雲は遠くて (いっぺい)
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1章 駅 (その1)≪改訂.2014.4.8.≫

1章 駅 (その1)≪改訂.2014.4.8.≫

 

 夜をとおして激しく降る雨が、形のあるものをことごとく打ち続けた。

 

 明けがた、強い風が吹きあれて、黒い闇はひびわれて、

光の世界がたちまちひらけた。

 

 山々の新緑(しんりょく)が、明るくゆれて、

風は野や谷や山の中を吹きわたった。

 

 山梨県は山に囲(かこ)まれた地形の盆地のせいか、

上空はよく不意の変化をした。

 

 雨上がりの朝だった。季節は梅雨(つゆ)に入っていた。

 

 道沿(みちぞ)いの家の庭に咲く紫陽花(あじさい)は、

どこかショパンの幻想即興(そっきょう)曲を想(おも)わせ、色とりどりに咲いている。

 

「韮崎(にらさき)は空気が新鮮だよね。空気がうまいよ。

つい、深呼吸したくなる。山とかに、緑が多いせいかね」

 

 駅へ向かう線路沿いの道をゆっくりと歩きながら、

純(じゅん)は信也(しんや)に、そういった。

 

「きのうから純ちゃんは同じことをいっているね。

でもやっぱり、東京とは空気が違うよね。

それだけ、ここは田舎(いなか)ってことじゃないの。

人もクルマも全然(ぜんぜん)少ないんだし」

 

 ふたりは声を出してわらった。

 

 ふたりは今年の3月に東京の早瀬田(わせだ)大学を卒業した。

信也は平成2年1990年2月23日生まれの22歳、

純は平成元年1989年4月3日生まれの23歳で、

正確には1年近い歳(とし)の差があった。

 

 小学校の入学の歳(とし)は、4月1日以前と2日以後に

区切られるため、信也はいわゆる早生(はやう)まれで、

小学校の入学から大学までふたりの学年は同じである。

 

 信也は卒業後、この土地、韮崎市にある実家に帰って

クルマで10分ほどの距離にある会社に就職した。

 

 ふたりは大学で4人組のロックバンドをやっていた。

ビートルズとかをコピーしていた。オリジナルの歌も作っていた。

まあまあ順調に楽しんいたのだけど、卒業と同時に仲間は

バラバラになって活動はできなくなってしまった。

 

 新宿行(ゆ)き、特急スーパーあずさ6号の到着時刻の

9時1分までは、まだ30分以上あった。

 

「おれは、ぼちぼちと、バンドのメンバーを探(さが)すよ。

信(しん)ちゃんも、またバンドやるんだろ」

 

「まあね、ほかに楽しみも見あたらないし。だけど、気の合う

仲間を見つけるのも大変そうだよね」

 

 純は、同じ背丈(175センチ)くらいの信也の横顔を

ちらっと見ながら、信也と仲のいい美樹(みき)を思い浮かべる。

 

 美樹には、どことなく、あの椎名林檎(しいなりんご)に似た

ところがあって、椎名林檎が大好きな信也のほうが

美樹に恋している感じがあった。

 

 信也と美樹は、電車で約2時間の距離の、東京と山梨という、

やっぱり、せつない遠距離の交際になってしまった。

 

 美樹も辛(つら)い気持ちを、信也の親友でありバンド仲間の

純に打ち明けてたりしていた。

 

 信也は、そのつらい気持ちをあまり表(おもて)に出さなかった。

 

 信也は、東京で就職することも考えたのであったが、

長男なので両親の住む韮崎にもどることに決めたのだった。

 

 大学でやっていたバンドも、メンバーがばらばらとなって

解散となってしまった。

 

 信也はヴォーカルやギターをやり、作詞も作曲も

ぼちぼちとやっていた。純はドラムやベースをやっていった。

 

 純の父親は東京の下北沢で、洋菓子やパンの製造販売や

喫茶店などを経営していた。

 

 いくつもの銀行との信用も厚(あつ)く、事業家として成功している。

 

 父親は、森川誠(まこと)という。今年で58歳だった。

 

 去年の今頃(いまごろ)の6月に、純の5つ年上の兄の良(りょう)が、

ジャズやロックのライブハウスを始めていた。

 

 純はその経営を手伝っている。

 

 音楽や芸術の好きな父親の資金的な援助があって、

実現しているライブハウスであった。

 

≪つづく≫ 



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1章 駅 (その2)≪改訂.2014.4.8.≫

1章 駅 (その2)≪改訂.2014.4.8.≫

 

 韮崎駅の近(ちか)くの山々や丘(おか)には、雨に洗(あら)われた

ばかりの、濃い緑の樹木(じゅもく)が、生(お)い茂(しげ)っている。

さらに、遠い山々には、白い霧(きり)のような雲が満(み)ちている。

 

「おれって、やっぱり、田舎者(いなかもの)なのかもしれないな。

東京よりも、この土地に、愛着があるようなんだからね」

 

 照(て)れわらいをしながら、信也(しんや)は純(じゅん)にいった。

 

「おれだって、こんなに空気のいい土地なら、住みたくなるから、

信(しん)ちゃんが田舎者ってことはないよ」

 

 純はわらった。

 

「ところで、信。もう一度、よく考え直(なお)してくれるかな。

おれも、しつこいようだけど・・・」

 

 歩きながら、純は信也の肩(かた)に腕(うで)をまわして、

軽(かる)く揺(ゆ)すった。

 

「ああ、わかったよ。でも、さんざん考えて決心して、

帰って来たばかりなんだぜ。それをまた、すぐにひっくり返す

なんてのは、朝令暮改(ちょうれいぼかい)っていうのかな、

なさけないないというか、男らしくないというか……」

 

「そんなことはないよ、信(しん)ちゃん。いまの時代は変化が

激(はげ)しいんだし、多様化の時代だし、1度決めたことだって、

変更してもそれが正しいことのほうが多いと思うよ。

いまの政治家とかのしている話だって、朝令暮改で

呆(あき)れるばかりじゃん。まあ、おれたち若者の場合は、

決心したことを変更する勇気のほうが、おれは男らしいと

思うけどね」

 

「またまた、純ちゃんは、人をのせるのがうまいんだから」

 

 二人(ふたり)は、わらった。

 

「な、信(しん)ちゃん。おれに力を貸(か)すと思って、親父(おやじ)の

会社に入ることを考えてほしいんだ。一緒(いっしょ)に、

ライブハウスやバンドをやって、夢を追(お)っていこうよ。

おれは真剣なんだ。冗談(じょうだん)抜(ぬ)きで。

かわいい美樹(みき)ちゃんだって、それを願っていると思うよ。

信ちゃんは長男だから、家を継(つ)ぐと決めたことはわかるけど、

『信也さんの実力を試(ため)す、いい機会ですよ』って、

お父(とう)さんとお母(かあ)さんに、おれが説明したら、

昨夜も、ニコニコと笑顔で、わかってくれているみたいだった

じゃない。話のわかるご両親で、おれも、ほっとしたよ」

 

「純ちゃんは、説得の名人だからなあ。参(まい)ったよ」

 

 韮崎駅に着いた二人は、改札口の頭上(ずじょう)にある

時刻表と時計を眺(なが)めた。

 

 新宿行(ゆ)き、特急スーパーあずさ6号の到着時刻の

9時1分までは、あと5分ほどであった。

 

「まあ、信(しん)ちゃん、よく考えください。おれらには、

時間は十分あるんだし・・・」

 

「わかったよ。まあ、何事も簡単にはいかないよね。

おれもまたよく考えてみるよ」

 

 そういって、純と信也は手を握(にぎ)りあった。

 

 純は切符(きっぷ)を購入(こうにゅう)すると、改札口を

抜けて振(ふ)り返(かえ)る。笑顔(えがお)で、信也に

軽(かる)く手を振(ふ)った。信也も笑顔で手を振る。

 

 そして、純はホームへ続く階段へと姿を消した。

 

≪つづく≫ 



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2章 MY LOVE SONG

東京都世田谷区にある下北沢駅(しもきたざわえき)は、

小田急線(おだきゅうせん)と京王井の頭線(けいおういのがしらせん)の

ふたつの私鉄が立体交差していて、上を京王井の頭線が走る。

 

改札口は南口と北口が小田急電鉄、西口は京王電鉄が管理する。

利用状況は、どちらも、1日平均乗降人員が、10万人を超(こ)えている。

 

大学2年、19歳の清原美樹(きよはらみき)の実家は、下北沢駅よりも、

南に位置する、京王井の頭線の池ノ上駅(えけのうええき)に近かった。

 

7月の土曜日であった。

 

店舗や家屋が立ち並(なら)ぶ、一方通行の、都道420号の、

曲(ま)がり角(かど)にあるセブン・イレブンで、

美樹は、信也のクルマを待っている。

 

午前10時の待ち合わせだった。

 

梅雨(つゆ)も明(あ)けて、一日天気も良さそうで、

気温も上昇しそうだった。

 

美樹は、半そでのブラウスと、フレア・スカートで、

涼(すず)しげな服装であった。

 

ベージュ・ブラウンに、かるく染(そ)めていた

肩(かた)にかかりそうな髪をグラデーション・ボブふうに

カットしたばかりだった。

 

美樹は、セブン・イレブンの店内で雑誌をめくりながら、

信也のクルマの到着を待った。

 

信也は大学1年のときに、自分でバイトをして買った、

中古の軽(けい)のスズキ・ワゴンRに乗っていた。

 

美樹のほとんど目の前のガラス越しに、見慣(みな)れた、

美樹にしたら、切(せ)つないような、

懐(なつ)かしさがこみあげてくる、

淡(あわ)いグリーンのクルマが、しずかに停車(ていしゃ)する。

 

都道420号沿(ぞ)いの、このセブン・イレブンに駐車場はなかった。

 

手にしていた雑誌をもとの位置にもどすと、美樹はすばやく店を出る。

 

「しんちゃん、7分も前に到着よ。

社会人になると、時間に厳(きび)しくなるのかしら。すばらしいわ」

 

美樹はそういって、信也のとなりに座(すわ)りながら、わらった。

 

「美樹さまの、いきなり、お褒(ほ)めの言葉ですか。

美樹ちゃんを待たせて、怒(おこ)らせたら、大変ですからね」

 

信也もわらった。信也は、内心(ないしん)、少(すこ)し、あせっていた。

 

ひさしぶりに、間近(まぢか)で聴(き)いた美樹の声に、

心臓の心拍数が微妙に上昇しているのを感じたのだった。

 

信也はバック・ミラーに後続車(こうぞくしゃ)が近づいているので、

すぐにクルマを走らせた。

 

「えーと、美樹ちゃんの家(うち)までは・・・」

 

「うん、この先の十字路を左折してください」

 

「美樹ちゃんちに行くのって初(はじ)めてだよね。

ご両親は、お家(うち)にいるのかな」

 

「いるわよ。しんちゃんに会えるのを、

とても楽しみにしているみたいだわよ」

 

「えー、なんか、そういうの苦手(にがて)だなあ」

 

「だいじょうぶよ、さっさと、クルマを置(お)いたら、

公園に行くわよ。

時間がないんだから、邪魔者(じゃまもの)は、必要ないし」

 

「美樹ちゃんに、お任(まか)せしますよ。ご両親には、

うまく、紹介してください」

 

「はい、はい。うまく紹介させていただきますわよ。

川口信也(かわぐちしんや)さんは、大学の先輩で、

大学公認のバンド・サークルのミュージック・ファン・クラブ

(通称 MFC)に誘(さそ)ってくださった、

大切な恩人(おんじん)なんです、なんてね」

 

「そうそう、いま、特に仲良くさせてもらっている男性なんです、

ってことも、お話ししようかしら・・・」

 

美樹はわらった。信也もわらった。

 

去年、2011年の春に、大学に入学して、

美樹は学生証の交付も受けた。

 

しかし、3月11日の、東北の太平洋沖地震等による災害や、

おさまらない余震(よしん)や、計画停電による交通機関の混乱などから、

2011年度の入学式は、すべて中止となったのであった。

 

そんな混乱の中であったが、大学4年になった信也は、美樹を見つけて、

熱心に、バンド・サークルのMFCに、誘(さそ)ったのであった。

 

小学2年のころからピアノを習(なら)っていた美樹は、

キーボードが弾(ひ)けた。

 

シャキーラ(Shakira)という呼び名で親しまれている、

1977年2月生まれの、コロンビアのラテン・ポップ・シンガー・ソングライターを、

美樹はコーピーして、歌うこともあった。

南米(なんべい)独特の明るいリズムやメロディを持つシャキーラは、

目標にするくらいに、美樹は中学生のころから好きだった。

 

そんな美樹だから、男女あわせて70人ほどもいるバンド・サークルでも、

すぐに注目された。

 

美樹を、意識する男子学生が何人もいることも、ごく自然な感じであった。

 

信也が、彼の好きな椎名林檎(しいなりんご)に何となく似ている美樹を、

意識しないわけがなかった。

 

しかし、サークルの仲間同士で、女子学生の獲得(かくとく)競争に

なるようなことは、ばかばかしくてやってられないと、信也は思うのだった。

 

『そんな獲得競争、恋愛競争なら、おれは、いち抜(ぬ)ける、やめるよ・・・』

信也はそう決めたのだった。

 

そんな自分の判断に、自分の本当の心に、誠実ではない、

素直ではないんじゃないかと、思って、迷うときも、なんどもあった。

 

そんなときは、たまたま読んで、強烈に印象に残っている、

ロシアの文豪・ドストエフスキーの小説

『地下室の手記(しゅき)』の主人公が語る

「苦痛は快楽である」という言葉を思い出したりした。

 

その言葉は、逆転したテーゼ(肯定的判断)ともいえるわけで、信也は、

なるほど、ドストエフスキーは、現代作家にも影響の深いといわれるし、

偉大な作家なんだなあと、感心するのだった。

 

しかし、そんな信也を見ていて、どこか子どもっぽいと、

美樹は感じるのであった。

 

そして、好感や親しみも深まってゆき、美樹の信也に対する呼びかたも、

川口先輩(せんぱい)とか、信也さんとかから、

しんちゃんになっていたのであった。

 

「どうして、最近、おれって『しんちゃん』になったんだよ」

 

あるとき、信也がわらいながら、美樹に聞いた。

 

「だって、信也さん、私の好きな『クレヨンしんちゃん』と

どこか、かぶるんだもん」

 

そういって、美樹は悪戯(いたずら)っぽく、ほほえんだ。

 

「おれも『クレヨンしんちゃん』好きなほうだから、まあ、いいけど。

でも、どうせなら、『ワン・ピ-ス(ONE PIECE)』の

ルフィが好きだから、ルフィとかフィルちゃんとか呼んでくれたらいいのに」

 

そういうと信也は、何がおかしかったのか、腹を抱えるほど、わらった。

 

美樹が呼び始めた『しんちゃん』は、たちまち、みんなに広(ひろ)まった。

 

 

美樹は家の駐車場に、信也のスズキ・ワゴンRを停(と)めさせた。

 

家にいる両親を外に呼び出して、美樹は信也を紹介した。

 

母親は、「美樹も、よく、川口さんのことは話してくれています。

私どもも、川口さんなら安心と思っているんです。

これからもよろしくお願いします」といって、ほほえんだ。

 

「家でゆっくりしていってください」と父親もいった。

 

信也は「こちらこそよろしくお願いします」といって、

深々(ふかぶか)と頭を下(さ)げた。

 

「きょうは時間がないから、またね」と美樹はいうと、

信也の手を引っ張(ひっぱ)って、ふたりは、

都立駒場(こまば)公園へと、早足(はやあし)で向かうのであった。

 

高校や東大の研究センターの横道を抜けると、

歩いて、15分ほどで、

広い芝生や樹の生い茂(しげ)る駒場公園だった。

 

「このへんにも、いい公園があるんだって、

しんちゃんに見せたかったのよ」と美樹が信也に話す。

 

「本当だ。立派な公園だね」

 

「あれが日本近代文学館よ」と、美樹は、グレーの

コンクリート造(つく)りの建物を指さした。

 

「あっちの建物は、前田侯爵邸(まえだこうしゃくてい)とかいって、

100年くらい前に建(た)てられて、当時は、

東洋一の邸宅と、うたわれたんだって」

 

「そうなんだ。あとで行ってみよう」

 

信也はポケットから、アップルの携帯型デジタル

音楽プレイヤーのアイポッド(iPod)を出した。

 

「おれ、美樹ちゃんのことをイメージして、

歌を作ったんだ。

それをギターの弾き語りで、

これに入れてきたんだけど、

ちょっと聴(き)いてもらえるかな。

タイトルは、迷ったんだけど、

『MY LOVE SONG』にしたんだ」

 

木陰(こかげ)のベンチに座(すわ)って、

少し照(て)れながら、

時々、美樹の澄(す)んできれいな目(め)を見ながら、

信也はそういった。

 

かなり、驚(おどろ)いたらしく美樹は、

一瞬、言葉が出なかったが、

頬(ほほ)を紅(あか)らめながら、

「うれしいわ。光栄だし。ぜひ聴かせて」といった。

 

アイポッドから、切れのいいカッティングの

アコースティック・ギターのイントロが流れて、

その弦の音によく合う、信也の硬質で乾いた歌声が

聴こえてきた。歌の調子はアップテンポのブルースであった。

 

歌が終わるころ、美樹の目には涙が光(ひか)った。

 

信也も目頭が熱くなった。信也は、美樹をやさしく抱きしめた。

そして信也は決心をした。

 

美樹のためにも、この東京でやっていこうと。

純たちと、ライブハウスやバンドをやっていこうと。

 

≪ MY LOVE SONG ≫

 

こんなに 夕日(ゆうひ)が きれいなのは

きっと みんなへの 贈り物なんだろうね

 

こんなに 世界が きれいなのは

きっと みんなへの 贈り物なんだろうね

 

あんなに あの娘(こ)が きれいなのは

きっと みんなへの 贈り物なんだろうね

 

なのに なにを 悩(なや)んでいるんだろう

自由に 選(えら)んできた この道なのに

 

なのに なにを 戦っているのだろう

自由に 選んできた この道なのに

 

なんで 強く 生きられないのだろう

自由に 選んできた この道なのに

 

なんで あの娘を 抱きしめられないのだろう

自由に 選んできた この道なのに

 

Hoo、Hoo、MY LOVE SONG、LOVE IS ALL

(おお、おお、僕の愛の歌、愛こそすべて)

Hoo、Hoo、MY LOVE SONG、LOVE IS ALL

 

 

≪つづく≫ 



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3章 家族

8月5日、日曜日の昼どきであった。

 

大学2年、19歳の、清原美樹(きよはらみき)の家は、

下北沢駅よりも池ノ上駅(いけのうええき)に近い、

東京都世田谷区の北沢一丁目の

静(しず)かな住宅街にある。

 

庭には、春になると、白やピンクの花の咲(さ)く、

ハナミズキやコブシなどの木が、4メートル以上に、

すくすくと大きく育っている。

 

その、ハナミズキやコブシの生い茂(しげ)る葉は、

真夏の日差しを遮(さえぎ)って、芝(しば)の多い庭に

涼(すず)しげな半日陰(はんひかげ)をつくっていた。

 

その木陰(こかげ)の庭には、鉢(はち)に植え替えをしたりした、

色とりどりの、マリーゴールドやサルビア、

八重咲(やえ)のインパチェンスなどの花が咲いている。

 

時刻は正午を、10分ほど過ぎていた。

玄関のチャイム音がゆっくりと、1回、鳴(な)った。

 

「はーい」といって、キッチンで酢豚を作っている

美樹の母親の美穂子(みほこ)が、玄関ドアを開(あ)けた。

 

「やあ、美穂子さん、きょうは、ありがとうございます。

みなさん、お元気ですか。

きょうも晴れて、お天気なのはいいけど、暑いですよね」

 

わらいながら、そんな挨拶(あいさつ)をして、

薄(うす)いベージュのチノ・パンツと、

Tシャツで、訪(おとず)れたのは、

歩いて5分くらいの近所に住んでいる、

森川誠(まこと)だった。

 

森川誠は、下北沢を本拠地(ほんきょち)に、

都内で、洋菓子(スイーツ)やパンの店や喫茶店、

ライブハウスなどを展開している、株式会社モリカワの

社長であった。

 

「誠(まこ)ちゃん、お忙(いそが)しいところを、よく来てくれました」

 

と、ちょっと、頭を下(さ)げながら、

美樹の父親の清原和幸(きよはらかずゆき)が、美穂子の横で、

満面(まんめん)に笑(え)みを浮かべて、森川誠を迎(むか)えた。

 

「おっ、和(かず)ちゃん、相変(あいかわ)わらず、男前(おことまえ)ですね」

 

森川誠はそういって、驚(おどろ)いたように目を見開(みひら)いて、

声を出してわらった。清原和幸も美穂子もわらった。

 

美樹の父親の清原和幸は、弁護士(べんごし)だった。

下北沢の南口のビルで、法律事務所をしている。

森川誠の会社モリカワの、顧問(こもん)弁護士も引き受けていた。

 

「森川さんは、人を笑わせることが、本当に、お上手(じょうず)ね。

ぱあっと、まわりを明るくしてしまうんですから。

主人(しゅじん)も、森川さんと一緒(いっしょ)にいると、

高校のころの少年に戻(もど)れると、いっているんですのよ」

 

そんな話をしながら、美樹の母の美穂子は、ワンフロアのリビングへと、

森川誠を案内する。

 

「おれも和(かず)ちゃんも少年のころから抜け出せないだけかな。

なあ、和ちゃん」と森川誠。

 

「まあ、そういうことになるだろうね」と清原和幸。

 

森川誠と清原和幸は、少年のようにわらった。

 

清原和幸と森川誠は、同じ年で、

小中高まで、学校も同じで、幼なじみ、遊び仲間の、

無二(むに)の親友だった。

 

森川誠の足もとに、白に薄(うす)い茶色のまじった毛の、

6歳の雌(めす)のポメラニアンが匂(にお)いをかぐように、

すりよってくる。

 

「ラムちゃん、元気かな。夏向きに、きれいに毛をカットしてもらったね」

 

森川は、ふさふさの長い毛の、しっぽをふる、ポメラニアンのラムを、

ちょっと、なでる。

 

朝と晩の、ラムの散歩は、雨の日以外は、必ず、

家族の誰かとする日課であった。

 

散歩のコースは、クルマの少ない静かな小道だった。

 

1週間に1度のペースで、スローなジョギングをする、

森川誠や清原和幸たちのコースと、ほぼ同じ小道だった。

 

ふたりは、30代後半あたりから、タバコをやめて、

健康のために、時には、一緒(いっしょ)にだったり、

個々にだったりと、ジョギングを始めた。

ふたりは、白髪が、ちらちらと目立つ今も続けている。

 

リビングの中(なか)ほどにあるキッチンでは、

美樹と姉の美咲(みさき)が料理をつくっていた。

 

「こんにちは、森川さん」と美樹はいう。

 

「こんにちは」と美咲。

 

美樹と美咲は、笑顔で挨拶した。

姉の美咲は、大学を卒業したばかりの、23歳だった。

 

「いま、おいしいものを、つくってますからね」と美咲。

 

「よろしく、お願いします、美咲ちゃん、美樹ちゃん。

お二人(ふたり)は、いつのまにか。おとなっぽくなって、

ますます、きれいになっていくから、

いつも、お会いするのが楽しみなんですよ」

 

森川誠は、ちょっと足を止めて、姉妹を見つめた。

 

「森川さんったら、褒(ほ)めるのが、

お上手(じょうず)なんだから」と美咲はわらった。

 

「ほんと、ほんと。あぶない、あぶない。

女性のあつかい上手な森川さんは、ちょっと危険な感じ」

といって、美樹もわらった。

 

「あら、あなたたち、なんということをいっているの。

森川さんは、本心しか、お話(はなし)なさらないのよ。

いつだって、真実、ひとすじで、とても誠実な社長さんんだから」

と母の美穂子は、自分もこみあげそうな、

わらいを押(お)さえるようにして、そういった。

 

「真実ひとすじですかあ。ははは、まいった、まいった」

 

森川誠は、大きな声でわらって、照れるように頭に手をやった。

 

美穂子と美咲と美樹が料理をつくっているキッチンの隣には、

椅子(いす)が8つと、四角(しかく)いテーブルがあって、

白い皿やビールやジュースのグラスが準備されていた。

 

庭の軒下(のきした)の半日陰で育てている、料理の風味付けにも使える、

セリ科のチャービル(別名セルフィーユ)や、ブルーのサルビアが、

小さなガラスの花瓶(かびん)に入(はい)って、テーブルを飾(かざ)っている。

 

テーブルのすぐ横の、南側(みなみがわ)には、ソファが置(お)いてある。

庭を眺(なが)めたり、テレビを見たりする、くつろぎの場所だった。

 

ソファには、祖母(そぼ )の清原美佐子(みさこ)がいた。

 

昨夜のロンドン・オリンピックの男子サッカー、3対0で勝った試合、

準々決勝、日本対エジプトの、録画を、テレビで見ていた。

 

「美佐(みさ)さん、こんにちは。お元気ですか」

 

森川誠はそういって、美佐子の隣(となり)にすわった。

 

「はい、おかげさまで、からだの調子もいいですよ。

きょうは、ゆっくりと、過ごしていってくださいね」と、

美佐子は笑顔で、ていねいに頭を下げて挨拶(あいさつ)をした。

 

テーブルには、美樹のこしらえたゆで卵の入ったグリーン・サラダや

枝まめ、姉の美咲がつくった冷(つめ)たくしたパスタの、

トマトとチーズのカッペリーニ、母親の美穂子がつくった酢豚(すぶた)、

叔母(おば)のつくったナスやキュウリやキャベツの漬物(つけもの)とか、

料理も出そろった。

 

みんなは椅子(いす)にすわって、にこやかに、「かんぱぁーい(乾杯)」と、

みんなはそれぞれのビールやジュースのグラスを触れ合わせた。

 

「おれの大好きな酢豚(すぶた)ですね、美咲ちゃん、ありがとう」と、森川誠は、

左隣(ひだりとなり)の美咲に目を細める。

 

「酢豚つくったのはママよ。わたしはパスタつくりました」と美咲は、

わざと頬(ほほ)をふくらませて、怒(おこ)った顔をした。

 

「わっはっは。美咲ちゃん、ごめん。おじさんは、もう酔(よ)ってるね。

おれも、和(かず)ちゃんも、すぐ酔っちゃうんだから。ね、和ちゃん、パパ」

 

森川は、右隣の清原和幸の肩を、軽く手でゆらした。

 

「しかし、おれたちは、いつまでも、酒は強いよね。酔っても、

乱れないし、つぶれない」と和幸はわらった。

 

「そうだよな。でも、知らないうちに、つぶれていたりしてなぁ。

人生は、いつでも、うっかりできないもので」

と森川も、声を出してわらった。

 

「そうそう、パパなんか、外で飲んで帰ってくると、

つぶれっぱなしなんだから。ねえ、ママ」といって、

森川誠の向かい側にすわる美樹は、

おおげさな困(こま)った顔をして、

右隣の美穂子に話をする。

 

「森川さんもパパも、酔っぱらうと子どもみたいになるけれど、

仕事しているときは、誰にも負けないくらいの、正義感と・・・

なんでしたっけ、男気(おとこぎ)のようなものがある、

いまどき珍(めず)しいくらいの紳士(しんし)なのよ」

 

美穂子は、美樹や美咲を見ながら、そういった。

 

「いやあ、どうも、美穂(みほ)ちゃん、褒(ほ)めてもらって。

でも、正義感といえば、おれよりも和ちゃんですよ。

和ちゃんの正義感には、頭が下(さが)がります。

というよりも、和ちゃんの正義感に触発(しょくはつ)されて、

おれも感化されて、正義感を持って、人の上に立って仕事をしてきたら、

会社がどんどん大きくなって来たようなものなんです」

 

と話しながら、森川誠は、清原和幸から「まあ、まあ」と、

ビールをグラスにつがれて、森川も清原のグラスにビールを注(そそ)ぐ。

 

「酔っちゃって、身の上話っぽくなしましたね」と声を出して森川はわらう。

 

「まあ、森川家も、初めは、というと、下北沢の商店街で、

小さな喫茶店を、今は亡(な)き、おばあちゃんが、

ひとりでやっていたんですよ。

おれは、ケーキとかの洋菓子が好きで、

高校を卒業して、洋菓子の店に修行に行っていて、

その3年後くらいに、おばあちゃんの店を継いで、

そこを改装して、洋菓子と喫茶の店を、始めたんです。

おれの弟も、おれに影響を受けて、そんなわけで、

兄弟二人で、がんばって、店の数を増やしていったんです。

そこで、だんだん、わかったんですが、自分の欲が先行していては、

事業は大きくできないし、人の上には立てないんですよね。

そんなころに、和ちゃんの正義感に影響を受けて、

おれも会社も、成長して、来(こ)れたんだと思います」

 

「誠(まこ)ちゃん、おれを高く評価しすぎ。おれはただ、

困っている人を、法律の力で、なんとか守ってやりたくて・・・。

おれのおやじが、やっぱり弁護士で、おやじは確かに、

正義感が、人一倍(ひといちばい)強い人だったと思うけど。

でもね、誠(まこ)ちゃん、人間って、自分やお金のためには、

そんなに強くなれないものだけど、人のためなら、

強くなれるんじゃないのかな」

 

と、清原和幸は、上機嫌(じょうきげん)なようすで、笑顔も絶(た)えない。

 

「そうそう、そうなんだよね。自分のためなら、そんなに勇気も

意欲もわかないけど、人のためなら、がんばれたりするよね。

それが、正義感ってやつで、不思議な力の源(みなもと)で、

逆説的だけど、結果的に、いつのまにか、人のためにやることが、

自分のためになったりするんだよね、なんか不思議だよね・・・」

 

そう語りながら、森川は、おいしそうに、ビールを飲んで、酢豚をつまんだ。

 

「そうそう、美咲(みさき)ちゃんも、いま、予備試験を受けているんだってね。

見事(みごと)に、受(う)かれば、法科大学院に通(かよ)わなくたって、

司法試験を受けられるんだから、美咲ちゃん、すごいよ、超優秀!

司法試験とかの合格祝(ごうかくいわ)いのパーティは、

ぜひ、わたしにさせてください」

 

森川は、そういいながら、左隣の美咲のグラスに、ジュースを注(つ)ぐ。

 

「森川さん、ありがとう。わたしも、弁護士を目指して、猛勉強しているの。

いまのところ、予備試験も、7月にあった論文式までは、

なんとかクリアーな気がしているんです。おかげさまで」と美咲。

 

「お姉ちゃんは、すごい猛勉強をしているのよ、森川さん。民法の本とか、

自分で声を出して読んでいるのを、録音して、それを家の中で、

いつも流して聴(き)いているんだから。わたしたちも、それを、

毎日のように聴かされるんです。きょうは、まだ、そのお経(きょう)にたいの、

流れていないんですけどね。知らず知らず、その聴かされる民法を、

覚えていたりもするんです。そのくらい、がんばらないと

覚(おぼ)えられないんでしょうけど。

わたしには、とても、お姉ちゃんのマネはできないです!」

 

そういって、無邪気で、ほほえましくなるようで、どこか、はにかむ、

美樹の笑顔を、みんなは見ながら、わらった。

 

「そうそう、森川さん、今度、森川さんの会社に、川口信也さんが

入社されるんですよね。わたしの大切な先輩ですので、

どうかよろしくお願いします」

 

といって、美樹は椅子から立ち上がって、テーブルの向かいの森川に、

ていねいに頭を下げた。

 

「美樹ちゃん、その話は大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。

わたしの次男の純(じゅん)と同期の親友ですから。

純が、あの男ならと、認める友達ですから。

わたしたちが、しっかりサポートして、

川口信也さんには、いい仕事をしてもらいますから。

そうか、うちの純と川口信也さんは、美樹ちゃんの大学の、

今年卒業の先輩だもね。

大学公認のバンド・サークルの、ミュージック・ファン・クラブ、

なんていったっけ、そうそう、よく純が、MFC、MFC、

っていっている、そのサークルで、美樹ちゃんと、楽しく、

1年間を過ごしてきたんだったよね。

川口信也さんは、できるかぎりの最高の待遇を用意します。

美樹ちゃんも安心していてください」

 

森川は、美樹に、社長らしい自信ありげに、優しくほほえんだ。

 

 

≪つづく≫ 



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4章 多摩川(たまがわ)花火大会

「陽(はる)くん、ひさしぶり。元気でやっている?」

 

清原美樹(きよはらみき)は、自分より15センチくらい背の高い、

松下陽斗(まつしたはると)の、バリカンで刈(か)り上げた

短い髪(かみ)を、めずらしそうに見ながら、

最上級の笑顔をつくって、そういった。

高校のときは、陽斗は、アーチストっぽい、長い髪だった。

 

「元気だよ。美樹ちゃんも美咲(みさき)ちゃんも、浴衣(ゆかた)が、かわいいじゃん」

 

陽斗(はると)は、短くした髪を、ちょっと恥(はず)ずかしそうに、手でさわった。

 

「陽(はる)くん、ありがとう。わたしは、かわいいっていわれると、うれしいわ」

 

今年、慶応(けいおう)大学を卒業して、弁護士を目指している、

美樹の姉の美咲は、ほほえんだ。

 

・・・陽(はる)くんの眼(まな)ざし。まつ毛が長くて、涼(すず)しげなのに、

いつも、どこか情熱的で、やっぱり、アーティストか

ミュージシャンっぽいなぁ・・・。美樹は、今もそう思う。

 

松下陽斗は、美樹と同じ歳(とし)の、今年で19歳。

去年の春まで、ふたりは、同じ、都立の芸術・高等学校の学生だった。

 

その学校は、高等学校の普通教育をおこないながら、

音楽、美術の専門教育を おこなっていた。

 

教育目標は、高い理想をもって、文化の創造と発展に貢献できる、

心の豊かな人間の育成をはかる、というものだった。

 

しかし、今年の2012年、創立から40年であったが、

3月31日の土曜日をもって、その芸術・高校は閉校(へいこう)になった。

 

芸術・高等学校は、世田谷区の隣(となり)の目黒区にあった。

京王井の頭線(けいおういのがしらせん)を利用すると、

下北沢駅からは、池ノ上駅を通過して、

駒場東大前駅を下車。そこから徒歩で8分という位置だった。

 

美樹と陽斗(はると)は、音楽科の鍵盤楽器(ピアノ)を学(まな)んだ。

家は、ふたりとも下北沢近くだったから、

学校の帰り道は、よく、ピアノのことや将来の夢など、話しながら歩いた。

ふたり仲よく、下校する姿は、他の生徒たちや

行き交(か)う人たちから見れば、仲のよいカップルに見えたのだろう。

 

美樹にしてみれば、松下陽斗(まつしたはると)との結(むす)びつきは、

友情なのかもしれないし、恋愛感情なのかもしれない、

その判別が、あいまいで、はっきりしないままの、3年間の高校生活であった。

 

美樹にとって陽斗は、気の合う、楽しいボーイフレンド(男友だち)には違(ちが)いなかった。

 

ところが、高校の卒業間際(まぎわ)、陽斗(はると)は、美樹に、美樹の姉の

美咲に好意を持っていることを、打ち明けたのだった。

 

その突然の陽斗の告白に、大切にしていた何かを、なくしてしまったような、

喪失感(そうしつかん)に、美樹の心は揺(ゆ)れた。

 

しかし、美樹は、愛のキューピッド(天使)みたいに、

陽斗(はると)に頼(たの)まれたとおりに、姉に陽斗の気持ちを伝えたり、

姉のメールアドレスを、陽斗に教えたりもしたのだった。

 

姉の美咲は、表向きは困(こま)った顔をして、迷惑(めいわく)そうに

していたのだが、内心は、悪い気はしないようであった。

 

「美樹ちゃん、心配しないで。美樹ちゃんの大切にしているものを、

壊(こわ)したりしないから。

陽斗(はると)くんの、相談相手になることくらいしか、わたしにはできないんだから」

 

美樹の気持ちを察して、そんなふうに、美咲はいうのだったが、

嫉妬(しっと)のような気持ちを感じる、美樹だった。

 

美樹は、美咲や陽斗に対して、無関心で、よそよそしい態度が、しばらく続いた。

 

早瀬田(わせだ)大学に入学した美樹が、大学公認のバンド・サークルの

MFC(ミュージック・ファン・クラブ)に入って、音楽に熱中したのも、

そのトラウマ(心的外傷)のような、その複雑な心境を、解消するためでもあった。

 

男女あわせて70人くらいの、バンド・サークルで、川口信也たちと出会った。

 

現在、松下陽斗(まつしたはると)は、東京・芸術・大学の音楽学部、

ピアノ専攻の2年。

父親は、下北沢駅近くで、ジャズ喫茶を経営している。

ジャズの評論とかも、雑誌に書いている、ジャズの著作家だった。

 

美樹は早瀬田(わせだ)大学の教育学部の2年。美樹は進路に迷(まよ)っていた。

芸術;高校の生徒たちの中で、自分には特別な才能があるという、

自信が持てないのだった。現在、美樹は、中学校の教師になろうと、

漠然(ばくぜん)と思っている。

 

「わたしたちの芸術・高校は、なくなっちゃったね」

 

美樹の満面(まんめん)の笑みが、一瞬だけ消えた。

 

「しょうがないね。時代の流れってやつだから。

おれらの学校は、完全になくなるんじゃなくて、新宿(しんじゅく)の

総合芸術・高校に受け継がれるというから、まだ、よかったよ。

また、こうやって、一緒(いっしょ)に、花火なんて、

うれしいよ。高校のころの気分を思い出せそうで。

でもきょうは、大勢(おおぜい)だなぁ、女子高生もいたりして。

何人いるのかな?」

 

陽斗(はると)は、小田急線の成城学園前駅・南口に集(あつ)まった、

みんなを眺(なが)める。

 

「みんなで、12人だよ。予約したテーブル席(せき)が、

12あるから、ちょうど、12人に、お集(あつ)まりいただきました」

 

森川純(もりかわじゅん)が、陽斗にそういった。純の思いつきで、

みんなを招待したという形の、今回の花火の見物であった。

 

はじめ、陽斗(はると)は、美咲(みさき)と、ふたりで、この花火大会に行く予定だった。

 

純が、陽斗に、花火大会のことで、メールしたら、

それだったらと、予約席を用意するから、一緒にいこうという話になったのであった。

 

 

8月18日の土曜日の午後4時であった。

 

上空は、雨雲などない、よい天気だった。

 

集まった、みんなは、12人。

 

清原美樹(きよはらみき)、清原美咲(みさき)、松下陽斗(まつしたはると)。

 

早瀬田(わせだ)大学1年のときに結成して、卒業とともに解散して、

また再結成が実現した、

ロックバンドのクラッシュ・ビート(Crash Beat)のメンバーの4人。

ドラムスの森川純(もりかわじゅん)、

ヴォーカル、リズムギターの川口信也(かわぐちしんや)、

ベースギターの高田翔太(たかだしょうた)、

リードギターの岡林明(おかばやしあきら)。

 

岡林明の妹の高校1年、15歳の香織(かおり)、

香織の友だちの女子高生が3人。

 

高田翔太と、仲のよい早瀬田(わせだ)大学3年の山沢美里(やまさわみさと)。

 

そんな男女、12人であった。

 

2012年で、34回目を迎(むか)える、

世田谷区の夏の風物詩、世田谷区・多摩川(たまがわ)花火大会は、

多摩川の水辺(みずべ)、

二子玉川(ふたこたまがわ)緑地運動場でおこなわれる。

 

昨年は、東日本大震災の影響で、休止であった。

 

花火という、音と光の芸術を、楽しもうと、

未来への希望をのせて、およそ6500発の、

華(はな)やかな花火が打ち上げられる。

 

5時30分には、ステージ・イベントの

オープニング・セレモニーとして、

高校生の和太鼓部(わだいこぶ)による演奏や、区民の合唱団による合唱、

囃子(はやし)保存会による囃子などが披露(ひろう)される。

 

交通渋滞(こうつうじゅうたい)もあるので、成城学園前駅・南口から、

二子玉川緑地運動場まで、みんなは歩いていく。

 

花火の実行委員会も、交通渋滞のために、徒歩を推奨(すいしょう)する。

 

徒歩で片道30分から40分くらいかかるのだが、それも楽しいものだった。

 

森川純が、観覧(かんらん)スペースの最前方の、

丸テーブルと椅子(いす)の12席を、用意してくれていた。

 

「しかし、想定外(そうていがい)だったなぁ。

おればかりじゃなく、翔(しょう)ちゃんも、明(あきら)も、

純に説得されて、純のご尊父(そんぷ)の経営する会社・

モリカワに入るとは・・・。

おれらの、クラッシュ・ビート(Crash・Beat)のバンドが、

そのまま、モリカワに入社するわけじゃん・・・」

 

そんなことをいいながら、川口信也は、

そのうしろを歩く、高田翔太や岡林明を見て、わらう。

 

川口信也と森川純は、12人の先頭を歩きながら、

会社・モリカワの仕事のことや、バンド活動のことなど、

終わりのない、果(は)てのない話をしている。

 

「純は、話の持っていきかたが、うまいよ。いつもそうだよな。

モリカワの経営計画や経営戦略とか、説明されて、

マジ、びっくりしたし、感動したよね。

モリカワが、レストランとライブハウスの合体したような店を、

東京を始めに、全国に展開していくという、事業計画。

実現すれば、すごいことになっていくね」

 

高田翔太は、前を歩く、森川純や川口信也や、

となりを歩く、いつもどこ吹く風という感じの、岡林明に、そう話した。

 

「下北沢にある、ライブ・レストラン・ビート(Beat)を、1号店として、

新宿や池袋とか、東京のあちこちに、姉妹店を展開して、

そして、全国展開を考えるなんて、壮大な計画だよね。

インターネットをフル活用するっていうし。

 

おれたちを、会社経営の中枢(ちゅうすう)の、

重役(じゅうやく)ポストで迎えてくれるってことも、気に入ったし。

 

レストランやライブハウスのサービス業だから、休みも少ないだろうと思ってたら、

週の2連休や大型連休もあって、年間休日は、120日あるっていうし。

まあ、それくらい、休日がないと、労働意欲も続かないんだけど。

休日は、これからも、増(ふ)やせるだけ、増やしていくっていう

社長のスケールの大きさっていうか、人間性の豊かさもいいよね。

 

いまの社会じゃ、入社しても、23歳なんて、新人の見習いだろうし、

将来の夢とか、自由なんて、なかなか、持てそうもないしね。

 

モリカワ、ばんざーい、ってところかな。なぁ、翔(しょう)ちゃん」

 

岡林明は、そういいながら、隣(となり)の、高田翔太と肩を組(く)んだり、

ストレッチでもするように、晴れわたった青空に、両手を広(ひろ)げる。

 

「なんてたって、信(しん)ちゃんが、山梨からもどってくるから、

おれらのバンドが、またやれることが最高だよね。

職場が同じで、休日も同じ。いいことばかしって、感じかな?」

 

高田翔太は、そういうと、前を歩く、森川純と川口信也の肩を、1度ずつ

すばやく、軽く、たたいた。

 

「仕事となると、いろいろと大変だとは思うけど。よろしく。

4年間、大学とバンドで、つきあってきた、信頼とかチームワークを、

このモリカワの仕事に生かしたいと、考えたんだよ」

 

と森川純はいって、わらった。

 

「みんな、がんばってー!」と、うしろから、何人かの女子高生たちが叫(さけ)ぶ。

 

みんなに、明るい笑い声がもれた。

 

「なんで、こんなに、女子高生がいるんの?」と川口信也が森川純に聞く。

 

「席が余(あま)ちゃったのと、彼女たち、近頃(ちかごろ)のオトナというか、

オヤジたちに、ウザイとか、ムカツクとかいって、幻滅(げんめつ)しているようだからさ。

おれだけでも、点数を稼(かせ)ごうかと思って・・・。女子高生は好きだし」

 

そういって、純はわらった。信也(しんや)や翔太(しょうた)や明(あきら)もわらった。

 

早瀬田(わせだ)大学を卒業したあと、山梨県の実家に帰って、就職していた、

川口信也も、この10月には、モリカワに勤(つと)める。

暮らすためのマンションも、下北沢駅の近くに、契約済(けいやくすみ)であった。

 

みんなは、コンビニに立ち寄ると、

好(この)みの飲み物やビールや軽食やお菓子を買った。

 

森川純が用意した、2つの携帯用のポリエステル製の

クーラー・ボックスに、それらを入れた。

 

男たちは、「はい、交替(こうたい)」と、ふざけ合いながら、

それを肩からかけて、歩いた。

 

小田急線の成城学園前駅・南口から、花火の会場の

二子玉川(ふたこたまがわ)緑地運動場までの道は、

クルマの混雑を避(さ)けて、かなりの数の人たちが歩いている。

浴衣姿(ゆかたすがた)の男女も、数多く歩いていた。

 

美樹たち6人の女の子たちと、松下陽斗(まつしたはると)は、

みんなの1番うしろを歩いている。

 

女子高生も、ほかの女性も、みんな、

前もって、相談していたかのように、

涼しげで、色も鮮(あざ)やかな、

木綿(もめん)、単(ひとえ)の、浴衣(ゆかた)姿だった。

 

「陽斗(はると)さんって、イケメンだよね」と女子高生のひとりがいった。

 

「そうそう、イケメン。きっと有名な、ピアニストになるよ。

わたし、陽斗さんの、追(お)っかけになるから、きっと・・・」

 

無邪気(むじゃき)に、香織がそんなことをいっては、

みんなで、わらって、盛り上がる。

 

「陽斗さんって、天才的よね。権威のあるピアノコンクールで、

初出場で、いきなり、第2位に入賞しちゃうんだから」

 

大学3年の山沢美里が、興奮気味(こうふんぎみ)にそういった。

 

「やあ、まぐれですよ。でも、コンクールっておもしろいですよ。

2位じゃ悔(くや)しいから、今度は1位を狙(ねら)いますよ」

 

松下陽斗(まつしたはると)は、少年のように目を輝かせながら、

顔を紅(あか)らめてわらった。

 

「すごーい」

「すごい、すごい」

「陽くんなら、1位とれるから」

 

女子高生たちや美里や美樹や美咲たちから、そんな歓声(かんせい)が上がった。

 

そんな松下陽斗(はると)の、若くてスター性のある才能に惚(ほ)れこんだのが、

森川純であった。

ライブハウスを展開するモリカワの、専属のミュージシャンとして、

純は、陽斗と、友好的で、継続的な契約を交(か)わすことに成功する。

 

クラシックやジャズやポピュラーなどの広いジャンルの音楽を、

感性豊かな、高度な、ピアノ演奏で、弾きこなして、聴衆を魅了(みりょう)してしまう。

そんな松下陽斗を、そろそろ、世間やマスコミも注目すると、純は予想している。

 

多摩川(たまがわ)の水辺(みずべ)の、

二子玉川(ふたこたまがわ)緑地運動場に設置された会場は、

人々(ひとびと)であふれるばかりであった。

 

4時ころには、みんなは、森川純が用意してくれた、

隣(とな)り合わせの、2つの丸いテーブルに、落ち着いた。

 

花火打ち上げ前の、独特の高揚感(こうようかん)や

雰囲気(ふんいき)の中で、軽食などをつまみながら、

みんなは、自由気ままな会話を楽しんだ。

女子高生が4人もいるので、若々しい会話が弾(はず)んだ。

 

5時30分には、ステージ・イベントのオープニング・セレモニーの、

高校生の和太鼓の演奏。そして、区民の合唱団による合唱。

囃子(はやし)保存会による囃子などが披露(ひろう)された。

 

やっぱり、夏祭りの、太鼓の音って、からだに響(ひび)いてくるから、

気持ちいいなぁ・・・と美樹は思った。

 

会場に集まった、美樹たちや、たくさんの人々は、

夏祭りふうのセレモニーに、酔(よ)いしれた。

 

あたりが暗くなり始めた、夜の7時、花火のオープニングを飾(かざ)る、

連発仕掛(しか)け花火の、スターマインが打ち上げられた。

 

何十発もの花火玉(はなびだま)が、テンポよく打ち上げられる。

夜空に、つぎつぎと、色鮮(いろあざ)やかな、花が咲き、消えてゆく。

 

ドン、ドドドーンと、炸裂する、その心地よい音は、からだの奥や、腹にもしみる。

 

ポップでキュートな連発の花火もあれば、特別に作り上げた10号玉が、1本ずつ打ち上がる。

 

ふと、美樹は、なぜか、夜空を色鮮(あざ)やかに染(そ)める、花火の美しさと、

爆発音の中で、強い孤独感のようなものを、感じてしまうのであった。

 

・・・こんなに楽しい夜なのに、花火の儚(はかな)さが、やけに、哀(かな)しい。

前は、こんなじゃなかったのになぁ。もっと無邪気(むじゃき)で明るかったのに・・・

 

美樹の目には、誰にも気(き)づかれないような、涙がうっすらと浮かんだ。

 

でも、姉の美咲は、美樹のそんな様子に気づいて、美樹の手をしっかりと握(にぎ)った。

 

「美樹ちゃん、だいじょうぶよ。何も心配しないでいいんだから。

わたしは、いつでもあなたを、1番に、大切に思ているからね。

わたしもあなたに、いろいろと、心配かけてごめんね」

 

美樹の耳元で、美咲は笑顔で、そう、ささやいた。

 

「お姉ちゃん・・・」といって、美樹は美咲を見て、ほほえんで、

美咲の差し出したハンカチーフで涙をぬぐった。

 

美咲は、松下陽斗(まつしたはると)とは、これ以上、

特別な交際をしないことを、あらためて心に誓(ちか)うのであった。

 

夜の8時近くには、フィナーレ(最後の幕)の、いよいよ佳境(かきょう)がやってきた。

 

大音響の爆発音をともなって、8号の花火玉の100連発が、次々と打ち上げられる。

 

時が止(と)まったように、夜空が、赤や青や緑(みどり)や紫(むらさき)や黄色の大輪の花たちで、

明るく染(そ)まる。

 

そして、連発仕掛(しか)け花火の、スターマインが打ち上がって、

金色や銀色にキラキラと、ひかり輝(かがや)いて、

滝の流れのような、広大な空中のナイアガラが、夜空に出現(しゅつげん)する。

 

夜空に描(えが)かれた、光のファンタジー(幻想)、爆発的なエネルギーの音、

鮮烈にきらめく色彩の数々、そんなアートの世界に、すべての人は酔いしれた。

 

会場は、終始、歓声や、ため息、明るいわらい声に、つつまれていた。

 

夜の8時過ぎには、およそ6500発の花火は、すべて全部打ち上げられて、

全プログラムは終了となった。

 

≪つづく≫ 



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5章 親友

10月21日の日曜日の午前10時であった。

このところ、台風の影響で雨も多かったが、

吹く風も気持ちよく、空は晴れわたっていた。

 

清原美樹(きよはらみき)は、

仲のいい小川真央(おがわまお)と、

京王電鉄の下北沢駅の次(つぎ)、

池の上駅(いけのうええき)の、

出入口(でいりぐち)すぐ近くにある

スリーコン・カフェで待ち合わせをしている。

 

真央は、美樹と同じ早瀬田大学の2年生である。

教師の本採用は、むずかしい世の中であったが、

それでも、とりあえず、

ふたりは教員免許を取得するための勉学をしていた。

 

「美樹ちゃん、元気?待たせちゃったかな?」

 

「うん、ぜんぜん、待ってないよ。わたしも、さっき来たばかり」

 

ふたりは、ほほえんだ。

 

店内にはピアノのクラシック曲が流れている。

お手拭(てふ)きや、評判のいいおいしいコーヒーは、

トレーで、自分で、席まで運(はこ)ぶ。

 

店の前には、オレンジやイエローの花の咲く花壇もある。

店の間口(まぐち)は狭(せま)いが、奥に深く、

手前は禁煙席と、その奥は、

ガラス窓で仕切られた喫煙席となっている。

どちらにも15席くらいがあった。

ふたりは、入り口付近の禁煙席のテーブルについた。

 

「もう、美樹は・・・。信也(しんや)さんのマンションに行ってあげるなら、

わたしなんか、お邪魔虫(じゃまむし)だと思うけどなぁ」

 

「真央(まお)、そんなことないわよ。だって、信(しん)ちゃんのマンションに、

ひとりで行くのって、まだ、なんか、勇気がいるんだもん」

 

「あぁぁ、美樹ちゃんの、そういうところが、わたしには理解できないところかも。

わたしだったら、さっさと、ウキウキ、ドキドキしながら、

しんちゃんのマンションに行っちゃうわよ。

まあ、美樹らしいっていえば、らしいけど」

 

「わたしだって、ひとりで、マンションへ行くときがあるわよ。

これからは・・・。きょうは初日だから・・・」

 

「なにごとにも、慎重(しんちょう)な、美樹ちゃんの考え方を、

見習(みなら)うこともよくある、わたしだけどね。

男って、どうも、移(うつ)り気(ぎ)だし、

熱(ねっ)しやすく冷(さ)めやすいところも、多々(たた)あるわよね。

わたしたちは、そんな男性を相手にするんだから、

美樹ちゃんくらいの、スローペースが、ちょうどいいのかもしれないわ」

 

「うんうん、わかってくれる、真央。

経験豊富な真央にそういわれると、わたしも元気も出てくるわ」

 

ふたりは声を出して、少女のようにわらった。

 

美樹と真央とは、同じ下北沢に住む幼馴染(おさななじ)みであった。

小学校、中学校は同じであったが、高校は違っていた。

そしてまた、大学で一緒になったのだった。

口喧嘩(けんか)もしたし、ほとんど、交流のない時期もあったが、

いまでは、何でも話し合える無二(むに)の親友であった。

 

真央は、けっして、わたしのようには家庭環境も恵まれていないのに・・・。

真央のお父(おとう)さんは、この不景気で、現在、失業中なのに。

そのぶん、真央のお母さんは、がんばって、働いている・・・。

 

そんな真央は、一生懸命(いっしょうけんめい)、

アルバイトもしながら、大学に通っている。

わたしが、誘(さそ)えば、こうして、よろこんで来てくれている・・・。

 

真央と一緒(いっしょ)にいると、たとえ、困難な境遇の中でも、

わたしたちには、不可能なことなど、何もなくて、

なんでも達成可能なような、そんな勇気や元気が

湧(わ)いてくるんだから。不思議よね、この人って。

 

忙(いそが)しさの合間(あいま)にも、真央は、ちゃんと、

かわいらしいピンクのネイルアートもしているのよね・・・。

 

そんな真央の、女性らしさっていうか、

優(やさ)しさというか、強さみたいなのが、きっと、

わたし以上に、男の子に好かれる理由なのかしら・・・。

 

美樹は、テーブル越しの、真央(まお)の、

いつも明るい瞳(ひとみ)を見つめながら、

親友っていいものだなぁ・・・と、

しみじみしたとありがたさを感じていた。

 

「しんちゃんは、ドッグ・ハムチーズセットを食べたいって。

わたしたちも何か買っていって、みんなで食べようね」と美樹がいった。

 

「うん。じゃあ、早く、しんちゃんちに、行ってあげようよ。

きっと、お腹(なか)すかしているわよ」

 

真央はそういうと、長い黒い髪が揺(ゆ)れた。

 

美樹と真央は、ほほえんだ。

 

川口信也は、この10月7日に、大学の親友、森川純の父親、

森川誠が経営する株式会社モリカワに就職したばかりであった。

 

そのため、山梨県から、世田谷区代沢2丁目のマンションに越(こ)してきた。

部屋が2つと、ダイニングとキッチンがある、2DKだった。

 

そのマンションは、池の上駅(いけのうええき)の南側、

駅から歩いて5分ほど。下北沢駅までは8分ほどの位置だった。

 

≪つづく≫ 



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6章 信也のマンション (その1) 

川口信也(かわぐちしんや)は、大学卒業後、

山梨に帰ったものの、同じ商学部の友人、

森川純(もりかわじゅん)の父親の経営する株式会社モリカワの、

ライブハウスの経営を、東京を初めとして、

全国展開するという話に乗って、

森川純たちと仕事をすることに決めた。

 

そして、この2012年の10月から、東京の下北沢の町にある、

マンションを借りて暮らし始めた。

 

2DKのマンションを、ひと月13万円の賃料(ちんりょう)で借(か)りた。

 

東京の相場(そうば)では、部屋が2つとダイニングとキッチンの、

2DKは、アパートならば、10万円くらいと、

マンションよりは、3万円ほど安(やす)かった。

 

信也は、その3万円の差に、ちょっと迷ったのだが、

学生のときはアパートだったことや、

株式会社モリカワでの初任給は26万円で、

課長という役職手当(てあて)が3万円なので、

合計29万円になることもあって、

「余裕じゃん」と、マンションに決めた。

 

山梨に戻って、勤めた会社の信也の初任給は20万円だった。

川口信也の田舎(いなか)の、山梨県では、

2DKのマンションが、5万から6万円くらいで借りられるのだから、

今借りているマンションの13万円という、

その差には、信也もちょっと驚(おどろ)いた。

 

しかし、いまの給料は29万円、山梨のときは20万円なのだから、

住居費を差(さ)し引(ひ)くと、手もとに残る金額は、

どちらも、15万円くらいになるわけで、

信也は、「なんなのだ、これは?」と、

そんな変なところに、妙に、感心したり、

苦笑いをしたり、納得したりしていた。

 

株式会社モリカワでは、森川純の父親の、

社長の森川誠(まこと)と、森川誠の弟である、

副社長の森川学(まなぶ)の、

強い推挙(すいきょ)で、

早瀬田大学の商学部を卒業して入社したばかりの、

バンド・サークルのMFC(ミュージック・ファン・クラブ)の、

ロックバンドのクラッシュ・ビート(Crash Beat)のメンバー、

森川純や川口信也、

高田翔太(たかだしょうた)、岡林明(おかばやしあきら)の4人が、

課長職についた。

 

そのような新たな経営体制で、

ライブハウスの、東京での展開、次に全国展開という、

壮大なプロジェクト(計画事業)を

開始することになったのであった。

 

現在、居酒屋や喫茶店などの外食事業も幅広く開始している、

正社員だけでも300名を超えている株式会社モリカワでは、

この4人の若者の大抜擢(だいばってき)が話題になった。

 

おおよそ、この人選は、「あの目標やスケールの大きい、

社長たちのやることだから」と、

社員たちには好意的に受け入れられた。

 

下北沢で、洋菓子(スイーツ)やパンを売る小さな店だった、

株式会社モリカワの、この10年間ほどの急成長や、

斬新(ざんしん)な経営は、

しばしば、雑誌などのマスコミでも取り上げられるほどだった。

 

社長や副社長は、一種、カリスマ的な雰囲気の存在感であった。

 

 

川口信也のマンションの玄関のチャイムがゆっくりと1度だけ鳴(な)る。

 

テレビ・ドアホンの広角ワイドな、

カラーの大型・モニター画面には、

清原美樹(きよはらみき)と小川真央(おがわまお)の、

映(うつ)っていて、笑い声が聞こえる。

 

いまさっき、鏡を見て、あわてて、髪の寝癖(ねぐせ)を、

水をかけて直(なお)したばかりの、

信也は、「よお、よくきてくれました」と、意識した明るい声で、

玄関のドアを、丁寧(ていねい)に開(あ)けた。

 

≪つづく≫ 



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6章 信也のマンション (その2) 

信也のマンションは、清閑な住宅地にあって、

3階の1番端(はし)で、駐車場も駐輪場やバイク置場もあった。

 

清原美樹(きよはらみき)と、小川真央(おがわまお)は、

ふたりとも、ロングのボリューム・スカートに、

ブラウスやTシャツを重ね着したりして、

秋向けの女性雑誌に載(の)っていそうな優雅な雰囲気だった。

 

ドアを開けた信也は、そんなふたりを前に笑顔で、いまさっき、

いったように、また、「よォ!」といった。

 

「深まりゆく秋って感じの、ロングスカートで、

おふたりさん、なかなか、色っぽいじゃん」

 

そんな自分の言葉に、照れて、

信也は声を立てて、笑ってしまう。

 

「ありがとう」と美樹はいってほほえむ。

 

「ありがとう。わたしはミニスカートで来ようかと思った」

と真央はいい、信也と目を合わせて、わらった。

 

「ヒイェー、もし、ふたりとも、超ミニスカートなんかだったら、

おれは、目のやり場に、困(こま)るし」

 

三人は、また、わらった。

 

美樹の目のきわの、あわいブルーのアイシャドウ。

真央のほおのオレンジ系のチーク。

信也は、ふたりが精いっぱいの、よく似合う、かわいい、

おしゃれをしていることを、瞬間に、感じた。

 

美樹は身長が158だから、真央は160くらいなのかな、

そんなことも、一瞬のうちに、信也の頭を過(よぎ)った。

 

「まあまあ、早く、入ってください。おれの新居っす」

 

「おじゃましまーす」と、同じことを、

ほとんど、いっしょに、美樹と真央はいう。

 

「テレビ・モニター付きなんて、女性にも安心ね」と、真央。

 

玄関を入ると、まあたらしい、ふわふわした芝生(しばふ)の

感触(かんしょく)の、楕円(だえん)のグリーンのフロアマットが

敷(し)いてある。

 

玄関の右側には、白いシューズボックスがあり、

靴(くつ)を脱(ぬ)いであがると、玄関フロアの右隣には、

トイレがある。

 

玄関フロアの、正面のドアは開(ひら)いていて、

その向こうは、9.5畳のダイニングがある。

 

ダイニングには、買ったばかりらしいテーブルと、

心地(ここち)よさそうな背もたれのついた椅子(いす)が、

4つ置いてある。

 

美樹と真央は、さっきまで、ふたりでお茶をしていた、

池の上駅(いけのうええき)前の、スリーコン・カフェで買ってきた、

特製ピザトーストとかを、テーブルにひろげた。

 

「しんちゃんのご注文の、ドッグ・ハムチーズセットも、

おいしそう」と美樹。

 

「お、ありがとう。いま、おれ、コーヒーでもいれるから」と信也。

 

「わあ、こっちはキッチンなのね。今度来たときには、

わたしたちで、何か料理つくってあげなければね」と真央。

 

「うん」と美樹はうなずいて、美樹と真央は、

システム・キッチンのある台所へ入った。

 

システム・キッチンは、ダイニングの北側の

引き戸(ひきど)越(ご)しにある。

そのシステム・キッチンの前にある窓は、

北側の外の通路に面している。

 

ダイニングの西側には、

洗面所とバスルームが独立してあった。

 

ダイニングの南側には、

6.5畳の洋間が2つあった。その洋間の南側には、

掃出しの窓があって、外はベランダとなっていて、

洗濯ものも干(ほ)せた。

 

≪つづく≫ 



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6章 信也のマンション (その3) 

しんちゃんの部屋って、広いんじゃない、

2DKなんでしょう。このダイニングじゃあ、

リビングにも使えて、リビングつきの、2LDKって感じもする」

と真央が、初めて見る信也の部屋に、目を輝かせて、いう。

 

「そうだね、49平方メートルはあるから、無理すれば、

2LDKにもできるのかな。50平方メートルくらいから、

2LDKってあるらしいから」と信也は、なぜか照れるように、

頭を指でかきながら、真央に答(こた)える。

 

美樹は、そんな信也のシャイなしぐさが好きでもあった。

 

「しんちゃん、ひとりでは広すぎるよ。早く、誰かと住まないと・・・」

と美樹は、真面目な顔をして、

わざと年上の姉貴のような感じで、信也を見る。

 

「そのうち、ルームシェア、してもいいしね。

職はない、住まいはないっていう若者も、

東京に多いようだし」と、信也は真剣な表情で、

目下(もっか)、そう考えている最中(さいちゅう)というふうにいう。

 

「やだぁ、しんちゃん、変な人と、ルームメイトなんて

しないようにね、って、

わたし、もう、そんな心配してる・・・」といって、

美樹は真央と目を合わせて、わらう。

 

「美樹は、すぐ、心配するんだから。シェアハウスって、

この下北(しもきた)にも、結構(けっこう)あるらしいし。

部屋が4畳半くらいから6畳くらいで、

家賃が3万から5万くらいらしいわ。

自分だけで、部屋借(か)りる場合と比べれば、

ちょっと、貯金とかもできるかもよね。

不便かも知れないから、その人の考えかたよね」

と真央は、ひとりごとのように、長々と話した。

 

ふたつの6.5畳の洋間の、南向きの、

青緑がかったグレーのカーテンからは、

秋のおだやかな陽(ひ)の光(ひかり)が差し込んでいる。

 

東側の6.5畳の洋間には、こたつテーブルや、

ノートパソコンが置いてあり、

ベッドがあり、40型のテレビもある。

 

西側の6.5畳の洋間には、

フェンダーのテレキャスターというエレキギターと、

ギブソンのアコースティック・ギターの2本が、

ギタースタンドに立てかけてあって、

小型のアンプとかもある。

 

「このバンド知ってる。ミッシェルよね。わたしも好き。

へえー、しんちゃんは、ミッシェルが好きなんだぁ」と、

真央が、壁(かべ)に貼(は)りつけてある、

ミッシェル・ガン・エレファント(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)

のピンナップの写真を眺(なが)めた。

 

ギターの置いてある部屋には、ビートルズやザ・クラッシュや

ミッシェル・ガン・エレファントのピンナップが、張(は)ってあった。

 

「そのピンナップは、おれが10歳のときに、買った、

ロック雑誌の付録だったんだ。

ミッシェルでギターやっていた、アベ・フトシが好きでさ。

いまでも、おれのギターの師匠(ししょう)さ。

10歳のガキだったおれは、ませたガキで、

アベさんのようなカッティングのできる

ギターリストになりたいと思ったものさ・・・」

 

ピンナップの写真の中で、1番左(ひだり)のソファに座(すわ)る

アベ・フトシを、信也は、まぶしそうに、

いまも、憧(あこが)れを込めて、見つめる。

 

「アベさん、かっこいいもんね。なのに、死んじゃって、かなしいわ」と美樹。

 

「うん、とても、かなしい」と真央。

 

「今夜は、美樹ちゃんも、真央ちゃんも、時間空(あ)いてるかな。

おれ、ふたりに、成人のお祝いをしてあげたいんだ。

美樹ちゃんは、この10月に、誕生日迎(む)えたばかりだし、

真央ちゃんは12月だったよね、誕生日」

 

「うそ、しんちゃん、うれしいわ。時間なら、だいじょうぶよ」と美樹は、

歓(よろこ)んだ。

 

「しんちゃんって、すっごく、話のわかる兄貴って感じ。わたしもだいじょうぶよ。

今夜は楽しみましょう!」と真央は、信也の手を思わず、

握(にぎ)って、抱きついた。

 

美樹も信也に抱きついた。

 

「そうか、そうか、よし、今夜は、街(まち)のどこかの店に行って、

みんなで、楽しく、お祝いしよう。

この際(さい)だから、おれの就職祝いも、一緒ってことで。

おれの次の誕生日は、来年の2月だけど、

それも、一緒(いっしょ)に、祝ってもいいや。

美女、ふたりと、楽しめるなんて、おれも、最高!」

 

そんな話で、盛(も)りあがった、三人は、にぎやかに、わらった。

 

≪つづく≫ 



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7章 臨時・社内会議 (その1)

「みなさん、おそろいでしょうか。そろそろ、お時間になりましたので、

ただいまから、臨時・社内会議を始めたいと思います。

本日の会議の進行を務めますのは、ヘッド・クオーター(本部)主任の、

市川真帆(いちかわまほ)と申します。よろしくお願いいたします」

 

ライトベージュのフェイスパウダーをまぶたにうすくぬっている、

市川真帆(いちかわまほ)が、出席者を見渡しながら、微笑(ほほえ)む。

今年の4月で25歳になる。

 

幅2メートルほどの、大型ディスプレイには、会社の目標や

企業理念が、映(うつ)し出された。

---

◇ 目標 ◇ 総店舗数(そうてんぽすう)1000店

 

◇ モリカワの経営理念 ◇

 

モリカワは、社員、一人ひとりの人間性や個性を尊重します。

 

やる気、自主性、創造性が発揮される企業を目指します。

 

常に、顧客(こきゃく)の満足と感動、社員の働く歓(よろこ)びを、

大切に考える、挑戦と発展の会社でありつづけます。 

---

会議の出席者は、社長の森川誠(まこと)、その弟の副社長の森川学(まなぶ)、

社長の長男で、ヘッド・クオーター・課長の森川良(りょう)、

その弟のヘッド・クオーター・課長の森川純(じゅん)、

森川純の大学時代からの友人、ロックバンド・クラッシュ・ビートの

メンバーで、ヘッド・クオーター・課長の、川口信也、岡村明、高田翔太たち、

そして、統括(とうかつ)・シェフ(料理長)の宮田俊介(しゅんすけ)、

副統括・シェフの北沢奏人(かなと)、

コンサルティング・ファーム・部長の岩崎健太、

ヘッド・クオーター・部長の村上隼人(はやと)、

そして、ヘッド・クオーター(本部)・主任の市川真帆(まほ)の、12人であった。

 

「それでは、社長、ご挨拶をお願いいたします」そういうと、市川真帆は着席した。

 

「2013年も始まったばかりです。思えば、私が、この下北沢で、

祖母のやっていた、ちっちゃな喫茶店を改装して、

洋菓子と喫茶の店を開店したのが、私が、25歳のときでした。

もうそれから、34年がたってしまいました。

私にだって、若さがあったから、ここまでのことができたのです。

みなさんのおかげ、

みなさんの力がなければ、ひとりでは何もできないのですけどね」

 

そういうと、社長は、大声でわらった。集まった、みんなもわらった。

 

「まあ、いまもよく、社長は、なんで、大学出たばかりの若者に、課長なんていう

要職を簡単にあげちゃうんだいって、いまもよくいわれるんですよ」

 

また、社長は、腹から声を出して、わらった。

 

「つまり、私のいいたいことは、若さがあれば、怖(こわ)いものはない。

なんだってできる、そんな、植物でいえば、若い芽(め)の可能性を、

大切に、力にして、会社を盛り立ててほしいということなんですよ。

だから、私は、この人はと、気に入った人には、年齢や経験に関係なく、

大事な仕事を任せますし、がんばってやったもらいたいのです」

 

ディスプレイの画面には、よく見ることのある、坂本龍馬(りょうま)の写真と、

龍馬の年譜が、映し出された。

 

「みなさん、ご存(ぞん)じの、龍馬さんは、33歳で亡(な)くなっていますよね。

その生き方は、現代人のように感受性ゆたかですよね。

しかし、なかなか、まねできないのが、その行動力というか、

わが道をゆくという強い意志なのだと思うんですけど、

なんといっても、私は、あの若さを、若いエネルギーを最大限に生かしきった、

という点において、非常に、学ぶところがあるんだと思うんです。

私なんかも、心のどこかで、そんな龍馬をお手本にしていたのかもしれません。

すくなくとも、『若さ』には、特別な敬意を常に感じています。

現代は、明るい見通しが立たない、混迷の時代ですから、

龍馬の生きていた、幕末にとても似ていると、私は思っています。

こんな時代だからこそ、龍馬のような『若さ』がとても重要だと思うんですよ」

 

≪つづく≫ 



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7章 臨時・社内会議 (その2)

今年の8月で59歳を迎える、森川誠(まこと)は、

新年を迎えてから、髭(ひげ)をはやした。

 

年相応(としそうおう)に白いものが混(ま)じっているが

「社長の髭は、なかなか芸術家ふうで、

似合っている」というのが、社内の評判であった。

 

「まあ、龍馬さんのような『若さ』が、

いまの時代にも大切とか、漠然(ばくぜん)というか、

抽象的(ちゅうしょうてき)なことをいっても、

よく理解してもらえないかとも思うのですが・・・」

と森川誠は、話を続けた。

 

「龍馬さんのやりとげた仕事で、やっぱりすごいのは、

薩長同盟(さっちょうどうめい)を、取り持って、

結ばせたことだといわれています。

なにしろ、薩摩(さつま)と長州(ちょうしゅう)は、

犬猿(けんえん)の仲(なか)で、

戦(いくさ)の敵(かたき)同士だったんですからね。

その双方(そうほう)の心を、いわば和解(わかい)させて、

団結(だんけつ)させてしまったのだから、すごいと思います」

 

「まあ、そんなことは『若さ』だけでは達成できっこないわけです」

といって、森川誠は、また声を出しわらった。

 

森川の笑い声が、気どったところのない、子どものように

あどけないものだから、

聞き入っている、みんなからも、笑い声がもれた。

 

「じゃあ、何が、龍馬さんの偉業の達成の原動力だったのかと、

考えてみるのですが、それは、龍馬さんの『優(やさ)しさや公正さ』

じゃないかというんですね。これは、わたくしの発見や

考えではなくて、脚本家(きゃくほんか)の

浅野妙子(あさのたえこ)さんの言葉なんですが、

わたくしも同感したというか、感心したわけなんです」

 

「現代社会は、まさに、この『優(やさ)しさや公正さ』に欠(か)けているから、

格差も貧困も、さまざまな問題も、発生していると思えるわけです。

そして、社会に求められているものも、集約するというか、単純化していえば、

『優(やさ)しさや公正さ』なのだと思うのです。

わたくしどもの、仕事の、お客様の求めている、ニーズ、需要(じゅよう)も、

『優(やさ)しさや公正さ』のなかにあるとも、いえるかもしれません」

 

「すくなくとも、わたくしたちの仕事の達成のためには、

優しさと公正さは、欠かせない、必要なものだと、わたくしは考えています。

社内規定(しゃないきてい)に、

『業務上の連絡など、すべては、

命令はしてはいけない。説得すること。すなわち、

よく話して、相手に納得させること』

とありますが、この規定なども、

優しさや公正さからくる考え方が根本にあるわけです」

 

「会社の中においては、権力欲や上下関係の意識などは、

本来、不要なもので、仕事の邪魔あり、害悪ですらあると、

わたくしは考えています。

なぜなら、正常な、健全な、コミュニケーションを妨(さまた)げるからです。

みなさんの個性や人間性など、

個人個人がもつ力を十分(じゅうぶん)に発揮できなくなるからです」

 

森川誠は、大型ディスプレイを見ながら、話をつづける。

 

「2012年の12月をもちまして、

わたくしどものモリカワは100店舗を達成しました。

目標を1000店にしてありますのも、

これからは、加速度をつけて、仕事を展開してゆきたいからです」

 

「この話は、広報にも載(の)せますが、

ここに集まっていただいた、モリカワの、

いわば、司令塔(しれいとう)のみなさんには、

特に、龍馬のような若い行動力や、

『優しさと公平さ』を大切にしていただいて、

仕事をしていただきたいと考えています。

わたくしの話は、以上といたします」

 

「社長、貴重なお話をありがとうございました」と

司会役の市川真帆(いちかわまほ)がほほえんだ。

 

≪つづく≫ 



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7章 臨時・社内会議 (その3)

「それでは、村上部長、よろしくお願いします」

 

ヘッド・クオーター(本部)・主任で、会議の司会役の

市川真帆(いちかわまほ)が、

微笑(ほほえ)みながら、そういった。

市川真帆の、どこか、知性的な美貌(びぼう)は、

社内でも、独身男性の注目であった。

 

ディスプレイには、『ヘッドクオーター(本部)』と、

いくつもの『事業部』の関係図が映(うつ)った。

 

「ごらんのように、現在、事業部は、洋菓子店、ベーカリー、

レストラン、複合カフェ、喫茶店、居酒屋、ライブハウス、カラオケ店など、

12事業部あります。

なぜ、このように、多種の業態を、事業展開しているのかといえば、

外食産業のお客様のニーズ・需要(じゅよう)が、多種多様であるからです。

わたくしども、ヘッドクオーター(本部)の仕事も、日々変化していく、

お客さまのニーズ・需要のリサーチ、顧客分析が重要であります。

ただいま、社長からありました『優しさと公平さ』や『若さ』を忘れることなく、

仕事に邁進(まいしん)するならば、目標の1000店舗も、5年間くらいで、

達成できるのではないかと考えています。わたくしからの話は以上です」

 

今年で、31歳という若さの、いつも礼儀正しく、

優雅(ゆうが)な物腰(ものごし)の、部長の村上隼人(むらかみはやと)が、

短めに挨拶(あいさつ)を終(お)えた。

 

「それでは、みなさまからの、忌憚(きたん)のない、ご意見など、

よろしくお願いいたします」と市川真帆(いちかわまほ)がいう。

 

「おれは、あらためて、社長の、芸術的なお考えに、感銘を受けました」

と、挙手(きょしゅ)して、川口信也が、話を始めた。

 

「おれも岡村も高田も、3人は、はじめは、

ライブハウスの経営ができるということで、

入社を決めたようなものなんです。

そのライブハウスも、現在都内に5店舗あって、

全国に100店舗を展開していくという計画ですが、

おれには、どうも、外食産業とライブハウスとの

関係といいますか、事業展開の真意といいますか、

意味するところが、よくわからないのです。

ご説明いただければと思います」

と川口は、緊張しているらしい、たどたどしい口調でそういった。

 

「はいはい、わたくしが、お答えします」と、ゆっくり、挙手をして、

社長の弟で、副社長の森川学(まなぶ)が、人懐(ひとなつ)こそうな笑顔で、

向かい側(むかいがわ)にいる川口信也を見ながら、語(かた)りはじめた。

森川学は、今年で43歳だったが、独身であった。

 

「モリカワでは、外食産業もライブハウスも、広(ひろ)い意味で、

芸術活動と考えてるのです。

モリカワの経営理念にある、常に、顧客(こきゃく)の満足と感動、です。

社長も、わたくしも、洋菓子店とかの、スイーツやベーカリーの経営を、

そういう気持ちでやってきたから、ここまで大きくやってこれたんです。

企業経営も事業も、芸術活動と思ってやっていれば、

大きな間違いもないだろうし、顧客のニーズや需要を、

見失うこともないだろうし、成長や発展を続けていけるのだと思います。

広い意味では、わたくしたちは、みんな芸術家、アーチストなんじゃ

ないでしょうか。坂本龍馬も、アーチストっぽいですよね」

 

≪つづく≫ 



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7章 臨時・社内会議 (その4)

モリカワの会議室は、10坪(つぼ)33平方メートルほどの

広(ひろ)で、畳(たたみ)では、20畳(じょう)ほどであった。

会議用のテーブルが、コの字がたに配置されてある。

正面(しょうめん)の南の窓の付近に、

横幅が約2メートルの大型ディスプレイが置(お)いてある。

 

副社長の森川学(まなぶ)が、ディスプレイを眺(なが)めながら、

話をつづけた。

 

「2013年の3月から、モリカワの経営理念に、新(あら)たな理念を

追加します」

 

森川学がそういうと、ディスプレイには次の文章があらわれた。

 

≪ モリカワは、世のため人のため、芸術、文化の事業を起(おこ)し、

  利益を社会に還元するとともに、社会的責任を果(は)たしてゆきます。 ≫

 

「まぁ、わが社の経営理念は、顧客(こきゃく)、消費者(しょうひしゃ)、

社員、従業員など、すべての人間への、尊重(そんちょ)と貢献(こうけん)を

基本と原則にしているわけですが・・・」

 

「そこへ、新(あらた)に、発展的にというか、革新的といいますか、

戦略的にといいますか、芸術や文化の創造に関(かか)わる事業を、

積極的に展開していこうという、事業計画でやってゆきたいわけです」

 

「これまで、モリカワでは、多種多様に、外食産業を展開してきましたが・・・。

さらなる成長戦略ということで・・・、今後は、ライブハウスなどの全国展開をおこなって、

そんな、芸術・文化事業によって、10代、20代から高齢者までの、

ひろい年齢層の顧客を、さらに開拓していこうという事業計画なわけです。

もちろん、この計画には、モリカワのイメージアップがあります」

 

「幸(さいわ)い、芸術・文化事業は、雑誌やテレビなどのマスコミにも注目

されてますし、モリカワの宣伝や新規の顧客の獲得や増加、固定化にも

役立つという、相乗効果が生(しょう)じています」

 

「・・・というわけで、総(そう)じて、事業の進展は、順調な現在の状況です」

 

ここまで、落ち着きはらった口調(くちょう)で、

副社長の森川学が話しているあいだ、

ディスプレイには、モリカワの代表的な店舗の動画や、

最近、雑誌で取り上げられた記事などが映し出された。

 

森川学の隣(となり)の席(せき)の、社長の森川誠が、

「わが社の事業計画は、これまで、ほとんどない、

ユニークなビジネス・モデルかもしれません」と、語り始めた。

 

「基本的に、ライブハウスなどの芸術・文化事業は、わが社の利益の

社会への還元という位置づけなわけです。

芸術・文化活動をしている人たちを、経済的にも支援していこうという

特徴があります。また、募金やチャリティーといった、貧富(ひんぷ)の

格差是正(かくさぜせい)のための社会活動もしていくという特徴もあります」

 

「ライブハウスでの価格設定は、若い人たちが利用しやすいようにと、

極力、低く抑(おさ)えて、市場価格の50%程度に設定してあります。

モリカワの全店で利用可能なポイントカードを使えば、さらに価格は、

安くなるシステムになっています。

みなさんには、経済的な負担を極力少なくしていただいて、

芸術や文化に親(した)しんでいただいたり、芸術活動をしていただきたいからです」

 

会議の進行役の、ヘッド・クオーター(本部)主任の、

市川真帆(いちかわまほ)が、微笑(ほほえ)みながら、

森川誠のお茶を差(さ)し替(か)えた。

 

女性らしさの盛(さか)りの市川真帆には、ソフトな風合(ふうあ)いの、

ネイビー・ストライプの社服が、よく似合う。

 

「ありがとう。まほちゃん」と市川真帆と目を合わせて、森川誠は小声でいう。

 

「世間じゃ、よく、失敗は成功の元(もと)といいますが、

まさに、そのとおりで、モリカワの新(あら)たな。、

芸術・文化事業というものは、わたしの息子たちが始めた、

ライブハウス経営がヒントだったのです」と森川誠はつづけた。

 

「一昨年(いっさくねん)前の2011年の6月に、長男の、良(りょう)が、

ライブハウスを始めたのでしたが、その店の経営が、不景気ということもあったためか、

なかなか順調にはいかなく、不振(ふしん)だったのです。

店の資金を出していたこともあって、わたしも考えこんじゃったわけなんです」

 

そこまで話すと、森川誠は、声を出してわらった。

 

≪つづく≫ 



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7章 臨時・社内会議 (その5)

森川誠の向かい側のテーブルにいる、長男の森川良と、その弟の森川純のふたりが、

一瞬、顔を見合わせて、良が、「おやじ・・・」と小さく、つぶやいたり、

苦笑(にがわら)いして、ふたりとも、うつむいた。

 

「・・・考えこむのも、たまにはいいものなんです。突然、ひらめきがあったんです。

アイデアがわいたんです。・・・わたしは息子たちにいったんです。

モリカワで、ライブハウスを、東京をはじめとして、全国展開するから、

モリカワに入社して、仕事してみないかってね。

息子たちは、親の七光りとか、嫌(きら)いだとかいって、親の会社に入社することには、

ずーっと、抵抗していたんです。

ジェームス・ディーンの『理由なき反抗』って感じかって、私は思ってました」

 

といって社長は、わらった。会場も、静(しず)かな、わらいに、どよめいた。

 

「まあ、わたしには、そのとき、すでに、ライブハウスなどの、

芸術・文化の事業の全国展開というアイデアが、浮かんでいました。

それが、現在のように、ここまで、的中して、うまくいくとは思っていませんでした。

最近じゃあ、このまま、この事業展開がうまくいけば、株式上場して、

世界への事業展開もいいのかな、くらいに考えているんです。ですから・・・、

みなさんも、夢をもって、仕事に励(はげ)んでいただきたいものです。以上です」

 

そういって、森川誠は、また、腹から声を出してわらった。

 

「社長、副社長、お話をありがとうございました。

それでは、みなさまからの、ご意見など、

ほかにありますでしょうか」

 

市川真帆(いちかわまほ)が魅惑的な笑(え)みで、みんなを見わたしていった。

 

「あのぅ、ちょっと、意見があります」と、統括(とうかつ)・シェフ(料理長)の

宮田俊介(しゅんすけ)が、ちょっと挙手した。

今年で、35歳になる宮田俊介(みやたしゅんすけ)は、腕のいい、若手シェフだった。

今年、25歳になる、副統括・シェフの北沢奏人(かなと)の、よき師匠(ししょう)であった。

 

「立川(たちかわ)のパン工房の店長や、そのほかの店舗(てんぽ)からも、

『どうしたら、製造作業の、ミス(あやまり)やロス(損失)を無くせるでしょうか?』

と、相談を受けています。

わたくしの経験からいえば、料理をつくるとき、ミスやロスを防止するため、

必(かなら)ず『OK(オーケイ)』と無言(むごん)で、自分に確認するようにしているんです。

奏人(かなと)にも、それは実践してもらっているんですけど、

確実に、その方法には、ミスやロスを防(ふせ)ぐ効果があるんです。

そこで、その『OK(オーケイ)』とか『よし』でもいいんですが、

無言の確認を、全社的に、実施(じっし)しては、どうかと思うんですけど。

いかがなものでしょうか・・・」

 

そういうと、宮田俊介は、向かいのテーブルの、社長や副社長を、

ひかえめに見ると、しずかにちょっと微笑(ほほえ)んだ。

 

「それは、いいアイデアですね。ミスやロスを防止する

方法として、なにも対策もしないで、ただ、『注意してする』

だけより、『OK(オーケイ)』と無言でもいいから、

確認したほうがいいでしょう。

さすが、名シェフの俊介さんだ。ありがとう。

さっそく、このアイデアは、全社的に、実践しましょう」

 

そういって、社長の森川誠は、満面(まんめん)の笑(え)みで、

上機嫌(じょうきげん)で、大きな声でわらった。

 

「そうそう、岩崎さん、農業・事業部の、IT(アイティ)化計画は、順調かね。

農作物のデータを数値化や、パソコンでの管理で、効率のいい農業の

実現ができるからね。わが社の利益・創出の生命線ですからね」

 

森川誠が、向かいのテーブルの、コンサルティング・ファーム・部長の

岩崎健太に、そういった。

今年で37歳になる岩崎健太は、IT(アイティ)技術者でもあり、

モリカワのウェブ・アプリケーションをつくったりする、IT部門のリーダーだった。

 

「ええ、順調です。できるだけ、パソコンで管理できるシステムを、

導入してゆきます。そうすれば、おいしい野菜や果物を、量産して、

コストダウン(原価低減)もできます」と岩崎はいった。

 

「岩崎さんも、アイデアの天才っぽい人ですからね。モリカワは優(すぐ)れた

人たちに、本当に恵(めぐ)まれています。みんなで、がんばりましょう」

 

森川誠が、そんな言葉をのべて、会議は終了した。

 

≪つづく≫ 



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8章 美樹の恋(その1)

松下陽斗(まつしたはると)の部屋は、陽斗の父親が経営するジャズ喫茶・

GROOVE(グルーヴ)の3階にあった。

 

GROOVE(グルーヴ)は、世田谷区代田6丁目の通(とお)りの、

下北沢(しもきたざわ)駅の北口から歩いて、3分くらいの場所にあった。

 

清楚(せいそ)で、おしゃれな、茶褐色のレンガ造(つく)りの、

表口(おもてぐち)で、全国的に知られている、老舗のジャズ喫茶だった。

 

清原美樹(きよはらみき)は、都立の芸術・高等学校の3年間、

美樹と同じ音楽科の、鍵盤楽器(ピアノ)で学(まな)ぶ、

松下陽斗(まつしたはると)と、よく待ち合わせをして、一緒に下校した。

 

駒場東大前(こまばとうだいまえ)駅から、電車に乗り、下北沢駅で下車する。

 

その帰り道、美樹は、陽斗の部屋に寄(よ)って、よく時間を過ごした。

 

それほど、ふたりは、おしゃべりするたび、信頼も深まってゆくような、

まるで恋人同士か、無二の親友のような仲であった。

 

それなのに、高校の卒業間際(まぎわ)のころ、

陽斗(はると)は、美樹に、美樹の姉の美咲(みさき)に、

好意を持っていることを、打ち明けた。

 

その陽斗の告白は、美樹にとって、陽斗がどのような存在であったのか、

あらためて考えさせられる、ショックな出来事だった。

 

およそ1年間くらい、失恋に似たような、大切にしていた何かを、

どこかに置き忘れてしまったような・・・、

魂が、どこかへ行ってしまったような、喪失感(そうしつかん)が、

美樹にはつづいた。

 

それが、やっと、妹思いの、姉の美咲の努力や協力もあって、

陽斗の気持ちも、美咲のことから、自然と離れて、

美樹と陽斗の親密な信頼関係も、高校のころと同じ状態に、

もどったのであった。

 

2012年の10月13日の、美樹の二十歳(はたち)の誕生日には、

松下陽斗(まつしたはると)が、「特別な誕生日だし・・・」といって、

数人の仲間と一緒(いっしょ)に、祝(いわ)ってくれた。

 

2013年の2月1日の陽斗の二十歳の誕生日には、こんどは、美樹が、

仲間を集めて、ささやかな誕生会を催(もよお)してあげた。

 

何人もの、男友だちのいる美樹ではあったが、

いつのまにか、知らず知らずのうちに、美樹の心の中には、

ふたりの男性が・・・、

同じ歳(とし)の松下陽斗(まつしたはると)と、

3つ年上の大学の先輩だった、川口信也(かわぐちしんや)が、

特別な存在になっているような感じだった。

 

 

 

陽斗(はると)から、

≪みーちゃん、映画でも見に行こうよ≫と、

美樹(みき)のケイタイにメールが来た。

 

≪いいよ。はるくん。いい映画やってるかな?≫

 

≪いまは、話題作とか、なさそうだけど、

なにか、いいのあるよ、きっと・・・≫

 

≪わかったわ。行こうよ。楽しみ!≫

 

と、ふたりは映画に行く約束をした。

 

2013年、4月、

松下陽斗(まつしたはると)は、東京・芸術・大学の、

音楽学部、ピアノ専攻の3年の20歳(はたち)。

美樹は、早瀬田(わせだ)大学の、教育学部の3年の20歳だった。

 

ふたりは、10時に、下北沢駅で待ち合わせをした。

 

高校のころからの、さわやかで、

いつもどこか照(て)れくさそうな、陽斗(はると)の笑顔が、

美樹には、高校のときと同じように、

ちょっと眩(まぶ)しくて、うれしかった。

 

ふたりが向かった映画館は、渋谷駅から、青山学院大学方向に、

500メートルほど歩いたところの、シアター・イメージ・フォーラムであった。

 

3月30日から始まったばかりの、

『グッバイ・ファースト・ラブ』という映画の、

午前11時30分からの上映を、

美樹(みき)と陽斗(はると)は、観(み)にいった。

 

この映画の監督(かんとく)と脚本(きゃくほん)は、

1981年生まれの、女優や批評活動をしてきた、

ミア・ハンセン=ラブという名の女性であった。

 

2007年に、1作目を発表して、2作目の作品で、

カンヌ国際映画祭で、審査員特別賞を受賞していた。

 

『グッバイ・ファースト・ラブ』は、自伝的な三部作の、

3作目の作品であった。

 

監督自身の、10代のころの初恋を、モチーフにした物語で、

繊細(せんさい)な、心と体が、揺(ゆ)れ動いてゆく、

そんな感受性ゆたかな、少女が、おとなへと成長してゆく過程、

その瞬間を、南フランスの、季節の移(うつ)ろいのなかを、

美しくとらえてゆく、そんな映画であった。

 

舞台は、1999年パリ。高校生のカミーユと、シュリヴァンは、

おたがいに愛しあっていた。シュリヴァンは、17歳、

ほとんど学校に行かず、9月に退学して南アメリカに行こうと考えていた。

カミーユは15歳、彼に夢中で、勉強もなかなか身が入らなかった。

夏になって、ふたりは、のんびりゆったり過(す)ごせる、

南フランスに、ヴァカンスにゆき、情熱的に愛しあう。

 

しかし、夏が終わると、スリヴァンは、カミーユのもとから去る。

 

数ヵ月後には、スリヴァンからの手紙も途絶えてしまう。悲しみに打ちひしがれた

カミーユは、次の春を迎える頃、自殺未遂を起こす。

その4年後、建築学に打ち込むようになったカミーユは、

著名な建築家、ロレンツと恋に落ちる。

 

ふたりは恋人同士となり、強い絆(きずな)で結ばれる。

しかし、カミーユの前には、かつて愛したスリヴァンが現(あらわ)れる。

 

「この映画は、人間の持つ矛盾(むじゅん)を積極的に容認しています。

そしてそうした矛盾こそが、人生の重要な構成要素だと思います。

ヒロインのカミーユは、同時に、ふたりの男を愛し、

そのアンバランスな関係に、バランスを見いだすのです」

 

ポップコーンやソフトドリンクといっしょに買ったパンフレットの

ミア・ハンセン監督のそんな言葉が、・・・オトナの世界って、

やっぱりそんなものなのかなあ・・・と、心にしみる、美樹だった。

 

ふたりの男性を、同時に愛してしまうなんて、特別なことでも

ないのよね、きっと。

 

わたしの場合は、はるくんと、しんちゃん・・・。

 

映画を観(み)ながら、ヒロインのカミーユと、

いまの自分の境遇(きょうぐう)が、

偶然の一致(いっち)にしても、不思議なくらい、

よく似ていると、感じる、美樹であった。

 

≪つづく≫ 



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8章 美樹の恋(その2)

 

渋谷駅近くの映画館で、『グッバイ・ファースト・ラブ』を観(み)たあと、

美樹(みき)と陽斗(はると)は、そこからちょっと北(きた)にある、

高山ランドビルの1階にある『ナポリズ』で、食事をした。

 

「マルゲリータ、焼きたてで、おいしいね」と、笑顔の美樹。

 

「うん」といって、ピザをほおばり、コーヒーを飲む陽斗。

 

「ひとを好きになることって、人生の大仕事っていう感じかな」と美樹は

ピザを食べながらいった。

 

「そうだね、大仕事だね。うまくいったり、いかなかったり・・・」

 

そういいながら、陽斗は美樹に、やさしくほほえんだ。

 

なんか、陽斗(はると)も、ずいぶん、男として成長した感じがする。

 

美樹は、四角(しかく)いテーブルをあいだにする、

陽斗を、あらためて、まじまじと見つめた。

 

「美樹ちゃん、そんなに、キラキラした目で、

おれを見つめて、急に、どうしたの?」

 

「ううん、なんでもないよ。ただ・・・」

 

「ただ?」

 

「はるくんも、美咲(みさき)ちゃんと、仲よくしていてたあいだに、

ずいぶん、オトナっぽくなったような気がしてさあ」

 

「美咲ちゃんには、いろいろ、教わったのかもしれないし」

 

そういうと、陽斗の瞳(ひとみ)が、ふっと翳(かげ)った。

 

「まあまあ、男女のあいだって、とても、デリケートで、

神秘的なものなのよね、きっと」

 

「うん」といって、陽斗はほほえんだが、そのあと、

ちょっとさびしそうに、うつむいた。

 

美樹は、陽斗の、そんな素直(すなお)さや、

正直(しょうじき)さが、好きだった。

 

陽斗が、美樹の姉と、急接近して、

仲良くなったり、恋愛感情を抱(いだ)いてしまったことは、

いまになっては、美樹にも、理解できることであった。

 

弁護士をめざしていた、姉の美咲(みさき)の、

生真面目(きまじめ)さや、正義感に、

かなり近い価値観をもっている

陽斗が、共感とか、共鳴とか、したのであったから。

 

陽斗が、美樹の家に遊びに行ったある日のこと、

そのとき、家にいた美咲の持っていた本の、

『これから正義の話をしよう

・いまを生き延(の)びるための哲学』を見つけて、

「これって、ハーバードが大学の、

マイケル・サンデルの本ですよね」と

陽斗が興味(きょうみ)を示(しめ)したこと・・・、

それが、陽斗と美咲の結ばれない恋物語の始まりだった。

 

「陽斗(はると)くんも、こんな哲学のような、

むずかしい本が好きなの?」と美咲が聞(き)くと、

「ええ、哲学大好きです」と陽斗は、

目を輝(かが)かせて、答えたのだった。

 

「正義というのかしら、正しいことというのかしら、

立場によって、いろいろあることが、

よくわかるような、サンデルさんの講義の本だわ。

正義って、そんなふうに、あやういっていうのかしら、

正義も哲学も、むずかしいことだわよね。

終わりのない問答をしていくようなものかもしれなくて。

ウィトゲンシュタインも、いっているでしょう。

すべては、言語ゲームになったのだって。

わたしも、そんなふうに思うの。

そんな、真摯(しんし)な、ゲームの感覚で、すべてを

楽しむことが、大切なんだろうなって」

 

そういって、美咲は、陽斗に、やさしくほほえんだ。

そのときの美咲の姿が、陽斗の心の中に、

いつも、思い出されるのであった。

 

「ウィトゲンシュタイン、おれも好きなんです。

文章が、コピーライターのように簡潔で、

かっこいいですよね。

『論理哲学論考』のラストの

『語りえぬものについは、沈黙せねばならない』なんてね」

 

そんな会話で、陽斗と美咲は、たちまちのうちに、

心が、うちとけあったのだった。

 

「わたしも、姉貴には、かなわないけど、

哲学とか、人生について考えるのは、好きなほうよ」

 

といって、美樹は、陽斗を見つめて、やさしくほほえんだ。

 

「おれと美樹ちゃんには、哲学とかよりも、アニメや音楽や小説とかの

芸術っぽい話題のほうが、話が合うよ」

 

「そうよね。わたし、はるくんとなら、楽しい話が、

いつもありそうな気がする・・・」

 

ふたりは、ピザハウス『ナポリズ』の店内で、

まわりが振り向くような声で、わらいあった。

 

食事のあと、ふたりは、渋谷駅から小田急線に乗って、

下北沢(しもきたざわ)駅に降(お)りたった。

 

美樹は、ネイビーのポンチョ風ニットカーディガン、

ペールピンクのブラウスと、

セピアローズのレーススカートといった、

さわやかな春に合ったファッションだった。

 

陽斗(はると)は、ネイビーのデニム・ジャケットに、白のTシャツ、

ベージュのデニムパンツといったファッションだった。

 

≪つづく≫



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8章 美樹の恋 (その3)

下北沢(しもきたざわ)駅のホームは、

1週間前の、2013年3月23日の土曜日から、

地下に移(うつ)ったばかりだった。

 

下北沢(しもきたざわ)駅の、直近(ちょっきん)の駅、

世田谷代田(せたがやだいた)駅、

東北沢(ひがしきたざわ)駅のホームも、地下に移(うつ)った。

 

下北沢駅では、23日の始発から、地下鉄のように、

地下3階にある新ホームへ、電車が到着した。

 

改札は、地上に2カ所ある。旧南口の階段を、下(お)りた近くに、

新しい南口。

 

北口は、これまでの北口から、

井の頭線(いのがしらせん)寄りに、新しくできた。

 

23日の早朝からは、ラッシュ・アワーの渋滞(じゅうたい)の原因だった、

開(あ)かずの踏切(ふみきり)がなくなった。

おかげで、人や車の通行が、スムーズになった。

 

地上の使用しない線路は、半年ほどかけて、撤去(てっきょ)される。

 

いまも、廃止になる地上の駅のホームや踏切に、

惜(お)しむように、カメラを向けるひとたちがいる。

 

「下北(しもきた)も、変わっちゃうね。これでいいのかな。

おれは、前のままの駅も、好きなんだけど・・・」

 

北口の改札を出ると、立ち止まって、ふり返って、陽斗(はると)がいった。

 

「きれいになって、便利になるんでしょうけどね。

新しい駅のデザインとかにも

反発している人も、多いらしいわ。

『おでんくん』の、リリー・フランキーさんとか、

坂本龍一さんやピーター・バラカンも、

再開発には反対らしいし・・・」

 

美樹も、廃止となってしまった駅を、眺(なが)めながら、そういった。

 

「ぶらぶら、のんきに歩ける街並(まちなみ)みが、

無(な)くなっちゃうのは、どうもね。

自動車とかを優先させて、

街を、効率よく、整理整頓(せいりせいとん)

させたいんだろうけど」と陽斗(はると)。

 

「わたしも、いままでのままが、好きかな・・・。

はるくん、はるくん、

この近くの神社の、

いま、ちょうど、満開(まんかい)のころの、

桜でも見に行こうよ」

 

ふたりは、陽斗(はると)の家(うち)でもある、

ジャズ喫茶・GROOVE(グルーヴ)から、

3分くらいのところの、神社へ向かった。

 

神社の庭には、樹齢20年ほどの、

高さ10メートルくらいの染井吉野(ソメイヨシノ)が、

1本、植わっていた。

4月7日で、散り始めだったけど、

まだ半分くらいの桜の花が残っていた。

 

桜は、天気も良く、青空のなかに、

華(はな)やかに咲(さ)きほこっている。

 

「同じ生きものでも、桜とか、植物って、

平和だよね、美樹(みき)ちゃん。

それにくらべて、人間の世界は、いつだって、

戦争はあるし、貧困や格差があったりして、

次から次へと、問題ばかりで、

なかなか、こんなに、きれいに、生きられないつーか」

 

「そうよね、桜とかも、生きていて、

幸せって、感じることが、あるのかしら」

 

美樹は、陽斗(はると)を見ると、明るくほほえんだ。

陽斗も笑顔になった。

 

陽(はる)くんは、きっと、だんだん、有名になって、

すてきなピアニストになっていくんだろうなあ・・・。

 

美樹は、男っぽい凛々(りり)しさと、

純粋で、こわれてしまいそうな、ナイーブさのまじった、

陽斗の笑顔を見つめながら、そう思った。

 

陽斗は、世の中のこと、人生のこと、

哲学的なことなどを、ひとの何倍も考える、

ちょっと風変わりな、タイプの男子であった。

 

自分のことよりも、友だちのこと、世の中のこと、

そんなことで、考えこんだり、悩んだりするので、

高校時代をいっしょに過ごした美樹は、

よく、陽斗には、ひやひや、心配もさせられた。

 

けれど、そんな、陽斗のやさしさが、

女心をくすぐる、美樹の好きなところだった。

 

最近の陽斗は、そんな自分の、やさしすぎる癖(くせ)を、

客観的に見つめられるようになっていて、

そんな自分自身を、笑いとばしてしまったりと、

ユーモアのあるオトナとして、少しずつ、成長していた。

 

陽斗(はると)の父親は、知名度のある、ジャズ評論家であり、

ジャズ喫茶のオーナーであったり、

母親は、私立(わたくしりつ)の音楽大学の、

ピアノの准教授(じゅんきょうじゅ)。

 

そんな家庭環境も多分(たぶん)にあるが、

陽斗は、20歳(はたち)という若さで、

すでに、新鋭の才能のあるピアニストという評価を

世間から得(え)つつあった。

 

ふたりが、高校のころから、立ち寄ってきた、

神社の境内(けいだい)には、

白や黄色の山吹(やまぶき)や、

大紫(おおむらさき)ツツジとかも咲いて、美しかった。

 

≪つづく≫ 



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8章 美樹の恋 (その4) 

清原美樹(きよはらみき)と松下陽斗(まつしたはると)は、

さわやかにそよぐ春の風に、舞い散る、神社の桜を、

ベンチに座(すわ)って眺(なが)めた。

 

「きれいな桜が見れて、ラッキーよね、陽(はる)くん」

 

「散っていく桜も、胸にしみるもんあるね、美樹ちゃん」

 

「せっかく、きれいに咲(さ)いたばっかりの、

花なのに、すぐにまた、

舞(ま)い散(ち)ってしまうなんて、

ほんとに儚(はかな)いよね、はるくん」

 

「ひとの命(いのち)もね。

桜と同じくらいに、おれは、

儚(はかな)い気がする。

おれたちも、いつのまにか、

20歳(はたち)になっちゃったもんね」

 

「この染井吉野(ソメイヨシノ)も、

わたしたちと同じ、20歳(はたち)なのよ。

なんとなく、うれしいわよね。

同じ歳の桜なんて。

毎年(まいとし)、いっしょに、

見(み)に来(こ)れたらいいね。」

 

美樹はわらって、まぶしそうに、陽斗を見た。

 

「美樹ちゃんの瞳(ひとみ)、奥が深いね、

おれなんか、吸い込まれそうだよ」

 

美樹のきらきらとした瞳を見つめて、

ちょっと、頬(ほほ)を紅(あか)らめると、

陽斗は声を出してわらった。

 

「この桜も、樹齢20年かぁ。

このソメイヨシノじゃ、100年は生きられるかな?」

 

「そうね・・・、わたしたちよりは、ながく生きられそう・・・」

 

「おれたちの人生って、何年くらいになるんだろうね」

 

「わたしには、想像もできないよ。

いつまで、生きているかなんて。

・・・でも、陽(はる)くんとは、

いつまでも、仲(なか)よくしていたいよ・・・」

 

「おれも・・・、もう、美樹ちゃんがいない、

人生なんて、考えられない・・・」

 

ふたりに、見つめあう時間が、一瞬、流れた。

それから、どちらかともなく、ふたりは、

キスをかわした。

高校一年のとき知り合ってからの、

はじめての、愛を確かめ合うような、

熱いキスだった。

 

ふたりだけしかいない、神社(じんじゃ)の境内(けいだい)には、

午後の3時過ぎの、穏(おだ)やかな陽(ひ)の光が、

舞い散る桜や、近くの、ハナミズキの白い花、

新緑の植木などに、静(しず)かに、

降(ふ)り注(そそ)いでいた。

 

「わたし、おみくじ、引(ひ)きたい」

 

「じゃあ、おれも、おみくじ引こうかな」

 

つないだ手はそのままに、

ふいに、くちびるがはなれると、

美樹(みき)と陽斗(はると)は、そんな話をして、わらった。

 

それから、ふたりは、

紅(あか)らんだ、おたがいの顔に、

おかしさが、こみあげてきて、

いっしょになって、声を出してわらった。

 

神社の桜の木のそばのベンチで、

はじめてかわしたキスは、

ふたりには、まるで夢の中の、

物語でも見ているような、

現実感の希薄な感覚であった。

 

ベンチの上には、ときおり、

春の陽(ひ)に照(て)らされながら、

淡(あわ)いピンクの花びらが舞い落ちる。

 

ふたりには、時間が止まったような、

神社の境内の風景だった。

 

祈祷済(きとうず)みの、お札やお守りや絵馬(えま)、

おみくじなどを頒布している授与所(じゅよじょ)へ向かって

ふたりは、ぶらぶらと歩き始めた。

 

神社の入り口の、神域(しんいき)の

シンボルの鳥居(とりい)や、

本殿(ほんでん)や拝殿(はいでん)、

参拝者(さんぱいしゃ)が、

手や口を清(きよ)める場所の、

手水舎(てみずや)などの建築は、

朱色(しゅいろ)で統一されている。

 

赤い色は、魔除(まよ)けの色であり、

命や生命力の象徴の色であった。

 

その赤(あか)は、朱(あけ)と呼ばれて、

まさに神聖な趣(おもむき)があった。

 

鳥居(とりい)のすぐそばに、

庇(ひさし)の大きな、黒塗りの屋根の、

手水舎(てみずや)がある。

 

小さな男の子と女の子をつれた、

5人の家族らしい参拝者が、

柄杓(ひしゃく)で、水をすくって、

手を清めたり、うがいをしていた。

 

ここ、下北沢・神社は、

交通安全や災難などの厄除(やくよ)けや、

福(ふく)をもたらす神様(かみさま)、

商売繁盛(はんじょう)の神様、

縁結(えんむす)びの神様などで、

地もとには有名であった。

 

「わたしんちも、陽(はる)くんちも、家(いえ)の宗教が、

神道(しんとう)だなんて、

やっぱり、なにかの、ご縁(えん)ね、きっと・・・」

 

「そうだね。きっと。神道って、

教祖(きょうそ)も創立者もいないし、

守るべき戒律(かいりつ)も、

明文化(めいぶんか)してある教義(きょうぎ)もないじゃない。

めんどうくさくなくって、いいよね」

 

「そうそう。むずかしくないところが、わたしも好き」

 

そういいながら、ふたりは、5人の家族連れのいる

手水舎(てみずや)の横道を歩いて、

石垣(いしがき)に囲(かこ)まれた高台の上のある

本殿(ほんでん)や授与所(じゅよしょ)へ向(む)かった。

 

ときおり、かすかにそよぐ風が、ふたりには、

やさしい感触(かんしょく)で、心地(ここち)よかった。

 

「神道(しんとう)って、日本では、古来からあって、

大昔(おおむかし)からあったじゃん。

自然が神さまっていう、自然崇拝(すうはい)の思想だよね。

ちかごろじゃ、人間は、自然を壊(こわ)して、

自分の欲望のままに生きいるけど。

 

おれ、大昔の人間のほうが、優秀つーか、偉かった気がする。

自然を貴(とうと)び、崇拝(すうはい)するっていう点では。

 

自然の中の生命の営(いとな)みや、動物や植物とか、

山や森や海や岩とかにも、神の力を感じて、

畏(おそ)れ、慄(おのの)いたっていうからね。

 

現代人は、自然を征服(せいふく)したつもりでいるけど、

どちらの考え方が正しいのだろうね。美樹ちゃん。

おれは、古代人のほうが正しいと思うよ」

 

「わたしも、古代人かな。陽(はる)ちゃん、すごいよ。

哲学ばかりじゃなくて、宗教も詳(くわ)しいんだね」

 

「宗教も、思想だからね。興味があるんだよ」

 

「ふーん」

 

≪つづく≫ 



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8章 美樹の恋 (その5) 

陽斗(はると)は、美樹と手をつないで、歩きながら、話をつづける。

 

「神道(しんとう)って、とてもスケールが大きいんだよね。

 

自然の中の生命の営(いとな)み自体(じたい)、

そのものに、神が宿(やど)るっていうのが、

神道の考え方で、思想なんだって。

 

なんでも、取りこんでしまえるので、仏教やキリスト教の

神さまだって、畏(おそ)れ多(おお)い、

外国の神さまってことで、受け入れちゃうからね。

 

神道には、具体的な中身とういうか、教義がないから、

ほかの宗教と、争(あらそ)うなんてことも起きないんだよね。

 

宗教戦争で、人類は滅びるかもしれないんだから、

神道の思想って、人類を救済できるかもしれない、

いつまでも、奇跡的で、革新的な、思想のような気がするよ・・・」

 

「なるほど、そうよね。陽(はる)ちゃん、すごい、勉強家だわ」

 

「神道には、八百万(やおろず)の神とかいって、

すげえ数(かず)の神さまがいることは、

美樹ちゃんも知ってるよね。

 

八百万の神って、『千(せん)と千尋(ちひろ)の神隠し』

に出てくる神さまと同じだよね。

 

あれって、千尋(ちひろ)たち家族が、神たちの世界に、

迷い込んったっていうストーリーかなあ。

 

千(せん)と仲良くなる、少年のハクなんて、川の神さまだったもんね」

 

「カオナシも、神さまだったのかな?」

 

「カオナシって、愚(おろ)かな人間の欲望の化身(けしん)

って気がするけど」

 

「そうね、すぐに、金(きん)とか出して

いやらしいとこなんか、人間とそっくりだわ」

 

美樹がそういって、ふたりは声を出してわらった。

 

「神社って、鳥居(とりい)とか、しめ縄(なわ)とか、

玉垣(たまがき)とかいわれる石垣(いしがき)とかって、

なんのためにあるのかって、美樹ちゃん知っているかな。

 

神社は、鳥居(とりい)や、しめ縄とかの、

聖なる領域と俗なる領域をわける、結界(けっかい)で、

守られているんだってさ。

 

神さまは、世俗の穢(けが)れから、隔絶(かくぜつ)して、

いつまでも、清浄(せいじょう)な状態に

保(たも)っておくことが大切なんだろうね。

 

そんな神さまたちは、人間の対極にあって、

どこまでも、清浄(せいじょう)な存在だからね。

 

清浄が、大切とされるのが、神道(しんとう)なんだよね。

おれって、単純に、清浄を重視するという考え方が、

共感するし、大好きだよね」

 

「わたしも、陽(はる)ちゃんと同じに、共感するわ。

でも、そんな神聖な、清浄な境内(けいだい)で、

さっきみたいなキスなんてして、いいのかしら」

 

「あ、それって、だいじょうぶだよ」

 

陽斗(はると)は、そういって、美樹と目を合わせてわらった。

 

「神道(しんとう)では、新しい命を生み出す、

男女の交合(こうごう)は、自然なことだし、すべての根源として、

はっきりと肯定(こうてい)しているんだよ。

 

交合なんていうと、堅苦しいけど、

セックスやキスとかの男女の営みは、大昔から、

五穀豊穣(ごこくほうじょう)や、進歩や発展を生み出す、

清浄な行為(こうい)で、 すばらしいものと、

ほめたたえているんだから。

 

仏教の真言密教(しんごんみっきょう)の教えの、

理趣教(りしゅきょう)というのが、

神道の考え方に、とても似ていて、おもしろいんだ。

 

そもそも、人間というものは、生まれつき、

汚(よご)れた存在ではないとして、

理趣経は、人間の営みは、

本来は、清浄なものであるといっているんだ。

 

理趣経では、セックスや性欲は、清浄であるとか、

男女のセックスのよろこびは、清浄であるとか、

自分も他人も、大自然も、

一体化して、本来はひとつであるとか、いってるんだ。

 

神道と理趣経って、セックスについて、

まったく同じ感じで、賛美しているよね」

 

「そうなんだ。わたしたちって、清浄なことを、

しているってことね。自然な行為だもんね。

じゃあ、もっと、いっぱいキスしてもいいのよね」

 

ふたりは、わらった。

 

≪つづく≫ 



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8章 美樹の恋 (その6) 

神社の拝殿(はいでん)の右側に、朱色や白壁(しろかべ)が

美しい授与所(じゅよしょ)はあった。あたりには数人の参拝者がいた。

おみくじ箱が、授与所の正面におかれた、ほそ長い紅い台の上にあった。

 

白衣(しらぎぬ)に、紅い袴(はかま)の、

若いかわいい巫女(みこ)さんが、授与所の中にいた。

 

「こんにちは」と、美樹がいったら、

巫女さんも、「こんにちは」と笑顔でこたえた。

 

美樹は、コンパクトなバッグから、シープレザーのミントグリーンの

長サイフを出して、やや長方形の紅(あか)い木箱の、

左上にあいている細長い穴に、100円を入れた。

そして、その木箱の右側に、いっぱい入っている、おみくじから、

1枚を、つまみ取った。

 

「やった。大吉よ」

 

美樹は大喜びであった。

 

「陽(はる)くんも、いいの出るといいね」

 

「おれ、今回はやめとくよ。美樹ちゃんに大吉じゃ、

おれのは、小吉とか、よくない気がするよ」

 

「そんなもんかも。わたし、1年間は、この運勢かしら」

 

「きっと、そうだよ、美樹ちゃん。この1年は最高だよ」

 

ふたりは、わらった。

 

美樹は、大吉のおみくじを陽斗(はると)に見せた。

 

「なになに、恋愛運にある相手は、おれのことかな?

おれのことだよね、ね、美樹ちゃん」

 

「そうよ。はるちゃんのことよ。わたしにとって、

はるちゃんは、すばらしい人だって」

 

美樹は、陽斗に、やさしく、ちょっと、

いたずらっぽく、微笑(ほほえ)んで、

大切そうに、おみくじを、サイフにしまった。

 

美樹の大吉のおみくじは、こんな内容であった。

 

《 大吉 》

 

今日のあなたは最高です。

することがすべて幸いの種となります。

心配ごともなく、嬉(うれ)しい一日です。

こんな日は、わき目をふらず、

自分の仕事や勉強など、

すべきことに専念すると、

その運気はいよいよ盛んになります。

しかし、わがままになったり、

酒や色に溺れると、

せっかくの運気を、

追い出してしまうことになるので、

注意が必要です

 

【願い事】

かなう。他人のことばに、

迷(まよ)わされては、いけません。

【待ち人】

連絡もせずに、急に訪れる人に、

幸運のチャンスがあります

【失し物】

出てきます。しかし、ちょっと手間取ります。

その意味をよく考えて。

【旅行】

いいでしょう。ただし連れがいる人は、その人との関係に注意。

【ビジネス】

進んでいいでしょう。ちょっと強気くらいがいい。

【学問】

あなたの勉強方法でいいでしょう。

そのまま努力を続けてください。

【争い事】

ちょっと勝ったら、すぐ退くのがいい。

【恋愛】

その人こそが、あなたにとってすばらしい人

【縁談】

どの人にしようと困ることがあります。

もう一度、よく心を静めて見定めましょう。

【転居】

とてもいいでしょう。

【病気】

快方に向かっています。

 

≪つづく≫ 



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9章 恋する季節 (1)

9章 恋する季節 (1)

 

「今夜は、ライブ・レストラン・ビートに、

お越(こ)しいただきまして、誠(まこと)に

ありがとうございます。

今夜のお相手は、ロック・バンドの

クラッシュ・ビート(Crash・Beat)でございます。

そして、フィーチャリング(客演)!特別ゲストは、

マスコミでも話題の若干(じゃっかん)

20歳(はたち)のピアニスト・松下陽斗でございます」

 

マイクを片手の、30歳、長身の、店長・佐野幸夫(さのゆきお)が、

舞台の左端から、会場に向かって、

言葉に強弱をつけて、挨拶(あいさつ)をした。

 

日の暮れかかる前の6時から、

料理やスイーツや飲みものなどで、

寛(くつろ)いでいる、お客で、いっぱいの、

フロアには、盛大な拍手(はくしゅ)がわきおこった。

 

「みなさまには、『来てよかった』と思っていただけるように、

みんなで、ベストをつくします。

 

お手元の、パンフ(案内)にありますように、

今夜の曲目は、すべて、みなさま、よくご存じの、

厳選の20曲、カバー (cover)ばかりであります。

 

「それでは、メンバーを紹介させていただきましょう。

クラッシュ・ビートの、

リーダーでドラムの森川純(もりかわじゅん)!」

 

MC(進行)の店長の、佐野幸夫の横にいる、森川純が、

笑顔で、満席のフロアに向かって、

深々と一礼(いちれい)した。

 

「リズムギターの、川口信也(かわぐちしんや)!

ベースギターの、高田翔太(たかだしょうた)!

リードギターの、岡林明(おかばやしあきら)!

 

そして、フィーチャリング(客演)の、

特別ゲスト、ピアノの、松下陽斗(まつしたはると)!

 

わたしも、ふくめて、イケメンばかりが、

よくも、揃(そろ)ったものです。ワッハッハ!」

 

店長・佐野がそういって、大声でわらうと、場内も、

わらいにつつまれた。

 

ライブ・レストラン・ビートは、

下北沢駅南口から、徒歩で3分だった。

 

下北沢店は、キャパシティ(座席数)が、

1階と2階を合わせて、280席あった。

高さ8メートルの吹き抜けのホールになっていて、

グループで楽しめる1階のフロアの席、

ステージを見おろせる、二人のための2階の席、

1階フロアの後方には、

ひとりで楽しめるバー・カウンターがあった。

 

ステージのサイズは、間口が、約14メートル、

奥行きが、7メートル、天井高が、8メートル、

舞台床高が、0.8メートルだった。

舞台の左側には、グランド・ピアノがある。

 

「えーと、ヴォーカルは、全員ですよね。

松下陽斗(はると)さんは、ピアノを弾(ひ)きながらの、

歌がとてもお上手なんですよね」

と、店長の佐野が、

松下陽斗に、いきなり、マイクを向けた。

 

「そうですかぁ、おれは、歌うのが好きなので、

歌わせてもらってます。

クラッシュ・ビートのみなさんのハーモニーが、

ビートルズみたいに、うつくしいので、

邪魔(じゃま)しないように、がんばってます」

と松下陽斗(はると)は、はにかみながら、

生真面目(きまじめ)にいって、わらった。

 

「クラッシュ・ビートは、本当に、

最強のロックバンド、ビートルズみたいですよね。

ハーモニー(和声)も、ビートルズのように、

超うつくしいですよね。ねえ、会場のみなさん!」

 

といって、店長の佐野が、声を出してわらった。

会場からは「そうだ!そうだ!」とかの、声援や、

ざわめきや、わらい声がわきおこる。

店長・佐野の明るい性格は、いつも会場のムードを

盛り上げていた。

 

「ドラムの森川純さん、会場のみなさまに、

何かひとことを!」と店長・佐野。

 

「みなさん、今夜は、本当にありがとうございます。

最高の音楽を目指しますので、お楽しみください」

と森川純は笑顔でいった。

 

「ベースの高田翔太さん、ひとこと、どうぞ」

 

「こんなに、おおぜい、お集まりいただいて、感激しています。

楽しんでいただけるように、ベストで、いきます」と高田翔太。

 

「リードギターの岡村明さん、なにか、どうぞ」

 

「いやー、感激ですよね。こんなたくさんのみなさんの中で

ライブするの、はじめてじゃないかな。

いやー、緊張しちゃいます。ハハハ・・」と岡村明はわらった。

 

「リズムギターの川口信也さんも、どうぞ、ひとこと」

 

「この下北沢で、このメンバーで、大切なみなさまと、

楽しい、ひとときを、過ごせることに、感動しています。

ベストのパフォーマンスでゆきます!」

 

と、川口信也は笑顔で、力強く、いう。

 

≪つづく≫ 



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9章 恋する季節 (2)

9章 恋する季節 (2)

 

先週の日曜日、下北沢駅の隣(となり)の、

池の上駅(いけのうええき)の、すぐ近くの、

『スリーコン・カフェ』で、川口信也は、清原美樹から、

突然、告(つ)げられた。

 

「ごめんなさい。わたし、松下陽斗(はると)くんと、

おつきあいを、していくことに、決めました。

ほんとうに、ごめんなさい。信也さん」

 

美樹は、頭を下げて、そう、信也に告白した。

美樹の瞳には、涙があふれて、

からだは、かすかに、ふるえた。

 

「・・・わかったよ、美樹ちゃん。・・・美樹ちゃんが、

陽斗くんと、おつきあいして、それで、

幸せになってくれるんなら・・・。

おれだって、うれしいはずさ・・・きっと。

・・・愛ってさ、愛っていうものは、

好きな人のことを、幸せにしたいっていう、

その気持ちが、1番大切なはずだよね。

・・・かっこつけちゃっているみたいだけど。

おれは、いつだって、美樹ちゃんの幸せを、

願っているよ。

・・・だから、美樹ちゃんも泣かないで・・・。

きょうは、ありがとう、美樹ちゃん。

美樹ちゃんが、メールとかじゃなくて、

おれと会って、いいにくいことを、

がんばって、話してくれたことが、

おれは、すごく、うれしいよ・・・。

これからも、ずーっと、よろしくね」

 

「・・・うん、わたしのほうこそ、よろしくお願いします。

でも、ほんとうに、ごめんなさい、信(しん)ちゃん・・・」

 

美樹の頬につたわる涙は、とまらない。

美樹はそれをハンカチでおさえる。

 

「しかし・・・、美樹ちゃんって、

きっと、永遠の、おれの天使なんだよね。

こんなふうに、涙で、顔がくしゃくしゃの、

泣きべそな、美樹ちゃんも、

すごっく、かわいいんだもん」

 

「信ちゃん、ったら」と、美樹に笑顔がもどった。

 

ベストのパフォーマンス・・・。そうだ、今夜は、

美樹のためにも、おれのためにも、

こうやって来てくれたお客さんのためにも、

最高の演奏をしなくちゃいけないんだ。

くだらない、悲しみなんて、吹き飛ばしてやるさ。

それが、おれらの、ロックンロールなんだから・・・。

 

川口信也は、そう思った。

最前列のテーブルの、美樹と姉の美咲の姿を、

しばらく、見つめながら。

 

「それでは、オープニンング、ビートルズのナンバー、

オール・マイ・ラヴィング (All My Loving)!」

 

川口信也が、リードボーカルを担当して、

アップ・テンポな、『オール・マイ・ラヴィング』を、

ポール・マッカートニーのような、太い高音で、歌(うた)う。

バッキング(伴奏)のコードを、

オルタネイト・ピッキングの、3連符で、刻(きざ)みながら。

 

高田翔太は、美しいメロディーラインの、

ランニング・ベースに、気合(きあい)を入れた。

 

森川純のドラムは、リンゴ・スターのようで、

ノリと、心地のよいリズムで、軽快だ。

 

岡林明は、切れがいいカッティングや、

ソロ・フレーズをジョージハリスンのように、

華麗(かれい)に弾(ひ)いた。

 

松下陽斗が奏(かな)でる、グランドピアノは、

ジャズふうな即興(そっきょう)で、

ビートルズ・ナンバーに、

新(あた)らしい、楽しさ、すばらしさを

花添(はなそ)えているかのようだ。

 

メンバーの、息(いき)の合(あ)った、コーラス(合唱)の、

ハミングや、リフレインは、決(き)まっていた。

 

そんな快調な演奏は、無事に続いた。

10曲までは、すべて、ビートルズナンバーの

演奏であった。『ガール』『ミッシェル』『イエスタディ』

『レット・イット・ビー』『エリナー・リグビー』

『ヘイ・ジュード』『涙の乗車券(Ticket To Ride)』など。

 

そして、後半の10曲は、ミスター・チルドレンの

『イノセント・ワールド』や、スピッツの『ロビンソン』や、

アジアン・カンフー・ジェネレーション、

宮崎あおいの『ソラニン』とかであった。

 

鳴り止まない拍手の中、21曲目のアンコールは、

ナオト・インティライミの『恋する季節』だった。

 

幾千(いくせん)の・・・愛の言葉も・・・

たりない・・・この思い・・・

あらゆるものから・・・君を奪(うば)いたくて・・・

さびしくないさ・・・君とめぐりあえたから・・・

奇跡(きせき)・・・?

奇跡は・・・おれにはあるのだろうか・・・?

 

自分が、メインになって、

シャウトしながら、歌(うた)う、

『恋する季節』の歌詞が、まるで、

いまの自分の気持ちを表現しているようで、

やけに、胸にしみる、川口信也だった。

 

≪つづく≫ 



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9章 恋する季節 (3)

9章 恋する季節 (3)

 

280席がある、ライブ・レストラン・ビートは、

ぎっしりと、人だらけであった。

チケット(入場券)は、

ソールドアウト(完売)だった。

 

ロック・バンドのクラッシュ・ビートと、

ピアニスト・松下陽斗(はると)の、

初(はつ)コラボレーション(共演)は、

アンコール曲・『恋する季節 』で、

客席は、オールスタンディングとなった。

そして、10時には、鳴(な)りやまない

拍手のなか、ライブは終了した。

 

閉店は12時であった。半分以上の、客の引けた、

フロア・後方の、バー・カウンターや、テーブルで、

ライブの打ち上げが始まった。

 

「陽斗(はると)さんのピアノがあると、ポップスでも、

ジャズでも、R&Bでも、いいよね。

アンサンブル(演奏)の幅(はば)が広がるし。

今夜なんか、満員のお客さんが、きっとみんな、

感動と満足だったんじゃないかな」

 

ビールを飲みながら、森川純が、テーブルの

隣(となり)にすわる、松下陽斗に、そう語りかけた。

 

「ありがとうございます」といって、二十歳(はたち)の

陽斗もビールを飲む。

 

「今夜、ぼくが、がんばれたのも、クラッシュ・ビートの

演奏が、すばらしいからですよ。

純さんのドラムもすばらしかったです。

メトロノームのように、正確でありながら、

微妙(びみょう)な揺(ゆ)らぎがあったりして。

それが、また、いい・・・」

 

「アッハッハ。おれは機械みたいには、なれないしね。

感情が、微妙に、ドラミング(演奏)にあらわれちゃうんだ。

ビートルズのリンゴ・スターとか、スティーヴ・ガッドとか、

ジョン・ボナームとかの影響も受けてるけどね」

 

「揺(ゆ)らぎというか、ずれというか、それがあるから、

人間らしくて、うつくしい音楽が生まれるんだと思います」

 

「そうだね、そんなことだよね。

おれたちは、そんな音楽観が、一致しているから、

いっしょに、気分よく、楽しい演奏ができるんだよ。

これからも、よろしくお願いしますよ。陽斗(はると)さん」

 

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

打ち上げには、このライブハウスの経営をする、

株式会社・モリカワの社長・森川誠(まこと)、

その弟の副社長の森川学(まなぶ)、

社長の長男、森川純の兄の、森川良(りょう)もいた。

また社長の親友で、清原美樹の両親の、

清原和幸(かずゆき)、美穂子の姿もあった。

店長の佐野や店のスタッフも社長たちに挨拶(あいさつ)をした。

盛りあがったライブに、誰もが、笑顔であった。

 

クラッシュ・ビートのメンバーの母校の

早瀬田(わせだ)大学の先輩・後輩(せんぱい・こうはい)、

松下陽斗(はると)の在籍(ざいせき)する、

東京・芸術・大学の音楽学部の先輩・後輩も集まっていた。

1階と2階のフロアは、そんな若者たちで、華(はな)やかなであった。

 

早瀬田(わせだ)大学の3年生になる、清原美樹も、

姉の美咲(みさき)や、親友で、同じ大学の3年の、

小川真央(おがわまお)と、3人で、バー・カウンターで、

あまいカクテルのカンパリ・オレンジとかを飲みながら、

バーテンダーを相手に世間話をしていた。

 

「しん(信)ちゃんも、つらいとこだよな」

 

クラッシュ・ビートのリードギターの岡村明(あきら)が、

ジョッキの生ビールで酔いながら、川口信也に話しかけた。

 

「でも、しんちゃんは、うろたえてないから、すげーよ」

 

クラッシュ・ビートのベースの高田翔太(しょうた)もそういった。

 

3人は、川口を真ん中にして、6人がけの長(なが)四角のテーブルで、

料理をつまみながら、生ビールを飲んでいる。

 

「まあ、まあ、飲もうぜ!岡ちゃん、翔ちゃん。

おれって、なぜか、三角関係に縁(えん)があるんだよ。

アッハッハ」といって、川口は、ジョッキのビールを、

ぐいっと飲んだ。

 

「三角関係って、あのサイン(sine)、コサイン(cosine)のかぁ」

と高田翔太がふざける。

 

「ちゃう、ちゃう。ひとりの女性を、ふたりの男で、

奪(うば)い合(あ)うっていう、必死(ひっし)の戦いだよ」と川口。

 

「しんちゃんも、修羅場(しゅらば)を経験しとるんだね。

おれは、しんちゃんみたいな、きつい恋愛はしてこなかったなあ」

と高田が川口を見て、にやりとほほえむ。

 

≪つづく≫ 



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9章 恋する季節 (4)

9章 恋する季節 (4)

 

「三角関係なんて、ヘタすれば、うつ病や自殺をまねくね。

それに遭遇(そうぐう)しないだけでも、岡ちゃんも、

翔ちゃんも、幸運の星の下に、生まれたのかもよ」

 

といって、川口信也は、声を出してわらう。

 

「しんちゃん、それ、ちゃいまんねん。

おれと、岡ちゃんは、競争率の高い相手を、

避(さ)けているだけだと思うけど」と高田翔太。

 

「翔ちゃん、それも、ちゃいまんねん。おれは、

競争率の高い女性が好きだなあ。

身も心も、しびれるようなオンナじゃないと、

おれは、つきあう気持ちにならないし」と、岡村明。

 

「岡ちゃんも、翔ちゃんも、『恋は罪悪ですよ』っていう

有名な言葉を知っているかなぁ」

 

「へーえ、『恋は罪悪ですよ』かぁ。知らないなあ」と高田。

 

「おれも知らない」と岡村。

 

「おれが高校のとき、三角関係で悩んだんだけど、

そのときに、読んだ小説の中で、

先生と呼ばれて登場する彼が語った言葉が、

『恋は罪悪ですよ』なんだよ。

 

夏目漱石(なつめそうせき)の『こころ』っていう小説だよ。

いまだって、若い人に読みつがれるくらい名作らしいけどね。

先生と呼ばれる、その彼は、学生だったころ、

ひそかに恋していた女性を、親友のKに、とられそうになったので、

Kよりさきに、その女性に、結婚の申し込みをしたんだ。

 

そしたら、うまくゆき、結婚してしまったんだよね。

そしたら、Kは、自殺してしまった。

そのことを後悔しつづけて、その先生も、せっかく、

恋に勝って、家庭もあるっていうのに、自殺してしまう、

という小説なんだよね。

 

おれは、その小説を読んで、三角関係は、

罪悪だと思ったね。それ以来、ややこしい恋愛関係は、

いち抜けたってことにいしているんだ。

 

所詮(しょせん)、人間のエゴイズムの問題だからね。

夏目漱石も、そんなエゴイズムを小説のテーマに

したってことね。おれは、恋愛については、

漱石に、人生を教わったって感じさ。

 

まあ、今回の三角関係の場合、

おれの美樹ちゃんへの気持ちに変わりはないけど、

おれは、おれのエゴイズムで、ばかみたいに、

苦しんだりはしないってことさ。

陽斗(はると)くんを、恨(うら)むような気持ちも、

さらさらないし」

 

ながながと、そう話すと、川口は声を出して、元気にわらった。

 

「エゴイズムかあ。長いあいだ、聞かなかった言葉だなあ。

エゴイズムというと、利己主義ということだろう」と高田翔太。

 

「エゴイズムって、自分の利益のことばかりを考えて、

他人の利益は考えないっていう、思考や行動のことだろう。

人間って、うっかりすると、そういう言動に、走りやすよね。

恋愛のときも、三角関係のときもそうなのかな。

なにも、死ぬことはないだろうけど。男が、2人もそろって。

そうか、三角関係をテーマにする夏目漱石って、

現代社会っていうか、資本主義っていうか、

われわれにある普遍的なエゴイズムの縮図というか、

構図をテーマにしているってことかもなあ。

夏目漱石て、やっぱり、抜群に頭がよかったりして」

 

といって、岡村明がわらった。川口も高田もわらった。

 

「おれは、夏目漱石って、すごい作家だと思ってるよ。

漱石を超えることができそうな作家は、

いまのところ、日本じゃ、村上春樹くらいかもね。

おれや、みんなに、小説の『こころ』で、

三角関係やエゴイズムのばかばかしさを、

教えてくれたんだからね。

それと、あのタイトル、なんで『こころ』なのかといえば、

エゴイズムを解消したときの、『こころ』が大切なんだと、

漱石はいいたかったのじゃあないかな。

心って、すなわち、魂(たましい)ともいえるよね。

おれたちのロックだって、心や魂を大切にするために、

やっているようなもんじゃないかな。

おれは、そんなことに、高校のとき『こころ』を読んで、

そう思つづけてきたんだ。ロックでも芸術でもいいから、

漱石の遺志を、ついでいけたらなあってね。」

 

「そうだね、しんちゃん。おれたちは、

その心や魂のためにも、やっていこうぜ」

と岡村が、ジョッキの乾杯を川口に求めた。

 

「夏目漱石の弟子だね、まるで、川口は。その弟子の川口も、

こうやって、三角関係で、またまた、すごく、成長したってわけかあ。

うまくいかない恋愛に、つぶれそうになるのが普通なのに、

川口はすごいよ。最高な、ロックンロール野郎ってとこかな。

今夜のライブも大成功だったし。よし。おれたちの、

これからのロックンロール人生を祝(いわ)って、

乾杯(かんぱい)しようぜ!」と、高田翔太もジョッキを手にした。

 

「乾杯!」

 

3人が、ジョッキを差しあげて、触れ合わせると、まわりのみんなも、

祝福の気持ちをこめた、乾杯がつづいた。

 

夜も更(ふ)けて、12時ちかくの閉店のころ、

かなりに酔った、川口信也は、

「また、ライブやろうぜ」と、松下陽斗(はると)と、

固い握手を交(かわ)わした。

陽斗の隣(となり)にいた美樹にも、

川口は、「美樹ちゃん、酔っちゃったよ」と笑顔でいった。

 

「しんちゃん、今夜のライブ、最高だったよ。すごく感動しちゃったわ」

 

と美樹がいうと、川口は「ありがとう」といって、男らしく、ほほえんだ。

 

≪つづく≫ 



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10章 信也の新(あら)たな恋人 (1)

10章 信也の新(あら)たな恋人 (1)

 

下北沢駅南口から、歩いて、3分ほどの、

森川ビル内の本社から、仕事を終えた、

ロックバンド・クラッシュ・ビートのメンバーの4人、

川口信也、森川純、岡村明、高田翔太が、出てきた。

みんな、グレーのパンツとかで、白シャツで、

ノー・ネクタイで、課長職も、よく似合う感じであった。

 

川口信也が、みんなを、今夜も、

馴染(なじ)みの、バー(BAR)にでも寄(よ)っていこうと、

誘(さそ)っていた。

 

「しんちゃん、おれたち、みんな、

しんちゃんが誘(さそ)うから、

ついつい、つきあっちゃってるけど、

5月25日のライブから、飲みつづけてるよなあ。

おれ、体重が気になってきたよ」

 

そういって、4人の中で、どちらかといえば、

ふとめの体型の高田翔太は、わらった。

ほかの3人は、どちらかといえば、細身(ほそみ)だった。

 

「翔(しょう)ちゃんの、胃袋(いぶくろ)は、底なしだもの」

と森川純がいって、わらった。みんなもわらった。

 

川口信也のケータイが鳴(な)った。

 

<もしもし、おれだけど>

 

<川口さん、岡昇(おかのぼる)です。いま、お話しできますか?>

 

<だいじょうぶだよ。どうした、岡>

 

<ちょっと、いいお話があるんですよ>

 

<ハッハッハ。いい話か。最近、いい話ないからな、

聞かせてくれよ>

 

<おれと同じ、1年の、大沢詩織(おおさわしおり)なんですけど、

川口さんと、交際したいって、いっているんですよ!>

 

<大沢詩織・・・。ライブで一緒だった、女の子だよね。

へえー、おれと、つきあいたいってか!>

 

<ええ、それで、今度の土曜日の8日に、

その子(こ)とあってくれないっすかね。

大沢は、6月3日が誕生日だったんですよ。

どこかで、おれもで、3人で、誕生祝(いわい)なんかしたら、

最高なんですけど・・・>

 

<いいけど。あの子(こ)、かわいかったし。でも土曜日は、

AKB48の、総選挙があるんだよなあ>

 

<AKBは、あとで、みればいいじゃないっすか!>

 

<そりゃあ、そうだ、アッハッハ。じゃあ、待ち合わせ場所は、

下北沢の南口の改札口でいいかな。日時は、8日の土曜日、6時ってことで。>

 

<わかりました。彼女、連(つ)れて、6時に、下北(しもきた)の南口に

ゆきます>

 

<じゃあ、そういうことで、岡、よろしく。岡、いい話をありがとう>

 

岡昇(おかのぼる)と、大沢詩織(おおさわしおり)は、

早瀬田(わせだ)大学の1年生だった。

ふたりは、大学公認のバンド・サークルのミュージック・ファン・クラブ

(通称 MFC)の部員だった。川口や森川たちは、大学卒業後も、

そんな部員たちと、交流を続けていて、信頼でむすばれていた。

この前のクラッシュ・ビートと松下陽斗(はると)の、

ライブのチケットも、MFCの全員に、無料で配布していた。

 

「やっほー」と川口が、ケータイを持ったまま、両手を上げて叫んだ。

 

「後輩の岡のやつ、おれに彼女を紹介してくれるんだってよ!」

 

「あの1年の岡かあ」と、岡村明がいった。

 

「うん、うん、岡と、同じ1年の大沢詩織が、おれのこと好きなんだってさ」

 

「しんちゃん、モテまくりじゃん」と森川純。

 

「なんか、嘘(うそ)みたいな話だけど、今度こそは、

ふられたり、三角関係になったりしないことを願うよ」と川口。

 

「あの1年の大沢詩織かあ、ライブにも、岡と一緒に来ていたから、

おれはてっきり、岡の彼女かと、思っていたし・・・」と高田翔太。

 

「しかし、よくもまあ、しんちゃんは、美人に、好(す)かれるよね」

と岡村明。

 

「美人とか、かわいい子とかって、心変わりも早いから、大変だよ。

また、ふられたら、おれの寿命は、きっと、20年は、縮(ちぢ)むから・・・」

と川口信也。

 

「ひとりに、ふられて、10年かあ、そんなもんかもな、恋も真剣だと・・・」

 

森川純が、真面目(まじめ)な顔で、そういうと、

バー(BAR)へ向かって歩きながら、

みんなで、おおわらいとなった。

 

≪つづく≫ 



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10章 信也の新(あら)たな恋人 (2)

10章 信也の新(あら)たな恋人 (2)

 

6月8日の土曜日。午後の2時40分ころ。

下北沢駅南口は、人で賑(にぎ)わっていた。

 

川口信也(かわぐちしんや)は、南口商店街の入り口の、

左角にある、マクドナルドに入(はい)った。

 

プレミアムローストコーヒーと、ホットアップルパイを、

3つ、注文する。ホットアップルパイは、これから店に来る、

大沢詩織(おおさわしおり)と、岡昇(おかのぼる)のぶんもだ。

 

いまから、川口は、母校の早瀬田(わせだ)大学の、

1年生の大沢詩織と、同じ大学の1年の、岡昇との、3人で、

大沢詩織の19歳の誕生祝(たんじょういわ)いをする。

 

何度もメールで、岡昇と、きょうの予定を打ち合わせた。

 

待ち合わせ場所を、マクドナルドに、

時間も、3時にした。

 

最初に、フレンチ・カフェ・レストランで、誕生パーティをして、

そのあと、ライブ・レストラン・ビートで、

ひとときを楽しむという予定にした。

どちらの店も、川口の勤(つと)める、モリカワの、下北沢店だった。

 

ライブ・レストラン・ビートの、今夜の公演は、

女性・ポップス・シンガーの、白石愛美(しらいしまなみ)と、

ピアニストの松下陽斗(まつしたはると)との、

コラボ(共演)だった。ドラムと女性コーラスも、入(はい)る。

 

白石愛美も、松下陽斗も、現在、20歳(はたち)で、

モリカワの事業部のひとつ、

モリカワ・ミュージックに所属(しょぞく)していた。

 

モリカワ・ミュージックでは、全国に展開中のライブハウスや、

一般からのデモテープなどから、新人の発掘や育成をしている。

新(あら)たなアーチストを、ミュージック・シーンに、

輩出(はいしゅつ)していく、ビジネスを展開中だった。

 

そういえば・・・、去年の10月は、おれのマンションに、

美樹(みき)ちゃんと、真央(まお)ちゃんが来て、

3人で、二十歳(はたち)の誕生会をしようって、

街にくり出したっけ。

あのときも、いまみたいな、ワクワクした感じで、

すべてが、うまくいきそうな気分だった。

楽しかったよなあ・・・。

 

川口は、好きな、ホットアップルパイを、ほおばった。

 

今回も、やっぱり、3人なんて。19歳の誕生会だし、

あのときと、同じとはいえないけど、似ているし。

 

なんか、一抹(いちまつ)の不安かな。

心のどこかに、トラウマ(心理的な後遺症)が

あったりして。

 

川口は、そんなことを思いながら、にがわらいした。

 

たとえば、岡が、詩織ちゃんと、ほんとは、

つきあいたかったりして・・・。

そしたら、またしても、三角関係じゃん。

 

しかし、それだったら、岡が、最初から、

おれと詩織ちゃんの仲がうまくいくように、

世話をすることもないわけだよな。

このさい、岡には、岡の本心を、はっきり、聞いておくか。

 

岡は、信頼できる、いいやつだから、

岡には、大学内で、詩織ちゃんに、

悪い虫がつかないように、監視してもらえそうだし。

ハハハ。考え出したらきりがない、やめた!

 

そのとき、「川口さん、おひさしぶりです」と、

岡昇と、大沢詩織が、あらわれた。

ちょうど、3時をまわった時刻だ。

 

170センチくらいの岡のとなりにいる、

その10センチくらいは低そうな、大沢詩織が、

「川口さん、こんにちは」といって、

微笑(ほほえ)んだ。

 

肩レースの、白いTシャツと、デニムの、

ハイウェスト・ショートパンツで、詩織はかわいい。

 

≪つづく≫ 



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10章 信也の新(あら)たな恋人 (3)

10章 信也の新(あら)たな恋人 (3) 

 

詩織ちゃん、色っぽいな、長い髪がよく似(に)あう、

と、詩織の、オーラの出ているような雰囲気に、

信也は思った。

岡は、赤系のチェックのシャツに、ジーンズで、

小中学生のころからの、男の定番って感じ。

同じ、19歳なのに、岡が、幼(おさな)く見える。

岡の、どこか、とぼけた、人のよさそうな、わらい顔。

詩織の、男心をそそる、微笑(ほほえ)み。

 

そんな、ふたりの姿(すがた)に、

川口信也は、不思議なくらい、

何かが吹っ切れたように、元気がわいてきた。

 

「はい、ホットアップルパイ」と川口がいう。

「あ、どうも」とか「ありがとう」と、岡と詩織はいう。

それから、すぐに、川口たちは、マックを出る。

 

フレンチ・カフェ・レストランに向かった。

 

梅雨(つゆ)入りしたばかりで、くもり空だったが、

午後は、上空が晴(は)れわたった。

 

「川口さんって、どうして、あんなに、歌が、

お上手(じょうず)なんですか?」

 

川口信也と寄り添って歩く、詩織が、

もうすでに、恋人のように話しかける。

 

「おれなんか、まだまだ、うまくないけど。

ありがとう、詩織ちゃん」

 

「わたし、こないだのクラッシュ・ビートの

ライブを聴いていて、特に、川口さんの

ヴォーカルに感動しちゃったんです。

気持ちよさそうに、高い音域まで、

歌いこなしちゃっていましたよね、すごいです」

 

「子供のころから・・・、小学3年のころかな、

歌が好きで、よく歌をうたっていたんですよ。

子どもなりにも、真剣に」

 

そういって、わらって、川口は、詩織をみた。

 

「親に、ギターを買ってもらってからは、

歌よりも、ギターに熱中してたかな。ハハハ」

 

「そうそう、川口さんは、ギターも、ヴォーカルも、

超(ちょう)ウマ!先輩として、尊敬しちゃいますよ」

 

信也と詩織のうしろを歩く、岡が、そういった。

 

「岡ちゃん、きょうは、おれたち、3人の、誕生と、

これから先の人生の、お祝いをしよう。

それと、おれたちの、この、運命的な出会いを、

お祝いしようよ。

きょうは、おれに、まかせなさいって!ははは」

 

そういって、信也がわらうと、詩織も岡も、明るくわらった。

 

3人は、モリカワのフレンチ・カフェ・レストラン・下北沢店に入った。

 

南フランスを思わせる、あわいベージュ色の外観の、

青空によく映(は)える、オレンジの瓦(かわら)の一軒家だった。

 

店内は、あたたかみのある木材(もくざい)が使(つか)われて、

フランスのカフェにいるのような感じがする。

 

「えーと、大沢詩織さん、お誕生日おめでとうございます。

詩織さんの、19歳のお誕生日を、お祝いして、

ささやかではありますが、乾杯をいたしたいと思います。

かんぱーい!」

 

3人は、赤いクッションの椅子(いす)にすわったまま乾杯をした。

 

「このように、すばらしいパーティーを開いていただき、

ありがとうございます」

 

大沢詩織が、瞳(ひとみ)を潤(うる)ませて、ちょこっと、頭を下(さ)げた。

 

「詩織ちゃんのお祝いをするなんて、男として、光栄ですよ」

 

≪つづく≫ 



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10章 信也の新(あら)たな恋人 (4)

10章 信也の新(あら)たな恋人 (4)

 

川口は、「ほんとうは生(なま)ビールがいいんだけど」といいながら、

グラスのアサヒスーパードライを、うまそうに飲んだ。

 

まだ未成年の、詩織と岡は、ふたりとも、ノンアルコールの

ジンジャーエールを飲んでいる。

 

ランチ・コースは、3人、それぞれに違ったコースだったが、

テーブルには、華(はな)やかなバリエーションの料理がならんだ。

 

オーブンで、蒸(む)し焼(や)きにしてある、白身魚・ホタテ貝

・車エビのポワレ。

生クリームで仕上げた、パンプキン(かぼちゃ)のポタージュ。

玉ねぎの甘味がおいしい、オニオン・グラタン・スープ。

牛フィレ肉のステーキやイベリコ豚ロースのロースト。

リンゴとブドウの、フルーツのコンポート。

スタードプディングと似(に)たデザートのクレーム・ブリュレ。

 

そして、≪Happy 15th Birthday Shiori!≫

(詩織、19歳の誕生日おめでとう!)

とチョコレートで書かれた、ショートケーキを、

「詩織さん、お誕生日、おめでとうございます」といって、

ウェイトレスが、笑顔で運んできた。

 

「わたしね、なんで、川口さんのことを、こんなに

好きになっちゃったのか、自分でもよくわからないの」

 

長い髪をかき分(わ)けると、詩織が、ささやくような小さな声で、

ビールに酔って、上機嫌(じょうきげん)の川口に、そういった。

 

「恋っていうか、恋愛感情って、突然のように芽生えるからね」

 

そういうと、詩織と岡に、わらって、「ああ、おれ、酔ってるな」

といって、わらって、天井(てんじょう)から下(さ)がる、

アンティーク(古美術工芸品)のような照明を、川口は見つめた。

 

「おれって、不器用(ぶきよう)な男なんですよ。詩織ちゃん。

女の子にも、ふられっぱなしの人生で・・・」

 

「そんなことないはずです。川口さんって、すてきだと思います」と詩織。

 

「川口さんは、もてますよ。性格はさっぱりと男らしいし」と岡がいう。

 

「けど、岡ちゃん、おれの恋愛って、長続きしたことないんだ。

その点、岡ちゃんと、なんか似てるよな。おれも、岡ちゃんも、

不器用なタイプってことで、きっと、似てるんだ。だから気もあう」

 

そういって、川口が、腹から声を出してわらった。

 

「そうなんだあ。わかった、きっと、わたし、そんな川口さんの

不器用なところが、大好きなのかも。

だって、わたしも、どちらかといえば、かなりな不器用なんですもん。

男女も、似ているところに惹(ひかれ)かれ合(あ)うらしいです。

わたしって、器用に、世の中を渡る人よりか、不器用な人のほうが、

絶対に、いいと思います」

 

「ありがとう、詩織ちゃん、詩織ちゃんって、やさしくって、

とてもいい子だね。おれも、今度こそは、詩織ちゃんと、

うまくやっていけそうな気がしてくるよ。

詩織ちゃんがいうように、不器用な人ほど、真面目(まじめ)に

努力もするしね。だから、不器用って、欠点ではなくて、

長所だと、考えたほうがいいのかもしれないよね。

不器用なおかげで、わりと、ひとつのことに、粘(ねば)り強いし、

執着(しゅうちゃく)するし、失敗や努力型は成功のもとってね。

ね、岡ちゃん」

 

「そうですよ、川口さん。ロッカーの斉藤和義(さいとうかずよし)が、

やっぱり、野球が好きでも、あまりうまくならないから、

ミュージシャンになれたとか、テレビで語ってましたよ。

ミュージシャンって、スポーツ音痴(おんち)

が多いんじゃないかって、いってました、たしか・・・。

いまも、仕事の合間に、好きな野球はやっているらしいっすけど。

そんなところ、あの人も、不器用なのかもしれないし、

川口さんと、おれとに、似てるかもしれませんよね。」

 

「おれたちも、斉藤和義みたいに成功する夢を

あきらめちゃいけないよな。

そうかあ、おれも、岡ちゃんも、高校のとき、

バスケットが、大好きで、夢中だったけど、

へたっぴだったって、ところ、斉藤和義さんにも、

どこか似ているのかもなあ。スポーツ音痴かあ、

痛いところ、つかれるって感じだよな、岡ちゃん」

 

「はい」

 

川口と岡がわらった。

 

「川口さんと岡くん、バスケットに熱中してたんですか!

それも、すてきです」

 

そういうと、詩織は、川口に惚(ほ)れなおしたようであった。

 

フレンチ・カフェ・レストランでの、誕生パーティのあと、

3人は、歩いて5分くらいの、ライブ・レストラン・ビートへ向かった。

 

今夜の公演の、女性・ポップス・シンガーの、

白石愛美(しらいしまなみ)と、

ピアニストの松下陽斗(まつしたはると)との、

コラボ(共演)は、チケット(入場券)も、

ソールドアウト(完売)という感じであった。

 

6時半の開演前、すでに、1階フロア、2階フロア、

あわせて、280席は、ほぼ満席、人だらけであった。

 

川口たち3人は、ステージ近くの席を予約できた。

クラッシュ・ビートの仲間の3人、

森川純(もりかわじゅん)、高田翔太(たかだしょうた)、

岡林明(おかばやしあきら)、も会場に来ていた。

川口に、うまくやれよ!とでもいった、エールを送る。

 

≪つづく≫ 



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10章 信也の新(あら)たな恋人 (5)

10章 信也の新(あら)たな恋人 (5)

 

司会は、店長の、佐野幸夫だった。軽快で、

おもしろい、MC(進行)も評判だった。

 

「今夜は、ライブ・レストラン・ビートへ、お越(こ)しいただいて、

ありがとうございます。いやーあ、今夜も、超満席になりました。

ほんとうに、ありがとうございます」と、店長の佐野。

 

「白石愛美(しらいしまなみ)さんは、わたしも、びっくり、

あの、華麗な歌姫、マライア・キャリーさんが、

大好きで、尊敬していて、歌の師匠であったんですよね。

 

それで、うちの、モリカワのレストランで、ウェイトレスをして、

チャンスを、虎視眈々(こしたんたん)と、

伺(うかが)っていたというわけなんですよね。

 

そしたら、どうでしょう、このように、いまでは、

みなさまに、愛される、ポップス・シンガーとして、

ライブ会場を、満席にしてしまっています。

 

これは、まるで、現代のシンデレラ姫(ひめ)の物語、

そのものですよね。

わたしなんか、このサクセスストーリーだけで、

感動してしまいます!

虎視眈々のトラのように強靭な目的意識をもった

若干(じゃっかん)20歳(はたち)女の子が、

シンデレラ姫となって、羽(は)ばたいていくんです。

みなさま、絶大なる声援を、これからもお願いします!」

 

会場からは、割(わ)れんばかりの拍手と声援がわきおこる。

 

「あ、みなさま、シンデレラ姫といったら、王子(おうじ)さまが、

必要ですよね。わたしがその、王子さまになれたら、

いまにでも、死んでも、悔(く)いはないのですが、

運命のいたずらというか、現実はいつも、きびしいものです」

 

といって、佐野が、おいおい、泣くマネをすると、会場からは、

わらいがもれた。

 

「さて、今夜は、白石愛美(しらいしまなみ)にふさわしい、

すてきな王子さまも、来ております。

白石愛美も天才級の歌声ならば、

この人も、天才級のピアニストです。

ピアニスト・松下陽斗(はると)です!」

 

ここで、ステージには、松下陽斗と、白石愛美が現れた。

 

会場に、絶大な拍手と歓声がわきおこった。

その会場の熱気は、このふたりの人気度をあらわすようであった。

 

ポップス・シンガーの白石愛美と、ピアニスト・松下陽斗(はると)は、

モリカワの全店と、モリカワ・ミュージックが、全面的支援していた。

 

そして、すでに、そのふたりの才能は、雑誌やテレビのマスコミも、

注目していて、その知名度も、急上昇中であった。

 

去年まで、白石愛美(しらいしまなみ)は、モリカワのレストランで、

ウェイトレスをしながら、地道に歌のレッスンをしていた。

 

去年(2012年)の初秋(しょしゅう)、モリカワ・ミュージックが、

デモテープや、ライブハウスなどから、新人を発掘し始めたので、

白石愛美(しらいしまなみ)は、大好きで、社会活動や、

チャリティー活動をしている誠実さでも、尊敬する、

マライア・キャリーの、My All(マイ・オール)を歌った、

デモテープを、モリカワ・ミュージックへ送ったのであった。

 

そのデモテープが、モリカワの社長の長男の、

モリカワ・ミュージック・課長の森川良(りょう)に、

感動とともに、絶賛されて、認められたのだった。

森川良は、課長の森川純(じゅん)の兄である。

 

「それでは、みなさま、お待たせしました。

ごゆっくりと、お楽しみください。

日本に現(あらわ)れた、若干(じゃっかん)20歳(はたち)の、

天才的、アーチスト、白石愛美(しらいしまなみ)と

松下陽斗(まつしまはると)との、ライブです。

歌う曲目は、マライア・キャリーの名曲の数々です!

 

ドラムは、ベテランの綱樹正人(つなきまさと)

女性コーラスは、青木エリカ、本間ともみ、相沢理沙のみなさんです!」

 

1階と2階のフロア、会場全体から、ゆったりとした気分で、

飲食を楽しんでいる観客たちの、歓声と拍手がわきおこった。

 

「わたし、いくら、がんばっても、マライア・キャリーのような、

歌唱力では、歌えないだろうけど、

わたしも、カーリー・レイ・ジェプセンや、

テイラー・スウィフトのような、シンガーソングライターにはなりたいの」

 

そう、大沢詩織が、川口信也の耳もとにささやいた。

 

「詩織ちゃんなら、だいじょうぶだと思うよ。

おれも、がんばるから、おたがいに夢を追っていこうぜ」

 

「うん・・・」 詩織の瞳(ひとみ)が、少女のように、輝(かがや)いた。

 

「川口さん、詩織ちゃん、おれも、がんばるから」と、岡もほほえんだ。

 

静まりかえった会場の、ステージから、松下陽斗(まつしたはると)の

ピアノだけが鳴りひびいた。

 

1曲目の、『 Without You 』のイントロであった。『 Without You 』は、

1994年、 全米3位を記録した。

『生きてゆけそうもない、あなたのいない人生なんて。

何もする気もおきない・・・』と、失恋の、失意の歌で、

人生のどん底に落ちている、その心情を、詩情豊かに、歌いあげた

名曲だった。

 

2曲は、『My All 』だった。『My All 』は、1998年、全米3週連続1位

であった。『抱きしめてもらえるのなら、命をかけてもいい。思い出

だけでは生きてはいけないわ』という、女性のせつなる心情を、

高貴なまでに、神聖なまでに、歌い上げている。

 

15曲を歌いあげたあとの、アンコール曲は『Hero』であった。

『自分自身を見つめて、勇気をだして、そのとき、真実は

見えてくるものよ。ヒーローは、自分の中にいるのよ』と、

聴くものを、元気づけてくれる名曲であった。

 

マライヤ・キャリーを、ありありと、思い浮かばせるような、

ハープやフルートの、最高音にちかい、超高音域の、

ホイッスルボイスも、白石愛美は、思いのままに、熱唱できた。

そんな、ボリューム(量感)と、繊細さとをかねそなえた、

女性らしい、甘美な歌声に、会場は酔いしれた。

 

松下陽斗(はると)の、ピアノも、原曲に忠実な部分と、ジャズっぽく、

アレンジした部分が、絶妙で、聴衆を魅了した。

 

ベテランの綱樹正人(つなきまさと)の、ドラミングも、

青木エリカ、本間ともみ、相沢理沙たちの、女性コーラスも、

聴衆をじゅうぶんに堪能させて、見事(みごと)だった。

 

≪つづく≫ 



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11章 ミュージック・ファン・クラブ (1)

11章 ミュージック・ファン・クラブ (1)

 

東京都新宿区の戸山(とやま)にある、

早瀬田(わせだ)大学の戸山キャンパスには、

多くの学生で、いつも賑(にぎ)わう、学生会館があった。

 

学生会館は、東棟(ひがしとう)が11階、西棟(にしとう)は

6階という、大きな建物である。

東棟には、学生たちのサークルの部屋が数多くあった。

西棟には、休憩したり、寛(くつろ)いだりできる、

ラウンジ・スペースも、2階や3階や4階に充実している。

大きな1枚ガラスからは、四季の折々(しきのおりおり)、

緑(みどり)の生(お)い茂(しげ)る樹木(じゅもく)、

学生が行(ゆ)きかう、ひろいキャンパス(校庭)も見える。

 

6月28日、金曜日の午後の3時半ころ。

西棟(にしとう)の2階にある、大ラウンジには、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員が

集まりはじめていた。

 

大ラウンジには、コンビニエンス・ストアのセブンイレブンもあった。

食べ物、雑誌、文房具、生活用品、ATMも完備している。

予約の弁当の受付、配達もおこなっている。

その西棟の、3階には、ファーストフードのモスバーガーもあった。

 

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)では、

ポップ・ミュージック、ロックやブルース、ソウル、ファンク、

ゴスペルなどまで、幅広いジャンルを、自由に楽しんでる。

 

毎回のライブごとに、気のあう人と、バンドを組(く)んだり、

あらたなメンバーを集めたりする、

フリーバンド制のサークルであった。

 

現在の部員数は、男子30人、女子38人、あわせて68人。

女子が、38人もいるのには、わけもあった。

コーラスで歌うのが好きだからとか、

ダンスが好きだからとか、ひいきの応援が好きだからとか、

そんな、女子部員も多いからだ。

音楽を愛することに変わりはないわけで、MFCでは、大歓迎であった。

 

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の、

スケジュール(予定)やイベント(行事)などの打ち合わせを、

サークルの部室でしていた、

サークル幹部(かんぶ)の幹事長、大学3年の矢野拓海(やのたくみ)、

1年の岡昇(おかのぼる)、2年の谷村将也(たにむらしょうや)の3人が、

MFCのみんなが集まっている、大ラウンジにやってきた。

MFCの部室は、E1107、東棟(ひがしとう)の11階にあった。

 

「サザンオールスターズ・祭(まつ)りは、8月。

恒例(こうれい)の、前期定例ライブは、7月。

相乗効果(そうじょうこうか)っていうのかな、

みんな、いつもよりのっているよね!」

といって、幹事長の矢野拓海(やのたくみ)がわらった。

 

MFCでは、急遽(きゅうきょ)、サザンのナンバーだけを集めた、

『サザンオールスターズ・祭り』と名づけた、特別ライブを、

8月24日(土)に、下北沢のライブ・レストラン・ビートで

行(おこな)うことになった。

OB(卒業生)の森川純たち、クラッシュ・ビートとのコラボ(共演)だった。

 

サザンオールスターズの活動再開ニュースには、

MFCの部員たちも、よろこんでいた。

1階フロア、2階フロア、あわせて、280席という、

ライブ・レストラン・ビートで、ライブができることも、

部員にとって、うれしいことであった。

 

「サザンオールスターズが、突然、活動再開を

発表した、6月25日の次の日に、森川純さんから、

サザン・祭りをやるぞって、

ケータイにメールが入ったんですからね。

話が早(はや)いですよね」と、1年生の岡昇が、

幹事長の、大学3年の矢野拓海(やのたくみ)に話(はな)した。

 

「その純さんのメールだけど。岡のと、おれのと、

まったく同じメールなんだよな。ハハハ」と、いって、

無邪気(むじゃき)な子どものように、矢野拓海(やのたくみ)がわらった。

 

「おれに来たメールも、みんなと同じだし」と、

2年の、谷村将也(たにむらしょうや)もわらった。

 

「そうなんですか!?・・・3人に、同じメールを送るって、

やばい気もしますけど。手抜(てぬ)きのようで」と岡。

 

≪つづく≫



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11章 ミュージック・ファン・クラブ (2)

11章 ミュージック・ファン・クラブ (2)

 

「いや、3人に同じメールというのは、いいんじゃないの?

2人じゃ。まずいと思うけど」

と、幹事長の矢野拓海(たくみ)といって、また声を出してわらった。

 

「そういうものなんですかね」と、岡。

 

「男女のつきあいでも、二股(ふたまた)かけるって、

ばれた場合、やばいじゃん。

だまされたと思えば、くやしいし、傷(きず)つくし。

でも、それが、三股(さんまた)、四股(よまた)となれば、

ばれたときも、あきれちゃって、笑い話になっちゃうんじゃないかな?

たぶん、ユーモアになっちゃうのさ。たぶん。メールもそんなもんだよ」

 

矢野拓海(たくみ)が、真面目になって、そういうものだから、

岡と谷村将也(しょうや)は、目を合わせて、

「拓(たく)ちゃんのいうことは、ときどき、奇抜というか、独特というか。

まあ、拓ちゃんなら、五股(ごまた)くらい、経験ありそうだな」

と、谷村がいって、声を出してわらった。

 

「拓さんなら、七股(ななまた)くらいやれる気もしますけど」

と、岡もいう。

 

「おれの理想は、12股(また)さ」と矢野拓海(やのたくみ)。

 

「また(股)、またァ。12股(また)ですか!すげえ!

矢野さんは、なぜか、モテるからなあ」

 

岡がそういうと、3人でわらった。

 

MFCの幹事長の矢野拓海(やのたくみ)は、ピアノも

ギターもベースもドラムもヴォーカルでも、

かなりなレベル(程度)できた。

その器用さと、その独特のユーモアなどで、MFCの部員や、

OBの森川純たち、クラッシュビートのメンバーからも、

信頼があって、慕(した)われている。

特定の彼女はいないが、ガールフレンドはいっぱいいた。

 

矢野拓海(やのたくみ)は、たまたま、録画して、テレビで見た、

トム・ハルスがモーツァルトを演じる、映画のアマデウスに、

頭の中を撹拌(かくはん)、かき回(まわ)されるような、

感動と衝撃を受(う)けたのだった。

 

その映画では、モーツァルトが、ロックスターのように

描かれているものだからか、

矢野拓海は、モーツァルトのことを、

ロックやポップスの偉大なパイオニア(先駆者)かとも思った。

 

そして、モーツァルトの曲を、ユーチューブとかで、

聴(き)き込んでいくうちに、

流行(はやり)のポップスくらいにしか興味のなかった、

矢野拓海(やのたくみ)の音楽に対する価値観は

一変(いっぺん)していった。

 

モーツァルトのクラリネット協奏曲・イ長調・K.622、や

ピアノ協奏曲変ホ長調・K.271、などを、

ユーチューブで聴いた、矢野拓海は、

その自由で、自然で、愛に満(み)ちている、

その旋律、その音楽全体に、ふかい感動をおぼえた。

 

・・・1756年に生まれて、1791年に35歳で、

生涯(しょうがい)を閉(と)じた、モーツァルト。

そんな、200年以上も前に生まれた天才が、

おれに、いろいろと語(かた)りかけてくる・・・。

 

矢野拓海(やのたくみ)は、モーツァルトを聴きながら、

ぼんやりと、人生や芸術について、考えてみることが好きになっていた。

 

・・・へたなハード・ロックを聴くより、モーツァルトって、

セクシー(色っぽい)な感じ。きっと、脳内(のうない)を刺激してくるんだ。

むらむら、性欲がわきおこるというか、活力がわいてくるし。

モーツァルトの音楽は、すごい・・・。矢野拓海(やのたくみ)はそう思った。

 

「おだてんなって。なにもいいものは出ないよ。でもね、マジメな話。

サザン祭りってことで、純(じゅん)さんから、特別ライブを

やろうって、話が来たことで、サークルのみんなも、

俄然(がぜん)元気になって、目の輝きも違うし、よかったよ!」

 

そういって、MFCの幹事長の矢野拓海(やのたくみ)が、

ニコニコして岡と谷村、ふたりの肩をたたいた。

 

大学1年の岡は、MFCの会計を担当していた。

大学2年の谷村将也(たにむらしょうや)は、MFCの副幹事長だ。

 

公認サークルの設立には、会長としての、専任の教職員が1人と、

学生の責任者としての、幹事長、副幹事長、会計が、各1名、

必須条件(ひっすじょうけん)であった。

 

「森川純さんの会社は、どんどん大きくなっていて、

ライブハウスも、全国展開してるよね。

音楽ソフトの、モリカワ・ミュージックは、

新人アーチストの育成や発掘に力を入れているしね。

すごいよね。

このごろの、この就職難(しゅうしょくなん)、

おれの就職先なんかを考えると、

いざとなれば、頼(たよ)りになりそうで、なんとなく、

おれの未来も明るい感じになってくるんだけどさ!」

 

谷村将也(たにむらしょうや)が、大きな声で、そういった。

谷村は、MFCでも、1番か2番の、声量の持ち主だった。

 

その声の大きさに、まわりにいる、MFC(ミュージック・ファン・クラブ)

の、女の子や男子の部員たちが、いっせいにふりむく。

 

≪つづく≫ 



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11章 ミュージック・ファン・クラブ (3)

11章 ミュージック・ファン・クラブ (3)

 

どこか、いつも、内気(うちき)と大胆(だいたん)との、

アンバランスが目立つ、谷村は、

目を大きくして、片手で頭をかきながら、

ぺこっと頭もさげて、愛想(あいそ)わらいをふりまいた。

背の高い、谷村のそんな仕草(しぐさ)に、

女子の部員も、男子の部員も、くすくすと、あかるく笑った。

 

「そうですよね、谷村さん。おれらは、OB(卒業生)に、尊敬できる、

純さんや信也さんたちがいて、ラッキーですよね!」

と岡。

岡の、フォロー(補足)がうまいところは、みんなから好(す)かれた。

 

「岡ちゃん、おれたちは、なんで、純(じゅん)さんや信也(しんや)さん、

翔太(しょうた)さん、明(あきら)たちの、

クラッシュ・ビートのみんなを、尊敬して、信頼しているのかな?」

と幹事長の、3年生、矢野拓海(やのたくみ)。

 

「あまり、考えたことないっす、拓(たく)さん」と岡昇(おかのぼる)。

 

「クラッシュ・ビートって、みんな、ビートルズが好きで、ビートルズの

コピーばかり、熱心にしていたんだよ。大学1年から4年まで、ずーっと。

もう完璧(かんぺき)というくらいに、コピーしちゃってさ。

それをやってきたから、いまでは、プロとしてもやっていける実力の

バンドになっているんだよね。それって、コピーのおかげってもんで。

コピーって、大切だってことなんだよね。

サザンの桑田佳祐(くわたけいすけ)さんだって、

すごく、コピーとかで、練習したんだろうね。

じゃあないと、オリジナル(独創的)な作品も作れないんだと思うよ。

クラシックの天才、モーツァルトも、ほかの人の音楽の、

真似(まね)つーか、コピーというか、

模倣(もほう)というか、得意(とくい)だったらしいんだ。

やっぱり、模倣や、コピーこそが、

オリジナル(独創的)への道って、ことなのかなあ。

天才は、そんな、芸術創造の秘密を教えてくれている気がするよ。

クラッシュ・ビートも、おれにそんなことを教えてくれたんだよ」

 

と、矢野拓海(やのたくみ)が、言葉をとぎれとぎれにいうと、

「なるほど、さすが、拓ちゃんだ」と、副幹事長の

大学2年の谷村将也(たにむらしょうや)が、

「ほんと、すごいです、拓さん」と、大学1年、会計担当の

岡昇がいって、ふたりは、マジで感心した。

 

その話を、そばで聞きいている、

大学1年の森隼人(もりはやと)が、ちょっと早口に、

3人の会話に入り込むように、しゃべりだした。

 

「まったく、さすがですね、拓海(たくみ)さんの考え方は。

おれなんかも、女の子に、モテたいから、

音楽やっているって感じですよ。岡も、そんなもんだろ。

拓海(たくみ)さんのお話を聞いていると、

おれも、考え直(なお)さないといけない思えてきます」

 

「男なんて、ふつう、そんなもんだよ、森ちゃん」と岡がいった。

 

「みんな、女の子にモテたいのが、本心だよ。森ちゃん」

と谷村も、自己卑下(じこひげ)ぎみに語る、森を、かばった。

 

「やっぱり、そんなものでしょうか?

でも、それ聞いて、安心しました。

それにしても、拓海(たくみ)さんのお話はいつも深いですよね。

ぼくは、いつも勉強になりますよ。

さすが、僕らのサークルの幹事長ですよ。

理工学部の先輩としても、いつも尊敬しています」と、森隼人(もりはやと)。

 

「森ちゃんは、優秀だから、ぼくが、いろいろと、刺激を受けるくらいだよ」

と矢野拓海(やのたくみ)。

 

「拓さんに、褒(ほ)めていただけたようで、うれしいです。

拓(たく)さん、女の子とのつきあいって、むずかしいですよね。

ぼくには、どんなふうに、つきあったらいいのか、いまもわからないです。

男は女とつきあうことで、成長するとか、いいますけど、

たしかに、女の子には苦労しますよね、だから成長できるのかも」

といって、森隼人(もりはやと)は、

矢野拓海(やのたくみ)たちに、照(て)れるようにわらった。

 

≪つづく≫ 



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11章 ミュージック・ファン・クラブ (4)

11章 ミュージック・ファン・クラブ (4)

 

「それにしても、MFC(ミュージック・ファン・クラブ)には、

女の子がたくさんいますよね。

早瀬田(わせだ)の中の、かわいい子ばかりが、

集まっている気がします。

おれって、女の子には、いつも、奥手(おくて)なんですけど、

このサークルで、知り合った女の子たちで、

すてきだな思うのは、あのへんの子たち。

いつも笑顔がかわいい、児島(こじま)かおるさんとか。

長い髪がチャーミング(魅惑的)な、和田彩加(わださやか)さん。

あと、あそこの、ミニスカートが抜群、足のきれいな、

桜井(さくらい)あかねさん。

彼女のとなりにいる、おんなっぽい、森田麻由美(もりたまゆみ)さん。

あと、あそこにいる、

杉田由紀(すぎたゆき)さん、山下尚美(やましたなおみ)さん

男心をくすぐる、何かを持ってますよね、彼女たちはみんな・・・」

と、森隼人(もりはやと)は、好きなように、しゃべりまくった。

 

おいおい、そんなことまで、聞いてないって、森ちゃん。

と、岡は心のなかで思った。

 

矢野拓海(たくみ)も、谷村将也(たにむらしょうや)も、

おたがいに、顔を見合わせて、困ったように、わらった。

 

戸山(とやま)キャンパスの西隣(にしとなり)、

西早瀬田(にしわせだ)キャンパスの、理工学部で学んでいる、

森隼人(もりはやと)は、コンピュータやデジタル技術に詳(くわ)しく、

自分の部屋にあるデジタル機器を使って、

音楽の編集やアレンジ(編曲)をすることが好きであった。

そのうえ、森隼人(もりはやと)には、家柄のいいような、

気品もどことなくあって、容姿も整(ととの)っているから、

サークルの女子の部員にも、ほかの女子学生にも、人気があった。

 

森隼人(もりはやと)は、中田ヤスタカ、が好きだった。

パフューム(Perfume)や、きゃりーぱみゅぱみゅの歌の、

プロデューサー(製作責任者)の、中田ヤスタカは、

楽曲制作のほとんど、すべてを、

ソフトウェア音源で行(おこな)っていて、

森隼人(もりはやと)もそんな音楽制作に深く共感している。

 

「ところでさ、おれにはどうも、わからないんだけど。

あそこにいる、ふたり、大沢詩織(おおさわしおり)ちゃんと、

清原美樹(きよはらみき)ちゃんなんだけど。

最近、女の子たちだけ、4人で、ロックバンド組(く)みましたよね。

バンドの名前、グレイス・フォー(GRACE・4)っていって、

美女4人に、ふさわしい、いい名前だと、ぼくも思うけど。

グレイスって、優美とか、神の恵みとかですからね」

といって、森隼人(もりはやと)は、声を出してわらった。

 

森の話に聞き入っている、みんなは、それでどうしたの?

という、興味津々(きょうみしんしん)って顔をした。

 

「それって、なんか、おれには、信じられないんですよ。

だって、美樹ちゃんは、川口信也(かわぐちしんや)さん

と、つきあっていたんですよね。

でも、いまは、詩織(しおり)ちゃんが、

川口さんと、つきあっているっていうのが、事実ですよね。

ひとりの男性をめぐって、美樹ちゃん、詩織ちゃんは、

気まずくなっているんだろうな?と思ちゃうんですよ、ぼくなんか。

ところが、美樹ちゃんと詩織ちゃん、ふたりとも、

前より、親しくなっちゃって、仲(なか)いいじゃないですか!?」

 

理工学部1年、19歳の、森隼人(もりはやと)が、小声で、

同じく、理工学部3年で、21歳の、サークルの幹事長の矢野拓海(たくみ)、

商学部2年、20歳の、谷村将也(たにむらしょうや)、

商学部1年、19歳の、岡昇(おかのぼる)の3人に、

そんなふうに、問(と)いかけた。

 

≪つづく≫ 



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11章 ミュージック・ファン・クラブ (5)

11章 ミュージック・ファン・クラブ (5) 

 

「あ、それなら、こういうことなんです。

美樹ちゃんには、もともと、好きな彼氏がいました。

若手ピアニストとして、世間でも注目されている、

松下陽斗(まつしたはると)さんなんですけどね。

いまはその人と、うまく、いっているんです。

詩織ちゃんは、つい最近ですが、

川口さんと、うまく、いっているところなんです。

そこのところが、うまい具合に、

三角関係にもならずに、ぎりぎりでセーフ(安全)だったんです。

というわけで、美樹ちゃんと詩織ちゃんは、

川口信也(かわぐちしんや)をめぐって、

トラブルにはならなかったわけです。

人生って、運命のいたずらで、紙一重(かみひとえ)の差で、

うまくいったり、うまくいかなかったりで、おもしろかったり、

恐(おそ)ろしかったりですよね。

まあ、彼女たち、運命の女神にも見守られて、

いまは、とても仲がいいって、ところでしょうか。きっと」

 

岡昇(おかのぼる)は、そういって、

美樹ちゃんたちのことなら、おれに、まかしといてといいたげに、

得意げに、にほほえんだ。

 

岡の話し方が、巧(たく)みというか、おもしろいので、みんなはわらった。

 

「さあ、みなさん、そろそろ、4時です。

前期定例ライブとサザン祭りの、

練習を、楽しみましょう!」

 

腕時計を見て、立ち上がった、MFCの幹事長の

矢野拓海(やのたくみ)が、みんなにそういった。

 

「はーい」と、女子部員たちの、かわいい声があがった。

「よっしゃ」とか、男子部員の、ふとい声もあがった。

 

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員、全員ではないが、

男子28人、女子30人、あわせて58人は、

愛用のギターなどの楽器を、それぞれに持って、

この西棟(にしとう)の、B1F(地下1階)へむかった。

 

B1Fには、音楽公演用練習室、音楽用練習室、

いくつもの音楽用練習ブース、ピアノが10台、

それに、ドラムもあった。シャワー室も完備してある。

 

「岡くん、さっき、わたしたちのこと、

話していたでしょ。森隼人(もりはやと)くんたちと!」

 

B1F(地下1階)へむかう途中(とちゅう)、

そういって、岡昇に、清原美樹(きよはらみき)と、

大沢詩織(おおさわしおり)のふたりが、話しかけてきた。

 

「ああ、さっきね。勘(かん)がいいな。おふたりさん」

 

一瞬(いっしゅん)、ドキっとして、岡は、ふたりを見て、わらった。

 

「美樹ちゃんと詩織ちゃんが、姉妹のように、

仲がいいから、みんなで,やきもち焼いていたんだ」

 

「うそよ、岡くん。わたしたちって、変わってるよな、

くらいのこと、いっていたんじゃないの」と美樹。

 

「そうよね。まあ、いいけど。美樹ちゃんと、

わたしが、仲がいいのは、音楽とか芸術とかアートとかを、

なによりも、愛して、大切に思っているからなのよね!」

と詩織。

 

「俗な世間的なのことは、すべて超越するようにして。

わたしたちは、芸術的に、生きたいのよ。それも健康的にね。

そうそう、その必然性として、わたしたち、仲がいいんだよね」

と美樹。

 

「なーんだ、そういう必然性だったならば、おれも、

美樹ちゃん、詩織ちゃんと、仲よくできるね!」と岡がいう。

 

「いいわよ、岡ちゃんなら、仲よくしてあげるわ」と美樹。

 

「いいわよ、岡くん」と詩織。

 

岡と美樹と詩織は、目を合わせて、愉快(ゆかい)そうに、ほほえんで、

3人は、固(かた)い、握手をかわしあった。

 

≪つづく≫ 



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12章 ザ・グレイス・ガールズ (1) 

12章 ザ・グレイス・ガールズ (1)

 

6月29日、土曜日の午後の4時を過(す)ぎたころ。

 

肩にかかるくらいの長さの、つややかな黒い髪が、

きれいな、2年生の水島麻衣(みずしままい)は、

学生会館、西棟(にしとう)の、

地下1階の音楽用練習室(B102)のドアの前で、

ちょっと、深呼吸して、ふくよかな、胸の鼓動(こどう)を、

落ちつかせて、ドアを開(あ)けた。

 

早瀬田(わせだ)大学、文学部のある、

戸山キャンパスの隣(となり)に位置する、

この学生会館の、地下1階(B1F)には、

音楽公演用の練習室などが、いくつもある。

何台もの、ピアノや、ドラムも、おいてあった。

 

「こんにちは。みなさん!」と、水島麻衣が、挨拶(あいさつ)をした。

 

練習室の中では、グレイス・フォー(GRACE 4)のメンバーが、

ライブのための練習を始めていた。

 

早瀬田(わせだ)大学の音楽サークル、

ミュージック・ファン・クラブ(通称・MFC)の、

恒例(こうれい)の、前期・定例ライブが、7月26日にある。

 

OB(卒業生)の、森川純たち、クラッシュ・ビートとの

コラボ(共演)、下北沢のライブ・レストラン・ビートでの、

特別ライブの、サザンオールスターズ・祭(まつ)り、

は、8月24日(土)だった。

 

キーボード・担当(たんとう)の清原美樹(きよはらみき)、

ヴォーカルとギター・担当の大沢詩織(おおさわしおり )、

ベースギター・担当の平沢奈美(ひらさわなみ)、

ドラムス・担当の菊山香織(きくやまかおり)の、

4人は、4時から、バンド練習を始めていた。

その手を止(と)めて、ちょっと、照(て)れている様子(ようす)の、

水島麻衣(みずしままい)を、温(あたた)かな、

満面(まんめん)の笑(え)みで、迎(むか)えた。

 

「麻衣ちゃん、よく来てくれました。とても、うれしいわ。

わたしたち、あなたを、大歓迎(だいかんげい)なんですから。

わたしたちと、これから、ずーっと、いつまでも、

バンドを、楽しく、やってゆきましょうね!」

 

といいながら、すぐに、3年生の美樹が、2年生の麻衣の、

そばに寄(よ)った。

 

「わたしも、うれしいです。バンドに参加できることが。

みなさんと、楽しく、バンド活動がしてゆけることが・・・」

 

水島麻衣は、比較的大きめの、魅力的な瞳(ひとみ)を、

輝(かがや)かせた。

 

グレイス・フォー(GRACE 4)は、女の子、4人の、

ポップロック(ポップス系のロック)・バンドだった。

 

早瀬田(わせだ)大学の音楽サークル、

ミュージック・ファン・クラブ(通称・MFC)には、

2013年の6月で、男子30人、女子38人が

部員として登録されている。

 

サークルは、気分がのれば、バンドを組(く)んだり、

また新(あら)たな気分で、メンバーを集めてみたりという、

フリーバンド制で、常(つね)に、

10組くらいのバンドが、楽しく、音楽活動している。

 

なぜ、女子が、38人もいるのかとえば、

コーラスで歌うのが好きだという女の子、

ダンスが好きだという女の子、ひいきの応援が好きだからという女の子、

など、そんな女子の部員も多かったからであった。

なぜか、学内でも、きれいな女の子ばっかりが集まってきていた。

そのため、たまに、男子学生が、そんな女の子を、目当(めあ)てに、

入部を希望してくるので、困(こま)ることも、度々(たびたび)であった。

 

そこで、サークルの幹部の、幹事長、大学3年の矢野拓海(やのたくみ)と、

1年生の岡昇(おかのぼる)と、

2年生の谷村将也(たにむらしょうや)との3人は、

学生会館、東棟(ひがしとう)の11階にある、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の、部室の、

E1107に、3時間ほど、籠(こも)って、その打開策を、

頭を絞(しぼ)って、考え出したのであった。

 

≪つづく≫ 



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12章 ザ・グレイス・ガールズ (2) 

12章 ザ・グレイス・ガールズ (2) 

 

「まったく、最近の若い(やつ)奴は、女の子ばかりが、

目的なんだから、どうしようもないっていうか、

これじゃ、経済も、国政も、なにもかも、

堕落(だらく)して当たり前だよな!」

 

そんなふうに、矢野拓海(やのたくみ)が、憤(いきどお)る。

 

「まったくっすよ。おれだって、女の子は好きですけど。

ギターくらいの楽器くらいは、できますよ。ヘタですけど。

ひとつも楽器ができないで、コーラスやりたいですよ。

あと、ダンスやりたいとか。女の子じゃ、

それも、許(ゆる)せますけどね。

女の子なら、かわいいだけで、アートや絵になりますから。

男じゃ、それじゃあ、ダメというか、腹立(はらた)ってきますよね」

 

そういう、1年生の岡昇(おかのぼる)の話には、

3人で、大爆笑(だいばくしょう)となった。

 

「まあ、おれたちも、女の子にもてたいから、音楽やっているって、

いってもいいんだけどね。楽器が何もできないじゃね!

しかし、なんとかしないと。風紀(ふうき)も乱(みだ)れていけないな。」

 

そんなふうに、自省も忘(わす)れない矢野拓海(やのたくみ)ではあった。

 

「風紀も乱れるけど。いい年をした男が、女の子ばかりを追いかけるという、

なんというのかな、欲(よく)ボケの、慣習(かんしゅう)とでもいうのかな、

お前(まえ)、もっと、真剣に、向き合うものが、あるはずだろうが!って、

つい、いいたくなるつーか、おれも、偉(えら)そうにはいえないけど、

人生への目的意識とでもいうのかな、大きなビジョンや夢とでもいうのかな、

そんな、何か、本当な大切なものが、忘れ去られているようで、

生きてゆくうえでの、倫理とでもいうのか、何かを感じる力や感覚のようなものが、

麻痺(まひ)しているというか、欠如(けつじょ)しているよね!

最近の男たちは。女の子にもいえるかな?

まあ、たぶん、男女をふくめて、大人(おとな)たちは!

ろくに、なにも、考えていないものだから、結局、

自分だけの、目先の、ちっぽけな、欲望ばかりに、

追われっぱなしでいるような人ばかりな、気もする!

ちょっと、見てると、そんなオトナばかりな気がするよ・・・」

 

そういって、声の大きな、2年生の谷村将也(たにむらしょうや)が、机(つくえ)を、

思わず、どんと、ひとつ、たたいた。

 

「まったくだ。将(しょう)ちゃん、岡(おか)ちゃんの、いうとおりだよ!

おれはね、芸術の、アートの、音楽の、ミュージックの、

最後の牙城(がじょう)くらいに考えているんだよ。

牙城って、わかるだろう。 城中で主将のいる所というか、本丸というか、

本拠地(ほんきょち)や本陣(ほんじん)のことだよね。

これを守らないことには、国も、地球も、滅びると考えているんだよ!

そんな気持ちで、おれは、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の、

幹事長も引き受けているのさ」

 

「さすが、拓海(たくみ)さんだ」と、谷村。

 

「おれ、矢野さんの言葉に、感動して、泣きたくなりますよ」と、岡。

 

そんな、雑談をしながら、最低限、パーカッションのシンバル、くらいはできないと、

入部でいないという規則を、そこで、決めた。

そのようにして、女の子だけが、目当ての男子学生は、

「はい、残念ですが、失格です」とかいって、

いまも、ふるい落とすことに、成功している。

女子学生で、シンバルのテストで、落とされた女の子は、1人もいない。

 

≪つづく≫ 



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12章 ザ・グレイス・ガールズ (3) 

12章 ザ・グレイス・ガールズ (3) 

 

そんな幹部の活躍もあって、健全(けんぜん)を保(たも)っている、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の中でも、

女の子だけが、4人という、バンドは、現在はなかった。

ドラムができる女の子は、なかなか、いなかった。

そんなわけで、グレイス・フォー(GRACE 4)は、目立(めだ)った。

 

ドラムスの菊山香織(きくやまかおり)の場合は、

3つ年上(としうえ)の兄が、バンドで、ドラムをやっている。

その兄から、1から10まで、ほとんどを、習(なら)った。

 

サザンオールスターズ・祭(まつ)り、のための、

サザンのカバー、『私はピアノ』の練習をしているとき、

「やっぱり、もうひとり、ギターが欲(ほ)しいよね・・・」と、

メイン・ヴォーカルとギターやっている、

1年生の大沢詩織(おおさわしおり)がいい出した。

 

ふたつのパートの掛け持ち(かけもち)は、きついよね、と、

メンバーのみんなも認めて、ギターを探(さが)すことになった。

 

グレイス・フォー(GRACE 4)に誘(さそ)えそうな、

ギターが弾ける女の子は、MFCのなかに、3人ほどいた。

そのなかのひとり、水島麻衣を、メンバー全員が推(お)したのだった。

 

「わたしたちのバンドに入ってくれて、うれしいわ、本当(ほんとう)に、

麻衣ちゃん」

 

水島麻衣(みずしままい)と、同じ2年生の、

ドラムの菊山香織(きくやまかおり)が、

ドラムのスティックを、高く放(ほう)り投げて、

空中で回転させながら、そういって、ほほえんだ。

 

「これから、ずーっと、よろしく、お願いします。

わたしたちのバンド、結成して、まだ半年ほどですけど、

社会人になっても、ずーっと続けたいねって、

みんなでいっているですよ」

 

ヴォーカルとギターをやってきた、1年生の

大沢詩織(おおさわしおり )が、笑顔でそういった。

これからは、ヴォーカルをもっと、がんばれそう・・・と、詩織は思う。

 

「グレイス・フォー(GRACE 4)という、バンドの名前も、

麻衣(まい)さんの加入の、お祝(いわ)いも兼(か)ねて、

ザ・グレイス・ガールズ ( THE GRACE GIRLS )に

変えるんですよ。

GRACEという英語は、

上品で美しいこととか、優雅(ゆうが)とか、

恩寵(おんちょう)という意味がありますから、

優美(ゆうび)な少女たちとか、

神の恵(めぐ)みの少女たちという意味なんですものね。

すてきなバンド名で、わたしも気に入っているんです!」

 

はずんだ声で、ベースギター・担当の、1年生の、

平沢奈美(ひらさわなみ)が、

2年生の水島麻衣(みずしままい)に、そう話した。

 

「わたしも、すてきな名前だと思います。

わたしたちに、ピッタリじゃないでしょうか?!

ちょっと、いいすぎでしょうか。

でも、みなさん、バンド名にふさわしい、

すてきな人ばかりで・・・。

わたしも、ギターとか、はりきっちゃいます!」

 

「麻衣ちゃん、本当によろしく」といって、

清原美樹(きよはらみき)が、

水島麻衣(みずしままい)の手をかたく握(にぎ)った。

 

「美樹さん、みなさん、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

水島麻衣(みずしままい)の瞳が、うっすらと、潤(うる)んだ。

 

≪つづく≫ 



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13章 愛を信じて生きてゆく (I believe love and live) (1)

13章 愛を信じて生きてゆく (I believe love and live) (1) 

 

6月29日の土曜日、午後の4時30分ころ。

 

学生会館、西棟(にしとう)、地下1階、

音楽用練習室(B102)のドアを、

そーっと、恐(おそ)る恐(おそ)る、開けて、

ゆっくりと、覗(のぞ)きこむように、部屋の入ってきたのは、

早瀬田(わせだ)大学の商学部1年の、

19歳の岡昇(おかのぼる)だった。

 

「きゃあー!痴漢(ちかん)が来た!だれか助(たす)けてー!」

と、室内にいる女の子の誰かが、数人が、同じように叫んだ。

 

音楽用練習室(B102)の中は、大爆笑(だいばくしょう)となった。

 

室内では、ザ・グレイス・ガールズ (the grace girls)が、

バンドの練習を始めていた。

 

「まったく。岡くんは、わらわせてくれるわね!

お腹(なか)が痛(いた)いわ」

と、ドラムのスティックを両手に、

2年生で20歳(はたち)の、菊山香織がいって、またわらう。

 

「岡くんって、お笑い芸人の世界でもやっていけるよね!」

 

そういうのは、ベース・ギターを、赤い皮のストラップで、

肩から掛(か)けている、1年生、19歳の

平沢奈美(ひらさわなみ)だった。

 

アップル・レッドという、紅(あか)いリンゴのような色の、

フェンダー・ジャパンのジャズ・ベース・ギターで、

重量は、3.8kg、軽い、女の子向けだった。

 

音楽用練習室(B102)の中は、

気心(きごころ)の知れた仲間だけの、

ゆったりした気分(きぶん)、楽しい雰囲気(ふんいき)であった。

 

岡昇(おかのぼる)が来るまでの、わずかな時間、

サザンオールスターズ・祭(まつ)りのための、

サザンのカバー、『私はピアノ』を始めていた。

 

「みなさ~ん、本日から、イケメンの岡昇(おかのぼる)くんが、

パーカッションと、コーラスで、参加してくれま~す。

盛大な拍手でもって、歓迎のご挨拶といたしましょう!」

 

声を大きくして、清原美樹がそういった。

 

みんなは、「よろしくお願いします」といって、拍手をした。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします!あの、もしよろしかったら、

アコースティック・ギターも、やらせていただければと思います」

 

岡はそういって、ギターの入った、青いギグバッグを、肩からおろした。

ギブソンのアコースティック・ギター (Jー160E)だった。

 

「サザンオールスターズでは、愛称・毛ガニさんの、

野沢秀行(のざわひでゆき)さんが、パーカッションと、コーラスですものね。

岡くんみたいな、センスのいい人がいたらなあって思ってたのよ。

いいわよ、岡くんが、ギターをやりたいのなら、それもいいわよ!」

 

と、やさしく、微笑(ほほえ)みながら話(はな)す、

3年生の清原美樹(きよはらみき)は、

バンドのリーダ的な立場に、自然となっている。

 

「やったー!だから、おれ、みなさんが好きなんですよ!」

 

岡はそういって、無邪気(むじゃき)な子どものような、

笑顔(えがお)になった。

 

「それじゃあ、始めましょう。この『私はピアノ』は、

シンコペーションといいまして・・・、

リズムの変化のことなんですけど・・・。

基本的に、8ビートですけど、

強拍と弱拍の位置、拍(はく)のオモテやウラが、

入れ替わって、変化するから、

そのリズムの変化に注意しましょうね。

南米(なんべい)の、

ブラジルなどが発祥(はっしょう)の、

サンバから、発展(はってん)した、ボサノヴァみたいな、

日本人ばなれしている名曲ですから、

シンコペーションが独特なんでしょうね。

みなさんの、センスの良さがあれば、だいじょうぶですけど」

 

キーボード・担当の清原美樹(きよはらみき)が、

みんなに、そういって、わらった。

 

みんなも、「はーい」とか、いって、わらった。

 

「あと、コーラスは全員でやりましょう。

中間の、おいらを嫌(きら)いに、なったとちゃう?!

の、かけあいのセリフなんですけど、

二組(ふたくみ)に分(わ)かれるんだけど、

それは、あとで決めましょう。

もちろん、岡くんは、

桑田佳祐(くわたけいすけ)さんのパートね!

岡くん、がんばってね、パーカッションで、

楽しい音とか、たくさん入れてね!」

といって、美樹はわらった。

 

「はーい」と岡。

 

「はーい」 「はーい」と

みんなも、わらいながら、美樹に返事(へんじ)した。

 

≪つづく≫ 



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13章 愛を信じて生きてゆく (I believe love and live) (2)

13章 愛を信じて生きてゆく (I believe love and live) (2) 

 

美樹は、『私はピアノ』のイントロを、

原曲に忠実に、アップライト・ピアノで、演奏をする。

 

美樹は、伴奏だけになりがちな、左手でも、

メロディを弾(ひ)けた。

右手と左手で、音色(ねいろ)も豊(ゆた)かで、

重厚、軽快、流れるような、ピアノ・ソロを、奏(かな)でた。

 

大沢詩織(おおさわしおり)の、ヴォーカルは、

原曲の、高田みづえ、原由子(はらゆうこ)のように、

女性らしい、優(やさ)しい情感のあふれる、

高音に伸(の)びのある、透明感のある、歌声だった。

 

平沢奈美(ひらさわなみ)のベース・ギターは、

ピックを使う奏法だったが、男でも難(むず)しい、

スラップが得意だ。

 

スラップとは、slap=ひっぱたく、という英語からきていた。

親指と人差し指などで、弦を引(ひ)っぱたり、

ハジいたりするベース奏法で、ベースのソロでは、

大活躍となる。平沢奈美の得意な奏法だった。

以前、スラップは、チョッパーともいわれていた。

 

そんなスラップやミュート(消音)のテクニックが、

優(すぐ)れている、平沢奈美(ひらさわなみ)は、

ドラム、ギター、キーボード、ヴォーカルと、

しっかしとした、コンビネーション(調和)を保(たも)てた。

 

16ビートが、特に好きな、平沢奈美のそんなベースプレイには、

リズムや音色(ねいろ)に、深(ふか)い、グルーヴ感があった。

 

ドラムス・担当の菊山香織(きくやまかおり)の演奏は、

リズムをキープするという点で、メンバーの信頼も厚(あつ)かった。

 

無駄(むだ)な力(ちから)を、極限まで省(はぶ)いた、フォーム(姿勢)や

テクニック(技術)から生み出される、

女性らしい、華麗(かれい)な、ドラミングだった。

日常から、菊山は、モデルのように、姿勢が、抜群によかった。

 

体の疲労回復と柔軟性を保つための、

細心(さいしん)のストレッチ体操を、欠(か)かしたことはない。

 

バンドに、新しく加入したばかりの、水島麻衣(みずしままい)は、

まだ慣(な)れないはずの、楽曲(がっきょく)でも、

ギターソロとかを、8ビートでも16ビートでも、

リズムの狂(くる)いもなく、ゆたかな音色(ねいろ)で、

流麗(りゅうれい)に、弾(ひ)きこなした。

 

水島の愛用のギターは、真紅(しんく)の、

フェンダー・ジャパン・ムスタング(MG69)で、

重量が、3.34 kgで、比較的軽(かる)く、女の子向けであった。

 

そんな水島麻衣(みずしままい)の確実な演奏に、

バンドのメンバーは「スゴすぎ!」とかいって、

わらいながら、歓声(かんせい)を上(あ)げた。

 

パーカッションの経験の豊富な、岡昇(おかのぼる)は、

西アフリカが発祥(はっしょう)の太鼓(たいこ)の、

ジャンベを、バチを使わずに、素手(すで)で、

叩(たた)いたり、

小さな玉の入った、マラカス(maracas)で、

シャッ、シャッ、シャッ、と音を出したり、

ラテン音楽で、

よく使われる打楽器の、

ギロで、その外側の刻(きざ)みを、

棒(ぼう)でこすって、

ジッパーを開けるときの音に似た、

その何百倍のような、音を出したり、

タンバリンまで、

ジャラ、ジャラと、

鳴(な)らして、大活躍である。

 

その岡の、名演奏、熱演(ねつえん)に、

みんなの笑顔や、小さなわらい声も、たえなかった。

 

そんな、楽しい、息((いき)も合(あ)った、

サザンのカバー、『私はピアノ』の練習を終えたあと、

メンバーたちは、雑談(ざつだん)に、花が咲いた。

 

「この前、岡くんに誘(さそ)われて、森隼人(もりはやと)くんの

家(うち)に遊びに行ったんですよ。

ねえ、岡くん」

 

ベース・ギター・担当の、1年生の、平沢奈美(ひらさわなみ)は、

ソフト・ドリンクを飲みながら、そういって、岡を見た。

 

「うん、森くんが、奈美ちゃん、連(つ)れて、

遊びに来いっていうから・・・」

といって、岡は白い歯を見せてわらった

 

「岡くんから聞いていたんですけど、すごい大きな家で、

隼人(はやと)くんの部屋も、広いし、

パソコンや音楽関係の機器とかが、たくさんあって、

まるで、ミュージシャンのスタジオみたいな装備だったんです

ねえ、岡くん」

 

「うん」

 

「森隼人(もりはやと)くんって、理工学部の1年生なんでしょう。

3年生で、幹事長の、矢野拓海(やのたくみ)さんが、

理工学部だから、拓海さんの後輩なのよね。

頭がいいらしいわよね。音楽の編集とか、アレンジ(編曲)も、

自分の部屋のデジタル機器で、簡単にできるらしいし」

 

清原美樹が、平沢奈美のその話(はなし)に、そう、つけたした。

 

≪つづく≫ 



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13章 愛を信じて生きてゆく (I believe love and live) (3)

13章 愛を信じて生きてゆく (I believe love and live) (3) 

 

「でもね、奈美ちゃんも、注意したほうがいいわよ!

その森隼人(もりはやと)くんって、あっち、こっちの、

女の子と、つきあっているって、評判(ひょうばん)じゃない!」

 

ドラムの菊山香織(きくやまかおり)が、そういった。

 

「森くんは、プレイボーイ・タイプって、ことかしら。

最近の学生にしたら、珍(めずら)しいほうよね。

女の子には、奥手(おくて)な、恋愛にも

積極的になれない男の子も多いとわれてるもんね」

 

そんなことをいったのは、メイン・ヴォーカルの大沢詩織だった。

 

「でもさ、悪いことをして、女の子をだますとかじゃないなら、

森くんの、武勇伝(ぶゆうでん)ってことで、

たくさんの女の子を、楽しませていますって、

ことだけなら、特に問題ないんじゃないのかな?

そいうのって、まわりの、妬(ねた)みや、

羨(うらや)み、僻(ひが)みとかから、

うわさするってこともあるしね、よく考えれば・・・」

 

ギターの担当の、水島麻衣(みずしままい)が、

そういって、森隼人を、ちょっとだけ、かばった。

 

「そうよね。それって、嫉妬(しっと)っていう感情かしら。

ジェラシーよね。そんな気持ちなんか、

歌の世界だけで、たくさんよね。

湿(しめ)っぽくって、いやよね!」

 

そういって、菊山香織(きくやまかおり)は、声を出してわらった。

 

「おれも、嫉妬(しっと)やジェラシーって、

男らしくないから、森くんのことは、

なにも、気にしてないです」と、岡。

 

「岡ちゃん、すてきよ!男らしいわ」と、平沢奈美(ひらさわなみ)

 

ほかのメンバーも、みんな、

「ジェラシーなんて、いやだわ、わたしも!」

「ジェラシーも、ちょっとじゃ、かわいい気もするけど!」

とかいって、わらった。

 

そんな雑談で、休憩したあと、7月26日に、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の、

前期・定例ライブで演奏する歌、

『愛を信じて生きてゆく』(I believe love and live)

の練習を始める、みんなだった。

 

その歌は、ヴォーカル・担当の、1年生、大沢詩織(おおさわしおり )が、

作詞・作曲をした。

 

その歌は、タイトルの深刻(しんこく)さとは、

相反(あいはん)するかのように、16ビートの、

乗(の)りのいい、軽快な、アップテンポな曲だった。

 

16ビートとは、「いち」と数えるときの、1拍の中に、

音が4つあるということになる。

1小節内に、16分音符が16個、連続するというわけだ。

 

ギターの場合でいえば、1小節内に、ダウンとアップで、

1セットとして、8セット、そのストロークが、連続することになる。

 

つまり、そんなギターを弾きながら、歌うというのは、

ちょっと、きついものがあった。

 

そんなギターと、ヴォーカルの、2つを、

大沢詩織(おおさわしおり )は、やってきた。

しかし、これからは、水島麻衣(みずしままい)に、

ギターを任(まか)せられるので、大沢はヴォーカルに専念できる。

 

「詩織ちゃん、才能あるじゃん!

詩も、曲も、いいと思うよ」と岡。

 

「いつも本当のことしかいえない、

岡くんに認められるなんて、自信わいちゃうな!

とても光栄だわ」

と、大沢詩織(おおさわしおり )。

 

みんなは、わらった。

 

歌詞はこんな内容であった。

---

愛を信じて生きてゆく (I believe love and live)

 

作詞・作曲 大沢詩織

 

叶(かな)わない 恋の 切(せつ)なさに

人目(ひとめ)を 引(ひ)くような おしゃれして

にぎやかな街(まち) 彷徨(さまよ)い 歩(ある)いたの

 

空は 青(あお)く 晴れわたっていたわ 憎(にく)いほど

でも わたしの 心の中は 灰色の雲でいっぱいだったの

どこか 捨てられた 迷子の子犬みたいだった わたし

 

やさしく 声をかけてくれる 人たちも たくさんいたわ

でも 探(さが)しているものは 何か 違うんだよ

何かを 壊(こわ)してしまったようで 怖(こわ)かったの

 

街(まち)の遠(とお)くの 河原(かわら)の風が 気持ちがよかった

吹(ふ)きわたる風は わたしには とても やさしかったの

やさしい風は わたしを いつまでも やさしく 守ってくれていた 

 

いつも 何(なに)かに 怯(おび)えていた わたし

愛の 不思議な力(ちから)を 教えてくれた あなた

恋する 乙女(おとめ)のように 胸は 震(ふる)えていたの

 

この世界に 信じられるものがあるとしたら 何かしら?

きっと 大切なのは 信じられるのは 愛 なのね! 

だから わたし 愛を 信じて 生きてゆくわ いつまでも

 

I believe love and live

(愛を 信じて 生きてゆく)

I believe love and live

(愛を 信じて 生きてゆく)

 

≪つづく≫ 



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14章 美樹と詩織のテネシー・ワルツ (1)

14章 美樹と詩織のテネシー・ワルツ(1)

 

物語は、遡(さかのぼ)ること、

6月10日の月曜日の正午(しょうご)ころ。

 

早瀬田(わせだ)大学の戸山キャンパスの、

戸山カフェテリア、通称(つうしょう)、文(ぶん)カフェ、で、

清原美樹(きよはらみき)と、美樹の親友の小川真央、

美樹のバンド仲間の、菊山香織(きくやまかおり)の3人は、

白い四角のテーブルに、ついていた。

 

美樹たちの音楽サークルの部室もある、

学生会館から、東(ひがし)に、100メートルくらいの、

38号館、1階にある、戸山カフェテリアは、

おしゃれな雰囲気(ふんいき)で、

活気のある、学生たちにあふれていた。

 

その店の、入り口前の、スペース(空間)は、

高い天井(てんじょう)までが、

四角い、大きな白い窓枠(まどわく)の、

ガラス張(ば)りになっている。

ほどよい、明るい日が、差(さ)しこんでいた。

 

休憩(きゅうけい)するのには、のびのび、ゆったりとできる、

まさに、開放的な空間であった。

 

「あと、5分くらいで、奈美ちゃんが、詩織ちゃんを連れてくるわよ」

 

大学2年の、菊山香織は、ケータイで、

大学1年の平沢奈美と、話し終(おわ)ると、

微笑(ほほえ)みながら、そういった。

 

清原美樹と小川真央も、笑顔(えがお)になった。

 

詩織とは、1年生の大沢詩織のことで、

エレキ・ギターも、歌も、上手(じょうず)で、

作詞作曲もするという、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)でも、話題の女の子だった。

 

「よかった、詩織ちゃんが、ここに、来てくれるということは、

もう、わたしたちのバンドに入ってくれるっていうことよね」

 

そういうと、美樹の瞳は、輝(かがや)いた。

 

「わたしの、素直な感想をいえば、

キーボードの美樹ちゃんでしょう、

ドラムスの香織ちゃんでしょう、

ベースの奈美ちゃんでしょう。

いまの3人は、かなりな、ハイ・レベルな、

メンバーだと思うわ。

ここだけの話だけど、

いまの、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の中でも、

指折りの実力のある、バンドが誕生すると信じているの。

それも、女の子だけのバンドでしょう。

みんなも注目よね。

そんなこと、詩織ちゃんもわかっているはずだから、

きっと、そんな女の子だけのバンドっていいなと、

以前から、考えたことがあるはずだわ。

そのきっかけが、つかめないだけで」

 

そういって、学生とは思えない、オトナっぽい色っぽさで、

いたずらっぽく、小川真央(おがわまお)は、わらった。

 

真央は、美樹と同じ、下北沢に住んでいる、

幼馴染(おさななじ)みだった。

 

美樹と真央は、小学校、中学校は同じで、

高校は違っていたが、

また、大学では同じという、かけがえのない、

無二(むに)の親友であった。

 

真央は、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員だった。

 

「ダンスやカラオケくらいは大好きだけど、

本格的な音楽活動となると、どうも~?」

 

といった感じで、美樹の強引な誘(さそ)いが、3度もあっても、

断(ことわ)り続(つづ)けていた。

 

しかし、4度目に誘(さそ)われて、真央も部員になったのだった。

 

いまでは、真央も、ギターの弾き語りくらいはできるようになっている。

真央は、声量はそれほどないが、色っぽい美声(びせい)をしている。

 

≪つづく≫ 



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14章 美樹と詩織のテネシー・ワルツ (2)

14章 美樹と詩織のテネシー・ワルツ (2)

 

「真央ちゃん、うれしいわ。励(はげ)ましてくれてるのね」

 

といって、真央の話を、素直に受けとめる、美樹だった。

 

うふふっ・・・。

3人は、微笑(ほほえ)みあいながら、ソフトドリンクの、

はちみつレモンの、カラフルなストローに、口(くち)をつけた。

 

この、38号館の、1階にある、戸山カフェテリアは、

アラカルト方式で、客が自由に選んで、注文できる、

1品料理の学生食堂であった。

 

それぞれの料理は、ボリューム(分量)や栄養バランスが、

よく考えられていて、評判(ひょうばん)もなかなかだった。

 

おすすめ企画や、定番メニュー、サラダバーなどから、

好きなメニューを選んで、食べることができる。

 

主(おも)なメニューは、麺(めん)、パスタ、丼(どん)もの各種、

お惣菜(そうざい)、

サラダバー、ケーキ、お菓子、ドーナツ類、ドリンクなど。

 

スペインでは、朝食の定番といわれる、

油(あぶら)で揚(あ)げた、甘(あま)くて、おいしい、

焼きチュロスも、人気であった。

 

イギリス的な、喫茶・習慣(きっさしゅうかん)、

アフタヌーン・ティーのために、といった感じの

おしゃれなケーキ・スタンドが、人目(ひとめ)を引く。

 

定価210円の、ゴマと豆乳のモンブランとかの、

おいしそうなケーキがたくさん、陳列(ちんれつ)されている。

 

「美樹ちゃん、さあ。ちょっと、気になるんだけど、

詩織ちゃんのことで。

彼女、信(しん)ちゃんと、おつきあいを始めたらしいわよね」

 

そういって、少し、心配そうな表情(ひょうじょう)で、

真央は、美樹の様子(ようす)を、窺(うかが)った。

 

「うん、そう、みたいね」

と、美樹は、全然(ぜんぜん)平気な様子だ。

 

「つい、この前の、土曜日に、詩織ちゃんと、信(しん)ちゃん、

それと、岡(おか)くんの、3人で、

フレンチ・レストランや、ライブ・レストラン・ビートに

行ったんですってね。

そのライブ、松下陽斗(まつしたはると)さんと、

白石愛美(しらいしまなみ)さんとのコラボだったでしょう!

わたしは、美樹ちゃんに誘(さそ)われたけど、

用事があっていけなかったけど。

行きたかったなあ!」

 

「詩織ちゃんと、信(しん)ちゃんのことなら、

わたしは、おふたりが、うまくいくことを祈(いの)っているわ。

わたしには、いまは、

松下陽斗さん(まつしたはると)がいるんだもの。

信(しん)ちゃんとは、

わたしも、おつきあいさせていただいていたけど、

ふたりだけで、会って、

はっきりと、いつまでも、お友だちでいてくださいって、

お話ししたんだもの。わたし、つい、泣いちゃったけどね」

 

「やあー、みなさん、おまたせしました!」

 

と、ふいに、元気な明るい、男の声が聞こえた。

 

いつもの、憎(にく)めない笑顔の、

大学1年の、岡昇(おかのぼる)、

同じく、1年の、平沢奈美と、

1年の、大沢詩織の、3人が立っていた。

 

「あれー?岡くんも、いっしょだったの?

あなたって、ほんと、意外性のある、おもしろい人ね!

 

ちょっと、あきれたような顔をして、岡を見ると、

菊山香織(きくやまかおり)が、かわいい、笑顔で、そういった。

 

「詩織ちゃん、来てくれて、ほんとに、ありがとう。

どうぞ、ここに、お座(すわ)りください」

 

そういって、美樹は自分の隣(となり)の椅子(いす)を、

大沢詩織に勧(すす)めた。

 

「はーい」と、大沢詩織は、少し恐縮(きょうしゅく)しながらも、

満面(まんめん)の、輝(かがや)くような笑(え)みで、

美樹のとなりに着席(ちゃくせき)した。

 

≪つづく≫ 



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14章 美樹と詩織のテネシー・ワルツ (3)

14章 美樹と詩織のテネシー・ワルツ (3)

 

「わたしね、詩織ちゃんが、この女の子だけのバンドに、

参加してくれたなら、バンド名を、グレイス・フォー

(GRACE・4)って、いいかなって、考えているのよ。

詩織ちゃん、抜群(ばつぐん)にかわいいし」

と、親(した)しげに、美樹は、話す。

 

「そんなことないですよ。わたしより、美樹さんのほうが、

すてきです。香織さんも、すてきですし、奈美ちゃんも、

わたしなんかより、かわいいですよ」

といって、詩織は、照(て)れた。

 

「じゃあ、わたしたち、みんな、かわいいってことにしましょう。

グレイスって、優雅とか、神の恵みとかの意味ですから、

優美(ゆうび)な、4人っていう、バンド名なんです・・・」

 

美樹は、詩織に、気持ちをこめて、そういった。

 

「すてきなバンド名だと思います!

ぜひ、仲間に入れてください。

美樹さん、香織さん、奈美さん、真央さん、岡くん」

 

大沢詩織は、みんなに、ていねいな、お辞儀(じぎ)をした。

 

「詩織ちゃん、ありがとう。感謝(かんしゃ)するのは、

わたしたちのほうよ。これからは、ずーっと、いつまでも、

よろしくお願いしますね。

あ~、よかったわ、詩織ちゃんが、バンドに入ってくれて!」

 

よほど、相性も、良いのだろう、

みんなも驚(おどろ)くほど、

親友のように、なってゆく、美樹と詩織であった。

 

「でもさあ、岡くんてさあ、なんで、いつも、詩織ちゃんと、

一緒(いっしょ)なことが多いのかしら?」

 

菊山香織が、岡に、そう聞いた。

 

「それはですね。詩織ちゃんとは、お話ししていて、

楽しいからです」

 

といって、ちょっと、口(くち)ごもって、いうのをためらう、

岡昇(おかのぼる)であった。

 

「はあ、岡くん、それって、詩織ちゃんのことが・・・」

 

そういって、菊山香織も、言葉を止(と)める。

 

詩織ちゃんには、何かと、癒(いや)されるんですよ。

そっれで、知らず知らずのうちに、

詩織さんと親しくなってゆくんですよ」

 

なぜか、岡は、そういって、顔を紅(あか)らめた。

 

「なーんだ、それって、岡くん、詩織ちゃんのことが、

好きだってことじゃないの!?」と香織。

 

「ピンポーン!正解です。けど、これは、

おれの叶(かな)わない恋だったということなんです」

 

と、岡は、気持ちを切り替(か)えたように、声を大きくした。

 

「おれ、詩織ちゃんに、おれの気持ちを、

告(こく)ったのですけど。

見事(みご)に、フラれちゃったのです。

逆(ぎゃく)に、わたしのこと、ほんとに、好きならば、

わたしに、川口信也さんを紹介してくれないかな?

って、詩織ちゃんには、頼(たの)まれちゃいました。

それで、おれは、愛のキューピットの役(やく)を、

引き受けたんですけどね。

詩織ちゃん、信也さんと、うまくいっているようですし、

おれとしては、つらいところもあるんでしょうけど、

これって、しょうがないことですよね!」

 

そういって、岡は、みんなに同意を求めるから、

みんなは、うんうん、と、うなずいたりする。

 

だから、おれは、男らしく、身を引きながら、

詩織ちゃんのしあわせを、

いまも、願っているわけなんですよ」

 

岡は、うつむき加減に、言葉を確かめるようにして、

そんな話(はなし)を、締(し)めくくった。

 

「岡くん、偉(えら)いわ。男らしいわよ」

 

菊山香織は、隣にいる岡の左肩を、

励(はげ)ましをこめて、軽く、さすった。

 

「岡くんは、立派だと思うわ」と、美樹もいう。

 

「岡くんは、いまに、詩織ちゃんみたいな、

かわいい彼女が、絶対に現(あらわ)れるわよ!」

 

岡と、同じ1年の、ベースギターの、平沢奈美も、

そういって、励(はげ)ました。

 

≪つづく≫ 



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14章 美樹と詩織のテネシー・ワルツ (4)

14章 美樹と詩織のテネシー・ワルツ (4)

 

「いろいろなことがあるものよね、人生には。

特に、男女関係になると・・・。

詩織ちゃんも、岡くんとも、いつまでも、

仲(なか)よくしてあっげてね!

ところで・・・、

詩織ちゃんの、好きな、ミュージシャンや歌とかがあれば、

少し、そんなお話を、お聞きしたいなあ」

 

と美樹は、いって、うまく、話題を変えようとした。

 

「はーい、美樹さん。なんでも、聞いてくださいね。

わたしは、どうも、アメリカのカントリー系の、

ミュージシャンが好きなようなんです。

AKB48やNMB48なんかも、けっこう、好きなんですけどね。

カーリー・レイ・ジェプセンや、

テイラー・スウィフトのような、

シンガー・ソング・ライターになれてらいいなって思ったりします。

あと好きな、ミュージシャンは、ノラ・ジョーンズかな。

特に、彼女の歌う、テネシー・ワルツには、

何とも、いい表(あらわ)せないような、魅力(みりょく)を感じます」

 

「あら、そうなんだ。わたしも、ノラ・ジョーンズの、

テネシー・ワルツが大好きなのよ。

彼女の歌って、なんというのかしら、

デジタル音楽では表現できないような、

人間らしい、温(あたた)かみとでもいうのかしら、

そんな良さがあって、

何か、そんな不思議な魅力で、人の心に届(とど)くのよね。

失恋(しつれん)ソングでもあるのに、

テネシー州の州歌のひとつになっているんだから、

いい歌って、生命力があるのかしら、不思議ね!」

 

「そうなんですよね!あの、ちょっと、スローで、流れるような、

3拍子がいいいですよね」と詩織。

 

「I remember the night っていう、サビのあたりの、

コード進行っていうのかしら、

何度、聴(き)いても、飽(あ)きないし、感動するのよね。

もし、お時間がみんなにあるんでしたら、

いまからでも、学生会館で、

テネシー・ワルツを、やってみたいわよね?!」と美樹。

 

「ええ、よろこんで。わたし、きょうは、時間があります」

と詩織。

 

「じゃあ、学生会館に行って、テネシー・ワルツやりましょう。

楽器はそろっているし。

ぼくは、パーカッションでも、ブルース・ハープでも、

ギターでも、何でもやりますから」

 

そんなこといって、岡も、元気でノリノリだった。

 

「じゃあ、岡には、ギターやりながら、

パーカッションやってもらって、間奏に、

しぶい、ブルース・ハープを吹(ふ)いてもらえるかな?」

美樹。

 

「マジっすか?!」と、本気で、あせる、岡昇だった。

 

そんな、真(ま)に受ける、岡に、

みんなは、声を出してわらった。

 

「わたし、ユーチューブで公開されている、

ノラ・ジョーンズと、ボニー・レイットのような、

テネシー・ワルツを、

わたし、やってみたかったんです」

 

わらいがおさまると、大沢詩織がいった。

 

その動画は、ノラ・ジョーンズと、ロック・ギタリスト、

シンガーの、ボニー・レイットとで、

テネシー・ワルツを歌った、コラボ(共演)であった。

 

「あの動画ね。わたしも、お気に入りに入れている」

と、菊山香織(きくやまかおり)。

 

「ノラ・ジョーンズって、テネシー・ワルツを聴きながら、

育ったって、NHKのSONGS(ソングス)で、語ってた」

と、平沢奈美。

 

「それじゃあ、大沢詩織さんの、バンド加入の、

お祝いということで、みんなで、テネシー・ワルツを、

演奏(えんそう)したりして、楽しむことにしましょう!」

 

と、美樹がいうと、みんなは、

「賛成(さんせい)!」とかいって、笑顔になった。

 

---

 

テネシー・ワルツ ( Tennessee Waltz )

 

テネシー・ワルツを、きいて、恋人と踊(おど)っていたら、

むかしの、女友達に、偶然(ぐうぜん)に、会った。

 

その友だちを、わたしの恋人に紹介したら、

その二人は、踊(おど)りはじめたの。

 

そのうち、友だちは、恋人を、私から、奪(うば)っていった・・・。

 

そんな、あの夜と、そんなテネシー・ワルツが、忘れられない。

 

本当に、大切なひとを、失(うしな)ってしまった・・・。

 

大好きな、恋人を失った夜、聴こえていたのは、

美しい、テネシー・ワルツだった・・・。

 

≪つづく≫ 



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15章 カフェ・ド・フローラ (1)

15章 カフェ・ド・フローラ (1)

 

まだまだ、暑い日が続(つづ)く、

7月27日の土曜日であった。

 

時刻(じこく)は正午(しょうご)ころ。

 

新宿駅・東口(ひがしぐち)近くに、

カフェ・ド・フローラ(Cafe de Flora)という名前の、

総席数、170席の、カフェ・バーがある。

 

その店に、早瀬田(わせだ)大学の、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の学生と、

OB(先輩)の、クラッシュ・ビート(Crash・Beat)の、

森川純や川口信也たちが、集まっている。

 

きのうの、7月26日、金曜日に、午前11時のスタートで、

MFC、恒例(こうれい)の前期・定例ライブが、

ライブ・レストラン・ビート(通称・LRB)で行(おこな)われた。

 

そのライブハウスは、森川純たちの勤(つと)める、

株式会社・モリカワが全国展開している、

その中のひとつ、高田馬場店(たかだのばばてん)だった。

 

LRB・高田馬場店は、高田馬場駅から、徒歩(とほ)で、

3分くらいの場所であった。

 

高田馬場駅は、東京都新宿区高田馬場1丁目にあり、

JR東日本の山手線・西武鉄道・東京地下鉄(東京メトロ)の駅である。

 

その駅前は、早瀬田(わせだ)大学に通(つう)じる早瀬田通りである。

早瀬田通り沿いは、学生向けの飲食店や、

古本屋などが多く立地する、学生の街であった。

 

昨日(さくじつ)、森川純が、MFCの前期・定例ライブの開催中に、

MFCの部員の全員を、カフェ・ド・フローラに、招待したのであった。

 

森川純たち、クラッシュ・ビートも、定例ライブで、

オリジナルの新曲『あなたなしではどうしてよいかわからない』

や、ビートルズを数曲、演奏した。

 

結成したばかりの、ザ・グレイス・ガールズも、

テネシー・ワルツや、オリジナルの『愛を信じて生きてゆく

(I believe love and live)』などを演奏した。

 

ほかの部員たちの、ロック、ジャズ、ソウル、ファンクなどの、

臨時のバンドの、セッション(session)があったり、

メンバーも決まって、固定している、バンドの演奏などで、

熱気にあふれたまま、前期・定例ライブは盛りあがった。

 

そのライブの、無事(ぶじ)の終了(しゅうりょう)を祝(いわ)う、

宴(うたげ)ともいえる、

打ち上げ(うちあげ)が、カフェ・ド・フローラで、

始まっているところであった。

 

カフェ・ド・フローラは、

料理店と喫茶店とバーを複合させたような、総合飲食店であった。

株式会社・モリカワが、

2013年1月に、オープンさせた店だった。

今年中には、新宿西口店もオープンさせる計画をしている。

 

オープンと同時に、店は、女性に、圧倒的な支持を受けていた。

そして、女性が集まる店として、男性にも人気がある。

 

店の名前の「フローラ」には、

ローマ神話の中の、花と豊穣(ほうじょう)と、春の女神(めがみ)、

という意味が含(ふく)まれている。

 

そんなイメージにふさわしく、店内は、あかるい華(はな)やかさや、

清潔感で、居心地(いごこち)の良い店だった。

 

リーズナブル(手ごろ)な価格の料理や飲み物も、おいしかった。

 

さらに、客の評判なのは、てきぱきと、

テーブルのサービス(もてなし)をする、

スタッフ(担当者)の、美(うつく)しい服装や、

身のこなしなどであった。

 

スタッフは、ウェイターとウェイトレス、

若い男女による給仕(きゅうじ)たちであった。

 

≪つづく≫ 



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15章 カフェ・ド・フローラ (2)

15章 カフェ・ド・フローラ (2)

 

たくさんの料理の皿が、置いてある、

ゆったりとした、ひろさの、

円形のテーブルの間(あいだ)を、

黒と白の、モノトーンの、美(うつく)しい服装の、

ウェイトレスやウェイターが、すらすらと滞(とどこお)りなく、

流れるような優雅さで、動いてゆく。

 

ウェイトレスの、ふわっとした、ロングスカートや、

胸元(むなもと)が大きくあいている、白いエプロンが、かわいい。

 

ウェイターは、白いシャツ、黒のパンツが、

きりっと、ひきしまって、見える。

 

どちらも、ノー・ネクタイの、

清楚(せいそ)な美しい、コスチューム(服装)であった。

 

丸(まる)いテーブルには、12席と、4席との、2種類の大きさがあった。

どちらのテーブルも、

見ず知らずの客が、隣同士となっても、

気を使うこともなく、くつろげる、ゆったりとした、ひろさである。

 

そのスタッフたちの給料(きゅうりょう)は、

固定している基本給に、さらにプラスの、

担当するテーブルの、売り上げの10%、

という、働く意欲のわくような、システム(制度)だった。

 

「このお店は、フランスによくある、カフェのような、

雰囲気ですよね。純(じゅん)さん」

 

サークルの幹事長、大学3年、21歳の矢野拓海(やのたくみ)が、

隣の席の、23歳の、森川純にそういって、微笑(ほほえ)んだ。

 

「さすが、拓(たく)ちゃん。

この店は、フランスのパリにある、有名なカフェの、

カフェ・ド・フロールを、モデルにしているんですよ。

 

お店のスタッフも、お客さまも、ある意味、

人生という劇場の、スターであったり、演技者であったりする。

という発想が、そのカフェ・ド・フロール(Cafe de Flore)にはあるんですよ。

 

フランスのパリの、サンジェルマンデプレ大通りにある、

140年以上も続いている、老舗(ろうほ)のカフェなんです。

 

おれって、資料でしか、そのお店のこと知らないから、

小遣いがたまったら、ぜひ、行くつもりなんですけどね。はははっ。

 

そのお店の、そんなコンセプト(基本的な考え)には、

おれたちも大賛成(だいさんせい)なんです。

人生って、何かを演(えん)じているともいえるわけで、

幕(まく)が下(お)りるまでは、そんな人生の舞台で、名演をしている、

役者なのかもしれませんしね。あっはっはっ。

誰だって、少しでも、ましな、役を演じたいじゃないですか!?

あっはっはっ。

 

同じ店の名前では、ちょっと、なんなんで、

カフェ・ド・フローラ (Cafe de Flora)に、ちょっと、変えて、

いまのところ、大都市が中心ですけど、

全国に展開中なんです。

フローラも、フロールも、意味は、ほぼ同じですけどね。

あっはっは。

 

多くの芸術家に愛されたそのカフェの常連(じょうれん)には、

画家のピカソとか、哲学者のサルトルとか、

ボーヴォワールとかが、いたそうです。

 

芸術や文化や政治とか、何でも気軽に語りあえるような・・・、

恋人たちが、愛を語りあうのは、もちろんですけどね、はっはっ。

 

そんな、コミュニケーション(心のふれ合い)の、

社交場(しゃこうじょう)の、カフェを、モリカワでは、

日本中に展開したいんですよ」

 

森川純は、矢野拓海と、右隣(みぎどなり)に座(すわ)っている、

菊山香織(きくやまかおり)に、

言葉を確かめながら、力説すると、わらった。

そして、森川は、目を細めて、生ビールに、おいしそうに、口をつけた。

 

「へーえ、森川さんの会社って、革命的なことをやっている感じですよね。

売上金(うりあげきん)の1部を、寄付したり、チャリティー活動も、

いつも、やっているし」と、矢野拓海。

 

「わたしも、感動しちゃうわ。チャリティーとか、

いまの純さんの、お話に・・・」と菊山香織。

 

「会社って、もうけるばかりでは、存続はできないですよ。

富(とみ)があれば、

それは再分配(さいぶんぱい)しなければいけませんよ。はっはっは。

それと、

おれらのやっていることは、バンド活動と同じようなものですよ。

みんなの力を、結集(けっしゅう)すれば、

ビートルズのように、世界を変えられると思うんだ。

ある程度だろうけどね・・・。

何もしないでいるよりは、まだ、ましさ・・・」

 

「ねえ、香織ちゃん・・・。

このテーブルクロスはね。ちょっと、普通と違うんだよ。

コットン(木綿・もめん)で、

温(あたた)かみもあるけど、

耐久性(たいきゅうせい)も抜群(ばつぐん)なんだ。

それに、

特殊加工がしてあって、

どんなものを、こぼしても、シミがつかないんだ。

 

クロスには、絶対に、染(し)みこまない、ってわけなんですよ。

コーヒーでも、ビールでも、何でも・・・」

 

森川純は、香織の耳もと近くで、親しそうに、そう、ささやいた。

 

「ほんと!すごすぎ!デザインも、おしゃれで、すてきだな。

薄紫(ううすむらさき)というのかしら。

スミレ色の、色もすてき!光沢(こうたく)も美(うつ)しいわ」

 

森川純の、そんな親しげな、様子(ようす)に、

菊山香織(きくやまかおり)は、

微妙な、胸の高鳴(たかな)りのを感じながら、

そういって、ほほえんだ。

 

≪つづく≫ 



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15章 カフェ・ド・フローラ (3)

15章 カフェ・ド・フローラ (3)

 

菊山香織は、昨日の7月26日、

20歳(はたち)になったばかりの、2年生だ。

 

「このお店、楽しい雰囲気(ふんいき)だから、

わたしも、ウェイトレスでも、したくなっちゃうわ」

 

「香織ちゃんなら、きっと、すてきな、かわいい、

ウェイトレスだよね。

いつでも、お願いしますよ。

ただ、ぼくとしては・・・、

グレイス・ガールズのドラマーとしての、香織ちゃんといいますか、

香織ちゃんの、これからの、活躍を期待しちゃうな!

きのうの香織ちゃんのドラミング、すごく、よかったよ」

 

「あら、純さんに、褒(ほ)めていただけるなんて。

とてもうれしいわ・・・。

純さんのドラムこそ、ホントに、お上手(じょうず)なんですもの!」

 

「はははっ。これでも、おれは、初めのころは、

クラッシュ・ビートのメンバーに、ドラムがうるさい!とか、いわれて、

邪魔(じゃま)扱(あつか)い、されてたんだよ」

 

といって、森川純は、陽気(ようき)にわらった。

 

「うそでしょう!純さんのドラム、タイムを正確にキープしてるし、

あんなに神業(かみわざ)みたいなのに、信じられないです」

 

「ぼくも、信じられないなあ。純さんのドラムで、

クラッシュ・ビートは、まとまっている気がしますよ」

 

と、ちょっと、生ビールで、紅(あか)ら顔の、矢野拓海(やのたくみ)。

 

「またまた、ふたりとも、ひとを持ち上げるのうまいな。

でも、ありがとう。うれしいっすよ。ほめてくれて」

 

と、森川純は、上機嫌(じょうきげん)に、声を出してわらった。

 

「香織ちゃんは、お兄さんの影響で、ドラムを始めたんだよね」

と、ビールで、ほろ酔いの矢野拓海。

 

「ええ、そうなんです。兄には、しっかり、手ほどきを受けました。

わたし、兄の叩(たた)く、ドラムの音というか、

シンバルの音が、なぜか、大好きだったんですよ。

シャリーンという、なんていうのか、あのスウィング(swing)感が・・・」

 

「そうなんだ。だから、香織ちゃんは、リズム感がいいんだなあ。

努力もあるだろうけど、もともと、きっと、リズム感がいいんだよ」

 

「そうなのかしら」

 

菊山香織と森川純と矢野拓海は、楽しそうにわらった。

 

「純さんも、香織ちゃんも、立(た)ったり、座(すわ)ったりの、

身(み)のこなしが、いつも、すらっとして、

姿勢(しせい)がいいのは、

きっと、ドラムをやっているせいなんでしょうね」

 

矢野拓海が、そういって、ふたりにほほえんだ。

 

「拓(たく)ちゃん、それはいえるよ。姿勢が良くないと、

ドラミングは、うまくできないからね。

さすが、MFCの幹事長だね。観察力もすごいよ」

 

矢野拓海(やのたくみ)は、第50代の幹事長である。

森川純は、第49代の幹事長であった。

MFCは1954年に創立の、

伝統ある早瀬田(わせだ)大学公認の、バンド・サークルであった。

 

「あと、からだの柔軟性(じゅうなんせい)とかね。

おれの日課も、ストレッチだもんね。

香織ちゃんも、ストレッチは、日課でしょう?

肩こりのある、ドラマーってありえないですよね」

 

「ええ、そのとおりです。わたし、ストレッチや

ヨガとかの、柔軟体操、大好きです」

 

「よし、おれも、きょうから、ストレッチに励(はげ)みます!」

 

と、目を丸くして、矢野拓海がいう。3人はわらった。

 

「お兄さんが、きっと、すぐれた人なんでしょうね。

香織ちゃんのドラミングは、力(ちから)まかせでなくて、

ちゃんとした、技術で、叩(たた)いていますよ。

アーム(腕・うで)じゃなくて、ハンド(手)で叩(たた)くとかの、

手の使い方も、完璧だと思うよ。

あれなら、女の子でも、疲れずに、楽に叩(たた)けるよね。

あと、ぼくが、

香織ちゃんの、すごいと思うのが、

バス・ドラムの、右足のダブルを、ちゃんと、決めていることだよね。

きのうの、ライブを見ているときも、感心していたんですよ」

 

同じ、ドラムスの奏者の、森川純は、

菊山香織と、語り合うことが、特別に、楽しいようであった。

 

≪つづく≫ 



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15章 カフェ・ド・フローラ (4)

15章 カフェ・ド・フローラ (4)

 

右足のダブルとは、バス・ドラムを、2回連続して踏む、

ダブル奏法のことだった。

この2つ打ちは、踏(ふ)みこむタイミングや、

ある程度(ていど)のスピードが、要求(ようきゅう)される。

 

右足の動きで決まる、バス・ドラムは、視覚的(しかくてき)にも

確認(かくにん)しづらいため、

プロ級の人でも、習得(しゅうとく)するのが容易(ようい)ではない。

 

「純さんに、たくさん、褒(ほ)めていただいて、とても、うれしいです」

 

「そうそう、きのうは、香織ちゃんの20歳(はたち)の、

お誕生日だったんだよね。

あらためて、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。純さん・・・」

 

「香織さんも、せっかく、20歳になられたのですから、

きょうは、お酒解禁ということで、生ビールとか、いかがですか?」

 

「はーい。いただきます。うちの家族みんな飲めますから、

きっと、わたしも強いと思います」

 

アイスティーのストローに、口(くち)をつけていた、香織がそういった。

 

「あ、はっは。香織ちゃん、それは、たのもしい。

ぼくも、お酒は、大好きなんです。

クラッシュ・ビートのみんなも、酒とかが好きで、

それで、なんとか、なんでも、気軽に語りあえて、

まとまっているようなもんなんですよ」

 

森川純は、ウェイトレスを呼(よ)んで、

生ビールと、料理を、注文した。

 

ウェイトレスは、客の注文内容を、

ハンディという機器(きき)に、打(う)ちこんで、

厨房(ちゅうぼう)に、送信する。

 

そんな、しっかりとした、システムがあるので、

ひとりのスタッフで、

6つくらいのテーブルはサービスできる。

 

カフェ・ド・フローラの店内は、お昼どきということもあって、

60人以上の、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の

部員たちや、一般の客たちで、

総席数、170席は、ほぼ、満席だった。

 

「香織ちゃんには、あらためて、

お祝いをしてあげないといけないな!」

 

「ええ、そんな、純さん。でもいいんですか?

こんな、わたしのために、20歳のお祝いなんて?!」

 

「男として、お祝いしてあげないと・・・。

そっ、そうだな・・・。明日(あした)の日曜日は、

おれも、とくに、予定はないし。

香織さんは、あしたは、いかがですか?

もし、お時間があれば、ぜひ、ぼくにお祝いをさせてください。

20歳(はたち)って、特別なんですから。

気のあう仲間でも呼んで、パーティでもやりましょうよ!」

 

「いいんですか。でも、すごっく、うれしいです。

涙が出そうな感じです。

お言葉に甘(あま)えさせていただきますけど、

純さん、よろしくお願いします」

 

「わかりました。じゃあ、あしたの午後あたりに、

おれの馴染(なじみ)のお店にでも行って、パーティでもやりましょう」

 

そんな、ふたりの、ぴったりと、気分も合っている話(はなし)を、

矢野拓海(やのたくみ)も、

純さんと、香織ちゃんなら、お似合いかも・・・と、楽しく、聞いていた。

 

森川純と、菊山香織、矢野拓海たちは、

12席ある、大きな円形のテーブルの席についていた。

 

そのテーブルには、株式会社・モリカワに勤(つと)めている、

ロックバンドのクラッシュ・ビート(Crash Beat)の、

メンバーが全員と、

グレイス・ガールズのフル・メンバーが、揃(そろ)っていた。

 

川口信也(かわぐちしんや)、

高田翔太(たかだしょうた)、

岡林明(おかばやしあきら)。

 

あと、岡昇(おかのぼる)と、

大沢詩織(おおさわしおり )、

清原美樹(きよはらみき)、

平沢奈美(ひらさわなみ)、

水島麻衣(みずしままい)。

 

清原美樹の右隣(みぎどなり)の椅子(いす)が、

ひとつ、空席であった。

美樹と仲のいい、小川真央(おがわまお)が、

少し遅(おく)れて、やってくるためだった。

美樹の左隣には、仲よくなった、

ふたつ年下(としした)の、大沢詩織(おおさわしおり )がいる。

 

「おまたせ。みなさま、遅(おそ)くなりました!」と、

小川真央がやってきた。

 

真央が長めの黒髪(くろかみ)を揺(ゆ)らして、美樹のとなりに着席すると、

まるで、きらびやかな、色とりどりの、花が、

咲(さ)き誇(ほこ)る、花園のように、

テーブルは、いっそう、華(はな)やいだ。

 

「ジブリの、いま、公開の映画、『風立ちぬ』を見た人!

手を挙(あ)げてみてください!」

 

生ビールに、気分もよく酔っている川口信也が、

ニコニコしながら、テーブルのみんなに聞いた。

 

「はーい」と、まず、1番に手を挙(あ)げたのは、

1年生、19歳の岡昇であった。

 

続(つづ)いて、「はーい」と、3年生の清原美樹、

1年生の大沢詩織、1年生の平沢奈美が、手を挙げた。

 

≪つづく≫ 



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15章 カフェ・ド・フローラ (5)

15章 カフェ・ド・フローラ (5)

 

「なるほど、12人中、5人が見たということになりますか?!

やっぱり、ジブリの映画は、人気があって、大ヒット中ですね。

『風立ちぬ』は、

おれも見て、感動しましたよ。

ラストシーンで、宮崎監督みたいに、泣いちゃいけないと、

我慢(がまん)しちゃいました。

主人公たちの、人生に迷わずに、生きていく姿には、

いつも、感動したり、励(はげ)ませれるものがありますよね」

 

「わたしは、主人公の菜穂子(なおこ)さんが、風に飛ばされそうになった、

二郎(じろう)さんの帽子を、

すばやく、からだを伸(の)ばして、キャッチした、場面で、

感動して、思わず、涙が出そうになりました」

 

平沢奈美(ひらさわなみ)がそういった。

 

「奈美ちゃんは、岡くんと、映画に行ったんでしょう。

映画見に行った人って、

よく考えてみたら、みなさん、なかよく、ふたりだけの、

デートだったわけで、うらやましいですよ!

おれも、そろそろ、デートしてくれる相手を見つけないと!」

 

そういって、みんなを、わらわせたのは、

幹事長で、3年生の矢野拓海(やのたくみ)であった。

 

「拓海(たくみ)さん、おれの場合は、奈美ちゃんを、

強引(ごういん)に、

『風立ちぬ』に、誘(さそ)ったんだから、デートではないと思います」

 

岡昇は、生真面目(きまじめ)に答(こた)える。

 

「あっはっは。そういう強引さも、デートには必要なんだよな、岡ちゃん」

 

と、わらって、矢野拓海がいえば、みんなも、またわらった。

 

「おれも、ジブリの大ファンだから、見(み)に行きますよ。

宮崎駿(みやざきはやお)監督や、

プロデューサーの鈴木 敏夫(すずきとしお)さんって、

ブログとかで、平和憲法の9条を、守ろうとかいっているじゃないですか。

徹底的な、戦争反対論を展開していて、

おれなんか、そっちの、彼らのコメントのほうに、

感動して、涙も出てきそうですよ。

ジブリのアニメにも、彼らの憲法を守ろうという考え方も、

おれなんか、深く共感しちゃうなあ・・・」

 

森川純が、そういって、生ビールを、おいしそうに、ゴクリと飲んだ。

 

「戦争って、ムードで、いつのまにか、始まっているていう感じが、

歴史をみているとあって、それって、怖(こわ)いよな」

 

ベース・ギターが担当の、やや、ふっくら感のある、

高田翔太(たかだしょうた)が、そういって、生ビールを飲む。

 

「戦争やって、いいことなんて、何もないよ。

それなのに、世の中から、無(な)くいならないよな。

愚(おろ)かな、戦争が・・・」

 

そんなふうに、みんなにむけて語る、森川純には、

心優(やさ)しいリーダーのような、落ち着き(おちつき)があった。

 

「わたしも、ジブリのアニメは大好き。

もしかしたら、ジブリは、平和を守る、最後の砦(とりで)みたいに、

なるのかもしれないわよね。日本や世界の・・・」

 

小川真央(おがわまお)が、そういうと、みんなは、

「うん、うん」と、うなずくのであった。

 

「わたし、変なこといって、ごめんなさい!

きょうは!楽(たの)しく飲(の)んで、騒(さわ)ぎましょう!」

 

小川真央が、そういったら、

「真央ちゃん、ぜんぜん、変なことなんて、いってないわ!」

と、清原美樹がいう。

 

「うんうん、美樹さんのいうとおり、真央ちゃんは正しいこと、

いっていると思う。わたしもジブリ大好き!

平和は守らなければと思うもの」と、美樹のとなりの、大沢詩織もいう

 

みんなから、明(あか)るい、わらい声(ごえ)が、わきおこった。

 

「憲法9条とかにしても、宮崎監督や鈴木さんのように、

はっきりとした、自分の意見がいえる人って、すごく少ないよね。

おれも自分の意見に自信ないけど。

スタジオジブリのブログを見ていて思ったんだけど」

 

ちょっと、はにかむような、笑顔(えがお)で、そういったのは、

クラッシュ・ビートのギターリスト、

23歳の岡林明(おかばやしあきら)だった。

 

「そうですよね。自分の意見をもたないまま、なんとなく、

ムードに流されてしまって、

世の中が、悪い方向へ向(む)かってしまうとしたら、怖(こわ)いですよね」

 

岡林明のとなりの水島麻衣(みずしままい)が、岡林に、そういって、ほほえんだ。

さっきから、岡林と麻衣は、

ふたりとも、ギターリストなので、ギターの話で盛り上がっていた。

 

「ところで、純さん。きょうの打ち上げ、純さんのご招待ということで、

サークルのみんなを代表して、

あらためて感謝を申し上げたいのですけど、どうもありがとうございます」

 

サークルの幹事長らしく、矢野拓海(やのたくみ)が、

森川純に、ていねいな、一礼(いちれい)をする。

 

テーブルのみんなも「ありがとうございます」と、感謝の気持ちをこめていう。

 

「そんな、あらたまらなくたっていいって。

MFC(ミュージック・ファン・クラブ)が参加してくれる、

8月24日のサザンオールスターズ・祭(まつ)りのチケットは、

ソールド・アウト(完売・かんばい)だし、

よく、うちのライブハウスとか、みんなも利用しくれてるから、

その、ささやかな、おれの感謝の気持ちでもあるんですから。

きょうの、ここでの、打ち上げとかは。

みんなで、サザンオールスターズ・祭(まつ)りも、盛り上げようね!」

 

「はーい、がんばります!」とかの、女の子たちの、よろこびにあふれている、

かわいらしい声が上(あ)がった。

 

≪つづく≫ 



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16章 地上200mの誕生パーティー(1)

16章 地上200mの誕生パーティー (1)

 

7月27日の日曜日。午後3時ころ。

 

よく晴(は)れた、青空で、気温も30度をこえていた。

汗(あせ)ばむくらいの、夏の暑さであった。

 

2月23日で、23歳になった川口信也(かわぐちしんや)は、

6月3日で、19歳になった、大沢詩織(おおさわしおり)と

新宿駅西口の改札付近で、待ち合わせをした。

 

「純(じゅん)さんって、香織(かおり)ちゃんのこと、

かなり、好きになっちゃったのかしら。

だって、サークルの全員を、

香織ちゃんの誕生パーティーに

招待しようとしちゃったんだから。きのうは」

 

詩織が、やさしく微笑(ほほえ)みながら、信也に話した。

 

「はははっ。どうなんだろう。あいつは、あれで、

けっこう、いろんな女の子と、つきあっているほうだからな。

きのうは純。めずらしく、ずいぶん、酔(よ)ってたよね」

 

「うん。ずいぶん酔ってたね、純さん。

でも、純さんって、そうなのかしら。

つきあっている女の子が、たくさんいるふうには、

見えないんだけど」

 

「純は、なんたって、モリカワの次男(じなん)でしょう。

どこへ行っても、女の子に、チヤホヤされるってわけさ」

 

「女の子って、現実的なところありますからね。

わたしもだけど。うっふっふ」

 

「なあに?詩織ちゃん、その意味深(いみしん)な、わらいは?

あっはっは。

現実的な詩織ちゃんは、夢や実力のある、おれを選んでくれた

ってわけだよね!あっはっは」

 

「うん、わたし、信(しん)ちゃんの、そんな強がりなところ、大好き!」

 

ふたりは、目を見合(みあ)わせて、なかよく、わらって、

寄り添(よりそ)うように、歩(ある)いた。

 

昨日は、森川純(もりかわじゅん)の招待(しょうたい)

という形(かたち)で、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)、

恒例(こうれい)の前期・定例ライブの、打ち上げ(うちあげ)げが、

新宿駅・東口(ひがしぐち)近くの、

カフェ・ド・フローラ(Cafe de Flora)という、

カフェ・バーが行(おこ)なわれたのであった。

 

定例ライブは、株式会社・モリカワが、全国展開している、

ライブ・レストラン・ビート(通称・LRB)の、

高田馬場店(たかだのばばてん)で、行われた。

 

なにかと、サークルでは、

株式会社・モリカワを利用してくれるので、

OB(先輩)の、森川純も、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)のみんなの、

歓(よろこ)ぶことをしてあげたいという気持ちが、いつもある。

 

「あしたのパーティーの会費は、無料にさせていただきますから、

参加できる方(かた)は、ご気軽にご参加ください!」という、

森川純の言葉に、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)のみんなは、

「それじゃあ、純さん、大変ですよ!」ということになって、

会費は、半額を、個人負担するということに、その場で決まった。

 

そんなふうな、森川純の、打ち上げの席上の、呼びかけで、

菊山香織(きくやまかおり)の、誕生・パーティーが行(おこな)われる。

 

参加人数は、ほぼ、昨日(きのう)の打ち上げの参加者が、

そのまま全員で、クラッシュ・ビートや、

グレイス・ガールズのメンバーなどで、60人ほどであった。

 

会場は、イタリアン・レストラン・ボーノ(Buono)だった。

 

ボーノ(Buono)は、イタリア語で、「おいしい。すばらしい」

という意味だった。

 

新宿駅・西口から、徒歩で5分、

地上200mの高層ビル、その最上階の、52階にある。

 

大きな窓(まど)からは、

東京湾(とうきょうわん)が、見渡(みわた)せる。

 

開放感があふれる、パノラマの風景が、見わたすかぎり、

広(ひろ)がっている。

 

静寂(せいじゃく)な、夜ともなれば、

見下(みお)ろす、辺(あた)り、一帯(いったい)には、

光(ひかり)きらめく、夜景(やけい)が、広(ひろ)がる。

 

白壁(しろかべ)や、おしゃれなデザインの金属の窓格子(まどごうし)や、

調度品(ちょうどひん)など、南ヨーロッパ風の、

インテリアの、店内のスペース。

 

ナポリ・ピッツァを、焼(や)きあげるための窯(かま)が、

メイン・ダイニングにある。

 

そのピッツァ用の石釜(いしがま)を中心にして、

雰囲気の異(こと)なる、おしゃれな個室が5つあり、

立食でも、着席でも、いずれにも、対応(たいおう)するし、

レイアウト(配置)などの、要望にも、柔軟(じゅうなん)に、対応する。

 

そんな、自分の家にいるようにくつろげる、

アットホームさや、こだわった料理や、おいしいピッツァなどで、

新宿のOL(オフィス・レディー)に、人気の店である。

 

ボーノは、森川純の企画で実現した、モリカワの店であった。

 

≪つづく≫ 



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16章 地上200mの誕生パーティー (2)

16章 地上200mの誕生パーティー (2)

 

「きょうは、お忙(いそが)しいところを、

イタリアン・レストラン・ボーノ(Buono)に、

ご来店いただきまして、ありがとうございます」

 

パーティーの進行役、サークルの幹事長の、

3年生、2月7日で、21歳になった、矢野拓海(やのたくみ)が、

上機嫌(じょうきげん)な笑顔(えがお)と、

ゆっくりとした口調(くちょう)で、挨拶(あいさつ)をした。

 

矢野拓海は、ライトグリーンのポロシャツに、チノパンで、

髪も、刈り上(かりあ)げて、すっきりとしいる。

 

矢野拓海のとなりには、森川純も立(た)っている。

矢野が、やけに、はりきって、スピーチしているからか、

何かおかしそうに、ニヤニヤと微笑(ほほえ)みながら、

うつむき加減に、矢野のスピーチ(話)を聴いている。

 

純も、白のTシャツに、ジーンズという、ラフなスタイル(格好)で、

髪型も、夏らしい刈り上(かりあ)げだ。

 

地上から、200mの、東京の街(まち)を、

見わたせる、眺望(ちょうぼう)を、

後(うし)ろにして、森川純と、矢野拓海は、立っている

 

「きょうは、MFC(ミュージック・ファン・クラブ)の、

部員だけでも、59人が、参加しております。

ボーノ(Buono)の、キャパシティ(座席数)は、

およそ、120席ですから、お店の約半分のスペースを、

われわれが、占領しちゃうのかなって、

ほかのお客様のことも、ちょっと心配しちゃうのですが、

その点を、お聞きしましたら、だいじょうぶとのことでした。

そんなわけですので、

みんなで、至福(しふく)のひとときを、楽しみたいと思います。

都心(としん)で、星空に近い、このシチュエーション(状況)って、

なかなか、いい感じですよね」

 

と、矢野拓海は、となりの森川純に、話を振(ふ)った。

 

「まあね。高層ビルの上のレストランって、

おれの夢のひとつだったんだ。あっはっは」

 

と、森川純はわらった。

 

フロアのテーブルについている、みんなから、

拍手がわきおこる。

 

「それでは、森川純さんの、ご挨拶をいただきたいと存じます」

 

「おれって、20歳(はたち)という年齢って、

なんか、いつも、特別な気がしているんです。

生涯(しょうがい)、青春(せいしゅん)とでもいいますか、

20歳くらいのころの、新鮮さを、失ってしまえば、

人生はつまらないような・・・。

そんなふうに、思うわけです。あっはっは」

 

純が、そういって、わらうと、みんなも、わらった。

拍手(はくしゅ)も、わきおこる。

 

「まあ、きのう、菊山香織さんと、お話ししていたんですが」

と、無意識に、頭をかく、純。

 

「香織さん、20歳になられたばかりということで。

それじゃあ、と、話は弾(はず)みまして、

きょうのパティーと、なったわけです。あっはっは」

 

純がわらうから、みんなからも、わらい声が、わきおこる。

「ピー、ピ一ッ!」と、

一瞬(いっしゅん)の、超高(ちょうたか)い、

口笛(くちぶえ)が、鳴(な)りひびいたりもする。

 

「えーと、今年(ことし)、20歳になる人を、調べてみたんですよ」

 

と、森川純の挨拶(あいさつ)を、継(つ)いで、

純のとなりに立つ

サークルの幹事長の矢野拓海(やのたくみ)が、

スピーチ(話)をした。

 

「数(かぞ)えましたら、われらのサークルには、

なんと、11人いるんですよね。

その、みなさん、

幸いなことに、きょうは、参加してくださっているんです。

そんなわけですので、

11人のみなさんの、20歳の誕生パーティーと、

まだ、20歳でない人や、20歳を過ぎちゃった人の誕生日も、

お祝いしちゃおうということで、

きょうは、みんなで、誕生日の大パーティーという感じで、

楽しんでいただきたいと思っています。

それと、

昨日(さくじつ)は、会費は半額(はんがく)と決めてましたが、

純さんからは、みんな、まだ学生さんだからということで、

会費は、1000円以上はいただくわけにいかないだろうと、

強(つよ)くいわれてしまいました。

そんな純さんのご好意ということで、

会費は1000円、ちょっきりです。

純さんからは、

きょうは、まったく、遠慮(えんりょ)はいらないので、

おおいに、食べて、飲んで、楽しんでくださいということです!」

 

みんなからの、盛大な拍手が、鳴りひびいた。

 

≪つづく≫ 



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16章 地上200mの誕生パーティー (3)

16章 地上200mの誕生パーティー (3)

 

矢野拓海(やのたくみ)が、スピーチ(話)をつづけた。

 

「えーと、ことし、20歳(はたち)の方(かた)は、

男性が、谷村将也(たにむらしょうや)さん、

渡辺太一(わたなべたいち)さん、野口翼(のぐちつばさ)さん、

石橋優(いしばしゆう)さん、の4人の方です。

えーと、

女性は、菊山香織(きくやまかおり)さん、

水島麻衣(みずしままい)さん、山下尚美(やましたなおみ)さん、

和田彩加(わださやか)さん、桜井(さくらい)あかねさん、

森田麻由美(もりたまゆみ)さん、

杉田由紀(すぎたゆき)さん、の6人の方です。

みなさん、20歳(はたち)のお誕生日おめでとうございます」

 

みんなから、割(わ)れんばかりの拍手がわきおこる。

 

「それでは、森川純さんに、乾杯(かんぱい)の音頭(おんど)を、

頂戴(ちょうだい)したいと思います。

みなさんは、

座(すわ)ったままで、構(かま)いません。

お手元(おてもと)のグラスに、

お飲物(のみもの)をご用意(ようい)ください。

それでは、純さん、よろしくお願いします!」

 

「それでは、今年(ことし)、20歳(はたち)の誕生日の、

みなさまと、

ここに、お集まりの、すべてのみなさまの、

音楽活動のご発展や、

永久(とわ)のご幸福(こうふく)を、祈念(きねん)いたしまして、

乾杯(かんぱい)いたしたいと存(ぞん)じます。

それでは、みなさま、ご唱和(しょうわ)願(ねが)います!

カンパーイ!」

 

純が、元気よく、乾杯(かんぱい)の音頭(おんど)をとった。

 

「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 

フロアには、みんなの明るい声が上(あ)がる。

 

華(はなやか)やかな、若い男女が、あふれる、パーティーは、始まった。

 

「みなさーん。このイタリアン・レストラン・ボーノ(Buono)の、

総料理長さまから、お話があるそうです。

総料理長さまは、南イタリアで、10年間の修行(しゅぎょう)を、

積(つ)んでこられた、

本格的な職人さんであり、超一流の料理人さんであるんです。

どうぞ、総料理長さま」

 

と矢野拓海が笑顔で、総料理長を紹介した。

 

「わたくしが、総料理長を、おおせつかっている、

春山俊(はるやましゅん)です。

きょうは、みなさまの、ご来店を、心より、

感謝いたしております。

わたくしどもの、まごころをこめて、作っております、

ナポリ・ピッツァや、

素材(そざい)に、こだわった料理を、

ごゆっくり、お楽しみいただきたいと存じます。

特別・お誕生日・記念の料理と

デザート盛合せなども、

ご用意させていただいております。

以上、簡単な、ご挨拶ではありますが、

きょうは、みなさま、ごゆっくりと、お楽しみください!」

 

深々と、一礼する、総料理長に、拍手はが、鳴(な)りやまなかった。

 

パーティーは、地上200mの高層ビルの、

開放感(かいほうかん)あふれる、大パノラマの空間ということもあって、

ムードも、満点で、

ナポリ・ピッツァも、最高においしく、大いに、盛り上がった。

 

そして、日も暮れる、7時を過ぎた。

 

「純ちゃんにも、いよいよ、恋の季節がやってきたのかな?」

 

そういって、森川純を、ちょっと、からかうのは、生ビールで、

気分もよく、酔っている、川口信也だった。

 

純のいるテーブルまわりには、男ばかり、いつもの、酒飲み仲間の、

クラッシュ・ビートのメンバーが、自然と集まっている。

 

「恋の季節か!?・・・かもしれないなあ!?

おれって、どこへ飲(の)みに行っても、女の子のほうから、

近寄(ちかよ)ってくるじゃん。あっはっは」

 

「のろけるな、純」と、信也が純の頭を、拳骨(げんこつ)で突(つつ)いた。

 

クラッシュビートの全員が、わらった。

 

「確かに、純はいいよな。モリカワの次男だっていうだけで、

そりゃあ、女の子のほうで、ほっとかないよな」

と、ベース担当の高田翔太(たかだしょうた)。

 

「しかし、おれに近づいてくる、女の子って、おれよりも、

モリカワの次男っていうとこになんだよなぁ」

 

「あっはっは。わかっているじゃん!純ちゃん」と信也はわらった。

 

「まあ、わらわないで、おれの話をきいてくれ、みんな。

けどね、菊山香織ちゃんとは、何か違うんだよ。

こう、なにか、胸というか、ハートにくるものがあるんだ」

 

「純ちゃん、ごちそうさま。おふたりの、幸せを祈っていますよ!」

と、リード・ギターの岡村明が、ほほえんだ。

 

「しかし、まあ、男女関係、恋愛は、奥(おく)が深いというか、

人間の永遠のテーマ(課題)だよね。

男と女の、いろんな営(いとな)みがあるから、

子孫も繁栄するんだし、新しい芸術も、生まれるんだろうから」

と、酔っている、信也。

 

「おお、しん(信)ちゃん、きょうから、マンガ評論家から、

未来人類学者に、転向したのかな?!」と、酔っている、純。

 

≪つづく≫ 



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16章 地上200mの誕生パーティー (4)

16章 地上200mの誕生パーティー (4)

 

「純さん、信也さん、岡村さん、高田さん、

ちょっと、お邪魔(じゃま)しても、よろしいですか?

きょうは、このような、すばらしいパーティーを、

ありがとうございます」

 

そういいながら、純たちのテーブルに近づいてきたのは、

理工学部1年、19歳の、森隼人(もりはやと)だった。

 

「よお、森ちゃん、そこの席で、よかったら、どうぞ」

 

と、ていねいにいって、森隼人に、空いている席を、

純は勧(すす)めた。

 

「純さん、ありがとうございます。

このお店、ボーノ(Buono)って、純さんの企画だそうですね。

純さんらしくって、センスもよくて、すばらしいお店ですよね」

 

森隼人は、純と向かい合う席に座(すわ)ると、

人懐(ひとなつ)こそうに、わらった。

 

「お褒(ほめ)めの言葉を、ありがとう。

森ちゃんや、森ちゃんのお父さまも、

この店を使ってくれているそうじゃないですか。

ありがとうございます。お父さまにも、よろしくお伝えください。

森ちゃんの、お父(とう)さまの会社も、

順調に、店舗(てんぽ)も増やして、

業績(ぎょうせき)も伸びているようですよね」と、純がいった。

 

「ええ、おかげさまで、純さんの会社のモリカワみたいに、

大都市を中心にして、店舗を拡大していくようです」と森隼人。

 

森隼人の父親は、森昭夫といって、45歳の実業家であった。

CDやDVD、ゲームや本などの、レンタルや販売の店を、

東京や大阪などの大都市を中心に、経営している。

ネット販売もしていた。

英語のフォレスト(Forest)という名前の会社と店舗で、

森という意味であった。

 

「森ちゃんのところと、うちとでは、業態(ぎょうたい)というか、

経営内容が、まったく、違(ち)っていて、

よかったですよ。外食産業と、ソフトの販売会社とでもいいますか。

場合によっては、手ごわい、強力な、

商売上のライバル、競争相手だったかもしれませんからね。

あっはっは」と森川純。

 

「まったくですよね。ぼくは、純さんとは、いつまでも、

仲よくしていただけたらと、思っているんですよ。

純さんことは、よき先輩(せんぱい)だと、

常々(つねづね)、尊敬したり、感じていますから」と、森隼人。

 

「森ちゃんも、女の子のことでは、かなり、

修行(しゅぎょう)を積(つ)んでいるようだよね」と高田翔太がいった。

 

そこへ、

「みなさん、ここの席(せき)、空(あ)いていますでしょうか?」

と、いいながら、

岡昇が、おもしろそうメンバーが、揃(そろ)っていると思って、やってきた。

 

「岡ちゃん、まあ、どうぞ、どうぞ」と、いって、川口信也は、席を、勧(すす)めた。

 

「また、女の子の話ですか?森ちゃんは。あっはっは」といって、岡がわらった。

 

「森ちゃんは、まさに、現代のプレイボーイを、実践している男ですなんでよ、

みなさん」と岡昇。

 

「どんなふうに?」と、興味津々(きょうみしんしん)に聞くのは、岡村明だ。

 

「ぼくの観察(かんさつ)している限(かぎ)りでは、森ちゃんは、

自分から、愛を告白するとか、惚(ほ)れるとかは、

一切(いっさい)しないというか、

そういう感情の、1歩手前で、意識的に、恋愛感情に、ブレーキを、

かけちゃっているんですよ。

ねえ、森ちゃん」と岡昇(おかのぼる)が、森隼人(もりはやと)に、

親しみをこめた、笑(え)みでいった。

 

「岡ちゃんも、よく、おれを観察してるね。ほとんど、そのとおりだよね。

おれって、女の子に対する独占欲は、

人一倍強いと思うのですが、

それと、

矛盾(むじゅん)してますが、女の子には、拘束(こうそく)というか、

自由を、

奪(うば)われたくないんですよ。ですから、いまも、

好きな女の子はいるんですけど、

ぼくの孤独の領域とでもいいますか、あまり、深入りしないで、くれていて、

それでも、OK!っていう、

いいわよ!っていってくれる、心の広(ひろ)いような女の子としか、

長続きしないんですよ」と、森隼人は、どこか、照れながら、

みんなの顔を窺(うかが)うようにして、口ごもりながら、話した。

 

≪つづく≫ 



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16章 地上200mの誕生パーティー (5)

16章 地上200mの誕生パーティー (5)

 

「独占欲は強いけど、孤独の領域は守りたいっていうわけだよね。

でも、この2つの欲求(よっきゅう)って、

男ならだれでも、持っている欲求じゃないかなあ?!

つまり、森ちゃんは、

男の理想(りそう)を貫(つらぬ)こうとして、戦(たたか)っているだけかもね」

 

と語ったのは、森川純だった。

 

「そうですか、純さんに、そういわれると、勇気がわくというか、

自分を肯定できて、安心できそうです。ありがとうございます」

 

そういって、森隼人は、よろこんだ。

 

「ただ、おれの、森ちゃんへの、アドバイス(助言)だけど、

男って、

あまり、観念的というか、頭でばかり考えてしまって、

具体的な事実を、

見失(みうしな)っていることって、よくあるからね。

仏教の一派で、もっぱら、座禅(ざぜん)を、修行(しゅぎょう)する、

禅宗(ぜんしゅう)の、

僧侶(そうりょ)の良寛(りょうかん)さんは、こんなことをいっているんですよ。

『花は、無心(むしん)にして、

蝶(ちょう)を招(まね)き、

蝶は、無心にして、花を尋(たず)ねる』ってね。

この、

尋ねるっていうのは、

探し求めるっていう感じの意味ですけどね。

この詩は、

どういう意味かというと、花には、蝶を招こうという気持ちもなく、

蝶には、

花を尋ねようという気持ちもない。しかし、自然の成り行きに、

従(したが)って、出会いが、行(おこな)われる。

つまりは、考えることをやめて、無心になるというのか、

自然と一体(いったい)に、

ひとつになることが、幸福のひとつの形である、と、

そんな考え方なのかなあ。

 

良寛(りょうかん)さんは、酒も、女も好きだったらしくって、

とても、人間味のある人だけど、かなりな高僧(こうそう)で、

偉(えらい)い坊(ぼう)さんだったらしいんだ。

作家の夏目漱石も、晩年、尊敬していたらしいんだけどね。

おれも、つまらない、講義をしちゃったかな?あっはっは」

 

そういって、森川純は、わらった。

 

「純さん、とても、勉強になった気がします。考え過ぎが、

おれの欠点なんですよ、まったく」

と、森隼人は、

感心して、目を輝かせながら、ほほえんだ。

 

「みなさん、男ばかりで、むずかしい、お話をしているんですか?!」

 

と、純たちのテーブルへ、やってきたのは、清原美樹(きよはらみき)と、

美樹の彼氏の、

東京・芸術・大学の音楽学部、ピアノ専攻の3年で、若手気鋭のピアニストの、

松下陽斗(まつしたはると)、

グレイス・ガールズの、オール・メンバーの、大沢詩織(おおさわしおり)、

平沢奈美(ひらさわなみ)、

菊山香織(きくやまかおり)、水島麻衣(みずしままい)。

小川真央と、真央と急に親しくなった、今年、20歳の野口翼(つばさ)。

そして、

MFC(ミュージック・ファン・クラブ)の副幹事長の、

2年生の、谷村将也(たにむらしょうや)たちだった。

 

「せっかくの、きれいな夜景なのよ。

みんなで、ゆっくりと、眺(なが)めましょうよ!」

 

そういって、美樹たちは、岡昇や、森川純や川口信也たちを、

テーブルから、立ち上がらせた。

 

「陽斗(はると)さん、お元気ですか?

また、8月24日(土)の、サザンオールスターズ・祭(まつ)り、

は、よろしくお願いします」

と森川純はいうと、わらった。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。おかげさまで、元気ですよ。

このお店、すばらしいですね。

きょうは、お招きいただいてありがとうございます」

 

と、松下陽斗は、丁重(ていちょう)に、純や信也に、挨拶をした。

 

森川純は、菊山香織と、なかよく、

川口信也は、大沢詩織と、なかよく、

清原美樹は、松下陽斗と、なかよく、

それぞれ、みんなは、夜景に見いっている。

 

水島麻衣には、どうやら、谷村将也(たにむらしょうや)が、

熱をあげているらしかった。

このふたりも、いちおう、寄(よ)りそうように、夜景を眺(なが)めている。

 

しかし、水島麻衣には、谷村よりも、ひとりで、夜景を眺めている、

幹事長の矢野拓海(やのたくみ)のほうが、

気になっている様子(ようす)である。

 

岡昇も、平沢奈美と、いちおう、なかよく、カップルのように、夜景を見つめている。

 

小川真央も、野口翼(つばさ)と、なかよさそうに、夜景を楽しんでいる。

 

大パノラマが、見わたすかぎり、ひろがる、

大きな窓のある、特別・展望・シートに、座(すわ)って、みんなは、くつろいだ。

 

見下(みお)ろす、あたり一帯(いったい)には、クルマのヘッド・ライトや、

ネオンやビルの、

窓(まど)の明(あ)かりなどが、静かに、きらめく、夜景が、ひろがっていた。

 

そんな夜景は、まるで、恋人たちの、心やすらかな、ひとときを、

祝福しているかのようだった。

 

午後の11時ころ。

誰(だれ)もいなくなった、イタリアン・レストラン・ボーノ(Buono)の、

窓際(まどぎわ)のテーブルに、

一輪(いちりん)、白(しろ)い薔薇(ばら)が、置(お)き忘(わす)れてあった。

 

≪つづく≫ 



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17章 世田谷区たまがわ花火大会 (1)

17章 世田谷区たまがわ花火大会 (1)

 

2013年、8月の17日の土曜日。

天気もよい、猛暑(もうしょ)の、真夏(まなつ)。

 

森川純(もりかわじゅん)は、涼(すず)しげな、

紺色(こんいろ)の、浴衣(ゆかた)に、

スポンジ底(ぞこ)の、

雪駄(せった)、という姿(すがた)だった。

 

約束(やくそく)の、4時まで、まだ20分あった。

 

小田急電鉄(おだきゅうでんてつ)、

成城学園前駅(せいじょうがくえんまええき)の、

中央改札口の付近、南口側(みなみぐちがわ)で、

純は、みんなを、待っている。

 

みんなとは、ほとんどが

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちだ。

 

株式会社・モリカワの関係者や社員とかは、

緑地運動場(りょくちうんどうじょう)の、

4人がけのテーブルや、

10人用の大型シートに、集まることになっている。

 

今年も、華(はな)やかな、

大きなイベント(祭典)、

世田谷区の、たまがわ花火大会が、

始まろうとしている。

 

今年で35回目を迎える、世田谷の夏の風物詩、

たまがわ花火大会は、 区民の憩(いこ)いの場(ば)、

多摩川(たまがわ)のほとり、水辺(みずべ)で、

花火という、音と光の芸術を、楽しもうという、

区民、みんなで、盛り上げる、催(もよお)しであった。

 

森川純は、花火の打ち上げ地点から、200mほどの、

テーブル席や、大型シート席を、

あわせて、140席、確保(かくほ)した。 

 

その有料・協賛席(きょうさんせき)・チケットは、

一般販売の6日ほど前に、

世田谷区(せたがやく)、在住(ざいじゅう)の人に、

優先販売(ゆうせんはんばい)される。

 

株式会社・モリカワでは、

森川誠(まこと)社長の意向(いこう)で、

会社の関係者、社員や従業員たち、みんなで、

たまがわ花火大会を楽しみながら、

親睦(しんぼく)を図(はか)ることになった。

森川誠(まこと)は、この8月で、59歳になった。

 

5時30分から、都立の深沢高校(ふかさわこうこう)、

和太鼓部(わだいこぶ)による演奏(えんそう)などの、

ステージ・イベント・オープニング・セレモニー(式典)は、

開始される。

 

次々に、打ち上げられ、そして、

夜空(よぞら)に、色あざやかに、開花する、

カラフルな、花火や、10号玉(だま)の、

グランド・オープン・・・、

花火大会の始まりは、7時からである。

 

森川純は、母校の早瀬田(わせだ)大学の、

恩師(おんし)の教授や、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちを、

招待(しょうたい)していた。

そのための席も、じゅうぶんにあった。

 

森川純が、みんなと、待ち合わせをしている、

成城学園前駅は、下北沢(しもきたざわ)駅から、

7つ目の駅だった。

新宿(しんじゅく)の方向とは、逆(ぎゃく)である。

 

西口、南口などの、駅入口から、改札口までは、

段差(だんさ)がない。

改札の階(かいさつのかい)と、ホームの階(かい)は、

段差があるため、

これを連絡(れんらく)する、

上下(じょうげ)のエスカレーターと、

エレベーターが、

各ホームに、1基(き)ずつ、設置(せっち)されている。

各(かく)ホームに、階段(かいだん)は2か所(しょ)ある。

 

北口を出れば、並木道(なみきみち)や、高級住宅街や、

成城(せいじょう)学園、成城大学などの、

静(しず)かな、落(お)ちつきの、

風景(ふうけい)がひろがる。

 

3時50分。

森川純は、南口の通路を、

行き来(ゆきき)する人々を、

ぼんやり、眺(なが)めていた。

 

中央改札口(ちゅうおうかいさつぐち)から、

出てくる、乗客(じょうきゃく)たちの中に、

元気よく、手を振(ふ)る男たちが、2人いた。

 

≪つづく≫ 



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17章 世田谷区たまがわ花火大会 (2)

17章 世田谷区たまがわ花火大会 (2)

 

手を振(ふ)るのは、

クラッシュ・ビートのベーシストの、

ちょっとふっくらタイプの、高田翔太(たかだしょうた)、

ギターリストの、岡林明(おかばやしあきら)だった。

 

その二人(ふたり)のうしろには、

森川純と親(した)しくなった、菊山香織(きくやまかおり)、

岡林明と、仲(なか)よくなった、山下尚美(やましたなおみ)、

高田翔太と、急接近中の、森田麻由美(もりたまゆみ)の、

早瀬田(わせだ)の2年生が、3人、いる。

 

先日の、地上200mの、

イタリアン・レストラン・ボーノ(Buono)で、

お祝(いわ)いをしてもらった、

若々(わかわか)しく、新鮮(しんせん)な、

今年、20歳(はたち)の彼女たちだ。

 

女の子は、色も柄(がら)も、可愛(かわい)らしい、

甚平(じんべい)や浴衣(ゆかた)が多かった。

男子(だんし)も、甚平(じんべい)や、浴衣(ゆかた)が多い。

 

森川純は、菊山香織(きくやまかおり)の、飾(かざ)ったり、

気(き)どったりしない、

ありのままであるような、そんな、自分よりも、明るい性格や、

社交性(しゃこうせい)に、

いつのまにか、心が、温(あたた)まっているのであった。

 

岡林明(あきら)は、山下尚美(なおみ)の、

黙(だま)りあっていても、心がひきあうような、

そんな尚美の、女性らしい、好感度に、ひかれた。

 

高田翔太(しょうた)は、森田麻由美(まゆみ)の、

いつも、落ちついていて、

大人(おとな)の女らしい、

仕草(しぐさ)や、言葉や、声(こえ)に、

『このひとこそが、官能的(かんのうてき)で、

おれが探していた、女性だ!』と、感動していた。

 

そんな彼女たちのうしろには、

岡林明の妹の、高校2年、16歳の、香織(かおり)。

 

香織の友だちの女子高生が3人。

彼女たち4人は、去年の、たまがわ花火大会にも、

この駅に、集合(しゅうごう)した、

いつも、仲(なか)よしの、4人だった。

 

「こんにちは!」と、岡林明の妹の香織が、

森川純に、いう。

3人の女子高生も、それぞれが、

「こんにちは!」と元気よく、笑顔でいう。

 

「香織ちゃんたち、大きくなったね。

オトナの女性って感じになってきたね!

浴衣姿(ゆかたすがた)も、最高!

よく似合(にあ)っているね!」

 

そういって、純も、ほほえんだ。

 

「ありがとう!」と、香織たち、4人は、素直(すなお)に、

無邪気(むじゃき)に、わらった。

 

洋服と、比(くら)べて、不便(ふべん)が多い、

浴衣(ゆかた)ではあろうが、

真夏(まなつ)の、花火大会とかには、格別(かくべつ)な、

風情(ふぜい)や魅力(みりょく)がある。

 

「明兄(あきにい)ちゃんたちって、なんとなく、

去年(きょねん)と、違(ちが)うよね!

森川純さんも、高田翔太さんも。ね~、みんな」

 

そういって、岡林香織が、3人の女子高生に、

話を振(ふ)る。

 

「そうよね、なんか、明さんも、翔太さんも、純さんも、

しあわせそうな顔しているわ!」

と、女子高生のひとりはいう。

 

「きっと、すてきな、彼女ができたからよね!」

 

岡林香織が、そういう。

 

「正解!鋭(するど)い、観察力(かんさつりょく)!」

 

と、わざと、困(こま)ったような、顔で、森川純がいう。

 

みんなで、大(おお)わらいをする。

 

そんな話をしているうちに、時刻は3時近(ちか)くになって、

次々と、みんなが、中央改札口からやってくる。

 

流行(はやり)なのか、ほとんど、男子(だんし)も、

女の子も、

カラフルな、浴衣姿(ゆかたすがた)で、やってきた。

 

川口信也(かわぐちしんや)が、「よーっ」と、

笑顔で、現(あらわ)れると、

信也に、寄り添(よりそ)うように、

大沢詩織(おおさわしおり)がいる。

 

清原美樹(きよはらみき)と、美樹の彼氏の、

松下陽斗(まつしたはると)もやってきた。

 

清原美樹の姉(あね)の、清原美咲(きよはらみさき)と、

美咲が、交際(こうさい)している、

弁護士(べんごし)の岩田圭吾(いわたけいご)。

 

2年生で、今年20歳(はたち)の、

グレイス・ガールズのギターリスト、

水島麻衣(みずしままい)も、

かわいい浴衣姿(ゆかたすがた)だった。

 

その水島麻衣が、急接近して、仲よくなっている、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の幹事長の

矢野拓海(やのたくみ)。

 

MFCの会計をしている、岡昇(おかのぼる)。

その岡と、最近、交際(こうさい)を、

始(はじ)めたばかりの、

3年生、21歳の、南野美菜(みなみのみな)。

岡も美菜も、浴衣((ゆかた)だった。

 

MFCの、副幹事長の、谷村将也(たにむらしょうや)。

その谷村と、やはり、交際を始めたばかりの、

南野美穂(みなみのみほ)もやってきた。

 

南野美穂は、南野美菜の姉(あね)である。

今年、23歳で、

キャリア・ガールっぽく、仕事にも熱心な、

会社勤(つと)めの、社会人だった。

美穂の浴衣姿(ゆかたすがた)も、

人目(ひとめ)を引(ひ)くほど、かわいらしい。

 

美穂(みほ)と、美菜(みな)は、価値観も

似(に)ている、とても仲のよい、姉妹(しまい)だ。

 

谷村将也に、美穂を紹介した、

愛のキューピット役(やく)は、

岡昇と、美菜であった。

 

そんな世話好きな、岡と、先日までは、

デートしたりして、親しそうにしていた、

1年生、今年、19歳の、平沢奈美(ひらさわなみ)は、

3年生、6月に、21歳になったばかりの、

上田優斗(うえだゆうと)と、

いま、つきあい、始(はじ)めていた。

そのふたりも、なかよく、浴衣姿で、現(あらわ)れた。

 

≪つづく≫ 



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17章 世田谷区たまがわ花火大会 (3)

17章 世田谷区たまがわ花火大会 (3)

 

電車の乗客で、混(こ)みあう、

中央改札口から、

小川真央(おがわまお)と、

野口翼(のぐちつばさ)が、現(あらわ)れた。

 

ふたり揃(そろ)って、浴衣姿(ゆかたすがた)だった。

 

早瀬田(わせだ)の1年生だった、秋のころ、

真央は、美樹に、4回、誘(さそ)われて、やっと、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員になった。

 

その、MFCで、翼(つばさ)とも、知りあう。

真央は、最初から、翼には、弟(おとうと)のような、

親しみを感じている。

 

翼の、楽観的(らっかんてき)で、

適度(てきど)に、お洒落(おしゃれ)、

一途(いちず)で、

熱心(ねっしん)な性格が、真央は好きだった。

 

アコースティック・ギターを、

弾き方(ひきかた)の初歩から、

丁寧(ていねい)に教えてくれる、翼(つばさ)だった。

 

翼(つばさ)が、弾き語り(ひきかたり)で、歌った

スピッツの、『ロビンソン』が、

真央(まお)の胸(むね)に、

甘(あま)く、切(せつ)なく、響(ひび)いた。

 

≪ 誰(だれ)も 触(さわ)れない

  二人(ふたり)だけの 国

  君の手を 放(はな)さぬように ≫

 

    (スピッツの『ロビンソン』からの歌詞)

 

それは、まだ、2013年が始(はじ)まったばかりの、

冬の終わりころ、

早瀬田(わせだ)の学生会館、B1Fに、いくつもある、

音楽用練習ブースで、

ふたりだけで、練習していたときのことだった。

 

森隼人(もりはやと)と、

山沢美紗(やまさわみさ)も、

ふたり揃(そろ)って、南口に、やってきた。

 

プレイボーイと、噂(うわさ)されながらも、

女の子には、人気のある、森隼人。

いま、1番に、仲(なか)よくしているのが、

早瀬田(わせだ)の3年生の、山沢美紗だった。

 

山沢美紗(やまさわみさ)も、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員だ。

 

森隼人(もりはやと)は、自分の趣味の、

好きな海やヨットのことを、

大好きだという、山沢美紗の、そんな好(この)みが、

気に入ってる。

彼女の、しっとりとした肌(はだ)や、

抱(だ)きしめれば、折(お)れそうな、

女性らしい、かよわさや、

どんなときでも、夢見ているような、

純粋(じゅんすい)さが、好きであった。

 

予定通り(よていどおり)の、4時には、

そのほかの、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちも、

成城学園前駅(せいじょうがくえんまええき)、

南口(みなみぐち)に、集(あつ)まった。

 

「じゃあ、お時間が来ましたので、

みんなで、花火大会の、二子玉川(ふたこたまがわ)、

緑地運動場(りょくちうんどうじょう)まで、歩きましょう!

時間までに、

ここに来れなかった人は、ひとりでも、無事(ぶじ)に

現地には、行けるでしょうから。では出発します!」

 

そういって、森川純は、菊山香織と、なかよく、

集団(しゅうだん)の、先頭(せんとう)になって、歩きだす。

 

そのすぐ、あとを、川口信也と、大沢詩織が、

寄り添(よりそ)うように、歩(ある)く。

 

交通渋滞(こうつうじゅうたい)のためもあって、

花火の実行委員会も、

徒歩(とほ)を推奨(すいしょう)する。

 

成城学園前駅・南口から、

二子玉川(ふたごたまがわ)緑地運動場までは、

徒歩(とほ)で、片道30分から、40分くらいだった。

そんな、

のんびりと歩く、時間も、楽しいものであった。

 

「今年は、終戦から、68年くらいかな?

東北の震災から、2年と5か月くらいかな?」

 

森川純が、となりを歩く、川口信也にそういった。

 

先頭(せんとう)の、順番(じゅんばん)が、変わっていた。

純(じゅん)と、信也(しんや)が、先頭になっていた。

そのあとを、

菊山香織(きくやまかおり)と、大沢詩織(おおさわしおり)が、

楽しそうに、ときどき、わらいながら、歩いている。

 

「急にどうしたの?純ちゃん。はははっ・・・」

 

「ふと、まじめに、考えちゃうんだ。しんちゃん。はははは」

 

「でもさぁ。おれたちに、できることなんて、

限界(げんかい)があるって!

今日(きょう)みたいに、みんなを、誘(さそ)ってさぁ!

花火を、眺(なが)めて、

感動したりしてさぁ!

何か、楽しいこと見つけて、

元気出して、やっていくしか、ないんじゃないのかな?

ストレスが多いもの。社会も日常も仕事も。

きっと、

幸(しあわ)せとか、充実感(じゅうじつかん)なんて、

花火みたいな、

一瞬(いっしゅん)の、ものでさぁ、

だから、

儚(はなな)いけど、瞬間(しゅんかん)だけど、

いつも、

楽しいこと探(さが)してさ、見つけてさあ、

平凡(へいぼん)でもいいから、

そうやっていくしかなんじゃないのかな?純ちゃん」

 

「・・・いつかは、ゴールに、達(たっ)するというような、

歩き方(あるきかた)ではだめだ。

一歩一歩(いっぽ、いっぽ)が、ゴールであり、

一歩が、一歩としての、

価値(かち)を、もたなくてはならない・・・」

 

「へ~ぇ。いい言葉じゃない、誰がいったの?純ちゃん」

 

「おれが、作(つく)ったの。なんて、うそ。はっはっはは。

あのドイツの文豪(ぶんごう)、

ゲーテが、

詩人の、エッカーマンに語(かた)った言葉だよ。

エッカーマンって、ゲーテに認められた詩人らしいよ。

ゲーテより、43歳も若(わか)かったんだ。

エッカーマンの詩って、探したけど、見つからないなあ」

 

「エッカーマン?!さっきの言葉は、ゲーテがいったのね。

一歩一歩(いっぽ、いっぽ)、

一瞬一瞬(いっしゅん、いっしゅん)が、ゴールかぁ!?

なんんとなく、わかるなあ。

ゲーテも、偉(えら)い人だね。純ちゃん・

現代人に、教(おし)えを説(と)けるんだから。

今夜は、

ビール、飲(の)んで、花火を見て、楽しくやろう!

かわいい女の子は、いっぱいいるし。はっはは!」

 

「そうそう、酒はうまいし、

姉(ねえ)ちゃんは、きれいだし!

こんな歌の歌詞(かし)、あったっけ?あっはっは!」

 

純と信也はわらった。

 

緑地(りょくち)運動場までは、あと15分ほどであった。

 

≪つづく≫ 



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17章 世田谷区たまがわ花火大会 (4)

17章 世田谷区たまがわ花火大会 (4)

 

「やっぱり、履(は)きなれた、靴(くつ)じゃないと、

歩きにくいわよね」

 

清原美樹(きよはらみき)が、となりを歩く、

松下陽斗(まつしたはると)に、

そういって、ほほえんだ。

 

「うん、そうだね。ゆっくり歩いてゆこうよ。

時間はまだ、いっぱい、あるんだから」

 

そういって、松下陽斗は、腕時計を見ると、

4時20分だった。

 

5時30分からが、

深沢高校(ふかさわこうこう)の、

和太鼓部(わだいこぶ)とかの、

ステージ・イベント・オープニング・セレモニーだから、

30分前には、花火大会に、到着(とうちゃく)できる。

 

浴衣(ゆかた)の、みんなが、履(は)いているのは、

ビーチ・サンダルと同じ素材(そざい)の、

適度なクッションの、

ポリウレタン底(ぞこ)の、下駄(げた)や、

草履(ぞうり)や、雪駄(せった)とかである。

 

東名高速道路の下を、抜(ぬ)け、3分ほど歩いて、

みんなは、コンビニに立ち寄(たちよ)った。

個々に、好(この)みの、

軽食や、お菓子や、飲み物や、ビールとかを買(か)う。

 

森川純たち、数人が用意(ようい)する、

7つもの、携帯用(けいたいよう)の、ポリエステル製の、

クーラー・ボックスに、それらを入れる。

 

クーラー・ボックスを、「はい、交替(こうたい)!」と、

ふざけ合いながら、

それを肩(かた)にかけて、男たちが歩く。

 

清原美樹(きよはらみき)と、

松下陽斗(まつしたはると)の、うしろには、

姉(あね)の、清原美咲(きよはらみさき)と、

岩田圭吾(いわたけいご)が歩いている。

このふたりも、浴衣(ゆかた)であった。

 

岩田圭吾(いわたけいご)は、美咲の父の、

清原法律事務所に所属する、弁護士(べんごし)だった。

美咲は、1989年生まれの、24歳になったばかり。

圭吾(けいご)は、1984年生まれで、29歳であった。

 

圭吾(けいご)は、美咲の夢(ゆめ)の

弁護士(べんごし)になるという、目標(もくひょう)を、

いつも、応援(おうえん)して、励(はげ)まして、

受験勉強のアドバイスをしてきた。

 

そして、ある日、

美咲(みさき)は、圭吾(けいご)から、

こんな言葉を、打ち明けられたのだった。

 

「ありのままの、君(きみ)が好(す)きだから・・・」

 

清原美咲(きよはらみさき)は、

2012年の、去年(きょねん)、6月から始まった、

短答式試験(たんとうしきしけん)、

10月に行(おこな)われた、論文式試験(ろんぶんしきしけん)

11月に行(おこな)われた、口述試験(こうじゅしきしけん)

それら、難関(なんかん)の、

予備試験(よびしけん)に、ストレートで、合格(ごうかく)する。

 

そして、美咲(みさき)は、2013年の今年、

5月に、4日間の日程で、実施(じっし)された、

司法試験(しほうしけん)を、受験(じゅけん)した。

 

合格の発表は、今年の9月10日(火)午後4時である。

 

突然(とつぜん)、平沢奈美(ひらさわなみ)と、

上田優斗(うえだゆうと)が、

若者(わかもの)らしい、大声(おおごえ)で、

わらっているので、

美咲(みさき)と圭吾(けいご)は、

うしろを、振(ふり)り向(む)いた。

 

優斗(ゆうと)が、肩(かた)にかけている、

携帯用(けいたいよう)の、ポリエステル製の、

クーラー・ボックスを、

「頼(たの)むから交替(こうたい)してくれ」と、

奈美(なみ)に、

渡(わた)そうとするのだが、

奈美(なみ)は、「いやだ!」といって、

クーラー・ボックスと、優斗(ゆうと)を

押(お)しのけるのだった。

そんなことで、浴衣姿(ゆかたすがた)で、

じゃれあっては、

お腹(なか)をかかえて、わらいあっている。

 

奈美(なみ)も、優斗(ゆうと)も、ベース・ギターが、

好きで、バンドでも担当だから、

これまでも、お互(たが)いに、

相手に、興味(きょうみ)があった。

 

お互いに、親(した)しくなる、きっかけが、

なかなか、つかめなかったが、

最近、急に、仲(なか)よくなれた。

 

グレイス・ガールズのベーシスト、

平沢奈美(ひらさわなみ)は、

1年生、今年の10月で、19歳。

 

ギター、ベース、ドラムだけの、

スリーピース・バンド、

オプチミズム(optimism)をやっている

ベーシスト、ヴォーカルの、

上田優斗(うえだゆうと)は、

3年生、6月に、21歳になったばかり。

 

オプチミズムは、楽天主義だから、

ラクテンとか、オプチとか、呼ばれて、

サークル仲間にも、人気もあるバンドであった。

 

≪つづく≫ 



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17章 世田谷区たまがわ花火大会 (5)

17章 世田谷区たまがわ花火大会 (5)

 

なんとなく、そんな、平沢奈美(ひらさわなみ)に、

フラれた感じもしないでもない、

岡昇(おかのぼる)が、

じゃれあう、平沢奈美(ひらさわなみ)と、

上田優斗(うえだゆうと)の、うしろを歩いている。

 

岡昇(おかのぼる)は、南野美菜(みなみのみな)と、

楽しそうに、言葉をかわしあいながら、歩いている。

 

岡は、いつも、次の行動が早い。

根(ね)っから、パーカッションに向いているのせいなのか、

その得意(とくい)なパーカッションで、学んだ、

さまざまな状況に、すばやく適応(てきおう)する、

器用(きよう)さなのか、

ピンチを、チャンスに、歌の転調(てんちょう)のように、

転換(てんかん)してしまう、妙(みょう)な、

才能のある、たくましい、若者(わかもの)だった。

 

岡昇(おかのぼる)が、今度こそ!と、交際を始めたのが、

早瀬田(わせだ)の3年生、

4月に、21歳になった、南野美菜(みなみのみな)であった。

 

なんでも、正直(しょうじき)にいってしまう、

癖(くせ)のある、岡は、

ユーモアのつもりもあって、

「美菜ちゃんの名前、みなみのみな、って、

舌(した)をかみそうだね!」

と、いってしまいそうになるが、

喉(のど)まで、出かかったところで、

あわてて、いうことをやめたのだった。

 

何度もの、女の子との、コミュニケーションの失敗で、

危険の予知というか、危機管理も、

自分で、コントロール、できるようになったらしい。

 

南野美菜(みなみのみな)は、自分の才能に、

迷(まよ)いながらも、

シンガー・ソング・ライターを、目指(めざ)していた。

岡昇と、話をしていると、

自分にも、まだまだ、才能を開花させることが、

できるかもと、希望や元気がわいてくるのだった。

岡と話していると、楽しくなれる、美菜だった。

 

岡もまた、美菜の、年上(としうえ)の、

女性らしさ、お色気(いろけ)の、魅力(みりょく)に、

我(われ)を忘(わす)れることが、しばしばのようだ。

 

でも、そんな岡を、やさしく、受けとめる、美菜だった。

 

岡(おか)は、今年の12月で、19歳の、

早瀬田(わせだ)の1年生。

美菜(みな)は、今年の4月で、21歳になった、

早瀬田(わせだ)の3年生。

 

そんな、浴衣姿(ゆかたすがた)も、お似合(にあ)いの、

岡と美菜の、

あとを、歩いているのが、

美菜(みな)の姉(あね)の、南野美穂(みなみのみほ)と、

MFCの副幹事長の谷村将也(たにむらしょうや)だった。

 

つい最近、谷村は、岡から、美穂を紹介されたのだった。

ファミレスのサイゼリアで待ち合わせをして、

将也(しょうや)は、

岡(おか)と美菜(みな)と美穂(みほ)に会ってみた。

将也は、美穂を見た、その一瞬(いっしゅん)で、美穂に、

一目惚れ(ひとめぼれ)をしたといった感じであった。

美穂もまた、一瞬(いっしゅん)で、

将也の、好意(こうい)の気持ちを感じとったようだった。

 

4月で20歳になった、2年生の、

谷村将也(たにむらしょうや)と、

12月で、23歳になる、OL(オフィス・レディ)の、

南野美穂(みなみのみほ)、

このふたりも、よく似あう、浴衣姿(ゆかたすがた)であった。

 

将也と美穂のうしろを、歩いているのは、

水島麻衣(みずしままい)と、矢野拓海(やのたくみ)だった。

 

お互(たが)いの気持が、

よく通(つう)じていて、たいへん仲(なか)がよい

証(あかし)なのだろう、

なんと、仲睦(なかむつ)まじく、手をつないで、

歩いている、ふたりであった。

このカップルも、浴衣(ゆかた)だった。

 

水島麻衣(みずしままい)は、早瀬田(わせだ)の2年生、

12月が来れば、20歳だった。

矢野拓海(やのたくみ)は、理工学部の3年生、21歳。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の幹事長でもある。

 

そんな麻衣(まい)と、拓海(たくみ)が、

仲よくなった、きっかけは、

ふと、ふたりが、かわす、会話のたびに、

ふたりとも、

楽器では、ギターが好きで、ギターリストでは、

ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)が好きなこと、

美意識、音楽観が、よく、似(に)ていることであった。

 

拓海は、出合ったころから、麻衣を、妹のように、

愛(いと)おしく、親しみを感じていたが、

幹事長などをしていることもあって、

自分から、特別な行動は、とりにくかったらしい。

 

麻衣(まい)のほうは、性格も明るく、

生まれつきの社交性があって、

拓海(たくみ)に近(ちか)づく、チャンスを、

なんとなく、いつも、窺(うかが)っていたようである。

 

そんな、いくつものカップルが、誕生している、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の、一行(いっこう)は、

雑談(ざつだん)したり、

わらったりしながら、40分ほど歩いた。

 

4時55分ころ。

有料協賛席(ゆうりょうきょうさんせき)に、到着した。

花火の打ち上げ地点から、200mくらいの、

二子玉川緑地運動場(ふたごたまがわりょくちうんどうじょう)

の中の、多摩川の水辺である。

華(はな)やかな花火の祭典(さいてん)を待つ、

数多(かずおお)くの人で、あふれている。

 

二子玉川緑地運動場は、緑の芝生におおわれた、

世田谷(せたがや)区民の憩(いこ)いの広場だった。

サッカーや野球などの、

レクリエーション(娯楽・ごらく)にも、利用されている。

 

≪つづく≫ 



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17章 世田谷区たまがわ花火大会 (6)

17章 世田谷区たまがわ花火大会 (6)

 

株式会社・モリカワの社長の、森川誠(まこと)も、

テーブル席で、くつろいでいた。

普段着の、ポロシャツに、チノパンであった。

 

森川誠(まこと)の右(みぎ)どなりには、無二(むに)の親友で、

会社の顧問・弁護士(こもん・べんごし)を、

してもらっていいる、清原美樹の父でもある、

清原和幸(かずゆき)がいる。

 

森川誠(まこと)の左(ひだり)どなりには、

本部・部長の村上隼人(むらかみはやと)、

そのとなりには、本部・主任の市川真帆(いちかわまほ)がいる。

定員(ていいん)4人の、まるくて、白いテーブルである。

 

浴衣姿(ゆかたすがた)の、市川真帆(いちかわまほ)は、

女性らしい、こまやかさで、

テーブルに、飲み物や、ビールや、軽食とかを、ひろげる。

 

そのテーブルの、まわりのテーブルには、下北沢(しもきたざわ)の、

モリカワの本部の社員たちが、気ままに、歓談(かんだん)している。

 

森川純や川口信也たち、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の

部員たちは、

予約してある、定員4人の、まるいテーブルや、

四角(しかく)いテーブルや、10人用の大型シートに、くつろいだ。

 

「毎年(まいとし)、こんなふうに、花火を、鑑賞する、催(もよお)しは、

やっていこうよ。

童心(どうしん)に戻(もど)れるようで、楽しいじゃないか。わっはっは」

 

450mlの、缶(かん)ビールに、上機嫌(じょうきげん)の、森川誠が、

左(ひだり)どなりの、

部長の村上隼人(むらかみはやと)に、そう語(かた)って、わらう。

 

「そうですよね。わかりました。毎年、ここで、楽しみましょう」

 

人懐(ひとなつ)っこくて、善良そのものの、わらい顔(がお)で、

誠(まこと)に、返事をする、隼人(はやと)だった。

 

「ただ、残念なことなんですが。わたしたちは、土日とか、

休日ですから、

こういう、花火大会にも、出席できるのですけど、

わたしたちの会社のお店は、

ほとんど、土日も、営業をしているのがですよね。

わたしたちの、会社の、

多くの社員のみなさんが、

せっかくの、すてきな、イベントに、参加しづらいというのが、

申(もう)しわけ無(な)い、気がしてしまうのですよね」

 

「そのとおりだな。隼人(やはと)さん。その点は、

また、みんなで、いい、打開策(だかいさく)を見つけよう」

 

「はい」

 

「会社を経営していると、問題が、いろいろあるよ。

ねえ、和(かず)ちゃん。

そうそう、美咲(みさき)ちゃんも、ストレートで、

司法試験に、合格できそうですよね。

さすが、和(かず)ちゃんちのお嬢(じょう)さまだ!

大変に、おめでたいことですよね!」

 

「結果が出るまで、わかりませんけどね。

ありがとうございます、誠(まこ)ちゃん。

何事(なにごと)にも、

運(うん)がありますから、

みなさんには、感謝することばかりですよ。はっはっは」

 

そういって、陽気(ようき)に、わらう、清原和幸(かずゆき)。

和幸(かずゆき)は、12月で、59歳に、

誠は(まこと)は、8月に、59歳になったばかりだった。

 

「真帆(まほ)さんは、いつお会いしても、本当に、

お美(うつく)しい。

きょうの、浴衣姿(ゆかたすがた)も、見とれてしまいます。

先日は、松下陽斗(まつしたはると)さんの、

ピアノ・リサイタルで、お会いできましたね。

村上隼人(むらかみ)さんと、ご一緒(いっしょ)で・・・。

お二人(ふたり)は、

また、美男と美女で、本当に、お似合いのカップルだ」

 

ビールに酔って、リラックスしているのか、

どちらかといえば無口な、和幸(かずゆき)が、

真帆(まほ)にそんな話をする。

 

「ありがとうございます。でも、わたしなんて。

清原さまの、お嬢(じょう)さまたちのほうが、

わたしなんかより、

かわいらしいし、きれいだと思いますわ。

松下陽斗(まつしたはると)さんの、

ショパンの名曲の数々は、

情熱的な演奏で、すっかり、わたしも、酔いしれましたわ。

松下陽斗(まつしたはると)さんは、

やっぱり、評判(ひょうばん)どおりの、天才的な人だと思います!」

 

「陽斗(はると)さんも、何かの縁(えん)で、

うちの、美樹(みき)と、おつきあい、してくれていて、

いつまでも、仲よくしていってくれると、いいんだけど。はっはは」

 

「だいじょうですよ。お父(とう)さま。

美樹さんと、陽斗(はると)さんですもの」

 

そういって、心の穢(けが)れが、1つもないような、澄(す)んだ、

瞳(ひとみ)で、ほほえむ、市川真帆(いちかわまほ)だった。

 

和幸(かずゆき)の、右隣(みぎどなり)にいる、

本部・主任の市川真帆(いちかわまほ)は、

華(はな)やかな、色合いと柄(がら)の、浴衣姿であった。

 

本部・部長の村上隼人(むらかみはやと)も、

市川真帆(いちかわまほ)の浴衣(ゆかた)に、

合わせたような、甚平(じんべい)の格好(かっこう)だった。

 

今年の4月で、25歳になった、市川真帆(いちかわまほ)は、

今年の10月で、32歳になる、村上隼人(むらかみはやと)と、

知らず知らずのうちに、

恋仲(こいなか)になってしまっていた。

 

どちらかが、愛(あい)の告白(こくはく)をしたというものでもなく、

お互(たが)いに、

仕事のことで、頼(たの)みごとをすることがあったり、

質問(しつもん)をし合(あ)ったり、

簡単(かんたん)な議論(ぎろん)をすることもあったりと、

そのような日々の、オフィス(会社)のなかで、

知らず知らずのうちに、

愛を、確(たし)かめ、合(あ)っていたのだった。

 

≪つづく≫ 



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17章 世田谷区たまがわ花火大会 (7)

17章 世田谷区たまがわ花火大会 (7)

 

5時30分になった。天気も、夏らしく、暑(あつ)い。

 

都立の深沢高校(ふかさわこうこう)の、

和太鼓部(わだいこぶ)の演奏(えんそう)が、

大空や、会場の芝生(しばふ)の運動場に

「ドドドドーン!ダダダダダッ!」と

大反響(だいはんきょう)する。

 

オープニング・セレモニー(式典)は、

開始された。

 

森川純の兄の、森川良(もりかわりょう)と、

ポップス・シンガーの白石愛美(しらいしまなみ)が、

定員4人の、まるいテーブルで、

オープニング・セレモニーに、すっかり、見入(みい)っている。

 

白石愛美(しらいしまなみ)は、今年の4月で、20歳(はたち)。

雑誌やテレビなどのマスコミで、日本の、マライア・キャリー

といわれているほど、

知名度(ちめいど)も、急上昇中(きゅうじょうしょうちゅう)だった。

 

その、抜群(ばつぐん)の、歌唱力(かしょうりょく)や、歌声を持つ、

白石愛美(しらいしまなみ)を

見(み)つけて、育(そだ)ててきたのは、

モリカワ・ミュージック・課長をしている、

森川良(もりかわりょう)といえるかもしれない。

 

モリカワ・ミュージックでは、デモテープや、ライブハウスなどで、

日々(ひび)、新人の発掘(はっくつ)に、力を入れている。

 

ポップス・シンガーの白石愛美(しらいしまなみ)や、

ピアニスト・松下陽斗(まつしたはると)は、

モリカワの全店と、モリカワ・ミュージックが、

全面的支援している、

有望(ゆうぼう)な、新人・アーチストだった。

 

森川良(もりかわりょう)に、はじめて、会ったときは、

髪(かみ)も、

ぼさぼさで、あまり、ぱっとしない、第一印象(だいいちいんしょう)

だけしか、

頭の中に残(のこ)らない、白石愛美(しらいしまなみ)であった。

 

白石愛美(しらいしまなみ)が、森川良(もりかわりょう)に、

頼(たの)もしさや、男らしさや、

特別な愛情を抱(いだ)くようになるまでは、

時間はかからなかった。

 

いまでは、ふたりは、同じ目標(もくひょう)に向かって、

燃えている、同志(どうし)であり、

仕事にも、恋にも、激(はげ)しく、燃(もえ)えている、

最愛(さいあい)の、

恋人同士(こいびとどうし)であった。

 

「花火って、一瞬(いっしゅん)だから、儚(はかな)くって、

考えていると、哀しくなるくらいだわ。

でも、儚(はかな)くって、一瞬だから、

美しいのかしら?」

 

白石愛美(しらいしまなみ)は、キラキラと、

瞳(ひとみ)を、輝(かがや)かせて、

微笑(ほほえ)むと、

森川良(もりかわりょう)に、

そんな問(と)いかけをする。

 

「美しいものは、一瞬だろうし、永遠なんだろう、きっと。

こういう、深遠(しんえん)なことは、

論理的に考えてたりするのは、バカな話さ。

詩的(してき)に、感覚的(かんかくてき)に、

解決する問題さ。

空があるように、地面があるように。

夜があるように、朝が来るように。

だから、一瞬もあるし、永遠もあるってね。

愛美(まなみ)ちゃんの、美しい歌声を、

何度も、永遠のように、

再現できて、楽しめるなんていうのは、

よく考えたら、

奇跡的(きせき)なことなんじゃないかな!?

おれ、そんなことに、すっげえ、幸福、感じるよ。

あっはっはは」

 

森川良(もりかわりょう)は、そういいながら、

やさしい声で、わらった。

そして、白石愛美(しらいしまなみ)の手を、握(にぎ)った。

 

「ありがとう。良(りょう)ちゃん。わたし、いまの言葉、

とても、うれしい・・・」

 

言葉(ことば)に詰(つ)まった、

白石愛美(しらいしまなみ)の頬(ほほ)に、

きれいな、涙(なみだ)が、ひかった。

 

夜の7時。

グランドオープン・・・の、開始だった。

 

ドーン、ドーン、ドーン!

バチ、バチ、バチ!

 

花火の、オープニングを飾(かざ)る、

連発仕掛(れんぱつしかけ)花火の、

スター・マインが打ち上がった。

 

何十発もの、花火玉(はなびだま)が、

テンポもよく、つぎつぎと、

打ち上げられて、夜空(よぞら)に、色あざやかに、

花が咲(さ)いては、消えていく。

 

夜の7時55分。

グランド・フィナーレ(最後の幕)の、

クライマックス、最高潮(さいこうちょう)。

 

都内(とない)でも、屈指(くっし)の規模(きぼ)を誇(ほこ)る、

8号の花火玉(はなびだま)の、100連発が、

次々と、打ち上げられる。

 

時(とき)が、止(と)まったように、夜空(よぞら)が、

大輪(たいりん)の花たちで、明るく染(そ)まる。

 

連発仕掛(れんぱつしかけ)花火の、

スターマインが、打ち上がって、

金色や銀色に、キラキラと、光輝(ひかりかがや)く。

 

滝(たき)の流(なが)れのような、空中(くうちゅう)の、

ナイアガラが、

夜空(よぞら)に、出現(しゅつげん)する。

 

夜の8時には、およそ、6500発の花火が、すべて全部、

打ち上げられて、全プログラムは終了した。

 

≪つづく≫ 



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≪特別編≫ 恋愛カップル15組のプロフィール

雲は遠くて☆特別編☆プロフィールのご紹介☆

 

◇ 現在進行中の、恋愛、カップルの15組の、ご紹介です ◇

 

(なお、ナンバー15の、北沢奏人(きたざわかなと)と、

天野陽菜(あまのひな)の恋愛は、予定中でして、

現時点では、まだ、物語として、描写していません。)

 

1.川口信也(かわぐちしんや) & 大沢詩織(おおさわしおり)

 

☆川口信也。1990年2月23日生まれ。

早瀬田大学、商学部、卒業。株式会社モリカワの、本部の課長。

ロックバンド、クラッシュ・ビートの、

ギターリスト、ヴォーカリスト。

 

下北沢の本部は、株式会社モリカワの、

司令塔(しれいとう)である。

多様(たよう)な、外食の店を、全国展開している、

モリカワの、顧客(こきゃく)の、

ニーズ(需要・じゅよう)の、

リサーチ(顧客分析)などをして、

常(つね)に、問題点を、探(さぐ)り出して、

あらたな、企業戦略などを、企画して、

常に、あらたな展開と、統率を図(はか)っている。

 

川口信也は、2011年の春、早瀬田(わせだ)大学4年

のとき、

その春に、入学した、清原美樹と、

音楽サークルの、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)で、

日に日に、仲(なか)よくなる。

しかし、運命の悪戯(いたずら)といえばよいのか、

ふたりの恋愛は、成就(じょうじゅ)しなかった。

2013年の、現在でも、信也と美樹のあいだには、

篤(あつ)い、友情があることに、変わりはない。

信也も、美樹も、いまは、ほかの相手と、

交際(こうさい)を、楽(たの)しんでいる。

 

☆大沢詩織。1994年6月3日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、文化構想学部、1年生。

 

ロックバンド、グレイス・ガールズの、

ギターリスト、ヴォーカリスト。

 

詩織は、いまも友人の、岡昇に、2013年の、5月、

「好きなんです」と、告白(こくはく)される。

「わたしを、本当に好きなら、川口信也さんを、

わたしに紹介して!」と、ひたすら、お願いする。

そして、2013年6月8日の土曜日、

岡昇が、ふたりの間(あいだ)のパイプ役になって、

川口信也、岡昇、大沢詩織の3人は、

大沢詩織の19歳の誕生祝(たんじょういわい)をする。

 

2.清原美樹(きよはらみき) & 松下陽斗(まつしたはると)

 

☆清原美樹。1992年10月13日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、教育学部、3年生。

 

ロックバンド、グレイス・ガールズの、

キーボード、ヴォーカリスト。

 

☆松下陽斗。1993年2月1日生まれ。

東京・芸術・大学の音楽学部、ピアノ専攻の3年生。

 

クラシック、ジャズ、ポップスと多彩なジャンルの、

豊潤(ほうじゅん)な演奏で、人気上昇の、若手ピアニスト。

 

美樹と陽斗は、都立の芸術・高等学校で、3年間、

鍵盤楽器(ピアノ)を、学(まな)んでいた。

 

ふたりの家も、下北沢駅の近(ちか)くなので、

放課後も、よく、ごく自然に、いっしょに下校していた。

ふたりの、そんな関係は、

友情なのか、それとも恋愛なのか、

その判別が、曖昧(あいまい)なままの、

3年間の高校生活だった。

 

ところが、2011年の初春(しょしゅん)、

高校の卒業の間際(まぎわ)のころ、

陽斗(はると)は、美樹の姉の

美咲(みさき)のことを、好きだと、

心の内(うち)を、美樹に、明(あ)かす。

 

通(かよ)う、大学も、違(ちが)うこともあり、

ふたりは、遠(とお)ざかっていくようであったが、

陽斗(はると)から、遠ざかったのは、

妹思(いもうとおも)いの、姉の美咲であった。

 

2012年の秋ごろから、美樹と陽斗は、

楽しく、何でも語りあえる、高校のころと、

変(か)わらない、良好な、関係に、戻(もど)る。

 

3.清原美咲(きよはらみさき) & 岩田圭吾(いわたけいご)

 

☆清原美咲。1989年6月6日生まれ。

慶応(けいおう)大学、法学部卒業。弁護士になるのが目標。

そのための、予備試験(よびしけん)に、合格(ごうかく)。

 

司法試験(しほうしけん)を、受験(じゅけん)。

合格の発表は、2013年、9月10日(火)。

 

☆岩田圭吾。1984年2月5日生まれ。

弁護士(べんごし)として、美咲の父の、

清原法律事務所に所属している。

 

4.森川純(もりかわじゅん) & 菊山香織(きくやまかおり)

 

☆森川純。1989年4月3日生まれ。

早瀬田大学、商学部、卒業。株式会社モリカワの、

本部の課長。

父親は、モリカワの社長の森川誠(まこと)。

 

森川良(りょう)は、兄、森川学(まなぶ)は、叔父(おじ)。

ロックバンド、クラッシュ・ビートの、

ドラマー、ヴォーカリスト。

 

☆菊山香織。1993年7月26日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、2年生。

ロックバンド、グレイス・ガールズの、

ドラマー、ヴォーカリスト。

 

5.小川真央(おがわまお) & 野口翼(のぐちつばさ)

 

☆小川真央。1992年12月7日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、教育学部、3年生。

 

ヒップホップなどのダンスは得意。

歌うのは苦手(にがて)だった。

親友の美樹の、4回の、誘(さそ)いで、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員になる。

 

翼(つばさ)の協力もあって、

ギターを弾きながら、歌うことも、楽しめるようになる。

美樹がリーダーの、ロックバンド、グレイス・ガールズを、

いつも応援(おうえん)している。

 

☆野口翼。1993年4月3日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、理工学部、2年生。

 

勉学熱心、頭の回転は速(はや)いが、

ねばりや根気(こんき)の不足を自覚している。

 

6.岡林明(おかばやしあきら) & 山下尚美(やましたなおみ)

 

☆岡林明。1989年4月4日生まれ。

早瀬田大学、商学部、卒業。株式会社モリカワの、

本部の課長。

 

ロックバンド、クラッシュ・ビートの、

ギターリスト、ヴォーカリスト。

 

妹は、今年(2013年)、高校2年の、香織(かおり)。

 

☆山下尚美。1993年12月3日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、2年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員。

 

森田麻由美(もりたまゆみ)と、仲が良く、

ふたりの、音楽ユニットで、コピーを、歌う。

ライブのたびに、気の合う、男子部員たちとも、

バンドを組んで、楽しむ。

 

7.高田翔太(たかだしょうた) & 森田麻由美(もりたまゆみ)

 

☆高田翔太。1989年12月6日生まれ。

早瀬田大学、商学部、卒業。株式会社モリカワの、

本部の課長。

ロックバンド、クラッシュ・ビートの、

ベーシスト、ヴォーカリスト。

 

去年(2012年)の夏の、世田谷区たまがわ花火大会

のころまで、早瀬田大学3年の、山沢美里(やまさわみさと)

と交際(こうさい)していたが、おたがいに、

満(み)たされないまま、約半年で、別(わか)れる。

 

現在、森隼人(もりはやと)と、親密な、早瀬田大学3年生の、

山沢美紗(やまさわみさ)は、山沢美里の妹(いもうと)である。

 

☆森田麻由美。1993年10月9日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、2年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員。

 

山下尚美(やましたなおみ)と、仲が良く、

ふたりの、音楽ユニットで、コピーを、歌う。

ライブのたびに、気の合う、男子部員たちとも、

バンドを組んで、楽しむ。

 

8.矢野拓海(やのたくみ) & 水島麻衣(みずしままい)

 

☆矢野拓海。1992年10月7日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、理工学部、3年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の幹事長。

 

モーツァルトを、尊敬(そんけい)している。

ピアノ、ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルなど、

かなりなレベル(程度)できる、多才さがある。

独特のユーモアなどで、MFCの部員や、

OBの森川純たち、クラッシュビートのメンバーからも、

慕(した)われる。男女から、好かれる、性格の持ち主。

 

☆水島麻衣。1993年3月7日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、2年生。

ロックバンド、グレイス・ガールズの、

ギターリスト、ヴォーカリスト。

 

美意識、音楽観に共感することの多い、

拓海への思いが、約1年間を経(へ)て、

現実のかたちとなる。

水島の愛用のギターは、真紅(しんく)の、

フェンダー・ジャパン・ムスタング(MG69)。

 

9.平沢奈美(ひらさわなみ) & 上田優斗(うえだゆうと)

 

☆平沢奈美。1994年10月2日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、1年生。

ロックバンド、グレイス・ガールズの、

べーシスト、ヴォーカリスト。

 

岡昇に、親近感(しんきんかん)を持つが、

何か、満(み)たされないものを感じる。

上田優斗とは、おたがいのなかにある、

熱(あつ)いの炎(ほのお)のような何かを、

自然に、感じ合(あ)うことができる。

 

☆上田優斗。1992年6月6日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、3年生。

ギター、ベース、ドラムだけの、

ロックの、スリーピース・バンド、

オプチミズム(optimism)をやっている。

担当は、ベース、ヴォーカルで、

平沢奈美とは話も合う。

オプチミズムは、楽天主義という意味で、

優斗がつけたバンド名である。

 

平沢奈美には、優斗にはない、

憧(あこが)れの、楽天的なところがあって、

そんな明るい社交性とかに、優斗もひかれる。

 

10.岡昇(おかのぼる) & 南野美菜(みなみのみな)

 

☆岡昇。1994年12月5日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、1年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の会計を担当。

リズム感が、サークルの中でも、ピカイチで、

パーカッション、ブルース・ハープ、

アコースティック・ギターが得意である。

歌も、高い声が出せて、コーラスの常連だ。

愛用のギターは、ギブソンの

アコースティック・ギター (Jー160E)。

 

この1年間に、大沢詩織に、フラれ、

平沢奈美に、フラれたが、3度目の正直なのか、

南野美菜とは、とてもうまくいっているようだ。

音楽で、食べていけることが、夢である。

 

川口信也と、谷村将也に、運命の彼女を、

紹介するという偉業(?)を成(な)しとげる。

 

☆南野美菜。1992年4月8日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、3年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員。

冒険心や夢を追うタイプなところが、

岡昇と、共通しているなと思う、美菜である。

失敗を失敗と思わない、楽観性も似ている。

美菜は、シンガー・ソング・ライターを、

目指(めざ)している。

 

11.谷村将也(たにむらしょうや) & 南野美穂(みなみのみほ)

 

☆谷村将也。1993年4月10日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、2年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の副(ふく)幹事長。

エリック・クラプトンの、ギターとヴォーカルを、

コピーすることが、得意。

水島麻衣に、熱を上げていたが、フラれる。

しかし、岡昇に、南野美穂を紹介されて、

その運命的な女性と、うまくいっていて、

岡には、感謝している。

 

☆南野美穂。1990年12月10日生まれ。

南野美穂の、妹は、南野美菜。

美穂と、美菜は、価値観も

似(に)ている、とても仲のよい、姉妹(しまい)。

 

美穂は、現在、社会人として、

キャリア・ガールっぽく、仕事も熱心に、

会社勤(つと)めをしている。

 

谷村将也のことは、年下ではあるが、

実行力も旺盛(おうせい)で、

頼(たよ)りがいもあって、

よく自分の気持ちを理解してくれる

谷村を、信頼(しんらい)している。

 

12.森川良(もりかわりょう) & 白石愛美(しらいしまなみ)

 

☆森川良。1983年12月5日生まれ。

株式会社モリカワの、事業部のひとつ、

モリカワ・ミュージックの課長。

モリカワ・ミュージックでは、デモテープや、

ライブハウスなどで、新人の発掘(はっくつ)に、

力を入れている。

 

ポップス・シンガーの白石愛美(しらいしまなみ)や、

ピアニスト・松下陽斗(まつしたはると)は、

そんな新人たちの中でも、

成長も、著(いちじる)しいアーチストである。

 

☆白石愛美(まなみ)。1993年4月7日生まれ。

マライア・キャリーの、歌のカヴァー(cover)で、

マスコミに、注目され、人気も出てきている。

 

無名だった、下積(したづ)みの、1年前までは、

モリカワのレストランで、ウェイトレスをしていた。

 

愛美を、実力のあるアーチストに、

育てあげようと、仕事に励(はげ)む、

森川良の姿に、いつ日か、魅(み)せられていた。

そんな良(りょう)とともに、仕事と恋に燃えている。

 

13.森隼人(もりはやと) & 山沢美紗(やまさわみさ)

 

☆森隼人。1994年11月8日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、理工学部、1年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員。

森隼人の父親、森昭夫は、48歳であるが、

CD、DVD、ゲーム、本などの、レンタルや販売の店を、

東京、大阪などの大都市を中心に、経営している。

ネット販売の、売り上げも順調な、急成長の会社である。

フォレスト(Forest)という会社名で、森という意味である。

 

大会社の息子(むすこ)ということもあって、

プレイボーイと、噂(うわさ)されることもあるが、

女性には不自由しない、森隼人(もりはやと)である。

 

しかし、最近は、森隼人の趣味の、好きな海やヨットを、

大好きだという、山沢美紗が、隼人にとって、

特別で、大切な女性となっている。

 

そんな山沢美紗には、

自分の欠点や、足(た)りないところを、

補(おぎ)ってくれるような、海のように深い、

母のような愛情や、女性らしさを感じている。

 

☆山沢美紗。1992年3月5日生まれ。

早瀬田(わせだ)大学、文学部、3年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員。

 

遊び上手(じょうず)と、プレイボーイと、

みんなから誤解(ごかい)されやすい、

森隼人の、心やさしい、情の深さを、

見抜(みぬ)く、男を見る目を、

持っている女性が、山沢美紗かも知れない。

 

山本美紗は、少なくとも、同じ夢や目標を、

追いかけて、見失わない限(かぎ)り、

森隼人とは、楽しく、いつまでも、

やっていけると、信じているようである。

 

山沢美紗(みさ)の、姉の山沢美里(みさと)は、

期間にして、半年間ほどであるが、

高田翔太と、交際していたことがある。

多摩川(たまがわ)花火大会を、

美里と翔太は、なかよく、見に行っていた。

山沢美里(やまさわみさと)は、今年、

2013年、早瀬田(わせだ)大学4年生である。

 

14.市川真帆(いちかわまほ) & 村上隼人(むらかみはやと)

 

☆市川真帆。1988年4月5日生まれ。

株式会社モリカワの、ヘッド・クオーター(本部)主任。

 

困(こま)っている人を、ほおっておけないほど、

情(じょう)が篤(あつ)いタイプ。

仕事の才能は、鋭(するど)すぎるほどあると、

自覚していて、その鋭さが、欠点だと思っている。

そんな反面、深い孤独感もあって、

よき理解者、協力者を、いつも求めていたようである。

真帆にとっての、大切な王子さまが、

つまり、村上隼人のことであるが、

運命の、王子さまが、

身近にいることに、気がつくまでには、

 

3年の歳月(さいげつ)が、過ぎ去っていた。

 

☆村上隼人。1982年10月6日生まれ。

株式会社モリカワの、ヘッド・クオーター(本部)・部長。

 

知的で、おしゃれで、上品(じょうひん)な、

言葉遣(づか)いや、身のこなしの隼人だが、

障害(しょうがい)、妨(さまた)げのある、恋や、

仕事に、燃えるタイプである。

 

社内恋愛を、バカにしていたのであるが、

そんな固定観念や先入観を、捨(す)て去って、

すべてを、捨(す)て去(さ)っても、いいから、

市川真帆の、やさしい愛情が欲しい

という覚悟(かくご)の、村上隼人であった。

 

ふたりとも、芸術鑑賞が好きで、

なかよく、休日は、ふたりして、出かける。

映画や音楽や絵画や演劇など、いろいろと。

 

15.北沢奏人(きたざわかなと) & 天野陽菜(あまのひな)

 

☆北沢奏人。1988年12月5日生まれ。

 

株式会社モリカワの、本部で仕事をしている、

副統括(ふくとうかつ)シェフ(料理長)。

 

モリカワ、全店舗の、料理や飲み物、スイーツなど、

すべてを、日々、品質管理したり、

新製品の開発や、企画を実施したりと、

その総指揮(そうしき)をとっている。

 

北沢奏人(かなと)の料理の師匠(ししょう)は、

同じ、株式会社モリカワの統括シェフ(料理長)の、

10歳、年上の、1978年生まれの、

宮田俊介(みやたしゅんすけ)である。

ふたりの仲は、師弟関係は、とても良好である。

 

天野陽菜(あまのひな)には、会ったその瞬間から、

一目惚(ひとめぼ)れであったらしい。

北沢奏人(かなと)の気持ちは、日に日に、

燃え上がるばかりであった。

まだ、最近の、2013年の春先のことである。

 

☆天野陽菜。1991年4月4日生まれ。22歳。

某大学(ぼうだいがく)を、卒業して、

下北沢のモリカワの本社に、入社したばかりである。

12月で、25歳になる、北沢奏人(かなと)とは、

出合った最初から、特別な親(した)しみがあって、

熱烈な関係になる予感が、

天野陽菜(あまのひな)にはあったらしい。

 

<以上>



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18章 サザンオールスターズ・祭り (1)

18章 サザンオールスターズ・祭り (1)

 

8月23日、金曜日の午後の5時半ころ。

 

定時(ていじ)で仕事を終えた、森川純(じゅん)と、

森川学(まなぶ)のふたりは、下北沢のモリカワの、

本社の近くの、小さなバーに、立ち寄った。

 

ルイーズ(Louise)というフランス語の名前の店で、

下北沢駅南口から、歩いて3分の、おしゃれなバーである。

カウンターと、四角(しかく)いテーブルで、

客席数は26席あり、女性がひとりでも安心して、

利用できた。ただし、店内は禁煙であった。

 

バーテンダーは、ふたりいて、ひとりは、カクテル・コンクールで、

何度も優勝している。ふたりとも、

会話の上手(じょうず)な、イケメンで、女性に人気がある。

 

カウンターは、厚(あつ)く、重(おも)みがあり、

店内のインテリアも、

流れるBGM(バックグラウンドミュージック)も、

しずかに、落ち着いた、大人の雰囲気(ふんいき)である。

 

「おれ、マルガリータをください」と、森川学は、

馴染(なじみ)のバーテンダーにいう。

 

「おれも、マルガリータをください」と、森川純。

 

マルガリータは、テキーラがベースのカクテルで、

中南米のラテンなイメージ。

さっぱりした酸味で、飲みやすい。グラスのふちには、

一周(いっしゅう)するように、塩がついている。

 

「まっちゃん。グレイス・ガールズ(GRACE GIRLS)の、

メジャー・デビューのことですが、

進捗状況(しんちょくじょうきょう)は、順調で、

オリジナル作品も、15曲は、揃(そろ)いましたよ。

これで、アルバム制作に入れます」

 

カウンターに座(すわ)る、森川純(じゅん)が、

となりの森川学(まなぶ)に、

ホッチキスで、左上が、閉(と)じてある、

グレイス・ガールズに関する、

A4サイズの数枚の書類を、差し出した。

 

「どれどれ、彼女たちは、いつ見ても、

美女揃(ぞろ)いだよね。

ビジュアル(視覚的)も、抜群だし、

技術的にも、水準は高い・・・。

大沢詩織(おおさわしおり)や、

清原美樹(きよはなみき)や、

メンバー全員、

ポップスによく合う、いい歌声を持っているよ。

それに、

清原美樹や大沢詩織の声は、

ポップスに向いているというか、1度聴(き)いたら、

忘れられない、いいものがあるよね・・・。

あとは、まあ、

オリジナリティ(独創性)、

アイデンティティー(主体性)、

ポピュラリティー(大衆性)が、

どうか?ってところかな。純(じゅん)ちゃん」

 

森川学(まなぶ)は、1970年12月7日生まれの42歳、

森川純の父の、森川誠(まこと)の弟であり、

叔父(おじ)である。

気ままな、独身生活を、楽しむタイプでもあった。

イケメンで、クルマは、フォルクス・ワーゲン、

夜遊びが好きな、おしゃれな中年男性である。

愛称は、

学(まなぶ)からとった、まっちゃん、で、みんなは、

気軽にそう呼んでいる。

社内でも、話のわかる上司として、人気がある、

モリカワの副社長である。

 

「グレイス・ガールズは、まだ、早瀬田の学生さんだし、

着実に、こつこつと、モリカワで、バックアップして、

育成(いくせい)してあげれば、

近いうち、ヒットも、飛(と)ばせるかもしれないよね。

しかし、なにしろ、

最近、女の子ばかりの、ガールズバンドの数も、

多いからね。

オリジナリティ(独創性)を、どのように、

出してゆけるかが、勝負かな?」

 

「そうですよね。オリジナリティですよね。まっちゃん。

おれたちの、クラッシュ・ビート(Crash Beat)

にもいえることなんですけど・・・」

 

「そうそう、君たちのクラッシュ・ビートも、そろそろ、

メジャー・デビューをしてみたらいいじゃないの?

モリカワ・ミュージックでは、

真剣に、夢を追いたいという、アーティストを、

支援するシステムが、しっかりとあるんだから。

クラッシュ・ビートも、そろそろ、

ファーストアルバム、作って、

メジャー・デビューしようじゃないの?」

 

「実は、その予定でいます。おれたちの音楽を、

どのように、クリエイト(創造)するか、

どのような、ポリシー(自己哲学)を持っていくかとか、

よく、メンバーの4人で、酒飲みながら、語りあってますよ。

夢を追(お)いたい、アーティストのための、

支援(しえん)や、

サービスや保障(ほしょう)が受けられる、システム(制度)を、

整備している、

モリカワ・ミュージックを、世間に知ってもらうためにも、

おれたちも、がんばらないとって、メンバー、

よく話しているんです。まっちゃん、あっはっは」

 

<つづく>



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18章 サザンオールスターズ・祭り (2)

18章 サザンオールスターズ・祭り (2)

 

「そうなんだ。モリカワ・ミュージックの、アーティストの

支援制度は、良心的というか、画期的だからなあ。

良(りょう)ちゃんが、熱心に、中心になって、

アーティスト支援(しえん)のシステムを、

立ち上げたんだからね。彼も立派(りっぱ)なものだ。

とかく、世間じゃ、

夢を追う、若者たちを、支援するように見せておいて、

食い物にしている、詐欺(さぎ)みたいな会社があるからね。

おれも、

クラッシュ・ビートには、期待しているよ。

まあ、そうなんだよな。

ポリシー(自己哲学)を、考えたりと、

自分の生き方とかを問(と)うのも、本来の、ロックの姿(すがた)

ともいえるんだよね。

そんな意味では、ロックは、ポップスとは、

本来は、相反(あいはん)するような、音楽だったね。

1950年ころのロックは、

働(はたら)いても、働いても、生活が楽(らく)にならない、

そんな、若い労働者たちの、

怒(いか)りを、託(たく)した、音楽ようだからね。

そして、

ポップスというのは、エンターテイメント(娯楽性)の高い、

音楽で、流行歌のことですものね。

しかし、

音楽とは、楽しむべきものであるから、自然な流れとして、

結局、

大衆受(たいしゅうう)けする、ポップ・ロックというのも、

いいんじゃないのかな。

たぶん、ビートルズも、サザンオールスターズも、

ロックとポップスのバランス(調和)の絶妙(ぜつみょう)

にいい、

ポップ・ロックの代表的なロック・バンドだろうしね。

あっはっは」

 

「そういえば、復活(ふっかつ)した、サザンも、

新曲では『ピースとハイライト』では、

ポップミュージックの原点やあり方として、

現実の社会の、憂(うれ)いや、

平和的な方向に向かってほしい願いを、

テーマ(話題)やメッセージにしたらしいんですよ。

NHKの特集で、桑田さんが語ってましたけど」

 

「サザンは、デビューして、30年以上だけど、

ポリシー(自己哲学)も、ぶれないバンドだよね。

明日の、サザン祭りは、成功させましょう!純ちゃん」

 

「はい、。まっちゃん。みんなで、盛り上げて、成功させます」

 

8月24日の土曜日。

特別ライブ、サザンオールスターズ・祭(まつ)りが、

下北沢駅、南口から、歩いて3分くらいの、

ライブ・レストラン・ビートで、6時30分の開演で行われた。

 

1階フロア、2階フロア、あわせて、280席は、満席(まんせき)。

チケット(入場券)は、

すべて、ソールド・アウト(完売)であった。

 

「サザンオールスターズ祭り、これより、開催いたします!

今夜は、ライブ・レストラン・ビートへ、お越(こ)しいただいて、

ありがとうございます。いやーあ、超満席です。

ほんとうに、ありがとうございます!

これも、サザンの人気の証明ですよね。

きょう、ご出演の、豪華な、ミュージシャンの、

みなさんの人気も、もちろん、ありますよね?

わたくし、佐野幸夫(さのゆきお)を、一目(ひとめ)見ようと、

お越(こ)しくださっている、お客さまも、

いらっしゃる気がしますが。

あ、そこの、手を振(ふ)ってくださっている、お客さま!

そうですか、ありがとうございます。

佐野幸夫、生まれてれてきてよかったと、

今夜は、つくづくと、身に染(し)みて、感じております!」

 

長身(ちょうしん)で、軽快で、おもしろい、MC(進行)の、

司会の店長、佐野幸夫(さのゆきお)の、トーク(おしゃべり)も、

全開(ぜんかい)、絶好調(ぜっこうちょう)であった。

 

サザン祭りには、早瀬田(わせだ)大学の音楽サークル、

ミュージック・ファン・クラブ(通称・MFC)の部員、

男子30人、女子38人、あわせて68人の全員が、参加した。

 

大人数の大学生の参加による、舞台の、ポップダンスや、

コーラス(大合唱)などは、

華(はな)やかさや楽しさに、溢(あふ)れた。

 

艶(あで)やかな、若い女の子ばかりの、

グレイス・ガールズの

『わたしはピアノ』と『夏をあきらめて』の

歌と演奏に、会場は、酔(よ)いしれた。

 

クラッシュ・ビートは、『BOHBO No.5』と

『チャコの海岸物語』、

スリーピース・バンドのオプチミズムは、

『ミズ・ブランニュー・デイ』などを、演奏し、歌(うた)った。

 

モリカワ・ミュージックに所属の、

ポップス・シンガー、白石愛美(しらいしまなみ)と、

ピアニストの松下陽斗(まつしたはると)は、

『そんなヒロシに騙(だま)されて』と、

『真夏の果実』を、

ピアノの弾き語りで、歌って、観衆を魅了(みりょう)した。

 

アンコール曲は、『いとしのエリー』だった。

会場は、総立(そうだ)ちで、みんなで、大合唱となった。

 

観衆も、気がつかない程度の、演奏などのミスもあった。

しかし、

サザンオールスターズ祭りの、ライブ演奏、全26曲は、

圧倒的(あっとうてき)な

パフォーマンス(芸術表現)で、

会場は、最後まで、熱い、2時間30分を過ごした。

 

≪つづく≫ 

 



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19章 信也と 詩織の ラブ・ストーリー (1)

19章 信也と 詩織の ラブ・ストーリー (1)

 

物語は、遡(さかのぼ)って、

7月6日、土曜日の午後5時。

1日中(いちにちじゅう)、曇り空(こもりぞら)で、

気温も 25度くらいであった。

 

小田急線の代々木上原(よよぎうえはら)駅南口から、

歩いて、5分ほどにある、

大沢工務店(こうむてん)の駐車場(ちゅうしゃじょう)で、

大沢詩織(おおさわしおり)は、

川口信也(かわぐちしんや)のクルマを待っている。

 

詩織は、大学の学生会館で、グレースガールズのメンバーと、

バンド練習をしてきたばかりだった。

 

短時間に、自分の部屋で、

2013年の流行色といわれる、エメラルド・グリーンの、

アイシャドウをして、細(ほそ)めの、

アイライン、マスカラで、引(ひ)き締(し)めた。

下(した)まぶたの涙袋(なみだぶくろ)も、

淡(わい)いグリーンを乗(の)せた。

グリーン×グリーンの完成(かんせい)である。

 

真珠(しんじゅ)や 虹(にじ)のような、

色を発(はっ)する、

ラメの、キラキラ度が、絶妙な感じに、仕上(しあ)がると、

「知的よね!」と 鏡(かがみ)の中の自分に、

満足(まんぞく)な、詩織である。

 

詩織は、光沢(こうたく)のある、オトナっぽい、

モスグリーン(深緑色)のワンピースに着替(きが)えた。

 

7月6日、土曜日といえば、

大沢詩織(おおさわしおり)の、

19歳の誕生祝(たんじょういわい)を、

川口信也(かわぐちしんや)と、

岡昇(おかのぼる)の、ふたりにしてもらった、

6月8日の土曜日から、ひと月が 過(す)ぎている。

 

こんなに、詩織(しおり)と信也(しんや)が、

親密(しんみつ)になるのには、

早瀬田(わせだ)大学、1年の、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員のなかでも、

異色(いしょく)、貴重(きちょう)なキャラ(性格)の

岡昇(おかのぼる)の存在が、必要だったようである。

 

「いつも、一緒(いっしょ)に いたいな!詩織ちゃんとは」

 

「え!?岡くん、それって、告白じゃないよね?!」

 

「うううっん。これって、告白っていうのかな・・・?

詩織ちゃんのこと、おれ、好きなんですよ!すごっく!」

 

「えええぇっ!?・・・あ、どうもありがとう。つーかさぁ。

でも、岡くん、わたし、好きな人がいるのよ。残念だけどぉ。

岡くん、ごめんなさい!」

 

詩織は、そんな会話のあとで、岡に、

川口信也(かわぐちしんや)が、好きなことを、うちあけた。

 

「わたしを、本当に好きなら、川口信也さんを、

わたしに紹介して!」

と、岡に 頼(たの)んだのだった。

 

そんな、意外な話の展開(てんかい)に、頭をかいたり、

意味不明(いみふめい)に、泣(な)きそうになったり、

その反対に、男らしく、笑って見せる、岡だった。

 

しかし、10分とはたたないうちに、

岡は、詩織のことはあきらめて、

詩織と信也を結(むず)びつける、

愛のキューピットの役、

パイプの役になることを、

引き受けたのだった。

 

複雑(ふくざつ)な心境(しんきょう)というのが、

一般的にも、岡の立場のはずだったが、

生まれつき、単純なタイプの 岡には、

その複雑な心境とか、疲れる葛藤(かっとう)とかが、

大(だい)の苦手(にがて)なようであった。

 

5時5分。

 

大沢工務店(こうむてん)の駐車場(ちゅうしゃじょう)に、

川口信也のクルマ、軽(けい)のスズキ・ワゴンRが止(と)まる。

走行距離も 5万キロを超(こ)えていて、

乗(の)り換(か)えを考えることもある、大学1年のとき、

バイトをして買った、

いまも 愛着(あいちゃく)のある中古(ちゅうこ)のクルマだ。

 

大沢詩織(おおさわしおり)の父親は、家や店舗(てんぽ)の、

設計、施工(せこう)、リフォームや販売などの、

工務店を経営している。

 

「しんちゃん、元気!?」

 

「元気だよ、詩織ちゃんも、バンドは、うまくいってるの」

 

「うん、だいじょうぶよ。みんな、気の合(あ)う、

いい人たちばかりなの!」

 

詩織は、隣(となり)のシートにすわると、信也に、

軽く、キスして、ハグをした。

 

「グレイス・ガールズって、名前がいいよな!

グレイス(GRACE)って、

美しいとか、上品とか、優雅(ゆうが)とか、

意味するんだから、女の子たちのバンド名としたら、

これ以上ないんじゃないの!?」

 

「そうよね、優美(ゆうび)な少女たち、

神の恵(めぐ)みの、少女たちという意味ですものね。

すてきな名前で、わたしも大好きなの」

 

≪つづく≫ 



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19章 信也と 詩織の ラブ・ストーリー (2)

19章 信也と 詩織の ラブ・ストーリー (2)

 

クルマは、国道413号線の、井の頭通(いのがしらどお)りを、

西へ 2分ほど走ると、信号を左折(させつ)して、

上原中学校の グランドの横を通って、下北沢へ向(む)かう。

 

「このへんの地形って、坂が多くって、緑も多いから、

なんとなく、山梨県を思い出すんだ」

 

「そうなの、山梨県に、似ているのね。

でも、しんちゃん、それって、ホームシック(homesick)

かもしれないわ」

 

「はっははは。おれ、そんなことないって!

東京は、楽しいよ、やっぱり。

詩織ちゃんとも、出会えたし!」

 

「わたしも、しんちゃんと出会えたから、しあわせよ!」

 

「さあ、今夜は、どこで食事をしましょうか?詩織さま・・・」

 

「どこでもいいわよ。しんちゃんと、いっしょなら、

どこでもいいわ・・・」

 

「おれだよ。詩織ちゃんと、いっしょにいられるだけで、

しあわせ、感じるよ。

実(じつ)は、おれ、今夜は、下北(しもきた)の

お好(この)み焼き屋(やきや)さんに、

予約(よやく)を入れておいたんだ。

前に行ったとき、

予約なしで、来た人たちは、結構(けっこう)、

断(ことわ)られていたんだ。

そんなわけで、

あの店、おいしくて、人気あるから、

行っても、入(はい)れないときあるからさ。

予約じゃ、キャンセルも、できるしね!

店長は、バンドマンだった人で、

バンド活動は、引退しちゃったっていうけど、

やっぱり、音楽的なセンスは、

料理にも活(い)きるってことだろね!」

 

「うん、そんなものよね。

音楽も料理も、

感性が大切だからじゃないかしら。

そのお店行ってみたいわ!

そこの、お好み焼きって、

私も食べてみたい!」

 

詩織の、ほっそりとしたラインの腕(うで)が、

信也にのびて、そっと、信也の手を 握(にぎ)る。

 

夜の6時ころ。

ふたりは、クルマをマンションにおいて、北沢2丁目にある

下北沢なんばん亭(てい)で、

生ビールを飲みながら、お好み焼、鉄板焼(てっぱんやき)で

楽しいひとときを過(す)ごした。

 

夜の8時30分ころ。

ふたりは、下北沢なんばん亭(てい)を出ると、

信也のマンションに帰った。

 

ふたりとも、ビールに酔って、上機嫌(じょうきげん)である。

 

大沢詩織(おおさわしおり)は、シャワーを浴(あ)びている。

 

川口信也(かわぐちしんや)は、ケータイを、

スマートフォンに、替(か)えたばかりで、

その画面を、指でタッチして、

タップを試(ため)している。

 

「しんちゃんも、スマホにしたら?」

 

先日(せんじつ)、詩織がそういった。

 

信也は、ガラケイとかいわれるケータイで、

間(ま)にあっていたのだけど、

詩織が、そういうものだから、

きょう、スマホに替(か)えた。

 

「しんちゃんって、すごい、素直(すなお)!」

 

そういって、そのとき、詩織はほほえんだ。

 

「はははっ。詩織ちゃんに対しては、

素直になっちゃうのかな?おれって!」

 

信也は、照(て)れて、わらった。

 

詩織が、1994年6月3日生まれ、19歳(さい)、

信也が、1990年2月23日生まれで、23歳。

 

詩織は、3年と、4か月ほどの、年下なのだけど、

おしゃべりが大好きで、明るいから、友だちも多い、

詩織は、信也の心を、落(お)ちつかせる。

 

詩織は、おしゃべりが好きだけど、

グレイス・ガールズのリーダーの、

清原美樹についての話は、

あえて探(さぐ)るような、

嫌(いや)みになるような、

信也に、不快な思いを与えるようなことは、

まったく、話題にしない。

 

詩織は、おれの心の傷に、触(ふ)れないように、

してくれているんだな・・・。

そんな詩織の優(やさ)しさに、また、

愛(いと)おしさを感じる、信也だった。

 

シャワーを浴びて、バスタオル1枚だけの、

まだ、しっとりと、濡(ぬ)れて、

ピチピチと、弾(はず)むような、

詩織のからだを、

信也は、そっと、抱きしめる。

 

しっとりと、まだ濡(ぬ)れている、

つややかな髪(かみ)や肌(はだ)からは、

レモンの、心地(ここち)よい、香(かお)りがした。

 

「しんちゃん、シャワーは?」

 

「じゃあ、おれもシャワーしてくる。そのあいだに、

詩織ちゃん、帰っちゃったりして」

 

「そんな話(はなし)、どこかで、聞いたことある!」

 

あっはっはと、声をたてて、ふたりはわらった。

 

詩織は、その夜、はじめて、信也に抱(だか)かれた。

 

詩織にとっては、信也が、初めての相手であった。

 

信也は、酔っているのに、ベッドの上では、

終始(しゅうし)、気をくばって、

詩織には、ていねいで、やさしい。

 

信也には、詩織にとっては、

これが、初めの経験とわかっているらしい。

 

照明(しょうめい)を暗(くら)くした部屋(へや)には、

詩織(しおり)が見つけた、マライヤ・キャリーのCDの、

マイ・オール(My All)のリピートが、

小さな音量で、流(な)がれ、つづける。

 

今宵(こよい)は、あなたの愛と引き換(ひきか)えに、

すべてを捨(す)てる

 

あなたの愛(あい)と引き換えに

すべてを捨(す)てるわ

 

そんな歌詞のバラードの名曲であった。

 

≪つづく≫ 



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20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (1)

20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (1)

 

ライブ・レストラン・ビートの店長の、

佐野幸夫(さのゆきお)と、佐野と、なかよく、つきあい始めて、

1年くらいの、

真野美果(まのみか)の誕生日のお祝(いわ)いを、

森隼人(もりはやと)の家(うち)で、することになった。

 

誕生会には、森川純や川口信也とか、20人くらいが集まる。

 

先日の8月24日の土曜日に、

下北沢駅南口から、徒歩(とほ)で3分の、

ライブ・レストラン・ビートで、

特別ライブ・サザンオールスターズ・祭(まつ)りがあった。

 

ライブが終わって、打ち上げの飲(の)み会をしているときに、

「おれの家(うち)でいいからさ、

幸夫(ゆきお)ちゃんの 誕生日のお祝(いわ)いしようよ!」

と、森隼人(もりはやと)が、いいだしたのだ。

佐野幸夫は、9月16日が 30歳の誕生日であった。

 

そのとき、佐野幸夫のとなりにいた、

佐野と仲のよい真野美果(まのみか)の誕生日も、

10月10日だったので、

「それじゃあ、お二人(ふたり)のお祝いを!」

ということで、話は決まったのであった。

 

9月7日の土曜日の午後1時ころ。

 

このところ、雨もたまに降(ふ)る、

不安定な天候(てんこう)ではあるが、

暑(あつ)いくらいな、晴天(せいてん)である。

 

佐野幸夫(さのゆきお)は、真野美果(まのみか)と、

小田急線(おだきゅうせん)の、

代々木上原駅(よよぎうえはらえき)南口(みなみぐち)から、

駅の利用客たちの波の中に、現(あらわ)れる。

 

代々木上原駅は、東京都渋谷区西原3丁目にあり、

小田急電鉄と、東京地下鉄(東京メトロ)の駅であり、

2013年、

1日の平均乗降人員は約23万人と、

小田急線内では、新宿駅、町田駅に 次(つ)いで、3番目に多い。

 

「この駅は、ついつい 高校のころを思い出しちゃうね。

みかちゃん!」

 

179センチ、長身の、佐野幸夫が、

となりの 真野美果(まのみか)にほほえんだ。

 

「そうよね!わたしも、懐(なつ)かしくなっちゃう!」

 

美果は、幸夫と 目を合わせて、ほほえんだ。

真野美果(まのみか)の身長は、163センチ、誕生日は、

10月10日で、25歳になる。

清純(せいじゅん)な 整(ととの)った顔立(かおだ)ちで、

つややかな髪は、肩にかかるほどである。

 

佐野幸夫と 真野美果のふたりは、代々木上原駅・南口から、

歩いて、5分くらいの、

都立代々木高校の定時制に、通(かよ)っていた。

 

正確には、代々木高校に通っていた期間は、

佐野幸夫は、1998年から2002年の4年間であったが、

真野美果(まのみか)は、2003年から2004年までの、

1年間だった。

 

代々木高校は、2004年3月には、閉校(へいこう)となった

からであった。

 

2004年4月からは、代々木高校は、

世田谷区北烏山(きたからすやま)にある

東京都立・世田谷(せたがや)・泉(いずみ)高等学校として、

統合(とうごう)されて、

自由な、三部制のシステムは、そのまま、引(ひ)き継(つ)がれた。

 

アクセス(access 交通の便)は、駅からの距離など、

代々木高校の、倍以上はかかったが、

真野美果(まのみか)は、2年生から卒業まで、

世田谷・泉(いずみ)高等学校に通(かよ)った。

 

定時制の4年間を、佐野幸夫と 真野美果は、

同じように、勉学と仕事の両立に、悩んだりしながら、

中退も考えたことがあったが、

がんばって、無事(ぶじ)に卒業したのだった。

 

佐野も美果も、芸能事務所に、所属(しょぞく)して、

子どものころからの夢の、

タレント活動をつづけながら、

自由な校風(こうふう)の定時制、3部制の高校生活を楽しんだ。

 

代々木上原駅から、徒歩で5分くらいの、

いまは閉校(へいこう)の代々木高校は、

働きながら、学ぶために設立された、

公立の定時制高校で、一般の人たちに限らず、

交通の便(べん)のよいこともあって、

アイドルやタレントにも人気があった。

 

全国でも珍(めずら)しい、午前・午後・夜間の

三部制(さんぶせい)の交替部(こうたいぶ)というのがあって、

都合のよい好きな時間帯を選んで、授業を受けられた。

 

年齢や経歴などは、自由で、さまざまな生徒が集まり、

芸能人も特別扱(あつか)いしなかった。

校則はなく、制服もなく、自由な校風であった。

 

在籍していた女優では、原田美枝子、西川峰子、浅野温子、

藤谷美和子、鈴木蘭々たちがいた。

SPEEDの上原多香子やモーニング娘の飯田圭織も通っていた。

SMAPの中居正広と木村拓哉も在籍(ざいせき)していた。

 

現在、佐野幸夫は、俳優になる夢を 諦(あきら)めた

わけではないが、

タレントの仕事はやめて、モリカワの社員として、

下北沢の、ライブ・レストラン・ビートの店長をしている。

 

真野美果(まのみか)は、芸能事務所に所属しながら、

タレントとして、

コツコツと、女優や声優の仕事をしている。

 

小田急線(おだきゅうせん)の 代々木上原駅(よよぎうえはらえき)

南口(みなみぐち)から、

気をつけて見ると、微妙(びみょう)に、

ゆるやかな勾配(こうばい)の多い道を、5分も歩くと、

森隼人(もりはやと)の家(いえ)がある。

 

≪つづく≫ 



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20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (2)

20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (2)

 

9月7日の土曜日の午後1時。

空は 気持ちよく晴(は)れている。

 

「美果(みか)ちゃん。経営の不振(ふしん)で、

閉店(へいてん)を考えていた店が、その後(ご)、

25年間で、売上1000億円って、やっぱり、すごいよね!」

 

代々木上原駅(よよぎうえはらえき)

南口(みなみぐち)を出ると、

佐野幸夫(さのゆきお)は、

真野美果(まのみか)に、そういった。

 

「25年間で、売上(うりあげ)1000億円って、

森ちゃんのお父(とう)さんの会社のこと?」

 

「そう、森ちゃんちの、フォレスト(Forest)のこと」

 

「へー、そうなんだ!フォレスト(Forest)じゃぁ、

わたしも、CDとか、借(か)りるときあるわ」

 

美果(みか)はそういって、佐野にほほえむ。

 

佐野は、ちらっと、美果の、裾(すそ)がひろがる、

ブラックの フレア・スカートに 目が向(む)く。

 

美果の肢(あし)って、きれいだよな、

さすが、女優(じょゆう)さんだよ。いつも佐野はそう思う。

 

「えーと、美果(みか)ちゃん。

うちのモリカワが、先月の8月、

総店舗数(そうてんぽすう)、200店を達成して、

売り上げが、400億になったんだけど。

えーと、

モリカワの目標は、5年間で、1000店舗でさあ、

それはちょっと 無理(むり)だとしても、

5年後には、700店舗くらいは達成できるとして、

売上(うりあげ)1400億くらいはいくだろうなって。

そんなわけで、

森ちゃんとこも、すごい 成長力だけど、

おれらの、モリカワもすごいなって、思うんだ」

 

「ほんとうね。森ちゃんちと、森川さんちって、

やっている 業種(ぎょうしゅ)が違うから、

いまも仲(なか)はいいけど、

同じ業種だったりしたら、どうなっていたかしらって、

思うわよね」

 

「まったくだよ」といって、佐野幸夫(さのゆきお)は わらう。

 

真野美果(まのみか)も わらった。

 

ふたりは、青信号になるのを見ながら、

国道413号、

井の頭通(いのがしらどお)りの交差点を 渡(わた)る。

 

「このへんは、静(しず)かな住宅街だね」と、佐野幸夫はいう。

 

「下北(しもきた)もいいけど、このへんも、いいよね。

いつか、わたしたちの、

マイホームが、このへんなんていうのも、いいわよね」

 

と、真野美果(まのみか)は、佐野を見て、ほほえむ。

 

片側一車線、制限速度30キロの、通学路と書かれた、

黄色(きいろ)い

標識(ひょうしき)のある道を、ふたりは、南へ、歩く。

 

道の左側(ひだりがわ)に、7段の石段のある、

渋谷区上原公園があって、緑(みどり)も豊かだ。

ブルーやピンクのベンチがいくつも置(お)いてある。

 

そのすぐそば、右側には、中学校の正門があって、

小学校も、道の左方面の、すぐ近くにあった。

 

このあたり、上原3丁目には、

古賀政男音楽博物館(こがまさお おんがく はくぶつかん)

がある。

 

古賀 政男は、昭和期の代表的作曲家、ギタリストで、

国民栄誉賞受賞者(こくみん えいよしょう じゅしょうしゃ)

である。

 

代々木上原は、作曲家古賀政男が1938年(昭和13年)に、

移(うつ)り住(す)んだ 街(まち)であった。

 

古賀政男は、音楽創造に 邁進(まいしん)する 同志(どうし)を

集めて、代々木上原(よよぎうえはら)に、

音楽村をつくろうという 構想(こうそう)を持っていた。

 

古賀政男音楽博物館は、そんな古賀政男の 遺志(いし)を

引き継(つ)いで、誕生した、大衆音楽の博物館である。

 

≪つづく≫ 



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20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (3)

20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (3)

 

佐野幸夫と、真野美果(まのみか)が 通(かよ)った、

2004年3月に 閉校(へいこう)の、

定時制 ・ 代々木高校は、

このへんから、国道413号、井の頭通り沿(ぞ)いに、

新宿方向の東へ、3分も歩いた場所にある。

 

いまから、佐野幸夫(さのゆきお)と、

真野美果(まのみか)の誕生日のお祝いとして、

ホームパーティーをする、

森隼人(もりはやと)の家(いえ)は、

上原中学校の南側、上原3丁目にある。

 

「森ちゃんの家(うち)は、フロア、

2つ分(ふたつぶん)の大きなホールがあって、

パーティや、

親父(おやじ)さんがやっている会社 フォレスト(Forest)の、

幹部会議を開(ひら)いたり、

仕事関係の撮影会などに使っているんだってさ」

 

「森ちゃんの親父(おやじ)さんも、すごいよね。

家業(かぎょう)のレコード店が、経営不振になっていて、

閉店を考えていたけど、

森ちゃんの親父(おやじ)さんが、23歳のとき、

業態(ぎょうたい)を、レンタル店に変えて、再出発。

それが、大当(おおあ)たり、大盛況(だいせいきょう)。

いまでは、全国に300店舗だっていうからね」

 

「森隼人(もりはやと)さんも、お金持ちだからか、

プレイボーイとか、悪くいう人がいるけど、

わたしたちの誕生パーティーやってくれるなんて、

全然(ぜんぜん)、悪い人じゃないし、

性格のいい人だわよね」

 

「森昭夫さんは、真っ正直(まっちょうじき)な人らしいからね。

森ちゃんも、

親父(おやじ)さんの性格を継(つ)いでるのかもね。

森ちゃんン自身は、

どこか、反抗的な、

不良を気どっているようなところもあるけど」

 

「そうよね。そういえば、森ちゃんって、

俳優は、ジェームズ・ディーンが、好きだっていっていたわ」

 

「はっはは。実は、おれも、ジェームズ・ディーンは、

憧(あこが)れてたことあるよ。

でも、俳優になろうって思ったのは、やっぱり、

演技(えんぎ)で笑いのとれる、

コメディのできる俳優の影響かな?

チャールズ・チャップリンや、ジャック・レモンのような」

 

「幸夫ちゃんなら、いつかきっと、そんな役者になれるよ」

 

そういって、ほほえむ、真野美果(まのみか)の

細(ほそ)い肩(かた)を、

佐野幸夫(さのゆきお)は、

「そうかな!?」といって、引き寄(よ)せた。

 

「わたし、森ちゃんのお姉さんの留美(るみ)さんに会うのが、

すごく楽しみなの!

お料理が上手で、きょうのパーティーのお料理も、

留美さんが、作ってくれてるっていうし。

それに、留美さん、

美容師になったばかりなんでしょう。

お会いするのが楽しみだわ。

留美さん、21歳だから、

わたしより、4つくらい年下なんだけど」

 

「留美さんって、若いのに、しっかりした人らしいよ。

留美さんが、美容師になったからなのか、

フォレスト(Forest)では、美容院の事業を、

全国展開するらしいから」

 

「そうなんだぁ、それもすごいね!」

 

午後の1時10分ころ。

 

佐野幸夫と真野美果は、森隼人の家の玄関前に着(つ)く。

 

家は、西欧風(せいおうふう)のデザインで、

オレンジ系のシックな色合(いろあ)いの

瓦屋根(かわらやね)に、

明るいベージュの、天然石(てんねんせき)の

風合(ふうあ)いの外壁、

落ち着いた雰囲気(ふんいき)の玄関(げんかん)であった。

 

玄関は、車イスの人でも、開閉(かいへい)しやすい、

引戸(ひきど)で、

スロープ(勾配)を設(もう)けて、バリアフリー設計になっている。

 

建築面積は、660平方メートル、200坪で、

敷地面積は、1320平方メートル、400坪であった。

 

敷地には、森家の住居の北側には、

株式会社 フォレスト(Forest)の本社ビルがあって、

クルマ12台分の駐車場もあった。

 

「いいなあ、いつか、美果(みか)ちゃんと、

こんな家で、のんびり暮らしたいね!」

 

「そうね」

 

佐野幸夫は、玄関のテレビ・ドアホンの

チャイムのボタンを(お)押した。

 

≪つづく≫



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20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (4)

20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (4)

 

「美果(みか)ちゃん、このポスト、

なんか、門番みたいで、

ユーモラス(humorous)だよね」

 

そういって、佐野幸夫(さのゆきお)は、

森隼人(もりはやと)の家の 玄関前にある、

その全体が ダーク・グリーンの 郵便ポストを見る。

 

「そうね、ジブリの映画に出てきそうな、ポスト!

こういうのって、ヨーロッパにあるのよね」

 

真野美果(まのみか)は そういって、ほほえむ。

 

そのポストは、長方形の上に、半円を加(くわ)えた、

シンプルなフォルムの箱型をしていて、

2本の金属製の細長(ほそなが)いポール(棒)を、

両足のようにして、

緑(みどり)の芝生の上に立っている。

 

クリーム色の 引戸(ひきど)の玄関ドアが開(ひら)く。

 

「こんにちは。幸夫(ゆきお)さん、美果(みか)さん。

さあ、どうぞ、お待ちしておりました。

もう、みなさんも、お集まりですよ!」

 

満面(まんめん)の笑(え)みで、森隼人(もりはやと)がいう。

 

「こんにちは!」といって、

隼人(はやと)の姉の留美(るみ)も、

あたたかく 出迎(でむか)える。

 

隼人は 11月で19歳、

姉の留美は 7月に21歳になったばかり。

幸夫は 9月に30歳になったばかり。

美果は 10月で25歳になる。

 

玄関ホールは、8畳ほどあって、広い。

フロアの正面には、スリット 階段が見える。

 

みんなの靴(くつ)が、きれいに並(なら)んである。

 

靴箱(くつばこ)の上や、床(ゆか)には、

日陰(ひかげ)に強い、観葉(かんよう)植物の、

アイビーやアスパラガスやユッカやパキラがある。

 

上(あ)がり口(くち))の、右の壁(かべ)に、

高さ 2mくらいの大きな鏡(かがみ)があった。

 

床(ゆか)は、うすくて 明るい ベージュ(茶色)の

羊毛(ようもう)のような色で、

内壁(うちかべ)は、ホワイト系だった。

 

森隼人は、フロア 2つ分(ふたつぶん)の 大きなホールの

リビングに、

佐野幸夫と真野美果を 案内(あんない)した。

 

「お誕生日、おめでとう!」という、みんなの大きな声と、

パン!パン!パーン!と、

無数の クラッカーの 爆発音が 鳴りひびく。

 

リビングは、カーテンで 日光が遮(さえぎ)られて、

いくつもの フロア・ライトの照明(しょうめい)と、

各(かく)テーブルの上の

ガラスの器(うつわ)に入れた キャンドルの明かりだけだ。

 

麻(あさ)のオレンジ色の、テーブルクロスを 敷(し)いた、

7卓(たく)の 四角(しかく)い 4人掛(が)けの

テーブルの上には、料理や飲み物も用意されている。

 

「みんな、どうもありがとう!」 と 佐野幸夫は

ちょっと 感激に声をつまらせて、いう。

 

「ありがとうございます」 と 真野美果もいう。

 

どこに、だれがいるのか、明(あ)かりが

薄暗(うすくら)いので、よくわからなかったが、

すぐに 目も 慣(な)れた。

 

≪つづく≫



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20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (5)

20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (5)

 

「こんなすばらしい誕生日をしてもらえるなんて、

生まれて初めてで、感激しています!」

 

と佐野幸夫は、まためずらしく、声をつまらせる。

 

 

「夢を見ているように、ロマンチック(romantic)で、

涙が出ちゃいそうです」

 

真野美果は、そういいながら、ハンカチで目をおさえた。

 

「きょうは、わたし、幸夫さんが大好きだというので、

キッシュをつくったんです!

キノコとホウレンソウとアスパラガスとポテトを入れて、

生クリームやベーコンもたっぷりの!」

 

ほほえんで、そういうのは、森隼人の姉の留美である。

 

「ありがとう、留美ちゃん。おれの好きなものまで、

特別に、作ってくれるなんて、

おれの忘れることのできない誕生日になりますよ!」

 

キッシュは、フランス・ロレーヌ地方に伝わる郷土料理で、

サクサクの、パイの生地(きじ)に、

生クリームと卵でつくる生地(きじ)を、流しこみ、

それに、季節の野菜やベーコン、魚介類などの、

好(この)みの具(ぐ)を加え、

オーブンで、じっくり、焼(や)きあげたもので、

生地(きじ)ごと、三角形に切って、皿(さら)に盛(も)る。

 

ひとしきり、大感激(だいかんげき)の、幸夫と美果を、

森隼人が、テーブルの席に 案内する。

 

森隼人は、みんなにむかって、一礼すると、挨拶をはじめた。

 

「みなさま、お忙(いそが)しいなかを、

本日は、お集(あつ)まりいただき、ありがとうございます。

ただいまより、佐野幸夫さん、真野美果さんの

誕生パーティーを開きたいと思います。

司会は、僭越(せんえつ)ではございますが、いいだしっぺの、

森隼人が、務(つと)めさせていただいきます。

誕生日は、

どなたにも、年に、1回は訪(おとず)れるものでして、

毎年、1つ歳(とし)とることは、いやな感じもありますが、

この世に生まれてきたことを、

みんなで、おたがいに、お祝(いわ)いしましょうという、

誠(まこと)に、

心あたたまる、すばらしい人生のフェスティバル

(祝祭)だと思います。

本日は、心ゆくまで、楽しんでいただきたいと思いまして、

生(なま)ビールやワインなどの、お飲み物や、

お料理も、ご用意させていただきました。

ぜひとも、この貴重な、お時間を

明日への英気といいますか、元気のもとに、

したいただければと思います!」

 

みんなから、拍手(はくしゅ)がわきおこる。

 

パーティーの参加者は、都合(つごう)がつかなくて、

不参加といっていた人も、参加できて、

20人以上が集まった。

すべて、恋愛進行中という、カップルであった。

 

森隼人と交際中の、山沢美紗(やまさわみさ)や、

森川純(もりかわじゅん)と 菊山香織(きくやまかおり)、

川口信也(かわぐちしんや)と 大沢詩織(おおさわしおり)、

岡林明(おかばやしあきら)と 山下尚美(やましたなおみ)、

高田翔太(たかだしょうた)と 森田麻由美(もりたまゆみ)、

清原美樹(きよはらみき)と 松下陽斗(まつしたはると)、

小川真央(おがわまお)と 野口翼(のぐちつばさ)、

矢野拓海(やのたくみ)と 水島麻衣(みずしままい)、

平沢奈美(ひらさわなみ)と 上田優斗(うえだゆうと)、

岡昇(おかのぼる)と 南野美菜(みなみのみな)、

谷村将也(たにむらしょうや)と 南野美穂(みなみのみほ)、

北沢奏人(きたざわかなと)と 天野陽菜(あまのひな)。

 

≪つづく≫



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20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (6)

20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (6)

 

「えええ!? よく考えると、カップルの、ご両人ばかり

だよね、みなさん。おれもだけど。あっはっは」

 

と 大声で、わらったのは、早くも、生ビールで ほろ酔いの、

谷村将也であった。

 

「まあ、これもまた、祝福すべき出来事さ!人生なんて、

恋愛中か、失恋中か、無風状態かの、

3つの中のどれか1つなのだろうしね」

 

そういったのは、おいしそうに、生ビールを飲むのは、

北沢奏人(きたざわかなと)だった。

 

奏人(かなと)は、株式会社モリカワの本部で、

副統括(ふくとうかつ)シェフ(料理長)をしている。

 

奏人(かなと)は、今年の12月で25歳になる。

交際中の天野陽菜(あまのひな)は今年の2月で

22歳だった。

 

「おれも、今年の春ころは、まだ、無風状態だったけど」

 

そういって、奏人は、となりの陽菜を見て、ほほえんだ。

陽菜も、ほほえむ。

 

「もうひとつ、おもしろいことがあります!

お酒が飲めない人は、未成年だけで、

みんな、お酒が大好きな人たちばかりです!」

 

そういったのは、岡昇(おかのぼる)であった。

 

「そういえば、そうだな!」とかいって、みんな、わらった。

 

お酒が飲めない、20歳(はたち)前は、

1994年12月5日生まれの岡昇(おかのぼる)と、

1994年6月3日生まれの大沢詩織(おおさわしおり)と、

1994年10月2日生まれの平沢奈美(ひらさわなみ)の、

3人であった。

 

「じゃあ、岡ちゃん、詩織ちゃん、奈美ちゃん、

もし、20歳(はたち)になったら、

お酒は飲みますか?」

 

と、酔って、いい気分の、森川純(もりかわじゅん)が、

そう聞いた。

 

「はーい、飲みます」

 

「だって、みなさん、お酒飲んでるときって、

ほんとうに、楽しそうなんだもの!」

 

「お酒飲むって、オトナの特権って感じだし!」

 

などと、3人は答える。

 

みんな、また、わらった。

 

「お酒は、二日酔いとかあって、リスクもあるけどね」

 

そういったのは、生ビールで、上機嫌(じょうきけん)の、

川口信也(かわぐちしんや)だった。

 

「なんでも、そうだけど、つい、過度(かど)に、

飲みすぎたりしてしまえば、薬も毒になるってこと

なんだよね。

オトナになっても、そんな単純なことが

コントロール(管理)できるまでには、

何年、場合によっては、何十年もかかるものなんだよ」

 

というのは、高田翔太(たかだしょうた)だった。

 

「そうなんだよね、翔(しょう)ちゃん、

単純なことを、理解できないで、

10年くらいを、過ごしてしまうなんて、

よくあることですよね。

それが凡人(ぼんじん)なんでしょうかね」

 

佐野幸夫が、となりの席の翔太に、

そう語(かた)りかけた。

 

「幸(ゆき)さんに、おれが、講釈(こうしゃく)できる

わけもないですけど、

あの楽聖のバッハが、

2、3%は才能、あとは、97%の厳しい練習で決まる、

といっているんですが、

努力の差で、違ってくるのかなって、

おれも、そんな気がするんですよ。

よく、天才は、努力する才能だとかって、いいますものね」

 

そんなことを翔太はいった。

 

「そうですね。10年間、気づかないとかって、

努力が足(た)りないだけかもしれないですよね」と幸夫。

 

「おれは、努力のほかに、集中力が違うような気がします。

何かを成しとげるときの、集中力の違いが、

天才と凡人では、違うような・・・」

 

といったのは、矢野拓海(やのたくみ)であった。

 

拓海は、早瀬田(わせだ)大学、理工学部、3年生。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の幹事長で、

音楽家 モーツァルトを、尊敬(そんけい)している。

 

≪つづく≫



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20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (7)

20章 店長・佐野幸夫の誕生会 (7)

 

「結局は、どれほど、それが好きかということに

なるのかもしれないなあ」

 

つぶやくように、佐野幸夫がそういうと、

その話を聞いていた、みんなは「そうだね」とか

「うんうん」とかいって、賛同(さんどう)する。

 

「なんか、男の人って、むずかしいお話が、

お好きよね。

ねえ、幸夫(ゆきお)さん、

キッシュのお味は、いかがでしょうか?」

 

森留美(もりるみ)が、佐野幸夫のそばに来て、

そう聞いた。

 

「あ、留美さん、ほんとうにありがとうございます。

キッシュは、おれ大好きでして、

こんなにおいしい、キッシュは初めてです。

もう最高です。

さっきから、もう感激してばかりです」

 

「よかったわ!わたしも うれしいです。

料理って、おいしいとか、よろこんでいただければ、

それだけで、つくって、よかったって、いつも思うんです」

 

幸夫と留美の、笑顔でかわす 会話を聞きながら、

森川純(もりかわじゅん)が、

となりの席の森隼人に、話しかけた。

 

「隼人さん、お姉さんの留美(るみ)さんは、

美容師の免許を、ストレートで、

取得(しゅとく)されたそうですね。

あらためて、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。純さん」

 

「フォレスト(Forest)の、美容院の事業の、

全国展開する計画は、

順調に進んでいるんですか?」

 

「ええ、順調にいってます」

 

「これからの時代は、事業の業態の多角化は、

必要不可欠かもしれませんからね。

うちの、モリカワでも、業態は、常に、

広(ひろ)く、やっていこうという戦略なんです」

 

「なんというのでしょうか。この競争社会では、

業績の横這(よこば)いとか、

売り上げや利益に、変動のない状態が続くことだけでも、

企業の衰退ということになってしまいますからね。

まるで、際限(さいげん)のない、

利益の追求をしていかなくちゃならないのって、

どうかしているとは思うんですけど。

まあ、利益追求のこともあって、

業態の多角化は、必然的になるんでしょうかね。

まあ、留美ちゃんが、

美容院の全国展開をしたいという夢もあるんですが、

そんなわけで、計画を実施しているんです」

 

「あの、ドラッカーも、利益は企業の目的ではなく、

存続の条件であり、

明日(あす)、もっとよい事業をするための条件だと

いっていますよね。

しかし、実際には、条件とされるほうが、

目的とされるよりも、きついわけですよ。

また、ドラッカーは、『たとえ、天使が、社長になっても、

利益には、関心をもたざるをえない」とも

いったりしていますよね」

 

「なるほど、ドラッカーのいう通りかもしれませんね。

幸(さいわ)い、うちのフォレストと、モリカワさんでは、

企業の目的という点で、共感をもちあえていて、

社長同士の交流も、純さんとおれとの

親睦(しんぼく)などもあって、

場合によっては、共同戦線をはろうというところまでの、

意見の交流もしていると思うのですが・・・」

 

「そのとおりだよね。森ちゃん、これからも、

よろしく頼(たの)むよ。

この弱肉強食の社会、格差(かくさ)の広がる社会、

どこか、ゆがんだ、社会を、なんとか修正して、

なんとか、暮らしやすい、理想的な世の中を、

つくっていこうという、目的では、

社長たちを、はじめとして、

おたがいに、一致しているんだから、

こんな心強い、同志の企業の仲間も、

なかなか、ないものですよ」

 

「純さん、こちらこそ、よろしくお願いします。

そうですよね。同志のようなものですよね。

幕末の薩長同盟みたいなものでしょうかね!」

 

森隼人がそういうと、森川純と、ふたりで、わらった。

 

森留美が、キッチンから、留美がつくった

バースデイ・ケーキを運(はこ)んで来(く)る。

 

イチゴが、たくさん盛られている、

生クリームのケーキで、

ホワイトチョコレートの板には、

『幸夫(ゆきお)さん&美果(みか)さん、

お誕生日おめでとう!』と書かれてあった。

 

「わあ、かわいいケーキ!」

 

「留美さんが、つくったの?すごい」

 

そういいながら、女性たち、13人全員が、

ケーキのまわりに、集まった。

 

森留美(もりるみ)、山沢美紗(やまさわみさ)、

菊山香織(きくやまかおり)、大沢詩織(おおさわしおり)、

山下尚美(やましたなおみ)、森田麻由美(もりたまゆみ)、

清原美樹(きよはらみき)、小川真央(おがわまお)、

水島麻衣(みずしままい)、平沢奈美(ひらさわなみ)、

南野美菜(みなみのみな)、南野美穂(みなみのみほ)、

天野陽菜(あまのひな)。

 

いったん、カーテンを開けて、フロアを明るくすると、

ケーキを切る前に、記念写真を、みんなで撮(と)った。

 

そのあとは、流していた BGMを止めて、

各自が、持ち寄っていた楽器とかで、

気軽な演奏や、歌で盛(も)りあがった。

そして、パーティーは、8時ころに、終わった。

 

≪つづく≫  ーーー 20章 おわり ーーー



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21章 G ‐ ガールズ の レコーディング (1)

21章 G ‐ ガールズ の レコーディング (1)

 

9月21日の日曜日。

空は晴天で、最高気温は29度くらいである。

 

グレイス・ガールズ (愛称、G ‐ ガールズ)の

初めてのアルバムのレコーディングは、

あと 1曲を 仕上(しあ)げる、

最終段階(さいしゅうだんかい)を 迎(むか)えていた。

 

レコーディング・スタジオ・レオは、

下北沢駅 南口から、

マクドナルドが 左角(ひだりかど)にある、

南口商店街を、歩いて、3分の、

高層ビルの 7階にある。

 

ビルは、1962年に 創業(そうぎょう)の、

東京でも屈指(くっし)の音楽 総合 専門店、

島津 楽器店の本店であった。

 

ビルの地下は駐車場、1階から6階までのフロアは、

楽器、楽譜、音楽・映像ソフト(CD・DVD)などを、

充実(じゅうじつ)して揃(そろ)えてある。

 

「すてきな、見晴(みは)らしね、ここは・・・」

 

そういって、リードギター担当(たんとう)の、

水島麻衣(みずしままい)は、

ヴォーカルとリズムギターの、

大沢詩織(おおさわしおり )に ほほえんだ。

 

「うん、わたし、このスタジオが大好き。

レコーディングの休憩(きゅうけい)が、

こんなに、見晴(みは)らしのいいフロアで

できるなんて、最高よね!」

 

と 大沢詩織も、水島麻衣にほほえんだ。

 

「たいがい、スタジオといったら、地下にあったりね。

こんなに 広(ひろ)くて、大きな窓(まど)で、

レコーディングの休憩(きゅうけい)に、

外(そと)の景色(けしき)が 眺(なが)められるのって、

東京でも、なかなか 無(な)いよね」

 

そういうのは、キーボードの担当、バンド・リーダーの

清原美樹(きよはらみき)だった。

 

アルバム制作の 休憩のための、

ミーティング・ロビーは、リフレッシュ できるようにと、

とても快適な空間であった。

 

コーヒーやお茶やジュースなどが用意されてあり、

サンドウィッチなどの軽食もとれた。

ドリンクの自販機も置いてある。

 

「下北(しもきた)の駅って、

これからどうなっちゃうのかしら?」

 

ベースギター・担当、1年生の

平沢奈美(ひらさわなみ)は みんなに そういった。

 

「わからないわ。

あそこの、駅舎(えきしゃ)の跡地(あとち)や、

踏切(ふみきり)があった空き地なんかは、

どうなるのかしらね」

 

ドラムスの菊山香織(きくやまかおり)が

下北(しもきた)の駅を見ながら、そういう。

 

「高層(こうそう)ビルが建(た)つとか、

大きな道路ができるとか聞いたことがあるよ。

うちの、美咲(みさき)ちゃんがいっていたわ」

 

清原美樹はそんな話をした。

 

「そうなると、土地の価格も上昇して・・・、

実際、2年ほど前まで、一坪(ひとつぼ)あたり

750万円の土地が、いまでは1500万円くらい

だっていうもの。これって、

お金が、あり余(あま)って、行(ゆ)き場を 求めて起こる、

バブルよね。

こうなると、テナント料なんかは、上(あ)がるだろうから、

個人経営のお店は、

テナント料の支払(しはら)いが 大変(たいへん)になって、

立ち退(の)くという、

ケースも出てくるかもしれないらしいのよ。

そのかわりに、高級なブランドショップとかができて、

渋谷や新宿や池袋のような街(まち)に

大変身してしまうのかなあ!」

 

そういって、清原美樹(きよはらみき)は

困(こま)ったような顔をした。

 

≪つづく≫

 



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21章 G ‐ ガールズ の レコーディング (2)

21章 G ‐ ガールズ の レコーディング (2)

 

「それじゃあ、駅の再開発には、反対の人も多いわけね。

歩いて楽しめる街(まち)とか、

音楽や演劇とかで、若者文化の街のイメージのある

下北(しもきた)が、

高層ビルと、大きな道路で、おもしろみのなくなる

都市になっちゃうのかね。

おれなんか、朝から暗くなるまで、下北を、

何の目的もなくて、ぶらぶら、

ひとりで歩いたことあるもんね!それもけっこう楽しくて、

いまじゃいい思い出だし!」

 

早瀬田(わせだ)大学1年で、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の会計でもある、

岡昇がそういった。

岡は、パーカッションの担当で、アルバム作りに、

参加している。

 

「そうなんだ。岡くんって、下北の大ファンなんだね!」

と清原美樹が、ほほえんで、そういう。

 

「まあね、おれには、合(あ)っている街なんだね!」

 

何がおかしいのか、みんなで声をだして、わらった。

 

みんな、きょうは、アルバムの完成する日なので、

いつもと違(ちが)って、

特別に、お洒落(おしゃれ)もしているようである。

 

「ねえ、ねえ、あそこの、駅の 工事中の 壁(かべ) 見て!

誰(だれ)かが、男の子たちよね、3人で、路上ライブを

やっているわ。

あんな、音楽の、楽しい風景も、なくなっちゃうのかなあ」

 

そういっているのは、小川真央(おがわまお)である。

 

真央は、美樹と同じ、下北沢に住んでいる。ふたりは

幼馴染(おさななじ)みだ。

きょうは、G ‐ ガールズ、はじめてのアルバムが

完成する日なので、

そのお祝(いわ)いに 駆(か)けつけている。

 

G ‐ ガールズは、このアルバムで、

モリカワ・ミュージックから、メジャー・デビューをする。

 

ビルの7階の、レコーディング・スタジオ・レオは、

最新のデジタル・テクノロジー(技術)を揃(そろ)えていて、

一流アーティストやプロミュージシャ ンも利用していた。

 

プロ用レコーディングの業界最高の標準機器や、

最高のアナログ機材も 備(そな)えていて、

それぞれの機材は、作品に輝(かがや)きを与(あた)え、

音の繊細(せんさい)さを生(い)かすことができる

スタジオである。

 

代表取締役の島津悠太(しまづゆうた)は、1983年生まれ、

今年、8月で30歳である。

音楽大学の作曲学科を卒業すると、

株式会社・スタジオ・レオを設立(せつりつ)する。

 

音楽に対する情熱から、スタジオの経営に集中したい、

島津悠太(しまづゆうた)は、

島津楽器店を、父親である社長の、島津和也と、

次男の 裕也(ゆうや)に 任(まか)せている。

 

島津悠太(しまづゆうた)の努力と才能で、

楽曲制作だけでなく、オーディオ・エンジニアの仕事や、

レコーディング関係の仕事もふえている。

 

いまでは、レコード会社、CM制作会社、ゲームメーカー、

一流アーティストなど、

得意先(とくいさき)や顧客(こきゃく)の、

信頼(しんらい)も 篤(あつ)い。

 

今回、島津悠太(しまづゆうた)は、

自分の経験と勘(かん)からも、才能を感じる、

G ‐ ガールズのアルバム作りに、

プロデュースやオーディオエンジニアとして、

全力で、レコーディングに参加している。

 

午後の4時。

レコーディング・スタジオにいた、

島津悠太(しまづゆうた)と、モリカワ・ミュージックの

森川良(もりかわりょう)たちが、

G ‐ ガールズのメンバーたちが 寛(くつろ)ぐ、

見晴(みは)らしのよい、ミーティング・ロビーに現れた。

 

「お嬢さんたち、それじゃあ、そろそろ、

もう1曲、がんばって、

アルバムを仕上(しあ)げましょうか?!」

 

少年のように、瞳を輝かせる、島津悠太(しまづゆうた)が

満面(まんめん)の笑(え)みで、そういった。

 

「はーい」と、みんなは元気に返事をする。

 

みんなは、明るい声を出して わらった。

 

≪つづく≫



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21章 G ‐ ガールズ の レコーディング (3)

21章 G ‐ ガールズ の レコーディング (3)

 

島津(しまづ)楽器店の、ビルの7階にある、

レコーディング・スタジオ・レオの、

コントロール・ルームに、みんなは集(あつ)まった。

 

「あと、Runaway girl (逃亡する少女)で、アルバムも

完成するのね!うれしくなっちゃうわ!」

 

そういって、テンション(精神的な緊張)も 高いのは、

ドラムスの菊山香織(きくやまかおり)である。

彼女は、どこか、G ‐ ガールズの 雰囲気(ふんいき)を

盛り上げる ムード・メーカー のような、個性だった。

 

そんな菊山香織に、みんなはわらった。

 

アルバムは、全10曲で、下記のタイトルである。

 

1.Blowing in the sea breeze 

(海風に吹かれて)

2.Furt by love  

(愛は傷つきやすいから)

3.Sing a song of love 

(愛の歌をうたう)

4.keep on dancing 

(踊り続けてください)

5.Like the stars glitter 

(星の輝きのように)

6.I believe love and live 

(愛を信じて生きてゆく)

7.Don’t touch me anymore 

(もう私にはさわらないで)

8.If I can live with you 

(あなたと生きてゆければ)

9.Don’t wake up from my dream 

(夢でもいいから覚(さ)めないで)

10.Runaway girl

(逃亡する少女)

 

コントロール・ルームは、天井も、3mと高く、

20人くらいは、ソファーでくつろげる、

約50帖(じょう)の広(ひろ)さであった。

 

レコーディングのための、司令室として、

コントロール・ルームでは、

トラッキング から マスタリング までの作業をこなし、

最高の クォリティー(品質)の作品を 創造できた。

 

レコーディングにおける、各(かく)チャンネルのことを、

トラック(track)というが、

そのトラック(track)で、複数の音を録音して、

サウンドを 構築(こうちく)していく 作業を、

トラッキング(tracking)という。

 

マスタリングは、曲の音質や音量の、多少のバラツキを、

整(ととの)えたり、曲の合間を 調整したり、

国際標準レコーディングコード(ISRC)などの情報を、

電子的に記録して、商品として、安全であるという

チェックをすることなどの作業をいう。

 

「Runaway girl (逃亡する少女)は・・・、

ギターとピアノの、

ソロのフレーズ(楽曲の、旋律の ひと区切り)が、

すごっく、いいよね!

印象が、すごく、甘美というか、ヒットするかもよ!」

 

どことなく、洗練(せんれん)された 紳士(しんし)の風格の、

島津悠太(しまづゆうた)が、

G ‐ ガールズのメンバーの全員に、そういって、わらった。

 

「悠太さんって、のせるのが、上手(じょうず)なんだもの!

でも、わたしたち、悠太さんのおかげで、自信を持って、

ここまで 来れたの かもしれないな」

 

そういうのは、バンド・リーダーの清原美樹(きよはらみき)だ。

 

「ここまで来れたのは、きみたちの強烈な個性のパワーが

あったからだよ。君たちの魅力で、ぼくも楽しかったもの!

きみたちは、ロックンロールの、天使のようだよ」

 

そういうと、悠太は、やさしく、微笑(ほほえ)んだ。

 

「うわー、うれしいわ!」

「うん、とても、感激しちゃう!」

 

と、声を大きくして、G ‐ ガールズの、5人の、

菊山香織(きくやまかおり)、大沢詩織(おおさわしおり )、

平沢奈美(ひらさわなみ)、清原美樹(きよはらみき)、

水島麻衣(みずしままい)たちは、大歓(おおよろこ)びする。

 

「おれも、来年は、アルバムを制作したいと思うので、

そのときは、ぜひ、悠太さんに、お願いしたいです」

 

美樹のとなりにすわる、松下陽斗(はると)が、

島津悠太(しまづゆうた)にそういった。

 

「陽斗さん、こちらこそ、よろしくお願います!

きっと、コンサートでの録音でも、スタジオ・ライブでも、

どちらにしても、すばらしい出来(でき)になりますよ。

ぜひ お任(おまか)せください!」

 

≪つづく≫



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21章 G ‐ ガールズ の レコーディング (4)

21章 G ‐ ガールズ の レコーディング (4)

 

「悠太さんのスタジオのレコーディングは、

悠太さんのプロデュースは、もう抜群で、

才能やセンスは、最高なんだけど、

スタッフの、綾香(あやか)さんや

裕也(ゆうや)さんの お仕事も、

熟練(じゅくれん)というか、

正確で、的確なんですよね」

 

森川良(もりかわりょう)がそういった。

森川良は、モリカワ・ミュージックの課長で、

このアルバム制作の総指揮を担当している。

 

「ありがとうございます」と、

スタジオ・エンジニアの山口裕也(やまぐちゆうや)と、

スタジオ・マネージャーの沢木綾香(あわきあやか)は、

軽く、頭を下(さ)げて礼(れい)をする。

 

「悠太さんや、裕也さん、綾香さんたちのおかげで、

わたしのデビュー・アルバムも、質の高い作品になったのよね。

カバー曲ばかりのアルバムで、評判になるなんて

期待してなかったんですもの。ほんとうにありがとうございます」

 

そういって、微笑(ほほえ)むのは、森川良と交際している

ポップス・シンガーの白石愛美(しらいしまなみ)である。

すべて、マライア・キャリーの、歌のカヴァー(cover)という、

デビュー・アルバムが、世間(せけん)でも、人気となる。

愛美のかわいらしい容姿も、注目される要因であった。

 

「さあ、気合を入れて、Runaway girl (逃亡する少女)を、

仕上げましょうか!」

 

島津悠太(しまづゆうた)が、そういうと、

「はーい!」と、G ‐ ガールズのメンバーと、

パーカッションの岡昇(おかのぼる)はいう。

 

「岡ちゃん、作品の出来(でき)は、

岡ちゃんのパーカッションにかかっているからね!」

 

そんなこと、岡昇に、森川良がいう。

 

「えええー!、おれ、責任感じちゃいますよ!

でも、期待に応えられるように、がんばります!」

 

岡は、ちょっと、緊張(きんちょう)して、

素直(すなお)な少年のようにわらった。

 

そして、コントロール・ルームを出て、

ロビー(lobby)から、メイン・スタジオへ入った。

 

コントロール・ルームから、ガラス越(ご)しに見える、

50帖(じょう)の広さのメイン・スタジオに入ると、

さっそく、清原美樹たちは、演奏の準備を始める。

 

このスタジオの設計・施工は、イギリスの、

ビートルズで有名な、アビーロード・スタジオの

設計者に依頼したものであった。

長時間、スタジオで、仕事をしてもリラックスできる

空間のデザインになっている。

 

Runaway girl (逃亡する少女)は、16ビートの

アップ・テンポ(up tempo)なバラードである。

 

イントロ(序奏)は、水島麻衣(みずしままい)の

リード・ギターと、大沢詩織(おおさわしおり)の

サイド・ギターで始まる。

 

水島麻衣(みずしままい)の、甘い音色(ねいろ)の

ギターが鳴(な)った。

 

Runaway girl (逃亡する少女) 作詞 大沢詩織(おおさわしおり )

                    作曲 清原美樹(きよはらみき)

 

夜明け前 誰かに 追いかけられている 夢を見たの

つかまったりはしないけどね パジャマで 寝ていても

逃(に)げるのは クラス・メイトと 一緒だから だいじょうぶ  

でも 追いかけられるのは こわいから 目がさめる

夢って 現実の 反映(はんえい)しているのかしら?

だって 現実の世界は こわいことや リスクも いっぱい!

 

こんな朝は ペットと お散歩すれば 気分も爽快(そうかい)

雲は白くて 空も 青く 晴れわたり 風も やさしいわ 

うつくしい自然の中 鳥たちは 群れをつくって 飛んでゆく

うつくしい自然には いつも 危険も いっぱい あるけれど

鳥とか 獣(けもの)のように 花や 樹(き)のように

無垢(むく)な 心で 強く 生きてゆければ いいよね!  

 

いつも 無垢(むく)なものたちと 生きたいよね?

いつも わたしは 逃亡する少女 かもしれないけれど

 

Would you like to live with pure things always?

(いつも 無垢(むく)なものたちと 生きたいよね?)

However I might be a runaway girl always.

(いつも わたしは 逃亡する少女 かもしれないけれど)

 

≪つづく≫ ーーー 21章 おわり ーーー



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22章 メジャー・デヴュー・パーティ ー(1)

22章 メジャー・デヴュー・パーティ ー(1)

 

2013年10月13日の日曜日、午後2時。

今年は、台風も 多いのに、幸(さいわ)い

上空(じょうくう)は どこまでも 青(あお)い。

 

G ‐ ガールズ(グレイス・ガールズ)の

デヴュー・アルバム、 Runaway girl (逃亡する少女)の

完成と、メジャー・デヴューの、

祝賀(しゅくが)パーティーが 始まろうとしている。

 

下北沢駅南口から、徒歩で3分の、

ライブ・レストラン・ビート(通称・LRB)は、

1階フロア、2階フロアの、

280席、ほとんど 満席(まんせき)である。

 

みんなが 見つめるステージには、

店長の 佐野幸夫(さのゆきお)が立っている。

 

佐野幸夫の、おもしろい、MC(進行)は、

いつも、うける。

 

ステージは、間口(まぐち)が、約14メートル、

奥行(おくゆ)き、7メートル、

天井高(てんじょうだか)、8メートル、

舞台床高(ぶたいどこだか)、0.8メートル。

 

舞台の左には、グランド・ピアノや、

いろいろな楽器の 音色(ねいろ)の出せる、

シンセサイザーが 置いてある。

 

佐野が、マイクを片手(かたて)にして、スピーチをはじめた。

 

「やあ、みなさま!佐野幸夫でございます!」

 

会場からは、なぜか、それだけで、わらいがもれる。

 

「あ、もう、わらっていただけて、わたくしも、

夢は、コメディアン志望(しぼう)ですので、

まだ、希望はあると思いますので、

大感激(だいかんげき)でございます!」

 

そういって、佐野は、ハンカチで 涙をぬぐう マネをする。

 

「ええと。本日(ほんじつ)は、グレイス・ガールズの

祝賀(しゅくが) パーティに、お越(こ)しいただいて、

誠(まこと)に ありがとうございます!」

 

長身、179センチの 佐野が、そういって、

丁重(ていちょう)な 敬礼(けいれい)をすると、

拍手(はくしゅ)が わきおこる。

 

「みなさまには、先(せん)だって、

ご案内状を 送らせて いただきましたが、

その、ほとんどの、みなさまが、

本日は、ご来店してくださっております!」

 

「お祝(いわ)いに 駆(か)けつけてくださった、

お友(とも)だちの ミュージシャンのみなさまの、

すばらしいライブも、

たっぷりと ご用意(ようい)しております!」

 

「しかし、これは、成(な)りゆきですので、

ドタキャンもあるかもしれませんけど。

わたしがなんとか、がんばって、交渉してみます!」

 

そういって、頭をかく、佐野に、みんなは、わらった。

 

「もちろん、本日は、G ‐ ガールズのライブも、

たっぷりです!

最近、イー・ガールズ(E-girls)という

女性グループが、ヒット・チャートに登場してますよね。

G ‐ ガールズも、

デヴュー・アルバムは、本日発売ですので、

オリコン・チャートとかを、盛り上(もりあ)げるのは、

あと1週間先くらいでしょうか?

そのあと、全米(ぜんべい)ヒット・チャートも

盛り上げてくれたり。

あっはっは。

そんな、強気の、予想を、わたしはしています。

それでは、みなさま、

ぜひ、楽しいひとときを、お過ごしください!

それでは、お待たせしました!

グレイス・ガールズの みなさんです!」

 

≪つづく≫



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22章 メジャー・デヴュー・パーティ ー(2)

22章 メジャー・デヴュー・パーティ ー(2)

 

G ‐ ガールズのメンバー5人が、フロアから見て、

ステージの右(みぎ)にある、控室(ひかえしつ)から、

大きな拍手の中、うれしそうに、元気な姿(すがた)で、

現(あらわ)れる。

 

清原美樹(きよはらみき)、大沢詩織(おおさわしおり )、

菊山香織(きくやまかおり)、平沢奈美(ひらさわなみ)、

水島麻衣(みずしままい)。

 

5人は、それぞれ、個性的な、普段着(ふだんぎ)で、

ステージ むけの ファッションではないが、かわいらしい。

 

「きょうは、わたしたち、グレイス・ガールズのために、

ご来店いただきまして、

ほんとうに、ありがとうございます!

もう、わたしたち、その感激で、

控室(ひかえしつ)にいるときから、

涙(なみだ)が 出たりしているんですよ・・・」

 

リーダーの 清原美樹(きよはらみき)が、すこし、

緊張(きんちょう)しているが、微笑(ほほえ)みながら、

キラキラと瞳(ひとみ)を輝(かが)かせて、

語(かた)りはじめる。

 

「メジャー・デヴュー しませんか?という お話を、

モリカワ・ミュージックの 森川良(もりかわりょう)さんから

いただいたのが、今年の7月の終わりころだったんです。

夢のような、すてきな お話で、信じられませんでした。

それから、まだ3カ月も たっていませんけど、

みなさまの強力なサポートに、支(ささ)えられながら、

本日、ファースト・アルバムも、発売することもできました!」

 

ライブ・レストラン・ビートの、高さ、8メートルの、

吹(ふ)き抜(ぬ)けのホールの、会場(かいじょう)は、

歓声(かんせい)や拍手(はくしゅ)につつまれる。

 

「アルバムを制作をしていた、この 1ヵ月間は、

まるで 夢を見ているように 幸せな 気分(きぶん)でした。

苦労もありましたが、充実(じゅうじつ)した 日々でした。

アルバムは、全部で、10曲です!

およそ1カ月間で、仕上(しあ)げることができました。

レコーディングの時間は、正味(しょうみ)で、

20時間くらいです!

日ごろから、練習に励(はげ)んでいましたから!」

 

そこで、また、感心する、ため息のような歓声と、

拍手がわきおこる。

 

「みなさまの、ご支援(しえん)が、あってこその、

G ‐ ガールズなんです!

ほんとうに、ありがとうございます!

あの、ビートルズは・・・、

ファースト・アルバムの、プリーズ・プリーズ・ミー

(Please Please Me)を、

正味(しょうみ)、10時間たらずで、

仕上(しあ)げたといいますから、

ビートルズには、かないませんでした!

ビートルズは、やっぱり、さすがだと 思います。

それに・・・、

ビートルズの、プリーズ・プリーズ・ミーは、

全部で、14曲あります。

やっぱり、ビートルズは天才ですし、偉大です!」

 

清原美樹は、そういって、ほほえんだ。

会場からは、惜(お)しみのない 拍手がつづく。

 

観客たちは、1階と2階のフロアのテーブルで、

ゆったりと 飲食(いんしょく)を 楽しみながら、

くつろいでいる。

 

「そうか・・・。ビートルズは、ファースト・アルバムを、

10時間で、仕上げたんだっけ?」

 

そんな話をするのは、モリカワ・ミュージック、課長、

今回のアルバム制作の、総指揮の、

森川良(もりかわりょう)である。

 

「ええ、そんな話は、ビートルズの専門誌で、

読んだことがあります。ビートルズも、

G ‐ ガールズも、ライブで、鍛(きた)えられた、

ロックバンドには、違(ちが)いないですが・・・」

 

と、語(かた)るのは、森川良の右(みぎ)どなりの

席の、レコーディング・スタジオ・レオの、

島津悠太(しまづゆうた)である。

悠太のとなりには、

悠太のスタジオの エンジニアの、山口裕也(やまぐちゆうや)、

そのとなりには、

スタジオ・マネージャーの沢木綾香(さわきあやか)もいる。

 

「彼女たちが、20時間で、レコーディングを、

完成させたことには、

正直(しょうじき)、超驚(ちょう おどろ)き、なんですよ。

わたし、

終始(しゅうし)、冷静を装(よそお)ってはいましたけど」

と、森川良に語りかける、

悠太が、声を出して、明るくわらった。

 

≪つづく≫



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22章 メジャー・デヴュー・パーティ ー(3)

22章 メジャー・デヴュー・パーティ ー(3)

 

「実は、悠太さん、おれも、彼女たちには、

ビートルズの再来(さいらい)のような、あの爆発的な、

パワーというか、エネルギーというか・・・、

不思議というしかないような、

新鮮(しんせん)さを、感じているんですよ!

それで、自分のセンスを信じて、

メジャー・デヴューの話を、清原美樹さんに、してみたんです。

ほかの会社に、先を 越(こ)されては、

たまりませんからね。モリカワ・ミュージックも、

先手必勝(せんてひっしょう)が、社訓(しゃくん)ですし」

 

そういって、森川良も、声を出してわらった。

 

スポット・ライトも 華(はな)やかな、ステージの、

清原美樹が、会場のみんなに、語りかける。

 

「わたしたちに、どこまで、できるか、わかりませんが、

これからも、メンバー全員で、精いっぱいに、がんばります!

わたしたち、

G ‐ ガールズの音楽を、応援してくださる、すべてのみなさま。

早瀬田(わせだ)大学の、

先生のみなさま、学生のみなさま、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)のみなさま。

株式会社・モリカワのみなさま。

株式会社・フォレスト(Forest)のみなさま。

島津 楽器店(しまづがっきてん)のみなさま。

今回、お世話になった、

レコーディング・スタジオ・レオのみなさま。

ほんとうに、ご声援や、ご支援を、ありがとうございます!

きょうは、精いっぱいの、パフォーマンスで、

みなさまに、楽しんでいただける、ライブをします!」

 

清原美樹が、そういって、挨拶(あいさつ)を終(お)えた。

 

会場は、拍手(はくしゅ)と、歓声(かんせい)が あふれる。

 

「彼女たち、第2の、ビートルズになるかもしれませんよね。

半分、冗談(じょうだん)で、半分、本気(ほんき)で、

わたしはいっているんですけどね。あっはっは」

 

島津悠太(しまづゆうた)は、楽しげに、そういって、

わらうと、1杯目(いっぱいめ)の生ビールを飲み干(ほ)した。

 

「悠太さん、モリカワの企業目的のひとつも、世の中に、良い変化を

もたらすことですから、彼女たちが・・・、

ビートルズのようなロックバンドに成長してくれるのなら、

それほど、うれしいことは、ちょっと、ないですね!」

 

そういうと、森川良は、ドライ・ジンがベースのカクテル、

マティーニを飲む。

 

森川良は1983年生まれ、12月で30歳。

島津悠太も、1983年生まれ、8月で30歳。

ふたりは、ほとんど、同じ歳でもあり、気も合う。

 

「良さん、ちょっと、ご相談があるんですが・・・」

 

森川良の左隣(ひだりどなり)にいる、

松下陽斗(まつしたはると)が、そういった。

 

「ははは。どんなお話ですか?陽斗(はると)さん」

 

「彼のことなんですが」と、陽斗は、となりの席の、

山内友紀(やまうちともき)を見て、話をつづける。

 

「友紀さんは、トランペット奏者として、デヴューすることが、

ひとつの夢なんだそうです」

 

そういって、陽斗は、ひとつ上の先輩(せんぱい)の

山内友紀(やまうちともき)のことを、森川良に語る。

 

山内友紀(やまうちともき)は、1992年の

10月10日生まれ、21歳になったばかり。

 

松下陽斗(まつしたはると)は、

1933年2月1生まれで、20歳である。

 

ふたりは、東京・芸術・大学の音楽学部の3年生で、

陽斗は、ピアノ専攻、友紀は、トランペットの専攻であった。

 

≪つづく≫



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22章 メジャー・デヴュー・パーティ ー(4)

22章 メジャー・デヴュー・パーティ ー(4)

 

友紀(ともき)も、陽斗(はると)も、同じような、

いまふうのカットの、髪(かみ)は、眉毛(まゆげ)の

あたりまであって、長(なが)めである。

また、ふたりとも同じように、

いつも、どこか、わけもなく、はにかんでいるような、

顔を 紅(あか)らめているような、

その 笑顔(えがお)には、

まだ、純真(じゅんしん)な少年のような、

若々(わかわか)しい、輝(かがや)きがある。

 

1983年生まれで、12月5日で、30歳になる、

森川良(もりかわりょう)は、

そんな、ふたりに、

若さか・・・、いいもんだよな、と、ふと思う。

 

「友紀さんは、去年の、全日本・音楽・コンクールの

トランペット部門で、みごと、1位に入賞されたんですよね。

友紀さんの 演奏は、

ユーチューブで、見てます。楽しませてもらってますよ。

すばらしい、音色(ねいろ)で、感動していますよ。

こちらこそ、よろしくお願いします。

ぜひ、メジャー・デヴューを 企画してゆきましょう!」

 

森川良(もりかわりょう)は、そういうと、

山内友紀(やまうちともき)に、ほほえんだ。

 

「どうも、ありがとうございます」

と、山内友紀(やまうちともき)は、予想外に、早い、

話の展開に、松下陽斗と、目を合わせて、よろこんだ。

 

「きょうも、友紀さんのトランペット、楽しみにしてますよ。

演奏も大事ですが、

まあ、きょうは、楽しく飲みましょう!」

 

と いって、森川良(もりかわりょう)は、わらった。

 

「陽斗(はると)の ピアノと、コラボ(共演)で、

ちょっと、ライブを やらせていただく 予定です!

おれも、陽斗も、

酒は強いですから、今日は飲みますよ。はっはっは」

 

と 山内友紀(やまうちともき)も わらった。

 

ステージでは、店長、佐野幸夫(さのゆきお)の MC(進行)で、

G ‐ ガールズ(グレイス・ガールズ)の、演奏が始まる。

 

パーティーのオープニングを、飾(かざ)る 曲は、

デヴュー・アルバム、

Runaway girl (逃亡する少女)の中の、

ゆったりしたテンポのバラードで、

If I can live with you (あなたと 生きてゆければ) である。

 

歌の出だしのイントロは、水島麻衣(みずしままい)の

うつくしい、ギター・ソロで、

すぐに、

大沢詩織(おおさわしおり )のリズム・ギター、

平沢奈美(ひらさわなみ)のベース・ギター、

菊山香織(きくやまかおり)の、16ビートを刻(きざ)む、

ドラムス、

岡昇(おかのぼる)の、パーカッションがつづいて、かさなる。

 

そして、シンセサイザーを演奏する、

清原美樹(きよはらみき)が、

口もに 設置したマイクにむかって、歌い始める。

 

女性らしい、透明感(とうめいかん)があふれる、

バンド全員の、歌声や、コーラスのハーモニー、

そして 演奏(えんそう)に、

会場のみんなは、気持ちのよい、時間を過ごした。

 

ーーー

 

If I can live with you (あなたと 生きてゆければ)

 

             作詞作曲 清原 美樹 (きよはら みき)

 

いつもの 街(まち)の 交差点で あなたと すれ違(ちが)った

 

時は 流(なが)れて いまは ちがう 道を 歩(ある)く 二人(ふたり)

 

あの頃(ころ)は こんな 切(せつ)ない 思いだったのよ!

 

あなたと 生きてゆければ・・・ If I can live with you... 

 

 

いつも 見ている  毎朝 見ている わたしの 鏡(かがみ)

 

たまに ピカピカに 磨(みが)いたの! ブラッシングして

 

ピンクのリップ 鏡(かがみ)の中に もう ひとりの わたし

 

あなたと 生きてゆければ・・・ If I can live with you... 

 

 

「ねえ 時間を 止(と)める 方法って、 ないのかしら?」

 

「ほんと ほんと 歳(とし)とるのって 早すぎるよね!」

 

そんな 友だちとの 会話だけど あなたとなら 楽しいの!

 

あなたと 生きてゆければ・・・ If I can live with you... 

 

 

無一物(むいちぶつ) 無尽蔵(むじんぞう)という 言葉が 大好き!

 

本来(ほんらい)は 何も 持たないで 生まれてくるのだから

 

無心(むしん) でいれば 自由自在(じゆう じざい)の 境地(きょうち)!

 

でも あなたと 生きてゆければ・・・ But if I can live with you... 

 

あなたと 生きてゆければ・・・  if I can live with you... 

 

あなたと 生きてゆければ・・・  if I can live with you... 

 

≪つづく≫ ーーー 22章 おわり ーーー 



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23章 G ‐ ガールズ、ヒット・チャート、上位へ (1)

23章 G ‐ ガールズ、ヒット・チャート、上位へ (1)

 

2013年10月20日、

グレイス・ガールズ(G ‐ ガールズ )は、

ビルボード、オリコン、有線などで、

ヒット・チャート入りを 果(は)たした。

 

それも、デヴュー・アルバムの、

Runaway girl (逃亡する少女)と、

その中から、シングルカットされた、

Blowing in the sea breeze (海風に吹かれて)という

アルバム、シングル、

同時の、ヒットチャート入りである。

 

彼女たちの曲は、日本中のラジオから流れて、

さらに、上位に、向かっている。

 

一夜にして、人気者になった彼女たちには、

ラジオやテレビ局からの 出演の依頼(いらい)も

殺到(さっとう)する。

 

モリカワ・ミュージックでは、G ‐ ガールズの マネジャーでもある、

課長の森川良(もりかわりょう)が、テレビ、ラジオ、雑誌など、

マスメディアとの、調整(ちょうせい)に、多忙(たぼう)であった。

 

10月27日の日曜日。

台風一過(たいふういっか)で、晴天の、午後の1時半ころ。

 

東京・FM のスタジオに、G ‐ ガールズと、岡昇(おかのぼる)、

森川良たちは来ている。

 

「今回のゲストは、リリース(release)されたばかりの、

アルバムとシングルの、同時、ヒット・チャート入りという、

電撃的(でんげきてき)な、

快挙(かいきょ)を達成(たっせい)した、

ロック・バンド、ザ・グレイス・ガールズのみなさんと、

パーカッションで、特別参加の岡昇さんです!」

 

そういって、22歳の、MC(司会者)、

渋谷陽治(しぶやようじ)が、番組の放送を開始した。

 

「ようこそ、いらっしゃいました!」と、陽治(ようじ)。

 

「どうも、どうも、ようこそ、いらっしゃいました!」

と、もうひとりの、21歳の、女性のMC(司会者)、

本条知美(ほんじょうともみ)もいう。

 

「もう、はじめまして!・・・なんですけど、

なんか、もう、昔から友だちみたいに、

番組が始まる前に、うちとけちゃいましたよね!」

 

そういって、本条知美(ほんじょうともみ)が わらうと、

G ‐ ガールズ、岡昇(おかのぼる)、森川良たちも、

わらった。

 

「いきなりですからね!グレイス・ガールズのみなさん!

リリース(release)されて・・・、

アルバムとシングルが、店頭(てんとう)に、

並(なら)んだのが、10月13日ですよね。

そしたら、アルバムも、シングルも、

20日には、ヒット・チャート入りして、

きょう、現在、CD・オリコン・ランキングでは、

アルバムの売り上げは、6位、

シングルの売り上げは、5位なんですからね。

こんなこと、

予想してました?リーダーの清原 美樹さん」

 

と、MC(司会者)、渋谷陽治(しぶやようじ)。

 

「いいえ、まったく、予想してませんでした。

みんなで、夢見ているみたいだねって、

毎日、同じこと、いい合(あ)っていってます」

 

そういうと、美樹も、みんなも、声を出して、わらった。

 

≪つづく≫



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23章 G ‐ ガールズ、ヒット・チャート、上位へ (2)

23章 G ‐ ガールズ、ヒット・チャート、上位へ (2)

 

「わたし、仕事の関係(かんけい)で、

有名になっていく人を、数多く見てますけど、

無名の人が、ラジオやテレビに出るようになって、

有名になるのって、

ほんとうに、あっという間(ま)、なんですよ」

 

と、MC(司会者)、本条知美(ほんじょうともみ)。

 

「ここで、ちょっと、メンバーを、ご紹介させていただきます。

リーダーで、キーボードとヴォーカルの清原美樹さん。

サイド・ギターとヴォーカルの大沢詩織(おおさわしおり )さん、

ドラムスとヴォーカルの菊山香織(きくやまかおり)さん、

ベースギターとヴォーカルの平沢奈美(ひらさわなみ)さん、

リード・ギターとヴォーカルの水島麻衣(みずしままい)さん。

そして、パーカッションの岡昇さん。

みなさん、現役の、早瀬田(わせだ)の学生さんなんですよね!」

 

「はーい、そのとおりです。よろしくお願いします!」

 

みんなは、前もって、いい合わせたように、元気な声で、そういった。

 

「ぼく、アルバム、聴かせていただいて、驚いたんですけど、

作品の、すばらしいクオリティ(品質)、

完成度の高さといいますか、

アルバムの全体から、グルーブ感は、

圧倒的(あっとうてき)で、

これこそ、本物のロックンロールというのが、

正直な、ぼくの感想なんです。

みなさん、まだ、20歳(はたち)くらいなんですよね。

ぼくは、ロック 史上 最強 といわれる ロック・バンドの

ビートルズを、つい連想(れんそう)してしまいした!」

 

やや、興奮気味(こうふんぎみ)に、22歳の、MC、

渋谷 陽治(しぶやようじ)は、語(かた)る。

 

「ありがとうございます!」 と、清原 美樹は、ほほえむ。

 

ほかのメンバーの全員、岡昇も、一礼(いちれい)しながら、

「ありがとうございます!」といって、ほほえむ。

 

「わたしたちが、ここまでやって来(こ)れたのは、たぶん、

メンバー、みんな、とても、仲がよくて、気が合うこと。

好きな音楽の傾向も、すごっく、近いものがあるんです。

J-ポップでは、宇多田ヒカルさんとか、

洋楽では、ボブ・ディランやビートルズとか、

みんな、すごっく、尊敬しているんです。

憧(あこが)れる、すばらしい、ミュージシャンは、

ほかにも、たくさん、いますけど。

そんな音楽が大好きで、特に、ロックは大好きで、

どんなときも、わたしたちは、バンド活動を、

楽しんでいるんです。

あと・・・、みんなが、お互いの、個性を、

尊敬(そんけい)いることもあります!

ですから、

わたし、まとめ役のリーダーですけど、

とても、楽(らく)なんですよ・・・」

 

清原美樹は 晴(はれ)やかな 表情で、ゆっくり、

メンバーを、見わたしながらそういって、わらった。

 

「あっはっは。普通(ふつう)、リーダーって、

まとめるのが大変ですものね。

それにしても、いつも楽しみながら、

バンド活動することって、簡単なことのようで、

なかなか、できることではありませよね。

そうですか、宇多田ヒカルさん、

ボブ・ディランですか、

どちらも、ビートルズのように、

音楽シーン(状況)を大きく変えた、

天才的なミュージシャンですものね。

これは、天才は天才を知るっていうことですかね?

ねえ、知美(ともみ)さん!」

 

という、MCの、渋谷陽治(しぶやようじ)は、

わらいながらも、

感動していて、少(すこ)し、声が 震(ふる)える。

 

≪つづく≫



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23章 G ‐ ガールズ、ヒット・チャート、上位へ (3)

23章 G ‐ ガールズ、ヒット・チャート、上位へ (3)

 

「まったく、そうですよね、陽治(ようじ)さん。

G ‐ ガールズのみなさん、才能にあふれていて、

天才的な、気がいたします!

わたしも、1度、聴かせていただいたら、

大(だい)ファンに、なりましたもの!

こんなに、すてきなバンドは初(はじ)めてです!

わたしたち、若い人から、ご年配(ごねんぱい)の、

どなたもが、待(ま)ち望(のぞ)んでいた

ビートルズのように、衝撃的(しょうげきてき)な

バンドだと思います!

それでは、

リスナー(聴取者)のみなさまも、

お待(ま)ちかねですので、

ここで、シングル・カットされた、

ヒット・チャートも、急上昇中(きゅうじょうしょうちゅう)の、

Blowing in the sea breeze (海風に吹かれて)を、

お聴(き)き いただきたいと思います!

この曲は、

大沢詩織さんの作詞・作曲なんですよね。ねえ、詩織さん。

詞の内容が、短編 小説のような、

ストーリー 性(せい)を感じるのですが、これって、

実体験(じったいけん)を、

もとにしてあるってことでしょうか?」

 

そういうと、ちょっと、照(て)れるように、

21歳の、MC(司会者)、本条知美(ほんじょうともみ)は、

まだ、19歳、大学1年の、大沢詩織に、ほほえんだ。

 

「ええ、まあ、実体験がもとです。まったくの、空想では、

すらすらと、書けないし・・・、いいのが、できないんです」

 

そういって、大沢詩織(おおさわしおり)は、

無邪気(むじゃき)な、少女のように、わらった。

 

「いいですよね。オートバイに 乗(の)れる、

彼って!男っぽい、気もします!」と、知美(ともみ)。

 

「はあ」と、照(て)れる、大沢詩織。

 

そんな会話で、知美と詩織が、声をだして、わらうと、

まわりのみんなも、明(あか)るく、わらった。

 

「それでは、みなさま、お聴(き)きください!

ポップ(大衆的)で、キャッチー(印象的)な、

最高の、ロックンロール!

Blowing in the sea breeze (海風に吹かれて)!」

 

MCの、渋谷陽治(しぶやようじ)は、そういって、

番組を進行させた。

 

---

 

Blowing in the sea breeze (海風に吹かれて)

 

作詞・作曲 大沢 詩織

 

 

「海が見たくなっちゃった!」 そういう わたし 

 

「それじゃあ 海を見に行こう!」 そういう あなた

 

あなたの バイクの 後(うし)ろに 跨(またが)って

 

海に向かって 街を 飛び出した すてきな 日曜日 

 

I want to be blowing in the sea breeze...

(わたしは 海風に 吹かれていたい・・・ )

 

海岸通(かいがんどお)りを バイクで 突っ走(つっぱし)る

 

潮(しお)の 香(かお)りに 懐(なつ)かしさを 感じる

 

「太古(たいこ)の 記憶(きおく)が 蘇(よみがえ)るみたい?」

 

そういうと あなたの 笑い声(わらいごえ)が 風に 乗(の)る

 

I want to be blowing in the sea breeze...

(わたしは 海風に 吹かれていたい・・・ )

 

太陽は 眩(まぶ)しいくらいに 輝(かが)やいていて

 

波(なみ)は 白(しろ)く カモメが 自由に 空を 飛(と)んでいる

 

「わたしたち いつも 自由 なのかしら?」 そういう わたし

 

「きっと 自由を 夢 見(ゆめみ)て るんだろうな」 そういう あなた

 

I want to be blowing in the sea breeze...

(わたしは 海風に 吹かれていたい・・・ )

 

そうね 人生は 自由を 夢 見る 旅のようなもの

 

愛(あい)を 感じて 信じて 大切にしていこう!

 

きっと 何でも 乗り越えて ゆけるんだから!

 

愛には 魔法(まほう)の パワ-が あるんだから!

 

I want to be blowing in the sea breeze...

(わたしは 海風に 吹かれていたい・・・ )

 

≪つづく≫ --- 23章 おわり ---



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24章 クラッシュ・ビート、ヒットチャート、上位へ (1)

24章 クラッシュ・ビート、ヒットチャート、上位へ (1)

 

10月28日の月曜に、

クラッシュ・ビートのアルバムと シングルは、

トップ10入りを 果(はた)した。

 

アルバムが、リリース(発売)されたのが、

10月21日であったから、

1週間のあいだに、

いきなり、ドカンと 売れた 感じである。

 

アルバム・タイトルは、シングルカットされた

ナンバーと同じ、

I FEEL TRUE (ぼくが本当に感じていること)だった。 

 

レコーディング(録音)から、リリースまで、

わずか 1週間という、短(みじか)さであった。

 

リリース(発売)したばかりではあるが、

キャンペーン(販売の宣伝)、プロモーション(販売の促進)の

不足(ふそく)にも かかわらず、

彼らの アルバムやシングルは、いまも、よく売れて、

ヒット・チャートを上昇中(じょうしょうちゅう)だった。

 

そんな 見事(みごと)な 人気の、理由のひとつには、

Twitter(ツイッター)、LINE(ライン)など、

インターネット による 口(くち)コミ があった。

 

口(くち)コミが、顧客(こきゃく)の 創出(そうしゅつ)に

絶大(ぜつだい)な 効果(こうか)を 発揮(はっき)している。

 

彼らの、メジャー・デヴューの アルバムは、

ずばぬけた グルーヴ(高揚)感、

ボリューム(量感)、

完璧(かんぺき)なリズム感などが、とくに 評判であった。

 

その ロックン・ロールのナンバー、12曲は、

下北沢にある レコーディング・スタジオ・レオで、

9月22日から、 約3週間、正味25時間という、

短期間の、 猛烈(もうれつ)な

ペース と、密度(みつど)の中で、制作(せいさく)された。

 

それは、数多くの ライブで 培(つちか)った、

お互(たが)いの 微妙(びみょう)な気持ちの

一致(いっち)があるから、実現の可能なことであった。

 

下北沢の レコーディング・スタジオ・レオでは、

クラッシュ・ビートが レコーディングに入る 前日の

9月21日の日曜日に、

グレイス・ガールズ (G ‐ ガールズ)の、

アルバムの制作が、完成したばかりであった。

 

モリカワ・ミュージックの、総力(そうりょく)の 企画(きかく)、

ふたつの ロック・バンドの アルバム、シングルが、

ほぼ 同時に、ヒット・チャートの トップ10入りという、

業界でも 前例(ぜんれい)のない 快挙(かいきょ)は、

新聞や ラジオや テレビなどの メディアでも 注目される。

 

そんな予想外の、人気には、バンドのメンバーも、

スタッフも、誰(だれ)もが、驚(おどろ)き、

どのように考えればよのかと、言葉も 失(うしな)うような、

とても不思議な 幸福感のある、心の状態であった。

 

11月3日の日曜日、文化の日。午後の1時半ころ。

 

東京・FM のスタジオには、クラッシュ・ビートと、

G ‐ ガールズのメンバー全員と、

岡昇(おかのぼる)、松下陽斗(まつしたはると)が、

集(あつ)まっている。

 

日曜日の 午後の2時の 番組、

『明日に架けるポップス』が、オンエア(on the air)だった。

 

「みなさん、お元気ですか!?

今回のゲストは、リリース(release)されたばかりの、

アルバムとシングルが、

またまた、同時に、ヒット・チャート入りという、

快進撃をしている

ロック・バンド、クラッシュ・ビートと、

グレイス・ガールズのみなさん、

それと、アルバム制作に、

特別参加の、岡昇(おかのぼる)さん、松下陽斗(まつしたはると)

をお招(まね)きしています!」

 

そういって、パーソナリティ(司会者)、22歳の、

渋谷陽治(しぶやようじ)が、番組を開始した。

 

「ようこそ、いらっしゃいました!」と、陽治(ようじ)。

 

「どうも、どうも、ようこそ、いらっしゃいました!」

と、もうひとりの、21歳の、パーソナリティ、

本条知美(ほんじょうともみ)もいう。

 

「はじめまして!クラッシュ・ビートのみなさん、

グレイス・ガールズのみなさんは、ちょっと前に、

いらしてただいたばかりですよね。

また、みなさんに、お会いできて、感激です!」

 

と、MC(司会者)の、本条知美(ほんじょうともみ)は、

少女のように、よろこびの、笑顔になる。

 

≪つづく≫



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24章 クラッシュ・ビート、ヒットチャート、上位へ (2)

24章 クラッシュ・ビート、ヒットチャート、上位へ (2)

 

「ぼくは、グレイス・ガールズのアルバムにも、

衝撃的(しょうげきてき)な 感動(かんどう)を おぼえましたけど、

クラッシュ・ビートのアルバムにも、

またまた、ロックン・ロールの

すごいドライブ(疾走)感といいますか、

芸術品のような完成度に、

感動をさせていただきました!」

 

と、MC(司会者)の、渋谷陽治(しぶやようじ)。

 

「ありがとうございます!」

 

スタジオのテーブルで、リラックスしながら、

そんな 挨拶(あいさつ)をする、

クラッシュ・ビートと、グレイス・ガールズ、

松下陽斗(まつしたはると)、岡昇(おかのぼる)の、

11人だった。

 

「それでは、まず、オープニングとして、

リスナーのみなさまも、お待ちかねですので、

ヒット・チャート、急上昇中の、

クラッシュ・ビートの、最高に明るくって、ポップな、

シングル・ナンバー、

I FEEL TRUE (ぼくが本当に感じていること)を、

お聴(き)きください!

そのあと、みなさんのお話を、たっぷりと、

伺(うかが)わせていただきます!」

 

ーーー

 

I FEEL TRUE

(ぼくが本当に感じていること)   作詞・作曲 川口信也(かわぐちしんや)

 

ぼくが 本当に 感じていることを 話そう

きっと 笑(わら)われるかもしれないね

本当のことって 言いにくいものだよね

 

少年の日を 思い出してみよう

時間など 気にもせず

日が暮れるまで 遊んでいたよね

 

あどけない 少女の きみは 

テディベアに 頬(ほほ)よせて 

幸せそうに ほほえんでいたね

 

きみに 恋していたのだろうか?

きみの家の 近くまでいって

きみのことを思った 昼下(ひるさ)がり

 

少年や 少女のころの 日々は

時間も 止まっているかのように

永遠に近く やたらと 長かった

 

ぼくが 本当に 感じていることを 話そう

きっと 笑(わら)われるかもしれないね

本当のことって 言いにくいものだよね

 

少年の日を 思い出してみよう

緑の 草や木は まるで 親友みたいで

いつも ぼくらの 遊びの 仲間だった

 

あどけない 少女の きみは 

いろんなものに アンテナ のばすから

男の子より 全然(ぜんぜん) オトナっぽかったね

 

きみに 恋していたのだろうか?

きみがいるから 楽しかったのは 真実さ

毎日の 学校も 心弾(こころはず)んだもの

 

少年や 少女のころの 日々は

無邪気(むじゃき)と オトナは 笑(わら)うけど

いつだって すてきな夢を 見ていたよね

 

ぼくが 本当に 感じていることを 話そう

きっと 笑(わら)われるかもしれないね

本当のことって 言いにくいものだよね

 

少年の日を 思い出してみよう

喧嘩(けんか)して 痛(た)い 思いもあったんだ

でも 心まで 冷酷(れいこく)じゃなかったよ

 

少女の きみは ときおり ふいに

ミステリアスな オトナっぽい仕草(しぐさ)して

ぼくらを 楽しませて くれていたんだから・・・

 

きみに 恋していたのだろうか?

そんな きみの かわいい 面影(おもかげ)さえも

遠い日の 記憶とともに 消えてゆく・・・  

 

少年や 少女のころの 日々を

だれもが 忘れ去って ゆくんだろうか?

大切にしていた 魂(たましい)と ともに・・・

 

ぼくが 本当に 感じていることを 話そう

きっと 笑(わら)われるかもしれないね

本当のことって 言いにくいものだよね

 

少年や 少女のころの 日々を

だれもが 忘れ去って ゆくんだろうか?

大切にしていた 魂(たましい)と ともに・・・

 

It is such a thing that I feel true.

(ぼくが本当に感じていることはこんなことなんだ)

 

I don't want to lose the soul in the days of the child.

(子どものころの 魂を 失(うしな)いたくないってことさ)

 

≪つづく≫



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25章 東京・FM の サテライト・スタジオ にて (1)

25章 東京・FM の サテライト・スタジオ にて (1)

 

11月3日の日曜日、文化の日。

東京・FM の 午後2時の

『明日に架けるポップス』が、オンエア(on the air)であった。

 

東京・FM の サテライト・スタジオは、

山手線(やまてせん)・原宿駅(はらじゅくえき)のすぐ近くの、

有名ブランドなども入居(にゅうきょ)している、

表参道(おもてさんどう)ヒルズにあった。

 

スタジオは、防音(ぼうおん)ガラスで 仕切られた 構造で、

ラジオの生放送の様子(ようす)、スタジオ・フロアの出演者や

副調整室(ふくちょうせいしつ)(サブ・コントロール・ルーム)の

スタッフの動きなどを、

来観者(らいかんしゃ)も 眺(なが)められる。

 

防音ガラス 越(ご)しに 見える、風に そよぐ

緑(みどり)の ケヤキ並木(なみき)、

行(ゆ)き交(か)う 人や クルマ、

スタジオ内を 眺(なが)める 観客(かんきゃく)たち、

そんな 外の 風景を 取り入れることで、

のびのびと リラックスして、ゲスト(お客さま)や

番組のパーソナリティ(司会者)やスタッフは、

気持ちよく トークもできる、

環境(かんきょう)のよい スタジオであった。

 

着席で 150人の収容(しゅうよう)が 可能な スタジオには、

グランドピアノ もある。

 

そんなスタジオには、クラッシュ・ビートや、

G ‐ ガールズのメンバー、

かれらの アルバム作りに 特別参加の、

パーカッションの 岡昇(おかのぼる)、

ピアノやキーボードの 松下陽斗(まつしたはると)がいる。

 

みんなは、いつもと変わらない、服装(ふくそう)だが、

次々と、全国的な メディア(情報媒体)の取材には、

少し感情(かんじょう)も高揚(こうよう)ぎみである。

 

「リスナーの みなさまには、

オープニング として、シングル・リリース された ばかりの

I FEEL TRUE (ぼくが本当に感じていること)を、

お聴(き)きいただきました!

 

なんか、ロックの大作といいますか…、

名曲ですよね、ねえ、知美(ともみ)ちゃん!?」

 

といって、パーソナリティ(司会者)、22歳の、

渋谷陽治(しぶやようじ)は、パートナーの、

21歳、本条知美(ほんじょうともみ)に、話をふる。

 

「はい、すごっく、ロックンロール しているし、よかったです。

美(うつく)しい メロディー(旋律)の、ハードロックですよね。

それに、詩(し)も、とても すてきです」

 

「そうなんですよね。

アイ・フィール・トゥルー(I FEEL TRUE)は、

1度 聴(き)いたら、忘(わす)れられない、

そんな、メロディアスな、うつくしい 楽曲です。

 

イントロのアコースティック・ギターでは、

レッド・ツェッペリンの

天国への階段 (Stairway to Heaven)みたいな感じですし、

 

リズム・ギターの、切れのいい、

三連符(さんれんぷ)のカッティングでは、

ビートルズの オール・マイ・ラヴィング

(All My Loving)なんかを、つい 思い出しちゃいます。

 

アイ・フィール・トゥルー(I FEEL TRUE)は、

そんなロックの名曲を、引き継いでいるような、

それでいて、音も詩も、とても ポップで、

キャッチーで、現代的なんですけど…。

 

この点について、この曲の作詞・作曲をなさった、

川口信也(かわぐちしんや)さん、

やっぱり、ツェッペリンや ビートルズは、

意識なさったのですか?」

 

そういって、少し遠慮(えんりょ)がちな 表情(ひょうじょう)で、

渋谷陽治(しぶやようじ)は、信也をみた。

 

≪つづく≫



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25章 東京・FM の サテライト・スタジオ にて (2)

25章 東京・FM の サテライト・スタジオ にて (2)

 

「ははは…。ツェッペリンや ビートルズは、好きですからね。

おれたちのバンドは、ツェッペリンや ビートルズの曲を

よく、コピーしては、ロックのいろんなことを

学んできたようなもんですよ。

いうなれば、おれらの音楽の師匠(ししょ)のようなもんなんです。

ねえ、リーダーの森川純さん。ははは…」

 

そういって、23歳の信也は、わらいながら、

話を、24歳の 森川純にふった。

 

「そうだよね。ツェッペリンや ビートルズは、おれたちの

師匠のようなものだよね。

基本的に、おれたち、クラッシュ・ビートは、

1度 聴いたら 忘れられないような、

メロディアス(melodious)な、旋律(せんりつ)の美しい

ロックが好きなんですよ。

ツェッペリンも ビートルズも、そんな曲が得意でしたからね」

 

森川純が、瞳(ひとみ)を 輝(かがや)かせた 笑顔(えがお)で、

バンドの リーダーらしい 落ちつきで、そう語(かた)った。

 

「なるほど。メロディアス(melodious)な、旋律の美しい

ロックですね!

わたしも、音楽は、美しいメロディのあるものが大好きです。

その点では…、

G ‐ ガールズの みなさんの曲にも、同じような価値観を

感じるんですけど、その点は、いかがなんでしょうか?

リーダーの 清原美樹さん。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

と、人懐(ひとなつ)こそうな、うつしい笑顔(えがお)の、

21歳の、パーソナリティ、本条知美(ほんじょうともみ)がいう。

 

「わたし、知美さんのファンなんです。また お会いできて

うれしいです。知美さんのドラマもいつも楽しみなんです」

 

21歳の美樹は、そういて、ほほえむ。

本条知美(ほんじょうともみ)は、女優(じょゆう)をしている。

 

「美樹さん、ありがとうございます。同じ、表現者としても、

みなさんたちの音楽は、すばらしいですよ!」

 

「うつくしい旋律についてですけど、

曲の創作には、うつくしいメロディが、大切だと思います。

イギリスの詩人のキーツがいってますけど、

『美は真実、真実は美、これらが、私たちの知る、すべて、

知るべき、すべてなり…』 と、

わたしも、よく感じるんです」 と 美樹は いう。

 

「ああ、なるほど。うつくしいものは、信じたくなりますよね。

癒(いや)されるものも、うつくしいものですものね!

キーツのその詩は有名ですよね、

まさに真理だと思います」 と 本条知美(ほんじょうともみ)。

 

「うつくしい メロディとか、魅力のある楽曲をつくるのって、

その人の感覚とか、判断力とかの、

センスなんだと思うんですよね。

月並みな言葉でいえば、才能とか…」と、美樹はつづけた。

 

「なるほど、なるほど…。

みなさんは、きっと、才能もセンスも豊(ゆた)かなんですよ!

これからの、ご活躍も、

わたしたち、とても 楽しみなんですけど、

クラッシュ・ビートのみなさん、G ‐ ガールズのみなさん、

今後の 抱負(ほうふ)と いいますか、

音楽活動の計画や決意のようなものって、

何かあるんですか?」 と、

パーソナリティ(司会者)の 渋谷陽治(しぶやようじ)。

 

「いやーあ、何も考えてないです。いままでどおり、

バンドとしては、適当に、ライブをやったりして、

時期を見ては、セカンドアルバムを出してゆくっていうか。

紅白の出場とかまでは考えたないよね?

今年は とても 無理だし。ねえ、みんな…?!」

 

そういって、みんなを見わたす、森川純に、

みんなからは、わらい声(ごえ)が もれる。

 

「わたしたちは、アルバムや シングルが、

ヒットチャートに、いきなり登場しちゃって、

幸運なんですけど。みなさまのお蔭(かげ)ですし。

こんなことが、いつまでも、続くなんて、

信じられないですものね…」

 

そういったのは、19歳の大沢詩織(おおさわしおり )。

 

「まあ、それでは、ひとことずつ、みなさんの抱負とかを、

お聴きしましょう」 という、

オールバックの髪が 似合(にあ)う 渋谷陽治(しぶやようじ)。

 

「では、レディー・ファースト (女性の優先)で、

ベース・ギター、ヴォーカルの、

弱冠(じゃっかん)19歳の、平沢奈美(ひらさわなみ)さん」

 

「え、わたしですか。そうですね…。これからも、ポップで

キャッチーな曲で、ヒットを飛ばしたいです!」

 

「やっぱり、ヒット曲は、ミュージシャンの夢ですよね。

では、リード・ギター、ヴォーカル、20歳(はたち)の

水島麻衣(みずしままい)さん」

 

「わたしは、ギターソロの、メロディアスな曲で、

いっぱい、ヒットを飛ばせたらいいなと思います!」

 

≪つづく≫

 



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25章 東京・FM の サテライト・スタジオ にて (3)

25章 東京・FM の サテライト・スタジオ にて (3)

 

「そうですか、ぼくも、麻衣さんのギターソロには、

しびれている ひとりです。これからのご活躍、

期待してます!それでは、サイド・ギターと

ヴォーカル、

まだ 19歳の若さの 大沢詩織(おおさわしおり)さん」

 

「わたしは、いい詩や、いい曲を、たくさん作れたらなと

思います。やっぱり、やる以上は、

どこまでがんばれるかと、可能性の追求もしたいですね」

 

「なるほど、しっかりした考えですよね。期待しています。

それでは、グレイス・ガールズのリーダーで、キーボード、

ヴォーカルの、21歳の清原美樹(きよはらみき)さん」

 

「わたしは、ライブとかで、このバンドを、いつまでも、

ながく 続けられたらいいなって、まず 思います。

気の合うみんなと、音楽やるのが、楽しくって…。

その結果、アルバムやシングルを出さたら、

最高ですし、ヒットも出せたら、もっと最高ですけど」

 

「ははは。さすがは、リーダーですよね。

最初に、みんなと仲(なか)よくやってゆければと、

願うんですからね。実際、ロック・バンドって、

いろんな事情から、ながくは続きませんからね。

では、

ドラムス、ヴォーカルで、20歳(はたち)

菊山香織(きくやまかおり)さん」

 

「わたしの場合は、楽しく、遊びながら、

子どものような 純真さで、ロック・バンドを

やったゆけたらなあって思います。

結果として、こんなふうに、ヒットが出たりして、

お金になるのも、もちろん、歓迎ですけど…」

 

「あっはは。そうですよね。アーティストの基本や

原則は、純真さや、無欲さかもしれませんよね。

それで、いい作品ができたら、

きっと、お金にもなるんでしょうね!香織さん。

それでは、次は、男性に、抱負をお聞きします。

えーと、今回、G ‐ ガールズのアルバムに、

パーカッションで 特別参加の、

19歳の 岡昇(おかのぼる)さん!」

 

「ぼくの抱負は、こんなに大成功をしちゃった、

G ‐ ガールズのみなさんや、

クラッシュ・ビートのみなさんたちと、これからも、

楽しく、音楽を やってゆけたらなぁと 思ってます。

ぼくの目標は、プロのミュージシャンとして、

やってゆくことなんですけど、

現実には、いろいろな壁(かべ)があるみたいで。

個人的には、

方向性が 固(かた)まっていないといいますか、

しょっちゅう、迷(まよ)いの中にも いるんです。

でも、楽天的に考えるのが、ロックン・ロールですよね。

あっはっは」

 

「そうですよ。岡さんは、みんなに好(す)かれる

タイプですから、これからも、きっと、うまくいきますよ。

迷うなんて、ぼくだって、しょっちゅうですよ。

失敗や迷いもあるから、成功もあるんだと思いますよ!」

 

オールバックの 渋谷陽治(しぶやようじ)がそういうと、

みんなも 「そうなんです!岡くんがいたから、

すべては 好循環(こうじゅんかん)して、こんな夢のような

ヒットも生まれたのよ!」とかいったりして、

スタジオは、わらいに包(つつ)まれた。

 

「みなさんって、とても仲がいいですよね。そういえば、

みなさん、早瀬田(わせだ)大学の 音楽サークルの

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員さんなんですよね。

もちろん、クラッシュ・ビートのみなさんは、

ご卒業されているわけですけど、

あ、おれとしたことが、失礼しました。

松下陽斗(まつしたはると)さんは、早瀬田(わせだ)大学では

ありませんでしたよね。

松下さんは、東京・芸術・大学の音楽学部、

ピアノ専攻の3年生で、20歳(はたち)ですよね。

松下さんは、今回のクラッシュ・ビートのアルバム制作に

ご参加されたわけですが…。

クラシックやジャズのピアニストとしても、

ご活躍の松下陽斗(まつしたはると)さん、

これからの 抱負などが ありましたら、お聞かせください」

 

テーブルの メモ用紙を ちょっと見て、

渋谷陽治(しぶやようじ)は そう語(かた)る。

 

「そうですね。音楽は、世界中の、人の心にとどく、

国際言語のようなものですから、その音楽で、

仕事をしてゆけることには、とても幸せを感じています。

これからも、みなさんと ご一緒(いっしょ)に、

そんな音楽活動で、世の中の役に立てればいいなと

思ってます。あと、そのうち、このスタジオで、

ピアノ・リサイタルができたらいいなって思ってます」

 

「そうですか、こちらこそ、よろしくお願いします。

ぜひ、近いうち、ピアノ・リサイタルを実現させましょう。

ええと、

それでは、クラッシュ・ビートの、ギター、ヴォーカル、

23歳の川口信也(かわぐちしんや)さん、ご抱負を」

 

≪つづく≫



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25章 東京・FM の サテライト・スタジオ にて (4)

25章 東京・FM の サテライト・スタジオ にて (4)

 

「おれはですね…。ロックバンドは、エンターテイメント

(娯楽)としての、楽しみのためと、

スピリット(spirit)的な、生きかたを求めるような、

かっこよくいえば、正義(せいぎ)や愛のために、

やってるのかなって、思うんですよ。あっはっは。

ついつい、理屈っぽいこといっちゃいましたけど、

これからも、ライブやレコーディングとか、

楽しくやってゆければ最高ですよね!あっはっは」

 

「そうですよね。信也さんのいいたいことは、

ぼくも、わかる気がします。

世の中に向かって、音楽で、正義や愛を、

表現できなかったら、この世は、

おしまいな気がしますよ。まったく同感です!

あっはっは」

 

オールバックの 渋谷陽治(しぶやようじ)の

陽気なわらい声(ごえ)に、つられて、

みんなも わらった。

 

「それでは、クラッシュ・ビートの、リード・ギター、

ヴォーカルの、岡林明(おかばやしあきら) さん、どうぞ、何か」

 

「おれも、水島麻衣(みずしままい)さんと同じように、」

イカした、メロディアスなギターソロのある、

いい作品に、いっぱい、出会えたらなあと思いますよ

それと、ヒットを、たくさん、飛ばせたらいいなと思いますね。

でも、楽しく ライブ やってゆくことが、第一(だいいち)かな」

 

「ぼくは、岡林さんのギターのファンでもあります。

これからの ご活躍を おおいに 期待しています!

では次に、クラッシュ・ビートの、ベース・ギター、

ヴォーカル、23歳の 高田翔太(たかだしょうた)さん」

 

「おれはですね。好きなことをやりながら、それで、

お金も稼(かせ)げたらいいかな、って、正直(しょうじき)、

俗(ぞく)っぽいことを思ってます。

たとえ、貧(まず)しくたって、このメンバーとなら、

いつまでも、ロックバンドで、ライブをやりたいですけどね。

はっはっは。そして、やっぱり愛や正義も、大切だよね!

あっはっはは」

 

「そうですよね。高田さんの気持ちもわかりますよ。

お金って、たくさんあっても、邪魔じゃありませんからね。

つい、俗っぽいことを考えるのが、人間ですよ。

でも、正義や愛を考えるあたり、さすがだと思います!

それでは、ラストは、クラッシュ・ビートのリーダー、

24歳の 森川純さんです。純さんは、ドラムス、

ヴォーカルです。では純さん、何か、抱負などを…」

 

「そうですね。お金の話が出た、そのついで、

なんですけど…。クラッシュ・ビートも、G ‐ ガールズも、

バンドが 存続している間は、作詞や作曲やその他いろいろな

印税の、クレジット(信用)は、バンドの名義(めいぎ)に

してあるんです。つまり、みんなで、公平に、お金を受けとる

システムにしてあるんです。メンバー全員で、

話し合った結果なんですけどね。あっはっは。

 

まあ、それはそうとして、このような作品の、ヒットは、

今でも夢のような気分です。これも、リスナー(聞き手)の

みなさまやファンのみなさまのサポート(支援)が

あってこそだと、心から感謝しています。

これからも、クラッシュ・ビートも、G ‐ ガールズも、

良質な音楽活動に、がんばりますので、

モリカワ・ミュージックともども、よろしくお願いします!」

 

「さすが、リーダーの森川さんです。

たいへん 貴重(きちょう)な、お話をありがとうございます。

そうなんですか、印税とかの クレジットが、

バンド名義ですか。みなさんの仲のよさが、団結力が、

よく伝わってくるような、お話ですよね。

お金の問題で、解散するバンドも多い 昨今ですし…。

 

さて、では、リスナーのみなさま、お待ちかね!

クラッシュ・ビートの、疾走するような、8ビートの、

とびきり、イカしたナンバー、Angel Rock (ロックな天使)!

お聴きください…」

 

ーーー

 

Angel Rock (ロックな天使)  作詞・作曲 森川純

 

街の あの子に 声かけたら ふられた おいらさ

でも あの子が 大好きさ

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

いつか あの子の 微笑(ほほえ)みは きっと おれのもの

それを 信じて ロックンロール!

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

ああぁ なんで こんな世の中 ばかりが つづくのさ!?

これじゃぁ あの子が かわいそう

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

おれは 気ままな 街のロックンローラ という噂(うわさ)

でも いいさ ロック大好きさ

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

負(ま)けずに 戦い抜いてやるぜ! ロックンロール!

おれは 岩(Rock)に だってなるだろう…

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

いつかは おいらも あの子と 暮らしたいのさ

こんな 愚図(ぐず)な おいらだけどさ

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

あああ なんで 天使のような きみに会ったのだろう

世界の 意味なんか きみがすべてさ!

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

この世界の 儚(はかな)さ 筋(すじ)の通(とお)らなさ

でも、ネバー・ギブ・アップ(Never Give Up)!

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

あの子に 会えたこと そんな奇跡を 信じて生きるのさ

たとえ この世界が 幻(まぼろし)でもね

だって、あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

そうさ まるで 魔法に かかったみたい なのさ

かわいい あの子が 忘れられない

そうさ あの子は Angel Rock (ロックな天使)だからさ

 

そうさ あの子は Angel Rock (ロックな天使)

そうさ あの子は Angel Rock (ロックな天使)

 

おいらは 気ままな Rock 'n' Roller(ロックンローラー)

おいらは 気ままな Rock 'n' Roller(ロックンローラー)

 

≪つづく≫ --- 25章 おわり---



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26章 信也と 詩織の ダブル・ライディング (1)

26章 信也と 詩織の ダブル・ライディング (1)

 

11月24日の日曜日、午後の2時。快晴(かいせい)。

 

下北沢(しもきたざわ)の、

川口信也(かわぐちしんや)の マンションの

部屋の気温は、19度と、過ごしやすかった。

 

おたがいに 休日なので、

大沢詩織(おおさわしおり)は、ひとりで

マンションに 来ている。

 

信(しん)じあってる、ふたりには、

愛を 求(もと)め合(あ)うこととかに、

なんの、ためらいも、ぐずぐずするような

迷(まよ)いとかも なかった。

 

たとえ、それが、忙(いそが)しい 時間の

合間(あいま)であるとしても。

 

若(わか)さも、持(も)て余(あま)す、

19歳の詩織と 23歳の信也(しんや)たちは、

時(とき)の 過(す)ぎるのも 忘(わす)れる、

幸(しあわ)せな 行為に、

いつでも 夢中(むちゅう)になれる。

 

「ねえ、しん(信)ちゃん。

わたし、

リスナー(listener)の人たちが、

こんなに、いっぱいになったことが、

こんなに 幸(しあわ)せな 気分になるということ、

いままで知らなかったわ …」

 

詩織は、ダブル・ベッド に、

ふわふわのタオルケットにつつまれて、

寝(ね)そべっていて、

ほほえみながら、信也に、そう、ささやく。

 

信也は、詩織の横の、壁(かべ)側で、

詩織の 柔(やわ)らかな 黒髪(くろかみ)を

撫(な)でながら 寝ている。

 

詩織を見つめる 信也の瞳(ひとみ)の奥(おく)が

輝(かがや)いている。

それは、いつも、少年のように澄(す)んだ、

穏(おだ)やかな眼差(まなざ)しで、

詩織は大好きでだった。

 

「リスナーを、ミュージシャンたちは、

いつも、必要としてきたんだろうね。

古今東西(ここんとうざい)の、大昔(おおむかし)から。

いつの世だって、

ミュージシャンたちは、自分の演奏を聴(き)いてくれる

聴衆(ちょうしゅう)を求め続けるものなんだろうな…」

 

そんなことを、信也は、詩織に ささやく。

 

「わたし、アルバムつくり、こんなに、

頑張(がんば)れたのも、

きっと、しんちゃんがいてくれたからなのよ」

 

「おれだって、詩織ちゃんたちが、

頑張(がんば)っているんだもの、

おれたちも、ベストを尽(つ)くさなければって、

気持ちに自然となれたんだと思うよ」

 

「おたがいに、刺戟(しげき)となる、

ライバルって感じなのかしら?」

 

詩織(しおり)と 信也(しんや)は わらった。

 

「あっはっは。ライバルかぁ。

ちょっと違(ちが)うと思うけど。

でも、身近(みじか)な、

ライバルって、必要なんだよね。

向上心(こうじょうしん)や

モチベーション(やる気)のためにも」

 

「しんちゃんの 無精(ぶしょう)ひげって

かっこよくって、好きよ。ちくちくするけど」

 

そういって、詩織は、また、わらう。

 

「わたしたち、アルバムやシングルが、

こんなに 売(う)れちゃって、

マスコミの取材とかで、

これから、忙(いそが)しく なるのかしら?」

 

≪つづく≫



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26章 信也と 詩織の ダブル・ライディング (2)

26章 信也と 詩織の ダブル・ライディング (2)

 

「マスコミの取材とかは、モリカワ・ミュージックで

管理してるから、その点は、安心だよ、詩織ちゃん。

 

いくら お金になる ビジネスでも、

おれたちに無理(むり)となるような、

こちらの 都合(つごう)がつかないものは、

すべて、お断(ことわ)りの、方針だから、

だいじょうぶなんだよ。

 

モリカワって、徹底して、良心的だよな。

さすが、純のおやじさんの会社だよ。

商売っ気(しょうばいっけ)ないくらいだけどさ。

あっはっは。

でもね、

レコード会社によっては、

働(はたら)き蜂(はち)にみたいに、

やたら、仕事させられて、こき使われてるようだよね。

ミュージシャンに 入ってくるべきの 印税(いんぜい)とか、

音楽事務所とかに、吸い取られるのが多いらしいし。

その点も、

モリカワは、良心的で、安心できるんだ。」

 

「それは、よかったわ。わたし、学業と、

ミュージシャンと 両立できるかなぁ?とか、

いろいろと 考えちゃったから」

 

「モリカワ・ミュージックって、一応(いちおう)、

メジャ-・レコード会社として、全国で、CDの販売が

できているわけだけど、

実際には、販売網(はんばいもう)を持つ 会社に、

販売業務(はんばいぎょうむ)を

委託(いたく)しているんだよね。

おれたちのアルバムの発売元の、

モリカワ・ミュージックは、まだ設立して、2年足(た)らずで、

日本レコード協会の

正会員ではない、インディーズ・レーベルで、

正確には、メジャー流通のインディーズ

というべきなんだよね、まだ」

 

「うん、それって、知っている。日本のレコード会社で、

販売機能を持つ会社は、エイベックスとか、

ビクターとか、現在17社あるのよね」

 

「うん、そうだね。それに、よく、

メジャーと、インディーズでは、アティーストの収入は、

10倍も違(ちが)うといわれるよね。

メジャーの場合、作詞、作曲などのすべての印税は

アーティストには 5%とか。

インディーズの場合ならば、CD制作費が20%、

流通に 30%として、残りの 50%は、

アーティストの手元に入いる 計算らしいんだ。

うちのモリカワも、アーティストには、

50%くらいだというから、個人に対しても良心的だよね」

 

「そうなんだ、モリカワって、すごく、いい会社なのね。

わたしも、モリカワに就職(しゅうしょく)しちゃおうかな。

そうそう、しんちゃん、

最近、世間(せけん)を 騒(さわ)がせている、

食品偽装(しょくひんぎそう)のニュース!

モリカワには、かえって、順風(じゅんぷう) となって、

良心的な モリカワの外食産業は、

ものすごい、商売繁盛(しょうばいはんじょう)で、

大人気だっていうわよね!」

 

「ああ、あの、エビのブラック・タイガーを、

伊勢(いせ)エビ だとか、

偽(いつわ)ったりする、

食品偽装(しょくひんぎそう)のことね。

わらっちゃうよね。

あの事件のおかげで、

モリカワは、その仕事の誠実さや信用度が、

世間から 高く 評価されちゃったわけだからね。

あっはは。

嘘(うそ)だらけの世の中だから、

モリカワのような、マジメにやっている会社が、

人気になるのは当然なのだろうけど。

わらえるよね。あっははは…」

 

「ちょっと、みんな、何のための仕事なのかとか、

何のために生きているのかとか、

考えたほうがいいのかもね。

なーんって、

偉(えら)そうなことをいっている、わたしもだけど」

 

「詩織ちゃんのおっしゃるとおりですよ。

おれなんかも、お金のためだけに、

働(はたら)いているんでもないし、

お金もうけのために、

音楽やっているんじゃないからね。

ちょっと売れたからって、

芸能人とかになる気もないし、

会社勤(つと)めは、続けるつもりだし」

 

「しんちゃんは、愛と正義のためだものね!

わたしも、特に、芸能人とかには

なりたいとは思わないな。

楽しく、音楽活動ができれば、十分(じゅうぶん)だわ」

 

「おれも、詩織ちゃんも、いつも元気で、

ベストを保(たも)って、そして楽しく、

マイペースでいいんだから、

いい音楽 作ったり、バンドやっていこうね!」

 

「うん、しんちゃん!」

 

信也と 詩織は 声を出してわらった。

 

「詩織ちゃん、きょうは天気もいいから、

バイクで、どこか、メシでも食べにいこうか?」

 

「うん、賛成!どこかへ連れてって!

安全運転でね!うっふふふぅ…」

 

「よっし!おまかせ!あっはは…」

 

わらいながら、ふたりは、さっそく、着替える。

 

それから、数分後。

ペア(そろい)の バイク・ヘルメットの、

ふたりを 乗せる、イタリアンレッドの、

ホンダ・CB400・スーパー・フォアが、

マンションの地下の駐車場から、

フォン、フォン、フォーン!クァァ アアアーン!

と、軽快な金属音を響かせて、

郊外(こうがい)へ、風のように 走り去った。

 

≪つづく≫  --- 26章 おわり ---



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26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (1)

26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (1)

 

12月1日の 日曜日。 午前11時30分。気温は 15度ほど。

肌寒(はだざむ)いが、好天(こうてん)に 恵(めぐ)まれて、

日差(ひざ)しは 暖(あたた)かである。

 

下北沢(しもきたざわ)駅から、歩いて3分ほどの、

ライブ・レストラン・ビートで、正午(しょうご)から、

グレイス・ガールズ と クラッシュ・ビートの

ダブル・ヒット・チャート・TOP 5入り・祝賀パーティーが

行(おこな)われるところである。

 

人(ひと)びとの行(ゆ)き交(か)う、

下北沢(しもきたざわ)駅で、待ち合わせをした、

清原美樹(きよはらみき)と 松下陽斗(まつしたはると)が、

楽しげに 会話をしながら、

ライブ・レストラン・ビートに 向かって 歩いている。

 

美樹は、チェック柄(がら)のセミ・ショルダー・バッグを

肩(かた)にかけ、ゆったりとした ネイビー(濃紺)の

ボア・コートに、スカート丈(たけ)が 膝(ひざ)から

少し上の ワンピース、ワインカラーのコットンタイツで、

歩く 姿(すがた)も 可愛(かわ)いらしい。

美樹は 1992年10月13日生まれ、21歳。

 

陽斗(はると)は、インディゴ・ブルー(濃紺)、

裏(うら)が 暖かい生地(きじ)の フリースの ジーンズに、

厚手(あつで)の グレーの ジャケットが よく 似(に)あう。

陽斗は、1993年2月1日生まれ、20歳(はたち)。

 

「美樹ちゃん、オリコンの CDの 売り上げランキングとかって、

いま、どうなっているんだっけ?」

といって、ほほえみながら、陽斗は 美樹を見る。

 

「昨夜、確認したら…、週間の CD・売り上げ ランキングが、

グレイス・ガールズは、アルバム・チャートが 3位だったわ。

シングル・チャートが 2位だったの。

クラッシュ・ビートは…、アルバムが 2位で、

シングルが3位だったわ。なんか、ウソみたいで、

すごいことよね!」

 

子どものように 微笑(ほほえ)んで、

美樹は 眩(まぶ)しそうに 陽斗(はると)を 見る。

美樹の身長は 158で、陽斗は175だから、

美樹は 陽斗を ちょっと 見上げる 感じになる。

 

「そうなんだ。アルバムじゃ、クラビ(クラッシュ・ビート)が、

2位かあ。グレイス・ガールズも3位なんてね。

まったく、夢を見ているような、現実だね、美樹ちゃん。

 

多くの ミュージシャンたちは、成功を 夢に見ながら、

経済的には、いつも大変で、ぎりぎりの生活をしている人が、

ほとんどという、きびしい、この世界なのにね。

 

モリカワ・ミュージックは、そんな夢見る人たちを、

いいカモとかにしないから、おれは好きなんだ…。

この世の中、何を信じていいのか、自分のことしか、

考えてない、口ばかりがうまい、詐欺師(さぎし)とか

ペテン師見たいのが多すぎるよね、美樹ちゃん。

 

大学も出ていて、頭がいいからって、

その人を信じていたら、大ウソつきで、

人をだまして、自分の利益だけを考えているなんてのが、

ゴロゴロいるんだからなあ…」

 

「どうしたの 急に、はる(陽)ちゃん。

なんかイヤなことあったの?」

 

「まあね、あっはっはは!でもね、モリカワ・ミュージックや

モリカワって会社は、正直一筋(しょうじきひとすじ)で、

突き進んでいて、どんどん大きくなっているから、

おれは好きだなぁ…。

 

おれが、モリカワ・ミュージックと、専属の契約をしたのも、

モリカワが、立場の弱い、弱者というか、個人を、

尊重(そんちょう)してくれるからなんだよ。

 

はっきりいって、世の中の風潮(ふうちょう)は、

その反対で、社会的弱者や個人を、無視する方向の

ような気がするからね。ねえ、美樹ちゃん」

 

「うん。はる(陽)ちゃんのいうこと、よくわかるわよ。

わたしも、モリカワだから、純さんのお父(とう)さんたちの

会社だから、信用して、契約したんだもの」

 

「モリカワの 社是(しゃぜ) 社訓(しゃくん)は、

世直(よなお)しだから!違(ちが)ったっけ?…あっははっ!

でも、社長の、純さんのお父さんは、坂本 龍馬(さかもとりょうま)を

師(し)と 仰(あお)ぐような 人で、正義感の かたまりのような、

それでいて、子どものように 純真な 心の 人なんだよね…」

 

≪つづく≫



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26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (2)

26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (2)

 

「知っているわ。わたしも 雑誌で、そんな記事を

読んだことあるもの…」

 

美樹は、無意識に、陽斗(はると)の手を 握(にぎ)っている。

 

「雑誌といえば、美樹ちゃんのグレイス・ガールズや

クラッシュ・ビートへの、雑誌の取材の申し込みが、

すごいらしいじゃん!」

 

「そうらしいわよね…。わたしなんかも、突然、

写真撮(と)られたりすること、あったもの、最近。

どこかの雑誌社の人らしいけど。

でも、すべての取材は、モリカワ・ミュージックが

窓口(まどぐち)になっていて、ほとんど、すべて

お断(ことわ)りしているみたいだから、

わたしたちの生活は、ほとんど、いままでどおりの

平穏(へいおん)なんだけどね。

これも、モリカワの お蔭(おかげ)なのかしら…」

 

そういうと、美樹は 陽斗を 見て 微笑(ほほえ)む。

 

「モリカワって会社は、ほんとに、良心的だよ。

美樹ちゃんは、よく知らないと思うけど、

おれたち、一応(いちおう) プロ になっている、

ミュージシャンやアーティストの収入(しゅうにゅう)って、

大きく 分(わ)けて、2つあるんだけどね。

 

ひとつは、アーティスト印税という、実演家(じつえんか)に、

与(あた)えられる印税。

もうひとつは、著作権 使用料といって、

コンポーザー、つまり、作曲者や 作詞者に

与えられる 著作権 印税があるんだよね。

ザックリ いって、この2つになるんだよ。

 

たとえば、そのアーティスト印税なんかは、

普通、1%から、多くても 3% くらいしか、

もらえない契約が多らしいんだ。

それを、モリカワでは、5% くれるという契約だから、

すごいというか、画期的だよね」

 

「それって良心的だわよね。著作権使用料というのは、

営利を 目的として、楽曲を使用したり、

歌詞や楽譜などを引用するときに、著作権者に

支払うとかいう、その使用料のことなんでしょう?

 

音楽 ビジネスって、権利 ビジネス ともいわれているくらい、

権利というか、利権というか、お金に対して、

シビア(過酷)なんだって、姉(あね)の美咲ちゃんがいってたわ。

 

なんか、いろいろと 難(むず)しいわよね。

わたし、法律的なことは 苦手(にがて)だから…。

お姉ちゃんの、美咲(みさき)ちゃんのように、

弁護士には、絶対(ぜったい)、なれないわ!」

 

そういって 美樹が 声を出して わらうと、陽斗もわらった。

 

「だいじょうぶだよ。美樹ちゃんには、もっと、ほかの、

才能があるんだから!あっはっは。

ところでさ、グレイス・ガールズや、クラッシュ・ビートや、

クラッシュ・ビートのアルバム作(つく)りに

参加させてもらった、おれにもだけど、

お金が どのくらい、口座に 振(ふ)り 込(こ)まれるか、

おれ、ザックリ、計算してみたんだ」

 

「ええ!?…うっそ!」

 

「まあ、お金なんて、そのために、音楽やってるんじゃないけどね。

まあ、気になって計算したんだ。そしてたらね、

作詞作曲は、すべて、バンドのメンバー全員というか、

楽曲つくりに 参加した メンバー全員に、という 契約で、

計算したんだけど、アルバムとシングルが、ともに6万枚くらい、

いまのところ売れてるじゃん。そしたらね、

グレイス・ガールズの場合、1317万円くらいを、

メンバーの5人と 岡昇(おかのぼる)くんの、

6人で、平等にわける 計算になるんだけど。そしたらね、

ひとり、219万くらいの収入になったかな。

ちょっとすごい 金額だよね。それも、まだ1カ月くらいなんだから、

売り上げは、まだまだ 伸(の)びると 考えると、

まだまだ、収入は 増(ふ)えると 思うなぁ!」

 

「そうなんだ。うれしいような、なんか、びっくりよね。

これも、モリカワや、会社のスタッフや、たくさんのみなさんの

お蔭(かげ)よね」

 

「メジャー・デビューしたばかりで、ヒットチャートを 盛り上げて、

どうせ、一発だろう?なんて陰口(かげぐち)をいう ヤツもいるけど

これは、みんなの 才能と 努力の成果(せいか)だよね。

モリカワ・ミュージックも、社運(しゃうん)を 賭(か)けて、

おれたちの、CDの制作や製造、あと、小売店への営業や

新聞、テレビ、ラジオなどの、メディアへの、

プロモーション( 販売 促進 )を行(おこな)ってきたんだし…」

 

そんな話をしながら、美樹と陽斗は、ライブ・レストラン・ビートの、

入り口に 着(つ)く。レストランは、静かに 陽光を 浴(あ)びる

樹木(じゅもく)に 囲(かこ)まれている。

 

≪つづく≫



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26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (3)

26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (3)

 

「ライブ・レストラン・ビート の 赤レンガ って

わたし、好きなの!」

 

清原美樹(きよはらみき)が、11 の 石段 になっている

エントランス(入口)を、松下陽斗(まつしたはると)と

手をつないで 歩きながら、そういった。

 

ライブ・レストラン・ビートの建物の、おしゃれな 深い味わいの

赤レンガの建物は、下北沢でも人気のスポット(場所)でもあった。

 

「赤レンガ 造(つく)りって、1個(いっこ)ずつ、

積(つ)み 上(あ)げるわけだから、

手作りのよさのような…、

古(ふる)き 良(よ)き 時代とでもいうような…、

ノスタルジック とか、 郷愁(きょうしゅう)とかの、

懐(なつ)かしい 雰囲気(ふんいき)があるのかもね」

 

「うん。そうね。見て、陽(はる)くん、

花束(はなたば)が すごく きれい!」

 

エントランス(入口)の 石段を 上(あ)がった

フロント(受付・うけつけ)の手前には、

『祝・ヒットチャート・TOP 5 』という 札(ふだ)の ついた、

色とりどりの スタンド花(ばな)が、華(はな)やかに

飾(かざ)られてある。

 

12月1日、日曜日、12時15分前で、

開演まで、あと 15分。

フロントには、チケットを手にする 来場者たちがいる。

 

TOP 5入り・祝賀パーティーの チケット(入場券)には、

招待(しょうたい)で配布(はいふ)したものと、

予約販売(よやくはんばい)したものとがある。

 

「いらっしゃいませ!」

 

フロント(受付・うけつけ)の、2人の若い女性 スタッフの、

丁寧(ていねい)で 気持ちのよい 挨拶(あいさつ)に、

美樹と 陽斗は、微笑(ほほえ)む。

 

「美樹!」

 

美樹は 肩(かた)を、ちょんと 叩(たた)かれて、

振(ふ)り 向(む)く。

 

小川真央(おがわ まお) と 野口翼(のぐち つばさ)の

ふたりが来ていた。

 

清原美樹も、小川真央も、1992年 生まれの、

早瀬田(わせだ)大学、教育学部の3年の、21歳。

 

ふたりは、下北沢に住んでいる 幼馴染(おさななじ)みで、

小学校、中学校も同じ学校で、同じ教室だったことも、

何度もある、かけがえのない 無二(むに)の親友であった。

 

野口翼は、1993年 生まれ、早瀬田(わせだ)大学、

理工学部の 2年で、

松下陽斗と 同じ、20歳(はたち)だった。

 

「美樹ちゃん、TOP 5入り!おめでとう!」 と 真央は

満面(まんめん)の 笑顔(えがお)で いう。

 

「美樹ちゃん、おめでとう!」 と 翼(つばさ)も いった。

 

「どうも ありがとう。真央ちゃん、翼くん。

真央も、もうすぐね、お誕生日。お祝いしようね!」

 

そういって、美樹は 真央に ハグをする。

 

「ありがとう…」 と 真央も 美樹を 抱きしめた。

 

下北沢にある、ライブ・レストラン・ビートは、

280席の キャパシティ(収容力)があって、

下北沢でも 最大級。

 

下北沢でも、20年にわたって 運営してきた、

ライブハウスの ライブ・レストラン・ビートは、

今年の 1013年の 2月に、

株式会社 モリカワによって、

友好的 買収が 成立したのであった。

 

モリカワの、ライブハウス事業を 全国 展開のための、

布石(ふせき)として、

ライブ・レストラン・ビートは、

収得価額(しゅうとくかがく)、9千万円で、

ある 有名 ミュージシャンの設立した会社から、

買い取ったのであった。

 

全株式を取得し、1013年 2月3日付で、

ライブ・レストラン・ビートは、モリカワの

完全 子会社となった。

 

モリカワは、ライブ・レストラン・ビートの 子会社化によって、

将来へ向けて、 創造的に、音楽 事業に 取り組むための、

ライブハウス 運営に関する ノウハウ(know-how)などを

効率的に 収得(しゅうとく)できたのであった。

 

≪つづく≫



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26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (4)

26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (4)

 

12月1日、日曜日、正午ころ。開演までは、あと 10分。

 

派手(はで)さはないが、温(あたた)かな 趣(おもむき)のある、

赤レンガ造(づく)りの、

ライブ・レストラン・ビートの、

エントランス(入口)の 石段を 上(あ)がった

フロント(受付・うけつけ)は、

チケットを手にする 来場者で、順番を待って、

長々と続く、二人ずつの 行列(ぎょうれつ)だった。

 

清原美樹(きよはらみき)、松下陽斗(まつしたはると)、

小川真央(おがわ まお)と 野口(のぐち) 翼(つばさ)も、

2列(にれつ)に 並(なら)んだ。

 

「なんか、びっくり。わたしたちのバンドの祝賀会に、

こんなに、一般の人たちが、来てくれるなんて!」

 

そういって、美樹は、隣(となり)の 真央にいった。

 

「いつのまにか、美樹たち、人気者になっているのよね!」

と真央が、

美樹に、それを祝福するように、やさしく、ほほえむ。

 

「そうなのかしら」と 美樹。

 

「美樹ちゃん、おれ、計算を 間違っていたよ」

 

美樹と真央の、うしろに並(なら)ぶ、

松下陽斗(まつしたはると)が、

清原美樹(きよはらみき)に 小さな声で そういった。

 

「どうしたの!?はる(陽)くん…」 と 美樹は、

陽斗(はると)に 振り向く(ふりむく)。

 

「さっきの 印税の 計算だけど。

シングルの売り上げを計算に入れるのを忘れてたさ。

なんか、抜けてるよな、おれ。

シングルを 計算に入れると、

ひとりあたり、293万円くらいの収入になるよ。

すごい、金額だ」

 

「うん、スゴすぎ…。でも、お金って、

たくさんあっても、困らないよね!

無(な)くて、困(こま)るよりは いいことよね!」と

美樹はいいながら、

真央ちゃんたちが いるんだから、

いまは、お金の話は、止(よ)そうってば…、と思う。

 

「いいわよね。美樹ちゃん。まるで 宝くじが

当(あ)たっちゃったみたいに、急に、

お金持ちになっちゃって。とても 羨(うらや)ましいわ」

 

そばにいる、小川真央(おがわ まお)が、そういう。

 

「でもね、真央(まお)ちゃん、お金って、

いろいろと、トラブルというのか、心配事(しんぱいごと)や

不幸(ふこう)を 招(まね)く、素(もと)でもあるのよね。

うちの父親や

姉が弁護士でしょう。法律事務所に、持ちこまれてくる話は、

ほとんどが、

お金が関係することばかりなんだから。

事務所の、お手伝(てつだ)いを、たまにしてるじゃない。

お金って、扱(あつか)いが、難(むずか)しいんだなって、

つくづく 感じちゃっうのよね。

人間を、狂(くる)わしちゃうんだもの」

 

といって、美樹は、ちょっと 困(こま)った顔をして、

真央を見る。

 

≪つづく≫



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26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (5)

26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (5)

 

「わたしも、前に、美樹ちゃんちの法律事務所で、

アルバイトさせていただいわよね。

そのとき、感じたけど、法律事務所って、

社会の縮図(しゅくず)にみたいな気がしたわ。

美樹ちゃんちの法律事務所は、ほんと、

知的な感じで、センスがあって、お部屋もきれいで、

優(やさ)しくて、すてきな、お姉さまやお兄さまばかりで、

居心地(いごこち)も、最高だったわ。

また、アルバイト、させてね、美樹ちゃん」

 

「こちらこそ、よろしくだわよ、真央ちゃん」

 

「美樹ちゃんはね。

そんな環境の中で、育ってきたんだもの。

それで、

世の中、社会の仕組みとか、よく知っているし、

理解できるのよ。

人の気持ちの、機微(きび)とでもいうのかしら、

そういうものも、

わたしなんかよりも、よくわかっているし…。

美樹(みき)は、

人の 外面(がいめん)からは、決して、わからないような、

微妙(びみょう)な 心の動きとか、

物事(ものごと)の趣(おもむき)というのかな、状況(じょうきょう)とか、

察知(さっち)いたするの、特技(とくぎ)なんだもの!」

 

「そうかしら、真央(まお)ちゃん。自分では よくわからないな!」

 

「うん、美樹は、妙(みょう)に、オトナの、ところあるもん。

たぶん、

そんな、法律事務所という、特殊な家庭 環境(かんきょう)

の中で、

美樹は 育(そだ)ってきたからなのよ。そんな環境のせいで、

いつのまにか、

美樹ちゃんは、その魅力的で、少女のような、あどけなさとは、

なんというのかしら、

アンバランスで、どこか、つり合(あ)いがとれていないような、

妙(みょう)に、悟(さと)りきっている オトナの女性の、

考え方が身についているのよ、きっと…」

 

「アンバランスで、悪(わる)うございましたわ」 と 美樹。

 

「美樹ちゃん、ごめんなさい。でも、そんな、美樹だから、

バンドのリーダだって、立派に 務(つと)まるのよ!

わたしは、いつだって、美樹を応援(おうえん)してるんだから!」

 

「ありがとう!真央ちゃん!わたしも真央ちゃんが大好き!」

と美樹は、

いいいながら、瞳(ひとみ)を 潤(うる)ませる。

 

そんな会話に、4人が、声を出して、わらった。

 

「ははは。たしかに、人間のもめごとの、ほとんどは、お金。

お金に 纏(まつ)わることばかりだし…」

 

そういって、松下陽斗(まつしたはると)が わらった。

 

「人の欲望(よくぼう)には、際限(さいげん)がないとか、

よく、いいますもんね」

 

陽斗(はると)の 隣(となり)にいる 野口(のぐち) 翼(つばさ)が、

そういって、若者らしく 微笑(ほほえ)む。

 

「お金は、時(とき)には、恐(おそ)ろしいものだわ。

その人から、地位でも、名誉(めいよ)でも、信用でも、

家族とか、愛や友情でも、奪(うば)いとってしまうんだから」

 

いつもは、明るい 美樹が、ちょっと 暗い表情になって、そういう。

 

「大丈夫(だいじょうぶ)よ!美樹。そんな悲しいこと、

考えないの!いつも 元気な、美樹らしくないわ!

美樹が、いくら、お金持ちになっても、

私は、いつまでも、美樹の 親友でいるつもりなんだから!

美樹は、お金なんかより、

大切なものがあることを、よく知っている、いい子だもん!」

 

小川真央(おがわまお)が、そういって、声を出してわらう。

 

「ありがとう、真央(まお)」 といって、美樹は、真央の手を

固(かた)く 握(にぎ)った。

 

≪つづく≫ 



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26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (6)

26章 TOP 5入り・祝賀パーティー (6)

 

2013年、12月1日の日曜日の正午(しょうご)ころ。

 

晴(は)れた 空からの 日の光が、ライブ・レストラン・ビートの

外壁(がいへき)の 赤レンガに、

暖(あたた)かく 降(ふ)り 注(そそ)いでいる。

 

祝賀 パーティーの 開演まで、あと 5分であった。

 

フロントで 受付をすませた、美樹(みき)と 陽斗(はると)、

真央(まお)と 翼(つばさ)は、ホールへと 向(む)かう。

 

ホールの1階と 2階の、合(あ)わせて 280席は、

全席、指定席で、ほぼ、満席(まんせき)だった。

 

美樹は、ホールの入り口で、陽斗(はると)と、

驚(おどろ)いたような表情で、目を合わせる。

 

「すごい、人でいっぱいだわ!」と 美樹。

 

「うん、ステージの前のテーブルにいる人たちは、

テレビ局とか雑誌社の人たちみたいだよね。

一般の お客(きゃく)さんは若い人たちが多いよね」

 

そういって、微笑(ほほ)む、陽斗(はると)を、

まぶしそうに見る、美樹。

 

きょうは、挨拶(あいさつ)をするときだけで、

歌ったり、演奏しなくてもいいって、いうから、

気も楽だわ!

お酒も飲んで、いっぱい、楽しんじゃおう!

・・・と美樹は思う。

 

美樹(みき)たち4人は、ステージからは 後方(こうほう)の、

クラッシュ・ビートやグレイス・ガールズのメンバーたちや、

モリカワの社長、副社長、ほかの社員たちや、

早瀬田(わせだ)大学で、いつも会っている、

ミュージック・ファン・クラブの 仲間たちのいる、

テーブルに着席した。

1番、遅(おく)れた、美樹たち4人を、

みんな、笑顔で 迎(むか)えてくれる。

 

華(はな)やかな、充実(じゅうじつ)した 照明(しょうめい)の、

ステージに近い、1階の フロアのテーブルでは、

雑誌社、新聞社、テレビ局、ラジオ局など マスコミの、

招待(しょうたい)した客(きゃく)たちが、

ウエイトレスや ウエイターに 料理や飲み物を

注文したりして、

ゆったりとした ムードで、開演を待っている。

 

祝賀パーティーの、ステージの演奏は、いまをときめく、

音楽家の 沢秀人(さわひでと)と、

彼の 率(ひき)いる、総勢(そうぜい) 30名以上による、

ビッグ・バンドが、メイン (中心)ということもあって、

会場は、特別な、盛り上がりを見せている。

 

ギターリストでもある 沢秀人(さわひでと)は、ここ数年、

映画音楽や テレビ・ドラマなどの作曲家としても、

活躍していて、レコード大賞の作曲賞も受賞している。

 

インプレッション( impression = 感動 )という名(な)の

会社を設立して、この ライブ・レストラン・ビートを

経営していた、沢秀人(さわひでと)だった。

 

しかし、沢(さわ)は、人気とともに、多忙(たぼう)となり、

音楽活動だけに 専念(せんねん)したいと

考えるようになっていた。

 

そこで、旧知の仲(きゅうちのなか)でもある、

森川学(まなぶ)が 副社長をしている、

芸能 プロダクションの、モリカワ・ミュージックに、

自分の会社、インプレッション( impression )と、

ライブ・レストラン・ビート の すべてを、

任(まか)せることにしたのであった。

 

それと、同時に、沢秀人(さわひでと)自身も、

モリカワ・ミュージックに 所属の アーティストとなった。

 

そんなことを、迷(まよ)わずに、実現できるほどに、

森川学と、沢秀人とは、

価値観にも 共通点も 多く、正義感も 強く、

おたがいの情熱 や 資質も 理解し合(あ)い、

信頼し 合っているという、無二(むに)の親友であった。

 

「みなさま、お待たせしました!

これより、クラッシュ・ビート、そして、

グレイス・ガールズの、ヒット・チャート、

トップ・ファイブ(5)入りの、

祝賀(しゅくが)パーティーを 開催(かいさい)いたします!」

 

店長の佐野幸夫(さのゆきお)が、開会の言葉をいった。

 

「本日は、お忙(いそが)しいなかを、誠にありがとうございます。

楽しいひとときを、過ごしていただくために、

美味(おい)しい、お料理やお飲物もご用意いたしました。

そして、

日本のトップ・ミュージシャンによる すばらしい ステージも

ご用意いたしました!

本日は、まさに、五感で、楽しめるライブ・ショーですので、

お楽しみください!」

 

≪つづく≫



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27章 モリカワの 新春 パーティー (1)

27章 モリカワの 新春 パーティー (1)

 

2014年1月5日の日曜日。

陽(ひ)の光の少ない、曇り空。肌寒(はだざむ)い。

 

株式会社 モリカワの、新春パーティーが、

下北沢駅、南口から、歩いて 約3分の、

ライブ・レストラン・ビートで、

正午の12時から 始まるところであった。

 

1階 フロアと、2階 フロアの、あわせて、280席は、

モリカワの社員や招待客で、満席(まんせき)だった。

 

清原美樹たち、グレイスガールズや、早瀬田大学の

音楽サークルのミュージック・ファン・クラブの学生も、

ほとんど 出席している。

 

学生たちのためにもと、この新春パーティーの会費は、

無料で、飲み放題、食べ放題であった。

 

モリカワっていう会社、みんな、いい人ばかりで、

わたしも、この会社に、就職させてもらっちゃおうかな。

きょうの、会場の、なごやかな雰囲気(ふんいき)の中で、

ふと、清原美樹は、そんなことを 空想する。

 

美樹たちの グレイスガールズ、クラッシュ・ビートのメンバー、

モリカワの社員でもある川口信也たち、 それに、

モリカワの社長の森川誠や、副社長の森川学、

会社の本部のメンバーは、

ステージからは 後方(こうほう)のテーブルに集まっている。

 

会社の社長ともなれば、ステージ寄りの、特等席に座(すわ)る

ものだろうが、ここの社長たちは、いつも、謙虚(けんきょ)である。

 

モリカワという会社では、経営理念を、明文化(めいぶんか)して、

仕事上で 必ず 守るべき、

信念(しんねん)や 誓約(せいやく)を 明記(めいき)している。

 

そのひとつに、

「管理する思考ではなく、支援をする思考で、社員が安心して働ける

職場や、新たな顧客価値の創造のできる 経営を 目指そう!」

がある。

 

モリカワの 従業員たちは、相手に、自分の考えや行動を 批判される

こともなく、自分の意見や質問を、自由に発言(はつげん)できた。

 

モリカワの自由で平等な、階層や部門にとらわれないフラットな関係の、

社風や気風は、そんな経営理念によって、しっかりと 守られて、

今日(こんいち)の 飛躍的な発展の原動力となっている。

 

社長をはじめとする 経営トップたちは、そのように、顧客(こきゃく)の

ニーズや、現場で働く 社員の待遇や安全を、第一 に 考えていた。

 

いまや、世間では、ブラック 企業といわれる会社の不祥事(ふしょうじ)

とは、正反対な、ホワイトな優良 企業と 評価される 会社であった。

 

「みなさま、あけまして、おめでとうございます!

それでは、これより、株式会社 モリカワが主催(しゅさい)の

新春パーティー を とり行(おこ)ないます!」

 

ライブ・レストラン・ビートの店長の、

身長179センチの佐野幸夫が、間口(まぐち)、約14メートルの

ステージに立って、そんな、司会の言葉を述(の)べると、

高さが 8メートルの、吹(ふ)き抜(ぬ)けのホールは、

歓声(かんせい)と、拍手(はくしゅ)につつまれた。

 

「進行役の店長の佐野幸夫でございます!

まあ、本日は、女性のみなさまが、お美しいといいますか、

かわいらしいといいますか、格別に、華(はな)やかですよね。

ぼくも、つい、見とれてしまって、

進行役を忘れてしまいそうです。

そんな、女性に弱い、佐野ですが、よろしくお願いします!」 

 

会場は、大きな拍手と、わらいにつつまれた。

 

「本日は、おいしい料理とスイーツ、お飲み物は たっぷり

ご用意しました。そして、すばらしい ライヴ 演奏も、

たくさん、お楽しみいただきたいと思います。

それでは、森川社長から、新年の ご挨拶を 頂(いただ)きます!」

 

「みなさん、あけましておめでとうございます。森川誠(まこと)です。

いま、佐野さんのお話にもあったように、

本日は女性のみなさんが、たくさん、ご参加くださっていて、

わたしも、新年から、たいへんうれしいしです。元気が出ます!」

 

わずかな白いものが混(ま)じる、髭(ひげ)のよく似合う、

森川誠の そんな 挨拶と、笑顔に、会場は沸(わ)く。

1954年生まれ、今年の8月5日で、60歳の、森川誠である。

 

≪つづく≫



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27章 モリカワの 新春 パーティー (2)

27章 モリカワの 新春 パーティー (2)

 

「まあ、わたしは、女性の笑顔も好きですけど、男性の笑顔も

大好きです。もちろん、子どもたちの笑顔は、最高ですけどね。

わたしもね、

どうしたら、みなさんの、そんな素敵(すてき)な笑顔に、

毎日出会えるかと、考えながら、いままで、仕事をやってきたと、

いっても、いい過ぎではないのです。

おかげさまで、モリカワも、ここまで大きくなりました。

本当に、みなさん、ひとりひとりの努力が、1つになってこその、

この成果(せいか)だと、実感しています。

今年も、これからも、おたがいに、がんばりましょう!」

 

「森川誠(もりかわまこと)社長、ありがとうございました。

では、

森川学(もりかわまなぶ)副社長、乾杯の音頭をお願いします!」

 

「それでは、新しい年を お祝(いわ)いして、モリカワの発展と、

みなさまの健康と幸福を祈って、乾杯をいたします。

新年、おめでとうございます!乾杯(かんぱい)!」

 

森川学が、笑顔で、心持、ゆっくりとした ペースで、そういった。

1970年12月7日生まれ、43歳になったばかりの森川学である。

 

会場は、1階フロアも、2階フロアも、おいしい食事と、飲み物、

下北沢地元の、いくつものバンドによる、ライヴ演奏で、

みんなの会話も、楽しく弾(はず)んで、熱気にあふれている。

 

「そうなんですか。美樹ちゃんたちも、川口さんたちも、

大学のお勉強や、会社のお仕事をつづけながら、

音楽活動をやっていくんですね。

それが、最良の選択かも知れませんよ。

ぼくも、芸能活動というか、この世界に入ったのが、

ちょうど、20歳(はたち)のときで、

あっという間に、20年が過ぎていますが、

最近、ようやく、 生活が安定してきたって感じですからね。

ぼくの場合は、音楽で食べていけるまで、

10年、かかったもの。あせらずに、あきらめずに、

自分を信じて、努力してやっていけば、あとは・・・、

才能と 運とかで、なんとか、楽しくやっていけるものですよ」

 

そんな話をしたのは、沢秀人(さわひでと)であった。

沢の右隣(みぎどなり)には、清原美樹がいて、

左隣(ひだりどなり)には、川口信也が着席していた。

 

一昨年の2012年には、テレビドラマの音楽を制作して、

それが、レコード大賞の作品賞を受賞するなどで、

芸能界では、いまをときめく、沢秀人(さわひでと)だった。

 

1973年8月生まれの、40歳になる、沢秀人(さわひでと)は、

総勢(そうぜい)30名以上による、ビッグ・バンド、

ニュー・ドリーム・オーケストラの指揮(しき)をとったりと、

ユニークな 音楽活動をしているが、1013年の春までは、

この ライブ・レストラン・ビート の経営者でもあった。

 

「芸能界っていうか、音楽界っていうか、

なんか騒々(そうぞう)しくって、派手過(はです)ぎるっていうか、

ちょっと、ついてゆけないぜってもんを感じるんですよね。

音楽やったり、ライヴやったりするのは、

純粋に、楽しくって、最高なんですけどね!」

 

川口信也がそういった。

 

「わたしも、川口さんたちのクラッシュ・ビートの人たちや、

グレイス・ガールズのバンドのメンバーと、

よく 話し合ったんですけど、人気者になるのはいいけれど、

それと引き換(ひきか)えみたいに、芸能界の荒波の中で、

自分たちのペースが、乱されることとかは、最悪だなって

いう結論になったんです。

いままのまま、現状のまま、大学や、会社勤めをしながら、

つまり普通の生活をしながら、

音楽活動もできたらいいなってことに、落ち着いたんです」

 

清原美樹は、そういって、ほほえむと、沢秀人(さわひでと)と、

川口信也を見た。

 

「モリカワ・ミュージックに入っていれば、居心地良(いごこちよ)く、

音楽活動はできると思うよ。おれも、森川学さんや森川誠さん

たちを、すげぇ、信頼してるから、事務所を、ここに移籍したり、

このライブハウスを、モリカワに任(まか)せたんだから!

はっははっ」

 

沢秀人(さわひでと)は、頼りになる兄貴という風格で、

豪快にわらった。

 

「沢さん、これからもよろしくお願いします。この前は、

わたしたちの祝賀パーティーで、たくさん、演奏してくださって、

ありがとうございました。とても、すばらしい演奏でした。

ずーっと、始めから、終わりまで、感動でした!」 と美樹。

 

「はっはっは。きみたちの曲や詞が、よかったんだよ!

よし!きみたちと、おれたち、みんなの 音楽活動の

サクセス(成功)を、祈願(きがん)して、乾杯(かんぱい)だ!」

 

そういって、また、沢秀人(さわひでと)は わらった。

 

「乾杯!」

 

美樹と、川口と、沢の、3人が、グラスを合わせて、

乾杯をすると、それを見て、まわりの テーブルの みんなも、

乾杯をして、それが、森川純たちにも、次々と つづいて、

森川 誠 社長たちまでが、愉快(ゆかい)そうに、

「乾杯!」と 声を上げた。

 

≪つづく≫  ーーー 27章は おわりです ーーー

 



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28章 モリカワに、M&A(合併、買収)の危機!(1)

28章 モリカワに、M&A(合併、買収)の危機!(1)

 

2014年 1月20日 月曜日。

風は東に向かって、そよいでいて、

よく晴れているが、気温は10度ほどだった。

 

下北沢駅南口から、すぐそばにある

マクドナルドの角(かど)を、左折して、

東に 5分も歩くと、モリカワの本社がある。

 

モリカワの会議室は、10坪(つぼ)33平方メートルほどで、

畳(たたみ)にすると、20畳(じょう)ほどである。

 

会議用のテーブルが、コの字に配置されて、

正面(しょうめん)の南の窓側には、

横幅、2メートルの大型ディスプレイがあった。

 

午前10時。モリカワの社内会議が始まるところであった。

 

「 おはようございます。ただいまから、社内会議を

はじめさせていただきます。よろしくお願いいたします」

 

そういって、微笑(ほほえ)むのは、本部(ヘッド・クオーター)

の主任で、司会(しかい)の 市川真帆(いちかわまほ)である。

真帆(まほ)は、1988年生まれで、4月5日で、26歳になる。

 

この会議の席上にいる 本部・部長の村上隼人

(むらかみはやと)と真帆(まほ)は、社内のみんなに

祝福されるような、さわやかな 交際をしている。

村上隼人は、1982年生まれ、10月6日で、32歳である。

 

幅2メートルの 大型ディスプレイには、会社の目標や

企業理念が、映(うつ)っている。

 

会議の出席者は、社長の森川誠(まこと)、

その弟の副社長の森川学(まなぶ)、

社長の長男で、課長の森川良(りょう)、

良(りょう)の弟の課長の森川純(じゅん)、

森川純の大学からの友人で、ロックバンド・クラッシュ・ビートの、

課長の、川口信也、岡村明、高田翔太たち、

全店の統括(とうかつ)・シェフ(料理長)の宮田俊介(しゅんすけ)、

副統括・シェフの北沢奏人(かなと)、

いかに、IT(情報技術)の活用や、そのプログラミング、

その保守・運用・メンテナンスなどをする

コンサルティング・ファーム・部長の岩崎健太、

本部・部長の村上隼人(はやと)、

そして、本部・主任の市川真帆(まほ)の、12人であった。

 

「それでは、社長、お願いいたします」と、森川誠を見て、

ほほえむと、真帆(まほ)は 着席する。

 

「みなさんの、日ごろのみなさんのがんばりと努力で、

会社の業績も順調に伸びていまして、

このディスプレイのグラフのとおりであります。

ほんとうに、ありがとうございます」

 

といって、満面の笑顔で、森川誠(まこと)が話を始めた。

 

「2013年 12月の本決算は、売上高 365億30百万円、

営業利益 70億4500万円、純利益 25億9900万円、

純資産 167億7700万円、総資産 551億500万円、

従業員数 755人、であります。

 

このように、前年度と比べても、売上高だけでも、

30%を超える、順調な業績の推移でありまして、

今年の2014年度の本決算に向けては、

大いなる躍進が期待できそうな状況です。

 

特にですね。わが社の経営理念に基礎(きそ)をおいた、

いわば、会社本来の理想の姿を追求した形の、

経営理念をよりどころにして、みんなでがんばってきた、

その結果が、このような立派な数字になって

表(あらわ)れているのだと思ってます」

 

そこまで、森川誠が話をすると、みんなからは、

自然と拍手がわきおこる。

 

「わたしの若い時からの持論は、機会のあるたびに、

お話してますが、働くばかりでは、

ダメだということなんです。ちゃんとした休養が

取れてこそ、人間らしい生活だし人生だってことなんです。

質のいい仕事も、質のいいサービスも、

そして質のいい商品も、ちゃんとした休養をとって、

社員のみんなが、いつも元気で、

仕事に情熱をかたむけて、がんばれる状態で、

初めて実現できるのです。

 

≪つづく≫



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28章 モリカワに、M&A(合併、買収)の危機!(2)

28章 モリカワに、M&A(合併、買収)の危機!(2)

 

わが社は、みなさんもよくご存じのように、

昨年からは、ブラック企業ではない、ホワイト企業という

イメージで、世間やマスコミの注目されています。

わが社の主体は、サービス業です。

そして、この業界は、1日の労働時間が、15、16時間

なんていうことが、現実には、とても多いんです。

業界全体が、ブラック企業化しているような現状なんです。

 

わたしは子供のころから、この下北沢の商店街で、

いまは天国ですが、働き者のおばあちゃんが、

小さな喫茶店を、ひとりでやっているのを見てましたから、

商売人は、起きてから寝るときまで、働きつづけるのが、

あたりまえにくらいに思っていたのですけどね。

 

しかし、15歳くらいになった時には、人間らしい生活って

いうものは、しっかりと休んで、遊んで、英気を養(やしな)って、

それで、勉強や仕事をするもんだっていう、

信念に変わっていったんです。

 

わたしも、高校を卒業して、洋菓子の店に

修行(しゅぎょう)に行っていたころの3年くらいは、

毎日が15時間労働くらいをしてました。

そのあと、おばあちゃんの店を継いで、

そこを改装して、洋菓子と喫茶の店を始めて、

現在のモリカワに至(いた)るんですけどね。

 

まあ、ですから、わたしにいわせれば、長時間労働を

してもらうということは、お金だけで解決できる問題

ではないのですよね。会社が、健康を害するような、

長時間労働を要求するようなことは、まるで、

牛から乳をしぼりとるように、必要労働時間以上に働かせ、

そこから発生する剰余(じょうよ)労働の生産物を、

無償(むしょう)で取得するようなもので、

労働搾取(ろうどうさくしゅ)というべきものなんです。

 

資本家は、ちゃかっりと、労働者に払うべきものを、

ちゃんと、払(はら)わないで、やっぱり、結果としては、

その対価を、全部、資本家が蓄(たくわ)えてしまう

ということなんですよね。

労働者に支払われたものが、

労働の対価といえるのかどうかの判断は、実際には、

なかなか難(むずか)しいものがありますけどね。

 

早い話が、長時間労働をやめればいいんですよ。

 

わたしは、この胸が苦しくなって、つらくなるばかりなので、

わが社からは、長時間労働や、残業を、

全面的に廃止する方針でいます。

 

もちろん、みなさんにとっては、残業による収入には、

それなりの魅力があることもわかっていますから、

残業などしなくても、

残業代となるべき、その余(あま)ったお金は、

ちゃんと、ボーナスで、お支払するのです。

 

昨年度は、経営方針どおり、ほぼ100%の、

有給休暇・消化率が達成できました。

今年も、有給休暇の完全消化の体制でまいります。

 

この、お給料がもらえる休みの、有給休暇もですね、

調査した24か国で最下位なんです、日本が。

情(なさ)けない、お話ですよね」

 

社長の、しょげた顔に、みんなはわらった。

 

横幅、2メートルの大型ディスプレイには、

世界の有給休暇・消化率のランキングが表(あらわ)れる。

 

ブラジル 100% フランス 100% ドイツ 97% 

スペイン 87% オランダ 84% オーストラリア 75%

インド 75% アメリカ 71% 日本 39%

 

2013年エクスペディア調べ。Expedia(エクスペディア)は、

世界24カ国でサイトを開設する世界最大の旅行予約サイト。

 

「わが社では、まだ、完全週休2日制ですが、

完全週休3日制を、目標にして、その達成に向かって

ゆきます。

 

この目標の達成には、このイラストにあるように、

各現場の業務量と、人手を、

常に把握(はあく)すること、そのための

各部門の責任者が、常に業務に関する情報を

共有することなどが、基本となるわけです。

 

≪つづく≫



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28章 モリカワに、M&A(合併、買収)の危機!(3)

28章 モリカワに、M&A(合併、買収)の危機!(3)

 

会社は、休むことに対して、全面支援してゆきます。

社員のみなさんには、いっぱい休んでいただいて、

そして、仕事も、がんばっていただいて、

仕事の効率や質を高めるための、改善案なども、

どんどん、出していただくという形で、

好循環を、サイクルとしていく!

そこに、わが社の発展とみなさんの幸福もあると、

確信しています。

 

それに、労働時間の短縮と、休みの増加は、

少子化対策、過労死やうつ病の対策、

女性の進出やわが社の全社員の正社員化、

業績の躍進に、高価があると確信しています。

 

休みは、社員にとっては、自己研さんだし、会社には、

イノベーション(革新)の源泉(げんせん)なんですよ。

 

休む力で、社員も会社もハッピーで、チーム力もアップ!

みなさんのご協力とご理解をお願いします!」

 

社長の森川誠がそういうと、副社長の森川学を

はじめとして、みんなからの、

笑顔と拍手に、会議室はつつまれた。

 

「それと、このお話もしておかなければならないのですが。

みなさんも、すでにご存じかと思いますが、

わが社と、全面的な合併をしたいという話が、

昨年の12月に、東証1部上場の会社の

エターナル(eternal)からあったのですが、

このお話は完全にお断(ことわりしました。

 

エターナルっていう英語は、永遠の、とか、

不滅の、てっいう、形容詞ですから、

これで、合併すれば、モリカワも、不滅で、

永遠に存続できるのかなと、わたしも、

ちょっと、心が揺れましたけどね」

 

そういう社長に、みんながわらった。

 

「合併といいましても、モリカワノの株式を、

全部買い付けるという、好意的な形の買収なのですが、

はじめは、総額600億で、話は進んでいたのですが、

次に、700億になったんですよ。でも、お断りしました。

 

エターナルさんと、モリカワでは、経営の仕方というか、

経営方針でも、おたがいに、かなり違いますから、あとあと、

問題多発で、うまくいかないだろうなと判断したんです。

 

わたしも、大金に、目がくらんで、夜は寝つけない日々が

つづきましたけどね。一生、遊んで暮らせるお金が、

転(ころ)がりこんでくいる、めったにないお話ですからね」

 

そういうと、社長は、いつもの大笑いを、はじめてする。

 

ロックバンド・クラッシュ・ビートの、課長の、

川口信也、岡村明、高田翔太たちは、愉快そうに

大笑いをする。ほかのみんなもわらった。

 

「エターナルさんの社長の御曹司(おんぞうし)の、

新井幸平(あらいこうへい)くんは、エターナルの

M&A事業部の担当で、去年、大学を卒業したばかりで、

新井幸平(あらいこうへい)くんと、M&A事業部のベテランの

男性とのお二人と、3回の、合併の交渉(こうしょう)を

したわけですが、新井幸平(あらいこうへい)くんは、

なかなかの好男子で、人の心をつかむのが上手(じょうず)で、

ついつい、彼のペースで、合併話が成立する一歩手前まで

いったんですよ。しかし、初心の起業家精神とかをですね、

忘れてはいけないとか、思い直(なお)して、お断りしたんです」

 

「危(あぶ)ないところだったんだな・・・」と、社長の話を聞きながら、

川口信也は、ちょっと、冷や汗のようなものを感じた。

 

社長の髭(ひげ)に、ぼんやり目をやりながら、信也は、

頭の中に、次のような、思いがめぐっては 消えていく。

 

・・・うちの社長が、現代稀(まれ)に見る正義の味方なら、

エターナルって会社は、マスコミやインターネットでも、

長時間労働をさせるブラック企業という汚名を

つけられているのに、巨大な企業ということもあって、

そんなことは、痛(いた)くも、かゆくもないんだからな・・・。

 

・・・そういえば、エターナルのたぶん二代目になる、

御曹司(おんぞうし)の新井幸平(あらいこうへい)は、

1991年生まれで、去年、慶応を卒業して、

おれより1つ年下だけど、社交性はあるヤツで、

悪くいえば、口八丁 手八丁(くちはっちょうてはっちょう)で、

12月にあった、TOP 5入り・祝賀パーティーや、

この1月の、モリカワの 新春 パーティーにも来ていて、

それも合併の仕事のためだったのだろうけど、

おれたちの クラッシュ・ビートやグレイス・ガールズの

大ファンとかいって、おれにも話しかけてきたりして、

にくめないヤツだけど、調子もいいよな。

まあ、今回の合併の話は、失敗して良かった!

アイツがおれの上司になったりしったら、最悪だぁ・・・

 

≪つづく≫  --- 28章は、おわりです ーーー



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29章 清原美咲 と 新井幸平 の デート (1)

29章 清原美咲 と 新井幸平 の デート (1)

 

2014年、1月26日、日曜日のちょうど、正午。

 

風向(かざむき)は、北北西、

気温は15度くらいの、よく晴れた空である。

 

清原美咲(きよはらみさき) と

新井幸平(あらいこうへい)は、

自家焙煎珈琲屋(じかばいせんコーヒーや)の

カフェ・ユーズ(cafe use)で、待ち合わせをした。

 

カフェ・ユーズ(cafe use)は、下北沢駅・北口を降(お)りて、

歩いて 5分、コンビニのローソンの 十字路を

左に曲(ま)がった、一番街 商店街内にある カフェで、

世田谷区 北沢の 3丁目にある。

 

店の幅1メートルほどのドアには、濃い青の、

無地の暖簾(のれん)が かかっている。

店の両隣(りょうどなりには、時計店と 酒店がある。

 

店内には、オーナー、自(みずか)ら、買い付けた

古木(ふるき)が使かわれている。

 

そんな古木のぬくもりに包まれた、

温(あたた)かみのある、禁煙の店内の

カウンター席とテーブル席では、

静かに、ゆっくりと、世界トップレベルのコーヒーや、

評判(ひょうばん)の おいしい自家製スイーツを楽しめる。

 

新井幸平(あらいこうへい)は、テーブル席で、ラフな

テラード・ジャケットにジーンズという服装で、

清原美咲(きよはらみさき) を待っている。

 

「幸(こう)くん、おひさしぶり!」

 

キャメル(camel=ラクダ色)の ウールの ロングコート、

ワインカラーのプリーツ(ひだつき)・ロング・スカート、

そんなファッションで、清原美咲は 現(あらわ)れる。

 

店内のカウンターにいる、20歳(はたち)くらいの

男女2組のカップルが、人目を引く、美咲(みさき)の姿に、

ちょっと振(ふ)り向(む)く。

 

「美咲(みさき)さんも、お元気ですか?」

 

「うん、元気よ。幸くんも、お元気そうね!」

 

「ええ、絶好調ですよ」

 

清原美咲と 新井幸平は、テーブル席で

向かい合うと、声を出してわらう。

 

ふたりは、慶応大学の学生だったときの、

合唱サークルの仲間であった。

 

合唱サークルは、混声合唱団・楽友会という名称で、

合唱音楽を愛好する学生たちの交流の場であった。

 

戦後、間(ま)もない頃に創立されて、60年の歴史もあり、

入学式などの大学行事で歌ったり、

毎年12月に行われる、定期演奏会に向(むけ)て、日々、

練習をしていた。

 

団員(メンバー)の半分以上が、合唱の初心者として、

入団している。清原美咲も 新井幸平も、

入団当時は、合唱の経験のない、初心者であった。

 

清原美咲(きよはらみさき)は、1989年6月6日生まれ、

24歳。身長、164センチ。妹の美樹より、6センチ髙い。

法学部の卒業で、司法試験にも、2013年に合格して、

現在は、弁護士として、父の 法律 事務所に勤めている。

 

新井幸平(あらいこうへい)は、1991年3月16日生まれで、

22歳。身長、176センチ。

商学部の卒業で、現在は、東証1部上場の、父の経営する会社、

エターナル(eternal)の、M&A事業部で、企業の合併、買収 の

仕事をしている。

 

最近まで、幸平(こうへい)は、サービス業が主体という、

事業の形態(けいたい)が似ている、株式会社・モリカワとの、

M&A(買収、合併)の、プロジェクト(事業計画)を 進めていた。

 

その成約に向けての、モリカワとの ディール

(deal=交渉、取引)は、新井幸平と、M&A事業部の

ベテランのふたりが中心となっていた。

 

しかし、エターナル(eternal)の社長たちの描(えが)いていた

当初のシナリオどおりに、M&Aは 実現できなかったのだ。

 

≪つづく≫



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29章 清原美咲 と 新井幸平 の デート (2)

29章 清原美咲 と 新井幸平 の デート (2)

 

「美咲さんも、ご存じのように、モリカワさんとの今回の件は、

ぼくも、ちょっと、参(まい)りましたよ。ギブアップでした。

あっはっは」

 

幸平(こうへい)は、そう いい終(おわ)ると、

ファイヤーキングのグリーン色のマグカップに入っている、

この店、カフェ・ユーズ(cafe use)自慢の、

スペシャリティ・コーヒーを、おいしそうに飲む。

ファイヤーキングとは、耐熱ガラス容器の有名ブランドだ。

 

「私の立場からは、何と言って、幸(こう)くんを、

励(はげ)ますことができるのかしら。わからないわ」

 

「いいんです。こうやって、ぼくにお会いしてくれるだけで。

美咲さんと、二人でいられる、貴重なこの時間だけで、

ぼくは、十分(じゅうぶん)に、励(はげ)まされますし、

元気が出ますから」

 

「幸(こう)くんってば、まだ、わたしなんかのことを、

そんなに思っていてくれているの?」

 

「ぼくにとっては、美咲さんは、永遠の理想の女性

なんですから・・・」

 

「またまた、そんなことをいって・・・。

幸(こう)くんが、いろんな女の子と 噂(うわさ)が

あったりするのは、もう十分すぎるほど、

わたしも知っているわよ。

わたし以外の女の子にも、永遠の理想の女性なんて、

きっといっているだろうなって、つい、想像しちゃうわ」

 

「ぼくは そんな 軽い男じゃないですよ。あっはは・・・」

 

「そうかな。まあ、幸くんは、かっこよくて、イケメンだし、

女性からの支持率が高いのは、

わたしも十分に理解できるけどね。慶応大学でも、

女の子たちは、口に出さないけれど、こっそりと、

あなたをマークしていることが多かったもの・・・」

 

「あっはっは。ぼくがモテたのも、おやじが、大会社の

社長で、金持ちだったからという、そんな欲望が

混(ま)じった、不純な、それだけの魅力なんですよ。

ぼくは、いまでも、一応、不純は嫌(きら)いです。

純粋に生きたいと思っています。

これも、美咲さんに教(おそ)わった 生き方ですけど」

 

「うふふ。幸(こう)くんも、ロマンチスト(夢想家・理想主義者)

なんだわ。わたしもだけど。

わたしの場合は、天然ボケの入っている、ロマンチストだけど、

あなたは・・・、常識にとらわれない、芸術家タイプの、

ロマンチストなんだわ、きっと。うふふ・・・」

 

「あっはっは。そのとおりかも、ですね。たぶん、ぼくって、

変わっているんですよ」

 

「そんなことはないわよ。わたしは、幸くんのそんな性格は、

好きだし。いつも、応援(おうえん)しているんだから・・・」

 

「ありがとうございます。美咲さんとは、最良のパートナーに

なれると、信じていたんですけどね。

いまも、ぼくは、それを信じているんですよ。美咲さん」

 

「よく、恋は盲目(もうもく)っていうよね。1度、好きなると、

好きな人の欠点も、美点というか、長所というか、

その好きな人の魅力に見えちゃうのよ。

それって、ある意味では、怖(こわ)いことよね。

わたしって、そんなふうに、恋愛については、

悪(わる)いほうに考える、マイナス思考をするから、

くじけやすいし、行動の前に、尻込(しりご)み

してしまうんだわ。

だから、いつも、好きな気持ちは強くても、

最初の一歩が、なかなか踏み出せないのよ・・・」

 

≪つづく≫



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29章 清原美咲 と 新井幸平 の デート (3)

29章 清原美咲 と 新井幸平 の デート (3)

 

「そうなんだ。ぼくには、美咲さんのような、

ネガティブ(否定的 ・ 消極的)な気持ちって、

ほとんどないなあ。それが勇(いさ)み足となって、

失敗したりするんだろうけど。ははは」

 

「あなたは、何事にも、ポジティブ(積極的)なんだし、

オプティミズム(楽天的)なんだから、

どんな失敗をしても、それを教訓にできるし、

きっと、なんでも乗り越えてゆけるわよ」

 

「美咲さんに、そういわれると、すごくうれしいです。

元気が出ます」

 

「そうなんだ。わたしって、そんな、存在感あるのかな?

幸平くんには、わたしなんかよりも、

元気にしてくれる女の子が、いっぱいいても、

おかしくないのにね!」

 

「ははは。そうかもしれないですけどね。

ぼくには、自分でもよくわかりませんけど、

美咲さんに対する特別な思いがあるんですよ。

そんなわけで、ほかのどんな女の子でも、

ぼくの心の中にいる、美咲さんの代役というか、

美咲さんの代(か)わりを、務(つと)めることが

できないんですよ。

いまのところ、どんなに仲良くなっている

女の子でもね。あっはは」

 

「そうなんだ。幸くんも、はやく、そんな

叶(かな)わない恋なんかからは、

目が覚(さ)めることを、私は願っているわ。

このままじゃ、まるで、哀(かな)しい恋の、

歌の世界みたいじゃないの!」

 

「それもそうですよね。そういえば、

美咲さんが おつきあいしているって

いっていた、清原法律事務所の、

岩田圭吾(いわたけいご)さんにお会いしましたよ。

とても思いやりのある、やさしい、すてきな方でした。

今回のモリカワさんとのM&A(買収、合併)では、

モリカワの顧問弁護士の清原法律事務所にも、

ご協力いただいて、交渉を進めてきたのですが、

何度も、岩田圭吾(いわたけいご)さんには

お世話いただいたんです。

岩田さん、ぼくよりもちょっと背も高いんですね」

 

「そうね、幸平くんより、2センチくらい高かったかしら」

 

美咲は、店の自家製の、しっとりとした チーズケーキを

おいしそうに味(あじ)わいながら、

そういって、微笑(ほほえ)む。

 

「コーヒーも おいしいけど。チーズケーキの、

やわらかさとか、甘味って、絶品(ぜっぴん)よね」

 

「うん、すげー、うまいよね。そうか、2センチかあ・・・。

あと、ぼくも2センチ、欲(ほ)しかったな!

あと2センチあったら、美咲さんと、うまくいっていたかも!」

 

そのあと、ちょっと 会話に 間(ま)があいて、なぜか、

それが、とても おかしくなって、ふたりは声を出してわらった。

 

美咲と交際している、岩田圭吾(いわたけいご)は、

1984年2月5日生まれ。29歳。

美咲の父の、清原法律事務所に所属している

弁護士(べんごし)であった。

 

店のカウンター内では、ちょっと 硬派で タフな感じのマスターが

丁寧(ていねい)に コーヒーを 一杯ずつ、淹(い)れている。

店内には、ゆたかな風味の コーヒーの 香りが 漂(ただよ)う。

 

壁(かべ)には、いくつもの、ランタンと呼ばれる手提(てさ)げの

ランプの、電気の明(あ)かりが 灯(とも)っている。

 

「美咲さん、おれ、クルマを買ったんです。フォルクスワーゲン

(VW)の新型車のゴルフなんですけどね」

 

「すごいじゃない。サザンの桑田さんが、CMしているのでしょ。

色は何色なの?」

 

「ブルーです。・・・美咲さん、ちょっと、いっしょに

ドライブしてくれませんか?ちょっとだけでいいんですけど。

クルマは、近くの駐車場にあるんですけど・・・」

 

「いいわよ」

 

清原美咲 と 新井幸平は、誰が見ても 羨(うらや)む

カップルのような雰囲気(ふんいき)で 店を出た。

 

≪つづく≫--- 29章 終わりです ---

 



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30章 エタナールの兄弟、竜太郎と幸平 (1)

30章 エタナールの兄弟、竜太郎と幸平 (1)

 

2014年、2月1日、土曜日の正午。

 

モリカワとエターナル、この2社の

交流(こうりゅう)パーティーが、

青山 エリュシオン・ハウスで 始まるところである。

 

東京、青山の閑静(かんせい)な住宅街の、

正統派 イタリアン・レストラン、

青山エリュシオン・ハウスは、

季節の味覚の食材に こだわった、

上品な 一軒家である。

地下鉄、青山一丁目駅から歩いて 5分だった。

 

交流(こうりゅう)パーティーの主催(しゅさい)は、

東証1部上場の会社、エターナル(eternal) である。

 

昨年(2013年)の12月の初(はじ)めに

エターナルは、モリカワに対して、

丁重(ていちょう)に、M&A(合併、買収)を

申(もう)し出ていた。

 

その交渉(こうしょう)は、友好的に、

今年(2014年)の1月の 上旬(じょうじゅん)までの

約1か月間 行(おこな)われた。

 

しかし、結局、両社は、同意には 至(いた)らず、

M&A(合併、買収)は 成立しなかった。

 

エターナルは、事業の多角化や強化のために、

数多くの、同業他社や異業種の会社などを、

積極的に M&A(合併、買収)するという

経営戦略で、急成長を続けている

グローバル(世界的規模)な巨大 会社であった。

 

エターナルの、2013年の売り上げは およそ

3000億円で、日本 マクドナルドの 売り上げに 等しい。

モリカワの、2013年の売上高は、およそ365億円である。

 

そのエタナールの 社長、新井 俊平(あらいしゅんぺい)の

長男の竜太郎(りゅうたろう)と次男の幸平(こうへい)が、

ここの店長との、パーティーの進行などの打ち合わせを

終えて、白いカウンターの脚(あし)の長い椅子(いす)に

腰をおろして、くつろいでいる。

 

長男の竜太郎は、1982年11月5日生まれ、

身長、178センチ。31歳の独身で、優(すぐ)れた頭脳と

スキル(技能)で、若くして、エタナールの副社長である。

 

竜太郎は、IT (情報技術)や、IT プロジェクト管理に

社内の誰よりも 精通(せいつう)して、IT に 関することなら、

常に 問題なく、解決する力量を持っている。

 

そんなわけで、エタナールの、IT システム 構築や、

IT プロジェクト 戦略の 陣頭指揮(じんとうしき)をとっている。

 

竜太郎は、経営戦略のリーダとして、

IT(情報技術)を駆使(くし)して、最も 効率よく働ける

働きやすい 職場の環境つくりもしている。

 

また、エタナールの組織が、競合他社に対しても、

常に有利となるための、他社に勝(まさ)るための、

IT(情報技術)環境つくりやその準備もしている。

 

そんな竜太郎は、1982年11月5日生まれ、

弱冠、31歳ながら、エタナールの副社長であり、

最高情報責任者、CIO(シー・アイ・オー)である。

 

弟の幸平(あらいこうへい)は、1991年3月16日生まれで、

22歳。身長、176センチ。

エターナルの M&A事業部で、企業の合併や買収 を

おもな仕事としている。

 

エターナルは、1982年、いまの社長が21歳のころ、

小さな弁当屋から興(おこ)した会社であったが、

数多くの M&A(合併や買収 )を繰り返すことによって、

急成長を続ける、グローバル(世界規模の)会社である。

 

「うちのおやじ、どうも、モリカワの社長に、感化(かんか)

されっぱなしじゃないの?」 と 兄の竜太郎。

 

「おやじも、もともとは、正義感の強いタイプなんだろうけど。

モリカワの社長は、坂本龍馬を尊敬するくらいの、

正義の味方っぽい人ですからね。

モリカワはホワイトで、エタナールは、ブラック企業なんて、

さわがれもするけれど、

でも、エタナールだって、グローバル企業らしく、

社会貢献活動として、難民支援や災害支援も、

ちゃんとやっているわけだしね」 と弟の幸平。

 

≪つつく≫



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30章 エタナールの兄弟、竜太郎と幸平 (2)

30章 エタナールの兄弟、竜太郎と幸平 (2)

 

「言いたいヤツには、言わしておけばいいのさ。

それにしても、

おやじ、モリカワの経営理念を見習(みなら)って、

本気で、社員の待遇改善(たいぐうかいぜん)を

考えてゆくつもりなのかな?

モリカワのように、有給休暇の完全消化の体制や、

完全週休3日制なんてのを、目標にしたら、

経営の体制を、抜本的に変えないと無理だってば!

なあ、幸平。

おやじは、人が良すぎるよな。

モリカワなんて、エタナールの、10分の1(じゅうぶんのいち)

の 売り上げなんだぜ。

そんな小さな会社に、ペコペコするのは、どうかと思う」

 

「ははは。でも、おれさまは、大企業なんだって、

偉(えら)ぶって、独裁的な社長や、裸の王さまよりも、

ああして、腰が低い方が、おれは好きだけど。はははっ」

 

「まあな。はははっ。それはそうと、きょうのパーティーには、

最近、タレントを始めた、おれの好きな、

小川真央(おがわまお)が来てくれるんだ。

おれ、彼女と、絶対に、つきあってみせるから・・・」

 

「兄さんは、ほんと、女好きで、プレイボーイだよね。ははっは」

 

「そう、あきれたように、笑うなって!

だって、幸平は、なんのために、仕事して、

がんばってるの?人生を楽しむためだろう?

世のため人のためもいいけれど、

それは、仕事で決めればいいことだろう。

個人的には、迷惑かけない範囲で、楽しむべきなのさ」

 

「まあ、そうだね」

 

「幸平だって、美咲さんを諦(あきら)めることはないぞ。

恋愛は、基本的にバトルのようなもの、

勝つか負けるかのゲームのようなものじゃん」

 

「ああ、そうだね」

 

周囲も、イケメンと認める、兄弟は、

ちらっと 眼を 見合わせた。

 

イタリアン・レストラン、青山エリュシオン・ハウスの、

メイン・ダイニングからは、緑の豊かな庭が 眺(なが)められる。

その広い窓からは陽光がふりそそいでいる。

天井には いくつもの シャンデリアが 煌(きらめ)く。

 

白いテーブルクロスの四角いテーブルには、

肘掛(ひじか)けのついた 紅(あか)い椅子が、

四脚(よんきゃく)の置かれてある。

 

モリカワとエターナルの社長や社員たちや、

グレイス・ガールズや クラッシュ・ビートのメンバーたち、

およそ 80名が、エレガントな ダイニングで 着席している。

 

「ただいまより、株式会社 モリカワさまと、

弊社(へいしゃ) エターナルの、交流パーティー

を開催いたします。

司会の吉田知美(ともみ)と申します。

よろしく お願い致します」

 

さわやかな 明るい笑顔で、25歳になる

司会の女性が、開会の 挨拶(あいさつ)を始めた。

 

くつろげるパーティーの雰囲気(ふんいき)を

出すために、主催側のエターナルの社員は、

司会の女性など、ほとんどが、

アットホームな ラフな 服装をしている。

 

招待状にも 『ぜひ、ラフな服装で、どうぞ!』と

記(き)されてあった。

 

「お店のシェフが 自信を持って作りました

本格 イタリア料理を 充分(じゅうぶん)に

召(め)しあがっていただきたいと

存(ぞん)じます。

お楽しみいただくために、

ゲームや生演奏なども ご用意しております!」

 

はっきりとした 口調(くちょう)で、

司会の女性が、おだやかに、そういうと、

会場から、拍手がわきおこる。

 

「主催者を 代表いたしまして、弊社エタナールの

新井 俊平(あらいしゅんぺい)社長から

ご挨拶(あいさつ)がございます。

社長、よろしく お願いいたします」

 

≪つづく≫



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30章 エタナールの兄弟、竜太郎と幸平 (3)

30章 エタナールの兄弟、竜太郎と幸平 (3)

 

「株式会社 モリカワのみなさま、そのほかの、

ご参加のみなさま、本日は、お集まりいただきまして、

誠(まこと)に ありがとうございます。

モリカワさんとの、M&A(合併)は、

成立できなかったわけですが、

モリカワさんには、この交渉(こうしょう)を、

検討させていただきながら、数多くの経営に関する

ノウハウ(know-how)を、弊社は学ばせていただきました」

 

スーツを きちんと 着こなしている

新井俊平(あらいしゅんぺい)社長が、そう語ると、

会場からは割れんばかりの拍手がおこった。

 

「弊社の沿革(えんかく)と申しますか、成り立ちは、もともと、

わたくしども家族がやっていた、小さな弁当屋(べんとうや)が

始まりでした。

モリカワさんも、始まりが、洋菓子と喫茶のお店ということなので、

とても、親近感のようなものを感じているんです」

 

そういって、微笑(ほほえ)む、

新井俊平(あらいしゅんぺい)社長に、拍手がわく。

新井俊平は、1961年5月2日生まれ、53歳である。

 

「今回のM&A(合併)のご相談をさせていただきながら、

つくづく感じたことを、簡単にお話しさせていただきますと、

モリカワさんでは、経営理念が、 従業員 思いなんですよね。

 

モリカワさんが 掲(かか)げる、経営理念では、

社員の幸福を追求しながら、仕事をしていこうという考え方が、

明記されているわけで、そんな理想に向かっていゆく、

勇気のある、積極性や行動に、

わたくしは、驚きとともに、いたく 感心させられているんです。

 

わたくしにも、若いころには、仕事は、世のため人のため、

そんな思いが強かったんですよね。

それが、忙(いそ)しさのせいにはできないのですが、

会社を大きくすることばかりに、集中していって、

企業家としての精神の基本といいますか、

そんな初心や正義が薄れていていたわけなんです。

モリカワさんは、そんな、初心を 思い出させてくれたんです。

 

モリカワさんは、有給休暇の完全消化の体制があることや、

完全週休3日制を、目標にしているところなど、

やはり、モリカワという会社の、すごさを感じています。

正直なところ、弊社では、なかなか、そこまでの、

実現は 難(むずか)しいのが 現実ですが。

 

しかし、弊社も、そういう、社員を大切にするの考え方を、

見習わないといけないなと、痛切に感じています。

 

まあ、会社の躍進(やくしん)は、社員の幸福と共にあることを、

モリカワさんに、あらためて教えられた感じがしています。

 

社員の幸福と共に、さらなる躍進と成長に向かって、

弊社も、全社をあげて取り組んでまいる所存であります。

 

本日の 交流パーティーは、そんな、わたくしの個人的な、

感謝をこめて、開催(かいさい)させていただきました。

ごゆっくりと、ご歓談などで、楽しいひとときを

過ごしていただければ、わたくしの歓びでございます」

 

エタナールの 新井 俊平(あらいしゅんぺい)社長の、

飾(かざ)らない 挨拶(あいさつ)に、

ダイニング会場のみんなから、熱い拍手がわいた。

 

モリカワ・ミュージック所属の人気 ピアニストの

松下陽斗(まつしたはると)や、ポップス・シンガーの

白石愛美(しらいしまなみ)も招待されている。

 

清原美樹 の父親で、清原法律事務所の清原和幸や

美樹の姉の美咲(みさき)や岩田圭吾(いわたけいご)も

招(まね)かれている。

 

早瀬田(わせだ)大学のミュージック・ファン・クラブ(MFC)の

幹事長の矢野拓海(やのたくみ)や副幹事長の

谷村将也(たにむらしょうや)、会計の担当の

岡昇(おかのぼる)たちも来ている。

 

美樹の親友の 小川真央(おがわまお)もいた。

小川真央(おがわまお)は、アルバイト程度だが、

モリカワ・ミュージックに所属してテレビタレントの

仕事を始めている。

 

「では、株式会社モリカワの森川誠(まこと)社長に、

乾杯(かんぱい)の音頭を頂戴(ちょうだい)したいと思います。

みなさま、お手元(てもと)のグラスに、

お飲物をご用意ください。それでは森川社長、

よろしくお願いします!」

 

愛くるしい笑顔で、司会の 吉田知美(ともみ)が、そういう。

 

「わたしと、新井(あらい)社長とでは、7つくらい、

わたしのほうが 歳(とし)をとっているんですが、

このわれわれの外食産業の業界では、

新井(あらい)社長は、大先輩なんです。

その新井(あらい)社長からは、お褒めの言葉を

頂戴(ちょだい)しまして、大変に、うれしく、

光栄に思っております。

では、みなさま、ご唱和(しょうわ) お願いいたします。

みなさまのますますのご繁栄(はんえい)、

ご健勝(けんしょう)を祈念(きねん)いたしまして、

カンパーイ!」

 

髭(ひげ)の似(にあ)合う 森川 誠が、満面の笑顔でそういうと、

みんなも、笑顔で、「カンパーイ!」といって、

手に持ったグラスを 寄(よ)せたり、合(あ)わせた。

 

≪つづく≫ ーーー 30章のおわり ーーー



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31章 美女 と 野獣 (1)

31章 美女 と 野獣 (1)

 

2014年3月2日の日曜日。

東京の六本木は、曇り、時々、雨と、肌寒い、

どんよりとした灰色の上空である。

 

小川真央(おがわまお)と、真央の兄の蒼希(あおき) 、

新井竜太郎(りゅうたろう)と、竜太郎の弟の

幸平(こうへい)の 4人は、六本木にオープンしたばかりの、

ピーターパン・ステーキハウスで、

蒼希(あおき)の 誕生パーティーの、 ランチをとっている。

 

竜太郎が、副社長を務める、外食産業のエタナールが、

アメリカの ピーターパン・ステーキハウスを買収して、

この 3月1の土曜日に、アメリカ国外、初出店の、

東京・六本木 店がオープンしたのであった。

 

ピーターパン・ステーキハウスは、ニューヨークや、

ワイキキ、マイアミ、ビバリーヒルズ などで 大評判の、

最強 レベルの ステーキハウスである。

 

真央(まお)は、表面の焦(こ)げている ステーキを、

右手のナイフで、ひとくち食べれる大きさに切ると、

それを 左手のフォークで 口元(くちもと)へ 運(はこ)ぶ。

 

白い歯を見せて、ステーキを 頬張(ほおば)ると、

真央(まお)は、目を細(ほそ)めて、ちょっと 舌(した)を出す。

 

「おいしー い!幸(しあわ)せー!」

 

そういって、フォークと ナイフを 持ったまま、

真央は、かわいらしい仕草(しぐさ)で、少し首を振(ふ)ると、

真央の 右側にいる兄の 蒼希(あおき) を見る。

 

「うまい!最高!」

 

蒼希(あおき) も、少し 興奮ぎみに、そういう。

 

小川蒼希(おがわあおき)は、1991年3月4日生まれ、

身長 174センチ。あと2日で、誕生日である。

 

蒼希(あおき)は、理科系の大学の コンピュータ・

サイエンス学部で、専門知識や技術を学び、

2013年4月からは、システムエンジニアとして、

IT 関連の会社に勤(つと)めている。

 

蒼希(あおき)は、きょうのランチを

誘(さそ)ってくれた、エタナールの新井(あらい)兄弟の

弟、幸平(こうへい)と同じ、22歳だった。

 

妹の真央は、1992年12月7日生まれ、

身長160センチ。

早瀬田大学、教育学部の3年で、

最近は、モリカワミュージックの専属 タレントとして、

人気も出てきていて、テレビや雑誌の仕事もしている。

同じ歳で、同じ教育学部の、清原美樹とは、親友である。

 

兄の蒼希と、妹の真央の歳(とし)の差は、

およそ、1歳と11か月だったけど、

しっかりしている性格の 真央ほうが、年上の

姉に見られることが、度々(たびたび)あった。

 

「厚(あつ)い ステーキだから、食べると

固(かた)いのかなと思うけど、そんなことなくて、すごく、

やわらかいですね。中の、レアな 赤身(あかみ)も、

ほどよくって、ほんと、うまい!」

 

そういって、蒼希(あおき)は、白いテーブルクロスの

4人がけの四角いテーブルの正面の、

竜太郎(りゅうたろう)と、右隣(みぎどなり)の、

幸平(こうへい)に ほほえむ。

 

「味付けも シンプルで、バターと 塩だけかしら ?

お肉、そのものの 旨(うま)みが、おいしいわ!」

 

真央は、みんなを見て、長い睫(まつげ)の 瞳(ひとみ)を

輝(かがや)かせる。

 

「あっはは。よかった、よかった。真央さんと 蒼希(あおき)さんに、

こんなに 喜(よろこ)んでもらえて」

 

そういうと、竜太郎は、うれしそうに、わらった。

 

竜太郎の笑顔を、ちらっと 見ると、

弟の幸平(こうへい)は、極上のワインを飲みながら、

ほろ酔いのいい気分で、ふと、こんなことを思う。

 

・・・ 竜(りゅう)さんも、今度ばかりは、真央さんのことが、

たまらなく 好きになっているんだな、きっと。

 

仕事に対しては、いつも冷静で、落ち着いている兄だけど、

これまで、たくさんの女性と、噂(うわさ)もあったなあ。

それでも、女性を 泣かせるということもせずに、

まあ、華麗(かれい)といえば、華麗な 女性遍歴へんれき)で、

おれや、並(な)みの男にはできない、離(はな)れ技(わざ)

というか、特技で、それは。

兄の才能のようなものなんだろうなあ。

 

そんなわけで、よく、以前は、美女と野獣のようだなんて、

よく思った、おれだけど。

美女と野獣というのは、18世紀のころの、ヨーロッパの

どこかの国の、寓話というか、民話というか、小話で、

それを、ディズニーが、脚色して、アニメ映画化して、

大ヒットした物語なんだけど。

美女と野獣という言葉が、妙(みょう)に、頭の中に残る。

大学2年のとき、女の子と、美女と野獣を 映画館で、

観(み)たっけ。

 

兄は、ちょっと前までは、軽薄なプレイボーイぽかったし、

仕事では、 頼(たよ)りがいのある ボスという感じで、

そんなアンバランスで、釣(つ)り合(あ)いがとれていない、

二面性がある気がした。誰にでもあるんだろうけど。

そんな兄が、こんなふうに、一途(いちず)に、

恋に落ちているようなのは、見たことないよなあ。

 

頭に来(く)れば、どんな怖(こわ)そうな相手にも、

立ち向かっていく、そんな、周囲を ハラハラと

心配させる、男っぽい、度胸(どきょう)あるの兄。

 

そんな性格をそのまま表(あわら)している、

硬派(こうは)な顔つきの、 竜(りゅう)さん。

 

だけど、妙に、最近は、やさしい表情をしているなあ。

これも、真央ちゃんのせいなのだろなあ。

 

恋というものは、真剣というか、本気ですると、

確かに、その人間を、根底から変える、

神秘的な力を持っているもんだよね。

 

おれがそうじゃん。片思いだけど、清原美咲(みさき)ちゃんに

恋して、美咲ちゃんの存在は、おれの人間的な成長に、

深く 影響を与(あた)えているもん。

おれも、美咲ちゃんに出会う前は、かなり自分勝手で、

思いやりも、優(やさ)しさもない、男だった気がする。

恋することは、人間的な成長のために、大切な経験なんだろうなあ ・・・

 

≪つづく≫



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31章 美女 と 野獣 (2)

31章 美女 と 野獣 (2)

 

「竜太郎さん、幸平さん、わたし、ステーキのお皿(さら)が、

こんなに、いつまでも、ぐつぐつ、沸騰(ふっとう)しているのって、

初めて見みるわ。

さすが、アメリカの本格的なステーキですよね!」

 

そんな真央の言葉に、幸平は、物思いから、我に返る。

 

「ははは。真央ちゃん。この、ぐつぐつは、お皿(さら)が

高温だから、脂(あぶら)が、沸騰(ふっとう)してるんだけどね。

 

このお店を アメリカで始めた オーナ (経営者)は、

ステーキ店に40年勤務していた人で、お肉を

おいしく食べる方法を、知り尽(つく)くした人なんですよ。

それで、お店をオープンさせると、

瞬(またたく)く間(ま)に、大人気の超有名店になったんです」

 

幸平(こうへい)は、笑顔で、真央と蒼希(あおき) に、そういった。

 

「このピーターパン・ステーキハウスを、今回、買収できたことは、

ぼくも、正直なところ、非常に うれしいんです。

幸平(こうへい)も、この件では、ほんと、がんばってくれました。

エタナールも、幸平には、高い評価をしています。

この前のモリカワの買収の不成立もあったりしたけどね。

今回の成功で、逆転のサヨナラ、ホームランかな。

いつも、通算で、高打率をキープしている、イチローのような、

最優秀選手ってところだよな、幸平は。 あっはっは。

ほんとうに、ご苦労さまでした」

 

そういうと、竜太郎は、幸平を見て、

優(やさ)しい 眼差(まなざ)しで、わらう。

 

幸平(あらいこうへい)は、1991年3月16日生まれ、

22歳。身長、176センチ。

エターナルの M&A事業部で、企業の合併や買収 を

おもな仕事としている。

 

わらったりと、ゆったりとした気分で、4人が ランチを楽しむ、

そのダイニングルームには、4人がけの四角いテーブルが

35卓(たく)もあり、その140席は、すべて 満席で、

客たちの活気にあふれている。

 

店内は、18席のバー・カウンターや、10名収容の2つの個室、

総数178席・総面積約194坪と、広々(ひろびろ)として、

格調の高い、華やかさと落ち着きのある空間だ。

 

案内係の女性スタッフは、好感のもてる フォーマルな服装で

丁寧(ていねい)な接客をしている。

 

ウェイターや ウェイトレスも、いつも笑顔で、

暖(あたた)かな 堅苦(かたくる)しくない

雰囲気(ふんいき)で、客をもてなしている。

 

まだ 31歳の青年の竜太郎が、この店を経営する、

株式会社 エタナールの 副社長であることを、

店員たちも 知っている。

 

店長たちは、礼儀(れいぎ)に 外(はず)れることのないように、

竜太郎(りゅうたろう)たちに 挨拶(あいさつ)をしている。

 

エタナールの、53歳の社長、新井 俊平(あらいしゅんぺい)の、

長男の竜太郎は、1982年11月5日生まれ、身長、178センチ。

31歳の独身で、優(すぐ)れた頭脳と スキル(技能)で、

エタナールの 副社長の地位に 上(のぼ)り詰(つ)めている。

 

「蒼希(あおき)さんと、幸平さんと、同じ歳とはね。

これも何かの縁(えん)かもしれないですね。あっはは。

蒼希(あおき) さんが、エアナールに来てくれるのなら、

ぼくらも大歓迎ですよ。待遇もご満足いただけるようにします。

 

ぼくは、いちおう、エタナールの最高情報責任者(CIO)

なんですけど、蒼希(あおき) さんのような、モバイル・テクノロジーに

精通(せいつう)した 優秀な方(かた)は、人材の不足なんです。

 

会社の経営戦略や成長においも、モバイルの分野は、

今後、もっとも、重要なポイント なんです。

ぜひ、よろしく お願いします」

 

「こちらこそ、よろしく お願いします」

 

「蒼(あお)くん、すてきなで、お話で良(よ)かったわね。

就職状況も、まだまだ、きびしいんだから。

 

わたしなんか、一応、教員、目指(めざ)しているんだけど、

ちょっと無理かなって思っているから、

それで、モリカワ・ミュージックで、タレント活動を

始めたんだもの」

 

≪つづく≫



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31章 美女 と 野獣 (3)

31章 美女 と 野獣 (3)

 

「真央ちゃんは、タレントでも、じゅうぶん、やっていけるって、

感じじゃん。真央ちゃんの、その、みんなにうける、

おれも 羨(うらや)ましくなる、美貌(びぼう)も 性格も、

才能なのかなあ」

 

「わたしだって、努力してるもん!」

 

蒼希(あおき)と真央の、言葉に、みんなでわらった。

 

「おれも、まあ、そんな真央ちゃんのお蔭(かげ)で、

新井さんたちと、こうして、お近(ちか)づきができたんだし、

運が開けてきたかもね。真央ちゃん、様様(さまさま)かな?」

 

4人は、目を見合わせると、声を上げて、わらった。

 

「楽しすぎて、わたし、酔ってきちゃったわ。

あまりお酒も、強くないのかしら」

 

真央の頬(ほほ)は、いくぶん、紅(あか)い。

 

店では、ステーキだけでなく、酒のつまみともなる、食欲の

増(ま)す、軽い料理のオードブル(前菜)も 充実している。

4人は、そんな料理で、ビールやワインを 味(あじ)わう。

 

「そんなこというけど、真央ちゃんは、おれより、お酒

強そうだもんなあ。あっはっは」 と 蒼希(あおき)は わらう。

 

「真央さんは、芸能界のお仕事は楽しいですか?」

 

「はい。モリカワ・ミュージックは、とても良心的な

芸能プロダクションで、過度な仕事やスケジュールに

ならないように、いつも気を配ってくださっていて、

疲労とかで、体調を崩(くず)こともないんですよ。

 

所属のタレントやミュージシャンには、ちゃんと、

労働基準法を適用してくれているんです。

労働時間規制とかの保護を受けられているんです。

わたしも、モリカワさんとこだから、

楽しくやっていけているんだと思います」

 

「そうですか。うちの、エアナールも、モリカワさんから、

学ばなければいけないことが、いっぱいありそうですね。

うちの会社の10分の1くらいの売り上げだったもので、

ぼくは、最初、モリカワさんを、ちょっと、軽く

見ていたんです。ぼくの、思い上がりだったんですよね」

 

「そうなんですか。竜太郎さんって、素直なんですね!

大会社の副社長でいらっしゃるのに、

全然、フレンドリーで、親しみやすいですし。うふふ」

 

「そうですか。真央さんに、そんなふうに褒(ほ)められると、

すごい、うれしいですよ。あっはっは。

 

でも、おれも、ちょっと前までは、簡単に、

偉(えら)ぶったりする、悪いヤツだったんですよ。

悪い癖(くせ)で、天狗(てんぐ)になるところがあるんです。

 

でも最近は、よく思うんですよ。おれみたいな、わがままな

人間ばかりがい多いから、地球の環境も悪くなるばかり

なんだろうって。あっはっは。

生き方や考え方とか、みんなして、変えないと、地球の

温暖化も 加速の 一途(いっと)で、

このままじゃ、人類の未来も、どうなることやらってね。

 

先日の 関東平野の大雪にしても、あれは、地球の温暖化の

影響が原因で、大気中の水蒸気の量(りょう)が増(ふ)えて、

それが大雪や大雨となって、災害につながっているそうです。

 

テレビ見てたら、国立(こくりつ)環境研究所とかの人が

解説してたんですけどね」

 

といって、竜太郎は、グラスのビールを飲み干(ほ)した。

 

「地球や自然の環境を、これから先、みんなで、

よくしていくためには、みんな、それぞれに、

誰かに恋をして、誰かを愛して、いい恋愛を

していくことが大切なのかもしれませんよ」

 

幸平がそういうと、みんなは、わらった。

 

「恋愛か。確かに、幸平のいうように、恋愛は、

その人間の修行(しゅぎょう )になるかもしれない。

失恋しても、ストーカーになるヤツもいるけど」

 

「狂っているヤツは、いつの世も、きっと、いますよ。

恋愛力とは、その人の総合的な人間力のことだって、

いってますけどね、脳科学者の茂木健一郎さんは」

 

「幸平さんって、恋愛について、詳(くわ)しいんですね。

わたしも、恋愛がヘタな人って、苦手(にがて)です。

そういう人と、コミュニケーションとるの

難(むずか)しい気がするもの」

 

「じゃあ、おれたちって、こうして、真央(まお)ちゃんと、

蒼希(あおき)さんと、ランチを楽しめているってことで、

恋愛力とか人間力とか、合格点なのかなあ」

 

「もちろんですよ。竜太郎さん!100点満点です!」

 

真央は、まぶしそうに、微笑(ほほえ)む。

 

4人は、声をだして 楽しそうにわらった。

 

≪つづく≫ ーーー 31章 おわり ---



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32章 美樹と真央、恋愛を語りあう (1)

32章 美樹と真央、恋愛を語りあう (1)

 

 3月9日の日曜日の正午ころ。下北沢の空、朝から晴れている。

 

 昨夜、小川真央は 清原美樹に メールをする。

 

<お元気?美樹ちゃん。明日(あした)下北(しもきた)の どこかのお店で お茶しない?>

 

<いいわよ。じゃあ、南口のモアカフェはどうかしら?時間は12時はどうかしら?>

 

<OK!じゃあ、12時にモアカフェね♪ ありがとう、美樹ちゃん♪>

 

 下北沢駅 南口から歩いて2分、住宅街の裏路地にある モアカフェ(moiscafe)は、高い天井(てんじょう)の、ゆったり 寛(くつろ)げる 、客席数も40席の カフェである。

 

 2004年5月、解体が決まっていた築40年の民家を改装した 一軒家で、昼の12時から23時まで営業する カフェだった。玄関左手には 赤松の木がそびえている。

 

 清原美樹と小川真央のふたりは、階段をあがった2階の、窓からの陽の光がたっぷりと射し込んでいる広々とした部屋のテーブルで寛(くつろ)いでいる。

 

 美樹は ミントグリーンのラッフルギャザー・ワンピースに、ブラウンの透かし編み・ニットカーディガンを、真央は フラワープリント・ワンピースに、デニムジャケットというファッションだった。

 

 家具メーカー大手のカリモクのクッションのきいた黒いソファー は、客にも人気で、背(せ)をもたれて座(すわ)って、目を閉(と)じていれば、しんとした明るい昼下がりには、時間が静止したようなゆったりとした心地よい気分になる。モアカフェは下北沢の若い人々にも人気があった。

 

「真央ちゃんと モアカフェに来たのって久(ひさ)しぶりよね!」

 

 美樹は 天井(てんじょう)のむきだしの梁(はり)を少し眺(なが)めると、目を輝かせて、真央にほほえむ。太くて丸い 横木(よこぎ)の梁(はり)は 屋根の重みを支(ささ)えている。

 

「そうよね。美樹ちゃんと前にお店に来たときから、わたしも今日まで来てなかったの。美樹はつきあいがいいから、大好きよ」

 

「ありがとう。わたしだって、真央が大切な友達だもの。精いっぱい、おつきあいするわよ」

 

 そんな会話にふたりはわらった。

 

 真央も、テレビとかで、タレント活動をするようになって、美女がいっそう美女になったなあ・・・と美樹は思う。そして、自分のことのように、胸が弾(はず)む感じに、うれしくなるのであった。

 

 清原美樹は、1992年10月13日生まれ、21歳。早瀬田(わせだ)大学、教育学部、3年生。

芸能プロダクションのモリカワ・ミュージックに所属する グレイス・ガールズのリーダーで、キーボード、

ヴォーカルを担当していて、2013年10月20日、デヴュー・アルバムの Runaway girl (逃亡する少女)と、その中から シングルカットされた Blowing in the sea breeze (海風に吹かれて)が、同時に ヒットチャート入りをしている。

 

 小川真央は、1992年12月7日生まれ、21歳。早瀬田(わせだ)大学、教育学部、3年生。ふたりは下北沢で育った、幼馴染(おさななじ)みの親友である。美樹は身長158センチ、真央は160センチ。モリカワ・ミュージックに所属して、アルバイト感覚ではあるが、タレント活動をして、人気上昇中でもあった。

 

 美樹と真央は、クラシック・ショコラと紅茶のセットを注文する。あと1時間もすると、美樹の交際相手の 松下陽斗(まつしたはると)と、真央の交際相手の野口翼(のぐちつばさ)が、店に来ることになっている。そしたら、みんなで食事をすることにしている。

 

「どうしたの真央ちゃん、何かあった?」

 

「うふふ。三角関係よ」

 

≪つづく≫



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32章 美樹と真央、恋愛を語りあう (2)

32章 美樹と真央、恋愛を語りあう (2)

 

「ああ ・・・・。そんなこと。三角関係もいろいろと大変よね。わたしも 川口信也(かわぐちしんや)さんと、

松下陽斗(まつしたはると)さんのことで、三角関係だったし。やっぱり悩んだもの。そして心の整理をして、信也さんに、ごめんなさいって、謝(あやま)ったのよね、わたし」

 

「美樹ちゃんも大変だったわよね、あの時は。わたしの場合は、まだ、誰かに謝ったりするほど、深刻じゃないのよ。まだ、三角関係っていっても、まだ何も始まってはいなんだもの。自分ひとりの中で、迷っている贅沢(ぜいたく)な 悩みなんだから」

 

「わかったわ。真央が話していた、エタナールの新井竜太郎(あらいりゅうたろう)さんのことでしょう」

 

「うん、そうなの。わたしのことを気に入ってくれていて、つきあいたいっていってくれてるのよ」

 

「真央はモテるからな。エターナルって、 売り上げが3000億円で、マクドナルドと同じくらいの大会社なのよ。その副社長なんでしょう、新井竜太郎(あらいりゅうたろう)さんは。すごいお話よね」

 

「そうなの。そんなふうに考えると、ふらっと、竜太郎(りゅうたろう)さんと、おつきあいしてみようかしらって、思っちゃうのよね。わたしって、ひょっとして、小悪魔的なオンナなのかしらって思ったりもして。だって、竜太郎(りゅうたろう)さんのこと、何も知らないし、まだ愛してもいないのに、心が揺れ動いちゃうんだから、わたしって、小悪魔どころか、悪魔的なところがあるのかもしれないわ」

 

「真央ちゃん、そんなふうに、自分を責(せ)めてはいけないわ。誰にだって、小悪魔的なものは、絶対にあるんだから。精神分析学者のフロイトがいっていることなんだけど、わたしたちの心や精神には、イドと呼ばれる本能と、エゴと呼ばれる自我(じが)と、スーパー・エゴと呼ばれる 超自我があるんだって。姉の美咲ちゃんから教わった話なんだけど。フロイトのこの説をあてはめれば、現代人の心理や行動とか、犯罪者の心理とかが、わたしにも、よく理解できるのよね」

 

「わたしもそれは何かで読んだことある。フロイトは、イドを暴(あば)れる馬に例(たと)えるのよね、美樹ちゃん」

 

「そうそう。そして、エゴを、暴(あば)れる馬をなだめたり、調教したりする 騎手(きしゅ)に例えてね。わかりやすいわよね」

 

「うん。その馬と騎手の例えは、印象に残るわよね。そんな部分だけは頭に残っているわ」

 

 真央がそういうと、ふたりはわらった。

 

「暴(あば)れ馬と、それを操(あやつ)る 騎手の他(ほか)に、3つめの、スーパーエゴという 超自我があるんだけど、それって、道徳心とか良心とかそんな感じの心の働きのことよね。そのスーパーエゴは3歳ころから

親の影響によって現れはじめて、中学生ぐらいまでの間に完全なものとなるらしいの」

 

「なんだか、きょうの美樹って、心理学の先生みたいね」

 

 ふたりはまた楽しそうにわらった。

 

「陽斗(はると)くんは、1時には来るんでしょう?」

 

「陽(はる)くんは、1時だっていっていたわ。翼(つばさ)くんも、1時ころには来るんでしょ?」

 

「うん。そしたら、みんなで楽しく食事しましょう」といって、真央はいたずらっぽい目でほほえむ。

 

「真央ちゃんには、翼(つばさ)くんという、すてきな男の子がいるんじゃないの。新井竜太郎(あらいりゅうたろう)さんも魅力的だけれど」

 

「そうなの。翼(つばさ)くんのことは大好きなんだけどね。だから、わたしって、小悪魔的なのよ」

 

「そんなことないって、真央。真央のように、誰でも 迷(まよ)うと思うわ」

 

「ありがと、美樹。美樹はいつも優(やさ)しいよね」

 

 ふたりはまたわらう。

 

≪つづく≫



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32章 美樹と真央、恋愛を語りあう (3)

32章 美樹と真央、恋愛を語りあう (3)

 

 現在、美樹の交際相手の松下陽斗(まつしたはると)は、1993年2月1日生まれ、21歳。東京・芸術・大学の音楽学部、ピアノ専攻の3年生。芸能プロダクションのモリカワミュージックに所属している。クラシック、ジャズ、ポップスと多彩なジャンルの、豊潤(ほうじゅん)な演奏で、人気上昇の、若手ピアニストであった。

 

 真央の交際相手の、野口翼(のぐちつばさ)は、1993年4月3日生まれ、20歳。早瀬田(わせだ)大学、理工学部、2年生。翼と真央は、早瀬田大学の音楽サークル、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)で親しくなり、真央が翼からギターを習ったりしているうちに、交際するようになる。

 

「それでさあ。このちょっと、ややこしいお話だけど、イドと呼ばれる本能と、エゴと呼ばれる自我(じが)と、スーパー・エゴと呼ばれる 超自我って、結局、どんなことがいえると思う?真央ちゃん」

 

「うううん、わかんない」

 

 またふたりはわらう。

 

「イドと呼ばれる本能は、暴(あば)れ馬といわれるくらいだから、野性的で、原始的で、時には狂暴になったりするもので、快感をひたすら求める欲望の源(みなもと)だから、それを制御(えいぎょ)することは、コントロールすることは、むずかしいことなのよね。犯罪とかって、このイドの暴走なのかなって、わたしは思っちゃうの!」

 

「ううん。きっと、そうよ。イドが暴走(ぼうそう)したら、他人なんか、どうでもいいのよね、きっと。自分の欲望だけ満(み)たされればいいっていう、暴(あば)れ馬なんだから。暴(あば)れ馬のほうが、まだ、かわいいわよね。イドの暴走(ぼうそう)した人間って、最悪!」

 

 ふたりはまたわらった。

 

「イドと呼ばれる本能の 暴(あば)れ馬はいるのよ、きっと。わたしはフロイトのこの説を信じるのよね。だからあとは、自我や超自我で、イドをコントロールできればいいのよ。イドの悪口ばかりいってしまったけど、このイドの原始的な欲望やパワーは、生命力や食欲や性欲の源(みなもと)でもあるわけなんだから、本来、とても大切なものなのよね」

 

「うん、美樹。イドの大切さ、わかる気がする」

 

「そうよ、真央。真央の小悪魔的なのは、わたしも認めるけど」

 

「やだわ、美樹ったら」

 

「でもね、真央。イドといわれる原始的な本能的な欲望や衝動って、人間が健康的に生きるためには不可欠な要素なのよね。ちゃんとしたイドのある人のほうが魅力的だしね。真央のように」

 

「美樹もね。そんなふうに、チクリとわたしをいじめる美樹にも、じゅうぶんに、イドの力が働いているわ。美樹も、ほんとうに小悪魔的なんだから!かわいい小悪魔で、悪女ってところね」

 

「女性は、小悪魔で悪女っぽいほうが、かわいいのよ、真央」

 

「ねえ、美樹ちゃん、わたしのこの問題って、どうしたらいいのかしら?」

 

「真央ちゃんにとって、大切な人を、真央ちゃんが真央ちゃんらしく、守っていけばいいのかな?新井竜太郎(あらいりゅうたろう)とのつきあいがダメということもないだけど。二股(ふたまた)かけたって、うまくいくわけがないと思うのよね。こういう場合も、フロイトの説にあてはめれば、わかりやすいと思うの。スーパーエゴ、超自我の、道徳心や良心が大切になるんじゃないかしら」

 

「スーパーエゴかあ、わたしのスーパーエゴって、なんだか、頼(たよ)りないきがする」

 

「そんなことないわよ。真央ちゃん。みんな、似たり寄ったりだわよ。イドも大切だし、エゴも大切、スーパーエゴも大切で、それらのバランスを大切にしてゆけばいいのよ。真央もわたしも、小悪魔的なくらいでいいんだから、元気に楽しくやってゆければいいんだと思うわ」

 

「そうよね、美樹。美樹と話して、ずいぶんと、気が楽になったわ」

 

 そんな恋愛談義に、ふたりはわらったりしていると、ちょうど1時には、グレーのジャケットにジーンズのチノパン姿で、松下陽斗(まつしたはると)が、「よお、楽しそうだね」といって、店内に入ってきた。

 

そのあと 1時5分頃には、ネイビーのカーディガンにジーンズで、野口翼(のぐちつばさ)も、 「やあ、みなさん」といって 笑顔をふりまいてやってきた。

 

 4人は、他(ほか)の客も多くいる カフェの2階のテーブルで、和気あいあい、わらい声の絶えない、楽しい時間を過ごした。

 

≪つづく≫ --- 32章 おわり ---



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33章 新井幸平の誕生パ-ティー (1)

33章 新井幸平の誕生パ-ティー (1)

 

 3月16日の日曜日。空のよく晴れわたる、穏(おだ)やかな昼である。

 

 新井幸平(あらいこうへい)の誕生パ-ティーが、ふんわりとしたモチモチのピッツァもおいしい、ナポリ(NAPOLI)下北沢で、店内を借り切りにして、開かれている。

 

 下北沢駅から歩いて3分の、ナポリ(NAPOLI)下北沢は、セントラルビルの1階にあり、居心地のよいカウンターやテーブルで、総席数、30席であった。

 

 幸平(こうへい)は、1991年3月16日生まれで、きょうから23歳になる。幸平は、外食産業の会社エタナールのM&A事業部で、企業の合併や買収の仕事をしている。

 

 エターナルは年商3000億円で、ハンバーガーショップのマクドナルドに匹敵(ひってき)する大会社であった。

 

 エタナールの社長、新井俊平(あらいしゅんぺい)は、幸平の父であり、副社長の竜太郎は兄である。

 

 エタナールから合併の話があったばかりの、モリカワの2013年の年商は約365億円であった。

 

 きょうの幸平の誕生パーティーは、慶応(けいおう)大学の合唱サークルの仲間でもあった、清原美咲(きよはらみさき)が幹事をしている。

 

 弁護士の美咲の勤めている、美咲の父の経営する清原法律事務所では、モリカワの法務的顧問(アドバイザー)をしていた。

 

 今回のエアナールからの合併(がっぺい)の検討の過程で、美咲と幸平は何度も会っていた。

 

 美咲の呼びかけで、人の男女が、ナポリ(NAPOLI)下北沢に集まっている。

 

 美咲と交際中の弁護士の岩田圭吾や、幸平の兄の新井竜太郎、ロックバンド、クラッシュ・ビートのメンバーの4人、川口信也、森川純、岡林明、高田翔太、ロックバンド、グレイス・ガールズのメンバーの5人、清原美樹、大沢詩織、水島麻衣、菊山香織、平沢奈美、それから、美樹と交際中の松下陽斗(まつしたはると)、小川真央と、真央と交際中の野口翼(のぐちつばさ)、小川真央の兄の蒼希(あおき)、水島麻衣と交際中の早瀬田(わせだ)大学3年で、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の幹事長の矢野拓海(やのたくみ)、高田翔太と交際中のMFC部員の森田麻由美、岡林明と交際中のMFC部員の山下尚美、岡昇と岡と交際中の南野美菜(みなみのみな)、谷村将也と谷村と交際中の南野美穂(みなみのみほ)、森川良、モリカワの本部に勤めている市川真帆(まほ)と村上隼人、北沢奏人(かなと)と北沢の交際中の天野陽菜(あまのひな)たちである。

 

「その荒馬(あらうま)と、その馬に乗る騎手(きしゅ)の話ってさあ、フロイトのが有名だけどね、脳の生理学者のマクーリンっていう学者も、たとえ話で使っているんだよね」

 

 6人がけのテーブルの席にいる美咲に、そういうと、ピッツァを頬張(ほおば)るのは、モリカワミュージックの課長、30歳の森川良(りょう)である。美咲と良は、木目の美しい板塀のそばテーブルの、向かいあう席である。

 

≪つづく≫



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33章 新井幸平の誕生パ-ティー (2)

33章 新井幸平の誕生パ-ティー (2)

 

「良さん、そうなんですか。個人の中に、馬と騎手がいるという比喩(ひゆ)って、仏教の開祖の釈迦(しゃか)もいっていますものね。釈迦(しゃか)は、騎手が馬をよく馴(な)らして、よく手なずけるように、己(おのれ)の神経や感覚器官を静めて、高ぶりを捨て、汚れの無くなった人、このような人は神々でも羨(うらや)むっていう言葉を残しているそうです。わたしもそんなブッダの言葉はとてもよくわかる気がするんです。仕事に追われたりして、感情的に興奮したり、取り乱した状態って、心にも体にもストレスとなって、良くないですもの。いつも楽しい気持ちや、晴れやかな気持ちでいるように努めることって大切ですよね」

 

「そうですよね、美咲さん。楽しい気持ちや晴れやかな気持ちかあ。ぼくも大切にしたいと思います。心が乱れていては、仕事の出来もいいわけがありませんよね。心にも体にも害になるだけでしょうし。脳の生理学者のマクーリンは、こんなことをいっているんです」

 

 そういって、両手を使って説明を始める森川良に、同じテーブル席にいる、美咲の左隣の清原美樹と小川真央と、森川良の右隣の松下陽斗(はると)と野口翼(のぐちつばさ)の5人は、聞き耳を立てるように集中する。

 

 先日の3月9日の日曜日に、住宅街にある一軒家のモアカフェ(moiscafe)で、フロイトの心や精神の話をした美樹と真央は、その日、店に遅(おく)れてやって来たきた陽斗(はると)や翼(つばさ)たちとも、その話で大笑いしたりしながら盛り上がったのだったが、きょうはその話に詳(くわ)しい美樹の姉の美咲に会えるのだから、もっと詳(くわ)しいフロイトの話を、直接聞いてみたいものだと、4人はなんとなく思っていたのであった。

 

「マクリーン博士は、人間の脳は進化しながら、3つの層に分かれているっていってますよね。片手で、握(にぎ)りこぶしを作ってみます。そして、もう一方の手で、その上から握りこぶしを包みこみます。これが脳の三層のモデルです。下になっているほうの手の手首が、原始的な脳の脳幹(のうかん)を表します。

脳幹は、生命維持に重要な機能の中枢部であります。脳幹は感覚神経や運動神経の通路にもなっています。いわゆる本能的な反応を司(つかさど)ります。具体的には、呼吸や心臓の鼓動などを維持したり、危険をすばやく察知したりする、原始的な本能をコントロールしています。誰かにあまりにも近寄(ちかよ)られると怒りや不快感を覚えるのは、この爬虫類脳によるものなんです」

 

 そういって、テーブルのみんなを、森川良は微笑みながら見わたす。

 

「良さんって、学校の先生みたいですよね」と、思わず美樹がいうと、みんなで声を出してわらった。

 

「ははは。美樹ちゃんにそういわれると、照れちゃうな。さて、そして、その握りこぶしが、大脳辺縁系(だい のうへんえんけい)といって、大脳皮質のうちの、旧皮質、古皮質からなる部分を表します。大脳辺縁系は、本能的行動や情動や自律機能や嗅覚を司(つかさど)っています。いいかえれば、ホルモンのシステムや、免疫システムや、セックスとか、感情とか、それと長期記憶などの重要な部分を担っています」

 

「フロイトの説の、イドと呼ばれる本能と、エゴと呼ばれる自我(じが)と、スーパー・エゴと呼ばれる 超自我があるいう、3つの分類に似ているお話ですよね」

 

 そういう美咲に、良(りょう)も、やさしく目を輝かせながら、微笑(ほほえ)むと頷(うなず)いた。

 

「そしてですね、この脳幹と大脳辺縁系の握りこぶしを包んでいるこの手が、大脳新皮質を表しています。この大脳新皮質は、大脳皮質のうちで、哺乳類(ほにゅうるい)で出現する部分です。カメとかワニとかトカゲやヘビなどの爬虫類(はちゅうるい)にはありません。大脳新皮質は、人間の知的活動に関与していると考えられている部分です。大脳新皮質はとても人間的な脳なわけでして、論理的思考や数学的思考や哲学的な思考などの、いわゆる知性を、人間の知的能力を司ります」

 

 そんな話をしながら、熱心に聞き入っているみんなを見わたすと、森川良は、ひと息入れた。

 

≪つづく≫



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33章 新井幸平の誕生パ-ティー (3)

33章 新井幸平の誕生パ-ティー (3)

 

「マクリーンは、こんなふうに、脳を3つに分けて、三位一体(さん みいったい)脳論を展開したわけです。この説は、脳の三層構造ともいわれています。まあ、この説は1973年ころのもので、現代の最新脳科学から見れば、正確性はありません。しかし、脳の構造と進化の大まかな理解や認識を得るのには便利な仮説ですよね。以上が、マクリーンさんの三位一体(さん みいったい)脳論でした。はははっ」

 

「良さん、このマクリーンさんも、脳幹と大脳辺縁系の、古い皮質といういのかしら、いま包まれている握りこぶしの部分を、暴れ馬に例(たと)えているということなのかしら?」と美咲は楽しそうな笑顔でいう。

 

「そうです、美咲さん。暴(あば)れ馬でもいいですが、それじゃあ、お馬さんがかわいそうなので、若くて力強い精悍(せいかん)なお馬さんとでもいっておきましょう」

 

「良さんは、ほんとうに優しくて紳士なんだから!」と美樹はいった。

 

 テーブルの6人、みんなで大笑いをした。

 

「そういえば、良さん、きょうは白石愛美(しらいしまなみ)さんがご一緒でないのがさびしいですわ」と、ほろ酔い気分で、つい、美咲はいってしまった。

 

「愛美(まなみ)さんは、きょうは、たまたま、テレビのお仕事が重(かさ)なってしまったんですよ。ぼくも残念なんですけどね。あっはは」

 

「良さんの心中をお察し申し上げます。ほんと、良さんって、お優しくて紳士で、知性もあふれていらして、すばらしいんですもの!」と美咲は、赤ワインに酔った、ほろ酔い気分でそういう。

 

「あの・・・、おれは、マクリーンの話の続きが気になるんですけど。マクリーンは、新しい皮質の大脳新皮質でしたっけ、それを馬に乗る騎手に例(たと)えているんですよね。ということは、フロイトの説の、イドを暴(あば)れる馬に例(たと)えて、エゴを馬を調教する 騎手(きしゅ)に例える説に、共通するといいますか、ほとんど同じことをいっているようですよね」

 

 そういう陽斗(はると)に、良はわらいながら、「そうですよね」と答える。

 

「ぼくは思うんですけど、マクリーンの説でいえば、脳の古い皮質と新しい皮質ですが・・・。フロイトの説でいえば、周(まわ)りの社会との調和をめざそうという、現実的に動くエゴと、本能の赴(おもむ)くままに動こうとするイドですよね。そんな精悍(せいかん)な馬のイドと、その馬をなだめながら乗っている騎手のエゴという、そんな2極的な関係なんでしょうけど。世の中におかしな事件が多いのも、この2極が、どうも上手(じょうず)に、バランスよく、コントロールできていないからじゃないのかなんて、思うんですよ」

 

 陽斗(はると)は、森川良にそんな話をした。

 

「ぼくも、陽斗さんと同じようなことを思いますね。そんな2極のバランス、調和がとれないと、健全じゃないし、何かの病気になったり、人間の何かが、おかしくなったり、ノイローゼになったりするると思いますよ」

 

 野口翼(のぐちつばさ)が、そういった。

 

「人格は、哺乳類的な脳の大脳辺縁系と、人間的な脳の大脳新皮質との、調和のとれた姿こそが、健全な、オトナの心身の状態だろうといわれていますからね。最近の人は、目先の損得とかで、動きすぎるのかもしれませんよね。そのため、自己研鑽(けんさん)というか、自分自身の力量や技術などの能力を鍛(きた)えたり磨(みが)きをかけることもしなくなっているんだろうし、そんな悪循環になってしまっていて、社会には、夢も希望も無くなってしまっていて、明るい未来も描けなくなっているんじゃないのかな?」

 

「なんか、本当の意味でオトナになるって、むずかしそうだわよね、そんな本当のオトナが少ない気がするわよね。そこへいくと、良さんは、すてきなオトナですよ。ねえ、みなさん」

 

 美咲がそういうと、美樹や真央や陽斗や翼も、「そうですよね、良さんは、すてきなオトナって感じ!」といった。「ははは。まいったな」といって、森川良は照(て)れわらいをしながら頭をかいた。

 

 そんなふうに歓談している美樹や美咲や真央たちを、エタナールの兄弟、竜太郎と幸平が、カウンターの席から、なんとなく眺めている。

 

「どうやら、真央ちゃんのことは諦(あきら)めたほうがよさそうだな・・・」と、竜太郎は、めずらしく元気のない表情で竜太郎がそういった。

 

「真央さんには、翼くんがいますからね。美咲さんには岩田圭吾さんがいるんだし。竜さんもおれも、哀しき片思いってわけですかね。われらの恋愛騒動の収穫といえば、真央さんの兄の蒼希(あおき)さんが、エタナールに来てくれたことってことですよね。それだけでも、よかったんですよね。彼は優秀だから。まあ、そんなところで決着として、きょうからは、気分を一新して、また新たな恋でも見つけましょうか、竜さん?」

 

「そうだな。そうしようか。しかし、恋というものは、ままならないもんだよな、幸平」

 

 竜太郎がそういうと、珍(めずら)しく弱気な兄に、幸平はわらった。竜太郎もわらった。

それから、ふたりは、「まあ、飲もうぜ」とかいって、グラスに、ビールを酌(く)み交(か)わした。

 

≪つづく≫ --- 33章 おわり ---



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34章 神か悪魔か、新井竜太郎の野心 (1)

34章 神か悪魔か、新井竜太郎の野心 (1)

 

 3月23日の日曜日。よい天気で 気温も18度ほどで、

吹き渡る風は まだ肌寒いが、早春のドライブ日和(びより)である。

 

 川口信也と大沢詩織のふたりは、朝の9時から、買ったばかりの

新車に乗って、東京スカイツリー へ遊びに行くところである。

 

 大沢詩織は、父の営(いとな)む 大沢工務店(こうむてん)の

駐車場で、信也のクルマを待っている。工務店の隣(となり)は

大沢家の洋風の住まいがある。小田急線の 代々木上原

(よよぎうえはら)駅南口から、歩いて5分であった。

 

 代々木上原駅は、下北沢駅から新宿方面へ向かって、

東北沢(ひがしきたざわ)駅を経(へ)た、次の駅である。

 

 信也のマンションは、下北沢駅からは、歩いて8分ほどだから、

信也と詩織の家までは、電車では、最短で20分ほどだった。

 

 詩織は、裏地がヒョウ柄のハーフコート、ゆるめのニットセーター、

ブルーのデニムパンツ、小さいショルダーバッグというファッションだ。

 

 この4月から消費税が 5%から8%に上がることもあって、

信也は、大学1年のときにバイトをして買った中古の軽(けい)の

スズキ・ワゴンRを手放すことにした。そして、トヨタの人気車、

スポーツタイプの、新型ハリアーに乗り換えた。

 

 グレードは、ハイブリッド・エレガンスで、値引きしてもらって400万円

ほどである。4月前に買うから、12万円ほど安くすんだことになる。

 

 昨年の10月21日に リリース(発売)された クラッシュ・ビートの

アルバムやシングルが、どちらも15万枚ほど売れた。

その印税として、クラッシュ・ビートのメンバーに 1人当(あ)たり、

約2000万円の現金が、口座に振り込まれたのだった。

 

 同じ時期に、大沢詩織たち、グレイスガールズのメンバーにも、

印税による収入が 口座に振り込まれていた。

 

 グレイスガールズの場合、アルバムやシングル、どちらも

17万枚ほど売れていて、メンバーの5人とパーカッションの

岡昇(おかのぼる)の6人で、その印税を分配したのだった。

9100万円の6等分、1人当たり約1500万円の収入である。

 

 みんな、若くして、驚くほどの、思わぬ大金を手にしたわけだ。

 

 「お金は大切に使おうね!」と、笑顔満面に、みんなは、

よく同じことをいった。

 

 信也が買ったトヨタのハリアーは、ボディカラーが ホワイトパールの

2.5リットルのエンジンで、燃費は、リッター、14キロほど走る。

4WD、4輪駆動で、雪道に強そうだ。前輪駆動状態と

4輪駆動状態を、自動的に電子制御するシステムである。

 

 駐車場に、信也の乗るハリアーが静かに入ってきて、止まった。

 

「わあ、信(しん)ちゃん、すてきなクルマだわ!かっこいい!

しんちゃんに、ぴったしって感じ!」

 

 そういって、詩織は、きょう初めて乗せてもらう トヨタのハリアーに、

胸を躍(おど)らせて、大歓(おおよろこ)びである。

 

「高いクルマだけのことはあるよ。このクルマなら、大切すれば、

20年くらいはつきあえそうな気がするよ。あっはは」

 

 信也はクルマから降りて、そういうと、まるで可愛(かわい)いペットを

撫(な)でるように、エンジンを収容されている白いボンネットをさする。

 

「信ちゃんは、クルマを大切にするからね。前のスズキ・ワゴンRも、

すっごく、大切にしていたじゃない。わたし、そんな、信(しん)ちゃんを

見ていて、すごっく思いやりのある人!って思ったんだから!」

 

「あっはは。そうだったんだ。よく、おれを、観察していたんだね」

 

「まあ、そうね。だって、わたしの大切な人のことだもの」

 

「さあ、きょうは天気もいいし。東京スカイツリー見たり、おいしい

もの食べたりして、ドライブを楽しもうね、詩織ちゃん」

 

「うん」

 

 身長175センチの信也と163センチの詩織は、軽く抱きしめあうと、

楽しそうに 微笑(ほほえ)みながら、クルマに乗(の)った。

 

≪つづく≫



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34章 神か悪魔か、新井竜太郎の野心 (2)

34章 神か悪魔か、新井竜太郎の野心 (2)

 

「わあ、飛行機のコックピットみたいなのね、運転席が。

シートも快適そう。いい匂(にお)いもするわ!

これって、新車特有の匂いよね!」

 

「オプションで、シートは本革(ほんがわ)にしたんだ。

その皮の匂いがいいんだよ」

 

「ああ。皮の匂いよね、これって」

 

 クルマは、市街地を走り抜け、高速道路へと向かう。

 

「この前さあ、テレビで スマップ・スマップ(SMAP×SMAP)の

録画を見てたんだけど。それに、レディー・ガガが出ててさ」

 

「ああ、あれね、美女だらけ スペシャルっていうのでしょう。

わたしも見てた」

 

「ガガって、素顔って、すごく チャーミングだよね、それに、

美人だよね。知性が顔に現れている、まるで少女のように

美しい女性だよね。つくづくそう思いながら見てたんだ」

 

「そうよね。笑顔がとてもかわいいのよね。天使みたい。

わたしも、テレビ見て、ガガのこと、大好きになったわ」

 

「木村拓哉(きむらたくや)が、ガガに質問してたじゃない。

ほんとうに、何にもない無人島へ、CD、レコード、

1枚だけ 持って行っていいっていわれたら、

誰の持っていきますか?って」

 

「それで、ビートルズのアビィ・ロードをかけてるんだ、信ちゃん」

 

「うん」

 

 ふたりはわらった。

 

「ガガは、無人島には、ビートルズの アビィ・ロードとか、

レッド・ツェッペリンのレッド・ツェッペリンⅡとかが

いいって、答えたのよね。わたしもあれ見ていて、

なんか信ちゃんの好きなのと、そっくり同じって思ったもの」

 

「ガガはいっていたじゃない。 クラシック・ロックがきっかけで、

音楽に夢中になったんですって。それ聞いていて、そうなんだ、

おれと同だと思って、ガガに親しみ感じたもんね。あっはは」

 

「素顔のガガを知った感じの番組だったわね。わたしたちも、

まだまだ、がんばれるって気持ちになれる番組だったわ。

ガガったら、無人島に、スマップのCDも持って行くっていって、

やさしく気を使ったりして、やっぱり、一流の気配りもあったりね」

 

 クルマのハンドルを握(にぎ)りながら、信也は、ガガの大ファンだと

いっていた、エタナールの副社長の新井竜太郎を思い出している。

 

 新井竜太郎は、1982年11月5日生まれ、身長、178センチ。

31歳の独身で、エタナールの、IT システム 構築や、

IT プロジェクト 戦略の指揮(しき)をとる、IT の屈指のプロだった。

 

「ガガといえば、エタナールの竜太郎さんのことを、詩織ちゃんは

どんなふうに思っているのかな」

 

「どんなふうにっていわれてもね。ITに詳(くわ)しいだけあって、

どことなく、アップルの創業者のスティーブ・ジョブスに

なんとなく似ているじゃん!なんて思ったこともあったわ」

 

「あっはは。スティーブ・ジョブスかぁ。なるほどね。

そういわれると、どことなく似ている気もするけどね。

スティーブ・ジョブスは神か悪魔かなんていわれたくらいに、

仕事には厳(きび)しい男だったらしいけど。竜太郎さんも、

そんなタイプなのかなぁ」

 

「どうしたの信ちゃん。竜太郎さんが気になるみたいじゃない」

 

「まあね。竜太郎さんは、モリカワの買収の提案者だったしね」

 

≪つづく≫



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34章 神か悪魔か、新井竜太郎の野心 (3)

34章 神か悪魔か、新井竜太郎の野心 (3)

 

「うん、そうよね。今回のM&Aっていうんだっけ、

モリカワの買収の騒動では、真央ちゃんに竜太郎さんは

ふられたり、真央ちゃんの兄の蒼希(あおき) さんが、

エタナールに入社しちゃったりって、いろいろあったわよね」

 

「ははは。そうだよね。モリカワが買収されなかったのは

良かったけどね。でも、竜太郎さんは、モリカワの経営手法を

参考にして、エタナールをもっと大きくするらしいからね。

モリカワミュージックのマネをして、芸能プロダクションも

立ち上げたからね。これから先は、モリカワの競合他社と

なっていきそうな感じなんだよ。そうはいっても、この社会じゃ、

誰が競争相手でも同じようなもので、それを避(さ)けては、

やっていけないんだけどね」

 

「この世の中、競争ばかりが先行していて、チャップリンの

モダンタイムズみたいに、人間なんか歯車みたいな扱(あつか)いに

なっているって感じることあるもん。チャップリンて、100年近くも前に、

人間の尊厳が失われて、機械のいち部分のようになっている世の中を、

喜劇映画にしたんだから、その先見性って、やっぱりすごいわ」

 

「まったくだよね。まあ、竜太郎さんは、この前、バーのカウンターで、

いっしょにカクテルとか飲みながら、おれに話してくれたんだけどね。

会社を大きくして、その力で、世の中をいい方向に変えたいんだってさ」

 

「そうなんだ。志が高くって、すてきじゃないの。竜太郎さんって」

 

「そうなんだけどね。でも、彼の場合、いっていることと、やっていることに

矛盾があると思うんだ。エタナールをブラック企業と噂(うわさ)される会社

にしたのも、竜太郎さんたちなわけだからね。

おれって、黙っておけないタイプだから、竜太郎さんにその点について

聞いてみたんだ。そしたら、まずは、会社を大きくして、高収益を上げる

企業にしなければ、そして社会的に優位に立つ強者にならなければ、

世の中をよい方向に動かす力を持つこともできないっていたけどね」

 

「それも、正論かも。ブラック企業って、どんな企業のことをいうのかしら」

 

「サービス残業とかをさせたり、社員に過度な心身の負担をさせたり、

極端な長時間の労働をさせたりするなどで、劣悪(れつあく)な

労働環境で勤務をさせる会社のことだよね。そして、それを

改善しない会社のことだよね」

 

「そうなんだ。エタナールって、会社はモリカワの10倍も大きいのにね。

でも、モリカワをモデルに、ホワイト企業を目指して、改善しているんでしょう」

 

「まあね、竜太郎さんもそんなことを、おれに話してくれていたけどね。

 

「それならば、よかったじゃない」

 

「まあね。でも竜太郎さんは、野心が大きいからか、よくわからない人だよ」

 

「そこが、スティーブ・ジョブスみたいに、神か悪魔かなんていわれるのね」

 

「いい意味でも、悪い意味でも、天才肌なのだろうね、竜太郎さんは。

彼がいたから、エタナールもあんなに大きくなったのは確かだしね」

 

「弟さんの幸平さんは、いい人よね」

 

「そうだね。幸平くんは、おれの1つ歳下(としした)で、

おれを慕(した)ってくれるし、性格もわかりやすくって、

気持ちのいいヤツだよ」

 

「幸平さんも、美樹ちゃんのお姉さんの美咲さんのことが、

大好きなのよね」

 

「兄弟が、ふたりして、片思をしていたってことかぁ」

 

「わたしたちは、両想いで、よかったわよね」

 

「まったくだよ」

 

 そういって、信也と詩織はわらった。

 

 カー・オーディオからは、ビートルズの アビィ・ロードが終わると、

ジミーペイジのリフが軽快で始まる、レッド・ツェッペリンⅡが流れる。

 

 ロックのリズムとともに、ホワイトパールのトヨタのハリアーは、

安定した運転で、東京スカイツリーに向かう 。バイクのときも、

クルマのときも、信也の運転は、巧(たく)みなアクセルやブレーキの

操作で、安全運転のマナーを守る、的確さであった。詩織は、そんな

信也の日常の仕草(しぐさ)に、男らしさを感じている。

 

 運転に集中する信也の横顔に、うっとりと見とれる、詩織であった。

 

≪つづく≫ ーーー 34章 おわり ーーー



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35章 竜太郎、竹下通りで、デートとスカウト (1)

35章 竜太郎、竹下通りで、デートとスカウト (1)

 

 2014年4月6日。空は晴れている。風が少し冷たい日曜日である。

商店街の竹下通(たけしたどお)りには、週末の春休みということで、

多くの人たちで賑(にぎ)わっている。

 

 新井竜太郎と、モデルのようにスタイルのいい長身の若い女性、

秋川麻由美(まゆみ)の二人が、ショッピングがてら、仲も良さそうに

竹下通りをぶらついている。

 

 竜太郎の腕に 甘(あま)えるように しっかりと抱きつく 麻由美の姿は、

ボブ・ディランの1960年代の傑作アルバム、フリーホイーリンのジャケット

の、若きディランと可愛い彼女を連想させる。

 

 竜太郎は身長178センチの31歳、秋川麻由美は身長167センチの21歳。

 

「竜さん、アモスタイル(amos-style)に連れてって!」

 

「アモスタイルって、天使のブラの店だろ?」

 

「うん、かわいいブラやショーツのお店よ。テレビのCMで、

篠原涼子さんが、トリンプのかわいい下着をつけてたのよ。

わたしも、そんなかわいいを下着をつけて、竜太郎さんに

脱がしてもらおうかなって……」

 

「あっはは。天使のブラ、極上の谷間っていう キャッチコピーの

CMね、はいはい、おれも見たことある。彼女って、色っぽいよね、

あっはは」

 

「そうなの、わたしも篠原さんみたいに、いつまでも、色っぽい

女性でいたいのよ」

 

「篠原涼子って、何歳になるんだっけ?旦那(だんな)さんが俳優の

市村正親(いちむらまさちか)だよね。子どもも2人くらい

いるんだろうけど、そんな生活感を感じさせないよね、

さすが芸能界の第一線で活躍するプロだと思うよ」

 

「わたしも、芸能界に入ったばかりだけど、篠原を大先輩として

見習いながら、がんばろうと思って……」

 

「それで、まずは、天使のブラからってことだね」

 

「うん、まあね」といって、麻由美は竜太郎を眩(まぶ)しそうに見る。

 

 二人は声を出してわらう。

 

 今年の1月から、竜太郎が副社長を務める 外食産業大手の

エターナルでは、総力を挙げて、芸能事務所を立ち上げている。

 

 秋川麻由美は、商業高校卒業後、この竹下通りの衣料品店、

Gapフラッグシップ原宿に勤めていたのが、今年の1月に、

この店に買い物に来た竜太郎にスカウトされたのであった。

 

 現在、麻由美は エターナルの芸能事務所のクリエーションで、

バラエティ番組などに出演するタレントとして 活動を始めている。

 

 1月に事業を開始したばかりのクリエーションであるが、すでに

所属するタレントやアティーストやモデルは30名以上である。

 

 竜太郎が先頭に立って立ち上げた芸能事務所のビジョン

(未来像)は、壮大なものである。世界に通用するアーティストや

エンターテイメント(娯楽)を創造していくこと、そして、

そんな芸能活動を志す仲間を、経済的にも支援する、

国際的な企業に、クリエーションを育て上げることであった。

 

 竜太郎は15歳のころに読んだ北村透谷(きたむらとうこく)の言葉に

強烈な衝撃を受けている。

 

その言葉とは、「恋愛は人生の秘鑰(ひやく)なり、

恋愛ありて後(のち)人世(じんせい)あり、

恋愛を抽(ぬ)き去りたらむには人世何の色味(いろみ)かあらむ」

という書き出しで始まる『厭世詩家(えんせいしか)と女性』という評論の

書き出しの言葉であった。

 

 秘鑰(ひやく)とは、貴重な錠前(じょうまえ)の意味である。

つまり、人生の扉を開け閉めする錠前が恋愛ならば、

恋愛を通(とお)らなければ、人生には入れないということであり、

恋愛があって、初めて、その後(のち)に本当の人生があるという

ことを、透谷はいっている。恋愛を引き去ったときは、

つまり恋愛のない人生には何の色味(いろみ)、色合いもない、

そんなことが、この透谷に短い文章には記(しる)されている。

 

 15歳の感受性ゆたかな竜太郎には、衝撃的な言葉であった。

 

……これこそ、人生と戦う文学者、詩人の言葉だよな!

北村透谷こそは、世界に誇れる日本の文学者さ!……

竜太郎は思って、透谷に心酔したのだが、当時の高校の

国語の女性の教師は、鼻で笑いながら、「竜太郎くんも、

若いんだから、恋愛しないとね」といって、透谷のその言葉に

共感もせずに、微笑(ほほえ)むだけであった。

 

≪つづく≫



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35章 竜太郎、竹下通りで、デートとスカウト (2)

35章 竜太郎、竹下通りで、デートとスカウト (2)

 

 竜太郎は、それ以来、オトナと、オトナ社会に、深い不信感を

持つようになった。こんなオトナばかりだから、世の中は

悪い方向へ進むばかりなんだ……と。

 

 そんなわけで、竜太郎の仕事へ向ける情熱や、何か現状を変革して

いこうという気持ちの原動力は、人には話さないが、この北村透谷の

言葉であった。

 

 『厭世詩家(えんせいしか)と女性』という評論が発表されたのは、

明治25年、1892年であるが、当時においても、現代においても、

衝撃的なものであろう。「電気にでもふれるような身震い、大砲を

ぶちこまれたよう、」などと、島崎藤村たちも書き記(しる)している。

 

 竜太郎は、結婚はまったく興味がなかった。結婚すれば、

恋愛は不可能になるだろうという、単純な理由からであった。

 

……透谷が詩的に語るように、恋愛によってしか、本当の人生は

わからないのだろう。それならば、生涯(しょうがい)をかけて、

すてきな恋愛をして、楽しくいきたいものだ……。

 

 しかし、そんな考え方が、反社会的でもあって、とてつもなく

淫(みだ)らな気もするのであったが、とにかく今は、

透谷に触発される、恋愛を人生において最高のものとする考え方が、

つまり恋愛至上主義が、竜太郎の哲学であり、確信であった。

 

 竜太郎と麻由美は、竹下通りの商店街の中ほどにある

ランジェリー専門店のアモスタイルで、『谷間くっきり』という

キャッチコピーのブラとショーツのセットを買って、店を出る。

 

「竜さんって、あんな、ブラやショーツのいっぱいのお店に

入っても、全然平気なのね。恥ずかしがる男のひとって多いのに!」

 

「あはは。おれは、女性の下着ってみるの好きだもの。全然、平気」

 

「わたし、そんな竜さんが、また好きなんだなあ」

 

「おれって、エッチなこと大好きな、好色なんだよな」

 

「それでいいんじゃない。エッチや好色って、健康な証拠よ。

健康な体と心でないとできないことだから」

 

「あぁそうだね、麻由美ちゃんのいうとおりだね。エッチや好色って、

異性に対して、セックスしたいなんていう気持ちを抱くことだよね。

でもね、昔は、好色って、いい意味で使われていた言葉なんだよね。

好色って、男と女が情を通わす、美しいこと考えられていたんだよ。

西暦900年頃に始まった平安時代のころの話だけどね。

そのころは、女性の顔かたちの美しさや美女のことも

好色といっていたんだってさ」

 

「じゃあ、美男美女の、竜さんとわたしは好色ね!」

 

「ああ、そうだな」

 

 二人はわらった。

 

「まあ、昔の人は、大(おお)らかでいいよな。それに比べて、

現代人は、エッチなことがほんとうは大好きなのに、

それをひた隠しにして、表向きには、エッチな人間のことを、

卑下(ひげ)したり、劣(おと)った人間のように見るんだから」

 

「そうよね。なぜかしら、本音と建て前って、なぜあるなのかしら」

 

「最近わかったことだけど。完璧(かんぺき)を求めようとするから、

本音と建て前というか、理想と現実が違ってきて、矛盾(むじゅん)

することをやってしまっていることがあるんだよね。

おれもこれまで、仕事にも、ついつい完全を求めちゃって、

それをできない人間に、無理な要求をしてきた気がするよ」

 

「すごいわ。竜さんって。竜さんのお仕事や完璧を求めるところ、

わたしから見ると尊敬しちゃうんだけど。そうやって、素直に

反省しているところなんて、わたし、大好きな竜さんのことを、

きのうよりも、きょう、きょうよりも明日っていう感じに、

もっと、もっと、好きになっていくそうだわ!」

 

「いやいや、褒(ほ)めてくれて、ありがとう、麻由美ちゃん。

おっと、あそこを歩いている女の子、すごくいい感じだよね。

ねえ、麻由美ちゃん、どう思う?」

 

「そうね。すらっとして、歩く姿やかわいい笑顔(えがお)に

いっぱいオーラが出ている感じがする」

 

「そうだよね。よし、ちょっと、スカウトしてみるよ。

麻由美ちゃんも、一緒に来てくれる」

 

「うん」

 

 店のショーウインドーの前で、ガラス張りの中の、トレンドな

ファッションを眺めながら、楽しそうに会話をしている、

高校生のような 3人の女の子たちのいるところに向かって、

竜太郎と麻由美は、手をつなぎながら、ゆっくりと歩いた。

 

≪つづく≫--- 35章 おわり ---



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36章  信也と竜太郎たち、バー(bar)で飲む (1)

36章  信也と竜太郎たち、バー(bar)で飲む (1)

 

 「信(しん)ちゃん、たまには一緒に飲もうよ。12日の土曜の

夜はどうかな?」

 

 金曜日の夕方、下北沢のモリカワの本社から帰宅しようとしていた

川口信也のスマホに、新井竜太郎がそんな電話をかけてきた。

 

 モリカワに対するM&A以来、エタナールの副社長、31歳の

新井竜太郎と、24歳の川口信也は親しく付き合うようになっていた。

ふたりとも酒が強くて好きで、酒飲み友達といってもよい仲である。

 

 「いいですよ、竜さん。男だけだとおもしろみないですよね。

彼女でも連れて、4人くらいで飲みませんか?」

 

「そうだね、じゃあ、そうしよう。場所は、新宿3丁目の池林坊

(ちりんぼう)はどうかな?日時は明日(あした)の4時半はどう?」

 

「池林坊(ちりんぼう)に、明日の4半時ですね。あそこは4時半の

開店ですもんね。わかりました、竜さん。楽しくやりましょう!」

 

「あっはは。お互いにじゃあ、池林坊(ちりんぼう)の常連客で

開店時はよく知っているよね。じゃあ、店に予約しておくから」

 

「お願いします。それじゃあ、竜さん、池林坊で、また」

 

 バー(bar)の池林坊(ちりんぼう)は地下鉄3丁目駅から

歩いて1分、吉川ビルの地下1階にある。

 

 電話を切った後で、信也はふと思う。

 

 竜さんの会社のエタナール、モリカワのM&Aに失敗したばかりで、

今度は、フォレストとのM&Aに失敗してんだからなあ。しかし、

そのせいで、モリカワがフォレストと合併することになったんだからなあ。

まったく、先の展開が読めない、忙(いそが)しい世の中だ……。

 

 信也の大学の後輩で、ミュージック・ファン・クラブの部員の

森隼人(もりはやと)の父親が経営する株式会社フォレストは、

2013年の売り上げが1000億円の、CD、DVD、ゲームや

本のレンタル、ネット販売の店や美容室を全国展開する会社だ。

 

 2014年4月1日付(づ)けで、外食産業やライブハウス、

芸能事務所を経営するモリカワは、株式会社フォレスト

(Forest)を吸収合併して、連結会社化とした。

 

 売り上げの規模からすれば、2013年度では、モリカワが365億円、

フォレストが1000億円という、事業規模が小さい会社を

存続会社とする、いわゆる逆(さか)さ合併であった。

 

 この合併の結果、2014年度のモリカワの連結決算は、

単純計算では、1365億円以上ということになって、

モリカワは、大躍進、急成長していることになる。

 

 その買収金額は、フォレストの2013年の売上(うりあげ)、

1000億円と同じの1000億円である。この金額は、割安とも

割高ともとれる微妙さで、レンタルビデオ業界の低迷期入りを

計算に入れると、妥当な金額ではないかと

経済新聞などではいわれる。

 

 しかし、モリカワが買収金額の元を取り返すためには、

1000億円で買収しているので、モリカワ単独の年間利益約26億円と

フォレストの年間利益56億円、合わせて82億円で、単純計算しても、

1000÷82で、12年はかかることになる。

 

 社会状況から見ると、フォレストが経営するレンタルビデオ業界は、

ブロードバンドの普及によって、無料で手軽に動画を視聴できること、

急成長する動画のネット配信に押されるなどで、需要の減少にも

歯止めがかからずに、市場規模が縮小する一途(いっと)である。

 

≪つづく≫



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36章  信也と竜太郎たち、バー(bar)で飲む (2)

36章  信也と竜太郎たち、バー(bar)で飲む (2)

 

 新井竜太郎と川口信也、大沢詩織、秋川麻由美の4人は、

池林坊(ちりんぼう)の開店時刻の4時半から、

四角いテーブルに座ると、4人とも、氷点ハイボールを注文した。

 

 つまみは、生ハムのクレソン添え、牛タンの塩漬け、野菜スティック、

サンドウィッチ風のアメリカンクラブハウスやアップルパイとかを注文した。

 

 「美味(おい)しい、このハイボール!ねえ、麻由美さん」

 

 「ほんと、美味しいわ、詩織ちゃん、極上のハイボールよね!」 

 

 と、大沢詩織(おおさわしおり)と秋川麻由美(まゆみ)は、

男心をそそるような甘く可愛(かわい)い声で、池林坊(ちりんぼう)の

凍らせたタンブラーに入った氷点ハイボールに上機嫌である。

 

「ハイボールはウィスキーのソーダ割りというシンプルさがいいよね。

シンプル・イズ・ベスト、単純素朴が最良だってことかな、あっはは」

 

 そういって、わらうと、新井竜太郎は氷点ハイボールの凍った

タンブラーを持って、美味しそうに飲む。

 

 タンブラーを持つ竜太郎の姿に、上品な趣(おもむ)きがあるなぁと、

信也は感じて、……この人は不思議な人だと思わず、微笑(ほほえ)む。

 

「竜さん、フォレストとの合併の失敗の原因は何だったと思いますか?」

 

 信也は素直に、思うまま竜太郎に聞いてみた。

 

「合併の失敗の最大の要因は、フォレストの経営陣を説得出来なかった

ことだよね。エタナールの経営方針に従ってくれなかったんだよ」

 

「合併交渉というものは、役員人事とかの人間関係が難しいですよね」

 

「まあ、そういうことだね。信(しん)ちゃん。男女の恋愛と同じさ。あっはは」

 

「人は、愛する対象や、愛する人だけからしか、学べないものだって、

あのドイツの文豪のゲーテもいってますけどね」

 

「そうなんだ、あのゲーテがね。おれも文学者の言葉では、日本の

北村透谷(きたむらとうこく)の言葉に衝撃を受けたよ、

15歳のころにね。恋愛は人生の秘鑰(ひやく)なり、恋愛ありて

後(のち)人世(じんせい)あり、恋愛を抽(ぬ)き去りたらむには

人世何の色味(いろみ)かあらむ、という透谷が書いた評論の

書き出しだけどね」

 

「ああ、その透谷の言葉は、ぼくも知ってますよ。 秘鑰(ひやく)は、

錠前(じょうまえ)のことですよね。人生の扉を開け閉めするための

錠前が恋愛であって、そんな恋愛を通過しないと、本当の人生には

入れないのだってことですよね。恋愛があって、初めて、

その後(のち)に本当の人生があるなんていうことは、透谷が

はじめていったんじゃないかな?すごいですよね、透谷って人は」

 

「信ちゃんも、よく知っていますよね。ラブや愛かな?

人生のポイントは。あっはっは」

 

「スゴすぎ!ふたりのお話し。でも恋愛や愛って、すごく大切なのね。

すばらしいことなのね、ねえ、麻由美さん」

 

 大沢詩織はそういって、麻由美に微笑む。詩織は19歳、

身長163センチ。

 

「竜さんも信ちゃんも、愛や恋愛について、真剣に考えているから、

そんなところが、とてもすてきだと思うわ!」

 

 食べていたアップルパイを皿において、麻由美はそういうと、

女性的な魅力のあふれる笑顔で、竜太郎と信也と詩織を見る。

麻由美は21歳、身長、167センチ。

 

≪つづく≫



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36章  信也と竜太郎たち、バー(bar)で飲む (3)

36章  信也と竜太郎たち、バー(bar)で飲む (3)

 

「まあさ、エタナールの失敗もあってか、モリカワさんは、

何倍もの大企業になったんだし。めでたし、めでたしってことで、

また、がんばってやっていきましょう!あっはっは」

 

 そういって笑って、竜太郎は、なぜか上機嫌である。たまたま

撃(う)った鉄砲玉が外(はず)れたくらいに考えているので、また

新たなM&Aで会社を大きくしていくことを考えているのであろう。

 

 モリカワとフォレストの友好的なM&Aの実現の、

1番の大きなきっかけは、竜太郎がいうように、

東証1部上場のエターナルがその豊富な資金力によって、

買収金額を2000億円、提示して、フォレストに

敵対的買収を仕掛けてきたことであった。

 

 新井竜太郎たちエタナールは、フォレストの役員たちの

同意や協力を得ることなく、支配権の異動を図(はか)る

企業買収を計画したのであった。

 

 しかし、フォレスト(Forest)の社長、49歳、森昭夫や妻の44歳、裕子、

長男、19歳の隼人(はやと)、隼人の姉、21歳の留美(るみ)たち

家族は、これまで築(きず)きあげてきた会社が消滅してしまうような

エタナールからの一方的なM&Aを、初めから全(まった)く拒絶した。

 

 そんな状況の中、日ごろから親交の厚いモリカワの社長、59歳、

森川誠と、フォレスト(Forest)の社長、森昭夫は、新宿にある

料亭の高瀬(たかせ)で、ふぐ料理を食べながら歓談をする。

 

 その料亭で、モリカワとフォレストの友好的な合併が実現した

のであった。フォレストの社名もそのままで、経営権や支配権や

営業方針なども従来のままという、フォレストにとっては

極めて好条件の合併契約、友好的な対等合併であった。

 

「竜さんは、会社をどんどんの大きくして、グローバル企業にして、

その先の未来ではどうしようと思っているんですか?」

 

 酔っている信也は、竜太郎にそんなことを聞いてみた。

 

「信ちゃんなら、わかってもれえると思っていうけどさ。おれの考えは、

信ちゃんがやっているバンド活動にかける気持ちと同じようなものさ。

おれはバンドとかできないけど、プロデュース的な立場で、

芸能事務所を世界的に展開してさ、そんな芸術作品や芸術家たちの

活動を通じてさ、世界中の人に、愛や恋愛の大切さを広めたりしてさ、

そんなビジネスで、世界の平和や人々の意識改革に貢献したいなって、

思っているのさ。そんな青臭い話、世間の現実を知らないような

未熟な若者のいうような話は、ここだけの話だけどね。

人生なんて、長くないし、短い人生で、どこまでできるかって感じで、

やっているだけなんだよね、おれは」

 

 目をキラキラさせて、笑顔で竜太郎はそう話した。

 

「そうなんだ。竜さんって、すごいな、志が高くって。おれも

がんばらないとと思っちゃうよね。あっはは」

 

 信也は思わず、そういってわらいながら、竜太郎に、

天才性と狂気のような2つの相反するものを感じる。

 

「竜さんも信ちゃんもかっこいいわ。中身もルックスもすべてが!」

 

 そういうと麻由美は、長い睫毛(まつげ)の可愛い目で、

竜太郎と信也を見つめる。

 

「麻由美ちゃんと詩織ちゃんも、美しいプロポーションしていて、

もう、こうして眺めているだけで、エッチな気分になってくるよな。

あっはは」

 

 そういって竜太郎は、陽気にわらう。

 

「竜さんたら、そんなこといって。じゃあ、今夜は、お酒も適量を

キープしてもらいましょうね。そのあとの、男女のオトナの時間を

優先してもらいましょうね!ねえ、詩織ちゃん」と麻由美はいう。

 

「そうですよね、麻由美さん」と詩織も、少し恥ずかしそうにそういう。

 

 4人が声を出してわらうと、バーテンダーやスタッフが、

ちらっと見てさわやかな笑みを浮かべた。

 

≪つづく≫ --- 36章 おわり ---



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37章  川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (1)

37章  川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (1)

 

 4月19日。東京の渋谷は曇り空で、冬の寒さに戻ったようだ。

 

「美結(みゆ)さん、お誕生日おめでとうございます。

それと、大学のご卒業、おめでとうございます。

それでは、カンパーイ(乾杯)!」

 

 新井竜太郎の乾杯の挨拶(あいさつ)で、川口信也と妹の美結、

信也の恋人の大沢詩織、竜太郎の恋人の秋川麻由美の5人は、

黄金色(こ がねいろ)の輝(かがや)きを放(はな)つ シャンパンの

グラスを持つと、お互いの目を見ながら微笑(ほほえ)んだ。

 

「竜太郎さん、みなさん、ありがとうございます」

 

 少し頬(ほお)を紅(あか)くして感謝を込めてそういうと、

美結(みゆ)は、弾(はじ)けるような笑顔で瞳を輝かせる。

 

 こうやって、やっと初めて、お会いするわけだけど、

美結(みゆ)ちゃんは、やっぱり、磨(みが)けば宝石のような女性だ。

兄の信(しん)ちゃんも、おれとしては、俳優にしたいような、抜群な

いい男だけど、妹の美結(みゆ)ちゃんも、すばらしいモデルにだって、

女優だってなれる、いい女だ。おれの目に狂いはなかった。

 

 竜太郎は、ベージュのロングジャケットに、グレーのフロントタック

ジャージーワンピースが似あう、21歳になったばかりなのにセクシーな

長い黒髪も色っぽい、プロポーションもルックスも稀有(けう)な美しさの、

身長171センチの美結(みゆ)に、そう思う。

 

 つい今さっき、竜太郎は初めて美結(みゆ)と対面したのだったが、

たくさんの美人を見ることに慣(な)れていて、それが竜太郎の

仕事でもあるわけなのだが、美結(みゆ)の美貌には、ちょっと緊張して

心拍数も上がり、冷や汗が出る、そんな興奮を覚えた。

 

 5人は、煌(きら)びやかな 摩天楼(まてんろう)を望(のぞ)める

渋谷の夜景レストラン、ザ・レギャン・トーキョーに来ている。

 

 渋谷駅を降りて徒歩で3分、12階ビルの最上階にある、

寛(くつろ)いだ気分で楽しめる フランス料理店である。

 

 先週の4月12日の土曜に、新宿の池林坊(ちりんぼう)で、

楽しく過ごしたとき、以前から竜太郎が、ぜひ会いたいといっていた、

信也の美結(みゆ)のことが、話題となった。

 

 4月16日が誕生日で21歳になる美結(みゆ)が、19日、20日の

土日に、信也のマンションに泊(と)まりで遊びに来るというのだ。

 

「それじゃあ、ぜひ、ささやかながら、美結(みゆ)さんの誕生パーティーを

やらせてください」と竜太郎がいい出したのである。

 

 美結(みゆ)は、この4月に山梨県の短期大学の食物栄養科

(栄養士コース)を卒業したばかりであった。

 

 少し前、竜太郎は信也に、美結(みゆ)の写真を見せてもらう。

そして仰天(ぎょうてん)したのだった。予想もしていなかった、

とびきりに美しい魅力のあふれる女性が、その写真の中で、

竜太郎に微笑(ほほえ)みかけていたのだから。

 

 竜太郎はその場で、信也を説得し始める。

 

 「美結(みゆ)さんほどの、人の心を引きつける力のある女性は、

100万人に1人いるか、いないかの、すばらしい女性ですよ。

信じられないくらいだけど、これは確かなことです。

そんなオーラ(雰囲気)を美結(みゆ)さんは確実に出している。

もしできることならば、うちのエターナルで働いていただきながら

でもいいですから、ぜひ、うちの芸能プロダクションのクリエーション

に入っていただきたいのです。つまり、美結(みゆ)さんは、

いますぐにでも芸能活動を始めるべきだと、おれは感じています。

美結(みゆ)さんは、そんなすぐれた逸材(いつざい)です。

抜きん出ています。すばらしい美貌(びぼう)の持ち主なんです。

おれとしては、このまま、放(ほう)っておけないのですよ」

 

 信也は最初、笑うだけで、その話に本気にはならなかったが、

情熱をこめて語る竜太郎の言葉が、真剣そのもの本気なので、

「じゃあ、美結(みゆ)に話してみます」と竜太郎に返事したのだった。

 

 美結にこの話をしたら、美結は「わたしもお兄ちゃんみたいに、

本当は自分の夢を追いかけてみたいの。だから、この機会に、

ぜひ竜太郎さんには、1度お会いしたいわ!」

という返事で、きょうのパーティーが実現したのであった。

 

≪つづく≫



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37章  川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (2)

37章  川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (2)

 

 4月19日、土曜日。夕暮(ゆうぐ)れどきの6時を過ぎている。

 

 新宿の高層ビルが、パノラマのように遠くまで見渡せる、

12階ビルの最上階のレギャン・トーキョーのメインダイニングは、

男女のカップル、夫婦、女性同士の客たちで華(はな)やいでいる。

 

 信也や竜太郎たちが寛(くつろ)ぐテーブルには、ライトアップされた

ガーデンテラスとプールが隣接している。プールの水が幻想的に揺れる。

 

「どうも、みなさん、遅(おそ)くなっちゃいまして……」

 

 竜太郎の弟の幸平が、シャンパンを楽しみながら盛り上がる、竜太郎、

信也、詩織、麻由美、美結(みゆ)たちのテーブルに現(あらわ)れる。

 

 仕事も順調なのだろう、若者らしい涼しげな眼差(まなざ)しの幸平は、

グレイの縦のストライプ(縞模様)のスーツがよく似あう。身長176センチ、

1991年3月16日生まれ、23歳。

 

「こう(幸)ちゃん、久(ひさ)しぶり!元気そうだね」

 

「しん(信)ちゃんも、相変わらず、お元気そうで」

 

 すうっと、信也は立ち上がって、幸平と握手をする。信也は、

新井(あらい)兄弟とは妙なくらいに気が合う。兄の竜太郎は

信也と同じ早瀬田大学の卒業生で先輩でもあった。弟の幸平は

慶応大学の出身であった。

 

 仲(なか)のよい三人には、酒道楽(さけどうらく)とでもいえそうな

共通の趣味がある。3人とも、楽しく酒を飲みながら、気の合う同士で、

いろいろと語り合う、コミュニケーション(意思疎通)が好きなのである。

三人は、どんな話題も、音楽でも芸術でもビジネスでも、自由気ままに、

気も遣(つか)わず、心の思うまま、語り合(あ)える。

 

 信也は、1990年2月23日生まれ、24歳、身長175センチ。

モリカワの本部の課長をしながら、モリカワの事業部の1つの

モリカワミュージックからメジャーデヴューしたロックバンド、

クラッシュ・ビートのギターリスト、ヴォーカリストをやっている。

現在、アルバムやシングル、合わせて30万枚以上売れて、

その印税の収入によって、急に金持ちになっている。

 

 新井竜太郎(あらいりゅうたろう)は、1982年11月5日生まれ、

31歳、身長178センチ。東証1部上場の企業エタナールの、

IT システムの構築や、IT プロジェクト 戦略の指揮(しき)をとる、

IT の屈指のプロであり、エタナールの副社長である。

 

 弟の幸平(こうへい)は、1991年3月16日生まれで、

22歳。身長、176センチ。エターナルの M&A事業部で、

企業の合併や買収の仕事を主(おも)にしている。

 

「えーと、美結(みゆ)さん、初めまして。新井幸平です。

お誕生日、大学のご卒業、おめでとうございます!」

 

 そういって、幸平は、美結(みゆ)の美貌に、ちょっと照(て)れて

頭をかきながら、赤や白、イエローやオレンジのバラの花束を、

差し出した。

 

「わぁ、きれいなバラですね、ありがとうございます、幸平さん!」

 

 美しい姿勢にも色気を感じさせる美結(みゆ)は、長めの前髪に

隠れそうな澄(す)んだ瞳を輝かせて、幸平に微笑(ほほえ)む。

 

「バラって、本当(ほんとう)、いい香りですよね」

 

 美結(みゆ)はバラの花束に顔を近づけて、目を閉じる。

 

「こんなにきれいなバラを自分ひとりだけのものにしては

いけないわ。詩織ちゃんと麻由美ちゃん、あとで、

バラの花束は分(わ)けましょうね!」

 

 美結(みゆ)は隣の椅子に、バラの花束をおいた。バラの花束が

竜太郎から贈られた真紅(しんく)のバラとで、2つになった。

 

 美結(みゆ)は,4月16日に21歳になったばかり。19歳の詩織

や同じ21歳の麻由美とは、2時間ほど前に会ったばかりなのに、

たちまち仲良くなって、幼な馴染(おさななじ)みの友のようである。

 

「うれしいわ、美結(みゆ)ちゃん」と、喜(よろこ)ぶ 詩織。

黒のワンピースがよく似あい、胸のあたりもふっくらと女性らしい。

 

「わたし、バラが大好きなの」と、シャンパングラスを片手に

少し酔って陽気な麻由美。軽く柔らかなジャージー素材の

ピンクのワンピースが、胸やウエストや腰まわりのラインを

はっきりとさせていて、ふんわりとした上品な色気を感じさせる。

 

 川口信也と交際している大沢詩織は、1994年6月3日生まれ、

早瀬田(わせだ)大学、文化構想学部、2年生。詩織は、モリカワ

ミュージックからメジャーデヴューしたロックバンド、グレイス・ガールズの、

ギターリスト、ヴォーカリストでもある。そのアルバムやシングルは、

40万枚近く売れて、詩織の銀行口座には、大金が振り込まれてくる。

 

 秋川麻由美は、1993年3月6日生まれ、身長167センチ。

東京都渋谷区の、多くの客で賑わう商店街の、竹下通りの衣料品店、

Gapフラッグシップ原宿に勤めているところを、今年の1月、その店へ

買い物に寄った竜太郎に、スカウトされた。現在、麻由美はエターナルの

芸能事務所のクリエーションで、バラエティ番組などに出演するタレントとして

順調に仕事をしている。

 

 2014年1月に、竜太郎は、エタナールの事業部の1つとして、

芸能事務所・クリエーションを設立したのであった。それは、

モリカワとのM&A(合併、買収)は不成立がきっかけとなっていた。

 

 竜太郎は、モリカワの事業部のモリカワ・ミュージックのような、

俳優、歌手、モデルなど、ジャンルにとらわれない、マルチな

タレントの育成をする芸能事務所を始めたいと思ったのである。

 

 タレントへの給与の支払い方法は、モリカワ・ミュージックの

システムをモデルとした。いつでも自由に、歩合制か給料制を、

個人が選べるという、働く側を本位としたシステムだった。

 

 売れないときは、生活を保障してくれる給与制を選べて、

売れてくれば、その出演料などを、芸能事務所と決める割合で

分配するという、歩合制を選べる、そんな良心的なシステムである。

 

 雑誌やテレビなどのマスコミやインターネットなどの口コミで、

エターナルの設立した良心的な芸能事務所として人気も広まって、

現在、クリエーションに所属するタレントやアティーストやモデルは

60名を超えていて順調である。

 

≪つづく≫



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37章  川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (3)

37章  川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (3)

 

「こう(幸)ちゃんも、飲もうぜ!」

 

 信也はそういうと、隣の席の幸平のグラスに、黄金色(こがねいろ)

の輝きのシャンパンを注(そそ)ぐ。

 

「こう(幸)ちゃん、いつもお仕事ご苦労さん」といって、竜太郎は

兄らしく微笑(ほほえ)む。

 

 ……入社当時の幸平は、性格もいいばかりのお坊(ぼ)ちゃま

って感じで、よくいって、純真でありのままで、夏目漱石の三四郎の

ような青年っていう感じだったよなぁ。でも最近は、仕事にもまれたり、

世間(せけん)の機微(きび)もわかってきて、オトナの風格も出てきた。

 

 身内だからって、肩をもったり、依怙贔屓(えこひいき)は

しないつもりだけど。もともと幸平は優秀なんだから、これからは

おれの片腕くらいにはなってもらって、兄弟で協力し合って、

エターナルをさらに世界的な大企業にしていきたいもんだ。

それが、世のため、人のためになると信じていることだしな。

 

 これまで、おれは、悪役を買ってでも、会社を大きくしてきた

んだし。まったく、あるときは、味方はゼロといった状況だった。

いままでは、会社が大きくなるんだったらと、ブラック企業と

呼ばれても、全然気にならなかったんだ。人間なんて、

しょせん完全じゃないんだし。言いたいヤツには言わせておけば

いいじゃないかって、おれはおれを許してきたってわけさ……

 

 竜太郎は、美女が3人、気の合う仲間と、極上のシャンパンと

旨(うま)みの凝縮(ぎょうしゅく)している牛ヒレなどの料理に

満足しながら、至福の時間の中、頭の片隅でそんなことを思う。

 

「ねえ、しん(信)ちゃん、しんちゃんならわかると思うけど。

人間って、孤独な自分だけの時間って必要だよね。特に、

クリエイティブ(創造的)なことをしようと思えば。アーティスト

でも企業家でも、ときには孤独になる必要があるよね」

 

「あっはは。そうですよね、竜さん。クリエイティブなものを

作ろうとすれば、だれかを頼(たよ)りにしてはいられないですからね。

最終的に、自分で考えて、決断して、行動するしかないでしょうからね。

でもだから、コミュニケーションが、こうやって、みんなで楽しく、

お酒を飲んだりできる、時間や友だちとか、女性とかも大切なんですよね」

 

「そういうことだね。しんちゃん。おれには女性が特に必要だ」

 

 そういって、信也と竜太郎はわらい、シャンパンや料理を楽しむ。

 

「それじゃあ、しばらくのあいだは、美結(みゆ)さんの住まいは、

しん(信)ちゃんのマンションでいいですよね。渋谷のクリエーションの

事務所までは15分くらいですからね。交通の便もいいですよね。

美結(みゆ)さんのお仕事も、すでにご用意してありますから。

でも始めたばかりですから、お時間のあるときは、クリエーション、

付属の養成所がありますから、そこで、いろいろなレッスンを

受けられたらいいかとも思います」

 

 満面の笑顔で、竜太郎は美結(みゆ)にそういった。

 

 少し前の竜太郎の表情には、隠しようもなく、人を威圧するような

怖(こわ)さがチラチラと見られたものだが、信也たちと付き合って

いるうちに、それが消えていった。竜太郎はそのことを自覚していて、

自分をそんなふうに変えていってくれている信也たちを、

高く評価して、いつのまにか、親友として信頼するようになっていた。

 

「竜太郎さん、よろしくお願いします。あ、エターナルの副社長さん

のことを竜太郎さんなんて、お呼びしていいのかしら?」

 

 美結(みゆ)は、いろいろと親身になってくれている竜太郎に、

そういうと、素直に嬉(うれ)しそうに 微笑(ほほえ)んだ。

 

「おれのことは、竜さんでも竜でもいいですから。気軽に

呼んでください。あっはは。おれも、しん(信)ちゃんには、

いろいろと良くしてもらっていますから。美結(みゆ)さんも、

しんちゃんも、みんな家族のような感じがしてます。

これからも、美結(みゆ)さんのことは、しっかりと

サポート(支援)させていただきますから。こちらこそ、

よろしくお願いします。あっはは」

 

 そういってわらいながら、竜太郎は、美結(みゆ)の笑顔に、

特別に魅力的なオーラを感じていた。

 

 ……美結(みゆ)ちゃんは、立ち上げたばかりのクリエーションを

代表する、素晴(すば)らしいタレントや女優やミュージシャンに

なるだろう、きっと……

 

 女性を見ることに自信のある竜太郎は、気分よく酔いながらそう思う。

 

「竜さん、おれは特別に何も良いことなんかしてないじゃないですか、

おれなんか、7歳も年上の竜さんから見れば、生意気なだけの、

世間知らずのただの若僧ですよ。あはは」

 

 信也がそういって、ちょっと照れながら、シャンパンを飲み干す。

 

≪つづく≫



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37章  川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (4)

37章  川口信也の妹の美結(みゆ)、やって来る (4)

 

「しんちゃんは、ゴマするわけでもなく、言いたいことをいってくれるから、

それがいいんだよ。おれもこれまで、まわりがイエスマンばかりで、

まあ、人のせいにはできないのだけど、天狗(てんぐ)というか、

裸の王様になっていたんだから。あっはは。人生って、いくら歳とったって、

わかっているつもりで、わからないことはあるんだし、気づかないことは

あるんだよね。最近では、もっと自己変革させて、変えていこうかって思うよ。

お金や地位があるからって、偉そうにしてはいられないよね。あっはは」

 

「それはそうかもしれないけど。自己変革ですかあ。おれもしなくちゃ」

 

 そういうと、信也は、竜太郎と初めて会ったころの、自分を優れていると

思って人を軽く見るような、高慢(こうまん)さがなくなっていることを、

嬉(うれ)しく思う。

 

「わたしがいうのも、生意気でしょうけど、竜さんも幸平さん信ちゃんも、

なかなかいない紳士で、素敵な男性よね」

 

 大沢詩織(おおさわしおり)が、独り言のようにそういう。

 

「え、詩織ちゃん、紳士って、上品だったり、教養があったり、礼儀正しかったり

する、いわゆるジェントルマンってことですよね。ありがとうございます!」

 

 新井幸平は、素直に、そういって喜(よろこ)んだ。

 

 そんなテンポのいい会話に、みんなはわらった。

 

「しかし、紳士なんていわれると、嬉(うれ)しいですよね。つい、

かっこつけて、自己変革なんていってしまったけど。

でも、本音(ほんね)をいえば、ただ、好きなことやって、

快楽を追求しているっていうのが、おれなんだけどね。あはは。

ただ、交通違反はめんどうなだけで、ルール(規則)や

マナー(礼儀)を守っているというだけですよ」

 

 竜太郎は、詩織(しおり)や美結(みゆ)や麻由美(まゆみ)と

目を合わせながら、上機嫌でそういた。

 

「でも、竜さんの会社のお仕事って、ひとことでいえば、お客さまに

快楽を提供するお仕事ですよね!わたしのモデルやタレントの

仕事にしても、快楽を提供する、エンターテイメント(娯楽)のお仕事

ですものね。わたしって、あたりまえのことをいって、おかしいわよね」

 

 秋川麻由美はそういって、わらう。みんなもわらった。

 

「おかしくないですよ。麻由美ちゃん。そういわれてみると、

世の中の会社っていうか、仕事って、快楽を提供する

仕事が多いかな?生きることの本質は快楽の追求なのかな?

そういえば、おれの何より好きなエッチなことも快楽だしね」

 

 竜太郎のそんな軽い会話に、みんなはわらった。

 

「でも、竜さんのよくいっているように、単純に考えれば、

みんなが快楽を満足させてゆけば、心も身体(からだ)も

満(み)たされて、世界の平和にもつながるかもしれないですよね。

そのためには、地球環境を壊(こわ)さないことや、他者の迷惑に

ならないこととかの倫理や道徳も欠かせないでしょうけど」

 

 信也がそういう。

 

「そうですよね。快楽的に生きることは、正しいと、ぼくも思います」

 

 幸平もそういった。

 

「そうよね。エッチなことって、すぐ不真面目とか不道徳とか、

タブー視されちゃうわけですけど、地球環境は壊さないもんね。

それに、ふたりの合意でするものですよね。ひとりでするときも

ありますけど。あっはは。でも、他人の迷惑にならないんだから、

とても平和なことよね、エッチって」

 

 シャンパンに酔っている麻由美は、生ハムをつまみながら、そう語る。

 

「性的なことを低俗的に扱うのって、なぜなんだろうね」と幸平。

 

「そうだよね。人生や幸福や不幸を、性的なことが、左右したりすることも

多いのにね。それをタブー視して、隠すのって、不思議なとこあるね」

と信也。

 

「まあ、どこかの世界的な宗教の教えとかで、エッチな行為を禁止していたりね、

そういった権力的なものが、エッチを悪い行為として、隠蔽(いんぺい)したり

禁止したりするんだろうね。でも仏教の理趣経なんて、エッチは清浄

(せいじょう)な行為で、悟りの極致というか、悟りの境地といっているから、

おおらかでいいよね。もっとも、エッチな欲望を自(みずか)らコントロールできる

境地に達するにはそれなりの努力や経験とか必要なんだよね。

ただ簡単に知識的な理解をしたところで、それだけでは、悟りの境地にまで

達するということが無理なのは、当たり前だろうけどね。しかし、

エッチな行為を清浄といってのけているとは、画期的だよね!あっはは」

 

 そういって、高層ビルの立ち並ぶ夜景を眺めながら、竜太郎はわらった。

 

「理趣経ですか。空海が中国から持って帰ったという極秘の経典ですよね。

あれは、いいですよね、おれも好きです。その極秘の経典が簡単に

読めるんだから、現代人は幸せかもしれないですよね」

 

 そういって信也は明るくわらうと、みんなも声を出してわらった。

 

 店のスタッフの女性が、たっぷりの華(はな)やかな苺(いちご)、

しっとりしたスポンジと、濃厚なクリームの、パティシエ特性の

ケーキを運んできた。

 

「かわいいケーキ!」

 

「おいしそう!」

 

 ケーキの白い板チョコには、チョコレートで、Happy Birthday

(ハッピー・バースデー)とメッセージが書かれてある。

 

 スタッフの女性は、気持ちをゆったりとしてくれる笑顔で、

手際よくケーキを人数分に、小皿にとって、みんなに分(わ)けた。

 

≪つづく≫ --- 37章 おわり ---



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38章  信也と美結、いっしょに暮らし始める (1)

38章  信也と美結、いっしょに暮らし始める (1)

 

 5月4日の、よく晴れて暖かな日曜日。下北沢の信也の

マンションに、妹の美結(みゆ)が山梨から引っ越してきて、

2人で暮らし始めて、2週間が過ぎている。

 

「お兄ちゃん、ピザトーストができたわ!」

 

「おいしそうな匂いがするなぁ!美結(みゆ)の

ピザトーストはいつも最高!」

 

 信也は寝転んで、NHKの日曜討論『どう向き合う、

少子化・人口減少』を見ている。

 

 高さ25センチのTVボードの上に、40型のテレビがある。

 

 9.5畳のリビングは、冬は暖かく夏は涼しいウールのカーペットを

敷いて、ひのきのローリビングテーブル(座卓)にして、テレビを

見ながらでも寝転がれる床座(とこざ)にしている。

 

 入居したころは、この部屋はキッチンとして、普通のテーブルと

椅子(いす)を置いていたのだが、落ち着かないので、

テーブルと椅子は売ってしまい、いつでも寝転がれる床座(とこざ)の

リビングルームに変えたのである。そのほうが部屋も広く感じられた。

 

「どうしたの?お兄ちゃん、朝から、むずかしそうな番組を見て」

 

 美結(みゆ)が、ダイニングの北側の引き戸(ひきど)越(ご)しの

システム・キッチンにいる。システム・キッチンの窓の外は通路である。

 

「はっはは。いつもは、こんな番組は見ないけど。

日本の少子化や人口の減少って、深刻な課題なんだろうな。

でも、それよりか、きれいな女性が出ているんだ」

 

「そうなんだ。きれいな女性が出ているの。誰なのかしら?」

 

「小室淑恵(こむろよしえ)っていう女性で、ワーク・ライフバランス

とかいう会社の社長さんなんだってさ。まだ若いのに、すごいよね。

育児休業者の職場復帰をサポートしたり、職場の労働条件の改善の

サポートしている会社の社長さんだってさ。女性が活躍する時代かな?

こんなきれいな人がいたら、おれだったら、マジメに議論なんかできない

だろうね。ハイヒール履(は)いている、足元なんかが、映っていて、

それがまたセクシーに見える。これって、カメラマンのサービス精神っぽいな」

 

「やだーぁ、お兄ちゃんってば!」

 

 美結(みゆ)は、料理の先生のように、手際(てぎわ)もよく、

ピザトーストを作る。食パンに、粒マスタードやケチャップ、

おろしニンニクを塗ると、とろけるチーズをのせて、きざんだ玉ねぎ、

ベーコンとパセリをのせる。そしてオーブントースターで、

信也と美結の二人分をこんがりと焼きあげた。

 

「お兄ちゃん、お味はどう?おいしい?」

 

「うん、美結のピザトーストは最高」

 

 信也はピザトーストを両手に、口の中いっぱいに頬(ほお)ばる。

 

「よかった。もう1枚焼いておくからね」

 

「うん。ありがとう」

 

 信也は、2012年の10月からこの下北沢のマンションに住んでいる。

 

 リビングの西側には、洗面所とバスルームがあり、南側には、

6.5畳の洋間が2つあった。その2つの洋間の南側には、

掃出(はきだ)しの窓があって、外はベランダで、洗濯ものが干(ほ)せる。

 

 青緑色系のグレーのカーテンからは、五月のおだやかな陽の光が

差し込んでいる。

 

 東側の6.5畳の洋間は、信也の部屋である。こたつテーブル、ノートパソコン、

フェンダーのテレキャスターというエレキギターと、ギブソンのアコースティック・

ギターの2本が、ギタースタンドに立てかけてあり、小型のアンプがある。

そしてベッドがある。金持ちになっても、それ以前と、まったく変わらなかった。

 

 西側の6畳の部屋は、美結(みゆ)の部屋になっている。愛用のベッドがあり、

気分の落ち着ける、よく整理整頓されている明るい感じの部屋である。

 

「お兄ちゃん私が来ちゃったから、詩織ちゃんも、ここに来づらくなったかな?」

 

「そんなことないって。美結は、そんなことは気を使わなくていいんだから」

 

「わたしね、詩織ちゃんとは、とても気が合うのよ。それは安心したわ」

 

「詩織ちゃんは、美結(みゆ)の1つ年下だよね。詩織ちゃんは、好き嫌いが

はっきりしている子だから、美結とは、どうだろうかって、ちょっと心配して

いたんだけどね。でも、美結とは仲よくしているから、おれもすっかり安心だよ」

 

≪つづく≫

 



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38章  信也と美結、いっしょに暮らし始める (2)

38章  信也と美結、いっしょに暮らし始める (2)

 

「詩織ちゃんは性格も容姿も可愛(かわい)いから、みんなから慕(した)われる

のよ。わたしなんかより、芸能界でも、よっぽど、アイドルにふさわしい気がするわ。

わたしは、ただ派手好きで、新しいもの好きで、流行が好きなだけって感じだけど、

詩織ちゃんは現実をよく見ていて、リアリスト(Realistic)なんだわ。そういうところ、

わたしも見習いたいもの」

 

「詩織ちゃんは、あれで、けっこう、空想家なんだよ。まあ、現実的で、空想的で、

そんな両方があるから、作詞や作曲なんていうことができるんだけどね。

おれなんかも、そんなところは似ているな。あっはは」

 

「そうか、お兄ちゃんと詩織ちゃんって、そんなところが似た者同士なのね」

 

「そうそう、何か、共感することがなければ、仲良くなんかなれないって」

 

「そうよね、共感よね。わたしと詩織ちゃんも、失敗を失敗と思わないところが、

似ているのよ」

 

「あああ、そうか、そうだよね。そんな性格はふたりともそっくりだよ。あはは」

 

 そういって信也がわらうと、美結(みゆ)も、人間界に降りてきたばかりの

可愛(かわ)い天使のような笑顔でわらった。

 

「ところで、美結は、こうやって東京に来ちゃったけど、特に付き合っている

彼氏とかは、だいじょうぶだったのかな?」

 

「それが、お兄ちゃん聞いてくれる。わたしって、彼氏がいない歴(れき)が、

ずーと続いているのよ」

 

「なんでまた、美結ほどの、美人が」

 

「美人過ぎるのよ!」

 

「ああ、なるほど。そういうのって、よくあるよな。この前にネットで見た、

あるデータによると、男って、7割がかわいい女性がいいんだってさ、

あとの3割が美人の女性を好むんだって。かわいいほうが

癒(いや)されるんだってさ」

 

「どーせ、わたしなんか、かわいくないですよ━━」

 

「ごめん、ごめん。美結は、美人だけど、かわいいよ。そうそう、

あれだ、ほら、さっき話に出たじゃん。共感っていうやつ。

詩織ちゃんと美結だって、失敗を失敗と思わないってことで、

共感し合ったっていってたじゃない。男女もね、突き詰めれば、

その共感が大事なんだよ!価値観の共感とかさ、精神的な

共感とかさ、あとは、肉体的な共感もあるけどね」

 

「そうなんだ。やっぱり、共感かもね。肉体的な共感って、

エッチなことでしょう。いいな、お兄ちゃんと詩織ちゃん、

エッチなことでも共感し合っているのよね。ごちそうさま!」

 

「あっはっは。まあ、さあ、この世の中、共感というか、

コミュニケーションというか、それが大切だし、快感だしね。

まあ、さあ、近頃の男は、消極的というか、ちょっと幼稚なのが

多いんだよきっと。同年代だと、精神年齢は男が断然に下だしね。

まあね、この東京には、美結にふさわしい立派な男がいっぱいいる

はずさ。おれも、美結のためには、なんでもしてあげるから」

 

「ありがとう、お兄ちゃん。わたしって、背も高いでしょう。それで、

損(そん)をしているところもあるんだと思うの」

 

「美結の背の高さは全然(ぜんぜん)高くないさ。モデルや女優の

仕事やるのには最適だしね。でも美結の身になって考えれば、

平均身長とかは、女性が159センチ、男が171センチくらいで、

どちらも、171の美結より低いんだから、困るときも出てくる

のかなぁ。おれなんか、175で、ちょうどいいって思ってるけど。

でもさぁ、そんなこと、ちっちゃなことじゃん。身長が低くって、

悩んでいる子もいっぱいいるんから。美結は、プロポ-ションは

(体の均整)抜群なんだし。神さまからの贈り物って感じの女性

なんだからさ。いつもの明るくて陽気な美結でいればいいのさ」

 

「ありがとう。お兄ちゃんのお話で、わたし元気になれたわ!」

 

 美結は、ちょっと目を潤(うる)ませたような、やさしい表情で

微笑(ほほえ)んで、信也を見つめた。

 

 信也も微笑(ほほえ)んだ。そんな二人が、ひのきのローリビング

テーブル(座卓)で向かい合う姿には、兄と妹というよりは、

恋人同士のような、とても仲がよい親密さが漂っている。

 

「お兄ちゃん、きょうは午後から渋谷のクリエーションの事務所へ行ってくるわ。

わたしのファースト写真集の打ち合わせをするんだって。でも芸能界に入ったばかりで、

ちょっと早すぎないかしら?」

 

「早すぎるってことはないさ。善は急げ、よいことは機会を逃さず急いでせよって

いうじゃない。美結の写真集かぁ。きっと売れるぞ!もちろんおれも買うけどね」

 

「やだぁ。お兄ちゃんってば、恥ずかしいわ!わたしの写真を見られるなんて」

 

 ……竜太郎さんには、エロ過ぎる写真集だけは、絶対にダメだからといって

あるから、その点は、だいじょうぶ、安心していいだろう、。しかし、芸能活動を

始めたばかりで、もうファースト写真集とは!竜太郎さんもよっぽど、美結に

期待してるし、力を入れたいんだな……

 

「ははは。まあ、美結、がんばろう。竜太郎さんに任せておけば、

安心していいからね。おれも、きょうは一日、家で、歌作りをするんだ。

夢を追いかけて、楽しくやっていこうね、美結。人生って、一瞬一瞬の

積み重ねだから。いつも毎日というか、今という時が大切な気がするんだよ」

 

「うん。そうだね、お兄ちゃん」

 

 信也と美結は、恋人同士のように、見つめ合って、微笑んだ。

 

≪つづく≫ --- 38章 おわり ーーー



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39章 女性に人気の松下トリオ (1)

39章  女性に人気の松下トリオ (1)

 

 5月18日。空はよく晴れわたり、風もさわやかな日曜の朝。

 

 リビングの窓のカーテンからは、まぶしい陽の光が感じられる。

 

 7時頃に目覚めた清原美樹は、毎朝の犬との散歩を終えると、

家族が寛(くつろ)いでいるリビングのソファに座った。

 

「お早(はよ)う、美樹ちゃん」と姉の美咲がいうと、家族のみんなも

「お早う」という。

 

 リビングのソファには、父の和幸(かずゆき)や母の美穂子(みほこ)や

祖母の美佐子(みさこ)がいる。

 

「お早う」といって美樹も微笑(ほほえ)む。

 

 テレビでは、チャゲ&飛鳥のASUKAが、5月17日に、覚せい剤取締法違反

(所持)の疑いで逮捕されたというショッキングなニュースをやっている。

 

「飛鳥(あすか)さんが、大変なことになってしまったわね」

 

 そういって、美樹は、ポメラニアンのラムを抱いて美咲の隣のソファに座った。

 

 しっぽをふっているラムは、白に、薄(うす)い茶(ちゃ)の毛並(けなみ)の、

8歳になる雌(めす)であった。夏向きに、毛をきれいに短くカットしている。

 

「才能に恵まれて、世の中で成功して、輝(かがや)かしい栄光を手にした人の心情

とちうものは、平凡な生活しか知らないものにはわからないものがあるのだろうね。

特に、そんな華(はな)やかな栄光の座から降りるとなったら、その落差がどれほどの

その人の悩みやストレスとなってしまうものなのか?」

 

 うすめのアメリカンコーヒーを飲みながら、父の和幸(かずゆき)がそうつぶやく。 

 

「そんなものかしら?じゃあ、美樹も気をつけないと!」と美咲が隣の美樹にいう。

 

「わたしなんか、まだまだ、成功なんていう状態じゃないわよ。ちょっとアルバムが

売れて、現役の女子大生のロックバンドなんていう興味本位で、マスコミとかで

騒(さわ)がれているだけだもの。わたしはだいじょうぶ、楽天家だから!」

 

「そうよね、美樹ちゃんは楽天的だから、だいじょうぶね。わたしもとても

うれしいのよ。美樹のがんばったことが世の中から認めれれているんだから。

これは、とてもすばらしいことだわよ。さあ、朝の支度(したく)をしてくるわね」

 

 そういって、美樹を見て微笑むと、母の美穂子(みほこ)はキッチンへ行く。

 

「そうよね。美樹は確かにバンドで、がんばっているんだものね。わたしも

うれしいわよ、美樹の成功は。でも、姉のわたしよりもお金持ちになっちゃった

とはね。ちょっとショックだわ」

 

「そんなぁ、お金持ちだなんて。でも美咲ちゃん、わたし、お金なんて、本当は

どうでもいいのよ。お金で幸せになんてなれないって信じているから」

 

「そうよね。美樹はそこがよくわかっているから、また、偉いのよ。確かにお金が

あっても、心が荒(すざ)ぶ人もいるわ。人としての道を踏み外(はず)したり、

人生の重大な失敗のきっ かけが、お金とかの欲望に始まることは多いんだから。

弁護士のお仕事をやってみて、つくづく、心に芽生(めば)える欲望ってこわいと思う」

 

「お金より、何が大切かって、やっぱり愛じゃないかと思うもの。美咲ちゃん」

 

「そうよね、美樹ちゃん。愛が1番だわよね。陽斗(はると)君もうまくいっている

んでしょ!そうそう、今日は陽斗くんのコンサートがあるんじゃない!美樹は

真央ちゃんとふたりで行くんでしょう?」

 

「うん。今日のコンサートは、客席が限定85名で、チケットも即完売だったの。

お姉さんには、岩田(いわた)さんとご一緒に来てもらいたかったけど、この次は

ご招待させていただくわ」

 

「楽しみにしているわ、美樹ちゃん」と美咲。

 

「美樹、おれたち家族全員も、招待してほしいな」と父の和幸(かずゆき)もいう。

 

「はーい、わかりました」というと、美樹は無邪気なあどけない表情でわらった。

 

「美樹ちゃんは、いつも幸せそうよね!陽斗(はると)がいるからよね!」

 

「お姉さんだって、岩田さんがいるから、いつも幸せそうよ!」

 

「まあ、そうだけどね」と美咲。

 

「なるほど、男って、そんなにいいものかな」と、ふと、父の和幸(かずゆき)がいう。

 

「やだーあ、お父さんたら」とって、美樹はわらう。

 

「もう、お父さんってば」と、美咲もわらった。

 

 リビングは、明るい笑い声であふれた。

 

≪つづく≫



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39章 女性に人気の松下トリオ (2)

39章  女性に人気の松下トリオ (2)

 

 アート・カフェ・フレンズでは、松下陽斗(まつしたはると)の

コンサートが、ランチタイムの1時30分から始まった。

 

 アート・カフェ・フレンズは、JR線の恵比寿(えびす)駅から3分である。

 

 美樹と真央は、陽斗の気配りで、コンサートには最適な、

ふたり用のテーブルに座れた。

 

「陽斗くんって、女の子に、すごい人気よね」と真央が小さな声で、

美樹にささやく。

 

「女の子に人気なのって、ちょっと心配。でもしょうがないわね。

わたしも、男の子に人気あるみたいだし。お互いに旬(しゅん)だから」

 

「まあ、美樹ったら。でも確かに、あたしたちって、いまが1番美味(おい)しい

食べごろなのよね。だから大切に生きないとね!」

 

 そういって、真央と美樹は、おたがいに目を合わせてわらった。

 

  テレビや雑誌、インターネットなどのメディアでも注目の集まる、

21歳の陽斗は、ピアノ、ギター、ベースの編成による、松下トリオを

結成して、ライブやアルバム作りを精力的にしている。

 

 陽斗の父は、ジャズ評論家であった。また下北沢にあるジャズ喫茶の

オーナーでもある。また、母は、私立(しりつ)の音楽大学のピアノの

准教授(じゅんきょうじゅ)である。

 

 そんな家庭環境の中で、陽斗はクラシックピアノを2歳から始めた。

子供のころから、心の琴線(きんせん)に触れるメロディにあふれた

メロディアスなショパンが特に好きであった。そんな影響もあって、

陽斗のオリジナルの曲はメロディアスであり、それが好評であった。

 

 2012年3月、19歳の陽斗は、全日本ピアノコンクールで、ショパンの

エチュード(練習曲)を、ほぼ完ぺきに弾きこなし、2位に入賞している。

東京・芸術・大学の音楽学部、ピアノ専攻の大学の4年である。

 

 アート・カフェ・フレンズの限定85名の客席は、若いカップルや

ジャズの好きな中高齢者たちで満席である。特に若い女性が多かった。

 

 陽斗のすらりとした175センチの長身、気品のある端正な容姿(ようし)は、

ジャズやクラシックの貴公子と賞賛されて、若い女性たちを夢中にさせた。

 

 陽斗たちは、セロニアス・モンクのブルー・モンク(Blue Monk )や、

ビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビイ(Waltz for Debby)などの

優雅で甘美なスタンダードな曲や、陽斗のオリジナル曲を熱演した。

 

 リズムを確実にキープする、気品と落ち着きのある、陽斗のピアノであった。

そのピアノを、ドラムとウッドベースは、きちんとバッキング(backing)していた。

 

「わたし、ドラムの、サーッ、サーッっていうブラッシングが好きなの」と美樹はいう。

 

「そうよね。なんか、とてもセクシーよね。はる(陽)くんのピアノもセクシーだわ。

ウッドベースの低音も、なんか、エッチな気分になってきそうなほどに、セクシー。

松下トリオの3人って、みんなかっこいんだもの。美樹ちゃん」

 

「いまの若い子たちって、ビジュアルが優先という感じだもの、ねえ、真央ちゃん」

 

「そうそう、若い女の子、わたしもだけど、ジャズって、よくわからないもの!」

 

「はる(陽)くんは、魂で演奏したり、聴くものさっていって、よくわらっているわ!」

 

「そうなの、魂かぁ。わたしは、音楽は、魂でもいいけど、心のコミュニケーション

だと思うけど、エッチすることと、似ている感じ。うふふ……」

 

 美樹と真央は、オレンジジュースやチーズケーキを楽しみながら、そんな会話もする。

 

 午後の4時。オープニングの曲からアンコール曲まで、聴衆を飽きさせない演奏を

終えると、陽斗たち3人は、拍手喝采(はくしゅかっさい)の中を、満面の笑顔で

こたえながらステージを降りた。

 

≪つづく≫--- 39章 おわり ---



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40章 As The Same Life (同じ生命として) (1)

40章  As The Same Life (同じ生命として) (1)

 

 6月1日の日曜日。晴れて、気温も30度ほど、南風が吹いている。

 

 クラッシュ・ビートのシングル曲、『生命として (As Life) 』の

発売記念パーティが、ライブ・レストラン・ビートで午後の1時からの

開演であった。

 

 ライブ・レストラン・ビートは下北沢駅 南口から、歩いて3分である。

 

 『As The Same Life (同じ生命として)』は、順調な売れ行きで、

発売と同時にトップ10入りして、急上昇中である。

 

 会場には正午前から、モリカワミュージックが招待した客や

一般の客が来場(らいじょう)して、ゆったりとランチをとったりしている。

 

 1階フロア、2階フロア、あわせて、280席は、満席(まんせき)であった。

 

「みなさま、本日はクラッシュ・ビートの『As The Same Life (同じ生命として) 』

の発売記念パーティに、ご来場いただきまして、ありがとうござます!

司会を務めさせていただきます、佐野幸夫(さのゆきお)でございます。

本日は、クラッシュ・ビートのライブやお祝いに駆けつけてくださっている

ミュージシャンの方々のライブとか、盛りだくさんのプログラム(program)を

ご用意させていただいております。ごゆっくりと、お楽しみください!」

 

 割れんばかりの拍手がわきおこり、佐野幸夫も笑顔で両手を挙げて、手を振る。

 

「では、オープニングは、人気絶頂の、沢秀人(さわひでと)と、

ビッグ・バンド、ニュー・ドリーム・オーケストラの、豪華な演奏です!」

 

 沢秀人(さわひでと)は、1973年8月生まれの40歳。

一昨年の2012年に、NHKドラマの音楽を制作して、

レコード大賞の作品賞も受賞する。芸能界で、いまをときめいている。

 

 1973年8月生まれ40歳の沢秀人(さわひでと)は、総勢(そうぜい)

30名以上による、ビッグ・バンド、ニュー・ドリーム・オーケストラの

指揮(しき)をとり、ユニークな活動をしているが、2013年の春までは

このライブ・レストラン・ビート の経営者だった。仕事を音楽活動に

専念するためもあって、モリカワに譲(ゆず)ったのであった。

 

「いつ聴いても、沢さんのビッグバンドはいいね。夢心地(ゆめごこち)

とでもいうのか、幸せな気分にさせてくれるよ。しん(信)ちゃん」

 

「おれも、沢さんの音楽には感動してしまうんです。ジャンル的は、

おれはロックで、沢さんはジャズなんでしょうけどね。でも芸術というものは

、聴衆というかリスナーというかファンというか、人々をいかに感させて、

人々の記憶に残る作品を提供できるかが、大事なことですからね。

一流の沢さんから学んだことは、心優しくなければ、いい音楽は作れないって

ことですよね。沢さんの影響で、10年くらい早くオトナになれた気がしています」

 

「そうなんだ。しんちゃんの活躍には、沢さんの影響があったのか。あっはは」

 

 わらいながら、そんな会話をして、ビールを酌(く)み交(か)わしているのは、

エタナールの副社長、新井竜太郎(りゅうたろうと、ロックバンド、

クラッシュ・ビートの川口信也である。

 

 ロック界で異色の新人として注目の川口信也と、エタナールの副社長の

新井竜太郎の、酒飲み仲間としての交流は、マスコミでも取材されていた。

 

「しんちゃん、今回の新曲は、痛烈な人間社会への警鐘(けいしょう)というか、

現代文明への批評があるような気がするんだけど。でも、すごく、

ロックとしての反骨精神があって、おれも、とても好きなんだけどね」

 

「ありがとうございます。社会への批判なんていう、生意気なことを詩にする

つもりはなかったんですけどね。出来上がってみれば、人間への批判みたいに

なっちゃってますかね、竜さん。あっはっは」

 

「ロックとか芸術っていうものは、社会の既成の枠組みからはずれる、

アウトサイダーなんだから、正統派でいいんじゃないかな。

おれは大衆に媚(こ)びて、ヒットを狙う作品よりは、しんちゃんの

ロックのほうが好きだけどね。それにしても、作品つくりの秘訣っていうか、

うまい方法って何かあるのかな?」

 

「そんな方法があれば、おれが知りたいですけどね。あんな詩が書きたいとかの

目標ならありますけどね。今回の『As The Same Life (同じ生命として)』は、

ボブ・ディランのライク・ア・ローリング・ストーン(Like a Rolling Stone)が目標でした」

 

「そうかぁ。ライク・ア・ローリング・ストーンね、あれはロックの最高の名作だよね」

 

 ライク・ア・ローリング・ストーンは、ディランの最大のヒット・シングルであり、

60年代のロックを象徴する曲として、ディランの名を神話的レベルにまで高めた。

 

≪つづく≫ 



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40章 As The Same Life (同じ生命として) (2)

40章  As The Same Life (同じ生命として) (2)

 

「しんちゃんは、わたしに、詞の作り方について、こんなふうに言ってくれるんです。

心の琴線(きんせん)に触れることを、言葉にするのがベストじゃないかなって」

 

 信也の右隣にいる大沢詩織が、向かいのテーブルの竜太郎にそういって微笑む。

 

 信也の左隣には信也の妹の美結(みゆ)もいて、竜太郎の隣には、

竜太郎と交際中の秋川麻由美(まゆみ)もいる。とびきりの美女たちに

囲まれて、竜太郎も心地良い。

 

「心の琴線なんていえば、漠然として、抽象的ですけど、人間なんて、

生きて生活していれば、身体(からだ)も疲れたり傷(きず)ついたりするように、

心にも、疲労や傷とかができると感じるわけですよ。それらを癒(いや)したり、

完治させたりすることが、言葉でできないものかなって、おれは思うんです。

それが、おれの場合、具体的な、詩作の動機なんですよね」と信也は語る。

 

「なるほど。わかりやすいね。しんちゃん」と竜太郎は、信也の話に感心する。

 

「お兄ちゃん、そろそろ、クラッシュ・ビートの演奏の時間だわ」

 

 妹の美結(みゆ)が腕時計を見て、信也に囁(ささ)いた。

 

「じゃあ、竜さん、ちょっと、ライブをやってきます。1曲目から、

As The Same Life(同じ生命として)をやりますから……」

 

 そういうと、信也は、クラッシュ・ビートのメンバーたちと共に、

ステージに向かった。

 

 大きな拍手の中、信也のテレキャスターの、シャープでありながら、

太い音のリフで、『As The Same Life (同じ生命として)』は始まる。

 

As The Same Life (同じ生命として) 作詞作曲 川口信也

 

吹く風も 気持ちいい朝 きみとふたりで 散歩をしたら

街路樹のハナミズキが 青い空に向かって咲いていた

「ハナミズキは 気持ち良さそうね」 ときみは言う

「生き方が上手だね ハナミズキって」 とおれは言う

 

Oh,生きる 術(すべ)を 知っているみたいな ハナミズキ

植物や動物より 人が偉いというのは 人がつくった論理

生命として見れば 植物や動物のほうが 優れているかもね

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

 

「子どものころは 自由に生きていた気がする」 ときみは言う

「オトナになると 勉強や仕事に 追われるからね」 とおれ 

それじゃあ どんな生き方をすれば 楽しいのだろう?

やっぱり 子供のころの 自由な感覚 忘れたくないよね

 

Oh,生きる 術(すべ)を 知っているみたいな ハナミズキ

植物や動物より 人が偉いというのは 人がつくった論理

生命として見れば 植物や動物のほうが 優れているかもね

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

 

「歳(とし)はとっても 老(ふ)けこみたくないな」 ときみは言う

「そうだね 気持ちだけでも 若くいたいよね」 とおれ

地位や名誉やお金が目標なんて つまらないものさ

そのために あくせくするのは 何か忘れている気がするね

 

Oh,生きる 術(すべ)を 知っているみたいな ハナミズキ

植物や動物より 人が偉いというのは 人がつくった論理

生命として見れば 植物や動物のほうが 優れているかもね

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

 

「子どものような遊び心って 無くしたくないよね」 と君は言う

「遊び心って 生命力の基(もと)で セクシーだしね 」 とおれ

人生はゲームのようなもの 楽しめれば それで十分かもね

青春は 心の持ち方だって サムエル・ウルマンも言っている 

 

Oh,生きる 術(すべ)を 知っているみたいな ハナミズキ

植物や動物より 人が偉いというのは 人がつくった論理

生命として見れば 植物や動物のほうが 優れているかもね

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

 

Oh,Baby! もしも きみのいない 人生になってしまったら

おれは きっと 希望も 戦意も 失った 年老いた 兵士さ

 

Oh,Baby! だから ハナミズキのように きれいに 着飾って

いつも おれの そばに いておくれ そばに いておくれ 

 

Oh,生きる 術(すべ)を 知っているみたいな ハナミズキ

植物や動物より 人が偉いというのは 人がつくった論理

生命として見れば 植物や動物のほうが 優れているかもね

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

Oh,As The Same Life (同じ生命として)

 

≪つづく≫  --- 40章 おわり ---



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41章  イエスタデイを羽(は)ばたいて

41章 イエスタデイを羽(は)ばたいて

 

 6月8日、日曜日。東京も梅雨(つゆ)入りして、灰色の空からは

断続的に雨がぱらついている。

 

 午後2時から、清原美樹たち、グレイス・ガールズのライブが、

渋谷のイエスタデイで始まろうとしている。

 

 イエスタデイは、株式会社モリカワが、2012年の9月にオープンした、

ライブとダイニング(食事)のクラブスタイルの店である。

 

 グレイス・ガールズのCDシングル、『イエスタデイ(Yesterday)を羽ばたいて』は、

5月に発売されて、推定売上も順調に3万枚を超えている。

 

 この歌詞は、このライブハウス、イエスタデイのことを歌った内容であった。

 

 イエスタデイは、渋谷駅・ハチ公口の、忠犬ハチ公の銅像のある広場から、

スクランブル交差点を渡って約3分、タワービルの2階にある。

 

 イエスタデイでは、グレイス・ガールズのメンバー全員が、各個人、

メジャーデヴューする前の、まったく無名のころから世話になっていた。

 

 早瀬田大学のミュージック・ファン・クラブ(MFC)の先輩である、

ロックバンド、クラッシュ・ビートの森川純や川口信也たちの会社、

モリカワがオープンしたライブハウスということで、MFCの部員たちは

気軽に、ライブ演奏の実践の場として利用できたのであった。

 

 グレイス・ガールズが正式に結成されたのは、2013年の7月のことであり、

イエスタデイでライブ活動を始めたのは、その翌月の8月からであった。

 

「みなさま、これより、グレイス・ガールズのスペシャル・ライブを開催いたします!」

 

 26歳の店長、水木守(みずきまもる)が挨拶をすると、会場からは拍手が沸いた。

ホールのキャパシティは100席であるが、すべて満席であった。

 

 テーブルの客席には、クラッシュ・ビートのメンバーや、信也の妹の美結(みゆ)、

美樹の彼氏の松下陽斗(まつしたはると)や美樹の親友の真央や、

ミュージック・ファン・クラブの部員たち、エタナールの兄弟、竜太郎と幸平も来ていた。

 

「1年前までは、全くの無名だった少女たちが、ヒットチャートをにぎわしている、

この現実が、わたしにはいまだに夢見ているようです」

 

 そういって、ちょっと頭をかく水木店長に、会場のみんなはわらった。

 

「そのグレイス・ガールズのみなさんが、このイエスタデイのことを歌ってくれたんです。

そのCDシングルが、またまた大ヒットで、当店もおかげさまで有名になっちゃいまして、

連日、満員御礼なんです。わたしとしては、感謝しても感謝しきれない、

グレイス・ガールズのみなさんなんです!ごゆっくりとお楽しみ下さい!」

 

「みなさま、こんにちは。本日はお忙しいなか、ご来店いただいて、

ありがとうございます。それに、ご支援とかも、ありがとうございます。

グレイス・ガールズのリーダーをさせていただいている清原美樹です。

ほんとうに、こちらのお店、イエスタデイにはお世話になっていまして、

感謝すべきなのは、わたしたちの方だと、日々思っているんです。

それで、そんな感謝の気持を伝えたくて、この歌をつくったんです。

本日は、わたしたちのロックをたっぷりとお楽しみいただければ、

わたしたち、グレイス・ガールズも最高に幸せです!

それではオープニングは『イエスタデイ(Yesterday)を羽ばたいて』です!」

 

 美樹の合図で、水島麻衣(みずしままい)が優雅に微笑みながら、

レッド・ツッペリンの『胸いっぱいの愛を』を思わすような、

強烈なインパクトのギター・リフを開始した。

 

 

イエスタデイ(Yesterday)を羽ばたいて 作詞作曲 清原美樹

 

人生の悲しみを 生きてゆく 元気に変える ラブソング

そんなラブソング つくろうって 歌おうって

いつしか 集まって バンドを始めた わたしたち

 

はじめは 演奏 ヘタだったし お金もなかったし

突然 キレたりして ケンカしたこともあったよね

勉強ばかりで ギターに さわれない 日もあった

 

でもみんな 音楽が好きで ロックが好きで

ビートルズが 好きな人たちばかりだから

いつも 信じあって なかよく やってこれたんだ

 

そんな わたしたちを いつも 見守って

気さくに ステージを用意してくれる イエスタデイ

やさしい人ばかり みんなが大好き イエスタデイ

 

いつ食べても おいしい お店の たらこスパゲッティ

いつも おいしい 春の香りの オレンジジュース

でも注文 するのも しないのも 自由な イエスタデイ

 

イエスタデイの スポットライト 浴(あ)びた日から

わたしたちも 少しずつでも 成長もできたかな?

いろんな所で アイドルのように 歌うようになったわ

 

小鳥たちが 親の愛から 離れて 巣立つように 

わたしたちも 大空に 羽ばたいていくのよね

でも 忘れないわ イエスタデイを 愛の日々を

 

人生の悲しみを 生きてゆく 元気に変える ラブソング

そんなラブソング つくろうって…… 歌おうって……

いつしか 集まって バンドを始めた わたしたち

 

小鳥たちが 親の愛から 離れて 巣立つように 

わたしたちも 大空に 羽ばたいていくのよね

でも 忘れないわ イエスタデイを 愛の日々を

 

≪つづく≫ --- 41章 おわり ---

 



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42章 信也の妹、美結に恋人できる

42章 信也の妹、美結に恋人できる

 

 6月15日、日曜日の午前7時半ころ。

 

 よく降っていた雨もなくなって、気温も30度前後の、

よく晴れた日がつづいている。

 

 美結は、食パンに、バターをぬって、とろけるチーズと

イチゴジャムをのせると、こんがり薄茶色になるまで

オーブントースターで焼いて、はちみつをかける。

 

「お兄ちゃん、イチゴジャム・ハニー・チーズ・トーストパンのできあがり!」

 

「おおっ、おいしそう!ありがとう、美結(みゆ)ちゃん」

 

 妹と兄は、ゆったりとした気分で、ひのきのロー・リビングテーブル(座卓)に

向かいあって、朝食をとる。

 

「このジュース、うまい!」

 

 テレビを見ている信也は、美結を見てほほえむ。休日なので、

きのうから髭(ひげ)をそっていない信也だ。

 

 24歳にしては濃(こ)い無精髭(ぶしょうひげ)も、男っぽさと、

頼(たの)もしさを感じさせる。

 

「おいしいでしょう、フルーツがいっぱい入っているからね。

アボカドでしょう、リンゴとバナナにレモン、牛乳とヨーグルトで

つくってあるから」

 

 そういって、4月に21歳になったばかりの美結は、

感受性に富んでいる少女のように目を輝かせて、わらう。

長かった髪を、シルエットもきれいな、ふんわりとした自然な、

夏向きのショートにしている。

 

 テレビは、午前10時から始まる、サッカーのワールドカップ・ブラジル大会の、

日本代表とコートジボワールの試合の特集をしている。

 

「美結は、沢口くんと、このサッカーをどこかで観るんだよね?」

 

「うん、明大前のカフェバー・リバー(Cafe Bar LIVRE)で観るの」

 

「ああ、あそこね。駅から2分くらいで便利だよね。おれも行ったことあるけど。

でも、きょうなんか、よく予約がとれたじゃん」

 

「沢口くんは、店の常連だもん」

 

「そうかぁ。沢口くんは、あそこの常連かぁ。彼は、高校では、

サッカー選手だったからね」

 

「うん。だから、サッカー、大好きなんだよね。だから、わたしも

サッカーファンになっちゃったわ。うっふふ」

 

 そういって無邪気に微笑(ほほえ)む、美結の表情には、

始まったばかりのタレントの仕事も、始まったばかりの恋愛も、

うまくいっていて、幸せな気分であることが、そのまま素直にあらわれている。

 

「沢口涼太(りょうた)くんは、いいヤツだ。彼はなかなか誠実だよ」

 

「よかった。お兄ちゃんにそういって、褒(ほ)めてもらえて、うっふふ。

沢口くんと仲よくなるきっかけも、お兄ちゃんのクラッシュ・ビートのことだったんだもの。

お兄ちゃんは、わたしたちの愛のキューピットって感じよ。うふふ」

 

「まさか、美結の愛のキューピットになれるとはね。兄として光栄だよ。

あっはは。そういえば、涼太くんは、俳優やりながらでいいから、

できるなら、ロックバンドをやりたいって、歌もうたいたいって、

この前、会ったときにいっていたからね」

 

「だって、涼太くん、ロックやっているお兄ちゃんに憧(あこが)れてるんだもん」

 

「そうなんだよな。おれみたいに、作詞や作曲もやってみたいっていってたよ。

彼なら、それも可能だと思うよ。神経も繊細な芸術家タイプだからね」

 

「涼太くんには、いろいろと相談に乗ってあげてね、お兄ちゃん」

 

「もちろんだよ」

 

 美結は、ちょっと落ち込んでマイナーな気分のときに、

『いっしょに、がんばってゆこうよ』とやさしく話しかけてくれた

涼太の言葉を、なぜか、ふと思いだして、一瞬、胸を熱くする。

 

「じゃぁ、わたし、そろそろ出かけるわ。お兄ちゃんも、きょうは、

詩織ちゃんとデートするんでしょ?」

 

「まあね」と信也。

 

「Have a good time! (楽しく過ごしましょう!)」と美結。

 

 美結は、水色の無地ワンピース、花がらのスカートのファッションで、

マンションを出た。 

 

 下北沢駅から、明大前駅までは、京王井の頭線で1.9キロメートルである。

その区間の、新代田駅(しんだいたえき)と東松原駅(ひがしまつばらえき)を

止まらずに通過する急行に乗れば、3分であった。

 

 明大前駅の改札口で、沢口涼太(りょうた)は、美結を待っていた。

 

 沢口涼太は、エターナルの副社長の新井竜太郎が、この1月に立ち上げた

芸能事務所のクリエーションに所属して、人気を集めてきている新人の俳優である。

 

 2013年に、涼太は、京王線の明大前駅から7つめの仙川駅近くの、

名門の桐宝(どうほう)学園芸術短期大学の演劇専攻を卒業して、

順調に都内の会社に就職しながら、俳優としての道を模索していた。

 

 そして、運がいいのか、今年の1月、たまたま、渋谷を歩いていたら、

数多い芸能事務所の中の、クリエーションの担当者にスカウトされたのである。

 

この4月下旬、クリエーションで仕事を始めたばかりの美結に、いろいろと親切に

アドバイスとかをしてくれるのが、沢口涼太であった。身長は184センチと、

171センチの美結よりも、13センチ髙いことも、美結にはうれしいことだった。

 

 現在22歳で、1992年、10月8日生まれの涼太は、21歳になったばかりの、

1993年、4月16日生まれの美結の、1.5歳ほど年上である。

 

「よっ、美結ちゃん!」

 

 涼太は、ちょっと恥(は)ずかしそうな表情で、長い睫の奥の、

キラキラしている涼しげな瞳を細めると、美結を見てわらった。

 

「涼太さん、お元気そうね!」

 

 自分では制御(せいぎょ)できないくらいに、うれしさに胸がはずむ美結であった。

 

≪つづく≫ --- 42章 おわり ---



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43章 短くても美しく燃えること

43章 短くても 美しく 燃えること

 

 6月22日の日曜日。朝の10時。

雨がぱらつく曇り空で、気温も23度と涼(すず)しい。

 

 下北沢駅南口から歩いて3分の、ライブ・レストラン・ビートでは、

『クラッシュ・ビートとグレイス・ガールズの親睦(しんぼく)パーティ』が、

モリカワ・ミュージックの主催で始まっている。

 

 雑誌やテレビなどのメディアの関係者や、早瀬田(わせだ)大学の

学生たちの音楽サークル、ミュージック・ファン・クラブ (MFC)の部員も

全員が招待されていて、会場は華(はな)やいだ熱気に包まれていた。

 

 高さ8メートルの吹き抜けのホールの1階と2階の280席は満席だ。

1階フロアの後方の、バー・カウンターにも空席はなかった。

 

 店長の佐野幸夫が、間口が約14メートルのステージの左に立って、

マイクを片手に挨拶を始める。

 

「みなさま!本日は、お忙しい中を、お越(こ)しいただきまして、

ありがとうございます。ライブ・レストラン・ビートの店長の佐野でございます。

日ごろからのみなさまの温(あたた)かい応援のおかげで、

クラッシュ・ビート(Crash・Beat)とグレイス・ガールズ(Grace・Girls)は、

デヴューして、半年ほどですが、ヒットチャートをにぎわす、活躍を

続けて来(こ)れました!これからも、初心を忘れずに、謙虚な姿勢で、

慢心することもなく、果敢に新しい目標にチャレンジしていくと、いっています!

まあ、わたしなんかですと、ちょっと成功すれば、すぐ自慢したり、いい気になって、

遊びほけるんですけどね。クラッシュ・ビートとグレイス・ガールズのみなさんは、

美女とイケメン揃(ぞろ)いで、空気も読めて、わたしとは大違いです。あっははは」

 

 そういって、わらいながら頭をかいて、一礼をする佐野に、

会場からは、わらいと拍手と沸(わ)き起きる。

 

「それでは、みなさま、クラッシュ・ビートとグレイス・ガールズのライブや、

そのほかのミュージシャンの方々のライブなどの、たくさんのプログラムを

ごゆっくりと、お楽しみください!」

 

 そういって、まるい目でわらいながら、一礼すると、身長179センチの

佐野はステージの裾(すそ)へ消えた。

 

「モリカワミュージックも、すごいじゃん!きょうの、この会場にいるお客さまは、

すべて、無料の招待なんだからね!それだけ、重要な大物のお客ばかりだけど」

 

 そういって、席を立ちあがると、岡昇(おかのぼる)が、グレイス・ガールズの

メンバー全員と、「乾杯!」と、オレンジジュースの入ったグラスを、

胸の高さまで持ち上げて、回った。

 

 切れ長で細い目だけど、優しい輝きある瞳の、岡は、1994年12月5日生まれで、

まだ19歳だから、飲酒ができなかった。

 

 グレイス・ガールズのメンバーでは、べーシストの平沢奈美が、1994年10月2日

生まれで、まだ19歳である。

 

 岡昇は、グレイス・ガールズのパーカッション(打楽器)の担当をしっかりと確保していて、

メンバーと同じギャラ(報酬)をもらっているのだから、超ラッキー!と岡自身も感じている。

 

「詩織ちゃんは、やっと、ビールも解禁ね!」といって、清原美樹は、大沢詩織と

ビールのグラスを乾杯する。

 

 大沢詩織は、1994年6月3日生まれで、20歳になったばかりである。

 

「美樹さんみたいな、お酒が上手に飲める女性を目標にして、お酒を楽しみます!」

 

「まあ、詩織ちゃんにそういわれるって、とても光栄だわ」

 

 その詩織と美樹の会話に、みんなもわらった。

 

「それにしても、おれには不思議でしょうがないことがあるんですよ」と岡昇はいう。

 

「岡ちゃん、何なの?その不思議なことって」とグレイス・ガールズのドラム担当の、

菊山香織が、聞き返す。菊島は1993年7月26日生まれ。

 

「たとえば、香織ちゃんは、森川純さんという、いい人がいるじゃないですか!

美樹ちゃんには、松下陽斗(まつしたはると)さんがいるし、

詩織ちゃんには、川口信也(かわぐちしんや)さんがいて、

麻衣ちゃんには、矢野拓海(やのたくみ)さんがいるし、

奈美(なみ)ちゃんんは、上田優斗(うえだゆうと)さんがいるでしょう」

 

「岡くんにだって、南野美菜(みなみのみな)さんていう、ステキなヒトが

いるじゃないの。でも、それで、何が不思議なの?」

 

 グレイス・ガールズのギターリストの、水島麻衣はそういった。

麻衣は1993年3月7日生まれ。

 

「グレイス・ガールズのみなさんが、日に日に、キラキラと輝くような、

オーラ(雰囲気)を発しているというか、フェロモンを発散している女性に

なっていくので、それが不思議なんですよ!」

 

「まあ、岡くんって、正直なんだから!わたしたちが、美しくなっているって

ことが、不思議なのね!うふふ、ありがとう!」

 

 と美樹は、色っぽく、いたずらっぽく、岡に微笑(ほほえ)む。

 

「そういわれてみれば、わたしたち、ちょっとの間に、やけに、

女っぽくなって、お色気も出てきたのかもね!これも恋したり、

愛しあっているからかしら?」

 

 菊山香織がそういうと、みんな、声を出してわらった。

 

「さあ、そろそろ、わたしたちのライブの時間よ。

初めは、新曲の 『短くても美しく燃えること』やりましょうね!」

 

 美樹がみんなにそういった。

 

 グレイス・ガールズのメンバーと岡昇は、拍手につつまれる中、

ゆっくりとステージに上がった。

 

 『短くても美しく燃えること』は、美しいメロディの8ビートの

心地よいバラードであった。

 

 

 短くても美しく燃えること   作詞作曲 清原美樹 

 

人と人は 信じ合えるとき

本当の愛を 育てることができるんだって

あなたと出会えて 初めて知った気がするわ

 

生きてゆくことは むずかしいのね

信じ合うことも メチャクチャに難しいのね

愛が育つなんて 奇跡に近い この世界なのよ

 

でもね この広い 世界の中で

あなたと 出会えたことの 幸せは

いつも あなたと 感じあっていたい わたしなの

 

でもね この世界の 美しさの中で

本当の愛を 感じられている 幸せを

いつも あなたと 感じあっていたい わたしなの

 

Ah Important for me now.

(あぁ、今、私に大切なこと)

Ah I burns beautifully even if short.

( あぁ、短くても 美しく 燃えること )

 

世界に 戦争は 絶えることはなく

世界に 差別は 絶えることはなく

バカなことばかりの 憂鬱(ゆううつ)な この世界

 

社会は 人をだまして 平気な人 多く

社会は 人を傷つけて 平気な人 多く

古今東西(ここんとうざい) バカげたことの 繰り返し

 

でもね この広い 世界の中で

あなたと 出会えたことの 幸せは

いつも あなたと 感じあっていたい わたしなの

 

でもね この世界の 美しさの中で

本当の愛を 感じられている 幸せを

いつも あなたと 感じあっていたい わたしなの

 

Ah Important for me now.

(あぁ、今、私に大切なこと)

Ah I burns beautifully even if short.

( あぁ、短くても 美しく 燃えること )

 

≪つづく≫ --- 43章 おわり ---



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44章  愛と酒と歌の日々

44章 愛と酒と歌の日々

 

 6月28日の土曜日の午後3時を過ぎたころ。

空はどんよりと灰色に曇っていた。

 

 ヴォーン、ヴォーン、フォン、フォーンと、軽快な金属音を

路上や空気中に響かせて、川口信也の愛車のイタリアン・レッドの

ホンダ・CB400・スーパー・フォアが、下北沢のマンションの地下の

駐車場に入って来る。

 

 バイクの後部シートには、その細い両腕を、しっかりと信也にまわして、

シルバーのジェットヘルメもかわいい大沢詩織が乗っている。

 

 ある日、信也はよく腹筋を鍛えているから、その硬(かた)い感触に、

詩織が、「しんちゃんのお腹って、金属みたいに硬い」といったら、

「ははは、おれ、半分、ロボットのサイボーグなんだ、実は」

といって、信也がわらった。

 

「いやだ、それじゃ、しんちゃんは、009みたいなサイボーグ戦士なのね?」

詩織はそういうと、「まあね、戦士なら、かっこいいんだけどね」といって信也は

照(て)れた。そして、ふたりは声を出して明るくわらった。

 

 信也のマンションの部屋やキッチンやリビングは、信也の妹の美結が

掃除上手なものだから、いつも綺麗(きれい)にしてある。

 

「しんちゃん、このウールのカーペット、最高に気持ちいいわ!」

 

 9.5畳のリビングの、気楽に寝転がれる床座(とこざ)の、

ひのきのローリビングテーブル(座卓)で、信也と向かい合う詩織は、

そういって、微笑(ほほえ)む。

 

「ははは。ありがと、詩織ちゃん。買うときは、ちょっと高かったけれどね。

夏は涼しく、冬は暖かいっていうのを買ったんだぁ」

 

「そうなんだ。いいものはいいわよね。しんちゃんも、美結さんが来てくれたから、

お部屋はいつもきれいでしょう、お食事はおいしいでしょう。

だから、わたしも安心しているし、うれしいわ。わたしにとっても、美結さんは、

1つ上のお姉さんなんだけど、わたしなんかより、10倍くらい、しっかりしていてる感じ。

もう、わたしの先生みたいよ。だから、美結さんのことはとても尊敬しているの」

 

「詩織ちゃんと美結が、仲いいのが、おれとしては、何よりだよ。今夜も、みんなで、

楽しいひとときを過ごそうね。美結も来るから」

 

「うん、楽しみだわ。わたしもやっとお酒が飲めるんだもの」

 

 大沢詩織は、1994年6月3日生まれで20歳になったばかり。

早瀬田(わせだ)大学、文化構想学部の2年生である。

 

 今夜は、下北沢の料理も評判のカフェバーで、クラッシュ・ビートと

グレイス・ガールズのみんななどの気の合う仲間たちと楽しむことになっている。

エタナールの副社長の新井竜太郎やその弟の幸平も参加する。

 

「そうそう、約束していた、おれの新しい歌、詩織ちゃんに聴いてもらおうかな」

 

「うん、聴かせて!うれしいわ。わたしが、1番最初のリスナーよね。

タイトルも詩の内容も、すごい感じよね。しんちゃんらしいけど」

 

 詩織は、目を輝かせて、かわいらしく微笑む。

 

「あっはは。まあね。おれの生活をそのまま歌にしちゃった感じだからね。

あはは。じゃあ、まあ、聴いてね」

 

 そういって、信也はちょっと照れながら、わらうと、ギブソンの

アコースティック・ギターを手にする。

 

 信也は、カポタストをギターの3フレットに装着すると、手書きの簡単な

譜面を見ながら、1小節を16に分割したリズムの16ビートの、

軽快で爽(さわ)やかなイントロで、透明感のある声で歌い始めた。

 

愛と酒と歌の日々   作詞作曲 川口信也

 

インターネットのせいなのか 世の中 グローバル化

世界中が 競争相手のようで 忙(いそが)しさ MAX(マックス) 

環境破壊も 貧困も 戦争も 地球的問題で

頭の中も グローバルにしないと ダメみたい

 

仕事終われば 気の合う仲間と 気のむくままに 

馴染(なじみ)の店で 酒を飲めば 上機嫌(じょうきげん)

楽しいね 気持ちいいよね 明日への英気だね

アルちゅう(中毒)や 糖尿にも 注意するけどね

 

Ah,Days of love and sake and songs.

(あぁ、愛と酒と歌の日々よ)

Oh,Baby.I do not forget to protect you.

(おぉ、ベイビー、きみを 守ることを 忘れない)

 

かわいいあの娘(こ)がくれた 秘密の愛のプレゼント

世間の冷たい風に その愛も 吹き飛ばされそう

あの娘(こ)の愛のプレゼント なしじゃ 生きてはゆけないよ 

だから しっかり守って生きるのさ 秘密の愛のプレゼント

 

あぁぁ この人生 100年足(た)らずということは

花の短い生涯(しょうがい)と あまり 変わらない感じ

でも 憂(うれ)うことなく 楽しく酒を飲める 幸せよ!

あなたにも あの娘にも みんなにも いつも幸多かれ!

 

Ah,Days of love and sake and songs.

(あぁ、愛と酒と歌の日々よ)

Oh,Baby.I do not forget to protect you.

(おぉ、ベイビー、きみを 守ることを 忘れない)

 

歌作って 歌えば 楽しいことを 教えてくれたのは

ボブ・ディランだったか? ビートルズだったのか? 

でもそうだよね 誰でも アーティスト(芸術家)になれる

そんな時代が来たんだよ!その気にさえなればね!

 

誰かが言ってるよ!世界中の すべての人たちが

アート(芸術)を楽しんだり アーティスト(芸術家)になれば

環境破壊も 貧困も 戦争も なくなるだろうってね

なぜなら アート(芸術)って 愛について考えてみることだから

 

Ah,Days of love and sake and songs.

(あぁ、愛と酒と歌の日々よ)

Oh,Baby.I do not forget to protect you.

(おぉ、ベイビー、きみを 守ることを 忘れない)

 

アートの中でも 歌が大好きな おれたちさ

イカした ロックの ビートや リズムや ハーモニー

憂鬱(ゆううつ)も 悲しいことも 吹き飛んでしまうのさ

平和のために 勇気ある戦士にだってなれそうなのさ!

 

「人って 進歩してるのかな?」 って 誰でも考えることあるよね? 

みんなが アートを楽しんだり アーティストになったりすれば

人は もっと 愛や優(やさ)しさに 溢(あふ)れるのかもしれない

どうか そんな愛や優しさで 世界が いっぱいになりますように

 

Ah,Days of love and sake and songs.

(あぁ、愛と酒と歌の日々よ)

Oh,Baby.I do not forget to protect you.

(おぉ、ベイビー、きみを 守ることを 忘れない)

 

≪つづく≫ ---44章 おわり--- 



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45章 尾崎豊を彷彿とさせる水谷友巳

45章 尾崎豊を彷彿とさせる水谷友巳

 

 7月12日の土曜の午後4時を過ぎたころ。

 

 台風一過で、よく晴れた青空だが、30度を超す暑さである。

 

 川口信也と大沢詩織と、信也の妹の美結(みゆ)と、もうひとり、

水谷友巳(みずたにともみ)という名の若者が、楽しそうに語らいながら、

新宿西口駅を出ると、新宿3丁目へ向かって歩いている。

 

 水谷友巳は、大沢詩織と同じ1994年生まれの20歳(はたち)である。

といっても、7月11日が誕生日で、20歳になったばかりであった。

 

「とも(友)ちゃんも、やっと、お酒も堂々とも飲めるってわけか!

ともかく、めでたいことだ。あっはっは」

 

信也は、並んで歩いている友巳の肩を、ポンと叩(たた)く。

 

「わたしなんかは、マジメというか、ちゃんと20歳になるまでは、

お酒は飲まなかったんだから。やっぱり、ドマジメなのよね」

 

「詩織ちゃん、わたしだって、ドマジメで、20歳までお酒なんて、

飲みたいとも思わなかったわ」

 

 詩織と美結は、信也たちのあとを歩きながら、そんな会話をする。

 

「詩織さんも美結さんも、普通なんですよ。おれは生まれつきの

不良なだけなんですよ。あっはっは」

 

「そんなことないわよ!ともちゃん。あなたは、若い時から、

苦労することが多かったのよ、きっと。だから、お酒でも、

飲みたくなっっちゃうんだわ」

 

 そういって、21歳の美結は、友巳(ともみ)をかばう。

 

「今から行く池林坊(ちりんぼう)っていう店は、料理もうまいんだ。

きょうは、ともちゃんの誕生祝(いわい)ってことで、楽しく飲もうや!

今から池林坊(ちりんぼう)で会う、エタナールの竜さんは、

すごい大物だから、ともちゃんのミュージシャンとしての才能を

買ってくれるかもしれないぞ。そしたら、即(そく)、メジャー・デヴューだ!」

 

 そういって、また、信也は水谷友巳の肩をポンと軽く叩いた。

 

「そんなふうに、うまくいけば、うれしいっす!」

 

 友巳は、伸也を見ながら、うれしそうにわらうと、頭をかいた。

 

 新宿3丁目の池林坊は、土曜日の場合、夕方の4時30分オープンで、

明けがたの5時まで営業している。

 

 エタナールの副社長の新井竜太郎と、彼女の秋川麻由美(まゆみ)が、

池林坊(ちりんぼう)の、風情のある屋台風のテーブルで待っていた。

 

「竜さん、お忙しいところを、きょうはお付き合いくださって、

ありがとうございます」

 

 そんな挨拶を、信也が竜太郎にする。

 

「あっはっは。そんなに気を使わないでよ。おれと信ちゃんの仲じゃない。

信ちゃんから、誘われれば、どこだって歓んで行きたくなりますよ。

信ちゃんのまわりには、いつも美女が一緒だしね。あっはは。

それに、きょうは、美青年がご一緒とはね。最高ですよ。あっはは」

 

「あ、竜さん、ご紹介します。彼は、水谷友巳(みずたにともみ)くんです。

本人、おれに憧れているなんていって、突然、おれのマンションで

待ち伏せしていて、おれは捕まっちゃったんですけど、

彼の話をよく聞いてみると、おれなんかよりも、あの尾崎豊の大ファンというか、

尾崎に100%心酔しているロックンローラーなんです。

ご覧(らん)のように、ルックスもファッションも、尾崎豊を彷彿(ほうふつ)

とさせるヤツなんです。あっはっは。まあ、しかし、才能あるやつなんで、

おれもなんとかして、かれのミュージシャンとしての才能を開花させてやりたいと

真剣に思っているんですよ。ただ、いくら、尾崎豊の歌がうまくても、

オリジナル性をどのように育てるかが、課題ですけどね。

おれ自身も、尾崎豊には心酔していましたから、コピーやマネから、

オリジナルの道への厳(きび)しさはわかっているんですけどね。

ともちゃんを見ていると、自分の若いころを見ているようで、

ほっとけないんですよ。はっはは。まあ、竜さん、よろしくお願いします」

 

 そういって、頭を下げる信也だった。

 

「ううん。ホント、尾崎豊を思わせるような、イケメンの青年ですね。

今夜は、楽しく飲んだあとで、カラオケでもいって、ともさんの歌を

ぜひ聴かせてもらいたいなあ」

 

「ホントですか?ありがとうございます。ぜひ、歌わせて下さい!」

 

 そういって、清々しい笑顔で、水谷友巳は、対面している竜太郎に頭を下げた。

 

 「ともちゃんの20歳をお祝いして、乾杯(かんぱーい)!」

 

 風情のある屋根つきの屋台風のテーブルで、信也が音頭(おんど)をとる。

 

 「ともちゃんって、やっぱり、尾崎豊に似ているわ!声もルックスも」

 

 竜太郎の隣の秋川麻由美が、生ビールをおいしそうに飲みながらそういう。

 

 大沢詩織も、「ともちゃんって、ホント、尾崎みたいに、かっこいいわ」といえば、

川口美結も、「うんうん、尾崎とはちょっと違ったタイプの、でもイケメンよね。

彼女がいないなんて、信じられないわ」といった。

 

 「おれ、最近、フラれたばかりなんですよ。でも、それで、歌を1つ、作ったし。

あっはっは」

 

 そういうと、水谷友巳は、わらって、頭をかいた。そのシャイな仕草(しぐさ)や、

瞳の澄んでいて、鋭い輝きが、あの尾崎豊に、どことなく似ていた。

 

≪つづく≫ --- 45章 おわり ---



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46章 Love is harmony(ラヴ・イズ・ハーモニー)

46章 Love is harmony(ラヴ・イズ・ハーモニー)

 

「とも(友)ちんの彼女って、すごい、かわいい子じゃん!」

 

「そうですかぁ。まだ、結(ゆう)は、15歳で高 1 なんですよ。

おれと 5歳も違っちゃっていて。あっははは」

 

「初めましてー。木村結愛(ゆうあ)です」

 

「あ、どうも。おれ、川口信也です。しんちゃんって

気軽に呼んでください。あっはっは」

 

「初めまして、結愛(ゆうあ)さん。大沢詩織です!」

 

 7月20日の日曜日、午前11時40分。

下北沢駅南口の改札口付近で、川口信也と水谷友巳(ともみ)たちは

待ち合わせをした。

 

 駅から歩いて5分のライブハウス EASY(イージー)で、

クラッシュ・ビートや、グレイス・ガールズや、早瀬田大学の

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちや

松下陽斗(はると)とそのトリオのメンバーたちも集まって、

親睦(しんぼく)のパーティを行うところだった。

 

 EASY(イージー)は、キャパシティが、着席で60人、

スタンディングで90人で、川口信也が課長をしている

モリカワが経営する店であった。

 

 川口たち4人が、EASYの店内に入ったころには、

顔馴染(かおなじ)みのみんなが、すでに集まっている。

 

「そろそろ、みなさん、お揃(そろ)いになりましたので、

親睦パーティを開催いたします!」

 

 モリカワの課長で、クラッシュビートの、森川純が挨拶を始めた。

 

「本日は、お忙しい中、お集まりいただきまして、ありがとうございます!

このような親睦パーティを開催しますのも、月並みですが、

みなさんに、楽しいお時間を過ごしていただいて、さらなる英気を

養(やしな)っていただきたい、そんな考えからであります。

ええと、閉会は夜の9時を予定しています。

ライブ演奏も遠慮なさらずに、ご気分が乗った方から、

ご自由にやっていただければ、幸いです。

それでは、ごゆっくり、くつろいで、親睦パーティをお過ごしください!」

 

 拍手と歓声がわきおこる。

 

 60人近い人数のみんなは、バー・カウンターやテーブルに落ち着くと、

店のスタッフに注文したりしながら、心地よい気分で、昼食を取りはじめる。

 

「とも(友)ちん、まあ、フラれた彼女と、また仲良くなれて、良かったじゃない」

 

 そっと、小さな声で、川口信也が、水谷友巳(ともみ)の耳もとに囁(ささ)く。

 

「ええ、よかったですよ。新しく作った歌を、結愛(ゆうあ)が気に入ってくれて、

また、仲良くなれたんです」

 

「ああ、なるほど。おれにも似たような経験が確かあったかな?

恋愛のトラブルって、それがきっかけで、いい詩が作れるんだよね。

あっはっは」

 

「そうですよね。信也さん。あっはっは」

 

「まあ、ビールで乾杯しようや」

 

「昼間っからですか。あっはは。そうそう、きょうは、その歌を

歌わせていただきますから。尾崎の『17歳の地図』のような

16ビートのロックンロールで、おれの代表曲にしようと

思っているんですよ。ギターの弾き語りでやります。

信也さん、これがその歌なんですよ」

 

「そうか・・・・。なかなか、いい詞じゃない。尾崎の影響も、

全然ないし、とも(友)ちんの、完全なオリジナルだね。

曲も、すごい、よさそうじゃん。楽しみにしているよ!

『17歳の地図』は、尾崎の歌の中でも、

おれは大好きなロックンロールでさ。

とも(友)ちんも、結愛(ゆうあ)ちゃんがいるから、

大きく成長してきたのかもしれないね。

オンナは男を成長させるものだからね。

特に、芸術家の場合は、女性の存在が大きいよ」

 

「やっぱり、そんなもんですかね。あっはは」

 

 信也と友巳が目を見合わせて、愉快そうにわらった。

 

 同じテーブルの向かい側の、大沢詩織と木村結愛(ゆうあ)も

目を見合わせると、楽しそうに微笑んだ。

 

 木村結愛(ゆうあ)は、15歳らしい無邪気な可愛(かわ)いらしさと、

オトナの女性っぽい雰囲気を持ている、個性的な少女である。

 

 午後の3時を過ぎたころ。

 

 リーゼントぽいヘアスタイルの水谷友巳(ともみ)が、スポットライトのあたる

ステージのマイクの前に、ギターをかかえて、立っている。

 

「水谷友巳です。みなさん、お聴きください。作ったばかりの、ロックンロール、

『Love is harmony(ラヴ イズ ハーモニー)』です!」

 

 拍手と歓声が鳴りやんだあと、16ビートの、切れのいいカッティングの

ギターのイントロで、水谷は歌い始めた。

 

 

Love is harmony (ラヴ・イズ・ハーモニー)  作詞作曲 水谷友巳

 

いつでも どんなときでも 大切なものだった

きみへの愛は 変わることのない

燃え盛る 熱い炎のようなものだと

この愛を失ってから 初めて 気づく

愚(おろ)かな このオレ 未熟な このオレ!

 

どうして こんなにも 悲しいのだろう?

日は昇り 風は吹いて 日は沈む

おだやかな 生活に 変わりはないのに

気がつけば きみを失った この寂(さび)しさに

おれの心 影も形も 無くなっちまっているよ!

 

Harmony is love. (ハーモニー(調和、和音)は、愛)

Love is harmony. (愛は、ハーモニー)

Harmony is beauty. (ハーモニーは美)

Beauty is harmony. (美は、ハーモニー)

Harmony is truth.  (ハーモニーは、真実)

Truth is harmony. (真実は、ハーモニー)

 

ナイーブ(naive)なほうだけど 鈍感だった

正直 愛なんて 考えたことなかった!

愛を 空気のように 胸いっぱいに

きみからも もらって 生きてきた オレだった!

きみの愛は いまもオレの命を 支(ささ)えている!

 

人は 何のために 生きているのだろう!? 

そんな問いは 永遠にわからないだろう

オレたちは 永(なが)くはない 人生を

メロディ ハーモニー 奏(かな)でる 音楽のように

楽しく 生きてゆけるならいいと 願うばかり!

 

Harmony is love. (ハーモニーは、愛)

Love is harmony. (愛は、ハーモニー)

Harmony is beauty. (ハーモニーは美)

Beauty is harmony. (美は、ハーモニー)

Harmony is truth.  (ハーモニーは、真実)

Truth is harmony. (真実は、ハーモニー)

 

きみの 青い空のように 澄(す)んだ瞳(ひとみ)

きみの 青い海のような 微笑(ほほえ)み

空のような 海のような 君への オレの思い

だから きっと 街(まち)の どこかで きみも

オレのことを 思って いてくれるのだろう

 

無(な)くしちまった 愛かもしれないけれど

また きみと二人で やりなおしたい

きみは いつも かわいい 少女のようだけど

情感 豊かな ステキな オトナの女

きみは オレにとって 音楽 そのもの!

 

Harmony is love. (ハーモニーは、愛)

Love is harmony. (愛は、ハーモニー)

Harmony is beauty. (ハーモニーは美)

Beauty is harmony. (美は、ハーモニー)

Harmony is truth.  (ハーモニーは、真実)

Truth is harmony. (真実は、ハーモニー)

 

≪つづく≫ --- 46章おわり ---

 

 



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47章 目標は、ラルク・アン・シエル!?

47章 目標は、ラルク・アン・シエル!?

 

 7月27日。空も晴れた、正午。気温も35度に達している。

 

「きょうはスゴイ暑いよね!とも(友)ちゃん」

 

「こんなに暑ければ、気をつけないと熱中症にもなるよ」

 

 木村結愛(ゆあい)と水谷友巳(ともみ)が、下北沢駅南口を出ると

南口商店街へ向かっている。

 

 木村結愛は、15歳の高校1年、水谷友巳は20歳(はたち)になったばかり。

 

 高校を卒業したあと、大学には行かずに、ロック・ミュージシャンの道を究めようと、

ヴォーカルやギターの練習をして、様々なバンドのセッションにも参加したりしながら、

ミスター・ドーナッツやモス・バーガーとかのアルバイトで、生活費を稼いでいる、

水谷友巳である。

 

 そのミスター・ドーナッツの近くにある中学や高校に通っている木村結愛が、よく放課後に、

店に行くと、水谷友巳が笑顔で売り子をしていた。

 

 そんなわけで、笑顔の似合う二人は、自然な感じで、親しくなったのである。

「今度、どこかに遊びに行きませんか?」と最初に声をかけたのは、水谷友巳であった。

 

 木村結愛が、ロックバンドのラルク・アン・シエル(L'Arc~en~Ciel)が大好きで、

この2014年3月22日の土曜日には、新宿区霞ヶ丘の国立競技場で行われた、

ライブ・コンサートには、水谷友巳と木村結愛は、仲よく観に行くことができた。

21日、22日、2日間合わせて、16万人分のチケットは、即日完売であった。

 

 尾崎豊に心酔してロックミュージシャンに憧(あこが)れた水谷友巳だったが、

木村結愛と出会ってからは、ラルク・アン・シエルを大好きになっていた。

 

 下北沢南口商店街の中ほどの北沢ビル1階にあるカフェ・バー・アップルに、

ふたりは入る。アップルパイやチーズケーキのおいしい、モリカワの経営する店である。

 

 店内には、川口信也、信也の彼女の大沢詩織、いつも仲睦(なかむつ)まじいカップルの、

清原美樹と松下陽斗(はると)、森川純と菊山香織、森川良(りょう)と白石愛美(まなみ)、

の8人が、低めのゆったりしたソファーのテーブルで寛(くつろ)いでいる。

 

「よく来てくれました。実は、きょうは、うちの会社、モリカワ・ミュージックの

森川良さんが、来てるんだ。とも(友)ちんの才能に期待してくれていて、

メジャー・デヴューに向けて、総力を挙げて取り組もうと言ってくれているんですよ」

 

 信也の隣のソファに座(すわ)る、水谷友巳(ともみ)と木村結愛(ゆあい)に、

信也は微笑(ほほえ)みながらそういった。

 

「え、本当ですか。うれしいです」と水谷友巳は白い歯を見せて微笑む。

 

「やったじゃん。とも(友)ちん。ラルク・アン・シエルみたいな、ビッグなロックバンド

目指して、がんばろうね!」

 

 無邪気に、木村結愛がそういうと、みんなは明るくわらった。

 

「しかし、ともちんの目標とするミュージシャンが、尾崎豊からラルク・アン・シエルに

軌道修正した感じだね。これも結愛(ゆあい)ちゃんの影響かな?

でもね、いい音楽の影響を受けながら成長するのが、アーチストってもんだからね。

とてもいい傾向だと、おれは思うよ」と信也はいった。

 

「はじめまして。モリカワ・ミュージックの課長の森川良です。

水谷友巳さんのオリジナル曲とか、デモテープを聴かせていただいて、

モリカワ・ミュージックとしては、水谷さんのメジャー・デヴューの

プロジェクト(企画)を立ち上げたいと考えているんです。

これから、水谷さんと気の合うバンドメンバーも決めるわけですけどね。

どうか、よろしくお願いいたします」

 

 水谷友巳のテーブルの向かい側にいる森川良はそういった。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。バンドの結成はぼくも楽しみです。

気の合うヤツなら、友だちにもいるんですけどね。

ぼくは、人生をロック・ミュージシャンに賭けてみたいんです。

それには、努力と才能と運が必要なんでしょうけど。

でも、運も、川口信也さんに出会えて、拓(ひら)けてきた気がしています」

 

 そういう水谷友巳の言葉に、みんなは、わらった。

 

「そうですか。それでは、おたがいに、ベストを尽(つ)くしてゆきましょう!

きょうは、友巳さんも、結愛さんも、楽しんでください。きょう、お集まりのみなさんは、

モリカワ・ミュージックで、メジャー・デヴューして、成功している方々ばかりですので、

音楽談義とかで、お話しも楽しく弾むと思います」

 

 見るからに、ソフトな紳士、思いやりのある印象の森川良が、そういって微笑む。

 

 ・・・ともちんの、デヴューの話はうまく進展して、良かったけれど、おれは、

先日、エタナールの副社長の竜さんに、ともちんを、よろしくお願いしますと、

紹介しているしなぁ・・・、しょうがないか、今回は、竜さんには謝(あやま)って

おくしか、方法はなさそうだ・・・

 

 みんなと、歓談しながらも、信也はそんなことを、ふと思っていた。

 

≪つづく≫ --- 47章 おわり ---



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48章 バンドの名前は、ドルチェ! 

48章 バンドの名前は、ドルチェ!

 

 8月2日の土曜日、午後3時ころ。雨もぱらつく、

晴れたり曇ったりの天気である。

 

 下北沢駅南口から歩いて5分の、ライブハウス EASY(イージー)に、

モリカワ・ミュージックの課長の森川良(りょう)と、

モリカワ本社の課長の川口信也たちが集まっている。

 

 20歳になったばかりの水谷友巳(ともみ)をメイン・ヴォーカルとする、

新しいロックバンドの結成とデビューのための、

最終的な話し合いを、バンドのメンバー全員としている。

 

 バンドのメンバーは、水谷友巳以外の4人は、どんなジャンルの曲でも演奏できる、

いわゆるスタジオミュージシャンであった。レコーディングやライブなどに参加する

仕事をしていて、モリカワ・ニュージックの仕事もしてた。

 

 野口大輝(のぐちだいき)、志村潤(しむらじゅん)、黒田悠斗(ゆうと)と、

ひとり、女性の吉行あおい、の4人であった。

 

 ライブハウス、EASY(イージー)は、キャパシティが、着席で60人、

スタンディングで90人の、モリカワの直営店である。椅子やテーブルや

カウンターは、自然の木を使っていて、木目も美しい。

 

「おれたちは、スタジオだけの単調な仕事に、あきあきしていたところ

なんですよ。友巳(ともみ)さんは、才能ありますし。きっと、いいバンド活動が

できるだろうって、すごく期待しているんです。なぁ、みんな!」

 

 ベースギター担当で、すでに、このバンドのリーダーと決まっている、

25歳の野口大輝(のぐちだいき)が、落ち着いた表情でわらいながら、

みんなを見わたす。

 

「そうなんですよ。楽しみなんです。この頃は、また、しょっちゅう、バンドでも

やって、ライブとかもやりたいよねって、話していたんですよ。あっはは」

 

 ギター担当の22歳の、志村潤(しむらじゅん)が、いたずら盛りの少年ように、

瞳を輝かせながら、そういって、微笑む。

 

「友巳(ともみ)さんとなら、最高のバンドができると思います!わたしたちで、

バンドを組んで、デヴューできたらいいわよね、なんて、ちょうど、

話したりしていたんですもんね!ねえ、悠斗(ゆうと)さん」

 

 キーボード担当の22歳、すらっとしたモデルのような容姿で、顔立ちも美しい、

吉行あおいが、森川良を眩(まぶ)しそうに見て、微笑(ほほえ)む。

 

「そうなんですよ、偶然なんでしょけど。そうしたら、良(りょう)さんから、

今度新しくバンド結成するから、そのメンバーを探しているって、

お誘いがあったんですからね。世の中って、いつどこで、

幸運が舞い込んでくるのかなんて、わかりませんよね。あっはは」

 

 そういって、ちょっと、人見知りの性格で、照れながらわらうのは、

ドラム担当の24歳、黒田悠斗(ゆうと)であった。

 

「よかったですよ。みなさんが、バンドの結成と加入に、快(こころよ)く

賛成(さんせい)してくださって。本当にありがとうございます。

こんなにスムーズに短い期間で、メンバーが決まるとは、

わたしたちは、考えていなかったんです。ねえ、とも(友)ちゃん」

 

 そういって、森川良は、隣にいる水谷友巳を見る。水谷の隣には

高校1年、15歳の木村結愛(ゆあい)もいる。

 

「まったくですよね、良さん。きっと、バンド結成までの道のりは、

険(けわ)しく、難(むずか)しいだろうなあと、考えていたんです。

実は、最初は、おれの高校のときの、バンドの仲間たちで結成しようと

考えたんですよ。ところが、やっぱり、プロとしてやっていくのには、

実力が不足でした。頓挫(とんざ)して、ダメになってしまいました」

 

 水谷は、そういったあと、一緒にやっていけなくなった高校からの

仲間たちのことが、頭の中を過(よぎ)った。

 

「でも、とも(友)ちんたちのバンド演奏は、かなり良かったんだよね。

息も合っているから、リズムの乗りもいいし、グルーブ感っていうのかな、

聴いていて、とても楽しめたからね。粗削(あらけず)りだけど、

それも魅力的だしね。しかし、プロとしてやってゆくのには、

あと最短でも、1年くらいの時間が必要な感じなんだよね」

あと1年くらい待ってみようかなって、考えたいたわけだけど」

 

 川口信也が水谷友巳の心情を察しながらそういった。

 

「でも、友ちゃんは、友情をいつも大切にしているんだから、高校のお友だちも

わかってくれているわよ!大丈夫よ、友ちゃん!」 

 

 木村結愛(ゆあい)は、水谷が沈んでちょっと暗い表情するものだから、

身体を寄せて、耳もとで、そういって励(はげ)ます。

 

 この新しいバンド名の『ドルチェ』は、結愛(ゆあい)の提案した名前だった。

それが採用されて決まったものだから、結愛(ゆあい)も嬉(うれ)しかった。

 

 ドルチェ(dolce)は、イタリア語で、甘いの意味や、音楽の用語として、

柔和に、甘美に、優しく、などの意味があり、また、イタリア料理で、

菓子やケーキやデザートについてもいい、また、イタリア産のワインで

甘口のものも意味する。

 

「おれ、作ったばかりの歌で、バラードですが、ちょっと歌ってきます!」

 

 水谷友巳は、スポットライトの当たるステージのマイクの前に、

ギターをかかえて立つと、歯切れのいい、リズミカルな、8ビートの

カッティングのイントロで、歌い始めた。

 

Good luck to my friend. 作詞作曲 水谷友巳

 

仲間と いつも歩いた 学校の並木道 

きみと 何度も歩いた 学校の並木道 

青春の 日々は 毎日 輝いていたね

 

夢を見たり 追うことが 青春ならば

夢を見たり 追うことを 忘れないことさ

人生は いつも 輝く 青春であるべきだから 

 

時の流れのなか 自分を 見失わないように

時の流れのなか 愛を 見失わないように

時の流れのなか 優しさを 無くさないように

Good luck to my friend.(友だちに、幸運あれ)

Good luck to my friend.(友だちに、幸運あれ)

 

人の痛みが 自分の痛みと同じように

感じられることが オトナになることなのかって

想像を 巡(めぐら)らすことも あったけど

 

でも オトナの世界は そんなに綺麗(きれい)じゃなかった

なぜ 生きることは こんなに難しいことなのか?

欲望があるからか?生きることが 過酷だからか?

 

時の流れのなか 自分を 見失わないように

時の流れのなか 愛を 見失わないように

時の流れのなか 優しさを 無くさないように

Good luck to my friend.(友だちに、幸運あれ)

Good luck to my friend.(友だちに、幸運あれ)

 

汚(よご)れのない 澄(す)んだ心や 日々の 一瞬

一瞬とか 大切なことは いっぱいあるけれど

真実の世界を 生きてゆければいいと 切に思う

 

時の流れのなか 自分を 見失わないように

時の流れのなか 愛を 見失わないように

時の流れのなか 優しさを 無くさないように

Good luck to my friend.(友だちに、幸運あれ)

Good luck to my friend.(友だちに、幸運あれ)

 

≪つづく≫ --- 48章 おわり ---

 



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49章 きみなしではいられない

49章 きみなしではいられない ( I Can not do without you )

 

 8月10日、日曜日。台風第11号が、西日本を北上する影響で、

東京は強い雨や風に荒れた天気である。

 

 こんな悪天候であったが、渋谷では地元の話題にもなっていた、

ライブハウス、サニー(sunny)のオープニング・パーティーが始まっている。

 

 サニーは、渋谷駅ハチ公口から徒歩で5分、センター・ビルの5階の

ワンフロアにある。

 

 キャパシティ(収容能力)が、スタンディングで1000人、座席数は250という、

都内最大級のライブハウスであった。

 

 サニーは、弱冠31歳の新井竜太郎(あらいりゅうたろう)が副社長の、

外食産業大手のエターナルの事業のひとつであった。

 

 多彩な音楽やコンテンツ、飲み物や食事、ダンスも踊れる広いワンフロア、

サニーでは、上質なエンターテインメントの提供をコンセプト(テーマ)に、

新しいライブハウスの形を実現している。

 

「しかし、男女の仲っていうのは、いつ壊(こわ)れてしまうのかって、

わからないものですよね。信也さん」

 

 岡昇は小さな声で、隣の席の川口信也にそう囁(ささや)いた。

岡昇は早瀬田(わせだ)大学、商学部、1年、19歳。大学公認の

サークル、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の会計でもある。

 

「ちょっとしたケンカで、すぐに仲直りってこともあるけどね。

竜さんと麻由美ちゃんの場合は、どうなんだろうなぁ。

おれには、竜さん、麻由美ちゃんにフラれちゃったよなんて、

言っていたけど、真相はわかんないよなぁ」

 

 そういうと信也は、生ビールをうまそうに飲むと、

岡と目を合わせて、ちょっと困った顔をして、わらう。

 

「わたしたちの場合は、ケンカしてもすぐに仲直りよね。

ねっ、岡ちゃん!きっと相性がいいのかしら!?うっふふっ」

 

 岡の右隣には、岡と交際している南野美菜(みなみのみな)がいた。

美菜は、早瀬田(わせだ)大学、商学部、4年、22歳。

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員である。

 

「岡ちゃんと美菜ちゃんのカップルって、いつも楽しそうでいいな!

わたしと信(しん)ちゃんの場合だと、ケンカになったりしたら、

きっと、1週間くらいは、仲直りできそうもないもん!」

 

 向かいのテーブルの岡と美菜に、そういって微笑む、大沢詩織だった。

 

「あっはっは。そういえば、この前の、あんときの、1週間は、きつかったなぁ、

あっはは」と信也はわらった。

 

「しんちゃんと詩織ちゃんって、ケンカなんかしそうもないように見えるけど、

ケンカすることあるんだぁ」

 

 詩織の隣にいる清原美樹が、詩織と信也を見ながら、いたずらっぽく微笑んだ。

美樹の隣には松下陽斗(まつしたはると)も来ている。

 

「おれも、美樹ちゃんとは、絶対にケンカなんかしたくないですよ」と陽斗がいう。

 

「美樹ちゃんって、怒(おこ)ると、コワいからね!陽(はる)くん!?」という詩織。

 

「あら、わたしって、怒(おこ)ったって、全然、コワくないと思うけど、詩織ちゃん」

 

「そうそう。美樹ちゃんも詩織ちゃんも、全然、コワいなんて思ったことはないよ。

いつも、可憐な花のように、かわいい女の子だって、おれは思っているもの」

 

 信也が生ビールに酔って、上機嫌でそういうと、みんなは、おおわらいをする。

 

「しん(信)ちゃん、みなさん、楽しんでいただけてますね。どうですか、

このライブハウス、サニーは?かなりガンバって作ったんですよ。あっはは」

 

 新井竜太郎が、満面の笑顔で、弟の幸平と、スーツをビシッと決めてやって来る。

 

「竜さん、この度(たび)は、こんなに、すばらしいライブハウスに招待していただいて、

ありがとうございます。ぜひ、おれたちも、ここでライブをやりたいですよ!」

 

 信也がそういうと、清原美樹やみんなも、「サニーは、ホント、ステキなお店です」

「ぜひ、ライブ、やらせてください!」などと、竜太郎や弟の幸平にいう。

 

「そうそう、竜さん、水谷友巳(ともみ)くんの件では、ホントに失礼しました。

あれよという間に、モリカワ・ミュージックが、水谷くんには、すごい力の入れようで、

バンド結成して、メジャーデヴューへ向けてやっていくことになっちゃったんですよ」

 

「そんなこともあるよ。しんちゃん。おれは何も気にしていないから。

むしろ、水谷くんのバンド結成と、メジャーデヴューを祝福したいですよ。

今日(きょう)も、水谷くんや、そのバンドのドルチェのみなさんも来てくれているし。

その彼らが、新曲を披露してくれるっていうから、嬉(うれ)しくってしょうが

ないくらいなんだよ。しんちゃん」

 

 午後の2時を過ぎたころ。ワンフロアの広い店内にある、スポットトライに

彩(いろど)られたステージでは、水谷友巳たちのバンド、ドルチェが、

ライブハウス、サニーの開店を祝福の気持ちを込めて、

5曲ほどのライブを始めようとしていた。1曲目は、軽快な8ビート、

甘美なメロディの 『きみなしではいられない』である。

 

 ステージの近くのテーブルでは、バンド名のドルチェを考えた、

水谷友巳の恋人の、15歳の高校1年、木村結愛(ゆあい)が、

ドルチェの熱い演奏を見つめている。

 

きみなしではいられない ( Can not do without you )

 

 作詞作曲 水谷友巳(ともみ)

 

黄昏(たそがれ)の深まりゆく いつもの散歩道

君の手のぬくもり きみの弾む笑い声

きみはぼくの宝物 ぼくの心の支(ささ)え

 

世界に生まれてきて きみと出会えたこと

きみと話せたこと きみと触れ合えたこと

きみと感じ合えたこと きみと歓びあえたこと

 

そんな ステキな きみさえ いてくれたなら 

冷たいばかりの この世界 だとしても

おれには 心残りはない 悔(く)いはないさ 

 

I can not do without you

I can not do without you

そうさ おれは きみなしではいられない

いつも どこでも きみなしではいられない

 

きみがいてくれるなら なんでもできるだろう

きみがそばに いてくれるなら おれは

この命さえも そんなに 欲しくはないのさ

 

愛なんて 誰も 教えてくれなかったのさ

愛なんて 幻想かと 思っていたんだ

でも きみが 愛を 教えてくれたんだ

 

だから おれは 強く 生きようと 思うのさ

ロックン ロールで 戦って やるのさ

この世界が この愛に あふれるまでね!

 

I can not do without you

I can not do without you

そうさ おれは きみなしではいられない

いつも どこでも きみなしではいられない

 

≪つづく≫ --- 49章 おわり ---

 



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50章 美結と真央と涼太、CMに出演

50章 美結と真央と涼太、CMに出演

 

 8月16日、土曜日、2時30分を過ぎたころ。曇り空である。

 

 下北沢駅北口から歩いて約3分、大きな赤いハイヒールが

店の前に飾ってある、ヘイト・アンド・アシュバリー (HAIGHT&ASHBURY)へ、

川口信也と妹の美結(みゆ)、大沢詩織、清原美樹、松下陽斗、

小川真央、沢口涼太、の7人で行くところである。

 

  ヘイト・アンド・アシュバリーは、古着屋の超老舗で、プロのバイヤーがアメリカや

ヨーロッパを中心に、世界中から集めた貴重なアイテム(服の種類)が揃(そろ)っている。

取扱っているジャンルも幅広く、各コーナーは、MEN'S、LADY'S、ANTIQUEに分かれていた。

 

 良質で手頃なヴィンテージ・ファッションから、本物のアンティークまで揃っているので、

ヘイト・アンド・アシュバリーには、芸能界やファッション界にもファンも多く、

全国からやって来るファンもいる。

 

 「美結ちゃん、真央ちゃん、今度のテレビのCMのこと、

わたし、すごく楽しみにしているのよ!」

 

 美樹は、1つ年下の美結と、同じ歳の真央と、3人で並んで歩きながら、

そういって微笑む。

 

 「うん。エタナールのイメージ・キャラクターにしてくれたのよ。

副社長の新井竜太郎さんたちが・・・・。わたしと、真央ちゃんと、

涼太さんの3人が、これからのエタナールのイメージ・キャラクター

なんだって。わたしたち3人って、まだ新人で、駆け出しの若手だけど、

そんな新鮮なイメージが、エタナールの新しいイメージ・キャラクター

に相応(ふさわ)しいっていってくれてるの。ね、真央さん!」

 

 美結は、そういうと、美樹と真央に微笑んだ。

 

「最近よくある、物語仕立(じた)てといいますか、ストーリーのあるCM

なんですよ。おれは正義感が強くて、人情に篤(あつ)いけど、

そそっかしくって、失敗ばかりしているウエイターや売り子をやっている

店員の役なんです。美結ちゃんは、敏腕(びんわん)なエタナールの社員で、

真央ちゃんは、おれの店長だもんね。あっはははっ」

 

 美樹と美結と真央の後(うし)ろを歩く、身長184センチの沢口涼太は、

爽(さわ)やかな笑顔でわらった。涼太は松下陽斗と歩いていて、

音楽や芸能界の話で盛り上がっていた。

 

 「涼太さんは若い女の子に圧倒的な人気があるから、このCMは、

大ヒット間違いないですよ」

 

 1番前を歩いている川口信也がふり返ってそういった。信也の横には

大沢詩織がいる。

 

・・・・竜太郎さん、真央ちゃんを、エタナールの新しいイメージ・キャラクター

に起用したものだから、仲良くいっていた秋川麻由美(まゆみ)ちゃんと

ケンカしちゃったらしいからな。女性のヤキモチって、コワいからなぁ。

そういえば、竜さん、おれにこんなことを聞いたっけ・・・・

 

 ふと、信也は、行(い)きつけの渋谷のバーでの、先日の竜太郎との会話を思い出す。

 

「しんちゃんは、前に、つきあっていた、清原美樹ちゃんには、今では、恋心

とでもいうのかな、そんな恋愛感情は、自然と消えちゃったのかな?」

 

 竜太郎からそんなことを聞かれた信也は、思わず声を出してわらった。

 

 竜太郎は1982年生まれの31歳。信也は1990生まれの24歳。

なぜか話の合う、酒飲み友だちの二人には、歳の差など関係なかった。

 

「おれは、美樹ちゃんのことは、本当に、好きだったんですよ。

いまでも好きかと聞かれたら、詩織ちゃんのことがあるから、

はっきりと言えないし、うまく言えませんけれどね。まあ、

美樹ちゃんは、おれに、愛というもんが、どんなものかを

教えてくれたっていうことは、確かな気がします。

男は女でもって成長するもんだって、あの文芸評論家の

小林秀雄も言ってますよね。おれも美樹ちゃんとの恋愛で、

かなり成長したんだって、実感しています。まあ、結果的には、

フラれたわけですけどね。あっはっは」

 

「なるほど・・・・。恋愛って、楽しかったり、辛(つら)かったりの、

一種の修行(しゅぎょう)のようなところがあるよね。あっはっは。

おれはね、しんちゃん。お互いが、本当に好きならば、

恋愛することは、基本的に自由だと思っているんだけどね。

だから、おれみたいな、いわゆる恋愛至上主義の考えの男は、

独身でいたほうがいいって思っているのさ」

 

「それはそれで、いいんじゃないですか。竜さんはモテるんだし」

 

「いやいや、しんちゃんほど、おれはモテないよ」

 

 ふたりは声を出してわらった。

 

「・・・・恋愛って、竜さん、基本的に、1対1、じゃないですか。

相手がNO(ノー)といえば、そこまでですもんね。誰かを傷つけてまで、

するもんじゃないでしょう。ストーカーとか、人間として最低ですよね。

でも、そこが、むずかしいところですよね。竜さんの考え方もよくわかるんですよ。

竜さんと同じように、おれも恋愛至上主義かもしれないんですよ。

1度誰かを好きになったという事実は、消し去ることはできませんからね。

過去に好きになったヒトのことを、あえて、打ち消すこともないと思います。

かといって、現実的には、何人もの女性と付き合うことは不可能なだけですよね」

 

「何が大事かって、恋愛に耽っているばかりじゃダメなのは当たり前だよね。

やっぱり、おれたち男には、仕事や趣味が1番なのかな?しんちゃん!」

 

「そんなとこじゃないですか。竜さん!欲望を恋愛以外に向けるとかですかね!」

 

 ふたりは、意気投合したように、目を合わせると、声を出してわらった。

 

 その行(い)きつけのバーとは、JR渋谷駅東口から歩いて3分の、

Bar 石の華(いしのはな)だった。

 

 客席数は19席の、カウンターの落ち着いた雰囲気のお店である。

種類豊富なお酒、オリジナルが評判のバーで、オーナーの

バーテンダーは、技能競技会で総合優勝もした名人であった。

 

 そんな会話をしたその夜は、ふたりは、オリジナル・カクテルの

クラウディアを楽しんだ。クラウディアは、パイナップルジュースと

キャラメルシロップを加えたマティーニである。

 

≪つづく≫ --- 50章 おわり ---



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51章 2014年、たまがわ花火大会

51章 2014年、たまがわ花火大会

 

 8月23日。午後4時過ぎ。曇り空で、雨に降られることもなく、

夏の風物詩、世田谷区たまがわ花火大会が始まろうとしている。

 

 5時45分から、ステージ・イベント、オープニング・セレモニーの、

都立深沢高校、和太鼓部の演奏や、地区の合唱団による合唱がある。

 

 そのあと、花火打ち上げ直前の、みんなとのカウント・ダウンが、

夜空を見上げながらの、恒例(こうれい)となっている。

 

 今年も、世田谷区の下北沢に本社のあるモリカワでは、約300名分の

テーブル席やイス席やシート席の、有料席のチケットを確保していた。

 

 モリカワの社員や仕事の関係者や顧客に、多摩川の水辺での、花火という、

壮大な音と光の芸術を、楽しんでもらいたい、そんな思いから、毎年企画している、

モリカワの行事であった。

 

「モリカワも、おれたちを花火大会に招待してくれるって、なかなかイイとこ

あるよな、ともちん」

 

 草口翔(くさぐちしょう)が、水谷友巳(ともみ)に、そういってわらった。

水谷の隣を、高校1年、15歳の木村結愛(ゆあい)が寄り添うように歩いている。

 

「モリカワ・ミュージックの森川良さんが気を利かせてくれたんだよ。

翔や正志(まさし)や元樹(もとき)には気の毒なことをしたって、

良さんは思っているらしくって」

 

 水谷は草口をちらっと横目で見ると、わらった。

 

「まぁさぁ、おれたち、ドン・マイの実力が、イマイチだってことで、

それはそれで、しょうがないことだからな。誰のせいってわけでもないんだし。

なあ、正志!元樹!」

 

 そういって、草口は、うしろを歩いている、正志と元樹を見る。

 

 草口翔と山村正志と下田元樹は、水谷友巳の高校の同級生で、

4人は、ロックバンド、ドント・マインド(don`t mind)のメンバーだった。

 

 草口翔は、リーダーで、ベースギターをやっていた。山村正志はドラム、

下田元樹はリードギターだった。水谷友巳はヴォーカル。

 

 水谷友巳のメジャー・デヴューの話が出たときには、ドン・マイのみんなで、

デヴューできるものと、早合点し、飛び跳ねて歓(よろこ)んだのだった。

 

 しかし、ドン・マイは、モリカワ・ミュージックのオーディション(選考の審査)に、

落とされてしまったのだった。

 

そんな5人は、小田急線の成城学園駅南口を出て、花火の打ち上げ場所で、

会場の玉川緑地運動場へ向かって歩いている。会場まで、徒歩で約30分かかる。

 

「おれたち、ドン・マイなんだから、その名のとおり、気にしない、気にしない!」

 

 下田元樹は、わざと、ふざけた裏声でそういうと、大声でわらった。

 

 みんなも、声を出して、高らかにわらった。

 

「まあ、森川良さんも、ドン・マイのデヴューも考えてくれているんだし、

おれたちも、やっていくしかないだろう!なあ、みんな」

 

「そう、そう、ドン・マイでいくしかないね!」

 

 どちらかというと無口な山村正志がそういった。

 

「なにがあっても、気にしないのが、ドン・マイ精神さ。しかし、いい名前の

バンド名だよな。ロックンロールバンドらしくって。あっはっは」

 

 水谷友巳が、曇り空に向かって、高らかにわらった。

 

「しかし、ともちんに代(か)わる、ヴォーカル探すのがちょっと大変そうだぜ」

 

 草口翔がそういった。

 

「ヴォーカルなんて、たくさんいるって。だいじょうぶ、ドン・マイだよ。

たとえば、女性ヴォーカルとしたら、ゆあ(結愛)ちゃんだって、

かなりなもんだよ。ちょっとボイトレしたら、完璧さあ」

 

 水谷友巳は、そういいながら、木村結愛(ゆあい)の手を握る。

 

「わたしでよかったら、いつでも、ヴォーカル、オーケイです!」

 

 結愛(ゆあい)は、マジメな顔をして、そういいながら、草口や

みんなを見わたして、微笑んだ。

 

「ゆあ(結愛)ちゃんか、頼もしい、ヴォーカルだな。あっはっは」

 

 草口翔がそういって、わらうと、みんなもわらった。

 

 水谷友巳たちが会場に着くと、すでに、多摩川(たまがわ)の水辺(みずべ)の、

緑地運動場は、人々(ひとびと)であふれいる。

 

 しかし、水谷友巳たちが、川口信也や森川良や森川純たちを見つけることは、

打ち上げ場所付近に向かって歩くだけなので、簡単であった。

 

 カメラを持つ雑誌の記者や、テレビ局の取材の記者たちも、招待されていた。

 

 浴衣姿(ゆかたすがた)の清原美樹と大沢詩織が、とびきりの笑顔で、

20歳になったばかりの水谷友巳たちのテーブルに、

缶ビールやつまみものを用意してくれた。木村結愛は、コカコーラをもらった。

 

 5時45分。オープニング・セレモニーの、高校生たちによる和太鼓が、

雄大な河川敷や、夕暮れの空に、響きわたる。

 

 みんなは、独特の高揚感(こうようかん)の中で、自由気ままな会話を

楽しんでは、わらい合った。

 

 『みんなの夢』がテーマでのある、この花火大会にふさわしく、

みんなは、いつしか、それぞれの夢や希望を語り合ったりしている。

 

 そして、カウントダウン・コールのあとの、7時。

 

 オープニングを飾(かざ)る、1発目は、華やかな、芸術性の高い花火、

10号特玉が、夜空に向かって打ち上げられた。

 

 そして、連発仕掛(しか)け花火の、何十発もの、スターマインが、

テンポよく打ち上げられて、夜空に、つぎつぎと、色鮮(いろあざ)やかな、

花が咲き、消えてゆく。

 

 ドン、ドドドーンと、炸裂する、その心地よい音は、からだの奥や、腹にもしみた。

 

・・・・ 最近の大雨の、土石流で亡くなったりする人もいるのに、おれたちは、

こんなふうに、花火も楽しめて、幸せだよな、ゆあ(結愛)ちゃん ・・・・

 

 打ちあがる花火の明かりが、木村結愛の横顔を照らすのを見ながら、

そんなことをふと思い、水谷友巳は、結愛の小さな手を握りしめる。

 

≪つづく≫ --- 51章おわり ---



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52章 南野美菜、ドン・マイに、加入か?!

52章 南野美菜、ドン・マイに、加入か?!

 

 8月29日、金曜日の正午ころ。東京は曇り空で、

湿度は68%、気温は25度ほどで、秋の気配が感じられる。

 

 岡昇(おかのぼる)と南野美菜(みなみのみな)は、地下鉄・東京メトロの

早瀬田(わせだ)駅を出ると、そこから歩いて5分ほどの、

緑の樹木や植木が生い茂る戸山キャンパスの中の学生会館に向かった。

 

 学生会館は、サークル活動の拠点なので、早瀬田(わせだ)は

夏休みであったが、学生たちで賑(にぎ)わっている。

 

 大学の夏休みは、8月2日(土)から9月20日(土)まである。

 

 学生会館の西棟(にしとう)2階の大ラウンジに、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちが集まっている。

 

 MFCは、大学公認の音楽サークルである。ギターやトランペットなどの

楽器演奏や、歌うことが好きな学生たちが集まって、

ロックやブルースやソウルやファンクやジャズなどを楽しんでいる。

 

 学生会館の大ラウンジには、セブンイレブンがある。3階には、

モスバーガーもあった。

 

 広いラウンジは、大きな1枚ガラスから差し込む陽の光で、開放的で明るい。

ゆったりと寛(くつろ)げるイスやテーブルが置いてある、学生たちの

憩(いこ)いのスペース(空間)であった。

 

 岡昇と南野美菜は、学生会館の西棟(にしとう)2階の、エントランス(玄関)に

つながる西棟の外の広い階段を上(あ)がる。岡は173センチ、美菜は170センチ、

そんな身長のお似合いのカップルである。

 

 ふたりが、2階のラウンジに入ると、MFCのメンバーたちは、昼食を取ったりしていた。

 

 11月の『学祭・ライブ・2014』に向けての練習に、みんなは集まっていた。

 

 岡と美菜は、MFCの幹事長の矢野拓海(やのたくみ)と、副幹事長の谷村将也がいる

テーブルのイスに座った。岡は、MFCの会計である。

 

 矢野拓海は、理工学部、3年、21歳。谷村将也は、商学部の3年、21歳。

岡昇は、商学部、2年、19歳。

 

「よぉ!岡ちゃん!ふたり、いつも一緒で、仲いいじゃん!ところで、美菜ちゃんの、

モリカワ・ミュージックからの、メジャー・デヴューの話は、うまくいっているって?」

 

 トマトのスライスが入ったモスバーガーを頬張(ほおば)りながら、

谷村将也(しょうや)が、岡昇(のぼる)に、そういった。

 

「そうなんですよ、将(しょう)さん、拓(たく)さん。まったく、夢みたいな話で、

うまくいきそうなんですよ。美菜ちゃんのヴォーカルを、モリカワの信也さんや

純さんや良さんたち、みなさんが、高く評価してくれているんですよ。

たぶん、順調に、美菜ちゃんは、メジャー・デヴューできそうです!」と、岡。

 

「スゴイじゃん!あはは」と、将也。

 

「このMFCからは、クラッシュ・ビートやグレイス・ガールズでしょう、

メジャー・デヴューが続出なんだから、すごいことだよね。

このMFCも、世間じゃ、かなり有名になっているよ。ははは」と、拓海。

 

 4人は、互(たが)いに目を合わせて、声を出してわらった。

 

 そんな4人の会話は、たちまち、周囲のメンバーにも伝わった。

みんなは、美菜のメジャー・デヴューの話題で盛りあがった

 

 美菜は、商学部、4年、シンガー・ソング・ライターになることが夢だった。

22歳の美菜は、2歳近く年下の岡とは、音楽や価値観なども、よく合う。

 

 そんな美菜の姉の、美穂(みほ)は、谷村将也と交際している。

 

 23歳の美穂は、会社勤めの社会人、谷村将也は、21歳の学生。

 

 1年ほど前に、岡昇が、美穂と将也とを引き合わせたのだった。

そうした経緯で、美穂と将也は仲良くなれたのだから、将也は岡に感謝している。

 

「それはそうと、ちょっと心配があるんだけど。美菜ちゃんが一緒にやる、

ドント・マインド(don`t mind)っていう、ロックバンドは、ちょっと前に、

モリカワ・ミュージックのメジャー・デヴューのオーディション(審査)に

落ちたんだよね。そのドン・マイのヴォーカルの水谷・・・・、

水谷友巳(みずたにともみ)っていったっけ、彼だけが、新たに結成した、

スタジオ・ミュージシャン出身のメンバーの、ドルチェというバンドで、

デヴューすることになったんだよね。おれが心配なのは、

その、オーディション(審査)に落ちたバンドのメンバーたちの、

ドン・マイで、美菜ちゃんが、これから一緒にやるのってが、

大丈夫なのかなっていうことなんだけど?」

 

 矢野拓海が、美菜に、ちょっと心配そうな顔をして、そういった。

 

「拓(たく)ちゃん、ご心配、ありがとうございます。でもその点は、

大丈夫なんです。ドン・マイのみなさん、実力は、プロ級なんでよ。

誰に聴かせても、恥(は)ずかしくないものだったわ。

リズムも正確だし、技術的にもフィーリングも、すばらしかったんです。

それに、なによりも、音楽の好みとか、気が合う人たちだったから、

わたしには、ロックバンドとして最高のメンバーって感じだったんですよ!」

 

 美菜は、最高に幸せ!といった笑顔で、拓海にそう語った。

 

「はっはは。それはよかった。美菜ちゃん、きょうは格別に輝いて、

見えるよ。あっはっは!そうだよね、音楽をやるには、まずは、

気が合うことが、1番だものね!

そのほかの細(こま)かいことは、まさに、ドン・マイだね。あっははは」

 

 そういって、矢野拓海はわらった。

 

「拓(たく)さん、将(しょう)さん。実は、おれは、美菜ちゃんが、

なんでそこまで、ジャニス・ジョップリンが好きだったり、尊敬しているのか、

正直なところ、最初はわからなかったんですよ。若い子は、普通、AKB48とかに

夢中じゃないですか!?まあ、あるとき、『大人のロック』という雑誌で、

『史上最強のボーカリストは誰だ?』という特集だったので、読んだんですよ。

日本のロック・ファンによるアンケートの実施の結果なんですけど、

総合1位が、ミック・ジャガーで、2位が、ジャニス・ジョップリンだったんですよ。

それで、ヘエー!って、ジャニスを尊敬する美菜ちゃんのことが、

やっと理解できたんです。今じゃ、美菜ちゃんを尊敬しています!」

 

 そういう岡昇は、美菜と目を合わすと、わらいながら頭をかいた。

 

「岡ちゃん、美菜ちゃんはお似合いのカップルだよ。ごちそうさま!あっはっは」

 

 そういって、拓海がわらった。

 

 いつのまには、4人の周(まわ)りには、グレイスガールズの

清原美樹、大沢詩織、菊山香織、水島麻衣、平沢奈美の5人も

詰め寄っていた。小川真央、野口翼、上田優斗、森隼人、山沢美紗、

山下尚美、森田麻由美もいた。

 

「美菜ちゃん、おめでとう!よかったわね!」といって、清原美樹は微笑む。

 

「美菜ちゃんの歌う、ジャニス・ジョップリンの『ムーヴ・オーヴァー(Move Over)』

なんか、いつ聴いても、感動するもの!美菜ちゃん、おめでとう!」

 

 大沢詩織もそういって、自分のことのように、歓(よろこ)ぶ。

 

「みなさん、ありがとうございます!ジャニスの『ムーヴ・オーヴァー』って、

ジャニス自身が作詞作曲した名曲なんですよね。

わたしは、ただひたすら、ジャニスのように歌いたいって、思ってきました。

これからは、自分の個性、オリジナルを大切にしたいですけど。

ジャニスは、『自分の心の声に誠実にあろうとしただけ』と言っていたんです。

そんなジャニスって、普通の女の子と変わらないと、わたしは感じるですけど、

ロックの歴史に偉業を残した、数少ない女性のロック・シンガーだったと思うんです。

そんなジャニスには、いつも、いつまでも、わたしは、憧(あこが)れてしまうんです。

わたしも、尊敬するジャニスのような、ステキなロック・シンガーになれたらいいな!

って、いつも思うんです。これからも、がんばりまーす!」

 

 みんなから、温かな、応援の声と拍手が沸き起こった。

 

≪つづく≫ --- 52章 おわり ---



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53章 竜太郎と真央、恋の行方は?

53章 竜太郎と真央、恋の行方(ゆくえ)は?

 

 2014年9月6日。午後4時。また夏が戻(もど)ったような天気で、

日中は30度をこえる暑さであった。

 

 小川真央と新井竜太郎は、渋谷駅ハチ公口の、忠犬ハチ公の前で

待ち合わせをした。ハチ公像のまわりは、待ち合わせの若い人男女で、

にぎやかである。

 

 ふたりは、渋谷駅から歩いて5分ほどの、渋谷区文化総合センター、

大和田(おわだ)さくらホールへ、バッハのコンサートを聴きに行くところだ。

 

 演奏曲目は、『ロ短調ミサ曲』で、オーケストラと混声合唱との、巨大建築を

想わすような構造の、バッハの作品の中でも、崇高な楽曲いわれている。

 

「すみません!竜さん、お待ちになりましたぁ?」

 

 ハチ公改札を出た真央は、肩にかからない長さのボブの髪を

風にそよがせて、竜太郎に駆け寄る。

 

 ベージュ・ピンクの、薄手の半そでのジャージ・ワンピースが、女性らしい。

 

「おれも、今来たばかりだよ。ちょっと、この近くで、仕事の用事があってね、

待ち合わせしてるからって言って、抜け出してきちゃったよ。あっははは」

 

 竜太郎は、頭をちょっとかいて、少年のような瞳でわらった。真央もわらった。

 

 ネイビーのポロシャツ、ブラックデニムで、とても外食産業最大手の

エタナールの副社長とは思えないファッションだ。

 

 竜太郎の身長は、178センチ。真央は、160センチ。

 

「きょうは暑かったですよね」と真央。

 

「暑かったね。雨降って、寒いくらいだったり、急に暑くなったり。

四季の変化が、こんなにはっきりある国も世界じゃ珍しいんだけど、

最近じゃ、大雨や大雪もあったりで、変化が激しいよね。

これも温暖化の影響らしいけどね。しかし、まあ、

ビジネス的には、こんな変化も、ビジネス・チャンスなのかも知れないなぁ」

 

「やっぱり、竜さんは、副社長さんらしいわ。変化をビジネスにつなげるんですもん」

 

「あっはは。頭の中が、仕事のことから離れなくって困るんですよ。

真央ちゃん。あっはは」

 

「竜さんって、音楽の趣味も、レディ・ガガが大好きだったり、

バッハが好きだったりって、趣味の幅が広くって、尊敬しちゃいます!」

 

「ガガも、無名のころは苦労しいたしね、バッハも、10歳のころに両親を

失っていて、大学に進学する余裕もなかったんだよね。そんな苦境の中で、

貪欲(どんよく)に自分のやりたい道を歩いたんだよね。大きな仕事をしたしね。

恵まれて育った、お坊ちゃん育ちの、おれとは大違いなんですよ。あっはは。

だから、おれは、つい、尊敬というか、感動してしまうんです。

まあ、ガガやバッハからは、インスピレーションというか、ひらめきのような、

やる気や元気をもらえるんですよ。おれも前人未到の仕事をやってやるんだ!

ってね。あっははは」

 

「竜さんが、いつも元気にがんばってくれると、わたしもうれしいです。

そうなんですか。ガガもバッハも、苦労しているんですね。わたしとも

大違いなので、わたしも尊敬しちゃいます。竜さんのこともスゴク尊敬しちゃいます!」

 

 そういうと、真央は輝くような美しい笑顔で、竜太郎と目を合わせた。

 

 ビジネス界では、カリスマと呼ばれることもある竜太郎に、

この一瞬とはいえ、胸がキュンとしている自分に、真央は、

・・・ダメよ、竜さんに恋なんかしたら、わたしには、大好きな

翼(つばさ)くんがいるんだから。竜さんには、わたしなんかよりも、

ステキな相手がたくさんいるはずなんだから・・・と思う。

 

 真央の彼氏の野口翼(のぐちつばさ)は、1993年4月3日生まれ、

21歳。早瀬田(わせだ)大学、理工学部、3年である。早瀬田大学の

音楽サークル、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)で、翼からギターを

教わったりしていて、仲よくなった。

 

 小川真央は、1992年12月7日生まれ、21歳。早瀬田大学、教育学部、4年生である。

モリカワ・ミュージックに所属して、アルバイト感覚で始めた、タレントの仕事であったが、

竜太郎のエタナールのCMにも最近では出演して、人気上昇中である。

 

 新井竜太郎は、1982年11月5日生まれ、31歳の独身。IT (情報技術)に精通する、

優れた頭脳とスキル(技能)で、エタナールの副社長である。父親の新井俊平は、

エタナールの社長である。

 

 真央は、1991年3月4日生まれの兄の蒼希(あおき)が、

竜太郎の直属の IT(情報技術)部門に勤めていたり、

今回、真央がエタナールのCMに出演していることもあって、

このところ、竜太郎と会うことが多い。

 

「真央ちゃんに、尊敬しているなんて言われて、おれも

嬉(うれ)しいですよ。おれ、男らしくハッキリと言いますけど、

真央ちゃんが好きなんです。でも真央ちゃんには、

ステキな翼さんがいますからね。あっはは。

だから、おれの真央ちゃんへの思いは、片思いなんです。

あっはっはは」

 

「竜さんには、わたしなんかよりも、もっと、ステキな女性がいるはずですから。

でも、とても、うれしいです」

 

 真央は、また、胸がキュンとした。目頭が熱くなって、涙がこぼれそうになった。

 

「真央ちゃんには、いろいろと、おれは感謝しているんですよ。今回の

エタナールのCMも、気持ちよく引き受けてくれました。そうそう、CMは、

大ヒットで、エタナールの売り上げも伸びているんですよ。

新人だけど、人気上昇中の沢口涼太くんと川口美結(みゆ)ちゃん、

そして、真央ちゃんとの3人がイメージ・キャラクターというCMは、

若い女性の間でも人気沸騰(ふっとう)ですし、週刊誌とかでも

頻繁(ひんぱん)に特集が組まれていて、ブームとなっていますよ!」

 

「わたしも、CMの成功は、とてもうれしいです。竜さん」

 

 真央は、純真な心、そのままに、竜太郎と目を合わせると、微笑(ほほえ)んだ。

 

 沢口涼太と川口美結(みゆ)は、竜太郎のエターナルの、芸能事務所の

クリエーションに所属してる。小川真央は、モリカワのモリカワ・ミュージックに

所属している。3人とも、芸能界も注目の新人のタレントである。

 

 ふたりは、開演の6時30分まで、1時間ほどあるので、

大和田(おわだ)さくらホールまでの途中にある、カフェに入った。

 

≪つづく≫ --- 53章 おわり ---

 



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54章 歳をとることの楽しみ、きっとある!

54章 歳をとることの楽しみ、きっとある!

 

 9月15日の月曜日、気温は26度、曇り空である。

 

 下北沢駅南口から歩いて3分の、ライブ・レストラン・ビートでは、

敬老の日に因(ちな)んで、13日、14日、15日の3日間、

チケット(ミュージック・チャージ)が無料という、

65歳以上の観覧者を対象とする、キャンペーンを実施している。

 

 店の、1階フロア、2階フロアの、280席は、満席(まんせき)である。

 

 高さ 8メートルの吹き抜けのホールの、2階フロアからは、

寛(くつろ)いで、ステージを見おろせる。

 

 グループで楽しめる1階のフロア席の後方には、

ひとりでも楽しめるバー・カウンターがある。

 

 ステージは、間口、約14メートル、奥行き、7メートル、天井高、8メートル、

舞台床高、0.8メートルである。舞台の左側に、グランド・ピアノがあった。

 

 『敬老・特別・ライブ』の開演時刻、午後1時30分が過ぎる。

 

「本日は、ライブ・レストラン・ビートに、お越(こ)しいただきまして、

誠(まこと)にありがとうございま~す!

きょうは、この3日間やってまいりました、敬老・特別・ライブの、

最終日ということで、モリカワ・ミュージックのミュージシャンの、

総力を挙げたライブを、みなさまに楽しんでいただけたらと思います!」

 

 店長で MC(進行)の 佐野幸夫が、ステージの左袖(そで)に立って、挨拶を始める。

 

「まあ、歳をとるなんて、当たり前すぎることですよね。誰だって、

一日一日、一刻一刻、歳とっているわけですからね。

そんな国民の休日なんですから、みんなで歳とる、お祝いするのも

いいものですよね。まあ、イヤんなっちゃう!なんて言っても、しょうがないんですから。

楽しんで、歳とっていきたいものですよね。あっははは」

 

 会場からも、わらい声がもれる。

 

「あっ、そうそう、わたしも、あしたの16日が誕生日で、またひとつ、

歳とっちゃうんですよ!えっ、どなたか、いま、ウソだろっておっしゃいましたか?

本当なんです!わたくし、1982年9月16日生まれ、あしたで、32歳で~す!

敬老の日の次の日が、誕生日なんていうのは、なんと言いましょうか、

だから、性格もおめでたいんでしょうかね!?あっはは。

それでは、特別・ライブ、お楽しみください!

華(はな)やかなオープニングは、いまをときめく、白石愛美(しらいしまなみ)!

そして、沢秀人(さわひでと)とニュー・ドリーム・オーケストラのみなさんです!」

 

 白石愛美は、21歳の人気上昇中のポップス・シンガーで、

モリカワ・ミュージックの課長の森川良(30歳)と交際していた。

 

 ニュー・ドリーム・オーケストラの指揮(しき)をとる、41歳の沢秀人は、

2012年には、テレビドラマの音楽の制作で、レコード大賞の作品賞を

受賞するなどの活躍をしている。

 

 沢は、1013年の春までは、このライブ・レストラン・ビートの

オーナー(経営者)でもあった。

 

「詩織ちゃんと美樹ちゃんのコラボ(共作)で、きょうの敬老の日に

相応(ふさわ)しい歌を作ったんでしょう。楽しみだな!」

 

 生ビールをおいしそうに飲んで上機嫌(じょうきげん)の川口信也は、

テーブルの向かいに座っているグレイス・ガールズのメンバー全員の中ほどの、

真向いにいる大沢詩織と清原美樹に話しかけた。

 

「うん。しん(信)ちゃんも、びっくりの名曲の完成よ。きょう、初公開させていただきます!」

 

 清原美樹が信也にそういうと、「それは、楽しみですね!」と信也の隣の、

クラッシュ・ビートのベースギター担当の、高田翔太(しょうた)がいって、微笑んだ。

 

「ありがとうございます、翔太さん。翔太さん、そのお髭(ひげ)、お似合いですね」

 

 大沢詩織がそういって微笑む。

 

「ありがとう、詩織ちゃん、髭って、手入れが大変だけど、詩織ちゃんに褒められたら、

ちょっと、このまま、髭残しておこうかな。あっはっは」

 

 声を出してわらうと、高田翔太は、うっすらとはやしている髭を、ちょっとさわった。

 

 川口信也のいるテーブルにはクラッシュ・ビートのメンバーが勢ぞろいである。

 

 1階フロアのステージ側ではなく、奥のバー・カウンター寄りのテーブルに、

モリカワ・ミュージックのミュージシャンたちや、雑誌記者たちは、席をとっている。

 

 3時を過ぎたころ、拍手に包まれて、グレイス・ガールズのライブが始まった。

最初に、この日のために作ったばかりの、

『歳をとることの楽しみ、きっとある!』を披露した。

曲は、フュージョンっぽい、軽快な8ビートのバラードに仕上がっていた。

 

 歳をとることの楽しみ、きっとある!  作詞 清原 美樹

                         作曲 大沢 詩織

 

秋の夕暮 稲穂(いなほ)の垂(た)れる 田んぼの畦道(あぜみち)

いつもの 日課の 愛犬との 散歩道(さんぽみち)

美しい景色の中で 思ったの 年取ることの意味

 

きっと 誰もが 心のどこかで 思っていること

人生は 短く 儚(はかな)く 永(なが)くないこと・・・

だから きっと 「恋愛は 人生の花」と 坂口安吾は言ったのね・・・

 

歳をとること そして いつかは どこかへ旅立っていくこと

それは 人生にとって 悲しいことでしか ないのだろうか?

誰にとっても 若いこと 美しいことは 大好きなことだけど

 

Ah Ah ・・・わたしの 信じられるもの わたしの変わらないもの

Ah Ah ・・・それって わたしの愛と 呼ぶべき ものかもしない

Ah Ah ・・・それって わたしの心 そのもの なのかもしれないわ

 

仏教は この世界を 諸行無常(しょぎょうむじょう)と言っていて

それは 世の中の あらゆるものが 変化して とどまらないということ

でも わたしは 変わらない 何かがあることを いつも信じたいわ

 

仏教は この世界は 輪廻転生(りんねてんしょう)とも 言っていて

それは あの世に 還(かえ)った魂が この世に 何度も生まれ変わること

Ah Ah ・・・ 何を 信じたらいいのかしら? でも何かを 信じていたいわ!

 

わたしたちは どこから来たのかも わからないまま 生まれてきて

どこへいくのかも わからないまま 生きてゆくしかないのかしら

謎解きのような人生! でも 何かを信じて 生きてゆきたいよね!

 

Ah Ah ・・・わたしの 信じられるもの わたしの変わらないもの

Ah Ah ・・・それって わたしの愛と 呼ぶべき ものかもしない

Ah Ah ・・・それって わたしの心 そのもの なのかもしれないわ

 

ケンタッキー大学の ケビン・ネルソン教授が テレビで言ってたわ

「なぜか?という 問いへの答えは それぞれの人の 信念に

委(ゆだ)ねるしかないのです」ですって すごい名言だと思う!

 

わたしも 自分の信じることしか 信じられませんから!

でも いくらも 考えても 私にわかることは 知れている

でも ケビン教授のいうとおり 信念が大切だと思うの!

 

信じられることは たぶん 自分で見つけるしかないけれど

それは きっと 宝探しのような 人生の楽しみなのよ!

そうよ いつも 悲しみも 乗りこえて 人生は 楽しみましょう!

 

Ah Ah ・・・わたしの 信じられるもの わたしの変わらないもの

Ah Ah ・・・それって わたしの愛と 呼ぶべき ものかもしない!

Ah Ah ・・・それって わたしの心 そのもの なのかもしれない!

 

≪つづく≫ --- 54章 おわり ---

 



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55章 マイ・シンプル・ラバー

55章 マイ・シンプル・ラバー

 

 9月21日の日曜日。空はよく晴れていて、気温は24度ほど。

 

 渋谷のイエスタデイでは、午後1時30分から、水谷友巳(ともみ)たちのドルチェと、

南野美菜がメイン・ヴォーカルのドン・マイのライヴが始まっている。

 

「みなさま、きょうは、ドルチェとドン・マイの夢のコラボです!

もう、みなさんもご存じのように、ドルチェとドン・マイは、

メジャーデヴューも決まっています。近日中には、アルバム制作に入ります。

まぁ、きょうはその祝賀パーティです。きょう、お集まりのお客さまも、

ドルチェとドン・マイの、ご家族や、親しいお友だちばかりですので、

みなさま、ぜひとも、楽しいひとときをお過ごしください!」

 

 26歳の店長、水木守(みずきまもる)の挨拶が終わるとを、

会場から大きな拍手が沸いた。水木守は身長177センチ、

肩幅はあったが、ほっそりとしていて、優しい顔立ちと物腰で、

みんなから慕われている。

 

 ホールのキャパシティは100席あるが、満席であった。

 

 イエスタデイは、株式会社モリカワが、2012年の9月にオープンした、

ライヴとダイニング(食事)のクラブスタイルの店で、渋谷駅・ハチ公口から、

スクランブル交差点を渡って約3分、タワービルの2階にある。

 

「しかし、なんというのか、南野美菜ちゃんと、ドン・マイとは、

息もぴったしで、昔からやっているバンドみたいだよね。

おれも、びっくりしてんだよ」

 

 ドン・マイのリーダーの草口翔に、そう語る、ドン・マイの

元ヴォーカルの水谷友巳である。

 

「友ちゃん、おれたちも、びっくりなんだよ。美菜ちゃんの歌唱力が

圧倒的なもんだから、彼女につられて、おれたちも実力以上の

プレイができているっていうのが正直のところさ!あっはは」

 

 草口はわらった。

 

「翔さん、そんなことないですよ。わたしなんか、まだまだ、

未熟な歌い手ですから。でも、褒(ほ)めていただいて、うれしいです!」

 

 ステージに近いテーブルに座る、ドン・マイとドルチェのメンバーの中で、

華やいだ姿の南野美菜は、そういった。

 

 南野美菜は、同じテーブルの、水谷友巳の高校生の彼女、

木村結愛(ゆあい)や、ドルチェのキーボード担当の22歳、

モデルのような美貌の吉行あおいと、音楽やファッションや

スイーツの話とかで、すっかり、仲良くなっている。

 

「おれも、美菜ちゃんに負けないように、やってゆきますよ。でもよかった、

ドン・マイに、こんなに素晴らしい歌姫が見つかって!

ドン・マイとドルチェ、おたがいに、切磋琢磨してゆきましょう!」

 

 そういって、水谷友巳は、心の底から、無邪気に歓んだ。

 

 ステージから、ちょっと離れたテーブルに、川口信也たちもいる。

 

「岡ちゃん、あの詞は、岡ちゃんのことを書いてるのかな。

よっぽど、美菜ちゃんは、岡ちゃんのこと、好きなんだな。

岡ちゃんは幸せだ。あっはは」

 

 そういって、わらいながら、岡の肩を軽く叩(たた)いたのは、川口信也だった。

 

「しんちゃん、あれは、フィクションですよ。虚構の世界です」といって、岡昇が頭をかく。

 

「なるほど。どこまでが、フィクションで、どっこからが、現実なのかって、

よくわからないのが、この世界だからね。はははは」

 

 生ビールで、ほろ酔い気分の信也は、そういうと声を出してわらった。

 

「それにしても、南野美菜ちゃんは歌はうまいし、いい曲作るし、

音楽界でやっていけるよ、きっと。きょうだって、水谷友巳くんも、

南野美菜ちゃんも注目されてるから、テレビと雑誌の取材の

スタッフさんも来てるしね!」

 

 そういって、岡や信也に微笑むのは、テーブルの向かいの、

モリカワ・ミュージックの森川良であった。

 

「ぼくも、美菜さんの歌唱力は、日本でも世界でも屈指なものだと

感心しているんですよ」

 

 そういったのは、清原美樹と交際している、松下陽斗(はると)だった。

 

 きょう、このイエスタデイには、早瀬田大学のミュージック・ファン・クラブ(MFC)の

部員たちも、清原美樹の親友の小川真央や、

クラッシュ・ビートやグレイス・ガールズのメンバーも揃っていた。

 

「ひとって、恋をすれば、大抵は、詩を書きたくなるんだわ」

 

 信也の隣の席に座る大沢詩織が、微笑みながら、そういう。

 

「そうそう、恋すると、詩人になっちゃうわよね」

 

 詩織の隣の、清原美樹がいう。

 

「わたし、恋の詩書こうとして、書けなかったわ。

でも、恋しているあいだは、心の中は、詩人でいられるわよね。うっふふ」

 

 そういって、いたずらっぽく微笑んで、美樹と目を合わせる、小川真央である。

 

「わたしも、恋しても、詩は書かないわ。書けないし」

 

 そういったのは、詩織と美樹と真央の向かいに座る、

川口信也の妹の美結(みゆ)だった。

 

「美結ちゃんには、おれが詩を今度書いて、プレゼントしてあげようかな!」

 

 生ビールに酔いながら、そういったのは、美結(みゆ)の隣に座る、

美結の彼氏のタレントで、人気上昇中の沢口涼太だった。

 

「やったわ!だから、涼(りょう)ちゃんは、大好きなの!」と美結は歓ぶ。

 

 「あっはっはは」と、みんなは、声を出して、わらった。

 

 和(なご)んだ雰囲気の中、ドン・マイのメンバーは、ステージに立った。 

 

 リーダーで、ベースギターの、草口翔。ドラムスの、山村正志。

リードギターの下田元樹。ヴォーカルの南野美菜。

みんな。晴れやかな、明るい表情をしている。

 

 拍手の中、オープニングを飾ったのは、南野美菜が作詞作曲をした、

あっさりと、明るい、ポップな、8ビートの歌

『マイ・シンプル・ラバー (my simple lover)』だった。

 

マイ・シンプル・ラバー (my simple lover)

 

ファッション雑誌 見るよりも 音楽雑誌 見る あなた

あまり かっこう 気にしない マイ・シンプル・ラバー 

カジュアルな かっこう 好きなのさって 笑うけど

本当は そんな 飾らない あなたが 大好きなの

 

I love you ... I love you ... my simple lover

 

何にでも いいわ 何かに 夢中になって いてね 

でも いつも わたしのこと 1番に 愛していてね

スニーカー ジーンズ Tシャツ 好きな あなた

そんな トレンドに 流されない あなたが 大好き!

 

I love you ... I love you ... my simple lover

 

あなたは いつも 余裕の 笑顔で いてくれて

それは あなたの優しさ カジュアル・スタイルね

シンプルで ゆったりとした 精神や 着こなしは

私を いつも リラックス させて くれているわ 

 

I love you ... I love you ... my simple lover

 

いつまでも 変わらない あなたで いてほしい

わたしも 変わらない わたしで いるからね

雨が 降っても 嵐が 来ても 変わらない

永久(とわ)の 恋人感覚で いつも いたいから

 

I love you ... I love you ... my simple lover

 

≪つづく≫ --- 55章 おわり ----

 

 



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56章 芸術の目的は人間を幸せにすることにある

56章 芸術の目的は人間を幸せにすることにある

 

 9月28日の日曜日。まだまだ、日差しは暑いが、

景色はすっかり秋めいている。

 

 午前11時ころ。新宿駅・東口の3丁目にある、カフェ・ド・フローラ

(Cafe de Flora)に、川口信也や清原美樹たち、16人ほどが集まっている。

 

 店の名前の「フローラ」には、ローマ神話の、花と豊穣(ほうじょう)、

春の女神(めがみ)などの意味が含(ふく)まれている。

 

 カフェ・ド・フローラは、知的な雰囲気の店で人気があり、

料理とカフェとバーと、音楽や本を融合した、

新しい本や音楽に出会える現代的な総合飲食店であった。

 

 新宿・東口店は、2013年10月のオープン、新宿西口店は、

2013年1月のオープンで、キャパシティーが、150席、170席と、

この新宿では両店ともに広かった。株式会社・モリカワの経営である。

 

 ゆったり広めの店内には、カウンター席もあるが、

4人がけのテーブルが、数多く並んでいる。

 

 今回、集まった人たちの席順は、テーブルの壁側には8人、右から、

もうすぐの10月7日で22歳になる早瀬田(わせだ)大学、

理工学部、3年生、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の幹事長の、

矢野拓海(たくみ)。矢野と交際中のグレイス・ガールズの、

ギターリスト、水島麻衣。次に、グレイス・ガールズのドラマー、

菊山香織。その隣が、菊島と交際中の、クラッシュビートのドラマーで、

リーダー、モリカワの課長の森川純。次が、東京・芸術・大学の音楽学部、

ピアノ専攻の4年生で、人気上昇中の松下トリオとしてプロの音楽活動もしている、

松下陽斗(はると)。その隣が、陽斗と交際中の、グレイス・ガールズの

リーダーの清原美樹。その次は、グレイス・ガールズ、ギターリストで、

川口信也と交際中の大沢詩織。1番左は、グレイス・ガールズのべーシスト、

平沢奈美である。

 

 テーブルのホール側には8人、左から、クラッシュビートのベーシストで、

モリカワの課長の高田翔太、次に翔太と交際中の森田麻由美、

その隣が、クラッシュ・ビートの、ギターリスト、モリカワ本部の課長、

岡林明。その隣は岡林と交際中の山下尚美。次が、早瀬田大学、

商学部、2年生、ミュージック・ファン・クラブの会計を担当、

パーカッションが得意の岡昇。次が、岡と交際中で、レコーディング中で、

メジャーデヴューも近い、南野美菜。その次が、クラッシュビートの

ヴォーカルで、モリカワ本部の課長の川口信也。1番右には、

早瀬田大学、商学部、4年生で、テーブルの向かいの席に座る

平沢奈美と交際中の、ミュージック・ファン・クラブのメンバー、

22歳の上田優斗(うえだゆうと)が着席している。

 

「しん(信)ちゃんたちって、よく、モリカワさんのお仕事と、

バンドの活動と、そのふたつを両立させてやってゆけますよね」

 

 岡昇が、香ばしいビーフパティにレタス、トマト、オニオンが挟まった

ハンバーガーを頬張りながら、川口信也にそういった。

 

「あっはっは。おれも、社会人になる前は、就職をしたら、趣味なんかには、

熱中なんてしてられないと思っていたんだけどね。まあ、そんなことは

なかったってことかな。一般的にも、プライベートが充実すれば、

仕事にも良い影響が出るってことも、いえるんだと思うけど。

純ちゃんは、どう思う?」

 

 そういって、信也は、テーブルの向かいにいる森川純を見た。

 

「社会人になって、限度いっぱいまで働いて、家に帰って、疲れきって、

あとはクタクタだっていう生活って、間違っているっていうのが、

おれのオヤジの、モリカワの社長の考え方だからね。

オヤジは、仕事でもプライベートでも、全力投球して、

魅力的な人間に成長して、生きいてゆけ!が口癖ですからね。あっはは」

 

 森川純は、頭をちょっとかいて、声を出してわらった。

 

「社長は、坂本龍馬が好きだからね。社会を変革しようっていう意思を、

龍馬から受け継いでるんだよね、きっと。すげえ、社長だと思うよ。

あと、業界的には、CD作っても、なかなか売れてない時代になってきたしね。

バンドだけでやってゆくのには、条件が悪くなってきたのかもね」

 

 クラッシュビートのギターリストで、モリカワの本部の課長の、

岡林明がそういって、隣の山下尚美(なおみ)に微笑んだ。

 

 山下尚美は、20歳、早瀬田(わせだ)大学、商学部3年生、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員で、グレイスガールズの

森田麻由美(まゆみ)とは、特に仲がよい。

 

 その森田麻由美は、クラッシュビートのベーシストで、

モリカワの本部の課長をしている、高田翔太と交際している。

 

「翔ちゃんは、どう思う?仕事とバンドの両立とかについて。

あっはっは」

 

 岡林明は、わらいながら、高田翔太に話をふる。

 

「社長は。おれに、こんなことを言ってくれましたよ。

『会社の仕事とバンドは、両立できるはずだ、会社としても、

社員の収入と余暇を充実させる、この2本柱で、がんばって行く』

ってね。まあ、純ちゃんのお父さんだからって、褒めるわけじゃないけど、

スゴすぎの社長さんだよね。あっはっはは。

それにしても、バンドが継続できるかっていうのは、

仕事とかの環境要因よりも、バンドメンバー同士が気が合うか

合わないかが、重要だよね。ね、美樹ちゃん!」

 

 翔太が、テーブルの向かいの清原美樹に、人なつっこそうにわらう。

 

「翔ちゃんの言うとおりですね。バンドは、メンバーの人柄というのか、

個々の個性というのか、気が合うかの相性が、第一なのかしら?

ねえ、詩織ちゃん」

 

 モッツァレラとトマトソースたっぷりのパスタを、おいしそうに食べる美樹が、

隣の席のグレイスガールズの大沢詩織に、そういって微笑んだ。

 

 正面のテーブルの向かい側に、揃(そろ)って座っている、美樹と詩織を

川口信也は、ぼんやりと眺めては、微笑んで、カクテルでほろ酔い気分になっている。

 

 そのカクテルは、ドミニカンココ(Dominican Coco)という。

店のオリジナルで、薫り高い、カリビアンラムにココナッツミルク、

マンゴージュースの入ったトロピカルなカクテルで、特に女性に人気がある。

 

 美樹や、20歳になったばかりの詩織、グレイスガールズのメンバーも、

オーダーして、ドミニカンココを楽しんでいる。

 

「大天才なら、音楽だけに専念して、人生を送るものいいのだろうけど、

おれも、普通に仕事しながら、プライベートでバンドやってゆく道を、

選んじゃうよね。おれのような少しくらいの才能で、がんばったって、

創造できる音楽は、知れている気がするんだよ。美樹ちゃん、詩織ちゃんは、

どう思うのかな?こんなおれの考えなんだけど」

 

 そういうと、信也は、ドミニカンココを飲み干すと、店のスタッフを呼んで、

生ビールをオーダーする。

 

「しんちゃんの言うことは、よくわかるわ。未知な自分の才能に、賭けてみたり、

過信し過ぎるのも、病気な感じよね。場合には狂気のようなことだわ。

でも、しんちゃんは、すごい才能あるわよ。

自惚(うぬぼ)れないなんて、立派だと思うわ、わたし」

 

 美樹はテーブルの向かいの信也に、優しい眼差しで微笑んだ。

 

・・・美樹ちゃんは、いつ見ても、かわいいし、きれいだな。おっとっと、

おれには、詩織ちゃんというステキな女性がいるんだ。

美樹ちゃんも、陽斗(はると)くんは、お似合いだぜ。陽斗くんも、いいヤツだし・・・

 

「しんちゃん、19世紀イギリスの詩人、ウィリアム・モリスが、『芸術の目的は、

人間をより幸せにすることにある』っていってますよね」

 

 美樹の隣の松下陽斗が、テーブルの向かいの信也にそういった。

 

「ああ、ウィリアム・モリスね。おれも彼の考えは、共鳴にはするよ。

彼は、生活を芸術化するためには、根本的に社会を変えることが必要と

主張しているんだよね。それで、マルクス主義に傾倒し、

熱烈に信奉したらしいけど。おれは、マルクス主義とかで、世の中がよくなるとは、

どうも信じられないんだよね。マルクス主義を掲げている国って、

言論の自由もなくて、独裁国みたいだしね。他人のことも他国のことも、

悪くは言いたくないけどね。あっはは」

 

 そういって、信也はわらった。

 

「でも、しんちゃんの言う通りかもね。権力を握ると、人って、ろくなこと考えないじゃない。

それって、人間性っていうのかな。初心は、世直しとか正義の使者みたいなことを

考えていても、権力を握った途端、オオカミのように、変貌するのが常じゃないかな。

マイケル・ジャクソンのスリラーじゃないけどね。なんと言ったらいいのか、

堕落する自由もあるのが、人間の自由なのかも知れないよね。あっはっは」

 

 森川純がそういって、わらうと、みんなで大爆笑となった。

 

「さすが、純ちゃん、こんな楽しくない話で、わらわせてくれて、ありがとう。

マイケル・ジャクソンのスリラーかぁ、やっぱり、マイケルは、いいよね、

最高のレベルのアーティストだったよね」

 

 信也は、テーブルの向かいの、純と目が合う。

 

「しんちゃん、ぼくも、人を幸せにする方法というのでしょうか、

世の中を良くしていく方法としては、芸術的なことを実践することが

最も有効な気がしますよ。いわゆる、哲学や宗教では、ダメな気がします。

哲学や宗教では、平和になるどころか、かえって、争いの元になるような気がします」

 

 そういったのは、岡昇だった。

 

「そうだよね、岡ちゃん!たぶん、芸術的なことが、人類の幸福な未来のための、

最後の砦って、そんな気がしているんだけどね。おれは」

 

 信也が、隣の南野美菜に微笑んで、それから美菜の隣にいる岡を見る。

 

「わたしは、マルクス主義の思想なんて、まるっきし、知らないけれど、どんなに、

人々の平等や労働者の自由を目標に掲げて、説いてみても、そういった論理というか、

言葉だけでは、社会も世の中も良くならないと思います!

ねっ、みんなも、きっと同じことを感じているわよね!」

 

 信也と目の合った南野美菜は、そういった。

 

「そうそう、美菜ちゃんと、みんなも、同じこと、感じているわ!」

 

 大沢詩織がそういうと、「そうそう」といったりしながら、声を出してわらった。

 

「どんなに美しい言葉を並べても、哀しいけれど、行動や実践が伴わないのが、

人間なんだわ、きっと」

 

 菊山香織が、そう呟(つぶや)くようにいった。

 

 「そうなのよね、権力を握った人間は、汚職とか、自分がかわいくて、

自分の利益や優位を第一に考えたくてしょうがないんだもの。

社会体制を変えることよりも、人間性というか、個人の意識とか、価値観を

変えていかなければ、ダメじゃないのかしら?」

 

 水島麻衣がそういって、隣の矢野拓海を見る。

 

「麻衣ちゃんの言うとおりだろうね。おれたちが、微力でもいいから、

コツコツと、音楽とかの芸術的なこととかで、人に感動を与えたり、

人とともに楽しんだりしながら、少しずつ、みんなで変わっていくしか

ないんじゃないのかな。よく考えたら、ミュージック・ファン・クラブの

幹事長だって、そんな志があったから、やっていられるんだよ!」

 

 矢野拓海がそういったら、みんなから拍手と歓声がわきおこった。

 

「あっはっは、おれ、酔っちゃったみたいで、マジメすぎる話をしちゃったけど、

みんなをシラケさせないで、盛りあがったみたいで、良かったよ。

みんな、ありがとうね!こんな話で、盛り上げてくれて!あっははは」

 

「さすが、しんちゃん!最高だわ!」と誰か、女の子がいうと、みんなで、大爆笑となった。

 

≪つづく≫ --- 56章 おわり ---



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57章 竜太郎、若い人向け慈善事業を始める

57章 竜太郎、若い人向け慈善事業を始める

 

 10月4日、土曜日の午後2時。台風18号の接近による曇り空であった。

 

 新宿駅東口から、徒歩3分、新宿ビル2階にある、サウンド・クラブでは、

スポットライトが当たるステージに、新井竜太郎が立っている。

 

 サウンド・クラブは、2014年9月に、エタナールがオープンした、

ジャズ、クラシック、ロックやフォークまで、幅広いジャンルの

音楽を楽しめる、180席数の、本格的なライヴハウスである。

 

「わたくしたち、エタナールの外食事業は、おかげさまで、今年も好調に

売り上げを伸ばしています。みなさまのご支援に深く感謝いたします。

そして、今年新たにスタートさせました、

芸能や音楽、芸術などの文化事業も、順調に推移しています」

 

 竜太郎は、マスコミの関係者や招待客に、嬉しそうな表情でそう語った。

 

「新しい音楽や文化などの、新しい芸術の創出のためには、

今ある、壁(かべ)とでもいいましょうか、今進路をさえぎるように、

立ちはだかるあるものを、越(こ)えようとする、

限りない意志や努力が必要なのだと、感じています。

まあ、障害や困難なことを乗り越えて、

何か新しいものが生まれないことには、活性化しませんし、

それは、事業でも何事でも同じことなのだと思います」

 

 そう話しながら、ホールのみんなを見わたす竜太郎だ。

身長178センチ、32歳、ネイビーのビジネス・スーツもよく似合う。

 

「今の日本には、携帯電話、インターネットなど、いろいろな物が手に入いる、

便利で豊かな生活の反面、経済的に苦しい家庭の子どもが多くいます。

この経済的格差に苦しめられている、いわゆる相対的貧困の子どもが、

今、増え続けているのが、現実なのです」

 

 適度にゆっくりとそう語る、竜太郎には、余裕の微笑みがあった。

 

「こんな現状を変えることはできないものだろうか、そう思って、

考えた結果が、この新しい事業、ユニオン・ロックだったのです。

ユニオン・ロックでは、全国展開を目標にして、日本の新しい時代の

担い手である子どもたちや青少年が、心身ともに健やかに成長できるように、

家庭や学校は、もちろん、その地域や行政ともしっかり連携させていただいて、

子どもと青少年を取り巻く環境を、少しでも健全なものにしてゆくことを、

第1の目的に、全国展開してゆきます!」

 

 ホールのみんなからは、盛大な拍手と歓声が起こった。

 

「子どもたち、若者たちに、夢や明るい未来を約束できる社会の実現のためには、

ぜひとも、その若い人たちに、まず、元気になってもらわなければいけません。

そんな願いを込めて、新しい事業、ユニオン・ロックを立ち上げました!

きょうは、そのオープニング・セレモニーです。ごゆっくりと、音楽や料理を

お楽しみください!」

 

 そういって、笑顔でステージを降りる竜太郎に、拍手は鳴り止まない。

 

「竜さん、なかなか、いいスピーチでしたよ」

 

 川口信也は、テーブルに戻ってきた竜太郎に、そう話しかけた。

そのテーブルには、信也の彼女の大沢詩織や清原美樹と

美樹の姉の美咲がいる。美樹の親友で、竜太郎が恋心を寄せている

小川真央もいる。竜太郎の弟、23歳の幸平や、

北沢奏人(かなと)と北沢と交際中の天野陽菜(あまのひな)がいた。

 

 25歳の北沢奏人は、モリカワの本部で、副統括シェフをしている。

モリカワの全店舗の料理、飲み物、スイーツなどすべてを品質管理し、

新製品の開発や企画を実施したり、その指揮をとっている。

 

 長めの髪がよく似合う23歳の天野陽菜は、料理の腕もまあまあだけど、

ショッピングのほうが趣味という、モリカワ本社の社員であった。

 

 北沢奏人は、エタナールのモリカワ買収騒動で、新井幸平に出会って、

それ以来、新井幸平とは親友の付き合いであり、きょうは招待されている。

 

「竜さんの子どもたちや若者への熱意には、感動しますよ!」

 

 北沢が、隣の幸平の左側に座る竜太郎に、そう話しかけた。

 

「子どもの貧困とかは、子どもの責任ではないしね。誰かが、

援助とかで、守ってあげないといけないんだろうね」と竜太郎はいう。

 

「ユニオン・ロックという事業では、インターネットも使って、

音楽や芸能の好きな子どもや若者に、

学べる場所や表現できる場所や、楽器の提供などの、

無償のサポートしてあげながら、時間をかけながら、

できれば、彼らの好きな音楽や芸能の仕事を、一緒にしてゆこうという

システムなんです。できれば、そんな彼らの夢の後押しをしながら、

われわれも、夢を追ってゆこうという、長期的展望のビジネスなんです。

才能のあるアーティストやタレントの育成には、時間がかかりますからね。

まあ、企業としての利益の社会への還元でもありますし、倫理的な義務感から、

始めたことなんですよ。ははは」

 

 そういって、幸平が北沢奏人を見て、わらった。

 

「わたしたちも、ユニオン・ロックという慈善事業には、感動しちゃいます!

このグローバルな社会って、会社も個人も競争が激しいから、

経済格差とかは広がるばかりですもんね。そんな中で、

子どもたちや若い人たちには、何も、責任や罪はないのですから、

誰かが守ってあげなければいけないんだと思います!」

 

 弁護士をしている、25歳の清原美咲は、テーブルの向かいに座る

竜太郎と幸平にそう話した。

 

「ユニオン・ロックが、全国展開して、うまくいってくれることを、

私たちも願っています」

 

 清原美樹がそういった。

 

「ユニオン・ロックの事業で、困っている子どもたちが、

少しでも元気で明るくなってくれたら、わたしも嬉しいわ!」

 

 大沢詩織もそういった。

 

「ありがとう、みなさん。おれも、いい歳の、32歳だけど、

いつまでたっても、実は、ワルガキみたいなことばかり

考えているんですよ。そんなダメ男だから、罪滅(ほろ)ぼしにと、

善(よ)いことも、やってみようとしているだけなんですよ。

あっはっは」

 

 竜太郎が、そういって、声を出してわらう。

 

「竜さんがワルガキだなんて・・・、そんなことないわよ。

竜さんは、いつもカッコよくって、紳士だと、わたしは思うもん!」

 

 小川真央がそういった。

 

 竜太郎は、「いやあ、どうも、真央ちゃん。あはは」といって、

ちょっと頭をかいて、わらった。

 

 「竜さんは、いい人だよ。あっはっは」

 

 信也がそういってわらう。みんなも、わらった。

 

≪つづく≫ --- 57章 おわり ---

 

 



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58章 信也、バーチャルな下北音楽学校の講師をする

58章 信也、バーチャルな下北音楽学校の講師をする

 

 秋も深まる10月の日曜日。

株式会社・モリカワは、外食産業最大手、エターナル(eternal)が

興(おこ)した慈善事業、ユニオン・ロックと、業務提携を実現する。

 

 先日の10月4日、新宿のサウンド・クラブで行われたユニオン・ロックの

オープニング・セレモニーに招(まね)かれたモリカワの社長、

森川誠は、エターナルの副社長、新井竜太郎に語った。

 

「竜さん、この事業は、すばらしいと思いますよ。わたしも、

日本の未来を担(にな)う、子どもたちの環境を良くしてゆく、

何か良い方法はないものかと、いつも考えているんです。

竜さんは、広い視野を持っていらっしゃる。

会社も、健全な社会があってこその会社ですからね。

社会に貢献できてこそ、会社も存在意義があるというものです。

モリカワも、ユニオン・ロックに参加したいくらいですよ。

わっはっはは」

 

 森川誠は、カウンター バーで、カクテルを飲みながら、

愉快そうにわらった。

 

「社長さん、お褒めいただいて、ありがとうございます。

ぼくの方こそ、社長のビジネスに対する高い視点や

会社の経営哲学などに影響を受けているんです。

森川社長、この際どうでしょう?ユニオン・ロックを、

ご一緒にやってまいりましょうよ、この慈善事業には、

みんなの力を結集させるしかないって思っているんです!」

 

 バーテンダーにすすめられたカクテルを楽しむ

竜太郎は、言葉を選びながらそういうと、森川誠に微笑む。

 

「そうだね。竜さん。ユニオン・ロック、一緒にやってゆきましょう。

これはまるで、坂本龍馬が、日本のためにと実現させた、

薩長同盟みたいな感じですよ。爽快ですね。

利益ばかりを追いかけて、競争し合っている場合じゃない、

わっはっは。竜さん、乾杯しましょう!あっはっは」

 

「ええ、おっしゃる通りだと思います、森川社長、よろしくお願いします。

みんなの力を結集するユニオン・ロックが成功して、

社会に大いに貢献できますように!森川社長、乾杯!」

 

 そういって、森川誠と目を合わせると、竜太郎は微笑む。

 

 ふたりが交わした、ユニオン・ロックの業務提携のニュースは、

瞬 く 間(またたくあいだ)に、サウンド・クラブに集まったみんなに広まって、

新聞や雑誌などのマスコミから世間にも知れ渡る。

 

 それから数週間後、インターネットのソーシャル・メディア(SNS)の、

ユニオン・ロックで、川口信也たちが講師をする、下北(しもきた)音楽学校の、

中学生以上を対象とする、参加無料の特別公開授業が行われる。

 

 インターネット上の、バーチャルな下北音楽学校の校長は、

映画音楽、テレビ・ドラマの作曲家として活躍中の、

レコード大賞の作曲賞も受賞者で、ギターリストの沢秀人(さわひでと)である。

 

 その特別公開授業の会場は、下北沢南口から歩いて4分の、

北沢ホールの3階にある定員72名のミーティングルームであった。

 

 ミーティングルームは、女子中学生や女子高生、10代から20代の男子たちや、

大学生や社会人の男女と、幅広い層で、満席となった。モリカワの森川誠や

エターナルの新井竜太郎の姿もある。清原美樹たち、グレイス・ガールズや

信也のバンドのクラッシュ・ビートのメンバーも後ろの席に集まっている。

 

「きょうは、下北音楽学校の記念すべき第1回目の公開授業ということで、

ぼく自身、かなり、緊張しているんですけど。あっはは」

 

 自らの緊張をときほぐそうとして、信也は、わらって、少し間を開けた。

 

「きょうは、こんなにおおぜいの中学生、高校生、大学生や社会人の方が

集まってくれるとは思っていませんでした。

ソーシャル・メディアというか、インターネットの威力ってスゴイですよね。

また、きょうの授業は、生中継で、いま、動画で公開しいるわけです。

まあ、ね、楽しく、みんなで、音楽を学んで行こうよ!

そして、楽しく音楽をやっていこうよ!っていうのが、

下北音楽学校の目的なんですから。高い志を持って、楽しくやってゆきましょう!」

 

 演台(えんだい)に立つ川口信也は、深呼吸して落ち着くと、

最前列に座っている女子高生とかを、余裕の笑みで眺めながら、

ワイヤレスマイクを持って、そんな話をする。

 

「きょうの、ぼくの話は、世界一の楽器についてのお話です。

世界一の楽器って、なんだと思います?」

 

「人の声だと思います!」

 

 信也にそう問われた、最前列の女子高生が、ちょっと高いかわいい声で、

そう答える。その子はどこかオトナびていて、パープル系のポップカラーの

アイメークをしていて、微笑んで、信也を見つめる。

 

「そうなんです、正解です。きょうの授業のタイトルが、『高い声を出す方法』

なんですから、世界一の楽器って、人の声だってことは、わかりやすいですよね!」

 

 会場は、わらい声につつまれる。

 

「歌が上手(じょうず)に歌えないっていうことで、悩んでいる人って、

たくさんいるんですよね。ぼく自身がそうだったんですから」

 

 信也がそういうと、「ウソだぁ」と前列の女子中学生がいったり、彼女たちの

わらい声で、会場はざわつく。

 

「流行(はや)っているポップスやロックのほとんどは、みーんな音域が高いですから、

それらを歌いたくても、歌えないというのは、非常に絶望的なくらい、辛いものです。

このことって、歌うことが大好きな、みなさんや、ぼくにとっては、大問題ですよね」

 

「大問題でーす」と、前列の女子中高生たちが、さわいだ。

 

「そうなんですよ。歌いたいのに歌えないって、心が沈む、哀しいことなんですよね。

あっはは。わらって、ごまかしていられないくらいに。

まあ、今日(こんにち)のように、ぼくが3オクターブは、出せて、歌えるのも、

自己流ですが、ヴォイス・トレーニングをしてきたからなんです。

しかし、不思議なんですよね。なんで、好きな歌が、音程が高すぎて、

歌えないなんていう状況が、現代人の前に出現してしまっているのかってね。

人間の声帯というか、声を出すメカニズム(仕組み)に、もともと欠陥があるとしか

思えないくらいに、普通の、一般の人には高い声が出しにくいのですからね」

 

 会場のみんなは、静かに、信也の話に聞き入っている。

 

「最初にお話ししましたように、人間は声というものは、言葉でもって

意味も伝えられる、世界一の楽器だと思うんです。

言葉も伝えられる最高の楽器だって、おれに教えてくれたのは、

高校のときの音楽の先生だったですけどね。あっはっは。

おれはその話に、無性に、本当になぜか感心したんです。あっはっは」

 

 会場からも、わらいがおこる。信也のファンでもあるらしい、特に女の子たちのわらい声が、

飾(かざ)りけがないミーティングルームを華(はな)やかにする。

 

「それで、きょうの授業のタイトルの、『高い声を出す方法』の、ぼくの結論なんです。

誰にでも、ふだん出している地声から、声がひっくり返って、裏声になるという、

換声点(かんせいてん)とか呼ばれている音域の区分があるんですよね。

その声の変わり目を、上手にクリアして歌えるようにするのには、

トレーニングしかないだろうというのが、ぼくの結論なんです。

要するに、歌うための筋肉があると言われているのですが、それを鍛えていくしかないと。

筋力トレーニングを、日々続けられるかどうかが、3オクターブの音域を

獲得できるかどうかの分かれ道なんだと思うんです。

最初はうまく行かないにしても、歌が好きならば、

楽しんでやって行けることだと思うんです。そんな努力をしなくても、

最初から、3オクターブを歌える身体(からだ)に、自然界はなんで

してくれなかったのかな!?と、今でもぼくは思いますよ、まったく。

しかし、人間がサルから枝分かれした、パンツをはいたサルのようなものだとすれば、

進化の途中なのだから、高度な芸術的な楽しみが、そう簡単に手に入らないのも、

仕方ないのかな!?とか思ったりもしますけどね。あっはは」

 

 信也がわらって、頭をかくと、会場は、また、明るいわらい声につつまれる。

 

「しかし、まあ、ぼくの自由勝手な仮説といってしまえば、それまでですが、

歌や音楽とかの、芸術的なことが、ぼくたちが、

このかけがえのない美しい地球で、平和に仲良く暮らしてゆくための、

差後の切り札かも知れないと思うのが、ぼくの実感なんです。

さて、3オクターブの歌声を手に入れたいと思う人のためには、

ぼくも、下北(しもきた)音楽学校も、できるかぎりのことをして、

サポートしてまいります。

われわれが興(おこ)したユニオン・ロックという慈善事業は、

音楽や芸能を愛する人たちの力になってゆきたい、

そんなことが目的の事業なんです」

 

 そういうと、会場から、拍手と熱い歓声がわきおこる。

 

「歌うコツや理論は、インターネットで調べても、

けっこう詳しくわかりますが、高い声で歌うための、基本は、

肩の力を抜いたり、のどや舌も緊張させないようにして、

全身をリラックスさせることがあったりします。

または、腹式呼吸をするように心がけて、お腹に意識を持っていって、

のどの緊張をほぐすこととかもあります。

さらには、響きのよい声、高い声を出すためには、

鼻腔(びくう)や口腔(こうくう)などの、共鳴腔をフル活用するなどがあるわけです。

これは、ギターやバイオリンの音が胴体の部分で拡大されるのと同じ原理です。

まあ、声を出すメカニズムが、しっかりできるようになるってことは、

クルマやオートバイの運転に似ていて、いかにスムーズに、

ぎこちなくないように、ギア・チェンジがしっかりできるかってことだと思います。

ですから、簡単ではありませんが、楽しみながらやってゆく、

そんな価値のあることだと感じています。

歌の練習なら、クルマやバイクのように、運転ミスで、事故って、

ケガするとか、命を落とす、そんな心配も無用なんですから、みなさん、

ヴォイス・トレーニングは、気軽に楽しみながら、がんばりましょう!」

 

 会場からは、大きな拍手と、女子学生たちの明るい歓声がわいた。

 

≪つづく≫ --- 58章 おわり ---

 



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59章 音楽をする理由について、清原美樹は語る

59章 音楽をする理由について、清原美樹は語る

 

 10月26日、晴れわたった暖かな日曜日の正午(しょうご)。

 

 さわやかな秋の風が、囁(ささや)きかけるように肌に触れて、

下北沢の街を流れる。

 

下北沢は、新宿や渋谷からすぐそばで、楽器やギターバッグ(ギグバッグ)とかを、

肩にかけた若者が多く集まる音楽の街として、東京都でも有名だ。

 

 清原美樹と松下陽斗(はると)は、南口商店街の入り口にある、

総席数151席の、マクドナルドヘ向かって歩いている。

 

 美樹は、ふんわりとした肌ざわりのピンクベージュのカシミアのワンピース。

陽斗は、サックスブルーのショールカーディガン、オリーブのカラーのチノパンツ。

 

 商店街の入口の左にマクドナルド、右には、みずほ銀行がある。

その銀行側の横で、若い男性の二人組が、アコースティックギターで、

ヒット曲のコピーを歌って、ストリート・ライヴをしている。

 

 この商店街には、現在、400メートルほどのあいだに、

ライヴ演奏ができる店が、11軒もあった。

 

「はる(陽)くん、下北って、なんでこんなに、音楽好きな若者が

集まったり、ライヴハウスがたくさんあったりするんだろうね!?」

 

 美樹はそういって、陽斗に、無心な少女のように微笑んだ。

美樹は身長158センチ、陽斗は175センチ。

 

「そうだよね、なぜなのかなぁ、美樹ちゃん。下北には、下北沢音楽祭とか、

毎年あるし、そんな音楽を楽しもうっていう気持ちの人が多いし、

町の人や商店街や学校とか、みんなで協力し合っているよね。

だから、ここへ来れば、ひとりじゃないって心強さとかもあるしね。

こんな下北みたいな町が、ここだけじゃなくて、日本中、世界中に、

いっぱいあってほしいよね!美樹ちゃん!あっはっは」

 

 陽斗は明るい声でわらった。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 マックの赤い帽子がよく似合う、女性スタッフが微笑む。

 

 美樹と陽斗は、同じ、フィレオフィッシュと、ローストコーヒーと、

フライポテトを1つだけ注文する。

 

「わたし、きょうの下北音楽学校の授業で、何をお話ししていいのか、

ほとんど考えていないのよ、はるくん!どうしよう!?」

 

 そういって、陽斗を見つめる美樹だったが、余裕の微笑みである。

 

「あっはっは。美樹ちゃんなら、大丈夫だよ。お金もらってする仕事じゃないんだし。

いつもの美樹ちゃんらしく、何か世間話でもして、終わりにすればいいじゃない」

 

「そうよね。でも、一応、ノートに話す内容はまとめたんだ。次の土日には、

早瀬田祭(わせだまつり)もあるから、いろいろ忙しくって」

 

「おれんとこでも、次の土日は、芸術祭だもんね。なんで、大学の学園祭って、

同じ日にやるんだろうね。ちょっとずらしてくれれば、ゆっくり楽しめるのにね」

 

「そうよね・・・。はるくん、久石譲(じょう)メドレーを編曲したんでしょう!

すごいわ!日曜日の2時が開演よね。わたし絶対に、はるくんのピアノ演奏を

聴きに行くわ!トトロとか、宮崎駿(はやお)大好きだもの!」

 

「うん、美樹ちゃんが来てくれないと、おれ、たぶん、哀しくって

演奏できないからね、きっと来てね。あっはは」

 

「まあ、はるくんってば!わたしなんかいなくても、ガンバッちゃうんでしょう!うっふふ」

 

 美樹は早瀬田大学・教育学部4年生、10月13日に22歳になったばかり。

陽斗は東京芸術大学の音楽学部、ピアノ専攻の4年生、21歳、

来年の2月1日が誕生日である。

 

 清原美樹が講師を務める、第2回目の下北音楽学校の公開授業は、

午後2時に始まった。

 

 場所は、下北沢南口から歩いて4分の、北沢ホールの3階の、

定員72名のミーティングルームである。今回も超満員であった。

 

 美樹が立つ演台の横には、幅2メートルほどの大型ディスプレイがあって、

美樹の話の進行に合わせて、イラストや文字が映し出される。

 

 このバーチャルな下北音楽学校を開校している、ソーシャルメディア(SNS)の

若者向け慈善事業、ユニオン・ロックの利用者は、わずか3週間で、

その使い勝手の良さから、パソコンとスマートフォンを合わせて、

200万人を超えた。このユーザー数の増加は世間も注目させた。

本日の授業も、インターネットで生中継されている。

 

「みなさん、きょうも、お忙しい中、2回目の公開授業にお集まりいただいて、

本当にありがとうございます!きょうの授業は、『わたしが音楽をする理由』

というタイトルです!」

 

 ワイヤレスマイクを軽く握って、清原美樹が、余裕の笑顔で、語り始める。

ミーティングルームには、最前列に女子中高生や男子高校生たちがいる。

そして、10代から20代の男子たち、大学生や社会人の男女で、満席である。

 

 美樹のバンドのグレイス・ガールズのメンバーや、美樹の親友の小川真央も来ている。

松下陽斗や川口信也たちクラッシュ・ビートのメンバーたちが後ろの席に集まっている。

美樹の姉で、弁護士をしている美咲も、弁護士の岩田圭吾と仲よく来ていた。

 

「わたし、すごく緊張するかと、きのうの夜から心配だったんです。

すぐに寝つけなかったらどうしようと思ったり。でも、ぐっすりと眠れました!」

 

 会場からは、明るいわらい声。

 

「そして、いまは、そんなに緊張してないんです!そんなわたしって、

おかしいですよね、きっと、性格が鈍感なんです」

 

「そんなことないです!」

「美樹さんは、敏感で、センス、抜群にいいでーす!」

 

 会場の最前列にいる女子高生や男子高校生たちがそういう。

会場のみんなは声を出してわらう。

 

「みなさんは、夏目漱石は、『坊(ぼ)っちゃん』や『吾輩は猫である』とかで、

よくご存じだと思います。でも、彼が、なぜ、ノイローゼといいますか、

神経衰弱になったのかは、ご存じないかと思います。

彼は、1893年、帝国大学を卒業して、高等師範学校の英語教師になるんですけど、

日本人が英文学を学ぶことに違和感を覚え始めるんです。

そんな漱石に、1900年5月、文部省から英語研究のためにと、英国留学を命じられるんです。

でも、これは、実は、正しくは英文学の研究ではないようなんです。

わたしも文学の研究とばかり、最近まで思ってましたけど・・・。

さて、漱石は、イギリス人が考えている文学というものと、

自分の頭で考えている文学というものとは、まったく別なものであることに気づくのです。

それである以上、自分は、もう、英文学研究に何の貢献できない、

そういう状態に追い込まれちゃうんですよね。漱石はその結果、ノイローゼになるんです。

いままでは国のために英文学を研究するという目標があったんですけどね。

その目標を見失うし、自分が何のために生きているのかもわからない状態になるんです。

そんなノイローゼ状態の中で。漱石が最も深刻に考えたことは何だと思います?」

 

 最前列の女子高生に、笑顔で、そう尋(たず)ねる美樹。

 

「わかんなーいです。美樹先生!」

 

 そういって女子高生たちは、明るい声でわらった。

 

「そんなノイローゼ、神経衰弱の時に、漱石が、最も痛切に感じたことは、

人間の自我といいますか、自己といいますか、つまり、意識や行為をつかさどる主体としての、

私(わたくし)の問題だと言われています。

こんな自我意識に悩む体験というものは、人間という存在の認識の問題でもあるわけです。

漱石という作家のすごいところは、そんな悩みや苦労を、まるでおいしいお酒やワインのように、

発酵させてしまうとでもいいますか、それを原動力にして、小説の創造に向けて、

前人未到の大文豪になってしまうという、特別な才能といいますか、

能力があったというとことなんだと、わたしは思っています。

といいましても、わたしって、学校の教科書で『坊ちゃん』を少し読んだくらいで、

本当は漱石の作品って、ほとんど、まったく、読んでいないんです!

好きな音楽ばかりやっている、ダメなわたしなんです!」

 

「美樹先生、ダメなんかじゃないよ。わたし尊敬してまーす!」

 

 最前列の女子高生がそういうと、会場は拍手とわらい声に包まれた。

 

「自我意識を問題にした漱石が、いかにスゴイかということは、1901年から始まる、

20世紀になって、特に第二次大戦のあとに、ヨーロッパで、

実存主義という思想が展開されることでも、わかるかと思います。

実存主義とは、人間の実存について考えることを中心におく、

思想的立場、哲学的立場の、文学や芸術を含む思想運動のことです。

漱石は、1916年に満49歳で亡くなっているんですから、

世界的に見ても、すごい先見性のある作家だったことがわかる気がします。ね、みなさん!」

 

「うん、うん」と、最前列の女子高生たちが、笑顔で頷(うなず)く。

 

「きょうの授業のタイトルは『わたしが音楽をする理由』ですので、そのお話しに入るため、

ここからは、漱石はやめにしまして、ニーチェのお話しなんです。

なぜならば、ニーチェも実存主義の哲学者とは言われていますけど、

ニーチェは、まるで、漱石のあとに続く、自我意識を問題にした人でもあったと考えますけど、

ニーチェは、見事に、『自我なんて、実はただの思いこみでしかない』とか、

『すでにある、既成の真理といわれている論理や観念、それらはイデアとも呼ばれますが、

要するに現在ある、すべての既成の価値観などで、世の中を見わたすと、何事においても、

いつまでも自分の人生を肯定できないし、

満たされた人生を送ることができない』と言っているんです。

わたしは、ニーチェのこの考え方に大賛成なんです。人は何で、誰か、人間が作ったのに、

決まっているような思想や宗教によって、争いごとをおこすのでしょうか?

わたしにはまったく理解できないし、不条理なこと、つまり、筋が通らないこと、

道理が立たないことにしか思えません。不条理って、

わたしの好きな作家のカミュによって用いられた実存主義の用語で、

人生の非合理で、無意味な状況を示す言葉なんですよ。なんか、カッコいいと思いませんか?

高校生のみなさん!」

 

 美樹が、最前列の女子高生と男子高校生たちに話かける。

 

「カッコいいでーす!」と高校生たちは叫ぶように元気に答える。

会場からは拍手と歓声が沸き起こる。

 

「ご声援、ありがとうございます。ニーチェの言っていることって、

簡単して言っちゃいますと、こういうことなんだと思います。

『結局、既成の価値観とかの、不条理を背負っている限りは、

自分の人生を謳歌すること、つまり素直に歓ぶことはできない』と

ニーチェは、確信をもって言い切っているんですよね。

ニーチェって、既成の価値観に反抗するあたりは、現代の若者気質のようで、

ロック的といいますか、ロックンロール的ですよね。

わたしなんか、カッコいいなぁって思うんですけど、ニーチェの写真を見ると、

なぜか、がっかりしちゃうんです。ニーチェさん、ごめんなさい!」

 

 会場からは、また明るいわらい声。

 

「世の中に絶対的な真理なんてないとか、自我なんて、自分で考えている世界なんて、

ただの思いこみに過ぎないなんて思うということは、すべては無価値であるなんてことにも、

つながりかねないことなんですよね。ですから、よく、人は、

ニーチェのことをニヒリズムの元祖、虚無主義者と、カン違いしているようです。

でも実際は、大違いですよね。そのニヒリズムを乗り越えて、力強く、誇り高く、

プライドを持って生きよう!って言っているわけです。そのツァラトゥストラとかの著作では。

あと、ニーチェは、こんなことも言ってます、『意欲は解放しよう!と言うことは、

意欲は創造であるからだ。わたしはそう教える。そうであるからして、

創造のためのみに、君たちは学ぶべきだ』と・・・。

さて、そろそろ、わたしの未熟なこのお話しの最期になります。

ニーチェは、この世界のありさまを、あらゆる事物の内に宿る『力の意志』のせめぎ合い、

であるととらえています。つまり、すべての存在は、『生きること』の充実を求めて、

より強く、大きく、高く成長しようとしていると言うのです。古い価値観や、

道徳に縛られて生きることは、自分の生そのものを否定することであると言うのです。

人は誰でも自分を信じて、性欲などの欲望も、すべて力の意志なのだから肯定的にとらえて、

ゆったりと悠然と生きていればいいと言うのです。

ニーチェの哲学の重要なキーワードのこの『力への意志』は、生命の根源的な力を信じる

純粋な明るさに満ちていると言われます。力への意志は、生成し終えることはなく、

ゴールはなく、無限大に大きくなろうとすると言うのです。見わたす風景、日々のニュース、

自分の身体(からだ)、何もかもが生きている。それこそが生きていることの本質であって、

そこには力の意志があるというのが、ニーチェの考えだそうです。

そして、力への意志を、身をもって実現することができる人間を『超人』と呼んでいます。

最期に、わたしの胸に響く、ニーチェの言葉を、簡単して、まとめさせていただきます。

『しょせん、人間は自分の視点からしか、物事を見ることはできない。したがって、

誰もが正しいと認めることなんて、ひとつもない。人生を全部受入れよう。そして強く生きよう。

自分の欲望を認めよう。それは自分のありのままを1番大切にすること。

自分が尊いことを認めること。超人とは、前例にとらわれず、変化を受け入れる、

創造的な人間である。ささいなことでも、まわりの人たちが明るくなるほど歓(よろこ)ぼう。

大切なことは、いつも歓びを抱くことであり、自分の人生に満足していれば、

他人への憎しみも薄らぐのだから…』

これらの言葉に触れていると、わたしも元気が出て、音楽をやっていこうという気になるのです。

まとまりがありませんでしたけど、これで私の授業を終わりにしたいと思います。

ニーチェについての出典は、別冊宝島の『マンガと図解でわかるニーチェ』なんです。

『幸せになるための哲学』っていう表紙のキャッチコピーと

かわいらしい女の子のイラストに魅せられて、

コンビニでつい買っちゃいましたけど、とても、いい本でした!

ご清聴、ありがとうございました!」

 

 そういって、軽く頭を下げる美樹に、会場からの温かい拍手は鳴りやまなかった。

 

≪つづく≫ --- 59章 おわり ーーー

 

 

 



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60章 G ‐ ガールズ、全国放送に出演!

60章 G ‐ ガールズ、全国放送に初出演!

 

 11月3日。午前11時。秋らしい澄み切った青空の文化の日である。

 

 JR渋谷駅のハチ公改札を出て30秒ほど歩く、渋谷駅前交番に、

カラフルな秋のファッションを上手に着こなすグレイス・ガールズのメンバー全員と、

ジャケットとストレート・デニムの岡昇が集まっている。

 

 交番の中にいる警察官や、行き交(か)う人たちは、G ‐ ガールズのことを

知っているらしい。彼女たちを、ちょっと覗(のぞ)くように見たり、

ちょっと立ち止まったりしては、笑顔で何か言葉を交わし合ったりする。

 

 G ‐ ガールズと岡昇は、この渋谷駅前交番から、歩いて12分くらいの距離にある、

NHKi (エヌ・エイチ・ケイ)放送センターで、午後1時5分から始まる生放送の番組、

『スタジオパークからです!こんにちは!』に出演するところである。

 

 清原美樹や大沢詩織たち、みんなは、日本で唯一の公共放送のNHKi

(日本放送協力会)の初出演に、すこし興奮している様子でありながら、

いつもの明るい晴れやかな表情である。

 

 みんなは、歩いて行こうか、バスにしようかと、ちょっと迷うが、

11時48分発の放送センターへの直行バスに乗り込んだ。

直行バスは、渋谷マークシティ前、2番乗り場から、1時間に4、5本出ている。

 

 バスが放送センター西口に到着して、真っ先に降りたったのは、大沢詩織だった。

 

「わたし、この放送センターに大好きなんだぁ。渋谷だなぁて、感じがして!」

 

 大沢詩織が、放送センターの大きな建物を眺めながら、そういう。

 

「あっはは。おれも、渋谷に遊びに来ると、用事もないのに、このNHKi のまわりを

歩いたりするんですよ。それだけ、この放送センターは、渋谷のシンボル的な名所

なんでしょうかね?」

 

 G ‐ ガールズの演奏の中で、パーカッションをしている岡昇は、そういって、

詩織を見る。

 

「それにしてもさぁ。渋谷の街って、どうして、こんなに坂道が多いんだろうね」

 

 そういったのは、リードギターの水島麻衣だった。

 

「下北だって、坂道は多いしね。おれ、坂道が多いの、不思議に思って、

ネットで調べたらさぁ、2万年くらい前の大昔には、東京都の23区の

かなりな部分は、海の中だったていう話が書いてあったよ。なんでも、

東京湾の海水面は現在よりも100メートル以上も高かったんだってさ!」

 

 と、岡昇が、少し得意げに、みんなにそう語る。

 

「なーるほど、岡先生、それで、坂も多いってわけですね!」

 

 清原美樹が岡にそういうと、岡は少年のように照れて、頭をかく。

みんなは、声を出してわらった。

 

 みんなも、気分は高揚して、幸福なハイ・テンションなのである。

 

 午後1時5分。生放送は開始された。

 

 NHKi 放送センターのスタジオパークには、子どもたちからオトナまで、

たくさんの人たちが詰めかけている。番組のテーマソングが流れる中を、

みんなの拍手がわく。

 

「スタジオパークからです!」と、アナウンサーの井藤雅彦がいうと、

そのうしろに詰めかけているみんが、

「こんにちは!」と元気な大きな声で合唱する。

 

「やあ、今日も元気に、みなさん、ありがとうございます!」

 

 ラフなジャケットに、ポロシャツ姿の井藤が、周囲のみんなに一礼する。

 

「そして、きょうの司会は和服姿のきりっとお似合い、女優の竹下圭子さんです!

そして、今日のゲストは、いまや、若い中高生!特に女の子にすごい人気の、

グレイス・ガールズと岡昇のみなさんでございます!」

 

 両手を揉(も)むようにさすりながら、井藤はそういって、手を差し出す。

 

  テレビの画面には、G ‐ ガールズのライヴの映像が20秒ほど放送される。

 

「ようこそおいでくださいましたぁー!まず、みなさん、おひとりずつ、ひとことずつ、

自己紹介をお願いします!」

 

 「はーい」といって、清原美樹が最初に自己紹介をすると、G ‐ ガールズのみんな、

そして岡昇が最高の笑顔で挨拶をする。挨拶のたびに拍手がわく。

 

 みんなは、あらためて、テーブルに着席する。

 

 まるいガラス製のテーブルには、ストローのついたグラスの飲み物。

姿勢もよく、みんなが座るその背後には、色とりどりの花束も飾られてある。

 

「あらためまして、グレイス・ガールズのみなさんと、岡昇さんです!」

 

 井藤がそういうと、「よろしくお願いしまーす!」と、みんなの声も揃(そろ)う。

 

「いま、清原美樹さんが、緊張してますっておっしゃってましたけど、

スタジオパーク、初出演、みなさん!

でも、でも、生(なま)トーク番組というのは、みなさん!?」と司会の井藤はいう。

 

「なかなか無いですね。生番組で、こうやって、おしゃべりすることは。

ラジオとかですと、あったりするんですけど。

ライヴとかの、ステージとはまた違う、緊張感が・・・」

 

 リーダーの美樹が、詩織たちと目を合わせながら、笑顔でそういう。

 

「グレイス・ガールズさんたち、岡昇さんは、大学生ですもので。

緊張するのも、よくわかる気がします。そう言えば、

ちょっと前に、この番組には、E ‐ ガールズのみなさんが、

出演なさってくださったんですよ。

E ‐ ガールズさんは、総勢27名の女性・ダンス・ヴォーカル・ユニットですから、

とても全員はゲストにお呼びできなかったんですけどね。あっはっは」

 

「あ、それ、録画して見ました!おれ、E ‐ ガールズの大ファンなんです!」

 

 岡昇がそういうと、美樹や詩織や水島麻衣、

ドラムスの菊山香織、ベース・ギターの平沢奈美たち、

グレイス・ガールズの全員が、E ‐ ガールズの大ファンで、

「あんなふうに、ダンスができるのが羨(うらや)ましいです」とか、口々にいう。

 

「そういえば、グレイス・ガールズさんたちも、G ‐ ガールズって呼ばれてますよね。

ぼくなんかも、短い呼び方のほうに、ついなっちゃうんですけど。あっはは。

これって、偶然なんでしょうかね?」

 

「そうですよね。E ‐ ガールズさんたちは、確か2012年にはデヴューなさっていましたから、

わたしたちの、2年くらい先輩って感じなんですよ。

わたしたちのデヴューは、2013年10月でしたから。

でも、マネして、G ‐ ガールズになったわけではないんです。

グレイス・ガールズという正式名は、ちょっと長かったんですよね。

それで、いつしか、G ‐ ガールズって、みなさんに呼ばれるようになっちゃったんです。

みなさん、やっぱり短いのがお好きなようですよね。

そういえば、同じ事務所の先輩の、クラッシュ・ビートなんですけど、

いつのまにか、クラビって、短くして呼ばれているんです」

 

 美樹が、アナウンサーの井藤にそういって、微笑む。

 

「G ‐ ガールズさんと同じように、大人気のクラビさんたちも、同じ事務所だったですよね。

そう言えば、G ‐ ガールズさんは、学生さん。岡昇さんも学生さん。

クラビも、みなさん、会社のお勤め。言ってみれば、それは、2つの仕事といいますか、

生業(なりわい)といいますか、2つの職業を持つような、二足のわらじのようなものかと思いますが、

それって、大変ではないのでしょうか?僕なんか、NHKi のアナウンサーだけで、大変なんですよ。

あっはは」

 

「それについては、大学の先輩でもあるクラビさんたちとも、話し合ったことあるんですよ、

音楽とかの芸能界のお仕事って、個人の才能で成り立つも所もありますよね。

それって、自分の才能に賭けたりするわけで、すごく不安定なんですよね。

突き詰めて言えば、ミュージシャンも芸能人も、人気商売みたいなものだと思いますから、

みんなで、話し合ったときは、安定した定職を持っているのも、

選択肢としては、いいんじゃないかってことに、話は落ち着いたんです。

そんなわけですから、わたしも、たぶん、学校卒業後は、定職に就くつもりです。

わたしって、ギャンブルみたいな、一攫千金を狙(ねら)う生き方とか、

賭け事とか、どうしても好きになれないんです。父や姉が弁護士をしているんですけど、

その仕事のお手伝いもすることがあって、株式投資や賭け事で、破産したとか、

破産寸前で困っているとかいう人たちのことを、たくさん見ているものですから・・・」

 

 そんなことを語る、美樹であった。

 

「なるほど、なるほど。リーダーの美樹さんはマジメなんですね。僕も、この頃の世の中、

世界中が、カジノみたいなギャンブル場になっている気はしているんですよ。

それだから、すべて、お金まみれで、効率や利益の追求ばかりに追われて、

個人の考え方といいますか、思考自体も、どこかおかしくなっている気がします。

その結果とでもいいますか、個人の尊厳も軽くなって、収入の格差は広がっているような、

そんな気もしてきます。まあ、僕が考えるほど、単純じゃないわけでしょうけどね。あっはは。

そういえば、ネットで、先日の美樹先生の下北音楽学校の授業、拝聴させていただきました。

夏目漱石も、ニーチェも、僕も好きなほうなんですよ。さっそく僕も、あの宝島の本、

『まんがと図解でわかるニーチェ』を買っちゃいました。確かにニーチェの言うように、

『物の見え方は、その人の欲望で変わる』とか、

『世界には、事実というものはあるにしても、客観という立場自体が存在しないわけで、

それゆえに客観的な真実などというものはなく、

すべてには人それぞれの解釈があるだけ、世界はその解釈でできている』

・・・なんていうニーチェの言葉って、妙に心に沁みますよね、美樹さん」

 

「はい。わたし、夏目漱石も、ニーチェも、よく知らないんです。ただ、夏目漱石もニーチェの言葉も、

詩のようで詩心があると思います。それって、アフォリズムとでも言うのでしょうか、

簡潔な表現のなかに、人生や社会などの機微をうまく言い表した言葉ですから、

とても詩的な深さもあって、心地よかったり、よく理解できる気がしたりして、わたしは好きなんです。

ニーチェって人は、あらゆる価値観に疑いの目を向けながらも、生きることを肯定的に、

強く、楽しく、明るく、自由に生きようって言っているようで、好きなんです。

お昼の憩いの生放送で、こんなお話ししていて、いいんですかぁ?

でも、ニーチェの考え方って、現代の問題を考える上でも役立つ気がするんです。

『人が人生に意味を求めるのは、楽になりたいからである』とか、『人生のその無意味さの

苦痛に耐えるところから、今を生きるしかない』とか、『超人とは、別に、スーパーマンとか、

英雄のことではなくて、自分で価値を創造して生きることができる人物像の総称なんだ』

ということとか・・・。わたしは、好きなんですよね。いい詩を味わうような感じですよね、井藤さん!」

 

「あっはは。確かに、そうですよね。美樹さんの言うとおり、ニーチェって、詩人的ですよね!

人を元気にしてくれる言葉は、いいものです。僕も今を生きることに、

よく考えて行動すること、そんなベストを尽くすことにこそ、幸福の基本がある気がしますよ。

さて、いつも前向き、明るく元気な、G ‐ ガールズのみなさんなんですから、

今年の暮れは、E ‐ ガールズのように、NHKi の紅白歌合戦に初登場なんていう、

大きなニュースがあるかも知れませんよね!?」

 

「ええ!?本当ですか!井藤さん!紅白の出場が決まったら、どうしましょう!みんな!」

 

 美樹は、そういって、G ‐ ガールズのみんなと岡昇を見る。

 

「紅白出場って、うれしいし、憧れの夢の舞台ような気もしますけど、

おれって、なまけものだから、

大晦日(おおみそか)は、のんびり過ごしたいとも思ったりもするんですよね。

シニカルになって、斜に構えるわけじゃないんですけどね!

あっはは。すみません、こんなわがままを言って、井藤さん」

 

 岡昇が遠慮もなくそういうと、みんなも、「うんうん」とかいって頷(うなず)いたり、

「うれしいような、大変なような、複雑な心境ってところかしら」とかいいながら、わらった。

 

「なるほど、現代の若者気質って、紅白出場だからって、うれしいばかりじゃないって、

わけですね。あっはは。それも、素直で正直で、若者らしくって、いいと思いますよ!

しかし、みなさんには、ぜひ、紅白に出てもらいたいな!僕個人としても。あっはは!」

 

 アナウンサーの井藤雅彦は頭をかきながら、そういってわらった。

 

 スタジオの中は、明るい笑いに包まれた。

 

≪つづく≫ ------

 

 



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61章 美しさや愛を大切にする生き方

61章 美しさや愛を大切にする生き方

 

 11月22日、北北西からの冷たい風が吹いているが、

昼間の気温は18度以上と、暖かなよく晴れた土曜日。

 

 川口信也と新井竜太郎たち、9人は、JR 新宿駅 東口から徒歩で15分、

1.2キロメートルほどの、池林坊(ちりんぼう)に向かって歩いている。

 

 その9人は、新井竜太郎、川口信也と妹の美結(みゆ)と、

美結の彼氏の沢口涼太(りょうた)、

清原美樹と美樹の親友の小川真央、真央の彼氏の野口翼(つばさ)、

美樹の彼氏の松下陽斗(はると)、信也の彼女の大沢詩織だった。

 

 池林坊は、裸電球に照らされた、レトロ調の屋台が立ち並ぶ、

独特な雰囲気の店で、その創業36年の店には、それに魅せられて通う、

有名人や文化人たちも多い。信也と竜太郎も、よく行っては歓談する居酒屋である。

 

 店のオープンは4時30分で、クローズは翌朝5時という店である。

 

 信也たちは、5時に店内に入って、予約していたテーブルに落ち着いた。

 

 「美結ちゃん、真央ちゃん、涼太さんの主演の、エタナールのCMは、

毎回、その続きを見るのが楽しみだって人が多くて、大評判なんですよ。

おかげで、エタナールのイメージや知名度のアップがすごいんです。

エタナール全店の売り上げの倍増が続いているんですよ。あっははは」

 

 竜太郎がそういって、わらう。

 

「そうなんですかぁ!うれしいわ!」と、川口美結は魅力あふれる満面の笑み。

 

「それはおれもうれしいです」と、美結の隣の席の沢口涼太が、はにかむようにわらった。

 

「わたしもエタナールさんのお仕事に出られて、

そのおかげで、最近お仕事が増えているんです!」といって微笑む、小川真央だった。

 

 エタナールのCMに出演中の3人のうち、沢口涼太と川口美結は、

エタナールの芸能事務所のクリエーションに所属している。

エタナールの副社長の竜太郎が恋心を抱いている小川真央は、

川口信也や清原美樹と同じ事務所のモリカワ・ミュージックに所属している。

 

「いつも思うんですけど、竜太郎さんと信也さんって、本当に仲がいいんですね!

このお店も、やっぱりお二人でよく来るんですかぁ?」

 

 グラスに入った生レモンハイをおいしそうに飲みながら、清原美樹がそういった。

 

「はい、はい。美樹ちゃん、よく聞いてくれました。しん(信)ちゃんは、ミュージシャンという、

芸術家でしょう、おれは実業家ってところで、芸術家にはなれない男だから、

ちょっとその点は悔しいんですけどね!あっはっは。

でも、美樹ちゃん。おれのやっている事業にも、芸術の創造に不可欠な、

ブレイク・スルー思考が大切なんですよ。ブレイク・スルーって、前例のないことや、

誰もやらないことをやるくらいの、常識にとらわれない心や、開拓精神や、

難関や障害を突破する力のことを意味するんでしょうけど、それがおれの事業にも必要なんですよ。

しんちゃんと付き合っているとね、毎日を新しい気分にさせてくれる感じで、

新鮮さや独創性に向かって、ブレイク・スルー思考が実現できて、バリバリと仕事に励めるんですよ。

それで、マンネリズムも防げるんです。行き詰まりの状態も打開できてしまうんですよね。

しんちゃんとは、酒飲んで楽しみながら、いいビジネスもできるという、

いいことばかりなんですよ。欠点といえば、たまに二日酔いもあったりすることです。あっはっはは」

 

 竜太郎がそういってわらうと、みんなは、声を出してわらった。

「美樹ちゃん、この店は閉店が朝の5時だから、ゆっくりできるしね。秘密の隠れ家かな。あっはは」

 

 川口信也がそういって、美樹を見つめながら、爽やかにわらった。

 

・・・いつ見ても、美樹ちゃんは、ほんとにかわいいなぁ、詩織ちゃんも美樹ちゃんに負けないくらい、

かわいいけれど。そういえば、この前、朝方に見た夢に美樹ちゃんが出ていたっけ。

おれと美樹ちゃん、恋人みたいに仲よかったっけ。詩織ちゃんはその夢にはいなかったっけ。

おれの深層心理ってものなのかな?美樹ちゃんも、おれの夢とか見てくれているのかな?

そりゃぁないか、美樹ちゃん、いま隣に座る陽斗くん、一筋って感じだもんなぁ・・・

 

 そんなことを信也は生ビールを飲みながら思っていると、竜太郎が話しかけてきた。

 

「高倉健さんが亡くなったね。亡くなってから、健さんって、すごい、いい俳優だったんだなって、

思い直したんだよ」

 

「竜さん、おれも同じですよ。健さんって、独特の美意識とでもいうのかな、持っているでしょう。

根っからの芸術家とでも言ってもいいのだと思いますけど、

特別な存在感のある、カッコいい男だなぁって、おれはいつも思っていましたけど。

こんなに早く亡くなってしまうと、おれなんかには、重いくらいの喪失感がありますよね。

でも、喪失感と同時に、健さんから教わったこともある気がしています。

おれがいつも考えている、美しいことや愛についてですけどね。健さんのおかげで、

美しいことや愛の大切さを改めて確信できたような気がしているんですよ。

まあ、健さんは、おれから見ても、男の中の男で、日本は大切な人を失ったような気がします」

 

 信也は、左隣の席の竜太郎と時おり目を合わせながら、そう語る。

 

「しんちゃんも、健さんに負けないくらいカッコいいんだから、健さんの遺志を継いで、

ここで、俳優として、デビューするのもいいと思うんだけど?」

 

「あっはっは。またまた、竜さんは人を乗せるのがうまいんだから。

おれなんか、無理ですよ。おれは、生涯、ロックンローラーでいいんです。あっはは」

 

「しんちゃん、そうですよね。しんちゃんがそう言うと、高倉健の魅力の謎が、

僕にも理解できたような気がしてきます。美意識なんでしょうかね、健さんの魅力って。

健さんなりに、一生懸命に、美しさについて考え抜いて生きたから、

ああして、男らしくって人間らしくって、カッコいいのかも知れませんよね!」

 

 松下陽斗(はると)が生ビールをおいしそうに飲みながら、信也にそういった。

 

「はる(陽)くん、わたし、先日にあったクローズアップ現代の健さんの特集を見たのよ。

その中で、健さんはこんなこと言っていたのよ!

『人を想うってことが、いかに美しいかってことでしょう?!

人間が、人間のことを想うという、これ以上に美しいものはないよね!』って。

健さんのあの言葉を聞いてたら、わたし、感動しちゃって、自然と涙があふれ出ちゃったんですもん!」

 

 牛肉のトマトの煮込みを食べながら、美樹がそういって、微笑む。

 

「そうですよね。高倉健さんの生き方には、教えられますよね。

確かに、みんなが、美しいものや、美意識とかを、何よりも1番に大切にして生きることができたなら、

世界中で問題の、宗教による戦争も、貧困の生まれる格差社会も無くなるかも知れませんよね!」

 

 小川真央の彼氏の野口翼(つばさ)が、隣の真央と目を合わせながら、笑顔でそういった。

 

「翼さん、いいこと言うなぁ。そうなんだよね。宗教で戦争や争いを起こすなんていうのは、

本当の宗教じゃないと、おれは思うよ。人を幸せにすることこそが、本来の宗教のはずだからね。

そんなんだったら、そんな観念や価値観なんか捨ててしまったほうが、幸福になれると思うよ。

そんな固定観念のような、妄想のようなものとは、さっさと、さよならをして、

芸術を愛したり、人を愛したりして、美しいことや愛についてを真剣に考えたほうがいいんだよ。

まあ、それだから、おれは、ビジネスで、人を愛すること、美しいことを愛することとかを、

世の中に広めようって、思っているんだけどね。そこにビジネス・チャンスもあるわけで。あっはっは」

 

 竜太郎がそういってわらうと、「竜さん、ステキ!」といったりしながら、みんなは拍手をする。

 

・・・竜さんの志は、確かにスケールが大きくて、すごいよ。大した男だと尊敬するよ。

ただ、女性関係には、少年みたいなところがあるんだよな。

真央ちゃんのことは、諦められないようだし。でも、真央ちゃんには、翼くんがいるから、

彼女を口説き落とせなかったりしているけど。この点は、おれも人のことあまりいえないけど。

やっぱり、竜さんとおれって、どこか似ているんだろうな!

おれも美樹ちゃんのことが、心の中にあるわけだしね。

それにしても、竜さんの女性遍歴には、華麗というか、週刊誌がいつも追いかけるくらい、

華やかなものがあるよな。おれもちょっと、マネできないくらいだしな。

けれど、それも独身の自由って範囲なのだから、別にいいことなんだなしなぁ・・・。

一種の男の憧れを、実践しているようなところがあるよな。うっふふ。

派手に女性と付き合っているのに、竜さんを恨んだりする女性もいなくて、

こうやって、みんなで飲もうと声をかければ、みんなも集まる、そんな人気もあるんだからな。

竜さんって、どこか、不思議な魅力のある男だ。・・・

 

 心の恋人の小川真央を目の前にして、機嫌のいい竜太郎を見ながら、信也はそんなことを思う。

 

「そうだよ。竜さんの言うとおりだよ!みんながみんな、美しいものを追いかけて、

愛を大切にして、生きれば、恐いものはないし、何も心配いらないんだよ!」

 

 信也が、微笑みながら、みんなを見わたして、自信を持ってそういいきる。

 

「しんちゃんの、そういう確信のあるところ、わたし大好きだわ!」

 

 信也の右隣の席の大沢詩織が、そういって、信也と目を合わせる。

 

「じゃあ、ここにいる、みなさんや、世界中のみんなが、これから先の未来に向かって、

美しさや愛することを、大切にしていく生きたをしてゆけることを、願いまして、乾杯といたしましょう!」

 

 生ビールでほろ酔い気分の信也は、「乾杯!」と竜太郎やみんなとグラスを合わせる。

 

 みんなも、陽気に「乾杯!」といって、グラスを合わせた。

 

≪つづく≫ --- 61章 おわり ---

 



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62章 信也の妹の利奈も、東京にやって来る?!

62章 信也の妹の利奈も、東京にやって来る?!

 

 11月29日。よく晴れわたった、日差しの暖かい土曜日である。

 

 下北沢の川口信也のマンションには、両親と末っ子の利奈が来ている。

 

 3人は、約2時間、父のクルマで、山梨から中央高速道路を走らせてきた。

 

「信也、じゃぁ、利奈をよろしく頼むよ。この信也のマンションから、

大学に通うということならば、おれもママも安心だから。ねえ、ママ!?」

 

 信也の父、裕也は笑顔でそういった。

 

「ええ、そうですよね。利奈が、ここで暮らすんだったら、きっと、安心できるわ」

 

 信也の母、広美もそういう。

 

「大学受験、がんばりますから、お兄ちゃん、お姉ちゃん、よろしくお願いします!」

 

 父の裕也と母の広美の真ん中にいる末っ子の利奈は、そういって、

テーブルの向かいに座っている、信也と美結のふたりに微笑んだ。

 

「利奈ちゃんは、いつも勉強も熱心だから、大学受験なんて、きっと大丈夫よ。

3人で仲良く暮らしましょう!楽しみにしているわ!ねえ、しんちゃん」

 

 美結はそういって、利奈と両親、そして信也に微笑んだ。

 

「うん、おれも、利奈と暮らすのを、楽しみにしているよ。美結ちゃんと利奈ちゃんのベッドは、

2段ベッドにするけど、それでいいのかな?」

 

「うん、しんちゃん、わたし、2段ベッドで大丈夫よ。美結ちゃんと、同じベッドなんて、

幸せよ!うっふふ」

 

 そういって、利奈は心から嬉しそうに、声を出してわらった。

 

「わたしも利奈と同じベッドなんて、幸せよ。小さいころはおたがいに、

よくつまらないことでケンカしたけれど、もうオトナ同士なんだから、

仲よくやってゆけるわよ!しんちゃんと3人で楽しく暮らしましょ!」

 

 美結は、そういいながら、両親の茶碗(ちゃわん)に、

急須(きゅう す)で日本茶を注(そそ)いだ。

 

「しかし、利奈まで、東京に出ることになるなんて、

お父さん、お母さん、ちょっと寂(さび)しくなるね」と信也がいう。

 

「あっはっは。それは、しようがないよね。子どもたちの進みたい道まで、

親としては、とやかく言えないわけで」といって、父の裕也は頭をかいた。 

 

・・・おれのオヤジは、息子のおれから見ても、まったく、いいオヤジだぜ。

おれが、大学を卒業して、山梨に帰った後も、『親の七光りとか、イヤだから、

お父さんの会社には入りたくないんだ』と言った時にも、

『お前がそう思うのなら、それもいいだろう』って言って、

おれは父の経営している会社には、あえて入社しなかったことを、許してくれたしな。

そして、それからすぐ、親友の純が山梨に来たりして、東京で働くことになっても、

わらって、『それなら、自分の思うようにやってみなさい』と言ってくれた、オヤジ。・・・

 

 信也は、いつも頼もしく男らしい容姿の、父の裕也をそう思いながら、ぼんやりと見る。 

 

 川口裕也は、韮崎市内で、従業員数、約80名という会社を経営している。

精密加工を主とする会社で、順調に業績を伸ばしていた。

しかし、長男の信也は、社長が父であるその会社に入社することを、

親の七光りとかで見られることをイヤがって、

大学卒業後、山梨に帰ると、実家から近い、別の会社に入社したのである。

そんな信也のわがままにも、『進路は自分で選べばいい』と寛容な父であった。

 

「信也さん、このマンションはなかなか、いい所だわね。下北沢の駅までも、

8分くらいなんでしょう?」

 

 広美がそういって、信也と美結に、母親らしく微笑んだ。

 

「ここは便利なマンションで、ほかへ引っ越す気がしないんですよ。あっはは

下北までは8分くらい、池の上駅(いけのうええき)だと、

歩いて5分ですからね!あっはは」

 

「ここの家賃が13万円というのは、山梨に比べると、高い気もするけど、

3人で仲よく暮らせば、シェアハウスより、快適で、しかも家賃も安いのかな?」

 

 父の裕也がそういって、お茶を飲む。みんなは、明るくわらった。

 

 信也のマンションには、6.5畳の洋間が2つある。

1つは信也の部屋、もう1つは美結の部屋であった。

 

 2つの洋間の南側には、掃出しの窓がある。

その外はベランダで、洗濯ものも干(ほ)せる。

 

 いま、家族が楽しく語り合っている、9.5畳のリビングは、

冬は暖かで、夏は涼しい、ウールのカーペットが敷(し)いてある。

テーブルは、寝転がれる床座(とこざ)で、

 

 ひのきのローリビングテーブル(座卓)であった。

高さ25センチのTVボードの上には、40型のテレビがある。

 

 システム・キッチンは、リビングの北側の引き戸(ひきど)越(ご)しにあり、

リビングの西側には、洗面所とバスルームが独立してあった。

 

≪つづく≫ --- 62章おわり ---

 

 

 



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63章 第2回 モリカワ・ミュージック 忘年会 (1)

63章 第2回 モリカワ・ミュージック 忘年会 (1)

 

 12月6日、北風が冷たいけれど、澄んだ青空の土曜日。

 

 正午から、下北沢駅から歩いて3分の、ライブ・レストラン・ビートでは、

『第2回 モリカワ・ミュージック 忘年会』が盛大に始まっている。

 

 招待客には、レコード会社やテレビ局、ラジオ局や劇団の人びと、

演出家、脚本家、プロデューサーたちが数多く出席している。

 

 1階と2階を合わせた、280席は満席であった。

 

このモリカワ所有のライブハウスは、赤レンガ造りの外装や、

高さ8メートルの吹き抜けのホールなどが、

現代的で洗練されていると、好評だった。

 

 グループで楽しめる1階のフロアの席、

ステージを見おろせる、二人のための席1階フロアの後方には、

ひとりで楽しめるバー・カウンターがある。

 

 舗道から10段ほどの階段を上がったエントランス(上がり口)には、

高さ2mはありそうな、クリスマス・ツリーが早くも飾られてあった。

 

 間口が約14メートルのステージでは、森川誠社長の挨拶が始まっていた。

 

「みなさま、この1年は、本当にお疲れさまでした。

モリカワも、外食産業と芸能プロダクションのモリカワ・ミュージック、両社の業績は、

今年も順調に推移し、昨年を上回る大躍進を達成できました。

これも、本当にみなさまからの、

日ごろからの多大なご尽力(じんりょく)の賜物(たまもの)であります。

『失敗は成功の母である』とは、よく聞く言葉でしょうけど、

実際と言いますか、現実的には、仕事の現場では、失敗に対して、

厳しいと言いますか、寛大ではないという、世間一般の傾向があるように思うんです。

わたしの母のことをちょとお話しします。

母はひとりで、この下北沢の商店街で、小さな喫茶店していたんです。

おれは、その喫茶店で売っているケーキとかの洋菓子が好きだったんです。

商品のケーキをつまみ食いしては、「誠!また、ケーキ食べたわね!」

と母に、よく怒(おこ)られたもんです。あっははは。

まあ、わたしは、ケーキが大好きで、高校を卒業すると、洋菓子の店に修行に行ったんです。

その3年後には、母の店を継(つ)がせてもらいました。

店は改装して、洋菓子と喫茶の店を始めたんです。

その母は、なぜか、あの幕末を生きた坂本龍馬が大好きでして、

いつのまにいか、わたしも、龍馬のファンになってしまったのです。

龍馬の実家も商人ですから、それで、時代のニーズとでも言いますか、

その時代に必要なことをとらえる眼力が、人の何倍もあったのだろうと考えています。

つまり、龍馬の場合は、よっとくらいの失敗も失敗と思わないで、次の成功へと結びつけるような、

柔軟な発想力や想像力の持ち主だったのだろうと思うのです。

人は、無意識のうちに、面子(めんつ)だとか、名誉だとか、権力欲だとか、固定観念だとか、

まあ、何でもいいのですが、いろんなものにしがみついてしまうものですよね。しかし、

そんな何かのために、本当のものが見えなかったり、

本当の自分の力が出せなかったりすこともよくあることだと思います。

失敗の話から、少々脱線してしまいました。あっはっはは。

まあ、失敗を恐れて、挑戦をしなくなったら、

個人も企業も、成長はそれで止まってしまうと、わたしは信じておるわけです。

厳(きび)しい、この現代のビジネス社会においては、まずは行動力が大切なのだと思います。

ですから、厳しい現実を避けて、失敗を恐がったりするよりも、

坂本龍馬のように、成功の可能性をシュミレーションしながら、

挑戦する姿勢を大切にしてゆきたいと思っています。

失敗は成功の母です!そして、ピンチはチャンスという、

そんなメンタリティ、精神のもち方が大切です!

みなさん、どうか、ごいっしょに、来年も自信を持って、大きく羽ばたいてゆきましょう!

それでは、きょうは、この1年のご苦労やご尽力を心から感謝しながら、思いっきり、楽しみましょう!

それでは、みなさま、グラスをお持ちください。 ・・・それでは、乾杯!!・・・ありがとうございました!」

 

 森川誠が、ところどころで、会場のみんなをわらわせながら、そんな挨拶と乾杯の音頭をとった。

森川は、8月5日で60歳。目元がやさしく、

白いものが混(ま)じる髭(ひげ)のよく似合う芸術家風な男で、

社内のみんなに慕われている社長である。

 

 会場は、森川の挨拶と乾杯の音頭による、熱い余韻に、しばらく包まれた。

 

「社長って、なかなか挨拶の名人だよね。ちょっと胸にジーンと来るもんがあったよ。あっはは」

 

 そういって、わらいながら、生ビールをゴクリと飲む、川口信也だった。

 

「森川社長って、ものの考え方がアーティストですよね。しんちゃん」

 

 信也の右隣にいる水谷友巳(ともみ)がそういって、微笑んだ。

 

「森川社長には、パッションがあるんだわ。その情熱が芸術家っぽいのよね!」

 

 信也の左隣の大沢詩織がそういって、色っぽい眼差しで、信也と知巳を見る。

 

 信也は24歳。詩織と友巳は、同じ1994年生まれの20歳(はたち)である。

 

 詩織は料理をつまみながら赤ワインを、友巳は生ビール飲んでいる。

 

「人間、誰もが、夢や希望や憧(あこが)れとかの、何か目標を持ち続けようってことかな?!」

 

 信也がそういった。

 

≪つづく≫ --- 63章 (2)へつづく ---

 



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63章 第2回 モリカワ・ミュージック 忘年会 (2)

63章 第2回 モリカワ・ミュージック 忘年会 (2)

 

 ステージでは、オープニングとして、

沢秀人(さわひでと)の指揮で、総勢30名以上のビッグ・バンド、

ニュー・ドリーム・オーケストラによる、ヨハン・シュトラウス2世が1986年に作曲のワルツ、

『美しく青きドナウ』と『芸術家の生活』が演奏されている。

 

 沢は、レコード大賞の作品賞の受賞や、テレビドラマの音楽を制作などで、

売れっ子のユニークな音楽家で、事務所はモリカワ・ミュージックに所属している。

 

 1973年8月生まれ、41歳の沢は、1013年の春までは、このライブハウスの経営者でもあった。

 

「Jポップもいいけれど、こんなクラシックも、ステキだわ。特に、わたしはこんなワルツは大好きなのよ!身体(からだ)が自然に動いて、踊りたくなっちゃうわ!」

 

 優美に流れる、3拍子の舞曲に、清原美樹は右隣の席の姉の美咲にそういい微笑(ほほえ)む。

 

「みんなで、踊っちゃおうかぁ!?」と、ワインにほろ酔いで、いい気分の美咲。

 

「でも、おれ、ワルツとかって、ぜんぜん踊れないんだ!今度習っておこうかな!あっはっは」

 

 そういって、美樹の左隣にいる、美樹の彼氏の松下陽斗(はると)はわらった。

 

「日本は、まだまだ、ダンスカルチャーの後進国かも知れないのよね。ねえ、岩田さん」

 

 そういって美咲は、左隣の席の、美咲と交際している岩田圭吾(けいご)に微笑む。

美咲と岩田は、美咲の父の清原法律事務所で弁護士をしている。

 

「日本では、いまだに、60年以上も前の、1948年に作られた風俗営業法をもとに、

ペアダンスとかを、厳しき規制しているのが現状なんですよ。

取り締まっている警察では、規制の理由を、『男女の享楽的雰囲気が過度にわたるとか、

風俗や環境を害するとか、少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがある』とか、

いっているんですけけどね」

 

 岩田は、落ち着いた声で、優しく目を輝かせて、みんなを見ながら、

ちょっと困ったような顔で、そう語った。

 

「ヨーロッパやアメリカとか、外国では、ペアダンスは文化なのにね!

外国人からのお客さんたちは、日本でダンスが禁止されていることには、

びっくりするんだって、六本木のクラブのオーナーもおっしゃっていたわ」

 

 そういって、岩田と目を合わせる美咲。

 

「ダンスカルチャーを守ろうってことでは、呼びかけ人として、音楽家の坂本龍一さんや、

作詞家の湯川れいこさんとかも、活動しているそうですよね」

 

 美樹や美咲たちのテーブルの向かいの席にいる川口信也がそういった。

 

「わたしも、坂本龍一さんたちがやっている、Let’s DANCE署名推進委員会には、

共感しちゃうわ。Let’s DANCEのホームページには、『憲法が保障する、

表現の自由、芸術・文化を守ってください』ってあるけれど、

ダンスを踊る自由って、いまの日本には、無いようなものですものね!」

 

 美樹はテーブルの向かいの信也と、ちょっとのあいだ、見つめ合った。

 

「60年前に作られた風俗営業法も、いろんな犯罪の防止のために作られたらしいけどね、

なんていったらいいのだろうね、自由や芸術や文化を守ってゆくためには、

いろいろな悪と戦うことも必要なのかなって、思っちゃうよね。あっはっは」

 

 持ち前の楽天さで、信也はそういって明るくわらった。

 

「でも、しんちゃん、なんで、世の中には、悪いことをする人と、正しく生きようとする人と、

戦い合っていかなければ、いけないんでしょうね!これじゃまるで、

勧善懲悪のバトルの、エンドレスのような映画の連続だわよね。

そんなことを考えていると、わたしって、すごく悲しくなっちゃうんだけど」

 

 信也の左隣の大沢詩織が、信也を見つめながらそういった。

 

「だいじょうぶよ。詩織ちゃん、あなたには、正義のヒーロー、しんちゃんがいるじゃないの!」

 

 テーブルの向かいの美咲がそういって、詩織に微笑んだ。

 

 「そうよ。詩織ちゃん、みんなで、いっしょに、がんばりましょう!」

 

 美樹がそういいながら、明るくわらった。

 

 「おれが、正義のヒーローですかあ。まあ、いいや、

まあ、コツコツと無理はしないで、楽しく、みんなで、

力を合わせて、がんばっていかなくっちゃ。あっはははは!」

 

 信也がそういって、またわらった。みんなも声を出してわらった。

 

 忘年会の中盤からは、モリカワ・ミュージックのミュージシャンたちのオン・ステージもあった。

 

 後半は、大抽選大会が行われた。1等の5万円が3本、2等の3万円が4本、

3等の2万円が5本、4等の1万円が7本、5等の5千円が10本というもので、

当選者の発表されるたびに、明るい歓声やわらい声が上がった。

 

≪つづく≫ --- 63章 おわり ---

 



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64章 信也と美結たちの正月

64章 信也と美結たちの正月

 

 2015年、1月3日の正月、午前8時ころ。東京の下北沢。

 

 早朝は、曇り空もあったが、青空が広がっている。

 

 信也がパソコンを眺めている部屋には、

信也の妹の美結が淹(い)れている、コーヒーの甘い香りが漂ってくる。

 

「しん(信)ちゃん、コーヒー入れたわよ。

きょうもいいお天気よね。ちょっと寒いけど。うふふ」

 

 信也の部屋をのぞいて、美結はそういって、微笑む。

 

「外の最高気温が、10度くらいだろうからね。こんな冬の寒さをよろこぶのは、

動物園の北極グマくらいかな?あっはっは」

 

 そういって、信也は美結を見て、声を出してわらった。

 

 信也の部屋の、南のベランダの窓ガラスからは、朝の光が静かに差し込んでいる。

 

 この頃、信也は、ドイツの哲学者、ニーチェの芸術論が気になっている。

 

 そのきっかけは、去年の10月に、信也たちのモリカワと竜太郎たちのエタナールの

共同で運営を開始している、バーチャルなインターネット上の下北音楽学校の、

第2回の公開授業で、清原美樹が講師となって、夏目漱石とニーチェについて、

信也にとっても興味深い話をしたからだった。

 

 信也は、その後、夏目漱石のことやニーチェのことが気になって、いろいろ調べたのだった。

 

「美樹ちゃんの漱石とニーチェの講演、すごくおもしろかったよ」

 

「ありがとう、しんちゃん」

 

 去年のモリカワ・ミュージックの忘年会で、信也と美樹は、そんな会話をした。

 

「おれさ、ニーチェにあまり関心なかったもんだから、ニーチェについて調べたんだよ、美樹ちゃん。

彼の芸術論って、特にいいよね。ヤフーの知恵袋なんかに、いいこと書いてあってさ。

ニーチェは、力強く生きるためというか、魅力ある人生というか、幸せな人生のためには、

理性よりも芸術のほうに価値があるとか、真理よりも美のほうに価値があるという考え方を、

提唱したらしいんだよね。おれもそれには、共感するし大賛成なんですよ。あっはっは」

 

「わたしも、音楽をやる意味を、ニーチェにあらためて教わったような気がしているのよ、しんちゃん。」

 

「ニーチェって人は、それまでのプラトンたちのヨーロッパ哲学や合理主義に、

異議を提唱して、それまでの価値観を転倒して、常識とかも否定して、考え方を根底から、

ひっくりかえしてしまったんだから、すごいよね。ニーチェ以前のヨーロッパ哲学では、

芸術よりも理性に価値があるとか、美よりも真理に価値があるとかだったらしいからね。

そういえば、おれちょっと気がついたんだけどさ、美樹ちゃん。

夏目漱石とニーチェは、ほとんど同じ時代に生きていたのは確かだけど、

夏目漱石は、ニーチェよりも20年くらいあとに生まれて、

ニーチェよりも16年くらい長生きしているんだよね」

 

「あら、いやだぁ。わたし、すっかり勘違いしていたみたい。

ニーチェって、漱石のあとに生まれた人とばかり思っていたわ。

だって、ニーチェの哲学って、現代人にもすごく役立って、現代的なんですもん!」

 

 ちょっと恥ずかしそうに、美樹は信也に、そういって微笑む。

 

「ははは。全然、気にすることなんてないよ。しかし、美樹ちゃんの言うとおりだよね。

確かに、ニーチェの哲学って、現代的だし、いまだに最先端な気がするもんね」

 

 信也と美樹は、モリカワ・ミュージックの忘年会で、そんな歓談をした。

 

 夏目漱石とニーチェはほぼ同じ時代に生きていたが、

漱石は1867年生まれの1916年の死去で、

ニーチェは1844年生まれの1900年の死去で、

漱石はニーチェより20歳以上若く、ニーチェよりも長生きしている。

 

 信也のマンションのリビングの、40型のテレビでは、録画の紅白歌合戦をやっている。

ちょうど、サザンオールスターズの桑田佳祐たちが登場している。

 

「利奈ちゃん、大学入試のお勉強、がんばっているらしいわ」

 

 美結は、テーブルで向き合う、信也にそういって、微笑む。

 

 暖(あたた)かくしてあるウールのカーペットで、ひのきのローリビングテーブル(座卓)では、

寝転がってくつろげる。

 

 妹のことを想う姉らしい優しさが、最近の美結の表情にはあって、そのオトナの女性らしさが、

美結の美しさを、兄の信也でも心を奪われるくらいにしている。

 

「1月は、センター試験だもなあ。利奈ちゃんもちょっと大変な時期だよね。

でも、利奈ちゃんなら、だいじょうぶだよ」

 

「そうよ、利奈ちゃんなら、だいじょうぶよ、しんちゃん」といって、美結も明るく微笑んだ。

 

 元旦の朝には、信也の彼女の詩織と、美結の彼氏の沢口涼太の4人で、

下北沢駅北口から歩いて6分ほどにある下北沢神社に、初詣(はつもうで)に行った。

 

 信也は、この正月に、まだ未完成らしいが、1つ、ロック調の歌を作った。

 

ニーチェさんに捧(ささ)げる歌  作詞作曲 川口信也

 

あなたは すごい人ですね 自分を信じて

その時代の 価値観を転倒したんでしょう!

あなたの 身になって 想像してみれば

おれなんかには できることじゃありません!

 

あなたは たぶん 無欲な 心優しい人だったんですね

世間の 無理解や中傷にも 負けないで

信念 感性 考えたこと 感じたこと 曲(ま)げないで

わが道を 歩くことを 全(まっと)うしたのだから

 

ニーチェさんの キーワード たくさんあるよね

超人 ツァラトゥストラ ルサンチマン ニヒリズム

でも オレの大好きなのは あなたの芸術論!

 

力強い人生の 幸せのための その高揚のためには

理性よりも 芸術ほうが 価値があるっていったこと

真理よりも 美のほうが 価値があるっていったこと

もっと 歓(よろこ)ぼう 楽しもう 幸せになろう っていってくれたこと

 

≪つづく≫ --- 64章 おわり ---

 

 



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65章 クラッシュ・ビートに、美女が参加する!

65章 クラッシュ・ビートに、美女が参加する!

 

 2015年、1月11日、日曜日、午後の2時。よく晴れた青空で、

南東からの風が吹いているが、最高気温は10度と、肌寒い。

 

 川口信也たち、クラッシュ・ビートのメンバー4人は、セカンド・アルバムの制作のために、

レコーディング・スタジオ・レオのコントロール・ルームに集まっている。

 

 スタジオは、下北沢駅南口の、南口商店街を歩いて3分くらいの、島津ビルの 7階にある。

 

 ビルは、1962年に創業(そうぎょう)の、屈指(くっし)の島津楽器店の本店で、地下は駐車場、

1階から6階までのフロアは、楽器、楽譜、音楽・映像ソフト(CD・DVD)が揃(そろ)っている。

 

 モリカワ・ミュージックは、同じ下北沢のにある、土日もオープンしている、

スタジオ・レオを常時利用していた。

 

 今回のクラッシュ・ビートのレコーディングには、女性のキーボード奏者が参加していた。

 

 その女性は、美形の才女としてテレビやラジオの出演も多く、

ポップスやクラシック好きの人びと以外にも広く知られている、

キーボーディストであり、ピアニストの、落合裕子である。

 

 川口信也が作ったばかりの、最新の『 FOR SONG 』という歌は、信也が敬愛する、

アルゼンチンの作曲家で、バンドネオン奏者の、アストル・ピアソラの作くる『リベルタンゴ』に、

深く影響を受け、そのインスピレーションから生まれた作品であった。

 

 そんな信也の思いもあって、ピアソラのリベルタンゴで演奏されているバンドネオンに似た音色を、

落合裕子のキーボードにお願いしようということになったのである。

 

 信也と裕子は、昨年の暮れに、音楽雑誌が主催のパーティーで知り合ったのであった。

 

 お互いに、タンゴに革命を起こしたといわれる、アストル・ピアソラを敬愛していたということで、

そのパーティーの店のカウンターで、偶然となりあわせとなったのだった。カクテルを楽しみながら、

信也と裕子は、タンゴやピアソラの話題で、いつのまにか、すっかり意気投合したのであった。

 

「しんちゃん、この『 FOR SONG 』は、タンゴみたいに、あのリベルタンゴみたいに、

情熱的で、なかなかの名曲だよ。あっはっは。1小節、4つ打ちのリズムだけど、

メロディの合間を縫って、16分音符が入って来るんだもんなぁ。

結局、これは16ビートのロックンロールなんだよな。あっはは」

 

 クラッシュ・ビートのドラマーの森川純が、ソファーでくつろぎながら、そういった。

 

「純ちゃん、それがまた、いいんじゃない。純ちゃんのドラムの腕の見せ所じゃない!

あっはは。純ちゃんのドラムのいつも正確なリズムがあるから、

おれたち、いつも安心して、カッコよく、音楽やっていられるんだから。あっはは」

 

 川口信也は、コントロール・ルームの、3mある天井をちょっと見上げたりして、そういった。

 

「わたしも、この曲は、なかなかの名曲だと思うわ。16分音符が、ちょうどいい装飾音になっていて、

リズムを1音符ずつ短く切って、スタッカートな演奏になってあるから、

まるであの、リベルタンゴのように、華麗な曲になっているんだわ。

タンゴの魅力って、情熱的なリズムの刻(きざみ)みにあるんですもの!ね、しんちゃん!」

 

  そういって、みんなを見わたす、知性的でもあり女性らしくもある、そんな美しい容姿の、

落合裕子に、信也もみんなも、気持ちがおだやかになって、自然と笑顔になる。

 

 そうやって、みんなは、ソファでくつろぎながら、コーヒーやお茶やジュースなどを飲んだり、

サンドウィッチなどを食べながら、のんびりと、雑談やレコーディングの話をした。

 

「しかし、しんちゃん、『FOR SONG』は、なんで、英語ばかりにしちゃったの?」

 

 ベースギターの高田翔太(しょうた)がそういった。

 

「あっはは。なんとなく、そうなっちゃったんだよ。おれでも歌える英語しか使ってないけどね!

あっはっは」

 

 信也はそういって、高らかにわらった。隣の落合裕子もわらった。みんなもわらった。

落合裕子は、1993年生まれの21歳であった。

 

「じゃあ、そろそろ、おれたちも表現の自由を守るためにも、最高の演奏を始めましょうか?」

 

 リード・ギターの岡林明(あきら)が、そういいながら、約50帖(じょう)の広(ひろ)さの、

コントロール・ルームのソファを立って、気持ちよさそうなストレッチをする。

 

「まったく、岡ちゃん、フランスとかの襲撃テロとかって、他人事じゃないよね。

こんな世の中、どうしたらいいのかって、たまに思っちゃうよ。

それじゃあ、おれたちは、元気よく、楽しく、レコーディング始めましょう!」

 

 森川純がそういうと、みんなはソファを立ちあがって、コントロール・ルームを出て

ロビー(lobby)から、メイン・スタジオへ入った。

 

 コントロール・ルームの中では、スタジオ・レオの代表取締役、オーディオ・エンジニアの、

31歳の島津悠太(しまづゆうた)、スタジオ・エンジニアの山口裕也、

スタジオ・マネージャーの沢木綾香(あやか)の3人が、

慣れた手つきで、デジタルの最新機器を操作して、録音の準備を開始した。

 

 『 FOR SONG 』は、切れのいい、信也のギター・カッティングのイントロで始まった。

 

FOR SONG 作詞作曲 川口信也

 

song is harmony. harmony is song.

song is soul. soul is song.

song is peace. peace is song.

song is friend. friend is song.

 

It's impossible, my life without the song, it's impossible.

It's impossible, my life without you, it's impossible.

song is your love. your love is song.

song is your love. your love is song.

 

song is dream. dream is song.

song is beauty. beauty is song.

song is hope. hope is song.

song is feeling. feeling is song.

 

It's impossible, my life without the song, it's impossible.

It's impossible, my life without you, it's impossible.

song is your love. your love is song.

song is your love. your love is song.

 

≪つづく≫_--- 65章おわり ---

 

 



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66章 信也と竜太郎と美結と裕子の4人で食事

66章 信也と竜太郎と美結と裕子の4人で食事

 

 1月17日の土曜日。曇り空の、午後の5時過ぎ。

 

 川口信也と新井竜太郎と、信也の妹の美結、落合裕子の4人は、

JR渋谷駅、ハチ公口からスクランブル交差点を渡ってすぐの、

レストラン・デリシャスのテーブルで、くつろいでいる。

 

 デリシャスは、竜太郎の会社、エターナルが全国に展開している、

世界各国の美味しい料理やドリンクを提供する多国籍料理のレストランであった。

 

「じゃあ、乾杯しましょう」

 

 竜太郎は、淡いピンク色のワインカクテルのグラスを手に持って、笑顔でそういった。

 

「美結ちゃんと裕子ちゃんも、この頃、本当に、女性らしい美しさで輝いているよね!」

 

 竜太郎は、テーブルの向かいの美結と裕子を見て、満足そうに微笑む。

 

「あら、竜さんったら、お上手なんですから。わたしなんか、まだまだ新人のモデルと女優で、

未熟なことばかりで、得意なことは料理くらいのことで、美しさとか、優雅さとは、かけ離れていますから」

 

「そんなことないわよ。料理上手ってすばらしいことよ。わたしにはできないもの。

それに、美結ちゃんには、持って生まれた天性の美貌があると思うわ。

だから、美結ちゃんはもっと自信を持っていいのよ。天性のアーティストなんですからね。

お兄さまのしんちゃんと同じような、天才的な才能を感じているわ、美結ちゃんには!」

 

「まあ、ありがとうございます!裕子ちゃん。あなたこそ、その若さで、

ピアノとキーボードの女神(めがみ)といわれているんですから、わたし、尊敬してしまうわ!」

 

「ありがとう。美結ちゃん」と、裕子はやさしい眼差しで、隣の席の美結にいう。

 

 川口美結は、2014年の5月に、エタナール傘下の芸能事務所のクリエーションで、

アーティスト活動を始めている。

 

 落合裕子は、クリエーションの新人オーディションに、最高得点で合格した才女である。

 

 美結と裕子は、1993年生まれの21歳で、同世代ということもあるせいか、

いまでは、おたがいに、無二の親友となっている。

 

「裕子さん、先日の『 FOR SONG 』のレコーディングでは、ありがとうございました。

おかげさまで、クラッシュ・ビートの中でも、ベストな名曲が誕生したと思ってます」

 

 信也がテーブルの向かいの裕子にそういった。

 

「あら、よかったわ。わたしなんかでよかったら、いつでも、また、参加させてください!

わたし、信也さんの作る音楽って、ロックって、大好きなんですよ。

そうそう、わたし、竜さんと信也さんが、ユニオン・ロックという若い人向け慈善事業をしていることにも、

とても、感動しているんです。竜さん、しんさん、おふたりを、尊敬してしまいます!」

 

 ピンク色のワインカクテルに酔いながら、魅力的な笑みで、落合裕子がそういう。

 

「ありがとう、裕子ちゃん、こちらこそ、また、よろしくお願いします!」

 

 ほろ酔いの信也は、照れながらそういった。

 

 信也は、裕子の色っぽい笑みと、大きな胸のふくらみを見ながら、

・・・ひょっとしたら、うまい酒飲んで、美女を前にして、これ以上の男の幸せはないのかも?・・・

などと、ぼんやりと思う。

 

「いやいや、おれたちのやっていることは、すべてビジネスにつなげているわけで、そんなに、

偉いわけじゃないんですよ。ただ、おれは、お金持ちがするような、道楽ごとが嫌いなだけです。

絵画の収集をするとか、何か高いものを買っては、パティーを開催して、それを自慢したりする、

そんな見栄や権威を振りかざすことが、好きじゃないと言いますか、バカバカしだけなんですよ。

あっはっは」

 

 竜太郎は、そういって、わらった。

 

「そんな竜さんだから、おれなんかと、仲よくしてくれるってわけですね。あっはっは」

 

 信也はそういって、わらうと、竜太郎も大笑いをして、美結も裕子も、声を出してわらった。

 

「竜さん、しん(信)ちゃん、それでも、若い人を援助してあげる、

ユニオン・ロックは、素晴らしいことだと思うわ。ギターとかピアノとかドラムとか、

好きだけど、お金がなくてできない若い人を応援してあげるんですもの!感動的な事業ですわ!」

 

「ありがとう、若い人には夢を持ってもらいたい気持ちもあるけど、

そんな若い人たちの才能を開花させて、それをビジネスにつなげて、お金を稼ごういうわけだから、

決して、偉いことしているわけじゃないんだよね。あっははは」

 

「でも、竜さん、お金なしじゃ、今の世の中、何もできないんだから、お金儲けを考えるのは、

正解だよ。お金がなければ、正義も貫けないよね。それにしても、竜さん、

ここのお店の料理おいしいですよね。今度から、ここで飲みましょう、竜さん、あっはは」

 

「ほんと、竜さん、ここの、お料理、おいしいわ!ね、裕子さん」

 

「うん、ホント、おいしいわ!ワインもおいしいし。また、連れてきてください!竜さん、しんちゃん!」

 

 そういって、信也は、きれいな心が、素直にあらわれている、裕子の美しい笑顔を見ながら、

・・・裕子ちゃんに、恋するようなことになれば、ヤバいよな、それだけは・・・とか思うのだった。

 

≪つづく≫ --- 66章 おわり ---

 

 



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67章 竜太郎の新しい恋人に、奈緒美!?

67章 竜太郎の新しい恋人に、奈緒美!?

 

 1月25日、おだやかな青空が広がる、正午(しょうご)を過ぎたころ。

 

 川口信也や新井竜太郎や竜太郎の弟の幸平たちが、

カフェ・ド・フローラ(Cafe de Flora)で、ゆったりと昼食でもとろうとしている。

 

 カフェ・ド・フローラは、新宿駅東口から、歩いて3分という交通の便の良さもあってか、

川口信也や早瀬田(わせだ)大学のミュージック・ファン・クラブの学生たちとか、

音楽仲間がいつも寄り集まる溜(たま)り場になっている。

 

 その店は、総席数170席のカフェ・バーで、モリカワの経営である。

 

 フローラには、春の女神(めがみ)という意味もあり、

明るい華(はな)やかさと清潔感、居心地(いごこち)の良い店内で、

女性には特に人気があった。

料理店と喫茶店とバーを複合させた、リーズナブルな総合飲食店で、

2013年には、新宿西口店もオープンしている。

 

「竜さん、おれたちはビールでも飲みますか?」

 

 信也は、テーブルの向かいの席の、新井竜太郎にそういった。

 

「そうしようか、信(しん)ちゃん。奈緒美(なおみ)ちゃん、幸(こう)ちゃんは、どうする?」

 

 竜太郎はそういって、右隣の席にいる野中奈緒美と、その右隣にいる弟の幸平を見る。

 

「昼間(ひるま)っからビールですかぁ?それも楽しいっすよね、竜さん。あっはは」

 

 幸平はそういってわらった。

 

「竜太郎さんや幸平さんたちは、お酒が強いからいいですよね。

いくら飲んでも、ふだんと変わらないんですもん。

わたしは、すぐに顔が紅くなっちゃうから。きょうは、わたしはオレンジジュースにしようかしら」

 

 竜太郎の右隣の野中奈緒美は、そういって、微笑む。

 

 野中奈緒美は、テレビに出演もするなどで、人気上昇中のモデル、タレント、女優である。

新井竜太郎が副社長をつとめるエタナールの、芸能プロダクションのクリエーションに所属している。

クリエーションでは、子どもから大人までの幅広い年齢層の、

モデルやタレントの育成やマネージメントをしていた。

 

 野中奈緒美は、1993年3月3日生まれの21歳、身長は165センチ、可憐な美少女である。

 

 テーブルの向かいの席にいる、竜太郎と野中奈緒美を眺めながら、

・・・どうやら、竜さんは、奈緒美ちゃんに、夢中のようだぜ。

相変わらず、美女がすきなんだからなぁ、竜さんは。うふふ・・・。それにしても、

真央ちゃんのこともあきらめきれないで、いまも好きなんだからなぁ・・・、

男ってそんなものかもしれないけどね、誰に迷惑になることでもないんだし、

そんな範囲では、男って、程度の差こそはあっても、誰もが、

美しさや美女を追い求めるドンファンなのかもしれないよね。

いつの夜だったか、ふたりで、バーのカウンターで、

ジョニー・デップが演じる、2003年ころの映画、愛する心の探究者のような、

伝説の伊達男、ドンファンを名乗る男の恋愛遍歴を描いた『ドンファン』について、

竜さんと、<あれは、男のロマンが感じられて、いい映画だよね>と語り合ったけど、

竜さん、生き方が、どこかあのドンファンに近いかもなぁ、

それも男の夢のひとつってところだろうけど・・・、・・・と信也は思うのであった。

 

「わたしも、きょうは、オレンジジュースにしようかしら?」

 

 ぼんやりとしている信也を見つめるようして、その右隣の席にいる、

ピンクのニットを着ている大沢詩織が、微笑みながらそういった。

 

「詩織ちゃんも、奈緒美ちゃんも、ちょっとくらい、おれたちと一緒に飲みませんか。

せっかくの機会なんですから。ははは。

このお店の赤ワインは、女性に人気があって、おいしいですからね。

詩織ちゃんも、奈緒美ちゃんも、美結ちゃんも、美樹ちゃんも、裕子ちゃんも、

わかってもらえるだろうけど、おれや信ちゃんや幸ちゃんや陽斗さんもだろうけど、男って、

頭の中をフル回転させることが多くってね、そんな脳の疲れを取るのには、

お酒が1番ってことらしいんですよ。

それにしても、おれたちはちょっと飲みすぎかも知れないけどね。あっはっは」

 

 声を出してわらう竜太郎だった。そんな竜太郎を見ながら、同じテーブルの席にいる、

詩織、奈緒美と、信也の妹の美結や清原美樹の、4人の女性たちは、

おたがいに目を合わせて微笑んだ。

 

「竜太郎さんと信ちゃんは、ほんとうに仲がいいんですね。なんか、いつ見ても一緒にいて、

お酒を飲んで楽しんでいるみたいなんですもの!ねえ、陽(はる)くん?」

 

 清原美樹がそういって微笑む。美樹の右隣には、美樹の彼氏の松下陽斗(はると)がいる。

 

「うん、ほんと、竜さんと信ちゃんって、仲いいよね」といって、陽斗はみんなを見わたしてわらう。

 

「陽さんから見ても、仲良く見えますかぁ。お互いに、遠慮なく、言いたいこと言うから、

よくケンカもしてるんですけどね!あっはっはは。でもまあ、

おれと信ちゃんは、仲のいい酒飲み友だちなんでしょうね。でもよかったですよ。

オレと信ちゃんが、同じ会社の人間でなかったことが。これが同じ会社に勤めていたりしたら、

いろいろと問題ですからね。会社って組織は、特定の人間と、特別に仲良くなったりすると、

いろいろと問題が発生するところなんですから。組織って、いろいろと窮屈ですよね。あっはっは」

 

 そういって、わらいながら、頭をちょっとかく、竜太郎である。

 

「わたしも、お兄ちゃんと竜太郎さんって、どうしてそんなに仲がいいんだろって、

ふと思うことあるんです」

 

 竜太郎の左隣にいる信也の妹の美結がそういった。

 

「おれには、信ちゃんみたいな、音楽を作れる想像力がないのだけれど、

会社の副社長をやらせてもらっていますから、会社を成長や発展させてゆくための、

ロマンやビジョンを持たなければ、リーダーとして失格だと思うんですよ。

言い換えれば、構想力を持たないと、ダメなんですよね。

構想力っていうのは、芸術家が作品を作るときの想像力と同じようなものなんですよ。

だから、おれと信ちゃんは、共通の価値観も多くって、仲がいいんですよね。きっと。あっはは」

 

「まったく、そのとおりですよね。竜さん!あっはは」といって、信也はわらった。

 

 信也、竜太郎、幸平、陽斗、そして、詩織、奈緒美、美結や美樹たちの、

8人は、同じテーブルで、わらい声の絶えない、楽しいひとときを過ごした。

 

≪つづく≫ --- 67章おわり ---

 



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68章 奈緒美、竜太郎の家に招かれる

68章 奈緒美、竜太郎の家に招かれる

 

 2月1日の日曜日。青空がひろがっているが、北風が冷たい。

 

 新井竜太郎の家は、世田谷区の成城二丁目にある。

小田急線の成城学園前駅南口から歩いて3分であった。

 

 東証1部上場の、外食産業を中心に躍進している会社、

エターナル(eternal)の社長の家にふさわしい、南欧風の2階建ての豪邸である。

 

 リビングのソファには、家族4人の、竜太郎と弟の幸平、父の俊平と母の麻美がそろっている。

そして、竜太郎の目下の恋人であるらしい、野中奈緒美もいた。

 

 つい先ほど、竜太郎は、彼女をクルマで迎えに行って、家に連れてきたのであった。

 

「奈緒美さんは、いよいよ今年は、1月から、NHKiの連続ドラマのヒロインとして出演されているのに、

そのいそがしい中を、よく、わがままな竜太郎の言うことを聞いて、うちに来てくれました」

 

 見るからに人のよさそうな眼差しで、しかも、眼光は鋭く、

計り知れない奥深さを宿しているような瞳の持ち主で、

いかにも大会社の社長にふさわしい風格の、新井俊平は、

人なつっこそうな笑みを表情にたたえながら、奈緒美にゆっくりとそういった。

 

「新井社長、きょうは、ご自宅に、わたしなんかを、お招きいただけることが、夢のようで、

もう、さっきから、感動しっぱなしで、心臓の鼓動は、高鳴りっぱなしなんです!

ほんとうに、きょうは、ありがとうございます!

それに、わたしのことを、さんづけでお呼びになるのなんて、もったないといいますか、

光栄しすぎて、わたし、困ってしまいます。どうか、お願いですから、わたしのことは、

呼び捨てで、奈緒美とかぁ、奈緒美ちゃんとか、奈緒ちゃんとかぁ、

それかぁ、奈緒!って読んでいただけないでしょうか?!お願します、社長!」

 

 そういって、奈緒美は、肩にかかる美しい長い黒髪を揺らして、深々と頭を下げた。

 

 そんな奈緒美に、みんなからは、思わず、わらい声ももれた。

 

「それじゃぁ、ぼくは、奈緒ちゃんと呼ばせてもらいましょう。そのかわり、ぼくのことは、

社長ではなくて、俊(しゅん)ちゃんって、呼んでください。あっはっはは」

 

「社長のことを、俊ちゃんですか?いくらなんでも、それはちょっと・・・」

 

「いいんですよ。ぼくがそうしてくださいって、言っているのですから。俊ちゃんと呼んでください」

 

「わかりました、社長。あっ、俊ちゃん」

 

 そういって、少女のように澄んだ瞳をきらめかせて、奈緒美は微笑んだ。

 

「奈緒美ちゃん、うちのオヤジは、ちょっと変わっているんですよ。自分の気に入った人には、

俊ちゃんとか、ちゃんづけでよばせているんですから。

まあ、おれもオヤジのマネしてますけど。あっはっはは」

 

 竜太郎がそういってわらった。

 

「おれもそうなんだよね。仲のいい奴には、幸ちゃんって呼んでくれって言っているんだよ。

これって、よく考えれば、オヤジの影響だったんだよね。あっはっは」

 

 竜太郎の隣で、熱いコーヒーをおいしそうに飲みながら、弟の幸平がそういってわらった。

 

「奈緒ちゃんなら、すぐにわかってもらえると思うんだけど、企業が成長できるか、

業績を順調に伸ばしてゆけるか、どうかの、もっとも重要なキー ポイントって、

いかに人を育てるのかってことなんですよね。いわゆる人材育成です。

経営学の父といわれる、アメリカのドラッカーも、会社にとって、人は最大の資産といっています。

そのせいかどうかは、わかりませんけど、ぼくの見てきたアメリカ人たちは、

おたがいに年齢の差や社会的な地位とかは気にしないし、そんなの関係なしで、

おたがいに、トムとかミッシェルとか、敬称などなしで、

呼び合ってますからね。でも、そんな社会の慣習の根本には、

アメリカって、多くの民族による移民で生まれた国ということもあって、

みんな、おたがいに、友だちじゃないかという、フレンドリーな意識が働いているんだと思うんですよ。

そんな友好的な意識が共有されているんでしょうね。

まあ、ぼくも、たまたま、そんな善良な人たちとしか、出会ってないし、見てこなかったとも、

言えるんですけどね。あっはは。まあ、そんなことも考えたりして、ぼくも会社の社長であっても、

社長とか呼ばれたくないし、会社でも、課長や係長とかの役職名では呼び合わないようにって、

言っているんです。人を育てるということを第一に考えた場合、

そういった垣根は全く不要ですからね。権威や肩書にふんぞりかえっているなんていうのは、

ほとんど会社員失格、人間失格なんですよ。奈緒ちゃんなら、わかってもらえますよね。

奈緒ちゃんをみていると、自分の才能を伸ばすことに一生懸命なのがよくわかるんです。あっははは」

 

「そんな、お褒めの言葉をいただけるなんて。ありがとうございます!俊ちゃんのおっしゃることって、

そのとおりだと、わたしも思います。」

 

 ソファーにもたれながら、時々笑みを浮かべながら語りかける、エタナールの社長の俊平に、

奈緒美は、きらりと輝く澄んだ瞳で微笑んで、軽く頭をさげる。

 

「個性を育てたり、才能などの人の強みを最大限に生かしたりすることっていうは、

確かに、簡単にできることではないでしょうけどね。しかし、その人の、ほんとうの強みというものは、

その人らしさ、自分らしさの中にあるものなんですよ。あっははは」

 

「そうですよね、わたしも、そのとおりだと思います」といって、奈緒美は、うなずく。

 

「ありがとう、奈緒美ちゃん、でも、ぼくの言ってることは、実は、ドラッカーの言葉なんですよ。

どうも、競争ばかりに明け暮れる、今の資本主義の社会には、

人間らしさを失わせるものがあって、いけませんよね。その点、ドラッカーの言葉には、

現代社会に対する警鐘もあったりするようで、ぼくの愛読書なんです。あっはっはは。

・・・それにしても、竜ちゃんが、女性を、我が家に、招待するのも、

めったにないことなんですけど・・・」

 

「あなた、そんなことは、聞かなくっても、わかっていることだわ。野暮ってものよ。うふふ」

 

 俊平の隣に座っている、俊平よりも3つ年下の麻美は、母親らしい優しい笑顔でそういった。 

 

「竜さんは、わたしにとっては、白馬の騎士のようで、ほんとうに、すてきな人なんです!

わたし、小学生のころから、芸能界に興味を持っていまして、タレントさんになるのが夢だったんです。

夢見る少女なんでしょうけど。でも、自分なりに、ダンス・スクールに通ったりして、

チャンスを待っていたんです。

そしたら、エタナールさんの芸能プロダクションのクリエーションが、

新人オーディションのことを知りまして。それで、勇気を出して、応募してみたんです。

そうしたら、オーディションに合格させていただいたり、お仕事は来るようになったりで、

ほんと、竜さんや、事務所のみなさんも、わたしには、ほんと、よくしてくれていまして・・・」

 

「いやいや、そうやって、いつも夢を追いかける奈緒美ちゃんの才能が、

その毎日の努力が実(みの)って、きれいな花を咲かせて、

それを世の中も認めてくれているってことですよ!あっはっはは」

 

 声をつまらせて、目に涙を浮かべそうになる奈緒美に、竜太郎はそういって、微笑んだ。

 

≪つづく≫ --- 68章 おわり ---

 



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69章 信也の妹の利奈、早瀬田大学に合格する

69章 信也の妹の利奈、早瀬田大学に合格する

 

 2月7日の土曜日の昼下がり。外は最高気温で10度ほどの、曇り空である。

 

 川口信也と大沢詩織のふたりは、去年の12月に、新しく借りたマンションの、

あたたかいリビングのベッドの布団の中で、 心地もよく、眠っている。

 

 そのマンション、ハイム代沢(だいざわ)は、1つの部屋とキッチンと、

バスルームに洗面所、南側にはベランダの、1Kの間取りである。

 

 駐車場はないが、現在も信也と妹の美結とで暮らしているマンションの、レスト下北沢から、

歩いて2分という距離にあるマンションなので、駐車場は新たに必要ではなかった。

 

 信也が、いまも美結と住んでいるレスト下北沢のほかに、

もう1つのこのマンション、ハイム代沢(だいざわ)を借りているのには理由があった。

 

 去年の11月29日、山梨から、信也の両親や末っ子の利奈が、信也に相談があって、

やって来たのであった。

 

 その相談とは、利奈が、信也の母校でもある早瀬田大学を受験するという話であった。

 

 利奈は、健康栄養学部・管理栄養学科を勉強したいという。

信也の両親は、利奈が早瀬田大学の入試試験に合格した際には、

信也のマンションから、利奈を通学させてやって欲しいというのであった。

 

 もちろん、信也や美結は、利奈と一緒に、3人で暮らす生活には、大歓迎であった。

 

 しかし、また、ある意味では、信也と詩織にとっては、なにかと不便なわけでもある。

 

 去年の4月も終わるころ、信也のマンションに、妹の美結が山梨からやって来てからは、

信也と詩織は、ホテルで、ふたりだけの時間を楽しんだりしていた。

 

 しかし、そんなホテルなどでのデートには、信也も詩織も、飽きてきていた。

 

 ふと思い立った信也は、去年の12月ころの、利奈の受験の合否も決まらないうちから、

詩織との、ふたりのための、マンションを探し始めたのである。

 

 今年の1月の初めころ、いま住んでいるマンションから歩いて2分という近い場所に、

1Kという間取りの、生活には、ちょっと狭いが、

ふたりの愛のくらしには十分というマンション、ハイム代沢(だいざわ)が見つかったのであった。

 

 ハイム代沢のマンションは、日当たりのいい2階の角の部屋で、下北沢駅まで歩いて6分であった。

信也が借りている、ハイム代沢とレスト下北沢は、どちらも、閑静な住宅も並ぶ、代沢2丁目にある。

 

 信也と詩織は、ベッドの中で手をつなぎながら、さっきまでの、熱いふれあいの、

その高揚や陶酔から自然とわきおこる、至福のような浅い眠りにひたっている。

 

 枕元にある、信也のスマホの着信音が鳴った。その電話は、妹の利奈からであった。

 

「しんちゃん、わたし、大学入試に合格しちゃったわよ!」

 

 ちょっと、ふるえる声の、しかし、元気な利奈の声であった。

 

「そうか、利奈ちゃん!おめでとう!利奈ちゃんなら、合格すると思ってたから、

おれは何も心配してなかったけれど。そうかぁ、いやぁ、よかった、よかった、

おめでとう!」

 

 何かの夢の中にいた信也は、これって現実なのかと、ふと思ったけど、

利奈の受験の合格の知らせを、自分のことのように歓んだ。

 

「詩織ちゃん、利奈が、おれたちの早瀬田に、無事に受かったんだってさ!よかったよ!」

 

「そうなんだ。よかったわよね。わたしも、すごっく、うれしいわ!しんちゃん、おめでとう!」

 

 すやすやと気持ちよさそうに眠っていた詩織は、目覚めると、そういって、信也の胸に顔をうずめた。

 

≪つづく≫ --- 69章 おわり ---

 



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70章 TRUE LOVE ( ほんとうの愛 ) 

70章 TRUE LOVE ( ほんとうの愛 ) 

 

2月14日、土曜日の昼下がり。北風が吹いているが、よく晴れている。

 

 クラッシュ・ビートのセカンド・アルバムの制作が、

下北沢駅 南口から歩いて3分の、レコーディング・スタジオ・レオで行われている。

 

 アルバムの制作には、キーボディストとして、落合裕子が参加している。

裕子は、1993年3月生まれの21歳である。

人の心を魅了する女性らしく可愛(かわい)い容姿や、さわやかな明るい性格で、

すっかりと、バンドのメンバーたちの中にとけこんでいた。

 

 バンドのみんなと、スタジオ・レオの代表取締役で31歳の島津悠太とスタッフたちは、

快適なミーティング・ロビーで、打ち合わせをしたりしながら、

コーヒーやお茶を飲んだり、落合裕子が家で作ってきた、

バレンタインのチョコのクッキーを食べたりして、くつろいだ。

 

 1時30分をまわったころ、バンドのみんなは、

コントロール・ルームからガラス越(ご)しに見える、

50帖(じょう)の広さのメイン・スタジオに入った。

 

「しんちゃん、わたしは、こんな感じのレゲエ風のバッキングでいいのかしら?」

 

 シンセサイザーを前にして座っている裕子がそういって、信也に微笑みかける。

 

「裕子ちゃんの演奏、すばらしいよ。しっかりと、リズムはキープしているしね、さすがですよ!」

 

 信也は笑顔で、ギターのカッティングの手を止めて、裕子にそういった。

 

「しんちゃんは、よく、こんな歌詞とメロディを作れるわ!わたし、この歌も、大好き!」

 

「ありがとう。この歌詞はね、日ごろ、感じていることを、言葉にするだけで、

わりと短時間、30分くらいでできちゃったんだけどね。

自分じゃ、作品の出来ってよくわからないから、ほめてもらえると、うれしいよ。あっはっは。

曲のほうは、けっこう、あ-でもない、こーでもないって、まる1日くらいかかって、

苦労しているんだよ。あっはは」

 

「そうなんだぁ」といって、譜面をあらためて見つめる裕子。

 

「しんちゃんには、ちょっと、変わった、おれらには無いような才能があるからなあ。

あっはっは。それで、このバンドも、オリジナルが作れて、助かっているわけだよなぁ、

なぁ、翔(しょう)ちゃん、岡)(おか)ちゃん」

 

 そういって、バンドのリーダーで、ドラムの、森川純が、ベースギターの高田翔太と、

リードギターの岡林明を見た。

 

「ほんと、しんちゃんや、純ちゃんのオリジナルがあるから、プロとして、

セカンド・アルバムをつくれるんだしな。あっはは」

 

 そういって、ドラムの前に座る高田翔太は、持っているスティックを宙で回転させる。

 

「おれも、オリジナル作りには、挑戦しているけどね。これが、なかなか、難しくって」

 

 岡林明がそういって、ちょっと、頭をかく。

 

「曲つくりは、続けていれば、できるようになるからね、岡ちゃん。継続が力だから。

あっはは」

 

 といって、陽気にわらう、森川純。

 

「じゃぁ、始めましょうか」と、高田翔太はいった。

 

 全員が、リラックスした表情で、演奏の準備に入った。

 

 ノリのいい、1音符ずつ短く切ったスタッカートな、レゲイ・バッキングの、

裕子のキーボードで、『TRUE LOVE』は始まった。

 

TRUE LOVE ( ほんとうの愛 )   作詞・作曲 川口信也

 

前の戦争が 終われば また新たな戦争!

なんで 平和にならないの この世界!?

 

それは 天使のような心と 悪魔のような心

どちらも 人間の中にある 心だから!?

 

それは それとしても・・・ だったなら

どう解決すればいいのさ この問題!?

 

その答えは 風に 吹かれているって

ボブ・ディランも 歌っていたよね

 

ほんとうの愛は 無傷のまま 風のように 

ぼくたちの 目の前を 去ってゆく

 

ほんとうの愛は やさしい 風のように

少年や少女を 守っているはず

 

True love is beyond human wisdom.

( ほんとうの愛は 人の英知を 超越している )

True love is really beautiful thing.

( ほんとうの愛は ほんとうに美しいもの )

 

ほんとうの愛は 人の英知を越えて

最強で 永遠なのだと ぼくは思う

 

人は ほんとうの愛のために

ここまで やって来れたんだろう

 

人は ほんとうの愛があるから

これからも やってゆけるのだろう

 

そんな ほんとうの愛があるから

人だって 歌だって 存在しているんだろう

 

そんな ほんとうの愛があるから

みんな 生きる希望だって 持てるのさ

 

そんな ほんとうの愛を 信じて

旅するのが 人生かもしれないよね

 

True love is beyond human wisdom.

( ほんとうの愛は 人の英知を 超越している )

True love is really beautiful thing.

( ほんとうの愛は ほんとうに美しいもの )

 

≪つづく≫ --- 70章 おわり ---

 

 



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71章 グレン・グールドに傾倒する松下陽斗

71章 グレン・グールドに傾倒する松下陽斗 

 

 2月22日、日曜日。冷たい小雨(こさめ)がぱらつく、曇り空である。

 

 清原美樹と松下陽斗(はると)は、小田急線、下北沢駅北口から歩いて5分の、

世田谷区北沢2丁目にあるマンションで、暮らし始めている。

 

 二人は、去年の夏の終わりころから、防音設備の整ったマンションを探していた。

 

 二人とも実家が、美樹は世田谷区北沢1丁目、陽斗は世田谷区代田6丁目と、

下北沢駅から近いこともあるから、二人で暮らすマンションは、

下北沢近くの物件をと、のんびり探していたのであった。 

 

 去年の11月に、24時間、楽器の演奏も可能な、ファミリータイプの2LDKの、

床、壁、扉や天井に吸音施工がしてあり、サッシの窓や換気扇も防音完備の、

いわゆる音楽マンションが見つかったのであった。

 

 二人は去年の12月から、そのマンションで暮らし始めた。

 

 二人は、まだ大学生ではあるが、経済的には自立する収入もあるせいか、

お互いの両親には、あっさりと理解してもらえた。

 

 美樹は1992年生まれ、22歳、早瀬田大学教育学部の4年生。身長158センチ。

陽斗は、1993年生まれ、22歳、東京芸術大学の音楽学部、ピアノ専攻の4年生。身長175センチ。

ふたりとも、この3月に大学の卒業である。

 

 マンションは、洋室8帖が2部屋、LDK(リビング・ダイニング・キッチン)が10帖で、

部屋にはグランドピアノが置いてあり、もうひと部屋はベッドルームにしてある。

月の賃料は14万円、管理費は5千円であった。

 

「ねえ、はる(陽)くん、このごろのニュースって、なんで、こんなに、殺伐としているのかしら!?

戦争のこともだけど、日本の中でも、恐(おそ)ろしい事件ばかりがあるんだもの」

 

 肩にかかるほどにのびた髪がセクシーな美樹は、そういって、陽斗を見て微笑んだ。

 

「人の命を、軽く考えているのかな!?他人の命のことも、自分の命のことでも、

軽く考えているというのかね。

人の心から、何かが欠落してるともいえるかもね。それは、生きる目的のようなものかもしれないし」

 

 陽斗は、少年のように澄んだ眼差しで、美樹を見るて、そういう。

 

「そうよね、はるくん。生きる目的って、なかなか、学校の授業とかで、

教えてもらえるものでもないですもんね」

 

「そうかもね、美樹ちゃん。生きる目的とかって、生きがいとかって、自分で見つけるしかないのかもね」

 

「幸(さいわ)い、わたしたちには・・・、音楽があるってことかしら。はるくん」

 

「まあね、そういうことかな。あっはっは」

 

「そうよね!いつまでも、仲よく、音楽やってゆこうね、はるくん。うっふふふ」

 

「そうだね、美樹ちゃん」

 

 リビングのテーブルで、美樹と陽斗は、あたたかい緑茶を飲みながら、

目を見合わせて、幸福そうにわらった。

 

・・・はるくんの指って、ごつごつして男らしいのに、なぜか、ピアニストらしくって、

わたしの指より、繊細な感じなんだから。また、そこがセクシーで、わたし好きなのだけど・・・

 

 美樹は、そう思いながら、テーブルに置かれた、陽斗の手を、一瞬見つめた。

 

 このごろ、20世紀最高の天才ピアニストとして名高い、グレン・グールドに心酔している。

 

 1932年9月25日、カナダのトロントに生れた、グレン・グールドは、23歳の時に、

ニューヨークで録音した初のデビューアルバムの、バッハの 『 ゴールドベルク変奏曲 』 が

1956年に発表されると、ルイ・アームストロングの新譜をおさえて、チャート1位を獲得したである。

 

 このアルバムは、ハロルド・C・ショーンバーグなどの著名な批評家からも絶賛されて、

ザ・ニューヨーカー誌といった一流雑誌も、次々と賞賛した。

 

 マス・メディアは、アイドルのように、グールドを喧伝(けんでん)し、彼は時の人となった。

 

 日本でも、グールドの革新性を、最も早く見抜いた、音楽評論家、吉田秀和は、

グールドこのデヴューアルバムについて、こんなことを語っている。

 

「こんなに詩的で、ポエティックな演奏で・・・、しかも、バッハのあの曲は、ほんとうに、

冴え冴え(さえざえ)とした、鮮明な、ぼんやりとしたところのない音楽、

それなのに、こんなにほかにないような、魅力のある、

聴いている人をね、ほんとうに引き付ける力が強い、そういう音楽にぶつかったという、

そういう意味ですね、びっくりしたのは。だから、かつて聴いたことのないようなものでした。

で、ぼくたちが、経験してきたバッハは、重々しくて、厳粛で、言ってみれば、バロックどころか、

その前のゴシックの音楽みたいな、石でつくられた立派な大伽藍(だいがらん)のような、

そういう音楽でしたからねぇ。そうじゃなくて、春の風が吹いているみたいなところがあったり、

まあ、言葉でいうと、そんなあれだけども、鳥が鳴いているようなところがあったり、

そんな愉快なものを持っているような、バッハですからね。」

 

 つまり、グールドは、そんなふうな瑞々(みずみず)しい、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ像を、

現代人の前に蘇(よみがえ)らせたのである。

 

 天才バッハを、蘇(よみがえ)らせた、天才とピアニストとでもいうのであろうか。

 

 グールドは、その圧倒的なスピード感と、抒情性のあるピアノ演奏で、重々しく、親しみにくいような、

バッハのイメージを一変させたといえるかもしれない。

 

 18世紀なかばに、バッハによって作られた、その『ゴールドベルク変奏曲』は、

全曲を弾くと、1時間を超えるという大曲である。

 

 この曲は、もともと、チェンバロのための練習曲 (BWV 988)で、

ピアノには向かないとされていて、繰り返しも多く、単調で、

ピアニストも好(この)んで弾かないといわれていた。

 

 グールドは、そんな既成の価値観を打ち破って、

デヴューアルバムでは、楽譜の繰り返し記号を無視して、

全曲を、30分台で弾ききったのである。

 

 そしてグールドは、アメリカでのデヴューばかりではなく、

ピアニストとして不動の地位を獲得したのであった。

 

「美樹ちゃん、グレン・グールドはね、50歳という短い人生だったんだけど、

芸術について、こんな、いい言葉を残しているんだよ。確かこんな言葉なんだけどね。

芸術の目的は・・・、アドレナリンやドーパミンのような脳内の快楽物質を分泌させて、

刹那的な快楽ばかりを追うのじゃなくて、感覚を研ぎ澄ますことによって、

新鮮な驚きや喜びに出会ったり、体験したり、心の平安の状態保ったりして、

生涯をかけて、ゆっくりと、人間らしさとでもいうのかな、そんな楽しく自由な人間性を、

構築してゆくところにあるっていってるんだよね。

これって、すごく、現代人の参考になる言葉だと思うんだよ、美樹ちゃん」

 

「そうね、さすが天才ね、いい言葉を残してくれているのね」

 

 美樹と陽斗は、笑顔で、一瞬、見つめ合った。

 

≪つづく≫ --- 71章 終わり ---

 



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72章 信也の妹、利奈の卒業式

72章 信也の妹、利奈の卒業式

 

 3月1日の日曜日。早朝から、ぱらぱらと冷たい雨が降っている。

 

 山梨県、韮崎市にある、県立韮咲(にらさき)高校では、講堂を兼(か)ねた体育館の中で、

第56回卒業式が行われている。

 

 みんなが注目する壇上には、色とりどりの美しい花が、咲き誇るように飾られてある。

 

東京の早瀬田大学の健康栄養学部・管理栄養学科に進学が決まっている、

川口利奈の心の中は、複雑であった。

 

 そのわけには、中学校の同級生で、同じ韮咲(にらさき)高校生の、

二人(ふたり)の仲のいい同性の友だちが、東京の国公立の大学を受験していて、

その結果がまだ出ていなくて、その二人は、不安をかかえたまま、

卒業式を迎えていることもあった。その二人の入試の結果は、3月6日には、はっきりする。

 

 また、そのほかにも、利奈のクラスの、いつもユーモラスなことをいって、

みんなを笑(わら)わしくれる明るい性格の男子の学級委員長も、

進学が決まっていなかったり、そのほかにも、

同じクラスの利奈の友だちとかが、希望校に合格できなかったり、

受験を落ちまくってしまっている友だちもいたりしている。

 

 世間では、『受験の合格発表は、悲喜交交(ひきこもごも)、

悲しみと喜びが入り交(ま)じっているものだ。』というが、

その言葉通りの現実が繰りひろがっていることが、利奈の心に暗い影をつくっていた。

 

・・・なんで、この世の中って、こうやって、大学の受験にも、競争があるのかしら?

世の中って、楽しいことよりも、辛(つら)いことのほうが多いんだもの、

ついつい、わたしだって、哀(かな)しくなる!・・・

 

 そんなことを思う、利奈であった。

 

 セレモニー(式典)は、開式の辞、国歌斉唱、卒業証書授与、賞状授与、

校長式辞、来賓祝辞、在校生代表送辞と続いて、

卒業生代表答辞と続いた。

 

 卒業生代表の女子学生は、ふるえる心や、あふれそうな涙に、

言葉を詰(つ)まらせながら、楽しかったこの3年間の高校生活を、

これからの人生の糧にしてゆくことを誓(ちか)いますと、

この韮咲高校で学べたことを誇りに思いますと、

先生やみんなに、感謝の言葉を述べた。

 

 その卒業生代表答辞のあいだは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの『管弦楽組曲第3番』、

BWV1068の第2楽章『アリア』、いわゆる、G線上のアリアが流れていた。

 

・・・G線上のアリアって、こんなときに、ぴったりだわ。バッハの中でも、

この曲が、1番、わたし好きだわ、美しいんだもの。

・・・わたしも、東京へ行ったら、音楽やろうかしら?

お兄ちゃんみたいに。だって、音楽って、元気をくれるんだもん・・・

 

 G線上のアリアが流れる中の、女子学生の澄んだ声の、答辞の言葉を、

利奈は、ひとつひとつ忘れないように、真剣に聞こうと努(つと)めた。

 

 その答辞の言葉に、利奈の胸が、感動に震えた。

利奈の澄んだ瞳には、ありのままの、自然な、熱い涙が光(ひか)った。

 

≪つづく≫

 



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73章 利奈の進学祝いのパーティー

73章 利奈の進学祝いのパーティー

 

「川口利奈さん、早瀬田(わせだ)大学のご入学、おめでとうございます!

それでは、みなさま、かんぱーい(乾杯)!」

 

 和(なご)やかな雰囲気の中、ワイングラスを持つ新井竜太郎が、テーブルに座ったままで、

乾杯の音頭をとった。

 

 オーダーした飲み物やフランス料理が並ぶテーブルには、

川口信也と妹の美結と利奈、

新井竜太郎と、竜太郎のお気に入りの野中奈緒美の、5人が、席についている。

 

 野中奈緒美は、竜太郎が副社長のエタナールの、芸能プロダクションのクリエーションに所属する、

人気上昇中のモデル、タレント、女優で、身長は165センチ、21歳の可憐な美少女である。

 

 5人は、フルーリ、渋谷店に来ている。

 

 フルーリは、渋谷駅のハチ公改札口から、スクランブル交差点を渡って3分、

大型複合ビルの最上階の、エタナールが経営する、リーズナブルなフランス料理店である。

 

 フルーリとは、フランス語のフルール(花)から来た言葉で、フルーリは、

「花が咲いている、花がひらいた」の意味である。

 

「この店の1号店は、湘南(しょうなん)の茅ヶ崎(ちがさき)にあるんですよ。

ここは今年の1月に、オープンしたばかりの、第3号店なんです」

 

 そういって、新井竜太郎は、川口信也の右隣の、妹の利奈に微笑(ほほえ)む。

 

「竜さん、きょうは、こんなにステキなお店に、招待してくださって、ありがとうございます。

そうなんですか、1号店は、湘南にあるんですか。

わたし、湘南って、憧(あこが)れてしまいます。湘南といえば、サザンの桑田佳祐さんや、

湘南の風さんの出身地なんですよね」

 

「利奈ちゃんは、湘南の風がお好きなんですか」

 

 前髪が、瞳を隠すほどに伸びているヘアカットの竜太郎は、やさしい眼差しで、

テーブルの向かいに座る、利奈にそういう。

 

「ええ、好きです。純恋歌なんか、大好きなんです!」という、利奈の瞳は楽しそうに輝いた。

 

「純恋歌ですかぁ。いい歌ですよね。あの歌は確かぁ、2006年のヒット曲でしたよね」

 

「すごーい。竜さん!よく覚えていらっしゃいますよね。そうなんですよ、2006年なんです。

わたしの誕生日が3月21日で、湘南の風の純恋歌は、3月6日のリリース(発売)だったんです!

あの時は、とても、純恋歌のリリースの日が待ち遠しかったでした。

わたし、まだ、小学3年生だったんですけど」

 

「あっはは。利奈さんは、小学3年生だったんですかぁ。

それで、湘南の風の純恋歌がお好きだったとは、利奈さんもなかなかのものですよね。

やっぱり、お兄さんのしん(信)ちゃんに似て、きっと、音楽の才能が豊かなんですよ。あっはっは」

 

「わたしが音楽の好きは、きっと、しんちゃんや美結ちゃんの影響が大きいんですよ。

家(うち)の中はいつも、音楽であふれていたような感じなんですもん。うふふ。

わたし、早瀬田(わせだ)大学のサークルにも参加させていただこうと思っているんです。

しん(信)ちゃんも入っていた、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)に入れてもらおうかなって、

思っているんです。うっふふ」

 

 利奈はそういいながら、右隣にいる兄の信也と、左隣にいる美結と、目を合わせる。

 

「利奈ちゃんも、おれと似ていて、歌をうたうのが好きだからね。あのサークルはいいと思うよ。

おれからも、MFCのみんなには、よろしくって言っておくから」

 

 信也は利奈にそういって、頼りになる兄らしく、微笑む。

 

「利奈ちゃんは、しんちゃんと同じで、小学生のころから、歌が大好きだったからね。

いい趣味だと思うわ。、利奈ちゃんには、学生生活をたくさん楽んで、充実させてほしいわ」

 

 利奈の左隣の席の美結が、利奈にそういった。

 

「おれの感なんですけど。利奈ちゃんには、お姉さんの美結ちゃんのようなタレント性とか、

しんちゃんにあるような、ゆたかな音楽性とかがあるような気もしているんですよ。

ですから、勉学と同時に、歌のほうも、がんばってみてほしいです。

おれも、いつでも、応援させていただきますから」

 

「竜さん、ありがとうございます。わたしの音楽の趣味は、やっぱり、ただの趣味なんです。

音楽は、楽しめればそれでいいんです。わたしには、音楽の才能なんてないと思いますから」  

 

「利奈ちゃん、才能ってものは、不思議なもので、がんばって続けていれば、突然、

空から舞い降りてくるようなものなんだよ。インスピレーションとか、霊感に近いようなもので」

 

「芸術には、創造のためのヒントやひらめきが大切ですもんね。

しんちゃん、それって、よくわかるような気もします。やっぱり、わたしには無理だわ。うっふふ」

 

「でも、利奈ちゃんは、声もとてもステキなんですもの。それに、ルックスもいいんですもの。

きっと、芸能界に入っても、成功できると、わたしは思うわ。ねえ、竜さん」

 

 利奈にそういって微笑むと、野中奈緒美は、隣の席にいる竜太郎と目を合わせた。

 

「奈緒美さん、お褒めの言葉まで、どうもありがとうございます。

わたしって、たぶん、みなさんと同じように、音楽とかの、美しいものが大好きなんです。

世の中って、いろいろと、ひどい出来事ばかりがあるじゃないですか。

わたしには、気持ちが落ち込むことばかりなんです。

そんな時には、美しい自然の景色を楽しんだり、きれいな音楽を聴いたりするんですけど。

いい映画を観たり、詩を読んだりして、いろんなジャンルの芸術を楽しむようにしているんです。

特に、音楽って、いつも、身近にいて、元気にしてくれる、親友のような気がしているんです」

 

「そうですよね、まったく、同感です。利奈ちゃんのおっしゃるとおりです。

それでは、みなさまの、これからの毎日が、

楽しい日々でありますように、お願いして、また乾杯しましょう!」

 

 ワインに酔って、上機嫌の竜太郎がそういって、みんなはまた笑顔で、乾杯をした。

 

 3月21日に、18歳になる利奈は、上質なハチミツと、みずみずしいレモンの酸っぱさが、

スイートで飲みやすい、おいしいレモネードの入った、かわいいグラスで、みんなと乾杯をした。  

 

≪つづく≫ --- 73章 おわり ---   

 

 

 



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74章 TRUE LOVE ( ほんとうの愛 ) PART 2

74章 TRUE LOVE ( ほんとうの愛 ) PART 2

 

 3月15日、日曜日。一日中、春を感じられる、おだやかな晴天であった。

 

「しん(信)ちゃん、きょうのお昼は、利奈(りな)ちゃんが、はりきって、

なすとベーコンのトマトパスタを作ってくれたのよ」

 

 リビングに入った信也に、美結が笑顔でそういった。

 

「それは、それは。利奈ちゃんも、美結ちゃんも、料理が上手だから、

おいらは幸せですよ。あっははは」

 

 そういって、信也が、檜(ひのき)のローリビングテーブル(座卓)に落ち着いた。

「わたしが来たために、しんちゃんは、このマンションにいられなくなってしまって、

なんか、申しわけない感じがするんだけど、わたし」

 

 キッチンで料理をつくっている利奈が、そういって、信也を見た。

 

「そんなことないって。おれは新しいマンション、気に入っているんだし。

利奈ちゃんは、ここで、美結ちゃんと仲よく暮らせば、おれもうれしいんだから。あっはっは」

 

「ありがとう、しんちゃん」と、利奈は微笑んだ。 

 

 川口信也が、今まで暮らしていたこのマンション、レスト下北沢では、

二人の妹の、美結と利奈の二人の生活が始まっていた。

 

 信也は、結局、このレスト下北沢から、歩いて2分という近さにあるマンション、

ハイム代沢(だいざわ)で、ひとり暮らしを始めている。

それは、大沢詩織との生活のためにのと、去年の12月に、新しく借りたマンションでもあった。

 

 ハイム代沢(だいざわ)は、防音設備のある音楽マンションで、信也も気に入っている。

1つの部屋とキッチンと、バスルームに洗面所、南側には洗濯物も干せるベランダがある、

1Kの間取りであった。駐車場はないが、このレスト下北沢から、歩いて2分なので、

駐車場は新たに必要ではなかった。

 

「あとで、できたばかりの歌を、聴いてもらいたいんだけど、聴いてくれるかな」

 

「しんちゃん、すごい。また歌ができたんだ。聴かせて!」

 

 そういって、利奈が、素直な瞳を輝かせた。

 

「クラッシュ・ビートのセカンド・アルバムのタイトルは、

しんちゃんの作った歌の『TRUE LOVE』なんでしょう?」

 

 信也のテーブルの向かいの美結の隣に座る、利奈がそういった。

 

「うん、きょう作った歌は、その『TRUE LOVE PART 2』なんですよ」

 

「わたしも、しんちゃんみたいに、歌が作れるようになれたらいいなぁ」

 

「だいじょうぶよ。利奈ちゃんは、小学校ではピアノが1番上手だったんだし、

その素質は、十分あるはずよ。きっと、しんちゃんみたいな、ミュージシャンになるのも、

夢じゃないわよ。だから、あきらめないでね!うっふふ」

 

 美結はそういって、姉らしくやさしく、利奈に微笑んだ。

 

「ありがとう。美結ちゃん。お姉ちゃんは、いつも、やさしいから、わたし、大好きよ!うふふ」

 

 兄妹(きょうだい)三人は、そんな会話をしながら、なすとベーコンのトマトパスタを楽しく食べた。

 

 「それでは、聴いてみてください」といって、ちょっと照れながら信也は、

アコースティックギターを手にした。

 

 『TRUE LOVE PART 2』は、ゆったりしたテンポの、メロディが美しいバラードであった。

 

 最初に作った『TRUE LOVE 』が、スタッカートな、レゲイ調で、ノリのいいのに比べると、

『TRUE LOVE PART 2』には、その旋律に、心に沁みる、洗練された美しさがあった。

 

 

 TRUE LOVE ( ほんとうの愛 ) PART 2 作詞作曲 川口信也

 

愛について 考えたり 話したりって

とても 日常の会話とかには できないこと

それなのに 元気に生きているうちに

ほんとうに 知りたいことっていえば

やっぱり 愛についてって ことになる

 

だから ぼくは 愛についての本を 読んだりもする

ぼくって カトリックの 信者じゃないけどさ

修道女の マザー・テレサの言葉に 感動もする!

「地球で もっとも 偉大な力 それは 魂の音楽」

「愛して 愛される 時間を 持ちなさい」・・・とか

 

でも別に 愛って 宗教の 専売特許じゃないわけで

ぼくたちは 誰かを 好きになったりすることで

愛に出会ったり 愛について 学んだりする

愛の すばらしさや パワーを感じたりする

「愛こそすべて」なんていう 歌も生まれたり!

 

あああ もしも 世界に 愛がなかったとしたら

どんなに 無情と殺伐の 世界になるんだろうか!?

マザー・テレサが こんなことを 語っているそうだ

「愛の欠如こそ いまの世界の 最悪の病です」と

愛のない人で  あふれている この世界なのか? 

 

あああ それにしても 不思議に思うのだけど

愛って どこから生まれてくるのだろうか!?

愛という概念(がいねん)も 神という概念に似て

それを 信じられるか 信じられないかで

その人の 幸福や 不幸が決まる気もするけど・・・

 

やっぱり この人生は 愛に出会うための

長い旅のような 気がする ぼくなんです・・・

ふり返れば ぼくにも 愛のない時期があったんだよ

いまは その愛の存在を 信じられるんですよ

だから ぼくは これからも 愛の歌をうたうのさ!

 

True love is beyond human wisdom.

( ほんとうの愛は 人の英知を 超越している )

True love is really beautiful thing.

( ほんとうの愛は ほんとうに美しいもの )

 

 

≪つづく≫ --- 74章 おわり ---

 



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75章 バッハの話に熱中の信也と詩織

75章  バッハの話に熱中の信也と詩織

 

 3月22日、日曜日。春らしい、おだやかな風の吹く、青空である。

 

川口信也と大沢詩織は、行きつけの、下北沢西口から歩いて1分の、ケーキと喫茶の店、

TiSSUE(ティッシュ)で、チーズケーキや、かぼちゃのケーキを食べながら、くつろいでいる。

 

 TiSSUEは、信也の2つのマンションからも近い、明るい店内には、

本がならんだ棚(たな)もあって、家庭的で可愛(かわい)い内装だった。

 

「しんちゃん、できたばかりの、『TRUE LOVE 、PART 2』、聴かせていただいたけど、

よかったわよ。感動しちゃったわ。うっふふ。さすが、しんちゃんって感じ・・・」

 

「あ、あれね。ありがとう。詩織(しおり)ちゃんにそういってもらえると、うれしいよ。あっはは。

でもね、あの歌はね、うちの美結(みゆ)ちゃん、利奈(りな)ちゃんに聴いてもらったんだけどさぁ、

歌詞に、マザー・テレサという、カトリック教会のシスター(修道女)を書いたものだから、

ポップミュージックとしてとか、商業的にはとか、ふさわしくないんじゃないかとか、

二人には、けっこう言われちゃったんだよ。あっはっは」

 

「そうなの。でも、きっと、お兄ちゃんのことが心配で、好意的にいろいろ言ってくれたのよ。

美結ちゃんも、利奈ちゃんも、とても気持ちのやさしい人たちですもの。

マザー・テレサさんって、やっぱり心のやさしい人で、

長い間、献身的なお仕事を続けていらして、ノーベル平和賞を受賞したんでしょう。

インターネットで調べてみたの」

 

そういって、詩織は、育ちのいいお嬢さまといった、どこかいつも上品な瞳を細めて、

信也に微笑んだ。

 

 ・・・詩織のミディアムヘア、長すぎず、短すぎず、かわいい・・・、と信也は、ふと思う。

 

「おれてってさ、バッハのことが気になってね。バッハって、あの、G線上のアリアとかで、

有名な、ヨハン・ゼバスティアン・バッハなんだけどね。

彼は、18世紀のドイツで活躍した人で、65歳の人生だったんだけど、

それまでの音楽を集大成したりして、西洋音楽というか、現代音楽というか、

現在ある音楽への道を拓(ひら)いた天才だったんだもんね。

ベートーヴェンは、バッハの芸術のことを、大海のように、果てしなく、広く、深いと言っているけどね。

しかしまた、バッハのまだ生きていた時には、いまほど評価はされていなくって、

作曲家というよりも、宮廷や教会のオルガンの演奏家だったり、聖歌隊の指導者だったらしいけどね。

おれが、不思議に思うことというのが、なぜ、バッハがあのような偉大な芸術家になれたのか?

現代人が聴いても、感動的な作品を創造できたのか?というようなことなんですよ。

そんなことを考えていたら、バッハは、やはり、神への信仰が深かったわけでしょうから、

おれも、ふと、神さまっているのかな?とか考えをめぐらしてしまうわけですよ。あっはは。

そんなわけで、つい、歌詞に、マザー・テレサとか書いちゃったんだろうね」

 

 そういって、やさしい眼差しで語りかける、信也の表情を、うっとりと眺(なが)める詩織である。

 

・・・しんちゃんって、ロックミュージシャンなのに、知性的な容姿なんだから。

それなのに、野生さもあるんだから。いまに、芸能界で大ブレイクしちゃったり、

・・・と詩織は、信也に見とれながら、ぼんやりと思う。

 

「・・・そうなんだぁ。確かに、バッハの、G線上のアリアとかって、そのモチーフ(主題)は、

神さまやキリストのような感じですものね。

しんちゃんも、そのうち、神さまを信じるようになったりしちゃったり。うっふふ」

 

「そうだよね。バッハみたいに、美しくって、人々に愛され続ける、

永遠に残るような作品を創造できるのなら、神さまを信じるかもね。あっはは」

 

「うっそー!しんちゃん」

 

「な、わけないって、詩織ちゃん。あっはは。

おれって、なかなか、神さままでは信じられないよ。実際に見たりしない限りね。あっはは」

 

「よかった。それで安心。わたしも、信仰心って、希薄なのよ。うっふふ」

 

「まあ、おれも、一生、信仰心は薄いんだろうね。詩織ちゃんと同じさ。それでもいいじゃん。あはは。

でもね、バッハのことを調べているうちに、わかったこともあるんですよ。

やっぱり、バッハという人の中には、いわゆる『愛』っていうものが、

それこそ、ベートーヴェンが言うように、

果てしなくて、広くて、深いものとして、あったんだんだろうってことを思うんですよ。

そんな大きな『愛』が、バッハの芸術を、大海のように、美しい、生命力のある、

いつまでも人に感動を与える、すばらしいものにしているんだろうってことですよね」

 

「そうよね。しんちゃんの言うとおりね。愛の力よね。愛の力って、偉大よね。

それに、バッハの曲を聴くことって、歌の創作には、とてもいいことだと思うわ。

だって、たとえば、ハードロックのディープ・パープルのギターリストのリッチー・ブラックモアだって、

バッハやクラシック音楽から強い影響を受けていて、バッハの曲のコード進行を、

ハイウェイ・スターとかに使っているらしいもん」

 

「そうだね。バッハって、ロックに通じる人なんだよね。ロック魂の元祖かもしれないなぁ。あっはは。

なぜならね。バッハの生きていた時代には、マルティン・ルターという、偉大な宗教改革者がいたんだよね。ルターは、当時の腐敗の進行するカトリック教会と対決し、宗教改革の立ち向かい、

聖書のドイツ語訳を完成させたりしたんだよね。そのルターの魂を受け継いだ一人が、

バッハだったというわけなんだよね。脳科学者の茂木健一郎さんも、

そんなことを『音楽の捧げもの』っていう本に書いているんですよ」

 

「わたしも、その本は持っているわ。茂木さんって好きだな。やさしくって、愛のある人よね。

茂木さんって、音楽好きよね。やっぱり、クラシックが1番好きなのかしら!?

私たちの音楽も、好きになってくれると、うれしいわよね、しんちゃん」

 

「うん、そうだね」

 

 信也と詩織は、目を合わせて、楽しそうにわらった。

 

≪つづく≫ --- 75章おわり ---

 



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76章 モリカワのお花見の会

76章  モリカワのお花見の会

 

 3月28日、土曜日。うららかな春の日差しが暖かい、青空の正午ころ。

 

 下北沢駅南口から、歩いて3分の、ライブ・レストラン・ビートでは、

モリカワが主催の、お花見の会が始まっている。

 

 ライブ・レストラン・ビートの日当たりのよい南側には、雨除けの屋根のある

オープン・テラス・カフェがある。4人がけの丸いテーブルが15卓(たく)あった。

 

 モリカワの社員や招待の客で、すべてのテーブルは満席である。

 

 カフェの芝の庭には、ソメイヨシノ(染井吉野)や、

山桜、雛菊桜、豆桜、大島桜、河津桜などの桜が植わっている。

 

 ほぼ満開のソメイヨシノの近くのテーブルには、

川口信也と清原美樹と小川真央と松下陽斗(はると)の4人がいる。

 

 青空の中、淡いピンクに染まるソメイヨシノの、神秘的な美しさに、心も弾む、美樹であった。

 

・・・お父さんと、森川社長は、いつも仲がいい。幼なじみなんだから、自然なんだろうけど・・・

 

 そんなことを思いながら、隣のテーブルで、愉快そうに声高らかにわらっている、

美樹の父の清原和幸と森川誠を、美樹は見る。

 

「美樹ちゃん、真央ちゃん、入社、おめでとうございます!

陽(はる)ちゃんは、いよいよ、大学も卒業で、

本格的にピアニストとして活動できるわけですよね。おめでとうございます!」

 

 川口信也が、清原美樹と小川真央の二人に、目元のやさしい笑顔でそういった。

 

 美樹と真央は、早瀬田大学を卒業して、外食産業のモリカワに就職が決まったのだった。

東京芸術大学を卒業した松下陽斗は、プロのミュージシャンとしてやってゆく。

 

「ありがとう、しんちゃん。わたしも、モリカワさんに就職できて、よかったわ。ねっ、真央ちゃん」

 

「ええ、わたしも、モリカワさんで、よかった。モリカワさんの社員本位の経営理念って、

徹底しているですもの。わたしたちみたいに、芸能活動もしながらでも、

モリカワさんでは、それを応援してくれるんですもん。最高にいい環境の会社です。ねっ、美樹ちゃん」

 

「うん。モリカワさんは、人間本位で、働きやすそうで、理想的な会社だと思います」

 

 美樹もそういって、はちみつサワーに、口をつけた。

 

 テーブルには、枝豆、焼き鳥、から揚げ、卵焼きなどのお花見料理の定番がそろっている。

 

「モリカワは、派遣やアルバイトの人にも、福利厚生を重視していますからね。

ぼくも、感心することばかりですよ。森川社長は、会社経営を芸術活動のように、

人に感動を与えるもんじゃないといけないと、考えていますからね。すごい人ですよ。あっはっは」

 

 そういって、わらって、スーパードライの生ビールを飲む、信也だった。

 

「おれも、モリカワ・ミュージックに入れさせてもらっていて思いますけど、印税とかの面でも、

他者と比べても、よくしていただいてますよ。まったく、悪徳業者や、ブラック企業、

自分だけ良けれいいという不心得者ばかりのような世の中に、

心の洗濯をさせていただけるような、ホワイト企業ですよ、モリカワさんは!あっはは」

 

 そういって、美樹の彼氏の陽斗がわらった。

 

 ヨハン・ゼバスティアン・バッハの話で、意気投合して、話に熱くなっている、信也と陽斗であった。

 

「バッハの音楽は、キリスト教的でありながら、

キリスト教を越えた普遍性を持っていると、ぼくも思うんですよ。

だから、無信仰の人にでも、いまも感動を与えるんだと思うんです」

 

 生ビールでいい気分の、陽斗が信也にそう語った。

 

「そんなんですよね。はる(陽)ちゃん。バッハの音楽は、崇高さというか、

壮大なスケールの美しさと同時に、

人間らしさというか親しみやすさの、聖と俗とでもいうような、両面をもっていて、

芸術性としては、最高峰なんだと思いますよね。

それは、まるで、詩人で童話作家の宮沢賢治を思わせるような、感じもするんです。

賢治も、仏教の法華経(ほけきょう)を信仰していたようですからね」

 

「何かを信仰するかどうかは、ともかくとして、ぼくは、愛する力とでもいうのか、

そんな、愛ということを、大切にしていく考えが、必要な気がするんです。

ねえ、美樹ちゃん」

 

「うん、そうよね。はる(陽)くん。ニーチェも、こんなこと言っているわ。

『人を愛することを忘れる。そうすると次には、自分の中にも愛する価値があることすら、

忘れてしまい、自分すら愛さなくなる。こうして、人間であることを終わってしまう』とか、

『誰かを愛するようになる。すると、よい人間へと成長しようとするから、

まるで、神に似た完全性に近づくような人間へと成長していくこともできるのだ』とか・・・」

 

「おおお、さすが、ニーチェですね。いいことを言っているよね。美樹ちゃん。

ぼくは、最近、脳科学者の茂木健一郎さんの本を読みふけっていてね。

茂木さんは、『物質であるはずの脳が、なぜ、意識を持つのか?』

という不思議としか説明のしようのない難問を真面目に研究している人で、

そのことだけで、ぼくなんか、尊敬しているんだけど、その茂木さんは、

『意識の素(もと)と言ってもいい、クオリア(質感)と呼ばれる神経細胞による脳内現象の、

起源が、もし解明されれば、アインシュタインの相対性理論以来の、

最大の科学革命になるだろう』って言っているんだよね。

あっはは。むずかしい話をして、ごめんね。

ぼくが言いたいことを、簡単にいえば、茂木さんは、『物質である脳が、意識を持つこと自体が、

不思議な奇跡である』って言っているんですよ。

ぼくはその言葉に、素直に感動しちゃうんですよ。そして、つい、ぼくは思っちゃうんです。

愛の正体って、これなんだ!ってね。物質である脳が、意識を持つということが、

愛による奇跡であって、愛の力の偉大さの証明だってね!

でも、ぼくはホント、そう思うんですよ。これが愛の正体であり、愛の力なんだってね。

あっはは。酔っぱらいの、バカげた話っぽいかな。あっはは」

 

「そんなことないわ。しんちゃんの考え方、わたしも、わかる気がするもん」

 

 と、美樹がそういって、信也に微笑む。真央も陽斗も、「わかる、わかる」といって、うなずいた。

 

「私たちが生きてゆけるのって、愛の力があるからだと思うわ!」

 

 美樹がそういった。みんなは明るくわらった。

 

≪つづく≫ --- 76章おわり ---



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77章 川口利奈、大学の音楽サークルに入る

77章 川口利奈、大学の音楽サークルに入る

 

 川口利奈(りな)は、入学したばかりの早瀬田(わせだ)大学の、

健康栄養学部・管理栄養学科で、仲よくなった木村奏咲(そら)と、

サークル活動の学生が集まる学生会館に向かって、楽しそうに話をしながら歩いている。

 

「戸山(とやま)キャンパスって、樹の緑もたくさんあって、芝生もきれいで、気持ちいいよね」

 

 利奈は、奏咲(そら)にそういって、ほほえんだ。

 

「うん、そうよね。わたし、この大学を選んでよかった。イケメンの男子も多いんじゃないかしら?」

 

「そうかしら?」

 

 利奈と奏咲(そら)は、目を合わせて、声を出してわらった。

 

 春の陽ざしが静かにそそぐ、キャンパスの風景に、ふたりの胸もはずんだ。

 

 二人が向かう学生会館は、東棟(ひがしとう)が11階で、

西棟(にしとう)が6階という、大きな建物である。

 

 西棟(にしとう)の2階にある、春の陽ざしも入る大ラウンジでは、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員たちが、ソファやテーブルのイスでくつろいでいる。

 

 大ラウンジには、セブンイレブンもある。食品、雑誌、文房具、生活用品、

ATMも完備している。予約の弁当の受付、配達もおこなっている。

3階には、ファーストフードのモス・バーガーもある。

 

 ミュージック・ファン・クラブ(MFC)は、大学公認のサークル活動で、

ポップ・ミュージックやロックやブルースなど、いろいろな幅広いジャンルの音楽を気軽に楽しんでいる。

 

 毎回のライブごとに、気の合う人と、バンドを組んだり、

あらたなメンバーを集めたりする、フリーバンド制で、

音楽を楽しむことを大切にするサークルであった。

 

 部員数は、男子32人、女子37人で、69人だった。

 

「よく来てくれましたぁ。サークルのみんな、大歓迎なんです。はははは」

 

 遠慮がちに、そーっと、大ラウンジに入ってきた、利奈と奏咲(そら)に、

谷村将也(しょうや)はそういうと、ちょっと頭をかいて、照れながらわらった。

 

 大学4年になった谷村将也(しょうや)は、MFCの幹事長になった。

これまで、幹事長だった矢野拓海(たくみ)は、大学を卒業した。

これまで、会計を担当していた岡昇は、3年生になって、

いまは副幹事長をしている。

 

「みなさーん、今度、サークルに入ってくれることになりました、川口利奈さんと、

木村奏咲(そら)さんです。利奈さんのお兄さんは、大先輩の、

クラッシュ・ビートの川口信也さんです。ご兄妹(きょうだい)で、

ミュージック・ファン・クラブに入っていただけるということで、大変にうれしいことですよね」

 

 みんなの歓迎の拍手が、大ラウンジに鳴り響いた。

 

 「みなさん、よろしくお願いします」

 

 利奈と奏咲(そら)は、さわやかな笑顔で、みんなにむかって挨拶をした。

 

「利奈ちゃん、奏咲ちゃん。おれ、岡昇です。わからないことがあったら、

なんでも、おれに聞いてくださいね。信也さんには、いつもお世話になっているんですよ」

 

 岡昇が、利奈と奏咲にそういった。

 

「利奈ちゃん、奏咲ちゃん、よろしくね。これから音楽を楽しくやりましょう!」

 

 そういって、利奈と奏咲に握手を求めたのは、ロックバンド、グレイス・ガールズの、

ギターリストでヴォーカリストの大沢詩織である。詩織は、この4月から、3年生だった。

 

「詩織さん、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 利奈は、信也の彼女である詩織とは、すでに親しい仲だった。

 

「わたしたちの、グレイス・ガールズは、リーダーの美樹ちゃんが卒業しちゃったから、

ちょっとさびしかったのよ。美樹ちゃんは、いまだって、グレイス・ガールズのリーダーですけどね。

でも、利奈ちゃん、奏咲(そら)ちゃんが入ってくれたのは、すごく、うれしいわ!ねえ、みんな!」

 

 グレイス・ガールズのドラムスの菊山香織は、そういって、微笑んだ。

 

「うん。利奈ちゃん、奏咲(そら)ちゃん、大歓迎よ!」

 

「利奈ちゃん、奏咲(そら)ちゃん、これから、よろしくね」

 

 グレイス・ガールズの、ベースギター担当の平沢奈美と、

リードギターの水島麻衣は、心の底から、うれしいといった笑顔でそういった。

 

 この4月から、平沢奈美は大学3年生になり、菊山香織は4年生、

リードギターの水島麻衣は4年生になった。

 

「わたしたち、グレイス・ガールズさんの歌が好きなんです。すごく、憧れてもいるんです。

そんなわけですから、憧れのみなさんと、音楽活動ができるなんて、夢のようにうれしいんです。

それに・・・、わたしたちも、オリジナルの歌を作れるように、がんばれたらいいなと思っています。

ね、奏咲(そら)ちゃん。目標は高くもって、グレイス・ガールズさんたちのようになれたら、

うれしいなと思っていいます。ね、奏咲(そら)ちゃん。

でも、きっと現実はきびしいですよね。でも、いつまでも叶(かな)わなくても、

そんな夢を追うのもいいのかなって思ったりもします。

でも、歌うことは、わたしも、奏咲(そら)ちゃんも大好きなんです。これから、よろしくお願いします!」

 

 兄の信也に、容姿や性格とかが、どことなく似ている利奈が、

思うままに素直に、そんなことをいうものだから、みんなの明るいわらい声が、大ラウンジに響いた。

 

≪つづく≫ --- 77章 おわり ---

 



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78章 岡と利奈、テイラー・スウィフトを語る

78章 岡と利奈、テイラー・スウィフトを語る

 

 4月10日、金曜日の午後の3時を過ぎたころ。曇り空であった。

 

東京都新宿区の戸山にある、早瀬田(わせだ)大学の戸山キャンパスの、

学生会館・西棟(にしとう)の2階の大ラウンジには、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員が集まっている。

 

 大ラウンジの大きな1枚ガラスからは、新緑の樹木や学生が行きかうキャンパス(校庭)が見える。

 

 ソフトドリンクを飲みながら、川口利奈と岡昇が、テーブルで雑談している。

 

「わたしの好きなミュージシャンですかぁ。女性ではやっぱり、テイラー・スウィフトかしら?

フジテレビで、テラスハウスやっていたじゃないですかぁ」

 

「あの番組は、ぼくも大好きで見てましたよ。俳優志望の菅谷哲也さんが、

なんとなく、ぼくに似てるかなって思ったりして。あっはは」

 

「あ、そういえば、てっちゃんと、岡さんって、どこかにてますよ。

性格のいいところとか、あっはは。てっちゃんと、同じ年くらいなんですか?」

 

「調べたんですけど、てっちゃんは、今年で22歳、ぼくは21歳で、ぼくのほうが、

1歳くらい年下なんですよ。あっはは」

 

「そうなんですか。てっちゃんって、テラスハウスの癒(いや)しキャラだったじゃないですか、

わたし、岡さんと話ししていても、癒される気がします。やっぱり、てっちゃんと、どこか似てますよ。

うっふふ」

 

「そうですか。てっちゃんも、おれも、料理を作るのが好きだったりして、似ているんですよ。あっはは」

 

 そういって、岡は、わらいながら頭をかく。

 

「岡さんも、てっちゃんみたいに、きっと、家庭的なんでしょうね。きっと、。いいお父さんになれますよ」

 

「あっはは。ありがとう、利奈ちゃん」といって、また、岡は、洗ったばかりのようなふさふさの髪をかいた。

 

「テラスハウスの主題歌って、テイラー・スウィフトの大ヒット曲だし、名曲ですよね、岡さん」

 

「そうですよね。でも、なんていう歌でしたっけ?」

 

「やだあ、岡さん。あれは、We Are Never Ever Getting Back Together、

私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない、ですよ。長いタイトルですよね」

 

「長いし、覚えにくいし、よく考えれば、恐(こわ)い内容のタイトルですよね。あっはは」

 

「なんでも、テイラーちゃんが、大失恋のときに、できた歌らしいです。彼女はスゴイですよね。

失恋でも何でも、歌にできちゃうんですから」

 

「まったくだよね。自分の恋愛体験から、人に元気や勇気や癒しとなる歌を作れるんだから、

天才的ですよね。ぼくたちも、見習うべきなところ、たくさんありますよね。利奈ちゃん」

 

 テイラー・スウィフトは、2006年、15歳で、第1作のアルバムの

『テイラー・スウィフト』を発表、全米カントリー・チャートで1位となる。

2010年には、ビヨンセやレディー・ガガという、スーパースターを退(しりぞ)け、

史上最年少、20歳で第52回グラミー賞を受賞している。

 

「ちょっと前ですけど、SONGSに、テイラーさんが出ていたんですよ。岡さんは、見ましたか?」

 

「あれは、ぼくも見ました。ちゃんと録画してありますよ」

 

「わたしも、録画しました。テイラーさんの素顔がわかる貴重な番組だったですよね」

 

「うん、We Are Never・・・なんとかも、歌ってくれたしね」

 

「テイラーさんは、毎日どんな時でも、曲のインスピレーションが生まれるって言ってましたよね。

自分でも予想がつかないくらいに、真夜中にでも、アイデアが浮かぶことも多いとか、言ってましたよね。

やっぱり、才能のある人は、違うんだなぁって、凡人のわたしは、羨ましいと思っちゃいました。あっはは」

 

「才能のある人って、きっと、24時間、好きなことばかり考えてられるんですよ。

才能のある人は、人一倍努力の人でもあるってことですよね。

テイラーちゃんは、メロディーを忘れないように、携帯に録音しておくっていってましたよね」

 

「そうですよね、岡さん。確かに、好きなことに努力できる人が、才能のある人なのかもしれませよね。

仲里依紗(なかりいさ)さんが、テイラーさんに質問していましたよね。

『テイラーさんとって、歌ってなんなんですか?』って。テイラーさんの答(こた)えた言葉が、

すばらしくって、わたし、心に刻んで、よく覚えているんです」

 

「あ、確か、いいこと言っていたよね。なんて言ってたっけ。利奈ちゃん」

 

「テイラーさん、こんなことを言っていたんですよ。

歌って、どんな問題も解決してくれるものなのって。それが気休めだとしてもねって、

付け加えてましたけど。うふふ、かわいい人ですよね。

あと、彼女は、歌は自分の人生のサウンド・トラックねって言ってましたよね。

それは、どういう意味かというと、街を歩くときとか、

ヘッドフォンから音楽が流れてきたら、周(まわ)りの光景とかが、

すべて違って見えてくるじゃないですか、そんなことを意味して、

テイラーさんは、歌は自分の人生のサウンド・トラックって言っているんですよね。

わたし、それを聞いて、テイラーさんって、考え方がしっかりしているんだなぁって、

つくづく感心したり、尊敬しちゃいました。

あと、テイラーさんは、音楽のおかげで、思い出もよみがえってくるとか、

世界で1番大切なものだわって、言っていましたよね。

歌に関して、まるで、わたしの言いたいことをすべて、代弁してくれているようで、

テイラーさんは、いまのわたしの、もっとも、尊敬しているミュージシャンのひとりです」

 

「ぼくも、テイラーちゃんは、尊敬するし、憧(あこが)れちゃいますよ。あっはは。

あの、SONGSでは、彼女は、農園で育ったから、自由に走り回って、

想像の翼を広げることができたんだって、言っていたじゃないですか。

それって、すごく大事なことなんだろうなって、ぼくは感じたんですよ。

つまり、人間って、自然に接しながら、のびのびと育って、生きることから、

想像力や、創造性も、身についたり、育ったりするんだろうなって、あらためて感じたんです。

自然と、どのように、交感したりし、つきあって生きるかって、とても大切なんだと思ったんです」

 

「そのとおりだと思います、岡さん。、彼女のご両親は、アメリカのペンシルバニア州に、

住んでいらっしゃって、林業を営んでいて、クリスマス・ツリー用の数千本もの、

モミの木の農園をしているそうですよね。

そんな自然に恵まれた環境で、彼女は育ったということですものね」

 

「そうだよね。大自然の環境の中から、テイラーちゃんは、人間味豊かに、

感性も豊かに、育っていったってことだよね。自然って、大事だよね、利奈ちゃん。あっはは」

 

 いつのまにか、利奈と岡は、信頼しあえる、友だちになっていた。

 

≪つづく≫ --- 78章 おわり ---

 



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79章 利奈の夢の中の、ロバート・ジョンソン

79章 利奈の夢の中の、ロバート・ジョンソン

 

 4月19日、日曜日。くもり空であるが、南からの風が吹いている。

 

 朝、ベッドで微睡(まどろ)む川口利奈は、夢を見ていた。

 

 目覚めた利奈は、楽しかったその夢を、忘れないように、ベッドの中で思い出している。

 

 夢の中では、早瀬田大学で知りあったばかりの1年生の菊田晴樹(はるき)と、

その菊田が敬愛しているという、伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンが、

利奈に会いに来ていた。

 

 場所は、どこであったか、よくわからなかったが、利奈は気持ちが晴々としていて、楽しかった。

 

「Nice to meet you!(はじめまして!)」

 

 ロバート・ジョンソンは、利奈に、英語でそういった。

 

 利奈も同じように、英語で、「Nice to meet you!(はじめまして!)」といって、笑顔で挨拶をした。

 

「晴(はる)ちゃんからは、利奈ちゃんのことを、話してもらっているんですよ。あっはは。

利奈ちゃんは、歌が大変に上手で、それに、かわいいお嬢さんで、

今度、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)で、ギターを教えてあげることになったんだって、

ぼくに自慢するんです。あっはっは。

それで、ぜひ、ぼくも利奈さんにお会いしたですって言ったら、

じゃあ、今から会いに行こうって、はるくんが言って、こうしてやって来たんですよ。

きょうは、お天気でよかったです。ぼくは、ほんとうに、利奈さんにお会いできて、誠に光栄です!」

 

 ロバート・ジョンソンは、利奈に、日本語でそういったのだった。

 

・・・ああ、ロバート・ジョンソンが、日本語で話してくれて、よかったわ。英語じゃあ、

きっと、わからなかったもん・・・

 

 利奈は、そう思って、ほっとした。実際に会ってみると、ロバート・ジョンソンは、黒人なのに、

それほど、黒っぽくなくて、写真で知っている彼は、なんとなく恐そうなイメージがあったが、

やさしい目元の紳士である。

 

 利奈の166センチの身長よりも、ロバート・ジョンソンも、菊田晴樹(はるき)も、背は高かった。

二人とも、177センチくらいで、同じくらいの背丈であった。

 

「わたしも、ロバートさんにお会いできるなんて、夢のようですわ!

たくさんのブルースマンがいるのに、あなたは、その中でも、天才中の天才なんですもの。

晴(はる)ちゃんと同じように、わたしも、あなたのことを尊敬しています!」

 

「ありがとうございます。歌も音楽も、楽しみながら続ける、自分の魂の表現ですからね。

それが、なんとかして、成功すれば、自分以外の人の魂にも、届くかのなって思って、

ぼくは、ブルースを歌い続けているんです。

少しでもぼくの音楽で楽しんでもらえたら、ぼくも幸せです。あっはは

利奈さんにも、はる(晴)くんにも、これからも、音楽、楽しんでもらいたいです!」

 

「ロバートさんに、こんなふうに、応援してもらえるなんて、ぼくたちも、幸福ですよね。

ぼくたちの目指している、音楽スタイルというか、演奏方法は、

ロバートさんと同じような、弾き語りだからね。利奈ちゃん、音楽がんばろうね!

利奈ちゃんは、ピアノは上手なんだし、歌もうまいし、音楽のセンスはいいんだから、

ギターの弾き語りだって、すぐできるようになるよ、だいじょうぶ、だいじょうぶ!」

 

 先日、岡昇から、ギターのインストラクター役(やく)として紹介してもらった、

早瀬田大学1年生の菊田晴樹(はるき)が、夢の中でそういって、利奈に微笑んだ。

 

 菊田晴樹(はるき)が、敬愛している、ロバート・ジョンソンは、1911年から1938年の、

28歳という短い生涯であった。彼は、アコースティック・ギター、1本で、ブルースを弾き語りして、

アメリカ大陸中を渡り歩いた。その音楽は、現在もロックやポップスに多大な影響を与え続けている。

最高のブルースであるばかりではなく、

音楽とは何かを、誰にでも考えさせずにはおかない、といわれている。

 

≪つづく≫ --- 79章 ---

 



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80章 マイケル・ジャクソンを絶賛する、川口信也

80章 マイケル・ジャクソンを絶賛する、川口信也

 

 ゴールデンウィークの5月3日。

南からの風が吹く、暑いくらいの晴れた日曜日の正午ころ。

 

 下北沢駅南口から歩いて5分の、ライブハウス EASY(イージー)のテーブルには、

川口信也と、クラッシュビートのリーダでもある森川純(じゅん)と、

信也の妹の利奈と信也の彼女の大沢詩織の、4人がくつろいでいる。

 

 4人がけの四角いテーブルに、純と詩織、信也と利奈と、座っている。

 

「利奈ちゃん、いつでも、この店で、歌うたって、ライヴやっていただいて、いいんですから!」

 

 森川純が、人なつっこそうな笑顔で、信也の横の利奈に、そういった。

 

 利奈には、紳士で男らしさのある森川純が、兄の親友であることが嬉(うれ)しかった。

 

 ライブハウス、EASYは、着席で60人、スタンディングで90人の、モリカワの直営店である。

内装には自然の木を豊富に使い、椅子やテーブルやカウンターは、木目も美しい。

 

「ありがとうございます。純さん。でも、わたし、ギターの弾き語りも、習い始めたばかりなんです。

ですから、、ライヴなんて、まだまだ無理ですよぉ。歌うのは大好きなんですけどね。うふふ」

 

「あっはっは。大丈夫ですよ、利奈ちゃん。

あなたには、お兄さんと同じ才能があるはずなんですから。なぁ、しんちゃん、あっはっは」

 

「利奈は、おれに似て、歌うのは大好きで、確かに歌はうまいと思うよ。

魅力的なヴォーカルと、技術的にうまいヴォーカルとは違うわけでね。

内面的にいいものを持ってるんじゃないかなぁ、あっはは。

身内で、自画自賛して、兄妹して、ばかみたいだけど。あっはは」

 

「それでいいんですよ。自賛しなければ、何も始められないんだから、本当は。

ばかでも何でもないですよ。最近の日本人は、どうも、始める前に諦(あきら)めてますよね。

なんでも、チャレンジすることに、第1に価値があるんですから。失敗したっていいんですよ。

失敗を恐(おそ)れたり、諦(あきら)めることのほうが、大きな間違いであって、損失ですよ」

 

「さすが、純ちゃん、森川誠社長と同じことを考えているんですね。あっはは」

 

「いやーあ、いつも、オヤジに言われていることが、頭の中にインプットされてしまって!

しんちゃんも、会社で聞き飽きていることだよね。あっはは」

 

「社長のチャレンジ精神の勧めは、おれも大賛成だから、純ちゃん。

チャレンジ精神が無くなったら、会社も、個人も、世の中も、

よい方向に発展するわけがないから絶対に」

 

「わたしも、日々の、チャレンジが大切だと思うわ、しんちゃん。・・・ね!利奈ちゃん!」

 

 そういって、やさしく微笑む、森川純の隣の、詩織である。

 

「わたしも、そう思います!詩織さん!」

 

 詩織の向かいに座る利奈が、そういって、無邪気な子どものようにわらう。

 

「詩織さん、わたし、ギターを練習しているんですけど、弦を押さえる指先が、

いつまでも痛くって、実は困っているんです。そのうち、痛くなくなるのかなって、

思っているんですけど。痛くなくなる、いい方法って、何かあるんでしょうか?」

 

 利奈は、いつも清らかで、すっきりしている詩織の容姿に、好感を持っている。

 

「まぁ、利奈ちゃん、それは、それは。わたしもギターを始めたころは、指先が痛くってね。

誰でもみんな同じなんですよ。そのうち、指先の皮膚がそれになれて、固くなったりして、

痛くなくなるんだけど。もうひとつの方法としては、やわらかい弦にするとか、

思いきって、アコースティックギターから、エレキギターに換えちゃったら、どうかしら。

ね、しんちゃん!?」

 

「そうだよね。利奈ちゃん、エレキの、テレキャスターとかに換(か)えてみようか?!

おれ、利奈の音楽のためにプレゼントさせてもらうから。ね、利奈ちゃん!

あっ、おれ、気前よくなって、すっかり、このビールで酔ってるわ。あっはは」

 

「ありがとう!お兄ちゃん!」

 

 信也と利奈の、そんな会話に、みんなも、声を出してわらった。

 

  利奈にとって、7つ違いの信也は、利奈も思わず吹き出して、わらってしまうくらいに、

子どもっぽい性格の一面もあるが、いつも頼りになる、しっかりした兄である。

 

「ところで、利奈ちゃんさぁ」

 

「なぁに? しんちゃん」

 

「利奈ちゃんが、この前、ロバート・ジョンソンの夢を見たっていうのには、

笑っちゃったんだけどさ。あはは。でもね、利奈ちゃんのギターの師匠が・・・、

1年の菊田晴樹(はるき)って言ったっけ、彼は、なかなかの音楽センスのある男だと思うけど、

利奈には、ロバート・ジョンソンは、ちょっと、どうかなって、おれは思っているんですよ。

つまり、おれの言いたいことは、ミュージシャンとしての目標としての、

ロバート・ジョンソンは、ちょっと無いんじゃないかなって、ことでさぁ。あっはは」

 

「わたしだって、女なんだし、ロバート・ジョンソンみたいになりたいなんて、思ってないもん!」

 

「そうよ、しんちゃん、利奈ちゃんは、ちゃんと、先のことは考えているのよ。

ロバート・ジョンソンのようなギターのテクニックを身につけるってことよね、利奈ちゃん」

 

「そうなんですよぉ、詩織さん。せっかく、晴樹くんのような、ギターの上手な師匠がいるんですから。

わたしって、知らず知らずのうちに、音楽に関しては、お兄ちゃんからの影響があるって、

よく思うんですけど。でも、よく考えてみたら、

しんちゃんって、どんなミュージシャンを目標としているかって、よくわからないんですよね。

ある時は、セックス・ピストルズなんていうイギリスのパンク・ロックだったり、ビートルズだったりって。

しんちゃんの、いま1番に、目標の、尊敬しているミュージシャンって誰なのかしらぁ?」

 

「ええっ、目標っすかぁ。そう言われても。おれは、基本的には、いわゆる、白人音楽のカントリーと、

黒人音楽のR&B( リズム・アンド・ブルース)が融合して生まれた、

ロックン・ロールが好きなわけでさぁ。あらたまって、誰が好きかって言われてもね。あっはは」

 

「まぁ、エルビス・プレスリーってあたりかな。しんちゃんの1番は。あっはは」と、わらう、純。

 

「プレスリーも、天才的な人で、プレスリーが存在しなかったら、

今のロックン・ロールはなかったと思うけどね。純ちゃん。

でも今のおれの、尊敬するというか、目標とするミュージシャンはですね、

ひとりだけ上げろと言えば、そのひとりは、たぶん、マイケル・ジャクソンなんですよ!」

 

「あぁ、しんちゃんもそうなんだぁ、うふふ、やっぱり、マイケルなのね。キング・オブ・ポップだし、

かっこいいし、かわいいし、いまも、マイケルが亡くなって、

この世界に存在しないってことが、わたし、信じられないくらいなのよ。

マイケルは、人類史上最も成功したエンターテイナーという、ギネス世界記録も持っているわよね」

 

「あっはは。詩織ちゃんの心の中では、マイケルは、いまも、いつでも生きているんだよ!

詩織ちゃんはマイケルの大ファンで、CDからDVDから本まで何でも持っているもんね。

おれって、そんな、詩織ちゃんの影響で、マイケルの大ファンになっちゃったんだよ。あっはは」

 

「そうかしら?でもうれしいわ。しんちゃんも、マイケルのファンなんて。

マイケルって、曲作りも天才的だけど、

ダンスをポップスに取り込んだり、ポップスを、普遍的な芸術にまで高めた、天才だと思うわ。

マイケルがいなかったら、EXILE(エグザイル)も生まれなかったのかしれね、しんちゃん」

 

「うん、マイケルのダンスとかは、いま見ても、しびれるよね。ねえ、純ちゃん、利奈ちゃん」

 

「まったくだね。確かに、かれは、キング・オブ・ポップだよ。おれたちクラッシュ・ビートも、

ダンスをやらないといけないかもね、しんちゃん。あっはは」

 

「まぁ、純ちゃん、おれたちも、ダンスしたくなるような歌をいっぱい作ってゆきたいよね。あっはは」

 

「わたしも、マイケル・ジャクソンは、大好きよ。そうか、しんちゃんって、マイケルなのかぁ。

わたしも、きっと、マイケルが、目標になりそうだわ。わたしも、ダンスやりたいな!」

 

「よーし、今度、ダンス教室にでも通おうか?利奈ちゃん。おれも、ダンスは習いたいんだ。あっはは。

まぁ、なんて言うのかな、おれたちの好きな音楽って、運動会でやる、

あのリレーみたいなものじゃないのかな。

そんな意味では、マイケルからのバトンを引き継ぐようなものじゃないのかな。

だから、おれたちも、楽しみながら、新しい音楽つくりとかを目指して、やってゆきたいよね!」

 

「そうよね」

 

「そうだよね!」

 

「そうそう!」

 

 4人は、顔を見合わせて、明るく、わらった。

 

≪つづく≫ --- 80章おわり ---

 



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81章 20世紀少年と、T・レックス

<章=81章  20世紀少年と、T・レックス >

 

 5月16日、朝から曇り空の土曜日。

 

 川口信也に、正午ころ、新井竜太郎から、

「また、一杯どうですか?あっはは」と、電話があった。

 

 そして、午後の4時過ぎたころ。

信也と竜太郎たは、レストラン・デリシャスで寛(くつろ)いでいる。

信也の妹の美結と利奈もいた。信也の恋人の大沢詩織もいる。

信也に密(ひそ)かな思いを寄せているらしい落合裕子や、

竜太郎の恋人の野中奈緒美もいた。

 

 信也のクラッシュビートのアルバム制作にも参加している、

キーボーディストの落合裕子と、川口美結は、1993年生まれで誕生日も近く、

22に歳の同じ歳である。二人とも、竜太郎が副社長をしているエタナールの、

芸能事務所、クリエーションで、アーティストやタレント活動をしている。

二人は、無二の親友のように、仲もよい。

 

 そんな7人が集まっている、デリシャスは、竜太郎のエターナルが、

全国に展開している、世界各国の美味しい料理やドリンクを提供するレストランである。

JR渋谷駅のハチ公口から、スクランブル交差点を渡って、1分の場所にあった。

 

「しんちゃん、わたしも、T・レックス は好きなのよ」と、微笑みながら落合裕子はいった。

 

「そうなんですか。マーク・ボランの残した音楽・・・、ボラン・ブギといわれてますけど、

いまでも全然古く感じられないし、その反対に新鮮なんですから、不思議ですよね」

 

 信也は、生ビールを飲みながら、そういって、裕子に微笑んだ。

 

・・・裕子ちゃんは、どうも、おれに気があるらしいけど、詩織ちゃんに気づかれないようにしないと、

ヤバいことになりそうだよ。おれも、裕子ちゃんといると、楽しいし、

裕子ちゃんのことはキライじゃないんだし・・・

 

 一瞬、そんなことが、ほろ酔いの頭に過(よぎ)る、信也であった。

 

 生ビールを楽しんでいるのは、信也と竜太郎と、その恋人の野中奈緒美との、3人だけだった。

ほかのみんなは、オレンジジュースやソフトドリンクだった。

 

「そうなんですよ!T・レックスの音楽って、古さを感じないんです!その反対に、

いつ聴いても、メタル・グゥルー(metal guru)とか、ゲット・イット・オン(get it on)とか、

新鮮なんですよね!これって、いったい何なのかしら?音楽って、不思議だわよね!

いつだったかしら、5年くらい前になるかしら?、

『20世紀少年』ていう映画の全3章を、金曜ロードショウで、3週連続でやったですよね。

あれをテレビで見たとき、あらためて、T・レックスが好きになったんです!」

 

 裕子はそういって、信也に微笑んだ。

 

「あぁ、あれね。おれも夢中で観た映画ですよ、裕子ちゃん。あっはは。

へヴィ・メタルで、ノイジー(noisy)な、ギターのリフで始まる、

T・レックスの『20th Century Boy』を使っていて、

ちょっと、おれも、あれは新鮮な驚きでした。あっはは。

それに、『20世紀少年』って、『20th Century Boy』の直訳、そのままですよね、あっはは。

あのマンガを描(か)いた浦沢直樹(うらさわなおき)さんも、

絶対、T・レックスが好きなんですよね。ね、竜さん!あっはは」

 

 そういって、わらって、話を竜太郎にふる、信也である。

 

「まったく、『20世紀少年』には、T・レックスのあの重厚なギターのリフが、ぴったりだったよ、

しんちゃん。あの映画のために、作られたオリジナルなロックかと思うくらいにね!あっはは」

 

 そういって、わらう、竜太郎だった。

 

「わたしも、『20世紀少年』も、T・レックスも大好きです。T・レックスは、

お兄ちゃんが、いつも部屋で聴いていたから、好きになっちゃいました!」

 

 大学1年の利奈が、無邪気な笑顔でそういった。

 

「そうなの、利奈ちゃんも、T・レックス好きなんだぁ。『20世紀少年』にしても、

T・レックスの音楽にしても、何か、共感するものがある気がするのよね。

なんて表現したらいいのかしら?作者の伝えたいメッセージとでもいうのかしら?」

 

 詩織は、みんなを見ながら、そういった。

 

「メーセージね、そうだわねぇ。T・レックスのマーク・ボランは、30歳の若さで、

交通事故で死んじゃったけど、彼の音楽を聴いていると、

決して、商業主義とかから、売れるために作ってはいなかったような気がしてくるの。

彼は、やっぱり、人間を粗末に扱うような資本主義のシステムとかに抵抗しながら、

子どものような、少年のような、純真さを大切にしたかったんだろうなって、

わたしは感じるんですけどね。ちょっと、深読みのし過ぎかしら。あっはは」

 

 そういって、オレンジジュースを飲みながら、美結はわらった。

 

「そうよ、きっと、美結ちゃん!わたしたちは、みんな、いくつになっても、

少年や少女の頃の気持ちや心を大切にしたほうがいいんだ!ってことを、

マーク・ボランもいいたかったのよね!?ねえ、しんちゃん」

 

 カルピスソーダを飲みながら、詩織はそういった。

 

「そうだよね、詩織ちゃん。きっと、そうなんだよ。たぶん、マーク・ボランも、

少年や少女の頃の心や気持ちを、大切にしたかったんだろうね。

芸術家って、たいがいが、少年少女のころからの夢を追う人たちだからね。

感受性の豊かなころの、心や気持ちを失いたくないと思うことって、

誰にでもあるわけじゃないですか!?

だから、『20世紀少年』のマンガを描(か)いた、浦沢直樹(うらさわなおき)さんも、

T・レックスの音楽に、『なんだ、この不思議な音楽は!?』

と言いながら、深く共感したんだと思うよ」

 

 そういって、信也は、みんなを見ながら、微笑んだ。

 

≪つづく≫ --- 81章 おわり ---

 

 



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82章 信也と裕子、二人だけでお茶をする

82章 信也と裕子、二人だけでお茶をする

 

 2015年、5月23日、土曜日。よく晴れて、暑いくらいの、午後の2時ころ。

 

 下北沢駅西口の改札口の付近で、川口信也と落合裕子が、偶然に会った。

 

 裕子は、白いブラウスとスカイブルーのフレアスカート、ブラックのパンプスというファッションで、

信也は、プリントのTシャツに、ネイビーのパンツとブルーのスニーカーである。

 

「しんちゃん、もし、よろしかったら、お茶でもしませんか?」

 

 信也と目を合わせたまま、微笑みながら、落合裕子はそういった。

 

「そうですね。おれも時間ありますから、ちょっとそのへんのお店に寄りましょうか?」

 

「はい。うれしいわ。しんちゃんと、二人でお茶するなんて。うふふ」

 

 二人は、人が行きかう中を、西口商店街に向かって歩く。

 

「裕子さんも、クラッシュ・ビートには、なくてはならない、メンバーになっちゃいましちゃよね」

 

「そういっていただけると、わたしも、とてもうれしいです!」

 

「おれたちも、とてもうれしいんですよ。裕子さんに、キーボードをやっていただけることが。

おれたちのやりたい音楽を考えいきますと、ギターだけには、限界を感ていたんです、以前から。

裕子さんのキーボードの参加で、ジャズからポップスまで、

ほとんんど、全ジャンルの演奏に対応できるんですからね。理想的なんですよ!」

 

 そういって、信也は、裕子に、涼しげな澄んだ眼差しで、微笑む。

 

 落合裕子は、1993年3月7日生まれの22歳。身長は167センチ。

今年の裕子の誕生日には、信也たち、クラッシュ・ビートの全員も集まって、

パーティーが開かれた。

 

 落合裕子は、信也の友達の新井竜太郎の会社でもある芸能事務所、クリエーションの、

新人オーディションに、最高得点で合格した才女で、ピアニストだった。

 

 今では、裕子は、テレビやラジオの出演も多く、ポップスやクラシック好きの人びとなどにも、

広く知られている。同じクリエーションに所属する、信也の妹の美結とは、同じ22歳でもあり、

おたがいに、何でも話し合える、無二の親友であった。

 

「セカンド・アルバムも、順調に売れているようなんです。これも、裕子さんの参加のおかげかな!」

 

「そうですか、よかったわ!でも、わたしの力なんて、微々(びび)たるものですから。

しんちゃんの作る歌は、歌詞もメロディは、抜群なんですよ。センスいいんですもの!

絶対に売れるだろうって、わたしは信じているんです!」

 

「あっはは。裕子さんに、そんなふうに褒(ほ)めてもらえると、光栄ですよ。あっはは」

 

「今度のアルバムのタイトルも、すばらしいと思うわ!TRUE LOVE ( ほんとうの愛 )なんて!

わたしたち、女性は、本当の愛とかに、憧れながら生きているんですもの!あっはは」

 

 裕子はそういって、明るく笑うと、信也と目を合わせた。信也は、身長、175センチである。

 

「TRUE LOVE、かぁ。本当の愛って、簡単なことなのか?難しいことなのか?ねぇ、裕子さん。

裕子さんには・・・、もちろん、彼氏はいるんですよね?」

 

「えっ!?彼氏ですかぁ。わたしなんかに、いると思いますか?しんちゃん!」

 

「ええ、もちろんです。裕子さんのように、眩(まぶ)しいくらいに、魅力的な女性って、

おれだって、知らぬ間に、好きになっちゃいそうですからね。あっはは!」

 

「わぁー、しんちゃん、ありがとうございます。しんちゃんが彼氏なら、

わたしも幸せですから。あっはっは。・・・わたしって、たぶん理想が高いんですよね。

男友だちなら、けっこういますけど、彼氏にまでなる人って、見つからないいんですよ!

しんちゃんみたいに、T・レックスのマーク・ボランの良さが、本当にわかってくれる男性って、

なかなかいないように、なんですけどね! 」

 

「あっはは。マーク・ボランの良さね。天才がわかるのは、天才だとか言うこともありますけれど、

おれも、ひょっとして、天才を目指すくらいに、目標を高く設定して、

音楽をやるべきなんでしょうかね?裕子さん。あっはは」

 

「そうですよ!しんちゃん。しんちゃんは才能あると思います。わたしも応援しますから!」

 

「ありがとう、裕子さん。あなたは、本当に、心優しくって、ステキな女性ですよ!

おれこそ、裕子さんを応援させていただきますから、いつまでも、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。わたし、いつまでも、しんちゃんと音楽をやってゆきたいです!」

 

 そういって、信也と裕子は、微笑み合う。

 

 二人は、西口から歩いて4分、代田5丁目、客席20席の、完全禁煙、

こだわりの焼きたてパンケーキが人気でもある、カフェ、MOGMOG(モグモグ)に入った。

 

≪つづく≫ --- 82章 おわり ---

 



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83章 恋のシチュエーション

83章 恋のシチュエーション (Situation of love)

 

 5月29日、金曜日。東京の渋谷は、北風の吹く、曇り空である。

 

 2015年5月9日に発売された、グレイス・ガールズ(G ‐ ガールズ )の

セカンド・アルバム『恋のシチュエーション』は、

ビルボード、オリコン、有線などで、ヒット・チャート入りを果(は)たした。

それは、デヴュー・アルバムの 『Runaway girl (逃亡する少女)』に続く、快挙であった。

 

 シングル・カットされた、『恋のシチュエーション (Situation of love)』も、ヒット・チャート入りである。

 

 そんな、人気も上々の、G ‐ ガールズと、パーカッションで参加している岡昇は、

渋谷駅から徒歩で12分くらいの、NHKi (エヌ・エイチ・ケイ)放送センターの、

公開・生放送の番組の、『スタジオパークからです!こんにちは!』に出演するところだった。

 

 2014年の11月3日にも、この番組に出演していて、

これで2回目になる、清原美樹や大沢詩織たちであった。

日本で唯一の、公共放送のNHKi(日本放送協力会)の出演とあって、

今回もまた、すこし緊張の様子ではあるが、

みんなは、いつもの明るい元気な笑顔にあふれている。

 

 番組は、午後1時5分から始まった。

 

午後1時5分。生放送は開始された。

 

 スタジオパークに、G ‐ ガールズに会いたい、見たいと、

詰(つ)めかけている、子どもたちやオトナたちの拍手がわく。

 

 番組のテーマソングが流れる。

 

「スタジオパークからです!」と、アナウンサーの井藤雅彦がいうと、

そのうしろにいる、みんなは、

「こんにちは!」と、明るい大きな声で、合唱する。

 

「やあ、今日も元気ですね!みなさん、ありがとうございます!」

 

アイボリーな色のラフなジャケットに、ポロシャツ姿の井藤が、周囲に、一礼をする。

 

「そして、きょうの司会(MC)は、女優の竹下圭子さんです!

そして、今日のゲストは、中高生!特に女の子に、絶大の人気がある、

グレイス・ガールズと、岡昇のみなさんでございます!」

 

 テレビの画面には、G ‐ ガールズのライヴの映像が20秒ほど放送された。

 

「ようこそ、おいでくださいましたぁー!これで、この番組のご出演も、2回目ですよね。

そして、発売されたばかりの、セカンド・アルバムやシングル曲が、

またまた、大ヒット中なんですから、ぼくとしても、うれし涙が出てきそうですよ。あっはは。

 

まず、みなさん、おひとりずつ、ひとことずつ、

自己紹介をお願いします!」

 

 「はーい、キーボードとヴォーカルをやってます、清原美樹です。

よく、わたしは、リーダーですかって、言われますけど、

うちのバンドには、正式に決まったリーダーはいないんですよ。ぁははは。」

 

 そういって、清原美樹が最初に自己紹介をすると、G ‐ ガールズの、

ギターとヴォーカルの大沢詩織、リードギターの水島麻衣や、

ドラムの菊山香織、ベース・ギターの平沢奈美、パーカッションの岡昇が、

満面の笑みで挨拶をした。挨拶のたびに拍手がわいた。

 

 そして、みんな、テーブルに着席した。

 

 まるいガラス製のテーブルに、ストローつきのグラスの飲み物がある。

みんなの背後には、色とりどりの花束も飾られてあった。

 

「あらためまして、グレイス・ガールズのみなさんと、岡昇さんです!」

 

 井藤がそういうと、「よろしくお願いしまーす!」と、みんなの声が揃(そ)ろった。

 

「みなさん、スタジオパークも、これで、2回目の出演ですよね。

もう、すっかり、全国的な有名人になっちゃいましたよね!?

どうですか、美樹さん?」と、司会の井藤はいった。

 

「わたし個人としては、あまり世の中に注目されることは、歓迎してないんですよ。

プライバシーの、私生活とか、秘密とかが、守られなくなるような気がするんです。

ごく普通に、暮らしたいんです。ねぇ、みんな、みんなも同じような考えなのよね!」

 

 清原美樹は、笑顔で、メンバーたちと、目を合わせながら、そういう。

 

「ああ、それは、ぼくにも、よくわかります。有名人になると、チヤホヤされたり、

特別の目で見られたりって、勘弁(かんべん)と言いますか、

物事の区別をして、わきまえてほしいですよね。あっはっは」

 

 そういって、司会の井藤はわらった。

 

「ファンのみなさんには、音楽を聴いていただいたりしていて、プライバシーとかいうのも、

わがままなのもわかるんですけどね」

 

 美樹は、そういって、ちょっと頭を下げた。

 

「美樹さん、プライバシーは大切ですから、やっぱり守られなければいけませんよ。

クラッシュ・ビートの川口信也さんも、この前、この番組出演されたときに、

『矛盾(むじゅん)してること言いますけど、おれって、有名人には絶対なりたくないんですよ。

普通に生きる権利のようなもの、プライバシーを守りたいですからね!』って、

言って、笑ってましたもの。あっはは」

 

「あっ、あの時の放送、おれも見てました。しっかり、録画しました。

クラッシュ・ビートの、歴史的な、NHKi (エヌ・エイチ・ケイ)初出演ですもんね!あっはは」

 

 岡昇がそういってわらった。

 

「ファンのみなさんや、マスコミの方々が、日常生活の中では、

あまり騒(さわ)がないようにすればいいんですよ。音楽や芸術のお仕事だって、

仕事は仕事、私生活は私生活ですからね。

そういう、けじめを守るのが、オトナの社会ってもので、文化的な生活や社会ってものですから。

テレビをご覧のみなさま、その点、よろしくお願いします!」

 

「いいこと言いますね!井藤って。大好きですよ!井原さんみたいな、すてきな人!ぅふふふっ」

 

 大沢詩織がそういって、わらった。

 

 「そうそう、井原さんのそういう、正しい考えを、ずばり言うところって、すてきです!」

とかいって、みんなも、わらった。

 

 「あっはは、ありがとうございます、みなさん。ぼくも、みなさんことは、大好きなんです。

ぼくは、G ‐ ガールズ の大ファンなんですから!

・・・そんな、みなさんとお会できて、お話させていただいていると、

思わず、ぼくも、興奮しているようです。あっはは。

ええと、それでは、ここで、シングル・カットされて、

大ヒット中の『恋のシチュエーション (Situation of love)』を、

みなさんに、ライブ映像で、ちょっと聴いていただきましょう!」

 

ーーーーーー

 

恋のシチュエーション (Situation of love)   作詞作曲 清原美樹

 

「ねぇ チケットあるんだけど

いっしょに 映画に行ってほしいんだけど」

 

あなたは そう言って わたしを デートに誘う

恋の シチュエーション ときめく シチュエーション

 

恋に オトナの 駆け引きなんて いらない

いつまでも 優しい あなたで いてほしい

 

この広い 世の中で 出会えたことって

偶然 必然 運命 奇跡 どれなのかしら?

 

ねぇ 楽しいお話 聞かせてよ

笑わせてくれたら あなたとは 

きっと もっと 仲良くなれるから

 

ねぇ 幸せな生き方 教えてよ

教えてくれたら あなたとは 

きっと もっと 仲良くなれるから

 

 

あなたの望むこと 私の望むこと

二人の望みが どうか 叶(かな)いますように!

 

頬も 紅くなる 二人 まだ 若いんだもの

恋の シチュエーション ときめく シチュエーション

 

恋に オトナの 駆け引きなんて いらない

いつも 二人で 愛を 大切にして 生きたいの

 

この時の 流れの中で 出会えたことって

偶然 必然 運命 奇跡 どれなのかしら?

 

ねぇ 楽しいお話 聞かせてよ

笑わせてくれたら あなたとは 

きっと もっと 仲良くなれるから

 

ねぇ 幸せな生き方 教えてよ

教えてくれたら あなたとは 

きっと もっと 仲良くなれるから

 

≪つづく≫ --- 83章 おわり ---

 



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84章 利奈と誠二たち、バンドを結成する

84章 利奈と誠二たち、バンドを結成する

 

 6月14日の日曜の午後の2時ころ。明けがたまで小雨(こさめ)がぱらついた、

晴れ間もちょっとだけという、曇り空の1日である。

 

 川口信也のマンションは、下北沢駅からは歩いて8分、池の上駅からは5分である。

 

 利奈が、代沢(だいざわ)公園のそばにある、そのマンションに引っ越してきたのは、

今年(2015年)の3月6日の金曜日であった。

 

 その代沢公園は、利奈も大好きである。利奈のやって来たこの春には、桜も咲いた。

花壇は、地域の人たちによって、四季折々の花々が楽しめるように、

苗などの植え付けや、除草などの管理がこまめにされている。

 

・・・わたしも、しんちゃんも、美結姉(みゆねえ)も、草や木や田んぼとかがいっぱいの、

自然の中で育ってきたから、東京で暮らすと言っても、このへんがちょうどいいのかもしれない。

この公園はすてきだし、河も近いし、山も近いし、緑は多くて、空気もきれいなほうだし。・・・

 

 公園のベンチに座って、利奈は、そんなことを、ぼんやりと考えていたら、

同じ早瀬田大学の1年で、同じ音楽サークルの、ミュージック・ファン・クラブで知り合った、

沢田誠二がやって来た。

 

「やあ、利奈ちゃん、元気?きょうは、雨じゃなくってよかったよ」

 

 誠二は、いつもの爽(さわ)やかな笑顔でそういた。

 

「わたしはいつも元気よ。せいちゃんも元気そうね。ほんと、雨じゃなくてよかったわ!」

 

 そういって、利奈も明るく微笑んだ。

 

「この公園に、おれ来たの、初めてだけど、花もきれいで、すてきな公園だよね!」

 

「すてきでしょう!わたしのお気に入りなんだ!うふふ」

 

 誠二は、利奈の横にすわった。

 

 利奈と誠二は、好きなミュージシャンも、大原 櫻子(おおはらさくらこ)や、

バックナンバー(back number)とかで、気持ちがぴったりと合って、意気投合して、

いっしょに、バンドでも結成して、楽しくやりたいね!ということになったのだった。

 

 誠二は、ギターもまあまあで、ヴォーカルもうまかった。利奈のヴォーカルを誠二は褒めた。

バンドやるために、ドラムスとベースを、二人は探しているところであった。

 

 10分間ほど、二人が世間話をしていると、誠二の、ガラケー(従来型携帯電話)が鳴る。

 

「はい、誠二ですけどぉ。・・・そおっすかぁ。・・・だいじょうぶっすよ。あっはは。

おれも、利奈ちゃんも、初心者って感じですから。あっはっは。

いっしょに、楽しくバンドやってゆきましょうよ!

そうですよ!大学生活に、最高の思い出を作るなら、バンドしかないですよ!あっはは。

じゃぁ、わかりました!こちらこそ、よろしくですー!じゃあ、またぁ!」

 

 そんなことを話して、誠二は、ガラケーを切った。

 

「利奈ちゃん、よかったですよ!浦和くんが、ドラム、吉田くんがベースで、

うちらのバンドのメンバーになってくれるって、言ってくれましたよ!あっはは」

 

「ほんと!よかったわ!うれしいわ!最高!」

 

 そういって、利奈も満面の笑みで、バンドのメンバーが揃ったことに、歓んだ。

 

≪つづく≫--- 84章おわり ---

 



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85章 利奈たちのバンド名、ハッピー・クインテット

85章 利奈たちのバンド名、ハッピー・クインテット

 

 曇り空の6月19日、金曜日。午後の3時を過ぎたころ。

 

 東京の新宿区、早瀬田(わせだ)大学、戸山(とやま)キャンパスにある、

学生会館には、サークル活動をする学生たちで賑(にぎわ)っている。

 

 その学生会館の西棟(にしとう)の2階の、大ラウンジでは、

ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の部員が集まっている。

 

 大ラウンジの大きな1枚ガラスからは、緑の樹木や、ひろいキャンパス(校庭)も見える。

その西棟には、コンビニエンス・ストアのセブンイレブンや、

ファーストフードのモスバーガーもあり、ラウンジは、学生たちの憩いのスペースである。

 

 川口利奈(りな)と、木村奏咲(そら)、沢田誠二と、浦和良樹、吉田健太の5人が、

結成が決まったばかりの、バンドの名前を何にしようかと、

テーブルを囲(かこ)んで、話し合っている。5人はみんな、早瀬田大学の1年生だった。

 

「ええとぉ、まずは、おれらのバンドのイメージは、どんな感じなんですかね。

そのへんから、バンド名のコンセプションというか、考えは、決まると思うんですよね。

あっはっは」

 

 そういって、頭をちょっとかいて、話を切り出す、リーダーに決まった、沢田誠二である。

沢田は、謙遜(けんそん)はしているが、ジャズ・ギターの腕前は、

ミュージック・ファン・クラブの中でも、注目でダントツのナンバーワンであった。

沢田は、19世紀初期の天才ジャズ・ギターリストの、チャーリー・クリスチャンや、

ジャンゴ・ラインハルトを尊敬していて、その二人に憧れて、ギターを練習してきたという。

 

「男子が3人で、女子が2人だから、『男女で2、3』なんてどうかしら?ぅっふふ」

 

 そういって、わらったのは、急遽(きゅうきょ)、キーボード奏者に決まった、

木村奏咲(そら)だった。木村奏咲と川口利奈(りな)は、

健康栄養学部・管理栄養学科で、仲もいい。利奈の推薦もあって、バンドのメンバーに決まった。

 

「それも、いいね、奏咲(そら)ちゃん。おれも考えてきたのがあるんですよ。

ハッピー・クインテット(Happy quintet)っていうんだけど。

直訳すれば、幸せな五重奏者ってとこです。あっはっは」

 

 そういって、沢田誠二は、みんなを見ながらわらった。

 

「ハッピー・クインテット、それ、ステキじゃないですか!それにしましょうよ!」

 

 利奈がそういった。

 

 みんなも、大賛成で、バンド名は、ハッピー・クインテット(Happy quintet)に決まった。

 

 利奈たちが楽しそうに話しているのを、菊田晴樹(はるき)は、隣のテーブルで、時々見ていた。

 

 そんな、どこか、さびしそうにしている晴樹に、利奈は話しかけた。

 

「晴(はる)くん、わたし、バンドに入れてもらうことになっちゃったの!

晴(はる)くんにも、これからも、ギターを教えてもらえたら、うれしいんですけど」

 

「すてきなバンドの仲間ができたみたいで、よかったですよね、利奈ちゃん!

おれは、利奈ちゃんさえよければ、ギターのことなら、教えてあげたいですよ。

利奈ちゃんのお役にたてるのなら、いつでも、よろこんで!」

 

 菊田晴樹(はるき)は、そういって、爽やかな笑顔で、利奈を見た。

 

 菊田晴樹と、利奈の隣に座っている沢田誠二は、笑顔で、軽く、挨拶しあった。

 

 ふたりとも、同じ1年生でありながら、菊田晴樹は、ブルース・ギターがうまく、

沢田誠二は、ジャズ・ギターの名手であった。

 

 ふたりとも、お互いを意識していたが、これまで、親しく、話したことはない。

 

≪つづく≫ --- 85章 おわり ---



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86章 ギリシャ哲学から、2000年が過ぎたけど

86章 ギリシャ哲学から、2000年が過ぎたけど

 

 6月28日の日曜日。上空はよく晴れていた。29度の暑さだが、心地よい風が吹いている。

 

 川口信也たち、7人が、渋谷駅前の忠犬ハチ公の銅像がある広場に集まっていた。

 

 信也と、信也の彼女の大沢詩織、信也の飲み友だちの新井竜太郎、

竜太郎の彼女の野中奈緒美、信也の妹の美結と利奈、

美結の彼氏の沢口涼太の、7人である。

 

 午後の4時の待ち合わせだった。

 

 みんなで、スクランブル交差点を渡ってすぐの、レストラン・デリシャスに行くところである。

 

 デリシャスは、世界各国の美味しい料理やドリンクを提供する多国籍料理のレストランで、

竜太郎が副社長をしている、エターナルの経営であった。

 

 渋谷駅の近くでは、集団的自衛権反対の集会が行われている。

 

「わたしたちの~、大切なぁ~、この国~、日本を~!戦争をする国に~、するなぁ~!!」

 

 そんなスローガンのシュプレヒコールを、大声で叫びながら、若い男女から年配者までの、

一般の人びとが行進してゆく。

 

「今度、わたしにも選挙権があるのかしら?美結ちゃん!

だったら、わたしも、政治に関心持(も)たないと!」

 

 そういって無邪気にわらって、隣(となり)を歩く、美結を見る、利奈だった。

 

 利奈は、1997年の3月21日生まれ、18歳の、早瀬田大学1年である。

 

「そうね、利奈ちゃん。選挙権が、18歳以上になるっていうからね。うふふ」

 

「お姉ちゃん、集団的自衛権って、どんなことなの?」

 

「そんな難しいこと、わたしに聞かないでよ、ぁっはっは。

涼(りょう)くん、助けて!集団的自衛権について、利奈に説明してあげてよ!」

 

 身長171センチの美結と、身長184センチの沢口涼太は、仲のいい似合いのカップルであるが、

新井竜太郎の会社、エターナルの傘下の芸能事務所のクリエーションに所属する、

人気も上昇中のタレント、俳優であった。

 

「集団的自衛権ですかぁ!?おれだって、よくわかんないっすよ。あっはは」

 

 涼太は、照れながら、わらった。

 

「集団的自衛権っていうのはね。たとえ、日本が攻撃されなくても、

同盟国とかの、密接な関係にある国、アメリカとかが攻撃されたときには、

いっしょに防衛するために、戦うという権利のことかな!」

 

 前を歩く、利奈たちに、そう話した、信也だった。

 

「なるほどね!さすが!しんちゃんだわ!」

 

 美結がふり返って、そういった。みんなで、明るくっわらった。

 

 みんなは、レストラン・デリシャスのテーブルにつくと、好きな飲み物や料理を、

ウエイトレスや、ウエイターに注文した。

 

 そうやって、くつろぎながらも、集団的自衛権の話題で、しばらく、盛りあがった。

 

「まあ、なんというか、言葉って、その使い方が、非常に大切なんだよね。

いい加減な言葉の使い方を知っていれば、自然と、信頼関係も薄れていくんですよ。

薄っれるどころか、こわれてしまうんですよ、人間関係が。

それって、会社のような組織では致命的です。社員のやる気もモラルっていうか、

道徳や倫理も低下して、会社はつぶれる方向へ悪循環になるでしょうね。

おれって、以前は、そんなことには、無神経だったんだけど、しんちゃんや、

しんちゃんの会社の森川社長とかから、勉強させてもらったんですよ。あっはっは」

 

 豪快にわらって、そう語るのは、エターナルの副社長の竜太郎だった。

 

「竜さん、おれのほうこそ、竜さんからは、いろいろと、勉強させてもらってますよ。あっはっは」

 

 信也も、いつものように、爽(さわ)やかにわらった。

 

「言葉を大切にする人って、わたし、大好きっだし、尊敬しちゃいます!うっふふ!」

 

 信也の隣の詩織が、そういって、わらった。

 

「よく、基本に戻(もど)れとか、会社の社訓にもあるけれど、あの基本って、まずは、

言葉に対する信頼とか、、真実の言葉を使うとか、ウソや濁りのない言葉を使うことから、

始めないとダメじゃないいかと、おれなんかは思うんですよ」

 

 そういって、生ビールを楽しむ信也だった。

 

「そのとおりですよ。しんちゃん。だから、最近のおれは、

言葉に対して、いい加減な社員たちに、よく注意するんですよ。

まあ、私的な感情を入れないで、思いやりをこめて、優しく、注意するんですけどね。

公の場所で、言葉を使用するときは、できるだけ無私でなければ、

言葉は、いい加減になりますし、正しく使えないですからね。あっはは」

 

 竜太郎がそういって、わらった。

 

「そういう、竜さんって、ステキだと思います。うふふ。

なんて言ったらいいのかしら?人の命や、人の価値が、軽くなっているような現代ですよね。

それと同じようにして、言葉も本来持っている価値や命が、軽くなっているような気がするんだけど」

 

 そういって、微笑むのは、竜太郎の恋人の、野中奈緒美だった。

 

 奈緒美は、1993年3月3日生まれの22歳、身長は165センチ、

竜太郎たちの芸能プロダクションのクリエーションに所属している。

美少女で、茶の間の人気も上昇中であった。

 

「そのとおりですよ、奈緒美さん。おれたち、人間って生きものは、原始の時代に、

火や言葉を、発見して、道具として活用してきて、今のような文明を築いたのでしょうけど、

言葉を粗末にしていれば、火と同じで、大変に危険なわけで、

身を滅ぼすことになるんだと思います。

ロックバンド、SEKAINO OWARI(せかいのおわり)は好きですけど、

人類が、本当に世界の終りってことでは、情けないですよ。

じゃあ、どうしたらいいのかって、おれたちにできることは、

言葉とか、音楽とかを大切にして、美しいことは何かとか考えながら、

芸術的なことを楽しんでいくしかないような気もしますけど。あっははは」

 

「そうよね。しんちゃん。言葉とか、音楽とか、何でもいいから、

何か美しいことを目標や楽しみにして、自然を大切にして、自然に生きていくのが、

わたしも、ベストな生き方な気がする!」

 

 利奈がそういった。

 

「そうよ、利奈ちゃん。でもそれが、なかなか、出来ないのが人間なのよね。

美しいことや、魂とか、友情とか、愛だとかを大切なことだと、

ギリシャの哲学者プラトンとかが、考えたりしてから、

2000年が過ぎ去っちゃったんですからね!人間って、ホント、進歩がないと思うわ!

頭がいいぶん、人間って、自分勝手な、悪知恵や、欲望がふくらんじゃうのよね、きっと。

でも、わたしたちは、その基本にもどって、カンバりましょう!

でも、なかなか、欲を捨てた、無我の境地になんて、

なれないでしょうけどね!きゃぁっははは」

 

 美結が、そういって、わらうと、みんなも、「うんうん、カンバろう!」とか、

「そのとおり!」とかいって、明るくわらった。

 

「美結ちゃんは、男っぽいとか言って、プラトン哲学が好きだからな。

以前、おれは、その男っぽさに興味がわいて、美結ちゃんからプラトンの本借りて、

夢中で読んだんですよ。あっはは。

プラトンが生きていた2000年前も、今と同じで戦争とかが絶えなくて、

政治は混とんとしていたんだよね。まったく、現代と似ているんだよね。

それでも、プラトンは、幸福な生き方とは何か?とか、よりよい社会の実現には、

どうすればいいのか?とかを小説みたいな設定で、師匠のソクラテスを主人公にして、

対話形式とかで、徹底的に思索した人なんだよね。

言葉に対して、それは人間に対してということにもなるんでしょうけど、

真摯な人だったと思いますよ。

それでも、やっぱり、人間だから、完璧なものは書けないとでも言うのか、

その思索には欠陥もあるんだろうけど。

おれも、好きというか、共感するんですよね、プラトンには。

彼は、詩人でもあって、小説家的でもあって、

言葉や人間を大切にする人だったんだろうね。あっはっは」

 

 信也は、そういって、わらうと、生ビールを飲み、

店の名物のダチョウの刺身料理をつまんだ。

 

≪つづく≫ --- 86章 おわり ---

 



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87章 イノセント・ガール (innocent girl)

87章 イノセント・ガール (innocent girl)

 

 7月12日、日曜日。青空の、昼には31度の猛暑である。

 

 午後の3時過ぎ。渋谷駅近くのカフェに、結成したばかりの、

ハッピー・クインテットのメンバーが集まっている。

 

 リーダーでギターの沢田誠二、ヴォーカルの川口利奈、キーボードの木村奏咲(そら)、

ドラムの浦和良樹、ベースの吉田健太の5人である。

 

「誠(せい)ちゃんは、中学生のころから、ずーっと、ジャズギターに熱中していたんでしょう。

早瀬田(わせだ)のミュージック・ファン・クラブ(MFC)に入って、

よし、バンンド結成して、ポップスをやろう!って思ったのは、なぜなのかしら?うふふっ」

 

 利奈は、誠二の鼻筋の通った端正な顔をぼんやりと見ながら、そういいながら、微笑む。

 

「あっはは。利奈ちゃんの質問は鋭いですね。

うーん。やっぱり、最近は、オリジナルかなあ。オリジナル以外のことをしても、

おもしろくない気がするんだよね。

ジャズって、ジャムセッションとかで、誰もが知っているような、

『A列車で行こう』とかのスタンダードな曲を、集まったみんなで演奏するんだけどね。

そこで、各自のアドリブの演奏が、ジャズの醍醐味(だいごみ)だったりするんだけどね。

白熱のおれのギターソロとかでね!あっはは。

まあ、そんなジャズを継続して、オリジナルをやっていくのも、おれの理想なんだけど。

ロックやポップスで、オリジナルやるほうが、楽しいだろうって、思ったんですよ、最近・・・」

 

「そうなんだ。わたしも、やっぱり、オリジナルがやりたいわ!」

 

 利奈はそういった。

 

「おれも、オリジナルがいいと思うよ。楽しく青春を燃焼させたいじゃん。あっはは」

 

 ドラムの浦和良樹はそういうと、わらった。

 

「おれも、バンドやって、熱中っできるって言ったら、オリジナル以外は、考えられないな」

 

 ベースの吉田健太がそういった。

 

「ええと、まあ、オリジナルでやって行こうってことで、おれは、曲を作って来たんですよ。

あっはは」

 

 沢田誠二はそういって、みんなに、歌詞と楽譜がコピーされたA4の紙を配(くば)った。

 

「おしゃれな、アート性の高い音楽を目指す、バンドにふさわしい歌にしなければと、

おれはけっこう苦心したんだけど、どうかなぁ、みなさん。あっはは」

 

 そういって、わらって、誠二はちょっと頭をかいた。

 

 メンバーのみんなは、「最高にいいじゃないいですか!」

「バンドにぴったりですよ!」とかいって、誠二の歌を絶賛しいた。

 

「誠二さん、ひょっとしたら、この歌詞の中の女の子が、

ジャズからロックに転向するきっかけになっていいるんじゃないですか?!

ちょっと、せつなそうな、恋のようですけど・・・」

 

 キーボードの木村奏咲(そら)がそういって、誠二に、いたずらっぽい優しい目をして、微笑んだ。

 

「あっはは。奏咲ちゃんも、鋭いじゃん。確かに、せつない恋だよね、これって。

でも、奏咲ちゃんの想像どおりかな、正直に言うと。あっはは」

 

 そういって、誠二は、わらいながら、ちょっと顔を紅(あか)らめた。

 

 みんなの、明るいわらい声が、カフェの店内に響(ひび)いた。

 

ーーーーーー

 

イノセント・ガール (innocent girl) 作詞作曲  沢田誠二

 

ロックのスピリット 漂(ただよ)う おしゃれな バーで

今夜も ひとりで オンザロックの バーボンを 飲む

ここで きみと 出会って 夜更けまで 音楽を 語り合ったね

最近の 世の中は ひどいニュースに 溢れてるけど

 

渓谷(けいこく)の 夏の日を浴びた 川の流れのように

ぼくらの 恋の物語は 眩(まぶ)しく  輝(かがや)いてたよね

時は流れて 季節も変わって きみに会うこともなくなったけれど

きみの 幸せを いつも 願っている ぼくは あの頃のままさ 

 

人が生きる そのわけは ときには 複雑 奇抜 イノセント(無垢)

そうだね ぼくらは いつまでも 強く 楽しく 生きていこうね!

いつまでも きみが 無垢な 少女のようで ありますように!

As you are as well innocent girl forever !

 

人は 美しいものばかりに 生きているわけじゃないけど

人は 愛のためばかりに 生きているわけじゃないけど

人は 快楽のためばかりに 生きているわけじゃないけど

人は 欲望のためばかりに 生きているわけじゃないけど

 

ぼくたち もう二度と 会うことはないのかも知れないけど

けど また 偶然に どこかで 出会うのかも知れないよね

いつも 夢や 理想を 子どものように 追いかけていた

そんな君が いまも大好きだから ぼくも がんばれるのさ!

 

人が生きる そのわけは ときには 複雑 奇抜 イノセント(無垢)

そうだね ぼくらは いつまでも 強く 楽しく 生きていこうね!

いつまでも きみが 無垢な 少女のようで ありますように!

As you are as well innocent girl forever !

 

≪つづく≫ --- 87章 おわり ---

 



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88章 信也たち、又吉直樹の芥川賞で、盛りあがる

88章 信也たち、又吉直樹の芥川賞で、盛りあがる

 

 7月17日。金曜日。上空は灰色に曇(くも)っている。

 

 川口信也と森川純、清原美樹と小川真央の4人は、仕事の帰りに、

会社の近くにある、行き付けのカフェで、お茶をした。

 

「本当によかったよね。美樹ちゃんも真央ちゃんも。

永田(ながた)さんが海外事業部に異動になってさあ。

ここだけの話だけど。永田さんは、英語が得意だから、ちょうど良かったんだよ。あっはは」

 

 川口信也は、テーブルの向かいの、美樹と真央にそういって、わらった。

 

「よかったわー!これで、精神的なストレスから解放されて、

お仕事も元気にがんばれます!」と、美樹。

 

「ほんと!うれしいよね、美樹ちゃん。永田さんとお仕事していると、

いろいろと、つまらないことで、話しかけてくるから、本当に集中力は、

しょっちゅう、中断するし、辛(つら)かったんです」と、真央。

 

 ふたりは、テーブルの向かいの信也と純に、幸せそうに微笑(ほほえ)む。

 

 いつも仲のいい、同じ22歳の、清原美樹と小川真央は、早瀬田大学を卒業して、

モリカワの下北沢の本社に入社したのであった。

 

 モリカワは、レストラン経営などの食文化事業を、国内や海外で展開して、順調に業績も伸びている。

 

 美樹と真央は、下北沢にある本社の所属で、経営企画室が職場である。

ふたりの直属の上司が、課長の永田勇斗(ゆうと)、27歳であった。

 

 きょうの美樹は、シンプルなTシャツにショートパンツ、小川真央は涼しげなワンピース。

 

「美樹ちゃん、真央ちゃんが、よろこんでくれて、おれもうれしいっすよ。あっはは。

永田さんは、おれらの2つ上の先輩だし、頭の回転が速くて、

仕事の面では、鋭いというのか、徹底的なところもあって、優秀な面もあるんですけどね。

ただ、視野が狭いとでもいうのか、人間らしさとでもいうのか、

思いやりに欠(か)けるところがあって、社内のみんなに評判が悪いんですよ。あっはは」

 

 26歳の純がそういって、わらいながら、ちょっと、困ったような表情をする。

 

「まったくだね。永田さんは、ひと言(こと)でいったら、思いやりがない人ですよ。

最近の世の中の人を、象徴しているのかもしれないよね。確かに、頭の中は切れて、

試験問題とかやらせれば、合格点を取れるのかもしれないけれど、人に対する思いやりとかの、

人の痛みを、自分のことのようにして、感じられるかどうかの、想像力が欠如しているんだよね。

永田さんには。はっきりいって、優しさの根源となるような、

他人への想像力は貧(まず)しいとしか言いようがないよね。

これも、今の文部省とかの学校教育の問題なのかもしれないけどね。

大切な青春の日々を。試験ばかりで、子どもたちを育ててきた、

学校教育のありかたが、今あらためて問われるような。あっはは」

 

 そういって、わらうのは、25歳の信也だった。

 

「美樹ちゃんと真央ちゃんの訴(うった)えは、誰が聞いても正当なものですからね。

おれも、ずーっと、永田さんを、どうにかできないものかと思っていたんですよ。あっはは。

おれから、森川社長に話をしたのですけどね。まあ、うちのオヤジもね。

経営の哲学として、真心のない指導とかは、絶対に許せない人ですからね。

自然の調和や、みんなとの調和のないところに、会社の成長も繁栄もないって、考える人ですから。

そんなわけで、今回の永田さんの、海外事業部への異動は、当然だったんですよ。

はっきり言って、おれも、永田さんが、経営企画室にいることには、

不愉快な思いばかりしていたんです。ああいう人がいるだけで、

職場の雰囲気がダメになるんですよ。ね、しんちゃん」

 

「そのとおりだよね、純ちゃん。最近の世の中、人が傷つくこととかに無関心の人間が多すぎるよね。

ひとことで言ったら、想像力の欠如(けつじょ)ってことなのかね。

それだけ、殺伐としているというか、心が荒廃するほどに、生きていくことが、

難しく、険しくなっている世の中なんでしょうかね。

自分以外の人のことなど考えている時間もないのかも知れないけどね。恐(こわ)い話だけど。

暗くなっちゃうから、ちょっと、話題を変えましょうか!あっはは。

ピースの又吉直樹(またよしなおき)さんが、芥川賞になったじゃないですかぁ。

よかったですよね」

 

「しんちゃんも、又吉さん、好きみたいね。わたしも『火花』読んでみたいなって、思っているの!」

 

 そういって、美樹は、信也と純に微笑んだ。

 

「又吉さんって、この下北沢が大好きで、よく来ることがあるらしいわ!

1度も出会ったことないんだけど。ぁははは」

 

 そういって、真央は、天真爛漫な笑顔でわらった。

 

「又吉さんって、自分のやりたいことをやり続けていくのが、信条らしいけど、

お金も無くって、貧乏で大変な時もあったあそうですよね。

それでも、人を楽しませたいとか、笑わせたいとかの、気持ちを持ち続けるって、

すばらしいことですよね。ねえ、しんちゃん。おれたちが、音楽をやる気持ちと、

共通のものがあるよね」

 

「そうだよね、純ちゃん。この前、『情熱大陸』で、又吉さんが、

樹木希林(きききりん)さんと対談していたんだけどね。

希林さんが、『そりゃ、世間は、こうしろ、ああしろって言うかもしれないけど。

<評する者があれば、我のみ>で、それはあったでしょう?』と、又吉さんに聞いたら、

『それはありますよね。それが1番大事ですよね』と言って、うれしそうに、

希林さんを見て、うなずいていたよ。わが道をゆくって強い気持ちが、

芥川賞になったんだろうかね!

世間じゃ、又吉さんに芥川賞は無いだろうとか、きつい意見もあるようだけど、

なにしろ、新人賞なんだから、励(はげ)ましの意味で、あげて、正解だといますよ」

 

 信也がそういうと、美樹も真央も純も、「そうよ」「そのとおり」とかいって、うなずいた。

 

「又吉さんは、こんなことも言っていて、おれたちの音楽つくりで、考えることと、

共通しているんだぁって、感心したんですよ。

又吉さんは、『ぼく、ものを作るときに気をつけっていることがあるんです。

いまぼくが、完全にプロットを立てて、コントとか小説を考えちゃうと、

ぼくが持っている知識の範疇(はんちゅう)に収まってしまうと思うんです。』って言っているんです。

『それって、きっと、ぼくが作れるようなことでしかないんですよね。』だって。

『いかに、自分の才能を超えるか?ということ。それじゃどうすればいいのかというと、

何かに対する反応だと思うんです。』と言っているんです。

『自分が書いた言葉に、自分で驚きながら、書いていけば、外に出れるはずなんです。

そう思って、いつもやっているんです。』

そんなふうに言ってましたよ、テレビの番組で」

 

 信也がそんな話をすると、みんなも、又吉直樹のコントや小説への、

その真摯(しんし)な創作の姿勢に、感心した。

 

「やっぱり、なんでもいいから、又吉さんみたいに、コントでも小説でも、

音楽でもドラマでも、なんでもいいから、創造的なこととか、芸術的なこととかを、

楽しんだり、熱中したりしていくことは、他人への想像力を鍛えることになるでしょう!?

だから、そんなことが、世の中が良い方向にゆく道なんですよね、きっと。

たとえ、楽観的すぎるといわれても、そんな道のことしか、わたしには考えられないわ!」

 

 美樹が、ふと、心の中を整理するように、そういった。

 

≪つづく≫ --- 88章 おわり ---

 



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89章 きっと それは 快感 (Surely it is a pleasure)  

89章 きっと それは 快感 (Surely it is a pleasure)

 

7月25日の土曜日。よく晴れた日で、気温は30度をこえた。

 

 渋谷駅から3分の、タワービルの2階にある、イエスタデイでは、午後1時から、

川口信也たちのクラッシュ・ビートと、南野美菜がメイン・ヴォーカルのドン・マイの、

コラボ(共演)ライヴが始まっていた。

 

 イエスタデイのホールは、100席、すべて満席である。

株式会社モリカワが経営する、ライヴハウスであった。

 

 午後4時を過ぎたころ。

 

 2つのバンドのすべてのプログラムも終了して、

メンバーたちは、テーブルを囲んで、会話を楽しんでいた。

 

「ドント・マインド(don`t mind)って、バンドの名前もいいし、

やっている音楽も、おれ好きですよ」

 

 川口信也は、テーブルの向かいの南野美菜や、

ドンマイのリーダーの草口翔に、そういった。

 

「そうですか。しんちゃんに、そう言ってもらえると、すごくうれしいです」

 

 南野美菜は、そういって、信也とその隣にいる落合裕子に、微笑んだ。 

 

「しんちゃんに、そう言ってもらえると、光栄ですよ。あっはは。ありがとうございます!」

 

 草口翔もそういって、微笑んだ。草口翔は、ベースギターをやっている。

 

「ぼくは、しんちゃんの作った、『きっと それは 快感』が、特に、好きなんですよ。

きょう、聴かせていただけて、最高でした!」

 

 パーカッションで、ドンマイの演奏に参加していた岡昇が、満面の笑みで、信也にそういった。

岡昇は、南野美菜の彼氏である。

 

「あっはは。『きっと それは 快感』は、バンドのみんなが苦労した作品なんですよ。

16分音符の、16ビートの、ダンスミュージックに仕上がってますからね。

ドラムも、16分シンコーぺーションで、アース・ウィンド&ファイアーの、

宇宙のファンタジーみたいな感じで、この曲では、勉強させてもらいましたよ。あはは。

ねえ、裕子ちゃん、裕子ちゃんも、この曲のキーボードは、難しかったよね!あっはは」

 

 クラッシュ・ビートのリーダーで、ドラムの、森川純が、そういってわらった。

 

「ええ、大変でしたわ。純ちゃん。正確なリズムをキープしなくちゃって、

からだ全体で、リズムとっていましたもの。でも、達成感もありましたわ。うふふ」

 

 落合裕子は、澄んだ瞳を輝かせながら、微笑んだ。

 

「裕子ちゃんも、お疲れ様でした。でも、この『きっと それは 快感』って、

詩の内容は重い感じなんだけど、軽快で最高なダンスミュージックに仕上がって、

きっと、ヒットも間違いなしだよね。あっはは。

おれのギターや、翔ちゃんのベースは、乾いたサウンドのカッティングとかで、

リズムをクリアにするので、苦労したんだけどさ。ねっ、翔ちゃん」

 

 そういったのは、ギターの岡林明であった。

 

「まあ、苦労したぶん、よく仕上がった作品だと思うよ。あっはは」

 

 ベースの高田翔太も、そういって、豪快にわらった。

 

ーーーーー

 

きっと それは 快感  (Surely it is a pleasure) 作詞作曲 川口信也

 

鳥たちが 風にのって 空飛ぶ

動物たちは 野や山で 遊ぶ

草や樹が 大地に すくすく 育つ

魚たちも 海や川を すいすい 泳ぐ

 

Ah ah (ぁぁぁ) どんなときにも 大切にしたいこと

きっと それは 快感  Surely it is a pleasure

 

人間だって 快感こそは 人生の活力源だよね?

どんなに 仕事で 忙(いそが)しいときにだって

愛し合う 二人で 週末に ワインを楽しむときも

平凡だけど 楽しい 生活を過ごすときだって  

 

Ah ah (ぁぁぁ) どんなときにも 大切にしたいこと

きっと それは 快感  Surely it is a pleasure

 

8月15日 戦後70年の 節目だというけれど

たくさんの 尊(とうと)い 命が散った 悲惨な 戦争

二度と起こしてならないと 反省して 誓った 平和憲法

この憲法を 守るのが ぼくらの使命のはずだと思う

 

Ah ah (ぁぁぁ) どんなときにも 大切にしたいこと

きっと それは 快感  Surely it is a pleasure

 

世界に 愚(おろ)かな 犯罪や 戦争は 絶(た)えることがない!

それは 人びとは 快感や 幸福を求めて 生きているはずで  

そんな他者を 自分のことのように 思いやることもできずに

他者への想像力や愛が 欠如(けつじょ)しているからなんだろう!

 

Ah ah (ぁぁぁ) どんなときにも 大切にしたいこと

きっと それは 快感  Surely it is a pleasure

 

長いような 短いような 時間が流れる この人生

おれたちにできる 悔いのない 生き方って言えば 

この世の中や 人間が 良くなることを願いながら

おれたちなりの ベストで 楽しく歌うことくらいなのさ

 

Ah ah (ぁぁぁ) どんなときにも 大切にしたいこと

きっと それは 快感  Surely it is a pleasure

 

 

≪つづく≫ --- 89章 おわり --- 

 



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90章 美樹や信也、陽斗のライブへ行く

90章 美樹や信也、陽斗のライブへ行く

 

 8月7日、金曜日。天気は快晴で、気温は35度をこえた。

 

 午後7時から、松下陽斗(はると)たち、松下カルテットのライヴが、

下北沢のライブ・レストラン・ビートで始まる。

 

 松下カルテットは、陽斗のピアノに、ギターとベースとドラムという、

4人編成のジャズバンドである。

去年の春、結成したときには、ドラムのない3人編成のトリオである。

 

 陽斗や他のメンバーも、さっぱりした気性の好男子であることもあって、

優雅さや熱気に満ちて、ときにはスリリングな演奏は、若い女性に人気が高かった。

 

 開演まで、まだ1時間はあったが、ライブ・レストラン・ビートの、

1階、2階のフロア、280席は、すでに満席に近かい。

 

「それにしても、美樹ちゃん、はる(陽)くんたちは、女の子に人気があるよね」

 

 川口信也が、テーブルの向かいに座(すわ)る、清原美樹にそういった。

 

「はるくんは、ジャズは格好(かっこう)よくやらないとダメだって、口癖のように、

いつも考えているから、そんなところが、女の子たちに受(う)けているのよ、きっと。

ぁっははは」

 

「そうかぁ。音楽ももちろん大切なんだけど、ビジュアル的な快感も、

大切にしているんだろうね、松下カルテットのみんな。あっはは」

 

 信也はそういって、わらった。

 

「しん(信)ちゃんの、『きっとそれは快感 (Surely it is a pleasure)』で言っていること、

おれも共感するよ。

人は快感を求めて、快感を生きがいにして、やっていくことがベストだと思うよ。あっはは」

 

 新井竜太郎が、信也にそういって、わらった。

 

「わたしも、快感、大好き!」

 

 竜太郎の彼女の、野中奈緒美が、隣(となり)で、そういった。

 

「この世の中で、何が信じられるのかっていえば、快感くらいしかないような、

そんな気がして、あの歌は作ったんですよ、実は。あっはは。

人や何かの思想とかを信じても、結果的には、裏切られてしまうって、

よくあるじゃないのかって、思ったりして。あっはっは」

 

 信也はそういった。

 

「わたしも、音楽なら、信じられるわ!音楽のない人生は考えられないわ、

音楽って、不思議なものよね、しんちゃん!」

 

 大沢詩織が、隣の信也をちょっと見つめて、そういって微笑む。

 

「そうよ、詩織ちゃん、音楽は、わたしたちを裏切らないわ!元気の素(もと)よ!

わたしたちも、グレイス・ガールズを、楽しみましょう!

『きっとそれは快感』は、しんちゃんらしい歌詞と曲の、ダンス・ミュージックで、

わたしも大好き!ねっ、真央ちゃんも好きよね!」

 

 そういって、美樹は、微笑む。

 

「うん、わたしも、大好き!気持ちを明るくしてくれるし!」

 

 美樹の隣の真央もそういった。

 

「あっはは。美樹ちゃん、真央ちゃん、ありがとう!」

 

 信也は、テーブルの向かいの美樹と真央に、そういって、わらった。

 

・・・あれから、もう、2年が過ぎるのか・・・。

おれの目の前で、可愛(かわい)く微笑(ほほえ)む美樹ちゃんだけど。

おれは、美樹ちゃんに、失恋したという苦(にが)い経緯があるわけだけだ。

でもさあ、男女の仲の不思議さというのかな、

男には、おれのように、心の中に、マドンナというのか、

女神のような、運命的な女性が、いつまでもいるってことが、あるものなんだろうか?

たぶん、おれは、美樹ちゃんがいたから、おれは山梨から東京に出てきたって、言えるわけで・・・。

美樹ちゃんがいなかったら、おれの生き方は、まったく違う生き方だったと言えるわけで。

やっぱり、考えてみると、美樹ちゃんは、おれにとって、特別な女性なんだよなぁ。

いまでも、きっと、いつまでも・・・。

お互いに、いつまでも、仲よく、いい音楽活動をやって行きたいよね・・・

 

 信也は、冷たい生ビールを飲みながら、そんなことを、ふと思っていた。

 

 1階から2階まで、高さ8メートルの吹き抜けの会場は、一瞬、静まった。

 

 32歳になる、店長の佐野幸夫が、ライトアップされた、ステージに立った。

 

「みなさま、こんばんは。ライブ・レストラン・ビートに、お越しいただきまして、

誠に、ありがとうございます。

今夜のライヴは、本格的で、洗練されたジャズで、わたしたちを楽しませてくれる、

松下カルテットのみなさんです!」

 

 佐野幸夫がそういうと、広いフロアは、拍手と歓声に包まれる。

 

 佐野幸夫の彼女の、27歳の真野美果も、ステージ直近の、

信也たちと同じテーブルの席にいて、幸夫の司会を、やさしい眼差しで見つめている。

 

≪つづく≫ --- 90章 おわり ---

 



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91章 モーツァルトを師匠と感じる信也

91章 モーツァルトを師匠と感じる信也

 

 9月6日、日曜日、午後3時ころ。午後からは雨のぱらつく曇り空である。

 

 川口信也のマンションでは、信也と美結と利奈が、リビングで寛(くつろ)いでいる。

 

 信也は、ここから歩いて2分の近くに、もう1つマンションを借りていて、そこで寝起きをしている。

 

「きょうみたいな雨じゃなくて、良かったよね、しん(信)ちゃん」

 

「えっ、なんのこと?利奈ちゃん」

 

「この前の世田谷の花火大会のことよ!」

 

 そう言って、わけもなく利奈は明るく笑う。

利奈は、1997年3月21日生まれの18歳、早瀬田(わせだ)大学1年。

 

「やっぱり、東京の花火大会よね。スケールも大きいし、どこか洗練されているわ!」

 

 そう言うのは、美結だった。美結は、1993年4月16日生まれ、22歳。

芸能事務所のクリエーションで、タレントとして順調に仕事をしている。

去年の夏の、ファースト写真集も、ファンには人気であった。

クリエーションは、信也と仲のいい新井竜太郎が副社長を務めるエターナルの子会社である。

 

「わたしは、山梨の韮崎(にらさき)や、石和(いさわ)の花火も好きなんだけどね」

 

 利奈がそう言った。

 

「利奈ちゃんたら、もう、ホームシックなんじゃないの?」と言う美結。

 

「違うわよ、そんなんじゃなくって、どこの花火も、花火はみんな、きれいってことよ!」

 

 利奈が、心外ぎみに、ちょっと、ふくれる。

ひのきのローリビングテーブル(座卓)を囲(かこ)んで、3人は笑った。

 

 信也は、モーツァルトの文庫本を読んでいる。

 

 信也は、1990年、2月23日生まれ、25歳。

早瀬田大学を卒業後、山梨県の実家の近くの会社に就職する。

しかし、親友の森川純に呼ばれ、現在は、東京・下北沢のモリカワで、課長をしている。

モリカワ傘下のモリカワ・ミュージックに所属の、

ロックバンド、クラッシュビートのメンバーとして、作詞作曲もする、活躍している。

 

・・・モーツァルトって、おれにとっては、師匠(ししょう)のような芸術家だと思うよ。

この人って、知れば知るほど、人に愛される音楽を作り続けたという意味でも、

ポップス作りの天才といえるわけで・・・

 

・・・おれに、1791年、35歳の短い生涯、626曲を作曲した、

モーツァルトとの出会いを作ってくれたのは、いま思えば、美樹ちゃんなんだよなぁ・・・

 

・・・美樹ちゃんが、「しんちゃんは、高い声が出るんだもの!

ミュージック・ファン・クラブの、早瀬田合唱サークルで、テノールが不足しているんだって。

しんちゃん、応援に、ちょっと参加してくれると、わたし、うれしいんだけど。

わたしも、友だちに誘われて、ちょっと応援で、参加しているのよ。一緒にやろうよ。

わたしの大好きな、モーツァルトの歌とかも多くて、とても楽しいのよ」

とか、おれに言うもんだから、美樹ちゃんに惚(ほ)れているわけで、

合唱サークルに入ったんだよね・・・

 

・・・歌の指導の先生が、本格的で勉強になったし、美樹ちゃんのそばにいられるだけで、

正直、おれは幸せだったし。あっはは。バカだよな、おれって、いつも・・・

 

・・・それにしても、合唱サークルで、モーツァルトの未完の大作の『レクイエム』を歌ったのだけど、

自分で歌ってみて、この歌って、ロックだよ!って、おれはつくづく感じたんだよなぁ。

モーツァルトって、ロックンローラー、そのものじゃないいか!ってね!

だから、それ以来、モーツァルトは、おれの師匠なのさ。あっはは・・・

 

≪死の床にあって、ショパンはこういったという、

「わたしが死んだならば、本当の音楽を鳴らしてほしい。

モーツァルトの『レクイエム』のような!」と。≫

 

≪「音楽はどんな恐るべきことを語るにしても、耳を満足させ、

どこまでも音楽でなければならないのですから」。

(中略)

このモーツァルトの手紙の一節には重要なことが語られています。

つまり、「音楽は美しくなければならない」という信条を、モーツァルトは告白した。≫

 

 信也が読む、講談社学術文庫の吉田秀和著作『モーツァルト』には、

73ページや200ページには、そう書かれてある。

 

・・・そうかぁ。おれが感じるようなことを、『ピアノの詩人」と呼ばれる、

ショパンも感じていたのかぁ・・・

 

「お兄ちゃん、ビールのつまみにもなる、クラムチャウダーができたわ!」

 

「おっ、うまそう!ありがとうね、利奈ちゃん!」

 

 姉妹には、ときには子供っぽいとかも言われる信也だが、

優しく頼りがいのある兄貴らしく、美結と利奈に微笑(ほほえ)んだ。

 

≪つづく≫ --- 91章 おわり ---

 



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92章 落合裕子と妹、幸来(さら)との団欒(だんらん)

92章 落合裕子と妹、幸来(さら)との団欒(だんらん)

 

 9月20日の日曜日の午前9時を過ぎたころ。外は青空の広がる秋晴れである。

 

 落合裕子の家は、小田急電鉄、代々木上原駅から歩いて3分の、

閑静な住宅街にある。敷地面積は、ほぼ60坪であった。

二階建ての家の前の駐車場には、車を3台置けた。

 

 今年の1月から、裕子は、信也たちのロックバンド、クラッシュ・ビートで、

キーボードを担当するようになっている。

 

 裕子は、その美しい容姿と、ピアニストとしての才能で、

テレビやラジオの出演も数多くあり、人びとにも広く知られていた。

 

 父親の裕也と母親の心奏(ここな)は、二人とも、俳優や声優をする芸能人である。

 

 裕也の父親の裕太郎も俳優や声優をしていたが、

現在は芸能プロダクション・トップの代表取締役をしている。

 

 裕子も、妹の幸来(さら)も、両親も、裕太郎の芸能プロダクション・トップに所属していた。

 

 裕子は、1993年3月7日生まれ、22歳。

幸来(さら)は、1994年7月14日生まれ、21歳。

 

「裕(ゆう)ちゃん、その後、信(しん)ちゃんとは、どんな感じなの?」

 

 妹の幸来(さら)が、裕子に、リビングでお茶をしながら、そう聞いた。

肩にかかる長い髪の幸来(さら)の笑顔には、大人っぽい落ち着いたお色気もあった。

 

「全然(ぜんぜん)!」

 

「全然って?全然うまくいってないの?それとも、全然うまくいっているの?どっち?!」

 

「ぁはは。全然、うまくいってないほうなのよ。ぁはは!」

 

「そうなの、裕(ゆう)ちゃん、可哀想(かわいそう)。

こんなに、しんちゃんのこと想っているのにね」

 

「しょうがないわよね。しんちゃには、

大沢詩織ちゃんという素敵(すてき)な女性がいるんですもの」

 

「彼女がいる人を好きになるのって、辛(つら)いよね。片思いなんだもん。

わたしも経験あるけれど。わたしの場合、そんな辛い片思いしてからは、

決して、自分から安易(あんい)に、男に惚(ほ)れるなんてことは、

しなくなってしまったわ。そしたらね、なぜか、あの手この手を使って、

男の方から近づいてくるんだもの!近ごろでは、モテ過ぎて、困っているのよ、お姉さん!」

 

「あらあら、それはそれは、幸来(さら)ちゃん。ごちそうさま。ぁっははは。

でも、そんなものよね。わたしだって、しんちゃんに夢中になってしまったものだから、

他の男性には目もくれず状態なんだけど、そしたら、急に、以前にも増(ま)して、

裕ちゃん、裕ちゃんって、あのさ、今度食事い行こうよなんて言って、

男の人が近づいてくるんだから!幸来(さら)ちゃん!」

 

「それだったら、お姉ちゃん、辛い片思いなんか、止(や)めにして、

新しい恋愛を楽しむことも考えたほうがいいのかもしれないわよ、きゃぁはは」

 

「そうかもね、幸来(さら)ちゃん。そのへんは、わたしも、適当にやってゆくわ。

確かに、一度惚れちゃうと、惚れちゃったほうは、

弱みを握られたことに等しいのかもしれないわよね。

それに、相手から、つきあって欲しいとか言われて、告白されたとしても、

それが自分に心の底から惚れて、言っていると限らないんじゃないかしら?

難しいところだわね、幸来(さら)ちゃん。

かと言って、そんなどこまでも計算しつくしたような恋愛って、

恋愛っぽく感じられなくって、つまらない気もしてくるわよね。ぁっはは」

 

「ぁっはは、さすが、お姉さま。実は、わたしも、そんなことを、いろいろと、

恋愛については考えてしまうことがあるの。

いろいろと、計算ばかりしている恋愛も、熱くなれなくって、つまらないんだよね」

 

「恋にしても、人生にしても、前向きに、楽しんだりして、

何かの目標に向かって成長してゆけることが大切なんじゃないかしら!?幸来(さら)ちゃん」

 

「そうよね、さすが、お姉ちゃん!

そう言えば、大沢詩織のお家(うち)は、

代々木上原駅南口方面にある大沢工務店なんでしょう?」

 

「そうよ。あそこの、お嬢さまよ。こういうのも、何かの縁(えん)って言うのかしらね」

 

「そうかもね、裕ちゃん。うふふ」

 

 姉妹は、明るい澄みきった瞳で、見つ合って、微笑(ほほえ)んだ。

 

≪つづく≫ --- 92章 おわり ---

 



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(改訂版) 93章 信也と美結と利奈たち、太宰治とかを語る

93章 信也と美結と利奈たち、太宰治とかを語る

 

 10月3日の土曜日の午前8時ころ。晴天で、夏日のような暑さになるそうだ。

 

 川口信也もその姉妹の美結と利奈も、2DK(部屋が2つ、リビングとキッチン)の、

マンション(レスト下北沢)のリビングにいる。

 

 信也は、このマンションから歩いて2分のところに、マンション(ハイム代沢)を

借りている。1つの部屋とキッチンと、バスルームに洗面所、南側にはベランダの、

1Kの間取りである。駐車場はないが、去年の12月に借りた。

 

 朝や夕の食事など、美結と利奈の住むこのマンションに、やって来る信也であった。

 

「おれ、明けがただろうけど、空を飛ぶ夢を見ちゃってさ。

なんか、宇宙人みたいなのを相手に、大きなレーザー銃(じゅう)みたいのを持って、

戦ってんだよ。おれって、けっこう、勇敢(ゆうかん)なんだよね。あっはは」

 

「へーえ、楽しそうな夢ね!しんちゃん。わたしは、そういうの、恐そうでイヤだけど。ぁっはは」

 

 ひのきのローリビングテーブル(座卓)の向かいに座る利奈は、そう言って笑う。

 

「おれって、地球を守ろうと、必死で、スーパーマンみたいに、空飛んでたから。

それでさ、その宇宙人みたいのとの戦いなんだけど、

おれの仲間って、なぜか、女の子ばっかなんだよね。あっはは」

 

「あら、まあ、しんちゃん、女の子に囲まれてたの!

それは、それは、楽しい夢だったんでしょうね!」

 

 キッチンで、珈琲(コーヒー)を淹(い)れている美結が、そう言った。

コーヒーの甘い香りが漂(ただよ)う。

 

「ところで、空飛ぶ夢って、夢占いじゃ、どういう願望とか、見る理由とかが、

説明できるんだろうね。なんか、欲求不満がたまっていると、

空飛ぶ夢って見るって、どこかで聞いた気がするんだけどさ。あっはは」

  

「わたし、空飛ぶ夢は、詳(くわ)しく知ってるんだ。しんちゃんの夢の場合は、

欲求不満とかじゃないから、安心して、大丈夫(だいじょうぶ)だよ!」

 

「そうなんだ。おれ、仕事も忙(いそが)しくって、これはストレスかなって、心配しちゃったよ」

 

「あ、でも、ちょっとストレスも関係しているかな、大空を飛ぶ夢はね、お兄ちゃん。

空を飛ぶ夢は、窮屈(きゅうくつ)な現実の壁(かべ)や束縛(こうそく)を、

突き破ろうとする思いから、足が地を離れて、大空のような空想世界に、

羽ばたくようなことなんですって!

だから、しんちゃんのように、元気いっぱいに空飛べるなんて、

積極的に行動することで、何事もよい方向に進むっていう、運気も上昇の知らせよ、きっと。

しんちゃのその夢は、チャンスの到来の兆(きざ)しってことよね!」

 

 利奈は、まるで占いの専門家のような確信をこめて、信也にそう言った。

 

「ただね、わたしは、しんちゃんの夢の、宇宙人との戦闘状態のようなのが、

ちょっと気になるんだけど。苦労が始まる兆しとか、何かのトラブルに巻き込まるとかね!」

 

 心配そうな表情で、そう言うのは、利奈のとなりに座った美結である。

 

「あ、そのバトルなら、おれたちのほうが断然に勝っていたんだよ。

おれなんか、余裕で、女の子の仲間と、いちゃついていたくらいだから。

それが、知っている女の子のような、ぜんぜん知らない子のような、

でも可愛(かわい)い子たちで。美結ちゃん、、利奈ちゃん。あっははは」

 

「まあ!しんちゃんたら!でも、楽しい夢でよかったわね!わたしも楽しい夢なら、見るの大好きよ!」

 

 そう言いながら、テーブルの向かいの信也に、美結はなぜか恥(は)ずかしそうに笑う。

 

「やっぱり、兄妹(きょうだい)ね!わたしも、夢見るの大好き!楽しいんだもん!

そうそう、しんちゃんが見たいって言っていたビデオを撮(と)っておいたよ」

 

 利奈は、信也にそう言いながら、カフェオレ(ミルク入りコーヒー)を飲む。 

 

「あ、そう。ありがとう。あの番組って、最終回で、

又吉直樹(またよしなおき)さんがゲストに出てるっていってたからね」

 

 その番組とは、NHK・Eテレの

『100分で名著・太宰治(だざいおさむ)・斜陽(しゃよう)』のことであった。

 

「うん。又吉さんが出ていたわよ。太宰治って、わたし、あまり興味ないというか、

よくわからないんだけど、『女生徒』は読んだんだ。よくこんなに女の子の気持ちがわかるな!

って感心しちゃった。ぁっはは。

『人間失格』という本は、友だちに薦(すす)められたんけど、内容が暗すぎて、

ついてゆけなくって、途中で読むの止(や)めちゃったの!」

 

「あっはは、利奈ちゃん。『人間失格』という小説は、利奈にも、難(むずか)しいと思うよ。

又吉さんは、太宰治押(お)しで、『人間失格』は100回くらい読んだっていうけどね。

又吉さんは、ユーチューブの動画で、『人間失格』は、

<人間がそれぞれに持っている痛みについて書かれているんではないかと、 

何回も読んでいると、そういう別のテーマが浮かび上がってくるというか、わかってくる>

って言っていたけど、まあ、そのとおりなんだろうね。

太宰治って、確か、1909年生まれの、38歳の生涯(しょうがい)で、

その青春は、太平洋戦争とかで、ひどい社会情勢の中にあったからね。

人間が人間らしい扱(あつか)いをされていなかったんだから。

女性の地位なんて、想像できないくらい低かったしね。

だから、心の優しい、感受性豊かな人たちとかって、とても生きづらいし、苦しかったと思うよ。

心中(しんじゅう)とか自殺とかは、おれは理解できないところだけど、

太宰治は、ひと言でいえば、小説という芸術で、

真実やその美しさを表現しようとした人なんだろうね。

そんな太宰の小説は優れていると思うし、その日本語力も相当すごくて、勉強にもなるよね。

今なんか、インターネットの青空文庫とかで、太宰の作品は、いくらでも読めるしね」

 

「高橋源一郎さんも、あのEテレのの最終回で、

<太宰治は、古文や漢文とか、あらゆるタイプの日本語を使って、あらゆる書き方をしていて、

あの日本語力はすごいね!>って言ってたわ。ね、利奈ちゃん」

 

「うん。だから、又吉さんとかに、いまも、みんなに読まれて、太宰は人気もあるのね」

 

「おれも、太宰の小説を、インターネットの青空文庫や

太宰ミュージアムで見たりするんだけど。今は、無料で読めるからね。

太宰って、モーツァルトの音楽が好きだったらしいんだ。

<軽くて、清潔な詩、たとえば、モーツァルトの音楽みたいに、

軽快で、そうして気高く、澄んでいる芸術を、僕たちは、いま求めているんです。>とか

言っていたらしいんだ。それを知って、なんか、心安らぐんだよね。

太宰治にも、そんな気持ちがあったことを知って、おれの心も安らかになるんですよ」

 

「そうなんだ、しんちゃんの気持ちわかるわ!太宰って、破壊的だったり、退廃的だったり、

破滅的だたりで、絶望的なイメージが、わたしにはあるんだけど、

モーツァルトが好きだったなんて聞くと、太宰にも、前向きな、明るいイメージがわいてきて、

なんとなく、わたしも嬉しくなっちゃうわ!」

 

そう言って、美結が信也に、優しく微笑(ほほえ)む。

 

「わかる、わかる。モーツァルトはいいもんね!子どものように天真爛漫(てんしんらんまん)で。

しんちゃん、美結ちゃん」

 

 利奈も、信也と美結を見て、明るく微笑んだ。

 

「そうなんだよね。モーツァルトは、どんなつらいことがあっても、子どものような純真さで、

元気に明るく生きていた気がするんだよね。大好きな音楽を作りながら。

それも、独創的で、聴く人、みんなに、元気をくれるような、美しい音楽を。

そんな生き方が、ロック的だと思うし、おれは尊敬してしまうんですよ。あっはは」

 

 信也は、そういって笑った。

 

≪つづく≫ --- 93章おわり ---

 

 



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94章 信也たち、<ゲスの極み乙女。>で盛り上がる

94章 信也たち、<ゲスの極み乙女。>で盛り上がる

 

 10月11日、日曜日。曇り空の、午後の5時を過ぎたころ。

 

 川口信也と新井竜太郎と水谷友巳と、付き合っている彼女たち、

大沢詩織と野中奈緒美と木村結愛(ゆうあ)の6人は、『佐五右衛門(さうえもん)』に入った。

 

 道玄坂センタービルの4階にある『佐五右衛門』は、串焼専門店で、

渋谷駅から歩いておよそ3分だった。

 

 6人は、扉のついた個室のテーブル席の、ふかふかなソファーに落ち着いた。

 

「最近は、<ゲスの極み乙女。>が、いいなぁって、思っているんですよ」

 

 水谷友巳が、ぽつりと、そう言って、レッド・アイの細長いグラスに口をつける。

レッド・アイは、ビールに、トマト・ジュースを加えた、赤色のカクテル。

 

 水谷友巳は、あの尾崎豊がしていたような、リーゼントはやめて、

いまは、無造作なショットカットの刈り上げのヘアスタイルだった。

 

「あっ、昨夜のNHKのSONGS、見たわ!<ゲスの極み乙女。>

『ロマンスがありあまる』とか、『キラーボール』とか、『私以外私じゃないの』とか、

この10月に発表されたばかりの『オトナチック』も演奏してくれてわよね!

どの歌も、自然と口ずさみたくなるような、キャッチーなサビのメロディーなのよね!

わたし、感動しながら見ちゃった!ぅっふふ」

 

 竜太郎の隣の、野中奈緒美(なおみ)は、そういって、微笑んだ。

 

 野中奈緒美は、1993年3月3日生まれの22歳、身長は165センチ、

可憐な美少女で、人気のある、モデル、タレント、女優である。

竜太郎と交際中で、竜太郎が副社長のエタナール傘下(さんか)の、

芸能プロダクションのクリエーションに所属している。

 

「そうなんですよ。ゲス極(きわ)の川谷絵音(かわたにえのん)さんの作る楽曲は、

小学生の子どもたちからも支持されてるんですから、おれ、尊敬しちゃいますよ」

 

 水谷友巳は、みんなを見て、そう言って微笑(ほほえ)んだ。

 

「川谷絵音さんて、確かに、いい歌を作るよね。

『私以外私じゃないの』なんていうフレーズは、ほんと(本当)、キャッチーだし、

あのフレーズは、おれも思いつかなかったですよ。あっはは」

 

 信也は、テーブルの向かいの、水谷友巳やみんなを見ながら、そう言った。

 

「子どもたちの心に響く歌を作れることって、すごいし、すばらしいと思うわ!

『オトナチック』では、大人になりきれない葛藤(かっとう)を越えて、

前に進んで行こうというメッセージが込められているんですって」

 

  信也のテーブルの向かいにいる、信也の彼女の大沢詩織はそう言って、

明るく微笑(ほほえ)んだ。

 

「音楽とかをやる、その目的って、いつまでも子どものようでもいいから、

みんなで、毎日を楽しく過ごして、平和な世界を築(きず)いて行こうってことだと思うからね。

絵音(えのん)さん、確か、いまは26歳かな。おれより、1歳くらい年上なんだけど、

尊敬しちゃうし、共感しちゃいますよ。

大人(おとな)になるとかって、なんか、幻想のような気がしているんだ、

おれの場合、いつまでたっても、たぶん子どものままだろうから。あっはは」

 

 信也はそう言って、笑って、サッポロ黒ラベルのビールをうまそうに飲む。

 

 みんなも、明るい声を出して笑った。 

 

「ちょっと、みなさんに、質問があるんですけど。<ゲスの極み乙女。>のさあ、

『キラーボール』って、どういう意味なのかな?ミラーボールなら、

クラブとかの天井(てんじょう)で、回(まわ)っている、ミラーボールのことだよね。

あっはは」

 

 竜太郎が、ビールを飲みながら、みんなを見ながら、上機嫌でそう言った。

 

「はい、竜さん。わたしにご説明させてください!」

 

 高校2年の木村結愛(ゆうあ)が、社会人のOLのようにそう言ったので、みんなは笑った。

1999年3月4日生まれ16歳の結愛は、1994年7月11日生まれ21歳の

水谷友巳と付き合っている。

 

「えーと、『キラーボール』は、ユーチューブで、

『ゲスの極み乙女。』がブレイクされるきっかけになった曲でした。

『キラーボール』というのは、絵音(えのん)さんが作った、

オリジナルな造語です。

この情報はネットで調べたことなんです。『西日本新聞』さんというところが、

絵音(えのん)さんと対談して、ご本人がそう語ったらしいんです。

絵音(えのん)さんは、<ゲスの極み乙女。>で、自分は何をすべきか!?って、

かなり考えていた時期があったそうです。

そんなときに、心の中に溜(た)まっていく、毒みたいなものを吐(は)き出そうとして、

書いた楽曲らしいんです。

『キラーボール』の歌詞には、それで、<踊らされる架空の毎日>とか、

<キラーボールと一緒に回るよ>とかの歌詞が出てくるんです。

でも、絵音(えのん)さんは、歌詞に、あまり、意味づけしたり、理屈っぽくすることが、

お嫌(きら)いだそうです。

『いろんな受け取り方があっていいと思う』とか

『歌詞って、一つの意味だと面白くない』とか、語っています。

わたしも、音楽の創造って、そんな感じの、みんなが、自分なりの想像力をふくらませて、

楽しむものだと思います!」

 

 結愛(ゆうあ)は、そう言い終ると、満足げに、みんなに微笑みながら、オレンジジュースを飲む。

 

「なるほど、そのとおりだよね。結愛(ゆうあ)ちゃんの考えかた、しっかりしているよ!

絵音(えのん)さんも、しっかりと、自分の考えを持っているんだよね。

いい話を聞かせてもらいました。今夜は、みんなで楽しくやりましょう!

それにしても、絵音さんは、歌つくりの才能もセンスも抜群だけど、

マーケット、市場で、どうやったらやっていけるかという、

そんな戦略を考えるセンスというか判断力も抜群だと感じますよ。

『キラーボール』って、何なのだろうとか、興味を持たせますからね。あっはは」

 

 竜太郎は、そう言って、みんなに笑った。

 

≪つづく≫ ーーー 94章 おわり ーーー

 



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95章 詩織の信也への一途な思い 

95章 詩織の信也への一途(いちず)な思い 

 

 10月18日、日曜日。午後の3時を過ぎたころ。

晴れわたる青空で、夏のような陽ざしである。

 

 信也の運転する、トヨタのスポーツタイプ、ホワイトパールのハリアーが、

助手席には詩織を乗せて、大沢工務店の駐車場に止まる。

 

 駐車場には、詩織の姉の彩香(さやか)が、笑顔で出迎(でむか)えた。

 

「お二人(ふたり)は、ほんとに、美男美女で、ほんとにお似合いだわ!」

 

 ハリアーから降りたった信也と詩織の、お似合いの姿(すがた)に、

心を奪われて、うっとりしながら、彩香が微笑(ほほえ)んだ。

 

 ジーパンにTシャツの、信也は身長175センチ。

フレアスカートとカットソープルオーバーの、詩織は身長163センチ。

ベーシックワンピースの、彩香は身長164センチ。

 

「やあだぁ!お姉さんたら。身内で褒めてくれても、何も出ないわよ。ぁっはは」

 

「彩香(さやか)さんこそ、いつもお美しいから、ぼくなんか、胸がドキドキしますよ。あっはは」

 

 信也が、マジで、照れながら、そう言って笑った。

 

 詩織の姉の彩香(さやか)は、大沢工務店のCS課(顧客担当)課長で、

一級建築士でもあり、代表取締役の父からの信頼も厚い。

1989年4月5日生まれの26歳で、妹の詩織とは、とても仲がよかった。

 

「きょうは、しんちゃんに、ぜひ1度、うちのショールームを見ていただきたいと思って!」

 

 大沢家の住まいと、大沢工務店社屋(しゃおく)の隣には、

リビングやキッチンや浴室などの実物展示のショールームが、2010年からオープンしていた。

 

「あっはは。おれが、マイホームを持てるなんて、ちょっと考えられないっすけどね」

 

「大丈夫よ。しんちゃんは、堅実で、収入だって、すごいんですから。豪邸も夢じゃないわ。

ねえ、詩織ちゃん!詩織ちゃんも、大学生なのに、グレイスガールで、がんばっているんだし。

マイホームの夢なんて、あなたたち二人なら、実現はすぐそこよぉ!」

 

「まあ、まあ、お姉さん、でもやっぱり、そんなマイホームなんて、

遠い夢のような気がするけれど。実現したときには、どうぞ、よろしくね!

彩香(さやか)ちゃん。うっふふ」

 

・・・わたしと、しんちゃんは、それは今は、誰もが羨(うらや)むほど、

いつも、熱(あつ)くって、超(ちょう)仲いいわ。毎日が幸せ感じる日々だわよ。

でもね、お姉さん、それだからこそ、ふっと、今が幸せすぎるから・・・、

ふっと、不安がよぎることもあるのよ。

幸せって、壊(こわ)れやすいものっていう気が、ふと沸き起こるのよ。

お姉さんだって、これまで楽しく付き合っていた彼氏と、

最近はうまくいってないのよって言っているじゃない。

だから、やっぱりね、世の中で、幸せのままであり続けるって、きっと難(むずか)しいのよ。

だから、ふっと、今は最高に幸せなんだけど、不安な気持ちがよぎるの。

でもね、でもね、わたし、しんちゃんの優しさには、不安も何もかも、忘れられるの!

だから、今は、しんちゃんが、わたしのすべてなの!・・・

 

 そんな思いに、そっと胸を熱くして、澄(す)んだ眼差(まなざ)しで、少しうつむくと、

21歳、早瀬田大学3年の詩織は、ショートボブの髪と首筋を、指先で触れた。

 

 ショールームのエントランスの前で、詩織は、ちょっと信也の横顔を見た。

詩織のやわらかな小さい手が、信也のがっちりとした大きい手を、強く握りしめた。

 

≪つづく≫ --- 95章 おわり ---

 



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96章 信也と利奈、セカオワや ニーチェを語る

96章  信也と利奈、セカオワや ニーチェを語る

 

 11月1日、日曜日。朝から晴れているが、気温は14度ほどである。

 

「じゃあ、行ってきまーす!」

 

 兄妹(きょうだい)三人で、朝食も済(す)ませた、団欒(だんらん)のあと、

信也と利奈に、美結(みゆ)は、愛くるしい笑顔で、

軽く手を振って、そう言って、マンションの玄関を出て行く。

 

 ストライプ柄のワンピースが優雅に揺(ゆ)れる、171cmと長身の美結。

 

 美結は、兄の信也の飲み友達の竜太郎が副社長をしているエターナルの子会社の、

芸能事務所のクリエーションで、タレントやモデルの仕事をしている。

 

 美結は、きょうは午後から、東京の港区の赤坂にある民放の、

バラエティ番組に出演する仕事が入っていた。

 

「美結(みゆ)ちゃんって、いつも綺麗で、絵になるんだから。わたし、羨(うらや)ましいわ!」

 

 妹の利奈は、座卓のロー・テーブルで、日本茶を飲みながら、

寛(くつろ)いでいる信也にそう言って、微笑(ほほえ)む。

 

「だいじょうぶ!利奈だって、充分、色っぽいよ。まだまだ、これからじゃない、綺麗になるのは。

美結ちゃんは、綺麗にしていることが仕事だし、そのため努力しているんだしね。あっはは」

 

「そうよね。モデルが、お仕事ですものね!」

 

 利奈は、早瀬田大学に入学したばかりの、管理栄養学科の1年生。

利奈の身長は、166cm。兄の信也は175cm。

 

「しんちゃん、最近、わたし、SEKAI NO OWARI (せかいのおわり)が好きになっちゃったの!」

 

「ああ、セカオワね。紅白にも出たしね。

今、人気あるよね。あの子(こ)なんて言ったけ、あの可愛(かわい)い子、おれ、好きだな!」

 

「Saori(彩織)ちゃんね!すてきな人よね!才女で!

TOKYO FMの番組で、Saoriちゃんは、

Perfume(パフューム)みなさんから『女優さんくらい綺麗(きれい)」って言われたんですって」

 

「Saoriちゃんは、作詞の才能があるよ。『マーメイド・ラプソディー』だっけ、それとか、

『RPG』のサビの歌詞とか、すごいと思うよ」

 

「『RPG』のサビの『怖いものなんてない もう僕らは一人(ひとり)じゃない』って、

すてきな言葉だわ。胸にジーンときて、励(はげ)まされる感じ!

人ってみんな、孤独なことが多いけど、でも、ひとりじゃないってことよね!お兄ちゃん」

 

「いまの世の中って、ニュースとか聞いていても、殺伐(さつばつ)として、暗いことが多いもんね。

インターネットとかで、どんどん、グローバル化が進んで、

そのぶん、企業でも、個人でも、競争が激しくなって、賃金の格差とか、

いろいろな弊害(へいがい)が起きているんじゃないかな?

確か『サンデーモーニング』だったかな?

『暮らしをよくするためのシステム(制度や仕組み)が、

逆に、生活を不自由にしている』とか、番組で誰かが言っていたけど、おれもそんな気がするよ。

フォルクスワーゲン(VW)が、違法ソフトウエアによって、

排ガス規制を不正に逃れていた問題とか、

旭化成建材が、基礎工事の際の、地盤調査のデータを偽装して、

欠陥マンションを施工(せこう)していたとかね。

世の中の、人や企業とかの組織も、みんな、なんだか、おかしいよね。利奈ちゃん」

 

「うん、そんな感じがする。そんな、夢や希望の持てないような世の中のせいもあるかしら。

『 SEKAI NO OWARI 』 の歌って、心に響いてきちゃうのよね。子どもたちにも、すごい人気よね!」

 

「今年の7月だったっけ、日産スタジアムで、2日間で、14万人動員のライブをやって、

チケットが即日、SOLD OUTだったって言うじゃない。すご過ぎだよ。利奈ちゃん!」 

 

「みんなまだ若いのにね。しっかりとした、世界観を持っているんだもん!

『進撃の巨人』の主題歌の『SOS』って、

すべて英語の歌詞なんだけど、哲学的で、すごっく深いの!

歌詞には、<助けを求めている人たちの叫びは、毎日のようにあるけれど、

その音が続くと、どんどん聞こえなくなって、無感覚になっていく。>とか、

<そんな『SOS』に答えることは、『何のために生きているのか?』という疑問に、

答えることなんだ。>とか、

<そんな『SOS』に答えることは、『自分自身を大切にするためには?』という疑問に、

答えることなんだ。>とかが、表現されているんですって!」

 

「利奈ちゃんが持っている、別冊カドカワ、見たけど、fukase(深瀬)さんの、

ある密(ひそ)かな行いに感銘して、Saori(彩織)ちゃんは、

英語で、あの『SOS』の詩を作ったらしいよね。

おれも、お金に余裕があったら、fukase(深瀬)さんみたいに、人知れず、援助しようかと思うよ。

『SOS』は、歌詞も、曲も、fukase(深瀬)さんのファルセットの歌声も、美しいよ。利奈ちゃん」

 

「うん、セカオワ、いいよね。でも、しんちゃんの歌声も、歌詞や歌も、最高だわよ」

 

「あっはは。ありがとう、利奈ちゃん。おれ、最近、読んだ本で、改めて思ったことがあるんだよ。

人は美しいものを求めて生きるべきだってね。美しいものを見ると、人は元気になれるんだって、

その本では言っているんだよ。当たり前のことのようだけどね。

でもその本では、人が、美というものに、完全に閉じたような生き方をしているというんだ。

美術や音楽に限らず、美的なもの全般を、自分の生活圏に置いていない人もずいぶんいる。

って書いてあるんだよ。おれ、それ読んで、なるほどなぁって、共感しちゃったよ。あっはは」

 

「そうよね。わたしも、みんなが、美しいものや、芸術とかを、真剣に愛したり、

気軽でもいいから、楽しんだりすれば、世界は平和になっていく気がする!お兄ちゃん。

その本って何(なん)なの?今度わたしに貸してほしいわ!」

 

「今度持ってくるよ。斎藤孝さんの『座右のニーチェ』っていう光文社の新書だよ」

 

「あああ、ニーチェね!しんちゃんや、清原美樹さんが大好きな、ニーチェね!わたしも好きよ」

 

 そういって、どこか悪戯(いたずら)っぽく微笑(ほほえ)む利奈。

テーブルの向かいに座る、そんな利奈を見ながら、

信也は清原美樹の笑顔を思い浮かべていた。

 

「そうなんだ。二ーチェは、美樹ちゃんも好きなんだよね。

ニーチェは、まるで、現代をいかに生きるべきか?を予見したように、

『美しいものや、音楽や芸術こそが、人生を可能にする』って言っているからね。

『ツァラトゥストラ』では、『子どもの頃の明るい笑い声を取り戻(もど)そう』とか、

『君たちは君たちの感覚でつかんだものを、究極まで考え抜くべきだ』とか言って、 

感動できるやわらかな心と、困難をも反転させるユーモアでもって、

粘り強く、クリエイティブな人生を歩こう!って言ってるからね。

まさに、おれたちの先生って感じだよね。利奈ちゃん」

 

「うん。ニーチェって、わたしたちの先生って感じ!」

 

 利奈は、天真爛漫な笑顔で、そう言った。

                                                          

≪つづく≫ --- 96章 おわり ---

 



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97章 信也たち、ジャニス・ジョップリンとかを語(かた)る

97章 信也たち、ジャニス・ジョップリンとかを語(かた)る

 

 11月8日、土曜日。午後の2時を過ぎたころ。

気温は15度ほど。一日中、小雨(こさめ)。

 

 渋谷のイエスタデイに、早瀬田(わせだ)大学、公認サークルの、

ミュージック・ファン・クラブの学生や、

その卒業生である川口信也や清原美樹たちが集まっている。

 

 音楽が大好きな仲間たちで、ホールのキャパシティの100席は満席。

 

 イエスタデイは、川口信也や清原美樹が勤めているモリカワが、

2012年の9月にオープンした、ライヴとダイニング(食事)のクラブスタイルの店で、

渋谷駅・ハチ公口から、スクランブル交差点を渡って3分、タワービルの2階にある。

 

「昨日(きのう)の、BS日テレの『地球劇場』は、感動しました。

谷村新司さんも渡辺美里さんも、ジャニス・ジョップリンが大好きと言ってました!」

 

 南野美菜(みなみのみな)は、川口信也に、愛くるしく微笑(ほほえ)んで、そう言った。

美菜は、きれいな高音とボリュームのある歌唱力や明るいキャラで、

じわじわと人気も上がっている。モリカワ・ミュージックからの、メジャー・デヴューした、

ロックバンド、ドント・マインド(don`t mind)、通称、ドンマイのヴォーカルである。

 

「あの番組、おれも見てたよ。あっはは。

ジャニス・ジョップリンの伝記映画の『THE ROZE(ローズ)』を歌ったね。

谷村さんと美里さんで、すばらしいデュエット(二重唱)だったよね!」

 

信也は、南野美菜に、笑顔でそう言うと、スマートなグラスに入った山崎ハイボールを飲む。

 

「ジャニスって、歌手を目指す人なら、絶対に彼女の歌を聴いたほうがいいと思うんです。

『ジャニス・ジョップリンからの手紙』というジャニスの妹さんが書いた本の中には、

<ジャニスが見つけた真実は音楽にあった>とか、

<彼女は、歌っているときにこそ、ほんとうの自分があるということをみつけた>とか、

<そして、うまくその状態に持って行けたときには、彼女の歌を聴(き)いている人々に、

たくさんの愛を与えた>とか書かれているんです。

あと、<ファンとの接触によって、ジャニスは、愛とは、

ほかの人から何かを得ることではことを知った>とか、

<楽しくて幸せな気持ちとは、与えること、愛を与えることから生まれえるのだった。

ジャニスは、それを実践しようとした>とか書かれているんです。

その本とか、ジャニスの本は、わたしのバイブルなんですよ。しん(信)ちゃん!うっふふ」

 

「あっはは。美菜(みな)ちゃんも、よく、本の中の言葉を覚えているよね。

いまの言葉は、ジャニスの、本心なんだと思うよ。

ジャニス・ジョップリンの伝記映画の主題歌の『THE ROZE(ローズ)』の歌詞も、

いま美菜ちゃんが教えてくれた、ジャニスの心情のような歌詞だもんね。

I say love it is a flower.

And you it's only seed.

わたしは、愛とは花だと思う。そして、あなたは、その愛の花の種ですよ。ってね。

愛って、人から人に伝えて、育てるしか方法はないのかもしれないよね。

そして、そんな愛を育てるためには、音楽とかの芸術って、人間には大切なんだろうね」

 

「そうよね。しんちゃん。愛は花のようなものかもしれないわ。大切にしないと、育たないし、

すぐに枯(か)れちゃうものだもんね。わたしもジャニスは、好きだわ」

 

 清原美樹が、テーブルの向かいの席の、信也と美菜にそう言て、話しかけた。

 

「愛と言えば、信也さん、ニーチェは、どんなことを言っているんでしょうかね」

 

 美樹の隣の松下陽斗(はると)がそう言って、カクテルのカシスオレンジを飲む。

 

「ニーチェは、自分と同じように他人を愛せよという、美しい物語のような、

キリスト教などが説(と)く『隣人愛』が、人間の生を否定してきたと考えたようですよね。

人間は、自己の強力な欲望を捨ててまでして、他者を愛することはできないと考えたらしいのです。

つまり、簡単にいえば、自分を愛せない人間に他者を愛することはできないってことを、

ニーチェは言っているんですよね。

また、言い換えれば、自分自身の価値を信じたり、誇り高く生きていられるからこそ、そのように生きようとする他者の価値を信じられるし、相手の価値も認めることもできるってことですよね。

愛するとは、自分とまったく正反対に生きる者を、その状態のままに、喜ぶことだ、とか、

自分とは逆の感性を持っている人をも、その感性のまま喜ぶことだとも言っているんです。

あと、ニーチェは、こんなことも言ってます。<人を愛することを忘れる。そうすると、次には、

自分の中にも愛する価値があることを忘れてしまい、自分すら、愛さなくなる。

こうして、人間であることを終えてしまう>ってね。

愛って、心の中に咲く、花のようなもので、大切にしないと、

すぐに枯れて、無くなっちゃうようなものかもしれないですよね。あっはは」

 

 信也は、そう言って笑うと、隣の席の大沢詩織と、目を合わせた。

 

「人間って、なぜだかよくわからないけど、自分ひとりでは、愛という花を育てられないのだろうし、

だから、友だちや、誰かから、愛という花を、受け取ったり、教えてもらう必要があるんだろうね。

いつ、誰から、愛の花という花束を受け取るのかって、人それぞれなんでしょうけどね。

そうそう、おれって、ジャニス・ジョップリンのアルバムや、

あの『THE ROZE』の映画音楽の総指揮をとった音楽プロデューサーの、

ポール・ロスチャイルドっていう紳士を尊敬しているんですよ。

1995年に他界したんですけどね。彼かも、愛の花束を受け取ったという気がしているんですよ。

あっはは」

 

「あっ、知ってます。そのポールさんのことは、

『ジャニス・ジョップリンからの手紙』にも書かれています。ポールさんは、

楽しいことが大好きな、ユーモアのある人で、プロデューサー仕事は、

ミュージシャンたちが、ベスト(最善)を発揮できるように、

快適な環境をつくることにあると信じていた、誠実な紳士で、

ジャニスも、ポールさんを頼りにして、たくさん教えてもらうこともあったそうですよね」

 

 南野美菜がそう言った。美菜は170センチ、すらりとした美しい女性だ。

 

「しんちゃん、まさか、そのポールさんにお会いしたことがあるとか?」

 

 美菜の隣の、美菜の彼氏の岡昇(おかのぼる)がそう言いながら、

身を乗り出して、信也の顔を見た。岡は173センチ、美菜とは、お似合いのカップルである。

 

「まさかでしょう?おれが5歳の時に、ポールさんは天国へ旅立たれているのですから。

ただ、いろいろ調べていて、ポールさんは、学歴は高卒くらいなのに、

独学で音楽を勉強して、1970年のジャニスの代表作のアルバム『パール』や、

ひとつの時代を築いたドアーズやニールヤングとかのプロデュースもしたりしていて、

音楽的なセンスも抜群だった人だし、いろんな意味で尊敬しているんですよ。あっはは」

 

 そう言って笑うと、信也は、「まあ、まあ、きょうは楽しくやりましょう!」と言って、

テーブルのみんなと、元気に明るく、乾杯をした。

 

≪つづく≫ --- 97章 おわり ---

 



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98章 新人マンガ家の青木心菜(ここな)

98章 新人マンガ家の青木心菜(ここな)

 

 11月26日の土曜日の正午。最高気温は16度ほど。曇り空。

 

 昼の12時。JR渋谷駅、こんもりした緑が生い茂る、忠犬ハチ公の像の広場に、

川口信也たち5人が集まっている。

 

 信也の彼女の大沢詩織と、信也の飲み友達で、エタナールの副社長の新井竜太郎、

竜太郎の今(いま)の彼女の野中奈緒美、そして、青木心菜(ここな)の5人。

 

 1992年3月1日生まれ、23歳の心菜(ここな)は、慈善事業・ユニオン・ロックで、

マンガやイラストを学んで、インターネットで公開している作品が人気上昇中の、

新人女性マンガだった。

 

 慈善事業・ユニオン・ロックは、1014年9月ころに、外食産業最大手、エターナルと、

同じく外食産業のモリカワが、共同出資で立ち上げた慈善事業であった。

 

 ユニオン・ロックでは、音楽でもマンガでも、芸術的なこと全般において、

関心の高い子どもたちや、夢を追う若者たちを対象にして、

主に、インターネットを活用しながら、全国的な規模で、

音楽や芸能やアートやマンガなどを自由に学べる『場』の提供や、

その経済的な援助から、その道のプロの育成までと、長期的展望の幅広い事業を展開している。

 

 青木心菜(ここな)は、そんなユニオン・ロックで、大切にされている新人マンガ家だった。 

 

 集まった5人は、人で込(こ)み合うハチ公広場から、

歩いて3分の、みんなでよく利用する、個室居酒屋『けむり』に向かった。

 

 『けむり』は、12時の開店と同時にほぼ満席。

5人は、和室風でモダンな落ちつける個室に入った。

 

「わたし、マンガ描(か)くのが、忙(いそが)しくって、最近、腱鞘炎(けんしょうえん)なんですよ!

痛みとかは全然ないんですけど、2週間前には指が思うように動かなくって、あせっちゃいました!

ぅっふふ」

 

「えっ、それって、大変なことじゃないですか!?腱鞘炎って、指先が、しびれたりするんですよね。

それで、ペンを持って、マンガが描けなくなったら、大ピンチですよね!

大丈夫なんですか、心菜(ここな)ちゃん!」

 

 マンガ家の青木心菜(ここな)の腱鞘炎の話に、信也は、びっくりして、そう言った。

 

「わたしも、腱鞘炎って、なったことないわ。早く治るといいね!心菜(ここな)ちゃん!」

 

 竜太郎の彼女の野中奈緒美が、心配そうな表情をして、そう言った。

 

「腱鞘炎って、パソコンのキーボード打っていてもなるっていいますよね。

病気や故障って、突然になるから、怖いわよね。

わたしたちもだけど、心菜ちゃんも、体(からだ)を第一に大切にしてね!」

 

「心配してくれて、ありがとうございます。みなさん!

いまも、若干(じゃっかん)、しびれとかあるんですけど。軽症ですんだみたいなんです。

まるで、長く正座したときの、足のしびれとかに似ているんです、このしびれは。

でも、だんだん良くなってますから、安心しています。

マンガ描きながらも、合間に、ストレッチしたり、休憩入れたりしてます。

ペンを強めに握らないようにしたら、繊細なペンタッチになって、

そんなマンガが、けっこう好評なんで、嬉(うれ)しかったりしているんです。ぅっふふ」

 

「あっはは。それは良かった。心菜(ここな)ちゃんのマンガは、芸術的な繊細さが評判ですからね。

それにしても、おれも、心菜ちゃんから、腱鞘炎の話を聞いたときは、びっくりしましたよ。

マンガって、手間(てま)がかかる重労働なんですよね。描きかたにもよるんでしょうけど。

だから、それで、おれは、心菜ちゃんに、アシスタント(助手)をつけてあげるよって、

言っているんですけどね。でも、心菜ちゃん、今はまだ、ひとりでがんばりますって、

言っているんですよ」

 

 グラスのプレミアムモルツを飲みながら、竜太郎は信也にそう言った。

 

「そうなんだ。まあ、心菜ちゃん、まずは健康が第一なんだから、無理は絶対しないようにしてね。

おれたちだって、酒が好きな、おれと、竜ちゃんだけど、必ず、休肝日っていって、

体(からだ)をいたわる酒を飲まない日を、1週間に、3日は作っているんだから。

ねえ、竜ちゃん!」

 

「あっはは。そうだよね。これは、男同士の約束だもんな。

おれたちって、いつも、ご気楽に酒飲んでるように見られるけど、

気持ちは、なんて言ったらいいのか、あの幕末の志士なんですよ。

あっはは、なあ、しんちゃん」

 

「あっはは。まあ、竜ちゃん、乾杯しましょう!みんなも、乾杯しましょう!あっはは」

 

 そう言いながら、信也は、竜太郎や信也の隣にいる大沢詩織や、

竜太郎の隣の野中奈緒美や、青木心菜(ここな)と、次々に、乾杯をする。

 

「ほんとに、しんちゃんと、竜さんって、仲がいいんですもん。ぅっふふ

でも、幕末の志士なんていう言葉が出ると、そんな感じがしないでもないわ!

しんちゃんが、坂本竜馬って感じもするし、

竜さんは、高杉晋作っていう感じもしてくるわ!ぅっふふ」

 

 大沢詩織は、そう言いながら、信也と竜太郎に愛らしく微笑(ほほえ)む。

 

「詩織ちゃん、ありがとう!おれが高杉晋作かあ!いいなあ!あっはは。

おれも、しんちゃんも、志は、幕末の志士に負けないような感じで、

世の中を良くしていきたいって気持ちで、仕事とか芸術とかやっているんですよ、

実は。酔っているから、こんな恥ずかしくなるような理想を言えるんですけどね!

おれが、ユニオン・ロックを去年立ち上げたのは、

前々から思っていたんですけど、インターネットとかデジタル化の普及は、

生活を便利にしたり、世界の誰とでも交信を可能にしたりと、グローバル化を加速させたけど、

人の心は、それに反して、寂(さび)しいというか、感受性とか衰退している気がしているんですよ。

そこで、芸術的なことを、世の中に広めて、人の心に、豊かにしたりして、

みんなが元気で明るく暮らせる世の中にできたらいいなあと思ったんですよ。あっはは」

 

「竜さん、その考え方には、おれは、やっぱり共感しますよ。

本来、人間は、みんな、誰もが、芸術家や詩人であるべきなんですよ。

たぶん、大昔は、人は、そんなふうに、感性が豊かで、心もおおらかだったんですよ。

世の中って、実は、美しいものや詩的なもので、あふれているわけですよ。

それが、現代人は、お金や、物欲ばかりに、夢中で、心を貧しくしているんです。きっと。

お金や、物の、魅力や誘惑も、確かにありますから、わかるんですけどね。あっはは」

 

 信也が、そう言って、子供のように笑った。

 

 5人は、和気あいあいと、好(この)みの飲み物と、炭火で焼き上げた焼き鳥や、

新鮮な魚や貝の料理を味わった。

 

≪つづく≫ --- 98章 おわり ---

 



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100章 ボブ・ディラン と オクタビオ・パス

100章 ボブ・ディラン と オクタビオ・パス

 

 年の暮(く)れも迫(せま)る、12月19日の土曜日。

気温は16度ほどで、青空が広がっている。

 

 ユニオン・ロックが主催する、下北(しもきた)芸術学校の、

第2回の年忘れ・下北芸術学校・音楽祭りが、ライブ・レストラン・ビートで、

午後2時から開かれるところである。

 

 ライブ・レストラン・ビートは、下北沢駅、南口から、歩いて3分。

モリカワの経営するライブハウスである。

 

 1階フロア、2階フロア、その280席は、マスコミの人たちや、音楽や芸術好きの人たちで、

すでに満席で、これから始まる楽しいひと時への期待に、フロアは熱気に包まれている。

 

 ユニオン・ロックとは、外食産業のモリカワと、外食産業最大手のエターナルが、

共同出資で、1014年9月に始めたばかりの慈善事業である。

 

 そのユニオン・ロックのHPにあるインターネット上の学校が、

下北(しもきた)芸術学校であった。始めたころは、下北音楽学校という名称だった。

 

 子どもから若者や大人までを対象として、

音楽に限らずに、マンガなど芸術的なジャンルならば、

幅広く、学べる環境(かんきょう)の提供や支援できるシステムにしていこうと、

学校の運営の基本的な考えを広げたために、下北芸術学校に変更したのである。

 

「みなさま。よーこそ、お越しくださいました!わたくし、佐野幸夫と申します。

ライブ・レストラン・ビートの店長をさせていただいております。

みなさまと、こうして、楽しいひと時を過ごせることは、本当に、うれしいことです。

精(せい)いっぱい、がんばって、司会を務めさせていただきます。

まあ、みなさまとご一緒に、飲んだり食べたり、歌ったりもさせていただきたいのですが。

そうそう、クリスマスも近いので、クリスマスソングもたくさんやりますからね。

ささやかですけど、抽選による、クリスマスプレゼントも、ご用意してあります!

わたくしも、このように、抽選券を、ゲットしてまーす!あっははは。

ではでは、とにかく、みなさま、すばらしい楽曲の数々と、おいしい食事やお飲物、

そして、ご歓談などで、楽しい、ひと時にしてまいりましょう!よろしくお願いしまーす!」

 

 そう言って、お辞儀をする、身長179センチの佐野幸夫、

1982年生まれ、9月16日生まれ、33歳。その笑いを誘うキャラクターで人気もある。

大きな拍手や、「佐野ちゃーん!すてきぃー!」とか言う女性の歓声や、笑い声が沸(わ)いた。

 

「いやー、どーも、どなたか、女性から、ステキだなんて、

お褒(ほ)めの言葉をいただいちゃいまして、身に余(あま)る光栄です。あっはは。

さて、それでは、第2回の年忘れ・下北芸術学校・音楽祭り!

オープニングは、『3070人に聞いた、いま好きな曲ベスト5、』の発表と、

そのライヴから、行っちゃいますよ!そして、プログラムの後半は、

『クラッシュビートの好きな曲ベスト5、グレイスガールズの好きな曲ベスト5』

の発表とライヴがあります!

では、『3070人に聞いた、いま好きな曲ベスト5、』の発表です。

いきなり、1位から発表しちゃいますからね!あっはは。

では、1位は、バック・ナンバー(back numbr)の『高嶺(たかね)の花子さん』でした。

この歌は、2013年のリリースでして、手の届かない女の子に片思いして、

妄想をふくらます男子というシチュエーション(状況)の、バック・ナンバーの代表曲です!

カヴァーして演奏してくれるのは、クラッシュビートのみなさんです。

ではクラッシュビートのみなさん、どうぞ!」

 

「みなさん、こんにちは。森川純です。1位は、3ピース、バンドの、

バック・ナンバー(back numbr)でしたね。おれたちは、5ピースになるわけですけど。あっはは。

えーと、バック・ナンバーは、心に響く、8ビートやメロディや詞で、

おれたち、メンバーのみんなも大好きです。『高嶺の花子さん』は、

「会いたいんだ、いますぐ、そのかどから、飛び出してくれないか?!」なんて、

誰にでもありそうな思いを歌っていて、男子も女子も共感しちゃいますよね。あははは。

まあ、そんな簡潔明瞭(かんけつめいりょう)な歌作りは、

歌の原点でもあるような気がして、大変に勉強になってます。あっはは。

それでは、『高嶺の花子さん』をやります。お聴きください!」

 

 そう言って、ドラムで、リーダーの森川純が、メンバーと目を合わせると、

落合裕子のキーボードと、岡林明のギターによる、

静かでメロディアスなイントロが、フロアに流れて、クラッシュ・ビートの演奏が始まる。

 

 メイン・ヴォ-カルは川口信也である。

 

 川口信也、ヴォ-カル、ギター、1990年2月23日生まれ、25歳。

森川純、ドラム、リーダー、1989年4月3日生まれ、26歳。

高田翔太、ベースギター、1989年12月6日生まれ、26歳。

岡林明、リード・ギター、1989年4月4日生まれ、26歳。

落合裕子、キーボード、1993年3月7日生まれ、22歳。

 

 この下北芸術学校から巣立った、新人マンガ家の、青木心菜(あおきここな)が、

1階フロアのステージから見て左側にあるカウンターの席で、

くつろぎながら、川口信也の歌声に聞き入っている。

 

「やっぱり、しんちゃんは、上手だわ。『高嶺の花子さん』もすてき・・・」

 

 そう思いながら、1か月かかって、やっと完治した

腱鞘炎(けんしょうえん)だった右手の指先をさする。

 

 「マンガ界の新星!マンガ界のルノワール」などと、

雑誌や新聞のマスコミでも騒(さわ)がれ始めているは、

実際に、小学生のころから、ルノワールの描く、可憐な女優の肖像画、

永遠の微笑みを浮かべる『ジャンヌ・サマリー』とかに、魅了され続けているのであった。

 

 そんなルノワールの描くような、詩情あふれる、暮らしくなるような世界や、

会いたくなるような人物を描くことが、漫画家、青木心菜の願いだった。

西洋絵画の巨匠ルノワールの描く世界観は、青木心菜の憧れのお手本であった。

青木心菜(ここな)、1992年3月1日生まれ、23歳。

 

 半年も前のこと、下北芸術学校の関係で、心菜は、川口信也と出会う。

わずか数十分間の二人の会話であったが、心菜は、信也との初対面に、

不思議な特別なものを感じる。そして、恋に落ちている自分に気づくのであった。

クラッシュビートのことも知らなかった心菜は、信也の作る歌のことなどを知れば知るほど、

胸はときめいて、幸福な気分にもなったりするのであった。

信也への、キュンする想いが、本気モードであると認めるより他(ほか)はないのであった。

 

・・・信也さんって、まるで、ルノワールの絵の世界に出てくるような感じの、

わたしが子どものころから、理想としている、憧れの男の人みたいなんだから・・・

 

「信也さんは、『高嶺の花子さん』を歌っても、やっぱりカッコいいわね!心菜ちゃん」

 

 カウンターで、心菜(ここな)の隣にいる水沢由紀が、そう言って微笑(ほほえ)む。

水沢由紀は、心菜の高校の同級生で親友だった。

現在、由紀は、心菜のマンガ制作のアシスタントをしている。

 

「うん、信也さんは、いつもカッコいい。信也さんの作るメロディや詩もすてきだし。

わたしの師匠は、ルノワールと信也さんかな!うふふ」

 

 心菜は、そう言って、ちょっと潤(うる)んだような澄(す)んだ瞳で、由紀に微笑む。

 

 由紀は、そんな心菜の恋心を察(さっ)して、

カウンターの上の、細い心菜の手を、優しく握りしめる。

 

 プログラムの後半では、『クラッシュビートの好きな曲ベスト5』の発表とライヴがあった。

 

 そのベスト5には、セカンド・アルバム『TRUE LOVE』の収録曲で、

心菜が、特にお気に入りの、軽快に疾走するような、8ビートのロックンロール、

『ボブ・ディラン と オクタビオ・パス』が入っていた。

その心地よさにあふれる演奏や信也の歌声に、心菜も由紀も、胸を熱くした。会場も盛り上がった。

 

ーーーーーー

ボブ・ディラン と オクタビオ・パス    作詞・作曲  川口信也

 

本も読んでも 考え込んでも 答えの出ない人生の問題もある

その答えがわからないことには 生きていることも実感できない 問題

こんなとき ボブ・ディランの 『風に吹かれて』の 歌詞は 心にしみる

この歌を ジョーン・バエズは 「社会的良心を 象徴する歌」 と言う

 

ディラン自身 この歌について こんな イカした コメントしている

「答えは 紙切れみたいに 風の中で 吹かれているってことさ

答えは 地上に降りてきても 誰にも見られず 理解されず

また 飛んでいっちまう 誰も拾って読もうとしないから・・・」

 

なんて カッコいい 歌をうたってるんだ!ボブ・ディラン!

ノーベル文学賞 最有力候補も 当然の ボブ・ディラン!

ボブ・ディランの あの声は 「どーもね」 という人も いるけれど

彼の人生には 人を勇気づける 達成や 創造があると思うよ

 

それにしても 若いころの あなたときたら なんてカッコいいんだ

正真正銘 ロックンロール 世界最強の ロックンローラー

「金は 決して 何かを作る 動機に いならない」 と語る ディラン!

「そこから 抜け出すには 何かを 夢見るしかない」 と言ってる ディラン!

 

「ある朝 起きると ぼくは すぐ 旅立った 吹雪(ふびき)の中

ぼくは 世界の 慈悲(じひ)を 信じて ハイウェイに 立ち 東に向かった

持っていたもの と言えば ギターと スーツケース だけ

それだけだ・・・」 と カッコいい 若いころを 語る ボブ・ディラン!

 

いつも 本当の 吟遊詩人のような 生き方だね!ボブ・ディラン!

いつも 子供の 遊びのように ものを作っているね!ボブ・ディラン!

いつまでも 若々しい 自然を愛する 自然を信じる ボブ・ディラン!

自然に反する戦争を 悪と言ってる 人生の挑戦者のボブ・ディラン!

「詩を書かなくたって 本物の詩人はいる」 そう語る ボブ・ディラン!

 

 

どうしたら こんな混沌の 混迷の 世の中は 良くなっていくんだろう?

その答えの1つは 子どものころのような 気持に戻るしかなような気もする

その理由(わけ)は 子どものころには 美しいものを 美しいと 感じる

素直(すなお)な 澄(す)んだ 心や感性が あったと ぼくは思うから 

 

ノーベル文学賞受賞の メキシコの詩人 オクタビオ・パスも語っているよ!

「真実の 恋におちいり 瞬間が永遠に感じた あの日

人は 人を愛したり 恋におちることによって 一切の対立は 消滅し

自分の中の他者や 他者の中の自分を 取り戻(もど)すことができる」 って

 

「そんな 他者との体験 それこそが 日々の《生》  本当の《生》 なのである

他者や 自然との 繋(つな)がりに 本当の詩や《生》 がある

詩は 優れて 人間的な 能力である 想像力から 生まれてきた

人間が 詩を忘れるということは 自分を忘れるということに ほかならない」 って

 

「人生から ポエジー(詩情、詩的な味わい)を引き出すより

人生を ポエジーに 変えるほうが よいのではないだろうか?

詩なしでも ポエジーは存在する 風景 人物 事実などは

しばしば 詩的であり それらは 詩であることなく ポエジーでありうる」 って

 

美しいものを 美しいものと感じる その心や感性は

ものや他者を 思ったり 感じたりする 《ときめき》 となって

脳内の 神経細胞も働いて クオリア(質感)が生じて

ぼくらの意識となって 想像力となって 育ってゆくんだろうね

 

「詩とは 愛のようなものです」 と語っている オクタビオ・パス!

詩なしでも 風景や人物に ポエジー(詩情、詩的な味わい)はあると言う オクタビオ・パス!

《詩的想像力》 を 滅びない 永続する《芽》 と言って 詩を擁護する オクタビオ・パス!

「詩は 存在の 原始の水への 没入である」と語る オクタビオ・パス!

ぼくも 人生が 辛(つら)いものだとしても いつも 詩的であることを願うよ! オクタビオ・パス!

 

≪つづく≫ ーーー 100章 おわり ーーー

 



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101章 正月の信也と心菜と由紀の楽しいひととき

101章 正月の信也と心菜と由紀の楽しいひととき

 

 2016年、1月3日、日曜日。午後の2時ころ。

気温は16度、風は西南西と穏やかである。

 

 青木心菜(ここな)と水沢由紀は、京王井の頭線の電車から、下北沢駅のホームに降りた。

乗客たちには、ほのぼのとした、のんびりムードの正月の雰囲気も漂(ただよ)う。

 

 青木心菜はダッフルコートと白いニット。水沢由紀も暖かいフェミニンなアウター。

ふたりとも、キュートな少女風コーデで、元気でかわいらしい学生のようだ。

 

 心菜の家は、京王沿線の下高井道駅の近くにある。

由紀の家は、下高井道駅の隣の桜上水駅の近くにある。

二人が通った小学校、中学校、そして都立高校は、その両駅の中間にあった。

 

 二か月ほど前のこと、由紀は、腱鞘炎(けんしょうえん)で困っていた心菜の、

マンガの制作を手伝っていた。そして、心菜の腱鞘炎が治った現在も、

マンガ制作のアシスタントを続けている。

 

 ふたりは小学生のころからマンガが大好きな、無二の親友であった。

心菜は、1992年3月1日生まれ、身長165センチ、23歳。

由紀は、1991年11月8日生まれ、身長166センチ、24歳。

                                         下北沢駅南口の改札口を出ると、心菜は、川口信也に電話をする。

 

「あ、しんちゃんですか。いま下北の駅に着きました。

今から、ブリキボタンに行(ゆ)きます。それじゃあ、すぐ行(ゆ)きますから!」

 

 心菜は、信也と、カフェ・ダイニングバーのブリキボタンで待ち合わせをしている。

 

ブリキボタンは、下北沢駅南口から歩いて2分、セントラルビルの2階にある。

 

 演劇の街でもある下北沢らしいアンティーク(古美術品的)な空間の、

全25席は、ソファというカフェである。

 

 川口信也は、フランスの洋裁職人のアトリエ(工房)をイメージさせる個室にいる。

信也は、BLACK(黒)のチェスターコートをソファの脇(わき)において、チェックのシャツと

デニムパンツの服装だった。

信也は、1990年2月23日生まれ、身長175センチ、25歳。

 

「信也さん、あらためて、あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」

 

 心菜は、テーブルの向かいの信也に、恥(は)ずかそうに頬(ほほ)を紅(あか)らめながらも、

満面の笑(え)みでそう言うと、深々と会釈(えしゃく)をする。

 

「信也さん、あけましておめでとうございます!わたしも、よろしくお願いします!」

 

 由紀も、女性らしい魅力的な微笑(ほほえ)みで、軽く会釈をすると、信也にそう言った。

 

「心菜ちゃん、由紀ちゃん、あけましておめでとう!二人の美女と、お正月とは、

おれもツイているなあ。あっははは。でも、その信也さんはやめてくださいよ。

しんちゃんで言いってば、おれを呼ぶときは。あっはは」

 

「あっ、そうでしたわよね。つい、緊張しちゃって、しんちゃんなんて、

呼べねくなっちゃって。ごめんなさい!しんちゃん!」

 

 心菜は、ちょっと困った顔をして、微笑んだ。

 

「はい。心菜ちゃん、これが、いままでに、おれの親が記録しておいた、

大村智(さとし)先生の、テレビで放映した全部の動画が入っているDVDです」

 

 信也は、そう言いながら、心菜の前に、ケースに収まっ2枚のDVDを差し出す。

 

「あ、うれしい。しんちゃん、本当に、ありがとうございます!」

 

 この正月に、信也と心菜と由紀が、会うことになったのは、

去年の12月19日の、『下北芸術学校・音楽祭り』で、この三人で歓談していたら、

大村智の話で盛り上がったことが、きっかけであった。

 

 2015年の12月10日に、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智は、

山梨県韮崎市(にらさきし)の出身であり、同じ韮崎市の生まれの川口信也や両親も、

大村智のその研究や仕事の成果や人柄などに、深い感動を覚えている。

 

大村智が発見した、微生物から作られた特効薬イベルメクチンは、

1988年からアフリカで配布が始まり、

寄生虫による、盲目になるなどの感染症から、現在も年間3億人を救っている。

 

 また、そのイベルメクチンは、犬の死亡の原因であるフィラリア症から、

犬たちを救い続けている。

 

 フィラリア症は、蚊の吸血を媒介として、体内に入り込む寄生虫のフィラリアによって、

引き起こされる症状で、寄生虫が心臓に住み着く病気である。

現在では、犬の寿命が10年延(の)びたといわれていて、愛犬家たちも感謝の声を上げている。

 

 若くて、かわいい年頃ごろの青木心菜も、家の中でポメラニアンを飼う愛犬家で、

「大村智先生に感謝してますし、先生のお仕事やお人柄には深く感動もしてるんです!

大村先生のことをもっと知りたいんです!

大村先生は、美術に造詣が深くって、絵がとてもお好きで、

美術館もご自宅の近くに建ていますよね。

いつか、韮崎に行って、その美術館で、大村先生の好きだという、

コレクションの絵も鑑賞してみたいです!しんちゃん」と言うのであった。

 

 そのとき、信也は、「大村先生は、科学も芸術も、創造的な仕事をするためには、

人のマネから入って、それを超えていくことが大事とか言ってますよね。

おれも、同感しますね。まさか、韮崎から、世界に誇れる、偉大な人が現れるなんて、

おれも、すごっく、うれしいですよ。あっははは。

でも、いまや人気漫画家で売れっ子の心菜ちゃんも、

大村先生の大ファンとはね。このことも、おれは、すごっく、うれしいですよ。あっはは。

えーと、それじゃあ、おれのおやじ(父親)が、

大村先生のテレビの放送を、録画して、それを送ってくるから、

そのダビングしたDVDを、心菜ちゃんにプレゼントしてあげますよ」という約束をする。

 

「え、本当ですか。うれしいです。ありがとうございます。しんちゃん。

あの・・・、こういうときに、遠慮のない、わたしって、破廉恥(はれんち)なんですけど、

いつごろになるでしょうか?そのDVDを、プレゼントしていただけるのは?」

 

 そのとき、普段と違って、神妙な、しかし、かわいい顔をして、心菜がそう言うので、

「そうだね。今年はもう無理だろうから、お正月!お正月に、どこかでお会いしましょう!

そのときに、大村先生のDVDも、プレゼントさせていただきますよ!あっはは」

と、信也は、笑いながら、そんな約束をしてだった。

 

 信也と心菜と由紀は、正月だからと、ビールやワインを、飲み物に選んだ。楽しく会話も弾んだ。

 

「前から、お聞きしたいと思っていたのですけど・・・、

心菜ちゃんって、笑うと、頬(ほほ)に、エクボがでるんですかね?おれ、女の子のエクボって、

始めてなんです。エクボって、心菜ちゃんが、ほら、そうやって笑うときに、

頬にできる、その小さなくぼみのことですよね。

おれって、エクボ見るの初めてなんですよ。なんか、

エクボって、よくわからなかったから、感動しちゃうなぁ。あっははは」

 

 スウィートチリソースがトッピングの、カマンベールチーズフライをつまみながら、

信也は、ビールを片手に、そう言って、上機嫌になって、笑った。

 

「やだあ。しんちゃんってば。この右のほっぺたのでしょう?

実は、これこそが、エクボなんですよぉ。

わたし、エクボがでるのって、知られるのが、恥ずかしいんです!」

 

「でも、心菜ちゃんの、エクボ、かわいいんだもの。わたし、うらやましいわ!

わたしも、ひとつ、欲(ほ)しくなちゃう!」

 

 由紀がそう言って、隣にいる心菜の肩にかかりそうな黒髪を、指先で、優しくなでる。

 

 三人は、楽しく笑った。正月の楽しいひと時が、楽しい会話で過ぎていった。

 

≪つづく≫ --- 101章 おわり ---

 



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102章  信也と竜太郎たち、詩や芸術を語り合う

102章  信也と竜太郎たち、詩や芸術を語り合う

 

1月16日の土曜日、午後3時。空は青く晴れ渡っているが、気温は12度ほどと寒い。

 

 渋谷駅のハチ公口を出て左の、忠犬ハチ公像の広場で、川口信也と森川純、

新井竜太郎と、竜太郎の弟の新井幸平の4人が待ち合わせた。

 

 信也たち4人は、道元坂(どうげんざか)下交差点からすぐ近くのビル2階の、

焼き鳥屋《福の鳥》に入った。

 

「男だけで、一杯やるのも、たまにはいいもんですよね。

じゅん(純)ちゃん、しん(信)ちゃん、こう(幸)ちゃん、あっはは」

 

 店内の奥にある個室に入って、テーブルを前に、くつろぐと、竜太郎はそう言って笑った。

 

 《福の鳥》は、竜太郎が副社長をしているエタナールが、全国展開をしている、

芸能人や著名人にも評判の、焼き上げる炭は備長炭(びん ちょうずみ)の、焼き鳥屋である。

 

 席数は41席ある。 完全禁煙で、長い厨房を囲むカウンターと、個室の、

おしゃれで落ち着いた空間であった。

 

「まあ、うちのエタナールと、じゅんちゃん、しんちゃんたちのモリカワとが、

ともすれば、敵対関係になるような、同業の外食産業であるのに、

現在のように大変な友好的な関係にあることを、まあ、お祝いして、乾杯といきましょう!

じゃあ、これからの、みなさまのご発展、ご健康を願いまして、かんぱーい!」

 

 そう言って、竜太郎は、乾杯の音頭をとって、みんなと生ビールのグラスを合わせた。

 

「うちのおやじと、竜さんのおやじさんとが、あんなに意気投合しているのが、

おれには不思議いなくらいなんですよ。あっはは」

 

 森川純が、そう言って、ジューシーな焼き鳥のねぎまを頬張(ほおば)る。

 

「うちのおやじも、あんな強面(こわもて)に見えるんですけど、けっこうと繊細で、

芸術的なものが大好きなんですよ。じゅんちゃん、あっはは。

又吉直樹さんの芥川賞受賞なんかも、自分の息子のことのように喜んでいたんですから。

あっはは。まあ、うちのおやじには、『企業は、物を作って売るばかりじゃだめだ。

文化を創造するくらいでなければ、企業は時代の流れを生き残れない』

っていう考え方があるんですよ。おれも、十代のころは、それを聞いて、

そんなもんかなぁ!?くらいにいしか思ってなかったんだけど。

最近は、なるほどって、そんな哲学に感心もしているんですよ。

なあ、こう(幸)ちゃん、あっはは」

 

 竜太郎は、そう言うと、話を弟の幸平にふった。

 

「そうですよね。うちのおやじは、文化を創造っていえば、

話が大き過ぎいるかもしれないですけど、『人なら、この世に生まれた以上、

自分の物語を作っていくべきだ』とか言うんですよね。

『企業も人の集合体なわけですから、歴史に残るような、世のため人のためになるような、

大きな物語を作っていことが、理想的な企業の姿だ』と言うんですよ」

 

「なるほど。それで、まあ、うちのおやじとも気持ちとがぴったり合って、

エタナールさんとモリカワで共同出資という形で、

若い芸術家たちを支援したり、社会に送り出すための、

慈善事業のユニオン・ロックの活動が開始されたわけですよね。

そして、その社会的な反響といいますか、注目や相乗効果は素晴らしいもので、

エタナールさんとモリカワも、同業者が羨(うらや)む商売繁盛なんですよね。

でも、ユニオン・ロックを立ち上げたのは、

ほとんど、竜さんのおひとりの企画であったのですよね。

それがまた、すばらしいと、おれなんか、感心しているんです。

竜さんは、ユニオン・ロックによる、

このような宣伝効果とかは、最初から考えていたんですか?」

 

「あっはは。おれって、もう33歳になるけれど、20代のころは、

エタナールを大きくして、世界的な大企業にすることしか考えていなかった野心家の、

愚(おろ)かな人間だったんですよ。もっと正確に言えば、ちょうど、2年前になりますけど、

じゅんちゃん、しんちゃんたちのモリカワを買収しようと計画したころまでは、

おれは、愚か者だったんですよ。なあ、こうちゃん。あっはは。

そこで、モリカワの社長さんや、しんちゃんやじゅんちゃんたちの、

心の通った経営思想や生き方に、感動して、目覚めたんですよ。

人間って、知らず知らずのうちに、欲に目が眩(くら)んで、

正常な判断力を失ったり、生き方を間違えるもんなんですよね。あっははは」

 

「竜さんは、若いときから、スティーブ・ジョブズのことが、お好きで、

憧れているわけじゃないですか。ですから、ジョブズも、アップルとかで実現したかったことは、

芸術的なセンスのいい平和な世の中をつくっていこうってことなんですから、

竜さんの生き方には多少の軌道修正はあったとしても、そんなに間違ってなかったんですよ。

ね、竜さん、あっはは」

 

 そう言って、信也は、信頼の眼差(まなざ)しで、竜太郎を見る。

 

「あっはは。そう言って、援護射撃をしてくれますか、しんちゃん。ありがとう。

まあ、おれも、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの意志を継いでいきたいですよ。

インターネットやデジタルを、彼らは開発していたんですからね。

世界中に、良質な芸術を広めていって、心の優(やさ)しい人を、

世の中に、ひとりでも多く増(ふ)やしていくしかないように痛感しているんですよ、おれも」

 

「そのとおりですよね、竜さん、一緒に、これからも、がんばりいましょう!

おれも、みんなが、とりあえず、世の中の人たちが、

みんな、芸術家か詩人になっちゃえばいいんだと思っていいるんです。

なにも、大芸術家じゃなくても、大詩人になんなくっていいんですよ。あっはは。

美しいことを美しいと感じることができれば、それで、立派に、芸術家だし詩人なんだと思います。

社会に認められるとか、プロになるとかは、また次元の違う、別の話ですけどね。

去年の12月のNHKのEテレなんですけどね。 『課外授業・ようこそ先輩』で、

歌人の斉藤斎藤(さいとうさいとう)さんが、とても、いいこと言っていたんですよ。

おれ、これこそが、詩人の原点だし、芸術の原点だと感じたんです。

斉藤さんは、図書館で、岩波新書の小林恭二さんの『短歌パラダイス』を読んで、

その本の中の、歌人の奥村晃作(おくむらこうさく)が作った短歌に出会って、

それに感動して、歌を作りを始めたそうなんですよ。

その短歌が、どんなのだったか、想像できますか、みなさん!?あっはは」

 

「どんなの?どんなの?」とか、

「斉藤さんって、名前も斎藤なんだぁ」とか、みんなは口々に言う。

 

「奥村晃作さんの短歌は・・・、

 

次々に

走り過ぎ行く

自動車の

運転する人

みな前を向く

 

・・・というものなんです!どうですか、おもしろいですよね!」

 

「あっはは、おもしろい短歌だね」と竜太郎は言って笑った。

みんなも、その短歌のストレートさとかに、感心しながら笑った。

 

「斉藤さん、この短歌にこんな

説明をしています。

『運転する人って、じーと、みんな前を向いているわけで、素敵じゃないですか』とか。

あと、『短歌というのは、別に誰かに何かを伝えようとするもではない」とか、

『もし、あなたが生きていて、ある瞬間に、何かを思ったとき、

何か景色を見て、何かを感じたというときに、

その感じたことは、世の中の、ほかの誰がいいと思わなくても、

あなたが感じたということは、あなたが感じたこと自体に価値がある』とか言ってました。

おれは、こんな考え方こそが、詩や芸術というものの原点なんだ思ったんです。

世の中では、詩や芸術を、難(むずか)しいことに考えすぎて、

普通の人間のものではないものにしてしまっていますからね!

子どもの心や感性でも、やっていけるのが、詩や芸術の原点ですよね、きっと」

 

「しんちゃんの言うとおりだね。難(むずか)しいもんにしまっているから、

詩や芸術を、みんな、簡単に、手軽に、楽しめなくなっているんだ、きっと。

みんなで、力を合わせて、ユニオン・ロックとかで、人間性の回復の仕事でもしてゆきましょう!」

じゃあ、みなさん、また、カンパーイ!」

 

 竜太郎がそう言って、みんなと、ビールグラスを合わせた。

みんなは、笑顔で、美味(うま)そうに、生ビールを飲んだ。

 

≪つづく≫ --- 102章 おわり ---

 



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103章 信也たち、ゲス乙女のことや、男女のことを語り合う 

103章 信也たち、ゲス乙女のことや、男女のことを語り合う

 

 1月23日の土曜日、午後4時過(す)ぎ。空は一日曇り空で、気温も7度ほどと寒い。

 

 川口信也と信也の彼女の大沢詩織、新井竜太郎と竜太郎の彼女の野中奈緒美、

その四人が、やきとりと書かれてえる大きな暖簾の、もつ焼きの店に入る。

炭火でモツを焼く煙が、大きな換気扇から、外にモウモウと放たれている。

カウンターと座敷、30席があって、店内は禁煙で、モツを焼く煙もなく、清潔感があった。

 

 店は下北沢駅(しもきたざわえき)から3分の南口商店街にあった。

信也が課長をしている外食産業の会社モリカワが全国展開している、

『モリモツ』1号店、本店である。

 

「ストレス解消には、竜さんやしんちゃんや詩織ちゃんたちと、お酒飲んで、

楽しく騒(さわ)ぐのが、一番だわ!」

 

 予約してあった座敷のテーブルにつくと、奈緒美は、可憐な笑顔で無邪気にそう言った。

 

 奈緒美は、人気も上昇中のモデル、タレント、女優で、

竜太郎が副社長をつとめるエタナールの、芸能プロダクション、クリエーションの所属だ。

 奈緒美は、1993年3月3日生まれの22歳、身長は165センチ。

 

「あっはは。奈緒美ちゃんも、いまは、お仕事が忙(いそが)しいから、

人間関係とかでも、大変なんだろうね。

人間関係って、一番のストレスのもとだからね。

まあ、今宵(こよい)は、気を使うことのない仲間だけだから、楽しくやりましょう!」

 

「竜さんも、しん(信)ちゃんも、優しくって、紳士だから、大好きですよ。

ねえ、詩織ちゃん!」

 

 奈緒美が、テーブルの向かいの詩織にそう言って微笑(ほほえ)む。

 

「うん、竜さんも、しんちゃんも、心があったかいよね。思いやりがあるから、好きだわ」

 

 信也の隣に座る詩織はそう言って微笑む。

ビール風低アルコールのホッピーのジョッキに口をつける。

詩織は、1994年6月3日生まれ、21歳、身長163センチ、

早瀬田大学・文化構想学部3年生、

ロックバンド、グレイス・ガールズの、

ギターリスト、ヴォーカリストである。

 

 突き出しの漬(つ)け物の茄子(なす)もおいしく、大皿(おおざら)の、

タレ味のシロやアブラ、塩味のカシラやハツなど、

どれも最高に美味(おいし)く、追加の注文もした。

 

「おれは、男として、詩織ちゃんや奈緒美ちゃんには、

絶対に、いつまでも、幸せでいてもらいたいんだ!ねえ、竜さん!」

 

 信也が、ホッピーで、上機嫌になって、そんなことを言った。四人とも、ホッピーを飲んでいる。

信也は、1990年2月23日生まれ、25歳、外食産業モリカワの課長、

ロックバンド、クラッシュ・ビートの、ギターリスト、ヴォーカリストである。

 

「そうだよね。愛する女性を幸せにしたいっていうのは、男としての夢の1つであるわけですよ。あっはは」

 

 竜太郎も、そう言って、陽気に笑った。竜太郎は、1982年11月5日生まれ、

33歳ながら、外食産業最大手エタナールの副社長で、最高情報責任者、CIOだ。

 

「わたしも、詩織ちゃんも、竜さんやしんちゃんに、好きな相手だからって、すぐに、

結婚を迫(せま)ったりするような野暮(やぼ)な女の子じゃないですよ。ね、詩織ちゃん」

 

「うん、そうね、奈緒美ちゃん。結婚することって、愛があればいいとか、

そんな、簡単なことではないと、わたしも姉とよく話しているのよ。

女性は、結婚に、平和な家庭の夢を見るけど。

男性は、仕事や遊びに、夢を見たりするしね。

男女では、考え方や夢が、どこか相反しているのかもしれないわよね。ねえ、しんちゃん」

 

「詩織ちゃんも、奈緒美ちゃんも、男心を理解してくれるから、

素晴らしい女性なんですよ。それにはいつも感謝しています、あっははは。

おれは、男性も女性も、夢を追いかけたり、毎日を楽しむことが、

まずは1番に大切だと思いますよ。その延長線上に、この人となら一緒に暮らしたいとかの、

結婚とかもあるんだと思いますけどね。ねえ、竜さん」

 

「うん、男女の関係って、そんな感じかな。

相反する考えや夢があるから、その相互理解から、良質な男女関係も成立するんだろうね。

そして、お互いに楽しくやっていって、その先に、結婚があるのかな。

でも、結婚って、決して、人生のゴールじゃないし、

人生の新たなスタートのようにおれは感じるけどね。

だから、かなりな決心がいるんだろうな!

まあ、結婚したら、それなりの社会的な責任も出てくるよね。

いま、ゲスの極(きわ)み乙女(おとめ)の川谷絵音(かわたにえのん)さんや、

ベッキーちゃんたちなんか、

不倫交際しているとか、マスコミや世間からいろいろ言われて、

すごい騒動で、ゲス乙女のイメージダウンにもなっているけど、

これが独身なら、何も問題ないんだからね。」

 

「まあ、詩織ちゃん、奈緒美ちゃん、おれも、竜さんも、わがままを言って、

困(こま)らせることもあるだろうけれど、

いつだって、男として、詩織ちゃん、奈緒美ちゃんの幸せを真剣に願っています!

これからも、よろしくお願いしますよ。あっはは」

 

 信也が、そういって、笑った。

 

「うん、詩織ちゃん、奈緒美ちゃん、楽しくやっていきましょう!」と竜太郎も言った。

 

 信也と竜太郎が、あらたまったような顔で背筋をを正して、そう言うものだから、

詩織も奈緒美も、「こちらこそ、よろしくお願いします!」と言って、明るく笑った。

 

≪つづく≫ ーーー 103章 おわり ーーー

 



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104章  信也と竜太郎、芸術や僧侶の良寛を語り合う

104章  信也と竜太郎、芸術や僧侶の良寛を語り合う

 

 2月13日、土曜日。朝から晴天で、気温は22度ほど、春が来たようである。

 

 午後の4時過ぎ。川口信也と新井竜太郎のふたりは、

行きつけのビアバー、ザ・グリフォン(The Griffon )の、9席あるカウンター

で、生ビールを飲み始めている。

 

 ザ・グリフォンは、20種以上のクラフトビール(地ビール)を用意する

渋谷駅から歩いて3分の、 幸和ビルのB1Fにある、39席の、落ち着いた雰囲気のいい店である。

 

「竜さんとこは、最近の売り上げとかは、どうですか?」

 

「まあまあ、ですね。それでも、売り上げはジワジワと右肩上がりで、順調ですよ。

おかげさまでね。あっはは。しん(信)ちゃんのところは、どうですか?」

 

「おれのところも、まあ、順調といっていいんでしょうかね。

お客さんは、みなさん、出費を抑えているようですけど、みなさん、店を利用してくださっています」

 

「モリカワさんと、うちのエタナールとで、芸術家志望の青少年たちを支援をする、

慈善事業を共同でやっているとかの友好関係は、

同じ外食産業の会社としては、通常ありえないものですから、なぜなのだろう?とか、

雑誌や新聞やテレビでも、話題を集めて取り上げられてるしね、

・・・その結果、いい宣伝にもなって、

世間からも、好意的なイメージに受け取れているんですよね。あっはは」

 

「まったくですよね。それを1番最初に企画した竜さんの先見性には、

おれは今も感心するんですよ。あっはは」

 

「たいしたことじゃないですよ。なんでも、1番先に始めれば、注目されるだけのことです。

スティーブ・ジョブスも言っているじゃないですか。『ゼロは積み重ねても10にはならない。

創造力とは、いろんなものを結びつける力だ。』ってね。あっはは」

 

「うーん。確かに、その通りですよね。竜さん。あっははは。

・・・ところで、竜さん、最近、『ルノワールは無邪気に微笑む』っていう本を読んだんですけどね」

 

「あっはは、『ルノワールは無邪気に微笑む』ですかぁ!?きっと、しんちゃん、

あのマンガ家の青木心菜(ここな)ちゃんからでも、その本を勧(すす)められたんでしょう?」

 

「まいったなぁ、竜さん。そうなんですよ。さすが、竜さん、すごい勘(かん)のよさですね。あっはは」

 

「だって、今やすごい人気の青木心菜(ここな)ちゃんのマンガは、マンガ界のルノワールって、

いわれているくらいじゃないですか。あっはは。おれも大好きですよ。

彼女の繊細な絵のタッチとかは。

そうか、しんちゃん、心菜(ここな)ちゃんともうまくやっているのかぁ。それはよかった!あっはは」

 

「いやいや、おれには、詩織ちゃんがいますから、そんなに深い付き合いはないですよ。

あっはは。まあ、『ルノワールは無邪気に微笑む』を書ている千住博(せんじゅひろし)さんが、

こんなことを言っているんです。

≪芸術とは、イマジネーションをコミュニケーションしたいと思う心のことです。

つまり芸術とは、気持ちを伝える行為そのもののことなのです。

つまり、人間は本来、みんな芸術的な存在なのだということです。≫とか・・・。

それで、千住さんは、われわれ、人類の歴史を、戦いの歴史だったととらえているようで、

この文章の終わりを、こんなふうにまとめるんです。

≪戦いの歴史とは、そんな《この体験のために芸術家でなくなってしまった人びと》の

歴史なのかもしれません。みんなが失った芸術性、

失いつつある芸術性を回復できればと思います。≫って言ってました。

おれも、人間は、みんな自然の美しさとかに感動できる詩人のはずだって思っているほうなんで、

千住さんのこの考え方には共感するんですよ。」

 

「なるほど、千住さんっていえば、ヴェネチアのビエンナーレの絵画部門で東洋人として、

初めて優秀賞を受賞した、すばらしい日本画の芸術家ですよね。

おれも、千住さんのお話には共感しますよ」

 

 そう言いながら、竜太郎は、カウンターの中のバーテンダーに、

ビールをまた1つ注文する。

 

「どんな子どもや赤ちゃんも、最初はみんな、心も澄(す)んで、きれいなはずですもんね!」

 

 そう言って、信也は、揚(あ)げたての鳥の手羽を、おいしそうに頬張(ほおば)る。

 

「人は、子どもからオトナへと、生きているうちに、美しいものを美しいと思う心さえ、

忘れ去ったりする場合もあるんだろうね。しんちゃん。

その原因は、世の中にある、競争や戦争や、

いろいろな生きるための厳(きび)しさもあったりするんだろうけどね。

この前、NHKのEテレの『100分 de 名著』を見ていたんだけど、

日本の僧侶で、誰もが知っている有名な良寛(りょうかん)さんの詩歌とかを

特集していたんだけどね。しんちゃんも見てたかな?

その中で、良寛さんのこんな言葉があったんだよ。

≪暮らしのために生きることをやめ、世捨て人になってみて、初めて月と花を楽しむ、

ゆとりをもって生きることができました。≫とかね。

あと、

≪花は無心で蝶(ちょう)を招いているし、蝶も無心で花を招いています。

花が開くと、蝶がやってきます。蝶が来たときは、花は共鳴するように開きます。

同様に、わたしも相手のことを気にしないまま、あるべきように対応し、

相手もわたしに無理に合わせるのでもなく、

その人なりに自由に振る舞って、

お互いに人としてあるべき、

自然の法則にしたがって、楽しんでいます。≫とかね。

なんて言ったらいいんだろう、しんちゃん。

この良寛さんの言葉って、詩のようなものなんだろうけど、

人間の、自然への対応の仕方とか、考えかたには、

現代人のおれたちでも、感動しちゃうよね。

えーと、たとえば、花は女性で、蝶は男って感じで、楽しく人生を送れたら、

それも理想じゃないかな?しんちゃん。あっははは」

 

「またまた、竜さん、笑わせてくれますね。

でも、そんな男女も確かに、理想なのかもしれませんよね。

おれも、あのEテレの良寛さんは録画してましたよ。

良寛さんの作る詩は前から好きなんですよ。

1758年生まれだから、もう250年も前の人になるんですね。

徳川幕府の江戸時代の人ですよね」

 

「きっと、良寛さんは、僧侶として、大変な修行をしていたから、

あんな悟(さと)りのような境地の、深い言葉や詩を残せたんですよね、しんちゃん」

 

「ええ、おれたちよりも、もっと真剣に人生や自然を見つめてんでしょうね。

子どもたちと、無心になって、遊ぶことが大好きな良寛さんかぁ・・・」

 

≪つづく≫ --- 104章 おわり ---

 



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105章 back number の ≪青い春≫

105章 back number の ≪青い春≫

 

 2月28日の日曜日。午前8時を過ぎたころ。春のようによく晴(は)れた空だった。

 

 川口信也(しんや)と、妹の美結(みゆ)と利奈(りな)は、

9.5畳の、寝転がれる床座のリビングルームで、朝食をとっている。

 

 現在、信也は、美結と利奈が生活している、

この2DKのマンション(レスト下北沢)から歩いて2分の、

1Kの間取りのマンション(ハイム代沢)で、ひとりで暮らしている。

毎日の食事は、美結や利奈が作ってくれていた。

 

 檜(ひのき)のローリビングテーブル(座卓)には、

野菜のミルクポタージュのスープ、

マッシュルームとトマトとレタスのサラダ、

皿に盛(も)られたバターが香(かお)るクロワッサンがあった。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、26歳になったばかり。

早瀬田(わせだ)大学、商学部、卒業。株式会社モリカワの本部の課長。

大学の時から、ロックバンド、クラッシュビートのヴォー-カルやギターもやっていて、

モリカワミュージックからメジャーデヴューして、CDとかの売れ行きも、まあまあ順調だった。

 

 美結は、1993年4月16日生まれ、22歳。

山梨県、短期大学の食物栄養科(栄養士コース)、卒業。

信也の飲み友だちの竜太郎が副社長をする、

エターナルの芸能事務所のクリエーションのタレントとして、

テレビやラジオや雑誌の仕事をしている。

 

 利奈は、1997年3月21日生まれ、18歳。早瀬田大学、

健康栄養学部・管理栄養学科、1年生。

信也も在学時に所属していた、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)で、バンド活動も楽しんでいる。

 

 兄妹(きょうだい)の故郷(ふるさと)の山梨県韮崎市では、両親も元気に暮らしている。

 

「スープもサラダも美味(うま)そう!このクロワッサンも、おいしいよね!」

 

 信也は、テーブルの向かいの、美結と利奈にそう言う。

 

「このお店のクロワッサンは、わたしも大好き!」と利奈は言った。

 

「わたしも、好き!お値段もお手頃だしね!」と美結は微笑(ほほえ)んだ。

 

「美結と利奈は料理が上手だからなあ。おれは幸せ者だよ。あっははは」

 

「ところで、しんちゃん、朝から何(なん)なんだけど、ちょっと、利奈の難(むず)しい質問に、

答えてあげてくれるかしら?」

 

 ちょっと困ったような表情をして、美結は白い歯をチラッとのぞかせて微笑んだ。

 

「いいよ。どんな質問なの?利奈ちゃん!」

 

 そう言って、信也は、温(あたた)かいカフェオレを飲む。

 

「私が説明するわね、しんちゃん!利奈ちゃんは、宗教のことを、考え込んじゃっているのよ。

それで、わたしに聞いてくるんけど、わたしなんか、無関心なほうだし。

でもよかったわ!しんちゃんなら、いい答えを利奈に言ってくれそうだから。うっふふ。

いまの世の中って、宗教の対立とかで、戦争やテロとかのニュースが毎日のようにあって、

けっして、平和じゃないでしょう、なんでこんな世の中なのかって、利奈は言うの・・・」

 

「そうかぁ。難しい質問だなぁ、利奈ちゃん、あっはは。簡単に言えば、

宗教ってものは、本来は、より良き人生のための教えであるはずなんだよね。

別な言いかたをすれば、すべての人々が幸福な最善の人生を歩むための道しるべってことかな。

本来は、そんなことが目的のはずの宗教なんだけど、そんな宗教と宗教とが対立し合ったり、

憎しみ合ったりして、戦争とかを続けているのが、これまでの人間の歴史なのかな。

経済的な貧困や、領土の争いとかも、あったりね」

 

「誰だって、一生懸命に生きているんでしょうけどね。

でも、わたしも、そんな人間のやっていることを見て、すごく愚(おろ)かだなぁって、

ついつい思ってしまうのよ、しんちゃん。

わたしも、愚かなことばかりやっているほうだから、

人のことをいろいろ言える立場ではないんだけど。うっふふ」

 

 利奈は、信也を見ながら、そう言った。

それから、ミルクティーの入ったカップに唇(くちびいる)をつけた。

 

「確かに、人間って、愚かなことをする生き物なんだよね。

ペットとかの犬や猫の、動物なんかよりも、

人間は知恵や能力も比(くら)べようもないほど高いもんだから、

その愚かさも、比べようもないほど、大きくて、酷(ひど)いもので、

時には残酷なものにもなるんだよね。利奈ちゃん」

 

「世の中は、このままじゃ、近未来のSFコミックじゃないけど、社会は荒廃する一方で、

いまに核戦争や環境破壊とかで、人類破滅するんじゃないかなんて、

わたし、お友だちと語り合ったりすることもあるのよ、しんちゃん」

 

「まあまあ、最悪になるその前に、ちゃーんと、正義の味方っていうのかぁ、

クレヨンしんちゃんのアクション仮面やエンチョーマンのような

世の中を良くしていこうっていう人間たちが、立ちあがって、悪を退治して、

めでたし、めでたし、世界は平和になりました!っていう、

ストーリーが展開されるんじゃないのかな?!あっははは」

 

「もう、本当にそうなるの!?お兄ちゃんは楽天家なんだから!」

 

 利奈がそう言った。3人は声を出して笑った。

 

「ま、今のはジョーク(冗談)だけどね。確かにこんな世の中だと、

何を信じて生きていたらいいのか?わからなくなるよね。

うちの宗教が神道(しんとう)じゃん。

神道って、宮崎駿(はやお)のアニメの『千と千尋(ちひろ)の神隠し』の中に出てくる神様たちで、

世界的に有名にもなったような気もするんだけど。

神道って、仏教が6世紀ころに、日本に伝来する以前からの、

川の神とか山の神とかの、自然界の八百万(やお よろず)の神を信仰したり尊ぶ宗教なんだよね。

自然発生的な、民族的な宗教だから、

理屈っぽいような、堅苦しい教義や教理とかの宗教上の教えは存在しないと言われているんだよね。

まあ、それだけ、世界でも類を見ないような、自由な宗教なんだろうね。

おれが宗教の中でも、神道がわりと好きなのは、そんな自由さと、

あとは、やっぱり『愛』を感じられるからかな。

やっぱり、世界や人類を最終的に救(すく)うものは『愛』だろうからね。

本来の愛というものは、人間を自由にするものであるはずだろうからね。

ちょっと、宗教の話題からそれるけど、利奈ちゃん、作家の村上春樹さんってしているでしょう。

村上さんは、小説のテーマ(主題)に、

人間から愛や自由を奪(うば)おうとするシステム(制度)を取り上げているらしいんだよ。

システムを壁に例(たと)えて『私たちは誰もが、

程度の差はあれ、高くて硬い壁の前に立っています。その壁には名前があります。システムです』

って、エルサレム賞っていうのを受賞したときのスピーチで言っているんですよ。

おれが思うのに、システムには、国家権力とかの政治的なものから、

宗教的なものとか、ごく身近な小さなものまでもふくめたら、数多くいろいろあるんだろうね。

本来は、どんなシステムだって、人間の便利な生活や幸福のために生まれるものなんだろうにね。

それらに、立ち向かって、良くしていくためには、やっぱり、愛や勇気かな。

これじゃあ、まるで、アンパンマンの世界になっちゃうね。

まあ、まじめに言えば、おれたちは、愛の力を信じながら、

音楽とかの芸術活動もしたりしながら、楽しむことも大切にして、

みんなで仲良く力を合わせて、少しでも世の中を良くしてゆきたいよね。

利奈ちゃん、美結ちゃん。あっははは」

 

 3人は、明るく笑った。

 

「しんちゃん、 back number の ≪青い春≫って、そんなシステムについて、歌っているのかしら?」

 

 美結がそう言った。

 

「あぁ、≪青い春≫ね。いい歌だよね。清水依与吏(しみずいより)さんの才能が爆発しているような、

すばらしいロック・ナンバーだよね。ロック史に残るような名作だね、きっと」

 

「踊りながら、羽ばたく為(ため)のステージで、這(は)いつくばっていても、

踊らされているのも、随分(ずいぶん)前から分かっていて、それでも、それでも・・・」

 

 利奈が、≪青い春≫を口ずさんだ。

 

「テレビドラマの『高校入試』の主題歌だったんだよね。

なんでも、入試制度に一石を投じようとする物語だったらしいよね。

おれ、見たかったよ、残念。」

 

「3年くらい前の、フジテレビ系のドラマだったのよね。

あのころまだ、back numbeのこと知らなかったから、私も見逃しちゃった」

 

 美結が残念そうな顔で、信也と利奈に微笑んだ。

 

「わたしもそのドラマは見たいわ。再放送そのうちやるかもね」と利奈も言った。

 

≪つづく≫ --- 105章 おわり ---

 



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106章 落合裕子のバンド活動休止と誕生パーティー

106章 落合裕子のバンド活動休止と誕生パーティー

 

 3月4日、金曜日の午後の6時30分。

よく晴れて、南東の風で、気温も16度ほどで暖かい、一日だった。

 

 定時で仕事を終えた、川口信也、森川純、川口美結と落合裕子の4人が、

道玄坂(どうげんざか)にあるダイニングバーのビーエイト(BEE8)の、

個室のテーブルで、寛(くつろ)いでいる。

 

 ビーエイトは、JR渋谷駅ハチ公出口から歩いて5分の大和田ビルB1Fにある120席の、

おしゃれな落ち着いた空間の、イタリア料理で人気のバーラウンジ(バーの社交場)だ。

 

「じゃぁ、みなさん、きょうも、一日、お疲れ様でした!

今宵(こよい)は、急(きゅう)にお集まりいただいたのですが、

ともかく、和気あいあい、楽しんで過ごしましょう!では、かんぱーい!」

 

 そう言って、モリカワの課長で、クラッシュビートのリーダーの森川純が、乾杯の音頭をとった。

 

 仲のいい4人は、琥珀色(こはくいろ)のシャンパンの入ったグラスを合わせながら、

笑顔で、目と目を合わせる。

テーブルには、ボリュームもたっぷりの鹿児島産和牛のローストビーフとかが並(なら)ぶ。

 

「そう言えば、純ちゃん。今回の会社の書類の紛失の事件が、

真相が、愉快犯(ゆかいはん)で、アイツがやったことだったとはね。

まぁ、あんなに、しっかり管理してある書類が消えるわけがないもんね!」

 

 信也が隣の席の純にそう言った。

 

「まぁ、お騒(さわ)がせの、犯人が見つかってよかったよ。あっははは。

アイツは日頃から、おかしな言動にあったヤツだからね。

世の中には、おれらとちょっと違って、

逆切(ぎゃくぎ)れとか、逆恨(さかうら)みとか、嫉妬(しっと)とかで、

他者を困らせて、自分の鬱憤(うっぷん)やストレスを解消するしかない人間がいるんだよね、

しんちゃん、あっははは」

 

「社員が100人以上にもなれば、そんなヤツもいるわけか、純ちゃん。

おれも、勉強になったよ。愉快犯ってさあ、ネットで調べたんだけど、

自分の未熟さや劣等感の裏返しというか、その逆切れというか、

手段を選ばないで、他人を操作したりして、

自分の存在を主張して、快楽を得ようとするらしいよね、

それが愉快犯の心理らしいよね。

その愉快犯には、人格的に未成熟であるために、

基本的に、他人に対する思いやりや労(いたわ)りの気持ちが欠落していて、

自分の行動に対しては、まるで他人事のように責任を持たないとか、

持ちたがらないとかの、傾向が見られるんだてっさ。純ちゃん。

そんなことじゃ、愉快犯も一般人もあまり変わらないところもあるじゃない、あっははは。

一歩間違えると、おれらも、そんな愉快犯になる可能性もあるかもしれないよね。

あっははは!」 

 

「しんちゃんの言うとおりだよ、あっははは。

おれも、社長や会社のみんなも、今回の事件は、他人事じゃないって、

いろいろと反省もしているんだよ。あっははは。

ま、今宵は、みなさんが、お疲れのところをお集まりいただいたのですから、

その話は、止(や)めときましょう、しんちゃん。

おれたちが、善(よ)かれと思って、日々の仕事をしていても、

それを心よく思っていない人もいるってこともあるのかね。

人間なんて、ちょっと勉強して、教養を高めて、優秀を気取ったところで、

自己中心とか、自分の欲望とかが無くなって、無私の精神になるってもんじゃないんだから。

思いあがらずに、注意していくことも大切ってことなんだろうね。

今回の愉快犯では、つくづくそう思ったよ、しんちゃん!あっははは」

 

「まったくだよね、完全な人間なんていないんだ、純ちゃん。あっははは」

 

「ところで、裕子ちゃん。クラッシュビートのキーボードを、

お休みしたいというお話を、しんちゃんから聞いたんですけど・・・」

 

 純は、テーブルの向かいに座る落合裕子に、そう語りかけた。

 

「そうなんです。わたしの個人的なわがままなんですけど、お休みさせてもらいたいんです」

 

「裕子ちゃんのキーボードは、ロックンロールやブルースの難しいリズムにも、

バッチリと最高のノリで、おれとしては、いつも、とても感動していたんですけどね・・・。

しょうがないですよね。わかりました。また、いつでも、おれたちとやりましょうよ。

約1年間でしたよね。いろいろとありがとうございました!」

 

「純さん、温(あたた)かなお言葉を、ありがとうございます!また、ご一緒に、

クラッシュビートで演奏することを、わたしも楽しみにしています!」

 

「よかったわね、裕子ちゃん。またクラッシュビートで演奏したくなったら、

いつでも、純ちゃんも、しんちゃんも、ほかのメンバーも、大歓迎よ!」

 

 そう言って、川口美結は隣の落合裕子に優(やさ)しい眼差(まなざ)しで微笑む(ほほえ)。

 

・・・きっと、しんちゃんと裕子ちゃんには、何(なに)かあったんだわ。

きっと、しんちゃんに夢中の裕子ちゃんのことだから、何かが。

裕子ちゃんは、きっと、感極(かんきわ)まって、頬(ほほ)に涙とかで。

お兄ちゃんは、女性の涙に弱いからなぁ。

そんなことで、何かあったから、裕子ちゃんもクラッシュビートのキーボードも、

お休みすることになったんだわ、きっと・・・

 

 美結は、隣にいる裕子の、きれいで整(ととの)った横顔をちらっと見ながら、そう思った。

 

 川口美結は、1993年4月16日生まれ、22歳。

2014年の5月から、新井竜太郎が副社長をするエタナール傘下の、

芸能事務所のクリエーションでアーティスト活動を始めていた。

 

 落合裕子は、1993年3月7日生まれ、もうすぐに23歳。

エタナールの芸能事務所のクリエーションの、

新人オーディションに、最高得点で合格した才女だ。

現在、裕子は事務所を移籍して、

祖父(そふ)の落合裕太郎の芸能プロダクション、トップに所属している。

 

 美結と裕子は、2年ほど前から、クリエーションの同期でもあって、無二の親友であった。 

 

「さーて。裕子ちゃん、お誕生日、おめでとうございます!」

 

 純が、そう言った。

 

「裕子ちゃん、ハッピー・バースデー!」

 

 信也が、そう言った。

 

 信也と純と美結の3人で、クラッカーの紐(ひも)をひっぱり、打ち上げた。

 

 パンッという音と共に、赤や白や青のカラフルな花吹雪(はなふぶき)が空中に舞(ま)った。

 

 満面の笑顔で店のスタッフが、メッセージと裕子のかわいらしい似顔絵付(つ)きの、

イチゴと生クリームが盛りだくさんの、バースデー・ケーキをもって部屋に入って来た。

 

「わーっ、嬉(うれ)しいわ。ありがとう!純ちゃん、しんちゃん、美結ちゃん」

 

 裕子は、思いもしなかった祝福に、瞳(ひとみ)を潤(うる)ませて、喜(よろこ)んだ。

 

≪つづく≫ --- 106章 おわり ---

 



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107章 信也と裕子、愛について語り合う

107章 信也と裕子、愛について語り合う

 

 時は遡(さかのぼ)って、2月28日の日曜日、午後2時を過ぎたころ。

 

 川口信也と落合裕子は、下北沢駅西口から歩いて4分、

カフェ・MOGMOGの2人掛(が)けのテーブルで向かい合っている。

 

 MOGMOGは代田5丁目、客席20席の、完全禁煙の、

こだわりの焼きたてパンケーキが人気で、温かな家庭的雰囲気の可愛らしいカフェだ。

 

「このお店で、しんちゃんと過ごすのも、1年ぶりくらいよね」

 

 裕子は明るく微笑んで、信也にそう言った。

 

「そうだよね。あのおときは、偶然、下北(しもきた)の駅の改札で会ったんだよね」

 

「あれから、もう1年が過ぎるなんて、月日の流れって、早過(はやす)ぎるわ」

 

「そうだね」 

 

 信也は、優しい眼差しで、裕子にそう言った。

 

 ふたりは、同じ、レモンのホットティーを、まず注文した。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、26歳。

早瀬田大学、商学部、卒業。下北沢にある外食産業の株式会社モリカワの本部の課長。

大学時代からの、ロックバンド、クラッシュ・ビートの、ギターリスト、ヴォーカリスト。

作詞や作曲もしている。

 

 落合裕子は、1993年3月7日生まれの22歳。

落合裕子は、信也の友達の新井竜太郎の会社でもある芸能事務所、クリエーションの、

新人オーディションに、最高得点で合格した才女で、ピアニスト。

現在、裕子は事務所を移籍して、

祖父の落合裕太郎の芸能プロダクション、トップに所属していて、テレビやラジオの出演も多い。

去年の1月頃の、クラッシュ・ビートのアルバム制作から、

キーボード奏者として、バンドの演奏に参加している。

クリエーションに所属している信也の妹の美結とは、同じ22歳でもあり、無二の親友である。

 

「わたし、クラッシュ・ビートの音楽活動を、お休みさせていただこうと考えているの」

 

「そうなんだ。裕子ちゃんは、いま、お仕事が、だんだんと増えて、大変だよね」

 

「そんなことは、あまり関係ないんだけどね。しんちゃん」

 

「・・・・・・。わかっているよ、裕子ちゃん。おれも、どうしたらいいのか、わからないんだよ、

いまの、おれたちのこの状況を・・・」

 

「わたしも、辛(つら)いのよ。だから、このまま、クラッシュビートで、純粋な気持ちで、

キーボードの演奏活動は続けられないっていう気持ちになってきているの」

 

「そうだよね。裕子ちゃんその気持ちよくわかるよ。

おれも昨日(きのう)のなんか、眠(ねむ)れなくて、

ベッドから飛び出して、深夜の街をぶらぶらと歩いたんだよ。

星空がやけにきれいだっだよ。星を見ていたら、涙が出てきちゃってさ。あっはは」

 

「えーっ、しんちゃん。星空見て、泣いちゃったの!」

 

「うそだよ。そんなことないよ。深夜はまだ寒くって、

それで、涙腺(るいせん)が緩(ゆる)むんだよ。あっはは」

 

「あっ、しんちゃん、きっと、本当に、涙出ちゃったのよ。あああっ。うっふふ」

 

「ま、そう言いうことにしておこう。あっはは。

深夜に、カラフルなネオンに誘(さそ)われて、行きつけのバー(BAR)に入ったんだ。

そのバーのマスターは、アメリカが好きで、陽気で楽しい人なんですよ。あっはは。

実は、おれ、昨夜は、君のことばかりを考えていいたんですよ」

 

「本当に!しんちゃん。それだったら、わたし、うれしい。

あそうか、それで、星空見て、わたしを思って、泣いてくれたのね。うれしいわ!うっふふ」

 

「うん。まあ、そういうことにしておきますよ。おれも、裕子ちゃんのことは、大好きなんですから」

 

「ありがとう、わたしも、しんちゃんことが大好きです」

 

「でもね、裕子ちゃん。おれ、それだからって、どうしたらいいのか、わからないんですよ。

人が人を好きになるとかの、愛って、何なのだろうとか、

どうしたらいいのだろうとか、考えだしたら、何が正解なのか、わからなくなるんですよ。

おれの考えている、愛とかが、わからなくなっていくんですよ。裕子ちゃん」

 

「しんちゃんは、まじめなのよ。いい加減な人なら、

衝動的に、浮気なんて平気でするものよ。そして、

動物的な本能なんだから、しょうがないとか言って、自己正当化するのよ」

 

「おれだって、裕子ちゃんのことは好きだから、そんな気持ちになることもあるよ。

でも、それじゃあ、自分の考えている愛だとかが、その場だけの、

自分の都合で、ころころと変わっていく、筋道の通っていない、

めちゃくちゃな、矛盾(むじゅん)したものになってしまうんですよ。」

 

「しんちゃんは、まじめなのよ。それがまた、しんちゃんのステキなところだけど。

簡単に『愛している』とかって言われても、わたしは信じられないもん。うっふふ」

 

「あっはは、そうだよね。愛とか、そのほかの言葉でも、

簡単に大切な言葉を、人は口にするけど、

なかなか、その言葉を信用できない、

なぜか、そんな世の中になってしまっているよね。あっはは。

でも、それにしても、人を好きになるって、時には辛(つら)くなることもあるんだね、裕子ちゃん」

 

「そうよね。でも、愛って、それが、本当のもので、美しいものなら、辛くても、

きっと、幸せなのよ。ねえ、しんちゃん」

 

「そうだね。おれは、裕子ちゃんの幸せを、いつも願っているよ」

 

「わたしも、しんちゃんの幸せをいつも願っているわ」

 

 信也と裕子は、澄(す)んだ瞳(ひとみ)で、微笑(ほほえ)み合った。

 

≪つづく≫ --- 107章 おわり ---

 



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108章 信也、吉本隆明の芸術言語論について講演する

108章 信也、吉本隆明の芸術言語論について講演する

 

 3月27日の日曜日の午後2時。最高気温は16度、青空で暖(あたた)かい。

 

 ユニオン・ロックの下北(しもきた)芸術学校の第18回の公開授業が、

下北沢南口から歩いて4分の、北沢ホールの3階のミーティングルームで始まるところだ。

 

 ユニオン・ロックは、ソーシャル・メディア(SNS)を使った、

インターネット上の全国的な規模の学校で、

子どもたちや、夢を追う若者やオトナを対象に、

音楽からマンガまで、芸術的なこと全般を、

自由に学べる『場』の提供や、そのための経済的な援助、その道のプロの育成を展開している。

 

 そんな長期的展望のユニオン・ロックは、外食産業のモリカワと、

外食産業最大手のエターナルが、1014年9月に始めた、共同出資の慈善事業だ。

 

「えーと、それでは、『吉本隆明(たかあき)の芸術言語論』というタイトルで、講演を始めます。

1時間くらいで終了の予定です。

このあとは、みなさん、この北沢ホールの芝生(しばふ)の桜の木の下で、

お花見(はなみ)をしましょう!飲み物やつまみも用意してあります。

桜もちょうど満開で、天気も最高の、お花見日和(びより)ですよ。あっははは」

 

 演壇に立つ信也は、そう言って笑いながら、みんなを見渡(みわた)した。

 

 定員が72名の満員の会場からは、拍手(はくしゅ)や歓声(かんせい)が沸(わ)いた。

 

 ミーティングルームに並(なら)ぶ、3人掛けのテーブルは、

女子中高生や、10代、20代の男子たち、

大学生や社会人と、幅広い層で、満席となっている。

 

 大沢詩織や清原美樹たち、グレイス・ガールズのメンバーや、

信也のバンドのクラッシュ・ビートのメンバーも後ろの席に集まっている。

エターナルの副社長の、信也の飲み友達の新井竜太郎もいる。

いまも信也に好意を持つ落合裕子や、

やはり信也を密(ひそ)かに好きなマンガ家の青木心菜(ここな)も来ている。

 

「吉本隆明(よしもとたかあき)さんは、、2012年、平成24年の3月16日に、満87歳で、

お亡(な)くなりになりました。詩人だったり、評論家だったり、

日本を代表する思想家ともいわれています。

しかし、その評価は、まだまだ低いなと、おれは思っています。

ちなみに、おれの父親も、吉本さんのファンです。

それと、ネットで知ったんですが、あの『ロッキング・オン』の渋谷陽一さんも、

『僕にとって吉本隆明の影響は巨大であり、

吉本隆明がいなければ、自分で雑誌を創刊しなかっただろうし、

いまのように出版社を経営することもなかっただろう』と言ってます。

そんな、こんなで、いつのまにか、おれも、

吉本に、すごい影響を受けちゃったのかと思ってます。

そんな、たぶん、おれの独断と偏見の吉本論ですが、聞いてください。あっははは」

 

 信也はそう言って、ちょっと頭をかいた。

 

「吉本隆明さんは、脳科学者の茂木健一郎さんとの対談の本、

『すべてを引き受けるという思想』の中で、こんなことをおっしゃっています。

・・・『約まり(つづまり)』の仕事として、行きついたところの仕上げとして今からやりたいことは、

集大成としての『芸術言語論』となります。・・・と。」

 

 信也はそう言うと、みんなをゆっくりとしばらく見渡して、ひと呼吸おく。

 

「吉本さんの代表作は、『共同幻想論』や『言語にとって美とはなにか』や、

『心的現象論序説』や『最後の親鸞』や『アフリカ的段階について』などがあります。

あと、『カール・マルクス』や『吉本隆明詩集』とかもあります」

 

 信也のいる演題の左には、幅2メートルの大型ディスプレイがあって、

吉本さんの代表作の本の数々が映し出される。

 

「吉本さんのこれらの著作は、おれは、天才的な、世界に通用する思想家の仕事だと、

思っているんですけど、正直に言って、おれの頭では、なかなか理解が難(むずか)しいです。

あっははは。でも、『ロッキング・オン』の渋谷陽一さんも難しいって言ってます。あっははは」

 

「渋谷陽一さんは、『吉本隆明・自著を語る』の最後のほうで、こう言っています。

・・・『共同幻想論』や『言語にとって美とはなにか』や『心的現象論序説』において考えられていた、

『社会って何だろう』『言語って何だろう』『心って何だろう』という基本的な疑問を、

有機的に組み合わせながら繙(ひもと)いていくという、

今そういう状況になってらしゃるっていうのは、すごく幸福なことですよね。・・・と。

この渋谷さんの言葉に対して、吉本さんは、

・・・ええ、我(われ)ながら、自分と自分の問答(もんどう)みたいなところでは、

相当(そうとう)幸福なのかもしれません(笑)。・・・

と言っています。この本は、2005年5月頃の対談だったようです。

吉本さんが亡くなる、7年前あたりですよね」

 

「さて、おれが、みなさんに、お話ししたい、吉本さんの芸術言語論なのですが、

なんと、それについて書かれた決定版のような本格的な著作は、どうも存在しないようなのです。

このことは、吉本さんにとっても、大変に心残りだったろうと思います。

まあ、でも、幸(さいわ)いなことに、ネットでは、コピーライターとしても有名な、

糸井重里(いといしげさと)が、『ほぼ日刊イトイ新聞』のHPで、2015年1月9日からですが、

『いつでも自由に、何度でも、お聞きください。』って、

吉本隆明さんの講演音声の無料公開をしているんですよね。

さすが、糸井重里さんって、おれは感謝していいます。あっははは」

 

 信也が笑うと、会場からも、笑い声が上(あ)がる。

 

「糸井重里さんって、思いやりのあるかたですよね。

この183もの講演は、聞くだけではなく、テキストを読むこともできます。

ダウンロードもできますから、パソコンでゆっくりと読むこともできるです。

吉本隆明さんの考えとかを知りたい人は、ぜひ、ご利用ください!

さて、吉本さんの芸術言語論のことなのですが、

おれは、この芸術言語論こそが、もしも、完成されたのならば、

世界の人々に、平和や幸福や繁栄や希望をもたらすだろう、

ノーベル平和賞級の仕事になっただろうと、想像してしまうのです。

なぜならば、吉本さんの芸術言語論こそが、もしも、完成されたのならば、おそらく、

≪芸術こそが、世界の人々にとって、楽しく幸福で平和な人生を実現に導(みちび)く、

源(みなもと)や根幹(こんかん)だ≫と言うことを証明する普遍的な理論書になるだろうと、

おれなんかは、予想するからです。

おれたちが、一生懸命に考えれば、芸術言語論の全貌も、想像できると思うんです」

 

「さて、みなさんは、何が理由で、こんなに、人の心も荒廃しているような、

殺伐(さつばつ)とした事件ばかりが多い、

明るい未来も描(えが)けない世の中になってしまっていると思いますか?

その理由を、おれは、芸術というものが、軽視され過ぎいていることに、

大きな原因があると考えています。

吉本さんは、そんな衰退している芸術の復活を願っていたのだと思うのです」

 

「さて、では、芸術とは何か?ということが問題にもなります。

吉本さんは、芸術言語論で、こう言っています。

≪ぼくが芸術言語論ということで、第一に考えたことは、言語の本当の幹と根になるものは、

沈黙なんだということです。

コミュニケーションとしての言語は、植物にたとえますと、

樹木の枝のところに花が咲いたり実をつけたり、葉をつけたりして、季節ごとに変わったり、

落っこちてしまったりするもので、言語の本当に重要なところではないというのが、

僕の芸術言語論の大きな主張です。

沈黙に近い言語、自分が自分に対して問いかけたりする言葉を、ぼくは『自己表出』といっています。

そして、コミュニケーション用に、もっぱら花を咲かせ、葉っぱを風に吹かせる、

そういう部分を『指示表出』と名づけました。

言語は、そのふたつに分けることができますよ、

ということが、芸術言語論の特色として強調しておきたいことです。≫・・・と。

つまり、芸術活動の価値や根幹(こんかん)には、『自己表出』が大切だと言っているわけですよね。

ですから、芸術とは、『自己表出』と『指示表出』とが、

織(お)りなす絹織物(きぬりもの)ような、その衣服のようなもので、

そんな価値の自己増殖でこそが、文学という言語の美の本質なのだと、吉本さんは言っています」

 

「さて、この≪言語の本当の幹と根になるものは、沈黙なんだ。≫ということですが、

おれは、ここで、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインという哲学者の言葉を連想するのです。

ウィトゲンシュタインは、『論理哲学論考』で、

『語りえないことについては、人は沈黙せねばならない』と語って、

『語りえないもの』とは何か? を一生問い続けたともいえます。

オーストリア出身で、20世紀初頭のイギリスのケンブリッジ大学で活躍した天才哲学者でした」

 

「みなさんは、言語を使っても、語りえないものには、どんなものがあると思いますか?」

 

「信也先生!それは、たとえば、男女間の≪愛≫じゃないでしょかぁ?きゃっはははぁ」

 

 最前列のテーブルに陣取(じんど)る、華(はな)やな私服の女子中高生たちのひとりが、

元気な声で、信也にそう言うと、グループのみんなは、明るく笑った。

 

「あっははは。そうですよね。≪愛≫は、語りえないものですよね。あっははは。

ウィトゲンシュタインは、≪神秘的なものは語りえない≫と言ってます。

≪この世界があるということ、その事実が神秘なのだ≫とも言っています。

おれの解釈では、語りえないものは、いっぱいありますよ。

世界の存在も、生きている意味も、なぜ人の心はあるのかとか、神の存在のこととかも。

さて、おれも、難しい話は大の苦手なので、簡単に、そろそろまとめて、終わりにします。

ウィトゲンシュタインがこんなふうに言っているのです。

≪哲学の最終目的は、語りえぬ存在を示すこと。

そして、そのことによって、その神秘的なものを、暗示することである≫と。

おれも、まったく、同感しますよね。みなさんは、どのように感じたり、

お考えになるでしょうか?」

 

「さて、ウィトゲンシュタインは、≪神秘的なものは語りえない≫と、

吉本さんの≪言語の本当の幹と根になるものは、沈黙なんだ≫という考え方は、

美しいほどに、一致していると、おれは考えるのです。

さて、では、わたしたちに、できることとは、どんなことでしょうか?

おれには、こんなことしか、浮かばないのです。

つまり、ウィトゲンシュタインが語る≪神秘的なもの≫や

吉本さんが語る≪言語の本当の幹と根になるもの、沈黙≫とかを、

第一に大切にすることです。

つまり、自分の中の愛や心を見つめて大切にするってことですよね。

そして、愛や心が、原動力でもあって、また、愛や心を育(はぐく)むものでもある、

芸術的なことを、大切にして、楽しく元気に、日々を生きていくことです」

 

「ウィトゲンシュタインの哲学も、吉本さんの思想も、

人生が正しく見えるようにしてくれる、貴重な考え方だと思っています。

これで、終わります。

みなさん、きょうは、ご清聴(せいちょう)、ありがとうございました!」

 

 信也は、会場に手を振って一礼する。会場の拍手は鳴りやまない。

 

≪つづく≫ --- 108章 おわり ---

 



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109章 ノーベル賞の大村智先生の話で盛り上がる 

109章 ノーベル賞の大村智先生の話で盛り上がる

 

 4月9日。最高気温は23度ほど、暖かな曇り空の土曜日の昼の12時。

 

 JR渋谷駅、緑の植木と低い竹垣(たけがき)に囲(かこ)まれた広場の、

忠犬ハチ公の銅像の前に、川口信也(しんや)たちが集まっている。

 

 信也と、彼女の大沢詩織(しおり)、信也の妹の美結(みゆ)と利奈(りな)、

信也の飲み友だちの新井竜太郎と、彼女の野中奈緒美(なおみ)、

竜太郎の弟の新井幸平(こうへい)、

マンガ家の青木心菜(ここな)と心菜の親友の水沢由紀(ゆき)の、9人だ。

 

 みんなで、スクランブル交差点を渡ってすぐの、レストラン・デリシャスへ行く。

 

 デリシャスは、竜太郎が副社長をしている、エターナルの経営で、

世界各国の美味(おい)しい料理やドリンクを提供する多国籍料理のレストランだ。

 

「ハチ公って、ご主人の亡(な)くなったあとも、10年間も、毎日この渋谷駅に来ては、

現(あらわ)れない帰らないご主人を待ったのね。

ご主人に忠実(ちゅうじつ)なハチ公の姿を想像すると、涙が出そうよ!」

 

 どっしりと凛々(りり)しく座(すわ)っている忠犬ハチ公を見つめる大沢詩織が、

信也やみんなを見ながらそう言う。

 

「ハチ公の主人を想(おも)う気持ちには、おれも感動しますよ。

ハチ公は、生前(せいぜん)から、新聞、ラジオなどの報道で、有名になったんですよね。

それで、町の人たちから、ハチ公の銅像を建設しようという声が出始めたんですよ。

この銅像の除幕式には、ハチ公も渋谷の駅長さんと一緒に見守っていたんですよね」

 

 犬とか、動物が大好きな新井幸平が、大沢詩織にそう言って微笑(ほほえ)む。 

 

「幸平さん。ハチ公って、何歳で亡くなったんですか?」

 

 美結(みゆ)が、新井幸平にそう聞く。

 

「13年間で、13歳ですよ。ハチ公は、蚊(か)にうつされる寄生虫のフィラリアで、亡(な)くなりました」

 

「ハチ公もフィラリアで亡くなったのね」

 

 利奈(りな)はそう言って、姉の美結(みゆ)と目を合わせる。

 

「でも今は、大村智(さとし)先生の『寄生虫による感染症の治療薬の発見』で、

フィラリアで亡くなるワンちゃんが少なったのよ!

利奈(りな)ちゃん、美結(みゆ)ちゃん、由紀(ゆき)ちゃん」

 

 マンガ家の青木心菜(ここな)は、利奈や美結や、

親友でマンガ制作のアシスタントをしてる水沢由紀(ゆき)と、目を合わせて、そう言った。

 

「大村先生って、日本のレオナルド・ダヴィンチって、呼ばれているわよね、すごいわ!」

 

 由紀はそう言って、心菜に微笑(ほほえ)む。

 

 マンガ家の心菜は、絵画の愛好家としても有名な、

『科学と芸術の融合が人類を幸福にする』を信条の1つにする、

ノーベル生理学・医学賞受賞の大村智を格別に尊敬している。

 

 信也たち9人は、レストラン・デリシャスの、

白を基調としたお洒落(しゃれ)な個室で、寛(くつろ)いだ。

 

 テーブルには、ジュースやワインや生ビール、ホタテの生ハム巻きなどの料理も並んだ。

 

「しんちゃんの故郷(ふるさと)の韮崎市(にらさきし)から、

大村智先生のような、おれたちの希望の光となるような素晴らしい人が現れるとはね!

大村先生の、自分の利益や得(とく)とかは二の次にして、

『若い人を育てる』という未来を見すえる経営哲学には、おれも感動するんですよ。

あと、『自然と芸術は人間をまともなものにする』と言っていることとかにも。

これは、ローマ時代からの言葉だと、大村先生は言ってますよね。

この考え方って、吉本隆明さんの考え方とも、ほとんど一致(いっち)しているよね。

ね、しんちゃん。あっはは」

 

 エタナールの副社長の新井竜太郎は、そう言って笑った。

 

「そうですよね。優(すぐ)れた人が考えることは、一致するか、似てくるんでしょうね。あっはは。

吉本隆明さんは、『ほんとうの考え・うその考え』という本の中で、

詩人で童話作家の宮沢賢治の考えや、

フランスの女性の哲学者、シモーヌ・ヴェイユの考えを引用しながら、こんなことを言っています。

『科学でも芸術でも、一流の人の到達する考え方は、その到達点は、

普遍的な真理の場所で、そここそ≪ほんとう≫の第一級の場所だ』と言っているんです。

そして、『いかにして、その真理に近づくかという考えだけがあれば、

そこへ到達できるんだ』とか言っています。

この考え方は、ヴェイユの考えたことで、ヴェイユの最後の到達点らしいんです。

吉本さんは、このヴェイユの最後の到達点を、

『たいへん、わたしたちに希望を抱(いだ)かせます。』と、その本の中で、語っているんですよ」

 

 そう言い終わると、信也は、みんなに微笑んだ。

 

「いい話だね。みんなの考えが一致する、そんな普遍的な真理の場所って、きっとあるんだよ。

吉本さんが言うように、希望がわいてくるなぁ!」

 

 竜太郎がそう言った。

 

「今度、みんなで都合(つごう)を合わせて、韮崎の大村美術館に行きませんか!

ここからなら、中央高速をクルマで、約2時間30分ですよね。ね、しんちゃん」

 

 マンガ家の青木心菜(ここな)は、そう言って、信也や竜太郎に微笑(ほほえ)んだ。

 

「そうですね、心菜ちゃん。いい考えですよね。今度、みんなで、行きますか!

美術館の隣には、みなさんが楽しめるようにと大村先生がつくった、

蕎麦屋(そばや)と温泉もありますよ。先生の自宅も、そのすぐ近くなんです」

 

 信也は、心菜やみんなを見ながら、そう言って微笑んだ。

 

 みんなも、美術館行きの話に、盛り上がった。

 

≪つづく≫ --- 109章 おわり ---

 



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110章 信也と竜太郎たち、吉本隆明を語り合う

110章 信也と竜太郎たち、吉本隆明を語り合う

 

 5月7日、気温は26度を超(こ)えてよく晴れた土曜日。

 

 午後の6時過ぎ。川口信也と大沢詩織、そして、新井竜太郎と野中奈緒美の4人は、

渋谷駅から銀座線に乗って銀座駅に降り立った。

 

 4人は、駅から歩いて2分の、BARのオーパ 銀座店へ行く。

 

 11席あるBARのカウンターは、木目もきれい、いい木の香りもする。

 

 BARのオーナーが、木材の町、新木場(しんもくば)を探し回(まわ)って見つけた、

カリンの巨木の一枚板でつくった、こだわりのカウンターだ。

土曜日は、18時から24時までやっている。

 

 4人は、予約していた4人用のテーブルの、背もたれのある席でゆったりとする。

 

 川口信也(しんや)は、1990年2月23日生まれ、26歳。身長、175センチ。

早瀬田大学、商学部、卒業。外食産業の株式会社モリカワ・本部の課長をしている。

大学の時からやっている、ロックバンド、クラッシュ・ビートのギターとヴォーカルだ。

 

 信也の彼女の大沢詩織(しおり)は、1994年6月3日生まれ、21歳。

早瀬田大学、文化構想学部、4年生。身長、163センチ。

大学公認サークルのミュージック・ファン・クラブで結成したロックバンド、

グレイス・ガールズのギターとヴォーカルだ。

 

 新井竜太郎は、1982年11月5日生まれ、33歳。身長、178センチ。

若くして、国内の外食産業の最大手のエタナールの副社長である。

2013年の12月、竜太郎の指揮によって、

信也の勤める会社モリカワを買収しようとしたが失敗に終わる。

それがきっかけで、竜太郎は森川家と交流を深める。

信也とも、考え方や好みが合って、親(した)しい飲み友だちになっている。

 

 竜太郎の彼女の野中奈緒美(なおみ)は、1993年3月3日生まれ、23歳。

身長は165センチ、可憐な美少女である。

奈緒美は、竜太郎のエタナール傘下(さんか)のクリエーションに所属している。

モデル、タレント、女優として、茶の間でも人気でも、テレビの出演も多い。

 

「柑橘(かんきつ)系の果物が美味しい季節ですから。あっはは」と笑って、

なじみのスタッフのバーテンダーが、旬のフルーツのカクテルを勧(すす)める。

 

 信也たちは同じカクテルを注文した。、小粒の可愛らしい金柑(きんかん)の入っている、

明るいオレンジ色のウォッカ・トニックで、4人は乾杯をした。

 

 つまみは、フルーツやチーズやソーセージの盛り合わせにする。

 

「おっ、このカクテル、美味(うま)いね!」

 

  竜太郎が、そう言って、みんなに微笑(ほほえ)んだ。

 

「うん、おいしい」とか「うまい、最高!」とか言って、みんなは、目を見合わせた。

 

「この前の、しんちゃんの『吉本隆明の芸術言語論についての講演』は、よかったですよ。

おれも、吉本さんには関心が高いよ。

吉本さんの仕事のポイント、重要な所となると、確かに芸術言語論になるんだと思いますよ」

 

 竜太郎が、信也にそう言った。

 

「あっはは。竜さん、おれの未熟な考えに、お褒(ほ)めを、どうもです。

まぁ、詩なんていうものは、書こうと思えば、誰でも書けるものですよね。

でも、実際の生活や仕事の役に立つものでもないわけで、子どもが書くならなら、

すばらしいと褒(ほ)めることもありますが、大人が書くとなれば、

ほとんどの場合、大人が真剣になって取り組むものではないとかで、

ムダなもの、役立たないものとされてしまうわけです。

それでも、日本はまだまあ、世界有数の『詩』を愛する国なんでしょうけどね。

短歌や俳句をやっている人たちも数多くいますよね。

まあ、おれなんかも、親父(おやじ)が俳句をやっていたりして、そんな環境もあってか、

世界の人たちが平和で暮らしやすくなるのには、

みんなが詩人や芸術家になればいいやって、バカみたいなことを、いつも空想している、

まぁ、夢想家なんですよ。みなさん、ご存(ぞん)じのように。あっははは。

まあ、そんなおれなんですけど、そんなおれを勇気づけてくれるような本が、

最近、たまたま読んだ本にあったんですよ。あっははは。

中沢新一さんの『吉本隆明の経済学』という本なんですけどね。

それを読んで、急速に、吉本さんに親近感を持ったんです。

吉本さんは2012年にお亡(な)くなりになってますから、その2年後くらいの本なんですけどね。

中沢さんは、宗教人類学者で、明治大学特任教授もしていて、

『チベットのモーツァルト 』という本では、解説を吉本さんが書いてるんですよね。

まあ、それだけ、思想的にも親密な関係の中沢さんと吉本さんなんでしょうけど。

『吉本隆明の経済学』は、そんな中沢さんが吉本さんの志(こころざし)を継(つ)いで、

吉本さんの思想をまとめたような本なんです。

まあ、その本の終わりのほうでは、簡単に要約すると、

≪世の中を良くしていくような、そんな未来の革命の実現は、

人間の脳、つまり心の本質であるところの、詩的構造以外の何物でもない、

言い換(か)えれば、詩や芸術を愛する脳や心こそが、

より良き未来を実現する鍵(かぎ)である≫って言っているんですよね。

おれは、まったく、これしかないだろうな!って、吉本さんと中沢さんの考えに、

深く共感しちゃいましいたよ。あっははは」

 

「わたしも、共感しちゃうわ。しんちゃん!」

 

 可愛(かわい)らしいショートボブの、詩織がそう言った。

 

「わたしも、やっぱり、人間に必要なのは、詩とか芸術とかを大切に思う心だと思うわ」

 

 ふんわりしたロブのヘアスタイルの、奈緒美もそう言って、ほほえんだ。

 

「おれも、まったく、共感しますよ、しんちゃん。それにしても、吉本さんは、脳や心には、

詩的なものや芸術的なものが不可欠だということを証明するために、

たくさんの論考とかを書いて、知的な格闘をし続けたんだよね。

でも、だからって、詩や芸術をやっている人を、特権階級とかって、

特別扱(あつか)いするんじゃないわけですよね」

 

「そうなんですよね、竜さん。むしろ、吉本さんは、特権階級や権力とか権威とかを、

自由を阻(はば)むシステムや制度や幻想として、解体しなければと考えていましたからね。

そんな意味では、場合によっては、≪知識も悪だ≫って吉本さんは言ってますよ。

あっははは。

そんな思索(しさく)の結果が、≪アフリカ的段階≫という考え方なんでしょうね。

≪アフリカ的段階≫という考え方は、人類の文明や精神の歴史を、

どこまで掘り下げることができるかが問われている、として生まれたんですよね。

そんな、国家もない、原始的な、アフリカ的段階な社会にとっても、鍵(かぎ)を握(にぎ)るのは、

人間の脳=心の本質であるところの、詩的構造以外の何物でもない、

と、中沢さんの『吉本隆明の経済学』に書いてます。

なんか、難しいお話して、すみませんね、みなさん。

あっははは。もうちょっと続けますと、

『吉本隆明の経済学』にはこんなことも書かれています。

・・・言語も経済も、マルクスの言う意味での≪交通(コミュニケーション)≫であって、

少なく見積もっても、数万年の間、人間の脳=心が生み出した、って中沢さんは書いてます。

・・・その脳=心は、初め、詩的構造として生まれ、そののちも、

この構造を深層に保ち続けてきた、と。

・・・吉本さんは、その根源的な詩的構造の場所に立ち続けることによって、

稀有(けう)な思想家になった、と。

・・・そして、その≪詩人性≫は吉本さんの思想の揺(ゆ)るぎいない土台であった、と。

まあ、そんなことを中沢さんは述べています。

・・・おれは、これまで、吉本さんの思想が、巨大(きょだい)で、偉大で、大きすぎるので、

よくわからなかったのですが、かなり理解できた気持ちになりました。あっははは」

 

「なるほど、そういう事情で、吉本さんも、『芸術言語論』には、思い入れが強かったんですね」

 

 竜太郎がそう言う。

 

「そうなんです。吉本さんは、『貧困と思想』という著書の中では、こんなことを言ってます。

≪芸術という概念、(吉本さんの場合は文学ですが、)それを普遍化してゆけば、

政治問題も経済問題も同じように解(と)けるのだと考えているわけです≫って」

 

 信也はそう言った。

 

「なるほど。吉本さんの思想に共感する、おれたちに、さて、

これから何ができるのか?ってことになりそうだね。

まぁ、まぁ、今夜は、飲んで、食べて、楽しくやりましょう!

最初から、難しい話になりましたけど、あらためて、みなさん、カンパーイ(乾杯)!」

 

 そう言うと、竜太郎はグラスを持った。

 

「カンパーイ(乾杯)!」

 

 4人は笑顔で、グラスを合わせた。

 

≪つづく≫ --- 110章 おわり --- 

 



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111章 子ども的 段階の賛歌 ( ジョバンニや カンパネラのように )  

111章 子ども的 段階の賛歌 ( ジョバンニや カンパネラのように )  

 

 5月29日、日曜日、朝の9時過ぎに、川口信也はベッドで、

昨夜のアルコールが少し残(のこ)るままだが、爽快(そうかい)に、

朝の陽ざしの中、目覚めた。

 

 昨夜は、12時ころまで、下北沢の南口商店街にあるバーで、

うまいカクテルを飲み交わしながら、クラッシュ・ビートのリーダー、

会社の同僚、同じ課長職で、親友の、森川純と、二人だけで、

楽しく爆笑したりと、いろいろ語り合った。

 

・・・純のヤツ、次のアルバムのために、1曲、なんとか、作ってくれとか言って、

おれをおだてんの、うまいよな!

まあ、でも、まてよ、けさ見た夢の続きから、なんとか、1曲、できそうだぞ・・・

 

「あっははは」

 

 信也は、ぼんやり、そんなことを思い、

ベッドの中で笑って、起き上がると、パソコンに向かって、

作詞を始めると、午前中には、

メロディーをつけて、大まかながら、1曲を完成させた。

滑(す)らかに流れるようなヴォーカルの、8ビートのバラードで、

美しいメロディーの、信也の代表曲になるような予感があった。

 

歌のタイトルや構想は、最近、読んでいた吉本隆明(たかあき)の著書の

『アフリカ的段階について』を、ヒントにもした。

 

ーーー

子ども的 段階の賛歌 ( ジョバンニや カンパネラのように )  作詞作曲 川口信也

 

朝の目覚めは 夢から覚めたばかりで 現実感がなかった

宮沢賢治の 『銀河鉄道の夜』みたいに 楽しい夢だった 

その主人公の 子ども ジョバンニや カンパネラのように 

おれも 夢の中なのに ひたむきに 熱心に 生きていた

 

でも おかしいよね  夢の中でも 一生懸命に 生きてるなんて

考えてみると 現実の人生のほうが 夢や希望がない気がする

社会の 問題山積や 困難で 夢や希望は壊(こわ)れていくのかな?

でも ジョバンニや カンパネラのように 元気に 楽しく 生きていたいよね!

 

 あああ、子どものころって 誰にとっても とても 大切な時期だよね

 その人の 人生の 幸せや 不幸を 決めてしまうくらいに

 愛情の不足とかで 心に 傷を負(お)うなんて こともあるでしょう

 それでも 子どものころのこと 忘れないで がんばろうよ!

 この歌は 人生の中で 最も素晴らしい 子ども的段階の賛歌なんです! 

 

きょうも 住みなれた 街の風景や 野原や 河原は

沈(しず)みゆく 太陽の光で 紅々(あかあか)と 煌(きらめ)く 

そんな 夕暮れの美しさは 子どものころと 少しも変わらない

やっぱり 子どものころの 気持ちを 忘れちゃいけないんだよ!  

 

きっと みんな 子どものころなら 感動することが あったはず!

友だちと 遊ぶ 楽しさに 夢中になって 時間も 忘れたよね

その帰り道 大空に 広がる 夕焼けは 美しかったよね

そんな子どものころって やっぱり 誰だって 詩人なんだよ!

 

 あああ、子どものころって 誰にとっても とても 大切な時期だよね

 その人の 人生の 幸せや 不幸を 決めてしまうくらいに

 愛情の不足とかで 心に 傷を負(お)うなんて こともあるでしょう

 それでも 子どものころのこと 忘れないで がんばろうよ!

 この歌は 人生の中で 最も素晴らしい 子ども的段階の賛歌なんです! 

 

「子どもを 馬鹿にして 教えてはいけない」 と言う 吉本隆明さん

「人間社会の 理想の可能性を 描(えが)いたり 考える力!」 

そんな 「人間力」が 大切だって 語っている 吉本さん

子どもの 心を持って 生きることが 1番かも知れないよね!

 

あの マルクスが 資本主義社会を研究した 『資本論』だって  

「個人の 全的な 自由を 実現する」という 理念で 書いたという

しかし 「やむおえず 社会や 集団を 作(つく)らざるをえなかった」

というのが カール・マルクスの ほんとうの考え方 なんだってさ!

 

 あああ、子どものころって 誰にとっても とても 大切な時期だよね

 その人の 人生の 幸せや 不幸を 決めてしまうくらいに

 愛情の不足とかで 心に 傷を負(お)うなんて こともあるでしょう

 それでも 子どものころのこと 忘れないで がんばろうよ!

 この歌は 人生の中で 最も素晴らしい 子ども的段階の賛歌なんです! 

 

≪つづく≫ --- 111章 おわり --- 

 



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112章 芸術と自然は、人間をまともなものにする

112章 芸術と自然は、人間をまともなものにする

 

 7月2日、土曜日。朝から青空で、日中の気温は31度と、真夏のようだ。

 

 午後2時を過ぎたころ、川口信也は、下北沢駅南口の改札付近で、

清原美樹(みき)と小川真央(まお)、岡昇(のぼる)と南野美菜(みな)の4人と、偶然に出会った。

 

「あらっ、しんちゃん!」

 

 最初に信也を見つけた美樹が、満面の笑みで信也に声をかけた。

 

「よーぉ!美樹ちゃん、真央ちゃん、美菜ちゃん、岡ちゃん。こんなところで会うとは!あっはは」

 

 信也はそう言って、いつものように、さわやかに笑う。

 

 信也は、バリカンで刈り上げて、てっぺんは長くても2センチほど、前髪は6センチほどで、

夏向きのリーゼントに決めていた。午前中にカットしたばかりだ。1990年生まれの26歳。

 

 5人は、シティー カントリー シティ (CITY COUNTRY CITY)で、お茶をすることにした。

 

 その店は、南口から歩いて1分のビルの4階にある、パスタもおいしい、カフェ・バーだ。

 

 店では、中古アナログ・レコードやCDなども販売している。

すべての中古レコードは、設置してあるターンテーブルで気軽に楽しめる。

 

 美樹と真央と美菜の3人は、1992年生まれ、同じ24歳だ。

3人は、早瀬田(わせだ)大学を卒業すると、去年(2015年)の4月から、

信也も課長をしている外食産業のモリカワ本社に入社した。

モリカワは、連結決算も、900億円と、順調の優良企業である。

 

 岡昇は、1994年12月5日生まれ、まだ、21歳。早瀬田の商学部の4年生。

大学のサークル、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)の会計をしている。

美菜は、そのMFCで結成したロック・バンドのドン・マイのヴォーカルをしている。岡は交際中だ。

そのMFCでは、信也や美樹たちも、バンドを組んで、楽しくやっていた。

 

 5人は、「5人用のテーブルがないじゃん」とか言って笑いながら、

店のスタッフに頼(たの)んで、4人用の四角いテーブルに、椅子を1つ足して座(すわ)った。

店内は、正午の開店から18時までは禁煙になっている。店の席数は15席だった。

 

 みんなは、セットメニューのアップルケーキとコーヒーとかを注文した。

 

「おれ、この店、好きなんですよ。レコードを自分でかけて聴(き)けるし、

ライヴやお芝居のチラシが置いてあったり、下北(しもきた)らしいですよね!しんさん!」

 

「岡ちゃん、おれのことは、しんちゃんで、いいんだって。しんさんじゃぁ、語感も変だし。あっははは」

岡ちゃんも、下北が大好きなんだから、来年の就職先は、モリカワに決まりだよな。

おれも、純も、推薦するから。入社を待ってますよ、ね、岡ちゃん」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。しんちゃん!

おれも、大学を卒業したら、モリカワに就職したいっすよ。

社員の音楽とかの芸術活動に理解がある、そんな環境のいい会社って、なかなかないですよ。

それに、本社に就職できれば、しんちゃんや純さんや、美樹ちゃん、真央ちゃん、

美菜ちゃんとも、一緒なんでしょうからね!うれしいなぁ!あっははは」

 

 岡はそう言って、天真爛漫(てんしんらんまん)に笑うと、みんなと目を合わせた。

 

「モリカワは、芸術活動支援の慈善事業のユニオン・ロックの効果で、

世の中に優良企業のイメージが広まっていて、

すごい追い風の順風満帆(じゅんぷうまんぱん)なんですよ。

うちと、竜さんのエタナールは、数少ないホワイト企業って呼ばれてますからね。あっははは」

 

 信也は、そう言って、どこかいたずら盛(さか)りの子どものように、笑った。

 

「岡ちゃん、モリカワに入って、一緒にお仕事しましょう!」

 

 美樹が、そう言った。みんなは、明るく笑った。

 

 岡が、「ありがとうございます」と言って、ちょっと頭をかいた。

 

お客の女の子が、アップした女性の瞳(ひとみ)がジャケットの、

B’zの、『LOVE PHANTOM』(ラヴ・ファントム)の中古のシングルCDを試聴して、

その曲が店内に流れる。

 

「あぁ、わたし、この歌好きなの。愛は幻(まぼろし)なのかしら?って考えさせられる歌詞で、

小説のような深い内容よね!」と、小川真央(まお)が言った。

 

「B’zは、いいわよね。稲葉さんの声は素敵(すてき)よね。

特に、稲葉さんのシャウトは、わたしのお手本にしたいの」

 

 南野美菜(みな)はそう言う。

 

「美菜ちゃんの歌も、十分に素敵な声ですよ。

でも、この『LOVE PHANTOM』は名曲ですよね。

しんちゃんの新曲の『子ども的段階の賛歌』も、

8ビートと16ビートの複合のリズムで、『LOVE PHANTOM』に似た感じですよね」

 

 岡は、信也にそう言った。

 

「そうかな。『LOVE PHANTOM』は、おれのより、アップテンポで、

ロックとクラシックが見事(みごと)に融合されている名曲だよね。

松本さんのアーミングやタッピングも決まっていて、最高のプレイだよね」と信也は言った。

 

「しんちゃんの『子ども的段階の賛歌』も、名曲よ。わたし大好き!

わたし、しんちゃんに聞きたかったんだけど。

やっぱり、みんなが平和に幸福に暮らしていくためには、

子どものころの気持ちを忘れては、ダメってことなのかしら?」

 

 美樹が信也にそう言った。

 

「おれ、子どもたちを、極端に美化するわけじゃないんですけどね・・・。

たとえば、この自然界には、もともと善や悪という考えがないように、

子どもたちは、何が善で、何が悪かも、自分で判断できない、

自然児というか野生児のような存在ですからね。

だから、悪いことをする子どももいるわけですけどね。

そんな子供たちの成長には、親や社会の愛情とかが必要なんですよ。

でも、子どもって、やっぱり、その心というか、魂は、無垢(むく)というか、

汚(けが)れがなくて、清浄なんだと思うんですよ。

ですから、子どもたちの感性や感受性は、鋭敏(えいびん)で、豊(ゆた)かで、

自然の中で、自由にのびのび、楽しく遊ぶことに夢中になれるんですよね。

いわば、子どもたちには、芸術家や詩人の資質がもともとあるんでしょうね。

そんな子どもたちが、大人(おとな)になって、平和で楽しい社会を作っていけたらいいなと、

おれは空想してしまうんですよ。あっははは。

大人になっていくと、いろいろな迷妄(めいもう)に、人は迷い込むものですよね。

誤(あやま)った考えを、真実と思い込(こ)んだり、信じ込んだりで、

なんか、違うんじゃないのっていう感じの、大人が多すぎますよね。あっはは。

まあ、そんな迷妄から、子どもたちやみんなを守る、考え方をしていかないと、

明るい未来は実現しないような気がするんですよ。あっははは

そう言えば、ノーベル賞の大村智さんは、『芸術と自然は、人間をまともなものにする。』

と言っていますけど、おれも、自然と芸術、この2つだよな!とよく思うので、

さすが大村先生だなあって、名言だなあって、共感するんですよ。あっははは」

 

 みんなに、信也はそう語った。

 

・・・美樹ちゃんも、陽斗(はると)くんと、うまくいっているようで、幸せそうだ、よかったぜ・・・

 

 微笑(ほほえ)む美樹を見ながら、信也はそんなこともふと思う。

 

≪つづく≫ --- 112章 おわり ---

 



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113章 信也と竜太郎、本田宗一郎を語り合う 

113章 信也と竜太郎、本田宗一郎を語り合う

 

 8月6日、曜日。朝から晴天で、最高気温は34度と、猛暑であった。

 

 午後の5時を過ぎたころ。

ビアダイニング・ザ・グリフォン(The Griffon )の、

9席あるカウンターで、川口信也と新井竜太郎のふたりは、

黒ビールを飲んでいる。

 

 料理は、店の自慢の、外はパリッと、中はジューシーな、

3種のソーセージをふた皿(さら)注文した。

 

 ザ・グリフォンは、渋谷駅から歩いて3分の、幸和ビルのB1Fにある。

20種以上のクラフトビール(地ビール)を用意してある。

落ち着いた雰囲気の、39席がある店だ。

 

「日本の社会が、こんなふうに元気がないのは、ひとことで言ったら、

子どものころにあった純真さとでもいうのかな、

そんな希望や夢を持っていたころの心を失(うしな)っちゃったことが原因なんですかね?!

おれは、はっきりと、そんなふうに感じているんだよ、しんちゃん。あっははは」

 

「あっははは。そのとおりでじゃないですか。おれも同感します。

しかし、社会のシステムというか、制度というか、その仕組みというのか、

グローバルな競争とか、格差社会は広がるしで、

人々の環境は日に日に厳(きび)しくなっているようで、

ほとんどのみんなの、元気で明るかった子供のころの、純真さや無垢(むく)な心は、

知らないうちに、荒(すさ)んだり、衰弱していくように感じますよね。

ねっ、竜さん!」

 

「まあ、おれたちの、エタナールとモリカワが、共同事業で展開している、

『ユニオン・ロック』は、こんな世の中に対する、抵抗みたいな感じで始めたんだけどね!

・・・おれの思いつきで始めたことだったんだけど、

社内では、こ企画に反対ばかりだったんだけど、開始できてよかったって、思っているんだよ。

まったく、しんちゃんとか、モリカワさんたちと付き合いだして、しんちゃんたちを見ていて、

童心を忘れないで、大切にしながら、ビジネスをしている人たちっているんだって、

おれ、目から鱗(うろこ)でね、あっははは。

それで、おれのそれまでの価値観とか、思い上がりとかを、すごく反省させられたしね。あっははは。

まあ、その結果、『そうだ、芸術的な慈善事業を興(おこ)して、子どもたちの支援とかにつなげれば、

それは、みんなが芸術的なことの価値についても考えることになったりするだろうとかで、

その結果、社会を良くすることにも役立つんじゃないかな!?』って感じで、

思いついたアイデアだったんだよ、『ユニオン・ロック』は。あっははは」

 

「それが、ものの見事に的中していますよね。

『ユニオン・ロック』は、芸術活動を無償で支援するユニークな慈善団体として、

大成功で、エタナールとモリカワは、世界からも注目ですもんね、竜さん!」

 

「でも、同じ業界からは、嫉妬(しっと)や皮肉(ひにく)も多くてね、しんちゃん。あっははは」

 

「あっははは、あんなの、どうでもいい連中ですよ、竜さん。ああ、おれ、酔(よ)っちゃいました、

あっははは。

竜さん!竜さんも、いずれは、エタナールの社長になるんでしょうけど、

経営者には、絶対に、子どものような、純真な心が必要だと思いますよ。

おれの好きな経営者に、ホンダの本田宗一郎さんがいるんですけどね。

本田さんは、こんな言葉を語っているんですよ。

『技術と芸術の共通点は、自分に忠実であることが、悔(く)いの残らないものを作るための、

最低条件であるという点だ。私が最も美しいと思うものを、

同時代の多くの人もそう思ってくれると信じてきた』ってね、いいことを言っていますよね、

本田さんって、一流の芸術家でもありますよね、こんな考え方ができるんですもん。

おれ、本田さんの言葉で、一番のお気に入りかなあ、これが!

別冊宝島の『本田宗一郎っていう生き方』に載(の)ってたんですけどね!」

 

「いい言葉だね、しんちゃん、

本田さんも、童心を忘れないで大切にした素晴らしい経営者だったんだね、

おれも尊敬しちゃうな。あっははは」

 

 信也と竜太郎は、目を合わせて、陽気に笑った。

 

≪つづく≫ --- 113章 おわり ---

 



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114章 信也、『詩とは、芸術とは何か?』の講演する  

114章 信也、『詩とは、芸術とは何か?』の講演する  

 

「みなさん、こんにちは!お元気ですか?」

 

「元気です!しんちゃん!」

 

 8月20日の午後2時。定員72名の、ミーティングルームの演題に立つ、

身長175センチの、川口信也の挨拶(あいさつ)に、

前列(ぜんれつ)の3人掛(が)けのテーブルの、

小学生や女子中学生や女子高生たちは、可愛(かわい)い歓声を上げる。

 

 10代の男子や、大学生、社会人の男女も来ていて、満席だ。

信也と交際して、3年になる大沢詩織や、

3年前に信也と別れた、清原美樹も来ている。

信也のロックバンド、クラッシュ・ビートの森川純や他(ほか)のメンバーも来ている。

信也の飲み仲間で、エターナルの副社長の、新井竜太郎の姿もいる。

 

 若者や大人たちによる文化・芸術活動の支援を目的としている、

慈善事業のユニオン・ロックの、SNS(Social Networking Service)は、

開始して約2年を経(へ)て、

パソコンとスマートフォンで、アクティブ・ユーザー数は、現在700万人を超(こ)える。

 

「えーと、ブラジル・リオデジャネイロのオリンピックも、いまさっきは、

男子400mのリレーで、銀メダルを取っちゃいましたよね!

ああいう、精神と身体(からだ)で、自分の限界に挑戦する、

スポーツのお祭(まつ)りも、人を感動させるっていう意味でも、

芸術品なんだなあと、ぼくはつくづく思いました。あっははは」

 

 信也が陽気に笑うと、会場のみんなからも笑い声や拍手がわいた。

 

「この授業は、第21回目です!さて、きょうは、

まあ、スポーツ選手なら必ずやっているストレッチのお話から始めます。

ゆっくりと、10秒から30秒ほどと、ゆっくりと筋肉を伸ばして、

疲労回復やリラックスやけがの予防などに役立つ、ストレッチです。

実は、インターネットで調べても、科学的に、なぜストレッチが大切なのか?って、

みなさんに、ほとんど知られていないのが、現状のようです!

このディスプレイの映像や資料は、NHKの『ためしてガッテン』の

『冬の若返りストレッチ術』からのものです。

みなさん、老化の原因物質って、なんだと思いますかぁ?ねえ、そこの可愛(かわい)い、みなさん!」

 

「わかんなーい!ほら、よく、お刺身とかが、酸化するっていうじゃない。

酸化が老化の原因かな?しんちゃん!きゃっはは」

 

「ありがとうございいます!みなさん、優秀ですよ!あっははは。そうですよね。

よく、巷(ちまた)では、酸化(さんか)するとか耳にしますよね。

おれなんかも、その程度のことしか、この番組を見るまで知りませんでした。あっははは。

ディスプレイを見てください!筋肉には、このように、繊維質の膜(まく)の形をした、

白くてプルンプルンと柔(やわ)らかいコラーゲンがあるんです。

このコラーゲンが、なんと、糖(とう)と合体して、コラーゲンの糖化が進行すると、

筋肉は和菓子のかりんとうのようにいガチガチに硬くなってしまうんです。

コラーゲンの糖化は、糖尿病や食後の高血糖で加速するなんて、番組では言ってます。

コラーゲンは、全身の組織にあるんですよね。たとえば、骨のコラーゲンが糖化されたら、

しなりもなくなって、このようにぽきんと折れちゃうんです。こわいですね。

こちらは、目のコラーゲンですね。糖化されると、視力が低下します。

皮膚のコラーゲンが糖化されると、しわやくすみの原因になってしまいます。こわいですよね。

ここで、1番大事なことは、身体(からだ)が硬(かた)いと血管も硬いってことですが。

血管というのは、このように、三層の構造になってます。

その二層目は、平滑筋(へいかつきん)ですが、

平滑筋の中のコラーゲンが糖化されてしまうことが、動脈硬化の原因の1つになっているんです。

さて、問題はここなんですよね、みなさん!

ここまで、黒くてガチガチに硬(かた)くなってしまった、

この和菓子のかりんとうのようになったコラーゲンが、

はたして、白くいプルンプルンの柔(やわ)らかなコラーゲンに、戻(もど)ると思いますか?!

どうですか、いつも素敵(すてき)な元気なお嬢(じょう)さんたち、あっははは」

 

「きっと、戻ると思います!だって、しんちゃん、自信満々で、嬉(うれ)しそうなんだもん!きゃっははは」

 

「老化を可能な限り小さくする、アンチ・エイジングには、食事をするときは、

野菜を先に食べることによっても、コラーゲンの糖化を遅(おく)らせることができます。

筋肉の中のコラーゲンは、このように網目(あみめ)となって、

蜜柑(みかん)のネットのような構造をしていまして、そのおかげで、

柔(やわ)らかく保(たも)たれています。しかし、血液中に糖の多い状態が続くと、

糖がコラーゲンの網目にベトベトくっついて、そのしなやかさを失(うしな)わせてしまうんですね。

さて、ここからです。主役の登場です!それが、この繊維芽細胞(せんいがさいぼう)なんです。

まだ、コックリと眠っていますよね。あっははは」

 

 信也は、右手の大型ディスプレイを見て笑った。

 

「この繊維芽細胞くんたちは、金(かな)づちなのかハンマーなのか持ってますよね。

言ってみれば、わたしたちの身体(からだ)の中の大工さんなんですよ。あっははは。

実は、ストレッチをすると、古いコラーゲンはところどころ傷(きず)つくんです。

繊維芽細胞(せんいがさいぼう)たちは、その傷ついたことに気がついて、古いコラーゲンを捨てて、

糖化でガチガチになったコラーゲンを新しいコラーゲンに入れ替えてくれるんです。

筋肉のコラーゲンの網目を修復してくれました!

つまり、ストレッチをすると、繊維芽細胞たちが働いてくれるんですよね!すばらしいですよね!

あっははは。

まとめますと、ストレッチを続けることで、老化したコラーゲンは若返る!ってことです。

おれも、よくビールを飲んだりするんで、糖化との闘いの日々ですから、

ストレッチは、もう日課です。あっははは。どんなストレッチが、いいかは、

みなさん、ネットで調べたりして、研究してくださいね!あっははは」

 

「わたし、しんちゃんに、ストレッチ教えてもらいたいです!」と、女子中学生が言って、微笑んだ。

 

「わかりました、じゃあ、後(あと)で教えてあげね!君たちは、いつも天真爛漫(てん しんらんまん)で、

おれの可愛(かわい)い妹みたいなんだからなぁ!あっははは。

えーと、今回のタイトルは『詩とは、芸術とは何か?』なんだけどさ。

たぶん、おれの自己満足のつまらない芸術論なんだよね!あっははは」

 

「がんばってー!しんちゃんなら、大丈夫(だいじょうぶ)よ!金メダル、まちがいなし!」

 

 誰かがそう言って、小・中・高生たちは、一斉(いっせい)に可愛(かわい)い歓声を上げる。

 

「ありがとう、ありがとう、みんな。君たちからの金メダルをいただいておくよ。あっははは!

さて、いまの世の中、デジタル革命いってもいい、便利さで、

誰でが、昔に比べても、芸術的なことや、趣味にチャレンジしたり、

楽しめるようになったと思うですよね。

けれど、そんな状況とは反対に、世界中では、戦争やテロや難民問題とかのニュースが多くて、

ひとことで言ったら、人の心は、危機的な状況になっているんだと思います。

 

所得とかの、いろいろな格差とかでも、貧困が生まれて、人の心は荒廃しています!

そんなわけで、みんなの心には、いつも悲しいとか淋(さび)しいとかが、慢性化しているのが、

現代社会なのかな、っていうのは考え過ぎかな。あっははは。

 

でも、じゃあ、何がいけないんでしょうかね。おれは、明るい未来のある明るい生き方を示す、

明確なビジョン、つまり、構想とか未来図とか未来像とか、理想的な人間像とか、ヒーロー像とか、

つまり、おれらの明るい未来の姿っていうものを、誰もが描けないことが、

まず、1番の問題点かなっ思ったんだよね。おれは。あっははは。

 

じゃあ、おれは、どんなビジョンを持っているんだって、自問自答したんですよ!

そしたらさあ!あっははは。すぐに答えが出たんだよね。あっははは!

何だと思うかな!そこのスウィング・ボブが決まっている可愛い子!何だと思う!」

 

「わたしですかぁ!きゃははは。しんちゃんのビジョンっていえば、『みんなが詩人になること』

しかないんじゃないですかぁ。きゃははは」

 

 スウィング・ボブのヘアスタイルの女子中学生が笑いながらそう答えた。

会場のみんなも明るく笑った。

 

「ピンポン!大正解だよ。よく、おれのこと知ってるじゃん!

そうなんですよ。おれは、誰もがみんな、詩を書けば詩人だし、

絵を描けば、素晴らしい画家だと思っているんですよ!

だってさ、学校の廊下や教室に貼られているみんなの絵を、じーっと見つめたりしていれば、

おれなんか、じきに、胸がつまって、涙が出てくるんだから。あっははは」

 

 会場のみんなからは、大爆笑と拍手の嵐。

 

「なぜ、詩や芸術のテーマなのに、ストレッチのお話をしたかと言うとですね!

ひとことでいったら、おれらが生きているこの自然界に逆(さか)らっては、

幸せには生きることができないように、この世界はできているってことなんだと思います。

 

みなさんには、古い時代の話なので、知らない人も多いでしょうけど、

画家としても有名で、1970年の万博博覧会では、この『太陽の塔』をつくった、

岡本太郎さんは、こんな世の中で、『失(うしな)われた自分を回復するための、

もっとも純粋で、猛烈な営(いとな)み。自分は全人間であるということを、

象徴的に自分の姿の上にあらわす。そこに今日(こんいち)の芸術の役割があるのです。』

ということを、知恵の森文庫の≪今日の芸術≫でお話になっています」

 

 そういって、色鮮やかなディスプレイの『太陽の塔』を、信也も見つめる。

 

「芸術には、岡本さんの言うような役割があると、おれも思います!しかし、現代社会では、

そんな芸術が、やたらと、国が褒(ほ)めたたえて賞の授与の対象になったり、

何々賞とかの対象になったりで、どんどん高級化されたり、栄誉の対象となったりして・・・、

2015年には、ゴッホの絵画、この『アリスカンの並木道』は79億円超で落札されましたけど。

商品化できるものが芸術だとか、そんな先入観が、知らないうちに、頭の中にインプットされ、

埋め込まれてしまうのじゃないでしょうか。マインドコントロールとかの、

一般社会で言われる心理操作というのは、

案外簡単に、普通の人がひっかかちゃうものだと思います。

 

さて、おれは、やっぱり、ひとことで言ったら、人間と自然との友好関係を修復することが、

現代の衰弱して、無力になっているような、われらの芸術の復活になると思っています!

1番始めに、ストレッチのお話をした理由は、その自然界の仕組みに、驚くとともに、

自然に対する敬意というのかな、尊敬や感謝の気持ちを強く感じたからです!

その自然の中で、活躍する人たちと言いますか、

いまはちょうど、オリンピックで、盛り上がってますよね!あっははは

男子団体総合や男子個人で、金メダルに輝いた、内村航平さんにも熱いものを感じました。

金メダルにこだわるのもおかしいですけど、そこから感動的なドラマが生まれますよね。

あの内村さんも、ぼくから見れば、すごい芸術家です!

つまり、人は自然の中で、身体(からだ)を動かして、活動することによって、

芸術家になるんだし、芸術活動をやっていくんですよ。

と言うか、人は、生まれた赤ちゃんのときから、人を喜ばす、芸術家なんですからね。

そんな誰にでもあるはずの、芸術家の芽とでもいうものを、すくすくと伸び伸びと育ててゆく、

そんな学校の教育こそが大切ですし、みんなが自分の力を信じて、個性を生かして生きることが、

本来のといいますか、幸せを目指せる生き方なんだろうって、おれは思うんです!あっははは」

 

 信也がそう言って一息ついて、演台に用意されたグラスの冷えた水を飲む。

そのあいだ、拍手が鳴りやまない。

 

「生命なんて、とても誕生できないはずの、過酷な環境の、この広大な宇宙の中で、

生命にとって最適な大自然に恵(めぐ)まれた、奇跡の星が、この地球です。

そんな大自然と人間の相互関係って、どんなものなんでしょうか。

それを、わかりやすく、普遍性、つまり、いつの時代でも通用する言葉で語っているのが、

19世紀の哲学者のカール・マルクスが26歳で書いた『自然哲学』なのだと思います。

『自然哲学』は、晩年の大作『資本論』の根幹をなす思想といわれています。

詩や芸術を尊ぶ心の大切さが、瑞々しい感性で語られていると、おれも感じています。

『資本論』には、資本主義の分析に追われるうちに、そんなマルクスの初心が、

消え失せてしまっているようで、歴史的にも多大な誤解を生んでしまっている気もします。

吉本隆明さんが、『マルクスの自然哲学』っていう文章で、わかりやすく語ってくれているので、

その吉本さんの文章をコピーしてお配りしました。若い人には、ちょっとばかり、

難(むずか)しい内容ですが、お時間のある時にでも、読んでみてください」

 

 会場からは、拍手がわいた。

 

「吉本さんが敬愛していて、おれも尊敬している詩人で童話作家の、

みなさんもよくご存(ぞん)じの宮沢賢治は、こんなことを言ってます。

『世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない』って言葉です。

『農民芸術概要(のうみんげいじゅつがいようこうよう)』って中の言葉ですが、

おれの心にも、衝撃(しょうげき)というか、心を凍(こお)らせるような言葉なんです。

吉本隆明(たかあき)さんは、『詩とは何か』という著書で、

『詩とは何か、それは、現代社会の中で口に出せば全世界を凍らせるかもしれないほんとのことを、

かくという行為で口に出すことである。こう答えれば、すくなくともわたしの詩の体験にとっては

充分である。』と語っています。

おれは、実はこれまで、吉本さんの言うこの詩の定義がわかりませんでした。あっははは。

そこに、つい最近、さっきの宮沢賢治の言葉が、ぴったりくるって思ったんです。あっははは。

『世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない』って言葉ですけど、

これこそは、全世界を凍らせる言葉であり、究極の詩かもしれませんよね!あっははは。

まあ、詩も芸術も、もっと身近なテーマでいいんだと思います。

世界中凍(こお)っては、氷河期に突入してしまいますからね。あっははは」

 

 会場のみんなもっ笑った。

 

「お話をまとめますと、マルクスにしても、宮沢賢治にしても、吉本隆明さんにしても、

人間は、自然や他者との、豊(ゆた)かな交流や共感や交感の中でこそ、幸福に生きられるのだと、

言っていると、おれは感じています。そこに詩や芸術も生まれるのだと思います。

・・・これで、きょうのおれのお話は終わりにしたいと思います。

きょうは、世田谷区の、たまがわ花火大会ですよね。

朝方の大雨や、にわか雨もありましたけど、本日は予定通りの花火大会がきっと実現できます!

きょう、ここにお集まりのみなさまには、ご案内の地図にある場所に、

シートになりますけど、観覧席をご用意してあります。

きょうは、7時から開幕で、花火は打ち上がります!みなさんで、楽しいひとときを過ごしましょう!

夜空の大音響の色鮮やかな花火は、真夏の芸術です!あっははは。

それでは、これからも、みんなで、いつも元気に、いろいろと楽しくやってゆきましょう!」

 

「しんちゃんと、いっしょに、花火を見れるなんて、最高です!」

 

 女子学生が、そう言った。会場からは拍手が鳴りやまなかった。

 

 この講演で、配(くば)られた、吉本隆明の著作の『マルクスの自然哲学』は、下記のものだった。

 

ーーー

『マルクスの自然哲学』

 

 自然に対して何か働(はたら)きかけを行うと、必ず人間のほうも変容してしまいます。

「もうひとりの自分」になってしまう。マルクスの『経済学・哲学草稿』のなかの言葉でいえば、

「有機的自然物」になってしまう。

 

<中略>

 

 人間が自然(外界)に働きかけたとき、心身ともに ── つまり精神的にも物質的にも ── 

どういうことが生じるかという問題は、ぼくの知っているは範囲では、

マルクスしか言及(げんきゅう)していません。

 

 マルクスは、「人間が精神的ないし身体的に自然に働きかけると、

自然は価値化する」といっています。人間が働きかけると、ただの自然でなくなって

「価値的自然」になる。人間の延長線になって、人間の役に立つような価値を生じる。

したがってそれは、人間の身体の延長線になる、とマルクスはそこまでいってます。

 

 ではそのとき人間はどうなるかというと、人間は逆に自然になっちゃうんだといってます。

マルクスは「有機的な自然」という言葉を使ってますけれども、有機的な自然になってしまう。

どういう意味かといえば、自然に働きかける人間は、そのとき「人間」ではなく、

機械ないし筋肉の行使者といったような「有機的自然」になってしまうということです。

 

 価値化された自然というのは人工的な自然である、というふうにいうならば、

それは経済的価値になったり文学的価値になったりする。

反対に、人間は自然が収縮(しゅうしゅく)したものになる。

つまり、人間の身体は自然そのものと同じかたちになってします。

自然のように狭(せば)まってしまうといったらいいんでしょうか、

あるいは自然のように広(ひろ)がってしまうといったらいいのか、

ともかく人間が自然に働きかけると、人間の身体は自然と化してしまう。

これがマルクスの自然哲学の考え方です。

 

 人間および自然に対する考察として、ここまでいった人はいないんじゃないかと思います。

 

(川口信也からの説明)

有機体とは、生命現象をもっている個体のことです。ですから、有機的とは生命的ということでしょうか。

 

    ーーー  以上は、吉本隆明 著、「日本語のゆくえ」、光文社知恵の森文庫からの引用です ---

 

≪つづく≫ ---  114章 おわり ---

 



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115章  信也が連載マンガの主人公になる

115章  信也が連載マンガの主人公になる

 

 7月17日の土曜日。よく晴れた青空の午後2時を過ぎたころ。

 

 川口信也が運転するホワイトパールのトヨタのハリアーが、

都道311の環八(かんぱち)を走ると、世田谷区の砧(きぬた)公園駐車場に止(と)まった。

 

 助手席(じょしゅせき)には、淡(あわ)いピンクで、細(ほそ)いラインの、

ペンシル・スカートが可愛(かわい)い、マンガ家の青木心菜(ここな)が乗っている。

 

「しんちゃん、今年の4月だったんですけど、わたしのお友だちが、

この美術館の中のフランス料理のレストランで、ウエディングパーティをしたんです!」

 

 駐車場のすぐ隣(となり)には美術館がある。

 

「この公園の中のファミリーパークは、1000本近い桜の名所ですからね。

4月じゃぁ、お花見にも最高だったんじゃないですか?心菜(ここな)ちゃん」

 

「そうなんですよ、ソメイヨシノやヤマザクラとか、満開で、とても素晴らしかったんです!」

 

「あっははは。それは、ほんに、すてきな結婚式ですよね!」

 

 ふたりは、自然の豊かな公園内を15分ほど散歩して、

美術館内にあるフランス料理のレストラン、ル・ジャルダンに入った。

 

 開放的なガラス張(ば)りの店内は、明るく、美しい緑(みどり)の公園の風景を楽しめる。

 

 2時から5時までが、ティータイムなので、ふたりは紅茶とケーキのセットを注文した。

 

「ところで、心菜(ここな)ちゃん。おれをモデルにしたマンガを描きたいっていうお話(はなし)ですけど。

あっははは」

 

 ダークグレーのポロシャツが、いたずら盛(ざか)りの少年っぽい感じの信也である。

 

「そうなんですよ、しんちゃん。わたしのマンガって、巷(ちまた)では、ルノワールって、

言われているじゃないですか。しんちゃんのイメージって、

そのルノワールの絵の中に登場する男性像にピッタリなんですよ。

それで、ずーっとしんちゃんがモデルの主人公の物語を構想していたんです」

 

「あっはは。でも、ルノワールって、女性の美を描(えが)いた画家って感じがするけれど、

男性をそんなに描いてましたっけ?」

 

「そのとおりです。ルノワ-ルは、永遠の女性美を追い求めたような画家だと思います。

でも、しんちゃんは、そのルノワールの中の女性たちが恋い焦(こ)がれる男性像に近いのだと、

わたしは思っているんです!つまり、しんちゃんには、わたしから見ると、

ルノワールの中の女性たちの相手として、ふさわしい、

とても貴重(きちょう)な不思議な気品があるんですよ、ぅふふ」

 

「ああ、なるほど。なんか照(て)れくさいような、うれしいような。

でも、お話は、ちょっと複雑な気がするけど。あっははは」

「しんちゃんって、いま、26歳ですよね。

でも、こうやってお会いしていても、時々、16歳みたいに感じちゃうときがあるんですよ。

それって、なぜなんでしょうね!失礼な言い方で、ごめんなさい」

 

「失礼だなんてことないですよ。あっははは。

おれなんか、15や16歳のころの、感受性が1番に鋭くって豊かなころが、

おれにとっては、1番に人間らしい生き方をしていたと、いまでも感じているんですよ。

それだから、若く見られたって、それはたぶん、自然なんですよ。あっはは」

 

「はぁ、その考え方って、しんちゃんの哲学ですよね!すごいと思います!ぁっははは」

 

「そういえば、18世紀に生きて、56年間の生涯(しょうがい)の哲学者の、

フリードリヒ・ニーチェがこんなことを言っているんですよ。『人の物の見方(みかた)は、

人それぞれに違う。なぜなら、立場が違えば、見方は変わるし、その人の欲望でも、

ものの見方は変わる』ってね。こんな当たり前のようなこと、実は、15歳のおれでも感じていたけどね。

でも、ニーチェって人は、その15歳の感受性で、生涯、人生について考え続けた人だったんですね。

おれは、そんなニーチェに共感するんですよ。

自分の感性に誠実で、世の中の権威や価値観に反抗するところなんかは、

まるでロックンローラーの精神の元祖(がんそ)みたいですよ。あっははは。

こんなものの見方から、ニーチェは、『<物事には本質がある>という考え方は絶対ではない』とか、

『真理は何でもって証明されるのか?・・・要するに利益(つまり、わたしたちに承認されるためには、

真理はどのような性質であるべきかという前提)でもってである』とか言っているんですよ。

ニーチェの『神は死んだ』という言葉は有名ですが、ニーチェは、彼独特の、ものの見方から、

これまで絶対的な価値だとしていた宗教とかを、徹底的に批判したりしたわけです。

しかし、これまでの価値観を否定する態度は、ニヒリズムといわれていて、

確かにニーチェのような徹底(てってい)したニヒリズムには、むなしさや暗さや虚無感を感じますよね。

ねえ、心菜(ここな)ちゃん。あっははは。でも、ニーチェは、このニヒリズムを徹底させたその先に、

見えてくるものを『永遠回帰』の世界として詩に表現したんですよ。

ニーチェは『今のこの瞬間が永遠に回帰するって言うんです。

回帰って、1周してもとへもどるってことですよね。あっははは。

時間が流れることには意味がないって言うわけです。このおニーチェの考え方は、

キリスト教的な時間のイメージとは正反対なんですよ。キリスト教では、天地創造があって、

人類の進歩があって、ゴールに向かって、よりよく生きて、その歴史が終わるとき、

すべての人は審判を受けて、善人は神の国に入ることができるっていうことらしいですから。

ニーチェの場合は、そんなキリスト教の直線的なイメージとは正反対に、

円のイメージに近いんです。円には始点も終点もないんです。時間は進んでも進んでも、

どこにも近づいていないし、何からも離れていない。等しく無価値なような状態が永遠に続くんです。

ニーチェはこのような時間のイメージを永延回帰と表現したんですよ。

まあ、ニーチェは、哲学を芸術の一種と考えていた人なんです。

『哲学は論理の正しさがどうのこうのと言うものではないし、そもそも哲学は学問ですらない』

って言っています。『われわれ哲学者は芸術家と取り違えられるほうが、

嬉(うれ)しい』とも言っています。ニーチェは、第1に、人間はどうあるべきかとかの、

生き方こそを重要視するんですよ。

だから、論理がどうだからとか、真理だからという考え方はしないんです。

そうですよね。ニーチェは、ハナッから、論理も真理も、信用してないんですから。あっははは。

長々(ながなが)とお話しして、ごめんね!心菜(ここな)ちゃん』

 

「いいのよ、しんちゃん。お話、おもしろいわ!!もっと、しんちゃんのこと知りたいし!」

 

 そう言って、心菜は微笑(ほほえ)むと、おいしそうに紅茶を飲む。

 

「ニーチェには『超人』という考えがあるんですよ。代表作の『ツァラトゥストラ』には、

『人間は、動物と超人のあいだにかけわたされた1本の綱(つな)である』という一節があるんです。

『動物が進化して人間が生まれた。それと同様に、人間には進化の道筋の先に超人がある』っていう

イメージなんでしょうね。つまり、ニーチェは、『人間にはまだ可能性がある。

人間を乗り越えた先に、超人という、より人間らしい人間を想像したんでしょうかね!あっははは。

まあ、ね、心菜(ここな)ちゃん。おれら、みんな、超人になれない、発展途上の人間なんだから、

おれでも、ニーチェさんでも、欠点だらけなんだろうけど、おれは、ニーチェは好きだな。

もう2年前になるけど、第2回目の下北芸術学校の公開授業で、

清原美樹ちゃんが、ニーチェについて語ってくれて、それから、おれもニーチェが好きなんだよ。

あっははは。ニーチェは、最終的に、芸術的な生き方を提唱しているしね。

わたしたちは、誰もが芸術家ではないかもしれないけれど、実はこの世界を生きることは、

いつでも困難にも価値を見つけるくらいのポジティブ(肯定的)さで、

自分の新しい価値観を作ることだったり、クリエイティブ(創造的)なことだったりするんだと、

ニーチェは言ってるんです。

いつも子どものように喜んで、高みを目指して、

夢や希望を捨てないで、気高(けだか)く生きていこうって言っているんですよ。

自由な人生、希望に満ちた人生、自分で自分を認める人生、楽しい人生とかを実現するための、

芸術的な生き方をしていこうってね!」

 

「すてきだわ!ニーチェがすてきというよりも、しんちゃんが、すてきだわ!」

 

「あっはは。ありがとう、心菜(ここな)ちゃん。でもさあ。ニーチェの言う

『世界のあらゆる価値観は、わたしたちの解釈(かいしゃく)のうちにある』って、

『権力の意志』っていう著書でいっているんだけど、そんなふうに、絶対的な真理や価値観などが、

存在しないとなると、いったい、おれたちは、何を頼りにしたらいいのかって、ふと思うよね」

 

「うんそうよね。ニヒリズムよね。いっさいが無意味と思えたりするしね、しんちゃん」

 

「そこで、おれは、思ったんだよ。ニーチェが、同じ時代に生きていた

ロシアの作家のドストエフスキーの『地下室の手記』を読んで、感銘したっていうんだ。

ドストエフスキーといえば、著書の『白痴(はくち)』の中で、主人公に、

『美は世界を救(すく)う』という有名な言葉を言わせているんだけどね。

おれなんかも、バンドやったりして、芸術的なことをやっていると、

『美に出会う』とでもいうのかな、そんな瞬間があって、それに、人生のすべてを賭(か)けても、

惜(お)しくないような、幸福感というのか、充実感というのか、快感かな、愛かな、

神秘的で偉大な何かの力とでもいうのかな、そんなものが、

『美に出会う』とでもいう瞬間を体験することがあるんですよ。

心菜(ここな)ちゃんも、マンガ描いていて、そういう瞬間てあるでしょう!?」

 

「あります。幸せな瞬間よね。そうよね、それって、美との出会いよね。ぅっふふふ」

 

「みんなが、芸術家っぽくなれば、そんな『永遠の美』とでも呼ぶような体験ができて、

世の中も、だんだん良くなるような気がするんだけどね。あっははは。

そういえば、美と出会う、そんな幸福感や高揚感っていうのは、若いころの誰かに恋して、

ときめいていたときの感じにも似ってるかな。あっははは」

 

・・・もう、しんちゃんたら、わたしが、あなたに、こんなに、ときめいているのに・・・

 

「そうそう、しんちゃんがモデルのマンガの主人公って、こんな感じなんです!

しんちゃんが、快(こころよ)く、承諾(しょうだく)してくれるなんて、夢のようにうれしいです!」

 

 色彩も鮮(あざ)やかなイラストを、青木心菜(ここな)は差し出した。

 

「すげーぇ、カッコいいじゃん。それに、おれに似てるじゃん!あっははは」

 

「だって、しんちゃんがモデルのロックバンドのマンガだもん!」

 

「まあ、よろしくお願いします。心菜ちゃんのマンガで、おれも、バンドも超有名になったりして!」

 

 ふたりは、明るい声で笑った。

 

☆参考文献☆別冊宝島・まんがと図解でわかるニーチェ・監修・白取春彦・宝島社

 

≪つづく≫ --- 115章 おわり ---

 



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116章 マンガの『クラッシュ・ビート』が連載開始される

116章 マンガの『クラッシュ・ビート』が連載開始される

 

 10月8日の土曜日。午後2時。曇り空で気温は22度ほどである。

 

 下北沢駅北口から歩いて3分の、商店街から静かな通りに入ったところの、

建物の1階に、緑の植物や動物たちのぬいぐるみで、とてもメルヘン的な、

『森の中の小さな隠れ家』をイメージしたカフェの、

『cafe tint (カフェ ティント)』はある。

 

 『ティント』は、彩(いろど)りという意味で、彩りあふれる料理やデザートを、

楽しんでほしいという思いからつけている。

 

 ソファー席には、川口信也や森川純、高田翔太(しょうた)、岡林明(あきら)たち、

ロックバンド、クラッシュ・ビートのメンバーと、マンガ家の青木心菜(ここな)と、

親友でマンガ制作のアシスタントの水沢由紀、

大手、マンガ雑誌、三つ葉社の編集者の青木葵(あおい)、7人がいる。

 

「みなさま、きょうは、お忙(いそが)しいところを、

お集まりいただいて、ありがとうございます!」

 

 若くて初々(ういうい)しい編集者の青木葵が笑顔でそう言って、話を続ける。

 

「青木心菜(ここな)先生の新(あら)たな連載マンガ『クラッシュビート』も、

おかげさまで、スタートできました。ありがとうございます!」

 

 みんなからは、拍手がわいた。

 

「このマンガ、『クラッシュ・ビート』には、クラッシュ・ビートのみなさまと、

株式会社のモリカワさまとエタナールさまのご理解が、必要、不可欠でございました。

そのタイアップも、見事(みごと)に、みなさまの全面的なご協力で、

実現いたしました。本当ありがとうございました!」

 

 マンガ家、青木心菜(ここな)の担当編集者の青木葵(あおい)は、

みんなに満面の笑顔でそう言うと、深々(ふかぶか)と頭を下(さ)げる。

 

 「まあ、何と言ったらいいのかな、とかく、タイアップという

相乗効果をねらう、協力や提携というものは、商業的手法として、

芸術性を求めるヨーロッパやアメリカなどでは、ネガティブなイメージを伴(ともな)うもの

なんですよね。しかし、経営学者のピーター・ドラッカーは言っているけど、

企業にとって利潤が重要であることは認めてはいるけど、

『企業の経営目的は、利潤ではなく、顧客(こきゃく)の創造である』と言っているんですよね。

つまり、企業の目的も、ロックバンドとかのミュージシャンの目的も、マンガ家さんの目的も、

顧客や観客や読者の創造であるって言ってもいいと思うんですよ、おれは。あっははは」

 

 クラッシュ・ビートのリーダーでドラマーの森川純がそう言って笑う。

 

「人を楽しませて、なんぼ、とか、どの程度、とか、言うけれど、

人を楽しませることが目的のエンターテイメントならば、

楽しませないことには価値はないと思いますよ。

おれらの音楽も、エンターテイメントや娯楽の要素があるんだし、あっははは」

 

 そう言って笑うのは、ベーシストの高田翔太だ。

 

「そうそう、芸術性の高さがどうだこうだとか言って、知識や論理を自慢げに語るようなのは、

本当につまらないよな、楽しくないし、元気も出ないよ。なあ、翔(しょう)ちゃん、あっははは」

 

 と言って、笑うと、ギターリストの岡林明は、チョコバナナミルクティーをおいしそうに飲む。

 

「わたし、お笑いの明石家(あかしや)さんまさんが好きなほうんです。さんまさんが、

『おれらは、楽しんでいるとこ見せて、なんぼ。まじめに努力しているとこ見せて、どないするねん!?

結局、自分が楽しんでいれば、相手も楽しい気分になる!』ってこと言ってますけど!」

 

「それは、大正解よね、由紀ちゃん!さすがは、サンちゃんだわ!

わたしも、マンガは楽しんで描(か)いてるもん!」

 

 青木心菜(ここな)は、親友の水沢由紀と目を合わせて微笑(ほほえ)む。

 

「ところで、第1話の『クラッシュ・ビート』は、大変おもしろく、読ませていただきました!心菜ちゃん。

おれたちをモデルにした、あのロックバンドのこれから先の、未来は、どうなっていくんですかね!」

 

 そう言って、ギターとヴォカールの、川口信也は、心菜に微笑んだ。

 

「これって、絶対に、ここだけの秘密ですけれど。

友情とロックの情熱で結束も固いクラッシュ・ビートは、

いろいろと笑いや涙ありの苦労や、成功や失敗とかを乗り越えながら、

世界的なロックグループに成長していくんです。

たとえば、あのビートルズのように、ビッグになっていって、

世の中の平和やみんなの楽しい人生にも貢献(こうけん)していくっていう、

ストーリーの展開なんです!いまのところ。うっふふ」

 

 そう言って、心菜は、みんなを見ながら、少女のように目を輝かせて微笑んだ。

 

「なんだか、それじゃ、現実のおれたち、クラッシュ・ビートと、違って、偉大だよな。

おれたちも、マンガに負けてられないって気になるよな!あっははは。

よし、おれたちも、夢を大きく持って、ビッグなロックバンドを目指して行こうか!あっははは」

 

 信也は、そう言って、森川純や高田翔太や岡林明と目を合わせた。

みんなは、声を出して明るく笑った。

 

「あくまで、マンガは、フィクションですから、虚構ですから。

マンガの原型やモデルは、クラッシュ・ビートのみなさんたちですけどね。うっふふ。

毎回、マンガの最後には、『このマンガは、すべてフィクションであり、

実在の人物・団体等とは一切関係ありません。』って明記しますから。

読者にも誤解を持たれないように、誰にも迷惑がかからないようにと、

実名は、一切使用していないのです」

 

 心菜は明るい笑顔で、そう言った。

 

 マンガの中では、川口信也は、河口信也だった。森川純は、守川純。

高田翔太は、鷹田翔太。岡林明は、丘林明。そんな名前になっている。

 

≪つづく≫  --- 116章 終わり ---

 



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117章  信也たち兄妹、ボブ・ディランを語る

117章  信也たち兄妹(きょうだい)、ボブ・ディランを語る

 

 10月16日の日曜日、午前8時過ぎ。空模様は曇(くも)っている。

 

 川口信也(しんや)と姉妹の美結(みゆ)と利奈(りな)は、2DK(部屋2つ、リビング、キッチン)の

マンション(レスト下北沢)のリビングで寛(くつろ)いでいる。

 

 信也は、ここから歩いて2分のところも、マンション(ハイム代沢)を借りている。

そこは、部屋1つと、キッチンと、バスルームに洗面所、南側にはベランダの、

1Kの間取りだ。駐車場はない。

信也のクルマは、こちらのマンションの地下の駐車場にある。

 

 朝や夕の食事に、ここにやって来る信也だ。

 

「お兄ちゃん、ノーベル文学賞にボブ・ディランが選ばれたけど、

ボブ・ディランって、どんなふうにすごいのかな?」

 

 利奈が、そう言った。利奈は早瀬田大学2年生、19歳だ。

 

「そうだね。まずは、ロックシーンに、大きな影響を与えていることかな?

それがなんで、文学賞なのっていう、世間の論議もあるけどね。

ノーベル賞には、芸術的な部門としては、文学賞しかないのだから、

ミュージシャンとかは、これまで対象外のはずだったのけどね。

おれは、芸術のジャンルにこだわらずに拘束(こうそく)されないことは、ポジティブで賛成ですよ。

あっははは。

賞の設立者であるアルフレッド・ノーベルの遺言によれば、ノーベル文学賞は、

『理想的な方向性』の文学作品を生み出したものに与える、となっているだってさ。

ノーベル賞って、たとえば、ビートルズのジョン・レノンのロックンロールをつらぬく、

ラヴ・アンド・ピース、愛と平和の思想と、ほとんど同じなんだろうからね。

文学とかの狭いジャンルに、こだわるんじゃなくって、

広く、愛と平和に貢献した芸術の活動家に、ノーベル賞は贈られるべきだと思うよ。

アルフレッド・ノーベルだって、おれの意見には、賛成だと思うけどな。あっははは」

 

 信也は、少年のように輝(かがや)く 瞳(ひとみ)で、笑った。信也は26歳。

 

「そうよね。ノーベルさんだって、そんな狭(せま)い考えで、ノーベル賞を設立したんじゃないのよ。

そういえば、ビートルズのドラマーのリンゴ・スターは、いまもお元気で、

今年も7月7日の自分の誕生日には、平和と愛を祝福するためのイベントとして、

世界中のファンに向かって、『ピース&ラブ!と言ってください!』呼びかけたのよね!

わたし、感動しちゃったわ!」

 

 美結がそう言った。美結は23歳。

 

「でも、あれってさ、なんで、ジョンが『ラブ&ピース』で、リンゴが『ピース&ラブ』なんだろうね!

まあ、特に意味はないんだろうけどさ。あっははは。

ボブ・ディランは、楽曲の制作においては、詞先(しさき)か、曲先(きょくさき)かといえば、

詞先(しさき)の人で、『リズムもメロディも、すべてをなくしたとしても、

ぼくは歌詞を暗唱できる。重要なのは、メロディじゃない、歌詞だ。』っていってるんだよね。

あと、『どういう言葉を使うのか、言葉をどういうふうに働(はたら)かせるのか、

歌でも詩でも、大事なのはそれだ。』とかと言っているですよ」

 

「へーえ。ディランって、やっぱり、文学的だったんですね。お兄ちゃん」と、利奈が微笑(ほほえ)む。

 

「歌を作るようになったときは、すでにたくさんの詩を読んでいたんだってさ。

ディランの歌作りの目的の中心は、ロックやポップスのスターと違(ちが)って、

ヒットチャートで成功を収(おさ)めることではなかったらしいからね。

『大衆文化の多くの場合、短い時間ですたれる。葬(ほうむ)り去られる。

ぼくは、レンブラントの絵画と肩を並べるようなことをしたかった。』なんて、

芸術的な夢を語っているからね。すごい人だと思うよ。おれもディランに見習いたいね。あっははは」

 

「わたしには、ディランの歌って、特に歌詞が難しかったりするんだけど、

やっぱり、すごく芸術家的な人なんでしょうね」と、美結(みゆ)も言う。

 

「ディランは、ロサンゼルスで『自分を天才だと思いますか?』ってインタヴューされたとき、

『天才?紙一重の言葉だね。天才なのか、頭がおかしいのか?』って、

ユーモラスな返事をしているのさ。あっははは。

あと彼は、『詩を書くからって、必ずしも詩人じゃない。ガソリンスタンドで働く人にも、

本物の詩人はいるよ。』とか、言っていたりね。

あと、『ポピュラーソングは、数ある芸術の中でも唯一(ゆいいつ)、

その時代の気分のようなものを表現できる。だからこそ人気があるんだよ。』とか言ってるしね。

考えかたが、冷静で客観的とでもいうのかな。やっぱ、すごい、ビッグなアーティストだよね」

 

「天才って感じだわ」と、美結。

 

「やっぱり、すごいわ」と利奈。

 

「ディランは、『流行なんかどうでもいい。時代の動きは思っている以上に早い。

流行は追いかけるものではない。自分で新しく作るものだ。』とも言っていて、

これなんか、芸術的活動をするみんなへの貴重なアドバイスだよね。

なにしろ、あのブルース・スプリングスティーンがこんなこと言ってるんだから。

『ボブがいなかったら、ビートルズもビーチボーイズも、セックスピストルズも、U2も、

マーヴィン・ゲイも傑作(けっさく)アルバムを作ることができなかっただろう。』ってね」

 

「お兄ちゃんも、このマンガを読んで、元気出して、がんばってください!」

 

 そう言って、利奈が、毎週木曜日に発売の『ミツバ・コミック』を信也に差し出す。

そのマンガ雑誌には、第2回『クラッシュ・ビート』が載(の)っていて、

信也やクラッシュ・ビートのメンバーたちがモデルの主人公たちが、表紙を飾っている。

 

「ありがとう、利奈ちゃん。このマンガは、おれも楽しみなんだ!元気も出るマンガだよ!あっははは」

 

 三人は、声を出して笑った。

 

☆参考文献☆

CROSSROAD・20代を熱く生きるためのバイブル(サンクチュアリ出版)

自由に生きる言葉(イースト・プレス)

現代思想・5月臨時増刊号・ボブ・ディラン(青土社)         

 

≪つづく≫ --- 117章 おわり ---

 



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118章 芸術や音楽やボブ・ディランに、乾杯!

118章 芸術や音楽やボブ・ディランに、乾杯!

 

 11月5日、土曜日。気温は20度ほど、南東の風が吹く、晴天だった。

 

 午後の4時。川口信也と彼女の大沢詩織、新井竜太郎とその彼女の野中奈緒美の4人は、

JR山手線(やまのてせん)の恵比寿(えびす)西口駅から、歩いて2分の、

老舗の焼鳥店『たつや』の『地下店』に、右手の階段を降(お)りて入った。

 

 『たつや』は、駅前とは思えない昭和的雰囲気の赤ちょうちんの大衆酒場だ。

BS-TBSの『吉田類(るい)の酒場放浪記』では、

「辰年の辰の日に開業した恵比寿で朝の8時から飲めるもつ焼き店」と、紹介された。

 

 店の赤ちょうちんや赤い看板には、『やきとり たつや』と書かれてある。

『とり』は『肚裏(とり)』のことで、『肚』は胃の意味で、『とり』は内蔵を指している。

ボリュームと噛(か)みごたえのある、もつ焼きが人気の、

気取らずに、ふらりと入れる居心地のよい店だ。

 

 信也たちは、予約していたテーブルに落ち着く。飲み物は、みんな、黒ホッピーを注文する。

氷を入れないので、風味のある、濃い味わいを堪能できる、いわゆる三冷ホッピーだ。

『三冷』とは、ホッピーと焼酎を冷蔵庫、ジョッキを冷凍庫で冷やした飲み方だ。

 

 つまみは、もつ焼きや枝豆や煮込み豆腐、ポン酢でサッパリのがつ刺しや、

たこぶつ、イカ刺し、あじのタタキとかを注文した。

 

川口信也は、1990年2月23日生まれの26歳、身長175センチ。

早瀬田大学、商学部卒業。外食産業の株式会社モリカワの本部の課長。

ロックバンド、クラッシュ・ビートの、ギターリスト、ヴォーカリストでもある。

 

 新井竜太郎は、1982年11月5日生まれ、34歳、身長は178センチ。

外食産業の最大手のエタナールの副社長。

同業他社のモリカワに対するM&Aに失敗して以来、

川口信也とは飲み仲間として親しいつき合いをしている。

 

 大沢詩織は、1994年6月3日生まれ、22歳、身長163センチ。

早瀬田大学、文化構想学部、4年生。父が大沢工務店を経営、次女。

ロックバンド、グレイス・ガールズの、ギターリスト、ヴォーカリスト。

 

 野中奈緒美は、1993年3月3日生まれの23歳、身長165センチ。

野中奈緒美は、新井竜太郎が副社長をつとめるエタナール傘下(さんか)の、

芸能プロダクションのクリエーションに所属。人気のモデル、タレント、女優。

 

「ボブ・ディランが、ノーベル文学賞に選ばれて、光栄ですって、返事をしたそうだよね、しんちゃん」

 

 竜太郎がそう言った。

 

「あっはは。しばらく沈黙を守っていたよね。

ボブ・ディランのことだから、権威とかを嫌(きら)って、返事をしなかったのかな?

とか、おれ、ふと思ったりしたんですけどね。でも、よかったですよ。光栄ですって言って。

なんでもかんでも、いたずらに、権威や権力に反抗するのも、子どもっぽいですからね。

あっははは」

 

「わたしも、ディランのノーベル文学賞の授与(じゅよ)の決定は、すごっく嬉(うれ)しい!」

 

 詩織は、微笑(ほほえ)んで、そう言うと、信也と竜太郎と奈緒美と目を合わせる。

 

「歌とか、芸術って、平和に役立つのよね!ラブ&ピース、

これからの世の中には、1番に大切なものだと思うんだけど、わたし」

 

 奈緒美が、つぶやくような声でそう言った。

 

「そうだよ、奈緒(なお)ちゃん、そのとおりだよ。最近読んだ本なんだけど、

池上彰(いけがみあきら)の『おとなの教養』って本の中では、

『すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる』とか書いてあってね。

池上さんは、2013年に、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学を視察したんだけど、

世界のトップクラスのこれらの大学では、リベラルアーツ教育が基本なんだってさ。

リベラルアーツって、リベラル(liberal)は自由で、

アーツ(arts)は、技術、学問、芸術を意味するんだよね。

だから、リベラルアーツの意味は『人を自由にする学問』ってことなんだよね。

マサチューセッツ工科大学では、ピアノがずらりと並んで、音楽の勉強をしていたんだってさ。

この大学では、科学技術の最先端を研究しているんだけどね。

池上さんが、なぜか尋(たず)ねると、そこの先生が、こんなことを言ったんだってさ。

『最先端の科学技術をいくら教えても、世の中に出ていくと、

世の中の進歩は速いものだから、だいたい4年で陳腐化(ちんぷか)してしまう。

4年で古くなるものを大学で教えてもしょうがない。社会に出て新しいものが出てきても、

それを吸収し、あるいは自(みずか)ら新しいものを作り出してゆく。

そういうスキル、つまり、技能や力量を、教えてゆくべきでしょう』ってなことを。 

それが、教養であって、リベラルアーツであって、音楽もそのひとつであるってことなんだよね。

おれも、よくわかるんだよね。この考え方は。みんなも共感するでしょう!」

 

 ちょっと酔って、上機嫌(じょうきげん)で、竜太郎がそう言うと、

みんなは「うん、うん」と頷(うなず)く。

 

「あの哲学者のフリードリヒ・ニーチェは、

『芸術の本質は、生存、つまり人生の肯定や祝福や神聖化にある』ということを言っていますよね。

晩年は、ロシアの作家のドストエフスキーに傾倒して

『ドストエフスキーは何という救いの力を持っていることか!』と言っていますよね。

ドイツの文学者のゲーテとかにも傾倒していたニーチェみたいに、

人生や芸術について、考えつくした思想家は、今でもなかなかいないと、おれは思いますよ。

つきつめて考えれば、人生には何が大切かってことになりますかね?

まあ、芸術や音楽やボブ・ディランに、乾杯(かんぱい)でもしましょう。

じゃあ、竜さん、詩織ちゃん、奈緒ちゃん、

芸術や音楽やボブ・ディランに、乾杯!あっははは」

 

 「カンパーイ(乾杯)」と、4人は、元気よく、黒ホッピーのジョッキを合わせた。

 

☆参考文献☆

 

おとなの教養・池上彰・NHK出版新書

ニーチェ全集・第6巻・付録・理想社

 

≪つづく≫ --- 118章 おわり ---

 



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119章 信也たち、マンガ『クラッシュビート』を語り合う

119章 信也たち、マンガ『クラッシュビート』を語り合う

 

 11月25日、金曜日。最高気温は11度ほどで、空はよく晴れた。午後6時30分。

 

 信也と、青木心菜(ここな)と水沢由紀と青木葵(あおい)の4人が、

下北沢駅南口から歩いて1分の、もつ焼きともつ料理の居酒屋の『もりかわ』の

テーブル席に集まっていた。店内は完全禁煙で、席数は39席。

 

 川口信也は、外食産業大手のモリカワで課長をしていて、

ロックバンド・クラッシュビートもやっている、26歳の独身だ。

 

 青木心菜は、そのモリカワと、同業の外食産業最大手のエターナル(eternal)が共同の、

芸術活動を広く援助する活動の慈善事業、ユニオン・ロックから育った、24歳の人気マンガ家だ。

 

 水沢由紀は、心菜の幼馴染(おさななじみ)で、親友で24歳だ。

2015年の12月、由紀は、腱鞘炎(けんしょうえん)で困(こま)った心菜の、

マンガの制作を手伝って、その後も、心菜の腱鞘炎が治(なお)った現在もアシスタントをしている。

 

 青木葵(あおい)は、大手マンガ雑誌三つ葉社の、心菜の担当編集者で、25歳だ。

心菜と由紀とは、価値観も合うらしく、親友の付き合いだ。

 

 信也は生ビール、女性たちは梅サワーやぶどうサワーとかを注文する。

料理は、とりあえず、塩とタレのもつ焼きや、もつの煮込みにした。

 

「ここの店は、東京を中心に、40店舗以上を構(かま)える居酒屋『もりかわ』の1号店なんですよ」

 

「わたしのうちの駅のそばにも、『もりかわ』がありますよ。

おいしいから、家族でよく利用しています」

 

 心菜がそう言って、信也に微笑(ほほえ)む。

心菜は、京王沿線の下高井道駅の近くに住んでいる。

 

「信也さん、おかげさまで、『クラッシュ・ビート』は、10月6日の連載開始から、大人気の、

大反響なんですよ。いまでは、毎週木曜日発売の『ミツバ・コミック』の、

看板(かんばん)なんですよ!」

 

「カンバンですか!あっははは。それは良かった」

 

 そう言って、信也は、興奮気味な葵(あおい)の言葉に、少し照(て)れながら、笑った。

 

「しかし、虚構が現実を超えるってことは、よくありますよね。あっははは。

人って、きっと、物語が好きなんですよ。混沌とした解答の見つからないような現実よりも、

うその世界でもいいから、何か、夢見ていたいんでしょうかね。

うその世界でも、それで、幸せを感じたり、元気が出るとしたら、

そんな虚構やうそのような世界でも、それを選んじゃうような気がしますよ。

今回の、アメリカの大統領選挙なんかでも、トランプさんは、

ヒラリーさんよりも、そんな点で、人々を引き付けていたような気がしているんですよ。

トランプさんは、ヒラリーさんよりも、魅力のありそうな、物語を描いたって感じで。あっははは」

 

「現実の世界って、ある意味、怖(こわ)いし、殺伐としていますもんね。うそのような、

虚構の世界にだって、ついつい、憧(あこが)れたり、魅力を感じたりすることがあるわ」

 

 そう言いながら、由紀が、きれいな瞳で、信也に微笑んだ。

 

「現実の世界って、過酷だったり、厳しいことが多いからね。

まあ、マンガの『クラッシュ・ビート』も、

おれや、現実の、実際の、おれたちクラッシュビートを超えてゆくような、

そんなパワーのある、元気の出るような、そんな人気マンガになって欲しいですね。

おれたちも、マンガに負けないように、がんばるけどね!

音楽やマンガも芸術も、そんな現実を乗り越えるためにあるんだろうからね。あっははは」

 

「信也さん、ありがとうございます。これからも、わたしたち、ベストで、楽しいマンガにしてゆきます。

このマンガは、信也さんや、森川純さんとか高田翔太さんや岡林明さん、

そんなクラッシュビートのみなさんが、素晴らしい個性の方々だからこそ、誕生したんです。

みなさんの活躍があるからこそ、生まれた、信也さんたちが、モデルのマンガなんです!

おかげさまで、連載開始から、感動したとか、共感したとかの、膨大(ぼうだい)な数の声が、

もう、毎週、編集部には寄せられています。

ファンの方々は、信也さんがモデルの主人公のキャラクターとかに、

自分を重ねあわせて、それで感動したり、涙したりや共感しているんです!」

 

 編集者の青木葵(あおい)は、笑顔でそう言いながら、澄んだ瞳を輝かせる。

 

「あっははは。それは良かったですよ。おれも、このマンガは大好きなんです。

あっははは。おれがモデルなんでしょうけど、あの主人公は、おれよりも、

行動力や才能もある感だよ。あっはは。

キャラクターも、みんな、かっこいいですよね。マンガなんだから、当然ですけど。

ストーリーも、ハラハラドキドキの展開で。

毎週、楽しみですよ。あっははは。

心菜(ここな)ちゃんも、由紀ちゃんも、よくあそこまで、マンガを作りこみましたね。

ついつい、おれなんかでも、感情移入してしまうような、

強烈な個性のキャラクターに、マンガの主人公たち、登場人物が仕上がってますよ。あっははは」

 

「しんちゃん、褒めていただいて、とても嬉しいです!」

 

 心菜は満面の笑みで、信也を見つめながら、そう言った。

 

「しんちゃん、ありがとうございます」

 

 由紀も笑顔でそう言った。

 

「おれも、マンガの『クラッシュ・ビート』からは、勇気をもらっている感じですよ。

この音楽業界って、天才的な人が多いんですよ。だから、ついつい、

おれの才能なんか、たかが知れたものって考えてしまうんだけど。

いや待て、おれたちも、がんばろうって、気になってくるマンガですよ!あっははは」

 

 信也たちは、楽しいひと時を過ごして、このマンガの今後を語り合ったりした。

 

≪つづく≫ --- 119章 おわり ---

 



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120章 クリスマス・パーティーでラモーンズをやる信也たち

120章 クリスマス・パーティーでラモーンズをやる信也たち

 

12月23日の祝日の金曜日。曇り空。

 

 午前11時から、信也たちの会社の、モリカワ・ミュージックが主催する、

『ハッピー・クリスマス・パーティー』が、下北沢駅南口から歩いて3分の、

ライブ・レストラン・ビートで始まっている。

 

 舗道から10段の階段を上(あ)がったエントランスには、

高さ2mはある、華(はな)やかなクリスマス・ツリーが飾(かざ)ってある。

 

 そのライブハウスの、1階と、ステージを見おろせる2階のフロアの、280席はほとんど満席だ。

1階フロアの後方には、ひとりでも楽しめるバー・カウンターがある。

 

 ホールは、高さ8mの吹き抜けになっている。ステージのは、間口が約14m、

奥行きが7m、天井高が8m、舞台床高は0.8mだ。

 

 20年以上も下北沢で営業しているこのライブハウスは、

1013年2月から、信也が課長をしている外食産業のモリカワが経営している。

 

 いろいろなアーティストの演奏を楽しみながらの、

高級レストランのような料理やドリンク、レベルの高いスタッフのサービスも好評だ。

 

 招待客には、レコード会社やテレビ、ラジオ、雑誌などのメディアの人びと、

演出家、脚本家、プロデューサーたちも出席している。

 

 きょうのチケットには、招待で配布したものと、予約販売したものとがあった。

 

 オープニングには、沢秀人(さわひでと)が率(ひき)いる、30名以上のビッグ・バンド、

ニュー・ドリーム・オーケストラによる、ブルー・クリスマスやホワイト・クリスマスの演奏があった。

 

 1973年8月生まれ43歳の沢秀人は、

テレビドラマの音楽を制作で、レコード大賞の作品賞を受賞したこともある。

1013年の春までは、このライブ・レストラン・ビート の経営者だったが、

現在は音楽活動に専念している。

 

「心菜(ここな)ちゃんには、おれは、かなわないっすよ。しんちゃん。あっははは。

『信也さん公認で、わたしが描(か)いているマンガのクラッシュ・ビートのことで、

取材させていただきたいんですけど』って、突然に電話が来て、

いろいろと、しんちゃんのことを聞かれたんだからね。あっははは」

 

 そう言って、明るい表情で高らかに笑うのは、信也の高校や中学からの幼なじみの省吾(しょうご)だ。

現在は、山梨県韮崎(にらさき)市で、父親の会社を手伝っている。

 

 久々の再会でもある省吾と信也、そして、マンガ家の青木心菜とそのアシスタントの水沢由紀と、

マンガ雑誌三つ葉社の編集者の青木葵(あおい)の5人は、

1階フロアの後方にあるバー・カウンターで会話を楽しんでいる。

 

「しんちゃんと、省吾さんたちが、ラモーンズに憧(あこが)れて、熱心にコピーしては、

バンド活動してたって、いろいろとお聞きできたんです。

それって、マンガにしたら、とても素晴らしいお話なので、

さっそく、クラッシュ・ビートの5話から、しんちゃんの高校生時代ということで、

物語を開始したんです。そしたら、読者のみなさんから、おもしろいって、大反響なんです!」

 

 そう言って、心菜は、信也や省吾や由紀や葵に微笑(ほほえ)む。

 

 ラモーンズは、アメリカで1974年結成された、いわゆるパンクのロックバンド。

ロンドン・パンク・ムーブメントに大きな影響を与えた。

しかし、アメリカより、イギリスで評価が高いバンドだ。

14枚のスタジオアルバムを残して1996年に解散した。

『ローリング・ストーンが選ぶ歴史上最も偉大な100組のグループ』においても第26位と健闘している。

 

「まぁ、ラモーンズ、『ブリッツクリーグ・バップ(Blitzkrieg Bop)』なんかは、なんと1976年の2月に、

デビュー・シングルとして発表した楽曲なんだけど、いまから40年前にもなるんだけど、

おれのなかでは、古びないよな。むしろ、そこいらの歌よりも、新しい感動があるんだよ。

2001年に41歳の若さで亡くなったジョーイ・ラモーンは、

この歌を『革命を告(つ)げるときの声であり、自分たちのことを自分たちでやるべきだと、

パンクスたちに告げた戦闘命令でもある』と説明しているけどね。

おれは思うんだけど、時代を超えて人に感動を与えるような芸術の創造には、

原始的な力とか、野性的な力とでもいうのかな、そんなパワーが作品に必要な気もしますよ。

ネットなんかで調べると、野性って、自然のままとか、本能のままの性質とか、

粗野で生命力にあふれている様(さま)とか、ってありますよね。

まあ、ジャンルはいろいろでも芸術の本質には、それらが不可欠なんだと思います。

きっと、そういったものが、ラモーンズにはあるから、彼らの本能的で野生児的なサウンドには、

おれはいまでもストレートに感動するんですよ。

シンプルな3つだけのコード使いや、パワフルな超絶のスピード感は、

若さばかりで、未熟な、おれたち高校生にも絶大な魅力だったよね。省(しょう)ちゃん!あっははは」

 

「まったくだよね、しんちゃん。凝った技巧とか、高い知性とか教養とかって、いたずらに、

頭でっかちになるだけで、芸術の本質からは、どんどん離れていくようだよ。あっははは」

 

 省吾はそう言って笑って、熱いコーヒーを飲む。

 

「わたしも、ラモーンズのことは今回初めて知りました。

このバンドのよさは、子どものころのような純粋さが、

ストレートに伝わって、蘇(よみがえ)るような感動があるところなんでしょうかしら?」

 

 由紀はそう言った。

 

「そうそう、それだわ!マンガのヒットする要素もそんなところですもの!

読んで楽しい娯楽性って、きっと、子どもの心に帰れる状態なのかもですよ!

わたし、ロックは大好きだけど、ラモーンズって、シンプルだけど、

ワイルドで、ロックンロールのエッセンスが凝縮してる感じですよ!」

 

 葵(あおい)が、そう言ってうなずく。

 

「そうなんですよ。葵ちゃん、心菜ちゃん、由紀ちゃん。

みんな、ロックがよくわかっているな!あっははは。

さあて、省ちゃん。きょうはせっかく来てくれたんだから、

ステージで、久々に、ラモーンズをやってみようじゃん。

ドラムは、うちらの森川純ちゃんがやってくれるから。あっははは。

ベースギターは、うちらの翔(しょう)ちゃんが貸してくれるし。

たぶん、クラッシュ・ビートのみんなが一緒に演奏したがるよ!

みんな、ラモーンズは好きだから!あっははは」

 

「よーし、しんちゃん、やろうか。クリスマスには、ふさわしくないだろうから、

3曲くらいにしておいて。あっははは」

 

 省吾が声高らかに笑った。みんなも笑った。

 

☆参考文献☆

オンライン百科事典・Wikipedia・ウィキペディア  ジョーイ・ラモーン

 

≪つづく≫ --- 120章 おわり ---

 



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121章 『君の名は。』と、子どもの心や詩の心

121章 『君の名は。』と、子どもの心や詩の心

 

 よく晴れた、風も穏(おだ)やかな正月の、2017年、1月3日。気温は12度ほどだ。

 

 川口信也と、大沢詩織、岡昇(おかのぼる)と 南野美菜(みなみのみな)の4人は、

朝の渋谷駅ハチ公前広場で待ち合わせをした。

 

 ハチ公前広場から、スクランブル交差点を渡って、

西武百貨店の裏にある渋谷シネパレスまでは、歩いて約3分だ。

その映画館で、信也たち4人は、10時40分に上映する、

新海誠監督の青春アニメ『君の名は。』を観(み)た。

 

 朝いちの上映時間だったおかげか、信也たちは指定席券を無事に購入できた。

 

 落ち着いた雰囲気の内装やフロアの館内。座席も座り心地がよい。笑顔のスタッフの応対もいい。

 

 現在、国内や海外でも大ヒットとなっている『君の名は。』。

アニメ映画の興行収入ランキングでは、現在、『君の名は。』は

『千と千尋(ちひろ)の神隠し』と『アナと雪の女王』に次ぐ、第3位で、

国内の1500万人以上、8人に1人が劇場で観ている、とメディアの情報だ。

 

 『君の名は。』を観たあと、信也たち4人は、そこから歩いて1分の、

イタリアン・レストランの『オッティモ(ottimo)』に行って、昼食をとりながら寛(くつろ)いでいる。

オッティモは、地上8階、地下2階、テナント数は121店のSHIBUYA(渋谷)109の7階にある。

 

「このオッティモって、『君の名は。』の中で、

瀧(たき)くんがアルバイトでウエイターをしていた、

あのイタリアン・レストランになんとなく似ていますよね!」

 

 そう岡は言って、おいしそうにピザを頬(ほお)ばり、赤ワインを飲む。

 

「ああ、瀧くんがウエイターしていたあの店ね。確かに似ているかな、岡ちゃん。

ここのスタッフは、瀧くんがしていたような蝶ネクタイはしてないけどね。

瀧くんのあの店、敷居が高そうな店だったよね、。あっははは。

まあ、われわれの仕事場のモリカワも、けっして敷居(しきい)が高くなくって、

本当の意味で、堅苦しくなく寛げる、カジュアルなイタリアンレストランを目指しているんですよ。

そして、絶品と言ってもらえるようなピザとかのある、

美味(おい)しい本格的イタリアンを食べてもらえる店!というコンセプトで、

このオッティモも全国展開しているんですよ。

みんなの力で、こんなモリカワを、さらに大きくしていきたいですよね。あっははは」

 

 そう言って信也が笑うと、みんなも笑顔で目を合わせたりした。

 

 信也は26歳、早瀬田(わせだ)大学、商学部を卒業。

現在、外食産業やライブハウスで急成長の株式会社モリカワ本部の課長をしている。

大学からのロックバンド、クラッシュ・ビートの、ギター、ヴォーカルもやっている。

 

 信也と詩織、岡と美菜、それぞれにカップルであり、この4人はみんなモリカワの社員だ。

 

 詩織は22歳、早瀬田大学、文化構想学部、4年生。今年3月には大学も卒業で、

信也たちがいるモリカワ本社に就職が内定している。

 

 岡昇も22歳、早瀬田大学、商学部、4年生。今年3月に大学も卒業で、

信也たちのモリカワ本社に就職が内定している。

過去には、信也の現在の彼女の大沢詩織にフラれたこともあった。

そして、信也には、詩織を紹介するという偉業(?)を成しとげていて、

そんな岡は、信也と詩織と、別に仲がいい。

 

 美菜は24歳、早瀬田大学、商学部を卒業、2015年4月から、

信也たちのモリカワ本社に勤めている。

 

「おもしろい映画だったわ!

でも、瀧(たき)くんと三葉(みつは)ちゃんの二人が何度も入れ替(か)わったり、

元に戻(もど)ったり、目まぐるしいんだもの。

1回じゃよくわからなくって、もう1度見たいくらいよ」

 

 美菜が岡にそう言って、微笑む。

 

「そうだね、また観(み)よう、美菜ちゃん。DVDもそろそろ出るんじゃないかな」

 

 天真爛漫な子どものような澄んだ瞳で微笑む岡。

 

「『君の名は。』は話の展開に、スピード感があったよ。

あれって、観客の集中力を高める効果を、ねらったんじゃないかな」

 

 信也がそう言って、みんなの笑顔を眺めながら、赤ワインを飲む。

 

 赤ワインでほろ酔いの上機嫌(じょうきげん)なのは、信也と岡だ。

詩織は、フレッシュオレンジの香るオレンジジュース、

美菜は、フレッシュレモンのコカコーラを飲んでいる。

 

「何度も涙腺が緩(ゆる)んでしまう映画よね!

年齢や世代を超えて、支持されているっていうものね!でも、なぜなのかしら?しんちゃん!」

 

 そう言って、信也に、明るく微笑む詩織。

 

「新海監督は、よくいろいろと勉強している人だと思うよ。

やっぱり、天才には、努力とひらめきが必要なんだろうね。あっははは。

『君の名は。』のモチーフ(題材)の、夢の中で誰かと出会うとか、

夢の中で男女が入れ替わるとかの、こうした物語の設定っていうのはね、

いまから、1000年以上も前の・・・、鎌倉幕府が成立する前のころかなぁ、

平安時代にまでさかのぼる、日本文学の伝統的のモチーフや主題だったんですよ。

みなさんなら、知ってることかもしれないけど」

 

 信也がそう言うと、みんなは「知らなかったですよ」「知りませんでした」とか言って笑う。

 

「あっははは。ちょっと、文学の講義みたいになるけれど。

『とりかえばや物語』なんてのは、そんな男女が入れ替わる有名な物語だよね。

あと、平安時代の女流歌人の小野小町(おののこまち)は、

古今和歌集の中でこんな歌を詠(よ)んでるんですよ。

『思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚(さ)めざらましを』っていう歌だけどね。

訳すと、『あの人のことを思いながら、眠りについたから、夢にでてきたのだろうか。

夢と知っていたなら、目を覚(さ)まさなかっただろうものを。』っていうんだけどね。

いい歌だよね。あっははは。おれたちの心にも、すごくわかるし、共感があるよね。

これが、1000年以上も前の歌だもんね!いい芸術は、時を超えて、

いつまでも、人の心に感動を呼ぶってことだよね」

 

 信也はしみじみとそう言った。

 

「そういえば、新海監督は、NHKの『クローズアップ現代』で語ってましたよ。

≪夢で真実を知るというのは、ずーっと、日本の文学や実際の生活の中で、

繰り返し語られてきたし、ぼくらの実感でもあるんですよ、今でも。≫とか。

≪夢で、本当に好きなのは誰なのかを知るとか、そういう僕らの実感みたいなものに、

まあ、この物語がマッチしたんじゃないかと、1つ思いますね。≫とか言ってましたよ。

さすが、新海さんは、すごいとおれも思いましたよ。しんちゃん!」

 

 そう言って、信也と目を合わせて微笑む、岡だ。

 

「新海さんは、やっぱり、子どものような澄んだ視線で、世界を見ている人って感じで、

やっぱり、芸術家や詩人的って感じがするんだよね。やっぱり、おれの持論のようなもんで、

人間、子どものころの童心を忘れたら、ダメなんじゃないかな?

そんな子どもの心を忘れてしまったら、人生を楽しめなくなると思うよ。

新海さんのデビュー作は、地球と宇宙の超遠距離恋愛の『ほしのこえ』だけど、

『ねえ、わたしたちは、宇宙と地球に引き裂かれる恋人みたいだね。』と、

主人公の男女が同時に語るセリフがあるけど。あれは、とても象徴的で、印象深いよね。

新海作品に通底する、心が通じているのに、届かない、もどかしさ。そんな心の通い合いは、

この1作目から描かれているんだよね。

新海さんは、29歳のときなのかな、

ゲーム会社でCG(コンピューターグラフィックス)デザイナーをしていた新海さんが、

会社を辞(や)めて作ったのが、

自分の悩みから、解き放たれる転機になったという、この『ほしのこえ』なんだよね。

新海さん、ご本人は、テレビで、こんなことも語ってるよね。

『とにかく、作りたいという衝動だけだったんですよね。それと同時に、

いろんなことがうまくいっていなかった時期ですよ。

いろんな人間関係とか、友人関係とか、会社との関係とかだったりして。

何か、もう≪言いたいことがあるんだ≫と、・・・何があったんだろう?でも、

とても恥ずかしいんですけど、≪ほしのこえ≫って、

最後、≪ぼくはここにいるよ≫という言葉で終わるんだけど、もしかしたら、

単純に、そういう気持ちだったのかもしれない。

誰にも見られていないような気持ちもあったし。

だれにも届いていないような気持ちもあったし。

何か言えることがあるし。届けられるものがある。

そんな気持ちだけがあるし、衝動だけがあって、≪ほしのこえ≫は作り始めた。』

そんなふうに新海さんは語っていましたよ。

そんな『ほしのこえ』は、2002年に、下北沢にある短編映画専門館の『トリウッド』で、

監督・脚本・演出・作画・美術・編集などの作業をひとりで行った自主製作の、

約25分のフルデジタルアニメーションとして、初上映されたんだよね。

そのときの会場で、新海さんは挨拶して、そのときの拍手が、生まれて初めての自分への拍手で、

いまでも創作のモチベーションになっているって、新海さんは語っているけどね。

やっぱり、子どものような行動力や好奇心や感性がなければ、

こんな創造的なことはできないことなんだろうね」

 

 信也はそう言って、みんなに微笑んだ。おいしそうにピザを頬張って、赤ワインを飲む。

 

「そうですね。子どものように澄んだ感性を感じます。

ストーリーもすごくいいけど、映像美が、これまでにない美しさです!」

 

 美菜がそう言う。

 

「そうだよね。映像が、圧倒的に美しくて、精緻で、リアルだよね。

日本で活動するアメリカのギタリストのマーティ・フリードマンさんが、クローズアップ現代で、

アニメーションの世界のエディ・ヴァン・ヘイレンだって言っていたもの。

エディ・ヴァン・ヘイレンは、ロックのギターの世界では、

デヴューした直後から、卓抜(たくばつ)したタッピングとかの技術やテクニカルで、

そのあとに続く音楽に、長く、影響を与えたんだよね。

新海さんのアニメはそれに等しいって、マーティさんは言うんだ」

 

 赤ワインに気分もよく酔って、陽気な笑顔で岡はそう言った。

 

「おれも、あのクローズアップ現代は見ていた。マーティ・フリードマンさんは、視点が鋭いよね。

Jポップとかの音楽評論家としても、おれは感心するしね。

マーティさんが、『1番大事なコンセプトをお祖母(ばあ)ちゃんがいう』って言っていたよね。

『土地の氏神(うじがみ)様を古い言葉で『ムスビ』って呼ぶんやさ。この言葉には深い意味がある。

糸をつなげることも結び。人をつなげることも結び。』とか、お祖母(ばあ)ちゃんはいっている。

 『君の名は。』では、遠く離れた二人を結ぶものとして、

組紐(くみひも)が象徴的に描かれているじゃない。

運命の赤い糸を連想させるような組紐だよね。

それが効果的に使われて、観客に、人との結びつきとか、思い出させたりして、

感動を呼んでいるだよね、きっと。人生にとって、出会いがいかに、大切なことかって。

それと、三葉(みつは)が、神社にお供(そな)えする口噛み酒(くちかみざけ)。

その口噛み酒を瀧(たき)くんが飲んで、過去にタイムスリップして、三葉(みつは)ちゃんや

町の人たちを避難させる行動をとるよね。

そして、みんなを、彗星(すいせい)の隕石の落下という災害から、救うことになる・・・。

あれって、瀧くんが、勇敢にも、時間を巻き戻して、更新するようなことだろうけど。

そして、社会人になって、オトナっぽくなった、瀧くんと三葉ちゃんが再会する。

壮大なスペクタクル(光景)の、感動的なアニメだよね」

 

 信也は、みんなを時々見ながら、そう話した。

 

「新海誠さんと、詩人で芥川賞作家の川上未映子(かわかみみえこ)さんとの対談の番組があって、

それがものすごく良かったの!

川上さんが、新海さんにこんなことを聞くの。

『イノセンス(純粋さ)というと、監督の場合は、いつの、どの景色を思い出します?』って。

新海さんは、『ぼくは、12~13歳かもしれないです』って答えていたわ。

あとね、川上さんは、

『秒速35センチメートル』の中の主人公のセリフで、

『僕たちは精神的に似ていた』というセリフを指摘して、

それを、『僕たちは似ていた』では済ませられない人なんだなと思ったって、おっしゃってる。

川上さんの指摘は、鋭いなって、感心しているの!

川上さんは、新海さんに、『精神的に似ているんだ』っていうことを、おっしゃりたいんですねって。

そんな気持ちが、そのセリフにはすごく出ているって。なんか、微笑ましくて、おかしくって、

楽しくって、未来への希望や力も感じる、素敵な対談っていうか会話よね。

新海さんは、そんな川上さんの指摘に、はっとして新たな自分を再発見したような、

驚きの表情をしてたわ。うふふ。

いまの混乱しているオトナの社会に対する、子どもの心、詩の心、そんな感じのする対談だったわ。

そして、新海さんはこんなこと言ってたわ。

『1本の映画が、長い時間軸の1曲みたいな、

そんな1曲を聞いたあとみたいな気持ちになって欲しい。』って。

新海さんのアニメには、モノローグ(ひとりごと)使うところが多いんですって。

それについて、新海さんご自身で、

『状況を客観視たりして、未知の巨大な悪意を持った人生みたいなものに、

立ち向かったり、乗り越えたりしようみたいな気持ちがあるってことで、

それは、サバイブ(困難を乗り越える)ことなのかも。』とか、おっしゃっていた。ね、しんちゃん」

 

 詩織が、信也や岡や美菜(みな)に、微笑(ほほえ)みながら、そう語った。

 

「うん、あの番組ね、『SWITCHインタビュー達人たち』だっけ、おれも見たんだよね。

女優の吉田羊(よしだよう)さんのナレーションが、

『新海の描く世界は、心をかよわせながらも、会えない、通じない、届かないといった、

若い男女のせつない恋物語が多い。心の距離感を風景や情景を巧みに使いながら、

描き出す新海マジックは、若者はもちろん、かつて若者だった世代をも虜(とりこ)にする。』

ってあったけど、心に残る、すてきな語りだよね。

『新海作品の特徴の1つ。映像美。特に背景の美しさは見る者の心を癒(いや)す。

夜景や雲、そして夕暮れの道。記憶の中にある原風景を緻密に再現することで、

印象的な風景を作り出す。』とかのナレーションも良かった。

川上未映子(みえこ)さんは、

『人が生まれる意味とは何なのか?人が死ぬとはどいうことなのか?』とかの、

『普段の生活では見過ごしがちな、根源的な問いを、鋭い感性で描いてきた。』

とかも、ナレーションっで言ってたよね。

川上さんって、おれも、個性的で、すてきな人だと思うよ。

子どものころ、自分の誕生会で、

≪詩に向かっているのに、なぜ喜ぶの?≫と言葉に出すと、まわりが引いていたっていうよね。

それで≪自分の考えを言葉に出してはいけない≫って思ったそうなんだ。

そんな思いを抱えていた小学4年生の時、何でもいいから作文を書くという国語の授業があって、

その教師のひと言が大きな転機となったんだってさ。

≪いつも、くよくよとして、いつか、みんなは死んでしまうとか、それだったら、

誰よりも先に死んでしまいたい≫とか考えていたんだってさ、川上さんは。

自分が思っていることはそうだったから、それを作文に書いたんだって。

川上さんは、『それまで、子どもが≪死ぬ≫とか≪何で産んだのと?≫いうと、

嫌(いや)がるんですよ、オトナは。それで、ドキドキしながら作文を読んだんですよ。

そしたら、すごく褒めてくれた先生がいて。名前を呼ばれて、立ちなさいって言われて、

≪また、言われるんだろうな≫と思ったら、先生は、

≪それは、先生にも分からへん。でも、考え続けるのはいいこと≫ってくれて、

拍手してくれて、すごく、うれしかった』って、そんなふうに語ってましたよ。

それを聞いていた、新海さんは、

『川上未映子(みえこ)さんが誕生した瞬間かもしれないですね』って言っていたし。

川上さんは、『本当に思っていることは言葉にしていいし、

共有してくれる人がいるんだ。肯定されたことが大きかった。

トイレで、すごく泣いたことをおぼえています。うれしくて、恥(は)ずかしいし。』

とか言ったいましたよね。

オトナの世界と、子どもの心や詩の心が、対決しているような感じの、

すばらしい対談だったですよね。

新海さんは、この対談に先立って、こんな解説をしてましたよね。

『作家というのが、アイデアを組みだしてくる水源のようなものと、

それいかにを紡(つむ)ぐかという技術。

そんな水源と技術の両輪で回っているように見える。』って言ってたよね。

『その両輪のバランスがどのようになっているか、すごく興味があるし。

その2つを組み合わせて、このうえなく、うまく見合わせているようにも見えるし、

その組み合わせ方というのも作品ごとに変化しているようにも見える。

そんな雰囲気を本を読んでいると、とても感じる。

作家としての生きかたを少しでも垣間(かいま)見ることができるとうれしいです。』とか言って、

新宿にある川上さんの自宅を新海さんは訪問したんだよね。

とても、興味深い貴重な対談だったので、しっかり、録画してありますよ。あっははは」

 

「ほんと、楽しい対談だったわよね、しんちゃん!

川上さんが『そのぉ・・・。、新海さんは、絵は得意だったんですか?」とか聞いたわよね!」

 

「そうそう、そしたら、新海さんは、

『たとえば、クラスで、2~3番目くらいには、うまいなくらいの気分はあったんですけど。』

とか言っていたよね、詩織ちゃん。あっははは。

新海さんは、『背景とかが好きだったんです。人間にはあまり興味がなかった。

人間を描くことには興味がなかった。』とか言っていて、

『もう風景画ばかり描いていたようなこと言っていて。その色も好きだった』とか言っていて。

川上さんが、『何に、1番にひかれていました?』って聞いたら、

新海さんは、こんなふうに言っていました。

『ぼくは、雲の形と、雲の色でした。雲の絵を、水彩絵の具で描いてました。

曇って難しい素材だと思います。

曇って漠然と描くと、本当に漠然とした雲になる。

子どもに雲描いてと言ったときポカポカと言った雲になるじゃないですか。

ああいうものが、オトナになっても、力量はあっても、ああいう印象になったりする。

でも、曇って、気象現象の総体じゃないですか。

そのバックグラウンドには、上空でどれくらい強い風が吹いているのか?とか、

寒いのか?とか。そういうことが、なんとなく、体感があると、いい雲になるような気がします。』

と、こんな内容だったかな。

雲について、こんなに真剣に考えている新海さんって、素敵だよね。ねえ、岡ちゃん」

 

「そうですね。新海さんって、芸術家の心の持ち主ですよね。

ほんと、飾(かざ)り気がなく、ありのままなで、

素朴でいいなあって、おれは思いましたよ。新海さんも川上さんも、

子どもらしさを失っていない、オトナの方たちで、詩人だし、芸術家だし、

人間らしいってことですよね。混迷の時代を、良くしていきたいって願う、

きっと、ぼくらの仲間って感じの人たちですよね」

 

 岡がそう言うと、みんなは、笑顔で、「そうだね」と言ったり、拍手をしたりした。

 

☆参考・文献・資料☆

 

NHK クローズアップ現代 『想定外!?君の名は。メガヒットの謎』

NHK Eテレ SWITCH インタビュー達人たち 『新海誠×川上未映子』

 

≪つづく≫ --- 121章 おわり ---

 



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122章 芸術的な生き方をちょっと考えてみるのもいいのかも?

122章 芸術的な生き方をちょっと考えてみるのもいいのかも?

 

 3月18日、土曜日。一日中よく晴れていた。最高気温は16度ほど、

南南東からの風で、春らしい暖かさだ。

 

 夕焼けもきれいな日暮れどき、川口信也と、森川純、大沢詩織、菊山香織の4人が、

居酒屋『もりかわ』の、予約していたテーブル席に集まっている。

 

 もつ焼きともつ料理の居酒屋『もりかわ』は、

外食産業大手のモリカワが全国展開している。現在は40店舗以上ある。

信也と純は、モリカワ本社の課長だ。

菊山香織も、去年の2016年、早瀬田(わせだ)大学を卒業後、

モリカワの本社スタッフだ。

大沢詩織も、この3月、早瀬田(わせだ)大学卒業のあとは、

モリカワの本社スタッフとしての就職する。

4人そろって、モリカワ本社の社員となるわけだ。

 

 居酒屋『もりかわ』は、下北沢駅南からも、モリカワ本社からも歩いて4、5分ほどだ。

完全禁煙の店内の39席は、ほぼ満席だ。

 

 信也たちは仕事のあとのゆったりとした気分で、飲み物や料理を店のスタッフに注文した。

 

 モリカワの本社には、2015年の春に、早瀬田大学の卒業生、清原美樹と小川真央や、

水島麻衣や山下尚美、森田麻由美たちも、入社している。

下北沢のモリカワの本社は、そんな若い女性たちで、華(はな)やかだ。

 

「まあ、まあ、しんちゃん、詩織ちゃん、香織ちゃん、きょうもお疲れ様でした。ではでは。かんぱーい」

 

 そう言うと、純は、生ビールのジョッキを手に持った。

 

「純ちゃん、みなさん、きょうもお疲れ様でした!かんぱーい!」

 

 信也がそう言う。4人は、楽しそうな笑顔で、

テーブルの炭火でもつを焼きながら、生ビールのジョッキで乾杯をした。

 

「しかし、何と言ったらいいのだろうか、ねえ、みなさん、

モリカワの本社には、おれや純ちゃんや、高田翔太に岡林明という、

クラッシュビートのメンバー全員や、グレイス・ガールズのメンバー全員の、

清原美樹ちゃん、平沢奈美ちゃん、水島麻衣ちゃんたちも、

入社して、2つのロックバンドの全員が、集まってしまったんだから、笑っちゃうよね。

というかさあ、こういうのを不思議な縁(えん)というのでしょうかねえ。あっははは」

 

 そう言って、信也が、持ち前の楽天さで、明るく笑った。

 

「そうよね。それだけ、モリカワっていう会社が、魅力的なのよ!うっふふ」

 

 いつも信也と仲のよい、彼女の大沢詩織は、そう言うと、みんなに微笑(ほほえ)む。

 

「入社した人、みんなが言っているけど、本社のオフィスって、ゆったりと広いでしょう。

窓は大きくて、日もさんさんと入ってくるし。快適な仕事の環境なのよね。

この4月からは、岡昇くんも、詩織ちゃんと同じく、本社に入社よね。

岡くんの彼女の南野美菜ちゃんも、昨年から、本社でわたしたちと仕事をしていて・・・」

 

 いつもどこかお洒落(しゃれ)な、グレイスガールズのドラムもしている、菊山香織がそう言った。

 

「あっははは。どうも、早瀬田からモリカワへの入社の流れは当分続きそうですよ。

ミュージック・ファン・クラブのメンバーからの、

そんな相談のメールや話も、おれには、しょっちゅうあるもの。あっははは」

 

 純が、そう言って笑いながら、ちょっと頭をかいた。

 

「モリカワで働く社員は全員、正社員じゃないですか。

正社員登用制度で、パートやアルバイトや契約社員から正社員へ転換する人もいるし。

そんなふうな、働き手の立場に立った会社って、いま、なかなか無(な)いんじゃないですか」

 

 大沢詩織がそう言った。

 

「うちのおやじは、今年の8月5日で63歳になるけどね、

精神的な若さでは、おれも負けるくらいに少年のように若々しいんですよ。あっははは。

たとえば、日本一のホワイト企業として有名な、

岐阜県にある電気設備資材などを扱っている会社の、

の創業者の山田昭男さんとかの考え方に、影響受けたり、感銘しているんです。

その経営方法も、納得がいけば、どんどんマネしているんです。あっははは。

残念なことですけど、『未来工業』の創業者の山田昭男さんは、

2014年に、82歳で、お亡(な)くなりになられましたけどね」

 

 未来工業は、1965年創業の建築用電気資材メーカーで、社員は約780人全員が正社員。

60歳時の年収のままで一切減額せずに、本人の希望に応じて、70歳定年制を採用している。

年商314億円(2013年3月期)。経常利益は39億円。

創業から2013年3月期までの平均経常利益率は13%を超えている。

しかも、創業以来49年間、売り上げ目標を立てたこともなく、赤字決算になったこともない。

毎朝8時半始業で、1時間の昼休みをはさみ、午後4時45分終業。

午後5時前には大半の社員が退社する。

1日の業務時間は7時間15分が基本で、残業禁止はもちろん、仕事の持ち帰りも禁止。

おまけに年間休日も140日+有給休暇40日(育児休暇は最大3年)で、

社員を信頼するから、タイムカードもない。

厚生労働省から『日本一休みの多い会社』として表彰されている。

休みが多くて働きやすく、かつ利益率の高い中小企業なので、『社員が日本一幸せな会社』と

呼ばれることもある。

 

「純ちゃん、未来工業って、製造業なのに、制服もないというよね。

どこの会社にもあってあたりまえの、朝礼も、

『管理職の自己満足にすぎない』と、社長の山田昭男さんは言って、

どの部署でも行われていないらしいし。

でも、純ちゃん、森川誠(まこと)社長が、未来工業を見習っているっていのは、

とてもいいことだと思うよ。モリカワの朝礼を廃止になったし。あっははは。

まあ、われわれのモリカワのすばらしいところは、

未来工業の山田昭男さんが言ってる、

『つまらい常識を捨てられないから、会社は儲からない。仕事はつまらない』とか、

『社員のみんなが、自分の頭で、常に考える』とかを、取り入れて、実践しているところですよ。

森川誠社長にしても、未来工業の山田さんにしても、

会社経営を、まるで芸術作品の創造のように考えているんだろうなって、

おれは思うんですよ。純ちゃん」

 

「まあ、そんな感じだね。あっははは。

山田昭男さんの場合は、若いころ、演劇に熱中していたっていうじゃないですか。

だから、きっと、その魂というか精神というか、心というか、芸術家なんですよね。

山田昭男さんの名言には、いろいろあって、おれも感心するんですけど、

『日本人の正直さを信じている、』とか、

『社員をいかに<やる気>にさせるかで会社は決まる』とか、

『会社は社員を幸せにする場だ』とか

『いま、派遣労働者の労働条件の改善が社会問題になっているけど、ウチはすべて正社員。

基本的に経営者は、定年まで勤めたいと考えている、

大多数の真面目で純粋な従業員の思いをすくい取ってやるべきでしょう』とか言ってますよね。

あと、『未来工業のいろいろな取り組みは、すべて社員の不満を解消するとともに、

社員を感動させるためにやっていることばかりだ。

感動は人を喜ばせる。喜んだ社員は一生懸命に働いてくれる。

会社のためにやってやろうという気持ちになる。

そうして頑張った結果が、お客様を感動させ、事業を発展させることにつながるのだ』とも言っている。

山田昭男さん言葉は、芸術家的だと思うよ。しんちゃん、詩織ちゃん、香織ちゃん」

 

 森川純は、笑顔でそう言いながら、信也や詩織や香織たちと目を合わせる。

 

「やっぱりね。今の世の中には、社会も企業も個人も、

芸術的な生き方を、ちょっと考えてみるのもいいのかも?っていう気がするんですよ、おれは。

もちろん、みなさんも、同感だと思いますけどね。あっははは。

 

2012年の3月の、いまのような春に亡くなられた、吉本隆明(よしもとたかあき)さんは、

芸術的な言語について考えることを、ライフワークのようにしていましたけど、

こんなことを言っていました。

 

『インターネットや携帯を使って、いくらコミュニケーションをとったって、

本物の言葉をつかまえたという実感が持てないんじゃないか。』ってね。

吉本さんは、言葉の本質的なことについて、さらに、こんなふうにも言っています。

 

『言葉というものは、コミュニケーションの手段や機能だけではない。

それは、言葉の枝や葉の問題であって、根幹(こんかん)は沈黙だよ。』と言っています。

 

あと、『言葉とは、内心(心のうち)の言葉を主体として、自己が自己と問答することです。

自分が心の中で、自分に言葉を発し、自分に問いかけることが、まず根底にあるんです。

友人同士で、ひっきりなしに、メールで、いつまでも他愛のない、おしゃべりを続けていても、

言葉の根も幹(みき)も育ちません。それは貧しい木の先についた、貧しい葉っぱのようなものです。

言葉の本質は、沈黙にあること。そのことを徹底的に考えること。』

吉本さんは、『若い人に言えるとしたら、それしかない。』って、

言葉の本質について、こんなふうに、本に書いてました。

 

この吉本さんのお話と、美しいハーモニーを奏(かな)でているような、名言が、

もうひとつあるんですよ。名言って、けっこう長くって、

こうやって、コピーして持っているんです。あっははは。

ちょっと聞いてください。

あの哲学者のニーチェの言葉なんですが、

『芸術的な本能が、人を生かす』ってことで、こんなふうに言ってます。

 

『わたしたちの感覚を魅了し、わたしたちに快感や感銘を与えるものは、

いつも、単純さ、見通しのよさ、規則正しさ、明快さという特徴を持っている。

現実には、わたしたちの眼前にあるものは、カオス(混沌や混乱)だ。

それを単純化したり、論理を与えたり、規則づけたりすることで、

わたしたちは物事を整理し、ようやく理解している。

いや、そういうふうにしてしか、人はいっさいについて、理解も納得も認識もできないのだ。

つまり、事象そのものに手を加えて、論理的で芸術的なものにすることでのみ、

人はこの世界の中で生きてゆくことができる。これはまさしく本能というべきものだろう。』ってね。

吉本さんも、ニーチェも、芸術的な生き方こそが、

人間らしい生き方だって、言っているようですよね」

 

 信也は、牛革(ぎゅうがわ)のカードケースに入れておいた、

2冊の本のページのコピーを見ながら、そんなふうに、みんなにゆっくりと語(かた)った。

 

☆参考・文献・資料☆

1. 『毎日4時45分に帰る人がやっているつまらない「常識」59の捨て方』

  著者 山田昭男・東洋経済新報社

2. 山田昭男の名言 厳選集|名言DB リーダーたちの名言集【インターネット】

3. withnews 日本一休みが多い会社 未来工業【インターネット】

4. 『超訳 ニーチェの言葉(2)』から『生成の無垢』(認識論・自然哲学・人間学)編訳 白取春彦

5. 『芸術言語論への覚書』  著者 吉本隆明  李白社

  

≪つづく≫ ---122章 おわり ---

 



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123章 ≪Memory 青春の光≫を語りあう信也と裕子

123章 ≪Memory 青春の光≫を語りあう信也と裕子

 

 4月14日、金曜日。気温も21度ほどで、よく晴れた一日だった。

 

 日も暮(く)れた6時半ころ、川口信也と落合裕子のふたりは、

渋谷駅のハチ公改札口の近くの忠犬ハチ公像で待ち合わせをしていた。

 

 ふたりは、そこから歩いて3分くらいの、道玄坂をちょっと裏に入った

レストラン・バーのBEE8 (ビーエイト)に向かった。

 

 ふたりは、予約していたカウンター席で寛(くつろ)ぐと、

熟(じゅく)したレンガ色の赤ワインの入ったグラスを合わせて乾杯した。

 

 笑顔が素敵な女性のスタッフには、牛リブロースステーキや、

トマトとバジルチーズのマルゲリータや、小海老のアヒージョや、

いちご・ブルーベリー・ラズベリー・ぶどうなどが盛り沢山(たくさん)の

ベリーモヒートを注文した。

 

「この店に来るのも、1年ぶりくらいになるよね」と信也は言った。

 

「そうよね。ちょうど1年くらいになるわね。

このお店で、去年の3月4日に、しんちゃんと純ちゃんと、

美結ちゃんに、わたしの誕生日のお祝いをしていただいたのよ。

ちゃんと覚えているわ。

1年間くらい参加させていただいた、

クラッシュビートのキーボードの休止もこのお店でお話させていただいたんだわ。

しんちゃんは、わたしの誕生日を覚えていてくれて、花束を届(とど)くんですもん。

とても、うれしかったわ!」

 

「あっははは。また裕子ちゃんが、クラッシュビートのキーボードに戻(もど)ってきてくれるかな?

っていう期待もこめて、おれは贈らせていただいたんですよ」

 

「しんちゃんは、≪モーニング娘。≫の≪Memory 青春の光≫は知っているでしょう。

あの歌が発売されたのが、1999年2月だったんですよ。

わたしは、小学校に入学したばかりの1年生だったんですけど、ませていたのかしらね。

≪Memory 青春の光≫をピアノで弾きたい!って心の底から思って、

それからピアノ教室にまじめに真剣に通い始めたんです。

なんとなく、おませで、おかしな子どもだと思うでしょう!

しんちゃんも。うっふふふ」

 

「そうなんですか。あの≪Memory 青春の光≫は、≪モーニング娘。≫の歌の中でも、

ぼくも好きですよ。あの曲は、♭が6個の、E♭マイナーで、

16分音符は、はねて弾く感じだし、難しいですよね。

まあ、あの歌の哀愁やリズム&ブルース的なノリのよさは、

たとえば、ビートルズのポール・マッカートニーの『イエスタディ』のような名曲の水準ですよね。

あれを作った、つんくさんは、天才的な人ですよ、おれも尊敬しちゃいます!」

 

「よかったわ。しんちゃんに、わたしのこと、理解してもらえたみたいで!

わたし、最近も、≪Memory 青春の光≫をピアノで弾きながら、

心に想うのは、正直に告白すると、尊敬している、しんちゃんのことなんだから!うっふふ」

 

「あっははは。ぼくも、裕子ちゃんのことは、尊敬していますし、いつも気になってますよ。

お互いに、かなり、音楽的な価値観とか似ていますしね・・・」

 

「しんちゃんに、そう言ってもらえると、本当にうれしいわ!

でも、わたしって、しんちゃんみたいに、心が、まっすぐじゃないし、強くないんです!」

どうしたらいいんでしょうね?しんちゃん」

 

「あっははは。おれも、強がっているだけで、本当はかなり弱いんですよ、裕子ちゃん。あっははは」

 

 二人は、目を合わせて、明るく笑う。

 

≪つづく≫ --- 123章 おわり ---

 



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124章 中島みゆきの『恋文』をカヴァーする信也

124章 中島みゆきの『恋文』をカヴァーする信也

 

 5月4日のみどりの日の午後1時ころ。気温は22度ほど。やさしい南風が吹いている。

 

 マンガ家の青木心菜(ここな)は、明大前(めいだいまえ)駅、京王(けいおう)線ホームの、

ガラス張(ば)りの明るい待合室で、親友の水沢由紀を待っている。

 

 心菜がちょっと待っていると、ピンクベージュのワンピースで、由紀はやって来る。

 

 着心地の良さそうな半袖(はんそで)のカットソーと、

ギャザースカートが一緒になったようなデザインのワンピースの由紀。

 

「由紀ちゃん、かわいいワンピースね。ピンクベージュでしょ?すてきだわ。

でも、わたしのピンクと同じ色じゃなくって、良かったわ!うふふ」

 

 心菜はそう言って笑った。

 

「心菜ちゃんのワンピースも春らしくってすてき!ここのスリットが、繊細でセクシーなスカートね!」

 

 由紀が天真爛漫な笑顔でそう言った。

 

「あら、そうかしら。ありがと!由紀ちゃん」

 

 落ちついたコーラルピンクの、ふんわり柔らかいシルエットのワンピースの心菜。

 

 ふたりは渋谷駅から歩いて3分ほどの、ライブハウスのイエスタデイ(Yesterday)行くところだ。

 

「きょうの、しんちゃんたちのライヴは楽しそうよね」と由紀が言う。

 

「うん。今日のライヴのオープニング曲は、

中島みゆきさんの『恋文』のカヴァーですって。由紀ちゃんと一緒に、ぜひ聴きに来てね!って、

しんちゃんがメールしてくれた!楽しみよね!」

 

 心菜と由紀は目を見合わせて笑ったりしながら、京王線ホームからエレベーターに乗り、

地下1階の井の頭(いのがしら)線ホームで、渋谷駅方面の列車を待つ。

 

 ふたりは各駅停車の渋谷行きに乗車すると、ドア近くのシートに座(すわ)った。

渋谷までの所要時間は、12分くらいだ。

 

「しんちゃんからこの本をいただいたの。

この本、いまはもう絶版で、アマゾンなら中古本が売っているんですって」

 

 1990年に出版された朝日文庫の『中島みゆき全歌集』を、

ライトブルーのショルダーストラップ付きのハンドバックから、心菜は取り出す。

 

「しんちゃんって、熱烈な、中島みゆきのファンだというのは、意外よね!心菜ちゃん」

 

「ちょっと、ユーモラスなトピックスよね。うっふふ。

硬派なロッカーのイメージが強い、しんちゃんは、

高校生の時は、アメリカのパンク・ロックバンドの、ラモーンズのコピーをしていたし、

日本のバンドでは、ブランキージェットシティや、

ミッシェル・ガン・エレファントをコピーしていたもんね。

まさか、中島みゆきさんに、ラブレターを出すほど心酔しているというのは、ちょっと意外だった。

でも、しんちゃんって、そんな、ひとつの形にこだわらない、

全方位的なところが魅力なのかも。由紀ちゃん」

 

 青木心菜は、川口信也をモデル(主人公)にした連載マンガの、

『クラッシュビート』の絶好調もあって、

人気マンガ家だ。親友の水沢由紀も、心菜の腱鞘炎がきっかけで、

マンガ制作のアシスタントや心菜のマネージャーをしている。

 

 心菜は、1992年3月1日生まれの25歳。

由紀は、1991年11月8日生まれの25歳。ふたりは、小、中、高校が同じ、幼なじみだ。

 

 心菜の家は、京王線の下高井道(しもたかいどう)駅の近く。

由紀の家は、その下高井道駅の隣の桜上水(さくらじょうすい)駅の近くにある。

 

「しんちゃんって、中1のときに、2002年暮れの紅白歌合戦を見ていたら、

中島みゆきさんが初出場で『地上の星』を歌っていて、それがかっこよくて、

それから熱烈なファンになったのよね。

みゆきさんが出たあの紅白歌合戦のときは、わたしも心菜ちゃんも、かわいい小学5年生だったわ!」

 

 そう言って由紀は心菜に微笑む。ふたりは車窓の外を流れる景色を眺(なが)めている。

 

「あの紅白で、みゆきさんが、黒部ダムの地下トンネルの中で、『地上の星』を熱唱していたのって、

つい先日のように思えてくるよね。それだけ強烈な印象もあるのよね。由紀ちゃん。

あの紅白の翌年(よくとし)から、しんちゃんは、みゆきさんの歌なら、

なんでもを聴くようになったんだって。

2003年の新年からは、ニッポン放送で、

『中島みゆき ほのぼのしちゃうのね』というラジオ番組が始まったんだけど、

でも、その放送時間が、月曜日から金曜日までの平日の午前10時30分から、

10時40分だったんだって。それだから、中1のしんちゃんは聴くことができないのね。

それで、しんちゃん、ニッポン放送気付けにして、みゆきさん宛(あ)てに、

詩のような短編小説に、手紙をつけて送ったんだって。

その小説、小学校のとき、好きになった文学好きな女の子へ捧げるために、

パソコンを使って書いたんだって。

それを、プリンターを使って、ホチキスで止めただけの簡易な自家出版の本だって、

しんちゃん、言うってたけど。

でもすごいわよね、しんちゃんって。やっぱり、早熟なのかしら!あっははは」

 

「そうだったんだ。しんちゃんって、文学少年だったのかあ!うふふ。

その、みゆきさん宛てに送ったという短編小説はなんというタイトルなの?心菜(ここな)ちゃん」

 

「タイトルは、『雲は遠くて』って言ったわ。わたしも読みたい!って言ったら、

これはいまのところおれの極秘事項にしてあるからって、断(ことわ)られちゃったわ。

連載マンガの『クラッシュビート』に、このエピソードを使っていいかしらって、きいたら、

こんなエピソードでも、心菜ちゃんのマンガの制作に役立つのなら、

自由に使っていいですよって、しんちゃんはやさしく言ってくれたわ。

でも、中島みゆきさんが関係するようなエピソードだから、

作品に使用するのは難しいかもいれないねって言っていた、しんちゃんは。

みゆきさんは、藤女子大学の文学部の国文学科を卒業しているのよね。

折り紙付きの文学少女って感じ。

小学生の時に好きだった文学少女の女の子には、結局、ふられたんだって、しんちゃんは。

そんな心の痛手もあって、しんちゃん、

みゆきさんには、好意や関心を持ってもらえるように、

自分の年齢も中1だってことも、手紙には書かないし、明かさなかったのよ。

中1じゃあ、大人の女性のみゆきさんには相手にされないだろうからって。

おかしいわね。由紀ちゃん。うふふ」

 

「恋するってことは、愛するってことは、心と心との関係で、魂と魂との関係ですものね。

この世に生を受けた命と命が、奇跡的な確率で出会うことができた、その歓(よろこ)びですものね。

だから、年齢差はどうでもいいことだし、、どんな障害だって、

愛し合うことができるとすれば、その男女には関係ないものよね。

ましてや、文学や音楽を大切に思ったりできる、価値観の近い、

同志的な関係なら、なおさらね。心菜ちゃん。」

 

「そうよね。みゆきさんの歌の『命の別名』には、命の別の名前は心のことって、確かあって、

あの歌もすばらしいわよね。あんなふうな奥の深い、いい歌をたくさん作れるから、

みゆきさんって、1970年代、1980年代、1990年代、2000年代って、

4つの世代で、チャート1位に輝くことができたアーティストなのよね。

そんな40年間も活躍しているアーティストは、中島みゆきさん、ただひとりなんですって。

この『中島みゆき全歌集』の解説は、

詩人の谷川俊太郎(しゅんたろう)さんが書いているのよ。それがすごくいいの!由紀ちゃん。

もう立派な、私たちの日常にも、世界にも通用するような、わかりやすい芸術論になっているのよ。

この谷川さんの解説の最後は、

『歌は決まりきったことばに新しい感情を与える。

そして誰もが知っている慣(な)れきった感情に、新しい言葉をもたらす。

歌を書くものも聞くものも、そうやって未知の≪私≫を発見し続けていくのだ。』

っていう言葉なんだけど、たとえば、何か創造的なことに挑戦するとか、

芸術的な活動を楽しんだりすることや、

平凡(へいぼん)な毎日の生活や仕事に励(はげ)んだりすることも、

つきつめれば、新しい自分と出会ったり、何か新しい発見をしたりする、

そんな日常にささやかな歓びを見つけるための、旅の連続のようなものだと思うのよね。由紀ちゃん」

 

「そうね。心菜ちゃん。何のために生きて、何が歓びや楽しみかっていえば、

行き着くところは、そういう、なんていうのかな、自己発見のような、

なにか新鮮な、新しい気持ちになれたらいいなっていうか、

新しい自分に出会えたらいいなっていうか、

そんな小さな希望とかの、日々のささやかな実現のようなことだと、わたしも思う」

 

「そうそう、日々新たに!だわね。由紀ちゃん。

この谷川俊太郎さんの解説には、ほかにも、おもしろいこと書いてあるんだ。

『何年か前に中島みゆきに会った時、私の書いた

≪うそとほんと≫という短詩がいいと言ってくれたことがある。

≪うそはほんとによく似ている/ほんとはうそによく似ている/うそとほんとは/

双生児 うそはほんととよくまざる/ほんとはうそとよくまぜる/

うそとほんとは/化合物 うその中にうそを探すな/

ほんとの中にうそを探せ/ほんとの中にほんとを探すな/うその中にほんとを探せ≫

という詩である。のちにある対談の中で彼女は《あそこまで言われちゃうと、私、

ナンにもやることないんだけどさ》と言って、

それは私の書いてくれたものをほめてくれるというよりは、彼女自身の書きかた、

歌いかた、ひいては人間観を語っているようで興味深かった。』

って谷川さんは、この本に書いてるのよ。

この話も、時間を超えて普遍的で、いつの世にも通用するような、芸術論だと思うわ」

 

「ニーチェの言葉に、有名な≪真実なんてない、ただ解釈があるだけだ≫があるくらいよね、

うそもほんとも、真実も虚偽(きょ ぎ)も、ひとの都合(つごう)や好みで決まったりするものね。

ニーチェとかが説く、芸術論のように、芸術的なことを愛好して、たくましく、

楽しく生きたほうがいいんだって、わたしも思うわよ。

ニーチェの芸術論と、谷川俊太郎さんや中島みゆきさんの考え方は、

とても近いという気がするわ。

芸術を大切にして生きていこうとしていると、

自然とその考え方も似てくるんでしょうけど。ね、心菜ちゃん」

 

「しんちゃんが、ニーチェに共感するのは、ニーチェが、哲学を芸術ととらえて、

熱く、文学的に自らの思想を表現したからですもんね。

やっぱり、わたしたちも芸術を大切にして、人生を楽しくしてゆくしかないのかもね!由紀ちゃん」

 

「そうよね、芸術を楽しんで、そこから学んでいくしかないのかも、心菜ちゃん。

だって、いまの世の中も社会も、どこまでが夢なのか、どこまでが現実なのか、

なにが真実なのか、正しいのかが、はっきりしないような、定(さだ)まらないような、

幻のような、幻想のような、錯覚のような、幻覚のような、

そんな、なんていうの、難(むずか)しい言葉でいえば、イリュージョン(illusion)かしら。

イリュージョンで成り立っているような世の中だって気がしてくるもの」

 

「暗(くら)い事件やニュースが多いものね。

そうそう、みゆきさんのことで、谷川さんのこの解説に、こんなおもしろい話もあるの。由紀ちゃん。

『中島みゆきは私との対談の中で、こんなふうに語っている。

《たとえば、誰かがうんとあたしのことを思ってくれるとするでしょう。

でも、どんなに思ってくれたとしても、それ以上にあたしを思う人が必ずいるわけ。

それはあたし自身なの、あたしがあたしを1番好きなの。

・・・(自分の嫌いなところなんか)いっぱいあるけれど、全部ひっくるめてすごく好き。》

どんなに自己嫌悪を口にする人でも、自己愛は隠れているものだと思うけど、

こういうふうにあっけらかんと自分ののろけを言う人は珍しい。

だがこれは額面通(がくめんどお)りに受け取っていいと私は思う。

彼女の虚構や演技の底には、臆面(おくめん)もない自己陶酔もあるのだ。

自己肯定の強さ、あるいはもっと端的に言えば、

うぬぼれは歌い手にとって有利に働きこそすれ不利に働くことはない。

それは歌というものを支える生命力そのものと言えるからだ。』

ねえ、由紀ちゃん。この谷川さんの話は、ほんと、役に立つ芸術論よね。

わたしたちのマンガの創作も、自己肯定してないと、やってゆけないものね。

わたし、すっかり感心しちゃたの。しんちゃんも、この谷川さんの解説の言葉に、

すっかり感心しちゃっていて、ぜひ読んでくださいって、

わたしに、この『中島みゆき全歌集』をプレゼントしてくれたのよ」

 

「自分のこと大好きだっていう、みゆきさんって、かわいくって、愛(いと)おしいひと!心菜ちゃん!」

 

「しんちゃんも、みゆきさんのこの自己愛には、すごく共感するって言っている。

またあのニーチェだけど、ニーチェが説く≪自己中心主義こそが、人間らしい生きかたである≫

という考え方にも、近いって。自己中心主義って、自己中っていわれるくらい、

良いイメージがないけれどね。

ニーチェの自己中心主義というのは、『自分を愛せる人間が、他人を大切にできる』とか、

『自己への愛(自己愛)を通して、はじめて他者を愛せる』とか、

『自分を愛せない人間に、他者を愛することはできない』という考え方なのよね。

自分を最も価値があると位置づけるわけで、とかく世間では『利己主義』ということで、

悪いイメージしかないけれどね。

でも、よくよく考えてみれば、自分を愛するってことは、自分という≪自然≫を愛することで、

大自然の中の1部の、自分の体や心を愛して大切にするってことで、これって、

やっぱり、1番に大切にすべきことだって、しんちゃんも言っているわ。

自己愛って、具体的には、日常生活の中で、こまめにストレッチをして、

体や心のリフレッシュをするようなことだって言ってた、しんちゃんは。

そのとおりだと思うわよね。

わたしたちも、脳内物質のセロトニンも出て、心のバランスもとれて、

心のコリもとれるストレッチが大好きよね!由紀ちゃん」

 

「うん。自己愛の基本は、ストレッチかしらね!」と、由紀は涼し気な眼差しで、心菜に微笑んだ。

 

 午後1時30分を過ぎたころ、心菜と由紀は、渋谷駅からスクランブル交差点を渡って3分ほどの、

ライブハウスのイエスタデイ(Yesterday)に着く。

 

 1階の入り口付近のオープンテラスのテーブルには、川口信也と彼女の大沢詩織や、

クラッシュビートやグレイスガールズのメンバーや、

信也の後輩たち、早瀬田大学のミュージック・ファン・クラブの学生が集まっていて、

コーヒーや紅茶やドリンクを飲んだりしながら雑談を楽しんでいる。

 

 信也たちのモリカワが経営するイエスタデイは、2012年の9月にオープンでは、

このタワービルの2階だけのスペースであった。現在は拡張(かくちょう)して、

1階と2階の広々としたスペースと、緑に囲まれたテラスのある、

料理や飲み物やライヴ演奏を楽しめる空間として、渋谷の気軽な憩(いこ)いの場になっている。

キャパシティ(席数)も100席から200席に増(ふ)えている。

 

 天井の高いステージには、黒塗りのグランドピアノや最新のキーボードや、

ドラムやアンプが置いてある。

 

 午後2時30分。信也たち、クラッシュビートのライヴは始まる。

 

 ライヴのオープニング曲は、中島みゆきのカヴァー曲の『恋文』だ。

 

「おれって、実は、中1の中学生のころから、中島みゆきさんの大ファンなんです。

きっかけは、2002年12月のNHKの紅白歌合戦で、

中島みゆきさんが『地上の星』を歌っているのを見たことなんです。

かっこいい女性がいるもんだな!って感動しちゃたんですよ」

 

 クラッシュビートのヴォーカルの川口信也は、満席の会場に向かって、そんな話をする。

会場からは拍手や笑い声や歓声が沸き起こる。

 

「まあ、おれ、そのとき、まだ中1ですからね。

中島みゆきさんには、それ以来、相当に熱を上げ続けています。

熱烈なファンになった、2003年の2月だったかなあ。

あのころ、みゆきさん、ラジオの番組で、

『中島みゆき ほのぼのしちゃうのね』というをやっていたんですよ。

でも、その放送時間が、平日の月曜日から金曜日までの午前10時30分から、

10時40分だったんですよ。おれは、中1で、学校じゃないですか。

みゆきさんの番組を聴くことができないのね。

いまでは、ユーチューブとかに、誰かがアップしてくれるんで、聴けるんでしょうけどね。

あっはは。それで、ニッポン放送気付けで、

みゆきさんにラブレターみたいなものを書いて送ったんです。

もちろん。みゆきさんからは、返事はもらえなかったんですけど・・・。

でも、2003年の彼女の歌に、『恋文』というアルバムが出たんです。

おれ、それを聴いて、歌詞を知って、びっくりしたんですよ。

おれの書いたラブレターへの返事じゃないか、これはって。

まあ、そんなことありえないんでしょうけど。

歌詞の中のリフレインの、

『(アリガトウ)って意味が、(これっきり)だという意味だなんて、気づかなかった』

なんていう言葉は、まったく、おれが書いた手紙への返信になっていて、

このみゆきさん歌は、聴くたびに、いつも、

おれへ優(やさ)しいささやきのように、おれの心に届(とど)くんです。

いつの日か、この真相は、みゆきさんに直接聞いて確かめたいです。

では、聴いてください。中島みゆきさんの名曲です。『恋文』・・・」

 

 ラテンのリズムを得意とする落合裕子の細(ほそ)い指が、やさしく、鍵盤に触(ふ)れる。

 

 イントロの、グランドピアノの哀愁がただようメロディが、フロアに鳴り響(ひび)く。

 

 ゆったりとした心地の良いリズムと、大人の哀愁にあふれるメロディの、

バラード『恋文』を、信也は、透明感あふれる独特な声で、心を込めて歌い始める。

 

 原曲『恋文』のレコーディングはアメリカ、ロサンゼルスで行われている。

その原曲にできるだけ近い演奏の実現のために、

このライヴ演奏には、クラッシュビートのメンバーのほかに、

早瀬田大学のミュージック・ファン・クラブ(MFC)の学生たちが参加した。

バイオリンが5名、チェロも3名。軽快なパーカッションは岡昇。

キーボードも女子学生が弾いた。

 

 この熱いパフォーマンスのライヴ演奏に、

最前列のテーブルの席の心菜と由紀のふたりは、

何度も涙で、瞳(ひとみ)を潤(うる)ませた。

 

 鳴りやまない拍手と歓声の中、アンコール曲は、

再び、この濃厚で美しい演奏の『恋文』のカヴァーだった。

 

☆参考・文献・資料☆

1. 中島みゆき全歌集  1990年版 朝日文庫

2. まんがと図解でわかるニーチェ 別冊宝島

3. 思想するニーチェ 秋山英夫 人文書院

4. ニーチェ入門 竹田青嗣(せいじ) ちくま新書

5. 体を芯からやわらげる健康ストレッチ 永岡書店

6. 中島みゆき - 音楽プロダクション - Yamaha Music Entertainment

 

≪つづく≫ --- 124章おわり ---

 

 



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125章 中島みゆきを語る信也や詩織や美樹や真央たち

125章 中島みゆきを語る信也や詩織や美樹や真央たち

 

 6月3日の土曜日、よく晴れた気温26度ほどの夏日の、正午(しょうご)を過ぎたころ。

 

 信也と詩織、美樹と陽斗(はると)、真央と翼(つばさ)の、カップル、6人が、

モワ カフェ(mois cafe)の2階席のテーブルをかこんでいる。

 

 下北沢駅南口から、人でにぎわう商店街の小道を入って、

静かな住宅街の裏路地にあるモアカフェは、駅から2、3分。

築40年の民家を改装した 一軒家で、高い天井(てんじょう)の屋根を支えている梁(はり)に、

古民家らしい風情(ふぜい)もある。玄関左手には赤松の木がそびえる。

おしゃれで落ちつける、リノベーション・カフェの、客席は40席ある。

 

 窓から陽の光がはいる2階の部屋のテーブルで、6人はゆったりと寛(くつろ)いでいる。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、27歳。

2012年の春、早瀬田大学商学部を卒業後、外食産業のモリカワ本部で課長をしている。

ロックバンド、クラッシュ・ビートのギターとヴォーカルもやっている。

 

 信也と交際中の大沢詩織は、1994年6月3日生まれ、22歳。明日からは23歳。

今年の2017年の春、早瀬田大学、文化構想学部を卒業後、モリカワ本部に入社したばかり。

ロックバンド、グレイス・ガールズの、ギターとヴォーカルもしている。

 

 清原美樹は、1992年10月13日生まれ、24歳。

2015年の春、早瀬田大学、教育学部卒業後、モリカワ本部に入社している。

グレイス・ガールズのリーダーで、キーボードとヴォーカルをしていている。

 

 小川真央は、1992年12月7日生まれ、24歳。

2015年の春、早瀬田大学、教育学部卒業後、モリカワ本部に入社している。

 

 美樹と交際している松下陽斗は、1993年2月1日生まれ、24歳。

2016年の春、東京芸術大学の音楽学部、ピアノ専攻を卒業と同時に、

ソロ活動を開始して、その卓越したテクニックと音楽的センスで、

クラシック界やポップス界から注目されている人気の若手ピアニストだ。

 

 真央の交際相手の、野口翼(つばさ)は、1993年4月3日生まれ、24歳。

2016年の春、早瀬田大学、理工学部を卒業後、モリカワ本部に入社して、

IT・情報技術関係の仕事をしている。

翼と真央は、早瀬田大学の音楽サークル、ミュージック・ファン・クラブ(MFC)で親しくなり、

翼から真央は、ギターを教(おそ)わった。

 

「ではでは、明日(あした)から23歳になる詩織ちゃんの健康と幸せを祈願しまして、

詩織ちゃん!お誕生日、おめでとうございます!では、みなさま!かんぱーい!」

 

 信也が笑顔でそう言って、乾杯の音頭(おんど)をとった。

 

 6人は、テーブルにあるボリューム満点の肉料理にもピッタリの、

よく冷えたカールスバーグ生ビールのグラスで乾杯をした。

 

 みんなは楽しい雑談や、気さくなジョークに大笑いしたりしながら、

先月の5月4日のライヴで、信也がカヴァーした、中島みゆきの『恋文』に関するあの話になった。

 

「ねえ、しんちゃん!あなたが、中1の3学期のときに、ニッポン放送気付けにして、

中島みゆきさん宛(あ)てに送ったという短編小説って、どんな物語だったのかしら?うっふふ」

 

 美樹が、悪戯(いたずら)っぽい瞳で微笑(ほほえ)みながら、やさしい声で信也に聞いた。

 

「あっははは。あれね、あれはいま読み返しても、ぼくの生涯1度っきりの名作なんですよ。

書いたと当時は、名作だという意識はまったくなかったんですけどね。

でもね、文学少女のみゆきさんが、ぼくの小説を読んでくれていないはずはないって、

いまは確信しているんですよ。

それで、その感想と、おれへの返事が『恋文』に違いないと思うんです。あっははは。

おれも、ある意味、アホというか、バカですよね。何もそれを実証する証拠もないのに、

そう確信してしまっているんですから。あっははは。

まあ、ぼくのその短篇小説は、反響も多いので、

近いうち、未熟な部分とかを推敲(すいこう)して、

みんな誰もが読めるように、ネットで公開しちゃおうと思ってます。あっははは」

 

「わたしにも、まだ見せてくれないのよ!しんちゃんってば!」

 

 詩織が、かわいく、ほっぺたをふくらませて、信也を見る。

 

「あっははは。詩織ちゃん、真っ先に、公開するときは、詩織ちゃんに見てもらいますから。

なんか、非常に、今となっては、おれもいいオトナだし、作品を見せるのって、

照(て)れるんですよね。中1のときと違って。あっははは。

えーと、物語はですね。シズオっていう名前の音楽大好きな少年が、山梨県の親元を離れて、

東京の定時制高校へ通いながら、深夜営業もやる音楽のライヴもできるカフェバーで、

バイトしたりする、そんな日常の物語って感じなんですよ。

そこに、若い男女の恋愛やちょtっとした事件もあったりするんです。

あと、中1の水準ですけど、魂とかの哲学的な考察もちょっと出てきたりします。あっははは。

あと、これは偶然なんですけど、ぼくの小説には、ちょいの間だけど、犬が出てくるんですよ。

みゆきさんも大好きなワンちゃんが。それも、みゆきさん、気に入ってくれてるのかな?あっははは」

 

「へーえ。すごいわ!しんちゃん、中1で、そんな物語を書いたのね!尊敬しちゃうな!わたし!」

 

 そう言って、ほんとうに尊敬のまなざしになって、笑顔で信也を見る、真央。

 

「あっははは。おれって、生まれたときから、オタクだからね。スポーツも好きだけど。

マンガやアニメの影響なおのか、誰にも邪魔されることもなく、

自分の空想の世界を楽しんだり、構築することに、幸せを感じるタイプの人間で、

物心がつく小学4年生くらいから、そんなオタクなんですよ。おれの記憶する限りでは。

でも、そんな、揺るぎのない自分の世界を持てるというオタクな考え方で生きているって、

けっこう、たくましく生きて行ける、絶好の秘訣か持って、最近、見直しているんですよ。

こんなふうな、価値観の多様化や混迷の時代ですからね。あっははは」

 

「そうですよ。しんちゃんって、やっぱり、すごいと思います。

おれも、アーティスト的な視点からも、しんやんって、尊敬しちゃいますね!

おれは、クラシック音楽コンクールとかで、いくつも、第1位とか取らせていただきましたけど、

プロのピアニストとして、何が最も重要かと言えば、

個性とといいますか、オリジナリティーなんですよ。

いかにして独自の世界観やイメージを持てるかが、創造には大切なんですよね。

ごく普通のありふれたエリートのような技能や能力だけでは、

他者を感動させたりできないんですよね、しんちゃん。

だから、おれ、しんちゃんや、中島みゆきさんのようなアーティストを尊敬します!」

 

 陽斗(はると)は、信也に親しみと尊敬を込めた笑顔で、そう言った。

 

「まあ、オタクのおれが、みゆきさんの歌とかを聴き込んで、

やっとわかったようなこともあるんですよね。

みゆきさんの新潮文庫の歌集には『愛が好きです』というのがあるじゃないですか。

みゆきさんは、ほんとうに、『愛』を大切に思ってでですよね。

みゆきさんの歌では、愛をテーマとした歌が、

『愛だけを残せ』とか『愛と云わないラブレター』とか『I love you 答えてくれ』とか、

おれが知るだけでも10曲以上はあります。

どの歌も、おれは好きなんですよ。中には、あっ、これも、おれのことを歌ってくれているのかな!?

なんて思えてきてね。でも、そんな、うぬぼれの強い男は、みゆきさん、きっと嫌いなんですよね。

みゆきさんには、絶対に嫌われたくないですよ。あっははは」

 

「そうですよね、しんちゃん、ラブ&ピースなんて、軽く言えば、笑われるような社会ですけど、

人間から、『愛』を削除したしまったら、

地球上で、1番に、獰猛(どうも)で野蛮(やばん)な生き物になってしまうのでしょうね」

 

 容姿からして、繊細な理系な雰囲気の翼(つばさ)が、そう言って信也に微笑(ほほえ)む。

 

「まあ、みゆきさんって、『愛』について、どんなふうに考えているのかっていうのは、

ぼくにとっても大きな謎(なぞ)であり疑問なんですけど。

最近、いろいろと調べているうちに理解できた気になったんでよ。

『夜会vol.4金環蝕』という本の中にある、

『北の国から』などで知られる倉本聰(くらもとそう)との対談で、

みゆきさんはこんなことを言っているんです。

こんなふうなことを・・・。

≪『夜会』はね、みんなが楽しくなってくれればいいと思っているのね。

たとえば、見に来てくれているお客さんが、冬の中にいるとするでしょう。

でも、その人の中に絶対に種子(しゅし)はあるのね。

水をやればきっと、根や芽を出すのよ。

『夜会』に来て、ほんのちょっぴりでも、

根や芽を出す種子を持っている気分で帰って欲しいと思うの。≫

こんなことを言っているわけです。

これって、みゆきさん特有のサービス精神の表(あらわ)れでしょうし。

このサービス精神は、別名をみゆきさんの好きな『愛の表現』と、

言ってもいいのだと思いますよね。

『恋文』の歌詞にしたって、

みゆきさんは、ぼくの中の『種子』から、

芽や根が出て、育つように、サービスしてくれたんだなって、今は思っているんです。

つまり、みゆきさんは、きっと、おれに向けて、

「あなたも、夢を追いかけて生きてください!」って言っているような気がします。

それだけでも、おれはうれしいですよ。

ぼくも、そんな、みゆきさんの『愛』をしっかりと受けとめて、

これからも、夢を追っていきたいと思っています。

夢を見失っちゃうと、つまらないですもんね!

・・・まあ、中2のときに出会った『恋文』の歌詞には、ほんとうに、びっくりしたんですよ。

歌詞の始めの、

≪探(さぐる)るような目で恋したりしない

あなたの味方にどんな時だってなれる

試(ため)すような目で恋したりしない

あなたのすべてが宝物だった≫

というところなんですけど。

これって、恋文を書いている、おれの目が、

探るような目だったり、試すような目だってことなんですよね。

みゆきさん自身の目のことじゃないんです。

こんな詞を書けるところが、みゆきさんって、驚くほど、するどいんですよ。

確かに、あのとき、おれは、たぶん、ほとんど、未知の世界のみゆきさんですから、

探るような目や試すような目になりながら、それでも、熱い恋心をいだきながら、

恋文というかラブレターを、みゆきさんに書いていたんだと思う。

まあ、その歌詞の次に来る、あなたの味方にどんな時だってなれる、

あなたのすべてが宝物だった、は、そんなおれへのメッセージだと、

おれは感じて、そう考えています。おれには、もったいないほどの、

とてもありがたい言葉で、うれしくって、夢見てるような気持ちになってしまいます。

あっははは。

勇気や力がわいてくる言葉で、『愛』のある言葉って、

こんな不思議なパワーがあるんだと実感するんですけどね。!

みなさん。あっははは」

 

「なるほどね。よかったわね!しんちゃん。

きっと、みゆきさんは、しんちゃんに向かって、

しんちゃんの種子が元気良く育つようにと、『恋文』を書いてくれたんだわ!」

 

 詩織がそう言った。みんなは、明るく笑った。

 

☆参考・文献・資料☆

 

1.夜会vol.4金環蝕 中島みゆき 角川書店

2.中島みゆき最新歌集 1987~2003 (朝日文庫) 文庫

 

≪つづく≫ --- 125章 おわり ----

 



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126章 ボブ・ディランの『コーヒーもう一杯 』を聴く信也

126章 ボブ・ディランの『コーヒーもう一杯 (One More Cup of Coffee)』を聴く信也

 

 6月10日の土曜日の午後3時過ぎ。

 

マンション(ハイム代沢)のリビングのソファで、 ひとり、川口信也は、ひさびさに、

パソコンの、Windows Media Player に入れてある『コーヒー もう一杯』を聴いている。

 

 信也が、2014年の12月から借りているハイム代沢は、

リビングが1つとキッチンと、バスルームに洗面所、南側にはベランダがある、1Kだ。

このマンションには駐車場はない。

 

 信也の愛車トヨタのハリアーは、信也の妹の美結と利奈が暮らしているマンション、

レスト下北沢の駐車場に置いてある。その駐車場までは、歩いて2分とはかからない。

 

 休日の午後のひととき、信也がソファでくつろぎながら聴いてる、

『コーヒー もう一杯』は、イントロが哀愁のあるヴァイオリンで始まる、

そのアレンジも美しい、ボブ・ディランのバラードの名曲だ。

 

 1976年にリリースされたボブ・ディランの『欲望』というアルバムの中に、

『コーヒー もう一杯』は入っている。

神秘的で美しい女性との別れを、詩情のある言葉で語るその歌詞は、聴く人の心に深く響く。

 

 アルバム『欲望』には、当時のディランの実生活における苦悩が反映されているようだ。

アルバム収録曲には、妻の名前をそのままタイトルにした『サラ』という歌もある。

当時のディランの妻であったサラ・ディランと過ごした愛の生活を心のままに回想するような、

切ない歌だ。

 

 ディランとサラは、アルバムリリースの翌年の1977年に離婚している。

その原因は、当時、ディランのバック・コーラスをしていたキャロル・デニスという女性との、

ディランの浮気が原因といわれている。

 

 現在、ボブ・ディランは、2人目の奥様のそのキャロル・デニスとその娘と共に、

幸せな生活を送っているそうだ。

 

・・・ディランの歌の中でも、この『コーヒー もう一杯』は、

≪人生ってものは、どこまでも不思議な愛や恋や世界に満ちた、

神秘的な旅のようなものだぜ!≫と言っているような放浪の歌で、おれは特別に好きだなあ・・・。

 

・・・聖人のようなディランも、女性には苦労があったんだよね。おれも女性には気をつけないと。

あっははは・・・。

 

・・・しかしまあ、女性は神秘的な存在だって認識では、

女性の存在が、歌作りとかに不可欠の、インスピレーションや霊感の源だという認識では、

ディランもおれも、近いというか、とても似ているという気もする。あっははは・・・。

 

 信也は、焙(い)りたての熱いコーヒーを飲みながらそう思った。

 

 朝から、信也は、昨日、アマゾンから届いた中古の本の、

『バターになりたい ― 遠藤みちろう対談集』を読んでいた。

 

・・・この本読んで、なんか、スターリンのみちろうさんの人柄がかなり分かった気がするなあ。

彼の生き方そのものが、好奇心が旺盛な子ども心の100%のような、

すなわち、ポップなパンク・ロックに限りなく近いような、青春であったり、

いくつかの恋愛があって、それも失恋で、それが歌作りのきっかけであったり・・・。

 

・・・そして、みちろうさんは、パティ・スミスのファースト・セカンドアルバムに、

最も影響を受けたとは、新発見だった。彼女のサード・アルバムからはダメだとも言っているけど・・・。

 

 信也はさっそく、午前中にアマゾンで、パティ・スミスのCDの、

ファーストとセカンドとサードの3枚を、合計1500円で購入したばかりだ。

 

・・・パティ・スミスといえば、アメリカ女性で、1946年12月30日生まれで、

今年で70歳かあ。

彼女は、ボブ・ディランを尊敬していて、2016年の去年の末には、

ノーベル文学賞を受賞した、親友でもあるボブ・ディランの代役で授賞式に出席したとはね・・・。

 

・・・みちろうさんも、なんだかんだと、詩や文学に関心の深い人なんですね。

パンクのライヴでは、かなりなハードなパフォーマンスで、おれもびっくりだけど・・・。

 

・・・みちろうさん、この本の『あとがき』で、

「なんで、オレはうたを歌ってんだろう?」とか言っているけど、

おれも、あらためて考えさせられたですよ。

 

・・・結局、歌や芸術は、真剣に生きていこうとするその中から、

自然と出てくるもんなんだってね・・・。理屈や技術とかじゃないんだよね。

1番に大切なのは、直観的なひらめきや、

瞬間的に思い浮かんだ着想とか、まあ、霊感のようなもので、

まあ、インスピレーションかな。あっははは・・・。

 

詩織が、午後4時ころに来るのを待ちながら、そんなことをぼんやりと思う信也であった。

 

☆参考・文献・資料☆

 

1.バターになりたい―遠藤みちろう対談集 ロッキング・オン (1984/12)

2.ボブディラン、女性遍歴の中から生まれた名曲の数々!祝ノーベル文学賞!

http://fu3-akaneko.com/673.html

 

≪つづく≫ --- 126章 おわり ---

 



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127章 All We Need Is Love (愛こそはすべて) 

127章 All We Need Is Love (愛こそは すべて) 

 

 7月7日の土曜日。真夏のような晴天で、南風、気温も34度ほどと暑い。

 

 午前11時を過ぎたころ。

 

 川口信也は、女優として人気もある沢口貴奈(さわぐちきな)と、

待ち合わせの約束をしている≪農民カフェ 下北沢店≫へ向かって歩いている。

 

そのカフェは、下北沢駅の西口から、200メートルばかりの、

徒歩で2分の、民家をそのまま改装したような一軒家ダイニングだ。

 

 沢口貴奈(さわぐちきな)は、信也が課長をする外食産業のモリカワの傘下(さんか)の、

芸能事務所モリカワ・ミュージックに所属する売れっ子の女優だ。 

 

 沢口貴奈は、1993年、11月7日生まれ。23歳。身長161センチ。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ。27歳。身長175センチ。

 

 信也と貴奈(きな)は、知り合って、ちょうど10年の月日が経(た)つ。

 

 信也は山梨県の韮崎(にらさき)市に両親の家がある。

 

 貴奈は、韮崎市に隣接(りんせつ)する甲斐市(かいし)竜王(りゅうおう)に両親の家がある。

 

 信也が高校3年生のときには、貴奈は中学2年であった。

 

 そんな当時、信也は、高校の文化祭やライブハウスなどで、ロックバンドの演奏をやっていた。

 

 貴奈は、ロックファンで、信也のバンドの追っかけでもあった。貴奈は、中2にしては、

スタイルもいい大人っぽい少女だった。

信也のバンドが出演する文化祭やライブハウスを、よく追っかけて、見に行っていた。

 

 ふたりは、アドレス交換もしたりして、メールもよくしていた。

ふたりは、すっかり、意気投合していた。

貴奈のほうは、信也に恋心をいだいていた、信也にはほかに好きな女の子もいた。

 

 そんな貴奈に、お互いに社会人になったばかりのある日、信也から、

≪貴奈なら、いまの会社勤めより、うちのモリカワミュージックっていう芸能事務所に、

所属してさあ。

女優やタレントっていう仕事をしてるのほうが、きっと楽しいかもね。

貴奈なら、そんな芸能界って向いているんじゃないのかな?≫というメールがあった。

 

 貴奈は、≪そうね!しんちゃんと同じ下北沢に住めるんだもの、

わたし、女優に挑戦してみようかしら!≫と、歓(よろこ)んで、メールで信也に返事をした。

 

 そんな調子で、またたく間に、東京にやってきて、現在モリカワミュージックに所属して、

現在、貴奈は、約3年という短い期間で、売れっ子で注目の人気女優になっている。

 

 貴奈は、店内で待っていた。ふたりは、田舎にいるような個室席でくつろいだ。

アイスティーやスープカレーなどを注文した。

 

 「しんちゃん、すばらしい曲をつけてくれて、ほんと、ありがとう!

しんちゃんって、やっぱり、すごい才能があるよね。

わたし、しんちゃんのことが、好きになるばかりだわ!」

 

「あっははは。貴奈ちゃんの詩がいいんだよ。まさか、ビートルズの名曲の

≪All You Need Is Love≫(愛こそはすべて)と、思わず間違えるような、

≪All We Need Is Love≫ (愛こそはすべて)なんていうタイトルの歌を作るとはね!

驚いたよ。あっははは。 

おれもね、こんな世の中を、平和に良くしていくためには、≪愛≫が1番に大切なんだろうなって、

つくづく感じていたところなんだよ。

ビートルズのは、≪All You Need Is Love≫は、1967年のシングル曲で、

ローリング・ストーン誌が選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500では、

362位にランクされているんだよね。

あの当時は、世界もまだのんきなムードだったのかな、

テロや格差とかの貧困や自然破壊とかの問題も、

世の中のシステムそのものが、どこか人間的じゃないとか、

疑問視されたりね、そんな現代的な問題の山積も、

あの当時は今ほどじゃなかったから、のんきだったんだよね、きっと」

 

「そうなのね。ビートルズのころは、いまよりも、平穏だったのかしらね。しんちゃん」

 

「貴奈ちゃんや今を生きる若い人たちって、問題が山積で、かわいそうだと思うよ、おれは。

ビートルズのあの≪All You Need Is Love≫(愛こそはすべて)の詞の内容は、

≪あなたたちには愛こそが必要≫だって、感じだと思うけど、

いまはそんなのんきな雰囲気じゃないよね。

今度の貴奈ちゃんのデヴューーシングルの、

≪All We Need Is Love≫ (愛こそはすべて)のように、

≪すべてのわたしたちには、愛こそが必要≫なんだよね。

まあ、むずかしいこと言ってごめん。

貴奈ちゃんは、すばらしい詞を作ったよ。センスがあるよ。

おれの曲作りは、なぜか、ビートルズの歌が、頭の中にあって、

ビートルズに似ないようにと、苦労したけどね。あっははは」

 

「しんちゃんの曲は、ほんと、イカしていて、最高よね。

歌っていても、すごく感情を入れやすかったの。ありがとう、しんちゃん!

あの歌詞は、しんちゃんのことを思いながら、作っただけなのよ。

わたし、しんちゃんのことが、いつまでも大好きなのよ。あっははは」

 

 貴奈は、そう言って頬を紅(あか)くする。

 

「ありがとう。おれだって、貴奈ちゃんのことは、大々、大好きだよ。

まあ、この歌で、貴奈ちゃん、歌手デヴューするんだけど、

デビューシングルとして、オリコンチャートでも、かなりいいとこまで、

ランキングでいけると思うよ」

 

「しんちゃんの作ってくれた曲、大人のバラードっぽくって、かっこいいから、好き!

きっと、みんなも気に入ってくれるわ!」

 

 貴奈は、瞳を輝かせて信也を見る。

 

「いつのまにか、貴奈ちゃん、歌もうまくなったよね」

 

「あら、まあ、しんちゃん、ありがと!うっふふ」

 

「貴奈ちゃんの歌手デヴューが楽しみだね!あっははは」

 

 ふたりは明るい声で笑った。

 

ーーー

 

All We Need Is Love (愛こそは すべて)

 

作詞 沢口貴奈

作曲 川口信也

 

一日の 終わりを 告げる 大空の 夕焼け

真っ赤で きれいな 夕陽が 静かに 沈んでいく・・・

やさしい風も吹くわ あなたと わたしの 住む街

  

わかっていたの わたし 始(はじ)めから

わたしには わたしの 行く道があるんだもの

あなたには あなたの 行く道があるんだもの・・・

 

わたしたちは まだまだ 若い 青春の真(ま)ん中だもの!

幸せの 人生のゴールを目指すなんて 早すぎるんだし・・・

それぞれの 道を歩くことは ごく自然なことだから・・・

 

わかっていたの わたし 始(はじ)めから

わたしの愛は 本物だけど きっと叶(かな)わないだろうって・・・

でもね 止(と)められなかったの この気持ちは・・・

 

いまも この出会いが 運命的 神秘的って 信じているわ

愛されることの 大切さ 愛することの 大切さ

あなたと 出会って 生まれて 初めて 知ったんだもの!

 

わかっていたの わたし 始(はじ)めから

でもね あなたを いつも いつまでも 愛しているわ

あなたへの愛は 永遠なのよ!愛こそが すべてだもの!

 

All We Need Is Love (わたしたちに必要な すべては愛)

All We Need Is Love (愛こそは すべて)

 

≪つづく≫ --- 127章 おわり ---

 



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128章  I LIKE ROLLING STONES (わたしは転がる石が好き)

128章  I LIKE ROLLING STONES (わたしは転(ころ)がる石が好き)

 

 7月15日の日曜日。真夏のような、晴れわたる上空で、気温も34度ほどだ。

 

 午後1時を過ぎたころ。

川口信也は、下北沢駅南口から歩いて3分、

世界最高レベルの、レコーディング・スタジオ・レオのミーティング・ロビーのドアを開けた。

 

 信也の彼女の大沢詩織たちのロックバンド、グレイス・ガールズが、

3枚目となるサード・アルバムのレコーディングをしているところだ。

 

 グレイス・ガールズは、ファンにも恵まれて、人気もあった。

しかし、メンバー全員、他に主となる仕事があるという、

音楽活動であるので、アルバム作りのペースも、ゆっくりとしたペースだ。

 

 2013年10月13日に、デヴュー・アルバム、 『Runaway girl(逃亡する少女)』

セカンド・アルバムは、2015年5月の『恋のシチュエーション(Situation of love)』

そして、サード・アルバムは、 『 I like rolling stones (わたしは転がる石が好き)』だ。

 

「しんちゃーん、こんにちは!」

 

 そう言いながら、テーブルでくつろいでいたメンバーの、

清原美樹や大沢詩織、菊山香織、平沢奈美、水島麻衣の5人は、

みんな笑顔で立ち上がって、信也を迎(むか)えた。

 

「みなさん、こんにちは。レコーディングも順調に、最後の1曲の、

『 I like rolling stones 』となったと聞いて、

おれも聴きに来ましたよ。みなさんのレコーディングの現場に立ち会えて、

とても光栄に思っています」

 

「今回、わたしたちの、サードアルバムが完成できますのも、

しんちゃんたちのご協力があったからだと思います。

なんといっても、アルバムのタイトルにもさせていただいた、

『 I like rolling stones 』は、しんちゃんが作(つく)ってくださったのですから!

ありがとうございます!しんちゃん!」

 

 清原美樹は、笑顔でそう言って、頭を下(さ)げた。

 

 ほかのメンバーのみんなも、「ありがとうございます!しんちゃん!」

と満面の笑顔で、そう言って、頭を下げた。

 

・・・美樹ちゃんやほかのみんなもだけど、このバンドって、

どうしてこうも、美しい顔かたちとスタイルの女性ばかりが揃(そろ)ったんだろうか?

グレイスっていう言葉が意味している、

上品とか、優美とか、神の恵みとかが、ぴったりくる女性たちだよな。

ビジネス的には、もっともっと売り出せば、いくらでも稼げるんだろうけど、

それはしないという、経営方針の、

われらの、モリカワとモリカワミュージックか、それでいいんだろうけど・・・

 

 午後3時を過ぎたころ、サード・アルバムのタイトル曲の、

『 I like rolling stones (わたしは転がる石が好き)』の、

レコーディングは始まる。

 

 イントロは、ギターーから始まる。信也がギターで作った曲だ。

この曲への思いを、リードギター担当の水島麻衣に、

冗談交じりに、ちょっとだけアドバイスした、信也だ。

 

 もちろん、信也は、この歌を、ボブ・ディランの最大のヒットシングルの、

『Like a Rolling Stone(転がる石のように)』を、意識していていた。

 

 それだけ、いまの時代と、真正面から向き合うような思いで作った、ロックバラードだった。

 

 信也は、レコーディングのための司令室の、コントロール・ルームで、

グレイスガールズの演奏を見守った。

 

 ヴォーカルの詩織は、リズムギターもやりながら、

この歌を、しっかりと自分の歌にしていた。

 

「こんな感じかな」とか言って、これまでに3回、

詩織の前で、ギターの弾き語りで歌った信也だ。

 

 演奏は、優秀なレコーディング・エンジニアや、

5人の彼女たちの、最良のコンディションで、

最高にすばらしく、かっこいい、ロックナンバーに仕上がった。

 

 演奏を終了した直後は、熱気と歓声に、スタジオは包まれた。

 

---

 

I LIKE ROLLING STONES

(わたしは転がる石が好き)

 

作詞&作曲 川口信也

 

楽しかった デートの 帰り道 

ふと 足もとの 小石を 転(ころ)がす わたし

なぜって? 特別な 意味なんて なにもない

 

わたし 子どものころから 石ころが好きだった

晴れた日 河原に 転がる たくさんの 石ころたち

石ころって 自由で 気ままで 平穏で 楽しそう

 

だから わたしは 転がる 石が好き

So I like rolling stones

 

石ころや 自然の世界は 教えてくれる 

人が作る 観念や思想に  絶対なものなど 無(な)いって

そんなものに 縛(しば)られないで 自由に生きようって

 

つらいこと 苦しいことが あっても

そんな 悩みは 人の心が 作り出したもの

心の幻(まぼろし) 心の囚(とら)われ すべては 空(くう)だから

 

だから わたしは 転がる 石が好き

So I like rolling stones

 

いろいろな 言葉や 論理や 思想って

ひとの 幸せのための ツール(道具)の はず なのに

ひとの 不幸や 戦争を するために 使われている

 

あなたと わたしが 交(か)わす 愛の言葉 愛のすべても

その愛に とらわれたとき 苦しみのもとにも きっと なる

いつも この愛や 人生が 神秘で あることを 大切に しましょう

 

だから わたしは 転がる 石が好き

So I like rolling stones

 

わたしたちの からだが 自然から できているように

わたしたちの 魂(たましい)は 宇宙から できているのね 

なにものにも とらわれない 心は 幸せの 最高の 境地

 

みんなで 果てしない 夢や 希望を 追いかけよう!

美しく咲く花 やさしく吹く風 すべての自然の恵みは

いつも やさしく そんなふうなこと 語りかけている

 

だから わたしは 転がる 石が好き

So I like rolling stones

 

ーーー

☆参考・文献・資料☆

 

1.寂聴訳 絵解き般若心経  瀬戸内寂聴  朝日出版社

2.『般若心経』 2013年1月 版 (100分 de 名著)  佐々木閑(ささきしずか)

 

≪つづく≫ --- 128章 おわり ---

 



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129章 下北沢・ビアフェスティバル・2017

129章 下北沢・ビアフェスティバル・2017

 

 7月22日、土曜日、午後3時。よく晴れて、気温は33度ほどの夏日だ。

 

 下北沢駅北口では、入場無料の 『下北沢・ビアフェスティバル・2017』が、

土日の2日間、開催されている。

 

 ビールが50種類、ビールと相性も抜群のおつまみ、フードもそろった、極上の2日間だ。

特設ステージではスペシャルなライブ演奏も楽しめた。

南米ブラジルのサンバやボサノヴァに乗って、みんなは踊り始める。そんな大盛況だ。

 

「幸夫(ゆきお)ちゃんと、一緒に一杯やるのも、ひさびさですよね。

きょうはビールとサンバで、最高っすね!」

 

 川口信也は佐野幸夫に笑顔で言う。

 

「うまい!しんちゃんと飲めると、またビールが格別のうまさですよ。あっははは」

 

 そう言って笑って、幸夫は白い泡のジョッキのビールを飲んだ。

 

佐野幸夫は、モリカワが経営する下北沢の『ライブ・レストラン・ビート』の店長をしている。

1982年9月16日生まれ、34歳。長身は179センチ。

 

 このビアフェスティバルは、地域活性化も目的で、外食産業のモリカワも協賛している。

モリカワの社長やたくさんの社員たちの姿も見られる。

 

 ビールもおつまみやフードも、それぞれのブースで直接現金で購入するシステムだ。

信也たちが楽しんでいる、飲食スペースには、テーブルやベンチが多数設置してある。

 

 「しんちゃんって、小説も書くんですね!すごい才能だと思います!」

 

 幸夫の彼女の真野美果(まのみか)がそう言って、

ジョッキを両手でさわりながら、信也に微笑んだ。

 

 美果は、1988年10月10日生まれ、28歳。身長、163センチ。

涼し気な目元が魅力的な清楚な顔立ちで、つややかな髪が肩にかかるほどある。

 

「あっははは。ありがとうございます、美果ちゃん。

でも、おれの場合は、才能っていうよりか、必要に迫(せま)られて、

すべてのことは、やっているんですよ。その結果、能力が身につくっていうとこですよ。

あっははは。

小説の場合は、おれって、小学校のころは、女の子との付き合い方って、

わからなくって、片思いばかりだったんですよ。あっははは。

それが、子どもながらに、かなりつらい経験なんですよね。あっははは。

それで、誰に相談すればいいってものでもないので、

市立図書館とかに行って、やっと見つけたのが、

子ども版の絵付きでの『若きウェルテルの悩み』だったんですよ。

あっははは。

あれって、ゲーテの書簡体小説じゃないですか。

青年ウェルテルの、親友の婚約者ロッテに対するかなわぬ恋の悩みと、

その自殺を描くいているんですよね。いまでも恋愛小説の古典とも言われてますけど。

おれは、そこで、よし、おれも、ゲーテと同じくらいに恋愛で辛(つら)いんだから、

こんな小説くらいなら、おれだって書けるさ!って、

何をカン違いしたのか、小説を書く決心をしたんですよ。

そして、3回ほど書き直して書きあげたのが、

400字原稿用紙約100枚の『雲は遠くて』っていう小説だったんですよ」

 

「そして、しんちゃん、その小説を、中島みゆきさんに贈ったのよね。

中1の3学期のときに、ニッポン放送気付けにして、中島みゆきさん宛あてに。

その短編小説って、どんな物語だったのかしら?って、つい想像しちゃうの。

でも、しんちゃん、わたしにもその小説を読ませてくれないのよ」

 

 信也の彼女の大沢詩織は、ちょっと不満げに頬をふくらませる。

 

「あ、それは、詩織ちゃん、ごめん、ごめん。時期が来たら、

その小説はネットで公開するから、それまで待ってね。あっははは」

 

「しんちゃん、実は、おれも、ゲーテは大好きで尊敬しているんですよ。

あの人の有名な言葉に、

『女性というものは銀の皿(さら)だよ。そこへ、われわれ男性が、

金の林檎(りんご)をのせるのさ。』

とか、

『恋愛と知性とは関係ない。私たちが若い女性を愛するのは、

知性のためではなく、美しさ、若々しさ、いじわるさ、人懐(ひとなつ)っこさ、

個性、欠点、気まぐれ、その他一切のあらわしようもないもののためだ。

彼女の知性を愛するのではない。』

とか、

ありますよね。女性のことや人生をよく理解している人の言葉だって、

おれは感心してしまうんですよ。ゲーテは人生の達人ですよね。あっははは」

 

 そいうって、いつも陽気な幸夫は、上機嫌に笑った。

 

「それって、ゲーテの集大成の『ファウスト』のラストに出てくる言葉と、

リンクというか共鳴する美しい言葉ですよね。

『永遠にして、女性的なるもの』と、ゲーテはファウストのラストで言っていますけど。

『永遠』を神秘的なもの、『女性的なるもの』を愛と考えて、

つまり、『永遠にして、女性的なるもの』とは、

女性のかたちをとった理想を意味するのであって、

『永遠の女性が、われらを、より高いところへ導(みちびき)きゆく』という意味の言葉は、

人類の希望を語って、示唆しているように、おれも思うんですよ。

男は、女性にはかなわないってとこですかね!

男たちが主導の世の中は、いつまでも、こんな困(こま)った状態ですからね。

幸夫ちゃん。あっははは」

 

「そうだよね。女性には、男はかないませんよ、しんちゃん。あっははは」

 

「ゲーテさんって、18世紀に生きた人なんでしょう。

そのころの人が、そんなに女性を尊重してくれているって、すごいことよね!」

 

 詩織がそう言った。

 

「きっと、先見の目のある偉大な人なのよね!詩織ちゃん」と美果も言った。

 

 幸夫と信也と詩織と美果の4人は明るく笑った。

 

☆参考・文献・資料☆

 

1.ゲーテに学ぶ幸福術 木原武一 新潮選書

2.ゲーテに学ぶ賢者の知恵 適菜 収(てきなおさむ) 大和書房

3.ゲーテとの対話(中)  エッカーマン 著 山下肇 訳 岩波文庫

 

≪つづく≫ --- 129章 おわり ---

 



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130章 日本人やゴッホの自然観、ゲーテの語る自由

130章 日本人やゴッホの自然観、ゲーテの語る自由

 

 8月19日の人気の『多摩川花火大会』は、

雷雨など、大荒れの悪天候のため、中止となった。その順延もない。

 

 花火を楽しみにしていた信也たちは、気分を変えて、

≪チーズタッカルビ≫を食べに行くことにした。

渋谷駅から山手線に乗って、傘も持って、韓流の街といわれる新大久保に向かった。

 

 そのメンバーは、次の12人だった。

 

 川口信也、1990年2月23日生まれ、27歳。身長175センチ。

 信也の彼女の大沢詩織(しおり)、1994年6月3日生まれ、23歳。身長163センチ。

 信也の飲み友だちの新井竜太郎、1982年11月5日生まれ、34歳。身長178センチ。

 竜太郎の彼女の野中奈緒美、1993年3月3日生まれ、24歳。身長165センチ。

 森川純、1989年4月3日生まれ、28歳。身長175センチ。

 純の彼女の菊山香織、1993年7月26日生まれ、24歳。身長163センチ。

 信也の妹の利奈(りな)、1997年3月21日生まれ、20歳。身長166センチ。

 利奈の彼氏の菊田晴樹、1997年3月30日生まれ、20歳。身長177センチ。

 信也の妹の美結(みゆ)、1993年4月16日生まれ、24歳。身長171センチ。

 美結の彼氏の沢口涼太、1992年10月8日生まれ、24歳。身長184センチ。

 岡昇(のぼる)、1994年12月5日生まれ、22歳。身長173センチ。

 岡の彼女の南野美菜(みな)、1992年4月4日生まれ、23歳。身長170センチ。

 

 チーズタッカルビは、韓流の街といわれる東京・新大久保が発祥で、

日本のオリジナルといわれる。

韓国料理の定番のタッカルビに、溶かしたトロトロのチーズと絡(から)めた料理だ。

 

 タッカルビは、鶏(とり)肉や野菜や、棒状の餅(もち)をトッポギを、

コチュジャンや砂糖を使って、鉄板で甘辛(あまから)く炒(いた)めて作る。

タッカルビの≪タッ≫は、鶏肉のことだ。

 

 予約していた、市場タッカルビ(シジャンタッカルビ)は、

JRの新大久保駅から歩いて4分ほど、祥栄ビルの1階にある。

雨のぱらつく、日暮れの6時を過ぎたころ、みんなは店内に入っていった。

 

「きょうの花火が中止とは、ついてないですよね。

今夜は、楽しくやりましょう」

 

 この店の予約もした純が、テーブルについたみんなに笑顔でそう言った。

 

「純さん、この店は、おれも来てみたかったんですよ。楽しくやりましょう!」

 

 竜太郎がそう言って笑った。

 

「そうそう、楽しくね。あっははは」と信也も笑った。

 

 ほかのみんなも、「確かに!」とか「楽しみましょう!」とか言って、笑った。

 

「チーズタッカルビって、おれも初めてなんだけど、生ビールに合いそうだよね」

 

 信也がそう言った。

 

「日本って、花火を打ち上げて、夏の夜空を楽しんだりして、

平和なイベントを大切にする国民よね」

 

 そう言って菊山香織は、肉と卵がとろけるようにおいしい、和牛ユッケを楽しむ。

 

「日本って、太古の昔から、大自然と友だちのようにして、

生きてきたらしいわよ、香織ちゃん」

 

 美結(みゆ)がそう言って微笑(ほほえ)んだ。

 

「大自然と友だちかぁ。そんな感じかなぁ、確かに。

四季の変化やその美しさとか、世界でも数少ないほどの、

ゆたかな自然の環境なんだろうね、日本は!」

 

 美結の彼氏の沢口涼太がそう言う。

 

「そんな日本に生まれてこれて、おれも幸せですよ!あっははは」

 

 岡昇がそう言って笑う。

 

「確かに、ホントよね。気候や降水量とかの水にも恵まれてるから、

植物も豊富だったりね。わたしも、日本人でよかったと思う!」

 

 そう言って、岡の彼女の南野美菜(みな)が微笑む。

 

「日本人って、仏教なんかが入ってくる前の、大昔から、

自然の豊(ゆた)かな恵(めぐ)みに感謝したり、

崇拝(すうはい)したりしていたんだよね。

また、その反対に、地震や津波や雷や台風なんかがあったりで、

人知の及ばない、不可知な存在として、自然を畏怖(いふ)したりもしていたし。

そんな大自然を『カミ』として、祀(まつ)ってきたんですよね。

それが、いまも、神社でやっている信仰の神道(しんとう)ですよ。

その神にしても、地域によって、いろいろと違いがあったりしてね。

山の神や川の神とか、いろいろあって、

八百万(やおろず)的に、増えちゃうんだよね」

 

 生ビールをおいしそうに飲みながら、竜太郎が、

時々みんなを見ながら、そんなことをゆっくりと話した。

 

「竜さんって、やっぱり、副社長だから、お話もすばらしいですよ!

でも、八百万(やおろず)的って、どういう意味なんですか?」

 

 信也の妹の利奈(りな)が、無邪気になんのこだわりもなく、竜太郎にそう言う。

 

 「あっははは、利奈ちゃん。さすが勉強熱心ですね。

八百万的っていうのは、数が非常に多いってことですよ。

ほら、あの宮崎駿(はやお)のアニメの『千(せん)と千尋(ちひろ)の神隠し』は、

八百万の神々が出てくる、とても楽しい映画だったよね。あっははは」

 

 みんなも、飲み物や料理を楽しみながら、明るく笑い合った。

 

「神道(しんとう)って、宗教として認識しいる人って、少ないんじゃないですかね。

神社に、神を祀(まつ)る、神棚(かみだな)や祭祀(さいし)はあるけれど、

守るべき戒律も、明文化されている教義もないし。教祖も創立者もいないし。

ほかの宗教の一神教とかと比べると、宗教としての要素が希薄ですよね。竜さん」

 

 純は、そう言って、竜太郎を見た。

 

「そうですよね。神道は、それだから、何々教(きょう)ではなくて、道(みち)なんでしょうね。

道とは、つまりは、人の歩むべき道や姿とかで、

人の在り方を表示(ひょうじ)しているのでしょうね。純ちゃん」

 

「神道って、おおらかで、いいですよね。自然の中の自然の営みのすべてには、

神が宿るって感じなんでしょうね。だから、教義も戒律も必要ないんだだろうし」

 

 そう言って、利奈の彼氏の菊田晴樹は、竜太郎に微笑む。

 

「どこから、どこまでが、神道の『枠(わく)』だというものがないのよね。竜さん。

それだから、なんにでも、対応できるし、仏教や儒教でも道教でもキリスト教でも、

どんな神様にしても、神道の立場からすれば、

畏(おそ)れ多い外国の神様という感じで、受け入れられるのよね。竜さん」

 

 奈緒美が、彼氏の竜太郎にそう言いながら微笑む。

 

「そう言えば、わたし、ゴッホの絵が好きなんですけど・・・。

『星月夜』とか、『夜のカフェ・テラス』とかは特に好きですけど。

そのゴッホも感性が鋭い人だったから、日本の浮世絵に感激したそうです。

そんな絵からも、日本人の生活感や自然への考え方を読み取ったらしくって、

日本人のそんな自然観を見習わねければいけないって、

弟のテオに手紙に書いているのよね。

やっぱり、ゴッホって、偉大な画家ですよね」

 

 信也の彼女の詩織がそう言って、みんなに微笑んだ。

 

「おれも、ゴッホは好きだなぁ。絵や音楽とかの芸術でも、宗教にしたって、

本来は、人を自由にしてくれるもので、元気にしてくれるもので、あるはずだよね。

本物の芸術や宗教ならばね。

おれの好きなゲーテも、自由については、いいことを言っているんですよ。

『最高の自由とは何か?最高の自由とは、好き勝手やわがまま放題のことではない。

最高の自由とは、人と人のつながりを意識しながら、

自分を高めて、生きていこうとする意志のことである。

最高の自由とは、人々が生きている間だけではなく、

そののちの人々の安全まで考えることで、

ずっと先の人々のことまで考えないのならば、虫けらに等しい。』

とか言っているんです。

要するに、人をおもう、愛や想像力のない人には、

本当の自由はありないってことでしょうかね」

 

 信也はそう言って、生ビールをうまそうに飲んだ。

 

「おれも、ゲーテもゴッホは好きだな!」とか

「わたしもゲーテやゴッホ大好き!」とか

「ゴッホも、ゲーテもいいよね!」とか

「確かに、ゴッホやゲーテはすてき!」

とか、みんなは言った。

 

そして、楽しく飲んだり食事もして、時間は過ぎていった。

 

☆参考・文献・資料☆

 

1.ゲーテの言葉  一校舎比較文化研究会編 ナガオカ文庫

2.一個人 保存版特集 神道入門  KKベストセラーズ

 

≪つづく≫ --- 130章 おわり --- 

 



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131章 ゆずの『夏色』と『栄光の架橋』を歌う信也 

131章 ゆずの『夏色』と『栄光の架橋』を歌う信也

 

 9月10日の日曜日の午後3時ころ。

 

 咲く草花にも秋の気配を感じるのに、気温は29度にもなる猛暑だ。

 

 川口信也と彼女の詩織、信也の妹の美結と、沢口貴奈と落合裕子、

青木心菜(ここな)と水沢由紀の7人が、

高田充希(みつき)の≪カフェ・ゆず≫に集まっている。

 

 充希は、沢口貴奈の親友で、この夏に、自分の土地にある家を改装して、

≪カフェ・ゆず≫を開店したばかりだ。

 

 高田充希は、1993年3月14日生まれ、24歳。身長158センチ。

 店は、下北沢駅の西口から200メートルほど歩いて2分ほどの、

一軒家ダイニングで、クルマは6台も止められる。

店内には、カウンターと4人用の四角いテーブルが6つと、

黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノもあって、ミニライブができるステージもあった。

フローリングの木の床(ゆか)も真新しい。

 

 数日前に、マンガ『クラッシュビート』の実写版の映画化が決定したばかりで、

「充希ちゃんの≪ゆず≫で、みんなで集まってお茶しない?」ということになったのだ。

 

 マンガ『クラッシュビート』は、青木心菜と水沢由紀がふたりで描(か)いている。

毎週木曜日発売の『ミツバ・コミック』の人気連載マンガだ。

 

 実写版『クラッシュビート』の制作は、

外食産業大手のエタナールとモリカワが中心となって決まった。

映画『クラッシュビート』製作委員会が創設された。

 

 その物語の『クラッシュビート』は、連載中のマンガも映画も、

ストーリーや登場人物はほぼ同じで、結末も決まっていない。

 

 実写版『クラッシュビート』は、英米の人気の映画シリーズの

『ハリー・ポッター』のような、長期間のシリーズ化を計画している。

 

 物語は、人々の明るい未来を心に描(えが)くことも困難な現代社会が舞台。

そんな絶望的な状況の中で、人間には、≪芸術≫が大切だと考えて、

立ち上がる人々がいた。

芸術を愛する彼らは彼女たちは、

芸術には、人の心に、他者や自然への愛を育てる力があると、

人間らしい生き方を回復させる力があると確信している。

その輪は、たちまち、世界中にひろがる。

芸術を愛する彼らや彼女たちは、人の心と心のつながりをひろげていく。

その行動は、世界中に、愛や思いやりの輪をひろげてゆく。

彼ら彼女たちは、芸術が人の心にあたえる力を、どんな困難があっても信じているのだ。

そんな活動の中心になる人たちが、

ごく普通の人間の、信也やバンドのクラッシュビートやその仲間たちという設定の物語だ。

 

「しんちゃん、みなさん、クラッシュビートの映画化は、

ほんとうにおめでとうございます!映画の公開が待ち遠しいわ!」

 

 高田充希(みつき)は、テーブルに紅茶やコーヒーを運びながら、

笑顔でそう言う。

 

「ありがとう。充希ちゃん。でも、なんかね。あっはは。

おれや、おれらのバンドがモデルのマンガや映画のほうが、人気絶頂なので、

なんか、微妙な心境のおれたちですよ。あっははは」

 

 信也は、そう言って、とぼけた顔で笑った。

 

「お兄ちゃんたちのクラッシュビートだって、人気はあると思うわ!

ただ、ちょっと前のようにCDとかは、売れにくくなっているのは確かなんでしょうけど」

 

 信也の妹の美結はそう言った。

 

「ほんとにそうよね、美結ちゃん。CDも売れない環境よね。

いまは、無料の音楽聴き放題のアプリとかも、

ネットで探せば、いくらでも見つかるみたいだし」

 

 落合裕子がそう言って微笑(ほほえ)む。

 

「充希(みつき)ちゃん、ゆずの『アロハ』は売れてるのよね!わたしも買っちゃったけど。

わたしも、すっかり、ゆずのファンよ。うっふふ」

 

 充希より1つ半ほど年下の、充希と仲のいい沢口貴奈(きな)がそう言った。

 

「ゆずの20周年のベストアルバムだからね。おかげさまで、売れたみたいよ。貴奈ちゃん」

 

 充希は、ゆずが大好きだ。この店の名前もそれで、『ゆず』だ。

 

「ゆずの『夏色』とか『栄光の架橋』とか、おれも大好きですよ。

『夏色』なんて、少年のころにもどったような気分にさせてくれる歌だよね!あっははは」

 

 信也はそう言った。 

 

「しんちゃんって、少年の心を忘れない人だから、

わたしたちも、しんちゃんを主人公にして、マンガを描きたかったのよ。ねえ、由紀ちゃん」

 

マンガ家の青木心菜(ここな)はそう言って微笑(ほほえ)む。

 

「そうなんです。しんちゃんって、マンガの主人公にピッタリだと思います。

映画でも、しんちゃんが、ご自分で、しんちゃんの役を演じていただきたかったです!

わたしとしては」 

 

 心菜とマンガを制作している心菜の親友の、水沢由紀はそう言った。

 

「おれは、役者なんて無理ですよ。セリフって覚えるの苦手(にがて)だもの。あっははは」

 

「あの・・・、しんちゃんにも気に入ってもらえるような、

けっこういい音の出る、ギブソンのギターがあるんですけど。

しんちゃんは、ゆずの『夏色』も『栄光の架橋』も、

弾き語りがとても上手だって、貴奈ちゃんから聞いたんですけど。

もし・・・、聴かせていただけたら、すごく、うれしくて、わたし、幸せなんですけれど」

 

 充希(みつき)がそう言った。充希も椅子(いす)に座(すわ)って、

みんなとの会話を楽しんでいる。

 

「しんちゃんのゆずの歌、わたしも聴きたいです!」と、女優や歌手をしている貴奈が言った。

 

「わかりました。じゃあ、『夏色』と『栄光の架橋』を歌わせてもらいますよ。

おれも好きだから、たまに歌ってますから。あっははは」

 

 ステージに上がった信也は、拍手のなか、ギターの弦をちょっと調節して、

カポタストと3フレットにつけた。

 

 イントロのハンマリングも見事に決めると、16ビートの『夏色』から歌った。

 そして2曲目は、『栄光の架橋』を、信也は、胸に熱いものを感じながら、歌った。

 

≪つづく≫ --- 131章 おわり ---

 



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132章 りんりんと 歌っているよな 虫の声

132章 りんりんと 歌っているよな 虫の声

 

 10月8日の日曜日の午後。秋らしい穏やかな風も吹く、青空だ。

 

 信也と竜太郎と、少年と少女の4人が、≪カフェ・ゆず≫のテーブル席に来ている。

 

 ≪カフェ・ゆず≫のオーナーは、24歳の独身の女性、高田充希(たかだみつき)で、

自分の親の土地にある家を改装して、この夏の8月1日に開店したばかりだ。

 

 充希(みつき)は、その顔かたちも名前も、いま人気の女優で歌手の、

高畑充希(たかはたみつき)にそっくりなので、この下北沢では大変な評判だ。

 

 高田充希は、1993年3月14日生まれ、24歳。身長158センチ。

 

 店は、下北沢駅の西口から歩いて2分、

一軒家ダイニングで、駐車場もクルマは6台止められる。

店内は、カウンターと、4人用の四角いテーブルが6つ、

黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノ、ミニライブができるステージもある。

茶色のフローリングの木の床(ゆか)も新しい。

 

 テーブルの、信也と竜太郎の向かい席で、福田希望(ふくだりく)は、

小学5年の11歳。白沢友愛(とあ)は、小学4年の10歳だ。

 

 上機嫌で笑顔のかわいい、希望(りく)と友愛(とあ)のふたりは、

先日行われた、実写版の映画『クラッシュビート』のオーディション選考で、

希望(りく)は主人公の信也役を、友愛(とあ)は信也の親友の女子生徒役に決まった。

 

「みなさん、おめでとうございます。

『クラッシュビート』は、わたしも楽しみにしているんです。

物語の設定が、大人になっても、少年や少女のころの感覚を大切にして、

大人になっても、牧歌的な、自然の世界や人々との、心の交流を大切にしていこうっていう、

そんなパラダイムシフトで、世の中を良くしていく人たちの物語ですよね。

そんなストーリーを思うだけで、ワクワクしてきちゃいますよ。

わたしの大好きな『ゆず』の歌も、そんな少年少女の心や世界を大切にしているところに、

すごく共感するんです」

 

高田充希(たかだみつき)は、コーヒーやジュースを運びながら、笑顔でそう言った。

 

「充希(みつき)ちゃん、いつも、ぼくたちの応援をありがとうございます。

ぼくのヘタな俳句を、飾ってくれたんですね。あんなのでいいんですか?あっははは」

 

 信也はそういって照れ笑いをする。

 

 店の壁には、信也が作ったばかりの、鈴虫の絵がついている俳句が飾(かざ)ってある。

 

「≪りんりんと 歌っているよな 虫の声≫

味があって、奥が深くって、すてきな俳句だと思いますよ。

まるで、松尾芭蕉の世界のようですよ、しんちゃん、うっふふ」

 

「それは、ちょっと、ほめ過ぎですよ。充希(みつき)ちゃん。

鈴虫の声が、歌っているようで、その自然な歌唱法は、

歌いかたの手本のようだと思ったんです。あっははは。

まあ、こんな、どこかおかしな、おれがモデルの映画が作られることになるとは、

いまだに不思議なんだけれど。あっははは。

だけど、希望(りく)くんも、友愛(とあ)ちゃんも、『クラッシュビート』のオーディションの合格、

本当に、おめでとうございます。おれも最高にうれしいですよ、あっははは」

 

 信也がそういって笑った。

 

「わたしたちも、最高にうれしくって、感動しっぱなしです」

 

 小学4年なのに、整った顔立ちで、女性の色気も感じさせる白沢友愛(とあ)は、

満面の笑みでそう言った。

 

「ぼくは、この映画の信也さんがモデルの役をいただけて、

ぼくの人生が決定的になったような気もしているんです。

みんなからいろいろ祝福されたりして。まだ映画の撮影も始まっていないですけど。

なんか毎日、気持が舞い上がってます。あっははは」

 

 福田希望(りく)は、そう言って、天真爛漫な笑顔になった。

 

「希望(りく)くんは、ぼくの小学校のころに、そっくりな気がするよ。

ぼくは、好きなことだけに、とても夢中になって、

ほかのことは、のんびりのマイペースなタイプでね」

 

「へーえ。やっぱり似ているんですね。ぼくもそんなタイプです」

 

「希望(りく)くんも、友愛(とあ)ちゃんも、ホントおめでとうございます。

この映画は、10年くらいの期間で完結する予定なんですよ。

その意味では、あの『ハリー・ポッター』のような映画になるって、

考えてもらえればいいと思います。

まあ、物語といいますか、ストーリーにともなって、

登場人物たちも、きちんと毎年、年齢(とし)をとっていく、

そんなシリーズにしたいと思っているんですよ。

ですから、希望(りく)くんも、友愛(とあ)ちゃんも、

学業との両立も大変だと思いますが、

その点も、ぼくたちが全面協力してゆきますので、

お互いに無理をしないで、楽しくやってゆきましょう

そして、このシリーズを成功させましょう!」

 

 竜太郎がそう言って、みんなに微笑んだ。

 

≪つづく≫ --- 132章 おわり ---

 



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133章  乃木坂小学校・合唱団の子どもたち

133章 乃木坂(のぎざか)小学校・合唱団の子どもたち

 

 11月5日の日曜日の午後の2時。

 

 朝からは太陽のまぶしい青空だ。気温は14度と、肌寒い。

 

 私立(わたくしりつ)・乃木坂(のぎざか)小学校・合唱団の子どもたちが、

≪カフェ・ゆず≫に集まっている。

店ののオーナーは、24歳の独身の女性、高田充希(みつき)だ。

充希(みつき)は、名前も、その顔かたちも、人気の女優・歌手の、

高畑充希(たかはたみつき)にそっくりなので、下北沢では評判だ。

 

 ≪カフェ・ゆず≫は、下北沢駅西口から200メートル、歩いて2分の、世田谷区北沢2丁目にある。

一軒家ダイニングで、店の入り口には、クルマ6台の駐車場がある。

店内は、16席あるカウンターと4人用の四角いテーブルが6つあって、キャパシティーは40人だ。

黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノもあって、ミニライブができるステージもある。

自分の親の土地にある家を改装して、この夏の8月1日に開店したばかりなので、

テーブルも椅子(いす)も、フローリングの木の床(ゆか)も新しい。

 

 店内は、私立・乃木坂小学校の子どもたちでいっぱいだ。

 

 私立・乃木坂小学校という小学校は、現実には実在しない。

 

 つまり、撮影が開始されたばかりの、超大作映画の『クラッシュビート』シリーズの、

第1作に登場する、架空の小学校なのだ。

 

 撮影所は、この≪カフェ・ゆず≫から、歩いて5分ほどの、世田谷区大原1丁目にある。

撮影所には、乃木坂小学校のセットが建設され完成していた。

 

 広い敷地の撮影所で、外食産業大手のエタナールとモリカワが、

共同で設立した映画製作会社の『ハイタッチ(high touch)』の所有だ。

 

「やあ、みんな、おそくなって、ごめんなさい!」

 

 そう言いながら、すまなそうな笑顔で、

川口信也は、≪カフェ・ゆず≫の扉(とびら)を開けた。

 

 信也の彼女の大沢詩織も、マンガ家の青木心菜(ここな)と、

親友でマンガ制作のアシスタントの水沢由紀も一緒だ。

 

 4人は、≪カフェ・ゆず≫の駐車場にとめた、

信也のトヨタのスポーツタイプのハリアーに乗ってきた。

 

「乃木坂小学校の合唱団のみなさん、こんにちは。

わたしは、『クラッシュビート』の原作者の青木心菜(ここな)です!

みなさんにお会いできる、きょうを楽しみにしていました!」

 

 心菜が明るいさっぱりとした笑顔でそう言うと、

子どもたちの拍手や歓声でいっぱいになった。

 

 子どもたちの中に混じって、合唱団のまとめ役で先生役となった沢口貴奈(きな)がいる。

沢口貴奈は、信也と同じ山梨県の育ちで、信也とは10年以上の付き合いだ。

 

 ハイタッチ撮影所のスタッフの若い男女も、子どもたちの付き添いで店に来ている。

午後4時には、子どもたちを連れて、

親御(おやご)さんたちの待つ撮影所に戻(もど)る予定なのだ。

 

乃木坂小学校の合唱団の団員数は、30名だ。

3年生は6名、4年生は8名、5年生は7名、6年生は9名。

 

 『クラッシュビート』のオーディション選考で、

そのモデルが川口信也の、主人公役の信也の役を射止めた、福田希望(ふくだりく)は、

小学5年の11歳だ。

 

 映画の中の11歳の信也の、親友の女子生徒役の永愛(えま)の役に決まった、

白沢友愛(とあ)は、小学4年の10歳だ。

 

 希望(りく)と友愛(とあ)のふたりには、ここに集まる子どもたちの中もで、

格別なオーラのような、スター的な輝きがある。

 

「しんちゃん、さっそくなんですけど、子どもたちに、歌の歌いかたのコツとかがあったら、

簡単でいいんですけど、教えてあげて欲しいんです」

 

 みんなは好きなのドリンクとかを飲みながら、歓談して、落ち着いたころに、

合唱団の先生役の沢口貴奈(きな)は、テーブル席の隣の信也にそう言った。

 

「まだ、子どもたちは、変声期とかのからだの成長が激しい、

真っただ中かもしれないからね。無理をして、声を出したりしたら、ぼくも心配なんですよ。

まあ、そう思って、子どもたちに、歌いかたの教本を持ってきました。

今持ってきますね!」

 

 そう言うと信也は、クルマから、福島英(ふくしまえい)が著者の、

『ヴォーカルの基礎』という本を持ってくる。

 

 そして、子どもたちに全員に、プレゼントとして、その本を配った。

持ってきていた。

 

 福島英先生は、東京都渋谷区千駄ヶ谷で、現在も、

ボイストレーニングのブレスヴォイストレーニング研究所を開設している。

 

 信也は、ユーモアをまじえて、子どもたちを笑わせながら、歌いかたを話した。

 

 お腹(なか)から声を出す感じで、大ざっぱにとらえて、

腰回(こしまわ)りが膨(ふく)らむようなイメージの、全身呼吸のイメージをしながら、

腹式呼吸で歌うとよいこと。

 

 腰は、体をささえて、立つ、歩くという支点の要(かなめ)であること。

歌うときも、腰は軸(じく)や芯(しん)とイメージするとよいこと。

そんな深いポジションをイメージするとよいこと。

リズムも、腰で刻むとよいこと。

 

 自分で吸うのでなく、空気が入ってくるようにするような、

鼻呼吸と口呼吸を分けない、そんな全身呼吸のイメージの自然体の呼吸がいいこと。

 

 歌う際には、首や肩の力みに注意して、

常に上半身の力は抜くこと。猫背もよくないこと。

 

 高い音域になるほどに、つい上がってしまう声帯やのどでは、

お腹から声は出ないのでよくないこと。

高い音ほど、のどを下げておくこと、

声帯も胸のへんにあるとイメージしておくとよいこと。

 

 歌うときのポジションや芯(しん)は、常に、胸や腰のあたりの、

低い、深い位置にキープすること。そんなイメージが大切だということ。

高い音というものは、お腹の力をうまく使って出すものだということ。

 

 そして、のどや声帯にけっして負担がかからないようにすること。

いつも気持ち良い範囲で歌うこと。

 

 ギターの弦も無理に引っ張ると切れてしまうように、

のどや声帯も、無理は禁物(きんもつ)だということ。

 

 ヴォーカリストにとっては体は楽器だということ。

声帯で生じた声を、体に自然な感じで共鳴させて、美しい音色を得ることなど。

 

 日々の練習が大切だということ。

 

そんなことを、信也は子どもたちに、ユーモアをまじえて楽しく笑わせながら、話した。

 

 日も暮れる午後の5時、子どもたちと信也たちの、楽しいひとときが終わる。

近い日に、必ず、「またこの店で会おう」と、再会を約束し合った。

 

 詩織と二人だけの、家路へ向かうクルマの中で、信也は、ふと、こんなことを話した。

 

「乃木坂小学校って、かわいくって、いい名前の小学校名だよね、詩織ちゃん。

よく思いついたよね、心菜(ここな)ちゃんと、由紀ちゃんのふたりで。

現実にありそうな小学校名だけど、不思議と無いんだよね。あっはは」

 

「そうよね。かわいい名前だわ。心菜ちゃんと、由紀ちゃんって、『乃木坂46』が大好きで、

それで思いついたって言ってたわ。うふふ」

 

「乃木坂って、東京の赤坂にある、ごく普通の坂なんだけどね。

なぜか、おしゃれな感じの、かわいい名前だよね。あははは」

 

 二人を乗せた、トヨタのハリアーは、イルミネーションにきらめく夜の街を走り抜ける。

 

☆参考・文献・資料☆

 

『ヴォーカルの基礎』  著者 福島英(ふくしまえい) (株)リットー・ミュージック

 

≪つづく≫ --- 133章 おわり ---

 



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134章 信也と詩織のクリスマス・イヴ

134章 信也と詩織のクリスマス・イヴ

 

 12月24日、日曜のクリスマス・イブの夜。

 

 信也と詩織は、二人とも、暖(あたた)かなコート姿で、

港区北青山三丁目、東京地下鉄(東京メトロ)の、

表参道駅(おもてさんどうえき)で下車して、表参道の舗道(ほどう)を歩いている。

 

 片道2車線、車(くるま)や人々が行き交う、表参道の、

1.1km全域の街路樹には、

2017年の今年、7年ぶりに、イルミネーションが点灯している。

 

 欅並木(けやきなみき)150本を、消費電力の少ないLED90万球が、

温(あたた)かみのあるジャパンゴールド色に彩(いろど)っている。

 

 今年は表参道が整備されて90年になるので、LED90万球が装着された。

 

「わたしが憧れているのは、ずーっと、マライア・キャリー、一筋(ひとすじ)なのよ。

 

「マライアの歌はやっぱり、最高だと思うよ、詩織ちゃん。

おれは、そんな詩織ちゃんが、やっぱり、大好きだなぁ。」

 

「ありがとう、しんちゃん。じゃあ、しんちゃんの好きなヴォーカリストは誰になるのかな?」

 

「おれって、いろんなヴォーカリストを、

いいなって思うからね。特定できないんだよね。欲ばりなのかもね。あっははは。

でも、そうだね。やっぱり、子どものころに強烈な影響を受けたっていえば、

ビートルズのジョン・レノンとかポールマッカートニーとか、

レッドツェッペリンのロバート・プラントとかかな。あっははは」

 

「やっぱりね、でも、ロバート・プラントさんも、のどを痛めたっていうから、

しんちゃんも気をつけないとね!」

 

「ありがとう。詩織ちゃんもね。歌っていると、つい精一杯に叫んだりして、

シャウトしたくなるんだよね。だから、お互いに、のどには気をつけようね!」

 

「うん、そうよね、しんちゃん。しんちゃんがお勧めの、福島英(ふくしまえい)さんの、

ヴォーカルトレーニング方法は、のどにもやさしくって、わたしも、とてもいいと思っているの」

 

「おれも、ヴォイストレーニングは、独学だけど、福島英さんの本にはお世話になっているのさ。

あっははは」

 

「しんちゃん、今夜は、アンドレア・モティスさんのクリスマス・ライヴに行けるなんて、

夢のようだわ!嬉(うれ)しくって、昨夜なんかなかなか眠れなかったんだから。あっはは」

 

「おれも、今夜のイヴは、詩織ちゃんと素敵なジャズを聴きたかったのさ。あっははは」

 

 これから二人が行く、表参道駅から歩いて8分ほどの、

南青山のジャズ・クラブ『ブルーノート東京』では、

アンドレア・モティスのライヴがあった。

 

 世界的にも注目されている、彼女はキュートな歌声のジャズシンガーであり、

トランぺッターでもある。

 

「詩織ちゃん、さあ」

 

「何?しんちゃん」

 

「イエスキリストさんって、やっぱり、偉い人で、いいことっているんだよ。

最近、読んだばかりの本に書いてあったんだけどね。

ウェイン・ダイアーって人の書いたアンソロジーなんだけどね。

その本の中で、イエス・キリストは、こう言っているんだ。

『あなたがたは、心を入れ替えて、幼児のごとくありなさい。

さもなければ、天国に入ることはかなわないであろう』ってね。

この言葉で、イエスは、どんなことを言っているのかというとね、詩織ちゃん。

 

『素直な心を取り戻せるのは、あなたのなかの永遠の子ども』だって、言っているんだってさ。

『この永遠の子どもが、人の外見ばかりを見ることをしないで、

愛をもって、すべてのものを、すべての人を見る、その対応や方法を知っているってこと』なんだよね。

 

イエスは、なにも、おれたちが、幼稚で、未成熟で、未開で、

無教養であればいいと言っているんじゃなくって、

『人を裁(さば)いたりしないで、愛して、受け入れて、誰にもレッテルをはることもしないで、

人の作った垣根や価値観とかも、少しも気にかけることもしないで、

そんな幼児のような、きれいな心を忘れないようにしよう』と言っているんだよね。

 

そんな子どもの、純真で神聖な愛や、とらわれない無垢(むく)の心こそが、

天国行きの切符(きっぷ)なんだってさ。

 

おれ、そのイエスの考え方を知って、かなりイエスという人間が理解できたような気がしてさ。

感動しちゃったんだよね。あっははは。

 

この話をしたらきっと、詩織ちゃんも、やっぱり、おれと同じように、

感動するだろうなって、思っていたんだよ。あっははは」

 

「そうなんだ・・・。しんちゃんは、いろんな本読んで、すごいと思うわ。

わたしも、もちろん、いまのキリストさんの考えには、感動しちゃたわ。

そのアンソロジーを書いた、ウェイン・ダイアーさんも、すばらしい人よね」

 

「この世のなかで、大切なものは、やっぱり『愛』なんだよね」

 

「うん、『愛』が1番だと思うわ。そう言ってくれる、しんちゃんが、わたしも、大好きなのよ!」

 

「おれだって、詩織ちゃんが、大好きだよ」

 

「ありがとう。しんちゃん」

 

☆参考・文献・資料☆

 

静かな人ほど成功する  ウェイン・W・ダイアー  幸福の科学出版

 

≪つづく≫ --- 134章 おわり ---

 

 



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135章 クラッシュビート・メンバーたちの新年会

135章 クラッシュビート・メンバーたちの新年会

 

2018年、1月4日、正月の木曜日。

北風が吹いて、気温は10度ほどだが、晴れわたる青空だ。

 

 渋谷駅から歩いて1分、道玄坂の『天ぷら森川・渋谷北口店』で、

バンド、クラッシュビートのメンバーたち4人だけでの新年会が始まている。

 

 『天ぷら森川』は、外食産業のモリカワが、

東京や主要都市に40店舗を展開する天ぷら専門チェーン店だ。

 

 クラッシュビートのメンバー全員は、下北沢にあるモリカワ本社で課長職をしている。

 

 川口信也(しんや)は、1990年2月23日生まれ、27歳。早瀬田大学の商学部卒業。

クラッシュビートの、ギター、ヴォーカル。

 

 森川純(じゅん)は、1989年4月3日生まれ、28歳。早瀬田大学の商学部卒業。

父親は、モリカワの社長の森川誠(まこと)。

クラッシュビートのリーダーで、ドラマー、ヴォーカル。

 

 岡林明(あきら)は、1989年4月4日生まれ、28歳。早瀬田大学の商学部卒業。

クラッシュビートの、リードギター、ヴォーカル。

 

 高田翔太(しょうた)。1989年12月6日生まれ、28歳。早瀬田大学の商学部卒業。

クラッシュビートのベース、ヴォーカル。

 

 予約しいておいた座敷カウンター席は、堀こたつ式の、純和風な設(しつら)えの畳(たたみ)で、

ふんわりの座布団で寛(くつろ)ぎながら、

カウンターの中の板前の技(わざ)も堪能(たんのう)できる。

 

「そういえば、あの紅白の安室奈美恵ちゃんの『HERO』は、よかったよね!」

 

 上機嫌に、日本酒で酔っている純は、みんなにそう言って笑った。

 

 『HERO』は、2016年、NHKのリオデジャネイロのオリンピックとパラリンピックのテーマソングで、

神聖なオリンピックにふさわしいスローテンポと、軽快なダンスビートの構成の名曲だ。

 

「安室ちゃんも、あのラスト紅白の『HERO』で、みんなもヒーローになれるんだから、

夢をあきらめないで、がんばってね、そんなメッセージをこめたかったんだろうね、純ちゃん」

 

 信也がそう言って、熱燗の徳利の日本酒を、純のグラスに注ぐ。

 

「近ごろのみんなは、夢や大志を抱くの、忘れているみたいだからね。

そう言う、おれも、おれたちもそうなんだろうけどね。あっははは」

 

 高田翔太もそう言って、日本酒に酔って顔を赤らめて、明るい声で笑う。

 

「そう言われてみれば、たぶん、幕末の志士たちのような、

命をかけてるような夢や大志って、持ってないよね、おれたちは。あっははは。

でも、この日本酒ていうのは、日本男子の伝統というか、

歴史というか、心意気というのか、そんなものを感じる酒だよね。やっぱ。あっははは」

 

 岡林明もそう言うと、笑った。

 

「ネットで見つけた情報だけど。安室ちゃんは、引退したら、好きな音楽が聴ける、

小さなジャズクラブを作ってみたいと言っているらしいよ。

大きな店じゃなくって、親しい友だちが気軽に集まれる音楽サロンのようなものを」

 

 森川純は、そう言って、ごま油でカラッと揚(あ)がったエビの天ぷらをほおばった。

 

「ジャズかぁ。ジャズもいいよね、純ちゃん。

おれたちってさ、普通に仕事しながら、音楽もやってるじゃん。

だからかわかんないけど、音楽で食っていくとかまでは、

結局考えないから、好きな音楽だけやっていきたいと思うわけじゃん。

そうすると、おれも、ジャズって、究極の楽しい音楽っていう気がしてくるんだよ」

 

 そう言って、信也はみんなに微笑(ほほえ)む。

 

「音楽やって、それを、みんなに聴いてもらったからって、

それで世の中が変わるほど、世の中は甘(あま)くはないもんね」

 

 森川純はそう言って微笑む。

 

「まあ、たまにケンカもするけど、気の合うオレたちだもん。

楽しくバンドを続けていこうよ。あっははは」

 

 高田翔太がそう言って笑った。

 

「しかし、おれたちのクラッシュビートも、マンガと映画の人気が、

おれたちよりも、人気になっちゃってしまって、

最近は、ライブはやらないんですか?って、問い合わせも頻繁(ひんぱん)でこまるよね」

 

 森川純はそう言って、頭をかきながら笑う。

 

「ライブかあ、ああいうのって、準備もいろいろ大変で、やる気起きないよね。あっははは」

 

 信也がそう言って、みんなの目を見る。

 

「なんか、おれたちのこのわがままって、ビートルズに似ていない?

レコードは売れまくっていたのに、

コンサート活動の終了させたビートルズみたいな感じだよ。

ネットで調べると、ビートルズの、シングル、アルバム、ビデオの売り上げは、

6億枚とか載っているけどね。

そうすると、おれたちの音楽は、いまのところ、60万枚くらいは売れてるから

ビートルズの1000分の1くらいは、売れているけどね。

わがままさだけは、ビートルズと同じだね。あっははは」

 

 岡林明が、そう言った。

 

「いまからでも、ビートルズに追いつけるかもよ。あきらめずにがんばろうよ。あっははは」

 

 信也がそう言って笑った。みんなで大笑いをした。

 

≪つづく≫ --- 135章 おわり ---

 



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136章 ≪カフェ・ゆず≫で歓談する、G ‐ ガールズ

136章 ≪カフェ・ゆず≫で歓談する、G ‐ ガールズ

 

 2月3日の土曜日、午後2時を過ぎたころ。

 

 朝から曇り空。北北東の風で、最高気温は8度と寒い。

 

 ≪カフェ・ゆず≫に、ロックバンド、グレイス・ガールズ (愛称、G ‐ ガールズ)の

メンバー全員が集まっている。次ぎのアルバム作りのためのミーティンングも兼(か)ねている。

 

 清原美樹(きよはらみき)は、バンドのリーダーで、キーボード、ヴォーカル。

1992年10月13日生まれ、25歳。

早瀬田(わせだ)大学、教育学部卒業。外食企業・モリカワ本社に勤務。

 

 大沢詩織(おおさわしおり)は 、ギターとヴォーカル。

1994年6月3日生まれ、23歳。

早瀬田大学、文化構想学部卒業。外食企業・モリカワ本社に勤務。

 

 菊山香織(きくやまかおり)は、ドラムとヴォーカル。

1993年7月26日生まれ、24歳。

早瀬田大学、商学部、卒業。外食企業・モリカワ本社に勤務。

 

 水島麻衣(みずしままい)は、ギターと、ヴォーカル。

1993年3月7日生まれ、24歳。

早瀬田大学、商学部卒業。外食企業・モリカワ本社に勤務。

 

 平沢奈美(ひらさわなみ)は、べースと、ヴォーカル。

1994年10月2日生まれ、23歳。

早瀬田大学、商学部卒業。外食企業・モリカワ本社に勤務。

 

 ≪カフェ・ゆず≫は、小田急線の下北沢駅の西口から歩いて2分、世田谷区北沢2丁目にある。

 

 一軒家ダイニングで、店内は、16席のカウンター、4人用の四角いテーブルが6つ、

キャパシティーは40名だ。店の前には6台分の駐車場がある。

 

 ミニライブができるステージもあって、YAMAHAのアップライトピアノが黒く光(ひか)る。

 

≪カフェ・ゆず≫の女性のオーナーは、高田充希(たかだみつき)で、

人気の女優で歌手でもある、高畑充希(たかはたみつき)に名前も容姿(ようし)も似ていると、

下北沢では評判だ。

 

 その高田充希(たかだみつき)は、1993年3月14日生まれ、24歳。

≪カフェ・ゆず≫は、親のが所有する土地にあった家を改装して、

去年の2017年の8月1日に開店したばかりだ。

 

「けどけど、G ‐ ガールズのみなさんって、同じ大学の卒業で、

同じ会社のモリカワさんの、それもこの下北沢の本社に、

みなさん、お勤(つと)めてっていうのは、

すっごく、珍(めずら)しいことよね。うっふふ」

 

 テーブルに紅茶やコーヒーを運びながら、オーナーの充希(みつき)は、

そう言って、みんなに微笑(ほほえ)んだ。

 

「そうなんですよ。運命的なくらい、不思議な感じもします。ねえ、みんな。あっはは」

 

 大沢詩織がそう言って笑う。

 

「まあ、よく考えてみると、わたしたちがみんなモリカワに就職しているのは、

社長さんのご次男でもある森川純さんのリクルート力(りょく)、

その熱意があったからかしら?」

 

 清原美樹はそう言って微笑み、温かい紅茶を飲む。

 

「純さんは、わたしたちのミュージック・ファン・クラブの良き先輩だしね。

お人柄もすばらしいし、男らしいし。

そんな純さんとお付き合いしている香織ちゃんが羨(うらや)ましいくらいだわ」

 

水島麻衣はそう言って、菊山香織に微笑(ほほえ)む。

 

「あら、まあ、純さんは、きっと今ごろ、くしゃみしているわね。あっはは。

でも彼って、わたしから見ても、なんていうのかなあ、フェアというか、公平というか、

バランスがいいというのか、信頼できる人なのよね。

お付き合いし始めてから、5年くらい経つんだけれど。

そんな誠実さは、変わらない人だわあ。うふふ」

 

 菊山香織は少し照れて頬を紅(あか)らめながら、そう話した。

 

「それはそれは、ごちっそうさま!あっはは」

 

 平沢奈美は、そう言って無邪気に笑う。

 

「純さんもだけど、信也さんとか、あとクラッシュビートのみなさんも全員だけど、

フェアだし、公平だし、バランス感覚もいいし、さすが、音楽やっている男性たちって感じで、

好感持てる人たちばかりよね。だから、自然とモリカワに集まっちゃうのよ、きっと」

 

 清原美樹はテーブルのみんなを見ながらそう言って微笑(ほほえ)む。

 

「モリカワの経営理念は、『会社経営はシンフォニー≪交響楽≫!

みんなで力を合わせて、愛にあふれる、美しいハーモニー≪調和≫を奏(かな)でよう!』ですけど、

わたし、この経営理念が大好きなんです」

 

 みんなの話を聞いていた、オーナーの高田充希が子供のような笑顔でそう言った。

 

 「わたしも大好きです!とても芸術的な経営理念だわ!」とみんなも口々にそんなことを言った。

 

 店内は女性たちの明るい笑いに包まれた。

 

≪つづく≫ --- 136章 おわり ---

 



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137章 信也と心菜が、ベンジー(浅井健一)を語る

137章 信也と心菜が、ベンジー(浅井健一)を語る

 

 3月17日、土曜日、午後4時を過ぎたころ。気温は12度、上空はよく晴れていた。

 

 川口信也と青木心菜(ここな)は、JR渋谷駅のハチ公口改札で待ち合わせて、

歩いて5分の、道玄坂のモスバーガー近くの、

吉田ビル地下1階にある、ビーピーエム・ミュージック・バー(BPM Music bar)に入った。

 

 二人は予約していた広いカウンター席に座(すわ)った。

店内は、高い天井と白の壁、観葉植物の緑が目にも優しい、

おしゃれで明るい雰囲気だ。

 

二人は、人気のショットドリンクをスタッフに聞くと、同じ人気のショットドリンクを注文した。

 

「それでは、まずは、しんちゃんの主題歌の完成に、乾杯よね!

しんちゃん、すばらしい歌の完成、おめでとうございいます!」

 

 青木心菜がそう言って、信也に微笑んだ。

心菜は、信也がモデルの主人公の実写版『クラッシュビート』の原作者のマンガ家だ。

マンガ『クラッシュビート』を好調に雑誌に連載している。

 

「ありがとう、心菜(ここな)ちゃん。映画の主題歌ってことで、なかなか完成できなかったけど、

やっと、納得のいく作品に仕上がりましたよ。あっははは」

 

「そうよね。実写版『クラッシュビート』の主題歌なんですから、

映画のヒットにつながるんですもんね。そんな責任の大きさを考えたら、

ちょっと、大変よね」

 

「いやーあ、ちょっとどころじゃなかったですよ。なんで、こんな責任のある、

大仕事をおれがやるんだろうってね。

つい弱気になって、主題歌は、誰かほか人が作って欲しいなあとか思ったり。あっははは。

映画第1作の製作の予算が、130億円でしょう。それも驚きだしね。

その現場のセット作りとか、その制作にかかわる人が1600人になるとか聞くと、

もしも、興行(こうぎょう)的にでも、

失敗したら、どうなるんだろうとか考えちゃってね。

今回の主題歌作りでは、ロックンロールの原点とは何か?とかって考えましたよ。

BLANKEY JET CITY(ブランキー・ジェット・シティ)とか、浅井健一さんからは、

あらためて、いろいろと、学びましたよ。ベンジーはやっぱり最高ですよね。あっははは」

 

「ベンジーは、椎名林檎(しいなりんご)ちゃんからも、≪歩く芸術≫って言われるくらい、

尊敬されているんですもん。絵も描いていますけど、天才的な人だと思いますわ!

わたしも、一応、プロのマンガ家だけど、ベンジーは、

わたしのさらに天上の人で、雲の上のような人で、大天才だと思って、リスペクトしていますわ」

 

「ベンジーは、何とも言いあらわせない、すばらしい絵を描くよね。

ペンタッチも、そんお色彩も、天才的だと思うよ。

世間じゃ、そんなふうに騒いものだよね。不思議なくらいに。

ミュージシャンの暇つぶしの余技くらいに思っているのかな。

でもそんなもんじゃないよね。ピカソ級の大天才だと思うよ。おれはマジで。あっははは。

ベンジーは、少年の心を持ったまま、オトナになっているっていう感じで、

おれの生き方の理想でもあるし、それこそ、ロックンロールの本道でもあるし。

あのゴッホとかでも、生前は絵がさっぱり売れなかった言うじゃない。

天才のモーツァルトも、貧困の中で生涯を終えたり。世間は芸術がわからないんだよね」

 

「そうよね。みんな生活することに精一杯なのよ。心のことなんか、その次の次あたりで」

 

「だよね。お金や地位や権力とかって、やっぱり魅力なんっだろうかね。あっははは」

 

「人間の幸せって、目に見えない心のありかたとかに、実はあるのにね」

 

「そのとおりだよ。心菜(ここな)ちゃん。あっははは」

 

 信也が笑って、心菜も明るく笑った。

 

 実写版『クラッシュビート』の主題歌は、8ビートとパワーコードがさく裂の、

下記の『子どもの心のままならば』で、映画は今年の2018年秋に公開が予定だ。

 

ーーー

 

子どもの心のままならば    作詞&作曲 川口信也

 

子どものころの 青い空 光る風 草や木の野原

子どものころは 自由気ままに 無心に 遊んだ

毎日は いつも 感動的 奇跡的 楽しい日々だった

 

オトナになっても そんな 子どもの 心のままならば

オトナになっても きっと幸せに 生きてゆけるのさ

 

子どものころは 大自然とか 美しいものとか 好きだった 

子どものころは ほのぼのと 明るい未来も 夢見ていたよ

子どものころは 楽しい日々は どこまでも続く 気がしていた

 

オトナになっても そんな 子どもの 心のままならば

オトナになっても きっと幸せに 生きてゆけるのさ

 

子どものころは なんでも 楽観的に やってゆける 気がしてた

子どものころは 自然や宇宙に 不思議や奇跡を 感じていた

子どものころは 愛でも 信じていられた 世界を信じていたから

 

オトナになっても そんな 子どもの 心のままならば

オトナになっても きっと幸せに 生きてゆけるのさ

 

≪つづく≫ --- 137章 ---

 



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138章 ロックンロールと仏陀(ブッダ) 

 


138章 ロックンロールと仏陀(ブッダ)

 

 2018年の4月22日の日曜日。

午後2時。最高気温は27度と真夏のような暑さだ。

 

 第45回となる、ユニオン・ロックの下北(しもきた)芸術学校の公開授業が、

下北沢南口から歩いて4分、北沢ホール3階のミーティングルームで始まるところだ。

 

 ユニオン・ロックは、ソーシャル・メディア(SNS)を使った、

インターネット上の全国的な規模のバーチャル学校で、

夢を追う若者やオトナや子どもたちを対象に、

マンガや音楽や小説など、芸術的なこと、広く全般を、

自由に学べる『場』の提供をしている。

そのための経済的な援助、その道のプロとしての育成までの援助も展開している。

 

 そんな長期的展望のユニオン・ロックは、外食産業のモリカワと、

外食産業最大手のエターナルが、1014年9月に始めた、共同出資の慈善事業だ。

 

 ユニオン・ロックの活動は、優良企業というイメージや共感を生んで、

モリカワとエターナルの成長に、世間も驚くほどに、寄与(きよ)している。

 

「きょうは、お集まりいただいて、ありがとうございます。

きょうで、第45回なんですよね。この公開授業も。

毎回、国内や海外の国にも、インターネットで公開していて、

その反響すごいようですけど。まあ批判は1%に満たない、ちょっとで、

大部分は好評のようですけど。あっははは」

 

 演壇に立つ信也は笑いながら、みんなを見渡した。

 

 定員72名の満席の会場からは、拍手と歓声が沸わく。

 

 演壇に近い前列の、3人掛けのテーブルには、

撮影も順調の超大作映画『クラッシュビート』に出演中の、

乃木坂小学校の合唱団の子どもたちが集まっている。

3年生6名、4年生8名、5年生7名、6年生9名の、30人だ。

 

 その子どもたちの中に、合唱団の先生役の沢口貴奈(きな)もいる。

沢口貴奈は、信也と同じ山梨県の育ちで、信也とは12年くらいの付き合いになる。

 

 大沢詩織や清原美樹たち、グレイス・ガールズのメンバーや、

信也のバンドのクラッシュ・ビートのメンバーも後ろの席にいる。

 

 『クラッシュビート』の原作者でマンガ家の青木心菜(ここな)と、

心菜の親友でアシスタントの水沢由紀もいる。

 

「今回、みなさんにお配(くば)りしてある本は、つい先日に、

ぼくがセブンイレブンで、立ち読みして、あっこれいいな!って、買っちゃった本なんです。

税抜きの本体価格が499円なのには、よくできっている本なので、ちょっと驚きました。

あっははは」

 

 会場のみんなも明るい声で笑った。

 

「それでは、この宝島社の『マンガでわかるブッダの教え』をテキストにして、

『ロックンロールと仏陀(ブッダ)』のお話を始めます」

 

 拍手がわいた。

 

「こんなに日本では、繁栄して、よく知られている仏教が、なぜ発祥の地のインドでは、

繁栄できなかったのかって、誰もが思いますよね。どうもその原因は、

仏教が、人種差別を身分制度カースト制に断固として反対したからのようです。

国連人権委員会も、インドのカースト制度の差別を、

人種差別の1つであると明記していますからね。

しかし、まあ、カースト制を、断固拒否したからこそ、仏教は世界的な宗教となったんでしょうね」

 

「さてさて、本題の、ロックンロールとブッダの話に入ります。

えーと、希望(りく)くんは、人生って、なんのためにあると思いますかぁ!?」

 

 最前列のテーブルに、福田希望(りく)がいる。

 

 『クラッシュビート』のオーディション選考で、

川口信也がモデルの、主人公の信也の役を射止めた、

福田希望は、小学5年、11歳の少年だ。

 

「人生って、楽しむためにあると思います!」

 

 希望(りく)は元気な声で答える。

 

「うん、それが正解っていえるでしょうね。みなさん、テキストの32ページを見てください。

右下に、ブッダの言葉があります。

ブッダも『自分の変化と成長を楽しめ。もう、外に楽しみを求めるな』って言っています。

これって、非常に的確な人生論なんですよね。

図解にもありますように、外に楽しみを求めることとは、評判や成果や収入を意味します。

評判などの外的要因は、自分の努力でもコントロールできないんですよね。

ですから、そのため、心を乱す原因にもなります。

一方、自分の変化と成長を楽しという、自分の内面を重視する生き方はどうでしょうか?

やりがいや美学や充実感など、その行為を通じて、≪心地よい≫と感じられることを、

続けてゆけば、どんな状況になっても、心は安定するのではないでしょうか?

たのしく生きるための実践法として、ブッダも≪心地よさ≫を追い求めよう!って言っているんですよね。

ブッダ、すなわちお釈迦様は、紀元前250年前後の人ですから、2250年も昔の人なんですよね。

そんな人が、現代人に、生き方を教えられるなんて、天才としかいいようがありませんよね。

あっははは」

 

 会場のみんなも明るく笑う。

 

「ええと、じゃあ、希望(りく)くんのお隣りの、いつもかわいい友愛(とあ)ちゃんに、お聞きしますけど。

友愛(とあ)ちゃんが幸せになるには、どうしたらいいんだろうね?どんな答えでもいいんだけど。

あっははは」

 

 映画の中の11歳の信也の、親友の女子生徒役の永愛(えま)の役の、

白沢友愛(とあ)は、小学4年の10歳。

 

「自分だけの幸せではなくって、友だちとか、まわりの人の幸せも考えてあげることだと思います!」

 

 希望(りく)の隣に座っている友愛(とあ)は、

一瞬、目を丸くして、びっくりするけど、オトナの女性っぽい魅惑的な笑顔で答えた。

 

 希望(りく)と友愛(とあ)には、格別なオーラ、スター的な輝きがある。

 

「そうですね。さすがだね、友愛(とあ)ちゃんも希望(りく)くんも。

では、みなさん、60ページを見てください。

ブッダは、『幸福は分け与えても、減るということはない。』って言っているんですよね。

図解には、こう書いてありますね。

『幸福を他人に分け与えることは損ではなく、結果的に自分のためになる。』って。

また、『与えることによる2つの利点』として、

その1つは『失うことに対する不安がなくなる』とありますね。

つまり、自分の財産に対する執着が減ったり、自分が困ったときには助けてもらえるという、

期待が生まれて、失うことに対する不安が消える、と。

もう1つは、与えた幸福が、恩返しとして返ってくる、と。

つまり、助けられた人は、自分が幸福になったときに、人を助けようとするんですね。

そうして、幸福の輪が広がり、与えた幸福が返ってくる、ということです」

 

「さて、ロックンロールのことですけど、あの、ブランキージェットシティの、ベンジーこと、

浅井健一さんも、よくおっしゃってるんですけど。

かっこいいロックンロールを作ったり歌ったりしたいんですよね。

そんな音楽で、元気や楽しみや幸福をもらったりもしているからです。

だから、ベンジーも、そんな音楽で、人に、元気や楽しみや幸福をあげられたらいいなって。

これって、ブッダの教えと同じですよね。あっははは。

ブッダも、マジ、本物のロックンローラーだなあって、おれは思っちゃうんです。あっははは」

 

 会場も明るい大爆笑になった。

 

---

☆参考文献☆ 『マンガでわかるブッダの教え』 宝島社

 

≪つづく≫ --- 138章 ---

 



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139章 ロックンロールはリアルなラブ&ピース

139章 ロックンロールはリアルなラブ&ピース

 

5月5日の子どもの日。青空のおだやかな南風で、気温も24度ほど。

 

 午後2時から、信也たちのクラッシュビートのライヴが、下北沢駅西口から歩いて2分の、

ライブ・レストラン・ビートで、開催(かいさい)された。

ゲストには、G ‐ ガールズ(グレイス・ガールズ)も出演して、

1階フロア、2階フロア、280席の満員の会場は、最高に盛り上がった。

 

 午後5時、ライブが終わって、打ち上げの飲み会が、

≪カフェ・ゆず≫で、店は貸し切りで、始まっている。

≪カフェ・ゆず≫は、ライブ・レストラン・ビートと同じ、世田谷区北沢2丁目にあった。

一軒家ダイニングで、16席のカウンター、4人用の四角いテーブルが6つ、

キャパシティーは40名。

ミニライブもできるステージもあって、YAMAHAのアップライトピアノが黒く光ひかる。

店の前には6台分の駐車場がある。

 

≪カフェ・ゆず≫の女性のオーナーは、3月14日に25歳になった高田充希(みつき)、

人気の女優で歌手でもある、高畑充希たかはたみつきに名前も容姿ようしも似ていると、

下北沢では評判だ。

 

「しんちゃんの新曲の、『ロックンロールはリアルなラブ&ピース』は最高だよね!」

 

 生ビールで満面の笑みでいい気分の佐野幸夫(ゆきお)が、

隣(となり)の席の川口信也にそう言った。

佐野幸夫は、ライブ・レストラン・ビートの店長で、いまも俳優になる夢も胸に秘めている。

 

「うん、しんちゃん、あの曲、最高のロックンロールですよね!私も大好きです!」

 

 信也にそう言って微笑む、佐野幸夫の隣に座る真野美果(まのみか)は、

1988年10月10日生れの29歳。佐野と美果の交際も6年になる。

 

「ありがとうございます。美果ちゃん、幸夫ちゃん。あの曲は、おれも気に入っているです。

映画の『クラッシュビート』のサントラ(挿入歌)を作ることになって、

おれも全力で作ったんですよ。

そうだ、佐野さんと美果ちゃんがそう言ってくれるんで、すごく嬉(うれ)しいから、

あの歌、弾き語りでやっちゃいますよ。聴いてください!あっははは」

 

 生ビールで上機嫌(じょうきげん)の信也はそう言って、ステージに行くと、

ギターを取って、椅子に座(すわ)り、マイクに向かった。

 

「ええと、みなさん、きょうのライヴは、ホント、最高だったと思います。

いまさっき、佐野さんと美果ちゃんが・・・、

新曲の『ロックンロールはリアルなラブ&ピース』がいいって、褒めてくれたんですよ。

あっははは。

そのお礼ってわけでもないですけど、ここで弾き語りで、あの曲歌っちゃいます。

映画とマンガの、バーチャルの『クラッシュビート』は、

まるでビートルズのように、最高のヒット曲、ロックンロールで、

世界制覇していっちゃうわけですけど、

おれたち、リアルで現実のクラッシュビートも、

そんなバーチャルな彼らに負けちゃいられないな!と思って、

おれはこの歌作りました。あっははは。

では、『ロックンロールはリアルなラブ&ピース』を聴いてください!」

 

 店内に、拍手と歓声が上がった。

 クラッシュビートやG ‐ ガールズのメンバーや、

マンガと映画の『クラッシュビート』の原作者の、マンガ家の青木心菜(ここな)や、

親友でアシスタントの水沢由紀たちも来ていた。

以前はクラッシュビートのキーボードをしていた落合裕子も来ている。

 

 信也は笑顔でみんなを見ると、印象的なリフで始まる、

ややテンポの速い8ビートのロックンロールを、シャウトも決めて歌った。

 

ーーー

 

ロックンロールはリアルなラブ&ピース / 作詞・作曲 川口信也

 

奇想天外な 夢を見たんだ 自分が死んだらしくって

友だちたちが 集まって 葬式を上げているんだ

「おれの葬式しているらしいけど おれ まだ 死んじゃいないじゃん!」

そう聞いたけど おれを見て 友だちは だまって 笑うだけなのさ

 

人生は 作品のようなもので 人は 芸術家のようなものだから 

空想家といわれても 人生は 愛のある 幸福なものにしたい 

どんな困難も 乗り越えられるのが アバンギャルド ならば

それが ロックンロール!かっこいい ロックンロール

 

I had a dream that I am dead

おれは 自分が死んでいる 夢を見たんだ

Rock'n Roll is a real love & piece

ロックンロールは リアルなラブ&ピース

 

ビートルズの ジョン・レノンは 言っている

「ぼくには ロックンロールだけが リアルだった」

「15歳のとき ロックだけが ぼくを とらえたんだ」

ロックンロールは 希望や喜び勇気も くれる

 

「空想家と思うかもしれないけど 想像しなければ 

この世界に 愛も 平和も 幸福も 実現もしないよ

君も そんな想像のできる 仲間になろうよ」 と

ジョン・レノンは 『イマジン(Imagine)』で 語っている

 

I had a dream that I am dead

おれは 自分が死んでいる 夢を見たんだ

Rock'n Roll is a real love & piece

ロックンロールは リアルなラブ&ピース

 

☆参考文献☆

ジョン・レノン/ラブ・ピース&ロックンロール   エイト社

ジョン・レノン詩集『イマジン』   平田良子・訳  シンコーミュージック

 

≪つづく≫ --- 139章 おわり ---

 



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140章 信也と竜太郎、バーで歓談する

140章 信也と竜太郎、バーで歓談する

 

 5月26日、土曜、午後4時を過ぎたころ。よく晴れた青空だった。 

 

 信也と竜太郎は、久々(ひさびさ)に予約していた、

ザ・グリフォン(THE GRIFFON)渋谷店のカウンターで、生ビールを飲んでいる。

 

 店は、渋谷駅から歩いても2分で、クラフト生ビールが数多く揃(そろ)っている。

 

「ここのソーセージはうまいですよね!」と信也は竜太郎に言った。

 

「うん、このソーセージとさあ、このキャベツの漬物の、ザワークラウトっていったっけ、

ビールとぴったりだよね!さすが、渋谷の人気店だ。あっははは」

 

 そう言って、竜太郎も笑った。

 

 竜太郎は、1982年11月5日生まれ、35歳の独身。

身長178センチ。優(すぐ)れた頭脳と スキル(技能)で、

社長が父親ということもあったかもしれないが、

若くして、外食産業最大手のエタナールの副社長だ。

こうしてほろ酔いのいい気分でも、店の人気の分析も緻密にしている。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、27歳。

急成長している外食産業、株式会社モリカワの、本部の課長。

またロックバンド、クラッシュビートの、ギターリスト、ヴォーカリスト。

また信也をモデルにした主人公が活躍する、マンガ『クラッシュビート』や、

その実写版映画『クラッシュビート』で、最近の信也は時の人になっている。

 

 2013年12月、信也が課長をしている外食産業のモリカワに対して、

M&A(買収)をしかけた竜太郎たちエタナールだったが、それは失敗に終わる。

それ以来、妙に気が合うことから、信也と竜太郎は、仲のいい酒飲み仲間だ。

 

「あっははは。しんちゃんは、おもしろいよな。しんちゃんと酒が無かったら、

おれも、生きていても、たぶん、つまらなくって、死にそうだと思うよ。あっはは」

 

「でも、よかったですよ、竜さんも、マライア・キャリーを好きなんで。 

アレサ・フランクリンが1位で、マライア・キャリーが79位っていうのは、

おれ、ホント、納得いかないんですよ。

彼女の持つ18曲の全米No.1シングルは、ビートルズに次いで歴代2位なんですよ。

それは、女性アーティストとしては堂々の1位なんだし、

ソロ歌手としては、エルヴィス・プレスリーと並(なら)ぶ歴代1位なんですもんね。

それなのに、『ローリングストーン誌が選ぶ最も偉大な100人のシンガー』では、

同じ女性なのに、アレサ・フランクリンが1位、マライア・キャリーが79位なんですからね」

 

「おれも、マイオール(My All)とか、ウィズアウト・ユー(Without You)とか、

彼女のバラードは、特に好きですよ」

 

「あの彼女の歌唱力は驚異的ですよね。神秘的な域ですよ。

実は、竜さん、彼女の歌を聴いていると、いまも、彼女の歌唱力にはふと憧れるんですよ」

 

「歌うことが好きな人なら、誰でも憧れるんじゃないかな、マライアの歌唱力は、

きっと天才だからね、しんちゃん」

 

「そんな彼女も、人生では、けっこう、悩みも多くて、普通の人生のようですもんね」

 

「人生で、何が大事かって、本当のところ、お金(かね)でもないし、

地位とか名誉でもなし、物質的なものとかでもないよね。

何かに感動するとか、何かを愛おしく思うとか、そんな優(やさ)しさとか、

愛のようなものに、自分の心が触(ふ)れたり、感じることだよね。

そんなことを、おれも、よく思うよ。

だから、しんちゃんが言うように、みんなで幸福に生きるためには、

人は、誰もが、芸術家のように生きるべきなんだろうし、

人生は、結局は、その人の作品なんだよね。

だから、芸術って、そんな世界の実現のためにも大切な活動なんだよ。

人を思う想像力や優しい心を育てるためには、芸術が大切だと思うよ。

その中でも、ロックンロールは、アバンギャルドな芸術だよね。しんちゃん」

 

「そうですね、おれも、そのとおりだと思います、竜さん」

 

 信也と竜太郎は笑った。

 

≪つづく≫ --- 140章 おわり ---

 



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141章 音楽に世の中を良くするパワーはあるのか?

141章 音楽に世の中を良くするパワーはあるのか?

 

 6月3日、日曜日、午後2時。青空で真夏のようで、最高気温は28度。

 

 川口信也が講師を務める、下北(しもきた)芸術学校の第47回の公開授業が、

定員72名のミーティングルームで始まったばかりだ。

 

 場所は、下北沢南口から歩いて4分の、北沢ホールの3階だ。

 

 会場の3人掛けのテーブルには、中高生や大学生や社会人の男女の、

幅の広い層で、満席だ。

 

 大沢詩織や清原美樹たち、グレイスガールズのメンバーや、

信也のバンドのクラッシュビートのメンバーも来ている。

クラッシュビートでキーボードをしていた落合裕子や、

マンガの『クラッシュビート』を描(か)いているマンガ家の青木心菜(ここな)と、

親友でマンガ制作のアシスタントを水沢由紀も来ている。

 

 下北音楽学校は、ユニオン・ロックが主催するインターネット上のバーチャルな学校だ。

 

 ユニオン・ロックは、ソーシャル・メディア(SNS)を使った学校で、

子どもたちや、若者やオトナを対象に、音楽からマンガまで、芸術的なこと全般を、

自由に学べる『場』の提供や、経済的な援助、プロの育成などを展開している。

 

 ユニオン・ロックは、外食産業のモリカワと、外食産業最大手のエターナルとの、

共同出資の慈善事業だ。1014年9月に始まった。

 

 そんな慈善事業、ユニオン・ロックの利用者は、現在、パソコンとスマートフォンを合わせて、

300万人を超えている。本日の授業も、インターネットで生中継されている。

 

「えーと、今回は、『音楽に世の中を良くするパワーはあるのか?』というタイトルで、

すごいタイトルつけちゃったなって、自分で困ってるんです。あっははは」

まあ、1時間くらいで終わらせます。あっははは」

 

 ワイヤレスマイクを片手に演壇に立つ信也は、明るく笑って、みんなを見渡(みわた)した。

 

 72名の満員の会場からは、拍手と歓声が沸(わ)く。

 

「今回のテーマで講演する、その理由からお話ししますと。

若いみなさんたちから、単刀直入に、

『音楽って世の中を良くできるんですか?』

『生きている意味って、なんですか?』

『何を目的に生きたらいいのですか?』

『楽しく生きるのにはどうしたらいいですか?』

などなど、そんな、同じような質問が、おれ宛(あ)てに数多く寄せられるんです。あっはは。

困(こま)っちゃいますよね。あっはは。

それでもって、おれの考えをまとめた講演を1度しておこうと思ったんです。あっはは。

では、お配りしてある、テキストを見ながら、おれの話を聞いてください。」

 

「おれも、思春期のころの高校生のときだったですけど、

この世界はどうなっているのだろう?とか、宇宙の果てはどうなっているのだろう?とか、

なぜ生きているのだろうか?とか人生とは何だろう?とか、考えたわけです。

まあ、君たちと、同じように、漠然と考えては、楽しんだりしてたんですよ。

でも、それで、深刻には悩みはしなかったな!あっはは」

 

「わたしたちも、悩んだりはしません!」

 

 最前列にいる、セミロングのヘアスタイルの清純な女子高生がそう言って、

ケラケラ笑った。会場のみんなも笑った。

 

「まあ、考えても、答えが出るような問題でないですよね。話を簡単に進めるために、

稲盛和夫(いなもりかずお)さんの言葉を引用します。この人は、今年で86歳になります。

大変に立派な人だと、おれも尊敬しています。あの京セラやKDDIの創業者です。

また、日本航空名誉会長でもいらっしゃいます。

『稲盛和夫の哲学』という本がPHP文庫から出ています。

その中で、57ページですが、稲盛さんは、『私は魂というものを信じています。』と言ってます。

稲盛さんは、おれたち人間は、魂と肉体から成り立っていると考えてます。

稲盛さんは、魂というと、眉をひそめる人がいるかもしれないと言って、

魂のことを意識体とも呼んでますけどね。

稲盛さんは、おれたちの人生は、魂の修行の場だと考えているようです。

この世の中というか、人生においては、魂、意識体は、修行しながら、死ねば、

また新しい生命に宿(やど)って、現世、いまの世の中に出てきて、

新たな修行をすることになるって、稲盛さんは言っています。

本の64ページでは、稲盛さんは、こう語っています。

『そういうことの繰り返しで、人間性を高めていき、

ついには、神々(こうごう)しいといわれるような如来(にょらい)のレベルまで心が美しくなってゆく。

そこまで行くと、仏教では輪廻転生しないといわれています。そのように、意識体というものは、

自分だけで終わるわけではなく、次に自分が生まれ変わるものに移っていきます。

したがって、自分の心、品格、人格を高めていくことは、単に自分1個だけの問題ではなく、

次の代への責任でもあるのです。」

文は、前へ戻りますが、稲森さんはこうも語っています。

『なぜ転生するか。それは現世でつくりあげた人格が不十分で、

次の現世でもっと心を磨(みが)きあげる必要があるためです。』と。

輪廻転生という言葉の意味は、『死んであの世に還った霊魂(魂)が、

この世に何度も生まれ変わってくること』だそうで、仏教とかの宗教用語ですよね」

 

 「ええと、稲森さんは、仏教の臨済宗妙心寺派円福寺で、僧侶(そうりょ)となるための出家の儀式の、

得度(とくど)をして、僧侶としての身分の僧籍(そうせき)を得ているそうです。

おれなんか、仏教でもキリスト教でも、宗教の話は、いくら理解しようとしても、

いつまでも理解できないことばかりで、チンプンカンプンで、

よく理解できないんですよ。あっははは」

 

「そんな、しんちゃんが好きです!」

 

 さっきの最前列にいる女子高生がそう言った。

 

「あっはは。ありがとう!まあ、宗教の話は、抜きにしたほうが、

おれの講演の場合は、いいのかも知れないんです。

世界の平和ために、役立つ、そんなパワーは、音楽にはあるか?といった話ですから。あっははは。

まあ、おれも、高校生のときに、おれたちって、魂のようなもので、

どこかにある『魂の海』のような世界からやって来ているんだろうな!ってことくらいは、

考えましたよ。何かの宗教とかには、まったく、頼(たよ)りもしなし、参考もしないでね。

直観というか、インスピレーションだけでね。そのくらいのことは誰にだって思いつくと思います」

 

「おれも、魂のことを時々考えるんですよ。おれも、しんちゃんや稲盛さんに同感します!」

 

 最前列に座る、爽(さわ)やかなショートヘアスタイルの男子高校生がそう言った。

 

「あっはは、そうですか、それは良かった。ちょっと、空想や想像をふくらませれば、

誰だって、思いつけるような、むずかしい話じゃないですよね。あっははは。

まあ、そんなわけで、おれも、この稲盛さんのお考えには、全面的に共感しますし、賛成なんです。

音楽作りとか、ほかの芸術活動でも、そうでしょうけど、

心や魂を磨(みが)いて、創作に向かうしか、良い作品作りなどは、できないわけですからね。

有名な心理学博士のウエイン・W・ダイヤーも、その著書の『ザ・シフト』の26ページでは、

こんなことを語っています。

『この人生の旅で最大のレッスンは、自分は生死を超えた永遠の魂の存在だと、

意識することなのです。

肉体とは、精神(魂)の本質であるエネルギーが形をなしたものです。』と。

まあ、魂の存在とかって、神の存在と同じように、

その存在証明をするとは、人間には不可能に近いことのように思います。

しかし、魂の存在すると、仮定したり、想像しないことには、この世界の謎が解決できないのだと、

おれには思えるのです。魂については、稲盛さんのお話のように考えれば、

すべてが、おれには解決するように思えるのです。

みなさんにも、この話にご理解いただけえば、うれしいです。

こういう魂の話の観点から考えれば、良い音楽は、おれたちには必要であり、

良い音楽には、人々や世界を、幸福へと導(みちび)くパワーがあることを、

ご理解していただけるだろうと思います。

あと、もうひとつですが、お話をさせていただいて、この講演を終了したいと思います。

2012年に87歳でご逝去(せいきょ)された詩人で思想家の吉本隆明さんが、

『生涯現役』という著書の194ページですが、こんなことを語っています。

『身体論にはメルロ=ポンティをはじめいろいろありますけど、

ぼくはマルクスの身体論が1番いいんじゃないかなって思っています。

要するに精神であれ肉体であれ、人間が外界に対して働きかけ外界が変形して

価値が生じると、人間は生きた有機的な自然に変化する。

要するに人間が有機的な自然に変化しなけりゃ外界に働きかけることはできない、

そういう自然哲学です。外界が価値化する。

つまり、自然が人間の肉体の延長線になるということと同時に、

人間も有機的な生きた自然というふうに変わっちゃうんだと。

働きかけた瞬間に相互がそう変わるっていうことですね。自然が価値化して人間も変わる。

それは、いまでも1番妥当なんじゃないかなと思っています。

マルクスは大雑把(おおざぱ)なように見えて、

自然と人間の相互関係を実にうまくいっていると思います。』

以上が、吉本さんの語っていることですが、この自然と人間の関係って、

音楽作りにも、ぴったり当てはまるんですよね。

楽器の演奏とかにしても、自然が人間の肉体の延長線になるということと同じであり、

人間も、有機的な生きた自然の楽器と一体になるって、ことですからね。

有機的という意味は、生物体のように生命を持つのと同等だ、

といった意味になりますから。

音楽を作る立場からいえば、CDにしても、インターネットで楽曲を配信するデジタル音楽にしても、

自然が人間の肉体の延長線になるということと同じだし、

人間も有機的な生きた自然というふうに変わることなんですよね。

吉本さんが言うように、音楽を作るってことは、そして、音楽を鑑賞するってことは、

自然が価値化して人間も変わるってことだし、

自然と人間の相互関係が、実にうまくいっているということなのだと思います。

そんなわけですから、おれたちは、これからも、みんなで、音楽を愛して、

魂というか心とかも大切にして、磨(み)いていけばいいんだと思います。

そして、まあ、このように、音楽に世の中を良くする絶大なパワーはあると、おれは考えています。

以上で、きょうの講演は終わりにします。みなさん、ありがとうございました!」

 

 信也は、笑顔で会場に手を振る。沸(わ)き起こる拍手は鳴りやまなかった。

 

---

☆参考文献☆

1.『稲盛和夫の哲学』  稲盛和夫  PHP文庫

2.『ザ・シフト』 ウエイン・W・ダイヤー ダイヤモンド社

3.『生涯現役』 吉本隆明 洋泉社

 

≪つづく≫ --- 141章 おわり --- 

 



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142章 夏目漱石とロックンロール

142章 夏目漱石とロックンロール

 

 6月10日、台風5号の影響で、朝から曇り空だ。

 

 下北(しもきた)芸術学校の第48回の公開授業が、川口信也の講師で始まっている。

 

「えーと、みなさん、お忙しいところをお集まりいただいて、ありがとうございます」

 

 そう言って信也は、ワイヤレスマイクを持って微笑(ほほえ)んだ。

 

「2005年のTBSの新春ドラマの『夏目家(なつめけ)の食卓』は、ご覧になった方もいると思います。

おれも、あの番組を見て、夏目漱石のファンになって、それから『坊(ぼっ)ちゃん』とか、

読んだんですよ。あのドラマでは、互いに惚れてはいるものの、かんしゃくもちの漱石を、

本木雅弘(もとき まさひろ)さんが演じて、勝気な妻の鏡子(きょうこ)を、宮沢りえさんが演じて、

その出会いから波瀾万丈(はらんばんじょう))だったり、ドラマのラストは、

晩年の漱石と陽だまりの縁側にいる鏡子のひとこと、『あなたが、いちばん、大好き!』

で終わる、そんな、ほのぼのとした名作でした。

樹木希林さんや所ジョージさんも出ていて楽しかったですよね。あっははは」

 

「前回の『音楽に世の中を良くするパワーはあるのか?』は、

精神世界のことなど、ちょっとスピリチュアル過ぎたかな?と感じましたので、

その続きということで、お話しをさせていただきます。

また、お配りしてあるテキストをご参考にしてください」

 

 72名の満員の会場から、拍手と歓声が沸(わ)く。

 

「まあ、実際のところ、スピリチュアルな問題の、

魂とか神とか死んだらどうなるのとかのことは、

科学的にも明確に証明できることでもないんですよね。

ということは、スピリチュアルなこととは、

個々に人々が想像していることに過ぎないということなんだと、おれは考えています。

しかし、まあ、こんなことは、人それぞれに、体験や経験として、

心や魂のことを考えたりしているわけですよね。

たとえば、本気で真剣に人を好きになったりして、それが考える、きっかけになったりして」

 

「ですから、こんなスピリチュアルなことを考えることは、誰かに強制されることでもないですよね。

たとえば、自分が、どこからこの世界にやって来て、これからどこへ行くのか?とかも、

自分で考えたり、想像したりすればいいのだと思います。神様のことも同様で、

どのように考えるかは、個人の自由の領域だと考えます。

まあ、そんなことに、迷っている方があれば、ご参考になるかなと思って、おれも講演しています」

 

「1749年生まれの、ドイツの文豪のゲーテは、そんな体験から『若きウェルテルの悩み』を書いて、

作家デヴューしてますよね。その後、詩人、思想家、芸術家として、

82歳で逝去(せいきょ)されるまで、大きな業績を残している人のようです」

 

「ゲーテの言葉にはこんなものもあります。

『心が開(ひら)いているときだけ、この世は美しい。

おあえの心がふさいでいるときには、おまえは何も見ることができなかった』

ゲーテ自身に、そういう反省があって、こんな詩が生まれたそうです」

 

 「きょうのお話は、そんなゲーテにも劣(おと)らない作家の夏目漱石についてのお話で、

『夏目漱石とロックンロール』というタイトルにしました。あっははは。

えーと、ロックンロールについては、おれがリスペクトしている、おふたり、

ブランキージェットシティのベンジーこと浅井健一さんも、

B‘z(ビーズ)の松本孝弘さんも、『かっこよさやかっこいい』ことをあげてますが、

それって、外面からじゃなくって、中から出てきているもの、心から出てきているもの、

ということ言っています。これには、まったくおれも同感なんです」

 

「夏目漱石という人も、そんな意味では、音楽家ではないですが、

ロックンロール的な生き方をした人だと感じています。

たとえば、出世コースを歩いていた漱石ですが、そんな競争を途中で放棄するんですよね。

40歳で、ドロップアウトして、朝日新聞社に入社し、小説家の仕事に専念します。

そんな漱石の心情を表す、漱石の有名な言葉があります。

『死ぬか生きるか、命のやりとりをする様(よう)な維新の志士の如(ごと)き烈(はげ)しい精神で文學を

やって見たい。』

これは、門弟の鈴木三重吉宛の書簡に、漱石が書いたものです。

おれは、ロックンロールの精神も、そんな維新の志士のようなもんだと思うんです。

じゃないと、かっこいいロックンロールはできないもん。あっははは」

 

 会場のみんなも明るく笑った。

 

---

☆参考文献☆

1.いきいきと生きよ ゲーテに学ぶ 手塚富雄 講談社現代新書

2.夏目漱石と明治日本 12月臨時増刊号 文芸春秋

3.松本孝弘 ビッグストーリー B‘z研究会 飛天出版

 

≪つづく≫ --- 142章 ---

 



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143章 夏目漱石とロックンロール(その2) 

143章 夏目漱石とロックンロール(その2)

 

6月23日の土曜日、午後の4時を過ぎたころ。

 

 朝から曇り空。最高気温は23度ほど。

 

 下北沢にある≪カフェ・ゆず≫に、川口信也と信也の彼女の大沢詩織(しおり)、

新井竜太郎と竜太郎の彼女の野中奈緒美、川口信也の妹たちの美結と利奈の6人が来ている。

 

「利奈ちゃんは、もう4年生かぁ。早いもんだよね」

 

 ウィスキーのハイボールでご機嫌(きげん)の竜太郎が利奈にそう言う。

オレンジジュースのグラスに触れる利奈の細い指を、竜太郎は愛(いと)おしそうに見る。

 

「就職も近いんですよ、竜太郎さん。あっはは」と利奈は笑う。

 

「利奈ちゃん、管理栄養士になんだから、うちの会社のエタナールか、

しんちゃんの会社のモリカワの、どちらかで、就職は決まりでしょう。

その選択は、利奈ちゃん次第だけれど、よろしくお願いしますよ。あっははは」

 

「利奈は、山梨に帰って、就職しようかなって言ったりしてるんですよ。

山梨にも、モリカワとエタナールの支社があって、そこへ就職もできますけどね」

 

 そう言って、信也も氷とソーダ水で琥珀(こはく)色のハイボールを楽しむ。

 

「迷っているんです。就職は、東京か山梨かって。あっははは」

 

「どちらに決まっても、エタナールもモリカワも、、利奈ちゃんを待ってますよ。あっははは」

 

 竜太郎がそう言って笑うと、テーブルで寛(くつろ)ぐ、みんなも笑った。

 

「この前の、『夏目漱石とロックンロール』は、意外な切り口というか、話だったよね、しんちゃん。

おれも、夏目漱石は好きな作家だけど、彼をロックンローラーとは見たことなかったよ。あっはは」

 

 竜太郎が、信也にそう言って、陽気に笑う。

 

「かっこいい、生き方したり、考え方をするのが、ロックンロールの原点だと思うからですよ、

竜さん。たとえば、ビートルズに敬愛され続けた、エルヴィス・プレスリーですけど。

エルヴィスって、その功績からキング・オブ・ロックンロールと呼ばれますけど、

エルヴィス・プレスリーの音楽のスタイルは、黒人の音楽の、

リズム・アンド・ブルースと、白人の音楽の、

カントリー・アンド・ウェスタンを合わせたような音楽といわれていますよね。

それはその当時の、深刻な人種差別を抱えていたアメリカではありえないことだったんです。・

ですから、エルヴィス・プレスリーの塑像した音楽は、画期的なことだったんです。

夏目漱石にしても、イギリス文化の研究で、イギリスに、留学に行ってこいってなったんですけど、

漱石は、イギリス滞在中、そのイギリスの工業や経済発展のために、

自然や労働者を破壊している現実に、幻滅して、絶望するんですよね。

イギリス文学にも、深く、幻滅して、絶望して、

よしそれなら、本当の文学を、おれが創造しようて、出世とかどうでもよくなって、

社会的な地位や名誉もない、なんの保証もないような、作家として、スタートするんですよ。

他人や社会的な価値観とかで、物事を判断するんじゃなくって、

子どもの時のような自分の澄んだ感性で、物事や真実を見て考えることが大切なんですよね。

そういば、子どものような目や耳を持っていたといわれる天才ピアニストのグレン・グールドが、

夏目漱石の芸術論のような小説の『草枕』を愛読してますけどね。

でも、グレン・グールドは、ビートルズを評価していなかったようで、それが、おれには不思議ですけど。

嫉妬のようなものもあったかもしれないですね。あっははは。

話は脱線しましたけど、ですから、音楽を愛してやまない、エルヴィス・プレスリーと、

文学を愛してやまない、夏目漱石には、おれは、生き方として共通性を感じたり、

かっこいいなあって思ったり、おれはこの二人を尊敬しちゃうんです」

 

「なるほど、おれも、しんちゃんの考え方には、まったく同感だよ。あっははは」

 

 竜太郎が、そう言って、子どものように笑う。

 

 「わたしも、しんちゃんの今の話に同感します」とか言って、

みんなも明るく笑った。

 

 「そだね!」と、≪カフェ・ゆず≫のオーナー、高田充希(たかだみつき)が、

言ったら、みんなで、大笑いとなった。

高田充希は、人気女優の高畑充希(たかはたみつき)に似ていると評判の魅力的な女性だ。

 

≪つづく≫ --- 143章 おわり ---

 



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144章 モーツァルトのエピソードに感動する信也

144章 モーツァルトのエピソードに感動する信也

 

 8月12日、日曜の朝の10時ころ。

 

 信也は、8月3日の金曜日に録画しておいた、NHKの『ららら♪クラシック』を見ていた。

『モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジーク』というタイトルだ。

 

 ロックンロール大好きの信也も、モーツァルトは特に敬愛している。

 

 モーツァルトが31歳のときに作曲した『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は、

植物の学者で、ウィーン大学の教授で、貴族の、

ニコラウス・フォン・ジャカンに贈られたという説が有力だ。

 

 モーツァルトは、ジャカン家と、家族ぐるみの親しい交流をしていた。

 

 ジャカンには二人の息子がいた。長男は父と同じ植物学者。

次男は、アマチュアの歌手でピアノも弾き作曲も手がけた。

 

 ジャカン家にたびたび遊びに来ていたモーツァルト。

なかでも弟のゴットフリートとは無二の親友だ。

この二人が一緒に作曲したとされる作品も少なくない。

ゴットフリートは、ちょっと不良で、気まぐれに女性を追いまわす遊び人でもあった。

それを見かねたモーツァルトが説教をしたこともあったとか。

そんな面倒見のいいモーツァルトであった。

 

 モーツァルトはこの兄弟と≪友情記念帳≫を交換していた。

 

 モーツァルトが書いた直筆(じきひつ)のメッセージが残っている。

 

「僕が君の、本当に誠実な、友だちだということを忘れないで。」(モーツァルトより)

 

 そして、ゴットフリートからモーツァルトへは、こんな言葉がおくられた。

 

「心を欠(か)いた天才に価値がない。

愛!愛!愛!それこそが、天才の真髄(しんずい)なのだ。」(ゴットフリートより)

 

「ゴットフリートは、モーツァルトの中に、愛情にあふれた真の芸術家というものを、

おそらく見出だしたんでしょうね!そのことを示す言葉だと思うんですね。

メロディのもとは愛だな。あの友だちは本質を見抜いていたのかな?」

 

 番組の中で、このように、吟味(ぎんみ)するように語るのは、

ピアニストで作曲家の宮川彬良(あきら)さんだ。

 

 ・・・モーツァルトって、やっぱり、愛にあふれた人だったんだろうな!

それは、愛イコール詩であって、詩情にあふれた人だということで・・・。

愛や詩情が豊かでなければ、想像力も創造力も豊かでないわけで。

愛も詩情も、芸術家にも普通の人にも大切なことさ。

そういえば、瀬戸内寂聴(じゃくちょう)さんの書いた子供向けの絵本にも、

『やさしいということが、人間には1番すばらしいことです。

他人を思いやるということは、想像力があるということ。それが愛です。』ってあったしなぁ!

いまの世の中、やっぱり、そんな大切な愛が希薄なんっだろうなぁ・・・

 

 信也は、自分で入れたコーヒーを飲みながら、そんなことを思いめぐらした。

 

---

☆参考文献☆

 

1.NHK ららら♪クラシック・選『モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジーク』

   初回放送・2017年9月22日

2.未来はあなたの中に  瀬戸内寂聴 朝日出版社

 

≪つづく≫ --- 144章 おわり ---

 



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145章 ラッパーのケンドリック・ラマーと、信也

145章 ラッパーのケンドリック・ラマーと、信也

 

 9月1日、土曜日、朝の10時。台風の影響なのか、雨もぱら曇り空で、空気

も涼(すず)しい。

 

 10時を過ぎたころ、歯科医院の受付を担当する女性から電話がかかってき

た。

 

 きょうの朝の10時に、予約をしていたのを、すっかり忘れていた、信也だ。

 

「すっかり忘れていました。また次の土曜日の8日の10時に予約できるでしょ

うか?」

 

「はい、予約できます。それでは、次の8日の土曜日の10時でよろしいです

ね」

 

 そんな電話。

 

・・・1か月前の歯の検診だったので、きょうの予約を、すっかり忘れてしまった

なぁ・・・

 

 川口信也は、気分転換に、

先日の8月29日に録画した、NHK『おはよう日本』を、テレビで見る。

 

 地上波初登場の、現在31歳、ラッパー、ケンドリック・ラマーのインタビュー。

 

・・・ケンドリック・ラマーは、トラウマになるような危険な経験が転がっている街

で育ったけど、

『非行に走らずにいられた唯一の理由は父さんが常にそばにいて、

おれの人生に関わってくれたからさ』って言ってる。やっぱり、家族の愛。

 

そして、2002年の夏、16歳のとき、ケンドリック・ラマーは、レーコーディング・

ブースという、

安全な避難所を見つけたんだ。ブースに入って、ラップに夢中になったんだも

んな。

ここにも、《愛》の力が働いたってもんさ。音楽は、愛そのものだから。

 

そして、2014年には、グラミー受賞曲の『アイ(I)』とかの、

《まず自分を愛そう!そうしなくちゃ、他人も愛せない!》というポジティブなメッ

セージの、

誰からも愛されるラッパーになっていく。

 

やっぱり、人生で、1番に大切なのは、《愛》の力なんだろうな。

どんなに、ちっちゃな《愛》でも、ささやかな、個人的な《愛》であっても。

 

《愛》は、この世界の神秘だし、

奇跡でもあって、《愛》こそが、人生の幸福を実現してゆく、不思議なパワーな

んだろうな!

 

そういえば、瀬戸内寂聴(じゃくちょう)さんのあの言葉は、

数ある名言のなかでも、最高の名言だよな。

 

《やさしいということが、人間の1番すばらしいことです。

他人を思いやるということは、想像力があるということ。それが愛です。》

 

愛=想像力=やさしさ、っていう感じで、簡単明快でいいよ。・・・

 

 録画を見終わって、そんなことを思う信也だった。

 

 信也が見た録画は、2018年7月28日、新潟県の苗場(なえば)スキー場で

開催の、

『FUJI ROCK FESTIVAL』に出演したケンドリック・ラマーが、

日本の地上波で初めて受けたインタビューだ。

 

 ケンドリック・ラマーは、ヒップホップアーティストで初の『ピュリツァー賞』を受

賞する。

1943年に設立されたピューリッツァー賞の音楽部門は、

クラシック音楽作品が受賞するのが言わば常となっており、

クラシックやジャズ以外の作品が選ばれるのは今回が初。

ヒップホップに限らず音楽史全体において特別な意味合いを持つ石碑を打ち

立てた。

同賞の委員会は、ケンドリック・ラマーの4目のスタジオアルバムである

『DAMN.』について、

「現代を生きるアフリカ系アメリカ人の複雑な人生を捉え、土地や文化に根付く

本物の言

葉やリズムのダイナミズムを統合した高水準な楽曲を収めた名作」と評価す

る。

 

「音楽を通じ社会の苦悩をメッセージとして発し続けるケンドリック・ラマーさ

ん。

若者たちに自ら考え行動することを訴えています。」

 

 そう報告する、NHK・文化部の斎藤直哉さん。

 

「ライブで曲を歌うと、肌の色や民族の異なる多くの人が来る。

これが究極の目標です。

2時間のステージに、存在するのは、争(あらそ)いではなくて、

《愛と幸福感》だけなんです。」

 

 と、ケンドリック・ラマーは語る。

 

「銃撃事件が絶えない、カルフォルニア州、コンプトン地区。

この全米で最も危険といわれる場所で、ラマーさんは生まれ育ちました。

ラップを始めたのは、友人が銃撃されるなどの、過酷な現状を訴えたいとの思

いからでした。」

 

 と、文化部の斎藤さん。

 

「僕たちは自分たちでは手に負えない環境で育った。

ヒップポップは、僕にそうした感情を表現するチャンスをくれた。

他人がどう思うかは関係なく、吐き出さなければいけない感情だったんです。」

 

 と、ケンドリック・ラマー。

 

「代表曲の《オールライト(ALRIGHT)》。やり場のない思いをつづりながら、

それでも、俺たちは大丈夫さと語りかけます。

この曲が思わぬ広がりを見せます。全米に広がった《差別撤廃運動》、

そのデモで、人々が歌い始めたのです。

この動きはアメリカを越(こ)えて世界にも広がりました。」

 

 と、文化部の斎藤さん。

 

「僕の作品や音楽で学んできたことは、僕自身のためだけではなく、

逃げ場のない街に育った子供のためだったんです。

今はコミュニティーにとどまらず、世界中に伝えることができると思います。」

 

 と、ケンドリック・ラマー。

 

「なぜ彼の歌が支持を集めるのか、

専門家は、かつて時代を動かしたアーティストとの共通点を指摘しています。」

 

 と、文化部の斎藤さん。

 

「年配の方々にとってのボブ・ディランが、今の若い人たちにとってのケンドリッ

ク・ラマーである、

というふうに言っていいんじゃないかなと思うですよね」

 

 と語る、慶応義塾大学・大和田俊之教授。

 

「公民権運動やベトナム戦争に揺れた1960年代。世界中の若者が、

ボブ・ディランさんの《風に吹かれて》などの曲を通じて、自由と平和を訴えたよ

うに、

いま、ラマーさんの曲が若者のシンボルになっているというのです。」

 

 と、文化部の斎藤さん。

 

「ケンドリック・ラマーの言葉を通して、音楽だけでなく、《世界とつながる感覚》

を持つ

若者が増えているような気がしますね。」

 

 と語る、大和田教授。

 

「ラマーさんの音楽は、日本でも多くの人の心をつかんでいます。

今年(2018年)の『FUJI ROCK FESTIVAL』、

どしゃ降(ぶ)りの中、多くのファンが詰めかけました。」

 

 と、文化部の斎藤さん。

 

「伝えたいメッセージは《自己表現》なんです。感情を表に出すことを恐れては

いけない。

ぼくのストーリーが、普通の小さな男の子のストーリーになり、

日本の若い少年少女のストーリーになる。

ヒップホップは世界にい広がっていくはず。いつかは火星にだって。

それは誰にも止められない。音楽の力です。」

 

 そんなことを、おだやかな眼差しの笑顔で語る、ケンドリック・ラマー。

 

「はい、ピュリツァー賞受賞ということで、ま、たとえば、暴力反対、

差別撤廃というような、その直接的なメッセージを描いているっていうふうに、

感じたのかなという方もいたかもしれませんが、どちらかというと、

現状をありのままに描いていましたよね。」

 

 と話す、高瀬耕造(たかせこうぞう)・キャスター。

 

「そうえすよね。社会がこう変わるべきという、方向性を示すのではなくて、

感情を吐露している、印象でしたね。」

 

 と話す、和久田麻由子(わくだまゆこ)・キャスター。

 

「そして、まあその、《大丈夫だ、おれたち大丈夫だ》という、

前向きなメッセージも添えているところが、印象でした」

 

 と話をまとめる、高瀬耕造・キャスター。

 

「はい。世界中の若者から絶大的な支持を集めるケンドリック・ラマーさんにつ

いてお伝えしました。」

 

 と番組締めくくる、和久田麻由子・キャスター。

 

---

☆参考文献☆

 

1.NHK 総合 『おはよう日本』 2018年8月29日 ケンドリック・ラマー 特集

2.未来はあなたの中に  瀬戸内寂聴 朝日出版社

3.グッド・キッド、マッド・シティー (ユニバーサル ミュージック)・ライナーノー

ツ・小林雅明

4.トゥ・ピンプ・ア・バタフライ (ユニバーサル ミュージック)・ライナーノーツ・・

高橋芳明

 

≪つづく≫ --- 145章 おわり ---

 



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146章 若い日の 夢追いかける 秋高し

146章 若い日の 夢追いかける 秋高し

 

 9月21日、金曜日。一日中、雲り空で、気温も19度ほど。

 

 川口信也は、会社の帰りに、高田充希(みつき)の≪カフェ・ゆず≫に寄っ

た。

店内には、客が7、8人いる。

 

 店は、下北沢駅の西口から歩いて2分ほどだ。

 

 充希は、この去年の夏に、自分の土地にある家を改装して、≪カフェ・ゆず≫

を始めた。

 

 高田充希は、1993年3月14日生まれ、25歳。身長158センチ。

川口信也は、1990年2月23日生まれ。28歳。身長175センチ。

 

 店は、一軒家ダイニングで、クルマ6台の駐車場がある。

フローリングの床(ゆか)の店内には、16席あるカウンター、

4人用の四角いテーブルが6つ、

ミニライブができるステージもあり、黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノがあ

る。

キャパシティーは40人。

 

「充希(みつき)ちゃん、また、おれの俳句を飾ってくれて、ありがとうございま

す。

充希(みつき)ちゃんのすてきな絵も添えてくださって。

ほんと、よく自然の自然の美しさを見ていて、

それを上手に描いてるなぁって感動します。

きっと、おれの俳句たちも、よろこんでますよ。あっははは」

 

「しんちゃんの俳句は、すてきですよ。こちらこそ、ありがとうございます」

 

 店の壁には、去年、信也が作った俳句の、≪りんりんと 歌っているよな 虫

の声≫と、

先日作ったばかりの、≪若い日の 夢追いかける 秋高し≫が、

どちらも、充希(みつき)が描いた絵付きの色紙で、飾(かざ)ってある。

 

 どちらの俳句も、信也が山梨に住む友人から、「俳句作ってほしい」と頼(た

の)まれたものだった。

毎年10月にある韮崎市の文化祭に出展するための俳句だった。

 

「いまは、音楽活動で、精一杯で、俳句も作る気がしないんだけれど、

俳句の松尾芭蕉は、芸術家として尊敬しているんですよ。あっははは」

 

「ああ、それで、しんちゃんの俳句は、どこか、松尾芭蕉に似ているんですね!

うっふふ」

 

 そう言って笑う、独身の女性高田充希(みつき)は、名前も、顔かたちも、

人気の女優で歌手の、高畑充希(たかはたみつき)によく似ている。この下北

沢でも評判だ。

 

「あっ、そうですかね。こんどの俳句も、芭蕉の生前の最後の句といわれる、

≪旅に病(やん)で夢は枯野をかけめぐる≫の影響を受けている気もします。

あっははは。

芭蕉って、たえず、新し創造を目指して生きていた人で、そんなところを尊敬し

ていて、

見習いたいって、いつも思うんです。

芭蕉は『古人の跡(あと)を求(もと)めず、古人の求めたるところを求めよ』と教

えているんですけど、

なるほどな、そんな新しさを求めて、創造していくことが大切だよなって、思うん

ですよ。あっははは」

 

---

☆参考文献☆

 

1.芭蕉ハンドブック  尾形 仂(おがた つとむ) 三省堂 

 

≪つづく≫ --- 146章 おわり ---

 



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147章 映画『クラッシュビート・心の宝石』、大ヒットする

147章 映画『クラッシュビート・心の宝石』、大ヒットする

 

 10月7日、日曜日、午後2時を過ぎたころ。

朝から青空、気温も30度と季節外(はず)れ。

 

 下北沢駅西口から歩いて2分の、高田充希(みつき)の店≪カフェ・ゆず≫に、

川口信也(しんや)と彼女の大沢詩織(しおり)、

超大作映画の『クラッシュビート』で、子どもたちの合唱団の先生役の沢口貴奈(きな)、

この映画の原作者でマンガ家の青木心菜(ここな)とマンガ制作アシスタントの水沢由紀、

そして、雑誌・週刊芸能ファンの記者の杉田美有(みゆ)、の6人がテーブルを囲(かこ)んでいる。

 

「この度(たび)は、『クラッシュビート』の大ヒット、おめでとうございます!

きょうは、この映画の主役のお二人(ふたり)で、いまやスター的存在の、

主人公の信也さんの子ども時代の役の、福田希望(ふくだりく)君と、

白沢友愛(とあ)ちゃんを、労働基準法の関係で、お呼びできなかったんですよ。

それがとても残念なんですけど、本日は、よろしくお願いします。」

 

 満面の笑みで、 敏腕(びんわん)記者の杉田美有が、みんなを見て一礼する。

 

「この映画の大ヒットも、美有(みゆ)さんが、映画の取材をしてくれてたからですよ」

 

 青木心菜(ここな)がそう言って、微笑む。

 

「そんなことないですって。青木先生の原作の素晴らしさとか、沢口貴奈さんや子どもたち、

出演者のみなさんも素晴らしくって、話題が盛りだくさんの超大作映画だからですよ」

 

 原作者の青木心菜と、心菜の親友でアシスタントの水沢由紀は、

この超大作映画のすべてを気に入っている。

 

 2018年9月2日、日曜日、催(もよお)された『クラッシュビート・心の宝石』の、

プレミア上映会の大成功に始まって、大ヒットとなって、

いまや日本中に、ファンの興奮と熱気が渦(うず)巻いている。

 

「あのう、この映画のタイトルの『心の宝石』なんですけど、

この点について、もうちょっと、お話をお聞きできたらなあって思います。

わたし個人としては、とても素敵な言葉だなあって、思ってるんです!」

 

「『心の宝石』っていうのは、実は、おれが作ろうって思っている歌のタイトルなんですよ。

なかなかできなくて、未完成な歌なんですけどね。あっははは。

それが、いつのまにか、映画の1作目のタイトルになっちゃったんです。あっははは。

簡単に言えば、『心の宝石』って、子どもたちの心のことですよ。

純真で無垢な、感動することに敏感で繊細な、そんな子どもたちの心のことです。

まあ、映画の公開前も、子どもたちを、あんなふうに擁護するような、

大人たちの生き方を批判しているよう映画は、

現代のおとな社会を否定する考え方を子どもたちに植え付ける、

極めて危険な映画だとか言って、みんなして批判する映画批評家たちや、

一部の大人たちもいましたからね。あっははは。

そんな危険な考え方なんて、まったくないんだし。あっははは。

おれは、この社会で生きていて、ストレスや欲望で、

心も体(からだ)も、疲労や消耗で、ボロボロにすり減(へ)って、

楽しいことばかりを追いかけていた子どものころの、

純真で無垢な、澄(す)んで輝(かがや)く宝石のような心を失ってはいけないよっていう、

主体性っていうか、アイデンティティー(identity)っていうか、

時間がたって、おとなになっても、何歳になっても、

いつまでも、同じであり続けようよ!って言いたいんですよ。あっははは 」

 

「そうですよね。信也さんの考え方は、すばらしい!

やっぱり、この映画の主人公よね!感動しちゃうわ!」

 

 そう言って、雑誌・週刊芸能ファンの記者の杉田美有(みゆ)は笑う。みんなも笑った。

 

≪つづく≫ --- 147章 おわり ---

 



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148章 心の宝石

148章 心の宝石

 

 12月14日、土曜日の午後4時過ぎ。快晴だけど、気温は10度ほどで肌寒い。

 

 川口信也と落合裕子は、渋谷駅から歩いて3分、

道玄坂の鳥升(とります)ビルにある、Bar Geranium(バーゼラニウム)で待ち合わせた。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、28歳。

早瀬田大学、商学部、卒業。外食産業のモリカワの下北沢にある本部で課長をしている。

大学時代からのロックバンド、クラッシュビートのギターリスト、ヴォーカリスト。

バンドのほとんどの作詞や作曲をしている。

 

 落合裕子は、1993年3月7日生まれの25歳。

裕子は、信也の飲み仲間の新井竜太郎が副社長をする外食産業大手のエターナル傘下の、

芸能事務所・クリエーションが主催のピアニスト・オーディションに、最高得点で合格した才女だ。

現在、裕子は事務所を移籍して、祖父の落合裕太郎の芸能プロダクション、トップに所属する。

裕子は、2015年の1月から約1年間、キーボード奏者としてクラッシュビートにも参加していた。

クリエーションに所属している信也の妹の美結とは、同じ歳(とし)の、親友である。

 

ジャズからクラシックまで、演奏の幅も広く、各賞を受賞などで、人気ピアニストとして、

テレビやラジオの出演も多い。

 

 信也と裕子は、予約していたカウンター席に落ちつくと、

レモン入りの山崎12年のハイボールを2つ、

自家製ローストポーク、アスパラソテー・生ハムのせを注文した。

 

 禁煙の店内の席数は、カウンター10席、ソファ4席で、14席だが、ひとりでも落ち着ける店だ。

 

「ではでは、裕子ちゃんのピアノ・リサイタルの大成功に、乾杯しましょう!」

 

「ありがとう!しんちゃんたちの映画『クラッシュビート』の大ヒットにも乾杯!」

 

 落合裕子は、日々の研鑽(けんさん)を続けて、第一線のピアニストに成長していた。

この12月9日の日曜日には、東京都墨田区に、すみだトリフォニー大ホールにおいて、

1801席のチケットは完売し、ピアノ・リサイタルを大成功のうちに終わった。

 

「裕子ちゃんのピアノは、アルゲリッチの再来とは、マスメディアよく言われるけど、

本当に情熱的で、アルゲリッチよりも官能的というか、女性らしさを感じるよ」

 

 マルタ・アルゲリッチは、アルゼンチンのブエノスアイレス出身のピアニスト。

世界のクラシック音楽界で、最も高い評価を受けているピアニストの一人だ。

 

「本当ですか。しんちゃんに、そう言って褒(ほ)められると、最高にうれしいです!

わたしは、しんちゃんの考え方が大好きで、『自分らしくあろう』っていつも思っているんです」

 

「自分らしくあることって、大切だよね。でも、ロックをやってきた人たちは、

ほとんど、同じようなことを言っていると思うよ。

いま、公開中のクイーンのフレディ・マーキュリーを描いた『ボヘミアン・ラプソディ』が、

異例の大ヒットをしていて、クイーンを直接知らない、10代や20代の若者たちも、

クイーンに熱狂しているんだって、先日のNHKのクローズアップ現代でやっていたもんね。

そのフレディ・マーキュリーは、まさに『自分らしくあろう』って言っていたそうだよ。

あと、そうだなあ、ロックやっていた人じゃ、忌野清志郎(いまわのきよしろう)さんは、

『子どものころに夢中になった気持ちが、僕は1番大事だと思っていますから』って言ってるし。

あと、佐野元春(さのもとはる)さんなんかは、

『僕は10代は1番輝いていて、一瞬にして、聖なるものと邪悪なものを、

見分けられる重要な時期だと思っていた』って言っているよね。

だから、おれの考え始めたことでもないんだよね、子どものころの心が大切とかって。

あっははは」

 

「そうなんだぁ。でも、わたしには、しんちゃんの存在が、わたしに、とても勇気を与えてくれるわ!

いい意味で、子どものころのままの心でいられる気がするんだもの」

 

「裕子ちゃんに、そんなふうに言われるなんて、光栄ですよ。

おれも、裕子ちゃんから、勇気をもらえる感じだよ。あっははは」

 

「しんちゃんと、わたしって、やっぱり似ているのよね!」

 

「そうだね、似た心を、同じような心の宝石を持っているってことだよね。

おとなになるにしたがって、なくしてしまう人も多いんだけどね、裕子ちゃん」

 

「そうよね、大切にしましょうね!心の宝石を、しんちゃん」

 

---

☆参考文献☆

 

1.ミスター・アウトサイド 長谷川博一編 大栄出版

2.NHK/クローズアップ現代 (2018.12.06.) 

 

≪つづく≫ --- 148章 おわり ---

 



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149章 信也と竜太郎、サピエンス全史やホモ・デウスを語る

149章 信也と竜太郎、サピエンス全史やホモ・デウスを語る

 

 2019年1月5日、土曜日。

年の暮れから晴天が続いている。日中の気温は13度ほど。

 

 高田充希(たかだみつき)の≪カフェ・ゆず≫では、

川口信也たち仲間の新年パーティが始まるところだ。

店のキャパシティーは40席あるが、ほぼ満席だ。

店は、下北沢駅の西口から歩いて2分。

一軒家ダイニングで、店の前にはクルマ6台の駐車場。

店内は、全面喫煙、フローリングの床(ゆか)で、16席のカウンター、

4人用の四角いテーブルが6つ。

ミニライブ用のステージと、黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノもある。

 

 信也たちのクラッシュビートのメンバーや、信也の彼女の大沢詩織たち、

G ガールズ(グレイスガールズ)のメンバーも全員参加だ。

信也と飲み友だちのエタナールの副社長の新井竜太郎も、

彼女で人気女優の野中奈緒美と来ている。

 

 信也の妹たち、美結(みゆ)と利奈(りな)もいる。

人気ピアニストの落合裕子、漫画家で『クラッシュビート』の原作者の青木心菜(ここな)、

漫画制作アシスタントの水沢由紀は、おしゃれなドレスで、パーティに華(はな)を添(そ)える。

 

 179センチの長身、スーツがよく似合う佐野幸夫が、

満面の笑みでミニライブ用のステージに立つ。

 

「みなさん、明けましておめでとうございます。佐野幸夫(さのゆきお)です。

わたしも日頃は、ライブ・レストラン・ビートの店長ですので、

いろいろなライブの司会もさせていただきますけど、

このように、栄(は)えある新年パーティの司会をさせていただけることを、

心から光栄に感じています。では、みなさまのご健勝とご多幸、

そしてご発展を願いまして、乾杯をさせていただきます。

ご唱和(しょうわ)のほど、よろしくお願いします。

おめでとうございます!乾杯!ありがとうございました!」

 

 拍手や笑い声に包まれて、店内はさらに華(はな)やいだムードとなる。

 

 佐野は、去年、パートナーとなったばかりの真野美果(まのみか)がいる、

ステージまじかのテーブルに着席する。

 

「悠香ちゃん、おれは、マンハッタンがいいな」と、新井竜太郎はカウンターの

中の女性バーテンダーに言う。

 

「悠花ちゃん、おれも、マンハッタンね」と竜太郎の隣のカウンターに座る信也は言う。

 

 24歳の沢井悠花(さわいゆうか)は、白の開襟ブラウス、

黒のベスト風エプロンがよく似合う。優しい笑顔で、シェーカーを振る姿も華やかでかっこいい。

去年の11月から悠花は、≪カフェ・ゆず≫でバーテンダーをしている。

評判もよくて、女性客も多い。

オーナーの25歳の高田充希(たかだみつき)とも、とても相性が良い。

2017年の夏にオープンした≪カフェ・ゆず≫は、現在、

充希と悠花のほかに、2人のスタッフがいるほどに繁盛している。

 

 マンハッタンはバーボンウイスキーがベースのカクテルで、

バーボンと白ワインが原材料の甘いベルモットに、

薬草系のキリっとした香りの苦味のあるアンゴスチュラ・ビターズを加え、

チェリーを添えた可愛らしい女性にも歓(よろこ)ばれるカクテルだ。

カクテルの女王とも呼ばれる。

 

「しんちゃん、紅白は見ましたか?」と竜太郎が言った。

 

「見ましたよ。なかなか見ごたえあったですね。特に、椎名林檎ちゃんと宮本浩

次さんの『獣ゆく細道』には、胸がジーンときましたよ。林檎ちゃんはさすが魅

力満点で優雅でしたね。

エレファントカシマシの宮本さんも、さすがロッカーで、迫力の熱演でカッコよかったですし」

 

「林檎ちゃんはおれも好きだなぁ。いつまでも、すてきで、色っぽいしね。あははは。

おれは今回の紅白では、米津玄師(よねづ けんし)に注目してたんだよ。

米津さんは、しんちゃんより1つ年下になるのかな?」

 

「そうですね、おれが28歳、米津さんは27歳じゃないかな。今年はまた1つ年取るけれど」

 

「おれも今年は、37歳になるよ。しかし、いくら歳をとっても、

やっぱり子どものころの気持ちを忘れてはいけないんだろうね」

 

「『幸福論』を書いたアランは、『無心に遊びに夢中になる、

子どもほど美しく幸福な存在はないだろう』って、言ってますし、

ドイツの文豪のゲーテは、

『私たちは、子どもから生きることを学び、

子どもによって幸せになる』って言ってますよね、竜さん」

 

「『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』の本で話題の、

イスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんも、

人間が幸せかどうか?を最も大切な問題としているよね。

これからの未来は、生命を自在に操(あやつ)るバイオテクノロジーや、

人口知能(AI)で、人間の体や脳や心のあり方が、

想像がつかないほど大きく変わるだろうって言ってるし」

 

「おれも、NHKのクローズアップ現代でハラリさんの特集を見ましたよ、竜さん。

ハラリさんの考え方は、この資本主義体制や、

お金にしても会社や国家や法律や宗教や正義とかにしてもは、

実は全てフィクションであるって、言い切ってますよ。

つまり、人間が想像力によって作った物語や作り話のようなフィクションなのだと。

ネックス証券の松本大(まつもとおおき)が、

『今の資本主義や貨幣経済に代わる新しい概念というもの、

みんなで抱えることができる共同のフィクション。

単なるフィクションではなく、共同で持てるフィクションを作る必要がある』

って言ってましたけど。そのフィクションって、子どもの心を忘れずに生きることかな?

って、おれは思っていますよ」

 

「おれも、そうだと思うよ。中沢新一さんが、ある本の中で、未来の革命の鍵(かぎ)は、

人間の脳=心の本質をなしている詩人性にあるって、言ってるでしょう。

その本の中では、『人間の現存在は、その根底において詩人的である』という

ドイツの哲学者ハイデッガーの言葉を引用したりして。

そんな意味でも、子どもたちは、みんな詩人なんだと思うよ。あっははは」

 

「最近の世の中は、人口知能(AI)に囲まれているせいか、データ至上主義に

なりがちで、

子どものような豊かな感性や感情が消耗しやすいですよね。竜さん」

 

「まったくだ。おれも会社じゃ、合理主義や効率主義、

データ至上主義とかばかりに陥(おちい)っているような社員には、

『もっと、自分にも他者にも思いやる優しい感情を大切にしないとだめだよ』って教えてるんだ。

みんな、子どものころのことって、忘れていくばかりなのかな。

しかし、おれも、しんちゃんが言うように、子どものころって、黄金のような輝く時間だったと思う。

まさに、心の宝石って感じかな。あっははは」

 

「おれも、子どものころの記憶は、輝くような日々だったって感じです。

いまも心の宝物って感じで。

いつまでも、いくら歳を取っても、そんな日々を過ごしたいし、

それは心の持ち次第で、実現可能だと思うんですけどね。竜さん。あっははは」

 

「そのとおりだよ。未来に必要なフィクションは、

子どもの心を大切にして生きることかもしれない。

動物行動学者で京都大学名誉教授の日高 敏隆(ひだかとしたか)さんは、

『人間も人間以外の動物も、イリュージョンによってしか、世界を認知し構築しえない』ってね。

学者も研究者も、われわれも、何か探って、

新しいイリュージョンを得ることを楽しんでいるんだ、ってね。

そうして得られたイリュージョンは一時的なものでしかないけれど、

それによって新しい世界が開けたように思うんで、それは新鮮な喜びだって言っているよね。

人間はそうしたことを楽しんでしまう不可思議な動物なのだってね。

そんなことに経済的な価値があろうがなかろうが、

人間が心身ともに元気に生きてゆくためには、

こういう喜びが不可欠なんっだって、言っているよね 」

 

「イリュージョンですかぁ。 幻想や幻影ってことですよね。

ハラリさんが言っている、

『実は全てフィクション』ということと、ほとんど同じですね。

そうか、人間は、そういう動物なんですかね。竜さん。あっははは」

 

「そ、だね!」と言って、竜太郎も笑った。

 

 2019年1月1日のNHK・BS1の『サピエンス全史/ホモ・デウス』の番組のラストでは、

歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんは、

『いま気にかけていることは、次の時代を生きる子供たちのことだ』と、こんなことを語っている。

 

『子どもたちは歴史上初めて、成長したときにどんな世界になるのか、

分からない時代になるのです。将来働く環境や人びとの絆(きずな)が、

どんなものになるか、想像もつかないのです』

 

『ではどうしたら良いですか?』という質問に、

 

『最も大切なことは、自分自身を知ることだと思います。

月並みかもしれませんが、自分が何者であるかを理解することです。

テクノロジーを追い求めるだけでなく、現状に満足する方法を学び、

自分の内なる考えを理解することに時間を使うべきなのです。

あなたの心はどんな声を発していますか?

あなた以外にあなたを理解できる人は誰もいません。

ほかの誰もあなたの頭の中をのぞいて見ることはできないのです。』

 

☆参考文献☆

 

1.吉本隆明の経済学 中沢新一 編著 筑摩書房

2.NHK/クローズアップ現代 (2017.1.4.)

3.NHK/BS1/衝撃の書が語る人類の未来『サピエンス全史/ホモ・デウス』

(2019.1.1.)

4.幸福論 アラン 白水ブックス

5.ゲーテの処世術 鈴木憲也 編著  KKベストブック 

6.動物と人間の世界認識 日高敏隆 ちくま学芸文庫

 

≪つづく≫ --- 149章 おわり ---

 



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150章 米津玄師(よねづけんし)を語る、信也と竜太郎

150章 米津玄師(よねづけんし)を語る、信也と竜太郎 

 

 2019年2月1日、金曜日、午後7時。

 

 店のドアの横には、インスタ映(ば)えもする、『Cafe and Bar ゆず』の、

LEDのネオンサインが青く輝いている。

 

 仕事帰りの、信也と竜太郎が、カウンターの席で寛(くつろ)いでいる。

 

 24歳の女性バーテンダーの沢井悠花(さわいゆうか)は、

手際(てぎわ)も良くシェーカーを振い、ふたりにマンハッタンを作る。

 

「悠花ちゃんのその笑顔を見ながら飲むマンハッタンは格別だからなぁ」と竜太郎は言う。

 

「竜さんは、褒(ほ)めるのお上手ですよね」

 

 悠花は爽(さわ)やかな目元(めもと)で微笑(ほほえ)む。

 

「おれには言えないセリフですよ。そう思っていても、照(て)れちゃうし。あははは」

 

 信也がそう言って笑う。竜太郎も悠花も笑った。

 

「米津玄師の話だけど、彼って、宮崎駿の作品のような世界が作れたら、それが理想だって、

『ロッキング・オン・ジャパン』で語っているんだよね」と竜太郎。

 

「ああ、それって、俺も読みましたよ。わかる気がしますよね。彼の音楽聴いていても、

米津さんも、子どものころの記憶とか大切にしていることが、よくわかる気がしますからね」

 

「米津さんは、ジブリみたいになりたいって語っていてね。ジブリって、間口が広くって、

子どもでも、オトナでも楽しめるわけだしね。ああいう間口の広い世界を作れるというのは、

人の潜在意識を呼び起こすものも、ちりばめられていて、それは難しいことだし、

世界一美しいことだから、そういうものを僕は作りたいって、語っているよね。

そんな米津さんには共感するけど」

 

「おれも、そんな米津さんの言葉には、まったく同感しますよ、竜さん。

彼って、音楽の素晴らしさは、ネガティブな部分からしか出てこないって言っているんですよね。

編集長の山崎洋一郎さんも、本当にそうだよねって同感してましたよね。

世の中も、実際には、ネガティブで、否定的、消極的、そのものですからね。あっははは。

米津さんは、『もの作りは孤独からしか生まれてこないって僕は思っていて、

結局自分の美意識を信じるしか道はないというか』なんて言ってるけど、それも同感ですよ」

 

「米津さんって、まだ27歳と若いのに、リアリストで、現実をよく見ているよね、しんちゃん。

その視点のユニークなところは、やっぱり『ロッキング・オン・ジャパン』で、

『ぼくは周(まわ)りにいる人間を常日頃バカにしているんですよ。

バカにすればするほど、自分をバカにするってことになってゆくって思うんですけど。』

なんて言っていて、笑っちゃうくらい、おもしろい発言だよね」

 

「米津さんは、『人と人とは絶対にわかり合えないものであるというのがぼくの根幹にはある』

って言ってますけど、まあ、そう考えて、人と付き合えば、対人関係で傷つくことも、

少なくなるんでしょうしね。そんなとこも、リアリストですよね。

芸術家としてみても、現実と夢を見ることとのバランスが非常に優れているって思いますよ」

 

「全(まった)くだよ、しんちゃん。あっははは」

 

「米津さんは、『Lemon(レモン)』を作れたおかげで、《普通にならなきゃならない》

《普通でありたい》っていうコンプレックスみたいなものが、

1個浄化したんだろうなっていうのがありますね。』と語ってますけどね。

また彼は、『上品と下品って、世の中にあるものを敢(あ)えてふたつに、

二項対立して分けた時に、下品な方向に恥ずかしげもなく行ける人間になりたいって、

思ったんですよね。そっちのほうが楽しいから。そっちのほが、もっと、

下品の中にあるいろいろなものが、自分の中に入ってきて、それが掻(か)き混(ま)ざって、

また新たな音楽になる。長く音楽を作っていくにあたって、

ものすごく大事な大切なプロセスっだと思うんですよ。』

なんて語ってますけど、この言葉なんかは、音楽作りの参考になりますよ。

『Lemon』の中に入っている『はい』らしい掛け声は、米津さんの声で、

そんな下品のプロセスから生まれたんでしょう。あっははは。

『自分のみっともなさのようなものを音楽で見せることはずっとしてきたんですけど、

それをもっとダイレクトにやることが1番必要なことかな、みたいに考えてはいて、

そう思いながら曲を作ってたら、ほんと何も考えていなかったんですけど、

《はい》とか自分の声を入れている自分がいて。』とか語ってますからね。

インタビューする編集長の山崎洋一郎さんが

『なんかクソみたいな気分の《はい》が入っていると思ったら、

そういうことね』って言って笑ってましたよね。

おかしいですよね、竜さん。あっははは」

 

「わたしも、『Lemon』は大好きな歌なんですけど、あの掛け声は子どもの声かと思ってました。

 

 カウンターの中で、ふたりの話を聞いていた悠花(ゆうか)が笑顔でそう言った。

白の開襟ブラウス、黒のベスト風エプロンが、女性バーテンダーらしく可愛(かわい)い。

去年の11月から悠花は、≪カフェバー・ゆず≫のバーテンダーをしている。

評判もよくて、女性客も多い。

 

「悠花ちゃん、おれ、マンハッタンのおかわりね!おれも、あの『Lemon』の掛け声は何!?

って思ってたけど。そうなんだ、米津さんの声か。あっははは」と竜太郎は笑う。

 

「米津さんは、『ロッキング・オン・ジャパン』で、1ページを使って『かいじゅうずかん』という、

怪獣のイラストが掲載される連載を描(か)いてましたよね。

その28回の最終回のイラストの、その怪獣の名前は《かいじゅう》で、人間の姿をしていて、

横を向いて、姿勢もよく立っている、可愛(かわ)いくて寂しげな女の子の姿をしているんですよね。

『体のつくりは人間とまったく違うが、見た目は人間そのもの。

話す言葉も、感覚も人間と同じで、自分自身、自分のことを人間だと思っている。

自分が《かいじゅう》であることも知らずに死んでいくことも多い』という米津さんの解説があって。

その編集後記には、編集長の山崎さんが、そのイラスト見て、

『僕は本当に感動しました』と語って、『米津玄師は、怪獣の本質を知り、

人間の本質も知り、その上で、コミュニケーションを取り合いながら、

どこかへたどり着こうよ、という決意をしたんだと思います。

怪獣と人間とを分ける価値基準もない、未来の光景のようで廃墟でもあるような、

暗闇のようで光にあふれている。思い出の残像のようだけど何よりも確かな、

そんな世界へともう恐れることなく歩き出そうとしているのだと思います。』って語ってるんですよね。

そんなふうに、2015年ころに、山崎さんは、米津さんの才能を高く評価しているんですけど。

米津さんも当時、『自分が普通になって、幸せに暮らすためには、《サンタマリア》を作って、

普遍的な音で、普遍的な言葉で、何かを表現するってことしか残ってなかったんですね。』

と語っていますよね。こんな米津さんの生き方や発言からは、

やっぱり、米津さんも、心とでもいうのか、魂とでもいうのか、愛とでもいうのか

目には見えない、語ることも難しい、

そんな何かを大切にしていたんじゃないかと考えるんですけどね」

 

「米津さんは、『昔から人とのコミュニケーションがうまくとれない人間で、

そういう軋轢(あつれき)の中で暮らしてたんですけど、高校の時とかほんとにひどくて、

クラスメイトが外国人どころか、動物にしか見えない。

もしかしたら噛(か)み殺されるかもしれない。ヤバいからすみっこのほうでじっとしていよう、

ということをずっと思ってて・・・ほんとに嫌(いや)で。

専門学校は、高校に比べたら自由じゃないですか。別に行かなくてもいい。

そう思ってたから1年で辞めるんですけど、で、ボーカロイドっていう素晴らしい

砂場を見つけて、そこでずっと遊んでたんですね、誰の視線も気にせずに。

1年くらい遊んでいたら、やっぱり反動っていうか。自分はもともと、

人とコミュニケーションとれない、そういうところで生まれ育った人間であって、

だから、ブカロ界隈の友達もほとんどいないんですよ。』とか語っているよね。

2015年のこんな対談に対して、インタビューの山崎さんは、『米津君は生まれたときから、

疎外感と孤独感、その一方で、持っている巨大な才能のふたつを行ったり来たりする、

綱渡りのような半生(はんせい)を歩んできたんだと思うよ。』って言っているよね。

まあ、いまの世の中がこんなふうに、おかしいから、米津さんの考え方や、

生きる姿勢のほうが普通になっているよね。しんちゃん」

 

「やっぱり、米津さんを見ていても思うけど、子どものころのある時期のころが、

オトナになっても、忘れてはならない、幸福に生きるための原点なんだと思うんですよ。

現代社会では、そんな子どものときの心を、いつ日か、失ったり、不要なものとしたりして、

まったく無くしてしまう人間が多いんでしょうね」

 

「おれもそう思うよ、しんちゃん」と竜太郎。

 

「そうですよね、わたしも、しんちゃんの子どものころの心が大切、

っていう考え方が大好きです!幸せに生きるための原点ですよね!」と悠花も微笑んだ。

 

☆参考文献☆

 

 ロッキング・オン・ジャパン 2012年 7月号、8月号。

                   2013年 8月号。

                  2015年 11 月号、12 月号。

                   2018年 12月号。

 

≪つづく≫ --- 150章 おわり ---

 



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151章 米津玄師の、子どもの頃の自分に向けての手紙

151章 米津玄師の、子どもの頃の自分に向けての手紙

 

 5月5日の日曜日、午後4時を過ぎたころ。よく晴れた夏の日差しのような一

日だった。

 

 高田充希(みつき)がオーナーの≪カフェ・ゆず≫には、川口信也と新井竜太

郎と森川純と

松下陽斗(はると)、そのほかは女性で、信也の彼女の大沢詩織(しおり)、

竜太郎の彼女の野中奈緒美(なおみ)、森川純の彼女の菊山香織(かおり)、

陽斗の彼女の清原美樹(みき) 、川口信也の二人の妹の美結(みゆ)と利奈

(りな)、

今も信也に心を寄せるピアニストの落合裕子とマンガ家の青木心菜(ここな)、

心菜の親友のマンガ制作アシスタントをしている水沢由紀(ゆき)という、

華(はな)やかな、13人が集まっている。

 

 信也が、ロッキングオンの『Cut』の2017年9月号を買った。

今ではなかなか入手できない雑誌ため、アマゾンの中古品で、11.700円で

買った。

定価は710円だった。

その特集が『米津玄師(よねづけんし)』で、アマゾンのカスタマーレビューに

は、

『米津さんの子どもの頃の自分に宛てた手紙も感動しました。』と書いてあっ

て、

信也は、どうしてもその記事を読みたくなったのだった。

 

そして、信也は、「その記事のコピーだけど、欲しい人!」って、みんなに呼び

かけてみた。

そしたら、このメンバーが≪カフェ・ゆず≫に集まったというわけだ。

 

 店のキャパシティーは40席。下北沢駅の西口から歩いて2分の一軒家ダイ

ニング。

店の前にはクルマ6台の駐車場があり、全面喫煙。フローリングの床ゆか。

16席のカウンター、4人用の四角いテーブルが6つ。

ミニライブ用のステージと、黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノがある。

 

「コンビニのコピー機でコピーしたんだけど、それがけっこうむずかしい作業

だったりしてね。

あっははは。『Cut』って雑誌がA4サイズより大きくって、A4の倍のA3には、

わずかにおさまりきらないだよね。そこをなんとかA3におさめました。あっはは

これと綴(と)じたホッチキスの針(しん)だって、

普通針足5ミリだけど、6ミリを使ってんですよ。あっははは。」

 

 そう言いながら、信也はみんなに、『Cut』のコピーが入った白無地の紙の手

さげ袋を配(くば)る。

 

「しんちゃん、お疲れ様でした。ありがとうございます!」

 

 清原美樹がそう言って微笑(ほほえ)む。

 

 みんなも笑顔で、「疲れ様!」とか「ありがとう」とか、信也に言う。

 

「米津玄師が子どものころの自分に手紙を書くっていう気持ちはわかりますよ

ね、

子どものころって、感受性も豊かで、やっぱり誰もが詩人なんだろうね。

詩なんかを書かないとしても」

 

 竜太郎がそう言った。みんなも「そうよね」「そうだ、そうだ」とか言った。

 

「そんな子どもの心をオトナになると忘れたりするから、おかしな世の中になっ

ていくんだよね」

 

 松下陽斗(はると)がそう言って、彼女の清原美樹と目を合わせる。

 

「愛を感じられなくなったりするんでしょうね。感受性も衰退すると、

子どものころの瑞々(みずみず)しい感じやすい心も無くなってしまったりね」

 

 落合裕子はそう言った。

 

「そうですよね、裕子さん。愛って、それを感じるセンサーそのものが弱って働

かないと、

愛って、感じ取れないものだと思うんです」

 

 青木心菜(ここな)がそう言った。

 

 女性バーテンダーの沢井悠花(ゆうか)は、手際てぎわも良くシェーカーを振

い、

ジンがベースのいま人気のネグローニを作って、

カウンターの席でくつろぐ、大沢詩織と信也の姉妹の美結と利奈に差し出し

た。

 

 笑顔もかわいい24歳の女性バーテンダーの沢井悠花は、白の開襟ブラウ

ス、

黒のベスト風エプロンもよく似合う。

 

「美結さん、利奈ちゃんとは、すっかり、お酒を楽しむ仲間になっちゃいましたよ

ね!」

 

 そう言って笑顔で、詩織は両隣に座(すわ)る美結と利奈とグラスを合わせ

る。

 

1997年3月21日生まれ、22歳の川口利奈は、今年、管理栄養学科を卒業

して、

兄の信也の会社の外食産業大手のモリカワ本社に就職したばかりだ。

 

 川口美結は1993年4月16日生まれ、26歳。信也の飲み仲間の新井竜太

郎が副社長の、

外食産業最大手・タナールの傘下の芸能事務所・クリエーションで、

タレントや女優やミュージシャンの仕事をしている。

 

 大沢詩織は1994年6月3日生まれ、24歳。詩織は、モリカワで仕事をして

いる。

 

「ねえ、詩織ちゃん、うちのお兄ちゃんがね、あそこで、落合裕子さんと青木心

菜(ここな)さんと、

楽しそうに話しているけれど、詩織ちゃんはいつも平気んあんだもん。

心が広いなあって、いつも感心しちゃうのよね、わたし・・・」

 

 微笑みながら美結は、詩織にそう言った。

 

「初めのころは、ちょっと嫉妬(しっと)することもあったんです。あっはは。

だけど、それじゃ、お互いに、うまくいかないことがすぐにわかったから・・・。

しんちゃんも、わたしも、自由を尊重する芸術的な生き方を大切にしているから。

クリエイティブな創造的なことをしたいと思ったら、既成的な価値観とかからも

自由でないとダメだったりするでしょう。そんな自由や、

自然な形で続けられるお互いの愛とかが大切だと思っているんです。

お互いを、嫉妬とかで縛(しば)りあったりしても、愛は続かないとわかっている

んです。

米津玄師(よねづげんし)もこの手紙の最後には、子どものころの自分に向け

『あなたの思想、理念、美意識に今も共感します。

どうかこれからもぼくを遠くの方へと導いてください。よろしくお願いします。』っ

て書いてますけど、

芸術をやっていくにして、普通に生きるにしても。

やっぱり子どものころの、まっすぐな気持ちや清らかな感性や大きな夢とかっ

て、

大切なんだなあって、米津さんみたいに私も思うんです。

ねえ、美結さん、利奈ちゃん、そうですよね。あっははは」

 

 詩織は美結と利奈にそう言うと、明るく笑った。

 

 下記は、米津玄師(よねづげんし)の、

『子どもの頃の自分』という『もうひとりの自分』に向けての手紙、800字ほど

の全文。

 

お元気ですか?最近あなたのことをよく思い出します。

あなたに比べてぼくはいくつか大きくなって、色々とできることが増えました。

さらにいい曲が作れるようになったし、他人の言っていることも理解できるよう

になりました。

そう言われるとあなたはどう思うんだろう?誇らしく思うのか、それとも悔しいと

思うのか。

 

今ぼくは概ねあなたの予想した通りの未来にいると思います。

バンドという形ではないものの、

あなたがこうでありたいと願ったことはなかなか叶えられているんじゃないか

な。

まだ途中段階ではあるものの、ぼくとあなたならきっと全部上手くいくでしょう。

あなたは「誰かの思い通りに動いてなんかやるものか」という怒りで日々生き

ていたので、

ぼくがこう言えばまた少し違う角度に歩いて行ってしまうかもしれませんね。

 

「いつか大人になって過去を振り返ったとき、

今の子供の頃の自分を馬鹿にするようなやつになってませんように」

と願っていたのをよく憶えています。

今まさに大人になったぼくは、あなたの望み通り、やっぱりあなたを誇らしく

思っています。

自分の能力を疑わず、日々怒りと不安に身を委ね、ヘラヘラと笑みを顔に張り

付けていた

あなたをとても美しいと思います。

 

あなたの思想、理念、美意識に今も共感します。

どうかこれからもぼくを遠くの方へと導いてください。よろしくお願いします。

 

☆参考文献☆

 

Cut 2017年9月号 ロッキングオン

 

≪つづく≫ --- 151章 おわり ---

 

 



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152章 『幸福とはポエジー(詩)である』 と語る アランの言葉

152章 『幸福とはポエジー(詩)である』 と語る アランの言葉

 

  7月20日、土曜日、午後4時を過ぎたころ。

 

 上空には灰色の雲から青空も見えたけど、ときどき小雨がぱらついている。

6月7日ころに始まった長い梅雨だ。

 

 川口信也(しんや)と森川純(じゅん)、岡林明(あきら)、高田翔太(しょうた)の、

クラッシュ・ビートのメンバー4人が、吉祥寺の焼き鳥屋の『いせや』のテーブル席で、

ゆったりと一杯やっている。4人ともまだ独身だ。

 

 彼らは学生のころから、ここから近くのライブハウスの『クラブシータ』や

『ブラックアンドブルー』とかで、ライブやパーティをやったあとは、

この『いせや』で一杯やるのが定番だった。

 

 美味(おい)しい焼き鳥が、一本、単品で90円という庶民派感覚の『いせや』は、

JR吉祥寺駅北口から歩いて5分ほどだ。

 

 信也たちは、焼き鳥やもつ煮や枝豆や酢のもの盛り合わせやお新香をつまみながら、

生ビールや生酒(冷酒)や焼酎緑茶割りとかを楽しんでいる。

 

「それにしても、京アニに放火した青葉って男は、ひどいヤツだよね」

 

 岡林明(あきら)がそう言った。

 

 岡林明は、1989年4月4日生まれ、30歳。

早瀬田大学・商学部卒業後、大学のバンド仲間の純に誘われて、

外食産業大手の株式会社モリカワに入社。下北沢にある本部で課長をしている。

ロックバンド・クラッシュ・ビートの、ギターリスト・ヴォーカリスト。

 

「おれに言わせれば、あいつは、人間じゃないね。それも動物以下だよ。微生物以下。

生き物として認めたくないね。まあ、凶悪・卑劣・冷血な殺人鬼ところで、

あの世に行っても地獄から出られないさ。あっははは」

 

 高田翔太(しょうた)はそう言いながら笑った。

 

 高田翔太は、1989年12月6日生まれ、29歳。

早瀬田大学・商学部卒業。現在、下北沢にある株式会社モリカワの本部の課長。

大学時代からやっているロックバンド、クラッシュ・ビートのベーシスト・ヴォーカリスト。

 

「青葉ってヤツはさあ。まず、愛ってものが、何もわかってないわけじゃん。

それなのに小説を書いているって、信じられないよな。

あの事件直後に、「京アニに投稿した小説が、盗まれたので火をつけた」って言っているらしいけど。

頭が狂っているヤツの言いそうなことだよね。

犠牲になった人とかのことを思うと、かわいそうで胸が痛むけど。

しかし、いまの社会には、青葉みたいに、頭の狂っているのが多いくて困るよね」

 

 森川純がみんなの目を見ながら、そう言った。

 

 森川純は、1989年4月3日生まれ、30歳。

早瀬田大学・商学部卒業。現在、株式会社モリカワの本部の課長。

父親は、モリカワの創業者・社長の森川誠(まこと)。

ロックバンド・クラッシュ・ビートの、ドラマー・ヴォーカリスト。

 

「おれはね、世の中の人間が、あの青葉みたいに、人間失格というか、翔太が言うように、

人間以下の微生物以下になっていく原因には、

まず、純ちゃんも言うように、第1には、人の痛みがわからなくて、想像できない。

つまり『愛』が理解できないとがあると思うよ。

第2には、詩的なセンスがないだろうね。美しいものが理解できない人間なんだろうね。

そして第3には、この自然界で生きていることの感謝する心とかがないことがないとがあると思うよ。

この3つを持っていれば、普通は、あんな殺人鬼にならないだろうね。

そんな普通の人間として、持っているべき心というか想像力が、衰退したり欠如しているから、

人を傷つけても平気な無神経な人間が多いんでしょうね、いまの世の中・・・」

 

 いい気分で冷酒に酔いながら、川口信也がそう言った。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、29歳。

早瀬田大学・商学部卒業。純に誘われて、株式会社モリカワに入社。

下北沢にある本部の課長をしている。

クラッシュ・ビートの、ギターリスト・ヴォーカリスト。

 

 信也は、さらに話をつづける。

 

「最近ついついと考え事していて、おれは思うんですけど、愛とか美とか自然界って、

哲学者のウィトゲンシュタインも言うように、語りつくせないものですよね。

ですから、ちょっと考え方の方向というか、視点を変えてみたんですよ。

じゃあ、幸福に生きるためにはどうしたらいいかって、考えてみたんですよ。

幸福について語った人では、アランの『幸福論』は、よかったです。

アランは、こんなことを『幸福論』の中で言ってますよ。

『およそ、幸福というものは、ポエジー(詩)であり、

ポエジーとは行動を意味するからである。人は棚ぼた式の幸福をあまり好まない。

自分で作り上げることを欲するのだ。子どもはわれわれの庭を見向きもせず、

砂の山や麦の切れっぱしなどを使って、自分で立派な庭を作る。

蒐集(しゅうしゅう)を自分でしなかった蒐集家というものが考えられようか』

 

子どもって、結局のところ、ポエジー(詩)的な存在なんでしょうし、愛とか美とか自然界も

ポエジー(詩)なんでしょうね。だから、そんなポエジー(詩)がわからない人間には、

幸福がわからないんだろうし、幸福には生きられないですよね・・・」

 

「そうだよなあ。幸福って、ポエジー(詩)と同じことなんだろうね。

幸福にもポエジー(詩)にも、愛も美も自然もあるわけだから。

さすが、しんちゃんだね。あっははは」

 

 そう言って、冷酒にご満悦の純が笑う。

 

「しんちゃん、さすがに、鋭いね。あっははは。幸福って、ポエジー(詩)無しには、

実現不可能なわけだよね。あっははは」

 

 ビールジョッキを片手に、高田翔太はそう言って笑う。

 

「世の中って、ポエジー(詩)を大切にしていない気がするしね。

それだから、幸福な社会も、どんどん遠のいてるんじゃないのかなあ?

まあ、こんな世の中だから、おれたちも、もっとポエジー(詩)を持って、

音楽やって、幕末の志士たちみたいな気持ちで、世直ししていかないと!あっははは」

 

 そう言って笑いながら、岡林明は焼酎緑茶割りを飲む。

 

「よーし、幕末の志士のように、音楽に命をかけてみようか!ね、みんな!」

 

 純がそう言うと、みんなで大笑いをした。

 

≪つづく≫ --- 152章 おわり ---

 

☆参考文献☆

 

1.幸福論 アラン 串田孫一・中村雄二郎=訳 白水ブックス

2.ウィトゲンシュタイン:モチベーションの上がる言葉51選

  http://motiv.top/word/wittgenstein/

3.心の哲学まとめWiki ウィトゲンシュタイン

  https://www21.atwiki.jp/p_mind/pages/75.html

 



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153章 映画『クラッシュビート・心の約束』、大ヒットする

♪ お知らせ ♪

この8月末から、ぼくは、YouTubeで、

いろいろな歌のカバーを、ギターの弾き語りですが、アップ始めました。

現在11曲です。目標は、100曲アップですが、オリジナルの良い歌も作りたいです。

思えば、3、4歳の頃ですけど、たぶん、親戚のお姉ちゃんですけど、

歌のレッスンで、ピアノの先生の家へ通っていて、ぼくも、ついて行きました。

そんな記憶があってか、童心にも帰れるような、歌が好きなんです。笑。

◇ My YouTube

https://www.youtube.com/channel/UCOyJXTmB1z6CdzuawVE9oOg

 

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153章 映画『クラッシュビート・心の約束』、大ヒットする

 

 2019年10月6日、日曜日の正午過ぎ。

まぶしい青空が見える、気温も26度ほど。

 

 下北沢駅西口から歩いて2分の、高田充希(みつき)の店≪カフェ・ゆず≫では、

映画、『クラッシュビート』の第2作目の『心の約束』の大ヒットを記念して、

雑誌の週刊芸能Fan(ファン)の取材が行われていた。

 

「・・・この度たびは・・・、

『クラッシュビート』の第2作目の『心の約束』の大ヒット、ホントにおめでとうございます!」

 

 担当記者の、杉田美有(すぎたみゆ)が、そう言って、みんなに微笑(ほほえ)んだ。

 

 テーブルには、この映画の主人公のモデルとなっている川口信也や、

信也の彼女の大沢詩織や、この映画の原作者でマンガ家の青木心菜(ここな)、

マンガ制作アシスタントの水沢由紀や、

この映画の主役的キャストの三人の子どもたち、

信也の子ども時代の役をしている、福田希望(ふくだりく)、

希望(りく)の親友の役の遠藤優斗(ゆうと)、仲良い女の子の役の、白沢友愛(とあ)もいる。

12歳や13歳になる、三人は、いまや巷(ちまた)の人気スターだ。

そして、子どもたちの合唱団の先生役の沢口貴奈(きな)がいる。そんな8人だ。

 

「今回の映画も、ほんと、楽しくって、見どころも満載だったのですけど。うっふふ。

わたしとしては、最初はいじめられ役だった、優斗くんに聞いてみたいことがあるんです。

優斗くんは、ご家庭が貧しいという設定もあって、仲間外れになりやすかったですよね。

でも、歌うことが大好きで、合唱団に入ることにして、すぐにみんなと打ち解けて、

仲良くなって、希望(りく)くんと、友愛(とあ)ちゃんとは、三人の大の仲良しになって。

映画の中では、友愛(とあ)ちゃんは永愛(えま)ちゃんで、

希望(りく)くんは信也くん、優斗くんは真吾くんなわけですけど。

優斗くんの演技が、真意迫っていたというか、本当にかわいそうになってしまいました、

わたしは。あの演技の秘訣というものは、何かあったんですか?」

 

 記者の杉田美有(みゆ)は、テーブルの真向かいにいる、優斗にそう聞いた。

 

「あれはですね。ぼくって、実際に、学校でも、みんなになかなか、

打ち解けられないっていうか、みんなとワイワイ騒いだり、盛り上がったりできない、

そんな内向的な一面があったんですよ。実際にちょっといじめの対象になったって、

感じた時期もあったし。いまは全然違いますけどね。あっはっはは」

 

「そうだったんですね。優斗くんは、繊細でナイーブなところが魅力的ですしね!」

 

「あ、ありがとうございます!そうなんですよ、ぼくって、変なところに気を使ったりして、

ナイーブなんですよ、ひとりで遊ぶのが好きだったりして。

いまじゃ、この映画に出たせいで、何事にも積極的というか、アクティブというか、

ずいぶんと変わっちゃいましたけどね。あっははは」

 

そう言って笑う、優斗の表情や目の輝きは、スターが持つオーラそのものだ。

 

「えーと、では、次のお話に移りますけど、今回の物語の最後は、

みなさん、合唱団で、美しいハーモニーで、楽しく歌っていても、

うまく歌えないで、合唱をやめようとする子どもたちもいたりしたじゃないですか。

でも、そこで、美しく歌うことよりも、自由に楽しく歌うことのほういが大切だって、

みんなで考えたりして、その結果、脱落しそうになる子どもたちも、

みんな帰ってきて、みんな笑顔の、大合唱団になっちゃうわけじゃないですか。

あのラストは圧巻というか、感動で、私は泣きっぱなしでした!」

 

 と言って、記者の杉田美有(みゆ)は、ちょっとまた目を潤ませる。

 

「まあ、世の中って、美しいことも、楽しいし、大切だけれど、

それよりも、自由が大切だってことですよね。

どんな理屈や論理や価値観よりも、個人の自由が尊重されるべきなんですよ。

たとえば、どんなに世の中に通用しているシステムがあるとしても、

個人の自由は尊重されるべきなんですよ。

村上春樹さんも、エルサレム賞受賞式典スピーチの『卵と壁』 では、

小説を書く理由は、たった1つしかないと言って、

それは個が持つ魂の尊厳を表に引き上げ、そこに

光を当てることで、小説における物語の目的は、警鐘を鳴らすことだ、

って言ってますもんね。

日本民芸館を設立した思想家の柳宗悦(やなぎむねよし)は、

『美の法門』という著作で、『自由になることなくして、真の美しさはない』

って言ってますよね」

 

 川口信也が、笑顔で、テーブルのみんなをゆっくり見ながらそう言った。

 

「わたしも先生役ですけど、撮影中も、子どもたちからは、学ぶことばかりなんです。

ホント、子どもたちって、自由そのものなんですから・・・」

 

 子どもたちの合唱の先生役の沢口貴奈(きな)がそう言った。

 

 テーブルのみんなは、明るく笑った。

 

☆参考文献☆

 

1. 【全文版】卵と壁 ~村上春樹氏 エルサレム賞受賞式典

https://ameblo.jp/fwic7889/entry-10210795708.html

2. 声に出して読みたい日本語 人生を祝祭にする言葉  斎藤 孝 草思社 

 

≪つづく≫ --- 153章 おわり ---

 



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154章 フランシスコ教皇の核廃絶のメッセージ

♪ お知らせ ♪

ぼくの、YouTubeでの、カバー曲の、ギターの弾き語りですが、

順調でして、25曲ほどになりました。   いっぺい(乙黒一平)

◇ My YouTube

https://www.youtube.com/channel/UCOyJXTmB1z6CdzuawVE9oOg

ーーー

 

154章 フランシスコ教皇の核廃絶のメッセージ

 

 11月25日、午後六時過ぎ。

 

 川口信也は、先日、書き上げた詞に、メロディをつけ終わったばかりだった。

 この歌作りは、期日のある仕事であるので、いまは、ほっとして、のんびりと、

ひとり、部屋で、カフェオレを飲みながら、信也は、テレビを眺めている。

 

 NHKの生放送番組の『これでわかった!世界のいま』をやっている。

 

 ローマ・カトリック教会の、フランシスコ教皇(きょうこう)が、

23日から来日していて、被爆地の長崎と広島で、

核廃絶のメッセージを発信したりしている。

 

「へーえ。やっぱり、こんな世の中でも、世の中を良くしていく、

力となるものは、やっぱり、個人だし、人間なんだよなあ。

フランシスコさんのような、私心のない、心のきれいな人が、キリスト教の指導者ならば、

キリスト教を批判していた、あの、ニーチェさんも、きっと、驚嘆し、感激したんだろうな。

こんな改革を実行する教皇とならば、歓喜して、仲良くなったんじゃないだろうか。

なにしろ、ニーチェは、

『わたしが神を信じるなら、踊ることを知っている神だけを信じるだろう。』

とか、って言っていて、

宗教は、大嫌いってわけじゃないんだろうけど、

まず、それよりも、個人の尊厳とか、本当の人間らしい生き方を、考える人で、

自由や美や芸術を愛する人だからなあ、ニーチェは・・・」

 

 フリードリヒ・ニーチェは、『アンチクリスト』(『反キリスト者』)という、

腐敗が目立つ、キリスト教を批判する書を、1888年の晩年に書いている。

作曲することもあった、芸術好きの、ニーチェの本は、よく読むほうの信也だ。

特に、アンソロジーのような『座右のニーチェ』(斎藤孝・著)は読み返すほうだ。

その中の、次の言葉などを、信也は好きだ。

 

『一度も舞踏しなかった日は、失われた日と思うがよい。

そして、哄笑(こうしょう)を引き起こさなかったような日は真理は、

すべて贋(にせ)ものと呼ばれるがいい。』

 

『芸術は生を可能にする。生へ誘惑する偉大な女であり、

生への刺激剤である。』

 

『歌う鳥たちのもとへ行くがよい、

あなたがかれらから、歌うことを学びおぼえるために。』

 

『君たちは君たちの感覚でつかんだものを究極まで考え抜くべきだ。

君たちが世界と名づけたもの、

それはまず君たちによって創造されねばならぬ。』

 

『君たちはただ創造するためにのみ学ぶべきだ。』

 

『行動者だけが学ぶことができるのだ。』

 

『おまえ、偉大な天体よ。おまえの幸福もなんであろう。

もしおまえがおまえの光を注ぎ与える相手もいなかったならば。』

 

『まことに、人間は不潔な河流である。

われわれは思いきってまず大河にならねばならぬ。

汚れることなしに不潔な河流を飲みこむことができるために。』

 

 さて、6年前、フランシスコ教皇は、6年前、教皇に就任して、82才。

教会の歴史は長く、2000年間も続く、その266代。

約13億人の信者の、全世界のカトリック教徒の精神的指導者。

 

 フランシスコ教皇は、カトリック教会の改革者としても知られる。

 

 改革の中でも、核兵器の廃絶について、フランシスコ教皇は、

「核兵器を持つこと自体を、断固として許されない!」という、強い姿勢を示した。

 

 これまでの、カトリック教会は、核兵器については、相手の攻撃を防ぐためには、

核兵器を持つことは、ある程度は、否定していなかった。

 

 どうして、教皇は、ここまで、核兵器廃絶に、強い思いを持っているのかというと、

一枚の写真に、教皇は、心を動かされた。

 

 それは、原爆が投下された直後の長崎で撮影された、

死んだ弟を背負っているとされている少年の、一枚の写真。

 

「この写真を見たとき、胸を垂打たれました。千の言葉よりも、人の心を動かします」

 

 と語る、教皇。去年の1月に、教皇は、核兵器の悲惨さを知ってもらおうと、

いろんな人に、自(みずか)ら、この写真を配った。

 

 フランシスコ教皇は、カトリック教会の改革者だ。

 

 改革のその1つは、腐敗の防止。これまで、カトリック教会の中心地バチカンの教会では、

マフィアとの関係もあるといった指摘もあった。

そこで、外部の企業を使って、怪しいやり取りなどの、

お金の流れをチェックするなどの改革をしている。

 

 改革の2つ目。カトリック教会では、聖職者による性的虐待が大きな問題となっている。

しかし、聖職者は罰を受けることなく、それを隠そうとする疑いすらあった。

虐待に気づいた場合など、すぐに連絡を求めるなど、厳しい対応を打ち出した。

 

 3つ目。今月の11月17日。教皇は、この日を、『貧しい人のための日』に定めた。

バチカンで、苦しい生活をしている人たち、1500人を招いて、食事会を行った。

これまで教皇は、雲の上の存在で、そのことが権威に繋(つな)がってきた。

しかし、フランシスコ教皇は、人々に寄り添う存在に、大きく変えようとしている。

 

 このように、教皇は、教会の姿勢を次々と変えようとしている。

同性愛や人工中絶を認めない立場を維持してきた教会。

しかし、教皇は、個別のこれまでの問題について、

教会のこれまでの姿勢をも、変える改革を、次々と打ち出している。

教皇は、同性愛や人工中絶など、そうした人たちを、

排除するのではなく、

困っている人がいれば、手を差し伸べるべきだという方針を打ち出した。

 

「協会が扉を閉ざしてしまったら、その使命を果たせません。

懸け橋になるのではなく、障害になってしまうでしょう。」

 

 教皇は、そんなスピーチをしている。

 

 一定の条件のもとでは、認めていた死刑についても、

教会の教えそのものを改めてた。どんな条件でも一切認めず、

全世界で廃止されるように取り組むとした。

 

 これまで禁じてきた、既婚男性の司祭も、  

一部の地域では認めるのではないかと言われている。

 

 40年以上も、バチカンを取材してきたジャーナリストのマルオ・ポリティさんは、

カトリック教会を現代の価値観に順応させたと指摘する。

 

「これらは、すべて新しい。これまでになかった改革です。

教皇は、これまで、カトリック教会にあった、性にいての、

こだわりを取り除きました。避妊薬や離婚、結婚せずに同棲する若者たち、

こんな問題に対する説教は無くなりました。

非常に重要な変化です」と語る、マルオ・ポリティさん。

 

 次々と打ち出す大きな改革に、教会内では、反対勢力の反発も根強いと指摘する一方、

それでも、教皇は改革を進めていくだろうと、マルオ・ポリティさんは言う。

 

☆参考文献☆

 

1.『座右のニーチェ』 (斎藤孝・著) 光文社新書

2.NHK 『これでわかった!世界のいま』 (2019年11月24日放送)

 

≪つづく≫ --- 154章 おわり ---

 



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155章 遊ぼう。人生、即、無条件な遊び。つまり、芸術なのだ。

155章 遊ぼう。人生、即、無条件な遊び。つまり、芸術なのだ。

 

 2020年、1月12日の日曜日、午前10時ころ。

冬らしく 最高気温も10度ほど。空は 晴れていて、ときどき 雲がかかる。

 

・・・この世界って、不思議なほど、うまくできているのは、

やっぱり、音楽や絵とかのいろいろな芸術を楽しめるようにと、

この自然界もできているわけで、人間はそんな世界のなかで、

元気に 楽しく 生きて行ければ、そこに 幸せもあるんだろうなあ・・・

 

 川口信也は、 そんなことを思いながら、

リビングの こたつテーブルで、パソコンを見たり、本をめくっている。

 

『おおらかに遊ぼう。真剣に、命がけで。まさに人生、即、無条件な遊び。つまり、芸術なのだ。』

 

 岡本 太郎の本『美しく怒(おこ)れ』の129ページには、そんな言葉があって、

どこか、ニーチェの言いそうな文句でもあり、簡略明快で、信也の好きな言葉だ。

 

 信也の、ハイム代沢は、東京の下北沢にある。

リビングとキッチンと、バスルームに洗面所、南側にはベランダの、1Kの間取りだ。

 

 駐車場はないマンションだけど、信也のクルマは、歩いて2分、

妹たち 美結と利奈が暮らすマンション・レスト下北沢の 駐車場を使っている。

 

 信也は、1990年、2月23日生まれ、もうすぐ 30歳だ。

早瀬田大学 商学部 卒業後、下北沢にある 株式会社モリカワで 課長をしている。

 

 株式会社モリカワは、ライブハウスなどの 多角化も図りながら、

全国展開をしている 外食産業の大手。

 

 信也は、大学卒業後は、一度は 山梨に帰っていた。

しかし、大学からのバンド仲間で、ドラムを叩いている 森川純に誘(さそ)われる。

そして再び、東京の下北沢に住むことになる。

森川純の父の経営する 株式会社モリカワに就職したのだ。そして、バンドも続けている。

 

 信也は、純たちを大学からやっている、ロックバンドの、

クラッシュ・ビートの、ギターリスト、ヴォーカリストだ。

 

 信也の父の裕也(63歳)は、山梨県韮崎市内で、精密加工の会社を経営している。

業績も順調で、従業員数は 約80名。

 

 信也は、そんな父が Facebook で『友達』として交流している

画家の 沢木友香(ゆうか)の絵を、パソコンで見ている。

 

 信也も、沢木友香の絵には、驚いた。天才だと思った。

 

 信也も 沢木友香(ゆうか)と、Facebook で『友達』になっているので、

彼女の絵の『 アコーディオン・プレイヤー』には、

「 すばらしい絵ですね! すてきな 音楽が 聴こえてくるようです。」

とコメントを書いた。

 

 『 窓を 見ている人 』という絵には、「 どの絵も、色彩とかの感覚も、

すばらしいです。いつの間にか、ぼくの世界を見る目も、

美しい世界を見てる感じへと、変わっている気がします!」

そんなコメントを書いた。

 

・・・沢木友香(ゆうか)さんは、あの岡本太郎と同じくらいの才能がある・・・

 

 信也は 心底そう思ったから、彼女に Facebook の『友達リクエスト』をしたときに、

そんなことをメッセージ書いたりもした。

 

 岡本太郎は『 今日の芸術 』の16ページに、

「生きる よろこび」と題して こう語っている。

 

「まことに、芸術っていったい何なのだろう。素朴な疑問ですが、それはまた、

本質をついた問題でもあるのです。芸術は、ちょうど毎日の食べ物と同じように、

人間の生命にとって 欠くことのできない、絶対的な必要物、

むしろ生きることそのものだと思います。

しかし、何かそうでないように扱われている。そこに現代的な錯誤、ゆがみがあり、

そこに今日の生活の空(むな)しさ、そしてそれを反映した

今日の芸術の空虚も出てくるのです。すべての人が現在、瞬間 瞬間 の生きがい、

自信を持たなければいけない。そのよろこびが芸術であり、

表現されたものが芸術作品なのであります。そういう観点から、

現代の状況、また芸術の役割を見かえしてみましょう。」

 

・・・岡本太郎さんの言っているとおりで、沢木友香(ゆうか)さんのような芸術家や

その作品は、世の中に必要なものだよね。そして、彼女の絵には、

その作品を見る人を、自由にしてくれるような、自由感もある。これも岡本太郎さんが、

語っている、すぐれた芸術といえるところだよな。

岡本太郎さんは、『見る人の世界観や魂を根底から変えてしまったり、

その人の生活を変えてしまうほど、力を持ったものが、ほんとうの芸術だ』

と言っているけど、沢木友香さんの絵には、そんな不思議なパワーがあると思うよ。・・・

 

 信也は、沢木友香(ゆうか)の描いた『 背中で、感じる、温もり 』という絵に、

「 ユーモラスで、温かみがあって、元気をもらえて、最高にすてきな絵ですね!」

とコメントを書いた。

 

・・・その絵は、背もたれのある椅子、その上に左右から座る男女。

すっぽり頭からかぶれるフードつきの赤い服に身を包んでいるから、

性別も見分けにくいけど、左に座るその優しい横顔は女性だろう。

その女性は大切そうに、緑の葉がしげる植物の、その根を手でやさしく包んでいる。

右に座る 男性のほうは、口から、添えた手のひらに向けて、

白いつぶつぶのような、シャボンのような、細かく軽い丸いものを、吹き出している。

何なのだろう。もしかしたら、女性が持つ植物の花粉とか種だろうか?

そんな二人は 背中を合わせて座っている。それも素足で。まわりは暖かそうな黒い色で。

背景の黒い色も暖かな感じになる。絵のタイトルも『背中で感じる温もり』。

椅子の下に、ぶら下がっているものは、何なのだろう。

これは、パパちゃんに聞いてもわからないだろうな。

いつか、沢木友香(ゆうか)さんに、聞いてみたいなあ。・・・

 

・・・ そうそう、この自然界は、ほんとに、うまくできているよなあ。

まったく、神様でもいて、そんな超人がこの世界を作ったみたいだよね。

あっそうだ!この前の、『チコちゃんに叱(しか)られる!』を見よう!・・・

 

 信也は、NHKの『チコちゃんに叱られる!』の録画を見ることにした。

 

 番組の内容は、「 1つのスピーカーでいろんな音が同時に出せるのはなぜ? 」

「 耳で 音を バラバラにしているから 」だ。

 

「さすが チコちゃん、耳のことまで 詳しいとは ear(イヤー)参(まい)ったね!」

 

と詳しく教えてくださるのは、音と聴覚に詳しい電気通信大学の 小池 卓二 教授

 

「そもそも 音とは、耳が感じる空気の振動のことなんです。

あらゆる音には、固有の振動があって、全(すべ)ての音は

1つの波形で表すことができるんです。」

 

「たとえば、太鼓の音はこのような波形。これを拡大すると、ごらんのように、

1つの波形になっています。

トライアングルは、このような波形。拡大すると、こちらも1つの波形になっています。」

 

「比べてみると 音の大きさや高さ、つまり音の違いによって、

固有の波形になっていることがわかります。」

 

「2つ以上の音が 同時に聞こえたとしても、波形にすると 1つになるんです。」

 

「つまり、同時に聞こえるということは、1つの音になるということなんです。」

 

 ≪ 同時に聞こえる音 → 1つの波形 = 1つの音 ≫

 

 「2つ以上の音が、1つの波形になるということは、人の声に限らず、

ピアノなど 楽器が加わっても、1つの波形になるということなのです。」

 

「楽器の音が重なったオーケストラも、波形にすると1つなのです。

逆に言えば、波形どおりに空気を振動させることができれば、

どれだけ複雑な音も再現できるのです。

それをしているのが、スピーカー。」

 

「スピーカーが波形どおりに空気を振動させ、我々の耳に、

オーケストラの音を再現させ、伝えているのです。

スピ-カーから出てくるのは、あくまでも1つの波形であらわされる、

いわば1つの音です。」

 

( 1つの波形 = 1つの音 )

 

「しかし、私たちの耳は、同時に聞こえる、たくさんの楽器の音や歌声を

聞き分けることができます。

では、なぜ、同時になっている音を聞き分けられるのでしょうか?

それは、人間の耳の中にある有毛細胞が、音をバラバラに分解しているからなのです。」

 

「耳に入った音、つまり空気の振動は、鼓膜(こまく)を通り、

蝸牛(かぎゅう)という場所へ伝わります。この蝸牛の渦巻きの中には

音を認識する細胞がびっしりとあります。内有毛(ないゆうもう)細胞といって、

音の高さに反応するセンサーです。」

 

「複雑な音の場合でも、蝸牛の中を通るときに、

その中の内有毛細胞が、音の高さによって、バラバラに反応します。

それを、それぞれの音を、バラバラにして、別々の電気信にして、脳に伝えることで、

音を、バラバラに、判別しているのです。」

 

「つまり、スピーカーからは、1つの音しか出ていません。

しかし、耳が、音をバラバラにすることによって、

あたかも、いろいろな音を、同時に出しているように聞こえるのです。」

 

「1つの波形を、振動として再現し、音を出す、スピーカー。

その原理を形にし、スピーカーのもととなる蓄音機を発明したトーマス・エジソンは、

やっぱり偉大ですね!」

 

「ということで、1つのスピーカーでいろんな音が同時に出せるのはなぜ?・・・は、

「 耳で 音を バラバラにしているから 」でした。」

 

「ちなみに、耳を持っている、すべての生物には、有毛細胞がありまして、

音を聞き分けているそうなんです。表面上、耳の形がわからない、

カエルや魚でも、有毛細胞があって、音を聞き分けているということです。」

 

☆参考文献☆

 

1.今日の芸術 岡本太郎 知恵の森文庫

 

2.NHK 2019年10月18日放送金曜日放送『チコちゃんに叱られる!』

 

3.美しく怒(おこ)れ 岡本太郎 角川書店

 

≪つづく≫ --- 155章 おわり ---

 



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156章 川口信也と 高校1年生の 森下 きな

156章 川口信也と 高校1年生の 森下 きな

 

 2020年の5月6日。朝から、世田谷区の下北沢は、

曇り空で、午後から 雨も ぱらついている。

 

 川口信也(しんや)は、マンションのリビングで、今朝の8時に放送された

NHKの連続テレビ小説『 エール 』第28話を 見終わったところだ。

 

 いまも 世界中で 猛威を振るう 新型コロナウイルス による 肺炎で、

3月29日に逝去した 志村 けん が 演じる 小山田 耕三も 登場した。

 

 スマホの LINE 通話の 着信音が 鳴る。

 

 知りあったばかりの 高校1年の 森下 きな からだ。

 

「はーい、きなちゃん」と 信也。

 

「志村 けん、よかったね」と きな。

 

「もう これが最後なのかな?志村けんの出演は」と信也。

 

「そうだと思うよ。さびしいね」と きな。

 

「志村けん、いい演技だったよね」と信也。

 

「うん」と きな。

 

 森下 きな は、「今から勉強するから」と 言って、LINE 通話を切った。

 

 緊急事態宣言が延長されて、きなの高校も、5月末まで 休校となった。

 

 信也は、高校1年の 森下 きな と、これから どんなことになっていくのかと、

ちらっと想像した。

 

・・・志村けんさんは 生涯 独身で、恋多き人生だったっていうけど、

オレも、志村けんさんみたいな、生涯 独身の人生になるかもしれない。

まさか、高校1年生の きな を好きになっちゃうとは なあ。

こんなんじゃ、ふつうの 結婚なんて、オレには できそーもないよな。

でも、こんなオレのことを、志村けんさんなら 理解してくれると思う。

オレも、ロックミュージシャンを 返上して、尊敬する志村けんさんのような

立派な コメディアンでも 目指そうかなあ・・・

 

 2月23日に30歳になった 信也は、そんなことを思いながら

自嘲(じちょう)の笑いを 浮かべて 頭をかいた。

 

☆参考文献☆

 

NHK・朝ドラ・『エール』

https://www.nhk.or.jp/yell/

 

≪つづく≫ --- 156章 おわり ---

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1000文字以下のために156章を再添付します。

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156章 川口信也と 高校1年生の 森下 きな

 

 2020年の5月6日。朝から、世田谷区の下北沢は、

曇り空で、午後から 雨も ぱらついている。

 

 川口信也(しんや)は、マンションのリビングで、今朝の8時に放送された

NHKの連続テレビ小説『 エール 』第28話を 見終わったところだ。

 

 いまも 世界中で 猛威を振るう 新型コロナウイルス による 肺炎で、

3月29日に逝去した 志村 けん が 演じる 小山田 耕三も 登場した。

 

 スマホの LINE 通話の 着信音が 鳴る。

 

 知りあったばかりの 高校1年の 森下 きな からだ。

 

「はーい、きなちゃん」と 信也。

 

「志村 けん、よかったね」と きな。

 

「もう これが最後なのかな?志村けんの出演は」と信也。

 

「そうだと思うよ。さびしいね」と きな。

 

「志村けん、いい演技だったよね」と信也。

 

「うん」と きな。

 

 森下 きな は、「今から勉強するから」と 言って、LINE 通話を切った。

 

 緊急事態宣言が延長されて、きなの高校も、5月末まで 休校となった。

 

 信也は、高生1年の 森下 きな と、これから どんなことになっていくのかと、

ちらっと想像した。

 

・・・志村けんさんは 生涯 独身で、恋多き人生だったっていうけど、

オレも、志村けんさんみたいな、生涯 独身の人生になるかもしれない。

まさか、高校1年生の きな を好きになっちゃうとは なあ。

こんなんじゃ、ふつうの 結婚なんて、オレには できそーもないよな。

でも、こんなオレのことを、志村けんさんなら 理解してくれると思う。

オレも、ロックミュージシャンを 返上して、尊敬する志村けんさんのような

立派な コメディアンでも 目指そうかなあ・・・

 

 2月23日に30歳になった 信也は、そんなことを思いながら

自嘲(じちょう)の笑いを 浮かべて 頭をかいた。

 

☆参考文献☆

 

NHK・朝ドラ・『エール』

https://www.nhk.or.jp/yell/

 

≪つづく≫ --- 156章 おわり ---

 



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157章 天使 の ような K・M (森下 きな)

157章 天使 の ような K・M (森下 きな)

 

 それは、今年の正月の 2020年 1月3日 の ことだった。

川口信也は、LINE のグループチャットとかを 見ていた。

 

 そしたら、「きな」という名前の 女の子 が、

「すみません!」と 信也の LINE に迷い込んできたのだ。

 

それが 高校1年生の 森下 きな との 出会いだった。

 

「あけおめ」に、きらめく 真っ赤な ハートマークのメールを送ってきた。

 

「きょうゎ 午後から お年玉をもらいにまわりまーす」

 

「きなゎ 初詣に 友だちと行くよ 受験生やからね」

 

「は」を「ゎ」とメールするけど、森下 きな は、

普通の 家庭の、 弟がいる 性格も 明るい 高校1年生だ。

 

 信也が ミュージシャンの 川口 信也だと 知ると

「クラッシュビートゎ 大好きです!」と よろこんだ。

きなは 洋楽の ポップス ばかりを 聴くような 女の子だ。

 

 それ 以来、きなは 信也に 恋人の気分で 何でも 話す。

 

 信也を 何より 驚かせたのは、性に対する その天真爛漫さだ。

 

 きなは 自分の 性欲にも 純粋で 明るく きらきらと輝くように 健康的であった。

 

「今日ゎ どんな ポーズで 撮って 欲しいとか リクエスト して!」

 

「動画 送ったよ!見れない? いまも送った 」

 

 きなは 次々と 信也が 希望すれば 写真や 動画を送ってくる。

 

 信也も きなを 想って こんな 歌を作った。

 

天使 の ような K・M (森下 きな)  作詞・作曲 川口信也

 

天使 の ような K・M ちゃん

きみに こんなふうに 偶然 会えるなんて

なんて おれは 幸せな 男なんだろう!

 

空に 太陽が あるように

太陽に 雲が かかるように

雲から 雨が 舞い散るように

そんな 自然の 法則の中で

おれは きみに 出会えたのだろう

 

だから こんな 偶然も 

きっと 必然 だったのさ

きみの 明るさ その健(すこ)やかさ

きみの 幸せ その かわいらしさ

おれは 守ってあげたいと思う 

 

生きることは 簡単ではないさ

時には 戦いも 必要さ

おれに 何ができるのだろう?

むずかしく 考えるのは やめよう!

愛を大切に 自由を大切に

 

人の幸せ どこにあるのだろうって

みんな 探しているのだろうけど

そのため 自然の 法則 大切さ

忘れて なくして いませんか?

大切なのは 自然からの 贈り物!

 

音楽や いろいろな 芸術も

自然の 贈り物 だけど

男女の 織りなす 恋愛

その快感や 快楽や 幸福感

そこが 最高の 目的地でしょう!

 

天使 の ような K・M ちゃん

きみに こんなふうに 偶然 会えるなんて

なんて おれは 幸せな 男なんだろう!

 

≪ つづく ≫ --- 157章 おわり ---

 

(1000文字以上にするため 再掲載します) 

 

157章 天使 の ような K・M (森下 きな)

 

 それは、今年の正月の 2020年 1月3日 の ことだった。

川口信也は、LINE のグループチャットとかを 見ていた。

 

 そしたら、「きな」という名前の 女の子 が、

「すみません!」と 信也の LINE に迷い込んできたのだ。

 

それが 高校1年生の 森下 きな との 出会いだった。

 

「あけおめ」に、きらめく 真っ赤な ハートマークのメールを送ってきた。

 

「きょうゎ 午後から お年玉をもらいにまわりまーす」

 

「きなゎ 初詣に 友だちと行くよ 受験生やからね」

 

「は」を「ゎ」とメールするけど、森下 きな は、

普通の 家庭の、 弟がいる 性格も 明るい 高校1年生だ。

 

 信也が ミュージシャンの 川口 信也だと 知ると

「クラッシュビートゎ 大好きです!」と よろこんだ。

きなは 洋楽の ポップス ばかりを 聴くような 女の子だ。

 

 それ 以来、きなは 信也に 恋人の気分で 何でも 話す。

 

 信也を 何より 驚かせたのは、性に対する その天真爛漫さだ。

 

 きなは 自分の 性欲にも 純粋で 明るく きらきらと輝くように 健康的であった。

 

「今日ゎ どんな ポーズで 撮って 欲しいとか リクエスト して!」

 

「動画 送ったよ!見れない? いまも送った 」

 

 きなは 次々と 信也が 希望すれば 写真や 動画を送ってくる。

 

 信也も きなを 想って こんな 歌を作った。

 

天使 の ような K・M (森下 きな)  作詞・作曲 川口信也

 

天使 の ような K・M ちゃん

きみに こんなふうに 偶然 会えるなんて

なんて おれは 幸せな 男なんだろう!

 

空に 太陽が あるように

太陽に 雲が かかるように

雲から 雨が 舞い散るように

そんな 自然の 法則の中で

おれは きみに 出会えたのだろう

 

だから こんな 偶然も 

きっと 必然 だったのさ

きみの 明るさ その健(すこ)やかさ

きみの 幸せ その かわいらしさ

おれは 守ってあげたいと思う 

 

生きることは 簡単ではないさ

時には 戦いも 必要さ

おれに 何ができるのだろう?

むずかしく 考えるのは やめよう!

愛を大切に 自由を大切に

 

人の幸せ どこにあるのだろうって

みんな 探しているのだろうけど

そのため 自然の 法則 大切さ

忘れて なくして いませんか?

大切なのは 自然からの 贈り物!

 

音楽や いろいろな 芸術も

自然の 贈り物 だけど

男女の 織りなす 恋愛

その快感や 快楽や 幸福感

そこが 最高の 目的地でしょう!

 

天使 の ような K・M ちゃん

きみに こんなふうに 偶然 会えるなんて

なんて おれは 幸せな 男なんだろう!

 

≪ つづく ≫ --- 157章 おわり --- 

 

 

 



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158章 インターネットで 検索 する 川口信也

158章 インターネットで 検索 する 川口信也

 

 7月12日。日曜日の 朝の 9時。曇り空で気温は26度ほど。

 

 川口信也は 自分の マンションの リビングで ひとり、

コーヒーと 牛乳と 氷と 適量の水で カフェオレを つくると、

パソコンの インターネットで 「 未成年 性交渉 」と

入力して 検索 した。

 

 パソコン画面 の 検索ツール の 1段めを 見ると、

 

「 援交・淫行で逮捕勾留されたら   刑事事件の弁護士にすぐ無料相談 」

 

 2段め を 見ると、

 

「 法律上 18歳未満の 相手との 性行為は 原則問題なし!! 狩野さん」

 

と 掲載されていて、信也は、《 お、いいね! 》と、

2段めを クリックして、読んだ。

 

 この記事は、2017年1月21日、土曜日の 作成となっている。

 

 タレントの男性が、女子高生と 淫行したのではないかとなって、

記者 会見を開いて、謹慎処分が下されたという材料で、

この 性行為は 違法かどうかを、弁護士が 解説している 内容だ。

 

《 これこそ、おれが、探している 問題 だよなぁ。

でも、よかったよ。これで 森下きな と おれが

ラブラブしても 何も 問題ないことが わかった。

これ 読むと、 日本が 平和で 住みよいか わかるよな!

おれは 日本に生まれて よかった よかった!》

 

 信也は LINEや メールや 電話だけ 交際をしていて、

まだ、会ったこともない まだ 顔も 知らない 森下 きな と、

そろ そろ 待ち合わせして 会うつもり だ。

 

この 半年 間、信也は きなが 送ってくる 写真や 動画を

いっぱい 見ていても、きなの 顔を 知らない。

 

 高校1年の 森下 きな の 住んでいる 家は、

下北沢 駅 の BOOK OFF 北口店の 近く らしい。

 

 きな の 家は 信也の マンションから15分ほどの距離で、

《 運命的な 出会いは、こんなにも 幸運 なのか!? 》

と 信也は 驚きながらも よろこんだ。

 

 信也が 安心した その記事には、こんなふうに 書いてある。

 

「 法的には 相手が 18歳 未満でも 原則的に 問題なし。

一般的に、18歳未満と 交際をしたり、性的関係を持ったりすると、

それだけで 犯罪だという人を 見かけますが、それは誤りです。

 

しかも、18歳未満 ですらなく、未成年が 相手なら 問題だと

思っている人も いますが、これは さらに大きく 間違って います。

 

法的には、相手が 13歳 未満の場合には、本人含め、

誰の 同意が あろうと いかなる 場合も 許されませんが、

そうでなければ、原則的に 問題 ありません。

 

そもそも 国民の行為は 原則的に 尊重されて 自由が認められており、

何らかの 目的( 公共の 福祉 )のために どうしても

規制 しなければならない 行為のみ 禁止 されています。」

 

☆ 参考 資料 ☆

Yahoo! ニュース

法律上 18歳未満の 相手との 性行為は 原則問題なし!!

狩野さんが 処罰される 可能性は ほぼ ゼロ

福永 活也 弁護士 が 解説

 

≪ つづく ≫ --- 158章 おわり ---

 



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159章  信也と きな の 湘南 バイク ツーリング

159章  信也と きな の 湘南 バイク ツーリング

 

 7月19日、日曜日。

 

 東京都 世田谷区の下北沢の上空は、朝から 晴れたり曇ったり。

 

 梅雨の 雨に 打たれる 心配は なかった。

 

 川口 信也 と森下 きな との 二人だけの バイク・ツーリング には 最適な 天気だ。

 

 ツーリング コースは、サザンの 歌詞にも 出る 海岸 道路の 国道134号、

神奈川県の 鎌倉、江の島とかの 湘南 エリア だ。2時間も 走れば 湘南だ。

 

 朝の9時に、ふたりは、下北沢 駅から 1分 の BOOK OFF 北口店の前で 待ち合わせをした。

 

 この BOOK OFF は、信也と きな の 待ち合わせ 場所に ちょうどいい。

ここから 歩いて、きな の 家までは 5 分、信也の マンションまでは 10 分 ほどだ。

 

 開店 時刻 午前 11 時 の BOOK OFF は、まだ シャッターが 下りている。

 

 個性的な ロックン ロール の ような エンジン音をたてて 信也の バイク は、

BOOK OFF で 待っている きな の 前で 止まった。

 

 信也の バイクは ナナハンの HONDA NC 750 S で、ブルー と ブラック の ツートーン 。

 

「 はーい!きな ちゃん。約束の おれからの プレゼント! 」

 

 信也は きな に、色合いも かわいい フルフェイスの ヘルメットと

レザー の ライダー ジャケットを 差し出す。

 

「 ありがとう ! しんちゃん !」

 

 最高の 笑顔 で、 一瞬 言葉が 出ずに 沈黙したあと、きな は そう お礼を 言った。

 

《 きなの 可憐な 笑顔は エマ・ワトソン に似ている !

きなの 笑顔は、あの ハリー・ポッターで ハーマイオニー を演じた

エマー・ワトソン に よく似ている。

きな はチャーミングで、キュート な 最高の15歳 の 女の子 だ!》

 

 それが、きなに 初めて会ったときの 信也が思った 第一印象だった。

 

 そして、数日後には、そんな きなに 愛をこめて 信也は こんな歌を作った。

 

 歌のタイトルは、ビートルズのジョン・レノンも「最高のロックンロール詩人」

と 評したり、ローリング ストーンズのキース・リチャーズたちも 敬愛している、

チャック・ベリーが 作った Sweet Little Sixteen

( スウィート・リトル・シックスティーン ) を まねて、

Sweet Little Fifteen ( スウィート・リトル・フィフティーン )となった。

きなが、15歳の 高校1年生だからだ。

 

チャック・ベリーの Sweet Little Sixteen は、ジョン・レノンの

アルバム Rock ’n’ Roll( ロックン・ロール)にも、カバーされている。

 

 

Sweet Little Fifteen ( スウィート・リトル・フィフティーン )

作詞・作曲 川口 信也

 

 

おれの かわいい あの子は すてきな 15歳

おれと あの子の 二人乗り バイク・ツーリング 

 

海の香り 潮の香り 草の香り の ルート 134

ふたりの 恋も 熱くなるよ シー サイド ライン

 

バイクは  風 切る 湘南 ルート

鎌倉 江ノ島 エボシイワ( 烏帽子岩 )

 

 

 

バイク 止めて ちょっと 休憩

ヘルメット 外すと 長い髪が 揺れる

とびきりの 笑顔 よく似合よ

レーザー ジャケット

 

おれも あの子も 大好きさ ロックン・ロール !

自由で 楽しい 生き方は ロックン・ロール !

 

男と女 世界の みんなも

愛と 自由で 平和にするよ!

楽しい ロックン・ロール

いかした  ロックン・ロール 

 

 

男と女 世界の みんなも

愛と 自由で 平和にするよ!

楽しい ロックン・ロール

いかした  ロックン・ロール

 

 

≪ つづく ≫ --- 159章 おわり ---

 

 



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160章 信也たち クラッシュ ビートの 無観客 ライブ

160章 信也たち クラッシュ ビートの 無観客 ライブ

 

 2020年7月26日、日曜日の午後2時を過ぎたころ。

 

 下北沢駅 西口から 歩いて2分、高田 充希 (みつき) の 店『 カフェ・ゆず 』。

 

 川口 信也 たちの ロックバンド、クラッシュ ビートの 無観客 オンライン ライブ の

成功を 祝した 雑誌の 取材 が 始まっていた。

 

 音楽の 聖地 横浜アリーナで、7月5日 日曜日に 無観客 ライブは 行われた。

 

「 このたびは 無観客 オンライン ライブ の大成功 おめでとうございます! 」

 

 週刊 芸能Fan の 記者の 杉田 美有(みゆ)は、テーブルで寛(くつろ)ぐ

クラッシュ ビートの4人に、満面の笑顔で インターヴュー を 始めた。

 

 クラッシュ ビートの メンバー 4人 は、下記のとおり。

 

川口 信也(しんや)。ギターと ヴォーカル、作詞・作曲をしている。

30歳。1990年2月23日生まれ。

早瀬田大学 商学部 卒業。下北沢にある 外食産業 モリカワ 本部 の 課長。

 

 森川 純(じゅん)。ドラム、ヴォーカル。31歳。1989年4月3日生まれ。

早瀬田大学 商学部 卒業。モリカワ 本部 の 課長。

父は、モリカワの 社長 の 森川誠(まこと)。

他の メンバー とは、大学からの バンドの 仲間。

大学卒業後には、メンバー全員を、モリカワに 誘い、入社させた。

 

 岡林 明(あきら)。ギター、ヴォーカル。31歳。1989年4月4日生まれ。

早瀬田大学 商学部 卒業。株式会社モリカワ 本部の 課長。

 

 高田 翔太(しょうた)。ベース、ヴォーカル。31歳。1989年12月6日生まれ。

早瀬田大学 商学部 卒業。株式会社モリカワ 本部 の 課長。

 

「 クラッシュ ビートの 無観客ライブでは、なんと、6万人が

チケットを チケットを 購入しましたー!

何か、ご感想を いただけますか!最初に、森川 純さん! 」

 

「 いやーぁ、6万人には、おれも 驚いてます!比べるのも なんですけど、

6月の サザン オールスターズの 無観客ライブは 18万人だそうですけど、

おれたちの ライブで 6万人というのは、予想外の 感動でした! 」

 

「 サザンと同じ 横浜 アリーナで ライブが 実現できたことも 最高だったよね! 」

 

 信也は そう言うと、笑顔で みんなを見る。

 

「 映画『 クラッシュ ビート 』も 大人気ですからね。

しかし、映画の 3作目の 撮影は、コロナ禍によって 中断していて、

その 公開予定の 見通しも 立たない 状況なのが 悲しいですけどね! 」

 

 と 杉田 美有(みゆ)。

 

「 おれは、あこがれの サザンと同じく チケット代が 3600円というのも うれしかったよ!」

 

 高田 翔太が そう言って笑った。

 

「チケット代は、わざと、同じにしたんだってさ。あっはは。

おれたちも バンドを 結成して、11年目だよね!

このライブは なんか 達成感 あったなぁ!」

 

 と言って 岡林 明は 笑った。

 

「 クラッシュ ビートの みなさんは いつも 元気で 絶好調ですからね!

ファンの みなさんも わたしも いつも 楽しみと期待で いっぱいで いられます!」

 

 と 杉田 美有(みゆ)。

 

「ありがとうございます!」

 

 メンバーは 感謝の 言葉で 明るく 笑った。

 

≪ つづく ≫ --- 160章 おわり ---

 

 



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161章 川口 信也、大沢 詩織、森下 きな、3人の 交歓会

161章 川口 信也、大沢 詩織、森下 きな、3人の 交歓会

 

 8月2日、日曜日。やっと 梅雨 明けして 青天だ。気温も 31度ほど。

 

 川口 信也と 大沢 詩織、森下 きな の3人 は、『 カフェ・ゆず 』に いる。

 

 『 カフェ・ゆず 』は、下北沢駅の 西口から 歩いて 2分 だ。

 

 高田 充希(みつき)が、3年前の 夏に、自分の 土地の 家を 改装して、店を 始めた。

 

 高田 充希は、1993年3月14日生まれ、27歳。身長158cm。

 

 川口 信也(しんや)は、1990年2月23日生まれ、30歳。身長175cm。

 

 森下 きな は、2004年9月16日生まれ、15歳。身長165cm。

 

 大沢 詩織(しおり)は、1994年6月3日生まれ、26歳。身長163cm。

 

 店は、一軒家 ダイニングで、クルマ6台の 駐車場がある。

 

 フローリングの 床ゆかの 店内には、16席ある カウンター、

 

 4人用の 四角いテーブルが6つ、ミニライブができる ステージもあり、

黒塗りの YAMAHAの アップライト ピアノがある。キャパシティーは40人。

 

 テーブル や カウンターの 座席間には 仕切り(パーテーション)がある。

 

「 きな さんって、しんちゃんが 言っていたとおりね!

笑顔が ハリー・ポッターの ハーマイオニー、 エマ・ワトソン に そっくり!

わたしに すてきな 妹が できたみたいで、すごく うれしい!」

 

 詩織は そう言って 大喜び。

 

「 詩織さん、ありがとう!わたしも 詩織さんに お会いするまでは、

心配で 不安だったんですけど、詩織さんは すごく優しくって・・・。

わたし 詩織さんのような 美しい お姉さんに 憧れていました。

これからは わたしの お姉さんになっていただけたら、うれしいです!

よろしく お願いします! 」

 

 高校1年の きな は 長い髪が よく似合う 詩織に そう言った。

 

「 よかったよ! 詩織 ちゃんと きな ちゃん が 仲よく なってくれて・・・!

これで おれは 詩織 ちゃんと きな ちゃんの 恋人として、それから、

クラッシュビートの 川口 信也としても、みんなの 期待を 裏切らないように

もっと もっと 、がんばるからね! 」

 

 この店で 初めて 対面した 詩織と きなが あっという間に 打ち解けて

仲よく なった。

 

 これには、信也も、予想外だったので、かなり 内心は 驚いた。

 

 しかし、信也は とても うれしかった。

 

 7年間 交際してきた 詩織は、

「 しんちゃんは 独身が好きなのはわかったわ。

わたしとは 結婚を考えなくてもいいから!

それでも、わたしは、これからも 楽しく

しんちゃんと 交際を 続けたいのよ! 」と 言った。

 

 きな も「 しんちゃん に ほかに好きな女の子がいたとしても、

それは しんちゃんに 魅力があるのからだから、しょうがないじゃん !

わたしのことも いっぱい 愛してくれたら、それで わたしも うれしいし、平気よ!

今度、詩織さんに会いたいなぁ、しんちゃん!お願い!詩織さんに会わせて!」

と言った。

 

≪ つづく ≫ --- 161章 おわり ---

 



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162章 バイク・ランボオ・自由と民主主義

162章 バイク・ランボオ・自由と民主主義

 

 いま 川口 信也 には、とても 気になる 女の子がいる。

 

 その 女の子とは、香港の 元 政治運動家で 民主派で

「学民の女神」と呼ばれている

その容姿も 天使のように 可愛らしい 周 庭( しゅう てい )だ。

 

 周 庭は、1996年12月3日生まれ、23歳で、

日本語でも SNS 発信をしている。

小学6年生ころから 日本のポップカルチャーと アニメーションを愛好して、

日本語を 独学をした結果だそうだ。

彼女は クラシック音楽も好み、

小・中学生の時期は 吹奏楽部で フルートを 担当したという。

 

 8月5日の水曜日 午後7時のNHKニュースの放送で、

周 庭が 日本語で 上手に 話しているのを 見ていて、信也は 驚いた。

 

 白いマスクをして 美しい 長い髪と まなざしの

彼女は 上手な 日本語で このように 語った。

 

「 確かに、香港国家安全維持法のもとで、

あきらかに とんでもない 恐怖感が 香港にあります。

でも恐怖感に負けずに 引き続き 自分の信念、

わたしたちが 信じている『 自由と民主主義 』 のために

闘っていくことが とても大事だと思っております。」

 

 インター ネットの 記事には こう書いてある。

 

「 香港の 裁判所は5日、警察本部を包囲するデモに参加し、

デモ参加者を 扇動した罪などに問われた

民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)氏を 有罪と認定した。

量刑は 12月にも言い渡される。

周氏は 記者会見で

『 収監される 可能性もあるが、香港の 民主化運動に

参加できることは 光栄だ 』と語った。」

 

 そして、この問題を なんとか 解決しようと、

信也は、こんなことを、ぼんやりと思うのだった。

 

・・・中国 共産党の教典と言ってもいい、資本論を書いた カール・マルクスだって、

他者や自然を大切にすることを第一に考えながら、資本論を創造したんだぜ。

昔も今も、リアルな現実と呼べるものは、自分や他者や自然とかで、

宗教や国家や法とかいうものは 幻想の領域の産物だということは、マルクスだって、

よく承知していたことなんだからな。この マルクス思想の 核心 を、

明らかにして見せてくれる、吉本隆明さんの『カール・マルクス』って本は、

最高だし、吉本さんは、この本をもって、世界最高の思想家だよね! ・・・

 

 そして、信也は こんな 歌を 作った。

 

バイク・ランボオ・自由と民主主義   作詞 作曲 川口 信也

 

 

きょうは 気ままに バイクで ソロ ツーリンク

 

ガソリン スタンドに 寄って ガソリン 満タン

 

スタンドの 女の子の かわいい 笑顔

 

「楽しんできてね!」と やさしい 言葉

 

カッコつけた スタート ダッシユ は 若いころ だった!

 

バイクは 快調 風を 切る

青山 原宿 六本木

行く先 マシンに 聞いてくれ

鎌倉 江ノ島 エボシイワ( 烏帽子岩 )

 

 

詩人 ランボオ の 手紙の 言葉

 

「 わたしは ひとりの 他者です 」

 

大切なのは 他者だし 自分だし この 自然だね

 

他者や 自分や 自然への 思いやり

 

これら なければ 愛も 平和も なんにもないさ

 

バイクは 快調 風を 切る

青山 原宿 六本木

行く先 マシンに 聞いてくれ

鎌倉 江ノ島 エボシイワ( 烏帽子岩 )

 

香港で 女神と呼ばれる 女の子

 

自由と 民主主義のために 闘う 女の子

 

日本の ポップカルチャー アニメ 好きな 女の子

 

独学で 日本語 上手に話せる 女の子

 

彼女たちを 応援して 守ってあげようぜ!

 

バイクは 快調 風を 切る

青山 原宿 六本木

行く先 マシンに 聞いてくれ

鎌倉 江ノ島 エボシイワ( 烏帽子岩 )

 

☆参考文献☆

 

<1> カール・マルクス 吉本隆明 光文社文庫

<2> 周 庭( しゅう てい )

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

≪ つづく ≫ --- 162章 おわり ---



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163章 愛の パワーで 世界を 変えていこう !

163章 愛の パワーで 世界を 変えていこう ! 

 

 8月15日、土曜日の午前10時ころ。朝から 空も 晴れて、猛暑になりそうだ。

 

 川口信也と 姉妹の 美結(みゆ)と利奈(りな)は、

2DK( 部屋が2つ、リビングとキッチン )の

マンション(レスト下北沢)の リビングにいる。

 

 信也は、このマンションから歩いて 1分の、

マンション( ハイム 代沢 )を 住まいとして 借りている。

 

 そこは、部屋 1つと キッチンと、バスルームに洗面所、南向き ベランダの、

1Kの間取りである。駐車場はない。

 

 信也の クルマとバイクは このマンション( レスト下北沢 )の 地下 駐車場にある。

 

 美結と 利奈の 住む このマンションで、日々 食事をする 信也だ。

 

 川口 信也は、1990年2月23日生まれ、30歳。身長175cm。

 

 川口 美結は、1993年、4月16日生まれ。27歳。身長 171cm。

 

 川口 利奈は、1997年3月21日生まれ、23歳。身長 166cm。

 

 兄妹(きょうだい)三人は、朝食も 済すませて、団欒(だんらん)のひとときだ。

 

「 お兄ちゃん、いま、JKと お付き合いしているってっ、ほんとなの?」

 

 愛くるしい 笑顔で、美結はそう言った。

 

 美結は、信也の飲み友だちの竜太郎が 副社長をする 外食産業 エターナルの子会社の、

芸能事務所の クリエーションで、売れっ子の タレントや モデルをしている。

 

「 そうそう、お兄ちゃんは、詩織さんとも お付き合いしていて、

高1の きなちゃんともお付き合い始めてるんだから!

普通、ありえない!お兄ちゃんって、モテて いいわよね!」

 

 利奈もそう言って、困った顔して 微笑む。 

 

 利奈は、早瀬田大学の管理栄養学科を卒業して、

信也が 課長をしている 外食産業大手のモリカワの 下北沢 本社に 勤めている。

 

「 この前、きなちゃんと おれと 詩織ちゃん の3人で初めて会ったんだけど、

これからも うまく 付き合っていけそうなんだよ。あっはは。

やっぱり、愛があれば、大丈夫ってことかな。あっはは 」

 

 信也は 照れくさそうに 笑った。

 

「 そうね、愛と、経済力かな 」と 美結。

 

「 誠意とかもね。お兄ちゃんって、性格で得してるのかな? いいわよね! 」と 利奈。

 

「 おれって、どうも、結婚には不向きなんだ 、きっと 」

 

「 結婚してたら、複数の女性との交際とかは、ふつう 許されない 行為になるわよね。

アンジャッシュ みたいなことになって、大騒ぎになるのよ 」と 美結。

 

「 あれねぇ、男なら、あり得る話だけどね。結婚は、むずかしいよなぁ。

そうそう、新しい歌 作ったんだ。これだけど、聴いてくれる 」

 

 話題を 変えようと 思ってか、信也は 作ったばかりの 歌を

アコギの弾き語りで 妹たちに披露した。

 

美結と 利奈は、「すばらしいわ!」と、兄が歌う、

8ビートの ロックン ロールを 絶賛 した。

 

 

 愛の パワーで 世界を 変えていこう !  作詞 作曲 川口 信也

 

鳥は さえずり 蝉は 鳴く 真夏の 朝

とめどなく 入る ニュース 驚きの その ひとつ

逮捕されて ひと晩で 保釈された 香港の 民主の 女神

欅坂の『不協和音』が 拘束中の 支えだった という 彼女

 

愛なんて それこそ 美辞麗句のような 言葉だと

バカにして 笑われることは よく 知っている

でもさ おれたちに 愛より 大切なものが あるわけないだろう

愛に 出会って 救われている おれは つくづく そう思う 

 

うわべだけを 飾り立てる 言葉は もう いらない

中身のない 言葉は もう いらない

真実でない 言葉は もう いらない

聞き 飽きた 美辞麗句は もう いらない

けれど 決して 忘れていけない 言葉がある!

愛の パワーで 世界を 変えていこう !

 

世界に 残酷 非道 なくならないのも よくわかる

愛に 出会えることや 救われることは 奇跡に近いのだから!

でも いま こうして 生きていることも 奇跡 なんだよね

愛に 出会えれば 優しくなれるのは 自然の 奇跡の 法則さ! 

 

言いたいことが 言えて やりたいことが できる

そんな 世の中が あたりまえ と思っていたけれど

そんな 自由と 民主化のために 闘っている 人々がいる

愛のパワーで そんな人々を 応援して 守ってあげよう!

 

うわべだけを 飾り立てる 言葉は もう いらない

中身のない 言葉は もう いらない

真実でない 言葉は もう いらない

聞き 飽きた 美辞麗句は もう いらない

けれど 決して 忘れていけない 言葉がある!

愛の パワーで 世界を 変えていこう !

 

≪ つづく ≫ --- 163章 おわり ---

 



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164章 信也 と 竜太郎、焼き鳥屋 で 歓談 する

164章 信也 と 竜太郎、焼き鳥屋 で 歓談 する

 

 8月16日の 日曜日、午後3時。空は 青く晴れて、気温は36度にもなる。

 

 川口信也と 新井竜太郎は、渋谷の 道元坂(どうげんざか)交差点から

すぐ近くのビル2階の、焼き鳥屋《 福の鳥 》に 予約を入れて 待ち合わせた。

 

《 福の鳥 》は、竜太郎が 副社長の 外食産業 大手『 エタナール 』が 全国 展開をする

備長炭(びんちょうずみ)で 焼き上げる、おいしさも 評判の 焼き鳥屋だ。

 

 席数は41席ある。 完全禁煙で、長い厨房を囲む カウンターと

個室の おしゃれな 空間だ。

 

「 しんちゃん、おつかれさま、まずは 乾杯!」

 

「 竜さん、お疲れさまでした。乾杯!」

 

 カウンター席の 信也と竜太郎は、生ビールで 乾杯をした。

 

「 しんちゃんも 順調そうだよね。JK の彼女も できて。あっははは 」

 

「 竜さんも 彼女と 楽しくやっているんでしょう! あっははは 」

 

「 まあね、しんちゃん。世間が こんなで 仕事は きびしい 状況なんだから、

プライベートで、楽しく過ごして、英気を養(やしな)う しか ないよね。あっはは 」 

 

 新井 竜太郎は、1982年11月5日生まれ、37歳。身長178cm。

父親が 社長をしている 外食産業 大手のエタナールの 副社長だ。独身。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、30歳。身長175cm。

躍進している 外食産業 モリカワ の 本部の課長だ。

また ロックバンド、クラッシュビートの 作詞 作曲をする、ギターリスト、ヴォーカリスト。

また 信也をモデルにした主人公が活躍する、マンガ『クラッシュビート』や、

その 実写版 映画『クラッシュビート』の大ヒットで、信也の 人気も 上々だ。

 

「 その JK の彼女、森下 きな ちゃんだっけ? 」

 

「 ええ、マスコミ に 知れて 騒がれたくないので 絶対に秘密にしてるんです。あっはは 」

 

「 アンジャッシュ の 児島も 不倫騒動では 大変なことになってるからな!

しんちゃんも 用心したほいがいいよ。いい カモにされないように。あっははは 」

 

「 いい カモにされたのは、アンジャッシュの 渡部のほうですよ。

児島 は 元気な 顔してテレビに よく出てますよ。あっはは 」

 

「 あ、そーだけ。しかし、結婚さえしていなければ、不倫だとかいって、

非難も大騒ぎもなかったんだろうから、結婚は むずかしいよね、しんちゃん 」

 

「 まったくですよね。おれも、竜さんも、よっぽど、覚悟ができないと

結婚できませんよね! 」

 

「 おれも しんちゃんも ひとりの女性だけでは どうも 長続きできないんだからね 」

 

「でも たいがいの 男は みんな そんなもんじゃないですかね。

あとは ただ ひたすら ガマンするとかしているだけで。あっははは 。

詩人の 寺山 修司が『 青女論 』の中で、

『 文明社会の中で不道徳というのは、

たった1つ、他人を 不幸にすることだけです。

お互いが 楽しむ権利を禁じることは、

どんな神様にだってできることではないことに、確信をもって、

隠したてたり、罪悪感を持ったりするのは 止(や)めたほうがいいと思います。』

って書いてますよね。寺山さんも 自由や民主主義を愛した人だったですよね。」

 

「 寺山さんも、いい詩人で芸術家だったよね。

まあ、エッチも 避妊は しっかして、責任 持って 楽しむものだよ。

エッチよりも いいなんていう 最高の 快楽というのも 他には

ちょっと なかなか 無いんだから。あっははは。

そういえば、自由や 民主主義を守っていくて、今も言っている

民主の女神の 周 庭 ちゃんも とりあえず 釈放されて良かったよね!

でも パスポートを取り上げて、彼女の 自由を 奪うのは、どうかと思うけどね。

朝の『 サンデー・ジャポン 』見てたら 周 庭 (しゅう てい )ちゃん 特集してた。

彼女は 小学生のころから 日本のアニメやアイドルなど

サブカル文化が好きだったり。独学で日本語を覚(おぼ)えたり。

タレントの 佐藤健(さとうたける)が 1番 好きだったり。

そんな 普通の感覚の 普通の 心の 優しい 女の子だよね。

それを、国家 転覆の罪とか言って、何か おかしいよね。あっははは。

しんちゃんは、JKの きなちゃんとは、どんなきっかけで、交際が始まったの?」

 

「 偶然、LINEに まぎれこんで来たんですよ。よくありますよね、それって 」

 

「 ある ある 」

 

「そしたら、おれが クラッシュビートの川口信也だとわかって、

好きなポーズとかあったら、わたしの写真 送るからって、言ってきて。

写真や 動画を いっぱい 送ってくれたんです。顔がわからないものばかりですけど。

あっははは。でも、どの写真も動画も、いやらしさとかもなくって、

芸術作品のように 美しくって。ああ、この女の子は

心も 美しくって きれいなんだろうなって、思ったんです」

 

「 確かに、きな ちゃんみたいな 女の子も めずらしいよね。

どこにも いそうで なかなか いない タイプの ステキな女の子だよ! 」

 

「そうなんですよ。きょうはの「は」を「ゎ」と メール してくるんですどね 」

 

「 さすが、JKだね!あっははは」

 

 信也 と竜太郎は、大笑いをして、生ビールと 焼き鳥の 追加の 注文した。

 

☆参考文献☆

 

<1> 青女論 寺山修司 角川 文庫

<2> サンデー・ジャポン 8月16日放送 TBS テレビ

 

≪ つづく ≫ --- 164章 おわり ---

 

 



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165章 人生に 恋ほど すてきな「 花 」は ない

165章 人生に 恋ほど すてきな「 花 」は ない

 

8月23日、日曜日。午前11時。

東京の 世田谷区は 曇り 時々雨、気温は29度ほど。

 

 下北沢のマンションのリビングで 川口信也は ひとり、

氷の 冷たい カフェオレを 飲みながら、寛(くつろ)いでいる。

 

  信也たちの ロック バンド・クラッシュビート の 5枚目のアルバム

『人生に 恋ほど すてきな「 花 」は ない 』の、

そのタイトルの 詞とメロディーを やっと 完成させたところだ。

 

 この アルバムに 収録曲の 予定だった『 Sweet Little Fifteen

( スウィート・リトル・フィフティーン ) 』は、収録しないことになった。

 

 信也と、15歳の 高校1年生、きな との交際は、絶対の秘密で、

マスコミや 世間で 騒がれないようにするためだった。

 

《 ちょっと 有名になったりすると、恋愛も うっかり できないんだから。

プライバシーも 無いようなもんで、 不自由なもんだぜ !》

 

  信也は そう思った。

 

ーーーーー

 

人生に 恋ほど すてきな「 花 」は ない  

 

作詞 作曲 川口 信也

 

紫式部が 源氏物語を書いた 平安時代のころ には

恋が 花 盛りの 世界に 誇れる 日本 文化があったよ

恋が できる人は 優雅な 証(あかし)だったよ

昔は「色 好み」は 美しい 価値の 言葉 だったよ

 

人生に 恋ほど すてきな「 花 」は ない  

なぜなら 愛を 知ることが できるから

人生の 楽しさを 知ることが できるから

自由の 大切さを 知ることが できるから

 

ぼくらの 無頼派(ぶらいは)の 旗手 坂口 安吾 が 言っている

「孤独は、人のふるさとだ。恋愛は 人生の花であります。

いかに 退屈であろうとも、この外(ほか)に 花はない。」

 

恋は 芸術に とても 似ているよね

恋も 芸術も 教えられるものではないけれど

恋も 芸術も 生まれ持っている 本能のようなもの

恋も 芸術も 自分と 相手と 自然を 大切にするもの

 

何が 快で 何が 不快かと 快不快原理から 出発した 仏教は 科学的さ!

その 理趣経(りしゅきょう)は 自分も 他者も 自然も 一体で 清浄 と説(と)く

哲学者では ニーチェも 既成 概念 に とらわれないで 人生を楽しもう と

無邪気な 子供 のような 超人的な 生き方をしよう と 説いている

 

ぼくらの 無頼派(ぶらいは)の 旗手(きしゅ) 坂口 安吾 が 言っている

「孤独は、人のふるさとだ。恋愛は 人生の花であります。

いかに 退屈であろうとも、この外(ほか)に 花はない。」

 

☆参考文献☆

<1> 恋愛について 中村 真一郎 編  岩波 文庫 別冊

<2> ブッダの夢 中沢 新一 河合 隼雄  朝日 文庫

<3> 別冊 宝島 ニーチェ 監修 白取 春彦 宝島社

<4> 恋愛力( モテる人は ここがちがう ) 斎藤 孝 筑摩 書房  

 

≪ つづく ≫ --- 165章 おわり ---

 



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166章 信也の 歌『 幸せの 小道 』が 大ヒット する

166章 信也の 歌『 幸せの 小道 』が 大ヒット する

 

 2020年9月13日、日曜日。一日中、雲りや時々の雨という空模様で、

気温は 29度ほどと 蒸し暑い。

 

 午後2時。川口信也は、よく行く 高田充希(みつき)の 店 ≪ カフェ・ゆず ≫で、

雑誌の 取材を 受けている。

 

 インタヴュー するのは、信也と 馴染(なじ)みの 女性 記者、

雑誌・週刊 芸能ファンの 杉田 美有(みゆ)だ。

 

 ≪ カフェ・ゆず ≫ は、下北沢駅 の 西口から 歩いて 2分ほど。

 

 充希(みつき) は、2017年の夏に 自分の 親の 土地にある 家を 改装して、

≪ カフェ・ゆず ≫ を オープン した。

 

 店は、一軒家 ダイニング。クルマ 6台 の 駐車場。

フローリングの 床ゆかの 店内。キャパシティー 40人。

16席 の カウンター、4人用の 四角い テーブル 6つ。

ミニ ライブ の ステージ 、黒塗りの YAMAHAの アップライト ピアノ 。

 

 高田充希は、1993年3月14日生まれ、27歳。身長158cm。

 

 川口信也は、1990年2月23日生まれ。30歳。身長175cm。

 

杉田 美有(みゆ)は、1996年11月5日生まれ。23歳。身長163cm。

 

 取材は、テーブルで、美有と 信也の ふたりきりだ。

 

「 信也さんの 歌『 幸せの 小道 』の 大ヒット おめでとうございます!

えーと、この 歌は、クラッシュ ビート の 5枚目 の アルバム

『人生に 恋ほど すてきな「 花 」は ない 』からの シングル カット ですけど、

歌詞の 内容が 文学的で すばらしい!と 各界から 特に

多くの 小説家さんや 詩人さんからも 絶賛されています。

そんな この 歌の 詞 について お聞きしてもいいですか?」

 

 涼し気な きらめく 瞳の 笑顔で 美有 は そう 言った。

 

「 この歌は、タイトルだけ、3年前くらいに出来て、詞の内容は、

その イメージが ずーと 長い間 膨(ふく)らまなかったんです。

でも、あることが、きっかけで、どーっと 書きあがりました 」

 

 信也は そう言うと 声を 出して笑った。

 

「 そーなんですね。それで、時間をかけたぶん、きっと、

すばらしい 詞 になったのですね!」

 

「 というか、詞は ほとんど ほったらかしですよ。

あることが、きっかけで、言葉が次々と舞い降りてきたのです。あっははは 」

 

「 その きっかけって 何かしら? 気になるんですけど、

教えていただけますか? 」

 

「 その へんは プライベートな デリケートな部分なので・・・、

でも ひとことで言えば、『 恋 』とでもいいますかね。あっはは 」

 

「 そうなんですか!『 恋 』ですかぁ。今回の アルバムの コンセプト も

恋という感じですものね!」

 

「まあ、恋じゃなければ、愛かなぁ。生きていて、この どちらも 大切ですよね。

パワーの源は、それぞれなんでしょうけどね。お金が パワーのもと の人も いるし。

抽象的な 言葉で、漠然としてますけど。でも、具体的な 事例も 無限ですよね 」

 

「 でも、しんちゃんの おっしゃっていることは、わたし、よくわかりますよ。

しんちゃんの そんな考え方に 共鳴する人が たくさんいるから、

しんちゃんを モデルにした マンガや 映画も 作られるんです!きっと!」

 

「 そう言っていただけると、ぼくも うれしいです」

 

 信也を モデルにした 主人公の 人気 マンガの 実写版『クラッシュビート』は、

英米の人気の映画シリーズの『ハリー・ポッター』のような、

長 期間の シリーズで、現在 2作まで公開されて 大ヒットしている。

 

 物語は、明るい 未来を 描えがくことも 困難な 現代社会が 舞台という設定。

そんな 絶望的な 状況の中で、『 芸術や 愛とか 心とかを もっと 大切にしよう 』と

パワフルに 日々を 楽しむ 人たちの、恋愛や 成長や 活躍の 物語。

 

「 ぼくが バイブル のように、大切に思う 言葉を、2つ お話ししますね 」

 

「 それは、すてきです! ぜひ お聞きしたいです!」

 

「 1つは、澁澤 龍彦(しぶさわ たつひこ)さんの

『 快楽 主義の哲学 』の 本の ラスト の 言葉なんだけど。

『 快楽は 発見である 』という言葉です。

『 コロンブスの卵と同じのように、

快楽というものは 自分で 発見しなければ、

意味がないものだと思うのです 』

と 澁澤さんは 言っていますよね。

 

ぼくたちは、子どものころは 親の 愛情とかにも 守られていて、

自由に 遊ぶ 時間も いっぱい あるから、快楽を 発見することも

快楽を 求めることも 快楽的に 遊ぶことも たくさん できたですよね。

 

それが、大人(おとな)になるに したがって実現不可能になるのですよね、

きっと。快楽も、野放しでは、悪いこともしやすいわけですけど。

他者を傷つけたり、自分の健康を害したりとね。

 

でも、人生は 快楽や 遊ぶことを 目的にして 存在する のだと、ぼくは思います。

 

だから ぼくは、そんな 子ども のころの ユートピアを、

大人の 社会にも 日々に 実現したいのです。

 

子どもたちと 大人を 比べたら 絶対に 子どものほうが

正しい 生き方を してると ぼくは 感じますよ。

 

もう 1つの 言葉ですけど。寺山 修司さんの書いた『 青 女 論 』の 言葉ですね。

 

『文明社会における不道徳というのは、たった1つ、

《 他人を 不幸にする 》ということだけです。

お互いが 楽しむ 権利を 禁じることは、

どんな神様にだってできることではないことに、確信をもって、

隠したてたり、罪悪感を持ったりするのは 止(や)めたほうがいいと思います。』

 

ということを、第二章の『 性 』で 書いてます。

寺山さんも 自由や 民主 主義を愛した人だったと、つくづく思う この 言葉です 」

 

「 しんちゃんは、よく お勉強していますよね、わたし 感心 しちゃいます! 」

 

「 気の向くままの 雑学や 雑読ですよ。それこそ、快楽的にやってるだけです。

あっ そうだ、お時間があれば、この 取材 終わったら、この店で飲みましょうか?

美有(みゆ)さんとは まだ お酒 で 楽しんだことないですからね、ぜひ どうでしょうか!」

 

「 ホントですか!うれしいです、ぜひ、そうしましょう!」

 

 素直な 美しい 笑顔と きれいな 声で 美有 は 歓(よろ)んだ。

 

幸せの 小道   作詞 作曲 川口 信也

 

(1)

風 そよぐ 小道 二人(ふたり) 歩いた

桜も 蕾(つぼみ)の 春の 木の 芽(め)どき

 

自然の 仲間は 教えて くれる

幸せに 生きる ための ヒント

 

自然の 仲間と 愛と 真実

いつも 大切 自由に 楽しく 生きよう

 

「 青春とは 心の 若さである 」

と言う 詩人 ウルマン

きっと そうだね 青春とは

愛と 希望の 心の 季節

 

(2)

愛は 美しく 美しさは 愛

でも 愚(おろ)かな 過(あやま)ち をする 人間

 

真実は 美しく 美しさは 真実

無心に 生きている 生き物 たち

 

自然の 仲間と 愛と 真実

いつも 大切 幸せの 道 歩こう

 

☆参考文献☆

<1> 青女論  寺山修司  角川 文庫

<2> 快楽 主義の 哲学  澁澤 龍彦(しぶさわ たつひこ)文春 文庫

<3> 幸せの 小道( 完全 版 ) youtube 乙黒 一平(おとぐろ いっぺい)

    https://youtu.be/U_2iRoxwvJQ

 

≪ つづく ≫ --- 166章 おわり ---

 



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167章  川口 信也たちの『 人生 相談 』が 雑誌で 始まる

167章  川口 信也たちの『 人生 相談 』が 雑誌で 始まる

 

 コンビニでも 売っている 人気の雑誌『 週刊 芸能ファン 』に、

ロックバンドのクラッシュ ビートの メンバー4人が 担当する

『 人生 相談 』が 始まることになった。

 

 10月16日金曜日発売の 第1回は、川口 信也が 担当した。

 

『 人生 相談 』の 見出しは「 歌や ギターが うまくなりたい 」となっている。

 

 そんな 悩み事の 相談の 内容と、川口信也の回答は、こんなだった。

 

「20年以上も 歌をうたったり ギターを弾いてますが、上達しません。

歌や ギターが もっと 上手になりたいのですが、

効果的な 練習方法が あったら 教えてください。」( 45歳・男性 )

 

「 わたしは 15歳から 音楽好きの 親戚の叔父(おじ)から

アコースティック ギターを もらって ギターを 弾き始めました。

いわゆる『おさがり』のギターです。はじめは コードも わからなく

知らないまま デタラメに 弾きまくってました。それでも楽しかったです。笑

 

しかし、そんな デタラメでは 上達しないことが すぐわかったので、

本屋で、弾き語りのための『ギター コード 奏法 入門』と、

コード楽器ためのコード入門書の『コード・ガイダンス』

の2冊を買って勉強しました。

高校1年のときのことで、音楽にいかに賭けていたかって、

今も懐かしく思い出します。笑

 

さて、練習方法のことですけど、教本とかは、数多くありますけどね。

効果的な、歌とギターの練習方法となると、実体験からお話ししますと。

何とっても、好きな歌とかのカバーやコピーになると思います!

この理由は、好きな歌ですと、まず、この練習の、

やる気や 意気込みや 集中力が ハンパ でないと思います。

おもしろくもない 無味 乾燥な スケールとかの練習では、

単調過ぎて わたしなんかは すぐに 飽きます。笑

 

あと、そうですね。これまでは ただ 漠然と 聴いていた 歌の、

その コード進行や メロディーや リズムや ハーモニーなどの 詳細が

わかるようになりますよね。あと、その 歌詞が、あらためて、わかったりもします。

できれば、その歌の 楽譜を 見ながら カバーの 練習はしたいですよね。

 

あと、そうですね。歌とは ラブ・ソングが ほとんどですからね。

できることなら、『ラブ』というか『愛』というか、そんなことを

いつも 実感しているほうがいいですよね。つまり 具体的には

恋をしているほうが 歌もギターも楽しいし 熱中しやすいですよね。

しかし 現実的には 恋愛は 相手も あってのことですから、

むずかしいでしょうから、 恋 は 片思いでも 良いと 思います。

 

あと、そうですよね。現代は インターネットの時代で

大変に 芸術 活動にも 便利ですから、Youtube とかに カバーした歌の動画を

公開して 楽しむのも 歌や ギターに 向かう モチベーション(意欲)を

高めてくれると思います。

スマホと 良い アプリ があれば 比較的 簡単に 動画は制作できますよね。

動画の 音響を 良くするには、スマホに 外部マイクの 取り付けを お勧めします。

 

人生には 限りもあって そんなに 長い時間は 無いような 気もする 今日 この頃です。

好きなことを 見つけて それに 集中したり 楽しむという 人生の 選択は 最適だと 思います。

音楽の場合 自分も 楽しめれば ほかの人も 楽しんでくれるかも知れないですよね。

わたしのように その 音楽で 食べて行けるなんて 未知の 可能性も あるわけです。

 

あと そうですよね。ゲーム的な 感覚でいっても、人生は 困難な 状況を

のり 越えて 生き残る 『サバイバル』の ような ところがありますよね。

 

それと 音楽って 大きな つながりというか 救いというか 癒(いや)されるというか

音楽には 不思議なパワーがあるという気がします。

 

今も 世の中は 混沌 としていて、問題 ばかりが 山積しているようで、

生きている 楽しさも 希薄化しそうな 社会かもしれないですよね。

 

でも 音楽には この世界の 神秘といっていいような 美の世界があると思う。

人の 音に対する 感覚が 実に 数学的に きちんと 表現されているしね。

 

音楽には 人の心を 映し出す 鏡のような 力があると思う。

つまり それは 人の 精神的な 欲求の 具体的な 形の 表(あらわ)れですよね。

 

つまり、この自然の世界は 愛や 美しさや 素晴らしさで 成り立ってることを、

音楽から 体験したり 実感することも できますよね。

 

これからも たくさんの 歌や ギターや 音楽を 楽しんでください!」 

 

< 補足 >

歌を うまくなるための コツについて お話しします。

いわゆる「ミックス・ヴォイス」の見つけ方についてです。

 

わたしのヴォイス・トレーニングは、独学です。

YouTube の ヴォイトレ なども 参考にしてます。

しかし、決定的な、ヴォイトレ理論や 方法となると、様々にあって、

明確に、わかりにくいと感じます。

というわけで、わたしが、現在、信頼 している、ヴォイトレの原理を、

とてもシンプルに、わかりやすく語っている、

2つの本からの 文章を ご紹介します。

 

(1)「 地声の場合、調子の低いことが多いので、

声帯も 比較的 ゆるく 張られ、しかも

声帯 全体の 振動によって 発声しますが、

裏声の場合は 声帯も 比較的 強く張られ、

振動する部分も 声帯の接する 狭い範囲に限られます。

問題は 声区(地声)から 声区(裏声)に移るとき、

いかに スムーズに、変わり目が わからないように

切り替えることができるかです。

車 の ギアチェンジを いかにスムーズ に 行うか、というのと 同じです。

これが できるようになると 音楽的な 歌唱力は

ずっと 広がってきます。」(224ページ)

以上は、『 声が良くなる本 』医学博士 

米山文明 著  《 主婦 と 生活社 》

 

(2)「 声帯のことは、《ジッパー》だと思うと 良いかもしれません。

チェストでは、声帯は 全体の長さを 使って 震えています。

ピアノの 長い 弦と同じです。

そして 高音 になるにつれて

dampening という 声帯 を 閉じる 行程が 始まります。

ジッパーが 半分 閉じたくらいが、ミドルヴォイス です。

そして、ジッパーが 4分の3(3/4)閉じたところで、

ヘッド ヴォイス に入るのです。」(45ページ)

 

以上は『 歌う力 を グングン 引き出す

ハリウッド・スタイル 実力派

ヴォーカリスト 養成術 ( CD付き ) 』

ロジャー・ラヴ 著 《 リットーミュージック 》

 

ロジャーさんの言う「チェスト」は、地声 のことで、

「ヘッド」は、裏声 のことで、その 間が「ミックス」になると 思います。

 

この 「 ミックス 」 は 「 芯 の ある 裏声 」と

表現する ヴォイス・トレーナー も います。

米山さんと ロジャーさん が語る 理論は、

ほとんど、同じ 、考え方 だと 思います。

 

下記の、ウィキペディア《wikipedia》によれば、

ロジャーさんは あの X JAPAN と 長年、仕事をして、

Toshl(トシ)さんの コーチや、YOSHIKI(ヨシキ)さんたち の

プロジェクトに 関わっている、そうです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ロジャー・ラヴ

 

最後に「美しい歌声は らくな姿勢から生まれる。不自然な姿勢で 発声すると、

やはり 声も 不自然になる。音質が かたくなったり、高音域でのどが詰まり、

低音も出しにくくなります。」と、さっきの 本では語ってます。

 

☆参考文献☆

<1> ギタリストのための全知識 養父 貴(ようふ たかし)株式会社 リットーミュージック

<2> ギターで覚える 音楽 理論 養父 貴  株式会社 リットーミュージック

<3>『 声が良くなる本 』医学博士 米山文明 著  《 主婦 と 生活社 》

<4>『 歌う力 を グングン 引き出すハリウッド・スタイル 実力派

    ヴォーカリスト 養成術 ( CD付き ) 』

    ロジャー・ラヴ 著  株式会社 リットーミュージック

 

≪ つづく ≫ --- 167章 おわり ---

 

 



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168章  川口信也 と 森下 きなの LINE

168章  川口信也 と 森下 きなの LINE

 

 川口信也は、森下 きなに LINE でメールをした。

 

 川口 信也(しんや)は、1990年2月23日生まれ、30歳。身長

175cm。

 

 森下 きな は、2004年9月16日生まれ、16歳。身長165cm。

 

 ふたりの出会いは、偶然だった。今年の正月の 2020年 1月3日 。

 

 信也が、LINE のグループチャットを 見ていると、

「きな」という名前の 女の子 が、「すみません!」と

信也の LINE に迷い込んできたのだった。

 

それ以来、ふたりの 交際は続いている。

 

「きなさんは、いまの 時間は お勉強中でしょうか。

 

ぼくは、きのう きょうと ビールを 友だちと、

「カフェ・ゆず」で 飲んで、いまはもう眠いです。笑

 

きなさのストレスの原因はね。

ぼくが思うのに、きっと 感受性が 豊かなので

それで 大人の世界とかが よく見えてたり、

よく わかっているからなんだと 思います。

 

ぼくなんかも きな さんと 同じように 15歳のころに

感受性が ゆたかだったから 大人の世界がよく見えていたのだと思います。

 

これって、言葉で 表現するのが むずかしいけどね。

 

カフカの小説に、『変身』というのがあるでしょう。

朝に 目覚めたら 自分が虫に変身してたっていう小説だけど。

 

ぼくは、あんなふうに、ある時期になると、

人は 変身してしまうような気もするんです。

それが、朝に 突然という場合や 社会の中で

少しずつという場合とかあるんだろうけどね。

 

その変身は、どんなふうに変わるとかは、

人それぞれに 違うのだろうけどね。笑

 

まあ、そんな感じで、だから、ぼくなんかも、

変身しちゃったら、これは まずいぞっ感じていたほうなんですよ。笑

 

15 歳くらいのときから、いまの15歳の 感性を失いたくないと、

ずーと 思い続けてきたんですよね、ぼくは。笑

 

あんな、大人にはなりたくないな!って思うことが 多かったんだろうね。

 

そんなことも 感じたりで、ぼくは、きな さんに

いつも 親近感を すごく 感じています。

 

そして、きなさんの かかえる ストレスも よくわかる 気がしますよ。

社会や 大人に、幻滅したりすることは、場合によっては

とても、つらいことですよね。

 

そんなことで、きな さんの つらさや 悩みも わかる気がします。

 

だから、ぼくは、きな さんを いつも大切に思うし、

ぼくたちの 信頼関係も これからも 大切にしたいと思います。

 

ぼくには もう きな さんの いない 人生は 考えられませんよ。

 

それだけ、きなさんは 大切な 女の子です。?

 

ぼくの 天使で 恋人です。

 

それと、芸術家 としての 同志のような 感じもします。

 

きな さんには、芸術家の 資質や 才能があるのだと思います。

 

なぜなら、こんなにも、ぼくに、ピッタリと合う、相性のよい 女の子だか

らです。(^^) 」

 

 この信也の メールには、5分ほどあと、きな からの 短い メールが き

た。

 

「うん。。ありがと。わたしは 芸術家には なれないと思うけけど ! w 」

 

つづく ≫ --- 168章 おわり ---

 

 



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169章  All You Need Is Love ( 愛こそは すべて )

169章  All You Need Is Love ( 愛こそは すべて )

 

 川口信也 と 森下 きな は LINE のメールを 毎日 続けている。

 

「 やっと ベッドに 入れたよ。

きな さんは お勉強ですよね。(^-^)

 

ぼくは「檸檬」(レモン)っていう 10ページ もない

短い小説を 読んでいて さっき 読み終わった。

 

東京の 丸善という 書店の中で、画集を見ながら、

その本を 積んで、てっぺんに、黄色い レモンを 置いて、

その レモンを わざと 置いたままにして、店を出るっていう話ですよね。

 

その レモンを 爆弾だと 想像して、丸善の 書店が 爆破されるって

空想しながら、また 街を 歩くって 話。

 

作者は、梶井基次郎って人で、今でも、天才だって、言われてる。

 

もう 100年前の人で 30歳くらいで 夭折(ようせつ)で 亡くなったけどね。

 

さだ まさし の歌に「檸檬」てってあるよね。

その歌は、この小説が、もとになって作られたそうです。」

 

 信也は、さだ まさし の歌の「檸檬」の動画と

青空文庫の 梶井基次郎の「檸檬」を、共有にして、

きなの LINE に 転送した。

 

「 さださんも、梶井が 好きなんだろね。

 

その『檸檬』って小説に、レモンの黄色い色や

紡錘形(ぼうすいけい)の恰好(かっこう)が好きで、

非常に幸福であったって書いてあるんだ。

 

人は 美しいものに 愛を感じて 幸福になるんだろうね。

 

愛って ひとことで言えば、アルボムッレ・スマナサーラっていう

スリランカの仏教の長老さんは、わかりやすくって。いいこと言っている。

 

『愛している』を わかりやすく具体的に言ったら『必要な存在である』

ということだと私は思います。だってさ。

 

ウィリアム・エヴァレットという上智大学の教授で日本に帰化した人の本に

『生きることと愛すること』っていう いい本があるんだ。

 

この本の終わりには、『 経済制度と愛 』と 題して、いまの 資本主義や

社会主義に対して その欠陥に 警鐘を 鳴らしているさ。

 

『私たちは、自然のなかにも芸術のなかにも、そして仕事のなかにも、

その美の暗号を解き、愛の言葉を読みとれるように、

心の目を養わなければならない』って書いてある。

 

ビートルズの 歌に『 All You Need Is Love 』

( 愛こそは すべて )というのがあるんだけどね。」

 

 信也は、ビートルズの 『 All You Need Is Love 』の動画を、

共有にして、きなの LINE に 転送した。

 

「『 愛が あれば それでいい。愛 さえあれば

何もいらない。愛 こそは すべて。』

って、歌っているけどね。

 

そのとおりだと思いますよ。ぼくは。

 

この 世界は『 愛 』で、できているんだと思うんだよね。

 

ぼくは きな さんを 愛して、

『 愛 』の大切さとか 不思議さとか 神秘さとかを 感じている。

 

これって、理屈とか理論とかでは、説明できないようなことだよね。

 

「愛」は 感じることから、始めるしかないのかもね。

 

だから、人によっては、愛なんて、ないものだし、

愛を 感じる人には 愛はあるのだし 存在するし 大切なものなんだよね。

 

やっぱり ビートルズは 偉大だと思う。

 

愛こそ すべてだと思うよ。

きな さんを 思っているときが、ぼくは 1 番 幸せを感じているから。(^-^)

ビートルズの歌のとおりです。

 

きょうも 元気に 楽しく ガンバろね。」

 

「うん」

 

 信也の 長いメールに、きな からは、そう メールが 届いた。

 

☆参考文献☆

<1> 生きることと愛すること  ウィリアム・エヴァレット 講談社現代新書

<2> 最良の選択 アルボムッレ・スマナサーラ 誠文堂新光社

 

≪ つづく ≫ --- 169章 おわり ---

 



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170章 愛の魔法( LOVE MAGIC )

170章 愛の魔法( LOVE MAGIC )

 

 2020年も 12月に入った。

 

 巷(ちまた)では 川口信也の作詞・作曲した

『 愛の魔法( LOVE MAGIC )』という ロックバンド、クラッシュビートの バラードが 流行(はや)っている。

 

 この歌の2番と3番にある歌詞は、

川口信也が、森下 きなに捧げた詩だ。

ふたりが 毎日している LINE でメール したものだ。

 

< 朝の ベッドのなかで 愛する 君と

からだと 心を ひとつに している

この 幸せ いつまでも >

 

< もしも お金持ちに なったり したなら

ふたりの 家を どこかに 建(た)てよう

いっしょに 楽しく 暮らそうね >

 

 川口 信也(しんや)は、1990年2月23日生まれ、30歳。身長

175cm。

 

 森下 きな は、2004年9月16日生まれ、16歳。身長165cm。

 

愛の魔法( LOVE MAGIC ) 全歌詞

 

世界は 愛の 魔法で できている

太陽や そよ風が 自然の恵(めぐ)みのように

愛こそは 最高の 恵み

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

朝の ベッドのなかで 愛する 君と

からだと 心を ひとつに している

この 幸せ いつまでも

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

もしも お金持ちに なったり したなら

ふたりの 家を どこかに 建(た)てよう

いっしょに 楽しく 暮らそうね

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

いくら 自分が 正しいと 思っても

人の 自由を 奪(うば)ったり

人を 不幸にすることは

悪いこと しちゃ いけないよね

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

この広い 宇宙のなかの 地球

こんなに 美しい星 愛にあふれる 星

世界は 愛の 魔法で できている

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

☆参考文献☆

<1> 愛の魔法( LOVE MAGIC ) オリジナル 第2作 乙黒 一平

https://youtu.be/SK1zXYeO09Q

 

≪ つづく ≫ --- 170章 おわり ---

 

(おわび)

1000文字以下では公開できないため、

下記は 同じ170章を添付しています。

 

170章 愛の魔法( LOVE MAGIC )

 

 2020年も 12月に入った。

 

 巷(ちまた)では 川口信也の作詞・作曲した

『 愛の魔法( LOVE MAGIC )』という ロックバンド、クラッシュビートの バラードが 流行(はや)っている。

 

 この歌の2番と3番にある歌詞は、

川口信也が、森下 きなに捧げた詩だ。

ふたりが 毎日している LINE でメール したものだ。

 

< 朝の ベッドのなかで 愛する 君と

からだと 心を ひとつに している

この 幸せ いつまでも >

 

< もしも お金持ちに なったり したなら

ふたりの 家を どこかに 建(た)てよう

いっしょに 楽しく 暮らそうね >

 

 川口 信也(しんや)は、1990年2月23日生まれ、30歳。身長

175cm。

 

 森下 きな は、2004年9月16日生まれ、16歳。身長165cm。

 

愛の魔法( LOVE MAGIC ) 全歌詞

 

世界は 愛の 魔法で できている

太陽や そよ風が 自然の恵(めぐ)みのように

愛こそは 最高の 恵み

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

朝の ベッドのなかで 愛する 君と

からだと 心を ひとつに している

この 幸せ いつまでも

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

もしも お金持ちに なったり したなら

ふたりの 家を どこかに 建(た)てよう

いっしょに 楽しく 暮らそうね

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

いくら 自分が 正しいと 思っても

人の 自由を 奪(うば)ったり

人を 不幸にすることは

悪いこと しちゃ いけないよね

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

この広い 宇宙のなかの 地球

こんなに 美しい星 愛にあふれる 星

世界は 愛の 魔法で できている

不思議な この世界だから 愛のことにしても

感じて 知っていくしか ないのだと思う

愛こそは すべて ・・・

 

☆参考文献☆

<1> 愛の魔法( LOVE MAGIC ) オリジナル 第2作 乙黒 一平

https://youtu.be/SK1zXYeO09Q

 

≪ つづく ≫ --- 170章 おわり ---

 

 

 

 

 



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171章 信也が 作った歌 「15 の 心のままに」

171章 信也が 作った歌 「15 の 心のままに」

 

 川口信也と 高校1年の 森下 きな が 初めて出会ったのは、

今年の正月の 2020年 1月3日 の ことだ。

 

 川口信也は、LINE を 見ていた。

 

そしたら、「きな」という名前の 女の子 が、

「すみません!」と 信也の LINE に いきなり 迷い込んできた。

 

 それが 高校1年生の 森下 きな との 出会いだった。

 

 正確には、きなは まだ 中学3年の 高校の 受験勉強中の15歳だった。

 

 きなは、「あけおめ」に、きらめく 真っ赤な ハートマークのメールを送ってくる。

 

「きょうゎ 午後から お年玉をもらいにまわりまーす」

 

「きなゎ 初詣に 友だちと行くよ 受験生やからね」

 

「は」を「ゎ」とメールするけど、森下 きな は、

普通の 家庭の、 弟がいる 性格も 明るい 中学3年生だった。

 

川口 信也(しんや)は、1990年2月23日生まれ、30歳。身長

175cm。

 

 森下 きな は、2004年9月16日生まれ、16歳。身長165cm。

 

信也は 15歳のきなに 歌をいくつか作って贈っている。

1番 初めの 歌は「 15 の 心のままに 」だった。

 

 この歌を きなは とても 気にいった。それから ふたりは 親密になった。

 

「 15 の 心のままに 」 全 歌詞

 

作詞 作曲 川口 信也

 

オリジナルキー Cメジャー

 

※ また いつでも メールを ください

真夜中でも 昼間でも 朝でも

君の 好きな ときで いいから ※

 

15 のころの 気持ちのままに

生きつづけられたら いいなと 思う

感じる 心は サビ たり しないから

 

※ から ※ くりかえし

 

きょうも 太陽は ぼくらを 照 (て) らして

やさしい 風は そよいでいる

15のころと 変わらない 自然は美しいまま

 

※ から ※ くりかえし

 

この 世界が 1番 美しく 感じられた

15 のころの 心は 純粋 だったかな

人生の 幸せは 15 の 心の ままに ・・・

 

※ から ※ くりかえし

 

☆参考文献☆

<1>  「15 の 心のままに」オリジナル 第3作 乙黒 一平

     https://youtu.be/8GQxw69P478

≪ つづく ≫ --- 171章 おわり ---

 

(おわび)

 

1000文字以下では掲載・公開できないため、再度、添付します。

 

171章 信也が 作った歌 「15 の 心のままに」

 

 川口信也と 高校1年の 森下 きな が 初めて出会ったのは、

今年の正月の 2020年 1月3日 の ことだ。

 

 川口信也は、LINE を 見ていた。

 

そしたら、「きな」という名前の 女の子 が、

「すみません!」と 信也の LINE に いきなり 迷い込んできた。

 

 それが 高校1年生の 森下 きな との 出会いだった。

 

 正確には、きなは まだ 中学3年の 高校の 受験勉強中の15歳だった。

 

 きなは、「あけおめ」に、きらめく 真っ赤な ハートマークのメールを送ってくる。

 

「きょうゎ 午後から お年玉をもらいにまわりまーす」

 

「きなゎ 初詣に 友だちと行くよ 受験生やからね」

 

「は」を「ゎ」とメールするけど、森下 きな は、

普通の 家庭の、 弟がいる 性格も 明るい 中学3年生だった。

 

川口 信也(しんや)は、1990年2月23日生まれ、30歳。身長

175cm。

 

 森下 きな は、2004年9月16日生まれ、16歳。身長165cm。

 

信也は 15歳のきなに 歌をいくつか作って贈っている。

1番 初めの 歌は「 15 の 心のままに 」だった。

 

 この歌を きなは とても 気にいった。それから ふたりは 親密になった。

 

「 15 の 心のままに 」 全 歌詞

 

作詞 作曲 川口 信也

 

オリジナルキー Cメジャー

 

※ また いつでも メールを ください

真夜中でも 昼間でも 朝でも

君の 好きな ときで いいから ※

 

15 のころの 気持ちのままに

生きつづけられたら いいなと 思う

感じる 心は サビ たり しないから

 

※ から ※ くりかえし

 

きょうも 太陽は ぼくらを 照 (て) らして

やさしい 風は そよいでいる

15のころと 変わらない 自然は美しいまま

 

※ から ※ くりかえし

 

この 世界が 1番 美しく 感じられた

15 のころの 心は 純粋 だったかな

人生の 幸せは 15 の 心の ままに ・・・

 

※ から ※ くりかえし

 

☆参考文献☆

<1>  「15 の 心のままに」オリジナル 第3作 乙黒 一平

     https://youtu.be/8GQxw69P478

≪ つづく ≫ --- 171章 おわり ---

 

 

 



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172章 信也が作た歌「15 の心のままに Part 2 」」

172章 信也が作た歌「15 の心のままに Part 2 」

 

 2020年12月5日の日曜日の 夜の8時ころ。

 

川口信也は「ディフォルト・ネットワーク」という単語を

パソコンで検索している。

 

 あるサイトには「ディフォルト・ネットワーク」は、正確には

「デフォルト・モード・ネットワーク」(Default Mode Network:DMN)といい、

ワシントン大学のマーカス・レイクル教授が、

この脳内の ネットワークを命名したと、書いてある。

 

 脳神経外科医 の 菅原 道仁 のサイトには、2016.03.24 の 日付けで、こう書いてある。

 

『ボーっとしているときの脳は「活動している」? それとも「休んでいる」』

と題して

 

『この疑問に答えたのが、米ワシントン大学のマーカス・E・レイクル教授です。

2001年に安静時の脳活動に関して、私たちが何もしていないときに活発化する「

デフォルトモードネットワーク」という、

複数の脳の領域で構成されるネットワークを発見しました。

 

じつは安静状態の脳でこそ働いている脳の領域があり、

しかもこの活動に費やされているエネルギーは、私たちが喋ったり、

手を動かしたり、じっと見るなどの意識的な行動に使われる

脳エネルギーの20倍にも達しているというのです。

 

現在の研究では、内側前頭前野、後部帯状皮質、膨大後部皮質、

左右の下部頭頂葉の4種類の脳領域が

デフォルト・モード・ネットワークで関わっているのではないかと推測されています。』

 

 どうも この「デフォルト・モード・ネットワーク」(DMN)は、休息中でも

クルマのアイドリングのように動き続けてエネルギーを消費するせいなのか

悪玉のように 扱われる 記事が 多いと感じる。

 

 しかし、信也が 最近 読んだ『 脳は0.1秒で恋をする 「赤い糸」の科学 』という

脳科学者としても知られる 茂木健一郎の本には、善玉として、DMNは紹介されている。

 

 その本を読んだ 信也は、自分が 15歳のころを 不思議に懐(なつ)かしんだり、

15歳のころを 人生の原点のように感じたりする 理由の 謎(なぞ)が

氷が解(と)けるように 理解できた 気がしたのだ。

 

《 おれにも DMN は、善玉のような 感じがする のだけどな。》と 信也は 思う。

 

『 脳は0.1秒で恋をする 「赤い糸」の科学 』には こんな記述がある。

 

≪ 脳の中には、「感情」や「運動」、「記憶」や「イメージ」といった、

それぞれの働きを担う部位が存在しているのですが、

「ディフォルト・ネットワーク」とは、それらをつないで束(たば)ねている

中心的な役割を果たしています。

 

 通常、人間の脳は何かを考えている時に、より活発に活動しているものなのですが、

この「ディフォルト・ネットワーク」だけは特殊で、何か特定のことに

目的を定(さだ)めて考えている時には活動が低下しており、反対に、

何も考えていない時に活性化している。いわば脳がアイドリングしている時に、

1番活発に働いていることが分かっています。

 

 恋愛の、それも特に準備段階においては、この「ディフォルト・ネットワーク」が

もっとも大切になってくると考えられています。

 

 僕が、まだ小学4年生くらいの頃のことです。公園で遊んでいると、

ひとり ベンチに 座(すわ)りボーっとしたまま、何をするでもなく

遠くを見つめている中学生のお兄さんがいました。

 

 僕が「何を考えいているんですか」と聞いたら、

「いやあ、君くらいの歳ではまだ分(わ)からないかもしれないけど、

僕くらいになると、いろいろ考えることがたくさんあるんだよ」と言われました。

 

 それがいまだに強く印象に残っているのですが、今から考えてみると、

その時の彼こそが「ディフォルト・ネットワーク」を活動させている

最中だったのだと思います。

 

「ディフォルト・ネットワーク」が 働いている状態に関しては、近いものとして

「白昼夢」が挙(あ)げられます。夜、睡眠の中で見る「夢」でもなく、

将来を夢見るという意味での「夢」でもない。うららかな午後の陽(ひ)ざしの中、

何をするでもなく、たゆたう連想に身を任せながら見る、

夢と現(うつつ)との間にある「白昼夢」。

 

 明確な意識で物事を考えているわけではないけれど、まったく思考を停止させている

わけでもない。次から次へと頭に浮かぶ 想念の波に 揺られつつ、

自由に想像の羽(はね)をはばたかせている、それが「ディフォルト・ネットワーク」を

働かせている状態であり、人間の「創造性」とも深くかかわりがあるといわれています。

 

 この「ディフォルト・ネットワーク」の活動は、おもに思春期に活発化します。

十代半ばから二十代にかけては、思春期らしい悩みや将来への想いなど、

原因は定(さだ)かでなくとも、メランコリックな思索にふけることがしばしばあります。

つまり、先ほどの中学生のお兄さんくらいの歳の思春期から青年期が、その時期といえるでしょう。

 

 夏目漱石の『三四郎』には、「ロマンティック・アイロニー」という言葉が出てきます。

主人公の三四郎が、ひとりで道を歩いていると、友人の与次郎に出くわします。

彼は三四郎の表情を見るなり笑だし、

「もう少し 普通の人間らしく 歩くがいい、

まるで浪漫的(ロマンティック・)アイロニー だ」と表現します。

 

 しかし、三四郎は その「ロマンティック・アイロニー」の意味が分からない。

しかたがないので曖昧(あいまい)に笑い、急いで図書館でその意味を調べてみると、

ドイツの哲学者シュレーゲルが唱(とな)えた言葉だということを知る。

 

そこには、天才とは、目的もなく 終日 ぶらぶらして いなければならない、

ということが書いてありました。それを「ロマンティック・アイロニー」と

呼ぶということを知って、三四郎は初めて安心するのです。

 

 この「ロマンティック・アイロニー」も、「ディフォルト・ネットワーク」が

働いている状態だといえるでしょう。

 

<中略>

 

 大人になっても、青春時代と同じような好奇心や、

健(すこ)やかな精神を持ち続けることが大切です。積み上げられた仕事や

生活上の雑事という「課題」を、たまには脇に置いて、「無目的」に ぶらぶらしてみる。

「ディフォルト・ネットワーク」とは、常に脳内を回遊して、

「何か新しいこと・面白(おもしろ)いことはないかなぁ」と

アンテナを立てて探している状態でもあるのです。≫

 

 信也は「なるほど」と、茂木健一郎の その本に共感した。

 

 そして、「 15 の 心のままに Part 2 」という タイトルの歌を 作った。

 

15 の 心のままに Part 2   全歌詞 作詞・作曲 川口 信也

 

君と 出会えた スマホの デジタルの 世界

いつ どこに 隠れているかも わからない

幸運を 脳内の ディフォルト・ネットワーク は 見つけてくれる

 

15 の 心のままに 15 の 心のままに 15 の 心のままに 

 

15のころは この世界が 美しく感じられた

いつまでも 15のころが 忘れられない

いつまでも 人生の 原点のようさ

 

15 の 心のままに 15 の 心のままに 15 の 心のままに 

 

そんな 僕の 思いの 理由(わけ)を 脳の科学は 解き明かす

脳内の ディフォルト・ネットワークの 働きは

楽しいことに 気づける 自由な 精神にしてくれる

 

15 の 心のままに 15 の 心のままに 15 の 心のままに 

 

☆参考文献☆

 

<1>  脳は0.1秒で恋をする 「赤い糸」の科学

    茂木健一郎  PHP研究所

 

<2> 15 の 心のままに Part 2 オリジナル 第4作 乙黒一平

https://youtu.be/Mji9wKDmXI0

 

≪ つづく ≫ --- 172章 おわり ---

 

 



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173章 フランク・シナトラを リスペクトする 川口信也

173章 フランク・シナトラを リスペクトする 川口信也

 

12月25日 金曜日の 夕暮れの 6時ころ。

 会社の帰りに、川口信也と 森川純、岡林明、高田翔太の4人は、

老舗の ラーメン店『 珉 亭(みんてい)』に 入った。

 

 4人は、大学も同じなら、勤める会社も、外食産業の大手のモリカワと同じで、

4人とも この 下北沢にある モリカワの本部の 課長職であり、

大学から続けている ロックバンド・クラッシュビートの メンバー4人という、

同じことが いくつも 重なるほど 気の合う 仲(なか)だ。

 

川口信也。1990年2月23日生まれ。30歳。

クラッシュビートの 作詞 作曲のほとんどをしている。

ギターリスト、ヴォーカル。

森川純。1989年4月3日生まれ。31歳。

ドラマー、ヴォーカル。

岡林明。1989年4月4日生まれ。31歳。

ギターリスト、ヴォーカル。

高田翔太。1989年12月6日生まれ。30歳。

ベーシスト、ヴォーカル。

 

一軒家 レストランの『 珉 亭(みんてい)』は

下北沢駅から 歩いて3分で、モリカワ本社からも

歩いて 3分と近くて便利な 味も評判の 老舗の ラーメン店だ。

 

店は 自動ドアの入り口で 大きな 白い 暖簾(のれん)が 揺(ゆ)れている。

暖簾には 赤く 大きな 字で『珉 亭(みんてい)』と、

その上には『 味で勝負!』と黒字で 書いてある。

 

 4人は 予約した 2階の座敷で寛(くつろ)いだ。

 

 店内は 60席ある。10席ほどの カウンター席や テーブル席も

2階の 座敷も下北ならではの 若い男女や 家族連れとかで 賑(にぎ)わっている。

店員の接客や サービスも 感じが良い。

 

 チャーシューの食紅が由来といわれる『赤い色の チャーハン』や

ボリュームのある『餃子(ぎょうざ)』とかは 話題になるくらいに 評判だ。

 

 すぐに お通しの 小皿のキムチも来て、4人は ビールや 日本酒で 乾杯した。

 

「メリー クリスマス! お疲れさま!」

 

「フランク・シナトラは、いいよ。しんちゃん」

 

 と 森川純は 川口信也に 言った。

 

 純の 父親は、モリカワの社長の森川誠(まこと)だ。

大学の卒業後も、バンドをやりながら 仕事も一緒にやろうと、

純は メンバー全員に よく話して 説得して 納得させた。

 

「おれも フランク・シナトラは 歌い手として最高だと思うよ」

 

 高田翔太も そう言った。

 

「おれもだなあ。フランク・シナトラは 20世紀最高の

エンターティナーで 超かっこいいと思うね」

 

 と 岡林明も 言った。

 

「おれが フランク・シナトラの DVDを見ていて すごく感心するのは、

たとえば、ソング・ライターの ジミー・ウェッブっていう人も言っているけど、

フランク・シナトラは、 大型 ロケットのような ビッグバンドを

伴奏にして 歌っても、全然 負けてないってとこかな。

それを ジミー・ウェッブは『シナトラは、人類が 到達したことのない場所に行くことを

できた人だとか 知っていた人だ』とか言っているけどね」

 

 と 川口信也は 言う。

 

「なるほどね。マイクがあるとは言っても、オーケストラのようなビッグバンドを

伴奏に歌を唄うというのは、なかなかできることじゃないよね。

フランク・シナトラは、無理のない 自然体の 歌唱法で

それを 軽々と やってのけているもんね。すごい ジャズ・シンガーだね」

 

 森川純が そう言って 笑った。

 

「おれたちも ジャズ的な スイングや グルーヴ感を

もっと 取り入れて行きましょう!」

 

 高田翔太も そう言って 笑った。

 

「そうだよね。これからは ロックだとか ジャンルとかに こだわらないで行こうよ。

ジャズ的な 要素を もっと 積極的に取り入れれば、

きっと 音楽を もっと 無限大に楽しめるよね!」

 

と 岡林明も 言って 笑った。

 

「音楽には ジャンルわけするとかの理屈は 無用だよね。

何よりも 自由に 楽しんで 元気になれることが 最優先だからね。

よかったよ。反対意見なんかでたら、どうしようかって、少し悩んだんだ」

 

 川口信也はそう言って 笑った。

 

「そんな心配は無用だよ。みんなジャズは大好きさ。

あらためて、乾杯しよう!かんぱーい!」

 

 森川純がそう言った。みんなは笑顔で日本酒やビールを楽しんだ。

 

 川口信也は フランク・シナトラに リスペクトを こめて 歌を作った。

 

『美しさは 愛の世界がある 証(あかし)☆フランク・シナトラに捧げる』

 

きみの その美しさを

歌にして みたいと いつも 思う

最高の エンターテイナーの

フランク・シナトラ なら

どんなに 美しい バラードを 作るのだろう

フランク・シナトラは 20世紀 最高の

ラヴ・ソング や バラード の

ジャズ・ミュージシャン だった

 

朝の 目覚(めざ)めの 太陽の 輝きも

朝の 澄(す)みきった 新鮮な 空気も

一日が 終わる 夜の 心地よい 静けさや

安らか 眠りの 中で 見る 夢 さえも

もし きみが いないのだとしたなら

すべては 無意味なものに なるだろう

 

この世界の すべてのものは

物質で できていると 感じるけれど

そんなことは ないとも 感じるよ

目には 見えない 愛の 世界は あるから

※ きみの 美しさは … 世界の美しさは …

永遠の 愛の世界が あるという 証(あかし)※

 

※ から ※ くりかえし

 

☆参考文献☆

<1> 

美しさは愛の世界がある証(あかし)

☆ フランク・シナトラに捧ぐ 

オリジナル第11作 乙黒一平 ☆字幕付☆

https://youtu.be/se0LlDHfFHc

 

≪ つづく ≫ --- 173章 おわり ---

 

 



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174章 人生は夢と希望と自由の冒険の物語

174章 人生は夢と希望と自由の冒険の物語

 

 川口信也は、NHKで カール・マルクスの『資本論』と、

ジョン・レノン『イマジン』の番組を見て、

この2人の語って 描いている 理想的の社会や生き方のイメージが

ほとんど同じものだと感じた。

 

 信也も、理想的な社会や 生き方のイメージを 詞にした

新しい歌を作ったばかりだ。

 

 その歌は『 Hey, ho, let's go 』という イントロの、

ラーモンズ(Ramones)の「The Blitzkrieg Bop」

(ブリッツクリーグ・バップ)(電撃バップ)に

リスペクトをこめて 作った。

 

 『人生は夢と希望と自由の冒険の物語』というタイトルで

元気の出る8ビートだ。

 

 1976年2月にリリースのデビュー・シングル

『The Blitzkrieg Bop』は ドイツ語で 電撃戦という意味。 

 

 ラーモンズは、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市で

1974年に結成されたニューヨークのパンク・ロックバンド。

のちのパンク・ムーブメントに大きな影響を及ぼした。

ーーーーーーー

人生は夢と希望と自由の冒険の物語 作詞 作曲 川口 信也

 

Hey, ho, let's go

Hey, ho, let's go

Hey, ho, let's go

Hey, ho, let's go

 

何もかも 過ぎてゆく

何もかも 変わってゆく

時の流れは 河の流れのように

流れ去って ゆくばかり

でも 変わらないものも あるのを感じる

愛とか 美には 永遠を感じる

 

※ から ※ くりかえし

 

何もかも 子どもたちのように

何もかも 楽しめたら すばらしい

すべての人たち 生き物たちは

幸せ 探して 幸せ 願っている

きっと 幸せは 愛と 美の 世界にある

夢や 希望や 自由も 愛と 美の 世界にある

 

※ から ※ くりかえし

 

何もかも 起承転結(きしょうてんけつ)の

何もかも 物語のようだね

とても 不思議な この世界のことは

科学の力でも 解決できないことばかり

この人生は 愛と美の 座標軸(ざひょうじく)の

夢と 希望と 自由の 冒険の 物語

 

※ から ※ くりかえし

ーーーーーーーーー

 

 川口信也は、2021年1月11日の月曜日に放送予定の

『100分 de 名著』を、楽しみに待っている。

 

 MC(マスターオブセレモニー)の司会進行役は、

伊集院 光と 安倍 みちこ で、講師は 俊英の 斎藤 幸平(さいとうこうへい)だ。

 

 信也は、1月4日の月曜日に『資本論・マルクス』の

第1回『「商品」に 振り回される私たち』を見て、

次回の番組が待てなくて そのNHKテレビテキストを

アマゾンで 購入して読み終わったばかりだった。

 

《 マルクスや、彼の盟友のエンゲルスがいなかったら、『資本論』は

現在 存在しなかったんだろうしな。

 

 そんなことになってたら、いまの資本主義経済を、

これから、どうしていったらいいかも、

わからなかったんじゃないかな。

人類は、さらなる 貧富の拡大や過労死や労働環境の悪化とか、

さらなる 環境破壊や新たなウィルスの感染症とかで、

これからの社会の 明るい未来なんて、描けなかったんじゃないかな?

 

 マルクスも、残念ながら、明るい未来社会への 具体的な解決策を

提示するところまでは、書き残してくれてなかったようだけど。

 

 でも 『資本論』は 資本主義経済を、徹底的に正確に分析して、

その問題点とかを提示してくれているよな。

おかげで、明るく楽しい未来のイメージは、

みんなの 力 で、描いていけると思うよ。

その点は、マルクスやエンゲルスに、人類は、感謝、感謝だよね。

 

 そうそう。1月9日の夕方に NHKで放送の、

『“イマジン” は生きている ジョンとヨーコからのメッセージ』も

よかったよな。

 

世の中、良くしていくためには、ジョンレノンの言うように、

イマジン、想像力で、行動して、変革していくってことだよな。

つまり ラブ & ピースってことだよ。》

 

 そんなことを、信也はあらためて思った。

 

 『100分 de 名著』『資本論』の講師は 斎藤 幸平は、

1987年生まれ、哲学者、経済思想家。

専門は マルクス経済学。大阪市立大学 准教授。

マルクス研究界最高峰の賞ドイッチャー記念賞を受賞。

当時31歳で歴代最年少、日本人初受賞となる。

 

 『100分 de 名著』には、こんな紹介文がある。

 

経済思想研究者の斎藤幸平さんは、ソ連や中国といった

既存の 社会主義国家にはなかった 全く新しい社会ヴィジョンが、

マルクスがその生涯をかけ執筆した 大著『資本論』のうちに眠っているといいます。

マルクスによる「商品」、「貨幣」、「労働」、「資本」などについての鋭い分析は、

執筆された 150年前の当時と今では 状況は 異なっているにもかかわらず、

全く古びていません。

 

☆参考文献☆

<1> 

NHKテレビテキスト「100分 de 名著」

「カール・マルクス資本論」講師 斎藤 幸平

https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/105_sihonron/index.html

<2> 

“イマジン” は生きている ジョンとヨーコからのメッセージ - NHK

https://www.nhk.jp/p/ts/5P6LP3M51V/

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020110775SA000/

<3> 

人生は夢と希望と自由の冒険の物語

(ラーモンズに捧ぐ)オリジナル第12作 乙黒一平 ☆字幕付☆

https://youtu.be/CrJIS2L_UrU

 

≪ つづく ≫ --- 174章 おわり ---

 

 



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175章 Dear BILLIE EILISH ( 親愛なる ビリー・アイリッシュ )

175章 Dear BILLIE EILISH ( 親愛なる ビリー・アイリッシュ )

 

 2021年の2月7日の日曜日の夜、9時15分、

川口信也は マンションで、ひとり 寛(くつろ)ぎながら、テレビを 見ていた。

 

『 NHKスペシャル 2030 未来への 分岐点 2

飽食の 悪夢 水・食料 クライシス( =危機 )』という番組だ。

 

「先進国の 飽食が、世界中に『飢餓の パンデミック( =世界的大流行 )』を

拡大させている。

現在の食料システムのままでは、人口が100億に達する2050年 待っているのは

破滅という 悪夢。」という見出しの内容だ。

 

《 まったく、悪いニュース ばかりだな。この資本主義社会では、欲望ばかりが

優先されるから、環境の破壊とか、地球の温暖化とか、貧富の格差なんて、

おかまいなしだよね。

 

こんな世の中を良くしていくには、政治的なことにも関心を持って、

参加していかないとなあ。

 

その点では、あの、まだ19歳の、ビリー・アイリッシュには、感心するよな。

彼女は、アメリカ大統領は、18歳の若者にやらせろなんて、いうくらいだけど。

確かに、若い人の、繊細な感性でないと、これからの政治は任せられないかもね。》

 

 信也は、『Dear BILLIE EILISH ( 親愛なる ビリー・アイリッシュ )』

という歌を 作ったばかりだった。

 

 ビリー・アイリッシュは、まだ、19歳の女の子で、

2020年1月26日に開催された 第62回グラミー賞で、

主要4部門を含む合計5部門を受賞。

主要部門の独占は 39年ぶり 史上2度目、女性として初、

かつ史上最年少の記録だった。

音楽制作などは、作曲家・音楽プロデューサーでもある

実兄のフィニアス・オコネルと、共同作業を行っている。

ーーーーー

Dear BILLIE EILISH ( 親愛なる ビリー・アイリッシュ )

 

作詞・作曲 川口 信也

全歌詞

 

Dear BILLIE EILISH あなたの 家族は

お兄さんのフィニアス パパの パトリック

ママの マギーも みんな 音楽 大好きで

この 楽しい 家族の愛やが

ビリーの 心の 支(ささ)えですね

 

君の 住む ロサンゼルスは ロックンロール 的な 町 だよね

ビリー・アイリッシュと フィニアスの 歌も ステキな ロックンロール だよ

 

「今の 世界は あまりに ダークで 狂ってる

わたし の 音楽は 慰(なぐさ)めと 元気にするためにある

あなたの 気持ちはわかる あなたは ひとり じゃない 」

そう言う ビリーの 正義感

使命感 は まさしく ロックンロール

 

風 薫(かお)る ロサンゼルス は ロックンロール 的な 町 だよ

ビリー・アイリッシュと フィニアスの 歌も いかした ロックンロール だよ

 

「正直 言って 18歳が 大統領に なるべきだと 思う」

そう言う ビリーの 気持ちも ぼくは わかるんです

今の ままの 世界が 続けば 10年後には 大変なことに なっている からね

社会や 環境問題の 解決には 若い 感性が 必要だからね

 

君の 住む ロサンゼルスは ロックンロール 的な 町 だよね

ビリー・アイリッシュと フィニアスの 歌も ステキな ロックンロール だよ

 

ビリーは 音楽よりも ダンスが好きだったけど

13歳で 腰を 怪我(けが)したりして

鬱(うつ)や 自傷(じしょう)も 経験したよね

子どものころは 貧困だったり

いろんな病気も経験しているビリーだね

でも ビリーは ボス的な 体質だから たくましく 乗りこえて 行けるのかな

家族や ファンや みんなの 愛もあるしね

 

風 薫(かお)る ロサンゼルス は ロックンロール 的な 町 だよ

ビリー・アイリッシュと フィニアスの 歌も いかした ロックンロール だよ

 

☆参考文献☆

<1> BILLIE EILISH ~ビリー・アイリッシュのすべて  大和書房

<2> Cut 2020年 06 月号   ロッキングオン

<3> ロッキングオン 2019年 10 月号  ロッキングオン

<4> Dear BILLIE EILISH ( 親愛なる ビリー・アイリッシュ ) 乙黒一平

https://youtu.be/20LWUulP_xc

 

≪ つづく ≫ --- 175章 おわり ---

 



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176章 Dear 岡本 太郎 さま

176章 Dear 岡本 太郎 さま

 

 2021年 2月21日の日曜日。

川口信也は 朝の9時ころ、ベッドの 温かい 布団の中から 起きた。

 

 テレビでは、ワクチン 接種についての ニュースをやっている。

いつもの カフェオレを 飲みながら、なんとなく。

『 新説・あなたの知らない岡本太郎 』という マガジンハウスの 特別編集の

大型本を ながめている。カラー写真が満載で見ごたえがある。

 

《 やっぱり、太郎さんは、いいよな。人生や芸術とかについて、

語っていた言葉が、いまでも、新鮮で、感動的で、古びないものなあ。

今度、このさわぎが収束したら、きなちゃんと詩織ちゃんを誘(さそ)って、

南青山の太郎さんの記念館に行こうかな。》

 

 信也は、きなと 詩織と 交際している。3人の関係は 極めて良好で、奇跡的だ。

 

 川口 信也 は、1990年2月23日生まれ、31歳。身長175cm。

 森下 きな は、2004年9月16日生まれ、16歳。身長165cm。

 大沢 詩織 は、1994年6月3日生まれ、27歳。身長163cm。

 

 信也は、岡本太郎の『今日(こんにち)の芸術』とかの 本を 愛読している。

 

 信也は、その日、『 Dear 岡本 太郎 さま 』というタイトルで、

岡本太郎に向けた手紙のような感じの歌詞で、クラブ・ミュージック風な歌を作った。

ーーー

Dear 岡本 太郎 さま  作詞・作曲 川口 信也

 

「 他人が 笑おうが 笑うまいが

自分の歌を 歌えば いいんだよ 」

そんなことを 語っている

岡本太郎さんは 最高さ!

人生も 芸術も 自由に

楽しむために あるんですよね

 

そうですね なんとなく 

行ってみたい ところと いえば

東京の 南青山の 6丁目にある

岡本太郎さんの アトリエかな

ところせましと お庭や お部屋には

彫刻や 絵画が いっぱい おいてある

 

まるで 生きてるような 生命力に あふれてる

形 や 色 あざやかな 太郎さんの 芸術は

いつも ぼくらに 語りかけている ようさ

芸術とは 何か ? 人生とは 何か ? とね

そして ぼくらに 教えてくれてる ようさ

そんな 太郎さんの 芸術は 元気や希望も わいてくる

 

いまの 世の中を 太郎さんなら

どんな ふうに 語るだろう ?

いまは ちょうど 桜の花も 楽しみな

あたたかな 陽ざしの 春の 初め だけど

ありふれた 日々と 思うこともあったけど

いまでは 不思議と 奇跡と 調和の この世界と 感じるよ

 

☆参考文献☆

<1> 強い生きる言葉 岡本太郎 イースト・プレス

<2> Dear 岡本 太郎 さま ☆オリジナル第16作☆乙黒 一平

    https://youtu.be/5s72X6Kyu8w

≪ つづく ≫ --- 176章 おわり ---

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1000文字以下のため、再度、掲載します。深謝。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

176章 Dear 岡本 太郎 さま

 

 2021年 2月21日の日曜日。

川口信也は 朝の9時ころ、ベッドの 温かい 布団の中から 起きた。

 

 テレビでは、ワクチン 接種についての ニュースをやっている。

いつもの カフェオレを 飲みながら、なんとなく。

『 新説・あなたの知らない岡本太郎 』という マガジンハウスの 特別編集の

大型本を ながめている。カラー写真が満載で見ごたえがある。

 

《 やっぱり、太郎さんは、いいよな。人生や芸術とかについて、

語っていた言葉が、いまでも、新鮮で、感動的で、古びないものなあ。

今度、このさわぎが収束したら、きなちゃんと詩織ちゃんを誘(さそ)って、

南青山の太郎さんの記念館に行こうかな。》

 

 信也は、きなと 詩織と 交際している。3人の関係は 極めて良好で、奇跡的だ。

 

 川口 信也 は、1990年2月23日生まれ、31歳。身長175cm。

 森下 きな は、2004年9月16日生まれ、16歳。身長165cm。

 大沢 詩織 は、1994年6月3日生まれ、27歳。身長163cm。

 

 信也は、岡本太郎の『今日(こんにち)の芸術』とかの 本を 愛読している。

 

 信也は、その日、『 Dear 岡本 太郎 さま 』というタイトルで、

岡本太郎に向けた手紙のような感じの歌詞で、クラブ・ミュージック風な歌を作った。

ーーー

Dear 岡本 太郎 さま  作詞・作曲 川口 信也

 

「 他人が 笑おうが 笑うまいが

自分の歌を 歌えば いいんだよ 」

そんなことを 語っている

岡本太郎さんは 最高さ!

人生も 芸術も 自由に

楽しむために あるんですよね

 

そうですね なんとなく 

行ってみたい ところと いえば

東京の 南青山の 6丁目にある

岡本太郎さんの アトリエかな

ところせましと お庭や お部屋には

彫刻や 絵画が いっぱい おいてある

 

まるで 生きてるような 生命力に あふれてる

形 や 色 あざやかな 太郎さんの 芸術は

いつも ぼくらに 語りかけている ようさ

芸術とは 何か ? 人生とは 何か ? とね

そして ぼくらに 教えてくれてる ようさ

そんな 太郎さんの 芸術は 元気や希望も わいてくる

 

いまの 世の中を 太郎さんなら

どんな ふうに 語るだろう ?

いまは ちょうど 桜の花も 楽しみな

あたたかな 陽ざしの 春の 初め だけど

ありふれた 日々と 思うこともあったけど

いまでは 不思議と 奇跡と 調和の この世界と 感じるよ

 

☆参考文献☆

<1> 強い生きる言葉 岡本太郎 イースト・プレス

<2> Dear 岡本 太郎 さま ☆オリジナル第16作☆乙黒 一平

    https://youtu.be/5s72X6Kyu8w

≪ つづく ≫ --- 176章 おわり ---

 

 



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177章 Dear カール・マルクス さま

177章 Dear カール・マルクス さま

 

 2月23日の火曜日の祝日。朝の8時ころ。

 

 川口信也は、暖かな 陽の入る マンションの部屋で、

宝島社の A4サイズの 宇宙の本をめくったり、

中沢新一 の「愛と 経済の ロゴス」という本をめくったりしてた。

 

 歌でも作ろうかと考えていたのだ。そしたら、経済学者のカール・マルクスに向けた

手紙のような歌詞が ひらめいた。

 

 マルクスは、20世紀以降の国際政治や思想に 多大な影響を与えて続けている 巨匠 だ。

 

 信也は さっそく 音楽機器を使って、1分くらいの 歌を 作った。

 

 それこそ カール・マルクスに向けて 語るような 歌に仕上がった。

 

《 簡単に 即興(そっきょう)みたいに、できやったけど、

もしかしたら、歌詞の内容とかは、おれの最高傑作かもしれない。

代表作になるかも知れないなあ 。》

 

 そう思って、ひとり、苦笑いを浮かべた。

 

Dear カール・マルクス さま( Dear Karl Marx ) 

作詞・作曲 川口 信也

 

マルクスさんは 26歳のとき

「 お金 」というタイトルで

「 信頼 」は「 信頼 」とだけ

「 愛 」は「 愛 」とだけ

交換できると 書いてますよね

 

お金の 力は 友情を 敵対に 変えたり

憎しみを 愛に 変えたり

愛を 憎しみに 変えたり もする

だから 愛の力を 大切にすることが

人間らしさだと 語っていますね

 

そもそも この大宇宙が

初めに生まれたときは

原子よりも 小さくて

目にも見えなかった という 科学の 説は

愛の力 だけが 信じられると

語っているように ぼくは 思います

 

マルクスさんも 愛の力を 考えるところから

資本論を スタート したのですね

ぼくたちも いつも 愛の力に ついて 考えながら

自由で 楽しく 幸せな 社会を つくって 行きたいです

 

☆参考文献☆

<1> 経済学・哲学草稿  マルクス 長谷川宏 訳 光文社 文庫

<2> 愛と 経済の ロゴス 中沢新一 講談社 選書  

<3> 宇宙を知る 宝島社 

<4> 宇宙図 宝島社 

<5>Dear カール・マルクス さま 乙黒一平

 https://youtu.be/ce3hxh9Q2rg   

≪ つづく ≫ --- 177章 おわり ---

--------------

1000字以内のため、再度、添付します。深謝。

--------------

177章 Dear カール・マルクス さま

 

 2月23日の火曜日の祝日。朝の8時ころ。

 

 川口信也は、暖かな 陽の入る マンションの部屋で、

宝島社の A4サイズの 宇宙の本をめくったり、

中沢新一 の「愛と 経済の ロゴス」という本をめくったりしてた。

 

 歌でも作ろうかと考えていたのだ。そしたら、経済学者のカール・マルクスに向けた

手紙のような歌詞が ひらめいた。

 

 マルクスは、20世紀以降の国際政治や思想に 多大な影響を与えて続けている 巨匠 だ。

 

 信也は さっそく 音楽機器を使って、1分くらいの 歌を 作った。

 

 それこそ カール・マルクスに向けて 語るような 歌に仕上がった。

 

《 簡単に 即興(そっきょう)みたいに、できやったけど、

もしかしたら、歌詞の内容とかは、おれの最高傑作かもしれない。

代表作になるかも知れないなあ 。》

 

 そう思って、ひとり、苦笑いを浮かべた。

 

Dear カール・マルクス さま( Dear Karl Marx ) 

作詞・作曲 川口 信也

 

マルクスさんは 26歳のとき

「 お金 」というタイトルで

「 信頼 」は「 信頼 」とだけ

「 愛 」は「 愛 」とだけ

交換できると 書いてますよね

 

お金の 力は 友情を 敵対に 変えたり

憎しみを 愛に 変えたり

愛を 憎しみに 変えたり もする

だから 愛の力を 大切にすることが

人間らしさだと 語っていますね

 

そもそも この大宇宙が

初めに生まれたときは

原子よりも 小さくて

目にも見えなかった という 科学の 説は

愛の力 だけが 信じられると

語っているように ぼくは 思います

 

マルクスさんも 愛の力を 考えるところから

資本論を スタート したのですね

ぼくたちも いつも 愛の力に ついて 考えながら

自由で 楽しく 幸せな 社会を つくって 行きたいです

 

☆参考文献☆

<1> 経済学・哲学草稿  マルクス 長谷川宏 訳 光文社 文庫

<2> 愛と 経済の ロゴス 中沢新一 講談社 選書  

<3> 宇宙を知る 宝島社 

<4> 宇宙図 宝島社 

<5>Dear カール・マルクス さま 乙黒一平

 https://youtu.be/ce3hxh9Q2rg   

≪ つづく ≫ --- 177章 おわり ---

 

 



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178章 Dear 志村 正彦 さま (フジファブリック)

178章 Dear 志村 正彦 さま (フジファブリック)

 

 2021年2月27日の 土曜の 休日、午前11時ころ。

マンションの 部屋には 陽ざしが 入って 暖かい。

 

 川口信也は、ひと仕事が終わって『 東京、音楽、ロックンロール 』

の ページをめくっている。

 

29歳の若さで、急逝した ロックバンドのフジファブリックの 中心 だった 志村 正彦の本だ。

 

 彼の 死因は 心不全 らしく、自宅で ひとり パソコンの 操作中の 突然死 と いわれる。

 

その 日記 2004年5月 6日 に、こう 書いてある。

 

「今日は 休み。といっても 曲作り。

あと、最近ひどい事になっている家の機材の配線を整理した。

だいぶい感じ。」

 

《 おれと まったく 同じ 感じですね。志村さん 》と 信也は 思い 苦笑(にがわ)い。

 

 信也は 今朝、2時間くらいで、歌を1つ完成させた。

 

 前に 2万円くらいで買った、MTR(マルチ トラック レコーダー・多重録音機器)を使って、

作るから、調子にのれば、短時間で、ひとりだけで、ビートルズ のような サウンドが 作れる 。

 

 ボーカルでも ギターでも ベースでも ドラムでも ピアノでも、

パソコンも 不要で、簡単に セルフ・レコーディングが可能だ。

 

 たとえば、近くにある スタジオの レコーディング代とかだと、

1時間で 5,000円とかなんだから、この MTRは、

なんと音楽つくりの最強の味方だと、 信也は 感じている。

 

 作った歌は、信也と同じ 山梨県に生まれた 志村 正彦 に向けた手紙のような 歌詞だ。

 

 志村 正彦(しむら まさひこ、1980年7月10日 - 2009年12月24日)は、

日本のミュージシャン。山梨県富士吉田市に生まれる。

ロックバンド・フジファブリックの元ボーカリストおよびギタリスト。

フジファブリックに在籍中は大半の楽曲の作詞、作曲を担当していた。

小学校から中学校にかけては野球少年だったが、

中学時代に渡辺隆之(フジファブリックの初期メンバー)に誘われて行った

奥田民生のライブを見て音楽の道を志す。

 

フジファブリックは、日本のロックバンド。2000年結成。

志村正彦(ボーカル・ギター)を中心に2000年に結成された日本のロック・バンド。

2002年にインディーズで1stミニアルバム『アラカルト』をリリース。

2004年4月、現メンバー3人を含む5人編成でシングル『桜の季節』をリリースし、

メジャーデビューを飾った。

 

 2009年12月24日に志村が急逝したが、残された3人は新体制で活動を継続。

現在は既に志村在籍時の活動年数を追い越している。

現メンバーは山内総一郎(ボーカル・ギター)、

金澤ダイスケ(キーボード)、加藤慎一(ベース)。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

------

 Dear 志村正彦 さま (フジファブリック) 作詞・作曲 川口 信也

全歌詞

 

「 フジ ファブリック 」は

世界に 誇れる

かっこいい ロック バンド

ロックン ロールです

 

志村さん お元気でしょうか

もうすぐ 桜の花の 咲く 季節です

テレビで「 若者のすべて 」

の 歌を 聴いているうちに

志村さんの ロックンロールが 好きになりました

歌や 芸術 とかって コミュニケーションに 最高ですよね

愛の力 に あふれてる 神秘の この世界だから

人生 だって 青春 だって 永遠に 続くと 思います

 

ファースト アルバム の オープニング ナンバー は

美しい ピアノの 音の「 桜の季節 」から 始まっていますね

志村さんの ロックン ロール と 出会えて 最高です

いつか お会いすることだって できる と思っています

愛の力に あふれている 不思議な この世界だから

ほんとうに 思っているのなら 不可能はない と思います

 

☆参考文献☆

<1> 東京、音楽、ロックンロール 志村正彦 rockin'on

<2>  Dear 志村正彦 さま (フジファブリック)乙黒一平

https://youtu.be/2t6FCw5HrAY

    

≪ つづく ≫ --- 178章 おわり ---

 



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179章 Dear C.D.ルーイス さま( 英国の 詩人・推理 作家 )

179章 Dear C.D.ルーイス さま( 英国の 詩人・推理 作家 )

 

 2021年3月2日。

 

 強風と雨の中、川口信也は、モリカワの本部から、

歩いて 5分の マンションに まっすぐに 向かった。

 

 下北沢の 店の ネオンを ぼんやり 見ながら、

 

《 日ごろから、ごく自然に あたりまえのように、

みんなが、愛とか 詩とかを、心から 大切に 感じたり、思ったりする、

そんな 世の中にならないと、真の 世界の 平和や 幸福 は

実現 しない のだろうなあ・・・ 》

 

 信也は、そんなことを、思って、家路をいそいだ。 

 

 外食産業大手の モリカワの 本部も、

信也の マンションも 東京の 世田谷区の 下北沢にある。

 

 自宅すると、すぐに、信也は、作りかけている歌

『Dear C.D.ルーイス さま( 英国の 詩人・推理 作家 )』を完成させて、

自分の Youtube にアップした。

 

 最近の信也は、よく、2万円くらいで買った、

MTR(マルチ トラック レコーダー・多重録音機器)で、歌つくりをして、遊んでいる。

 

 MTRを使えば、簡単に、たったひとりで、ビートルズ のような サウンドが 作れる 。

 

 ボーカルでも ギターでも ベースでも ドラムでも ピアノでも、多重録音できて

セルフ・レコーディングが可能だ。パソコンも 不要というのが、うれしい。

 

 今回の歌の「C.D.ルーイス 」は、英国の詩人だ。

 

 現在、日本国内では、彼の「 詩を読む 若き人々のために 」という本が購入可能だ。

 

 信也は、おそらく購入不可能となっている

「 詩を どう 読むか 」という本も 持っている。

株式会社ダヴィッド社の発行だ。アマゾンの古書で買った。

 

 詩とは何かを、とてもわかりやすく語っていて、

歌の詞を書くのにも、役立つので、ルーイスの この2冊は 信也の大切な 愛読書だ。

 

セシル・デイ=ルイス( C.D.ルーイス )

(Cecil Day-Lewis, CBE, 1904年4月27日 - 1972年5月22日)は、

アイルランド生まれのイギリスの詩人・作家・推理作家である。

1967年から1972年までイギリスの桂冠詩人。

別名ニコラス・ブレイク(Nicholas Blake)。

息子は俳優のダニエル・デイ=ルイス。

詩人のオリヴァー・ゴールドスミスは母方の傍系の親類にあたる。

 

1904年アイルランドの牧師の家に生まれる。

一家はまもなくロンドンに移住した。

オックスフォード大学ウォダムカレッジ在学中にW・H・オーデンと出会い、

生涯の友となった。在学中から詩作の才能を示し、卒業後は教師として働いた。

1925年に発表した詩集 "Beechen Vigil" で詩人としての地位を確立し

以後多くの詩を発表した。第二次世界大戦中は政府の情報部に勤め、

戦後は母校の教授に迎えられた。

1967年にはジョン・メイスフィールドの死去に伴って

イギリスの詩人としては最高の地位である桂冠詩人に任命された。

1972年アイルランドで死去した。

一方ニコラス・ブレイクのペンネームでは多くの推理小説を遺した

(日本ではこちらのほうが有名である)。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ーーーーー

 

Dear C.D.ルーイス さま( 英国の 詩人・推理 作家 )

作詞・作曲 川口 信也

 

詩人のルーイスさんは 「 詩を読む 若き人々のために 」の

21ページ では「 言葉は おたがいの

心の コミュニケーションの 大切な ツールです 」とか

「 詩とは 言葉に対して じゅうぶんな 注意と 尊敬と

正確さ を 持って あつかう 芸術です 」と 語っていますよね

ぼくも そんな 詩的 想像力が 人生には大切だと思います

 

詩や 愛は 心に 芽生(めば)える 種子(しゅし)のようなもので

それを 大切に 育てることが 幸せに 生きる 道だと 思います

 

詩人のルーイスさんは 「 詩を どう 読むか 」の

42ページ では「 詩人が この世にあるのは

愛の 原理を 示すためと いえるでしょう 」とか

「 愛こそは この ゆたかな めぐみの 大自然のなかで

幸せに 生きるための 1番の 言葉であり

愛こそは 詩の 源(みなもと)や 情熱である 」

という お話にも 共感します。

 

詩や 愛は 心に 芽生(めば)える 種子(しゅし)のようなもので

それを 大切に 育てることが 幸せに 生きる 道だと 思います

 

☆参考文献☆

<1>「 詩を読む 若き人々のために 」C.D.ルーイス  筑摩書房

<2> 「 詩を どう 読むか 」C.D.ルーイス  株式会社ダヴィッド社

<3> Dear C.D.ルーイス さま( 英国の 詩人・推理 作家 ) 乙黒一平

https://youtu.be/yPCjXPlpg40

 

≪ つづく ≫ --- 179章 おわり ---

 



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180章 Dear エディ・ヴァン・ヘイレン

180章 Dear エディ・ヴァン・ヘイレン

 

 3月21日。日曜日。曇り 時々 雨 の1日 だった。

 

 川口信也は、ギターリストとして尊敬している エディ・ヴァン・ヘイレン の

追悼特集 の ギター・マガジンの2021年1月号 の ページ をめくっている。

 

「 ぼくらが やりたいと 思っているのは、

ロックン ロールに 興奮 を取り戻すことだ。」

と エディは23歳のときに語っている。

 

《 やっぱり、考えていることが、エディ は平凡 じゃないよな。》

 

 信也は、そんなことを思う。

 

《 いまの 世の中、みんな、高学歴とかで、頭のいいような人たちばかりだけど、

なんていうのかな、人生の 基本とか 根本とかって、小中学生のころのように、

毎日を、楽しく、遊びながら過ごすことだと思うんだよね。

 

そりゃあ、オトナになれば、仕事もしないとね。自分の時間が少なるなるのはわかるけど。

でも、人生の原則は、健康で、明るい未来を目指して、楽しく過ごすことってことだろう。

 

いまの 資本主義のシステムも、欲望の 暴走列車になってしまったりで、欠点もあるけど。

かといって、マルクスの資本論を教科書にしているような共産主義も、

権力の乱用で、個人の自由を奪ったりしているしなぁ。

 

人は みんな 考えなくてもいいことを考えて、疲れ果ててしまって、

子ども のころの 純な 心も忘れて、瑞々(みずみず)しかった感性も

擦(す)り減(へ)って、そのうちに 楽しみや 正義感とかも 失っていくのかなあ。

 

そこへいくと、エディ が 言うような ロックン ロール の 考え方は

なんと 人間らしくって 健全で 豊かで 明るくて 進歩的なのだろう。

ロックン ロール こそは、 愛 と 美 と 自由 の ぼくら の 音楽 ですよね。

ねえ、エディさん。

ロックン ロールは、最高ですね。人類の 宝 のようなものですよね。》

 

 信也は そんなことを、天国にいる エディに 話しかけていた。

 

 信也は、MTR(マルチ トラック レコーダー・多重録音機器)で、

ヴァン・ヘイレン の パナマ「PANAMA」を カバーして、Youtube にアップした。

 

 MTRを使えば、たったひとりで、

 パソコンも 不要で 簡単に 、ボーカルでも ギターでも ベースでも ドラムでも 、

多重録音できて、ビートルズ のような サウンドの レコーディングが できた。

 

☆参考文献☆

<1>ギター・マガジン 2021年 1月号 リットー・ミュージック

<2> Dear エディ・ヴァン・ヘイレン パナマ「PANAMA」の カバー

乙黒 一平 https://youtu.be/jnLEUe1HA9g

 

≪ つづく ≫ --- 180章 おわり ---

 



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181章 Dear ジョン・レノン( イマジン の カバー )

181章 Dear ジョン・レノン( イマジンの カバー )

 

 2021年3月7日、土曜日。朝の8時。空も 快晴。

 

 川口信也は、ベッドから 起き上がって、あったかい カフェオレ をいれた。

 

《 きょうは、ジョン・レノンの『イマジン』のカバーを作って、アップ しようか!》

 

 最近 、信也は MTR(マルチ トラック レコーダー・多重録音機器)で

歌のカバーを Youtube に アップ して よく 遊ぶ。

 

《 ひとことで いえば、芸術家も 音楽家も 普通の人も、

楽しく 平和に 生きている人は、

感性も ゆたかな人で、詩人 と 同じって いうことだよね・・・。

 

 ボブ・ディランは、こんなことを 言ってたっけ。

 

「 詩を書くからといって 必ず 詩人という わけじゃない。

ガソリンスタンドで 働いている 人の中にも 詩人は いるよ。」ってね。

 

 ディランは、こんなことも 言っている。

 

「 自由に歌を作るのは難しい。どこかで型にはめなくてはいけない。

だから ぼくは 詩を たくさん 書いているんだ。

詩なら 形に 制限はないからね。」

 

 この ディランの 言葉と 似たような ことを、

詩について、ジョン・レノンも こんなことを 言っている。

 

「 ぼくは、常に 書いている。傑作は いつも ふとした はずみや

インスピレーション で 浮かんでくるから、そのことを考える 必要は ほとんどない。

ぼくは いつも 頭の中で 詩を書いているし、もし 誰かが 何かを言ったら、

それを 詩の 一行かとか アイデアとして 頭の中に 置いておく。

ほとんど 書かない 瞬間は ないってくらいさ。

・・・言葉が 浮かんだ時の 気分は好きだね。もう そうしたら 音楽も すぐに 作れる。

音のほうは 簡単さ。音は いつも そこにあるんだ。」

 

 ジョン・レノンは、やっぱり、ロックンロールの 最高峰を 極めた人だよな。

『イマジン』なんか、いまの混迷の世界に、説得力を持って、蘇(よみがえ)るし。

 

 ウィキペディア(Wikipedia)を見てたら、2005年1月に、

カナダの 公共放送局の カナダ放送協会は、

リスナーによる投票で 『イマジン』を 過去100年のうちで最も偉大な歌としたって

記されてたし。

 

 ジョン・レノンは、ロックンロールについて、こんなことを語っている、

 

「 私が 15歳のとき、それまでにも ずいぶん いろんなことがあった にもかかわらず、

伝わってきたのは ロックンロール だけだったのです。

ロックンロール が リアルで、ほかのものは すべて、アンリアルでした。

 

それに、すぐれたロックンロールは、すぐれた、という意味が

どうであろうと リアルなのです。そして、その リアリズムは、

どうしても 自分に 伝わってきてしまうのです。

 

たとえば、真実の 芸術に関しては すべて こういうことが あるのですけど、

ロックンロール の中に 何か 本当 のものが あることに気づきます。

 

何を持って 芸術と呼ぶかは その人の 勝手ですけど。

真実なものは だいたい において、単純です。そして、単純であれば 真実だという、

そんなようなことですね。」

 

 ジョン・レノンは こんなことも 語っているよなぁ。

 

「 ビートのある 音楽に とりつかれたのは、やはり エルヴィスの 影響です。

『ハートブレイク・ホテル』を聴いたときは、これだ!と直感しました。

そしてもみあげをのばしはじめ エルヴィスのように

装(よそお)いをはじめたのです・・・うれしくて浮遊している感じでしたね。

学校で 勉強する気に なんか なれませんでした。」

 

 T・REX の マーク・ボレン も いいけど、・・・ジョン・レノンは最高だ。》

 

 そんなことを思いながら 1時間くらいで、信也は『イマジン』の カバーを完成する。

♪ =150、1分間に 4分音符150回の ドラム・リズム で、曲は 1 分 45秒の短さだ。

 

Imagine 歌詞(和訳)

 

Imagine there's no heaven

it's easy if you try

想像してください 天国がない ことを 

簡単だよ

 

No hell below us

above us only sky

ぼくたちの 下に 地獄がなんてないんだ

見上げれば 空があるだけさ

 

Imagime all the people

living for today ahaa ...

想像してください

すべての人々は 今日を 生きているのだと・・・

Imagine there's no countries

it isn't hard to do

想像してください 国境なんて ないことを

そう思うことは むずかしくないよ

 

Nothing to kill or die for

and no religion too

殺す理由も 死ぬ 理由もない

そして 宗教も ありません

 

Imagime all the people

living life in peace ahaa ...

想像してください

すべての人々が 平和に暮らしていることを・・・

 

You may say I'm a dreamer

but I'm not the only one

あなたは ぼくが 夢想家だと 思うかもしれない

でも ぼく ひとりじゃないんだ

I hope someday you'll join us

and the world will be one

いつか あなたも 仲間に

加わってください

そうすれば 世界は ひとつ になるだろう

 

Imagine no possessions

I wonder if you can

想像してください 所有 なんて 存在しないと

あなたにも そんな 考え方が できるか どうか

 

No need for greed nor hunger

a brotherhood of man

貪欲(どんよく)になったり 飢えたりする 必要はない

人類は 兄弟 同志 なのだから

 

Imagine all the people

sharing all the world ahaa ...

想像してください すべての人々が

世界を 分かち合っていることを

 

you You may say I'm a dreamer

but I'm not the only one

あなたは ぼくが 夢想家だと 思うかもしれない

でも ぼく ひとりじゃないんだ

 

I hope someday you'll join us

and the world will live as one

いつか あなたも 仲間に

加わってください

そうすれば 世界は ひとつ になって 動くだろう

 

☆参考文献☆

<1> 自由に生きる言葉 ボブ・ディラン イースト・プレス

<2> 愛と芸術 革命家 ジョン・レノン シンコー・ミュージック

<3> レノン・リメンバーズ ジョンレノン 片岡義男 訳 草思社

<4> 人間 ジョン・レノン  マイルズ編 小林宏明 訳 シンコー・ミュージック

<5> Dear ジョン・レノン( イマジン の カバー )

https://youtu.be/GtbCgaHMw2U

 

≪ つづく ≫ --- 181章 おわり ---

 



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182章 Dear ボブ・ディラン

182章 Dear ボブ・ディラン( Dear Bob Dylan )

 

2021年3月28日、日曜日。灰色の雲と 時々 雨という 空は模様だ。

 

 川口信也は、朝の8時ころ ベッドから 起き上がると、カフェオレ をいれた。

 

信也は 約1日分のコーヒーを、ペーパー ドリップで、ポットに淹(い)れておく。

カップに、そのコーヒーと牛乳と、湯(ゆ)か 水を 入れて、カフェオレの できあがり。

ちなみに、カフェオレは フランス語で、泡だてたミルクを入れた カプチーノはイタリア語だ。

 

 信也は MTR(マルチ トラック レコーダー・多重録音機器)で、

「 Dear ボブ・ディラン 」という タイトルの 歌作りをしている。

 

 ディランは、 1941年5月24日 の 現在79歳だ。

グラミー賞や アカデミー賞など 数々の賞を受賞して、

2016年には 歌手としては 初めての ノーベル 文学賞も 受賞して、

「ローリング・ストーンの選ぶ 歴史上 最も 偉大な100人のソングライター」

では 堂々の 第1位を 獲得している ボブ・ディランに、信也は 関心が 尽(つ)きない。

 

 最近 信也が 見た DVD の『ノー・ディレクション・ホーム』は、ボブ・ディランの故郷の

アメリカ・ミネソタ州での少年時代から、ニューヨークnグリニッジ・ビレッジの

コーヒー・ハウスで歌っていた 初期の日々、そして1966年の25歳のころ

ポップスターに登りつめるまでにいたった、

ディランの人生を 記録や 証言や 歌などで 構成した ドキュメント 作品だ。

 

 《 この DVD で 当時のミュージシャンとかのディランと身近だった人々の 証言や

記録を 見ていても、ディランは、ごく 普通の 音楽好きの 若者だよなぁ。

 

ただ、ディランが ほかの人たちと 大きく違っているのは、目のつけどころ、

というか 視点 のようなもの、感性とか 考え方とかの 内面なんだろうな。

 

ディランは、世間から 忘れ去られているような フォーク シンガーの

ウディ・ガスリーの歌に 心酔して、

療養中の ウディ・ガスリーのいる病院に 何度も 見舞いに行っている 。

 

そういうところ、自分が本当に欲しているものに、真剣に取り組んで、

その 意欲 や 情熱 や 持続 が、中途半端ではなかったんだろうな。

 

詩人としての 素質や資質についても、「恋愛したら 芽生えた」って、

ディラン自身が語っている。

人は みんな、恋愛から、詩を書くようになったりするんだろうな。

おれも、詩を書いて、贈ったほうだから、このプロセスは、よく理解できる。》

 

 ディランは、こんなことを 語っていて、信也も 感心している。

 

『 「 言いたいこと 」だって?

「 電球のように ひらめく 冴(さ)えた 頭を持て 」かな。』

(1965年、マンチャスター)(ディラン 23歳から24歳)

 

『天才。天才? 紙一重の 言葉だね。天才 なのか、頭が おかしいのか。』

(1992年。ロサンゼルス)

 

『ぼくは もともと ロックンロールが 好きだから、

無意識のうちに 演奏する音楽も ロックンロールのようになっていたね。

ほかの フォーク シンガー と違っていた。』

(1985年、ニューヨーク)

 

『 姿勢。大事なのは 何をするか より、取り組む 姿勢なんだ。』

(1985年、ニューヨーク)

 

『名声の 罠(わな)に かからないように 気をつけ なくては ならない。』

(1985年、ニューヨーク)

 

『神。神は 女なんだ・・・。まず、そこから、話を始めないと。』

(1965年、テキサス州オースティン)(ディラン 23歳から24歳)

 

『流行歌。ポピュラー ソングは、数ある芸術の中でも唯一、

その時代の 気分 のようなものを 表現できる。だからこそ 人気があるんだよ。』

(1965年、ニューヨーク)(ディラン 23歳から24歳)

 

『人が 言うことを いちいち 気にするな。心が 死んで しまうから。』

(1969年、ウッド ストック)

 

『たとえば 夕日の 美しさ。これは 神に 与えられたものだ。

ぼくは 長い間、人の作った 美しさに 関わってきたが、

神の世界の 美しさが 何度も ぼくを 救ってくれたよ。』

(1981年。ニューヨーク)

 

『ぼくは懐疑的な人間ではない。ただ。他人が信じるように勧めてくれるものの中に

信じられるものが見つからないだけだ。』

(1965年、ニューカッスルアポンタイン)(ディラン 23歳から24歳)

 

『異性。人は本当は男や女を探し求めているわけじゃなくて、

自分の内面に潜んでいるものを目覚めさせてくれる人を探しているんだ。』

(1989年、ロサンゼルス)

 

『そこらじゅうに、詩を書く人が うじゃ うじゃ います。そういう人たちみんなを、

詩人と呼べますか。ある種のリズムがあって、ある種の方法に従えば、

詩になるんです。詩人になるために詩を書く必要などないでしょう。

ある人はガソリン・スタンドで 働いていて、なおかつ 立派な詩人です。

ぼくは自分を立派な詩人だなどと言いません。なぜって、その言葉がきらいだからです。

しいていえば、ぼくのことを 曲芸師とでも呼んでください。』

(1965年、ロサンゼルス)

 

『どういう言葉を使うのか。言葉をどういうふうに はたらかせるのか。

歌でも詩でも大事なのはそれだ。』(1989年、 ニューヨーク)

 

『リズム、メロディ、すべてをなくしたとしても、ぼくは歌詞を暗唱できる。

重要なのはメロディじゃない。歌詞だ。』(1963年、ニューヨーク)

 

『今はほとんどの音楽が機械で作られて、どの曲も音が全部同じだ。

だが、そういう音楽を 気に入っていない若者も 大勢いるんだ。』

(1978年、トロント)

 

『ロックの死。ロックがなんであるか。どう利用すればいいかを企業が理解したときに、

息の根を止められてしまった。』(1986年、トロント)

 

『音楽ビジネス。最初のうちは食べて行ければ十分だった。

今は音楽で稼げるとわかったから、この世界に入る人間がいる。悲しいことだと思うね。』

(1986年、トロント)

 

『ロック。昔は、ロックをやるなら 犠牲を 払わなければならなかった。

町から追い出されるかもしれないし、崖(がけ)から突き落とされるかもしれなかった。』

(1985年、ニューヨーク)

 

『今やロックは一大産業であり、大きな体制になっている。

最高のロックは、スポットライトを 浴びる前に 出尽くした。』

(1985年、ニューヨーク)

 

『メディアはいつも栄養を欲しがる肉挽き機のようだ。

決して、満足しないから 常に 栄養を 与え続けなければ いけない。』

(1985年、ニューヨーク)

 

『たくさん レコードを作っていると、何年も ずーっと それをやっていると、

ときどき わからなくなる。自分が 作りたいから 作っているのか、

それとも 他人に 期待されている からなのか。』

(1991年、ロサンゼルス)

 

『働けるなら、それ以上望むものはない。こういう時代で、この歳で、

あたりまえと言えない。働けることこそ人が求めるべきものだ。』

(1986年、トロント)(ディラン 44歳から45歳)

 

『ノスタルジア (郷愁) 。自分の歌が 古くなるということは ぼくには ありえない。

ディケンズの「二都 物語」は もう 百年も前に 書かれた本だけど、

懐かしい なんていうだろうか。懐かしいなんて 言われるようになると、

扱いが 変わって、みんな、歌を わかったようになるんだ。

ただ、懐かしいという 言葉に 変わったに 過ぎないのに。』

(1984年、ハンブルグ)

 

 

 信也は、1分11秒の『Dear ボブ・ディラン 』という歌を

MTRで完成させて、Youtubeにアップした。

 

Dear ボブ・ディラン  全歌詞

 

1941年に アメリカの

ミネソタ州で 生まれた ボブ・ディランは

14歳で ギターを弾いた という

「 ロックン ロール を 歌う 気持ちで

フォーク ソング も 歌っていた 」と

ディランは 語っているよ

 

ディラン は 19歳のときの ギターと

スーツ ケース だけで

初めて ニューヨークに 着いて

グリニッジ ビレッジ の コーヒー ショップ に

飛びこみ ぶっつけで 歌った という

「 やりたいことは 熱心に やるんだ 」

と語っている ディラン

 

『 ナッシュヴィル・スカイライン 』

( NASHVILLE SKYLINE )の アルバム の

『 アイ・スリュウ・イット・オール・アウェイ 』

( I THREW IT ALL AWAY )という

イカした ラヴ ソング( LOVE SONG ) の中で

「 Love is all there is it makes the world go 'round 」

「 愛しかない それが 世界を 動かしている 」って歌っているんだよ

 

☆参考文献☆

<1>自由に生きる言葉 ボブ・ディラン イーストプレス

<2>ボブ・ディラン サイ&バーバラ・リバコフ 音楽之友社

<3> Dear ボブ・ディラン  乙黒 一平

    https://youtu.be/Pb2ZZqXzTL4

 

≪ つづく ≫ --- 182章 おわり ---

 



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183章 日本の 雅(みやび)は世界の文化のモデルになると信也は思う

183章 日本の 雅(みやび)は世界の文化のモデルになると信也は思う

 

 5月23日の日曜日の朝の8時ころ。梅雨入り 発表もないのに 曇りや 雨が多い。

 

 昨夜、川口信也は 録画しておいた NHKの『100分 de 名著・伊勢 物語』を見てた。

 

 ゲスト 講師は 小説家の 高樹(たかぎ) のぶ子さん。

高樹さんは、日本の美の源流をよみがえらせた

傑作『小説・伊勢物語・業平(なりひら)』を 書いた ばかり。

 

『伊勢物語』は、雅 (みやび)という 日本 古来の 美意識を 大切にして 生きたという

実在の歌人・在原業平(ありわらのなりひら)といわれる 恋多き 男が 主人公だ。

在原業平は、天皇家と血筋がつながっていたが、父の願い出により、

在原姓を賜(たまわ)って 臣籍にくだり、皇族の 身分ではなくなった。

これを 臣籍降下(しんせきこうか) という。

 

「 業平の歌は、業平という人間の息吹(いぶき)を感じさせます。

彼は恋の人である前に歌の人である・・・これも私が導き出した結論です。

業平が生きた時代から、すでに千百年の時が経っています。

しかし同じ創作にたずさわる者として、業平の歌、心情、そして美学には、

共鳴するところが数多くありました。

そんな私なりの共感や解釈もお話ししながら、平安の恋と歌の旅に、

みなさんをお連れしたいと思います。」

 

 そんな 高樹さんの 言葉が、信也が 持っている NHK テキストに ある。

 

 源氏物語の 主人公の 光 源 も、この 在原業平 が モデル だと いわれる。

 

 業平(なりひら)が 良き 歌人になれた 最も 大きな 要因は

「雅(みやび)」とは 何かを 知っていたことにあると、高樹さんは 語る。

 

 信也は その「雅」に 大変 興味が あった。

 

 ネットの 辞書には「雅」に、こんな 説明が ある。

 

 雅(みやび)は 日本の 伝統的な 美的 理念の 1つである。

 

 雅 は「優雅さ」「洗練された」「礼儀 正しさ」、

時には「甘く 愛する人」などの 意味と 解釈される。・・・と。

 

 高樹のぶ子さんは 『伊勢物語・在原業平・恋と誠』という 本で、こんな 説明をしている。

 

「『雅』とは何でしょう。その本質に『きよらかな あはれ』があると 書きましたが、

具体的には なかなか見えてきません。<中略>

 

少なくとも、きらびやかで 優雅 という 狭い 概念 だけでは 足りません。

業平の生き方、人間性、対人関係を見るとき、ようやく『雅とは何か』が見えてきます。

相手を とことん 追いつめない、早々に 決着をつけない、

短絡的に 勝者と敗者を分けてしまわない。

そのような一見曖昧にも見える振(ふ)るまい。考え方、余裕のある性格を、

私は『雅』と考えます。

そこには相手を思いやる『哀(あわ)れ心』があります。

上から下を見るときの『哀れみ』ではなく、

相手も 自分も やがて 消えていく 身だというという 諦念が潜(ひそ)んでいるのです。

 

相手の自分の主張の違いを、どちらが正しいかと ギシギシすり合わせ、

せめぎ合うのではなく、余裕を置いておく。

わからないものを、わからないまま残しておく。<中略>

 

このような考え方は、現代においては なかなか 難しく、近代的な合理主義、

科学的な視線で見れば、好(い)い 加減で 怠慢、事なかれ主義に見えてしまいます。

けれど平安の世では、それが可能でした。

なぜかと言えば、人間が知りえないことが たくさんあったからです。

怨霊(おんりょう)、生き霊、呪詛(じゅそ)、穢(けが)れなど、

目に見えない恐怖がたくさんあり、夜の闇でさえ 濃く 深く、

人間にとっては魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蠢(うごめ)く世界でした。」

 

 信也は、「すげえ、文字だ」と思いながら、ネットで、魑魅魍魎 を 調べる。

 

「魑魅魍魎とは、人間に害悪をもたらす化け物という意味のこと。

英語では demon や evil spirit などと表現される。

魑魅魍魎の語源は、自然界に潜む妖気や霊気から生まれる邪悪な霊である。

魑魅の語源は山の化け物や山の神であり、

魍魎の語源は川や沼に住む水の化け物や水の神である。」と ある。

 

この 本では 高樹さんは 「貴種流離(きしゅりゅうり)が日本 芸術を作った」

というタイトルで、こう 語る。

 

「業平は権力や地位より、歌に生きることを選びます。権力を得られなかったから

歌と女性に向かったのでは、なく自らの意思で そうしました。

権力の危(あや)うさを知っていたからです。

この貴種流離が、日本特有の芸術を作った。日本の美意識を清らかなものにした。

万物にあられを感得し、生々流転、無常を世のことわりと認識し、

水の流れに 人の世を 悟(さと)った。

このように書いてみると、権力から 離れることで 美を発見した

鴨長明(かものちょうめい)や西行、良寛さんや松尾芭蕉(ばしょう)まで浮かんできます。

業平が そのトップランナーであったと考えても、大きくは間違っていないでしょう。

<中略>

業平は恋の成就に失敗し、挫折感の中で『自らを用なき者』と知ります。

この失意を経て、一段と高い歌人にステップアップしたと思われます。

つまり 挫折こそ 大きな恵みになったわけです。

そもそも 権力や地位やお金で女性を得たい、とする恋心は、

どんなに本気であっても打算が混じっています。

けれど 業平の恋は、相手が身分が高く、人生を賭けなければ 手が出せません。

賢(かしこ)い人は 手を出さない相手です。

純粋さと 愚(おろ)かさは 紙一重、業平は 紙一重を生きて、結果は オーライで、

最後は自分の人生に満足して死にました。

彼の幸せの理由のひとつは、女性を信じることができたことにあります。

女性を信じられるから、自分の人生を歌を、一人(ひとり)の女性に

委(ゆだ)ね 預(あず)けることができました。

それが『伊勢 物語』を世に残した、と 私は考えます。」

 

 信也は、『貴種流離』を、ネットで調べると、こうあった。

「 高貴な 生まれの人が、青年期に達してから 肉親と別れ 辺境を さすらう。」

 

 信也は、雅(みやび)という 日本の 伝統的な 価値観に 感動した。

 

 その理由の1つには、大脳生理学の研究をする

大島 清・京都大学 名誉 教授の 本の 影響も あった。

 

 大島 教授は「現代社会の行きづまりは、男性の脳の 限界でもある 」と 警鐘を鳴らす。

 

 彼の 著書『女の脳・男の脳』では、男女の脳の違いを、こう 語る。

 

「女性が 大脳辺縁系を 満足させなければ 我慢ができないのに対し、

男性は 大脳辺縁系の部分の不満を 新皮質でカバーできると 述べたが、

これは どういうことか もう少し 深く 観察してみよう。

 

もちろん、男性にも生理的欲求や 安全の欲求、あるいは所属と愛の欲求がある。

男性も セックスを強く望むし、自ら 安全でいたいと思う。これは自明のことである。

 

しかし、男性はそれ以上に 新皮質の部分での 承認の欲求や 自己実現の欲求が強い。

大脳辺縁系の不満にあえて目をつぶっても、新皮質の満足に賭けずにいられない。

 

たとえば家庭にあって、妻は家庭の幸福を願い、家庭の平和(安全)と

自身の精神的『愛と性の充足(じゅうぞく)』を求める。

これに対し、夫は社会という戦場のなかで奮闘し、『他者からの評価』を求め、

『自己実現』を めざす。そのためには、家庭の平和(安全)や

性の充足は、結局、二義的な 問題になってしまう。

 

つまり、女性の場合は、生理的 欲求 → 安全 欲求 → 愛の 欲求 といった 形で

脳の 指令が 働いて行く。

いい換(か)えれば、大脳辺縁系 → 新皮質の 順で ボトムアップ的に

行動するのに対し、

男性の場合は、新皮質 → 大脳辺縁系 といった 形、つまり、

トップダウン的に 行動することが 往々(おうおう)にしてあるということである。

 

いわゆる 家庭の 崩壊 現象は、男性と女性の対立、相克(そこく)から

出発するのが 一般的だが、これは 男性と女性が 宿命的に内包する難問であり、

構造的な差、つまり『大脳の指令の方向性が逆』だということに起因するといえる。」

 

そして、大島清・京都大学 名誉 教授 は『男の脳は欠陥脳だった』という本で、

現代社会に 次のような 警鐘を 鳴らしている。

 

「男がつくてきた 『社会』は、さまざまな矛盾や混乱を引き起こし、

女が守ってきたはずの家庭も またぁ空洞化が進んできた。

 

社会の 行き詰(づ)まりは 男の脳の 限界を示している。

男の脳はつねに闘い続け、社会と歴史を動かしてきたが、

行き詰まってしまえば それは 脳が限界に達したということだ。

男の脳だけでは 状況が 切り開けなくなった ということだ。

<中略>

男の脳は 敵を倒し、獲物を求め続けてきた。行動に論理的な裏づけを求め、

生きることそのものにも意味を見出そうとしてきた。

夢や富や美しさを追いかけ、その目的のためなら すべてを犠牲にしてきた。

戦争も思想も科学も芸術も、あえて極論すれば そういった男の脳が

中心になって切り開いた世界だ。

 

その結果として 現代社会がある。豊かさに満ち あふれ、かつ激しい競争の社会だ。

物質的には恵まれても、心安らぐことの少ない社会だ。」

 

・・・相手を 思いやる 心 も 雅(みやび)だよな。

相手を思いやる、余裕のある 心 が 雅だよな。

わからないものへの 謙虚さが 雅を生みだしたんだし。

相手を とことん 追いつめない 心の 余裕とか、

早々に 決着をつけないで、

短絡的に 勝者と敗者とか 決めたりしないで、

正しいとか 間違いとか だって、すぐに 決めない。

簡単に 自己中心になって、正 邪 や 善 悪 を 分けてたりもしない。

 

オレは、これからの日本文化 は、この独特の「 雅 」を大切にして、

人間 や 自然を 愛したり、詩歌や 芸術を 愛したりしていくことが大切だと思うよ。

「 雅 」を大切にして、世界中で 幸福な 社会を作っていけばいいと思う。

日本の 雅(みやび)は、世界の文化の 希望の モデルになると思うよ・・・

 

 そんなことを、川口信也は、カフェオレを飲みながら 思った。

 

☆参考文献☆

<1>『伊勢物語・在原業平・恋と誠』高樹のぶ子 日経プレミアシリーズ

<2>NHK テキスト『100分 de 名著・伊勢 物語』

<3>『女の脳・男の脳』大島 清 祥伝社

<4>『男の脳は欠陥脳だった』大島 清 新講社

≪ つづく ≫ --- 183章 おわり ---

 



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184章 雅(みやび)は 愛と自由と平和の思想だと 信也は思う

184章 雅(みやび)は 愛と自由と平和の思想だと 信也は思う

 

 8月15日 の 日曜日。朝から 雨が 降っている。

午前7時を過ぎたころ。川口 信也 は ベッドの中で 目覚めた。

 

 信也は 森下 きな との 二人だけの バイク・ツーリングする予定だったけど、

連日の雨で、それも中止だ。

 

 二人でよく行く ツーリング コースは、サザンの 歌詞にも 出てくる

海岸 道路の 国道134号、神奈川県の 鎌倉、江の島とかの 湘南 エリア だ。

信也と きなの 住んでいる 下北沢から 2時間も 走れば 湘南だ。

 

 信也は、昨夜も、雅(みやび)について考えていた。

 

 雅(みやび)は 日本の 伝統的な 美的 理念の 1つだ。

 

 現代語としては、雅 という言葉は 日常 ほとんど 使われない。

その意味は、「優雅さ」「洗練された」「礼儀 正しさ」

時には「甘く 愛する人」などの 意味と 解釈されたりもする。

 

 今年の 5月に 信也は 、 NHKの『100分 de 名著・伊勢 物語』を見て、

それから、雅(みやび)について、時折、考えている。

 

 この番組の、ゲスト 講師は 小説家の 高樹(たかぎ) のぶ子だった。

2020年に、高樹 のぶ子は、日本の 美の 源流をよみがえらせた

『小説・伊勢物語・業平(なりひら)』を 書いていた。

 

 平安時代に 作者不明で 書かれた『伊勢物語』は、

雅 (みやび)という 日本 古来の 美意識を 大切にして 生きたという

実在の歌人・在原業平(ありわらのなりひら)といわれる 恋多き 男が 主人公だ。

 

・・・雅とは、ひとこと で言えば、歌 や 芸術を 絶対的に 肯定する 思想だと思う。

つまり、いい 換(か)えれば、

真 善 美を 愛する 思想と いえるだろう。

個人の 自由 や 愛 や 美 を、大切にする 生き方といえるだろう。

それは、

ひとり ひとりの 個人や人間を大切にするという 思想であって、

人間 や 生物の、母や父でもある 自然を 大切にすることでも あるよね。

 

また、芸術とか 音楽とは 何か?といえば、それは、ひとこと で 言えば、

『 楽しさの 追求 』と いえるだろう。

つまり、楽しい人生 や 生活を、みんなで 続けていくための、

手段 や ツールであって、それが 芸術であり、音楽であるということさ。

 

それなのに、世の中は、いつまで 経(た)っても、

戦争 だとか 政治や 権力の 闘争だとか、冷酷な妄想だとかの、

下劣な 欲望のままに 生きてるような人間たちに、汚されているよなぁ。

 

 まあ、オレは、楽しく 音楽 やって行く しかないかぁ。笑。・・・

 

 信也は あらためて、雅(みやび)は 愛 と 自由 と 平和 の 思想だと 思う。

 

☆参考文献☆

<1>『伊勢物語・在原業平・恋と誠』高樹のぶ子 日経プレミアシリーズ

<2>NHK テキスト『100分 de 名著・伊勢 物語』

 

≪ つづく ≫ --- 184章 おわり ---

 



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185章 鬼滅の刃とメジャーリーグの大谷翔平

185章 鬼滅の刃とメジャーリーグの大谷翔平

 

 2021年10月24日の日曜日。

 

 川口信也の スマホの LINE に、

高校2年生の 森下 きな からメールが 届いた。

 

「 鬼滅の刃!

私も好きです

(*^▽^)/★*☆

私は冨岡義勇が好きなんです(笑)」

 

 冨岡 義勇(とみおか ぎゆう) は、

『鬼滅の刃』アニメ版 キャラクター 人気ランキング TOP38!の

【2021年最新投票結果】で、冨岡義勇 は 第1位に決定!だった。

 

 冨岡義勇 は、鬼になったばかりの 禰豆子(ねずこ)と、

その 禰豆子を助けようと 必死の 炭治郎(たんじろう)の、

兄 妹(きょうだい)に、雪の降る 山中で 出会う。

 

 冨岡義勇 は「おれの仕事は鬼を切ることだ」と 言いながらも、

この 兄 妹(きょうだい)を 助けた、

炭治郎が 初めて 出会った 心 優しい 鬼殺隊士だ。

 

「冨岡義勇 は 鬼滅 のキャラクターで

人気1位だよね!

さすが きな さん 鬼滅を よく知っているね ー 」と 信也。

 

「わー!1位なんですか!

(o^∀^o) びっくりです! 」と きな。

 

 川口 信也は、1990年2月23日生まれ、31歳。身長

175cm。

 

森下 きな は、2004年9月16日生まれ、17歳。身長165cm。

 

 二人は、2020年の正月の 1月3日 、偶然に

この LINE で 出会った。

 

 信也は 最近の テレビの『 鬼滅の刃 』の、

初回から『無限列車編』までの 放送を見て、

これは傑作だ!と感動した。

 

 作者の 吾峠 呼世晴 (ごとうげこよはる) さんは、32 歳の若さだけど、

こんなに 独創的な 物語を作って、天才だと、信也は 思った。

 

 そして、『鬼滅の刃』の 創造の秘密を知りたくて、

吾峠 呼世晴さんについて ネットで 信也は 調べた。

 

 作者は 男性と 思っていたら、作者は 32歳の女性だった。

 

 吾峠 呼世晴 (ごとうげこよはる) さんについて、

初代 担当 編集 の 片山 達彦さんは、インタビューで、こんなことを 語っていた。

 

「 純粋な人ですよね。

そして 言葉の本質を 見ている人です。」

 

「 先生は 物事の 真理 が 知りたいだけ。」

 

 信也は「なるほど純粋な 人 なんだなぁ」と

あらためて 感心した。

 

 信也は 日ごろから、

『 天才的な 人 は 子どもの 心 を

持った ままの 人 だ 』と 思っている。

 

 そんな 自論に、ぴったりと当てはまると思った。

 

 信也は、昨日は 録画していた NHKの番組の、

『大谷翔平~2021~超進化を語る~ 』を 見た。

 

 アメリカのメジャー・リーグの野球界で、

野球の神様といわれる ベーブ・ルース の

記録さえも 超えた 投打二刀流の

大谷 翔平(おおたにしょうへい) 。

 

 大谷は、からだの怪我やスランプなどの大きな壁をも

乗りこえて、たゆまない努力で、偉業を達成した。

 

 その番組を 見た 信也は、 大谷 翔平 も

『 子どもの 心を 持った ままの 人』だなぁ と思った。

 

 大谷翔平の 父の 大谷 徹(とおる)さんは

現在も 少年野球の 監督をしている。

 

その 徹さんが 少年の頃の 大谷 翔平 に

こんな アドバイスをしている。

 

「 一生 けんめい 元気に 声を 出す 」

「 一生 けんめい キャッチ ボール をする 」

「 一生 けんめい 走る 」

「 この 3 つの ポイントを しっかり やれば 

かならず よい ことが ある 」

 

現在でも 大谷翔平は この言葉を 実践していると 語っている。

 

 「大人(おとな)になっても この父の教えを素直に実践するということは

純真な 子どものままの 心が あるからできることだよなぁ

大谷 翔平は こんな子どもの 心 の 実践者なんだろうなぁ 」

 

 信也は そう思った。そんな 大谷 翔平に 感動した 。

 

『鬼滅の刃』という 日本のアニメに金字塔を打ち立てた

吾峠 呼世晴さんも 純真な 子どもの心を持ったままの人だと

信也は 思う。

 

 信也は『 吾峠 呼世晴 短編集 』を読んだ。

無名の吾峠さんが、週刊少年ジャンプの漫画賞に応募した

『過狩り狩り(かがりがり)』が載っている。

 

 吾峠さん 本人の コメントに こうある。

 

「まだ 担当さんに ついて いただく 前で、

第三者 からの アドバイス 等(など)も なく

描(か)いているので、何度か 読み返さなければ

意味が わからなかったりするのが

大変 申し訳ないです。

鬼滅の刃 の ベース となった 作品です。

ハンディ が あっても 普通の人より 強い剣士を

描きたかったのと、着物(きもの)を 着た 吸血鬼というものは

あまり 見ないような 気がしたので

明治・大正時代 あたりで 和風 ドラキュラ を

描こうとしたのを覚えています。」

 

「吾峠さん も また、たゆまぬ努力で、兄妹という

絶対的な 兄妹の愛を 中心とした 壮大な 物語を

創造したのだろう。

子どものような純真な 心を 力 や 糧 にしながら。

純粋な 心には 宇宙的な パワーも 味方するのだろうから ! 」

 

 そんなふうに 信也は 思った。

 

☆参考文献☆

<1>『 吾峠 呼世晴 短編集 』 ジャンプ コミックス

<2>『大谷翔平~2021~超進化を語る~ 』 NHK 番組

 

≪ つづく ≫ --- 185章 おわり ---

 



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改訂 186章 映画『クラッシュビート・心の神様』大ヒットする

改訂 186章 映画『クラッシュビート・心の神様』大ヒットする

 

 2022年3月5日、土曜日の 午後1時。

 

 川口 信也(しんや)と マンガ家の 青木 心菜(ここな)、

週刊芸能ファンの 記者の 杉田 美有(みゆ)の 3人は、

4人用の 四角い テーブルの席で、

ランチを 済ませて スイーツを楽しんでいる。

 

 場所は 下北沢駅西口から 歩いて2分の『 カフェ・ゆず 』だ。

 2017年の夏に オープンの 店の オーナーは 高田 充希(みつき)で、

3月14日に29歳になる。

充希は、名前も、その顔かたちも、人気の女優・歌手の、

高畑 充希(たかはたみつき)にそっくりで、下北沢では 評判だ。

 

「このたびは、映画『クラッシュビート』第3作の『心の神様』の 大ヒット、

誠(まこと)に おめでとうございます!」

 

 信也や心菜(ここな)と、 すっかり 仲の良い 杉田 美有(みゆ)が、

気持ちを 切り替えて、満面の笑みで、取材を開始した。

 

 映画は 主題歌の『心の神様』と共に、大ヒットで上映中だ。

 

 今回の物語では、クラッシュビートの歌『心の神様』が 大人気となる。

歌は 世界中に 爆発的に広まって、世界中の人々に 愛されていく。

そして、人々は 何かに 目覚めたかのように、

この 宇宙や 自然を創造した 神様の存在を

人 それぞれが 自由にイメージしたりして 信じていく。

人々は、そんな自由で気軽な 信仰が 幸福な人生への道だと 実感する。

その輪は、世界中に広まる。そして 様々な 宗教者や無神論者や唯物論者たちも、

対立や 争いをやめて、仲良くなっていく。

そして やがて 世界中の 人々は 明るく 平和で 楽しい

人生を 築いていくという 愛と 冒険の 物語だった。

 

「 クラッシュ ビート 第3作 の タイトルは『心の神様』ですよね!

第1作が『心の宝石』でした。第2作が『心の約束』です。

そして、第3作 は『心の神様』です!

ファンの みなさんや 世間では、これは 心の三部作だと、大評判ですよね!

このあたりから、信也さん、心菜さん、お話しを伺(うかが)えますか? 」

 

「私は、マンガの『クラッシュビート』を、仲よくさせていただいている、

信也さんをモデルにして、信也さんとのお話しとかを、もとに、

アイデア や イメージをふくらませて、書き始めて、現在に至(いた)っているんですよ」

 

 そういって、微笑(ほほえ)む 青木 心菜(ここな)は、

今も マンガ『クラッシュ ビート』を『ミツバ・コミック』連載中だ。

 

「心菜ちゃんの マンガは、最高ですよ!おれが モデル というのを

忘れるくらい、おもしろいです。あっははは」

 

 そう言って、信也は 笑った。

信也の手もとには、この取材のために 用意した ノートがある。

 

「心の三部作のことですけど、これは、考えて こうなったのでは 無(な)いんです。

まあ、心って、大切だなあって、おれは 思い続けてますけど。

ちょっと前に 永井 均(ながい ひとし)さんの『私・今・そして神』を読んだんです。

その中に『たとえば、ロボット工学者は、このロボットに心を与える能力がない。

ロボット工学のいかなる進歩を想定しても、原理的にない。

ロボットがどんな反応をするようになっても、心が付与されたか、

付与されていないかは、いつまでも 謎に とどまるからだ。』とか書かれてます。

まあ、そんなふうに言って、ロボットに心を与える仕事は、

『神だけがなしうる仕事』だと書かれていたんです。おれの誤読もあるかも 知れませんが」

 

 そう言って、信也は 明るく 笑った。

 

「心って、目には見えませんからね。あるんだか、無(な)いんだか、よくわからないものです。

それは まるで 神様の存在のようなものです。

 寝ているときに 見る 夢があるじゃないですか。

あの夢って、心を よく 現(あらわ)してるって、おれは 思うんですよ。

だって 夢に 登場する人物は 何人も いるわけですけど、

その中の誰が、自分自身であるかっていうのは、わかるわけですよね。

それって、心があるから、わかることだと、おれは思うんです!」

 

「そうですよね。心があるから、自分が 夢の中にいても、

自分だと、迷いもなく、わかるんだと、私も 思います。

夢って、おもしろいですよね!」

 

 信也と 心菜(ここな)に、映画『クラッシュビート』の 取材をする 

週刊芸能ファンの 記者の 杉田 美有(みゆ)は そう言った。

 

「心については『心の中はどうなっているの?』という本で、スリランカ仏教界 長老の

アルボムッレ・スナマサーラさんが、こんなことを 序文で言ってます。

仏教の創始者のお釈迦(しゃか)さまに『唯一(ゆいいつ)絶対の神様は、誰ですか』と

質問があったそうです。それに対して

『お釈迦さまは、次のように答えました。

「この世の支配者は、心です。この世は心に動かされているのです。

この世のすべての生命は、たった1つ、心というものに屈服、服従しているのです」

この答えで、仏教の立場は明確です。神様を否定して、無神論・唯物論に

陥(おちい)って みだらな世界を認めることなく、事実を語っています。

「神様」という、何の証拠もない感情的であいまいな概念を、

具体的な「心」という言葉に入れ替えたのです。

ですから、俗っぽくいえば、一切の生命の神様が心なのです。

世界はどのように現れて消えていくのか。人の運命はどうなるのか、

自分とは何なのか … などを理解したければ、心について学ぶことです。

心について学ぶことは、仏教について学ぶことになります。』

 

以上が その本の 序文にある言葉です。その本の『結び』には、

『お釈迦さまは、「すべての 悪いことを やめること、

善(ぜん)に 至(いた)ること、心を 清らかにすること。

それが 諸仏(しょぶつ = いろいろの仏)の 教えである」

と 言われました。』と 書かれてます」

 

 そんなことを 信也は 語った。

 

「ごめんなさいね、お話しが 難しくなって。なんったって『神様』の お話しなので。

アルボムッレ・スナマサーラさんの仏教の本では、

『仏教は、精神的な働きを 徹底的に 科学する「心の科学」です』って

書かれています。

 

 この『科学』とかで連想するが、哲学者 ウィトゲンシュタイン なんですよ。

彼は オーストリア・ウィーン出身で、イギリス・ケンブリッジ大学教授となり、

イギリス国籍を得ました。

 

 彼の 論考の 結論にある 言葉の

『人は 、語りえないものについては、沈黙しなければならない』

は 有名ですよね。

 この言葉は、ひとことで言えば、言語や科学の『 限界 』を示していると

おれも思います。

 大正大学 文学部 教授の 星川 啓慈(ほしかわ けいじ)さんの

『増補・宗教者 ウィトゲンシュタイン』には、こんなこと 書かれています。

 

『語ることが 無意味である 倫理や宗教、さらに「神の属性」について 述べることは

「言語の限界について進む」ことであり、「まったく絶対に望みのないこと」である。

だが、神に祈る/神に語りかけることは、許されることであり、

「人間の精神に潜(ひそ)む傾向をしるした証拠」であり、

ウィトゲンシュタイン自身も

「この《 自分にも存在する 》傾向に ふかく 敬意を はらわざるをえない」のである。

神に祈る/神に語りかけることは、決して 無意味な行為ではないのであり、

神との「特別な 関係に入る 行為」なのだ。』

 

この本に ありますけど、ウィトゲンシュタインは『 哲学 宗教 日記 』に

こんな言葉が書かれています。

 

『神よ!私を あなたと 次の ような 関係に 入らせてください!

そこでは 私が《 自分の仕事において 楽しくなれる 》という関係に!

… 《 神よ!》私の 理性を 純粋で 穢(けが)れなきように

保(たも)たたせてください!< 1937年 2月 16日 >』

 

『増補・宗教者 ウィトゲンシュタイン』の『結び』には、こう書かれています。

 

『ウィトゲンシュタインが いいたかったのは、「科学主義・合理主義・効率主義・

数値化主義で 割り切れないものこそ、人間にとって 本当に 大切なものなのだ」、

そして「それは ちっぽけなもの ではなくて、われわれを 一呑(ひとの)みにする

巨大で 深遠な ものなのだ」ということである。

ウィトゲンシュタインの『人は 、語りえないものについては、沈黙しなければならない』

という言葉こそを 現代人は深く味わうべきではないか。』

 

難(むずか)しい お話しなんか、聞きたくないですよね。

このへんで、やめときたいです。心菜(ここな)ちゃん、あっははは」

 

 信也は そう言って笑って、温かい カフェオレ を 飲む。

 

「まあ、神様を信じることには、ウィトゲンシュタインも言うように、

その存在の証明には、科学的にも 言語的にも 限界もありますよね。

人それぞれが、感じて 信じたりするしかないものなんでしょうね。

 

 世の中には、いつまでたっても 戦争や 悪事や 悲劇は 無くならないし、

愚かなことは 繰り返されます。

これは、人の心に問題があるということで、心が 荒廃しているからだと言えると思います。

 心の荒廃を止めるためには、やはり神様のような 清い 存在が必要なんでしょうかね。

 

 神様にしても、おれは、人それぞれに、自分の信じる神様を イメージしたり

想像して、信じればいいのだと思います。

 その神様を 悪用したり 利用したりしてはいけませんよね。

美しい 生命や 自然や 宇宙を 創造した 神様は、

感謝すべき、愛のある 尊い 存在だと 思います。

 

インターネットの『フリー百科事典『ウィキペディア』によると、

詩劇『ファウスト』や 小説『若きウェルテルの悩み』で知られる

ドイツの文豪の ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ は、

『各々(おのおの)が 自分の 信じるものを 持つことこそが

真の 信仰であるという 汎神論的な 宗教観を持つに至(いた)った。』そうです。

おれの イメージしたり、信じる『神様』は、ゲーテに とても 近いと思っています。

 

 汎神論(はんしんろん)とは、

『 万物は 神の 現れであり、万物に 神が 宿っており、

一切が 神そのものであるとする宗教・哲学観。』のことです。

 

 ゲーテはこんなことを言ってます。

適菜 収(てきなおさむ)さんの 編集の『ゲーテに学ぶ 賢者の知恵』からですが。

 

『神をおとしめない。ゲーテにとって神とは、人間の理解を超えた

思考の存在だった。よって、世間の神の解釈にはあきれていた。

「人々は理解することも 想像することもできない 至高の存在を、

まるで 自分たちと同じものであるかのように取り扱っている。

そうでなければ、主なる神、愛する神、善なる神 などと言えないだろう」

神を世俗の次元におとしめてはならない。』

 

 このゲーテの言葉は、なるほどと、感心します。

ただ、どんな神をイメージして 信じたり信仰するのも、個人の自由だと、おれは思います。

 

 星野 慎一さんの著作『ゲーテと鴎外 (おうがい)』によると、

小説家の 芥川 龍之介も 学生時代から 晩年まで

『ゲーテは 偉大だと 傾倒していた』と書かれています。

その 芥川 龍之介は、神を信じることは できなかったと言います。

現代も 新人の 作家に 捧(ささ)げられる 栄誉ある 芥川 賞ですよね。

 

 ドイツ語で書かれた『一冊の本』をあげるとしたら、何をあげるか?

という問いに、エッカーマンの『ゲーテとの対話』と答えたのが、

哲学者 ニーチェ だったそうです。

あの『神は死んだ』とかの言葉も印象的ですが、

そんな ニヒリズムを乗り越えて、健康的に 明るく 楽しく

音楽や 芸術を 愛しながら生きることを 目指す

『超人』を 創造したことでも 有名な ニーチェ です。

ニーチェ は 楽しい『 踊る 神 』なら 信じよう!と『ツァラトゥストラ』で語っています。

 

 その『ゲーテとの対話』で、ゲーテは こんなことを 語っています。

 

『たとえば 永生の説を 証明するのに、宗教の 威信を 借りる必要はない。

人間は 不滅の 生命を 信じるべきであり、そうする 権利がある。

それは 人間の 本性に かなっており、われわれは 宗教の約束することを

信頼してよいのだ。ところが、哲学者とあろうものが、

霊魂 不滅の 証明を 宗教的 伝説 あたりから 取ってこようとするなら、

これは 非常に 薄弱で、あまり意味がない。

私の場合、永生の信念は 活動の概念 から来ている。

というのは、もし 私が 至(いた)るまで活動し、現在の生存形式が

私の精神にとって、もはや 持ちこたえ られなくなった時には、

自然は 私に 別の 存在 形式を 指示する 義務があるからだ。』

 

 そのように ゲーテはエッカーマンに語ったそうです。

そして、エッカーマンは このゲーテの言葉に こんな感想を言ってます。

 

『この言葉を 聞いて、私の胸は 讃嘆と 愛のために 高鳴った。

この言葉ほど 高貴な行動へ 人の心を 刺激する 教えは、

かつて 口に されたことは ないではないか、と私は考えた。

なぜなら、それによって、永生の保証が与えられるとしたなら、

誰だって、死ぬまで 倦(う)むことなく 活動し 行動しようと

思わないものが いるだろうか。』

 

『倦む』とは、『飽(あ)きる』『嫌(いや)になる』『退屈する』とかの意味です。

 

 また ゲーテにおいては、『自然』は『神』と、ほとんど 同義で 同じ意味だそうです。

 

 中野 和朗(なかの かずろう)さん の 本

『史上最高に面白いファウスト』には こう書かれています。

 

『 詩劇「ファウスト」は、「永遠にして 女性的なるものが

われらを 天国へ 引き上げる」《 原文の中野 訳 》という言葉で 終わってます。

これもまた、十人十色の 解釈がなされてきた、謎に 包まれた 言葉です。

この言葉にこそ、ゲーテの 82年の 全人生と 生涯を 通じて 蓄積された、

叡智の すべてが 結実していると 言えるでしょう。』

 

 おれも、この言葉は、女性を愛し続けた ゲーテ らしい 言葉であるし

美を愛する 崇高な 神への 賛辞 と 信頼にあふれる 素晴らしい 名言だと思います。      

 

  銀座まるかん 創設者の 斎藤一人(ひとり)さんは

『変な人の書いた 世の中のしくみ』という 本で、こんなこと言ってます。

 

『私は 子供のころから 神様がいるって 信じているの。神様がいるから

不可能が 可能になるの。それを 可能にするたびに

「ああ、やっぱり 神様はいるんだ」って確かめているんです。』

 

 つまり、神様って 奇跡的なことを 体験しないと、実感がわかないし、

なかなか 信じられないと、おれも思います。

 

 実は、この第3作の 物語も タイトルの『 心の神様 』も、

神様の力が 働いるような、奇跡の出来事のように、おれは感じているんですよ!」

 

 信也は、そう言って、明るく 笑った。

 

☆参考文献☆

<1>出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

<2>ゲーテとの対話 エッカーマン 秋山英夫・訳 教養文庫

<3>私・今・そして神 永井 均 講談社現代新書

<4>心の中はどうなっているの? アルボムッレ・スナマサーラ サンガ新書

<5>増補・宗教者 ウィトゲンシュタイン 星川 啓慈 法蔵館文庫

<6>変な人の書いた 世の中のしくみ 斎藤一人 サンマーク文庫

<7>ゲーテと鴎外 星野 慎一 潮 選書

<8>ゲーテに学ぶ 賢者の知恵 適菜 収 だいわ 文庫

<9>史上最高に面白いファウスト  中野 和朗 文藝春秋

 

≪ つづく ≫ --- 186章 おわり ---

 



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187章 信也の 作った歌『愛と幸福の ダンス』

187章 信也の 作った歌『愛と幸福の ダンス』

 

 2022年7月3日の日曜日、午後1時ころ。

天気予報は 一日中 曇りで 最高 気温35度と 蒸(む)し暑そうだ。

 

 川口 信也(かわぐ しんや)と

週刊芸能ファンの 記者の 杉田 美有(すぎた みゆ)の ふたりは、

『 カフェ・ゆず 』の 4人用の 四角い テーブルの席で くつろいでいる。

 

ふたりは ランチを すませて いちごのスイーツを 楽しんでいる。

 

 『 カフェ・ゆず 』は 下北沢駅西口から 歩いて2分。

 

 2017年の夏に オープンの 店の オーナーは 高田 充希みつきで、

3月14日に30歳になった。そろそろ 結婚を考えている。

充希は 名前も 顔かたちも 人気の女優・歌手の

高畑 充希(たかはた みつき)にそっくりで この下北沢でも 評判だ。

 

 川口 信也は2月23日で 32歳になった。信也も そろそろ 結婚を考えている。

 

「 このたびは ~『愛と幸福のダンス』の 大ヒット、おめでとうございます!」

 

 と 美有(みゆ)は 雑談で笑いころげていた気持ちを 切りかえて

満面(まんめん)の とびきり 笑みで 雑誌の 取材を開始した。

美有は、1996年11月5日生まれ。25歳。

 

「 やあ、どーもです。『クラッシュビート・心の神様』の取材から

ちょうど 4か月ですよね。美有さんもお会いしていない間(あいだ)に

一段とお美しくなられて 僕も きょうは 最高の 気分です。あっはは 」

 

 そう言って 信也は 明るく 笑った。

 

「 信也さんに 美しいなんて 言われて 私も 光栄 すぎます。どーしよう!あっはは。

信也さんの この歌、とても 楽しくなる リズムと メロディですよね!

ダンス ミュージックとして最高です!昨夜も私、クラブに行って この歌で 踊っちゃいました! 」

 

「 ありがとうございます ! 美有(みゆ)さんの お気に入り なんて 僕こそ光栄ですよ、あっはは 」

 

「 そうそう。きょうは 最初に この歌の 歌詞のことで お聞きしたかったのです。

『幸福は ポエジー( 詩 )だから 愛を 大切に 育(そだ)てよう!』って

ありますよね。

この言葉は ちょっと 謎(なぞ)めいて、ファンの人たちのあいだでも 話題なんですよ。

 

「 歌詞ですからあまり説明的になってもと 僕はこうしたんですけどね。

歌詞も メロディとの字数(じかず)の 関係もあって 大変なんです。あっはは。

この歌詞は アランの『 幸福論 』から いただいちゃった 考え方 なんです。

 

アランは『幸福論』の中で こんなことを言っています。

 

《幸福というものは、本質的に詩(ポエジー)であり、

行動を意味する。人は棚(たな)ぼた式の幸福をあまり好まない。

自分で つくり上げることを欲するのだ。

子どもは我々(われわれ)の庭を見向きもせず、砂の山や 麦わらの 切(き)れっぱし

などを使って、自分で 立派な 庭を つくる。》

 

 以上を 簡単に 要約しちゃえば、

NHKの『100分de名著 』にあった言葉なのですが、

《 幸福は 自分の『手作り』である 》

《 幸福は 行動の なか にしかない 》ってことですよね。

 

 僕の 歌詞は これら 言葉から 連想 したような 感じなのです。

 

 とかく 世間は 詩人 や 詩を 特別に 考えるようですよね。

しかし それは まったくの その反対で、詩人や 詩こそは

普通の人で 普通の感性なのだと 僕は 感じますし 思うのです。

 

 本来というか もともと 人とは きっと 僕も みなさんも 詩人 なのですよ。

その 証拠に 子どもたちは すべて 詩人のように感じますから。 あっはは 。

 

 そうそう、この『幸福論』では、アランは こんなことも 言ってます。

この言葉も 今回 僕が この歌を作る きっかけ になっている のかも 知れません。

 

《 礼儀は ダンスのように 覚えるものだ。》

《 ダンス のように 人と つきあう。》

《 ダンスのように 礼節を習得する。》

《 礼節とは、情念に 操(あやつ)られた 無作法な ふるまいを 止めることだ。》

 

 アランは、この礼節を フランス語で politesse と言ってます。

意味は 『 礼儀 正しさ 』とかです。

アラン は『 楽しい 友情 』も『礼節』と 同じと 言ってます。

 

 NHKの『100分de名著 』の『幸福論』は こんな 言葉で まとめています。

 

《 人とのつながりは『奇跡の場所』。》

《『奇跡』を 自在におこすために必要なのが『礼節』です。

アランは あくまで自分自身の 意志と行動の中に、

世界に対する解決策を見出しているのです。》

 

 なんか、こんな 現代だから、いろいろ 考えさせられる アランでしたよ。

アランは、神についての 哲学を 書いた スピノザも好きだったですよ。

僕も スピノザの 哲学は 好きですし。

 

 スピノザの語る『神』は 日本の 神道(しんとう)と 似ていて

『自然』や『宇宙』が『神』だという『汎神論』に近いですからね。

 

 スピノザの語る『神』も 日本の 神道も とても 平和を 愛する 神 だと思いますよ。

信仰の対象が 1つの 神だと ほかの 神と 争ったりね。戦争のもとですよね。

まあ、 人は 『神』をも 欲望や 権力に 利用したりしてね。あっはは 」

「 信也さんは、読書家です!! 私 マンガ しか 読まない から

信也さんを いつも とても 尊敬しちゃって います!」

 

 と 美有(みゆ)は 天真 爛漫(てんしん らんまん)の 笑顔で 言う。

それから 一瞬の 沈黙の あと、ふたりは 取材を 忘れて

何分間も 明るく 笑いころげた。

・・・

愛と幸福の ダンス  作詞・作曲 川口 信也

 

今朝(けさ)も 鳥たちの さえずり で

一日が はじまる

今宵(こよい)は 二人(ふたり)の

初めて 出会(であ)った

想い出の ダンス パーティ

 

やわらかな 君(きみ) の 髪(かみ)

きれいな 君 の 瞳(ひとみ)

幸福は ポエジー(詩)だから

愛を 大切に 育(そだ)てよう!

 

愛と 幸福の ダンスを

楽しく 踊(おど)ろう !

自由と 平和の ダンスを

楽しく 踊ろう!

 

今朝の テレビで 猫(ねこ)たちが

楽しげに じゃれあう

今宵は 二人の 恋と 愛の

芽生(めばえ)えた ダンス パーティ

 

天使の ような 君の 笑顔

美(うつく)しい 君の 声

平和も 自由 も

正義 の 愛で 育てよう !

 

愛と 幸福の ダンスを

楽しく 踊(おど)ろう !

自由と 平和の ダンスを

楽しく 踊ろう!

ラ ラ ラ ラ ラ ラ

・・・

☆参考文献☆

<1>幸福論 アラン 串田孫一・中村雄二郎=訳 白水ブックス

<2>NHKの『100分de名著 』の『幸福論』 合田正人(ごうだ まさと)

 

≪ つづく ≫ --- 187章 おわり ---

 

 



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188章 自然が美しいのは不思議な愛の力の証(あかし)

188章 自然が美しいのは 不思議な愛の力の証

 

2022年 9月10日 土曜日の

午後6時を 過ぎたころ。

 

 昼間は 空も 晴れたり 曇ったりと

暑(あつ)かった。

 

渋谷駅から 歩いて1分の

道玄坂の『 天ぷら森川・北口店 』に

ロックバンド・クラッシュ ビートの

メンバーたち 4人が集まっている。

 

 『 天ぷら森川 』は、外食産業の

モリカワの 天ぷら専門チェーン店だ。

 

 その モリカワ 本社で

クラッシュ ビート のメンバーは

全員が 課長 職をしている。

 

 モリカワ 本社は 下北沢にある。

 

 川口 信也 (しんや)は 1990年

2月 23日 生まれ、32歳。

早瀬田 ( わせだ )大学の 商学部 卒業。

 

 クラッシュ ビートの、ギター、

ボーカル担当。作詞や 作曲も している。

 

 森川 純 ( じゅん )は 1989年

4月3日生まれ、33歳。

早瀬田 大学の 商学部 卒業。

 

 父親は モリカワの 社長の

森川 誠 ( まこと )。

 

 クラッシュ ビート の リーダーで

ドラマー、ボーカル。

 

 岡林 明 ( あきら )は 1989年

4月4日生まれ、33歳。

早瀬田 大学の 商学部 卒業。

 

 クラッシュ ビートの、

リード ギター、ボーカル。

 

 高田 翔太 ( しょうた )は 1989年

12月6日生まれ、33歳。

早瀬田 大学の 商学部 卒業。

 

 クラッシュビートの ベース ギター、

ボーカル 担当。

 

 4人は 純和風の 畳の(たたみ)の

座敷の テーブル で くつろいでいる。

 

 みんなは 上機嫌 ( じょうきげん)に 酔っている。

 

 ビールや 日本酒や

店の 自慢の 天ぷら や 焼き鳥が

テーブルに ならぶ。

 

「 おれたち

有名人に なるのは

プライバシー も ないし

本業に 支障は あるしって

はじめから 顔を 一切

( いっさい ) 公表 しないって

方針で やってきたけど

これは 正解 だったよね!」

 

 そう 言って 森川 純 ( じゅん )が 笑った。

 

「 まったく ですよ。

いくら お金が あったって

有名に なんか なったら

プライバシー は ないからね!

プライバシー は お金で 買えないし 」

 

 と 高田 翔太 ( しょうた )は 言って

ビールを うまそうに 飲む。

 

「 あの GReeeeN ( グリーン )も

おれたちと まったく 同じ 考え方で

今年は 顔出し なし で 全国で ライブ

やっているしね!」

 

 と 岡林 明 ( あきら )は 笑顔で 言って

日本酒を 飲みながら

焼き鳥を うまそうに食べる。

 

「 GReeeeN は 歯科医師 と

音楽を すごく 上手 ( じょうず )に

両立しているよね。

 

それで、歯科医師の 本業には

支障は出ないし、顔を 一切 ( いっさい )

公表 していないし。

 

彼らには いろいろと 学べるよね!

おれたちも もっと がんばろうね!

 

しかし、おれら こんなに 歌が

売れても、

みんなには 顔を 知られていないし、

無名の 普通の人で いられるし!

このことは まったく

すごく 幸せを 感じるよなあ!」

 

 そう 言って 川口 信也 (しんや ) は

みんなを 眺 ( なが ) めながら

豪快 ( ごうかい ) に 笑った。

 

信也の 作った 長い タイトルの歌が、

日本 や 世界の ヒット チャート を

上昇中だった。

 

 この歌は 英語 バージョンも

同時に 発売された。

 

・・・

 

作詞・作曲 川口 信也

歌 と 演奏 クラッシュ ビート

 

◇ タイトル ◇

 

自然 が 美しい のは

不思議 な 愛 の 力 の 証 ( あかし )

 

Beauty of nature is proof of

mysterious power of love

 

歌詞 ( 日本語 と英訳 )

 

緑 の 森 と 田園 に

さわやか な 風 が 吹く ( ふく )

 

Fresh breeze is blowing

in green wood and field

 

青い 空 白い 鳥たち

翼 ( つばさ )ひろげて 飛んでいる

 

White birds open wings

and fly in blue sky

 

生きもの たち は

嘘 ( うそ ) を つかない

悩 ( なや ) まない 戦争 は しない

 

Living things don't lie

don't worry don't war

 

真実 は 美しい

美しさ は 不思議 な 愛

 

Truth is beautiful

Beauty is mysterious love

 

あなた が 美しい のは

不思議 な 愛 の 力 の 証 ( あかし )

 

Your beauty is proof of

mysterious power of love

 

自然 が 美しい のは

不思議 な 愛 の 力 の 証 ( あかし )

 

Beauty of nature is proof of

mysterious power of love

 

あなた と 出会えた のは

時 が 流れる 広い 世界 で

 

It's my good fortune to

have met you in wide world

 

奇跡 の 確率 で

舞 ( ま )い こんだ 幸運

 

of time flowing

with miraculous chance

 

きっと 世界 は 不思議 な

愛 の 力 が あるから 美しい

 

World's beautiful because of

mysterious power of love

 

きっと こんな 世界 と 人生 は

永遠 に 続く のだろう

 

This world and life will

go on forever sure

 

この 世界の 不思議さは

ちょっと 考えても

分 ( わ ) からない

 

Mysterious of this world

are hard to comprehend

 

幸せな 生き方 は

あなた と 自然 が 教えてくれる

 

You and nature will teach

how to live a happy life

 

あなた が 美しい のは

不思議 な 愛 の 力 の 証 ( あかし )

 

Your beauty is proof of

mysterious power of love

 

自然 が 美しい のは

不思議 な 愛 の 力 の 証 ( あかし )

 

Beauty of nature is proof of

mysterious power of love

 

・・・

 

≪ つづく ≫ --- 188章 おわり---

 



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189章  愛と正義の スパイラル

189章 愛と正義の スパイラル

 

この 10月 から、川口 信也は、

新築の 2階建ての家で、

ひとり 暮らしを 始めた。

 

 世田谷区 北沢 3丁目に、

庭と 駐車場のある マイホームを 建(た)てたのだ。

 

 下北沢の駅にも 近く、会社にも 近く

緑 の 自然 の

『 世田谷 区立 くすのき 広場 公園 』

の すぐ 隣(となり)に 土地を 買って おいた。

 

 土地は 188.11平方メートル

(56.90坪)

家の 延床 面積は 53.82平方メートル

(30・55坪)だ。

庭は 3、4台分の 駐車場の 広さだ。

 

 いま1番に 仲よく 交際している

高校 3年生 の 森下( もりした )きな が

住んでいる 家にも 近い。

 

 ふと 読んでいた 里中 李生

( さとなか りしょう )の

『一流の男、二流の男』の148ページに

こんな 言葉があって 信也は 感心した。

 

「 この世で もっとも 美しいもの。

それは、純粋さを 残した 女性である。」

 

 なるほど なぁ、おれも 森下きな には、

その 純粋さに ハマっているんだろうなぁ、

と 信也は 思う。

 

しかし、この『 一流の男、二流の男 』の

この 後(あと)に 続く 言葉に、

信也は、「 はてな ? そうだろうか ? 」

と、すぐには 共感 できない。

 

「 では、この世で もっとも 醜(みにく)いものは?

フェミニズム を 覚(おぼ)え、それを 口 走る

すべての 女だ。」

 

 信也は フェミニズム には 共感する。

 

 いま 起きている 戦争も、

愚かで 凶暴な 男の考え方が 原因だろう。

 

フェミニズムとは、男女の性差にもとづく

社会の格差や 不平等をなくそうとする 思想や 運動のこと。

 要するに、女性が「女性であるから」という理由で

不当に 権利を 制限されたり 蔑(ないがし)ろに

されたりしない社会を 目指す 考え方や 取り組みのことである。

 

 フェミニズムの考え方に 賛同し、フェミニズムの目指す

社会の実現に向けて 活動する者を、フェミニストという。

 

 と、そんなふうに、ネットにはある。

 

 そんな 女性に特有の、愛情や 優しさのある

視点や考えは、乱暴で粗野な 男の考え方よりも、

むしろ 大切なもので、これからの社会の

幸福や平和への原動力にも なると 信也は 思っている。

 

 信也は、世の中の幸福と平和への願いをこめて、

クラッシュ ビートの歌として

『愛と正義の スパイラル』を 作った。

スパイラル は「 連続的 な 変化 」の 意味 だ。

 

 日本と 世界に 向けて公開した。大 ヒット 中 だ。

 

愛と正義の スパイラル 

Spiral of Love and Justice  ( 英語 バージョン )

◇ 歌詞 ◇

(1)

自然のままに 生きている 

生きものたち

 

Creatures that live in natural.

 

純真に 生きる

姿 は 美しい

 

world are pure and beautiful.

 

僕ら 人間も 美しく 生きたい

愚かな 争い 戦争 やめよう

 

We humans also want to live beautifully.

Let's stop foolish conflict and war.

 

芸術とは 何か ? それは 

生きる よろこび

 

What is art ?

It is Joy of living.

 

人 は みな 芸術家

人生 は 芸術

 

We are all artists.

Life is art.

 

愛と 正義 の スパイラル を 作ろう

愛と 正義 の スパイラル で 行こう

 

Let's create spiral of love and justice.

Let's go spiral of love and justice.

 

(2)

 

なぜ 鳴くのだろう ? 秋 の 鈴虫(すずむし)

ネットで 調べると すぐに わかる

 

Why do bell crickets chirp in autumn ?

Quick search on internet will tell you.

 

雄(おす)が 雌(めす)に

求 愛して 鳴いている

 

Male bell crickets courts female and sings.

 

インターネット は 幸福 の ための ツール

デジタル も 平和 の ための ツール

 

Internet is tool for happiness.

Digital is tool for peace too.

 

インターネット デジタル は

愛 と 正義 の ツール

 

Internet, digital are tool of

love and justice.

 

愛と 正義 の スパイラル を 作ろう

愛と 正義 の スパイラル で 行こう

 

Let's create spiral of love and justice.

Let's go spiral of love and justice.

 

(3)

 

ポジティブ アクティブ 

明るい 感情 育(そだ)てよう

 

Cultivate positive, active,

bright emotions.

 

願い 信念 愛情 情熱

ロマンス 恋愛 希望 子ども の 心

 

Wish Belief Affection Passion

Romance Love Hope Child's heart

 

マイナス な 感情 は 

悲劇の 元(もと)

 

Negative emotions are

source of tragedy .

 

憎 しみ 嫉妬(しっと) 

恐怖 恨(うら)み

 

Hatred Jealousy Fear

Resentment

 

貪欲(どんよく) 迷信 

怒(いか)り 嘘(うそ)

 

Greed Superstition

Anger Lie

 

愛と 正義 の スパイラル を 作ろう

愛と 正義 の スパイラル で 行こう

 

Let's create spiral of love and justice.

Let's go spiral of love and justice.

 

☆ 参考 文献 ☆

『 一流の男、二流の男 』

里中 李生( さとなか りしょう )著

王様文庫・三笠書房 発行

 

≪ つづく ≫ --- 189章 おわり ---

 



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190章 信也の 作った 歌「 恋は 愛の ワルツ 」

190章 信也の 作った 歌「 恋は 愛の ワルツ 」

 

 2022年10月26日の 水曜日。

 

 川口 信也は 会社から 帰って

新居の リビングでテレビを見ていた。

 

 NHKの『 クローズ アップ 現代 』だ。

タイトルは「 急増する盗撮 

暮らしに 潜(ひそ)む 危険と対策 」。

 

 盗撮の 小型カメラを発見した女性に、話を聞く取材がある。

JR秋葉原駅の ホームに 隣接した 女性用トイレ。

カメラは、便器の後ろにある排水口のフタの奥に、黒く光って、あった。

 

 警察官からは『 トイレの場合、

飲みかけの紙カップを ゴミのように 装(よそお)って

ストロー に カメラを仕掛け、便器の後ろや

横の 棚(たな)に置かれていることが多いので、

気をつけてくださいね 』と被害の女性は 言われる。

 

 全国 盗撮 犯罪 防止 ネットワークの 平松 直哉さんは、

「 スマホの普及や 小型カメラの精度の向上、

記録 メディアの大容量化などの技術の進化もあって、

今や 私たちが 安心して 過ごす どんなところでも、

盗撮 行為が 可能になってしまっています。

加害者が 仕込もうと 思えば、

すべての生活用品に 小型カメラを

仕込むことが 可能なんです 」

と 警告を 発信する。

 

 信也は、戦争を 起こしたりで、

相変わらず、人間は「愚(おろ)か」だと思っていたが、

「盗撮」も やっているのか!と 呆(あき)れた。

 

 《 思えば、人間なんて、生まれたときは、

善や悪の 区別なんか 無いわけだよな。

 

 自然界にも 善や悪 なんて そも そも 無いんだし!

そんなわけで、善も悪も、わからないまま 大人になれば、

当然の成り行きで、悪事も 平気で 行なうわけだよな!

 

 じゃあ、どうすれば、悪人を 無くしたり、

一掃(いっそう)できるかといえば、

たとえば、学校で そんなことを 教育しても、

役に立たない、効果なんか無いよなあ。

 

 悪いことをすることの、スリルや激情とかの

破壊的な 負(ふ)の 快感は、

オレも わからないわけじゃない・・・。

 

 やっぱり、子どものころや、若いころに、

『 良い 恋愛の 経験をして、

人間らしく 生きていくための

愛 や 自由 を 学習していくこと 』

が大切なんだろうなあ !

 

 愚かで 卑劣で 凶暴な 人間にならない 方法は

良い恋愛を経験するしかないだろうね !

 

 つまり、不幸にも、人生において

恋愛ができない、したことがない!

なんていうのは、悲劇になるのかなあ ?

 

つまり、そうなると、悪人も 悪事も

この世から、無くならないことになりそうだ。》

 

 信也は、自分の子どものころの 恋愛の

思い出を 素(もと)に

3拍子の ワルツ の 歌を 作ったばかりだ。

 

 この歌を 作るに あたっては、

名曲『 テネシー ワルツ 』を 参考にした。

 

『 テネシー ワルツ 』の 歌詞は

「 恋人と テネシー ワルツを 踊っていて、

旧友が来たので その恋人を紹介したら、

その友達に 恋人を とられてしまった 」

というもので、歌手の性別によって

旧友をしめす 代名詞が him または her に代わる。

 

 1950年12月30日から1951年2月3日まで、

『キャッシュボックス』のチャートで 第1位を 獲得し続けた。

 

 その人気により、1965年にテネシー州はこの曲を公式に第4の州歌とした。

 

「 恋は 愛の ワルツ 」 作詞・作曲 川口 信也

 

(1)

 

恋ほど 素敵 (すてき) な ことは ない

人生 の 秘密 を 

解(と)く 鍵(かぎ)さ

 

愛すること 自由に生きることの 大切さ

恋は 教えてくれる

 

美しい自然の 奇跡の 調和のように

純粋な きれいな 心で 生きたい

 

恋ほど 素敵な ことは ない

恋は 愛の ワルツ

 

(2)

 

子どものころ たくさんの 愛の中で

毎日 楽しく 生きていた

 

いつのまにか 誰かを 好きになったりの

初めての 恋も あったね

 

そんな 恋は お互いの 自由や 愛について

学べる 経験 だったね

 

恋ほど 素敵な ことは ない

恋は 愛の ワルツ

恋は 愛の ワルツ

 

☆ 参考 文献 ☆

1.NHKの『 クローズ アップ 現代 』

2022年10月26日 放送版

「 急増する盗撮 暮らしに 潜む 危険と対策 」

2.Wikipedia : ウィキペディア『 テネシー ワルツ 』

 

≪ つづく ≫ --- 190章 おわり ---

 



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191章 信也の作った『 平和の世界をつくっていこう 』大ヒットする 

191章 信也の作った『 平和の世界をつくっていこう 』大ヒットする 

 

2022年12月10日、土曜日の 昼の 12時ころ。

 

下北沢駅西口から 歩いて2分の《 カフェ・ゆず 》には、

週刊 芸能 ファン の『クラッシュ ビート 特集』の

取材のために、記者の 杉田 美有(みゆ)と

川口信也(しんや)たちの クラッシュ ビートの

メンバー 4人が 集まっている。

 

クラッシュ ビート のメンバーは みんな、

ここ 下北沢 にある 外食産業の 大手『 モリカワ 』の

本社で 課長 職 をしている。

 

バンドの リーダーで ドラム担当の 森川 純(じゅん)は 33歳。

純 の 父親は 『 モリカワ 』の 創業者の 森川 誠 ( まこと )。

現在は 社長職を 引退して 会長 職をしている。68歳。

 

純 は バンドの 活動ができなくなる 大学の 卒業に あたって、

「 下北沢の モリカワ の 本社で 仕事をしながら、

バンド 活動も 楽しく やろうぜ! 」

と メンバー 全員を 説得したのだった。

 

ボーカル と ギター の 川口 信也(しんや)、32歳。

リード ギター の 岡林 明(あきら)、33歳。

ベース ギター の 高田 翔太(しょうた)、33歳。

4人は、早瀬田(わせだ)大学の 商学部だった。

 

週刊芸能ファンの 記者の 美有(みゆ)は、26歳。

 

5人は、4人用の 四角い テーブルを

二つ 合わせた 席で ワインを 飲んだりしながら

チーズ たっぷりの 熱い ピッツァ とかの ランチを 楽しんでいる。

 

この『 カフェ・ゆず 』の オーナーは 高田 充希(みつき)、29歳。

充希は、名前も 顔も ただよう 雰囲気(ふんいき)も、

あの 女優で 歌手の 高畑 充希(たかはた みつき)に そっくりで、

ここ 下北沢では 評判だった。

店は、2017年の夏に、オープン した。親の所有する 土地だった。

 

「 クラッシュ ビート の みなさん!

『平和の世界をつくっていこう』の 大ヒット、おめでとうございます ! 」

 

と 美有(みゆ)は みんなとの 陽気な 雑談に 笑いころげていたが、

気持ちを 切りかえて、雑誌の 取材を開始した。

 

「 ありがとうございます。ワインを飲みながら

おいしい ピツァを 食べながらの 取材なんて 最高 過(す)ぎです ! 」

 

と 純は 微笑んで、グラスに 入った 白ワインを 飲む。

 

「 オレたちの 歌が 世界中の人に 歓迎されているなんて、

こんな状況は、まるで 夢を 見ているようですよ! 」

 

と言って 岡林 明(あきら)は豪快に笑(わら)った。

 

「 雑誌の 特集の 取材をしているのに、山梨の甲州(こうしゅう)

白ワインを飲んでるし、つまみは モッツァレラ チーズ

たっぷり の おいしい ピツァ だし、最高ですよ! 」

 

と 高田 翔太(しょうた)は 目を 細(ほそ)めて 微笑(ほほえ)む。

 

「 オレたちは 学生のころから、有名人になっても、

絶対に 顔は 明(あ)かさないし、テレビには出ないって、

決めていたんです。

『 自由な 人生のためには、 無名な ごく 普通の 人であることが 大切だよな !』

ってことで、メンバー 全員は 意見が 一致しているんです ! 」

 

 そう言って 笑いながら、純は みんなを 見わたした。

 

「 クラッシュ ビートの みなさんは、普通に 会社 勤めの お仕事も

していますからね。有名より 無名が 良いという お気持ちは よく わかります!

男性4人の ボーカル グループの、GReeeeN(グリーン)も、

顔を いっさい 公表していないですよね。

彼らの場合は、歯科 医師 と アーティスト を 両立していて、

歯科 医師の 本業に 支障(ししょう)を 出さないようにするため、

というのが、その理由だそうです。やはり 無名なほうが 自由ですよね 」

 

「 こんな 時代ですからね。顔が 知れてたら、こうして 優雅(ゆうが)に

ワインや ピツァ を 楽むことも 不可能ですよ ! 」

 

そう言って、純は みんなを 見ながら 明るく 笑った。

 

「 ですよね ! さてさて、

『 平和の世界をつくっていこう 』の大ヒットは、

平和を願う 世界中の みなさんの 心を、

しっかりと 魅了(みりょう)しています。

メロディ も 歌詞も 最高だと 思います ! 」

 

と 美有(みゆ)は まるで 自分の 自慢のように

満足気(まんぞくげ)に 微笑(ほほえ)む。

 

「 ありがとうございます。美有さんに

ほめられると、とてもうれしいです ! あっははは。

できるだけ 簡単にして 『 平和の世界をつくっていこう 』

の歌詞に ついてお話ししますね 」

 

熱いピツァを つまみに 白ワインを 楽しむ 川口 信也 が

そう言うと、メモしておいた ノートを 見ながら 話しを 始めた。

 

「 えーと、1番の 詞の『 おとな になると 欲望のままに

こども の 純真を 捨(す)て 去って いく 』ですけど。

この『 欲望 』は、たとえば、哲学者であり

早稲田(わせだ)大学 名誉 教授 の 竹田 青嗣(たけだ せいじ)さんの、

今年 2022年9月に 発行の『 新・哲学 入門 』の 表紙にある 言葉

『 すべての 基礎は 欲望である 』と 同じような 意味の『 欲望 』のことです。

 

つまり、ひとことで 言えば、人間の世界を 動かしているものは、

さま ざまな『 欲望 』なのだろう ということです。

 

まったく、おとなたちの、欲望の 暴走で 起こる 環境 破壊 や

戦争や 汚職とかで腹の立つことばかりの 昨今 ですよね。

 

えーと、この本の 冒頭(ぼうとう)の『 第1章 哲学の本質 』では、

『21世紀の 現在、哲学は その本質を 見失い、

自壊(じかい)し、死に 瀕(ひん)してる。』と書いてあります。

 

今回の ロシアの ウクライナ 侵攻の悲劇 とかを 考えれば、

哲学によって 平和を 実現していく道が 遠のくばかりで、

そんな 挫折感とかも あらわれた 言葉だと 僕は 感じます。

 

この『 第1章 哲学の本質 』の 末尾(まつび)は こんな 文章です。

 

『 現代哲学が 哲学の 本質を 喪失(そうしつ)しているのは、

それが 普遍 認識 の可能性に 挫折し、それを 断念しているからである。

そして 哲学的 普遍 認識 の 可能性の カギ を 握(にぎ)るのは、

価値の 哲学の 方法的な 基礎づけである。

 

《 道徳 の 系譜 》で フリードリッヒ・ニーチェ は このことを 指摘し、

(《 哲学者は 価値の 問題を 解決せねば ならない 》)、

自(みずか)ら《 価値の 哲学 》の 新しい 創始者 たろうとしたが、

彼に その 時間は 残されて いなかった。

 

われわれ の《 新しい 哲学 》の 第1の 中心 主題 は、こうして、

ニーチェの《 価値の 哲学 》の 現代的 継承(けいしょう)、すなわち、

哲学における < 普遍 認識の 方法の 再生の 試み > に ほかならない。』

 

僕もですが、いろんな 人が、ニーチェ の 哲学には 共感していますよね。

僕は、ニーチェ の言う 超人のように 生きたいと心から思いますから。

あっははは。

 

竹田 青嗣 さんと いえば、1990年には『 陽水 の 快楽 』という本を

書いています。『 おもしろい 内容の本を 書く 人だなぁ 』と

僕なんか思って、それ以来のファンなんです。

竹田さんは、一貫(いっかん)して、人生 や 芸術 や エロス、すなわち、

恋心 とか 性 とか 愛 とか 情熱 とかを 考え 続けていますよね。

今日では 日本を 代表するような 哲学者であり、早稲田の 名誉 教授 です 」

 

「 あの 本は、ミュージシャンの 井上 陽水(いのうえ ようすい)論ですよね。

私も その 文庫本を 持ってます。裏 表紙にある 竹田 さんの お写真は

サン グラスをしていて、バイクの ライダーのようで、

哲学者には 見えないでした ! 」

 

そう 言って、美有(みゆ)は 笑った。みんなも 陽気に 笑った。

 

「 えーと、竹田 青嗣(せいじ)さんは、『 新・哲学 入門 』の

311ページ で こんなこと 言っています。

『 ニーチェ と バタイユ、この 二人の 哲学者は、人間 存在の 本質を

《 生の エロス 》への 欲望として 洞察した はじめての 哲学者と

みなしてよい。ニーチェの 本質 洞察は 以下である。

 

芸術は、美や 恋愛が 人間にとってもつ 意味と 本質を 共有している。

さまざまな 生の 不遇(ふぐう)、酷薄(こくはく)、

軋礫(あつれき=不仲)、困苦(こんく)、

艱難(かんなん=苦労をすること)、悲惨、絶望、災厄(さいやく)

などにも かかわらず、生を 是認(ぜにん=よいとして認めること)、

肯定(こうてい=積極的に 意義を 認めること)し、

生の 享受(きょうじゅ)と 憧(あこが)れを

支(ささ)えるもの としての 芸術。』

 

この『 ニーチェの 本質 洞察 』は、竹田さんの『 陽水 の 快楽 』で

探究した 哲学 と 方向性 が みごとに 一致 している と 僕は 感じます。

 

さて、ちょっと お話しは 変わりますけど。

『 欲望 』とは、『 快感 』とは、同じような 意味でもあり、

密接な 関係が ありますよね。それで なんですけど。

 

経済 人類 学者 の 栗本 慎一郎(くりもと しんいちろう)さんは

『 パンツを 捨(す)てる サル 』という 本の16ページで、

『《 快感 》が 人を 支配する 』と 題して 次のように 言ってます。

 

『《 快感 》が 鍵(かぎ)である。快感 こそが、ヒトの 生きる 意欲や

形態上の 変化の もととなる エネルギー を 絞(しぼ)り 出せる 根拠だ。

 

はっきり 言おう。快感が セット されれば、ヒトは なんでも やって

のけるでは ないか。私は カンボジアの ポル・ポト政権 が 400万 とも

500万人 ともいわれる 大量 虐殺 を 行なったのは、政府 中枢 から

末端の 兵士までが、人を 殺すことの ある種の 快感に 導(みちび)かれた

結果ではないかと、と ある 根拠(こんきょ)に したがって 考えている。

 

思想や 理想や 正義などと いったものは、快感に 導かれて

行(おこな)った ヒトの 行動に 対して、学者が あとから

言葉による 説明を 与(あた)えたものに すぎない。

 

快感によって セット された 行動は、ヒト だけのものではない。

じつは、すべての 動 植物 が、おのおの の 快感の 方向に 向かって

生命 反応 をしながら 生きている。

 

快感は、すべての 生命の 生きる 意欲を 決定している。

快感ではなく、苦しみながら 生き抜くのが 好きだという人は、

苦しみを 快感に 変える マゾヒズム 的 な 人 なのだ。

でなければ、いつかは 快感に 到達 できると 空(むな)しく

もがく 哀(あわ)れな 人である。もし あなたが 後者なら、

すぐに 快感を 求める 方向を とりなさい。

与(あた)えられた 生命は 長くはない。』

 

次は この本の 210ページの 栗本さんの 言葉です。

 

『 生きる 意欲は どこから くるのか。

生きる 意欲は、生きること それ自体、または 生きることによって

可能になるが、生きている 個体に《 快感 》をもたらす ことによって

生み だされる。私たちは、腹が 減ったから 食物を 口にすると

考えがちだが、それは 単純にして まちがっている。

飢(う)えを 感じても、それが 何かを 食べることの 快感の 予感と

結合しなければ、ヒトは 食べ物に 向かわないのだ。

したがって、拒食症とは、かなり 深刻な 病(やまい)である。

 

異性が 好きであっても、セックスの 快感が 予感されなければ、

話をするだけに とどめておこうと するだろう。 あるいは、

逆に それに溺(おぼ)れることを恐れて、遠ざかることもある。

学問にせよ、スポーツにせよ、普通の生活にせよ、ヒトは、

快感の 導(みちび)くようにしか 活動しない。

となると、快感、充足感(じゅうそくかん)、

それらの 真 の 姿は、いったい 何なのだろう。

< 中略 >

私は《 パンツを はいた サル 》のなかで、もともと なくても

生きていけるものだが、それがないとヒトではなくなるものを、

まとめて《 パンツ 》と表現した。なくても いいものとは、

つまりムダであり、過剰(かじょう = 多すぎて あまること)である。

私たち ヒト の 行為は、95 % が むだである。95 % ?

せめて 60 % ぐらい だろう、という 人は 甘(あま)い。

< 中 略 >

どうしても 捨てなければならない パンツとは。

 

しかし、無駄(むだ)なことにも かかわらず、ヒトが そこに 猛然

(もうぜん)と 邁進(まいしん)するのは、その 方向に 突進すると

快感が 増大するように、ヒトの 脳が セット されているからだ。

何のかんのと言っても、ヒトは 自分が 嫌(きら)いなことは

たった ひとつでも やらないのである。

< 中 略 >

集団的 暴力 が 快感 として セット されている。これは 大きな パンツ

の なかでも、もっとも 怖(こわ)い ものの ひとつ である。

私たちは、何を 排(はい)してでも、この パンツ を

捨てねば ならぬのでは ないか。

< 中 略 >

要するに、人殺し でなくても、ほかの 快感なら いい のではないか、

というのが 新しい方向である。新しい 快感 を、快(こころよ)い 快感

にするか、それとも 集団 殺戮 にするかは、

まさしく ヒト 自身の 選択に かかっている。

< 中 略 >

21世紀は、人類が、すべてを 自分で 決めるか どうかという

岐路(きろ)に 立つ 世紀 になるだろう。

人類 である あなたは、ひょっとすると、はじめて 自分で

進化の 選択に 参加 できるように なるかも しれない。

< 中 略 >

いずれにしても、結局はあなたの問題なのである。

これで、私はまた、温泉に行くぞ。では。 』

 

と、これで、『 パンツを 捨(す)てる サル 』は、終わっています。

 

ぼくは、生きていることは、いろんな 悪い 誘惑 や 欲望 との

戦いの ような ものだと、子どものころの 体験からも 実感しています。

そん なダークな 快感に 染まることから 心身を 守るためにも、

『 こども の 純真 が 大切な 人生と 心 の 原点 』だと 思うんですよ!

そんな 思いで、この 歌詞は 作りました。

 

そうそう、『 変化を!』という 歌詞についてですけど。

 

あれは、テレビの『NHK 映像の世紀 バタフライ エフェクト』で

『 ソ連 崩壊 ゴルバチョフ と ロック シンガー 』を

 

超大国 ソ連を 崩壊に 導いた 指導者 ゴルバチョフ と 、

ゴルバチョフの ペレストロイカ の中で、若者たちの 絶大な

支持を 集める ロック バンド『 キノー』が 誕生するという番組 でした。

キノー は、《 変化を!》という タイトルの 歌を 歌っていたのです。

ソビエト連邦を代表するロックバンドで、

音楽的には ポストパンクと ニュー・ウェイヴに インスパイア(= 触発・感化)

されているそうです。

ボーカルの ヴィクトル・ツォイ は、現在の ロシア連邦でも

ロックの神様と呼ばれているそうです。

そんなわけで、ぼくは この 歌詞に《 変化を!》と 入れました ! 」

 

そう言って 信也は、みんなを 見ながら 明るく 笑った。

 

・・・

 

『 平和の世界を つくっていこう 』 歌詞

 

(1)

 

こども の ころは みんな 誰(だれ)でも

天使 のように 純真(じゅんしん)だった

 

おとな になると 欲望(よくぼう) のままに

こども の 純真を 捨(す)て 去って いく

 

でも こども の 純真 は 大切な

人生と 心 の 原点(げんてん) さ

 

だから 愛を 大切 にして

幸せの 世界 を つくって いこう !

 

(2)

 

みんな が 生きて ゆける 豊(ゆた)かな 自然

地球 は 奇跡(きせき)の 美しい 星 ( ほし )

 

なのに おとなたちは 欲望 のままに

自然も 人も 何もかも 壊 (こわ) していく

 

この世界は 愛の力で 作られているのに

その 感謝(かんしゃ) や 愛 の 心も 無 (な)くしていく

 

「 変化を !」 発想(はっそう) の

転換(てんかん) をして

平和の 世界を つくって いこう !

 

・・・

◇ 参考 文献

1.『 新・哲学 入門 』

竹田 青嗣 著

講談社 発行

2.『 パンツを 捨てる サル 』

栗本 慎一郎 著

光文社 発行

3.NHK 映像の世紀 バタフライ エフェクト

「ソ連 崩壊 ゴルバチョフ と ロックシンガー」

初回放送日: 2022年10月31日

4.フリー百科事典 Wikipedia ウィキペディア

 

≪ つづく ≫ --- 191章 おわり ---

 



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192章 映画『 クラッシュビート・愛と芸術 こそ すべて 』大ヒットする

192章 映画『 クラッシュビート・愛と芸術 こそ すべて 』大ヒットする

 

2023年1月14日、土曜日の 午後1時。

 

 川口 信也(かわぐち しんや)と

マンガ家の 青木 心菜(あおき ここな)と

週刊 芸能 ファン の 記者の

杉田 美有(すぎた みう)の 3人は、

下北沢 の『 カフェ・ゆず 』で

ランチを すませて、

スイーツを 楽しんでいるところだ。

 

この店は オーナーの 高田 充希(たかだ みつき)で、

名前も 顔かたちも 女優で 歌手の

高畑 充希(たかはた みつき)に

そっくりなので、下北沢では 評判だ。

 

高田 充希(たかだ みつき)30歳。

杉田 美有(すぎた みう)26歳。

青木 心菜(あおき ここな)31歳。

川口 信也(かわぐち しんや)33歳。

 

「 このたびは、映画『クラッシュビート』第4作の

『 愛と芸術こそ すべて 』の 大ヒット、

まことに おめでとうございます!」

 

 信也 や 心菜 と、 すっかりと 仲のよい

杉田 美有(みう)は、微笑(ほほえ)んで

『 週刊 芸能 ファン 』 の 取材を 開始した。

 

 映画は 日本や 世界の 国々で 上映中 だ。

 

「 映画『 クラッシュ ビート 』は、

第1作が『 心の宝石 』、第2作が『心の約束』、

第3作 は『心の神様』でした。

そして 第4作目は、また また 大ヒットの

『 愛と芸術こそ すべて 』ですよね !

 

なんと、物語は、世界中の 人々が、

芸術家として 自覚を持つようになって

自由と 生きる よろこびを 見つけたり

とりもどしていく 物語。

 

この映画は すべて、心菜さんが

お描(か)きになっている

マンガ の『 クラッシュ ビート 』が

原作であり、脚本(きゃくほん)なんですよね。

心菜さんの マンガ『 クラッシュ ビート 』も

もちろん 大人気の ベストセラー ですよね !

 

そこで なんですけど、映画 と マンガ の

『 クラッシュ ビート 』に 登場する

ロックバンド・クラッシュビートや

物語の主人公 の『 しんちゃん 』は、

実在の ロックバンドであり、

しんちゃんは、川口 信也さん のことだって

いうことが、よく、熱心な ファンの人たちの

話題になる ところなんです が。

そんな ところの お話しを すこし・・・ 」

 

「 僕らは、クラッシュビートの

バンド活動も、本業の仕事 があるからと、

顔出しなしで、やって来てますからね。

いろいろと、不思議に思うのも

わかりますけどね。あっはは。

 

心菜さんから、はじめて、

マンガの 主人公 に したいっていう

お話があったのは、

2016年 の 9月ころのことでした。

それで 条件としては、GReeeeN の

みなさん みたいに、『 顔を いっさい

公表 しない 』ってことくらいでした。

 

そうしたら、心菜(ここな)さんも マンガ 制作の

アシスタントの 水沢由紀(ゆき)さんも、

『私たちも、 顔を いっさい

公表 しない !』って、言ってね。

あっっはっは 」

 

「 できること ならば

顔は みんなに 知られないほうが

プライバシーは 守られるし

個人的にも 自由がありますから 」

 

心菜は そう 言って 微笑(ほほえ)む。

 

「 なるほど。世の中も こんな 具合で

有名になったりすると、

何かと トラブルも 発生しやすいですしね 」

 

と 杉田 美有(みう)は 共感する。

 

「 今回の 物語の テーマ(主題)は、

タイトル に ズバリ とあるように、

『 愛と 芸術が すべて 』といった 感じですよね。

こんな 考え方は、やっぱり、信也さんの

日ごろからの 考え方 なんでしょうね ! 」

 

「 そうですよね。・・・早い話が、

僕は 何年 生きても 大人(おとな)になっても

心は いつも 子供(こども)のままで

いつづけたい って ことなんです。

子どものころが、1番 自由で

楽しさも 幸福感も あったですから。

あっははは。

 

こんな 僕の、幼稚に 思われそうな 個性に、

心菜さんは、共感して、マンガを 連載したいと

言ってくれたんですからね。

人生って、わからないものです。あっははは 」

 

信也は そう 言って 明るく 笑った。

 

この映画の 主題歌も 大ヒットしている。

 

「 愛と 芸術 こそ すべて 」 作詞・作曲 川口 信也

 

( 1 )

君 の 子どもの ような 無邪気(むじゃき)さ に

僕 は すっかりと 恋 に 落ちた のさ !

この気持ち どのように 言ったら いいのだろう ?

パブロ ピカソ さん は 言っている

子どもは 誰(だれ)でも 芸術家 だってさ

問題 は 大人(おとな)になっても

芸術家で いられるか どうか だってさ

愛と 芸術 こそ すべて

 

( 2 )

僕たちは 子どもの ころは みんな

心 も きれいな 詩人 だった のさ !

この気持ち どのように 言ったら いいのだろう ?

岡本 太郎(おかもと たろう) さん は 言っている

芸術 は 食べもの と 同じ ような もの

絶対に 必要なもの 自由に 生きる よろこび

人は みんな ほんとうは 芸術家 だってさ

愛と 芸術 こそ すべて

 

(3)

君 の 子どもの ような 無邪気(むじゃき)さ に

僕 は すっかりと 恋 に 落ちた

この気持ち どのように 言ったら いいのだろう ?

ヨハン・ゲーテさんは言っている

「『 ウェルテル 』は 自分のために

書かれたと思われる

そんな時期を 生涯に1度も 持たないとしたら

それは 誰でも 褒 (ほ) めた 話ではない 」

愛と 芸術 こそ すべて

 

◇ 参考 文献

 

1.今日(こんにち)の 芸術 

  岡本 太郎 著

  光文社 発行

2.NHKドキュメント 72時間

 「 美術 大学 青春 グラフィティー 」

  2023 年 1 月 14 日 放送

3.エッカーマン ゲーテとの対話

  秋山 英夫 訳

  社会 思想社 発行

 

≪ つづく ≫ --- 192章 おわり ---

 



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( 改稿版 ) 193章 9月16日 は 森下 きな の 誕生日

193章 9月16日 は 森下 きな の 誕生日

 

9月16日 の 土曜日。午後の 4時。

 

川口 信也 と森下 きな は 渋谷駅 から 歩いて5分 の

セルリアン タワー 東急 ホテル の 40階にある

タワーズ バー『 ベロビスト 』に 入る。

 

地上 150m に 位置して 夕暮れからは

ライトアップ の 夜景や 東京 タワー も 見える

眺望 の 美しい レストラン だ。

『 ベロビスト 』は スペイン語 で

『 美しい 眺望』の 意味 とか。

 

ふたりだけの 時間を 楽しめる

大きな 赤い ソファ の ある

『 ペアシート ・シンフォニー 』

に 案内されると

「 すてきな お部屋 だわ ! 」と きな は 言う。

 

スモーク したマグロ とか

帆立貝 (ほたてがい) の セビーチェ、

スペイン産 生ハム とかの

丁寧 (ていねい) な かわいい

すてきな 料理が テーブル に ならぶ。

 

女性 バーテン ダー が つくった

季節 の シャンパン カクテル で

ふたり は 乾杯 (かんぱい) する。

 

「 きな ちゃん お 誕生日

おめでとう ございます ! 」

 

「 ありがとう ! しんちゃん

とても うれしいです ! 」

 

川口 信也 と 森下 きな は、

突然 の 運命 の いたずら

の ように して 出会った。

2020年 1月3日 の

正月 の こと だった。

 

そのとき 信也 は スマホで

LINE を 見ていた。

 

そしたら『 きな 』という

名前 の 女の子 が

「 すみません ! 」と

信也 の LINE に 迷 (まよ) い

こんできたのだ。

 

それが 高校1年生の 最初 の

森下 きな との 出会い だった。

 

あとで、わかったことだけど

ふたりは この 広い 世界で

ほんの 近くの 同じ 街 (まち)

の 下北沢 に 住んでいる

のだから これは 奇跡 だった 。

 

「 あけおめ 」に、きらめく 真っ赤 な

ハート マーク の メール を 送ってきた。

 

「 きょうゎ 午後 から お年玉 を

もらい に まわりまーす 」

 

「 きなゎ 初詣 (はつもうで) に 

友だち と 行くよ 受験生 やからね 」

 

「 は 」を「 ゎ 」と メール する けど

森下 きな は、二人 (ふたり) の 姉 と

弟 がいる 性格も 明るい 高校1年生 だ。

普通というより いまどき

かなり 裕福 家庭の 三女だ。

 

信也が ミュージシャンの

川口 信也 だと 知ると

「 わぁ クラッシュ ビートゎ

大好きです!」と よろこんだ。

 

それ 以来、きなは 信也 に

恋人 の 気分 で 何 でも 話す。

 

信也 を 何より 驚かせたのは

性 に 対する その 天真 爛漫

(てんしんらんまん)

無邪気 (むじゃき) さだ。

 

「 今日ゎ どんな ポーズ で

撮って 欲しいとか リクエスト して ! 」

 

「 動画 送ったよ!見れない? いまも 送った 」

 

2020年の 出会った

最初 の ころ、きな は

信也 が 希望すれば 次々と

写真 や 動画 を送ってきた。

 

いやらしさ は 全 (まった) くなく

ひとこと で言えば 芸樹的に 純粋なのだ。

今も 信也 はそんな きな を 愛している。

 

きなは いつも 純粋 で 明るく

きらきら と 輝 (かがや) いて

前向きで 健康的 だった。

 

きな は 洋楽の ポップス ばかりを

聴く ような 女の子だ。

テイラー・スウィフト の ファンだ。

 

信也 も きな も 小林 克也(かつや)が DJ の

『 ベスト ヒット USA 』( BS 朝日 ) を

毎週 見ている。

その ヒット チャート の 1位 を

テイラー・スウィフト の

『 クルーエル・サマー 』( Cruel Summer ) が

何週も 独走している 人気ぶり だ。

 

「 おれが きなちゃんと

こうして 仲よくなれたのは

テイラー・スウィフト と

おれは 同じ年だからかなって

思っているんだけどね、あっはは 」

 

おいしい シャンパン カクテル に

酔いながら信也はそんな

冗談 (じょうだん) を 言って 笑 (わら) う。

 

「え、やだあ!とうとう ばれちゃった かな ?

実は そうなのよ。

テイラー と しんちゃん同じ年なんだもん !

それで キュン として わたし

しんちゃん が 大好きになったのよ !・・・」

 

「 なんてね、ウソよ、そんなのじゃないわ!

テイラー は テイラー。

しんちゃん は しんちゃん。

どちらも 大好きだけど、

無関係よ! あっはは 」

 

そう 言って 森下きな は

シャンパン カクテル を

おいしそうに 飲んで 笑う。

 

テイラー・スウィフト は 1989年

12月13日 生まれ 33歳。

アメリカ の 歌姫

シンガー ソング ライター。

 

川口 信也 は 1990年

2月23日 生まれ 33歳。

 

森下 きな は 2004年

9月16日 生まれ 19歳

本日 19歳 に なった ばかり。

 

≪ つづく ≫ 

 

◇ セビーチェ とは、

南国の ペルー や メキシコ

などの 名物料理 で

生 や ゆでた 魚介類に

玉ねぎ や トマト を 加えて

レモン 果汁、ニンニク、

唐辛子などで 味をつけた

すっぱくて 辛 (から) い

マリネです。

“ 世界一 素晴らしい

郷土料理 ” の 1つ に

選ばれたこともあり、

発祥 の ペルー では

専門店 もあるほどです。

 

--- 193章 おわり --- 



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