境界線上のホライゾン~火影を継ぐ少年 (イイ日旅立ち)
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境界線上のある少年の朝の光景

 

 

 

 

 

 ――――――武蔵という国がある。

 

 

 

 

 

 末世と呼ばれる世界における、多分“敗者の国”として知られる国。

 

 

 

 そうなった経緯には紆余曲折があった訳だが、そもそもまずこの“地球”という☆、じゃなくて星を離れていた人類が久しく地球に戻ってみたところ、とても人が住めるような世界では無くなっていたところから端を発する。具体的にどんな感じかというと、手入れの行き届いていない中年以降の頭部に不安を抱えているお父さん達の頭ぐらいに手遅れだった。

 

 そこでまず人類が行ったのは、別次元に今の世界とは別に住める世界、かつて神州と呼ばれていた土地になぞらえて“重奏神州”を作る事だった。

 

 そこを大まかに区分けして国ごとに別れて住んでいた。が、その安定は長くは続かなかった。

 

 『南北朝戦争』により“重奏神州”を支えていた『三種の神器』が長らく失われ、支えが失われたその世界は元の神州があった場所に崩落。

 

 結果、落ちた重奏神州に上書きされてしまった部分を『重奏領域』と呼ぶようになり、その土地は様々な物が不安定なために人の住める場所では無くなった。

 

 神州は名を“極東”と改められ、重奏神州崩落の責任を問われる事になったのだ。

 

 

 そのため極東はその大半の土地を分割統治され、現在は主権すらも剥奪され治めている土地もたった二つのみ。

 

 

 最早一個の“国”としても機能せず、上から与えられる指示に従って国として最低限の運営をする。

 

 

 

 そこには『武蔵』としての意志は無く、聖譜連盟という強大な力に従う形でしかないこの国の現状があった。

 

 

 

 ―――――――とはいえ。

 

 

 

「―――――――んっ、と。本日の舞これにて終了ー。芸能系の神様じゃない筈なのに、どうして毎朝三時間も舞わなきゃいけないのさ……お陰で遅刻確定だよこんチクショー」

 

 

 

 確かにこの『武蔵』が暫定的な主権しか与えられず、敗者の国であろうとそんな事とは関係なく世界は進む。滅びに向かって。

 

 

 だというのに、同じ世界の住人である僕達が何もせずにいていい理由は無いし、何もしてはいけないと強制される筋合いも無い。

 

 

 

 つまり何が言いたいのかというと、敗者と言いたい奴は言わせていればいいのだということ。

 

 

 

 僕自身、割と負けず嫌いな部分があるのを自覚しているし、かつての負けを今の自分達が被るとしても関係無いと思っているから。

 

 

 文句があるならかかってこい。とまでは流石に言わないけど、僕達がただ黙ってこれまでそんな謂われに甘んじてきた訳じゃない事だけは言わせて欲しい。

 

 

 僕達だって「夢」を見る権利ぐらいはある筈だから。叶えたい、そう思っても許されると信じているから。

 

 

 

 …………全てはそれを約束してくれたあの人のために。なんて、自分でも羞恥で埋まりたくなるような事を朝っぱらから考えてしまうのは昨日していたノベルゲームのせいだろう。

 

 

 歴史の勉強じゃないけど、通神帯(ネット)仲間で遠くに住んでいる友人のおススメで購入した小説だったのだが、中々凝ったエフェクトに読み易くそれでいて世界観の深さに一気に引きこむ力強い文章力、ついついセーブを忘れて読んでいたら寝落ちした自分がいた。

 

 

 そのせいで普段なら早起きして済ませてる代演の奉納である“一日三時間の舞”を始めるのが遅れて結果、家を出るのが遅くなってしまう事になった。

 

 

 一先ず体を清潔にする禊祓いの術式札で簡単に準備を済ませて制服に袖を通す。

 

 

 本来ここでちゃんと性別にあった服装をチョイスしたいところなんだけど、誠不本意な事に僕が神奏している神様は僕の女装までも代演の内容に含んでくれやがってせいで、常の衣装まで女性用の物を強要される羽目になった。

 

 

 

「(毎度毎度のことながら、髪結いといい化粧水といい……僕の女装スキルが上がってる気が)」

 

 

 

 化粧までは流石に嫌だったので、女装といっても最低限。髪を伸ばしてお下げにして化粧水で顔を軽く拭いて準備完了。うん、今日も素敵に女顔でうんざりするぜぃ。

 

 

 一日の予定を表示枠(サインフレーム)を出して確認してみると、既に一時間目の授業として品川までのマラソンが組まれていた。

 

 

 

「(どうせこれも普通のマラソンじゃないんだろうけど)」

 

 

 

 あの担任の事だからそれだけで済む筈が無い。であれば、こっちも現地集合みたいな感じで合流すればいいか。

 

 

 比較的クラスでも仲の良い点蔵君に遅れる旨をメールで送り、あとは登校するのみ。

 

 

 とはいえ、わざわざ遅れるとメールしたのはこの代演のせいもあるけどもう一つ、理由がある。

 

 

 

「あ、繋がった。すいません、ちょっと寝坊したんですけど今からそっち行くんで………あ、Jud.じゃあすぐに、はい、はい、それじゃ」

 

 

 

 表示枠越しで会話を交わしていた相手は武蔵で働いている機関部の人間。

 

 

 つい先日、飲み屋で誰かが暴走して地面となっている装甲をぶちぬいてしまったらしく、その補修が今日アルバイトとして入っているのだ。

 

 

 ちなみにクラスメイトがその卸業者をしているため、この場合同級生が直属の上司扱いとなるがそれは別にどうでもいい。既にこの武蔵の会計を担っている人間であれば……いやあの人ならそうでなくてもここ武蔵でお金の絡む全ての出来ごとを把握してそうで怖い。

 

 

 

 ――――――ここは『武蔵』。八隻の都市艦からなる空飛ぶ国である、多くの人間が元々ここの住人という訳ではなく事情持ちで流れ着いた場所。

 

 

 

 その中には僕も含まれていて、両親もいないのでこうしてバイトで生計を立てているという訳だ。以前巫女とかマスコットとして働かないかと誘われた事もあったけど、丁重に断っておいた。だって全部が全部、僕を“男”扱いしてねーんだもん。

 

 

 確かに顔面もろに女顔である事は否定しないし、背だって男子の中じゃネンジ君というHP3ぐらいのスライムを除けば一番小さいし、どこぞの馬鹿の姉の方に言わせればトルネードビンタをかましたくなるぐらい理不尽な髪や肌をしているらしいし。トルネード理不尽である。

 

 

 だけど僕はそういう国で、そういった人達と暮らしているのだ。今更そこに文句をつける事はしないし、何だかんだ言って嫌いじゃない。むしろ好きな連中なので、それでも付き合おうと思える。

 

 

 

「……さてと。さっさと補修済ませて品川に行かないとっ」

 

 

 

 少し全力を出しながら武蔵の街並みを駆け抜ける。通り過ぎる人達が僕を見る度に余ったパンやお菓子をくれたのは素直に嬉しかったけど、餌付けされてる感覚がしたのは気のせいだと信じたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・

 

 ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「およ? あそこに見えるジャラ男は……」

 

 

 

 

 改修の手伝いを終えて、手には道すがらもだった紙袋に満載され過ぎて山脈すら築いているお菓子の山を抱えながら何とか走っていると、前方にふらふらと歩いている人物を発見。

 

 

 ちなみにジャラ男というのは、彼の着ている制服が改造されて鎖が歩くたびに鳴る事から由来した我ながらナイスネーミングな渾名だと思っている。なのに流行らないのは何故だ。

 

 

 それはともかく、あちらも何やら紙袋を抱えている様子を見るに何か買い物を………あぁ、いつものアレかな?

 

 

 何となく中身を予想できたので今は関わりたくないなーとも一瞬考えたけど、体は常の習慣を当然のように発揮し彼の後ろ姿にいつも通り声をかけてしまった。

 

 

 

「おーいっ! トーリー!」

 

 

「ん? おー、何だよ湊じゃんか。さてはお前もあの列に並んでたな!?」

 

 

「? 列って……これは何でか知らないけど貰ったお菓子とかパンとか食べ物しかないよ?」

 

 

「オメエは相変わらず住民に餌付けされてんな……」

 

 

「餌付け言うな!? 僕人間! ヒューマンだから! ノットペット!」

 

 

 

 とりあえず言わせてもらえば、僕は君が思っているような物を買うために並んだりしなければ、紙袋から溢れる程に買いこみもしない。

 

 

 そう言ってやるも目の前の少年は緩い笑顔のまま、こちらの肩を抱くように隣に回っていた。何時の間に。

 

 

 

「そういうトーリこそ何か買ったんだ? まぁ、中身は言わなくていいんだけど」

 

 

「オイオイ! そいつはアレだな! 俺知ってんだかんな! 『押すな押すな』ってやつだろ!?」

 

 

「僕はそっちの意味での芸人じゃないからね!? 舞はするけど、トーリ的な意味合いの芸人じゃないからぁ!」

 

 

「おい湊、そう褒めんなよ照れるぜ」

 

 

「その前向きさ加減に一撃を入れたくなるのは何でだろうね……っ」

 

 

 

 この人と話しているといつも会話のペースを乱されっ放しだ。

 

 

 でもそれが嫌だと思わない辺り、自分も大概毒されているのだろうか。少なくとも、この人が“そういう”人物であると認識しているため今更な考えだとは思うが。

 

 

 

 ――――――この人の名は『葵・トーリ』。ここ武蔵にある教導院の生徒会長兼総長連合のトップであり、

 

 

 

  ――――――この武蔵で一番の無能。聖連からの渾名(アーバンネーム)は『不可能男(インポッシブル)』という不名誉極まる名前をつけられた少年だ。

 

 

 

 でもそれは別に彼に限った話じゃなくて、武蔵では主権を奪われて以来聖連から寄越された王が管理を行い、生徒会長は代々武蔵の中で一番無能な人物から選出される事になっている。

 

 

 それは一番の無能をトップに置く事で、反抗の芽を摘む事を目的とした制度なのだが………

 

 

 

「(多分、トーリみたいな人がトップになるのは予想していなかったんだろうなぁ)」

 

 

 

 確かに彼は僕が知る中でも揺るぎないトップガンバカであり、今でこそちゃんと制服を着用しているけどネタのためなら躊躇すること無く全裸になる事を厭わない事も知っている。

 

 

 バカといえば間違いなくこの人の事を武蔵では指すけど、でもそれでも、この人を僕達は生徒会長に選んだ。それは決して、『無能だから』なんてネガティブな考えからでは決してない。

 

 

 

「…にっしてもオメエの女装はマジでクオリティバグってんよなぁ。俺でもカツラに化粧とか結構しなきゃなんねぇのに」

 

 

「まぁ元から童顔だし背も低いからね。それに子供の頃からずっと続けてやかましいわっ!? そこを褒められても嬉しくねーし!」

 

 

「えー、まったまたー。最初の方はそうでもないって嬉しそーにしてたく・せ・にー!」

 

 

「し、してねーっ! そんなの全然、してねーしっ!」

 

 

「まあまあまあ」

 

 

 

 ………とはいえ、女装(この)ネタでからかわれ続けるのはいただけない。

 

 

 何とかしようとは常々考えてはいるのだけど、今の今まで改善出来てない事実がこの思考の絶望さ加減を知らしめているようでもある訳で、最近はもうそれを受け入れようとも思ったりもしている。

 

 

 

 ――――けどなー、僕だって一応男な訳でして、女装を嗜んでいるけどそこを譲ってしまっていいものか。非常に悩んだりする訳なのです。

 

 

 

「そ、それよりっ! 今日は皆品川の方に向かってるみたいだから、一緒に行こ?」

 

 

「おっ、湊からのデートのお誘いか!? 俺モテ期到来?!」

 

 

「男にモテて嬉しいのかよ君は……あとデートちゃうわい」

 

 

「んだよーノリ悪ぃなー。まっ、それでこそ湊だもんなっ」

 

 

「『ノリが悪い=僕』の図式は軽く僕をディスってるよね? ねぇ?」

 

 

「そんじゃ行こうぜ~」

 

 

「あっ! こら、今の話題はちょっと流せないよ僕!」

 

 

 

 

 ―――――本当、この扱いなんとかならないかなぁ。………なんともならないんだろうなぁ。



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馬鹿と見《まみ》える女装少年

 

 

 

 

 

 トーリと一緒に品川に向かっていると、丁度目的地の方から激しい音が聞こえてきた。

 

 

 

 

「…また先生ハッスルしてるのかな、あれ」

 

「んもうっ先生ったら相変わらずのゴっリラー」

 

「それ本人の前で言ったらブッ殺されないかな?」

 

「んー? 大丈夫じゃね? でもさ俺、前々から気になってたんだけどあの先生の事だからオッパイもきっとガッチガチの大胸筋だと思うんだ。どう思う?」

 

「もういっぺん触って確認して、その後ぶっ飛ばされてよトーリ。お願いだから」

 

 

 

 本当にどうでもいいことを気にしているというか、それまかり間違わなくて死亡フラグだと思う。それをおススメする僕も僕だけど、この人は本当に反省したらいいと思う。

 

 

 ―――まぁここで反省するぐらいならそもそも武蔵総長になんてなれないんだろうけどさ。

 

 

 

「結構デカめだとは思うんだけど、やっぱ確かめるには一度揉んでみねぇと分かんねぇか……」

 

「それやって生き残れる自信、ある?」

 

 

 ちなみに僕は無い。あの人間の皮を被った超人類に本気でどつかれたら、人なら軽くけし飛ぶだろう………五発ぐらいで。

 

 

 しかし僕がそう言ってもこの人が止まるとは思えないので、神奏している神様に祈っておこう。いまいち素上のしれない神様らしいんだけど、その分今度舞うからこんなくだらない事で死亡フラグが成立しませんよーに。……おっしゃお祈り終了。

 

 

 丁度それが終わったのと同じくして先生が魔神族を先生がシバキ倒している姿が見え、その場所には梅組の級友たちが次々と集まっているようだった。一体何の授業やっていたのだろうか。

 

 

 

「どうする? このまま合流する?」

 

「いや、どうせだしタイミング読んで行こうぜ。皆を驚かせる感じでさ!」

 

「それはいいけど……どうせなら何かやる?」

 

「ノリノリだな湊! ならそうだな……全裸の俺にオメエが襲い掛かって『そこは逆だろ!』ってツッコミをもらうのは」

 

「それは僕が死んでも断るかんね?」

 

 

 

 冗談でも言って良い事と悪い事があるだろと、裾から数センチ程の刃しか持たない剣の柄を取り出して見せる。

 

 馬鹿はそれをくねくねした動きで「冗談じゃんかよ~」と言いながら距離を確実に取っていた。何気に僕の本気を察知したらしい。動物的直感はそれなりに優れているのかな? まぁいいけど。

 

 

 

「じゃあやっぱ王道でオメエが全―――」

 

「――――――『閻水』」

 

 

 

 僕は躊躇することなく柄に仕込まれた術式を発動させた。

 

 元は灌漑の土地への引き水を行うある神様の権能の再現術式を、簡易的かつ限定的に展開させる事でただ一つだけの能力に特化した術式が組み込まれた一応は“術式補助具”として認可を受けているものだ。武蔵の抱える事情により『武装』扱いしてはいけないのが痛いけど、それはこの際置いといて。

 

 

 この閻水の能力はズバリ“水操作”。位相空間ありったけに保管してある禊祓を済ませた水を柄の先端に集約させて、剣を形作る。

 

 本来はそのまま武器として扱うが、今回はあくまで武器ではなく“ツッコミ”を目的としているため形成するのは剣ではなく―――――――金棒だ。

 

 

 

「君はぁ………いっぺん頭、冷やしてぶっ飛べぇえええええええ!」

 

 

 

 大きく振りかぶって、全身の捻りと筋力、遠心力を利用した最大膂力でのスイングは違う事無くトーリ君が所有している玉……うんまぁ、自分でも痛そうだとは思うけどここでの妥協は彼の反省を促せない。つっても三十分が十分になるかどうかの差でしか無いけれど。

 

 放物線を描きながら大きく飛んでいく彼の溜飲を下げながら、僕は地面に置いた紙袋を再び抱えて級友たちが集まっている場所へと足を進めた。

 

 

 ちょっと聞こえた爆音やら悲鳴には、いつも通りスルーしながら。ここ武蔵で総長の奇行にいちいち驚いていたら生きていけない、そんな世界なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・

 

 ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「――――死亡フラグゲットォォォ――――!!」

 

 

「(あぁ、また馬鹿が空を飛んでいる……)」

 

 

 

 ゆっくり歩いていたのでいまいち事態は飲み込めないけど、遠目から見たままを言うとトーリが先生の胸を揉んで思いっきりぶっ飛ばされていた。うん、やらかしやがったのかあの人は。

 

 

 シャッターに体を埋め込んでグッタリしているけど、僕に殴られた時といい今のといい、怪我らしい怪我は見当たらない。

 

 それは彼が日常的に発動している『ボケ術式』の恩恵であり、あらゆる出来事を“ボケ”と“ツッコミ”として認識させる事で、ツッコミのダメージをゼロにするのだ。

 

 要するに、強制コント術式。なので、術者には常にツッコミ待ちのボケ体勢を要求されるため使っているのはトーリぐらいなものだ。あの人、命懸けで芸やってるからなぁ、最早生き様である。

 

 

 

「(一応凄い事の筈なのに、全然そう思えないのは何でだろう……)」

 

 

 

 それはきっと、彼が『葵・トーリ』だからであろう。既に答えの出つくしている問いを今更浮かべる僕も僕だけど、そろそろ行かないと出席が貰えないかもしれないので声をかけないと。胸を揉まれてたから先生怒ってなきゃいいんだけど……。

 

 

 

「すいませーん、ちょっと代演の舞してたら遅れまし……って、なんじゃこれ?」

 

 

 

 近づいていくとふと『カツン』と、足下に何かがぶつかった音がしててっきり袋からお菓子が零れたかとも思ったけどそうじゃない。

 

 よく見ればそれは伝纂器(PC)ソフトのパッケージで、僕が昨日徹夜したノベルゲームの物と同じサイズだったためすぐにそうだと分かった。

 

 

 表にはR元服と大々的に表示されていて、少女の絵柄の下には『ぬるはちっ』とタイトルが。

 

 

 

「あっ、湊君おはようございま………おおおおっ!?」

 

「あ、うん、お早う浅間。でもその反応は何……ってこれかっ!?」

 

 

 思わず当たり前のように見てしまったけど、これ要するにエロゲじゃん!? うわ何のてらいも無く触って見たぞ僕!?

 

 

 だけどそれに驚いたのは僕以上に、今こちらに声をかけた浅間を始めとした僕を見つけたクラスメイトの方だった。

 

 

「み、み、湊殿? まさか、ついに湊殿までこちら側へ……?」

 

「Jud.なんて言わないからね!? 違うから、これは今偶々足下に落ちてたものを拾っただけであって!」

 

「言い訳はいい。ようやく、お前も大人の階段へと一歩を踏み出したのだ。級友として歓迎してやろう。具体的には拙僧が好む姉ジャンルについて語って……」

 

「だから違うつってんでしょ!? 話聞いてくんない!?」

 

 

 

 帽子と襟布で顔を隠した忍者装束の点蔵と、航空系半竜のウルキアガが妙に嬉しそうに同志を見るような目をこちらに向けてくるが、違うのだ。僕はエロゲを嗜んでなんかいない! 春画ぐらいは通神帯で見たりするけれど! 偶に体験版とかに心惹かれたりしてるけれどもっ!

 

 

 男勢は何やら浮足立って喜んでいて意味が分からない。そして意味が分からないと言えばもう一つ。

 

 

 

「嘘ですよね? これって確か昨日トーリ君が買おうって言ってた物ですし、パシらされたんですよね? 湊君の代演でそういうのありますし」

 

「確かにあるけど浅間どうした!? 僕何もしてないのに何で弓矢向けられてんの!? ズドンされるの僕!?」

 

「熱は……無いみたいさね。となれば、新種の病気か……」

 

「直政! そこまでおかしいか! 僕がR元服物に触れる事が病気かと思うほどにっ!」

 

 

 

 ……女子勢のこの混乱は何なんだ。僕がエロゲ一つ持っただけで皆おかしいだろ。そんなに意外か。僕のがむしろびっくりだ。

 

 

 この混乱をどうやって宥めようか考えていると、シャッターにめり込んでいたトーリがこちらにやってきた。この面倒な時に面倒な男がきよったで……!

 

 

 

「悪ぃ悪ぃ湊。それさっき俺が先生にぶっ飛ばされた時に落としたんだよ、拾ってくれてサンキューな。これでもし踏み潰されてダメになってたらプレイ前に泣きゲー状態になるとこだったぜ」

 

「それはいいからこの状況を何とかしてくんない!? 僕がこれ拾っただけで皆が!」

 

「そりゃオメエ、こうすれば手っ取り早いだろ?」

 

「は? ちょっ、何をし―――――」

 

 

 

 馬鹿はこちらの声も聞かず、「おーい皆ー、こっち注ぅー目ー!」などとぬかしながら騒ぐ級友たちの視線を集め、

 

 

 

「んじゃ視線も集まったところでぇ……はい御開帳―――――!」

 

 

 

 ………僕の制服の裾を一気にずり下げた。

 

 

 

「……………………ぇあ、あ、あぁぁあああああっ!?」

 

 

 

 武蔵の制服は大きな裾や袖が特徴的なもので、特に女子の制服は袖の余り具合が凄い。女装しているから着てみて初めて分かった事だけど、ブカブカ加減を常に感じるのって結構違和感があるもので慣れるまでに時間がかかった。

 

 しかし、僕のはあくまでも術式のための代演であるため通常の物とは違い多少造りが簡易的に、もっと言うと手抜きで作られている。

 

 それは造りそのものがこういった服装に着慣れていない僕のために簡略化されていて、着るのに苦労しないようになっている。

 

 

 

 でもそれは反対に言うなれば、脱ぐのも(・・・・)簡略化されて(・・・・・・)いる(・・)という事に他ならない。

 

 

 

 それは例えば、背中側の裾を引っ張られると上着部分が一気にずり落ちてしまい、アンダーウェアがまる見えになってしまう事などが挙げられる。

 

 

 そしてそれは今まさに、僕はクラス全員の視線に晒されながら、女物のアンダーウェア、つまり下着をガン見されていた。

 

 

 そりゃ吠えるってものである。あまりの恥ずかしさに顔に血液が集まっているのを確かに自覚しながら僕はその場に蹲ってしまった。本当に下着を見られた女子のように。

 

 

 そこまでして自分の仕出かした行動を漸く振り返り、あまりの女子っぷりに余計に恥ずかしさが増して顔が上げられない。おのれ、おのれトーリめぇ……!

 

 

 

「………何で御座ろう。自分、今『うはっラッキー!』と思ってしまった事が、泣きたくなる程悔しいで御座るよ……!」

 

「くそぉ……! 拙僧は姉萌えだった筈ッ! それが、それが何故今眼福などと思ってしまったのぁぁ……!」

 

 

 

 よしあの二人はガン見決定。後でシバキ倒す。

 

 

 

「あー、あの下着って確か最新デザインのでしたっけー? よ、よく似合ってましたから全然気にしなくても大丈夫ですからね!? ね!?」

 

「智! 智! それトドメになってますわよー!?」

 

「―――――え?」

 

『“え?” じゃねえよ!』

 

 

 

 しかも何気に下着のデザインまで具に見られてるし……単純に着心地で選んだだけなのに余計に女装癖が根付いたと思われたらどうしてくれる。今更な気がしなくもないけど、気にはするのだ。

 

 

 もう穴があったら入りたい。無くても武蔵の底を貫いてでも穴掘って今すぐ埋まって死にたい。

 

 

 人がめたぼろに打ちのめされたというのに、そこに追い打ちをかけるのが二人。

 

 

 

「まぁ気にすんなよ湊。今のでお前がエロゲを拾ったって事実はみーんな忘れてっからさ!」

 

「…トーリ」

 

「ウフフ、この女男乙女。相変わらずの肌ツヤといいキューてくるといいチートっぷりじゃないの素敵! いい加減にその肌や髪の維持の秘訣を教えなさい! さもなくば愚弟のエロゲを全部アンタの家に送りつけて死ぬわよ!?」

 

「……喜美、それだと僕か喜美かどっちが死ぬのか分かんないんだけど」

 

「フフフ乙女男。その格好でもツッコミを忘れないのね!」

 

「やかましいっ!?」

 

 

 

 元凶の馬鹿とその姉の狂人。この二人はまさに、僕にとっての鬼門であるのと同時に天敵でもある。

 

 

 

 ………それなのに幼馴染で付き合いもそれなりで、僕の人生をどこまでもネタにしてくれやがった人間だ。

 

 

 

 このどうしようもない気持ちを、僕は一体誰にぶつければいいのだろう。

 

 

 とりあえず、先生が教導院に戻るように指示してくれたお陰でその場は解散になったけど、僕の鬱憤は晴れぬまま。

 

 

 しばらくその場で蹲っていると、僕を覆い隠すように影が浮かび上がり何とはなしに顔を上げてみれば、先生がシバキ倒したであろう鬼人族のやくざが、

 

 

 

「畜生あのクソアマ……今度あったらゼッテェぶちのめしてやるところだが、こんなところにこんな上玉置いてくたぁちったぁ分かってんじゃねぇかよ、なぁオイ」

 

「――――――――――あ゛ァ?」

 

 

 

 今こんなにもフラストレーション溜まりまくりな僕に声をかけてきたという事は、お前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ―――――――命、いらないんだな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ==========

 

 

 ……一方その頃の級友たちは、

 

 

「そういえば愚弟。あの場に乙女男を残したままで良かったの? まだ告白の事言ってないんでしょ?」

 

「あ、いっけね忘れてた」

 

「でも大丈夫でしょうか湊君。まだあの場には組の人が倒れたままでしたし、そろそろ起きる頃合いじゃないですか?」

 

「Jud.それもそうで御座るが、あの湊殿を見る限り多分心配無いかと」

 

「そうそう! つか湊がどうにかされてる姿なんて想像つかねーしな! 点蔵よりつえーしアイツ」

 

「そ、そこで自分を比較対象にする必要は無いで御座るよ!? 自分ディスりに念が入っておらぬかトーリ殿は!」

 

「ですが、心配です……………あの組の人、湊君を女子と勘違いして慰み者にしようとしていたら」

 

「―――――――血の雨が降るで御座るな、確実に」

 

「そこでまず相手の心配が出る辺りに信頼が見えなくも無い気がしますけど、そんな相手をいいように翻弄出来る総長といい喜美といい、もう少し加減というものを」

 

「フフフミトツダイラ、あの乙女男はそこの駄目忍者以上に弄られて輝くキャラだからいいのよ。そう、つまりはドMよドM! アンタも今度その自慢の鎖でふんじばってやるといいわ!」

 

「ちょぉっ!? それは聞き捨てならぬで御座るよ喜美殿!? ………って、いや別にここ自分が怒る場面でも無いような……?」

 

「銀鎖はそんな事をするためにあるんじゃないですわよ!? って銀鎖も何やりたそうに震えているんですの! メッ、ですわよ!」

 

「………分かっていたで御座るが、自分へのフォローは無いので御座るな。あぁ、こんな時に湊殿がいれば……!」

 

 

 相も変わらない外道な会話を繰り広げていた。誰も、半裸で置いてかれた級友を心配などしていない辺り、これを信頼と取るのか放置と取るのか、外部の人間はきっと困惑するだろう。至極どうでもいい事であるが。



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女装少年の通常業務《ツッコミ》

 

 

 

 

 

 

「―――――何だかんだで試作品の試し撃ちが出来たのは良かったよね、うん」

 

 

 

 

 

 ストレスのあまりちょっくら暴れてしまった。てへぺろっ……で、許してくれるだろうかあのおっちゃん。

 

 

 

 きっと未だ品川では魔神族のヤクザがのびているところだろうけど、まぁいい。僕を慰み者にしようとか言ってたし、因果応報。相手が悪かったと思ってもらおう。

 

 

 

「久しぶりに『閻水』以外の魔導具使ってみたけど、やっぱり色々使っとかないとダメだね、うん」

 

 

 人間対異族であれば、種族的観点からでも明らかに後者が有利だしうちの担任ぐらい常識を止めてないとまず勝てる相手ではない。

 

 そこで勝てる要素を盛り込むとしたら、人間側はやはり“技術”か“道具”。そのどちらかを使わなければならない。

 

 

 先生はその“技術”とそれ以上に“力”があるからいいけど、僕は生憎あそこまで人間を辞めてない。むしろどうやったら人間辞めれるのか知りたいぐらいだけど、そんな事言ったらまさしく『死亡フラグ』成立である。

 

 

 となると自然、僕が用いる手段は“道具”に限られてくる。

 

 

 足りない肉体や技術を“道具”という第三のファクターで埋める以外に、僕には碌に戦う手段が無い。

 

 

 芸人としても中途半端だし、武芸者というには僕はあまりに道具に頼り過ぎている。器用貧乏、そんな言葉がよく似合うのが自分だと自負している。

 

 

 

「………」

 

 

 

 例えばトーリ。彼は無能とまで揶揄される人だけど、確かに僕や武蔵の住人皆が彼を口を揃えて『馬鹿』と言うけど、それだけが彼の全てじゃない。

 

 

 むしろ彼は自分が馬鹿だと認識しているからこそ、どの人ならばそれが出来るのかを見抜く事に優れている。自分は馬鹿だけど、コイツはそうじゃないのだと彼は人を見る目に関してはおそらく、この武蔵ではトップクラスだろう。

 

 

 そんな人間に一応は認められているのだ、僕は。だからこそ、足りない物ばかりが目に見えてたとしても、結局はこうする事しか出来ないし、するつもりもない。

 

 

 

 ―――――“不可能”ばかりに目がいってしまうのは、諦める事に繋がるから。

 

 

 それじゃあ駄目だと、僕は教えてもらった。

 

 

 多分そういう事を言いたかった訳じゃないんだろうけど、少なくとも僕はそのお陰で今の道を見つける事が出来た。トーリには感謝してるけど、口に出したら何言われるのか分からないので絶対に口外するつもりはない。

 

 

 それに口に出さなくたって、僕には僕に出来る事でそれを示す事が出来る。

 

 

 

 ……『神格武装』と呼ばれる武具がある。

 

 これは流体、世界を構築するエネルギーを利用して固有技能を行使する武装の事で、その中には歴史再現におけるかつて名を馳せた武装を襲名したものもある。有名どころで言うと“蜻蛉切”や“雷切”、“村雨”などがそうだろう。

 

 僕はこれを、独自に造り上げる事で武蔵の、トーリの力になる事を誓った。

 

 

 『大罪武装(ロイズモイ・オブロ)』『聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)』にも負けない戦えるだけの力。

 

 

 武蔵は武装が許可されていないけれど、そこはそれ。裏道なんて幾らでも用意出来る訳で、建前として別の物を造りあくまでも“武装としても転用出来る”物として、僕は“それ”を作り上げた。

 

 

 名前に「武装」や「武器」のようなニュアンスをつけると睨まれるので、一応準神格武装から神格武装の中間ぐらいの性能を有していると思うのだが、それでも名前もある程度考えないといけなかった。

 

 

 そこで名付けたのが『魔導具』。

 

 

 大罪武装を開発した三河の技術や魔術(テクノ・マギ)の術式を必死こいて勉強しながら、武蔵の神奏術で漸く形を見た道具。

 

 外面上では“五行を用いた術式増幅具”という名目で開発及び所持が許されているけど、それでも武蔵の武装所持は禁止となっているため今のところ身内相手以外で使った事は無い。

 

 今回はその良い練習台がいたからよかったものの、テストを出来る相手が武蔵じゃ限られてるからなぁ。流石にクラスメイト相手に魔導具ぶっぱは良心が痛いし。

 

 

 

「(でも点蔵とウルキアガはシバく)」

 

 

 

 ……無論、例外はある。僕は聖人でも仙人でも無いので、下着をガン見された恨みは思う存分晴らしてやる。具体的には、二人が大事にしてる伝纂器ゲームのデータを改竄してくれるわククク。

 

 

 他にもブランドまで特定してくれた巫女がいたけど、報復が怖いのであちらは放置だ。それに術式関係でお世話になりっ放しな事もあるので、ここは引くしかない。決して泣き寝入りでは無い。

 

 

 

「……っと、ボケっとしてないで早く教導院に戻らないと」

 

 

 サボり扱いでもこの際良いかなーと思わなくもないけど、それはそれで罰ゲームが怖いのでさっさと行こう。先生はガッチガチの肉体派必罰主義だからなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・

 

 ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「――――戻ってきたはいいけど、今度は橋に集まって皆何してんのさ」

 

「お、おぉぉ湊殿! いいところに来て下さった早速いつものフォローミーで御座る!」

 

「オラァッ」

 

 

 

 

 戻って早々、授業では無く何やらクラスメイト達が橋に集まって何事かの話し合いをしていた。

 

 

 まぁ僕も僕で荷物を家に置きに帰ったり、今度は機関部ではなく近所のおばちゃん家の調理器の調子が悪かったので修理もしていたから授業をまるまるサボタージュしてしまった訳だけど、まぁまだいない人もいる………訳無いよね、遅刻すいません。

 

 

 それはともかく、トーリを中心に一体何の話をしているのだろう? そして当たり前のように近づいてきた点蔵には“大地からの流体供給を利用した身体機能向上”を目的とした試作魔導具その二である『土星の輪』ブーストをかけた一撃の名の下に沈める。決め技は膝の裏蹴り。そのまんまだ。

 

 

 

「オイオイ、忍者が一発で沈んじゃダメじゃね? 全然忍べてなくね? 忍耐どうしたー!?」

 

「おぉぉぉ……! み、湊殿、いきなり何を……そしてトーリ殿マジで煩いで御座るよ……っ」

 

「いや、下着ガン見されたから見た奴全員シバこうかなって。とりあえず、君とウルキアガは最優先で潰す」

 

「いつもの口調―――――!? 代演で湊君は仕草の女性化を捧げていたでしょう!?」

 

「『私以外に見られるのはムカつくので超――――――有りですby神様』というコメント貰ったから大丈夫!」

 

「巫女の私が言うのもアレですけど、大概神道アバウなんでもないですよーう? 本当ですよー?」

 

 

 そりゃまぁ、代演となる奉納に女装と舞が入るぐらいだし、神様以外の前で舞を見せるのが禁じられているし僕。

 

 

 つまりはそれだけ僕の舞を神様が評価してくれているという事だけど、出来で言えば遠く踊り子である喜美には及ばないし芸能神を奉納している人よりも舞自体の技術力は低いと自負している。

 

 

 それでも神様が僕の舞と女装を気に入っているのは、正直分からない。神様のフェチにも困ったものだと思うけど基本神道、アバウトなところが多いから別に気にならなくなった。

 

 

 

「いや違いますよー? 湊君がだいぶ特殊な例ってだけで、神道はちゃんとしてますからねー?」

 

「……ゴッドモザイクとかやってる時点でしっかりもなにもがぁ」

 

「もう湊君ったらどうしたんですかー? そんなにジタバタしてたら髪型乱れちゃいますからね、今なおしますからねー」

 

「おぉぉ。浅間の胸に湊の顔が挟まったぞ」

 

「フフフ浅間、そのままその乙女男の首をこう『コキャっ』としちゃいなさい! 恨むのならその髪と肌の維持する秘訣を教えなかった自分のケチさ加減を恨む事ね!」

 

「何時になく直接的な暴力できたなぁオイ狂人――――――!」

 

「おっ、復活早いで御座るな」

 

 

 失言らしかった物を無理矢理塞がれた挙句、浅間のあり得ない大きさの胸に潰されて口ごと潰されるところだった。

 

 

 というか普通ならここで男子の嫉妬なり入るところなのだが、僕の場合割とセクハラの守備範囲が広いらしいので嫉妬の視線は少ない。その代わり、同情的な視線が多いのが今でも納得いかない。

 

 

 しかしこのままクラスのノリに合わせていてもきっと本題を誰も教えてくれなさそうなので、とりあえず普通にしてれば無難なクラスメイトだと信じる眼鏡厨二病少年、ネシンバラに尋ねてみる事にした。

 

 

 

「はぁ……で、今何やってたの?」

 

「Jud.今開いているのは生徒会兼総長連合会議で、題目は『葵君の告白を成功させるゾ会議』で」

 

「待った待った待った待てやオイコラ」

 

「ん? 何か質問があるのかい?」

 

「あらいでか。何その告白って、僕何にも知らないよ?」

 

「フフフ乙女男、一人場に乗り遅れた哀れなアンタのためにこの賢姉が教えてあげる。明日、うちの愚弟がホライゾンに告白するのよ! これはもうクラスどころか武蔵住民総出でフラれた後の宴会をするべきよね!?」

 

「色々とツッコミどころはあるけどまず――――失敗前提は止めろよそこは成功を祈れよ姉だろお前!?」

 

 

 

 初耳過ぎてビックリしてるのに、つか告白て。しかもホライゾンて。

 

 

 “ホライゾン”という名前を梅組の生徒ならば誰もが忘れられないものとして認識している筈だ。

 

 

 それは既に死去した少女の名前であり、彼女の死を切欠に一時期そこで点蔵と何やら手紙談義をしているトーリが一度死にかけた事があったから。

 

 

 既に死んだ人に告白かとも思ったが、喜美の表情を窺う限りどうやら性質の悪い冗談という訳ではないらしい。

 

 

 ……だとすると、幼馴染としてここはやっぱり。

 

 

 

「――――そっか。なら、僕にも協力出来る事って無い? 折角の告白なんだし、記憶に残るような素敵イベントになるよう精一杯手伝うからさ!」

 

 

『―――――――――』

 

 

「……あ、あの。何でそこで皆黙る訳? え、別に今何もボケてないよね? セージュンみたいに滑った訳でも無いよね!?」

 

 

 

 おかしい。ここは普通に応援する場面の筈。なのにその『うわコイツマジで言ってやがる』的視線はなんだ。点蔵と同じ目に遭わせるぞ特にウルキアガ。

 

 

 訝しみながら首を捻っていると、ちょいちょいと裾を引っ張られ先の事もあり過敏に反応して振り返ると、そこには同程度の身長であり稀に朝のランニングに付き合わせてもらっているアデーレがいた。

 

 

 

「あの、自分思いますにさっきの仕打ちを受けたのにそんな善人マックスな発言をした事が信じられないんじゃないかと」

 

「え? 善人ってそんな大袈裟な。普通じゃないの?」

 

『ええ子や……』

 

「はいクラスメイト! そこで我が子を慈しむような眼で僕を見ない! 同い年!」

 

 

 

 鈴さんじゃあるまいし、僕まで持ち上げる言い方は止めて欲しい。皆とは対等でいたい………というか、弱みを見せたら重点的に攻めてくるのが武蔵住民だし、上にいる王様なんてむしろ軽く苛めレベルの悪戯をされている。こないだ『友達ツクール』を送りつけるのを止められなかったのは今でも後悔している。

 

 

 それはさておき、クラスメイトや騒ぎを見ていた他のクラスの視線が妙に痛かったので顔を逸らしてトーリの方に顔を向けた。

 

 

 

「ところでトーリ、今どんな感じに方向できてんの?」

 

「おう湊! ――――『オッパイは 揉んでみないと わからない』って結論に至ったんだけどーべるんっ」

 

「ちったぁ真面目にしろやこのフルスロットルおバカ――――――!」

 

 

 

 真面目に告白考えてんのは僕だけか! ていうかその告白する張本人がなんで胸の話題で盛り上がってさらには慕情歌まで作ってるんじゃないよトゥルーバカ!

 

 

 

「……あぁ、やはり湊殿がツッコミを入れてくれないと自分の被害が増えるので御座るなぁ。偶に見せるバイオレンスが無くて性別が逆で胸さえあれば嫁にしたいランク殿堂入りしていそうなもので御座るし」

 

「あっ、湊君って一人暮らしが長いせいか料理もかなり出来るんですよね確か。トーリ君と以前共同で作ってた『青雷亭』の限定お弁当とかすっごく美味しかったですし」

 

「あの女装用の制服も貰った物を自分で改造しているぐらいですもんねー。手先の器用さは疑うまでもありませんし」

 

「その上この武蔵にいながら武蔵色に染まってないさね。本人には悪いけど、アレを見てるとまだ立ち戻れるって分かる良い指標さ」

 

「本人無自覚でアレだもんねー。ナイちゃん思うに、ミナちんって神奏してる神様から私達の空気から守られてるんじゃないかな?」

 

『あぁ、一理あるある』

 

 

 

 分かっていたけど、分かっていたけど僕の知人に碌な人間はいない。人格的な意味というよりは、キャラの濃さや常の芸風がとことん僕と相性が悪いというか。

 

 

 お陰でこちらは四六時中ツッコミに大忙しだし、基本的に味方と呼べる人間はいない。何だこのアウェー感。

 

 

 毎度変わらないそんな光景は、不思議そうにしながらも大凡の事情を掴めているであろうネイトと酒井学長が来るまでの間、ひたすらボケるクラスメイトに僕がツッコミを入れる形で続くのだった。

 

 

 

「なんだよ湊! お前そんなに文句言うならお前のオッパイ揉ませろよ!」

 

「男にある訳ないだろ!? それに膨らんで見えるのはそういうブラしてるからだよ! 最近女装のクオリティ上げろって神様に催促されて仕方なくつけてんだよ文句あっか!?」

 

「オイオイマジかよ……てっきり俺ぁ、お前がついに『えへっ、実は私女の子だったの☆』的展開が来ると思って豊胸ブラ用意してきたのに……」

 

「その先見をもっと別のところで活かそうね!? あと今膝を突いてる男子全員並べぇ! ぶっ飛ばしてやらあああああああああああああ!!」

 

 

 

 ガチで残念がってた男子は全員、土星の輪ブーストのコークスクリューをねじ込んでおいた。ざまぁみさらせ。



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後悔通りと女装少年の想い

 

 

 

 

 

 

 

「俺――――――大丈夫だった!」

 

「全然大丈夫じゃありませんわよこの馬鹿あ―――――――!」

 

 

 

 

 

 狼の咆哮が、張り手と共に馬鹿を吹き飛ばした。

 

 

 馬鹿はそのまま橋の欄干にぶつかるも、欄干はその衝撃に耐え切れず、破砕音を撒き散らしながら馬鹿は余力で校庭の方まで飛んでいった。ナイスショット。

 

 

 

「本当にっ、本当に昔っから馬鹿ですわね! 全く!」

 

 

 

 そんな被害者の怒り心頭な声に誰もが『そりゃそうだ』と頷きながら、とりあえず僕は壊れた欄干の破片を集める作業に戻った。

 

 

 事の次第を話すのは色々と精神的に来るので三行でまとめるとこうなる。

 

 

・一つ、どういう話題だったのか、馬鹿が“巨乳じゃなくても大丈夫なのか?”という疑問にぶつかった。

 

・二つ、馬鹿の姉の狂人が言うに、“確かめたいなら触ってみればいいじゃない! オンリーモミング!”などという戯けた事を言った。

 

・三つ、馬鹿はそれを見事に遂行し、対象と同程度らしいサイズの銀狼の胸をまさぐりぶっ飛ばされた。

 

 

 以上だ。どうでもいいけど、四行になったがまぁこれぐらい許容範囲だろう。

 

 

 事のあらましをログに記載しつつ、回収した破片を一か所に集めてゴミ袋に放り込み砕けた部分の欄干の修繕に必要な材料のサイズを図る。

 

 

「(まぁ継ぎ足しみたいになっちゃうけど、しょうがないか。後で材料貰いに行くとして、近づかないように立て書きでも置いとこうか)」

 

 

 『危険近寄るべからず。馬鹿が伝染るよ?』……っと、これで誰も近寄らないだろう。だいぶ酷い事を書いた気がしなくもないけど、壊れた衝撃で周辺の橋の木まで痛んでいたら洒落にならない。こういうところぐらい、トーリには役に立ってもらわないと。

 

 

 ……まぁ総長兼生徒会長に対する扱いじゃないわなー。武蔵(うち)じゃデフォルトなんだけど。

 

 

 他国なら打ち首獄門ぐらいは覚悟しなければならないような事を平然とのたまいつつ、表示枠を開いて材木の発注許可が下りた事を確認する。さてと、さっさと取りに行こうかね。

 

 

 

「あっ! みなちゃんその発注やら何やら全ての取引は勿論―――――」

 

「Jud.ちゃんと○べ屋経由の表示枠(サインフレーム)で開いてるから大丈夫だよハイディ。というか、こんな細かい事でも動くんだね、やっぱり」

 

「当然だ。武蔵の金が流れる全てに私が介入しないでどうする。武蔵(ここ)の金は全て私が支配しているからな!」

 

「堂々と言ってのける台詞じゃないよね、それなりに格好良いから余計に」

 

 

 

 途中、武蔵の会計を務めるシロジロとその相方ハイディに念を押されるが流石に付き合いも長いため、対応に隙は無い。こと守銭奴であるこの二人にも外国の技術書だったりを武蔵に流入させてもらった時にお世話になったし。無論、その分高くついたのは言うまでも無いだろう。

 

 

 

「あん? 湊、アンタも買い物さね?」

 

「Jud.正確には橋の欄干の材料を取りに行くんだけどね。今日の夜に肝試しみたいな事するんでしょ? ならこういうところはさっさと直しておかないとさ」

 

「アンタも真面目というか、つくづく同じ武蔵の住人とは思えない思考さね……」

 

「しみじみ言わないでくれないか? つか幼馴染に酷いないつもの事とはいえ!」

 

「まぁまぁ。じゃあ途中まで一緒ですし、私達と行きませんか? 明日の打ち上げに備えての買い出しをしなくちゃいけないので」

 

「それぐらいお安いご用。荷物持ちでいいんだよね?」

 

「…………素でそういう台詞が出る人って、本当にいるものなんですねー。点蔵君とはまた違った意味で」

 

「アサマチ、アンタが一番失礼さね」

 

「あぁっ!? 僕のツッコミがぁ!?」

 

 

 

 トーリの告白を祝してというか、それを言い訳にして今日はドンチャン騒ぐ予定らしい。先にネシンバラから夜の事を聞いていたので、今のうちにこういった破損個所は直しておくに限る。

 

 

 丁度いいタイミングで直政と浅間、そして武蔵の前髪枠もとい、梅組のストッパー兼アクセルの鈴さんとアデーレと一緒に買い出しに出かける事になった。

 

 

 

「湊君は、真面目、だ、もん、ね」

 

「んー、そういう訳じゃないんだけどね。たんにこういうのが向いてるってだけだし、機関部の人とかに任せるような事でも無いしね」

 

「湊さんって大概の事こなせますよね? 何か出来ない事とかないんですか?」

 

「それ聞いてどうすんのさ。でも、出来ない事の方が多いよ? 純粋な体力なら点蔵やアデーレにも及ばないし、芸も中途半端な舞しか出来ないし。ぶっちゃけ神奏してる神様ぐらいだよ、僕の舞認めてるの」

 

 

 

 少なくとも外部の人間に見せる事は勿論、知り合いにも見せては駄目なレベルだと浅間から強く言われている。だからこそ、毎朝の奉納の舞は自宅で行っているのだ。そのため、場を整える術式符を毎月購入しなくちゃならないものでもう出費が嵩む嵩む。もうちょい安くして欲しいが、あの浅間が譲ってくれるとは思えない。神道がっでむ。

 

 

 

「純粋な戦闘系スキル保持者や芸人と比べるのもおかしいと思いますけど……」

 

「まぁ、アデーレは従士としての訓練も受けてるし点蔵は特務だしねぇ。一般生徒が張り合うところじゃないってのは理解してるつもりだよ」

 

 

 目指すは多摩の表層部右舷側商店街。字面だけ見ると、なんともシュールな気がするのは未だに航空都市という世界に馴染めていないからだろうか。まぁ、いつも新鮮だと思えるのは創作者としては良い事だよね。多分。

 

 

 

 ……そして創作者故に金は常に大量消費。僕の生活費は、常にギリギリなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・

 

 ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ふぃー、こんなところかな?」

 

 

 

 

 途中まで浅間達の買い物を手伝い、僕は僕で橋の修繕の為に途中で別れて現在一人、欄干の修理及び衝撃で傷んでそうな部分の補修を行っている。

 

 

 僕達が通っている“武蔵アリアダスト教導院”は基本的に木造建築、というか武蔵自体その航空都市艦という機械的な印象を持つ呼び名とは裏腹に、その上にある建物のほとんどが木造だったりする。

 

 

 金属が使われていない訳じゃないけど、あくまでもここは地面の上に立地している訳じゃないので木造の方が都合がいい事が多い。

 

 

 例えば、崩れても地面である都市艦の装甲に特別被害を及ぼさないとか、材料が安上がりだとか。

 

 

 まぁ火が燃えやすいというデメリットはあるけれど、ここは武蔵神道の国。そういった自然災害において禊祓の術式がちゃんと浅間神社で用意されているため、問題ナッシン。

 

 

 故に、僕一人の出費で橋の修繕なんて賄える訳なのだ

 

 

 

 ――――ただ一つ、今回の難点を挙げるとするなら、今日に限って材料である木材の価格が普段より若干高めであった事ぐらいだ。

 

 

 

「(シロジロが言うには今寄港している三河から物資の搬入は来ていてもあっちに送りつける分が一切無かったって話だし……うーん?)」

 

 

 

 こちらは金を払って物資を受け取ったは良いけど、三河の方は特に受け取る物も無く一方的にこちらが金を支払う形で終わったと常の無表情でぼやいていたクラスメイトの守銭奴の顔を思い出す。

 

 

 だからってクラスメイトの寒い懐から態々毟り取るあの根性はどうかと思うけど、まぁいつもの事だ。気にしていたら日が暮れる。そうそう、日が暮れると言えばもう一つあったんだっけ。

 

 

 

 修繕を終えて一息吐く中、僕は橋の頂点部分から下方にある通りに視線を投げた。

 

 

 見晴らしの良いここからだとよく見える。僕が買い物に行って帰ってきた時も、こうして修繕を終えた今でも、その通りの入り口にはあの馬鹿、トーリがいた。

 

 

 

「(……やっぱりまだ、近づけないのかな)」

 

 

 

 真剣に悩んでいたかと思えばいきなりその場でくねくねしだしたり、反復横跳びをしたかと思ったら横の茂みに飛び込んで棘でも刺さったのか凄い勢いで飛び出し、そのままの勢いで街灯に飛び付くと今度はポールダンスを始めた。何と言うか、

 

 

 

「……あの一人ファンタジスタは一人でもあんな調子なんだねぇ」

 

 

 

 いっそ尊敬………は、流石にしない。つか、通れないのは知ってるけど退くなり進むなりさっさとしろともどかしく思う。

 

 

 でも特に何かを言ったりは、しない。

 

 

 何故なら、僕のいる部分から見える橋を下る階段のところに、そんなトーリを見ている姉の姿を捉えていたから。

 

 

 あの馬鹿で、馬鹿のクセに変に周囲の様子の機微に聡い狂人はきっと、優しげな目をして馬鹿を見ているのだろう。あの通りを、“後悔通り”を前に苦悩しているであろう弟を。

 

 

 

「(……“後悔通り”。ホライゾンが、死んだ場所――――――か)」

 

 

 

 その場所の名前が付けられたのは、丁度その時だった。

 

 

 ホライゾンが道行く馬車に轢かれ、トーリはそれを助けようとして大怪我をした。

 

 

 二人はその後武蔵の外に連れていかれ、帰ってきたのはトーリだけ。しかもその当時のトーリはまるで人形のように何の反応もせず、そこにいる筈なのにいないかのような死んだ表情しか浮かべないようになってしまっていた。

 

 

 

 ……あの時の事は、嫌でも僕も覚えている。あの時、トーリから逃げていたホライゾンも、ホライゾンを追い掛けていたトーリも、僕は丁度あの通りで見かけたから。

 

 

 

 いつもの喧嘩だと思った。ホライゾンは周りによく気を使って遊びでも故意に手を抜いたり、盲目の鈴さんのために最初に彼女に声をかけて、話す時は手を持つならワンクッション置いてからコミュニケーションをとる方法を始めたのも彼女だった。

 

 

 でもそんな彼女は唯一、トーリにだけはセメントな発言を連発していて、それを見てきっとホライゾンにとってトーリとはつまり、そんな態度を出しても良いと思える相手なのだと思っていた。

 

 

 だから、その時逃げていたホライゾンを見ても、精々トーリがまた何か馬鹿をしてしまったのだろうぐらいにしか思わなくて、僕は何事も無かったように“頑張って”なんて、暢気に声をかける事しかしなかった。

 

 

 ―――――その直後に、あの事件が起きた。

 

 

 当時クラスメイトの中で、あの現場を見たのは僕だけだったという。

 

 

 この目に今も焼き付いて離れない。地面に水溜りのように広がる紅い液体が二人を濡らしていた光景。肉が潰れ骨がむき出しになって、子供ながらにそれは『死』を思うのに難しい光景じゃなかった。

 

 

 

「――――――――ッ」

 

 

 

 あの時を思い出すと、今でも自己嫌悪が止まないでいる。

 

 

 無論、僕が何か出来たとは思わないし、僕が憤る事が単なる自己満足だと分かっている。理解している。何度も何度もそう言い聞かせ、自分が怒りを感じる事が場違い極まりないと何度も考えた。

 

 

 ……けれど、消えないのだ。

 

 

 後悔が。きっと誰よりも後悔しているであろう、あの“後悔通り”の主にも及ばない立ち位置にいるクセに、あの現場を見てしまった者として僕の中には木屑にも満たないようなささくれのような小さな棘が刺さったまま。

 

 

 何か、何か出来たんじゃないのか。あそこでホライゾンを呼びとめる事も、トーリより足の速い僕が一緒に追いかけて馬車に轢かれる前に動く事も。

 

 

 過去の選択肢を選ばなかった時点でそれを考える意味は無い。それを分かっているつもりでも、僕はやっぱり何も出来なかった自分が許せなかった。

 

 

 

「――――――頑張れ、頑張れ」

 

 

 

 ……でも、それはどこまで行っても自己満足だ。

 

 

 

 あの死を、ホライゾンの死を一番に受け止め、それでも尚進まなければならないのはトーリで無ければならない。

 

 

 今回の告白はきっと、あの馬鹿にとってその過去にケジメをつけるためのものなのだろう。だから、僕は応援する事しかしないし、きっと周りだって何だかんだと言いながら幸せな結末を望んでいるのだろう。

 

 

 そこに僕のちっぽけな自己満足を介入させるつもりなんて無い。僕は僕で、既にこの問題と向き合い既に己の道を定めている。

 

 

 

「(トーリが一歩先を行くなら、僕だってそうしてやるだけだ。もう、決めたんだから―――――)」

 

 

 

 そのための魔導具で、そのための“今”がある。

 

 

 それを自分で無為な物にしないためにも、今日の肝試しは目いっぱい、楽しむとしよう。

 

 

 いつもと変わらない『明日』を迎えるために。ちょっと違っても、それで僕達が変わる訳じゃないのだ。ただほんの少し、いつもに色が加わるだけの事。

 

 

 

 でもそれは素晴らしい事の筈だ。きっと――――――――皆も、同じ事を望んでいると信じている。



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“公主隠し”と壊れた女装少年

 

 

 

 

 

 

「さて、ここに集まってる者には既に分かっている事だろうが、あの馬鹿がいない。どうせまた無駄金をかけているのだろうが―――――その意を汲んでこちらも怪談を話してやろう。無料(タダ)でな」

 

 

 

 

 日も暮れ切った夜中。

 

 

 

 今日の舞台となる武蔵アリアダスト教導院は校庭と街路樹の灯篭の明かりだけが照らしていて、なまじ顔の造りが精巧なためシロジロのそんな台詞は常の無表情と相まって中々の迫力を醸し出していた。

 

 

 言いだしっぺのトーリは先にも言われた通りこの場にはいない。おそらくは既に校舎の中で仕込みを行っているんだろうけど、何を仕出かすか予想が出来ない分より怖い。色んな意味で、怖い。

 

 

 

「…でもそもそもどーして肝試しなの? トーリの発案にしては何と言うか……アクロバティックさが足りないというか」

 

「湊さんって割とまともなのに皆の事結構理解してますよね」

 

「アデーレアデーレ。さり気に僕馬鹿にしてない?」

 

 

 

 というか“割と”ってなんだコラ。多分そのマイナス要素に女装とかあるんだろうけど、いい加減見慣れて欲しい。こちらとて術式のために代演で仕方なくやってるのだ。最近、だいぶ凝り性になってきたのは否定できないが。

 

 

 だがその余計な一言を置いて、アデーレが僕の質問に応えてくれた。

 

 

 元々の目的は僕も知ってる通り、トーリの告白前祝い。

 

 

 だけど発案者の馬鹿曰く、最近校舎に出ると言われている怪異や幽霊騒ぎを調べる形でなら校則法にも縛られず夜中騒ぐ事が出来るとの事。妙なところで頭の回るところは相変わらずだ。

 

 

 

「でもセージュンとかはやっぱりいないんだ。まぁ三河の方は花火とかやるって話みたいだけど」

 

「Jud.副会長は三河出身ですからねー、それにまだちょっと距離感感じてるっぽいところとかありますから」

 

「んー、どうにかしたいんだけど、何と言うか今のところまだお固いところがあるからなぁ。解せたらいいんだけど」

 

「そういうのは総長とかの方が向いてそうですけどねー」

 

「言えてる。コミュ障だった僕も、トーリのお陰で皆と馴染めるようになったから」

 

 

 

 今でこそツッコミを担える?までに馴染む事が出来たけど、武蔵に来た当時の僕は本当に暗い人間だった。

 

 

 人を寄せ付けないというか、人と関わりたくなかった。武蔵に来る前に全てを奪われた僕は半ば自棄を起こしかけていたのだが、その時馬鹿が、

 

 

 

『なぁオイ! お前の女装ってレベル高ぇーよな! 俺にもコツとか教えてくんね?』

 

 

 

 ………そう言って、家に閉じこもっていた僕の前に現れたのだ。

 

 

 

    ―――――全裸で。

 

 

「そーいえば自分湊さんの過去バナとかってあまり聞かないですよ? 総長とかは知ってるんで?」

 

「うんにゃ。僕の事は多分、武蔵で知ってるのは学長ぐらいじゃないかな。ここに来る時にお世話になったし、話しても面白い話題じゃないしね」

 

 

 

 それにもう終わった事だ。僕を育ててくれた家族全員が、僕を残して皆死んだ話なんて。

 

 

 

 正確には大罪武装の雛型とも言える神格武装の製造、その前段階におけるプロトタイプに関わる話なので公に話せないというのが実情なのだが、ここにいる人で無暗に人の過去に触れようとする人はいない。

 

 

 今のアデーレの問いだって本気で尋ねようとしている訳ではなく、あくまで話題の流れで零した言葉といったところだろう。武蔵には僕のように訳アリの過去を持った人間が多くいて、そんな人達だからこそどんな態度が一番いいのかを熟知している。

 

 

 要するに、人が嫌がる事をしないという母親のお説教で思い出すような事を、やっぱり今もそれが正しいと思っているのだ。こういう風に言うと何人かの捻くれ者が否定するので、あくまで僕がそう思ってるだけだけど。

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 湊達が会話しているうちに先に発言していたシロジロの周辺、ハイディや浅間、喜美などが何やら慌しくいつも通りで大変結構だけど、浅間が真面目な話をしようとしていた。

 

 

 曰く、ここ最近怪異で“公主隠し”の神隠しが起こっていて、神社の上の方が注意を呼び掛けているという事。

 

 

 “公主隠し”というのは一種の都市伝説で、その昔「公主様」という人影が子供を攫ったり落書きを残したりするというのが一般的に知られている“公主隠し”。

 

 

 それがここ数年で再び起こり始めていており、実際に去年極東では一人、“公主隠し”の被害に遭っている。

 

 

 

「(……今この場にいなくてよかったかも)」

 

 

 

 気にし過ぎかもしれないけど、この場にセージュンがいなくて良かったと思う。内心で湊は一人ゴチた。

 

 

 その去年起きた事例の被害者こそ、他ならぬセージュンの母親だと彼女自身が言っていたのだから。

 

 

 以上の話をネシンバラが言い終えると、一つ頷いて浅間が表示枠を浮かべて言葉を作ろうと口を開いた。ちなみにその背後であーだのうーだの耳を塞ぎながら騒いでいる狂人は、誰もが放置していた。

 

 

 

「“公主隠し”は普通の神隠しとは違います。従来の神隠しは空間を創る流体が乱れて、裏側に入ってしまうだけだから消えた人間の存在が消えてしまう訳では無いんです」

 

 

 

 術式を使えば御霊や身体、装飾品の存在から位置を確認する事が出来ると浅間は続けた。

 

 

 それは裏を返せば、従来の神隠しでは無い公主隠しにおいて、存在の追跡も出来なければ何処にいるかも分からない相手だ、助ける事すら出来ないという事になる。

 

 

 これを昔は殺人などと思われていたそうだが、真偽は今のところ分かっていない。ただ分かっているのは、“公主隠し”で消えた人間が消えたままだという事ぐらい。

 

 

 それが殺人を隠蔽するためのものなら余程大きな組織が絡んでいると考えるのが妥当だろうし、怪異関係であれば無差別なので手の打ちようが無い。となればそこでやけを起こしたように騒ぎ立てる馬鹿の姉やそれを諫める巫女の言い争いも、ある意味真っ当なものといえた。

 

 

 

「フフそうよ! どうせ何をやっても無駄なものは無駄! モテない男が何をやっても無駄なのと同じでね! お前! そこのお前に、お前も!」

 

「こら喜美! そうやってテンゾーやウルキアガを指差すのは止めなさいっ! 誰もが分かっていながら触れなかった傷を!」

 

 

 

 お前も十分酷ぇよという皆の呟きをアデーレは確かに聞いた。

 

 

 

 

 

 

 ………そしていつの間にか一人称によるモノローグが途切れている訳だが、何人がお気付きになられている事だろう。

 

 

 

 ふと隣にいた人物の気配が無くなっていた事に気が付き、アデーレが視線を投げれば離れた街灯の下、目的の人物はいた。

 

 

 

「お化けなんていないお化けなんていないお化けなんていないお化けなんていないお化けなんてお化けなんてお化けなんてお化けお化けお化けお化けおばおばおばおばけけけけけけけ」

 

 

 

 ――――あちゃぁ、そう言えば湊さんって怖い話駄目でしたっけー………。

 

 

 あそこで馬鹿の姉が普段とも違うテンションで騒いでいるのはそういった話題を避けるためだ。だがそういった能力の無い湊にとって、いきなり公主隠しだの怪異だの殺人だの、難易度が高すぎた。

 

 

 今日の肝試しにも勿論この場にはいるが中に入る気など毛頭なく、常にカレーを所持しているハッサンを手伝い今日の食事係を申し出ると既に聞いている。なのに唐突に公主隠しの話題は、湊にとっては何の覚悟も無いままズドン巫女射撃される庭に放り込まれたようなものなのだろう。

 

 

 それを思えば可哀想に思えるものだが、そこは武蔵住人。既にアデーレ以外の数名も湊の壊れた様子を捉えていたが、反応はそれぞれだった。

 

 

 

●画:『ちょっと、今の湊イイ感じに病んでるから良いネタが書けそうね。ここは寝取られ物のヒロインとして次に慰めるために適当に男放り込んで………』

 

金マル:『ガっちゃんガっちゃん! 今のミナちんにも容赦ないね!』

 

守銭奴:『ルートは任せてもらおう。アイツの凌辱系は国内外に幅広く人気があるからな、良い金の種になる……!』

 

○べ屋:『この際だから新規ルート開拓も視野に入れてみるっていうのはどう?』

 

貧従士:『いやあの、分かっていましたけど誰もフォロー無しですか!?』

 

約全員:『お前が言うな!』

 

 

 

 失敬です―――――そう思い、アデーレがとりあえず湊に声をかけようとした矢先、

 

 

 

 

「おーい! 準備遅れて悪い悪い! ――――――でも暗くて面白いぜ!」

 

 

 

 

 空気を読まずに馬鹿が校舎からやってきた。当然、湊は壊れたまま放置されていた。 



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ドキッ☆外道だらけの肝試しと女装少年

 

 

 

 

 

 

 

 

「いーやーじゃー! 僕はここでカレーを作るんだいっ、だから校舎にはいーかーなーいー!」

 

 

 

 

 

 どうも皆さん、夜分遅くにすいません。武蔵アリアダスト教導院橋の上からお送りしています、湊です。

 

 

 

 何故かつい先ほどまでの記憶がスコーンと抜け落ちちゃってるのが不可解ではありますが、本日の主役がやってきた事ですしいよいよ幽霊退治という名目の肝試しの始まりです。

 

 

 そんな訳で、怪異大の苦手な私といたしましてはそれはもう是が非でも参加をしたくない所存でありますれば、そこらへんでカレーを作ってるハッサン君と一緒にせっせとカレーを用意して皆を待っていたいのです。大丈夫です、私はそれでも十分楽しめます。

 

 

 そうっ! 全ては学友皆の笑顔のために! そして何より私のために! 私は! ここで! カレーを作らなければならないのですっ! 故に、

 

 

 

「何で僕がいの一番に乗り込まなきゃなんないのさやだあ――――――!」

 

「おいおい湊、俺が嫌がらせをするためだけにお前を真っ先に送り込むと思ってんのか?」

 

「ぐずっ、とーり……?」

 

「そうさ――――――お前の悲鳴とか泣き声ってリアルだからよ、先遣隊としてこれ以上無い適役」

 

「うわあああああああん! 分かっていたけど、分かっていたけどお前という奴はあああああああ!」

 

 

 

 ……うん、そろそろ正気に戻ろうか僕よ。

 

 

 へらへらと笑顔で外道なことをのたまいやがる馬鹿を『土星の輪』+神道式スープレックスでぶん投げ一頻り落ち着いたところで、現状を説明しよう。

 

 

 僕が意識を取り戻した時には既にトーリがやってきており、人も集まった事でいざ肝試し―――! の、その段階で彼から待ったがかかった。

 

 

 曰く、『折角の肝試しなんだからよ、くじ引きでペアを決めてから回るのって面白くね? テンプレじゃね?』とのこと。

 

 

 ちなみにそれを実行に移す際、女子と組みたがった一部必死な男子生徒にドン引きした女子により却下されたため、戦力的な割り振りでそれぞれチームが組まれる事になった。まぁ名目は“怪異退治”なので、『遊び気分も良いけど仕事もね』といったところなのだろう。

 

 

 で、上手い事組み分けがなされた訳だがそこに僕は当然のように入っていない。

 

 

 当然である。僕は皆に既に公言している通り、怪異だとかお化けだとか幽霊だとか、存在自体が不確かで不気味なものは全くと言って良いほど受け付けない。

 

 

 異族ならイトケン君やネンジ君で慣れてるし、鬼人族や種族的パワーフェイスな連中も別に怖くは無い。だって生きているのだから怖がる必要は無いし、怖がる事はむしろ失礼に値するというのが僕の持論だ。

 

 

 だが、駄菓子菓子である。

 

 

 そこで言うところの幽霊とはすなわち存在自体あっちゃいけないものであり、そんなものを受け入れろとか言われてもまず無理。存在を全否定するつもりじゃないけど、ただ単純に、僕の前に現れる可能性をゼロにしたいだけなのだ。

 

 

 

『Jud.それってつまり、ガチでビビってるという事なのでは?』

 

『あ゛ァン!? 悪い!? 女装してる上にビビり属性まで付加されてて悪いの!? あぁどうせ悪いんだろうねどうもすいませんでした点蔵様今すぐ犬臭いその靴でも舐めてやろうかあぁん!?』

 

『湊殿お気を確かに! 乱心アッパーしてるせいで言動が今すごく拙い感じで御座るよ!?』

 

『湊君は僕達は平気なのに怪異はどうしても無理なのかい!?』

 

『あっ、うん。何と言うか、既存の生き物の枠に囚われない感じがもう嫌で嫌で。きっと前世でそんな不定形かつウルトラ気色悪い生物と因縁があったんじゃねぇかってぐらい無理』

 

『例えがまた具体的であるな!』

 

『………自分とのこの扱いの差は何で御座ろうか』

 

 

 

 別に夜中に暗い道を歩いていたら背中にひんやり冷たいネンジ君が落ちてきたところで、僕は別に驚きはしない。それが知り合いなのだから当然の反応だし、見知った気配なら対応も難しく無い。

 

 

 でも、怪異は無理。これは聖譜記述以上に僕の中で絶対の理なのだ。だというのに、トーリはグループを形成していない僕の下に近づいて一言。

 

 

 

『オメエ一人か? なら俺らと一緒に回ろうぜ! ちなみにトップバッターな』

 

 

 

 ……ここで冒頭に戻るという訳だ。人がどんだけこういうのが苦手かを知ってるくせに誘うのだから、トーリは吹っ飛ばされても僕に文句は言えないと思う。てか、言わせない。

 

 

 ボケ術式の恩恵で特に怪我らしい怪我もなく復帰してきた馬鹿は笑顔のまま催促してくるし、自分だって怖いもの苦手なクセに弟に混じって挑発してくる姉がマジでウザい。

 

 

 

「クククアンタさっきからなんて悲鳴あげてんの。そういうのは同人誌の中だけにしときなさい! ひぎぃ! あひぃ! らめぇ! ほらさん、はいっ!」

 

「それで本当に言うと思ってんのか!? そしてそのジャンルの悲鳴をあげた記憶は終ぞないからな!」

 

「えー、マジで?」

 

「そうね。ネタとしてはよく言わせてるけど、本人の口から言わせた事がないからイマイチリアルさが欠けてるのよねー。総長ー、どうせ音声データ記録するなら後で私にも送ってくれる?」

 

「おい同人屋(ナルゼ)お前マジええ加減にせぇよ!?」

 

「おいおい、今のすげえ力技じゃねえか湊。あと口調も変わってんぞー! 代演どうしたー!?」

 

「お前はお願いだからあと五分黙って!? 五分が無理なら二分でいいからさぁ!」

 

 

 

 この同人魔女が一番性質が悪い。僕にとって、おそらく生涯の天敵であろう黒翼の匪堕天の少女に全力でツッコむもあの野郎は当たり前のようにそれを流した。何時か絶対、ぎゃふんと言わせてやる……!

 

 

 

「まっ、それはいいからよ。とにかく行こうぜ!」

 

「だ、だから僕は行かないとあれほど……あぁ引っ張らないでちょっ、そこ引っ張られると制服破けっ、お前は分かってて引っ張ってんだろコラー!? あ、あぁその話聞いてません的な態度! そういうのいけないんだかんな! お、お願いだからもう本当勘弁して下さい無理なんです怖いんです入りたくないんです何でもするからそれだけはあ―――――――!?」

 

「ったく、手間を取らせるな。金と時間の無駄だ」

 

「シロ君も総長もこんなに嫌がってるのにみなちゃんを連れてく方向なのは変わんないんだね」

 

 

 

 

 ……結果だけを言えば、抵抗空しく僕はトーリに連れられて校舎の中へ皆より先んじて入る羽目になってしまった。

 

 

 ちなみにこの際、助けを求めようと視線を彷徨わせてみたが誰ひとりとして視線を合わせてくれるどころか、皆して視線を逸らしてくれやがった恨みを僕は忘れない。………一週間ぐらいは。

 

 

 

 

 

 

 

       ●

 

 

 

 

 

 

 

 ――――中に入ってそろそろ十数分が経過しただろうか?

 

 

 

「何もいない何もいない何もいない何もいない何もいない何もいない何も」

 

「あー! あそこに半透明なシーツがっ!」

 

「~~~~~~~~~っ!?」

 

「総長ー、今みなちゃんいっぱいいっぱいだからその手のネタは止めといた方がいいよ? 後で正気に戻ったらガチ復讐されちゃうよ?」

 

「商機だと!? 何、それはどの分野だハイディ!」

 

「いやん、シロ君今のは私でも流石に見直しちゃうレベルの反応だったかなー?」

 

 

 

 正直、一番チームワークという面から言えば、むしろチームワークに喧嘩を売ってるようなこのグループは今現在、とりあえずは順調に進んでいた。

 

 

 ちなみに僕の言うところの“順調”とは、一度も怪異に遭遇していない事を指す。度々トーリが冗談を言ってくるが、例え冗談だとしても暗がりの校舎。いつもと違う雰囲気。そして既に神社関係者が自らその存在を肯定して警告までしたこの場所において、僕は一瞬たりとも気が抜けない。

 

 

 だからこそ反応をおちょくられている訳だが、この中で比較的常識を持っているハイディのフォローが無ければ多分、色々とぶっ飛んでたと思う。理性とか、本性だとか。

 

 

 

 後側棟の側、一年クラスの多い一階右舷側の廊下に差し掛かったその時、やや遠くと思しき場所から音が。

 

 

 正確には、南側の前側棟の方から爆発にしか聞こえない音が響いてきた。

 

 

 そこで僕達はふと足を止め、まず口を開いたのはシロジロだった。

 

 

 

「――――トーリ、正直に言え。何を仕込んだ? それは金に繋がるか? それとも、死ぬか?」

 

「シロジロ!? それは二者択一どころか魔女裁判もビックリな理不尽さだと思うよ!?」

 

「あっ、ツッコミで復活したねみなちゃん」

 

「ハイディが基本的にシロジロ全肯定するから、僕がトーリにもシロジロにもツッコミ入れないとボケが飽和しちゃうから……」

 

 

 

 どうでもいいが、僕の存在価値がそのまま女装とツッコミに限定されてきている気がしなくもない。武蔵では隙あらば味方でも刺しに行くのが普通とはいえ、この状況は些か厳しい。主に僕のメンタルとか喉とか。

 

 

 僕とハイディの会話を余所に、シロジロは僕のツッコミを無視してトーリはトーリで何処からか取り出した教科書を丸めて床に叩きつけていた。読みもしないくせに、小物として教科書を使うのはどうかと思……わなくていっか。トーリだし。

 

 

 

「おめえはいっつも俺を疑ってばかりだな! 俺は悲しいぞ!? 前に俺がエロゲ購入する時に小銭が足りなくてお前の手持ちからチョバった時だって真っ先に俺を疑って! お前はもう少し他の人間を疑えよ!」

 

「おーい、トーリー。その発言自体が色々と敗北宣言になってる事に気がつこうねー。あと、それについて後で番屋に突き出すからなー」

 

「みなちゃんだいぶ投げやりになってきてない?」

 

「……じゃあツッコミハイディが代わってくれんの?」

 

「――――ほらっ、あっちに東君がいるから早く合流しよっ」

 

 

 

 ははは、こやつめ。思わず半目でハイディを睨むも、流石はシロジロの彼女と言うべきか。僕の視線を当然のようにスルーして話題を戻した。といっても今回の件についての金の動向なんか、トーリが把握してるとは思えないんだけどなぁ……。

 

 

 

「貴様何を仕込んだ? それは金で解決できることなんだろうな? 出来なければ貴様を教導院前の滝に吊るして見物料を回収せざるを得んぞ!?」

 

「オマエ本当にお金大好な。あと、俺は今日一日忙しかったんだからな! エロゲの表示枠の文章早送りアイコンをどんだけ連打したと思ってやがる! 半日以上だぞ!?」

 

「半日も無駄にしてこの馬鹿は一体何をやってるんだろうね?」

 

「エロゲじゃないかな? あと、真面目に考えない方がいいよ。ああやって自分のペースに引き込むのが総長の常套手段だから」

 

「でもトーリが“常套手段”なんて言葉を知ってると思えないんだけど」

 

「あ、コラせめて湊はこっちに寄越せよ! 三対一なんて卑怯だろ!」

 

「なら聞くが、貴様は本当に、何もしていないんだな?」

 

「たりめぇだろ!? 俺は何もしてなんかいないさ!――――――――頼んだだけだよ!」

 

 

 

 直後シロジロの咆哮がトーリを真上から襲った。どうやらこっちは怪異探しよりもこの二人のやり取りで終始しそうな勢いだ。

 

 

 

「(助かった……)」

 

 

 

 素直にそう思い、一つ息を置いた。これだけ騒いでいれば怪異も近づいてこないだろうし、何だか他の階層からもトーリに頼まれたであろう人達のハッスルしている音や、ガラスの割れるような音とともに同人屋の恋人のナイトの悲鳴だか歓声だか分からない声が聞こえてくるし。

 

 

 そういえばと、前置きを一つ置いて僕は今更ながらにその思考に辿りついた。

 

 

 

 ――――――そもそも梅組の面子が集まって、碌な肝試しなんて出来る訳ねーじゃん。主催者トーリなのに。

 

 

 

 こう考えるとビビる必要が無くなるのだから不思議なものだ。うん、怪異はやっぱり怖いけど、どうせ今頃浅間とかネイト辺りがストレス発散で遠慮なくぶっ飛ばしてる事だろうしこっちはこっちで気楽に行くとしよう。

 

 

 

「あ、あの、トーリ君が首ごと引き摺られてるけどアレ……いいのかなぁ?」

 

「東、一つ言っておくと、ああいうのはもう気にしたら負けだよ」

 

「み、湊君がツッコミを放棄する程に……?」

 

「Jud.まぁ、相手が相手だしね。僕も常に全力投球してたら喉いくつあっても足りないし、流す時は流さないと」

 

「そういうものなんだ……」

 

 

 

 途中で合流した東を加え、少し先でシロジロとハイディ両名の肘に首をひっかけられたトーリを追って少しだけ歩を速めた。

 

 

 その際シロジロの愚痴が零れていたけど、御気の毒としか言えないわな。“身内の恥が一番高くつく”ことなんて、そんなの当たり前としか思えないし。残念なことに。



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鳴動する世界と女装少年の悲鳴

 

 

 

 

 

 ――――――憑かれた。じゃなくて、疲れた。ただひたすらに疲れた。

 

 

 

 

「しかも絶対にコレ、肝試しの疲労感じゃないし……」

 

「あ、あはは……。大丈夫かな、湊君?」

 

「東も気にしなくていいよー。みなちゃんアレで平常運転だから」

 

 

 

 その認識にツッコむのももう面倒だ。ハイディには言わせておくとして、漸く校舎を周り終わり中庭に戻る事が出来た。

 

 

 終始騒いでいたお陰で怪異と出くわす事もせずに済んだし、ツッコミはしんどかったけど十分だ。これ以上あんな不気味極まる校舎の中に入りたくはない。

 

 

 外から見るとよくよく校舎の震動が見てとれ、皆が騒いでるのが伺える。というか、

 

 

 

「なんか、皆機嫌が良い……?」

 

「あっ、東もそう思う? やっぱり、テンションあがってるのかなぁ」

 

 

 

 理由は明日、トーリが告白する事だろうか。

 

 

 東は少し不思議そうな顔をしていたが、僕たちの場合は小等部からの付き合いがあるのに対し東は中等部から。ノリが分かりにくい部分もあるのだろうが、どうせなら楽しんだ方がいいと思うのは僕だけじゃないだろう。

 

 

 しかし東が言う通り、今日の皆はテンションが高い。

 

 

 

「あ、天井が」

 

「あれは加護を受けた流体じゃなさそうだし、魔術(テクノ・マギ)だからマルゴットかマルガかな」

 

「今度は爆発が……」

 

「破砕術式っぽいし、あの威力だと浅間じゃないかなぁ」

 

「……あ、あの、湊君? さっきからツッコミ無いの?」

 

「申し訳なさそうなところ悪いんだけど、今さり気無く東の中の僕の認識が出てたよね? 泣くよ」

 

 

 

 最早肝試しとかそれ以前に皆のテンションがおかしい気がするが、それにしても気になるのは浅間だ。

 

 

 今しがた聞こえた爆音は間違いなく、浅間がよく使っている弓矢に術式の加護を籠めた爆砕術式だった。

 

 

 基本的に沸点が低くは無いし、常識人を自称している上に巫女という立場上そもそも人を撃っちゃいけなかったりする立場だったりするのだが、そんなものは既に形骸化してると言っても過言じゃない。

 

 

 トーリなんかはしょっちゅう射撃(ズドン)されているし、何かあればすぐに人を撃つのが浅間だ。

 

 

 今回は普通に怪異退治だからストレス発散を兼ねられているんだろうが、それにしては爆砕とはいささかオーバーなような。

 

 

 

「(まぁ浅間がアッパー入ったってんならしょうがないけど、直政や鈴さんがいるのにそれは考えにくいし。何かいたのかな?)」

 

 

 

 並みの怪異なら、少なくとも学校に出没する程度の規模なら浅間の加護付きの矢だけでも十分に威力は足りている。

 

 

 でも校舎を震動させる程の威力となると、まさか予定外の化外が? い、いやいやいやそんなバカな。いやしかし……。

 

 

 自分で考えた想像で冷や汗が流れる。嫌な思考を振り払おうと首を振った丁度その時だった。

 

 

 

「…ッ」

 

「? 急にどうかした?」

 

「………東、ちょっと僕用事あるから出てるね。皆によろしく言っといて」

 

「え? 急にどこに……ってもういない!?」

 

 

 

 物音。それも中庭にいる僕たちから見つからぬように遠ざかる複数の足音を知覚し、僕は東の言伝をおいてその方向へと走った。

 

 

 

 ――――足音って事は化け物じゃない筈……なら、わざわざ隠れて僕たちから逃げる訳は?

 

 

 

 ひょっとしたら泥棒かもしれない。うちの教導院に盗む程価値のあるものがあるかはともかく、放置しておく訳にもいかない。

 

 

 足音はそこまで速くないようで、少しの疾走の間に前方に影を二つ視覚に捉えた。

 

 

 

「―――――『閻水』!」

 

 

 

 取り出したのは水を司る魔導具。あまり危害を加えても話を聞けなくなる可能性もあるので、ここは手っ取り早く進行方向を……塞ぐ。

 

 

 疾走の途中で予め閻水用に作ってある術式札を前方に放る。それをトリガーに札の術式が作動し鳥居型の表示枠が閻水の刀身上を潜り抜ける。

 

 

 そして札の術式を纏った閻水を地面に突き刺す。内燃拝気から術に必要な分だけ流体を供給し、最後のトリガーを叫ぶ。

 

 

 

「氷紋剣………“汴舞”――――ッ!」

 

 

 

 水操作の延長線。

 

 

 禊祓を済ませた水を貯蔵してある位相空間に直接アクセスし、内臓された水を地表に流し込み指定した領域を凍結させる。

 

 

 この『汴舞』とはつまり、凍結させた水を地面から氷の刃として発生させる閻水に組み込まれた術式群、『氷紋剣』の内の一つ。

 

 

 攻撃の用途として使えるのは勿論だが、今回は相手の目前で氷柱を発生させる事で行く手を塞ぐ事が第一だ。

 

 

 果たしてその目論見は当たり、突如として現れた障害物に相手が止まっている隙にこちらも速度を上げて不審者の姿を明確に捉えた。

 

 

 

「ちょっと待ってもらお……う…………か――――――」

 

 

 

 丁度“後悔通り”の近くの林だったらしく、灯籠の明かりに照らされて僕が追っていた二つの影の姿が鮮明に浮かぶ。

 

 

 それは何と表現すればいいのか………えっと、あれは何なんだ?

 

 

 

「こ、ノブタンノブタン! これはもしかしなくてもピンチなのでは!?」

 

「だ、大丈夫だ! コニタン!  追手の動きが止まっている今ならば……ッ」

 

 

 

 強いて特徴を挙げるならば、――――布?

 

 

 そう、丁度頭からシーツ程の大きさの布を被ったらあんな感じの外見になるんじゃないだろうか。

 

 

 ただ布が足りない足からは黒い茂みが普通に見えている上、その布自体にも大きな問題がある。

 

 

 白い塊の上にはただの白い布地ではなく、多分女の子だと思われる絵がプリントされている。『多分』を使っているのは、線の歪みっぷりにいまいちそうだと確信が持てないから。

 

 

 

 ―――――あれは確かトーリが勧めてきた武蔵放送で今人気だという“魔法(ケルト)少女バンゾック”とかいうキャラだった……筈。自信無いけど。

 

 

 

 ただそうだと仮定して進めないと思考が先へと進まないので細かい事は抜きとする。あれは確か魔女の存在への聖連の嫌がらせなのか、主人公であるバンゾックがやたら相手の頭の皮を剥ぎたがり生贄大好きとかいキャラ設定に人気を取る気が無さ過ぎるキャラだったと思う。それでも人気があるのはもう、武蔵住人が病気としか言えない。

 

 

 それはさておき、二つある白い塊それぞれにバンゾックのイラストがプリントされている訳だが、それぞれ線の太さや大きさが違うし、デザインも若干異なる。絵師が違うとかそういう話だろうか? いやそーじゃねぇだろ僕。

 

 

 順調に思考が視覚から送られてくるバグに浸食されていく。必死で頭を回して現状理解に努めるも、分かったのはただ一つ。

 

 

 

 目の前の連中が、度し難い変態であるという事だけだ。

 

 

 

 カサカサとまるで数日掃除をサボっただけでのさばる台所の悪魔を彷彿とさせる動きを見せる脛毛を擁するおみ足。

 

 

 ヒソヒソと聞こえてくる声は聞き取れないが、被りものであろうバンゾックプリントが蠢きこちらの背筋をまるで這うような怖気を感じさせる。

 

 

 そこまで冷静に思考して、限界がきた。

 

 

 

「―――――ぃ」

 

『い?』

 

「い、いやぁぁぁぁぁあああああああああああ! 変態やだあ―――――――!!」

 

 

 

 

 ……同時刻、中庭の方でもある少女の泣き声が響き渡った。嫌なところでのシンクロであった。

 

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 

 

教導院の方に戻ってみると、何やら皆がさっきまでのお祭り気分とは趣の違う騒ぎ方をしていた。

 

 

 僕は僕で色々と心に整理をしないといけなかったので少しばかり時間が経ったと思うのだが、何があったんだろう?

 

 

 

非常事態(ワーニング)! 非常事態! 我が武蔵の天使である前髪枠が泣かされているぞ!」

 

「おのれ下手人め! さしあたっては皆に処罰の方法を聞きたいが、何か良いアイディアがある者は挙手ー」

 

 

 

 成程、どうやら鈴さんが泣かされたせいらしい。僕の場合は率先して泣かされようとされた訳だが、この辺はやはり人徳というか色々な差というものだろう。自覚はしているが、だからといって何も想わない訳じゃないが今はその感傷は置いといて。

 

 

 

「はいはーい。鈴さんを泣かせた奴なら吊るし上げてシバキ倒せばいいと思いまーす」

 

「おぉ! こちらは武蔵の男の娘枠からの推薦だ! 他意がある者は………いないな。ならば総意で死刑という事で」

 

「問題なーし」

 

「疑問なーし」

 

「あと容赦も要らないよね? だって鈴さん泣かせたんだもの、これはも国家反逆罪よりも重たい罰を与えないとダメでしょ」

 

 

 

 いざ下手人と思い皆の視線の行き着く先、エリマキトカゲのようなよくわからないびらびらをつけた武蔵王がそこにはいた。だが、いくら王様と言えど僕達の鈴さんを泣かせた罪は万死に値する……!

 

 

 皆が殺気立つ中王様はこの騒ぎを取り収めるべく、よりにもよってトーリに声をかけてしまった。咄嗟とはいえ、あんまりな判断に少しぐらいは同情してやらなくもない。

 

 

 

「おいおい皆! ここには確かに麻呂に姿を似せて俺達の正気をモリモリ下げてくる最悪の下衆がいるけど、コイツが麻呂な訳ないだろ? だって麻呂、友達いないからここに来るわけねぇし」

 

「コラ――――! 貴様言うに事欠いて何たる礼儀の無さ! 我は本物の武蔵王ヨシナオ公であるぞ!」

 

「はあ? 分かってねぇなぁお前。いいか? 本物の麻呂はな、友達いなくて、部屋で寂しく、今頃はマインスイーパーで遊んでるんだぜ? つまりだ、ここにいるオメエは似せモンだ!」

 

「貴様あ――――!」

 

「うわあ――――ん!」

 

 

 

 事情は大体呑み込めた。トーリが王様と馬鹿やってくれたお陰で少し頭が冷めたけど、多分急に大声を出した王様に鈴さんがびっくりしちゃったとかそういうオチだろう。

 

 

 一旦冷静になってしまえば荒ぶっていた心もすぐに収まり、事態を収拾させるべく歩み寄ろうとして……

 

 

 

 ――――――胸にある筈の“物”が一瞬、激しく何かに呼応するかのように脈を打った。

 

 

 

「(………ッ!?)」

 

 

 

 異変は一瞬。しかもそのタイミングで、まるで泣き止まされたように鈴さんの声がピタリと止まった。

 

 

 動悸はすぐに収まり、感じた激痛もすぐに引いた。がしかし、今はその異変の理由を知るよりも先に培った経験からその場にいた僕達は全員、鈴さんの邪魔をしないように一切の音を消した。

 

 

 鈴さんは目が見えない。その代わりに他の感覚が研ぎ澄まされていて道具による補佐を差し引いても、数キロ離れた生物の生態を知覚できるというのは正直、才能以上の何かだ。

 

 

 それを皆が知っているからこそ、その集中を邪魔しない。彼女が何かに気付いたのなら、それは決して無意味なものなのではないのだから。

 

 

 

「――――あ、あっち」

 

 

 

 しばらく集中していた鈴さんが指差した方向。

 

 

 ただの闇が広がっていただけの空に突如として奔ったのは発火の光。

 

 

 炎が三河・各務原の山、その峰を焼いていた。

 

 

 

「―――っ、と、えっと、今聞こえたのは……」

 

「爆発、だろうね」

 

 

 

 次いで聞こえた遠雷のような音に屈めていた身を上げながら呟いた声に反応したのは校舎の窓から顔を出したネシンバラ。

 

 

 

「あの辺りは確か、三河を監視する聖連の番屋があった筈だけど……三征西斑牙(トレス・エスパニア)の生徒は気付かなかったのかな?」

 

「事故って可能性は?」

 

「うーん、ここから見える情報だけじゃ断定は出来ないね。本当、どうしたんだろ」

 

 

 

 さりとて言葉ほど気にしてはいないのか、言ったネシンバラはそのまま校舎に首を引っ込めてしまった。

 

 

 にわかに騒ぎ立ちかけた他の皆も、トーリの解散宣言で一先ずの混乱は避けられた。が、それが話題転換である事ぐらい僕にだって分かる。

 

 

 生徒会の面々が注意事項を表示枠(サインフレーム)に打ち込み呼びかけを行っている様子を見ながら、もう一度胸に手を置く。もう何の兆しも見せてはいなかったが、さっき感じたのは間違いなく………

 

 

 

「(動いた(・・・)。でも、あれは聖連に封印されてる筈だし、術が解けたって風でも無かったし……)」

 

「あっ! もう湊君何処に行ってたの? 急に出て行くって言ったっきり消えるから心配したよ」

 

「……んぁ? あ、あぁ東。ごめんごめん、ちょっと変態と出くわして思わず泣いたぐらいで問題無いから」

 

「そ、それは本当に問題ないの!?」

 

 

 

 いま一つ飲み込めない事が多くて頭の方が追いつかないが、もう今日は考えるの止めよう。

 

 

 東と合流し、今日はこのまま寮まで東を送って帰ろう。そう思い改めて東の方を見て―――――

 

 

 

「――――――きゅぅぅ」

 

「ちょあぁっ!? み、湊君!? いきなり倒れて……って気絶してるー!?」

 

 

 

 

 ――――東の後に半透明な少女を確認し、僕の意識は強制アウトされた。多分自己防衛機能の一種だろう。



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女装少年の後悔と現状《きき》

 

 

 

 

 

 

 

 

「………僕は、屑だぁぁぁ」

 

「湊殿今日は何時にも増してネガきっついで御座るな」

 

「気持ちは分からなくないが、見てるこっちまで滅入って敵わん。いい加減、立ち直ったらどうだ。さもなくばまた同人ネタにされるオチだぞ?」

 

「でもぉぉぉ、僕、僕はまた何にも……」

 

 

 

 朝から死ぬほど気が滅入る。というのも、まぁ色々とあったのだ。昨日(・・)

 

 

 そう『昨日』。僕はあの時、東の後にいた幽…半透明の女の子を見て気絶して、次に起きたのは今朝の数時間前。

 

 

 家に運んでくれた点蔵から昨日に起こった出来事の顛末を聞いて、僕は自分のどうしようもない間抜けさにこの上ないやるせなさを感じていた。

 

 

 昨日、三河が“消失”したと最初聞いた時、僕は点蔵がついにおかしくなったのかと心配したがそうじゃなかった。

 

 

 僕が気絶したあの後、三河は言葉通り綺麗さっぱり何もかもが消失した。

 

 

 城も、町も、何もかも。新名古屋城に備わっていた地脈炉の暴走により、三河という土地は地図の上から消えた。今し方武蔵から見えた三河は地形が変わり流体の影響により人の住めるような状況ではなかった。恐らく、人がまた住めるようになるまでに僕の残りの人生程度では足りないだろう。

 

 

 しかも、それが事故では無く故意だったのだ。他でも無い、三河の領主である“松平・元信”の命令によって。

 

 

 ………ホライゾンの、実の父親だ。

 

 

 そして彼、元信公は地脈炉が暴走する直前、共通通神帯を用いてある『授業』を行ったという。

 

 

 授業の題目は『末世の解決法』。元信公は末世という世界規模の危機をエンターテイメント、つまり楽しむものとして捉えていた。

 

 

 危機を目前にすれば人は否応にも選択を迫られる。解決も諦観も、全ては人間が決める事だ。その選択をしなければならない危機とはつまり、元信公が公言していた“考える”という事を誰もが実践できるということ。

 

 

 彼はその危機を世界規模の問題、末世という誰もが直面している問題として世界中に提示してみせたのだ。

 

 

 彼は言ったという。末世が世界の卒業だと言うならば、世界という名の教室にいる生徒は一体、卒業までの間に何をすればいいのか?

 

 

 終わりが決まっているのなら、残された貴重な時間を無為に過ごす事は無い。終わらせたくないのなら、生徒は末世という卒業を覆してさらなる上を目指さなければならない。

 

 

 別に立ち向かわなくたっていい。そこで諦める人間は、“自分は怯えられる人間”であると認識できる。それでさえ、決して無駄ではないと、消える三河の地で彼の人はのたまったという。

 

 

 だが彼は自分を仮にも「先生」と言う変わり者だ。だから、末世という問題に取り組む生徒には、ちゃんとした“ご褒美”を与える。

 

 

 

 ――――――『大罪武装(ロイズモイ・オプロ)』。

 

 

 

 これを全部集めた者は、末世を左右できる力を手に入れる。そう、大罪武装を作るように命じた三河の君主は言ってのけた。

 

 

 暴食(ガストリマルジア)淫蕩(ポルネイア)強欲(フィラルジア)悲嘆(リピ)憤怒(オルジイ)嫌気(アーケディア)虚栄(ケノドクシア)驕り(ハイペリフアニア)。人が持つとされる八つの想念。

 

 

 それら人が持つとされる原罪をモチーフとして造られた大罪武装。だが、その考えにも“原盤”が存在し――――――実は九大罪だとしたら?

 

 

 それは“嫉妬(フトーノス)”。一般的には新参の大罪のイメージを持たれているそれは、実は八つの想念を論じたエウアグリオス本人が書簡にて、九つ目の悪について述べていたのだ。それが、“嫉妬”。

 

 

 だが何故エウアグリオスは“嫉妬”を八つの想念の中に加えなかったのか。それでいて、何故大罪の一つとして数えたのか。

 

 

 大罪にはそれぞれ神世の時代の魔獣が割り当てられており、“嫉妬”に当てられた魔獣の名を――――“全竜(リヴァイアサン)”といった。

 

 

 “全竜”とは全ての化け物の様相を持つとされる最大の魔獣。それはすなわち、“嫉妬”こそが全ての大罪を纏めた最大の悪徳であるという事。

 

 

 八つの想念も全ては何かを嫉み、何かになりたいという行きすぎた願いの結果でしかない。だからこそ、その大きすぎる大罪を露わにする事を恐れたエウアグリオスは“嫉妬”を八つの想念の中に加えなかったのだ。八つ全ての源泉とも言える、最悪の大罪を。

 

 

 ここまでを点蔵から聞き及んで、歴史学などからも絡めて分かり易く説明を受けた僕はどうしても気になる事があった。

 

 

 元信公は言ったのだ。“大罪武装を全て”と。それはつまり、数えられなかった九つ目の大罪に対応した大罪武装が存在するという事ではないのか?

 

 

 その質問の答えを聞いた時、僕は気絶していた事を心の底から後悔した。自分のあまりに不甲斐なさに、点蔵とウルキアガが近くにいなければ問答無用で自分の体を掻き毟る程に後悔した。

 

 

 ――――かねてよりあったある噂。人の感情を基に造られた大罪武装は、人が材料になっているのではないか?

 

 

 その噂は元信公自らが通神帯で認めた。

 

 

 大罪武装は人の感情を部品に動いており、その材料となった人間の名前は――――――ホライゾン・アリアダスト。

 

 

 ……どうしてこの話が行われていたその時に、僕はトーリの傍らに居られなかったのだろう。だって、それは、その言葉はあまりに彼の心を抉るのに十分過ぎる威力を持っていた筈なのに―――――。

 

 

 そして元信公は最後にちゃんと、最後の大罪武装“焦がれの全域(オロス・フトーノス)”の在り処を遺してくれていた。

 

 

 

『今、“焦がれの全域”は自動人形「P-01s」という名を与えられ、武蔵の上で生活している』

 

 

 

 彼女こそが“焦がれの全域”そのものであると、彼は言った。そしてその自動人形は、本来であれば今日トーリが告白する筈だった者の名前だ。何てことはない、トーリが言っていた通り、彼は最初からホライゾンに告白するつもりで決意していたのだ。

 

 

 だから、その話を聞いたトーリは真っ先に駆けだしたという。事故の後遺症で運動は得意じゃなくて、速度も並程度でしかないというのに、誰よりも先に彼は駆けだした。

 

 

 通れなかった筈の“後悔通り”すらも彼を止める事はあたわず、でも――――――。

 

 

 

「………うぁぁあああ………」

 

「何かどうしようもないで御座るなぁ。湊殿の気持ちを分かるとは言わぬで御座るが、湊殿が凹んでいてもどうしようもないで御座る。今は失意に暮れるよりも自分達にはしなければならない事があるで御座るよ湊殿」

 

「…………Jud.」

 

「やれやれ。後輩共のコイツのファンクラブには見せられん状態だな…」

 

「Jud.しかもその発言にすらツッコミが無い様子では……本気で重傷で御座る」

 

「あの馬鹿といいこの女装といい……手間のかかる奴多過ぎだろうちのクラス」

 

 

 

 結果は、今の僕のテンションが全てだ。トーリはホライゾンに会うどころか、通神帯で元信公からホライゾンであり“焦がれの全域”である最後の大罪武装の在処を聞いた教皇総長が武蔵の不法武装所持の名目の下、駆けつけたトーリ達を抑え込みホライゾンを連れ去った。

 

 

 要するに、僕はそんな一大事の中で暢気に幽霊にビビって気絶して、今朝までぐっすりしていたのだ。これをどうして悔やまずにいられよう。

 

 

 でも点蔵の言う通り、僕が自分勝手な後悔に悩んでいる事が許される状況ではない。

 

 

 P-01sが松平・元信公の嫡子であるとし、教皇は彼女に“三河消失の責任”を取らせる名目で、彼女を殺す。名目はあくまでも責任をとるための自害だが、そんなの僕にはどうでもいい。

 

 

 だがここで問題になるのは、極東を統べる立場にある筈の松平家の主とその嫡子が事実上消えてしまうという事だ。

 

 

 現在極東が所有を許されている土地はこの都市航行艦“武蔵”と今は消えた三河のみ。そこを治めるべき立場の人間が消えたらどうなるか。簡単だ、極東は領主を失った事で他国から容易に土地を侵略されて、この武蔵も空を飛ぶ事が出来なくなる。

 

 

 既に総長連合は権利を剥奪され、事実上武蔵は今機能していないも同じの状態だった。

 

 

 僕達が教室に向かっているのは、これからの武蔵の方向性の確認をするため。

 

 

 

 

 ――――――ホライゾンを救うか、見捨てるかの方針を確かめるためだ。



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女装少年と誰かの願いと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――状況は八方塞も良いところ、かぁ……。

 

 

 

 

 それが教室で行われた話を聞いて、おそらく誰もが思っただろう意見だと僕は感じた。

 

 

 現在、武蔵を取り巻く状況は最悪に近く、それを皆も分かっているように表情はあまり明るく無い。

 

 

 先日の三河消失の対応について、聖連が下した結論は簡単にこうだ。

 

 

 まず一つ、極東のみならず他国においても重要な土地であった三河を消失させてしまった責任を、松平・元信公の嫡子であるホライゾン・アリアダストにあるものとし、彼女の“自害”をもって責任を取らせるという事。

 

 

 今朝方聖連が略式相続手続きの確認を行っていたそうだが、これはそのまま元信公の権限を略奪するのでは聖連側に相続の干渉問題が問われてしまうが逆に、ホライゾンを抱え込んだ上で嫡子にしてしまえば聖連は至極当然の流れでホライゾンを自害させる事が出来る。

 

 

 それによる聖連のメリットは主に二つ。

 

 

 一つは極東を治めるべきだった松平家が途絶えてしまう事で、空白となる三河・武蔵をそのまま自国に取り込む事が出来るという点。

 

 

 そしてもう一つがホライゾンの中にある大罪武装“焦がれの全域”を手に入れられるという点。しかもそれらを聖連側はほぼ何のデメリットも払わずに得る事が出来るのだ。

 

 

 何故なら、三河消失の責任を松平家嫡子となったホライゾンが自害という形でとる事は、極東の文化的に見ても至極当然であるから。

 

 

 他国からの干渉で極東の文化にも契約や取引の概念が流れてきてはいるが、それでも根の文化的風習は変わらず、極東の責任者はその命を国の所有権と同等のもの扱い、自らが命を絶つ事で浮いた国の所有権を譲渡し、以降の領民の生活などを保障する事が出来る。

 

 

 これを現状に例えるならば、「三河消失」という多額の負債を負うべきだった本人が死亡し、その代わりに松平を相続した嫡子たるホライゾンがその負債とそれ以上の利息を払わないで済むようにするために、「命」という代価を支払う事で責任を果たす。こういう事になる訳だ。

 

 

 つまり、ホライゾンが死ぬ事は対外的に見れば武蔵住人の為であり、彼女が死ねば少なくともこちらが得られるメリットは存在するのだ。

 

 

 本来であればホライゾンの命と武蔵を譲渡する事で支払える責任も、ホライゾンの消失だけで済ませられるかもしれない交渉の余地が残される。

 

 

 武蔵という国を失う事を恐れる普通の人間であればこう思う筈だ。“自分達の(むさし)を守るためには、やっぱりホライゾンが自害する方が良い”と。

 

 

 当然、それを当たり前に誰もが享受したい訳じゃない。だが、そう思わざるを得ない程状況は悪い方向へと既に流れてしまっている。

 

 

 武蔵の総長連合及び生徒会の権限の剥奪もそうだが、ここでホライゾンの自害を武蔵が認めないという事はイコール聖連の決定に逆らう事になる。ひいてはそれ自体が世界のほぼ全てと言える聖連との全面戦争すら起こりかねない事態を招く可能性が少なからず存在しているのだ。

 

 

 それを回避し、なおかつこの事態を打破出来る可能性があるとしたらただ一つ。

 

 

 現在、暫定議会側についている、唯一生徒会で権限を保持している本多・正純副会長をこちら側に引き込む事。

 

 

 議会側にいる正純であれば聖連の手管を間近で見ていたため理解がある筈の正純に、相手側の正当性を否定し、こちらが逆らう事が出来る位置まで持っていく事さえ出来れば、僕達はまだ諦めずに済む……かもしれない。

 

 

 これはあくまで可能性の話に過ぎないし、正純をこちらに引き込むためには、こちらの意見を相手に認めさせる機会を設けなければならない。が、

 

 

 

「(肝心のトーリが、あんなんだものなぁ……)」

 

 

 

 昨日、ホライゾンを追った彼はその直後に捕縛され会う事すら叶わず今朝方まで番屋で捕まっていたという。そのまま教室に来て、今日一度も口を開く事無く窓際の日当たりの良い席で終始俯いたまま。

 

 

 彼が動きださない限り、僕達も身動きが出来ない。皆も彼の心情に少なく無い理解があるからこそ、何も言えずにただチラリチラリと彼の方を盗み見ている。心配とは多分言わない、でも気になるから、それぐらいの気持ちが共通認識として皆が持っているのだろう。

 

 

 

 僕としては―――――やっぱり心配というのもあるけど、立ち直ってほしいとも思っている。

 

 

 

 昨日は何もすることが出来なかった。居ても何が出来たかなんて言えないし、そんな事を語る事に何の意味も無い。

 

 

 だからこそ、僕は今度こそ彼の力になりたいと強く思う。彼が望むのなら、僕は………―――――。

 

 

 そんな現状で相も変わらない様相で現れたオリオトライ先生は今日の授業を作文だと言い放ち、その題目として“今わたしがして欲しいこと”と述べた。

 

 

 神肖筐体(モニタ)のスイッチを入れて、そこに映し出されたK.P.A.Italia、三征西斑牙(トレス・スパニア)、そして三河の生き残りである警護隊が一同に会しての情報交換会。目的としては聖連が武蔵、三河の住人に友好的な態度であると見せつけるための放送だろう。

 

 

 場面は三征西斑牙が極東側にあるものが返還される所に差しかかる。三征西斑牙側の生徒が持っているのは、神格武装“蜻蛉切”。受取人は、その槍の持ち主であった本多・忠勝の娘“本多・二代”。おそらく現時点で極東における随一の戦力保持者。その彼女が今、何を思い何を成そうとしているのか。

 

 

 

「彼女をしっかり見ておきなさい。その上で、考えるのよ。“今、自分がして欲しいこと”を、ね」

 

 

「(自分が、今してもらいたい事……)」

 

 

 

 思考しながら、僕はペンを動かさずに神肖筐体に視線を固定しながら考えた。僕が、今何を望んでいるのかを。

 

 

 

 

 

 

 

       ●

 

 

 

 

 

 

 

 ………ふぅむ、それにしても、今までこういう事ってあんまり考えた事無いからなぁ――――。

 

 

 

 『誰かに何かを』という思考から離れてだいぶ久しい気もするのだが、家族がいなくなってからはほとんど一人で生活してきたので特にそんな事を考えてみた事は無かったし、必要性も感じなかった。

 

 

 僕と似たような立場で言えば、浅間なんかもそうだろう。普段から葵姉弟の面倒をみてるし浅間神社の巫女として、武蔵の通神関連の術式の調整や武蔵の神道代表として様々な場面で働く彼女も誰かにといった思考は苦手な筈。現にあちこちに視線を投げてる様子を見るに、参考になりそうな意見でも探しているのだろう。そんなものが都合よくあるとは思えないけど。

 

 

 何せここは外道の巣窟、武蔵アリアダスト教導院でも魔窟と名高い梅組だ。碌な意見の方が少ないだろうと思いながら、先の中休みの時間でちらほらと聞こえた皆の意見を思い出す。

 

 

 

・ペルソナ:『……』←いやそんなところまでキャラを忠実に守らなくてもいいんだよ?

 

・ネシンバラ:『誰かに希望を託すというのはあまり僕の好きな事ではない。何故なら……』←長くなりそうだし肩凝りそうな内容ぽかったので退避ー。

 

・ノリキ:『弟と妹の面倒を誰かに押し付けるつもりはない』←……男前過ぎて泣けそうなんですが。あと碌な意見少ないとかナマ言ってすいませんでした。

 

 

 

 他には喜美のやたら男らしい欲望ド直球な意見だったりも聞こえたりしたが、あれはもうそういう人間だしツッコミどころを探すだけ無意味だ。

 

 

 点蔵やウルキアガは揃って怪しげな笑みを浮かべながら互いに謙遜しあっていたけど、揃って殴りたくなる衝動をハッサンのカレーで落ち着く事が出来た。カレーって偉大だ。

 

 

 それはともかく、僕がして欲しい事とはなんだろうと考えて、視線は自然と窓際のトーリを捉える。

 

 

 僕にとって、トーリは特別な存在だ。衆道的な意味じゃなくて、彼がいてくれたからこそ僕ははじめて武蔵の住人として、過去を受け止める事が出来た。トーリと出会わなければ、僕は今でも過去を引き摺って閉じこもっていたかも分からない。

 

 

 その出会い自体は最悪に近いものがあったけど、会えてよかったとは思っている。僕にとって彼は恩人で、いつか恩返しをしたいと思う相手でもある。

 

 

 だから、どちらかと言えば僕は何かを望むよりも彼から望まれたいと、そんな風に思うのだ。

 

 

 トーリがホライゾンを助けようと言ってさえくれれば、僕は無条件で彼に力を貸すだろう。それがどれほど無謀だとしても、そこに一切の躊躇いを持つ事無く。

 

 

 本来であれば今日、彼はホライゾンに告白して最高の一日を迎えていたかもしれない筈なのに。現実には彼女はいなくて、それどころか今度こそ本当に、彼女を失ってしまいかねない状況が目の前にある。

 

 

 

 …………あ、そっか。そういう事でいいのか。

 

 

 

 そこまで考えて一つ、天啓のように頭にひらめくものを僕は確かに感じた。

 

 

 そうだ。望まれる事を(・・・・・・)望めばいいんだ(・・・・・・・)。僕が今、一番して欲しいと思う事。それは――――――。

 

 

 つらつらとペンを動かしていく。気付けばもう皆顔を上げていて、自分が最後に書き終えたところで先生の声が作られた。

 

 

 

「はいそれじゃあ皆もう書き終わったわねー。出来た人に読んでもらうけど……出席番号的にそうね、浅間ー、出来てるみたいだし読んでくれる?」

 

「そ、それはちょっと困ると言いましょうか何と言いましょうか!? え、えっとそのですね……」

 

 

 

 当てられた浅間が珍しくキョドった。いや挙動る事自体は多いと思うんだけど、授業中だと至って真面目な態度の方が多いためここまで取り乱す事は無い。葵姉弟などに絡まれてさえいなければ。

 

 

 だというのに浅間は珍しいぐらいに狼狽たえてしまっていて、作文ではなく邪念を捉えて文字にして原稿用紙に封印したとか言いだした。まさか本当にそれで誤魔化せるとは思っていないのだろうが、それほど切羽詰まっているという事か。

 

 

 このまま放置していても話が進まなさそうだったのと、何故か周囲にこちらへの『ツッコミはよぅ』という嫌なヘルプを受け取ったので挙手する事にした。

 

 

 

「おっ、何湊、アンタが意見って珍しいわね。先生別にボケてないわよ?」

 

「僕の発言イコールツッコミって認識に関してはもう諦めますけど、このまま浅間弄ってても話進みそうにないですから他の人に当てたらどうでしょう? あっ、ちなみに僕は除外でお願いします。皆からやれやれって言われて仕方なく仲裁に入っただけなんで」

 

「あ、あれ? 今味方かと思ったのにまさかのNPCオチですか?」

 

 

 

 浅間やかましいと思いつつ、先生もそれに応じてくれて浅間を着席させた後次に指名したのは……、

 

 

 

「えーと、鈴? 貴女の読んでも大丈夫?」

 

「先生!先生! なんか私の時と態度違くないですかね!?」

 

『キャラが違うんだよ……』

 

 

 

 皆が似たような呟きを零す中、指名された鈴さんは少し驚いてみせた後、ゆっくりと立ち上がり大丈夫だと告げた。

 

 

 それを見て皆が気遣いを乗せた視線を彼女に向ける。鈴さんは目が見えない。字を書くときも多くは平仮名だし、大きさもまちまちなのを専用の器具を使って読み書きが行えている状態だ。そして極めて余談になるけど、その出雲製のペンの名前が“声出ちゃう!”というのはちょっと製作者病気なんじゃないかと思う。どーでもいい話だが。

 

 

 だが今、鈴さんの机の上にある原稿用紙の数は十枚以上。鈴さんがそれを全て読みあげる事は大変労力と時間を用いる事は明白であり、だからこそ先生が問いかけた。

 

 

 

「鈴、全部読めそう?」

 

 

 

 返す鈴さんの返答は首を横に振る事だった。それはつまり、彼女が思いの丈を籠めて書いたであろう文章を誰かに委ねなければ伝える事が出来ないという事であり―――――――。

 

 

 ………それってどれくらい、辛いんだろうな。

 

 

 僕には自分の文を誰かに代わりに読んでもらう事なんて出来ない。でも鈴さんはそうせざるを得なくて、多分、そんな自分に思う事もあった筈だ。

 

 

 でも彼女がそんな風にしているところを僕は見た事が無い。だって鈴さんは僕とは違って、本当に心から“強い”人だから。

 

 

 鈴さんは代わりに自分の作文を読み上げてくれる浅間に託して、何か祈るような面持ちでそれを手渡した。

 

 

 

 彼女の今して欲しいこと。それが今、浅間の口から奏上されようとしていた―――――。



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臨時生徒総会と女装少年

 

 

 ―――――――わたしには すきな人が います。

 

 

 

 

 鈴さんの言葉が、思いが、浅間を通じて紡がれてゆく。

 

 

 それは彼女の願い。今、彼女が“してほしいこと”。

 

 

 紡がれた最初の言葉は回想。小等部の入学式の時のことだった。

 

 

 鈴さんの両親はどちらも共働きで、入学式を彼女は一人で迎えなければならなかった。

 

 

 彼女は両親の仕事の事も分かっていたし、たとえ寂しくても我慢しなければならないと、幼いながらに当時の彼女は思っていたのだ。

 

 

 ………ただ、ただそれでも一言、“おめでとう”を言ってほしくて、いけなくてすまないと謝る両親に何故か涙が出そうになって。けれどそこで泣いてはいけないと我慢して。

 

 

 そして彼女は一人の入学式に臨む。教導院のある表層部は武蔵の中でも高層に位置していて、そこに到達するためには長い階段をのぼらなければならない。階段は、目の見えない鈴さんにとっては鬼門と言える場所だ。

 

 

 階段の前にきて彼女は思った。お父さんもお母さんからも“おめでとう”をもらえないなら、頑張ってのぼらなくてもいいんじゃないか。

 

 

 自分に気付かず両親に手を引かれて先を行く人が、よりその思いを強くしていく。

 

 

 

 ―――――――だけど。

 

 

 

 そこにかかる声があった。それは俯いていた彼女への言葉。“ねぇ、どうしてあなたは ないているの?”。それは、

 

 

 

 ――――――――トーリくんと ホライゾン でした。

 

 

 

 その時の事を、鈴さんは今でも鮮明に覚えていた。

 

 

 その日の風の匂いも、桜の散る音。視覚が無い代わりに発達した鈴さんの聴覚は、その時の町の響きや空の唸りでさえも正確に記憶していた。いや、これはただ覚えていたというだけの現象じゃない。

 

 

 「覚えている」のではなく、「忘れられない」。

 

 

 その時確かに、鈴さんの中で世界は変わったのだ。だから、その瞬間を彼女が忘れる筈が無い。初めて、トーリとホライゾンに手を引かれたその日の事を。

 

 

 僕は編入生のため入学式には出ていないけど、周囲からはそんなこともあったよなと呟きが生まれていた。きっと、その当時からトーリはトーリのままで、ホライゾンもそうだったのだろう。ここにいる皆がそうであるように―――――階段をのぼってきた鈴さんを、当たり前のように応援していた時のように。

 

 

 中等部の時は階段が無くて、高等部の時にはもう鈴さんも一人で階段をのぼる事が出来るようになっていたけど、その時一度だけ、トーリが手を取ってくれたのだという。

 

 

 それは僕にも覚えがある。偶々一緒に登校していた時にトーリが鈴さんを見つけてはいつものように彼女の手を取ったのだ。

 

 

 ………いなくなったホライゾンがいつも握っていた、左の手を。

 

 

 その昔、小等部の時と同じように皆は階段の上で待っていて、トーリが手を握っていて、でも、そこにホライゾンはいなくて。

 

 

 

 ―――――――わたしには すきな人が います。

 

 言葉は続く。

 

 ―――――――わたしは トーリくんの ことが すき。

 

 重なるように。

 

 ―――――――ホライゾンの ことが すき。みなの ことが すき。

 

 ……言葉は重なって、一つの感情を成す。

 

 

 ―――――――ホライゾンと いっしょの トーリくんが 一ばんすき。

 

 

 だからお願い。

 

 

 ―――――――わたしは もう 一人でも だいじょうぶです。だから―――――。

 

 

 

 私の手を取ってくれたように………

 

 

 

「お願い! ホライゾンを、救けて……!」

 

 

 

 浅間の読みあげる声に押されるように立ち上がった鈴さんは、未だ机に沈んだままのトーリに言った。

 

 

 その時だった。不意に、装飾の鎖が音を鳴らした。誰もが、やれやれとでも言うように顔には苦笑を浮かべて、多分僕も似たような顔をしているに違いない。

 

 

 

「―――おいおいベルさん、ナメちゃあいけねぇ。俺はベルさんにそんな事を言わせちまうほど、期待値の低い男じゃねぇぜ?」

 

 

 それに、と置いて少年は言葉をつづけた。

 

 

「安心しろよ――――俺、葵・トーリはここにいるぜ? なのに、さ。どうしてベルさん、泣いてるんだよ」

 

 

 

 少年―――トーリはそういって涙を流す鈴さんの前に膝をつき、まるで騎士と姫のように言葉を交わしていた。無論それだけで終わるような奴ではなく、何故か鈴さんの方から自身の胸にトーリの手を触れさせたりトーリがロードがどうのこうのと叫んでいたりして皆からツッコミを受けたりしているが。

 

 

 

「(これで――――僕達の方向も決まった、かな)」

 

 

 

 一番の馬鹿が立った。そして今、彼は間違いなく、ホライゾンを救うという意志を見せた。

 

 

 ならきっともう大丈夫だ。だから僕は、トーリがホライゾンに告白出来る今日という日を取り戻す事に力を尽くそう。かつて誓ったように。

 

 

 

 

 ………その後、武蔵アリアダスト教導院は『生徒会副会長 本多・正純』の不信任決議を臨時生徒総会にて提案した。ホライゾンを救うための第一歩、武蔵国内の意見をまとめるために。

 

 

 ちなみに余談だが、その結論を出す前に馬鹿が数回ぶん殴られたのはどうでもいい話である。当然、その殴打にはこの話題と何ら関わりのない、お前マジいい加減にしとけとはクラス全員と殴られ壁を突き破られたお隣のクラスの総意であったのだろう。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 

 

 臨時生徒総会第一の相対は、三河からこちらに流れてきた警護隊副隊長と元・生徒会会計シロジロ・ベルトーニの対決となった。

 

 

 対決と言っても直接武力同士の相対ではなく、シロジロが現在武蔵唯一の武力集団である警護隊に対し、聖連と戦う事の正当性を認めさせる事だった。

 

 

 武蔵は聖連から武装を所持する事を認められておらず、数少ない武装許可を持っているのは外国から派遣されてきた形である騎士階級の者か目の前の警護隊ぐらいなものだ。しかも現在、その騎士階級もこの場にはおらず恐らくはこの相対戦における“敵側”として回る可能性が高い。

 

 

 だからここで確実に警護隊をこちらに引き込む必要があるのだ。これから僕達が行おうとしている事と、その後の事を考慮するのであれば確実に。

 

 

 現在松平の嫡子となっているホライゾンはいわば極東の代表と同格の身分を持っている。さらにはその身を大罪武装という元信公の言い分を信じるのならこの末世を左右出来る存在でもあるのだ。

 

 

 この言い分の真偽はどうであれ、各国が大罪武装を手に入れるために動く事は当然誰もが予想できる範囲であるし、そのための大義名分は歴史再現のための戦乱を掲げれば事欠く事は無い。

 

 

 しかしそこで各国が邪魔に思うのは極東の歴史再現だ。世界史の三十年戦争を再現しなければならない以上、余計な戦争で痛手を負う事はどの国も不本意。なので他国としては極東が聖連に吸収された方が自国の歴史再現に専念出来るし、大罪武装を集める上で最もネックとなる『大罪武装がホライゾンの感情を元に作られている』という懸念も、彼女がいなければ気にする必要も無くなる訳だ。

 

 

 

 討論の結果、警護隊はこの生徒総会を見届ける事を約束し、こちらは正純を引きこむ事で聖連とも互角に渡り合えると約束した。あの弁論能力と暫定議会側で見聞した聖連の事情にも精通した正純をこの総会で負かす事が出来れば、武蔵は聖連とも戦えるという事の証明にもなる。

 

 

 ただここまでは上手く運んだのだが、この後に控える相対戦が何よりも問題となった。

 

 

 

「えっと、ネイトは騎士階級の代表として、直政は機関部代表として議会側でこの総会に来るんだよね?」

 

「Jud.その通りで御座るが……テンション戻ったというのにまたもやブルーで御座るな湊殿」

 

「そりゃそうもなるってば。だって相手、うちの教導院で最強クラスのパワーキャラじゃん」

 

 

 

 そうなのだ。正純とはおそらく弁論を交わす討論になるだろうが、残り二人は権限が既に失われているとはいえ本来であれば総長連合の特務の任されている実力者だ。それが二人も向こうにいると思うとそら気も滅入るってものだ。

 

 

 こちらにも点蔵やウルキアガ、マルゴットにマルガがいるとはいえ特にネイトなんかは喜美の言葉を借りるなら重戦車系である。僕が『土星の輪』で馬力を上げてもさらにあっちには神格武装級の武器まであるとあっては、こちらもそこそこの被害を覚悟せねばならない相手だ。少なくとも、僕は“今”のままじゃ二人の誰にも勝てはしないだろう。

 

 

 そしてこちらがシリアスに思考してる真っ最中だというのに、僕の視界にはカーテンが丸まった白い物体が転がっている。

 

 

 無視したいところではあるんだけど、アレを残したまま正純達を迎え入れるのも大変空気を読めていない気がするので、溜息を一つ零してその物体に歩み寄った。

 

 

 

「ねぇトーリ、そろそろ正純達来るからさ、とりあえず退かない?」

 

「おいおい分かってねぇなぁ湊。今の俺は春巻きだぜ? あ違った巻き寿司だ巻き寿司。海苔が白く見えるからってつい春巻きと間違えちまったZE!」

 

「……うん。いっぺん頭冷やしてこいや」

 

 

 

 ついイラっときてつま先をぶち込んだ僕は悪く無い。そうは思うも手加減を加えたとしても流石に痛そうだと思い蹴った方向に視線を向けると、運悪く階段を転げ落ちながら角にぶつかって、

 

 

 

「ふぐ」

 

『お、おぉぉぉぅ』

 

 

 

 皆、特に男子が同情したかのような、痛みに耐えるかのような妙に低い声を漏らした。

 

 

 トーリの方はそのまま不意の衝撃にカーテンが解け、ころころと転がっていった先、こちらに到着し一部始終を渋い顔で見ていた正純達の足にぶつかって動きを止めた。あの格好を止めさせようとして、僕はより酷い状況を作ってしまった訳だ。うん。

 

 

 

乙女男:『さぁて正純達が来たから皆、気を引き締めていこー!』

 

貧従士:『結構強引にまとめに来ましたね……』

 

十ZO:『あっ、正純殿達にも蹴り入れられたで御座る』

 

ウキー:『流石うちのクラスのパワーキャラ二人分の威力もあってか、中々の飛距離だな』

 

乙女男:『……あれ拾いに行った方がいいかな?』

 

あさま:『大丈夫ですよ。ボケ術式でダメージも無いでしょうし、構うだけ調子づくから少しぐらい放置しておいた方が』

 

賢姉様:『―――――つまり放置プレイなのね!? うちの愚弟にアブノーマルなプレイかますエロ巫女がここにいるわよ! 皆、この総会中で浅間のやらかすエロイベントを見逃すんじゃないわよ!?』

 

男全員:『おおおお!』

 

 

 

 ……よし、これで僕以外が酷い流れを作った事になるよね、うん。隠蔽工作終了。という事にしておこうか。

 

 

 『身から出た錆』という諺を身にしみて理解しながら、実況通神(チャット)で会話している僕達を見て訝しげな視線を寄越してくる正純達にシロジロが割って入って話を進めてくれた。ありがとうと思わなくもないけど、言葉にすると金を取られそうなので思うだけにしておく。

 

 

 

「討議の内容は単純だ。聖連はこちらに“刃向う事の無意味さ”を知らせ、こちらは逆に“抗う方法がある”と知らせればいい。武蔵が勝てば―――――」

 

「Jud.ホライゾンを救けにいく、だろ? 話はもう分かってるんだ。だから一番手は私がもらうさね」

 

 

 

 この総会の意義を確認し、続くシロジロの言葉を直政が遮った。

 

 

 直政は今回議会側に回っているが、彼女が所属しているのは機関部であり彼女はその代表。つまり、武蔵が聖連に吸収されるような事があればまず真っ先に割を食うのが彼女達なのだ。

 

 

 だから本来の立場的には機関部は教導院側なのだが、それでも懸念事項は拭えない。

 

 

 戦うのはいいけど、その舞台となるのはここ武蔵だ。彼女達の職場であり資本でもあるこの“武蔵”を沈められれば困るのが機関部であり、だからこそ聖連に抗うとしてもそれだけの力を示さなければ納得がいかない。そういう事なのだろう。

 

 

 直政は表示枠(サインフレーム)を開いて機関部に呼び掛け、次に浮かび上がった鉄色の鳥居型表示枠を義腕ではない左腕で叩き割った。

 

 

 その直後。中央前艦後部底面側、武蔵野の機関区画から“何か”が空を飛んだ。

 

 

 その“何か”はあまりの速度に姿を完全に捉えさせる事は出来ないが、直政は口から紫煙を吐きながら口を開いた。

 

 

 

「何人か疑問に思ってる奴もいるだろうから、先に言っておこうか。私みたいな若いやつが、どうして機関部代表なんて一端の顔をしていられるのか。こんだけデカい“武蔵”の中で馬鹿みたいにデカい部品や機構をどうやって扱っているのか―――――まぁ、ちょっとした社会科見学と行こうか」

 

 

 

 言うなり、教導院上の雲が割れて激突の音が耳朶を打った。

 

 

 橋上には衝撃緩和用の鳥居型紋章が浮かび、その上に仁王立ちで足を開いているのは女性型の重武神。赤と黒の衣装を纏い、十メートルは下らない巨体。翼こそないが、それはこの場合においてデメリット足り得ない。

 

 

 

「―――――重武神“地摺朱雀”。半壊していたものを寄せ集めのパーツで組み上げたものだけど、出自は戦闘系だからね。ちょっとしたものだと思ってもらって構わないさね」

 

 

 

 派手な登場に皆が固唾を飲む中、精神的に引いたのは僕と近くにいた点蔵だった。

 

 

 

「うわぁぁ……それって要するに作業用武神よりも馬力あるって事でしょ? てか人間相手に重武神とか、直政ちょっと危なくないかなテンション的に」

 

「Jud.そうで御座るなぁ、今の直政殿であれば勢い全開で殺人気にしなさそうで御座るし、ここは誰が行くべきで御座ろうか……」

 

「んじゃ、―――――シロ、お前行けよ」

 

『ちょっ、トーリ/殿!?』

 

 

 

 いきなり近くに現れたトーリに驚くその前に、その台詞に思わず反応が被った。近くでネームを切っている音がしたがそれはともかく、

 

 

 

「ちょっとトーリ? あっちはバリバリ戦闘系なのに、商人根性全開のシロジロを差し向けるとか何考えてんのさ」

 

「んなもん、決まってんだろ湊? ――――――私怨だよ」

 

「さ、最悪で御座るなこの御仁!?」

 

「だってアイツ俺のボケ無視するし、毎度俺への態度鬼畜過ぎんじゃん? だからアイツも偶には酷い目に遭って俺への態度を改めて下さい」

 

「それはお前がまず色々と改めるべきところがあるだろうが!?」

 

 

 

 そおれはあまりに無謀というか無茶というか。正直本気でコイツはシロジロを殺すつもりなのだろうかと皆が思うも、それはそれでと何故かそのままシロジロを向かわせる流れが作られていく。皆どんだけシロジロに恨みあんの!?

 

 

 だがその流れの中、聖連からの字名(アーバンネーム)である『冷面(レーメン)』の名前の通りの無表情でシロジロが前に出た。

 

 

 

「ちょ、シロジロ。まさかと思うけど、結構マジになってる?」

 

「当然だ。この戦いに勝てば機関部の信頼を勝ち取れるし、合法的にそこの馬鹿を馬鹿にする権利が手に入る。これぐらいボロい買い物だ」

 

 

 

 存外やる気なシロジロは、やはり何を考えているか分からない無表情。ただしあの鉄仮面の下では金勘定が行われているのだろう。

 

 

 重武神対商人。異色過ぎる対決が今、橋上にて行われようとしていた。



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相対戦と選択する女装少年

更新遅れてすいません。
今PCが絶賛反抗期を迎えてくれやがっていまして、しばらく更新が不定期になってしまうのですが学校のPCでちまちま書いていきますので週一ぐらいでやっていくつもりです。ご迷惑おかけしますが、付き合ってくだされば幸いです。では。


 

 

 

 

 

 

「こちら放送部。現在臨時生徒総会の第一戦,元会計のシロジロ・ベルトーニと機関部代表直政の相対戦が終了したところです! いやぁ,それにしても人VS重武神はなかなかに迫力のある対戦でしたね! そこんとこどう見ます,ご意見番の湊さん?」

 

「……いや,いつの間に僕が実況席に」

 

「いやぁ,せっかく暇そうな客寄せゲフンゲフン!……丁度いいところに相応しい人物がいたんで軽く拉致っただけじゃないですかぁ~」

 

「それを軽く言ってしまえる君が怖いんだけど……まぁいいや」

 

「では早速ですが,先の相対戦についてどう思われますか?」

 

 

 

 

 点蔵達とアニメか何かの撮影のような対戦を見ていたら放送部の後輩に捕まってしまった。

 

 

 右舷側の高層部に設置された臨時実況席に招かれたかと思えば,すぐに走狗(マウス)を介した音声伝播でこの生徒総会の様子をモニター越しで確認しているであろう武蔵住人に伝えることに。ぶっちゃければサプライズゲストらしいけど,僕にとってもサプライズになっちゃ意味ないと思うのは果たして僕だけだろうか?

 

 

 しかしそんな疑問を抱いている暇などなく,相対戦は機関部の直政をいかにシロジロが“武蔵が聖連相手に戦える”かを証明できるかの論議を交えながらの肉弾戦の様相を呈していた。

 

 

 機関部としては武蔵から降りたくはないものの,かといって聖連と戦った武蔵が轟沈するような羽目になるのはいただけない。だからこそ,武蔵でも最強に位置する重武神である地摺朱雀を最低限超えてもらわなければならない。

 

 

 そして何より,ホライゾンを救いに行く上で避けられなくなるであろう武蔵が戦争状態であっても“飛び続けられるか否か”。これを提示することこそ機関部が教導院側の勝利条件といえよう。

 

 

 対するシロジロは,まず地摺朱雀と相対するための術式支援として相棒であるハイディの走狗を経由した,警護隊の労働力を「レンタル」するという形でまず戦力を見せた。

 

 

 彼は商人だ。だから政治や戦略については語れないが,商人ゆえにその目線からでしか見れない部分から断言してみせた。―――――武蔵は飛び続けることができると。

 

 

 ホライゾンが失われさえしなければ,武蔵が居留する土地から金や力が集まるのだと,商人だからこそ金融の状況や武蔵が現在唯一,聖連から金融凍結を受けていないと点から述べて言った。ホライゾンが生き,三河松平が極東を支配下に置くことができれば,武蔵は飛び続ける。そこに金がある限り。

 

 

 

「何でも金勘定で考えるあたりさすがは守銭奴ってところですねぇ」

 

「そうだね。でも商人としての立場からでも武蔵が戦えることを証明できれば,元より教導院側の機関部が負けを認めるのはそう難しくないってことな訳だから,あの相対はシロジロがより金が多くあるとアピールできたことで信憑性は増すよね。あの術式にはレンタル代金として多くの金を消費しなければならないから,そういった意味でもさっきの相対戦はシロジロが快勝したって言えるだろうね」

 

「成程成程。なんだかんだでしっかり解説してくれる湊さんマジ助かります」

 

「いや仕事っていうならちゃんとやるよ。でもさ正直言うと,途中からあの二人の血の気がマックス過ぎてビビッてたんだよ僕」

 

 

 

 直政もドライに見えて勢いで武神使うような奴だし,シロジロは金が絡むとテンションがおかしくなる。正気に戻ることもあるけど,大概どこかに頭の螺子を置き忘れてきているような気がする。

 

 

 結果的にシロジロが己の金融力と直政の意見を論破してみせたことで相対は終了したとはいえ,人が退去した家屋が一軒ぶっつぶれたのは被害にカウントしてよいものか。シロジロが買い占めた土地とはいえ,修理を回されるのは下請けに僕とかなんだよなぁあれ。派手にぶっ壊してくれちゃってるけど,あれ装甲までぶち抜いてない? うわ今から鬱になってきた……。

 

 

 

「それにしても,あの労働力をレンタルする術。聖連から目ぇつけられたりしないんでしょうかと今メールが届いたんですが」

 

「何時の間に通神放送(ネットラジオ)形式に!? あ,でもその心配は要らないよ。そもそも極東の神道に契約の概念を持ち込んできたのはあっちだからね。この程度で何かを言われたりはしないよ」

 

 

 

 確かに放送している会話とはいえ,メールが来るとか本気でサプライズし過ぎでしょうがコラ。

 

 

 軽く一発だけ実況の子の頭を小突きながら,しかし仕事なのでメールの内容には対応しておく。武蔵は武装が許可されていないため,あのように武神相手にも戦い得る術式を持つことさえも制限がかけられてしまうのだが,この場合その制限はかからない。

 

 

 僕たち極東の人間が使う術式は神奏術。神様に何かしらを捧げる事で,その加護を受けられるといったものなのだが他の教譜とは異なり,奉納さえ見合えば神奏している神様以外の加護を受けることもできるのだ。

 

 

 その場合,契約をしている神社に仲介手数料として普段の奉納よりもより多くの代価を求められるが,言ってしまえば一種類の奉納だけで複数の加護を受けられるということだ。

 

 

 つまり,一芸に秀でた極東の人間は万能の術者にもなり得る。この応用の広さから術式にも制限が設けられることになった訳だが,先の術式はその制限にかかるものでは無いので問題はない。あれはあくまでも“労働力”をレンタルしただけなので,その齎した効果はともかく武装制限とまではいかない。自衛ができる程度の装備は武蔵でも許されているので,これぐらいなら問題無いのだ。

 

 

 

「ほぉ~。なんだか説明だいぶ手馴れてる感じがしますが,これはやはり初等部や中等部の講師のアルバイト経験からですか?」

 

「なんで僕の個人情報漏れてるの…って,そのメールが初等部の子からだったのね。納得したわ」

 

「さぁさぁ続きます相対戦第二戦目,議会側は騎士階級代表のネイト・“銀狼”・ミトツダイラが出てくるようです! 彼女は人狼(ウルガルウ)と人との間に生まれたハーフとの事ですが,この武蔵きっての重戦車系パワーキャラでもあります! さてさて教導院側が繰り出すのは誰!?」

 

「いやわからないけど……でもネイトとやり合える相手ともなれば難しいかなぁ。それに……」

 

「? それに,何ですか先輩?」

 

「あっ,いやちょっと気になることがあるというか………ごめん,ちょっと僕も席外すよ。戻るかどうかはあっちで決めてくるから,それじゃっ」

 

「ちょっ,あの!? あ~折角ファンクラブ出し抜いて公の場で湊先輩の隣陣取れたのに~! ――――え,何,今の発言で苦情メール殺到? 知るかボケっ!」

 

 

 

 相対戦第二戦。出てきたネイトにどうにも引っ掛かりを覚えた僕は,一時解説席から離れてクラスメイトが集まっている場所へと向かった。場合によっては,僕が出るかもしれないというか,戦闘系のスキルを持っている人間が多くいた方が選択の幅を広げられるだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしネイトの奴ノリノリなんだけど。誰が出る?」

 

「うむ。自分一応毒とか持っているで御座るが……あ,ちなみに吹き矢タイプと短刀に塗布するタイプの二種類で御座るがどちらが良かろうか……?」

 

「離れて攻撃するなら,私が弓矢でズドンと一発……」

 

「拙僧的にはだな,シロジロが戻ってきたらとりあえず銀製の拷問器具を……」

 

「二人一組でもいいなら、ナイちゃんたちが空から安全に狙撃できるよ?」

 

「パス! 小生的にミトツダイラさんはストライクゾーン外なのでパスでお願いします!」

 

 

「――――お前らは何同級生相手にガチ攻略法を考えとんじゃゴラァ―――!!」

 

 

 

 クラスメイト達の下に戻ってみればやたら物騒かつマジな攻略法をマジ顔で話しているものだから思わず取り出した『閻水』で全員の頭をド突いた。無論刃ではなく柄底で。約一名は攻略法では無かったけど,まぁ勢いだ。

 

 

 

「あのねぇ,揃いもそろって外道なのは知ってたけども。まちっと真面目になろうよ,次は刃でヤるよ?」

 

「おいおい湊はしょーがねぇなぁ……なら点蔵,お前土下座しね?」

 

「あ,安易に土下っちゃ駄目で御座るよトーリ殿!? 向こうはギャグの通じない相手で御座るよ!?」

 

「……点蔵?」

 

「い,今のは無効で御座ろう!? というか訂正入れただけでガチ殺気向けちゃ駄目え――――!?」

 

 

 

 やかましいと思いつつ,一先ず皆に言われたとおりに閻水を収めて一息吐く。あちらではネイトが怪訝な顔をしているけど,それも無視。こちとら真面目にこっちに来たというのに,どうしてコイツらはこうなのか。知ってはいたけど,もうちょい何とかならんのか。

 

 

 

「ならば、拙僧が出るか? 拙僧異端審問官を志望している故、ホライゾンを救いに行く事になっても聖連や三征西班牙とは戦えぬのでな」

 

「あそっか。どっちも旧派(カトリック)だから異端じゃないしね」

 

「そういう事だ。だからここいらで戦力として働くこと以外に出番が少なそうなのだ」

 

「出番の方が大事なんかいっ!」

 

 

 

 理由は尤もなクセしてどうしてこう………いつも通りすぎるのかなぁ皆。

 

 

 また、相手が騎士という事で従士であるアデーレも存在意義が揺らぐので相対出来ない。そうなってくると順当にウルキアガを出した方が無難なのは間違いない。戦力的に見てもこの判断はそう間違っていない筈。だけど、僕が引っ掛かりを覚えたのはそこじゃない(・・・・・・)

 

 

 

「お? 湊、オメエ何か言いたそうにしてっけど、なんかあんのか?」

 

「あ、あぁうん。その前にちょっと……ネシンバラー、少し確認したいことがあるんだけどいいー?」

 

「Jud.多分、今湊君が抱いている疑問を言葉にするなら、“騎士”であるミトツダイラ君がどうして“一般人”である僕たちと相対を望んでいるのか、そうじゃないかい?」

 

「それも当然あるんだけど、そもそも騎士階級がこの場で僕たち教導院側、ネシンバラの言葉を借りるなら一般人、つまり守るべき立場にいる人間と対立しようとしているのかいまいちわからないっていうか」

 

「はいはいはぁーい! 先に言っとくけど俺馬鹿だからわからねえ」

 

「うん、今トーリに聞いてないしそのつもりも無いから大丈夫だよ? ――――うん、大丈夫だからね?」

 

「こ、コイツ今すっげえ優しい目で俺を見やがった! 憐みだな!? そうだな湊!? ちっくしょう何かゾクゾクしやがるぜ……!」

 

 

 

 人のせっかくのシリアスを無駄にしかねない馬鹿を皆が押さえつけつつ、こちらの様子を傍観していたネイとに喜美が言う。

 

 

 

「フフフ、ミトツダイラ、私達の会議の内容のあまりの恐ろしさの声も出ないのねそうなのね!?」

 

「いえ……ただ外から見ていると大概と言いましょうか、いつもこの連中にツッコミを入れている湊の苦労がわかるといいましょうか」

 

「そんな同情するぐらいならネイトも手伝……目ぇ逸らすんじゃない!」

 

 

 外から見た僕たちにあんまりな感想を零すネイトだったが、僕たちは浅間の合図でアイコンタクトを交し合い、

 

 

「ミトも外から見たら大概だってこと、誰か教えてあげませんか?」

 

「自分が思うに、それを属性の多重持ちな浅間さんがいうのもどうかと。巨乳で巫女で片目義眼って、どれか一つだけでもヒロイン属性十分満たせますし」

 

「そういうアデーレも貧乳ブカブカ食いしん坊と属性の三倍満だと拙僧は思うのだが」

 

「何を言うておるかウッキー殿。半竜なのに異端審問官志望しているお主の台詞では御座らんよ」

 

「フフフこの忍者自分のことも見えていないのに何言ってんのかしら? そ・れ・に、ほかにもっといるでしょ――――――大概な奴は」

 

『あー……』

 

「おいこら級友。そこでどーして僕を見て納得してんの? 大概なのはお前らだってそうだろうが!? 僕なんてまだマシな部類だよ!」

 

『どの口が言ってんだ!』

 

 

 ―――僕もそうだけど、どうしてこの教導院の皆はというか梅組はと分けるべきか、こうも味方同士で食い合うのが好きなんだろう。皆他人に厳し過ぎやしないだろうか。優しさを希望したいが、どこかに売っていたり……しないんだろうなぁ。売ってたら点蔵が買い占めてそうだし。

 

 

 ただこれ以上引っ張っても話が進みそうになかったので一先ずこの話題を終わらせ、混じりたそうに服を脱ぎ始めた馬鹿を皆が真顔で沈めたのち、ようやくかといった風情のネシンバラが口を開いた。

 

 

 僕やネシンバラが先に言った通り、本来騎士階級は僕たち一般人よりも立場は上であり、聖連から派遣されてきた経緯もあって彼らはこの“武蔵”で数少ない武装を許可されている。そんな彼らが下である僕たちと相対をする必要は本来無く、支配する側とされる側に既に別たれているのにこの相対は何故行われようとしているのか?

 

 

 実はネイトの破壊衝動が武蔵の危機という建前で燃え滾っているのではという意見を出したウルキアガを『土星の輪』込みシャイニングウィザードを叩き込んで黙らせ、ネシンバラに話の続きを促す。

 

 

 歴史再現によればこの時代、極東は未だ封建制が生きており武蔵は国軍を持たないから、聖連から派遣された騎士はそのまま封建騎士、すなわち中世の騎士の制度をそのまま則っている。

 

 

 彼らやアデーレ達従士は聖連との協調有りとされた立場なためその地位を約束されているし、国軍を持たない武蔵における騎士の立場は守られるような存在ではなく、自らの手で民を守ることを旨とする時代の騎士という事になる。

 

 

 

「今、騎士達が守るべき武蔵住人と相対するなんていうのはその立場上おかしい……けど、じゃあどうしてそういう事をしているんだろ?」

 

 

 ネシンバラ、アデーレの意見を聞いて、皆の言葉をまとめるように僕は一つ言葉を作った。が、当然騎士でもない僕達にその答えが分かる筈もない。

 

 

 ―――――でも。そう言葉を一つ置いて語りだしたトーリに皆の視線が集まった。

 

 

「それってさ、よーするにネイトは何かしら理由があって俺たちと相対しようとしてるってことで、その理由さえクリアしちまえば俺達の味方ってことだよな? 俺さっきの話まるで分からなかったけどさ、要するにそういうことだろ、皆」

 

 

 

 その言葉に。何も考えていなさそうですらある、至極当たり前なことを言うように言ってのけたトーリに誰もが言葉を作ろうとして―――止めた。今ここで何を言っても無駄でしかないし、それぐらいなら他にもやるべき重要なことが残っている。

 

 

 騎士同士で相対してもらうにも高等部には騎士はいないので無理だし、出るとしたらやはり一般人というくくりからとなってしまう。

 

 

「まぁ条件は明確だわな? 今の流れ的に。あとは立候補優先ってことで―――――ネイトには、ちょっと反省してもらわねぇとな」

 

 

 そう笑っていったトーリに、僕達の答えは決まった。



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土壇場?の女装少年

 

 

 

 

 

 

 

「―――――それにしても大激戦でしたね、えぇ」

 

「……いやいや、何にいきなりまた拉致った挙句にさも凄まじい戦いがあったみたいなノリしてんの? つかまたこのパターンか!」

 

 

 

 

 天丼は受けなければ寒いだけだというのに、この後輩は躊躇なく禁断の二度ネタをやりやがった。これ芸人的に大丈夫なのだろうか?

 

 ………まぁいいや。僕はどうせ芸人じゃないし。

 

 あとまた放送席に拉致られている事にもツッコみたいが、ちゃんと意識もあったし点蔵やウルキアガに運ばれた訳でも無い。だというのにどうしてまたこの場所に戻っているのだろうか?

 

 

「あっ、それならこの術式札を使ったからですよ」

 

「……“迷子捜索用転送術式札:武蔵だよー! 迷子しゅうGOー!”……?」

 

「武蔵って結構広いじゃないですか? 地理に慣れていない人が居住区じゃなくて機関区や重要な所に迷い込んでしまわないように位置を知らせる機能と、予め母体となる札の下に転送させる術式なんで。走狗が使う地脈間移動の武蔵Verみたいな感じですかね」

 

「それ人体に激しく危なそうに聞こえるんだけど」

 

「大丈夫! ちゃんと浅間神社の神主から『面白そうだし許可!』とコメントと加護を頂いていますし、先輩がめでたく初めての経験者なのでこれで術式が問題無く稼働する事が分かんにゃああああああ!?」

 

「……オイ、今なんつったオイ。僕を実験台にしたと言ったな? それで失敗したらどないしてくれんじゃグォラァァァァァァアアっっ!!」

 

 

 あくまで“武蔵”の上でしか使えない転送術式らしいが、無断で人に試しやがるとはどういう了見だ。いくら走狗の件が例え話で実際は風系の神様の加護を使っての高速移動だとしても人的実験をまさか前振り無しでやってくるとは思わなかった。流石の僕だって部屋から出て殴りに行くレベルだ。

 

 実況席の後輩の頭に梅干しを極めながら、橋上で先ほど行われた相対の結果を見やる。

 

 そこでは充足感に溢れた顔をしたネイトと、役割を果たしたと顔を上気させて口元に笑みを浮かべている鈴さんが並んでいる。結果的には暫定議会側のネイトが勝利した形で収まったが、この結果は教導院側にとっても非常にプラスになる。何故なら、

 

 

 ――――――騎士階級の目論見、一応これでオシャカに出来たんだからね……。

 

 

 この相対戦において、騎士階級が出した答えは勝つ事ではなく、教導院側、つまり一般人に“負ける”ことこそが目的だった。

 

 本来守るべき一般人に負けを認める事で歴史再現で言うところの“市民革命”を成立させ、騎士としての特権を事実上捨てる。そうすれば僕達一般人側は騎士の力に頼る事が出来なくなり、その結果武蔵としても聖連に逆らわないような選択肢しか選べなくなってしまう。それはイコールで、ホライゾンを救いに行けなくなるとの同義だ。

 

 だからこの相対戦において教導院側はネイトに負けさせるわけにはいかなかった。

 

 そこで諸々の話を聞いた時、僕よりも先に手を挙げたのが他ならぬ鈴さんだった。

 

 彼女は自分こそがこの相対に一番合っていると言い、見事ネイトの騎士としての矜持を引き出し、騎士側の思惑を自ら打ち破ってくれた。

 

 彼女の意志はともかく騎士側の方が懸念されるが、これで結果的にみれば相対戦の戦績は一勝一敗のドロー。つまり、次の正純との戦いで武蔵の方向性が決定される事になる。

 

 

「おぅ痛たたぁぁ………先輩、密着できてヒャッハーでしたけどもう少し手加減をですね……」

 

「うっさいよ。それと、この背中に張り付けられた札なんだけど戦犯誰? 今ならそこまで怒ってないから、素直に犯人は名乗り出てくれないかな?」

 

「えーとですね……それをやったのは総長連合第一特務ですね。あの人の隠密スキルなら湊先輩に察知される事無く仕込めたので」

 

 

 ――――点蔵後でシバク。

 

 

 後ほど点蔵には『閻水』の氷紋剣一式をまとめて食らわせるとして、相対戦もいよいよ大詰め。暫定議会側代表の本多・正純に対し、教導院側が繰り出したのは―――――――。

 

 

「……ちなみに湊先輩。武蔵から降りたら私と一緒の出雲の方に行きませんか? 私あそこに実家あるんで」

 

「もう負けた事前提で話し始めてるよね君! もう完璧にアイツが負けると思ってるよね!?」

 

「いやだってあの馬鹿……生徒会長が副会長に勝てる訳無いじゃないですかぁ。勝ってるの身長ぐらいですよ?」

 

「他にもあるよ!? 体重とか、料理の腕とか、芸人としての根性とか!」

 

「それ、フォローになってませんというか、そういう先輩だってあの馬鹿が出てきた瞬間に頭抑えてましたよね?」

 

「………頑張れー! トーリー!」

 

 

 横からのジト目が地味にきつい。でもしょうがないでしょ! だって普通に考えて、トーリが正純に口論して勝てる筈無いじゃないかぁ!

 

 

乙女男:『ちなみにそっちはどんな感じでトーリを送り出したん? 具体的に点蔵、三十字以内でお願い』

十ZO:『何気に先ほどの事を根に持っているで御座るな!?』

貧従士:『あっ、今ので二十三文字使っちゃいましたけど、これってペナルティあるんですか?』

乙女男:『勿論。後で氷漬けにしたり氷塊頭上に落としたり色々とフルコースを見舞う所存です』

賢姉様:『つまり氷プレイね!? アンタにしては中々のアブノーマルよ素敵ー!』

煙草女:『話は変わるけど、トーリは大丈夫さね? アイツがまともな討論を出来るとは思えないんだが…』

○べ屋:『ちなみに私がモニターしてる限り徐々に武蔵の住人が荷造り始めてるって! 引っ越しの手配とかの注文が来てるから誰かログ残してくれる?』

約全員:『お前教導院側の人間だったよな!?』

 

 

 実況通神(チャット)も良い感じに騒いでいるが、最後の方は不安しか感じられない。本気で心配になってきたけど、ちゃんとやるかなぁトーリ……不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

 

 

 

「ぶっちゃけホライゾン救いに行くの――――――止めね?」

 

 

 

 

 頭をかきながら、ふと橋上の元生徒会長がそんな事を言った。

 

 

 近くにいる梅組の皆も、通神越しで聞いている武蔵住人も、そして恐らくは実況中継でこの様子を見ているであろう三征西斑牙やK.P.A.Itariaの人達も唖然としているのではなかろうか。

 

 隣でやかましかった筈の後輩も口をパクパクと動かすだけで言葉を紡げずにいて、かろうじてあの馬鹿の行動に少々の耐性が出来ていた僕はいち早く正気に戻り、実況席から見渡し丁度良い位置にいた直政、点蔵、ウルキアガにチャットで合図をお願いし、そしてカウント3で右舷、中央、左舷の人々の声を合わせて、皆さんせーの。

 

 

 

『えぇぇぇぇぇえええええええ―――――――――――ッッッ!?』

 

 

 

 武蔵住人による大合唱。代演としたら結構な芸になるんじゃなかろうか、そんなふざけた思考が浮かんでしまったのはきっとあの馬鹿の言葉のせいに違いない。

 

 最初からおかしいと思ったのだ。討論は基本的に後攻の方が有利なのに、トーリは真っ先に『先攻』を選んだ。その際シロジロその他大勢から盛大にツッコミを受け敵である筈の正純からも替えてもいいと言われたのに先攻を譲らなかった。

 

 武蔵の総長は代々無能が務めるのが常であり、あの馬鹿がまともな討論を行える筈が無い事は誰もが理解していた。その筈だったのに、ホライゾンや武蔵の展望がかかったこの大事な場面において、誰があんな事を言うと予想出来ただろう。何より、トーリの口からホライゾンを救いに行く事を辞めようだなんて、誰にも予想出来なかった筈だ。

 

 

 ……だってアイツの姉でさえ、あの瞬間固まってたからなぁ。

 

 

 実況席からはしっかりと、あの狂人のポカンとした顔が見えていた。つまりは、トーリの事を誰より理解している喜美でさえあの言動は予想外だったのだ。こんな時に予想を裏切る必要なんてまるで無いのだが、あの馬鹿は何を考えているのだ。

 

 いてもたってもいられず、僕は未だ驚きが抜け切らない後輩のマイクを奪い取り机の上に足を乗り出しながら叫んだ。

 

 

『おいコラファンタジスタお馬鹿ー! お、おまっ、お前っ! 一体何考えてんだコラ―――――!?』

 

「うおっ、今のすげくね? 湊と正純のユニゾンツッコミ!」

 

「それは関係無いだろ! そうじゃなくて、それはこちらの意見の筈だ!」

 

『お前マジふざけんの大概にしろよコラ! 一応場面的には一番の魅せ場なのに、これ他国に放送してんだかんなっ! 滅多なことやれないんだぞ!?』

 

「そいつぁ気合い入れないとな! よいしょっと……」

 

『誰かー! その辺にいる誰でもいいから馬鹿を止めてー!? 全国放送の場で武蔵の最終兵器を見せる訳にはー!?』

 

 

 服を脱ぎ出した馬鹿を映さぬようにワイプを挟み、近くにいたペルソナ君にトーリを抑えてもらっている間、急ぎ字幕を作り『しばらくお待ちください』とワイプに重ねて流しておく。これで武蔵の恥を晒さずに済んだ………既に手遅れ感は否めないけど。

 

 

「湊先輩! 馬鹿着衣完了しました!」

 

「よっしゃそれならカメラ回して! あと現場の撮影班はまた馬鹿が何かしそうになったら絶対にレンズを向けないで! 返事は!」

 

『Jud.!』

 

「……ハッ、私はどこでここは誰!? というか、先輩随分指示が手慣れてませんか?」

 

「慣れたんだよ! 二回も実況席に拉致られたらそりゃ少しぐらい仕事も覚えるもんさ! 不本意だけどね!」

 

 

 それにこういう場所も初めてじゃないし。以前にも文化祭や体育大会の都度解説席に招かれてきた、仕事の一つや二つ、覚えもする。

 

 そして再び開始された討論では、ホライゾンを救わないという本来暫定議会側の意見をトーリが持ち、代わりにホライゾンを救いに行く事を是とする意見を正純が述べるという変則的な展開が繰り広げられていた。

 

 正直あんなんアリかとこちらへメールが大量に投稿されてきたが、あくまで取り決め上のルールには抵触していないため問題は無いという事になっている。きちんと神様に契約書を書いているため、契約違反と判断された場合にはちゃんと罰則が用意されている。

 

 

「えー、今こちらに入った情報によりますと、使用されている契約書はオオクニヌシ系に含まれるミサトのもので、討論から逸脱した場合には罰則として立会人である梅組担任が武器で殴打するとの事です。………これ、喰らったら死にませんかね?」

 

「うちの担任の武器は長剣だから、ちゃんと鞘をつけて殴るとは思うけどあれ鉄製だしなぁ。下手したら斬殺より惨い撲殺死体が出来上がるからあの二人の冥福を今のうちに祈っておくべきかもしれませんね」

 

「湊先輩湊先輩! 既にだいぶ諦めかけてませんか!?」

 

「んー、ちょっと精神的に喰らった衝撃が抜け切らなくてねー。うん、大丈夫、仕事はちゃんとこなすから」

 

「―――あと今現場の方で副会長の方がルールの書き換えを要求していますが、その場合ですとキャンセル料が発生しますので…………ご、五回。とりあえず、五回、だそうです」

 

 

 何が五回なのかは言うまでも無いだろうが、あの先生に五回も殴られて死なない人間はおろか生物がいるとは思えない。遠目から見ても素振りの速度が目で追えないし、本番だと抵抗の事も考慮してあれより加速すると思うと人間ぐらいなら三発目ぐらいでこの世から跡形も無くなるだろう。

 

 それを聞いて現場の正純は青褪めつつも異議を取り下げ、ホライゾンを救う側の立場から討論をする事になった。

 

 

「かなり意外性のある一撃から始まったこの相対戦。解説の湊先輩、これをどうみますか?」

 

「どうって、あの馬鹿が何かを考えてっていうのはまずあり得ないから、というかアイツの動きを読んで解説入れるとか無理ゲーじゃない? 付き合い長いけど、正直アイツの行動の解説出来る自信無いよ? 僕もう帰っていい?」

 

「それだけはっ! 私だって、私だってこんな相対戦の実況なんてぶっちゃけ嫌ですよ! でも仕方ないじゃないですか! この放送は武蔵のみならず三征西斑牙や聖連にも流れているんです! 無様な姿を晒す訳にはいきません!」

 

「本音は?」

 

「この際討論の実況諦めて梅組在籍の先輩から、あの外道の魔窟で有名な教室の一般風景なんかを是非聞いてみたいんですが」

 

「そっちの方が無様な姿を晒す事になるだろうが! 仕事嫌だからって現実から目を逸らさない!」

 

 

 逸らしたいのはむしろこちらだ。あの馬鹿は本当に、何を考えていやがるのか……。

 

 

 きっと他国でこれを見ている人達と同じような気持ちを抱きながら、僕達は最低限の実況に徹する事にした。

 

 

 

 

 

 ――――――あ、でも聖連とは意見合いたくないなぁ。具体的には、僕教皇総長苦手なのであの人と意見が合うとか冗談じゃなく嫌だし。



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立ち向かい始めた女装少年

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――少し、昔の話をしよう。

 

 

 それはある少年の話。少年が、世界に翻弄される事になる少し前の話。

 

 

 少年がまだずっと子供で空を往く国の事さえも知らなかった頃、少年はとある一族に拾われた孤児として育てられていた。

 

 その一族は人数にして二桁にも満たない、ごく少数でありながらも特殊な技術と術式を持っているが故に伊賀や甲賀といった高名な忍者集団の者達にその名を知られていた、ある忍達の末裔だった。

 

 血の繋がりこそ無かったが、少年は一族の者達に愛されその事を知らされても尚、自分が一族に受け入れられている事を知り少年も自分を愛してくれた家族を愛していた。

 

 一族の長たる長老に知識を教わり、兄や姉にからかわれつつも知識以外の技術や様々な事を教わりそのまま少年はそこで育っていくのだと当たり前のように信じていた。愛する家族達と一緒に、自分も彼らのようになりたいと当然のように思っていた。

 

 

 ―――――そう思っていたのが少年だけだと、少年が知ったのは彼が世界を本当の意味で知ったのと同じくして。

 

 

 “末世”解決のために、一族が既に自分達の滅びを受け入れていた事を少年だけが知らず、少年は一族においてただ一人だけ生き延びた。

 

 全ては一族全ての者達の意志。彼らは自分達の遺志を必ずや少年ならば継いでくれると、そう信じていた。

 

 

 ………だが、彼らは気付かなかった。

 

 

 少年は彼らが思う程強くなかった。一人だけで家族全員を一度に失った事が、少年に深く重たい傷を残してしまった。

 

 その上彼らが少年に託した物が何より、少年に重荷となって圧し掛かった。彼らが命を賭して少年に託した物は少年にとっては忌むべき物という認識であったが故に、少年は一族の遺した遺志と誇りを受け継ぐ事が出来なかった。

 

 故に、少年は受け取ったそれを封じる道を選んだ。己に託されるべきものではないと、己の内に全てを仕舞い込み封印措置を施し、少年は何もかもから目を閉じ耳を塞いで世界を絶った。

 

 少年にとっての全てだった家族を奪った世界と、向き合う事を少年は恐れた。

 

 だから少年は未だに孤児だった頃の名を名乗っている。一族の長から授かった真名を一族の誇りと共に内に封印し、二度と開く事が無いように。少年にとって、その時点で既に自身に存在価値を見いだせていなかったのかもしれない。

 

 家族達は自分を遺して死んだ。それが世界の為だと信じて、そして何より、自分達が亡き後少年がきっと一族の悲願を成就してくれる事を。

 

 でも少年にとって、それを託されたと思うにはあまりに幼かった。

 

 自分だけ遺された事を、彼は捨てられたと思いこんでしまった。一族の悲願というなら、何故自分は生きている? 自分だって家族の筈だ、そう言ってくれたのは他ならぬ一族の皆の筈なのに。何故?

 

 ……自分には血が繋がっていないから? 本当の、家族じゃないから自分は死なせてもらえなかった?

 

 嫌な考えばかりが泡沫のように浮いては消え、少年は“武蔵”という国に保護されるようになってからも自分だけ遺された事実に打ちのめされ自ら殻に閉じこもってばかりだった。

 

 

 

 

『―――――なぁなぁ! オメエの女装ってクオリティやべぇな! コツとかあったら俺にも教えてくれよ!』

 

 

 

 

 ――――――少年が殻を破る切欠となる第一歩。それは、ある馬鹿との出会いから始まる。

 

 

 時を経て少年は成長し、己の中で家族の死と向き合えるようにはまだ至っていないが、恙無く日常を送れるようになるまでには精神的にも立ち直る事が出来た。

 

 しかし未だ、少年は家族の死の本当の意味を。彼らが何を思って自分を遺したのかを理解していない。

 

 故に、少年は未だに与えられた封印術式を維持するために自らの内燃拝気と代演で奉納出来る全てを費やし、授けられた真名も封印したまま。

 

 一番最初に与えられた名前。少年はまだ、その名に縋りつかなければならないほど、彼に刻まれた傷は癒えていなかった。

 

 

 

 

 ……その少年の名を“湊”。彼もまた、喪失から立ち直れていない武蔵総長である少年と同じ場所に立っている。

 

 

 …………己のせいで失われてしまったと、喪失の後悔を胸に宿す者として。

 

 

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――あぁもう聖連っていうのはっ!

 

 

 

 聖連。聖譜連盟と呼ばれるそれは正しく世界の全てであり、聖譜記述を管理するという立場にあるが故に、聖連の発言とはそれすなわち世界存続の最善手。自らの言葉・行動こそが世界を救う事になると謳い、真実その言葉を信じた者達がいるからこそある程度世界の平穏が保たれていると言っても過言ではない。

 

 

 ……が、僕は正直、彼らが苦手だ。

 

 確かに彼らの言葉には正当性があるし、長い歴史の中積み重ねられた物は偉大である事には違い無い。違い無いのだが……正しいから、それを全て受け入れるというのは僕は違うと思う。

 

 正しいだけ、それが世界の為だと言って、だからホライゾンを殺す。その意見に素直に頷けないのは、多分僕達のエゴなんだろう。

 

 トーリがホライゾンに告白する筈だった今日という日を取り戻すための相対戦の中、教導院側は聖連に対抗できる力をシロジロが示し、武蔵の主戦力である騎士階級であるネイトは騎士としての本分を果たしてくれると約束した。

 

 ならば、後は僕達武蔵住人が最終的に下すべき決定は、ホライゾンを救うか否か。そして、聖連に立ち向かってもそれを正当なものとするだけの理由が必要となってくる。

 

 先にも述べた通り、聖連とはすなわち世界の全部と言い換えられる。つまり彼らと事を構えるというのは、世界中を敵に回す事と同義。

 

 ホライゾンを救うとなればホライゾンを殺して大罪武装を抽出するという聖連側と対立する事は必然。なれば戦争は避ける事は出来ず、戦争ともなればそこには戦うための大義名分が必要だ。

 

 だが聖連には“極東三河を消失させた責任を負わせる”という名目があって、そのためにホライゾンが三河の嫡子である事を急ぎ確認させて昨日判明したばかりの事を確定させたのだ。事を円滑に進めるために、一方的にホライゾンが嫡子で聖連が保護するという形に持っていくために。

 

 そしてホライゾンを自害させれば、統治者を失った三河と武蔵はその全てを聖連に吸収され、大罪武装も聖連の手に渡る。彼らからしてみればこれほど旨みのある話は無いだろう。

 

 

 僕の私見入りまくりの意見のためかなりの私怨が混じっているのは否定しないが、とにかく僕達がホライゾンを救うためには聖連との対立は必至だ。

 

 暫定議会は聖連に武蔵を譲渡する事を定めてその意見の代弁者として武蔵アリアダスト教導院、生徒会副会長の本多・正純を立てた。父を暫定議会に持つ正純であれば確かにその立場は不思議じゃないし、唯一この武蔵で権限を残されている正純をこちらに引き込むための戦いこそがこの相対戦なのだ。

 

 そんな正純に相対しているのは何と我らが馬鹿ことトーリ。奴は討論を行う上で交わした契約を逆手にとって、本来自らの意見であるホライゾンを救いに行く立場の意見では無く正純の立場と入れ替わる形に持っていった。

 

 彼は言った。俺は馬鹿だから何も分からないと。

 

 多分だが、そもそもトーリの奴は正純と戦おうとなんて思っていない。アイツはただ正純に教えて欲しいだけなのだ。自分がホライゾンを救いに行く事でどうなるのか、その結果と本当に救いに行くことが出来るのかという事を。

 

 正純は淀む事無くトーリの問いかけに答えていった。

 

 まず、ホライゾンを救う事の武蔵への益する事。それは彼女がいる事で武蔵が主権を取り戻す事が出来る点にある。

 

 現在、彼女は三河の嫡子にされている訳だが、極東で土地の所有が許されているのは武蔵と三河の二つのみ。そして三河の君主は本来武蔵に乗艦することが出来ないのだが、三河が消失した今三河を武蔵と同じく都市艦として連結させる事で武蔵への乗艦を可能となる。

 

 つまりホライゾンを救えば武蔵は主権を取り戻し、聖連からの支配下を逃れ独立することが出来る。これは聖連にとっては支配しにくくなるため許し難い行為であるのは明白だ。逆にホライゾンを救わないというのは、自ら主権を放棄し聖連からの完全支配を受け入れるという事である。

 

 当然そうなれば戦争の心配なんて無くなる訳だが、そうなってくると極東という国は完璧に喪失されこの武蔵の全ては聖連のものとなって現在の武蔵のような生活を送る事が出来なくなる。聖連ってば教譜が厳しいからぶっちゃけ改宗したく無いんだよなぁ個人的に。神奏術に慣れた分余計にそう思う。

 

 

 だが、仮にホライゾンを救出し主権を回復させたとしても聖連との戦争は避けられず、その場合の死人の事を考えない訳にはいかない。武蔵の方向性を決める以上、この話題は避けては通れない。

 

 確かに戦えば死人は出るだろう。だが正純はそれ以外にも、戦争をしないからこその死者の可能性を示唆した。

 

 戦わないのに出てしまう戦死者。現在武蔵の動きは全て聖連に制限をかけられている状態にあり、それは航行だけではなく市場や金融にも同じ事が言える。武蔵国内だけでならまだしも、各居留地の金融は凍結された状態にあるのだ。

 

 さらにそれらは何れ聖連に奪われてしまうため、居留地の貧困が加速的に進む。その結果は貧困であり、貧困が進めば進むほど死者は続出する。

 

 それらを回避するために考えられるのは、居留地を畳んで完全に聖連に帰化する事。が、これこそが聖連の狙い。

 

 帰化の人間の受け入れには改教や言語の違いなど越えなければならないが、聖連にはその支援を行ってでも得たい利益が存在する。あちらは住む場所を失った武蔵住人を受け入れる際、立場が上になるためこちらに安い支払でより多くの労働力を手に入れられるし、何よりこの武蔵には技術がある。

 

 

 航空艦技術―――――“武蔵”という他国から見ても優れた航空船を製造出来る技術は魅力的なものがあり、武蔵そのものを研究する事で他国には無い航空船の運用法、技術やそのノウハウをより短い期間で得る事が出来る。

 

 だから技術者達は喜んで受け入れられるかもしれないが、それ以外の住人が受け入れられるとは限らない。騎士階級が当初考えていた市民革命を行って帰化したとしても、その事実により貧困の居留地へ封じられる可能性の方がもっと高いだろう。

 

 そしてその状況が改善されるまでさらに貧困は進み、死者が増える。それは学生のみならず、一般市民の中から、しかも居留地全てから発生するのだ。

 

 戦争を回避したとしてもそのツケで死者は発生する。これが、戦争を回避した場合の戦死者となる。

 

 

 戦争をしてもしなくても、遅かれ早かれ武蔵にとっては不利な状況に追い込まれる。緩やかな支配を受け入れるか、逆らって世界全部を敵に回すか。武蔵が置かれている状況は正しく、最悪の二文字を冠するに相応しいだろう。思わず聖連に愚痴りたくなった冒頭の僕の気持ちが少しでも分かっていただけると思う。

 

 

 そこまで正純が語ったところで、また一つトーリがカンニングペーパーから一つを取り出し口調を真似ているのか普段朗らかな声をやや厳格なものに変えながら、告げる。

 

 

「姫ホライゾンを救う大義名分――――姫を救いに行く正義の理由と、彼女を自害させる聖連を悪と他国に示せる根拠は何だ?」

 

 

 ……それが今、僕達に最も必要な物である事は討論を聞く全ての者が理解していた。

 

 

「……ここで総長から一番の問題が提示されましたね、湊先輩」

 

「だね。今までの相対戦では教導院側が聖連と戦えるだけの力があると、戦っていけるのだと暫定議会側に示してきた。第一戦のシロジロは金融面で武蔵が飛び続けられる事を、第二戦はネイトが騎士として武蔵住人のために力を揮ってくれる事を。戦力的な問題は一応クリアされたとみてもいいけど、それでも戦争を行うにはまだ足りないんだ。聖連を敵に回しても、こちらが他国を敵に回さないような正当な理由。それが無いと…」

 

 

 僕達は戦う事はおろか、世界中から悪と断じられ全てを敵にこちらが滅ぶその時まで戦争をする羽目になる。

 

 今武蔵に必要なのは、戦うための大義名分。武蔵の手前勝手な言い分ではなく、世界に認めさせるだけの正義が必要となってくる。それを問われ、正純の顔がさっきまでとはうって変わって下がっていくのが見えた。そしてその正純の動きを追っていくうちに、ふと何かが引っ掛かった。ずっと前に爺ちゃんに言われて人をよく見る癖がついたからこそ、気付けたその一瞬と同じタイミングで左舷側から声が一つ。鈴さんが正純に何かを声を放っていたが、それに気付いた正純がバインダーの中を覗きこみハッとした顔を作ってすぐに取りだしたそれを破り捨てようとし、

 

 

「あぁ! 総長が副会長のカンペ破いたー! これは兵站潰しですかね!?」

 

「いや違うでしょ。そもそも正純にカンニングペーパーが必要だとも思えないし、それに……」

 

「確かに副会長頭めがっさ良かったですしねー。でも、何か気になっているようですが先輩?」

 

「いや、トーリの奴が何か少し……怒ってる? 何かそんな感じがするんだけど」

 

 

 アイツが冗談以外であんな風に怒っている様子は久しく見た事が無い。でもその様子は不安を感じさせる事は無く、ことらの思惑なんぞ知ったこっちゃないと言うように橋上ではトーリが正純に言葉を放っていた。

 

 

「オマエは! 俺達の代表なんだ。唯一俺達の中で権限を持ってる……そんなオマエが、お前の意見を言わなくてどうする? いいかセージュン、オマエはオマエの答えを言え!」

 

 

 アイツらしい、そう思える確かにトーリだからこそ出た言葉だと感じられた。トーリは最初から、他の誰でも無い正純の口から正純の意見で、ホライゾンを救えるか否かを聞いているのだ。そこで正純以外の言葉は仮にとっては不要なことで、だから正純が自分以外の言葉を言う前に止めたのだろう。しかも恐らくは本能的に。

 

 相も変わらず人を見る目は鋭い。正純の感情の機微を把握してたからこそ、トーリの言葉は心に直接届くのだ。……かつての僕がそれに救われたように。

 

 

 そして後押しするように途中から何処かに出ていたアデーレが桶を抱えて戻ってきて、桶を見た正純が驚いたようにそこから出てきた黒藻の獣達を受け取り、少しの間言葉を交わしているように見えた。

 

 

「凄いな……」

 

「え? 何がです? あっ、梅組胸囲のカースト具合がですか?」

 

「それは今アデーレを見て浅間と見比べての発言だね? 撃たれても知らないよ……で、驚いたのはそこじゃなくて今正純の手の上にある黒藻の獣だよ」

 

「確か、水の汚れを取る……」

 

「うん、あまり見かける事も無いし、本人達が自分達が汚れてるからって話しかける事も早々無いんだ。僕も少ししか話した事無いから知らなかったんだけど、あんな風に名前を呼ぶのは初めて見たよ」

 

 

 彼らの声援を受け、正純は意を決したような表情になった。きっと、正純の中で答えが出たのだろう。

 

 聖連と戦うための正義の理由。今まさに、正純の口から正純の言葉として、それが告げられようとしている。

 

 

 

 

 

 

「さぁさぁ盛り上がってまいりましたよー! しかし! ここで次回に続くッ! くぅ~! 引っ張りますねこの番組! 視聴率が四割いってますよヒャッホウ!」

 

「いや喜びすぎだし。場の雰囲気壊しそうだから今の声流さないようにしてたから」

 

「え゛っ!? 何故に私より部員を使いこなしてるんですか先輩っ!?」



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怒れる女装少年と馬鹿

ここで出てくる教皇総長の抱く“ある一族”への考察と、前回載せた湊が思っている“家族”の行動への考察にはすれ違いがありますが、そのどちらも真実ではありません。あくまで事実の断片から彼らがそうだと思っているだけで、それらの一部に真実があってもそれが全てではありません。

それを先に前置いた上で、本編をどうぞ。


 

 

 

 

 

 

 ――――――“武蔵”上にて行われている相対戦を観戦しながら、K.P.A.Italiaの教皇総長(パパ・スコウラ)、インノケンティウスは静かに一つの思考を巡らせていた。

 

 

 それは武蔵が今見せている、『聖連へ掲げる正義の理由』を述べている武蔵副会長に向けられたものではない。その事自体は彼の積年の武蔵との戦いの決着をつけるのに相応しい相手かどうか、またこちらに向かってくるという意味では不謹慎だと自覚しながらもいつかの敗戦の記憶が、教皇をやや戦争を望ませる方向に傾けつつあった。

 

 とはいえ、彼は教皇だ。己の私情を挟み幾万にも及ぶ教徒達の代表として、その行動は常に聖連にとって最上。すなわち彼の行動の一つ一つが世界を動かせるだけの“力”を持っていると自覚があるからこそ、武蔵の動向にはあくまで教皇として対応するのみ。

 

 武蔵が降伏するにしろ仕掛けてくるにしろ、教皇として最善を取るのみ。

 

 なれば今、インノケンティウスが考えているのは武蔵の動向ではないのだとしたら、それは世界を左右する人物が気にかけるだけの存在という事にならないだろうか?

 

 

「元少年、何か考えごとかね?」

 

「教皇と呼んで下さいよ、先生」

 

 

 自分が学生だった頃の担任にはどうやら思考が洩れていたらしい。魔神族の老獪に指摘され、昔の呼び方で対応しながらインノケンティウスはその問いの答えを示すように、質問者ガリレオに映像を見るようにと視線を促した。

 

 映像には現在、武蔵副会長“本多・正純”が三河の姫、ホライゾン・アリアダストの自害の必要性と、彼女を救う正当性と大義名分を語っている姿が映し出されている。

 

 

「…ふむ、君としては武蔵にはこのまま聖連と対立する方向に進んで欲しいという事なのかね? 相変わらず血の気が多いな君は」

 

「そうではない。よく見ろ、副会長ではなく、その後ろをな」

 

「む? …………あぁ、そういう事か」

 

「そういう事だ。耄碌したか、ガリレオ?」

 

「くくっ、そうだな。そう言えば、あの少……年は武蔵にいたのであったな」

 

「今若干間があったな?」

 

「さて、どうだったものであるか。何分、私は耄碌しているらしいからな」

 

「調子の良い奴だな、お前は」

 

 

 彼らが注目しているのは副会長ではない。無論、その言動には注意を払っているがもう一つ、その映像には無視できないファクターが映し出されていた。しかも確信を抱かせるように、その人物は自ら存在をアピールしている程だ。

 

 

『何やら副会長アッパー入ってきましたねー、解説の湊先輩』

 

『そうだね。姫ホライゾンの自害を聖譜記述を利用した悪魔のシステムと解釈する……強引だけど、言い分としては成立するし、正純が言う通りそういったシステムであれば何も姫に自害を強要する必要は無くて、三河の君主に仕立て上げられた第三者でも問題は無いんだから』

 

『姫は元々は自動人形として武蔵の飲食店で働いていたとの情報があります。あの元信公のカミングアウトの衝撃が大きかったのは否めませんが、あの時点では姫はまだただの武蔵住人でしか無かった訳ですしね。………あの、そろそろネタ挟まないと息が苦しくないですか?』

 

『さっきから思ってて口には出さないようにしてたんだけど、敢えて言うよ。君絶対にこういうキャスターよりもMCとかやりたがるタイプだよね? 普通に実況しろよ!』

 

『私以外にアナウンサーいないんだからしょーがないでしょうよ! それ以外は今日の先輩の隣確保するために皆寝込んでもらってるんですから!』

 

『一体何してんの放送部!?』

 

『一同:聞かないで下さい』

 

 

 映像とは別のラジオ放送では実況と解説を交えながら、七割以上を漫才に費やしているようではあるが一応解説の体はなしているようではあった。そしてその声の内一人は、彼らにとっても覚えのある者の声であった。

 

 

「あの時の少j……少年が、元気になったものであるな」

 

「今、明らかに“少女”と言いかけたなぁ、オイ」

 

「何の事やら。そして、君が気にかけているのはこの少女の事かな?」

 

「最早訂正する気すら失せたか……まぁいい」

 

 

 いやよくねぇよ――――と、本人が聞いていれば烈火の勢いでツッコんでいたであろうが、生憎件の少女……ではなく少年にその会話は聞こえていない。

 

 

 ―――既に滅んだ一族の末裔。正確にはその血すら継いでいないために見逃した少年。

 

 

 保険として彼が受け継いだ神格武装にも相当する“遺産”に封印を施し、少年が自ら受け入れそれを自身の体内に埋め込んだ。それは、彼が一族の遺志を受け継がない事を示していた。

 

 だからこそ当時の教皇は子供だった彼が再起を起こす事は無いと判断し、少年を“武蔵”へと送った。あの地こそ少年に相応しいというのと、彼の存在を聖連に置く事をインノケンティウス自体が避けたかったとの思惑が一つ。

 

 少年自体には何の脅威も無い。だが、彼が受け継いだ“遺産”。あれは別だ。

 

 その一族の全てを内包したそれは、少年が真に受け継ぐ事は聖譜記述にも記載されていない。つまり、それは歴史再現上不必要な物だ。そもそも、その一族は聖譜記述に(・・・・・)載ってなどい(・・・・・・)ない(・・)。にも関わらず彼ら一族は、否だからこそと言うべきか。自分達に出来る事で末世を解決する手段を模索していたのだろう。

 

 歴史の表舞台に記される事の無かった一族。だが、彼らが遺した物は後の歴史再現に大きく影響を及ぼす力を持っていた。それこそ、一族の命を糧に作り上げた狂気の末の“遺産”と呼ばれる物。

 

 滅ぶ寸前だったとはいえ、一族全員の命と引き換えに完成させた物など、正気で作れる筈が無い。とすれば、彼らは命を失っても尚、その“遺産”を彼の少年が受け継いでくれると信じたのだろう。

 

 

「……つくづく馬鹿な連中だったな。例えそれがどれほど強大な力を有した物だとしても、それを受け継がせる器はあまりに脆弱だった。一族の死に耐えられず、遺された物を自ら封印すると決める程にあの少年は弱かった。だからこそ、“遺産”の破壊も少年の殺害にも及ぶ必要が無かったんだがな」

 

「家族の為に殉じる、その行為自体は素晴らしいものではないのかね?」

 

「ふん。それでガキ一人に重荷を背負わせる家族愛の何が素晴らしいものか。生きて我々の下に下り、その力を存分に揮えば良かったのだ」

 

「………」

 

「…何だ貴様。その含み笑いを押し殺した気色悪い顔は」

 

「いや何、君のそういうところが好ましいと思っただけだ。あの時、死を選んだ少女を引っ叩いて無理矢理にでも生きさせようとした君の台詞。未だに私は覚えているよ、あの時君が」

 

「その話は良い!」

 

 

 ……本来であれば、“遺産”とその持ち主たる少年はその危険性故に殺されてもおかしくなかった。

 

 

 一重に少年が生かされたのは、彼ら一族が聖連に協力してきた実績と、聖譜記述には記されていないとはいえ“末世”解決のために散った者達の遺志を継がない選択を教皇として選ばなかった。ただそれだけの理由だとインノケンティウスは言う。

 

 

「曲がりなりにも聖連に技術提供をし貢献していた一族だったからな。むしろ連中は、俺がこうすると見越して協力していたのだろうよ」

 

「君を懐柔し、あの少女を殺させぬようにか? そうと分かっていて、何故見逃したのか興味があるな」

 

「何も不思議な事など無い」

 

 

 彼は教皇だ。世界を救う、そのために瑣末な事になど気をとられている暇は無いし、末世解決の一助となるなら必要な手段は全て講じる。それが世界の最善だと信じて疑わない、疑う事は自分に従う教徒全員への裏切りにも等しいのだから。

 

 

 

「―――あの時死んでいた者より、生きてあの“遺産”をどうするつもりなのか改めて問えば済むと判断しただけの話だ。聖連側として“遺産”を揮うならそれもよし、そうでなければ……聖連代表として然るべき措置を取るだけだ」

 

 

 

 憮然に言い切って、インノケンティウスは武蔵副会長の弁論に介入すべく通神を開いた。件の少年の事は一先ずおいて、まずは眼前に立とうしている者達に話さなければ。

 

 世界がどうあるべきか、その話を―――――そう告げた教皇の顔は、正しく世界と言い換えられる聖連のトップに相応しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

       ●

 

 

 

 

 

 

 

「――――――教皇テメエ!」

 

 

 

 実況席を立って橋上に声を荒げた。久しくなかった本物の怒りの感情を吐き出すように、俺は映像越しの男に吠えた。

 

 

 

 トーリに後押しされ意見を述べ始めた正純の言葉に、割って入ってきたのは聖譜連盟のトップが一人、教皇総長インノケンティウスだった。

 

 予想は出来ていた事だ。この相対戦は三征西斑牙やK.P.A.Italiaにも放送されている。であれば介入がある事は想像に難くないし、ここで武蔵の反抗の意思を潰せば争いを起こす事無く武蔵の全てを手に入れる事が出来る。

 

 だがいくら予想出来ていたとはいえ、相手は教皇総長。積み重ねられた聖連の歴史の中には当然、今と似たような問答が行われその都度聖連は自分達の意見こそ正義だと通してきた。だからこそ今の聖連があり、様々な問答における模範解答とも呼ぶべき経験値が彼らにはあった。

 

 故に、最初こそ正純が一気呵成に弁を畳みかけていたが、教皇は眉ひとつ動かさずにそれらに対処し、徐々に正純の言葉を封殺していった。

 

 武蔵と聖連の意見が平行線であるものとし、正純が平行線ではあるが聖連はその姿勢上、例え意見が合わなかったとしても何時かは必ず理解しあえると教譜にある通り、あちらは武蔵の意見を否定する事が出来ない。が、その代わりに聖連が示してきたのは、あちらが争いを望んでいないという意見。それに対する武蔵の平行線とは、何だ?

 

 当然その言葉の平行線とは、武蔵が争いを望んでいるという事。だが当然、それを認める事は聖連との全面戦争を望んでいるという意思の表れとなってしまい、ここで正純は言葉を完全に止められた。

 

 そこからは教皇のターン。破格とさえ言える譲歩の条件を提示しながら、武蔵が発言を撤回するなら敵対の意思を認めないと告げてきた。

 

 居留地の金融凍結の解除や様々なこちらが降伏することへのメリットを提示することは、それだけ聖連がホライゾンの自害に拘っている事に他ならない。

 

 その訳はホライゾンが持つ“焦がれの全域”が持つ、“嫉妬”の大罪武装としての能力。それは全ての大罪武装を100%で稼働させる事が出来る、言うなれば大罪武装を統括するOSの機能をホライゾンの内に眠る大罪武装は有しているのだ。元々大罪武装を所持している“八大竜王”とはいえ、彼らでさえも完全な状態で大罪武装を稼働させる事が出来ない。

 

 それを可能とするホライゾンの大罪武装とは、元信公が言うように確かに末世解決の鍵になり得るのだ。

 

 だがその“焦がれの全域”でさえ単体では攻撃能力を持たず、聖連から救い出せたとしてもその後の全面戦争は避けられず、しかも相手に大義名分を与えてしまうだけの一方的な展開になってしまう。

 

 そこでさらに、教皇はカードを切ってきた。

 

 ………正純が襲名に失敗し、さらに襲名のために胸を削って男になろうとしたにも関わらず中途半端な失敗に終わってしまったせいで正純の体は元に戻らず、それゆえに正純が正しい流れであるホライゾン自害に対し反抗している。

 

 まるで正純がただの腹いせのために教皇に逆らい、戦争を起こそうとしている………そう思わせるような言葉に、正純の全てを決めつけるその物言いに、僕はマイクを最大音量にして叫んでいた。

 

 

「さっきから聞いてればごちゃごちゃうだうだうだうだ! アンタは一体、正純の何を知って偉そうに神様目線みたいに喋ってんだよ! マジいい加減にしろよ人相悪人の癖に! 初対面でぶん殴られたのまだ忘れてねぇんだかんなこの野郎ッ!」

 

 

 やってしまったと思う気持ちはある。ただ、それ以上に何もかもを決めつけて、自分こそが正しく黙って従えとも言わんばかりのその態度にどうしようもなくイラついた。かつで殴られた恨みも無くは無いが、その決めつける物言いが何より腹立つ。虫酸が走るとも言う。

 

 

『……今、部外者が割っていい話をしていないんだがなぁ、オイ。小僧』

 

「うるせぇバーカ! 何ぁにが“この教皇総長(パパ・スコウラ)と渡り合った名誉”だ偉そーにしてさ! 年だけ重ねたおっさんが若い子苛めて何悦に浸ってんの? バッカだろお前!」

 

『…ッ、小僧、言葉に気をつけろよ? 貴様は今、誰に物を言っているのか…』

 

「誰が相手とか関係あるかッ! 間違ってるって思った事に間違いだって言ってやる事の何が悪いッ! 少なくとも、僕はそこで押し黙るような事を爺ちゃん達に教えてもらってないんだよ! だから、何度だって言ってやる。―――――おっさんは、若い子苛めて悦に浸る、加虐趣味持ちの変態だってさぁあ!」

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 十ZO:『い、何時になく湊殿がブチ切れてるで御座るよ!? もしや意外に正純LOVEで御座ったか!?』

 ●画:『ちょっと待ってなさい。今ネームが終わったところだから……!』

 ウキー:『仕上げるの早くないか? いやしかし、湊が正純を懸想しているというのは聞いた事が無いな。それに、奴は単純に教皇相手にキレてるだけだろ、アレ』

 銀狼:『それにしても言いますわね湊。教皇を前にあそこまで堂々と変態呼ばわり……』

 あさま:『どどどどどうしましょうあれ!? とりあえず湊君黙らせた方が良いですかねあれ!?』

 労働者:『いや待て。あの馬鹿の方も馬鹿で馬鹿やらかしてるぞ』

 貧従士:『それもう何が言いたいのかよく分からうおおおおう』

 約全員:『何があった…ってうおおおお!?』

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 時を同じくして、橋上ではトーリが正純が女だった事を確かめるために胸を触りズボンを下ろして下着を露わにしているが、遠目からどうも同じブランドっぽい事が分かった。直接見た訳じゃなく、絶賛テンション上がって何言ってんのか自分でも分かってない僕に向かってサムズアップしているから察せたのだが、今はそれどころじゃないので黙殺した。

 

 

『……貴様たちは、そうやって戯言で場を流すつもりか?』

 

「ア゛ァ?」

 

『小僧に用は無い。今俺はそこの武蔵副会長と話しているんだ、なぁ、本多・正純』

 

「…っ」

 

『お前がこの件を撤回するのであれば、教皇総長の名において襲名を認めてやろう。俺と繋がりがある者として今後の聖連・極東間でお前の地位は盤石なものとなり、我々もそれを保証しよう。武蔵の民にとってもお前にとっても、悪く無い話の筈だ。違うかぁ?』

 

 

 甘い。とても甘い言葉だ。それはきっと、今の正純にとって痺れるように甘く響いている筈だ。

 

 

 

 ……だが。

 

 

 

『オマエちょっといい加減にしとけよ!?』

 

 

 僕は元より、トーリの方も頭にきたのか二人同時に教皇に噛みついた。

 

 どこまでもあの物言いが気に喰わない。何もかも自分が正しいとでも言うような態度も、見下した言葉も全て。それは教皇が言うどこまでも独善的な言葉に対する反感であり、僕が家族に教わり武蔵で培ってきた全てが教皇の言葉を拒絶しようと一か所に血が集まっていく感覚に任せて言葉を吐きだした。

 

 

「あのな!? 俺は、オマエみたいな……いいか、オマエみたいな奴が大っ―――――嫌いだ!!」

 

「ナメるのも大概にしろよ阿呆が! そうやって何でもかんでも思い通りに動くと思うな!」

 

 

 

 ……多分、僕自身は教皇というよりは、あの人を通して別の物に怒っているのだとどこか冷めた思考が告げていた。

 

 

 家族を死に至らしめた原因。世界の方向すら定めている“それ”に、僕は教皇を通してこの時初めて、牙を剥いた。胸中の何かが解けていくのを感じながら、敵意むき出しで睨みつけた。



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戦う女装少年と御座る侍

 

 

 

 

 

 

 

「……いやぁ、正直調子のってましたすいません。あの髭面見てたらちゃっかり怒りが」

 

「それ確信持った上での行動じゃないですか! 聖連代表に散々あんなこと言ってっ、トーリ君と一緒になって何やってるんですか貴方は!」

 

「あんま湊責めんなよ浅間。湊はな、かつて限定発売された幻の凌辱ゲー“秘密の聖連~世界中から●される女”の隠しヒロインとして使われた時の恨みが」

 

「激しく待てこのスペクトルおバカ! 何その話、というかどうして聖連関連で僕が被写体というかモデルにされてんのオイ!?」

 

「あぁ? そんなの決まってるだろ! 各国で人気のある女子集めたゲーム作らねって話回ってきたんだから、その時間違って女子だと思って覗いたお前の背中を思い出したらそりゃもう出しちまってもしょうがなくね!? ちなみにラフ画とか設定俺が考えたんだけど、結構評価高かったんだぜ!?」

 

「ぶち殺してやろうかこのダラァァァアアアアアアアア嗚呼嗚呼!?」

 

 

 

 ―――あー、声帯大丈夫だろうか。あと堪忍袋にも数に限りがあると思うんだけど、そう頻繁に怒らせないでほしい。

 

 

 

 あの後、横から口を出してきた教皇総長に子供じみた言葉をぶつけ、さらには正純が示した聖連と戦うための大義名分の言葉に、教皇が打ってきた一手は不意打ちだった。

 

 “淫蕩”を司る大罪武装の一つ『淫蕩の御身』をK.P.A.Italia副長ガリレオに貸し与え、武蔵上にいた正純を強襲した。

 

 『淫蕩の御身』の通常駆動の能力により、迎撃に向かったノリキとウルキアガの攻撃が悉く“骨抜き”にされ、その大罪武装の能力を恐れた故に魔導具を使う事も出来ず万事休すかと思われた矢先、ガリレオの動きを止めたのは三河から武蔵に移ってきた警護隊隊長 本多・二代。

 

 そしてヨシナオ王の介入により聖連は一時この場を引き、その代わりに正純対トーリで行われた討論は無効とされ、武蔵の行方は次の相対。

 

 

 ――――すなわち、現極東の最強の武士である東国無双の一人娘に勝たなければ、僕達はホライゾンを救いにいけないのである。

 

 

 僕も実況席から離れ、今は誰が戦うかを揉めている最中だったのだが余計な事と無視できない言動をしたトーリを一先ずシバキ倒して、再び話題は誰が出るかに戻った。

 

 

「ここは私が遠距離からズドンと一発」

 

「巫女が射殺宣g……いえ何でも無いですただ巫女さんが出るのはどーかなーと思っただけっすうっす」

 

「なら騎士である私がドカンと」

 

「いいやここは私の地摺朱雀でバコーンってのはどうだい」

 

「……点蔵、どうしよう。擬音系ばかりでツッコミが追いつかない」

 

「そこでめげちゃ駄目ぇで御座るぞ湊殿! お主がツッコまずしてこの外道共の鉾を受け止められる人身御供が…」

 

「オイ忍者表出ろオイコラァァアア!?」

 

 

 皆やる気があって結構なんだけど、うちの女子達の血の気の多さは何とかならないのか。あっ、鈴さんは別っていうか別次元っていうか、前者三人とは違うよ? 天と地ほどっていうか、トーリと正純ぐらい違う。……あれ、でも個性の濃さで言えば強ち……?

 

 

「おい湊!? 今物凄く失礼なこと考えてなかったかお前!?」

 

「いやだなぁ。気のせいダヨ」

 

 

 しまった。さっきの相対戦が終わったから正純もこちら側だったんじゃないか。そしてあの教皇の話を聞いて初めて知ったんだけど、正純って男装している女子だったらしい。道理で偶に初等部の講師のアルバイトですれ違う際にいい匂いがしたりしてドキリとする事があると思ったら、トーリと一緒だったのが激しく傷ついたけど僕が変人という訳じゃなかったので冷静に思考出来るようになった今、正直ほっとしている。

 

 そして話は再び誰が戦うに戻る、ていうかまるで話が前に進んでいないのはここじゃ自然な事だけど今ぐらい真面目にやろうよ皆。いや僕もそうなんですけどね?

 

 

「湊君の沸点がさっきからかなり低いのはともかく、本当に誰が出る? 僕の術式なら一応、戦えない事は無いんだけど」

 

「いやネシンバラ殿は本来書記であるからして、ここは分が悪いが自分が…」

 

「あぁん!? 何言ってんだよテンゾー。お前じゃ無理だって! ぜってー無理っ!」

 

「こ、この男ストレートに今自分ヘイトしたで御座るな!? そうで御座るな!?」

 

「だってあっちは“拙者・御座る”なのに、お前“自分・御座る”じゃん?」

 

「……えっと、トーリはつまり、キャラ的濃度で点蔵が負けてるって言いたいの?」

 

「おうともっ! てか今トドメさしたの湊じゃね?」

 

「うん、つい数分前の復讐をと思って」

 

「? 拙者の事が話題に出たようで御座るが、如何申した?」

 

『…………な/ね?』

 

「二人して優しげに被るの止めて貰えぬで御座るか!? しかし、悔しいことに自分あそこまで濃くないで御座るよ……!」

 

 

 お前も大概だよと周囲がざわめく中、僕は一つ思考を纏めて深く溜息を吐く。そして、告げた。

 

 

「――――じゃあ、僕が出ていい?」

 

 

 特に大きい声じゃなかったのに、一斉にこちらに視線が集まりちょっとビビる。さっきまで騒がしかったクセにこういう時だけチームワークが良いなと思いつつ、近くにいた正純が慌てたように声をかけてきた。

 

 

「いやちょっと待て! お前、特務でも役職持ちでも無いだろ!?」

 

「そうだけど、でも教導院間の相対じゃないから別に役職が無くてもこの相対には出れるし。さっきはそれで鈴さん大活躍したじゃん」

 

 

 うんうんと志を同じくするクラスメイト達が一同頷いてみせ、肝心の鈴さんは恥ずかしがるように浅間の胸に顔をうずめていた。あれ窒息しそうなぐらい窮屈だったと思うんだけど、相手が鈴さんだから手加減しているのだろうか。まぁ、相手が鈴さんなら特別扱いも当然である。むしろ何かあったら例えズドンされようがファンの一人としてズドン巫女に挑むことさえ辞さない覚悟がある。………いやそーじゃなくて。

 

 

「そういう問題じゃない! そもそもお前、戦えるのか?」

 

「大丈夫。って事にしてくれないかな?」

 

「――っ、あのなぁお前は……!」

 

「まぁまぁセージュン落ち着けって」

 

「葵!」

 

 

 正純は中等部の時からの転入だったので、僕の事を知らないのは当然と言えば当然だろう。それに相手の本多とも旧知のようでその実力の片鱗ぐらいは武に身を置いていない正純でも理解出来ている。だからこそ、出ようとする僕を止めたがっているのだろうし。

 

 言葉を重ねるよりも実際に戦って見せた方が良いと言えるだけの確固とした実力が僕にあれば良いのだが、生憎相手の動きは先の授業中に神肖筐体(モニター)で見た通り、あの速さに対応するのはぶっちゃけると無理だ。

 

 だがこちらが口を開く前に、正純を宥めたのはトーリだった。相変わらず緩い笑みを浮かべたまま、彼は何か言いたそうにしている正純に背を向け僕へと視線を落とした。そして、

 

 

「ここで勝てなきゃ俺はホライゾンを救いに行けねぇ訳なんだけど、お前的には勝てる見込みあるっぽい感じ?」

 

「んー、三割。後は根性で一割足して、残り六割は神様に負担してもらえば十割。神様なら頼りになるし、何とかなるんじゃないかな」

 

「そっか! なら、頼んだぜ?」

 

 

 相変わらず欲しい言葉をくれる人だ。こちらの不安しか煽らない言葉を聞いても、全幅の信頼を預けてくるその言葉にこちらは苦笑を返す事しか出来ない。だから、Jud. それだけを告げて前に出る。

 

 

「葵! お前……!」

 

「心配すんなってセージュン。湊がやるって言ってんだから大丈夫だ。アイツ、俺との約束破ったことねぇからな!」

 

「フフフ、私が出てあげようと思っていたけど先手を取られちゃったわね。負けたら去勢して本物の女にしてやるわあのピンクツッコミ!」

 

「姉ちゃんが引くとか……世界終わったかな」

 

「そうよ愚弟、私の一挙手一挙動で世界の命運は思いのまま! 美人すなわち世界!」

 

「言ってる場合か!? 早くアイツを止めないと……!」

 

「安心なさい貧乳政治家。アレはアンタが思ってる程柔じゃないわよ、それに見たでしょ? 天下の教皇様相手に噛み付けたのは、アイツには噛みつく牙があるから。見てれば分かるわ」

 

 

 橋上に出て眼前の青い軽鎧の少女と向かい合う。こうして改めて向かい合うと確かに隙なんて見当たらないし、あの手にあるのは神格武装『蜻蛉切』。大罪武装の先駆けとして製作された、今後僕達が戦う事になるであろう仮想敵としては極東で彼女ほど適した人物はいない。

 

 ……そう、これは言うなればデモンストレーションだ。この相手に無様に負けるようではこの先、僕は誰にも勝てやしない。ここで食らいつけずして、ホライゾンを救う事などどうして出来ようか。ましてや、ここで僕がトーリの道を、皆があがき正純が拓いたその道を閉ざす訳にはいかないのだから。

 

 

「ふむ、話を聞いていた限りでは特務では無いようだが……」

 

「Jud.でも、まぁ、それはこの際気にしないでくれると助かるかな? それに今は関係ないでしょ、僕がこうして、君の前にいる時点で」

 

「それもそうで御座るな。拙者、考える事には向いておらぬが、拙者を超えて行かねば到底これから聖連と戦う事なぞ無謀以外の何物でも無いことは理解しているつもりで御座る」

 

「…Jud.」

 

 

 女子用の制服の大きく余った袖の裏に張り付けてある位相空間に繋がる術式札を通し、閻水とは違う魔導具を取り出す。

 

 この相対戦における切り札となるそれを腰のハードポイントに直結させ、手には固定出来る最大水量で固めた閻水を展開させる。策はある、後はトーリにも言った通り六割方を運に任せて人事を尽くすのみ。

 

 

 

「――――故に、この先を通りたくば拙者と『蜻蛉切』をまずは越えてゆけ。それを成せる力があるのなら!」

 

「――――Jud.!」

 

 

 

 

 

 

 

       ●

 

 

 

 

 

 

 

 踏み込みは同時。だが圧倒的に速度で上を行く本多・二代の槍の方が先にこちらに到達するのは当然の話であり、こちらの斬り込みよりも先に突きが貫く方が速い。

 

 

 ―――分かっていたけど速いなぁもうっ。

 

 

 防御……は、間に合いそうにない。既に突きはこちらの腕の可動域を潜り抜けて迫っていて、一応こちらを気遣って穂先ではなく柄尻の方で貫く気は無いようではあるがこれ、結構痛そうである。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 そして案の定。加速を伴った突きは僕の鳩尾に綺麗に入り、大きく吹き飛んではい試合しゅーりょー。

 

 

「――――縮むとは……まさか異族かっ!」

 

「残念。そして驚いてる暇なんてあるの?」

 

 

 息を飲んだのは僕ではなく、相手でもない。多分周囲にとってかなり意外だったのだろうが、それだけ僕が一発で終わると思われていたのか。少し傷つく。

 

 槍を頭上にやり(・・・・・)過ごした(・・・・)僕は振り切った姿勢の敵にダメージは度外視、速度だけを求めた切っ先ではなく珠を固定してある柄を斬り上げの要領で振り抜く。速度重視した筈のそれはしかし、意識外の反撃であったにも関わらず顔を逸らせる事でいなしてみせた。

 

 互いに必殺を予期していた一撃を外され、蜻蛉切が大きく揮われるタイミングで閻水を打ち合わせてその勢いをそのままに後ろに飛び下がった。とりあえずさっきよりも距離を取れたし、ここからならあの速さも何とか“視”える筈だ。

 

 

「はぁ……第一関門クリア、ってか」

 

 

 この相対戦における最初の関門。

 

 相手が思っている通り、あちらと僕とじゃそもそもの地力が違い過ぎる。まっとうにぶつかれば砕けるのは十割僕であり、油断はあっても手加減は期待できない相手の初撃を躱わせるかどうかでそもそも作戦の是非どころか開始すらままならない。故に、僕は試作段階であった“ソレ”を躊躇なくこの場で使ったのだ。

 

 その結果、僕は一先ずの賭けに僕は勝てたという訳だ。こうして今立っていられる事と、直に肌で相手の速度と使われている術式を見れた事。危なかった分、この買い物の成果はデカい。

 

 

「……拙者、そう長く人生を歩んできてはおらぬがよもや完璧な人型を持つ異族がいるとは」

 

「君がそう思うんなら、そうなんだろうね。君 の 中 で は」

 

「―――むっ」

 

 

 誰が教えてやるものか。そのまま出来るだけ彼女には集中させずに、ワザと煽るような言葉を選んでまだまだ余裕だぞと伝えるように大仰な身振り手振りも加えて言い放てば、分かり易く相手の眉間に皺が寄った。あの神肖筐体の映像を見た時から思っていたけど、この人は侍としての自分を確立させている。要するに、まっすぐなのだ。

 

 

 ……そしてその真っ直ぐさにこそ、僕がツケ入る隙がある。悪い気がしなくもないけど、全力を尽くすのにどうして搦め手を使わない手があろうか。

 

 

俺:『オイオイ今の見たか!? 湊の奴、ついにデフォルメを覚えやがったぞ……!』

金マル:『ソーチョー結構細かく見えてたんだねー。そしてナイちゃん思うについにミナちんがマスコット戦線に乗り出してきちゃった感じかな』

粘着王:『なんと!? ついに我輩の枠を脅かす好敵手(ライバル)の登場という訳だな……!?』

十ZO:『いやいや、ネンジ殿と湊殿では方向性が違い過ぎるで御座るよ』

貧従士:『あー、さっきの姿なら確かに後輩のファンクラブが放っておきませんよねー。何やら放送部の方が慌しくしてますし』

ウキー:『今聞こえてきた事を載せると、“湊先輩え何あれ可愛いってかもう何なのどれだけ私を萌やせば気がすむの正直血が足りなくなりそうでもシリアルナンバー一桁台として意地でもさっき撮った写真だけは現像してやる”だそうだ。年下にモテているなど羨ましくも欠片も無いがな』

俺:『ウッキー姉属性派だもんな』

賢姉様:『ついに本性を出したわねあの桃色チート小僧娘! きっとさっきのミニマム湊つまり“ミニなと”がアレの本性よー!』

あさま:『いや湊君人間の筈ですから……それにさっき流体反応がありましたし、恐らく術式だと思いますけど……』

煙草女:『どの道またネタが増えたさね。可哀想に……』

 

 

 

 ――――――人が真面目になってるちゅーに、何故か嫌な予感が止まらない。どうしよ。

 

 

「……? 顔色が優れないようで御座るが、大丈夫で御座るか?」

 

「…………えっ、今僕心配された?」

 

「うむ。それがどうかしたので御座るか?」

 

「――――ちょっと、そういうのに慣れてなかったから反応の取り方忘れちゃって」

 

「そうで御座ったか。愛らしい容姿をしているようで御座るが、存外不憫な暮らしをしていたので御座るな……」

 

 

 そしてもひとつどうしよう。あの人からの同情が凄く痛い。今すぐ帰って枕を涙で濡らしたくなる感情に駆られるが、今はそれどころじゃない。全部終わったら泣きに泣いてやるとして、再び閻水を構え相手もそれに応じるように蜻蛉切を下段に構えた。同情は嬉しかったけど、搦め手を使う気満々な側としては非常にやりにくくなってしまった。

 

 

 しかしここは心を鬼……いや梅組クラスメイトが大半そうであるように外道に徹してやらねば。級友が外道であると認めた時点で、ほんの少し戦意が削がれた事実には目を逸らす事にした。



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姑息で狡い女装少年の戦い

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、ここで極東と聖連が使用する加速術について少しだけレクチャーしよう。

 

 

 

 極東は神奏術による、聖連は聖符を用いた加速を要するのだがここで聖連の話をしてもしょーがないので極東の方だけ触れる事とする。

 

 極東の術式の基本は禊祓。余分な物を禊祓うことで本来のスペックを引き出すことをコンセプトとしており、他国と比べるとどうしても出力的には劣ってしまう側面を持っている。

 

 何故かというと、加速という一分野においてその方向性の違いがよく現れている。

 

 他国の物は形態の違いこそあれ、基本的には言葉通り“速度”を“加える”ものであるのに対し、極東の物は術者本来の速度を引きだす為に不要な物を排していく形態であるのが殆どだ。

 

 分かり易く例えるなら、あちらには即効性のブーストがあるがこちらはエンジン周りを整備する事で100%のパフォーマンスを常に行えるようにすることしか出来ないといったところだろうか?

 

 

 まぁこれには無論一長一短もあって、極東の加速は出力が術者の実力ありきな物になってしまうが最終的には加速には不要な体重や空気抵抗といった物さえ禊祓うため、術をより長く行使する事を可能とし疲労をも軽減するため長期戦向けの術と言える。

 

 対し他国の加速術は、術を使用する程純粋な速度を得られる代わりに増大した速度からの負担が大きく、それを軽減するためには身体強化や治療用の符を併用しなければならない。短期決戦向けの術として考えるならば、効率の面で極東には勝っていると言える。

 

 

 

 

 

 ――――つまりどちらかが優れているという話といった単純なものではなく、どの術式でも使われたら傍迷惑という話。え? 質問なんて受付ねーよ? 所詮脳内回想だし。

 

 

「のわわわっ!?」

 

「くっ、ちょこまかとちょこざいな……!」

 

「そら危ないもの! まさか大人しく喰らってくれとか言わないですよね!?」

 

「…………………うむ、当然で御座ろう」

 

「その間がすっごく不安だなぁ!」

 

 

 今度からは速度重視の魔導具開発も念頭に置くべきだろうか。そんな事を考えながら僕は『閻水』と『土星の輪』を併用させつつ、さらに意識下にて二つの魔導具を同時に起動させる。計四個の発動は初めてだけど、これ体動かす以上に頭がヤバい。

 

 ぐつぐつと煮え滾ったお湯が頭の中に注がれているとでもいうか、大体そんな感じの痛み。よーするにいくら槍を捌けても、どの道僕はダメージを受け続ける訳で。やっぱりこの相対無茶があったなぁと今更ながら後悔が湧きあがる。

 

 

「それにしても先ほどから縮んだり伸びたりと……貴殿本当に人類で御座るか?」

 

「…………多分」

 

 

 いや親いないから実際どうなのかって尋ねられると困る。いるのは家族だけど、血縁者って意味の家族には生憎記憶に無いからなぁ。

 

 本多の純粋な問いに僕は曖昧な返答しか出来なかったが、様子を見ていたクラスメイト達が何やら円陣を組んでひそひそと話していた。気になるけどぉっと?! 今思考フェイズなんだから攻撃どうかと思うな僕!

 

 

 

「……そーいや湊って親の顔知らないって言ってたな。会ったら死後発ぐらい殴るって言ってたけど」

「…恐ろしいことに今の誤字が正しく思えてしまったで御座るよ。しかし、考えてみれば湊殿の過去を知っておるのはトーリ殿ぐらいで御座るか?」

「湊君が後輩の悩み相談とかをやってるのは聞いた事がありますけど、湊君ってあまり自分の事話したりしませんし。そういう意味ではトーリ君が一番湊君のことを知っている事になりますけど」

「フフフ謎ね、つまりこれは謎なのね!?」

「いかんぞ諸君! 誰にも語りたくない過去の一つや二つはあるもの! それを詮索するなど級友として恥ずべき行為である!」

「そうさ! 何時か湊君が打ち明けてくれるまで待つ、それがあるべきクラスメイトの姿ってものだよ!」

『スライムとインキュバスが一番まともなこと言った……』

 

 

 

 ――――うん、あっちは無視だね、無視無視。

 

 思考の一切を目の前の女侍に傾ける。ツッコミを入れてる余裕はそもそも無いんだし、意識を割いてる暇は無かったのだ。思わずツッコミとしての性が出てしまいそうにはなったけども。

 

 

 だがこちらの戦況は基本的にそれまでの相対のように派手さは無い。何せ数合打ち合わせるとこちらから土星の輪でブーストをかけた膂力を以って無理矢理相手と強く距離を置くように動き、そのため一瞬膠着する間があってもそこから戦況自体は傾かない。

 

 ……まぁ、狙ってやってるんだけどさ。作戦“その二”ってやつである。

 

 先の回想で言った通り、極東の加速術とは神奏術を用いた禊祓が基本であり加速に不要な物を排していくのが基本であり、それは目の前の相手が使っている術式にも言える事だ。

 

 そして神奏術という事は、内燃拝気とは別に何かしらの代演を行っているという事。予め御神体(フィギュア)を捧げていたり数日間食事制限などが代演だったらどうしようも無いけど、それは多分無い。神奏する神様次第で使える術は当然変わるし、術の傾向によって似たようなものだったりする場合が殆どだ。

 

 芸能の神様であれば自身の芸を、豊穣や富を司る神様には自身が得た財の一部をといったように、どの術を使うかで代演の内容は大体想像出来る。

 

 戦闘系の術式であれば、主に代演として奉じられるのは術者の武。動作であったり常に装備をしていたり、僕が女装をして封印術を持続させているのと似たような感じだろうか。いや一緒にしちゃ相手に悪いか。

 

 それに既に相手の使う術式には心当たりがついている。そも極東において使える戦闘系の術式なんてたかが知れてるし、それが既存の術式であれば尚更。魔導具製作につき神奏術や魔術方面の勉強をしてきた甲斐もあって、今起動させている魔導具の精査の結果からも大体把握出来た。

 

 

 魔導具『心眼』。

 

 主に動体視力の強化と流体を視認する為、というかそれだけにしか使えない魔導具であれが流体の動きから術式の区別は出来る上、現れる鳥居型の表示枠(サインフレーム)を見れば概ね知識として覚えている術全部を把握出来る。把握出来るだけで、決して真似たり出来ないがあくまで“視”る事だけに特化させた魔導具なのでこれでも十分に期待した成果を発揮してくれている。

 

 

「(動き続ける限り加速する術か……代演はあの青い鎧と動作で生じる風を奉納すること。喜美じゃあるまいし、戦闘中の動作だけで代演が済む戦闘系の術式とかチートじゃないかちくせう)」

 

 

 特にアイツはアイツでいるだけで術を使えるし、まぁ僕も結構な封印術をたかだか女装という変装だけで済ませているから人の事は言えないんだけど。対象が“自分”じゃなかったらもっと奉納しないといけないだろうし。

 

 それはともかくとして、術式の性質が分かれば対処は出来る。

 

 連続した動作を封じれば加速は否応なく止まるのだから、打ち合いの数を極力減らすなり強引に動作の流れを絶ち切れば術の効力は止まるし、十分な加速を得られていない状態ならば『心眼』で強化した視覚で何とか動きにはついてこれる。だから一番危ないのは加速に乗り始めた打ち合いだったりするけど、だからこそ膂力で上回っている分強制的な膠着を作り上げ未だ倒れずに済んでいるという訳だ。

 

 

「くぅ……聞けば貴殿は男で御座ろう、ならば正々堂々と正面から迎え撃つべきだはないで御座ろうか!?」

 

「正々堂々戦って勝てるんならそれもいいんだけどさ、普通にやったら僕一発KOじゃないか」

 

 

 相手も僕が加速させない動きを続けている事に苛立ちを感じているのだろう。言葉に出始めたということはそれなりに効果が出始めているという事だし、このまま本多さんにはいら立ってもらわないと。

 

 

「どう頑張ったって地力じゃ負けてるんだよ? なら、使える物は何でも使うし何でもやらなきゃ」

 

「……うむ、それもそうで御座るな。要するに、拙者が勝てばいいだけの話で御座るし」

 

「ははっ、勝つ前提の言葉って何かムカつくね?」

 

 

 ……イカン、こっちが怒らせようとしているのに僕が怒ってどうする。

 

 

 しかし加速術を封じたところで地力で負けているには違いない。純粋に武術でもそうだし、武装もまだあちらは神格武装としての本来の使用法を封じたまま。こちらが既に四つも魔導具を発動させている全開状態なのに、軽口を叩けるだけの余裕があちらにはあるのだ………いかんますますイライラしてきた。

 

 蜻蛉切の能力を使われるまでに、こっちも仕込み(・・・)を終わらせないと……それ以前に自分がストレスでどうにかなってしまうんじゃないか、そっちの方が怖いってどうなんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

     ●

 

 

 

 

 

 

 

 ―――誰もが一合で終わると思っていた相対。

 

 

 片や東国最強の娘、片やひ弱そうにしか見えない女装少年。これでどちらが勝つかなどまず賭けにすらなりはすまい。が、彼を知る者達以外からしてみればあり得ない程、少年は少女に迫っていた。

 

 否、正確には彼女の足を引っ張っているといったところか。決して相手の得意な土俵には上がらせず、その知識と勇気を以ってして少女の攻勢を一定以上の物へとさせない。行為そのものは地味なれど、少年を初見での印象でしか見られなかった者達にとっては驚くべき光景の連続だったと言えよう。

 

 

「……ほぅ? 狡いながら、あの立ちまわりは間違いなく“連中”と一緒だなぁ?」

 

「幼くとも見聞し心に刻んだ物は忘れ得ぬ物と変わる。あの少女はそれだけ家族を愛していたのであるな」

 

「良い事言ってるような気分に水を差すが、あれは少年だ、ガリレオよ」

 

「………はて、私の目は何時から曇ったのであるかな?」

 

「最初からだろうが馬鹿者」

 

 

 冗談を交えながら映像を見ていた聖譜連盟教皇総長と副長との会話。

 

 先の討論の干渉の際、積年の恨みつらみが込められた少年の罵詈雑言を軽くいなしていたがこの総長、年齢の割に実に短気かつ子供っぽい、元教師であるガリレオから言わせれば『元少年』という表現が如何に彼を皮肉っているのかが窺えるというものであろう。

 

 だからという訳ではないが、インノケンティウスの見る湊への視線は先の問答とは違い、険の入ったものであった。

 

 

「君はあの少女が使っている物をどう思うかね? 今見た限り、あの水を固めている柄と身長を操っている何か。“武装”扱いでは無いと報告には上がっているが」

 

「抜け道、とでも言いたいのか? しかしあの程度の物であれば警護隊の武器の方がまだ実用的だろ? たかだか水を刀身にする程度の物で刃向えると思っているとは……ハッ、所詮は小僧といったところか」

 

「……変態親父呼ばわりが相当腹に据えかねているようであるなぁ」

 

「そんな事は無いッ!」

 

 

 ―――気にしてるらしかった。

 

 しかも見た目が少女にしか見えない相手からの罵倒だったせいか、同じく部屋にて給仕をしていた者達の自分を見る目の『まさか教皇様がいいやそんな事は無い筈でもなぁ』という疑念とそれを払拭しようとする葛藤の視線に晒されそれなりにストレスを感じていたようだ。

 

 時折二代の攻撃に合わせて『そこだ』だの『もっと脇を締めんかァ!』と野次や叱責を飛ばしている姿に、隣に佇むガリレオがそっと溜息を零してしまう光景だったという。

 

 

 

 ―――一方、この相対を観戦しているもう一つの勢力三征西斑牙(トレス・エスパニア)の野外テントの中にて、“西国最強”及び八大竜王の称号を持つアルカラ・デ・エナレス所属、第一特務“立花・宗茂”とその妻、“立花・誾”は予想外の展開にそれぞれの意見を交わし合っていた。

 

 

「だらだらとした戦闘はあまり好きではありませんが……この少年は、本多・二代の使用している術式を理解しているからこそ打ち合いに消極的にならざるを得ない。故にこの擬似的な膠着を作り上げているようですが」

 

「Tes.私も最初は驚きましたが、あの少年は良い“眼”を持っているようですね」

 

「“眼”…ですか?」

 

「Tes.最初の彼女の突きを受ける際、あの時が最も彼の表情が歪んでいるように見えました。つまり、彼は相手の初速を見極める為に不用意に立ち向かっている風に見せかけた。現に、彼は加速術式を潰しながらとはいえそれでも彼女の動きに追随することは出来ています」

 

 

 こちらは少年に対しての事前知識が無いため、少年の作戦とそれを実行する腕前に一定の評価を下しつつ手をせっせと料理に伸ばしながら、さらに批評を続ける。

 

 

「今見ている限りですと、彼が使っている術式ないし道具は二つ。一つはあの半透明な剣ですが、あれはおそらく水神の加護を得た何らかの術式にて刀身を形成する水を固定しているのでしょう。二つ目は大きさを自在に変えている何か。ハードポイント辺りに何か光る玉のような物が見えましたし、恐らくあれも何らかの術式でしょうね」

 

「……ふむ、武芸者としてはあまり面白味に欠ける相対だと思うのですが、宗茂様はよくご覧になられているのですね?」

 

「誾さん。私が貴女に勝つ以前は、私だってあの少年と似たようなものでしたよ? あらゆる手段を尽くし、自分に合った戦法を見つけたのが私ですが彼の場合、そういった特出した物が無かったのでしょう。それでも手を尽くし頭脳を用いる姿には少し共感するものがありまして……」

 

「ほぅ? それはつまり、宗茂様があの美少女に見紛う少年に見惚れていた訳ではないと、そういう訳ですね?」

 

「ぎ、誾さんっ!? 急に声色が平淡になっていますがどうしました!? それと、私には誾さんがいますのでそういった事はまずあり得ません」

 

 

 あちーあちーと互いに手団扇で扇ぎ合う他の者達を華麗にスルーし、甘ったるいフィールドを形成していた。

 

 だが実際に、少年の戦闘を見て常の戦法からあのような地味かつ嫌がらせのようなやり口を好まない誾とは違い、自分もまた一から鍛え上げてきた努力と苦労を知る宗茂にとっては少年の戦い方に異を唱えるつもりなど無く、その姿勢にはむしろ共感すら抱く程だった。

 

 彼が現在の“西国最強”の座に着くまで、元々有名な士族の生まれでは無かった彼が歩んできた道のりは決して単純なものではない。

 

 『神速』の異名を持つガルシア・デ・セヴァリョスを襲名し、彼の郵便で得た財を全て加速符に注ぎ込み完成させた速度重視の戦闘法を確立させるまで、幾度となく地を舐め辛酸を味わってきた。彼の力は圧倒的な才能や八大竜王としての大罪武装などではなく、研鑽の果てに得られたものだ。故に彼は努力を惜しまず自分の実力に慢心などせず、何処までも真摯に己を鍛える。

 

 そんな彼だからこそ、映像の中で決して光る才能こそ無いものの、知恵と根性で食らいつく少年には好感を覚える。

 

 自分も相対したからこそ分かるが、画面にいる東国最強の娘は未だ発展途上であれど、その才能は間違いなく、自身が終始劣勢を強いられていたあの本多・忠勝の娘の名に恥じない物と実感している。今は慢心や迷いのような物が見え動きに精彩を欠いているようだが、それでも半端な相手ではやはり一撃で沈められる程の実力を持っている。

 

 そんな相手の不調をも利用し、油断を誘う言動や仕草、挙動。自分や二代のような武士・侍の戦い方とは違うがあれもまた戦いなのだと宗茂は思う。故に、これから敵対するかもしれない中で画面の少年の戦いを食い入るように見つめていた。

 

 

 ……しかしそれは、そんな彼を若干の不機嫌さを込めて見つめていた妻による、直接食べ物を口腔内にぶち込まれる制裁によって途中途中で遮られたりしているのだが―――――。

 

 

 

「それにしても、“封印”の方は大丈夫なのかね?」

 

 

 三征西斑牙の方で砂を吐くような思いを強いられている空間とは無縁のムサさ全開な聖連の旗艦『栄光丸(レーニョ・ユニート)』の艦橋にて、ガリレオは思い出したかのように言葉を作った。

 

 それはかつて、少年が望み自分達の利害とも合致していた望みだったために少年の“体内”を“鞘”とする事で直接ある物を封じ込めた際を示すもの。封印自体は彼に半永久的に張り付けられてある胸の符によって、彼の内燃拝気によって常時発動する物で、

 

 

 ―――――何より彼が“女装”をしている事が、今なお封印を続行している事を示している。

 

 

 その言葉を受けインノケンティウスは特に思う風も装わず、鼻で息を吐くような気だるさで口を開いた。

 

 

「何、問題あるまい。あの封印は当時の聖連においてかなりの精度を誇る封印だぞ? それに何より、あの符を剥がすための条件を小僧が満たせる可能性は………皆無だ」

 

 

 断言し、その視線は再び映像へと注がれる。

 

 状況は二代に満足な加速を与えずに何とか同速度域にて渡りあえているように見えるも、常時発動の二代の加速術“翔翼”は僅かながらに疲労も禊祓いでいるため体力的な余裕は十分にあり、対する湊は渡り合う事に全力を注いでいるため体力に余裕などなく、既に息も上がりつつある。勝敗が決しようとしている事は誰の目にも明らかだった。

 

 

「仮にこの場で小僧が“アレ”を解放しても結果は見えている。この勝負………―――――」

 

 

 

 『小僧の敗北だ』………そう言葉を紡ごうとした次の瞬間、彼の言葉は意味を成さなくなってしまった。何故なら………

 

 

 

 

『き、決まったーっ!? 先輩……じゃなくって、教導院側代表、湊選手ついに本多・二代選手を、破ったー! キャー先輩こっち見てえー!』

 

 

「ん、なぁぁ………!?」

 

「ふむ」

 

 

 ――――彼が言葉を言い切る前に、彼の予想を裏切る結果が既に示されてしまったのだから。



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わーにんぐっ! 閲覧注意のメタネタ乱舞!

えー、イイ日旅立ちです。


今回はとにかく『ヒドイ』の一言に尽きます。どうしてここまで酷いのかは一応本文中に書いてありますけど、本編を楽しみにしてくださってる方は目を通さないことを強くお勧めします。

メタに嫌悪感を抱く方にもおススメできません。それでも一応、結構重要なことも書いてありますので見てくれると助かります。

予防線張ってんだか見て欲しいんだかよく分からない前書きはこの辺で。では。


 

 

 

 

乙女男:『さぁやってきました実に二ヶ月は間が空いたんじゃねぇかってぐらい久しぶりのこっちので更新!』

 

実況女:『先輩テンション高いっすねー。何か良い事でもあったんですか?』

 

乙女男:『実は作者が大学留年決まったらしくてね! 半期だけで済むらしいけど新年早々の親戚たちの生温かい励ましや両親の怒りよりも溜息に心をだいぶ抉られたらしくて! これはもう僕らを放置した報いだよね!』

 

実況女:『……いやいや、それって私達も何気にピンチじゃないですか? 普段の不遇からそう思いたくなる先輩の気持ちは分からなくもないですけど』

 

乙女男:『………………わっつ?』

 

実況女:『まぁ考えてみてください。私達は仮にも作者が時間を割いてるからこそこうして自由を与えられてる訳ですが、留年が確定してしまった以上、例えばこんな風にネット小説を書いてることを知っている弟はどう思うでしょう?』

 

乙女男:『……何遊んでんだー……とか?』

 

実況女:『ザッツライト。到底許してもらえるわきゃないですし、作者の家庭内ヒエラルキーは既に底値を割っています。よーするにです、このままでは私達はおろかもう一方の連載さえ潰れかねない状況が今なのですよっ!』

 

約全員:『な、なんだってー!?』

 

乙女男:『…って何か参加者増えてる!? しかもこれって……』

 

 

 

拉致男:『――――とりあえずこのハンドルネームは何とかならないものかな?』

 

絶望女:『それなら私だって同じだ。確かに状況的には互いにこんな感じだが……いくらなんでも、これは酷い……』

 

 

 

実況女:『なんかHN見る限りじゃ凄い犯罪者臭ですけど、どうやら作者が適切なHNを思いつけなかっただけみたいですね』

 

乙女男;『メメタァ』

 

拉致男:『あっ、こっちの僕はまだ十代なんだって? ………しかも女装がデフォとか』

 

絶望女:『何処行ってもお前の扱いってそんなんなんだな』

 

拉致男:『そんなん』

 

乙女男:『言うなっ!』

 

実況女:『見事な連係プレイ! 流石同位体だけはありますねー、シンクロ指数がうなぎ昇りですよ!』

 

乙女男:『こんなシンクロ嫌だよ……しかもきっとツッコミ限定とか言うんでしょ?』

 

実況女:『まぁまぁまぁまぁ』

 

拉致男:『何処行っても本当に扱い変わらな過ぎて泣けるんだけど……何処かの世界には下剋上達成してる僕はいないの!?』

 

絶望女:『“下克上”ってワード使ってる時点で自分のポジション理解してるじゃないかお前。多分、何処行っても変わらないと思うぞ? 基本的にうちの作者は主人公がオレ主ハーレムするぐらいなら周りに曲者揃えて徹底的におちょくり倒したいって倒錯性癖の持ち主だし』

 

拉致男:『倒錯過ぎるわっ! 自分で作ったキャラだよ!? 愛着あるならまだしもおちょくり倒すって何! そ、そりゃハーレムとか無理だけど……だからって原作人気キャラの改変が酷過ぎるよ! 感想欄でも文句来たじゃん! 評点の1の数だってそりゃ二桁越えるよ! ちなみに全く同じ数だけ9の評点も入ってるけどあそこまで評価が別れる作品もそう無いと思うよ僕は!』

 

実況女:『以前のサイトからの読者さんもいるみたいですけど、それが無かったらと思うと怖いものがありますよねぇ……』

 

乙女男:『僕達はこっち発だけど、今のところ原作キャラ改変はそこまでやってないもんね』

 

実況女:『する必要が無いぐらい味付け濃い人達ばかりですから。でもですね、その改変どころか本編の更新すら危ういのが今なんですよ。だいぶ話が逸れ過ぎて私も忘れかけていましたが』

 

拉致男:『……チッ、話を逸らしきれなかった』

 

乙女男:『あっ、さっきまでの全部ノリじゃなかったんだ』

 

絶望女:『まぁそれもあるにはあったんだけどな。だが私達としてもあまり触れたくない話題というか、直視したくないというか』

 

実況女:『真実から目を背けてはいけませんお二方! かのペルソナ番長も言っていたではありませんか! 例えどんなに残酷な真実だったとしても、俺達は真実を求めると!』

 

拉致男:『……そんなこと言ってたっけ?』

 

絶望女:『似たような事なら言ってたんじゃないか? 確かあ――――』

 

乙女男:『おぉっとネタばれ厳禁ですってそこ! 一応真ボス一歩手前の相手ですから! 触れない方がこれからゲームに触れる人のためになりませんからー!』

 

実況女:『まーた話を逸らしにかかっても駄目ですよ異世界のお二方ー? 先輩をツッコミに巻き込もうとしてるところも中々にあくどいかと』

 

異界組:『チッ』

 

乙女男:『あはは……でも、このままじゃ最悪、更新が止まっちゃうって事だよね? しかも永久凍結』

 

実況女:『酷い場合はアカウント削除も強制されそーな勢いですけどね。身内に名前が知られていますから、“次までにアカ削除してなかったら仕送り打ち切り”とか言われたら作者逆らえませんし』

 

拉致男:『バイト代で生活費や学費収めようと思ったら結構な額になるからねぇ。やっぱり仕送りはある程度必要になってくるし、生命線を握られている以上ヒエラルキー底辺の作者に逆らう術は無いと思うよ』

 

絶望女:『ふむ、つまり金を楯に取られた場合私達は永久に消える訳か…………ははっ、今まさにHNと同じ気分になってるぞ、作者が』

 

実況女:『ハイライト消えた目でそれを仰る貴女も十分HNに恥じない状態ですよ?』

 

乙女男:『実際笑えないって、どーすんのこのままじゃスランプ脱出どころじゃないよ。スランプの上にリアル面からの攻撃とか豆腐メンタル作者に抗える訳無いじゃん。このままじゃ僕ら日の目を見ることなく……!?』

 

拉致男:『――――でもアカウント消しても別の名前で取るって方法もあるよね?』

 

乙女男:『…………はいぃ?』

 

絶望女:『だな。そこで名前とかも変えればバレないんじゃないか? まぁ私達が出るのはどの道無理だと思うが、そこら辺はどうとでもなるしな。原作変えるなり、書き方変えるなり偽装工作はいくらでも』

 

実況女:『流石大人! 汚い! 思考が汚いぞ! 異世界の先輩がこんなに穢れてると思うと私は悲しい!』

 

拉致男:『えらい言われようだ……』

 

乙女男:『で、でもそういうのってどうなんですか実際!? 少なくとも今やってる作品自体は打ち切りの形になっちゃいますし……』

 

拉致男:『んー、まぁこれ全部推測の話だからねー。アカ削除まで言われるかどうかは微妙なところだし、更新途絶え気味だからPVの伸びもイマイチって言ってたし、何より留年決まってからの作者のアンニュイ加減は最悪の一言だからねー』

 

絶望女:『わざわざこんなメタ会話をやっつけで書くぐらいにな』

 

実況女:『じゃあとどのつまり……』

 

乙女男:『このお話自体、作者の気晴らしってこと……?』

 

 

異界組:『イグザクトリィ』

 

 

乙女男:『最悪だ!? この二人っていうか作者最悪のネタに走ったよ!? 物書きとしてメタに走るとか完璧タブーに触れちゃったよ!』

 

実況女:『他にもメタに走った原因としてはやはりスランプが一番デカいんですけど、活動報告とか小説の前書きとかで意見とか寄せて欲しいって書いたけど全然集まらなくて「メゲる……」って自棄酒呷るとか、現在生活も若干荒れ気味ですからねー。モラルも低下してるのではないでしょうか?』

 

乙女男:『だからってこんな場まで設けて愚痴らなくても……しかも言いたい事言ったら二人とも帰っちゃったし。本当に愚痴りに来ただけだったんだね、あの二人……』

 

実況女:『本編で絶賛扱い最悪の二人ですからねー。言わずにはいられなかったのでは?』

 

乙女男:『酷い現実だ……』

 

 

 

 ・・・・・・・

 

 

 

乙女男:『…で、グダグダっとやってきた訳だけど、どうオチをつけるつもりなのさ、これ』

 

実況女:『まぁ、今の状況と現在の作者のコンディション、及び打ち切りの可能性の示唆じゃないんですか?』

 

乙女男:『そのために捨て身のメタに走るのは如何なものかと……』

 

実況女:『まぁいいではありませんか。一応生存報告みたいなことという事にしておけば、ぶっちゃけ私にだって収拾つけられませんよこれ』

 

乙女男:『はぁ……じゃあ、しょうがないか』

 

実況女:『そうですね、先輩の女装ぐらい仕方の無いことです』

 

乙女男:『もうツッコまねぇよ僕は……それじゃ、今回はこの辺で』

 

実況女:『お見苦しい所も多々あったというかほぼお見苦しいところしか無かったと思いますが、これも作者の心境のアレ具合だと思い察してやってくれると助かります。では、また本編にて』

 

 

 

 

 

 

乙女男:『………会えるかな?』

 

実況女:『仮にも主人公が言う発言じゃありませんよ、それ』



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番外編 ある意味DB的ぷろろーぐ?

今週中に三本あげると言いながらやっとこ二本目。おせぇっての私の阿呆……!

今回のお話の設定としましては、時間関係はかーなーりテキトーなので、あくまでもネタとして見て下さい。

頂いたネタによる『湊君完全女体化ネタ』。こんな感じで本当に良いのかと思いながら、結局はこんな形になりました。期待に添えなかった場合はすいません。ではー。



 

 

 

 

 

 ―――――古今東西、ありとあらゆる時代においてまず絶対に欠かす事の出来ないもの。

 

 

 

 それは一寸の疑いを挟む余地も無く、『人』だ。

 

 時代を、歴史を紡ぐのはいつも『人』だった。

 

 名君が築き上げた栄光の歴史であれ、愚者の汚泥に塗れた最悪の歴史であれ、それらを紡いできたのは『人』であった。

 

 

 『人』が長きに渡ってその歴史を続けてこれたのは、やはりその営みを継続していく上でのシステムが秀逸であったからだろう。

 

 

 男と女。言葉にすれば陳腐で有り触れた、意識することすら無い差異に思われるかもしれないが、んなこたぁない。

 

 特に思春期を迎えた男女にとっては性別の違いというのは一大イベントだ。

 

 今まで意識せずに遊んできた相手が自分とは違うというだけで一緒にいることを恥ずかしく思ってしまうし、それを無視しようとしても周囲の視線からは逃れられない。

 

 

『わー、アイツ女と遊んでるー!』『男の子と遊ぶなんてどうかしてるよねー』

 

 

 子供の言葉というのはいつも無邪気で残酷で。それ故に無意識に零れた言葉が尋常じゃ無く刺さってくることもあるが、だからこそ思春期を迎えた男女は男は男、女は女というように別れていく。

 

 

 

 

 

 ……が、しかし。ここで我々は一石を投じたい。

 

 

 ではあの当時、我々が気になってしょうがなかった【男】とは? そして【女】とは一体何なのだ?

 

 それは性別の違いだけなのかもしれない。だが世には“オカマ”“オナベ”というように男ながらに女の意識を有する者、或いはその逆の者も存在している。

 

 昔じゃあるまいし、肉体的に♂の特徴を備えていたとしても、心が女である者に男としての生き方を強要するのはナンセンスだ。

 

 それは教育者が大好きな『個性』を殺す行為に他ならないのだから、その心が自由に持つ性別に忠実であるべきだ。

 

 

 ―――つまり、肉体という外見の器に囚われない中身にこそ、人の本来の性があるのではないだろうか?

 

 

 そこで、我々が注目したのは三年梅組に在籍しているとある生徒だ。

 

 この“武蔵”にてあり得ない良識を有し、外見内面共に前髪枠こと鈴さんと同レベルの天使であらせられる我らがエンジェルこと、湊先輩。

 

 彼は自身を“男”だといつも口を酸っぱくして述べているが、我々はそれを彼の存在に与えられた『枷』だと考える。

 

 天女が如き清純な精神とあの美貌の持ち主が、果たして本当に“男”であろうか?

 

 外道の巣窟と恐れられる三年梅組において尚あの在り方。鈴さんとは異なり弄られ役として大変なポジションに置かれているにも関わらず、また特定の味方が存在せずにも折れずにいる姿は道端に咲く一輪の蒲公英を彷彿とさせる。嗚呼あの頭をナデナデしたいぃぃ(以下三十行に渡り妄想が爆発したため削除)

 

 

 ……とまぁ梅組には勿体ない存在であるところの湊先輩であるが、我々は断固として先輩を男とは認めない。否、認めてなるものか。

 

 きっとあの人の中身は誰よりも乙女であり、どこぞのヨゴレ巫女(ズドン)や狂人、同人屋や商売根性丸出しの守銭奴の片割れなんぞに比べて明らかに女性的である事は間違いない。

 

 であれば何故先輩は無意味にも“男”と言い張るのか? そこに我々は、常識という名の『枷』に嵌められ、先輩が本来の性格を表に出せないだけなのではないかという結論に至った。

 

 

 肉体面はあくまで男なのかもしれない。だが、きっと湊先輩は誰よりも乙女チックである筈であるッ!

 

 

 そこで我々、真なる道を探求する者達による有志を募り、ある方法を探し出す事に成功した!

 

 この方法さえ使えれば、湊先輩をくだらない性別という名の枷から解放し、我々はそのあかつきに先輩を(以下百行に渡る『みせられないよ!』展開につき削除削除削除ォ!)

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・

 

 ・・・・

 

 

 

 

 

「――――これが、先日摘発したカルト集団のアジトから押収した計画書の一部です」

 

「これは、何と言うか……」

 

「うぅむ。元はファンクラブという事で御座るが、何とも……」

 

 

 

 三年梅組。その教室の一部にて、やたら重たい雰囲気に包まれている空間が展開されていた。

 

 武蔵アリアダスト教導院の風紀委員長を務める浅間によってもたらされた“ある計画の概要”が記された書類に目を通したウルキアガ、点蔵、その他被害者(・・・)にまだ良心的な態度をとれる存在が一同、何とも言えないといった顔をありありと浮かべていた。

 

 当然だ。何せこの文章、浅間がだいぶ要約してくれているとはいえ、書かれている内容の八割以上がろくでもないどころか彼の同人屋をして『ネタキター!』と喜ぶ始末なのだ。つまり、ここに書かれている内容は最悪に近いということ。

 

 

 ……主に、被害者にとってではあるが。

 

 

「湊殿にファンクラブがあったのは承知していたとはいえ、まさかこのような行動に出る馬鹿がいるとは思わなかったで御座るよ」

 

「点蔵様、あの、つまりどういうことなのでしょうか? まだどういう事なのか私には分からないのですが……」

 

 

 被害者の友人であり直接現場に居合わせた点蔵に、たった今教室にやってきた彼の妻(!?)であるメアリが恐る恐る尋ねる。

 

 その視線に向こうには、主に異族とされているインキュバスのイトケン、HP3ぐらいはありそうなスライムのネンジ、そしてある意味異族っぽいオールシーズンバケツヘルメット装備のペルソナに囲まれている、桃色の影があった。

 

 

「気にしちゃダメさ湊君! いや、今は湊さん(・・)!」

 

『そうであるぞ。たかが容姿が変わった程度で泣くようではいかん。もっと大きく構えるのだ!』

 

「………!」

 

『いや今ぐらいキャラ壊して激励してもよくね!?』

 

 

 手を振り足を動かし必死に何かを伝えようとしているペルソナだが、膝に顔を埋めている桃色の頭が一向に動く気配は無い。そりゃ視えてないのだから当たり前である。

 

 

「――――ふむ。やはり先ほどのホライゾンの一撃がトドメになったようですね」

 

「ホライゾンホライゾン! お前分かっててさっきから何で手をワキワキさせてんの? つか何か楽しそうじゃね?」

 

「ホライゾンにも分かりかねているのですが………何かこう、あの時の瞬間が未だに焼き付いているというか……これがトーリ様がエロゲを辞められない理由なのだと、理性ではなく本能に近い何かで理解できるような気がします」

 

 

 無表情でありながら何かを思い出すかのように手をワキワキと怪しげに動かしている武蔵の姫君、ホライゾンに笑顔で話しかけているのはそんな彼女を救いだすために世界に喧嘩を売った“武蔵”の代表トーリ。ある意味この二人に関しては無視した方が被害者のためであろうことは、既に一部を除く全員の認識である。

 

 

 

 ――――さて、散々引っ張ってきたが、ここらで事態を把握するために、視点を被害者であるか……いや、元“彼”に送ろう。

 

 

 

 

「うぅぅ、うぅぅぅぅぅ………!」

 

「あー、ほら、アンタも何時までもメソメソしてるんじゃないさね」

 

「あのマサ、今の湊君は術式の影響もあるので精神的にも不安定なので今はそっとしてあげた方が……しかも何処かの誰かのせいでいらないダメージまで負った状態ですし」

 

「うぅぅっ!?」

 

「あ、あれ? 今私なんか地雷踏みましたかね!?」

 

「分かってるなら言わなくていい」

 

 

 最悪だ最低だ何が無くとも最悪で最低で死ぬほど死にたくなってきた。。

 

 

 朝、いつも通りに家を出て教導院に向かっている途中の襲撃。

 

 寝惚けていたこともあって対応が出来ず、ファンクラブを名乗る変態集団に十人がかりで術式をかけられた結果、遅れてやってきた点蔵に姿を見られた瞬間、彼は自分の彼女の名前を叫びながら『誤解で御座るー!』とのたうちまわっていた。それはどーでもいいから、もっと早く助けて欲しかった。

 

 どうしてこんな目に遭わなきゃならないのか。僕ばっかりが不幸な気がしてならなかったのだが、今回のはとりわけ酷い部類と言えた。

 

 別に害意を持った術式では無かった。術式を用いようとした連中の大半が下心満載のヨゴレメーター全壊な変態だったとはいえ、彼らが僕に使った術式は攻撃的な意図があるものではなかった。

 

 

 それは襲撃犯である十人以上の内燃拝気と祈祷を代演とし、神奏する神様へと嘆願する術式。

 

 

 『あるべきものをあるべき姿に』というひたすらに真っ直ぐでひたむきな願い×三十人分が込められたその術式は、彼らの意に違わない形で結実した。

 

 術の内容としては、歪められたものを神様に頼んで直してもらうという単純なもの。例えば禊祓などに術式を用いるような物をより複雑にしたようなものを考えてもらえればいいが、個人で発動する術式ではなく大勢によって発動された術式であるところがこの術式のミソ。

 

 本来であれば叶わないレベルの正調を可能としたその術式をかけられた者は、術者達の最も強く望む『純粋な姿』として神様によって調整を受ける。

 

 神様によって願い通りの姿こそがその者の『最も相応しく自然な姿』であると規定されることによる、強制術式。

 

 三十人分ものの願いを一つの統一したこともよっぽどの事なのだが、この術式を成功させてしまったのには僕にも原因がある。

 

 

 要するにこの術式、“湊という存在が『女』であることが自然な姿である”と神様に再定義させる事が目的なのであるからして、より目的の人物が女性に近ければ近いほど、より自然な姿として神様に誤認されやすくなってしまう。

 

 

 僕の場合、元々の顔立ちと普段の代演による女装が災いして、神様からお墨付きとして『お前は女だ』と言われてしまったようなものだ。これが凹まずにいられようか?

 

 容易くその術式にかかってしまった僕は、神様が再定義した僕の最も相応しい姿として………

 

 

「ひっく、うえぇぇぇ………」

 

「お、おい元気出せよ…な? ほら、飴あるぞ?」

 

「……せーじゅんが子供扱いするぅぅぅ……!」

 

 

 ――――――女装を抜きにしても、肉体から完璧に“女性”になってしまった。

 

 

 しかもこれ、神様の認識が変わらない限り術が解けない仕様であるため、解くためにはこの術式の参加者である三十人の認識を改め再び同じ術式を使わせないといけない。

 

 彼らの意識を、僕が『男』であるという認識の下に同じ術式を発動させなければ、僕は元には戻れない。

 

 そして今し方浅間が持ってきた書類の内容を聞く限り、僕が元に戻れる可能性は、絶望的に絶望的だった。

 

 

「おい葵姉! お前も何時までも隅でしゃがんでないでコイツ宥めるの手伝え元凶!」

 

「それは……少々無理ですわよ、正純」

 

「確かに様子が変だが……それ以上に今はコイツの方が重症だぞ?」

 

「それはそうなのですが……その、何気に湊が本物の女性になって一番ショックを受けてるのって、喜美ですから………」

 

「……あー、確か肌がどうこう髪がどうこうと言っていた気はするが」

 

「喜美ちゃんミナちんが男だったから弄れた部分が、ミナちんが本格的に女の子になっちゃって負けてると分かって今すんごく凹んでるところだからねー」

 

「いの一番で服の下に手突っ込んで体中まさぐって髪まで散々触り倒してましたからねー喜美さん。だから実感として湊さんの肌ツヤとかキューティクル具合に打ちのめされたって感じです。そして私も…………胸が」

 

 

 体が女体化して、特に何かが変わったという訳じゃない。

 

 ただ、髪ツヤがいつも以上に櫛通りが良いものになっていたりとか。

 

 ただ、いつも以上に化粧の乗りが良くて化粧水を使うまでもなく肌がプルプルしてることとか。

 

 ただ、同じぐらいの身長である鈴さんやアデーレと比較すると結構胸が出てたりとか。

 

 精々それぐらい性徴してしまったぐらいだ。むしろそれぐらいだからこそ、元々の自分の女度の高さを思い知らされてメゲそうになる訳だが、周囲にも凹んでるのがちらほら。

 

 

 朝教室に着いていの一番に僕の異変を弄りネタにしようとした喜美は何か教室の隅に行ったっきり戻ってこなくなったし、アデーレは僕を親の仇のような眼で見てくる。今一番誰が傷ついてるのか分かっての反応なのだろうかコイツら。今一番絶望してるのはまず間違いなく僕だというのに、

 

 

 そしてより最悪だったのは、喜美に弄られ制服が乱れきった時にやってきたトーリとホライゾンのコンビだった。

 

 

『……あ゛』

 

『あれ? 湊お前何胸隠して……おひょー! オメェなんだよ! やっぱ胸あるんじゃねぇかなぁホライゾン!』

 

『トーリ様。とりあえず、後ほどしばくとして………湊様?』

 

『ひぅっ、こ、これはそのっ、あのっ、本当は術式でこうなってるだけでほんとうはこんなんじゃなくふやぁぁぁあっ!?』

 

『『『『『『『『!!!!!!』』』』』』』』

 

『こら男勢! 何全員総立ちなんですか! い、今の二人を見たら射ますからね!?』

 

『あぁぁ、ほ、ホライゾンいきなりにゃにをひぃん!』

 

『……ふむふむ。浅間様よりも感度は高いようですね、ニセチチの可能性は無し。ではもう少し調査の程をば……』

 

『ふやぁぁぁあああああ! やぁああん!? ちょっ、そこはぁ……っひゃぅっ!? さ、さわっちゃだめだったらぁぁぁぁぁぁ!』

 

『………!』

 

『ガっちゃんガっちゃん! 今のミナちんをネタにするのは色々と複雑というか流石に駄目なんじゃないかな!?』

 

『大丈夫よ。もうネームは終わったから』

 

『あっ、製本できたらうちで流通やっていいかな? ついでに音声データと動画データ残してるから纏めて全国に流せば……』

 

『――――つまり金だな!? よしホライゾン、そのままソイツを限度一杯まで引き出せ!』

 

『湊の何を引き出させるつもりさねアンタは!? ホライゾンもコイツの言う事なんて聞く必要はないよ!』

 

『Jud.では、湊様……御覚悟を』

 

 

 

 …………うん、思い出す限り最悪なのは二人じゃなかった。

 

 

 結局、梅組でも一番良心的だった正純に終始面倒を見てもらいながら徐々に正気を取り戻してった僕は、この時の記録を消すために東奔西走する羽目となる、

 

 映像と音声の方は記録していたハイディとシロジロを説得し、後日別撮という事で手を打ってもらったが、少数の限定本として製本された五つの『にょた湊百合&凌辱本』を回収すべく、大罪武装の回収とは別に命がけの戦いをする羽目になるのだが、それはまた別のお話――――――。



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