸が放つ鋭利な殺気は鞘のない抜き身の刃そのものだった。

 

「俺の求める〝正義の為にも、早急に引導を渡してやる」

 

〝ちっ………吐きやがって……一番反吐が出る言葉を〟

 

 澤海は、顔をポーカーフェイスにしたまま、内心不快感を覚えていた。

〝ゴジラ〟を殺そうと躍起になる連中が大概口にしていたであろう言葉を、今相手は発したからである。

 

「いざ――」

 

 言葉を交わす必要性は、とうになくなった両者は――

 

「――推して参る」

 

 ほぼ同時に、相対する敵へと、疾走した。

 

 

 

 

 重傷で意識も朦朧としている藤真弥勒ら武装した異界士たちを発見した直後、博臣は懐から振動音を鳴らすスマートフォンを取り出した。

 

「ニノさんからだ」

「うわ……こんな時にまで愚痴は聞きたくないんだけど……」

 

 今日は散々、失恋の後遺症の尾が引いているニノさんに翻弄されていたので、つい身構えてしまう。

 

「さすがにこんな時にまで公私を混同しないさ」

 

 と、フォローした美貌の異界士は、画面をタッチして耳に当てた。

 

「博臣君! そっちで楠木右京と永水桔梗合流していないかしら!?」

 

 スピーカーモードになっていないにも拘わらず、ニノさんの切羽詰まった大声が僕らの耳にまで届き、僕と栗山さんは思わず目を合わせ合う。

 

「いや……あの二人と連絡が取れないだけなら、そう慌てることじゃないだろ?」

「実は、澤海君たちとも取れなくなっているよ」

 

 博臣の美貌に、少しばかり動揺が浮かんだ。

 僕らはそれ以上にはっきりと、顔に動揺が張り付いている。

 

「定時連絡はいつまであった?」

 

 それを抑えるかのように、いつもより低めの声で、状況の確認を取る。

 

「分かった……それと外にいる異界士を、一個分隊ほど派遣してほしい、藤真弥勒含めた五名が重傷なんだ、息はあるんだが、自力で動けそうにない」

 

 その後もニノさんとの通話で首を何度か振った博臣は、耳から端末を離して切った。

 

「やられた……」

「一人で納得していないで説明してくれ!」

 

 居ても立ってもいられず、僕は苦虫を嚙む美貌の異界士に詰め寄る。

 

「峰岸舞耶と、未来ちゃんは〝囮〟だったんだ」

 

「はあ?」

「はい?」

 

 僕と栗山さんの口から、素っ頓狂な声が同時に重なる形で漏れた。

 

「どういうことだよ?」

「今ニノさんから楠木右京と永水桔梗が消息不明の連絡があったんだが………連中の目的が、新堂彩華と、おそらくはたっくんも、その二人だったと言うことさ」

「なぜ、お二人を?」

「〝妖夢が異界士を名乗っていること〟が許せないんだろうさ……楠木右京の場合、家族を妖夢に殺されているからな」

 

 絶句する僕は………一ノ宮庵が、電子の世界に潜れる異能で見つけた〝情報〟を思い出す。

 数年前までは日本の警察で言えばノンキャリアな野良の異界士ながら、協会専属の異界士となりながら、その協会から身分と地位、つまり彩華さんみたいに、討伐対象から外され、生存することを許された〝妖夢〟さえ殺しに殺し、監察室査問官に異動された曰く付きの経歴の主な侍装束の異界士。

 例外を除けば妖夢は発見次第討伐な異界士の世界でも、度を越して〝憎悪〟を彼らに突きつける好戦的な様は、その妖夢に家族を殺された………経験による影響も強いだろう。

 澤海が〝妖夢憑き〟になったことで前世のゴジラの力が目覚めた以上、人によっては妖夢と同じ存在と見なすだろう。

 

「新堂彩華は檻の張り巡らせた名瀬の管轄地からは滅多に出ないし、数少ない機会で狙うのも不可能に近い、だからまずは穏便に檻の外から連れ出す必要があった」

 

 けど………。

 

「ちょっと待て、彩華さんが狙いなら、何で栗山さんまで巻き込ませてこんな回りくどい真似を? それに……澤海を本気で殺せると……連中は思ってるのか?」

「まずは他の査問官たちにまで危害を及ばせないよう協会に届け、そこから機会を作った方が好都合だった、未来ちゃんを利用したのは、彼女を通じてアッキーから新堂彩華に説明する為、いきなり査問官から取引を持ち掛けられるよりは警戒心が低くなるから、アッキーのことだから、彼女に〝栗山さんを助けてほしい〟みたいな頼み方をしたんだろ?」

「ぐうの音も言葉も出ません」

 

 博臣のおっしゃる通りの〝頼み方〟で、彩華さんに頼み込んでいました。

 

「ごめんなさい、先輩」

「いや、栗山さんが謝ることじゃないよ」

 

 恐縮して頭を下げる後輩に、僕は首を横に振ってフォローする。

 

「アッキーの言う通りだ未来ちゃん、気負いすることはない、そしてこれらの計画には峰岸舞耶も一枚噛んでいて、最初からこの状況を作り出す為に爆破事件も込みで一連の犯行を起こしたんだろうな………たっくんに関しては、ゴジラになる前なら〝殺せる〟と踏んでいるのかもしれない」

 

 あのオキシジェン=デストロイヤーでもない限り、ゴジラを殺そうとするは一見馬鹿げているように思える。

 でも考えてみれば、澤海の前世の世界も、他のゴジラがいる世界でも、結果的には色んな要因で失敗に終わったとはいえ、本気で〝殺す〟気でいた人間はいたし、実際そこまで追い詰めたことだってある。

 あれほどの敵意と殺意を剥き出しに向けてくる相手だ………奴らもそういう類の人間だとしたら。

 今どうなっているのか見当もつかないもので………澤海、彩華さん、そして美月に対する気がかりは、大きくなるばかりだ。

 

「ともかくここで立ち話を続けるわけにもいきません、今は標的の確保が先決だと思うのですが……」

「俺も異論はない、美月が心配じゃないと言われれば嘘になるが、予定通り峰岸舞耶を捕えて共犯者を聞き出した方が闇雲に探すよりは期待を持てる」

「でも、とっくに跡地(ここ)から脱出している可能性は?」

「外の連中も共犯だとしたら、あり得るが、逃げられたら逃げられたで、一報はある筈だ」

「つまり、まだこの中にいると?」

「その可能性は高いですね、急ぎましょう」

 

 思いのほか冷静な様子の栗山さんと博臣。

 それだけ、澤海を信頼しているからかもしれない。

 僕はまだこの工場跡地のどこかにいる峰岸舞耶を確保すべく、夜の闇を走る二人を追いかけた。

 

 

 

 

 中々どうして、厄介な相手だな……俺は実際に刃を交わしたことで、狂犬――楠木右京に対しそう思わざるを得なかった。

 そう印象づけるまでの下りを、これから教える。

 

 先手を掛けてきたのは奴の方、あの時俺が割って入らなければ、夕刻の通りで秋人の血をばら撒ませるところだったその凶刃を振るってくる。

 さすがに俺も進んで痛い目を遭う気はなく、ステップを軽やかに踏んで、見事な縁を描く〝神速〟の域な斬撃を躱し、両手の三爪(つめ)で交わして流し、闇に金属音を鳴らした。

 

「花蓮!」

 

 胴薙ぎの流れで振るわれようとする刃を前に、直感の警告が煌めいた俺は、両の足裏からエネルギーを噴射させると同時に前方へ、奴の真上で虹を描く形で跳ぶ。

 霊力ででき、一枚一枚に殺傷力がある無数の花弁を帯びる刃が、胴体を掠め、副の一部が刻まれた………あんなのを人体が受けでもすれば、目の当てられぬ惨状と化すだろうさ。

 着地した俺は、敵の刃が振り切ったタイミングから素早く踏み込み、爪を振るう。

 片手は突き、もう片手は円月を描き、攻撃の役を逐一変えて攻める。

 さすがに査問官に任じられるだけあり、一度は背を見せながらも振り向き、こちらの連撃を巧みに迎撃する中、右の手の一閃が刃に阻まれる。

 その瞬間の反発を利用し、周りながら奴の背後に回り込み、背中に三刃、斬り込む。

〝生かさなければならない〟ハンデがあるのだが、相手の殺意も尋常でないので、無傷で済ませそうにない。

 

 甲高い衝突音。

 

 こっちのカウンターは、背を向けたまま背後に差し込まれた凶刃で阻まれた。

 直ぐに反撃を予見した俺は後方へ跳び下がろうとするも。

 

「鳥飛」

 

 刃が振られたと同時に、急速に膨張した大気による衝撃破が、地面から足が離れている身な俺に迫り、吹き飛ばされる。

 

「風祭」

 

 風圧による慣性の法則が続いている中、奴から下段から切り上げ一閃で、風刃(かまいたち)の群れを飛ばした。

 この数では全てを捌ききれないと判断した俺は、人体には致命傷に当たる部位へと迫る刃だけを爪で切り払い、見逃された残りは皮膚を裂く。

 後ろの内壁にぶつかる直前、指先から牽制の弾を放ちながらエネルギー噴射で宙返りし、足を壁に付けてバネよろしく跳び、そのまま着地する。

 

「〝焔〟と我が剣技を前にそこまで応じれるとはな……」

 

 忌々しげに吐かれた。瞬間沸騰器の得物の名なんざ知ったこっちゃないが、そのカラクリは読めた。

 フィクションにしても何にしても、普通何かしらのエネルギーを使った斬撃は、まず刀身にそれを帯びてから振るわれるのだが、奴の手にある剣はその反対、奴の凶刃の動きに応じて――技が発動される仕組みだった。

 研磨された奴の剣術と組み合わせれば、大抵の敵は切り捨てやれる〝初見殺し〟の剣、それがあの凶刃の正体だ。

 両腕、両脚、肩に脇腹には、さっきの鎌鼬でできた傷から流れた血で服を染めてはいるも、傷口はG細胞の再生遺伝子で跡形もなく塞がれている。

 

 状況はにらみ合いとなる。

 小手先の技では再生されると分かり、一撃で仕留める魂胆か、てんで〝ゴジラ〟のことは名以外に知らないらしい………まあ昭和の映画黄金期みたく日本国民なら誰もが見ている時勢でもないし、あの〝お祭り〟から十年以上も経っているので、奴の〝俺達〟への無知さには大目に見よう。

 その間を利用して俺は、美月の様子を見る。

 

 敵対する怪獣どもと色彩豊かな熱線やら光線やらを撃ち合っていたあの頃の戦いと、静か?動か?と言われれば〝動〟に当たるこちらと比べると、動作(アクション)の少ないものながら、独特の戦闘だった。

 ニノさんとは似ているようで違う〝重力使い〟な永水桔梗は、その能力で宙に浮き、傘を差した状態で美月を見下ろしている。

 美月は自分の周りに〝檻〟を貼り、干渉結界の外の地面は次々と陥没を起こしていた。

 永水桔梗の異能で、奴の眼下の重力は人間が立つどころか移動もままならぬ程、倍加されている。

 美月はその重力の井戸に引きずられまいと、檻の空間干渉を利用して抵抗(レジスト)させていた。

 額に汗を流し、歯を食いしばっているので、辛うじて互角に持ち込めている状況だが、仮に今俺や彩華が加勢できたとしても、〝名瀬の娘〟と〝異界士〟としてプライドがそれを簡単に受容しやしないだろう。

 今は、あの侍モドキの無力化が優先だ。

 確かに奴の剣腕も、異界士としての腕も一級であり、得物の能力も中々厄介である。

 だが奴にはそれらの持ち味を打ち消す致命的な〝短所〟がある。現にその〝短所〟のせいで、すっかり奴の顔は歪んじまっていた。

 ゴジラのことはほとんど知らずとも、俺が異形(ゴジラ)に変異できることぐらいは奴とて知っている。

 そんな俺が、〝人の皮を被ったまま〟澄まし顔でいる状態、それだけ奴の沸騰しやすい頭を煽っていた。

〝奴〟の異能の影響があるとは言え、全く………ほとほと分かりやすい。

 もし、秋人か、または未来がいたら、妖夢……と言うより〝異形〟に対する憎悪に対して抗弁でも説き伏せようとするだろうな。

 そんで侍モドキは〝人型の妖夢に家族嬲り殺された瞬間〟を吐き出して、あいつらを黙らせる…………なんてことになりそうだ。

 そこまではっきりと我ながらイメージしている俺には、二人を〝愚か〟と断じる気もないが、真似事をする気も――――毛頭ない。

 たとえあの野郎が、昔の俺とよく似た〝妄執〟を抱いていたとしても、とても〝感情移入〟など、くそくらえだ。

 教えてやるよ―――てめえがどれだけ愚かな〝道化〟かを。

 

 

 

 

 澤海の全身からチェレンコフ光色のエネルギーが溢れ出し、不気味な放電音が響き、周りの空気は慌ただしく蠢き出し、右手に光が集束する。

 人間体な彼にとっての――背びれの発光、熱線の前準備である。

 楠木右京は、〝本性見たり〟とでも言いたげなあくどい笑みを浮かべ、一旦刀を鞘に納め、居合の構えを取った。

 以前より澤海――ゴジラの名は異界士の世界では広まっており、虚ろな影の一件でその名はより高まっている。

 ただ………日本国民全体がゴジラを知っていても、名前しか知らない者が多いように、彼の実力を正当に見ている者は少なくない。

 たとえ銀幕の向こうの彼を目にしていても、過小評価している異界士の数は多くいる。

 実際、ゴジラの姿を見て尚生きている者は秋人ら例外除きほとんどいない、大半は彼の〝豪火〟で跡形もなく消し飛ばされた妖夢ばかりだからだ。

 そして楠木右京も、過小評価する異界士の中の一粒だった。

 あれが熱線の前触れであることは見て取れている査問官は、発射される直前に抜刀の〝一刃〟で澤海の首を切り落とそうと目論んでいる。

 自身の剣腕と、愛刀を以てすれば、彼を殺せると信じて疑っていない………今まで〝ゴジラ〟と戦った者たちと同様に。

 右手の集束が終わりかけているのを見計らい、楠木右京は疾駆した。

 

 正に、電光石火の如き―――神業めいた速さ―――で、鞘から剣を抜き、人の身なゴジラに、一太刀で切り捨てる。

 

 

 

 

 直前、査問官の額の中央に、衝撃と痛みが打ち付けられた。

 

 

 

 

 

 俺からの〝無言の挑発〟にまんまと嵌った侍モドキは、バカ正直に俺が熱線を放つ一歩手前で両断しようと突っ込んできた。

 飛んで火にいる夏の虫以外の何ものでもない奴に、俺は着地までの間に懐から取り出し、左手の中に隠していた〝弾〟を親指で打ち飛ばした。

 鞘から凶刃を抜き始めた奴の脳天のど真ん中に、それは命中。

 それでも奴は執念で斬りかかろうとするも、今ので恐らくご自慢な俊足は減速し、

抜かれた刃は虚しくも、俺の首に届かず掠めた。

 刃の軌道が扇を描いたところで、俺は奴の右腕を左腕で掴み上げ、そのままこちらの自慢の握力で圧し、腕力で捻った。

 骨が折れる音が響き、剣は手元から離れ落ち、凶刃を振るう為に必要な利き腕を無力化させた俺は、続けて右肘と頭突きを、憎悪で歪んだ奴の醜悪(かお)にぶち込み、膝頭にヤクザ逆蹴りを打ち込み、そのまま両腕で奴の右腕を鷲掴み――

 

「デェェェェリァァァァーーー!!」

 

 ――円を描いて固い地面に思いっきり投げつける。

 投げられた自分(てめえ)自身の重みの分が牙になる投げのダメージで、すっかり侍モドキは昏倒していた。

 ちっ、この程度で伸びやがって………投げの鬼の大地の戦士よろしく、もう後八回込みの九回はぶん投げたかったんだけどな。

 個人的な欲望と自分(ゴジラ)の攻撃性は引っ込めて、美月の助太刀に入ろうと…………したのだが、その必要はなかった。

 

 予想以上に善戦する美月に業を煮やしたのか、浮遊状態だった永水桔梗は、あいつの干渉結界目がけ降下し、さらに強力な重力の穴に引き吊り込もうとしたところ、奴の背中に何かが刺さる音が鳴った………かと思うと、美月は右腕を振り下ろし、その動きに合わせて、永水桔梗は重力の鉄槌で大地に叩き込まれた。

 ほんの一瞬、俺の目は微かだが、捉えてしまう。

 先端に鋭い刃を生やした―――恐らく伊波の異界士と同じ霊力か何らかのエネルギーで生成された〝触手〟が、美月の背中に引き込まれていくのを。

 

「不死鳥花よ、霊力を食い殺せ!」

 

 査問官二人が戦闘不能になったと同時に、下準備に忙しくて戦列に加われなかった彩華の足下に、少々禍々しさのある緑色の魔方陣が、こっちにまで感じるほどの冷気を伴いながら現れ、陣の内から〝薔薇と人間と俺でできた分身〟を思い出させられる蔦が査問官どもを縛り付け、連中を〝凶行〟に至らしめていた〝力〟を吸い取っていった。

 蔦――植物は、薔薇の顔をしていた時の分身を倒した直後に辺りの山に咲き誇ったのを思わす、こんな暗闇でも映えるほど綺麗で鮮やかな花を咲かせるも、ほんの一瞬で枯れ果て、まるで花の死を早送りで見せられている感じで、崩れ落ちて、消滅した。

〝不死鳥花〟、縛り付けた相手に掛かった〝術〟を解く特殊な花らしい、さっき彩華が口に入れたのはその〝種子〟だ。

 

「二人とも、もうちょい穏便にできなかったん? 」

 

 なんて彩華は俺達にぼやいてくるも、表情はいつも見ている通り涼しげな微笑、こいつはこんな顔をしている内は、まだ余裕だと言ってもいい。

 

「ドクダミ茶を代わりに飲んだのでチャラにできるか?」

 

 あの眼鏡の優男の口から、〝何の混じり気のない〟と出たドクダミ茶である。

 うっかり彩華が飲んでいれば、暫くは立つこともできないくらいの毒に襲われただろうが、それすらG細胞の前では〝敵〟にもならなかった。

 

「そういうことにしとくわ」

 

 と、彩華は査問官の治癒を始める。

 その間、俺は美月の様子を見ることにした。

 勝てたとは言え、かなりギリギリの勝負だったようで、美月は両脚をMの字に尻餅を付き、肩で大きく息をし、口からも工場内を反響するほどの吐息がリズムを付けて放出されていた。

 

「ミツキ」

「ハッ!」

 

 相当全身は緊張で強張り固まっていたらしく、俺の呼びかけに両肩をビクッとさせて俺に振り向き、俺の存在を知覚する。

 

「自力で無理なら手伝うが、どうする?」

 

 さすがに異界士と名瀬の出のプライドに気を遣える状態じゃなかったので、手を差し伸べると、思いのほか素直に美月は手を取って応じ、慎重に腕を引っ張り立たせた。

「あっ……」

 

 まだ自立できるほど体力が戻っていないらしく、ふらついた美月は俺の胸へと意図せず飛び込んでしまう。

 こっちも意図せず、こいつを抱き止めてしまったものの…………暫くはこの状態でいることにした。

 

 だって、美月の体は今頃になって震えに震え、そんな自分に悔しさと情けなさを覚えながらも、なけなしの踏ん張りで泣くまいと強がっていながらも、自分の服の布地を手で握っていたである。

 

 言葉の代わりに俺は、震える美月の艶と肌触りに恵まれた長い黒髪を、そっとなでた。

 

つづく。

 



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EP18 - 空が落ちる

新しいシンゴジの予告は、コラボがいくつも出ているのに出てこない中、そのフラストレーションをも執筆力にしてかき上げました。


実はラストで仕掛けがあるのですが、怪獣たちによるガメラ3ばりのカタストロフを描きました。

シンゴジラは正直、これを超えてほしいと思ったり。

絶対読んだファンからはハードル上げんなと突っ込まれそうですが。


 藤真弥勒の負傷、澤海たちと連絡が取れないアクシデントに見舞われながらも、峰岸舞耶の確保を優先した栗山さんと博臣に後追いする形で廃屋となった工場の中を進む。

 壁と床がコンクリートでできた屋内は錆だらけな機械やら、金属部品やら鉄パイプやらが散乱していた。

 

「近いな」

 

 慎重に進んでいかないと物音を立てて向こうに感づかれるかもしれない中、博臣の〝檻〟は峰岸舞耶の存在を感じ取った。

 栗山さんと博臣はどう相手に攻め込むかの段取りを決める算段を始める。

 無理を通して同行している見届け人でしかない僕は、余計な横槍を入れぬよう口を固く締めた。

 

 

「防御は考えず、正面から突っ込んで足下を狙ってくれ、それとできるだけ峰岸舞耶の視界内を維持してほしい、藤真弥勒の情報が本当なら、それで奴の〝先の先〟を防げる筈だ」

「分かりました」

 

 段取りを整えた二人と僕はさらに進み、錆びたコンテナに身を潜めた。

 

「準備はいいか?」

「いつでも」

「行くぞ」

 

 二人は同じタイミングに飛び出し、前方の峰岸舞耶の前に躍り出る。

 

「舞耶ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」

 

 相手にプレッシャーを与える為に、博臣は敢えて屋内中に響く怒号を腹の底から轟かせた。

 舞耶はオートマチックを二丁構えて発砲、足止めの威嚇射撃だったが、栗山さんたちは進行を止めない。

 

「ちっ」

 

 舌打ちした舞耶は、二人の脚へ狙いを変えて銃弾を放った。

 弾は博臣の貼った檻で全て弾かれる。

 そこから、両者の攻防戦が激しさを増していき、峰岸舞耶は少しずつ追い込まれていった。

〝先の先〟な先制攻撃を齎す異能を発動させないよう対策を打たれた上に、近接戦に秀でた栗山さんと、檻の使い手な博臣、門外漢な僕から見ても猛者な二人を同時に相手しなければならないのだ。

 銃弾を放っても、堅牢な干渉結界に阻まれ、それを形成する博臣からは鞭のようにしなるマフラーが振るわれ、それに気を取られていると俊足に秀でた栗山さんが斬りかかってくるからだ。

 澤海たちと連絡がとれない状況もあって、二人は焦らずに、しかし少しでも早く決着をつけようと攻め立てる。

 僕の方からでも、峰岸舞耶の銀色の髪の隙間から、汗が流れるのが目に入った。

 栗山さんの血の刃が、拳銃を持ち主の手から弾き出す。

 彼女も彼女で、防戦一方ではなかったんだけど………。

 

「この弾丸は干渉結界を貫く」

「何ッ!?」

 

 峰岸舞耶の宣言通り、弾丸は博臣の檻を突き破った。

 弾の勢いは削がれたので、美貌を少々歪ませながらもギリギリで博臣は横に躱す。

 舞耶は威嚇射撃をしながらベルトに下げていた筒状の物体を手に持ち、口でピンを抜いた。

 

「閃光弾だ!」

 

 僕の警告の叫びが響いた直後、暗闇が占める室内は真っ白い閃光で染まろうとし、僕は直視を避けるべく目を両腕で覆った。

 

「くそ!」

 

 博臣の怒声と足音が聞こえる。

 聴覚の神経を集中させて、僕も二人の足音を頼りに走る。

 

「閃光弾(あんなもの)で逃げられると思うな」

「索敵も桁外れか……」

 

 今のやり取りから、さっき閃光で相手の視覚が一時不全になっている間に逃走を目論んだものの、博臣の発言の通り檻の索敵能力を前では逃げきれなかったらしい。

 大分視力が戻った僕の目は、新たに弾倉を装填して拳銃を発砲する舞耶を映した。

 連発される弾丸は、やはり檻によって弾き返されてしまい………さらにいつの間にか、小柄な体躯をさらに低くした体勢で肉薄した栗山さんの血の剣が、峰岸舞耶の脇腹を横合いから切り裂いた。

 

「逃げるのなら手加減はしませんよ」

 

 異能の力を抑える指輪は嵌められたままなので、栗山さんの血が相手の細胞を破壊することはないし、手加減もされた浅い傷ではあったけど、峰岸舞耶の顔は傷に苛まれた苦悶の表情だった。

 異界士とはいえ人間相手でも刃を振るうことを辞さない………また改めて栗山さんの境遇の重さが沁みてくる。

 舞耶は発砲しこの場から敗走しようとするも、弾丸は先程の〝一発〟を除いて、博臣の干渉結界を突き抜けず弾かれる。

 次ので完全に無力化させるべく、栗山さんが峰打ちで上段から振り下ろそうした時だ。

 

「ギャース!」

「きゃあ!」

 

 栗山さんのほぼ真上から黒い影が落ちてきて、咄嗟に手でそれを払った。

 そのまま床に転がり落ちた影の正体は、あのモグタンって名前の爬虫類型妖夢だった。

 峰岸舞耶は、脇腹が負傷しているとは思えない俊敏さと、鬼気迫る面持ちで発砲しながら、妖夢を庇い立てた。

 彼女の放った弾は、檻、その次に床を跳弾して、脇腹の傷に食い込んでしまった。

 

「モグタン……なぜ出てきた?」

「ギャギャギャッ!」

「それはありがとう………だが、早くここから逃げろ……」

 

 妖夢に逃げるよう促した舞耶は、傷の痛みをおして二挺の拳銃を構えた。

 栗山さんたちは一連の光景に戸惑いと驚きを隠せない。

 

「ようよせ、早く手当しないと……」

「黙れ! 私は誰にも屈しない!」

「お前が死んでしまったらそいつはどうなる!?」

 

 見ていられなくなった僕はそう叫んだ。

 

「黒幕と人質の場所を教えろ、そうすれば待機中の異界士に治療を頼んでやる」

 

 我に返った博臣が、僕の言葉を継ぐ形で交換条件を差し出した。

 

「ギャッギャ!」

 

 妖夢が美貌の異界士に威嚇の吠え声を上げた。

 

「どうして………そうまでして………あなたは……」

 

 両者の間が平行線に辿りかけた時、栗山さんは静かに語り掛ける。

 

「私は助けてくれた人に恩返しがしたい………望むことを叶えたいだけだ」

「その為にこんなこと………間違ってます!」

 

 眼鏡の似合う可愛らしい顔を、沈痛なものにして、栗山さんはそう訴えた。

 

 

 

 

 そして、博臣に、檻の解除を栗山さんは求める。

 当然博臣は反対したが、後輩女子の揺るがない決意に根負けして、〝何かあればすぐ再形成する〟ことを条件に干渉結界を解いた。

 解除されたのを突くかのように、峰岸舞耶は栗山さんに銃口を向ける。

 咄嗟に檻を再展開しようとした博臣を、僕は後ろから羽交い絞めにして止めた。

 

〝俺の手の届く範囲内で仲間は死なせない〟

 

 そう言ってくれるのは、正直嬉しくもあるが、それでも博臣を引き止める腕の力は緩められない。

 博臣がここで負傷している舞耶を確保することは簡単だ……でもやっぱりそれじゃ、救われない。

 

 正直………今ここに澤海がいないことがありがたかった。

 

〝どこの馬の骨の為に殺人やらテロやらやってるのか知らねえけどな……そいつも道連れにするだけだぞ〟

 

 あの時の、僕の我がままに付き合った際の澤海の言葉は、ゴジラからのたった一度の警告であり、情けだ。

 なのに峰岸舞耶は今でもその〝誰か〟の為に、罪を犯し、結果的に僕たちを巻き込んでしまっている。

 となれば………最早ゴジラにとって峰岸舞耶は、僕の善意を踏みにじった〝敵〟でしかない。

 栗山さんみたいに、一度敵と見なされながらも外された幸運なんて、そう訪れない。

 今度こそ澤海は………あの時の〝ジョーク〟を実行に移しても、おかしくはなかった。

 だったら、博臣に委ねた方がいいかもしれない…………でも、人と妖夢との〝情〟を二度も見てしまった今、武力に頼らず峰岸舞耶を救おうとする栗山さんに、賭けたくもあったのだ。

 

 

 栗山さんは、わざと〝指輪〟を外さなければ返り血を浴びても死ぬことはないと示しながら、ゆっくりと近づく。

 銀髪の少女は、それ以上近づいたら撃つぞと、震える手で、銃を眼鏡女子に向ける。

 この距離なら、銃を持つ手が震えていても、栗山さんの体に銃弾が当たってしまいかねなかった。

 

 言葉で、峰岸舞耶の心の周りにある〝干渉結界〟を解こうと呼びかける栗山さんに、相手は銃声と銃弾で返す。

 

 冷たい鉛は、後輩の左腕を掠めた。

 

 この距離で掠めただけなら、当てる気は白銀の狂犬にはないのだろう。

 

〝アッキー……これ以上は看過できない〟

 

〝頼む、もう少しだけ!〟

 

〝もし甘さの原因が不死身体質からくるものなら、いつかアッキーのせいで誰かが死ぬことになるぞ、後悔したくなかったらこの忠告を忘れるな〟

 

 僕と博臣ら男どもがこんな口論をしている間に、栗山さんは銃口がゼロ距離で突きつけられるほどの距離まで歩み寄って。

 

〝泣いたって………いいんですよ……〟

 

 歳相応より幼い体躯で、舞耶をそっと、抱きしめ、銀髪の少女は、幼子のように震えていた。

 

 栗山さんの命がけの〝対話〟が、実を結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

〝空が落ちる………あの人はそう言っていた…………私の役目は、名瀬の幹部を、管轄外におびき出すことだ〟

 

 戦意を失った峰岸舞耶からの自供を聞いた僕たちは、同様に彼女からの〝情報〟を元に、東側にて地下から工場外に出られると言う地点に向かっていた。

 人知れず脱出するなら、そこが打ってつけだと。

 外に異界士に負傷している舞耶の保護を頼み、僕たちはその場所へ向かう道中――

 

 

「よぉ」

 

 

 服の至るところが破れて血にが付きながらもケロッといつもの様子で、スマホを片手に恐らく僕らに連絡を取ろうとしていた澤海と、彩華さんの二人がいた。

 

「たっくん、美月と査問官どもはどうした?」

「落ち着けってヒロ、今から順を追って説明すっからよ」

 

 妹を案じている余り少し興奮気味な博臣を、澤海が宥め、ここまでの流れを説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 東側から合流地点まで向かっていた最中、妖夢でありながら異界士をやっている彩華さんらが狙いな楠木右京と永水桔梗の襲撃を受けながらも、返り討ちにした。

 ここまではニノさんからの情報の通り、けど違う点もあった。

 

「あの査問官、強力な暗示で願望が肥大化させられた挙句ていよく利用されとっただけやんよ、つまりうちらが狙いんいうがんは、黒幕の本当の〝企て〟を隠す為のカモフラージュやったの」

 

 彩華さんによってその暗示を解かれた査問官たちは、その間自分たちが何をやっていたのかは全く覚えていなかったと言う。

 しかも半ば共謀者の間柄でありながら、二人と峰岸舞耶には接点がなかった。

 

「このままだと連中が黒幕にされちまうんで、証人に美月と一緒に協会に行かせたんだよ」

「美月が、意外だな……」

 

 そう呟く博臣に僕も同調する。

 自分だけ除け者にされるのは嫌だと、駄々をこねそうなものなのに。

 

「あいつだっていつまでも駄々っ子じゃねえよ」

 

 妙に含みを覚える感じで澤海がフォローした矢先、博臣のスマートフォンが再び着信音を鳴らした。

 

「一ノ宮からだ」

 

 博臣は電話に出て、相手といくつかやり取りを交わすと、通話をスピーカーモードに変える。

 

『よく聞いてくれ、峰岸舞耶の狙いは、〝凪〟の終わりに発生させやすい妖夢の覚醒だ』

「妖夢の、覚醒?」

 

 美貌の異界士がオウム返しをしたので、聞き慣れない単語らしい。

 

『要するに凪が終わった直後の妖夢は過敏になり、大人しく眠っている超大型妖夢が、普段なら気にもしない僅かな刺激で暴れ出すわけさ』

「それと峰岸舞耶が言ってた、〝空が落ちる〟と、何の関係が?」

『大ありだよ秋人君、超大型妖夢が大暴れをすれば天変地異が起き、昼でも闇夜みたいに暗くなってしまう、この地獄絵図を〝空が落ちる〟と称しているのだよ、対抗するのは覚醒させなようにするしかない』

「馬鹿げてる!」

「でもねえだろ」

 

 吐き捨てた博臣に、澤海はそう言い加える。

 

「少なくとも俺はその気になりゃ、空が落ちるとやらができちまうぜ」

 

 澤海は自分からそう自分を皮肉ったが、その通りでもあった。

 

 実際澤海――ゴジラが、その巨体で街を進撃しながら、無差別に熱線を吐き続ければ、そこは彼の業火で地獄絵図と化し、空は立ち昇る爆発と火炎で暗黒に覆われてしまうことだろう。

 そして恐らく怪獣クラスの超大型妖夢らがいるのなら、奴らもその天変地異を起こせてしまうだろう。

 だけど………澤海がその黒幕の狙いとは思えない。

 だって澤海は、ゴジラとしての力も、ゴジラとしての自分も、完全に制御し、物にしている。

 と言うか、そもそも、そんな大物を呼び起こして、誰が、何の得をすると言うんだ?

 

「で、その超大型妖夢はどこで寝てやがる?」

『私の能力に間違いがなければ―――君たちのいる場所から、波長を感じる』

 

 事態は思った以上に、最悪の方向に転がっていた。

 しかもその上――

 

「よっぽど大物を起こす自信がおありらしいな…………黒幕さんよ」

 

 

 澤海が誰かに呼びかけながら向いた方へ目線を映すと………確かに〝黒幕〟が、そこにいた。

 

 

「そん、な……」

 

 その黒幕の傍らに立つもう一人を、信じられない面持ちで栗山さんは見つめていた。

 

「どうして………どうしてそうなるんですかッ!」

 

 踏み出そうとした栗山さんの腕を握って、どうにか引き戻そうとするも、後輩女子は訴えるのを止めない……………〝峰岸舞耶〟に。

 

「なんでそんな報われない方にばかり! 昨日までは無理だったとしても、今日からなら――」

「栗山さん!」

 

 僕はさっきより語気を強めて………この小さな少女を引き止めた。

 

「傍観者の言葉なんて……届かないんだよ」

 

 栗山さんには悪いけど………僕は、また〝報われない選択〟を選んだ少女に対し、一種の共感を抱いてしまっていた………たとえ澤海(ゴジラ)から〝愚か〟だと言われたとしても………本質的に、悟ってしまっていた。

 

 右か左か、前か後か、どこに進めば出られるのか分からない果ての見えぬ暗闇の中で、もし誰かが手を差し伸べてきたのなら、その手を何の迷いも抱くことなく、握ってしまうと。

 

 ところがだ………彷徨っているのをただ黙って見ていた連中は、救いの手を握ろうとした途端に、突如として〝ヤメロ〟と声を揃いて叫んでくる。

 今さらなんだ! 今さらどうしてそんな声を上げてくる!?

 ずっと見て見ぬふりをしてきてくせに――――どうして僕の選択を止めようとする!? 不定しようとする!?

 

 最初から助ける気がないんだったら、邪魔をするな! 口を挟むな! 気持ち悪い独り善がりの勝手な正義感を、糞の役にも立たない絵空事な綺麗ごとを――振りかざすな!

 

 だから僕は、彼女の決断を否定したくとも、できない。

 たとえ、歪んだ感情であったとしてもだ。

 

 ただ―――認めてほしかったのだ。

 

〝自分を救ってくれたのは……傍観者ではない………藤真弥勒だ〟―――と。

 

 

「真城の幹部が巻き込まれた爆破事件も、最初からお前が仕組んだことか?」

 

 博臣の問いに、黒幕――査問官の優男は、まさに黒幕そのものな邪悪さを帯びた笑みを見せて、肯定を示した。

 

「相当名瀬に強い恨みを抱いていたのでしょうね、僕の計画を二つ返事で了承し、呼び出したあの日にも疑うことなく来てくれましたよ、勿論こちらの本当の〝計画〟の詳細は伏せた上でね」

「そして査問官の特権で栗山未来を利用した」

「どの道、僕が利用せずとも誰かが貶めていましたよ、呪われた血の一族は存在するだけで忌み嫌われていますからね、安全地帯から弱い立場の異界士を叩いて点数稼ぎをする者が出てくる、そんな他人の足を引っ張ることでしか地位を維持できない連中は世の中に五万といますからね」

「ならあんただって………同じことをしてるだろ?」

「なんだと?」

 

 峰岸舞耶に感情移入してしまっている………からこそ、僕は黒幕に怒りが湧いてきた。

 

「栗山未来に峰岸舞耶、立場の弱い異界士を利用して、立場の強い誰かの足を引っ張ろうと「しているじゃないか! あんたも!」

「ふん、知ったことを」

 

 僕からの反論を、査問官は鼻で一蹴した。

 

「何もかも今日で終わり、待ち焦がれた瞬間が来る、空が落ち――名瀬泉の信頼が無に帰される瞬間を」

 

 名瀬泉………なぜあの人の名前がここで出てくるんだ?

 

「どうして泉さんが出てくる?」

「私の望みが奴の失脚だからですよ」

「そんなことの為に空を落とすと!?」

「長いこと準備を重ねてきましたからね―――その為に」

「ふざけるな! それだけのことをすれば泉姉への復讐どころではなくなる!」

「災厄の後始末は、名瀬が命を賭して全うすればいい」

 

 とても正気の沙汰じゃない………狂気に満ちた言葉を吐く藤真弥勒の貌は、夜より遥かに暗い憤怒と憎悪にくるまれている。

 なぜ……ここまであの人を………憎悪の正体が掴めない中、銀髪の少女が悲しい眼差しを優男に向けているのに気づく。

 瞳が持つ感情が、僕にある解答を与え。

 

「世の中なんて、不条理なことばかりだ」

 

 執念の正体に行き着いた僕は言い放ち。

 

「例えば僕と澤海と博臣とで歩いていても、女子に『格好いい』と噂されるのは澤海と博臣だけ、もし二人が『眼鏡をかけろ』と言えば喜んで掛けるだろうけど僕が同じことを言えば『変態』と罵られ、仮に二人が尻を撫でても『エッチ』で済むかもしれないけど僕がやれば即裁判だ、これで分からないなら今日のニノさんを思い出してみろ!」

 

 言葉とどんどん繋げ、大馬鹿野郎に打ち込んでいく。

 

「あんな美人の彼女でも人生思い通りに行かず、それでも立ち位置を模索して懸命に前を向こうとしてんだ! なのにお前は下らない復讐で無駄な時間を費やして、ちゃんとお前を心配してくれる人に目も向けていない………ほんの少し憎しみから視線を外すだけで、ちゃんと移り込んでいる筈なんだよ!だからこそ僕は救いようのないその鈍感さが腹立たしい! 名瀬泉の幻想で、対大切なものが何も見えていない! この―――」

 

 

 大きく息を吸い込み、大声で放つ。

 

「―――馬鹿野郎が!」

 

 そこまで繋いだところで、宙に向かって発砲された銃声で渾身の訴えは途切れ。

 

「まだ殺しはしない………君には〝空を落として〟もらわないといけないからな、その後で後ろ盾のない世界に彷徨って死ね」

 

 査問官の邪悪さがさらに強まったその言葉に、僕の頭はハンマーで殴られたように衝撃を受け、割れそうな勢いで痛み、ぐらつき始めた。

 言われるまで気づかなかった………気づかないふりをしていた自分が、余りにも愚かしくなる。

 

 

〝空が落ちる〟―――その直接の役を担うのがそれを現実にする力を持っている〝ゴジラ〟でないとすれば――

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」

 

 

 目の焦点が合わず、意識すらぐらついていく中、博臣の悲痛な絶叫が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「舞耶、そこの女を殺せ」

 

 峰岸舞耶は、〝栗山未来を射殺〟する命を受けて驚愕し、続けて儚さのある表情で恩人――藤真弥勒の歪んだ容貌を見た。

 

「心配するな、私の力なら瞬間的だが檻を抑止できるし、ここでの出来事は全て右京と桔梗の犯行だと外の連中に剃りこんである」

「違います………なぜ、彼女を」

「お前が気にする必要はない、いつも通り私に従っていればいい、さあ――始末しろッ!」

 

 邪悪な本性をさらに露わにして、舞耶を追い立てる。

 

「弥勒さん……できません」

「殺せと言っている、やるんだッ!」

 

 舞耶は息を荒げて、数歩進んで躍り出た。

 対峙する少年少女たちは臨戦態勢に入り、標的にされた未来の顔は強ばる。

 

 しかし、彼女は撃つどころか、銃すら構えなかった。

 

「その指示には―――従えません」

 

 命令をはねのけた意志を舞耶が見せたことで、この場を支配しつつあった緊張感が緩んだ――――そして〝悪魔〟は、その隙を見逃さなかった。

 

「舞耶、撃て」

 

 悪魔の言霊は、舞耶を抵抗すらさせず、トリガーを引かせ、弾丸を放たせた。

 

 

 

 

 

 

 

 凶弾は少女の小さな体躯に吸い込まれ、折れた膝から地面に崩れ落ちていった。

 

 何よりも代え難い存在である少女が撃たれた様を見た半妖夢の少年の意識は、瞬く間に崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 秋人の全身から一瞬、重い大気の波がさざ波に広がった。

 呻き声を上げながら、前かがみに倒れ込んで、四つん這いになる。

 身体は小刻みに震えあがり、声は段々とケダモノじみた唸りを帯びて、重く、低くなり、双眸は黒目に禍々しい血の色な瞳となり、両手の爪と、口内の歯は、鋭く急速に伸長する。

 

「神原君! 未来ちゃんは無事やで!」

 

 彩華は抱き上げている未来の横腹にできた銃創を治癒しながら、秋人に呼びかけるも、その声は秋人に届かず、彼は……いや彼の中にる彼の〝父〟から受け継がれた〝妖夢の血〟は、神原秋人からの〝変質〟を止めず、周りに毒々しい紫がかった瘴気を発し始めた。

 

「下がってろ、お前らが叶う相手じゃない!」

 

 そんな中澤海は、自身からチェレンコフ光色の輝きを纏いながら、博臣たちに吼えた。

 

「っ………すまない! 全員俺の檻の中へ!」

 

 博臣は唇を噛みしめて複雑な心情を顔に見せながらも、未来を抱える彩華、その未来を図らずも撃ってしまい茫然自失の状態な舞耶を連れ、檻を張り巡らして距離を取っていく。

 

 

 片や瘴気に、片や光に完全に包まれた両者は、地上から約二〇メートルの高さにまで巨大化。

 

 

 ほぼ同時に、光と瘴気の中から、異形が姿を現した。

 

 

〝破壊神――ゴジラ〟。

 

 

 そして、半妖夢である神原秋人が変異した、二足で怪獣の如き様相なる――〝妖夢〟。

 

 

「ガァァァァァァァァオォォォォォォォ―――――ンッ!」

 

 

 ゴジラと妖夢は、お互いをにらみ合って、咆哮し合い、夜の天地を揺るがす。

 

 

「勝った………勝ったッ! 私は名瀬泉より優れている!」

 

 

 半狂乱の域にまで壊れた笑いを上げて、対峙する異形たちを藤真弥勒は見ていた。

 この光景こそ、彼の〝目的〟だった。

 名瀬の飼い犬たる半妖夢を暴走させ、破壊神にそれと戦わせる。

 二体とも、〝空が落ちる〟ほどの災厄を生み出せるほどの恐るべき力を持った〝生きた災害〟だ。

 この二体が正面から戦えば………どれ程の地獄を下界(ちじょう)に顕現させてしまうのか、人知では計り知れない。

 

〝――――ッ!〟

 

 妖夢が唸り声を上げ、ゴジラ目がけ地響きを鳴らし、突進してきた。

 奴に足蹴にされた大地は、足跡より白煙を昇らせ、舗装された地面を溶かしていく。

 妖夢の全身から瘴気が常に放出されており、触れるモノを瞬く間に溶解させてしまう。

 今この場で瘴気を発するこの妖夢に対抗できるのは、常識を超える強固な皮膚と再生能力を持ったゴジラだけであった。

 その証左として、ゴジラは真っ向から突進を受け、上手く相手の力を利用してその場の向きを変え、博臣たちとの距離をできるだけ稼ぐべく敢えて、地を擦らせながら押される格好となる。

 握り合う双方の両手からも、煙が上がった。

 彼だからこそこの程度で済んでいるのであり、人間含めた並みの生物では耐えられない、異界士の異能の結界すらも、破ってしまう猛威だ。

 

 同族(なかま)を巻き添えを防ぐため敢えて防戦に甘んじていたゴジラは攻勢に出る。

 

 妖夢の手を掴んだ状態で相手の腕を捻ると同時に、突起(ツメ)の生えた足で膝下を突き刺す勢いで蹴りつけ、一旦頭を屈ませ、下顎目がけ打ち上げた。

 

 同じ災いを齎す〝怪獣〟でも、今のゴジラには幾多の激戦で磨かれた戦闘技術に、人の知性と獣の闘争本能、水と油な双方を両立し兼ね備えていると言う〝分がある〟。

 

 ゴジラは体内放射の応用で、体の一部からエネルギーを放出させることで、その巨体に似合わぬフットワークの軽さと持ち前の怪力が並存する拳打や手刀を、相手の頭と喉元を中心に打ち込む。

 ほとんど破壊衝動に支配されている妖夢は、荒々しくも洗練されたゴジラの〝攻撃〟に防勢となっていた。

 

 足裏からのエネルギーを噴射と合わせて、跳躍し、妖夢の顎に膝蹴りを繰り出した。

 

 口内から血が噴き出され、妖夢も宙を舞う中、ゴジラは縦回転をして、彼の強力な武器の一つたる尾で二度目の打ち上げ。

 

 円を描いて背びれを明滅させ、胸部目がけ放射熱線――アトミックシュートを放った。

 

 熱線が直撃した妖夢は吹き飛ばされ、工場の建物の一角に叩き付けられる。

 一方ゴジラは直地して、派手に砂埃を舞い上がらせた。

 彼は警戒を解かず、全壊した建物をじっと見据える。

 熱線含めた自分の今の攻撃で、友の妖夢化が収まったとなどと希望的観測は抱いていない。

 

 

 その直感は、残念ながら当たっていた。

 

 

〝―――――ッ!〟

 

 

 大地を伝う震撼から、建物の破片を飛び散らせて、妖夢は再び姿を見せ、咆哮を上げた。 

 胸部は熱線の炎でケロイド状に醜く焼け爛れていたが、急速に再生されていく。

 

 

「前より、成長してる……のか?」

「ゴジラをお目付役に抜擢させるだけのことは、あるやね」

 

 

 博臣たちは昔対峙した時よりも巨大化しているかの妖夢に、戦慄させられた。

 

 

 その妖夢の全身より、妖しげな黄緑色の炎を交えた多量のオーラがあふれ出ていた。

 

 

 ゴジラは熱線をもう一発放つ。

 

 しかしその二発目は、オーラを纏って翳された妖夢の手とぶつかり合い、受け止められてしまった。

 

「たっくんの熱線を!?」

 

 

〝Gyaaaaaaa――――――――!!!!〟

 

 

 妖夢は天に向かって、今までのよりも一際巨大なる轟音で吼え上げた。

 

 

 厚みさえある雄叫びにゴジラの、銀幕の中での自分とは異なる青い目は、胸騒ぎで見開かれ、急ぎその場から跳び上がる。

 

「たっくん?」

 

 行き先は檻の中にる博臣たちの方だった。

 

 盾になる形で、彼らの前に降り立つ。

 

 

 

 

 

 全てを破壊尽さんとする咆哮とともに、大量の黄緑色の火ノ玉が、全方位目がけ放たれた。

 

 

 

 

 

 次々と炎ノ弾は大地に着弾すると、爆音と爆風、そして二〇〇メートル以上にも達する爆発を齎した。

 

 

 

 

 

 放たれる攻撃、全てだ。

 

 

 

 

 

 人の営みの場はとうに破壊し尽され、周りにあるのは猛々しく燃え上がる業火たちが作り上げていく地獄絵図。

 

 

 

 高々と肥大する爆煙と炎で、夜天は遮られ―――〝空は落ちた〟。

 

 

 

 

 その中で博臣たちは、ゴジラが身を挺して盾になってくれたことで、どうにかまだ生きていた。

 

 

 

 

 この威力の前では、博臣の檻は彩華の補助を受けても、いとも簡単に打ち破られていたことだろう。

 

 

 

 この無差別攻撃を受けながらも耐えきり、まだ大地を強く踏みしめるゴジラ、彼の凄まじき生命力が窺える。

 

 

 

 燃え盛る地上の生き地獄の中。

 

 

 

 重低音の足音を打ち鳴らして、悠然と妖夢へと進み、彼は背びれからジリジリと放電音響かせ、強いチェレンコフ光色の光を発し、喉元にエネルギーをかき集める。

 

 

 

 妖夢も同様に、口から黄緑色の光を見せた。

 

 

 

 

 両者とも、息を吸い込み、溜めに溜めを重ね上げ。

 

 

 

 

 ゴジラからは、一瞬ホワイトアウトするほどのバースト現象を起こす威力の熱線――アトミックバースト。

 

 

 

 

 妖夢の口からも、彼のものと勝るとも劣らない規模な妖しく輝く黄緑色の熱線が発射された。

 

 

 

 

 大気を突き破って進む熱線たちは、正面から激突し―――戦略兵器規模の、大爆発が、巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だと思ったか?――――薄汚ねえ〝黒幕〟さんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく。




ちなみにゴジラがこの話で見せた膝蹴りは実写進撃のオマージュだったり。


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EP19 - ゴジラの報復

モチーフに555のたっくん、ウルヴァリン、クリント・イーストウッド等々盛り込んだ当ゴジラの澤海だけど、何か皮肉にも時間改変前の彼が殺した権藤一佐っぽくもなってしまった。

もろに権藤一佐の台詞パロっとるやんな台詞がございますが(汗

味方だととても心強く、敵に回すと容赦ないうちのゴジラをどうぞ。



「勝ち―――だと思ったか? 〝薄汚ねえ黒幕〟さんよ」

 

 

 俺こと、ゴジラ――黒宮澤海が言い放った〝ユメ覚まし〟の言葉で、俺からしたらほんと度し難いほどに醜悪で、痛々し過ぎて、一周回ってミジンコより小さい分だけ〝憐れみ〟も抱いてしまう、藤真弥勒(やさおとこ)の恍惚として邪悪さに歪み切った笑みは消え、自分が目にしていた光景が一変した様を受容できず、眼鏡の奥の目ん玉をキョロキョロ滑稽に右往左往させていた。

  これは親愛なる隣人な蜘蛛男モデルの赤いクソ無責任ヒーローの受け売りだが、歓喜(ユメ)から覚めたこいつの様は、田舎のフェスティバルで売れないバンドのライブの前座な売れない芸人のしょーもないコントより遥かに救いがないんだが、僅かに笑いのツボが刺激を受けて笑いそうになった。

 ある意味で、今のこの優男は無自覚な芸人(コメディアン)でもあるわけだし。

 

「悪いな、お前の絵に描いた最悪の事態(シナリオ)は、〝俺たち〟のアドリブで変えさせてもらったぜ」

「な……に?」

 

 

 俺がこうして呼びかけるまで、こいつは―――

 

 峰岸舞耶の凶弾に栗山未来が撃たれ。

 

 それを目の当たりにした秋人の妖夢の血が枷から離れ、妖夢化し。

 

 その妖夢と俺――ゴジラが戦い合い、天変地異を起こして〝空が落ちていく〟。

 

 ―――様を、嬉々として眺めていただろう。

 だがそんな腐った幸福は、これも無責任ヒーローの受け売りだが、番組の間に挟まれるCMタイムよりもずっと短かかった、三日天下にすらもならなかった、残念なことに。

 

 確かに奴の〝言霊〟で、峰岸舞耶は自分の意志と関係なく撃った。 

 

 けど現実は――未来は撃たれてはいないし、秋人も妖夢化していない、ましてや俺はゴジラの姿になっていないし、〝空が落ちる〟やらなんて表せるほどの天変地異も起きちゃいない。

 

「さらに悪いけど、貴方の悪事は貴方自身が自供してくれたことで、明るみになったわ」

 

 俺と、この場にはいなかった………正確には、いない振りをし、撃ってしまったショックで呆然している白銀の狂犬をこっち側に連れてきた美月と、美月の服の中に隠れているマナによって、奴が実現したかった陰謀(みらい)は改変されたからだ。

 念には念に、狂犬の持っていた銃器は本人から没収させてある。

 

「え? えぇ……え?」

「どういうことだたっくん……いやそもそも、なぜ美月がここにいる?」

 

 そのお陰で、共謀者な彩華以外の面々をも混乱させてしまっているけど。

 特に未来の顔なんて、ぽか~んとした顔で勇壮な異界士としての面影は全くない。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、種明かしをするとしよう。

 

 

 

 

 

 まず一つ目。

 博臣たちと合流した時、三人には『美月は証人として査問官と同伴して協会に行った』と言った。

 これは真っ赤な嘘、本当は檻の気配遮断と不可視化の特性で隠れていただけで、ずっとこの場にいたのである。

 

(きゅう)

 

 美月一人では戦闘で感覚が鋭敏になっているドシスコンに見抜かれる恐れがあったので、予め跡地の近くで待機させていたマナの結界も加えることでカバーもした。

 

 

 次に二つ目。

 確かに峰岸舞耶の銃口から、未来めがけて弾は発射された。

 だが、優男の異能の特性を把握していた俺は、奴が白銀の狂犬に撃てと喚いている間にポケットに忍ばせていた――狂犬から勝手に餞別に持っていった薬莢に付いていない〝9㎜パラべラム弾〟――を取り出してエネルギーを込め、親指で弾き飛ばした。

 侍モドキにも使ったこの技は、古い武術由来の〝指弾術〟ってやつで、名の通り指で弾を飛ばす。

 少ない動作で敵に不意打ちできる代物なので、半ば趣味同然に暇を見つけてモノにした、ことはさておき、パラべラムの指弾は、狂犬の弾と衝突し、熱線エネルギーで粉々に四散した。

 銃の特性、撃つ方と、撃たれる方、自分の立ち位置、狂犬の体格と銃の構え方、未来の体躯、優男の〝言霊〟が発せられて効果が発生するまでの時間差、そして己の〝スペック〟を総合すれば、

できないことじゃないし、現に実行できた。

 勿論、未来には傷一つ付けられていない。

 

 

 三つ目、奴が、うちの文芸部の変態どもの変態発言がカワイイくらい吐き気を催す歓喜に打ち震えるほどの〝天変地異〟は、俺の頭の中でイメージした〝最悪の事態〟を元にマナが見せた幻覚(まぼろし)。

 いわゆる――夢オチである。

 カタストロフを期待していた者ら、怒らないでくれよ、俺の目的はそれを未然にぶち壊すことだ。

 

 これらの〝アドリブ〟で、めでたく優男のしょうもない理由が根源なまどろっこしい計画は、呆気なく砕かれたのだった。

 

 それだけじゃない。

 

「全てお前の企みだった事実は、バッチし撮影(とら)せてもらったからな」

 

 マナのバックアップも借りて隠れ潜んでいた美月は、持っていたガラケーに一連の奴の自供の一部始終を撮影録音し、そのデータを、散々利用され、あわや冤罪を擦り付けられてかけ、協会に向かった査問官の片割れ、永水桔梗の端末に送ったのである、今頃査問官の陰謀に、第八支部のお偉いさんは仰天中の筈である。

 念は念で、俺も自分のスマホに録音し、奴が幻覚を見て喜びに酔いしれている間にデータを外で待機中のニノさんと、他の異界士どものリーダーに転送させていた。

 いくら優男曰く〝言霊〟の術中に連中が嵌められたとしても、目を覚ませざるを得ないだろう。

 美月の送ったのなど映像つきで、プライドだけは一丁前の駄々っ子なお偉いさんも、エリートのスケールは大きいがしょうもない不祥事を事実だと受け入れるしかない。

 

「………」

 

 企みが上手く言ったを思わされた分、まんまと俺らに誑かされて逆転された事実は、滑らかによく回る舌も口も、機能不全に陥らせていた。

 

「今ので分かんなかったのなら、こう言ってやるよ、カタストロフに繋げるシナリオを逐一映像化するしか能のないてめえには、演出の才能はからっきしない、ってな」

 

 奴がご熱心に練り上げたであろう、空を落として名瀬泉の名声を地に落とす計画(シナリオ)は、

中々面白かった。

 サスペンス、ミステリー、法廷モノ、刑事モノ等色々組み込んだ挙句、実はカタストロフモノだったオチは、かの呪いのビデオの作成者な超能力美女も仰天は不可避なラストだ。

 だが悲しきかな………シナリオの映像化ってものは生もので、常にトラブル、アクシデントが付き物で、常に状況は絶えず流動する、だから自分の作品に血肉を与えるには柔軟性が必要だってのに、奴は名瀬泉憎さの余り―――渾身のシナリオを一言一句そのまま再現することにご執心過ぎた。

 演出家としては、致命的な欠陥だ。

 その〝柔軟性〟と異能と頭のキレが組み合わされれば、俺達が〝アドリブ〟で書き換える隙すら見せずに、七つの大罪の再現な犯罪計画に少しアドリブの演出を加えて、若き刑事の憤怒と自身の嫉妬で以て完成させた〝ジョン・ドゥ〟みたく、見事望んだラストで完結できただろうに。

 

「バカ……な……」

 

 ようやく、自分の作ったシナリオがエリートコースのキャリアごと破綻した現実を呑み込めてきたらしい優男は、膝頭を地面に点けて崩れ落ちた。

 念願の〝瞬間〟が実現しかかったところで、どんでん返しで無に帰してしまったからな、無理ないと思わなくもない一方、全く〝哀れ〟と思えない。

 思えるわけがない―――この下衆の下らない目的の為に犯したことを、踏まえればな。

 

「きぃ…さ……ま……よくも……」

 

 一度俯いた優男は、肩周りを中心に強く震えながら、俺を見上げてきた。

 両目には怒りの色がびっしりと濃く塗りつけられ、最初会った時に見せていた眼鏡の奥のニヤついた顔も、〝余裕〟も消え失せている。

 

「貴様みたいな化け物には分かるわけもないだろう………実績をどれだけ重ねても、上層部は名瀬の懐柔にばかり固執して認めようとしない、名瀬泉が誘いに乗ればお払い箱………奴がいる限り、いつまでもいつまでも―――」

 

 あるのが、全てをぶち壊した俺(ゴジラ)に対する〝憤怒〟だけ、ある意味では冷たいベーリング海の底に連れてこられた自分と通ずるかもしれない。

 

「だから何だ?」

 

 だが、こうなったのは―――自ら招いた因果と言う他ない。

 

「異界士ってのは結局、狩るか狩られるかの野生じみた世界だ、どっちの格が上か示したけりゃシンプルに、実力を分からずやどもに見せつけりゃいい」

「ふざけるな! 協会を敵に回して、異界士の世界で生きられる筈がない!」

 

 優男は、手に持っていたリボルバーで俺に発砲してきた。

 残弾なんか考えもしない、なりふり構わない連射。

 俺は流れ弾が後ろにいる同朋(やつら)に当てぬよう気を遣いながら、左手の握り拳から伸ばした三つの〝爪〟で、鉛を全て切り裂き、敵のリボルバーの弾は空になる。

 

「弱者には吠え面かいて、強者にはゴマをする、そういう生物を、典型的な―――駄犬ってんだよ」

「黙れッ!」

 

 弾無しのリボルバーを投げ捨て、胸元から何やら取り出し、何やら高速詠唱かってくらいの早口で何やらぶつぶつと唱える――も。

 

「がぁっ!」

 

 これ以上相手の戯言にもお遊びにも付き合う気のなかった俺は、右手の指鉄砲なら小振りの熱線弾を腰だめから放ち、奴の右手を撃った。

 俺の〝先制攻撃〟で右手に持っていた物体が血と一緒に弾け飛び、稲妻を発して光るそれを、こっちの掌から飛ばした熱線のロープで捕まえ、手繰り寄せた。

 サンフランシスコの掃除屋刑事が使うS&Wm29の44マグナムよりさらに強力な500S&Wマグナム弾をぶっ放せるM500に似て非なる形状な、元は〝万年筆だった大型リボルバー〟だ。

 

 俺の耳に狂いがなければ、唱えた言霊の中身は『名瀬泉の檻さえ破壊する世界で一つの大口径の銃』だったか?

 

 なんてこった………ここにきて奴は〝言霊使い〟としてさらなる高みに至ってしまった。

 

 こいつの異能の正体は――〝言霊〟、自分が口にした言葉を、具現化、現実にさせてしまう力だ。

 

〝周りは誰も自分のすることに関心を抱かない〟と言えば、周囲の人間は誰も見向きもしないし。

 

〝切ってはならない〟と言えば、斬る気満々だった侍モドキの一閃は、空振りとなり。

 

 峰岸舞耶に〝撃て〟と言えば、その通り撃たせることができる。

 

 言葉を持った人間たちには――特に、言葉には、実際に口にすればその言葉の通りのことは実際に起きてしまう〝力〟があるなんて〝言霊信仰〟があり、今でも国民のほとんどが無自覚にそれを強く盲従の域で〝信じている〟日本(このくに)では、無敵にも等しい異能だ。

 使い手たるこいつは口も達者で頭もキレるので、口論で打ち勝てる人間は、よっぽどの天才的頭脳と強靭な意志の持ち主でもない限り、ほとんどいない。

 

 その上奴は、万年筆を実在しない銃へ――虚から実を生み出す〝魔法〟を成し遂げてしまった。

 

 あの魔女への執着を潔く捨てて、修練に励んで自分の異能をもっと高めていけば、今よりももっと魔法じみた言霊の力を手にすることができ、お偉いさんの鼻っ柱を折ってやれることもできたかもしれないってのに、勿体ないことをしたな。

 

 まあ、もうどうでもいいことだ。

 こいつにはもう〝未来〟はない。

 悪事が露わになった時点でエリートのキャリアはご破算。

 大災害を起こそうとした元査問官を、協会も、そして名瀬も許しはしない。

 特に名瀬の執念深さは、ゴジラな自分から見ても恐れ入るものだ。

 確実にこのクソ野郎は、〝凍結界〟に放り込まれ、生きれず、死すら選べず、絶望の監獄の中を永遠に彷徨うことなる。

 なら、いっそ、ここで引導を渡してやった方がいいかもしれない。

 

「さて、一思いに一発で――」

 

 弾はあるか?ないか? 、そんなはったりをわざわざ相手にかます気のない俺は、奪い取ったこの銃を――

 

「――殺してやる」

 

 ―――優男の脳天に向け、トリガーに指をかけた。

 後は引くだけ。

 

「待ってッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 澤海が、いやゴジラが、藤真弥勒から奪った異能で作られた銃を彼に向けた。

 座り込んでいる峰岸舞耶の両肩を支える美月は、恩人が銃口を向けられる状況に彼女がパニックに陥るのを覚悟して引き止めようとした矢先、秋人は澤海を呼びかけた。

 

「何だ?」

 

 少々めんどくさそうな物腰で、銃口を一旦下げて、澤海は応じる。

 それでも目つきは、ゴジラそのものな覇気と殺気に満ちていた。

 

「澤海……藤真弥勒を……殺さないって選択肢は、ないのか?」

「悪いなアキ、今回ばかりはお前の良心(おひとよし)に付きやってやる気はない」

 

 秋人からの問いに、さらりと、淡々と、〝拒否〟を突きつける。

 このお人よしな変態(メガネスト)と、峰岸舞耶当人には悪いが、美月は澤海の、ゴジラのこの行為を否定できない。

 彼は同類、または同類に値する――それこそ自分たちみたいに信頼に値する相手に対しては、義理堅く、情が深い。

 しかしそれは裏を返せば、値しない存在に対しては徹底して冷徹であり、まだ同類を傷つけた、危害を加えた存在に対しては、どこまでも無慈悲だと言うことだ。

 

 藤真弥勒は、自分の姉――名瀬泉を貶める為に、ここにいる私たちを翻弄した挙句、栗山未来を撃ち殺し、秋人を、秋人自身が忌み嫌う〝妖夢〟の姿に変えて暴走させ、空が落ちるほどの災厄を起こそうとしたのだ。

 結果は阻止に終わったとはいえ………ゴジラが、そんな行為を企て、同類たちを貶め、命すら脅かそうとした〝醜い人〟を、許すか?

 それは、ノーだ。

 そんな澤海が、悪事を暴き、査問官としての地位と名誉を破壊しただけで、怒りを収めてくれるわけがない。

 

「生憎俺には、誰彼助ける行為に〝美徳〟なんか抱いちゃいねえ、こうも言うだろ? 選別って残酷があるから美も徳も生まれる、代わりがいないからこそ意味がある、ってな」

 

 彼の言葉の内、特に後者は、彼が実の息子同然に育てた同族(ゴジラザウルス)と、その子に抱いていた強い愛情を思えば、とても強い説得力を持っていた。

 

「僕だって、誰でも助けたいってわけじゃない!」

 

 対する秋人も、引き下がらない。

 

「虐げられてきた峰岸舞耶に、救いの手を差し伸べた藤真弥勒は、ずっと彼女を見て見ぬふりっをしてきた連中と比べて、本当に救い難い存在なのか? たしかに彼のやったことには、許せないけど………僕にはそう、映らない」

 

 ゴジラに負けまいとしているのか、秋人の語気がひと言分ごとに、強まる。

 秋人の言い分もまた、今まで、私たちと会うまでに辿ってきた経験を思えば、確かな事実だった。

 

「彼女にとって藤真弥勒は英雄だったんだ、間違いがあるとしたら現状を打破する武力を与えただけで、正しい道に導びかなかったことだ、誰も彼もが知らない振りをする中、一人見捨てなかった彼に、更生の機会を一度も与えないなんて……妥当なのか?」

「―――――ッ!」

 

 ここまで言い切った瞬間、澤海から笑い声があがった。

 この場には似つかわしくない破顔からの笑いを、夜の空へと響き渡らせる。

 

「見捨てなかった? 救いの手だぁ? そんなもの―――こいつは最初からそこの女に差し伸べちゃいねえさ」

「な……なにを?」

「教えてやろうか? このクソ下郎がどうやって〝白銀の狂犬〟を作ったか」

「え?」

 

 ビクッと、舞耶の両肩が震えるのを美月の手は感じ取る。

 

 

 澤海は――残酷さを秘めた〝真実〟を語り始めた。

 

 

 異界士になる以前、舞耶は自身の通う学校で、三人組の女子グループから、いじめの標的にされたと言う。

 いじめはエスカレートしていき、夜の人気のない場所に連れて来て、金銭を要求し、それができないと分かるとひたすら陰惨な暴力を振るうと言う流れが、毎日、何度も何度も続いた。

 その日の夜も、人気のない公衆トイレに連れ込まれ、要求していた金銭を用意していないと分かると、特徴的な銀色の髪を引っ掻き回し、殴る、蹴る、美月の普段の親しみの裏返したる毒舌とは決定的に異なる、陰湿で薄情な言葉による中傷すらも受けた。

 精神も肉体も、限界に差し掛かっていた中、藤真弥勒は舞耶の前に現れた。

 

「言霊使いの力なら、穏便に助けてやることだってできただろうさ、だが下郎はな、手を差し伸べるどころか――銃を投げ寄越して、殺人を〝教唆〟したんだよ、正常な判断なんて碌にできない状態だった少女にな」

 

 澤海の言うように、言葉の使い方次第なら、言葉だけで永遠に舞耶への暴行を止めさせることだってできた………だが実際は――精神が壊れる寸前だった少女に、殺すことを半ば〝強いたのだ〟。

 さっきの強制的な発砲を思い出せば、言霊を使った可能性もなくはなかった。

 

「屑どもは三人とも殺されたさ、最後の一人なんて、鑑識の記録によりゃ息はあっても虫の息だったのに、頭(ドタマ)を撃たれたんだぜ、俺が言うのもなんだけどさ」

 

 銃を持っていない方の手を指鉄砲にして、自分の頭に向けながら話す。

 

「本当かどうかは、そこにいるご本人に聞くまでもないだろ?」

 

 聞くまでもない………白銀の狂犬と言う異名からほど遠く、弱弱しく震えている儚い少女の姿

が、何よりも証拠となっていた。

 

「下郎がやったことは救済じゃねえ、峰岸舞耶を盲従させて、自分の下した命令を実行するだけの殺人マシンにしたて上げただけ、奈落から引き上げると見せかけて別の地獄に突き落としただけ、これのどこが―――〝英雄〟だって言うんだ?」 

 

「…………」

 

 さっきまでは雄弁と、秋人なりに毅然と持論を展開していた秋人は、真実を前に反論する言葉を失って、苦虫を噛み潰していた。

 聞き手となっていた兄も未来も、峰岸舞耶が〝白銀の狂犬〟と名付けられる発端を、〝虐げられた側〟にいたゴジラ―澤海から聞かされたことで、黙り込む以外にできることはなかった。

 

「どの道ここで俺が気まぐれを起こしても、協会も名瀬も、更生の機会なんてもんは一度たりとも与えりゃしねえと思うぞ」

 

 この言葉の否定できない。

 協会にとっては、事件そのものをなかったことにしたいくらいの不祥事だし。

 自分も名瀬の者であるがゆえ、名瀬の実態を間近で思い知らされてきた美月には、自分の家があの査問官に慈悲を与える気はさらさらないと分かっていた。

 それが自分の姉――名瀬泉となれば尚更、言霊使いをも凌駕しかねない話術で精神を殺し尽した果てに、凍結界に放り込む様が、容易に想像できてしまう。

 逆に、泉姉は万が一の確率で情けを彼に見せる様子が、澤海以上の頭に浮かばない。

 

 こうして泉姉を堕とす〝計画〟が打ち砕かれた時点で………査問官、引いては異界士としての〝藤真弥勒〟は死んでいるも同然であり、さらに……死よりも恐ろしい〝運命〟が待っているのだ。

 

 その上、報復する時は完膚なきまで相手を叩きのめすゴジラにまで、唾を吐くにも等しい行為を犯してしまった。

 

 秋人と、峰岸舞耶には本当悪いけど………彼がこの先、更生できるのかと言われると、頷くことができない。

 

「こんなクソ下郎に情けを掛けるのが〝美徳〟だってんなら、そんなもん食ってやった方がマシだ」

 

 と、言い切ったゴジラは、再び銃を藤真弥勒目がけ構え、親指で撃鉄を引く。

 現在の銃の撃ち方には、まず撃鉄を引いてから引くシングルアクションと、直接トリガーを引くダブルアクションがあり、リボルバーはダブルだと引き金が重く、正確に撃つにはシングルの方がいいと言う話を、以前澤海から聞いたことがある。

 先程の宣言の通り、澤海はシングルアクションによる一発で、一思いに引導を渡そうとしていた。

 

「その弾は私には当たらない! 掠りもしない!」

 

 大気を突き破る轟音。

 

 利き腕を負傷し、他に銃を持っておらず、完全にゴジラの発する覇気を前に屈服しかけている藤真弥勒は、唯一残った武器である〝言霊〟を使うも、発射された銃弾が肩の肉を切り裂いた。

 素人目に見ても、片手では狙い撃てそうにない大型拳銃の反動にも涼しい顔で、銃身を跳ね上げもせず放った。

 

「無駄だ」

 

 澤海はいうなれば、あくまで〝人の姿と人並みの知性を得た〟動物でもあり、たとえ放課後私たちと他愛なく雑談を交わして学生生活を満喫していたも、その本質には全くの揺らぎはない。

 

 ゆえに、日本人(わたしたち)のように〝言霊〟に縛られていない澤海――ゴジラには、通じない。

 

 一発目は通用しないことを教えつける為に、わざと掠めるに止めたのである。

 

 もう一度、撃鉄を押した。

 

「やめっ……」

 

 今度こそ、自身と自分たちを弄んできた〝下郎〟に、引導を渡す為に。

 

「――――やめぇてぇぇぇぇぇぇーーー!!」

 

 峰岸舞耶の叫びが虚しく宙に霧散する中―――引き金が引かれた。

 

 

 

つづく。

 




本作では出しませんでしたが、原作では本当にアッキーが暴走する中、泉さんが出てきて、劇場版込みでアニメを見た人たちには仰天するほど場を引っ掻き回して秋人君たちを精神的にボッコすると言うサイコクレイジーっぷりを見せてくれます。

そろそろ二巻目も終わり掛けですが、三巻目の話に入るか、当分様子を見るか……原作四巻目の情報が欲しい(汗


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EP20 - 回帰する日常

さて、これにて原作二巻目に当たる第二部も最終話です。

三巻目に行きたいけど、せいぜいマヨウンジャートランプによる座頭のいっつぁんもびっくりなイカサマ上等ババ抜きが限度ですね。

だって三巻のラストは波乱の予感を秘めて続く、なもので、四巻の音沙汰がまだない現状、下手に手を出せません。

ただ作者のツイッターが19日でのRTを境に更新されてないので、もしかしたら続きの執筆に――


 その日の朝も僕は、文芸部の活動の為早起きし、作り置きしていたオムライスを暖めて朝食とし、季節の時期では中間に当たる制服を着て、住まいである女子専用でもないのにセキュリティが厳しいマンションを後にした。

 

「先輩、おはようございます」

「おはよう栗山さん」

 

 最寄り駅に付くと、丁度今日も眼鏡の似合う後輩女子の栗山さんと鉢合わせ、一緒に通学する格好になる。

 四月の凪の一件以来、栗山さんと一緒する通学することは、すっかり僕の学生生活にて定着していた。

 財布に入っているICカードを改札口に翳して通り、ホーム内に入ったけど、次の電車が来るまで時間があるので、ホームのベンチに腰掛けた。

 

「先輩?」

「ん? 僕の顔に何か?」

「いえ……ただ、あれからまだ一晩しか経ってないので、引きずってるかな……って、思いまして」

「…………そ、そうだね」

 

 今日もこうして普通に学校へと行く途中な今より遡って、昨晩、ある査問官の愛憎入り混じった〝復讐〟の顛末を話そう。

 

 

 

 

 

 

 結局、澤海――ゴジラは、撃たなかった。

 正確には、撃てなかったと表現するべきだろう。

 藤真弥勒から奪い取った、万年筆を〝言霊〟の力で変質させた〝存在しない大型拳銃〟を構え、まず自分には最早言霊が通用しないと見せつけ、引導の弾丸を放とうとした。

 けれど、撃鉄を押し、引き金を引いたと言うのに、一発目は発射されたと言うのに………二発目の弾は銃声とともに銃口から飛び出ることはなかった。

 万年筆を元に異能で作られた拳銃なので、意志次第では弾をいくらでも込められる、その逆もできる仕様だったのかもしれない。

 

〝ちっ……〟

 

 澤海は舌打ちを鳴らし、不発に終わった銃を放り投げ、落ちてきたところを熱線の爪で切り裂いて破壊すると、ジーンズのポケットに手を入れ、抵抗する意志は一欠けらも残っていない黒幕に背を向けて歩き出した。

 

〝きゅう〟

〝ありがとうマナちゃん、助かったわ〟

 

 美月の服の中にいたらしく、そこから出てきたマナちゃんが、彼の肩に乗る。

 丁度彼と入れ違いになる形で、ニノさん含めた工場跡地の外にいた部隊が駆けつけ、藤真弥勒の身柄を拘束、言霊も使わせまいと、異界士の一人が何らかのお札を彼の口に貼って封じた。

 

〝ヒロ、ニノさん、後は任せた〟

〝ああ……分かった〟

 

 博臣とニノさんに委ねると、そのまま澤海は帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 以上が、昨日の、僕たちにとってはとてもとても長く感じさせられた一日の終幕である。

 

 

 

 

 

 

「今さら幻滅とか、そんな気持ちになりようがないよ」

 

 僕にだって分かっている。

 澤海はゴジラであり、人の姿で人の生活を送っているが、そうしているのは彼ににとってその〝生活〟自体が、いわばタバコやお酒といった〝嗜好品〟であり、端から人間として生きているわけではない。

 人の世に染まり、迎合する気など微塵もなく、価値観、行動原理、考え方は彼独自のもので、人の善悪、正義感は、知識として持っており、ある程度それらに理解を示していたとしても、行動原理には全く入っていない。

 人間と、妖夢含めた人でない存在たちの〝境界〟で、どっしりと堂々と立っている――それがこの世界に実在するゴジラ。

 

 このゴジラは言うなれば――〝貴様が正義なら、俺は悪だ〟と豪語した漆黒の人造人間と通ずる信念の主。

 

 それを承知の上で彼とは、監視するされるの間柄であり、学友で同じ文芸部員な間柄を築いているのだと、一度たりとも忘れたことはない、と言うかかなりの頻度で彼の〝常識外れ〟を目にしているので、忘れられるわけがないのだ。

 たとえ彼にも〝生と死〟がセットな生命であっても、中々拭えない。

 

「だって彼(あいつ)が〝言葉を話せるゴジラ〟だって分かっている上で、つるんでるわけだし」

 

 丁度、電車がホームにやってきたので、会話を交わしたまま、車内に入る。

 栗山さんは鞄に何やら手を入れた。

 多分、会話の中身を配慮して、簡易的な結界を貼る補助アイテムを使ったのだろう。

 

「それにさ、昨日に限らず、事態をややこしくして、黒幕の目論見を阻止しようとした澤海の足を引っ張っちゃったわけだし」

「どういう……ことです?」

 

 きょとんと首を傾げる後輩に、ずっと拝みたくなる衝動が浮き上がるが、こらえろ、こらえるんだ。

 

「絶対他言無用で頼むよ、澤海にもだ、確実に熱線一発じゃ済まない」

「は……はい」

 

 澤海も言及していたが、隠し事が大の苦手な栗山さんに前もって念を打っておく。

 

「実は……栗山さんが連れていかれる前の日に、逃亡中の怪我で倒れてた峰岸舞耶と………鉢合わせてたんだ」

「本当、ですか?」

「冗談でこんなこと言わないよ、しかもその直後に、爆発事故のことで調べてたらしい澤海も現れてさ、本当あの時はびっくりしたよ」

 

 ただ、あの本能と知性が組み合わされた直観力と推理力なら、爆破事故の逃走ルートを下に、アジトに使われそうな建物をいくつか割り出して、回って見たら当たりを引いたとしても不思議じゃない。

 

「んでさ、その先は栗山さんも見当ついてると思うけど……」

「はい……峰岸さんに肩入れしている先輩を案じて、あえて見逃したのですよね」

「案じてたのかどうかは怪しいけど、大体そう………そんな僕の我がままで、栗山さんやみんなには、色々……迷惑を掛けてしまった……」

「…………」

 

 向き合わないといけない。

 あの日、峰岸舞耶が満身創痍で倒れていたことは、藤真弥勒の企みを打破する上で、最良の機会であり、澤海が見つけたことは、長い目で見れば、僕たちにとっても、峰岸舞耶にとっても僥倖なことだったのだ。

 なのに、僕の境遇を照らし合わせての同情心に流れそうになった僕の我がままに、澤海を突き合わせてしまったことで………。

 

 栗山さんの過去の境遇にはあれ程嘆いておいて、その過去の傷がぶり返し、また涙を流させかねない目に彼女を遭わせたし。

 

 真の企てのカモフラージュだったとは言え、母と接触していた疑惑で彩華さんの自由を一時的にせよ奪ってしまった。

 

 美月に博臣にだって、二人の厚意に甘えさせてしまったし。

 

 一時の半端な善意で、峰岸舞耶には澤海の警告通りの〝破滅〟に至らせかけてしまった。

 

 極め付きは、散々翻弄される事態の種をまいておいて、最後は自分が〝空を落とす〟引き金になりかけた………ほんと笑えない絵に描いたような最悪の皮肉である。

 

 何より、原因を作っておいて結局全部の後始末、落とし前を澤海に押し付け、彼に孤軍奮闘の苦労を背負わせてしまった。

 

 具体的にどこまで真相を掴んでいたかは分からないけど、少なくとも栗山さんの裁判の直前には、藤真弥勒の異能と、彼が何かしらの陰謀を企んでいるくらいまでは、見抜いていた筈だ。

 だけどどれだけ陰謀の証拠を集めても、藤真弥勒の持つ〝言霊〟と話術を前では、確固たる真実さえも歪められてしまう。

 よって澤海は、彼の〝計画〟が完遂される直前の、彼自身が自らの悪事を吐露する瞬間まで、ひたすら彼の描いたシナリオ通りに動かされる道化役を演じていたのである。

 澤海曰く彼が〝シナリオを逐一映像するしか能のなかった〟ゆえの隙があったとしても、薄皮一枚分の瀬戸際なギリギリの綱渡りだったと言う他に相応しい表現はない。

 無論、彼一人だけでは為し得なかった。

 マナちゃんが彩華さん、そして美月など、トリッキーな異能持ちの味方の助力も欠かせなかった。

 その上で敵にも味方にも悟られず危うい綱を渡りながら、真相を共有する戦力――仲間を増やし、最後には見事大逆転せしめ、僕の我がままを呑んでしまった代償を誰にも、僕にさえ攻めることなく背負い、きっちり落とし前も付けた澤海――怪獣王ゴジラは、まさに天文学的確率でも当たりを引き寄せる〝主人公属性〟持ち………高尚っぽく言い換えると―――〝デウス・エクス・マキナ〟だ。

 

〝峰岸舞耶にとって、藤真弥勒は英雄だった〟

 

 僕にだってなけなしの意地ってものがあるので、この発言ばかりは譲れないけど……たとえそれも揺るぎない事実だとしても、藤真弥勒が、殺人教唆と言う歪んだ形で彼女を〝助け〟、恩人である立場を良いことに、良い様に利用して縛り付けていた事実からも、目を逸らすわけにはいかない。

 

〝言っただろ、自分(てめえ)の善意を〝毒〟にするなって〟

 

 結局僕は、散々澤海から口酸っぱく釘を刺されていたのに……一時の良心に流されかけて破滅の奈落に落ちかけた女の子を止めるチャンスを逃し、黒幕のシナリオを進行させ、先輩後輩級友や状況をややこしく引っ掻き回したくせに、無自覚に事態の渦中に鎮座していたわけである。

 

「本当……甘い戯言だけは一丁前な上に、暴走したら手の付けられない半妖夢で……笑いの種にもならない道化な甘ちゃんだよ、僕は……」

 

 と、僕は己をそう自虐して、列車の外のスライドされる風景に目をやった。

 

「先輩……」

 

 カッコつけては見たものの、直ぐに僕を呼ぶ後輩の声がして、向き直した。

 

「私も、今回の事件と、あの時の黒宮先輩、あの裁判で、改めて思い知らされました………狩るか狩られるか、それが異界士同士でも起きる異界士の世界では、もっと強かにならなきゃ生きられないって………」

 

 甘い、そうかもしれないどころ以上に、異界士の世界では僕の考え方は甘い。

 運命の気まぐれで、藤真弥勒は怪獣王からの引導を受けずに済み、生き伸びた。

 だが………あの世界に、僕と同じ考えを持つ〝お人よし〟は、仮にいたとしても極々少数だろう。

 裁判中のあの暴走が嘘なほどに、異界士としてのシリアスな雰囲気を見せるニノさんにこの〝不祥事〟に関して質問してみたら。

 

〝私が上の人間だったら……事件そのものをなかったことにしてもみ消したいと思うくらいの大事ね〟

 

 と、皮肉を口に出されたし。

 

〝名瀬の出方次第では、奴の処遇を巡って協会との泥沼化は避けられない………無論アッキーの言う更生を望む者は、どっちにもいないさ〟

 

 と、博臣からも非情なる実状、現実を知らされた。

 

 空が落ちる引き金に文字通りされた峰岸舞耶も………その現実に。

 

「そうなるとやっぱり、峰岸さんを助けようとした私も、峰岸さんを救ったのは藤真弥勒だと言い切った先輩も、厳しい世界で〝戯言を吐く甘ちゃん〟なんだって」

「き……厳しいね」

 

 言う時は言う子であるのは、五月に入ってから、特にここ数日の付き合いで知ったことだけど、ここまでズバッと申してくるとは思わなかったので、少々たじろぎ。

 

「でも――」

「でも?」

「――先輩の、そういう甘ちゃんなところ、私は〝好き〟ですよ」

 

 それ以上にストレートにこう伝えてきた眼鏡女子に、すんごく気圧され、パニくりそうになった。

 

「……………」

 

 お――おおおおお落ち着け!

 一体何勝手に動揺しているんだ僕は!

 あ、あああああくまで、栗山さんは、僕の人格の一部を讃える意味で言ったのであって………決して、そういう意味で口にしたわけじゃないんだぞ!

 

「だから先輩――」

「う、うん」

 

 いくら相手が理想の眼鏡っ子だからって、妙にアジテーションする心中を体にまで影響させまいと抑える僕は、必死に栗山さんの言葉に耳を傾ける。

 顔が赤くなってなきゃいいんだけど……。

 

「――不死身だからって、一人で先輩自身の優しさに、苦しまないで下さい、その苦しみを、一人で抱え込まないで下さい」

 

 一転、僕の心の中の大きな揺れは、一気にその言葉で沈静化していった。

 けど、気持ちが冷めたわけじゃない。

 むしろ、また違った熱が、胸の奥から広がっていく。

 

「先輩は私が傍にいてほしい時、傍にいてくれました………だから私も、先輩が傍にいてほしい時に傍にいてあげたいんです、その時先輩が悩み苦しんでいるのなら……いえ、良いことも悪いことも全部、先輩と共有したいんです」

 

 僕が妖夢化した姿、本当は誰にも見せたくない、この子には一番見られたくない、あの姿がどんなものか、どれだけの脅威かは、栗山さんが直接目にしてはない。

 昨日はあわやそうなりかけったけど、澤海たちのお陰でそうならずに済んだ。

 でも澤海から僕らの馴れ初めは聞かされているだろうし、ゴジラに監視されている事実で僕の中の妖夢の血がどれほどのものか、想像できている筈だ。

 それでも眼鏡の似合う、かつては自分自身を攻め、否定していた少女は――満面の笑みで、正面から僕を見上げて、そう言ってくれた。

 

「ありが、とう」

 

 意識するまでもなく、気が付けば僕は、そう返していた。

 ずっと求めてた、抱いていたってしょうがないと諦観の振りをしてても、求めずにはいられなかったものは、そこにあったのだから。

 

「と言うか栗山さん、最初に会った時より、明るくなってない?」

「へぇ? そう……でしょうか?」

 

 照れ隠しにこう尋ねてみると、瞬きしつつ首を傾げる栗山さんだった。

 自分自身の変化にはちょっと自覚がないらしい、微笑ましい眼鏡少女であった。

 

「あ、それはそうと……」

「はい?」

「例の、あの爆発が起きる前に、喫茶店で一緒にいた人――」

 

〝――誰かな?〟と言い終える前に、栗山さんのバックから、スマホのバイブ音が鳴った。

 

「すみません」

 

 僕に断りを入れて、バックからスマホを取り出し、画面を操作する。

 メールの着信だったらしいって………何やら〝信じらない〟と書かれた顔つきに栗山さんはなった。

 

「せ、せせせ先輩、これを」

 

 僕に向けて画面を翳し向けてきたので、読んでみる。

 

〝突然だがミライ君、もし今アキから『この前の馬の骨は誰だ?』と聞かれたら、正直に盆栽を愛する者同士な趣味友だって言っとけよ、何ならこの『不潔不愉快ストーカーです!』となじってやってもいい〟

 

「行動が完全に読まれている!?」

 

 わざわざ口にするまでもないのに、わざわざ説明過多な映画での説明台詞っぽく声に出していた。

 

「栗山さん、これ本当?」

「はい、大体黒宮先輩のおっしゃる通りです、実は高齢や入院の事情で持ち主が育てられなくなった盆栽を引き取ってくれる人を探す仲介(ボランティア)をやってまして、その日引き取り手さんと会う約束をしてたんです、そしたら盆栽を愛する同士盛り上がってしまいまして」

「そう……だったんだ」

 

 慌ててバックや制服の隅々を触ってみる………盗聴器らしきものが入っている様子はない。

 ならどうやって澤海はこんな絶妙で狙ったタイミングでメールを………訝しむ中、今度は僕のスマホのバイブ音が鳴る。

 制服のポケットから取り出し、確認すると、美月から――

 

〝どうせ新しい彼氏か何かと勘違いして、『僕には眼鏡女子を守る使命がある』なんて下らない理由で栗山さんの背中を目で舐め廻しながら着けたんでしょう? 変態ストーカー〟

 

 ――などと言う、大幅な脚色はされつつも事実と合っている暴言メールが来た。

 おまえらエスパーか!? と車内で大声で突っ込みそうなってしまった。

 

 弁も立つ怪獣王と、彼とタメ張れるほどの毒舌女王の二人から、今日もまんまと、一本+一本、計二本取られてしまった僕。

 しかし、あれからまだ一晩して経っていないのに歪みなく〝いつもの〟で僕と接してくれる彼らにも、偽りない気持ちで喜びが込み上げてくる。

 どうしてみんな、どんなに探し求めても見つからなかったものを、こうも惜しげもなく見せてくれるんだろう?

 

 ふと、もし自分があの時の栗山さんよろしく〝普通の人間に見えるか?〟と質問したシチュエーションが浮かぶと同時、はっきり二人の解答も想像してしまう。

 

〝笑わせるなアキ、俺らにとっちゃお前はただの眼鏡が好物なヘッポコツッコミヤローだよ〟

 

〝だからこれからもツッコミ上手の変態メガネストでいなさい、だって秋人みたいな大切な友人(おもちゃ)、失いたくないもの〟

 

 

 全く―――敵わないな。

 

 栗山さんに美月からのこのメールをどう説明するかの試練が待っていると言うのに、ふと笑みが零れる僕であった。

 

 

 

 早朝の穏やかな空気が差し込む文芸部室。

 先に来ていた俺と美月の二人は、早速選考作業に明け暮れていた。

 

 一晩ぐっすり寝て起きた後の今では、昨日のことはもう色あせ初めている。

 いわゆる〝前世〟のは、今でも昨日のことのように明瞭だと言うのに、たとえこのままクソ錆びれた記憶になっていくとしても、そこに感傷なんて浮かびもしない。

 あの愚か者な下郎の破滅に至った顛末に気を止めるほど、俺は〝善良〟でも〝聖人〟でもない。

 連中があの後どうなろうが、どうでもいいし、興味はミジンコ一匹分もないし、知ったことか。

 

 峰岸舞耶はどうかと言われれば、一応気がかりを持っている。

 ただそれは現状、自分の個を切り捨てようとしてまで〝他者〟に極度に依存したその生き方をぶち壊したことへのちょっとした責任感から来るもので、やはりまだあいつらほど感情移入はしていない………大事に思っているなら、慕っているなら、どうして止めなかったのかと微かに憤りすらある。

 むしろ、俺としてはモグタンの方が心配だったりする。

 なぜかと言うと、危なっかしい〝友〟を持つ者同士、シンパシーを感じてしまったからだ。

 

 

 まあ、今はとにかく芝姫記念号を発行させることが目下の急務。

 今月一杯で〆切だと言うのに、今月内で二度、一度目は屋上の果実型妖夢、二度目は査問官のしょうもない復讐檀のせいで部活動を中断させられたので、残る過去作は三分の一を切ったと言えど、スパートを掛け、脳細胞をトップギアにしてまでも進めなければいけない状況だった。

 朝は決して得意とは言えない頭と体を総動員して没頭したことで、一〇冊は一気に読破し、一旦小休止に入った俺は気晴らしにメールを秋人に送っていた。

 一通り部活動を妨げるお邪魔虫な〝問題〟に区切りは付いたので、今頃通学がてら未来に正体は趣味友な男との関係を聞いているだろうと感づいたからだ。

 

「〝覚えてろ~~!〟ですって、ふふっ♪」

「お前にもか」

「あら澤海にも同じ内容なの? もうなんてベタで無様な悪役の捨て台詞かしらね」

 

 こっちが送信した直後、誰に何のメッセージを送ったか全く知らせていないのに理解し、便乗した美月がガラケーの画面を見てSッ気のある笑みを見せる。

 俺もわざわざ聞くまでもなく、大体秋人にどんな内容を美月が送ったか見当がついていた。

 悪友同士ならではの〝ツーカー〟と表現できる代物だ。

 自分のスマホにも、同様の中身で返信が来て、口元がふっと笑ってしまう。

 

「それで、どうしてその日栗山さんとつるんでた馬の骨が〝共通の趣味持ち〟だと分かったのかしら」

「見当ついてるくせに」

「いいから答えなさい、部長命令よ」

 

 秋人に『素直に誰か?と聞かずにストーキングしたチキン野郎なお前の自業自得』と、打ち返しのメールを送った直後、独裁部長(じょうおう)から種明かしの催促を受けた。

 

「あんだけ分かりやすく顔に出るミライ君なもんだから、あの早退前の顔が〝盆栽絡み〟のもんだと覚えちまってただけさ」

「性質悪くて寒気がするわ……」

「そうか?」

 

 女王独裁権を行使してまで要求しておいて、これである。

 美月の傍若無人っ振りはいつものことなので、気にはしない。

 

「人知も理(ことわり)も踏みつぶす脳筋破壊神の本性は、プライバシーのA○フィールドさえ壊す謀略家な全黒だったってことじゃない、知性以外は誇れるものがない人間(わたしたち)の取柄まで奪うなんて、性悪にもほどがあるわよ」

 

 比喩表現に、九〇年代のオタどもと熱狂させつつ突き落とし、今でも未完の大作の地位にいる某アニメの、某人型決戦兵器とその敵怪獣とも言える天使どもが持っている〝絶対不可侵領域〟を使って、〝人間〟をちっぽけな存在にするなとでも言いたげに暴言を展開する。

 そういわれても、俺らゴジラは基本、そういう人間様の鼻っ柱をへし折り、本質は〝世界の頂点〟とは程遠く、どこまでもちっぽけくせに高慢ちきな存在だと突きつけるにはいられない性分なので、仕方ない。

 

「知性が取柄だとか笑わせる、 ネアンデルタールどもを駆逐してから長いこと経つのに未だにそいつを持て余してるくせしてよく言えたもんだ、むしろ〝天〟からのお恵みものをこうして日頃から有効活用してんだから見習ってもらいたいくらいだぜ」

「活用じゃなくて濫用の間違いじゃないかしら? むしろその無駄に高いおつむを、可哀想な人々に分け与えてやった方が世の為ではなくて?」

「ならお前もその口ん中に詰まってる毒舌(どく)を、悪賢さと一緒に善良真面目過ぎて損してる奴らに分けたらどうだ?」

「無理ね」

「こっちも然りさ」

 

 昨日の嵐が初めから幻だったみたく、今日も俺達は悪友同士らしく自分らを悪友たらしめるいつもの〝貶し合い〟を交わしていた。

 当然、ここ数日は必死こいて部活動の再会にこぎ着けようと尽力していた俺としては、数日振りなこの〝いつもの〟は大歓迎である。

 サド部長と毒舌トークで一休みした俺は、モチベーションを上げて、次なる文集の扉(ページ)を開けて選考作業を再開させる………ところだったのに、横槍の水が、差してきた。

 なまじ、いつもの暴言の投げ合いをやったせいかもしれない。

 ページに刻まれた活字(ものがたり)を読み進める為の頭に過る――二つのフラッシュバック。

 

〝■■■〟

 

 前に俺の腕を枕にして眠り込んだ美月が、汗をかくほど魘される中で呟いた一言と。

 

 言霊によって無自覚に黒幕の隷属にされ、蜥蜴の尾として無様に切り捨てやれるところだった査問官どもとの戦いで美月が見せた………〝檻〟と異なる………あの〝異能(ちから)〟。

 

「澤海……」

 

 作業を優先させたくてそれらを封じようとしたら、当の本人に呼ばれる。

 

「何だ? 朝の内にノルマを稼いでおきたいから、手短にしてくれよ」

 

 さっきと一変して、神妙でか細い声音な美月のアニメ声に、何でもない振りをしながら応じるも。

 

「見た? もしかして………昨日……」

 

 断片的で漠然としたその問いに、視線が勝手に活字から美月に移る。

 向こうから〝懸案〟を吹っ掛けてきた当人は、今日も肌触りと艶に恵まれている長い黒髪が伸びる背中を、こっちに見せていた。

 

「……ああ………見た」

 

 ここで誤魔化したら、美月に余計〝不安〟を植え付けることになると勘で見出し、正直に打ち明ける。

 

「――っ……」

 

 大きく吸い込まれる息。

 固く結ぶ唇。

 白磁の柔肌の下にある血肉が強ばる、肩と背中。

 

 確かに聞こえた………美月の心が、さざ波どころではない波紋で揺れ動く音を。

 

 その音を端に広がる、押さえても、抑えつけられない美月の口から零れ落ちる乱れた息。

 

 美月が、あの〝力〟に対して、どう見ているのか、考えているのか、思っているのか………どう、背負わされているのかを………言葉以上にはっきりと物語っていた。

 

「言わなくていい」

「え?」

 

 それだけ目にしたら、もう充分だ。

 

「お前がきっちり整理(ケリ)付けるまで、俺はこれ以上、聞く気はないし、知る気もない、だが……」

 

 一呼吸分の間を踏み。

 

「安心しろ、お前を見る俺の目は、曇りはしねえし――」

 

 美月がこちらに振り向き、互いの目と目を合わせる格好になる。

 

「――歪みもしねえよ、今は、それだけ言っとく」

 

 少しでも重みが和らぐようにと、そう付け加えた。

 

 しばし視線を交わす状態が続く。

 心情次第で、体感時間が伸び縮みするのは、本当らしい。

 実際の時間は一分の半分くらいだってのに、それ以上に引き伸ばされる感覚に見舞われた。

 美月も同様だったらしく、体感時間の長さに根負けしてまた背中を見せる。

 ああ発言した手前、これ以上尾を引けないので、作業に戻ろうとすると――

 

「あり……がと」

 

 儚いほどの、囁き声だったと言うのに、はっきりと、俺の耳はそう聞こえた。

 その声は、こそばゆさのある〝熱〟も、帯びていた。

 

 この独特の静けさとした大気の趣きは嫌いってわけでもないが、そろそろ秋人たちも来る頃合いなので、空気の入れ替えを兼ねて。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 敢えて、よく聞こえなかった振りをした。

 

「っ………まだ何も言ってないわよ!」

 

 効果は抜群、瞬く間にいつものサディステックで毒舌な美月に戻ってくれた。

 

「さっさとロスを埋めなさい、今日ノルマ達成できなかったら明日は倍加させるから覚悟することね」

「あいよ」

「何ニヤけているのかしら?」

「今読んでるやつにツボが嵌っただけさ」

「へぇ~~まあ………そういことにしておくわ」

 

 怪訝そうな目つきに頬を少々膨らませた組み合わせの顔つきで、睨んでくるも、直ぐ選考を再開させた。

 

 

 

「おはようございます」

 

 数秒くらい経つと、秋人と未来も部室に入ってきた。

 

「今日もシケた顔してんなアキ」

「誰のせいだと思ってるんだよ……」

「誰のせいかは知らねえが、後ろ」

「へ? ―――待てい!」

 

 俺が後ろを指さすと、慌てて秋人は自分の脇の隙間に差し込まれた手を払い、気持ち悪そうにこすった。

 

「すまないアッキー、差し込んでくれと言わんばかりに無防備な背中だったからな」

 

 背後から秋人の脇で暖を取った犯人は当然ながら、皐月も終わり頃でも冷え性でマフラーが手放せない文芸部の変態の片割れな博臣である。

 

「しっかりしなさい秋人、あんな兄貴の気持ち悪い姿を見せられたらモチベーションが下がるわ」

「待て、何で僕が怒られなきゃならないんだよ、原因はこの兄貴(シスコン)だろ」

「なら未然に阻止できるくらい感覚を鍛えとけ、ヘッポコ」

 

 と言ったと同時に、背後から迫る〝腕〟を瞬時に掴み上げた。

 

「なっ!?」

「お前のどうでもいい〝特技〟が誰にでも通じると思うなよな」

「くぅ………いつか絶対掛けさせてやる」

「望むところだ」

 

 正体は俺(ゴジラ)を模したデザインのコラボ眼鏡を持った秋人。

 このメガネストは、高速で相手の背後から素早く眼鏡をかけさせると言う、凄いのはしょぼいのは判別しかねる特技を有しているが、俺相手ではこの通りである。

 世の中そう、甘くはないぞ、神原秋人さんよ。

 

「先輩、そろそろ選考始めますよ、読書にお勧めな眼鏡があるなら掛けますから」

「おっ――――よく言ってくれた栗山さん!」

 

 さすがに俺達の莫迦なやりとりにも、秋人の扱い方にも慣れてきたらしい未来によって、やっと文芸部一同全員での作業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 自然ろ口元がほころぶ。

 白状すると理由は、この退屈しない、賑やかで眩しい文芸部(ここ)での日常(ひび)が、楽しいからに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 たとえそれが―――もう後、約一年半の期限つきな運命だとしても、それを承知で、噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 

第二部、終わり。

 




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