ヒカルの傍観者 (dorodoro)
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1話

「宝探しをしよう!」

 

昨日のテレビの影響か、ヒカルは突拍子のないことを良くするのはいつものことなので

苦笑いしながら仕方なく私も付き合う。

そして・・・・・・

なぜかヒカルのおじいちゃんのお蔵に来ていた。

「あ、これ知ってる。五目並べする台でしょ。」

ヒカルに「バーカ」と馬鹿にされ、お小遣いを止められたというしょうもない理由で高値で売れるのではないかとはしゃいでいる。

確かに見れば見るほど古臭く、しかし何か恐れ多く感じてしまうのは私だけだろうか。

「しかし、この汚いよごれおちねぇえな」

汚い?まあ、確かに古いから埃とか古くなっていくので汚く見えないこともないけど

しかしヒカルは血の痕に見えるらしい。私にはまったく見えない。

ヒカルの汚いというところに触れてみても何か分からない。

「あれ、地震かな?」

「ヒカル危ない!」

棚が倒れてきてきたので、私はヒカルをかばったところで意識が落ちた。

 

 

私が次に気が付いたのは病院のベットだった。

女の子にかばわれてなど、などヒカルが横でガミガミ怒られている。

これに懲りて少しは大人しくなるといいんだけどな。

私自身がそうなるとはこれっぽっちも思わない願いが叶うとはこの時にはつゆほども思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近ヒカルの様子がおかしい。

昔はそんな古臭いものと見向きもしなかった囲碁を始めだすし、

教室ではうって変わって大人しくなるし、いったいどうしたのだろう。

最近では、囲碁教室にいったりもしたようだ。

・・・と人の心配をしている場合じゃない。今は私のことで精一杯だ。

「アカリ、本当に大丈夫?進藤と一緒にこの間まで入院していたんでしょ。」

あの事故から私の頭痛が止まらない。

検査でも原因不明としか言われないしどうなっているんだろう。

何かに話しかけられているような気がするけど、内容も分からない。

まるで雑音が常に頭に響いているようだ。

「マジ顔色悪いよ、休んだほうがいいんじゃねぇ?ほら進藤保健室へ連れて行けよ。」

何で俺が。などといいながらも何だかんだでヒカルが付き添ってくれる。

「なあ、本当に検査はなんともないのか。ずっとそんな感じだよな。」

ああ、ヒカルに心配されるなんて、世も末だ。などと失礼なことを思いながら

ちょっと休めば大丈夫と言ったら、ヒカルは心配そうにしながらも戻っていった。

 

 

結論から行くと何時までたっても戻らない。

というよりこの状態に慣れてきたのか・・・・・・。生活そのものは普通に戻った。

あれから、ヒカルはなにやら囲碁に夢中になっているようだ。

それに急に大人びてしまったように落ち着きがあって、なんだか突き放されたような気持ちになりうれしさ半分悲しさ半分という感じだ。

 

 

 

 



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2話

「アカリ、葉瀬中の文化祭のチケットもらったけどいる?」

おお、たこ焼き。久しく食べてないなぁ。

そういえばこの間ヒカルがたこ焼き食べたいとか言ってたな。

 

 

私がたこ焼き食べに行かないかと誘うと、

「何、たこ焼き?ああ、もう文化祭の季節か。そいうやそんなことあったなぁ。」

あったなぁ?相変わらず良く分からないことばっかりいっている。あれ、葉瀬中の文化祭なんて言ったかなぁ。

「ん、行く行く。2時でいいよな。」

うん、よかった。ちょうど二時から行こうと誘おうと思ってたからよかった。

ヒカルと息がぴったりなのがうれしい。

良くヒカルはど忘れするから念を押して言っておく。

「じゃあ、絶対忘れないでよ。2時からだからね。」

 

 

文化祭当日。

流石に30分前じゃ少し早く来すぎたかな。

当然、まだヒカルは来ていない。

周りを見渡すと大人がそこそこ集まっているブースがある。

文化祭だとはいえ少し珍しいな。

 

ヒカルは相変わらずマイペースに少し遅れてくる。

遅れてくるのが分かっているのに、相手に合わせて時間通りにくることができない生真面目さに少しいらいらする。

ヒカルおそーい。

「わりい、わりい。」なんて少しも悪く思っていない、いい笑顔で言ってくる。まったく相変わらずだ。

まずたこ焼きを買って食べながら二人で歩く。ちょっとデートっぽい。まあ、相手はヒカルだからなぁ。

しばらく見て周る。

さっきの大人が集まっているところでヒカルの足が止まる。

「ちょっと見ていっていい?」

そういうとヒカルは足を止め、おじいさんが打っているのを後ろから見ている。

おじいさんがどいてヒカルの番になる。

中学生のお兄さんが石がたくさんおいているけど、どういうルールなんだろう。

ヒカルは正解のところに石を置くと、周りの人たちが拍手を送っている。

 

次から次へと中学生のお兄さんが石の並びを変え、1子までとか3子までとかいっている。

おそらくヒカルが置いていい石の数のことを言っているのだろうということまでは分かったけど他はさっぱりだ。

ヒカルが毎回少し考えるそぶりをしたかと思うと石を置いていく。

その度に大人たちから歓声が沸く。私のことではないけどヒカルが褒められるのは少しうれしい。

中学生のお兄さんも驚いている。

 

どうやら、次が問題らしい。流石に見ているだけでは飽きてきた。

ヒカルが一手打った後に、後ろから和服を着たお兄さんが碁盤にここだろとタバコを押し付けた。

お兄さん同士が言い合いになる。

なぜかヒカルも怒っているらしく、対局するみたいだ。私もう帰ってもいいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言い合っているのを聞く限りヒカルと対局するのは加賀さんというらしい。

対局しだすと、非常に話しかけにくい雰囲気になる、仕方ないから待つことにする。

しかし、ヒカルの真剣に集中しているときの顔を初めて見た気がする。

その横顔はとても大人びて見え、胸がなぜかズキズキする。

碁盤では絵を描いていくかのように、白と黒の模様が広がっていく。

ときどき石を抜いたり、まるで絵描きがキャンパスを修正するみたいだと思うとなんだか面白い。

いつの間にか打っている二人の世界に引き込まれるようだ。

面白いなぁと、つい思い声をかけてしまうと。

「ねえ、ヒカル?」

「うん?あ、やべ」

変なところで声をかけてしまったのかヒカルが石を落とすように碁盤に置かれてしまう。

バシッといい音を立てて加賀さんがすかさず打ち込んでくる。

「待ったなんてまさかいわないよな。」

ヒカルがおでこに手を当てアチャーという顔をしている。

そしてボソッ小さな声で、やっちまった。これも運命力か。などといっている。おそらく私以外は聞き取れなかっただろう。

申し訳なくなって、ごめんと誤ると、気にするなという感じで手を上げる。

その後何手か進むとまとめて石を加賀さんが持っていく。

「投了かい?」

「何この程度で勝った気でいるの。まだだ、まだ分らんよ。」

おお、ヒカルかっこいいけど、これってきっとかなりまずい状態なんだよね。

 

そうこうしているうちにどんどん打っていく。

ヒカルが一手一手打つごとに、加賀さんの顔色が変わっていく。

そうこうしているうちに、終局する。

最後に打ち終わると何か懐かしむような感慨深いような不思議な顔をして

「あと一手足りなかったか。持碁だね。」

「信じられん。この怒涛の追撃」

お兄さん二人が唖然としている。

というと、指導していたお兄さん、筒井さんというらしいの人の上着を脱がし、ヒカルに投げつける。

ヒカルは文句を言っている。

 

話の流れから行くとヒカルは中学生の大会に出るらしい。

ふーん、面白そうだけど。見ているだけじゃつまらないしなぁ。

まあ、がんばってきてね。

 

 



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3話

中学生になった。

ヒカルが囲碁部に入るというので私も入ることにした。

なにやらヒカルは本当に強いらしい。

この間なんか、某海賊王をもじって

「囲碁界の王に俺はなる!」とか、「神の一手を極める」とか言っていたし、

そのうち本気でプロになるみたいだ。

筒井さんにも毎回勝っているし、わざわざ他校の生徒が宣戦布告?みたいなことをしていった。

最近のヒカルは急に頭もよくなって点数も上がっているし、

わたしも碁を始めれば頭が良くなるのではと言う打算もあった。

ヒカルは「だめだめ、お前には向いていない!」などといいながらも

筒井さんに初心者歓迎と説得されていた。まあ、ヒカルも冗談気味に言ってはいたけど。

結果から言うと、白石を逃がすのに白石そのものを動かしたら呆れられた。

昔のヒカルなら怒っただろうな、などと感慨深く思ったのはルールが後でちゃんと分かってからだ。

何だかんだで辛抱強くヒカルは教えてくれた。

囲碁をやっているときだけは、なぜか空気が澄んだかのように雑音が消え頭がスッキリしていた。

そして何かせかされる様にルールが頭に入ってくる。

筋がよいと筒井さんには褒められ、

ヒカルはなにやら「おかしい、いくらなんでも飲み込みが早すぎる・・・・」と首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

囲碁はすっごく面白い。気が付けばどっぷりはまっている私がいる。

なにより頭からいつも聞こえる雑音が消えクリアになる。

そしてまるで道を指し示すようにここに打てと声が聞こえるときがある。

この間は扇子が指し示してるのが見えた。

まあ、きっと気のせいだろうけど、なぜかそれがでてきてそこへ打つと全体がよくなるのが分かる。

もちろんこんなことは誰にも話したことがないけど。

結局団体戦に出たいということで、筒井さんとヒカルと後1人男子が必要ということになった。

部員募集のポスターに詰め碁を貼っていたのだけど、効果なんてあるのかなと思っていたら。

三谷君?が○を付けている。すぐ行ってしまったけど部員募集のポスターを見ると。

うん、正解かな・・・、自信ないけど。筒井先輩の作っていたやつだから私も答えを知らない。

 

 

 

ヒカルはその後三谷君を追っているみたいだ。

今日も無理やりつれてきて筒井さんと打たせていた。反則勝ちしてすぐ出て行っちゃったけど。

次の日、なんか三谷君が賭けに負けて、それをヒカルが取り戻したとかで。

このあと、筒井さんと三谷君は本当に仲が悪くてぜんぜん反りが合わないみたいだけど団体戦本当に大丈夫かな。

しかし、みんな個人戦でないんだね。私出てみようかな・・・

 

 

 



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4話

囲碁の個人戦は1週間前から行なわれた。

ヒカルや筒井さんが来てくれると言っていたけど、私自身すぐ負けると思っているし、全力で断らせてもらった。

だって、負けてみっともない姿をこれ以上ヒカルに見せたくないし。

やっぱり実戦は違う。部活で打つのもいいけどこの勝負でのヒリヒリ感はとっても好きだ。

頭も今まで以上にクリアだ。今なら、ヒカルにだって勝てそう。まあ無理だと思うけど。

気が付いたら後1つ勝てば決勝というところまで来ていた。私以外はみんな海王中だ。

目の前の女性は日高というそうだ。

「お宅の進藤君っていう子がとっても強いらしいね。」

私は初心者なのでどのくらい強いのか良く分からないので、そのまま話した。

「あなたといい、今年の葉瀬中は面白いわね。」

囲碁をやっているときだけは、なぜか空気が澄んだかのように雑音が消えものすごく集中できる。

いつも気が付くと終わっていることが多い。

中盤までは互角だった。少なくとも互角だったと思う。

でも後半からヨセでじりじり差がついていくように見える。

「負けました。」

結果は2目負け。まあ、今の私から見れば十分なんてものではなく、もはやありえないレベルで良くできたと思うのだけど。

でもやっぱり悔しい。他校の生徒などにも感動したとかいろいろ言われたけどどこか納得できず悔しさをかみ締めている私がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこだか知らないとっても古い建物で御前試合というのだろうか。

片方が反則をしようとして、それを突きつけようとしたら言い争いになり、

結局反則したほうが勝った。なぜ彼はそんなことをして勝ったのだろう。

しかし、どちらも真剣だった。

 

 

「なんだ、夢か・・・・・・。」

変な気分だ。懐かしい夢を見た気がする。

今まで毎日雑音が聞こえて眠れなかったり、小学校6年生以降で久しぶりにぐっすり眠れた気がする。

「ヒカルおはよう!」

久しぶりに通学路であったので挨拶する。

「おう、おはよう。昨日すごいじゃん順決勝まで行ったんだってな。」

まぐれまぐれなど言いながらヒカルと昨日の対局を話しながら登校する。

「しかし、今日は本当に顔色もいいな。それじゃ部活でな。」

 

 

昨日の棋譜を並べながら二人とも驚いていた。

「すごいね藤崎さん。こんなに早くここまで打てるようになるなんて。」

「ああ、マジでどうなっているんだ。前回はここまでじゃ。いや・・・・・・」

えへへへ、この二人に褒められるのは正直うれしい。

ヒカルに三谷君が増えたので三面碁で打ってもらう。相変わらずヒカルは強い、ここまで来ても5子おいて勝てる気がしない。

でも、今まで以上に手ごたえがあった。確実に成長していることが分かるのは本当にうれしい。

 

 

 

 



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5話

男子団体戦。

男子は筒井さんを含め確実に勝っていく。傍目からみても海王中と葉瀬中の実力が突出しているのが分かる。

やっぱりヒカルは強い!いや、ヒカルに引っ張られるようにみんな強い。

ああ、団体戦いいな。私もみんなで協力したらもっと強くなれるのだろうか。

お昼に部員全員で私が作ってきたお弁当食べながら、囲碁話に花を咲かせる。食べ終わった後は時間の限りみんなで囲碁を打ったりした。

 

破竹の勢いで他校を倒し、予定より早い時間で海王戦が始まった。

ヒカルの相手は、あの入学後に声をかけて来た子だ。塔矢アキラ君というらしい。

非常にモテそうなイケメンだ。イケメン度ならヒカルも負けていないけど。

彼は父親がプロらしく、実力がありすぎてアマチュアに出るなとまでいわれた程強いらしい。

ヒカルにがんばってねというと、一言「おう!」とだけ言い、余裕のある表情で席に向かった。

その背中から不思議とヒカルが負けるところが想像できなかった。

 

あれは、武者震い?

トウヤ君の碁笥を持つ手が震えている。

私はそれを見て、そこまで本気で打てるなんてうらやましいと思った。

私といえば、緊張するまもなく何がなんだか分からないうちに終わっていたので尚更だ。

 

肝心の囲碁の内容はといえば、

副将の三谷君が相手を振り回し、攻めに攻め続けて最後まで攻め抜き何とか半目勝ち、

三将の筒井さんがヨセで怒涛の追撃をするも半目負け、

どちらも最後まで見ごたえのあるすばらしい対局だった。

 

いやおうなしにみんなの視線が大将戦に集まる。

ヒカルが優勢だ。噂通りアキラ君は強い。ヒカルもライバルだとか言っていたのもあながちうそじゃない。

でも実力差は明らかだ。心なしかヒカルの表情にもまだ余裕があるように思える。

中盤からアキラ君が仕掛けても、ヒカルはそれをかわすどころか正面から打って立つ。

終盤に入りアキラ君が耐えるも実力差どおり差が開きだす。

誰もが固唾を飲んで、その一手一手を見つめている。

 

「負けました。」

 

ついにアキラ君が投了した。

本当にすばらしい対局だった。少し前の自分なら見ても何をやっているかわからないレベルのものだったけど。まあ、今でもはたしてどこまで理解しきれたのか。

本当に大会に出ておいてよかった。

なんか先にプロの約束がどうとか言っていたり、気になることを言っているけど、

私が打ったわけではないのに私事のように嬉しかった。

みんなおめでとう。

 

 

 

 

 

 

 

パチ、パチ

大会が終わった後、大会の熱気にやられたのか気が付けば最近家でも囲碁を打っていることが多い。

ヒカルのおじいちゃんにねだったら、使っていない二つ折りのお古をくれた。

流石に一万円しないといっても親は意外と渋るものだ。

 

気が付けば、1局終わっている。でも誰かと打っているわけではないはず。

おかしいのは分かっている。気が付くと誰だかわからない人と打っている。

いや、打っているのは私だ。私が二人分並べているのだから・・・・・・・。

ああ、頭は重いのにふわふわする。何なのだろう。

 

 

ヒカルは最近インターネットに夢中のようだ。

暇さえあれば三谷君のお姉さんにお願いしてやらせてもらっている。

迷惑かけていないといいけど。

家にも最近パソコンが来てできないこともないけど、難しそうだしな。

あまり興味がわかないからやっていない。

ああ、それにしてもヒカル大丈夫かな、心配だな。

最近は落ち着いているけどたまに不思議なことしだすし。

今度ついていってみようかな。

 

 

 

 



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6話

「くそ、なぜ勝てない。俺こそが、俺こそが神の一手を極めるというのに。」

男は打ちのめされているようだ。

「明日の御前試合はなんとしてもあやつに勝たなければ。いざとなれば・・・・・・」

またあの対局なのかな。私は不思議と男の感情に入れ込んでいる。

そしてその対局。私は以前にも見ているから結果は知っている。

「だめだ、どうあがいても勝てん。あそこの石をずらせれば。」

なんで、そんな反則をしようとしているのだろう。

「勝たなければ、俺は明日殺されるそうなるくらいならば・・・・・・。」

対戦相手の気迫とともに男の気迫が伝わってくる。

そっか、殺されちゃうのか。当時って本当の意味で命かけてみんな囲碁を打っていたんだね。

なんてさめた感じで私は見ている。

結果的には彼は反則をし、指摘される前に逆にイチャモンをつけ勝利をもぎ取った。

しかし、次の対局であっさりと負け彼は消えてった。

悔しかっただろうな。反則なんかしたくなかっただろうに。結局それが後を引いて負けちゃうし。

 

 

最近良く変な夢を見るなぁ。

たいていそういう夢を見た日は頭痛がひどくなり眠りが浅い。

最近ヒカルの親が、ヒカルが六本木で良く見かけられるとのことで少し心配しているとの事を聞いた。

なぜか私に一回様子を見に行ってきて欲しいなんて頼まれちゃうし。

まあ、どうせ三谷君のお姉さんの所でインターネットだろうけど。

 

 

放課後、こっそり後ろから付いていく。部活?今日は筒井さんの用事があるとかで一応休みだし。

まあ、目的地は分かっているからいいんだけどね。

うん、万が一ってことがあるし。

え、ストーカー?いや、ストーカちゃうよ。親公認だし。

案の定、三谷君のお姉さんのところだ。

「こんにちは。三谷君のお姉さん。」

一応、三谷君から説明してもらっている。

「ああ、弟が言ってたアカリちゃん。」

向こうも気さくに話してくれる。

ヒカルがお世話になっていますなんて、挨拶もしておく。

ちょっと世間話して、目的は達成したしもういいかと思いながらも

せっかくここまできたし、ヒカルの打っているところが見たいと思ってこっそり後ろから近づく。

ヒカルはものすごく集中しており、肌がピリピリするような錯覚を受ける。

相手も相当強いらしく、

すごい碁だな・・・・・・。

え、そこに打つの!

そんな手で防げるの!?

などと思いながら画面を見続けていると

頭が、ガンガン痛くなってくる。

サーーーーーーイーーー、フ#ワ¥$#サーーーイーー。

周りを見回しても誰もいない。

ココデアッタガ、1000年め・・・・・・・

知らないよ、だれなの、さい?って。

そうこうしているうちに、ヒカルが優勢で勝負もほぼ決まりかけていたので、

一言三谷君のお姉さんに断って倒れそうになるのに耐えながらも、急いで店をでた。

 

 

 



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7話

今まで、ずっと雑音だったものが急にところどころ聞こえてくる。

断片的に聞こえてくる内容を要約するとこの声の主は、

「1000年前に囲碁で敗れた棋士と再戦をし、勝ちたい。」

とのことみたいだ。まあ、聞こえてくる声が断片過ぎて本当にそうか分からないけど。ああ、本当に頭がおかしくなる。

いやついに、おかしくなってしまったのかな。

そりゃあ、小学校六年生からだもんね。普通の人なら発狂しているんじゃないかな。

まあ、普通の人はこんな状態にまずならないと思うけど。ああ、こんな声聞きたくもない。

あの時から、こんな状態になっていることを・・・・・・・。

家族はうすうす気が付いているかもしれないけど、ヒカルにだけは気が付いて欲しくない。

何だかんだ言いながらもヒカルはやさしい、あれだけ強いのだからきっと囲碁のプロにもなるだろうし、邪魔したくない。

何より、ヒカルなんかに気をつかって欲しくない。なんてらしくもないことを考えている。

だめだ!弱気になっちゃダメ!きっと気のせい!気を強く持たないと!

と1人で気を入れると頭は相変わらずだが少し元気になった気がする。

「アカリー」と友達の声が聞こえた。今日も一日がんばらないと。

 

 

パチッ、パチッ。

やっぱり囲碁はいい、何よりうるさい雑音が消える。相手と自分の真剣勝負。

いつまでもこの幸せな時間が続けばいいのに。

「おーい、アカリ打つぞ。」

そんな余韻に浸っていると、ヒカルに声をかけられる。

最近は三谷君を含めて4人いるので全員で代わる代わる打ったりもしている。

ヒカルと打つのは、一番幸せな時間だ。毎回ヒカルは、こちらの考えもしない一手を打ってくる。

「saーiー、フジワラノ・・・・・・・・」

まだ始まって、序盤もいいところ。頭痛が酷くなってくる。

囲碁を打っているときに、この声が聞こえるのは初めてだ。

恨みの相手は「ふじわらのさい」さんという方なのかな。

ツギハ、ココダァ、ココニウテェェェ。

ああ、うるさい。私の幸せな時間を奪うな。

頭の痛くなる声を無視しながら私は打ち続ける。

チーガーウ、ソコデハナイ。ソコハヨセダーーー。

あ、しまった。というか、こんな簡単なミス普段なら絶対にしないのに。

「今日は調子悪いな。どうかした。」

大丈夫きっと表情には出ていない。勤めて笑顔で大丈夫とヒカルに言った。

ヒカルは納得いかなそうな感じだが、本当に大丈夫かと心配させてしまった。

ああ、私の馬鹿。なんて思いながらも何とか納得してくれたようだ。

「そういえばヒカル、ネット碁打っているんだよね。名前はなんていうの。」

すると、なぜかヒカルは驚いた表情を一瞬した。私へんなこと言ったかなぁ。

「ああ、light、カッコイイダろー。」

少しもかっこいいと思っていないという感じで、おふざけ半分に言う。

なんか、急に大人びちゃったヒカルがそんな態度をとるなんて久しぶりだな。

「あれ、でもこの間saiって名前で打っていなかった?」

「いやいや、そんな名前で打っていないぞ。というか俺が、ネット碁打っているの見たのかよ。」

わずかに目を横に向け、嘘をついているのがばればれだ。まあ、ちょっとした変化だから私じゃないとわからないと思うけど。

「うんちょっと友達一緒にとネットカフェで調べものするために、三谷君のお姉さんにお願いしたらヒカルがいたからチラッと見たんだ。あの対局はあの後どうなったんだろ。」

もう、嘘を並び立てるのには慣れた。実際は様子を見てきて欲しいと頼まれただけだけどね。

「なんだよ、チラッとだけかよ。見間違えだろ。俺はlightで打ってるぜ。マジで無敗伝説作っているんだからな。」

他の人が見れば分からないだろうけど、ヒカルがほっとしたのが私には分かる。何か隠したいのかな。

サぁーーイーーー、サぁーーイーー。

ああ、うるさい。ん、sai?

「きっと、他の人の対局見ているときに見たんじゃないか。」

ちょっといたずら心もあって、もしかしたら私の問題が解決するかもしれないということもあって余計なことを言ってみる。

「そういえば思い出した。ヒカル、そのsaiさんって人に連絡取れない?ネットで有名な人なんだよね。この間の大会でできた友達がすごく強いからぜひとも対局してみたいって言ってたよ。」

まあ、無理かな。そんな隠そうとしているみたいだし。

「流石に無理だと思うよ。saiはすごく人気だからね。ちなみにその人はなんて名前なの。」

おお、何だかんだでやさしいな。きっと受けてくれるつもりなんだろう。

「確かRIKA01とか言ってたかな。ちょっとメールを見てみる。うんR I K A 0 1だよ。」

どうせ、作って一局しかやっていないアカウントだ。たまたま友達に誘われて作ったのはいいけど放置していた。

ヒカルはふーんという感じで、まあ、俺は連絡先知らないんだけどな。といってその話はそこで終わった。

 

 

 

 



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8話

ようやく、私の頭痛の原因について分かってきた。

幽霊だかなんだか分からないけど、ようやく意思がはっきりと分かるようになった。

まあ、私の頭がおかしくなって幻聴聞かせているという点もまだ捨てきれないけど。

「それで、saisaiうるさいのは分かったけど、貴方は何なの。名前は?ひょっとして囲碁の死神?」

デスNUUTOOとか言う漫画が流行っていたはずだ。

「ナマエナド、ステタ。シニガミ?シラヌ」

ああ、会話が成立するようになった気がするけど、頭が痛くなるキンキン声。

正直この幽霊?強いから、対局してもらう分には非常にありがたいけど。

「saい、フジワラノサイト ウタセロ」

だから、サイなんて知らないよ。大体何時の人なのだろう。

やっぱり1000年位前の人物なのだろうか。この間のネットのsaiにもずいぶん反応していたけど、

saiと名乗っているヒカルと打ったら成仏してくれないかな・・・・・・・。

 

 

そんなこんなである程度この幽霊(暫定)の扱いが分かってきたころ。家のパソコンでネット碁のサイトを見てみる。

saiがいるかなぁ。

いないか。どうやら過去の対局も閲覧数が高いものなどはネットなどで調べれば見られるようでsaiが打った数々の棋譜を見ていく。

ヤハリ、マチガイナイ

おお、幽霊(暫定)が勘違いしている。でもこれならいけるんじゃないかな。

といろいろネットサーフィンしながら対戦相手の名前を見てみると、おお、saiがいる

急いで対局を申し込む。良く分からないけど時間無制限?変え方分からないからこのままでいいや。・・・・。受けてくれるかなぁ・・・。

ちょっと待たされると、やっぱりダメか。と思うとsaiから3時間で申し込みが。

こっちは黒か、ほら、あんたがうちなよ。

 

 

「saiがまた対局しているぞ。今度はRIKA01。時間もまさかの3時間だ。」

「おい、何だこの碁は。そこでいくのか!」

「saiの一手が相手の勢いを止めたぞ。」

「いや、この程度で止まらないのか。信じられん、何だこの一手は。」

「おい、何だこの打ち合いは。複雑になりすぎて分からん。」

「強い、どっちも強すぎる。RIKA01、こいつもプロなのか!?」

ネットで熱い議論が交わされているのを当人は知らず、対局は進んでいく。

対局は終始黒が攻め続けた。

ひらりひらりと白がすべて交わしていく。しかし、白も手厚く打っているがまったく攻められない状態おかれている。

「おい、最後まで行くぞ、ちょっとRIKA01が弱いか。」

 

 

手汗握る厳しい対局が続く、というか本当に強いんだこの幽霊(暫定)。

私では思いも付かない手がポンポンでてくる。それをひらりひらりとかわしていくsaiの技量もすさまじい。

でも、差がつかない。このままではこいつのほうが分が悪いように見える。勝ってくれないかなぁ。まだどうなるか分からないし。

ああ、おわちゃった。私の成仏さくせんがぁぁぁ。

「カッタ、サイニカッタゾ」

ええ、いやあんた半目負けたじゃん。

「ああ、勝った。ついに勝ったぞ。5目の大差だ。私は勝った。1000年かけて私は勝った。カッタカッタカッタカぁ」

5目?まあ、それはおいといて、今度こそいなくなった!?私の頭痛の種が消えたの!?

頭は、昔より雑音がしない。なんかまだ雑音が続いている気がするけど気のせいだよね。

いや、少なくとも気のせいと思えるレベルには下がっただけでも成果が。

「キサマニカンシャヲ。ワタシノスベテヲモッテユケ」

きゃあああ、いりません。そんなものいりません。いらないからはやく成仏してぇぇーー。

 

 

 

 



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9話

気が付けば見覚えのあるベット。うわ、あの後倒れて。どうなったっけ。

そうだ、あの変な雑音。うん、酷い雑音から普通の雑音になった。

今まで見たら天国みたいだけど、どうにかならないのかな。

例によって、今回も精密検査してすぐ帰してもらった。異常は相変わらずなし。

今回は2日も寝込んだらしいけど、どうせ病院にいてもしょうがないし。

学校でもいつもどおり、少し心配されるけど慣れたものだ。

 

 

ヒカルたちは全国大会に出て一回戦負けを喫した。

全国大会では大将のヒカルを捨てて他二人で勝ちにいく作戦をとられたようで、惜しくも三谷君も1目半負けてしまったみたいだ。

筒井さん?筒井さんは中押し負け、それも序盤でそうなってしまったらしい。流石に全国大会副将レベルを相手にするのは無理が合ったらしい。

昔は、海王中副将相手にまぐれ勝ちしてたけど。

でも、出るのが目標だったこともあり、筒井さんはいい思い出ができたと喜んでいた。

ちなみにヒカルたちが対局した大阪の代表はそのまま優勝したそうだ。

他のところと当たっていれば恐らくどんな作戦を取ろうと葉瀬中は負けなかったというのが大会関係者の認識だったようだ。

ヒカル曰く、「運命力だ。」とのこと。

ヒカルがよく言う運命力って何なのだろう。

単なるかっこ付けなのか、それとも特別な意味があるのか少し気になりますが。

なんだか聞きにくい。某アニメのヒロインを見習って「私、気になります。」ってキャラじゃないね。

でも、なんか違和感というか、ヒカルらしくないというか気になるんだよね。

 

 

最近ごたごたしていたため囲碁教室も久しぶりだ。

そういえば、阿古田さんと打ってもらって以来行っていないな。

「おお、アカリちゃんようきた。打とう打とう。」

周りのみんなは本当に優しい。特に阿古田さんは分かりやすく教えてくれていたっけ。

パチッ。気持ちのいい音が教室を支配する。

「負けました。いやーアカリちゃん本当に強くなったね。油断したつもりもなく最初から本気で打ったんだが。」

とそこで

「アカリちゃん打とうか。」

まさかの白川先生登場。

進藤君は元気か聞かれたりするので、元気すぎるし相変わらず足元すら見えないという雑談をする。

おお、三子置かせて貰っているけど私打ててるじゃん。

三子分のリードをきっちり守り続けて彼に勝ってしまった。

まあ、石置いてもらっている分圧倒的有利だし、5目半入れれば負けなんだけど。

周りもこの予想外の結果に驚いているようだ。

先生もものすごく驚いたらしく。今度、先生が行っている研究室に来ないかなんて誘われてしまったけど今は断った。

研究会とか良く分からないし、ヒカルがいる部活動のほうがいいし。

 

 

 



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10話

ヒカルがインターネット碁をやめた。あの後、トウヤ君らしき人と打った後やめたみたいだ。

部員が二人も増えた。

友人の津田さんが帰宅部で暇そうなので前々から誘っていたのだけどようやく決心してくれた。

もう一人が夏目君、これで筒井さんが忙しくても大会に出られるねというところで、ヒカルがついにプロになると言い出した。

プロになると、アマチュアの大会には出られなくなるみたいで、部活をやめるのかという話になる。

「うん、前から、さんざん目指すって言っていたからいい機会なのかもね。」

私は心にもないことを言う。正直ヒカルがここにいてくれたほうが嬉しい。ヒカルが別の遠くへ行ってしまうようで悲しい。

三谷君も反対するかと思ったけど、

「まあ、そうだよな。頑張ってこい」とあっさり認めたのには少し驚いた。

無理やり入部させた関係、もう少し反対するかと思ったけど。

まあ、正直ヒカルが何を考えているのかまったく分からないけど。

なにやら棋院で見てもらうのに棋譜が必要とのことで、三面碁を打つ。

今回は全員と互い戦だ。

ひょっとして、ここで勝てばプロ試験受けるの諦める?なんて悪魔のささやきが聞こえる。

まあ、実力差考えれば無理だろうけど。そんな気持ちでは囲碁は強くなれない。今日は絶対に負けられない。

碁笥を持つ手が震える。何かヒカルが笑顔で何か言ってきた気がするけど聞こえない。

そして対局が始まる。

ヒカルがノータイムで打ち込んでくる。今日のヒカルは三面碁ということもあるけど、本当に容赦ない。

でも、なぜだか分からないけど考えが分かる気がする。今日の私は絶好調だ。

ヒカルが向き合う。まだ中盤に差し掛かったところだけど、おそらく筒井さんと三谷君は投了してしまったのだろう。

実際に打っている時は、そんなことを考えている余裕はない。とにかく負けるかと食らいつく。

食らいついて、食らいついて。いつもなら絶対打たないなという囲碁を打つ。

いつもなら学術派寄りの囲碁が好きなんだけれども、今日は勝負師寄りの囲碁を打つ。

それに対してヒカルは堅実なんだけど美しい囲碁を打ってくる。

あえなく終盤に差し掛かりヒカルの堅実な攻めに耐え切れなくなり投了。

「ありません。」

ああ、終わった。やっぱりヒカルは強い。

あまりの悔しさに、ヒカルの顔が見ることができない。心が抑えきれずに教室から出てしまう。

ああ、やっぱり悔しい。私は弱い。何より私じゃヒカルの力になれないことが辛い。

しばらくして、分かっていたことじゃないかと無理やり自分に言い聞かせていたら落ち着いてきた。

少し気分がすっきりしたので教室に戻る。

ヒカルはこっちの様子なんか気にならないかのように棋譜を付けている。すこし、気まずい。

「おお、アカリ戻ったか。」

戻ったかってなんだ。まずいなぁ、やっぱり感情的になりやすくなっている。

みんなが努めて、気にしないようにしているのかぎこちなく明るくしている。

いつもどおり、一緒に帰る。こういう時間ももう少なくなっちゃうのかと思うと少し、いや、とても悲しい。

「プロになったら、大会はでられなくなっちゃうけど部活は暇ができれば来るから気を落とすなよ。」

なんか、ヒカルに慰められるとむかつく。というか迷惑かけたくないとか気持ちとかいろいろな気持ちがぐちゃぐちゃになって私は話しかけられない。

私はそんな状態なのに、ヒカルは何も気にしないかのように陽気にいろいろ話してくる。

「俺が神の一手を極めるためにどうしてもアキラが必要なんだ。本当ならあと一人もいて欲しかったんだけど。」

まあ、良く分からないことを言い出すのはいつものことだ。

そうこう馬鹿話など話しているうちにやっぱりヒカルはヒカルなのだなと思うと気分が落ち着いてきた。

気が付けばいつも通りあっという間に家についてしまう。

最後のほうは気持ちも落ち着いて普通に話せたと思う。

「じゃあな、今日の対局すごいよかったぜ。必ず俺はプロになるからな。見てろよ。」

なんだか最後まで囲碁馬鹿なヒカルを見ていると馬鹿らしくなるなぁ。

うん、がんばれ。目指せ神の一手。

 

 

 

 



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11話

無事にヒカルは院生になったみたいだ。

先生が私の棋譜を見てよく打てていると褒めていたと言っていたことを伝えてくれた。

部活では、筒井さんも当然来ないし三谷君と津田さん夏目君、私の4人で打つことが多い。

三谷君は結構サボることが多いので、サボるといってもいろいろな碁会所に行っているみたいだ。

あれっきり、ヒカルは忙しいのか部活には顔を出さない。

たまにすれ違ったりするけど、軽く挨拶するくらいですれ違いの日々が続いている。

 

私も津田さんや夏目君に教えるので忙しい。

二人とも素直なのだけど飲み込みが遅いらしくなかなか苦労しているけどのんびりやっていこうと思う。

私はヒカルのようにプロを目指すわけでもないし。

ヒカルと真剣勝負をしたいと思い出したのはこの頃だ。

今まで当たり前にいたヒカルがいない。

家も近所だし、学校でも会いに行こうと思えばいつでもいけるけど、今までみたいに会えない気がする。

きっと道は続いている。どこかで本格的に交わるときがくるかもしれない。そのときまでにどこまで私が強くなれるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまぬ、#&」

「お前にもう囲碁を打たせてやれぬ。」

何を言うか、私のほうこそ。

 

一人は倒れ行く男を案じ、付き添っている。

看取っている男からは、深い悲しみと感謝、いろいろなものが滲み出している。

不思議だ、看取っている男からの感情が私に直接流れてくるようだ。

・・・・・・・・・・。

 

 

またあの夢か。ヒカルが院生になってから何度か見ている夢だ。

前ほど、雑音が酷くはないけど、それでもまだ直らない。

それに今の雑音は前の声と違って少し心なしか心地よい。

雑音には違いないけど不思議だ。

 

 

結局、冬の大会は欠場。金子さんが出られないし、筒井さんも無理みたい。

個人戦は夏のみらしくて冬はなし。

まあ、津田さんも夏目君もまだまだだし、今はまだ頃合じゃないのかな。

ヒカルの真似をして二面碁。案外簡単にできるんだね。

最近は指導碁の真似事をして二人ともめきめき強くなってきているのが良く分る。

また、彼らに教えることによって逆に私の力にもなる。

でも、やっぱりどこか穴が開いてしまった感は否めない。

ヒカルの代わりは誰もできないけど、それでも囲碁が楽しいから続ける。

ああ、一度でいいからヒカルと真剣勝負したい、いや、勝ってみたいな。

 

ヒカルがいなくなって、私も三谷君みたいに碁会所巡りをたまにしている。

たいていの所はタバコがきつくて、あまりからだの強くない私はときどきしかいけないけど。

そんな中でアキラ君のお父さんが経営しているという碁会所は比較的みなさんタバコを吸わない人が多く、

私が行くと気にしてくれるのかやめてくれることもある。

私が打っていると、みなさん暇なのか周りに人が集まる。

 

 

「あそこにいるのは?」

「ああ、最近ここに良く顔を出すアカリちゃんよ。なんでも女の子なのにかなり強いみたいで。」

「ほう。」

その男はアカリの打つ碁盤に向かう。

しばらくして、中押しで対局が終わる。

「なるほど。面白い。」

 

 

ギラついた鋭い目、金色に染めた髪にホワイトスーツを着たスラッとしたおじさんが一局打とうと言ってきた。

下手したら変な人と思われる格好ながらもその人には非常に似合っていた。

いや、なにこのおじさま。とってもかっこいい。いや、かっこよすぎる。

 

周りが、先生だけで来るとは珍しいですねとか言われているので、きっと強いのだろう。

 

対局が始まる。

五子置かせてもらっての対局だ。

せっかくなので序盤から積極的に行く。全体から流動的に攻守が分かれていく。

まったく手ごたえがないどころか、どんどんこちらの地が悪くなっていく。このおじさま本当に強いな。

中盤の中ごろに入ると防戦一方になる。ひたすら耐えに耐える。

美しい澄んだ音だけが碁会所を支配する。

中盤の終わりにおじさまが試すかのような一手を打ってくる。

もうこのときには貰った分のリードはなくなっていた。

相手は堅実に打ってくる。

やはり実力不足は否めない。

仕方がないので最後のあがきに出る。

最後のあがきも無駄に終わり終盤で投了。

結局最後までおじさまに動揺させることもできなかった。

いくら、2局打った後でふらふらとはいえここまでどうにもならないとは。

とってもくやしい。でもこの人ヒカルと同等くらいの強さかな。

検討を始める。とそのとき

しくしくと、誰かが泣いている音が聞こえる。

周りを見回しても誰も泣いている人はいない。

いったい何なのだろうかと思ったところで急に意識が離れた。

 

 

 

 



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12話

お母さんより囲碁禁止令が発令した。

いや、ホント意味ワカンナイ。

 

 

またしても病院のベット。またしても倒れたらしい。

原因は恐らく囲碁にあるということを医師の先生が母に話したらしく。

なんでも碁会所に通っていたことについてもご立腹のようで。

あんな危ない人たちが集まる場所になんて。などいろいろひどいことを言っている。

確かに見た目はアッチ系の人が多いし、みんな良い人たちばっかりなのにいくら説明しても納得してくれない。

まあ、1番の原因は囲碁をして倒れることが多すぎるという点なんだけど。

今までは、趣味として熱中できるものがあったほうが良いだろうと見逃してくれていたようなんだけど、流石にここまでくると関係性を疑わないわけにはいけないらしい。

 

 

しくしく、しくしく。

なんか、新たな泣いてばかりいる幽霊まで出てきたし。

その幽霊は囲碁を打っている人を見るとうれしそうに、囲碁盤まで寄って行って扇子で碁盤を指したり何か話しかけようとしているのだけど、私も含め誰も聞こえない。

そのくせ、私には悲しいとか、うれしいとかの感情だけは直接伝わってくるからやってられない。

というか、この幽霊ひょっとしてずっと私についていたのだろうか。

それとも他の誰かについていたのに私に移ってきたとか?

 

 

 

部活のみんなに事情を話して、しばらく部活動を休むことになった。

とたんに手持ち無沙汰になる。気が付けばつい詰め碁をしたりしてしまう。

うーん、この後ろをパタパタ付いてくる幽霊のこともあるしどうしたらいいのだろう。

 

 

 

最近この幽霊、私が認識できていることが分かるのか、しきりに碁を打とうという感じで折りたたみの囲碁盤の周りをぐるぐる回ってみたりする。

見た目は、昔の中性的な顔立ちのかっこいい男性なのにやっていることは子供だ。

母に囲碁を禁止されてしまっているので、いろいろ説得しているのだけど困ってしまっていたので相手にちょうどいい。

なんか、どこか憎めない雰囲気を持っているんだよね。この幽霊。

囲碁を打ちながら、話しかけてみる。

うーん、反応悪い。というか話しかけながら打つのって何気にはじめてかも。

 

幽霊は私が打ち終わると打ちたいところに持っている扇子を指す。

今日だけで三局打ったけど勝てる気配がない。というかこれヒカルが良くやる指導碁だな。

というか、打ち方もヒカルに少し似ているなぁ。

 

幽霊と打つのが楽しすぎて、気が付けば夢中で打っていると。

 

バンッと扉の開く音がしてお母さんが

「ご飯だっていっているでしょう。後、今後は囲碁禁止だって何度言えば分かるの。」

と今まで見たことがない迫力で、怒られてしまった。

「先生は対局、それも1日に2局以上打つことまでしか禁止していなかったはずでしょう。」

「アカリ、何で分かってくれないの。私はただ、あなたが心配なの。またあなたが倒れたかと思うと・・・・・・・。」

「お母さんには関係ない。何で私の大切な時間を奪うの。」

「対局とか言われてもお母さん分からないし。とにかく・・・、これは没収。勉強でもしなさい。」

「やめて、まだ打っている途中なのに。」

必死に抵抗したんだけど、碁盤をもってかれてしまう。

正直、私もお母さんも取り乱しすぎて何を言ったか覚えていない。

いろいろあって私は疲れ果ててしまい、ご飯を食べた後も言い合いをしたが結局囲碁盤を取り戻すことは叶わなかった。

 

 

 




自分以外の魂二つも乗っけてりゃ、脳味噌オーバーヒートするのは当然ということで、しばらく倒れることはないと思います。
今の所、予定では後1回で倒れるのは最後です。


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13話

もうどうしたらいいのか分からない。

囲碁が禁止されちゃうし。

医者の先生は、対局をできるだけ少なくして様子を見ましょうといってくれていたのに

お母さんときたら囲碁が悪いみたいに。

囲碁の本とかも捨てられそうになったので囲碁部にとりあえず移動させた。

こうなったら、

          (私のターン!ドロー!お父さんを召還!)                  

お父さんを召還。昔スポーツのプロを目指すほどがんばっていたから分かってくれるはず。

私としては、持っている唯一のカードといっても良かったんだけど・・・・・・。

お母さんは強し。お父さんにしてはかなり粘り強く説得してくれていたのだけど。

とりあえず、一週間様子見ようということになった。

 

昔だったら普通に守れただろう。でも今の私には無理だ。だって、こんな近くに良い対局相手がいるのに対局しないとか無理です。

ただ、隠れて打っているのにも罪悪感が沸く。いや、でも打ちたい(以下無限ループ)

 

こんな状態なので学校へ行っても張り合いがない。

周りから元気がない、顔色が悪いと心配されてしまった。

学校も終わり、部活動にもでられないので

はぁ。とため息をつきながら帰宅の道に付いた。

 

帰り道、今日は一段と寒いなと思いながら帰っていると横にスポーツ車が止まる。

「そこの君、ちょっといいかい?」

 

うん?私?

振り返ると、おお、碁会所のおじ様が降りてくるではないかって・・・。

無理やり車に乗せられる。

「時間ちょっといいか?」

無理やり乗せる前に行ってください。そういうことは。

まあ、友達の家に行ったとでもいっておこう。仮にもあの碁会所で先生と呼ばれていたのだから怪しい人ではないだろう。

見た目は怪しいけどね・・・・・・。

 

内容としては思ったとおり、この間の対局で対局中に倒れてしまったからそれについての謝罪と

非常に魅力的な碁だったのでこのおじ様(緒方さんというらしい)研究会に来ないかというお誘いだった。

厳つい格好のわりに、丁寧に話してくれたので、私の家での現状をつい話してしまった。

 

「なるほど、それなら力になれるかもしれない。」

 

緒方先生がわざわざ家に来てお母さんの説得を行なってくれた。

なんでも、似たような症状を抱える人が稀にいるらしく、そのエキスパートの先生を紹介してくれるなど説得してくれた。

母も最初は、あなたのせいでなど、なかなかひどいことを言っていたが、最終的には緒方さんがプロということもあり、納得してくれた。

正直こんなにすんなり事が運ぶとは思いもしなかったので、緒方さん(先生と呼ぶべきか?)には、感謝しきれない。

改めて御礼を言うと、「自分のためだ。」と言ってきた。まあ、打っている相手が倒れたなんて醜聞だしね。まして相手は若い女性だし。

とはいえ、私としてはどうにもならない状況が続く可能性が高かったため感謝してもしきれない。

加えてお世辞なのか、緒方先生が期待しているということも言って下さり、加えて研究会の参加の許可までもらえた。

 

うん、まあ、パタパタ付いてくる幽霊が出てきてから雑音もほとんどしないし体調も悪くならない。

ひょっとしたら、ここ最近では一番いいのではというくらい体調が良くなったので、どんどんばれないように打ちたい!

あ、囲碁盤とかも無事に帰ってきました。やったね。

 

 

 

 



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14話

「彼女が、緒方君が話していた子か?」

私が挨拶をすると、

「ふむ、緒方君が研究会に人を連れてくるとは珍しいね。」

それだけでなく、プロや院生でない人が参加するというのはとても珍しいらしい。

研究会では、対局したり様々な対局の検討をしたりする。私も積極的に発言するようにする。

ほとんど、そこはダメなどいわれるが、面白い一手だといわれることもある。

たまに幽霊が打つ場所を提案するように扇子で指してきたりするけど、

ある程度考えて分かる一手はそのまま提案するようにするけど、

分からない一手については相当議論が動かないときを除いて発言しない。

基本的にはアキラ君のお父さんが中心になって進める。

今日は、アキラ君は対局で来られないようだ。

そして、私の師匠の話になる。

「アカリちゃんは、師匠とかいるの?」

なんと答えるべきだろうか。幽霊1とか幽霊2とかに教わっている気はするがやはり師匠といえばヒカルになるのかなぁ。

師匠はヒカルに当たると言うと、みんなヒカルのことを知っているらしく、彼はなぜ院生をやっているか分からない。

プロになったら直ぐ上がってくるだろうなど、いろいろ言われた。

みなさん、アキラ君との対局を通してヒカルの強さを知っているらしい。

やっぱりヒカルはすごいなぁ。

研究会は週一回で行なわれているそうで、トップレベルの棋士と話すだけでも非常にためになるし、親の説得材料になるし通える限り通うこととなった。

 

 

囲碁部では、私の復帰をみんなが歓迎してくれた。でも対局は少し様子を見ながら増やしていこうと言うことで詰め碁がメインとなった。

うう、対局したいよぉ。ヒカルはプロになるため毎日打っているだろうし差が開く一方な気がする。

もちろん、津田さんや夏目君、いれば三谷君との検討などには参加する。

あと、棋譜を並べている振りして幽霊と打ったり、何とか会話できないかなこの幽霊。

まあ、幽霊のほうも囲碁を打っているだけで楽しそうだからいいんだけどね。

幽霊が楽しいと思っていると私の体調も良くなる気がするので大歓迎だ。

いや、でもこの幽霊相変わらず強すぎ。一回も勝てない。古い定石で打つことが多く、どこかネットに載っていたsaiの棋譜と似ている気がする。

 

普段この幽霊は見た目はいい大人なのに私が棋譜を見出すとじぃーと棋譜を覗き込んできたり、テレビや車などに驚いていたり幽霊観察しているだけでも面白い。

どこかヒカルに似た雰囲気を持っていて見ていてほんわかするんだよね。

囲碁が大好きすぎるというところもヒカルと一緒だし。初めの幽霊がいなくて初めからこの幽霊だけが付いていてくれればよかったのに。

 

 

 

 



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15話

研究会に来た。搭矢行洋先生の研究会は結構みなさん自由らしく、他の研究会に所属している人も多いそうだ。

今日はアキラ君も来ていた。

「あれ、進藤と同じ学校の。」

「藤崎あかりです。先週から参加させてもらっています。よろしくお願いします。」

 

お互い自己紹介し合う。

いろいろヒカルのことについて聞きたいこともあったのだけど。

「最強の棋士?雑誌では本因坊秀策と答えていたな。」

本因坊秀策かぁ。ヒカルが大好きな棋士だったな。字まで完璧に本人のものか鑑定できるとか言っていたし。

「ヒカルも本因坊秀策こそが自分の囲碁の原点で、師匠といえる方だといっていましたよ。」

「彼なぁ、師匠いないのにあれだけ打てるのだからすごいよなぁ。」

「今は実力でこそ劣っていますが、次こそは負けません。必ず勝ちます。」

秀策が現代の定石を学んだら最強だというような話をしていると、

「最強の棋士?何の話をしていると思ったら。」

塔矢行洋先生がやってきた。

その後先生は皆ライバルだと思っているという話をされた。

その後、緒方先生がポツリと

「saiか。」といっていたのが気になった。

「sai、いましたね。あれは強かった。アキラ君も負けていたもんね。」

芦原さんがと言うと

「ええ、見事にやられました。彼とも再戦してみたいですね。その前に進藤に勝たなければですが。」

 

あれ、saiもヒカルが打っていなかったかな?打ち筋から分かりそうなものだけど。

うん?でもネットの棋譜や、あの一局を考えたら知っているヒカルと少し違う気もする?

本当に私の勘違いだったのだろうか。

まあいっか、と言うわけで今日の研究会が始まった。

今日はアキラ君と対局してもらった。予想外の私の強さに初めは指導碁をしようとしていたようだけど、途中から本気で打ち出した。

結果、三子置いてもらっていたけど中押し勝ち。これからプロになるアキラ君にここまで打てるのだから私少しは強くなったんだね。

でも、最初は手を抜いていたし、まだまだ満足はできない。ヒカルはその更に上にいるし。

でも、周りはたいそう驚いていた。

「進藤君の弟子でこのレベルか、そういえば始めてから何年なの?」

「中学に入ってからなので1年ですね。」

「ええ!ほんとう!?進藤君も始めて2年ちょっとだとか言っていたし君たちどうなっているの?」

これには周りはものすごく驚いたようで、アキラ君も驚いて言葉が出ないようだ。

「というか、ここにいるってことはプロ目指す気あるんだよね?」

「今のところは中学の団体戦の優勝とヒカルに一度勝つくらいしか考えてないので・・・・・・・。」

「ええ、嘘でしょ。今年外来で受けなよ。絶対良い線いくでしょ。」

芦原さん、どうでも良いけどテンション高いですね・・・・・・・・。

緒方先生が「アカリちゃんは体が弱いから、今のままでは出るべきではないだろうね。」とフォローしてくれたが。

あれ、でも考えてみたらヒカルと真剣勝負良いかも。

とりあえず、前向きに検討しますと言っておいた。

 

 

 

 



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16話

学校は新学期を迎えた。

囲碁部もみんなでポスター貼ったりと忙しくなってきた。

勧誘活動はポスターぐらいしかできることがない。

やはり、囲碁の地味さも相成って人はなかなか来ない。

大会も直前ということもあって、みんなで力を高めるために今は少しでも多く打たないと。

「女子は良いよな。男子は俺と三谷だけだもんな。」

女子陣は、今回は金子さんも来てくれるとのことで団体戦にも出られる。

個人戦は私の体のこともあって、今年は出ない。万が一団体戦に体調崩して出られなくなるとみんなに迷惑がかかるし。

「まだ、一ヶ月だし分からないよ、新しい人が来てくれるかもよ。」

と噂をすると理科室の扉が開く。

入ってきた彼は、小池君というらしい。囲碁部に入部してくれるとのことで男子も団体戦に出られるようになった。

 

 

金子さんも囲碁の練習に専念してくれるとのことで、六人で打つ。

始めは三谷君と私で男女に分かれて2面打ちとかしていたのだけど。

三谷君と金子さんの相性が良いみたいで、良く二人で打っている。

始めは金子さんが石を五つ置いていたけど今では三つに減ったようだ。

特に金子さんは勘が戻ってきたのか、めきめき目に見えて強くなっているのが分かる。

 

私は2人が打っているときは3面打ちすることもあれば、検討に加わったり昔の棋譜を並べたりいろいろやっている。

ときどきこっそり棋譜を並べているとか言って幽霊と打ったりしている。

他の三人は目に見えて強くなるというほどでもないけど、強くなっているような気がする。

やはり、みんなで目指す団体戦は良い。この優勝目指す一体感が部活動の最大の良いところだよね。

 

 

家に帰っても囲碁尽くしだ。今までは相手がいなかったけど今はこの幽霊がいる。

そろそろ、幽霊と呼ぶのも微妙なのでニックネームとか付けたほうが良いかなぁ。

うーん、犬みたいに後ろについてくるからポチとか?背が高いからノッポさんとか?

うーん、流石に見た目は良い大人だし、ポチは失礼だよね。

結局しっくりくる名前を思いつくまで保留にすることにした。

囲碁を打っていると母が良い顔をしないのでノートなどを利用してこっそりと打つ事が多い。

何度打っても、どこかヒカルの面影のある碁を打ってくる。

本当に不思議だ。

 

研究会でも団体戦の話が少し昇った。

アキラ君もそこでの一局を再度検討しようという流れになって並べたりしていた。

うーん、何でヒカルはこんなにうちミスしたりしないのだろうか。すべての手が完璧に見えるから不思議だ。

と思っていると若獅子戦の話題になる。なんとヒカルが1回戦で負けたらしい。

その棋譜も並べてもらう。なんとも面白い碁だがヒカルらしくない拙さが見える碁だ。

「彼はいったいどうしたのだろうね。」

みんな不思議がっている。

アキラ君も戦えないのが残念というより戸惑っているようだ。

本当にらしくない碁だけど、不思議と魅力的な内容だった。

 

そんなこんなで、できる限りのことをみんなでやりきり大会を迎えた。

 

 

 

 



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17話

男子団体戦。

一回戦は3-0で圧勝。

二回戦は2-1で小池君が負けたけど二人は危なげなく中押し勝ち

準決勝は三谷君が圧勝するも、夏目君も小池君も苦戦。小池君のマグレ勝ちで海王戦への切符を手にした。

 

でもやっぱり海王中の壁は厚い。三谷君は中押し勝ちで圧勝したけど他二人は中押し負け三谷君を含むみんなの悔し涙が印象的だった。

 

 

女子団体戦。

一回戦から津田さんが勝てない。

一回戦は始めての公式戦ということもあって打ち方が硬くなってしまい、力がぜんぜん出せていなかった。

金子さんは、その点バレーなどで試合慣れしているのか、マイペースで頼りになる。

でも海王中のメンバーと当たったら少しきついかも。

二回戦も同じような内容で津田さんに関しては相手が強く、緊張は取れたようだけど力負けしていた。

そんなこんなで準決勝、これに相手は海王中だ。

私は、丁寧に打っていった。どんどん地が増えていき、少し時間をかけようと思っていたのだけど相手が投了してしまった。

まあ、相手も強い人だったから中盤だったけどもう駄目だとわかってしまったのだろう。

二人とも、投了。なんとしても勝ちたいという気迫から津田さんが脅威の粘りを見せたけど、やはり実力差は埋まらなかった。

津田さん、次こそは勝とうね。

 

 

研究会にて、団体戦で優勝できなかったことが話題に登った。

「まあ、団体戦だから一人が強くても勝てないしね。まあ、プロ試験受けるならちょうど良かったんじゃない。」

「いや、彼女の体力では無理だろう。」

「大会で打ち切ったのならもう病気は大丈夫でしょう。医師の診断でも問題ないって言われているのだし。」

「だが・・・・・・・。」

前に目の前で倒れた心配から緒方先生は、ものすごく心配してくれる。

面倒なやつとか思われていないと良いけど。

ここに連れて来たくらいだし、流石にプロになることに反対ってわけじゃないと思うのだけど。

「というわけで、塔矢先生の推薦で予選からだけど申し込んでおきましたーー。」

えええええ、受けるなんて一度も言っていないけど。

「はぁ、相変わらずだな芦原君は、彼女も驚いているじゃないか。」

「ええ、絶対喜ぶと思ったのに。」

「アカリちゃん、対局のときはできる限り送り迎えとかするから遠慮なく言ってくれ。」

「え、緒方さんがそんなに気を使うの初めてみました。」

「・・・・・・彼女の親御さんに任されてしまっているからな。万が一倒れられでもしたら・・・・・・・。」

あ、でもこれって結果オーライじゃないかな。ヒカルとの真剣勝負ができるかも。

勉強も休んでも問題ないし、予習復習はきっちりやっているから勉強に関しては多少休んでも問題ないだろう。

倒れていたこともあって単位が・・・・・・。ううむ、少しまずいかも。

まいっか、とりあえずいつも通り家に帰った後幽霊さんと打とう。難しいこと考えても変わらないしね。

 

 



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18話

最近ヒカルに会っていない。

家の部屋に明かりがついているときも会ってくれない。

学校でも避けられてるみたいに会うことができない。

プロ試験が近いし、ナーバスになっているのだろうか。

 

 

プロ試験予選当日

いろいろな年代の人が来る。私みたいに若い人はみなさん院生なのかな。

明らかに髭のすごいおじさんがいたり、年配と思われる女性がいたりする。

まあ、気にしてもしょうがないけど。

中に入って、棋院の中を見て周っているとタバコ吸っていると思われるフロアからひときわ大きい声がしてくる。

周りも眉をひそめウルセェという空気をかもし出している。

待機室の壁沿いに座って抽選を待つ。

周りを見渡すもヒカルはいないようだ。

そういえば、予選免除の条件が何たらと出ていたはずだからそれに当てはまっているのかな。

最近は何時もここでヒカルが打っていると思うと感慨深いものがある。

返事もひときわ大きい声で威嚇しているかのような返事をしている人がいたり不思議な感じだ。

私も呼ばれて対局者が決まる。

 

相手の人は若いお兄さんだった。恐らく高校生か大学生くらいだろう。

そこまで強くなく難なく午前中で中押し勝ちで終わってしまった。

疲れをためたくないから良かったけどもっと強い人とやりたかった。

 

プロ試験二日目、相手は門脇というらしい。

周りの噂を聞く限りだと、学生本因坊など学生のときに数々のタイトルを取った実績のある人らしい。

学生本因坊とか言われてもどんなタイトルかは知らないのだけれど。

対局が始まる。

どちらも譲らず、絶えず攻守が入れ替わる。

お昼をはさんで午後の対局となった。

中盤では、中央から右下の戦局は私が確保したが反対側の左上の戦局は相手にほぼ決した。

その後残りの戦局に移る。

かなり、いや思った以上に厳しい。

私のほうが何手か先に戦局を移せたのでわずかに有利だけど油断したらもっていかれそうだ。

実際に相手はミスらしいミスは殆どないし、気迫も伝わってくる。

恐らくヨセもうまいであろう。

このピリピリした空間は予想以上に疲れが出る。

それでもこれ以上はもう詰められることはないし、読みきったと思ったのだが、相手が考えていない手を打ってきた。

え、あそこ以外打つところがあるの!?

時計は、すでに秒読みに入っており、勝ちをほぼ確信していただけに動揺してしまう。

その後、動揺は収まりきらず打ってしまった。

その後はどのように打ったかまったく覚えていない。

焦りが消えて気が付いたら終わっていた感じだ。

 

結果は1目半負け。

 

私は勝てた対局を落としてしまった。

 

 

 

 



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19話

門脇さんとの対局の後、検討も行なったが話した内容は余り覚えていない。

勝敗は、あの終盤の一手ですべて決したようなものだ。

呆然としながら家に帰ってきたけど何も考えられない。

今まで深く囲碁について考えたことがなかったけど、まさしく気持ちで負けるとはこういうことなのだろう。

きっと相手の気迫に飲まれてしまったのだろう。

気が付けば今でも手が震えている。

 

対局三日目。

対戦相手は初日でうるさかった男だった。相手は好調でここまで2勝できているらしい。

今までそこまで相手を意識したことがなかったけど、意識しだすと急に弱気になってしまう。

やはり、プロを本気で目指す人とそうでない人との差なのかもしれない。

調子が上がらず、相手は正直そこまで強くはないのだが、うまく試合が運べない。

内容はボロボロでぜんぜん自分の囲碁を打てず負けてしまった。

 

 

家に帰ると、枕に八つ当たりをする。

私は何でこんなに弱いのか。ちゃんと打てれば負けるはずがないでしょう。

ひと通りぬいぐるみなどに八つ当たりしていると、幽霊が寄ってきて打とうと言う感じを出す。

幽霊に見られているかと思うと少し恥ずかしくなって、ちょっと待ってねと言って今日の対局を並べだした。

途中で扇子をはさんできたり検討らしきこともやった。思いも付かない手をこの幽霊はポンポン出す。

真剣な顔とコミカルな動きで本当に気が楽になる。

ひと通り検討して満足したので、今日こそはこの幽霊に一泡拭かせてやると意気込んで対局を開始した。

 

 

対局四日目

相手は女性だった。対戦成績は2勝1敗だそうだ。

個人的目的を含むとはいえ私は負けてあげるわけにはいかない。

相手が女性ということも合ってか今日はきっちり打つことができた。

結果、中押し勝ち。

終わった後で、少し勝った事もあって気まずかったけどお話しすることができた。

相手は奈瀬さんというらしい。

院生だというのでヒカルについて聞いてみると、去年のアキラ君と同じ扱いらしい。

ただ、最近何か悩んでいるのか、調子を落としているみたい。それでもぜんぜん負けないみたいだけど。

ヒカルどうしたのかなぁ、やっぱり何かあったのかなぁ。

 

 

対局五日目

部屋から人が減ってどきどきしていると、くじを引く番がきた。

すこし緊張しながらえいっと引くと、

あれ、何も書いていない。入れ間違え?

 

なんと不戦勝らしい。正直体力的にもきつかったしありがたい。

良かった良かったと家に帰る。

あれ、今日って研究会だったかな?後で行かなきゃなぁ。

 

 

研究会では、みんなおめでとうと言ってくれたが、どうやらここまで私が苦戦するのは意外だったようだ。

「アカリちゃんもあれだけ打てるのだから、まさかここまでもつれるとはねぇ。」

「うん、少し、いやかなり意外だった。体調でも崩したの?」

私は実戦の怖さを知りましたというと、

「そりゃそっか、まだ始めて短いし、実戦不足だよね。」

「ああ、つい良い手を思いついたり対局しても力を持っていることが分かるからつい忘れがちだけどなぁ。」

まあ、良い手の三分の一くらいは幽霊ですが。

うん、本当に良い経験しました。本戦もがんばります。

 

 

 

 



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20話

この話は番外編にするべきか迷い中ですがとりあえず投稿


プロ本戦までの一ヶ月間碁会所に行ったり、研究会に出たりしていた。

そんなある日の碁会所にて、ここ以外の強い人と打ってきたらどうかといわれた。

地図を描いて場所を教えてもらう。

ここかな。

3階にある外国系のお店みたいだ。少し入りにくいなと建物の入り口にいると

後ろから分からない言葉をかけられた。

振り向くと子供がいた。

再度何か言ってくるが分からない。とりあえず邪魔かなと思って入ることにした。

中の人に

「そんなところにいないでどうぞ。」

といわれたので、入るとさっきの子供が入ってきた。

彼はスヨンと呼ばれているようだ。

スヨンの保護者と思われる方が言うには、韓国棋院の院生だそうだ。

「韓国にもプロがあるんだね。」と何気なく私が言ってしまうと、ものすごい顔をしてスヨンがいろいろ言ってきた。

無知で申し訳なくなって謝るもスヨンの気が収まらないようだ。

せっかくだからスヨンと打つことになった。

おじさんに通訳してもらって、とりあえず互先で打つことになる。

序盤は相手から気迫が伝わってこない。嵐の前の静けさということもある気がするけど、どうにも集中し切れていないような印象を受ける。

わずかずつではあるが、私の形勢が良くなっていくような気がする。

相手が何か言ってくる。何を話しているか分からないけど横のおじさんがニヤッとして私が勝ったら名前を覚えてくれるそうだ。

私も君に負けたら君の名前を覚えると通訳してもらった。

そこから、一気に戦場が広がる。

うん、そこは連絡できるから逃げ切れる。こっちは何とかして取りたい。

碁盤全体で、どんどん読みの厳しい打ち合いが続く。

気が付けばわずかに私が悪くなる。

でもここで一手分隙ができた。

一歩間違えば一気に崩壊させられかねない危険な手だけどここでいかないと私は負ける。

そこから、更にシビアな読み合いになる。

そこから進み終盤にさっきの一手が効いてきた。

終盤のヨセに一気に入る。

半目勝負になっていることが分かる。どちらに勝利の女神が微笑んでもおかしくない。

お互い、どこにもミスができない。

あの一手を打ってから、ずっとシビアな状態が続いている私よりスヨンのほうが僅かに余裕がありそうだ。

でも私の目標はもっとぜんぜん高い。こんなところで負けるわけにはいかない。

 

対局が終わった。そこで改めて周りにたくさんの人が見ていることに気が付いた。

整地をする。さてどっちの勝ちか。

 

結果は私の2目半勝ち。ラストにスヨンが僅かなミスをしたおかげで勝った。

でも涙を流しているスヨンを見ると、私はもっと真剣にならないと痛感させられた。

お互い健闘を称えあっていると、

あれはヒカル?

ちょうど店の入り口から出るヒカルを発見した。

出て行くときに見えた彼の横顔は非常に険しく何かに思い悩んでいるかのように見えた。

「ヒカル、まって。」

急いで店から出るも、もうどこに行ったかわからなかった。

 

 

 

 




以下カット
その後、海王中の先生がいたので聞いてみると、
対局途中にヒカルがやってきて、少し話したが後は対局に集中していたそうで、挨拶レベルで終わったそうだ。
その後、対局が終わったら帰ろうとしだしたので流石に引きとめようと思ったが、彼の異様な雰囲気から引き止めることができなかったそうだ。


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21話

プロ試験本戦が始まった。

ヒカルとは、なぜか気まずい雰囲気で話しかけられない。

こんなことは初めてだ。

こっちは気になってちらちら見てしまうけど向こうは私がここにいることを少しも気になっていないようだ。

ヒカルの大人びた雰囲気を醸し出す横顔に嫉妬のような胸にもやもやする何かを感じる。

 

最初のくじ引きで対戦相手の日程がすべて分かる。

予選と違って緊張はない。それよりもヒカルとの対戦のほうが気になる。

ヒカルとは13戦目かな。

もう少し後のほうがうれしかったけどこのくらい早いほうがいいのかもしれない。

 

1回戦目の相手は足立君というそうだ。

1組の上位らしいのだけど、いまいち強いというような雰囲気を持っていない。

おそらく、地味で堅実な碁を打ってくるかと思われるけど。

この対局は、まったく負ける気がしない。

 

昼ごはん前に、ヒカルの対局者が泣きながら出て行くのが見えた。

ヒカルは、さっさと片して出て行ってしまった。当然中押し勝ちだろう。

 

私の方はというと、時間はかかったけど相手はひたすら堅実に打ってくるだけだったのできっちり打って最終的には相手が投了した。

調子もいいし、ヒカルと打つまでにもっともっと強くならなきゃ。

 

 

2回戦目の相手は小宮君というそうだ。

昨日とは打って変わっての攻め合いになる。

何かちょっと合わないというか私は苦手な感じのする打ち方だった。

最後までもつれ込み辛くも1目半勝ち。やっぱり院生の人はみんな強い。

ちなみにヒカルは全部中押し勝ち。

時間も殆どかけずに圧倒的強さで勝っているようだ。

ヒカルと話したいと思っても、いつも時間ぎりぎりに来て誰よりも早く帰ってしまうから結局話せずじまい。

 

 

3回戦、4回戦も危なげなく勝つ。

勝ったのはいいけど僅かに疲れが出たのかミスがところどころでてしまい、非常によろしくない。

 

 

5回戦目は奈瀬さんだった。

ヒカルについて聞いてみるも、最近ピリピリしているし余り話していないそうだ。

和谷君という人が同じ研究会に所属しているそうで、彼に聞いたほうがいいというアドバイスを貰った。

今回は実力を出し切って中押し勝ち。形も最初は少し悪かったけどこんなものかな。

「そういえば、前も進藤のこと聞いてきたけど知り合いなの?」

「はい、幼馴染です。」

「え、本当に。こんなかわいい幼馴染を無視して帰っちゃうとかありえないんだけど。」

どうやら初日にちらちらとヒカルを見ていたのとか全部彼女には見られていたらしい。

ヒカルはやはり注目度も高いらしく、そういうことすると目に付くんだって・・・・・・。

 

本戦に女の子は余りいないので、ついいろいろ話してしまう。

ヒカルが最近会ってくれないとか、どうとか、こうとか。あれ、私ヒカルのことしか話していなくない。

ふと気が付いて改めて奈瀬さんの顔を見るとニヤッとした顔をしていて、

「進藤も幸せ者だねぇ。幼馴染にこんなに思ってもらえるなんて。あんなやつのどこがいいんだかねぇ。」

あれ、なんか勘違いしてなくない!?いろいろ言い訳するも「わかったわかった」とまったく分かっていない顔して言われてしまった。

絶対あの人何か勘違いしているよぉ。

 

 

 

 



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22話

6戦目、いかにも落ち着いた強いという雰囲気を持っている感じの人だ。

えっと、名前は伊角さんだったかな。

見た目どおり、しっかりした囲碁を打つ。

きっちり耐えて打つか、多少強引にでも攻めるか。

今までの流れで分かってきたが、長い対局になると私は弱くなる。

単純に体力がないのだろう。

だからといってどんな対局でも手を抜くつもりもないし勝つために全力を尽くす。

攻めどころが見つからない。お互い拮抗しているのが分かる。

お互い穏やかな流れのまま中盤になってしまう。

これ以上この状態を続ければどうなるかは分からないけど、攻めどころは無くなってしまうだろう。

私は思い切って中央へ踏み出した。

 

この中央の石が殺されれば私の負け、生きれば私の勝ちという流れになる。

とにかく伊角さんはしつこくくる。でも私も負ける気はない。

何とか連絡しきって情勢は動かない。でも、予選のように油断はしない最後まできっちりと打つ。

終盤で伊角さんが投了。彼もここまで全勝だったらしく周りに驚かれた。

うん、あそこで踏み込んだのがすべてだった。

でももう少し早く踏み込むべきだったかもなんて思ってしまう。

検討してみるも、やはりあのタイミングが一番良かったみたいだ。

 

 

7戦目、本田さんという人に当たった。

この人も強い。伊角さんとはまた違う強さを持っている人だ。

どちらかといえば門脇さん寄りなのかな。

でも、二人ほど強くはない。

気持ちのいいほど思い切った手を気合と共に打ちこんでくるけどひらりひらりとかわして、

逆に私が地を稼いでいく。

終盤で中押し勝ち。

 

え、ヒカル?相変わらず強すぎてすぐ帰ってしまうので、負けた人に対局を並べてもらったりしている。

土下座って便利だね。

たいていそこまでやって並べてくれない人はいない。

といっても、相変わらず圧倒的過ぎて参考にならないけど、ヒカルが遥かに高い頂に立っていることはわかる。

 

 

8戦目は完勝。

9戦目は奈瀬さんが言っていた和谷君だ。

彼はここまで1敗らしい。絶対落とせないという感じで向かってくる。

辛くも勝利を収める。検討しながらヒカルのことを聞くと

「あいつは別格だよ。ちょっと前までおちゃらけた感じも出していたのにプロ試験に本気で臨んでいるのか常に集中している感じだな。

あれで糸が切れて一気に落ちないといいけどって、俺は2敗になってしまったし他人の心配している場合じゃないな。」と、悔しさをにじませながらも教えてくれた。

確かに最近変だよね。変なのは前からだけどあんなヒカルは見たことがない。

ヒカルとは相変わらず話せずじまい。家に行ってみようと思いつつも初日の雰囲気が忘れられず行く勇気が出ない。

それに会ったら会ったで、何かが切れてしまいそうで怖い。

それが、ヒカルについてなのか、私自身のことかは分からないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10戦目は、どこか諦めの漂う院生だった。飯島さんとかいったかな。

もうすでに何敗かしてしまっているようで諦めムードが漂っている。

打っていてもまったく響かない。

中押し勝ちで終わった。

 

 

11戦目越智くんだ。奈瀬さんに聞いた話では院生内でも常に上位3名を争う位置にいる人だそうだ。

現在、ヒカルと私と同じく全勝同士だ。

打ってみると分かる。確かに強いことは強い。

でも、地にこだわりすぎているせいで全体が見えていない。

確かに堅実といえるかもしれないけど、これなら何とか。

私も堅実な打ち方のほうが好きだけど、今回は攻める。

ちょっとやばいかなというところまで思い切って攻める。

昨日の夜幽霊と棋譜を並べて、この人と同じ強さで打ってくれといって通じたのか分からないけど本気で打ってくれた。

検討した結果、もっと攻めることを覚えたほうが良いという流れで決まったので試してみたけどうまく行ったようだ。

正直負けてもしょうがないと思って打ったけど、何とかなっちゃたな。

彼らのプロを目指すという気迫にもなれてどんどん調子が今までにないほどあがっていくのが分かる。

今の私は負ける気がしない。ヒカルとも対等に戦えそうというのは流石にうぬぼれかな。

 

 

12戦目は門脇さんだ。

彼にも前回負けている。

彼には勝負という大切なことを教わった。今回こそは必ず勝つ。

石をつかんだ瞬間に分かる。本当に今までにないくらい絶好調だ。

私が常に先に仕掛ける。

まるで未来が見通せるかのように、全体がどのように流れていくかが分かる。

どんどん私の地が増えていく。気持ちいいくらいに相手がどう動いてくるか分かる。

盤の全体を支配したような全能感に襲われる。

結果はもちろん中押し勝ち。

「今日のあんたは進藤並みに強いな。今まで何度か対局を見せてもらったけどここまでとは思わなかった。俺の完敗だ。」

ヒカルのことを知っているのかと聞くと、一息ついて

「院生受験前に進藤と1局打ってもらったんだよ。そうしたら余りの強さに修行しなおそうと思ったのだが彼が本気出していないように見えたから、悔しくて是非とももう1局、本気で打ちたいと思ってな。」

ヒカルを追いかけている仲間だなと思ってそのことを伝えると、

「あんたといい、進藤といい、本当に試験のレベルを舐めてたな。まあ、ここまで来たのだから最後までやっていくぜ。」

明日ヒカルとの対局ですと伝えると、

「全勝同士の頂上決戦か。あいつの強さは別格だが、何が起こるかわからないしまあ、がんばりな。」

ええ、もちろん。今日まで打ってきたのはすべてヒカルとの対局のためだったといえるような対局にしたいと思った。

今度こそ、ヒカルと本気で勝負して勝つんだ。とこぶしに力を入れギュッとした。

 

そしてついにヒカルとの対局を迎える。

 

 

 

 



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23話

対局室へ行くと珍しくヒカルが先にいる。

対局時間が近づいて対局者としてヒカルの対面に立つ。

なにこのプレッシャー。まるでヒカルの後ろに怖い顔をした鬼がいるような錯覚に陥る。

早くも座れよと言わんばかりにヒカルが姿勢を整え直す。

私ははっとなって慌てて座る。

碁笥を持つ手が震える。

今までの対局者も凄かったけどヒカルから発されるそれは段違いだった。何とか落とさず碁笥を手元に置く。

お願いします。

思えば、これが久しぶりのヒカルと話した言葉だった。

 

改めてヒカルを見ると、まるで私を見ているはずなのに私を見ていないような視線。遙か遠くを見渡すかのような視線だ。

私が初めて見るヒカルの顔だった。

 

私が黒になった。

初手は普通に右上星に打つ。

するとヒカルはまるで私に本気で打って来いよと言わんばかりに天元に打ってきた。

 

流石にヒカルでも2手天元は無理があるのか、私が一見優勢に見える形で対局が進む。でも相手はヒカルだ。全く油断ならない。現にこれだけ劣勢に見えるのに涼しい顔をしている。

本当に私が優勢なのか疑いたくなってしまう。

そんな状態がしばらく続いた

 

そして、急にヒカルの雰囲気が変わったかと思うと、ヒカルがまるで囲碁の神様が天から石を落としてそれにそっと手を添えたかのように打つ。

会場全体に響くような澄んだ音が響き渡る。

 

なに、この一手?

普段ならなんてことない打ちミスだと思う一手。でも私の黒石がぞわぞわするのがわかる。

いままで、優勢だったはずなのに碁盤全体がまるでひっくり返したように錯覚する。

 

優勢だったはずの戦局が気がつけば劣勢になっている。打ち続けるもヒカルには、何も響かないようにあしらわれてしまう。

 

もう投了かな。

こんなに苦しい対局は初めてだ。相手に、いや、ヒカルの心に私の一手が響かせられないことが辛いなんて思わなかった。

 

ありま…。

 

まだです。まだいけます。まだ手が残っています。

 

え?つい対局中なのに首を振って周りを見渡してしまう。

 

後ろに幽霊がいるだけで誰もいない。

幽霊がはっとなった表情をして扇で、口を覆う。

 

ひょっとして幽霊さんの声?

頭が重くなった気がするけど、心が晴れ渡ったかのようだ。

幽霊さんありがとう。まだいける。

時間をかけて見つけたわずかな光を頼りに打った次の一手は、不思議と澄んで響き渡る音がしたように感じた。

 

あの一手からヒカルの表情が僅かに変わった?

石を打つときの気迫もあがったように感じる。

盤面は苦しいままだけどまるで私の一手がヒカルに響いたようでうれしい。

 

終盤に入る。差はまったく縮まらない。

もうどう打っても5目半届かない。

それでも少しでもヒカルと繋がっていたくて最後まで打つ。

 

結局再度ひっくり返すことは出来ずに終局。

 

最後にヒカルがぽつりと

佐為。という声が聞こえた気がした。

 

 

 

 



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24話

長いトンネルの中にいる。

向こう側にはなぜかヒカルがいて、私からどんどん離れていく。

私も追いつこうと必死に走るが追いつかない。

やがてヒカルが見えなくなってしまい、地面が崩落した。

 

ぱちっと目を覚ます。

横にヒカル

やっと起きたか。と少し安心したような声で言うと

いきなり私の両肩に手を置いて聞いてくる。

ヒカルの顔が近くて、ドクンと胸が鳴る。

そして、まるで告白でもするかのような真剣な表情で聞いてくる。

「佐為。そこにいるんだろ佐為。」

真剣な表情から出てくる予想だにしない言葉に心が固まる。

「いきなり何?知らないよ。サイってだれ?」

だめだ、起きたばかりで頭が働かない。

「佐為だよ、藤原佐為、分かるだろ。」

両手で肩をガクガクさせながら聞いてくる。

あれ、サイって、どこかで聞いたような。だめだ、頭がぼーっとする。

「知らないよ。だれなの?」

「本当にしらないのか?そっか、ならいいんだ。」

思いっきりがっかりした様子でヒカルが肩を落とす。

よくないよ。人の寝起きにいきなり胸倉をつかんできておいてなに。

文句を言ってやりたかったけど余りの落胆した様子に言い及んでしまう。

「そうか、ならいいんだ。」

とヒカルは再度言って、お大事にと言って出て行ってしまう。

え、何だったの?ちょっと待ってよ。

 

 

あまりのヒカルのつれない態度に憤っていると、お医者さんが入ってくる。そこでようやく病院であることに気がつく。

どうやら、丸二日間も眠っていたらしい。

明日に精密検査するために入院だそうだ。

あれ、二日ってことは対局は?と聞くと

それどころじゃないでしょうと怒られた。

頭もぼーっとし続けてどうにもならないので渋々今回は諦めた。

今回も例によっておかしい所は検出できず、できれば後の対局はやめなさいと言われたけど聞く気はなかった。

 

 

家に帰ってあの対局の最中に聞こえた声について考えてみた。

やっぱりこの幽霊さんの声だったのかな。

意識し出すと急に頭の雑音が大きくなった気がする。

話しかけてみるも、分かっているような分かっていないような。

これだけの時間を共にすごしているのだから、ある程度は声がなくても意思疎通はできる。

 

例によっていつものごとく幽霊と対局する。

いつものように投了、やっぱり勝てる気がしない。

その後検討をする。

「ですから、ここではまずこっちから打たないと駄目なのですよ。」

「うーんでもこっちのほうを先に固めたほうが良いんじゃない?」

 

うん?あれ?今普通に会話が成り立った!?

「幽霊さん私の声が聞こえる?」

再度聞くと雑音が返ってくる。

聞き間違えではないと思うのだけど意識しだすと聞こえないのかな。

 

 

対局の日、

私が対局に行くことに両親は諦めの境地に至ったのか、検査前はあれだけ怒っていたのに、今回は特に何も言わなかった。

 

久しぶりの対局だ。といっても今までから考えれば対局間隔は短いのだけれど。

お願いしますと言って対局が始まる。

今日は対局が始まって持った石がやけに重たく感じる。

今まであった全能感もまったくなく、歯車が欠けたかのように思考が定まらない。どうしたのだろう。

ちぐはぐな手ばかり打ってしまって、まったく良い形ができない。

相手は今まで戦ってきた人たちと比較すると数段落ちるように感じるのに私の碁がまったくといって良いほど打てない。

あ、今の一手も一路左に打たなきゃいけなかったのに。

結局、その一手が最後の決めてとなり投了した。

「負けました。」

おかしい、いつも沸いてくる悔しいという思いがまるで沸いてこない。いったいどうしてしまったのだろう。

 

この後の対局も、先に連絡するべきところでなぜか他のところに打ってしまったり、簡単なヨセを間違えて逆転を許してしまったりまったく良いところがない。

一番の問題は私は、ヒカルと打ったあの対局でなにかが切れてしまったのか、まったく集中できず、今まで楽しかった対局が苦しく感じる。

例によって苦しいのに、負けても悔しさが沸いてこないという今まで味わったことがない最低の状態に陥ってしまった。

結局、ここからは勝ったり負けたりの繰り返しになってしまった。

ヒカルは、私が休んだ対局の日になんと負けたらしい。その後はずっと勝ち続けている。

25局目が終わり1敗でヒカルのプロ入りは確定した。私はというと、7敗目を喫し今年プロになる道は途絶えた。

他の方は越智君が3敗で伊角さんと門脇さんが並んで4敗、和谷君と本田さんが5敗でプロに上がれるか争っている。

 

その後、越智君と門脇さんが抜け出してプロにあがることになった。

 

 

 

 



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25話

研究会に久しぶりに行った。

プロ試験本戦中は、倒れたりいろいろあって負けだしてからはぜんぜん行けていなかった。

「アカリちゃん、残念だったね。」

いろいろな方が励ましてくれる。

「いえ、私の覚悟が足りていませんでした。」

「ああ、正直言わせてもらえば受かると思っていなかった。本気でプロを目指すなら覚悟を決めて来年だな。」

と緒方さんだけは遠慮のない的確なアドバイスをくれた。

芦原さんや笹木さんがこれまでの対局の再検討に付き合ってくれた。

「これは・・・・・・、今までになく酷いね。正直アカリちゃんがこんな碁を打つとは思わなかった。」

言われると辛いけど、事実だからしょうがない。

「あれだけ打てるのだから、絶対受かると思ったんだけどなぁ。」

芦原さんは、私は絶対受かると思っていたようで私以上にプロになれなかったことをがっかりしているようだ。

「しかし、やはり進藤との一局だな。」

ヒカルとの対局は塔矢先生なども参考になるとのことで全員で再検討することとなった。

「やはりミスらしいミスもなくすばらしい対局だ。緒方君、このタイミングで君はここに打てるか。」

「いや、こっちに打ちたくなりますね。ですがこっちを打ってしまうと・・・・・・。」

「だとすると、この一手ですかね。この一手だけやけに浮いていますよね。」

それは、ヒカルが急に雰囲気が変わって優勢だったはずの対局がひっくり返したように錯覚したあの一手だった。

「ここから崩せないか、こう打てば、いや駄目か。」

「どう打っても、接戦になりそうな一手だ。妙手と言っても良いかも知れんな。」

「しかし、進藤君は話を聞いている限りだとまだ余裕ありそうだな。彼の実力も底がしれないな。」」

「その進藤君を相手にこれだけ打てるのにプロに受からないとはね。本当に残念でなりませんよ。あれ、アキラ君?さっきから黙ってどうかした?」

真剣な表情をして、アキラ君はこの検討が始まってから話していない。

「ああ、いえ、今の僕でもこのタイミングでこの一手を打てたかと考えておりまして。」

とアキラ君が顎に手を置きながら言った。

「ああ、そこも打ってみればそこしかないと言う一手だよね。」

そこで塔矢先生が

「新初段シリーズだが、進藤君を指名しようと思う。」

「先生が新初段シリーズに出られるのですか!」

塔矢先生は去年も一昨年も忙しく出られなかったみたいだが今年はヒカルのために時間を取るようだ。

なんか、こんなすごい人にまで目を付けられるとかヒカルがどんどん遠い異世界の人になっちゃうようで少し寂しい気持ちになる。

 

 

家に帰る途中でヒカルと偶然会った。

「なんかこうやって一緒に帰るの久しぶりだな。」

あんなに避けていたのに、久しぶりに普通の会話をしてみれば、まったく以前と変わらないヒカルだ。

お互いの家族の話や、最近ようやく囲碁をすることを認めてくれるようになったなど他愛もない話で盛り上がる。

「そういえば、今日の研究会でヒカルのことを塔矢先生が褒めてたよ。」

「え、アカリは塔矢先生の研究会に通っているのか。」

「あれ、言っていなかったかな。」

「聞いてないって。そういえば塔矢がそれらしきことを言っていたような。」

そこでポンと手を打って、

「ああ、それでか。アカリがプロ試験受けるなんてありえないとか思ってたけどそれなら納得だ。」

「だっていろいろ話したかったのに、ヒカルが私のこと避けるんだもん。」

「いや、避けてないって。」

「うそだ、絶対避けてた。」

「だーかーらー、避けてないって。」

お互い、言い合うのも楽しい。ヒカルとなら何を話していても気が合うし楽しい。

「うちで1局打っていくか。」

と言うわけで、1局打つことになった。

 

 

 

お互い碁盤を通して向かい合うって座ろうとすると、先に幽霊さんがヒカルの向かいに座り込む。

幽霊さん、どいて。意思が伝わったかどうか分からないけど、真剣な顔で打ちたそうだ。

でも、私だって打ちたい。私も真剣な思いを伝えようとすると渋々どいてくれた。

私が打っているときも、未練がましく横で「打ちたい、この者と打ちたい」という声が聞こえる気がする。

今度機会があったら打たせてあげるからね。

正直、ヒカルに幽霊さんのことを相談したいと思ったこともある。

でも、ヒカルに相談するっていう行為そのものも微妙だけど、

真剣に取り合ってくれないだろうし、変なやつと思われたくないし。

何より、信じたら信じたらで、ヒカルがこの幽霊に夢中になって私を見てくれなくなる気がしたから言い出せなかった。

 

気が付けば、食事まで久しぶりにご馳走になり、検討などしていたら結構遅くなってしまった。

そうしたら、ヒカルが珍しく送って行ってくれた。まあ、あのお母さんに言われたからしかたなくだろうけど。

別れる間際、ヒカルが何か言いたそうな雰囲気だったけど、私の家の前で別れた。

 

 

 

 



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26話

塔矢先生が座間王座を破って5冠になった。

そして、前の研究会で言っていたとおりに、新初段シリーズでヒカルと対局することとなった。

それにしても、塔矢先生も本当に過密スケジュールだ。

今もっている防衛線や、もっていないタイトルの予選などで、新初段シリーズに出ている場合じゃないというのが実際のところだろう。

そんな忙しい状態でも、ヒカルと打ちたいらしい。

最近は研究会に行っても塔矢先生は対局でいないことが多い。

たいてい緒方先生が中心になってやっている。

「アカリちゃんは、院生にならないのか?」

対局慣れの為にも、体力の問題のためにも私の体の問題が解決し次第、院生になったほうが良いとのことだ。

私としては、余り乗り気でない。来年のプロ予選を受けるつもりではいるが、高校にも行くつもりだ。

本当ならヒカルを追っかけてと行きたい所なのだけど、両親が納得しない。

 

それから数日後、ヒカルとはあれっきり会っていない。試合前になるとヒカルの雰囲気が変わるから会わないようにしているのかな?

ましてや今回は塔矢先生との対局。いったいヒカルはどんな碁を打つのだろう。

この幽霊とも、少しずつ言葉が通じるようになってきたし、彼がヒカルの対局を見てどう思うのか話してみたい気もする。

といっても囲碁関係以外は雑音になって聞こえないままなのだけど。

 

研究会の先生方に頼み込んで、関係者としてヒカルとの対局だけヒカルの対局を控室で見られることになった。

そうでもしないとテレビ中継もないし生の空気が味わえなかったからだ。

 

塔矢先生とヒカルの対局の日、緒方先生と一緒に控室に入る。

控室には、先におじいさんが一人座っていた。

おじいさんが緒方先生に話しかける。

「ほほう、これはこれは。緒方君とお隣のお嬢さんは最近弟子に取ったという子かね。ふむ、なるほど。」

そういうと、私をじろじろと遠慮のない目線で見る。

「おぬし、名は。」

「藤崎あかりです。」

「ふむ、その気配。進藤の関係者かの。」

気配?さっぱりどういう意味か分からないけど彼とは幼馴染だと答えておく。

その後、緒方先生とお互いの調子やタバコについて話している。

話を聞く限り、このおじいさんが現在の本因坊なのかな。

ヒカルが心の師匠と言っていたのは初代だけど、本因坊と聞くとヒカルの関係か尊敬と親近感が沸く。

そのあと、囲碁界の新しい波が来るという話をしている。

「あの小僧は間違いなく新しい波を起こす一人だろうのう。」

「やはり、桑原本因坊も進藤をご存知ですか。」

「もちろんじゃと言いたいが、あやつを見た瞬間ピンと来たんじゃ、シックスセンスと言うやつじゃな。」

「シックスセンスですか、ばかばかしい。」

「おや、君が弟子を取ったのもシックスセンスのようなものじゃないのかね。」

「彼女の場合は、実際打った後話を聞いてとったような者です。それにまだ正式に師弟関係を結んでいるわけではありません。」

「ふぉふぉっふぉ。彼女からも進藤と同じ感じがピンピン来るわ。わしのシックスセンスも馬鹿にしたものではないぞ。」

そんな話をしていると、越智君や門脇さんが来て、後から塔矢君も来た。

「あれ、藤崎さん、どうやってここに。」

緒方先生が隣にいる時点で分かっていそうだけど、一応関係者として無理やり入れてもらったと正直に話す。

むちゃをするなぁという感じで塔矢君は特に追及してこなかった。

おじいさんに塔矢君も話しかけられる。

その後、おじいさんがひと通り話した後、面白いといって、どちらが勝つか賭けるかという話を緒方先生に持ち出す。

「わしは小僧に賭ける。」

うわ、このおじいさん分かっている。私も塔矢門下という肩書がなければ素直にヒカルの勝ちに賭けたくなるだろう。

お金なんてほとんど持っていないけど。

緒方先生の少し意外そうな顔を見て

「なんじゃ、まさかおぬしも小僧に賭けるつもりだったのか。」

「いえ、塔矢名人の門下としては、先生の勝ちは疑いませんよ。」

「ふむ、その雰囲気から察するに少なくとも良い勝負にはなると踏んでいるようじゃのう。ますます面白い。ひゃっひゃっ」

本当に面白そうにこのおじいさんは笑っているけど、どこまでが本心か。

流石はおじいさんなのに本因坊なだけはあるな。

なんというか人を食ったような妖怪みたいな雰囲気を持っているな。

 

 

対局が始まる。

ヒカルは余り緊張いなくいつも通りに見える。でも一手目をなかなか打たない。

周りも気合が入っているとか、緊張しているようには見えんが緊張しているのかなど話している。

当然、一手目から何分もかけるなんてありえない。ヒカルのことだから何か考えがあるのだろうけど。

と、ちょうど20分たったところで一手目を打った。

 

そこから少し進むと取材関係者の方が入ってきた。

取材関係者もヒカルのことを注目しているらしく、おじいさんと話している。

やはり今日の話題の中心はヒカルだ。

「桑原先生も進藤君が目当てですか。私も彼には本当に期待していますよ。」

「ひゃっひゃ、わしはすれ違った瞬間でピンときただけじゃ。」

「勘ということですか。まさかそれだけで彼の評価を。」

「それだけですよ。本当に勘だけだそうです。」

「流石は本因坊先生だ。間違いなく彼は塔矢君と並んで次の世代を担いますよ。」

「わしの勘も馬鹿にならんからのう。緒方君も勘を馬鹿にしているといつまでたってもわしには勝てんぞ。」

そのあと、塔矢先生が直々に指名したという話になった。

まあ、私たちはすでに聞いていたのだけど。

後ろに座っている二人は知らなかったようで、こそこそなにやら話している。

 

なんというか、ヒカルらしくない碁だ。序盤からガンガンしかけている。

ふと、横を見ると幽霊が目の前の対局に興奮しているようだ。私まで幽霊に触発されて興奮している錯覚に陥る。

周りでは、なにやっているんだ、ここも打ちすぎだろう。と散々だ。

「あれは、ハンデがあると考えると・・・・・・・。」

わずかながら幽霊さんの声が聞こえる。

なるほどって、何でヒカルがハンデをしょって打っているわけ?

なんとなく納得しかけたけどまったく納得いかない。ヒカルがそんな打ち方をする理由がまったくない。

なにやら幽霊さんが興奮している理由は分からなかったけど、

なんとなく幽霊さんも同じ状況なら似たようなうち方をするのだろうなと思った。

 

盤全体に戦いが展開していく。なるほどなぁ。言われなきゃ分からなかったけど言われて見るとしっくりと来る。

これは、相手のすべてを取って勝つか、すべて取られて負けるかの対局だ。

だとすると、あの如何にも取ったほうがよさそうな石を取らなかったのも確実に勝つには、正解の道だったんだ。

ヒカルの石が全滅した所で投了した。

周りからは、意外感と失望感であふれているが、おじいさんの評価は違うようだ。

私はおじいさんに答え合わせをするかのように聞いてみた。

「なんでヒカルは、ハンデを持って打ったのでしょうか。」

「ハンデだと。いや、確かにそう考えれば。」

あごに手を置いて、そう緒方さんがつぶやいた。

「面白いことを言う子じゃのう、わしもあやつがハンデを背負って打ったと考えれば辻褄が合うと思っていたところじゃ。」

「名人の父さん相手に、そんな馬鹿なことが。ありえない。」

「なぜそんなことをしたかは、幼馴染の君のほうが分かるのではないかな。なんにせよ非常に面白い碁じゃった。また機会があればわしはまた小僧に賭けるぞ。」

そう言って全員で控室から出た。

 

何のつもりであのような対局をしたのかヒカルに直接聞いてみたかったけど、

インタビューやらなにやらいろいろあるみたいで遅くなるようなので先に帰ることにした。

なんというか、相変わらず良く分からないことするなぁ。なんかおまじないでもしているのかな。

 

 

 



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27話

あれから、やけに幽霊が対局、たーいーきょーくという感じで迫ってきた。

それも毎日だ。

おかげで、学校には遅刻しかけるし良いことがない。

 

今日は部活のみんなで囲碁のイベントへ行くことになった。

なにやら、碁盤を売っている所から言い合っている声が聞こえる。

この声は、ヒカル?

他のみんなに断って一人ヒカルと思われる声のする方へ行く。

「だから、これは秀作の字じゃないって、鑑定士からお墨付き貰っている俺が言うんだから絶対だ。」

「なんだと、言いがかりつけるんじゃねぇ。」

「お前みたいなやつがいるから、秀作も浮かばれないんだ。どうせ最近成績悪くなって株で失敗でもしたんだろ。」

「このガキが。」

ヒカルが言い合っていると、会場の管理人なのか、仲介に来た人に引っ張って連れて行かれてしまう。

あっという間に見失ってしまった。

改めて噂の碁盤をみると、幽霊の声がする。

「これは、虎次郎の字じゃない!」

虎次郎?どっかで聞いたような。

 

思い出せないことを気にしてもしょうがないのでみんなと合流すると、指導碁の申し込みをしている。

せっかくだから、みんなで受けようという話になった。

 

指導碁の時間まで倉田というプロの講座を聞いていた。

そういえば、この間に緒方さんが快勝したとか言っていたのがこの人だな。

初心者にも分かりやすいように、体に似合わず丁寧な説明をしてくれる。

終わった後、指導後に向かうと、なにやら、劣勢の碁をひっくり返したという声が聞こえてくる。

倉田さんが体に似合わず、俊敏な動きで噂の対局のほうへ走っていった。

指導碁の時間までまだあるので、気になって噂のほうへ向かうと、倉田さんがヒカルに連れられて、さっきの碁盤の方へ向かった。

結局どんな碁を打ったのかは見られなかった。

その後に指導碁をしてくれた先生は、やる気がなくどこかぼろぼろな雰囲気が漂っており、私が完勝して更に酷い雰囲気になった。

まったく、プロっていうわりに酷い碁だった。

あれならみんなで話している方がためになったのではないだろうか。

 

そのあと、部活のみんなでためになったねとか、話をする。

私が担当の先生が酷かったというと、アカリちゃんならそういうこともあるんじゃないと言われてしまった。

津田さんが倉田さんかっこよかったねとかキャーキャー言っている。

そういえば今日の言いだしっぺは珍しく津田さんだったことを思い出した。倉田さんのファンなのかな。

ちなみに、私と対局してからあの先生は体調を崩されたらしくて、夏目君が次に受ける予定だったけど急遽他の先生に変わった。

私もそっちの先生のほうが良かったな。段はまだ低いようだけど手筋がしっかりしていたし。

ちなみに結局ヒカルとは合流できずにそのまま帰宅となりました。

 

 

 



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28話

研究会にて、ヒカルの大手試合の第1戦がアキラ君に決まったということを聞いた。

塔矢先生は、思いっきりやってきなさいと珍しく激励していた。

緒方先生もどんな対局になるのか普段なら楽しみにしていると思われるけど、その日は大切な対局が入っている。

今は10段戦で塔矢先生と争っており、この二人は挑戦者と防衛者という形で争っている。

現在は一勝一敗の五分だ。対局そのものも非常に見ごたえがある。

 

 

 

今日は、ヒカルが表彰式に行くらしくネクタイを締めて背広を着ている。

ヒカルに似合わないと一言言ってやろうと、ヒカルの家に行くと、ちょうど出て行くところだった。

当然、スーツに着せられている状態を期待したのだけど。

ピシッと着ていて、きまっている。スーツに着せられているなんてとてもいえない、どこか貫禄めいたものまで感じる。

私が言葉を失っていると、

「お、アカリじゃん。どう似合っている。」

と聞いてきた。

いつも通りの態度なのに少し安心して

素直に似合っていると言ってしまうと、そうだろ。という感じで少し調子に乗っている様に見える。

結局見送っただけで、何をしたわけでもないのだけど胸がどきどきする。

何なのだろうこの気持ちは。

 

 

 

あっという間にヒカルとアキラ君の対局の日が来た。

学校で、二人の対局がどうなっているだろうとそわそわしていると、周りに何かあった?とからかわれた。

だって、ヒカル自身がライバルだって言っていたし、さぞかし見ごたえある対局になっているのは間違いないだろうし。

緒方先生と塔矢先生との対局ももちろん気になる。

 

家に帰って、急いでインターネットで対局結果を見る。まあ、ヒカルの勝ちは揺るがないだろうけど。

あれ、ヒカルの勝ちは勝ちだけど、不戦勝と出ている。アキラ君はどうしたのだろう。

この間会ったときは、別に問題はなさそうだったけど。

まあ、気を取り直して、緒方先生と塔矢先生の対局を見てみると、

塔矢先生が入院で緒方先生の不戦勝。お体は大丈夫なのかな。

そういえば最近忙しそうで、最後に会ったときは少し顔色が悪かったのを思い出した。

アキラ君も、お父さんに付き添って、対局を休まなきゃならなくなってしまったのかな。

なんにせよ幽霊さんも塔矢先生の様子が気になっているようだし、後で見舞いに行こう。

とりあえず、緒方先生に連絡を取ってみると明日こっちへ戻ってきて、明後日にお見舞いに行くそうなので便乗させてもらうことにした。

 

 

 

病院にいってみると、塔矢先生は見た目は元気そうだった。

入院理由は心筋梗塞だそうだけど、大事にはいたらないそうだ。

碁会所の、広瀬さんと市川さんも一緒にいて、みんなで今話しているところだ。

やはり、碁会所でも騒ぎになったそうで、それで同じく今日見舞いに来たそうだ。

緒方先生が、囲碁界に衝撃が走ったという話をされている。

塔矢先生に関しては、未だにすごい人なのは分かるけど、どのくらいすごい人なのか知識不足で把握し切れていない。

でも、緒方先生は冗談を言うほうではないし、何よりも塔矢先生はタイトルをたくさん持っているので囲碁界に衝撃が走ったというのも冗談ではないのだろう。

十段戦のときだったので、緒方先生はどうしていたのかなど市川さんが聞いていると、

「こんにちは。」

あれ、ヒカルだ。ヒカルも心配してお見舞いに来たのか。

「心筋梗塞だそうですけど、大丈夫ですか。」

そう言いながら塔矢先生に折り菓子を渡している。

塔矢先生は10日ぐらいで退院ということを話された。

その後、ネット碁の話になる。塔矢先生がパソコンを持ち込み入院中の間はネット碁をするようだ。

その話をしていると、私にしか分からないレベルで、ヒカルの目つきが少し鋭くなったように感じた。

そこでお暇することとなった。私もヒカルがいるならもう少しここにいようかなと思ったのだけど。

ヒカルの顔を見ると、何か覚悟を決めた感じで話しかけにくいと思ったところで目が合う。

目線から、先に帰れというアイコンタクト。

そんなの分かるのは私だけだろうと思いながらも仕方なく緒方先生と一緒に病室を出る。

広瀬さんと一緒に帰りも送ってもらうことになった。

 

ヒカルが塔矢先生に失礼なことしていないといいけど。

いつもにまして今日は変だったし、何か心配ということもあるのだけれど。

ヒカルに無視された感じがして少しさびしく、胸がむかむかしていた。

 

 

 



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29話

十段戦の第四戦は塔矢先生が制した。

これで、2勝2敗の五分だ。

あれから私は時間があれば、インターネットを見ている。

やはり塔矢先生が打つところを見ることができるとなれば、例えネットであろうとも直接見たいと思ってしまうのは仕方がないだろう。

研究会では、余り対局はしないし、最近は緒方先生との対局でまったく研究会そのものが開かれていない。

私も、無性にネット碁を打ちたくなったけどRIKA01の対局も、今までの中で一番saiを追い詰めたなどと言われていて今の私ではとても使う勇気が出ない。

でも、幽霊さん以外と無性に打ちたい。インターネットじゃなくても良い。でもできるだけ強い人。

あれ、思いっきり近くにいるじゃん。

明日は対局もないはずだし、部活のみんなも用事があるとか言っていたから良い機会かも。

うん、そうしよう。

 

学校で帰りにヒカルを誘う。最初は次の試合に向けて集中したいのか、少し渋っていたけどすぐに了承してくれた。

ヒカルの部屋に上がりこんで打つ。おじいさんに買って貰ったヒカル自慢の碁盤だ。

プロになったのだから、あの蔵にあった碁盤を貰えばいいのにと言ったら、

「あの碁盤には囲碁の神様が住み着いているはずだから、あそこにおいとかなきゃ駄目なんだ。」

と茶化してきた。言っている本人はまじめみたいだけど。

言われて見れば、あの碁盤に関わってから頭痛が酷くなって散々な目にあったんだなと思った。

問題がほとんど解決した今となっては、感慨深いと思えるようになったけど。

 

せっかくなので、一手30秒の早碁で二子置いて打ってもらったり、互先で打ったりいろいろやった。

ヒカルは、私の思いつかない手をどんどん出してくる。毎回食らいつくだけでも必死だ。

ただ、やはり公式試合というわけではないので、わざと変な手を打って私を戸惑わせて楽しんでいるみたいと思ったのは帰って対局を振り返ってみてからだ。

対局の検討も終わったので、この間の気になったことを何気なく聞いてみた。

「ヒカル、この間の病院で塔矢先生と残って何を話していたの。」

「うん、ああ、あれか。あれは秘密だ。」

「何か言えないことでもしたの。まさか悪いことじゃないよね。」

「どれだけ信頼ないんだよ俺。あえて言うなら男と男の秘密だ。」

うん、変なことばっかり言っているヒカルを信頼するほうが無理だと思う。

まあ、悪いことするはずがないというのは、はっきり言えるからいいけどね。

なんか、この秘密が重要だと私の勘が言っているんだよね。

ヒカルに秘密にされたからじゃないよ?

 

ヒカルと打っていたせいか、時間がたつのが早い、あっという間に遅い時間になってしまった。

帰り際に、ヒカルが

「囲碁部の大会は、6月だよな。がんばれよ。」

と言ってきた。

うん、部活も大会が近いし次が最後だから、がんばらないと。

 

帰った後に、ヒカルと夢中になって、幽霊さんのことを忘れていた。

幽霊さんがふてくされてしまったので、ご機嫌直しのため夜通し打つことになった。

ごめんね。幽霊さん。一回くらい打たせてあげればよかった。

 

こんな目にあうのなら・・・・・・・。

 

 

 

 



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30話

最近は囲碁ばかりにお金も何もかも費やしていたら友達から怒られてしまった。

今日は非常に良い天気になり、お母さんにも同じことを言われたのでおこずかいを貰ってお店へ向かった。

 

何件か寄るも、ピンと来ない。最近余り気を使っていなかったしなぁ。

せっかくなので、足を遠くに延ばしてみる。

 

ああ、そういえばよくヒカルが来ていたなぁ。

と思いながら何気なく三谷君のお姉さんが働いていたインターネットカフェを見る。

とそこに、前とまったく同じ席にヒカルがいる。

なにやっているんだろ。

ちらりと見える横顔からは、とても真剣に見える。

あ、そうだ。時間があるようならヒカルに洋服選び手伝ってもらおうと、

普段ならまったく思わないことを思ってしまってネットカフェに入る。

三谷君のお姉さんは、当然いなかったけど一緒にいた人がたまたま私を覚えていたらしく、後ろで見るだけならいいよと入れてくれた。

ラッキーと思いながら、何を見ているのだろうと改めてヒカルの後ろから覗き込むと、インターネットで囲碁を打っている。

しかも、相手は塔矢先生だ。ヒカルは一旦囲碁をし出すと、周りが見えなくなるタイプなので私がこんなに近くで見ていても気が付かない。

しかし、病室での男と男の約束ってこれだったのか。

秘密にするほどのことなのかな。

と思いながらも何気なくヒカルの打っている名前を見ると、はっきりとその名前が書いてあった。

 

saiと。

 

 

 

やっぱり、saiはヒカルだったのかという思いと、どうしてそんな名前をと言う思いが交錯する。

ヒカルは、lightで打っていると言っていたはずだ。

それに、saiと言う名前と今打っているうち筋から、何か言い知れない感情がぞわぞわする。

幽霊さんと何かがピンと繋がった感じがする。

対局が長考に入ったので、ふと幽霊さんの顔を見ると、ものすごく真剣な表情だ。

「アカリ、この箱であのものと目の前の人が打っているのですか。」

あのものって誰って、あれ、はっきりと幽霊さんの声が聞こえる。

その後、どちらがどっちで打っているのかなど聞いてきて、ひと通り説明する。

「まるで私です。」

なにが?

「目の前の者が打っている碁がです。相手は恐らくアカリが通っているあの私と同じ神の一手を目指しているものでしょう。」

え、神の一手。良くヒカルが言っている言葉だ。

「おそらく、アカリを通してでしか見たことがありませんが、この男も同じでしょう。いや、この男からは狂気すら感じます。」

ヒカルは変だけど、狂気って程おかしくはないよ。

 

そこで対局が動いたので、二人で話すのをやめて対局を見る。

序盤から、saiの攻めた一手が、塔矢先生の打ち回しで働きを失っている。

その後も、目まぐるしく盤上が変化していく。

大ヨセまで入って、saiがすばらしい一手を打つ。

結果的にはこの一手が決め手となって、終わりそうだ。

幽霊さんも同感らしい。

おっと、まずいヒカルにばれちゃう。

男と男の約束だなんて言っていたし、流石にまずいよね。

急いで、インターネットカフェから出た。

 

 

 

もう服を買う気分ではなくなって帰ることにした。はやくさっきの対局の検討がしたい。

ふと帰り道、幽霊さんに名前を聞いてみた。

「藤原佐為です。」

その瞬間、バケツの氷水をひっくり返されたような錯覚に陥る。

名前を聞いたとたんに、今までにその名前を聞いた場面がフラッシュバックした。

最初の幽霊さんも、夢で出てきた人も、ヒカルも。

特に、ヒカルはこの名前をまるで大事な人を呼ぶかのように必死で聞いてきた。そこにいるのかと。

実は、あの時そうではないかとうすうすは気が付いていた。

少なくともこの幽霊さんに何か手がかりがあるのではないかと。

でも、ヒカルには私自身を見て欲しかった。

という卑しさが彼の求めていたものを台無しにしてしまったかと思うと申し訳なさが沸いてくる。

こんなことになるなら、さっさと相談すれば良かった。

でも今更どう言えば良いかも分からないし、言うべきかも分からない。

気が付けば、空は晴天の青空から曇りへとなっていた。

 

 

 



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31話

家に帰って、とりあえずさっきの悩みはしまっておいて、さっきの対局の検討をする。

内容は覚えているけれども、最後はわからないのでネットで調べてみる。

結果的に、あの後すぐ塔矢先生が投了したみたいだ。本当に危なかった。

まあ、見られていようが問題ないとは思うけど。

幽霊さんと話せるようになったので、検討しながらいろいろと話す。

なんでも、昔は初代本因坊に乗り移っていたって、ますますヒカルに伝えなきゃいけない理由が増えていく。

初代本因坊の幼名は虎次郎と言うらしい。

虎次郎さんのときは、何事もなく最初から話せていたそうで彼が残した棋譜のほとんどは佐為が打ったものらしい。

でも、何で私に憑いたのだろう。どうせ憑くならヒカルに憑けばよかったのに。

そうしたら、そうしたら・・・。ヒカルは他の人を誰も見なくなっていたかもしれないな・・・・・・。

結果的に私に憑いて良かったのかも。

ちなみに、ヨセに入るところで、一手変えるとsaiの負けだったと発見したとき、佐為は大いに驚いていた。

 

考えたくないことに目を背け、そんな私に自己嫌悪しながらいつもの様に幽霊さんと対局する。

今までと違って、検討も話しながらできるから楽だ。

そこで、幽霊さんが私以外、特にヒカルや塔矢先生と打ちたいという話をしてきた。

うーん、でもなぁ。どうしたら良いのだろう。

ヒカルはともかく、塔矢先生だって口は堅いだろうけど信じないだろうし。

とそこで、うん、ヒカル?そういえばインターネットなら。

家のパソコンへ行く、家族共用なのでちゃんと許可を取ってから座る。

「アカリ、この箱で打つのですか。あの者がしていたように。」

「そう、ヒカルが打っていたように、前にも説明したけどいろいろな人と打てるよ。」

「それはすごい、早く打ちましょう。」

うーん、佐為の名前どうしよう。saiではヒカルとかぶっちゃうし。

いっそのことsyodaihonninnbou、うーん何か良い名前ないかな。

torazirouもいいけど、fuziwaraの方がいっそのこと分かりやすいかな。

できれば、ヒカルに伝わるほうが良いな。

同じ名前も登録できるみたいだけどどうしよう。

きっとヒカルも望んでいるだろうし、saiにしちゃおうか。

佐為に聞いてみると、やはりsaiのほうが良いらしく、考えるのがめんどくさくなってsaiに決定した。

本人が同じように打つって言ったし、良いよね。なんでヒカルがそんな打ち方、いや、そこまで佐為の打ち方を知っているのかは疑問が残るところだけど。

 

他の人と打っている場面を見ても参考になる。

やはり、ネットでは塔矢先生と打って以来、再開したのかと誰もが誤魔化されている。

疑う人がいない以上、本当に打ち筋は同じなのだろう。

明らかにプロ級と思われる人と打っても寄せ付けない。

ヒカルが気が付くと良いけど。

 

 

翌日、緒方先生に誘われて再度塔矢先生のお見舞いに行くことになった。

緒方先生のご自慢のMAZDAのRX-7という、車に乗せてもらう。

かっこいいから高いのだろうな。これに乗せて彼女とドライブしているのか。

なんてどうでも良いことを考えていると、

「君はsaiを知っているか。」

え、緒方先生からsaiの話が。ネットですごく強くて有名ですし、研究会で話題に登っていたのでそのくらいだと無難に答えておいた。

ついでに昨日の対局も見たと伝えておく。

「実は、進藤がsaiではないかと疑っている。」

うん、当たっています。

でも男と男の約束とか言っていたし、saiはたぶんこの佐為でもありそうだしな。

一応、打ち筋が似ていますが似ているだけですし違うのではと答えておいた。

それっきり、緒方先生はsaiについて考えているのか黙り込んでしまう。

塔矢先生の病室の前に行くまでずっと黙り込んだままだった。

 

 

塔矢先生の病室に付くと、中から声が聞こえてくる。

この声は、ヒカル?

その声を聞いて、緒方先生がノックをしようとしていた手を止める。

「saiとの対局は叶うか分かりません。」

「だが、昨日もあれから打っていた様だが。」

「え、本当ですか。パソコンお借りしていいですか。」

という、本当に驚いたという声が聞こえてくる。

そこまで聞くと、緒方先生が乗り込む。

「進藤、やはりsaiと何か関係があるのだな。」

ヒカルは、少し驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻し、

「関係ないです。さようなら。」

と言って、忍者みたいにさっと病室から出て行ってしまう。

緒方先生が、「進藤」と叫んで急いでヒカルを追って出て行ってしまった。

私はと言うと、ヒカルを追っかけても追いつかないし、言いたくないことは絶対言わないのは分かっているので塔矢先生にお体の状態を聞く。

私が、病院なのに騒がしくなってしまって申し訳ないですと言ったところで緒方先生が戻ってきた。

あれ、アキラ君までいる。

進藤が対局を持ちかけてきたのかなど、saiについて緒方先生が聞くも塔矢先生は知らないの一点張りだった。

男と男の約束ってとっても重いんだななんて思ってしまう。

塔矢先生も口が堅い人なので、アキラ君が早々に白旗を上げた。

 

えっと、始めの話から、ヒカルが佐為の存在に気が付いたと言って良いんだよね。

結果的に良かったのかな。

佐為とヒカルの対局が叶うといいな。

うまくいけば、塔矢先生とも緒方先生とも叶うかもしれないし良かったのかな。

なんか、もうヒカルに言わなくても良いかな?

 

 

 

 



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32話

それから、案の定ヒカルのsaiと思われる相手から、申し込みがあった。

メッセージが飛んできて、次の休みに打つことになった。

 

久しぶりに開かれた研究会でも、saiの話一色だ。

この間の塔矢先生との対局はもちろんのこと、他のsaiが打った棋譜も検討することになった。

しかし、ヒカルに佐為が憑いている訳がないしどうなっているのだろう。

気にしてもしょうがないのだけれど気になってしまう。

佐為もヒカルのような打ち手には会ったことがないと言っているし、

今の佐為を昔の本因坊の棋譜から見つけるのも難しいだろうしどうなっているのだろう。

 

あっという間に約束の日が来てしまう。

ちなみに、ヒカルと思われるsaiから申し込まれてから、ログインしていない。

佐為も、今までヒカルと打ってもらった碁や対局した碁を並べて一緒に検討してきたので抜かりはない。

今日はたまたま家には私以外いないし、誰にも邪魔されなくてすむ。

幸運は続くのか他の人に申し込まれることなく、saiとsaiの対局が持ち時間3時間で始まった。

 

佐為が黒となる。

序盤から考え付かない攻防が続く。

流石に私に打ってきた2手天元は打ってこなかったけど、どちらも成熟した隙のない碁を展開する。

その中でも、わずかな隙とも言えない隙を見逃さず白が攻め込んでくる。

この打ち方はやはりヒカルだなと思いながら、佐為の指示通りに打つ。

インターネット越しなのに、ヒカルの一手一手から今までに感じたことがないほど気迫を感じる。

佐為もその気迫に答えるように、すばらしい一手を返す。

目まぐるしく碁盤全体で攻防が繰り広げられる。

どちらも、押せど引けども一歩も譲らない。

お互いが、何年もかけてこの対局を待っていたかのように一手一手が生き生きとしている。

石が踊るように、美しい盤面が形成されていく。

まるで、腹心の友である二人の芸術家が息を合わせて画板に描いていくかのごとく、二人の心が通じ合っているかのごとく模様が描かれていく。

そして、秀作が残した芸術的な棋譜にも勝るとも劣らない美しい模様を描き出していった。

恐らく、インターネットで見ている他の人も開いた口がふさがらないだろう。

塔矢先生との対局は、まさしくすばらしい対局と言えたが、これは囲碁の原点を映し出す芸術であろう。

後から見た人は、いったいどう打ったらこのような形になるのか、皆目見当もつかないだろう。

それでいて、無駄な一手がひとつも見つけることができない。

そんな永遠に続くかと思えるすばらしい時間も終わりが近づいてきてしまう。

対局は、最後のヨセに入った。

 

 

 



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33話

この作品の最終話です。
本日、この後はあとがきと番外編3話構成の予定なのでお願いします。


saiとの、対局が終わって私はヒカルに打ち明けた。

ヒカルは、やっぱりかと言って、逆に謝ってきた。

ヒカルも、ずいぶん私に隠し事をしてきたみたい。

やっぱり私と同じく信じてもらえるわけがないといって隠していたんだって。

それから、毎日のようにヒカルと佐為は二人で打った。

二人ともいろいろ隠し事していたのを話したおかげで、以前以上にヒカルと仲良くなった。

未だに、ヒカルは私を通してしか佐為と話すことができないけれども、ヒカルは佐為とは囲碁を通して会話ができると言って、彼と打てるだけでも満足みたい。

 

中学最後の大会も、打倒海王中を見事に果たし、男女共に全国大会に出場できた。

女子は私たちが卒業しちゃうと誰もいなくなって、実質廃部になってしまうのは辛いけど、最後に栄光を残せてよかった。

ちなみに全国大会も優勝した。

 

私は受験と同時にプロ試験を受け、伊角さんと和谷君と一緒にプロ試験に合格した。

高校に通いながら、プロの道は厳しいけど高校へ行かないと親が納得しないし、更に遠くにある神の一手にはこのくらいの苦労で音を上げるわけにはいかない。

 

ヒカルと言えば、プロになってからほぼ負け知らずで、連続勝利記録を塗り替えたりいろいろプロ相手に暴れているみたいだ。

私も、未だに一回も勝てないけど腕をめきめきと上げて、塔矢君とヒカル以外の低段者には負け知らずだ。

 

前にもましてヒカルといることが多くなったので、同じ目標を持つもの同士と言うことも会って、付き合うことになった。

それは、私にとってはある意味言い訳で単に一番気の会う異性がヒカルだというのは言うまでもない。

周りからは、熟年夫婦みたいとか言われて、冗談だろうけど早くもさっさと結婚しろなんていわれているけどまだ考えもしないかなぁ。

結婚したらしたでヒカルとならどうにでもなりそうな気もするけど。と言うか囲碁漬けの生活が変わるとも思えないし。

ヒカルは私のことも大事にしてくれるけど、告白したときに覚悟はしていたとはいえ、私がヒカルの囲碁と佐為との繋がりに対する嫉妬心が、心の底から消せないでいる。

 

普段から相変わらず、三人で神の一手探しだ。

ヒカルの秘密については、詳しくは結婚するときに話すなんて冗談めかして言ってくるけど、結婚なんていつのことになるのやら。

私だって幽霊とかいろいろあったけれども、ヒカルの秘密に納得できない気持ちがくすぶるのはしょうがないと思う。

でも、まあヒカルが言うのだから本当なのだろうなと無理やり納得している。

あの時から急に大人びて、囲碁に詳しくなったり納得できる証拠はいくらもあるのに納得できないことに不思議だ。

でも、神の一手を目指す心だけは絶対に本物だ。

 

ヒカルが改めて決心するかのように私と佐為に宣言をした。

「今度こそ、絶対に神の一手を極める。」

うん、今度はきっと届くよ。

だって、佐為もいるのだから。

それに私だっている。

これだけ皆が揃って目指すのだから、神の一手に届かないはずがない。

 

 

 

--完--

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
後は、蛇足と言ってもいいので気が向いたら読んでみて下さい。


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あとがき+この作品について

最終話は、前話ですのでよろしくお願いします。
この後、番外編を更新予定です。


まず、この作品については、傍観者として書くに当たってすれ違いをテーマとしておりました。

最初の幽霊さんも、ヒカルと佐為についてもボタンをひとつ掛け間違えれば、すぐに会える距離にいながら気が付かないと言う風に感じていただけたなら幸いです。

 

このお話の元としたあらすじを書きます。

ヒカル、前世では囲碁の修羅化。

このままではどうやっても神の一手に届かないと悟りながらも囲碁を続けるが結構若くして死んでしまう。

 

転生後、原作最初に戻ったことを悟り、サイがいないことを確認。

神の一手に届くためには彼がどうしても必要と考えます。

彼の囲碁をたどっていけば復活するのではないかということに一縷の望みを託す。

どの道、アキラの成長にはサイの碁を何度か見せる必要があるため、できるだけ過去に沿うようにやる。

過去のまま進めると大概は過去のまま進むことを判明。多少のずれは大丈夫ということも判明。

しかし、一人だけ大きく原作から外れた動きをするやつがいる。

表面上では明るく振舞う演技をするも、扱いに困る。

門脇や、アカリがプロ予選に出てきたあたりから手が付けられなくなり塞ぎこむ。

アカリとの対局は叶わずアカリは予選を通るも体調崩してプロ予選から去る。

 

実際はアカリに佐為がついているもまったく気が付かないまま進む。

塔矢行洋とsaiの対局までは過去のとおり自演する。

ネットでsaiと思われるやつが復活。

ネットでsaiと対局。

saiとの対局後アカリは若くして癌で死んでしまう。(正確には魂を三つも持つことに体が耐え切れず終了)

彼女の手記から彼女に佐為が付いていたことや、ヒカルへの想いなどを知ることになる。

再度修羅化してありとあらゆるタイトルを独占、神の一手を極めるも何も得ていないことに気が付き話は終わる。

 

ではなしは終わりです。ちなみに序盤を書いてこの作品は投げました。

いろいろな作品をパクレばおもしろくなるなんて幻想を抱いたのは、何でだったのか。

 

 

ちなみに今作では、以下の予定をしておりました。

この話の佐為とヒカルの対局の後、結局アカリは佐為の存在を告げられないまま、急遽、親の転勤の関係から中国に行くはめになります。

ヒカルと遠距離で、伊角さんやらアキラ君やら中国にほぼ常駐状態の塔矢先生やらを巻き込んで傍観者としてすれ違いを続けていく予定でした。

最後は、日本ではなく中国でタイトルを独占してから日本に帰ってきて、日本のタイトルを独占しているヒカルに勝負を挑んで終わると言う展開になる予定でしたが、

どう書いても、雰囲気が出ないので今回の運びとなりました。

最後は、ヒカルに佐為ではなく、アカリちゃんだけを見て欲しかったのですが。

 

当初は、ネットに投稿するつもりもまったくなく、

投稿しても読む方もコアなファン以外、まったくいないと思っておりましたが

思っていた以上に、読んでくださる方がいたのには驚きです。

 

以上、長くなりましたがここまでお付き合いくださりありがとうございました。

 

 

 

 



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番外編

最終話は2話前です。
あとがきで書いた、佐為との対局後、中国へ渡ってしまった場合のエンドです。
本当は、中国からヒカルを傍観したかったのですが。
いろいろ、足りませんし国内も良く分からないのに外国のことはまったく分かりません。
特に国がどうとかそういう意図はないのでご了承を。



佐為とヒカルの対局の後、ヒカルとはめっきり疎遠になってしまった。

なぜなら、あの後、急にお父さんの仕事の関係で中国へ行くことになってしまったためだ。

ヒカルとは近所にいすぎたせいか電話や手紙を出すなんて習慣はなく、あれから7年一度も会っていない。

今となっては、連絡を取ろうと思ってもヒカルが忙しすぎて取れないだろうけど。

なぜなら、ヒカルは7大タイトルすべてを取り、更に取った後に、防衛を一度も失敗していないそうだ。

それどころか、プロになってから連勝記録を更新し続け、もはや伝説化している。

中国にいても、インターネットからヒカルの文字が消えることはない。

ヒカルは中国でももちろん有名で、国際棋院戦など、国際大会でも圧倒的な強さを見せ続け負け知らずだ。

あれから、指導碁以外で負けたのは、saiとの対局だけではと言われている。

saiとは、ヒカルも私も時間を何とかとって、一週間に一回は打つようにしている。

相変わらず、私に佐為が憑いているということをヒカルは知らないのだけれど。

対戦成績は、saiも現代の定石を完全に覚えて、更にヒカルとの対局で更に発展している。

それでも、対戦成績が5分なのは、ヒカルを褒めるべきなのかsaiを褒めるべきなのか。

もはや、毎週の対局はネット上でも名物となっている。

もはやヒカルの敵はsaiしかいないとまで言われてしまっているのが現状だ。

 

現在、私は中国リーグに所属しており、日本との文化や囲碁観の違いに翻弄されながらも何とか勝ち上がっている。

中国では、日本以上に勝負へのこだわりが強く力強さに負けないよう毎回必死だ。

おかげで体力と集中力は昔と比べ物にならないほどついた。

 

そして、ここ一年負けていない。賞金大会なども私が出た大会はほとんど独占した。

男性のほうが強いといわれている囲碁界において私は日本から来た異端児として扱われている。

毎日、佐為と打っているからかな。最近では佐為からも勝利を奪えるようになってきた。

佐為いわく、形の汚い碁なんていわれてしまうけど勝ちは勝ちだ。

 

 

ついにこの日がやってきた。久しぶりの日本だ。実に七年ぶりだ。

なぜ日本に来ているかって?今年の日本での国際カップに出場するためだ。

中国のトップ棋士と賭けをして中国代表の座を奪い取ったのだ。

いろいろ日本人が中国代表とか女性が代表とか文句は付きに付いたが、ヒカルが毎回圧勝するせいで腹を据えかねたのか通ってしまった。

 

ちなみに、代表者名は当日まで伏せてある。

インターネットでヒカルの写真は見ているけど、実際に会うのは久しぶりだしどうなっているのかな。

 

 

 

対局所に着いた。

初戦から日本チームだ。

女性の私が大将として入っていくとどよめきが起こる。

あれ、予定では・・・・・・。どうなっているんだ?

へんな注目とはいえ、注目されるのはうれしい。でも度肝を抜くのはこれからだ。

先に対局室に入って待っていたヒカルが写真を取られているにもかかわらず、驚きで目が丸くなっていた。

久しぶりだね、ヒカル。今度こそ対等に打とうか。

ようやく、ヒカルの目が私だけに向く。

やっと、私を見てくれたね。これからどんどん私以外、写らなくしてあげるから覚悟してね。

 

 

 

 




これにて本当に終わりです。お付き合いくださりありがとうございました。


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