ウツロナ ラクエンノ カケラ (kanpan)
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まじめ
冬木市新都の牛丼屋


アンバゼ(アンリマユ&バゼット)主従の晩御飯。


 脂ぎった丼飯をかき込むオレの横で、オレのマスターは無言で座っている。背もたれなんかないカウンターの丸椅子に、すっと背筋の伸びたキレイな姿勢で。

 それはこの牛丼屋にまことに似つかわしくない。

 

 夜の街、残骸どもを蹴散らしたバゼットは唐突に言った。

「空腹になりました。食事を摂りましょう」

 

 バゼットがそう言って、たまたまオレたちの目の前にあったこの店に入ろうとしたあのとき、オレはなんとしても彼女を止めるべきだった。

 強引に腕を掴んでも、無理矢理羽交い締めにしても、いっそ地面に押し倒してでもだ。

 

 飯を終えて店から出たバゼットにオレは感想を聞いた。まずかった、失敗だったというオレの予想回答をバゼットは軽やかに越えてみせた。

「量が多かったですね、調理時間が1分弱とはすばらしい。次もこの店を利用しましょう」

 

 こうして、男ものスーツを着込んだ外国人の女と全身に模様のはいった少年という珍妙な二人組は、この冬木市新都で一番安くて、まずくて、量が多いと評判の牛丼屋の夜の常連客になったのだ。

 

「急がず食べなさい、アヴェンジャー」

 オレの隣でバゼットが言う。言い終わると、手にした湯のみのお茶を一気に飲み干した。 たん、とカウンターに空の湯のみが置かれる音が響く。

 

 ……プレッシャーを、感じるんですが。

 

「私の料理よりも、あなたの料理が出てくるのが5分も遅かったのですからしかたありません」

 あっ、オレの心の声に気がつきやがった。

 バゼットはため息をつきながらあきれた目をオレに向けた。

 

 この牛丼屋の期間限定メニュー、チーズすきやき丼は、定番メニューの牛丼よりも調理に時間がかかる。

 期間限定メニューと言ったって、所詮この牛丼屋のメニューだからたいしておいしくもない。けれども、オレは毎回おなじ牛丼では味気ない。だからいつもまだ頼んだことのない新しいメニューを頼むのだ。

 

 さて今日頼んだメニューは、うーん粘っこいチーズが安っぽくて薄い牛肉の脂身に絡み付いて、とてもオイリー。

 

 バゼットはいつも同じ牛丼である。

 そしていつも同じスピードで食べ終わる。きっかり3分。ブレはない。

 

「マスター、たまには牛丼以外も頼んだらどうよ。 いつも同じじゃ飽きないか?

 このチーズすきやき丼、ゲテモノっぽいけど案外いけるぜ」

「必要ありません。私はいつものメニューで十分だ」

「スープは余計だっていうけどさ、豚汁に変更するとうまいんだぜ。人参や牛蒡が味噌にあうし、そこに豚の脂が溶け込んでまろやか」

「前言撤回です。アンリ、無駄口を叩く暇があるならさっさと食べなさい」

 やれやれ効果なしだ。オレのマスターは食事は栄養摂取と割り切っている。

 

 そうしてバゼットは、ずっと退屈な牛丼ばかりをくりかえしている。どうせ他のメニューだって対して変わらないでしょう。だったら牛丼でいいと。

 

 アンタは子供の頃からそうやって、代わり映えのしないつまらない日常を繰り返してきたのに。

 いつになったら真実を思い出すのだろう。本当は思い出したのに都合良く忘れたふりをしているのか。

 

 それにしたって、いくら新しいメニュー、未知のメニューを頼もうとも限度ってものがある。牛丼屋にしてはメニューが多かったこの店でもオレが頼んだことがないメニューは減ってきた。徐々に魅力を失っていく店のメニュー。

 

 牛丼屋の店内には次の新メニューの広告ポスターが張り出されている。

 あっ、つぎは月見激辛カルビ丼なのね。うーん、何週間か前に似たようなの食べたな。

 ほとんど代わり映えのしない新メニュー。退屈しながらクリアし続ける。

 それは、ここを出るよりも楽だから。

 

 でも、もうほとんど食べ飽きちまったから。

 なにか新しいメニューの為に、別の店に行きたいです、マスター。

 

 

 

「貴方は世界の終わらせ方に気がついたのですか?」

 と教会のシスターは言った。

「その為には絵を完成させなければいけない」

 とも。

 だからオレは絵を作り上げる為に欠片を探している。

 

 この世界はいずれ全ての結末が出そろってしまう世界。所詮は作り込まれた箱庭。

 続けたいのなら行動してはいけない。空虚な揺り籠のなかで微睡んでいればいつまでも居続けられる。

 必要最低限の日常(シーン)だけ繰り返して、未知の出来事を残しておかないと冷めてしまう。未知(みらい)があるという事。それ自体が、この世界を動かす原動力だ。

 

 でもそんな退屈な隙間を守る必要なんてあるだろうか。

 それは変わらない日々を円滑に進めていくための空白。日常に空いた都合のいい穴、溢れ出す感情を受け入れる廃棄場。

 

 オレは貪欲に日常(シーン)をクリアしていく。目新しいモノを食い荒らしていく。欠片を拾い集めては隙間を埋めていく。もう残る隙間は多くない。手早く埋めてしまえばいい。

 

 あのシスターの声を思い出す。

「貴方は虚無よ。生まれていないもの、未知のものがあるかぎり在り続ける。

 けど、全てが生まれてしまったら貴方の居場所はどこにもない。

 この日常がうまっていけばいくほど、貴方は輝きを失っていく」

 

 違う、失っていくのではない。

「貴方は世界への関心を失って、もとの無に戻るのよ」

 元の、正しいカタチに戻るのだ。

 

 

 

 オレは隣にいるバゼットの顔を見る。彼女はクールな表情で宙を見つめている。

 そうやって気づいていないふりをして、でもアンタももうおおかたの顛末に気がついたんだろう?

 ここにいても、どんなに繰り返しても、アンタが求めたモノは手に入らないんだってことを。

 

 こうして毎晩一緒に夜の街にでかけて、街をさまよい、敵と戦い、殺されて1日目に戻る。

 マスター、アンタとは何度こんな繰り返しを続けただろう。

 そんなほとんど代わり映えのしない日々のささやかな幸福。そして退屈。

 

 オレはこんな関係が結構気に入っていたのだ。

 でも、もう飽きちまったから———。

 

 もう欠片はほとんど埋めてしまった。

 輝きを失ったこの世界。それでもわずかな隙間がある限り続けられる世界。

 

 この日々を終わらせよう、マスター。

 アンタは本当は毎日を楽しめるのに、自分から放棄してしまうなんてもったいない。

 眠り続ける聖杯の主よ、目を覚ませ。

 

 オレは天の逆月に至り、最後の一欠片を埋めよう。

 この繰り返す世界を終わらせて、なにか新しいモノの為に。

 



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ランサー召還

【ご注意】独自解釈をいれつつのランサー召還エピソードです。


 裂けた腹から飛び出そうな内臓を抑え、血まみれの体を柱に括り付けながら戦士は走馬灯のように己の一生を振り返る。

 ドルイドの予言の通り英雄となり、アルスターの盾として故郷を守った。

 だが常に誓約(ゲッシュ)に縛られ、大事な人々を己が手にかける人生だった。

 その生涯に悔いなどない。二度目の生などに興味はない。

 

 けれども、もしオレにそんなものが与えられるとしたら、今度こそ誰にも何にも邪魔されず全力を尽くした戦いがしたい。

 

 そして、彼は英霊の座に迎えられた。それからどれだけの時間が過ぎたのか数えることすらできない。

 

「———クーフーリン」

 

 英霊の座にて眠っていた彼を、時の果てから呼ぶ者の声が目覚めさせる。

 

「貴方こそが最強の英雄だ」

 

なんだかわからないが、おもしれえ。

いいだろう。槍兵(ランサー)の名にかけてアンタの声に応えよう

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 闇夜にルーンの火が灯る。初老の男が屋敷の蔵に向かって全速力で駆けていた。

 男は屋敷の結界が発した警報で叩き起こされた。この屋敷は神代から続くルーン魔術師の一族が構える家。男は一族に古より伝わるルーンの秘技を受け継ぐ当主だ。

 

 この一族はアイルランドの小さな漁村のさして立派でもない屋敷で細々と命脈を繋いできた。すでに権威も知名度も失われて久しいが、それでも彼らが持つルーン魔術の神秘は衰えてはいない。この屋敷に施されたルーンの結界は一級品であり、並の魔術師が破れるものではない。

 その結界を何者かが大胆に突破し、蔵を狙っている。

 

「———っ!」

 

 蔵に着いた男は扉を開けようと、鍵穴をがちゃがちゃと鳴らして取っ手を力一杯ひいたがびくともしない。おそらくは侵入者が中から扉を強化して塞いだのだろう。

 男は右拳の甲をなぞってルーンを描く。そして頭の後ろに大きく振りかぶり、

 

強化(テイワズ)!」

 

 ルーンで強化したパンチを蔵の扉にぶちこんだ。

 

 ぼごお!!!

 

 鈍い音とともに扉のど真ん中に穴が開いて、ばりばりと亀裂が入っていく。あっという間に扉は土塊に変わって蔵の中に砕け散った。

 

 明かりがなく真っ暗な蔵の中で人影が動くのを感じた。男は暗闇の中の人影に飛びかかっていった。

 男は魔術師であると同時に戦士でもある。彼の一族はその特殊なルーン魔術を受け継ぐ為に人並みはずれた格闘術を身につけている。男はすでに白髪まじりの頭になる年齢だがそれでもプロの格闘家にもエリート兵士にもひけをとらない屈強さを維持していた。侵入者が結界を破壊できる手だれの魔術師だとしても取っ組み合いになればこちらの勝ちだ。

 

 狭い蔵の中を侵入者は巧みに逃げ回っていたが、蔵の中なら男の方に分があった。男は自分の屋敷の蔵の中なら熟知しており暗闇の中でも十分に動ける。男は慎重に侵入者を追いつめ、ついに相手の体を掴んで柱に叩き付けた。

 相手の腕をねじ上げながらルーンの光で姿を照らす。闇にまぎれる黒いスーツ姿の侵入者の体は意外に細身に見えた。つかんだ腕にぎりりと力を込める。

 

「つかまえたぞ。賊め。顔をあげろ」

「痛っ……」

 

 侵入者は小声で呻きながら微かに頭をあげた。顔を確かめるために男は相手の頭に光を当てた。そこに照らし出されたのは、

 

 男と同じ鳶色の目、男よりも艶があって鮮やかな暗赤色の髪。

 その顔は見覚えのある、若い女だった。 

 

「おまえは……」

 

 それだけ呟いてそのまま男は言葉を失ってしまう。

 女はとまどったように、照れたように、ごまかすように微笑んでいた。そして恥ずかしそうに、一言。

 

「お久しぶりです、父さん」

 

 

 

「バゼット! ここで何をしている!」

 

 男は思わず声を荒げたが、その際にうっかり女を捕まえていた手の力が緩んだ。その隙を逃さず彼女は男の腕を振りほどき脇をすり抜ける。走りながら棚に手を伸ばし、棚の木戸を叩き割ると、そのまま中にしまっていた物をつかみ取った。そして蔵の外へ一目散に逃走していった。

 彼女の後ろ姿を男の怒号が追いかけた。

 

「何故ちっとも帰ってこない! たまには里帰りしろ!」

 

 男は拳にルーンを描いて地面に叩き付けた。トゲのルーン文字thurisaz(スリザズ)。その一撃で地面が割れる。衝撃波が蔵の外まで広がっていき一直線に彼女めがけて伸びていく。地面の割れ目からガガガガッと鋭い岩のトゲが突き上がっていった。

 

 女は身軽にステップを切ってトゲをかわしてゆく。まったく走る速度を緩める事なく屋敷の出口に向かって疾駆する。

 男は次なるルーン魔術の攻撃を打ち出しながら叫んだ。

 

「だいたいその格好は何だ! なんで男物のスーツなんか着てるんだ!」

 

 (ハガラズ)のルーンで作られた氷のつぶてが女の背後を襲う。それをとっさに地面に横転して避けた。女の頭上を刺すような冷気とともに鋭い氷の刃が通り過ぎていき、屋敷の外壁にぶつかって壁をバリバリと凍り付かせる。

 

 女は地面でくるりと一回転して立ち上がり、その反動を利用した無駄のない動きで再び走り出した。屋敷の入り口の門がもう目の前だ。

 

 門には物理的な鍵と同時に魔術的な鍵も仕掛けてある。無理にこじあけようとすれば迎撃用のルーン魔術が起動する。

 彼女はそれを承知で真っ正面から門に突っ込んでいった。駆けながら両足にルーンを刻む。

 

ansuz(アンサズ)ehwaz(エワズ)inguz(イングス)!」

 

 両足をルーン魔術で強化して屋敷の門にドロップキックを見舞う。ルーンの光が彼女の両足を包み、閃光弾のように門の扉を爆砕した。

 即座に門に施された迎撃魔法が彼女をしとめようと攻撃を始めたが、すでに彼女は勢い良く屋敷の外に飛び出した後であった。

 

 彼女の背後から男の怒声がまたしても響いてくる。

 

「それを持ち出してどうするつもりだ!」

 

 彼女は走る脚を止めないまま、一度だけ振り返って叫んだ。

 

「ごめんなさい父さん。そのうち返します!」

「バゼット! こらあああああああああああ」

 

 人気のない真夜中の村に響く男の声だけを残して、女の姿は夜の闇に消えた。

 

 

 

 侵入者の正体はこの男の娘バゼットだった。

 彼女は15歳になり正式に一族の後継者となってから間もなく、ロンドンの魔術協会に所属するといってこの家を出て行った。それっきり滅多に戻ってこない。

 

 男の一族はこのさびれた小さな漁村の古びた屋敷で、神話の剣を受け継ぎ、子孫に伝え、そして殆どの人間に知られることなく、古の神々のように忘れられていく。そんな生き方があの娘には耐えられなかったのだろう。

 

 男は無言で倉に戻った。娘が荒らしていった棚を見る。棚の中に置いてあったものがなくなっていた。おそらく娘はそれを持ち出す為にやってきたのだろう。

 荒々しく壊された棚の木戸と棚の中にぽっかりとできた空間を眺め、男はふと幼い頃の娘を思い出した。

 

 子供の頃から聞き分けの良い娘だった。一族の秘技を受け継ぐ定めを素直に受け入れ、日々の鍛錬を真面目にこなしていた。同じ年頃の子供が楽しむ遊びに興味を示さず、課せられた責務を受け入れていた。冷めた子供だった、と言ってもよかった。

 

 そんな娘がただひとつだけ夢中になっていたものがあった。昔話の英雄の物語だ。この国ではどこの家にもある昔話の本を、娘は何度も何度も読みかえしていた。

 

 そんな娘の姿を見た男は、ある日、娘を蔵に連れてきた。特別にだぞ、と言い含めながら娘に棚の中にしまっていたものを見せてやった。

 

「これがあのクーフーリンがつけていた耳飾りだ」

 

 娘は眼を輝かせて一心にその耳飾りを見ていたものだ。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 故郷の村を走り出たバゼットはもう振り返ることなく先を急ぐ。

 目的地は日本にある冬木市という街である。ここで「聖杯戦争」と呼ばれる大規模な魔術儀式が行われる。

 

 バゼットが故郷を出てからもう8年が過ぎていた。

 15歳で魔術協会に所属したバゼットはその実力を買われ、封印指定執行者という役目を得ていた。執行者の役目を大まかに言えば、魔術協会にとって都合の悪い問題、たとえば魔術を悪用したり暴走させたりして魔術の神秘を一般社会に露見させる者が出現した場合、そうした者たちを始末する戦闘要員である。

 

 バゼットは魔術協会の代表として聖杯戦争に参加する事を命じられた。聖杯戦争に勝利して聖杯を魔術協会に持ち帰ることが任務だ。

 

 聖杯戦争には7人の魔術師が参加する。魔術師はマスターと呼ばれ、それぞれサーヴァントと呼ばれる使い魔を召還する。この7組が互いに殺し合い、最後まで勝ち残った1組が聖杯を手に入れることができるのだ。

 そして聖杯戦争においてサーヴァントとして召還されるのは通常の使い魔ではない。マスターには聖杯によって伝説上の英雄を召還する力が与えられる。

 

 魔術協会によって指名され、英雄召還のための触媒を手に入れたバゼットは聖杯から正式に聖杯戦争の参加者として認められた。その証が彼女の左腕に刻まれている。

 令呪。マスターとサーヴァントを結びつけ、そしてサーヴァントへの絶対命令権となる3画の刻印。

 バゼットの左腕にある赤い紋様はまるで槍のような形をしていた。

 

 

 封印指定執行者としての役割を得てからもバゼットは淡々と課せられた任務をこなしていた。他人からはともかく、彼女自身は相変わらず子供の頃と同じく作業のように日々を過ごしていた。

 

 けれども、

 聖杯戦争。この任務についてからバゼットは始めて自らの役割に楽しさを感じているのだ。

 手にしたクーフーリンの耳飾りを握りしめる。

 

 ———いと崇き光の御子。

 

 五つ国に知らぬものなく。

 彼を愛さぬ女はおらず、彼を誇らぬ男はおるまい。

 槍の閃きは赤枝の誉れとなり、

 戦車の嘶きは牛奪りを震えさせる。

 

 

 彼の存在を信じてはいなかったけれど、彼は子供の頃に憧れたおとぎ話の英雄だとしか思っていなかったけれど。

 もし本当に会えるというのなら、召還するのはあの英雄しかいない。

 

 幼かった頃の彼女は昔話の本を読みながら何度も思ったものだ。

 

 何もできない私だけど、もし許されるのなら、彼を救いたいと”願ってもいい”のでしょうか———。

 

 それが叶う時がやって来るなんて。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

「あ———」

 

 溜息のような、感嘆のような小さな声が聞こえる。

 召還されたランサーが目を開けると目の前に一人の人間が立っていた。

 

 ん……女……?

 

 サーヴァントは召還と同時に聖杯によってその時代の知識を授けられる。ランサーが見たところ、目の前の人間の髪はショートカットと呼ばれるスタイルで短めに切りそろえられ、スーツと呼ばれる黒い布地で全身を覆う服を身につけている。ランサーの理解ではスーツとはこの時代の、主に男向けの軽兵装といったところだ。

 だが胸元や腰回りのシルエットをみれば男でない事は一目瞭然だった。

 

「……クーフーリン」

 

 ランサーの前にいる女はまるで懐かしい相手、親しい仲間を見るような顔をして、彼の名を呟いていた。

 現状から察するにこの女が彼を召還した魔術師に違いない。ランサーはさっきからずっと驚いたように彼の顔を見つめ続けている彼女に問う。

 

「アンタがオレのマスターか?」

 

 女がはっ、と我に返ったように背筋を伸ばした。彼女の眉根が引きしまり、瞳に力が込もる。少し緊張した声で彼女は名を名乗った。

 

「私の名はバゼット・フラガ・マクレミッツ。故郷アイルランドの英雄クーフーリンよ、聖杯戦争を勝ち抜く為に私に力を」

 

 同郷の人間だったか。なるほど納得だ。彼女はアイルランド人らしい暗赤色の髪と目をしている。それに、

 

「……フラガ?」

 

 彼女はランサーが聞き覚えのある名を口にした。フラガとは光の御子たるクーフーリンのの父に当たる太陽神ルーの剣の名前である。

 

「ええ、私はルーに使えた魔術師一族の末裔であり、赤枝の騎士の精神を受け継ぐ者です」

 

 なるほど。彼女はランサーを召還するに相応しい、いわば彼ら古代アイルランド戦士の子孫ともいえる人間なのだ。

 

 バゼットと名乗ったこの女魔術師からランサーに伝わる魔力は申し分ない。ランサーが生きていた神代から遥かな時を経た後の世代、神秘が薄れたこの時代においては彼女は高位の魔術師に違いない。彼女がマスターならば自分の力を不自由なく振るえるだろう、とランサーは感じた。

 宝具が槍だけで戦車も城も持ってこられなかったのが残念ではあるが、戦場がこの極東の国では仕方があるまい。

 

 名乗り終えたバゼットはまだ硬い表情のまま、まっすぐにランサーの顔を見据えている。ランサーはにっと笑って赤い瞳をぱちりとウィンクしてみせた。

 

「もちろんだ、現代の赤枝の騎士さんよ。ここに契約は成立した」

 

 そんなランサーの態度にバゼットの緊張が崩れる。バゼットは少し戸惑ったような顔になった。

 

「えっ、と……」

「なんだよ。ま、そんな堅くなりなさんな。これからアンタとオレは相棒なんだぜ」

 

 ケラケラと笑いながらランサーは軽口を叩く。これから共に戦う仲間だ。そんなに気を張っていてはこの先疲れてしまうだろう。

 バゼットは、はあ、と軽く溜息をついて肩の力を抜いた。

 

「まだ、貴方をこの世に召還できたという実感が湧かないのです。なにしろ貴方は私たちアイルランドの者にとっては伝説の大英雄なのですから」

 

 張りつめていた部屋の中の空気が少しづつ緩んでいく。

 

「あの……」

 

 バゼットがおずおずとした声でランサーに話しかけてきた。先ほどの緊張と意気込みはどこへいったのかと少々拍子抜けしてしまうくらいに。

 

「私がマスターで不満はないのでしょうか?」

 

「あ?」

 

 今度はランサーが一瞬きょとんとしてしまった。が、馬鹿馬鹿しいので、すぐに笑いがこみ上げてくる。

 

「ははははははは! 今さら何を言ってんだアンタ」

「なんですかランサー、そんなに笑わなくても」

 

 ランサーはむくれるバゼットを気分良く笑い飛ばしながら言った。

 

「昔、一度だけ女戦士と戦った事があってな。アンタには、あの女の面影がある」

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 その後、ランサーとバゼットは聖杯戦争について必要な事項をあらかた相談し終え、部屋の中で特にやることもなく寛いでいた。

 

「おっと、そういえば。バゼット、ちょっと頼みがあるんだが」

「なんですかランサー?」

 

 不意にランサーから声をかけられてバゼットは振り向いた。

 

「マスターは令呪というヤツを持ってるんだろ。見せてくれよ」

「え……」

 

 ランサーは軽い興味で聞いてみただけだったのだが、バゼットは慌てて左腕をぎゅっと握りしめる。

 

「あれ、ダメか?」

「そんなことは……ありませんが」

 

 バゼットはなぜか焦りながら、左そでをまくり上げようとしている。しかしスーツの上着の生地はしっかりしていて肘までまくり上げられない。

 バゼットは急に顔を上げて真顔でランサーの目を正面から見つめた。

 

「そうですよねランサー。貴方はサーヴァントなのですから、やはり自らを縛るものが気になるでしょう」

 

 バゼットはそう一気に言い終えて、ふう、と一度深呼吸をしてから、やおらばさっとスーツの上着を脱ぎすてた。そしてネクタイに手をかけてするりと首元から抜き取る。

 

「え!? 何すんだアンタ」

 

 驚いて眼を丸くするランサーの前でバゼットはパチパチとシャツのボタンを外していく。首筋から胸元の白い肌があらわになる。ランサーの眼はさらに丸くなる。

 

「お……」

 

 バゼットは左腕をシャツの袖から引き抜き、左半身をはだけて見せた。

 なにも身につけていない左腕をランサーの目の前にかざす。腕の肘の上あたりに細長い模様が現れていた。バゼットの雪のような色白の腕の上に赤い令呪が色鮮やかに刻まれていた。

 

「どうですかランサー、これが私の令呪です。…………ランサー?」

「おおお……」

 

 ランサーはついふらふらとバゼットに近づいた。

 左腕の令呪。引き締まってなめらかな二の腕。鎖骨のくぼみ。まっすぐで綺麗な喉元。

 そして、その真下の豊かでやわらかそうな球体。

 触ると想像通り、いやそれ以上の弾力と手応えがあって——————

 

 がすっっっっっっ!!!!

 

 何かが突き刺さる音がした。あれ、何だろう? という他人事のような一瞬の思考を経たのちランサーは、

 

「痛ってええええええええええええ!!!」

 

 額を押さえて床をのたうち回ったのだった。

 床を転げるランサーの横にどさり、と重そうな物が落ちる。ランサーは痛みを堪えながら落ちてきた物を拾ってみた。

 

『完訳ケルト神話大全』

 豪華上製本。総ページ数800ページ。重さ約2キロ。

 ちなみにその本のカドはぐしゃりとひしゃげていた。

 

「ひ、ひでーよバゼット。いくらオレでもこれはダメージでかいぜ……」

 

 かろうじて床から体を起こし立ち上がろうとしたランサーの眼にさらに信じがたいものが映る。

 バゼットがソファーを頭上に抱え上げて立っていた。手がふるふると震え、眼にはうっすら涙が滲んでいる。

 

「バ、バゼット?」

「私の憧れのクーフーリンは……そんなこと言わない!」

 

 バゼットの泣き声とともにソファーがクーフーリンめがけて飛んできた。

 

「うああああああ!」

 

 ランサーはそれを素早く避ける。が、その後も泣き叫ぶバゼットは部屋中のありとあらゆる物をランサーに投げつけたのだった。

 ランサーは敏捷ステータスAの能力を遺憾なく発揮して飛来する家具や日用品をひたすら避けつづけながら思う。

 

 ああ、矢除けの加護がなかったらオレここで死んでたな。

 それにしても憧れのって……。一体バゼットのイメージの中ではオレはどのように美化されてんだろ?

 

 

 1月23日。

 こうして、魔術師(マスター)バゼットと槍の英霊(ランサー)クーフーリンの聖杯戦争が始まった。

 




バゼットの令呪の場所は左腕の上のほうという解釈にしてます。


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蜘蛛の階段(いと)- spider ladder - 

芥川龍之介「蜘蛛の糸」とのクロスオーバー(?)


 一人の修道女が銀色の髪を揺らしながら池のほとりをゆったりと歩いていました。池の周りをぐるりと取り囲むように、紫陽花の群れが緑と紫の鮮やかな茂みを作っています。紫陽花はどれもまるで大きな宝玉のように咲き誇っていて、その花びらから水滴が弾けて輝きます。この場所は今ちょうど「五日目」の朝の時間です。

 

 修道女は紫陽花の茂みを掻き分け池の淵にでると、そこにたたずんで澄んだ水面から池の底を眺めました。この池の下には、とある街の様子が透けて見えるようになっているのです。その街はまるで地獄のような光景に包まれつつありました。水晶のような水を通して、屍が積み重なる針山、その山から一匹一匹目覚めて動き出す残骸のような怪物たち、彼らが放つ赤い光に浸食される街、残骸たちに覆われて終末を迎える世界が見えます。その世界は「四日間」だけしか持たない世界なのです。

 

 その地獄のような街の中に身体中を刺青に覆われた黒い少年がいるのが見えました。少年の名はアンリマユといいました。彼は「この世の全ての悪」です。どこにでもいる普通の青年であり、他の誰とも大して変わらない幸福で退屈な生活を送るはずだった彼は、理由もなく生け贄に選ばれました。右目を潰され、舌を引き抜かれ、手足の指を切り落とされて、山の岩牢に放置されたのです。そして彼はあらゆる悪の象徴を体に刻みつけ、全ての欲望を肯定し、不条理を黙殺し、まるで呼吸をするように人を憎み続ける悪魔となりました。人間に降り掛かる悪事は全てこの「この世の全ての悪(アンリマユ)」のせいなのです。

 

 このような非情な悪魔であるにもかかわらず、それでも彼はたった一つだけ善いことをしていました。彼は自分のちっぽけな望みのためだけにもがいて生きる、つまらない女を助けたのです。その女は死の間際においてすら、ただ死にたくない、消えたくない、と願っていました。彼は、嫌われたくないから良い人でいたい、悪事を働いておきながら善行も積み重ねたい、というその女の矛盾したみっともなさを憎みながら、それも好しとしたのです。

 

 修道女は街の様子を見下ろしながら、この悪魔が女を助けたことがあるのを思い出しました。その善行の報いに、出来るなら、この終わっていく街から彼を救い出してやろうと考えました。ちょうど良いことにすぐ側の紫陽花の葉の下に一匹の蝸牛(カタツムリ)が取り付いていました。蝸牛はジクジクと粘った液を出して紫陽花にたかっています。修道女は蝸牛の液を手に取って糸のように長く伸ばしました。そして玉のような紫陽花の群れの間から、血に沈んだように真っ赤に埋め尽くされた池の底に向けて、まっすぐにそれを降ろしました。

 

 

 

 こちらは池の底に見えた、平凡な日々を繰り返して四日目の夜に必ず終わっていく街です。残骸たちに食いつぶされていく夜の街の中をアンリマユは一人で駆けていました。明かりの途絶えた暗闇から浮き上がってくるものがあると思えば、恐ろしい残骸の目が赤く光っているのですから、不気味で仕方ありません。その上あたりは墓場のように静まり返って、たまに聞こえるのはひどく耳障りな残骸の鳴き声ばかりです。今この街に存在しているのはもう果てしなく繰り返す失敗に疲れ果てて、もとの形をとどめることができなくなったモノたちばかりなのでしょう。アンリマユは残骸に飲まれないように、ただひたすら死んだ街で走り続けていました。

 

 彼はこの街で一番高いビルの屋上にたどりつき、真っ黒な空を見上げると、遠い遠い天上の月から、銀色の蜘蛛の糸のように、一すじの細い階段が、するすると自分の目の前に降りてきました。アンリマユは思わず喜びました。この階段をどこまでも登っていけば、きっと虚しい願いによって作られた、終わっては繰り返すこの世界から抜け出せるに違いありません。いや、上手く行けば彼が見るはずのない「五日目」を迎えることができるかもしれません。そうすればここでの幸福で退屈な日々もなくなれば、四日目の夜に残骸に引き裂かれ、飲み込まれてしまうこともありません。

 

 そこでアンリマユはさっそくその細い階段を両足でしっかりと踏みしめながら、一生懸命上へ上へと登り始めました。彼は本来はカタチのない「虚無」ですが、この街の一人の青年に憑依して体を得ていました。その青年は自身の欲望を殺し、世の不条理を許せない、歪んだ善人でしたので、このような無茶に日頃から慣れきっています。

 

 しかし地上と月の間は三十八万キロもありますから、いくら焦って階段を登っても、簡単には上へは出られません。アンリマユが階段を登っていく間に徐々に彼の体は変質し、輪郭を失っていきます。視界は黒い欠片に埋められるように狭くなっていきます。月に近づくにつれて、彼はどんどんと、元々の姿である無に還ってゆくのです。

 

 やがてアンリマユは人の形を失い、一歩も上へ登れなくなってしまいました。天上の月はあまりにも遠く、辿り着こうとする意志が揺らぎます。仕方がないので一休みするつもりで階段から遥かに眼下を見下ろしました。

 

 すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた、死んだように不気味な街は、今ではもう暗闇の中ににいつの間にか隠れて居ります。それからあの残骸を吐き出す恐しい屍の山も、足の下になってしまいました。この分でのぼって行けば、この虚ろな揺り籠の世界からぬけ出すのも、案外わけがないかも知れません。アンリマユは既に薄くなった両手を階段につきながら、彼に与えられるはずだった退屈で幸福な世界が遠のいていくのを眺めていました。

 

 ところが、ふと気がつくと彼のいるビルの真下が赤く染まっていました。針の山から吐き出された残骸の綿津見は街をすっかり飲み込み、ビルを這い上がり彼のいる階段まで殺到してきます。残骸たちはかつて自分であったモノを仲間に引きずり込もうと近づいてきます。

 アンリマユは消え行く体をしゃにむに動かし階段を駆けあがりました。ここで奴らに、自分に捕まってしまったら、この間違った願いで作られた世界が終わらないのです。

 彼の耳元でごう、と風の唸る音が聞こえました。

 

 ハシッテ、何ヲシヨウッテイウンダイ?

 

 風の音には残骸の、かつて彼であったモノの怨嗟が混じっていました。彼はその怨嗟に飲まれまいと、残りの力を振り絞って月に手を伸ばしました。

 

 ———ハシッテ……オレハ、コノ願いヲ、終ワラセナイ、ト———

 

 ですが、彼の体はもう影でしかなくなっています。周囲の大気は淀み、時間が曖昧になり、意識が霧散していきます。いまだに階段は長く、月はあまりにも遠く、彼はついに辿り着く意志をなくしてしまいました。

 視界が、触覚が、平衡感覚が、世界を認識する機能が消えて、彼はもとの無に戻っていきます。そして彼に呼びかけていた残骸の叫びはすでに彼の内側から響いて聞こえるようになっていました。

 

 オマエダケ

 オマエダケ

 オマエダケ———

 オマエダケ——————

 

 残骸はビルを覆い、瞬く間に階段を埋め尽くし、その途中で立ち止まった彼をを捉え、飲み込んでしまいました。

 

 オマエダケ抜出ソウナンテ、ユルサナイ———

 

 いつの間にか彼も他の残骸と同じように怨嗟の鳴き声を上げていました。こうして彼は残骸の一部となりました。もはや他に誰も生者がいない無間の暗闇の中に残骸の呪いだけが響きます。

 

 オレハ失敗シタ。オレハ失敗シタ。オレハ失敗シタ

 

 オマエモ、

 オマエモ同ジヨウニ失敗シテ怪物二ナレ———

 

 

 

 修道女は池の淵でその一部始終をじっとながめていましたが、やげてアンリマユが残骸の海に跡形もなく飲み込まれてしまうと、池の底に蔑んだ一瞥をくれて、またゆらゆらと歩き出しました。彼がかつての自分自身であった残骸に打ち勝つことができずに再び取り込まれて、またしても繰り返す四日間に戻ってしまったのを、この修道女は浅ましく思ったのでしょう。

 

「あなたはまた失敗した。ここにくるのはまだ早かったようですね」

 

 銀色の髪の修道女は池に背を向け立ち去っていきました。

 しかし池の周りの紫陽花は、少しもそんなことに構いません。明るい日差しに紫の花弁を輝かせながらそよ風に揺れ、青々と広がる葉から瑞々しい香りが絶え間なくあたりにあふれています。今回も訪れなかった「五日目」はすでに昼近くになったのでしょう。




Fate/hollow atraxiaの「スパイダー・ラダー」のエピソードを
「蜘蛛の糸」http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html
風に解釈しました。


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ふつう
絵を完成させよう その1


バゼットとアヴェンジャーと白い花のパズル。


 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。

 

 時計の秒針にあわせて手元のパネルをスライドさせる。アヴェンジャーはテーブルの脇の椅子に腰掛けておもちゃのパズルをいじりまわしている。パネル同士がぶつかるたびにカチカチと軽い音がした。

 

 カッチッチ、カッチッチ、カッチッチ。

 

 部屋のソファの上では彼のマスターが眠ったように、死んでいる。アヴェンジャーはパズルのパネルを弾きながらマスターの蘇生(めざめ)を待つ。

 

 拍子を微妙にアレンジしてパズルを続ける。真夜中の暗い部屋の中にパネルの弾け合う音だけが響いている。まるで陽気なポルカのような場違いなリズム。

 

 カッチカチ、カッチカチカチ、カッチカチ、カッチカチカチ、カッチカチ。

 

「———、ぁ———」

 

 パネルで奏でていたリズムの中に艶かしい吐息が混ざった。彼のマスターがようやく目を覚ましたようだ。アヴェンジャーがソファに顔を向けると横たわっていた肢体(したい)がごそりと体を起こしたところだった。

 

「———、う…………」

 

 微かな声をあげて、アヴェンジャーのマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツはソファに座り直した。蘇生してしばらくは意識がぼんやりしている。泥酔後の朝のようなめまいを軽く頭を振って追い払った。

 

「ようやく目が覚めたかマスター」

 

 目の前で声がしてバゼットは顔を上げた。そこには全身に黒い模様を帯びた少年が立っていた。彼女の相棒。残忍で凶悪で、殺しが大好きで、自己の欲望に忠実な、油断のならないサーヴァント。

 アヴェンジャーは軽薄にケラケラと笑いながら、いつも通りのセリフをバゼットに告げる。

 

「さあ、聖杯戦争を続けよう」

 

 

 

 

 いつも通り手早く出撃の準備を整え、バゼットは部屋を出ようとテーブルの脇を通り過ぎた。その時テーブルの上に乗っているものに目が止まった。

 先を行くアヴェンジャーを呼び止める。

 

「このパズルは?」

 

「見りゃわかるだろ、絵だよ絵」

 

 アヴェンジャーがいつも遊んでいるパズルだった。絵を16ピースに区切り、そのうち一枚を取り外してシャッフルし、空いたブロックへ動かして元の絵に戻す。16パズルと呼ばれる単純な絵合わせだ。

 

 その絵柄はといえば、小さくて白い一輪の花の絵。どこにでもあって何の代わり映えもしない地味でつまらない絵だった。

 

 この前の夜の巡回のとき、バゼットはアヴェンジャーの望みを尋ねた。アヴェンジャーはこう答えた。

 

 ———強いて言えば、絵を完成させることかな。

 

「まさか、絵を完成させるのが望みだと言っていたのはこれなのですか?」

 

 バゼットがアヴェンジャーの後ろ姿に問いかけると、アヴェンジャーはそっぽを向いてとぼけていた。図星なのだろう。

 はあ、とバゼットはため息をついた。なにか深い比喩なのかと思っていたのに拍子抜けだ。

 

「真面目に答えなさい」

 

 バゼットはアヴェンジャーを叱りながら出口に向かった。アヴェンジャーは、はいはーい、と不真面目な返事をしながらバゼットに先だってとっとと外に出て行く。

 

 まったくこのサーヴァントはいつまでたっても変わらない。野蛮だし、弱いし、口だけだし、と呆れながらバゼットは部屋のドアに手をかけた。出がけに振り返るとあのテーブルとパズルが見えた。

 

「それにしても、あんなものが好きとは。アヴェンジャーにも案外子供らしいところがあるものだ」

 

 バゼットは自分が眠っている間、一人で延々とパズルに没頭しているアヴェンジャーの姿を想像した。椅子に背を丸めて座りひたすらパネルを弾いている姿は、少し可愛らしいと思った。

 日頃からその無邪気さを素直にだしてくれればいいのに。そうしたら彼をもう少しは親愛なるパートナーと感じられるかもしれないのだが。

 

 ドアを締める間際、バゼットはふと名案を思いついた。

 

「あんな単純なパズルでは飽きてしまうでしょう。代わりにもう少しやりがいのあるものを準備して上げましょう」

 

 そうしてバゼットとアヴェンジャーはまた繰り返す4日間に出かけていく。

 

 

 

「———、ん…………」

 

 バゼットは目を覚ました。今夜はいつもの カッチ、カッチというパズルの音が聞こえない。テーブルを見るとアヴェンジャーはいつもの椅子に腰掛けていなかった。

 

「よ、よう。目が覚めたかマスター」

 

 声がしたほうを見るとアヴェンジャーは床に這いつくばり、あたり一面に広がった細かい絵の欠片を必死で合わせている。

 

「ねえ、マスターこれは何?」

 

 笑顔を引きつらせ、床からバゼットを見上げるアヴェンジャー。バゼットは自慢げな表情をしていた。

 

「先日買っておいたのです。作りがいがあるでしょう?」

 

 バゼットはそう言いながら棚に歩いていき、そこに置いてある箱をとって戻ってきた。箱の表をくるりとアヴェンジャーに向けてみせる。

 パッケージ全体に美しく色鮮やかなガラスの絵がプリントされていた。

 救いを求める人々の頭上で万華鏡の様に輝く光。繰り返す円で形作られた神秘的な薔薇の花。

 それは、荘厳かつ神聖なる図形。創造主に捧げられた聖なる祈り。

 

「ノートルダム大聖堂のステンドグラスのパズルです。大型版、全2000ピース!」

 

「ええええええええ!」

 

 床に尻餅をついたまま悲鳴をあげるアヴェンジャー。喜ぶと思ったのに、とバゼットは思わず眉根を寄せた。

 

「おや、不満なのですかアヴェンジャー」

 

「だってさマスター、これ全然出来上がらないよー」

 

 アヴェンジャーの周りには中途半端に合わさった絵の欠片がばらばらと散らばっている。元の形にはほど遠い。

 バゼットはソファを降りて、途方にくれているアヴェンジャーの横に座り込んだ。

 

「仕方ないですね。出撃にはまだ時間がある。私も手伝いましょう」

 

 

 

 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。

 

 部屋の中に時計の秒針の音だけが淡々と響いている。

 

 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。

 

 バゼットとアヴェンジャーは床に座り込んで無言でパズルのピースを合わせ続けている。小さかった絵の欠片は徐々に大きくなってきた。最初は原型をとどめていなかった破片ばかりだったが、今なら作り上げた欠片を上から俯瞰すればステンドグラスの全体像を思い浮かべられそうだ。

 

「ねえ、マスター」

 

「なんですか? アヴェンジャー」

 

 アヴェンジャーは隣でパズルを組み立てているバゼットに声をかけた。バゼットはちょうどアヴェンジャーにお尻を向けた格好で四つん這いになって次に繋げるパズルのピースを探していた。

 

「あのさ、そこにある塊がオレのところにある塊とくっつくハズなんだ」

 

「え? そこって、どれのことですか?」

 

「ほら、今ちょうどアンタの体の真下にあるヤツだよ」

 

 アヴェンジャーはバゼットの足の間に、にゅ、と手を伸ばした。そこにある作りかけの欠片を触ろうとしたつもりだったのだが。

 

「ちょっとアヴェンジャー!?」

 

「おいマスター、急に足を閉じるなよっ」

 

 手を足で挟まれかけて慌てたアヴェンジャーはそのまま体ごとバゼットの真下に潜り込んだ。

 

「なぜ私の体の下に潜り込もうとするんですか!」

 

「だーかーらー、アンタの体の下にあるパーツが欲しいんだってば。じっとしててくれよマスター」

 

 騒ぐバゼットに抗議しようとして思わずアヴェンジャーは頭を上げた。顔にむにっ、と柔らかい感触につつまれた。

 

「……………………………………」

 

 すとっぷ、ざ、わーるど。

 

 バゼットとアヴェンジャーはしばしその姿勢のまま停止する。

 

 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。

 

 時計の秒針の音が静まり返った部屋の中でやけに大きく聞こえる。

 

 らっきー、とアヴェンジャーの心臓が熱くなる。そして同じだけ、やばいっ、と背筋が凍り付いていく。

 案の定、その次の瞬間には、

 

「なにをしているんですか、アヴェンジャー!!」

 

 どがっしゃああああぁぁぁぁ!!!

 

 バゼットの鉄拳に弾き飛ばされてアヴェンジャーの体はごろごろと床を転がり、壁に激突していた。

 床の上には粉々の破片に戻ったステンドグラス。木っ端みじんになって散らばる作りかけの絵。ああ無情。

 

「あーあーあ」

 

 アヴェンジャーは壁に打ち付けた頭をさすりながら立ち上がり、消え失せた絵の跡を残念そうに眺める。

 

「時間です、アヴェンジャー。出かけましょう」

 

 バゼットは絵のことなんて忘れたとでも言いたげに、しれっと出撃の準備をしていた。

 

 そしてまたバゼットとアヴェンジャーは、散らばった欠片を拾い集めに4日間を繰り返す。

 

 

 

「あ、あった……」

 

 アヴェンジャーは部屋を探しまわり、棚の隅にいつものパズルを見つけた。

 

「まったく、なんで女って男のお気に入りのものを隠すんだろな?」

 

 アヴェンジャーはテーブルの前の椅子に座り、目の前にパズルを置いて爪弾きはじめる。

 

 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。

 

 ありふれた小さな白い花の絵。

 どこにでもある平凡な絵柄。死にたくないという凡俗な願い。

 だからこそ綺麗なこの絵を、今日も作り続ける。

 

「———、ぁ———」

 

 あえかな吐息が聞こえた。マスターが目を覚ましそうだ。

 

「さあ、聖杯戦争を続けよう、バゼット・フラガ・マクレミッツ。こんどこそ、君の望みをみつけるために」



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YARIOはフランス革命を救うそうです

あの5人組ユニット。

2015年のTYPE-MOONエイプリルフールネタ「YARIO」とFate/Grand Orderのネタが入ってます。


 フランス革命の時代。王妃マリー・アントワネットは宮殿を追われ護衛の兵士と共に逃亡生活を送っていた。だが敵の追っ手は着々と迫っていた。

 

「いたぞ、マリー・アントワネットだ! 捕まえろ!」

 

「マリー様、ここは我々が食い止めます。あそこに村が見えます。そこまで逃げて身を潜めてください!」

 

「……わかりました。後は任せます」

 

 護衛の兵士が指す方向に小さな村が見える。追っ手と護衛たちが戦っている間にマリーは全力で走ってその村に逃げ込んだ。

 

「この村は……?」

 

 見渡したところ家は数軒だけの本当に小さな村だった。民家の他には畑がある。畑に生えている作物には赤い色の実がたくさん実っていた。畑の木の脇に村人の姿が見えた。オーバーオール姿でショートカットの赤い髪。よく見ると左目の下に泣きぼくろがある。どうやら収穫作業の最中のようだ。

 

「フッ!シッ!ハッ!」

 

 気合いとともにシュバババッと繰り出される高速のコンビネーションパンチが的確に実の付け根を捉えていく。そして刈り取られた実が宙に浮いている間に素早くつかみ取ってはカゴに収穫する。

 マリーは思わずパチパチパチと拍手をした。

 

「こんにちは、カタッシュ村にようこそ」

 

 村人が収穫(パンチ)の手を止めて、マリーの方を振り向いた。

 

「ここはカタッシュ村というのですね。少し変わった名前ね」

 

「私たちはここの土地を開拓して畑を作ったり、獲物を狩って、自給自足の生活をしているんです」

 

 村人が脇に抱えたカゴから赤い実をとりだした。美味しそうにつやつや光っている。

 

「ほら、これはここで作ったトマトです」

 

「まあ、きれい。野菜はこんな風にとれるものなのね」

 

 王族出身のマリーにとっては農家の畑仕事を直接見ることは滅多にない。つい手元のトマトや畑に並んでいるトマトの木々をじっくりと眺めてしまう。

 そんなマリーの姿が逆に珍しかったのか、村人が尋ねてきた。

 

「取れ立ての野菜を見るのは珍しいですか?」

 

「ええ。恥ずかしながら、私は王宮育ちで庶民の生活に疎いのです」

 

 自らの正体を曖昧にしたまま世間話を続けているのは限界だ。そろそろ本題を切り出さなくてはならない。マリーは意を決した。

 

「私は王妃マリー・アントワネットです。事情があって、少しの間この村でかくまってもらいないかしら」

 

 ここの村がマリー達に友好的とは限らないし、断られたら、すぐにこの村から離れなくてはならない。

 だが、

 

「もちろんです」

 

 正直言ってマリーが拍子抜けするくらいにあっさりとその村人は頷いてくれたのだった。

 

「私はバゼット。あちらに仲間がいます。紹介しましょう」

 

 バゼットはそう言って畑の向こうにある小屋の方に歩いていく。マリーが後を追うと、小屋の前では一人の男が木材相手に槍をふるっていた。ちぢれた黒髪で右目に下に泣きぼくろがある青年だった。それに、

 

「ずいぶんと美形ですね。魅了されてしまいそう……」

 

「おっと、彼の黒子(ほくろ)に気をつけてください。あれを女性が見ると恋におちてしまいます」

 

「まあ、それはいけないわ」

 

 バゼットに注意され、マリーは急いで彼の顔から眼をそらした。王妃が不倫はよくない。

 代わりに青年が削っている木材に眼を移す。

 

「とうっ!」

 

 青年は両手を使って二本の槍を曲芸のようにヒュンヒュンと操っていた。

 

「彼はディルムッド。破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の双槍を使いこなす木工職人です」

 

 ディルムッドと紹介された青年は槍を華麗に振り回しつつ木材を割って板を作り出し、手頃に大きさに切りわけていく。

 マリーはディルムッドの黒子を見ないように背中越しに話しかけた。

 

「何を作っているのですか?」

 

「まな板です」

 

 ディルムッドは槍の刃を使って鉋をかける要領で板をキレイに平らにしていた。これでまな板はほぼ完成だ。

 ディルムッドは作ったまな板の端に槍の先を使ってカリカリと文字を刻み付けていった。フランス語ではないらしく、マリーには読めない。

 

「ディルムッド、これはなんと書いたのですか?」

 

「思い槍です。自然、そして仲間、そういった周りの全てに対する感謝の気持ちをあらわした言葉なのですよ、マリー」

 

 ふとマリーは自分の周囲の人々、お付きの侍女達、護衛の兵士達、そしてフランスの民衆に想いを馳せた。彼らがいるからこそ、そして彼らの為にこそフランス王家は存在している。そうだ、彼らをもっと大切にしなければ。それが王妃である自らの役目なのだから。

 

「思い槍……、なんと素晴らしい言葉なのでしょう」

 

 一方、バゼットとディルムッドは新しいまな板の出来映えについて語りあっていた。

 

「見事なまな板です。これで料理がはかどりますね、ディルムッド」

 

「ああ、これで安定した体勢で野菜を切り分けることができる。調理がよりスムーズになるはずだ」

 

「……む、ディルムッド。山の方から何か音がしますよ」

 

 ドドドドドドドドドドドドドド……

 

 確かに小屋の向こうの山の方から何かが駆け下りてくる音が聞こえた。一同は山の方を見上げた。

 

「え」

 

 巨大なイノシシが現れた。イノシシはこちらにまっすぐ突進してくる!

 

「あわわわわわわわ!」

 

 ディルムッドは逃げ出した!

 

「何が起こったんですか?」

 

「イノシシです。マリーさん離れて!」

 

 バゼットはマリーの手をとって逆方向に逃げ出した。

 山から降りてきたイノシシは一瞬足を止めて左右をきょろきょろと確認した後、ディルムッドの方にまっすぐ突撃した。

 

「ブォォォォォォ!」

 

「うわああああ! 助けてくれぇぇぇ!」

 

「ディルムッド! 槍で迎撃を!」

 

「私はイノシシがが苦手なんだぁぁぁぁぁぁ———!」

 

 必死で逃げるディルムッド。イノシシは執拗にディルムッドだけを追っている。

 

「大変です、このままではディルムッドさんが」

 

「彼は生前もイノシシと相性が悪かったのです。またしてもイノシシに襲われるとはなんと不運な」

 

「オレにまかせなァ!」

 

  疾風のごとく一人の青年が現れた。頭の後ろで結わえた長髪をたなびかせ、手に赤い長槍を構えてディルムッドとイノシシの間に割って入る。

 

「クーフーリン!」

 

「その心臓、貰い受ける! 刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 ザクッ!

 

 クーフーリンと呼ばれた男の槍は一撃で猪の心臓を抉り、地面にイノシシの巨体がずずん、と倒れた。クーフーリンは槍を突き上げ歓声を上げた。

 

「猪とったどー!」

 

「よかったー!」

 

「さすがは必中の槍。見事です、クーフーリン!」

 

「ふう、助かりました……」

 

 歓声をあげるマリーとバゼット。そしてディルムッドはほっと胸をなで下ろしていた。

 

「どうだいお姫様、ざっとこんなもんよ!」

 

 足下に巨大なイノシシを転がしてクーフーリンはマリーに見栄を切る。

 

「すばらしいわ。クーフーリン、あなたは凄腕の狩人なのね。それにしても大きなイノシシだこと。これはどうするのかしら。埋めてお墓をつくるの?」

 

「いえ、これも山の恵みです。無駄にはしません」

 

 バゼットとディルムッドがイノシシの脇に近寄って持ち上げる。

 

「解体して肉にして料理しましょう。マリーさんもいることですし、今日は宴会にしましょう」

 

 そう言って二人は仕留めたイノシシを小屋の中に運んでいった。

 

「しかしよー、急にイノシシがでるのは怖いよなあ」

 

 クーフーリンは腕組みをしつつ、イノシシが降りてきた山の方を眺めていた。

 

「心配無用だ」

 

 バゼットとディルムッドと入れ違いで小屋のなかからまた別の村人が現れた。白い髪に白い髭。どことなく貴族のような威厳があって農村では少し場違いだ。頭に巻いている農夫スタイルの手ぬぐいでかろうじて違和感が中和されている。

 

「おう、ヴラド」

 

「山との境界に作った柵が緩んでいてイノシシに壊されたようだな。直してくる」

 

 ヴラドは山の方へつかつかと歩いていくと、大きく両手を広げた。

 

「土にまみれた我が人生をここに捧げようぞ。地塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)!」

 

 ヴラドの体からたくさんの杭がにょきにょきと現れた。杭はヴラドの体から撃ち出されて山との境界に向かって飛んでいく。

 

 グサグサグサ!

 

 壊れていた柵の杭が綺麗に打ち直され、ヴラドは手早く杭に有刺鉄線を張り直して柵を修理した。 

 

「さあ、杭改めたのでもう大丈夫だ」

 

 小屋からバゼットとディルムッドがみんなを呼ぶ声がする。

 

「イノシシ鍋ができましたよー」

 

「ごはんにしよう!」

 

 

 

 鍋にはさきほどのイノシシの肉のほか、たくさんの野菜がごろごろと入って煮えていた。

 

「さあどうぞ」 

 

 バゼットがイノシシ鍋をお椀によそってマリーに渡してくれた。マリーはお椀の汁物をそっと口に含んでみた。かなりワイルドな味がした。彼女が普段口にしていた宮廷の料理に比べたらとても大雑把だけれども、どことなくあったかい味がした。

 

「この野菜もカタッシュ村でとれたものなのですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

「マリーさん、パンが焼けましたよ」

 

 ディルムッドが焼きたてのパンを運んできた。パンの香ばしい香りがあたりに広がる。

 

「パンも村で作った小麦をつかって焼いているんです」

 

 さらに食卓にワインが並べられた。

 

「このワインもそうです」

 

「まあ、この村は本当に豊かなのね」

 

「そいつはホラ、アレのおかげだ」

 

 クーフーリンが高台の上を指差した。そこに誰かが立っていた。その人からあまりに眩しい光が放たれているので逆光で人影にしか見えず、誰なのかわからない。

 

「……高台から光を照らしている。あれは誰なのですか?」

 

「太陽神の息子、カルナだ。 カルナー!もういいぞ。メシにしようぜ!」

 

 クーフーリンが高台に向かって叫ぶと、カルナとよばれた村人は光を止めて小屋のほうにおりてきた。

 カルナの光がおさまったので周囲は夕方になった。

 

「日の光を受けて自然と共に暮らす。知らなかった。農民たちの生活がこんなに素敵なものだなんて」

 

「なっ、お姫様。たまにはこんな生活もいいだろ?」

 

 クーフーリンがイノシシ鍋をほおばりながらマリーに陽気に話しかけてくる。マリーは思いついた。私も庶民の生活をもっと知ってみたい。

 

「ええ。皆さん、私にも農家の仕事を教えてくださらない?」

 

「もちろんだぜ!」

 

 

 

 翌日のパリの街角。パン屋の店先でたいそう華麗な見た目の女性がパン生地をこねていた。通りすがりの人々が思わず振り返って二度見してしまう美女。いや、二度見してしまうのは有名な誰かにあまりによく似ていたからなのだ。

 

「あの人、王妃様じゃなくって?」

 

「ま、間違いない……。王妃マリー・アントワネットだ!」

 

「王妃がパンを作っているぞ———!」

 

 誰かが驚きの声を上げ始めると、たちまちパン屋の前は人垣で埋まった。マリーはパンをこねる手を一旦止めて、人垣の前に進み出た。

 

「マリー様、パンづくりなど庶民の仕事です。いったいどうされたのですか?」

 

「私は皆さんの仕事を知ったのです。パンももケーキも貴方達がこうして作ってく

れているのですね」

 

「おお……、マリー様が私たちの仕事をわかってくださった!」

 

「ありがとう、貴方達の働きで私たちフランス王家は豊かに暮らしていけているのです」

 

「ああ、なんてお優しい王妃様!」

 

 集まったパリの民衆はマリーの言葉を皆、感動の涙をながして喜んだ。その人混みの後ろにひっそりとまぎれて黒いコート姿の青年がたたずんでいた。彼の目にも涙が浮かんでいた。

 

「ああ、マリィ!マリィ! これできっと僕は無実の人々を処刑しなくて済みそうだ!」

 

 青年シャルル・アンリ・サンソンの肩にぽん、と手が置かれた。振り返るとそこに楽団を引き連れた音楽家が立っていた。

 

「さあ、サンソン。一緒にマリーに音楽をささげようじゃないか」

 

 アマデウスが指揮を執ると後ろに控えた楽団が音楽をを演奏し始める。音楽に合わせてパリの民衆が歌い出す。

 

「ヴィヴ・ラ・フラーンス!」「ヴィヴ・ラ・フラーンス!」

 

「フランスばんざーい!」「マリー様ばんざーい!」

 

 

 

 マリー・アントワネットを讃える歌を合掌して盛り上がるパリの街の片隅に、五人の農夫たちの姿があった。彼らは歌い踊るパリの人々の熱狂を静かに眺めていた。

 

「マリーはうまくやったようですね」

 

「我々の仕事は終わりだな」

 

「さぁて! 俺たちはまた新しい村を開拓にいこうぜ」

 

「はて、次はどんな時代のどの場所にいくことになるものやら」

 

「また良き村を作り上げようぞ」

 

 そして彼らは人知れずその場から立ち去ったのだった。

 

 地図に載っていなかった謎のカタッシュ村。その後あの村人たちの姿を見た者はいない。

 

 

 

 AD.1793  フランス革命

 

 歴 史 改 変




……あれ?


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アチャベンジャー

Fate/Grand Orderの要素が入ってます。



 街中が寝静まった真夜中。いつものように冬木市深山町の洋館の中でオレたちは目を覚ました。

 

 オレはテーブルの脇の椅子に腰掛けてソファーに座った女の姿を見ている。不機嫌な表情を一切に隠さず、じぃーーっと見つめ続けてる。オレがせっかく熱い視線を送っているというのに、女の方は自分の手元に夢中だ。

 

 女はオレのマスターのバゼット。以前は目覚めたらすぐにオレを引っ張り出して戦いに出かけていた。

 だが最近ではオレの呼びかけに、

 

「目が覚めたか、マスター」

「ええ……」

 

「そろそろ街に出ようぜ、マスター」

「はい……」

 

 という生返事を何度も繰り返したあげく渋々外出する有様になってしまった。いったいどうしちまったのかと言うと。

 

 彼女が手に持っているのはスマートフォン。彼女が先ほどから延々と画面に指を滑らせたりタップしたりしているのは最近流行のソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」ってヤツだ。

 

 ここのところずっとこの調子。そこでオレは試しに今夜は声をかけるのをやめてバゼットが気づくまでだんまりを決め込んでやることにしたのだ。

 

 その結果、バゼットはいつまでもいつまでもスマホの画面にかじりついたまま夜は更けていった。

 カチ、カチ、カチ、カチ、と時計の秒針のリズムだけが無言の部屋にこだましつづける。最初はオレも秒針に合わせてカチカチとパズルを弾いていたけどとっくに飽きてしまって、退屈まるだしでわざとらしくバゼットを見ていた。

 いいかげんオレの根気も限界に達しつつあった頃、ついにバゼットが口を開いた。

 

「はあ……何度見てもこのランサーのイラストは素晴らしいですね」

 

 あー、こっちには眼もくれず、スマホの画面を見たままため息ついてる。

 オレは椅子から立ち上がり、つかつかつか、とバゼットの前に寄っていって、上からひょいとスマホ画面を覗き込んだ。

 

「なんだよ。再臨したランサーのカードばっか見て」

 

「なっ……!」

 

 慌ててスマホ画面を隠すバゼット。ため息つきながら見てた画面はやっぱりそれかよ。

スマホの画面には彼女が子供の頃から憧れていたおとぎばなしの英雄様。もともとあちらがバゼットの本来のサーヴァントだったわけだが。

 

「今夜はずっと街にでないで引きこもってゲームばっかりかよ」

 

「街には出ます。もうすぐ曜日クエストが切り替わりますから種火を集めてランサーをもう一段階再臨してから……」

 

 あちゃー。コイツは重傷ですヨ。ソシャゲ廃人まっしぐら。もともとバゼットは具合の悪い現実を都合良く忘れている人間だけどさ。

 

「アンタ、二次元にハマるなんて現実逃避もそこまで極まった? クーフーリンの裸はそんなにいいですか。そりゃそうでしょうね」

 

「アヴェンジャー、そういうつもりではありません!」

 

 真っ赤になって反論してくるバゼット。図星ですね、はいはい。

 でも心の広いオレはそんなことでは怒りませんヨ。バゼットの目の前で両腕を広げてみせた。ちょっとおどけてダンスみたいに赤い腰布を揺らしてみる。

 

「ほーら俺だって裸だろ。もっと見ていいし、触ってもいいんだぜー。あっただし優しくね。ゲンコツは勘弁」

 

 オレの体は結構鍛えてるから自信あるんですよ? ま、鍛えてるのはオレじゃなくてオレが憑依したアイツだけど。

 バゼットの反応はそっけなかった。オレのサービスを目の前にしながら平然と真顔に戻っちまう。

 そしてきっぱり。

 

「貴方の格好は最初からじゃないですか」

 

「あっ、ひでー」

 

 オレの裸にはありがたみがないらしい。実物だというのに割に合わない。三次元は二次元に負けるのか。世も末とはまさにこの事。

 

「アヴェンジャー、そもそも貴方は服を着ていいのですよ。むしろ裸のままは現代では不都合です。明日何か買ってきましょう」

 

「いらないよ。現代人の服なんて似合わないし」

 

 ユニクロだのしまむらだのの服なんて着たらますますアイツっぽくなってしまう。そんなのごめんこうむる。

 

「そうですか……。それなら」

 

 バゼットは一瞬考え込んだ後、すぐに名案を思いついたとばかりにぽん、と手のひらを打った。

 

「サーヴァント用の衣装があります」

 

「えっ?どういうコト?」

 

「Fate/Grand Orderの霊基再臨でサーヴァント達が脱いだ服を再現しました」

 

「ナニソレ」

 

「この国には依頼すればゲームのキャラクターの服を高度に再現した衣装を作ってくれる店があるのです」

 

 なんだそりゃ!?

 オレが士郎に取り憑いて昼間の生活を送っている間、この女は館で眠っていると思っていたが、いつの間にかそんなことしてたのか。

 

「アンタそんなところに金使ってんの!?」

 

 オレが唖然呆然としている間に、バゼットは部屋の隅に置いたトランクからごそごそと色とりどりの衣装を何着も取り出していた。

 

「実際に使う機会があるとは思っていませんでしたが」

 

 おいおい、マジで着せる気か? あああ、着せ替え人形にされるのはもうまぬがれないとみた。

 最低限コレだけは先に言っとかないと。

 

「えー、マスター。あのさ、アイツの青タイツだけは絶対に嫌」

 

「わかってます。貴方に着せるわけないでしょう」

 

 バゼットは即座に振り向く。さっきからオレの話をちゃんと聞いてないくせにこういうコトだけは耳に入るらしい。

 

「あっ、オレ、今少しおもしろくない」

 

 そしてオレの不平は当然スルー。

 バゼットは何かでっかい塊を両手に抱えて戻ってきた。そしてそれを、どん、とテーブルの上に置く。

 

「アステリオスの仮面」

 

 牛みたいな鼻輪のついた鉄仮面。地下迷宮の奥に潜む怪物が被ってそうなおどろおどろしいヤツ。

 

「そして、レオニダスの兜」

 

 顔全体ををすっぽり覆う金色の兜。なんだかアメコミヒーローみたい。

 

「どっちがいいですか? アヴェンジャー」

 

 えっ、それ選択肢?

 

「ちょっと、マスター。ハロウィンはとっくに終わりましたよ? それともこの国の新年の伝統行事のシシマイでもやらせる気?」

 

「顔をすっぽり覆う兜ならば戦闘には向いていると思いましたが」

 

「兜いらないです。頭が重いし息苦しいから嫌」

 

 率直に苦情を述べてバゼットに兜を片付けさせた。だがまだまだ諦めてくれない気配である。

 

「服もあります」

 

 バゼットがそう言って持ってきたのは全身を覆う真っ黒なローブ。裾がぼろぼろにほつれている。コレを被って暗い部屋の隅っこに座ったらきっと誰も気づいてくれないね。

 

「ハサンのローブ」

 

「陰気くさくて嫌」

 

 はい、即却下。

 

「貴方のイメージに合いそうな気がしたのですが、もっと明るい色が良いという事ですか」

 

 バゼットはハサンのローブを仕舞いつつ、またトランクをごそごそやっている。まだ他にもそんな衣装があるのかよ。もうしばらく付き合うしかなさそう。

 

「おや……いいものがありましたよ、アヴェンジャー」

 

 こちらを振り向いたバゼットの目はちょっと輝いていた。

 バゼットが広げて見せた服の色は真紅。胸の所に十字の形の白いフサがついてるのがポイント。

 ……イヤな予感がする。

 

「アーチャーの外套です」

 

「げっ!?」

 

「ほら、この服の赤は貴方の腰布と色が合うでしょう」

 

「ええーーー!」

 

 今度の文句は通らなかった。バゼットはがしっとオレの腕を掴む。

 

「貴方はさっきからそればかりだ。私は何度も貴方のリクエストに答えたのだから着なさい」

 

 問答無用でアーチャーの外套を着せられた。肌に触れる布地の感触がなんともむずがゆく、とても居たたまれない気分になる。

 ああ一分一秒でも早く、この服を脱ぎ捨てたい。

 だがそんなオレの気持ちに反して、

 

「むむ、私が思った以上に似合いますね」

 

 バゼットは満足そうにオレの姿を眺めていた。アーチャーみたいな姿になったオレを正面から横から、ぐるっと回って後ろから鑑賞してはうんうん、と一人頷いている。

 

「まさかーー。オレに似合うワケないでしょ。冗談きついぜマスター」

 

 オレがどんな英霊なのか聞いたクセに。まさかまた忘れたなんて言わないよね。

 

 我が真名はアンリマユ。

 この世を善と悪に二分し、その悪の側を司る最大の悪神。

 人間に降り掛かる災いは全部アンリマユのせい。だから人間はアンリマユを憎む。

 

 ”この世の全ての悪”に正義の味方の衣とはオレの存在意義にかかわるぜ。

 

「なんといいますか……。貴方の事はいつも粗暴で口汚くてそのくせに弱いし…と思っていたのですが、その服を着た貴方にはいつになく好ましさを感じる」

 

 バゼットはなんでなのか嬉しそうにそんなことを言っている。

 

 正気か?

 オレはおどけるのをやめて真剣に訴えた。

 

「ねえオレ、この格好マジで嫌なんですけど」

 

「英霊らしいですよ、アヴェンジャー」

 

 笑わせる。

 

 オレは英霊なんかではない。

 ただの村人だった俺は普通に育ち、平凡に働き、人並みに結婚して、特に変わった事もない人生を送るはずだった。

 だがある日同じ村人たちによって”この世の全ての悪”に選ばれて、手も足も目も声も潰され、全てを奪われて山奥に封じ込められただけなのだ。

 

 正義とは何か。

 

 オレと真逆のモノ。

 オレをこんな存在に仕立て上げたモノ。

 そして、こんな存在にされたオレから奪い取られたモノ。

 

「脱いで良い?」

 

 オレはバゼットの返事を待たずに外套を脱ぎ捨てようとした。

 

「命令です。その格好でいるように」

 

 バゼットがオレの前に左手を突き出す。手の甲の令呪が光を放った。

 

「—————!」

 

 止める間もなく令呪一画が散って、正義の英霊の衣は強制力となってオレの体を縛る。

 

「ハ、ハ、ハハハハハハハハハ」

 

 乾いた笑いをあげるしかない。なんという茶番なんだろう。

 ああもう、やってられねえ。

 

 オレはくるりとバゼットに背を向けると部屋を飛び出し、そのまま屋敷の外へ駆け出した。

 嫌な気持ちが心の奥底で居心地悪く疼いてる。

 オレが大嫌いなハズのそんな気持ちがオレの心の残っていたなんて可笑しくてしかたがない。

 

「アヴェンジャー!どこへいくんですか!?」

 

 バゼットの声を背にして風を切って走る。あっという間に館が遠くなる。

 夜の闇に真紅の外套が翻る。今のオレは弱者を救うために悪と戦う赤い英雄の姿をしている。

 

「ハッハッハッ———」

 

 メチャクチャに走っているのですぐに息が切れてくる。ぜえぜえと呼吸し舌を出して走りながら愛用の武器を具現化した。

 右歯噛咬(ザリチェ)左歯噛咬(タルウィ)。両手に歪んだ短刀を握りしめる。

 ははは。コレでますますアイツみたいになった。

 

 

 どんな人間でもある願いを持っている。

 特別な存在になった俺にさえもある。

 

 それは誰かを救いたいという願い。

 

 オレは正義によって何もかも奪われたというのに、

 それでも、

 正義の味方になりたかったんだ




アヴェンジャーにアーチャーの衣装を着せたらどうだろう?と思いついて書き始めました。
当初はギャグを想定していたのですが、オチを考えているうちにシリアスになりました。

アンリが「ええー!やだー!」と言ってるだけのギャグオチにしてもよかったですし、
逆にここから発展してアンリがアーチャーの格好をしてhollowの4日間を過ごすという展開もありな気がしてます。


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プリズマ☆イリヤのバゼットとカレンが麻婆ラーメンを食べにいく

もうすぐ「プリズマ イリヤ ドライ!」のアニメが始まりますね。記念投稿。
※今回はオチがないです……。


 穂群原学園初等部には今日も子供たちの元気な声が響いている。

 

「やっちゃえタツコーー!」

「くらえイリヤっ! 嶽間沢流ハリケーンシューーート!」

「ちょっと、クロ、タツコ!なんで私ばっかりねらうのよー><」

 

 保健教員のカレン・オルテンシアは保健室の窓から暇そうに校庭を眺めていた。手に緑茶を入れたカップを持ち、茶には口を付けもせずスプーンで気怠そうにかき回している。緑茶はとっくに冷えていた。

 校庭では体育の授業中で子供たちがドッジボールをしていた。

 天気の良い午後。とても平和。

 その風景を横目で見ながらカレンは思う。あまりにも退屈だから怪我人でも出ないだろうか、と。

 こんなにのどかな日には顔面でボールを受け止め鼻血を吹きながら地面をのたうちまわる子供の姿を眺めて昼下がりのお茶を楽しみたい。

 

 窓のカーテンが風に煽られて翻り、日光がカレンの目を刺した。おもわず顔をそむける。眩しい光はあまり好きではない。

 カレンは生まれつきの得意体質のせいで病弱であり、外見は蒼白とも言える皮膚と白銀の髪、瞳は色素が薄いのか金色に見える。もともと明るい屋外で友人たちとスポーツを楽しむ生活には縁遠い。

 

 

 トントンと保健室のドアがノックされて現実に引き戻された。カレンは校庭からドアに視線を移した。

 

「入りなさい」

 

 カレンが声をかけるとすぐにがらりとドアが開いた。

 

 のどかだった保健室の空気は一瞬で凍てついた。

 そこには学校の関係者とは思えない服装の人間が立っていた。黒づくめのスーツにきっちりとネクタイを締めた外国人の女。堅気の人間とは思えない鋭い目つき。ギャングか秘密組織の刺客のような危険な雰囲気を感じた。

 どうみても不審人物であり助けを呼ぶべきだが、今ここでカレンが悲鳴をあげたとしても相手が襲いかかってくるほうが早いだろう。

 

 だが、カレンは侵入者の姿を一瞥して短く尋ねた。

 

「私に何の用?」

 

「ここで怪我人を見てくれるのでしょう?」

 

「保健室は小学生専用よ」

 

 女はカレンの言葉にまったく構わず、つかつかと保健室に侵入してきて、カレンの目の前の椅子に座った。そしてくるりと椅子を回してカレンに背を向け、自分のうなじを搔き上げて見せた。

 女の暗赤色のショートヘアの下の白い首筋に赤く鮮やかな紋様が浮かび上がっていた。

 

「そっちのほうの仕事ってことね」

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 仕事を終えたカレンは緑茶を入れ直して一息ついた。緑茶の中にコロコロと角砂糖を放り込む。先ほど侵入してきた女は無言のまま、脇の椅子に座っている。

 

「なによバゼット、大した事ない呪いね。私のところに来るならもっと死にそうな大ケガをしてきなさい。例えば、左腕をもぎ取られて出血多量で半年間仮死状態とか」

 

「そんなに簡単なら治療費を負けてくれても」

 

 カレンは女の抗議を砂糖をたっぷり入れた緑茶を飲みながらスルーした。愉快な気分だ。

 この女はバゼット・フラガ・マクレミッツ。冬木市の魔術師、遠坂凛とルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと対立し、彼女たちと英霊のカードを奪い合っている人物だ。

 凛とルヴィア、そしてバゼットはどちらも「魔術協会」という魔術師の団体に所属している。「魔術協会」は派閥による内輪揉めが絶えない団体で、それぞれ派閥の上層部の政争の結果、凛たちとバゼットはこの冬木市でのカード回収任務で抗争をしている。

 

 一方、カレンは「魔術協会」と対立する組織、「聖堂教会」に所属している。カレンの役割は魔術師同士のカード回収抗争の監視役だ。仮初めの身分として穂群原学園初等部の保険教員という立場におさまっている。カレンは監視役という立場で魔術師同士の内輪揉めを見張りつつ、とても楽しんでいる。

 

「そういえば、バゼット。あなたお金に困っているそうね」

 

 この女が金欠で苦しんでいるとの情報を思い出してカレンはほくそ笑む。

 先日、バゼットは凛とルヴィアが所有するカードを奪取すべく攻撃をしかけ、凛やルヴィアのみならず、イリヤやクロなど小学生相手ですら容赦なく叩きのめし、ルヴィアの屋敷を大幅に損壊した。

 さきほどカレンが解呪したバゼットの首筋の紋様は、その争いの際に凛に打ち込まれたガンドだったのだ。

 

 その後、ルヴィアは返礼として、魔術協会から手を回してバゼットの銀行口座を凍結した上に屋敷の修繕費をバゼットに直接請求するという手段で経済的に反撃を行った。

 そのような経緯でバゼットは今、無一文となりアルバイトで日銭を稼いで生きる日々を送っている。

 カレンはその一部始終を聞き及んでいるにもかかわらず、バゼットに呪術解除の治療費をきっちり支払わせた。

 

「治療費はまけられないわ。そのかわりに昼ご飯でも奢ってあげる。あなた家すらないんでしょ?」

 

 身分を公にできないバゼットは当然アパートなども借りられず、先日は公園のベンチでアルバイト先の遊園地のライオンの着ぐるみを着たまま寝ている有様だ。

 

「奢るって……もともと私の金でしょうが」

 

「いいから行くわよ」

 

 突然のカレンの提案にバゼットは困惑していたが、カレンは構わずに保健室を出て行く。バゼットは仕方なくカレンを追いかけるしかなかった。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 ドドドドドドドドド……と、

 真昼の車道を大型バイクが排気音を振りまいて疾走していく。

 バイクの上の人影は二つ。黒スーツに赤毛のショートカットの女がバイクにまたがり、その後ろには白衣を羽織った女が横ずわりして白銀の髪を風になびかせている。バゼットとカレンである。

 「レストランを教えるからバイクで移動しなさい」とカレンに命じられ、バゼットは猛スピードで冬木市の道路を駆ける。

 周囲の原付、自動車、バス、トラックの車間を的確に判断し、わずかな間隔をすり抜けるように追い抜いていく。抜かれた車の運転手はクラクションを鳴らす間すらなく、ただ唖然とするばかりだ。

 むろん制限速度などとっくに守っていない。

 

「もっとスピード出せないのかしら」

 

「もう十分出していますが」

 

 背後からファンファンファン……という警報の音がが近づいてきた。パトカーが猛スピードで追走してきている。こんなに派手に暴走しているのだから当然だ。拡声器から「そこのバイク、ただちに止まりなさい!」という警告が聞こえた。

 

「ほら、追いつかれるわよ」

 

「そんな座り方で、振り落とされても知りませんよ」

 

 カレンはバゼットの腰に手をまわして、背中に寄りかかり体をぴったり密着させた。少し首を伸ばすとバゼットの耳に唇が届きそうになる。その姿勢で囁いた。

 

「飛ばしなさい」

 

 フルスロットル!

 バゼットはバイクの最大性能を引き出し、全速力で加速した。それだけでは足りない。即席のルーン魔術をバイクに刻む。バイクのエンジンの性能がありえないほど強化された。ほどなくしてバイクは無理な強化に耐えきれず崩壊するだろう。

 

「はっ!!!!」

 

 バイクが吹っ飛ぶまえに、飛ぶ。

 もはや砲弾のように空気抵抗を突き破って進んでいく。吠えるような風音で周囲の音は何も聞き取れない。

 道路のアスファルトが削れて飛散する。背後では車輪が描く轍に火花が散って舞っていた。

 

 音速を超える疾走で空間が切り裂かれ、時空を超えて平行世界に飛んだ。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 どるるるるっ……と排気音を響かせ、バゼットとカレンのバイクはとある店の前に停車した。

 

「カレン、本当にここでよいのですか?」

 

「そうよ」

 

 二人はバイクから降りて店を見上げた。でっかい丸の中に麻と書いた看板。店名は「ラーメン麻」。その名の通りラーメン屋のようだ。もう営業しているらしく暖簾がかかっており、そこにも「麻」と書いてあった。

 

 カレンはさっさと先に立って店の暖簾をくぐる。バゼットもそれに続いた。

 店のカウンターのなかには筋肉でぴちぴちのTシャツをきて頭に手ぬぐいをまいた大男が腕組みして仁王立ちしていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 威圧感この上ない。殺気すら感じる。ここは本当にただのラーメン屋なのだろうか?

 バゼットは男の背後をちらりと見た。グツグツ煮立っている鍋があった。血の池地獄のように真っ赤なスープが煮立っていた。

 

 バゼットがあっけにとられていたが袖を惹かれて我に返った。カレンはこの異様な店の中で慣れた風にカウンターの席に腰掛けていた。カレンに促されてバゼットも座る。

 

 カレンはメニューを見ることすらせず店主に注文を告げた。

 

「ラーメン二つ」

 

「よかろう。激辛特盛りラーメン、麻婆マシマシ二つだな」




プリズマイリヤでもっとバゼットさんとカレンちゃんを見たい。
バゼットさんとカレンが対立しつつ協力関係みたいな感じになってるのがいいです。

さて二人は麻婆ラーメン食べながらどんな女子トークを繰り広げるんでしょうね……というのを考えていたらまとまらなくなってきたのでとりあえずここまで。


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もしバゼットさんがライダーを召還していたら(前)

この組み合わせもなかなかいいんじゃないだろうか。

※ガールズラブ的に見える描写があるかもしれません。なにしろライダー(メドゥーサ)ですので。


 冬木市深山町の森の中。明かりのない森は深夜になると足元すらおぼつかない暗闇に包まれる。森の中には人知れずひっそりとたたずむ古びた洋館があった。その洋館の窓から突如青白い光が漏れて周囲を怪しく照らす。窓には光に照らされて室内にいる人影が浮かんでいた。

 

「――――告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 洋館の部屋のなかに立っているのは暗赤色の髪の西洋人女性だった。ショートカットに黒のパンツスーツ姿ですらりとした長身。几帳面に着こなしたスーツのせいで逆にボディラインが綺麗に目立つ。クールなビジネスウーマンのような印象だ。

 彼女はバゼット・フラガ・マクレミッツ。ロンドンにある魔術協会から派遣され、この冬木市で行われる聖杯戦争に参加した魔術師である。

 

 バゼットは部屋の床に魔法陣を描き、聖杯戦争の相棒であるサーヴァントとなる英霊を召喚する呪文を唱えていた。

 魔法陣は彼女の呪文に反応し、徐々に強い輝きを放っていく。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 バゼットが詠唱の最後の句を唱えた。

 魔法陣の光が大きく波打ち、眩しく広がって、部屋の中を白く埋め尽くした。

 発光が最高に高まると同時に部屋に強い衝撃が炸裂する。

 

 ドォンーーーー!!

 

 光と衝撃が収まるのを待ち、バゼットは召喚陣を見つめる。召喚陣の中央にはさきほどまではいなかった人物の姿があった。

 紫色の長い髪の女性。体にぴったりと張り付く服を身につけており、胸の大きさがばっちりわかってしまう。目にはなぜかアイマスクをしており、表情がよくわからない。

 まっすぐ伸びた髪は足元近くまでおよぶ。女性にしては背が高く、それで髪の長さがきわだつ。

 目をマスクで覆っているにもかかわらず、その女性はバゼットの方に向き直った。それに合わせて長い紫色の髪が揺れる。まるで蛇がうごめくように見えた。

 

「ライダーのサーヴァント、メドゥーサ。召還に応じて参上しました。貴女が私のマスターですね?」

 

 召喚陣から現れた女はサーヴァントであった。バゼットの召喚は成功したのだ。

 騎兵(ライダー)のサーヴァントとして現界したのは相手を石に変える魔眼を持ち、天馬ペガサスを生み出したギリシャ神話の怪物メドゥーサだった。

 

「ライダーか……。残念ながらクーフーリンを召還することはできなかったようですね」

 

 召喚に成功したにもかかわらずバゼットの一言目には露骨に失意が漏れていた。

 

「……貴女には別に召還したいサーヴァントがいたのですね。私では不満ですか?」

 

 メドゥーサの足元には召喚の衝撃で割れた壁や床の瓦礫が転がっていた。メドゥーサは手近な瓦礫を一つ拾い上げた。

 

「はっ!」

 

 片手にもった瓦礫に力を込める。

 たちまち瓦礫は木っ端微塵になり、砂のようにメドゥーサの指の間から零れ落ちていった。

 目の前のバゼットがおもわず息を飲んだのがわかった。

 

「……っ」

 

「ふふふ……。このように。私は女であっても怪力をもっています」

 

 メドゥーサが軽く微笑んでバゼットのほうを見ると、バゼットもかがみこんで足元の瓦礫を拾っていた。

 

「何を……?」

 

「はあっ!」

 

 バゼットも瓦礫を砂つぶ並みに握りつぶした。メドゥーサは思わず目が点になる。

 

「……あなた人間ですよね」

 

「あ、……すみません」

 

 我に返ったように慌ててバゼットが謝る。冷静そうな外見だったが、メドゥーサの力比べにつられたり、かと思えば腰が低かったりして、変わった人間だ。

 

「貴女が私が望んでいた英霊でなかったことは事実です。ですがサーヴァントの召還に成功した事に代わりはない。あなたは確かに力を持っている。私はバゼット。メドゥーサ、貴女のマスターです」

 

「はい、これで契約は完了しました」

 

 多少バタバタしたが無事お互いをマスターとサーヴァントとして認め合うことができた。私のマスターは少し変わり者らしいが、悪くはない、とメドゥーサは思っていた。

 しかし、バゼットのほうはまだ気になることが残っているようで、顎に手を当てうーん、と考えている。

 

「なぜ貴女が私の召還で呼び出されたのでしょうか? 私は貴女に関係する触媒を持ち合わせていなかったのに」

 

「マスターはご存知ないのですか? マスターとサーヴァントは似た者同士が惹かれ合うものなのです」

 

 聖杯戦争においてサーヴァントの召喚にはその英霊に縁のある触媒が重要な影響力を持つ。だがどんなに英霊と関係の強い触媒を用意しようとも、必ず目当ての英霊を召喚できるという保証はない。逆に、触媒がなかったとしても聖杯に選ばれ令呪を得たマスターであればサーヴァントの召喚は可能なのだ。たとえば、メドゥーサが言ったようにマスターとサーヴァントの間に何らかの共通点が見出されて召喚される場合がある。

 

「貴女と私が?」

 

「ええ。貴女とはどことなく共通点を感じます」

 

 バゼットには意外に思えるようだ。

 

「えっ、それはどこが?」

 

 メドゥーサはさきほどの怪力勝負ですでにその一部は披露されたように感じるのですが……、と思いつつ他の特徴も挙げていった。

 

「背が高くて胸が大きい」

 

「そうですが……、そんなことで?」

 

 バゼットとライダーはおおむね同じくらいの身長であり、バゼットの胸はスーツの上でわかりづらいにもかかわらず十分存在感があり、ぴっちり衣装でぼいーんと際立つライダーの胸にそう劣らない。

 さらに加えて、

 

「これで私はだいぶ気楽ですね。もし私のマスターが……だったらと考えると……ブツブツ」

 

「ライダー?」

 

 独り言を始めたライダーをバゼットが怪訝そうに見た。そこでライダーは顔を上げ、きっ、とバゼットの目を見据えた。

 

「マスター、あなたはコンプレックスをもっていますね!」

 

「はっ!」

 

 バゼットの背筋が固まる。

 メドゥーサはアイマスクをつけているので魔眼の石化効果が効くことはないはずだが、それでも身を硬直させてしまった。

 メドゥーサの言葉はバゼットの核心を突いていたからだ。バゼットは15歳で魔術協会に所属して以来、封印指定執行者として数々の過酷な任務をこなしてきた。目的を達成するために善行とはとてもいえない行為も重ねてきた。この聖杯戦争でもそうするつもりだ。

 それについて葛藤がまったくないとは言えない。だがそれを表に出すような未熟さはもうなくしたはずだ。

 それなのにメドゥーサにやすやすと心の奥を覗かれた気がした。

 

「そうですねマスター、たとえば……」

 

 バゼットは立ちすくんで動けないまま、メドゥーサの次の言葉を待つ。

 

「小さくてかわいらしい女の子にコンプレックスを感じませんか?」

 

 バゼットは、はあ、とため息をついて肩の力を抜いた。ぽろりとこぼすように返事をする。

 

「いえ……。強いて言えば、生きていること自体が」

 

「思ったより深刻ですね」

 

 と、今度はそれを聞いたメドゥーサが、はあ、とため息をついたのだった。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

「じゃあな、桜」

 

「はい、美綴先輩」

 

 穂群原学園の校門で女子高生同士が手を振りあっていた。帰宅するところらしい。担いでいるの弓からみて弓道部の先輩後輩といったところだろうか。

 

 その姿を物陰からじっと観察する者たちがいた。ライダーのサーヴァント、メドゥーサとマスターのバゼットだった。二人は聖杯戦争のための下見として穂群原学園を訪れた。そこで校門から出てくる二人を見かけて隠れたのだが、メドゥーサは二人の少女の姿を食い入るようにみている。

 

「じーっ」

 

「ライダー、何を見ているのですか?」

 

 あまりにメドゥーサが真剣に少女たちを見ているのでバゼットはメドゥーサの腕を軽く引いた。このままでは襲い掛かりそうだからだ。

 

「どうしたのです? もしや彼女たちが聖杯戦争に関係するとでも」

 

 バゼットが問うと、メドゥーサは声を低く落とした。

 

「マスター、貴女に伝えなくてはいけないことが」

 

「なんですか?」

 

 バゼットはメドゥーサの態度に不穏な気配を感じた。彼女はなにか危険なことを考えているのではあるまいか。

 

「……わたしは活動のために人間から魔力を吸う必要があります」

 

「そんな」

 

 バゼットの不安は的中した。 

 

「サーヴァントという存在は魔力食いなのです」

 

「それであの少女たちを見ていたのですか?」

 

「ええ、私の食事に適しているかと。これは仕方のないことなのです、マスター」

 

 メドゥーサはチロリ、と口の端をなめた。獲物を狙う蛇の動作を彷彿させた。メドゥーサはあの少女たちを捉えて魔力を吸うつもりでいるのだ。

 だがバゼットは魔術協会から派遣された魔術師である。魔術の神秘を秘匿するため戦いはあくまで隠密に。一般人を聖杯戦争に巻き込むなど許されることではない。

 

「ダメです。私のサーヴァントにそんなことは許さない」

 

 バゼットは断固として拒絶した。場合によってはここでライダーと決裂し、戦いになる恐れすらある。その場合は令呪を持ってライダーを消滅させねばならない。

 バゼットはメドゥーサから数歩離れ、拳を握りしめた。手の甲の令呪に力を込める。

 ここでサーヴァントを失っては聖杯戦争敗北につながるが、それでもライダーの行いを見逃すことはできなかった。

 

「わかりました」

 

 案外とあっさりとメドゥーサは引き下がった。

 

「理解してもらえたのですね。助かります、ライダー」

 

 バゼットはほっとして拳を下ろした。気を抜いたところでメドゥーサがふいに顔を近づけてきていることに気づいた。

 

「えっ?」

 

 いつの間にかメドゥーサの手がバゼットの首筋にかかっている。

 

「では、かわりにマスターの血を」

 

「ああっ」

 

 

(しばらく暗転)

 

 

 さて、事後。

 

「ふう、一心地つきました」

 

「くらくらします……」

 

 穂群原学園校門近くの路地裏にて、メドゥーサは元気よく、バゼットはふらふらと地面から立ち上がった。

 

「さすがは一流の魔術師の血。一時の魔力補給を満たすには十分です」

 

「そうですかよかった……。私でよければできる限り応じますから」

 

 一般人を巻き添えにするよりはマシだ、とバゼットはいまだ重みが残るこめかみを押さえた。

 メドゥーサはそんなバゼットの姿をなにか物言いたげに見ている。何です?とバゼットが聞いてみると、聞きたいことがあるらしかった。

 

「マスター、あなたの食生活は片寄っているのではないですか?」

 

「急に何を」

 

「血がどろっとしすぎています。酸味がキツすぎる。アルカリ性の食品を食べていませんね。野菜の摂取が足りていないのでは。日頃はどんな食事をしているのですか?」

 

「最短の時間で効率良く、十分な栄養を摂取していますが何か」

 

 バゼットは何の躊躇もなく即答した。

 そしてメドゥーサは確信した。ここに問題があるに違いないと。問答無用でバゼットに告げる。

 

「昼食は同席させてください」

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 ライダーとバゼットは深山町を出て、新都にやってきていた。ここにバゼットの行きつけの店があるからだ。

 

「なぜこの店を選んだのですか、マスター」

 

「戦いの事前準備で町を探索していて、空腹のときにたまたま通りかかったのです。栄養摂取に不足点はない。それ以来、ここを食事に使っています」

 

 ここは新都にある牛丼屋。安くてまずくて量が多い、と評判の店だ。

 

「この料理は……」

 

「どうしましたライダー。早く食べないと」

 

 メドゥーサの目の前には牛丼大盛り、味噌汁つきが入店1分ほどで置かれていた。メドゥーサがこの炭水化物と牛の脂肪山盛りのカロリーの塊を注視している間に、バゼットはとっくに食べ終わって、店員が持ってきた食後のお茶をすすっている。

 

これは早急になんとかしないと、とメドゥーサは決意した。

 




(前)ということで続きます。ほのぼのオチの予定。


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もしバゼットさんがライダーを召還していたら(後)★

 穂群原学園の二年生、衛宮士郎と間桐慎二は放課後、深山町のスーパーを訪れていた。

 

「エミヤ、あそこにすげー美人がいるぜ」

 

 慎二が指差す方向を士郎が見ると、この辺りでは見慣れない美女二人がいた。ショートカットとロングヘアの西欧系外国人。ショートの女はビジネスウーマンのようなパンツスーツで、一方ロングの女はセーターにジーンズと服装はちぐはぐだが、二人ともモデルのようにスタイルがよくて遠目からも凄く目立っていた。

 

「ほんとだ、外国人だ。なにか困っているのかな」

 

 外国人女性二人は空の買い物かごを手にしたまま、売り場の端で立ち止まっている。

 士郎が二人の姿を眺めていると、慎二が肘で脇をつついてきた。

 

「声かけてこいよ」

 

「慎二がいけばいいだろ」

 

 最初に見つけたのは慎二なんだし、と士郎が返すと慎二は急に不機嫌になった。

 

「ボクはあんなデカオンナ嫌いなんだよ!」

 

 気になってるくせにに、それを他人から指摘されるとすぐムキになるところが慎二らしい。いつものことなので士郎は慣れている。 

 

「美人だって言ったのに。じゃあ俺行ってくるよ」

 

 すねている慎二をその場で待たせて、士郎は二人に近づいていった。徐々に二人の会話が聞こえてきた。

 

「うーん……」

 

 主に悩んでいるのは長髪の女性だ。売り場の野菜ケースの値札を見つめながら固まっている。ショートカットの女性はそんな相方にそろそろしびれをきらしているようだ。彼女は反対側の棚に積まれた特売品を指差していた。

 

「ライダー、悩むくらいならあそこにある『10秒チャージ』を箱ごと買いませんか。あれ一つで数時間体力を維持できるらしい。実用的です」

 

「ダメです、マスター。きちんと料理しましょう」

 

 長髪の女性はきっぱり断った。

 そういう生活を正すためにスーパーに買い物しているのですから、と。

 この外国人女性二人組は聖杯戦争のマスターとサーヴァント。バゼットとメドゥーサであった。

 メドゥーサのマスターであるバゼットは生活において効率を重視しすぎる傾向があり、目を離すと食事はすぐに作れるインスタント食品やいつでも開いているジャンクフード店で摂取しようとする。

 そんな食生活をしているからあなたの血は美味しくないのです、とメドゥーサはバゼットに説教をし、食生活の改善をはかるべくバゼットをスーパーに連れてきたのだ。

 

「食事は戦略の基礎ですよ、マスター」

 

「確かにそのとおりですが……そんなに気を使ってくれなくても」

 

 そこまで細かい事には気がすすまない、といまだ消極的な態度のバゼットだったが、メドゥーサはあえて無視して買い物に集中した。

 きちんと栄養がある食材を選び、適切に調理した美味しい食事でマスターの健康状態を整えることが、ひいてはメドゥーサ自身の円滑な魔力供給に直結するのである。ケースの中の野菜を見つめる目にも力がこもるというもの。

 だが、メドゥーサの買い物は一向に進んでいなかった。手に持った買い物かごはからっぽのままだ。

 

「それにしても食材にこんなに種類があるとは」

 

 メドゥーサは手にしたメモを眺めて途方にくれる。作りたい料理とその材料をメモにまとめて持参してきた。あとはメモしたものを買うだけのはずだった。

 ところが、白菜にしても、大根にしても、同じような姿形なのだが微妙に値段が異なるものが隣に並んでいる。高い方は品質がいいのだろうか? ならば高い方を買ったほうがいいのか? それとも安い方をよりたくさん買ったほうがいいのか? どれを選んでいいのかがわからない。考えるほどに迷ってしまう。だが、あまり迷っているとバゼットが待ちくたびれてインスタント食品をカゴに詰め込みそうだ。少し焦ってきた。

 

「こんにちは」

 

 脇から聞こえた声でメドゥーサが振り向くと、そこに赤茶色の髪をした少年が立っていた。服装と年頃からしてこの町の高校生のようだ。

 

「あら、こんにちは」

 

「手伝いますよ」

 

 少年は気さくに手助けを申し出てくれた。メドゥーサが感じる限りで彼に悪意や敵意はないように見えた。親切な少年が街に不慣れな外国人に声をかけてくれた、と解釈しておいて問題はないだろう。せっかくなので彼の好意に甘えることにした。

 

「助かります。料理の材料を買いに来たのですが、たくさんありすぎて何を買っていいのかわからなくて」

 

 メドゥーサはレシピと材料一覧のメモを少年に渡した。少年はそれをさっと眺めると力強く頷いた。

 

「任せてくれ。俺は買い物も料理も得意だから」

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

「なあ衛宮、それでどうだったんだよ」

 

「なにがさ」

 

 士郎はさきほどスーパーから出てきた。両手いっぱいにスーパーの袋を抱えた外国人美女二人と一緒にだ。女性たちは士郎と楽しそうに会話しながら、最後は手を振って別れていった。

 慎二はその様子を離れた物陰から観察していたが、士郎が一人になったのを見計らって出てきた。女たちがあの雰囲気なら士郎はうまいことやったのかも、と見えた。それでさっそくスーパーの中での顛末を士郎から聞きだそうとしたのだが。

 

「決まってるだろ、あの女たちと何の話をしたんだよ」

 

「レシピをみて、それにあう野菜をえらんで、料理のアドバイスもしたぞ」

 

「ほかには」

 

「それだけだ」

 

「本当にそれだけしか聞いてないのかよ。何やってんだよ!」

 

「なんでさ」

 

「他に聞くことあるだろ。名前とか、年齢とか、住所とか!」

 

「ああ、思いつかなかった」

 

「あーー、衛宮おまえ、本当に役に立たないなっ」

 

 士郎はいまいちわかってなかった。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 バゼットとメドゥーサは館の部屋で夕食の卓についていた。テーブルの上にはメドゥーサが作った夕飯が並んでいる。スーパーで出会った少年に教わったレシピを元に精一杯腕をふるった料理だ。

 

「いかがですか、マスター」

 

 メドゥーサは料理に慣れていない。ましてやこの時代、この国の食材と調理器具で料理をするなど思いもしなかった。味に自信はもてないが、なんとか食べられるようになっていればいいのだけれど、と心配しつつバゼットに感想を求めた。

 

「問題ありません。栄養も量も十分ですし」

 

 簡潔な返事だった。バゼットに不満はないようだ。もくもくと夕飯を食べていた。その様子にメドゥーサはほっとする。けれどもそれはそれで拍子抜けなのでもう少し何かコメントが欲しいと思う。だがすぐにマスターの口に合ったならそれでいいではないか、我ながら贅沢なものだ、と思い直した。

 その様子に気づいたバゼットが一瞬食事の手を止めた。

 

「どうしましたメドゥーサ」

 

 メドゥーサは黙っていたつもりだったが口元がすこし笑っていたようだ。

 

「いえ、ゆっくり食べてくださいね」

 

「ええ、まだ慣れませんが……」

 

「何にですか。この国の料理がでしょうか」

 

「いえ、こうしてゆっくり食事をするということが、あまりに久しぶりで」

 

「徐々に、でよいので慣れてくださいね」

 

 食事の内容だけが良い食生活を作っているのではない。落ち着いた食卓につくことも健康な生活のために大事な習慣なのだ。

 メドゥーサはなるべくやんわりと諭したつもりだったが、バゼットは気まずかったのか、こほん、と咳払いをした。話題を変えたいようだ。

 

「それにしても、スーパーで出会ったあの少年は親切でしたね。困っている人を見過ごせない性格のようでした」

 

「ええ、おすすめのレシピもたくさん教えてくれました」

 

 彼が教えてくれたレシピは実にすばらしかった。調理時間が大幅に短縮され、追加でデザートや翌日のおかずまで仕込めてしまう。

 メドゥーサは席を立って、冷蔵庫を開け、中からボウルを取り出して戻ってきた。これも先程の彼が教えてくれたレシピで作ったものだ。

 テーブルの上でボウルの中身を皿に取り分けてバゼットに渡す。白くてぷるんとしているゼリーのようなもの。

 

「どうぞ。デザートの杏仁豆腐です」

 

「どうも」

 

 バゼットはいままで同様に黙々と杏仁豆腐を食べ始めた。メドゥーサも食卓につき、自分の分をとりわけて味見をしてみる。冷たくて甘い。我ながらうまくできたと思う。顔を上げてバゼットを見ると、彼女はすでに杏仁豆腐の器をキレイに空にしており、すでに何か他のことに気を取られているようだった。

 

「考え事ですか、マスター」

 

「ええ。今後の方針を練っています。まだこの街に来て日が浅いですが、あの少年を始め、みな良い人たちだ。そんな街の人々を聖杯戦争にまきこんではいけない」

 

 バゼットは聖杯戦争の戦略について思いを巡らせていた。聖杯戦争のマスターとしてそれは当然のことだ。けれどもメドゥーサは少し驚いた。

 

「意外ですね」

 

「そうですか?」

 

 意外、と言ったのは本心ではなかったかもしれない。

 バゼットは任務に忠実で厳格な人間のように見えるが、メドゥーサの感覚ではその外見は表面上のものだ。だが、そうであったとしても。

 

 魔術師はとても冷酷だ。その常識は一般人とかけ離れている。魔術師たちはその血族に代々伝わる魔術を極めることを目的とし、そのために他の全てを利用する。それはどの時代でも変わらない。

 聖杯戦争に参加する魔術師たちにとって最優先事項は他のマスターを全て倒し、聖杯を手に入れることだ。聖杯戦争によって犠牲が出るのは仕方のないこと、必要悪と割り切っている。

 犠牲の後始末をする手はずもついている。聖杯戦争の監視役を引き受ける聖堂教会がこの戦いに伴う騒動の隠蔽工作をしてくれる。……あくまで度を越さない限りでの話だが。

 バゼットは魔術協会から派遣されたマスター。それこそ正統的な魔術師であるはずではないのだろうか。

 

「あなたは魔術師でしょう? 街の人間に犠牲が出ることなどに躊躇をしないのでは?」

 

「倒すべき相手に躊躇はしません。なにしろ15歳からこの仕事をしていますから」

 

 うまいことバゼットから身の上話を聞き出せる機会かもしれない。メドゥーサは手元の杏仁豆腐をつつきながら、さり気なくバゼットに話の先を促した。

 

「それは今の時代の人にしてはずいぶん若いですね。普通はさっきの少年のように学校に行くものでしょう」

 

「一人前になりしだい故郷をでて魔術協会に所属しました」

 

 その後に続くバゼットの魔術協会での話はこうだ。

 アイルランドの魔術師一族出身のバゼットは故郷を出るとロンドンの魔術協会に所属した。バゼットの一族は神代から続くルーン魔術の名門であったが、一族と魔術協会の間にはそれまでほとんど関わりがなかった。魔術協会には派閥主義がはびこっており、後ろ盾がない者には極めて不利だ。そんな逆境の中でバゼットはどの派閥におもねることもなく己の能力だけを頼りに存在を誇示し続けた。やがて魔術協会の貴族たちは彼女を認め役割を与えた。

 封印指定執行者。

 それは魔術協会選りすぐりの武闘派魔術師の集団。主な任務である封印指定の魔術師への強制執行の他、死と隣合わせの危険極まりない任務を腕尽くで解決する。魔術をつかって戦闘行為を行う執行者たちは魔術協会の魔術師たちから畏怖され、同時に侮蔑の目も向けられていた。

 バゼットは貴族たちから与えられる任務を、それがどんなに過酷なものであろうともこなしてきた。居場所を勝ち得るためにはそうして力を誇示しつづける必要があるのだと。

 

「マスター」

 

「なんですか?」

 

「魔術協会なんてやめてしまいなさい」

 

「これが自分に与えられた役割ですから」

 

「利用されているのがわからないのですか」

 

 メドゥーサがバゼットから聞いた話を解釈すると、バゼットが執行者の任務についたのは16、17歳の頃のはずだ。高校生程度の年齢の若者をそんな危ない仕事につかせる組織がまともなところであるはずがない。

 

「そもそもマスター、なぜ聖杯戦争に参加したのです。叶えたい願いがあるのですか? あくまでも任務だったからにすぎないのですか?」

 

 聖杯戦争の勝者は一人。そしてかなりの割合で生存者も一人だ。

 バゼットを聖杯戦争に派遣する魔術協会の思惑は、失敗して死んでくれないだろうか、成功すればそれでよし、また同じく危険な任務を課すまで、といったところだろう。派閥に属さず従属を拒む、神代からの古い血筋を引く実力者。本音では邪魔者に違いない。

 バゼット自身も気づいているだろうに、ムキになっているのか。それとも自分の能力に絶対の自信を持っているのか。

 曖昧にしておいては今後に差し障るのではないか、そう感じてメドゥーサはあえて踏み入った。バゼットの目を見つめる。

 

「任務ではありますが……」

 

 バゼットは少し口ごもりつつ答えた。

 

「聖杯戦争の監督役の言峰綺礼が私を推薦してくれたのです」

 

「は?」

 

 メドゥーサの目がおもわず点になる。

 冬木教会の神父、言峰綺礼。聖杯戦争の監督役だが、けっして味方ではないし、公平な立場とも言えない。

 いや、むしろ。

 

「彼は敵なのでしょう?」

 

 聖堂教会は魔術協会と対立する組織である。魔術協会が魔術の神秘を秘匿し、我が物にしようとする一方で、聖堂教会はそのような人の手に余る神秘を協会によって正しく管理しようとしている。両団体は神秘をめぐり激しく争ったり、場合によっては ーーーこの聖杯戦争のようにーーー 一時的に協力しあったりと、常に互いを牽制している。

 

「確かに言峰綺礼は敵です。彼は聖堂教会の代行者でした。執行者である私と彼は逃亡した封印指定の魔術師の身柄をめぐって何度も戦いましたが、時には背中を預けあって共に戦うこともあったのです」

 

「貴女はあの監督役の男を信頼しているのですね」

 

 メドゥーサの問いかけにバゼットは一瞬沈黙してから、ぽつりと漏らした。

 

「ーーー今にして思えば、彼はそれまで知りあってきた人間の中で、唯一尊敬できる強さを持った人間だったのです」

 

 メドゥーサはバゼットに気づかれないよう、内心で思う。

 

(その男、アヤシイ気がします)

 

「彼とはもう会ったのですか」

 

「まだです。彼には優勝してから勝者として会いに行くことに決めているのです」

 

 ここはきっぱりと答えるバゼットに、メドゥーサは再び密かに嘆息していた。

 

(はあ……これは思いのほか重症のようですね)

 

 だが、すぐに緩んでいた気持ちが張り詰める。この屋敷の玄関に人の気配を感じたのだ。メドゥーサが顔をあげると、バゼットもすでに気配を感じ取り玄関の方を鋭く見つめていた。

 

「マスター、何者かがやって来たようです」

 

「ライダー、霊体化を」

 

 素早く、短く指示を残してバゼットはつかつかと玄関に向かっていく。

 これは妙だ、訪問予定など無かったはずと思いつつもメドゥーサは身を隠した。

 

 バゼットが館の入り口の扉をあけると、そこに立っていたのは聖杯戦争の監督役、言峰綺礼であった。

 

「急に訪問してすまないな。バゼット・フラガ・マクレミッツ」

 

「綺礼、なぜここを知っているのです?」

 

 この洋館をバゼットが隠れ家にしていることは秘密にしてある。もちろん言峰綺礼に伝えていないし、伝わることもないはずだ。

 

「ここはかつての聖杯戦争で魔術協会の魔術師が使っていた洋館だ。検討はつく。今日は君にどうしても協力してほしいことがあってな」

 

 突然訪れた監督役。バゼットはあえて言峰に会いに行かなかったというのに、言峰はすでにバゼット側の情報を掴んでいる。彼を招き入れるのは危険だ、と意識が警告を上げている。

 

「どうぞ中へ」

 

 それでもバゼットは扉を開いた。

 

 頼み事……綺礼が私に?

 

 バゼットと言峰綺礼は出会うたびに、敵として、協力者として戦場を駆けた。それはお互いに利用価値があったから。利害が一致していたから。目的を達成するためにそれが一番効率の良い方法だったからにすぎない。信頼されていたからではない。

 

「貴方が私を頼るのは初めてだ」

 

 バゼットは言峰の前を歩いて部屋に案内しながら、背後にそう声をかけた。

 

「マクレミッツ、ーーー」

 

 ふいに言峰が名前を呼ぶ。その暗い声がバゼットの背筋を突き刺した。

 しまった、とバゼットが後悔したときには手遅れだった。振り返る間がもうない。

 

「お前は昔から変わらないな」

 

 バゼットは真後ろで閃く鋭い魔力の刃を感じた。言峰は手に聖堂教会の代行者が魔力で編む武器、黒鍵を振りかざしている。

 そこまで認識できるのに、もう逃れられない間合いなのだ。ほんの1mm体を翻すまえにはもう、本物の刃が背筋を貫きとおすだろう。

 

「はっ!」

 

 ぎぃん!!

 鋭い金属音が響き、黒鍵の刃が弾かれていた。

 

「うぬっ」

 

 うめき声を上げる言峰。バゼットが振り向くと言峰の手の黒鍵に太い鎖がまきついていた。鎖の先にいるのはメデューサ。構えた釘剣の鎖が言峰の動きを封じていた。

 

「どうせこんなことだろうと思っていました」

 

「ライダー!? 霊体化していなかったのですか?」

 

「ええ、マスター、貴女は初めからこの男に利用されていたのですよ」

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

「さて……これで聖杯を手に入れる必要などなくなりました」

 

「はぁ……」

 

 冬木市深山町の森の中の洋館。その部屋の中には二人の女の姿があった。

 椅子に腰掛け、背を丸めてため息をつくバゼット。メドゥーサはその隣の椅子に一仕事終えたという顔をして座っている。

 

 メドゥーサは言峰を洋館から追い払った後、夜通しバゼットを説得して聖杯戦争を辞退させた。

 バゼットの真意を鑑みるに、彼女は言峰綺礼に会いたいがために危険を顧みず聖杯戦争に参加しようとしていたのだ。だが言峰はバゼットをだまし討ちにするつもりであった。おそらくその後ライダーを奪うつもりですらいただろう。

 そのような男のためにバゼットが命を賭ける必要などまったくない。

 

「職も失ったわけですし、やることもないですね」

 

 若干猫背気味になったまま、バゼットがぽつりとつぶやいた。

 魔術協会も辞めることになった。聖杯戦争参加を辞退するのだから当然そうなる。

 

「お茶にでもいきましょうマスター。いいお店を知っています」

 

 メドゥーサは落ち込んでいるマスターのために気分転換を提案した。

 バゼット本人はちゃんと自覚できていないがあれは失恋、心を癒やす必要がある。

 

 

ー・ー・♢・ー・ー

 

 

 冬木市新都。

 メドゥーサとバゼットは新都にある紅茶専門の喫茶店を訪れていた。アンティーク調の店内は優雅で、客は皆ゆったりと紅茶を楽しんでいる。

 

 店内の広めの二人席でメドゥーサとバゼットはメニューを凝視していた。ずらりと並んだ世界各国の紅茶。見たこともない銘柄ばかりだ。どれも紅茶に違いないのだがこうも種類が多いと悩んでしまう。

 

「うーむ……。一体何を選んでいいのか」

 

 メドゥーサは眉を寄せて考え込んでいる。サーヴァントには聖杯によって現代の知識が与えられているとはいえ、さすがにここまで細かい紅茶の種類はわからない。

 

「ライダー、一番上に書いてあるものにしませんか」

 

 バゼットが痺れを切らしている。着席から約5分。普通の人間ならせっかちすぎるがバゼットにしてはだいぶもったほうだ。しかしそろそろ限界か。

 

「マスター、せっかく来たのですからもうしばらく」

 

「時間ばかりかかって効率的ではありません。どれも同じようなものでしょう」

 

 これ以上は無理そうだ。仕方ない、適当に目星をつけた紅茶を注文しようと、メドゥーサは片手を上げてウェイターを呼んだ。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 店の奥からウェイターがやってきた。

 長髪の青年。正面からでも結んだ髪が背中で揺れるのが見える。細身だがまくり上げたシャツから覗く腕の筋肉がたくましくて精悍だ。

 メドゥーサとバゼットの注文がまだ決まっていないと悟ってオススメをしてくれた。

 

「今日のオススメはアイルランド風の紅茶ですが」

 

 青年の赤い目が人懐こく輝いている。故郷の昔話の物語に出てくる少年のようだ、とバゼットは思った。彼の雰囲気につられて、つい話しかけてしまう。

 

「奇遇ですね。私はアイルランド出身です」

 

「おや、お嬢さん。実は俺もだよ!」

 

 それからしばらくの間、ウェイターの青年とバゼットは注文そっちのけで故郷アイルランドの思い出話に花を咲かせていたのだった。

 メドゥーサはニコニコしつつその様子を眺める。自分が召喚されてからいままでマスターがこのように男性と楽しそうに会話していることがあっただろうか。

 

「ランサーさん! 長話しないでオーダーとってね」

 

「おっといけねえ!」

 

 流石に同僚に怒られて、我に返るウェイター。彼はランサーという名前らしい。

 

「オススメを2つね」

 

 メドゥーサのオーダーを聞くと、ウェイターの彼は軽く手を降って一旦厨房に戻っていった。

 

「ふふっ」

 

「なんです、ライダー? 急におかしそうに笑って」

 ウェイターの彼との会話に夢中になっていたバゼットはようやくメドゥーサの様子に気づいた。メドゥーサはいたずらっぽく微笑んでいる。

 

「素敵な彼が出来て良かったですね」

 

 急にどぎまぎするバゼット。頬や耳を少し赤らめている。まるで13歳くらいの少女のようではないか。このマスターのそんな顔を見ることができるとは。

 彼女に召喚されて悪くはありませんでしたね、とメドゥーサは思う。

 

 バゼットは慌てて首を振っている。

 

「いえそんなつもりでは」「はいよ。アイルランド紅茶、お待たせ!」

 

 そこへウェイターのランサー青年が紅茶を運んできた。いいタイミングだ。紅茶のカップと彼を見比べてあたふたしているバゼットを眺めながら、メドゥーサは一足先に紅茶を口に運んで楽しむ。

 

「お似合いですよ、マスター」

 

END




慎二のところに誰が代わりに召還されているのかとか一切考えていません。

この後、やっぱり聖杯戦争に突入するverも考えられるかも。


バゼット 「ライダー、彼には秘密がありました」

メドゥーサ「何があったのですか?」

バゼット 「彼、実はサーヴァントだったのです!」

メドゥーサ「なんと」

バゼット 「このままでは彼は消えてしまう。それを阻止する為に聖杯を手に入れなければ」


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ふまじめ
バゼットさんの隠し宝具(台本形式)


思いあまって書いてしまった。


Fate/hollow ataraxia vita版のパッケージビジュアルが公開されました!

http://www.typemoon.com/products/hollowvita/

 

アンリ 「おおお」

 

ランサー「おおおお」

 

アンリ 「こら、ランサー。オレのマスターをジロジロ見るんじゃねえ」

 

ランサー「けちけちすんなって。オマエは繰り返す四日間の一日目に毎回コレを見てたんだろ。そもそも元々はオレのマスターなんだぞ」

 

アンリ 「今はオレのマスターだ。オマエは陰険シスターにいじめられてろ」

 

バゼット「何事ですか、騒がしい。アンリ、ランサー、あなたたちはいったい何を見ているのですかっ」

 

アンリ 「コレだよ、マスター。どう? 自分のイメージ変わるだろ?」

 

バゼット「こっ……この絵は……。私はなんて格好を……」

 

ランサー「それにしても。今になってこんな絵が出てくるとは」

 

アンリ 「コンシューマー版のパッケージが18禁のPC版よりエロいんだもんねえ」

 

バゼット「一体、型月は何のつもりで」

 

アンリ 「彼らはきっと制限があると燃えるんだよ。Fate/EXTRA CCCもCERO Dのギリギリに挑戦してたしな」

 

ランサー「だいたいPC版の時はだな、アヴェンジャー、オマエがちゃんと仕事しなかったのがいけないんだよ」

 

アンリ 「だってオレがヤっちゃったら、どうせBADEND Restartになっちゃうんだもん」

 

バゼット「こっ、この絵が親にバレたら、おまえはなんて仕事をしてるんだといわれて、故郷のアイルランドに連れ帰られてしまいます」

 

バゼット「いや……だが、これで魔術協会もわたしのことを……」

 

子ギル 「いったい魔術協会はバゼットさんに何の仕事させてるんですか?」

 

バゼット「はっ!」

 

アンリ 「どっから入ってきやがった、ちび金ぴか」

 

ランサー「こら、子ギル。Fate/hollow ataraxia vita版は15歳以上向けだぞ。子供が見るものじゃねえ」

 

子ギル 「おや、ランサー。CERO CはR-15ではありません。推奨にすぎませんよ」

 

アンリ 「子供のくせにウチのマスターに手を出すつもりか? ナマイキな」

 

子ギル 「とんでもない。バゼットさんを狙おうなんて思っていませんよ」

 

子ギル 「僕が今好きなのは性格が控えめの人、大人になってからは胸が控えめの人。バゼットさんはどちらも控えてないでしょう?」

 

バゼット「」

 

ランサー「そういいながら、オマエ今その絵を王の財宝にしまい込んだな」

 

子ギル 「全ての宝具を貯蔵するのが王の財宝です。当然バゼットさんの隠し宝具も収集対象になりますよ」

 

バゼット「か、隠し宝具……!?」

 

ランサー「確かにあれこそ真のフラガラックだ」

 

アンリ 「ああ、脳天うちくだかれたね」

 

バゼット (ドン!)

 

ランサー「おい、バゼット。なんでフラガラックケースを床に置くんだよ」

 

バゼット (ガラガラッ)

 

アンリ 「な、なんで、フラガラックを床にぶちまけるんだよ」

 

バゼット「後より出でて先に断つもの(アンサラー)

 

子ギル 「えっ? フラガラックを3つ同時に!?」

 

アンリ 「そ、それは!」

 

ランサー「Fateの格ゲー、Fate/Unlimited Codes の聖杯必殺技!」

 

バゼット「覚悟なさい……切り抉る戦神の大剣(トゥール・フラガラック)!!!」

 

子ギル 「ちょっ……」

 

ランサー「なっ……」

 

アンリ 「わああああああああああああああああああああああああああ———!」

 

 




ふう……。


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ランサー召還失敗

■その1

 

 冬木市深山町のほとんど人がやってくることがない森の中。そこにずっと放置されている古びた洋館があった。

 誰も住んでいない筈のその館のなかでごそごそと蠢く人影がある。

 

「細かい作業は不得意なのですが……」

 

 ぶつぶつと不平を呟きながら、魔術協会から派遣された魔術師バゼットは部屋の床に魔方陣を書いていた。

 水銀を使って慎重に図形を形作る。バリバリの武闘派で腕っ節勝負の戦闘魔術師であるバゼットにとって慎重な作業を伴う儀式は疲れるし退屈なことこの上ない。

 

「やれやれ、ようやくできた。さて、やりますか!」

 

 意気揚々とバゼットは英霊召還の詠唱を唱える。

 

「———汝三大の言霊を(まと)う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よー!」

 

 魔方陣が輝き、眩しい光の中から英雄の姿が現れ出た。

 青い髪に毛皮のついたマントを羽織り、やたらとゴツい杖をもった男だった。

 

「問おう、アンタがオレのマスターか?」

 

 確かに私がマスターで、この男は私が呼んだサーヴァントだが……。

 バゼットは何か激しい違和感を感じていた。その違和感をストレートに相手にぶつけてみる事にした。

 

「あの、貴方クーフーリンですよね。なんで槍もってないんですか?」

 

 クーフーリンは堂々と胸を張って答えた。

 

「そうだ。キャスターのサーヴァント、クーフーリンだ。魔術師はステッキを持ってるもんだろ?」

 

 いや私は持ってませんが……、と魔術師バゼットは言葉を失う。いや問題はステッキじゃなくて、もっと重大な違和感があった気がするのだが。

 

「よろしく頼むぜ、マスター。じゃあさっそく戦いにいこうぜ!」

 

 キャスターは陽気に笑うとそのゴツい杖を担いで外へ出て行こうとする。慌ててバゼットもキャスターの後を追いかけた。

 

 そう、私は一流のルーン魔術師だ。私の召還が失敗である筈がない!

 

 

「うらうらうらぁ!」

 

 柳洞寺に辿り着いたキャスターとバゼットはわらわらと湧いてきた竜牙兵と交戦していた。

 キャスターはとても機嫌がよさそうにゴツい杖をぶんぶん振り回して竜牙兵をがっしゃんがっしゃんとたたき壊している。

 

「わははははは! 調子がいいぜバゼット!」

 

 その姿をみてバゼットは確信する。

 やはりまちがいない。槍を持っていなくとも、彼は私が憧れていたクーフーリンだ。

 

 

■その2

 

 バゼットは英霊召還の詠唱を唱える。

 

「———されど汝はその眼を混沌(こんとん)に曇らせ(はべ)るべし。汝、狂乱の(おり)に囚われし者。我はその鎖を手繰(たぐ)るもの———」

 

 唱えてしまってから気づいた。

 はっ、この部分の詠唱は要らなかったのでは?

 

 魔方陣が黒く輝く。異次元の暗闇に繋がってしまったかのような漆黒の空間のなかからサーヴァントが姿を現した。

 それは、

 

 額から光線が出ていて、顎は人の頭くらいの大きさに肥大している。両目の間にさらに七つの瞳がついていて、片方の眼は頭の内側に入り込み、もう片方が頭の片側に飛び出している。手足の指は五本ではなく七本もある。頬には黄色、緑、赤、青のカラフルな筋が浮かんでいる。雷にでも当たったかのようにバリバリと髪の毛が逆立っていて、髪の色は根元では黒いが先端に向かうほど赤く変色している。体をぶるんと震わせると血しぶきが上がって辺り一面に血の霧が立ち上る。

 

 という恐ろしい姿であった。

 

「……な……こっこれは……」

 

 狂戦士化したクーフーリンを前にしたバゼットは思わずたじたじと後ずさる。

 クーフーリンは体からぶしゅー、と血を噴き出させながら体を震わすと、

 

「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 と雄叫びをあげて館を飛び出し、冬木市の街めがけて走っていった。

 その姿をみたバゼットはふと我に返った。

 

「そうか、なにも恐れる事はない。むしろバーサーカー化して攻撃力が増しているのだから戦闘には好都合だ」

 

 問題はありませんね、とバゼットは一人頷き、急いでバーサーカーの後を追いかけた。 

 

「うりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

 バーサーカー主従によって冬木市は灰燼と化した。

 

 

■その3

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よー!」

 

 英霊召還の詠唱の最後の一節を高らかに謳い上げた瞬間、バゼットは重大な失敗に気がついた。

 

 しまった、触媒の耳飾りを使うのを忘れた———!

 

 だが既に魔方陣は光を放ち、まばゆい輝きの中から精悍な青年が進み出る。朱色の長槍と黄色の短槍、二本の槍を携えた槍兵。それに女性であればたちまち心を奪われてしまうであろう美しい顔立ちの美丈夫であった。

 

「ランサーのサーヴァント、ここに参上した。貴方が私の今生の主か」

 

 ランサーの召還に成功した、とバゼットは目の前に居る槍を携えたサーヴァントをみて思う。しかしなにかが違う気がする。

 

「あれ、槍が二本? クーフーリンのゲイボルグは一本だった気がするのですが」

 

 マスターの問いに、ランサーのサーヴァントは少し悲しそうに首を振った。

 

「マスター、残念ながら私はディルムッド・オディナだ」

 

 クーフーリンがアルスター地方の英雄ならばディルムッドはレンスター地方の英雄である。どっちもアイルランドの英雄であることに代わりはない。

 日本昔話に例えれば金太郎か桃太郎かの違いのようなものだ。

 

 バゼットはがくりと肩を落とした。

 

「私がクーフーリンの耳飾りを使い忘れたのでディルムッドになったのですね……。しかしアイルランド神話には他にも槍使いの英雄がいる。なぜディルムッドになったのでしょう?」

 

 ディルムッドがバゼットの顔を指差した。指の先は彼女の左目の下を指している。

 

「マスター。貴方の眼の下にあるものが我らの共通点だ」

「はっ!」

 

 そう言われてバゼットはディルムッドの顔をみる。右目の下の乙女を惑わすチャームポイント。

 

「泣きぼくろが!」

 

 そう、二人とのも眼の下に泣きぼくろがあるのであった。

 

 それにしても、とバゼットは自分の体の変化に気がついた。先ほどから急に心拍数が上がってきているのだ。

 

「ディルムッド……何故でしょうか、貴方の顔を見ていたらなんだか胸がどきどきしてきました……」

「しまった、またオレの黒子(ほくろ)の魅了の呪いでマスターがっ……」

 

 ディルムッドは魅了の黒子(ほくろ)で思いがけず女性を惚れさせてしまうため、自らの意志に反して主君を裏切ってしまうという悲劇の運命を辿った英雄なのだった。

 

 またしても……オレは黒子(ほくろ)の呪いから逃れる事はできないのか、とディルムッドは頭を抱える。

 だがふと気がついた。

 

 考えてみたら今回の主は女なのか。今まで女のせいで主に忠義を尽くせなかった。だが主が女であれば別に問題あるまい。

 

「ディルムッド……」

 

 バゼットは潤んだ眼でディルムッドの瞳を見つめている。ディルムッドはバゼットの両手をしっかと握り語りかける。 

 

「マスター、主の望みを叶える事が私の望み。共に聖杯を勝ち取りましょう」

「ええ必ずや!」

 

 この主従の場合は、あまり問題なさそうだった。




その1
クーフーリンはルーン魔術が使えるのでキャスターになることもできるのだ。Fate/Grand Orderではキャスターでの参戦が噂されているぞ。ランサーとあまり変わらないような気もする。

その2
クーフーリンの伝説には狂戦士化のエピソードがあるのでバーサーカーになることもできるのだ。
マスターとセットでバーサーカーコンビができますね。

その3
神話好きのバゼットさんならたぶんディルムッドでも大丈夫だろう。


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絵を完成させよう その2

その1を書いている間に思いついてしまったダメパターン。


「———んっ……」

 

 いつものようにバゼットはソファの上で目覚めた。

 頭を上げて窓に目をやれば外では橙色の夕日が沈みかけている。まだ夕方だ。

 昼間に眠り、夜に起き出しては準備を整えて街に出かける。それが今のバゼットの日課だ。彼女のサーヴァントであるアヴェンジャーは夜中しか行動することができない。そのせいでバゼットはこんな昼夜逆転生活を繰り返している。

 

 バゼットはむくりと体を起こして部屋の中を見回した。誰もいる気配がしない。

 

「……アヴェンジャー?」

 

 空っぽの部屋の中に声をかけたが返事はない。アヴェンジャーは霊体化したたまま寝ているのだろうか。確かに彼の活動時間にはまだはやい。

 

 バゼットは部屋の中のテーブルと椅子に視線を移した。いつもアヴェンジャーが座っている場所だ。

 テーブルの上には彼がいつもいじりまわしているパズルがあった。バゼットはソファから立ち上がり、テーブルに近づいてアヴェンジャーの席に腰掛けた。

 

「やれやれ。あのサーヴァントはややこしい屁理屈をこねまわすくせに、こんな単純なものが好きとは」

 

 地味な白い花の絵柄の16パズル。枠の中にバラバラにはめられているピースを動かして元の絵を作るのだ。数分で解けてしまうだろう子供向けのおもちゃ。

 何の気なしにバゼットは枠の中のピースを指で弾いてみた。

 

 カッチカッチ、カッチカッチ

 

 ぶつかり合う小さな木片の音が時計の秒針のようにリズムを刻む。バゼットは軽い気持ちでアヴェンジャーの真似をしてパズルで遊び始めた。

 

 カッチカッチ、カッチカッチ

 カッチカッチ、カッチカッチ、カッチカッチ

 

「む……」

 

 すぐできてしまうはずのパズルが意外に難しい。最後の一片がどうしても元の位置におさまらない。

 仕方ないので一旦できかけの絵をバラしてもう一度適当に枠に入れ直す。そしてまたピースを弾き始める。

 

「この程度の絵くらい」

 

 完成させられなくては癪だ。もしアヴェンジャーにバレたら彼は大喜びでからかってくるに違いない。

 

『いっやあ、壊すこと専門って言ってたけど、こんなパズルでもバラバラにすることしかできないとは。さすがだね、マスター。そりゃあ鍵開けなんて無理なハズだ。はははははは』

 

 ……空耳が聞こえる。

 

「——————っ!」

 

 思わず木片を触れる指に力がこもる。

 

 カチカチカチ、カチカチカチ、カチカチカチ

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 

 ピキッ、パキッ

 

 明らかに違う音がした。

 

「………………………………」

 

 バゼットは無言で手元から目を逸らす。そのままテーブルを離れてソファに戻った。

 夜まではまだ時間がある。寝直そう。

 

 

 

「———んっ……」

 

 バゼットは目覚めた。窓の外は真っ暗だ。いつもの時間だ。

 だが、いつもならは彼女が目を覚ませばすかさず聞こえる

 

「よう、マスター」

 

 という軽い声がしない。

 

 アヴェンジャーは? とバゼットはソファに横たわったまま、目だけでちらりとテーブルの方を見た。アヴェンジャーはそこにいた。いつもの席に座ってパズルをしていた。

 しかし、カッチカッチといういつもの音は響いていなかった。

 

「うええ……オレの絵、なんでこんなになっちゃったんだよ」

 

 アヴェンジャーは半泣きで細かい木の破片を並べ直していた。16枚の木片だった絵合せパズルは今や粉々のジグソーパズルと化していたからだ。

 

 ……もうしばらく寝ていよう、とバゼットは眼を閉じた。



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