相州戦神館學園 ―闘札陣― (更地)
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1.夢にまでみた百年後は

柊四四八は走っていた。

何かに追われているのか、いや、何かから逃げているのか?

そのどちらも否。いや、どちらも肯であるのかもしれない。

だが実のところ、何の事はない。それは毎朝日課としてやっているジョギング中の彼の様子に過ぎない。

「ハッ、ハッ……」

幾度となく見た海沿いの道を、一定のペースを保って走りながら、彼はこう思わずにはいられない。

―――何かがおかしい、と。

恐らくその違和感の正体は右腕に備え付けられた円盤のようなモノに他ならない。

彼が生きてきた中で、これの存在を知ったのは数ヶ月前の事だ。

この円盤には「デュエルディスク」という名前がついているらしい。

昌も、我堂も、歩美も、世良も、栄光も、そしてこのような遊び道具には疎そうな鳴滝でさえも、この円盤の事を知っていた。

千信館學園入学式当日、当たり前のように配られたこれを、彼らは当たり前のように装着し、当たり前のように知っていた。

事実、知らなかったのは柊四四八だけ―――。

彼が途轍もなくそのような遊びに疎かったのならば、成程納得もできよう。

だがしかし、そのようなハズがないのだ。彼は今まで、「デュエルディスク」の存在を知る仲間達と一緒に過ごしてきていたのだ。

その中で一度として「デュエルディスク」に関する話を切り出された事はない、と彼は記憶している。

そう―――つまり、千信館學園入学式当日になり、突然、全員が常識を思い出したかのように「デュエルディスク」の事を語りだしたのだ。

それとほぼ同時期。どこから現れたのか「遊戯王」というカードゲームが凄まじい速度で人々の間に普及していった。

そしていつしか、「デュエルディスク」を装着する事は当たり前。装着しない人間は人として在らず。

だったり、

「遊戯王」のルールは常識の一つ。知らない事を恥と知れ。

といった風に人々の中に暗黙の了解を構築していった。

たった数ヶ月、それだけで柊四四八の知っている世界の常識はこうして覆されたのだ。

これを異常と呼ばずして何と言う。

「……俺が、おかしかったのか?」

立ち止まり、右腕の、今や道行く人誰も彼もが装着している円盤を彼は眺めながらぽつりと呟いた。

彼の嘆きとも呼べるその自問は、誰に答えられるでもなく潮風に煽られて空へ飲み込まれていく。

「……」

すぅと一つ深い息を吸うと、彼は再び海沿いの道を走り出した。

この異常な世界に追われるように、いや、逃げるように。

 

 

 

「おっはよう四四八ぁ!どうした?あんま元気がねーじゃねーか」

「ほっとけ昌」

幼馴染の真奈瀬昌に背中を叩かれ、少したじろぎながら四四八は言った。

「あら、もしかして寝不足なのかしら?まぁそうよね。定期テストも近いし、柊だって必死に勉強しないと―――」

「それはむしろお前の方だろう我堂。化粧で隠していても、目の下に隈ができてるのがバレバレだぞ」

四四八の発言に、我堂鈴子は後ろを向き、ぺたぺたと目の辺りを両手で触れている。

「じゃあじゃあなになに?もしかしてー……恵理子さんにえっちな本の隠し場所、バレた?」

「どうしてそうなる。というかそもそも、俺は隠してなどいないぞ歩美」

にやにやと笑みを浮かべながら、龍辺歩美は四四八ににじり寄る。

「えっ……じゃあ柊君、もしかして机の上に広げたまま置いてたりするの?オープンだなぁ」

「世良。そういう意味じゃない。俺はそのような本は持っていないという意味だ」

世良水希は引いたように四四八から距離を取った。

「はぁ?!持ってないとかお前正気かよ!!なんなら俺が貸して―――」

「いらんわ栄光」

ぎゃいぎゃいと騒ぐ大杉栄光の頭を四四八が叩く。

「ったく……朝から騒がしいなお前らは」

「その騒がしいやつの中にはお前も含まれてるんだぞ、鳴滝」

鳴滝淳士の吐き捨てた言葉に、四四八は苦笑した。

 

千信館學園の校門を、騒ぎながら7人の少年少女がくぐり抜けていく。

その中心には柊四四八の姿があった。

彼らは所謂幼馴染グループというやつで、柊四四八はそのリーダーに当たる。

さてさて、千信館に入る前ならば、この後7人で教室に向かうのだろうが―――

「よう四四八。少し体調が悪そうだな」

「心配されるほどの事でもないさ、甘粕」

一人、

「おはよう姉さん。あのさ、お弁当―――」

「あ、信明!貴方お弁当忘れていったでしょう!はい、これ!」

また一人と、

「あら……皆様お集まりで、ご機嫌よう」

「はっ。リムジンでご登校たぁ。鈴子の真似事か?辰宮」

彼の、いや彼らの周りには人が集まってくる。

「……お嬢様を我堂様と同じ括りには入れないで欲しいな。鳴滝」

「それどういう事ですか幽雫さん!」

それは、桜咲く千信館で出会った仲間達。

「おはようございます大杉さん」

「あっ、お、おはようございます、伊藤……さん」

もしかしたら彼らは昔、どこかで出会っていたのかもしれない。

「かっかっか。何どもってんじゃ大杉の餓鬼んちょが」

「おぉい狩摩ぁ……あたしを置いてくなよぉ……」

「おっとすまんのぉ花恵」

時には敵として。時には味方として。

「……おはようございます。我堂」

「お、おおお、おはようございます我堂さん!」

「あんたらねぇ……鈴子でいいって何度も言ってるでしょ。それに千早は無愛想すぎだし、百はどもりすぎ」

だが、こうしてあの日から100年後。

彼らは―――紛う事なく、仲間であった。

 

千信館に入る前は、まさかこのような大所帯になるとは柊四四八も思っていなかったであろう。でなければ今、彼はため息をついていない。

ここを校門前だという事も忘れて、あーだこーだと言い合う、千信館で出会った彼の大切な仲間達。

他の生徒達も明らかに邪魔なのだから何か言えばいいのに、楽しげにその様子を眺めている。

そう、彼らを纏められるのは柊四四八しかいないのだ。だからこそ、彼は間違いなくリーダーなのである。

四四八はパンと手を一回叩き、全員の注目を自身に集めてから告げた。

「おいお前ら。仲良く話をするのはいいが、そろそろ時間だ。あと花恵先生と狩摩先生は授業があるでしょう。早めに用意してはいかがですか?」

「そがーな言われちゃあ世話ないのぉ。ほなら行くか、花恵」

「えー……あたし面倒くさいから狩摩だけでやってくれよぉ……」

「アホか。ワシも面倒くさいんじゃ」

花恵と狩摩が校舎へと去っていくのを見て、他の者も皆散り散りになっていく。

その様子を見て、柊四四八は思うのだ。

こいつらは大切な仲間達だ。できることなら、これからもずっと一緒に歩んでいきたいとも思っている。

だが―――俺がこいつらと一緒に行きたいと思っている世界は、こんな世界ではない。

「デュエル」によって全てが決まり、もはや「デュエル」無しでは存在できないような世界。

それを自分以外の誰もが異常なのだとは思わない世界。

このようなおかしな世界になってしまったのは、必ず理由があるはずだ。

だから俺は―――絶対に理由を見つけ出し、元の世界に戻さなければならない、と。

 

『……こんな世界は、間違っているのだから』

 

同時期、同時刻。

きっとそれは偶然であったのだろう。いや、世の中に偶然は存在しないという説に乗っ取るのならば、これはまさしく必然。

千信館の校舎を見上げる獣の少女は、彼と全く同じ台詞を吐き出した。

 

 

 



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