自由への航海 (天の川)
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プロローグ

 この世界に産まれ落ちて早二十年。

 違う世界で生きた記憶が有ると気付いてから十五年の月日が流れた。

 

 この世界は地球世界と比べれば危険が一杯、天変地異に巨大生物、そして、凶悪な海賊が数多といる。

 

 世はまさに大海賊時代。

 

 そう……ここは大人気漫画、ワンピースに酷似した世界なのだ。

 

 海を渡れば海賊に出くわし海王類にぶつかる。

 危険極まりない世界でこの年まで無事に生き延びた事が奇跡!

 

 なんてことは、全然、全く、これっぽっちも思わない。

 

 何故なら俺は、産まれながらにして世界最強の力を保持している……但し、自由と引き換えに、だ。

 

 この世界に置ける最強の力とは何か?

 

 覇気?

 六式?

 悪魔の実?

 

 いずれもノーだ。

 

 俺が手にした力、権力こそが最強だと言い切る。

 

 時は、大海賊時代……そう呼ばれていても、決して無法の時代ではない。

 寧ろ無法者に対抗すべく、海軍は全世界に支部を持ち、各国が加盟して世界政府なる組織を形成するこの世界の権力機構は絶大なモノと言える。

 

 俺は……その権力機構をアゴで使える天竜人の一人として産まれたのだ。

 

 天竜人……傍若無人を絵に描いた様な存在。

 前世に置ける大人気漫画にあって、好意的に見る人は皆無であろう完全なる悪役的存在。

 そして……謎に包まれた存在だ。

 

 多くの読者は天竜人に腹が立つと同時に、天竜人が何故偉いのか疑問に感じたのではないだろうか?

 何故か偉そうな馬鹿貴族を、何故か海軍の最高戦力である三大将が護る。

 読者であった頃の俺は『大将が馬鹿を殺せば良くね?』と思ったモノだ。

 しかし、俺の知る限り、原作でその様な展開は描かれず、天竜人に関する詳しい事情も語られることは無かった。

 

 だから俺は、自身が天竜人の一員であると認識したその日から、天竜人の真実を追い求めている。

 天竜人の傍若無人が許される確たる理由が解らないと、馬鹿みたいに偉そうに振る舞う事など、仕返しが恐くて出来やしない。

 だが、その結果は芳しくなく、原作以外に判った事は状況から導きだした推測に過ぎないのだ。

 

 不可思議な事に、天竜人について問うても肝心な部分はほとんどの人が知らず、知っていても教えてくれないのだ……天竜人である俺が命じても、だ。

 実の所、絶対権力者であるハズの俺の命令が拒否される事は往々にして有る。

 例えば、ホンの小さな子供の頃の『お外に行きたい』や『裸に成れ』に始まって、最近命じた『最強の悪魔の実を用意しろ』等がそうだ。

 と言っても、外出や裸に関しては現在は認められている。

 これは、年と共に命令権が拡大したと解釈出来るのだが、命令権の拡大は何時、何処で、誰が決めているのか?

 新たな疑問が生じ、それと同時に自らの自由の無さに気付いた時の衝撃を、今でも克明に覚えている。

 

 何不自由無く暮らせている様で、その実、与えられた自由の中でしか動けない籠の鳥……それが俺だ。

 

 勿論、籠の鳥と言っても天竜人だ……凡そ一般人なら許されない事も数多く出来る。

 例えば、勉強を嫌がれば即座に終わり、物や奴隷が欲しいとねだれば大抵の物は即日ゲット。

 男女問わず裸に成れと命じるのも十歳を境に可能になり、メイドへの性行為の強要も十二歳を境に可能となり、十五歳を境に海軍大将を呼びつけての覇気修行が可能になっている。

 街に出れば、不敬な者への無礼討ちは何の問題もなく許されている。

 

 そう……『許されている』のだ。

 

 幼い頃から巧みに我が儘放題を叶えつつ、時折叶わない事も有ると刷り込む……こう教育する事で、傍若無人な馬鹿貴族が完成するのである。

 俺に前世の記憶、ワンピースを読んだ記憶が無ければ、何の疑問も抱かずあの馬鹿貴族の様に成長した事だろう。

 

 では一体、誰が何の為にこの様な馬鹿げた教育方針を取るのか?

 

 答えは『世界様』と呼ばれる天竜人の当主であり俺の祖父が、跡取りを見定める為だと推察出来る。

 直系の子孫に愚民化教育と物を与えて甘やかし、そんな中でも頭角を表す者に全てを与え次代の天竜人の礎とするのだろう。

 百を超える天竜人と呼ばれる人の全ては、世界様の子であり孫であり、曾孫である。

 世界様の血が流れない天竜人は居ないのだ……つまりだ……あまり考えたくないが、次代の天竜人に選ばれなかったら……いや、止そう。

 

 推測に推測を重ねた仮定はさておき、馬鹿の多い天竜人にあって、世界様はハッキリ言って異常だ。

 数少ない謁見時の覇気具合を見る限り、世界様は三大将を軽く超える強さを有していると思われる。

 

 強いから偉いのか?

 世界様が強いから一族の傍若無人が許されるのか?

 

 多分、そうではない。

 

 如何に強かろうとも所詮は個人。

 緻密な作戦を練り上げて逃げ道を塞ぎ、多大な犠牲を払って波状攻撃を続ければいつかは殺せるだろう。

 

 では、何故偉い?

 何故、傍若無人が許される?

 傍若無人を許してまで跡目争いをさせる意味は?

 

 そもそも、天竜人とは何なのか?

 

 恐らく聖地マリージョアに居る限り、この答えにはたどり着けない。

 

 俺は、それ等の答えを知りたいが為に、住み慣れた聖地から旅立つ。

 

 そして、本当の自由を謳歌する為にも、世界様のおわす謁見の間の扉を叩くのだった。

 




 





天竜人って謎ですね。


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要望が有りましたので続きます。

捏造設定満載でお送りする主人公最強クラスのワンピース二次小説になります。







「失礼致します!!」

 

 左右に二匹の龍が描かれた巨大な扉を力を込めて叩いた俺は声を張り上げた。

 世界様と謁見するには1にも2にも気合いが重要なのである。

 只そこに居るだけで、圧倒的な覇王色の覇気を撒き散らすのが世界様だ。

 礼儀作法に拘っていてはお目通りが叶う前に失神してしまう。

 

『No.シックスか……入るが良い……』

 

 扉の向こうから腹の底に響く声がする。

 

 No.シックスとは多分俺の事だろう。

 二年程前に謁見した時はNo.サーティーンと呼ばれていたが、この二年で俺の相対評価は幾分か上がったらしい。

 そして、この呼称されるNo.が、天竜人としての現在の序列を現していると推察出来る。

 寧ろ、こんな分かりやすい制度があるのに、過半数を越える馬鹿貴族が継承権を競わせていると気付かず自堕落に生きているのが不思議でならない……これが愚民化教育の賜物と言えば賜物だが……いや、止そう……今はそんな事を考えている場合では無い。

 

 巨大な扉を押して室内に足を踏み入れる。

 

 何本もの円柱で支えられた薄暗くだだっ広い室内には、世界様の覇気が充満している。

 世界様が座するは俺の正面、一段高いカーテンの向こう側だ。

 

「本日はぁ! 御願いの議が御座いましてぇ!! 参上致しましたぁっ!!」

 

 声を張り上げ気合いを振り絞って、赤い絨毯の上を一歩ずつ進む。

 

 礼儀作法なんて有ったもんじゃないが、こうでもして気合いを入れないと意識が飛んでしまうのだ。

 

 世界様まで後、三十歩。

 

 二年前は入って直ぐに片膝着いた事を思えば、俺も随分と成長したらしい。

 

『海に出るか……許可しよう』

 

 残り二十歩ほど迄近付いた時、世界様が核心を突く言葉を呟いた。

 

 何故知っている!?

 

 海に出たいだなんて今の今まで口にした事は無い。

 聖地を飛び出すと云うことは、世界様に対して反意を表明するとも受け取られ兼ねないのだ。

 俺の権力はあくまでも世界様の許可があって成立するモノであり、その大元である世界様に面と向かって歯向かう事は自殺行為に近く、そんな素振りは見せてこなかったハズだ。

 こうして世界様の元を訪れたのも、黙って聖地を去る事のリスクを回避するためだ。

 天竜人が聖地から脱走……こんな前代未聞の不祥事を犯せば、三大将の追跡を受けるのは明らかであり、それは流石に面白くない。

 

 俺は、世界様に逆らうのではなく、海に出たいから出るのだ……言葉を選んで慎重に御願いして願いを叶えて頂く……そう考えていたのだが……これは、見聞色の覇気の為せる業なのだろうか?

 

 見聞色は俺にも扱えるが、完全に思考を読み取る様な真似は出来ない。

 確か原作では……空の住人が強力な見聞色を使っていたが…………ダメだなハッキリと思い出せない。

 

 

『どうした? 不服か?』

 

「滅相も有りません! 早速の御聞き届けっ! 有り難く存じます!!」

 

 世界様迄、後十歩。

 

 間近に迫ってカーテンを捲ってやろうとも思っていたが、どうやらここまでの様だ。

 その場で片膝を着いた俺は、下を向いて謝意を叫んだ。

 

『……で、あるか』

 

「ハッ!! ではコレにて失礼致します!!」

 

 とにもかくにも俺の願いは叶ったのだ。

 余計な事は喋らず、考えず、逃げるが勝ちだろう。

 

 両手を着いて赤い絨毯に額を擦り付ける勢いで深々と頭を下げた。

 

『左様に急がずとも善かろう……』

 

「ですが、これ以上世界様の御手を煩わせ」

『時にシックスよ……貴様は悪魔の実を所望しておったな?』

 

「は……? ハイ! 過ぎた願い誠に失礼致しました!!」

 

『最強とは何ぞや?』

 

「は……?」

 

 なんだこの世界様は?

 コミュ障か?

 会話が成立していない。

 しかも、最強なんてものは見る人次第でどうとでも変わるアヤフヤなモノだ。

 だが、問われたからには何かしらの答えを述べねばマズイだろう。

 下を向いたままの俺は、世界様の望むであろう答えを必死に探す。

 

『どうした? 貴様が所望した物であろう?』

 

 世界様の言葉に冷や汗が吹き出す。

 

 これは……最強の悪魔の実を望んだ俺への糾弾か!?

 実際に欲しかった訳でも、手に入ると思っていた訳でもない。

 俺は、天竜人がどの程度の横暴を許されているのか確かめる為に、様々な命令を出してきた……その一環だ。

 手に入ったらラッキー位の下心が有ったのは否定しないが、こうやって糾弾されても答えようがない。

 なにせ、俺自身が最強の悪魔の実が何で有るか知らないのである。

 

 どうする?

 

 ありのままを話すか?

 

『面を上げよ……』

 

「ハッ!!」

 

 これ以上世界様の言葉に逆らう様な真似は出来ず、頭を上げた俺は赤い絨毯の上で背筋を伸ばして正座する。

 

 すると、いつの間に置かれたのか、目の前には台座に乗せた悪魔の実が三つ並べられていた。

 

「コレは!?」

 

『餞別だ……好きなモノを選ぶが善い』

 

 餞別?

 何故だ?

 俺は何も答えていない。

 やはり、心が読まれているのか?

 だとすれば、失礼な事を考えなくて良かった。

 

 内心でホッと一息ついた俺は、並べられた悪魔の実に目を移す。

 因みに、悪魔の実を記した大図鑑は何年か前に入手して読破済みだ。

 

 一番左は……ヤミヤミか……確かに最強と言えなくもないが……コレは黒ひげが喰うべき実だな。

 てか、現時点でここに有って大丈夫なのか?

 海賊王が処刑され大海賊時代と呼ばれる様になってもうすぐ20年……時期的にはギリギリか。

 未来知識とも言える原作はなるべく壊したく無いのだが、どの道俺が知る原作は二年後に一味が再集結した辺りまでだし、頂上決戦が起こらなくても割とどうでも良いな。

 とりあえず、保留と。

 

 真ん中は……原作未登場のガスガスか……最強種たる自然系だが扱いが難しそう、と言うより火が弱点になるんじゃないのか?

 とりあえず、保留と。

 

 一番右も……本編未登場の実か……自然系ですらなく図鑑の説明文も大したことのなかった超人系の実だが、俺の推測なら……コイツは最強の実に成る可能性を秘めている。

 覇気を扱える俺にとって、別に悪魔の実の能力は無くても構わない……一か八か、掛け値なしの最強に賭けて喰うのも悪くない。

 

 決まりだな……元より世界様の用意した実を喰わない選択肢など存在しない。 

「お心遣い痛み入ります! では、こちらの実を頂きます!!」

 

 そう叫んだ俺は右端の実を掴んで天にかざすと、大口開けて食い付いた。

 

 マズい。

 

 だが、時間をかければ逆に喰えそうにもなく、二口、三口でろくに噛まずに呑み込んだ。

 

『ほぅ……ソレを選んだか……面白き男よな』

 

「お誉めに預かり光栄の至り! それでは行って参ります! 長きに渡り御世話に成りました! お祖父様もどうかお元気で!!」

 

 直立の姿勢からの直角のお辞儀を行った俺は、キビスを返して背を向けた。

 世界様と向き合うばかりか、入らぬ嫌疑まで向けられた俺の精神はこれ以上持ちそうもなく、なんとしてでも謁見を終わらせたい。

 

 だが、黙って去るワケにはいかない。

 子孫をモルモットの様に育てる世界様に思う所は無くもないが、それでも俺は、この聖地で世界様たるお祖父様から多大なる恩恵を授かったのは事実だ。

 

 そう……例え反逆者として処断される危険が有ったとしても、御礼と別れの言葉を告げないと人の道に反する事に成る。

 我ながら馬鹿げた拘りだが、俺は俺の心の自由に従って動きたい。

 それに、これをしっかりとやり遂げれば、ついでに三大将の追跡からも逃れられるし悪くはないハズだ。

 

『ふ……ふははははっ……我をその様に呼ぶか……行くが善い……No.シックス! 行って己が望み叶えてみせい!』

 

「ハッ!!」

 

 こうして、命を磨り減らす思いで海へ出る許可と、思いがけず最強の能力(予定)を得た俺は、振り返る事なく出口に向かって一目散に駆け出した。

 何度も言うが、世界様の前では礼儀作法なんてものに拘るよりも、素早く要件を済ませ逃げるが勝ちなのである。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「サーティーン……いくつになった?」

 

 世界様との謁見を済ませ充分に距離を取った俺が、乱れた息を整えつつ歩いていると、突然背後から男の声で呼び止められた。

 

「これは……叔父上、それに叔母上。相変わらず仲が宜しいようで」

 

 振り返った先には紫髪の丸い頭の男が後ろ手に腕を組み、その後方には口元を紫のスカーフで隠した紫髪の女が立っていた。

 大方、何処かで俺の謁見を聞き付けて、探りに来たのだろう。

 

 二人は俺にとっての叔父と叔母……つまり二人とも世界様の子であり、同じ母を持つ兄妹だ。

 No.は兄がツーで妹がフォーだ。

 この二人は天竜人継承レースに気付いている口で、お互いを敵視しているとかいないとか。

 

 まぁ、聖地を去る俺には関係の無い話だな。

 

 関係ないと言えば、各々が異性の護衛を引き連れているが、別段話す事もないしどうでもいい相手だ。

 

「戯れ言を……良いから申すがよい。いくつに成ったのじゃ?」

 

「おかげさまでNo.シックスと呼ばれましたよ。叔母上様」

 

 No.は通達される様なモノではなく、謁見の際に呼ばる事で判明する数字であり、今現在の正確なランキングは世界様しか知らないらしい。

 因みに、No.ワンと呼ばれた天竜人は誰もおらず、日々入れ替わるランキングの性質上、同じNo.が被る事もよくある話だ。

 

「ほぅ……貴様の様な闘いしか取り柄のない我が儘男がシックスとはな……」

 

 眉のない右目をピクリとさせたNo.ツーが感嘆しつつ嫌味を言ってきた。

 

「叔父上様も戯れ言がお好きな様で。俺の何処が我が儘ですか」

 

 先ほどの嫌味に対するお返しだろうか、叔父の嫌味に肩を竦めてみせる。

 

「何っ?」

「そなた、本気で言っておるのか?」

「あり得ない」

「有り得ませんね」

 

 嘘だろ?

 叔父、叔母だけでなく、ほとんど言葉を発さない護衛までもが驚いている。

 

「俺の頼み事など、奴隷を買い漁る事と比すれば可愛いモノではありませんか」

 

「サーティーン……いや、シックスよ。大局を見るが良い……貴様がシャボンディで海賊相手に暴れる為に、どれ程の人間がどれだけの時間を費やしているか考えた事は有るか?」

 

「べ、別にあいつら暇なんだし良いじゃないですか! 大体、俺が付いてこいと言ってるんじゃないしっ」

 

 覇気修行の成果を試すべく、身分を隠してシャボンディで暴れまわっているのは確かだが、海兵達の助けを借りた事はない。

 付いてこなくていいと言ってるのに、ワラワラ集まり遠目に見てるだけの海兵まで俺のせいにされるのは心外だ。

 

「そもそも、奴隷を逃がしたのはシックス、そなたであろう? 買わねばならぬは元を正せばそなたのせいというものじゃ」

 

「え? それは……その……色々と事情が有りまして……奴隷を逃がしたらどうなるかなぁ、なんっつって」

 

 自らの後頭部を叩き、可愛く言ってみたが、向けられたのは四人の白い目と、紫ババァの「最悪じゃな」の呟きだった。

 

 奴隷解放……別に正義感を振りかざした訳でもなく、これにはのっぴきならない事情が有ったのだ。

 

 アレは確か十数年前……前世の記憶を思い出し、天竜人としての暮らしにも慣れ始めた頃だった。

 馬鹿(父)に付き合って行ったコロシアムで、フィッシャー・タイガーの名を聞いてしまったのだ。

 俺の記憶が確かなら、あの男こそが奴隷解放の英雄であり、外部から断崖絶壁をよじ登って聖地で大暴れするハズの男だったのだ。

 しかし、この世界のタイガーは奴隷であり、物理的に外部からの侵入は不可能だった。タイガーが聖地を襲撃しないと、奴隷は解放されずハンコックも解放されずに原作が変わってしまう。

 ワンピースの世界に産まれたからには、いつかはルフィ達との交流も果たしたい……そう考える俺には不都合だったのだ。

 それで仕方なく俺がタイガーの脱獄の手引きをしてやり、原作の流れをなんとか護ったと云うわけだ。

 

 面白い事にこの事件は『断崖絶壁をよじ登って現れた英雄の仕業』と世間では言われており、俺的には、原作の修正力はハンパない、と学んだ出来事になる。

 

 そう言えばハンコックはどうなっているのやら……一応、原作通り七武海に入ったと聞き及んでいるが、少し心配な事もある。

 原作で描かれなかったダケかもしれないが、この世界のハンコックはそれなりに酷い目に合っていた。

 

 奴隷の美少女……これだけ言えば誰でもピンと来るだろうが、そういう事だ。

 原作から外れた人間不信に陥ってなければ良いのだが…………東の海に行く前に立ち寄ってみるか。

 

「まぁよい……それで、旅立ちはいつになる?」

 

「変わった男よな……何の不自由のない聖地を離れ、野蛮な地に向かうのじゃからな」

 

「は? なんでそれを?」

 

「貴様の望んだモノを考えてみよ。戦闘力に海楼石を敷き詰めたダイアルで動く小型の動力船」

 

「どう考えても旅に出ようとしておるではないか?」

 

 No.ツーの言葉をNo.フォーが捕捉する。

 この二人、マジで仲が良いのかもしれない。

 

「別に良いだろ? 俺が居なくなればライバルが減って万々歳だ」

 

 コレで別れとバレているなら、猫を被る必要はないだろう。

 口調をぐずし軽口を叩いた俺は、大袈裟に両手を拡げてみせた。

 

「ふっ……違いない」

 

「愚かな男よな……今少しの辛抱を重ねれば良いものを」

 

「ほっといてくれ。何をするのも俺の自由だ」

 

 紫ババァの言うことは間違いじゃない。

 何を基準に判断しているのか定かでないが、若冠二十歳にしてNo.シックスの評価を得た俺だ。

 更に10年、20年と励めばNo.ワンとなれるかも知れず、そうなれば次代の世界様となり、知りたいことの全てを知れる。

 

 だが……それでは面白くないのだ。

 折角産まれたロマン溢れるワンピースの世界で、他人の敷いたレールの上をひた走る?

 

 そんなのは御免だ!

 

 目の前の二人の様に、籠の鳥と知りつつ辛抱を続ける事は俺には無理だ。

 

「「ならば、精々頑張るがよい。これは餞別だ」」

 

 兄妹の声が見事にハモり、揃って小さな物を差し出した二人は、互いにそっぽを向き合った。

 

 やはり仲が良いのかもしれない。

 

 そんな二人からの餞別を受け取った俺は、別れの言葉を告げると、小型船を預けたシャボンディ諸島へと向かうのだった。

 







No.ツーとフォーさんに前世の記憶は有りません。



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 円満に聖地から旅立った俺は、シャボンディ諸島の片隅でひっそりと営業する、とあるぼったくりバーでビールの入ったグラスを片手にクダを巻いていた。

 

 小型船を預けたレイリーを待つこと1週間。

 船が無ければ旅は始まらず、否応なしにマトモな客の来ないぼったくりバーで、不良オヤジの帰りを待っていたのだが、いい加減に飽きが来ているのだ。

 

「レイリーは何時になったら帰ってくるんだ? 自由過ぎんだろ?」

 

「オーザちゃんったらホント我が儘ねぇ。待つ事も楽しいわ……そうは思えない?」

 

 何がどう我が儘なのか分からないが、『ワール・D・オーザ』これが海に出る際に考えた俺の名だ。

 ワールドと名乗れるなら何でも良かったのだが、シャッキーによると過去にワールドを名乗る大海賊が居たらしく、仕方なく『ワール・D』と名乗ることにした。

 世界を旅する、世界様を越える、世界の力を手に入れる……そんな意味をこの名に籠めたつもりだ。

 

「いや、全然」

 

 客の居ない店内のカウンター席で座る俺は、垂直に立てた手のひらを左右に振ってシャッキーの言葉を否定する。

 

「あら、そう」

 

 カウンター内で短く呟いた店主のシャッキーは、タバコ片手に手元の新聞に目を落とした。

 

「大体さぁ、なんで行き先を確認しておかないんだ? 心配じゃないのか?」

 

 シャッキーとレイリー。 この二人の関係はよくわからないモノがある。

 俺に分かるのは、恋人同士や愛人関係、そんな言葉で言い表せる様なちゃちな関係ではないって事位だ。

 

「大丈夫よ。レイさんはオーザちゃんの十倍は強いわ」

 

「いや、そうじゃなくって、誰と何してるか分かんないだろ?」

 

「あら? 私の心配かしら? オーザちゃんのクセに生意気ね」

 

「クセにって何だよ!?

 ったく、天竜人権限で大捜索網を敷いてやっても良いんだからなっ」

 

 シャッキーとレイリーの二人は俺が天竜人であると知っている。

 それを知りながら態度を変えない二人を気に入っているのは秘密だ。

 

「天竜人、辞めたんじゃないの?」

 

 立ち上がって片腕を組んだシャッキーは、少し不思議そうにしている。

 

「そう思ってたんだけどな? 意外と叔父上と叔母上も甘い様で……これをくれた」

 

 別れの際に受け取った品を懐から取り出してカウンターに並べ置く。

 

「これは……純金の懐中時計と永久指針ね? あら?」

 

 普通と違う事に気付いたシャッキーは、手にとってまじまじと調べている。

 

 モノは懐中時計と永久指針で合っている。

 普通でないのは表面に刻まれた紋章と指針の指し示す方角だ。

 

「天竜人の紋章に、聖地を差す指針……何時でも帰ってこい、オーザちゃんは天竜人だ……って事かしら?」

 

 シャッキーがカウンターに戻したアイテムを素早く回収して仕舞い込む。

 

「さぁな? ま、精々使わせてもらうさ」

 

「素直じゃないわね。それで? オーザちゃんはそれを使って海に出て、一体何をするのかしら?」

 

「何って……自由を謳歌するのに決まってんだろ?」

 

「本気……?」

 

「ん? 本気も本気だが、なんかマズイのか?」

 

「呆れているのよ。オーザちゃん程自由に生きている人って中々居ないわ」

 

「そうかぁ? 天竜人は自由に見えて案外窮屈なんだぜ?」

 

「そんな風に感じる天竜人はオーザちゃんだけよ。 でも良いんじゃない? 若い内に海に出て、人に合い、恋をする……そうする事できっと何かが見付かるわ」

 

「は? 恋ってなんだよ? 俺はそんなモノをするために海に出るんじゃないぞ」

 

 恋。

 つまりは女でイコール肉体関係。

 聖地から出なければ幾らでもやれる事であり、俺にとっては大した価値の無いモノだ。

 

「そう言うオーザちゃんだから恋をオススメするのよ」

 

 空になったグラスにビールを注ぎながら話すシャッキーは、嘘や冗談を言っている訳でも無さそうだ。

 

「恋、ねぇ……」

 

 俺の呟きを最後にお互いが口を閉ざし、ゆったりとした時間が流れ始める。

 

 と、思ったのも束の間。

 

『出てこいっ、レイリー!!』

 

 ドアを蹴り破って馬鹿が現れ、開けっ放しとなった入口からぞろぞろと雑魚も現れて店内を占拠した。

 大方、レイリーを撃ち取って名を上げようとでもしているのだろうが、馬鹿が多過ぎる。

 この1週間だけでも三度目だが……海軍ですら把握していないレイリーの居所を、こんな雑魚が知っているのは些か解せない。

 

 もしや、このババァと不良オヤジは、わざと情報を流してんじゃないだろな?

 

「レイさんなら居ないわよ」

 

 俺の向ける白い目にも全く焦った様子を見せないシャッキーが親切にも事実を告げた。

 

「隠しだてしようってのか!? ババァ!!」

 

 お?

 馬鹿じゃなく自殺志願者らしい。

 シャッキーがババァなのは紛れもない事実だが、それを口にするのは危険極まりない愚行と言える。

 

「オーザちゃん? 何か失礼な事を考えてない?」

 

「いや、全く」

 

「そう? なら良いけど、あのドア幾らだったかしら?」

 

「1000万ベリーだな」

 

 無論嘘だが、シャッキーに対する慰謝料込み込みで、何時もより高めに吹っ掛けております。

 

「そうよね……そう言う事だから弁済金を置いて帰って頂戴」

 

 俺にニッコリ微笑んだシャッキーは、そのままの笑顔を馬鹿に向けて金銭を要求している。

 

 極悪だ。

 極悪がいるぞ。

 

「オーザちゃん?」

 

「はい、すんません」

 

「なっ!? ふざけてんじゃねぇ!! こんなボロいドアの何処にそんな価値が有る!」

 

 怒った馬鹿が足元に転がるドアを踏みつけ穴を開けた。

 

「おー……おっさんスゲェじゃん? 宝樹で出来たドアを貫くたぁ大したモンだ」

 

「ほ、宝樹だと? う、嘘ついてんじゃねぇ! オレに宝樹は壊せねぇ」

 

 おっさんは段々と小声に成りながらも最後まで言い切った。

 

 偉いぞ、おっさん。

 

「うん。知ってる。おっさんじゃぁ宝樹を壊せなければレイリーも倒せない。悪い事は言わない……金を置いて帰りな」

 

「んだとぉ? 黙って聞いてりゃテメぇ何者だ?」

 

「恋を求めて世界をさ迷う愛の狩人、その名もオーザちゃんよ」

 

「いや、違うし」

 

 シャッキーによる訳の分からない勝手な自己紹介を即座に否定しておく。

 おっさんをイラつかせる目的だったとしても、乗る事は出来ない。

 

「あら? 残念ね」

 

 大して残念そうでもないシャッキーは、天井に向けて煙を吐いた。

 

「て、テメェラ! フザケテンじゃねぇぞぉ!!」

 

 目論見通り逆上したおっさんが腰のピストルを手にしたかと思うと、

 

 ――ダンっ!! 

 

 流れる様な動きで引き金を弾いた。

 只の馬鹿と思っていたがなかなか判っている海賊だったらしい。

 殺ると決めたら即座に放つべし……ピストルは脅しの道具じゃない。

 

 おっさんの銃口はシャッキーを狙い、ソコから放たれた弾丸が迫る。

 

 素早く腕を伸ばした俺は、その弾丸を…………二本の指先で掴んだ。

 

「な、な、なにぃ!?」

 

「あら? 凄いじゃない。そんな事はレイさんだって出来ないわよ?」

 

「出来るけどヤらないダケだろ?」

 

「そうかしら?」

 

「銃弾なんか弾くなり避けるなりすれば良いだけのモンだろ? わざわざ掴み取る意味なんかねーよ」

 

「なら、その意味の無いことをどーしてオーザちゃんはヤるのかしら?」

 

「それは……」

「テメェラ! 無視すんなぁ!!」

 

 ――ダンっダンっダン!!

 

 おっさんが俺に向けて銃弾を発射した。

 

「オラァ!」

 

 拳を武装色で硬化させ迫る弾丸を弾き飛ばす。

 弾かれた弾丸が『運の悪い事に』店内の備品を幾つかを破壊した。

 

「あら? 困ったちゃんね? 確かあのグラスも高かったわ」

 

「500万ベリーだな」

 

 当然、嘘だ。

 

「大変ね。グラスが三つとドアの代金……合わせて2500万ベリー払って貰うわよ」

 

 ここはぼったくりバーでありシャッキーは追い剥ぎではない。

 商品を注文しない馬鹿には、物品を壊させて法外なお代を請求する……それがこの店のルールだ。

 

 シャッキーがカウンターから店内へと悠然とした足取りで移動する。

 

「か、か、頭!? コイツらヤバイっすよ」

「逃げやしょう!」

 

 ここに至り、成り行きを見ていた雑魚が慌て始めるが、時既に遅し。

 

「帰るのはしっかり弁済してからよ」

 

 出口に仁王立つシャッキーがニッコリ微笑んでいる。

 

「ぎゃー」

「勘弁してくれぇ」

 

 そもそも、ピストルを武器にする程度の雑魚が、老いたとは言え冥王を捕えるって自信は何処から沸いて出るのだろう?

 貴族だけでなく、世の中馬鹿が多いということか?

 

 シャッキーにしばかれる雑魚達の叫びをBGM代わりに聞きながら、俺はそんな事を考えるのだった。

 



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 ぼったくりバーは夜を迎え静かに時を刻んでいた。

 

 日中、馬鹿な海賊達が身ぐるみ剥がされ、地面にめり込むという実に他愛の無い出来事もあったが、概ね平和な1日だったと言えよう。

 因みに、馬鹿な海賊達はアレでも一応、3200万の賞金首だったらしい。

 賞金額がイコール強さでもないが、アレで3200万ならバギーやクリークにアーロン……コイツラはどんだけ弱いんだって心配になる。

 

 元読者としてはワンパンでKOされる東の海の強者の姿は見たくないが、俺に舐めた態度を取れば一発KOは免れまい。

 願わくば穏便に遭遇したいものである。

 

 え?

 我慢しろって?

 何それ? 美味しいの?

 

「シャッキー。今帰った」

 

 馬鹿な妄想をしていると、破壊され開けっ放しとなったままの入口に、荷物を肩に下げたマント姿のレイリーが立っていた。

 

「あら? レイさん、お帰りなさい」

 

「遅ぇよ! ったく、どんだけ待たせるんだ」

 

 漸く現れたレイリーだが、やはり二人の関係はよく分からない。

 別段、レイリーに悪びれた様子はなく、シャッキーも又、喜ぶでもなく普段通り。

 一人でカリカリしている俺が馬鹿みたいだ。

 

「おや? 誰かと思えばキミだったか……私にはキミを待たせた覚えはないのだが、こんな所に一人でどうしたのかね?」

 

 なるほど……確かに、待っているとレイリーに伝えていないし、勝手に待っていた俺が怒るのはお門違いかもしれない。

 シャッキーの言う俺の我が儘とはこの辺りか?

 

「ちっ……俺じゃねぇよ……シャッキーだ」

 

 だが、勝手であっても待っていたのには変わりなく、文句の一つも言ってやらないと収まらない。

 

「なんとっ!? キミが人の心配をするとはな……シャッキー、明日は悪天候に注意せねばなるまい」

 

「勿論よ。早速だけど、入口の修理をお願いね」

 

「うぉい! どういう意味だ」

 

 隣の席に腰掛けたレイリーにビシッと突っ込みを入れておく。

 

「すまんな、冗談だ。それよりキミが一人で居るのは、ついに天竜人を辞めたからかね?」

 

 「私は本気よ」と呟き酒の用意を始めたシャッキーはとりあえず無視するとして、「ついに」って事は海に出ようとしていたのは、レイリーにもバレバレだったのか?

 だとすれば、少しマズイな……これから海千山千の相手を向こうに回しての航海が始まるんだ。

 もっと上手に立ち回る事を覚えねば成るまい。

 

 それと、レイリーの言う「一人」は周りに護衛や監視が居ない的な意味があるだろう。

 この世界に産まれて以来、常にまとわり付いていた監視と護衛の目が無くなっているのだ……俺の見聞色でも確認していたが、未だ追われる身のレイリーが言うならほぼ間違いなく、俺は一人きりだ。

 

 一人きり……なんて清々しい響きだろうか? コレこそが俺の求めた自由への第一歩だ。

 とは言え、天竜人を辞める気もない。

 

「辞めてないさ。俺は、天竜人として海に出る! と言っても、ワール・D・オーザとして名前を偽るけどな?」

 

「面白い男だとは思っていたが、まさか、その様な暴挙に出ようとは……全く、畏れ入る。しかし、天竜人であるキミがDとは大胆不敵が過ぎるのではないかね?」

 

「そうか? てか、Dの意味とか知らないし…………そういや、レイリーなら知っているのか?」

 

「それは、Dの意志についてかね……それとも、天竜人の事かね?」

 

「オーザちゃんよ? 両方に決まってるわ」

 

「はっはっは……そうであった。オーザ君は片方だけで諦めるような男では無かったな。欲しいモノは手に入れる、それがキミだったな」

 

 運ばれたグラスを片手にレイリーは上機嫌だが、俺って2人にどう思われてんだ?

 物凄い我が儘野郎に思われてそうで心外だが、これも天竜人としての宿命か。

 天竜人イコール我が儘。

 これは世界中の者が抱くイメージだから仕方がないのだ。

 

「で? 結局レイリーは知ってるのか?」

 

「無論、知っているとも。Dの意志……天竜人……空白の百年……長い航海の果てに我々は全てを知ったのだ」

 

「へぇ〜〜」

 

 ロビン辺りが聞けば泣いて喜びそうだな。

 

 あれ?

 

 そういや、原作のルフィやロビンは聞いたのだろうか?

 

 …………。

 

 ダメだな……思い出せない。

 こんな事ならもっと原作を読み込んでおけば良かったが、まさか自分が転生するだなんて思ってもみなかったし、細かい所までは覚えてなくて当然か。

 

「どうする? 今聞くかね?」

 

「いや、今はいい……今聞くのは面白味に欠けるってもんだ。 苦労して航海の許可を獲たのに使わなきゃ損だろ? グランドライン前半の海を制覇して、この地に戻ってきた時に聞かせてもらおう」

 

 レイリーの提案は実に魅力的だが、聞いてしまえば俺の旅は始まる前に終わってしまう。

 天竜人の謎を解き明かすのも大事だが、自由に旅をして世界を巡り、麦わらの一味と交流するのも俺の目的の一部となっている。

 

 世界の謎はグランドラインを半周した暁に聞く……全てを兼ねるこの辺りが妥当な目標になるだろう。

 

「はっはっは……大した自信だが前半の海であってもグランドラインは甘くないぞ。十分に気を付けたまえ」

 

「別に甘くは考えてないさ……生きて再びこの地に戻る! コレは決意表明みたいなもんだ」

 

「そうか……ならば老人の出る幕はあるまい。私はここでオーザ君が為す事を楽しみにしているとしよう」

 

 俺の答えに満足したのか、笑みを浮かべたレイリーはグラスをグイッと飲み干して視線を落とした。

 

 でも、話はまだ終わっていないんだな。

 

「いや、出る幕はあるぞ? 女ヶ島への航路を教えてくれ」

 

「あら? 早速、女を求めに行くつもり?」

 

「違うし。大体、自由の欲しい俺が女に縛られてどうするんだよ」

 

「それはオーザちゃんの偏見よ? 縛らない女も居るし、全てを捧げたくなる様なたった一人の女もいるわ……世界は広いのよ」

 

 なるほど……縛らない事で自由が信条のレイリーにとっての唯一無二の存在で有り続ける。

 かと言ってシャッキーが無理をしているわけでもなく、縛らない関係の理想を体現しているのがこの二人か。

 

「ふんっ」

 

 言いたい事は解らなくもないが、鼻で笑ってグラスを飲み干した。

 

 素晴らしい女は世界に匹敵する……こんな意見を耳にした覚えも無くもないが、やはり今の俺には必要ない。

 

「ふふ……オーザちゃんには難しかったかしら?」

 

 頬杖つくシャッキーは俺の態度を特に気にした風でもなく、タバコに火を付け煙を吐いた。

 

「良いではないか。オーザ君が何を求めるかはオーザ君の決める事だ。それでキミは、女ヶ島に行って何をするのかね?」

 

 レイリーが値踏みするような視線を俺に向ける。

 

 俺の原作知識が確かなら、十数年前に逃げ出したゴルゴン三姉妹を保護して匿ったのはレイリーであり、女ヶ島への行き方を知っていると踏んだのだが、思ったよりも過保護らしい。

 

 善からぬ事を企んでいるなら教えない……そんな意志がレイリーの瞳には宿っている。

 

「そう睨むなって。ゴルゴン三姉妹がどうなっているのか、会ってこの目で確めるだけさ」

 

「そうか……彼女達を救った天竜人の問題児とはオーザ君、やはりキミの事だったのか」

 

 見聞色の為せる業か?

 それとも単なる察しの良さか、レイリーは俺が問題を引き起こした天竜人だと気付いた様だ。

 

 てか、天竜人の問題児ってなんだよ!?

 俺の扱い酷くね?

 いや、そもそも人違いだな。知らないけど、きっとそうだ。

 

「さすがオーザちゃん。昔からやんちゃ坊主だったのね」

 

「助けてねぇし、やんちゃ坊主でもねぇ!」

 

 立ち上がって手を振るい、抗議の意志を表してみたが二人は楽しげに笑うだけだった。

 

 

 こんな風に、時にからかわれながら、時に経験を話されながら、楽しい夜は更けてゆく。

 

 

 それから一夜明け、レイリーから女ヶ島への永久指針を託された俺は、日の出と共にアマゾン・リリーへ向けて小型船に乗り込むのだった。

 









次回!
「ハンコック登場!」



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諸事情により主人公の名前が代わりました。

本編4話目にして、主人公の容姿と人格、強さの説明回。
主人公は天竜人です。
基本的に、馬鹿で傲慢。
嫌いな人はご注意下さい。
ハンコックに対する暴言もあります。






 カームベルトに浮かぶ男子禁制の島、アマゾン・リリー。

 一昔前は幻の島とも言われていた女ヶ島だったが、僅か二日で無事に辿り着く事が出来た。

 

 偉大なる航路を海賊の墓場たらしめているのは、大別すると三つの要因があげられるだろう。

 一つは、磁場の乱れや嵐といった自然の脅威。

 一つは、海王類に代表される巨大生物の脅威。

 最後の一つは、人間である海賊による脅威だ。

 

 俺は天竜人の権力をいかんなく発揮して、これらの脅威を脅威で無くす事に成功していた。

 自然の脅威は、用意した小型船とエターナルポーズで乗り越え、巨大生物の脅威は、海楼石の船底と幼い頃より海軍本部の連中を呼びつけて、鍛えに鍛えた身体と覇気でブッ飛ばす。

 海賊の脅威は、覇気と懐中時計に刻まれた天駈ける竜の蹄の紋章で追い払う予定であったが、どちらも使う程の相手に会うことも無くアマゾン・リリーへと辿り着いたので、拍子抜けと言えば拍子抜けだ。

 

 とは言え、順風満帆であったか? と聞かれれば答えはノーだ。

 僅か二日に満たない航海であったが、大きな問題に直面したのである。

 

 それは……。

 

 暇なのだ。

 

 大海原に浮かぶ小さな船の上で、たった一人で一体何をしろというのか?

 あと、飯の用意とかが面倒だ。

 早急に誰かを見付けて旅の道連れにすべきだろう。

 理想はソコソコ強くて料理が得意、その上で原作に与える影響の少ない人物が望ましい。

 

 まぁ、この問題は後でじっくり考えるとして、先ずは間近に迫る問題を片付けるとしよう。

 無事にアマゾン・リリーへと辿り着いた迄は良かったが、少々面倒な事に成りつつある。

 

 島の内部へと通じる川を遡っていると、川幅が狭まった辺りで左右の岸に蛇みたいな弓を手にした、多数のビキニ姿の女が現れ行く手を遮られたのだ。

 

「だからっ! 海賊女帝に合わせろっつってんだろうが!」

 

「出来ぬと言っている! 早々に立ち去れ!!」

 

 緩やかに流れる川に浮かぶ小型船の船首の上に立った俺は、島の護衛団の隊長格と思われるビキニ姿の女と押し問答を繰り返している。

 

 天竜人だと名乗ればハンコックに警戒されるのは火を見るより明らかであり、かといってハンコックが隠そうとする十数年前の出来事を明かす訳にもいかず、こうやって面会を頼んでいるのだが、中々上手くいかない。

 

 てか、いい加減面倒だな……死なない程度にブッ飛ばすか?

 集まった百を越える女の中には隊長格の女を筆頭に、原作で見たような人物の姿もあるが、所詮は覇気無しルフィにあしらわれる程度の連中だ。

 俺の敵では無いし、殺さなければ原作に与える影響も最小限になるハズだ。

 

 …………。

 

 よし、ブッ飛ばそう。

 

 それから岩壁に作られた中国風の城に行けば、ハンコックに会うという俺の目的は果たされるハズだ。

 

「み、皆の者気を付けよ! コヤツ、何かしでかす気だ!! 刃向かってくるなら殺しても構わん!」

 

 俺が戦闘モードに意識を切り替えると、すかさず隊長格が周りの女兵に注意を促す檄を飛ばした。

 未熟ながらも見聞色の資質を兼ね備えているのかもしれない。

 

「ま、待ってください。相手は女です。殺さなくても国外追放で良いのでは?」

 

 見覚えのある女、確かマーガレットだったかが甘い事を言っているが、色々かつ根本的に間違えている。

 

「そこの黄色い髪の女ァ! 俺は男だ!! フザケタ事を抜かしたらブッ飛ばすぞ!」

 

 フザケなくてもブッ飛ばしは決定事項だが、普通、間違えるかぁ?

 そりゃ、身長は如何な天竜人の命令であっても伸ばす事が出来ず、170程度の細身の身体だが、肝心の顔は其なりに整っていると自覚があっても、何処からどう見ても男の顔だ。

 

 コレか?

 この長く伸ばして無造作に束ねた薄紫色をした髪のせいか?

 刃物を持たせた人間を背後に立たせたくなかったのが、まさかこんな形で裏目に出ようとは。

 

「男だと!?」

「きゃー男よぉ!」

「始めて見たの巻き!」

 

「己っ、我等を謀りおったか! 皆の者、矢を放て!!」

 

 団長格が振り上げた腕を下ろすと、左右の高みから覇気を纏った矢が一斉に放たれた。

 

「はぁ? 謀ってねーしっ、お前等が勝手に間違えたんだろがっ……オラァ!」

 

 下手に避けると船体が傷付く……両手に覇気を纏わせた俺は、ラッシュを繰り出し迫る矢を叩き落としてゆく。

 叩き落とす際は矢尻の先との正面衝突は避けて、横からショートフック気味に叩くのがポイントで、コツさえ掴めば矢を叩き落とすのは簡単だ。

 

 しかし、船の上で闘い続けるのはマズイ。

 只の矢尻であっても覇気を纏わせれば、その攻撃能力は貫くから爆破に変わるのだ。

 万一、流れ矢が船に当たると考えるのも恐ろしい事態を招くだろう……主に、俺の怒り的な意味で。

 

 俺は、隊長格が陣取る川岸に向かって小型船を蹴り大ジャンプを繰り出した。

 

「貴様っ……覇気使いか!」

 

 近距離で俺と対峙した隊長格は、手にする武器を弓から剣に変えて俺を睨み付ける。

 

「よう……人が下手に出てやったのに、やってくれたじゃねぇか? 覚悟は出来てんだろな?」

 

「下手だと!? 貴様がいつ下手に出たというのだ!」

 

「海賊女帝に合わせろって頼んだだろうがっ」

 

「そんなモノは下手とも頼みとも言わん! いや、問答は最早不要! 貴様が男なら死、有るのみ!」

 

「気が合うじゃないか? コッチにも話す気はもう無いんだよっ! お前等全員ブッ飛ばして海賊女帝を引き摺り出してやるぜっ」

 

「やはり、狙いは蛇姫様か! 皆の者、遠慮は無用だ! かか、れぇ……!?」

 

 こういう時は先に頭を潰すべし。

 周りに指示を飛ばす隊長格の鳩尾に一撃を食らわせ意識を奪う。

 

「隊長!?」

「見えなかったの巻」

 

「さぁ、次はどいつだ? ブッ飛ばされたくないヤツは、海賊女帝に泣き付く事をオススメするぜ?」

 

 こうして不適な笑みを浮かべた俺は、降りかかる火の粉を払うべく、戸惑う女達に殴り掛かるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「これは一体にゃに事じゃ!?」

 

「ニョン婆ぁ様!?」

「お、お逃げ下さい!」

 

 八割方倒したところで密林を掻き分けて三頭身のババァが現れた。

 

 女達は九蛇の戦士と呼ばれるだけあって、どいつもコイツも逃げようとはせずに、意識を取り戻しては俺に向かってくる。

 手加減も面倒になってきたし、これで風向きが変われば良いのだが……。

 

 ってか……ミスったかも知れない。

 存在をすっかり忘れていたが、ハンコックの事情を知るであろうこのババァを最初に呼んでいれば、こんな真似をしなくても良かったんじゃないのか?

 次からはもっと慎重に原作知識を思い出して、よりベターな行動を取るべきだな。

 

「お主、一体にゃに者じゃ? にゃんにょ用があってこにょアマゾン・リリーに来たにょじゃ?」

 

 にょにょにょにょ五月蝿いが、若い連中よりは話が出来そうだ。

 

「やっと話せる奴が来たか……俺の名はオーザ。ワール・D・オーザだ。海賊女帝に会いに来た」

 

 散発的に放たれる矢を払い除けながら、現れたニョン婆の近くへと移動する。

 

 話をするなら、お互いに声を張り上げずに済む距離が良いだろう。

 

「ワール・D・オーザ?ワール・D・オーザとな? 聞かぬ名じゃな。蛇姫に会うてどうするつもりじゃ?」

 

「別に何も? 会うのが俺の目的だからな」

 

「にゃんと!? 蛇姫に会う為だけにこれ程にょ事をしでかしたと言うにょか?」

 

「はぁ? これ程? こんなのは当然だろ? コイツらは武器を手に襲って来たんだ……殺されなかっただけ有り難く思うんだな」

 

 俺の言葉にニョン婆が何故か目を見開いて驚き、地に伏す九蛇の戦士の何人かが悔しそうに下唇を噛んでいるが、知ったことではない。

 弱い奴は全てを奪われ蹂躙される……嫌ならヤられたらヤり返す……それがこのワンピースの世界だ。

 奪われたくなければ、権力でも腕力でも知力でも数の暴力でも、何でも良いから『力』を手に入れ自らを護るしかないのだ。

 奪われたくない俺は、血ヘドを吐きながらも絶対的に信頼出来る力として、戦闘力を手にしたのである。

 

「にゃんと言う言い草じゃ!? じゃが、お主が如何に強く我が儘でも目的は叶わにゅ。蛇姫は外海に出ておるにょじゃからな。いくら暴れようとも、城に乗り込もうとも蛇姫には会えぬにょじゃ」

 

「マジかよ……」

 

 だったらなんでコイツらは馬鹿みたいに襲ってきたんだ?

 俺に弱者をいたぶって悦に入る趣味はない。

 ハンコックが居ないなら、完全に骨折り損のくたびれ儲けじゃないか。

 

「ニョン婆様!」

 

 ニョン婆の発言の何が気に入らないのか、満身創痍の隊長格の女は仲間の肩を借りて起き上がると、咎める様にニョン婆の名を叫んだ。

 

「よいではにゃいか。どにょ道ここに居る者達ではこにょ男は止められにゅ。真実を告げて帰ってくれりゅにゃらそれも国を護る一つにょ手じゃ」

 

「ですがっ、不法に入国した男は死罪! それがこの国の絶対の掟!!」

 

「そんにゃ事を言うても、如何にしてその掟を果たすというにょじゃ? そにょ男は、掟だから従ってくれと言うて従うようにゃ男ではあるまい」

 

「そ、それは……九蛇の戦士の誇りを掛けて必ずやっ」

「はいはい。内輪揉めは後で勝手にやってくれ。海賊女帝が島に居ないなら好都合だ……俺は其処らの沖合いで九蛇海賊団が帰って来るのを待つとしよう。邪魔したな」

 

 この場を去ると告げた俺は、川に浮かぶ小型船へと飛び乗った。

 

「にゃ、にゃんと!? ま、待つのじゃ!」

 

「ニョン婆様、どうしてくれるんですか! その者は目的を果たさず引き下がる様な男では無いのです! 拳を交えた私達には判ったのです……例え、死んでもこの男を蛇姫様に合わせられないっ……それをっ」

 

「男は勝手と聞いていたけど……」

「男は恐いの巻ね」

 

「は? 誰が勝手で誰が怖いってんだ?」

 

「貴様に決まっている!!」

 

 隊長格の女がビシッと腕を伸ばして俺を指し示すと、意識のある女の全てがウンウンと頷いた。

 

 なるほど……世間と隔絶された女ヶ島に暮らすだけあって、男の勝手のなんたるかを理解していないらしい。

 俺が勝手なら他の馬鹿貴族はどうなるって話だ。

 

 まぁ、コイツラが世間知らずでも、俺にはどうでもいい事だ。

 死者を出して原作に影響を与えない内にサッサと出航するとしよう。

 

 俺は、動力元となるダイアルを二度、三度と蹴りつけて出航の準備に入る。

 

 ん……?

 

 この感覚は……?

 

「ま、待つにょじゃ! お主に勝手をされてはここに居る者達はどうにゃる!? 護国を果たせにゃんだ者は罪に問われ……最悪、死を賜るにょじゃぞ!!」

 

 川辺に慌てて駆け寄ったニョン婆が両の拳を握り締め、自分達の都合を力説している。

 

「そんなの俺が知るかよ。国を護れないのはソイツラが弱いせいで、死を告げるのはお前等の王であり掟だろうがっ。人に責任を擦り付けんな!」

 

「お、お主には人にょ心がにゃいのか!?」

 

「さぁ? どっちにしてもアンタラにとっては手遅れで、俺にとっての目的達成は直ぐソコだ」

 

 下流に浮かぶ巨大な船を指し示す。

 ゆっくりと川を遡る海賊船の帆には、九匹の蛇をイメージしたシンボルマークが描かれている。

 そして、船を引く巨大な蛇の様な生物の頭の上には、長い黒髪を風に靡かせた女性の姿が見てとれる。

 

「蛇姫様!」

「蛇姫様!」

「蛇姫様ぁ」

 

 徐々に近付く九蛇の船に気づいた女達は、目を輝かせて両手を合わせて握り締め、一斉に蛇姫の名を連呼する。

 

 どうやら、あのデコっ広女が王下七武海の一角、海賊女帝、ボア・ハンコックで間違いないらしい。

 確かに、原作通りの整った綺麗な顔立ちをしているがソレだけだな……能面を思わせる冷酷そうな表情には何の魅力も感じない。

 馬鹿みたいに騒ぐ女達は、ハンコックの放つ覇気とメロメロの実の力で魅力されているのだろう。

 

 ともあれ、容姿や周りの反応に関しては、ほぼ原作通りだ。

 残る問題は性格だが…………兎に角、我が儘だったら原作通り、なのか?

 

「わらわの出迎えもせず、かような場所で何をしているのじゃ?」

 

 俺の小型船の横を素通りしたハンコックは、隊長格の近くで船を停泊させると詰問を開始した。

 

 言葉の一つも聞き逃すまいと小型船を操った俺は、巨大船と並走するように川を遡る。

 

「ハッ! 不法に侵入した者を捕らえる為に、この場で戦闘を行っておりました」

 

「侵入者じゃと? ……そこの男か?」

 

 蛇の頭の上から、俺をゴミでも見るような視線で文字通り見下ろしたハンコックは、直ぐに興味を無くしたかの様に隊長格に視線を戻した。

 

「ハッ! その者、中々手強く、又、蛇姫様の御帰還はもう暫く後かと思っ」

『メロメロ・メロゥ!』

 

 隊長格の発言が終わらぬ内に、ハンコックが両手を前に突き出して指でハートを形取っかと思うと、ハート型の何かが発射され、隊長格とその周りの数名を石化させる。

 

「言い訳など聞きとうない……わらわの出迎えと侵入者の駆除、どちらが大事かも判らぬとはな」

 

「侵入者の駆除に決まってんだろがっ! このデコっ広女ぁ!!」

 

 あまりに愚かなハンコックの暴挙に、俺は蛇を見上げて思わず叫ぶ。

 

 隊長格は俺に敵いこそしなかったが、ハンコックの為に闘ったのだ。

 それをハンコックが傷付けるのは、自らを傷付けるのに等しく、その様な愚かな行動は天竜人だってやりはしない。

 

 自らを貴人で尊き者であると自認する天竜人にとって、海軍や城は自らを護る矛であり盾なのだ……それを虐げるのは自らの否定に繋がりタブーとされているのだ。

 つまり、海軍を頻繁に呼び付けた俺は、天竜人の中に在って異質な存在だと言えるが、それでも無意味に呼んだ事はない。

 

「な、なんたる暴言!」

「神をも恐れにゅとはこにょ事じゃ」

「姉様、お気をしっかり」

 

 俺の事実を指摘する発言に一瞬固まった女達であったが、気を取り直すとある者は驚き、ある者は天を仰ぎ、又ある者は崩れそうになるハンコックを抱き支えた。

 

「貴様っ……わらわに向かってその様な暴言が赦されると思っておるのか!」

 

 正気を何とか保ったハンコックが鬼の形相で、震える声を絞り出す。

 

 さっき迄の能面よりも余程美しく見えるのは俺の気のせいか?

 

「はぁ? 俺は何を言っても赦されるんだよ! 何故なら俺は…………偉いからだ!!」

 

 何故偉いのか判らないが、偉いのは事実だ。

 

 固まる女達をよそに、腕を組んだ俺は高笑いを上げ続ける。

 

「さ、最悪じゃ……アレではまるで、蛇姫が二人ではにゃいか!?」

 

 笑う俺と、それを睨み続けるハンコックに向けて、誰かがこんな事を呟くのだった。

 









次回!
「VSハンコック!」


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今回のキーワード。

暴力
捏造
勘違い
フラグ



「はっーはっはっはっ…………ハッ!?」

 

 やっちまった……。

 

 ハンコックの性格に差異があるかを確認するだけのつもりが、つい余計な事を言ってしまった。

 原作に居なかった俺がハンコックと変に接触すればどんな事態を招くか想像もつかないのだ……不思議な事に周りの女達が固まっているし、この隙にとんずらするのが得策か?

 

 …………。

 

 よし、逃げよう。

 

 そうと決まれば善は急げ、小型船の舵を握り九蛇の船を追い越した俺は、九蛇の船の船首の前でUターン行動に入る。

 

「待つのじゃ!」

 

 蛇の頭を器用にもたげさせて、近くにやってきたハンコックに呼び止められるが知った事ではない。

 

「嫌だ。用は済んだし俺はもう行くぜ」

 

 ハンコックに一瞥だけくれた俺は、出航の準備に取り掛かる。

 

「な、なるたる無礼! そなたの用が済んでも、妾の用は済んでおらぬわ! そこになおるが良い! 妾自ら死を与えてくれるわ!」

 

 何が無礼か解らないが、ハンコックは片手を腰に当て仰け反る様な姿勢で俺を指差している。

 原作通り偉そうなのは良いとして、原作よりも怒りっぽいのは気のせいだろうか?

 

「死、とか要らねぇし。

 大体なぁ、俺に構うより石にした連中を元に戻してやれよ? アイツラは国の為に、お前の為に命を賭けて俺と戦ったんだぞ? 二心無く仕えてくれる人間は何にも勝る得難い宝って知らないのか?」

 

「よ、よくもぬけぬけと……元を正せば男よ、そなたがこの島に現れたのが原因であろう! 何の企みがあって、どうやってこの島に来たか申すが良い!」

 

 わなわなと震えるハンコックだが……この感じは怒りではなく、まだ少女だった頃のハンコックと同じ怯えによるモノに思える。

 

 幻の島と呼ばれた自身の安住の地である島に、天竜人である俺が一人で容易く現れた……この事実が彼女にえもいわれぬ恐怖を与えているのだろう。

 ハンコックの冷酷な面と偉そうな態度は、怯えを隠す為の仮面であり鎧であると云うことか……。

 

 あの日、

 あの夜、

 あの場所で、

 俺は確かにハンコックと出会った……いや、止そう……俺にとっても気分の良い思い出ではない。

 ま、あの出会いだ……彼女が俺を騒ぎの元凶と知らず、単なる天竜人と認識しているならそれはそれで良いだろう……ハンコックが俺に頑なな態度でも勘弁してやるか。

 

「ちっ……俺はコレを頼りにお前に会いに来ただけだ……別に何も企んでねぇよ」

 

 ハンコックを安心させてやるために、レイリーから預かった永久指針を投げ渡す。

 

「こ、これはっ……」

 

 永久指針を見事にキャッチしたハンコックは、指針を見るなり言葉を失った。

 

 そして、

 

『スレイブ・アロー』

 

 何の躊躇いもなく唐突に、ピンクのハート型の何かを作ったかと思うと、ソレを引っ張り訳の解らない矢を何本も放ってきたのだった。

 

「はぁ!? 何しやがる!? オラオラオラぁ!!」

 

 迫るピンクの矢を叩き落とすが、元より俺を狙っていないのか範囲が広い。

 

 俺が得た能力は、意識を加速させる事で精密な動きを可能とする類いのモノであり、スピードやパワーが上がるといったモノではない。

 まぁ、反応速度が劇的に上がっているから、スピードは多少上がっていると言えなくもないが、それでも肉体に備わる能力を越える事はないだろう。

 

 そんな訳で俺を狙わない同時多発的な広範囲攻撃は捌き切れず、敢えなく船への被弾を許す事となる。

 

 ピンクの矢が刺さった辺りを中心に船が石化し、船体が僅かに傾いた。

 

 よし、ブッ飛ばそう。

 この手の能力は意識を奪えば元に戻ると相場は決まっているのだ。

 

 え?

 原作? 勘弁?

 なにそれ?

 ここは現実で甘くない。

 俺に舐めた態度で危害を加えてくるのなら、例え同情すべき原作キャラでも容赦はしない、ってか容赦するべきではないだろう。

 原作保存は動き易くなる為の方法論の一つに過ぎず、原作に拘り過ぎて動きを阻害されては本末転倒となる。

 

 沈みかける小型船を蹴った俺は、九蛇の船へと飛び移る。

 

「人が友好的にしてやったのに、やってくれたじゃねぇか? ブッ飛ばしてやるから掛かってきな!」

 

 怒気を含んだ覇王色の覇気を撒き散らして甲板に躍り出ると、船上にいる女が意識を失いバタバタと倒れていく。

 

 ん?

 

 九蛇の戦士の中でもエリートのハズがこの程度で倒れるのか?

 

「ゆ、友好的!?」

 

「そ、それより姉様に一体何を渡した!?」

 

 意識を保った女、ソニックゴールドとマリーだったかが、巨大な頭を押さえながら俺に話し掛けてきた。

 

 ハンコックと似ているかと問われれば微妙だが、三姉妹が似ていないのは原作通りだし問題あるまい。

 

「おぉ、お前らか? 立派に成長した様で何よりだ」

 

「なに? 立派に成長?」

「何処かで、会った?」

 

「なんだぁ? お前ら俺が誰か判ってないのか?」

 

 だったら何でハンコックはあんなに怯え、キレてんだ?

 

「黙れっ! この卑怯者めが! 二人から離れよ!!」

 

 蛇姉妹に気を取られていると、背後から飛んできたハンコックのソバットが俺の後頭部に迫る。

 

「遅いっ! オラぁ!!」

 

 能力を発動させて振り返った俺は、的確にハンコックの長い足をガードすると反撃の拳を繰り出した。 

 

「な、何故じゃ!? 何故石化せぬ!?」

 

 覇気で悪魔の力を防いでいるだけなのに、ハンコックも能力にかまけた馬鹿なのか?

 だが、体術は中々のモノだ。

 顎を撃ち抜くハズの一撃はハンコックのクロスアームにガードされ、後方に吹き飛ぶこともなく、甲板の上で数メートル後退っただけで踏ん張られた。

 

「ちっ……良い反応してんじゃねーか? だがなぁ? イキなり蹴り掛かるのはどんな了見だ?」

 

「黙れと言っておろう! よくも、わらわの恩人であるレイリーに預けた品を盗んでくれおったな!」

 

「はぁ? なんでそうなる?」

 

「惚けるでないわ! そなたが投げ寄越したこの永久指針が何よりの証……あの強く優しいレイリーがそなたゴトキに遅れを取ろうハズがなかろう! ならば、答は明白!」

 

 ここで一呼吸置いたハンコックは、片手を腰に当てビシッと俺を指差し仰け反った。

 

「そなたが賤しくもレイリー宅に忍び込み、盗み出したのじゃ!!」

 

「黙れっ! デコ女!!」

 

 ヘボ探偵も真っ青の馬鹿推理を披露するハンコックに飛び掛かった俺は、仰け反る顔を目掛けて撃ち下ろしの右を振り下ろす。

 

 攻撃を『受けた』ハンコックがバランスを崩し、甲板の上に音を立てて倒れ込んだ。

 

「あ、姉様を……」

「蛇姫様のお顔を……」

 

「「殴ったぁ!??」」

 

 周りの女達が頬に手を当て叫んでいるが、残念ながら俺のチョッピングライトは寸でのところでガードされている。

 

 その証拠に、ハンコックは何事もなかったかの様に起き上がった。

 

「誰が空き巣の様な真似をするかっ! 俺は欲しいモノは『力』を使って手に入れるんだ!!」

 

「怒るとこソコぉ!?」

「あの男、最悪よぉ!」

 

『メロメロ・メロゥ』

 

 起き上がったハンコックは完全に表情の消えたジト目で石化光線を放った。

 

「そんなもんが効くか!」

 

 避けるまでもなく腕を組んだ俺の身体を、変な光線がすり抜けてゆく。

 

「その様じゃな……ならば、蹴り殺し、切り刻んで魚のエサにしてくれようぞ」

 

「上等っ! 能力にかまけた馬鹿が近接戦闘で俺に敵うとでも思ってんのか?」

 

 聞く耳持たない。

 そんな雰囲気を漂わせるハンコックに口で説明するのも面倒だ。

 

 それに、王下七武海の力をこの身で確めておくのも悪くないだろう。

 

 こうして俺は、海賊女帝、ボア・ハンコックと殴り合う事になるのだった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「ま、まさか、七武海程度が殴り合いで俺と互角に渡り合うとはな……」

 

 能力を使う度に体力が消耗する……こんな設定は原作には無かったぞ?

 そうとは知らずに最初から能力を使いまくった俺は、仕止めきれないまま息切れを起こし、闘いは長期戦となってしまう。

 

 くそっ……能力を手に入れて浮かれた馬鹿は俺だったのか?

 こんな、能力無しのハンコックに手こずる様じゃこの先が思いやられるぜ。

 

「ど、何処までも偉そうな男じゃが、最後に勝つのは妾に決まっておる」

 

 クロスカウンターで互いの顔面にパンチと蹴りをめり込ませた俺とハンコックは、満身創痍に成りながらも強気の姿勢を崩さない。

 

 互いの覇気もとっくの昔に底を尽き、俺とハンコックの闘いは単なる殴り合いの様相を呈していた。

 身長によるリーチの差からこのまま行けばハンコックがやや有利……だが俺にはまだ悪魔の能力が残されている。

 

 体力の消耗具合から考えて使えるのは後一度で限界だろう……ならば、その一度に全てを掛けてラッシュを叩き込んでやる!

 

「えぇ加減にせにゅか!!」

 

 最後の勝負を掛けようとしたところで、いつの間にか船上にやって来ていたニョン婆にゲンコツを落とされた。

 自身の身長以上に飛び上がり、俺とハンコックの二人を同時に殴り付けるとか、大した妖怪っぷりとしか言えないぞ。

 

「痛てて……ババァ、何しやがる!? お前も敵ならブッ飛ばすぞ!」

 

「邪魔をするでないわ! 全く……何処から来たのじゃ? いつもいつも鬱陶しい女よ」

 

「二人とも見上げたもんじゃが、ワシにょ攻撃でフラつくようにゃら、最早闘える身体ではあるみゃい? ここは引き分けでどうじゃ?」

 

「あん? 俺の本気はこれからだっつーの」

 

「そのチビ男など、妾がこれから見事に倒してみせようぞ!」

 

 むかちーん。

 

「誰がチビだ? このデコ広女めっ。お前なんか俺が能力を使いこなせりゃ瞬殺の雑魚武海のクセにっ!」

 

「己っ、二度ならず三度までも……! そなた、妾の魅力がコンプレックスなチビ男で良かったのぅ? メロメロの能力が通じたなら、そなたなど一瞬で石になっておったわ」

 

「あん? 続きやんのか? この、デカ女っ」

 

「何時でも掛かってくるがよい。この未熟男っ」

 

 俺とハンコックはデコを突き合わせ、互いにメンチを切って火花を散らす。

 

「えーっい! 二人とも子供か!! 止めいと言うておろうに! そみょそみょお主、何故蛇姫と闘こうておりゅにょじゃ?」

 

「当然っ、このデコ女に俺の方が強いって解らせてやる為だ!」

 

「馬鹿はお主じゃ! 自分で言うておった目的を思い出してみよ!」

 

「えーーっと……ハンコックに会う……だったな」

 

 おかしい。

 確かに俺の目的はハンコックに会うことだった。

 それが何故こんな事になっている!?

 

 さては、メロメロの実の力で魅了された結果か?

 

 って、違うか。

 

「相も変わらずごちゃごちゃと五月蝿い女よな。久しぶりに楽しんでおったのじゃ……男よ、そなたもそうであろう? ニョン婆は黙っておれ……我等の邪魔をするでないっ」

 

 顔を腫らし乱れた髪をかきあげたハンコックは、途中俺に同意を求めてきたが、正直、全然楽しくない。

 

「黙りませにゅぞ……蛇姫よ、時に苦言も言うが、ワシはそなたが我が儘であっても構わにゅと思うておるのじゃ。我が儘姫の元、国民が纏まりゅ……そんな国が世界に一つくらい有っても良かろう。じゃが! そなたの我が儘を許しても、恩を仇で返す様な真似は許さにゅ!!」

 

「恩じゃと? 何を申しておる? 妾は今日の今日まで、コヤツの様な無礼な男は見たことも会うた事もないわ」

 

 ハンコックはやはり俺を知らないと言う……となれば彼女の畏れの対象は全ての男になる、のか?

 

 だとすれば、我が同族とその取り巻き達は、なんとも罪で愚かな事をしているとしか言えまい。

 度を越えた畏れは些細な事で反乱を招く。

 それは、あの日の脱走劇からも明らかだ……俺がタイガーの牢の鍵を開け、首輪を解錠しただけで後は雪崩の様に脱走劇は広がったのだ。

 

 馬鹿貴族達は、どうして人を虐げる危険にも気付かず、あんな事が平気で出来るのだろう?

 

 あの日、ハンコックを探して向かった先で俺が見た光景は……。

 

「姉様……覚えてませんか? あの日、あの時、」

「止めろっ! こんな人目につく場所で話す事じゃない!」

 

 俺の思考とリンクするようにあの日の事を話そうとする緑髪の妹を制止する。

 

「心配は無用じゃ。この船上にょ者はここにいる五人以外は皆意識を失にょうておる。お主と蛇姫にょ闘いにょ覇気に充てられてにゃ」

 

「いや、その歳、その面で語尾が『にゃ』とかどうかと思うぞ」

 

「お主は真面目にゃ話しも出来にゅにょか!? 少し黙って話を聞いておれ」

 

 

「はぁ? なんで俺がお前らの都合に従わなきゃいけないんだ?」

 

 てか、こんな胸糞の悪い話をする必要がどこにある?

 どうしても思い出話しがしたいなら、俺の居ないところで勝手にやってくれ。

 

「そなた、何を隠そうとしておる?」

 

 取り出したハンカチで顔を拭いたハンコックは、腫れの引いた綺麗な顔で俺を見ている。

 いくら何でも早すぎるが、ワンピース世界ならコレくらいは当然か。

 

「別に隠そうとはしてないぞ? 待ってるのが面倒なだけだ」

 

「そなたという男は……良かろう。待って話を聞くなら、そなたの船の石化を解いてやろう。これでどうじゃ?」

 

「何を偉そうに……元はと言えばお前が石化させたんだから直すのは当然だ。まぁ、その条件を飲んでやるから手短に頼むぜ」

 

 あの船こそが俺の旅の生命線……小型船が直るなら少し位我慢をするのも良いだろう。

 

 こうして、甲板の上に大の字になって寝転がった俺をよそに、三姉妹とニョン婆は時折眉間にシワを寄せながら、あの日の事を話すのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 はぁ……やっぱこうなるよなぁ……くだらねぇぜ……嫌な過去を思い出して嫌な気分になる。

 一体誰トク!? って感じだし、もし、この光景を見ている奴が居たのなら、これより先は見ない事をオススメするぜ。

 

「妾達を『助けた』子供……その子供が成長したのがそなた。コレで間違いないのじゃな?」

 

 過去を思い出して、今日の出来事を照らし合わせ、色々な推測を重ねて一つの仮定に辿り着いたハンコックは、大の字に寝る俺を見下ろす様に問うてくる。

 

「残念、外れだ……俺にお前らを善意や同情で『助けた』覚えはない…………だが、汚いモノをぶら下げて、お前に襲い掛かろうとしたクズを後ろから刺し殺し、室内で海楼石の檻に入れられていた2人を逃がしたのは俺か? そう聞かれればイエスと答えてやる」

 

 太陽を背負うハンコックの眩しい顔を見上げながら事実を教えた俺は、ゴロンと寝返りうって横を向く。

 その途端、膝から崩れ落ちたハンコックは所謂、女座りに座り込み両手で顔を覆い隠すと嗚咽を上げて泣き出した。

 

「「姉様っ!」」

 

 姉妹二人はハンコックの背後に駆け寄ると肩を抱くように寄り添った。

 泣き声こそ上げないものの、二人の大きな瞳にも涙が浮かんでいる。

 

 この雰囲気、どうすんだよ?

 

「お主……天竜人を殺めておきにゃがら、ようも今日まで生きておれたにゃ? いや、よくぞ生きていてくれた……言葉を失った三人にょ代わりに例を言うわい……この通りじゃ」

 

 横を向いた視線の先に現れたニョン婆は、三頭身でありなが綺麗な土下座を披露した。

 

「また語尾に『にゃ』を使いやがって……さてはババァ、真面目に話す気が無いだろ?」

 

 むくりと上半身を起こして笑みを浮かべた俺は、胡座をかいてニョン婆へと向き直す。

 

「お主という男は……いや、それもこれも辛い過去を隠す強がりにょ裏返しかにゃ? まこと、蛇姫によう似とるわい」

 

「はぁ? 辛い過去?」

 

 このババァは何を言い出すんだ?

 そりゃ修行の日々は辛く厳しいモノだったが、あの日々が有ったから俺は海に出れたんだ。

 

「妾達の前では強がらずとも良い……そなたも妾達と同じ(奴隷)であろう。あの場に現れたのが何よりの証……幼いそなたに人を殺めさせたバカリでなく、知らぬ事とは言えそなたを殺そうと……」

 

 背後から抱き付いてきたハンコックの細い腕が俺の胸の辺りで交差する。

 

「ん? まぁ、俺も籠の鳥(天竜人)だったし似たようなもんか? けどな? 俺は人を殺めてない! 俺が殺したのは……クズだ!! アイツラこそが俺の敵……いつか聖地に戻った暁には、一匹残らず見つけ出して根絶やしにしてやるぜ」

 

 本来なら天竜人は奴隷を必要としない。

 放っておいても世界中の国が貴族の娘を、従順なメイドとして送り込んでくるのだ。

 反骨心を胸に秘める危険な奴隷を使う必要がないのだ……つまり、ハンコック達を買ったのは馬鹿な同族であっても、虐げ続けたのはその取り巻きだ。

 天竜人の権力を傘に着て、影でヤりたい放題を続けるクズ……俺の威光を傘に着るクズは始末してやったが、他の同族の取り巻き迄は調べ切れていない。

 クズであっても知恵は有る……尻尾を掴むには中々に骨が折れるのだ。

 

 回されたハンコックの細腕を撫でながら俺は目標の1つを表明する。

 

 しかしまぁ、この細い腕で俺と互角に殴り合うとかどうなってんだ!?

 

「はぁぁん!?」

 

 奇声を発してハンコックが崩れ落ちた。

 

「「姉様!?」」

 

 姉妹二人が倒れたハンコックを揺り動かす。

 

 てか、コイツラさっきから姉様しか言ってないな。

 

「ゴッホン……して、お主はこの後どうするにょじゃ? 如何に強かろうと、今すぐ聖地に乗り込むにょは実力が足りにゅにょではないか?」

 

 痛いところを突いてくるババァだな……ハンコックと互角程度の実力じゃ三大将には敵わない。

 だが、俺が天竜人と気付いても、三大将と闘うことなく普通に帰れる天竜人とは如何な年の功でも気付くまい。

 

「そ、そう急くでないわ……妾はこの御方にまだ詫びて許しを請うておらぬ。妾はそなたから受けた恩を1日足りとて忘れた事は無い!」

 

 正気に戻ったハンコックの俺への呼び名が『御方』になっている。

 

 なるほど……如何な七武海でも天竜人と知ったなら、態度が変わると云うことか。

 

 これは、面白くないな……安易に身分を明かすのは控えるとしよう。

 

「ちっ……馬鹿かお前? その広いデコに脳は詰まってないのか?」

 

 ハンコックのデコに軽くデコピンを入れてやる。

 

「は、はい?」

 

「嫌な事なんかサッサと忘れて気にすんな。俺に許しを請う? 何の事か解らねぇが、俺に許しを請うなら全てを許そう…………何故なら俺は、偉いからだ!!」

 

 立ち上がってそう叫んだ俺は、ポカンと口を開けて呆れる女達の視線を他所に、腕を組んで高笑いをあげるのだった。

 

 それから、船を石化を解いてもらった俺は、一人の九蛇の戦士を旅の道連れに迎え入れ、東の海を目指してアマゾン・リリーを後にするのだった。

 









次回!
「イカサマ師(主人公)登場!〜見聞色でカードゲームは負け知らず!?〜」


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今回で原作前は終わりです。



 聖地への指針を頼りに、東を目指して小型船を走らせるコト1週間。

 永久指針が聖地を指し示すのだから、真逆に進めばリバースマウンテンへ辿り着くというコトに他ならない。

 今現在、どの辺りを航海しているのか判らなくとも東に進んでいるのは確実で、そのうち赤い大陸にぶつかるだろう。

 

 問題であった『暇』も、女ヶ島で一人の乗組員を迎え入れた事で、ある程度解消出来ている。

 当初、ハンコックは九蛇の船で送るとほざき、それが駄目なら自分が船に乗り込むと言ってきかず、ひと悶着の挙げ句、隊長格であったキキョウに『九蛇の戦士としてこの御方を護衛せよ!』と命令を下したのである。

 嫌そうなキキョウを無理矢理連れ回せば危険になるが、皇帝直々の命令となれば俺が無理強いしている訳ではなくなり、裏切られる心配がかなり低くなるので受け入れた次第である。

 堅物のキキョウは話相手としては微妙で、料理もさほど得意でないが、及第点の強さを備え『悪魔の実の能力者でない』のがポイントだ。

 俺が海に落ちた場合の救出はキキョウに全てが懸かっているのである。

 つまり、万が一に備えてキキョウとの信頼関係を築くのが目下の課題となってくる。

 

 そんな訳で俺は、今日もキキョウに話し掛ける。

 

「暇だなぁ……キキョウさんや……飯はまだかい?」

 

 前方を横切る帆船を見付けた俺は、船縁に顎を乗せたまま振り返らずに、背後で腕を組んで立っているキキョウに呼び掛けた。

 

「先程食べたではないかっワール殿! 大体その呼び方は何なのだ!?」

 

「そう怒んなって。ちょっと呼んだだけじゃねぇか?」

 

 振り返った俺は、船縁を背もたれに座りキキョウを見上げた。

 

 キキョウは航海に出ているというのに、首に蛇を巻き付けビキニ姿にマント、要するにアマゾン・リリーの頃と全く同じ格好をしているのだが、この狭い船上でその露出はどうかと思うぞ。

 俺しか居ないから良いようなモノの、この航海中には世の男の常識を学んでもらいたいモノである。

 

「貴様はっ……普通に呼べんのかっ」

 

 信頼を築こうと何かにつけて話し掛けてはいるが、キキョウの反応は大体がこの調子だ。立場の違いによる不幸な事故でブッ飛ばしたのを根に持たれているのかもしれない。

 

「キキョウって服装の割にはお堅い奴だよな? もっと気楽に出来ないのか?」

 

「出来ぬっ……私は貴様の護衛としてここに居るのだ! それと、この服は九蛇の戦士としてのたしなみだ! 馬鹿にするなっ」

 

「馬鹿にはしてないし、お前がどんな格好をするのもお前の自由だ。けどな? こんな小さな船でそんな格好をしているから俺を誘ってんのかと思ってな? 俺ならいつでも良いぞ」

 

 小さな船と言っても長期航海を前提に作られた船であり、情事を行える程度の船室は備えている。

 船の形状としては、ヨサクとジョニーが所有する船に近いハズだ。

 

「……なっ!?」

 

 年甲斐もなく顔を赤らめたキキョウが絶句する。

 男との接点が無かった生活を送っていた割に、この手の言葉の意味は解るらしい。

 

「冗談だって。俺は後腐れの生じる相手とはしない主義だから安心しな。それより、あの船の帆に描かれた紋章に見覚え無いか?」

 

「し、知らぬ……あ、生憎と外海に出た事が無かったんでな」

 

「あぁ、そういやそうか……あの紋章、昨日も見ただろ? アレは俺の記憶が確かならアラバスタ王国の紋章だ」

 

 起き上がった俺は、キキョウの横に並び立ち帆船に向けて指を指す。

 

「アラバスタ……王国、だと?」

 

「ん? それも知らないのか? ま、知らないなら仕方ないけどよ? 嫌々でも世界を旅するなら、色々と見て学んで楽しんだ方が得だと思わないか?」

 

「そう、だな……善処しよう」

 

 組んだ腕を崩して顎を触りながらキキョウは僅かに考え、そう呟いた。

 

「だから堅いって。まぁ、いいや……それで、あの船の行き先には多分アラバスタ王国がある……ってな訳でアラバスタに行こうぜ!」

 

「何故そうなる!? 貴様は東の海に行くのでは無いのか!?」

 

「東の海には行くさ。だがなぁ? 寄り道こそが旅の醍醐味! ついでに、食料の補充をしておくか?」

 

「む……そういう事情ならば……。出来れば『ついで』の方を理由としてもらいたいモノだな」

 

 こうして俺は呆れるキキョウを説き伏せて、アラバスタへと船首を向けるのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 やって来ました『夢の町』レインベース。

 キキョウには告げなかったが、ここに来たのは理由がある。

 

 先ずは時間軸の確認。

 クロコダイルが健在でアラバスタの内乱が起こっていないなら、それだけでルフィ達がこの地を訪れていないのは確定する。

 そして、アラバスタはキナ臭いながらも内乱は起こっていない。

 

 次に、クロコダイルとニコ・ロビンに会うのも目的の一つだ。

 クロコダイルは大人気漫画における、不人気キャラの一人であるが、俺はそうは思わない。ユートピア作戦が成功していれば、クロコダイルは革命を成し遂げた偉大な王となったのだ。

 産まれながらにして王は王……産まれだけで全てが決する王国制度と、その上に君臨する天竜人。

 クロコダイルの計画が悪であるとするならば、誰も新たな王とは成れず、知らず知らずの内に世界は天竜人を認めていると謂うことになる。

 コレに真っ向から異を唱え反抗を起こすのがクロコダイルであり、出来れば会って話がしたい。

 まぁ『出来れば』なので会えなくても構わないし、どうせ失敗する計画に協力する気も更々無い。

 

 他にキキョウの服を買ったり、上手い飯をくったりもしたが、なんと言っても本命の目的が一番重要だ。

 

 本命の目的はズバリ、金稼ぎである。

 長きに渡る金を持たない天竜人の暮らしのせいで失念していたが、旅をするには金がいる。

 その金を手っ取り早く稼ぐには、なんといってもギャンブルだ。適当に賞金首を狩っても良いのだが、派手に狩ると何処でどう転んで原作に影響を与えるか解ったもんじゃないので控えている。

 原作に拘り過ぎる気もないが、進んでぶっ壊す気もないのである。

 

 そんな訳で俺は今、レインベースにあるカジノで見聞色の覇気を武器にカードゲームを楽しんでいる。

 

「ストレートだ……俺の勝ちだな?」

 

 手札をテーブルに広げて見せた俺は、積み上げられたチップの山を両手で手元に引き寄せる。

 

 手札の都合で降りる事があっても、相手の手札も何となく判り、まさに連戦連勝……ウハウハの丸儲けである。

 

「わ、ワール殿……か、勝ちが過ぎるのでは有りませんか?」

 

 ジプシー服に身を包んだキキョウが、背後で訳の分からない事を言っている。

 

「あん? 勝って何が悪いんだよ? てか、何で敬語?」

 

「で、ですが、周りの目というものもアリマス……み、見てください、あの怨嗟に歪む顔をっ」

 

 なるほど……向けられる人の敵意の視線にビビっているのか。

 解らなくもないが、こんなモノでビビっていたら天竜人はやってられない。

 

「あぁ、自分で賭けて自分で負けておきながら、負ければ人のせいにする馬鹿共か……そんな負け犬は気にするな。それより、次の相手はどいつだ? このチップの山を奪ってやろうって強者は居ねぇのか?」

 

 先ほどの勝利で俺の対面の席は空席となっている。

 

 次なる挑戦者と言う名のカモを求めて、きらびやかな店内をぐるっと見回す。

 しかし、どいつもコイツも俺と視線が合うと目を反らしやがる。

 

 ちっ……相手が居ないなら仕方ない。

 

「俺が相手をしてやろう」

 

 ここらが潮時か?

 そう思った時、背後となった対面席からふてぶてしい男の声がした。

 

「あれ? クロコダイル……?」

 

 振り向けば対面席にクロコダイルが座っていた。

 

 …………。

 

 い、いや、計画通り!

 

 カジノで荒稼ぎして騒ぎを起こすと、オーナーであるクロコダイルが現れる……まさに、予定通り!

 葉巻をくわえてふてぶてしく椅子に腰掛けるクロコダイルが、ここのオーナーだと忘れていただとかでは断じてない。

 

「ほぅ……加減を知らねぇ馬鹿でも俺の事は知っている様だな……」

 

「誰が馬鹿だ! 埋めるぞ、このっ鰐野郎!!」

 

 クロコダイルの登場に静まり返った店内だったが、俺のこの発言を切っ掛けに関を切った様な勢いで客が退出していった。

 慌てながらも殆どの客がチップをしっかり回収していったのは流石である。

 

 ガランとなった店内に残されたのは、俺とキキョウにクロコダイルとディーラー役の顔面蒼白の男。

 そして、向かいにあるカウンターに背を向けて座る女だけだ。

 

「クククっ……青二才が……イカサマの種は見聞色か……使える割にヤることのセコい野郎だ」

 

 逃げた客の反応とは裏腹に、クロコダイルは一切取り乱す事なく、落ち着いた口調で俺に語り掛け、値踏みするような視線を向けてくる。

 

「ふんっ……見聞色が禁止と何処に書いてある? ダメなら最初から明記しておけよ、間抜け野郎」

 

「違ぇねぇが、使える奴がこんな所でセコい真似をするたぁ思ってなかったんでな……。金が欲しけりゃソコラにいる賞金首を仕留めりゃ良いだろ? 使えるテメェが賞金首を怖がるってわけもあるまい……何故こんな真似をした?」

 

 なるほど……ルフィに敗れる雑魚武海かと思っていたが中々どうして、七武海なだけの事はある。

 得体の知れない俺が相手だ、例えムカついても直ぐには殺さず情報を引き出して裏を取る……そんな用心深さが感じ取れる。

 コイツが俺を殺せるかどうかは別にして、この用心深さは見習うべきだろう。

 

 ずっと我慢は普通に無理だが、せめてクロコダイルとの対面位は武力に頼らず、忍耐と智力で終らせたいモノである。

 

「お前と会って話す為だ。 普通にやっても七武海には会えないだろ?」

 

 バロックワークスを探っていると思われれば戦闘は避けられまい。

 慎重に反応を伺いながら言葉を紡ぐ。

 

「面白そうな話ね? この人を呼び出して何を企んでいるのかしら? それに、使えるって何のコトかしら? 私が見ている限りあなたは不審な事をしていなかったわ……寧ろ、喜びが顔に出過ぎて勝てるのが不思議な位だったわ」

 

 カウンターに座っていた女が席を立ち、話ながらコチラのテーブルへとやってきた。

 華やかな店内に在って暗い陰を背負う女、クロコダイルのパートナーにして賞金首のニコ・ロビンだ。

 

「お? ニコ・ロビンか?」

 

 ここで『ミス・オールサンデー』と呼ぶような真似は、いくら俺でもやりはしない。呼んでしまえばイコールB・Wを知っていると言っているようなモノで、敵対は避けられまい。

 闘って負ける気はしないが、ここで鰐野郎をブッ飛ばせば原作に与える影響は計り知れない、ってかグランドライン以降がほぼ白紙になってしまう。

 原作に拘らないとしても、白紙は流石にマズイだろう。

 

「何故私の名を……!?」

 

「本気で言ってるのか? 手配書見れば誰だって判るレベルだぞ……なぁ、ディーラーさん」

 

「え? ぼ、僕は、な、何も知りませぇん!!」

 

 言葉を向けられたディーラーの男は恐怖の限界を越えたのか、カードを放り投げて逃げ出した。

 

「って訳だ。ニコ・ロビンと気付いてる奴も鰐野郎の威光を恐れて何も言わないだけだぞ」

 

「そぅ……私は自分で考えるよりこの人に護られているのね……」

 

「なんだ? 不満そうだな? なんなら俺と一緒に来るか?」

 

「嫌よ。貴方と行く位なら彼と居る方がマシね」

 

 クロコダイルを嫌っているはずのロビンは、顔色一つ変えずに断った。

 連れ出す気は全く無かったが、こうもハッキリ言われると軽くへこむぞ。

 

「貴様っ……姫様がいながら他に色目を使うとはっ!」

 

 今日のキキョウさんはテンパッているのか、訳の分からない事を言いたいお年頃らしい。

 

「はぁ? デコ姫様は関係無いだろ?」

 

「姫、デコ、覇気……。ふぅ……テメェらハンコックの手の者か?」

 

 葉巻の煙を吐いたドヤ顔のクロコダイルは、三つのワードを頼りに俺達とハンコックを結び付けた様だが、普通に間違えている。

 

 まぁ、好都合なので乗っかっておこう。

 

「おぉ、そうそう。デコ姫様から世界を見てこいって指令を受けてな? 近くに来たからお前の顔を見に来たって訳よ」

 

「それで? ハンコックの伝言はなんだ?」

 

「いや、伝言なんて無いぞ? 俺がお前と会いたかったダケだからな」

 

「……話にならねぇな? ニコ・ロビン、指令だ。コイツと行動を共にして監視しろ。俺の邪魔をしようとしているなら……殺せ」

 

 小さく溜め息を吐いたクロコダイルは、背後に控えるニコ・ロビンに首を向けて指令を出した。

 

「分かったわ」

 

 無表情のままニコ・ロビンが頷いた。

 

「二人とも頭大丈夫か? 目の前で暗殺の指令を受けた女を誰が連れ歩くかっ」

 

「なら、ここで死ぬか? 青二才」

 

「あん? 夢破れた銀メダリストが、コレから輝く俺に勝てるとでも思ってんのか?」

 

 覇王色の覇気を放ちテーブルを挟んでクロコダイルと睨み合う。

 

 最近になって気付いたのだが、俺の覇王色は世界様と向き合った事で大幅に威力を増している。

 これで鰐野郎が泡を吹いて倒れたら面白いのだが、流石にソコまで雑魚ではないらしい。

 

「テメェっ……死にたいらしいなっ」

 

 青ざめるロビンと違い、クロコダイルは俺の覇気をマトモに受けて尚、ふてぶてしい態度を崩さない。

 覇気を知らない訳でもあるまいに、この余裕……鰐野郎には原作で描かれなかった自信の源でも有るのだろうか?

 

「ま、待って! 彼、海賊女帝の手下なのよね!? 今、他の七武海と問題を起こすのはまずいわ」

 

「どうだかな……この野郎は人の下に付くようなヤツじゃねぇ。おい、女……お前ら何者だ?」

 

「わ、私はキキョウ。蛇姫様の命を受けてこの無礼者の護衛の任に就いている。この無礼者はワール・D・オーザ……その……今日はこの男が迷惑を掛けて申し訳ない」

 

 クロコダイルは何故か俺を無視して、背後に控えるキキョウに語りかけ、彼女は何故か謝罪の言葉を述べている。

 

「はぁ? 俺がいつ迷惑をかけた!?」

 

「護衛さん……貴女も大変な様ね」

 

 ニコ・ロビンの同情する様な視線がキキョウへと向けられた。

 

 それから、キキョウの説明を一応信じたクロコダイルは、ニコ・ロビンを残し砂化して去っていった。

 

 こうして俺はカードゲームで稼いだチップを金に代え、旅のお供にニコ・ロビンを加えて東の海へと旅立つ事になるのだった。

 









次回!
「麦わらの一味(3人)登場!」


でも、更新は遅れます。


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 強引にカームベルトを越え、東の海に到着してから2週間の時が流れた。

 

 無事に東の海へとやってきた俺は、手始めに『斧手のモーガン』と呼ばれる海軍大佐が治める海軍支部の街を探し、状況確認に向かった。

 そこで目にしたのはモーガンが失脚し、変わろうとする海軍と街の姿だった。

 

 ルフィ達が暴れたのか?

 

 との推察は容易に出来たが、身内の恥となる出来事に海軍の連中は揃って言葉を濁し、推察は推察のままとなっている。

 適当に海兵をブッ飛ばして詳細を聞き出しても良かったのだが、海軍と無駄な軋轢を産む必要も無ければ、詳細不明のままルフィ達を追いかけるのも又一興と思い、穏便に海軍支部の街を後に……したかったのだが、ニコ・ロビンの素性がバレて一騒動が有ったり無かったり。

 

 今のところ、海軍に大規模なニコ・ロビン追跡の動きは見られないが、大きな動きが見られれば紋章を使って黙らせる必要も出てくるだろう。

 全く以て面倒な限りである。

 

 そんな事情もあって逃げる様に海軍支部の街を後にした俺達は、ルフィ達が次に現れるであろう『オレンジの町』へとやって来た次第である。

 そこで、ニコ・ロビンに大きめのサングラスを買い与えた後は、今後の航海プランを考えつつ街の酒場に入り浸り、海賊の襲撃を受けて今に至る。

  

「どうして暴れないのかしら? ターゲットさん」

 

 ウェスタンスタイルに身を包み倒木に片足組んで腰を掛けるニコ・ロビンが、キキョウとユッタリとした組手に励む俺に語り掛けてきた。

 加速させた意識の中でより正確に動くには、こうして身体の動きを確めるように、日々鍛練を重ねるのが重要と成ってくる。

 

 普段、ロクに会話をしないくせに邪魔をしないで欲しいものだ。

 

「はぁ? 俺がいつもいつも暴れるとでも思ってんのか? ニコさんや」

 

「貴様は海軍が相手でも暴れるではないか……海賊風情に憩いの邪魔をされ、何故、大人しくしている?」

 

 額に汗を浮かべ俺の拳を受けながら、キキョウがなんとも失礼な事を言うには理由がある。

 現在、このオレンジの街は、海賊『道化のバギー』の略奪を受けており、偶然居合わせた俺達は、街の住人と共に街の郊外へと避難しているのである。

 

 暴れない主な理由はルフィ待ちになるのだが、これだけが理由でも無ければ、頭の良いニコ・ロビンの前で未来知識となるコレを言うわけにもいかない。

 

 しかし、解せぬ。

 大人しくしていたら不思議がられるって何なんだ?

 

「俺よりもアイツらが大人しく逃げている方が不思議だろ? ……なぁ、町長さん? 海賊に街を荒らされて、アンタラは何で黙って逃げてんだ?」

 

 近くで輪になって愚痴を言い合う集団の中心に収まる人物、この街の町長に疑問をぶつける。

 

 街の住人と一緒に逃げて来たのは、コレを聞く為だったりする。

 

「な、なんだと!?」

「俺達だって好きで逃げてるんじゃない!」

「そうよ! 道化のバギーは容赦の無い海賊よ!」

「アイツラは人の命を何とも思ってないんだ!」

 

 俺の言葉に青筋浮かべた避難民が、思い思いの事を言ってくるが、要は命惜しさに暴力に屈する道を自分で選んでいるダケだな。

 

「だったらなんだってんだ? お前等は相手が恐けりゃ何をされても黙って従うのか? そんな態度が海賊行為の容認に繋がり、その積み重ねが海賊をのさばらせる原因になっているんだろ? お前等はそんな世界が望みなのか?」

 

「ぐぬぬ……小わっぱめ……言いたい放題言うてくれるではないか!」

 

 黙り込んだ避難民を掻き分けて、白髪の町長が現れた。

 

「は? 言いたい放題? こんなもんは素朴な疑問ってモンだ。ま、別にアンタラがどうしようと俺には関係無いし、ここで海賊行為が終わるのを黙って見ていたいと言うなら好きにすりゃいいさ」

 

 俺が自由であるように、町長や避難民がどの道を選ぶのかも又、自由。

 

 肩を竦めてお手上げのポーズを取った俺は、鍛練を再開しようと視線をキキョウに戻した。

 

「黙ってなどおれんわっ!! 良いか、小わっぱ! この街は儂が40年の時を掛けて皆と共に作り上げた宝じゃ!! 小わっぱに言われずとも皆の避難が完了した今、海賊どもに物申しに行くわいっ!」

 

 俺に啖呵を切った町長は「誰ぞ、鎧を持っておらぬか!?」と叫びつつ、避難民の輪の中へと消えていった。

 

「くっくっく……そうかよ……死にに行くか……ま、好きにしな」

 

 原作通りと言えば原作通りだが、暴力に屈することを良しとしない、意思の力には好感が持てる。

 

 俺も、いつかは世界様の覇気に抗えるだけの意思の力を持ちたいモノである。

 

「悪い人ね……町長さんをけしかけて何を企んでいるのかしら?」

 

 サングラスを掛けて立ち上がり、近寄るニコ・ロビンの口角は僅かに上がっている。

 

「別に何も? 素朴な疑問だって言ったろ? 世界の在り方は個々人の意思の集合で決まるハズだ……ならば、この大海賊時代は世界の人の望み、と謂うことになる……その確認だ」

 

「面白い説だけど、それはどうかしら?」

 

「じゃぁ世界の在り方や歴史は誰が決めているんだ?」

 

「…………さぁ? 考えた事もないわね」

 

 少しだけ考えたニコ・ロビンはわざとらしく小首を傾げた。

 

 ニコ・ロビンは、俺の前で殆ど笑わなければ考古学者としての顔も一切見せない……この旅で、信頼関係を全く築いて来なかった俺の努力の賜物だ。

 ってか、原作的にも海軍的にも物凄く邪魔だし、サッサと船を降りてアラバスタに戻って欲しいのだが、どうしたモノか?

 

「そうかよ……ま、俺もそろそろ行くか」

 

 町長が街に向かうならそろそろルフィが現れる頃合いだ。

 

 モンキー・D・ルフィ……原作を通じて一方的に知っている昔憧れたヒーロー……いつの間にかルフィの年齢を越えてしまったが、この世界のルフィは一体どんな奴だろう?

 

 まぁ、今日の俺の目的はルフィじゃないし、俺に喧嘩を吹っ掛けて来ないなら、チラ見して放って置くのが良いだろう。

 俺が手を貸すような真似をしなくても、自力でグランドラインを乗り越えシャボンディに辿り着くのが原作であり、ルフィである。

 原作を再現するなら何もしないのが望ましい位だ。

 

「やはり暴れるのか? 貴様はそうでなくてはな!」

 

 街の方角を見詰めていると、キキョウがどこか嬉しそうに語りかけてきた。

 佇まいからして付いてくる気、満々らしい。

 

「だから、暴れねぇっつーの! てか、お前等付いてくるなよ!?」

 

「嫌よ、ターゲットさん」

 

「私は貴様の護衛だ!」

 

 こうして俺は期待と不安を胸に秘め、言うこと聞かない女を連れて、バギー海賊団に占拠された街中へと向かうのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「この上だな……」

 

 街の港に程近い、コンクリート制の大きな建物。

 俺達は3人並んで屋上を見上げる。

 見聞色を使うまでもなく、ばか騒ぎする音が聞こえるこの建物の屋上にバギー一味は居るだろう。

 

「俺が先に行く……この上に居る連中に用が有るのは俺だ。お前等は別に来なくて良いからな?」

 

 どうせ言うことを聞かない二人に言うだけ言った俺は、民家の壁を蹴って、建物の屋上へと掛け上がる。

 

 屋上の光景が目に入ったその瞬間、

 

 ――ドォーン!!

 

 耳をつんざく音と共に、砲弾が俺に迫る。

 

「はぁ?」

 

 なんだ? このタイミングは?

 

 内心で軽くボヤキつつ意識を加速させた俺は、迫る砲弾を慎重に受け止め、衝撃を逃すように身体を一回転させて砲弾を上空にぶん投げた。

 

「キキョウっ!」

 

「任せろ!」

 

 蛇の弓を引き絞ったキキョウが狙いを定め、上空の砲弾へと矢を放つ。

 

 ――ドォーン!!

 

 キキョウの矢が砲弾を貫き、爆音と爆風が辺り一面に襲い掛かる。

 

「何なのよぉ!?」

「アイツ、スんゲェぇ!?」

「正に、ド派手!! ってどうなってる!?」

 

 屋上では爆風から顔を覆いながら驚くナミ、檻の中で喜ぶルフィ……そして、こんな時でもノリ突っ込みを忘れないバギーの姿。

 

 …………。

 

 なんだ、この状況は?

 

 ルフィは檻の中……ナミはバギーの近くに居るし、ゾロに至ってはこの場に居ない。

 

 これで原作通り……なのか?

 

 まぁ、良い……余り自信は無いが、とりあえず目的を果たしてから成り行きを見守るとしよう。

 

「おいおい……いきなり大砲をブッ放すたぁ、どんな了見だ? 道化のバギーさんよぉ?」

 

 空を蹴って屋上に降り立った俺は、今日の目的であるバギーと向き合う。

 

「あら? ブッ飛ばさないのね? どういう風の吹き回しかしら?」

 

 建物の壁に生やした腕を使い梯子の様に登ってきたニコ・ロビンの手には、金の詰まったアタッシュケースが握られている。

 背中から生やした手にケースを持たせ運んで来たらしい……花のように自分の手足を咲かせる能力『ハナハナの実』やはり、中々便利で厄介な能力だな。

 

「コイツラに用が有るって言ったろ?」

 

 振り返らず説明するとニコ・ロビンは「そう」とだけ呟いた。

 

「なんだぁオメぇラ!? よぉくもオレ様のバギー玉を無駄にしてくれたなぁ!? あぁん?」

 

 眉間にシワを寄せ笑える顔を作り両手を腰に当てたバギーが、臆する事なく顔を突きだし寄ってくる。

 

 独特のメイクと口調がなんとも愉快な海賊らしい海賊、道化のバギー。

 平均300万の東の海において、1500万もの懸賞金が懸かっているのは伊達ではない様だ。

 

「あん? 無駄なのは街への破壊行為だっつーの……まぁ、良いや。 喜べデカっ鼻、お前等は俺の護送団に選ばれた!」

 

 バギーのデカっ鼻を指差した俺は、ビシッとポーズを決める。

 

 ここ数日で薄れゆく原作知識を吟味した結果、これから先はバギー海賊団に付いて行くのが面白そうとの結論に達していたのだ。

 原作でもグランドラインを突き進む事になるバギーを適当に誘導しつつ、ルフィ達を追い掛ける……これぞ、面倒な雑用はバギーの一味に押し付け、原作に与える影響も少ないであろう一石二鳥の航海プランだ。

 

「だぁれがデカっ鼻だ!! 派手にフザケタ野郎だ……オレ様を道化のバギーと知りながらのその暴言、何処のどいつか知らねぇが許してやる訳にゃぁいかねぇなぁ」

 

「悪い悪い……俺の名はオーザ、ワール・D・オーザだ。こっちのサングラスはニコリともしないニコさんで、あっちのビキニは男嫌いのキキョウだが……赤っ鼻の方が良かったか? バギーさんよ?」

 

「…………むかちーん……俺ゃぁもう切れたぜ。これ程腹が立ったのは久しぶりだぁ。野郎共っ! このハデ阿呆を派手に殺せぇ!!」

 

「「了解しやした!」」

 

 何故か怒ったバギーの指示に従い数人の男達が飛び掛かる。

 

「させるかっ!」

 

 キキョウが弓をしならせ束ねた矢を放つ。

 

「ぐぇ!?」

「ぎゃぁ!?」

「ごふっ!?」

 

 放たれた矢は空で別れると飛び掛かる男達の鳩尾に当たり、男達を遥か後方に吹き飛ばした。

 

「え? 今の……どうなってるの?」

 

 呆れたナミがポカンとしている。

 

 まぁ、常識で考えれば弓矢は人を吹き飛ばす様な武器ではないからな。

 

「ハァァァキィィ!?」

 

 大口開けたバギーがキキョウと男達の消えた方向をキョロキョロと首を振って見返している。

 

 驚く中にも事実を言い当てコミカルさも忘れない……やはり、思った通り愉快な男だ。

 

「その通りだ。俺とコイツは使える……闘うのも一興だが、俺の話を聞いてからでも遅くはないぞ」

 

「……言ってみな」

 

「お前、グランドラインに行くんだよな? ついでに俺達を連れて行けって話だ……別にタダって訳じゃないぞ。ニコさんや」

 

 背後に控えるニコ・ロビンに向けて手を伸ばす。

 

「その呼び方なんとか成らないのかしら? ターゲットさん」

 

「呼び名が変はお互い様だ……ほらっ受け取れ……一億入っている。それで俺達をシャボンディに連れていけ」

 

 ニコ・ロビンから受け取ったケースをナミに向けて投げ渡す。

 

「い、一億ベリーっ!?」

 

 ケースを受け取ったナミは、直ぐ様ケースを開くと物凄いスピードで札束を捲り確認してゆく。

 

「ほぅ……偽物じゃない様だなぁ? 一億って言やぁ大金だ……悪くねぇ話だが、オメェを連れて行かなくても、もっと楽に一億手に入れる方法がある……何か分かるかなぁ?」

 

 顎を擦ってナミの行いを見ていたバギーはナイフを取り出すと、悪どい顔をしてそのナイフに舌を這わせている。

 

「流石、道化のバギー……海賊の鏡の様だな? 出来るかどうかは別にして、俺達を殺して一億を手に入れようとするか……だが、その金が前金だとしたらどうする?」

 

「なぁにぃ!? 一億が前金だとぉ? オイッ……条件を言ってみろ」

 

「期限は無しで護送を優勢しなくても構わない……要は好きに航海してお前等がシャボンディに辿り着くまでの間、俺を客としてお前等の船に乗せろって話だ。無事にシャボンディに到着したら後、五億払おう……バギー海賊団なら簡単な話だよな? そこの、野郎ども!!」

 

 バギーを煽るなら手下を煽るべし。

 良くも悪くも親分肌のバギーは手下に持ち上げられれば断れない……これは、原作からも明らかだ。

 

「ヤッホーイ! これで俺達も金持ちだ!」

「流石、我等が船長バギー様!」

「入ってくる話がデカイぜ!」

 

「よぉーしっ野郎共、みなまで言うんじゃねぇ……オレ様はグランドラインを制する男だ! モノのついでにお前等を乗せりゃぁ五億手に入るってぇ訳かっ! だぁはっはっはっは……」

 

「バ・ギ・ぃ!」

「ご・お・く!」

「バ・ギ・ぃ!」

「ご・お・く!」

「バ・ギ・ぃ!」

「ご・お・く!」

 

 バギーが了承とも取れる高笑いを上げると、手下達が待ってましたとバカリに囃し立てる。

 

「契約成立だな?」

 

 バギーに向けて右手を伸ばす。

 

「おぅよ……派手にフザケタ野郎だが、客となったからにゃぁ歓迎してやるぜ……野郎共! コイツ等は今日からオレ様の客だぁ、丁重に持て成してやれ!! ただぁし、金が払えねぇってなった時は覚悟しな?」

 

 俺の手を握り返したバギーが尤もな事を述べる。

 契約の概念が通用するなら裏切られる心配は無いだろう。

 

「シャボンディにさえ行けば、五億だろうが百億だろうが問題ねぇよ……つまりだ、五億を手にするかどうかは、道化のバギー、お前次第だ」

 

「何度も言わすな……オリャァ、グランドラインを制する男だぜぇ?」

 

「えーっ!? グランドラインを制するのは俺だぁ」

 

 今の今まで大人しくしていたルフィが檻の中から待ったをかけると、ナミが「あのバカっ」と小さく呟き、額に手を当て溜め息を吐いた。

 

「くっくっく……そうかいそうかい。麦わら野郎、グランドラインを制するのはバギーでなく、お前か?」

 

「あぁ。グランドラインを制して海賊王に俺はなる」

 

 叫ぶでもなく、虚勢を張るでもなく、実に自然体のままでルフィはあの名言を口にした。

 

 なるほど……この世界でも、ルフィはルフィらしいな。

 

「くくっ……ハァッハッハッハ…………だってよ? 道化のバギー、お前さんと契約したのは俺の間違いかぁ?」

 

 名言を聞いてテンションの上がった俺は、笑いながらバギーの肩をバシバシと叩く。

 

「阿呆ぬかせぇ! あんな小僧が海賊王に成れるわけねぇだろうがっ」

 

「ですよねぇ……うちの親分世間知らずで」

 

 アタッシュケースを両手でしっかりと抱き抱えたナミは、バギーを宥めにかかっているらしい。

 

「そうかぁ? あの状況でアレが言えるんなら大したモンだぜ……ま、後はお前等で勝手にやってくれ。俺達は酒でも頂いてるぜ」

 

 軽くナミの肩を叩いた俺は、バギーとナミに背を向けて、バギーの一味が用意していた酒宴の席へと足を運ぶ。

 

「ちょっとアンタ! 誰だか知らないけど煽るだけ煽って行かないでよ! もうっ、アンタ達みたいな考え無しを見てたらウンザリするわ!」

 

「分かるぜナミィ……オリャァもう疲れたぜ。あの派手阿呆だけでも厄介なトコに、あの麦わら小僧だ……ヨシっ、オメェにバギー玉を一つプレゼントしてやる。派手に吹っ飛ばしな!」

 

「え? ちょっと……!?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 揉めるバギーとルフィ、そして慌てるナミを肴に酒を飲む。

 バギー海賊『団』と言うだけあって、きっちりとした料理人がいるらしく、飯はかなり旨い。

 一億は今の俺のほぼ全財産だが、バギー海賊団に護送依頼を出したのは考えていたよりも、良い買い物だったかもしれない。

 金の力で自発的に言うことを聞いてくれるなら、暴力で押さえ付けるよりも余程安全だろう。

 

 この世で最も手強い敵は、味方の顔して背後から狙う奴だからな。

 

「止めなくて良いの?」

 

 いい気分に水を刺すかの様に言葉を発するは、隣に座るニコ・ロビン。

 普段マトモに話さないくせに、今日に限って邪魔をしてくれる。

 

 あれ?

 

 そういや、最近は話し掛けられる頻度が増えた様な……?

 

 ま、気のせいか。

 

「ん? 何をだ?」

 

 ニコ・ロビンはいずれ俺の元を去る運命だ。

 出来るだけ素っ気なくを心掛け、肉を頬張りながらニコ・ロビンに意識を向ける。

 

「何って、ターゲットさんはあの子達に会いに来たのでしょ? このままだと2人とも危ないわよ」

 

「……何の話やら」

 

「貴方の話よ? 貴方が道化のバギーに会いに来たと言うなら、それはおかしな話になるわ。海賊達が現れたのは昨日の夕暮れ……今日になって会いに来たのは何故かしら? それだけでないわ……貴方が東の海で真っ先に向かった海軍の島。あそこにはあの麦わら帽子の子がいたらしいわね……そして、次に立ち寄ったこの島にも彼が来た。コレって偶然かしら? もっと言えばグランドラインを乗り越える術を持ちながら、護送団を雇うのもおかしいわ……一体、貴方の狙いは何処にあるの?」

 

「ふんっ……これだから頭の良いヤツは嫌いなんだ。何にでも理由を付けて探ろうとしやがる……大体、海軍の島に麦わらが居たって何故知っている?」

 

「酒場で聞いたのよ」

 

「なんだそりゃ? 俺が聞いても教えなかったくせにっ……あの海兵ども、男女差別か?」

 

「高圧的に聞く貴様のせいだろう」

 

 肩に乗る蛇に魚を与えながらも、キキョウは鋭い突っ込みを入れてくる。

 

「そうね」

 

「俺は普通に聞いたダケだ! まぁいい。ニコ・ロビン、お前の問いに対する答はこうだ…………お前には関係無い、ってかサッサとアラバスタに帰れよ?」

 

「嫌よ……私が邪魔なら殺すか海軍に突き出せば良いわ。クロコダイルを恐れない貴方になら出来るハズよ」

 

 実に魅力的な提案だが、原作的にも絶対無理だ。

 

「ちっ……それが出来りゃぁ苦労はしねぇっつーの」

 

「ふふ……変な人ね」

 

「お前、今笑った……?」

 

『キャァァァ!』

 

 和みかけたのも束の間。

 女の叫びに視線を送る。

 

 視線の先ではナミが大砲の導火線を素手で握りしめていた。

 

 そこに迫る複数の男達。

 

 まさに絶体絶命。

 

「助ける?」

 

「いや、問題ない」

 

 

 ――ギィィン!!

 

 ナミと海賊達の間に割り込む一人の男。

 

 

 海賊狩り、ロロノア・ゾロの登場である。

 



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「ゾロォ!!」

 

 ナミの窮地を救う見計らった様なゾロの登場に、ルフィが檻の中で喜びの声を上げた。

 

「あれが……海賊狩りのゾロ……!?」

 

「ふーん? カジノの支配人がロロノア・ゾロを知ってるのか?」

 

 我ながらワザとらしいとは思いつつ、揉めるバギー達を尻目に、隣で嘆息を漏らしたニコ・ロビンに突っ込みを入れる。

 

「えぇ……彼、この海では有名人みたいよ」

 

「へぇぇ〜」

 

「何かしら? 私からすれば、貴方がロロノア・ゾロの名を知っている方が不思議よ。それに、彼が現れると知っていた風なのはどういう事かしら?」

 

 ニコ・ロビンに疑惑の眼差しを向けるも、涼しい顔して切り返された。

 

 長年に渡って様々な組織を転々としてきたニコ・ロビンの顔色を変えさせる事は難しく、又、信頼を勝ち取ることは更に難しい。

 難しいと言っても原作を知る俺は、ニコ・ロビンの信頼を勝ち取る方法も知っている……だが、原作の方法を使おう等とはこれっぽっちも思わない。

 何故なら、答の判っている出来事程つまらないモノはなく、ニコ・ロビンとはこうして互いの腹の探り合いをしている方が余程面白いのだ。

 

 目の前で指令を受けておきながら、何も企んでないと言い張る女。

 方や何も知らないハズが、東の海にやたらと詳しい男。

 

 明らかに不自然で有りながら、シラを切り続ける相手の尻尾を掴んでギャフンと言わせる……まぁ、言わせたからどうだって話だが、面白いモノは面白いんだから仕方がない。

 俺とニコ・ロビンは別れが訪れるその日まで、きっとこんな関係を続けるのだろう。

 

「それは気配を読んだからだ……この男は覇気の扱いダケは長けているからな」

 

「ハキ……不思議で便利な謎パワーね」

 

 蛇の弓を手にしてやって来たキキョウの説明に、ニコ・ロビンがニコ・ロビンらしからぬ反応を示すのは、彼女が覇気を苦手としているからだ。

 それは兎も角、俺が得意なのは覇気だけでなければ、覇気は謎パワーでもない……二人揃って色々と間違えている様だ。

 

「キキョウさんや……外海の者にソレを教えても良いのかえ?」

 

 覇気、それは意思の力。

 本来なら誰しもが備え、使える力。

 しかしながら、世界はそれを隠し、まるで存在しないかの様に振る舞う。

 使える者達は自らの優位を保つ為に隠し、海軍は覇気を広めた場合のリスクを危惧するあまり、伏せる。

 今では4つの海やグランドライン前半の海で、覇気に関して安易に吹聴するのはタブー視されるようになり、タブーを破れば何処からともなく最速の大将が現れ、全てを破壊し尽くす、とのまことしやかな噂まである始末だ。

 そして、この噂は恐らく真実であり、天竜人の俺であってもタブー破りは許されないだろう。

 

 覇気の力と覇気を隠す事に天竜人の権限を越える秘密があるのなら、それはつまり、世界の秘密に繋がる……そんな気がしてならないが、今の俺の力では本気を出した最速の大将を相手にするのは無理だろう。

 今は焦らず世界を巡って力を高め、最速相手でも負けない自信が付いたその時こそ、このタブーに挑む時となる。

 

「構わん。私にとってこの女は、貴様に苦労させられる同士の様なモノだ」

 

 同士ならば安易な吹聴には当たらない。

 キキョウはきっとこう言いたいのだろうが、色々と解せない。

 解せないが、何時までも無駄話に興じている場合でも、想像を元にした謎を考えている場合でもない。

 殺る気満々のバギーと、ヤル気の無いロロノア・ゾロは一触即発の状態で、今にも戦闘が始まろうとしているのだ。

 

「はぁ? 俺に苦労させてんのはお前等の方だろうがっ!? まぁ、いいや……キキョウ、あの二人どっちが勝つと思う?」

 

 軽く抗弁した俺は、真剣な表情を造ってキキョウの見立てを聞いてみた。

 

「そう、だな…………腹巻きの男ではないか? 貴様が見定めた赤鼻の男は、そう強くはあるまい」

 

「うん、間違いじゃない。単純な戦闘能力なら海賊狩りが上だろう。でも、それだけで決まらないのが外海の闘いってヤツだ」

 

「なに?」

 

 ビキニ姿で訝しげに両腕を組むキキョウは、知ってか知らずか小さくない胸を強調している。

 キキョウはここに至るまでの航海で、男の欲望のなんたるかを学ばなかった……言い寄る相手をブッ飛ばせる彼女だから、男の欲望の脅威が解らないのは仕方ないのかもしれない。

 しかし、悪魔の実の脅威のなんたるかは「学べませんでした」で済ます訳にはいかない。

 覇気を使えるキキョウは強者であるが、この世界はそれだけでやっていける程甘い世界では無い。

 覇気の力は強力無比……しかし、悪魔の実も又強力……いや、それ以外の力も覇気使いの命を脅かす事は十分に可能であり、キキョウにはそれを学んで貰いたいのだ。

 キキョウが俺の側に在る限り、護ってやるのもやぶさかではないが、俺の能力では広範囲攻撃に対応しきれない可能性は大いにあり、結局、自分の身を護るのは自分であり、キキョウの身の安全を考えるなら、キキョウ自身に強くなってもらうのが一番手堅い。

 キキョウの身の安全……それは、俺の海難救助に繋がる事であり、決して疎かに出来ないのだ。

 その為の第一歩として、悪魔の実のデタラメさを伝えるべく、この戦闘を注視したいと思う。

 

 盛上がる手下達を蹴り分け進んだ俺達は、最前列で三人並び高みの見物を決め込んだ。

 

「まぁ……見てな」

 

 刀を口にし三刀流の構えを取るロロノア・ゾロ。

 

 周囲の手下達はバギーの名を連呼して大いに盛上がっている。

 

「派手に死ねっ!」

 

 バギーは右手に大きめの短剣、左手には何本ものダガーナイフを器用に握り締め、ゾロは目掛けて不用意に飛び上がった。

 

 ――シャキィン!!

 

 交差するバギーとゾロ。

 

「なんて手応えのねぇ野郎だ」

 

 吐き捨てる様に呟いたゾロが刀を収めた直後、片手足と胴体を切断されたバギーが倒れ込んだ。

 

「む? あの赤鼻の男……妙だ」

 

「解るか?」

 

「あぁ……あの様な姿に成りながらも、まるで生気は衰えていない」

 

「何だとっ……!? ……い゛ぃ!?」

 

 キキョウの解説を聞いたゾロが振り返ると、短剣を握った手首が宙に浮いていた。

 宙に浮く手首がゾロを目掛けて飛んでいくも、ゾロの刀に払い除けられる。

 

「派手阿呆がぁ! 余計な事を喋るんじゃねぇ!! テメェのせいで刺し損ねたろうがっ」

 

 バラバラになったパーツを浮かせて合体したバギーが、不意打ち失敗の責任をキキョウに擦り付けた。

 

「キキョウさんや……あのデカっ鼻、お前の事を阿呆扱いしてんぞ?」

 

「それは許せんな……人のセイにするとは戦士の風上にもおけん。後で痛い目に合わせてやろう」

 

「何故そうなるっ? 派手阿呆が二人ぃ!?」

 

「赤鼻さん……この二人、特に男の方はマトモに相手をしたらダメよ。それに、今は剣士さんの相手に専念するべきじゃないかしら?」

 

「どこかで見た顔のネェチャンだが、お前の言う通りだな……ロロノア・ゾロ、今はテメェの相手をしてやるぜぇ!!」

 

 ニコ・ロビンの忠告を聞いたバギーは、何処からともなくダガーナイフを取り出すと、ゾロに向かって投げ付けた。

 

「な、なんだテメェ等は!?」

 

 驚きながらも迫るナイフを刀で弾き、再び三刀流の構えに入るゾロ。

 

「オリャァ、切っても切れないバラバラ人間! ロロノア・ゾロよ……貴様がいくら腕に覚えがあっても、剣士である以上端から勝ち目はネェのさぁ!!」

 

 余裕の笑みを浮かべたバギーが短剣を握った手を振り回し、ロロノア・ゾロへと襲い掛かる。

 

「くっ……どうなってやがる!?」

 

 剣技と呼べないバギーの攻撃はロロノア・ゾロの三本の刀で捌かれ、体勢を崩したバギーの身体は何度となく斬り付けられる。

 しかし、斬っても斬れない道化のバギー。

 それどころか、斬られる度に宙に浮く手足が予想外の方向から迫り、ロロノア・ゾロの体表に小さな裂傷を産み出していく。

 

「剣士さんは随分とやりにくそうね?」

 

 いつの間に用意したのか樽に片足組んで座るニコ・ロビンは、現在の戦闘状況を的確に言い表している。

 攻撃を捌く男と、攻撃を受けても平気な男……互いにノーダメージでも後者の方が明らかに有利だろう。

 尤も、バラバラの実の能力発動が体力を消耗する類いのモノなら、勝負はどう転ぶか判らない。

 

「そりゃそうだろ……バラバラの実は切断系の攻撃に対して無類の強さを発揮するからな」

 

「バラバラの実……それがあの赤鼻の男が喰った悪魔の実とやらの名か? 確かにデタラメな現象を引き起こす様だが無敵の能力でも無いだろう? 斬っても宙に浮くと警戒さえしていれば、腹巻きの男の様に対処は出来る。攻撃を続ければその内倒せるのではないか?」

 

 キキョウは闘う二人から視線を逸らさず強気ともとれる分析を披露するが、良い傾向だ。

 

「そうだな。知っていれば対処は出来る……つまり、知らなければどうだ? この世界にはデカっ鼻の様に、予想も付かないデタラメな能力を持った人間が大勢いるんだ」

 

「注意を怠るな……と、いうことか」

 

「そういうこった」

 

 大きく頷くキキョウを見た俺も満足気に頷く。

 みなまで言わずともキキョウに俺の言わんとする事が伝わった様で何よりだ。

 

 にしても、キキョウが悪魔の実のデタラメさを学んだ今、こんな闘いに用は無くサッサと終わって欲しいのだが……この闘いってどんな結末を迎えるんだっけ?

 

 推測通り、悪魔の実の能力発動の代償に体力を奪われているのか、徐々にバギーの息は荒くなり、それに合わせて元から無かった攻撃の精彩がさらに欠けていく。

 今のまま戦闘が続けばバギーに勝ちの目はなく、ゾロに倒されてしまう気がする。

 

 原作では確か……。

 

 …………。

 

「あ……」

 

「どうした?」

「何かしら?」

 

「いや、何でもない」

 

 女二人から疑惑の眼差しを向けられ取り繕うも、何でもない事はない。

 

 これは非常にマズイ。

 

 俺の記憶が確かならゾロとバギーの対決は、バギーの不意打ちが成功してゾロが逃げを打って終わる……少なくとも、バギーを倒すのはゾロではなくルフィのハズだ。

 

 なるほど……本来なら居ない人間がただそこに居るだけでも、変化は起こるというコトか。

 もしも、俺が考えるよりも原作がデリケートに出来ているならば、ニコ・ロビンを連れ歩くのは問題が多そうだ。

 ニコ・ロビンは然るべき時期に『歓迎の街』で下ろしてやれば、原作の修正力が働いて元に戻ると踏んでいたが、早目に手を打った方が良いかも知れない。

 と言っても、ニコ・ロビンは基本的に俺の言う事を聞かないし、かと言って事情の説明も出来なければ、殺すのは論外だ。

 

 なんだこれ?

 

 もしや、早くも原作ブレイクが避けられない所にまで来ているのか? んな、アホな。

 

 まぁ、ニコ・ロビンは一先ず置いておくとして、今はこの状況をどうするかだな。

 

 俺が会って話をしたい人間の多くは、原作のストーリーの中にいる。

 出来れば無闇に原作を変えたくないのだ。

 

 …………。

 

 よし、刺そう。

 

 俺がゾロの背後から刺してやればルフィが逃げを唱え、原作から外れた軌道が修正されるハズだ。

 

 そう考えた俺は、手近に落ちていた短剣を拾い上げゾロの隙を探り始めた。

 

「貴様っ!? 何をするつもりだ!?」

 

 すかさずキキョウから非難の声があがる。

 

「あん? 俺が何をしようが俺の自由だ」

 

「ならば私がどうしようとも私の自由なんだな? 名を賭けて闘う戦士の邪魔をするなら、貴様と言えど許さんっ」

 

 俺を睨むキキョウの表情は真剣そのものだ。

 言うこと聞かない奴だとは思っていたが、見事に邪魔をしてくれる。

 まぁ、キキョウを押さえ付けてまでヤることでもなければ、これだけ騒げば不意打ちで刺すのも難しいだろう。

 

「はいはい、バレたら出来ないし、もうヤらねぇよ。でも、何で判ったんだ? お前ってそこまで見聞色が得意だったか?」

 

 短剣を投げ捨てた俺は、今後の為にもバレた理由を聞いてみるコトにした。

 何かしようとする度に出鼻を挫かれては、この先が思いやられるのだ。

 

「私が得意なのではない。さっきも言ったが、貴様が扱いに長けているのだ。それ故に、貴様が事を起こそうとすれば雰囲気がガラリと変わり、私でなくとも直ぐに気付く」

 

「マジで? そうなのか? ニコさんや」

 

「えぇ。詳しいコトの判らない私でも、ターゲットさんが暴れようとすれば気付くわ。空気が張り詰めるとでも言うのかしら?」

 

「そうか」

 

 澄ましたニコ・ロビンの解説に素っ気なく応えてみたが、コレもマズイ。

 このままだと俺は不意打ちが出来ないってコトになるぞ。

 原作しかり、女しかり、世の中思い通りにはいかないらしい。

 

 まぁ、思い通りにいかないからこそ面白いのだが。

 

「何をごちゃごちゃ言ってやがる!? この派手阿呆がぁっ、手ぇ貸すんならサッサとしやがれ!」

 

 明らかに押され気味となったバギーが、首から上を宙に浮かせて勝手な事を叫んでいる。

 

「はぁ? グランドラインを制するバギー様ともあろう御方が、手を貸して欲しいってか?」

 

「アホぬかせっ! テメェから殺ろうとしたんだろうがっ!!」

 

「そうだっけ? まぁ、ヤるのは無しだ。俺は忙しいんだから邪魔をするならブッ飛ばすぞ?」

 

 全くっ……俺は原作修正の次なる手を考えるのに忙しいんだ。

 どう転んでも敗北するバギーに構っている暇など無い。

 

「んなぁ!?」

 

「言ったハズよ? この男は私達と違う感性で生きているの……マトモに相手をしても無駄よ」

 

「おいおい……仲間割れかぁ? デカっ鼻が敗けを認めてルフィを解放するなら、オレに用はない……そっちで勝手にやってくれ」

 

 鞘に納めた刀で肩をトントンと叩くゾロの戦意は既に消えている。

 剣の実力ならゾロが上。

 最初から闘うコトに乗り気で無かったゾロは、これ以上バギーと闘う価値が無いと判断したのだろう。

 

 さて、困ったな。

 

 このまま行けば原作ブレイクは避けられない。

 歴史の修正力は何処に消えたんだ?

 

『出てこぉーい! 道化のバギーぃ!! ワール・D・オーザぁ!!』

 

 途方に暮れかけたその時、階下から老人の叫ぶ声が聞こえた。

 

 果たして、響く老人の叫びは俺にとっての助けとなるのか?

 

 予断を許さない状況の中、俺は呼び掛けに応じて屋上の端へと移動するのだった。

 










原作の修正力なんてモノはナイデスね。


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「お? 誰かと思えば町長のおっさんか? 死にに来たのか?」

 

 階下には革製と思われる鎧に身を包み、細い槍を持ったこの街の町長、プードルが息を切らせてやって来ていた。

 

 原作とタイミングが違う気がするのは、気のせいだと思いたい。

 

『やはりソコにおったか、この卑怯者めが! 道化のバギーも許せんが貴様はもっと許せん!!』

 

 顔を覗かせた俺を見るなり、何故か町長が激怒している。

 

「はぁ? 端からおっさんの許しなんかいらねーし。てか、卑怯者ってなんだ?」

 

『惚けよるかっ。ワール・D・オーザ! 先行した貴様がこの街の様子を探り、道化のバギーを導いたは明白! ワシと勝負しろぉ!!』

 

「なんだオメエ? 悪い奴か?」

 

 檻の中に囚われたままのルフィが、何処か惚けた声を出す。

 ルフィの自由を奪っていたロープはいつの間にか外されており、事の成り行きをリラックスして楽しんでいる様だ。

 

「まぁ、良いか悪いかで言えば悪い奴だな」

 

「あら? 自覚があったのね?」

 

 キキョウを連れて寄ってきたニコ・ロビンはこんな時でも涼しげだ。

 

「まぁな。で? あのおっさんはどうして怒ってんだ? そもそも俺はこの街で名乗った覚えがない……町長が何故、俺の名を知っている?」

 

「さぁ、分からないわ。だけど、何か勘違いしているようね」

 

『己っ、何処までも惚けおるかっ! 見よっ、コレが動かぬ証拠じゃ!!』

 

 俺とニコ・ロビンのやり取りを聞いたプードルが懐から一枚の紙切れを取り出し、コチラに見せようと天に翳した。

 見よ、と言われても細かな所は見えないが、レイアウト的には俺の手配書と見えなくもない。

 

「うほぉ!? お前、賞金首か! 良いなぁ……幾らだ?」

 

 檻を掴んだルフィは体重を前後に掛けて檻ごと隣に移動してきては、俺と一緒に手配書を見ている。

 

「知るかっ! 大体だな、賞金首の何が良いってんだ!?」

 

「なんだお前ぇ、知らないのか? 海賊は賞金首なんだぞ」

 

「いや、俺は海賊じゃねーし。ってか賞金首ですらないぞ?」

 

「じゃぁ、アレは何なのよ!? 遠くてよく判らないけどアレってアンタよね!? 確かさっきワール・D・オーザって名乗っていたし」

 

「同姓同名の他人の空似だな。俺が賞金首になるなんて事は有り得ない」

 

 これでも俺は天竜人だ。

 支配者が追われてどうするって話である。

 

『そうかっ……さては貴様、賞金首に成った事を知らぬのじゃな? ならば教えてやるわい!』

 

 再び懐に手を入れた町長が新聞らしきモノを取り出すと言葉を続ける。

 

『海軍狩りのオーザ!! 貴様は海軍の船と見れば問答無用で襲い掛かり、この1週間だけでも12隻の船と200人近い海兵が犠牲となったのじゃ! 幸い死人は出ておらぬ様じゃが、精神に異常をきたす者が数多く出ているとこの記事には書かれておる! 貴様に懸けられた懸賞金はっ……100万じゃ!!』

 

「ぶわっはっはっは」

「小物じゃねーかっ」

「笑ってる場合かっ、海軍狩りなんて、どう聞いても危ない奴でしょっ!?」

「なんだテメェ? 初頭手配にビビってオレ様に庇護を求めたのかぁ?」

「大変ね、その金額だと小物狙いの賞金稼ぎに狙われるわ」

「素直に姫様の好意を受ければこの様な面倒事にはならんモノを……貴様の考える事は分からん」

 

 俺の賞金額を聞いたルフィ、ゾロ、ナミ、バギー、ニコ・ロビン、キキョウの反応である。

 

「はぁ!? 揃いも揃ってふざけんな! 大体なぁ……なんだ、その安い金額は!? 100億の間違いだろうがっ!!」

 

 そもそも、天竜人である俺がどうして賞金首になってるんだ?

 センゴク辺りの嫌がらせか?

 

「ふふ……ホント、おかしな人ね。でも、100億は言い過ぎだけど、ターゲットさんの強さを考えれば100万は低すぎるわ……海軍支部が独自に懸賞金を懸けたのかしら?」

 

「は? そんな事が支部に出来るのか?」

 

「えぇ。本部に報せる程でもない小さな案件や、報せたくない不祥事の絡む案件なんかは支部が独自に手配書を発行するそうよ」

 

 なるほど……支部単位だと予算が無いから金額が安いって感じか。

 原作には無かったシステムだが、考えてみれば広い世界の全てを本部が取り締まるのも無理がある。

 ある程度の裁量権を支部に持たせているのだろう。

 

「つまりこれは、あの中佐野郎の仕業って訳か? やってくれるぜ……まぁ、賞金稼ぎに追われるのも一興か。死なない程度にあしらってやるさ」

 

 いよいよ面倒となれば、本部に掛け合って手配書を取り下げさせれば良いだけだし、大した問題は無さそうだ。

 

「…………私のせいにしないの?」

 

 意味の分からないことをほざくニコ・ロビンは何時になく真剣だ。

 

「なんだそりゃ? 頭の良い奴ってタマに意味わかんねぇ事を言うよな? ニコさんや……お前は一切、関係無い」

 

 町長の持つ新聞に書かれている事は事実だ。

 事の起こりは、海軍支部の街でニコ・ロビンの素性に気付いた中佐野郎に「彼女は七武海の部下」だと告げてもクソ真面目に逮捕しようとした事に始まる。

 原作再現を心掛ける俺は当然、中佐野郎をブッ飛ばした。

 それ以来、執拗に追ってくる海軍船を覇王色で無力化する日々が続き、当初は何の目的で航海しているのか確認していたが、最近では海軍船を発見、即覇王色となっている。

 イチイチ確認するのが面倒なのだ。

 

 この俺の行動が記事に成っているのだろう。

 ここに、ニコ・ロビンが責任を感じる要素は一切なく、俺が俺の意思で動いた結果でしかない。

 

「そう…………それで、この状況をどう治めるのかしら?」

 

「そう、だな……」

 

 周囲の状況を改めて確認する。

 ルフィは自由な手を伸ばしてゲットした肉を檻の中で喰い、重傷を負っていないゾロはまだまだ闘えそうだが、戦意が全く感じられない。

 この二人が明らかに原作から外れた行動をとっているのも問題だが、更にマズイのはなんと言ってもナミである。

 彼女が警戒の眼差しで俺を見るのは良いとして、このまま檻を砕いてルフィを出してやったとしても、バギーと麦わら一味の戦闘が始まるか微妙な感じで、ナミの仲間入りフラグが成立しない気がして成らない。

 

 ここに至っては歴史の修正力に期待するしかないが、どうしてこうなった?

 

 次に原作干渉の機会が有れば、更なる注意が必要となりそうだ。

 

「とりあえず、町長のおっさんには寝てもらうか」

 

 これ以上無駄に騒ぎ立てて、事を大きくされても面倒だ。

 

 俺は階下で騒ぎ続ける町長に向けて覇王色の覇気を放った。

 

『むむ……小わっぱの分際でワシを威圧するかっ! じゃが貴様の思い通りにはさせんっ! ワシはこの街の町長じゃぁ、例え死んでもこの街は護ってみせるわい!!』

 

 覇王色を受けた町長はビクッと身体を硬直させて汗を噴き出すも、大声を張り上げて意識を保とうと食い下がる。

 

「へぇ〜? コレに抗うか? 大したモンだな……だが、何人も俺には抗えない……何故なら俺が、偉いからだっ!!」

 

 見事な覚悟と意思ではあるが、高々名も無き街の町長に抗われては天竜人の沽券に関わる。

 更なる意思を籠めて覇気を放つ。

 

 ――ドサッ!

 

 俺の全力に近い覇気を受けた町長が白目を向いて力なく崩れ落ちた。

 

「こんの派手阿呆がぁ! 派手にやり過ぎだ!」

 

「あん?」

 

「見てみやがれ! コレから海賊狩りを仕止めようって時に、オレ様の部下まで倒れてるじゃねぇかぁ! カバちゃん!? モォジィ!?」

 

 大袈裟に騒いだバギーは謎の名を叫びながら、手下の元へと駆けていった。

 その先では確かに手下が白目を向いて倒れている。

 

 俺が町長に向けて前方に覇王色を放ったダケで倒れるとは、情けない奴等だ。

 

「そんなモンは倒れる方が悪いっつーの……余波だけで倒れるって、ドイツもコイツも覚悟が足りてないんじゃないのか?」

 

 手下よりも近くに居たルフィ達は健在なのだ。

 今日バギーの一味が負けるのは確定事項だが、グランドラインの航海に耐えられるのか心配になるレベルである。

 

 覇気とは意思の力。

 そして、覇王色はそれが顕著に現れる。

 町長が俺の覇王色に抗ってみせた様に、肉体的な強さよりも精神的な強さがモノを言うのだ。

 まぁ、肉体的に強い奴はそれが自信に繋がり精神的にも強いので、単純に覇気に耐える奴は強いと考えるのも間違いではない。

 

 それはさておき、バギーにゾロとやり合う気が残っているのなら、それを利用すれば原作の修正はなんとかなりそうだ。

 

「今のって、何……? アンタなにしたのよ!?」

 

「殺気……とも違うようだな? 一体、テメェ何をしやがった!?」

 

「すんげぇっ! おい! お前っ! どうやったんだ?」

 

 順にナミ、ゾロ、ルフィだ。

 三者三様に聞き方は違えど、似たようなコトを聞くのは類友だからだろうか?

 

「馬鹿かお前等? どうして今日会ったバッカリの奴等に教えてやらなきゃいけねぇんだ? 知りたきゃ自分で何とかしろ」

 

「ケチな奴だなぁ。オマケになんか偉そうだし、オレ、お前のコト嫌いだなぁ」

 

 檻の中で胡座っぽく座るルフィは「アハハ」と笑いご機嫌だが、激しく間違えている。

 

「ちょっと、ルフィ!?」

 

「おいっ! 麦わらぁ!!」

 

 俺の怒声を聞き檻に近付こうとしていたナミが立ち止まる。

 

「なんだぁ?」

 

「俺は偉そうなんじゃないっ! 偉いんだ!! そこんとこ間違えるなっ!」

 

「そうか、わりぃ。お前、王様か何かか?」

 

「そんなワケないでしょ! 何処の世界に賞金首になる王様が居るのよっ……ハァ、アンタ達二人とも意味わかんない」

 

 何故か疲れた顔したナミが額を押さえて天を仰ぐと、大きく溜め息を吐いた。

 

「案外いるかも知れないぞ? ま、俺は王様じゃないけどな」

 

「ふーん。だったら、お前はどこが偉いんだ?」

 

 ルフィは鼻をホジリながらも、中々鋭い事を聞いてくる。

 

「さぁ? 判っているのは自分が偉いというコトだけだ……何故偉いのか自分でも判らない……だから俺は自分が偉い理由を探す為に旅を続けるのさ」

 

「何よそれ?」

「ふふ……変な人ね」

 

「何言ってんだ? バカかおめえ」

 

「あん? 調子に乗るなよ、麦わらぁ……檻の中なら安全だとでも思ってんのかぁ? オラァ!!」

 

 コンクリートで出来た檻をペチペチと叩いた俺は、軽く力を込めてチョップを繰り出した。

 

 ――バゴンっ!!

 

 派手な音と共に砕ける石の檻。

 

「ウッヒョー! お前、やっぱ良いヤツかぁ? 出してくれて、ありがとー」

 

 檻から飛び出たルフィは肩を回すと、お礼の言葉を述べて軽く御辞儀した。

 自由奔放に見えて、要所で礼儀を押さえているのもルフィだな。

 

「その手があったか」

 

「ちょっと!? 石を砕くなんて人間業じゃないわよ! どうして皆驚かないのよ!!」

 

「いや、コレくらいソイツ等にも出来るだろ?」

 

「あぁ、忘れてた」

 

「盲点だったな」

 

「私にも出来るぞ!」

 

 ルフィとゾロに張り合う様にキキョウも話に加わり、場はカオスの様相を呈してきている。

 

 全くっ……どうしてこうなった?

 

「アンタ達は一体なんなのよぉ!?」

 

「ふふ……私は出来ないから安心して、娘さん」

 

 叫ぶナミを慰めるニコ・ロビンのナミに対する呼び方もおかしいし、サッサとこの場を収めた方が良さそうだ。

 











次回!
「俺の冒険は今からだ!」


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10

原作戦闘シーンはカットの方向で








「待たせたなぁ、海賊狩りィ! 今からテメェを血祭りにあ、ゲェ!? 麦わらが檻の外にぃ!?」

 

 大きなライオンに乗る男と一輪車に乗る男を背後に従えて、この場に戻るなりすっとんきょうな声を上げるバギー。

 驚きの中にもコミカルさを忘れないバギーはやはり愉快な男であり、ゾロとの闘いを見る限り海賊としての実力も自信も信念も申し分無い。バギー個人はシャボンディ諸島で見た3200万の海賊よりも格上だろう。

 問題なのは後ろに控える二人を筆頭とした手下になる……原作では無事にグランドラインを航海していたが、どうみても弱そうである。

 

 今になって航海プランを変更する気は無いが、腕っぷしの程を実際に確認しておく必要がありそうだ。

 

「麦わらなら俺が出した。頑張って倒してくれ」

 

 俺は何ら悪びれる事なく事実を告げる。

 

 悪びれるどころか、ゾロ逃亡後に起こるイベントが無くなった状況をあるべき姿に戻し、ついでにライオンと一輪車の実力も計れる一石二鳥の行いだ。

 そう。

 これは、バギーがブッ飛ばされる結末に導く為の然るべき行いであり、本来なら誉められるべき行いだ。

 

 只し、この理屈はこの世界の他の誰にも判らない……転生者とは、思いの外辛いものである。

 

「この派手阿呆がぁ! お前はどっちの味方なんだっ!?」

 

 大砲を挟んでルフィ達と並び、バギーと向かい合う立ち位置の俺とキキョウとニコ・ロビン。

 このシーンだけを見ればバギー達と敵対しているように見えなくもない。

 

「そう怒んなって……グランドラインを制覇するデカっ鼻さんなら、麦わら野郎の一人やそこら増えたところで余裕だろ? 大体だな、俺はお前の味方になった覚えはない……そこんとこ間違えるな」

 

 適当におだててやると「そりゃぁそうだ」と気を良くしたバギーに向かって両手を広げ、敵意の無いことを示した俺は、ルフィ達から離れる様に屋上を歩む。

 そんな俺に黙って付いてくる二人の女。

 

「何なの、この人!? 一億ベリーも払って護送を頼んだなら味方でしょ!? ……そうだ! 私に一億ベリー払ってくれたら、この二人がアンタをグランドラインに案内するわ!」

 

「誰が案内するっつった!? そもそもお前は誰だっ」

「コイツは泥棒でうちの航海士だ。ナミってんだ」

 

 俺の背後から呼び止める様にナミが自分勝手な案を叫ぶと、ゾロが突っ込み、ルフィは呑気にナミを紹介してみせた。

 

 戦闘前とは思えないほのぼのっぷりだ。

 もしや、コイツらにはバギーと闘う気がないのだろうか?

 

 …………。

 

 これはマズイな。

 

 ルフィがバギーと闘う様に仕向けるとしよう。

 

「お前、関係無くね? 案内するのがその2人なら、金を受け取るのもその2人になるのが筋だ」

 

 歩みを止めて振り返った俺は、首を傾げルフィとゾロを指差した。

 

「関係無くないわ! アンタのお金は私のお金、私の受けた依頼はコイツらの依頼よ!」

 

 身ぶり手振りを交えて力説したナミは、最後にルフィとゾロをビシッと指差しポーズを決める。

 

「ふぅーん?」

 

 俺は3人に値踏みするような視線をおくる。

 

 イレギュラーな存在である俺達のせいか、原作ではもう少し後になるナミ仲間入り(仮)が前倒し気味になっているようだ。

 

「な、何よっ!?」

 

「じゃぁ、お前もソイツらの一味なのか?」

 

 ここでもう一押ししてやれば、とりあえずナミ仲間入り(仮)は成立しそうだ。

 

「えぇ……そうね。この依頼の為なら手を組むわ、どう?」

 

「やったー! 仲間が増えたぞ」

「あん? 話が見えねぇ……説明しろっ、ルフィ」

「コイツは泥棒で航海士で仲間だ」

「説明になってねぇ!!」 

「手を組むだけよっ」

 

 そう言ったナミがルフィに手を差し伸べると、「ニヒヒ」と笑ったルフィが握り返した。

 

 なるほど……展開に多少の差異が在っても収まるべき所には収まるのか。

 コレならば、もう少し気兼ねなく動いて良さそうだな……原作を気にする余り自由が奪われそうになっていたが嬉しい発見だ。

 

 後は、バギーをブッ飛ばせば完璧なんだが……さて、どうなることやら。

 

「へぇぇ〜……麦わら一味結成の瞬間か?」

 

「そうなるわ。コレなら良いでしょ? 1億ベリー、今すぐ払って!!」

 

「うん。普通に無理」

 

「ちょっと、どうしてよ!?」

 

「当たり前だろ? この金は既にバギーに払ったから俺のモンじゃない。それより何より、雑用係の居ねぇ麦わらの一味に俺の護送は勤まらねぇのさ」

 

 キッチリ回収しておいたアタッシュケースを軽く叩いた俺は、ナミに背を向け高く挙げた手をヒラヒラ振って話の終わりを告げた。

 

 ルフィとバギーを闘わせたいのは山々だが、契約を一方的に破る様な真似は出来ない。

 交換条件すら破る様な人間は、その内誰にも相手されなくなるのが自明の理。

 そうなってしまえば、力付くで片を付けていくしかなくなる。

 勿論、天竜人たる俺になら大抵の事柄を力付くで解決するのも可能だが、それは危ういのだ。

 話し合いや金で簡単に解決出来るなら、それに越した事はないのである。

 

「約束が違うじゃない!」

 

「お前と約束した覚えはない……まぁ、どうでも良いけど、手を組んだのならソイツらとの約束は違えんなよ? 約束破りは海賊以下だぜ………………おっし、バギーさんや、待たせたな? 思う存分闘って、お前の有用性を俺に示せ!」

 

 ナミの行動を狭める脅しを掛けた俺は、腕を組んで待っていたバギーの肩をポンと叩く。

 

 ルフィから仕掛けなくとも、コイツらから仕掛けてくれれば結果は同じ。

 バギーが華麗に玉砕してくれりゃぁ、ほぼ原作通りの結末だ。

 

「テメェに言われるまでもねぇ……ロロノア・ゾロの首はオレ達が頂く!」

 

「ゾロの首はやらねぇ! お前をブッ飛ばして、グランドラインの海図とオーザの依頼をオレ達が頂いてやる!」

 

「ルフィ……?」

 

「よく分からねぇけど、お前、金がいるんだろ? デカっ鼻をブッ飛ばしたら、オーザは依頼を取り下げるっ! そしたら依頼も海図もオレ達のもんだ」

 

 なんとなくでもナミの抱える問題にいつの間にか気付いた上で、それを踏まえた問題の建設的な解決策を口にするルフィ……何も考えていない様で、本質を見抜く目があるとでも云うのだろうか。

 

 そして、そんなルフィに嫌われた俺は、天竜人冥利に尽きるってモンだ。

 嫌われてナンボ……それが天竜人の本質であり、天竜人はそれだけの事をやってきている。

 

 それなのに君臨出来る……ヤハリ謎だな。

 

「話は見えねぇが、欲しいモノは力付くで奪うってコトか? イイネぇ、海賊らしくなってきたっ」

 

 頭部に黒い手拭いを巻いたゾロが本気の戦闘体制に移行する。

 

「コソ泥風情が……バギー船長、あの身の程知らずの相手はワタシがしても?」

 

「モウジか……イイょ」

 

「ロロノア・ゾロが側に居るからといって、お前まで強くなるワケでは無いのだぞ……小僧」

 

 巨大なライオンに乗ったモージと呼ばれた男がバギーの許可を得て、ルフィを小物と侮り対峙する。

 

 …………。

 

 コイツ、ダメダメだな……名が通って無いからと、侮る理由が判らない。

 無名であっても強い奴は強いのだ。

 

 バギーの後方に移動した俺は、内心でゲンナリしつつルフィとモージの掛け合いを眺める。

 

「楽しみね……麦わらさんはどれくらい強いのかしら?」

 

 俺の横でニコ・ロビンが探るように質問するのも何時もの事だ。

 

「さぁな……キキョウはどう見る?」

 

「麦わらの子供が勝つハズだが…………ふむ、悪魔の能力次第だな」

 

 ニコ・ロビンを適当にあしらいキキョウに問うと、早速悪魔の実の力を念頭に置いて考えている様で真剣そのものだ。

 バギーの手下とは大違いの良い傾向である。

 

 こうしてキキョウの成長に満足気に頷いた俺は、麦わらの一味とバギー海賊団の決戦を、悠々と観戦するのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ゴムゴムのーっ、バズーカァ!!」

 

 ナミに胴体のパーツを縛られ手足と顔だけになったバギーが、ゴムの特性を活かしたルフィの諸手突きに依って、遥か彼方にブッ飛ばされた。

 

「勝ったぁ」

 

 瓦礫の散乱する街の片隅で、ルフィが両手を上げて勝利のポーズを決める。

 

 ライオンが「ゴムゴムのスピン」なる技で屋上に叩きつけられ、建物が倒壊するハプニングから始まった麦わらの一味とバギー海賊団の決戦は、終始麦わら一味の優勢に進み、麦わらの一味の圧勝に終わった。

 カバジと呼ばれる男の曲技は、ゾロの三刀流の前に見せ場なく敗れ、船長たるバギーも麦わら帽子を傷付ける愚行を犯して、怒りに燃えるルフィに今しがたブッ飛ばされた所だ。

 

 要は、原作通りだ。

 

「おらっ、起きろ! 撤収すんぞ」

 

 ほぼ原作通りの結末を迎えた事に満足した俺は、瓦礫に隠れて狸寝入りを続けるバギーの手下の頬を叩き撤退を促す。

 

「ちょ、ちょっと! なに帰ろうとしてるのよ!? 約束が違うじゃないっ!」

 

「さっきも言ったよな? 俺がいつお前と約束をした?」

 

 バギーを倒せば依頼を取り下げる……これはルフィが勝手に言ったコトであり俺の意思とは何の関係もないのである。

 

「……っ!? そりゃ約束はしてないけどっ、バギーを倒したんだから私達の方が強いでしょ!? どうしてそいつらと行こうとするのよ!」

 

「ナミ、だったか? 必死なのは判るが根本的に色々と間違えているぞ? 俺は護送に強さを求めていない……欲しいのはコイツらの雑用力だ!」

 

 手下を無理やり立たせてケツを叩いた俺は、高らかに宣言する。

 

「なによそれ!? 意味わかんないっ、アンタは雑用係に1億ベリーも払うって言うの!?」

 

「俺にとっては雑用係に1億ベリーの価値がある……見解の相違ってやつだな。大体なぁ、1人1日1万ベリーも支払えば、凡そ30人で1日30万。一ヵ月900万で一年なら約1億だ……何も高くねぇだろ? 何がおかしいってんだ?」

 

「根本的におかしいわよっ! 雑用なんか自分でやれば良いでしょ!!」

 

 必死さ故か、ナミにしては物分かりが悪すぎるし、いい加減面倒だ。

 

 だが……。

 

 ナミの必死の元凶はアーロンであり、そのアーロンがこの東の海で暴れているのは、天竜人の愚かしさが元凶だと言える。

 

 ちっ……。

 

「俺の事は放っておいてくれ…………そんなに金が欲しけりゃ依頼とは関係無くお前に1億払ってやるのも吝かな話でも無いんだが…………聞くか?」

 

「今度は一体何を企んでいるのかしら? 娘さん、余りこの人の話を信じたらダメよ。嘘は余り付かないけど、ホントのコトも言わない人よ」

 

 ナミが反応するより先に、能面の様な表情をしたニコ・ロビンが茶々を入れて邪魔をする。 

 

「って、うぉい! お前は何を言ってくれている!?」

 

「事実よ」

 

 しれっ、と短く告げるとそっぽを向いたニコ・ロビン。

 見える範囲の手下達の肩に手を咲かせ、頬を叩いて起こしてくれるのは有り難いが、余計な事は言わないで貰いたい。

 

 と、言っても聞かないのでスルーだ。

 

「まぁ、良いや……そう難しい話じゃない。ナミさんや、今お前が椅子代わりに使っているバギーの胴体を1億で買い取ってやる」

 

「ホント!?」

 

「そう焦んなって……金を払うのは俺がバギーと再会して本人に確認した後になる。さっきも言ったがこの金は既にバギーのモノだからな? 自分の胴体に1億払うんだ……デカっ鼻からも文句は出ないハズだ」

 

 身を乗り出すナミを片手で制して取り引きを持ち掛ける。

 

 金を今すぐ渡しても事後承諾をバギーから得るのは簡単だろう。力付くで脅しても良いし、それ以前にバギー自身の身体だ。金に糸目を付ける様なケチ臭いコトは言うまい。

 しかし、意識を加速させて考えるまでもなく、金を渡してしまうとナミがアーロンの元へと向かうのは確実だ。

 そうなると、ナミの麦わら仲間入りフラグがポッキリと折れてしまう。

 

 それは流石にマズイのだ。

 

「つまり、今すぐに胴体を寄越せ、金は後で払う……こういうコトかしら?」

 

「そういうこった。悪い話じゃないだろ?」

 

 金が後払いならナミは暫くルフィと共に行動するハズだ……コレが俺の狙いであり、その先にはちょっとしたイタズラ心もある。

 

 正解な日数は計れないが1週間も有ればルフィ達は、ウソップとサンジのイベントをこなすだろう。

 10日後を目処に村へ届ける約束を取り付ければ良いのだ。

 原作通りの出来事が起こると仮定すれば、ナミは1億ベリーを海軍のクズに奪われる……そこで更に1億ベリーを突き付けてやるとすれば、どうだ?

 

 アーロンの顔と行動が見物である。

 

「嫌よ!! アンタ、頭おかしいんじゃないの!? 誰がアンタみたいな人と後払いの契約なんてするもんですか!」

 

「そっか…………じゃぁ仕方ねぇ。力付くでバギーの胴体は返してもらう」

 

 計画失敗。

 女というのはつくづく御し難いモノの様だ。

 

 まぁ、ちょっとしたイタズラ心だし素直に原作通りの展開が起こる様に努めるとしよう。

 

「そら見なさいよ! 何でも直ぐに力付くっ、ソレがアンタ達賞金首の本性よ!!」

 

「はぁ? 馬鹿かテメェ? 提案を蹴ったのはそっちだろ? 大体なぁ……俺の提案を蹴ってどうするつもりなんだ? そこの二人はそれなりに強いが、俺の相手になる程の強さじゃないからな?」

 

 原作を物差し代わりに考えれば、ハンコックと互角以上に闘える俺が、今のルフィやゾロに遅れを取るコトは有り得ない。

 これはルフィ達の闘いを見て確認したコトでもあり、まず間違いの無い事実となる。

 

「嘘でしょ!? 懸賞金100万ベリーのアンタが1500万ベリーのバギーより強いわけないわ!」

 

 なるほど……考え無しに提案を蹴ったわけでなく、ナミは懸賞金イコール戦闘力と思うタイプの人間か。

 バギーを倒したルフィなら100万の俺は倒せる……瞬時にそんな皮算用が働いたのだろう。

 頭の良い奴が陥りそうな単純ミスだ。

 

「残念だけど、懸賞金の額は強さを正解に現しているとは言えないの……言ったハズよ? この人の相手をするだけ無駄だ、と。この東の海の人間では誰もこの人に勝てないのよ」

 

 懸賞金イコール戦闘力を否定する存在のニコ・ロビンが、ナミに事情を教える。

 

「…………え?」

 

 絶句したナミが小さく一言絞り出すと、更に小さく「誰も?」と呟いている。

 

 おそらくアーロンを念頭に置いての呟きだろう。

 

「ま、実際にやってみないと判らんが、とりあえずそこの二人には負ける気がしねぇ」

 

「あん? 言ってくれるじゃねぇか」

 

 俺がルフィとゾロを指差してニコ・ロビンの話を追認すると、ゾロだけが渋い顔で言葉を発する。

 

「事実だからな……それで、どうするんだ? 俺が強いと知って尚、取り引きには応じないのか?」

 

「いつもの様にブッ飛ばせばよかろう……提案を拒否したのはソコの女だ! 強者である貴様が何故、譲歩の様な真似をする!?」

 

「そうね……この街に来てからのターゲットさんの行動は変だわ。何か理由があるのかしら?」

 

「うるせぇっ、どうしようが俺の勝手だ!」

 

 ったく……どうしてコイツらは俺を畏れず、俺の意に反するコトを平気な顔して言えるんだ?

 天竜人であると明かしてはいないが、単純な強さだけなら俺が明らかに上だ……何故、こうも畏れを抱かない?

 天竜人と明かしても、二人の態度が変わらない気がしてならないし、コイツらと話していると自分が偉いのか判らなく成りそうだ。

 

「分かった。金は後で良い」

 

「ちょっと、ルフィ!? 勝手に決めないでよ!」

 

 沈黙を破りルフィが決断を下す。

 

「お? 流石、船長。勝てない奴とは闘わないか……正しい判断だ」

 

「勝てないからじゃねぇ! お前と闘う理由がないからオレはお前と闘わないんだっ。金は後でナミに払ってくれるんだろ?」

 

「あぁ……ナミさんや、金は10日後にノコギリっ鼻のパークに届けてやる。それまではそいつらと海賊をやってな」

 

「どうしてっ……!? …………分かったわ、10日後ね? もし、約束を破ったら捜し出して取り立ててやるからっ」

 

 驚きの表情を隠さなかったナミは、俯いて少し考えると椅子代わりにしていたバギーの胴体から立ち上がり移動する。

 

「好きにしな……さて、とそろそろトンズラするか」

 

 バギーの胴体を肩に担いだ俺は、女達に撤収を告げる。

 ニコ・ロビンに叩き起こされたバギーの手下達は既に周囲に居ない様だし頃合いだろう。

 

「そうね」

「そうだな」

 

「麦わらのルフィ、だっけ? お前等も海賊ならそろそろ逃げた方が良いぞ。街の連中が直ぐそこまで来ている」

 

「どうして判るのよ!?」

 

「ふんっ……偉い俺は何でも知っているのさ」

 

 タネは原作を参考にした見聞色だが、親切に教えてやる必要はない。

 

「そっかぁ。ありがとなー」

 

「礼を言われるコトでもない……が、一つ聞いても良いか?」

 

「なんだぁ?」

 

「お前、なんで俺達を…………いや、やっぱいい」

 

 仲間に誘わない?

 

 そう聞きたかったが、聞けなかった。

 

 ルフィは俺を誘わない……答は既に出ているのだ。

 

「変な奴だなー」

 

「おいっ、ルフィ! 暢気に話してる場合じゃねぇ!! ホントに街の連中が来やがったっ、どうなってやがる!?」

 

「うははっ、逃げろー!!」

 

 こうしてナミとの約束を取り付けた俺は、逃げるようにオレンジの街をあとにする。

 

 

 

 その道すがら、

 

「麦わらさんに何を聞こうとしたの?」

 

「別に……どうでも良い、他愛の無いことさ……」

 

「そう…………フラれるのが怖かったのね」

 

「はぁっ!? 何のことやら!! 俺は独りでもやってけるんだよっ! お前らだってマジ、要らねぇンだからな!?」

 

「私は貴様の護衛だ!」

 

「貴方は私のターゲットよ……逃がさないから覚悟してね」

 

「ちっ……口を開けば直ぐそれだ。まぁ、いいや……」

 

 原作の世界をルフィと共にするでなく、簡単に原作から外れる俺の冒険は、今から始まるのだろう。

 

 とりあえず、アーロンだな。

 

 俺はそんな事を考えながら、夕日に染まる船着き場に走るのだった。










ここまでお読み頂き有難うございました。


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11

主人公は天竜人です。
価値観がおかしいので嫌いな人はご注意下さい。









 キキョウとニコ・ロビンを連れた俺は、早くもココヤシ村に到着していた。

 

 これは、別段ココヤシ村に用が有った訳でなく、バギーの居ないバギー海賊団と行動を共にするメリットとデメリットを秤に掛けた結果である。

 と言うのもバギーの居ない海賊団は正に烏合の集であり、単なる客人ポジションである俺に船と行動の指針を求める有り様だった。

 原作で描かれたバギーと手下の合流経緯をハッキリ覚えていたなら、誘導するのも吝かな話でなかったのだが、只でさえ薄れている原作の記憶。

 扉絵で描かれたダケのバギーの冒険を覚えている筈もなく、辛うじて覚えていたのは『バギーと手下達は放っておいても合流する』といった事だけであり、それ故に余計な口出しをしない方が良いとの思いから、

 

『俺が知るかっ』

 

 と、バギーの手下達を突き放し、ビブルカードと伝言を残して単独行動を取った次第である。

 

 することの無くなった俺は、約束の日より1週間も早くココヤシ村へ到着する羽目になり、それ以来3日に渡ってニコ・ロビンから、

 

『この村だけでなく諸島全体が魚人の支配下にあるそうね』

『海軍と手を組んでいるらしいわ』

『ターゲットさんはこの状況を知っていたのかしら?』

『どうして暴れないの?』

『そんなに大事なの?』 

 

 等と、主語の抜けた何を言いたいのか判らない言葉も含めて、疑惑の目に晒され続けた。

 

 困ったことにニコ・ロビンはオレンジの街以降、更に話し掛けてくるように成っており、腹の探り合いを越えて少々煩わしいレベルに達しているのだ……今、魚人の皆さんが現れたら腹いせ混じりにブッ飛ばしてやるのだが、現在のところ現れていない。

 

 そう……現れていないのだ。

 

 原作を知る俺は、ニコ・ロビンの調べを聞くまでもなく、この村を含めて周辺の集落が魚人の支配下にあることを知っていた……この村に来るまでは辛気臭い住民をイメージして嫌な気分になっていた位だ。

 しかし、予想に反して村の住民達は泊まり客である俺達に対して営業スマイルを見せるばかりか、夜ともなれば村人同士で酒を酌み交わし談笑する程度のゆとりを持っていた。

 勿論、聴こえてくる談笑内容の大半は、代名詞を用いての不平不満になるわけだが、暮らしに不満が有るのは何処の世界でもあり得る事である。

 

 原作においてこの村の住民は、不満の矛先であるアーロン達に命を掛けて刃向かう事となるのであるが…………正直、何に対する不満で命を掛けるのか俺には判らないでいる。

 

 ナミの義理の母に当たるベルさんが殺されたことに起因するのか、それとも単に貢ぎ金が高過ぎる事への不満なのか、はたまた魚人が支配者の地位に居ることに対する差別的な偏見故か……ある程度の目星を付けるコトが出来ても、どれも決め手に欠けるのだ。

 

 ナミの義母に関して言えば、支配者に逆らい処刑されるのは割とよくある話で、これが蜂起の原因であるとするならば、天竜人は支配するべき下々民の大半から蜂起されるべきであり、支配どころではなくなるハズである。

 貢ぎ金に関しても、決して安く無い額を納めているが、基本的には金さえ払えば命を落とすことなく生活を営める。

 ニコ・ロビンの調査によると、魚人達は巻き上げた貢ぎ金を集落で使い経済を循環させているらしい。

 貢ぎ金は一人頭10万ゼニー……子供であっても5万ゼニーが課せられる。

 搾取のみを続ければ、そう遠くない内に破綻するのは明らかであり、生かさず殺さず搾取する為にも魚人達は貢ぎ金の一部を集落で使い、仕事を与えては報酬という形で集落の人間に還元するのだろう……まぁ、還元といっても元は集落の人間の金であり、実質タダ働きをさせている上手い手法だったりする。

 又、支配の為に外敵の脅威から金づるである住民を護っていたり、逃亡を防ぐ意味もあって島外との取り引きは魚人自らが行い、住民が収入を得る手助けもしているらしい。

 

 このようにアーロン達魚人海賊団は、暴力と金と労力を巧みに使い分けて、コノミ諸島の支配を行っているのである。

 つい最近、貢ぎ金が払えずに破壊された村があるそうだが、それは払え無かったのが理由である。

 言い換えるならば、多少の自由と金を引き換えにすれば、魚人達が命の保証をしてくれるのだ……そう悪い条件でもない生活のハズが、蜂起を招く。

 

 ヤハリ、支配者が別種族の魚人であるのが蜂起を起こす最大の理由と見るべきなの、か?

 それとも、貢ぎ金の支払いが滞ると殺されるのが原因だろうか?

 だが、殺されるのが嫌で歯向かって殺されるなら、本末転倒としか言えないのではないか?

 

 …………。

 

 判らない。

 

 判らない事は聞いてみるのが手っ取り早いが、今はまだその時ではない。

 

 原作では、ナミの貯めた1億ベリーが奪われる出来事をきっかけとして、ココヤシ村の住民のほぼ全てが命を捨てる決意を固める……話を聞くならそのタイミングだ。

 

 その為にも俺は何もせずに、こうしてボーッと日々を過ごす事が肝心だ。

 原作は些細な事で変化する……バギーの時の様に原作修正に苦心するのは御免被りたい所である。

 

 とりあえずアーロンだ……今の時点でアレと会うのは色々とマズイ。

 いっそ、この村を離れるのも一つの手か?

 

 俺はこんな事を考えながら、ココヤシ村の大通りに面して造られた木製のパラソルの下で、蜜柑ジュースを飲んでいた。

 天然果汁100%らしく普通に旨い……一杯1000ゼニーと少しお高いのがネックだが、それだけの価値はあるだろう。

 

「何を考えているのかしら?」

 

 そこにやって来たニコ・ロビンが丸テーブルに鞄を置いて対面に座ると、いつものように探りを入れてきた。

 

「別に何も? ってか、俺が何を考えていても、お前に関係無い」

 

 いずれ別れるニコ・ロビン……素っ気ない態度をとらざるを得ないが、せっかくの旨いジュースが台無しだ。

 普通に話し掛けてくるなら普通に話してやるモノを……まぁ、普通に話す関係じゃないから仕方ないか。

 

「そうね……だけど、私は貴方が何をしようとしているのか知りたいと思うの。これは、私の自由よ」

 

 サングラスを外しそう告げるニコ・ロビンはいつにも増して真剣だ。

 

 なるほど……本腰入れて俺の秘密を探ろうというコトか。

 東の海に来てからの俺は、我ながらおかしな行動を取ってきた。

 ニコ・ロビンの探求心に引っ掛かったとしてもなんら不思議ではない。

 

「ふんっ……探るのはお前の自由だな。まぁ、だからと言って親切に教えてやる義理も義務も必要もない」

 

「えぇ、そうね…………そうそう、貴方に会いたいってお客さんを連れてきたわ」

 

 サングラスを掛け直し両手を突いて立ち上がったニコ・ロビンは、腕を使って大通りの向こうを指し示す。

 

「客だって?」

 

 ニコ・ロビンの示す方向に視線を向ける。

 そこに見えたのは、一際大柄なアロハシャツの男を先頭に、ゆっくりと此方にやってくる20人ばかりの集団。

 

 はぁ……やってくれるぜ、ニコ・ロビン。

 俺の動きを確める為にここまでするか?

 上手く立ち回らないと原作ブレイクは確実だな。

 

「シャーハッハハハ! ようこそ、下等なる人間よ! オレのシマで嗅ぎ回ってるのはテメェかっ!?」

 

 目算で三メートル。

 間近までやって来たアーロンと思われる魚人は、両手を拡げて高笑いを上げるとギロリとニラミを向けてきた。

 巨体故か、それなりの威圧感はあるがそれだけだ……闘って負けるような相手じゃなさそうだ。

 

「はぁ? キキョウさんや……コイツ、いきなりお前の事を下等扱いしてんぞ」

 

 後ろを向いた俺は、ご苦労な事に背後で立ち続けるキキョウに意見を求める。

 

「ふむ……戦士に向かって初対面でこの態度。許せんな」

 

「あら? ターゲットさんの事を言ってるんじゃないかしら?」

 

「いや、違うだろ。俺は『下等なる人間』どころか偉いからな。ってか、なんでこの負け犬を連れてくるかな?」

 

「私の仲間に会いたいと言うから連れてきたのよ……何かマズかったかしら?」

 

 シレッと言うニコ・ロビンだが、俺とアーロンを鉢合わせにすれば何も起こらないハズもなく、頭の良い彼女がソレに気付かないハズもない。

 やはり、探求心から確信犯的にアーロンを連れてきたとみるべきか。

 

「よく言うぜ……誰が仲間だ?」

 

 言葉尻を捉えて突っ込みを入れるも、既にニコ・ロビンはソッポを向いて知らん顔だ。

 

 全くっ……やってくれるぜ。

 

「テメェっ…………負け犬たぁ誰の事を言っている!?」

 

「お前だよ、長っ鼻。情けない野郎だぜ……グランドラインで勝てないからって、最弱の海で支配者ごっこかぁ? 魚人ってのはもっと骨のある連中だと思っていたが、あのタイガーだけが特別だったってワケか」

 

 十数年前に出会った鯛の魚人は、奴隷の首輪を付けられながらも、その眼と身体には覇気を宿していた。

 それに比べてコイツはどうだ……狂暴性こそ有る様だが、とても七武海の一角であるジンベェと肩を並べていたとは思えない。

 

 ってか、絡んでくるなよな……俺の強さが判らないほど鈍いのか?

 

「ナニぃっ!? テメェ、鯛の兄貴を知っているのか!?」

 

「さぁな? お前に教えてやる謂れがないし、俺はお前に用も無い。サッサと自分の城に帰って引き込もってな」

 

 スナップを効かせてシッシッと手首を振った俺は、アーロン達を追い払おうと試みる。

 

 周囲の村人が「アイツ、なんて口を」とか「殺されるぞ!?」とか言っているが気にしない。

 

「ニュ〜。おめえ何処で鯛のお頭の事を聞いたんだ?」

「ハチっ、馴染むな。大方、聞き齧っただけだ、チュッ」

「舐めた態度の男だが殺すのもマズイ……アーロンさん、パークに連れ帰り尋問しましょう」

 

「馬鹿かてめぇら? 俺はこの村で人を待ってるんだ……用も無いのに誰が付いて行くかっ」

 

「テメェに選択権はネェんだよ、人間! チュウっ、連れてこい!!」

 

 幹部の助言を受けたアーロンが、唇の長いチュウと呼ばれた魚人に俺の連行の指示を出す。

 

「あいよ、アーロンさん……ぐはっ!?」

 

 座る俺の背後に回り、馴れ馴れしくも肩を抱いて来たチュウと呼ばれる魚人の顔面に裏拳を食らわせる。

 

 暴れるのもどうかと思うが、連行されても良いこと等なく、ここに至ってはこうするしか無いだろう。

 

「チュウ!?」

 

「なんだぁ? この程度で失神か? お前等どんだけ弱いんだよ?」

 

 ドサッと音を立てて背中から倒れたチュウに呆れた視線を向ける。

 

「よくもっ……エイっ」

 

 お下げの魚人が駆け寄り腰を落として正拳突きを繰り出した。

 

 正確な型だがモーションがデカいし遅すぎる。

 

「させるかっ!」

 

 突き出された魚人の拳をキキョウが横から片手で受け止めた。

 

 ま、そうなるわな。

 

「なにっ!? ぐはっ」

 

 伸ばされた腕を掻い潜ったキキョウが魚人の腹部に掌底を放つと、魚人の巨体が勢いよく後方に吹き飛び、大通りを挟んだ向かいにある家屋の壁へと激突して白目を向いた。

 

「クロオビっ!?」

 

「おらっ、雑魚は大人しく引き込もってろ。俺に話が有るなら…………4日後に聞いてやる」

 

 倒れたチュウの衣服を掴んだ俺は、アーロンに向けて放り投げた。

 

「下等な人間が同胞に何をした!! これ程の事を仕出かしたお前達を黙って見過ごすとでも思ってるのかぁ!!」

 

 投げられた魚人をガッチリ受け止め、近くの魚人に預けたアーロンが凄みながら近付いてくる。

 

 ナミが麦わら一味に正式加入するまで、アーロンに手を出したくなかったのだが、舐めた態度で掛かってくるなら仕方ない。

 

「やれやれだ……仕掛けて来たのはお前の方だろ? 魚人ってのはどんだけ被害者ヅラが得意なんだ?」

 

 俺は肩を竦めて御手上げのポーズをしてみせる。

 

 手を出したのは俺が先かも知れないが、俺の自由を奪う連行を仕掛けて来たのは魚人の方だ。

 人の権利を奪おうとすれば、時に手痛いしっぺ返しを喰らう……アーロンはこんな当たり前の事も知らない馬鹿なのか?

 

「テメェっ!!」

 

 前方の視界を遮る迄に近付いたアーロンの巨大な握り拳が木製のパラソルを打ち壊し、俺の頭上から振り下ろされる。

 

「ふんっ……やっぱこんなもんか? 2000万ってこたぁないが、4、5千万が良いとこだな……オラぁ!!」

 

 俺は繰り出されたアーロンの拳を指先で受け止め、ソレをデコピンの要領で弾き、突き出た顎を狙ってラッシュを繰り出した。

 

「なっ!? 下等な……人間がオレにっ……」

 

「黙れ……俺を下等な人間と一緒にするなっ」

 

 フラつきながらも両腕を伸ばして掴みかかろうとしてくるアーロンの腹部にアッパーを叩き込むと、前のめりに倒れ俺の身体にのし掛かる。

 

 魚人も生物に代わりなく、脳を揺らしてやればザッとこんなもんだ。

 

「アーロンさんっ!?」

「まさかっ!? アーロンが!?」

 

 この光景を見ていた魚人だけでなく、村の連中もどよめいている。

 

 これは……かなりマズイな。

 

 この状況から原作修正って可能なのか?

 まぁ、やっちまった事は仕方ない……あとは原作の修正力に期待しよう。

 

「ニュ〜……おめえら、皆を連れてパークに帰るぞ」

 

 額を掻いたタコの魚人がおあつらえ向きに撤退を告げる。

 

「おぅ、そうしろタコ助……おらっ、シッカリ受け取れ!」

 

 俺は渡りに船とばかりに、タコ助に向けてアーロンを放り投げた。

 

「ニュ〜……すまねぇなぁ」

 

「気にすんな……ってか、お前ハチだろ? なんでアーロンなんかとつるんでるんだ?」

 

 あ、しまった。

 

 ハチの醸し出す狂暴性とは対極にあるノンビリとした雰囲気に、俺は思わず余計なコトを口にする。

 

 アーロンを含めて聞きたいこと、言いたいことが有るには有るが、今はまだその時ではない。

 

「顔が広いのね」

 

 すかさずニコ・ロビンから突っ込みが入るも、華麗にスルーだ。

 

「そんな事言われてもアーロンさんは仲間想いのイイヤツだからなぁ……仲間は裏切れねぇ。って、おまえオレの事も知ってんのか?」

 

「ん……お前は、俺の知り合いの恩人、らしい。話しに聞いていたダケで、お前と会ったのは今日が初めてだ」

 

 こんな話はレイリーから聞かされていないが、内容自体は真実だ。

 俺の誤魔化しがバレるコトもないだろう。

 

「ホントかしら?」

 

「にゅ〜? 恩人……? あ、そのマントっおまえレイリーの知り合いかぁ!?」

 

 四本の腕を使ってアーロンを頭上に持ち上げるハチは、残り二本の手をポンッと打っては「懐かしいなぁ」と勝手に納得している。

 

 ニコ・ロビンは「レイリー?」と訝しげだし、村人達は、「アーロンがイイヤツだと!?」 「ふざけるなぁ!!」 と、息巻いてるし正直勘弁してほしい。

 

「おらっ、無駄話は良いからサッサと帰れよ? 暴動に成っても俺は知らねぇからなっ」

 

 俺の半ば投げ槍な言葉に他の魚人達も慌ただしく動き、倒れたチュウとクロオビを協力して抱え、今来た道を引き返していった。

 

 その様子を憤慨しながらもただただ眺める村人達……頼むから手出ししないでくれよ。

 

 今を好機とみて闘い死ぬのは村人達の自由だが、俺のプランが狂ってしまう……ナミだけは麦わら一味に欠かせないのだ。

 他の誰が欠けても麦わらの一味でなくなるが、中でもナミは格別だ。

 おそらく、ナミが居ないとマトモに航海できず、ルフィは儚く海の藻屑と消えるのだ。

 

 俺は祈るような気持ちで魚人達の撤収を見守るのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 魚人の撤収が滞りなく終わり一段落を迎えた俺達は、丸テーブル囲んで蜜柑ジュースを飲んでいた。

 解せないコトに、御代は全て俺持ちだったりする。

 

「捕えなくて良かったの?」

 

 主語の抜けたニコ・ロビンの言葉だが、さすがにコレは想定内。

 

「捕える必要があったのか?」

 

 わざとらしく小首を傾げた俺は、意地悪く質問に質問を返してやる。

 

「村の人達が困っているわ」

 

「そうみたいだが、それは俺に関係の無い話だ。誰かが困っている度に助けていればキリがないし、そもそも、村の問題を何とかするのは村人自身のハズだろ? 俺が勝手に助けてどうなるもんでもない」

 

「厳しい意見ね……だけど、貴方に倒された魚人達が八つ当たりで暴れても、俺に関係ないと言えるのかしら? 彼等、理知的には見えなかったわ」

 

 なるほど……その発想は無かった。

 アーロン達が腹いせに他の村で暴れるのは、十分に考えられる事態だ。

 それどころか、再び俺に向かってくる可能性も大いにある。

 

「それはマズイな……一応、釘を刺しておくか」

 

「おかしな事を考える男だ……奴等が暴れてマズイなら、捕えて海軍なりに突き出せば良かろう」

 

 キキョウの意見は至極尤もだが、そうは出来ないのが転生者の辛いトコだ。

 

「海軍はマズイだろ? な? ニコさん」

 

「そうかしら? 護衛さんが連行すれば良いし、しっかりと縛れば村の人達が連行するのも可能よ……最悪、殺すのも仕方ないわ。彼等はどの道賞金首……そうしない理由は何かしら?」

 

 真っ直ぐ見詰めてくるニコ・ロビンは一体俺をどうみているのだろう?

 よもや転生者と気付くようなコトは有るまいが、これ以上行動を共にするのはマズイ気がする。

 

 いや、既に手遅れかも知れない……今日の様な事態を招いたのは一重に、ニコ・ロビンの与える影響力を甘く見ていた俺の責任だ。

 

 それにしても、ニコ・ロビン、か……世界政府に追われる悪魔の子。

 しかし、その実はこの村の心配をする極普通の女。

 頭の良すぎるのがタマにキズだが…………まぁ、一緒に居て楽しい女だったのは、否定の出来ない事実になるか。

 

 だが、それもこのココヤシ村を出るまでだ。

 

「あの……よろしいですか?」

 

 俺とニコ・ロビンが見詰め合い微妙な空気が漂う中、見知らぬ女が割り込んできた。

 

「ん? なんか用か?」

 

 てか、誰だコイツ?

 見覚えが有るようでピンとこない。

 

「お願いですっ! 魚人をっ……アーロンをっ、倒し……いえ、殺して下さい!!」

 

 いきなり現れた薄紫の髪の女はそれだけ叫ぶと、頭を地面に擦り付けるように土下座した。

 

「やなこった」

 

「え……?」

 

「ナニを惚けてる? なんで俺が見ず知らずのお前の頼みで殺しをしなきゃいけねーんだ? 何の得にもなりゃしねぇっつーの」

 

「ならば、金を払えばやってくれるのか!?」

 

 今度は帽子に風車を着けた全身傷だらけの男が口を開く。

 

 この親父は確か原作キャラだな。

 

「そうくるか……んじゃ、二億の現金一括払いで考えてやる」

 

 この村にそんな金が無いのは原作的にも明らかだ。

 俺がアーロンを始末する訳にもいかないし、ソレっぽい理由を明確にしてサッサと諦めてもらおう。

 

「そんな金有るわけ無いじゃないか! アンタ、その女に聞いて知ってるんだろ? この村がどういう状況に置かれているのか!」

 

 今度はさっきの土下座女が立ち上がって捲したててくる。

 

 この口調には覚えがある……コイツ、ナミの義姉じゃねーか。

 

 はぁ……なんで原作キャラばっか寄ってくるかな?

 

「知ってたからなんだってんだ? そんなもんは俺が動く理由にはならねぇ。大体、二億ってのは妥当な金額だぞ? アーロンを殺すコトでお前等が助かるとすれば、むしろ安い位だ……違うか?」

 

「……っ!? だったら二億の代わりにアタシがアンタの物になる!! それで良いだろ!?」

 

 ナミの義姉は刺青の入った胸元を叩いて仕切りにアピールしているが、何がだったらで、それで良いのか皆目見当もつかない。

 そもそも人は売り買いするようなモノでなく、オマケにコイツは気が強く、ナミの義姉って付加価値まで付いてくる。

 

 幾らであろうが絶対に買いたくないぞ。

 

「……お前が二億? 馬鹿じゃねーの?」

 

「貴様っ!! この娘の覚悟を嘲笑うかっ」

 

「何を怒ってんだ? 逆だ、逆。一説によると、人の命は世界より価値があるとされているんだ……たかが二億とソイツじゃ釣り合うワケがない。不釣り合いな取引は俺の趣味に合わねぇんだよっ」

 

 俺は、僅かに残る前世の知識を使って煙に巻こうと試みる。

 駐在も義姉も面食らった様な顔で固まっているし、どうやら上手くいきそうである。

 

「ふふ……残念ね、お二人さん。貴方達の反逆の意思は聞かなかったコトにするから、私達のことは放っておいてくれる?」

 

「勝手に決めんなよ……ま、コイツの言う通りだ。さっきの件でアーロンが暴れないようにもしてやるから、俺をアテにするのは止すんだな…………俺はアーロンを倒さねぇ」

 

 と言っても、アーロンをどうやって説得すれば良いのやら。

 

 こうしてプチ原作ブレイクを果たした俺は、半ば諦めの心境で駐在達を追い払い、ナミが現れるまでの数日をどう乗り切るか頭を悩ませるのだった。

 

 



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12

内面を詰め込んだ結果、話が進まない不具合発生。









 あれから2日。

 

 心配していたアーロンの報復行動や八つ当たり行動等の原作から大きく外れた動きは見られないまま、ナミはコノミ諸島への帰還を無事に果たし、長鼻の男が村の周りを騒がせている。

 すっかり指定席となったオープンカフェで寛ぐ俺の視界の先では、アーロンが駐在と揉めているし、あとは「その時」が訪れるのを静かに待てば良いハズだ。

 一時はどうなることかと思っていた原作展開は、ある程度修正されたとみて良さそうだ。

 

 それもこれも一重に、ニコ・ロビンの長年に及ぶ逃亡生活で培った交渉術のお陰である。

 

『ターゲットさんには任せておけない』

 

 こう言って自ら交渉役を買って出たニコ・ロビンがキキョウと二人でアーロンパークへと向かったのは、魚人達をブッ飛ばしたあの日の事だ。

 万一に備えて門の外で見聞色を使って聞き耳を立てていた俺の心配を他所に、彼女は見事に魚人達を説得してみせたのだ。

 

 手始めにアーロンの失神を油断からくるラッキーパンチであるとして持ち上げた彼女は、俺の目的を待ち合わせと言い切り、俺達と敵対するコトの無意味さを説いた上で、此方には敵対の意志がないスタンスを平然と貫き、更には俺達が賞金首であると伝えて数日間の滞在許可を勝ち取ったのである。

 言葉にして纏めると簡単に聞こえるかも知れないが、相手は怒り狂うアーロンと魚人達。

 一歩間違えれば命の危険に晒される交渉であり、彼女にどんな思惑が有って交渉を買って出たのか今以て謎である。

 何処からか用意した自身の手配書を見せる荒業まで行ったニコ・ロビンだが、そこまでしてアーロン達を抑える理由が有ったのだろうか?

 

 それに…………力に勝る魚人を相手に一歩も引かなかった彼女の姿は称賛に値するが、それと同時に物悲しさを覚えるのは俺だけだろうか?

 

 荒ぶる相手との交渉のキモはなんといっても度胸だ……そして、度胸は場数を踏むことに依って身に付くのである。

 彼女が交渉上手なのはそれだけの場数と苦労を重ねた証であり、その姿は原作でも少し描かれていた。

 

『真実の歴史を知りたい』

 

 言葉にすればたったコレだけの望みを叶える為に、人の心までもを犠牲にするニコ・ロビンの半生はあまりにも悲しく、そのハードルはあまりにも高い。

 彼女の望みは天竜人である俺ですら手に入れられなかった世界の秘密であり、凡そ一般人である彼女が手にするのは不可能と言って過言ではない……原作のニコ・ロビンは真実の歴史を手に入れるコトが出来たのだろうか?

 

 俺は、ふと頭に浮かんだ事を考えながら、向かいに座るニコ・ロビンに視線を送る。

 

「何かしら?」

 

 視線に気付いたのか読書に励むニコ・ロビンが顔を上げた。

 

 この諸島に来て以来色々と動き回っていた彼女だが、今はこうしてゆったりと過ごしている。

 そんな彼女は今日も露出度の高いヘソ出しスタイル……この島は比較的温暖な気候だが恥ずかしく無いのだろうか?

 

「別に何も? ただ、ニコさんが交渉役を引き受けた理由が気になってな」

 

「貴方に任せておけない……そう言ったハズよ」

 

「だからっ、交渉を俺にやらせて魚人達をブッ飛ばすコトになったとしてもだっ、それはお前にとってどうでも良いことだろ?」

 

「貴方にとっての不都合な結果と思ったんだけど……間違いかしら?」

 

 事実を言い当てたニコ・ロビンは、つまらなそうに膝に乗せた書物へと視線を落とした。

 

「またその話か……飽きもせずによくやる」

 

「うるせぇっ、俺だってやりたくてやってんじゃねぇんだよ!」

 

 呆れ眼のキキョウが割り込んで来るのも当然で、これは既に何度か繰り返された会話だ。

 しかし、俺にとっての不都合と認めるコトが出来ず、結果、俺の為に交渉してくれたのか? とは聞けずに、同じコトの繰り返しとなるのである。

 

「いい加減お互い素直に話せばどうなんだ?」 

 

「ふんっ、俺はいつだって素直だっての」

 

「そうだな……グランドラインでの貴様は誰が相手でも物怖じせず、襲い来る海賊、気に入らない海賊とみれば容赦なく沈めたモノだ。ともすれば乱暴者と見られるが、己の心のみに従い一貫して暴れる姿は貴様の唯一の美点だったのだ。それが、この海に来てからはどうだ?」

 

「……何が言いたい?」

 

「私は貴様の護衛としてここに居る。故に、貴様の行いにつべこべ言う舌を持たぬ……しかし、だ。心を持たぬ人形でもないのだ!」

 

 何か不満でもあるのか、長々と語るキキョウは独りでにエキサイトしていき、語尾を強めて丸いテーブルをバンッと叩いた。

 

「何を当たり前な?」

 

「力こそ全てっ! 強い者が正義!! そんな島で生まれ育った私であっても、この村の状況には怒りを禁じ得ぬのだ!! 暴力に任せて力無き者を虐げるっ、それがこれ程醜く、悲惨な姿に成ろうとは……見てみよっ、直ぐそこで行われる不埒な行いをっ! 貴様は何故黙って見ているっ!? 村の者達の声無き叫びを聴いていないとは言わせぬっ!」

 

 俺の呟きも聞かず、丸いテーブルをバンバンと叩いて力説したキキョウは、揉めるアーロンと駐在を指差した。

 外界と隔絶された島で暮らしを営んでいたキキョウですら、この村の状況は腹に据えかねるらしい。

 人間であるキキョウが一方の事情ダケを知っての怒りだが、力による強引な支配は万国共通で反感を覚えるとみて良いだろう。

 

 だが、そうなると天竜人はマジで何なのだ?

 俺が観た限り、天竜人は反感を抑える目的で手心を加える様な真似は一切していない。

 と言うより、支配的な政策をほぼ行っていない。

 ただ気儘に暮らす支配者として君臨し、正義を標榜する海軍が全力で護る……全く以て不可解としか言えないな。

 

 そもそもアーロンのこの村での行いは、元も正せば天竜人が原因であったりするわけで…………まぁ、だからと言ってアーロンを単なる被害者と言うには問題が有りすぎるし、疑問もある。

 

 …………。

 

 とりあえず「その時」が訪れた後にアーロンから話しを聞くとして、先ずはキキョウを黙らせよう。

 このままでは魚人に絡まれ兼ねない。

 

「いや、聞いてないし。俺は通常、盗み聞きをしないからな? ってか、話す舌を持たぬと言っておきながら、舌の根も乾かぬ内にソレかよ?」

 

 見聞色の覇気は便利と言えば便利だが、扱い方が非常に難しい。

 中でも読心術的な業は一際難しく、意志の籠った思考をすくい取る様な感覚であり、相手次第で断片的な情報しか得られないことも珍しくない。

 例えば偶然出会った相手から『ムカつく!』と感じとれたしても、何に対してなのか、誰に対してなのか判らないのはよく在るコトで、誤解を招く恐れすらあるのだ。

 それと、天竜人たる俺に向けられる感情の99%は負の感情だったりするわけで、イチイチ読み取る意味がないのも見聞色を使わない理由だ。

 世界の全てが俺を個人ではなく天竜人と見なし、負の感情をぶつけてくるのであれば、俺は天竜人として振る舞うのみだ。

 

 そう……相手の気持ちなど天竜人には関係無いのである。

 

 ……っと、思考が逸れたな。

 

「貴様っ」

 

 俺の指摘で自己の矛盾に気付いたのか、顔を紅くしたキキョウが立ち上がる。

 

「ダメよ、護衛さん。都合が悪いとはぐらかす……この人の何時もの手よ」

 

「失礼な、俺は間違った事は言ってないぞ?」

 

「そうね。だけど、それは人としてどうなのかしら?」

 

「普通に最悪だな」

 

 情に訴えているつもりだろうが、俺には通じない……何故なら俺は天竜人だ。

 イチイチ情に流されていては天竜人などやってられないのである。

 

「変な人ね……最悪だと思っているなら直そうと思わないの?」

 

「思わん。人して最悪でも俺として生きる分には何の問題もない。お前だってそうだろ、ニコ・ロビン? 悪いと知って我慢が出来たり、簡単に改善出来るなら誰も苦労しねぇよ」

 

 暗に「お前も同類」と告げてやる。

 ニコ・ロビンも自らの夢のために悪事と知りながら悪事を重ねるている。

 こうチクリと言ってやれば、口を閉ざすか話題を変えるのがニコ・ロビンだ。

 

「そうね…………ところで、あの泥棒娘さんは一億ベリーで魚人から村を買い取る約束をしているそうね? 貴方が渡そうとしているお金も一億ベリー……偶然かしら?」

 

「はぁ? なんでお前がそれを知っている!?」

 

 思惑通り話題転換に成功するも、その内容に思わず声が裏返る。

 

「先日、私が見聞色で朧気に感じた事を頼りに、ロビンが村人に聞いて回ったのだ」

 

 先日?

 アーロンをブッ飛ばした時か?

 確かに、自分の事より「コレでナミちゃんが救われる!?」と安堵していた村人連中の強い意志が、聞くとは無しに聴こえたが、見ず知らずの人間が問い質して答える様な話ではないハズだぞ。

 

「調査能力有りすぎんだろ……一体どんな聞き方したんだよ?」

 

「秘密よ。だけど、村の人達が簡単に教えてくれなかったのは確かね。それなのに、どうしてターゲットさんは知っていたのかしら?」

 

「知ってたなんて言ってねぇしっ。ナミと取引した金額が一億なのは偶然だ、偶然!」

 

「全くっ……どうして何時もそうなのだ? ロビンは貴様が海軍を追い払った事や、海軍に追われるのを自分のせいにしなかった事を感謝しているのだぞ。そして、貴様が気にかけるナミという女との関係をっ、んぐ!?」

 

「ちょっと、キキョウ!? この人には言わないでって言ったじゃない!」

 

 顔を赤らめたニコ・ロビンがキキョウの口元に手を咲かせて強制的にその口を閉ざす。

 それを合図に移動したニコ・ロビンは、キキョウと揉み合いながらきゃぁきゃぁと騒ぎ始めた。

 

 コイツら……緊迫感の漂う村中でナニやってんだ?

 てか、ニコ・ロビンとキキョウはいつの間にこれ程仲良くなったんだ?

 

『そんな勝手な話があるかっ、アーロン!!』

 

 俺達が実に意味のない会話を重ねる内に、アーロンと駐在のやり取りは佳境を迎えていたようだ。

 家屋と家屋の間からナミの義姉が飛び出し、必死にアーロンに食い下がる。

 

『そうだ、そうだ!』

『止めてくれぇっ』

『ゲンさん放せっ!』

 

 それに呼応するかの様に村の者達が集まり、口々に不満を述べている。

 

 俺がアーロンならこの時点で殺しはしなくとも、ブッ飛ばしは確定だ。

 この状況でも言葉で応じるアーロンは、マジで話の判る合理的な奴なのかも知れない……惜しむらくは、支配の方法と怒りの矛先を間違えているコトだな。

 

『みんな戻れっ……ここで暴れては8年の苦労が無駄になる!!』

 

 地面に投げ付けられたゲンさんが血ヘドを吐きながらも、いきり立つ村人達を収めようとしている。

 

『シャーハッハッハ!』

 

 高笑いを上げるアーロン……そして、家屋の裏手に回ったウソップが屋根によじ登ろうとしている。

 

 よしっ、順調だ。

 

「そうだっアンタっ! 女二人侍らせていい気になってないで、なんとかしてよっ! このままじゃゲンさんが殺されちまうよっ」 

 

 順調と思ったのも束の間、ナミの義姉が俺達の方へと進み叫んだ。

 

「はぁ? なんで俺に振るかな? 大体、お前らは生きる為の闘いと銘打ってアーロンの支配を受け入れたんだろ? だったら、ルールを破ったそのオッサンが悪いんじゃねぇか」

 

「アンタねぇ!!」

 

「ノジコ止せっ……その男が我等の為に動くような男なら、今頃こう成っておらん!!」

 

「シャーハッハッハ! その男はオレ達と取り引きをしているっ……ソイツは判ってんだよっ、ラッキーパンチに二度はねぇってコトがよぉ!! 今度やり合えば死ぬのは自分だってなぁ!」

 

 恐るべきはニコ・ロビンの交渉術だな……ここまで思考の誘導が可能なら最早マインドコントロールの域である。

 

 自分が倒されたのは油断が全てとのニコ・ロビンの言葉を信じるアーロンは両手を広げ、さも強者は自分であるかの様に振る舞っている……実際は、何度やっても俺の勝利は揺るがないのだが黙っておくか。

 

 こうして俺が異を唱えないコトでアーロンの宣言は真実となり、村人達は露骨にガッカリとした表情を見せているが、それも今日で終わりを迎える。

 

 原作通りにルフィがアーロンを倒したら表面上は一件落着だ……まぁ、アーロンを倒したダケではホントの解決にはならなかったりするのだが、アーロン退治のその先は、俺の問題だ。

 

「そんなっ……アンタ最低ねっ!!」

 

「いやいや、おかしいだろ? どうして俺が非難めいて言われなきゃならない? 関係無いヤツでもお前らの為に動かなきゃ悪いってのか?」

 

「っ!? この人でなしっ!!」

 

「俺は人じゃねぇからそんなのは当たり前だ」

 

「なんだぁ? テメェ、同胞か?」

 

「魚人ってのは視力が悪いのか? 俺のどこをどう見たら魚人に見える?」

 

「……フンッ。テメェが何者だろうが関係無ねぇ。命が惜しければソコで黙って二人の処刑を見ていろっ」

 

「二人だと!? 駐在だけじゃないのか?」

 

 原作から外れた展開に俺は思わず立ち上がりアーロンに問い掛ける。

 

 ってか、またかよ……。

 

 原作を近くで見ているだけで影響を与えてしまう……これはもう、原作展開の為には原作見物を諦めるしかないってコトか?

 

 …………。

 

 いや、違う。

 見ることの出来ない原作を維持する意味が俺にはない……諦めるとするなら原作に忠実な展開の方だ。

 しかし、未来知識とも言える原作展開を手放すのも惜しい気がするし……ここは、思案のしどころか。

 

「その女には反乱の意志がある! ナミの関係者だかって多目に見てやってきたが、テメェとの会話は見過ごせねぇ……これは、明らかな反乱の意志だ!!」

 

「ん? まぁ、そうだな……」

 

 ごもっともなアーロンの意見に、それどころではない俺は気のない返事をするに留める。

 誰がどうみても反乱の意志があるどころか、実際に殺害依頼も受けているし、下手な反論は更なる不測の事態を招きそうだ。

 

「大変ね。このままだと貴方のせいで人が死ぬわ……どうするの?」

 

 キキョウとのじゃれあいを終えたのか、普段の平静さを取り戻したニコ・ロビンが隣で呟いている。

 

 相変わらず痛いところを突いてくる女だ。

 そこらの他人が自分の意思で勝手に死ぬなら俺の知ったことではないが、俺のせいで、となると話は違ってくる。

 なんというか、寝覚めが悪いとでも言うのだろうか……天竜人にあるまじき下らない感情論だ。

 

「ちっ…………言われなくても女の方は俺がなんとかするさ」

 

「駐在さんは見殺しにするの? アーロンは貴方のせいで堕ちた威厳を取り戻す為に、彼を殺そうとしているんじゃないかしら?」

 

「はぁ? それはっ……」

 

 違うだろ!?

 と、喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 

 なるほど……駐在が殺されかけるのは原作通りの展開で俺は何の関係もないのだが、原作を知らないニコ・ロビンにこんな言い分が通用しようハズもない。

 ニコ・ロビンにとっては駐在の苦境も俺のせいに見える訳か……これは厄介だな。

 

「どうするの?」

 

 畳み掛けるように同じ質問をぶつけてくるニコ・ロビン。

 

 くそっ。

 

 ウソップは何をしている!?

 

 アイツが登場してくれりゃぁ原作の流れに戻り、駐在もノジコも死なずに済むんだっ。

 

 俺は見聞色で把握しているウソップが居るであろう屋根の上に、チラリと視線を向ける。

 それに釣られる様に顔を向けたニコ・ロビンは「あら?」と小さく呟いた。

 

『これが、見せしめだぁ!!』

 

 俺達が余所見している間にも話は進み、駐在を乱雑に掴んで軽々と振り上げたアーロンが地面に叩きつけようと気勢を発する。

 

『火薬星っ!!』

 

 ウソップの狙撃がアーロンの顔面を的確に捉え煙を上げると、手放された駐在が地面に転がり窮地を脱する。

 

『オレは勇敢なる海の戦士、キャプテーン・ウソップ!!』

 

 屋根の上で膝をガクガクと震わせながらウソップが名乗りを上げている。

 

 よしっ、これでいい。

 あとはアーロンにお帰り願えば良いだけだ。

 

「こうなると知っていたのかしら?」

 

「……ウソップとやらが何かしようとしていたのは気付いていた。キキョウにも判ったよな?」

 

「そうだな……魚人と駐在に意識が集まる中で、あの男だけが別の方向を向いていたのは私も確認していた」

 

「そう……便利なのね」

 

 納得したのか定かでないが、口を閉ざしたニコ・ロビンはソッポを向いた。

 何か感付いている様だしニコ・ロビンを連れ歩くのもそろそろ限界だな……アーロン遍が終わればルフィにでも押し付けるか?

 これも原作ブレイクだが、俺が連れ歩くよりかはマシだろう。

 

『下等な人間がオレに何をしたぁ!?』

 

 激怒したアーロンがウソップの立つ家屋をガシッと掴み、持ち上げようと力を籠めている。

 

 ヤらせねぇよっ。

 

「ストップだ、アーロン。その家屋には俺の荷物が置いてある……俺達には手を出さない。それが約束だろ?」

 

「テメェっ……!!」

 

 素早く移動した俺は、上から押さえる要領でアーロンの腕を掴んで制止を試みる。

 

「そう睨むなって馬鹿力め……大体、無駄に村を破壊してどうする? 取り口が減って困るのはお前さんだぜ?」

 

「減れば増やすまでよっ!」

 

「馬鹿か、テメェ? 支配地域が広まればその分苦労もデカくなるっての…………おいっ、魚人共! ボサッとしてねぇでこの馬鹿力を止めやがれっ」

 

 俺達のやりとりを唖然と見ている魚人達に努めて軽く言ってみたが、俺の内心はヒヤヒヤものだ。

 と言うのも、「魚人は産まれながらにして十倍の筋力」との触れ込みは伊達ではないらしく、アーロンは体勢有利な俺と拮抗する馬鹿力を発揮している。

 

 それにしても……コイツはつくづく惜しい男だな。

 覇気も纏わず生身だけでこの力……極めれば天竜人の力にだって抗えたんじゃないのか?

 

 俺はそんな事を考えながら混沌とする場を纏め、「その時」が来るのを待つのだった。











果たして、アーロン遍は次で終わるのか?

次回!
「俺がアイツの敵なんだ」


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