IS 絶望までの流れ (kue)
しおりを挟む
IS 絶望までの流れ
成功者は言う。
天才とは99%の努力と1%の才能によって形作られていると。
また、ある天才は言う。
人は生まれた瞬間は皆、同じ知能レベルだと。努力すれば頭はよくなると。
またまたある天才は言う。
たとえ才能がなくても努力すれば凡人でも似非天才の場所まで来れると。
さて。ここまでの天才たちの言葉にはある前提がある。
それは何か? 簡単な話さ。
才能だよ。
「一夏君、すごーい! また全部満点だ!」
「ほんと織斑は頭がいいな! 先生もクラスにこんな頭が良い子がいるのは嬉しいよ」
教室の前にある教卓の近くでクラスのみんながある一人の男子生徒を中心に円を囲み、
その男子生徒が手に持っている答案を見て、各々感想を言っていた。
まあ、その中心にいるのが俺‐‐‐織斑秋無の双子の兄である織斑一夏なんだけどさ。
それに対して俺の手に握られている答案用紙の右上には65と書かれている。
あっちは全教科満点、こっちは全教科65以下……いったい、どこで差がついたんだ。
こっちはテストが始まる3週間前からコツコツと勉強し続けてきた。
学校の休み時間も勉強、家に帰ったらまずは今日やったことの復習、そして参考書を見て、そこに書かれている次のテストに出てくるであろう単元のさらなる勉強。
にもかかわらず…………テストの前日に教科書と参考書を2時間ほど眺めただけのあいつに負けた。
「じゃあ、みんな気を付けて帰るんだぞ」
そう担任の先生に言われ、皆が一夏から離れて自分のランドセルを背負い、教室を出ていく。
「一夏。かえ」
「一夏! 帰るぞ!」
「あ、箒。で、秋無、なんか言ったか?」
「……今日、俺と試合」
「オッケー」
そう言うと一夏は教室まで迎えに来た幼馴染である篠乃ノ箒とともに教室から去り、
二人一緒に剣道の用具を持ち、箒の家にある道場に向かった。
ハァ…………なんで、いつも箒は一夏のことしか呼ばないんだよ……俺も同じ道場で剣道を習っているのに、
何で俺も一緒に誘ってくれないんだよ。
もう、これまでに何回、呟いたかもわからない言葉を心の中で呟きながら、剣道の用意を持ち、
教室から出て一夏たちの後ろ10mほど離れた場所から二人の後をつけつつ、
道場へと向かって歩き始めた。
姉の織斑千冬も小学生の頃は神童とまで言われたくらいに成績が良かったし、運動も抜群、
その弟の一夏も例に漏れずに千冬姉を超える頭脳、千冬姉と同レベルの運動の才能を持ち、
さらに千冬姉にはない家庭スキルの才能、あらゆる面であいつは天才と呼ばれている。
そんな天才一家にいるはずの俺はピカリと光る才能など全くなかった。
一夏が20分で終わらせた宿題に俺は一時間かかり、テストでは全員が時間内に解けたにもかかわらず、
俺だけが時間が足りなかったり、運動に関していえばクラスでもビリに近い。
でも……一夏に勝つことを諦めているわけじゃない。3週間で足りなかったら、
それ以上の期間をかけて勉強をやればいいんだ。
「……今日こそ、剣道であいつを倒す」
そう息巻きながら目の前の道場の門を潜った。
「…………剣道止めよ」
1時間前まで一夏を今日こそ倒すとあれ程息巻いていたにも拘らず、いざ試合をしてみれば周りの予想通りに一夏の一撃の下、試合の勝敗ごと俺の意識を刈り取られてしまった。
そして気が付けば防具を脱がされ、箒の自宅にあるソファに横たわっていた。
数か月、剣道を一夏と同じ日から学び続けたにも拘らずこの差か……。
起き上がり、窓から道場の方を見ると面を外した状態でケラケラ笑っている一夏とそんな一夏と一緒に笑っている箒の姿が見えた。
「あ、秋無君。目、覚めた」
「おばさん……今までありがとうございました」
「え? どうしたの急に」
「今日で剣道辞めます」
俺のいきなりの告白に箒のお母さんはかなり戸惑っていた。
「でも、お姉さんとの約束で剣道は小学校を卒業するまでやるんじゃなかったの?」
「……千冬姉はどうにかして説得する……なんというか、もう剣道をやる気力がなくなったんだ」
そう言うとおばさんは何とも言えない表情を浮かべながらも最終的には何も言わずに、
テーブルの上にコップを置いて、台所へと戻って行った。
剣道もダメ、運動もダメ、喧嘩もダメ……残っているのはもう…………。
そんなことを思いながら俺は窓の外から見える箒の姿を見ていた。
その日の晩、家族三人でテーブルを囲んで夕食を食べていた。
今日のメニューは一夏が箒のお母さんに手伝ってもらいながら作ったらしい焼き飯と餃子、
そして卵スープだった。
……いつの間にこんなもの創ったんだよ。ていうかいつの間に箒のお母さんと一緒に、
こんな料理を作ってたんだよ! こんなの俺聞いてない。
「千冬姉! 今日のごはんはね! 俺が一人で作ったんだ!」
「そうか。にしても一夏は料理も上手いな。なあ、秋無」
「え、あ、うん。そうだね」
…………なんで兄弟なのに一夏は俺を誘わなかったんだよ。そりゃ、俺料理は下手だけど、
下準備くらいは言われたらできるし、箒のお母さんがいたんなら俺にだって何か作れたのに。
そんなことを思いながらも俺はひたすら焼き飯を食べる手を止めなかった。
事実、目の前に並べられている焼き飯も餃子も卵スープもほとんど一夏が作ったものであって、
俺が作ったものは何一つない。
それに千冬姉の言うとおり、めちゃくちゃ美味しい。
「そう言えば二人とも。テストが返ってきたんだろ? 後で見せてくれ」
「いいよ!」
やっぱり、そうくるよね…………ま、良いか。今度のテストで一夏を越えてやるんだ!
一夏に剣道で負けてから早、二週間以上が経ったある日、俺は箒の家の近くにある公園にいた。
時刻はすでに夜の7時。辺りはもう真っ暗で公園には俺以外に人は誰もいない。
俺がここにいる理由……それは箒に告白をすること。
なんでも急に箒が引っ越すことになったみたいでもう、当分の間は会えなくなるみたいだし、
手紙のやり取りさえできなくなるって千冬姉から聞いた。
だから、俺は箒に告白することにしたんだ。
確かに勉強も運動も料理も何もかもで一夏に負けてるけど唯一、あいつに負けてないと思うものはといえばこんな恋愛……というか女の子に関することくらい。
あいつはもう、こっちから見たら明らかに好きだよって言っていることでも右から左に聞き流すどころか、
聞き流す際になんかねじ曲がって出てくる。
先生曰く、一夏みたいなのはどんかん、天然じごろとか言うらしい。
意味はよく……来た。
「遅れてすまない。引っ越しの準備が」
「あぁ、良いよ。五分くらい大丈夫だって」
「いや、でも遅刻は遅刻だ」
「そっか…………箒……引っ越すんだよな」
そう言うと箒は何も言ってこなかった。
「あぁ。もう決まってしまったんだ……寂しくなる」
そっか…………箒もやっぱり、俺たちと離れたら寂しくなるよな。
俺も寂しい…………だから、今日この場で告白して約束をしたらその日が来るのが楽しみになる!
それで寂しさも吹き飛ぶ! ……っていう風に一夏からは聞いている。
なんでも”らぶこめこみっく”とかいう本を箒のお姉さんの束さんが読んで、
あの天才の頭脳をフル稼働させてしみゅれーしょんされたしちゅーえしょんらしい。
カタカナはまだ少しわからない……でも、そうすると女の子は嬉しいらしい。
「ほ、箒!」
「う、うむ」
「す、好きだ!」
そう言うとさっきまでうるさいくらいにバクバク言っていた胸が何故か、静かになってそれどころか、
体の下の方からゾクゾクというか……何か冷たいものが上がってきた。
「そ、その俺が高校生の年齢になるまでにお金一杯ためて箒に会いに行く!」
自分でも緊張しすぎて必死に暗記したセリフがぐちゃぐちゃになってしまったけど、
俺が言いたいことは最初にズバッ! と言えた。
「…………どうしたのだ? 三週間前も一緒のことを言ってくれたではないか。″一夏″」
「…………は?」
さっきまで少し汗をかいていたにも拘らず……蒸し暑い夜にも拘らず、一気に汗が引いていくのを感じた。
「さ、さてはあれだな? 同じことを言って私が寂しくならないようにしようと思ったのだろ?
まったくお前というやつは。だ、だが……そ、その嬉しいぞ。私も一夏のことが好きだぞ!
私が中学生になる頃に歴史に名を刻むくらいのすごい発見をしてお金を一杯ためて、
迎えに来てくれるという約束! な~にあと数年もすれば中学生になる!
その時が来るまでず~っと待ってるからな! 一夏! じゃあ、さらばだ!」
満面の笑みを浮かべ、顔を真っ赤に染めながら箒は口早にそう言い放つと俺の話など聞かず、
そのまま猛ダッシュでやってきた方向を逆に戻って行った。
さ、三週間前って……俺が剣道を止めようと思った日だ……俺が一夏に告白することを相談したら、
あいつ、笑いながらアドバイスくれたじゃんか…………全部知ってたんだ……。
双子のせいで顔が全く同じで一夏と間違われることなんてこれまでに何回もあった……千冬姉のアドバイスで区別ができるように髪型を変えてもすぐに似たような髪型になった……ふざけんなよ。
なんで……なんで…………。
「なんで一夏に全部、奪われなきゃならないんだよ」
あるウサミミの天才は言った。
病的なまでの鈍感っていうのはあるきっかけがあると鈍感じゃなくなるんだよと。
そして、ある人は言った。
すべてにおいてタイミングは重要であると。
この世界にない新しい技術を世界で同時に二人が開発したとして。
先に早く出した方が本物となり遅く出した方は一切、評価されないまま地にひれ伏すと。
目次 感想へのリンク しおりを挟む