目指せ現代帰還~異世界で嫁を探したら幽霊メイドが憑いてきました~ルートB (塚山 泰乃(旧名:なまけもの))
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第一話 開戦

 頭をバットで殴られたような衝撃が走った。

 両手で頭を抱えてふらつく。

 

「やった、儀式魔法は成功だ!」

 

 何か五月蠅(うるさ)い場所に出た。俺を取り囲む色とりどりの染めているようには見えない髪をした外国人たちが俺を見て騒ぐ。

 危険は去ったと見るべきか?

 疲れた、眠い。

 

「ようこそおいで下さいました、勇者様。……勇者さ、ま?」

「……血まみれ?」

 

 意識を保って立っていられなくなり、受け身も取れず大理石らしき床に叩きつけられるようにして倒れた。

 

「いかん、最高位聖女様の下へ運べ!」

「急げ、勇者様を死なせてはならぬ!」

 

 ……勇者様って何だ、俺は安武(やすたけ)典男(のりお)っていう名だ。

 ……ああ、周りが五月蠅い。

 

◆     ◆     ◆

 

 何もない真っ暗闇。そう感じた瞬間目が開いた。

 ……あ。

 目の前に白い壁が見える。

 ……ここ、どこだ。

 意識がはっきりしないが、壁と思っていたのは天井のようだ。

 寝ている、寝かされている?

 

「勇者様が目を覚ましました!」

「聖女様をお呼びしろ!」

「勇者様、聞こえますか、勇者様!?」

 

 五月蠅い、側で騒ぐな。

 酷く眠い。

 意識が遠のいていく。

 

「しっかりして下さい勇者様!」

「……駄目だ、またお眠りに……!」

 

◆     ◆     ◆

 

「おい、聞いたか? ……おい」

 

 呼びかけを無視したら肩を揺すられた。

 無理矢理仕事を中断させられたので怒りを隠さず顔を向ける。

 

「何だよ、今忙しいんだ。後にしろ」

 

 目にクマを浮かべた同僚が平然と受け止めた。

 

「それどころじゃない、とうとう中国が沖縄に攻め込んで来るってさ」

 

 何だそんな事かという心が口に出た。

 

「ふうん」

「……何だよその態度」

「あと二日で案件仕上げないといけないんだぞ、そんなもんに構ってられるか」

「現実突きつけるな、息抜きさせてくれよ」

 

 俺は再びパソコンの画面に向き直ってキーボードを操作する。

 

「今月も残業二百時間か、死にてえ」

「寝たい」

「使えない人材採用するなっつうの。俺たちが穴埋めしてるの理解できてんのか?」

「どこかのお偉いさんのぼんぼんなんか社員にするんじゃねえっつうの」

「こないだ似たような奴がまたシステム障害やらかしたんで、復旧の依頼してきた会社に行ったついでにクビにするよう言ったんだが、お偉いさんの面子を潰すわけにはいかないからウン億円の損害には目をつぶるって返ってきた時はマジで殺意がわいた」

「そういや部長の姿が見えないがどうした、さぼりか?」

「あいつなら左遷されたぞ。もうせん、とある案件の失敗をこないだ辞めた奴に責任押し付けて謝罪と反省文かかせたら、そいつが証拠付きで上層部に送り付けた結果そうなったってさ」

 

 俺たちの会話を聞いていたのか、同僚たちの恨みつらみや暗い笑いがフロアに満ちる。

 そんな時、非常ベルが鳴り響き始め俺たちはのろのろと周囲を見渡す。

 火事かと思っていたらフロアの出入り口のドアが乱暴に開かれ、男が飛び込んで来た。

 

「うるせえぞ静かに……」

「今すぐデータを保存してから避難しろ!」

「あ?」

「刃物を持った中国人っぽい奴らが社内に押し入って暴れてる!」

「ぽいって何だ、警備員はどうした」

「中国語で何か言ってる、あと警備員は死んだよとっくに!」

「んだよ使えねえな」

 

 誰かが文句を言いつつ、各自今抱えてる案件を保存してパソコンの電源を落とす。

 緊急事態らしいし、納期を先延ばしにしてくれないだろうか。

 避難を呼びかけた社員は次の部屋へ知らせに行ってしまったようだ。

 

「逃げるか」

 

 財布とスマートフォンがポケットに入っているのを確認してから同僚たちと一緒に部屋を出る。

 いつもなら静かな廊下が部屋から次々と出てきた社員たちで混み始めていた。

 エレベーターは混んでいて使えないだろう。

 俺と同じことを考えたのか、同僚たちも非常階段を目指して足早に進む。

 非常階段へたどり着くと一斉に降り始めた。

 

「ああ、だるい」

「しかし、何で中国人がうちの会社に?」

「知らねえよ」

「まさか戦争が始まるのが関係してるんじゃ」

「んなわけないだろ」

 

 暢気(のんき)に会話しながら一階エントランスホールに到着すると出口に向かって移動する。ビルの入り口付近で血だまりに沈む警備員二人と社員三人を見つけた。

 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 

 信心深い社員が手を合わせて言いながら通り過ぎる。

 ビルの外へ出るとサイレンが遠くで鳴っている中、歩道のあちこちに死体が転がっていた。

 

「おいおい」

「やばいぞ、たった今ネットニュースで日中戦争が始まったってよ」

 

 スマホを見ていた男がそう言った。

 ここは東京都内だから遠くの沖縄だけが戦場になるものとばかり思ってた。だからこそ中国や沖縄への出張も断っていたんだが、甘かったか。

 

「あ」

「今度は何だ」

 

 ネットニュースの内容を男が震える声で伝える。

 

「中国が核ミサイルを撃ったって官邸が」

「早く言え!」

 

 俺は駆けだした。

 

「おい、どこへ行くんだ!?」

「地下鉄!」

 

 同僚の声に端的に答えると社員たちも駆けだした。

 

◆     ◆     ◆

 

「……う」

 

 目が覚めた。

 白い天井だ。

 今見ていた夢は現実に起きた事か? 頭がぼうっとしていて良く分からない。

 寝かされているのはベッドか。

 

「勇者様? 起きたんですか?」

「俺は勇者なんかじゃない」

 

 俺の側で看病していた女性は白い衣装を着ていた。日本の病院で一般的に看護師が着ている服ではない。何と言うか、どこぞの宗教施設の信者が着るようななりだ。

 

「司祭様、勇者様が目を覚ませれました!」

「そうか、ご苦労」

「あんたたちは? ……ここはどこだ?」

「ここはカルアンデ王国の神殿内の病室だ」

 

 聞いたことが無い国だ。

 

「君は血まみれで大怪我をしていたのでこの病室に担ぎ込まれた。危なかったな、治療がもう少し遅れていれば死んでいたぞ」

「……そうですか、それはどうもありがとうございます」

 

 助かったという安心からか、再び眠くなってきた。

 

「眠い」

「診察したところ、君は極度の睡眠不足と疲労状態にあるようだ。国王陛下にはもう少し休ませておくと伝えておこう。今は休みなさい」

「……分かりました」

 

 こんなに眠ることができるのはいつ以来だろう。

 間もなく意識が闇に落ちていく。

 

「司祭様、勇者様はお元気になるのでしょうか?」

「怪我がもとで血を失い過ぎている。歩けるようになるのはまだ先だな」

 

 しばらく寝ていられるぞ、やったぜ。

 

◆     ◆     ◆

 

 目の前の男の頭が破裂した。

 脳みそだったものや血が降りかかる。

 言葉が出ない。

 

「暴徒排除確認!」

「立てますか!?」

「あ、ああ」

 

 上下を濃緑色の迷彩服に身をまとっている二人が近づいてきたのでふらふらと立ち上がる。

 

「怪我はありませんか!?」

「青龍刀のようなもので腕を斬られた」

 

 左腕を見せるとおびただしい血がどくどくと流れ出ていた。

 

「止血してやれ、俺は周囲の安全確保!」

「了解!」

 

 二人組は恐らく自衛隊員だろう。一人は俺が着ていたワイシャツを脱がすと、ポーチから紐を取り出して腕の付け根をきつく縛り、傷口に畳んだワイシャツを当てテープを巻き付ける。

 だん、だんと耳に銃声が響く。周囲を見渡すと刃物で日本国民を襲っていた中国人が撃たれたのかふらついている。

 

「止血、良し!」

「……ありがとうございます」

「君、一人で地下鉄まで走れるか?」

「……ええ、そこを目指していましたから大丈夫かと」

「急いで下さい、地下鉄入り口はすぐそこです!」

「貴方たちは……?」

「私たちには一人でも多く国民を救出する義務があります! さあ走って!」

 

 止血してくれた自衛隊員に背中を叩かれた。

 周囲で日本人を襲っていた中国人がこちらに向いて近づいてくる。

 

「くそ、奴ら撃っても撃っても倒れないぞ!?」

「加勢します!」

「頭だ、頭を狙え! 無駄弾を撃つなよ!」

「了解!」

 

 二人組が周辺の武装した中国人に対して発砲する。

 

「自衛隊員さんたちもご無事で……」

 

 俺は左腕を抱えながら走る。その途中で俺を暴徒に向けて突き飛ばした同僚たちが物言わぬ死体となって転がっている脇を通り抜けた。

 地下鉄入り口で二人組の自衛隊員が警戒しているのを横目に、中へ駆け下りていく。

 既に構内は多くの人で混雑していた。皆地面に座り込んでいる。立っているのは所々の壁際に周囲を警戒している自衛隊員たちだ。

 

「自衛隊員さん、この国はどうなってしまんでしょう?」

「安心して下さい。我々が皆さんを守ります」

「お願いします」

 

 老人が自衛隊員に話しかけ頭を下げている様子を見ながら空いている地面に座り込んだ。その後ろを人々が続々とやって来ては座る。

 同僚たちの姿は、無い。

 

「国民の皆様、間もなくミサイルが落ちて来ます!」

「耳を塞いで口を開けて下さい!」

 

 マジか、迎撃に失敗したのか?

 俺は指示通りに丸くなった。

 時間を置かずに駅全体が揺れ、照明が消えて真っ暗になった。

 




仕事の合間に投稿するのきつい…
続きは早くても明日以降に…


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第二話 転移

「……夢か」

 

 白いベッドの上で目が覚めた。

 

「いや、現実か」

 

 西暦2025年7月の上旬頃、かねてから危惧されていた日本と中国の戦争が始まった。

 不法滞在の中国人の集団武装蜂起。

 異世界転移後、手元にあったスマホのネットニュースに残っていた当時最新のものだ。

 左腕を見る。中国人に斬られたときにできた傷口が治りかけの状態で赤くなっている。

 司祭から聞いたところ、カルアンデ王国で最高位の聖女様と呼ばれる人が光属性の魔法、復元でここまで治したのだそうだ。

 スマホに電波が届いていない事も考えて、ここは完全に異世界だと理解した。

 司祭が言うには、言葉が通じるのは勇者召喚という大規模儀式魔法に組み込まれた言語理解という魔法を付与されたからだそうだ。

 あの激しい頭痛がそれか、きつかった。

 あの後日本がどうなったのかは知らないが、両親は無事でいてほしい。故郷は田舎だから大丈夫だとは思うが、実際に確認しないと不安だ。

 

 それにしても、と当時を振り返る。

 地下鉄へ避難する最中に暴徒に出くわした時、わが身可愛さだからだろう、同僚が俺を突き飛ばして一斉に逃げ出したのは驚いた。見捨てられた時の怒りはどれほどのものだっただろうか。その後、彼らが死体に早変わりしていたので拳を振り下ろす機会を失ってしまったのは残念だ。

 

「あ、ヤスタケ様、起きていたんですね」

「たった今だ」

「そうですか、ただ今朝食をお持ちいたします」

「ありがとう」

 

 女性が運んできた麦粥(むぎがゆ)をスプーンで掬い口に運ぶ。

 牛乳混じりの独特な味を楽しみつつ、今後の予定を考える。

 先日、アンリと名乗るこの国の魔法統括機関(とうかつきかん)の大長老が(たず)ねてきた。

 何でも、カルアンデ王国と戦争している魔王を討伐してほしくて俺を呼び出したらしい。

 

 若い者ならともかく、俺はもう40才を越えているので無理だと断ったんだが、勇者として呼ばれるという事は何か特別な才能があるはずと(さと)された。

 そして、国家が所有する魔力鑑定の水晶玉を触らされて、闇属性と無属性の魔法に優れていることが判明し嫌とは言えなくなってしまった。

 アンリや神殿の司祭に拝み倒されたのも理由の一つだが、俺を救ってくれた聖女様に頭を下げられたら思わず頷いてしまった。

 どのような人生を歩んだのか知らないが、後期高齢者くらいの年で現役で立派に働いている老人の頼みを断るのは俺の主義に反する。

 とりあえず今後の予定は国王陛下に会い、体力や魔法を鍛えるため王立魔法学園に編入することが決まっている。

 

 王に会うことは構わないが、この年で学校かあ。

 学園は幼稚園児くらいの子供から大学生までが学べる一貫校のようだ。多数の優秀な貴族と、一般から公募した国民が通う場所らしい。

 彼らは卒業後、軍に進むか官吏になって活躍するか、故郷に帰って両親の領地経営を手伝うことになると聞かされた。

 

 俺が病室に担ぎ込まれてから一月後、無事退院することになった。

 

「これから私たちと王城へ向かいます。国王陛下がお待ちしていますので、同行願います」

 

 王と言う単語に戸惑う。

 アンリの補佐役であるコリンズと名乗る中年の男が神殿の出口へと向けて手を示したので質問してみた。

 

「私、魔王を討伐すれば、元の世界に帰れるのですよね?」

「ええ、それはもちろん。ただ、大抵の勇者様は王都が住みやすいので、こちらに残る場合が多々ありまして。望まれるのであればお住みになられても良いのですよ?」

「……その申し出は大変ありがたいのですが、残してきた家族が心配ですので……」

「それは仕方がありませんね。考えが変わられたのであればいつでも申して下さい。さあ、こちらに。外に馬車を用意してあります」

 

 神殿の外に出ると小高い丘の上にいる事が分かった。長く白い階段を降りた先、四頭立ての屋根付き、黒塗りの豪奢(ごうしゃ)な馬車が待っていた。

 周辺に恐らく警護(けいご)騎馬(きば)が複数いる。

 さらに先を見ると石造りの街並みが見え、さらにその先は海が広がっていた。

 

 ここは港町なのか海の上には木造帆船(はんせん)が複数浮かんでいるのが見えた。遠くにあるので判別できないが、大砲を載せているのかどうか気になった。

 そもそも火薬があるのかどうかさえ分からん。

 学校は普通科を卒業したので歴史や化学に詳しいわけでもなく、二十年以上経過していたため俺の頭の中は古びていた。要するに使わない知識は(ことごと)く忘れてしまったのである。

 もしかするとある日突然ひょっこり思い出すかもしれないが、あくまで可能性だ。

 

 タタンを先頭に階段をぞろぞろと降りていくと何事もなく馬車の前に立った。

 周囲の兵を観察するが、クロスボウなどの飛び道具を装備している者や、魔法を使うのか鎧を着用せず杖を持った軽装の男女が複数いたものの、銃らしき物を携帯しているようには見えない。

 

 一人の兵士が馬車の扉を開けると補佐役が俺に乗るよう促してきた。

 内部を見ると前後に二人ずつの計四人が余裕で乗り込める配置になっていた。

 後から乗り込んでくるであろうアンリやコリンズのために奥の方に座ることにした。

 うわっ、座席がふかふかだ。

 

 召喚直後に着ていたスーツは血だらけだったため処分された。代わりにこちらの衣装をもらって着ている。何でも俺が入院中に針子たちに命令して作らせた物らしい。

 世話をかけたな。機会があれば菓子折りを持って行きたいところではあるのだが、この国では許されるのかどうか。

 

 そうだ、仕事……首だろうなあ。

 入社してから一年と少ししか経っていないためそこまでの思い入れは無いが、ようやく仕事に慣れ始めたところだった。

 家に戻れるのはいつになることやら。

 そもそも戦争で日本国が残っているかどうかが心配だ。戻って来た時焦土と化していたら目も当てられない。

 

 アンリたちも車内に座ると、馬車が軽快な動きで走り出した。

 扉と反対側の壁には小さいながらも窓ガラスがはめ込まれ、外の様子が(うかが)える。

 街の中は一言で表すなら雑多(ざった)だ。色々な人が行きかっている。

 多くは徒歩だが牛に荷車を引かせていたり、幼児が群れて遊んでいたり、親の手伝いをしているのか子供が籠を背負って歩いていたりと様々だ。

 

 おや、あれは?

 中でも目を引いたのは人間にはありえない(けもの)の耳や尻尾を付けた人が混じっていることだろう。

 服装が一般人と比べて少し粗末に見えるが気のせいだろうか。

 そのことについて訊くとアンリやその隣に座るコリンズはにこやかではあるが、言葉に(とげ)が感じられる返答があった。

 便()()()労働力、ね。……この世界にも差別はあるってことか。

 

 俺は街並みを観察するべく、再び窓の外へと視線を向けた。

 日本では見られない街並みや人々を眺めていて、ふと気付いた。

 幼児が物珍(ものめずら)し気に俺たちを見ているが、それ以上の年をとった者たちは()()()()()()()()()()()。幼児の親らしき者が子供の肩を掴んで、貴族たちから隠すような仕草(しぐさ)を見せる者たちがちらほらあった。

 ……この国に何かあるな。

 今は良く分からないが、忘れないでおこうと決めた。




続きは今夜辺りにでも。
それでは。


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第三話 現状確認

投稿時間を確保できたので投下。


 馬車で神殿から王城までひた走る。

 自動車と比べて揺れが酷いな。

 時間の確認をしようとポケットからスマホを取り出そうと思ったが、行動に(うつ)さず止めた。

 迂闊(うかつ)に地球の技術を見せるべきではないな。

 

「すみません、酔いそうなので窓を開けてもよろしいでしょうか?」

「構わんぞ」

 

 アンリに許可をもらって壁に取り付けられた窓を上にずらす。途端(とたん)に潮気のある風が吹き込んできた。顔を出して新鮮な空気を吸い込む。

 コリンズが笑顔で言う。

 

「住む場所は違えど、そこは我々と一緒ですな」

「……皆さんはどうして平然としていられるのですか?」

「ずばり、()()です」

 

 その言葉を聞いて気分が重くなった。

 魔法を使う概念(がいねん)だけが加わった中世ヨーロッパという予想だったんだがな……。

 

 地球の中世と違う点が幾つもある。

 余計な腹を探られたくないため確認できないが、水洗(すいせん)や下水が行き届いているのか糞尿(ふんにょう)が路上に散乱していない。それどころか臭いすらしない。

 ちょっとした広場の前を通りかかったとき、何らかの罪で処刑された罪人が(さら)されているのを見たが、残虐(ざんぎゃく)な刑法ではなく軒並(のきな)(しば)り首であること。

 

 大通り沿いの街並みは白い石材を使った綺麗(きれい)な物で色々な店を構えている商店街だが、小さな路地から覗く奥の方は茶色い土レンガらしき建物がずらりと並んで見えた。

 そして何より浮いているのは、路上に白線が引かれており馬車のみならず歩行者までが分離(ぶんり)されている上、十分な道幅が取られており道沿いの商店には馬車を止める駐車場が所々(もう)けられている点だ。

 

 アンリたちはこの星以外からの人間を初めて見たとばかりに驚いていたが……こりゃ過去に地球人の勇者が来ていたな、それも先進国の。

 さらに水洗の技術普及(ふきゅう)に処刑方法の単純化(たんじゅんか)も加えると予想は(しぼ)られてくる。

 

 第二次世界大戦後の日本人が呼ばれた可能性もあるってことか。

 いや、と内心で首を横に振る。

 もしかするとこの国が独自に思いついた物かもしれない。科学だって発達すれば魔法と見分けがつかなくなるはずだ、決めつけや思い込みは良くない。

 そう考え直すが違和感は(ぬぐ)えない。

 思い切って言葉を選びながら笑顔で質問してみることにした。

 

道幅(みちはば)が広いですねえ」

「他国に攻め込まれたときは道幅が狭い方が良いと言う者たちもおりましたが、経済の活発化を優先しました。結果は御覧(ごらん)の通りです」

 

 自慢げに話すコリンズに半ば感心するものの、地球人が(から)んでいるとも言っていないため完全には納得しない。

 

「それに糞尿の臭いが一切しませんね」

「魔法で定期的に清掃と除去をしておりますので、清潔に保っています」

 

 別の質問もしてみることにする。

 

「それとですね、この馬車と護衛たちを見た大人たちが、幼い子供たちを隠すようなことをしていたのですが……」

「ああ、そのことですか」

 

 コリンズがばつの悪そうな顔で事情を話し始めた。

 

「この国では、生まれた子供に魔力測定をさせて、特に優秀な成績を収めた者を親から引き離し、魔法学園に入れて英才教育を(ほどこ)すのです」

 

 そこにアンリが補足する。

 

「事故を防ぐためでもある。強力な魔力を持った者は、いずれ魔力暴走を引き起こす可能性があるのじゃ。大半が魔力の制御ができずにな」

「起こした場合、死ぬと?」

「大抵は家族を巻き込んでな。ちょっとした民家が根こそぎ吹っ飛ぶ」

 

 俺は納得しかけて、新たな疑問が浮かんだので続けて訊いてみる。

 

「では、私の場合はどうなんですか? 高い魔力量を秘めているようですが、何故私は魔力暴走を起こさなかったんです?」

「……どうしてじゃろうなあ……? 逆に訊きたいのじゃが、勇者殿は今まで生活していて本当に何もなかったのかね?」

 

 そう言われて記憶を辿(たど)るものの思いつかない。

 

「これといって、特に何も。……ただ、十才になるまで高熱を繰り返し出して寝込んでいた記憶しか……」

「それじゃ」

「え? 他の子どもと違って体が弱かっただけのことでは?」

「魔力暴走を起こした子どもは発症(はっしょう)から最期(さいご)までほとんどが高熱で寝込む。魔力測定や魔力鑑定(かんてい)をせんと病気と見分けにくい。それで親が子どもを手放したくなくて必死に抵抗するんじゃよ。……最終的にどかんと暴発するがな」

「そうですか……」

 

 思い起こせば原因不明の高熱で医者も困っていた記憶がある。薬を処方されてもなかなか熱が下がらず親を(なや)ませていた。

 

「良く死にませんでしたね、私」

「運良く制御できるようになったとしか思えん。(わし)らの助力を()ずにそうなる確率は極めて低いはずなんじゃが……」

「低い、ってどれくらいですか?」

「……ざっと一万人に一人くらいかのう」

「ほとんど奇跡みたいな物じゃないですか」

 

 絶大な魔力量を手に入れたのに、魔法が無い世界で育ったのが不運としか言いようがない。

 

「というか、私のいた星では似たような症状で命を落とす子供はごまんといます。その子たちも魔力暴走の可能性があったのでは?」

「我らの星では魔力の大小はあれど、皆魔力持ちじゃぞ。魔法が存在しない、魔力測定もできない時点で議論する意味はないぞ」

「……それもそうですね」

「とにかく良くぞ来てくれた。これで我が国も救われる」

「停まーれ!」

 

 馬車の外から兵士の声が聞こえると遅れて馬車の速度が徐々に落ち、完全に停止した。

 

「着きましたよ」

 

 コリンズが俺に知らせたので頷き返す。

 扉が外から開き、兵士が俺たちに向けて声をかけてきた。

 

「王城に到着いたしました。どうぞお降りくださいませ」

「ありがとう」

 

 俺は一番最後に馬車から降りて辺りを見回した。

 城とは聞かされていたが、でかいな。

 今俺は馬車のある城内の広場の中心にいるのだが、ざっと十五mくらいの高さの石造りの外壁が端から端まで続いており、反対側に城があった。

 城の入り口までの道のりを左右に槍を立てた兵士がずらりと並んでおり、質実剛健(しつじつごうけん)さを(ただよ)わせている。

 

「案内しましょう、こちらです」

 

 コリンズが先頭に立ち、続いてアンリ、最後に俺が歩き出す。

 城の外観は灰色だったが内部は白い漆喰(しっくい)で覆われ天井がやたら高い。内部が昼間のように明るいのは一定間隔で頭上に(とも)っている明かりのおかげだろう。

 二階へ上がると客間と言うには広すぎる部屋に案内された。

 立派な調度品がそこかしこに飾られている室内を見回していると、コリンズが声をかけてくる。

 

「こちらでしばしお待ちを。その間お茶と菓子を堪能(たんのう)下さい。準備が整ったら国王陛下との謁見(えっけん)です」

「分かりました。……あの、私、謁見の時の礼儀作法を知らないのですが……」

「ご心配には及びません。その時は私が隣におりますので、私の動作を真似ていただければ大丈夫です」

「何から何まですみません」

「いえいえ。……それでは」

 

 コリンズたちが出て行き、俺は一人室内に残された。

 見回すと部屋の中央にソファーとテーブルが置かれているのが見えたので近寄る。

 お菓子って……これか。

 大きく丸い椀の中にチョコレートやクッキーらしき菓子が色々入っている。けれどお茶が見当たらない。

 後から持ってくるのかな?

 とりあえずソファーに座って待つことにした。

 

 室内の調度品はあちこちに置かれているが、個人的な見解(けんかい)だと過剰(かじょう)な数ではなく、むしろ調和がとれているような感じだ。

 そんな風に見回している最中、ふと気配を感じて部屋の出入り口を見ると扉が開いていた。

 さっきまで閉まっていたはず……いや、待て?

 扉の前に何か白い物がうっすらと見える。目を()らすと人の形のようにも見え、その胸元の高さにはティーポットが浮いていた。

 

「は?」

 

 ありえないモノを見た。

 扉がぱたんと閉まる。

 ティーポット、正確にはその下には盆がありティーカップが載せられていた。向こう側が透けて見える白い人型は音もなく俺の下へすうっと寄って来ると、一礼して盆をテーブルに置き、お茶を入れ始める。

 その様子を俺は呆然と見ていたが、お茶を入れ終わった半透明の人型はその場から離れようとしたところで我に返った。

 

「あ、あのっ、質問していいですか?」

 

 白い人型はぴたりと止まる。

 

『何でしょうか、勇者様?』

 

 どうやら意思疎通は可能らしい。

 それよりも確認したいことがあった。

 

「耳から聞こえなかったんだけど、どうやって話してるの?」

『勇者様の心に直接語りかけています』

「できるのか、そんなことが……。いや、そもそも君は人間なのか?」

『私は幽霊(ゆうれい)族という種族で現在この城においてメイドを務めさせてもらっております』

「幽霊……、メイドが幽霊……」

 

 信じられないが目の前にいる。常識外のことに半ば呆然としていると、幽霊メイドから質問してきた。

 

『失礼いたしますが、幽霊族を目にするのは初めてでしょうか?』

「アッハイ」

『他はどうかは私も分かりませんが、この城では私のようなメイドが普通です』

「メイドに人間がいないってこと?」

『いるにはいらっしゃいますが、ごく少数です』

「何故そうなった?」

『伝え聞くところによると、お貴族様が人間のメイドに手を出して望まない子供ができてしまうと、お家騒動(そうどう)になりかねないのでそうなったとされているそうです』

「……分かる」

 

 思わず頷いてしまった。

 

『時のお優しい王様がろくでなしの息子たちに激怒して、直接ぼこぼこに殴り倒した上で議会を動かし法律を変えた、という話です』

 

 幽霊メイドの話を聞きながら紅茶を飲む。

 

「お、美味(うま)い」

『恐れ入ります』

「お代わりを頼む」

『はい、かしこまりました』

 

 紅茶を()いでくれる彼女をよく見ると、よくある西洋メイド服に身を(つつ)んだ腰まで届く長髪の十代後半の女性だと何となく判断した。

 

「……ちなみに幽霊族の平均寿命と最高齢は幾つ?」

『はい? 人間より少し長くて平均八十才、最高百五十才ですかね?』

 

 この世界においては長寿と言えるのかもしれない。病気と無縁そうだし。

 そんな他愛のない事を話していると、出入り口の扉が開いてコリンズが入って来る。

 

「お待たせいたしました。謁見の準備が整いましたのでお越しください」

「分かりました。……お茶、美味しかった。ありがとう」

『ありがとうございます。いってらっしゃいませ』

 

 幽霊メイドにお礼を言って部屋を出るとコリンズと同行する兵士が一人いた。

 

「ではお願いします」

「こちらです」

 

 兵士に先導されて歩き出す。

 

「お茶の味はどうでしたか?」

「美味かったです」

「それは良かった」

 

 俺はコリンズと小声で他愛ない会話をしながら進んだ。




余裕があれば今夜〜深夜に続きを投稿します。


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第四話 謁見

 四階まで(のぼ)り、人の背丈の二倍もある両開きの扉を衛兵の介添(かいぞ)えで潜る。

 そこはまるで別世界だった。

 天井は所々丸みをおび、羽の生えた天使などが細かな絵画として描かれているのが見えた。

 赤い絨毯(じゅうたん)の両脇に衛兵たちが一定間隔で槍を立てて並んでおり、その背後に恐らくこの国の貴族であろう者たちが立ち並んでいる。正面に二つの椅子が並んで置かれており、片方は王座でもう片方が玉座と思われた。二つともまだ誰も座っていない。

 補佐役に連れられて王座の十m手前まで進むと、補佐役がしゃがんで右ひざを絨毯に押し付け頭を下げた。見様見真似(みようみまね)で俺も同じ姿勢をとる。

 

「国王陛下と王妃陛下のおなーりー」

 

 誰かは分からないが、男が全体に響くほどの声で目上の来場を告げる。

 複数の気配が歩いて前方を横切り、王座と玉座に座る音が聞こえた。

 

(みな)の者、苦しゅうない、(おもて)を上げよ」

「勇者殿、顔だけを前に上げてください」

 

 王の言葉の後に補佐役が俺だけに聞こえるように小声で言ったので、ゆっくりと顔を上げてみる。

 二つの椅子には豪奢(ごうしゃ)な衣装を着た男女が座っていた。

 椅子に座る男女の年の頃は化粧をしていて分かりにくいが、四十か五十か、そのくらいだろう。

 王が威厳に満ちた声で話しかけてきた。

 

「はるばる遠い所から、我らの呼び声に良く応えて来てくれて嬉しく思う。我が国は現在、魔王領から進軍してきた魔王軍と我が軍が軍事国家の国境で一進一退の攻防を繰り広げており、予断(よだん)を許さない状況である。……ただ、ここしばらくの間は小康(しょうこう)状態でお互いににらみ合っていると言った方が正しい。我が軍はそこまで疲弊(ひへい)してはおらんが、いつ均衡(きんこう)が崩れてもおかしくない」

 

 王はそこまで言うと一息ついてから再び話し出す。

 

「そこで、勇者召喚に応じてくれた勇者殿に少数の協力者と共に魔王領へ潜入(せんにゅう)、魔王を討ち果たしてほしい。それで国境に陣取(じんど)る魔王軍は瓦解(がかい)し、我が軍は一気に有利になるだろう。見事、魔王の首を持ち帰った(あかつき)には望む報酬(ほうしゅう)を与えよう」

 

 おお、と両脇にいた貴族たちが小さくどよめく。

 王が手を上げるとどよめきが治まる。

 

「……と言いたいところであるが、我が娘と婚姻(こんいん)を結びたいという無理や無茶な金銭の要求は却下させてもらおう。聞けば勇者殿は残された家族のため故郷に帰りたがっている様子。我が娘を嫁にやることもやぶさかではないが、手の届かぬ遠い所まで連れていかれても大変困る。その代わり、国庫が傾かない程度の金銀財宝を与えよう」

 

 先ほどではないが貴族たちが小さく(ざわ)めく。

 多数の人間が(ささや)き合っているため聞き取りづらいが、(おおむ)ね納得しているようだった。

 どうやら王の娘と(つな)がりを持つこともそうだが、新たに領地と貴族の位を与えられないか警戒していたようだ。

 

 そんな面倒な事、こっちからお断りだ。

 大体、俺に領地を経営する才能なんてない。自身が持っている無属性と闇属性の魔法が領地を運営するほどの相性が良いかと問われれば否、と答えるだろう。……現時点では。もしかすると隠れた才能があるかもしれないが、あまり期待しても良くないと考える。

 これが土属性であれば、土木工事で貢献するために一念発起(いちねんほっき)していたかもしれない。

 どこかに気立ての良い女と結婚して、故郷に連れ帰ることができればそれで十分だ。

 脳裏でそんなことを考えながら王に対して礼を言う。

 

「格別なる配慮(はいりょ)、ありがとうございます」

「うむ」

 

 そこへ王座の脇に控えていた文官らしき男が進み出て、紙の文書を読み上げ始める。

 羊皮紙ではなく紙が実用化されているのかと感心しながら聞く。

 

「勇者殿は直ぐに魔王領へ行くわけではございません。聞けば、本人は戦の経験が全くないそうですが、魔力測定を行ったところ、()()()()()()()()数値をたたき出したとのこと。このことからまずは王立魔法学園に入学し、戦力の底上げを行うとのことです。また、彼と同行する者たちを在校生から選抜(せんばつ)し、勇者殿を手助けするよう(はか)らいます。以上です」

 

 文官の言葉に貴族たちは隣り合う者と小声で話し合っている。表情が笑顔なので彼らにとっても悪くないと考える。

 

「勇者殿、ご苦労であった。下がって良いぞ」

「はっ」

 

 王に言われたので退室することにした。コリンズも一緒だ。

 

「勇者殿、お疲れ様でした」

「いえ、そんなに発言することがなかったのでありがたかったです」

 

 事実である。

 いきなり転移したばかりで話を詰められても、というのが正直な感想だ。

 何か、街頭のセールスに取っ捕まって商談(しょうだん)を進められている感じに近いよな。

 どうしても胡散臭(うさんくさ)さが拭えない。

 

 俺が若い頃だったら、異世界転移して勇者と呼ばれた時点で浮かれるだろうなあ。

 それだけの人生を歩んできた身としては、逆に警戒するに()したことはない。

 そんなことを考えていると、コリンズに近寄って来た男が彼に耳打ちして去っていった。

 何か起きたのだろうか。

 

「勇者殿、国王陛下が応接室にて会談がしたいと(おお)せです。移動しましょう」

「え、あれで終わりじゃないのですか?」

「先ほどのは、あくまで貴族たちに貴方(あなた)様をお披露目(ひろめ)するという形だったのですが、これ以後のことの詳細をこっそり詰めておきたいとのことです」

「ああ、そういう……。分かりました」

 

 要するに、貴族に不満が出るかもしれない取り決めを裏でやってしまおうと言いたい(わけ)だ。

 まあ政治家にとっては領地や爵位(しゃくい)を有力者に与えることができないというのはこの国に繋ぎとめられない、いずれこの国を去る可能性があるということだもんな。

 魔力測定で異常な数値を出したのが原因だろう。

 たまたま購入したカードゲームのスーパーウルトラなんちゃらレアカードを引き当ててしまったようなものだ。

 手放したくないに違いない。

 

 コリンズの後に付いていき、応接室に入る。

 密談するための場所なのか、他の部屋との距離が多少開いており、若干小さな部屋だ。それでも最低十二畳の広さはある。

 

「ここで少々お待ちください。ところでお手洗いに行く必要はございませんか?」

「あ、そうですね、今のうちに済ませておきたいですね」

「それではこちらへどうぞ」

 

 この世界のトイレというのはどんなものかわくわくした。

 トイレの区画に入り内部を観察する。

 うん、男女の区別がついていて……臭いがしないな。ほのかに柑橘(かんきつ)類の香りがする。

 男性用トイレは各個室に水洗タンク付きの洋風大便器が据え付けられており、反対側に水洗付きの小便器が並んでいた。奥の方には窓と壁際(かべぎわ)の隅の方に換気扇(かんきせん)が取り付けられている。

 

 現代の日本の公衆(こうしゅう)トイレと変わらないな。やっぱ日本人が過去に呼び出されていたんじゃないか?

 内心苦笑しながらも、使い勝手(かって)が変わらないことに安堵(あんど)して用を足す。便器の脇に各種スイッチがあり、流すという文字が書かれているスイッチを入れると水が汚物を流していった。

 王族やその関係者が利用するからここまでの設備になっているんだろうけど、庶民はどんなものなのかね。……ってトイレソムリエか俺は。

 つらつらと考えながら応接室に戻る。

 

 まだ王様は来ていないようだ。補佐役にどこのソファーに座れば良いか聞き、幽霊メイドの紅茶を堪能(たんのう)したところで王様がやって来た。

 カップを置いて立ち上がり王様と正対する。

 

「待たせたな」

「いえ、大丈夫です」

「ああ、座って良い。これから詰めておきたい話があるのでな。それとこの場ではいちいち(かしこ)まらずとも良い、堅苦(かたくる)しいのは疲れる」

「……努力します」

 

 王様に言われて座るが、(はる)か目上の人に対しての普段通りの(しゃべ)り方はきつすぎるだろう。下手すればその場で不敬(ふけい)罪で殺されかねん。

 コリンズが退室していった。

 王様は俺と対面のソファーにどっかりと座る。

 

「まずは挨拶といこうか。俺はこの国の王でケビン・アングル・ウェスティンと言う」

「氏が安武(やすたけ)、名が典男(のりお)と言います。よろしくお願いいたします」

「さて、ヤスタケ殿との大まかな契約内容はさっきの謁見の間で交わしたところだが、細部をどうするかなんだが、……何か希望はあるかね?」

 

 俺は紅茶を一口飲んでしばし考える。

 どうする? この場にはアンリたちがいないようだし、踏み込んだ発言をしても大丈夫か?

 とりあえず、本題には入らずに遠回しに尋ねてみる。

 

「この部屋は()()が行き届いていますか?」

「俺のメイドたちは綺麗好きだからな、ぴかぴかだぞ」

 

 ウェスティンの返事に安堵する。

 なら本音を出しても問題ない、かな。

 この国の頂点なのだ。誰か一人くらい信用しておかないと精神的に疲れてしまう。

 

「アンリ大長老とは仲が良いのですか?」

「ふむ。酒を飲む仲ではないが、執務(しつむ)の上では気兼ねなく話し合える程度には、だな」

 

 ウェスティンの返事を吟味(ぎんみ)する。

 仕事は円滑(えんかつ)に進めることができるが、腹を割って話すほどの仲ではない、と解釈してもいいのだろうか?

 そもそも俺の事情をどこまで伝え聞いているのかどうかが問題だ。




本日の投稿はここまで。
明日から一日一話投稿します。
それでは。


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第五話 打ち合わせ

「私がどこの出身か詳しく聞かされてますか?」

()()()()()()()()()と。……過去に呼んだ勇者の同郷かもしれないが」

「やはり気付いてましたか」

「ああ」

 

 俺が日本から来たという話だけで勘付(かんづ)いたに違いない。

 

「そもそもアンリたちは何故、他の勇者に地球出身の者が混じっていたことを知らないような口ぶりをしたんでしょうね? 素直に都市にある様々な技術は勇者からもたらされた物ですって言えば良いのに」

 

 俺のぼやきにウェスティンが苦笑いする。

 

「単純に恥ずかしかったからではないのか? 生まれ故郷がよその進んだ国からの技術で発展したなどとは自慢できないだろう」

「それは私の故郷でも同じです。自国の学者の新発見で隆盛(りゅうせい)したこともあったし、他国に頭を下げてまで導入(どうにゅう)した技術もありましたから。持ちつ持たれつですよ」

「良い言葉だ」

 

 これで疑問は解消した。

 

「魔王討伐に連れて行ける人数は何人まで可能ですか?」

「将来、成長したヤスタケ殿の強さとそのときの彼らの相性によるだろうな。一クラス丸ごとは無理だろう」

「まあ、貴族の跡取り息子などがいるでしょうから、親からしてみれば死地(しち)に送り出したくないでしょう」

「次男、三男なら『命を惜しむな、名を惜しめ』とケツを蹴るだろうな。後は孤児(こじ)院や貧民(ひんみん)街出身の子たちは率先して願い出るだろう。貧困脱出の機会だからな」

「競争が(はげ)しくなりそうですね」

「その分、優秀な人材も集まるだろう」

 

 話している内に、そういえばと思い出した。

 

「呼び出せる勇者は一つの国につき一人だけ、というのは本当ですか?」

「うむ。神々が決めた。あまりにも多いと勇者を代表しての国家の代理戦争になりかねないからな」

「そうですか。後はお願いなのですが……」

「無茶な願い以外なら聞いてやる」

「魔王討伐後の報酬の件なのですが、金銀財宝ではなく、宝石の類にしてもらえないかと」

「それは構わないが、何故だ?」

「故郷では私平民なので、換金の際に出所を問われます。場合によっては不法所持で役人に捕まりかねません」

「あー」

 

 理由を聞いたウェスティンが遠い目をした。

 

「価値の低い宝石なら出所を問われることはないだろうという、私の浅知恵(あさぢえ)ですけどね」

世知辛(せちがら)いな。ヤスタケ殿がそう言うのなら構わんが、……価値の低い宝石で良いのか、本当に?」

「その分、宝石の数を多めにして下さい。老後はのんびりと長く生きて暮らしていきたいので」

「うむ、容易(たやす)いことだ。それなら目標達成後でも準備可能だな。他にはあるか?」

「できれば、故郷に連れ帰ることができる気立ての良い若い嫁が欲しいです」

「貴族の中から選ぶのはちと厳しいぞ?」

「いえ、平民、孤児院出身の子でも良いので。……こんな年になったら()(ごの)みできませんよ」

「俺は王族の生まれだから婚姻のあれこれには相当苦労させられた。ヤスタケ殿の境遇(きょうぐう)を知らんが、俺は結婚できただけましだったか……」

「いや、本当、今現在私の故郷では結婚してない平民の若者が四割に達するとか言われてますので」

「国が(ほろ)びてしまうではないか……」

 

 ウェスティンが呆然とする。

 

「いえ、元々異常だったんですよ。百五十年前の故郷の総人口は三千二百万人、今現在が一億二千万人で老人が四割くらい。国が生産した商品を海外に売って儲けた金で世界中から食料を買って支えていたんです。三十年後には人口が半分になるとか言われてますが、そのくらいが正常と私は考えてますね。人が多すぎるんですよ」

「自国の人口が減っても良いとは看過(かんか)できんな。数は力だ、半数に減るなど論外だ」

 

 当然の意見だ。真っ向からの反論に俺は(おだ)やかに返答する。

 

(もっと)もな話ですが、私の話を聞いて考えてください。……私の国の人口を支えている自国の農産物では国民の四分の一を支えるのが限界です。それ以外の農産物が、他国の思惑により一切入って来なくなったらどうなりますか?」

「それは、飢え死にだろう」

「彼らが死ぬ前にその怒りがどこに向くか、です」

「それは時の政権……ああ、そうか」

「国が倒れればその混乱の(すき)を突いて隣国が攻めてきかねません。そうなった場合、もっと多くの犠牲者(ぎせいしゃ)が出ます。歴代の政権がどう考えていたのかは知りませんが、食糧不足で国民が餓えないようにするために自然減少へと至るように仕向けたのかもしれませんね」

「馬鹿な……、隣国を攻め取って農地を確保してしまえば良いではないか」

「おおよそ百年くらい前にそれやったんですけど、結果的に戦争に負けて多大な犠牲を払ったんですよ。その影響が現在まで残るくらいに。今やったとしても同じ結果になるだけなのでしたくないですね」

 

 本当は他国を攻め取るに(あたい)しない理由があるのだが、説明するのが面倒くさいので黙っておくことにする。

 

「以上、私の個人的な見解でした。……それにどの道、庶民である私には止めようがありませんし、なるようになるしかならないですね」

「勇者殿の考え方に納得はしないが、理解はした」

「まだ質問があるのですが……」

「何かな?」

「魔王と王国との戦争の発端を聞かされたんですが、もう少し詳しくお聞かせ願えないかな、と」

「詳しくは学園の現代国際情勢科で話を聞けるはずだ。まあ、王族の視点から見た出来事を知っておくのも損はないか。……貴族たちの前ではああ言ったが、事態はもう少し複雑でな……」

 

 王様の話をかいつまむと次のようになる。

 軍事国家は地球のモンゴルのような楕円形の国家で南西に魔王領と接する。西側は高い山脈、南側は常に荒れている海で船は出せず陸軍国家。東に低い山脈がありその向こうにカルアンデ王国。北側に三つの国と接している。

 

 元々は複数の騎士団領がひしめき合っていた所で、ある時、力の強い騎士団が一つの国へまとめ上げたのが前身(ぜんしん)。上手にまとめた建前としての合言葉は「魔族から民を守れ」。この言葉が各騎士団に受け、統一へ繋がっていったそうだ。

 旧騎士団領を繋ぐ道路が網目のように走っていて、統一後は不便ということで、比較的真っ直ぐな道路が敷設(しきせつ)される。また、魔族領と接する国境線沿いに長大な壁、要塞線を構築し魔族領にふたをする。魔族の侵入を防ぐためと国内外に喧伝(けんでん)した。

 

 しかし、魔族領が魔王により統一された後、軍事国家に侵攻してきた。戦争序盤で敵の竜騎士を捕らえて尋問したら「我らには決戦兵器がある。これもカルアンデ王国のおかげだ」という答えが返ってきたので、抗議の問い合わせが来た。

 次第に状況説明から王様の愚痴へと変化していく。

 

「軍事国家から魔族領に戦略兵器を輸出するな、攻め込むぞと通告されたが経済物資や剣や槍くらいしか輸出していない、わけが分からん。そんな物は無いと説明しても納得してくれないうえに、軍事国家に統一されてから疎遠になっていたので放置したら、あっと言う間に軍事国家が攻め滅ぼされてな。さすがにこれはまずいと考えたわけだ」

 

 軍事国家と国境を接する国々が中心となって同盟を結び、各国それぞれが勇者たちを召喚し、軍隊と共に軍事国家へと攻め込む手筈らしい。

 問題はそこではないらしい。

 

「ヤスタケ殿には悪いのだが、同盟国の勇者たちとの共同歩調はとれないのだ、すまんな」

「どういうことです?」

「ヤスタケ殿は先頭で戦うのに向いてないことが同盟各国に魔導通信で知れ渡り、いらないとはっきり言われてしまってな」

 

 王様が深いため息を吐いた。

 俺としては裏方でも使いようによっては活躍できると思うのだが。

 

「その同盟各国の勇者たちは今後どういう行動をとる予定なんですか?」

「誰もが戦場経験があるそうなので、すぐに投入されると聞いている」

「良いじゃないですか、彼らによって戦争が終わればそれで良し。終わらなくてもそれまでに学園で訓練して経験を積めば良し。悪いことはありません」

「そう考えてもらえるだけで助かる」

 

 その後は雑談を交わしてウェスティンとの会話は終了し、契約内容に間違いがないかどうか確認した後、応接室から退室した。




それではまた明日。


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第六話 風呂

 応接室から離れた部屋で待機していたコリンズが俺に歩み寄る。

 

「お疲れ様です。どうでした?」

「私の望みがあまりにもささやかだったもので、国王陛下が申し訳なさそうな顔をしておいででした」

「はあ、それはそれは」

「逆に訊きますけど、歴代の勇者様たちはどのような望みを口にしてましたか?」

「大金持ちになりたいとか美女を(はべ)らせたいとか、一国の主になりたいと申す者もいたようです」

「……欲望に忠実(ちゅうじつ)ですね」

 

 そんな願いをした者たちは年若い者ばかりだったんだろうなと、呆れた気持ちになり、俺が若い頃もそうしていただろうなと反省した。

 あまりにもわがままを言い過ぎた奴は、不審(ふしん)な死を()げたのだろうけど。

 物騒(ぶっそう)な考えが脳裏(のうり)(かす)めたが口には出さなかった。

 

「……故郷に帰った者はいないのですか?」

「数は少ないですが、おりますよ。勇者殿と同じく残してきた家族が待っているからと」

「ふむふむ」

「中には家族と不仲で、心機一転(しんきいってん)してここで新たな生活を始める方もいらっしゃったそうです」

「まあ、いるでしょうね」

 

 世の中、家庭円満ならいざこざは起きない。

 

「ところでそろそろ夕食の時間なのですが、ここで食べていかれますか?」

「ああ、私にとっては敷居(しきい)が高いので、どこか適当な場所で食事を取れたらなと思ってます。……厨房(ちゅうぼう)(まかな)いでも構いませんよ?」

「いえ、さすがに勇者殿にそれはどうかと。食堂に案内します。ついてきてください」

「分かりました」

 

 食堂は登城(とうじょう)した貴族を出迎えるためのものか、かなり室内の広い場所へ通された。

 勇者一人のためにここまでされると恐縮(きょうしゅく)してしまう。

 この国が豊かな証拠かな。食事は一人で食べきれる量を頼んでおいたけど、……過剰じゃなければいいなあ。

 

 俺の心配をよそに、食事量は多くもなく少なくもなく、フランス料理っぽかった。学生時代に習っていて良かったテーブルマナー。

 食事中に壁際にずらりと並ぶ幽霊メイドたちが壮観(そうかん)だなあ。

 魔法の照明でくまなく照らされる室内を、それとなく見回しながら食べる。

 ここまで持て成さなくてもいいのに。というかあれか、貴族の格式というか見栄(みえ)か。

 (つつが)なく食事を終え紅茶を飲み、一緒に食事をとっていたコリンズに声をかける。

 

「この後の私の予定ってどうなっているんですか?」

「風呂に入られて就寝となっておりますが、何か?」

 

 中世ヨーロッパ風と見ていたのであるが、ぎょっとする。

 

「風呂に入ることができるのですか? 水や(まき)は貴重だったりしませんか?」

「ご心配には(およ)びません。水や火は魔法で足りてしまいますので」

「……便利ですねえ。ということは、平民の家庭でもそれが一般的と?」

「一般家庭で使われる水の量と火であれば十分可能です」

「へええ」

 

 魔法文明は意外にも発達していた。

 てっきり、魔法は貴族のみでしか使えないものだとばかり思ってた。

 意外に思っていると、コリンズが不思議そうな顔で尋ねてきた。

 

「失礼ですが、勇者殿の故郷では風呂は一般的ではないのですか?」

「気軽に安武と呼んでください。いえ、一般的です。病気を遠ざけるためと健康のため、清潔に保つのが主な理由です」

「それはこちらも同じですね」

 

 彼の話を聞いていると、存外(ぞんがい)日本の文明とあまり差は無い気がしてきた。

 しまったな、この世界に銃が存在しているかウェスティンに訊くのを忘れていた。

 そう反省するも、逆に思う。

 不用意に相手に存在を教えて、万が一実用化されたら困るから言わなくて正解だったかも。

 

 銃がこの世界で実用化された場合、脳裏をよぎるのは第一次世界大戦のペタン要塞攻略戦だ。あれ一つ()るのに十万人が犠牲(ぎせい)になったのだったか。

 勇者が教えたばかりに大量の死者が出るというのは()けたい。

 

「では、浴室へ案内します」

「お願いします。あ、でも着替えがありません」

 

 そういえば着替えを持たされていない。

 

「ご用意しておりますのでご安心ください」

「お手数おかけします」

「いえいえ」

 

 そして浴室。

 広い、以上。

 と表現したものの、日本風に言えば昭和時代の風呂屋さんの浴場に近い。

 やっぱり過去に来た勇者に日本人がいただろ、これは。

 コリンズは親切にも勝手が分からないだろうからという理由で同行している。当然お互いに裸だ。

 それは良い。良くないのは……。

 ちらりと視線を走らせると壁際に幽霊メイドが複数いるのが見える。

 正直、落ち着かない。

 

「どうかなさいましたか?」

「ああいえ、メイドたちの世話(せわ)にならずに風呂に入るのが普通でしたので、戸惑っています」

「なるほど。ですがお気になさらず、背景か何かだとお思いください」

 

 普段から慣れていると思われる、少しも動じないコリンズに感心した。

 いや、こっちが落ち着かないんだよ。幽霊とはいえうら若き女性だぞ。

 もたもたしているのもどうかと思ったので、さっさと目的を達成することにした。

 風呂に入る礼儀として、まずは体を洗って汚れを落としてから湯船(ゆぶね)に入ることにする。

 近くにあった椅子に何気なく座った直後、背後に気配が生まれた。

 

『お背中を流させていただきます』

「うひぃっ」

 

 いきなりのことで思わず変な声が出た。

 足が滑らないように注意しながら中腰で振り返ると、石鹸を持った幽霊メイドが膝をついた姿勢できょとんと俺を見ている。

 

「あ、いや、自分でできますから。間に合ってます」

『それでは私たちの存在意義がありません』

 

 意味不明の返答があって頭が痛くなった。

 背中を流さないだけで()らぐ存在意義とは一体……。

 内心困惑していると、別のメイドに背中を洗われているコリンズが声をかけてきた。

 

「ヤスタケ殿、落ち着いて。彼女たちも(おのれ)に課せられた仕事がございます。素直に背中をお預けください」

「ええー」

 

 メイドを見て思案する。

 ……背中くらい何だ、(ごう)に入っては郷に従えと言うじゃないか。

 男は度胸(どきょう)、とメイドに背中を向けてどかりと椅子に座り直す。

 

「やってください」

『では、失礼いたします』

 

 ぺたり、と(てのひら)を背中に直接つけられたような感覚がした。

 え、もしかしなくとも素手で洗うのかよ!?

 他人の手で洗われる感触は気恥(きは)ずかしい。

 

「ちょ、ちょっと待って」

『はい、どうかしましたか?』

「体を(こす)るタオルみたいな物はありますか? できればそちらで洗いたいんだ」

 

 そうとなれば断固拒否して自分で洗った方が良い。

 

『こちらです』

「ありがとう」

 

 予め用意していたのかタオルを渡される。

 そうそう、こういうので良いんだよこういうので。

 違和感に気づいた。

 タオルは綿で出来ているようだが、感触がごわごわする。

 これで擦ったら肌がぼろぼろになるんじゃないだろうか。

 え、王様が住む城でこれか?

 トイレと違って技術がちぐはぐしてるな。

 

「…………すみません、やっぱ素手でお願いします」

『はい、かしこまりました』

 

 素直に洗われることにした。

 我慢(がまん)だ、我慢……。

 ある意味で拷問(ごうもん)に等しき所業を耐え抜き、何事もなく背中を流され終わった。

 

『終わりました』

「……ありがとう。それでは……」

 

 後は自分で洗うからと言おうとしたが、メイドが言葉をかぶせてきた。

 

『次は前を向いてください。洗わせていただきます』

「さすがに拒否するわ、恥ずかしい!」

 

 思わず素が出た。

 

『えー』

 

 女性が表情を変えないまま抗議(こうぎ)らしき声を上げた。

 声が棒読みだ。面白がってるだろう!

 精神的な頭痛に悩まされていると、コリンズが会話に割って入ってくる。

 

「からかわれていますよ。……気にしないでください、本来は前は自分で洗います」

 

 コリンズはどこか(つか)れたような笑みを浮かべる。

 そうだろうと思ったよ。

 内心でため息をつきつつ、気を取り直してメイドにぴしゃりと言う。

 

「石鹸を貸して下さい。自分で洗うので」

『分かりました、どうぞお使いくださいませ』

 

 俺が突き出した掌の上に、メイドは微笑(ほほえ)みながら石鹸とごわごわのタオルを手渡した。

 ……タオルは使わないでおこう。

 こうして、何とか全身を洗い終わった俺は無事、コリンズと風呂に入ることになった。

 

「コリンズさん、幽霊メイドのあしらい方が上手いですね。コツを教えていただけませんか?」

「経験ですかねえ。私も若い頃は散々からかわれましたよ」

 

 対面でコリンズはしみじみと語る。

 俺の年で経験積んでも意味が無い。長くこっちに留まるつもりなんて無いし、どうせすぐ故郷に帰るからな。

 それよりも彼女たちを心配する気持ちが持ち上がってきた。

 

「メイドさんが目上の人にあんなにはっちゃけていると、見ていて心配になってくるんですけども大丈夫ですか?」

「ごく親しい人にしかからかわないのですが、不思議ですねえ。」

「私、初対面のはずなんですが……」

 

 ()められているのか、人物像を把握(はあく)しようとわざとやっているのだろうか。

 

「それと彼女たちには物理攻撃は全く効きませんので、むきになるだけ時間の無駄ですよ」

 

 実体(じったい)が無いからすり抜けてしまうのだろう。逆に言えば、魔法なら効くという彼の回答(かいとう)に納得する。

 あれ、じゃあ何で彼女たちは物体に触れることができるんだ?

 彼女たちの意思で自在に触れたりすり抜けたりできるということか。

 

「怖がられたりしないんですか?」

「彼女たち幽霊族は基本、人間に対して友好的ですので」

「そうなんですか……。いや、待ってください、この世界って魔物とかいたりしますか?」

「いますよー。それがどうか……、ああ、なるほど、幽霊族は魔物ではありませんよ。魔物の中に悪霊(あくりょう)と分類されているのが存在しますが、彼らは元は人間種が死んだ(のち)、変化するもので、対する幽霊族は一つの種族です」

「つまり?」

「二つは似て非なるもので簡単に見分けがつきますよ。何故かと言えば、悪霊は生きている人間に対して無差別に襲いかかってくるからです」

「へえ。……ここに来る前に耳にしたんですけど、メイドが人間だと貴族がお手付きして望まない子供が生まれ、(いさか)いのもとになるので幽霊族をメイドにしたとか」

「はい、そうですね」

「本当にそれだけで雇ってるんですか?」

「他にも色々ありますよ」

「……例えば?」

「…………貴族と言うのは自由恋愛はあまり許されていません。貴族同士の取り決めで許婚になったが互いに相性が悪かった場合、王立魔法学園に在学中に限り良き伴侶を見つけ婚約し直すこともありますね」

 

 貴族の世界は窮屈(きゅうくつ)なんだな。

 

「ただし見つけられず他に良い物件に巡りあえなかった場合、契約のもと結婚せざるを得ないのですが……」

 

 結婚できるだけましだろう。

 

「主に妻が嫌がるんですよ。『交わってまで子を成したくない』と」

「でも、そうしないと血筋が途絶えちゃいますよね?」

「そこで幽霊族の出番です」

 

 やっと本題か。

 

「幽霊族の役割のひとつが、夫から出た子種を妻の胎内(たいない)に移すことです」

「……ん?」

 

 理解が追いつかん。

 

「すいません、意味が良く分かりません」

「失礼ですが、ヤスタケ殿は子供の作り方はご存知で?」

「学校で習いますので知ってます」

「では飛ばします。……要するに、男女が直接交わらずに妻を身籠(みごも)らせます」

「ん、え? ……何となく理解はしましたが、奥さんはその手法でよろしいので?」

「『嫌いでもないが好きでもない男の肉の一部が中に入ってこられるのはお気に召さない』という事だそうで」

「……家庭崩壊寸前なのでは……」

「離婚なんてしようものなら、他の貴族から表に裏にの陰口が酷いですよ。それを理解しているから多少は我慢するんです」

「うーん」

 

 額を揉む。

 貴族も大変なんだな。

 

「この方法を我々は介入(かいにゅう)受胎(じゅたい)と呼びます」

「介入事態?」

「受胎です、受胎」

「はあ」

 

 無意識にため息を吐いていると、コリンズはところで、と話題を変える。

 

「明日のご予定なのですが、ヤスタケ殿を魔法学園へ案内します。入学……というか、今の時期だと編入(へんにゅう)手続きをしていただく事になります。ちなみに中等部と高等部、それに学力と実力次第では専門科を掛け持ちで学んでいただきます」

「いきなりですね」

「戦争中ですので、国はヤスタケ殿をなるべく早く戦力化したいと考えておいでです」

「言語理解の魔法をかけられたのですが、読み書きも応用可能ですか?」

「昔は無理でしたが、改良を重ねたおかげで可能となりました。幼子たちと一緒にお勉強する必要はありません」

「ほお、便利ですね。……ん? ということは、幼子たちに言語理解の魔法をかけてしまえば勉強の意味は無いのでは?」

「あの魔法、大人相手に使うならまだしも、子供に使うと耐えきれずに()()()()になる可能性が高いのでできません」

「おい」

 

 無意識に出た突っ込みは異様(いよう)に低い声だった。

 そんな危険な魔法を俺に使ったのかよ!

 半眼になる俺にコリンズは両手を見せる。

 

「まあまあ、言語理解の魔法は一般的に使用されている安全性の高い物です。他国の言語をいちいち勉強する手間が省けるので、商売をしている者たちがこぞって利用しています」

「……ということは、私が故郷に帰れば、色々な国の人間との会話が勉強無しでできるということですか」

「そのように考えていただいて結構です」

「……ちなみに、この魔法の効果は一時的なものですか?」

「いえ、一度使用されれば永続(えいぞく)的……死ぬまで有効です」

「いよっしゃ」

 

 両手を(こぶし)(にぎ)って喜ぶ。

 今の会社をクビになっても、すぐに再就職できるな。というか、引く手数多(あまた)ではなかろうか。

 

 強制的に呼び出されたことに不快感を抱いていたが、恩恵(おんけい)もあったことが分かったので、まだ他にも不満はあるものの無理矢理納得することにした。

 その後特に必要な連絡事項は無く、この世界の日常的な世間話を聞いて風呂から上がった。

 

 故郷に帰還できる日が来るだろうか? 大騒ぎになってるだろうなあ。親父もお袋も心労で倒れなきゃいいけど。

 そんな悩みを脳の片隅(かたすみ)に押しのけ、用意された寝室までコリンズに案内され、今夜はここで就寝(しゅうしん)することになった。

 ちなみに寝室も広い。ベッドも大きい。一人で寝るには過剰ではないだろうか。

 

『何か御用の際はこのベルをお鳴らしください。では、良い夢を』

 

 幽霊メイドはそう言って、扉を開閉せずに廊下へとすり抜け出て行った。

 

横着(おうちゃく)するなよ……」

 

 幽霊だからできる芸当に半ば感心しつつも、残り半分は呆れる。

 特に用も無いので早々にベッドに(もぐ)り込み、今後の事を考える。

 勉強、苦手なんだよな。

 暗記は得意だったが、あくまで雑学といった趣味丸出しの方に偏っていたため、中学高校と成績は悪かった。

 

 今日は色々ありすぎて精神的に疲れた。

 明日以降の不安を抱えつつ(もん)(もん)としていたが、眠気が増していつの間にか意識は闇へと落ちていった。




続きはまた明日。それでは。


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第七話 魔法学園編入

 翌朝、トイレと朝食を済ませた俺は用意された魔法学園の学生服を着て、コリンズと共に馬車で学園内の事務棟(じむとう)の入り口まで連れて行かれた。

 学園の敷地は広大で、簡略図が掲示板になければ確実に迷うくらいのものだった。

 入り口で待っていた職員が俺たちを出迎える。

 

「勇者ヤスタケ様、ようこそ王立魔法学園へ。学園長がお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 職員を先頭にコリンズと一緒に事務棟内へ入ると、三階の学園長室まで案内される。

 中に入ると執務(しつむ)机の向こう側に白いひげを(たくわ)えた老人が立っていた。

 

「ようこそ勇者ヤスタケ様。私は学園長のサリュー・マッケンローです」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 互いにお辞儀した後、コリンズは俺に耳打ちした。

 

「学園長は公爵(こうしゃく)の家柄です。学生たちの自主性を重んじており、貴族同士の(いさか)いを持ち込まれるのは許しません」

「素晴らしいですね」

 

 権力が強いから()せる事だ。人格者とはこうありたいものだと感じた。

 

「早速、ヤスタケ様の教育計画を組んでみたいのですがよろしいでしょうか?」

 

 呼び出されてから間もないのに、随分急いでいるようだ。

 こちらとしても面倒な手続きは遠慮(えんりょ)したいので、頷いておく。

 

「はい」

「資料によると、貴方の適正は無属性(およ)び闇属性となっておりますがあってますか?」

「間違いないと思われます」

「では、担当する専門の教師を後で紹介します。次に、肉体面の強化の方ですが、剣を習っていたことはありますか?」

「残念ながら、武器を使った戦い方を習っていたことは一度もありません」

「分かりました。どんな武器に適性があるか後で審査します。最後に学力の方ですが、テストを受けた後、成績に応じて(しか)るべき教室に割り振られます。また、必要な知識を習得したい場合は図書館を利用することを許可します。……大まかな方針は以上になりますが、何か質問はございますか?」

「私はこの学園にどのくらいの期間いることになるのでしょうか?」

「戦闘技術や魔法の習熟(しゅうじゅく)度合いによりますが、最低でも一年は在籍(ざいせき)していただく予定です」

 

 その短さに驚いた。

 

「たった一年ですか。休んでいる暇なんてないんじゃ……」

「我が国の現状を考慮(こうりょ)した場合時間が無いのですが、あまり(こん)を詰めすぎて倒れられても困りますので、ほどほどにしてください」

 

 ほどほど、という表現に意味を(はか)りかねるも、頷いておくことにした。

 

「分かりました」

「それではまず学力テストから行いますので、別室で受けてください」

 

 こうして俺はテストを受けることになったのだが、結果を言うと、答えられたものもあるし答えられなかったものもある。

 その場で採点をされ、点数は良くもなく悪くもなくただ微妙(びみょう)だった。

 

 ちなみに学科の中でも、数学は一人でも食べていける程度の学力を有していることが判明した。

 最悪の点数をとった学科は、日本と風習が異なるのが原因で、相手の感情を読み取る国語の文章問題が散々だった。

 貴族の考え方や生き方なんて知るわけないだろう。

 この結果を見て学園長はこう(ひょう)した。

 

「総合的に見て中等部一年程度の実力ですね。次は体力テストに行きましょう」

 

 彼の評価に俺は喜びも怒りもしなかった。

 高校の頃は遊んでばっかりだったからな。当然の結果だろう。

 テストの中には高校生であれば解ける問題もそこそこあったからだ。

 

 体力テストも結果から言う。

 マラソンはなかなかの持久力だったが、陸上部だった高校時代と比べるとかなり落ちていた。

 それでも同年代より成績が良いのは走り慣れているせいだろうか。

 懸垂などもやってみたが腕力があまりないと判明。

 

 複数の同時対処に後れを取ったりと、不測(ふそく)の事態に(おちい)ったときの状況判断が遅かったりと駄目な部分があちこちあった。むしろ良い点を出した項目が少ない。

 仲間達の足を引っ張りそうな結果だ。

 

「正直、私は勇者に向いていないのではないですか?」

「どちらかといえば、じっくり考えて準備万端の状態での補助(ほじょ)役に適しています」

「勇者なのに補助役というのは体裁(ていさい)が悪いのでは?」

「無理に前に出て死なれたらそれこそ困るので、基本は後ろで(ひか)えていただけると助かります」

 

 マッケンローの話によると、歴代勇者の中で補助役は非常に珍しく、大抵は前線向きで味方を引っ張っていく役割が多いとのこと。

 できれば今回の勇者に加え回復役の聖女様が居てくれれば、バランスの良いパーティーになるだろうとも言われた。

 

「学園にいるんですか、聖女様」

「聖女見習いが何十人か。まだ神殿に認定されておりませんが、今後に期待しましょう」

 

 選ばれる人の感情は抜きにして、白羽の矢が突き立つような感じだが、とばっちりと諦めてもらうほかないだろう。

 

「逆に勇者と一緒に行動できるのであれば素直に喜ぶと思いますよ」

「何故ですか?」

「上手くいけば歴史教科書に乗ります。名誉な事ですよ。末代まで自慢できます」

 

 貴族の生き方を見せつけられたような気がした。

 

「ところで、私たちが行軍の際、食事の準備や寝床の用意は自分たちでやるから、その教育をしてもらえないでしょうか?」

「幽霊族に同行していただいて補助してもらいます。ご安心を」

「……ついてきてくれるんですか?」

「戦いにはあまり向いていませんが、いるのといないのとでは大違いですよ」

「分かりました」

「それでは、一通り試験を終えたので中等部の教室に案内します」

 

 マッケンローが俺が行くクラスを発表する。

 

「勇者殿のクラスは中等部一年Aクラスです」

「対応が早いですね。というか、そのクラスに行く理由を聞いても?」

「学園長ですから全生徒のデータを網羅しております。……Aクラスは学年内で最も優秀な学力を修めた者たちを集めた集団です」

「それは心強い」

 

 コリンズに連れられて、目的の教室へ歩いて行く。

 教室の入り口で待っていて下さいと言い、コリンズは中に入って行った。

 まもなく教室の扉からコリンズが顔を出して、入って来て下さいと言われたので中に入る。

 

 俺は生徒たちの顔を観察する。

 皆お肌がつやつやプルプルだ。現代の化粧品を使いこなしても、若く見せようとして取り戻せない肌をまとった少年少女たちがそこにいた。

 ……うん、偏見かもしれないけど、この年なら当たり前のことなんだよなあ。だって、シミやそばかす、痘痕(あばた)やエクボが一切ない健康的な男女なんだもの。

 正直、シミが目立ち始めた自分としても(うらや)ましい。

 思えば随分遠くまで来たものだとしみじみ思う。

 教壇(きょうだん)の前に立ったコリンズが言う。

 

「耳の速い者もいるだろうが、今日から君たちと一緒に勉強する召喚された勇者だ。驚け、魔王討伐のために召喚されたんだぞ」

 

 教室内が(ざわ)めく。

 俺から見て生徒たちの反応は懐疑(かいぎ)的だ。

 そりゃそうだ。君たちと同じ年頃(としごろ)ではないという時点で対象外だろう。

 そんな俺の内心をよそに、コリンズの言葉は続く。

 

「嘘ではない、冗談でもない。彼と共に行動する仲間を募集している。我もと思うものは志願すると良いだろう」

 

 ざっと見た限り、大半の生徒たちが興味を示したが、将来何人同行して何人生き残れるのか心が痛んだ。

 とりあえず空いている席に座り、今の時間帯の授業を見学したが、みんな授業に熱心で俺たちの学生時代の授業態度が恥ずかしく思えるくらいの差があった。

 人生がかかっているからの理由なんだろうが、それにしても差がありすぎる。自分の命だけでなく、一族の運命がかかっているからなのかもしれない。

 まだ幼さが目立つのに、それだけのことを自覚できるという心があること自体にも感心した。

 

 俺たちは子供の頃、親の事は気にしなくていいから無事に育って羽ばたいていけと、背中を押されたもんだがな。

 学生時代卒業間際(まぎわ)に親に言われたことを思い出した。

 まあ、心配で置いていけなかったがね。

 これは本腰(ほんごし)入れて学ぶ必要がある。(なま)けているどころか息抜きをする暇などないのではないかと感じる。

 

 (かね)の音が鳴り教師が立ち去った直後、次の授業が始まるまでのわずかな時間の間に、生徒達が男女関係なく俺のところに集まってきて色々質問してきた。

 いっぺんに話しかけて来られたので戸惑ったが、このクラスの中で一番品格の高そうな貴族に仕切られたのでその後はスムーズになった。

 

 どこから来たのか?

 何をしていたのか?

 年齢は?

 家族は?

 結婚しているのか?

 勇者に選ばれた感想は?

 

 などと聞かれ、当たり(さわ)りのないよう返答したつもりだ。

 笑顔で聞いてくる人もいるのだが、中には値踏(ねぶ)みをするような顔で訊いてくる人もいた。

 こんなおっさんで魔王討伐ができるのかどうか疑っているのだろう。

 今のところは自分に自信がないためはっきりとは言えないので正直に答えることにした。

 下手に虚勢(きょせい)を張っても意味が無いと思ったからだ。

 

「みんなが不安に思っているのも当然だろう。……限度はあるかもしれないが、私は私なりに頑張っていくのでどうか温かく見守ってやってほしい」

 

 そんなことを受け答えしていると次の授業のを始めるため別の教師が入ってきた。

 彼の後ろにコリンズが本を山のように抱えて入って来る。

 

「勇者殿の教科書とノートをお持ち致しましたぞ」

「これはどうもすみません、ありがたく受け取らせていただきます」

 

 最初はコリンズさんにどの授業で使うのか教科書を教えてもらい、指定されたページを開ける。教師の話す授業内容が教科書の内容と一致するかどうか確認した後、彼の話す言葉に聞き入る。

 どうやら王様から聞いていた現代国際情勢の授業らしいのだが、やってきたばかりなのでちんぷんかんぷんだ。

 そんな状態の俺にコリンズが顔を寄せて尋ねてきた。

 

「どうですか勇者殿、付いて行けそうですか?」

「魔法のおかげである程度は。ですが固有名詞がさっぱりなので、まるで分かりません」

 

 俺の答えにコリンズは苦笑する。

 

「まぁ最初はそんなものでしょう。慣れるまで時間がかかるかもしれませんが頑張っていきましょう」

「はい、分かりました」

 

 さらにその次の授業は魔法についての座学だった。

 試行錯誤(しこうさくご)してきた魔法を、どのように使えば安全な発動ができるのかどういった内容だった。

 話の内容を聞く限り、どうも制御を誤ると大変なことになるらしい。

 詳しく知りたかったので手を上げて聞いてみることにした。

 先生からの答えは暴発して最悪の場合、体が吹き飛ぶということだった。規模小さなものであれば指がしびれる程度で済むらしい。

 

 あれか、製造業に(つと)めていた頃、失敗すると指が切断されたりする機械を動かすのと一緒か。

 よくあんな環境下で作業できていたなと、内心(おのの)きながら教師に質問する。

 

「どのくらいまで練習すれば失敗しなくなりますか?」

「水を飲みたいと思ってコップに手を伸ばすのが及第(きゅうだい)点で、その動作を無意識に行うくらいまでできれば合格です」

「……分かりにくいです」

「微妙な差ですが、大きな違いですよ。とにかく数をこなしましょう」

 

 それは元の世界でも同じだ。練習あるのみだろう。

 今後の展開が読めない未来を思うと気分が重くなった。




続きはまた明日。
それでは。


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第八話 授業

予定を早めて投稿します。


 教師が黒板に紙を張り、図を説明する。

 

「魔力を吸収し、放出する宝石、放吸石(ほうきゅうせき)は魔族領でしか産出しない。軍事国家が陸路を封鎖しているので、ドラゴンによる空輸で他国と取引されているため大変高価だ。我がカルアンデ王国では勇者たちがもたらした、こちらでも生産できる工芸品と物々交換しているのが現状だ。放吸石を幽霊族に与える代わりにメイドとして働いてもらっている。大きな魔力を持って生まれた子供に対して放吸石を使うのが本来の仕様だが、中級貴族以上、大商人クラスでないと使えないため、それ以下の子供は余程の事情が無い限り、見殺しとなってしまうのが問題……」

 

 鐘の音が響き渡る。

 

「む、時間か。今日の授業はここまで。次回の授業までにこの続きを予習してくるように」

「起立、礼!」

 

 俺が魔法学園中等部一年Aクラスに編入されてから(はや)一か月が過ぎた。

 この星での(こよみ)は十二か月で、一月が平均二十八日という周期、極めつけが一年も三百四十日と短い。地球より若干(じゃっかん)短いが誤差の範囲だろう。

 でも一年で一月分の差だからなあ、十二年で一年の差はでかいかもしれん。

 そんなことを考えつつ、男子学生寮へ一人で歩く。

 

 この一か月何をしていたのかというと、主だった教師、クラスの生徒たちの顔と名前、各教科の内容の暗記と予習と復習と、体育の体力錬成(れんせい)など、挙げたらきりがないくらいだ。

 

 俺には学生寮の一室が与えられた。何でも、学習内容についていけなくなっただの、問題行動を起こしただので退学になった生徒の空き室があったのだとか。

 相部屋なのだが、勇者との()()()()()()を優先的に進められても困る、といった生徒たちの申し出らしく、俺一人だけとなった。

 正確には一人だけではない。

 

『お帰りなさいませ、ノリオ様。夕食までまだ時間がございます。湯浴(ゆあ)みをなさいますか? それとも、わ、た、し?』

 

 自室に戻るなり、部屋の中で俺にお辞儀しながら選択肢(せんたくし)を提示してくる見た目二十代半ばくらいの幽霊メイドが一人いた。

 間髪入れずに答える。

 

「先に風呂に入る。ついて来てくれ」

『かしこまりました。……あ~ん、いけずぅ』

 

 ローナ・フュシィアと名乗るメイドが身悶(みもだ)えするが、無視。

 この一か月、彼女にはほとほと手を焼かされたが、この頃は言動に慣れてきたため、(かわ)す事もできるようになった。

 

『いつも通り部屋のお掃除しておきました。もちろん、屑籠(くずかご)も』

「ああ、ありがとう。ってか、やけに強調するな。何か変な物捨てたっけ?」

 

 教科書などが入った(かばん)を机の上に置きながらローナに振り向く。

 

『年を取られても勇者様も男ですね~。ちり(がみ)()()が染み込んでましたよ?』

「……いや、その、……ああ、俺も男だよ。それが何か?」

 

 躱すこともできるようになったが、全てではない。

 少しどもったものの開き直る。

 堂々としていればからかわれないだろう。

 そう判断して黙らせようとしたのだが、彼女は核心(かくしん)的部分を突いてきた。

 

『おかずにしたの、誰ですか?』

「っ、黙秘(もくひ)する」

『えー教えてくださいよー誰にも言いませんからー』

「人の口に戸は立てられぬ、って知ってるか?」

『私、幽霊です。人じゃありませんから大丈夫ですよー』

「なら、何で俺が隠しておいた菓子(かし)の場所を、同級生があっさり見つけたんだ?」

 

 ちょっとした夜食用として菓子をため込んでいたのだが、遊びに来た同級生に発見され、幾らか食べられてしまったのだ。

 

『寮の規則ですので』

「ほら信用できねえ。大体(だいたい)、菓子を探した奴は風紀委員じゃなかっただろ」

『内緒にしますからー』

「言わない」

 

 精神的に疲労する会話をこなしながら風呂に行くための着替えをローナから受け取る。

 このようにお金持ちか王国から奨学金が貰えていれば、男子にも女子にも部屋に一人幽霊メイドが付く。

 

 基本的にこの学園に入る生徒たちの大半は貴族であり、実家でもメイドが住み込みで働いている事が多い。

 また、夫がメイドに手を出して身籠(みごも)らせ、家庭内の不和(ふわ)やお家騒動(そうどう)に発展させたりする者が後を絶たないため、幽霊メイドを積極的に雇い入れている所も多い。

 

 多い、というだけで、全部がそうではない。

 男の(さが)か、妻だけでは満足できずに娼館(しょうかん)に通う夫もいれば、人間のメイドを雇う者もいる。大抵は子供ができにくいとされるエルフや獣人などの異種族メイドで我慢するそうだが、このカルアンデ王国も建国以来二百年と頭痛の種が尽きないそうだ。

 

 これでも、周辺国と比べれば随分とましな状態だそうだ。

 あくまで(うわさ)だが、人間のメイドを権力で凌辱(りょうじょく)し、身籠(みごも)ったと分かったら、赤ん坊ごと辞めさせる貴族が当たり前の国とか、もっと(ひど)い国は異母兄弟の跡目争いで一族が二つ三つに分かれての殺し合いなんて茶飯事(さはんじ)なのだとか。

 他の生徒たちと共に受けた授業では、どの国も内輪(うちわ)争いばかりで他国との戦争が(おろそ)かになっており、ここ二十年くらいは平和だった。

 魔王が現れるまでは。

 

 事の発端(ほったん)は後に魔王と呼ばれる者が、今現在、魔王領と定められた諸国を統一したところから始まる。当時、魔王領と隣り合わせだった軍事国家が勢力を増す彼らに対して国境沿いに要塞線を構築したらしい。

 が、魔王軍はあっさり要塞線を完全破壊したようだ。カルアンデ王国の調査では大規模魔法での破壊は無理があり、どうやら魔王は勇者を召喚したらしいと結論付けた。でないと説明がつかないそうだ。

 

 魔王軍は破竹(はちく)の勢いで軍事国家の首都を攻め落とすと、その国の隅々まで住んでいた国民の大半を殺戮(さつりく)してしまったという。

 外国まで逃げ出した生き残りの民の訴えに危機感を覚えた諸国家は同盟を結び、魔王軍が占領した旧軍事国家の領地を取り返さんと攻め込んだが、数に劣る魔王軍は何倍もの同盟国軍を押し返し、戦争は膠着(こうちゃく)状態に(いた)ったそうだ。

 

 学園長に各国で召喚された勇者たちを一か所にまとめ、力を合わせて魔王討伐すれば楽勝ではないかと意見したところ、どの国も自国が召喚した勇者の情報をなるべく他国に知られるのを嫌がり、それぞれが独自で魔王に挑む取り決めをしたそうだ。

 

 夕方の浴場は利用者が少なく、がらんとしていた。

 貸し切りみたいで落ち着くなあ。……何で他の生徒たちはこの時間に来ないんだか。

 洗い場でローナに背中を流してもらった後、ゆっくりと風呂に()かりながらつらつらとこれまでに聞いた話を整理する。

 

 世界の危機ってわけじゃねえのか? こんな時まで腹の探り合いかよ。敵国に突撃する方の身にもなってみろ。

 心の中で愚痴(ぐち)を言う。最悪の場合、敵国で勇者たちがお互いに出会ったら敵か味方か判断できず、信用もできずで殺し合いになるのではと危惧(きぐ)する。

 

 大丈夫かこの世界。

 そもそも滅ぼされた軍事国家に疑問がある。

 魔王領に攻め込まずに防衛線を構築したという点だ。

 俺がその国の独裁者なら、魔族領が群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)していた状態で攻め入れば勝てたのではないかと思う。

 それにも関わらず、滅ぼされたのは魔王を見くびっていたのではないのか。

 

 滅ぼされた軍事国家は比較的強大な国で、おいそれと攻め込まれるような弱い国ではなかったと聞いている。

 それが滅ぼされたということはよほど魔王が召喚した勇者が強かったのか、それとも噂だけで軍事国家が弱かったのか。

 

「ところでローナ」

『はい、何でしょうか』

「……くっつくのやめてくんない?」

 

 ちなみに、ローナが全裸で俺の隣で湯に浸かっている。しかも体を傾けて頭を俺に寄せている状態だ。しかもご丁寧に柔らかい感触があるのが憎らしい。

 

『良いではないですか、減るもんじゃなし』

「一応俺だって男だ。理性を(たも)つのが大変なんだけど」

頑張(がんば)ってください』

「こ(やつ)め、ははは……」

 

 明らかに俺をからかっている。

 調子に乗る彼女に苛立(いらだ)つが、理性を崩したところで普通は彼女たちにこちらから触れる事はできない。

 幽霊だから。

 そのくせ彼女たちからは自発的に物体に干渉(かんしょう)できる技能がある。

 (ずる)いと言う他ないだろう。

 

 学術的に幽霊族は基本は裸なのだそうなのだが、半透明とは言え、女性の裸体がもろに見える状態でうろつかれると公序良俗(こうじょりょうぞく)に反するということで、人間族と住まう場所では服を着るよう人間側が指導したらしい。

 

 それまで人間界に関わってこなかった幽霊族は人間が着る服に興味を持ち、彼女らの間で流行するようになったとか。

 ちなみに、自分の意思で好きな服を形作ることができるらしい。

 貴族たちや学園内で働く彼女たちはメイド服を着ているが、同一では面白くないと思ったらしく、衣装が細部で異なっていたりする。

 彼女たちが独自に工夫した衣装が服飾(ふくしょく)屋の目に留まり、新たな衣装が生み出されるといった好循環(こうじゅんかん)を生み出しているとかなんとか。

 

 ただ、人間側から干渉できないわけではない。

 ずばり、魔法だ。

 ()に乗った彼女たちを()らしめるために使われることもあるそうで、さすがに死に(いた)らしめることまではしないようだ。

 

 というか、普段温厚な彼女たちを怒らせると怖い目に()う。

 ポルターガイスト現象を起こして安眠妨害(あんみんぼうがい)してくるのは優しい方で、直接肉体を(いじ)られて殺されることもあったとか。

 学園で生活を始めてから一か月たつが、専門科の教師から学んだ魔法はちょっとずつではあるが、使用できるようになった。

 今回使うのは闇属性の精神干渉魔法だ。対象に直接触れる事で効果を発揮する。

 相性が良いので無詠唱で発動できるのが最大の強み。

 

「いい加減に、しろっ」

『うきゃっ!?』

 

 手でローナの顔面を掴み、指先に魔力を集中させ指をゆっくりと曲げていくと、彼女が俺の手を(つか)んで暴れ出した。

 

『あだだだだだ、痛い痛い、ごめんなさい調子に乗りました許してくださいだだだだ』

童貞(どうてい)をからかうな」

 

 ため息をつきながら手を離すと、ローナは顔をさする。

 

『ああ、痛かった。……ん? ノリオ様、今童貞って言いませんでしたか?』

「言った。それが何か?」

 

 ローナは信じられないという表情で俺を見る。

 

『その年になっても童貞なんですか?』

「どうした急に真顔になって」

『恥ずかしくないよう、娼館に行かれて捨てて来てはどうでしょうか』

「嫌だよ、性病怖いから」

『え、そんなことで?』

「お前は幽霊だからそんなのとは無縁なんだろうが、中には不治の病もあるんだぞ。気楽に行けるか」

 

 思い起こせば学生時代、同級生が当時治療方法が分からなかったエイズをうつされて死んだことがあった。

 極端な例かもしれないが病気は病気だ。可能性を少しでも減らすなら、性風俗で遊ぶのは避けた方が良いと考える。

 急に無言になったローナを不審に思いつつ、静かになったのなら良いかと判断し、丁度良い湯加減を堪能する。

 

『あのー、ノリオ様』

「……ん? 何だ」

『そのー』

 

 ローナはもぞもぞと、いや、もじもじし始めたと言えば良いか。とにかく今まで目にしたことのない不穏な動作をする。

 じれったいな。

 このような態度をとるのは初めてだと思いつつ彼女の発言を待つ。

 彼女は言おうかどうか迷っていたみたいだったが、おずおずと口にする。

 

『もし、よろしければ、わ、私が、お相手をつとめさせていただきましょうか?』

 

 予想外にくだらない意見だったので却下することにした。




続きは今夜に投稿予定です。


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第九話 交流

 ローナがもじもじしながらこちらを上目遣いで見てくる。

 期待しているところ悪いが断らせてもらおう。

 

「いらん」

『即答!? な、何でですか?』

「無理強いするわけにはいかんだろう。お前にだって好きな男の幽霊がいるだろうに」

『は? いえ、いませんよ』

 

 声から察するに困惑しているようだ。幽霊は恋愛しないのか?

 

「どのくらい長く生きているかは知らんが、人間と同じように思考する生き物なら、そういう感情を持ったことがあるはずだ」

『ですから、そういうわけではなく、私たちには男が存在しないんです』

「……何? じゃあどうやって一族を増やしているんだ」

『とある方法で子が生まれます』

「ほう」

『でも私たちの間で秘密となっているので、教えられません』

「俺は興味本位で訊いただけだから、言いたくないならそれで良い」

 

 彼女は向かい合って何か言いたそうにしているが、幽霊族にも(おきて)があるのだろう。

 

『ノリオ様優しいですね』

「そうか?」

 

 言われるほど気遣いしてないぞ。

 

『やっぱりお礼に私がお相手になって差し上げますね』

「ん、何?」

 

 すすすと俺と向かい合わせになるように移動したローナが透き通った腕を俺に伸ばす。

 

『それではっ』

 

 股間に違和感が生まれ、何かに優しく包まれる。

 ローナの両手か、これ!?

 

「お、おい、ローナ!?」

『じっとしててくださいねー』

 

 無理矢理勃起(ぼっき)させられ、拒絶できない快感が生まれる。

 まずいまずい、ここでそんな事やられたら浴槽(よくそう)内が汚れる!

 

『あ、どこ行くんですか?』

 

 浴槽の壁を背にしていたが、何とか振り返ると浴槽から四つん這いで抜け出す。

 この間もローナの手が離れない。見れば浴槽の壁からローナが仰向けの状態ですり抜け、床面から顔を(のぞ)かせている。

 

『逃がしませんよー』

 

 色々手助けしてくれるメイドを付けられて(おおむ)ね満足していたが、幽霊族がこんなに厄介だとは思わなかった。

 あ、もう駄目。

 

◆     ◆     ◆

 

 俺は汚れた体を再度洗い、無理矢理放出された体液をローナが洗い流す。

 

『満足されましたか?』

「ああ、まあ、うん」

 

 情けないにも程がある。

 しかし、だ。自慰行為と比べて他人による行為だと自身の意思が介在していないので予測不能の動きをされるとこんなに弱いとは思わなかった。

 

「一体どこでそんな技術を習得したんだ?」

 

 手慣れてるレベルだぞ。過去に誰かから実践(じっせん)されて教わったんじゃないだろうか。

 

『ここに来る前、先輩メイドから貴族を骨抜きにする事を教えてもらいました』

「何てことだ」

『安心して下さい、実際にやったのはノリオ様が初めてですので』

「そういう意味じゃなくてだな……」

『それでですねー』

「何だ?」

 

 ローナが俺に笑顔で問いかける。

 

『これからもご利用なされます?』

「…………是非お願いします」

 

 あの快感を知ったら、もう過去には戻れん。本当、何をやらかしてくれたのか。

 

『今後もご贔屓(ひいき)にー』

「何言ってんだお前……」

 

 ()ちたな、俺。

 

◆     ◆     ◆

 

 再度浴槽に体を沈める。向かい合わせにローナも湯につかる。幽霊族は湯加減を楽しめないのではと訊いたところ、気分の問題だとか。

 

「ところで前々から疑問に思っていた事なんだが、ローナが俺のメイドに選ばれた理由って何だ?」

『たった一人の勇者様を(めぐ)っての勝ち抜き争奪(そうだつ)戦です』

「え、そこまで人気あったの、俺?」

『ありましたよー』

「ちなみに勝てた理由は?」

『幼い頃から学んでたメイドとしての技術が功を(そう)しましたねー。他の参加者の中にはお茶の淹れ方も知りませんでしたし』

「随分と幅広く(つの)ったんだな……」

 

 もしかすると、彼女はメイドとしてなら一流なのかもしれない。

 

『もうひとつ、お願いがあるんですけど、よろしいでしょうか?』

「何だ」

『私と結婚してください!』

「却下」

『何故にっ!?』

 

 衝撃を受けるローナに(さと)すように告げる。

 

「いずれ俺は故郷に帰るが、そこには幽霊族が一人もいない。一人ぼっちになるうえ、最悪の場合、国からお前を取り上げられ、見世物にされるだろう。連れ帰るわけにはいかないんだ。分かってくれ」

『うう~、そんなのあんまりです……!』

 

 涙目の彼女の頭を闇属性の魔力で包んだ手でよしよしと撫でた。

 

◆     ◆     ◆

 

 風呂から上がった俺は今日の復習と明日の授業の予習をする。

 一刻も早く家に帰りたいという気持ちもあるが、この一か月休んだ記憶がない。

 たまには一日中、この部屋でごろごろと寝ていたい。

 元社畜だった俺はこのくらいどうってことないとは思いつつ、時折、同級生が遊びに誘ってくる度、故郷に帰る為と断るのも忍びなくなってきた。

 

 いい加減、学業以外でも彼らと交流しないといけないと思うようになったのだ。

 お互い信頼関係が築かれていない中で、いざ敵に向けて出発する際、誰もついてきてくれなかった時の事を考えるとさすがにまずい。

 

 さらに誰かを誘うのも考えものだ。

 特定の人々にのみ誘ってばかりいると残された人に目の敵にされる。

 かといって八方美人に付き合っているとそれはそれでどうかと思われるだろう。

 

 うんうん悩んでいて気づいた。

 あれ、これ昔俺が読んでいた小説で登場した貴族たちと生活形態が一緒じゃないかと。

 貴族からの手紙が毎回ひっきりなしに届くようになった以上、無視するわけにはいかない。

 魔法をかけられて良かった言語理解。

 早速ローナが用意してくれた返信用の手紙にちまちまと書きこんでいく。

 

『あの、本当にそれでいいんですか?』

 

 机に向かっている俺に対して、脇で様子を(うかが)っていたローナが声をかけてくる。

 

「何かまずいことでも?」

『ノリオ様、男同士の恋愛に興味があったんですね』

 

 手紙を書いていたペンを止め、彼女を半眼(はんがん)で見やる。

 

「……なぜそうなる」

『その手紙に描かれている花なんですが、送られた相手から見ると、あなたを愛していますという意味でして』

 

 それを聞いて俺はため息をついた。

 

「……男同士の友情を求めるような意味合いにしたいんだが。というか、何でこんな変なものが混じってるんだ?」

『貴族の学生同士の恋愛の始まりは手紙からなんですよ。皆様将来がかかってますし』

 

 彼らはお城での仕事以外、基本は領地経営だ。逆を言えば貴族同士の付き合いが(おろそ)かになってしまうので、異性の出会いがあまりなくなる。そういうわけで、学園で生活している間は婚活会場となるわけか。

 

「なるほど、貴族も大変だな。……いや、待て。だからなぜ愛しているという花柄(はながら)が混じってるんだ?」

『学園の購買部で仕入れた物なのですが……、察するに、貴族様達が勇者様にこの地に根ざして欲しいからではないでしょうか』

「俺は、故郷に、帰るんだ」

『私としてはこちらに残って欲しいのですが』

「年老いた両親が心配なんだ」

『そうですか、残念です』

 

 ローナは気落ちした様子で顔を()せた。

 主だった人に手紙を書き終えた俺は夕食を食堂でとり、何事もなく就寝した。

 

◆     ◆     ◆

 

 翌日、昼食の時間に俺は同級生に声をかける。

 

「ようやく時間が取れた。良ければ今日の放課後どこか遊びに行かないか?」

「本当かい? 嬉しいな、他の同級生も誘っていいかい?」

「もちろんいいとも。ただこの学園の周辺はほとんど知らないんだ。おすすめの店に案内してくれないか?」

「喜んで」

 

 こうして俺は三人の同級生と共にちょっとお洒落(しゃれ)なカフェに入った。

 店内を(のぞ)くと女性の割合が多いように感じた。

 同級生三人の中に女子が一人いるのは、男子だけでは気まずいからかな。

 

 一人勝手に納得しながら彼らに案内されて、空いているテーブルに陣取(じんど)った。

 

「ここのサンドイッチとコーヒーが絶品なんだ」

「じゃあそれを頼もうかな」

 

 彼らに(すす)められて店員に注文する。

 一応、国からそれなりのお金が月々俺の手元に届くことになっているので、限度はあるがこうして飲み食いするだけの余裕(よゆう)はある。

 戦時中だからあまり無駄遣(むだづか)いできないだろうに。……必要経費と思っておこう。

 同級生たちは店員にそれぞれ希望の品を注文すると、自己紹介を始めた。

 

「出会った最初に自己紹介したはずだけど、僕らの名前、(おぼ)えてるかい?」

 

 念のためか尋ねられたけど、この一か月は勉強ばかりだったので自信が無かった。

 

「すまない、名乗ってもらえると助かる」

「では改めて。僕はウェブル・ケイ。商人から貴族に転向したんだ、何か欲しい物があったら言ってくれ」

「マリー・ゼスト。聖女学科の聖女見習いよ、よろしくね」

「ルモール・テイラーだ。士官学科の士官候補生で魔法戦士。主に身体強化の魔法を使う。今度こそ憶えてくれよ」

 

 眼鏡をかけた茶色の目と長髪の少年がウェブル、同学年と比べるとちょっと小柄で金髪で青い目の少女がマリー、黒の短髪で中等部かと疑うくらいガタイの大きいのがルモール、と。

 

「……うん、何とか憶えた。安武典男(やすたけのりお)だ。姓が安武で名前が典男。好きに呼んでくれて構わない」

「じゃあノリオと。そもそもどうしてクラスで最初に僕に声をかけたんだい?」

「この一か月でウェブルがまとめ役として動いているのが分かったからさ。クラスの顔役に挨拶しておこうと思ってね」

「なるほど、確かに僕は相談役としてあれこれ動いているけれど、貴族としての家柄は下から数えた方が早いよ? コネを作るならもっと良い人を紹介するけど……」

 

 ウェブルの自虐(じぎゃく)的な話を(てのひら)を突き出して(さえぎ)った。

 

「そんなものに関心は無い。ただ単に友人として仲良くやっていきたいというだけだ」

 

 俺の返事にきょとんとしていた三人が微笑(ほほえ)んだ。

 

「……ありがとう」

 

 ウェブルの礼に俺は頭を下げた。

 

「こちらこそすまない。学園の生活に慣れるまで時間がかかってしまった」

「構わないさ、君が授業の後、教師に熱心に質問している姿を見てたから」

 

 それを聞いたマリーとルモールが話に加わる。

 

「そうそう。あれ見て思い出したわ、あたしたちも小さいときはああやって教師を質問攻めにしていたよね」

「さんざん先生たちを困らせてたよな」

 

 三人で笑う光景を見た俺は安堵(あんど)した。

 どうやら、住む星は違えど人の(いとな)みはあまり変わらないみたいだな。

 

 店員が運んできたサンドイッチに舌鼓(したづつみ)を打ちつつ、歓談(かんだん)する。

 学園の授業で遅れているところはないか、何か手伝える事はないか等、色々質問された。

 勇者だから毎度声をかけてきていたのかと思っていたが、純粋に心配してくれているらしい。

 

「色々気にかけてくれてありがとうな」

 

 俺が三人に礼を言うと、ウェブルが肩をすくめて答える。

 

「何、これも相談役としての勤めさ。……ところで、魔王を倒す算段は着いたのかい?」

 

 彼は話を本題に変えてきた。勇者としての力が気になるようだ。




次回の投稿は明日を予定しています。
それでは。


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第十話 交流その二

 だが、俺は戦争を知らない身。見栄を張るより正直に答えた方が良いだろう。

 

「いや、それがさっぱり。俺の能力が発展途上だからまだ見当(けんとう)がつかなくてな。それと、生徒たちの成長を(かんが)みてバランスの取れたパーティーが作られると思うから、最短でも一年、下手(へた)をすればこの先何年もかかるかもしれない」

「まあそればっかりは仕方がないさ。実戦を経験した教官たちに太鼓判(たいこばん)を押されるまでは無理だろうね」

 

 ウェブルがコーヒーを飲みながら答える。

 へえ、教官たちは経験者なのか。それは心強い。

 そういった豆知識は今後必要になるだろう。ちなみに座学を担当するのが教師で、剣術や魔法の実技は教官と呼んでいる。

 それにしても、古参(こさん)が学園の教官とは。実戦的で(この)ましい。

 学園の教育体制の評価を上方修正していると、マリーに話しかけられる。

 

「魔法の勉強はどのくらい進んでいるの?」

「そうだな、初級に指定されている魔法なら()()()()()()無詠唱で発動できるようになった。それ以上になると呪文を唱える必要がある上に、属性の適性が無い魔法だと魔力を結構持っていかれるんだよ」

 

 まあ、相性の良い属性なら定型文的な文章の音読ではなく、短縮した呪文で発動できるから十分便利なのだけれど。

 ウェブルがその考えを読んだのか俺を()めてくる。

 

「いやいや、普通は適性の無い属性魔法を使うのは発動自体が無理なんだ。魔力の消耗(しょうもう)(はげ)しすぎてね。それを苦も無く使える君がおかしいんだよ。……それにしても、たった一ヶ月でそこまで来たのか、凄く早い成長だね」

「言語理解の魔法のおかげさ」

「あーあれね」

 

 俺が肩をすくめて答えると、ウェブルが苦笑し、マリーが同情するような目つきで引いている。

 

「きついでしょ」

「おや、マリーも経験したのか」

「まだ幼い頃にね。……物凄く痛かったことだけは覚えてるわ」

「俺も受けたぞ、どうってことなかった」

 

 それまで沈黙していたルモールが声を上げ、マリーの表情が固まり、ウェブルが彼を驚愕の眼差しで見る。

 

「……マジ?」

「おう、マジだとも」

「よく無事だったわね」

 

 ルモールの返事に二人は(およ)(ごし)だ。

 廃人になる確率は低いとも言うけれど、実際に受けてみるまでは分からないからな。

 引かれているルモールが不憫(ふびん)なので、助け舟を出すことにする。

 

「危険はつきものだけれども、それをもって余りある利益が得られたよ。悪いことだけじゃない」

「君がそう思うのならそれでいいけど」

 

 ウェブルは浮かない表情で言った。

 この話題は避けた方が良さそうだ。話を魔王について戻すことにした。

 

「それで魔王のことについてなんだが、短期間に一つの国を攻め滅ぼしたその力は一体何なんだ?」

 

 俺の問いにウェブルが乗った。

 

「さあ? 僕の実家は家格がそれほど高くないから、そこまでの情報は入ってきてないね。ちなみに今の王国での噂をまとめると、魔王の国にも色んな種族がいて、その中の誰かが物凄い力を持っていたとか、魔王直々に勇者を召喚したと考えられているようだ」

 

 彼の答えに国はまだ十分な情報を得られていないことが察せられた。と思いきや、ルモールが別の情報を持ってくる。

 

「俺の親戚が前線にいるんだけどさ、聞いた話によると、敵は巨人族を多数投入して攻撃してきたらしい。恐ろしく頑丈(がんじょう)で剣や槍では歯が立たないとか」

 

 俺は首を傾げた。ウェブルほどの人物でも知らない情報があるのか。

 三人寄らば文殊(もんじゅ)の知恵、だったか。

 友達は多い方が良いという典型だろう。

 

「魔法はどうなんだ?」

「中級火属性のファイアーボールで焦げ目しかつかないらしい上、痛みにも強いらしくて、怯む様子が無いとか」

 

 ファイアーボールとは、文字通り火の玉を空中で形成して、敵陣ど真ん中で炸裂(さくれつ)させる爆弾のような魔法だ。まともに食らえば大火傷(おおやけど)だけですまされなく、肉体が炭化する恐ろしい効果を持つ。

 今の俺でも魔力を多めに消費すれば使えるけど、それが効かないのは厄介だな。(つか)れるし。

 

 魔力を消耗すれば精神的疲労が増える。分かりやすく言うとその場に横になって眠りたいという感情が強くなる。

 そんな葛藤を抱えながら行動するのだ。きついなんてものじゃない。

 俺は打開策はなかったのかとルモールに訊いてみる。

 

「罠を張って倒すとかしなかったのか? 例えば、落とし穴とか」

「知性があるから引っ掛かりにくい。その上、巨人族の周りに随伴(ずいはん)兵がいるから罠の存在もばれやすい。今のところ追い返しはしてるけど、倒したという話は聞かないな」

「その追い返したってのは、どういう方法で?」

「魔術師を集中運用しての火力投射だとか聞いたな」

 

 俺たちの話を聞いていたマリーが、カップから口を離して言う。

 

「何だ、いけるじゃない」

「その代わり、他の場所が手薄(てうす)になるし、魔術師たちの物理的、精神的消耗が激しくて割に合わないってさ」

「駄目かあ」

 

 ルモールが挙げた欠点にマリーが顔を伏せた。

 もしかすると、王様が言っていた決戦兵器は巨人の事なのか?

 そのやり取りを見ていたウェブルが首を(かし)げて疑問を口にした。

 

「そんなに強いなら、とっくに戦線を突破されてこの国に侵攻されてそうなんだけど、どうして僕たちはこうして呑気(のんき)にしていられるのかな?」

「そういやそうだ」

 

 ウェブルの疑問に同意した俺も(うな)る。

 敵の戦力は圧倒的なのに攻め込んでこないのはおかしい。

 

「それなんだけどさ」

 

 ルモールが身を乗り出して周囲を伺うように小声で言う。

 何だ、あまり世間に知られたくない情報なのか?

 俺たちは不審に思いつつ、彼の言葉を待つ。

 

「どうも奴らはこっちに攻め込むつもりがないらしい」

 

 彼からもたらされたのは(ちまた)流布(るふ)している噂と真逆となるものだった。

 

「え? 軍事国家をあっという間に攻め滅ぼしたんだから、その勢いで次を狙うでしょ?」

「そこなんだよ。こっちから攻め込もうとすると追い返されて、向こうは動かない」

「不気味な話だ。奴らは何を企んでいるんだろう?」

 

 マリーの誰もが考えそうな思考に、ルモールが事実を提示し、ウェブルが腕を組んで考える。

 膠着(こうちゃく)状態に陥った戦争を終わらせる方法を軽く頭を(ひね)って考える。

 

「魔王との話し合いで戦を終わらせるわけにはいかないのか?」

 

 外交は戦争も含まれるがそれは手段の一つであって、話し合いによる交渉が大半だ。

 俺の思いつきの意見にウェブルが首を横に振る。

 

「それこそ駄目だ。奴らは魔族でこちらとは相容(あいい)れない。それに僕らだけで勝手に戦争を止めることはできないんだ、国同士が戦っているんだからね。勇者は国の代表ではあっても、交渉の代表ではないことに注意してね」

 

 見ず知らずの赤の他人に勝手に話を決められてしまうのは困るという理由が透けて見えた。

 所詮(しょせん)勇者はよそ者ってことか。

 疎外感(そがいかん)を受けつつ、三人の会話に集中する。

 

「うーん、魔王が旧軍事国家の領土を確保したい、という意思の表れを感じはするけれど、本当にこちらに攻め込んでこないのかしら?」

「圧倒的な力を有していてそれをしないというのも不自然だね。……もしかして短期的決戦でしか役に立たないとか?」

 

 マリーとウェブルの疑問をルモールは流す。

 

「ウェブルたちがどう判断するかは任せる。俺から伝えられる情報はこれで以上だ。あとは実際に戦場へ行った時に確認するほかないだろうな」

「分かった、ありがとう」

 

 世間に秘密にしているであろう情報を教えてくれたルモールに礼を言った。

 

「それとな……」

 

 ルモールが何かを言いかけ、周囲に視線を走らせる。

 何事かと思っていると彼は心持ち身を乗り出して小声で切り出した。

 

「忠告というか、警告だ。介入受胎に気を付けろ」

「ああ、それがあったか」

 

 ウェブルが今気が付いたとばかりに頷き、マリーがため息を吐いた。

 余程周りに聞かれたくない内容らしい。俺も声を潜めて話すことにした。

 

「コリンズさんから概要(がいよう)は聞いたけど、結婚している仲の良くない夫婦のための儀式みたいなものだろ? 何の関係があるんだ?」

「あれ、それ以外にも利用されてるの」

 

 マリーが眉間を揉みながら続ける。

 

「この学園の生徒たちの間でも時たま密かに行われて発覚することがあるわ」

「全体的にどのくらい行われてるか不明だね」

 

 彼女の説明を引き継ぐようにしてウェブルが補足する。

 

「学園生同士の結婚なんて珍しくもないけどな、将来を考えずにその場で受胎するから問題になるわけだ」

「発覚した場合どうなる?」

 

 ルモールの言葉を聞いて俺は三人に(たず)ねる。

 

「まずは誰かと寝た、いや俺は寝ていない証明して見せろ……、などと揉めるのが普通でね」

「その後、介入受胎の線も疑われて捜査される。もしクロと判断されたら……」

「最悪の場合、男が犯人なら去勢されるか流刑や死刑。女なら生涯修道院行きで幽閉も同然。手伝った幽霊族は消滅刑」

 

 ウェブル、ルモール、マリーの順で説明される。

 

「ある程度理解したけど、消滅刑って何だ?」

「幽霊族の身体は魔力の(かたまり)で構成されてるんだ。魔法を使い過ぎると体を維持できなくなって、消滅する」

「強制的に魔力を使わされてね」

 

 可哀(かわい)そうだな。まあ、自らお家騒動に加担すれば当然か。

 

「だからね、貴方はメイドと仲良くなって信頼を勝ち取りなさい。そうすればよそからの甘言に乗らなくなるし、余計なこともしなくなるはずよ」

「お、おう、分かった」

 

 あとは細々とした雑談をした後、カフェでの会話はこうして終わりを迎えた。




次回の投稿は明日を予定しています。
それでは。


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第十一話 暗雲

 入学してから半年が経った。

 運動面では人並みに動けるようにはなったが、育ち盛りの若い学生たちにはかなわない。持久力が違い過ぎて差をつけられるのは当たり前だ。

 これが若さか……。

 

 魔法については得手不得手(えてふえて)がはっきりと出るようになり、相性の良い属性魔法は大幅な伸びを見せ、上級魔法を使えるようになった。

 それ以外の魔法は中級に届くか届かないかくらいの段階でそれ以上の位階に繰り上がることができず、聖女様達が使う回復魔法も使えなくはないが、膨大な魔力を使用する代わりに、初歩である()り傷や切り傷、狭い範囲の火傷(やけど)をきれいに治すだけの力しかなかった。

 それでも、回復魔法を女性以外が使えることに教師及び、教官たちが驚いていた。

 

 話を変えて、学園の生徒達との交流について語ろう。

 ウェブル達三人と顔合わせをして以来、同級生たちとの交流が増えた。それどころか、時間さえあれば他のクラスや高等部、専門課程の生徒たちとの交流もできるようになった。

 

 度々話の取っ掛かりとして話題に上がるのが俺の境遇で、両親に恩があることを話すと、家系を残す役割を持たされた貴族たちからは同情的、あるいは理解を示してくれる人が多く、友好的に接してくれる生徒が多かった。

 少なからず、三男以下や政略結婚として扱われる女生徒たちにはあまり受け入れてもらえなかった。

 この学園で自由恋愛で結婚に至った貴族もいないわけではなく、貴族の(しがらみ)(とら)われない生き方に(あこが)れる人もそこそこいた。

 

 そこで俺の故郷の若者たちの昔と今の結婚の在り方などを説き、自由恋愛に任せた結果、現実はどうなったかなども説明した。

 反応は様々で、「我儘(わがまま)すぎたせいで行き遅れになってしまったのか、自由恋愛というのも考え物だな」と理解する者もいれば、「いつかは良い人に巡り合えると夢見て……」と現実から目をそらす者もいた。

 ただ、(おおむ)ね家族や親族が紹介してくる見合いを感情的に突っぱねるのも良くない、そう思いなおす生徒たちが増えたのは個人的に良かったと思っている。

 信用のある人からの紹介は馬鹿にできない。経験者だから言わせてもらうが、婚活サイトだと相手が四六時中値踏(ねぶ)みしてくるので気が休まらないのだ。

 

 最近は生徒同士による恋愛相談を持ち掛けられるようになった。人生経験を重ねているだけあって、教官よりも悩み事を打ち明けやすいのだろう。

 というか、なんで『愛の伝道者』なんて呼ばれるようになってるんだ、俺。

 俺は生きてる間にまともな恋愛なんてしたことがない。

 恋愛相談なんてもってのほかだ。

 

 好きな女子生徒がいるのに、何もしないで困ってる男子生徒に向かって「誰かにとられて後悔するくらいなら、とっとと告白しろ」と尻を軽く蹴飛ばしたら、たまたま成功しただけなのに。

 自室で突っ伏しながら身悶(みもだ)える。

 

『前向きに考えましょうよ。学園の生徒たちが話しかけてくれるようになったのは良いことではないですか。交流は上手く行っています、間違いありません』

 

 ローナの(はげ)ましに俺は気を取り直すことにする。

 魔王討伐のためとはいえ、彼らを利用しているという引け目を感じるが、こちらも故郷に帰るという目標があるのだ。甘さは出せない。

 

 何気なくカレンダーを見る。

 この学園に入学して半年。

 教師や教官たちは俺の年齢にしては物覚えが良いと言うが、同年代に比べればというだけで、若者たちと比較しているわけではない。

 最低、あと半年の猶予(ゆうよ)か。

 それまでには何とか一端(いっぱし)の魔法使いになる必要がある。

 これしか皆の役に立てる方法が無い。

 

 二週間に一度課外実習が行われ、その時に色んな生徒とパーティーを組んでモンスター討伐に行き、誰と相性が良いのか訓練を受けるのだが、俺は完全な裏方、サポートの役目だ。

 攻撃魔法も使えなくはないのだが、生徒たちの魔法と比べて見劣りがする。

 膨大な魔力に任せた火力は魅力的だが、教師や生徒たち曰く、「無駄が多すぎる」とのこと。

 (へこ)む。

 こんなときは気分転換だ。

 

「ちょっと図書館に行ってくる」

『はい、ノリオ様、行ってらっしゃいませ』

 

 ローナに声をかけて図書館に足を向ける。

 俺の魔法の技術を高めることになった要因の一つがこの本の群れだ。

 言語理解の魔法のおかげもあるのだが、古代の文字で書かれた本も結構有り、普通なら読むのも四苦八苦するのが問題なく、すらすらと頭の中に入る。

 

 図書館と言うだけあって内部は広く、とてもではないが全部を読む前に俺が健康的に過ごせたとしても、老衰で死んでしまうほどの本が所蔵されていた。

 この図書館の主の老人の司書長にいつも通りの挨拶(あいさつ)する。

 

「こんにちは」

「こんにちは。ヤスタケ様向けの本が入ってきましたよ」

「ありがとう。早速確認させてください。ところで、物は相談なんだけど……」

「駄目です」

禁書庫(きんしょこ)閲覧(えつらん)を許可してほしい……」

「駄目です」

「あのー」

「駄目です」

「……理由をお聞かせいただいても?」

「何度も説明しましたが、過去の勇者様が禁書を利用したせいで破滅したことがございましたので、許可できません」

「そうですか、すみませんでした」

 

 そう言われてしまうと強く出られない。

 大人しく新刊を最優先で見る権利を与えられることをありがたがろう。

 得意な属性魔法の力を伸ばすべく関連書籍を漁っているのだが、結果は(かんば)しくない。

 どうも、俺の得意分野である闇と無はあまり研究が進んでいないのが実情で、専門の教官たちからの教えも基礎的な魔法に限られるようなのだ。

 教官たちからも「俺たちが使う魔法は発展の余地があると考えている。もしかすると、今教えている上級魔法すら本当は初歩の魔法なのかもしれん」と言われていたからなあ。

 

 人気(ひとけ)のない場所の机を選んで、新刊を読み始める。

 内容は実践的なもので、使用された魔法でどういう感覚を得たらそれはこうではないかといった論理的展開でその先を模索(もさく)した考察(こうさつ)本だった。

 俺も魔法を使ったとき、同じ感覚を抱いていたので、ためになる本だと結論したが、予想を上回るほどの展開はなかったので評価を普通とした。

 どちらかと言えば、読む価値はあった。

 

 魔法の存在を知って半年あまり、経験の無い人間にとって早々に結論付けるのは危険だと判断する。

 新刊の二冊目に手を伸ばした時、見知った顔が近づいてくるのが視界に入った。

 

「マリー?」

「あら、ノリオじゃない。読書?」

「ああ、得意属性魔法の研鑽(けんさん)にな。……ウェブルたちはどうした?」

「あのねえ、あたしだって一人でいたいときもあるの。一括(ひとくく)りにされても困るな」

「失礼した」

 

 素直に頭を下げる。

 

「ところで、マリーも読書か?」

「そうよ、悪い?」

「いや、そこまで言ってない」

 

 彼女は俺の対面の椅子を指さして尋ねてきた。

 

「この席に座っても?」

「どうぞ」

 

 特に否定する事は思い浮かばないので承諾することにした。

 お互いに無言で(ぺーじ)(めく)る音が響く。

 思い起こせば学生時代、図書室を利用したのは俗に言うライトノベルを読み漁った記憶しかなく、純粋に勉強するといった読書はしてなかった。

 気楽な学生時代と比べて、今は生死が関わってるからな。

 内心苦笑しながら本を読む。

 

「ねえ」

「ん?」

 

 ふと、マリーに声をかけられたような気がして本から目を離して、彼女を見やる。

 

「魔王を討伐したら故郷に帰るって本当?」

 

 繰り返し学園の生徒たちに語っていたことを確認されて、ちょっと困惑しながらも答える。

 

「本当だ」

「ノリオの故郷って遠いの?」

「この大陸に俺の国はないから遠いだろう」

 

 事実を言っているが、嘘ではない。

 この星の人間ではないという真実を明かしたらろくでもない未来が待っている可能性があるので、迂闊(うかつ)に話せないのだ。

 

「過去の勇者たちは召喚され、目的を達成した後、この国に残る場合が多いと聞いてはいるが、俺のような例外もいる」

 

 マリーは黙って俺を見つめている。

 ふと、故郷に帰るの帰らないのという問答に疑問を抱いた俺は、彼女に質問することにした。

 

「逆に訊きたいんだが、何故皆そこまでして俺にこの国に残らせようとするんだ?」

 

 何気ない質問だったが、彼女は目を伏せた。

 

「……貴方(あなた)経歴(けいれき)は全てではないけれど、ある程度は知ってる。この国はね、学力や剣術なんかが物を言うけれど、魔法も……、魔力量も物を言うの。価値があるの」

「価値? 俺の属性魔法は闇と無で、人気の無いこの国ではあまり役立てそうにもないが……」

「そういうことじゃなくて、単純な魔力量が注目されているの。ええと、何て言えばいいのか……」

 

 彼女は困った顔でうんうんと唸る。少ししてこちらに確認してきた。

 

「ねえ、ウェブルたち、というか他の生徒たちから魔力量の価値とこの国に残る意味について聞いていない?」

「いや、そもそもそんな話聞いたことない……」

 

 そう言いかけて、彼女の言い回しに気づいた。

 

「なあ、もしかしてとは思うが、魔力量って子孫に遺伝したりするのか?」

「……そうよ。王国は箝口(かんこう)令を()いたそうだけど、さる貴族が神殿で測定した魔力量の情報をお布施という形で買ったそうなの。そこから周辺へ漏れたわけ」

「はた迷惑な」

 

 道理で学園女子生徒の、特に下級貴族たちからの視線が命がけだったわけか。

 成り上がれる機会だものな。

 一人納得しているとマリーは言う。

 

「今でも価値はあるけれど、魔王討伐が成功すればさらに価値は上がる。貴方が望めば酒池(しゅち)肉林(にくりん)も夢ではない」

 

 思わず失笑しそうになる。

 普段思慮深いことを発言する彼女にしては直接的な勧誘だな。もしかして、誰かにそうするよう言い聞かされたか?

 半ば困惑しつつも、俺は否定する。

 

「それは世の男にとっては魅力的な提案かもしれない。だが、俺は故郷に帰りたい」

「そう……」

 

 期待通りの解答が得られなかったのか、彼女は(うつむ)いた。

 俺は続きを口にする。

 

「ただ、故郷に帰るとき、誰かを伴侶(はんりょ)として連れて帰ろうかと考えてはいる。……それが誰かは今の時点では分からないが」

「……無理ね。あたしじゃなくても、この学園の大半は今の条件で無理と言うでしょうね」

「それは何故?」

「この学園の大半は貴族なの。血を残すことを義務付けられているわ。どこか遠く誰も知らない土地へ一人だけ(とつ)ぐ、なんてことは許されるはずがないもの」

「相手が貴族の三女以下でもか?」

 

 機会がありそうな条件を探ってみるが、返答はにべもない。

 

「男と違って、女は政略結婚の道具の意味合いが強いから、親族が手放さないと思う」

 

 マリーは席を立つ。

 

「帰るわ」

「相談ありがとうな。それと質問があるんだが……」

 

 背を向けたマリーがちらりとこちらを見やる。

 

「本来の本命は、ウェブルとルモール、どっちなんだ?」

 

 心底驚いたのか、彼女が勢いよく振り向いた。

 

「……誰から聞いたの?」

「いや、誰も。俺から君を見て二人に向ける視線が、その、ね」

「……普段から抜けている貴方がそこを見抜くなんて。愛の伝道師というのも伊達(だて)ではなかったのね」

「いや、たまたま君たちの近くに俺がいたから分かったというだけの話だ」

「そういうことにしておく」

 

 彼女はそう言うと、今度こそその場を後にした。

 

「貴族の(しがらみ)、ねえ……」

 

 日の差さない薄暗い図書室の中、彼女が歩き去った方を(なが)めながら呟いた後、俺は再び視線を下に向け読書を再開した。

 

◆     ◆     ◆

 

 翌日の午前の授業が終わった直後、食事休憩(きゅうけい)をとろうとしたところで廊下から顔を出した教師に呼ばれる。

 

「何でしょうか」

「学園長がお呼びだ、至急、学園長室へ行きなさい」

「分かりました」

 

 何かあったのだろうかと思いつつ、ウェブルたちに昼食を一緒にとれないことを伝えてから学園長室へ移動した。

 扉を軽く叩いて呼びかける。

 

「安武典男です。マッケンロー学園長はいらっしゃいますか?」

「入りたまえ」

「失礼します」

 

 入室するとマッケンローが執務机から席を立ち、応接用のソファに移動した。

 

「まあ、座りたまえ」

「はい、ありがとうございます」

 

 マッケンローの対面のソファに座る。

 

「お久しぶりです」

「どうかね、元気にしているかね?」

「はい。学園の生活にも慣れ友人とも呼べる関係も(きず)きました」

「それは何より」

「ところで何の用でしょうか」

「時間もないし話そう。……実はヤスタケ君が戦場に行くことが決まった」

「はい?」

 

 マッケンローの言葉の意味が分からず、首を傾げる。

 戦場?

 思考が混乱する。

 マッケンローのすまなさそうな表情にこれは冗談ではないと悟った。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第十二話 裏話

 いきなり「君、明日から殺し合いに行け」なんて言われて、はい分かりましたと言える人間は軍人ぐらいの者ではないだろうか。

 

「現時点から十日以内に戦場に向かうように、というお達しが国から来た」

「……まだ最低半年の猶予(ゆうよ)があったはずでは」

「……まだこの国のごく少数にしかもたらされていない情報だが、我が国の軍も含めた同盟各国軍が先日の戦で大敗したようだ」

「……」

「軍隊が壊滅しただの、勇者たちが死んだという情報が飛び交っているそうだ」

「……」

「そのため、まだ戦力が残っている我が国に出撃要請が届いたのだ」

「勝手ですね」

「全くだ。お荷物としてしか見ていなかったのに、同盟各国の戦力の均衡が破られて連中相当焦っている。大方、戦後を見据えて、君を戦場で死なせることで我が国の戦力の突出を抑えたいのだろう」

 

 マッケンローが肩をすくめた。

 はっきり言ったなあ。

 

「死んでたまるか」

「それとだね、ヤスタケ君だけでなく、この学園の中等部以上の生徒たちも動員されることが決まった」

「…………学徒動員? 女子生徒たちもですか?」

 

 思っていたよりも状況が悪いようだ。

 

「そうなるね。……まあ、女子たちはよほど優秀でもない限りは後方支援となるだろう」

「……誰が決めたんですか?」

「議会の半数以上を占める主戦派だよ。国王陛下と彼と親しい和平派閥は最後まで反対していたのだが……」

 

 俺は顔を下に向けて顔を(ゆが)める。

 決定は(くつがえ)らない、か。

 特に反論を思いつかず、マッケンローを見た。

 

「分かりました。このことは生徒たちにはどのように伝えるんですか?」

「明日朝に全校集会を開く」

「皆、この決定に賛同してくれるんですかね?」

「言っただろう、国が決めたことだと。むしろ、名を上げる機会だと大勢を()める下位貴族が躍起(やっき)になるだろうね」

 

 もう止められないのだと理解した。

 

「直ちに戦の準備をしなさい。詳しいことは戦地帰りの教官に聞きなさい」

「はい」

「以上だ、下がりなさい」

「はい」

 

 暗澹(あんたん)たる気持ちで席を立つ。

 落ち込んでいる暇はない。気持ちを切り替えよう。

 

「ああ、それと国王陛下からひとつ言伝(ことづて)がある」

 

 背を向けて学園長室から出ていこうとした俺にマッケンローが声をかけてきた。

 

「何でしょう?」

「すまなかった、だそうだ」

「……仕方がないですよ、こればかりは」

 

 俺はマッケンローに向き直り一礼すると部屋を出た。

 教室に戻ると、皆は昼食をほぼ食べ終えたようで雑談していた。

 俺を見つけたルモールが呼びかけてくる。

 

「お帰り。一体何だったんだ?」

「それについて相談したいことがある。今日の放課後、いつもの喫茶店にウェブルたちと集まれないか?」

「おお、いいとも」

 

 午後の授業も何事もなく終え、教官から明日朝に全校集会が開かれることを知らされてから放課後となる。

 生徒たちは全校集会について特に疑問に思わず帰宅していく。

 俺はウェブルたちと一緒に喫茶店の空いている席につき、それぞれ注文してから本題に入った。

 

「ノリオから誘うなんて珍しいね。学園長に何て言われたんだい?」

 

 正直に言うか遠回しにするか迷ったが、明日朝には皆に知らされるのだから白状(はくじょう)することにした。

 

「国の議会で決まったことだそうだが、今回の戦でこの学園の中等部以上が動員されることになったって」

「え?」

 

 マリーが小さく息をのんだ。

 

「もちろん俺も行くことになる。今から十日後までに戦の準備をして戦地に向かうように、という話だ」

「それはまた、急な話だな」

「じゃあ、明日の集会って……」

 

 思っていたよりも深刻な内容にルモールがしかめっ面で腕組みし、マリーの顔がちょっと青くなっている。ウェブルは無言だ。

 

「学徒動員の話だ」

 

 ウェブルたちは注文した品が運ばれてきても無言だった。サンドイッチを黙々と食べる。

 考えをまとめているのだろうか。

 黙りこくる三人に対して俺は自身の意見を先に述べておくことにした。

 

「学徒動員なんだが、クラスに別のクラスや学年の生徒を集め行動しようと考えてる。学園全体からこれはと思う生徒を勧誘するつもりだ。ウェブル、ルモール、マリーにはその中心となってもらいたい」

「……僕たちが、かい?」

「ああ。優秀な生徒を選ぶことも大事だが、長い付き合いをしている、ああ、信頼できる人を選ぶのも大切だと思っている。それが君たちだ」

 

 ウェブルは照れくさそうに微笑(ほほえ)みながら言う。

 

「そう言われると悪い気はしないね」

「でも、そんな急に戦に行こうって言われても困る」

「俺は知り合いから話を聞いていたから、いつかはそんな日が来るだろうと予感していた。覚悟はできてる」

 

 突然のことにマリーが不安の声を上げると、ルモールはどっしりとした態勢(たいせい)で応じたので、彼女は目を見開いて彼をまじまじと見る。

 

「ルモールは怖くないの?」

「中等部以上は全員動員なんだろう? 怖気(おじけ)づいて引っ込んでいたら昨日まで一緒に馬鹿な事やっていた友達が目の前からいなくなっていた、なんていうことは嫌だからな」

「僕も正直怖いけれど、ルモールにそんなこと言われたら逃げられなくなっちゃうじゃないか」

 

 三人のやり取りを見て俺は申し訳なくなった。

 何だ、貴族としての名誉とか言っても体面だけじゃないか。やっぱり怖いものは怖いんだな。

 

 彼らに対して頭を下げる。

 

「ごめんな、俺がここに来たばっかりに……」

「言うなって」

 

 言葉を続けようとして、ルモールが(さえぎ)った。

 

「俺たちにとっては出世の機会なんだ、もしかすると死ぬかもしれない。でもこの二十年戦がなかったせいで、貴族の子供たちの食い扶持(ぶち)が制限されている。この現状を打破するには、出世して新たな領地を得る他ないんだ」

 

 彼らなりの生き方を教えられ、納得しつつも現代日本人としての感覚が判断する。

 まさに中世って感じだな。

 ルモールが俺を(さと)すと、マリーが俺たちを見回して言う。

 

「それよりもまず生き残ることが先決、何かいい方法はない?」

 

 彼女の言葉にウェブルが手を肩の位置に上げて発言する。

 

「僕たちの隊に聖女見習いを多めに入れよう。彼女たちがいる、いないで生存確率がだいぶ変わってくる」

 

 ウェブルの言葉の意味を(はか)りかねて、俺は尋ねた。

 

「聖女と見習いにどのような違いがあるんだ?」

「分かりやすく言うと、死んだ人を生き返らせるのが聖女で、その御業(みわざ)を持っていない子は見習いだね」

「ああ、なるほど、(うば)い合いになるわけだ」

 

 明確な違いに俺は一人納得しているとウェブルが補足する。

 

「余計な諍いが生まれるから、普通は国が管理することになるよ」

()()()?」

「僕たちには勇者が居るからね、優先的に選ばせてくれるはずだよ」

 

 その言葉にマリーが首を傾げた。

 

「それはありがたいことだけど、周りから恨まれないかなあ」

帳尻(ちょうじり)を合わせるため、俺らには危険な任務が回ってくるんじゃないか?」

「魔王討伐という使命だけで十分危険すぎると思うがな」

 

 ルモールの推測に俺は同意しつつ本来の目的を告げた。

 

「でも、今のところあたしみたいな聖女見習いしかいないわけだから、いきなり魔王に突っ込めなんていうことは言わないと思うけど」

「しかし学徒動員せざるを得ないぐらいまで追い詰められているからなあ、無茶な命令をさせられるくらいの覚悟はしておかないと」

「ううん、現地の戦況次第だろうね。()()()()()()現地で教育を受けさせてもらえるかもしれない」

 

 マリーはこう見えて聖女見習いで神殿から注目されている一人だ。引く手あまただろうが、俺たちがもらっていく。

 彼女の普通の状態ならではの推測に、ルモールが疑問視し、ウェブルが流れに身を任せる発言をした。

 マリーがウェブルの言葉に反応して質問する。

 

「酷かったら?」

「直接敵と戦いながらの実戦教育になるな」

「ぶっつけ本番? 学生に死人が出るよ」

(おさ)えて、静かに」

 

 彼女の疑問にルモールが肩をすくめて回答したが、マリーは眉を吊り上げ語気(ごき)を強くしたので、ウェブルが注意する。

 マリーが落ち着くのを見てから、ルモールは続きを話す。

 

「そこは現地の兵隊たちの裁量によるな。勉強のために安全な戦い方をさせてもらえるか、切羽(せっぱ)詰まってて激戦(げきせん)区に送られるか……」

「できれば前者を希望したいところだな」

 

 俺はできるだけ良い方向に話が向くように言ってみた。

 話が途切れ、誰も発言しなくなったのを見計らってウェブルが話し出す。

 

「とりあえず、聖女見習い勧誘の件は生徒会と学園長に根回ししておくよ」

「頼む」

「任された。……他には何かあるかい?」

 

 ウェブルの気遣(きづか)いに俺は頭を下げると、彼に他の要望はないかと(うなが)されたので、他にも考えていたことを打ち明けてみることにする。

 

「それはそうと仲間を集める話なんだけど、他に誰を誘えば良いのか分からないんだ。ウェブルたちはこの人なら大丈夫という人たちを勧誘してくれないかな」

 

 俺の言葉にルモールが自身の胸をどんと叩いて言い、マリーも続けて言う。

 

「それならお安い御用だ、任せてくれ。……ウェブルは攻撃魔法に詳しいから、そっち方面を当たるとして、俺は近接戦闘が得意な奴らを当たってみる」

「あたしは他の聖女見習いたちにも当たってみる」

 

 俺はまた頭を下げた。

 

「皆、ありがとう」

「気にすんなって、俺たちも五体満足で生き残りたいだけだからな」

 

 ルモールの直球な発言に俺たちは苦笑した。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第十三話 準備

 喫茶店でウェブルたちと今後の予定を決めた翌日、体育館にて臨時の全校集会が開かれ、マッケンローから中等部以上の学徒動員が国会で承認されたことを説明され、中等部以上の授業は中止とし、戦の準備に入るよう命令が下った。

 館内にいた生徒たちは説明当初、戸惑ってはいたものの、集会が終わると年の若いクラスから順に隊列をなして出て行った。

 

 各教室に戻った俺たちは今後の方針を話し合う。

 基本的な行動はクラス単位でとし、勇者もその中に含まれる。が、勇者は特別にこれはと思う生徒を勧誘できるらしい。あくまで勧誘と言うのがミソで、強引な引き抜きは禍根を残すので加減が大事のようだ。

 

 勇者がいるクラスで単独行動できないかといった意見もあったが、魔王討伐が成功してしまった場合、他のクラスの生徒たちが割を食うとかで却下された。

 代わりに、徴兵された学園生全員で魔王討伐に行けば良いのでは、という案は教師に止められた。残された軍人たちの面目丸つぶれとなってしまうからだそうだ。

 

 どうしろと。

 ならばと、全軍で突撃しましょうという過激な案も、もし失敗したら取り返しがつかなくなるので駄目になった。

 生徒たちからの意見が出尽くしたのを見計らって、教室内の隅で様子を見ていた教官が発言する。

 

「貴様らの戦意旺盛(せんいおうせい)さは頼もしく思う。だが、戦場を知っているのは現地の兵たちだ。どう戦えば良いのかは彼らが教えてくれる。戦の準備に時間はあまりないが、できる限りの準備をしなさい」

 

 教官の言葉に一人の生徒が手を挙げ、許可をされたので立ち上がり質問する。

 

「分かりました。ですが教官殿、そういうことなら最初に説明してくれた方が話が早くて済んだのではないでしょうか?」

「何を言う。この学園では自主性を重んじている。戦では上官の命令は絶対だが、状況の打開には各個人の知恵や勇気が必要となる時もある。命令をただ聞いているだけでは意味がないぞ。どんなときでも何が最良か考えて行動しなさい」

「ありがとうございます」

 

 着席した生徒を見てから、教官が周囲を見回す。

 

「他に質問のある者はいないか?」

「はい」

「何だ」

「魔族との戦いについて、何か心構えはありますか?」

「……授業では教科書におどろおどろしい姿で描かれている魔族だが、姿形は大して人間と変わらん」

「…………それだけですか?」

 

 教官が言った意味を理解できなかったのか、困惑した生徒が拍子抜けした声で訊く。

 

「貴様らは躊躇(ためら)いなく殺せるか、と訊いている」

「え、それは……」

「魔物討伐の演習は何度かこなしたが、全て四つ足の獣だった。だが今回は限りなく人間に近い」

「で、でも、獣人みたいなものでしょ? それなら大丈夫……」

 

 生徒の口から出た言葉に俺は眉をしかめた。

 出たよ、獣人差別。この国ではあまり見ないからと言って偏見は良くない。

 ため息をつきながら発言している生徒を眺めていると、突然空間が揺れた。

 

「黙れ!」

 

 教官の声に教室がびりびりと震える。突然の事で教室内に沈黙が訪れた。

 

「……彼らと殺しあった経験を踏まえて警告する。獣人も魔族も甘く見るな。……以上だ。他に質問のある者は?」

 

 他に質問する者がいなかったため、教師は一時間の自由時間を設けた。

 生徒たちは仲の良い生徒たちと一緒にこれからの行動を相談し始める。

 俺もウェブルの席に向かって歩く。同時にマリーとルモールも集まってきた。

 

「まずはどうする?」

「両親や親族に今回の経緯(いきさつ)を手紙にした。これから送るよ」

「もう書いたの? 準備がいいのね」

 

 ルモールの問いにウェブルがとった行動を明かすと、マリーが感心した。

 

「一応、ね。学園長が正式に表明するかどうか待つだけだったんだけど、本当になってしまった」

「最低、あと半年は欲しかったな。近接戦闘はともかくとして、魔法に関してはまだまだ伸びしろがあると教官に言われてたんだけど」

 

 ウェブルは肩をすくめ、俺は残念がった。

 

「手紙については夜に書くとして、とりあえずは昨日決めた……」

「仲間探しか」

「勧誘ね」

 

 ウェブルが言いかけた後を継いでルモールとマリーがほぼ同時に口にした。

 手持ち無沙汰(ぶさた)になりそうなので俺も手伝おうか。

 そう考えて三人に声をかける。

 

「俺も手伝う」

「いや、ノリオはやらないでくれ」

「どうしてだ?」

 

 ルモールに断られてしまったので、疑問を口にすると三人から意外な答えが返ってくる。

 

「君がやれば高確率で勧誘に成功すると思う。ただ、仲間として必要かどうかという人まで寄って()かねない」

「能力が無いくせに名誉(めいよ)欲だけ一人前とか邪魔よ、邪魔」

「下手すると俺たちの命がヤバいからな」

「……そうか、分かった」

 

 ウェブルの推測とマリーの拒絶とルモールの未来の予想に納得する。

 この学園に入ってから半年くらいでは、顔見知りになった生徒たちの人格までは把握(はあく)できていないだろう。

 (もち)は餅屋である相談役(ウェブル)に任せよう。

 では、出発までの十日間はどうするかであるが、服装や武器等の調達については教官に(たず)ねるとして、それ以外の時間をどう使うのか考え、三人に訊いてみる。

 

「なあ、俺は出発までの間、教官たちから魔法の訓練を受けておいた方が良いか?」

「そうしてくれ。お前の膨大な魔力が一番助かるからな」

「僕たちの負担を軽くしてくれるとありがたい」

「頼りにしてる」

 

 ルモールとウェブル、マリーの了承(りょうしょう)、事情を説明した教師と教官たち、マッケンローから許可が下り、俺は気兼ねなく魔法の訓練を受けられるようになった。

 

 まずは伸び悩んでいる相性の悪い魔法ではなく、長所である相性の良い魔法をできるだけ伸ばすことにした。

 たった十日間だけでは大した成果は得られなかったかもしれないが、集中的に訓練をしたおかげで、教官たちからは訓練開始前と比べて伸びたと()められた。

 

 これにより、持続性や効果範囲、精度、制御などが向上し、歩兵一個中隊、四百人くらいなら丸ごと運用できると教官に評価された。

 また、膨大な魔力を限定的な環境下で使用すれば大隊規模、千二百人もいけると思われるが魔力の制御や集中力が甘いので逆に不利になってしまうだろう、と評価を受けた。

 ならば今度はと、魔力制御の技術を向上させようとするが、ここで時間切れとなった。

 

「後は現地で練習するように」

「今までありがとうございました」

 

 俺は腰を折って教官に頭を下げた。

 

「勇者殿の武運長久を祈る」

「はい。……教官たちはこれからどうされるのですか?」

「今現在、国が()れを出して王国民の中から選抜徴兵(せんばつちょうへい)を行っているところだ。そいつらの短期育成を(はか)ることになっている」

「彼らが戦場へ出る事の無いよう、なるべく早く魔王を討伐してきます」

「急ぐなとは言わんが、(あせ)ってしくじるなよ。そこが心配だ」

「……善処(ぜんしょ)します」

 

 こうして俺は教官たちに別れを告げ、寮に戻る。

 教官たちから聞き出していた俺の長所と短所、今まで学んだ技術を考慮した戦術を夜間に()ることになっている。

 

「ただいま」

『お帰りなさいませご主人様、頼まれていた物を集め終わりました』

 

 帰宅したとき、いつものようにローナに出迎えられ、部屋の隅を見れば荷物が積まれていた。

 今夜は荷物の整理と明日の出発の準備で時間がとられそうなので、戦術を考えるのは後回しにする。

 

「ご苦労様」

『いえいえ、これくらいお安い御用です』

 

 ローナを労い、早速荷解(にほど)きしてみる。

 悪霊に効く銀の短剣とハードレザーの鎧、保存食料、ブーツ、厚手の上着やズボンなどを実際に着用して確認し、調整していく。

 学園編入当初に買い込んだ最初の装備は度重なる演習で傷だらけになっていたので、丁度良い買い替え時期だった。

 

「……何だこれ? こんな物、頼んだか?」

 

 荷物の中からテントが出てきたのでローナに訊いてみる。

 

『夜寝るとき、雨が降っていると大変ですよ』

「それは理解しているが、軍が貸してくれるんじゃないのか?」

『ちっちっちっ、ノリオ様甘いです。戦は基本各自が用意するものです』

 

 ローナが人差し指を立てて左右に振りながら理由を簡潔(かんけつ)に述べた。

 

『それに、ここ半年の間に戦況が悪化して、馬車が軍に徴発(ちょうはつ)されています。その不足によって、明日は現地に着くまで皆さん徒歩で行くことになります』

「……徒歩?」

『ええ、そう聞いておりますが……え、知らなかったんですか?』

「ああ」

 

 そういえば魔法の訓練に没頭(ぼっとう)していて、身の回りのことは考えていなかった。

 となると、たどり着くまで野宿になるからテントは必要だな。

 

「そうなのか……、良い買い物をしてくれた、ありがとう」

『いえいえ』

 

 テントを床に広げてみる。

 

「……それにしても、一人用にしてはやけに大きいな」

『今回の戦には女子生徒も同行されるのでしょう?』

「ああなるほど、優先的に使わせるのか、配慮(はいりょ)が行き届いているな」

『そうでしょう、って違います。いつでも女子生徒と(ねんご)ろになることができるようにです』

「ええ……?」

 

 ローナの断言に俺は眉をひそめた。

 

『もう、鈍いですね。精神的に追い詰められた男女がする事は決まってるじゃないですか』

「そんなもんか?」

『そういうものなんです』

「俺にその気はない。……まぁ何かの役には立つだろう」

 

 テントを(たた)んで丸めながらしまい、ローナと会話をしていると、共用通路とこの部屋を(つな)ぐ扉からノックの音が聞こえてきた。

 もう夕食の時間は過ぎた。後は部屋にこもって戦に向けての準備に皆はかかりきりだ。

 何か相談でもあるのだろうか。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第十四話 来訪者

 ノックされた扉へ顔を向けると、目でローナに相手をするよう合図した。

 

『おや、来客のようですね。はーい、少々お待ちを』

 

 ローナが音もなくすうっと床を滑るように移動し扉を開けると、そこに立っていたのは頭から外套(がいとう)(かぶ)った人物だった。

 体が小柄だからおそらくは女子生徒だろう。

 

『……どちら様ですか?』

「もうすぐ夜だぞ、こんな時間にどうした」

「相談したいことがあるの」

 

 ローナの困惑した声の後に俺が呼びかけると、外套に覆われた中から漏れる声はマリー・ゼストのものだった。

 いつもの落ち着いた声とは違い、どことなく切羽詰まったような口調に、何かあったなと感じて招き入れることにする。

 

「……立ち話もなんだし、中に入れ」

 

 マリーをこの部屋にひとつしかない椅子に座らせると、俺はベッドの前にテーブルを移動させ、ベッドに腰掛けた。

 ローナが二人分の紅茶を運んできてテーブルに()せる。

 

「紅茶だ。あり合わせの物しかないが。……ローナは廊下を見張っていてくれ」

『了解っ』

 

 ローナが扉の前に行ったのを確認してから話しかける。

 

「それで、話って何だ? ウェブルたちじゃ駄目なのか?」

 

 マリーがカップを手に取って口をつける。

 ようやく落ち着いたのか、カップを置いた後、頭に被っていた外套を下した。

 

「彼らには打ち明けづらくて……」

「ふむ?」

 

 またカップを取り、二口、三口と飲んでからぽつぽつと語り始めた。

 意外と紅茶が美味かったらしい。日常的に飲んでいたから分からなかったが、ローナの腕前はなかなかのもののようだ。

 

「実は、あたしの両親のことなんだけど、貴方と結婚しろってうるさくて……」

「……要するに政略結婚か?」

 

 マリーは黙って(うなづ)いた。

 

「あたしは歳が離れ過ぎてるから嫌だ、って拒否したんだけど……」

「無理強いをしてくると?」

「……うん」

 

 こちらの世界の貴族の考え方は俺にとって(うと)いので、経験が豊富そうなローナに頼ってみることにする。

 いくら愛の伝道師とかもてはやされても、大半は男子生徒からであって、女子生徒が相談しに来るのはまれだ。来るのは相談にかこつけて俺を誘惑する場合が多い。それも最初のうちだけで、噂が広まったのか相談しに来る女子はがくんと減った。

 

「……ローナ、異常は無いか? 無かったらちょっと来い」

『ありません。……はい、何でしょうか』

 

 すうっと近寄ってきた彼女に訊く。

 

「聞いていたとは思うが、貴族の親はみんなこうなのか?」

『普通はこうではありませんよ。ノリ……勇者様が特別すぎるんです』

「ああ、もし俺が魔王を倒すことができたらという条件付きだが、地位と名誉が目当てで女子が寄ってくるって話か……」

『あと魔力の遺伝ですねー』

「それもあったな。……御家(おいえ)再興(さいこう)ねえ」

 

 誰も俺を見ようとせず、価値だけで判断されるというのもうんざりしてきた。

 

「貴方が来る前はこうじゃなかった。……ウェブルとルモール、学園初等部から一緒で、二人が優秀だからもあるんだけど、両親も下位貴族でもその二人ならと許してくれていた。……けど」

「そこに俺が現れた、と」

 

 マリーの語気がちょっと強くなってきた。

 

「貴方の噂とあたしからの近況をしたためた手紙を知った途端、目の色を変えて言ってきたの。『あんな二人よりも勇者を狙え、手段を選ぶな』って」

『あらら』

「うわあ」

 

 マリーが紅茶を飲み干して、手を震わせながらカップをテーブルに置いた。

 

「最初は両親の頭がおかしくなったのかと疑った。でも本気なんだと分かって幻滅(げんめつ)した。そこでようやく気が付いたの、あたしは単なる政略結婚の道具としてしか見られてないって」

 

 そう言うとマリーはテーブルをだんっと両手で叩く。

 俺は彼女の内情を聞いて同情した。

 中世の貴族あるあるだなあ。……いや、待て、マリーでさえこうなんだから、他の女子生徒も似たような問題を抱えているんじゃ?

 

 その点に気が付いた俺は、内心冷や汗をかいた。

 まかり間違えば家庭問題に巻き込まれて、俺が刺されかねない!?

 そもそも、手当たり次第に女子生徒に手を出すと、嫉妬(しっと)した男たちに殺されかねないので絶対にしないし、他国の優位に立つためなどといった理由で、寄ってたかって(しぼ)り取られて死ぬ未来が想像できる。

 結構危ない立ち位置なんだな、俺。

 そんな風に考えていることなど、彼女は知らずに話しを続ける。

 

「それで解決策を思いついたの。聞いてくれる?」

「お、おう」

『勇者様、腰が引けてます』

 

 ローナの指摘に気づいた俺は、内心感謝しつつ姿勢を正す。

 

「あたしが言っても(らち)が明かないから、貴方があたしの両親に直接(ことわ)るよう言って欲しいの」

「それは構わないが、……荒れるぞ?」

 

 家庭問題に巻き込まれたことが確定した。というか断り方を間違えれば殺されかねない。

 

「良いの! パパとママが諦めてくれさえすればどうとでもなる!」

「分かったから声を抑えてくれ、ここの寮、壁が薄いから……」

 

 とか言っていると、隣の部屋との間の壁がどんと音を立てた。

 ああもう、言わんこっちゃない。

 内心頭を抱えていると、突然目をすわらせたマリーがテーブル越しに俺の襟首(えりくび)を両手で(つか)んできた。

 

「ちょっ、どうした、苦しい……」

「大体、貴方がさっさと彼女を作らないからあたしがこういう目に()ってるの」

「仕方ないだろ、こっちも色々探しているけどなかなかお目当てに叶う人物が見つからないんだから……?」

 

 理不尽(りふじん)な批判に辟易(へきえき)しつつも、事情を説明する途中で彼女の吐息(といき)に違和感を覚えた。

 アルコール臭い。

 思わずローナを見るとにやにやとこちらを(なが)めている。

 

「ローナ、何で酒を混ぜてるんだっ」

 

 過去に訪れた勇者たちの誰かが酒に革命を起こした。度数の高いヤツ。俺も例にもれず秘蔵の酒として愛飲しているわけだが、それをローナはこっそり悪用したようだ。

 

『いやあ、何かふさぎ込んでいるみたいですし、お酒の力で吐き出してしまえば良いと思いまして』

「……ねえ」

 

 俺の小さな声での抗議に笑顔で答えるローナ。マリーが何か言ってるが無視する。

 

「絶対、それだけじゃないだろっ」

『まさかここまでお酒に弱いとはおもいませんでした』

「ちょっと」

 

 俺の抗議が続くがローナは()ました顔で答える。マリーよりもローナが問題だ。

 

「何、ぬけぬけと言ってやがるっ」

「こっち向け」

 

 襟首を離したかと思ったら、顔の両脇を掴まれて向きをマリーに無理やり変えられた。

 

「ぐげっ」

 

 予期しない痛みに思わず声が漏れる。

 今、首から嫌な音が鳴ったんだけど!

 明日にでもマリー以外の聖女見習いに診てもらおうかと思いながらマリーを見ると、(まなじり)から涙を(あふ)れさせていた。

 

「あたしはノリオに尽くしてきたんだから、そのくらい良いでしょ!?」

「言い方ぁ! 分かった、分かったから! あと、声大きい! 静かに!」

 

 確かにウェブルたちには随分と世話にはなってきたが、不満をため込んでいたようだ。

 今度、今度があれば良いが、何か(うま)い物でもご馳走(ちそう)しよう。

 また壁がどんと叩かれる。

 現実逃避したい。

 しかし当事者なので逃げ道はなかった。

 

「分かれば良いの、分かれば……もう駄目」

「……マリー?」

 

 俺の顔を掴んでいた両手が離れると、マリーは力尽きたように椅子に座る。

 テーブルを回り込んで彼女の顔を覗き込むと、うつらうつらと(ふね)をこぎ始めていた。

 どうやら、緊張の糸が()けたようだ。酒の力に負けたとも言う。

 ローナはどのくらい酒を紅茶に注ぎ込んだというのか。

 

「女子寮へ運ぶしかないか」

『え、介抱という名のお楽しみはしないんですか?』

「……消滅させられたいのか?」

 

 自分でも剣呑(けんのん)な低い声が出た。

 やったことはないけど、今ならできそうな気がする。

 さすがに俺の態度にびびったのか、ローナが後ずさりした。

 

『い、いいえ、冗談ですよー』

「なら良い。……カップの後片付け頼んだぞ」

『はーい』

 

 ローナが不貞腐(ふてくさ)れた声を上げる。

 

「……冗談でもやって良い事と悪い事がある。分別をつけてくれ」

『それでは、私の存在意義が……』

「冗談で生きる幽霊メイドとは一体……」

 

 哲学じみた感情で視線を(ちゅう)にさまよわせながら、マリーを背負って部屋を出ると、出入り口に学生が数人固まって俺を見ていた。

 

「どうした」

「いや、ついに勇者殿にも春が来たのかと思って、つい」

 

 叱られるのかと思ったのか、愛想笑いを浮かべる生徒たち。

 

「何もなかった。単なる恋愛相談だ」

「背中の女子は?」

「疲れて眠った。送り届ける」

「あ、そう……」

「何でそこで残念がるのか……。それよりも、明日に向けての準備は大丈夫か?」

「いけね、途中だった」

 

 そそくさと退散する者たちを尻目(しりめ)に、マリーを無事女子寮入り口まで運び、寮長に引き渡してきた。途中になっていた準備を進める。今日の深夜までには整うだろう。

 

◆     ◆     ◆

 

 翌朝、各自準備を終えた俺たちは校庭に集まり、マッケンローから訓示を受け出陣した。

 俺は勇者部隊という何の(ひね)りもない名称で行動することになった。

 

 勇者部隊の内訳は、マリーを含めた聖女見習い四人、ウェブルを含めた魔法使いが二十一人、ルモールを含む魔法戦士が十五人、そして俺といった四十一人からなるクラスに、勧誘に成功した二十六人を合わせた計六十七人の構成だ。

 

 さらに荷物持ちとして幽霊メイドたちがついていく。

 彼女たちは意外なほど力持ちで、重い荷物を背負っていても行軍速度が鈍らない。

 なるほど、こりゃあ重宝されるわけだ。

 文句を言わない彼女たちの献身(けんしん)的な働きを俺たちは歓迎した。

 

 基本は馬車での移動なのだが、今回の戦争で徴発されていて数が足りないので歩きになった。荷物を背負わなくて良くなった生徒たちであるが、学園にいた時に行われた短距離の行軍には慣れていても長距離には堪えたようで、夜の食事と就寝の時間には足が痛いなどと不満の声が聞かれた。

 その行軍が三日も続けば、慣れてきたのか不満がぐっと減った。

 時折出現する魔物を撃退しながら行軍は続いた。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第十五話 地下要塞

 一見(いっけん)のどかな畑の中の道を歩いていると、ふと空を見上げた生徒が声を上げた。

 

「あれは何だ」

「……鳥にしては大きいな」

「それよりもはるかに高く飛んでる」

 

 彼らの声に誘われるように俺も見上げた。

 なるほど、彼らの言う通りだ。

 ……羽ばたいていない? 翼人(よくじん)ではなくハンググライダーっぽいな。

 翼人とは文字通り背中に(つばさ)がある獣人のことだ。町から町へ手紙を配達する郵便屋として働いている事が多い。

 

 周囲を見回してみると、進行方向に軍事国家を隔てる低い山々が連なっているだけで、他に山は見当たらない。

 山を利用して飛んできたのか?

 山とグライダーを交互(こうご)に見る。

 

「あれは我が国の偵察(ていさつ)隊だよ」

 

 その声に振り返れば、高等部三年から勧誘した魔法使いの一人、ジャックが飛んでいる物体を指差していた。

 

「味方なら安心です」

「でも、何故こんなところを? 敵はあの山脈の向こう側でしょ?」

 

 俺の安堵(あんど)の声の後にマリーが不思議そうな顔でジャックに問いかける。

 

「おそらく、背後に敵が回り込んでいないかとか、私たちがいつ来るのかといった理由だろうな」

 

 なるほどと思いつつ、偵察機を見上げる。

 

「あ、降りてくるぞ」

「こっちに来る」

「敵味方の判別のためかな? ……皆、攻撃はするな! あれは味方だ!」

 

 ジャックが周囲に叫んで注意する。偵察機はぐんぐんと高度を落としながら近づいてきた。

 

「おーい、おーい!」

 

 生徒たちの何人かが手を振る。

 近づいてみて分かったが、本当にハンググライダーだった。操縦している人間は寒さ対策のためか、全身防寒装備で覆われているので男か女か判別できない。

 だが、最も驚くべきことは他にあった。

 

「なあ、何かおかしくねえか?」

「ああ、何か、子どもに見えないか、あれ?」

「……確かに子どもだ」

「いや、子どもにしては小さすぎるぞ」

「……まさか、幼児か、あれ?」

 

 あまりの光景に皆が静まり返る。

 初等部どころか、それも怪しい。幼等部後半ぐらいではなかろうか。

 グライダーを操縦している子が機体を安定させてから、片手で手を振ってきた。目はゴーグルで覆われているので表情が分からない。

 マリーがジャックに詰め寄った。

 

「ジャック先輩、どういうことですか?」

「あー、君らは知らなかったか。幼年偵察隊は基本、風魔法を使える幼子(おさなご)たちで構成された部隊だ」

「ですから、何で幼児が戦に関わってるんですか!」

「我が国ではまだ、少年や大人で(あつか)えるほどの技術を持っていないんだ」

 

 マリーが呆然(ぼうぜん)としジャックから後退(あとずさ)る。

 

「……それだけの理由で……?」

「機体の強度が足りない、強くすると重くて操作がしづらい、体重が重い人間ほど鈍重になる、的が大きすぎて敵からも狙われやすい、などと欠点が多い。……けれど、彼らのおかげで敵の位置が夜間以外は丸わかりになったのは大きい」

 

 偵察機を操る幼児は手を振るのを止めると、機体を反転させながら風もないのにふわりと上昇しあっという間に胡麻粒(ごまつぶ)ほどの大きさになり、山の方へと向かって飛んでいく。明らかに物理法則を半ば無視した動きだった。

 偵察機の操縦者になるだけの技量があるってことか。

 俺たちは無言で偵察機を見送った。

 俺は感心しつつも、世の不条理(ふじょうり)(いびつ)な世界を垣間(かいま)見た気がした。

 

◆     ◆     ◆

 

 国境線の山脈の(ふもと)に達した俺たちは軍から派遣されてきた案内役の兵士に連れられ、中腹にある司令部にたどり着いた。

 司令部は土魔法で大穴を穿(うが)ち、内部が複雑に(から)み合う要塞とも呼べる一大構造をしていた。

 司令部で軍全体を統括(とうかつ)する総司令官に面会するため、俺とウェブル、ルモールが内部に案内される。

 

「テイラー司令官、勇者殿をお連れいたしました」

「入れ」

「こちらへ」

「ありがとう」

 

 案内してくれた兵に礼を言い、三人で部屋に入る。

 室内は魔法の明かりで煌々と照らされ、中央の大きな机に国境線から軍事国家全体にかけての地図が載せられていた。

 室内には幾人もの人間が(せわ)しなく動いていたが、そのうちの一人が俺たち三人に近づいてきた。頭髪を半ば喪失(そうしつ)した初老の男性だ。胸に幾つもの勲章(くんしょう)(かざ)られている。

 

「私が総司令官のウォルズ・ガムナ・テイラーだ。して、誰が勇者かね?」

「はい、私が勇者の安武典男です。安武が姓で典男が名前です。そしてこちらが勇者部隊の副官を務める……」

「魔法使いのウェブル・ケイです」

「魔法戦士のルモール・テイラーです。……お久しぶりです、お祖父(じい)さん」

 

 おや、と気づいた。そういえばテイラー繋がりだ。

 

「ルモール、もしかしてウォルズ総司令官とは……」

「父方の祖父だよ。ほら、お前にちょくちょく戦の情報を流したのもこの人がいたからだ」

「おいおい……」

 

 軍の情報漏洩は場合によっては罰則が厳しい。情報の重要性によっては死刑になることもありうる。

 大丈夫なのかとウォルズを見やる。

 総司令は誰もが見て分かる(ほど)にため息を()いた。

 

「秘密にしておけと言っておいたのに、漏洩(ろうえい)させたのか、ルモール?」

「勇者のためを思っての行動ですよ、総司令」

「そうです。彼からの情報がなければ対策、というか準備もままなりませんでした」

 

 ウェブルが真っ先に彼を(かば)い、俺も後に続く。

 

「……ふむ。ではそういうことにしておこう」

「ありがとうございます」

 

 俺たち三人はウォルズに頭を下げた。

 

「それにしても、下位貴族である我がテイラー家の者が総司令官とは知りませんでした」

 

 ルモールがやや興奮しながら言った。

 そういえば変だ。上位貴族はどこに行った?

 階級が上の貴族が指揮をとったりするものではないかと思っていたが、この国では質実剛健(しつじつごうけん)で実力主義なのかもしれない。

 

「儂は戦時昇進で一気に少将になった」

「……上、中位貴族たちは?」

 

 ルモールが戸惑った様子で質問する。

 

「手柄欲しさに我先と突撃してな。残ったのは作戦に反対した者たちと逃げ帰ってきた者たちだけだ」

「ええ……?」

 

 意味不明の出来事に俺たちは呆然とした。

 我に返ったウェブルが困惑した顔で訊く。

 

「その作戦って内容はどういうものだったんですか?」

「敵は数に劣るから、同盟国と結託(けったく)して多勢で攻め込めば勝てる、と言っていたんだが、敵を知らなさすぎたな」

「……まさか、威力偵察すらしなかったんですか?」

「したぞ。ただ、敵が交戦もせず、どんどん逃げていくのを見て、馬鹿どもが調子に乗りおって……」

「我が軍のどのくらいが罠にはまったんですか?」

「前総司令官と腰巾着(こしぎんちゃく)どもには逆らえん。ほぼ全部隊だ」

 

 ウォルズの諦観(ていかん)()ちた言葉に俺たちは天を(あお)ぐ。

 

「……良くぞご無事で」

 

 ルモールが声を(しぼ)り出して言う。

 壊滅の危機を脱したんだから賞賛して良いと思う。

 

「慎重な指揮官たちはわざと部隊を遅れさせ、距離をとったからな。罠にはまったと感じたら即撤退したよ」

「全部隊でかかれば勝てていたのでは?」

 

 ウェブルが希望的観測を意見してみたが、ウォルズに即否定される。

 

「いや、無理だ。奇襲を受けた前衛と主力部隊が(またた)く間に溶けていったからな。反撃する暇もなかったろう」

「……そこまで敵は強大なのですか」

 

 ウェブルが敵の凶悪さに身震いした。その感情は間違っていない、俺でも(おび)える。

 俺たちが絶句している間にウォルズが説明する。

 

「さらに撤退戦の終わりに、こことは違う場所に築かれていた要塞が潰されたので、以降は防戦を主体とし、新しく地下要塞を築いた。それがここだ」

「こちらから攻めない限り向こうは攻めてこないと聞きましたが、本当ですか?」

「奴らがちょっかいをかけてくることは時々あるが本当だ。国境線に接している国々に攻め込んだことはこれまでない」

 

 ウォルズの言葉にウェブルが確認をとるが返ってきたのは肯定(こうてい)だった。

 

「話を聞く限り圧倒的な戦力差なのに、向こうから仕掛けることがないということは何か理由があるのではないでしょうか?」

「その理由について、俺達も散々議論したんだけど結論が出ませんでした」

「それはこちらも同じだ。…………あるいは、あるいはだが、最初からこちらに攻め込む気がないのかもしれん」

 

 俺とルモールの発言にウォルズは同意し、眉を寄せたまま推測を口にする。

 

「軍事国家を滅ぼしたのに? 普通なら他の国にも同じことをやると思うのですが」

「それだ。そもそも軍事国家を滅ぼさなければならないほどの怒りや憎しみを持っていたとして、それが現実に達成されたからではないのか?」

 

 ルモールの反論にウォルズが推測で返答する。

 ウォルズの言葉を吟味(ぎんみ)する。特に否定的な要素は思い当たらない。

 

「……その可能性はあるな」

「……ノリオ?」

 

 俺の(つぶや)きを聞いたウェブルが俺を見るが、今は置いておく。それよりも、ウォルズの推測の先が気になったので質問してみる。

 

「もし、その仮定が本当だとしたら、何故世界各国に対して表明しないんですか?」

「奴ら魔族にとって、(わし)ら人間が信じられないんだろうな」

「魔族の捕虜はいるんですか? 対話の窓口にしたいんですが」

「残念ながら軍事国家が滅びた後、同盟各国で開戦してからこれまで一度も捕虜にしたことがない。こう言ってはなんだが、奴等は仲間思いで結束が固い。その上、我が軍の魔族に対する偏見も強く、片端から殺してしまう。先の攻防が効いたな。魔族に対する憎しみが強すぎている」

 

 ウォルズから現場の実情を聞かされ、ため息を吐きたくなるが我慢する。 

 とりあえず、状況打開のために動かなくてはならない。

 

「捕らえればいいんですね?」

「できるのか?」

「できるできないの話ではなく、やらなければならないのです。そうでないと話が前に進みません」

「……そうか、ではやってみなさい。こちらからも協力しよう」

「お願いします」

 

 ウォルズから許可を得たので頭を下げる。

 顔を上げた途端、ルモールが俺の肩に手を置いてきた。

 

「おい、ノリオ、待て」

「……反対か?」

「そうは言ってないだろ。あてはあるのか?」

「まずは情報収集、つまりは聞き込みだ。手分けしてやれば短くて済む。手伝ってくれるか?」

「……まあ、基本だな。分かった」

 

 ルモールが納得したが、ウェブルが首を捻る。

 

「うまくできたとして、兵たちから協力は得られるのかい?」

「そこは説得するしかないだろうな」

「できるかなあ」

「このままだと俺たちもこの世から退場する事になるぞ?」

「……そうだね」

 

 俺の言葉にウェブルは仕方なく頷いた。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第十六話 情報収集

 俺はウェブルたち勇者部隊に手伝ってもらい、手分けして兵たちの聞き込みを始めた。

 俺も率先して各部隊を訪問することにした。

 途中経過だが反応は(かんば)しくなかった。

 最初は平民出身の勇者と聞いて歓迎してくれるのだが、部隊の大半が魔法学園の貴族の生徒たちで占めていると言うと、途端によそよそしくなるのだ。

 

「すまんが、うちで勇者殿と協力できることは何も無い。悪いが他をあたってくれないか」

 

 そんな断り文句を言われたことも一度や二度ではない。

 これは同様に聞き込みに回っている他の生徒たちも望み薄かもしれないと、暗澹(あんたん)とした気分で次の部隊を訪れる。

 カルアンデ王国に召喚された勇者だと名乗り、この部隊の隊長と面談したいと伝えると、応対した兵士が少々お待ちくださいと言ってその場を離れた。

 十分ほどして兵士が戻って来た。

 

「モンリー中隊長がお会いになるそうです。案内します」

 

 兵士に連れられて歩く。

 ここまでは他の部隊と同じ展開だ。さて、どうなることやら。

 天幕が張られている場所に案内され、中に入ると、木製の椅子に座った兵士よりも少々良い鎧を着た男が木製の椅子に座っていた。その男が口を開く。

 

「モンリー隊長、勇者殿をお連れいたしました」

「ようこそ。まあ、まずは座って下せえ」

 

 モンリー中隊長の対面の椅子に座ると、従兵が木箱の上に置かれたカップに茶を注ぐ。

 従兵にお礼を言って茶を飲む。

 

「悪いね、ここも戦場なもんで良い茶が手に入らねえんだ」

「俺は平民の出だから気にしないでくれ」

「へえ、それにしては所作がキレイだな」

「ああ、母親が特に礼儀作法に厳しくてな、話し方から食事の仕方まで……あ」

「どうした?」

「そういえば、没落したけど良いとこの出の末娘とか親戚に聞かされた事あったな。それでか」

「礼儀作法は習っておいて損はないと思いますぜ。貴族どもから舐められなくなるからな」

「それは一般庶民でも同じだと思うぞ」

「そうですかい。ところで勇者様は俺たち平民部隊に何の用だい?」

 

 正直に事情を話すことにした。

 この国に召喚されてから王立魔法学園で過ごした事。戦況の悪化で訓練期間を短縮された上に、全体の半数近い生徒たちまで動員された事などだ。

 

「ほうほう、それだけじゃないんでしょう?」

「集団戦、特に対魔族戦の経験が圧倒的に足りてない。そこで相談なんだが、モンリーさんの部隊が俺たちに教えてほしい。できれば教育が終わった後も共闘したいんだが、できるか?」

「ふうむ、事情は分かりやした。教える事はできやすが、一緒に戦う事は無理かと思いやす」

「理由を聞いても?」

「俺の部隊も先の戦いであわや壊滅かと思った時、前の隊長、貴族出身の奴何ですがね、そいつが機転を利かせて俺たちを無事にとはいかなかったんですが、返してくれたんですよ。そいつが殿を務める最中に死んじまいやして。その隊長を俺が継いだんですが、命を救われた恩があるからなるべく勇者様を助けてやりたいとは思ってはいるんですよ。けれど再編されたこの部隊は貴族の横暴な指揮のせいで死にかけた奴らがいっぱいて、勇者と共に行動する貴族どもと仲良くできないと考えている奴らが大半なんです。そこんところは分かって下せえ」

「どうすればいい」

「行動で示して下せえ。勇気を見せて血を流して、それを部下たちに見せてくれればきっと分かってくれるはずです」

「分かった、貴重な情報をありがとう。それと、これは前払いだ」

 

 そう言って俺はマントの中から倉庫からもらってきた度数の高い酒瓶(さかびん)を三本渡す。

 

「こいつはどうも。……これは貴族の士官しか飲めねー酒じゃないですか、良いんですか?」

「貴族の大勢が死んだ今、宝の持ち腐れだ。部下たちと分け合って飲んでくれ」

「部下たちにもこいつはいい気晴らしになる。勇者様よ、ありがとう」

 

 要塞司令官に掛け合って兵士の嗜好品である酒を手土産に持って行ったのは正解だったようだ。

 

「安武、安武典男。それが俺の名前だ」

「じゃあヤスタケさん、これからよろしくな」

「こちらこそよろしく」

 

 というわけで、俺はモンリー隊と契約を交わし、百点満点とは行かずともある程度の交渉の成果を上げたと思う。

 森の中で学園生徒たちが適当な場所に宿営地を作った所へ戻ると、通称「勇者部隊」所属の主だった分・小隊長たちに獲得した情報を開示しあう。やはり仲間たちの結果は芳しくなく、他部隊との連携が取れそうにない。

 最後に俺がモンリー中隊との連携の条件を伝えたところ、皆一様に不安がった。

 

「一応、魔族との戦い方を教えてもらえるから、頑張って覚えよう」

「それしかないのか……」

「明日から、まずは軽く座学から入るだろうから気楽にいこう」

 

 彼らを(はげ)ますが、表情が暗い。

 カルアンデ王国軍全体の士気は総じて高くない。こんな状態で敵に攻め込まれたらひとたまりもないだろうが、肝心の敵が来ないので多少気が抜けていても問題はないのだろうか。

 

◆     ◆     ◆

 

 翌日、勇者部隊のみ六十七人がモンリー中隊に会いに行く。

 最初、俺の背後にいた学園生に対し(にら)んでいた連中は、皆が若すぎるうえに女子も混じっていることに驚いたようだ。

 兵の一人が学園生に声をかける。

 

「おい、そこのお前、年幾つだ?」

「十三才です」

「……俺の息子よりも若いじゃないか」

 

 呆然とする兵たちを尻目にモンリー中隊長に会う。

 

「約束通り教えてもらいに来たぞ」

「おう。……あのさヤスタケさん、後ろの奴ら、皆戦場に行くのか?」

「そうだ」

 

 後ろをちらりと見やると様々な表情の学園生が見えた。大半は緊張していたが、顔を青くしている生徒もいる。

 

「ここまでひでえのかよ……」

 

 モンリーが小声で天を仰ぐ。

 皆にはまだ伝わってないようだが、他の同盟各国はもっと酷いことになっている事は言わないでおこう。

 

「勇者以外のお前らに訊くが、本当に戦えるのか?」

 

 モンリーが半信半疑ながら念を押すと生徒たちが口々に戦えますと答えるが、若干(じゃっかん)声が震えている。

 言えただけでもましではなかろうか。

 モンリー中隊長は部下たちへと顔を向ける。言葉は無かったが部下たちの困惑した表情から察するに、想定外だったらしい。

 モンリーは部下たちに命令した。

 

「お前ら、ちょっとそこで待ってろ。……勇者殿、こっちへ。話がありやす」

「分かった。……皆、少し待っていてくれ」

 

 学園生たちに頼むとモンリーに連れられ、その場を離れて行った。

 

「話って何だ?」

「ガキが戦ごっこをするとは聞いていたが、あそこまで幼いとは思いやせんでした」

「何才くらいだと思ってたんだ?」

「てっきり十八才以上だと。……くそ、これじゃあ俺たちが弱い者(いじ)めをしてるだけじゃないか」

「自覚できてるだけ大人だよ」

「何で王様はあんなの寄越したんだよ」

「正確には主戦派の議員たちに押し切られた。和平派の議員の数が少ないせいだな」

「これだから現場を見てねえ政治家どもは……!」

 

 モンリーは苛立ったのか、地面を踏む。

 

「なあモンリーさん、ここは俺の顔に免じて、戦場に立つときも協力してくれないか」

「……昨日約束したばかりのことを変えるわけにはいかねえ」

「なら、俺たちが敵と戦って危ないと思ったら、駆けつけて助けてくれ。どうだ?」

「…………その条件なら約束を破っちゃいないな。分かりやした、それで手を打ちやしょう」

 

 俺とモンリーが皆の所に戻ると、早速座学が始まった。

 開戦からこっち、モンリー中隊に所属していた兵たちが戦った敵の種類や外見の特徴、長所、短所、構成、対処法などを色々学ぶ。

 モンリー中隊に教えてもらっている学園生たちは、平民出の兵たちに荒っぽく教えられるが、学園の教官と比べて少し怖いくらいで済んでいることに戸惑っている。へまをすると殴られると思っていたようだ。

 

「いいか、現時点で最悪の敵は巨人だ。こいつらは(かた)すぎて物理攻撃がまず通らない上に、魔法攻撃にも耐性がある。今のところ罠に()めて身動きをとらせないようにしつつ、とっととずらかることしかできない相手だ」

「倒せる方法は?」

「今は無い。立ち向かった奴らは皆死んだ。いいか、こいつを見たらすぐに逃げろ。隣にいる仲間が転んでも助けるな、とにかく一歩でも遠くへ逃げるんだ。逃げるだけなら生存確率は上がるからな」

 

 講義を受けながら学園生たちは経験という知識を頭に叩き込む。

 ある時はこの辺の地形図を引っ張り出して図上演習も行った。どこで攻めたり、迎え撃つかを検討する。

 またある時は実地訓練もしようとしたが、その段階になって上層部、正確には主戦派を中心とした政治家たちからいつになったら戦うのかとせっつかれ、それ以上の訓練は出来ずに攻め込むことになった。

 

◆     ◆     ◆

 

 いざ出陣。

 勇者部隊の後をモンリー隊がついてくる。

 モンリー隊は俺たちのすぐ後ろで名目上、俺らを見張ることになっている。本当はいざと言う時の助っ人役なのだが、そのことを知らない学園生たちは不平不満を漏らすが、連携が取れないまま放置されれば、待っているのは破滅だ。

 

 表向きは先頭に立つことになった。

 軍事国家領内は人口が激減したせいもあって、畑の草は伸び放題となっていて、道無き道を歩くのは難しい。それというのも、道路はどこからか魔族が監視していて、歩けばたちどころに通報される仕組みになっているようだ。

 このため、俺たちは畑の中を突っ切って行くのだが、人の背丈ほどもある草を刈り取りながら、ふかふかしている地面を歩くので時間がとにかくかかる。

 

 面倒くさくなった俺は一計を案じ、闇魔法ドレインで植物の生命力を吸い取り、部隊が通る場所だけの草を枯らせていく。その上を俺たちが踏みつけていくので、多少なりとも進軍速度が上がった。

 晴れた空が広がっていた。静かな空を見ていれば戦なんてなかったと思わせるが、残念ながら現実は甘くない。

 空にポツンと一つ優雅に飛ぶ鳥がいた。

 いや、鳥ではないな。あの特徴的な翼の形は幼年偵察隊のものだ。

 

「あれは偵察隊ですね。何をしているんでしょうか?」

「あれの下に敵がいやす」

「そうなんですか?」

「まだ距離があるので大丈夫でしょう」

 

 学園生の一人がモンリーに(たず)ねると明確な回答が得られた。

 

「見ていて思ったんだが、なんで幼年偵察隊は敵の妨害を受けないんだ? こう言ってはなんだが撃ち落とされる危険性があると思うんだが……、彼らに自衛手段はあるのか?」

「風魔法でしか身を守る手段がなかったはずです。しかも、あの年で一度に二つの魔法を同時に使えるとは思えません」

「最初はばんばん落とされてやしたよ。そのうち敵がやらなくなりやしたが」

 

 俺と質問と学園生の一人の見解にモンリーははっきりと答えた。

 

「落とさなくなった、ということは……、敵も相手が幼児だと知って憐憫(れんびん)でも(いだ)いたのか? それにしてもよく任務に(のぞ)めるな……普通拒否するだろうに」

「彼らの家庭環境、経済状況が思わしくないんです。一人でも任務をこなせるくらい技術も頭もいいから、自身の立場をよくわかっていて、家族のために頑張ってしまうんですよ」

「過酷な任務な分、給料もわりと高めなはずなんですが、大半を仕送りに使ってるとは聞きやした」

「色々言いたい事はあるんだが、俺がとやかく言うことじゃないな」

 

 俺の感想にジャックとモンリーが彼らの事情を説明する。

 俺に軍事的な才能があるわけではないので、余計な口出しは控える。正当な報酬が支払われているのならそれで十分だろうし、この世界に人道的なものを期待するだけ無駄だろう。俺一人が世の中を変えようだなんて思い上がりも(はなは)だしい。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第十七話 迎撃

 迎撃予定地点その一へたどり着くと、巨人でも足止めできる罠を張る。ここは保険だ。少し先へ進んでその二には軽めの罠を張る。こっちが本命と言っても良い。その二へ誘い込んで敵を捕虜にして内情を訊き出して、拝み倒して魔王との話し合いの場に持って行く。

 他のカルアンデ王国人が見ると失望するかもしれないが、個人的にはもうこれしかないと思う。

 その二で罠を張り終えた頃、上空を見ていたモンリーが声を上げた。

 

「げ」

「どうした?」

「今、偵察隊から風魔法で報告がありやした。……巨人に俺たちの存在と居場所がばれたようです」

「え」

「逃げやしょう。今なら誰一人死なずに逃げきれやす」

「魔法戦士隊の武器や鎧は?」

「多分、脱ぎ捨てなくても、この距離なら何とかなりやす」

「分かった」

 

 戸惑う周囲の学園生に俺は声を張り上げた。

 

「撤退、撤退、今すぐ撤退しろ! 先頭はモンリー中隊長殿だ、見失うな! 武器は捨てるな、いざと言う時のため持っておけ!」

 

 俺たちは走り出す。後方にいたモンリー中隊は速やかに後退が始まっていた。

 

「勇者殿、逃げるんですか? もう敵はすぐそこまで」

「馬鹿、今回は相手が悪い。お前が死んだら遺された家族に何て伝えれば良い?」

「しかし」

「生きて帰った方が家族は喜ぶ、無駄に死のうとするな」

「……了解」

 

 戦意旺盛な学園生の一人が俺にくってかかるが、冷静に言葉を返して説得した。

 走る、とにかく走る。果ての見えない長距離走だ。一定速度を保つ必要がある。

 万が一を考え、迎撃予定地点その一へ向かう。

 

「ヤスタケさん、まずいですぜ、奴ら、思ってた以上に、速い! 巨人は二体だけ、随伴は、いやせんが、このままだと、追いつかれやす!」

 

 モンリーがちらちらと幼年偵察隊の報告を聞きながら現況(げんきょう)を俺に伝える。

 随伴兵を置き去りにしたことで、速度を優先したか。敵もなかなかやる。

 

「どうしやす!?」

「最初に、罠を張った所に、行こう、そこで、迎え撃つ!」

「分かりやしたが、俺たちは、何とか、なるでしょうが、ヤスタケさんとこは、大勢、死にやすよ!?」

 

 それだけ練度が違うと言う事だろう。

 

「どの道、追いつかれたら、死ぬ、なら、ここで! ……モンリー!」

「分かってやす!」

 

 その一へたどり着いた俺たちは(くさむら)の中に思い思いの場所に伏せて身を隠す。

 モンリーは一人後方の中隊に合流しに駆けて行った。

 何分か待っていると、(かす)かに地面が揺れだした。

 

「来たぞ、このまま待機!」

 

 俺の命令に学園生たちが従う。

 微かな揺れは次第(しだい)に不規則な地鳴りへと変わっていく。

 

「ばれたくなければ動くな!」

 

 地鳴りは地響きへと変化し、もう巨人がすぐ近くまで迫っているということを教えてくれる。

 おそらく地響きの正体は足音であろうと思われるが、その音がある程度近づいたところで大きな音が二回響き渡った。

 

「かかったぞ!」

「ウェブル! 皆!」

「任された!」

 

 学園生の声を合図に俺がウェブルに呼びかけると、魔法を使える学園生たちは一斉に起き上がり、呪文を唱え始めた。

 ここにきてようやく巨人の姿を見る。

 外見は鎧や兜に覆われていて、腕や足が地面に吸い込まれて四つん()いの状態でなんとか起き上がろうとしているのが見えた。

 

「なるほど、あれが巨人……? いや、これは……」

 

 兜の隙間から見える目の光が人工的なものだとわかる。そして鎧の隙間から見える金属光沢を持つ関節とケーブルらしきもの。

 ロボット……だと?

 だとすれば、魔王側でも勇者が召喚されていて、そいつが開発と量産に関わっていることになる。

 わずか数秒の間だけ我を忘れていたが、気付くと学園生たちが唱えていた呪文が完成しつつあった。

 罠からなんとか抜け出そうとする二体のロボットとどちらが早いか。

 何とか間に合うか……?

 呪文が完成し魔法が放たれる。一瞬の静寂の後、ウェブルが快哉を叫んだ。

 

「成功だ!」

「ルモール! 出番だ!」

「任せろ!」

 

 先ほどまで罠から抜け出そうと試みていた二体のロボットが地面にがっちりと固定されて動けなくなっていた。

 種を明かすと、まず地面の表面から下、ある程度はそのままにしておいて、下側を深さ二m程度の泥濘(でいねい)に変えたということだ。

 これで俺たちが上を走っても何ともなく、ロボットの方は重みに耐え切れずに地面を突き破ったのだ。

 

 広範囲に魔法をかけたことで学園生たちの魔力は大分消耗したようだが、残りはウェブルたち上手くやったようで作戦は成功した。

 ロボットが泥濘にはまって動けなくなったところを、元の地面に戻したのだ。下手に石に変えたりして多大な魔力を消耗(しょうもう)するよりは良いだろう。

 要は倒すまでの間に事を成してしまえば良いのだから。

 ルモール以下近接戦闘に慣れた人たちが二体のロボットに跳びかかる。

 

「なるべく傷つけるなよ!」

「分かってる!」

 

 俺の呼びかけにルモールが応え、ロボットの首や胴体などに縄をかけていき、四方から引っ張って拘束した。

 二体のロボットは四つん這いの状態で捕らえられた。

 

「やった!」

 

 学園生たちが快哉(かいさい)を叫ぶ。

 

「怪我人はいない!?」

 

 中隊の後方にいたマリー以下聖女見習いたちが前に進み出て来た。

 

「いや、多分いないけど。もっと後ろにいろよ、まだ終わってないぞ」

「あら、ごめんなさい。居ても立っても居られなかったので」

 

 ため息を吐きながら注意をする俺に、勝気なマリーたちの笑い声。そこにに誰かの叫び声が(かぶ)さる。

 

「逃げろ、巨人が!」

「え?」

 

 俺やマリーたちがその声につられてロボットを見ると、二体共に縄を引きちぎって、大地から抜け出す姿が目に入った。

 そして。

 ロボットは手当たり次第に腕を振るい。

 俺の目の前にいたマリーが。

 視界から消えた。

 

「この野郎!」

 

 俺が無属性魔法の透明な盾を空間に張り出し、ロボットの拳を受け止める。

 遅かった。俺がもっと早く魔法を使っていれば。

 二体のロボットを透明な板で囲み、奴らに注意を払いながらマリーの姿を探すと、二十mも離れた場所に、人間としてあり得ない姿勢で転がっている彼女の姿を見つけた。

 

「マリーの近くにいる者は、彼女を安全な場所に運べ!」

「はいっ!」

「ウェブルっ、魔法は!?」

「駄目だ、魔力を使い過ぎた! さっきので看板だ!」

「ルモール、皆を巨人から下がらせろ、距離をとれ!」

「お前は!?」

「態勢を立て直す時間を稼ぐ、早くしろ!」

「分かった!」

 

 そう言っている間にロボットの力で透明な盾はあっさりと破壊された。

 力は向こうが上か!

 目まぐるしく対策案が頭の中をよぎる。

 透明な盾の強度を高めてみた。破壊された。

 透明な板をロボットの関節に出現させ、切断を試みる。無効化された。

 

 どうする。どうすればいい?

 ロボットどもが学園生たちに向かおうとする。

 破れかぶれに強化された透明な板をロボットの足元に敷いてみた。

 摩擦(まさつ)係数(けいすう)0で。

 

 つるんと。

 ()()れするくらいに二体のロボットは宙を舞い、共にうつ伏せに地面に叩きつけられた。

 しかし、それもここまで。学園生たちが死に過ぎたせいで数が足りず、後が続かない。ロボットどもが起き上がろうともがいている。あの衝撃だ、操縦者にダメージがいっているのだろうが……。

 

 もはやこれまでか。

 奴らを(にら)みつけ、歯を食いしばったとき、忘れかけていた存在が己を主張する。

 

「お前ら、気張れえっ!」

「おうっ!」

 

 俺の脇をモンリー率いる中隊の兵たちが駆け抜ける。

 植物に関与する魔法で周囲の叢から草が捩じり、即席の縄に変化する。それらがロボットどもの四肢に巻き付き、固定した。

 ロボットどもが暴れようとするがびくともしない。

 

「モンリー、助かった」

「いや、助かったのはこっちだ。ヤスタケさんがいなけりゃ魔力が足りなかった」

「そうか」

 

 ルモールたちやモンリーの部下たち、近接戦闘に慣れた人たちが二体のロボットに跳びかかる。

 二体のロボットは四つん這いの状態で捕らえられた。

 傍目(はため)から見ても安全と判断した俺は、モンリーと一緒にロボットに近寄る。

 

「皆、そのまま抑えておいてくれ、こいつらを調べる!」

「危険じゃねえですかい!?」

「その時はその時だ!」

「ああもう、お前ら、しっかりと引っ張っておけ!」

「はっ」

 

 俺の指示にモンリーが危惧(きぐ)するが、俺はこのファンタジーな世界で異質なロボットに興味を隠せず、無属性魔法で足場を作って駆け上がり、ロボットの背中に飛び乗る。モンリーも続いて乗ってきた。

 見た目が日本のアニメで見る二足歩行のロボットに近い形状をしているので、操縦者がいるのであれば出入口は腹側か背中側のはずだ。

 

 ビンゴ!

 操縦者が脱出できないことを考えてか、外部から強制的にハッチを開ける取っ手が目立たないところに(もう)けられていた。

 迷わず取っ手を握り、引っ張る。

 圧搾(あっさく)された空気が周辺に広がると、ゆっくりと背中がせり上がっていく。

 

「こいつは巨人じゃないんですかい!?」

「モンリー、中にいる奴を取り押さえてくれ、殺すなよ!」

「分かりやした、後で訊かせて下せえよ!」

 

 俺はモンリーの言葉を背中に受けながら、もう一体のロボットの背中まで無属性魔法の足場で橋を架け、空中を駆ける。

 同じ要領(ようりょう)で二体目のハッチを開けると、簡易(かんい)的な操縦服を着てヘルメットを(かぶ)った人が操縦席から身を乗り出してナイフを振りかぶっていた。

 

「おっと」

 

 俺は難なく避けると腕を(つか)んで(ひね)り上げ、ナイフを(うば)う。

 たった半年の訓練だったが、日本での社会生活で()まれた胆力(たんりょく)と合わせれば何てことはない。

 ふと、一体目のロボットに目を向ければモンリーも危なげなく操縦者を拘束し終わっていた。

 

「話を訊きたいだけだ、殺すつもりはないから安心しろ」

 

 カルアンデ王国の言語が通じるかは考えていなかったが、俺の言葉を理解したのか操縦者は暴れるのを止めた。

 操縦者を引っ張り上げながら操縦席を覗き込んでみる。

 一人乗りか。他には居ないな。

 内部を確認してからモンリーに声をかける。

 

「とりあえずここから降りよう、二人から話しを訊くのはその後だ!」

「分かりやした!」

 

 魔法で階段を作ると、俺たち四人は地面に降りた。

 周囲に兵たちや学園生たちが集まってくる。

 

「巨人だと思っていたのに、中に人がいたのか……」

「ていうか、こいつら、やけにちっこくねえか?」

 

 俺とモンリーに拘束された二人を見て口々に感想を言ってくる。

 周りは囲んだので逃げ場はないだろうと判断した俺は拘束を解いた。

 それを見たモンリーは「知りやせんよ」と言ってもう一人も放す。

 

「とりあえず話を訊こう。……そこの二人、頭に被っているのとってくれないか?」

 

 捕虜となった二人は顔を見合わせると渋々とフルフェイスヘルメットを外す。中から髪がこぼれ落ち、その顔を見た俺たちは驚いた。

 

「……人間、それも女の子だと!?」

「魔族じゃない?」

「どうなってるんだ、一体?」

 

 一人は黒髪、もう一人は金髪の少女だった。歳の頃からおそらく学園中等部の生徒たちと変わらない年齢だ。

 魔王領でも学徒動員が行われているのだろうか。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第十八話 尋問

 ざわめく俺達を見て黒髪の少女がふんと鼻を鳴らした。

 

「なんだ、敵はどんなやつかと思えば、我らのことを何も知らないんだな」

「女が戦場にいてはおかしいか?」

 

 黒髪の後に続いて金髪の少女が初めて口を開いた。たどたどしいカルアンデ王国の言葉でだ。

 

「俺たちが住んでる国と交流がないそうだし、知らないのも仕方ない。……それより、戦場で女が戦うのは普通じゃないのか?」

「ありやせんね」

「過去の戦争で学徒動員された例はあるけれど、女子も最前線に引っ張り出されたことはあったかなあ?」

「俺たちの場合は特別なんだろう」

 

 彼女たちの疑問に俺は答えると、モンリーたちに尋ねる。モンリーは即座に否定し、ウェブルが首を傾げ、ルモールが肩をすくめた。

 

「……とまあ、そういうわけでこっちの国では女子がそうそう戦うことはないそうだ。逆に質問するけど、どうして君達はここで戦ってるんだ?」

「家族の仇を討つために決まってるじゃないか!」

「……家族?」

 

 俺がこちらの現状を説明し、彼女たちが戦う理由を訊いたら、いきなり黒髪が激高(げっこう)した。ウェブルが眉をひそめる。

 

「何言ってやがる、軍事国家の民を皆殺しにしたくせに!」

「俺たちの戦友まで殺しやがって!」

「ふざけるな! あたしたちの国でさんざん好き勝手しといて!」

 

 腹を立てた兵たちが黒髪の少女と怒鳴り合いになり、一人の兵が彼女に(つか)(かか)ろうとしたので俺とウェブル、ルモールが間に割って入る。

 

「ちょっと待った! 双方落ち着け!」

「ああ!? 何だあ!?」

「話が食い違ってる、何かおかしい!」

 

 俺が待ったをかけ、声を荒げる兵たちにウェブルが呼びかける。兵たちが黙って彼女たちを(にら)みつける。

 俺は彼女たちに問答をすることにした。

 

「黒髪の女、まずは名前を教えてくれ、呼びにくい」

「……セシル」

「金髪の方は?」

「ネア」

「セシルとネアの二人に訊く。家族を殺されたというのは誰にだ?」

「人族」

「右に同じ」

「二人とも、か。……まさかとは思うが、このロボ……巨人を操っている者たちは皆同じ境遇(きょうぐう)だったりするか?」

 

 俺の質問に困惑した二人のうち、ネアが答えた。

 

「そうだ。それが何か?」

「……何となく見えてきた。君たちの家族を殺したのは軍事国家なのかい?」

 

 ウェブルも察したらしく、核心を突く問いを二人に投げる。

 

「そうだ。だが、お前たちも人族だろう」

 

 セシルが首を縦に振ったが、俺たちを見る目は猜疑心(さいぎしん)(あふ)れていた。

 

「僕たちカルアンデ王国では、君たちが突然軍事国家に攻め込んできた、と聞かされているんだけど……」

「何故そんなことになっている! 逆だ!」

「軍事国家の方から先に仕掛けてきたんだ!」

 

 ウェブルがカルアンデ王国で流れている情報を口にすると、二人が怒り出し、その剣幕(けんまく)に兵士たちや学園生たちに動揺(どうよう)が広がる。

 

「そんな話、聞いたこともないぞ?」

「一体いつの話だ?」

「今から三年くらい前に軍事国家があたしたちが住んでる魔族領に攻め込んできた。その頃は魔族同士で争ってたんだけど、軍事国家のやり口の酷さに魔族は争ってる場合じゃないとひとつにまとまって、ようやく一年くらい前に国境まで奴らを押し返した」

「その後も奴らから度々攻め込まれてその度に撃退してたけど、半年くらい前にこの巨人どもを使って奴らを攻め滅ぼしたよ」

 

 兵たちからの質問にネアとセシルが答える。

 困惑した兵が二人の捕虜に尋ねる。

 

「待て待て、そうすると何か? 俺達が聞いていたのは全くの(うそ)、と」

「逆に訊くが、そもそも、魔王領が軍事国家に戦を仕掛けた、と聞いたのは誰からだ?」

「滅ぼされた軍事国家の生き残りの民だよ」

「何だそれは!? そいつらは嘘を言っている!」

 

 兵の答えを聞いたセシルが愕然とした顔で抗議する。

 

「軍事国家を助けようとする貴様ら人族は、軍事国家の人族と同類とみていいのか?」

 

 セシルに対して比較的冷静そうなネアが訊いてくるが、疑いの眼差(まなざ)したっぷりだ。

 

「どうしてそうなる?」

「我ら同胞を襲うからに決まってるではないか」

 

 俺は頭を抱えそうになりながらネアに問い返すと、彼女は断言した。

 

「それにしては軍事国家をあっという間に滅ぼしたのに、よその国には攻め込まないね。理由を訊きたいんだけど」

「魔王が悪いのだ、軍事国家を攻め滅ぼした勢いでこの大陸を我が物としてしまえばよいのにそれをしない。」

 

 ウェブルの挑発にセシルがあっさりと乗った。

 さすが魔族、軍事国家を十日で攻め滅ぼしただけのことはある。余裕たっぷりだ。

 詳細を聞くのが大事と考え根掘り葉掘り訊くことにした。

 

「魔王が止めてるのか? ちなみに、軍事面での最高司令官は魔王で、政治面での最高位も魔王なんだよな?」

「そうだが、それがどうした?」

 

 何を当たり前のことをといった表情でセシルが返事する。

 いや、だから、お前たちのこと何も知らないんだって。

 心の中で突っ込みを入れ、うんざりしそうになる顔を我慢する。

 

「……攻めない理由は聞いたことがあるのか?」

「聞くわけないだろう。雲の上のお方だぞ」

「そうか」

「ノリオ、何を考えているんだい?」

 

 俺とセシルのやり取りにウェブルが割って入ってきた。

 

「……あくまで仮に、の話なんだが、魔王が俺たちとの戦を望んでいないのなら魔族とカルアンデとの戦を停めることができるかもしれない。……他の国はどうでもいいが」

 

 契約したのはカルアンデ王国だからな。

 

「……できるのか?」

「直接交渉できれば、あるいは」

「君、忘れたのかい? 外交交渉ができるのは勇者でないことを」

「そうだった……」

 

 ルモールに半信半疑で訊かれたので自信はないことを表に出したところ、ウェブルに突っ込みを入れられた。

 

「総司令官に掛け合って外交官を連れて行くか? 可能かどうかはやってみないと分からんが」

 

 ルモールが案を出した。

 これは彼もこの戦を長引かせるべきではないと考えて良いのだろうか?

 

「……やろう。敵であれ味方であれ、これ以上の人死は見たくない」

「今期の勇者様は随分と臆病(おくびょう)なんですね」

 

 本心から吐露するとそれを聞いていた兵たちの一人から冷たい言葉が浴びせられた。

 

「おい」

「いいんだ。実際この国に来てから初めて軍事教練を受けて、戦に身を投じたんだから、怖いのは間違い無い」

 

 低い声が出たモンリーを止める。

 今まで共に戦ってきた戦友がいなくなる悔しさは理解できる。

 別に死んだわけではないけれども、同僚たちが大規模なリストラでいなくなった経験をしているからな。

 俺の話に続きがあるのが分かっているからだろうか、みんな無言だ。

 

「俺はこれ以上君たちの死が見たくないだけだ。無事に生きて故郷に帰って家族と平穏に暮らせる時代を過ごすのを見ていたいのさ。……俺が得意なのは補助に特化した魔法だけ。直接力になれない分、裏方として頑張(がんば)る他ないさ」

 

 戦場を経験したせいもあったのか、反論は無かった。

 

「そうだ、損害はどのくらい出た?」

 

 俺の呼びかけに名を知らない聖女見習いが発言する。

 

「勇者様に報告します、負傷者多数、されど回復の見込み有り!」

 

 一息つけるか、と思った直後の報告に身構えた。

 

「死者十数名!」

「……正確に数えろ」

 

 何で十数名?

 

「すいません、巨人の攻撃で数が分からないくらい遺体の損壊が激しくて……」

「……それなら生存者の数を数えろ、そっちの方が手っ取り早い」

「それもそうですね」

 

 点呼を取り、死者は十七人と判明した。

 その中にマリーが、含まれていた。

 

◆     ◆     ◆

 

 魔力が足りず、せめて女子は五体満足で親元に返そうと肉体を修復する聖女見習いたち。

 

「損壊が酷い死体も連れて帰ろう」

「そのつもりです」

「そっちの修復した死体も丁重に運んでくれ」

「その必要は無いですよ」

「どういうことだ?」

「彼女たちの出番です」

 

 ジャックの言葉を聞き遺体に目をやると、幽霊メイドたちが遺体に重なっていく。

 間を置かずして、遺体が次々と起き上がっていく。

 

「は? え?」

「勇者殿はご存知なかったのですか? 基本、遺体は幽霊族が操って遺族へ送られます」

「ええ?」

 

 ローナ含めた幽霊メイドたちが遺体に憑依して彼らを操って要塞に帰還することになるようだ。

 普段は人間の身体を動かした経験が無いためか、糸の切れた操り人形みたいにぎくしゃくしながら遺体が移動していくのはちょっとしたホラーなのではないだろうか。

 幽霊メイドはこのときのために従軍しているとの説明でカルアンデ王国の文化が良く分からなくなってしまう。

 

 ローナたちの役割、幽霊メイドは人間族に友好的で下々の世話をやってくれる大変ありがたい存在であり、戦場に連れて行くことができ大変重宝する。最も重要な役割は友となった人間の死体を持ち帰る任務である。それというのも戦場で死んだ場合、弔うことができない場合死体はゾンビとなって蘇り、周囲に災いを振りまくものとされ忌み嫌われている。

 

 幽霊メイドよりも死者の数が多いため、連れて帰れない分は遺体に聖水をまいて埋めて弔い、ゾンビ化を防ぐ。

 今回は生者が多かったため、死者を全て運ぶことができたというだけの話である。

 

「ところでこれどうしやす?」

「まだ時間に余裕はある?」

 

 モンリーが二体のロボットを指差して尋ねてきたので訊き返すと、発条(ぜんまい)式腕時計を確認しながら大丈夫と頷いた。

 

「じゃあちょっと調べて行こう。セシルにネア、協力してくれ」

 

 それぞれが乗るロボットに同乗した俺とモンリーが監視する中、自慢のロボットが最大限の力を発揮できると聞かされ意気込んだセシルとネアが、俺たちに力を見せつけてやると宣言する。

 エネルギーが高まっていく音が内部に聞こえてくる。

 

「発射!」

 

 ほぼ同時に二体のロボットから放たれたエネルギー弾が近くにあった森に向かって飛翔し森の中に消えていく。

 少しの間をおいて森が大地から引きちぎられ空へと舞い、木々のどれもが炎上し燃え尽きていった。

 後に残るは焦土化した大地のみ。

 

「……どうだ」

「最初に言おう。……森の動物たち、ごめんなさい。…………というか、何でこんな力を持っているのに俺たちに使わなかったんだ!?」

「魔王様が使うなと言ったからに決まってるだろう?」

 

 ロボット内部まで響く轟音の中、俺はセシルに怒鳴って尋ねたが、返ってきたのは胸を張りながら自慢げに笑う少女の姿だった。

 びびった俺たちはロボットをセシルたちに操縦させながら撤退した。

 本当にセシルたち、手を抜いてたんだなあ。最初から本気だったら、俺たちこの世にいなかったわ。

 

「心変わりして俺たちの陣地を破壊するなよ」

「したらどうするんだ?」

「俺が直々に手籠めにして子供産ませて二人一緒に年老いて孫に囲まれてベッドで死ぬことになる」

「…………えっと」

 

 脅し文句のつもりで、とりあえずおっさんが言えば女性が嫌がるだろうことを言ってみた。

 あれ、言った後で気づいたがこれセクハラか?

 俺の人生、女性と大して付き合った事なかったから何が良くて何が悪いのかいまいち分からん。

 今度誰かに教えてもらう事にしよう。

 

 何にせよ、良く分からないがセシルが黙ったので良しとする。

 とりあえず目的は達成した。

 巨人、もといロボットを鹵獲(ろかく)することは勿論だが、お互いの力量の差を直視させることを。

 他の部隊は良く分からないが、モンリー中隊の中にも広範囲殲滅(せんめつ)魔法を一度見せたきりで使おうとしない敵を、アレはそう何度も使えない魔法だと(あなど)る兵がいたことだ。

 勘違いしたまま時間が経過した場合、ろくな未来しか待っていない結末を迎えていたかもしれない。

 

 そんな事を考えていると、(そで)が引っ張られた。

 操縦席に目を向けるとセシルがこちらにやや顔を向けている。

 

「……何だ」

「これからよろしく」

「? おお」

 

 セシルがむすっとした表情で言ってきた。

 良くは分からないが、言う事を聞いてくれるので良しとしよう。

 

 戦争で味方を萎縮(いしゅく)させるのはどうかと思う人もいるかもしれないが、いけいけどんどんで収拾がつかない結果を招き寄せかねない。

 少なくとも、モンリー中隊の兵たちの顔が青いのは効果があったと思う。

 あとは政治家の上層部に有りの儘を伝えられれば、身勝手な意見や命令が無くなる可能性がある。というか、それを期待したい。

 

「ヤスタケさん」

 

 撤退する中、小休止として地上に降りたら唐突に呼びかけられて振り返ると、五体満足にぎくしゃく動くマリーの姿があった。

 

「ん、マリー……じゃないか。中に入っているのは、ローナか?」

「当たりです。握手握手」

「何だ?」

 

 差し出された手を握ると、予想に反して人間の体温の温かみが感じられた。

 

「どういうことだ?」

「マリーさんの魂は抜けてどこかに行ってしまいましたが、それだけで、他は健康そのものですよ」

「理不尽な」

「これで聖女がいてくれれば復活できたんですけどねえ」

「王都の神殿に聖女がいたな。蘇生してもらおうか」

「無理ですね」

「何故だ」

「時間が経てば経つほど難しくなります。死亡から十日が期限ですね。まあ、その頃には聖女でも蘇生は困難になりますが」

 

 十日ならなんとかなるはずと言おうとしたが、可能性の低さに気分が落ち込む。

 

「それに、彼女くらいの地位に就いていると相手は上位貴族の相手が中心で忙しいので、割って入って下位貴族のマリーさんを蘇生してもらえるかどうかは……」

「……そうか」

 

 マリーの顔で発言するローナを見て複雑な気分になった。隣にいるウェブルとルモールを見ると、彼らも微妙な顔だ。

 

「遺族には何て言おうか」

 

 ため息を吐いた。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第十九話 状況の打開

マイページの設定がいまいちよく分からない。
とりあえず片端から押してみよう…。


 ロボットを鹵獲(ろかく)し捕虜を連れて帰り着いた後、二日間は要塞内の通信室を借りて遺族への連絡と謝罪をして回った。

 大抵の遺族はお悔やみの言葉に胸を張ったり、涙する者が多かった。

 ただし、例外もいて。

 

「どうしてくれるんだ、勇者でありながら娘を死なせるとは!」

「申し訳ございません」

 

 魔導通信の映像越しに俺に怒鳴りつけている遺族、具体的にはマリー・ゼストの父親と隣にいる母親が画面の中にいた。

 ひたすら怒鳴り散らす男にこちらを(にら)みつける女。

 日本の会社に勤めていた頃、お客様の対応として上司から口酸っぱく、反論せずにひたすら頭を下げ続けろと教わったが、なるほど、こうする他無い。人を死なせたのだから。

 

「はあ、もういい。……ところで娘の、マリーの遺体はどこだ?」

「それでしたら、聖女見習いの魔法で肉体を修復されて、多分元通りになっております」

「多分とはどういうことだ?」

「私はマリーさんの裸体を見たことが無いので、亡くなられる前の状態に戻ったのか判断できません」

「ああ、そうか。……役立たずめ」

 

 俺の表情筋がぴくりと動いた。

 

「失礼ですが、どういう意味でしょうか?」

「文字通りだ。勇者を婿(むこ)として迎え入れる事がふいになってしまった事がだ」

「……」

 

 マリーの言葉通りだ。

 

「ケイ家やテイラー家よりも格の高い勇者の血を混ぜることで優秀な子孫が狙える目論見がご破算よ」

 

 今度はマリーの母親の言葉。

 こいつら、本当に娘を道具としてしか見ていなかったのか。

 

「勇者と言うのは、私の事ですか?」

「それ以外に誰がいる。……そもそも君は勇者失格なのだ、私の娘を死なせたのだから」

「はあ」

 

 それはどうだろう? 生きている限り、再起の目はあると思う。

 

「罰として、我らの娘と交わり子を成せ」

 

 マリーの父親の物言いを理解できず、首を傾げる。

 

「分からないのか? マリーを孕ませ、我らに優秀な血筋を残せと……」

「黙れ」

「……何?」

「そういう目で彼女を見たことは一度もない」

 

 俺はウェブルとルモールの親しい友人の一人としてしか見ていなかった。

 

「少々お待ちください」

「……? 何をしている?」

 

 彼女の両親の態度に我慢できなくなった俺は、コンソールを操作し、とある人物に別回線を開いた。

 

「私への直通回線を開いたのは君かね? ……ヤスタケ君か」

「お久しぶりです、いきなりで申し訳ないのですが、学園生たちに死者が出ました」

「……そうか」

「遺族に謝罪していたのですが、ゼスト家から娘のマリー嬢を私にあてがう発言をされまして、どうお断りしてよいのやら困っていたところでして」

「……中身は幽霊族か?」

「そうです」

 

 とある人物は小さくため息を吐いた後、俺に言う。

 

「代わりなさい」

「分かりました」

 

 コンソールを操作し、とある人物の通話をマリーの両親に繋げる。

 

「お前、さっきから誰と会話している……貴方は?」

「ゼスト家、マリー嬢の御両親で間違いないですか?」

「そうだ。それよりも勇者と話をさせろ、まだ話は終わっていない」

「いいえ、終わりです」

「……何?」

「聞けば、亡くなられたマリー嬢を見も知らぬ幽霊族に憑依させて、勇者と子を成そうと企んでいるとか」

「それがどうした。我らにはもう後が無いのだ。こうでもしなければうちの家系は這い上がることができなくなる」

「滅びてしまえば良いではないですか」

「……貴様」

「上位貴族ならまだしも、吹けば飛ぶような下位貴族の下衆な野心に敬意を払う者はいませんよ」

「下位貴族とはいえ、貴族を侮辱したな、名を名乗れ、叩き潰してやる!」

「王立魔法学園長、サリュー・マッケンローと申します」

 

 その名を聞いた途端、目に見えてマリーの両親が狼狽える。

 

「マ、マッケンロー? ……公爵家だと?」

「私の姿は分からなくても、家名で理解しましたか」

「ご、ご無礼を!」

「態度を改めても無意味です。貴方たちの考えは良く分かりました」

「お慈悲を……」

 

 両手を組んで懇願する二人にため息を吐いたマッケンロー学園長が、二人に対しての通信を切った。

 

「ええと、どうなりました?」

「後で私からマリー嬢の両親に正式に断りの手紙を出させてもらいます」

「……お手数をおかけします」

「君は貴族関係に疎いのだから、こういう時こそ私たちに頼りなさい」

「ありがとうございました」

「用件は以上かね? では、失礼するよ」

 

 マッケンローが通信を切るまで、俺は頭を下げ続けた。

 俺は通信室を出た。

 遺族へのお悔やみと謝罪はあの二人が最後だったので、無事にとまではいかなかったが終了した。

 

「ヤスタケさん、マリーさんのご両親は何と言っていましたか?」

 

 通信室の外にいたマリー、いや、ローナか。彼女にゼスト家の本心を伝えると、呆れた表情になる。

 

「実の娘を道具扱いって馬鹿ですか? 人間って愚かですねえ」

(まった)くだ」

「んー、ヤスタケさんにお願いがあるんですけど、良いですか?」

「何だ?」

「この体、私が貰っちゃって良いですか?」

「……その辺、良く分からないんだけど、どうなんだ?」

「その人が亡くなるとき、親しい幽霊族に体を譲る例は普通にありますよ」

 

 念のため、要塞にいたウェブルとルモールやウォルズにも尋ねてみたが問題無いとの太鼓判をいただいた。

 普段から人間に尽くしている幽霊族に対する最高のお礼なんだそうだ。

 変わった文化だ。

 

◆     ◆     ◆

 

 さらに三日後、俺とウェブル、そしてルモールがウォルズ要塞司令官に呼び出され、作戦室へと赴いた。

 

「捕虜を得たのはよくやったと褒めておこう。ただし、巨人の力を兵たちに目の当たりにさせたのはまずかったな」

「と、言うと?」

「魔導通信からもたらされたが、こちらも同じ力を得たことで、主戦派の貴族どもがこの戦に勝てると思い込んだらしい」

「……何ですかそれ。得たと言ってもたった二体で何ができるとでも? 依然(いぜん)戦力差は敵が圧倒しているのですが」

迂闊(うかつ)に希望を見せてしまったようだな。すぐに総攻撃に移るよう議会で工作し始めたそうだ」

「馬鹿な」

 

 要塞司令官の言葉にルモールが狼狽(うろた)える。

 

「……捕虜に訊いたのですが、あの巨人は少なくとも二百はくだらないと返ってきました。同盟国軍及び勇者たちを粉砕したそうなので、そいつらが一部でもこちらにやって来るのは時間の問題かもしれません」

「そんなことになったら王国はいよいよ勝ち目が無くなってしまうな」

 

 ウェブルは捕虜から情報を訊き出していたようだ。彼の説明にウォルズがため息を吐いた。

 

「ちなみに、今議会の言う通りに実行されたとして、カルアンデ王国軍に被害がどのくらいに及びますか?」

「無論、壊滅だろう。勇者殿の機転により事無き事を得たというのに」

 

 部屋が重苦しい沈黙に包まれる。

 状況がより一層悪化した。何もしないよりはましだと思っての行動が間違いだったか。

 

「……いっそのこと、その愚物どもを巨人の力でこの世から強制退場させますか?」

 

 俺は半ば投げやりな気持ちで正直に苦言を呈したら、ウォルズが首をゆっくりと横に振る。

 

「個人的には非常に魅力的な提案だが、却下だ。あと、ここだけの話にしておくから他人に言いふらしたりしないように」

「……了解しました」

 

 ウォルズの話から察するに、主戦派の親玉は相当えらい貴族だと判断し、俺はしぶしぶ頷いた。

 そいつの耳にでも入られたりしたら、俺の命はないだろうからな。

 魔王討伐を達成した後、記念パーティーのどさくさに紛れて毒殺されそうである。

 気を取り直そうとしたのかルモールが発言する。

 

「それで、今後はどうするのですか?」

「戦の経験の全くない政治家の命令に従うのも(しゃく)だ。何か策がないか考えてはみるが……」

「この要塞にいる外交官を伴って、先んじて和平工作を成し遂げてしまうのはどうでしょうか?」

 

 ウェブルが良い提案をするが、要塞司令官は首を横に振った。

 

「その外交官が主戦派閥から派遣されたものだとしてもか?」

「……和平派閥の外交官は?」

 

 後に聞いた話では、和平派閥はカルアンデ王国国王を頂点にバランスよくまとまってはいるものの、経済力に強い大貴族と彼らから借りた金で首の回らない中小貴族が主戦派閥となっており、後者が優勢だそうだ。

 

「主戦派閥の妨害にあってここに来られないそうだ」

「どこにいるんですか? 私が連れて来ましょう」

「ここから王都まで馬車で片道十日はかかるぞ。おそらくそれまでに奴らの工作が完了してしまうだろう」

 

 ウォルズの言葉を脳内で反芻(はんすう)する。

 

「ううん……そのくらいの距離なら、いけるか?」

「ノリオ? 何か策があるのかい?」

「実験では上手く行ったんだけど、実証はまだ試したことなくて……」

「移動系の魔法が使えるのか? それで、できるのか、できないのか?」

 

 悩んでいる俺はウェブルとルモールに問いただされた。

 

「このままだと皆不幸になる……。……仕方ない、ぶっつけ本番になるけどやるか」

「どうするんだ?」

 

 ウォルズに対応を問われたので説明する。

 

「今夜ここを発ち、国王陛下に直接会って来ます。それで外交官を連れて来ます」

「わかった、私が正式な書類を用意しよう。それを持っていけば事が運ぶはずだ」

「お手数をおかけします」

 

 俺に代わり、ウェブルがウォルズに頭を下げる。俺は対応策が有効かどうか考え中だ。

 

「軍隊である以上、部下たちには意味のある死を与えたいところだが、無駄死にが多すぎて目に余るからな。国王と繋がりのある勇者殿なら希望が持てる」

「……まだ戦争を続けるおつもりですか?」

 

 ウェブルの問いにウォルズは首を横に振る。

 

「まさか。圧倒的戦力差を覆しようがない時点で講和を結んで撤退が理想だよ。……ただ、どうやって魔王と会うかが問題だが」

「幼年偵察隊と連絡はつきますか?」

 

 彼らに道案内をしてもらえれば、魔王の下へたどり着ける。 

 

「うちの管轄だからそれはつくが……、魔王の居所ならすでに判明しているからその必要は無い。旧軍事国家と我が国の国境から近い場所の城にいるようだ。ただし、問題というのは奴の護衛をどうするかだ」

「強いんですか?」

「以前、魔王を暗殺しようと少数精鋭の部隊を潜り込ませたが消息を絶った。おそらくやられたんだろう」

 

 さすが軍人、すでに手を打っていたのか。

 正攻法でも無理、暗殺も無理となると詰んでいないだろうか。

 それでもまだ俺たちは生きている、諦めるには早いだろう。

 

「それと繰り返しますが、捕虜にした二名の魔族は丁重に扱ってとは言いません。兵に手出しさせないようにしてください。暴行したのが相手側に知られた場合……」

「そこは理解している。信頼できる部下に見張らせているから安心したまえ」

「ありがとうございます」

 

 ウォルズに軽く礼をする。

 魔王の機嫌を損ねて王国を焼き払われたら元も子もないからな。

 セシルとネアに訊いたが同盟国軍と勇者たちを壊滅させたのは彼女らの同僚によるものらしい。あのロボット部隊をいちいち相手にしていたら命がいくらあっても足りやしない。

 さっさと和平条約を結ぶに限る。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
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第二十話 仕込み

 要塞司令官のウォルズは姿勢を正したので、俺たちも自然と背筋を伸ばす。

 

「すぐにでも外交官を連れてきてほしい、綿密な打ち合わせをしたい」

「了解しました」

 

 慣れない敬礼をする俺に、要塞司令官が咳払(せきばら)いをした。

 

「ところでだな、勇者ヤスタケ殿、折り入って頼みがあるのだが……」

「はい、何でしょうか?」

「うちの孫娘はどうだろうか?」

「私の故郷に連れ帰る事ができれば受けます」

「……遠いのか?」

「この大陸ではありません」

「うむ、この話は無かったということで」

「……残念です」

「お二人とも、こんな時に何言ってるんですか……」

 

 ルモールが呆れた顔で俺たちを見ていた。

 いや、すまない。こっちも切実なんだ。

 

◆     ◆     ◆

 

 その日の深夜ルモールたち数名に見送られながら空へ飛んだ。

 透明な板を出し エレベーターのように浮かび上がる俺を見て、目を丸くする皆を見届けながらひたすら上を目指す。

 一定の高さまで飛んだ後、王城のある方へ向けて斜めに落下した。

 

 何のことはない、透明な板を斜めに配置しての無限滑り台だ。どんどん加速していく。

 遊園地のジェットコースターを思い出すな。

 一定の高さまで滑り降りたら板を斜め上に配置して運動エネルギーを利用し勢いをつけて登る。

 速度が落ちてきたら斜め下に板を配置し、それを繰り返す。

 透明な板は摩擦係数が(ぜろ)に限りなく近いので非常に良く滑る。

 風圧が心地良い。

 ウェブルの叫び声さえ無ければ快適な空の旅なのだが。

 

「ひいいい、大丈夫なのかいこれ!?」

「一応、試験段階では成功したぞ! 実証はまだだったからぶっつけ本番だけどな!」

「聞くんじゃなかったああああ!」

「とにかく速さが優先されるんだ、文句言わない!」

「ひいいい!」

「ウェブル! 聞こえてるか!? あんまり騒いでいると誰かに聞かれる恐れがあるから黙っててくれないか!?」

「わわわわ分かったああああ!」

「本当に大丈夫だろうな……?」

 

 何故ウェブルがついてきているのかと言うと、王城の形に詳しくないからである。

 空をすいすい進んでそのまま通り過ぎましたでは意味がないのである。

 半ば不安がるウェブルを強引に連れ出したのだ。

 

「ところで王城はまだか!?」

「も、もうすぐだと思う! そ、それでさ!」

「何だ!?」

「こんな状態でどうやって王城の中に入るんだい!?」

「理想は王様のいる部屋に飛び込むことかな!」

「止めてくれ、死にたくない!?」

「冗談だ、そこのところは俺に任せてくれ!」

「それと、勢いつけすぎじゃないか!? このままだと壁に叩きつけられて死んでしまうよ!」

「王城が見えたら合図してくれ、減速する!」

 

 結果的には、王城のすぐ手前まで滑り、多少ずれはあったものの、減速して止まった。比較的近いベランダに乗り移る。

 

「それで、どこが王様の部屋なんだい?」

「前回案内されたのは応接室だから、それ以外は分からん」

「え、ちょっと」

「貴様ら、そこで何をしている!」

 

 ウェブルと会話している最中に第三者の声が割り込んでくる。

 

「恐らく近衛騎士だ」

 

 ウェブルの言葉に、俺たちは松明を掲げながら近づいてくる人物に礼をした。

 

「突然、夜分遅くの来訪失礼いたします。私はカルアンデ王国により召喚された、勇者安武典男と申します」

「何、勇者だと」

「こちらの印章が国王陛下から正式に発行された物です」

 

 王と応接室で話し合った直後に貰った印象を近衛騎士に渡す。

 

「確認する。……確かに、本物だ。して、こんな夜更(よふ)けに何の用か?」

「魔王軍との戦いで最前線で異変が起きました。至急、カルアンデ王国国王陛下ウェスティン様の判断をいただきたく」

「議会を通しては駄目なのか?」

「事は急を要します。それでは間に合いません」

「……内容による。誰にも漏らさない故、私には教えていただけないだろうか?」

「……構いませんが、陛下の判断次第では、貴方も最前線送りになってしまう可能性がありますが」

「構わん。国王陛下の安全が第一だ。教えてくれ」

「その意気や良し。分かりました」

 

 誰かに聞かれる恐れもあるので、近衛騎士の側に寄り、耳元で話す。

 

「以上が最前線で起きたことです」

「それは、確かに誰にも話せない内容だ。分かった。陛下へ繋ぎをとる。付いてきなさい」

「ありがとうございます」

 

 以前来た応接室へ案内されるとここで待つよう言われ、近衛騎士は静かに去る。

 

「ノリオ、大丈夫なのかい? もしあいつが主戦派閥だったら」

「その時はその時さ、とにかく待とう」

 

 十五分くらい経ったろうか、扉が開き、寝間着を着たウェスティン王と付き人の幽霊メイド、先ほどの近衛騎士が入って来た。

 王様はソファーにどっかと腰を下ろすと俺を睨みつけて来た。

 

「話は聞かせてもらった。和平派閥の外交官を連れて行きたいという事で間違いないか?」

「はい、一応こちらが要塞司令官ウォルズからの親書です」

「改めさせてもらう」

 

 幽霊メイドが受け取り封を開ける。中身を取り出しメイドが目を通して、魔法がかけられていない事を確認すると、王に手渡した。

 

「…………ふむ。勇者殿たちの計画は理解した」

 

 沈黙。果たして王様はこちらの計画を許可してくれるだろうか?

 

「了承しよう。思う存分にやってくれ」

「ありがとうございます」

 

 王様は幽霊メイドに言いつけるとすぐに外交官を呼び出しに行かせた。聞けば、彼は王城に宿泊しているとのこと。すぐに出立できるだろう。

 

「それと、ここにいる近衛騎士も連れて行け」

「はい」

「近衛と言うだけあって強いぞ、役に立つはずだ」

「新米勇者としてはありがたい限りです」

 

 王様の急な呼び出しにも係わらず、ぴっちりとした正装と旅行(かばん)を持ってやって来た外交官に拍手したくなった。

 

「和平派外交官、メッケル・ノーラントと申します。よろしくお願いいたします」

「近衛騎士、ワルム・ズムント、以後よろしくお願いいたします」

 

 二人の挨拶に俺とウェブルは頭を下げて自己紹介を行った後、慌ただしく応接室のバルコニーから城を出ることにする。

 メッケルとワルムの二人は夜闇の中、初めての慣れない滑り台に恐怖を覚えたようだ。外交官は悲鳴を上げ、胆力のある近衛騎士は真っ青になりながらも我慢しているようだ。

 夜が明ける前に要塞付近に着地した俺たちは入り口を目指す。入り口には二人の見張りが周囲を見回していた。

 

「誰だ! ……勇者様!?」

「見張りご苦労様。至急、ウォルズ要塞司令官殿にお会いしたい。可能か?」

「先ぶれを出します。付いて来てください」

 

 俺たちは見張りの先導で要塞内を歩く。簡単に攻め落とされないよう、中は入り組んでいて、自身の位置があっさりと分からなくなるくらい広かった。

 

「失礼します、勇者ヤスタケノリオ様他三名をお連れいたしました!」

「入れ」

 

 扉が開いて作戦室の中に入ると、ウォルズは椅子に座って茶を飲んでいた。

 

「思っていたよりも早かったな。それで、首尾は?」

「成功です。和平派外交官と近衛騎士を連れ帰りました」

「近衛?」

「我々の計画を知ってしまったので」

「ならば仕方ないな、ヤスタケ殿に預けるので使うように」

「ありがとうございます」

「で、いつから魔王の下へ行く?」

「今日の太陽が沈んでからすぐに。勇者部隊及びモンリー中隊も連れて行っても構いませんか?」

「良いだろう、許可する」

「魔王の居場所はどこに?」

「前に言った通り、拠点にしている城から動いていない。そこに乗り込めば、あるいは」

「分かりました」

 

 俺たち四人は要塞の外に出て、学園生たちの宿営地に向かう。

 

「急ぎすぎじゃないか? 少しくらい休んでも……」

「議会の主戦派の政治家たちにばれる前に和平条約を結ばないと面倒なことになる」

 

 ウェブルの眠そうな声に理由を説明する。

 

「寝たい……」

「社会人三(てつ)()めんな」

「そんな職場嫌だ……」

 

 そんなことをウェブルと会話しながら歩いていると、ワルムから声をかけられた。

 

「勇者殿」

「どうした?」

 

 ワルムが右手を差し出してきた。握手だろうか? 右手で握り返すと彼は笑顔になる。

 彼の機嫌が良くなった意味が分からない。

 続いてメッケルとも握手した。彼も笑顔だった。

 ますます意味が分からない。

 

 宿営地にたどり着くと、起き出してきた学園生たちと朝食を共にする。

 皆にはこの後重要な話があるから、戦支度をして広場で待つようにと伝えた。

 次に、モンリー中隊の宿営地にも訪れる。

 事情を聞いたモンリーは難しい顔をしている。

 

「魔王と直接対決、か……、ううん」

「頼む、モンリーさんたちが手伝ってくれないと、この作戦が上手くいくか分からないんだ」

「他ならぬヤスタケさんの頼みだしな。でも、俺も死にたくねえし」

 

 悩むモンリーに秘密を一部打ち明けることにした。

 

「なあ、モンリーさん、この作戦が失敗した場合、俺たちだけじゃなく、ここにいる要塞にいる兵だけじゃなく、カルアンデ王国に住む平民たちまで危なくなる。議会の主戦派どもは兵の不足を補うため、平民たちを片端から徴兵するつもりだ」

「何だって?」

「頼む、一緒に戦ってほしい」

 

 この情報はウォルズからもたらされたうちの一つだ。あまり話を広めると主戦派がどんな手段に出るか分からないため、口外しないようにと言われていたのだが、緊急時だ。

 頭を下げる。

 

「ああ、分かりやした。ご一緒しやしょう」

「ありがとう、すまない」

「ただし、報酬(ほうしゅう)は弾んでくだせえよ」

「作戦が成功したら王様に掛け合ってみるよ。努力する」

 

 広場にモンリー中隊全員を連れて行くと、待っていた勇者部隊の学園生たちが何事かと目を丸くしている。

 二つの部隊を並べ、俺は演説を始めた。

 

「すまない、緊急の出撃だ。今夜、ここにいる皆で魔王のいる城へ突入し、決着をつける」

 

 どよめきが上がる。

 

「決着と言うのは語弊(ごへい)があるか。こちらの力を見せつけ、和平を結びたいと考えている。戦況が思わしくないうえにこのままだと君たちだけでなく、この要塞にいる者たちもそうだが皆の故郷にいる家族の命も危ない。そうなる前に俺たちが出撃する。ただ歩いていくのは敵に見つかるためやらない。ではどうするのかと言うと……」

 

 ここで俺が無属性魔法の透明な板を足の下に出現させて体ごと浮かせる。

 皆がざわめく。

 

「こうして」

 

 彼らの頭上で滑りながら大きくぐるりと一周すると、元の位置へ戻って来て着地する。

 

「こうやる。この魔法を皆にも使用して大地をはい回る事無く、直接魔王の城まで行く」

 

 ざわめきが治まるのを待つ。

 集団に対しての説明や説得はあまりやった事が無いんだが、うまく行っているだろうか。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第二十一話 決戦、魔王城

 集めた仲間たちに演説を続ける。

 

「恐らく、城には魔王の配下が大勢いるだろう。直接魔王と決着をつけるためにも皆の力が必要だ。俺に命を預けてくれ。……何か質問はあるか?」

 

 学園生たちから手が幾つか上がる。

 

「君から」

「本当にどうしてもやらなきゃいけないんですか?」

「君たちの故郷を守るためだ。こちらから攻めないといけない」

 

 俺の答えに幾つかの手が下りる。

 

「次は君」

「勇者様の独断ですか?」

「カルアンデ王国国王陛下から許可はもらってある。……次、君だ」

「作戦が上手くいったら地位と名誉とお金ください!」

 

 どっと皆が笑う。

 

「国王陛下に伝えるよ」

「約束ですよ!」

「さて、もう質問する者はいないな? 日没後に出撃する。各自、戦う準備をしてこの場所に集合だ。別れ!」

「別れます!」

 

 ざっと皆が散り散りになっていく。

 俺は今夜のために作戦室へ(おもむ)いて情報収集するとしよう。

 

◆     ◆     ◆

 

 日没後、広場に集まった俺たちは魔法で全員を宙に浮かせる。

 良かったよ、莫大な魔力があって。これが無ければ作戦遂行(すいこう)は不可能だった。

 

 皆は最初、空を飛べることに喜んでいたものの、真っ暗闇の中を風を切って進み始めたため、顔が引きつった。女子生徒たちは多くが泣きが入っているが、中には笑って楽しんでいる剛の者もいる。

 実戦を積み重ねていたモンリー中隊の面々はさすがと言うか、青ざめてはいるものの声を上げていない。

 メッケルとワルムも連れている。この二人は慣れたのか涼しい顔だ。

 

 ちなみに、捕獲した二体のロボットは重量過多のため連れて行くことができず、悪用されないように完全に破壊した。操縦士のセシルとネアは主戦派の手が及ばないように連れてきている。彼女たちはロボットの操縦で経験を積んでいるためか平然としていた。

 

「ノリオ、女子たちの泣き声が(やかま)しくて目立ってるぞ!」

「ルモール、ありがとう! ウェブル、彼女たちの事を頼む! これだけの人数を魔法で制御するのが難しい、集中させてくれ!」

「わ、分かった!」

 

 二百五十人での空中移動はなにぶん初めてと言うか、ぶっつけ本番だったため、どのくらいが透明な板から踏み外して落下しないかどうか心配だったが、一人一人に断面が半円形、雨樋(あまどい)を巨大化させたような物を生成することにより問題は解決、誰一人こぼれ落ちることなく魔王のいる城の上空に到達した。

 

「見えた、あれが魔王のいる城だ。全員戦闘準備、中庭に降りるぞ!」

「火属性魔法の爆轟(ばくごう)の準備、正面の門を蹴破るぞ!」

 

 爆轟の魔法で城の正門、城壁の門と跳ね橋を吹き飛ばして城内に突入する。

 皆一塊(ひとかたまり)となって魔王のいる奥を目指す。

 

 敵の抵抗は激しく、火魔法で石壁や石床が赤熱され、水魔法で冷やしながら進む。

 その他にも水魔法の濁流で階段下まで押し流されかけ、壁に大穴を開け外に流してやり過ごしたり、土魔法で天井ごと押し潰されかけたときは、無属性魔法の板で天井を丸ごと支えたり、風魔法で酸欠状態にされたりしたときは、同じく風魔法で空気を生み出して対抗したりした。

 

 皆で強行突破を図るも、生徒たちが一人、また一人と倒れていく。それでも勢いは衰えず奥へ奥へと突き進み、ついに魔王がいると思われる謁見(えっけん)の間へと辿り着いた時にはそれなりに数が減っていた。

 そこにたどり着いた直後、魔王側の魔法による一斉攻撃を仕掛けられたが、俺の無色の盾を張って(しの)ぐ。

 

「ほう、今の攻撃を耐えるか。そこそこやるな」

 

 王座に腰かけていた人物が感心した様子を見せて言う。

 

「お前が魔王か?」

「いかにも」

「偽物だったりしないよな」

「不敬だぞ。逃げも隠れもしない。お前のような勇者と一緒にするな。兵の陰に隠れてこそこそするとは、臆病(おくびょう)者め」

「生憎、こっちの本業は裏方なんだよ物知らずめ。……単刀直入に言わせてもらう。和平条約を結びに来た」

「俺の城に乗り込んで来たと思えば、命乞(いのちご)いか」

「これ以上、カルアンデ王国の民を死なせるわけにはいかない。それだけだ」

「見下げはてたものだ。つまらん、ここでお前たちの生を終わらせてやる」

 

 交渉決裂か。

 魔王とその護衛がどの程度の強さか不明だが、やるしかないのだ。

 

徹底(てってい)的に嫌がらせしてやる」

「ぬかせ、兵もろとも俺自ら叩き潰してやる」

「というわけで、ワルム先生、お願いします」

「誰が先生だ、誰が」

 

 いや、すいません、言葉の綾です。流してもらえると助かります。

 

「いや、誰だよ」

「カルアンデ王国国王直属の近衛騎士だ。訳あって同行してもらってる」

「まあ、そういうことだ」

 

 魔王の突っ込みに俺は正直に答え、ワルムは肯定した。

 

「近衛騎士とやらがどれほどのものか、俺が直接確かめてやろう」

「望むところだ!」

 

 魔王は傍らに控えていた女性から剣を受け取ると、鞘から剣を抜く。

 きらきらと光っているところを見ると、何らかの魔法が込められているな。

 対する近衛騎士は槍に斧が付いたハルバードと呼ばれる物だ。

 どちらも同時に駆けだして己の武器を振るい激しい打ち合いを始めた。

 魔王は魔族には珍しく、身体能力強化系の魔法を使う肉体派のようだ。

 

「魔王様、援護します」

 

 玉座の傍らにいた女性がその場で援護のためか呪文を唱え始める。

 

「いらん、お前は雑魚に手出しさせないよう抑え込め、倒してしまっても構わん!」

「了解」

 

 女性が呪文を打ち切り、別の魔法を唱えだす。

 そして、玉座の両脇に控えていた魔族たちが一斉に前進してきた。後方からも魔族がやって来る。

 

「皆、踏ん張れ、ここが決戦だ!」

 

 魔王には近衛騎士を一騎打ちにさせ、魔王の護衛どもはモンリー中隊を充てる。後方から押し寄せる魔族どもには学園生たちで時間稼ぎをし、俺はその都度防御などによる魔法で援護する作戦だ。

 

 謁見の間中央で両軍が激突した。互いに剣戟と魔法が飛び交う。

 怒号と悲鳴が交錯し、聖女見習いたちが応急処置に駆け回る。

 俺の魔法は盾で皆を守ることに専念するが、それではじり貧なので敵の足元に良く滑る板を出現させて転ばせる。上手くいけばそれで討ち取れる。

 

「ワルム、どうだ!?」

「強い、押されてる!」

「ふん、こんなものか!」

 

 魔王と近衛騎士の一騎打ちを邪魔しないよう、互いに距離を取っていたので二人の様子が分かる。

 駄目だ、このままでは近衛騎士が死ぬ。

 俺は嫌がらせのため、滑る板を魔王の足元に出す。

 

「こんなもの!」

 

 踏み砕かれた。

 嘘だろ、ロボットがこける強度の板だぞ。

 盾を張り魔王の攻撃を阻もうとするも、魔剣で突き破られた。

 これも駄目か。

 闇魔法で精神に揺さぶりをかける。

 

「温い!」

 

 あっさり破られた。

 どうする、他に妨害できるような魔法、あったか?

 ワルムが魔王の剣を受け損ねて姿勢が崩れる。

 

「終わりだ!」

 

 魔王が魔剣を大上段に振りかぶる。

 ワルムは低い姿勢で踏ん張りながらハルバードを横薙ぎに振ろうとする。

 誰が見てもワルムの方がわずかに遅いと感じられる。このままでは彼は頭から真っ二つにされてしまうだろう。

 俺は苦し紛れに初歩の闇魔法で魔王の目に暗闇を張り付けた。

 

「うぬ、小癪(こしゃく)なっ!」

 

 魔王が魔剣を振り下ろすのが数舜(すうしゅん)遅れる。

 それが決め手となった。

 近衛騎士のハルバードが魔王の脇腹を抉るかと思われたが、身体強化魔法で防がれた。ただ、勢いは殺しきれず、あばらが何本か折れたようだ。

 魔王がその場に(うずくま)る。

 

「兄様!」

 

 玉座にいた女性が悲鳴を上げる。どうやら魔王の妹らしい。

 態勢を立て直したワルムがハルバードを振りかざす。

 

「俺の勝ちだ」

「待て、負けを認める。俺を殺すな」

「ここにきて命乞いか?」

「そうだ。今ここで死んだら魔王領は再び群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の戦国時代に逆戻りする。死ぬわけにはいかない」

「勝手なことを」

「止めろワルム、俺たちの目的を忘れるな!」

「……分かりました」

 

 魔王に駆け寄って魔法で治療する妹を見ながらワルムはハルバードを下げた。

 

「皆、戦いを止めよ、勝負はついた!」

「もう殺し合いはしなくて良いんだ、攻撃するな!」

 

 こうして決戦は終息した。

 モンリー中隊の戦死者は五十八人、勇者部隊からは十六人出た。負傷者は多数に上ったが、ローナ含めた聖女見習いたちの重傷者からの治療と、俺の光属性の無差別広範囲回復魔法により、徐々にではあるが傷が塞がっていく。

 魔力量が莫大で助かった。

 

 両軍の治療が進む間、魔族が謁見の間に椅子とテーブル、それに魔導通信を用意し、治療が済んだ魔王が妹の副官と共にテーブルにつく。

 対するカルアンデ王国側はメッケルを魔王と正対させ、その脇に俺とウェブルがついた。

 互いにこれ以上の無益な戦いは望まないと交わし、カルアンデ王国とは平和が訪れた。

 

 このことを魔導通信で要塞司令官に報告、カルアンデ王にも伝えようと繋げると、王国議会に王が出席しており、主戦派が魔王領に全面攻勢に出るよう政治工作の真っ最中だった。

 和平派の外交官が出席しての条約締結の報告に和平派は大喜び。主戦派は条約無効を叫ぶ。

 魔王が自己紹介をし、彼自ら戦う意思はないと表明するも、王国主戦派が彼を口汚く罵る。魔王はそれを無視していたが、罵倒が魔王領の民にまで及ぶと態度が急変、

彼に画面越しに睨みつけられた主戦派たちが、突然胸を押さえて苦しみだし、席から転がり落ちる。

 

「何だ、どうした!?」

「分からない!」

「し、死んでる!」

「ま、魔眼だ、それもとびきりの!」

 

 議会は滅茶苦茶となり、さすがにこれはどうかと詰問(きつもん)する王に魔王が謝る。

 

「悪いな、苦難を共に乗り越えて来た我が民を侮辱(ぶじょく)されるのは我慢ならなかった」

 

 しかし、主戦派の力が大幅に減退したことにより条約は効力を発揮することとなったのは皮肉だな。

 その後、なし崩し的に和平条約は効力を発揮し、カルアンデ王国と魔王領との戦いに終止符が打たれた。

 

 ただし、残された主戦派が俺たちを恨んでおり、帰国すると命を狙われる恐れがあるため、カルアンデ王国国王陛下の命令により、俺と学園生たちやモンリー中隊はほとぼりが冷めるまで魔王領に滞在(たいざい)するように言われた。

 学園生たちはしばらくの間故郷に戻れないことに意気消沈したが、俺はそんなことは気にせず、魔王の厄介になることにした。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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第二十二話 魔王領での生活

 カルアンデ王国と魔王領との戦争が終わったため、俺の役目は終わった。

 条約を結んだ翌日、俺は魔王に会って終戦に同意した理由を訊いてみた。

 

「俺はただ、魔族領で暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くす軍事国家が許せなかっただけだ。その他の国を恨んではいない。むしろ彼らと不可侵条約の締結をしようかと模索していたら、ほぼ同時に攻め込んできたから落としどころを失ったんだ」

 

 魔王領で彼が頂点に立てた理由は、あるロボット技術者を召喚したことによる。これで国をひとつにまとめ上げた。

 ロボットを作ったのはやはりと言うか地球の日本から召喚された勇者だった。

 

 彼は定年を迎えた技術者で、とある有名な漫画原作者による少年型ロボットを作るのが将来の夢だったと言う。

 彼は仕事に専念するあまり妻子に逃げられたため、もはや日本に未練はないと言う。

 このまま魔王のもとで働き続けて骨を埋めるつもりだそうで、何度か会ったことがあるがなかなかに気さくな人物であった。

 ロボットを罠にかけて捕まえたことを話すと、更なる改良が必要だと言って研究に没頭し始めた。

 余計なことを言ったのかもしれないが、魔王が侵略をしようと思わなければ防衛は盤石(ばんじゃく)となり束の間かもしれないが平穏が訪れるだろう。

 

 同盟国と魔王軍との戦争がカルアンデ王国との和平条約を結んだことがきっかけで、他国もこれ以上戦い続けるのはまずいと思っていたのかカルアンデ王国を仲介として交渉の糸口をつかみ、各国首脳が一堂(いちどう)に会し和平条約を結ぶに至った。

 条約の内容だが、旧軍事国家領の半分を魔王領に割譲(かつじょう)。残り半分を各国との緩衝地帯とし、各種鉱山の権益を共同管理すること。また、魔王領が保有しているロボットの数を本土防衛分だけ残しての削減が和平の条件に入れられた。ただし輸送や土木、建設などの利用については対象外とした。

 

 俺たちは魔王の下で厄介になる間、ウェブルを含めた学園生たちは魔族に対しての偏見や差別をなくすための社会科見学を頻繁(ひんぱん)に行っている。

 

「ノリオ、やっぱり見学には行かないのかい?」

「生まれ故郷に帰るから必要無いだろう。俺にとって重要なのは、向こうでも生きていくための(かて)として魔法技術を磨くことだ。分かってくれ」

「ノリオの人生だからな。無駄な時間を取らせるのも悪い」

「……そうか、そうだね。君の年を考えると寄り道は良くないね」

「ごめんな」

「良いって」

 

 誘ってきたウェブルを説得する。ルモールはそのことを理解しているのか、俺の主張に加勢した。ウェブルも無理を言っていることが内心分かっていたのか納得したようだ。

 マリーの身体を獲得したローナは引き続き俺のメイドをしているが、肉体の操作技術が上手く行かないようであちこちでこけたり力加減を間違えて皿を割ってしまったりと大変みたいだ。彼女曰く、時間が解決するだろうとのこと。

 ちなみに俺は魔王に願い出て、許可をもらって図書館と技術工房を行ったり来たりしている毎日を送っている。

 カルアンデ王国の図書館では禁書扱いされていた本がここでは普通に読めるのだ。

それらの本には詠唱呪文が主だったカルアンデ王国とは違い、文字列発動、つまり魔方陣による刻印魔法の起動展開が普通だった。

 

 土属性魔法で粘土にちょこちょこと文字を刻み込んで魔方陣を作成して焼いて固める他、物体に書いたり刻み込んで魔力を流すと効果が表れるようだ。

 勉強しながら試しにごく初歩的な魔道具を作ってみると、思いのほか簡単にできた。羽ペンと一緒に使うインク壺のインクが減らないという意味があるのかという代物だが、魔法は魔法だ。

 俺につきっきりで指導していた教師によると、詠唱よりも刻印魔法の作成分野に才能があると断言された。

 それに加えどうも無属性魔法は刻印魔法と特に相性が良いらしく、魔力を別のエネルギーに変換させるのに良いらしい。

 これが他の属性に秀でていた場合、相性が悪く使う燃費も莫大のようだ。

 

 何故このような技術がカルアンデ王国では存在してなかったんだろうとカルアンデ王国国王陛下に訊ねてみたところ、昔の有力貴族たちが刻印魔法は平民でも扱えるため、彼らの立場が危うくなると考え禁呪扱いにされるようになったらしい。

 

 もし刻印魔法がカルアンデ王国で普通に使われることがあって、そこで才能を開花させていれば別の道を辿ったのではないだろうか。

 結果的にはカルアンデ王立魔法学園で学ぶ限り、芽は出なかったろう。

 

 魔方陣が製品全体に刻み込まれた電磁(でんじ)調理器ならぬ魔導調理器に、同様に魔方陣が刻印された薬缶(やかん)をのせて湯を()かすのを見ていると、思わず独り言が漏れる。

 

「美しくない」

 

 家電製品ならぬ魔導製品のほぼ全てが魔方陣がびっしり刻み込まれており、見栄えが悪い。

 

「要改良だな」

 

 魔族の技術者たちから訊くと、一般的に魔方陣が大きければ効果も高いと考えられているそうだ。

 小さくても一緒ではないのかと思い、技術工房である物を製作した。

 

◆     ◆     ◆

 

 息抜きに魔王城巨人練兵場へと訪れた。

 魔王城に隣接するようにロボットの駐機場があり、ここの広場で基本的操縦方法を学んだり、試験機の運動を行ったりする。

 技術工房で製作する合間、定期的にここに来る理由は彼女たちだ。

 

「うん? また来たのか」

「ネア、元気そうで何より。セシルは?」

「たった今ジョグを終えたところだ。あいつもすぐに来るだろう」

「そうか。……前に乗ってた機体、壊して悪かったな」

「悪用されないようにという理屈は分かる。あの場合は仕方がなかったろう」

「そう言ってもらえると助かる」

 

 魔王城を襲撃する際、速度最優先だったからロボットを置いていく他無かったからな。カルアンデ王国上層部があれをどう利用するのか予測がつかなかったため完全破壊させてもらったが、あれで正しかったんだろうと思う。

 中世ファンタジーで環境破壊前提のロボット大戦なんて見たくもない。誰かが製作した架空世界でのロボットバトルだったら大歓迎なんだがなあ。

 二人でそんな会話をしていると、セシルが歩み寄ってきた。

 

「また来たのか」

「心配でな」

 

 他の同盟国軍がどうかは知らないが、カルアンデ王国軍が魔王軍の捕虜をとらないことは知られていて、二人が生きて戻ってきたことに注目が集まっているようだ。

 曰く、勇者に情けをかけられて帰還できた。

 曰く、死にたくないから体を売って帰還した。

 曰く、身の安全を条件に巨人を売った。

 などといった噂が流れている。

 最も真実に近い、俺が情けをかけたなんて噂も筋違いだ。魔王の不興を買いたくないからが一番の理由だし、なるべくなら殺し殺されはしたくない。必要だったら殺害もやむを得ないが、当時は敵からの情報収集が最優先でそこまでする理由もなかった。

 

 このことは魔王に直接伝えている。認識のすれ違いで何が起きるのか分からないから、情報交換でのすり合わせが大事と人生経験で理解しているからだ。

 

「立ち話もなんだし、昼食(おご)るよ」

「良いのか?」

「話が分かる。ご相伴(しょうばん)に預かろう」

 

 先ほどまでの素っ気ない態度はどこへやら、セシルとネアがうきうきしてついてくる。

 

「そこらの店でだけど、良いか?」

「たまには外食したい」

「基地の食堂はバランスが良いのは理解できるんだけど、質と量がねえ……」

 

 まあ、国が受け持ってるんだから、最低限の食事しか提供されてないんだろう。

 

「お前たち、給料もらってるんだろ?」

「もらってはいる。でも、奢られるのは別」

「ごちになるぞ、勇者様♪」

 

 調子が良いな、おい。

 まあ、この二人がいてくれたからこそ和平条約を結べたんだし、このくらい必要経費だ。

 

◆     ◆     ◆

 

美味(うま)い美味い」

 

 がつがつと肉料理を頬張(ほおば)るセシルとネアを見ながら、同じく肉を口にする。

 牛肉や豚肉も良いもんだが、このオークの肉も捨てがたいな……。地球に持ち帰って飼育できないだろうか?

 いや、無理だな。二足歩行してる時点で人権を振りかざす保護団体が邪魔してくるだろう。裁判で貴重な人生を削られるのは御免(ごめん)だ。

 定期的にオーク肉を送ってもらう事にしよう、そうしよう。

 

「おかわりしていい?」

「あんまり食うと午後の訓練が大変だぞ」

「それもそうか。……残念」

 

 最後に残った肉の一切れを二人は名残惜し気にゆっくりと咀嚼(そしゃく)する。

 訓練再開までまだ時間あるようだし、ちょっと話しておこうか。

 

「二人とも、魔王領に戻ってから皆と上手く生活できてるか?」

「大丈夫」

「良くない噂が出回ってるようだから」

「気の良い奴らだから心配いらない」

「……それなら良いんだ」

 

 安心しても良いのかな、これは。

 本来はこういった調整役はウェブルが適任なんだけど、あいつも忙しいからなあ。

 

「良くない噂のひとつにヤスタケのものがあるぞ」

「俺の? どんなのだ」

 

 そんな話聞いたことないぞ。

 

「知らないのか? ちょくちょく私たちに会っているのを見た人が魔族に色目を使ってるとか陰口(かげぐち)叩いてるぞ」

「何故にそんな噂を……」

「ほら、私たち綺麗(きれい)だし」

「美人だし」

 

 二人はそう言ってポーズをとる。

 俺は彼女たちの髪型、顔、上半身を何秒か見つめて首を傾げながら言う。

 

「……綺麗? 美人?」

「今、ヤスタケは私たちに喧嘩を売った」

「買うよ」

「だから何でそうなる」

「理由を言ってほしい」

 

 二人にじっと見つめられたため、正直に説明することにした。

 

「これまでまともに女性と付き合ったことがなかったから、どんなのが綺麗だとか美人かなんて判断基準が分からないんだ」

「……なるほど?」

「そういうことか」

 

 ネアは(あご)に手を当てて頷き、セシルは額を()んでいる。

 

「まあいいじゃないか、何が原因で異性を気に入るかどうかなんて分からないしね」

 

 ネアは納得したようだが、セシルが半眼で俺を(にら)む。

 

「やっぱりあの要塞で暴れておけば良かったか……?」

 

 セシルのぼそぼそとした(つぶや)きが俺にはよく聞き取れなかった。

 

「何か言ったか?」

「いや、何も」

 

 そうこうしているうちに二人が基地へ戻る時間がやってきた。

 

「じゃあ、また」

「訓練を頑張るのも良いが、怪我しない程度にな」

「分かってる、じゃ」

 

 二人の後ろ姿を見送り、俺は城内の工房へと戻る。

 さて、魔王に完成品を届けに行くか。




次回の投稿は明日の6時半を予定しています。
それでは。


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