ワールド・クロス (Mk-Ⅳ)
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プロローグ

始めまして、Mk-Ⅳと申します。
勢いで始めてしまいましたが、多くの方に楽しんでもらえるよう頑張りますので、アドバイス等を頂けると嬉しく思います。



日本にあるごく一般的な民家の居間に、三人の少年が思い思いに寛ぎながらテレビを見ていた。

 

『はい、始まりました朝まで煮テレビ。今日は、今話題の織斑一夏君について…』

 

「どうしてこうなった…」

 

テレビを見ていた少年の一人織斑一夏(15歳)が、天井を仰ぎ見ながらそう呟いた。

 

「なんでって、そりゃぁ男のお前が”IS”(インフィニット・ストラトス)を動かしたからだろうよ。なぁキリト」

 

その呟きに隣でオッサンのような寝方をしている天道勇(18歳)が、煎餅をかじるともう一人の少年に話しかける。

 

インフィニット・ストラトス―

通称ISと呼ばれ、10年前に篠ノ之束という女性によって開発された。宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツである。

しかし、度重なるテロ行為や”ノイズ”と呼ばれる認定特異災害への対抗策の一環として軍事転用されてしまう。

従来の兵器を凌駕する圧倒的な性能を持ち、核兵器のように環境への被害が出ないので、新たな抑止力としての一面も併せ持っているのである。

そんなISだが、ある重大なる問題を抱えている―

 

「ああ、男でISを動かすなんて前代未聞だからな」

 

話しかけられた桐ヶ谷和人(16歳)(勇からはキリトと呼ばれている)が、頷くとスマフォを取り出す。

 

ISは女性にしか起動させられないのである。

原因は開発者からも明らかにされておらず、似たような特性を持つCR-ユニットによって広まっていた、女性優位制度を各国は推し進めたのである。

結果、PT(パーソナル・トルーパー)が登場するまでは、何事においても女性が優先される風潮が強まり、それに反発した者達によるテロ行為が横行してしまい、今尚続く社会問題となっている。

 

「ほら、ネットでも一夏のことが話題になってるぞ」

 

そう言って、ある掲示板の書き込みを一夏に見せる和人。

ちなみにこの三人は、幼少の頃から剣道や武術をならっていた縁(今では勇しか続けていないが)で知り合い、それからは兄弟のような関係を築いている。

 

「何か碌な書き込みが無いんだけど…」

「そりゃぁ世の中の男からしてみりゃ、憧れの的だし嫉妬や妬みもあるわなぁ。おまけに女の園であるIS学園に行けるんだからよ」

 

和人が見せた掲示板には、一夏についての誹謗中傷やら個人情報までが書き込まれていた。

 

「え?そんな話聞いてないんだけど勇(にい)

「父さんの話じゃ、今お前の処遇について各国で話し合われてるそうだけど、十中八九IS学園に放り込まれるだろうってさ」

「なんで?俺来禅志望してたのに」

 

勇の話が飲み込めないのか、首を傾げている一夏。

 

IS学園―

日本が設立したISについて学ぶための特殊国立高等学校である。

 

「そこが一番安全なんだよ。お前、自分が置かれている状況分かってんのか?」

「状況って?」

 

本気で分かっていない様子の一夏に、呆れて溜息を吐く勇。

 

「んじゃ、キリト説明よろ」

「え!?そこで俺に振るのかよ兄貴!」

「出番を譲ってやってるんだありがたく思え」

 

勇の言い分にえ~とぼやく和人だが、今までの経験から何を言っても無駄だと分かっているので、仕方なく一夏への説明を始める。

 

「いいか一夏。お前は現在世界で唯一ISを使える男性なんだ」

「うん」

「だから、どの国もお前の身柄を抑えようと日本に圧力を掛けているんだ」

「そうなの?」

「ああ、でも当然日本は拒否する。そうなると、力づくでもお前を連れ去ろうと考える奴が現れてもおかしくないんだ」

「マジで!?」

「お前なぁ、それぐらい考えつけよ…」

 

和人の説明に本気で驚いている一夏に、再び呆れて溜息を吐く勇。

 

「特に、PTが開発されてから立場を脅かされているIS業界は、何がなんでも解明しようとするだろうよ。んで、それに反発する女性優位主義者なんかはお前を消そうとしてくる訳よ」

「さらっと怖いこと言わないでよ勇兄!」

 

勇が何気ない顔で言ったことに、顔色を悪くする一夏。

 

「そこでIS学園よ。あそこは、国家や組織が干渉することは公では禁止されているからな。取りあえずは、拉致られてモルモット人生とかは避けられると思う」

「思うかよ!」

「いや、完全に外部の干渉をシャットアウトは無理だろうな。金は日本政府の財布から出てるし、その政府も弱腰外交でお米の国なんかには逆らえないもん」

 

そこで話を区切って再び煎餅をかじる勇。

 

「ま、お前のおかげで”《死銃》事件”のことが話題に上がらなくなって俺的には嬉しいがねぇ」

「”《死銃》事件”って兄貴が解決した事件だよな?」

 

《死銃》事件―

少し前にGGO(ガンゲイル・オンライン)と呼ばれるVRMMOFPSで起きた複数犯による殺人事件である。

偶然巻き込まれた勇の活躍によって、犯人は全て逮捕されている。

 

「解決つーか、犯人がシノン…詩乃の奴を狙ってきたから、ボコしただけなんだがねぇ」

 

そのせいで一時期ネットで話題になってしまい、勇について様々な憶測が飛び回り、危うく個人情報まで漏れそうになったことを思い出し、溜息を吐く勇。

 

「それでも十分凄いよ。俺ならビビって何もできないだろうし…」

 

そう言って俯いていまう和人。

彼はSAO(ソードアート・オンライン)と呼ばれるVRMMORPGで遊んでいた際に、開発者である茅場晶彦の手によってゲームでの死が現実の死となるデスゲームに囚われてしまう。

そして、解放されるまでの約二年間で数多くの死に直面し、自身も正当防衛であるが三人の人間を殺めてしまい、そのことが今でもトラウマとして彼を苦しめているのだ。

 

「あーやめやめ、シリアスな話はやめようぜ。そういや一夏、(あね)さんは今日は帰って来ないのか?」

「多分。てかどんな仕事しているか分からないし、いつ休みなのかも分かんないんだよね千冬姉って」

 

頭を掻きながら体を起こし、話題を変える勇。その意図に気づいている一夏が、自身の姉について語る。

 

「案外パチンコとかで稼いでるんギャン!?」

 

突然頭部に強烈な衝撃を受けた勇が床に倒れ伏す。

 

「誰が何で稼いでいるって勇?」

「ち、千冬姉!帰ってたのか!」

 

いつの間にか帰宅していた姉である織斑千冬に驚く一夏。

その拳が握り締められていたので、彼女が勇を殴った様である。

ちなみに千冬と一夏の両親は行方不明になっており、千冬が生活費を稼いで一夏を養っているのである。

 

「ここは私の家だそりゃ帰ってくる」

「お、お久しぶりです。千冬さん」

「ああ、和人かよく来たな。何も無いがゆっくりしていけ」

 

そう言って冷蔵庫から缶ビールを取り出す千冬。

 

「ほんと、あんたが冷蔵庫に詰めたビールぐらいしかないよなこの家ギルス!?」

「お前は黙っていろ」

 

余計なことを言った勇の頭に片足を乗せてビールを飲む千冬。

見慣れた光景なので特に動じることはない和人と一夏。

 

「それより一夏に渡す物がある」

「俺に?」

「これだ」

 

そう言って一夏に服と見られる物を投げ渡す千冬。

 

「何だこれ?」

「制服だ。IS学園のな」

「え!?俺まだ行くなんて…」

 

突然のことに抗議しようとする一夏だが、知らんとバッサリ切り捨てて、再びビールを口に含む千冬。

ちなみに足は未だに勇の頭に乗っている。

 

「入学手続きは済んでいる。それとも他の学校に通って、拉致られモルモットになるか?」

「ぐッ」

 

正論を言われ言い返せず肩を落とす一夏。話を聞いていた和人も流石に気の毒に思えた。

 

「そう気を落とすな。IS学園も普通の高校と大差ない。どこで過ごそうと日々を充実させるのはお前自身だ。求めよさらば与えられん――そう言うことだ」

「姉さん、姉さん。カッコつけてるところ悪いけど、そろそろ足どけてくだせぇな。俺マゾじゃないんで」

「ああ、そう言えばいたなお前」

 

思い出した様によっと足をどける千冬。

酷い目にあったよと体を起こす勇に、自業自得だよと心の中でツッコむ和人と一夏。

 

「ところで勇。お前本当に連合軍に入るのか?」

「ん?そだよ姉さん」

 

ふと、聞いてきた千冬に迷うことなく答える勇。

 

「こんなご時世だし、俺の性に合ってると思うんだよね」

「…それが意味することは分かってるのだな」

「ああ、誰かを殺すだろうし、俺が殺されるかもしれない。その覚悟はあの時(・・)にできてるよ」

「そうか、なら私からはもう何も言わん。ただし、これだけは約束しろ死ぬな、死んだら許さん」

 

真っ直ぐに勇を見据えて言う千冬。その表情に普段の厳しさは無く、本当に勇を案じている表情だった。

 

「あいよ。そんなこと言われたら、死にたくても死ねないよ。っとそろそろ帰んないと、ユウキの奴にプリン買ってこいって言われてるんで」

 

時計を見ると、夕食に頃合の時刻になろうとしていた。

勇が立ち上がり、お邪魔しましたと千冬に挨拶する。

そして和人と一夏にもじゃあなと言って、織斑家を出るのであった。




読んで頂きありがとうございます。
気になった点があれば遠慮無く言って下さい。
それを基に修正していきますので。

※オリ主の容姿について
名前 天道 勇
身長は同年代の男子より低く、女性寄りの顔立ちをしているため、よく女子と間違えられることが多く。アイドル顔負けの容姿と愛嬌ある性格により、男女とわず絶大な人気がある(本人は男らしくしようと、努力しているようであるが…)
髪型は黒色の髪を腰まで伸ばし、根元から束ねた所謂ポニーテールである(本人は切りたいのだが周りがさせてくれない)


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第一話

お待たせしました、第一話です。
基本はオリ主視点でいこうと思います。


日本 東京の上空

 

本来、人がいられる筈のない空間に一人の女性が浮かんでいた。

桃色の髪を腰の位置までストレートに伸ばしており、赤をメインに白色のラインが入った見慣れない服装をいていた。

 

「ここが地球…。この世界にあるあの力(・・)があればきっと…」

 

何かしらの決意を秘めた瞳で眼下に広がる街並みを見据える女性。

 

「キリエ!」

 

突然響いた声に反応してそちらを向くと、自分と似た顔立ちをした、赤い髪を三つ編みにし腰まで伸ばした女性が飛んで来ていた。

服装はキリエと呼ばれた女性と似たデザインで、こちらは青をメインとしていた。

 

「キリエ!やっと追いついた!」

「アミタってば、ホントにもう。追ってこないでって、私があんなに言ったのに。わたしのお姉ちゃんはわりと本気でお馬鹿さんなの?」

 

そう言ってアミタと読んだ女性に、うんざりしたような視線を向けるキリエ。

 

「馬鹿はどっち?妹が馬鹿な事をしようとしてるのに、それを止めない姉はいません!」

「ちょっとくらい早く生まれたってだけで、妹の生き方を曲げる権利なんてないもん」

 

たしなめるように言うアミタに、聞き耳持たずと言った感じで顔を背けるキリエ。

 

「とにかくわたしは、この時代、この場所でやる事があるの!こっちの世界の人にもなるべく迷惑かけないように頑張る!いいからわたしの邪魔しないで!」

「させません!! 縄で縛って、お尻をつねりあげてでも!!エルトリアに――私達の博士が待っているあの家に、連れて帰りますッッ!」

「ま、力尽くは望むところ。やってみたらアミタ!お姉ちゃんは妹に勝てないって事、教えてあげるっ!」

 

そう言うと互いに同じ形状だが色違いの銃を取り出す。

すると銃の先端に光の粒子が集まり、銃口が剣へと変わるとそれで切り結ぶのだった。

 

 

 

 

 

勇視点

 

織斑家を後にした俺は帰り道にあるコンビニで、頼まれていたプリンを自身ともう一人の同居人の分も含め購入した。

折角なんで他にも買おうかとも思ったが、帰りが遅くなると心配させてしまうので止めておく。

コンビニから数分歩くと見慣れた我が家が見えてくる。どこにでもある普通の一軒家である。

 

「ただいまー」

 

慣れた動作で玄関のドアを開けると、見慣れた我が家の玄関が迎え入れてくれる。

香ばしい匂いが鼻を刺激する。どうやら彼女が夕飯を作っているようだ。

 

「あ、(にい)ちゃんおかえりー」

 

靴を脱いでいると、リビングへ通じる扉が開き、義妹の天道木綿季(愛称ユウキ)がひょっこりと顔を出してきた。

旧姓は紺野で9年前に起きた事件で家族を失い、偶然助けた俺の家で引き取り一緒に暮らしているのだ。

 

「うん、ただいま。はい、ご所望のプリンね」

「わーい!ありがとう、兄ちゃん!」

 

プリンの入った袋を手渡すと、はしゃぎながら抱きついてくるユウキ。

正直いい歳になったんだから、そろそろ事あるごとに甘えてくるのはどうかとも思うんだけけどなぁ。

 

「動きづらいから離れい」

「えーいいじゃん、減るもんじゃないし」

「へーへー」

 

ユウキに引っ付かれたままリビングに入ると、カウンターテーブルから一人の少女が顔を出してくる。

 

「おかえり勇」

「ただいま詩乃」

 

彼女の名前は朝田詩乃。GGOで知り合い一緒に遊ぶ仲となったのだ。

元は一人暮らしだったが、《死銃》事件で知人だった犯人に自宅で命を狙われ、間一髪のところを俺が助けに来たので事なきを得た。

事件後、詩乃の母親が(父親は既に他界している)一人暮らしを続けることを心配するが、詩乃は今の暮らしを続けることを望んでいたところ、俺の父親が「だったら。家で暮らせばいいじゃない」と言い出し、気がついたら詩乃が家で暮らし始めていた。

別に問題無いが、俺にも少しは相談しろよ父さん。いきなり詩乃を連れて来た時マジでビックリしたからさ…。狙ってやったんだろうけど。

 

「夕飯は何を作ったの?」

「カレー。安く売ってたの」

「お、いいねぇ。ちょうど食べたいなって思ってたんだ」

「ちなみにボクも手伝ったんだよ!」

「どうせ、米炊く位しかやってないんでしょう?」

 

ジト目で言うとそ、そんなことないよと目を逸らすユウキ。図星だなこいつはカップ麺ぐらいしか作れんからな。

 

「もうできてるから、いつでも食べれるよ」

「じゃあ、食べようか。腹ペコだよ」

「食っべよ♪食っべよ♪」

 

三人で席についてニュースをBGMに夕食を食べる。うん、美味い。

 

『―本日未明、ブルーアイランド市街で―』

 

「む?」

 

アナウンサーが告げた地名に思わず反応する。

 

「ブルーアイランドって父さんの仕事場の直ぐ近くだな」

 

ブルーアイランド―

10年前に開発された示現エンジンと言う、新型エネルギー炉の建造に合わせて相模湾に建設された人口島である。

IS学園を始めとする最先端の教育機関や関係者が生活する市街地に、それらを防衛するための基地を備えており、勇の父は連合軍の軍人でPTの装着者として勤務しているのだ。

 

画面には無茶苦茶に破壊された街の様子が映し出されていた。

建造物や道路が崩落し、瓦礫の山と化している。

まるで隕石の衝突か空襲でもあったのかと疑いたくなるような惨状だった。

 

「こりゃぁ空間震か」

 

眉をひそめて、うんざりと首を横に振る。

 

空間震―

空間の地震と称される、広域振動現象。

発生原因不明、発生時期不定期、被害規模不確定の爆発、振動消失、その他諸々の現象の総称である。

初めて確認されたのが30年前で、ユーラシア大陸の中央(当時のソ連・中国・モンゴルを含む一帯)が一夜にして消失し、1億5000万人の死傷者を出した「ユーラシア大空災」であると勇の世代では教えられている。

 

「うん、お父さん大丈夫かな?」

「大丈夫でしょ。あの人が早々死ぬところなんて想像できないし」

 

空間震に巻き込まれても生きていられそうな生命力持ってるし。

 

「でも、最近増え始めたよね。一時期は殆ど聞かなかったのに」

「確かに妙な感じはするよね」

 

詩乃の言う通り、ユーラシア大空災から半年程は世界各地で頻発していたが、日本の南関東大空災を最後に確認されなくなった。

だが五年程前に、ブルーアイランド市街地での一角で発生されたのを皮切りに、断続的に確認されるようになったのだ。

しかもその多くが――日本、特にブルーアイランド周辺で発生しているのである。

 

「まるで何かに引き寄せられているような…」

「え?」

「いや、何でもないよ」

 

思わず漏らしてしまった呟きにユウキが反応するが、そんな筈はないとはぐらかす。

 

「そう言やユウキ。君、今年から来禅に通うんだよな?」

「うん、そうだよぉ兄ちゃんと同じ学校だよ」

 

私立来禅学園―

数年前にブルーアイランドに建てられた学校で、小中高大一貫性で充実した設備を備えており、最先端の教育カリキュラムを受けることができるので、高校から編入を希望する者が異様に多いのも特徴である。

ちなみに勇も高校生になると編入し、もう暫くすれば卒業式を迎え晴れて社会人の仲間入りを果たすのである。

 

「あーあ。もう少し早く生まれていたら兄ちゃんと一緒に通えたのになぁ」

「そこは仕方ないでしょう。俺がいなくても学園生活は楽しめるよ」

「それはそうだけどさぁ」

 

心底残念そうなユウキに、嬉しくはあるが早く兄離れして欲しいものだとも思う。

幼少のころならともかく、公衆の面前で抱きつかれるのは恥ずかしいのだ。

 

「さてと、ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした!」

「はい、お粗末様でした」

 

食べ終わったので食器をキッチンに運ぼうとした瞬間――

 

ズドオオオオオォォォォォォォォォォォンンッ!!!!!

 

庭の方から、何かが叩きつけられた様な轟音と共に地面が激しく揺れた。

 

「ファッ!?」

 

咄嗟に机の下に身を隠し揺れが収まると、同じように避難していたユウキや詩乃と顔を合わせる。

 

「な、何!?」

「庭に何か落ちたみたいだけど…」

「よし、俺が様子を見てくるから二人はここで待ってて」

 

二人にそう告げるとゆっくりと窓に近づく。

そしてそっと窓を開けると――

 

「あり?」

 

思わず間抜けな声を出してしまう。

なぜなら庭にクレーターができており、その中心に赤い髪を三つ編みにした、青く見慣れない服を来た女性が倒れていたのだから。




この作品のユウキは普通の健康体です。
また、オリ主の義妹になってもらいました。


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第二話

ブルーアイランドに建設された連合軍基地。

その一室に一人の長身で茶発のウニ頭が特徴的な男性が椅子に腰掛けており、デスクを挟んで一人の女性と、その隣にまだ幼さが残る一人の少女が立っていた。

椅子に腰掛けている男性の名は天道勇太郎、勇や木綿季の父である。

当基地のPT隊の隊長を努めており階級は少佐で、かつては特殊戦技教導隊と呼ばれる部隊に参加し、PTの開発に深く関わっており、軍内部で広く名が広まっている人物である。

 

パーソナルトルーパー―

通称PTと呼ばれる、南欧のマオ・インダストリー社が開発したパワードスーツである。

ISや顕現装置(リアライザ)には性能は及ばないが、性別を選ばず一定の訓練を受ければ誰でも操作可能であり、その優れた操作性と安定した生産性が評価され、現在連合軍の主力機として配備されている。

 

顕現装置(リアライザ)

30年前に生み出された、コンピューター上での演算結果を物理法則を歪めて現実世界に再現する、いわば科学技術を持って「魔法」を再現する技術および装置の総称である。

 

「今日届く新型のPTだが、予定通り1号機は俺が装着し、2号機は鳶一軍曹に装着してもらう。問題はないな軍曹?」

「ハッ問題ありません少佐」

 

勇太郎の問いかけに、少女鳶一折紙が敬礼しながら答える。

 

「この新型はCR-ユニットと同様に扱える筈だが、最初は操作に戸惑うだろう。そこら辺も含めて気にかけてやってくれ日下部大尉」

「了解しました少佐」

 

今度は折紙の隣に立っていた日下部燎子が問いかけに答える。

彼女達は対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)通称ASTと呼ばれる特殊部隊に所属しており、”精霊”と呼ばれる特殊災害指定生命体を武力によって殲滅することを主な任務としている。

 

CR-ユニット―

「戦術顕現装置搭載ユニット」(コンバット・リアライザユニット)の略称である。顕現装置を戦術的に運用するための装備の総称。

防護服である着用型接続装置(ワイヤリングスーツ)と武装が小型のデバイスに格納されており、起動するとこれらを瞬時に装着することが出来る。標準装備として、ワイヤリングスーツに搭載されている基礎顕現装置が発動すると同時に自分の周囲数メートルに見えない領域「随意領域」(テリトリー)を展開する機能がある。随意領域は文字通り、使用者の思い通りになる空間でありCR-ユニットの要でもある。

ユニットの使用適性を持つ者はごく少数で、かつユニット使用のためには頭部に脳波を増幅させるための機械を埋め込む必要がある。そのため、折紙のような未成年者も適性が認められれば隊員として徴用される。しかしなぜか、適正者は女性が多く、ISのことも含め一時期各国は女性優遇制度を採用していた。

そのため男性からの不満は強く、PTが開発され男女平等化するまでは女性優遇に反対する者達によるテロ行為が頻発しており、今尚社会問題として残っている。

 

「昼頃には届く筈だから、今の内に受け入れ準備を整えてくれ。伝達事項は以上だ」

「ハッ失礼します」

 

燎子と折紙が敬礼して退出していくのを見送っていると、電話機から内線を伝える報告音が鳴る。

 

「天道です。ああ、医務室か、昨夜保護した少女が目を覚ましたのか?ふむ、分かった、今からそちらに向かう」

 

そう言って受話器を置くと椅子から立ち上がり、医務室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

勇太郎の部屋から退出した燎子と折紙は、通路を歩きながら話し合っていた。

と言っても、燎子が話しかければ折紙が答えるといった感じで、折紙から話しかけることは無いのだが。

折紙は普段から必要以上のことは喋らないので、燎子としてはもう慣れたことではあるが。

 

「それにしても、新型の装着者に選ばれるなんてよかったわね。あんたの頑張りが評価されたってことよ。もっと喜んでもいいと思うけど」

「戦力を充実してくれるなら何でも構わない」

 

燎子が褒めるが、折紙は表情を変えることなく淡々と返すだけだった。

 

「あんたねぇ、もう少し他人とコミュニケーション取ったほうがいいわよ?たまには他の隊員と遊びに行くとかさ」

「任務に差し支えなければ問題ない。それより訓練をしていた方が効率的」

「効率的って機械じゃないんだから…」

 

実際、折紙が誰かとつるんだりする姿を燎子は見たことがない。

非番の日も訓練室に篭っており、常に無表情で感情を表すことがなく、初めて会った時なんかは本当に人間なのか疑ってしまった程である。

 

「まあ、あんたの生き方にとやかく言うつもりはないけど、たまには他の誰かに頼りなさいよ?」

「了解」

 

相変わらず眉一つ動かさずに淡々と答える折紙に、本当に分かってるのか?と思うがこれ以上言ってもしょうがないので口には出さない燎子であった。

 

「(新型のPT…。それがあれば、精霊をお父さんとお母さんの敵を討てる!)」

 

そんな中、折紙の瞳には怨嗟の炎が灯っていたことに燎子は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

勇視点

 

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!

家族で夕飯を食べていたら、庭に女の子が落ちてきたんだ。

な…何を言っているのかわからねーと思うが、おれも(ry

 

「大丈夫?兄ちゃん」

「あ、うん。大丈夫だよユウキ」

 

いかんいかん。現実逃避していたら妹に心配させてしまったでござる。

意識を失っていたので、取り敢えずユウキの部屋のベットに寝かせ、父さんに連絡しておいた。

そしたら、直ぐに父さんと軍の人達がやって来て、軍の医療施設に移送することとなった。

何でも異世界渡航者と言う、異世界からやって来た可能性が高いとのことらしい。しかも、正規の手続きを踏んでいないかもしれないと父さんは話していたな。

 

「あの子大丈夫かなぁ」

「心配なの兄ちゃん?」

「ん、まあ。助けた身としてはねぇ」

「ふーん」

 

何さそのジト目は。人の心配しちゃいかんのかい?

 

「おじさんが来るまで、ずっとあの人を看病してたよね勇。私達が代わるって言っても聞かなかったし」

 

詩乃までジト目でこっちを見てくる。何ですかこの尋問されている容疑者みたいな扱いは。

 

「女の子に夜更かしさせる訳にはいかんでしょう。こういうのは男の仕事だからね」

 

おかげで目にクマができたけどね!

 

「ほら、ご飯できたから食べようよ」

「「は~い」」

 

揃って返事をすると席に着く二人。たくっ朝から疲れちゃったよ主に精神的に。

その後、まったりとご飯を食べていると電話が鳴り出した。

 

「はい、天道です」

『おう、父さんだけど』

「ああ、おはよう父さん」

 

電話の相手は、我が家の大黒柱天道勇太郎だった。最近は何かと忙しいみたいで中々帰ってこれず、昨日もゆっくりと話すことができなかったから、久々に声を聞いたな。

 

「どうしたの?タンスに足の小指ぶつけた?」

『いや、そんなことでいちいち電話しないから。昨日お前が保護した子が目を覚ましたんだよ。怪我も大したことはないそうだ」

「ほんとに?よかったぁ」

 

どうやら昨日助けた子は無事のようで安心する。助けた身としてはずっと気がかりだったからね。

 

『ああ、それでお前さんに礼が言いたいそうだ。今から迎えを寄越すからこっち(基地)に来れるか?』

「え、いいの?取り調べとかあるんじゃないの?」

『どうやら訳ありみたいでね。お前さんに会っておいた方が話しやすいだろうってことになったのさ』

「そうなんだ。分かったじゃあ、そっちに行くね」

『おう、待ってるぞ』

 

電話を切ると出かける旨をユウキと詩乃に伝えると、ユウキも父さんに会いたいと付いて来たがるが、流石に今回は無理なのでプリン十個買ってくることで我慢してもらった。

そして準備を済ませ暫く待っていると迎えの車が到着し、乗り込むと基地へ向けて出発するのだった。

 



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第三話

車に揺られて暫くすると、本島とブルーアイランドを繋ぐ連絡橋が見えてきて、その先に天高くそびえる塔が立っていた。

 

示現エンジン―

一色健次郎を中心とした開発チームによって10年前にブルーアイランドに建造された、世界のエネルギーの95%を担う新エネルギー炉である。

作られたエネルギーは示現エネルギーと呼ばれ、ブルーアイランドから整流プラントを経由して宇宙空間の静止衛星などへ送られ、「エナジーレインシステム」によって世界中へ無線で供給される。

これによって人類は長らく課題となっていたエネルギー問題が解決されるも、建設当初は今まで化石燃料で富を得ていた中東を始めとする石油産出国からの反発は強く、示現エネルギーの受け入れを拒み一部の国では貧困にあえぎ、紛争や内戦が発生していた。

 

連絡橋を抜けて島の入口で手続きを済ませ、更に基地のゲートで手続きすると車は軍の医療棟で停車した。

運転手さんにお礼を言って下車すると、棟の入口から父さんが歩み寄ってきていた。

 

「よく来たな勇。歓迎しよう、盛大にな!!」

「いや、普通に迎えて下さい」

 

相変わらずテンション高いなぁ。いつまで経っても子供っぽさが残っている人である。まあ、だから部下の人達に慕われているんだろうけど。

 

「それで、昨日の子は?」

「ああ、こっちだ。着いてきんしゃいな」

 

最近のことなんかを話しながらついて行くと、ある病室の前に到着する。

なんでか分からないけど、ちょっと緊張してきた…。

父さんがドアをノックすると部屋から「どうぞ」と女性の声がした。

 

「失礼するよフローリアン君」

「お邪魔します」

 

父さんに続いて病室に入ると、昨日助けた子が病衣姿でベットから体を起こしていた。

 

「検査した限り、異常は無いとの報告は受けているけど、調子はどうだい?」

「はい、おかげさまで。そちらにいらっしゃる方が?」

「ああ、君を寝ないで看病してた息子の勇だよ」

「ちょ!?余計なこと言わないでよ!」

 

ものすっごく恥ずかしんですけど!穴があったら入りたいんですけど!

 

「え!?す、すみません私のせいでご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!」

 

今にも土下座せんばかりの勢いで、ペコペコと頭を下げてくるフローリアンさん。

 

「いやいや!そんなに謝られるとこっちが罪悪感感じちゃうから!頭を上げてくださいって!ホントに!」

「でも…」

「俺が好きでやったことだから、気にしなくてもいいですよ」

「ダメです!助けてもらったらちゃんと恩返しをしなさいって、博士が言ってました!それに私の気がすみません!」

「う、う~ん」

 

あ、この人一度決めたらテコでも動かない人だ。こういう場合はどうしたらいいんでしょう…。

 

「取り敢えずその話は置いといて、自己紹介から始めたらどうだい?」

「あ、そっか」

 

取り敢えず父さんが助け船を出してくれました。

 

「俺は天道勇。勇って呼んでね」

「私はアミティエ・フローリアンです。親しい人にはアミタと呼ばれてますので、勇君もそう呼んで下さい」

「うん、分かったよアミタ。そういえば、どうして家の庭に落ちちゃったの?」

「それは…」

 

軽い気持ちで聞いてしまったが、言いづらそうに俯いてしまうアミタ。じ、地雷踏んじゃった!?

 

「い、いや、言いたくなかったらいいんだ!無神経に聞いちゃってごめん!」

「そ、そういう訳じゃないんです!ただ、余りに情けなくてその、自分が嫌になっちゃっただけなんです!勇君は悪くないんです!」

「情けなくって何があったの?」

「えと、その…」

 

アミタが両手の人差し指を合わせ、恥ずかしそうに頬を赤らめながら口をもごもごさせる。

正直可愛らしいです、はい。

そんなことを考えているとドアがノックされた。

 

「少佐そろそろ時間です」

「む、そうだったな。すまんが勇、彼女の事情聴取を始めるから今日はここまでだ」

「あ、うん」

 

本当はもっと話したいことがあるけど、我が儘は言えないよね。

 

「そう、しょぼくれるな。また面会させてやっからさ」

「本当?」

「ああ、約束だ」

 

そう言って乱暴にだけど頭を撫でてくる父さん。この年になると恥ずかしいけど、不思議と心地よくなるんだよね。

 

 

「ありがとう父さん!じゃあ、またねアミタ!」

「はい、また会いましょう勇」

 

どうしてか分からないけど、また彼女に会えるのが嬉しくて、スキップしそうな軽い足取りで病室を出るのだった。

 

 

 

 

 

病棟を出ると父さんがせっかく来たんだから、いいもん見せてやるよとジープに乗せてくれた。

 

「ねぇ父さん」

「ん?何だ勇?」

「彼女これからどうなるの?」

「通例で言えば、管理局に移送されて元の世界に送られるだろうな」

 

管理局―

時空管理局の略称。

この世界とは違う次元に存在する「ミッドチルダ」と呼ばれている世界で設立された組織である。

「次元世界の平和維持」を目的としており、次元移動を可能とする高度な技術力を持つ。

昨年に起きた「ジュエルシード」事件で接触したことで交流が生まれる。

その後に起きた「闇の書」事件から世間に公表され、技術交換等が盛んに行われているらしい。

 

「そっか…」

 

地球には次元移動するための技術が無いから、アミタが自分の世界に戻ればもう、会うことはできなくなるんだろうな…。

 

「気になるのか?」

「ま、まあ気になるって言うか何て言うか…」

「ふ~ん」

「な、何さ?ニヤニヤして…」

 

無性に腹が立つから止めてよね。

 

「お前、ああいう子が好みなのかぁ。ユウキや志乃ちゃんがいるのに隅に置けないねぇ」

「はぁ!?ち、違うからね!そういうんじゃないから!それに詩乃は相棒だし、ユウキは妹だろう!」

 

突然、何言い出してんのさこのおっさん!?

 

「血は繋がってないんだし、俺としては別に構わないがねぇ」

「構えよ、父親としてさぁ!世間の目とかあるだろう!」

「愛があれば乗り越えられるさ」

「乗り越えちゃダメだろぉ!!」

 

妹に手を出したら、人として完全に終わりだろうがぁ!!

 

「ま、とにかくお前が幸せになってくれれば一番さ。愛花もそう願ってるよ」

「……」

 

天道愛花―

俺の母親で、10年前にISの導入に反対する者達が起こしたテロで俺を庇って死んでしまった。

今ではましになったけど、当時はそのことがトラウマになって、色々と大変だったなぁ。

 

「っと着いたから降りんしゃい」

 

滑走路に停まっていた輸送機の側に停車したジープから降りると、父さんに着いていく。

 

「それで、何を見せてくれるの?」

「ああ、新型のPTさ」

「え?そんなの俺に見せちゃっていいの?」

 

軍人の子だからって不味いのでは?

 

「お前なら言いふらさんだろう?指令には許可貰ってるし、これくらいしか家族サービスしてやれんしな」

「そう言うことならお言葉に甘えちゃおっと」

 

実物のPTを近くで見れる機会なんてそうそう無いからね。

そうこう話している内に、輸送機から1機のPTが搬入車両に牽引されていた。

 

「あれが新型?」

「そう、量産試作型PT「ヒュッケバインMK-Ⅱ」だ」

「ヒュッケバイン…」

 

その姿に思わず見とれてしまう。あの頭部のV型アンテナなんかかっこいいなぁ。

 

「天道少佐!」

 

見とれていると、父さんを呼ぶ声がしたのでそちらを向くと、軍服を着た女性と俺と同い年くらいの少女が歩み寄って来ていた。

 

「日下部大尉に鳶一軍曹か。搬入作業は問題無さそうだな」

「ハッ!直ぐにでも起動試験を行えるかと。所で隣にいる少女は?」

「少女?ああ、こいつは息子の勇だよ」

 

日下部大尉と呼ばれた女性が好奇の目を向けてきたので、俺の頭に手を置きながら紹介する父さん。

 

「息子?え?」

「ハハッ、なりはこれだけど立派な男だよこいつは」

「ええ!?」

 

信じられない物を見た様に驚愕する日下部大尉。隣に無表情で立っていた少女も僅かに眉を潜ませていた。チクショウ…。

 

「ご、ごめんなさい。女の子だと思って…」

「いえ、慣れてますのでお気になさらずに」

 

初めて会う人には必ず間違われてるから、もう慣れたよパトラッシュ。あ、目から汗が…。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――

 

「け、警報!?」

 

突然基地中に鳴り響いた警報に驚いていると、ミサイルと見られる物体が各所に降り注いだ。

 

 

 

 

 

時は少し遡り、ブルーアイランド付近の海域を1隻の潜水艦”ヴェサリウス”が潜行していた。

 

その船内の格納庫に、3機のパワードスーツが収納されていた。

 

その内の1機のPT”量産型ゲシュペンストMK-Ⅱ(通称M型)”を身に纏っている男がいた。

銀色のショートヘアで、歳は10代後半といったところだろう。

瞑想するように目を閉じていたが、不意に通信を知らせる機械音が鳴ったので、目を開けると回線を開く。

 

「どうしたオータム?」

『なぁヴォルフまだ着かないのか?いい加減じっとしてるのも飽きてきたぜ』

 

通信機から聞こえてきた女性の声にまたかと、ゲシュペンストを纏う男――ヴォルフ・ストラージが軽く溜息を吐く。

 

「もう少しだ」

『さっきからそればっかりじゃねぇかよ!あと少しって何時間何分何秒後だよ!』

 

鼓膜が破けんばかりの怒鳴り声に真紅の瞳を細めると、今度は盛大に溜息を吐いた。

 

「大人しく待つことができんのか貴様は…。時が来るまで耐えるのも戦士の必須事項だろうに」

『んなこと言われても、じっとしてるなんて性に合わねぇよ!あたしは縛られるのは嫌いなんだよ!』

 

余程、機体に搭乗したまま待機させられているのが不満なようである。子供の様に駄々をこねる部下に、本日何度目か分からない溜息が漏れる。

 

『うるさいぞ秋女。おちおち寝てもいられん』

『んだよエム。お前だって退屈だろうがよぉ』

 

オータムとは別の回線から、幼さが残る女性の声が聞こえてきた。眠りを妨げられたのか大分イラついている様である。

 

『貴様も兵士なら黙って命令に従っていろ。ことある毎にギャーギャー喚かれていたら叶わん』

『何だと!?私は場を盛り上げてやろうと思ってだなぁ!』

『誰も頼んでいない』

 

段々と喧嘩腰になっていく二人。今にも殴り合いを始めんばかりの勢いである。

 

『チッ相変わらず可愛げがねぇガキだぜ!』

『黙れ年増』

『あ!?』

「いい加減にしろ貴様ら!纏めて海に捨てられたいか!」

 

どんどんヒートアップしていき、このままだと面倒なことになるので、一喝して黙らせるヴォルフ。

腕は確かなのだかいかんせん馬が合わないので、しょっちゅう喧嘩してしまい、その度に部隊長である自分が止めなければならないので、面倒極まりない。

こんな編成にした上司の女性を軽く恨みながら、最早癖となってしまった溜息を吐き出す。溜息を吐くと幸せが逃げると言うが、自分の幸せはとうに底を尽きるていることだろう。別にどうでもいいが。

 

『わ、悪かったよ。そうだ!この作戦が終わったら、美味いもん食いに行こうぜ!な!』

『何を言っている秋女。ヴォルフには私の訓練に付き合ってもらう』

『はぁ?作戦後に訓練って、やっぱお前マゾだろうエムだけに」

『殺すぞ』

「だから貴様ら…」

 

再び喧嘩を始めようとしたので、止めようとしたら艦橋から通信が入る。

 

「こちらシャドウ1」

『まもなく作戦領域に入りますので、機動部隊各員は出撃準備に入って下さい』

「シャドウ1了解」

 

オペレーターからの通信を終えると、機体を機動させるヴォルフ。

 

「シャドウ2、3聞こえたな。そろそろ祭りが始まるぞ」

『シャドウ2了解!へへっ腕が鳴るぜ!』

『シャドウ3了解』

 

部下の応答を聞くと船体が僅かに揺れだすのだった。

 

 

 

 

 

一方の艦橋では複数のクルーがコンソールを操作しており、艦長席には初老の男性が腰掛けていた。

 

「艦長、まもなく目標ポイントに到達します」

「よし、ASRS(アスレス)解除後に急速浮上せよ!」

「了解!」

 

オペレーターからの報告を受けたガデス・ハンプソンは素早く指示を出す。

ガデスの声にクルーがコンソールを操作するとECMが解除され、船体が浮上に伴い僅かに振動を始める。

 

「浮上完了まで後5…4…3…2…1…浮上完了!」

 

船体が激しく揺れると、海水一色だったメインスクリーンに青空が映し出された。

 

「全ミサイル発射管開ならびにハッチ開けぇ!」

「全発射管ならびにハッチ解放!」

「目標、ブルーアイランド基地。発射!」

「発射!」

 

号令と共に船体上部の発射口とハッチが展開され、射出用のカタパルトがせり出す。

そして発射口から、無数のミサイルが放たれると目標である基地へと降り注ぐ。

 

「次、機動部隊を出せ!」

「了解!機動部隊全機発進せよ!」

 

 

 

 

 

オペレーターからの指示を受けると、機体を操作し出撃体制に入るヴォルフ。

 

「了解、シャドウ1ゲシュペンスト出るぞ!」

 

掛け声と同時に機体がカタパルトに沿って上昇し、高速で外部へと打ち出されると、モニター越しに青空と海面が広がる。

ある程度高度が上がると、機体背面に装備された浮遊機関”テスラ・ドライブ”を稼働させて空中で静止する。

次に武装である機体の全長程ある火砲”バスター・ランチャー”が射ち出されたので、それを掴むと右腕と脇で保持する。

付近を確認するとエムの搭乗するイギリスから強奪した第三世代IS”サイレント・ゼフィルス”と、オータムが搭乗するアメリカから強奪した第2世代型IS”アラクネ”も体制を整えていた。

 

「シャドウ1より各機へ、目標は新型PTの奪取だ行くぞ」

『『了解(!)』』

 

部下の返答を聞くと、機体をミサイルの爆撃で炎上しているブルーアイランド基地へと飛翔させるのだった。

 



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第四話

「これって敵襲!?」

 

突然降り注いだミサイルによってあちこちで爆発音と人の怒号が飛び交う中、俺は冷静に状況を分析していた。

警報が発令してから間を置かずに攻撃されたことから、敵は相当近くまで接近しているのだろう。

余程基地の警備網がザルでもなければそうはならないだろうが、世界の生命線とも言える次元エンジンを防衛するこの基地がそんな練度が低いわけが無い。

となると敵がそれを上回る装備を持っているのか?

 

「勇!!」

 

考え込んでいると、隣にいた父さんに逼迫した表情で呼びかけられた。

 

「あ、父さん」

「あ、じゃない!早く避難しろ!君この子をシェルターへ!」

「ハッ!」

 

俺の手を掴むと強引に引っ張りながら歩き出すと、父さんに呼びかけられた人が走り寄って来た。

 

「父さん!」

「心配すんな!すぐに終わらせてくるからよ!」

 

言いようのない不安感から思わず父さんを呼ぶと、笑顔でサムズアップしてから父さんは部下の人が運転するジープに乗り込んだ。

 

「父さん…」

「君早くこっちへ!」

 

いつまでここにいても邪魔になってしまうので、大人しく誘導に従うことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

ブルーアイランド基地司令室は突然の攻撃に騒然となっていた。

オペレーター達が各部の被害状況を確認する中、指令席に腰掛けている初老の女性が声を張り上げる。

 

「敵の数は!!」

「最終防衛ライン上に潜水艦1、さらにPT1、IS2が接近中!!」

「レーダーで探知出来なかったのですか!?」

「は、はい!突然反応が現れました!」

 

オペレーターの報告に基地司令である紫条悠里は奥歯を噛み締める。

恐らく最近開発されたと言う新型ECMだろう。他の基地でも同様に突然現れたテロリストに奇襲されたとの報告を受けていた。

だが、ISや新型ECMをただのテロリストが用意できるものではない、となれば襲撃犯は…。

 

亡国機業(ファントム・タスク)…!」

「司令!ゴースト中隊ならびにAST出撃準備完了しました!」

「直ちに出撃させて下さい!それとIS学園に救援要請を!」

「了解!」

 

悠里はオペレーターへ指示を飛ばすと手元にある通信機を操作するのだった。

 

 

 

 

 

「他の部隊はまだ出られんのか!」

 

勇と別れた勇太郎は自身の愛機である、赤色に塗装されたM型ゲシュペンストに搭乗して司令部と通信していた。

 

「は、はい。先程の攻撃で格納庫を破壊された部隊が多く、出撃可能なのは少佐の部隊と魔術師(ウィザード)隊のみです」

「ええぃ!完全に後手に回っているか!」

 

状況を確認し思わず舌打ちしてしまう勇太郎。

すると別回線から通信が入る。

 

『天道少佐』

「司令ですか」

『ええ、恐らく襲撃犯の狙いは…』

「十中八九MK-Ⅱでしょうな。現に滑走路付近にはさして被害が出ていませんし、何より敵の数が少な過ぎる」

 

世界随一の戦力を誇るこの基地を壊滅させるには、ISが2機含まれているとはいえ3機のみだけでは不足と考え、敵の狙いが新型PTの強奪と推測する勇太郎。

 

『私もそう思います。今、IS学園に救援要請を出しましたが…』

「上層部の連中が許可するとは思えませんね。期待はしない方がいいでしょう」

 

IS学園には非常時に備えて防衛用のIS戦力が存在するが、学園の守備以外の事態で活動するには連合軍本部の承認が必要なのである。

だが、IS学園には各国から選ばれた優秀な生徒と、学園の秘匿性を利用した最新型のISがテストのため持ち込まれており、軍の上層部は学園の戦力を動かすことを極端に嫌っているのである。

 

「とにかく、今ある戦力でなんとかするしかないですね」

『ええ、頼みます少佐』

「了解」

 

悠里との通信を終えると、今度は副隊長である天城みずは(階級は中尉)から通信が入る。

 

『少佐、出撃準備完了しました!』

「よし、ゴースト中隊出るぞ!」

 

機体のロックを解除すると整備員の誘導に従い格納庫の出口へと機体を進ませる。

格納庫を出るとスラスターを吹かせ、ホバー移動で敵機のいる方角へと機体を向かわせると、部下である標準カラーの青で塗装された11機のM型ゲシュペンストが追順する。

さらに別の格納庫から飛び出す人影が見える。

防護服である着用型接続装置(ワイヤリングスーツ)とCR-ユニットを身に纏った女性達、ASTである。

それを確認すると、ASTの隊長である燎子へと通信を繋げる。

 

「日下部大尉、敵の狙いはMK-Ⅱだ。敵を滑走路に近づけるなよ!」

『了解です少佐!』

 

通信を終えると同時に、上空からこちらへ向かって来る機影を視認する。

 

「もう、防空網を抜けてきたか!ゴースト1より全機、ここで食い止める!ミサイル用意!」

『了解!』

 

機体に指令を送り、背部に搭載されている2機のスプリットミサイルを機動させると、ターゲットをロックオンする。

 

「発射ぁ!!」

 

号令と共に12機合わせ24発のポットが目標へと放たれると、ミサイルの先端が開き多弾頭ミサイルが打ち出され壁の様に迫る。

 

「ふむ、流石に対応が早いな」

 

ヴォルフが冷静に呟くと、迫るミサイル群に向けてバスター・ランチャーを両手で保持して構える。

すると、エネルギーが充填されていき一定値に達した瞬間、トリガーを引くと膨大な量のビームが照射されると、砲身を横へと向けていく。

ビームに打ち抜かれたミサイルが、爆発が周りのミサイルを巻き込み、誘爆の連鎖が起き全てのミサイルが撃墜される。

銃身から冷却熱が吹き出し、装着されていたカートリッジを取り替える。

 

「エム、オータム敵機を足止めしろ。俺は用事を済ませる」

『あいよ!』

『了解』

 

敵陣突破を図るべく、機体をさらに加速させるヴォルフ。僚機もそれに合わせて加速する。

 

「あのゲシュペンスト、やはりテスラ・ドライブ搭載型か!」

 

ヴォルフのゲシュペンストを見た勇太郎が声を張り上げる。

進行速度から予測はできていたが、軍でもまだ正式に採用されていない装備を、テロリストが使用しているのを見ると、歯痒い思いをせずにはいられなかった。

さらに黒色に塗装され、通常機ではスプリットミサイルが搭載されている部分に、大型のブースターが装備されており、装甲は削られて軽量化されているようである。

 

「だが、落とさせてもらう!」

 

そう言って右手で保持しているマシンガンを、ヴォルフ機へと向けて発砲するも、機体を僅かに逸らしただけで回避される。

そして、お返しと言わんばかりに、右手に持っているバスター・ランチャーで反撃される。

 

「っと!」

 

同じように機体を少し逸らして回避すると、マシンガンを放つ。

 

「チィッ!」

 

こちらの機動を先読みして放たれた弾丸を、機体を回転させながら避ける。

たった一度回避機動を見せただけで、こちらの回避パターンを読んだとしたら恐ろしいまでの技量である。

 

「赤いゲシュペンスト、教導隊か!」

 

天道勇太郎―

かつて特殊戦技教導隊に所属しており、ブルーアイランド基地のトップエースと呼ばれる男。

今作戦でもっとも注意しなければならない相手である。

 

「だが、馬鹿正直に戦う必要は無い」

 

そう、今回の目標はあくまで新型PTの奪取。無理にこの男を倒す必要は無い。

 

「オータム任せる」

 

ヴォルフが名前を呼ぶと、低空飛行で黄色と黒の配色がなされ、背中から蜘蛛のような八本の装甲脚が迫り出しているISが勇太郎機へと襲いかかる。

 

「おらぁ!」

「ぬぅ!」

 

装甲脚の先端が開き、マシンガンのように弾幕を浴びせてくる。

余りの射撃量に、左腕で急所を庇いながら回避機動を取るも何発か被弾してしまう。

その隙に接近したオータムは、爪のように鋭利な装甲脚を突き出した。

迫り来る八本の装甲脚の内、数本にマシンガンを放ち弾き、残りの脚の隙間を縫うように機体を滑り込ませる。

 

「何ィ!?」

 

これには流石のオータムも驚き動きが一瞬止まってしまう。

その隙を逃さず、左腕に装備されたプラズマ・ステークを起動させる勇太郎。

バチバチッ!っとプラズマを纏った左腕を、オータムの腹部目掛けて突き出す。

 

「ジェット・マグナム!」

 

殴り飛ばされたオータムだが、すぐに空中で体制を立て直して勇太郎を睨みつけてくる。

腹部の前で交差させた両腕の装甲がめり込んでおり、咄嗟に防いだようである。

 

「クソがぁ!やってくれるじゃねぇかよ!」

「ふむ、やはり肉弾技は弦十郎のようにはいかんか」

 

防がれることは予測済みだったのか、気にすることなく身構える勇太郎。

そして昔の同僚のことを思い出していた。彼なら今の一撃で仕留められていただろうなと。

その間にも黒いゲシュペンストが滑走路へと向かおうとするが、勇太郎の部下達が弾幕を張って阻む。

 

「邪魔だ」

 

弾幕を舞い散る木の葉のように軽々と避けると、バスター・キャノンで的確に3機直撃させていくヴォルフ。

PTにはISを元とした保護機能があるので、余程の損傷を受けない限りは死ぬことはまず無い。最も死ぬ程痛い思いはするが。

 

「くっ、怯むなここで食い止めろ!」

 

瞬く間に3機行動不能に追い込まれたことで、隊全体に動揺が走るが、副隊長であるみずはの指示で陣形を整えるゴースト中隊。

みずはがヴォルフ機に狙いを定めてトリガーを引こうとした瞬間、アラームが鳴り響く。

咄嗟にその場から飛び退くと、何も無い筈の空間からビームが目の前を横切った。後少しでも回避が遅ければ直撃していただろう。

 

「どこから!?」

 

発射元を特定しようと周囲を見回すが、すぐさまアラームが鳴り響ぎ、慌てて回避行動を取らざるを得なかった。

複数の方向から飛来して来るビームを避けきれず、右肩の装甲が吹き飛んだ。

周りを確認すると、隊の半数近が被弾し行動不能に陥ってしまい、さらに黒いゲシュペンストは滑走路へと向かってしまっていた。

 

「これは遠隔無線誘導兵器!?」

 

よく見てみると砲台と見られる物が、隊を囲むように浮遊していた。

”ビット”と呼ばれるイギリスが開発しているISの第三世代装備で、相手の死角からの全方位オールレンジ攻撃が可能なのが特徴である。

 

「でも、本体は…!」

 

上空を見ると本体である青いISがASTと交戦していた。

そんな状態でこちらにまでビットを飛ばしているなんて、異常と言える集中力である。

 

「くっこの!」

 

燎子がアサルトライフルをサイレント・ゼフィルスに向けて放つも、嘲笑うかのように軽々と避けられてしまう。

続いて他の隊員達がミサイルを放つも、当たる前に3機ビットから放たれたビームが網のように展開しミサイルを防ぐ。

 

「ふっ」

 

サイレント・ゼフィルスが、右腕で保持している長身のライフル”スターブレイカー”からビームが放たれ二人の隊員が撃ち落とされた。

これで10人いた隊員の内半数が行動不能となってしまう。

 

「対精霊部隊と言ってもこんなものか、つまらん」

「っ!馬鹿にして!」

 

落胆を含んだ声色でサイレント・ゼフィルスが溜息を吐く。

仮面をつけているので表情は見えないが、明らかに見下した態度に苛立ちを隠せないASTのメンバー。

するとサイレント・ゼフィルスの背後から、折紙が強襲をかけ、レーザーブレードで斬りかかった。

 

「む?」

 

それに動揺することなく、ライフルに備えられた銃剣で受け止めると拮抗した。

 

「ほう、少しはできるようだな貴様」

「……」

 

サイレント・ゼフィルスが感心したように話しかけるが、それに反応することなく、スラスターの出力を上げて押し込んでいく折紙。

徐々に押し込んでいくが、不意に目の前にいたサイレント・ゼフィルスの姿が消えると少し下がった位置に現れた。

突然支えを失った折紙は前につんのめってしまい無防備となってしまう。

 

「(っ!?瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?)」

 

ISの後部スラスター翼からエネルギーを放出、その内部に一度取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーを用いて爆発的に加速する技能である。

 

「終わりだ」

 

体制を立て直せない折紙に向かって、ライフルを構えるとトリガーに指をかける。

危機的状況にも関わらず、サイレント・ゼフィルスを睨みつける折紙に、口元に笑みを作る。

トリガーを引こうとした瞬間、横から襲った衝撃に体制を崩し、放たれたビームが明後日の方角へと飛んでいった。

 

「ASTを舐めるんじゃないわよぉ!!」

 

体当たりを敢行した燎子が、レーザーブレードで斬りかかっるも銃剣で軽々と受け流され、逆に銃剣を突き出してくる。

連続で放たれる突きを、何とかレーザーブレードで受け止めるも、次第に体中に切り傷が増えていく。

 

「大尉!」

 

すかさず折紙が間に割って入って、銃剣を受け止め弾くと、残りの隊員がアサルトライフルやミサイルを放つ。

それを回避したり、ビットやライフルで打ち落とすと、一旦距離を取る。

再びビットに指令を送ろうとした瞬間、上空から異常なエネルギー波を告げるアラームが鳴り出した。

 

「何?」

 

反応があった上空へ視線を向けると、空が渦巻くように歪んでいた―

 

 

 

 

 

「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

オータムの気迫と共にアラクネの複数の装甲脚が勇太郎へと襲いかかるが、動じることなく避けると左手に持っているプラズマカッターで脚の一本を切断する。

そして右手に持っているマシンガンを浴びせかける。

 

「クッソォォォォォォォォォォォォ!!」

 

何とか機体を後退させて射線から逃れるも、その機体はボロボロであった。

八本あった装甲脚は三本となっており、各装甲も破損しエネルギーも残り僅かとなっていた。

対して勇太郎のゲシュペンストは傷らしい傷は見当たらず、如何に一方的かが伺える。

 

「(何だ?何だってんだ!?このあたしがこうも一方的なんて!?)」

 

先程からこちらから攻め立てているが、その度にまるでこちらの動きが読まれているかのように、反撃されていた。

 

「ふむ、腕は悪くないが、攻撃一辺倒過ぎるな。それに動きが正直過ぎる、読んで下さいと言っているようなものだぞ」

 

まるで、教師のように語りかけてくる勇太郎に、ギリっと奥歯を噛み締めるオータム。

 

「偉そうに語ってるんじゃねぇぞボケが!」

「ああ、すまん。教導官をやっている癖でついな」

 

ヘルメット越しに頭を掻きながら謝罪してくる勇太郎。

そんな態度が余計にオータムの神経を逆なでる。

 

「殺す、殺す、殺す!!」

 

再び勇太郎に襲いかかろうとした瞬間、上空から異常なエネルギー波を告げるアラームが鳴り出した。

 

「ああ!?」

 

思わず体を止めて上空へ視線を向けると、空が渦巻くように歪んでいた―



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第五話

「急げ!早くMK―Ⅱを運び出すんだ!」

 

滑走路に整備長と見られる男性の声が響き渡る。

現在、滑走路では輸送機から新型PTの搬送作業が行われていた。

俺はと言うと、最寄りのシェルターへ避難しようとしたのだが、先程の爆撃によって使用不能となってしまったので、別のシェルターを確認するとのことで待機しているのである。

時折銃撃音や爆発音が聞こえてくることから敵が近づいて来ているようで、切羽詰った空気が張り詰めていた。

 

「はいはい、どいて下さいですよ~」

「あ、はい」

 

そんなこと考えていたら咄嗟に声をかけられたので、慌ててその場から退くと、目の前を金髪碧眼で作業服に大きめの白衣を羽織り、メガネをかけ頭にゴーグルをつけるという、奇抜なファッションをした俺より年下ではないかと思える少女が横切っていった。

すると、近くにあったトラックに光が降ったかと思うと、爆発して激しく燃え上がった。

 

「危ない!」

「うわぁ!?」

 

トラックの破片が飛び散ったので、少女を押し倒すと素っ頓狂な声が聞こえてくる。

だが、気にしている余裕はないので、包み込むように抱きしめると背中に鋭い痛みが走った。

 

「ぐっ!?」

 

多分破片が背中に刺さったようだが、それでも少女が怪我をしなかったから問題ないだろう。

 

「大丈夫か?」

「は、はいですけど、お姉さんが」

 

さり気なく女に間違えられたが、気にしている場合じゃないな、うん。この涙は痛いからだもんね。

 

「大丈夫だ。それより…」

 

辺りを見回すと燃え盛る炎の中、他に負傷して倒れる人や、助けようとする人で大混乱に陥っていた。

母さんが死んだ時みたいに、あの地獄のような…。

 

「ッ!!」

 

上空を睨み付けると、この惨事を引き起こしたと思われる、黒いゲシュペンストが浮いていた。

黒いゲシュペンストが高度を下げていき、着地し屈むと装甲が開いて搭乗者が降りてきた。

バイザーで顔はよく見えないが、多分俺と同い年くらいの男性だと思う。

そして腰のホルスターから自動式拳銃を抜き、辺りを警戒しながら、牽引途中だったヒュッケバインMK-Ⅱへと走り寄って行き、装甲に設置されているコンソールを操作すると、MK-Ⅱの装甲が開き乗り込もうとする。

 

「ちょっと待てぇ!」

「!」

「ええ!?」

 

咄嗟に大声で呼び止めてしまい、男が拳銃を向けてくる。予想外の事態に少女が驚愕の声を上げる。

正直自分も驚いているし、馬鹿なことをしているという自覚もある。それでも自然に声が出ていた。

 

「民間人だと?死にたくなければ失せろ」

 

男が不思議そうに呟く。まあ、こんなところに民間人がいれば当然か。にして容赦なく撃たれるかと思ったが、そうでもないようだ。

 

「お前、その機体を奪ってどうするつもりだよ!」

「お前には関係ない」

 

デスヨネー。って言われて引き下がる俺じゃない!

 

「お前、テロリストなんだよな?」

「そうだ」

 

あっさり認めたな。大抵に奴はテロリストだって、認めたがらないって父さんが話してたことがあったが…。

 

「こんなことして何になるんだよ!テロで世界が変わると思ってるのかよ!?ただ、人が傷ついて悲しむだけじゃねぇか!!」

 

母さんが死んでも世界は変わらなかった!自分勝手な連中の自己満足で殺されて、誰も幸せになんかならなかった!

 

「お前の言うことは正しいのだろうな」

「は?」

 

予想外の言葉に間抜けな声が出てしまう。まさか肯定されるとは思わなかった。

 

「だが、ただ綺麗事を並べるだけでは世界は変わらん」

「それは…」

「痛むを伴わねば人間は学ばん。歴史が証明している」

「ぐぬっ!」

 

否定したいはずなのに、心のどこかで納得してしまっている自分がいた。

 

「それでも、俺はお前達のやり方を認めねえ!何があっても否定してやる!」

 

大切な人を失う痛みを、これ以上誰かに味わってなんて欲しくない。そんなことで得られる平和なんて俺は嫌だ!

 

「ほぉ、面白い奴だ。ならば止めてみろ、できればな」

 

バイザーの男が感心したように言うと拳銃をしまい、MK-Ⅱへと乗り込む。

 

「待て!」

『お前は無力だ。弱い奴には何もできん』

 

MK-Ⅱのスピーカーからバイザーの男の声が響く。確かにあいつの言う通り、今の俺にはただ見ていることしかできなかった…。

MK-Ⅱが機体と一緒に運び出されていた、専用と見られるライフルを持つと飛び上がる。

すると、先程まで男が乗っていたゲシュペンストが爆発した。

 

「うおおぅ!?」

 

幸い爆発は小規模だったので、巻き込まれることはなかった。どうやら証拠隠滅のためだったようだ。

 

「お、終わったのですか?」

 

伏せていた顔を恐る恐るといった感じで上げる金髪少女。よくよく考えるとこの子を危険に晒しちゃったんだよな、反省しないと…。

 

「ん?」

 

不意に空が光ったかと思ったら、渦巻くように歪みだしたのだった。

 

 

 

 

 

空が歪み出す少し前に、基地が見渡せる丘の上で戦闘を眺めている少女がいた。

腰まで伸びた黒髪を風になびかせながら、見つめる目にはどこか悲哀を感じさせた。

 

『同じ星で生まれた者同士で争うなど、なんと愚かしいことでしょう』

 

少女が口を開いていないにも関わらず、まるで侮蔑するかのように声が発せられた。

少女が視線を声のした方へ向けると側に生えていた木の枝に一匹のカラスがとまっていた。

 

『やはり彼らにあの力を扱う資格は無いでしょうが、あの方の命です。始めましょうれい』

「……」

『どうしたのですれい?』

 

カラスの問いかけに躊躇っている様に見える少女。それを見たカラスが再び口を開く。

 

『戻りたくないのですか?あなたの世界に(・・・・・・・・)

「…分かってる」

 

覚悟を決めたように手を空へ掲げると、何も無い筈の空間から弓が現れ握られる。

右手で弓を空へと構えると、左手に光りが集まり矢の形となり、それを弓につがえ引き絞る。

 

「ッ!」

 

限界まで引き絞った矢を離すと、空へと射ち出される。

矢が空高く舞い上がると、空が波のように揺れ矢が飲み込まれる様に見えなくなると。

すると空が光だし、渦巻くように歪みだしていく。

 

『さあ、人類への試験を始めましょう』

 

歪む空を眺めながら、カラスの目が妖しく輝くのだった。

 

 

 

 

 

基地のモニターに歪んでいく空が映し出され、異常を告げるアラームが鳴り響いていた。

 

「何が起こっているのですか!?」

「上空に転移反応あり!何かが転移してきます!」

「至急全部隊に警戒を!」

 

悠里が指示を出すと同時に、新たなアラームが鳴り出す。

 

「転移反応増大!目標出現します!」

「あれは!?」

 

渦の中から、騎士を思わせる装甲を纏った複数の人影が現れるのだった。

 

 

 

 

 

「何だあれは?」

 

勇太郎はゲシュペンストのモニター越しに唸った。

突然上空に現れた十数の人影の群れはPTのように、騎士を思わせる装甲を全身に纏い、青いカラーに右手に短身のライフルを持ったタイプと、赤いカラーに長身のライフルを持ったタイプの二種類が確認できる。

 

「おいおい何だってんだよ、あいつらは!?」

 

襲撃犯の反応から奴らの仲間ではないようだ。そもそも転移技術は、この世界では開発されていない筈である。

そうなると異世界からの来訪者となるが、どうにも仲良くしに来た様にはみえない。

 

「となると」

 

そう呟いた瞬間、赤いタイプが両手で抱える必要がある程の大型ライフルをこちらへ向けると、ビームを撃ち込み、青いタイプが接近してきた。

 

「こうなるか!」

 

降り注ぐビームを回避すると、友軍へと通信を開く。

 

「ゴースト1より各機へ、アンノウンを迎撃しろ!」

『了解!』

 

命令を出すと、青いタイプのアンノウンが、接近しながらライフルからビームを撃ち出してくる。

 

「異世界からの侵略者とでも言いたいのかこいつらは!」

 

ビームを避けると、マシンガンで反撃する勇太郎。

 

「何だこいつらは?」

 

突然、襲いかかってきたアンノウンを迎撃しているエム。

飛来してきたビームを避けると、青いタイプのアンノウンが、左手にビーム状のサーベルを持って斬りかかってきた。

 

「ちっ」

 

鬱陶しそうに舌打ちし、銃剣で受け止めて弾くと、ビットによる一斉射を浴びせる。

だが、体の半分が吹き飛んでもアンノウンは止まることなく攻撃してきた。

 

「無人機だと?」

 

半壊したアンノウンを見ると、人の姿は無く機械のみが詰まっていた。

 

「面倒だな」

 

迎え撃とうとした瞬間、別方向から飛来した光弾に撃ち抜かれ、アンノウンが爆散した。

光弾が飛来した方を見ると、PTと思われる見慣れない機体が近づいて来ていた。

 

『無事かエム?』

「ヴォルフか、奪取に成功したか」

 

通信越しに聴き慣れた男性の声に、内心安堵するエム。何だかんだで彼のことを心配していた様である。

 

『ああ、目的は果たした撤退するぞ。聞こえてるなオータム』

『わぁーてるよ!こんなところさっさとずらかろうぜ!』

『よし、ヴェサリュウスとの合流ポイントへ向かう。噛み付いてくる奴は適当に流せ」

『了解』

 

先行するヴォルフに続いて、戦場から離脱する亡国機業(ファントム・タスク)だった。



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第六話

「今度は何だってんだよ…」

 

テロリストが飛んでったと思ったら、空が歪んでそこから見たことのない機動兵器が現れるし、どうなってるんだよ糞っ。

 

「避難したいんだけどなぁ」

 

先程の襲撃で滑走路周辺は混乱しているので、避難が困難な状況になっている。

 

「いつまでもここにいてもしょうがないか。君立てる?」

「あ、はい」

 

側で座り込んでいた金髪少女の手を取って立ち上がらせる。どうにかこの子だけでも避難させないと。

 

「痛っ!?」

 

歩き出そうとしたら背中に痛みが走った。そういや背中怪我してるんだった…。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「へーきへーき、これくらいどうってことないよ」

 

正直結構痛いけど、女の子の前ではカッコつけるのが男なんですよ。

とか考えていたら、再び頭上からビームが降ってきた。

 

「うおおぅ!?」

 

また!?またなの!?もう勘弁してくれよ!

空を仰ぐと今度は、騎士のような青い装甲を纏った人型がこちらを見下ろしていた。

 

「PT?いや違う。でも、ISやCR―ユニットの特徴とも一致しない。全く別の技術が使われてる…」

「あの、逃げた方がいいと思うんですか…」

 

すっごい目輝かしてるんですけどこの子!技術者の血が騒いでるんですけど!

見入ってる金髪少女の首根っこを掴んで走り出すと、アンノウンがこちらを向くとバイザーが妖しく光り、ライフルを向けてきた。

銃口にエネルギーが溜まっていき、あ、これ死ぬわ。ってあれ何か世界がゆっくり動いてるよ?しかも走馬灯が…てか女装させられた時のしか流れてこないぞ!?おかしいおかしい!もっと思い出すことあるだろォォ!?

 

 

 

『ファイネストカノン!!!』

 

 

 

聞き覚えのある女の子の声と共に、飛来してきた光弾がアンノウンに直撃し地面に墜落した。

突然のことに呆然としていると、目の前に初めて会った時の格好をしたアミタが降りてきた。

その両手には見慣れない銃が握られていたので、先程の攻撃は彼女によるものらしい。

 

「大丈夫ですか勇君!?」

「あ、アミタ!?何してるんだよこんなところで!」

「だって、いきなり警報が鳴って爆発が起こって、心配になってそれでいてもたってもいられなくて」

 

申し訳なさそうに俯くアミタ。怒ってるて思っちゃたかな。

 

「別に怒ってる訳じゃなくって、驚いただけだから、そんなに落ち込まないでよ」

 

慌ててフォローしていると、墜落していたアンノウンが起き上がってきていた。

所々破損しライフルも無くなっているが、見た目程のダメージは受けていないようだ。

 

「ッ!!退がって!」

 

アミタが俺を手で制すると、アンノウンへ振り返り両手の銃を構えた。

ここにいても邪魔になるので、金髪少女と共に少し離れた位置にあるコンテナに身を潜める。

 

「バルカンレイド!」

 

アミタがマシンガンの様に光弾を浴びせるが、アンノウンはものともせずに右手にグリップを持つと、ビームの刃が生成される。

そして弾幕を突っ切りながらアミタへと振りかぶる。

 

「くっ!?」

 

咄嗟に銃を両手剣に変えて防ぐ。

最初は拮抗していたが、アンノウンが体重を乗せていくと徐々に押し込まれてしまう。

 

「ッ…!はぁ!」

 

気迫と共に押し返して弾くが、肩で息をしているし明らかに疲弊している様だった。

多分だけど、まだ本調子じゃないんだ。

対するアンノウンは、ダメージはあるものの余裕を感じられた。

どうにかしないとアミタが、他の人が殺される。10年前の時みたいに何もできず目の前で…!

 

「くそぉ!」

 

自分の無力さに腹が立ちコンテナを殴りつけるも、ただ手に痛みを感じるだけだった。

 

『貴様は無力だ。弱い奴には何もできん』

 

不意にテロリストの男の声が思い返される。

力、俺にも力があれば!アミタを皆を守れる力が!

そう強く念じた瞬間、何かに引き寄せられる感覚がした。

 

「え?」

 

感覚がした方を向くと、輸送機の貨物庫から呼ばれている気がし、無意識に駆け出していた。

 

 

 

 

 

「やぁ!」

 

勇君に襲いかかっていたアンノウンに斬りかかるも、容易く弾き返されてしまう。

 

「ハァハァ…」

 

キリエに打ち込まれたウィルスは駆除してもらったけど、体に上手く力が入らないし、魔力もコントロールできない…。

せめてアクセラレイターが使えれば…。とにかく勇君や他の人達が避難する時間を稼がないと。

 

「行きます!」

 

片方のヴァリアントザッパーを銃形態へと戻し、バルカンレイドで牽制しながら接近する。

アンノウンはホバー移動で、周囲に散乱しているコンテナへと身を隠した。

 

「逃がしません!」

 

ファイネストカノンでコンテナごと吹き飛ばしたかったけど、最初の不意打ちで魔力を使い切ってしまったので、近接戦で追擊しようと駆け出す。

すると異変に気が付く。コンテナが浮かび上がっている?いや、違う!アンノウンが持ち上げているんだ!

 

「うそぉ!?」

 

予想外の展開に足を止めてしまった私に向かって、コンテナが飛んできた!

 

「わわわ!?」

 

慌てて横へと飛ぶと、コンテナが盛大な音と共に地面に激突する。

あ、危なかったって敵は!?

敵の姿を探そうとした時には、既に目の前まで迫って来ていた。

 

「うっ!?」

 

そのまま敵の突進を受けてしまい、地面をバウンドしながらコンテナに叩きつけられてしまう。

 

「かはっ…!」

 

衝撃で肺から空気が吐き出され吐血してしまう。

意識が朦朧とする中、アンノウンが警戒するようにゆっくりと歩み寄って来る。

立ち上がりたいのに 指先一つ動かせない…。

身動きできない私へ向けて、アンノウンがサーベルを振り上げる。

ああ…。まだ、キリエと仲直りできてないし、勇君ともっとお話したかったなぁ…。

痛みに備えて目を閉じると、何か音が聞こえてきた。まるで、ジェットの噴射音のような…。

 

『アミタから離れろやボケェェェェぇぇェェェェェエエエッ!!!』

 

聞き覚えのある声に目を開けると、アンノウンが紺色の機械鎧に蹴り飛ばされた。

 

 

 

 

 

「これってMK-Ⅱ?」

 

輸送機の格納庫に入ると、奪われたヒュッケバインMK-Ⅱと同型の機体が鎮座していた。

 

「は、はい。通常使用の1号機と、新型のマンマシンインタフェースを搭載した2号機があるんです」

 

俺の独り言に、後を追ってきていた金髪少女が答えてくれた。

やはり技術者であるためか運動が苦手なようで、両膝に手を乗せて肩で息をしていた。

 

「じゃあ持ってかれたのが、1号機でこっちが2号機か」

 

鎮座している機体の肩に描かれている認識番号の末尾に、02と書かれているし。

 

「俺を呼んだのはお前なのか?」

 

MK-Ⅱに触れると、装甲が開いて乗り込める様になった。乗れってことかな?

 

「よし」

「よし、じゃないですよ!あなたPTの操作訓練を受けたことがあるんですか!?」

 

MK-Ⅱに乗り込もうとしたら、金髪少女に呼び止められたでござる。

 

「いや、ない」

「ええ!?なんでそれで乗り込もうとしてるんですか!」

「大丈夫だよ…多分」

「多分!?」

 

まぁ民間人が兵器に乗り込もうとしてるんだから、当然の反応だよね。しかも、根拠が無いときたもんだ。

でも、不思議と戸惑いは無かった。誰かが大丈夫だって言ってくれている気がしたんだ。

MK-Ⅱに乗り込むと、装甲が閉じ駆動音と共に、モニターに外の景色が映し出される。

それと同時に、頭に何か流し込まれる感覚がした。これは、この機体の特性に操作方法や使用可能な武装に関する情報だ。

 

「お前が教えてくれたのかMK-Ⅱ?ありがとう」

 

無論ただの機会であるPTが返事をすることはない。それでもお礼を言うと喜んでいる気がした。

 

『あ、あの大丈夫ですか?』

 

外部の音を拾ったスピーカから金髪少女の声が響いた。視線を向けると心配そうにこちらを見ていた。

 

「ああ、大丈夫だ。危ないから退がっていてくれ」

 

軽く腕を動かしてアピールすると、安心したようで指示通り退がってくれたので、機体を立ち上がらせる。

 

「うっし。ちょっくら行ってくる」

 

そう金髪少女に告げると、格納庫の外へ向けて歩き出す。

 

『あ、あの!』

「む?」

『気をつけて下さいね』

「ああ。ありがとう」

 

サムズアップで応えると、格納庫の外へと出る。

 

「アミタはどこだ?」

 

アミタの姿を探すとすぐに見つけられた。

コンテナに背を預けて座り込んでいた。更にアンノウンがサーベルを振り上げて――

 

「アミタから離れろやボケェェェェぇぇェェェェェエエエッ!!!」

 

全身の血が沸騰しそうな感覚と共にメインブースターを吹かし、アンノウンへ突進すると蹴り飛ばす。

アンノウンはそのままの勢いのまま、散乱していたコンテナへ激突したが、んなことはどうでもいい。

 

「大丈夫かアミタ!?」

『え?い、勇君ですか!?その機械鎧に入ってるの!?』

 

アミタがものすっごいビックリしたって顔をしていた。ああ、全身装甲だから俺だって分からなかったのか。

 

「そうだ。それより怪我は?」

『だ、大丈夫です。ッ!?』

「うん、大丈夫じゃないな」

 

体を動かそうとしたら顔をしかめたアミタ。一人で動くのは無理か、早く手当したいんだが…。

物音のした方を向くと、蹴り飛ばしたアンノウンが瓦礫をどかしながら起き上がっていた。

 

「そこで待ってろ。すぐ終わらせる」

『え!?勇君まっ…!』

 

アミタが静止の声をかけるが構わず、アンノウンへ突撃する。

腰のウエポンラックから、グリップを取り出し起動させるとビームの刃が生成される。

接近と同時に横薙ぎに振るうと、相手もサーベルで受け止めるが、その隙に頭部のバルカン砲で頭部を破壊する。

衝撃で怯んだ隙に、サーベルを振り抜き胴体を両断する。

上半身と下半身が泣き別れしたアンノウンは、鉄屑となって沈黙した。

 

「うし、次は」

 

一息つく間もなく戦況を確認すると、まだ半数近くの敵の反応が残っていた。

 

「援護に行きたいけど、サーベルだけじゃなぁ…」

 

ハンドガンでもいいから射撃武器が欲しいな。と思っていたらレーダーに反応が現れた。

 

「ん?」

 

散乱しているコンテナにマーキングがされる。あれに何かあるのか?

 

コンテナに近づき歪んでいた部分を引き剥がすと、機体の全高とほぼ同じ長さの火砲が入っていた。

両手で取り出すと、モニターに「Gインパクト・キャノン」と名前と機能が表示された。

 

「高重力砲か、これなら一網打尽にできそうだな」

 

後は、使うタイミングか。ここは父さん達にも手伝ってもらおう。

メインブースターを吹かして、父さんの下に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「ぬんッ!」

 

勇太郎が駆るゲシュペンストがプラズマカッターを突き出すと、青色のアンノウンの胸部に突き刺さる。

カッターを抜き取り、刺した箇所にマシンガンを浴びせると、火花を散らして仰向けに倒れ機能停止する。

 

「後は6機か…」

 

弾切れとなったマシンガンを手放し、レーダーで戦況を確認すると、半数近くのアンノウンは撃破したが、こちらもゴースト中隊4機にAST3機と消耗している。

テロリストとの連戦で疲弊しているとは言え、アンノウンの性能はかなりのものである。何か手を打たねば全滅してしまうが…。

 

「やはりIS学園からの援軍は来んか…」

 

予想通り上層部は、IS部隊を出撃させるのに二の足を踏んだようだ。こういう時に動かさないから、タダ飯喰らいとか呼ばれてしまうのだ。

愚痴っていても仕方ないので、赤色のアンノウンが放ってきたビームを回避して接近する。

どうやら青色が近・中距離型で、赤色が遠距離型らしい。そして完全な自立稼働型の無人機のようだ。均一された動きに、正確な攻撃、多少の被弾をものともせず襲いかかってくる。

 

「だから読みやすくもあるがな!」

 

AIであるがゆえに行動には一定のパターンがある。それさえ読めれば、動きが手に取るように分かる。

高度を下げていた赤色が放つビームを、最低限の機動で回避するとカッターを振り上げる。

すると、アンノウンはライフルを手放し、僅かに後退する。

ライフルだけを切断すると、攻撃後の隙を突いて抱きついてきた。

そして、背後から青色のアンノウンがサーベルを構えて突撃してきた。俺ごと刺そうとしているらしい。

 

「洒落くさいわッ!」

 

振りほどこうとしたら、青色のアンノウンが別方向から飛んできた機影に蹴り飛ばされた。

 

「ヒュッケバインか!?乗っているのは誰だ!」

 

頭突きで拘束を解くと、飛んできたヒュッケバインへと向き直る。

 

『俺だよ父さん!』

「勇!?それに乗っているのお前か!?」

 

ヒュッケバインの通信から聞こえてきた息子の声に、目ん玉が飛び出んほどに驚く勇太郎。

 

『細かいのは後!とにかくあいつらを一箇所に集めてくれ!こいつで吹き飛ばす!』

「む、それはGインパクト・キャノンか…」

 

ふぅむと顎に手を当てて唸る勇太郎。

データでは広範囲を重力で押しつぶす武装と記載されていた。確かにこれなら奴らを一網打尽にできるが…。

 

『うだうだ悩んでる暇ないでしょ!俺を信じてくれ!』

「…いいだろう。ゴースト1より全機へ!アンノウンを指定ポイントへ集めろ!」

『え?それはどういうことですか少佐!?』

『というかヒュッケバインが起動しているのですが、誰が乗っているんですか!?』

「説明している暇は無い!行くぞ!」

『『りょ、了解!』』

 

釈然とはしていない様だが、命令に従ってくれる燎子やみずはに感謝しつつ、機体を加速させる勇太郎。

 

 

 

 

 

「発射シーケンスはこうか!」

 

モニターの表示通りに砲身を腹部のコネクターに接続し、エネルギーのチャージを開始する。

レーダーで味方と敵の位置を確認しながら、父さんからの合図を待つ。徐々に敵の輪が縮まっていき…。

 

『今だ、撃て勇!!』

 

合図に合わせてトリガーを引くと、キャノンの砲口から重力の砲弾が打ち出される。

砲弾は空中で纏まっていたアンノウンの中心部で一旦拡散し、アンノウンごと収縮して押しつぶしていく。

そして砲弾と共にアンノウンは消失した。

 

「終わった…のか…」

 

敵の反応が消えるのと同時に、猛烈な眠気が襲ってきた。そういやアミタの看病してて寝てなかったんだった…。それに背中怪我してて血も結構流れてるわ…。

もう、無理…お休みなさい…。

 

 

 

 

 

基地が見渡せる丘の上で、戦闘を眺めていた少女と鴉はアンノウンが全滅するのを見届けていた。

 

『なる程、この世界の人間も余り侮れないようですね。今回はここまでです、行きますよれい』

「……」

 

鴉が飛び立って行くと。少女は無言で空を仰ぐと、その場を去っていったのだった。

この日から、少年の運命は大きく動き出していく…。



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第七話

新型PTの強奪の翌日、修復作業が行われているブルーアイランド基地内に設けられた部屋で、椅子に腰掛けながら天道勇太郎は非常に困っていた。

部隊の損害は幸い死者は出なかったが、新調せねばならない者が何名かいるので、それらの補充のためにデスクに積み重ねられた書類によるものではない。面倒と言えば面倒だが。

後新型を強奪されたことを上の連中にねちねち責められたが、増援を送らなかった奴らの戯言なんぞ聴き慣れているので苦にならない。

自身が負傷した訳でもない。いたって健康である。朝食は軽く三人前は食べた。

では、なぜこんなにも困っているかと言えば、目の前に直立している少女にある。

白い髪を肩まで切り揃えられたショートカットと、感情を失ったかのように無表情ではあるが美少女と言えるだろう。常人なら人形と言われても違和感を覚えないほど無表情なので、いまいちコミュニケーションが取りづらいのが玉に瑕だが。

AST所属の鳶一折紙。彼女が抗議に訪れてから早一時間、何を言っても納得してもらえず、自分の要求が通るまで居座る気なのだろうか…。

上官権限で追い出してもいいが、そういうことはしたくないので、どうにか彼女を説得せねばならない。軽く深呼吸して改めて折紙と視線を合わせる。

 

「まあ、君の気持ちは分からんでもないよ。元々2号機は君が乗る筈だった訳だしね。でも、どういう訳かシステムが勇しか受け付けなくなっちゃったんだよねぇ」

 

先日この基地に配備された新型PTヒュッケバインMk-Ⅱ。2機ある内の1号機はテロ組織亡国機業(ファントム・タスク)に強奪されてしまう。

残る2号機は、偶然その場に居合わせた勇太郎の息子である天道勇が乗り込み、突如襲撃してきたアンノウンの迎撃に大いに活躍した。

戦闘後、機体内で意識を失っていた勇を降ろし(その際、勇太郎がムンクの叫びの如き顔で大慌てしていたが)調べてみると、システムが勇以外を受け付けないように変更されていることが判明した。

原因は新型マンマシンインタフェース「T-LINKシステム」が、勇の脳波に強い干渉えを受けたためらしい。リセット等を試みてみたが効果は無く、完全に勇専用となってしまった訳である。

そしてもう一つ問題となるのが、勇の処分についてである。

非常事態であったとはいえ、軍の最重要機密であるMk-Ⅱを勝手に動かしてしまった勇を、お咎めなしに家に返す訳にはいかないのである。

本来なら軍法会議にかけられ、監視つきの生活を送るか最悪銃殺…はないだろうが、独房いきになるだろう。

だが、Mk-ⅡはPTの時期主力量産機の試作機であるので、このまま倉庫で腐らせる訳にはいかないのである。

そこで、勇太郎は二つの問題を同時に解決できる案として、勇を軍に入れようと基地司令に進言することとした。現在勇は病棟で眠っているので確認はできていないが、元々軍に入隊を希望していたし、拒否はしないだろう。

前回の戦闘記録を見る限り素質は十二分にある。軍人に必要な知識は、自分が徹底的に叩き込むことを条件に了承が降りた。

後は、勇の意思を確認するのみとなる筈だったが、新たな問題が発生した。本来2号機の搭乗者となる筈だった折紙が意義を唱えたのである。

 

「それならばシステムを交換すべきかと」

 

折紙としては、訓練も受けていない人間に新型を任せるのは危険だから、自分が乗るべきと主張しているのだ。

 

「それだと時間かかるんだよね。奪われた1号機のこともあるし、何より例のアンノウンへの対処を急ぎたい。だから迅速に戦力を強化したいんだよ」

 

先日現れた所属不明の勢力は、何の声明も発することなく沈黙を保っていた。

現在管理局に問合わせているが、その規模が不明な以上早急な戦力の増強が急がれている。

 

「御子息は戦力になると?」

「前回の戦闘記録は見たろう?そこらの新兵より役に立つよ。親の贔屓目抜きでね」

「……」

 

確かに彼の動きは初めて機動兵器に乗ったとは思えないものだった。まして、生死がかかっている状況でも迷いが全く見られなかったのだ。

彼はリアルに近い銃撃戦が体験できるという理由で、GGOと呼ばれるVRMMOFPSをプレイしており、その中で最強を決める大会で優勝しているそうだが、それでも異常としか言えなかった。

普段ことあるごとに子供の自慢話をしてくるが、例え自分の子供でなくても、誰でもスカウトしたくなる逸材だろう。

しかし、あの戦闘だけで自分が彼より劣っていると見られるのは不本意である。五年前のあの日から鍛錬を積んできたプライドというものがある。

 

「ですが、あの記録だけでは納得していない者も多いかと」

 

天道勇は入隊後ASTに配属されることが決定している。新型PTは単体飛行が可能なので、同じく飛行可能なCR-ユニットと組ませた方が効率的だかららしい。

だが、何も彼の入隊に不満があるのは自分だけではない。ASTの隊長である燎子を始めとした隊員達も、口にはしないが疑問を持っていた。

ついこないだまで民間人だった者に背中を預けろと言われれば、誰でも嫌がるだろう。まして、顕現装置を扱えるASTはプライド意識が高く尚更である。

 

「ふむ、ならばあいつの実力を見せれば良いワケだろう」

 

まるで、その言葉を待っていたと言わんばかりに、ニヤリと笑う勇太郎。もしや自分は彼の手の平で踊らされたのかもしれない…。

 

「では、君とサシで白黒つけようじゃないか」

 

例えそれでも構わない。それで力が手に入るのならば。

 

 

 

 

 

「うむぅ」

 

目を開けると、見慣れない天井が視界に入ってきた。

 

「知らない天井だ」

 

ああ、言ってみたかったんだこのセリフ。夢が一つ叶ったよ。

とか考えていたら、人影が飛び込んできた。

 

「にぃーちゃん!」

「うごぁ!?」

 

妹であるユウキがのしかかってきおった…。痛いマジで痛い…。

 

「ユウキ、勇が苦しがってるからどいてあげなよ」

「あ、ごめん兄ちゃん」

 

詩乃が宥めると、テへっと舌をチョロっと出して、自分の頭をコツンと叩くユウキ。それで誤魔化せると思ってんのか?

ユウキの両頬を思いっきり抓り引っ張る。

てか、ここ基地の病室じゃん。知ってる天井だったよ、メチャ恥ずいんですけど。

 

ひひゃいよ、にーひゃん(痛いよ、兄ちゃん)

「うるさいバカタレ」

 

そのままユウキを引っ張っていると、ドアがノックされた。

 

「はい、どうぞ」

「邪魔すっぞー勇」

 

ドアを開けて入ってきたのは父さんだった。

 

「よう、具合はどうだい?」

「うん、大丈夫って、俺どうなったんだっけ?」

 

確かPTに乗って戦って、それで…。

 

「戦闘が終わってすぐに気絶しちまったんだよ。んで、ユウキと詩乃ちゃんには朝来てもらった。二人共大慌てだったぞ」

「それは、ごめん…」

「ううん。勇が無事で良かった」

 

詩乃に頭を下げて謝ると、首を軽く振って笑って許してくれた。

 

「むーむー」

 

すっかり忘れていたユウキが、ギブアップするレスラーの様に腕を叩いてきたので手を離す。

 

「うーひどいよぉにーちゃん」

「自業自得だ」

 

自分の頬をさすりながら、涙目で睨みつけてくるが軽く受け流す。

 

「そういえばアミタは?怪我してたけど大丈夫なの?」

「まだ眠ってるけど、大した怪我じゃないそうだ」

「よかったぁ…」

 

アミタが無事だと聞いてホッとする、見た目程の怪我じゃなかったんだ。

 

「それで、今後のお前の処遇についてだが」

「処遇ってどういうこと?このまま帰れないの?」

 

俺の置かれている状況を把握しきれていないユウキが首を傾げている。

 

「勝手に軍の機密に触れたからそうもいかないんだよ」

「えー!だって兄ちゃんここの人達守ったんでしょ!そんなのおかしいよ!」

 

激怒してしまったユウキが父さんに詰め寄る。それをまあまあと両手で制する父さん。

 

「無論承知している。だから勇、お前軍に入らんか?MK-Ⅱの装着者として」

「俺が軍に?」

「ああ、それならお前を罰する必要もないし、元々軍に入りたかっただろ?一石二鳥ってやつよ」

 

なる程、確かに悪くない話だ。寧ろ願ったり叶ったりだね。

 

「こっちからお願いしたいくらいだよ。でも、そんな簡単に入れるの?」

「上の方には話をつけてるんだが、現場の者達は懐疑的だな。そこでお前には一体一の模擬戦をしてもらう」

「それで実力を見せろと?」

「その方が手っ取り早いだろ?」

 

ふむ、今後のことを考えたら確かにそれが一番の方法か。論より証拠って言うしね。

 

「問題ないけど、誰と戦えばいいの?」

「MK-Ⅱを見せた時、お前と同い年くらいの女の子いたろ?鳶一折紙って言うんだけど、その子とだ。彼女は元々2号機の装着者だったんだが…」

「俺が2号機に乗るのが不服と?」

「そゆこと。だから、MK-Ⅱの装着者を決める戦いでもある。別に負けても軍には入ってもらうがな」

 

そりゃそうか。民間人である奴に自分の機体取られれば、文句も言いたくなるわな。

 

「お前にはMK-Ⅱに乗ってもらう。鳶一軍曹の要望でな、全力のお前を倒したいそうだ」

「なら、遠慮なく使わせてもらうよ」

 

こちらとら機動兵器での戦闘なんて素人なんだから、使えるもんは使わんとね。

 

「日取りは一週間後だ。それまでお前にはMK-Ⅱに慣れてもらう。家には帰れんがいいな?」

「モチのロンだけど、ユウキに詩乃はそれでいい?」

 

二人には心配かけっぱなしで申し訳ないけど、折角のチャンスを逃したくないんだ。

 

「うー、分かったお留守番してる」

 

流石に暫く会えないのは寂しいのだろうが、我慢してくれたユウキ。

 

「家のことは任せて頑張ってね」

 

本当はユウキと同じ気持ちなんだろうけど、決して口に出さず応援してくれる詩乃。

感謝も込めて二人の頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細める。

 

「うっし、決まりだな。早速今日から俺が鍛えてやるよ!」

「うぇ!?」

 

いい笑顔でサムズアップしてくる父さん。

マジで?父さんのシゴキは洒落にならんですけど!?下手したら俺死ぬかもしれんとです…。



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第八話

「生きているって素晴らしいな」

 

MK-Ⅱを身に纏いながら、無機質な天井を眺め、生の実感を噛み締めている俺。

今いるのは基地地下に造られた仮想訓練所の格納庫である。何でもIS学園にも同じようなアリーナがあるそうな。

模擬戦闘することになってから、あれからあっという間に一週間が過ぎた。

その間、食う寝る風呂以外はひたすら慣熟訓練と繰り返した。

あの人ホント加減知らないだもんなぁ。何度死にかけたことやら。

 

「さて、後は結果を出すとしますか」

 

ここまでやって負けましたじゃ話にならんしな。

 

「頑張って下さいね勇君」

「ファイト兄ちゃん!」

「応援してるから」

「ああ、ありがとう」

 

応援に来てくれたアミタとユウキと詩乃から激励の言葉を貰う。父さんが特別に観戦させてくれたそうだ。

ちなみに父さんは、あくまで公平な立場にいないといけないそうなので、この場にはいない。

 

『あーあー二人共準備はいいかね?そろそろ始めるぞー』

 

スピーカーから父さんの声が聞こえてきた。んじゃ行きますか。

機体を備え付けられたカタパルトに固定し、出撃準備を整える。

 

「天道勇、ヒュッケバインMK-Ⅱ出る!」

 

機体が加速しながら押し出されていく、体にGがかかっていくが、訓練でもさんざんやってきたのでもう慣れた。

機体がフィールドに打ち出されたので、スラスターを吹かし、バランスを取りながら着地する。

対戦相手も同じように少し離れた位置に着地する。

少々際どい防護服である着用型接続装置(ワイヤリングスーツ)を身に纏い、CR-ユニットを背負った少女鳶一折紙。俺の対戦相手である。

16歳でありながら、精鋭部隊であるASTの実質的エースだそうだ。こりゃ簡単にはいきそうもないね。元から期待しちゃいないが。

 

「どうも、よろしく」

「……」

 

取り敢えず挨拶してみたら無視されてしまったでござる。

にっしてもこの子の目昔の俺によく似てるねぇ。母さんが殺された頃の、殺した奴らが憎くてしょうがないって感じの目してるねぇ。

まあ、今は関係ないけどさ。

 

『うっし。それじゃ、始めるぞ模擬戦闘!レディ・ゴォォォォォォォォォ!!!』

「訴えられるぞ!?」

 

中々に危険なことを言ったおっさんにツッコミながら、互いに持っていた銃を向け合う。

こちらはフォトン・ライフルと呼ばれるエネルギーライフル。相手は実弾のアサルトライフルである。

互いの銃口から撃ち出された弾丸を横に跳んで回避する。

そのまま同じことを繰り返しながら、円を描くように周り続ける。

 

「こいつはどうだい!チャクラム・シューターGO!」

 

左腕のハードポイントに装着された、有線式の小型チャクラムを発射する。

直線で迫るチャクラムを鳶一は軽く跳んで避けられるが、遠隔操作でブーメランの様な機動で背後から襲いかからせる。

 

「ッ!?」

 

咄嗟に反応した鳶一はレーザー・ブレイドを引き抜き切り払う。

 

「まだまだ!」

 

ワイヤーをムチの様にしならせながら、鳶一へと叩きつけていく。

それを避けたり、ブレイドで弾いているが、持っていたライフルをチャクラムへと投げつけてきた。

ライフルがワイヤーに絡まり、動きが止まってしまう。

その隙を突いて鳶一が前傾姿勢で突撃してきたので、チャクラムをパージし、ライフルで迎撃する。

だが、随意領域(テリトリー)(リアライザを用いた、使用者の思い通りになる空間)を防御に振り分けているのか、被弾しても構わず前進して来た。

 

「チィッ!」

 

低くしていた姿勢からブレイドを振り上げてきたので、ライフルを盾にして後退する。

ライフルは容易く両断され、そのまま追撃して来たので、こちらも両腰のウェポンラックからビームサーベルを両手で引き抜き、切り結ぶ。

 

「悪いが、こっち(近接戦)の方が得意なんだよ!」

 

強引に弾くと、交互にサーベルを振るい攻め立てる。

 

「くっ!」

 

この連撃に耐えかねたのか、振るったサーベルを弾くと、後ろに跳んで距離を離してきた。

追撃しようかとも考えたか、念のため相手の出方を伺うとしよう。

サーベルを構えながら様子を見ていると、鳶一が意を決した様に前傾姿勢で再び突撃して来た。特攻か?

間近まで接近して来た時、鳶一が行動を起こした。

ブレイドの刃を消すと、柄を抱き込む様に身体を丸め、背中に背負っていたユニットをパージしてきたのだ。

そのままの勢いで鳶一自身は俺の脇をすり抜け、残ったユニットが弾丸の様に迫って来た。

 

「ふん!」

 

慌てることなく右手に持っているサーベルでユニットを両断するが、その隙を突いて背後に回った鳶一がブレイドを突き出してきた。

回避はまず無理、サーベルでの防御も間に合わないとなると、これしかないな!

迫る刃を左腕で防ぐと、刃がそのまま装甲を貫通し腕に突き刺さる。

肉が焼け激痛が脳を駆け巡るが、無視して次の行動を身体に命令する。

 

「!?」

 

俺の行動が予想外だったのだろう。完全に動きが止まった鳶一の首元目掛けて、右手のサーベルを横薙ぎに振るい、刃が触れる寸前で止めた。

 

『勝負あり!勝者は勇!んでもって、何の迷いもなく肉を切らせたそこのバカはさっさと医務室に連行だ!』

 

バカって、これが確実に勝てる方法だったんだもん。

 

『だもんじゃないわこのアホ!心配する身にもなれアホ!』

 

二回もアホって言わなくてもいいじゃん…。

結局本当に医務室へと連行されたのだった…。

 

 

 

 

 

無事に治療を終えた俺は父さんの執務室にいた。

いやー、リアライザって便利だよね。刺された傷もあっという間に治しちゃうんだから。

 

「傷はどうだ?」

「うん、この通りばっちしだよ」

 

完治してことをアピールするために、左腕を振り回してみる。うし、痛みは無いな。

 

「もっと、安全な勝ち方があっただろうに」

「あれが確実だったから」

 

ユニットだけを突っ込ませてきたのは、ちょっとだけ予想外だったし。

 

「まあ、過ぎたことをとやかく言っても仕方無いが、程々にしろよ?」

「善処します」

 

反省してねぇなこいつって言った感じに溜息を吐いている父さん。性分だからね仕方ないね!

 

「さて、お前はこれから4月まで本格的訓練に入る」

「既に死にかけているんですがそれは?」

「その後、ある任務に着いてもらう」

 

無視されたでござる。

 

「ある任務って?」

「説明の前に。俺だ彼を通してくれ」

 

机に備え付けられていた端末を操作し、何やら指示している模様。

少し待っていると扉が開いて誰か入ってきた。

 

「えと、失礼します」

「って一夏やんけん」

 

入ってきたのは弟分の一人の織斑一夏だった。なんで一夏がここに?

 

「一夏はIS学園に入るから、必然的にISを動かさなきゃならんからな。だから、お前と一緒に俺が鍛えてやろうってことになったのさ」

「なる程。で、俺の任務ってのは?」

 

一夏を鍛えることは、今後のことを考えれば必要ではあるな。俺の任務ってのと、どう絡んでくるかは分からんが。

 

「お前には平時は、IS学園含む教育施設の用務員として働きながら、一夏を警護してもらう」

「でも、IS学園なら安全なんじゃ?」

「あくまで他の所よりはって話しさ、狙ってくる奴は狙ってくるだろうさ。だから自分の身は自分で守れるのが一番だろうさ」

 

世界で唯一の男性IS適合者だ、是が非でも欲しいって奴や、消したいって思う奴はごまんといるだろうな。

 

「でも、警護なら側にいたほうがいいんじゃないの?顔見知りなんだし」

「それだと目立つだろう?ただでさえお前達ルックスいいんだから」

 

そんなもんかね?まあ、確かに授業中も張り付かれていたら嫌か。

 

「そんな訳で、お前たちは入学式までここで過ごして貰うことになる。ああ、ユウキや詩乃ちゃんとちーやんには確認取ってるから」

 

ちなみにちーやんとは、千冬の姉さんのことである。本人はその呼び方は止めて貰いたいそうだが…。

 

「分かりました。俺もできるだけのことをやります」

「ま、そんなに気張るなよ。何事も楽しむのが一番だよ?」

 

なっちまったもんはしょうがないから、その時を楽しもうってのが俺の考え方である。

 

「オケ。んじゃ後は彼女達に任せる」

「彼女達?」

「今回の件で心配したのは、俺だけじゃないってことさ」

 

何やら再び端末を操作しながら、意味深なことを言ってくる父さん。どゆこと?

間を置かずにドアが開き見知った顔が入って来た。

 

「アミタとユウキに詩乃じゃんって、どったの顔が物凄く怖いよ?」

 

入ってきたアミタ達の顔は、明らかに不機嫌ですと訴えていた。ナンデナンデスカー!

 

「勇君」

「は、はい!」

 

アミタの物凄い剣幕に押されて、姿勢を正してしまったでござる。

 

「ちょっと、そこに座ってください正座で」

「え?ここ床…」

「いいから!」

「イ、イエッサー!」

 

慌てて正座しました。怖いマジで怖い。

 

「今回の模擬戦の最後、もっと安全に勝てたんじゃないんですか?」

「いや、あれが確実でして…」

「ユウキや詩乃から昔のことを聞きましたが、あなたは自分のことをもっと大切にすべきです!」

 

確かに正論だから言い返せん!父さんは自業自得だって顔してるし、一夏は両手を合わせて合掌してるし!我に味方あらず!

 

「兄ちゃんさぁ、この前PTに乗って戦ったて聞いた時、どれだけ心配したと思う?」

「それで、今回これだよ?流石に我慢の限界があるよ私達?」

 

あ、アカン。ユウキも詩乃もめっちゃキレとるがな。な、何とか活路を開かねば!

 

「聞いてますか!!」

「ひゃ、ひゃい!ごめんなしゃぁぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

その後、ひたすらに土下座し続けるしかなかったのだった…。



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第九話

「はぁ…」

 

勇がアミタ達に説教されている頃、東京のとある広場にある噴水の周りに設置されたベンチに腰掛けて、真昼間から溜息をついている少女がいた。

キリエ・フローリアン。アミタの実妹で、とある目的のために異世界よりこの世界へとやってきたのだが…。

 

「これからどうしよ…」

 

その目的に必要な物の手がかりがなく、途方にくれていたのであった。

姉の制止を振り切り、勢いよく飛び出たまではいいが、その後のことは時間が無かったとはいえノープランであった。

だが、追いかけてきた姉に酷い仕打ちをしてしまったのだ、このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。

 

「まずは、寝床を確保しないとなぁ。後はお金か…」

 

そう呟いて、可愛らしいカエルがプリントされたがま口財布を開けるキリエ。

幸い、自分のいた世界とこの世界の通貨が共通していたので、資金はまだ余裕があるが、活動するための拠点を確保しなければならない。

ここ数日は漫画喫茶と呼ばれる施設を利用している。だが、店員にも怪しまれてきているので、そろそろ限界だろう。

それに、あそこはドラゴ○ボールや北○の拳やら人を魅了する禁断の書物が多すぎる。決して夢中で読んでしまってなどいない。

資金も無限という訳ではない。どうにか収入を確保せねば最悪餓死してしまうだろう。

 

「はぁ…」

 

これからのことを考えると、憂鬱な気分になってしまう。いや、こういう時こそ気を強く持たねば!

 

「ねえねえ、カーノジョっ♪」

「今日ヒマ?今ヒマ?どっか行こうよ~」

 

自身を奮起させていたら、不意に声をかけられた。

顔を上げると、髪を染めいかにも軽薄さを感じさせる格好をした二人組の男だった。俗に言う遊人と呼ばれる部類の人間である。

 

「いえ、約束があるんで」

 

100%関わらない方がいいだろうと判断したキリエは、適当に嘘をついてその場を離れようと立ち上がる。

だが、逃がさまいと一人の男がキリエの進路を塞いできた。背後には噴水があるために逃げられなくなってしまう。

 

「えー、なになに?カレシィ?キミを待たせている奴なんてほっといて俺らと遊ぼうよぉ」

「そーそー。俺らの方が楽しませられるって」

「(ウザっ!)

 

明らかに下心丸出しの笑を浮かべて詰め寄ってくる二人組に、心の中で舌打ちするキリエ。

恋人なんて生まれてこのかたいやしない。昔姉と呼んだ絵本に描かれていた、白馬の王子様とお姫様に憧れたことはあるが、所詮自分は…。

 

「(やめやめ!)」

 

頭をよぎった嫌な思考を断ち切ると、どうやってこの場を切り抜けるかに集中する。

この程度の奴らなど簡単に蹴散らせるが、できるだけ騒ぎは起こしたくないので、穏便に切り抜けなくてはならない。

周りの人が助けてくれるのではないかと、視線を向けてみるも、皆一様に関わるまいと知らんぷりである。

 

「(ま、無理もないか)」

 

決して彼らを責めようなどとは思わない。誰でも自分の身が一番なのだ、厄介ごとには関わりたくないと思うのは当然である。

となると、自分でどうにかせねばならないが、彼らを口だけで追い返せそうもなかった。

 

「(お姉ちゃん…)」

 

ふと、姉の顔が思い浮かんできた。

やたら暑苦しくて、空回りすることが多く。どこか抜けているところがあるが、どんな時でも自分を守ってくれた自慢の姉だ。

もしかしたら姉が助けに来てくれるんじゃないかと、期待してしまったが、それはないだろう。今頃姉は自分のせいで…。

 

何も言わなくなったキリエを、観念したのかと勘違いした二人組の一人がその肩に手を置こうとした瞬間――

 

「邪魔だ」

 

突然、二人組とは別の男の声と共に、男の内の一人が視界から消えた。

 

「え?」

 

予想外の事態に残された男と共に唖然としていると、ようやく思考が戻ってきた。

自分に触ろうとしていた男は消えたのではなく、何者かに吹き飛ばされたのだ。

その証拠に、先程まで目の前にいた男が少し離れた場所で伸びていた。

 

「な、何だテメェは!?」

 

残された男も、同じように状況を認識したのか声を荒らげて、乱入してきた男を睨みつける。

乱入してきたのは、黒のジャージを纏う銀髪で赤い瞳をした、自分と同年代の少年だった。ただ、その目つきがとても鋭く、この世界で見た任侠映画に出てくるヤクザと呼ばれる人を思い浮かばせる。

 

「俺か?俺はテロ…通りすがりの一般人だ」

 

なぜ、言い直したし?

 

 

 

 

 

「ふむ、いい天気だ」

 

平日とは言え、それなりに人が混んでいる東京の街を一人の少年が歩いていた。

ヴォルフ・ストラージ。テロ組織「ファントム・タスク」に身を置く犯罪者である。

先日の新型PT「ヒュッケバインMK-Ⅱ」の強奪後、ヴォルフ率いるチーム「シャドウ」は暫く休暇(テロリストも休む時は休む)だと言い渡されたのである。

休みと言われても、これといった趣味もないので、大抵自室で寝るかM(マドカ)に訓練に付き合わされたり(そして、オータムが乱入してくる)、オータムに買い物に付き合わされるか(そして、マドカが付いてくる)ぐらいであるが。

今日は珍しく二人共用事で出かけており、やることがないので、天気がいいので散歩することとしたのである。

この先にある噴水広場のベンチは、ゆったりと寛げるのでお気に入りの場所なのである。

 

「そう言えば」

 

強奪の時、面白い奴と会ったな。民間人のようだったが、武器を構えた俺に怯むことなく俺を否定してきた女?だった。

自分が死ぬかもしれない状況で、信念を曲げないとは大した奴であった。そのことを仲間に話したらなぜか不機嫌になっり、上司に女心を学べと言われてしまった。解せん。

 

「む?」

 

定位置であるベンチの目の前に、俺と同い年と見られる一人の女の囲んでいる、いかにもだらしがない風貌である二人組の男がいた。

どう見ても仲良しに見えないことから、俗に言うナンパと呼ばれる行為であろう。やるなら他所でやってもらいたい。

仕方ないので、少し待ってみることとする。

 

「えー、なになに?カレシィ?キミを待たせている奴なんてほっといて俺らと遊ぼうよぉ」

「そーそー。俺らの方が楽しませられるって」

 

男共が女に話しかけているが、無視されていた。さっさと諦めろ。

その後も動く気配が見られない、流石に我慢の限界がある。

待つのが面倒臭くなったので男共に近づき、女の肩に手を置こうとした男を蹴り飛ばした。

完全な不意打ちであったため、吹き飛んだ男は受身も取れずに転がっていった。

 

「な、何だテメェは!?」

 

やっと、状況を把握した残りの男が声を荒らげて睨みつけてきた。そんな及び腰では威圧ににもならんぞ?

 

「俺か?俺はテロ…通りすがりの一般人だ」

 

危うくいつもの癖で名乗ろうとして咄嗟に言い直す。

別に自分の生き方を恥ずかしいなどと思ったことは無いが、通報されても面倒なので誤魔化しておこう。

 

「ふざけんな!お前がこの女の男か!?」

「はあ!?」

 

男が言った言葉に女が何か反応している。この男何か勘違いしているようだが、よく分からん。

 

「そ、そんなんじゃないわよ!こんなヤクザ顔した奴なんて知らないわよ!」

「おい、顔については触れるな、傷つく」

「あ、ごめん」

 

俺が一番気にしていることを遠慮無く抉ってきやがったこの女。ちゃんと謝ったから許すが。

 

「じゃあ、お前もこの女を狙っているのか、あァ!」

「何のことかさっぱり分からんが、俺はそこのベンチで寛ぎたいだけだ。騒ぐなら他所でやれ」

 

そう言ってベンチを指差すと、何言ってんだこいつと言いたそうな顔をされた。解せん。

 

「大体、平日の真昼間から女の尻を追っかけてるんじゃねぇよ。どうせ相手にされんのだから、もっと有意義な過ごし方を探せ」

 

同じ男として、恥ずかしいたらありゃしない。

 

「ぷっ。確かに」

 

女がツボにでもはまったのか声を殺して笑うと、男の顔がみるみる赤く染まっていった。風邪でも引いたか?

 

「ふ、ふざけやがって!!}

 

突然、男が上着のポケットから折りたたみ式のナイフを取り出すと、刃を向けてきた。は?この程度で切れるなよ面倒臭い。

だが、男はそのまま動こうとしない。まさか、怖くて刺せませんとでも言う気かよ?そんな軽い気持ちで武器を構えたというのか?

 

「な、なんだよその目は!こ、これが怖くねぇのかよ!」

「怖い?馬鹿か、貴様は?殺気の籠っていない物でどう怯えろと言うのだ?」

 

俺が一歩踏み出すと、逆に男は後ろへと退がった。下らない、全く持って下らない。何の覚悟も無い癖に武器を持っているのかこいつは?

男が持っていたナイフの刃を右手で握り締めると、鋭い痛みと共に手の平から血が流れ出す。男は、信じられない物を見るような目をしていた。

 

「いいか、武器を持っていいのは、殺し殺される覚悟がある奴だけだ!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

怒気を込めて叫ぶと、男はナイフを手放し、伸びていた男を見捨てて走り去っていった。

男が置いていったナイフを放置する訳にもいかないので、刃をしまいズボンのポケットにしまっておく。

野次馬していた奴らが騒ぎ出したので、早々に立ち去るとしよう。

 

「って待ちなさいよ!」

「ん?」

 

なぜか知らんが、女に呼び止められた。文句でも言われるのか?

 

「何で、勘弁してくれって顔してるのよ!刃物掴むなんて馬鹿じゃないの!手見せて!」

 

そう言うと強引に右手を掴み、自信が持っていたハンカチを巻きつけてきた。さり気なく馬鹿と言われた…。

 

「おい、汚れるぞ?」

「そんなこと言ってる場合!?じっとしてなさい!」

 

物凄い剣幕だったので、逆らうと危険と判断し、大人しく手当されることとした。

――これが、漆黒の狩人と呼ばれる少年と、時の操手と呼ばれる少女の出会いであった。



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第十話

男の応急手当を終えたキリエは、医療機関を受診することを薦めるが、「面倒くさい」と頑なに拒否されてしまう。

だが、このまま放置することもできず、包帯と消毒液を購入すべく、男ににその場にいる様に言い薬局に向かった。

必要な物を購入し、戻ると男の姿が消えていた。慌てて周りを探すも男を見つけられず、戻ってくるかもと待っていたが戻って来ることはなかった。

 

「どこ行ったのよあいつは!」

 

礼を言えぬまま消えてしまった男に、言いようの無い怒りを覚え、周りをはばからずに叫んでしまった。

既に日は沈み始めてきたいたので、いつまでもここにいる訳にもいかず、もやもやとした気持ちのまま帰るしかなかったキリエであった。

 

 

 

 

 

「……」

 

時は少し遡り、自分を必死で探している女を物陰から見ているヴォルフ。

あの女には悪いが、俺は日陰に生きる者。故に無関係な人間と関わることはできない、その者を危険に晒してしまうからだ。

 

「なぜ、帰らんのだ?」

 

俺のことなど早く諦めて帰ればいいのに、いつまで探し続ける気だあの女は?これも女心と言うやつなのだろうか?やはり分からん。

結局、女が帰ったのは日が沈み始めた頃だった。よくもあれだけの時間を探し回ったものだと感心する。

さて、俺も帰ろうと思った時、キリエの後をつける様に追いかけている二匹の猫が見えた。

 

「ふむ?」

 

なぜかその猫が気になり、後をつけてみることとしたのだった。

 

 

 

 

 

とある公園の広場を歩いていたキリエは、不意に足を止め振り返る。その視線の先には一匹の猫がいた。

 

「さっきから私のことをつけ回してるけど、何?ストーカー?」

 

そう話しかけると、猫が観念した様に溜息を吐いた。

 

「あら、バレてたのね」

「それなりに場数は踏んでるのよ。私のことを甘く見すぎね」

「そんなつもりはなかったんだけどね。もう、カンが鈍ったかしら?」

 

そう言うと猫の体が輝き、女性の姿へと変わっていった。

 

「私はリーゼアリア。管理局から派遣された元魔道師よ」

「元?」

「色々あって辞めたんだけど、人で不足ってことで今回だけ呼び戻されたのよ」

 

やれやれと言った感じに肩を竦めるアリア。

 

「へー管理局って、色んな世界で手広くやってるんじゃないの?」

「最近は魔力適性がある人間が少なくなってね、今じゃ子供の手を借りているくらいよ」

「何そのブラック企業」

「言い返せないわ」

 

ないわーと引き気味のキリエに、頭を抑えて溜息を吐くアリア。

 

「それで、管理局さんが何か用かしら?」

「あなたのお姉さんから捜索願いが出されているんだけど、大人しく付いて来てくれないかしら」

「あーやっぱアミタかぁ」

 

予想通りといった感じで肩を竦めるキリエ。

 

「悪いけど、帰ってアミタに伝えてくれる?私は目的を果たすまで帰らないって」

「そう。でも、『駄々をこねるようなら、多少手荒でもいいんで連れ帰って下さい。迷惑をかけて本当に申し訳ありません』って言われてるの。本当にあなたのことを心配していたわよ?」

「アミタらしいわねぇ」

 

あんなことをしたのにいつも通りの姉の様子に、思わず苦笑してしまうキリエ。何だかんだで心配していた様である。

 

「私としても、あなたのやっていることは正しいと思えないわ。今ならまだ間に合うわ、だから…」

「部外者は黙ってて!もう、他に方法がないのよ、私達の世界を救うにはこれしか無いの!」

 

アリアがどうにか説得しようとするも、聞く耳を持たないキリエ。

 

「そう。じゃあ、仕方ないわね」

 

そう言うとアリアの足元に魔法陣が展開され、周囲が結界魔法に包まれる。

 

「あら、気がきくわね。これで、思う存分暴れられるわ」

「無関係な人達を巻き込む訳にはいかないしね。この世界の軍と余計な揉め事は起こしたくないの」

 

戦闘態勢に入ったアリアに対し、自身の武器であるヴァリアントザッパーを呼び出すと、服装も戦闘用へと変える。

 

「先手必勝!ラピッドトリガー!」

 

先に仕掛けたのはキリエだった。

二丁銃形態となったヴァリアントザッパーから、マシンガンの様に魔力弾が打ち出される。

対してアリアは防御魔法であるプロテクションを正面に展開し防ぐと、ホーミング機能がついた小型の魔力弾を複数発射する。

キリエは回避しようとするも、魔力弾は執拗にキリエを追って来た。

 

「ああ、もう!面倒!」

 

ラピッドトリガーで撃ち落とすと、魔力弾から強烈な閃光が放たれ、動きを止めてしまうキリエ。

その間にアリアが拘束魔法のバインドを発動させ、手足を拘束されるキリエ。

 

「あら?」

「悪いけど、これでチェックメイトよ」

 

身動きの取れなくなったキリエに勝利を確信したアリア。しかし、キリエの表情からは余裕が伺えた。

 

「どうかしらね?アクセラレイター!」

 

アリアが身構えようとした瞬間、目の前にキリエが現れ双剣形態となったヴァリアントザッパーを振るった。

 

「!?」

 

咄嗟に後ろに飛んだことで、ダメージを抑えられたものの苦悶の表情を浮かべるアリア。

 

「なるほど、それが話に聞いていた加速能力ね」

「そ、どうする帰るなら今の内だけど?」

「そのつもりは無いわ!」

 

アリアが再び魔力弾を放つも、アクセラレイターによって軽々と回避されてしまう。

それでもアリアは魔力弾を打ち続けた。

 

「無駄無駄。そんなんじゃわたしは捕まえ!?」

 

余裕の笑みで走り回っていたキリエが、ある場所を踏んだ瞬間地面に魔法陣が浮かび上がる。

咄嗟に空中に飛んだことで回避したキリエ。

 

「トラップ式の拘束魔法ね。私じゃなければ捕まえられたんだけどねぇ」

 

よく見るとトラップが仕掛けられていたのは、最初にアリアが立っていた場所であった。どうやら話していた間に設置していたようだ。

 

「残念。作戦は失敗しちゃったけど、まだ戦う?」

 

ここまで実力の差を見せれば、帰ってくれるだろうと考えていたキリエ。

だが、アリアからは焦りは見られなかった。まるでこうなることが分かっていた様に…。

 

「いいえ、狙い通りよ。ロッテ!」

「え?」

 

アリアが叫んだ瞬間。キリエの背後の茂みからアリアと瓜二つの女性が飛び出してきた。

 

「取ったあああああああ!」

「ぐっ!?」

 

飛び出してきた女性は、キリエの背中を蹴り飛ばし、アリアの隣に着地した。

突然の不意打ちに対処できなかったキリエは、受身も取れずに地面に叩きつけられてしまう。

 

「よっしゃ!上手くいったねアリア!」

「ええ、ロッテ」

 

そう言ってハイタッチするアリアにロッテ呼ばれた女性。違いは髪の長さくらいだろう。

 

「あ、あんた達、双子?」

「そうよ。こっちが妹のリーゼロッテ」

「へへん!どうだい私達の完璧な連携は!」

 

腰に両手を当てて、したり顔で胸を張るロッテに、歯ぎしりするキリエ。

 

「(やられた。派手に戦っていたのは妹のことを気取らせないためってことね。まんまと乗せられて馬鹿じゃない私…)」

 

立ち上がろうとするもダメージが大きく、満足に身体を動かせないキリエ。

 

「やめときな。ロッテの攻撃をまともに受けたんだ、暫くは動けない筈さ」

「私の一撃はヘビー級だからね!」

 

二人の言う通り、逃げることも戦うこともできない程のダメージを受けてしまった。

 

「それでも…!」

 

ここで捕まる訳にはいかない。まだ、自分にはやらなければならないことがあるのだ。

 

「(故郷を救って、お父さんの笑顔を見るためにも、諦めたくない!)」

 

激痛が走る身体に鞭を打ち、起き上がろうとするキリエを見て、いたたまれなくなったのか、ロッテに指示を出すアリア。

 

「ロッテ」

「あいよ」

 

アリアの考えを読み取ったロッテが気絶させようと、キリエに歩み寄っていく。

 

「(あんなに息巻いてたのに、結局自分じゃ何もできなかった。ホント馬鹿だよね私…)」

 

不意に昼に出会った少年のことが頭をよぎった。

今更になって、誰かが助けに来てくれるなんて、都合のいいことなんて起きる筈が無いのに。ただ、彼にお礼を言えなかったのが心残りだったのだろうか?

 

「悪いけど、あんたのやろうとしていることを見過ごせないんだ。恨んでくれていいからさ」

 

ロッテがキリエに触れようとした瞬間、銃声が公園に響いた。

 

「!?」

 

自分に向けて撃ち込まれた銃弾を跳躍して避けると、アリアの隣へと後退するロッテ。

 

「ロッテ!?」

「大丈夫、当たってないから」

 

でも、誰が?っと銃弾が飛んできた方を見ると、ハンドガンを右手に持ったヴォルフが歩いて来ていた。

 

「なかなかに面白いことになっているな」

「あんた!?」

 

予想外の人物の登場に驚愕しているキリエ。それはリーゼ姉妹も同様だった。

 

「ど、どういうことだよアリア!?何で人が入って来てるんだよ!」

「わ、分からないわよ!私の結界はちゃんと機能してるのに!」

 

取り乱している姉妹を放置して、キリエの側に屈み身体を触りだすヴォルフ。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「じっとしていろ。ふむ、骨に異常はないな。む、なぜ顔を赤くしている?」

「セクハラされているからよ馬鹿ァ!!」

 

顔を真っ赤にして怒鳴ると、心外だと言わんばかりの顔をするヴォルフ。

 

「失敬な触診しただけだ。名誉毀損で訴えるぞ」

「だったら、最初に言いなさいよ!」

 

姉妹そっちのけで、コントを始めるヴォルフとキリエ。

予想外の事態に唖然としていたロッテが、ハッと我に返りヴォルフを指差す。

 

「な、何だよお前!その女の仲間かよ!」

「いや、違う」

 

キッパリと否定したヴォルフに、益々混乱してしまうリーゼ姉妹。

 

「だが、今はこいつの味方だ」

「え?」

「どういうこと?」

 

ヴォルフの糸が読めず、困惑しているキリエとリーゼ姉妹。

 

「こいつへの借りを返すだけだ」

 

そう言って、右手に巻かれたハンカチを見せるヴォルフ。

 

「借りって私のことを助けてくれたんだから、チャラなんじゃないの?」

「助けた?何のことだ?」

「え?私が絡まれてたから助けてくれたんじゃないの?」

 

何やら話が噛み合っていない模様。

 

「いや、いつまでもベンチの前で下らないことをしていた奴らを排除しただけだが?」

「じゃあ、私のことは?」

「どうでもよかった」

 

えー、と衝撃の事実に唖然とするキリエ。

完全にペースを乱されたロッテが、髪を掻き毟りながら叫ぶ。

 

「あーもう!ホント何なんだよお前は!」

「俺か?俺はテロリストだ」

 

そう名乗った瞬間、ヴォルフの身体が粒子に包まれ、鋼鉄の鎧を身に纏っていく。

それは、ヴォルフが先日ブルーアイランド基地より強奪したヒュッケバインMK-Ⅱ1号機だった。

だが、漆黒のカラーリングに包まれ、背面に二つの大型ブースターを背負っていた。

さらに。右腕と脇で大型火器のバスターランチャーを保持し、原型機より装甲を大幅に削られ軽量化される等、ファントムタスクによって様々な改造がなされていた。

 

「ちょうど、この《ハウンド》の実践テストをしたかった所でな。付き合ってもらうぞ」

 

そう言うと、リーゼ姉妹へとランチャーの砲口を向け、トリガーを引くのだった。



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第十一話

突然ですが参戦作品に俺、ツインテールになります。を追加します。
理由?アニメ見て原作読んでハマったからだよ!


ヒュッケバインMK-Ⅱ・ハウンドを纏ったヴォルフは、容赦なくリーゼ姉妹にバスター・ランチャーを放った。

慌てて左右に分かれて回避すると、戦闘態勢と取る姉妹。

 

「アリア、あの機体って!」

「ええ、連合軍から報告のあった強奪された新型PTね」

「てっことはファントム・タスクって奴ね!」

『そうだ』

 

正解と言わんばかりにロッテにランチャーをぶっぱなすヴォルフ。

それを身を屈めて避けると、ヴォルフ目掛けて駆け出すロッテ。

 

「そんな奴が何でその女を庇うんだよ!」

 

ロッテがヴォルフの即頭部目掛けて回し蹴りを放つと、ランチャーの銃身で防がれる。

 

『言った筈だ、借りを返すとな』

 

足を弾くと、銃口の下部に増設された斧型の銃剣がスライドし槍の様になる。

 

『往くぞ』

 

ロッテ目掛けて連続で突きを放つヴォルフ。

刺突を紙一重で避けていくロッテ。だが、次第に追い詰められていく。

 

「(こいつ、強い!)」

 

正確に急所を狙い、尚且つ確実に退路を断ってくるヴォルフの技量に舌を巻くロッテ。

 

「ロッテ退がって!」

 

アリアが収束式の魔力弾を放つと、身体を後ろに逸らしただけで回避するヴォルフ。だが、連撃を止めることには成功した。

その間にロッテはアリアに合流して体勢を立て直した。

 

「アリアあいつ手強いよ!」

「分かってる、連携でいくよ!」

「おう!」

 

アリアの足元に魔法陣が浮かび上がり、ロッテは再びヴォルフへと駆け出した。

迎撃しようとヴォルフがランチャーの銃口をロッテへ向けると、アリアがホーミング式の魔力弾を複数撃ち出す。

回避行動を取るが、包囲するように魔力弾がヴォルフに殺到した。

 

『ふん』

 

ヴォルフはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、左腕のハードポイント装備にされたガトリング砲を展開し、撃ち落としていく。

 

「あらぁ!」

 

その隙にロッテが顔面に殴りかかるが、拳が触れる直前にヴォルフの姿が視界から消えた。

 

「なっ!?」

『遅い』

 

ロッテの背後に回っていたヴォルフ、が銃剣で突き刺そうとするも、アリアが放った魔力弾を放ったので距離を取った。

 

『なる程、いい連携だ』

 

直進的な性格のロッテを冷静なアリアが的確にサポートする。教本に載せられるくらいの精度の連携である。

 

『久々に、少し本気でやれそうだ』

 

今まで大して表情を変えていなかったヴォルフが獰猛な笑みを浮かべると、真紅の瞳が金色に輝いた。まるで、狩り甲斐のある獲物を見つけたことに歓喜しているのだ。

ガトリング砲を構えると姉妹に向けて発砲するも、左右に跳んで躱されてしまう。

当たるとは思っていない、分断さえできればいいのだ。

アリアへと狙いを定めると機体を加速させる。まずは頭を潰す、戦いの基本だ。

景色が吹き飛んでいくかの様に流れると、一瞬で眼前に驚愕の表情を浮かべたアリアが映し出された。

ヴォルフの速度に対応できていないアリアへと向かって、速度を乗せて銃剣を突き出す。

 

「っ!?」

 

アリアが咄嗟に展開させた防御魔法と銃剣がぶつかり合う。

僅かだけ拮抗するも、ガラスを砕いた時の様な音を響かせて魔法陣が砕け散り、アリアが吹き飛ばされた。

だが、手応えが薄い。防御魔法で衝撃を緩和され、後ろに飛んだことで致命傷を避けたのだろう。

すかさずランチャーを構え追撃しようとするも、横からロッテが襲いかかる。

 

「こんのぉ!」

 

後頭部目掛けて回し蹴りを放とうとするも、まるでそう来ることが分かっていたかの様に、身体を回転させて回避するヴォルフ。

そしてその勢いのまま、ランチャーをバットの様にフルスイングし、アリアの側へとロッテを弾き飛ばした。

 

「ロッテ!」

「くっそう。何だあいつ、まるであたし達の動きが分かってるみたいだ…」

 

アリアもロッテもダメージが大きいのか、立ち上がることができずにいた。

そこでふと、ヴォルフの瞳が現れた時は真紅のだったのが、金色に輝いていることに気が付く。

 

「目が金色になってる!?」

「それは、一体何なの?」

『敵に手の内を教える程、お人好しではない』 

 

冷酷に言い放つと胸部の装甲が展開し、露出したコネクターにランチャー接続すると、ジェネレータに直結させチャージを始めるヴォルフ。

モニターに充填率が表示され、数値が増大するのに連れて、砲口がエネルギーの輝きが増していく。

 

『終わりだ。デットエンド・シュート!』

 

メーターが最大になるのと同時にトリガーを引くと、解き放たれたエネルギーの奔流が姉妹を飲み込まんと迫る。

だが、突然空から降ってきた壁に阻まれてしまう。壁を撃ち抜こうとビームを浴びせ続けるも、充填していたエネルギーが底を尽き、ビームが四散していった。

 

『壁だと?』

「剣だ!」

 

降ってきた壁を訝しんでいると、頭上から声が響いてきた。

確かによく見てみると、壁ではなく巨大な剣であった。視線を上へ向けると、柄の先端に人影が立っていた。体型を見るに女性の様である。

人影が飛び降りると、剣が収縮していき標準サイズの日本刀へと姿を変えていく。

着地した人影が、地面に突き刺さっていた刀を引き抜くと、こちらへと切っ先を向けてきた。

 

「特異災害対策機動部二課所属、風鳴翼だ。武装を解除し投降しろ、さもなくば斬る!」

『特異災害対策機動部か。貴様が天羽々斬(あめのはばきり)の適合者か』

 

―特異災害対策機動部

認定特異災害ノイズに対処すべく日本政府が設立した秘密組織である。

聖遺物と呼ばれる古代文明の遺産を加工し生み出された、鎧型武装シンフォギアシステムを保有している。

そして、そこに所属している風鳴翼は人気歌手として活動する裏で、ノイズを始めとする人類の驚異から人々を守るために戦い続けているのである。

今回、連合軍の依頼でリーゼ姉妹の支援のために駆けつけたのだ。

 

『戦うアーティストと言う奴か面白い』

「もう一度警告する、武装を解除し投降しろ!」

『断る』

「ならば、防人として人々の平和を乱す貴様を討つ!」

 

ヴォルフ目掛け駆け出した翼は、アームドギアである刀を大型化させ、青いエネルギー刃を放出する”蒼ノ一閃”を放った。

それを跳躍して回避し、キリエの側へと着地すると、キリエを無造作に脇へと抱えた。

 

「え?ええ!ちょっと!?」

『うるさい。舌を噛むぞ』

 

突然のことに素っ頓狂な声をあげるキリエにそう告げると、飛翔するヴォルフ。

 

「逃げる気か!」

『貴様と戦うのは骨が折れるのでな。さらばだ』

 

翼の制止を聞かず結界を飛び出すと、そのまま飛び去っていくヴォルフ。ちなみに常人なら失神する速度だが、脇に抱えていたキリエは加速能力が使えることもあり無事であった。

 

「待て!」

『追うな翼!』

 

起きかけようとする翼を通信機から機動部二課の司令官であり、叔父である風鳴弦十郎が制止した。

 

『今は負傷者の収容が優先だ』

「…了解しました」

 

弦十郎の言葉が正しいと判断した翼は、気絶しているリーゼ姉妹の元へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

「こらー!私をどこに連れて行く気よー!」

 

公園から離脱したヴォルフのある意味、誘拐と言える行動にキリエが抗議していた。

 

『俺達のアジトだ。そこなら傷の手当てができる』

「っ!?私はその…」

 

手当と言う言葉に後ろめたいことでもあるのか、表情を暗くするキリエ。

 

『普通の人間じゃ無いといいたいのか?』

「な!?何でそのことを!」

『勘だ』

 

ヴォルフの言葉に絶句するキリエ。まさか、それだけで自分の秘密を見破ったと言うのかこの男は?

 

『俺のいる組織ならお前でも治療できるだろう。嫌なら放り捨てるがどうする?』

「捨てるな!せめて置いていけ!分かったわよ、連れて行きなさいよ!」

『ああ』

 

どの道他に行くアテも無いのだ。だったらこの男に賭けるしかない。そう考えるキリエだった。

 

 

 

 

 

「そうか、アミタちゃんの妹さんは保護することはできなかったか」

 

ブルーアイランド基地内の勇太郎の執務室で、椅子に腰掛けた勇太郎が、デスクに備え付けられたモニターに映し出された弦十郎と話していた。

 

『ああ、ファントム・タスクの構成員と見られる男に連れて行かれてしまった。すまない』

「お前が謝ることじゃないさ。おかげで管理局の魔道師は無事だったんだろう?それで良しとしようや」

 

友人と話すように気兼ねなく話している勇太郎と弦十郎。二人はかつて教導隊のメンバーとして共にPTの開発に関わったのだ。

教導隊解散後、勇太郎は軍に残り弦十郎は退役し、特異災害対策機動部二課の司令官となった後も交流は続いていた。

今回、機動部二課への要請も、勇太郎から弦十郎へ願い出たものであった。

 

『奴らは彼女の目的に気づいて接触して来たのだろうか?』

「その男の発言から見るに、組織としてではなく、個人の意思によるものと見るべきだろう」

 

現地からの報告から、ファントム・タスクが、キリエの目的に気づいてはいないと判断する勇太郎。

 

『だが、彼女の目的を知った奴らがどう動いてくるか…』

「一夏の件もある。警戒を強めねばならんな」

『世界初のISを動かした男子か、理由は解明できていないのか?』

「さっぱりだ。開発者に聞きたいところだが、行方は以前不明のままだ」

 

IS開発者である篠ノ之束が突如行方をくらませてから3年前。未だに各国が行方を探しているが、尻尾も掴めていない状態であった。

 

『どちらにせよ彼の出現により、ファントム・タスクを含め、世界が大きく動くことになるか』

「以前よりましになったとは言え、今だに女性優位の風潮は根強いからな。それが覆されるかもとなれば騒ぐ連中は多いだろうな」

 

最強の機動兵器と言われるISを動かせるのは女性のみのため、世界で女性優位社会を訴える者は多く。PTの配備に伴い男女平等社会への以降に反発し、テロ行為を行う者が後を絶たないのが現状である。

そこに男でありながらISを動かせる一夏の登場により、反発運動は激化の一途を辿っていた。

さらに、男性優位を訴える者達との衝突によって、内戦や紛争に発展する国も出始め連合軍はその対応に追われていた。

それらの裏で暗躍しているのがファントム・タスクである。テロリストや対立する組織同士を支援し火種を撒き、時には自を火をつけて世界を混乱させているのだ。

 

『そう言えばお前の息子が入隊したそうだな?』

「ああ。あいつの意志とはいえ、子供に大人の罪を背負わせねばならんのは辛いな」

『全くだな』

 

同じように娘同然である翼を戦わせている弦十郎には、勇太郎の気持ちが痛い程に理解できた。

 

「では、妹さんのことは俺からアミタちゃんに伝えておこう。また何かあればよろしく頼む」

『ああ頼む。じゃあな』

 

互いに別れの挨拶をするとモニターの映像が途切れると、一息ついて椅子へもたれかかり、デスクに立てかけていた写真立てを手に取る勇太郎。

写真立てには幼い日の勇を挟んで、自分と妻である天道愛花が映った写真が飾られていた。

 

「あの子の進む道は険しいだろう。どうか見守っていてくれ愛花」

 

亡き妻へ息子の無事を祈る勇太郎であった。



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第十二話

とある病室で一人の少女が目を覚ました。

キリエ・フローリアン。とある目的のために異世界よりやって来た少女である。

先日、姉のアミタが要請により、自分を保護しにきた管理局職員と戦闘になり、危うく捕まりかけたところをヴォルフに助けられ、彼の所属する組織の拠点で治療を受けたのだ。

 

「どれくらい寝てたんだろう」

 

身体を起こし周りを見渡すと病衣を来ており、ベットの側の台に自分の服が畳んで置かれていた。それ以外は何も置いていない殺風景な部屋だった。

あれから一日か二日かそれとももっとだろうか?でも、久々にゆっくり休めた気がした。

 

「三日だ」

 

不意に声がした方を向くとドアからヴォルフが入ってきていた。

 

「女性の部屋にノックもしないで入ってくるなんて、無粋じゃない?」

「したぞ。お前がボケ~とマヌケな顔をしていて聞いてなかったのだろう?」

「ぐっ!」

 

図星を突かれて言葉に詰まるキリエ。確かに考え事をしていて聞き逃したのだろうけど、マヌケな顔はしていない…筈。

 

「余程疲れが溜まっていたんだな」

「哀れんだ目で見るなー!」

 

可哀想な人を見るような目をしているヴォルフの顔面に枕を投げつけるが、首を傾げただけで避けられた。

 

「ふむ、それだけ元気なら大丈夫そうだな」

「あー確かに調子いいわねぇ」

 

身体をあちこち動かしてみるが違和感は感じない、むしろ前より好調な気がする。

 

「で、あんた達は何なの?私を直せる(・・・)科学力がこの世界にあるとは思わなかった」

 

まだ完全に信用しきれていない様子のキリエに、当然だなと思うヴォルフ。自分が同じ立場でもそう思うだろう。

 

「俺達はファントム・タスク。簡単に言えばテロ組織だ」

「つまりテロリストの集団ってこと?」

「そうだ。その中でも色んな組織に武器を売ったり、争いを引き起こすのが主な活動だ」

「テロリストがテロリストに武器を売ってる訳?」

 

ヴォルフの説明に首を傾げるキリエ。テロリストが武器を買うなら分かるが、売りつけるなんて話は聞いたことが無かった。

 

「元々は二度目の世界戦争の後に起きる、冷戦と呼ばれる争いを憂いた者達が再び戦争を起こさぬよう、世界をコントロールするために生み出された組織だ、名前も今とは違っていたそうだ。だが、時が過ぎ創設者たちが消えていく中、利益だけを追い求める者が増えその姿を変えていったのだ」

「どんな風に?」

「この世界で最も金になるのは何だと思う?」

「それが戦争って訳?」

「そうだ。今組織の上にいるのは世界中の武器商人共だ。奴らは自分の懐を肥やすために戦争を望んだ。戦争のための戦争。戦争経済を生み出したのだ」

 

なる程。つまり、武器売る連中が自分の武器を売るための場を生み出すために、テロリストをやっているのかと納得するキリエ。

自分の幸せのために他者の幸せを奪う。人間なら誰でもやることだ。例え意識しようがしまいが、そうやって人は生きているのだ。だから、別にそいつらを悪だと断じるつもりは無かった。正義感の強い姉はそうは思わないだろうが。

 

「で、何であんたはそんな組織にいるわけ?顔つき以外は、そんな柄には見えないけど」

 

正直そこが一番気になった。この男は自分の得にならないのに、自分を助けてくれたのだ。そんな男がなぜテロリストになったのかが謎だった。

 

「顔については触れるな。泣くぞ」

 

是非見てみたいと思ったが、面倒なことになりそうだったので黙っておいた。

 

「俺はドイツと呼ばれる国が行った、「恐るべき子供達計画」で生み出された遺伝子強化試験体( アドヴァンスド)と呼ばれる個体だ」

遺伝子強化試験体( アドヴァンスド)?」

 

聞きなれない単語に、思わず聞き返してしまったキリエ。少なくとも、自分のいた世界では聞いたことが無い単語だった。

 

「簡単に言えば、優れた能力を持った男女の兵士の遺伝子を交配させ、より優れた兵士を生み出そうと言う計画だ。つまり、俺は人を殺すために生まれたのだ」

「何よそれ!いくらなんでも、やっていいことと悪いことがあるでしょう!」

 

人が人を生み出すのは間違ってはいない。しかし、本来とは違う方法で生み出し、その者の運命を決めつけ道具の様に扱う。そんな人の摂理に反した行いに激怒するキリエ。

自分とは真逆の存在を生み出したこの世界の人間に、彼女は激しい憤りを感じているのだ。

 

「一人で勝手にキレるな血管切れるぞ?で、色々あって国から逃げ出した俺を拾ったのがここだった訳だ」

「つまり、恩返しって訳?」

「ま、それもあるが、見極めたくなったのさ。この世界を」

「世界を、見極める?」

「そうだ。この世界の人類が生き残る価値があるかどうかをな。そのために悪の道を選んだ」

 

敢えて人々の試練となり、試そうと言うのかこの男は。しかし、なぜその考えに至ったのかまでは話す気はないようだ。

まあ、大体のことは知れたので構わないが。

 

「後、一つ聞いていい?」

「何だ?」

「戦いの最中にあんたの目が金色に輝いていたけど、あれは何なの?」

 

前回の戦闘中にヴォルフの目が輝きだすと、まるで相手の動きが先読みしているかの様に戦っていたのが気になったのである。

 

「む、これか?」

 

そんなことかと言った感じに、ヴォルフの目が金色に輝きだした。

 

「そう、それ」

「これは越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)と言って、脳への視覚信号伝達の爆発的速度向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン移植処理を施されたためだ。簡単に言えば、どんなに早く動いても良く見える目だな。正確には、俺のはその技術の雛形になったものだがな」

「ふーん。ねえ、もっと見せてよ」

「構わんが」

 

そう言うとキリエが見やすい様に屈むと、頬に手を添えて顔を覗き込むキリエ。

 

「んー」

「何だよ」

「いや、綺麗だなぁって」

「むぅ」

 

キリエが素直な感想を告げると、僅かに目を逸らすヴォルフ。

 

「どうしたのよ?」

「あの人と仲間以外にそう言われたことがないので、照れる」

 

どうやら彼なりに照れている様である。どことなく嬉しそうである。無表情だが…。

 

「さっき言ったあの人って誰なの?」

「俺の恩人だ。もうこの世にはいないがな」

 

無表情のままのヴォルフだが、その声には僅かに悲しさが滲んでいた。余り思い出したくない出来事があったのかもしれない。

 

「えっと、ごめん…」

「気にするな。俺が勝手に言ったことだ。それにあの人は今でも俺の心に生きている」

 

そう言うと、キリエの頭に手を置いて撫で始めるヴォルフ。

他人の過去に、不用意に踏み込もうとしてしまったことを反省しているキリエを、彼なりに励まそうとしているのだろう。

不思議と嫌な感じはしなかった。昔、父や姉にしてもらった時の様な心地よさがあったのだ。

 

「で、これからお前はどうするんだ?管理局に目をつけられた以上、このまま外に出ても同じ目に遭うだけだぞ?」

 

確かにヴォルフの言う通り、キリエの目的を知った管理局が、このまま彼女を放置することはないだろう。

リーゼ姉妹やそれ以上の実力者を送り込んでくることは明白であった。

 

「興味本位で聞くが、お前は何をしにこの世界に来たのだ?別に嫌なら話さんで構わんぞ」

「……」

 

ヴォルフの言葉に考え込むキリエ。自分の都合に彼を巻き込みたくは無い。しかし、彼以外に頼れる者がいないのも事実だった。

 

「言っとくが、俺に迷惑をかけるだなんて気にするなよ?元から面倒に巻き込まれやすい体質なんでな、今更一つや二つ増えたところで変わらん」

 

俺に遠慮なんぞするなと彼は言っているのだろう。不器用なりに自分を心配してくれているようだ。それが妙に嬉しいと思う自分がいた。

 

「分かった話すわ。なぜ私がこの世界に来たのかを」

 

短い時間しか話していないが、彼なら信用できる。そう思えたから話してみよう。何か変わるかも知れないから。

 

「”エルトリア”それが私と姉がいた星の名前よ」

「文化などはどうなんだ?この世界とは違うのか?」

「大体は一緒よ、通貨なんかもそうだったし。でも、エルトリアは滅びを迎えようとしていたわ…」

「滅び、だと?」

 

”滅び”と言う言葉に、無表情だったヴォルフに僅かだが驚愕の色が浮かんだ。

 

「ある日突然、水と大地が腐敗し、徐々に人が住めない環境になっていったの。いつしか”死触”と呼ばれる現象は拡大していき、やがて人々は他の惑星への移住を始めたわ」

「惑星移住か、随分と高度な科学力を持っているのだな。まあ、そうでもなければ異世界移動などできんか」

「そんな中、死触への対策の研究をしている科学者もいたわ。その人が私達姉妹の父親であるグランツ博士よ」

「ほう、全ての人間が避難した訳ではないのか」

 

父のことを誇らしげに語るキリエ。どうやらかなり尊敬しているようである。

 

「ええ、博士は研究の中である復旧作業用のロボットを作り出したの」

「ロボット?」

「”ギアーズ”と呼ばれる人型のロボットよ。私達姉妹はその試作型なの」

「つまりお前は人造人間ってところか?」

「そう、私は人を模したロボット。人間じゃ無いの」

 

そう言うと俯いてしまうキリエ。まるで拒絶されるのを恐れている様だった。

 

「そうか」

「そうかって、それだけ?」

「お前はお前だろう?それ以上でも以下でもない」

「え?」

 

予想していなかった言葉に驚きの余り固まってしまったキリエ。

 

「おい、大丈夫か?」

「え、ええ!大丈夫よ!」

「なぜキョドる?」

「な、何でもないし!大丈夫だし!」

 

不審に思ったヴォルフが顔を覗き込むと、誤魔化すように怒鳴るキリエ。

 

「ゴホン。とにかく博士はよく失敗しちゃう人で、私と姉の人格形成システムを造り込み過ぎちゃったのよ」

「確かに機械とは思えんな」

「そう、だから機械として扱うべきではないと判断した博士は、私たちを自分の子供として育ててくれたの」

「優しいのだな」

「ええ、本当に」

 

再び俯いてしまうキリエ。博士に心配させるようなことをしているのに、罪悪感を感じているのだろうか。

 

「今もエルトリでは私達の妹や弟達――私達みたいな体や心は持ってないけど、死触を止めるための作業を続けてくれているの。後数年で成果が出始めるわ。でも、博士はそれを見ることができないの」

「…どういうことだ?」

「病気よ。それも今のエルトリアの医療では治せない不治の病。数年もしない内に死んでしまうってお医者さんに言われたわ」

 

やりようのない悲しみに、シーツを握り締めて歯を食いしばるキリエ。

 

「博士が人生を賭けた夢の成果が、私達の生まれた意味が実を結ぶ瞬間を見てもらえないなんて絶対に嫌!だから、博士が生きている内にエルトリアを救うきっかけでもいいから見せてあげたかった。私達は何か手はないか必死に探したの。そしてこの世界、この時代で見つけたのその唯一の方法を。それが”エグザミア”」

「星を救う力か、そんな大層な物がこの世界にあるとはな」

 

星を滅亡から救えるだけの力を持つ物が存在するなら、ファントム・タスクが手にしようとしてもおかしくは無い。少なくともヴォルフが聞いたことは無いが。

 

「闇の書と呼ばれる魔道書に眠っている”砕け得ぬ闇””システムU-D(アンブレイカブル・ダーク)”と呼ばれる無限連環プログラムよ」

「闇の書、だと?」

 

闇の書と言う単語に、心当たりがあるかの様に反応したヴォルフ。

 

「もしかして知っているの!教えて今闇の書はどこにあるの!」

 

ベットから降りて、すがりつく様にヴォルフに詰め寄るキリエ。探し求めていた物の手がかりが掴めるかも知れないとなれば、当然の反応と言えるが。

対するヴォルフは気まずそうに目を逸らしていた。どのように伝えたらいいか迷っている様だった。

 

「無い」

「え?」

「闇の書はもうこの世に存在しないのだ」

「は?」

 

ヴォルフの言っていることが理解できず、呆然とするキリエ。

 

「いいか落ち着いて聞けよ」

 

神妙な顔つきで言い含めると、数ヶ月前に起きた”闇の書事件”とその後に起きた”マテリアルズ”が起こした事件について語った。

 

「じゃあシステムU-Dは?」

「闇の書事件は遠くから観察していただけだし、マテリアルズの時は別件でいなかったので報告を聞いただけだがな。恐らく闇の書は多数のプログラムが消え、マテリアルズも消滅している」

 

ヴォルフが一通り話終えると、キリエの顔からは生気が抜け落ちていた。

 

「エグザミアは?」

「消滅している可能性がある」

「マジで?」

「マジだ」

 

キリエが自分の頬を抓り夢でないことを確かめると、その場に崩れ落ちた。

 

「こんな、こんなことって」

「おい、話はまだ――」

「博士やアミタを裏切って、やっとの思いでこの世界にたどり着いたのに、こんなのってないわよぉ!」

 

ヴォルフの言葉を遮って泣き叫ぶキリエ。

そんなキリエの頭に容赦なく手刀を叩き込むヴォルフ。

 

「痛っ!?何すんのよ!人が悲しみに暮れてるのに!」

「話を最後まで聞けバカタレ。あくまで可能性の話だ。本当に消滅したかまでは分からん。実際に闇の書だった物、確か今は夜天の書だったかを調べてみんとな」

「つまり?」

「諦めるにはまだ早いってことだ」

 

そう言うと携帯端末を取り出し操作すると、画面をキリエに見せる。

 

「この子は?」

「八神はやて、夜天の書の持ち主だ。こいつから書を奪い取ればいい」

「協力を申し出てみるのは?」

「こいつは管理局に所属しているが、あそこは夜天の書のことをかなり危険視しているようでな。その力を無闇に使うことにいい顔はしないだろう。昔から闇の書には手を焼いていたそうだからな」

 

下手をしてまた暴走でもされたらかなわんのだろうな、と言いながら端末をしまうヴォルフ。

 

「そこで提案だ」

「提案?」

「お前、俺の隊に入らんか?」

「はぁ?」

 

ヴォルフの言っていることが理解できず、怪奇そうな顔をするキリエ。

 

「これから何かと忙しくなりそうでな、人手が欲しいと思っていたところだ。お前の腕なら申し分無い。それに、目的を達せられればいつでも抜けてもらって構わん。上に話はつけてある、後はお前次第だ」

「つまりあんたらの仕事を手伝うかわりに、私の目的を手伝うって訳?」

「話が早くて助かる。八神はやてには手練の仲間が多くいる。そいつらを一人で相手にするより確実だと思うが?」

「……」

 

確かにヴォルフの実力はかなりのものものだった。彼の力を借りられるなら心強い。それに今回の件で、1人で活動するのには限界があることを身に染みて理解した。

 

「いいわ。その話乗ってあげる」

「いいだろう。外で待っているから着替えて来い、俺の上司と部下を紹介してやる」

 

そう言うとヴォルフが出て行ったので、着替え始めるキリエだった。

 

 

 

 

 

着替え終わったキリエは、ヴォルフに連れられて通路を歩いていた。

窓の外にはいくつものビルが並んでいるオフィス街が見えた。

 

「そう言えばここってどこなの?テロリストのアジトにしては、人目のつくところにあるのね」

「ブルーアイランドにあるDEM社(デウス・エクス・マキナ・インダストリー)の日本支社が保有するビルの内の一つだ」

「DEM社って世界屈指の大企業よね?よくCMでも聞いたけど、あんた達とも関わりがあったんだ」

「ここはファントム・タスクに加盟していてな。色んな事業に手を出しているが本命はリアライザの製造だ。世界で唯一作れるから軍にも顔が利くんで身を隠すにはうってつけだ」

 

そうこうしている内に、一際大きいドアの前へと到着した。

ヴォルフがノックすると中から「どうぞ」と女性の声が帰ってきた。

ヴォルフがドアを開け中に入ると、キリエもその後に続いた。

内部には豪華な飾りつけがなされており、とてもテロリストの隠れ家とは思えない程だった。

部屋の中央には縦長のテーブルがあり、それを挟む様にソファーが置かれていた。

そのソファーに対面する様に、黒いライダースーツのような服を来た少女とタンクトップにズボンとラフな格好をしている女性が座っている。

部屋の奥にはデスクがあり、革製の椅子にスーツを着こなした女性が腰掛けていた。

 

「話は纏まったのかしらヴォルフ?」

「ああ、今日からこいつも仲間だ」

 

スーツを着ていた女性の問いかけに頷くヴォルフ。

それに満足そうに微笑むと椅子から立ち上がり、キリエの前へと歩を進め右手を差し出す。

 

「私はスコール・ミューゼル。ここの責任者よ。よろしくね」

「えと、キリエ・フローリアンです。よろしくお願いします」

 

ドギマギしながら差し出された手を握るキリエ。スコールの放つ大人のオーラに圧倒されている様である。

 

「で、こっちいるのが部下A・Bだ」

「「扱いが物凄い雑だ!?」」

 

ヴォルフのあんまりな扱いに、揃って抗議するエムとオータム。

 

「冗談だ。キリエこっちのちっこいのがエムで、粗暴そうなのがオータムだ」

「説明がヒデェ!」

「撤回を要求する!」

「断る。お前ら仲良くしろよ」

 

抗議を続ける二人を無視するヴォルフ。彼らにとって日常茶飯事と言える光景なのである。

 

「たくっおい新入り!先輩である私の言うことをちゃんと聞けよ!」

「え、なんかヤダ」

「んだと!」

「お前の言うことをいちいち聞いていたら、命がいくつあっても足りん」

「そりゃどういう意味だよエム!」

「あなたその服イマイチね、私がコーディネートしてあげよっか?」

「いらん!手をワキワキさせながら近づくなぁ!」

 

仲良く騒いでいる三人。早くも打ち解け始めている様である。

 

「それにしても、あなたが女の子を連れ込んできた時は驚いたわ」

「む、何故だ?」

 

スコールの言っていることが理解できないのか、?マークを浮かべて首を傾げるヴォルフ。

 

「エムもオータムも妬いてたわよ?」

「今日は焼肉か?」

「…あなたもっと女心を勉強しなさい」

「???」

 

腕を組んで「やはり分からん」と、首を傾げてボヤいているヴォルフに、盛大に溜息をつくスコールであった。



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第十三話

ブルーアイランド基地地下に造られた仮想訓練所。

その中を賭ける紺と白色の機体があった。紺の機体は天童勇が駆るヒュッケバインMK-Ⅱである。

右手にはフォトンライフルを、左手にはビームサーベルを持っている。

並走している白の機体へとライフルを向けトリガーを引くと、銃口から光弾が放たれた。

対する白のIS”白式”を纏った織斑一夏は身を屈めて回避すると、両手で保持している実体剣を握りしめMK-Ⅱへと斬りかかる。

 

「踏み込みが足りん!」

「うわぁ!」

 

サーベルで実体剣を払うと一夏を蹴り飛ばす勇。そしてライフルを連射し、追撃を加える。

 

「くっ!」

 

一夏はスラスターを吹かせて上昇し回避しようとするも、右足に被弾してしまい体勢を崩してしまう。

すかさず接近した勇は振り上げた足を叩きつける。受身も取れなかった一夏はそのまま墜落していく。

 

「常に相手の攻撃を予測して避けろ!ただ逃げているだけじゃ、追い込まれるぞ!」

「くっそぉ!」

 

地面に激突する前に体勢を立て直した一夏に、両手にそれぞれ持ったサーベルで斬りかかる勇。

実体剣で受け止めるも、次第に手数に圧倒されていく。

 

「足元がガラ空きだ!」

「うわぁ!?」

 

無防備だった一夏の足を払い、サーベルを交差させ首筋に添えた。

 

「ま、参りました」

「うっし。一休みしよう」

 

一夏にそう告げるとMK-Ⅱを待機形態にする。

待機形態とは、ISに搭載されている機能で、機体を粒子変換させて持ち込みやすい形態とすることである。MK-Ⅱにも試験的に導入されているが、コストがかかるので正式採用機には使われないだろうって、父さんが言っていた。

 

「お疲れ様ですお二人とも」

 

訓練に付き合ってくれているアミタが、飲み物とタオルを持ってきてくれた。

 

「ありがとう。悪いね付き合ってもらって」

「いえ、これくらいしかお役に立てませんから」

 

本来アミタは手伝う必要はないのだが、助けてもらった恩返しがしたいとのことで、協力したもらっているのだ。

後、アミタは父さんが預かることになった。妹さんのこともあるし、協力してもらった方がいいだろうとのことになったそうだ。

ちなみにアミタの故郷のことや、妹さんがなんでこの世界に来たのといった話は聞いている。そしてアミタがギアーズという機械の体であることも。

別にアミタはアミタなので気にしないけど、って言ったら大泣きされてしまった。余程拒絶されるのが怖かった様で、安心したのか泣き止んでもらうのが大変だった。

 

「で、どう一夏君の機体は?」

 

俺と同じ様に機体を解除して、飲み物を飲んでいる一夏に話しかけると、うーんと考え込む。

 

「俺に合っていると言えばそうだけど…。もっと武器が欲しいなぁ」

「実体剣だけだからなぁ。せめて牽制用くらいは載せたいよなぁ」

 

そう、一夏の専用IS白式は近接ブレード一本しか搭載しておらず、それだけに拡張領域(バススロット)を使い切ってしまっており、他の装備を搭載できないのだ。

おまけにそのブレードを外そうとすると、エラーが発生してしまうと言うただの欠陥機じゃねと思える仕様なのだ。

 

「しかも、未だに一次移行(ファースト・シフト)すらしないもんな」

 

ISの心臓であるコアには搭乗者に合わせて自己進化する機能が備わっており、初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)することで始めて専用機となるのだが、白式は乗り始めて一ヶ月になるのに、初期化の段階で止まってしまっているのだ。

色々と分析したのだが、原因は不明らしい。ISはこういった未知の部分が多すぎるので、兵器としての信用が低下している一因となっている。

 

「もしかしたら、君がコアに認めてもらっていないのかもね」

 

コアには人と同じ意思があり、乗り手を選ぶって話を聞いたこともあるし、白式はまだ一夏をパートナーとして認めていないのかもしれないな。

 

「じゃあ、どうすればいいんだよ勇兄?」

「そこまでは分かんないよ。他のに変える訳にもいかないんだ。今やれることをしていくしかないでしょう」

 

ISのコアには限りがあるので、気に入らないからホイホイ変えますってことはできない。

それに、一夏が白式に触れた時、まるでこの瞬間を待っていた様な感覚を覚えたと言っていた。きっと、一夏と白式が出会ったのは偶然じゃないのだろう。例えあのクサレ兎(・・・・)の策略であろうともだ。

 

「うっし、休憩終わり!訓練再開じゃぁ!」

 

MK-Ⅱを展開して一夏にライフルを向ける。とにかく訓練あるのみよ!

 

「え!?もうちょっとだけ…」

「問答無用!」

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

この日は日が暮れてもしごいてあげた。別に楽しいからやり過ぎた訳じゃないからね!

 

 

 

 

 

何だかんだで新学期まで一週間まで迫ったある日。俺が正式に入隊する日でもあった。

俺が配属される部隊であるASTの説明のために、配給された軍服を身に纏いブリーフィングルームにいた。

 

「さて特別研修を無事終えたお前は、今日から軍人の端くれになることができた。おめでとう」

「生きているって素晴らしいね父さん…」

 

士官学校で覚える内容を一ヶ月に詰め込んだカリキュラム。さすがに、辛いって言葉すら生温く感じられたね。まあ、覚悟して選んだ道だったから楽しかったけどさ。

 

「ちなみに階級は軍曹だ。機動兵器搭乗者は最低軍曹の階級が与えられる規定だからだ」

「ハッ!謹んで拝命致します!」

 

俺が敬礼しながら答えると、父さんが階級章を軍服の左胸につけてくれた。

 

「まず言っておくことは、基地内や作戦行動中は俺のことは少佐と呼ぶように。俺の息子だからって特別扱いはせんぞ」

「了解です少佐」

 

無論当然のことだし、俺も特別扱いされたくない。と言うかそんなことする人じゃないって十分理解している。

 

「次にこっちにいるのは、お前が所属するASTの隊長である日下部燎子大尉だ。基本は彼女の指示に従え」

「日下部燎子よ。よろしくね軍曹」

 

父さんの後ろに控えていた女性が、柔らかい笑みを浮かべながら、右手を差し出してきてくれた。

 

「よろしくお願いします大尉」

 

差し出された手を握りながら挨拶をする。異例な形で入隊したけど、思いの他歓迎されている様である。

その後他の隊員の人達とも挨拶したけど、皆さん好印象な様である。

 

「……」

 

彼女を除いて。

鳶一折紙階級は俺と同じ軍曹だが、先任って奴だね。彼女だけ挨拶しても無視されたでござる。

 

「ごめんなさいね。あの子気難しいって言うか、ちょっと変わってるって言うか…」

「気にしないで下さい大尉。これから認めてもらえばいいんですから」

 

寧ろああいった反応されると思ってたし、他の人の反応が良すぎたくらいだろう。

 

「では、挨拶も済んだし、この部隊の特性について説明しよう。そこら辺の椅子に適当に座ってくれ」

 

特性?テロリストの鎮圧とかだけじゃないのかな?取り敢えず言われた通りに適当に椅子に座る。

 

「説明する前にこれは最重要機密だ。万が一外部に漏らしたら首が飛ぶことを留意しておけ」

「了解しました」

 

滅多に見せない程に真剣な顔をしている父さん。それ程までに重要なことなのか?

 

「ますはこの映像を見てもらおう」

 

父さんがそう言うと部屋の照明が消え、部屋に設置されていたスクリーンに映像が映し出された。

 

「これは、女の子ですよね?」

 

スクリーンに分割されて映し出されたのは、金属なのか判別できない素材でできた、紫色のドレスを纏った俺と近い年齢と見られる少女に。緑色のレインコートに身を包んだ小学生程の年齢と見られる少女だった。

 

「見た感じはそうだが、これは”精霊”と呼称されている異世界に住まう生命体だ。ドレスみたいなのを纏っているのを”プリンセス”、レインコートの方を”ハーミット”と呼称している」

「生命体?人間ではないと?」

「そうだ。空間震のことは知っているな?」

「ええ、突如発生する空間の振動現象ですよね」

 

およそ30年前から確認された異常現象。学校の授業でも普通に教えられているし、しょっちゅうニュースで流れているので、この世界で知らない人はまずいないだろう。

 

「あれは精霊がこの世界に出現する際に起きる、空間の揺らぎによって発生する現象なのだ」

「な!?」

 

マジかよそんな話聞いたことがないぞ!?そんな重大な情報が隠匿されていたのか!?

 

「ま、待って下さい少佐!何故そのことを世間に公表しないのですか?」

 

今ではシェルターの普及や、事前に空間震を感知できる様になり、迅速に避難が可能となっているが、最初に起きたユーラシア大空災で1億人もの死傷者が出ており、その後に断続的に起きた空間震によってかなりの被害が出ている。

さらに、空間震が発生する度に認定特異災害ノイズの出現率は上昇していき、今では生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率を下回るとされていたノイズによる被害は爆発的に増大していた。

なので、世間では空間震の原因を解明できない軍への不満の声が挙がっている。

なのに何故、軍は原因が分かっていながら公表しないのだろうか?

 

「それは、精霊が強すぎるのだ」

「え?」

「今までに数体の精霊が確認されているが、それら全てが人知を超えた力を宿しているのだ。まるで自然災害を相手にしているかの様な力をな。今までに幾度も殲滅作戦を実行しているが、討伐できた精霊は一体もいない」

 

余りの衝撃に言葉が出てこなかった。世界の武力を統合した国連軍が歯が立たない相手がいるとは、確かにそんなことを公表することはできないな。してしまえば軍は無能の烙印を押され、反抗勢力を勢いづかせるだけだ。

 

「ASTは公ではアサルト・ストロング・チームと呼んでいるが、正式にはアンチ・スピリット・チームと呼ばれる対精霊戦を主目的とした部隊なのだ」

 

父さんの説明に隊長を始めとした隊員たちが苦い顔をしていた。精霊を倒せないことに歯痒い思いをしているのだろう。

 

「…精霊は出現してから一定時間経つと消失(ロスト)、つまり自分達の世界に戻るのだ。ちなみにこちらの世界に現れることは現界だ。とにかく、精霊の被害が空間震のみで済んでいるのは、諸君が精霊を消失まで押さえ込んでいるからだ。もっと胸を張りなさい」

 

父さんなりの激励なのだろう。それでも皆さんの表情は優れないけど…。それだけ精霊との戦いは過酷なのか。

 

「――違う」

 

今まで一度たりとも言葉を発さなかった鳶一の声が部屋に響いた。

 

「精霊を倒すのが、ASTの役目」

 

静かにしかし、明確な意思を乗せて父さんの言葉を否定する鳶一。

 

「ちょっと折紙!」

「いい、大尉」

 

上官侮辱罪に問われかねない発言をしている鳶一を、止めようとした隊長を父さんが制した。

 

「現状精霊への有効な対抗手段が無い以上、被害を最小限に抑えるのが最上だ」

「――私は、精霊を、倒す」

 

何がなんでも倒すそんな気迫が感じられた。まるで、自分を犠牲にしてもいいとさえ思っているかの様だった。

 

「君の気持ちは理解しているつもりだ。だが、命を粗末にする様なことをすれば、約束通り除隊させるいいな?」

「――了解」

 

父さんが鳶一に鋭い視線を向けながら言うと、鳶一は軽く頷きながら答えた。それより――

 

「(隊長、約束って何ですか?)」

「(んー詳しくは知らないんだけど。折紙を入隊させる際に、少佐は幾つか条件をつけたそうよ)」

 

隣に座っていた隊長にこっそり聞いてみたけど、当人達しか知らない様だ。まあ、それならそれでいいけどさ、別に無理して知りたい訳でもないし。

 

「あの、少佐。確認したいことがあるのですが…」

「む?何だ」

「精霊との共存は不可能なのですか?そもそも精霊との対話はできないのでしょうか?」

 

俺がそう言った途端周囲がざわつき始めた。あれ?俺変なこと言いました?後、鳶一の奴が物凄い怖い目つきで睨んできたんですけど。

 

「ふむ、精霊との対話は可能なので、確認された当初は共存できないか検討されたが、現界する度に空間震を発生させることと、その余りに強大な力がいつ人類に牙を向くか分からないとのことで不可能と判断された」

「そうですか…」

 

確かに不確定要素の多い相手との共存は難しいか、しかも自分達よりも強大な力を持っていればなおさらか。戦わずに済めばそれに越したことはないんだけどな。

 

「精霊との共存なんて不可能」

「ん?」

 

先程までとは違い、怒気を孕んだ声で鳶一が話しだした。

 

「奴らは人間を虫けらの様に殺す」

 

人形の様に無表情だった彼女が初めて見せた感情は怒りだった。

まるで親の仇に向ける様な憎しみと、自身の無力さを嘆いているかの様な悲しみ。

母さんを失った時の俺と瓜二つの目をしていた。きっとあの時のまま成長していれば、俺もあんな風になっていたのだろう。

別にそれが悪いとは言わない。生き方なんて人それぞれだ、他人に迷惑がかからない程度に好きに生きればいいさ。

 

「――事実、故意に人間を殺害している個体も確認されている。よって精霊は発見しだい殲滅する。これは最優先事項だ、いいな?」

「了解です」

 

父さんも納得しきれていない部分もあるのだろう。でも、隊を束ねる者として、迷う訳にはいかないんだろうな。

戦うしかないなら仕方がないね。大切な人を守るためなら、いくらでも血に染まってやるよ。

 

「ASTは他の隊同様に、テロやノイズへの対処も担当してもらうことになる。最後に、以前の強奪事件の際に出現したアンノウンについての説明を行う」

 

俺が始めてMK-Ⅱに乗った時に現れた連中か、管理局に問合わせてるって言ってたな確か。

 

「奴らの正体について判明したのですか?」

「ああ、管理局からの情報によれば奴らは”インスペクター”と名乗っているそうだ」

「監視者ですか。随分大層な名前ですね。名乗ったと言うことは、操っている連中がいると?」

 

あの場にいたのは全部機械だけみたいだったけど、指示を出している人間がいるってことか。

 

「今のところ人間と思われる存在は確認されていないそうだ。名乗ったのも、人間と同じような知能を持ったAIを搭載したタイプだそうだ」

「しかし奴らが機械である以上、生み出した者がいる筈では?」

「管理局も奴らの全容を把握していないそうだ。奴らが言うには、次元世界の害となりうる文明を監査し、不適切と判断すればその文明を滅ぼすのだそうだ。現に奴らによって、幾つもの世界が消滅させられているとのことだ」

「何ですかそれ!神様にでもなったつもりですか!」

 

奴らの都合で殺されるなんて真っ平御免だ!大体、その監査ってのが正しいって保証がどこにあるんだよ!

 

「いずれにせよ、降りかかる火の粉は振り払わねばならない。最初に現れて以降姿を見せていないが、今後も奴らと交戦する機会はあるだろう。管理局が交戦した分も含めてデータの確認をしておくように。以上で説明を終えるが、何か質問はあるか天道軍曹?」

「プリンセスとハーミット以外の精霊についての情報はありますか?」

「うむ。先の二体含め”ナイトメア””イフリート””ベルセルク””ディーバ””ウィッチ”と七体の存在が確認されている。と言ってもプリンセス以外、まともに交戦したことが無いので情報は大してないがな」

 

父さんの説明に合わせて映像が切り替わるが、どれもボヤけていたり遠くから撮影した物ばかりで、ハッキリと姿を映した物は無かった。映像を撮るだけでこれ程苦労するのだから、倒すのがどれほどの困難なのだろうか?

後、鳶一がイフリートの画像を射殺さんばかりに睨みつけているな。多分その精霊と因縁があるのだろうな。どうでもいいけど。

 

「では、これで解散とする。以降は日下部大尉の…」

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――

 

父さんの声を遮るように警報がけたたましく鳴り響いた。

 

『空間震を感知!繰り返す空間震を感知!総員第一種戦闘配置!――』

「総員戦闘準備!急げ!」

『了解ッ!』

 

先頭を切って飛び出した父さんの後に続いて、俺達は駆け出していった。

初めての精霊戦か、どうなるか分からないけど、やれることをやるだけだ!



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第十四話

まだ昼間であるにも関わらず、ブルーアイランドのオフィス街は静寂に包まれていた。始めて見るその光景に、不気味さを感じずにはいられない勇だった。

空間震警報により人々が避難を終えたビルの屋上に、勇を含めASTのメンバーは待機している。

 

「にしても凄い数ですね。基地の戦力ほぼ全部じゃないですか?」

 

レーダで確認してみると、精霊の出現地点を囲む様にPT部隊が大多数配置されていた。最低限の戦力だけ基地に置き、残りを全て投入しているみたいだな。

 

「精霊が現界すると、それにつられる様にノイズも現れるから、基本PT隊はそれらに対処して私達が精霊に当たるのが基本なのよ」

 

『全機配置完了。機体の最終確認をせよ』

 

頭部に設置されたスピーカーからオペレーターの声が響く。

ディスプレイに自身の機体状態を映し、異常が無いことを確認する。

 

「こちら勇、異常無し」

 

隊長へ報告すると、他の隊員からも同様の報告が上がってくる。

 

『OK。そのまま待機よ』

 

目標の出現予想時刻まで少しだけ時間があるな。もう一回周囲の確認でも…んん?

 

「隊長、隊長」

『どうしたの勇?緊張してトイレにでも行きたくなった?』

「目標出現付近に生体反応があるんですけど…」

『え?嘘、何で反応があるのよ!?少佐!天道少佐!聞こえますか…!』

 

隊長が慌てて父さんに報告しているけど、これってかなりやばくね?

 

 

 

 

 

PT隊を指揮していた勇太郎は燎子からの報告を受け、レーダーを確認していた。

確かに精霊の出現予想区域に生体反応が一人分確認できた。

 

「司令部そちらからも確認できるか?」

『はい、こちらからも確認しました。間違いありません』

 

司令部でも確認したと言うことは、誤認ではないようだ。

 

『少佐、すぐに救助に向かいましょう!』

 

副官である天城みずはが慌てた様子で進言してきた。

 

「そうしたいが、もう時間が無い」

『え?』

『空間震発生まで5…4…3…2…1…来ます!』

「ゴースト1より全機戦闘態勢!お客さんが来るぞ!」

『りょ了解!』

 

指示を出すと同時に、街の一角が眩い閃光に包まれ、大気が震えるのだった。

 

 

 

 

「これが空間震か…」

 

閃光と大気の震えが収まると、ついさっきまでどこにでもあった街並みが、がらりと変わっていた。

街の一角にまるで隕石が落ちたかのように、地面が浅いすり鉢状に抉り取られていた。今回は極小規模であったが、衝撃波によって街全体が少なからず被害を受けていた。

人々の営みをあざ笑うかの様な理不尽な破壊。テレビの映像では見慣れていた筈の光景なのに、実際に目の当たりにするとこうも違うとはな。

そして、クレータの中心に玉座のような物体が鎮座している。その玉座の前に、俺と近い年頃の奇妙なドレスを纏った少女がいた。傍から見れば人と変わらない容姿をしているが、あれが精霊”プリンセス”。

俺の本能が警鐘をけたたましく鳴らしていた。今まで感じたことのない威圧感が全身を突き刺してくる。危険過ぎる、あれは(・・・)世界を壊す存在だ!

 

「そう言えば生命反応は!?」

 

精霊の圧倒的存在感に気を取られていたが、さっきの生命反応は、ある!

って精霊の目の前じゃねーか!運が悪いってもんじゃねぇぞ!?

 

「隊長!」

『分かってる!けど待って!次が来るから!』

 

隊長がそう言うと、あちこちの空間からにじみ出るようにノイズが現れた。

 

『こちらゴースト1!ノイズ・キャンセラーを機動させろ!』

 

父さんの合図と共に、戦場に歌の様な音が響きだした。

ノイズの特徴として、位相差障壁がある。ノイズ自身の現世に対して「存在する」比率を自在にコントロールすることで、物理的干渉を可能な状態にして相手に接触できる状態、物理的干渉を減衰、無効化できる状態を使い分ける能力であり、これにより人間の行使する物理法則に則ったエネルギーは、ゼロから微々たる効果しか及ぼすことができなくなる。

これに対抗するために日本政府がシンフォギアシステムと呼ばれる物を開発したそうだ。軍がそのシステムを解析して、ノイズを強制的に人間世界の物理法則下に固着させることで、位相差障壁を無効化するシステムを開発したのがノイズ・キャンセラーである。見た目は馬鹿でかいスピーカーなんだけど。

この装置によって、従来の兵器でもノイズに有効打を与えられるようになった。

しかし、ノイズは市街地と言った人が密集している場所に出現しやすく。戦車や戦闘機では市街地戦に向かず、歩兵のみでは火力不足となるので、それらの特性を兼ね備えた軍事用パワードスーツ――機動兵器が台頭することとなる。

ノイズのもう一つの特性として、数が異常に多いことが挙げられる。そのため、少数運用が基本のISやCR-ユニットでは対処が難しく、数を揃えやすいPTが主力となった背景があるのだ。

 

『ノイズの定着を確認!』

『攻撃開始!PT隊はノイズを引きつけろ!ASTは救助者の安全を最優先で行動せよ!』

『了解!』

 

あちこちで銃声と爆音が響き始めた。つーか、レーダーがノイズまみれなんだけど、どんだけいんだよあいつら。

 

「隊長!MK-Ⅱの方が足が速い!俺が先行します!」

『分かったわ!各機プリンセスの足を止をめて勇を援護するわよ!』

『了解!』

 

テスラ・ドライブを稼働させ飛翔すると、生命反応のある地点まで空を駆けた。

 

 

 

 

時は少し遡り、避難勧告が発令されている街の中を、重い足取りで彷徨っている少女がいた。

とある理由により、自暴自棄になっていた少女は、冷静な判断力を失っているため避難放送が耳に入っていなかった。

そして、目の前で巻き起こった空間震の余波に吹き飛ばされるも、幸いに軽傷で済んだ。

だが、危機は去ってなどいなかった。少女の目の前に現界したプリンセスは暫くあたりを見回し、少女を視界に捉えた。

またかと言うような表情をすると、ゆっくりとした動作で背後にそびえる玉座の背もたれから生えた柄を握り引き抜いた。

剣――抜かれたのはそうとしか形容できない物であった。

両刃の大剣をプリンセスが虫を払うかの様に軽く振るうと、少女の足元のアスファルトが綺麗に裂かれた。剣が届かない距離の筈なのに、まるで豆腐を切るかの様にアスファルトを切り裂いたのだ。

 

「ひぃ…!?」

 

常識を範疇を超えた事態に、少女はただ恐怖に身体を震わせるしかできなかった。

プリンセスが何か呟きながらゆっくりと少女に迫るが、恐怖に支配されている少女に、聞き取る余裕も逃げる力を振り絞ることもできなかった。

少女の目の前までやって来たプリンセスは、剣を両手で握ると大きく振りかぶった。

 

「(ああ、私死ぬんだ…)」

 

目前まで迫った死に不思議と少女は冷静だった。余りにも現実感の無い出来事の連続で、自分が死ぬことに実感が沸かないのだ。

しかし、これは紛れもない現実なのだ。いくら待とうが目の前の光景が変わることは決して無かった。

人間死ぬ時は呆気ないと言うが本当の様だ。結局自分は父を失望させることしかできなかった。どんなに努力しようとも報わずに終わるのだ。

 

「(死にたくないな)」

 

つい先程まで死んでもいいとさえ思っていたのに、いざ死ぬとなると生きたいと願っている自分がいた。

もっとやりたいことがあった。夢と呼べる物はなかったけど、父と仲直りできないのが心残りだった。

自分が死んだら悲しんでくれるだろうか?それとも、どうでもいいと思うだろうか?きっとそうだろう。出来損ないの自分なんて、いてもいなくても一緒なんだから。

それでも――

 

「(よくやったって、言って欲しかったな…)」

 

遂に剣が振り下ろされようとした時、何かに気づいたプリンセスが飛び退くと、先程までプリンセスの立っていた場所に光弾が撃ち込まれた。

続いて飛び退いたプリンセスに、ミサイルが雨の様に降り注いで着弾し、辺りが土煙に包まれた。

 

「え?」

 

空から人影は降りると、呆気に取られている少女を抱え、その場から離れて瓦礫の物陰に隠れた。

助けてくれた人影をよく見ると、紺色の機械鎧を身に纏っていた。

父の仕事関係で何度か見たことがある、PTと呼ばれるパワードスーツだったが、始めて見るタイプであった。

PTが頭部に両手を当てるとカシュッと機械音がし、ヘルメットを脱ぐ様に外すと、中から美少女としか言いようのない顔立ちの女性が現れた。

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫か!」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 

目の前で呆然としている少女の肩を揺すりながら大声で話しかけると、ビクッと身体を震わせて返事をしてくれた。てか、声が裏返ってるぞ…。

 

「意識はあるな。痛いところはあるか?違和感があるとか」

「あ、えっと、ちょっと擦り剥いただけなんで大丈夫です」

 

擦り傷だらけだが、目立った外傷は見られないな。医師の診断を受けないとはっきりせんが、緊急性は無いな。

 

「司令部こちら天道勇、救助者を確保した。軽度の負傷のみ歩兵隊による保護を求める」

『了解、直ちに向かわせます。天道軍曹は戦闘への復帰を』

「了解。いいか、直ぐに救助隊が来る。それまでここにいろ」

「は、はい」

 

少女が頷くのを確認すると、瓦礫の影から飛び出し、ホバー移動で部隊へと合流すべく向かう。

 

「隊長戦線に復帰します!」

『OK!全機包囲を維持しつつ攻撃するわよ!』

『了解!』

 

戦線に加わると、ライフルをプリンセス目掛けて放つ。他の隊員達も手持ちの火器をありったけ放った。

対してプリンセスは避けることはおろか、防御するそぶりすら見せず、着弾する前に壁にでも阻まれた様に打ち消されていった。データにあった障壁か!

そして気怠そうに剣を横一線に振るったので、咄嗟に機体を上昇させると、周りの建物が軒並み同じ高さに切り揃えられた。

おいおい、なんつーデタラメな力だよ!?俺達を、周りに集まるハエ程度にしか思ってないってのか!?

 

「隊長俺が接近戦を仕掛けます!援護をお願いします!」

『何言ってんのよ!危険すぎるわ!』

 

俺の提案を渋る隊長。精霊との戦いの基本は、遠距離からの攻撃で時間を稼いで消失させるのが一般的となっている。

精霊に近接戦を挑むのは自殺行為とされており、近接武器は近寄られた際の自衛用とされている。

 

「このままチマチマやってても埒が空かんでしょう!このまま奴に舐められたままでいいんですか!」

『隊長、私も行きます』

『折紙まで!?ああもう、分かったわよ!ただし、私が退れって言ったら退りなさいよ!』

「了解!」

『了解』

 

隊長から許可が降りるのと同時に、俺と折紙が射撃装備を投棄し、プリンセス目掛けて突進する。

 

「挟み込むぞ!」

『分かった』

 

俺の意図を理解した鳶一と左右に分かれると同時に、隊長達からの援護射撃がプリンセスへと殺到した。

それら全てが先程と同じ様に障壁に阻まれるも、巻き上がった砂塵もよってプリンセスの視界を遮った。

プリンセスの動きが一瞬止まった隙に、両腰のウェポンラックからビームサーベルを両手で引き抜き斬りかかるも、大剣で受け止められてしまう。

そこで始めてプリンセスの表情に気怠さが無くなり、真っ直ぐと俺を見据えてきた。

俺が切り結んでいる間に、レーザーブレイドを構えた折紙が背後から横薙ぎに振るう。

 

「むんっ!」

 

プリンセスが裂帛の掛け声と共に俺のサーベルを弾くと、鳶一のブレードを身を屈めて避け、剣を振り上げた。

 

「ッ!?」

 

鳶一は咄嗟にブレードで受け止めるも、余りの腕力に弾き飛ばされて、ビルへと突っ込んで行ってしまった。

グッ信じられん程の馬鹿力だ!?手が痺れやがる!真正面からぶつかるのは危険だな!

 

『勇退がって!』

 

隊長達からの援護射撃が降って来たので、一旦距離を置き呼吸を整える。鳶一?生命反応はしっかりしているから大丈夫だろう。

弾幕が止むと同時にプリンセスへと駆け出し、右手のサーベルを突き出すと剣で受け流される。が、それに逆らわずに相手の力を利用して身体を回転させ、がら空きの脇腹に左手のサーベルで斬りつけるもドレスに阻まれてしまう。チッ!精霊ってのは全部こうなのかよ!?

そのまま切り結ばない様に、刺突を中心に攻め立てているとプリンセスが口を開いてきた。

 

『何だお前は?初めて見るが、随分とゴツゴツとしているな』

 

そう言やこいつASTしか相手にしたことがないから、全身装甲であるPTを見たことがないのか。

まあ、いい。話す気があるなら聞いておきたいことがある。

 

「お前の目的は何だ?なぜ人類に敵対している?」

『敵対?私がか?』

 

俺の言っていることの意味が分からないといった感じで、首を傾げたプリンセス。

 

『最初に攻撃してきたのは貴様らだろうに』

「街をこんなに破壊されれば当然だろう。もっと穏やかに現れてくれればこんなことはしない」

『私が破壊した?お前達がやったのではないのか?』

 

キョトンとした顔で辺りを見回しているプリンセス。まさか自覚がないってのかよこいつ?

 

「そんなことするか!お前が壊したんだよこの街を!そして、住んでいる人達の命を奪いかけたんだよ!」

『――私が?』

 

俺の言葉に狼狽しだすプリンセス。その顔は今にも泣き出しそうだった。

何だよこれ、俺が悪役じゃねぇかよこれじゃ。別に自分が正義の味方だなんて思っちゃいないがよ。

 

『違う、私は――!』

 

プリンセスが何か言おうとした瞬間。鳶一が瓦礫を撒き散らしながら、ビルから飛び出してプリンセスに斬りかかった。

咄嗟に剣で防ぐも、その動きに先程までの繊細さは見られなかった。次々と斬撃を放っていく鳶一に次第に押されていく。

 

『殺す』

『!?』

『精霊は残さず全て、私が殺す!』

『う、うああああああァァァァァァァッ!!!』

 

憤怒の表情でプリンセスを睨みつけた鳶一に怯えたように、悲鳴にも似た叫び声を上げたプリンセスが乱雑に剣を振るうと、剣圧で巻き起こされた突風に俺達は吹き飛ばされ瓦礫に突っ込んでしまった。

 

「ッ~~むちゃくちゃしやがってあんにゃろう」

 

瓦礫を押しのけると既にプリンセスの姿は消えていた。

 

『プリンセスの反応消えました、消失を確認。ASTはPT隊と合流し、ノイズの殲滅に当たって下さい』

『了解。勇、折紙まだ戦える?』

「こちらは問題なし、継戦可能です」

『こちらも問題なし』

『なら、一旦補給と整備後にPT隊と合流するわよ!』

 

了解と応えると、瓦礫を押しのけて立ち上がろうとしていた鳶一に、手を貸そうと差し出すも弾かれる。えらく嫌われてますねぇ俺。

そのまま一人で隊長達を追いかけていった鳶一の後に続く様に、機体を飛ばすのだった。

こうして俺の初めての精霊との戦いは、えらく後味の悪い結果となるのであった。



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第十五話

遅くなってしまい申し訳ありません。
新作の信長の野望で遊んでいた結果がこれだよ!
多分来月中までは禄に更新できないと思います。ごめんなさい。


プリンセス消失後、残ったノイズを殲滅した部隊は基地へと帰投していた。

 

『天道軍曹準備が整いました』

「了解」

 

整備士の誘導に従い、機体を格納庫の専用ドックに固定させると装甲を開き機体から降りる。

結局目標であった精霊を討ち取ることはできず、寧ろ見逃してもらったと言った方が正しいだろう。

奴がその気になれば、俺達を殺すことなんて造作もなかっただろうに、奴らが何をしにこの世界へとやって来るのかは不明だが、人類を滅ぼし得る存在なのは実感できた。

奴ら精霊がその気になれば、人間なんて虫けらの様に駆逐されるだろう。軍が躍起になって倒そうとするのも頷けた。

 

「でも、悲しそうな目をしていたな…」

 

誰に話しかけるでもなく一人呟く。

プリンセスが見せた目。まるで、自分がなぜ世界から拒絶されているのか分からないと言った目をしていた。

そもそも精霊とは本当に敵なのか?共存することはできないのか?人類は余りにも精霊という存在を知らなさ過ぎるのではないか?

――いや、よそう。向こうがどう考えていようが、俺の大切な人達を傷つける可能性があるならそれは俺の敵だ。ならば躊躇いはしない、喜んで恨まれてやるさ。

 

「あの――」

 

考えに耽っていたら不意に声をかけられた。

声のした方を向くと、金髪碧眼で作業服に大きめの白衣を羽織り、メガネをかけ頭にゴーグルをつけるという、奇抜なファッションをした俺より年下ではないかと思える少女がいたって、前にも見覚えがあるような…。

 

「ああ、君は確か始めてMK-Ⅱに乗った時にいた…」

「はい!ミルドレッド・F・藤村と申します!AST整備班所属で階級は伍長です!」

 

元気よく自己紹介してくれる伍長。うん、元気なのはいいことだよね。

 

「天道勇軍曹だよ。よろしく伍長」

 

鳶一意外にも俺より年下の軍人がいるのは、正直どうかとも思うけどもね。

 

「お疲れ様勇」

「お疲れ様です隊長」

「精霊と戦って負傷者無しなんて、私が隊長になって初めてよ。あなたのおかげよありがとうね」

 

こんどは隊長である日下部大尉がやって来て労ってくれた。吹っ飛ばされた鳶一も大したことなかったみたいだし、よくよく考えれば俺もよく無事だったなぁ。

 

「いえ、隊長達の援護があったからです。それに精霊には結局逃げられましたし」

「あんな化物相手じゃ仕方ないわ。戦って死者が出てないんだもの、それだけで十分よ」

 

確かに知能を持った自然災害と言われてるだけの力があったな。だからって、倒せないって訳じゃないってのが俺の考えだけど。

 

「今日は疲れたでしょうけど、このあと反省会があるからそれが終わったらゆっくり休みなさい」

「了解です」

 

俺が敬礼しながら答えると、それじゃ後でねと言い残し隊長は他の隊員の様子を見に行ったのだった。

 

 

 

 

本日の戦闘についての反省会が行われたブリーフィングルームに鳶一折紙は一人残っていた。

隊長である燎子を始め他の隊員達が退室したにも関わらず、折紙はプロジェクターでスクリーンに映し出された映像を凝視していた。

五年前のブルーアイランドにある天宮市に出現し、街を炎で焼き払った精霊識別名『イフリート』折紙から家族を奪った仇敵である。

遠距離から撮影されたもののため映像はぼやけており、角度の問題で背中しか映されていないが、小学生程度の体格で和風の着物と見られる物を身に纏い頭部に鬼を連想させる角が二本生えていた。

折紙はASTに入ってから毎日欠かすことなくこの映像を見続けていた。あの日の怒り、憎しみ、後悔、そして無力だった自分を忘れないために。

 

「……」

 

結局今回も精霊を討ち取ることができなかった。顕現装置を用いて超人となったが、それでも精霊が持つ絶対的な力の前には赤子同然であった。

あの日から五年間、この手で敵を取ることだけに全てを捧げてきた折紙の人生を嘲笑っているかのようだった。

 

――力が足りない。精霊を倒し、()を守れるだけの力が――

 

「ふぅん。それが君の(かたき)なんだ」

 

澱んだ思考をしていた折紙に不意に背後から声がかけられた。

ゆっくりと振り返ると、両手に飲み物の缶を持っている天道勇が立っていた。

はっきり言えば折紙はこの男が嫌いであった。何の苦労もせずに力を手にしているこの男に嫉妬しているのだ。

以前行った模擬戦で、この男はなんの躊躇いもなく勝利のために自分を犠牲にすることができていた。逆の立場だったら果たして自分も同じことができたか?はっきりとできると言えない自分が嫌だった。

人生を捨てて生きてきた筈の自分が、どんなに望んでも手にできない力を、捨てることなく持っているこの男が許せなかった。

 

「イフリートねぇ。五年前に一度現れてからまるっきり姿を見せてないんだってね」

 

険悪の眼差しを向けられているにも関わらず、気にした素振りも見せず隣まで歩いてくると、片手に持っていた缶を投げ渡してきた。

折紙が反射的に掴むのを確認すると、もう片手に持っていた缶を開け飲み始める勇。

 

「何の用?」

「んー用って訳じゃないけど、ちょっと聞きたいことがあってねぇ」

「確認?」

「そ、君の戦う理由。似てるんだよねぇ君の目って俺に」

「似ている?」

 

何を言っているのか本気で理解できなかった。自分とこの男が似ている?冗談でも笑えなかった。

 

「正確に言えば昔の俺にだけど」

「昔の?」

「そう。十年前に空港で起きたテロ事件って知ってる?」

「知っている。白騎士事件の後、ISの導入に反対した組織が起こした国内最大級のテロ事件」

 

白騎士事件――

ISの存在が発表されてから1カ月後に起きた事件。日本を射程距離内とするミサイルの配備されたすべての軍事基地のコンピュータが一斉にハッキングされ、2341発以上のミサイルが日本へ向けて発射されるも、その約半数を搭乗者不明のIS「白騎士」が迎撃した上、それを見て「白騎士」を捕獲もしくは撃破しようと各国が送り込んだ大量の戦闘機や戦闘艦そしてCR-ユニットと言った軍事兵器の大半を無力化した事件。この事件での死者は皆無だった。この事件以降、ISとその驚異的な戦闘能力に関心が高まることとなった。

 

白騎士事件から暫くして、各国は女性優遇制度を採用したことに反発した者達によって、ある空港が襲撃され死傷者数千人を超える日本史上最大のテロ事件として、連日報道されていたことを当時幼かった折紙でも覚えていた。

十年経った今でも特集が組まれ、軍でも忌むべき事件として語られている。

 

「俺その事件の生き残りな訳よ」

「ッ!?」

 

勇の放った言葉に目を見開く。確かに父である勇太郎の妻がテロによって命を落としたとは聞いていたが、どの事件だったかまでは話してくれなかったのだ。

 

「その日外国に出張していた父さんが帰って来るから、迎えに行ったんだよ。んで、事件に巻き込まれてさ、母さんが俺を庇ってさ、そのせいで死んだんだよ」

「……」

「事件の後でもさ、夢に出てくるんだよ。目の前で冷たくなっていく母さんと、今まで当たり前の様に笑っていた人達だった物が辺りに散らばってるのがさ。それでその人達が『何でお前は生きているんだ』『お前が死ねばよかったんだ』とかってさ、言うんだよ」

 

悲痛である筈の話を、まるで笑い話をしているかの様な気軽さで飄々と語る勇に、言葉が出なかった。どうしてそんなに平然としていられるのだろうか?そんな勇を見ていると、どうしようもなく怒りが沸いてきた。

 

「憎くはないの――」

「ん?」

「大切な人を殺した奴らを何もできなかった自分を!」

 

気が付けば声を張り上げていた。自分と似ていると言うならなぜ何も捨てていない?なぜ楽しそうに生きている?どうして笑っていられる――

憤怒の形相で睨みつけられているにも関わらず、なははと笑って飲み物を口にする勇。そんな態度にますます怒りが込上がってくる折紙。まるで自分の生き方を馬鹿にされている様な気分だった。

 

「そりゃ憎んださ。でも、テロ起こした連中はすぐに軍に潰されちゃったんだよねぇ。だから自分を恨むしかなかったさ、『何で生きているのか?』『あの時死ねばよかった』てね。何度か死のうとしたけど、結局怖くてできなかったけどね」

「それならどうして――」

 

そんな風に笑っていられるのか?と問うと、勇は飲み物を口に含み喉を潤してからそれはねと口を開いた。

 

「救われたんだよ妹に。血は繋がってないけどまあ、そこはどうでもいいか」

「妹?」

「そ、木綿季(ゆうき)って言うんだけど。グレてから一年くらいして弟分達に気分転換にってことで、デパートに遊びに行ったのよ。そしたら皆とはぐれるは、迷子になってたユウキに出くわして面倒見る羽目になるで散々だよ」

 

まいっちゃうよねーと肩を竦めておどける勇。

 

「極みつけはそのデパートがテロリストに襲われてさー本気で神様を呪ったね、うん」

 

勇の言葉に絶句する折紙。当時反女性優位主義運動が活発だったとは言え、短い間に二度もテロに巻き込まれるとは運が悪いレベルの話ではなかった。

 

「そんでテロリストの一人に俺もユウキも殺されそうになってさ、気がついたらそいつを殺してたよ」

「え?」

「無我夢中でさ、相手の拳銃を奪ってそれで撃ったんだよ」

 

その時のことを思い出したのか今まで浮かべていた笑みが消え、今まで見せたことのない冷徹な表情に、背筋が凍る感覚に襲われた。

だが、すぐにいつもの穏やかな表情へと戻ると、それでねと言葉を続けた。

 

「事件が終わった後にさ、ユウキが『助けてくれてありがとう』って言ってくれたんだよ」

「ありがとう…」

「それで思ったんだよ。俺でも誰かを守れるんだって、大切な人のために戦おうってさ。それからは日本のあっちこっちで道場破りして鍛えてたって訳よ」

 

一区切り着いたのか再び飲み物を口に含む勇。対して折紙は俯いてしまう。

彼も自分と同じ様に苦しんだのだ。いや、人を殺したことの無い自分以上の苦しみを味わってなお、前へ進んでいるのだ。あの日のまま止まってしまっている自分より、強いのは当然だったのだ。

 

「私は――五年前イフリートに目の前で両親を殺された」

 

俯いたまま静かに語りだした折り紙に、相槌をうつこともないがしっかりと耳を傾ける。

 

「許せなかった。あんなに優しかった父さんと母さんを奪った奴を」

 

その時の光景が脳裏に浮かび、缶を持っていた両手に力が入り、缶が軋む音が部屋に響いた。

 

「そんで、復讐のために軍に入った訳か」

「それもある。でも、自分の様な悲しみを他の人に味わって欲しくなかった。それに――」

「それに?」

「守りたい人がいる。その人が助けてくれなければ、私も両親と一緒にイフリートに殺されていた」

 

精霊の攻撃から自分を助けてくれた、自分と同い年の少年の顔を思い浮かべる折紙。

その少年とは同じ来禅高校にいるのだが、クラスが違うこともあり、結局会うことができず一年が過ぎてしまった。

 

「そっか、なら手伝うよ」

「え?」

 

勇の言葉の意味が理解できず、俯いていた顔を上げて問い返す折紙。

 

「復讐については悪いとは言わないけど、いいとも言えないから無理だけども、君の誰かを守りたいって思う気持ちは応援したいからさ、少しは仲良くしてくれるとありがたいんだけど」

「……」

「一人で背負いこみなさんな。協力しあってこその人間ってもんでしょう」

 

屈託のない笑顔で折紙の頭に手を置く勇。最初は驚いたが不思議と心が落ち着いていった。

自分と同じ痛みを知る彼なら、信頼してもいいのではないだろうかと思えるのも、彼の魅力なのだろうか?今なら彼が誰からも好かれるのかが分かる。

 

「分かった」

「うっし、じゃあよろしく”折紙”!」

 

折紙が頷くと、嬉しそうな顔をして頭に置いていた右手を差し出してきた。

最初はその動作に面食らったが、すぐに握手を求められていると理解すると、おずおずとその手を取った。両親を失ってからは、人と関わらなくなったのでこういったことをするのは新鮮であった。

 

「よろしく天道軍曹」

「んー勇でいいよ堅っ苦しいの苦手だからさ。あ!何なら”お兄ちゃん”でもええんやで?」

 

サムズアップしながらドヤ顔で提案してくる勇。流石にその呼び方は遠慮願いたい。

 

「勇と呼ばせてもらう」

「だよねー」

 

冗談冗談と笑いながら、腕時計で時間を確認する勇。

 

「んじゃ、俺は帰るね。またあ明日ー」

「また明日」

 

別れの挨拶をすると、ブリーフィングルームを出ていく勇。それを見送ると勇から貰った缶に視線を移す折紙。

奇しくもそれは自分の好きなジュースであった。缶を開け飲んで見ると温くはなっていたが、いつもより美味しいと思った。

 

 

 

 

時は少し遡り、勇と折紙がいるブリーフィングルームのドアに張り付いている人物がいた。

アミタ・フローリアン。『エルトリア』と呼ばれる世界から、無限連環システムである『エグザミア』を求めてこの世界へと飛び出していった妹を追いかけている少女である。

現在は勇の父である勇太郎の計らいで、ブルーアイランド基地に身を置かせてもらっていた。

帰還した勇がいつまでも経っても戻ってこないので、探していたらここに辿り着いたのであった。

 

「(楽しそうですね)」

 

ドアに耳を当てて部屋の中の会話を盗み聞きしているアミタ。いけないことであることは理解しているがどうしても気になってしまい我慢できなかった。

ちなみにドアは防音性なのだが、アミタはエルトリアの環境復興作業用ロボット『ギアーズ』であり、視覚・聴覚といった感覚器官が人間より優れているのだ。

最初は険悪な雰囲気だったが徐々に和らいでいき、今では笑い声も聞こえてくる様になっていた。

あの二人の仲がよくないというより、折紙が一方的勇を嫌っていたそうだが、それが改善されるのは喜ばしいも、なぜか素直に喜ぶことができなかった。

 

「(どうして、何でしょう?)」

 

勇が自分以外の女性と仲良くしているのを見ると、胸が締め付けられる様な感覚に襲われるのだ。

異常があるのではないかと勇太郎に相談して点検をお願いしたら『人の心を持っていれば、誰でも経験することだからだいじょぶだいじょぶ』と嬉しそうに笑いながら言われてしまった。

故郷のエルトリアでは、『死触』と」呼ばれる環境破壊によって、徐々に人が住めなくなっており、多くの者が他の星への移住している。

今ではエルトリアにいるのは、死触の研究をしている生みの親である博士や、エルトリアに愛着のあるお年寄りしかいなくなっていた。

そのためアミタは同年代の若者と出会ったことがなく、自分が経験したことのない事態が発生しているのだろうか?と考え込んでいた。

 

『んじゃ、俺は帰るね。またあ明日ー』

 

いつの間にか話し合いが終わっていた様で、ドアへと向かって足音が近づいてきていた。

 

「(わわわ!?)」

 

こんなことをしていると知られたら嫌われてしまうと、慌ててドアから離れ曲がり角へと身を隠す。

幸い勇はブリーフィングルームを出ると、アミタのいる方とは逆方向に去っていったので胸を撫で下ろした。

 

「うー勇君のことを考えると変になっちゃいます」

 

一緒にいると自然と勇を見ているし、どうしたら喜んでもらえるのか考えてしまったり、この間の模擬戦で傷ついた姿を見て途轍もない不安に襲われるのだ。

 

「やっぱり不具合があるんでしょうか?」

 

彼女がその感情に気づくのはいつになるか……。

 

 

 

 

基地内の勇太郎の執務室でデスクに備えられた椅子に腰掛けながら、各部隊から上げられた報告書に目を通している勇太郎。

 

「そっちに入った新人はどうだった大尉」

 

報告書から目を離し、デスクの前に控えていた燎子に問いかける勇太郎。

 

「はい、想像以上の活躍でした。流石少佐の息子さんです」

 

今日の戦闘ではASTは負傷者無く作戦を終えている。目標を達成できなかったちは言え、精霊との戦いでは必ず負傷者が出ていたことを鑑みれば、十分な結果であった。

 

「そうか、ならば俺は親として最低だな」

「え?」

 

悲痛な面持ちで椅子の背もたれへ寄りかかる勇太郎。

なぜ勇太郎がそんなことを言うのか分からない燎子は困惑してしまう。

 

「勇の才能が俺との血の繋がりによるのなら、そのせいであの子を戦場へと向かわせてしまった。できるなら、戦いとは無縁の世界で生きて欲しいかったよ」

「少佐…」

 

親が子の幸せを願うそれは当然のことである。しかし、軍人として混迷していく世界で、勇の力が必要となっているのも理解していた。そして本人が願ったとは言え、軍人の道を選ばせてしまったことに悩んでいたのだろう。

 

「あの子は幼い頃から力があり、誰かのために傷つく優しさがあった。妻が死に痛みを知ったあの子は、大切な人が同じ痛みを味わうことがない様にと戦う道を選んだ。本当なら止めるべきだったのかもしれん。それでも俺はあの子の決意を尊重したのだ。時折思うよ間違えてしまったんじゃないかとね」

 

いつもの様な覇気の無い弱々しい声音で話す勇太郎。その姿は常に先陣を切り部下の道を切り開く勇敢な戦士ではなく、子を思いやる一人の父親のであった。

 

「そんなことはありません」

「む?」

「勇君が言っていました『俺が前へ進めるのは、父さんが背中を押してくれるから。信じて見守ってくれるから迷わないんだ』って」

「…そうかあの子が。言うようになったじゃないか」

 

子が育つのは早いもんだと感慨深そうに笑う勇太郎。

 

「すまんね、らしくないところを見せてしまったな」

「いえ、誰でも弱音を吐きたい時はあります。私でよければいつでも聞きますよ?」

「そうかい?なら、その時はお願いしようかねぇ」

 

そう言っていつもの様に、はっはっはっと豪快に笑う勇太郎であった。

 

 

 

 

SF映画にでもありそうな、戦艦の艦橋を思わせる空間に設置されている巨大なモニターに、プリンセスとASTの戦闘を記録したと思われる映像が流れていた。

 

「――以上が本日行われた戦闘です司令」

 

金髪で整った顔立ちの男が折り目正しく礼をしながら言葉を発する。

男に司令と呼ばれたのは館長席に腰掛けている10代半ばと見られる少女であった。

真紅の軍服をシャツの上から肩がけにしている少女は「そう」と短く答えると小さく右手を上げ、人差し指と中指をピンと立てた。まるで、煙草でも要求する様に。

 

「はっ」

 

男は素早く懐に手をやると、棒つきの小さなキャンディを取り出した。一切の無駄のない動作で包装を剥がしていく。

そして少女の隣に跪き「どうぞ」と、少女の指の間にキャンディの棒を挟んだ。

少女がそれを口に放り込み、棒をピコピコと動かす。

 

「…ASTに見慣れないのが混じっていたわね。見た感じPTみたいだけど」

「はい、報告にあった新型の量産試作機で、ヒュッケバイン系列のようです」

 

少女の問いかけに男は跪いたまま答えると、モニターに勇が駆るMK-Ⅱが映し出される。

 

「ヒュッケバインねぇ。確か三年くらい前に基地一つをまるごと吹き飛ばしたのよね?」

「ええ。初期型は新型動力の『ブラックホールエンジン』のテスト中にエンジンが暴走を起こし、基地の人員数千人を巻き込んで消滅してしまいました。そのためPTの開発一時は中断されていたのです。ですが最近になって再開されたようですね」

「嬉しそうじゃない。元教導隊だけあって感慨深いものがあるのかしら?」

「確かにそうですが、今の私は指令の忠実な下僕。指令に尽くすことが何よりの――おうふぅ!」

 

言葉の途中で少女が男の頭の上を足で踏みつけると、男は恍惚とした声を発した。

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「余計なことは言わなくていいのよ。にしてもこの装着者自殺志願者なのかしら?精霊相手に接近戦を挑むなんて」

 

モニターにはMK-Ⅱとプリンセスが切り結んでいる場面が流れており、少女はそれを見ながら呆れが混ざった声で言う。

 

「精霊の霊装に射撃武器は通じにくいですから、間違った判断ではありません。無論リスクも高いですがああもっと強く踏んで下さい指令!」

 

男が真顔で解説しているが、少女に膝まづいて頭を踏みつけられている姿は、シュールとしか言いようがなかった。

 

「装着者のデータはある?」

「はい、あります」

 

少女が言うとモニター艦橋にいたクルーがコンソールを操作し、に勇に関する情報が表示される。

 

「って天道先輩じゃない」

「おや、勇君をご存知で司令?」

「ええ。私の通っている学園の高等部にいた人よ。ついこないだ卒業したけど。と言うか神無月あんた先輩を知っているの?」

 

意外といった顔つきで神無月と呼んだ男を見下ろす少女。ちなみに未だに踵で踏んづけたままである。

 

「はい、教導隊の隊長を勤めていた天道勇太郎さんのお子さんですよ。直接お会いしたことはありませんが、写真を見せながらよく自慢してらっしゃいました」

 

神無月の言葉に「ふーん」と答えると、顎に手を当てて思案顔になる少女。

 

「にしても彼強いわね。精霊とあそこまで渡り合えるなんて」

「そうですね。まだ荒削りなところはありますが、素質は十分にあるでしょう」

 

神無月の言葉に少女が「不味いわね」と呟いた。

 

「軍は近々、ISとシンフォギアシステムの投入も検討しているみたいだし。このままだと最悪の事態が起こりかねないわね」

「では司令?」

「ええ。そろそろ私達(・・)も動き出す時が来たようね。各員に伝達なさい神無月」

 

少女は席から立ち上がり男に命令を下した。

その言葉にクルー達が息を呑むのが聞こえる。

 

「はっ!」

 

軍の教本に載っていそうな程綺麗な敬礼をする男。

それを見て満足そうに頷くと数歩前へ歩を進めた。

 

「さあ、私達の戦争(デート)を始めましょう」




やっとプロローグ編が終わったって感じですね。
次回以降は他の原作キャラもどんどん出てきますのでお楽しみに!


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第十六話

今更ですが、あけましておめでとうございます!
今年も皆様が楽しめる様に頑張っていきますので、応援してくれると嬉しいです。
UA10000を超えました。多くの方に目を通して頂き感無量です。これからも頑張ってまいりますのでよろしくお願いします。


明日で四月を迎えようとしている頃、俺と一夏にアミタそして新たに折紙を加えた四人で、地下訓練場で一夏をしごいていた。

 

「行きますよ一夏君!」

「はい!お願いします!」

「アクセラレイター!」

 

アミタが高速移動で一夏の周りを旋回を始め、ヴァリアントザッパーを連射する。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

全方位から押し寄せる弾幕を回避しながら、避けられないものを実体剣で捌いていく。

 

「う、うわあああああああああ!?」

 

しかし、次第に処理しきれなくなり、光弾の波に飲み込まれてしまった。加減してあるから問題ないけど。

ちなみに今のはいかなる弾幕の中でも、敵に接近できる様に目を慣らすための訓練である。あいつの機体は牽制用の武装がないし、防御向けの機体ではないので、いかに相手の攻撃を躱せるかが重要になるのだ。

 

「痛ててくっそぅ…。またダメだったかぁ」

「ま、始めた頃に比べたら進歩してるよ。そう気を落とすなって」

 

始めてあった頃から一夏には素質があるのは感じていた。だが、共に腕を競い合っていた幼馴染の少女と離れ離れになってしまったことで剣道に関する意欲を失い、もう一人の弟分のであるキリトが剣を捨てたこともあり、千冬の姉さんに養って貰っていることに負い目を感じていた一夏は家計を助けようと中学生の時にバイトに専念すべく完全に剣を手放してしまった。

ちなみに中学生では正式なバイトはできないので、知人の店を手伝ったりだけどね。俺も小遣い欲しくてやらせてもらったことがある。

キリトについてもそうだが、俺としては本人達の意思を尊重したかったので止めなかったが、もしもやめることなく続けていれば、二人共今頃世界にその名を轟かせる猛者となっていただろう。

まあ、何が言いたいのかというと、一夏は今歩みを止めてしまった分を取り戻している状態なのだ。焦らずとも一夏は強くなる。俺も予想がつかない程にね。

 

「どうしたのさ勇兄?嬉しそうな顔して」

「いや何、やっぱ人生面白いなってね」

「?」

 

やむを得ないとは言っても、一夏が再び剣を取ったことが嬉しくもあり、自分を超えかねない存在がこうも身近にいると言うのも自身を高める甲斐があるってもんさ。これを喜ばずにいられようか。

 

「にしてもやっぱその機体半端過ぎるよなぁ。近接特化型にしては機動性が一般機より少しあるくらいだし」

 

スペック的には十分高いが、近接一本でやってくならもっと極端に尖ってるくらいでないとなぁ。今のままの性能じゃイグニッション・ブーストが使える様になっても、ただ突っ込んでくるだけの的にしかならない。

 

「射撃用センサーリンクシステムが搭載されていないのも問題」

 

折紙も一夏の専用機”白式”の問題点を挙げる。本来兵器とはあらゆる状況を想定して開発されるものだ。近接特化型であっても、射撃武装を使用せねばならない状況もありえるし、その逆も然りである。しかし、白式には射撃に関する機能が全く備わっていないのだ。故に装備変更不能の件も合わせて、ハッキリ言うと白式は欠陥すら生ぬるい兵器としては不完全な代物だ。まあ、あのクサレ兎らしいと言えばそうなんだけど。

いや、そもそもISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツであって、兵器運用は想定されていなかった物だ。本来の仕様とかけ離れた現在のISは、全て欠陥機と言えるのではないだろうか?

果たして生みの親であるあの兎は、そんなISを見てどう思ったのだろうかねぇ?世の中はあいつが失踪した理由は不明と言っているが、そんなの考えるまでもないだろうに。きっと、あいつはISに夢を乗せていたと思う。それをあんな風に歪められて世界に失望したからだと俺は思う。考えが読めない奴だったが、そこら辺ぐらいは分からんでもない。いや、何であいつのことなんぞを考えてんだよ。時間無駄にしたよたくっ。

 

「おーう、やっとるねぇ」

 

余計なことを思考していたら、父さんが軽く手を振りながら歩いて来ていた。

 

「お疲れ様です少佐」

「今は自由時間だ、そう固くならんでいいぞ勇に折紙」

 

姿勢を正して敬礼する俺と折紙に、笑いながら楽にする様に言ってくれる。

 

「どうだい一夏、その機体には慣れたかい?」

「それが、ずっと初期設定のままなんですこいつ。何か俺のことを認めてくれていないんじゃないかって思うんです」

 

そう言って自信が無さそうに俯く一夏。普通ならすぐに終わるはずの一次移行が、一ヶ月近くしなけりゃ落ち込みもするわな。

 

「焦ってもいいことはないぞ、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)ってやつだな」

「臥薪嘗胆、ですか?」

「ああ、『成功を信じて苦労に耐える』って意味のことわざさ。昔俺が所属していた部隊の隊長がよく言ってた言葉だよ」

「確かゼンガー・ゾンボルトって人だっけ?」

 

俺がちっこい頃に何度か話してくれたことがあったけね。あんま覚えてないけど。

 

「そ、当時はEOS(エクステンデッド・オペレーション・シーカー)つーPTの雛形になったパワードスーツ部隊にいてな、その人の下で働いてたのよ」

 

エクステンデッド・オペレーション・シーカー――

凡庸型パワードスーツ第一号として開発された。しかし、装甲が厚すぎて挙動が遅い、歩兵の武装を流用しているため火力不足、大型のバッテリーを積んでいるが稼働時間が短いと言った問題があり兵士からの不満が多く、結果新たに開発されたのがパーソナルトルーパーである。

 

「どんな人だったんですか?」

「頑固者」

「え?」

「テロリスト相手にする時、向こうの言い分を『黙れ!』とか『問答無用!』で押し切るし、一度決めたら何があってもやりきるけど、頭が固すぎて融通が利かないことが多くてさぁ。しょっちゅう無茶に付き合わされたよ。始めて部隊に合流してすぐに実弾演習させられたし、いきなり部隊長させられたり、殿(しんがり)任されたりとかさぁ――」

 

その後も延々と愚痴が続いた。よっぽど苦労したんだね父さん…。

 

「ま、何だかんだで実直で頼りになる人だったから、皆に信頼されてたけどね。俺も弱き者のために戦うあの人は、素直にかっこいいと思えたよ」

「弱き者のためにですか素晴らしい方なんですね!」

 

父さんの話を目を輝かせながら聞いている一夏。よっぽどその人のことを気に入ったのね。面白そうだから俺も会ってみたいけど。

 

「話は聞いたことがあります。『斬艦刀のゼンガー』今は少将として本部にいらっしゃると」

「斬艦刀?」

 

折紙の話に聞きなれない単語があったので首を傾げてる一夏。

 

「対艦攻撃用に開発された近接ブレードだよ、刃渡り3メートルくらいの馬鹿でっかいやつ」

「そんな武器があるんですか!?」

 

一夏とは別の意味で目を輝かせて食いついたアミタ。仮○ライダーとか好きだもんね君。

 

「当時はパワードスーツ開発の混迷期だったからなぁ、色んなもんが作られてたんよ。んで、あの人が気に入っちゃって使ってたんよ」

 

しみじみと話す父さん。そこら辺でも苦労したんかね?

 

「んでさーちっこい頃の勇をみてさぁ『お前の馬鹿が伝染らなさそうでよかったな』って言ったんだよ、酷くね?」

「そこは同意する」

「そんなこと言わないでよおおおおおおおお!!!」

 

いい年してガチで泣かないでよ…。てか俺会ったことあったんだ。

このまま泣かれても鬱陶しいので、皆して慰めていたら日下部隊長が険しい顔をしながらやって来るのが見えた。

 

「少佐!」

「ん?日下部大尉どうした?」

「どうした?じゃありません!ブリーフィングがあるから勇と折紙を呼びに行って来るって言ってから、全然帰って来ないから迎えに来たんです!」

「あ、そうだった」

 

「こりゃうっかり!」って言いながら、舌をチロって出しながら自分の頭をコツンと叩くおっさん。やめろ気色悪い。

そんな父さんを「全くもう…」と言いながら額に手を当てる隊長。ご苦労様です。

 

「皆待っていますから行きますよ。勇と折紙も来て頂戴」

「はーい」

 

間の抜けた返事をして隊長に付いて行く父さん。その姿は引率する先生と園児にしか見えなかった。それでいいのか父よ…。

何とも言えない気分になりながら、アミタや一夏と別れて、俺も着いて行くのであった。

 

 

 

 

「え~皆さんにお知らせがあります」

 

場所は変わってブリーフィングルーム。壇上にいる父さんが、集まっているASTのメンバーへと朝のHR感覚で話しかけている。

 

「近年このブルーアイランド周辺への精霊出現率増加に対して、以前から検討されていたISの投入と特異災害対策機動部との連携が正式に決まった。以後この二名が君達と行動を共にすることとなる。紹介しよう入ってくれ」

 

父さんの声に合わせてドアが開き、二人の少女が部屋へと入ると壇上へと上がる。

一人は如何にもお嬢様と言った雰囲気で、IS学園の制服を着ていた。

 

「イギリス代表候補生セシリア・オルコットです。以後よろしくお願い致します」

 

オルコットと名乗った少女は、無駄無く流れるような動作でスカートの裾を軽く持ち上げながら礼儀正しくお辞儀する。イギリスってことは貴族なんかね?

 

「特異災害対策機動部二課所属の風鳴翼です。よろしくお願いします」

 

もう一人のリディアン音楽院の制服を来た少女が、教本にでも載っているかの様な程見事なお辞儀をする。まるで、刃を思わせる雰囲気を身に纏いどこか儚さを感じられた。

 

私立リディアン音楽院――

ブルーアイランド建設と合わせて開校した小中高一貫の学園。通常は、高等学校としてのカリキュラムの中に、音楽科を設けるものであるが、リディアン音楽院は、まず各種音楽教科を中心に据え置き、そこに一般教科を組み込むという独自のスタイルが特徴である。

 

つーか、風鳴翼って確か日本を代表するツインボーカルユニット”ツヴァイウィング”のだよな。二年くらい前にメンバーの天羽奏が亡くなってからはソロで活動してるけど。話に聞くとシンフォギアシステムってのは歌に共鳴して力を発揮するそうだけど、やっぱ歌の上手さとか関係してんのかね?

にしてもアーティストとして人々に希望を与えながら、影で平和のために戦ってるのかぁすげーな、俺にはとても真似できないわ。

見た感じ、彼女はちゃんとした場数を踏んでいるようだし心強いが、問題なのは…。

 

「少佐質問してもよろしいでしょうか?」

「発言を許可する」

「失礼ながらなぜ日本の国家代表ではなく、イギリスの代表候補生が派遣されたのでしょうか?」

 

折紙が皆が思っていたことを代弁してくれた。

ブルーアイランドには世界の心臓とも言える次元エンジンがあり、それを管理している日本の重要度は他国と比べ最も高い。故に軍備も最新鋭の物が揃えられており、最新式のPTであるMK-Ⅱが配備されたのもそのためだ。

普通ならば、ブルーアイランドに最も近い日本の国家代表が派遣されるべきなのに、わざわざ遠くのイギリスしかも候補生が派遣されたのには納得できなかった。

他の隊員達も同意見のようで、頷いたりしてくれていた。

 

「あー日本の国家代表は、本土防衛のためこちらには参加できない旨が政府から連絡があった。また、ISの余裕が無いので、候補生も送れないそうだ」

「IS学園から派遣してもらうことはできないのでしょうか。あそこなら日本の管轄ですし、訓練機を含め余裕がある筈ですが?」

「そっちも要請したら、イギリスから今年IS学園に入学する専用機持ちの子がいるから、その子参加させてよって話があって日本がそれを受諾した訳」

 

折紙からの質問に、オルコットに不快感を与えない程度にうんざりした様に説明してくれる父さん。

つまり、日本の政治家さんは自分達の身を守りたいので代表は送りたくない。そこで、イギリスがIS学園に送った新型の実戦テストしたいし、日本にも恩を売りたいから参加させてよって話を持ちかけたのね。日本にしてみればIS学園の戦力を動かさなくていいし、イギリスの手の内も見れるから万々歳ってか。

とんだこしぬけだなオイ。いや、知ってたけどさ。これで精霊が倒せなくて、自分達がいる国会議事堂や、IS学園に精霊が現れたらどうする気なのかね?まあ、そこなら避難すればいいし、建物も顕現装置ですぐに直せるからいいけどね。

最悪なのは示現エンジンの近くに現れた場合だ。現状、空間震を察知できても防ぐ手立てが無いから万が一エンジンが破壊された場合、構造が複雑過ぎて顕現装置でも修復することはできない。

そうなれば人々は生活する術を失い、下手をすればこの世界の人類は滅亡するかもしれない。

精霊がどのタイミングで現れるか分からない以上。俺達が送っている日常は明日にも壊れていてもおかしくないのだ。

 

「お待ち下さい!!」

 

折紙の発言が気に入らなかったのか、オルコットが声を張り上げて睨みつけてきた。

 

「先程の言い方ではわたくしではご不満とおしゃるのかしら!?」

「そう」

「なっ!?」

 

一切の遠慮なく言い放った折紙に、目を見開いて固まるオルコット。流石にそこまでハッキリと言われるとは思わないだろうなぁ普通。

 

「おい、折紙…」

「な、なぜですか!」

 

このままだと不味いと思い、折紙を止めようとしたらオルコットが、俺を突き飛ばして折紙に詰め寄って来た。痛いんすけど…。

 

「あなた実戦経験は?」

「ありません。それでも役目は全うしてみせますわ!」

 

あ、やっぱ無いのね。ISって要であるコアがブラックボックスになってて製造法が不明で、開発者も開示しないで行方を眩ませてるから、量産することができないんだよね。

万が一コアが失われると代えがきかないので、余程のことがない限り戦線に投入されることはなく、市民の不満を和らげるためのスポーツとして行われる”ISバトル”に用いられている。なので前線で命懸けで戦っている一部の兵士からは「タダ飯喰らい」「宝の持ち腐れ」とか言われているそうだ。

 

「そもそもイギリスの”第三世代兵装”は、一対多が基本の精霊との戦いでは有用ではない」

 

第三世代兵装――

操縦者のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器。これを搭載したISを第三世代と呼び、次世代機そして現在各国で開発が進められている。しかし、搭載した兵器を稼働させ制御するにはかなりの集中力が必要で未だ実験機の域を出ず、正式に採用されるまでにはかなりの時間がかかると見られている。

イギリスが開発している兵装は”ビット”と呼ばれる遠隔無線誘導型兵器である。

 

「そんなことはありませんわ!このわたくしが足でまといになるなどと――」

「では、連携訓練はしているの?その時のあなたの役割は?ビットをどんな風に使用するのか?味方の構成は?敵の想定レベルは?連続稼働時間――」

「折紙!」

 

放っておいたらそれこそ一時間以上指摘しかねなかったので、肩を掴んで無理矢理言葉を遮った。

いや、オルコットが言い返せなくて放心状態になっている時点で手遅れか…。

 

「お前なぁこれから仲間になる奴に言い過ぎだろう!言うにしてももっとマイルドにだな」

「彼女が聞いてきたので答えただけ」

「手加減をしろ!手加減を!見ろ彼女心が折れかけてるじゃねぇか!」

 

きっと歓迎してくれるだろうなぁって期待してたのに、まさかの洗礼で泣きそうになってるじゃん!

てか、風鳴さんは興味ねぇよって感じで目瞑ってるし!少しでもフォローして下さると助かるんですがね!

 

「そ、そうですわ!そこの男?はついこないだまで民間人だったそうですわね!そんな者よりは役に立って見せますわ!」

 

再起動したオルコットがこっちに噛み付いてきた。つーか、男の部分をやけに強調してきたなおい。今時女性優位思想なんて流行らんぞ。後何で疑問形なんだよれっきとした男だよ俺は。

 

「彼の実力は既に証明されている問題ない。それに彼を男なのかと考えたあなたは間違えていない」

「そこだけフォローすんじゃねえ!他にもするところがあるだろうが!」

 

俺の容姿については話が進まないからこの際放っておけや!

 

「だったらわたくしの実力を証明しましょう!そこの男に決闘を申し込みますわ!」

「断る」

「なっ!?」

 

拒否したら再び目を見開いて固まるオルコット。受けて立つとでも思ったのかね?

 

「わ、わたくしに恐れをなしたのかしら!?」

 

動揺を隠そうと強がっている様だけど、もう手遅れだよここにいる皆にバレバレだから。

 

「俺は大切な人を守ることにしか力を振るわない主義なんでね。君と戦う理由が無い。腰抜けと言いたければどうぞ」

 

折紙と戦ったのはMK-Ⅱという力を手にするために必要だったし、入隊するためにはどうしても戦わねばならなかったからだ。

ぶっちゃけ彼女と戦うのに俺には何のメリットが無いし、必要性を感じない。

 

「くっこの…!」

「あーそこまでにしてくれる?話が進まんから」

 

尚も食らいつこうとするオルコットだが、そこで父さんが止めに入った。

流石に父さんには反発しないのか納得していない様子だが、一先ず静まったみたいだ。

にしても何だやけにプライドが高いと言うか、ただ焦ってる様に見えるんだよね。自分を認めさせたくて空回りしてる感じがする。

 

「そうそう特異災害対策機動部との連携に伴って、二課の方々が後方支援についてくれるのでそちらも紹介する」

 

父さんがそう言って壇上に設置されているボタンを操作すると、スクリーンに父さんと同年代と見られる男性が映し出された。

 

『初めましてASTの諸君。私は特異災害対策機動部二課司令の風鳴弦十郎で、そこにいる翼の叔父でもある。翼共々よろしく頼む』

「司令余計なことは言わなくて結構です」

 

今まで沈黙を保っていた風鳴が少し恥ずかしそうに口を開いた。ああいうこと言われると結構恥ずかしいよね、俺も経験ありすぎるからよく分かるよ。

風鳴司令が「すまんすまん」と大らかに笑っていると、父さんが「親馬鹿め」と呆れていたけどあんたが言うな。

 

「今後の作戦行動中は彼が指揮を執ることになるけど、教導隊に入る前からの俺の同僚なんで信頼できるから安心してくれたまえ」

 

教導隊前って例のゼンガー少将の部隊にいる頃からなのか、そりゃ心強いね。

 

『それとこちらが二課技術主任の…』

『はーい、天才考古学者櫻井了子でーす!どうぞよろしくねー!』

 

風鳴司令の言葉を遮って押しのけるように眼鏡をかけ、白衣を纏った女性がアップで映し出された。自分で天才って言う辺り凄い自信家ですね…。

 

『んーあ、あなたが天道少佐のお子さん?T-LINKシステムに強烈に干渉できるだけの”念動力”を持ってるって噂の』

「え、えっとそうですけど。どうして俺のことを…?」

 

物凄く輝いている目で俺を見ながら、画面を突き抜けてきそうな勢いで画面越しに迫って来る櫻井女史。すごく…怖いです。

 

念動力――

超能力の一種で「サイコキネシス」の和名。手を触れずに物体に干渉するという、強力な念力のこと。

ヒュッケバインMk-II2号機に搭載されているT-LINKシステムは、その念動力を機体へと伝わせる機能を持ち、それにより装着者の能力を更に高めることができる。

 

『システムに異常反応を起こさせるだけの能力者だって、この業界じゃ結構有名よ?ねえねえ、ちょとだけでいいから私にも調べさせてくれない?大丈夫!ちょっと頭の中覗くだけだから!』

「怖い!?この人怖いよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

目を血走しらせて鼻息を荒くしながら、手をワキワキと動かして物騒なこと言ってるよあの人!?何!?なにされるの俺!?

折紙の背後に隠れながら震えていると、周りから「可愛い…」とか聞こえてきたけど気にしている場合じゃないよねうん!

 

『了子君。彼が怖がっているからその変にしておきなさい』

『はーい』

 

風鳴司令に諭されて渋々といった感じで引き下がられる桜井女史。た、助かったの?

 

『騒がせてしまってすまない。彼女はシンフォギアシステムを始めとする二課の主要技術を担当していてね。だから君の得意な力に興味があるんだけで悪気はないんだ』

 

そう言って苦笑いしている風鳴司令。あの人の性格に苦労している様ですね…。

 

「桜井君には戦闘時の敵の分析や場合によっては、機体の整備を手伝ってもらうこともあるんでそのつもりで。んじゃ次は――」

 

 

 

 

その後、新しく入った二人を組み込んだフォーメーションを考えたりして解散となった。

折紙がやらかしてくれたおかげで、不機嫌だったオルコットはさっさと帰っていってしまった。まあ、俺にも原因はあるかねぇ。

 

「おーい、風鳴ー」

「…何だ?」

 

一人で帰ろうとしていた風鳴に折紙を連れて声をかけると、興味無さそうな目でこっちを向いて下さった。

 

「せっかく一緒に戦うんだから、ご飯でも食べて親睦深めようよぉ」

 

しかし怯みはせん!ちょうど昼食の時間だったし、食事に誘ってみるぜぇ!

 

「遠慮する。私はお前達と仲良くするつもりは無い」

「えー何でよ?」

「防人に馴れ合いなんて不要。ここに来たのは風鳴司令の命令があったからだ。精霊だって私一人でも倒してみせる」

 

はなっから俺達とは協力する気は無いってかおい。道理でさっきフォーメーションの確認とかしている時に、どうでもよさそに聞いてた訳だよ。

 

「精霊はそんな簡単な相手じゃないぞ。お前一人でどうこうできたら誰も苦労してねぇよ」

「私には力がある。群れることでしか戦えないお前達とは違う」

 

隣にいた折紙が掴みかかろうとしたのを手で制する。おーおー言ってくれるじゃないのよ。まあ、実際本来の役目を果たせてないから言い返せないけどさ。

 

「なら防人さんの実力に期待させてもらうよ」

 

俺の言葉に答えることなく風鳴は去っていき、そんなやり取りを折紙は不満そうに見ていた。

 

「どうして止めたの?」

「いや、ここで喧嘩しても得することなんてないじゃないの」

 

年長者である俺が怒られるだけだって絶対。

 

「悔しくはないの?あんなことを言われて」

「まあ、多少はね。でも、俺達が弱いのは事実だしなぁ」

 

精霊に歯が立っていないのが現実だし、そこはしっかりと受け止めるべきだと思うよ俺は。

そんな俺の態度がお気に召さなかったのか、軽く睨まれてしまったでござる。

 

「それに彼女も俺達みたいに、大変な思いをしてきたんじゃないかなぁ多分」

 

どうにも風鳴からは他者と関わるのを極端に恐れている様に見える。大切な人が側からいなくなることが怖くて、自分から遠ざけているんじゃないかな?

俺もそんな時期があったから彼女の姿が自分と被って見えたんだよなぁ。折紙の時みたいにさ。

折紙も分かってくれた様で、とりあえずは納得してくれたみたいだ。

 

「にしても、戦力が増強された筈なのに不安要素の方が多いって、これからどうなるやら…」

 

オルコットも風鳴も自分なりに背負ってる物があるみたいだけど、それに縛られ過ぎてるんじゃないかねぇ。

結局俺の呟きに答えてくれる人はいなかった…。




本当は入学式まで行きたかったのですが、長くなってしまったので次回とさせていただきます。申し訳ございません。
それと、突然ですが設定の変更をしたいと思います。
第一話で来禅高校を原作通り国立にしましたが、これに俺ツインテールになります。の私立陽月学園を合わせて小中高大一貫性の”私立来禅学園”とします。今後もこのような変更があると思いますが、どうかお許し頂きたく思います。それでは次回をお楽しみに!


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第十七話

四月――

新たな始まりを告げる様に桜が咲き誇る中、俺は母校である”私立来禅学園”高等部の体育館にいた。

これから新たに高校生活を始める者達を歓迎する儀式。つまり入学式に参加している訳である。

用務員でしかない俺が参加する必要があるのかと思ったが、現在壇上にてスピーチを行っている、生徒会長の神堂慧理那にスピーチして欲しいとお願いされたのである。

神堂の背格好は小学生程だが、彼女の新入生に向けての歓迎のスピーチは、さながら歴史に名を馳せた偉人達の演説のごとく、圧倒的な求心力を纏ってその場にいる全ての者の胸を打っている。

 

『あなた達には無限の可能性があります。わたくしが、そして来禅学園高等部が、その輝く未来を開花させる道標となることを、約束しますわ』

 

見た目は幼さ全開だが、発せられる言葉には何の嫌味も無く。立ち姿一つ取っても、その凛とした華やかさに魅了される。

 

『では、最後に昨年度の卒業生であり、今年度からは用務員として勤務なさる天道勇さんからのお言葉を頂きたいと思います。それでは天道さん、壇上までどうぞ』

 

神堂の紹介に歓声と拍手が上がった。良くも悪くも来禅はノリがいいことで有名である。行事一つを取ってもここまでやるか?と言われるくらいの熱の入れようなのだ。だから、こういったサプライズは大歓迎なのだろう。

正直目立つのは嫌いなので勘弁してもらいたいのだが、ここまで来たらやるしかあるまい。

壇上まで上がると、神堂がマイクを渡してくれたので受け取り、彼女が下がるのを確認すると、正面の新入生へと向き合う。

 

 

「どうも。紹介に預かった天道勇だ。いきなりだが、お前達夢はあるか?まだ見つかっていない奴はこれから探してみろ。さっきの各部活のオリエンテーションにあった様に、この学校には色んな部活がある。一般的な部活は勿論、ギネスを目指す部、アイドルを愛でる部、果てはツチノコを探す部に女装部なんてのもある。在学時、女装部にはよくスカウトされたが、これはどうでもいいな。このように、普通の学校なら認められないであろう部活でも、条件さえみたせればOKなのがこの学校だ。さっき神堂が言ったように、この学校はお前達の夢を応援してくれる素晴らしい学校だと俺は思っている。仮入部期間も三ヶ月と長くあるし、一日でもいいから体験してみるといい、意外と思わぬ出会いがあるかもしれんぞ。ちなみに俺は家庭の事情もあって、部活には入らず助っ人的なことをやっていた。まあ、こうは言ったが、ここで無理に夢を見つけろとは言わん。三年間の中で見つけられない奴だって当然いる。それでも構わん!だが、この学校で過ごす日々を無駄にするな!ここで学んだことを糧に、未来へ羽ばたける様になってもらいたい!最後に俺は死ぬ時も笑っていたいと考えている、「ああ、いい人生だったな」と後悔の無い人生を歩める様に日々を生きている、お前達も一度しかない人生なんだ、どうせなら笑って過ごせ!以上!」

 

言い終えるのと同時に、体育館中から拍手喝采の嵐が巻き起こった。中には泣いている奴までおるがな…。

そんなこんなで入学式は幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

入学式の後、神堂から「素晴らしいスピーチでした!やはり天道さんにお願いして正解でしたわ!」と感動しながら褒めてくれた。正直勢いで言ったのだが、役に立って何よりだ。

てなこんだで時間が経ち昼となったので、昼食のために食堂に来ていた。

この食堂は、来禅を始め”IS学園”や”私立リディアン音楽院”と言った周辺の学校が共同で使用するため異様に広い。

買った食券を厨房の人に渡し、料理ができるまで待っているのだが、困ったことになっていた…。

 

「あのさ、アミタ」

「ふぁい?」

「そろそろ泣き止んでくれません?」

 

目の前でアミタが号泣しているのだ。

働かざる者食うべからずってことで、この食堂で働くことになったそうだが、どうしてこうなった?

 

「らって…勇君の話が素晴らしくって…グスン」

「…もう見たんスね。つか、そんな感動すること?」

 

あのスピーチをPR用に、来禅学園高等部のホームページに動画として載せて欲しいって、お願いされたんよ。

嫌だったんだけど、神堂がどうしてもって言うんで仕方なくOKしたのよ。つーか、仕事早いなぁ。

 

「にしても…」

「ど、どうしたんですか?私のことじっと見て…」

「いや、割烹着も似合ってるなぁって」

 

そう、今アミタが着ているのは、日本の古きよき伝統ある衣装である割烹着である。しっかり者のアミタにはよく似合っていた。

 

「そ、そうでしょうか?変じゃありませんかね?」

「そんなことないって。掛け値なしによく似合ってるよ。あ、本当にとかって意味ね」

「あ、ありがとうございます!」

 

自身がなかったのか、凄く嬉しそうにはにかむアミタ。

 

「アミタちゃーん、こっちは大丈夫だからそろそろ休憩入りな」

「え?ですが…」

「いいからいいから、チャンスを逃しちゃだめよ」

 

厨房のおばさま方が俺を見てニヤニヤなされている。恥ずかしいんで、やめて頂けませんかね?

 

「はあ?」

 

そしてよく分かっていないアミタは首を傾げていた。

 

 

 

 

その後、アミタと食べていると、待ち合わせていた一夏が一人の少女を連れてやって来た。

 

「久ぶりだね箒。6年ぶりくらいかな?元気そうで安心したよ」

「はい、お久しぶりです、勇さんもお元気そうですね」

「ははは、それくらいしか取り柄がないからね」

 

礼儀正しく頭を下げている少女の名は篠ノ之箒。一夏の幼馴染で彼女の実家が剣術道場で武術を教えており、その門下生となったことが縁で知り合ったのだ。

そして、ISの開発者であるあのクサレ兎こと篠ノ之束の実妹でもある。本当に血が繋がってんのかってくらい似てないが。

ISの力を世に知らしめた”白騎士事件”以降、開発者のクサレ兎は様々な奴らから狙われる様になった。その危険は家族である両親や祖父母に妹の箒にまで及び、6年前に日本政府が重要人物保護プログラムとして、箒を含む家族はバラバラに暮らすこととなり、どこかへと引っ越してしまった。

それからは一切の連絡も取れなくなり、互いにどうしているのかを伝えることもできずに、6年という歳月が過ぎてしまった。

 

「で、彼女はアミティエ・フローリアン。父さんの知り合いの子でね、暫く(天道家)で預かることになったんだ。アミタこの子が以前話した篠ノ之箒だよ」

「初めまして篠ノ之さん。私のことは気軽にアミタって呼んで下さい」

「分かりましたアミタさん。私のことは箒と呼んで下さい」

 

互いに礼儀正しく挨拶しているアミタと箒。二人共真面目な性格をしているので、会社員が名刺交換している場面を連想してしまったよ。

一般人である箒にはアミタの本当のことは話せないので、事前に決めていた設定で誤魔化すしかないのだ。

 

「にしても箒がIS学園に入ってたなんて驚いたよ。あんまりISのこと好きじゃなさそうだったのに」

「お前と同じ理由でしょ、別に好きでいるんじゃないんだろう?」

 

行方不明のクサレ兎は昔から箒を可愛がっており、奴をおびき出すための餌として世界中から狙われているので、安全のために強制的に入学させられたのだろう。

最も当の箒はクサレ兎の考えが理解しきれず、「何を考えてるのか分からない不気味な人」って言ってたし、ISのことも今までの生活を壊す厄介な物として嫌っていたが。

 

「ええ、でも今はよかったと思っています。こうして一夏や勇さんとまた会えたので」

「そうだな。俺も箒に会えて嬉しいよ」

「う、うむ!そうだな私も嬉しいぞ!」

 

そう言って笑い合う一夏と箒。いいねぇ青春だねぇ。よーしお兄さんも頑張って応援しちゃうぞぉ。

 

「にしても箒がいるって知ってたんなら、教えてくれてもよかったじゃん勇兄」

「しゃあねぇべ。俺も箒のこと知ったのは入隊した先週だったし、最重要秘密事項だったから言えなかったんだよ」

 

実を言うと箒のことについては、入隊した後父さんから聞かされていたのだ。だが、情報漏えいの危険があったので入学までは一夏には言うなと命令されていたので話せなかったんだな。

 

「おーい!にーちゃーん!」

「む、ユウキか」

 

我が妹の声がした方を向くと、ユウキが料理が乗ったお盆を持って、小走りで向かった来ていた。一ヶ月ぶりだが元気そうでなによりである。

 

「ひっさしっぶりー!アミタさんもー!って、あれ?箒?」

「そうだ。久しぶりだなユウキ」

「わ、わ、、わ!兄ちゃん、箒だよ!箒!」

「わーてるから落ち着け」

 

突然の親友との再会に興奮して、物凄い速度で肩を連打してくるユウキ。痛いです。

 

「久しぶり!元気にしてた?ボクは元気だったよ!今までどうしてたの?剣道は続けてる?あ、箒は和風セットにしたんだね!日本人ならやっぱり和食だよね!でも、たまには洋食もいいよねってことで、ボクは洋食セットにしたんだ!」

「ああ、元気にしていたぞ。お前と別れてからは名前を変えて各地を転々としていたよ。剣道は無論続けている。私はやはり和食が好きだからな。だが、洋食セットも美味しそうだな、おかず交換っこしないか?」

 

ユウキの奴は興奮すると、早口で捲し上げる様に話すのが難点と言えるが、不思議とそこまで不快になることが無いってのがこいつの魅力なのだろう。

箒も付き合いが長いこともあって、質問攻めの嵐を慣れた感じで捌いていた。

 

「あ、一夏いたんだ」

「いたよ!?」

 

そして存在を認識されていなかった一夏。哀れ。

 

「それにしても箒美人になったね!胸もおっきくなってるし!」

「な!?」

「おい、馬鹿もん」

 

堂々とセクハラ発言をかますド阿呆の頭を引っぱたく。

 

「いたーい!叩かれたー!」

「たりまえじゃいド阿呆!同性でもセクハラは適用されんだよ!」

「ぶー兄ちゃんだってそう思ったくせに!ね、一夏!」

「え、いやまあなぎゃああああああああああ目があああああああああああ!?」

 

ユウキの言葉に、思わず頷いてしまった一夏の目に箒の指が突き刺さった。

 

「お、お前という奴はそんな目で私を見ていたのか!」

「仕方ないよ箒!男はねそういう生き物なんだよ!ね、兄ちゃん!」

「うるさい。こっちに話を振るな」

 

期待の眼差しでこっち見んな。

 

「ねーどうしたらそんなに育つか教えてよー。そしたら兄ちゃん悩殺するからー」

「そう言われてもな。特に何もしていないんだが…」

「安心しろ、例えそうなってもお前じゃ無理だから」

「どういう意味だよそれ!?」

「妹じゃ発情しねーってことだよ。言わせんな面倒臭い」

 

どう頑張ってもお前は恋愛対象にならんからな。

 

「なぜ!?合法だというのに!」

「社会的にアウトだっつーの」

「そんなもん糞くらええええええええええああああああああああ顔があああああああああああ!?」

 

流石に鬱陶しくなってきたのでアイアンクローで黙らせる。そして、一夏を正座させて説教している箒に、どうしたらいいのか分からずオロオロしているアミタ。うむ、実にカオスである。

 

「兄貴お待たせって何だこの状況…?」

「お、お前はプロローグ以来の登場のキリト!」

「呼び出しておいてその言い草はなんだよ!?」

 

ユウキと戯れていると我ら三兄弟の次男キリトが、同じSAO学科所属である結城明日奈と篠崎里香に綾野珪子、そして義妹であり今日めでたく高等部に入学した桐ヶ谷直葉を連れてやって来た。

ちなみに明日菜はキリトの恋人である。まさか、我ら三兄弟一のコミュ障であったキリトが先に恋人を作るとは思わなんだ。それだけSAOの中で成長したってことで嬉しいがね。

 

SAO学科――

SAO事件当時高校生以下だった者達を支援するために、政府からの要請で来禅学園に設置された学科である。

 

「何だって、楽しい昼食の光景ではないか」

「普通は説教されながらとか、ましてアイアンクローかましたりしないから」

「俺らなんて昔からこんなもんだろう?」

「確かにそうだけど…」

 

いい加減自重すべきだと思うんだけど…とかキリトがぼやく。だが、断る!人生楽しんでなんぼじゃい!

出会った頃から俺がボケて一夏が天然かましキリトがツッコム、てのが俺達三兄弟のスタンスなのだ。多分これから大人になってもこのままなんだろうと俺は思う。

 

「箒!久しぶりだね!」

「ああ、直葉も元気そうで安心したよ」

 

6年ぶりの再会を喜び合う箒と直葉。俺、キリト、一夏にユウキ、直葉、箒の6人は剣道が縁で知り合い、子供頃は箒が引っ越してしまうまではよく一緒に遊んだものだ。

 

「明日菜達もよく来てくれたね。うちのキリトがいつもお世話になってるね」

「いえ、こちらこそ勇さんにはいつもお世話になってますので」

 

そう言って頭を下げる明日菜。彼女はSAO事件解決後、須郷伸之という男の手によってALO(アルヴヘイム・オンライン)と呼ばれるVRMMORPGの世界に、約300人近くの他のSAO被害者と共に意識を幽閉されてしまったのだ。今ではALO事件と呼ばれるできごとである。

キリトの頑張りによって、事件は解決され須郷も逮捕されたけどね。ちねみに俺と一夏も手伝った。

今年に入っては、母親との仲で悩んでたみたいなので、愚痴を聞いてあげたぐらいしかしてないけどね。

 

「それはいいですけど、ユウキが大分弱ってますよ勇さん」

「ん?」

 

里香の言葉に掴んでいたユウキを見ると、ぐったりとしていた。あ、いかんいかん話すのに夢中になっていて忘れてたわ。

手を話してやると力なく横たわるユウキ。すぐに復活するから問題ないが。

 

「だ、大丈夫ユウキ?」

「傷は浅いぞ!しっかりしろ!」

「うっぅぅ…」

 

心配して駆け寄る直葉と箒に、何か唸っているユウキ。

 

「どうしてなんだ?」

「ユウキ?」

「どうして二人共そんなに胸が大きいんだよおおおおおおおおおおおおお!!!」

「「ええ!?」」

 

ユウキのしょうもない叫びに困惑する箒と直葉。どうでもいいが、さっきからうっせーぞ。

 

「何でボクだけ平らなんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

知らん。血の涙を流すな怖いわ。

 

「え、えーと」

「どんまい」

「同情するなら胸をくれ!」

 

無理言うな。後、胸を連呼するなはしたない。

 

「いい加減にしろ。お前が騒ぎ過ぎて周りの視線が痛いんだよ」

「男には分かるまいこの悲しみが!ね、珪子!」

「え、あっうん」

 

失礼ながらユウキ側である珪子が巻き込まれた。すまない後でシメておくから。

 

「あんたそこまで必死にならなくても…」

「里香はまだある方だからいいだろ!?ボク達には夢も希望も無いんだよ!

「色々と怒られるからやめろ!山じゃなくて平野が好きな人だっているぞ!」

 

何も大きければいいってものではないぞ!

 

「なら、兄ちゃんはボクを愛せるの!?」

「兄妹としてなら」

「ちくしょおおおおおおおおおお!」

 

テーブルをドンッと叩いて泣き出すユウキ。おい、カレーのルーが跳ねたじゃねーか。

 

「やっぱり、アミタさんみたいなビッグバンがいいんだな!」

「ふぇええええええええええ!?」

 

突然の強襲にワタワタと慌て出すアミタ。

 

「わ、私そんなにありませんよ!」

「いや、着痩せするタイプと見た!間違いない!}

 

その自信はどこからくる?そして、アミタはなぜか俺のことをチラチラと見てるの?

 

「えっとい、勇君は大きい方が好きなんですか?」

 

モジモジしながら上目遣いで聞いてくるアミタ。やばい可愛い…。

 

「ん、ん~とまあ、大きい方が好きかな?」

 

な、何かアミタに言うと凄い恥ずかしいな。

そして皆しておお~とか言うのやめてくれない?それとユウキは泣くな。

 

「あ、あぅぅぅ」

 

顔を真っ赤にして俯くアミタさん。でも、なんだか嬉しそうである。

 

「よかったな兄貴」

「何が?なんでニヤニヤしてんの初めて会った時人の輪に入れず、道場の隅っこで一人寂しく素振りしていたぼっちリト君」

「やめろおおおおおおおおおおおおお!」

 

無性に腹が立ったので、こいつの黒歴史を暴露してやったら、頭を抱えて悶絶しだした。

 

「え、マジで?」

「ええ、まあ…」

 

里香が妹の直葉に確認すると、気まずそうに目を逸らすのだった。

 

「キリト君…」

「やめてくれアスナ!そんな悲しそうな目で見ないでくれ!」

 

己の恋人に止めを刺されたキリト。ふ、馬鹿め。俺を敵に回すからこうなるのだよ。

 

「そういや勇兄って、最後におねしょしたの小5くらいだったよね」

「一夏貴様ァ!!!」

 

こいつ俺の最も恥ずかしきことをあっさりバラしやがった!?

 

「そうなんですかユウキ?」

「プッそうだよアミタさん。そのことを必死に隠そうとしててさ、バレバレなのにくくっ」

「ユウキィ!!!」

 

ヤメロォ!ヤメテクレェ!オデノココロハボドボドダ!

 

「いいだろう一夏ァ!貴様の黒歴史も暴露してくれるわ!」

「待ってくれ勇兄!それって結局互いに暴露しあって、共倒れになるからやめようよ!」

「もう遅い!恨むなら己の口の軽さを恨むがいい!」

 

さあ、ハルマゲドンを始めようではないか!こうなりゃヤケじゃあ――

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――

 

「ぬ!?」

 

警報!?しかもこのパターンは空間震か!

 

「キリト!皆を連れてシェルターに避難しろ!俺はちょっくら行ってくる!」

「分かった!」

 

この場で俺の次に年長の男であるキリトに一夏達を任せる。さあ、お仕事の時間だ!

 

「勇君!」

「どうしたアミタ?」

 

外へと駆け出そうとしたらアミタに呼び止められた。

振り向くと、不安そうな顔で祈る様に両手を合わせていた。

 

「どうか、お気をつけて」

 

搾り出すようにたった一言だが、俺のことを本当に案じてくれているのを感じられた。

 

「ああ、行ってくる!」

 

彼女の不安を吹き飛ばせる様にと、笑いながらサムズアップしながら答え、戦いの場へと駆け出したのだった。



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第十八話

人々が避難した筈の市街地を一人の少年が走っていた。

彼の名は五河 士道。来禅学園高等部に通う二年生である。

なぜ彼は避難していないかと言うと、妹である五河 琴里が避難できているか心配になり携帯のGPSで確認すると、昼食を一緒に食べようと約束していたファミレスの前に表示されたのだ。

 

「何で馬鹿正直に残ってんだよ…っ!」

 

士道は叫んで、走りながら携帯を開いた。

琴里を示すアイコンは、やはりファミレスの前から動いていなかった。

士道は琴里をデコピン乱舞の刑に処すことを決意しながら、ファミレス目指して今までの人生の中で一番速いだろうと言える程に駆けた。

足が痛み、手足の指先が痺れる。

喉が張り付き目眩がして、口の中がカラカラになる。

それでも士道は止まらなかった。危険だとか疲労だとかは思考の外に放って、琴里の下へ、ただひたすらに走る――!

と――

 

「…っ、――?」

 

士道は走りながら、顔を上げた。視界の端に、何か動くものが見えた気がしたのだ。

 

「あれって、PT?」

 

最初は鳥かと思ったが、目を凝らしてみると人の形をしていた。

ISかASTに見えたが、全身を装甲に包まれていることからPTであると考えたのだ。

だが、雑誌やテレビみるのとは形状が違っており、確かPTは空を飛べないと聞いたことがある。

などと考えていると、そのPTがこちらへ向かって来た。

 

「えっ!?」

 

まさかこちらへ来るとは微塵も思っていなかった士道は足を止めてしまう。

 

『そこの民間人!避難警報が聞こえなかったのか!』

 

目の前に着地したPTのスピーカーから拡散された怒鳴り声が鼓膜を激しく刺激した。

冷静になったことで、自分が今どれだけ危険な状況にいるかを認識できた。確かに避難勧告が出ている街を走っていれば怒鳴られて当然である。

 

「す、すいません!でも、琴里が妹が避難していないみたいなんです!」

『何!?』

 

PTから驚愕の声が聞こえる。それにしても、どこか聞き覚えがある声だと士道は思った。

 

『場所はどこだ!』

「この先にあるファミレスです!」

『なら俺が行くからお前は早く避難――まずい!伏せろ!!』

「え?うわ…ッ!?」

 

PTに無理矢理しゃがませられたと思ったら、突然街並みが眩い光に包まれたのだ。

次いで、耳をつんざく爆音と、凄まじい衝撃波が士道を襲った。

幸いPTが壁になってくれたので吹き飛ばされずに済んだが、顔を上げた瞬間士道は我が目を疑った。

 

「――は――?」

 

ついさっきまで広がっていた街並みが、跡形もなく消え去っていたのだから無理もない。

隕石が落ちてきたかの様にクレーターとなっている街の一角の、中心。

そこに何か金属の塊の様なものがそびえ立っていた。

遠めなのでよく細かくは見えないが、ゲームに出てきそうな玉座に見えた。

だが、重要なのはそこではない。

その玉座の肘掛に足をかけるようにして、奇妙なドレスを纏った少女が1人、立っていたのである。

 

『プリンセス。こんな状況で最悪だな…』

 

横に立っていたPTからそんな呟きが聞こえてきた。まるで、自身の運の無さを嘆いているみたいだった。

 

『おい、お前逃げろ』

「え?」

 

PTが士道を庇う様に前へと出ながら話しかけてくる。

その意味が理解できず聞き返してしまう。いったい何から逃げろと言うのだろう。

 

『いいから、さっさと逃げ――ッ!』

 

言葉の途中でPTの左腕の楯みたいな部分が光りだし、何かを受け止めたと思ったら真横へと吹き飛び瓦礫に激突した。

そしてPTのかわりに、目の前に玉座に立っていた筈の少女がいたのだ。

 

「は――?」

 

状況が理解できすに固まっていると、目の前にいる少女が手に持っていた剣を振りかぶった、

その剣は横幅が広く、とても少女には持てなさそうな大きさであった。

しかし少女は難なく剣を横薙ぎに振り抜いてきた。

咄嗟に頭を下げる。――否、正しく言えば、士道の身体を支えていた腕から力が抜け落ち、ガクンと上体の位置が下がったと言うべきだろうか。

 

「―――な」

 

その、今まで士道の首があった位置を、刃の奇跡が通り抜けていった。

まさに不幸中の幸い。あのままだったら士道の首は切り落とされていた。

腰が抜けている士道の耳に遠雷の様な崩落の音が響いてきた。

 

「…は――」

 

士道は錆びついた機械の様に後ろを向くと目を見開いた。

後方にあった家屋や店舗、街路樹や道路標識などが、全て同じ高さに切り揃えられていたのだ。

 

「ひ……ッ!?」

 

理解の範疇を超えた戦慄に心臓が止まりそうになる。

一つ分かるとしたらこのままでは自分は確実に死ぬことだけだった。

 

「じょ、冗談じゃねえ…っ!」

 

士道は、抜けた腰を引っ張る様にして後ずさる。少しでも早く、少しでも遠くに逃げるために。

 

「――お前も…か」

「…っ!?」

 

目の前の少女から酷く疲れた様な声が漏れた。

その声に釣られて少女を見た士道の動きが止まった。

歳は自分と同じくらいだろうか。見たこともない材質でできたドレスと鎧を合わせたかのようなのを纏い、不釣合いな大剣を手にした少女。

状況の異常さ。

風貌の奇異さ。

存在の特異さ。

どれも、士道の目を引くには十分過ぎた。

だが、そんなものはどうでもよくなるまでに――美しい。

死の恐怖すら忘れる程に、少女は美しかったのである。

 

「――君、は…」

 

呆然と。

士道は、声を発していた。

?神(とくしん)として喉と目を潰されることすら、思考の内に入れて。

少女が、ゆっくりと視線を下ろしてくる。

 

「…名、か」

 

心地のいい調べの如き声音が、大気を震わせた。

しかし。

 

「――そんなものは、ない」

 

どこか悲しげに、少女は言った。

 

「―――っ」

 

その時。士道と少女の目が初めて交わった。

それと同時に、名無しの少女が、酷く憂鬱そうな――まるで、今にも泣き出してしまいそうな表情を作りながら、カチャリと言う音を鳴らして剣を握り直す。

 

「ちょっ…、ちょっと待った!」

 

その小さな音に、旋律が蘇ってくる。士道は必死に声を上げた。

だが少女は、そんな士道に不思議そうな目を向けてくる。

 

「…なんだ?」

「な、何しようとしてるんだよ…っ!」

「それはもちろん――早めに殺しておこうと」

 

さも当然の如く言った少女に、顔を青くする。

 

「な、なんでだよ…っ!」

「なんで…?当然ではないか」

 

少女は物憂げな顔を作りながら、続けた。

 

「――だってお前も、私を殺しに来たんだろう?」

「は――?」

 

予想外の答えに、士道はポカンと口を開けた。

 

「…っ、そんな訳、ないだろ」

「――何?」

 

そう言った士道に、少女は驚きと猜疑と困惑の入り交じった様な目を向けた。

だが、すぐに眉をひそめると、士道から視線を外し、横へと顔を向けた。

つられる様に士道も目を向け――

瓦礫が崩れ落ち、先程吹き飛ばされたPTが飛び出してきた。

PTは少女へと突撃しながら手に持っていた銃を投げつけると、頭部に備え付けられた銃口から弾丸を打ち出し、銃を破壊した。

それにより一瞬だが少女の視界を遮ると、士道を抱えてその場から離脱した。

 

「うわわぁ!?」

 

体感したことのない速度で景色が変わり、目が回りそうになるが、ふと速度が緩んだ。

どうやら安全と思える場所まで移動した様で、瓦礫の影になっている場所に下ろされた。

 

『おい、大丈夫か!?』

「あ、はい。大丈夫です」

 

切羽詰まった声で聞かれたので、取り敢えず無事であることを伝えると、そうかと安堵した様だ。

 

『ここでじっとしていろ。すぐに救助部隊が来てくれる』

 

そう告げると踵を返そうとするPTに、さっきの少女のことが気になり声をかけた。

 

「あの子は一体何なんですか?」

『…詳しくは言えんが、あれは人類の敵だ』

「人類の敵?」

『奴が存在し続ける限り、多くの人々が危険に晒される。だから倒さねばならんのだ』

 

そう言うと背を向けて飛び上がって行くPT。それにしても先程の話は、まるで自分に言い聞かせているかの様だった。

 

「あの子が敵…?」

 

そう口にしてみると、あの少女の悲しそうな顔が思い起こされる。

あんな目をしている子が敵だなんて、士道にはどうしても納得することができなかった。




以前、話の区切りのいい所で、スパロボの中断メッセージみたいなのをやってみたらどうかとの意見を頂きました。
そしてこの話を書いている時、ふと「あれ、十五話で一区切りついてね?」と思い、今更ながら書いてみました。
今後も区切りのいい所でやっていくので、こんなのをやってみて欲しいって方がいましたら、活動報告に意見欄を近い内に設けますので、書きこんで下さいませ。

MK-Ⅳ「参戦作品を一言で紹介してみよう!」
勇「イエーイ!」(ドンドン!パフパフ!)
勇「まずはインフィニット・ストラトス」
MK-Ⅳ「ハイスピード・ラブ・朴念仁」
勇「ソード・アート・オンライン」
MK-Ⅳ「見ろ、ヒロインが使い捨てカイロのようだ!」
勇「戦姫絶唱シンフォギア」
MK-Ⅳ「着いて来れるものだけ着いて来い!」
勇「ビビット・オペレーション」
MK-Ⅳ「ビビットアングル」
勇「魔法少女リリカルなのは」
MK-Ⅳ「最終的にタイトルから少女が消えてなくなる」
勇「デート・ア・ライブ」
MK-Ⅳ「スト―カがどんなのかがよく分かる」
勇「俺、ツインテールになります。」
MK-Ⅳ「ツインテール」
勇「以上。…これファンの皆さんに怒られない?」
MK-Ⅳ「その時は一緒に焼き土下座しようぜ!」
勇「やだよ!」


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第十九話

『それで、民間人は救助できたんだな?』

「ええ。ですが機体が損傷したので、一旦補給部隊と合流します」

『分かった。補給が終わり次第前線に戻ってきてくれ』

「了解です」

 

民間人を救助した後、そのことを風鳴司令に報告し、近場の補給所を目指していた。

先程プリンセスの攻撃を受けた際に、左腕に新しく装備した武装のサークル・ザンバーが破損し、機体にもダメージを負ってしまった。それに手持ち火器であるショットガンも離脱するために失っている。

このままだと足でまといにしかならないので、態勢を立て直さななければ。

 

「にしても同じことが二度も起きるとわな…」

 

前回の出撃の時も避難していなかった女の子を救助したし、二度あることは三度あるとかはマジで勘弁してもらいたい。

 

「できれば彼の妹も探してやりたいが…」

 

先程救助した少年は、避難していない妹を探していたと言っていた。そのことも報告しておいたが、既に周囲ではノイズとPT隊による戦闘が発生しているし、最悪の事態も起こりうるな。

 

「ん?」

 

レーダーがこちらに接近してくる反応を捉えた。ってこれは…!?

本能的にその場から飛び退くと、俺の居た場所が空から降ってきた影によってクレーターとなった。

 

「プリンセスッ!」

 

降ってきた影は振り切った筈のプリンセスだった。

プリンセスは振り下ろしていた大剣を構えなおすと、こちらへと切っ先を向けてくる。その目はまるで俺を恐れているかの様だった。それだけの力を持ちながら何を恐れている?

にしても奴の索敵能力を甘く見たか?レーダーの動きを見た限り、進路上に俺がいたから襲いかかって来たって感じだったが、何かに引き寄せられていたとでも言うのか?

 

「どうであれ。最悪だなくそったれ!」

 

残った武装はバルカンとビームサーベルだけだな、左手首のチャクラムは装甲が歪んで使えんか。

両手それぞれにサーベルを構えるが、このままじゃやられる。援軍を要請するために機動部二課へ通信を送る。

 

「こちら天道。プリンセスと接敵!救援を要請する!」

『何!?振り切った筈ではないのか!?』

「と思ったんですが、見通しが甘かった様です」

『すぐにそちらにASTを向かわせる、それまで持ちこたえてくれ!』

「頼みます!」

 

通信を終えるのと同時にプリンセスが剣を上段から振ると、斬撃が衝撃波となって飛んできた。飛ぶ斬撃ってありかよ!?

斬撃を横に軽く跳んで避けると、プリンセスが目の前で剣を下段から振り上げようとしていた。動きが速すぎんだろッ!?

 

「ぐぉぉ!」

 

スラスターを全開にし強引に身体を捻ると、紙一重の所を刃が通り過ぎていった。

捻った勢いのまま回転しながらサーベルを振るうも身を屈めて回避され、振るった腕を掴まれ投げ飛ばされると瓦礫に叩きつけられる。

 

「が、ふッ!」

 

肺の中の空気が吐き出され、意識が飛びかけるも何とか繋ぎ留めるが、身動が思う様に動かせない。

プリンセスが剣を掲げると、刀身が輝きだす。

止めを刺す気か、たくっそんな悲しそうな顔すんなよ。やりずらいたらありゃしねぇよ…。

剣が振るわれる瞬間、何かに気がついたのか剣を楯にする様に構えた。すると急降下してきた折紙のレーザーランスとぶつかり合った。

僅かな間だけ拮抗していたが、すぐに折紙が押し返され始める。それを悟った折紙が後退すると、俺の側で着地した。

 

『無事?』

「ああ、助かった」

 

折紙がプリンセスを抑えてくれている間に、ある程度身体が動く様になったが、機体が動かねぇ!

 

『動けるなら離脱を』

「そうしたいが、機体が動かん!」

 

くそっ、さっきの一撃でシステムがダウンしちまった!機体のダメージレベルも限界寸前だ!あちこち火花散ってやがる!

どうしたもんかと考えているとエンジン音が響いてきた。あれは、風鳴か!

シンフォギアシステム”天羽々斬”を纏い、バイクに乗った風鳴がこちらへと向かって来ていた。

風鳴はバイクから飛び上がると、無数の剣を召喚しプリンセスへと放った。すげーな、シンフォギアってあんなことまでできんのか。

だが、その攻撃もプリンセスが剣を振るうと衝撃波で弾かれた。

自信があったのか渋い顔をして着地する風鳴。

すると今度は空から飛来したレーザーがプリンセスに直撃する。これは完全に防げなかった様で苦悶の表情を浮かべていた。

「オルコットか!」

 

空を見ると、イギリス製第三世代IS”ブルー・ティアーズ”を纏ったオルコットが、大型レーザーライフル”スターライトmkIII”を構えていた。

 

『踊りなさい、ブルー・ティアーズ!』

 

ブルー・ティアーズのスカート部分に装着されている、遠隔無線誘導型兵装ビットをプリンセスの周囲に展開した。

ビットがプリンセスを中心に、複雑な機動を描きながらビームでプリンセスを牽制し、そこをライフルで狙撃しているオルコット。

流石にこれには防御に徹しているプリンセス。着実にダメージは与えているが、しかし――

 

「あれじゃ風鳴が踏み込めんだろ!?」

 

弾幕の張り過ぎで近接型の風鳴が近づけないでいる。明らかに自分1人で片付ける気だあいつ。

業を煮やした風鳴が強引に踏み込む。ビームを避けながら刀を振るうが、満足な体勢ではない攻撃など通用する筈もなく、軽々とあしらわれている。

 

『邪魔をするな!』

『そちらこそ!』

 

連携のれの字も無いのかあいつらは!?互いに相手の長所を潰しあってやがる!

 

『翼!オルコット君も落ち着け!互いに協力して戦うんだ!』

 

風鳴指令が二人を止めようとするが、そのまま戦い続ける風鳴とオルコット。こいつら、まるで聞く耳を持っちゃいねぇ!

 

『あーらら。完全に意地張っちゃてるわねぇ』

 

いや、そんな呑気に言ってる場合じゃないですよ了子さん!?

 

『私が行く』

 

この状況に見かねた折紙が参戦しようとするのを慌てて止めた。

 

「待て!今行っても碌なことにならん!下手したら味方に撃たれるぞ!」

『でも…』

「せめて隊長達と合流してからにしろ――』

『こちら燎子!ごめんノイズに捕まった!そっちに行けそうにない!』

 

望みは完全に断たれたあああああああ!!支援特化で重武装だったのが裏目に出たか!?そう言や隊長と了子さんって同じりょうこだね。いやいや現実逃避してる場合じゃねぇ!

 

「動け!動いてくれMK-Ⅱ!」

 

MK-Ⅱを動かそうとするも、再起動までの時間が必要だった。どうする?どうする!?このままじゃ完全にお荷物だぞ俺!

 

『ぐあッ!?』

 

そうこうしている内に風鳴が吹き飛ばされ、プリンセスがビットに向けて手をかざして握りつぶすと触れてもいないのにビットがひしゃげて爆散していった。

オルコットが反撃でライフルを放つも、大剣で軌道を逸らされ背後の瓦礫を撃ち抜いただけだった。

 

『わあぁ!?』

 

撃ち抜かれて崩れようとしている瓦礫の方から悲鳴が聞こえてきた。って悲鳴?俺達以外の奴がいる筈ないのに?

よく見てみると瓦礫の下に先程救助した少年がいたのだった。いや、何でやねん!?!?

 

『ッ…!』

 

危うく瓦礫の下敷きになりかけた少年を折紙が抱えて救助した。ナイス!マジナイス!

 

『五河士道?』

 

折紙が怪訝そうな声を漏らした。五河士道って確かあいつの命の恩人の名前だったな。あの少年がそうなのか?

 

「うし、立ち上がった!」

 

再起動が終わりシステムが復帰したので、機体を起き上がらせる。

メインブースターはイカレてるが、スラスターは半分は生きてるな。サーベルは一本になったがやるしかねぇ!

 

「折紙協力してくれ奴をここで仕留める」

『そんな状態で?』

「民間人置いて逃げる訳にもいかんだろう?策ならある」

 

こうなったら、奥の手を使わせてもらう!

 

『…それは策とは言わない。ただの博打、危険過ぎる』

 

作戦を伝えると案の定反対された。まあ、普通なら考えんわなこんなこと。

 

「俺は死なん、信じろ」

 

そう言うと返事を待たずにプリンセス目掛けて駆け出す。そろそろ戦っている二人も限界だろう。

風鳴は至るところ傷だらけだし、オルコットはビットが全て破壊され機体のエネルギーが尽きかけている。ここであの二人に倒れられる訳にいかんのだよ!

バルカンでプリンセスを牽制すると、サーベルを振り下ろす。

 

『――ぬ』

 

こちらに注意が向いたプリンセスが手にしている剣で受け止めてくる。

そのまま打ち合いながら風鳴らへ通信を送る。

 

「退れ。後は俺達がやる」

『何を。お前の指図は受けん!』

「お前らに死なれると困るんだよ!」

 

お前らはこれからの戦いに必要になるからな。さて、いくぜぇ!

あえて鍔迫り合いに持ち込み、サーベルを弾かせる。

俺が無防備になったと判断したプリンセスが剣を上段から振り下ろした。

 

「そこだぁ!!」

 

意識を極限まで集中させると、迫る刃が徐々に止まって見える様になっていく。

そしてタイミングを合わせて、両手で受け止めた。

 

『――なっ!?』

 

プリンセスが驚愕の声を上げる。こんなことをされるとは夢にも思わなかったのだろう。

 

『白羽取り、だと!?』

 

驚愕したのは敵だけだはなかった。風鳴が唖然とした様に声を漏らした。

 

「今だ折紙ィ!!!」

 

合図を送ると、折紙がランスを構えてプリンセスへと突撃した。

反応が遅れ無防備となったプリンセスに折紙がランスを突き立てようとした瞬間――

 

「やめてくれええええええええ!」

 

突如響いた少年の声に折紙の動きが止まってしまった。

 

『――五河士道?』

 

折紙が困惑した顔で声のした方を向く。

少年は、自分がどうしてそうしたのか分かっていない様な顔をしていた。

 

『――はっ!』

 

プリンセスが地面を力強く踏みつけると、クレーターが出来るほどの衝撃波によって、折紙らもろとも吹き飛ばされた。本日何度目だよ…。

そしてこれまた何度目になる瓦礫ダイブっとなった。勘弁して下さい…。

 

「ぐぉぉ」

 

まともに動けなくなった機体を気合で動かし、瓦礫から這い出る。他の皆も瓦礫から出てきていた。

プリンセスはいない、逃げられたか…。

 

「あの少年は?」

 

辺りを見回すが、少年の姿が確認できなかった。レーダーにも反応が無い、まるで瞬間移動でもしたかの様だ。

 

「どうなってやがるんだ?」

 

彼はどこに行ってしまったんだ?そして、なぜあの時プリンセスを助けたのか。そんな謎を残したまま戦いは終わったのだった。



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第二十話

勇達のいる戦場を少し離れた位置にある、比較的空間震の影響を受けていないビルの屋上から監視している者達がいた。

亡国機業日本支部所属、ヴォルフ・ストラージ率いるチーム”シャドウ”である。

それぞれが戦闘体勢で、ASTとプリンセスの戦いからデータを収集していた。

 

『終わったな』

 

レーダーにプリンセスの反応が消えたことを確認したヴォルフが、腕を組みながら静かに呟いた。

 

「今回は惜しかったなーASTの連中」

 

頭の後ろで手を組みながら、オータムが競馬で負けたおっさんみたいに声を漏らす。

 

『過程はどうであれ、失敗は失敗だ結果が伴わければ意味は無い』

「まあ、そうだけどよ」

 

ヴォルフと同じ様に腕を組みながら、エムの意見に同意するオータム。

 

「にしてノイズだけじゃなくて、あんなの(精霊)が存在するなんて。とんでもないわねこの世界」

 

縁に腰掛けているキリエが両手で頬杖しながら軽く息を吐く、目の前に広がる破壊された街並みが信じられない様であった。

 

『別の世界から来たお前から見ると異質かこの世界は?』

 

キリエの言葉に興味深そうにヴォルフが反応した。

 

「少なくとも、エルトリアにはあんなのはいなかったわね」

『ふむ、この世界特有の存在というものか』

 

キリエの故郷であるエルトリアや、時空管理局の本部が置かれているミッドチルダでは、ノイズや精霊と言った存在は確認されていないのである。

ノイズも精霊も地球とは別の次元に存在していると見られているが、なぜ地球にだけ現れているのかは不明である。

最もノイズや精霊について解明されていることは、余りに少ないと言えるのが実情であった。

これはどちらも危険過ぎて、他の生物の様に調査することが困難なためである。

 

「それに、あんた達の使っているPTやISにリアライザも十分異常よ」

『異常か…』

「この世界の技術水準と比較して、明らかに不釣り合いよ。本来なら、これから何十年と時間をかけて手にすべき物がもう存在してるのよ?」

 

30年前にリアライザが開発されてから、一部の技術は飛躍的な発展を遂げてきた。

特に軍事面では10年前にISが登場し、5年前にPTが生み出されたりと、少し前までは架空の存在だった人型機動兵器が主流となったのだ。

他の世界と比べれば歪に進化していると言えるのかもしれないが――

 

「ま、いいんじゃねぇの?こうして存在してるんだし、使えるもんは使えばよ」

『オータムの言う通りだ。どんなに歪であれ存在している、それを否定することなど誰にもできん』

 

ヴォルフがそう言うとハウンドに通信がかかってきた。

相手を確認すると額にシワを寄せるヴォルフ。しばし間を空けて、仕方なくと言った感じで回線を開いた。

 

『やあ、ヴォルフ。元気かい?』

 

通信機から陽気な男性の声が聞こえてきた。歳は30代後半と言ったところだろう。

だが、ヴォルフは不愉快さを隠すことなくあしらう様に応える。

 

『何か用か?アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット』

『そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ。君とボクの仲じゃないか』

『貴様とは他人だろうが。勝手に仲良しにするな』

 

気色悪いと言わんばかりに吐き捨てるヴォルフ。どうやら相当にこの男を嫌っている様である。

 

『で、わざわざ直接通信を送ってくるとは、そんなに首が飛びたいのかDEM社業務執行取締役殿?』

 

皮肉をたっぷり込めて言うが、当の相手は愉快そうに笑っていた。

そう。今ヴォルフが話しているのは、デウス・エクス・マキナ・インダストリー通称DEM社。イギリスに本社を置く世界で唯一リアライザを製造できる、世界屈指の大企業の実質的なトップである。

各国の政府や連合軍とも繋がりが深く、その裏では亡国機業内でも強い発言権を持っており、世界を牛耳執っていると言っても過言ではないのだ。

そんな男を相手にしても自分のペースを崩さないヴォルフ。誰が相手でも気に入らない相手はとことん嫌うのがこの男なのだ。

ウェストコットはそんなヴォルフをえらく気に入っているらしい。秘匿回線を使っているとは言え、テロリストであるヴォルフと話していることが公になれば首が飛ぶだろうに。

なのに大した用でもないのにこうして連絡してくるし、勝手に会いに来たりするのだ。

ヴォルフにとってはこの男に気に入られたことが、人生最大の失態とさえ考えている。

 

『勇太郎と言い、どうしてそんなにボクって嫌われるのかな?』

『倫理道徳の欠片も無い貴様と仲良しになりたい奴なぞ、下心がある奴だけだろう。さっさと用件を言え』

 

ヴォルフがウェストコットを嫌う最大の理由は、彼の人間性にある。

DEM社と言うより、ウェストコットは精霊の討伐に異様に固執しているのだ。そのためには手段の選ばない男なのである。

DEM社は独自の軍事力を持っているのだ。ウェストコットの命令一つで、いかなることでも出来るほど狂信的な者達で構成された軍を。

例えば『精霊が民間人に紛れている。だからその場にいる者全てを殺せ』とウェストコットが命令すれば彼らは迷わず実行するのだ。どれだけの無関係な人々が犠牲になろうとも。

そしてそんな彼らを不要と判断すれば、一切の躊躇も無く切り捨て、モルモットの様に扱うことも辞さないのだ。

ウェストコットはそのことに何の罪悪感も抱かない、『世界の平和のための致し方ない犠牲だ』と平然と言うのだこの男は。

狂っている。ウェストコットと初めて会った時に抱いた素直な感想だった。人の皮を被った化物、ヴォルフにはそうとしか見えなかった。

 

『ああ、今入ったばかりの情報だが、君達が作戦行動中にブルーアイランドに新しい侵略者(・・・)が現れたそうだよ!』

『何?侵略者だと?』

 

愉快そうに話すウェストコット。新たな侵略者が現れたと言う非常時に、まるでおもちゃを買ってもらった子供の様に喜んでいた。

そんなウェストコットの言葉が信じられなかったのか、思わず聞き返してしまうヴォルフ。

会話を聞いていたキリエ達も懐疑的な様子だった。

そんなヴォルフ達の反応を、愉しむかの様に笑っているウェストコットが実に腹立たしかった。目の前にいたら顔面をぶん殴っていただろう程に。

 

『インスペクターではないのか?』

『どうやら彼らとは別口らしい。何でも”アルティメギル”と名乗っていたそうだ』

「ふむ。で、俺達にその現れた奴を狩れとでも言うのか?」

 

現在ブルーアイランドを守備している部隊の主力は、ヴォルフら眼前で作戦行動中だった。すぐに対応するのは不可能だろう。

まさか、キ○ガイが服を来て歩いているこの男が、侵略者を迎え撃てなどと正義感に溢れたことを言い出す筈が無い。仮に言ったとしたら、驚愕の余り即死できると断言できる。が、念のために確認してみた。

 

『そう言ってみたかったけど残念ながら、もう倒されてしまったよ』

『死なずに済んでよかった。だが、軍が倒したと言うのか?』

 

ブルーアイランド基地に残っているのは、防衛のための必要最低限の戦力しか残されてない筈だ。とても他の戦域に割ける余力は無いし、他の基地に救援を求めたにしても対応が早過ぎた。

 

『フフフ…。聞いて驚きたまえ!なんと、正義の味方がやっつけたんだそうだ!』

『はぁ???』

 

衝撃の内容に、普段は無表情のヴォルフの表情が呆れ果てたものになり、今まで出したことの無い間抜けな声が漏れてしまった。

見せたことのないヴォルフの反応に、愉快そうに笑うウェストコット。今すぐにでも灰にしてやりたかった。

 

『完全に頭がイカれたいや、今更か。遂に幻覚を見る様になったか、今すぐに病院に行け。そして二度と出てくるな』

『そんなにボクを苛めないでくれ、泣いてしまうよ…。冗談ではなく事実さ、君やマドカ君より年下の女の子らしい。それも即存の技術とは異なるパワードスーツを纏っていたそうだ』

『ふむ…』

 

顎に手を当てて思考するヴォルフ。どうやら嘘は言っていないらしい。

新たな侵略者に未知の技術、ヴォルフの予想では異世界の技術だろうを扱う者。世界を加速させるには十分過ぎる要素である。

 

『で、その正義の味方を狩るのか?』

 

異世界の技術を独占できれば、更なる利益を得ることができる。何より、精霊討伐と言う宿願を達成に近づくことができる。

このキ○ガイなら平然と奪って来いと言うだろう。自分のためなら、平然と他者を踏みつぶせるのがこのキ○ガイである。

 

『いや、それはもう少し様子を見て、使えるかどうか見極めてからにしよう。君達には精霊を狩ってもらうとしよう』

『ぬ?このまま軍に任せていても問題あるまい。何か急ぐ必要性が出てきたのか?』

 

今日の戦闘を見る限り、対精霊部隊の戦力も強化されてきている。近い内に精霊を討伐することも不可能ではないだろう。

ウェストコットにとって軍や私兵は表の駒、亡国機業は表の駒では行えない案件を処理するための裏の駒と言える。

ヴォルフらが戦場に出れば軍との衝突は避けられない、わざわざ駒を減らす危険性を犯す必要性が現状感じられないのだ。

 

『ああ、彼らが(・・・)動き出したと言う情報が入ってね。ことを急いだ方がいいと思ってね』

『”ラタトスク”がか?』

 

ウェストコット曰く精霊を保護し、共存しようと考えている酔狂な連中がいると。

どんな方法を使うかは不明だが、精霊殲滅を掲げるDEMとは相容れない存在であることは確かだった。

 

『いいだろう。最近待機任務ばかりで退屈していた所だ』

『ああ、それと”彼女”も協力してくれるそうだ。”ソロモンの杖”のテストがしたいそうだ』

『奴か…。まあいい、命令なら従おう』

 

”彼女”とはファントム・タスクの協力者である。聖遺物に関する知識を数多く持ち、それを与える代わりに、支援を受ける。要は互いに利用しあっているのである。

”ソロモンの杖”と呼ばれる聖遺物にはノイズを制御する力を宿しており、軍がある遺跡から発掘した物でそれをファントム・タスクが奪取し、データ採取のために”彼女”へと譲歩されたのだ。

ヴォルフも以前会ったことがあるが、危険な匂いのする女であった。目的は不明だが、この世界を破壊しかねない野望を持っている様に感じられた。

ウェストコットはともかく、上層部の連中は甘く見ている様だが、できれば早々に手を切るべきだとヴォルフは考えていた。

 

『頼むよ”漆黒の狩人”。見事に仕留めて見せてくれたまえ』

 

そう言って通信が切られると、やっと終わったかと言った感じで軽く息を吐くと、部下達に視線を向けるヴォルフ。

 

『聞いていたな。次に精霊が現れたら仕事だぞ』

「おうよ!久々に暴れるぜ!」

「この前みたいに無様な姿を晒さなければいいがな」

「んだとエム!」

 

いつものようにいがみ合おう二人。相変わらず仲がいいことである。

 

『よし、これ以上ここにいる必要もなくなった。帰るぞ』

「あいよー」

 

額を押しつけ合っている二人を放置して、帰還しようとするヴォルフとキリエだが、不意にヴォルフが足を止めた。

 

「ん?どうしたのよヴォルフ?」

『いや、最近気になることがあってな』

「気になることって何よ?」

 

戦闘時の様に真剣な様子で聞いてくるヴォルフに、ただことではないのだろうと思わず身構えるキリエ。

 

『お前は『淫乱ピンク』という言葉を知っているか?』

「え、何?いきなり喧嘩売られた?」

 

こめかみに青筋を浮かべながら、ヴァリアントザッパーの銃口をヴォルフの額に押し当てるキリエ。

 

『そうではない。この間ネットサーフィンをしていたら偶然見つけてな。お前ピンクだろう?何か知っているかと思ってな』

「知らん!少なくともあたしはそんなのじゃない!」

『そうか?そんな短いスカートで飛び回っているくせに?』

 

そう言って、キリエのバリアジャケットのスカートをじーっと見つめるヴォルフ。

 

「ちょ!?そんなに見るな!!」

 

顔をトマトの様に真っ赤にしながらスカートを抑えて後ずさる。

 

『何だ狙ってやってるのかと思ったぞ?管理局の魔道師にはスク水着て戦ってる金髪幼女がいたが。魔道師というのは見せたがりなのかと…』

「何それ怖い。とにかく、狙ったりとかしてないから!ちゃんと見えないように考えて動いてるわよ!」

『いや、この前の訓練で見えていたぞ』

「は!?み、見たの!?」

『ああ、やけに値が高そうなのであったな』

 

しれ顔で言うヴォルフに、火を吹き出そうな程真っ赤になり、目が泳ぎまくっていた。

 

「べべべっべべべっべべべ別に、あんたに見られた時のことを考えたとかそう言うんじゃないわよ!!」

『そうか』

「てかっ何でそんな平然としてる訳あんた!?」

『ふん、その程度で狼狽える様な軟弱な精神はぐッ!?』

 

鼻で笑っていたヴォルフの側頭部にキリエの回し蹴りが綺麗に決まった。

 

「その程度って、あんたねぇ…」

「諦めろ」

「そういう男だこいつは」

 

全身を怒りで震わせながらヴォルフを睨みつけているキリエ。その肩をそれぞれ叩きながら同情しているオータムとマドカ。

そんな三人を何なんだ?と怪奇そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

勇達とプリンセスとの戦いを監視していたのはヴォルフらだけではなかった。

ヴォルフらとは別のビルの屋上に1人の少女とその肩には1羽のカラスがいた。数ヶ月前の強奪事件の際にもいた、れいと呼ばれていた少女である。

 

『精霊ですか…、実に興味深い存在ですね。是非ともサンプルに何体か捕獲しておきたい所です。」

「……」

「どうかしましたかれい?」

 

何か考え込んでいる様子のれいに首を傾げるカラス。

 

「何でもないわ」

「そうですか、必要な情報は集まりました。アルティメギルも現れた様ですし、そろそろ試練を再開するとしましょう」

「…わかったわ」

 

れいが答えるとカラスは飛び立っていったが、れいはその場で動かず、先程までプリンセスがいた場所を見つめていた。

プリンセスのあの顔が鮮明にれいの脳裏に焼き付いていた。世界の全てに否定され、どこにも居場所が無く絶望に染まった目はまるで…。

 

「私と一緒…」

 

そう呟くとれいはビルから去っていったのだった。



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第二十一話

作戦終了後、行方不明となった少年を捜索していたが、本部から派遣された部隊によって保護されたそうなので帰還することとなった。

保護した部隊については、機密性の高い任務に従事しているので詳細は不明とのことだが、何か引っかかるが気にしても仕方ないか。

 

「修復にどれくらいかかりそう?」

 

格納庫で修復中のMK-Ⅱの前で、横に立って端末をいじっている整備員であるミリィ(ミルドレッドの愛称)に問いかける。

 

「軍曹の受身がよかったおかげで、フレームや内部へのダメージが少ないので内部の点検と装甲の交換で済みます。徹夜で突貫すれば明日には直ってますよ」

「悪いねできることは手伝うよ?」

「いえ。それが整備士の役目ですので、軍曹はゆっくり休んでいてください。休める内に休むのも装着者の任務ですよ?」

 

確かにミリィの言う通りか。機体が万全でも肝心の装着者がへろへろじゃ意味ないもんな。

 

「分かった。そうさせてもらうよ

「それで、新しい装備の具合はどうですか?」

「すぐに破損しちゃったけど、サークル・ザンバーはいい感じだと思うよ」

 

精霊には鉄壁の防御力を持つ霊装を纏っているので、アサルトライフルみたいな手持ち火器では貫けないし、ミサイルなんかは迎撃されてしまうので近接戦闘が有効とされている。

なので、MK-Ⅱの装備を攻防一体の斬撃武器サークル・ザンバーを追加し、フォトン・ライフルをショットガンに変更した訳なんだけど、今回は民間人救助のために両方共お釈迦にしてしまったので殆ど効果を確認できなかった。

でもサークル・ザンバーは一撃だけだがプリンセスの攻撃を凌げたし、十分に役立つだろう。あれがサーベルだったら両断されていたよ。

 

「追加戦力と連携が取れないい以上、決定打に欠けるのはいかんともしがたいか…」

 

一応Gインパクト・キャノンがあるけど、あれは大多数の敵を一網打尽にするか対艦用装備なので、まず当てられる自信が無い。

高威力の近接武装が欲しいところだなぁ。後装甲と推進力もあればいいんだが。

 

「あ~助っ人のお二人ですか。隊長のお説教も馬に念仏でしたからねぇ」

 

チームワークのチの字も無かった風鳴とオルコットに隊長が注意していたが、取り付く島も無いって感じだったな。

 

「ま、あの二人の境遇を考えれば分からんでもないがね」

 

話によれば、風鳴は2年前にパートナーであった天羽奏を失ったことで、大切な人を失うことを恐れ人と距離を取る様になった。

そして仲間を死なせてしまった自責の念から自らを「防人」として感情を捨て、ひたすらに戦い続けている。

オルコットは名門貴族の生まれで、過去に両親を列車の事故で亡くしたことで当主となったそうだ。

だが、幼い彼女に従う者は少なく、引き継いだ遺産を狙おうとする者の方が多かったらしい。そんな奴らを黙らせるには力を示す必要があった。

それこそ1人で精霊を倒せる程の力が必要と考えているのだろう。

 

「こればっかりはすぐにどうこうできるもんでもないし、上手く付き合っていくしかないねぇ」

 

あの二人が今後の作戦のキーマンになるのは間違いないし、俺らでフォローするのが最善か。

 

「勇」

「ん、折紙どうしたのさ?」

 

背後から声をかけられたので振り返ると、折紙が立っていた。どことなく落ち込んでいるみたいだった。

 

「…ごめんなさい」

「ん?」

「私のせいでプリンセスを討ち取れる機会を逃してしまった。あなたが命懸けで作ってくれたのに」

「ああ、そのことか。あんな形で横槍が入るなんて誰も思わないって気にするなよ」

 

どうやら自分のせいで作戦が失敗したと思ってる訳か。とは言え助けた民間人から妨害されたのでは、誰も責める気にはなれなかった。

 

「にしても彼、五河士道って言ったけ?君の命の恩人の」

「そう。私に残された心の拠り所」

 

拠り所か、家族を目の前で失った彼女は、命の恩人である彼を支えとして今まで生きてきたのだろう。

そんな彼と精霊との戦いの中で再会する。何とも奇妙な巡り合わせだな。

 

「皆聞いて!天道少佐より招集がかかったわ!機動兵器搭乗者は各自着替えたらブリーフィングルームに集合して!」

『了解!』

 

隊長の指示に応えると、慌ただしく動き出す隊員達。

 

「えらく急ですね。一体何でしょうか?」

「分かんないけど、碌なことじゃなさそうだねぇ」

 

周りを見るとPTパイロットも慌ただしく動いていることから、全機動兵器搭乗者に招集がかかったみたいである。

 

「とにかく行こうか折紙」

「ええ」

 

ミリィと別れると折紙を連れて格納庫を後にするのであった。

 

 

 

 

 

大人数用のブリーフィングルームにはAST以外にも、各PT隊員や風鳴とオルコットらも集まっていた。

 

「皆作戦終了後の突然の招集すまない。だが、非常事態が発生してしまったのだ許せ」

 

壇上に立つ父さんがそう前置きを置く。非常事態と言う言葉にざわつく一同。

 

「本日我々が作戦行動中に、天宮市スクエアにインスペクターとは別の敵対勢力が現れた。そしてそれを撃退した未確認の戦士についてだ」

 

異なる侵略者。この言葉にざわつきはさらに強くなった。ただでさえインスペクターとの戦いが始まったばかりなのに、次なる敵が現れれば当然の反応と言える。

そしてそれを撃退した戦士と言うのも気になる。目的が不明な以上味方になるとは言えないからである。

 

「まずはこの映像を見て貰いたい」

 

父さんがそう言うと部屋の照明が落ち背後のモニターに光が点った。

モニターに映されたのは特撮にでも出てきそうな、二メートルは有に超えそうなガッシリとした人型の体格のトカゲだった。

天宮市スクエアはブルーアイランド最大のコンベンションセンターなので、何かの撮影かと思えた。だが、トカゲが近くにあった車を蹴り飛ばすと、車が見るも無残にひしゃげて吹き飛んでいくのを見て、紛れもなくこの世に実在しているのだと認識させられた。

そしてトカゲの怪物が口を開き――

 

『ふははははは!!この世界の生きとし生ける全てのツインテールを、我らの手中に収めるのだ――――!!』

『………』

 

ざわついてた室内が静寂に包まれた。

隣に座る折紙以外、皆一様にどう反応したらいいのか困惑している顔をしていた。

いやいやいや。ツインテールって何よ!?あれか怪獣のあいつか!?

 

「あ、こいつの言っているツインテールは怪獣のじゃなくて髪型の方な」

 

そっち!?どういうことだよ!見た目と言ってることが滅茶苦茶すぎるだろ!?

 

「この怪物について時空管理局から情報が回ってきた。エレメリアンと呼称されている人間の属性力(エレメーラ)から生まれた存在だそうだ」

 

属性力と言う聞いたことのない言葉に首を傾げる一同。

 

「えー属性力って言うのは、簡単に言えば人間の心の力だそうだ。例えば年上か年下が好きと言ったのや、犬や猫が好きと言ったそれらに関する愛情や執着が精神エネルギーとして凝縮した物だそうだ」

 

手元の用紙を見ながらたどたどしく説明を行う父さん。恐らく自身も理解しきれていないのだろう。

 

「エレメリアンはその属性力を糧にしていて、それを奪うために数多の次元世界へと侵攻しているそうだ」

 

そう言うとモニターの映像が切り替えられ、一人の少女が映し出されたってあれって神堂じゃん!?

映し出されたのは来禅学園高等部生徒会長である神堂慧理那だった。

いかにも雑魚戦闘員にしか見えない姿をした連中が、神堂を機械でできた輪の前へ連行していく。

すると輪が神堂へと迫っていき、輪をくぐると特徴的だったツインテールがほどけてしまった。

ただ髪がほどけただけのはずなのに、まるで大切な物を奪い取られたかの様な恐怖感に襲われてしまった。

他の隊員達も同様なのか再びざわつき始めていた。

 

「今流したのは奴らが属性力を奪う瞬間だ。この機械の輪に奪った属性力が保存され、奪われた属性力は約24時間以内に奪還しなければ永遠に戻らなくなるとのことだ」

「少佐。属性力を失った者はどうなるのですか?」

「死ぬことはないが何にも打ち込むこともなく、ただ生きるためだけに活動する様になる」

 

つまり心が死ぬみたいなものか…。それは生きていると言えるのだろうか?

 

「そしてエレメリアンで構成された組織が”アルティメギル”である。こちらもインスペクター同様その規模は不明となっている」

 

今の地球は、複数の次元世界を同時に侵略できる力を持った二つの勢力に狙わらわれたって訳か。

それに精霊やノイズと言った認定特異災害に亡国機業と言った、反連合勢力も相手にしなければならないとなると、かなり深刻な事態になってしまったな。

 

「次にそのアルティメギルを撃退した戦士がこれだ」

 

新たにモニターに映されたのは、赤い髪に足元まで届きそうな長さのツインテールが特徴的な、小学生程の年齢と見られる女の子だった。

これは誰もが予想外過ぎたのか、ざわめきが最高潮に高まる。かくいう俺も口を開けて唖然としていた。

 

「あー静粛に。この少女が纏っているのは属性力を動力としたパワードスーツの一種だそうだ。地球以外のアルティメギルに侵略されている世界にも、同様の原理を用いた力を持った戦士が多数確認され、アルティメギルと戦っているとのことだ」

 

ふむ。ってことは別段珍しい技術って訳でも無いのか?にしてもアルティメギルに侵略されている世界全てに、同じ力を持った戦士がいると言うのも引っかかる感じはするな。

 

「司令は彼女と可能なら協力してアルティメギルと対応したいと考えている。各自そのつもりで行動してもらいたい。以上で今回のブリーフィングを終了する。皆早めに寝て身体を休める様に、夜はまだ冷えることがあるから風邪をひかない様に気をつけなさい。では、解散!」

 

こうして、父さんの思いやりある言葉と共にブリーフィングは終わるのだった。

 

 

 

 

 

「アルティメギル、か。また面倒なのが現れたもんだ」

 

ブリーフィングルームを出た後、折紙を連れて基地内の休憩スペースにやって来た俺は、飲み物片手にそう愚痴った。ぶっちゃけそうでもしないとやってられなくなる。

 

「敵が誰であろうと戦うそれが軍人の責務」

「まぁそうだね。敵なら潰すそれだけだのことだけど」

 

折紙の言う通り市民を守るのが軍人の役目なのは理解しているが、こうも問題が山積みだと泣きたくもなってくるのが普通だろう。

尤も俺も折紙も普通じゃないので、そんな感性は持ち合わせていないが。

 

「そこは置いといて、君に頼みたいことがあるんだけど」

「頼み?アミタとの仲を進めたいなら押し倒して既成事実を作ればいい」

「誰が恋愛相談に乗れっていったよ!?つーか、ぶっ飛び過ぎだろそれ!?下手したら捕まるわ!」

 

こいつは時々、とんでもないことを言い出すことがあるから色んな意味で油断ができない。主に恋愛ごとだと狂気じみた発想をするから怖い。

 

「問題ないアミタなら喜ぶ」

「何を根拠に言ってんのさ…」

「女の勘」

「さいですか…」

 

もういいこの話題は疲れる本題に戻ろう。

 

「頼みたいのは五河士道って奴についてだよ」

「五河士道について?」

 

五河の名前が出た瞬間かなり真面目な顔になったな、それだけ大切ってことか。

 

「ああ、明日の放課後でいいから彼を人気の無い場所に連れ出してもらいたいんだ」

「!?まさか、告白を…ッ!」

「んなわけあるかァ!!!」

 

口元を抑えて震える目で俺を見てくる折紙に、人生最大級のツッコミと共に頭をひっぱたいた。

 

「どこをどうしたらそんな結論に行き着く!?」

「織斑が『勇兄って恋人作ろうとしないけど、女の人に興味無いのかな?もしかしてホモだったりして…』と心配していた」

「あいつにだけには言われたくねええええええええええええ!!!」

 

怒りの余り持っていた缶を握り潰して中身が飛び出してしまうが、そんなことは今はどうでもいい!

問題はあの唐変木にそう思われていたことが大問題だ!周囲にホモ疑惑を一番持たれているあいつにだけは言われたくない!

 

「もしかしたら、あなたも彼の魅力に気づいてしまったのかと危惧した」

「それはないから安心しろ。俺はノーマルだ」

 

そう弁明すると安心した様な雰囲気をする折紙。どんだけ本気だったんだよお前は。

 

「ちょっと彼に聞きたいことがあるんだよ、今日のことをね」

 

彼のプリンセスを見る目は恐怖や敵意と言ったものではなく、まるで自身と同類を見ているかの様だった。

そしてプリンセスを庇ったことと言い、彼が精霊と無関係とはどうにも思えないのだ。

 

「分かった。私も彼に聞きたいことがある」

「ならよかった。頼むよ」

 

そう言うと折紙と別れて帰宅する俺。

帰ったら一夏の奴とじっくり語らねばなるまい、肉体言語で。



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第二十二話

お久しぶりです。お待ちしていた方には誠に申し訳ありません。再び更新していくのでよろしくお願いします。


「ここがIS学園…広い」

 

IS学園正面ゲート前で朝田詩乃はそう呟いた。自分の通っている高校とは比べ物にならない程広大な敷地に隅々まで手入れが行き届いていた。流石世界唯一のIS操縦者育成機関と言ったところか。

勇やユウキと同居している彼女だが、勇の任務の都合上、IS学園の始業式が始まる今日から学園内の寮で生活することになった。

そうなると詩乃が1人で暮らさねばならなくなってしまうので、勇太郎が彼女も勇らと一緒に寮で生活できるよう手配したのだ。

詩乃の通っている高校も今日から始業式だったので午前中に終わり、勇とこの正面ゲート前で待ち合わせていたのだが、ブルーアイランド内で空間震が発生したため一時交通が停止してしまい、それが夕方になり解除されたことを勇にメールで伝えると予定通りゲート前で落ち合うこととなった。

 

「おーい、詩乃ー」

 

聞き覚えのある声で呼ばれたのでそちらを向くと、勇が小走りで駆け寄って来ていた。

 

「ごめんごめん。待たせちゃったねー」

「ううん。今着いたところだから。勇こそ大変なのに手間を取らせてごめんなさい」

 

空間震が発生した時刻、怪物が現れたと言う話を小耳に挟んだ。きっと勇もかなり大変だっただろうに、自分の面倒まで見なければならないのだから、彼の負担になってしまうのが申し訳なく思う。

 

「気にしない気にしない。同じ家で友達なんだから遠慮しなさんな」

 

そう言ってにこやかに笑う勇。本当に苦だなんて思っていないのだろう。そんな彼の優しさについ甘えてしまうのだ。

彼とは半年前のGGOの世界で最初は敵同士として戦い、その後偶然再会したのを機に共に行動する様になった。

それから彼の強さに憧れ、背中を追いかけていた。そして子供の様に純粋に世界を楽しむ彼といる時間は、現実の辛さを忘れられる程に楽しかった。

死銃事件の時もターゲットとなった自分を守るために、危険を顧みず共に戦ってくれた。

過去の罪から怯え生きるのを諦め様としていた自分に己の罪を話し、生きていてもいいのだと励ましてくれた。

事件後罪と向き合い、前に進む機会を与えてくれた。彼には返しきれない程の恩がある。

 

「どうしたの詩乃?」

 

考え込んでいた自分を心配してくれる勇。それだけでも嬉しく思ってしまう自分は現金な女だなぁと自嘲してしまう。

 

「何でもない。ユウキも待ってるから行こ?」

 

心配させない様に微笑みながら言うと、「じゃあ、いこっか~」と先導してくれるのでその後をついて行く。

前を歩く勇の背中は、自分とそれ程変わらない身長なのに不思議と安心できる頼もしさがあった。

いつか守られたり追いかけるのではなく、横に並んで共に歩きたいと思うのであった。

 

 

 

 

 

詩乃と合流したので部屋の前まで案内した俺はドアをノックした。

 

「ユウキ、アミタ。勇だけど詩乃連れてきたよ~」

 

そう告げると部屋の中からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきたかと思うと、ドアが勢いよく開かれた。

 

「兄ちゃんおかえり~!」

 

我が妹が飛びついてきたので受け止めてやる。元気があってよろしい、よしよし頭も撫ででやろう。

 

「えへへ~」

 

幸せそうな顔してんなぁこいつ。そんなにいいのかね?

 

「勇君おかえりなさいませ」

「ただいまアミタ。そっちの方は大丈夫だった?」

「はい、皆無事ですよ」

 

それはよかった。ま、ユウキの様子をみれば分かるんだけどさ。

 

「詩乃見てみて!この部屋すごいよ!ホテルみたいだよ!」

 

俺から離れたユウキが興奮した様子で、詩乃の手を引っ張って部屋の中に入っていった。

俺もお邪魔すると、ユウキの言う通りそこらのビジネスホテル顔負けの豪華さを誇っていた。いくら各国の重要な人材を預かるからって金かけすぎじゃね?

 

「ユウキベットで跳ねるな!後荷物はちゃんと整理しておけよ共同で使うんだから」

「は~い」

 

ベットでトランポリンしていたユウキを注意し、ダンボールに詰めて運ばれてきた荷物を片付けておくように釘を刺しておく。でないとしっちゃかめっちゃかしかねん。

ちなみにIS学園の寮は二人一部屋となっているが、ユウキが詩乃と同じベット使うってことでアミタと三人で借りることとなった。俺は教員用の部屋を借りさせてもらうことになっている。

 

「じゃあ俺はちょっいと一夏の様子を見てくるね」

「おーボクも行くー」

「いいからお前は荷物でも片付けてなさい」

 

ぶーぶー文句たれるユウキをアミタと詩乃に任せて部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

頭に叩き込んだ寮の見取り図と、知らされていた一夏の部屋を照らし合わせながら向かっていると、窓の外では日が沈みかけていた。

そろそろ夕飯の時間か、何をたべようかなと考えていたら曲がり角で誰かとぶつかってしまい、相手が尻餅をついてしまった。

 

「す、すまない!余所見をしていてしまった。怪我は無いかい?」

「大丈夫です~。ちょっとびっくりしちゃいましたけど~」

 

慌てて相手の少女の無事を確認すると、にこやかに笑いながら無事であると話してくれた。

手を貸して起き上がらせると背は俺より少し低く、キツネ?の皮を被ったような独特の服装をしていた。

 

「大変失礼をした。俺は天道勇。今日からここで世話になる者だ。よろしく頼む」

「私は布仏本音といいます~。あなたがオリムーが言っていたお兄さんですか~。こちらこそよろしくお願いします~」

「オリムー?ああ、一夏のことか。もしかして同じクラスなのかな?」

「そうです~」

 

初めて会う筈の彼女が俺のことを知っている可能性として、最も高いのを言ってみたら当たったようだ。

 

「そっかならあいつと仲良くしてくれるかな?右も左も解らない環境で心細いだろうからさ」

 

今までと違う環境だって事前に覚悟は決めていただろうけど、いざ目の当たりにするとやっぱり大変だろうからな。少しでも不安が和らげてやりたいしな。

 

「分かりました~。ふふ」

「ん?何か可笑しなことでもあったかな?」

「そうじゃなくてですね~。本当に仲がいいんだなぁ~って思ったんです~。オリムーお兄さんのために怒ってましたからぁ~」

「怒る?何でさ?」

 

温厚が服を着てるみたいなあいつが怒るなんて珍しいじゃないか。しかも俺のためってどう言うこっちゃい?

 

「同じクラスのセシリア・オルコットって子が、ISの男性操縦者のオリムーが気に入らないみたいで、色々と悪口言っていたんですよ~。最初はオリムーも無視してたんです~。そうしたらオルコットさんがお兄さんのことを「腰抜けの臆病者」って言ったらオリムーが「あの人は俺の自慢の兄だ!!馬鹿にするんじゃねえ!!!」ってすごい剣幕で怒鳴ったんですよ~。そのまま言い合いの喧嘩になっちゃったんですけど、織斑先生が止めてくれたんです~」

「あの馬鹿者め…」

 

俺のことで喧嘩するんじゃないよ…。もっと自分のことで怒れよたくっ。

ちなみに職業不明の千冬の姉さんだったけど、何とここIS学園で教師をしていたのだ。詳しい経緯までは教えてくれなかったけど。

 

「そう言っている割には嬉しそうですよ~」

「まあ、嫌ではないけどね」

 

可愛い弟分にそう言われたら嬉しいですよそりゃ。

 

「うん?何やら騒がしくなってきたような?

 

何やら廊下の先の方から騒音が聞こえてきたな。

 

「ん~?一夏が何かやらかしたかぁ?」

 

方角的に一夏の部屋がある方だな。あいつは無自覚に騒動を起こすからなぁ。主に女絡みで。

ある部屋の前で女子が集まっており、その中心に案の定一夏がいた。神に祈るように頭の上で両手を合わせている。仏教にでも入信したのかお前は?視姦されながら精神統一でもしてんの?

 

「何してんのお前?坊主にでもなりたくなったん?」

「い、勇兄!助けて!色々と大変なことになってる!」

「んあ?」

 

人ごみを掻き分けて一夏に声をかけると、救世主が現れたかのような顔で助けを求められた。

周りの女子を気にしているので視線を向けると、それぞれ随分と際どい格好をしていた。あ~こりゃ男には毒だわなぁ。

 

「おーい箒。このままだと一夏が狼になって周りの女子に襲いかかちゃうぞー」

「するかぎゃああぁぁぁ!」

 

扉をノックしながら部屋にいるだろう箒に告げると、扉が勢いよく開いた思ったら、飛び出してきた腕に襟を掴まれた一夏が引き込まれていった。ホラー映画によくありそうな場面だった。

 

「あの人が織斑君のお兄さん?」

「本当に女の人みたい」

「美人だよねぇ~」

 

一夏がいなくなったためか、俺に注目が集まってしまったらしい。つーか布仏さんよ俺に美人は褒め言葉じゃないからね?

 

「さっきの馬鹿(一夏)の兄貴分の天道勇だよ、ここで生活させてもらうから弟共々よろしくね。それと男もいるってことを意識して服装を選んでもらえると助かる」

 

取り敢えず自己紹介としておこう。それと格好について注意すると「はーい」と元気よく返事してくれた。ここの生徒も来禅と同じくらいノリがよさそうだな。

そんなことを考えながら「入るぞー」と部屋の中の一夏らに言いながら入ると、正座している一夏を箒が仁王立ちしながら見下ろしていた。

 

「で、何があったんよ君ら?」

「それが…」

 

二人の話を纏めると互いに同居人のことを知らず、箒がシャワーを浴びている時に一夏がやって来て、相手が女子だと思っていたのでタオル巻いただけで出て行ったそうだ。後は察しの通りの展開となったそうだ。

 

「なるほどねぇ。一夏も悪気はなかったんだから許してあげなよ」

「それはそうですけど…」

「てか君ら同居人のこと聞かされてなかったの?」

「いえ」

「そういや山田先生から聞いてなかったな」

 

伝えておけよ…。そもそも男女を同じ部屋にするなよ、いや色々と要因があるんだろうけどね。クサレ兎とかクサレ兎とか。

 

「その箒、知らなかったとはいえ、俺が悪かった許してくれ」

「いや、私も迂闊だったすまなかった一夏」

 

うむ。これにて一件落着のようだな。では俺の用件を済ませるか。

一夏に近づき笑顔で肩を掴む。

 

「一夏よ」

「どうしたのさ勇兄?てか顔が怖いし肩が痛いんだけどッ!」

「貴様俺がホモだと思っているらしいなぁオイ」

「え?違うのぐあああああああああ!!」

 

素晴らしき思考の弟にコブラツイストを決めてやろう。

一夏が必死に抵抗しているが、何遠慮するな特と味わうがいい。

 

「俺はホモじゃねえええええええええ!!!」

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 

次は四の字固めにしてやろう。ほれほれたんと味わえ。

 

「だ…だって…女性に…興味無い…感じ…だったし…。さっき…だって…周りの…女子を…気にして…なかったじゃん…」

「単に気になる相手がいなかっただけだし、あれくらいで狼狽える様な鍛え方してねぇんだよ!」

「おがああああああああああああああ!!!」

 

止めを刺すべく海老反り固めに移行する。フフフいい声で鳴くじゃないかぁ!

 

「ほ…箒…た、助け…てくれ…」

「自業自得だ諦めろ」

 

箒に助けを求めるがあっさりと切り捨てられる。さあ、これでトドメだ!

何かが折れる音と共に一夏の悲鳴が響き渡ったのであった。



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第二十三話

プリンセスとの戦の翌日。被害が出ていなかった来禅学園では普段と変わらず授業が行われていた。

そんな中、五河士道は自身の席が窓に近いこともあり、ぼんやりと空を眺めていた。

昨日空間震警報が鳴る中、避難していないと思っていた妹の琴里を探している時に出会った”精霊”『プリンセス』と呼ばれる存在に遭遇した。

駆けつけたASTとの戦いの最中、意識を失った士道は目が覚めたら”ラタトスク”と呼ばれる組織が保有する空中艦『フラクシナス』に保護されていたのだ。

空中艦を目の当たりにするという、SFの世界にでも放り込まれたかの様な事態に驚愕したが、何よりも士道を驚かせたのは妹の琴里がそのラタトスクの司令官だったことだろう。

士道の知る限り、琴里はどこにでもいる様な普通の少女であった筈なのだが、いつからどうしてそんなことをしているのかは結局はぐらかされてしまった。

一先ずそのことは置いておくとして琴里から聞かされた話では、精霊とはこの世界とは異なる隣界に存在する謎の生命体であり、空間震は精霊がこの世界に現れる際に引き起こされる現象とされているそうだ。

ラタトスクは、精霊との対話による空間震災害の平和的な解決を目指して結成された秘密組織で、精霊との交渉役に選ばれた士道をサポートするために存在しているらしい。

なぜ特別な力も持たない普通の人間である自分が選ばれたのか、疑問しか湧かないが琴里曰く「士道にしかできない役割」なのだそうだ。

分からないことだらけだが、一つはっきりしているのは、昨日会ったプリンセスと呼ばれる少女の目がかつての自分と瓜二つだったことだ。

士道と妹の琴里ひいては両親とは血の繋がりが無い。つまり士道は生まれた時から五河家の人間ではないのだ。

士道が物心つく前後に親に捨てられたのを今の両親に拾われたのだ。今では気にしなくなったが、引き取られた当初はなぜ捨てられたのか?自分はこの世界に必要無い存在ではないのかと絶望していた。

あの少女はそんな自分と重なったのだ。出現するだけで世界に甚大な爪痕を残す存在――精霊

連合軍は精霊を殲滅することで対処しようとしている。確かにそうすべきなのだろう。

でもそれでも。少女の、今にでも泣き出してしまいそうな顔を。悲痛な声を聞いた時、これは、何かが違うと(・・・・・)思ってしまったのだ。

自分に何ができるか分からないが、このまま見て見ぬ振りをすることはできなかった。

 

「はぁ…」

 

琴里が言うには次に精霊が現れるのは一週間後らしく、それまでは交渉のための訓練を今日の放課後から行うそうだ。

何をやらされるか不明だが、訓練の話をした時の琴里の満面の笑みに恐怖を感じてしまった。一体何をやらされるのだろうか?

 

「来て」

「へ?」

 

考え事をしていたら、同じクラスメートの鳶一折紙に手を掴まれ引っ張られて教室を出ていく。

教室からはクラスメートの男子の悲鳴やら女子のキャーキャー騒ぐ声が聞こえてきた。

鳶一折紙は容姿端麗、頭脳明晰でおまけにスポーツ万能な天才少女で、クラスメートの殿町宏人が話していた去年の『恋人にしたい女子ランキング・ベスト13』(士道は微塵も興味が無かったが、勝手に語りだした)で第三位だったらしい(なぜベスト13なのかと言えば主催者が13位だからだそうだ)

さらに、連合軍極東支部の精鋭部隊であるASTに学生の身でありながら所属しているのだ。

そんな少女と去年の『恋人にしたい男子ランキング・ベスト358』で52位(匿名の誰かが一票入れたそうだ)の自分と手を繋いで教室を飛び出せば、騒ぎになって当然だろう。

折紙は無言のまま階段を上り、屋上の扉へ続く階段の踊り場でようやくその手を話した。

 

「連れて来た勇」

「え?」

 

折紙が屋上の扉の方へ顔を上げて誰かに伝えるように話したので、釣られて向くと一人の少女が扉の前に立っていた。

 

「ありがとう折紙。悪いね手間をかけさせて」

 

いや、少女ではない。扉の前に立っていたのは天道勇。数ヶ月前までこの高等部に在籍していた男子であった。

昨年の『恋人にしたい男子ランキング・ベスト358』で堂々の1位。男でありながらアイドル顔負けの容姿で、分け隔てなく誰とでも優しく接する性格から、男女問わず絶大な人気を誇り、卒業した今でも数多くのファンがいるのだ。

他にも今年高等部に上がった、小学生の時に素手で熊を倒したと噂されるツインテールが特徴的な少女を軽くあしらう程の武術の達人である。

それに、去年の末に起きたVRMMOFPSを利用した殺人事件を解決したとの噂も流れたりと、とにかく話題に事欠かない人物で、来禅学園にいる者でその名を知らぬ者はいない程の人物である。

先程の折紙との会話から察するに、彼が折紙に頼んで自分を連れてこさせたみたいだが、彼とは接点が無い筈なのにどういうことだろうか?と士道は必死に思考していた。

 

「五河士道君だね。俺は天道勇。怪我が無いみたいでよかったよ。昨日は災難だったね」

 

階段を降りながら語りかけてくる勇。扉の窓から差し込む日光に照らされた姿は、神々しさすら感じられる程に美しかった。思わず見とれてしまう程に――

だが、勇の口ぶりはまるで会ったことがあるかの様であったが、士道の記憶している限りでは彼の姿を見かけることはあったが、話したことまでは無かった筈である。

士道が困惑していると何かに気がついた様に「ああ」と声を漏らした。

 

「生身で会うのは初めてか。昨日君を救助したPTに乗ってたのは俺なんだ」

「え!?」

 

そう言えばあの時聞いた声はどこか聞き覚えがある気がしていた。

彼は卒業後軍に入ったと聞いていたがもう実戦に出ているとは思っていなかった。

 

「そ、そうだったんですか。その、あの時はありがとうございました」

「そうかしこまらなくてもいいよ。妹さんも無事だって聞いたけど?」

「え、ええ。おかげさまで」

 

そう言えば、ラタトスクは非公式の組織であり、精霊殲滅を目標とする軍とは敵対してしまうので、その存在を知られる訳にはいかないのだそうだ。

なので、軍には戦闘の途中で気絶した士道を保護したのは、軍の特殊部隊であると誤魔化しておいたと琴里が話していたのを思い出した。

軍を欺けるとは、ラタトスクは想像以上の力を持っているらしい。

 

「それで、君を呼んだのは聞きたいことがあってね」

「聞きたいことですか?」

 

まさかラタトスクの関係者であることがバレたのか?と思わず身構えてしまう士道。しかし勇の口から出た言葉は予想とは違った。

 

「そう、昨日君が遭遇した少女のことさ。鎧を着て剣で襲いかかってきたね。知りたくないかい?あの子のことを」

「それは…そうですね…」

 

本当はもう知っているのだが、言う訳にはいかないので素直に首を縦に振る。

 

「あれは精霊と呼ばれる、この世界とは別の次元からやって来る生命体なんだ。人間とそっくりだけど違う生き物なんだ。空間震ってのは奴らがこの世界にやって来る際に生じる現象なんだよ」

「そして、私達が倒さなければならないもの」

「…っ、そ、その精霊ってのは、悪い奴なのか…?」

 

士道は、そんな質問を投げかけていた。

すると、微かにだが、折紙が唇を噛み締めた気がする。

 

「――私の両親は、五年前、精霊のせいで死んだ」

「…な――」

 

予想外の答えに、士道は言葉を詰まらせた。

 

「私の様な人間は、もう増やしたくない」

「…そ、うか――。でも、殺すしかないのか?」

「?それはどういう意味?」

 

士道の言葉に折紙は表情を変えずに首を傾げ、勇は興味深そうな目で士道を見た。

 

「人を傷つける精霊もいるかもしれない。だからって精霊全てが敵なのか?戦い以外に手を取り合うことはできないのか?」

「それはできない」

 

折紙が首を横に振って否定する。

 

「どうしても…なのか?」

「ん~それは難しいよね~」

 

すがる思いでいる士道に、勇が話しかける。

 

「さっきも言ったけど、精霊がこっちに来る度に空間震が起きてるんだ。君も見ただろう?あの破壊された街を。あんなことをする奴らと一緒に暮らしたいの?」

「それは…精霊が意図してやっているんじゃなくて、事故みたいなものかもしれないじゃないですか」

「まあ、確かに精霊がどんな目的を持っているか不明だけど、現に空間震で多くの死人だって出ているんだ。それを事故だったから許そうよってことにはならないでしょ?」

 

最初に発生した空間震”ユーラシア大空災”では1億5000万人もの死傷者を出し、その後の空間震でも多くの人々が犠牲となっている。さらに空間震が発生する度に認定特異災害”ノイズ”の出現率も上昇し続けた。研究の結果、空間震によってノイズの存在する世界とこの世界との境界が薄れていっていると見られている。

現在でもシェルターの普及や軍の対応が強化され被害が激減しているが、決してゼロになった訳ではないのだ。

 

「仮に空間震の問題を解決したとしても共存は無理だろうね」

「なんでですか!?空間震が無ければ戦う必要はないじゃないですか!」

 

あくまで精霊との共存を否定する勇にカッとなって詰め寄る士道。

対する勇は士道の反応は予想通りと言った感じである。

 

「空間震が無くなっても精霊の持つ力が驚異なのは変わらない。奴らがその気になれば人間なんて虫けらの様に殺せる。例えるなら、いつ爆発するか分からない核爆弾と生活する様なものだ。その恐怖に耐えられる人間なんて超がつく馬鹿だけさ」

「……」

 

勇の言っていることが普通なのだろう。士道にもそれは理解できる。それでも――

 

「だからって…」

「うん?」

「だからって、俺には精霊が死んでいいって理由にはならないと思います」

 

勇の目をしっかりと見据えて士道は自分の考えをぶつけた。

例え世界が士道の考えを間違っていると言おうとも、精霊に死んでほしくない。できるなら精霊にこの世界を好きになってもらいたいと士道は思っていた。

 

「そうだね…俺もそう思うよ…」

「え?」

「危険だからってだけで、ただ滅ぼすって言うのは、間違ってると思うよ俺も」

「だったら、どうして戦うんですか?」

 

間違ってると言いながらも、精霊と戦っている勇にそう問いかける士道。

 

「…十年前に起きた空港でのテロ事件って知ってるかな?」

「ええ、毎日の様にニュースでやってましたから」

「俺はその事件の生き残りなんだよ」

「!?」

 

勇の言葉に驚愕する士道。そんな士道に自分に起きた事件のことを話した。

自分を庇って死んでしまった母親や、周りにいた人々が死んでいく光景が何度も夢に出てきたこと。その時何もできなかった自分を恨んだことや、そのテロで亡くなった人々の遺族からの恨み言を浴びせられたこと。あることないこと騒ぎ立てるマスコミや世間の非常さを。

 

「あんな地獄はもう見たくないし、誰にも味あわせたくない。それに、このまま精霊を放置すれば、俺の大切な人達が危険に晒され続ける。だから俺は戦うし、喜んで鬼にもなるよ」

 

勇の並々ならぬ覚悟に言葉を失う士道。ただ流されるまま精霊と対話しようとしている自分が、酷くちっぽけに思えてしまった。

 

「ま、あくまで俺の場合って話だからさ。君は君の思う様にすればいいさ、何が正しくって何が間違ってるのかなんて人それぞれだしね」

 

そう言って笑いながら士道の肩を軽く叩く勇。何となくだが、「お前はお前のやりたいことをやれ」と背中を押された様な気がした。

もしかしたら、自分とラタトスクの関係を知っているのかもしれないと考えた瞬間――

 

 

 

 

 

『この世界に住まう全ての人間に告ぐ!我らは異世界より参った選ばれし神の徒、アルティメギル!』

 

空から突然声がしたので空を仰ぐと、とても大きなスクリーンが空に浮かび上がっていた。

そのスクリーンには竜の様な外観の怪物が、これ見よがしに玉座に座り、足を組んでいるのが映し出されていたのだった。



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第二十四話

『我らは諸君らに危害を加えるつもりは無い!ただ、各々持つ心の輝き(ちから)を欲しているだけなのだ!抵抗は無駄である!そして抵抗しなければ、命は保証する!!」

 

竜の様な見た目の怪物が、偉そうに演説しているのを士道は唖然と見ている側で、勇はスマフォを操作しており、折紙はスマフォでどこかと連絡を取っていた。

 

「こちらの通信設備のジャックもしているみたいだねぇ。多分世界規模で流れてるんじゃないかな?」

 

勇がスマフォの画面を士道らに見せるとワンセグが起動されており、それにも怪物の演説が流れていた。

 

『ふはは、我が名はタトルギルディ!ドラグギルディ様のおっしゃる通り、抵抗は無駄である!綺羅星と光る青春の輝き…体操服(ブルマ)の属性力を頂く!』

 

竜の怪人ドラグギルディと交代する様に現れた亀の怪人がふんぞり返る。

すると、いかにも特撮に出そうな戦闘員風の格好をした者が、申し訳なさそうにタトルギルディに近づき、耳打ちした。

 

『…なにい、この世界では今は殆ど存在せぬだと!おのれ愚かな人類よ、自ら滅びの道を歩むかあああああああああ!!』

 

タトルギルディが絶叫すると映像が途切れ、いつもの空へと戻った。

 

「あれが、エレメリアン?」

 

エレメリアンとアルティメギルの存在は、朝には世界中に公表されていたが、実際に目の当たりにした士道は色々な意味で驚愕していた。

あんな変態じみたことを言う連中が、危険な存在なのか信じられないのだ。

 

「別に放っておいてもいいんじゃないかって思うかい?」

「え!?いや、その…」

 

勇に図星を突かれた士道は、不謹慎なことを考えたことを咎められると口ごもってしまった。

 

「ま、普通はそう考えるよね」

 

だが、勇は特に怒る訳でもなく、グランドが見下ろせる位置まで歩き出した。

グランドには部活動に励む生徒らが、先程の放送に騒然となっていた。

 

「君は彼らが何であんな風に部活に励んでいると思う?」

「それは…楽しいからとか、やりがいがあるからじゃないですか?」

「そうだね。じゃあ、もしそれが無くなったらどうなるかな?」

「どうって…」

 

勇の言いたいことが分からず首を傾げる士道。

 

「エレメリアンは人間の愛情や執着、簡単に言えば心を奪うのさ」

「でも、エレメリアンは命までは奪わないんですよね?」

 

エレメリアンが、人間の属性力と言うのを奪っていくという話を聞いたが、それがどんなことになるのか士道はいまいち理解していなかった。

それにエレメリアンは基本属性力を奪うだけで、下手に抵抗しなければそれ以上の危害を加えないと聞いていた。

 

「そうだね。だけど、もし彼らが野球やサッカーと言ったスポーツの属性力を持っていたとして、それが奪われれば、それらに注ぎ込んでいた情熱を失うのさ。そうなった人は、何に打ち込むこともなくただ生きることしかしなくなる。まるで機械みたいにね。それって生きているって言うのかな?」

「!?」

 

ようやく勇の言いたいことが理解できた士道の体に衝撃が走った。

つまりエレメリアンは人間の心を殺すのだ。例え肉体が生きていたとしても、それを支える心が死ねば死体も同然と勇は言いたいのだ。

 

「目に見えた被害が出にくい分、誰もがその驚異に気が付きにくい。君みたいに楽観視した多くの世界が、奴らの犠牲になったそうだよ」

「……」

「何事も見た目や言動だけで判断しない方がいい。まあ、難しいだろうけどね…」

 

何も言えない士道にそう言って肩を竦める勇。すると、今までどこかと連絡を取っていた折紙が勇に歩み寄った。

 

「リディアン音楽院にアルティメギルが出現したので、急行するようにと」

「早速来たか。折紙は彼を避難させてから来てくれ。俺は先行する」

「分かった」

 

勇と折紙が話している間に避難警報が鳴り出し、折紙が士道の手を取る。

 

「避難を」

「え?あ、ああ」

 

連れて来られた時の様に、引っ張られながら階段を下りていく士道を見送ると、勇も校舎の外を目指して階段を下りていった。

 

 

 

 

 

来禅学園に近い道路に二人の少年と少女がいた。

少年の名は観束総二。来禅学園高等部に通う一年生である。

 

「あいつら、本当に地球丸ごと侵略するつもりなのか!!」

 

先程までアルティメギルの演説が行われていた空を見上げながら、表情を険しくしている総二。

 

「あんなことができるなんて、トゥアールが言っていた通りただの変態集団じゃないのね」

 

総二の隣にいた幼馴染の少女津辺愛香が、まるで得心がいったと言った様な顔で呟いていた。

不意に総二のポケットの入っている携帯が鳴り出した。

 

『総二様、今のご覧になりましたか!?』

 

総二を様付で呼ぶ少女の名はトゥアール。とある理由で、現在総二の家に居候の身である。

彼女の話では来禅のすぐ側にあるリディアン音楽院――未だブルマ採用――がアルティメギルに襲撃されているとのことだ。

通信を終え持っていたカバンを愛香に預けると、何かを躊躇うかの様に自身の左腕を見る総二。そしてそれを振り払うかの様に左腕を構えた。

 

「…テ、テイルオン」

 

恥ずかしさの残る声で謎のワードを口にすると、総二の左腕に特撮に見られる形のブレスが現れた。

ブレスから発せられる炎の様な輝きが総二の身体を包んだ。

輝きが収まると、総二の体は幼女としか言えない身体に、メカニカルな武装が施されたスク水の様なスーツを身に纏い、髪は地面に着きそうな程の長さのツインテールへとなっていた。

そう。彼こそが、先日現れたアルティメギルを撃退した属性力を動力としたパワードスーツ”テイルギア”の戦士”テイルレッド”なのだ。

なぜ彼がその力を手にしたのかと言えば、先日突然総二達の目の前に現れた少女トゥアールに渡されたのである。

彼女の話ではテイルギアを起動させるには、その世界で最も強いツインテール属性を持つ者だけなのだそうだ。そしてこの世界でその資格を持つのが総二だったのだ。

なんと彼は、男でありながら幼い頃からツインテールが大好きという、一風変わった性癖を持っていたのだ。

最初は話について行けない総二だったが、トゥアールに連れて来られた天宮市スクエアでアルティメギルの存在を目の当たりとした。

そこでアルティメギルの所業を知った総二は、愛するツインテールを守るために戦うことを決意したのだった。

ちなみになぜ幼女の姿になるのかと言えば、ギアの開発者であるトゥアールの趣味だそうである。

 

「よし、行くぞ!」

「頑張ってね、総二!」

 

愛香の声援を背に駆け出すテイルレッド。ちなみにテイルレッドになった際、声も幼女特有の幼いものになっている。

ギアによって強化された身体能力を活かし、建物の屋上を飛び移りながら、リディアン音楽院を目指す。

陽の光を浴びて淡く輝くツインテールを揺らしながら、戦士が戦場(いくさば)へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

リディアン音楽院は主に音楽に力を入れたカリキュラムで有名だが、生徒の自主性を重んじて運動部系の活動も行われている。

放課後となったリディアンの校庭では、運動部に所属している生徒らが集まっていたが、その中に異形の集団が混じっていた。

 

「ふぁはははははは!!我が名はタトルギルディ綺羅星と光る青春の輝き…体操服(ブルマ)を愛する者なり!」

 

先程の放送に出ていた亀型の怪人が、放送の時と同じ様なことを口走っていた。

 

「素晴らしい!青春のために流された汗!それが体操服(ブルマ)に命を吹き込んでいる!!」

 

常人には理解しがたいことを熱弁しながら、鼻息を荒くし拳を握り締めるタトルギルディ。その周りでは、戦闘員であるアルティロイドが、属性力を奪うための機械の輪っかを手早く準備していた。

色々な意味で恐怖する生徒らを、一列に並ばせるようにタトルギルディが指示しようとした時、何者かの声がそれを止めた。

 

「む!?何者だ!!」

 

タトルギルディが声のした方を向くと、一人の女子生徒が立っていた。その表情は怯えを含ませながらも、どこか力強さを感じさせた。

 

「わ、私が何でもします!だから他の人には手を出さないで下さい!」

「ほう…」

 

立ち向かって来た少女。立花響の言葉にタトルギルディの目が妖しく輝く。

 

「響!?」

 

響の名を呼びながら、一人の少女が慌てた様子で駆け寄って来た。響の幼馴染である小日向未来という名の少女である。

 

「未来!?どうして追いかけて来たのさ!?」

「どうしてじゃないわよ!また勝手に一人で突っ走って!!」

「でも、そうでもしなきゃ皆が…」

「でも、じゃない!響はもっと自分を大切にしなきゃだめよ!」

 

何やら言い合いを始めてしまった二人に、一瞬面食らってしまったタトルギルディだが、すぐに気を取り直してわざとらしく咳をした。

 

「そこの娘よ!先程何でもするといったのは確かだな!」

「はい!私でよければ!」

「響!!」

 

響を止めようとする未来の声を遮る様に、タトルギルディが指を鳴らした。

するとアルティロイド達がある物を運んできた。衣服屋に置いてある試着室である。

 

「ならば、この体操服(ブルマ)に着替えてもらおうか!!」

 

そう宣言したタトルギルディが、どこからともなく取り出したのは、一着の体操服(ブルマ)であった。

見た感じどこにでもありそうな物だが、タトルギルディが数ある微妙に形の違う体操服(ブルマ)の中から選び抜いたお気に入りの品物らしい。

 

「この体操服(ブルマ)は我が選び抜いた至高の一品!お前の様な勇気ある少女に履かれるのが相応しい!!」

『(へ、変態だああああああああ!!!)』

 

先程より鼻息を荒くして熱弁するタトルギルディに、少女らの心が一つになった。

 

「分かりました。着ます!」

 

周りの少女らがドン引きする中、恐れを感じさせず迷いなく言い放つ響。躊躇いなく自分を差し出すその姿は、どこか異様とも言えた。

 

「ッ!?わ、私も、私も着ます!」

「ほほぅ…」

 

響だけを犠牲にできないと、未来が名乗り出るとタトルギルディが、値踏みするかの様に未来の身体を観察し始めた。特に太ももと言った脚ら辺を。

余りの気持ち悪さに泣きたくなるが必死に堪える未来。そして、タトルギルディの目が不気味に輝いた。

 

「その美脚…小娘!さてはお前、陸上部員だな!!」

「も、元…ですけど…」

 

未来は中学生だった昨年まで陸上部に所属していたのだ。

 

「よかろう!お前にはこれを着てもらおう!引き締められたその脚を引き立てるにはこれがベストだ!!」

 

そう言って、またもどこからともなく体操服(ブルマ)を取り出すタトルギルディ。傍から見れば響に着せようとしているのと違いはないように見えるのだが…。

 

「駄目だよ未来!未来までそんなことすること無いよ!」

「響だけ犠牲になればいいって言うの!?そんなの私は嫌!」

「ええい!早く着替えんか…む?何だ?音が…」

 

再び言い合いを始めようとしていた響らをせかそうとしたタトルギルディだが、不意に聞こえてきた音に辺りを見回し始めた。

 

「モケー!」

 

アルティロイドの一体がある方向を指差すと。何者かが歌を口ずさみながらゆっくりとした足取りで、タトルギルディらへと向かって来ていた。

ちなみにアルティロイドは言葉を話すことができない。どうでもいいが。

 

「テイルレッド、ではないな…。貴様何者だ!」

 

てっきり先日同胞であるリザドギルディを倒した赤き戦士かと思ったが、バイザーで顔は見えず、青を強調したスーツを身に纏い、まるで刃を思わせる雰囲気を纏った少女だった。

響はその姿に見覚えがあった。二年前、自分を助けてくれた女性が身に纏っていた物と酷似していたのだ。

 

「貴様の様な下衆の輩に名乗る名は持ち合わせていない」

「なんだと!?我が崇高なる体操服(ブルマ)への愛を侮辱するか貴様!!」

 

現れた少女――風鳴翼の言葉に、激しく激昂するタトルギルディ。

エレメリアンとは属性力が自我と肉体を持って生まれた存在。すなわち属性力が魂と言っても過言ではない。

自らの属性を愛することを侮辱されることは、存在を汚されるに等しいのである。

憤慨しているタトルギルディを尻目に勇が駆るヒュッケバインMK-Ⅱが翼の側に降り立った。

 

『よう、手を貸そうか風鳴?』

「不要。私一人で十分だ」

 

そう言って前へ歩み出る翼。翼の性格からして予想通りの返答であったし、彼女と相手の実力差なら一人でも問題ないと判断したので、勇はそれ以上は何も言わず邪魔にならない位置まで移動した。

 

「よかろう!貴様を打ち倒し体操服(ブルマ)の良さを骨の髄まで教えてやろう!!」

 

タトルギルディが翼へと突進してくる。二メートルはあろう巨体と亀の名を冠するだけあって、重厚である肉体を駆使して、翼を弾き飛ばそうとしているのだろう。

対する翼は表情を変えることなく、手にしていた刀を腰に据え鍔に手をかけると、腰を低くして居合の構えを取った。

 

「ひねり潰してくれるわぁ!!!」

「―――ッ!!!」

 

タトルギルディと接触する間際に、巨体をすり抜けながら抜刀した翼。

斬られたと思ったタトルギルディだが、身体には何の変化も起きていなかった。

自身の身体の強度は、エレメリアンの中でもかなりのものだと自負している。恐らく手にしていた刀では、切れ味が足りなかったのだろうとタトルギルディは考えた。

 

「ふ、ふふ。何だ、なまくら刀ではないか、そんな物では我が身体は――あれ?」

 

タトルギルディの言葉の途中で翼が刀を鞘に収めた。するとタトルギルディの視界が横にずれていく。

 

「…確かに貴様の身体は頑丈だろうが、そこ(・・)はそうでもなかったな」

 

翼が言い終わるのと同時にタトルギルディの頭が地面に落ちた。

タトルギルディの身体で、最も脆く狙いやすい首を斬ったのだ。

 

「ば、馬鹿な…!せめてあの小娘らの体操服(ブルマ)姿は見たかったぞ~~~~~~~~!!!」

 

しょうもない断末魔を残して爆散したタトルギルディ。

 

「モ、モケー!?」

 

残されたアルティロイドらも、翼が睨みつけると蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。律儀に持ってきた試着室も回収していた。

そしてテイルレッドが現場に到着するも、既に事態は収束していたのだった。

 

「あ、あれ?アルティメギルは?」

『どうやら、そこにいる人達が倒してしまった様ですね…。テイルギア無しでエレメリアンを倒してしまうなんて、この世界の技術力はやはりおかしいです…』

 

通信機からトゥアールの困惑する声が聞こえてきた。

実は彼女は、アルティメギルによって侵略されてしまった別世界からやってきたのだ。

世界の仇を討つため。そして、アルティメギルの犠牲者をこれ以上増やさないために、自分の力でテイルギアを開発しこの世界へ渡ったのだ。

彼女の世界はこの世界よりも遥かに発達していたが、それでもアルティメギルに対抗できたのはテイルギアのみだった。

そんな彼女からしてみれば、テイルギアに匹敵する戦力を多数持っているこの世界は、歪に発展している様に見えるのだろう。

 

『とにかく。エレメリアンが倒されているのなら、国連軍と関わる前に早く退散しましょう総二様』

「でも、やっぱり軍の人と協力した方がいいんじゃないか?」

『駄目です。この世界の軍は信用できません。下手をすればテイルギアを取り上げられる可能性があります』

 

昨日、トゥアールからアルティメギルやテイルギアの説明を聞いた総二は、国連軍と協力すべきではと提案した。

しかし、トゥアールが独自に調べた所、軍のスポンサーの中でも最大級の規模を誇るDEM社を始めとする多くの企業が、裏ではテロリストと深く関わっていたり、非人道的な実験を行っているのだそうだ。

なので軍と関わりを持つと、テイルギアの技術を独占するために、理由をつけて取り上げようとしてきたり最悪、最強のツインテール属性を持つ総二が実験体にされてしまう危険性が高いので軍とは関わるべきではないと主張した。

総二はとてもではないが信じられなかったが、愛香もその意見に賛同したため軍とは距離を置き、独自に活動していくこととなったのだ。

まあ、男の自分が幼女に変身しているのがバレたくないと言う個人的な事情もあるのだが。

 

『ん?彼女が話にあった子か。俺が話かけてもいいか?』

 

一方の勇もテイルレッドの存在に気がついた。一応軍のデータと照合し一致した。

テイルレッドと接触した場合。事情を聞きたいので、基地まで同行してもらう様説得せよとの命令が出ている。この場合、勇か翼のどちらかになるのが、勇自身テイルレッドに興味があるので話してみたいらしい。

 

「任せる」

 

責任感の強い翼のことなので自分が向かうと言うと思っていたが、案外あっさりと身を引いた翼。

幼少より戦士としての鍛錬に明け暮れていたので、人付き合いが苦手だからとは口が裂けても言えない翼であった。

 

「あ、あの」

 

そんなことを話していると、響が遠慮がちに翼へと声をかけた。

 

「助けて下さって、本当にありがとうございます」

「…一つ忠告しておく」

 

響のお礼に応えることなく口を開く翼。

 

「え?」

「お前がしていることはただの蛮勇だ。今回は運がよかったが、ヘタをすれば死んでいてもおかしくは無かった」

「それは…」

 

翼の言葉に何も言えない響。実際彼女の言っていることは正しい。響の行動は自殺志願者と言える様なものであったのだから。

 

「力を持たない者が軽々しく戦場に…」

『そこまでだ。その子は少し訳あり(・・・・)なんだ』

 

翼の言葉を勇が遮った。その口ぶりは響のことを知っているかの様であった。

 

「どういうことだ?」

『彼女は俺と似たところがあるんだよ。詳しくは後で話す』

 

そう言って勇が頭部のみを外し素顔を晒すと、響の目が驚愕に見開かれた。

実は1年前自分を助けてくれた恩人なのだ。響にとって勇は。

 

「勇さん!?」

「久しぶりだな立花。小日向も無事で何よりだ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

そう言って安心した様に微笑む勇。未来も勇の予想外の登場に驚いているのか、返事がぎこちなくなってしまっていた。

こうして話会うのは1年前助けてもらった時以来であり、話したいことは色々とあったのに、緊張の余り上手く言葉にできなかった。

心臓が煩く聞こえるくらい高鳴り、身体が燃えているんじゃないかと思える程熱かったが、不思議と嫌ではなかった。

 

「悪いがやるべきことがあるのでまた後で、む?」

 

テイルレッドを説得しに行こうとした時、新たに警報が鳴り出したと同時に、特異災害対策機動部の弦十郎から通信が入る。

 

『聞こえるか翼、勇君!リディアン上空に転移反応だ!この波長はインスペクターだぞ!』

『了解、迎撃体制に入ります。風鳴は大丈夫か?』

 

瞬殺したとは言え、翼は先程エレメリアンと戦ったばかりなので念のため勇が確認する。

 

「当然だ」

 

舐めるなと言うかの様に、武器である刀を構え戦闘体制に入る翼。

それに頼もしさを感じながら、続くように勇も戦闘体制に入ると、歪んでいる空を見据えた。




原作だと描写も無く倒されたタトルギルディに出番をあげたら無駄に長くなってしまった。本当ならインスペクター戦まで収める予定だったのに。おかげで、初登場のテイルレッドが微妙な感じになってしまった…。
次回は活躍させますのでお許し下さい。


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第二十五話

少し前にたまたま本屋に寄ったら、ISの最新刊が発売されていました。
正直このまま打ち切りになったらどうしようって、ビクビクしていたので嬉しかったです。
ISの新刊が出ないとこの作品も死にますからね。
まあ、まだ読めてないけどね!



リディアン音楽院の上空に転移してきたインスペクターの機動兵器。機種は”ソルジャー”と呼称されている以前にも現れたのと同様である。

青色と赤色の二種類があるが、青はA型(アサルトタイプ)、赤はB型(バスタータイプ)と分類されている。

数は12機程。対するこちらは俺と風鳴の二人。テイルレッドは民間人と同じ扱いなので、戦力としてカウントしてはいけない。数の差もそうだが、一番の問題はまだ周りに民間人がいることだ。

どうにか避難させる時間を稼ぎたいが、既に奴らはこちらに向けて武器を構えていた。

 

「全員、シェルターまで走れェ!!!」

 

事態が飲み込めず呆然としている生徒らに力の限り叫ぶのと同時に、ソルジャーが手に持っているライフルからビームが発射される。まるで雨の様にビームが避難が終わっていない校庭へと降り注いだ。

 

『させん!』

『うおおお!』

 

降り注ぐビームに向かって風鳴とテイルレッドが跳躍すると、風鳴は手にしていた刀を大型化させエネルギーの刃を放って撃ち落とし、テイルレッドは髪留めのリボン状のパーツから紅の剣を召喚すると切り払った。

ビームの何発かが俺の方にも飛んできたが、背後には立花と小日向がいるので回避はできない。なので、左腕のサークル・ザンバーで受け止めるが、防げなかったビームの一発が右肩装甲を抉り熱が肉を焼いた。最も痛みを感じている余裕は無かったが。

 

『勇さん!?』

「大丈夫だ!いいから早く避難しろ!」

 

悲鳴に近い叫び声をあげている立花に怒鳴る様に告げると、テスラ・ドライブを機動させ飛び上がり、ソルジャーへとショットガンを乱射する。ろくに狙いをつけず、距離も離れているため大して当たりはしないが、とにかく奴らの注意をこちらに向けられればそれでいい。

目論見通り敵の攻撃が俺へと集中しだしので、回避に専念するが数が多すぎるのですぐに限界がきてしまう。どうにか打開策を考えないと…。

 

『――ここからは我々の領分だ!お前は退がっていろ!』

『でも、あなた達だけであの数は…』

『幼子を戦場(いくさば)に立たせられるか!ここは我々に任せろ!』

 

風鳴の通信機を通じてテイルレッドとの会話が聞こえてきた。俺としてもあの子にも避難してもらいたいが、説得している余裕も無いのが現状だしな。こうしている間にも敵の攻撃を各々が捌いている状態だ。

どうすべきか考えていると、飛来してきた弾丸がソルジャーにダメージを与えた。

 

『遅くなった』

「折紙か。すまん助かった」

 

CR-ユニットを装備した折紙が、アサルトライフルを撃ちながら俺の前まで移動すると、テリトリーを壁として展開し敵の攻撃を防いでくれる。

すると今度は、新たに飛来した閃光がソルジャーの一体を貫き爆散させた。あの方角はIS学園か!

 

『聞こえるか天道軍曹?』

「ええ、聞こえます。織斑先生」

『オルコットに狙撃で援護させる。こちらからもできる限りのバックアップをする。山田君周辺の状況を送ってくれ』

『はい、織斑先生』

 

周辺の避難状況と言った、交戦空域に関するデータが送られてきた。こういった些細な情報でもあると無いのとでは、雲泥の差なのでとても助かる。

それに、元々オルコットのブルー・ティアーズは遠距離からの攻撃を得意としている。なので、この前みたいに前に出られるより、後方支援に徹してもらった方が助かる。

 

『天道軍曹』

「どうしました?風鳴司令」

 

こんどは特異災害二課からの通信だった。指令の切羽詰まった様子から、ただごとでは無いみたいだ。

 

『ブルーアイランド基地からの連絡で、あちらも敵の襲撃を受けているとのことだ。すまないがこれ以上の援軍は期待できない、君達だけで対応してもらうことになる』

「了解。問題ありません」

 

やはりそちらも攻撃を受けているか。俺達と本隊を分断して各個撃破を狙っているのか?

いずれにせよ、このメンツなら十分に対応できる戦力だ。やってみせるさ。

 

『なぜわたくしがこのような地味な役割を…』

『何か不満か、オルコット?』

『い、いえ。そんなことはございませんわ、織斑先生!』

 

オルコットがぶつぶつと文句を言っていたが、千冬さんのドスの効いた声に気圧された。

ヤクザも真っ青なくらい怖いとか言ってはいけません。三途の川に送られます。ソースは俺。

 

『勇太郎からの指示だ。現場の指揮は勇君に任せるとのことだ』

「俺が、ですか?」

 

俺が指揮を取れって、かなりの無茶をおっしゃいますね風鳴司令。一応父さんからレクチャー受けてますけど、俺まだ新兵なんですけど…。

 

『お前なら問題ない。やってみせろ』

「そこまでおっしゃるなら、引き受けますが。責任取れませんよ織斑先生?」

 

俺に期待しすぎじゃありませんかね?まあ、やるだけやりますが。

 

『誰か異論のある者はいるか?』

 

風鳴司令の問いに反論は無かった。風鳴もオルコットも、自分の上役である指令と千冬さんにそう言われると黙るしかないんだろうけど。

さてと。指揮官のコツとしては、まず味方の能力を把握すること。それを基に誰に何をしてほしいのかを考えること。そして一番大事なのが、仲間を信じることだったな。

敵は中隊規模。1機撃破されているので11機で3小隊に別れているな。ならば――

 

「折紙とオルコットは左側の敵を牽制しろ。まずは右の方を片付ける。俺は空から攻撃し奴らを地面に降ろす、そこを風鳴が叩け。それと風鳴」

『何だ?』

「テイルレッドにどうしても戦うなら、俺の指示に従うことが条件だと伝えろ」

『この子も戦わせる気か貴様!!』

 

怒って当然だけど、耳が痛いんで怒鳴らないで下さい。俺だって嫌だけど、退がってくれないんだから仕方ないじゃないか!

それと、こうして話している間にも攻撃が続いているんだ。オルコットが狙撃で抑えてくれているが、これ以上は防ぎきれなくなるんだよ!

 

「だったら何とか退がらせてくれ!それでいいですか司令?」

『…致し方あるまい。許可する』

 

指令もあんな幼子を戦わせたくはないのだろうが、状況が状況なので認めてくれた。

許可が出た以上従うしか無いので、風鳴がテイルレッドを説得を開始する。

 

『…その条件で構わないそうだ』

「分かった。お前はその子と一緒に行動してくれ。では、行くぞ!」

 

俺の合図と共に折紙が背部のポッドから、複数のミサイルを発射する。

それに対してB型も、背部のポッドからミサイルを発射し迎撃される。

ミサイルの爆発で発生した煙を目くらましにし、一気に右翼側に接近するとA型の一体をザンバーで両断する。

そして周囲のソルジャーにショットガンを撃ちまくる。散弾を受けて怯んだ敵機を蹴り飛ばして他の機体にぶつける。

中央と左翼の部隊が援護しようとするが、左翼はオルコットの狙撃と、その合間を縫った折紙の攻撃によって満足に動けず、中央の部隊も折紙が適度に牽制してくれているので、俺は右翼の部隊への攻撃に専念する。

俺達の攻撃に耐えかねた右翼側が高度を降ろし、地面との距離が縮まったところで風鳴が仕掛けた。

 

『舞え、刃よ!』

 

逆立ちと同時にコマの様に回転し、展開した脚部のブレードでソルジャーを切り裂いていく。

風鳴が仕留めきれなかった敵機を、テイルレッドが剣で切り倒す。これで右翼は片付いた。

 

「次、中央を叩く!」

 

風鳴にあることを指示すると、気を抜くことなく中央の部隊へと襲いかかる。ショットガンの残弾がゼロとなっていたので投棄し、両手にサーベルを装備して突撃する。

A型の一体と切り結ぶと、背後に回った別のA型が斬りかかってきたので、左手のサーベルを逆手に持ち直して受け止める。

そこにB型の二体が大型のライフルを俺へと向けてくる。味方ごと撃つ気か、無人機ならではの戦法だことだな。だがな――

 

「俺に集中し過ぎだな」

 

ビームを撃とうとしたB型それぞれに、地面の方から飛んできたいくつかの小刀と剣が突き刺さって墜落していく。風鳴とテイルレッドが投擲(とうごう)した物である。先程こうなった場合に備えて指示しておいたのだ。

 

「ぬおらぁ!!」

 

背後で切り結んでいたA型を蹴り飛ばし、空いた左手のサーベルを、正面のA型の胴体に突き刺してから切り捨てる。

すぐさま反転し、蹴り飛ばされて態勢の立て直せていない残りのA型へと左手のサーベルを投げつけた。

投げたサーベルは切り払われたが、その隙に懐へと潜り込み右手のサーベルで右腕を切断し、ザンバーで横薙ぎに胴体を両断する。

これで中央も全滅し、残りの左翼側は既に折紙とオルコットによって片付いていた。

 

『敵部隊反応消失。増援が来る気配はありません』

『ブルーアイランド基地より入電。こちらも敵部隊の撃退に成功したとのことです』

 

二課オペレーターの、藤尭朔也さんと友里あおいさんが状況を教えてくれた。今回はこれで終わりか。

 

『よし、皆ご苦労だった。勇君テイルレッドの説得を再開してくれ』

「了解って、ん?おい、風鳴。あの子はどこに行った?」

 

ついさっきまで、風鳴の側にいた筈のテイルレッドの姿が忽然と消えていたのだ。

 

『わ、わからん。気がついたら消えていた』

『これは…』

『どうした友里君?』

『インスペクターとは別の転移反応を検知。恐らく、転移して離脱したものと思われます』

 

転移までできるのかあの子。てか、まるで俺達から逃げたみたいな感じだな。俺達とは関わりたくない理由でもあるのだろうか?

 

『向こうには向こうの事情があるのだろう。また次の機会に話し合ってみよう。各員帰投してくれ』

「了解」

 

初めての部隊指揮だったが、個人的には上手くできたかなと思う。けど、指揮官は他の人の命を背負うってのは理解しているつもりだったけど、想像以上に疲れるな。

こんな重圧をいつも背負っている父さんや、燎子さんは凄いなと改めて感じたのだった。

 

 

 

 

 

戦闘終了後基地へと戻り、傷の治療を終えると、父さんに呼び出されたので部屋へと向かっていた。

部屋には折紙、風鳴、オルコットと今日共に戦ったメンバーが揃っていた。どうやら俺が最後の様である。

 

「遅くなり申し訳ありません少佐」

「いや、気にするな。それより傷はどうだ?」

「はっ問題ありません」

 

傷と言っても右肩が少し焼けた程度なので、リアライザを用いればすぐに治せる。

 

「皆今回は苦労だった。おかげで市街地の被害は軽微で済んだ」

「こちらの方の被害は?」

「大した戦力では無かったんで、微々たるものだったよ。基地の戦力を足止めできればよかったのかもしれん。恐らく奴らの本命は君達だったのだろう」

「自分達がですか?」

「奴らは侵略する世界で優れた技術を取り込もうとする傾向がある。ISやシンフォギアシステムにCR-ユニットに新型PT、それにこの世界のテイルギア。奴らにとっては絶好の狩場に見えたんだろうよ」

 

確かにあの場には、この世界を代表する兵器や装備が揃っていた訳だ。今考えてみると、インスペクターにとっては餌が並べられていたに等しい状況だったのか。

 

「そこで今後も同様の事態が起きた場合を考えて、新設の部隊を立ち上げることになった」

「新設の部隊ですか?」

「そうだ。有事の際、独自の判断で行動できる正規の指揮系統とは異なり、民間からの協力者とそれを統括する軍人で構成された部隊、名称は決まっていないので取り敢えず”独立混成遊撃部隊”と呼称される。君達はそこに所属してもらいたい」

 

なる程。今回みたいな突発的な事態でも、素早く対応するための部隊って訳か。

まあ、通常の指揮系統に民間人を入れても、上手く機能しないだろうから、分けた方が効率的なのだろう。

 

「現在のメンバーはここにいる者達となる」

「現在はと言うことは、今後もメンバーが増えるのですか?」

「ああ。本来なら中国の専用機持ちの代表候補生も昨日IS学園に入学して、参加する予定だったのだが。先月中国で発生したノイズとの戦闘で機体が破損してしまい、到着が遅れているんだ。他にフランスやドイツの専用気持ちの候補生の参加も決まっているが、こちらは機体の調整が遅れているそうだ」

「中国やフランスにドイツがですか?」

 

代表候補生という言葉にオルコットが反応した。自分のライバルと言える存在だから当然と言えるが。

 

「そうだオルコット君。君と日本の代表候補生を入れると、一学年だけで五名の専用機持ちの候補生が在籍することとなる。これはIS学園史上最高人数になるな」

「そんなに多いのですか?」

「多いな。例年なら一人か二人いるかどうかだ。専用機を持っていない候補生の方が多いくらいだ」

「原因は一夏ですか?」

「それもあるな。史上初の男性操縦者だ。少しでもその秘密を知りたいと、どこの国も考えているのだろうさ。それに、今は第三世代の試作機が完成している時期だからな、IS学園でデータ取りをするついでみたいなもんさ」

 

つまり、男性操縦者の登場と、新型ISの完成時期が偶然一致した結果ってことですか。

 

「別に男性操縦者など興味はありませんわ」

「へえ。IS操縦者なのに?」

「ISを動かせようが弱ければ意味はありませんわ。ISが動かせると言うだけで、ちやほやされているだけの(やから)など、せいぜい見世物のパンダにでもなっていればいいですわ」

「厳しいねぇ~。ま、その通りだけどさ」

 

ISに限らず、パワードスーツを身に纏う者に求められるのは強さだ。ISの世界でただ動かせるってだけで、世間から注目されている一夏を快く思わない者は多いのだろうな。

喜んでいるのもISを管理している委員会に、研究者や企業のお偉いさんと言った、現場外の人間が大半ってところかな?

 

「話が逸れたが、新設部隊の隊長は天道軍曹。お前にやってもらいたい」

「え?じ、自分がですか?入隊したての新兵ですよ!?」

 

入隊して数ヶ月で部隊長とか聞いたことないですよ!無茶ぶりはやめて下さいよ!

 

「この部隊は前例の無い構成になる。故に、既存の常識に捕らわれない運用を試してみるべきだと司令は考えていてな。お前なら年も近いしメンバーと何かと接しやすいだろう?指揮能力も先程の戦闘で問題ないと判断しての人選だ。二課やイギリス各国も了承している」

「二課はともかく、各国がよく認めましたねそんなの…」

 

よく新兵に自国の大切な人員と装備を預ける気になったな…。

 

「それだけ期待されているってことさ」

「期待ですか?俺に?」

「天道少佐の息子だから期待されているのだと思う」

 

意味が分からず困惑していると折紙が説明してくれる。知っているのか、折紙!って言いそうになったけど、真面目な話をしているのでやめておく。

 

「どういうことだい折紙?」

「少佐はPTの開発に深く関わり、それ以前からも数々の武勲を重ね軍内部で”英雄”と呼ばれている。その息子である勇が期待されるのは必定」

「…つまり少佐の息子(・・)だから期待してるってことね」

 

それって俺自身(・・・)のことは見てないってことかよ。なる程、そういう風に見られてるのね俺って。

 

「そんな連中の思惑は知らんが、お前は昔から人を引っ張るのが得意だったからな。お前以外の適任者はいないと俺は思う。どうだ?やってくれんか」

 

そこまで言われると断りようが無いじゃないですか。これは腹を括るしかないみたいだ。

 

「了解しました。その任お引き受けします」

「結構。他に軍属がいないんで、副隊長は鳶一軍曹ってことになるけど、誰か異論はあるかな?風鳴君とオルコット君はあくまで民間からの協力者なので、不服ならこちらからの命令を拒否してくれても構わんけども」

「了解」

「私は自分の戦いをするだけです。誰が指揮官だろうと関係ありません」

「今回従ったのはやむを得なかっただけですわ。このセシリア・オルコットのみの力でも、戦い抜いて見せますわ!」

 

折紙はいいとして、他の二人は人の意見を聞く気がない模様。あくまで民間からの協力者なので、強く言えないんだよねぇ。

 

「その結果が前回の戦闘だったんだが、それについて言いたいことはあるかな?」

「「それは彼女(この人)が邪魔をしたからです(ですわ)!」」

 

そう言って睨み合う風鳴とオルコット。折紙氏は止める気は無い模様。この部隊前途多難過ぎる気がします。

 

「好き勝手やって失敗するより、皆で協力して成功するのとどっちが有意義だと思うかね?特にオルコット君は、結果を出さないと不味いんじゃないかな?同じことが続くと二課やイギリスの立場も悪くなるしさ」

「それは、そうですが…」

「……」

 

父さんの正論に反論できない模様。ま、どんな過程でも、結果を伴わなければ認められない世の中だからねぇ。

 

「一先ず何度か実戦で試してみて、それでも嫌だっと言うのなら、編成を考え直すってことでどうかな?」

「そう言うことなら…」

「分かりましたわ…」

 

渋々であるが、取り敢えず納得して下さった様である。後は俺の頑張り次第かぁ。ちょっと胃が痛くなってきた。

 

「で、早速だが。君達に任務を言い渡す」

「いきなりですか!?」

 

発足早々に任務とか何やらされるの!?

 

「そう身構えるな。軍事的なものじゃない、変質者の調査と捕縛だ」

「変質者、ですか?」

 

父さんの言葉に無表情の折紙以外が首を傾げる。それは警察の仕事では?あ、もしかして――

 

「最近話題になっている、白衣の変質者ですか?」

「「白衣の変質者?」」

 

風鳴とオルコットが綺麗にハモったな。何だかんだで仲いいのかね君ら?

 

「うん。先月くらいから、この島にある小中学校の生徒や、保育施設の園児を怪しげなマスクを被って覗き見ている、俺達くらいの年齢の白衣の女が出没しているんだってさ。しかも、かなり血走った目をしているとか聞いたね」

「何だそれは…」

「不気味すぎて、トラウマになりそうですわね…」

 

ドン引きしている風鳴とオルコット。折紙も表情は変えないが引いているみたいである。

 

「勇の説明してくれた通り、対象はその白衣の変質者だ」

「しかし、なぜ我々に?それは警察の役割では?」

「その通りなんだが。幾度が警察が逮捕しようとしたのだがな、その度に逃げられてしまっているのだそうだ。逃げ場のない路地に追い込んでも、忽然と姿を消してしまうのだそうだ」

「忽然と姿を消す?」

「ああ。警察だけでは手に負えないと軍に協力を依頼されてな、そこで軍が調査した結果、どうやら転移技術が使われているみたいなのだ」

 

転移技術って、そんな高度な技術を覗きに使っているとか、どんな頭してるんだよそいつ…。

 

「転移技術が使われていると言うことは…」

「白衣の変質者は異世界人である可能性が高い。最悪、管理局の手を借りなければならんかもしれんな…」

 

そんなことで管理局の手を借りたくないのだろう、憂鬱そうな顔で溜息を吐く父さん。

 

「場合によっては、特殊部隊を出さねばならなくなるかもしれんが。軍としても今の情勢下で部隊を動かして市民を刺激したくなくてな。そこで独立部隊である君達の力を借りたい」

「確かに変質者程度で軍が動いているなんて知れたら、市民も不安になりますね。その分、普段は民間人として活動している我々なら、目立たずに動ける訳ですね」

「そう言う訳なので、よろしく頼む。風鳴君とオルコット君は、さっきも言った通り拒否してくれても構わないよ?」

「そう言うことなら構いませんわ。力無き者を守るのも貴族の役目ですから」

「か弱き幼子を狙う卑劣な輩を成敗するのも防人の役目。お引き受けします」

 

皆思いは同じらしい。家のユウキなんか見た目も幼く見えるから、狙われる可能性があるので放っておきたくないしね。

 

「ありがとう。変質者に関する資料を用意させるので、目を通しておいてくれ。それでは今日はこれで解散だ」

「了解」

 

俺と折紙は敬礼してから退出するのであった。軍が対応せざるを得ない変質者も現れるとは、どうなってるんだろうなこの世界…。



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第二十六話

「ところで天道」

「なんだい風鳴?」

 

父さんの執務室を出ると、風鳴が話しかけてきた。彼女の方からとは実に珍しい。

 

「先の戦いで立花、と言ったか。彼女がお前と似ていると話していたが、どういう意味だ?」

「ああ、そのことね」

 

そういや戻ったら話すって言ってたね。インスペクターや新設部隊の件で忘れてたよ。ごめん。

 

「二年前のツヴァイウィングのコンサートで起きた。ノイズ発生事件だけど、覚えているかい?」

「忘れるものか…。私の戦友(とも)を失い、己の無力を嘆いたあの日を…!」

 

そう言って苦悶の表情を浮かべる風鳴。無意識に力が込められているのかその手は震えていた。

二年前。ツヴァイウィングのコンサート中に突如ノイズが出現し、観客を含む参加していた多くの人々が犠牲となった事件。

とされているが、実はそのコンサートはある実験のために行われたのだそうだ。

ネフシュタンの鎧――風鳴の持つ天羽々斬のように、現在確認されている聖遺物は、その殆どが何らかの理由で破損しており、原型を留めていないのだ。

そのため本来の力が失われている聖遺物の中でも、ネフシュタンの鎧は完全に近い状態で発掘されたため”完全聖遺物”と分類され、対ノイズ戦の切り札とされていた。

その完全聖遺物を機動させるためには、歌に宿るフォニックゲインと呼ばれるエネルギーが必要であった。

これを満たすには、当時シンフォギアシステムの適合者である風鳴と天羽奏のツヴァイウィングしかいなかった。起動実験にはライブ形式を模し、観客によって二人の力が最大限に引き上げられる方法が採用された。

結果。一応の起動成功を収めるも、エネルギーを制御できず暴走し、同時に起こったノイズ発生事件によってネフシュタンの鎧は行方不明となり、天羽奏がノイズとの戦闘で戦死すると言う最悪の結末になってしまう。

 

「あの子、立花はね。その事件の数少ない生き残りなんだよ」

「!?」

 

俺の言葉に衝撃を受けている風鳴。あの事件で生き残ったのは、ごく少数だったから知っているかとも思ったけど、そうでもなかったらしい。

 

「元々困った人は放っておけない性格みたいでね。その事件で奇跡的に生き残った影響か、自分を顧みなくなってしまったらしい。彼女の友達から聞いた話だけどね」

「つまり、あなたと同じ境遇だったと?」

「そういうことになるけど、彼女と知り合ったのはただの偶然さ。去年まあ、色々とあって困っていた彼女の手助けしたってだけだよ。それ以来会っていなかったし」

 

彼女には、俺みたいに自分のことを後回しにした生き方はしてほしくなかった。だから関わらないようにしてきたけど、今日の様子を見る限り手遅れだったかもしれん。

 

「そんな訳だから、余り彼女のことは責めないでくれないかな?あの子なりに、自分のできることをしようと頑張った結果だからさ。俺からもあんな無茶はしない様に話してみるからさ」

「…分かった」

 

渋々と言った感じで頷く風鳴。まあ、納得しろって言われても難しいだろうね。俺としても、立花の行動は褒められることじゃないって思ってるし。

そんなこんなで話していたら、建物の外が見えてきたので解散となったのだった。

 

 

 

 

 

風鳴達と別れ寮へと戻ると、入口でユウキや詩乃が出迎えてくれた。今日戦闘に出たから心配してくれたのだろう。

 

「に~ちゃ~ん!!!」

 

俺が帰ってきたことに気がついたユウキが、飛びついてきたので受け止める。

 

「大丈夫だった?怪我したの?」

 

そう言って右肩に優しく触れるユウキ。傷はもう、リアライザを用いた治療で完治しているのに気がつくとは、相変わらず鋭い子だ。

 

「大丈夫だよ。もう、治ってるから」

 

無事であることを示すために、身体を軽く動かす。それを見て安心した様子のユウキ達。

 

「わざわざ外で待ってなくてもよかったのに。風邪ひくよ?」

 

出撃したのが放課後の時刻だから、もう日は完全に落ちていた。まだ四月になったばかりだから、この時刻だと身体が冷え込んでしまう。

 

「最初は部屋で待ってたんだけど、そのうちじっとしてられなくて」

「だからここで待ってたの!」

 

詩乃とユウキが口々に言うと、恥ずかしそうに照れていた。うん。可愛いです、はい。

ほのぼのとしていたら、すぐ側でぐ~と腹の虫が鳴る音がした。

 

「ふぇ~にーちゃん。お腹すいた~」

 

音の発生源を探すと、抱きついていたユウキが目を回していた。どうやら安心したので、今まで気にしてなかった空腹感が襲ってきたらしい。

 

「はいはい。それじゃ一夏と箒も誘ってご飯にしようか。」

「うん。アミタさんも心配してたから顔を見せてあげて」

 

この時間だとアミタは食堂で働いているんだったな。アミタも食堂の人達と上手くやってるみたいだし、だいぶこの世界に慣れてきているな。

 

「取り敢えずユウキ」

「あい」

「離れろ歩けん」

「やーだー!」

 

ダダをこねるユウキを強引に引き剥がそうとするが、万力の様にしがみついて離れない。お前腹ペコじゃなかったんかい。

結局剥がすのは諦めて、引きずって行くしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

学園食堂。ちょうど夕飯時と言うこともあり、多くの学生が詰めかけていた。

食堂で働く従業員も対応に追われ、せわしなく動いていた。アミタもその一人として、懸命にその役割を果たしていた。

 

「アミタちゃん、これお願い!」

「はい!」

 

従業員の女性から渡された料理を運ぶアミタ。一見地味に見えるが、百人単位の学生が一度に利用するので、運ぶだけでも相当な重労働となる。なので、従業員の中でも一番若い自分が担当すべきだと、アミタは考えているのだ。

元々アミタは環境再生用の自動作業機械”ギアーズ”である。これくらいの重労働でも難なくこなせるのだ。

 

「アミタちゃん大丈夫かい?」

「はい!頑丈さが取り柄ですから!」

「いや、そうじゃなくて。勇君のことだよ」

「勇君ですか?」

 

従業員の一人が心配そうな顔でアミタに話しかけるが、アミタは意味が分からず首を傾げてしまう。

 

「今日戦闘があっただろう?あの子も出撃したのに心配じゃないのかい?」

 

そう言われて彼女が言いたいことに気がついたアミタ。勇むが戦闘に出たにも関わらず、いつも通りでいるのが気になった様である。

 

「心配してないと言えば嘘になりますけど、勇君が自分の役目を果たしているのなら、私も自分にできることをしようかなって思ったんです。それに、勇君なら無事に戻って来てくれるって信じてますから」

 

アミタの言葉に感激した様に涙を流し出す食堂のおば様方。その姿に困惑しあたふたするアミタ。

 

「ど、そうしたんですか皆さん!?」

「ああ、何ていい娘なんだろうねアミタちゃんは!家の子にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ!!」

「勇君は幸せ者だねぇ!」

「私達、応援してるから頑張ってね!」

「え、えっと。ありがうございます?」

 

何がなんだか分からず、曖昧に答えることしかできないアミタ。その頭の上には疑問符が浮かび上がりまくっていた。

 

「すいませーん!」

「はーい、ただいま。あ、勇君!」

 

受け取り口から呼ばれたので振り向くと、勇と彼に抱きついているユウキにその隣に詩乃が立っていた。

 

「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」

「うん。ちょっと怪我したけどもう治ってるよ」

「そうですか…」

 

そう言って笑う勇だが、対するアミタの表情はどこか暗かった。

 

「どうしたのアミタ?」

「いえ、何でもありません。それよりも、すぐに用意しますね!」

 

アミタが勇達から食券を受け取ると、記載されている料理名を調理担当の従業員に読み上げる。長年この食堂に勤めていることもあって、アミタ以外の従業員はみな手馴れており、あっという間に料理ができあがっていく。

完成した料理をアミタが勇達の元に運ぶと、香ばしい匂いが嗅覚を刺激して食欲をそそる。ちなみにこの学園食堂。様々な国の生徒が在籍するIS学園が利用していることもあって、料理のバリエーションは豊富であり、味も高級レストラン顔負けなのである。

 

「はい、お待ちどう様でした」

「わーい!ありがとうアミタさん!」

 

余程お腹が空いているのか、勇に抱きつきながらピョンピョン飛び跳ねるユウキ。これには流石にやかましく感じたのか、勇が頭を抑えて無理やり止めるのだった。

 

「アミタちゃーん!こっちはもういいから、勇君らと一緒にご飯食べてきな!」

「え?でも…」

 

アミタが見る限り、まだ人混みが多く、今離れてしまうことに抵抗を感じてしまう。

 

「いいから、いいから!こっちは大丈夫だからさ!」

 

そう言って従業員の一人がアミタの背中を押す。他の従業員達も親指を立ててエールを贈っていた。

その後。一夏や箒も加わって賑やかな夕食となるのであった。

 

 

 

 

 

夕食を終え、部屋に設置されている風呂に入ると、コーヒーを淹れてソファーに腰掛けた。ちなみにインスタントではなく豆を挽くところから始めるやつである。

この寮には大浴場があるが、女性人口が圧倒的に多いのでそちらが優先されている。男性も使えるように調整してくれているそうだが。一夏はその話を聞いてがっかりしていたそうだ。あいつは大の風呂好きだからなぁ。

いつもならユウキ達が遊び来るのだが、今日は気を使ってくれたのか誰も来ていない。別に来てくれても構わないのだが、その心遣いには素直に嬉しくもある。けど、寂しくもある。

 

「うん?」

 

ふと、部屋の外に人の気配を感じた。だがドアをノックするでもなく、その場に立ち尽くしている。不審者、じゃないな。この気配は――

 

「何してるのアミタ?」

「うひゃぁ!?」

 

ドアまで向かい開けると、アミタが驚いた顔をしてドアの前に立っていた。

 

「何か用かな?」

「え、えっと。用があると言えばそうですけど、休んでいるのを邪魔する程でもないと言いますか…」

 

しどろもどろになりがらも言葉を紡ぐアミタ。そんな姿も可愛いですたい。

 

「気にしなくていいよ。一人で退屈だったから入りなよ」

「で、でも…」

「いいから、いいから」

 

躊躇っているアミタの手を優しく掴んで部屋へ招き入れる。強引だが、こうでもしないと入らないだろう。話というのも気になる。

 

「コーヒー淹れてあるんだけど、アミタもどう?」

「えっと。じゃあ、お願いします」

 

アミタをソファーに座らせると、アミタの分のコーヒーを用意して対面のソファーに腰掛ける。

 

「それで何か話したいことがあるの?」

「はい。やっぱり、私も一緒に戦わせてもらいたいんです」

「それは駄目だ」

 

アミタの申し出をにべもなく断る。以前にもこの世界の情勢を教えた際に、同様の申し出があったが断っていると父さんから聞いている。

 

「どうしてですか?私だって戦う力があります。なのに…」

「君の目的はあくまで妹を連れ戻すこと。それ以外に関わるべきではない。深入りすれば帰るタイミングを見失うからだ」

 

アミタは優しく正義感が強い。困っている人がいれば、誰彼構わず助けようとするだろう。ただでさえ物騒なこの世界だ。関わりが深くなると故郷の世界へ帰るのを彼女は躊躇ってしまうだろう。

 

「君のお父さんは病に伏しているんだろう?なら早く戻ってあげるべきだ。でないと一生後悔することになる」

 

そう。アミタの父親はその世界では不治の病に罹っており、そう長くはないのだそうだ。もし、この世界に居続ける間に亡くなってしまう様なことがあれば、アミタも彼女の妹も一生消えることのない後悔を背負い続けることとなってしまう。それだけはあってはならないことなのだ。

彼女には、母さんを目の前で理不尽に奪われた時の様な、悲しみを背負ってほしくはないんだ。

 

「それでも…」

「アミタ?」

 

俯きながら言葉を紡ぐアミタ。膝に置かれていた手は、痛みを感じるのではと思える程に握り締められていた。

 

「このままだと、勇君に何の恩返しもできません。それに力があるのに、あなたが傷ついていても何もできないのは嫌なんです」

 

俺の目を見据えながら力強く話すアミタ。本当に本当に、優しいな君は。だからこそ――

 

「俺にとって、君が家族と仲良く暮らしてくれるのが一番の恩返しだよ。だから、君は妹を連れ戻すことに専念するんだ」

「でも…」

「この世界のことは、この世界に住む人間が解決すべきことなんだ。でないと明日(未来)は来ないと思うんだ」

 

今では、異世界の人々である時空管理局の力を借りることはある。それでも世界の未来は、その世界で暮らしている人々の力で切り開かないと、意味がないと俺は考えている。

 

「…分かりました」

 

完全にとは言えないが取り敢えず納得してくれたアミタ。俺が間違っているのかもそれない。例えそうだとしても、それでもいい――

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の運命が変わったあの日みたいに、君が傷つく姿は見たくないから。



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第二十七話

「♪~」

 

まだ日が昇ったばかりの時刻。俺は来禅学園高等部の正門前で、箒を手に散った桜の花びらやゴミを掃除していた。

分担しているとは言え、ここは敷地が広いので、掃除だけでも大変である。まあ、元々掃除は好きなので俺は苦にはならないが。

ちらほら登校してくる生徒に挨拶していると、見知った顔を見つけた。

 

「やあ、おはよう五河君」

「お、おはようございます。天道さん」

 

挨拶するとぎこちなく返された。どうにも彼には警戒されている気がするんだが、理由が思い当たらないんだけどな。

 

「大丈夫かい?何やらやつれているけど」

「だ、大丈夫です。お気になさらずに…」

 

ふらついた足取りで昇降口に向かっていく五河。大丈夫そうには見えないんだけどなぁ。まあ、深入りする気はないけどね。

 

「ん?折紙?」

 

正門の側にある電柱から視線を感じたので振り向くと、折紙が電柱の影からこちらを覗き込んでいた。

 

「…何してんの君?」

「五河士道を見守っていた」

「見守る???」

 

おかしい。どう見ても違うと俺の心が叫んでいるが、どうしてそう思ってしまうのかが分からなかった。決して現実から目をそらしている訳ではない。そらしてなんかいないぞ。

 

「一緒には登校しないのかい?」

「…恥ずかしい」

 

無表情なままだが、彼女なりに恥ずかしがっているのだろう。だからってスト…いや、恋する乙女が取る行動だよね、うん!

 

「そ、そっか。頑張ってね」

「頑張る」

 

右拳を握り締めながらそう言う折紙の目は、どことなく輝いている気がした。俺はもしかしたら、とんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない…。

軽く見える足取りで昇降口へ向かっていく折紙の背中を、なんとも言えない気持ちで見送るしかできなかった。

 

「勇さん大丈夫ですか?」

「やあ、総二。俺はとんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない」

「え?」

 

俺に話しかけてきた男子の名は観束総二。俺が道場破りをしている時に偶然知り合ったのだ。俺は彼の一つの物を愛し続けるその強さに心打たれ、彼は自分を理解してくれる俺に親しみを持ち、仲良くなったのである。

彼は俺の問いかけの意味が分からず困惑してしまっていた。

 

「何言ってんのよあんたは…」

 

総二の隣で呆れた様な目で俺を見ているのは津辺愛香。総二の幼馴染である。

彼女の祖父が武術家であり、手合わせをお願いに伺った際、そこで総二と知り合い仲良くなったんだ。

そしたらいきなり彼女が襲いかかってきたので、仕方なく相手をしたのだ。そしたら驚くことに、いくら倒しても立ち上がってきたので、最終的には俺が逃走せざるを得ない事態となった。ゾンビみたいに立ち上がってくるあの姿は、恐怖としか言いようがなかった。

それ以来、出会うたびに勝負を挑んでくるので、適度に相手をして逃げるといったやり取りを繰り広げているのだ。いつもならこうして出会うと、臨戦態勢に入って威嚇してくる彼女だが、今日はやけに大人しいな。

 

「すまない。気にしないでくれ…。ところで総二」

「はい?」

「テイルレッドって知ってるかい?」

「え、ええ。毎日テレビに出てますからね…」

 

そう。テイルレッドはその容姿や、テレビのヒーローの様な戦い方から多くの人の心を掴み。登場して三日しか経っていないにも関わらず。瞬く間に、連日テレビて取り上げられる程の人気者となっているのだ。

この背景には、インスペクターとアルティメギルと言った侵略者の登場によって、不安を駆られた人々が突如登場したヒーローに過敏に反応しているのだろう。

さらに、テイルレッドが所属を明言していないので、報道に規制がかけにくいこともある。と言うより、様々な事態に有効な対策を打てていない政府や軍は、市民の不満の声を逸らすために敢えて規制しないのだろう。

 

「あの子のツインテールは、君的にはどうなんだい?」

「え、えーと。すごくいいと思いますよ」

「?食い付きが悪いね。いつもの君なら、もっと喜ぶのに」

 

テイルレッドの容姿とかではなく、髪型に焦点を当てたのは、彼がツインテールをこよなく愛する男だからである。

総二は物心ついた時からツインテールが大好きなのだそうだ。俺から見ても見事と言えるテイルレッドのツインテールに、彼ならば目を輝かせると思ったのだが、意外と反応が薄いな。

 

「そ、そんなことないですよ!あはははは!」

「汗が凄いんですけど…。どしたん?変だよ君」

 

滝の様に汗が流れてるし、目が泳ぎまくってるんですけど。一体彼に何が起きているのだろうか…。

 

「あー!そーじ、遅刻しちゃうから行きましょう!」

「えっあ、ああ。それでは勇さん」

 

津辺に背中を押されて昇降口へと向かっていく総二。まだ時間には余裕があるのだが、何を焦っているのやら。

 

「ふーむ?」

 

なんか避けられた気がしないでもないが、心当たりはなかった。先の五河も含め、まるで俺に知られたくないことがあるのだろうか?

 

「あはよう兄貴。どうしたんだ難しい顔をして?」

「おお、キリトに皆おはよう。こっちのことだ気にしないでくれ」

 

考え込んでいると、キリトと妹の直葉にSAO学科のメンバーも登校してきていた。

 

「それはそうと、キリトや。ユイちゃんは元気かね」

 

ユイちゃんとは、キリトと明日菜がSAOで出会ったカウンセリング用人工知能である。キリトと明日菜のことを親として慕い、二人も娘として愛情を注いでいる。専門的な部分が多く詳しくは分からないが、SAO事件後に起きたALO事件が収束して以降は、キリトのPCで暮らしているのだ。

キリトらが現在プレイしているALOでは、妖精の姿で活動しており、キリトと明日菜と共にいる姿はまさしく家族である。

 

「ああ、兄貴に会いたがっているよ」

「そうかそうか。今度の休日にALOに遊びに行こうかねぇ」

 

ユイちゃんは、キリトの兄貴分である俺のことを『叔父様』と呼んでいる。よもやこの歳で叔父と呼ばれるとは夢にも思わなんだ。まあ、姪ができたことは嬉しいので構わないが。

ちなみに我ら三兄弟の末っ子である一夏に、キリトの妹である直葉と、俺の妹であるユウキらも会った当初、『叔父様』『叔母様』と言われてたな。その際のユウキの顔は爆笑ものであった。本人らの懇願で今は名前呼びになっているが。

 

「そうしてあげて下さい。ユイちゃんも喜びますから」

「OK。ユウキや一夏も連れて行くとしよう」

 

あの二人、互いに末っ子だからか、ユイちゃんを妹みたいに可愛がっているからな。

 

「それで、最近ALOで変わったことはあるかい?」

「そうですね。新しいマップとかが追加されて、前よりもっと面白くなったって皆言ってますよ」

「ソードスキルも実装されてSAOプレイヤーにも人気ですからね」

「ピナにもまた会える様になって私も嬉しいです」

 

ピナ――

綾野珪子がSAOで従えていたAIモンスター。SAOのキャラクターデータが引き継けるALOでは引き続き彼女と行動を共にしている。

 

俺の質問に直葉に篠崎と綾野が答えてくれた。元々世界初のVRMMORPG『SAO』のデータをそのまま流用していたこともあり、高いスペックが人気があったALOだが、稼働当初はゲームの仕様上PK(プレイヤーキラー)が推奨されていたこともあって、殺伐としていたそうだ。まあ、リアルマネートレーディングが可能なGGOよりはましではあっただろうが。

運営責任者であった、須郷伸之が起こしたALO事件後に運営会社が変更となってからは、そう言った点は見直されている。そして積極的なアップデートが行われる様になり、さらなる人気を得ているのだ。さらにSAOと似た部分が多く、キャラクターデータが引き継けることもあり、元SAOプレイヤーが多いのも特徴である。

 

「そっか。それは楽しみだ」

 

久々にキリトらと遊んで息抜きでもしようかねぇ。あ、そう言やGGOにも最近顔出してないや。そっちにも行かないとな。

 

「っと長話が過ぎてしまったな。遅刻するからそろそろ行きなさい」

「ああ。またな兄貴」

 

口々に別れの言葉を言うと、昇降口へ向かっていくキリトらを見送ると掃除を再開するのであった。

 

 

 

 

昼食時となり、いつものメンバーで食事後。来禅学園高等部の校舎裏で、立花と小日向と会っていた。

 

「悪いね。呼び出した挙句足を運んでもらって。どうにも俺は目立つんで、あらぬ噂が立ちそうでねぇ」

 

なんだか知らないが、昔っから人の気を引いてしまうらしく。俺とこうして会っていることを誰かに見られると、立花らに迷惑をかけてしまいそうだったので、こんな形になってしまったのだ。

ちなみに俺と立花は互いに連絡先を知らないので、津辺に協力してもらった。彼女と立花は昨年俺も関わった件で、親友と呼べる関係なのだ。

 

「あらぬ噂、ですか?」

 

どうやら、そこら辺の意味が分かっていないらしく、首を傾げている立花。小日向の方は理解しているらしく、そんな様子の立花に溜息を吐いていた。

 

「いや、気にしないでくれ。それより昨日のことだけど――

「あ、そうでした!私達、昨日のお礼を言いたかったんです!昨日は本当にありがとうございました!」

「私からも言わせて下さい。ありがとうございました」

「え?あ、ああ…」

 

そう言って頭を下げる立花と小日向。予想外の行動に軽く戸惑ってしまった。

 

「別に礼を言われることじゃないよ。軍人として当然のことをしただけだからさ」

 

市民を守るのが軍隊の存在意義なのだから。俺は自分の責務を果たしただけだ。

 

「そんなことはないです!勇さんはやっぱり凄い人ですよ!私も勇さんみたいになりたいです!」

 

そう言って目を輝かせている立花。ああ、やはりこうなってしまうのか…。

 

「やめておけ。俺みたいのにはなるな」

「え?ど、どうしてですか!」

「いいか、俺は自分よりも他人を簡単に優先する。だから、周りから無茶だ無謀だと言われることでも平然とやれる人間なんだよ。例え自分が死ぬかもしれなくてもな。お前にはそんな生き方をしてほしくない」

 

母さんを失った時の経験から、俺は他の人とは違って、自分の命を軽く見てしまう様に壊れてしまった。だから自殺まがいのことでも、躊躇わず実行できるようになった。自分で言うのもあれだが、とんだ大馬鹿野郎である。立花にはそんな人間になるべきでは無いのだ。

 

「それでも、私も勇さんみたいに誰かの役に立ちたいんです!」

「ならば聞く。昨日、お前はなぜ身代わりになろうとした?」

「それは、勇さんならああするだろうって思って…」

「確かに、俺も似た様なことはするだろう」

 

だが、俺と立花とでは決定的に違うことがある。

 

「なら――」

「だが、俺は自分を犠牲にしようとは思わない」

「ッ!?」

 

俺の言葉に立花の目が見開かれた。

 

「俺なら相手を誤魔化し、軍の救援が来るまでの時間稼ぎをする。誰も犠牲にせず、自分も生き残る道を俺は選ぶ。だが、お前はあの時、自分が死んでも構わないと考えていたな?それで、小日向や家族を悲しませるとしても」

「それは…」

 

何も言えず俯く立花。そう、俺と立花の違いは、自分の命が危険に晒しても、生き残る意志があるかどうかだ。

俺は例えどんな状況でも死ぬ気は無い。母さんが死んだ時、残された俺が深く傷ついた様に、俺が死ねばユウキや父さん。それにキリトや一夏に同じ様に傷つけないために、俺は何があっても生きることを諦めない。

対して立花は、自分が死んでもそれでもいいと考えている。それでは駄目だ。何があっても、生きることを諦めない心が彼女には欠けているのだ。

 

「自分が死んでも、他人が生きてくれればいいってのは、そいつの勝手な自己満足だ。もっと周りの人のことも考えて行動するんだ」

「…はい」

 

俯いたまま答える立花。何も言わずにいてくれた小日向に視線だけだが礼を言うと、彼女は感謝する様に軽く頭を下げた

 

「話は終わりだ。時間を取らせてすまなかった」

「……」

「響行きましょう。それでは勇さん」

 

暗い表情のままの立花を小日向が連れて行く。立花には厳しすぎたかもしれないが、こうでもしないときっと、同じことを繰り返しただろう。女性を悲しませるのは不本意だが、時には心を鬼にしなければならないのだ。

 

 

 

 

その後、学園内でテイルレッドブームが巻き起こっていること以外、何ごともなく放課後となった。

昨日高等部生徒会長である神堂が、家の総力を挙げてテイルレッドを支援することを宣言した。そして学園の生徒らは神堂を崇拝しており、学園全体でテイルレッドを応援していこうと言う流れになっているのだ。

良くも悪くもノリがいいのが来禅の特徴である。一度火が付いたら燃え尽きるまで突っ走ることだろう。

それは構わないが、俺としてはあの子が何のために戦うのかが非常に気になる。昨日の様子を見る限り、あの子はとても正義感が強いのだろう。もし明確な理由がなく、ただ誰かに言われたから戦っているだけなのなら、俺は力づくでもあの子を戦いから遠ざけるだろう。己の意思無く戦えばすぐに限界が訪れる。そうなればあの子は間違いなく命を落とすだろう。手遅れとなる前に止めなければならない。例えあの子やどれだけの人に恨まれようが、喜んで受け入れよう。そして、あの子の分まで俺が戦おう。

 

俺には、それくらいしかできないのだから――

 

そう考えていると、通信機が鳴り出したので取り出す。相手は風鳴司令であった。

 

「こちら天道」

『勇君、ブルーアイランド内の公園にエレメリアンが出現した!独立遊撃部隊はただちに急行してくれ!』

「了解。ただちに出撃します」

 

またもアルティメギルか。三日連続で現れるのなら、まとめて出てくればいいだろうに。戦力の逐次投入は愚策の筈なのだが、エレメリアンとはそこら辺の感性が違うのだろうか、と考えながらも現場へ向かうのであった。



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第二十八話

最初に謝っておきます。ごめんなさい。

※他の方の作品の内容と似ているとのご指摘があったので、その部分を書き直して再投稿しました。


「ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ブルーアイランド内に存在する公園にテイルレッドの絶叫が響き渡っていた。

 

「フッ…これ、走ってはいけません。まだ身体を拭き終わっていないのですから、湯冷めをしてしまいますよ」

 

テイルレッドと対峙しているエレメリアン。フォクスギルディがもう一人の(・・・・)テイルレッドと戯れていた。

 

「想像の中で俺に何してんだ、てめええええええええええええええ!!」

 

無表情でされるがままのもう一人のテイルレッド。その光景に悶え苦しむテイルレッド。フォクスギルディの精神攻撃は着実に心にダメージを与えていた。

 

「ああ、お待ちなさい!」

 

なおもフォクスギルディは、もう一人のテイルレッドに語りかける。

 

「せっかくお風呂に入ったのに、アイスキャンデーでそんなにべたべたにしてしまって、いけない子ですね、ふふ」

「ぬごあ――――――――――――ッ!!}

 

無駄にイケメン声で、とてつもないことを口走っているフォクスギルディに、頭を抱えて転がるテイルレッド。

まるで人形遊びをしているかのようなフォクスギルディ。自分が敵とイケナイ遊びをしている様を見せつけられ、テイルレッドは着実に弱っていっていた。

 

「は、はっ…」

 

精神を蝕まれたテイルレッドが床に膝を突く。呼吸は荒く、今にも倒れてしまいそうであった。

 

「こ、ここまでなのか…」

 

自分の力ではどうすることもできない現実に諦めかけた時、空から飛来してきた閃光がフォクスギルディを弾き飛ばした。

 

「ぬごわああああああああ!?」

 

突然の攻撃に対処できなかったのか、受身も取れずに地面を転がっていくフォクスギルディ。

 

「え?」

 

予想外の展開に唖然としていると、空から何者かが降りてきた。

 

『おい。大丈夫か君?』

 

スピーカ越しに声が響いた。降りてきたのは、鋼鉄の鎧を纏った戦士であった。

 

 

 

 

遊撃隊のメンバーと合流し現地に向かう俺。ちなみに遊撃隊編入に伴い、折紙のCR-ユニットには粒子変換機能が追加された。なので前回と違いすぐに現場に迎えるようになった。後、風鳴は飛べないのでバイクで地上から向かってもらっている。

 

「これは、どういう状況なんだ?」

 

現場に到着すると、奇妙としか言いようのない光景が広がっていた。

テイルレッドとエレメリアンが対峙している。ここまではいいとして、問題はテイルレッドが二人いるということである。

一人はエレメリアンと何やら戯れており、もう一人はそれを見て悶絶していた。

 

『テイルレッドが二人?』

『それに、あのエレメリアン。気色悪いですわ…』

 

確かにあのエレメリアン。大人の男が人形遊びしているみたいに見えて、普通なら引かれるわな。

 

「隙だらけだし、遠慮なくやらせてもらおう。撃てオルコット」

『ええ。あんな変態さっさと片付けてやりますわ!』

 

オルコットがライフルを構えると、狙いをつけて発泡した。

放たれたレーザーは見事にエレメリアンに直撃し弾き飛んでいく。

エレメリアンが地面を転がっている間に、テイルレッド側へと降りると同時に風鳴も到着した。

 

「おい。大丈夫か君?」

『あ、はい』

 

へたり込んでいるテイルレッドに話しかけると、どこか安堵した顔をして俺を見上げた。余程怖い目にあったのだろう。まあ、あんな変態プレイを見せられれば無理もなかろう。

 

『ぐふっ。不意打ちとは、やってくれるではありませんか…』

 

ふらふらと立ち上がるエレメリアン。ダメージは入っているが、その戦意はいささかも衰えていない様だ。

 

「隙だらけだったんでな。卑怯だと罵ってくれて構わんよ」

『…いえ、一度想いを走らせると周りが見えなくなってしまうのは、私の悪い癖。今後の教訓としましょう』

 

怒りで我を忘れてくれるかと期待したが、一筋縄ではいかんか。

 

『この世界の戦士達ですか…。私の名はフォクスギルディ。髪紐属性(リボン)人形属性(ドール)の探求者です』

 

そう言ってジェントルマンの様に恭しく頭を下げるエレメリアン――フォクスギルディ。

髪紐属性(リボン)人形属性(ドール)。それが奴の属性力か。もう一人のテイルレッドから、生体反応は無く属性力のみ検知できることから、奴が生み出した人形ってところか?

 

『あなた達の相手をするとなると、多勢に無勢。ならば、来なさいアルティロイド!』

『モケー!』

 

エレメリアンのかけ声に合わせて、どこからともなく黒づくめ姿の集団が現れると、こちらへと迫って来た。

 

「いいぜ。その悪趣味な人形ごと潰してやるよ。遊撃隊戦闘開始!」

 

それぞれに答えると武器を構え、敵を迎え撃つ。

 

「邪魔だ、どけェ!!」

『モケー!?』

 

襲いかかるアルティロイドを、ショットガンやサーベルで薙ぎ倒しながら、フォクスギルディへと向かっていく。狙うは大将首よ!

 

「セイヤァ!!」

『ハッ!』

 

フォクスギルディに接近すると、ショットガンで牽制しながらサーベルを振り下ろすが、両手で束ねられたリボンに防がれる。

 

『ハァッ!』

「うぉ!?」

 

フォクスギルディが勢いよく両手を広げると、サーベルを受け止めていたリボンが張って、その反動で弾き飛ばされる。

 

『今度はこちらからいきますよ!』

 

体勢を立て直している間に、フォクスギルディは両手に持っていたリボンを鞭の様に振るってきた。

 

『舐めんなぁ!』

 

襲いかかるリボンを身体を巧みに逸らしながら、フォクスギルディに再び接近していく。

 

『させません!』

「ぬんッ!』

 

左右から振るわれたリボンをその場で一回転し、左腕のサークル・ザンバーで両断した。

 

『なんと!?』

「もらったぁ!!」

 

そして無防備となったフォクスギルディ目掛けて、ザンバーを横薙ぎに構える。

フォクスギルディは慌てて、テイルレッド人形を抱えて退がろうとするが、もう遅い!既に必殺の間合いだ!

 

『待ってくれ!!!』

「おおぅ!?」

 

左腕を振るおうとした瞬間。テイルレッドがフォクスギルディを庇う様に立ちはだかったので、咄嗟に踏み止まる。

 

「何だ!?」

『頼む!あの人形だけは壊さないでくれ!!』

「はぁ!?」

 

予想外の頼みに素っ頓狂な声を挙げてしまった。なんだ?どういうことだ!?

 

「なぜだ?あの人形に何かあるのか?」

『あの人形がツインテールだからだ!俺はツインテールを守ると決めたんだ。だからあのツインテールも守りたいんだ!!』

「ツインテールを?それが君の戦う理由なのか?」

『ああ、俺はツインテールが大好きだ。それを奪うアルティメギルを許せない。だから戦っているんだ!』

 

ツインテールを守る。それがこの子の信念なのか。誰に言われたのではなく自分の意思でこの子は戦っているのか。

 

「あの人形は敵が生み出した物であってもか?」

『敵も味方もない!俺は全てのツインテールを守りたいんだ!』

 

全てのを、か。なる程、なぜテイルレッドはあの人形を壊さないのかと思っていたが。そう言う理由があったからか。例え敵が関わっていても必要なら手を差し伸べる気なのか、とんだ大馬鹿ではあるな。

 

「それは茨の道になるぞ。この先、これ以上に辛い目に遭うことだって十分にあり得る。それでも進むのか?」

『俺は逃げない!全てのツインテールと向き合ってみせる!!』

 

闘志の宿った目で俺を見ながら、力強く答えるテイルレッド。その姿はどことなく総二と被って見えた。

小さな身体で勇気を振り絞るテイルレッドに微笑みながら、頭部の装甲を外す。馬鹿は馬鹿でも、突き抜けた馬鹿は好きだな。

 

「…いいだろう。ならばどこまで行けるのか、見せてもらおう。俺は天道勇だ好きに呼んでくれ。援護する思う存分にやってみろ」

『はい!勇さん!』

 

自己紹介をして、頭部を装着するとフォクスギルディへと向き直り――

 

『こらこら裸で走り回ってはいけませんよ。せめてタオルを巻きなさい』

『いや、服を着せろよおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

テイルレッドの絶叫が響き渡った。

確かにこれはやられるとキツイな…。されてない俺でさえダメージが入っているんだから、当の本人であるテイルレッドは相当なものに違いない。

 

『おや?話し合いは終わったので?』

「ああ。わざわざ終わるのを待っていたのか?」

『ええ。生のテイルレッドを観察することで、より私の想像力は磨かれるのです!』

『ひいいいいいィィィィィィ!?!?』

 

無駄にイケメンボイスで、うっとりと語るフォクスギルディに、怯えたテイルレッドが俺の背後に隠れて震える。

 

「大丈夫か?退がっても構わんぞ?」

『だ、大丈夫!が、頑張る!』

 

己を奮い立たせたテイルレッドが、俺の背後から離れて前に出ると、髪を結んでいるリボン状のパーツから剣を取り出すと構えた。

俺はショットガンを投棄し両手にサーベルを持つとテイルレッドと並ぶ。ショットガンだと人形を傷つけてしまうからである。

 

『…いいでしょう。ならば来なさい!全身全霊を持ってお相手しましょう!』

 

その声を合図としてテイルレッドが駆け出した。

 

『やぁ!!』

 

テイルレッドが剣を振るって攻撃するも、まるでダンスを踊っているかの様に軽々と避けていくフォクスギルディ。

 

『ふふ、なんと素晴らしい。荒々しくも優雅に舞うツインテール。私の想像力が高まりますよ』

『くっこの!』

 

果敢に攻めるテイルレッドだが、人形に配慮して攻撃しているため、繊細さを欠いた攻撃ではフォクスギルディを捉えられないでいた。

 

『さあ、高まった私の妄想力をお見せしましょう!!!』

 

後ろへ大きく飛び退きテイルレッドから距離を取ると、大事そうに抱えていた人形の手を取るフォクスギルディ。

 

『いざ!愛と哀しみのワルツ…』

「させん!」

『ぬぅ!?』

 

隙のできたフォクスギルディに斬りかかると、人形を守る様に抱えたため、背中を斬りつける形になった。

 

『ぐぁ!?』

「はあぁ!」

『オオオ、愛と哀しみのワルツゥゥゥゥゥゥゥ!!!』

「がぁぁ!?」

 

ペアスケーティングの様に回りながら、連続の蹴りを入れ吹き飛ばされる。

一見ふざけている様に見えるが、かなりの衝撃に受身が取れず、地面に倒れ付してしまう。

ぐ、ダメージが大き過ぎて動けねぇ!

 

『フフッ。これで彼は動けない。さあ、テイルレッド再び私の世界にご招待しましょう!!』

『や、やめろ――』

『おや、テイルレッド。一人で眠れないのですか?仕方ありませんねぇ。おいで一緒に寝てあげましょう』

『ぐああああああああああああ!!!』

 

フォクスギルディが妄想を始めると、苦しみ出すテイルレッド。なんて妄想力だ。俺にまで幻覚が見えやがる!

 

『ぐぅ…』

 

遂に限界を迎えてしまったのか、テイルレッドが膝を突いてしまった。それを見たフォクスギルディが勝利を確信した笑みを浮かべた。

 

『ふふふ。どうやら私の勝ちの様ですね。それではテイルレッド。あなたの属性力を頂きますよ!!』

 

フォクスギルディが、ゆったりとした足取りでテイルレッドへ向かっていく。最早テイルレッドにはそれに抗う力が無いみたいだ。

助けに行きたいが、まだダメージが抜けきらねぇ!それでも歯を食いしばって、身体を起き上がらせていく。

機体の各部に、異常を伝えるエラーが表示されるが無視する。すまん相棒。もう少しだけ耐えてくれ!

俺の思いが伝わったのか、エラー表示が消え、出力が上がっていく。ありがとう。往くぜぇ!!

 

「まだ、俺がいるんだよおおおおおおおおお!!!」

『ぐふおぁ!?!?!?』

 

フォクスギルディ目掛けて突撃すると、予想外の展開に対処できず、無防備な背中に蹴りを叩きつける。

もろにダメージを受けたフォクスギルディが、俺の反対側にいたテイルレッドの方へと吹っ飛んでいく。

 

「かませ、テイルレッドッ!!!」

『うわああああああああああああああ!!!』

 

剣を手放していたテイルレッドは咄嗟に立ち上がると、握り締めた拳を振り抜いた。

 

『ゴブぅ!?』

 

放たれた拳はフォクスギルディの頬を見事に捉えた。殴られたフォクスギルディは再び吹き飛ばされると、地面に叩きつけられた。

その反動で、腕にずっと抱きかかえていたテイルレッド人形が地面に転がった。

それを拾い上げると、戦闘中気になっていたことが確信に変わった。

 

「やはりな…」

『どうしたんですか勇さん?』

「これを見てみな」

『これって!』

 

側に歩み寄って来たテイルレッドに、人形を見せると彼女も気がついた様だ。

 

『この人形、傷がついてない!』

 

そうあれだけ激しい戦闘であったにも関わらず、テイルレッド人形には傷一つ無いのである。

 

『フォクスギルディ。お前…』

『何を驚いているのですか?大切なものを守る。あなた達と同じですよ』

 

ふらつきながらも起き上がるフォクスギルディ。奴も限界である筈なのにその闘志は些かも衰えいない。いや、寧ろ高まっている!

 

『人形を傷つけてまで得た勝利に、なんの価値がありますか!愛する人形と共に勝利を掴む!それが私の信念です!!』

 

そう叫んだフォクスギルディの顔は笑っていた。誰に恥じることなく、例え蔑まれ様とも己の生き方を貫く。その姿は美しいとしか言えなかった。

 

「やはりな。お前達のことが、なんとなく分かった気がするよ」

『ほう?どう分かったのですか?』

「最初に現れたリザドギルディって奴は映像でしか見ていないし、この前のタトルギルディもはっきりと見たわけじゃないが。お前と同じ様に、自分の生き方に後悔はしていない様に見えた。お前達は確かに変態だろう。それでも、どこまでも自分を貫くその姿は間違いなく戦士(・・)だ」

 

俺がそう言うと面食らった様子のフォクスギルディ。だが、すぐに満足そうな顔をして笑いだした。

 

『ハハハハハハハハッ!!人間に我々エレメリアンのことを理解できる者がいるとは!天道勇と言いましたね。あなたも、まごうことなき戦士だ。あなたと戦えたことは私の誇りですよ!!』

 

そう言うと両手にリボンを持って構えるフォクスギルディ。その顔は晴れ晴れとしていた。

 

『さあ、まだ終わりではありませんよ!その人形を取り返し、あなた達に勝ってみせましょう!!!』

『そうだな…。でも、俺達も負けない!』

「おうよ!」

 

テイルレッドが拾い上げていた剣を構えながら叫ぶ。最早彼女の中で、フォクスギルディへの嫌悪感は無くなったのだろう。その顔は楽しそうでなった。

俺もまるでキリトや一夏達と、馬鹿やっている時の様な高揚感があった。敵と味方を超えた友情が、俺達の間に芽生えているのかもしれない。それでも、俺達は戦わねばならない。エレメリアンが属性力を奪い続けなければ生きられない以上。それは避けられないのだ。

 

『さあ、参りますよ――』

『そこまでよ、変態!』

 

突然響いた第三者の声に、思わず揃って前のめりに倒れそうになってしまった。

 

『何者ですか!?せっかくのクライマックスを台無しにするのはぁ!!!』

 

キレ気味に叫ぶフォクスギルディに、乱入者はハッキリと答えた。

 

『あたしは――テイルブルーよ!』

 

いやいやいや。ここで追加戦士の登場ってどうよ!?これが映画なら間違いなくブーイングの嵐になると思うよ!?もっと早く来いよ!!

 

『…往きますよテイルレッド、天道勇!』

「お、おう。俺達の戦いはこれからだ」

 

どうやら乱入者――テイルブルーのことは、無視する方向にしたいらしいフォクスギルディ。俺も同意見なのでその流れに乗ろう。

 

『ちょ、ちょっと待ってくれ!タイム!!』

『む?分かりました待ちましょう』

 

随分慌てた様子のテイルレッドがタイムを希望した。それをフォクスギルディが認めると、足早にテイルブルーの元へ向かうレッド。どうやら知り合いらしいが、このタイミングでの登場はイレギュラーらしい。

 

『あのテイルブルーとやら。テイルレッドの知り合いの様ですが…』

「増援、か?にしてはタイミング最悪なんだが』

 

レッドを待っている間、フォクスギルディとヒソヒソと話し合う。え?敵とのんびり話すなよって?いや、なんかいいんじゃないもう。戦う気がしなくなっちまったよ。

周りで戦っていた折紙達やアルティロイドらも、静かにレッドとブルーの動向を見守っていた。

 

『全くです。それになんですかあのスーツは?どう見ても合っていませんよ』

 

フォクスギルディの言う通り、ブルーのスーツはやけに胸元が強調されていたが、当の本人が驚く程に真っ平らであった。明らかに設計ミスだろあれ。

 

『大丈夫よ任せなさい。戦いならあたしの方が得意なんだから!』

『そうじゃなくて!頼む待ってくれブルー!!』

 

レッドの思いが伝わっていない感じのブルーが、意気込んで一歩前へ出て来た。

 

『さあ、エレメリアンあたしが相手よ!!』

 

ブルーの発言にええっ!?と周囲が騒然となった。いや、どう見ても場違いだから帰れよ!とブルー以外の全員の思いが、一つになっているのではないだろうか?あの折紙ですら唖然とした顔してるもん!すげーレアだよ!

 

『ま、待ちなさい!』

『問答無用!オーラピラー!!』

 

ブルーの左腕に装着された手甲のパーツから、空へと放たれた緑色の閃光が、フォクスギルディへと降り注いだ。

 

『ぐあああああああああ!!!』

 

光によって拘束されたフォクスギルディ。最早瀕死の彼に逃れる術は無かった…。

ブルーがレッドと同じ様に、髪留めのリボン状のパーツから三叉の槍を取り出した。

槍が展開してエネルギーを迸らせると、投合するかの様に振りかぶる。

 

『エグゼキュートウェイブ!!』

 

投げつけられた槍がフォクスギルディを貫いた。

 

『ぐ、ぐふっ…!み…見事です…テイルレッド…天道勇…』

 

ブルーにやられたことを余程認めたくないのか、俺とレッドに倒されたことにしたいらしい。

 

『あ…あなた達…と…戦えて…よかった…』

 

遂に力尽きたフォクスギルディが爆発して散っていった。

 

「フォクスギルディィィィィィィィィ!!!」

 

強敵(とも)の名を力の限り叫ぶ。こんなの…こんなのあんまりだろ…!

膝を突いてうなだれる俺を尻目に、ブルーはいつの間にか駆けつけていた報道陣に何やら言うと、レッドを連れて去っていってしまった。

 

「フォクスギルディ…」

 

放心状態でその場から動けずにいると、空から何かが木の葉の様に、ユラユラと目の前に落ちてきたので手に取る。

 

「これは、フォクスギルディのリボン…」

 

強敵(とも)の魂と言うべきリボンが風にそよぎ、まるで俺を励ましてくれているかの様であった。

 

『勇…』

 

折紙が遠慮がちに話しかけてくる。風鳴もオルコットも、なんて声をかければいいのか戸惑っている様だ。

結果的にテイルブルーに助けられたことになるので、怒ることも恨むこともできない。このやるせなさを、どうしたらいいのだろうか?

 

『モ、モケ~』

 

アルティロイド達もどうしたらいいのか分からず、オロオロとしていた。そんなアルティロイド達の元に歩み寄る。

 

「お前達の指揮官に伝えてくれ。彼は…フォクスギルディは、自分の信念に沿って勇敢に戦い散っていった。彼と戦えたことは俺の誇りであり、生涯忘れることはないとな」

『モ、モケ~!』

 

涙を流しながら、敬礼して去っていくアルティロイド達。これで、フォクスギルディの名誉が守られることを願おう。

 

「状況終了。これより帰投します…」

『ああ、ご苦労だった。戻ったらゆっくり休んでくれ…』

 

風鳴司令の労いの言葉すら、今の俺の心には虚しく響くだけであった…。




オリジナルな展開にしようとしたら、ブルーさんがめっさ悪者みたいになってしまった…。
言っておきますと、私はブルーさんこと愛香さんのことが、決して嫌いではありませんのであしからず。ファンの方や不快に感じられた方は、誠に申し訳ありません。


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第二十九話

お久しぶりです。
現在新しい作品に集中しているので、暫くは月一更新になると思いますが、ご了承下さいませ。


フォクスギルディとの戦いの翌日の朝。俺はリボンを手に洗面台の前に立っていた。

腰まで伸ばした髪を根元で束ねてリボンで結んで、いつもと同じポニーテールにする。

このリボンは強敵(とも)が残した形見。敵ではあったけど、彼の魂も背負って戦っていこうと思ったのだ。

物心着いた頃に母さんを真似てこの髪型にしたんだよなぁ。成長するにつれて、女に間違われるから切ろうとすると、ユウキが嫌がるから今も続けている訳だが。なんだかんだで愛着があるのも事実か。

 

「よーし。今日も頑張ろっと」

 

身支度を整えて気合を入れると、部屋を出て行くのだった。

 

 

 

 

 

「なんだこれ…」

 

食堂のテレビを見ながら、思わずそう呟いていた。

 

「何って、テイルレッドに関するニュースじゃん」

 

そう話すのは、俺の隣に座って味噌汁を啜っているユウキである。

そう。テレビに映っているのは、今やお馴染みとなっているテイルレッド特集なのだが――

 

「それになんで俺が出ているのさ!?」

 

テイルレッドの特集の筈が、どういう訳か俺についても取り上げられていたのだ。正確には俺が纏っているMK-Ⅱなのだが…。

 

「多分、テイルレッドの窮地を助けたからだと思う。アイドルを暴漢から守ったみたいな感じで。現場にいなかったから詳しくは分からないけど」

 

そう指摘したのはユウキの隣に座っている詩乃だった。

いや、確かに援護はしたけど。そこまで騒ぐほどじゃないでしょうよ。

 

『こちらが今回テイルレッドの窮地を救ったPTです。詳細は公表されていませんが、搭乗者は男性とのことです』

 

司会者の言葉と共に、俺とテイルレッドのやりとりが流される。

 

『ここでテイルレッドたんがエレメリアンを庇っていますね。そしてエレメリアンが抱えている人形を壊さない様に懇願しています。いくらテイルレッドたんの頼みでも、自らを不利になることを彼は迷うことなく了承しています。ここから彼の優しさが見て取れます』

 

評論家らしきおっさんが俺のことをやたら褒めていた。てか、テイルレッドたんって…。

 

『それに、彼は敵である筈のエレメリアンのことを認めています。これは、彼の誠実さをよく表していると私は考えます』

「だってさ」

「……」

 

恥ずかしんでやめてもらいたい。後ユウキ。お前は何ニヤニヤしてんねん。

 

『それに、敵であるエレメリアンのことを認める度量の広さを持ち合わせています。彼がいかに誠実な人物であることを表しています』

「だってさ」

「……」

 

なんで俺のことをそんなに評価してるのさ。テイルレッドが現れてから、マスコミのテンションがおかしくなってるよ。後ユウキ。お前はニヤニヤすんなっての。

おまけに新聞の一面を飾ってるし、ホントどうしてこなった?

 

『なる程…つまり、この青の少女は味方かどうかは分からないと?』

『ええ、今の段階で判断するのは早計でしょう。笑っていても酷く暴力的な目をしているのが気掛かりです』

 

今度はいきなり登場し、テイルブルーと名乗っていた奴が映し出されていた。

と言っても空気を読まないことをやらかしたせいで、完全に悪役みたいな扱いであった。

 

「酷い言われ様だなこのテイルブルーって人」

「話では不意打ち同然のことをしたらしいからな」

 

一夏がテレビの感想を漏らすと、箒が難しい顔をしていた。

正々堂々を好む彼女としては、テイルブルーがやったことが許せないのだろう。

 

「まあ、意図してやったのかどうかははっきりしないけどね」

 

単に初陣で張り切り過ぎた結果だったのだろうか。どうかそうであってほしい。そうでないと本気であいつを許せそうにないかもしれん。

 

「人気と言えば人気だけどね」

 

詩乃がスマフォである掲示板サイトを見せてくれた。

 

・胸が真っ平らなのに胸元が開いたスーツ着るとか、マゾなの?マゾの人なの?

・一瞬、色っぽいよ思った。違った。

・貧乳なのにセクシー衣装で顔面テイルブルーwwwwwwwww

 

と言った暖かい応援メッセージがびっしりと書き込まれていた。

いや、擁護するコメントも見られたが、それら全てに『自演乙』『本人さんちーす』と大勢の人に返されていた。

 

「こ、これは…」

 

こういったことは初めて見るのだろう。アミタがなんとも言えなそうな顔をしていた。

 

「自業自得なんだから仕方ないさ。同情する必要は無いね」

 

あんなことしたんだから、これくらいの悪口はされて当然だね。状況を読めなかったあいつが悪い。

 

 

 

 

 

朝食を終えた後は、五河が昨日よりやつれていたり、津辺の奴がやけに殺気だっていたりとしていたが、普段と変わらぬ時間が過ぎていった。うーんやっぱ平和が一番だねぇ。

とか考えている内に放課後になると、遊撃隊のメンバーは基地のブリーフィングルームに集まっていた。

 

「さて、これが白衣の変質者の今までの出現場所なんだけど…」

「この島の小・中学校の全てではないか」

 

モニターに表示されたブルーアイランドの地図に、無数の赤点がついていた。

 

「いや風鳴。まだ一箇所だけ出現していない場所があるんだ」

「それはどこなのかしら?」

 

オルコットの言葉に、俺は地図のある1点を示した。

 

「来禅学園だ。ここは警備が最も厳重だから迂闊に手を出せなかったんだろうね。故に次はここに現れると俺は考えている」

「その根拠は?」

「それはだね折紙。これまでの情報を分析したところ、こいつは警備の薄い場所から順に狙っていく傾向にあることが判明したんだ。だから最も警備の堅い来禅を最後に狙ってくる筈だ」

 

白衣の変質者は壁が高い程燃えるタイプなのか、またはマゾなのかは知らんが。来禅に網を張るべきだと俺は思う。

 

「少佐より多少手荒でも構わないとのことだ。確実に仕留めるぞ」

 

度重なるインスペクターやアルティメギルの襲撃の影響で、この島で暮らしている人達も不安を募らせているんだ。少しの不安要素でも迅速に排除しなければならない。

その後もそれぞれの配置や役割等について、話し合っていくのであった。

 

 

 

 

勇らのブリーフィングの翌日。来禅学園の小等部校舎。その近くに植えられている木の枝の上に何者かがいた。

腰までの伸びた銀髪をストレートにし、白衣の上に茶色のコートを羽織っていた。更にサングラスとマスクで顔を隠しており、怪しいことこの上ない。

 

「ハァハァ…幼女可愛いよ」

 

コートの上からでも分かる体つきから女性なのだろう。だが鼻の下を伸ばしてマスクの隙間から涎が流れ出ており、サングラスの中の目は血走っていた。明らかに危険人物である。

時刻は既に放課後で、グランドで遊んだり下校する生徒らが見られた。その中からめぼしい者を手にした高級カメラで激写していた。丁寧にフラッシュ等でばれない様に工夫までして。

この学園はIS学園やリディアン女学院と並ぶ、最新鋭の設備を整えており、かなりの人数が在籍している。故に相応の警備体制が整えられているので、その隙を見つけるのにてこずってしまった。

だがその苦労させられただけのことはあり、かなりレベルの高い幼女が揃っている。

 

「げへへ。これで暫くは困りませんねぇ。」

 

かなり下卑た笑みを浮かべる女。通報されても文句は言えないだろう。

 

「おい。貴様」

 

突然背後から話しかけられ、ビクッ!と身体を震わせる女。

錆びた機械の様にゆっくりと後ろを向いた。すると女がいる枝より高い位置にある枝から、勇が冷めた目で見下ろしていた。

 

「ここで何をしている?」

「こ、これは野鳥観察をですね…」

 

女の苦し過ぎる言い訳に、勇の目つきが鋭くなった。その視線に冷や汗をかく女。

 

「ほう。では、確認させてもらっても構わんよな?」

「え!?いや、それはちょっと…」

 

「なんだ?まさか、見られたら困るもの(・・・・)でもあるのか?」

 

ドスの効いた勇の声に女の汗の量が倍増した。まさに蛇に睨まれた蛙状態である。

 

「ぜ、全速離脱ううううううう!!!」

 

女が木から飛び降りた。二階建ての建物と同じ高さがあるのだが、難なく着地し全速力で逃げ出した。

 

「チッ!逃がすか!」

 

勇も木から飛び降りて追跡を開始する。

 

「待てやオラァ!」

「いぎゃあああああ!?」

 

女は陸上選手として十分通用する速度で逃げるが、勇はそれ以上の速度でみるみると距離を縮めていく。

 

「くっ!いでよアイカフットバース・リペア!」

 

女が手のひらサイズのカプセルをほおり投げると、人と同じサイズのロボットが勇を阻む様に現れた。

このロボットは、とある人間離れした戦闘能力を持つ者への対策として開発された物である。残念ながらその者には、蚊を払う様に破壊されてしまい、それを修復したのだ。

あくまでその相手が人間を辞めていただけであって、普通の人間であれば歯が立つ筈が無い。ロボットで足止めしている間に逃走しようと女は考えていた。

 

「邪魔だぁ!!」

 

勇は勢いを止めることなく飛び蹴りを放つと、ロボットはバラバラに破壊された。

 

「嘘おおおおおおおおお!?」

 

予想外過ぎる事態に驚愕する女。自信作をいとも容易く二度も破壊されるのは、なかなかに心にくるものがある。

 

「観念せいやああああああ!!」

「ヒィィィィィィィィ!!」

 

更に距離を詰めてくる勇に、女は限界以上の力を振り絞って振り切ろうとする。

心臓が張り裂けそうになり、身体が悲鳴をあげている。ただ覗きをしていただけなのに、どうしてこんな目に合わないといけないのかと、女は自分の不幸を呪っていた。

 

「そこまでですわ!このわたくしセシリア・オルコットがあなたを「どっせい!」へぶっ!?」

 

女の前にセシリアが立ちはだかるも、女はその顔面を踏みつけて飛び越えてしまう。

 

「逃がさんぞ変質者!観念しろ!」

 

着地の瞬間を狙って翼が、木刀を女へと横薙ぎに振るった。

 

「あぴゃー!?!?」

 

女は咄嗟に身を屈め木刀を回避する。すると空ぶった木刀が住宅のブロック塀を粉砕した。

 

「うおおおおおぃ!?!?!?相手を殺す気かお前は!?」

 

やり過ぎる仲間に思わずツッコミを入れる勇。

確かに多少手荒れにしてもいいとは言ったが、流石に限度を超えていた。

 

「ちゃんと加減している!骨が二三本折れる程度に!」

「もっと加減しろや!さてはお前不器用だろ!?」

「そんなことはない!ちゃんと一人で部屋の掃除はできる!」

「できない奴程そう言うんだよ!俺の妹の様にな!てか、これ始末書を書くのは俺だかんな!」

 

ギャーギャー言い合っている勇らをよそに、逃亡しようとする女。このままでは殺される!と命の危険を感じ、一心不乱に走った。

が、突然道端に置かれていたゴミ箱が爆発して女を吹き飛ばして塀に叩きつけた。

 

「あぎゃあああああああああ!!!」

「折紙いいいいいいいいい!?!?!?何してんのお前ええええええええ!?」

『何って、トラップを…』

「誰が爆発物を使えと言ったあああああああ!!!秘策ってあれかお前!?!?」

 

通信機越しに叫ぶと、相も変わらず平坦な声が返ってきた。打ち合わせ中に折紙が言っていた秘策が、まさか爆発物だとは夢にも思っていなかった勇は、本気で頭が痛くなってきた。

 

『周囲の迷惑にならない様にしてある。問題ない』

「確かに爆竹が破裂したくらいの爆発音だったけど、大アリだよ!!これどう報告すればいいんだよおおおおお!!!」

 

覗き魔捕まえるために爆弾使いましたなんてこと、日本と言うよりどの国でも許されることではない。てか、これ覗き魔死んだんじゃね?と最悪の事態を想像して顔色が真っ青になる勇。

 

「う…お…おお!!!」

「ってこの状況でもまだ逃げる気かよあいつ!?」

 

女がゾンビの様に立ち上がると、猛スピードで逃走を再開した。恐るべきタフさである。

 

「ふ、ふふふ。うふふふふふ…」

 

追いかけようとした勇の耳に背後から不気味な笑い声が聞こえてきた。

振り返ると、踏み台にされたオルコットが、ゆらりと立ち上がって禍々しいオーラを放っていた。

 

「このセシリア・オルコットを踏み台にするとは、万死に値しますわああああああああ!!!」

「馬鹿馬鹿馬鹿!!ISを使うんじゃねえええええええ!!!」

 

ISを展開しライフルを構えようとするオルコットを、慌ててMK-Ⅱを展開し取り押さえる勇。

ISを始めとする軍用パワードスーツと、それに類似するシンフォギアシステムは、非常事態を除いて展開すること自体固く禁じられている。

万が一これを破った者は所有権を剥奪され、最悪終身刑を課せられる場合すらあるのだ。

 

「お離しなさい!奴はわたくしを踏み台に!踏み台にしましたのよ!!」

「だからってやり過ぎだこの馬鹿!ええい風鳴!この馬鹿止めるの手伝え!」

 

取り押さえられてもなお暴れるセシリアに、勇は翼へと助けを求めた。

 

「ふん!」

「あべし!?」

 

シンフォギアを纏った翼が、セシリアに手刀を当て意識を刈り取った。

 

「おおい!?もっと穏便に済ませろよ!?」

「済ませただろう?」

「物理でするな!やっぱり不器用だろお前!」

「なんだと!?」

 

勇と風鳴がギャーギャー言い合っている間に、女はその場から逃走していた。

 

 

 

 

「ううう…酷い目にあった…」

 

都市部から離れた台地にある公園に女は逃げ込んでいた。日もすっかりと暮れ公園内には他に誰もいない。

あの後も遊撃隊の追跡は続き、心身共に疲弊していた。持ち運び式の転移装置は、爆発の衝撃で壊れてしまい、自力での逃走も困難となっていた。

 

「ま、まだです…総二様の童貞を…私の手で卒業させるまで…倒れる訳には…」

 

しょうもないことを言いながら未だに諦めない女。ここまでくると、ある意味賞賛ものである。

しかし、小石に躓くとそのまま転んでしまう女。現実は無情、最早女には立ち上がる力さえ残っていなかった。

更に追い打ちをかける様に雨が降り出し、瞬く間に土砂降りとなっていく。

 

「うぅ…こ…ここまで…ですか…」

 

限界を迎えようとしていた女の耳に、何者かの足音が聞こえてきた。一瞬追っ手かと思ったが、足音は一人分でどこか恐る恐ると言った感じであった。

 

「(誰…ですか…?)」

 

女は最後の力を振り絞って顔を上げた。目の前にはウサギの耳の様な飾りのついた緑色のフードを被った、青い髪の中学生程の少女が女を見下ろす様に立っていた。

フードを深く被っているので顔は見えないが。左手には、コミカルな意匠の施された、ウサギのパペットが装着されていた。

 

「あなた…は…」

 

 

 

 

時は少し遡り、遊撃隊の面々は公園へと続く階段を駆け上がっていた。

 

「こっちでいいのか折紙?」

「間違いない」

 

一度は女を見失うも、折紙の追跡術によって、ここまで追い詰めることに成功したのである。

 

「よくここまで追跡できるものだな」

 

驚異的と言える折紙の追跡術に素直に感心する翼。いくら軍の訓練受けているとは言え、それだけでここまでの技量が身につくことはないだろう。

 

「これくらいは乙女の嗜み」

「いや、それはないだろう」

 

折紙にツッコミを入れる勇。そんな嗜みはないことくらい男の勇でも分かる。

 

「うぅ。首が痛いですわ…」

「自業自得だ我慢しろ」

 

そう言って首を撫でているセシリア。勇の言う通りなので、反論はできなかった。

 

「さて、そろそろ鬼ごっこは終わりにするとしよう」

 

この先の公園は出入りするための道がこの階段しかないので、目標は既に袋の鼠状態であった。

手こずりはしたが、どうにか任務を達成できそうである。その後の報告のことを考えると憂鬱になる勇だが、今は目の前のことに集中しようと気合を入れた。

 

「む?」

 

勇が違和感を覚えて空を見上げると、ポツポツと雨が降り始めていた。

 

「雨だと?」

 

勇が訝しむ様に呟いた。天気予報だと今日は雨は降らないとなっていたからだ。

雨は勢いを強めていき、遂には土砂降りとなってしまった。

 

「うお!?マジかよ!?」

「く、なんてことだ!」

 

無論遊撃隊の面々は傘など持ってきておらず、瞬く間にずぶ濡れとなってしまった。

 

「こりゃかなわん!早くあの目標を確保して引き上げよう!」

 

急いで階段を登り終え、公園に入ると遊撃隊の面々は園内を見回す。だが、目標の女の姿は見当たらない。

 

「どこかに隠れたか?手分けして探そう。風鳴はここを見張っていてくれ」

「分かった」

 

勇の指示に手分けして女を捜索する遊撃隊。決して広くはない公園なのですぐに見つかると踏んでいたが。予想に反して、女の姿を見つけることはできなかった。

 

「そっちにはいたか?」

「いや、こちらにはいなかった」

「こちらもですわ」

 

内部に入れる遊具やトイレの男女それぞれの中に至るまで、公園の隅々を探したのにも関わらず女の姿は影も形もなくなっていた。ひとまず雨を凌げるトイレの入口に集まる遊撃隊。

 

「どういうことだ?転移して逃げたと言うのか?」

「だったらとっくの昔にしているだろう。その線は薄いな」

「でしたら鳶一さんの追跡が間違っていたのでは?」

「それはない。あの女は間違いなくここへ逃げ込んだ」

 

今まで追跡できていた折紙が間違えたとは考えにくいので、女が忽然と姿を消したことになる。

 

「折紙追えるか?」

「この雨で痕跡が消えてしまった。これ以上の追跡は不可能」

「だよな」

 

足跡等が雨で流されてしまった状況では、流石の折紙も追跡はできなかった。

 

「仕方ない。これ以上の任務続行は不可能と判断し撤退しよう。問題はどうやって帰るかだけど…」

 

いくら身体を鍛えている遊撃隊の面々でも、土砂降りの中を傘もささずに帰る訳にもいかない。

 

「くしゅん」

 

ふと風鳴が可愛らしくくしゃみをする。

 

「大丈夫――な訳ないよね」

「これくらいどうと言うことはない」

 

恥ずかしかったのか、頬を赤く染めてそっぽをむいてしまう風鳴。このまま濡れた服を着ていては、皆風邪をひいてしまうだろう。

 

「ふむ、この状況を非常事態と認定。各員装備の展開を許可する」

 

勇の指示に風鳴とセシリアは驚いた顔を向けた。折紙は表情こそ変えないが、驚いてはいる様である。

 

「しかし…」

「このまま風邪をひかれると任務に支障が出るからね。責任は全て俺が取る」

 

そう言うと勇はスペースを確保するためにトイレから離れ、MK-Ⅱを展開した。

三人は互いに見あうと、勇の後に続くのであった。

その後は、勇の連絡を受けたユウキ達が傘と着替えを持ってくるまで、今回の任務の反省会をすることとなったのであった。

 

 

 

 

ブルーアイランドにある観束総二の自宅。二階建で、一階は個人経営の喫茶店『アドレシェンツァ』となっているのだ。

その喫茶店の椅子に座りながら、総二は窓の外を見ていた。

 

「遅いなぁトゥアール…」

 

土砂降りとなっている外を見ながら呟く総二。

居候している少女トゥアールが、やらなければならないことがあると言って外出してからかなりの時間が経っていた。

 

「まったく。あの馬鹿どこをほっつき歩いているのよ」

 

総二の隣に座っていた愛香が、頬に手を当てて心配そうな顔をしていた。そんな幼馴染を見てクスリと笑う総二。

普段喧嘩していることが、多いがなんだかんだで仲がいいのだ愛香とトゥアールは。

 

「トゥアールちゃんって、携帯持っていないのよね総ちゃん」

 

カウンターで皿を拭きながら、総二を総ちゃんと呼ぶ女性は観束未春。総二の母親であり、アドレシェンツァの経営者である。

ちなみにアドレシェンツァの営業時間は、その日の未春の気分次第で変わり、今日は既に店じまいをしていた。尤もこんな土砂降りでは客は来ないであろうが。

 

「そうなんだよなぁ。何かトラブルに巻き込まれないといいんだけど…」

 

総二が探しに行くべきかと考えた時、喫茶店のドアが開き誰かが倒れ込んできた。

 

「え?トゥ、トゥアール!?どうしたんだしっかりしろ!」

 

倒れ込んできたのは、今まさに話題となっていた少女トゥアールであった。見るも無残な程にボロボロとなっており、まるで爆発にでも巻き込まれたかの様であった。

総二は慌てて駆け寄り、トゥアールを抱き抱えた。

 

「しっかりしなさいトゥアール!どこの組のしわざ!?仇は取ってあげるから言いなさい!」

 

総二と同じ様に駆け寄り、とても物騒なことを言っている幼馴染。いつもならそんな訳あるかとツッコミを入れるのだが、トゥアールの惨状を見る限りそうとも言い切れなかった。

 

「う…うぅ…」

「トゥアール!?大丈夫か!?」

 

うっすらと目を開けたトゥアールに、必死に呼びかける総二。

 

「そ、総二様…愛香、さん…。やっ、やっぱり…この世界は…おかしい、です…。そ、それと…天使って…実在、するんですね…」

 

ガクッ、と白目を剥いて意識を手放すトゥアール。口からは魂が抜け出ようとしている様に見えた。

 

「トゥアール?トゥアール!?しっかりしてくれ、トゥアールゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

雨の降る音の中、総二の叫びが木霊した。

この日以来、白衣の変質者が現れることはなくなったのであった。



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第三十話

「……」

 

ペンを走らせる。

 

「……」

 

ペンを走らせる。

 

「……」

 

ペンを走らせる。

 

「……」

 

ペン、を…走らせ、る――

 

「お、終わった…」

 

燃え尽きた明日のボクサーの様にテーブルに突っ伏す。

テーブルに広がっているのは、数日前の白衣の変質者捕獲作戦に関する報告書。そして始末書である。

作戦中の器物損害や爆発物、何よりパワードスーツの無断使用と言う重大な軍規違反をやらかしてしまった訳だが。幸い紫条指令や父さんが便宜を図ってくれたので、厳重注意だけですんだ。

最もやらかしたこと自体が消える訳ではなかったので、こうして始末書も書いているのだ。

多量の書類との格闘を終えたのはいいが、もうこんな時間か。時計を見ると、良い子は寝る時間はとっくに過ぎて大半の人は夢の中にいる時刻となっていた。

こ、これが管理職というものなのか…。大人の苦労を実感したぜ…。

 

 

 

 

 

「で、突っ伏したまま寝たら寝違えたと」

「うむ!」

 

食堂でいつもの様に朝食――はいいのだが、寝違いました!右向いたまま動かせません!

とは言え、そんな心配そうな目で見る必要はないんやで詩乃さんや。

 

「だ、大丈夫なの勇兄?」

「大丈夫だ。問題無い」

「問題しかないと思います勇さん」

 

何を言うか箒。これをこうしてこうすれば…。ええい、口まで運べんだと!?

 

「諦めることも大切なんだよ兄ちゃん」

「まだだ。まだ終わらんよ!」

 

優しく諭すな妹よ!なんか悲しくなるから!

 

「むむむ…」

「もう、しょうがないなぁ。ほら貸して」

 

悪戦苦闘していると、見かねた様にユウキが箸を取り上げてきた。

そしてあろうことか、俺の分のおかずをつまむと口元の運んできた。しかもニコニコといい笑顔で。

 

「ユウキ!?何をしている!?」

「いやいや。ちょっとお手伝いをね。はい、あ~ん」

 

はい。あ~んだと!?この歳で妹相手だぞ!馬鹿な、恥ずかし過ぎる!

 

「そ、そんなことしなくてもいい!自分でできる!」

「どうやって?」

「ぐぬぅ」

 

く、諦めるな俺。考えるのだ。この状況を打開する術を!

 

「思いついた?」

「いえ…」

 

現実とは非情である。この辱しめを受けよと言うのか神よ…!

 

「ほらほら早く早く。時間なくなっちゃうから」

「……」

 

これは、覚悟を決めるしかないのか…。てか、全方位から視線を感じるんですけど。皆して食い入る様に見ないで下さい。マジで。

 

「はい。あ~ん」

「…あ~ん」

 

無我の境地で口を開けると、入れられたおかずを咀嚼する。そして周りから『おお』とどよめきが起きる。何、この公開処刑?

 

「どう?美味しい?」

「そりゃ、美味しいわな」

 

ここの料理は高級料理店ばりの味だからな。だが、俺の答えに不満なのか、、むーと頬を膨らませるユウキ。

 

「はい、詩乃パス!」

「ん」

「え、ちょ…」

 

なんと、ユウキが詩乃に箸を手渡しおった!?アイエエエエ!ナンデ!?ナンデナノ!?

 

「はい。あ~ん」

「……。いや、あの…」

「あ~ん」

 

怖い。笑顔なのに怖い。断ったら蜂の巣にされそうなくらい怖い。俺に拒否権は無いと?

ええい。もうどうにでもなれ!

 

「あ~ん!」

 

ヤケクソ気味に差し出されたご飯にかぶりつく。そして『おお!』と先程よりも大きなどよめきが起きる。いや、見世物じゃないんやけど。

 

「はい。アミタさんパス」

「ふ、ふぇえええええ!?!?!?」

 

満足した様な顔で詩乃がアミタに箸を手渡す。するともの凄くビックリしたのか椅子から転がり落ちそうになっていた。

 

「わわわわわわわわわわ私わぁいいいいいいいいですよおおおおおおおおおぉ!?」

 

あたふたしながら箸を返そうとするもユウキも志乃も、いい笑顔で親指をグッと立てるだけだった。

 

「ああう~あううう~」

 

同様し過ぎたのか、目をグルグルと回しながらオロオロしているアミタ。

 

「いや、無理しなくていいから返しなよ」

「えとえとえと…!」

 

心の中で葛藤があるのか、箸と俺を交互に見ながら唸っている。

やがて決心したのか。震える手でおかずを箸で掴むと、おずおずと俺の口元まで運んできた。

 

「あ、あ~ん…」

「……」

 

涙目になりながら上目遣いで箸を差し出すアミタ。…今日死んでもいいかもしれん。

 

「あ~ん」

 

差し出されたのを食べると周囲から歓声があがった。食堂のおば様方は感動したのか泣いてるし。何だこれ?

 

「……」

「ん?どうした箒?」

「い、いやなんでもないぞ一夏!」

 

俺達のやり取りを見ていて、羨ましそうにチラチラと一夏を見ていた箒。

そんな箒の様子に首を傾げていた一夏だが、何かに気がついた様な顔をした。

 

「ああ。もしかしてトイレかがぁ!?」

「ああそうだな。お前はそういう奴だよなぁ!」

「いだだだだだだ!?箒足が砕けるって箒!」

 

見当違い過ぎることをほざいた朴念仁の足を、力の限り踏みつける箒。君らは相変わらずだねぇ。

 

 

 

 

「今日だな」

「何が?」

 

ブルーアイランドにある亡国機業の拠点であるビルのオフィス。

そのオフィスにある外を一望できる窓から景色を眺めていたヴォルフの呟きに、ソファーで寝転びながらファッション誌を読んでいたキリエが反応した。

 

「今日獲物が現れる」

「それって精霊のこと?」

「ああ」

 

キリエの問いかけに景色を眺めながら答えるヴォルフ。その顔はどこか確信に満ちていた。

 

「なんで分かるのよ?」

 

キリエの疑問も最もであった。ここ最近の出現パターンから算出して、次に精霊が現れるのは数日の内と見られているが、正確な日時までは不明であった。なのにヴォルフは今日この日に現れると言ったのだ。

 

「勘だ」

 

いつもの様に無表情で迷わず言い放ったヴォルフの言葉に、思わずソファーから転げ落ちそうになるキリエ。

 

「いやいや、勘って…」

 

それだけで精霊がいつ現れるのか分かるのなら、誰も予測に苦労はしないだろう。

 

「ヴォルフがそう言うなら間違いないな」

「ああ」

「そうね」

 

怪しんでいるキリエとは対象に、スコールら付き合いの長いメンバーは全く疑っていない様である。

 

「なんでそんなに信じられるのよ…」

「ヴォルフの勘は外れたことがないんだよ。どこに罠があるのかとか、敵がどんな動きをしているのとかが分かっちまうのさ」

「何それエスパー?」

 

確か自分の正体を見破った時も勘だと言っていたが、○ュータイプだとでも言うのかこの男は。

 

「今回は情報が揃っていたからだ。知らないことまでは分からんよ」

「それでも異常だろ」

 

ジト目でヴォルフを見るキリエ。いくら人工的に遺伝子を操作されているとは言え、本当に人間かどうか思わず疑ってしまう。

 

「それよりもスコール。例の『協力者』に連絡をしておいてくれ」

「分かったわ」

「てか、その協力者は使えるのか?」

 

次からの任務には、ファントム・タスクの協力者が参加する予定となっているが。ヴォルフ達はどれ程の実力を持っているのか知らなかった。

 

「詳しいことは知らん。分かっているのは、そいつは俺達テロリストを嫌っていることくらいだ」

「そんな奴がなぜ我々に協力をする?」

 

エムの言う通り、言っていることとやっていることが明らかに矛盾していた。

 

「何か事情でもあるのだろう。どうでもいいがな。ま、足でまといになるならば切り捨てるまでだ」

 

特に興味のなさそうに言うヴォルフ。

ファントム・タスクとは、様々な思惑を持った者達の集まりでもある。故に仲間意識などなくとも、利害が一致するから利用し合う。それだけでいいのだ。

 

「協力者がいようがいまいが、俺達のやることは変わらん。獲物を狩るそれだけだ」

 

そう言うヴォルフの目は、獲物を求める猟犬の様であった。

 

 

 

 

 

「で、寝違えた訳?あんたにしてはヘマしたわね」

「自覚しているよ。慣れないことなんてするもんじゃないな」

 

その日の放課後に、他の人に気づかれない様に津辺を呼び出し、人気の無い校舎裏にいた。

津辺は呆れた様にジト目をしているが、一応心配してくれてはいるらしい。粗暴なところはあるが、なんだかんだで優しいところもあるからな彼女は。

まあ、首の様子はだいぶマシにはなったけど、まだ痛みが残っているな。

 

「それで要件は響のことかしら?」

「ああ。様子はどうだ?」

 

津辺を呼び出したのは、前に自分を省みらなさ過ぎる行動をしたことを咎めた立花の様子を聞くためである。

小日向でもいいのだが、彼女だと立花に勘付かれるかもしれないのでね。

 

「そうね。あんたに呼び出されてから、ずっと塞ぎ込んでるわあの子」

 

予想はしていたけど、そこまで重症だったか…。

 

「でも、あたしは感謝してるわよ。あたしじゃいくら言っても分かってくれなかったし」

 

どこか嘆く様に言う津辺、親友の身を案じても、何もできなかったことへの無力感に苛まれていたのだろうか。

 

「だが、俺ができるのはここまでだ。後はお前達にしかできないことだ」

 

無責任な話だが、今の状態の立花をフォローできるのは、幼馴染の小日向と親友の津辺くらいなものだろう。

これ以上俺が彼女にできることは無いのだ。言うだけ言って逃げるって最低だな俺…。

 

「それは構わないけど。もう少し優しく言ってもよかったんじゃないの?」

「そうでもしなければ、彼女は納得しなかっただろうさ。俺には他の方法が思いつかなくてね」

「あたしにはあんたが響から逃げたくて、突き放した様に見えるんだけど?」

 

…やっぱバレたか。痛いところを突かれたな…。

 

「否定はせん。立花と距離を置くべきだと考えているのは事実だ。俺の真似なんされてもかなわんからな」

「どちらかと言うと響の『想い』から逃げてるんでしょう?まさか、気づいていないなんて言わないわよね?」

「無論だ。俺は末弟やラノベ主人公の様な、鈍感スキルは持ち合わせておらんよ」

 

立花が俺に好意を寄せていることには気づいている。だからこそ距離を置くべきなんだ。

 

「俺なんかを好きになったって碌なことにならんさ。他の相手を探すべきだ」

「はぁ…」

 

おかしい。まっとうなことを言った筈なのに、呆れ顔で溜息をつかれたぞ?

 

「あんたと言いそーじと言い。どうしてそんなに自分を卑下したがるのかしらね」

「俺と総二を同列にするな。俺は彼みたいに強くはない。戦うことしかできない大馬鹿野郎だ」

 

どれだけ周りから異端扱いされても、ツインテールを愛し続けることを諦めない。そんな心の強さを持った総二と、戦う強さを求める俺とを一緒にするな。彼に対する侮辱にしかならんぞ。

 

「だったらどうして、あんなに大きなファンクラブがあるの?なんで皆あんたを頼るのよ?本当に戦うだけの大馬鹿野郎なら、誰もあんたのことを慕いはしないわよ」

 

津辺の言葉に何も反論できなかった。せめてもの抵抗として、貫くようなその視線から逃げない様に意地を張るだけで精一杯だった。

 

「他人の生き方をどうこう言いたくはないけど。友達の恋の応援をしたいから、言わせてもらったわ。あんたは誰かに愛される資格がある。だから響の気持ちから逃げないであげて」

 

もう話すことは無いと言う様に立ち去っていく津辺。俺はその場から動くことができずにいた。

彼女が言ったことは間違っていないのだろう。でも――

 

 

 

 

こんな血塗れの俺が、本当に俺は誰かを愛していいのかな母さん?

 

 

 

 

その問いに対する答えの代わりに、空間震警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「まさかここに現れるとはな」

 

MK-Ⅱを身に纏い、半壊している校舎を見つめながら俺は呟いた。

そう。今回精霊が現れたのは、我が母校でもある高等部内であった。

校庭がすり鉢状に抉れており、その周囲の校舎の一部や道路が綺麗に削り取られていた。どうやら精霊は校庭に出現後、校舎内に入った様である。

周囲では既にPT部隊とノイズによる戦闘が発生しており、あちこちで銃声や爆音が響いていた。

そもそも、何故空間震が発生するとノイズが出現するのか。そしてそれ以外での出現率が上がっていくのか、はっきりとしていないのだ。

ある科学者が、空間震によってノイズのいる世界と、この世界との境界線が崩れてしまっているのではないかとの説を唱えている。

最も人類がノイズについて把握していることは、『異世界からやって来て人間だけを襲う化物』程度のことだけであり。捕獲を試みても発生から一定時間が経過すると、ノイズ自身が炭素化して自壊してしまう。このことからノイズに関する研究は一向に進んでおらず。目的や生態系と言ったことは、30年前に特異災害と認定されてから一切不明なままとなっている。

 

「にしても動かんな」

 

俺達遊撃隊とASTで校舎を取り囲み精霊の様子を見ている。精霊との戦いは僅かなミスでも命取りになるので、慎重に慎重を重ねなければならないのだ。

反応では今回現れたのはプリンセスの様だが、校舎に隠れてその姿を視認できていない。

建物内では動きを制限され数の理を生かせないので、向こうから出てきてもらうのを待っているのだが。一向に動きを見せないでいた。

 

 

『待たなくても、こちらから攻撃して炙り出してしまえばいいのに…』

 

前回の雪辱を早く晴らしたいのか、オルコットが焦れた様子で言う。

 

『世論の目もあってな。無闇に建物を破壊すると騒ぐ連中もいるんだ。『こうせざるを得ない』というアピールも必要なんだ』

 

風鳴司令の言う通り、精霊が相手だからってなんでもしていいと言う訳ではない。好き勝手やると、反発する人達が出てくるのも事実である。それに弾代だってタダでは無いのだ。世知辛いがね。

 

『そろそろいいかしらね。各員攻撃準備!精霊を炙り出すわよ!』

 

頃合いと判断した日下部大尉の合図に合わせて、各々の得物を構える。

俺は手にしていたGインパクト・キャノンを、胸部のコネクターに接続し、チャージを開始する。

 

『攻撃開始!』

 

一斉に放たれた砲火が校舎に殺到し、残されていた原型を崩していく。

間もなくチャージが完了するので、トリガーに指をかける。いくら精霊でもこいつの直撃なら有効打になる筈だ。

外壁が崩れていき精霊の姿が晒される。そしてその側に、少年と見られる人間が――

 

「人間だと?」

 

思わず訝しげな声をあげる。おかしい。避難警報は発令されている。周囲に民間人の反応が無いことは何度も確認している。二度あることは三度あるなんてことにはならない筈だ。なのに彼はどこから現れた?

他の人達も気がついたのか、次々と攻撃の手を止めていく。

 

「五河?」

 

少年の顔には見覚えがあった。五河士道――前回の精霊との戦闘中に保護された少年であった。

誰もが戸惑う中。折紙が突撃しそうになっていたので、キャノンとの接続を解除し、慌てて立ち塞がる様にして止める。

 

「待て折紙!」

『どいて!士道が!』

 

普段の無機質さを感じさせるのではなく、感情的な声をあげる折紙。

 

「落ち着け!下手に精霊を刺激すると、逆に彼が危険に晒されるぞ!」

『――ッ!』

 

俺の言葉にハッとした様な顔をする折紙。そこまで頭が回らない程に感情的になっていたのか。それだけ五河が大切なのだろう。

幸い精霊が五河を傷つける様子は無い。と言うか寧ろ楽しそうに話し合っている様に見える。

 

『はい、民間人が精霊の側に。間違いありません』

 

この状況は、自分の判断だけではどうにもならないと考えた大尉が、紫条指令や父さんと連絡を取り合っていた。

現状の装備では、五河を傷つけずに一撃で精霊を仕留めることができない。五河に危険が及ばない限りは、今回は見逃す方針になりそうだな。

そう考えていた瞬間。空から降り注いだ光が精霊と五河がいる場所へと降り注いだ。

 

 

 

 

時は少し遡り。高等部校舎の二年四組の教室内に二つの人影があった。

一つは精霊プリンセス。そしてもう一つは五河士道である。

ラタトスクの交渉役である士道は、同組織のサポートを受けて校舎内に潜入しプリンセスとのコンタクトに成功したのだ。

そして名前が無いと言うプリンセスの求めに応じて、《十香》と命名し良好な関係を築いていた。

すると突然、けたたましい音と共に教室の窓ガラスが割れ、銃弾やらレーザーやら斬撃の様な物が士道ら目掛けて襲いかかってきた。

どうやら予想よりも早く軍の攻撃が始まった様である。

十香からは逃げる様に言われたが、この機を逃せば、次に会えるのがいつになるか分からない。何より士道の心が逃げてはいけないと訴えていた。なので会話を続行した。

銃弾やらが吹き荒れる教室で、女の子と向き合いながら話す。当然生まれて初めての経験である。

十香の力なのか分からないが、攻撃は二人を避ける様に校舎を貫通していた。

そんな中十香のなんてことのない質問に士道が答える。ただ、それだけの応酬で、十香は満足そうに笑っていた。

そしてフラクシナスのAIが十香の好感度が一定値を越えたので、司令の琴里から十香をデートへ誘うように指示が出た。

琴里が曰く精霊と共存するためには、デートをしてデレさせないといけないらしい。

それでどうやって空間震の問題を解決するのか、士道には皆目検討もつかないが。それ以外にどうすればいいのか分からない士道には、他に選択肢が無かった。

しかし生まれてこの方恋愛どころか、異性と遊んだことすらない士道にとって、このミッションはベリーハードであった。

渋る士道をはやし立てる様に、フラクシナスのクルーからのデートコールがインカムから流れていた。

そして遂に覚悟を決めた士道は口を開いた。

 

「あのだな、十香」

「ん、なんだ」

「そ、その…こ、今度俺と」

「ん」

「で、デートしないか?」

 

十香は、士道の言ったことの意味が分からないのか、キョトンとした顔をしていた。

 

「デェトとは一体なんだ」

「そ、それはだな…」

 

なんだか気恥ずかしくなって、視線を逸らし頬を掻く。

その時、右耳に少し大きな琴里の声が入ってきた。

 

『――士道!敵が動いたわ!』

「え…!?」

 

目前にいる十香にも聞こえてしまっているだろうが、士道は構わずに声を発していた。

その瞬間。十香が士道を脇に抱えて、軍の攻撃によって崩されて外壁から外へと飛び出すのと同時に、空から降ってきた光が屋上を貫き士道らのいた教室を飲み込んだ。

 

「なぁ――!?」

 

十香が助けてくれなければ、自分もあの光に飲み込まれて消滅していただろう。そのことを考えると、背筋がゾッとした。

 

「無事かシドー」

「あ、ああ。助かったよ十香。ありがとう」

「礼はいい。それより――」

 

十香が険しい表情をして視線を空に向ける。

釣られて士道も視線を負わせると、空に浮かぶ人影があった。

十香と初めて会った日に、自分を助けてくれようとしたPTに似ているが。色が黒く、右腕で抱えるようにして大型の砲を持っていたりと、細部が違っていた。

 

『流石に逃げられるか。まあ、期待はしていなかったが』

 

PTがスピーカ越しに話しかけてくる。その声は勇と違い、どこか淡々としていた。

 

「なんだ貴様は。メカメカ団の仲間か?」

 

十香がPTを睨み付けながら問いかける。ちなみにメカメカ団とは軍のことである。

 

『いや、違う。だが、俺は貴様の敵だ』

 

PTが抱えていた砲を十香へと向ける。それに対して十香は、自身の武器である大剣を召喚し構える。

 

『狩らせてもらうぞ、貴様を』

 

PTがトリガーを引くと、砲からビームが十香目掛けて放たれた。



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第三十一話

「くそ、いきなりなんだ!?」

 

突如上空から降り注いだビームから慌てて退避した俺は悪態つく。

ビームによって、プリンセスと五河のいた校舎が消え去りクレーターとなっていた。

グラウンドにはプリンセスに抱えられた五河と、それを見下ろすように浮いているのは――

 

「1号機!」

 

形状は大分変わっているが、間違いないあれは強奪された1号機!

 

「ファントム・タスクか!」

 

1号機の強奪以降出てこなかったが、遂に動き出した。狙いはプリンセスなのか?

そんなことを考えている内に、アラームが鳴りだした。

 

『何事だ友里君!?』

『来禅学園敷地内に転移反応を感知!このパターンは――ノイズです!』

『何!?』

 

風鳴司令の驚愕の声と共に、学園内の空間からノイズが次々と出現していく。それも俺達を1号機やプリンセスへ近づけないようにしているかの様に。

なんだ?まるで誰かの意思で動いているみたいな感じだな。

 

『作戦変更だ!ASTと遊撃隊はノイズの殲滅を!』

「了解!聞こえたなお前ら、行くぞ!」

『士道っ!』

「って、おい!折紙!?」

 

折紙が焦った様子でノイズの群れに突撃していく。いかん冷静さを欠いていやがるなあいつ!?

 

「ええい。風鳴、オルコット、折紙をフォローするぞ!」

 

風鳴とオルコットがそれぞれ応えるのを確認すると、迫り来るノイズの頭部をショットガンで吹き飛ばす。だが、すぐさま別のノイズが襲いかかって来た。やっぱり数が多いなこいつら!まるでゾンビの群れに襲われているみたいだ!

まるで波の様に押し寄せて来るノイズらを、左腕のサークル・ザンバーを起動させ次々と切り裂きながら折紙を追いかけていく。

 

『ハァッ!』

『狙い撃ちますわ!』

 

風鳴とオルコットも、それぞれの獲物でノイズを薙ぎ払いながら俺に追従する。

 

「オォラァ!」

 

ノイズの頭部を掴むと、他のノイズに叩きつけてショットガンで蜂の巣にする。

襲いかかるノイズをあしらいながら、ショットガンのリロードをしていると。上空から光弾が降りかかってきたので、バックステップで回避する。

 

『はぁい軍人さん。ここから先は通行止めよぉ』

 

上空に現れたのは、アミタと同じ形状でピンク色を主体としたバリアジャケットを纏った少女であった。その手には、アミタのとは色違いのヴァリアントザッパーが握られており、俺へと銃口が向けられていた。

それに彼女の側には、ファントム・タスクに強奪されたISまでもがいた。

 

「そのバリアジャケット…。お前はキリエ・フローリアンだな?」

『ええ。そうよ』

「なぜファントム・タスクと共にいる?そいつらは…」

『国際テロ組織でしょ?それくらい知ってるわよ。利害が一致したから手を組んだのよ』

 

まじかよ…。その可能性もあるかもしれないとは想定されていたが、最悪のパターンだな。

 

「今すぐそいつらと手を切れ!そんなことアミタは望まな――」

 

俺の言葉を遮る様にキリエは発泡してきたので、身体を横に逸らして回避する。

 

「やめろ!俺はお前とは戦いたくない!」

『MDM!問答無用!』

 

ザッパーを両手剣形態に変えて斬りかかって来るキリエ。両手にサーベルを構えて受け止めた。

 

 

 

 

「セイッ!」

「そこ!」

 

勇がキリエと切り結んでいる傍らで、翼は押し寄せてくるノイズを逆立ちと同時に横回転し、展開した脚部のブレードで薙ぎ払い。セシリアはビットを展開して撃ち抜いていく。

ある程度周辺のノイズを殲滅すると、群れの後方から飛び出してきた人影が翼目掛けて迫って来た。

 

「ちょいさぁぁぁぁぁ!」

 

人影が纏っていた鎧の肩部の鞭状の突起部を、翼目掛けて振るう。

 

「ッ!」

 

それを横に転がって回避すると、刀を襲撃者へと向けた。

 

「!?それは…!」

 

翼は襲撃者の姿を見ると驚愕した。襲撃者が身に纏っていたのは――

 

「ネフシュタンの鎧だと!?」

 

2年前の起動事件の際に紛失した筈の、完全聖遺物だったからである。

 

「さぁ、いくぜぇぇぇえええ!」

 

驚愕している翼へと、ネフシュタンの鎧を纏った少女は襲いかかった。

そして、オルコットはサイレント・ゼフィルスを纏ったマドカと対峙していた。

 

「サイレント・ゼフィルス…!」

 

サイレント・ゼフィルスを見て、オルコットは歯を噛み締める。ゼフィルスは元々イギリスが開発した物で、それをファントム・タスクに強奪されてしまったのである。

 

「その機体は我がイギリスの物、お返し頂きますわ!」

 

闘志を剥き出しにし、ビットを自身の周囲に展開してライフルを向けるオルコット。

 

「ふん…」

 

対するマドカはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、手にしていたライフルをオルコットに向けた。

 

 

 

 

一方。士道の元に向かっていた折紙もファントム・タスクによって妨害されていた。

 

「ハァッ!」

 

手にしてたレーザーブレードを立ち塞がるオータムに振るう。

だが彼女の纏うISアラクネ。その背部から展開している蜘蛛の脚を模した八本のアームの内の一本に受け止められる。そして残りのアームが折紙を刺し貫こうと襲いかかる。

 

「くっ…!」

「オラオラオラ!こんなもんかよぉ!」

 

別々の方向から次々と襲いかかるアームに翻弄されて、防戦一方になる折紙。隙を見て反撃に出ようとするも、一刻も早く士道を助けに行きたいと焦る余りに、動きには繊細さを欠いていた。

 

「邪魔をするな!」

 

アームの動きをテリトリーで強引に止めた折紙。それを好機と捉え折紙が大きく振りかぶって斬りかかる。だが振るった腕が何かに絡まったかの様に止まってしまう。

 

「!?」

 

よく見てみると腕にワイヤーが絡まっており、それにより動きを阻害されたのだ。ワイヤーを辿ると、アラクネのアームから複雑な軌道を描いて出されていた。

アラクネはこのワイヤーにPICを用いることで、自在に操り例え何も無い空間でも、蜘蛛の巣の様に張り巡らせるといったことが可能なのだ。

 

「うらぁ!」

「ぐっ…!」

 

両腕を塞がれ無防備となった腹部に膝蹴りを受け、身体をくの字に曲げて動きを止めてしまう折紙。その隙を逃さず追撃しようとするオータムを、折紙はテリトリーで強引に引き剥がした。

 

「(士道…!)」

 

無理なテリトリーの連続使用で脳に走る痛みを無視して、折紙はオータムへと再度斬りかかった。

 

 

 

 

ヴォルフがバスター・ランチャーのトリガーを引くと、ビームの閃光が十香へと迫る。

十香は構えていた大剣『鏖殺公(サンダルフォン)』でビームを容易く切り払った。

その程度は予測通りと言わんばかりに、背面の大型ブースターの出力を上げると、ヴォルフは十香へと突撃しながらビームを連射する。

両手で構えていたサンダルフォンを片手持ちに変えると、ビームを切り払いながら空いた片手に黒い光球を生み出し、ヴォルフへと投げつける。

ビームにも匹敵する速度で放たれた光球を、横回転しながら速度を緩めることなくヴォルフは避ける。そしてランチャーの斧型の銃剣を展開し、自らを弾丸の様にして十香へと突き立てる。

 

「くっ!」

 

銃剣をサンダルフォンの腹で受け止めるも、勢いに押されて地面を削りながら僅かに後退する十香。その表情には僅かに苦悶の色を滲ませていた。

 

「うわあああああああああ!?」

 

そして十香の足元にいた士道は、風圧に吹き飛ばされて地面を転がった。

そんな士道を尻目に、ヴォルフは受け止められている剣先を軸にし、十香の頭上を越えて背後に回り脇腹目掛けて蹴りを放つのと同時に、足先から隠し刃を展開させる。

 

「ッ!」

 

纏う鎧の継ぎ目を狙った蹴りを、上半身を捻ることで避けた十香は、サンダルフォンを地面に擦り合わせながら振り上げた。

全身のスラスターを全開にし、陸上選手がバーを飛び越える様に身を浮かせると、背中をなぞる様に刃が通過していった。

 

「シッ!」

 

着地と同時に足払いを狙うも跳んで回避すると同時に、放たれたカウンターの蹴りを後方に大きく跳んで距離を取ると、ランチャーのトリガーを引くヴォルフ。

最小限の動きでビームを避けながら、光球で牽制しつつ今度は十香から距離を詰めていく。

ある程度距離を詰めると、残像が見える程の速度で大きく踏み込んでサンダルフォンを振り下ろした。

十香が踏み込むのと同時に、僅かに後退したヴォルフの眼前を剣先が掠めた。サンダルフォンが地面に叩きつけられたことで舞い上がった砂埃によって、一瞬だが両者の視界が塞がれる。

その砂塵を突き破って放たれた銃剣の突きが、十香の顔面に迫る。顔を傾けることで回避するも、数本の髪が宙を舞った。

 

「一体なんだってんだ…」

 

目にも止まらぬ速さで繰り広げられる攻防を、士道はただ見ているしかできなかった。

 

『だから敵よ』

「敵って。軍じゃないのか?」

『ええ。奴らはファントム・タスク。私達ラタトスクの敵よ』

 

ファントム・タスク――ラタトスクの宿敵と言われるDEMが加盟する国際テロ組織。あらゆる組織に武器を売り、争いを生み出す世界の癌だと説明されたのを士道は思い出していた。

 

『こうも早く『漆黒の狩人』が出てくるなんて…』

 

通信機越しに聞こえる琴里の声には焦りが見えていた。

 

「漆黒の狩人って誰だ?」

『ファントム・タスクの説明の時に教えたでしょう。このあんぽんたん』

「ぐっ…し、仕方ないだろ!色々といっぺんに教えられたんだから!」

 

精霊やラタトスク、そしてファントム・タスクと、今までの常識の外にあったことを短期間に教えられても、記憶しきることは士道にができなかった。

 

『漆黒の狩人は、単独で精霊と渡り合えるだけの力を持ったファントム・タスク最高戦力の一人に数えられる男よ。予想だと出てくるのはまだ先の筈だったのだけど、こちらの動きが読まれたのかもしれないわね。とにかく一旦戻りなさい士道。こうなっては、あなたの身を守るのが最優先だわ』

「でも、十香が…!」

『でももへったくれもないわよ。このままそこにいても、あなたにできることはないわ。逆に十香に迷惑をかけるだけよ。さっきから十香はあなたのことを気にして戦いに集中できていないの』

「え?」

 

言われてみると初めて出会った時と比べて、十香の動きがどこかぎこちない様に見えた。それに時折士道を気にするかの様に視線を向けていたのだ。

恐らく十香にとって初めて誰かを守りながら戦っているのだろう。そのせいか次第に押され始めていた。

 

「十香…」

『分かったでしょう?十香のためにも撤退すべきなの』

「…ああ、分かった」

 

琴里の言うことは理解できる。確かに自分がいても何もすることはできない。それでも女の子に守られながら逃げることしかできないことに、士道は拳を強く握り締めた。

そんな時。流れ弾が校舎に当たり、飛散した瓦礫が士道目掛けて落下してきた。大きさ的に直撃すればただでは済まないだろう。

 

「ッ!?」

 

高速で落下してくる瓦礫に逃げられないと悟った士道は、せめて頭だけは守ろうと両腕を顔の前で交差させた。

 

「シドー!」

 

絶対絶命の士道を救ったのは十香であった。慌てて駆けつけた十香は、サンダルフォンで瓦礫を両断する。

 

「怪我は無いかシドー!」

「ああ、助かったよ――ッ!?危ない十香ぁ!!」

 

安心したのも束の間。士道の目に飛び込んだのは、ランチャーを胸部のコネクターに接続し、十香に狙いを定めているヴォルフであった。

士道が叫ぶのと同時に放たれた高出力のビームが、無防備となっていた十香を弾き飛ばした。

 

「うあああ!?」

 

受身も取れずサンダルフォンを手放し、地面を転がる十香。すかさずヴォルフはランチャーの接続を解除し、銃剣を構えて突撃する。

ダメージが大きいのか立ち上がれずにいる十香を見て、士道は駆け出していた。

 

『何をする気士道!?やめなさい!!』

 

琴里の制止する声を聞いても、士道は止まらない。ただ十香を守りたい。その一心だけが士道を動かしていた。

 

「うおおおおおおお!!!」

 

突撃してくるヴォルフの前へと躍り出ると、そのまま体当たりをする様にぶつかった。

加速中のPTにそんなことをするのは、走行中のトレーラーに轢かれるのと同義である。ただの人間である士道の身体は、当然弾き飛ばされて宙を舞うと地面をバウンドして転がる。

 

「シドおおお!!!」

『ぬぅ!?!?!?』

 

弾き飛ばされた士道を見て十香が悲鳴を上げ、流石のヴォルフもこれには驚愕し動きを止めてしまう。

 

「よくも――よくもシドーをおおお!!!」

 

激昂した十香は、拾い上げたサンダルフォンを振り上げてヴォルフへと斬りかかる。

 

『ぐぬぅ!?』

 

予想外の事態に反応が遅れたヴォルフが、慌ててランチャーを盾の様に構えながら後退する。

 

「うああああああ!!!」

 

振り下ろされたサンダルフォンがランチャーを両断すると、ハウンドの胸部を切り裂いた。刃は内部のヴォルフの肉体にまで浅くだが届く。

 

『チィッ!抜かったか!』

 

傷口から血を流しながらもブースターを吹かし上空へ逃れると、ヴォルフはその場から離脱するのであった。



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第三十二話

「おらぁ!」

 

ネフシュタンの鎧を纏った少女が、両肩部の鞭状の突起を翼へと連続で突き立てる。

それを避けるか刀で弾きながら距離を詰めていく翼。攻撃の合間を縫って小太刀を投げつける。

ネフシュタンの少女が小太刀を横に跳んで回避すると、着地の瞬間を狙って斬りかかる。鞭状の突起で受け止められ拮抗する。

 

「貴様、どうやってその鎧を手にした!」

「ハッ!テメェに教える義理はねェ!」

 

強引に翼を押し返すと、ネフシュタンの少女は手の平にエネルギー弾を生み出し投げつけた。

翼が光球を切り払った隙に、ネフシュタンの少女が手にしていた杖と見られる物を掲げると、杖の先端から放たれた光からノイズが出現した。

 

『あれはソロモンの杖!彼女がノイズを操っているのか!』

 

少女が手にしていた杖を見た弦十郎が驚愕の声をあげる。

ソロモンの杖はネフシュタンの鎧同様、消息不明となっていた完全聖遺物であり。ノイズを制御する力があるとされている。恐らくこの場に出現したノイズが統率の取れた動きは、少女が杖で操っているためであろう。

 

「ネフシュタンの鎧だけでなく、ソロモンの杖まで。お前は何者だ!ファントム・タスクなのか!?」

「違うね。あいつらとは仕方なく手を貸しているだけだ、一緒にすんじゃねぇ!」

 

襲いかかるノイズを蹴散らしながら翼が問いかけると、少女は険悪感を滲ませた表情で吐き捨てた。

 

「それではお前は一体…!」

「だぁから、答える義理はねぇって言ってんだろうがぁ!」

 

正規の組織以外で、完全聖遺物を二つも所有できるのはファントム・タスクだけだと考えていたが、少女は真っ向から否定した。

少女が片手に巨大なエネルギー弾を生み出す。それに対抗するために刀を大型化させる。

 

「おらああああ!」

「はあああああ!」

 

少女が放ったエネルギー弾と、翼が振るった大剣の斬撃がぶつかり合い大爆発を起こした。

 

 

 

 

「往きなさい、ティアーズ!」

 

セシリアの意思で捜査されたビットがエムを包囲すると、一斉にビームを発射する。

どこから攻撃されるのか分かっているかの様に、僅かに身体を逸らすだけで回避すると、手にしているライフル『スターブレイカー』のトリガーを引く。

放たれたビームが1機のビットを貫き爆散させる。

 

「ッ――!」

 

容易くビットを撃破されたことに歯を噛み締めるも、すぐに残りのビットを操作し再度攻撃させると同時に、自身もライフルを放つ。

 

「……」

 

次々と迫るビームを冷めた目で見ながら悠々と回避すると、自身のビットを起動させるエム。

エムの操るビットがセシリアのビットに襲いかかる。

 

「くっ――!」

 

セシリアがビットに迎撃を命じるも、元々のビットの数がゼフィルスの方が多く、技量もエムの方が遥かに高く瞬く間にセシリアのビットが撃破されていく。

 

「まだ。まだですわ!」

 

それでもセシリアは諦めずに、ライフルのトリガーを引いた。

 

 

 

 

「ぐっ…!?」

 

迫る刃をサーベルで受け止めると、続けて顔の側面目掛けて放たれた蹴りを、上半身を逸らして避ける。

 

『ラピッドトリガー!』

「がっ!?」

 

連射された光弾が装甲を穿っていく。急所は避けたが、少なくないダメージを受けてしまう。

 

「ええい、やむをえんか!」

 

戦いたくはないが、このままやられる訳にいかんのだ!

ショットガンを構えて発泡するも、弾丸がバラけきる距離までバックステップ後、再度キリエが斬りかかって来る。

 

『そいやぁ!』

「セィ!」

 

互いに振るった刃がぶつかり合い火花を散らす。パワーはこちらが上だが…。

 

「うおおお!」

 

こちらが振るう刃は全て避けられ、逆に相手の刃がこちらを捉えてくるのを防ぐ。やはり速さは向こうが上か。なら――

 

「おぉおおおお!」

 

左腕のサークル・ザンバーを起動し、盾の様に構えながら突撃していく。無論キリエは迎撃のため魔力弾を連射してくる。

迫り来る魔法弾を受け止めながら前進していく。このままでは止められないと判断しただろうキリエは、射撃を中止し魔力のチャージを開始する。

 

『ファイネストカノン!』

 

高密度の魔力弾が放たれた。連射で動きを抑えられていた俺は避けることができないので、ザンバーで受け止める。

 

「ぐ、おオオオオオオラァ!!」

 

左腕を力の限り振るうと、魔力弾は明後日の方向に飛んでいった。

 

 

『嘘ぉ!?』

 

キリエが信じられないと言った顔をしていた。俺も上手くいくか自信が無かったので、内心驚いている。

ブースターを全開にし、高出力の魔力弾を放った反動で、動けないでいるキリエへと突っ込んでいく。

 

「もらう!」

 

死なない程度に出力を抑えたザンバーを、彼女の胴体目掛けて横薙ぎに振るう。

回避も防御も不能なタイミングでの一撃。だが俺は勝利を確信してはいなかった。まだ彼女には切り札(・・・)があるのだから。

ザンバーの刃がキリエに触れる直前。彼女の姿が消えた――

 

「ッ――!」

 

背後に敵意を感じて、腕を振り抜いた状態からブースターとスラスターを吹かし、強引に身体を前のめりになると。瞬間移動でもしたかの様に、背後に回っていたキリエが、両手のヴァリアントザッパーを連結し変形させた両手剣が背中を通り過ぎた。

無理やり重心を前に移動させたために、頭から地面に突っ込みそうになったので、さらにブースターを吹かして勢いを増すと、身体を丸めて地面を無様に転がっていく。

 

「ぐっ――」

 

だが休んでいる暇は無い。すぐさま身体を起き上がらせると、迫る敵意に向けて両手のサーベルを振るう。

前、右、左、後ろ、真上。180°俺を包囲する様に襲いかかってくる斬撃と魔力弾の嵐を防いでいくも、防ぎきれなかったのが装甲を穿ち肉体を傷つけていく。

 

「がぁ――!」

 

猛撃の嵐が止むと片膝を突く。同時に正面にキリエの姿が現れる。

 

『…アミタと知り合いみたいだから、あたしの手の内は知られてるとは思っていたけど。まさか、『アクセラレイター』を耐えられるとはね…』

 

キリエが素直に賞賛する様に語りかけてくる。だが体力が限界なためまともに返事もできやしない。

アクセラレイター――ギアーズであるフローリアン姉妹が使える高速移動能力。アミタとの模擬戦をさせてもらった際に体験していたので、対応することができた。

やはりと言うべきか。アミタは加減をしてくれていたので、防ぎきることができたが。全力でやられた場合は、致命傷を避けるので精一杯であった。初見だったら確実にやられていたな。

 

「ホント、アミタ…には、感謝…しないとな」

 

妹と戦うことになった場合に備えて、無理言って模擬戦させてもらったからな。大切な家族を、傷つけることになることを手伝う彼女の気持ちは、複雑だっただろう。本当に申し訳なく思っている。だからこそここで負ける訳にはいかんのだ!

 

「ぐ…ぉ、ぉぉぉおおおおおお!!!」

 

激痛の走る姿に鞭打ってキリエへと突撃する。対するキリエの動きは鈍い。魔力弾を生成する速度が目に見えて遅くなり、精度も極端に落ちていて俺に掠りもしない。

強力な能力であるアクセラレイターだが、無論欠点はある。身体への負担が大きく、限界まで能力を使用すると身体機能が著しく低下し、3分間のインターバルを挟まなければ再使用ができなくなるのだ。

ダメージこそ俺の方が大きいが、状況は互角。いや、後一撃だけ全力で攻撃できる俺の方が有利と言えよう。

 

「俺の…勝ち、だぁ!!」

 

サーベルを振り上げて切りかかろうとした瞬間――衝撃と共に真横に吹き飛ばされた。

 

「がぁあああ!?」

 

受けみも取れず地面に叩きつけられて、地面を削りながら滑る。

 

「ぐ…お、おお…」

 

俺を吹き飛ばしたのはノイズだった。彼女だけに集中し過ぎて周囲の警戒を怠っちまったな…。

迫り寄ってくるノイズに、ショットガンを放とうと腰の後ろ側に手を伸ばすも、先程のキリエの攻撃によって破壊され失われていた。ザンバーも機能不全を起こしているな。

フラつきながらも起き上がると、空拳だが構える。サーベルは先程の衝撃で手放してしまった。

 

「あきら、めるかよぉ!」

 

こんな所で死んでたまるかよ!死ぬときは老衰て、決めてんだこちらとらぁ!

 

「があぁあああぁあああ!!!」

 

迫るノイズの一体を手刀で貫くと、別の個体の顔側面に蹴りを叩き込む。

数体のノイズが自身を細長い針の様に変化させると、弾丸の如く突っ込んできた。ステップで避けようとするも、脚に力が入らず無様にずっこけてしまうが、結果的にノイズが頭上を通り過ぎたので回避できた。

急いで起き上がろうとするも、力が上手く入らず膝立ちが精一杯だった。

無論ノイズが見逃してくれる訳も無く、覆い尽くすかの様に襲いかかってきた。

 

「俺はぁ…!」

 

まだ死ねねぇんだよぉ!!!

拳を握り締めて抵抗しようとした時、上空から降り注いだ光弾がノイズを撃ち抜いていった。

 

『わああああああああ!!!』

 

空から降りてきたアミタが鬼気迫る顔で、両手に持った両手剣形態のザッパーでノイズを切り伏せていく。

 

『勇君を…』

 

左手のザッパーを銃形態に変えて発砲し、怯んだノイズを右手のザッパーで切りつける。

 

『これ以上、傷つけるなああああああ!!!』

 

両刃剣に変形させたザッパーの回転切りでノイズを薙ぎ払ったアミタ。なんと言うか気迫が凄くて怖いです…。

 

『勇君!』

 

周囲のノイズを殲滅したアミタが、俺を庇う様に立ちキリエと向き合った。

 

「アミタ…君がどうしてここに…」

『ここにキリエがいる気がして、それで…』

 

それで飛び出して来たのか。姉妹だから感じ合えるものがあるのか?

 

『アミタ…』

『キリエ、どうしてこんなことを!この世界の人達には迷惑はかけないって言ったじゃない!』

『…あの時のあたしは覚悟が足りてなかった。例えこの世界の人達に恨まれようとも必ずエグザミアを手に入れてみせる。そしてお父さんに、自分の研究が間違ってなかったことを、その目で見てもらうの!』

『駄目だよキリエ。そんなことお父さんは望まないよ!そんなんじゃお父さんが悲しむだけだよ!』

『それでも、あたしは!』

 

キリエが銃口を向けるとアミタも銃口を向け、互いにトリガーに指をかけた。

 

『キリエェ!!!』

『アミタァ!!!』

 

互いにトリガーを引こうと瞬間。俺はアミタを押しのけた。

 

「ダメだああああああああ!!!」

『勇君!?』

 

なんで姉妹で戦わないといけない!?あんなに妹のことを楽しそうに話していたアミタが、なんで妹を傷つけないといけないんだよ!そんなの間違っているだろ!だから俺が彼女を止める!!

 

「おおおおおおお!!!」

 

キリエが放った魔力弾を左腕のザンバーの基部で受け止める。基部が装甲ごと爆散し肉体を焼き激痛が走るも、歯を食いしばってキリエへと突撃する。

俺の動きに対応できていないキリエへと手を伸ばす。このまま彼女を抑える。それで終わりだ!

 

『そうはさせん』

「ッ!?」

 

低空で飛んできた1号機が俺とキリエの間に割って入ると、腕を掴まれて動きを抑えられてしまう。

 

「お前は!」

『部下をやらせる訳にはいかんな』

「何を!」

 

残った腕を伸ばすと、手の平を合わせる様に掴まれ、取っ組み合いの状態になる。

 

「なぜ彼女を巻き込んだ!?姉妹同士で戦うことになにも感じないのか外道が!」

『お前の言うことは正しい。だが――』

 

言いながら1号機が頭を振り上げた。まさかこいつ――!?

 

『正しさが必ず人を救うとは限らん!!!』

「がぁ!?」

 

振り上げた頭を俺の額にぶつけられ、その衝撃で仰向けに倒れてしまう。

 

『ヴォルフ!?』

『任務中はシャドウ1と呼べシャドウ4』

『あ、ごめん。じゃなくて、あんたその傷!』

 

キリエが、ヴォルフと呼んだ男の胴体に刻まれた傷を見て顔を青ざめている。

 

『かすり傷だ問題無い。それより任務に失敗した。撤退するぞ』

『え、あ。わ、分かった』

 

動揺しているキリエを連れて1号機が空へと飛んでいった。

俺はそれを地面に倒れたまま見ているしかできなかった。

 

 

 

 

「はぁ?撤退だぁ!?」

『そうだ』

 

ヴォルフからの通信に声を荒げるネフシュタンの少女。その間にも翼からの攻撃は続いており、後方に大きく飛んで一旦距離を取った。

 

「あたしがお膳立てしてやったのに、何ヘマこいてんだテメェ!」

『それについては謝罪しよう。だが機を逃した。これ以上は得をせん。そちらも撤退を勧めるが?』

「冗談じゃねぇ!それならあたしが精霊を――」

 

言葉の途中で危機を感じたので、その場から飛び退くネフシュタンの少女。

 

『ぬぅん!!』

 

降下してきた勇太郎の駆るM型ゲシュペンストが、プラズマ・ステークを起動させた左腕で、ネフシュタンの少女がいた地面を殴りつけた。

 

「チィッ!」

 

ネフシュタンの少女が鞭状の突起を勇太郎へと振り下ろすが。横へ身体を逸らして回避するとマシンガンで反撃される。

 

「クソがッ!」

 

直撃しているが鎧で弾丸が弾かれる。だが衝撃までは殺せず、不快感に舌打ちするネフシュタンの少女。

周囲をよく見ると、学園周囲に展開していたPT部隊が次々と集まってきていた。恐らく学園周辺のノイズは殲滅されたのだろう。

 

「…こりゃ、ずらかるしかねぇか」

 

流石に撤退するしかないと判断したネフシュタンの少女が、牽制のエネルギー弾を放つ。

 

『逃がさん!』

 

エネルギー弾を避けつつ追撃しようとする勇太郎らへ、ネフシュタンの少女はソロモンの杖によって呼び出したノイズを壁とする。

 

「待て!」

 

翼がノイズを無視して、ネフシュタンの少女を追いかけようとするも、無防備となった背後をノイズが襲いかかろうとする。そのノイズを勇太郎がプラズマカッターで切り払った。

 

『追うな翼君!』

「しかし!」

『ネフシュタンの鎧を取り戻したいと言う君の気持ちは理解できるが、無理をさせる訳にはいかん。大丈夫だ彼女はまた現れる。今は目の前の敵に集中するんだ』

「…分かりました」

 

勇太郎の言い分に納得した翼は、襲いかかってくるノイズを斬り伏せるのであった。



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第三十三話

「遂に彼ら(ファントム・タスク)も動き出しましたか」

 

ブルーアイランド基地内の指令執務室にて、基地司令の紫条悠里が椅子に腰掛け深刻そうな顔をしていた。

 

「ええ、想定よりも早かったですね。それにネフシュタンの鎧まで所持していたのも予想外でした」

 

椅子に腰掛けていた勇太郎も芳しくない表情で、部屋に備え付けられたモニターに映されたネフシュタンの少女を見ていた。他にも同席している副官の天城みずはと、AST隊長の日下部燎子も同様の顔をしていた。

 

「2年前の起動事件の際に消失した筈ですが、奴らに強奪されていたなんて…」

 

勇太郎の隣に腰掛けたみずはが、悔しさを滲ませた顔で膝に乗せた手を握り締めた。

 

「聖遺物に関する調査は専門である特異災害対策機動部に任せるとして。我々が対応すべき案件は彼でしょう」

 

そう言って悠里がデスクに備え付けられたパネルを操作すると、部屋のモニターにプリンセスこと十香と共にいる士道の映像が映された。

 

「天城中尉彼についての情報は?」

「はい。彼の名は五河士道。来禅学園高等部2年に所属しており、家族構成はアメリカの企業であるアスガルド・エレクトロニクスに勤めている両親と、来禅学園中等部に所属している妹が1人の四人家族となっております」

 

悠里の言葉に言葉に答えながら立ち上がったみずはが、手元の資料を読み上げる。

 

「この資料を見る限りは普通の少年ですね」

「うむ。中尉他に判明していることはあるかね?」

「現在の段階で判明していることは、彼が五年以上前に五河家に養子として引き取られていることです少佐」

 

みずはの報告に勇太郎は「ふむ」と顎に手を当て資料を見る。

燎子の言う通り、五河士道はどこにでもいる少年である。だが、そんな少年がこの一週間で精霊に二度も遭遇しているのは、決して偶然ではないと勇太郎は睨んでいた。

 

「司令。私は彼が『ラタトスク機関』の関係者ではないかと思うのですが」

「少佐もそう思いますか。私も同意見です」

 

勇太郎の言葉に頷く悠里。そこにみずはがおずおすと手を挙げた。

 

「あのラタトスク機関とはなんでしょうか?」

 

燎子も知らないのか興味深そうに耳を傾けていた。

それに対して勇太郎は確認を取るように悠里に視線を向けて、彼女が頷くのを見て語りだした。

 

「佐官以上の者にしか知らされていないから、君達が知らないのは当然だな。ラタトスク機関とは武力以外の方法で空間震被害。つまり精霊被害の平和的解決を目指して結成された秘密組織と言われている」

「精霊被害の平和的解決…。そんなことが可能なのですか?」

「具体的な手段は不明だ。そもそも、本当に存在しているのかさえハッキリとしていなかったからな。だが、今回の件で実在していると俺は確信した」

「その根拠はなんでしょうか?」

 

燎子の問いかけにモニターに映る士道に視線を向ける勇太郎。

 

「一般市民である筈の彼が極短期間に2度も精霊に遭遇するなんてことは、偶然では片付けられることではない。なんらかの支援を受けていると考えて然るべきことだ。そして最も可能性が高いのがラタトスク機関という訳だ」

「なる程。それでラタトスク機関の存在が明確になった場合どのように対応するのですか?」

「上層部からは存在が確認された場合、精霊同様に直ちに殲滅せよとの命令が出ています」

「殲滅…」

 

どこか不服そうに語る悠里の言葉に、それでいいのだろうかと疑問を感じる燎子とみずは。

軍人として命令に従うが、ラタトスク機関が危険な組織なのか判らない現状で、その対応は正しいのか考えてしまうのだ。

 

「君達が疑問を感じるのは当然だろう。上の方針はラタトスク機関の詳細が不明なせいもあるが、何よりDEM社の影響が強いからだろうな」

「DEM社がですか?」

「ああ。DEM社と言うより、トップのウェストコットの野郎が精霊の殲滅に拘っているからな。上としては奴の機嫌を損ねたくないんだろうな」

「あの、少佐はウェストコット氏とお知り合いなので?」

 

険悪感丸出しで吐き捨てる様に言う勇太郎に、面食らった様子の燎子が遠慮がちに問いかけた。

余程の悪人でもない限り分けへだてなく接する彼が、ここまで険悪感を曝け出すのはとても珍しいことだったからである。

 

「もう20年くらい前になるか。任務で奴の護衛をしたことがあってな、その時知り合ったんだが。ハッキリ言って俺は奴が今まで出会った人間で一番嫌いだ」

「はぁ…」

 

「なんか知らんが奴に気に入られるし」と辟易している様子の勇太郎に、なんとも言えない表情をしている燎子とみずは。

アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットと言えば、1代でDEM社を世界随一の巨大企業に成長させた偉人としてテレビで特集が組まれることがある程の人物である。

そんな人物を勇太郎がそこまで嫌う理由がわからないのである。

 

「会ってみれば分かるさ。俺は奴が同じ人間とは思いたくないのさ。命を平然と捨てられる奴をな」

 

怒りすら感じられる勇太郎の目に、一体過去に何があったのかと詮索したくなる二人だが、聞くのははばかられる雰囲気であった。

部屋の空気が重くなってしまったのを感じ取ったのか、勇太郎が咳払いをして話題を変えた。

 

「それで司令。五河士道についてはいかように対応しましょうか?」

「…彼はASTの鳶一軍曹と同じ学年でしたね。彼女に可能な範囲で監視させて下さい。また天道軍曹に負担をかけますが、鳶一軍曹のバックアップを。五河士道がラタトスク機関の関係者であると確定した場合は、身柄を確保します」

「了解です。日下部大尉は2人への伝達を頼む。天城中尉は五河士道に関する調査を続けてくれ」

 

命令を受けた2人が、それぞれ立ち上がって敬礼しながら了承すると退出していく。

それを見届けると勇太郎は悠里へと向き直った。

 

「司令…」

「ええ。彼に関しては上層部には報告しません。可能であるならば五河士道を通じて、ラタトスク機関とコンタクトを取るつもりです」

「…よろしいのですね?」

 

上層部からの命令に反する様な方針を取ろうとしている悠里に、勇太郎は覚悟を問う様に語りかける。

 

「今彼に危害を加えることをしては、ラタトスク機関と完全に敵対してしまいます。ラタトスク機関がどの様な組織なのか見極めたいのです」

「私も賛成です。可能であるならば、ラタトスク機関と協力して精霊問題の平和的解決を目指すのが最善と考えます」

「しかし、それではDEM社と敵対してしまう…」

 

そう言って悠里が苦悶の表情を浮かべて、椅子に深々と身体を預けた。

現在対精霊部隊のCR-ユニットや、戦闘後の復興と負傷兵の治療に活躍しているリアライザは国連軍にとって欠かせない物となっており、その製造を唯一行えるDEM社の意向を国連軍は一切無視できない状態となっているのである。現状DEM社は国連軍の上位組織とさえ言える立場なのである。

国際組織である国連軍が民間企業の意のままと言える状態に不満を持つ者はいるが、既に上層部の大半の者がDEM社の賛同者で固められており、反対派は閑職に追いやられる等の抑えつけが行われているのである。

 

「このままDEM社と敵対しても勝ち目はありません…。私達の我が儘に他の者達を巻き込んで良いのでしょうか?」

「ですが。このままDEM社のいえ、ウェストコットの横暴を許せば、いずれ取り返しのつかない事態になるかもしれません。ラタトスク機関は、DEM社よりも優れたリアライザ技術を独自に開発していると聞きます。彼らの協力を得られればDEM社にも対抗できる筈です。それにこの基地にいる皆もDEM社の非道を知れば賛同してくれるでしょう」

 

DEM社トップのアイザック・ウェストコットは精霊討伐の名目の元、民間人の犠牲を顧みない作戦をいくつも強行しており。さらに戦力増強の一環として人体実験を平然と行わせているのである。

さらにアイザック・ウェストコットは、最大のテロ組織ファントム・タスクすらも掌握しており、世界中のテロや紛争をコントロールして世界の混乱を増長させているのだ。

だが、その事実は軍上層部や各国政府のDEM社賛同者達によって情報操作され、世間から秘匿されているのである。

仮に事実を公表しても、DEM社は空間震を始めとする災害復興や自然再生事業等を大々的に行うことにより、誰からも愛される企業として世間には強く認識されているため、現時点では世間に信じてもらうことはできない状態なのである。

そこまでするアイザック・ウェストコットの目的は一切不明と言うこともあり、悠里や勇太郎は強い危機感を抱いているのである。

 

「無用な争いを起こしたくはありませんが。ウェストコットは危険過ぎます。奴が今以上に人類に害をなした時のために、対抗できる力が必要となります」

 

勇太郎の言葉は、ウェストコットの狂気をその身で触れた者としての重みがあった。

 

「そうですね。できればそうならないことを願いますが…」

 

そうあって欲しいと話す悠里。彼女の願いが叶うのかは今は誰にも分からなかった…。

 

 

 

 

「司令。国連軍が五河君の身辺調査を初めた様です」

「そう。まぁそれくらいは想定通りね」

 

ラタトスク機関が保有する空中艦『フラクシナス』。

その艦橋で側に控えている副司令である神無月恭平の報告を、司令の五河琴里は口に咥えたチュッパチャプスをピコピコと動かしながら、館長席に腰掛け腕と足を組みながら聞いていた。

 

「いいのかい琴里?最悪シンの身に危険が及ぶ可能性があるが」

 

そんな琴里に眼鏡をかけた20歳くらいの若い女性が話しかける。目の下の分厚い隈と、胸のポケットに入れてある継ぎ接ぎだらけの熊のぬいぐるみが特徴的である。

彼女は村雨令音。ラタトスク機関の解析官にして、琴里の友人かつ右腕的な存在である。

ちなみに『シン』とは士道のことであり、なぜか彼女は士道をそう呼ぶのである。

 

「大丈夫よ令音。ブルーアイランド基地司令である紫条悠里は聡明な人よ。いきなり手荒なことはしないでしょう。それに彼女は反DEM社側の人間よ。可能であれば、士道を通じてこちらとコンタクトを取りたいと考えているでしょう」

「ならばこちらからコンタクトを取り、早急に協力体制を取るべきだと思うが。はっきり言って現状では、我々の力だけでシンを守りきるのは難しい。今日だってかなり危険な状況だったんだ」

 

先程の作戦中に漆黒の狩人から十香を庇った士道は、幸い軽傷で済んだが(・・・・・・・)。今後も同じ様なことが起こりえるのである。

武力による解決を良しとしないラタトスク機関は、最低限の戦力しか保持しておらず、自力での対処が困難な状況であった

 

「それは駄目よ」

 

令音の提案をバッサリと切り捨てた琴里。彼女としてもそのことは重々承知しているが、そうする訳にはいかなかった。

 

「まだ国連軍内でDEM社の影響力が強い内は軍とは協力できない。いくら紫条悠里が反DEM社側の人間であっても、奴らの影響を無視できない訳じゃないわ」

「だが、いくらシンにあの力(・・・)があるとは言え、それにも限界はある。このままシンだけを戦場に送り込むのは危険すぎる」

「やはり私が共に出るべきではないでしょうか司令?」

 

そう言った神無月に対して、琴里は首をゆっくりと横に振った。

 

「あなたの存在をまだ晒す訳にはいかないわ。こちらが切れるカードは少ないのだから。心配しなくても士道の護衛にはアテがあるから」

「アテ?」

 

ふふん、と得意げな顔の琴里の言葉に令音は首を傾げた。

 

「こう言う時は『正義の味方』に助けてもらいましょう」

 

可愛らしくウインクする琴里を、どこからともなく取り出した最新鋭のカメラで激写する神無月。その動きはプロの写真家顔負けであった。

 

「あぁ。素晴らしい!素晴らしいですよ司令!ちょっとポーズお願いします!」

「……」

 

冷めた目をした琴里がパチンッ、と指を鳴らすと、黒服を着てサングラスをした屈強な男達が神無月を取り押さえて引きずっていく。

 

「あ、あれ?なんですかこの人達は!?あの司令?司令!?助けて下さ…」

 

言い切る前に、艦橋の出入り口のドアが閉まり神無月の姿が消える。そして少しするとアッーーーーーー!!!という神無月の悲鳴が響くのであった。



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第三十四話

来禅学園での戦闘後。治療を終え学園寮に戻った俺は、寮の敷地内に設けられている中庭へと向かっていた。

兵器として扱われているIS搭乗員を養成するこのIS学園だが、基本的には一般校と変わらず比較的伸び伸びと生活することができる。

遊び盛りの時期でもあるし、人生1度きりの青春を楽しませるべきだろうと言う考えの下らしい。

卒業試験をクリアし正式にIS搭乗員となった者は、士官学校に進み。そこで本格的に軍人として必要なことを学んでいくこととなる。

閑話休題――中庭に備えられているベンチに腰掛け、夜空を見上げているアミタを見つけた。

妹さんがファントム・タスクに協力していると知って、ショックを受けているだろうと思って様子を見に行くと、ユウキ達から部屋にはいないとのことなので探していたのだ。

 

「アミタ」

 

近づきながら声をかけると考え事をしていた様で、俺のことに気づいていなかったのか、少し驚いた顔でこちらを向くアミタ。

 

「あ、勇君…」

「やあ。隣いいかな?」

「あ、はい。どうぞ」

 

了承を得てアミタの隣に腰掛けると、どこか彼女は気まずそうにしている。まあ、原因は分かるんだけどね。

 

「あの。怪我は大丈夫ですか勇君?」

「うん大丈夫だよ。この世界の医療技術は割と進んでいるからね」

 

平気であることをアピールするために、軽く手を振ってみたりする。

今では医療用リアライザを使えば多少骨折しても翌日には治るし、手足が千切れても損傷が少なければ簡単に接合することもできる。パワードスーツの開発の影響で義手分野も発展したため、最悪義手にしても、今まで通りの生活を送れる様になっているのだ。

始めてこの世界と接触した時空管理局の人達は、この世界の軍事や医療分野の異様な発達にかなり驚いていたとかなんとか。

そんな訳で俺の傷も本来なら完治まで一週間くらいはかかるが、数時間程度で完治しているのである。

 

「ごめんなさい。キリエ――私の妹のせいで迷惑をかけてしまって」

 

それでもアミタの表情は暗かった。やはりそのことを気にしていたか。

 

「アミタのせいじゃないよ。君が助けてくれなかったら、俺はあの時死んでたんだ。やれることをしたんだ、だから自分を責めることはないよ。何より怪我したのは俺が弱かったからなんだから」

 

俺がもっと強ければ負傷することもなく、妹さんを止められたんだ。

 

「でも、この世界に来た時にキリエを止められていれば、こんなことにはならなかったんです。そうすればあの娘がテロリストにならなかったのに…」

 

そう言って今にも泣き出しそうなアミタ。妹さんがファントム・タスクに連れて行かれたと判明してから、こうなるかもしれないと言われていたが、実際に目の当たりにすると辛いだろうな。

 

「妹さんがファントム・タスクに協力しているのは、本人の意思だろうね」

 

彼女と戦いの中で明確なる意思を感じた。脅されたり洗脳ではなく、自らファントム・タスクと行動を共にしていると見ていいだろう。

 

「でも、それだけ彼女が、本気でお父さんのことを想ってるってことなんじゃないかな。確かに褒められた方法じゃないけど、妹さんが家族を愛している気持ちは間違っていないと思うよ」

 

こういった時はなんて言っていいのか分からないけど。俺には正直に言うことしかできないんだ。

 

「また妹さんと戦うことになるだろうけど。俺は彼女と向き合ってみたいんだ」

 

彼女が立ち塞がるのであれば、戦うしかないのだろう。それでも逃げてはいけない気がするんだ。

 

「それなら、私も戦います。これ以上妹に過ちを犯させないために」

 

そう言って顔を上げこちらを見つめるアミタの顔は、真剣そのものだった。

 

「それは…」

「キリエがこの世界に迷惑をかけていることが明らかになった以上、じっとしているなんてできません。私が1番あの娘と向き合わなくちゃいけないんです」

 

確かに妹が犯罪に手を出していたら放っておけないよな。俺なら誰が止めても自分で止めに行くね。

 

「それに今までお世話になってるのに、何も恩返ししないなんて駄目だと思いますし。戦う力があるのに何もしないのは我慢できません!」

 

惑星再生用に生み出されたためか、それとも父親の教育が良かったのか正義感強い彼女には、やはり現状のままでは不満みたいである。

 

「…分かった。こうなった以上もう俺は反対しないけど、最終的に判断するのは父さんだからね」

 

アミタの処遇については父さんに一任されているから、父さんが駄目と言うとどうしようもないけどね。

 

「俺も説得するから明日聞きに行こうか」

「はい!ありがとうございます!」

 

やっと笑顔になってくれたアミタ。やっぱり人間笑顔が1番だよね。

 

「それじゃ、そろそろ帰ろうか。ユウキ達も心配してるだろうからさ」

「はい!」

 

ベンチから立ち上がると、アミタとたわいのないことを話しながら帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

ブルーアイランドにあるファントム・タスクの拠点であるビル内にある射撃訓練場。

そこでキリエは的に向けて拳銃のトリガーを引く。吐き出された弾丸は的の中心から外れた位置に着弾した。

再度弾丸を放つも的の中心には当たらない。マガジン分の弾丸を撃ち尽くすも結果は芳しくなかった。

そのことに眉を潜ませながらマガジンを交換して構え直し、狙いを定めてトリガーを引こうとして――横から伸びた手にスライドを抑えられた。

 

「何すんのよ」

 

苛立ちを含んだ表情で、スライドを掴んでいるヴォルフを睨みつけるキリエ。

 

「そんな雑念だらけの心では、当たるものも当たらんぞ」

 

相も変わらず無表情だが、全てを見透かしているかの様な瞳を直視できず、視線を逸らしながら銃を台に置くキリエ。

 

「何しに来たのよ?」

「コーヒー」

「は?」

「味付けを間違えたのでやる」

 

そう言ってヴォルフが持っていたコーヒー入りのカップを、押し付ける様に差し出してくるので思わず受け取ってしまうキリエ。

 

「てか、あんたもう動いていい訳?」

 

今日の作戦中に負傷したヴォルフは、帰還早々に治療を受けていたのである。

 

「かすり傷だ問題ない」

「の割には時間かかってたじゃない」

「…俺の中ではかすり傷だ」

 

つまり割と深手だった言う訳だ。初めて会った時といい、この男はもう少し自分を労わるべきではないだろうか?

 

「それより姉のことを気にしていたのか?」

「……」

 

今一番言われたくないことを遠慮なく聞いてくる無愛想男を、非難じみた目を向けるも。当の男は知ったこっちゃねぇと言わんばかりに話を続ける。

 

「姉に銃口を向けることに躊躇いがあるか?」

「…そんなことないわよ」

「視線を逸らしている奴の言うことを俺は信用せん」

「…ッ!?」

 

ヴォルフの正論に言葉を詰まらせるキリエ。

 

「この世界に行くと決めた時から、アミタと戦う覚悟はしていたつもりだった…」

 

どうにかはぐらかそうと思考を働かせるも。真っ直ぐに自分を見ているヴォルフに気がつけば言葉が出ていた。

 

「最初の時は本気で傷つけるつもりはなかった。ウィルスを流し込んで戦えなくさせられればいいって。でも、今日会った時はもうウィルスは効かないだろうから、本気で戦うしかないって考えたら怖くなったの…」

 

止めようと思っても一度動き始めた口は止まらず、抱え込んでいた不安た恐怖を吐き出していた。

 

「あんたに誘われた時、なんでもしてやるって大見得切ったのに情けないわよね。こんなあたしじゃ役に――」

「そんなことはない」

「え?」

「お前は何も間違えてはいない。家族を傷つけることに罪悪感を感じない奴を俺は人間とは認めない」

 

予想外の言葉に呆然としてしまうキリエ。そんな彼女をよそに話を進めるヴォルフ。

 

「そんなお前だから俺は勧誘したのだ。能力だけで決めたりはせん」

「……」

「おい、聞いているのか?」

 

顔を赤くして固まるキリエに詰め寄るヴォルフ。

 

「え。あ、はい!」

「なぜ敬語になる?」

 

ビクッと身体を震わせて後ずさり、口調がおかしくなったキリエを訝しんだ目で見るヴォルフ。

 

「な、な、なんでもないわよ!」

「まあ、いいが。とにかくその気持ちは大切にしろ。お前がお前であるためにな。その上で今の道を選ぶなら俺は必ず契約を守る。別に姉と故郷に帰るなら、それはそれで構わんがな」

「ヴォルフ…」

「後悔しない道を選べ。俺が言いたいことはそれだけだ」

 

そう言って立ち去っていくヴォルフ。残ったキリエは思い出した様に、渡されたコーヒーを口に含んだ。

 

「あれ?」

 

少し冷めてしまっているが、この味はキリエが好む味であった。よくよく考えればあの男が好むのはブラックなので、味つけで間違えようがないのである。

恐らく、自分と話すためのきっかけにしたかったのだろう。

 

「バーカ」

 

どこまでも不器用な男に、クスリと笑いながら残りのコーヒーを飲み干すキリエ。

再び拳銃を構え的を狙いトリガーを引くと、撃ち出された弾丸は綺麗に的の中心を貫くのであった。

 

 

 

 

「う~ん。まあ、妹さんの状況が状況だから、アミタ君が協力してくれるのは構わないんだがね」

 

翌日の昼前に、俺は父さんの執務室をアミタと訪ねていた。

アミタの件を伝えると、革製の椅子に腰掛けている父さんは、難しい顔をしながらも了承してくれた。

 

「本当ですか!ありがとうございます!」

「ただし。そうなると余計な戦いに巻き込まれることになるだろうけど、それでいいんだね?」

「はい!私の力を誰かの役に立てたいんです!お父さんもそう望んでいる筈ですから!」

「同じ父親して言わせてもらうと。できれば妹さんとは関係ない件には、関わってほしくはないんだけどね。まあ、仕方ないか」

 

物凄い正義感を燃やしているアミタに、少々困り気味に頭を掻いている父さん。てか、アミタさんホントに炎が出ていそうな幻覚が見えるんですが…。

 

「では、今後は遊撃隊所属と言うことで、作戦中は天道軍曹の指示に可能な限り従ってもらうことでいいね?」

「分かりました!精一杯頑張ります!」

「軍曹はそれでいいか?」

「はっ!問題ありません!」

 

そうなるだろうと思っていたし、異論はないので敬礼しながら応える。

 

「では、それでよろしく頼む。ああ、天道軍曹は話があるから残ってくれ」

「了解です」

 

話?なんだろう?神妙な顔つきをしているから重大そうだな。

アミタが「また後で」と言って退出すると、父さんが椅子に預けていた背中を離し、両肘を机に載せて両手を組んだ。

 

「話と言うのは国際IS委員会からある通達があった」

「通達ですか?」

「ああ。内容は『織斑一夏を実戦に参加させろ』というものだ」

「な!?」

 

告げられた内容に言葉を失い唖然としてしまった。

 

「何を馬鹿な!一次移行(ファーストシフト )も終えていないんですよ!?正気なんですか委員会の連中は!!」

 

湧き上がる怒りに任せて、ドンッと両手を机に叩きつけて父さんに怒鳴ってしまう。

 

「怒る気持ちはよく分かる。俺も同じだからな」

「だったら!」

「取り敢えず落ち着け。まずは俺の話を聞いてくれ」

「…申し訳ありません」

 

確かに話は終わっていないし、何より父さんに怒るのは間違ってるよな。

深呼吸をして気持ちを落ち着けると、タイミングを見計らった父さんが話を続ける。

 

「今のパワードスーツ業界がどうなっているかは知っているか?」

「CRーユニット、IS、PTがシェアを占めていることは」

「そうだ。その中でIS業界が急速にシェアを失っているのさ。なぜかは分かるか?」

「PTが開発されたためですね」

 

「正解だ」と言って頷く父さん。これくらいは軍に関わる者なら皆知っていることではある。

 

「元々ISは宇宙探索のために開発されたマルチフォーム・スーツだったが。その高過ぎる性能に目をつけた者達が軍事転用し、今ではパワードスーツとして使用されている訳だが。ISには兵器として致命的な欠点がある」

「適正と機体数に制限があることですね」

「その通り。ISは女性にしか扱えず、要となるコアが完全にブラックボックス化されており量産が不可能となっている。この兵器として致命的なまでの欠点だが、少し前までは優れた性能の高さのお陰でさして気にはされていなかった。だが、新型パワードスーツが開発されたことで、その優位性は揺らぐこととなる」

「それがPTの登場ですね」

 

うむ、と満足そうに頷いた父さん。俺とゆっくりと話すのは、久しぶりだからか嬉しそうである。

 

「適性を必要とせず優れた生産性を持つPTは、瞬く間に軍の主力機となったが。その分、今までシェアを占めていたCRーユニットやIS業界が割を食うことになる訳だ。特にISは欠点が浮き彫りとなり、コストの高さもあって需要は大幅に低下。どうにか巻き返そうと、躍起になって次世代型の開発をしているが、芳しくないのが実情だな。

 

今はまだ高性能さを売りにして踏み止まっているが、後数年もすればPTに追いつかれ、ISはお役目ごめんとなる。それを防ぎたいのさIS業界の連中は」

 

「そのために一夏を戦場に出せと?」

「『ブリュンヒルデ』の弟が女にしか扱えない筈のISに乗って活躍する。PRとしては効果は大きいだろうな。次世代型が完成するまでの時間稼ぎにしたいと言ったところだろう」

「ふざけきってますね」

「全くだ」

 

呆れを含ませた顔で溜息を吐くと、再び背もたれに寄りかかる父さん。

 

「実を言えばこの話は前々から出ていたんだが、危険過ぎるので拒否していたのだ。だが、今回の件も踏まえた上で、親分…ゼンガー少将の後押しもあって、この提案を受けたことが決まったんだ」

「ゼンガー少将が、ですか?」

 

ゼンガー少将と言えば、昔の父さんの上官で今は国連軍本部に所属している人で。何かとこの基地に便宜を図ってくれている人だったな。

 

「なぜ、ゼンガー少将はこの話を?」

「ファントム・タスクの戦力が想定より強力だったため、さらなる戦力の拡大が必要であること。そして何より、それが一夏にとって必要と考えたんだろう」

「一夏にですか…」

「この世界の混迷が深まっている以上、いつあいつが危険に晒されてもおかしくないからな。少しでも自分の身を守れる力をつけてもらいたいのだろう。例えそれが荒療治でもな」

 

そう言って腕を組んで再び溜息を吐く父さん。だが、先程とは違い怒っている訳でも呆れている訳でもなく、そんな方法しか選べない不甲斐なさを嘆いている様であった。

それでも命令を拒否しないと言うことは、それだけ父さんはゼンガー少将を信頼しているのだろうな。

 

「この話は千冬さんは?」

「彼女にもお前と同じことを言われたよ。説得するのに苦労したが、渋々だがどうにか納得してくれたよ」

 

あの人なんだかんだで一夏のこと溺愛しているからなぁ。必死に説得している父さんの姿がありありと浮かんできてしまう。

 

「それと、この話は一夏自身にはまだ伝えていない。その役目はお前にしてもらおうと思ってな」

「自分がですか?」

「ああ。彼には誰かに言われたからとかではなく、自分の意志で戦ってもらいたい。お前なら彼の本心を引き出せる筈だ。もし、本人が嫌と言うか、お前が無理だと判断したなら。俺がどんな手を使っても、この話はなかったことにする」

「それは問題になるのでは?」

 

委員会や上層部の意向に反するのは、不味いのではないかと言う意味を込めて問うと、父さんは「構わん」と力強く答えた。

 

「お前達若者の未来を守るのが大人である俺の役目だ。そのためならどんな苦労でも惜しまんよ」

「少佐…」

「だからこの件はお前に一任する。責任は俺が取ってやるから好きにやれ」

「了解です。その任喜んで受けさせて頂きます」

「すまないが頼むぞ軍曹」

 

父さんがそこまでの覚悟をしているのなら、これ以上反対することは俺にはできない。ならば、できることを全力でやるのみだ。

ハッ!と敬礼しながら答えると俺は執務室を後にするのだった。



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第三十五話

「……」

 

IS学園寮の一夏と箒の部屋で。一夏は自身のベットに寝転びながら、両手を頭の後ろに組んで天井を眺め考え事をしている様であった。

原因は先程訪問してきた勇に、軍から自分を実戦に参加させようという話が上がってきていることを告げられたからである。

 

『強制ではないから嫌だと言うならそれで構わないよ。ん?俺個人としてはどうだって?正直言えばお前の状態が万全とは言えないから反対だね』

 

それはそうだろう。自分の扱うIS『白式』は初期状態から、使用者に合わせて機能を最適化する一次移行(ファーストシフト )が完了していないのだ。そんな状態での実戦参加などあの兄貴分が良しとする筈がない。

 

『…まあ、だからって言っても無理に止めたりはしない。俺はお前の意思を尊重する。もし、共に戦うと言うのであれば全力でサポートする。返事はすぐにとは言わない。迷ったていい、自分の気持ちとしっかりと向き合って後悔しない道を選んでくれ』

 

正直言えばISに乗る時から覚悟はできていた。だから迷うことなく共に戦わせてほしいと言いたかった。

だが、今の自分では役に立つのか?逆に、多くの人を危険に晒してしまうのではないかという恐怖が勝ってしまったのである。

 

「(俺は…)」

 

どうすればいいのだろう。戦うのか、戦わないのか。どちらが正解なのだろうか?目指すべき道が見えないでいた。

出口のない思考のループに陥っていると、部屋のドアがノックされた。

 

「一夏。私だ」

「箒かどうぞ」

 

上半身を起こして入室を促すと、ルームメイトの箒が部屋に入ってくる。

勇が尋ねてきた時箒もいたのだが。勇との話の後、気を利かせてくれたのか席を外してくれていたのだ。

 

「迷っているのか?」

 

自分のベットの端に腰掛けた箒が問い掛けてくる。

 

「ああ。なあ、箒。俺はどうしたらいいんだろうな…」

「それは私が決めるべきことではない。これからの一夏の人生を決める重要なことだ。だから、お前自身が決めなければならないと私は思う」

「そうだな。そうだよな」

 

我ながら馬鹿なことを聞いてしまったと、苦笑する一夏。

 

「だが、相談に乗ることはできる。何に迷っているんだ一夏は?」

 

凜とした目で見据えてくる箒にきちんと向き合うべく、足を床に降ろしベットの端に腰掛る一夏。

 

「俺なんかじゃ、足でまといになるんじゃないかなって考えちまうんだよ」

「まあ、そうだな。3年間も剣を振っていなかったからな。今のお前は私よりも弱いからな」

「うぐっ…」

 

容赦ない箒の言葉が、一夏の心に深々と突き刺さった。

確かに再会してから幾度か手合わせしているが、一夏が箒に勝てたことは1度も無かった。

 

「だが、勇さんが本当にお前の力が不足していると考えているなら、あの人なら話を持ちかけたりしないのではないか?」

「確かに…」

 

勇は、一夏ら弟分達に本当に危険なことをさせることはない。

今回の件も例え命令であってもそう判断したならば、何があっても拒否していたであろう。

 

「勇さんが話したということは、お前に十分実力があると判断したということだ。だから自信を持っていいと私は思うぞ?」

「そうなのかな?」

 

箒の言う通りなのだが。一夏はそれでも、踏ん切りをつけることができないでいた。

 

「一夏なら何があっても大丈夫だ。もっと自分に自信を持て」

「なんでそう言い切れるんだよ?」

 

励ます様に言う箒。その姿はどこかやたらと自信に溢れていた。

そんな幼馴染を一夏は不思議そうに見ていた。

 

「それはお前が強いことを知っているからだ」

 

そう言うと、立ち上がった箒が一夏の側まで歩み寄ると隣へと腰掛けた。

 

「一夏は強い。何があってもお前なら乗り越えられる。そんなお前を私は信じているから」

 

一夏の手に自身の手を重ねて微笑む箒。そんな彼女を見ていると、一夏は不思議と身体の中から力が湧いてくるのを感じた。

 

「ありがとう箒。俺頑張ってみるよ」

「ああ。頑張れ一夏」

 

迷いのなくなった顔をする一夏に、箒は満足そうに頷くのであった。

 

 

 

 

その日の夜――

 

「(い、いいいいいい一夏と手を重ねて、あんなに間近で見つめ合って。あうぅうううううう!!!)」

 

今日の出来事を思い出し、潜り込んだベットで顔を真っ赤にして一人悶絶する箒であった。

ちなみに一方の一夏は、自分のベットで呑気そうに眠っていた。

 

 

 

 

「本当にいいんだな?」

「ああ。俺の力で救える人がいるなら役立てたいんだ」

 

一夏に実戦参加の件を伝えた翌日の朝。部屋を訪ねてきた一夏が、その旨を了承すると話した。

まあ、一夏ならそう言うと思っていたから構わないし。覚悟を決めた目をしているので問題ないだろう。

 

「昨日も話したが。俺達が戦うのは侵略者だけじゃない。テロリスト――同じ人間同士とも戦わないといけなくなる。その覚悟があるんだな?」

 

それでも、できれば戦ってほしくないというのが本音である。

 

「でも、勇兄は戦うんだろう?」

「そいつらが、お前や俺の大切な人達の笑顔を奪うのであればな」

 

俺にはそれくらいしかできることがないからな。例え偽善だなんだと言われても、それでも善であるならば恥じることなく胸を張ってやる。

 

「俺も同じだよ。勇兄や大切な人達が傷つくのを見たくないんだ。だから俺も戦うよ」

 

そう言って力強い目で見据えてくる一夏。

…いい顔つきをする様になりおったわい。本当に若いもんの成長は早いのう。

 

「分かった。細かいことは放課後に説明するとして、お前の力アテにさせてもらう」

「ああ!」

 

言いながら拳を突き出すと、一夏は嬉しそうに笑いながら拳を出して、打ち合わせた。

 

 

 

 

放課後俺は天宮市内の商店街を訪れていた。

買い物中の主婦や学校帰りの学生が多い時刻ということもあり、人通りが多いので迷惑にならない範囲で駆けていた。

 

「折紙!」

 

人混みの中建物の影で、何かを覗き見ていた目的の人物を見つけ声をかける。

 

「勇」

「目標は?」

「あそこ」

 

折紙の視線を追うと、見知った男女が仲良さそうに商店街を歩いていた。

1人は最近戦場で見かけることが多い五河士道。そして一緒に歩いているのは――

 

「本当にプリンセスにそっくりじゃないか…」

 

そう戦場で何度か相対した、精霊であるプリンセスと瓜二つの少女なのである。服装は来禅学園の女子用の制服を纏っており、見るもの全てが新鮮と言った目で辺りを見回している。

なぜ俺が商店街に来たのかと言えば、折紙からプリンセスとそっくりな少女を発見したと言う報告を受けたからなのである。

どう言った経緯で発見したのかはこの際置いておく。うん、それがいい。

 

「間違いなくあれはプリンセス」

「他人の空似ってこともあるだろう?第一空間震は発生していないんだ」

 

精霊がこの世界に現れた際に膨大なエネルギーが生まれ、それが空間を刺激して起きるのが空間震だ。このため精霊と空間震は切っても切れない関係の筈だか…。

 

「1度でも刃を交えたことのあるあなたなら、分かる筈」

「まあ、そうなんだが…」

 

確かに俺の勘があれはプリンセスだと訴えている。精霊の中には空間震を起こさずに現界する個体もいるが、プリンセスもそれができるのか?

それにまたしても、プリンセスの側に五河がいるのは最早偶然ではないだろう。間違いなく五河はプリンセスと関わりがあると見るべきだろう。

 

「にしても仲良さそうだなぁ」

 

五河とプリンセスと見られる少女は、商店街の店を見て回りながら楽しそうに話している。

 

「あれじゃまるでデート…」

「それはありえない」

「いや、どう見てもデート…」

「そんなことはあってはならない」

 

頑なに俺の言葉を否定する折紙。彼女にしては戸惑っている様にも見える。

 

「…なんだよ、何か確信でもあるのか?」

「五河士道は私の恋人。故に他の女とデートなどありえない」

「なる程それなら納得…恋人!?」

 

え、ちょっ今すごいこと聞いちゃったよ!?誰と誰がなんだって!?

 

「ごめんもっかい言って」

「五河士道は私の恋人となった。故に他の女とデートなどありえない」

「え、いつよ?」

「一昨日」

「マジで?」

「マジ」

 

うわぁお。折紙が五河を気にしていたのは知っていたが、もうそこまでの関係になっていたとは、お兄さんビックリだよ。

でも、五河とプリンセス似の少女はどう見てもデートしている様にしか見えないが。そうなると付き合って早々に浮気されたことになる訳で…。駄目だ、状況が理解できん…。

 

「と、とにかく上からの指示があるまで追跡しよう」

 

既に基地の方には報告してはしているが、監視をせよとしか命令されていない。

まあ、空間震もなくプリンセスにそっくりの人間が現れたんだ、今頃司令部も混乱しているのだろう。

 

「それより、今すぐあの女を殺すべき」

「まだ民間人がいるから早まらないでね!!」

 

今すぐにでも襲いかかろうとしている折紙を抑えながら、五河達の後を気づかれない様に追いかけていくのであった。



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第三十六話

「なんか、カップルが多くないか今日?」

 

学校帰りに、天宮市内の商店街に遊びに来ていた観束総二はそう呟いた。

 

「確かにいつもと雰囲気が違うわね…」

 

総二の隣にいた津辺愛香が商店街を行き交う人々を見ながら、困惑の色を浮かべる。

この時間帯なら学校帰りの学生か、夕飯の買い物に来ている主婦が多い筈なのだが。今日は手をつないだカップルが、不自然な程通りを歩いていた。

 

「今日って何かイベントやってたっけ?」

 

総二らと共にいた立花響が、記憶を引き出そうとする様に首を傾げる。

 

「うーん。そういったことは無かったと思うけど」

 

小日向未来が頬に指を当てながら、疑問符を浮かべている。

この商店街はカップル受けする様な店は無く、どこにでもあるいたって普通の商店街である。これ程のカップルが訪れているのは異様な光景であった。

 

『やっぱり初デートで手も握ってくれないような人は嫌ですよぉー』

『そうですよねぇ。男ならガッといかないとねぇ』

 

さらに電器店に並べられたテレビから流れているトーク番組が、この状況を後押しする様な不自然さを醸し出していた。

異常な事態に総二達が困惑していると、そんな雰囲気を吹き飛ばす様な明るい声が背後から響いてきた。

 

「カップルだ!カップルが大量発生しているよ詩乃!」

「ゆ、ユウキ。そんな大声出したら失礼だから…!」

 

声のした方を見ると、自分達と同じ来禅の高等部の制服を来た少年少女達がおり。その中の長い黒髪の少女が、通りを歩くカップルを見て驚愕の声を上げていた。

そして少女の隣にいた黒髪でショートヘアの少女が、長い黒髪の少女の発言に慌てていた。

 

「あ!総二に津辺さんこんにちは!」

 

総二達の存在に気がついた天道木綿季がにこやかに笑いながら挨拶をした。

 

「こんにちはユウキ」

「こんにちは…」

 

嬉しそうに挨拶する総二に対して、僅かにだが警戒した様子で挨拶する愛香。

ちなみに言うとこの3人はクラスメートであり。総二が入学式当日に、誤ってツインテール好きを暴露してしまい。愛香以外のクラスメートにドン引きされる中、ユウキだけそんなクラスメートに異を唱えた。

 

 

 

 

『ボクだって義理とは言え、兄を結婚したいくらい好きなんだから!男でツインテールが好きだっていいじゃないか!』

 

 

 

 

自分以上の暴露をしたユウキによって。今ではクラスメートに総二のツインテール好きは好意的に受け止められている。

それ以来総二とユウキは、互いに好きなことについて話し合う仲となったのだ。総二に恋する愛香はそんなユウキに対して、複雑な心境であった。

さらにユウキがライバル視している勇の妹であることが、それに拍車をかけていた。

 

「ユウキ知り合い?」

「うん!この前話したクラスメートの観束総二と、津辺愛香さんだよ!」

 

共にいた少女結城明日奈の問いかけに、ユウキが元気よく答えた。

 

「初めまして。SAO学科の結城明日奈です」

「俺は桐ヶ谷和人。明日奈と同じSAO学科所属で、こっちの2人も」

「私は篠崎里香よ」

「綾野珪子です。よろしくお願いします!」

「桐ヶ谷直葉です。私は普通科2年に所属しています」

「朝田詩乃。ユウキの家に居候させてもらっているけど、皆とは学校は別」

 

キリト達の自己紹介に、総二達もそれぞれ応じていく。

 

「ところでユウキ。勇さんは?」

「兄ちゃんはね、お仕事にいちゃったんだぁ~」

「仕事って軍の?」

「うん」

 

てっきり勇もいるものと思っていた総二は、ユウキに問いかけると。しょんぼりしながら答えるユウキ。

 

「多分例の『白衣の変質者』の捜査じゃないかな?」

「そう言えば最近聞かないわね」

「でも、逮捕されたって訳でもないですよね?」

 

キリトの言葉に里香と珪子が続く。

 

「そ、そうですね…」

「観束君大丈夫?顔色悪いよ?」

 

白衣の変質者の話題になってから、総二の顔色が何故だか悪くなっていることに響が心配する。

自分達と同い年の少女に、白衣を着ており幼女好き。知り合いに合致する特徴を持っている人物がいるのである。

しかもその者が重傷を負った日から、白衣の変質者は現れなくなっていることに疑いの目が強くなってしまう。

本人は否定しているが、必死すぎて逆に怪しさを増大させていたが。どうか、違ってほしいと総二は切に願っていた。

 

「怖いよねぇ~。早く捕まるといいね愛香」

「え、ええ。そうね…」

 

愛香も同じ疑問を持っているのか、目が泳いでしまっていたが。幸い気づかれることはなかった。

 

「むむッ!この感じ、兄ちゃん!」

 

ピキーンと何かを感じ取ったユウキが、飼い主を見つけた犬の様に商店街の一角へと振り返る。

 

 

 

 

そこには、折紙を後ろから抱きしめる勇がいた――

 

 

 

 

「な、そんあバナナ…」

 

目にした光景に驚愕の余り噛んでしまっているユウキ。

 

「一緒にいるのって鳶一さん?」

 

クラスメートの思わぬ場面を目撃した直葉も驚愕していた。

 

「そんな、そんな…。1番のライバルはアミタさんだと思っていたのに。ノーマークの相手に先を越されるなんて…」

「ゆ、ユウキさんしっかりして下さい!?」

 

衝撃の余り崩れ落ちそうになるユウキを後ろから支える珪子。

 

「……」

「響?響!?」

 

未来が響の方を見ると。目から輝きが失われており、口から魂の様なのが漏れ出ていた。

 

「目標との距離と風向きを算出して…」

「シノのん?」

 

うわごとの様に呟いている詩乃に、不安そうに声をかける明日奈。ちなみにシノのんとは、明日菜が詩乃につけた愛称である。

そうこうしている内に勇と折紙が人混みに消えていく。

 

 

 

勇が折紙の手を引きながら――

 

 

 

 

「Nooooo――!!」

 

耐えられなくなったユウキが逃げ出す様に駆け出した。

 

「あ、待ちなさいよユウキ!」

「ユウキさーん!」

 

ユウキの後を慌てて追いかける里香と珪子。

 

「……」

「響!しっかりして響ィ!!」

 

ぶっ倒れた響を介抱する未来。

 

「頭を、吹き飛ばす…!」

「シノのん!?」

 

物騒極まりないことを宣言した詩乃を、正気に戻そうと肩を揺する明日菜。

 

「う~ん。なんか違う気がするんだけどなぁ」

「そうですね」

 

勇と折紙の様子に、違和感を感じ考え込むキリトに同意する総二。

 

「全くあの男は…」

 

目の前で繰り広げられる惨事に、軽く目眩を覚える愛香であった。

 

 

 

 

「ふむ。今のところ異常は無いな」

 

五河士道とプリンセスと見られる少女の尾行を始めて暫く経つが。特に問題は起きていないな。

 

「異常しかない」

「うん、落ち着こう。落ち着こうな」

 

問題があるとすれば、同行者が今すぐにでも殴り込みに行こうとするところだな。

目標が仲良くする度に突撃しようとする同僚を、抑えること幾ばくか。流石にしんどいですたい。

特に、目標が大人が入るホテルに向かおうとした際が1番キツかった。殴られたし…。結局引き返してくれたので助かったが。

 

「今お前が行ったら全部台無しになるでしょうが」

「……」

 

今後あるか無いかの千載一遇のチャンスを、ここで潰す訳にはいかない。

 

「とにかく。命令があるまでこのまま尾行を、ん?」

 

ふと商店街の様子が変わっていることに気がつく。

ついさっきまで学生や主婦ばかりだった人通りが、いきなりカップルだらけになっているのだ。

しかも誰もがわざとらしく「手をつなぐのっていいよね!」やら、「心が通じ合う感じがするね!」とか言っている。

 

「な、なんだこりゃ?」

「あれは!」

 

予想外の事態に困惑して周囲を見ていると、折紙が何か気がついた様だ。

 

「あ、あれは!手を繋いでいるな、うん」

 

五河士道と少女が、周りの雰囲気に押される様に手を繋いでいた。初々しくて微笑ましいなぁ。

 

「任務了解。目標を排除します」

「待ったぁぁあああああああ!!!」

 

驚異的な速さで飛び出そうとする折紙を抑えるために、後ろから抱きしめる形になってしまった。

 

「頼む。頼むからやめてくれ!もう余計な書類を書くのは、嫌なんだよ!」

「勇。私の愛のために犠牲になって」

「やだよ!!!」

 

人の恋路を邪魔したくないが、限度があるんだよこちらとら!

 

「てか、こんなことしてる場合じゃねぇ!見失っちまう!行くぞ折紙!」

 

目標が人ごみに紛れちまう!ここまできて逃がすかよ!

周囲に溶け込み、なおかつ折紙が勝手に飛び出さない様に手を引きながら、追跡を再開するのであった。

でも、この行動が後にあんな事態を引き起こすとは思いもしませんでした…。

 

 

 

 

天宮駅前のビル群に、オレンジ色の夕日が染み渡る。

そんな最高の絶景を一望できる高台の小さな公園を、少年と少女が2人、歩いていた。

 

『存在一致率九八.五パーセント。流石に偶然で説明できるレベルじゃないわねぇ』

 

特異災害対策機動部二課研究員である櫻井了子さんの声を通信越しに聞きながら、身に纏ったMk-IIのモニターを拡大する。

映るのは精霊プリンセス。しかし、モニターに映るその姿は、どこにでもいる女の子である。

尾行を続けていると。目標が人影の無い公園から動かなくなったので、司令部は公園を中心に部隊を展開することを決定。俺達にも加わる様に命令が出た。

公園の1キロ圏内にASTと遊撃隊を分散させて配置。さらに後方には父さん率いるPT部隊が展開されている。

 

『狙撃許可は』

 

折紙の底冷えする様な声が通信機越しに聞こえてくる。

 

『この状況じゃ難しいだろうな。出ないと考えた方がいいだろうさ』

『……』

 

無言であるが、不満ですと言った雰囲気を感じ取ることができる。

ちなみに今回の折紙の装備は狙撃特化で、『CCC(クライ・クライ・クライ)』と呼ばれる対精霊ライフルを主武装としている。

テリトリーを展開させていなければ、反動で撃ち手の腕がもげかねない程の威力を持つライフルである。

 

『な、なんか怖いですね鳶一さん』

 

俺とコンビを組んでいるアミタが、恐る恐ると言った感じで話しかけてきた。

 

『まぁな。気持ちは分からんでもないが…』

 

恋人が他の女とイチャついていたらキレたくもなるわな。

 

『一夏。聞こえるか?』

『聞こえるよ勇兄』

 

弟分を呼び出すと、緊張した声音が返ってきた。初陣だから無理もないが。

 

『万が一戦闘になった場合は、お前は援護に徹しろ。前には出るなよ』

『でも…』

『まずは戦場の空気になれろ。でなければ話にならんぞ』

『分かった…』

 

渋々と言った感じで納得する一夏。

白式にはライフルを取り敢えず持たせている。射撃用の補助機能は無いが、援護でバラまくだけならなんとかなるだろう。

無理をさせる必要が無い以上、今回は安全策でいかせてもらう。

 

『風鳴、オルコット。すまんが一夏の面倒を見てやってくれ』

『…命令ならば致し方あるまい』

「……』

 

班分けで一夏を風鳴達の方に組み込むのは反発があったが。どうにかこうにか組み込ませたのだ。

 

『いいなオルコット?』

『足を引っ張らないのであれば、何でも構いませんわ』

 

…完全に拗ねてるなこりゃ。

 

『やっぱり、一夏君はこちらに組み込むべきだったと思うんですけど…』

 

アミタがもっともな意見を述べてくる。今ならそれでいいんだが…。

 

『今後のことを考えると。一夏とオルコットの連携を強めておきたいんだよ』

『一夏君とオルコットさんの?』

『一夏とオルコットは同じクラスだからな。何かと行動を共にすることが多くなる。いざと言う時、2人だけでも対処できる様になってもらいたいのさ』

 

これから先一夏には必ず面倒事が起こる筈だ。その際に現状真っ先に頼りにできるのがオルコットになる。だから2人の連携強化は必須になってくるのさ。

 

『なる程。でも、上手くいくでしょうか?オルコットさん、男性のことはその…』

『そこは、賭けだな』

 

オルコットが男を嫌っているとしても、やるしかないのだ。

常にベストな状態で戦える訳ではない。だからできることはやっておきたいんだ。

 

『さて、精霊がどうでるか』

 

一般人が側にいる状況下で、指令や父さんが攻撃を許可するとは思えない。

さらに空間震が発生していないので、警報が鳴っておらず、周囲の住民の避難がされていない状況だ。

今警報を鳴らせば精霊を刺激して暴れだす可能性があるので、どうしても時間がかかってしまう。

 

『このまま帰るのか、それとも…』

 

ベストなのはこのまま精霊が帰ってくれることだ。チャンスを逃すが、人命にはかえられない。

仮に暴れることなく、このままこちらの世界に残るのであれば、また機会を伺うこともできるが。それは高望みだな。

それに一夏の初陣の相手が精霊なのは厳しいしな――

 

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――

 

 

 

 

 

『ッ!警報!?』

『転移反応ッ!例の公園の上空です!』

 

アミタの言葉に視線を上空に向けると、空が歪み始めていた。

 

『この反応は。インスペクターか!!』

 

歪みが広がっていくと、ソルジャーA型とB型が多数転移出現してきた。

 

『なんだ?奴ら何を狙っている!?』

 

現れたソルジャーは俺達ではなくある1点を見つめていた。

そう。公園にいる五河とプリンセスを――

 

『まさか――!?』

 

嫌な感覚が背筋を走るのと同時に、1体のB型が手にしているランチャーを構えた。

機体を飛ばして止めようとするも。無情にも放たれたビームが、プリンセスへと飛んでいく。

 

 

 

 

――そして、プリンセスを突き飛ばした五河の身体をビームが貫いたのだった。



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第三十七話

「シドー…?」

 

名を呼ぶが、返事がない。それはそうだ。士道の胸には、十香の手のひらを広げたよりも大きな穴が開いている。

ビームの高熱で焼けた肉の匂いが鼻につく。士道とのデートで食べたステーキの匂いとは違う、不快さがこみ上げてくる匂いだった。

頭が混乱して、意味がわからない。

 

「シ――ドー」

 

十香は士道の隣に膝を折ると、その頬をつついた。

反応は、ない。

数瞬前まで十香に差し伸べられていた手は、力なく地面に投げ出されていた。

 

「ぅ、ぁ、あ、あ――」

 

数秒のあと、顔を上空に向けると、頭が状況を理解し始める。

空中に浮かぶ無数の人影。そのどれもが武装を十香へと向けていた。

先程の一撃は、あの中の一つが放ったものだろう。

いかに十香とはいえ、霊装を纏っていない状態であれば、無事では済まなかったろう。

まして何の防護を持たない士道がそんな攻撃を受けてしまったなら。

 

「――」

 

十香は途方もなく目眩を感じながらも、未だに空を眺める士道の目に手を置き、ゆっくりと瞼を閉じさせてやった。

そして、着ていた制服の上着を脱ぐと、優しく士道の亡骸にかける。

次いで十香はゆらりと立ち上がると、再び顔を空に向けた。

――嗚呼、嗚呼。

駄目だった。やはり、駄目だった。

一瞬――十香は、この世界で生きられるかもしれないと思った。

士道がいてくれたなら、なんとかなるかもしれないと思った。

すごく大変で難しいだろうけど、できるかもしれないと思った。

だけれど。

嗚呼、だけれども。

やはり、駄目(・・)、だった

この世界は――やはり十香を否定した。

それも、考える限り、最悪最低の手段を以て――ッ!

 

「――<神威霊装・十番(アドナイ・メレク)>…ッ」

 

喉の奥から、その名を絞り出す。霊装。絶対にして最強の、十香の領域(・・)

瞬間、世界が啼いた。

周囲の景色がぐにゃりと歪み、十香の身体に絡みついて、荘厳なる霊装の形を取る。

そして光り輝く膜がその内部やスカートを彩り――災厄は、降臨した。

ぎしぎし、ぎしぎしと。

空が、軋む。突然霊装を顕現させた十香に、不満をさえずるように。

十香は、空に浮かぶ人影――ソルジャーの群れを殺気を込めて睨みつける。

それに応える様にソルジャーは武装を放ってくる。

自身と士道の遺体を包むように障壁を張る十香。

ビームやミサイルが障壁に殺到するも、障壁は揺らぐことなくことごとく無力化していく。

世界と切り離されたような障壁内で十香は地面に踵を突き立てた。

瞬間、そこから巨大な剣が収められた玉座が現出する。十香はトン、と地を蹴ると、玉座の肘掛けに足をかけ、背もたれから剣を引き抜いた。

そして。

 

「ああ」

 

喉を震わせる。

 

「ああああああああああああ」

 

天に響くように。

 

「あああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!!」

 

地に轟くように。

自分の頭を摩滅させるような感覚。

 

「<鏖殺公(サンダルフォン)――【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】!!」

 

刹那、十香が足を置いていた玉座に亀裂が走り、バラバラに砕け散った。

そして玉座の破片が十香の握った剣に剣にまとわりつき、そのシルエットをさらに大きなものに変えていく。

全長10メートル以上はあろうかという、長大に過ぎる剣。

しかし十香はそれを軽々と振りかぶる――

 

「よくも」

 

目が、湿る。

 

「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもッッッッ!!!」

 

横薙ぎに振るわれた大剣から放たれた斬撃が、数十体ものソルジャーを舞い散る木の葉のように吹き飛ばし、粉々に消し飛ばした。

 

 

 

 

『少佐…ッ!』

『あれがプリンセスの本気という訳か…』

 

ソルジャーがプリンセスによって、蹴散らされていく光景を目にした部下に動揺が走っている中。勇太郎は冷静に状況を分析していた。

住民の避難が始まっているとはいえ、完了するまで暫しの時間が必要となる。

戦場が開発地であるのが幸いだが――プリンセスの放った一撃はそんな楽観を容易く打ち砕いた。

今までのプリンセスが可愛く見える、超越的な破壊力。

たったの一撃で、インスペクターの半数近くを撃墜する理不尽なまでの力。

勇太郎の予想通り、精霊は全力の半分さえも出していなかった。明らかに手加減されていたのである。

プリンセスが剣を振るう度に大気が軋み、大地が割れていく。

 

「(このままでは島がもたんな…)」

 

最新の技術をもって建造されたブルーアイランドであっても、全力を出したプリンセスが暴れ続ければ耐えられる保証は無い。

仮に耐えられたとしても、世界のライフラインの要である示現エンジンを破壊されれば、それで終わりである。

ならばやることは一つ。プリンセスを打ち倒すしかない。

 

『ゴースト1より全部隊へ。これより我々はプリンセスを撃破する!』

 

勇太郎の言葉に、通信越しに緊張や不安が走るのを感じ取る。

手加減された状態でも手も足も出なかったのだ。本気となったプリンセスに、勝ち目があるのかと言われれば、あると断言することはできない。

しかし、それでも――

 

『我々が何者であるか忘れたか!その背に何を背負っているのか忘れたのか!我々は軍人だ!力を持てぬ人々の矛となり盾となるものだ!敵が何者であろうとも、強大な力を持とうとも戦う義務がある!』

 

理不尽であることは理解している。逃げろと言うべきなのだろう。それでも――

 

『総員突撃ッ!人間の底力を見せてやれェ!!』

『了解ッ!!!』

 

人は時に命をかけて戦わねばならない時があるのだ。

 

 

 

 

父さんの号令と共に、戦域にいる全ての部隊がプリンセス目掛けて殺到していく。

俺達も加わるべきだが、その前にやらねばならないことがある。

 

『一夏、お前はその場に離脱しろ!残りは俺に付いてこい!』

 

そう。一夏を退避させることである。

本気となったプリンセス相手に、今の一夏を戦力として組み込む訳にはいかない。経験を積ませる云々と言っていられる状況では、なくなってしまったのだ。

 

『俺だけ逃げろって言うのかよ、勇兄!』

『そう言っているんだ!お前がいても足でまといにしかならん!!』

『ッ!?』

 

突き放す様に言った、俺にショックを受けている一夏。

すまないが、こうでも言わないとお前は納得しないだろう。

 

『突っ込むぞ!狙いはプリンセスだけだ!インスペクターは無視しろ!!』

 

俯く一夏を残して、プリンセスへと向かっていく俺達。

それを阻む様にソルジャーが立ちはだかった。

 

『勇!インスペクターはこっちで引き受けるから、あんた達は精霊を!』

『了解!』

 

日下部大尉らASTがソルジャーを抑えてくれている間に、プリンセスへと接近する。

 

『オォッ!』

『ハァッ!』

 

俺がサークル・ザンバーで、風鳴が刀で斬りかかるも、プリンセスは大剣で難なく受け止めた。

 

『邪魔だァァアアアア!』

『ガァッ!』

『クッ!』

 

軽々と押し返されると、怒号と共に大剣が振るわれる。

飛んできた斬撃は躱すも、衝撃波によって吹き飛ばされる。

機体各部の損傷が、深刻であることを示すアラームが鳴り響く。

脳に送られてくる情報から、機体の状態を確認しながら体勢を立て直す。

クソッ!掠っただけで中破までもっていかれただと!?直撃したら跡形もなく消し飛ぶぞ!

 

『バルカンレイド!』

『往きなさいティアーズ!』

 

アミタが銃形態のヴァリアントザッパーから魔力弾を連射し、オルコットがビットを展開してライフルを構えるとビームを放つ。

だが、プリンセスを覆う障壁に阻まれかき消されてしまう。

 

『消えろ、消えろ、消えろォォオオオオ!』

『うあぁ!』

『キャァ!』

 

アミタとオルコットも俺や風鳴の様に衝撃波で吹き飛ばされてしまう。

 

『あああああああッ!』

『折紙!?』

 

折紙がミサイルとアサルトライフルを放つも、やはり障壁に防がれてしまう。

蠅を払うかのように振るわれる斬撃を、武装をパージしながら回避すると手にしたレーザーブレードで切りかかる折紙。

 

『お前の…!』

 

折紙の振るったレーザーブレードを、プリンセスが大剣で受け止めると火花を散らす。

 

『お前のせいで、士道はぁああああ!!』

 

憎しみのこもった声で叫びながら、叩きつけるようにブレードを振るう折紙。

斬撃を受け止めながらも、プリンセスが苦悶の表情を浮かべている。

 

『ああ、そうだ!私のせいでシドーは死んだ!私が殺したんだぁ!!』

 

悲痛な叫びをあげながらプリンセスが大剣を振るい、その衝撃波で折紙の身体が吹き飛んだ。

 

『精霊ィイイイイイイイイ!!!』

『アァアアアアアアア!!!』

 

怯むことなく再度プリンセスと切り結ぶ折紙。あいつ我を忘れてやがる!

 

『なぜ、シドーが死ななければならなかった!?どうして私ではなかったのだァ!!』

 

余りにも痛々しい叫び。この世の全てを憎むようなプリンセスの声が心に突き刺さった。

 

『貴様がその名を呼ぶなァアアアア!!』

『黙れェエエエエ!!!』

 

鍔競り合いの状態から押し出されて体勢を崩した折紙にプリンセスが大剣を振り下ろした。

 

『折紙ィイイイイ!!!』

 

折紙の下にまで飛翔すると、体当たりの要領で折紙の身体を押し出す。

そして迫り来る大剣の腹に、ザンバーを叩きつけて剣先を僅かに逸らすことで、辛うじて直撃することは避けられた。だが衝撃波によって折紙もろとも吹き飛ばされてしまう。

 

『グッ!』

 

受身も取れずに地面に叩きつけられる。その衝撃で意識が飛びそうになるのをつなぎ止めると、身体を起こしながら自身の状態を確認する。

まず衝撃波をモロに受けた左腕の装甲が砕け、包んでいた腕が原型をとどめない程にグチャグチャになっていた。もはや痛覚を感じないまでに破壊されているのが救いか。

他の装甲も辛うじて原型をとどめている状態になっており、何本か骨折していようで身体を動かすたびに激痛が襲ってきた。

 

『精霊ィ!』

 

俺が壁となったため比較的軽傷で済んだ折紙が、フラつきながらも起き上がろうとしていた。

 

『折紙!』

 

そんな折紙の肩を掴むと、地面に押し倒した。

 

『ッ!離して!』

 

拘束から逃れようと暴れる折紙。片腕が使えない状態では抑えきれないので、馬乗りになる。

 

『落ち着け!今行っても殺されるだけだぞ!』

『それでも、あいつは許さない!私から大切な人を奪う精霊は!!』

 

そう言って俺を振り落とそうとする折紙。駄目だ、完全に憎しみに囚われている。言葉だけじゃ彼女を止められない。だったら!

右手を振り上げると折紙の頬をひっぱたく。パチンッという音が響くと、折紙が見開いた目で俺を見る。

 

『憎しみに囚われるな!命を捨てようとするな!誰かを悲しませる戦いをするな!』

『私が、私が死んでも。悲しんでくれる人なんて…!』

『俺がいる!』

『!?』

『少なくともここに一人いんだよ!お前が死んだら悲しむ奴がよ…!もう母さんの時みたいに、大切な人を失うのはごめんだ!俺にそんな想いをさせないでくれよ…!』

 

涙を堪えながら叫ぶと、大人しくなる折紙。その目から憎しみは消えていた。

 

 

『…ごめんなさい』

『わかってくれたんならいい』

 

立ち上がると折紙に手を差し出す。今の彼女なら、もう心配はいらないだろう。

 

『いけるか?』

『問題ない』

 

力強く握り返してくる折紙を立ち上がらせると、プリンセスへと視線を向ける。

アミタ達がどうにか抑えてくれているが、かなり押されている。このままじゃ長くは持ちそうにないな。

 

『いくぞ折紙!』

『了解』

 

互いに飛翔すると、アミタ達の加勢に向かう。

 

『うらぁ!』

 

風鳴と剣を交えていたプリンセスに、折紙とタイミングを合わせてサーベルとブレードを交互に振るうも、後ろに跳んで距離を取られる。

 

『勇君、腕が!?』

『大丈夫だ、まだやれる!それより来るぞ!』

 

俺の左腕を見たアミタが絶句するが、何でもないように振舞う。正直治るかどうか怪しいがな。

そうしている間にもプリンセスが、大剣を構えて突撃してくる。

 

『やめろぉおおおおお!!』

 

突然響いた声にプリンセスの動きが止まった。

 

『一夏!?』

 

退避させた筈の一夏が、手にしているマシンガンを撃ちながらプリンセスへと突撃していく。

 

『何をしていますの!退がりなさい!』

 

オルコットが制止しようと声を荒げるも。聞こえていないのか、止まることなくプリンセスへと向かっていく一夏。

一夏が放った弾丸は、殆どが外れるか障壁に弾かれる。

 

『うぉおおおお!』

 

マシンガンを投げ捨てると、実体ブレードを呼び出し斬りかかったが大剣で受け止められる。

 

『もうやめてくれ!こんなことをしたって、死んだ人は帰ってこないんだぞ!』

『うるさい!黙れェエエエエエエ!!』

 

一夏を蹴り飛ばすと大剣を振るい、斬撃を飛ばす。

直撃する寸前で回避行動を取ったことで、ギリギリで斬撃は回避するも、衝撃波によって機体が大破してしまった。

 

『うぁあああああ!?』

『一夏ァアアアアアア!!!』

 

落ちていく一夏を助けに行こうとするも、プリンセスが放つ斬撃によって阻まれる。

意識を失っているのか、一夏は機体を立て直す素振りを見せずに、森へと墜落してしまった。

 

 

 

 

戦場となっている開発地が見渡せる建物の上に、降り立ったテイルテッドとブルーが降り立つ。

避難警報が発令された際、響達と避難するふりをして、離れると変身して駆けつけたのである。

 

「なんだ、何が起こっているんだ!?」

 

テイルテッドが、現状を見て困惑の声をあげた。

1人の少女を囲む様にインスペクターと軍が展開され、それぞれがそれぞれを攻撃しているが。少女が手にした大剣を振るうたびに両者が吹き飛ばされている。

少女が攻撃する度に建設途中の建物が地面と共に砕け散り、開発地はさながら地殻変動が起きたかの様な有様となっていた。

 

『どうやらあの精霊を軍が止めようとしているのを、インスペクターが無差別に攻撃しているみたいです総二様』

「つまり三つ巴って訳ね」

 

戦況を分析していたトゥアールの説明を聞いたブルーが、戦場を見回す。

 

「取り敢えず、あの精霊ってのをなんとかした方がいいわね」

 

ブルーの目が精霊――プリンセスで止まる。

単独でありながらインスペクターと軍を同時に相手取り、一方的とさえいえる蹂躙をしている姿は、まるで災害を目の前にした様な錯覚をレッドは覚えた。

 

「なんとかって、どうするんだよブルー?」

「そんなの決まってるでしょ?ぶっ飛ばすのよ」

 

そう言ってウェイブランスを召喚すると、軽く振り回すブルーに、なんともいえない顔をするレッド。

 

「やっぱりそうなるのか…」

「他に方法があるっての?」

 

レッドは、精霊についてトゥアールが調べてくれた情報から、どのような存在であるか知ることができた。

『世界を殺す災厄』と呼ばれ、人知を超えた力を持つ生命体。確かに、目の前で繰り広げられている光景を目にすれば、そう思うのも無理はない。

この世界を守るためには、戦う必要があるかもしれないとトゥアールからは言われていた。それでもレッドは、人と同じ姿をしている者と戦うことに、抵抗を感じているのである。

反面ブルーはそこら辺は気にした様子もなく。寧ろ、自分より強いかもしれない存在と戦うことにやる気を出している様であった。

 

 

 

 

そんなブルー――愛香にトゥアールが『愛香さんは地球人でなく、他の星からやってきた戦闘民族じゃないんですか?』と言って、殴られて天井に顔を埋め込まれていたのは余談であるが…。

 

「戦いたくないんなら、下がっていていいのよ?」

 

突き放す様にも聞こえるが。レッド――総二が元々争いごとを好まない性格であることは、ブルーは重々承知しているからこその言葉なのである。

人外であるエレメリアンの様な変態や、無人兵器で構成されているインスペクターの様な侵略者ならともかく。人と同様な存在であり、明確に人類と敵対意思を示していない精霊相手では無理もないと言えよう。

 

「いや、俺も行くよ。どちらにせよ、このまま放っておく訳にはいかないんだ」

 

こうして話している間にも、精霊の攻撃によって周囲への被害が拡大していた。

軍の頑張りのおかげで、今はまだ人のいない開発地にとどまっているが。人々が避難しているシェルターのある居住区にまで範囲が広がれば、取り返しのつかないことになるだろう。それだけは阻止しなければならなかった。

確かに精霊とは戦いたくはない。だからと言って、見て見ぬふりをすることはレッドにはできなかった。

 

「あんたならそう言うと思っていたわ」

 

レッドの言葉にブルーが微笑むと、建物から飛び降りてプリンセスへと向かって行く。

ツインテール馬鹿であるが。彼は例え敵であっても思いやれる優しさがあり、誰かのために迷わず立ち向かえる強さを持っている。

 

 

 

 

そんな彼だから――

 

 

 

 

『こんな時に何乙女回路を作動させてるんですか!場をわきまえて下さい、この淫乱バーサーカーは!』

「人の思考を読むな!?あんた後でしばくわよ!」

 

通信機越しに野次を飛ばしてくるトゥアールに怒鳴るブルー。

色々と台無しだが、瞬時に思考を切り替えると、宙にいるプリンセスへと地面を蹴って飛び上がり、その背中にランスによる突きを放った。

軍との戦いに集中していた筈なのに、ブルーの気配に素早く反応したプリンセスが大剣を振るうと、ランスと互の刃がぶつかり合う。

ランスを押し込もうとするも、ブルーが想像していた以上の力でプリンセスが逆に押し返してくる。

このままでは不味いと判断したブルーが、身を引いて距離を置いた。

 

『ツインテイルズ!来てくれたのか!』

「はい!俺達も手伝います!」

 

紺色のPTのスピーカーから聞こえてきた勇の声に、レッドが応えた。

 

『気をつけろ!奴の力は今までのエレメリアンとは比較にならん!』

「わかりました!」

 

焦りを含んだ勇の言葉に、確かにそうだとブルーは考えた。

先程の一撃だけでも、相手が途方もない力を持っていることを感じ取ることができた。恐らく、ほんの僅かなミスでも死に直結するだろう。

それでも逃げるという選択肢が無い以上、前に進むだけである。

 

「消えろォオオオオオオオオ!!」

 

悲痛な叫びをあげながら大剣を振るうプリンセスに、遊撃隊とツインテイルズが一斉に攻撃する。

しかしいくら攻撃しても、プリンセスに傷をつけるどころか、こちらのダメージが増えていくだけであった。

 

「(くそっ!どうすれば!)」

 

ブレイザーブレイドを振るいながら、必死に思考するレッド。

精霊の存在を知った時、レッドは話し合いによる共存はできないかと考えた。

愛香には呆れられ、トゥアールには可能性は低いだろうと諭された。愚かだと嗤う者もいるだろう。それでもレッドは諦めたくなかった。

 

 

 

そのためらい故にプリンセスからの攻撃に対して反応がワンテンポ遅れてしまった。

 

 

 

「しまっ…!?」

 

斬撃からの衝撃派を避けきれず、吹き飛ばされ地面に叩きつけられるレッド。

追撃しようと大剣を振り上げるプリンセス。逃げようにもダメージが大きく、身体が動かなかった。

ブルーがこちらに向かってきているが、間に合わないだろう。

 

「アアアアア!!」

 

プリンセスの悲痛な叫びと共に、振るわれた大剣から放たれた斬撃がレッドへと迫っていく。

ブルーが手を伸ばし、勇達が逃げろ!と叫ぶが、もはやどうにもならなかった。

 

 

 

 

――ああ、俺死ぬのか…。愛香の奴泣くんだろうなぁ。それにトゥアールも…。

 

 

 

 

死が迫っているのに、どこか他人事の様に考えるレッド。

人間突然訪れる死というものには、存外実感が沸かなかったりすることもあるのだ。

 

 

 

 

「ヌゥオオオオオオゥッ!!!」

 

 

 

 

斬撃が届く刹那。聞き覚えのない…いや、どこかで聞いたことのある野太い声と共に、何者かがレッドの前に降り立つと、手にしている大剣で斬撃を斬り払ってしまった。

 

「危ないところであったな、テイルレッドよ…」

「お前は…!」

 

2メートルはあろう巨体と竜を思わせる外観に、自身の身長と同等の長さを持つ剣を手にした異形の存在。

 

「我が名はドラグギルディ!地球侵攻部隊隊長を務める者なり!!」

 

以前、アルティメギルが行った世界への宣戦布告の際に、その姿を晒したエレメリアンが、レッドを守る様に立ちながら高らかに宣言したのであった。



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第三十八話

どうも、久々に時間が出来て書いてたら楽しくて、平均の2~3話分くらい書いてしまいました。
そんな訳で気長に読んで下さいませ。


プリンセスと対峙するドラグギルディ。奴から放たれる威圧感は、これまで対峙したどのエレメリアンをも凌駕していた。

 

「あんたどういうつもり?敵であるレッドを助けるなんて…」

 

警戒を怠らずブルーがドラグギルディに問い掛けた。

 

「フッ。何、テイルレッドを倒すのは我らアルティメギルの役目。それに今彼女に倒れられては困るのでな」

 

ドラグギルディは視線をプリンセスから外さずに話す。

狂乱状態のプリンセスも、ドラグギルディが放つ威圧感を警戒してか、大剣を構えたまま動こうとしない。

 

「え?」

 

言葉の意味がわからず困惑しているレッド。

 

「(どういう意味だ?)」

 

一見すれば言葉の通りだが、勇には別の意味も含まれているように聞こえたのであった。

 

「なにが狙いよあんた…」

「すまないが話はここまでだ」

 

勇と同じようにいぶかしんだブルーが問い詰めようとしたするも、ドラグギルディは話を打ち切り己の得物である大剣を構えた。

見ると痺れを切らしたのか、プリンセスがドラグギルディ目掛けて切りかかったのだ。

 

「ハァッ!」

 

下段から振り上げられた剣を真っ向から剣で受け止めるドラグギルディ。

互いの刃がぶつかり合うと、強烈な衝撃波が生まれ吹き飛ばされそうになるのをなんとか耐える遊撃隊やツインテイルズの面々。

 

「うわぁ!?」

 

だが、ドラグギルディの側にいたため衝撃波に耐えられず吹き飛ばされてしまったレッドをブルーが受け止めた。

 

「大丈夫レッド!?」

「ああ…。それよりもドラグギルディは!?」

 

助けてもらったこともあるのかドラグギルディを心配して目を向けると、レッドは我が目を疑ってしまった。

ドラグギルディは大気を揺らし大地を砕くプリンセスの攻撃をなんなく受け止め、そして彼が放った一撃は防御こそされるも、プリンセスは表情に苦悶の色を浮かべていたからである。

 

『あのエレメリアン、プリンセスと互角に渡り合っているのか!?』

 

自分達が歯がたたなかったプリンセスと互角に渡り合っているドラグギルディに、思わず驚愕の声をあげる勇。

両者の戦いは苛烈を極めとてもではないが割ってはいることができず、遊撃隊もツインテイルズもただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

勇達が存在する次元と他の次元を隔てる断層に、アルティメギル地球侵攻部隊が拠点としている母艦が駐在していた。

その内部中心に存在する大ホールに、個性豊かな怪物達が一同に集っていた。

ホールに備え付けられている巨大なモニターには、部隊長であるドラグギルディとプリンセスの激闘がリアルタイムで映し出されている。

 

「ううむ。本当に単身で出撃されるとは…」

 

固唾を呑んでモニターを見ている怪物達の先頭にいる雀のようなエレメリアン――スパロウギルディが渋い表情で映像を見ていた。

いつものようにツインテイルズ――というよりテイルレッドの鑑賞会――もとい対策会議をしていると、地球から巨大なエネルギー反応を観測し偵察としてアルティロイドを送ったのである。

アルティロイドが送ってきた映像には、天敵であるインスペクターの尖兵であるソルジャーに地球の軍隊そしてツインテイルズが精霊と呼ばれる生物と戦っているではないか。

精霊という存在はアルティメギルもこの世界に進出して始めて知ったのだが、現在確認されている精霊はどれも眉間麗しい少女ばかりなため、男性型のエレメリアンしかいないこの部隊の者達は色々な意味で興味を持っているのである。

だが本気となったプリンセスの戦闘力に、その場にいた誰もが戦慄を隠せなかった。

そしてテイルレッドが徐々に追い詰めらていくとあるエレメリアンが呟いた。

 

 

 

 

――このままでいいのか?

 

 

 

 

モニターから流れる音にかき消される程度の大きさにも関わらず、その声はホールにいる全ての者の耳に届いた。

皆の視線に晒されながらそのエレメリアンは言葉を続けた。

 

 

 

『テイルレッドは我らアルティメギルが打ち倒すべき宿敵ではないのか?ここで動かねば戦士としての名が泣こうぞ!』

 

 

 

 

その声は瞬く間に戦士達の心に火をつけ、誰もが副官であるスパロウギルディの制止を聞かず出撃しようとしていく。

 

 

 

 

『静まれい!!』

 

 

 

 

沈黙を保っていたドラグギルディが発した一言に、思わず誰もが動きを止めて彼に注目した。

 

 

 

 

我が行く――。

 

 

 

 

椅子から立ち上がると、静かにそう宣言するとホールがどよめきに包まれた。

 

『ドラグギルディ様自らが!?』

『そうだ』

『な、なればせめて誰かをお供に――』

『不要!お前達ではあの戦場には不釣合いよ!ここで我が戦を見ているがよい!』

 

身を案じるスパロウギルディの提案を切り伏せ、言外に戦力外通告をするドラグギルディ。だが、その目には部下達への慈しみも見て取れた。

マントを翻し、ホールを出て行くドラグギルディ。

足跡が炎となって浮き出るような幻想を抱かせる。

超絶の威圧感にはもはや、怪物という形容は似合わない。

神獣――その言葉こそ相応しかった。

 

 

 

 

「ううん…」

 

砂浜に仰向けに倒れていた一夏は、目を覚ますと上半身を起き上がらせる。

 

「あれ?ここは?」

 

辺りを見回すと誰もおらず波の音だけが響いていた。

 

「俺、確か精霊と戦っていてそれで…。って勇兄や皆は!?」

 

気を失う前の出来事を思い出し慌てて立ち上がるも、精霊や仲間はおらず見知らぬ地にいることしか分からなかった。

 

「どうなってるんだ?」

 

海から届く潮の匂いと波の音。それに心地よい涼風とじりじりと照りつける太陽。どう見てもビーチだが、どうして自分がここにいるのかがわからない。

 

「あなたはどうして戦うの?」

「うわ!?」

 

状況を理解しようと考え込んでいると、不意に背後から誰かに話しかけられ驚いてしまう一夏。

慌てて振り返ると、白のワンピースを着た白髪の少女が一夏を見上げるようにして立っていた。

 

「君は?」

「あなたはどうして戦うの?」

「どうしてって…」

 

こちらの問いには答えず先程と同じことを聞いてくる少女に、一夏は少し困惑してしまう。

 

「戦えば辛くて悲しいことばかりなのに、あなたは自ら戦うことを選んだ。戦う必要なんてなかったのに」

 

そう一夏はISが扱えるとはいえあくまでも民間人である。本来ならば戦場に出る必要はないのである。それでも彼はその道を選んだ。それは――

 

「俺には兄が2人いてさ。って言っても血は繋がってないんだけど。2人とも大切な人のために命がけで戦える人なんだ」

 

昔は人付き合いが苦手な箒が同級生にからかわれていることがあり、そのことで感情的になってしまい、よく喧嘩をしてしまっていたものだった。

その度に2人とも傷つくことを恐れずに助けてくれたのだ。そのことが申し訳なく謝ったら逆に2人に怒られてことがあった。

 

『何謝ってんのさ。お前は間違ったことはしてないし、俺達は勝手にやってることなんだから気にしなくていいんだよ』

『そうさ。誰かのために怒れるのは一夏のいいところだと俺は思うな。まあ、すぐに手を出すのは感心しないけどね』

 

喧嘩を起こした一夏よりも傷だらけになりながらも、笑いながら頭を撫でてくれる勇に、誇らしげに一夏のことを話す和人のことがとても頼もしく見えた。

 

「俺もそんな2人に憧れて必死に追いかけたけど、頑張れば頑張る程追いつける気がしなくてその内自信がなくなってさ。そうしたらISの件で箒が引っ越しちゃっうし、和人兄が剣道をやめちゃってどうしたらいいのかわからなかくなってさ、中学の時に家計を助けるって理由をつけて逃げちゃったんだ」

 

少女は何も言わず一夏の隣に立ってただ話を聞いていた。

 

「勇兄に剣道をやめるって言った時怒られるかなって思ったのに、『お前が選んだんならそれでいいさ。一度だけの人生なんだからやりたいように生きればいいさ』って笑って許してくれたよ。本当は悲しかった筈なのにそれをおくびにも出さずにさ、それが辛くてさ。いっそ殴ってくれればよかったのに、あの人は昔っから自分のことを後回しにするんだよね」

 

そのときのどこか寂しそうな勇の笑顔を思い出し、胸が締め付けられる感覚の襲われる一夏。それでも口は止まることなく言葉を紡いだ。

 

「それからは胸に穴が空いたようになにやっても物足りなくなってさ。それを紛らわそうとバイトとかに打ち込んだけど、結局消えることはなかったなぁ」

 

自嘲気味に笑うとそよ風が優しく肌を撫でた。

 

「それで、高校の入学試験でISを動かせるってわかった時思ったんだ『もう一度あの背中を追いかけることができる』って」

 

和人は囚われた鉄の城で愛する人と出会い守るために戦った。勇は母を奪われた悲しみを背負い自分の大切な人達に同じ悲しみを味合わせないために、今も命がけで戦っている。2人とも一夏の誇れる兄なのである。

そんな兄達のように大切な人達を守れる男になりたい。それが一夏が幼い頃に抱き、一度は諦めてしまった夢なのである。

 

「だから俺は戦う。もう二度と後悔しないために。俺を信じてくれる人のために」

 

 

 

 

――一夏は強い。何があってもお前なら乗り越えられる。そんなお前を私は信じているから

 

 

 

 

思い出すのは幼馴染の少女の言葉。その言葉があれば不思議とどこまでも前へ進める気がした。

 

「そっか…。じゃあ、今は少しだけだけど私の力を貸してあげるね」

「え?」

 

少女の言葉の意味を理解する前に一夏の意識は光の中に溶けていったのだった。

 

 

 

 

『ぬぅん!』

『あああああ!』

 

龍の怪人と戦乙女の剣がぶつかり合い、衝撃で大気が揺らぎ大地が砕けていく。

ドラグギルディが参戦してから幾分経つが俺達はというと、ただその戦いを見ていることしかできなかった。

消耗しているということもあるが、なにより両者の戦いが激しすぎて介入することができないのが実情で、今も剣が交わるごとに起きる衝撃波に吹き飛ばされないように踏ん張るのが精一杯であった。

 

『勇指示を』

 

俺の隣で同じように吹き飛ばされないようにしている折紙が指示を求めてくる。

ドラグギルディもプリンセスもダメージは負っていないも、恐らく勝負は一撃で決まるだろう。実力が同等であるほどにそういう傾向は強まる。

そして俺の所見だが優勢なのはドラグギルディだ。なぜなら――

 

『なるほど。力はある。だが、そのような獣の動きでは我は捉えられん!』

 

怒りに任せがむしゃらに剣を振るっているプリンセスに対して、ドラグギルディはそれを適格に捌きながら隙を見て反撃に転じている。

そしてプリンセスの剣を見切り始めたドラグギルディが攻勢に入ると、プリンセスの表情に苦悶の色が見え始めているのだ。

このままいけばドラグギルディがプリンセスを倒すだろう。その後ドラグギルディがどう出るかわからないが、このまま様子を見るのがベストだろう。

 

 

 

 

――だが、それでいいのか?

 

 

 

 

ふとプリンセスと五河を尾行していた時のことが思い出された。

どこにでもいる普通の少女と同じように笑っていたプリンセス。精霊は世界を壊す害ある存在――その筈だ、その認識で間違いない筈なんだ。なのにそれを否定しようとしている自分がいる。どれだ?どの選択が正しいんだ!

 

『あれは、なんだ!?』

 

どうすべきか迷っていると、風鳴の困惑した声が聞こえた。彼女の視線を追うと、森の一角が光輝いているではないか。あそこは一夏が墜落した場所か!?

 

 

 

 

『おお。なんということか…』

 

戦場となっている団地を見渡せるビルの屋上でれいと呼ばれている少女の肩にとまっているカラスが、森から放たれている光を恐れおののくようにして見ていた。

 

『『あの力』を発現する人間が現れるとは。やはりこの世界は危険です、なんとしても排除せねば。全ての次元世界の安寧のためにも…』

 

焦りを見せるカラスとは対照的に、少女は落ち着いた様子で光を眺めていた。

 

「人が持つ『意思の力(・・・・)』…」

 

その目にはどこか懐かしさを覚えているかのようであった。

 

 

 

 

『む?あれは…』

 

ドラグギルディとプリンセスも突然の事態に思わず戦いを止めて光を注視していた。いや、父さん達正規軍もインスペクターもこの場にいる誰もがその光に目を奪われている。

 

『この光はもしや…』

 

心当たりでもあるのか感慨深そうに呟くドラグギルディ。その目は何かを期待しているかのようであった。

光は強さを増していくと、やがてその中から何かが上空へと飛び出してきた。

 

「一夏!?」

 

光の中から現れたのは見慣れないISらしき機体を纏った一夏であった。

滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的でソルジャーが下級の騎士のようであるのに対して、より気高さを感じさせる形状になっていた。

 

「あれは白式なのか?」

 

思わず呟いてしまったが、俺の記憶にある白式に面影が重なったのだ。

 

『まさかこの状況で形態移行(フォームシフト)したといいますの!?』

 

白式と見られるISを見たオルコットが驚愕の声をあげた。

確かに一次移行(ファースト・シフト)したのならあの姿も納得できるが、こんな土壇場で起きたというのか!?

 

『ふふ、やはりそうか。あの光は人間が持つ『意思の力』!』

 

ドラグギルディが一夏を見上げながら歓喜の声をあげている。『意思の力』?奴はあの現象を知っているのか?いや、それよりも――

 

「一夏!お前無事なのか!?」

『ああ!俺も白式もまだ戦える!』

 

安否を確かめるために通信を繋げると、弟分の声が力強く返ってきた。見た限りでは大破していた筈の白式の損傷は完全に修復されており、一夏自身も相当の傷を負っていただろうに、まるで何事もなかったかのようにピンピンしている。

フォームシフトしたとはいえISにそのような機体を修復、まして搭乗者を回復させる機能など備わっていない筈だぞ!?

余りにも非常識な事態に驚愕していると、新たな姿となった白式を脅威と感じたのかソルジャーA型3体が一夏へと接近しながら武器を構えた。

 

「一夏!」

『大丈夫だ勇兄!今の俺達(・・)ならやれる!』

 

ソルジャーが放ったビームに対し、手にしていたブレードを振るう一夏。

その刀は淡く輝いておりビームが触れると、まるで雪が溶けるかのように跡形もなく消滅してしまった。

 

『あれは、まさか零落白夜(れいらくびゃくや)か!?』

 

零落白夜――姉である千冬の姉さんの乗機だった『暮桜』という名のISが発現していた単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)である。

その能力は、所持しているブレードに触れた対象のエネルギー全てを消滅させるというものであり。姉さんを第1回IS世界大会(モンド・グロッソ)総合優勝に導いた能力だ。

だが、ワンオフ・アビリティーは個人特有のものであり。いくら血の繋がった姉弟であるとはいえ同じ能力を発現することはありえない筈なのだ。

 

『うぉおおおおお!!』

 

そんな俺の疑問をよそに一夏は機体のブースターを吹かせ、攻撃してきたソルジャー目掛けて加速したかと思うと、一瞬で懐に潜り込み次々とブレードで両断していった。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!やり方は教えていたが訓練では成功したことはなかったのを、実戦で成功させやがったあいつ!

 

『勇兄!』

「なんだ?」

『俺はあの人をプリンセスって人を助けたい!』

「!」

 

一夏の言葉に俺の心に響く。それは俺が心の底で願っていたことだった。

 

「どうする気だ?」

『どうしたらいいかわからない。それでも俺は諦めたくないんだ!』

「……」

『あの人は笑っていた。この世界を好きになろうとしてたんだと思う。そんな人が死んでいいなんて俺は正しいと思わない!俺はあの人に生きて欲しいんだ!!』

 

そう。プリンセスは笑っていた。きっと五河と出会ったことで彼女はこの世界で生きたいと思ったのだろう。そしてそんな彼女に生きて欲しいと、共にこの世界で生きてみたいと俺は思ったんだ。

 

「――そうだな。俺も諦めるのは嫌いだな」

『!』

「久々に馬鹿やってみるか一夏!」

『ああ!』

 

本当なら止めるべきなんだが。俺もまだまだガキんちょってことか。だが、それも悪くない!

 

「折紙!」

『…何?』

 

先程の一夏との話を聞いていたのだろう。これから俺達がしようとしていることを察しているだろう折紙は険しい目つきで俺を見ていた。

 

「俺はプリンセスを止めにいく。お前はアミタ達を連れて後退しろ。その後の判断は任せる」

 

そういうと返事を待たずに機体のブースターを吹かして、プリンセスへと向かって行く。

ここからは俺の我がままだ。だから他の者達を巻き込む訳にはいかない。特に折紙は納得しないだろうしな。

そんな俺を阻むかのようにソルジャーの部隊が新たに転移してくると武器を構えてきた。

だが、背後から飛来してきた光弾がソルジャーの1体を貫いて爆散した。

 

『勇君!』

「アミタ!?」

 

俺の前に飛び出したアミタが、拳銃形態のヴァリアントザッパーから魔力弾をソルジャー目掛けて連射し牽制する。

そして、陣形を乱したソルジャーを風鳴が手にした刀で次々と切り伏せていく。

 

『ここは私達に任せて、行って下さい勇君!』

『これは貸しにしておいてやる』

「アミタ、風鳴!だが…!」

 

これは俺の我がままだ、お前達が付き合うことはないと言おうとするも。その隙にB型の1体が俺へとランチャーを構えながら、ミサイルを放とうとしていた。

 

「しまッ!?」

 

アミタ達に気を取られていたため回避行動が間に合わない!

少しでもダメージを減らそうと防御しようとした瞬間。飛来したレーザーブレードがB型の頭部に突き刺さった。

動きが止まったB型へと駆け寄った折紙が、突き刺さったブレードの柄を掴むとそのまま縦に両断した。

 

「折紙!?お前まで…!」

『借りを返す。それだけ』

 

それだけ言うと、折紙はアミタ達と共にソルジャーの部隊へと向かって行く。

借りって、さっきプリンセスから庇った時のことか?

 

「すまない皆!」

 

こんな俺に力を貸してくれる皆の頼もしさに、涙ぐむのを堪えて前へ進むのであった。

 

 

 

 

「邪魔をするな!」

 

一夏は立ちはだかるソルジャーを手にしている『雪片弐型(ゆきひらにがた)』――姉が使用していた武器の名を継ぐブレードで切り伏せていくも、まるで一夏に狙いを定めたかのように集まってくるソルジャーに消耗していく。

 

「くそッ!」

 

埒が明かないことに苛立ちを覚えると、飛来したビームがソルジャーを次々と撃ち抜いていく。

 

「織斑一夏!」

「オルコット!?」

 

ライフルを撃ちながら一夏の隣にセシリアが並ぶ。

 

「ここまわたくしに任せてお行きなさい!」

「この数を1人じゃ無理だ!」

 

少なくとも20はいるだろうソルジャーを相手に、セシリアだけを残すことに躊躇う一夏。

 

「心配する必要はなくてよ。寧ろあなたがいても邪魔になるだけですわ!」

 

ビットを展開して全方位にビームは放ちソルジャーを撃墜していくセシリア。

元々イギリスのIS開発における思想として、無線誘導兵器による1体多数の戦闘を得意としており。この状況はまさに彼女の独壇場といえた。

 

「…わかった。ここは頼む。無理はするなよ!」

 

セシリアと十分な連携を取れない自分では足手まといになると判断した一夏は、この場を彼女に任せプリンセスの元へと向かって行った。

 

「…少しだけ見直してあげますわ」

 

一夏の背中を見送るとセシリアは一人呟いた。

出会った頃とは別人のような迷いのなくなった顔を思い出して、不思議と心が高鳴ったのだった。

 

 

 

 

ソルジャーの妨害を切り抜けた俺は、今だにぶつかり合っているプリンセスとドラグギルディの間に割って入る。

一夏も同じタイミングで駆けつけると、俺はドラグギルディの剣を一夏はプリンセスの剣をそれぞれのサーベルとブレードで受け止めた。

 

『む!?』

 

予想外の事態に僅かに動きが鈍った隙に、剣を押し返してドラグギルディをプリンセスから遠ざける。

 

『フォクスギルディが認めた戦士か。なんのつもりか?』

「助太刀は感謝する。だが、ここからは俺達の戦いだ。これ以上の手出しは控えてもらいたい」

 

真意は不明だが彼に助けられたのは事実だ。恩を仇で返す行為だが、ドラグギルディは愉快そうに目を細めて俺を見ていた。

 

『よかろう。どうやらこれ以上は我の出る幕ではないようだ。ならば――』

 

大剣を構えたドラグギルディは振り返ると、背後からサーベルを手に接近していたソルジャーA型を両断した。

 

『しばらくは集る蝿でも払っているとしよう』

 

『邪魔者はこちらで引き受けるから心行くまで戦え』と背中で語るドラグギルディに感謝の念を込めて一礼すると、プリンセスと剣を交えている一夏へと向かう。

 

 

 

 

「ふふ」

 

去っていく勇を顔を横にずらし目だけで見送りながら、ドラグギルディは笑っていた。

やはり人間は素晴らしい。生物として決して強靭ではない肉体を持ちながら、時にはエレメリアンすら上回る力を発揮するその生命力には尊敬の念すら覚える。

特にこの世界には至高のツインテールを持つテイルレッドや、フォクスギルディが認めた戦士天道勇といった、他の世界の人間とは比較にならない程の『意志の力』を持つ人間が複数いることが判明している。

だからこそドラグギルディは、この世界を侵攻する部隊を決める際に自ら名乗り出たのである。強者と戦い己をさらに高めるために。

そして先程の光を見て確信したのだ。この世界ならば己の限界を超え、命を極限まで燃やす戦いができるのだと。

そう考えると思わず目尻が僅かではあるが、緩むのを抑えられなくなるドラグギルディ。

それを隙が出来たと捉えたのか1体のソルジャーA型がサーベルを手に背後から切りかかってきた。

無論この程度対処するのは造作もないが、ドラグギルディの視界に一筋のいや、二筋の真紅が横切った。

 

「たぁ!」

 

可愛らしい声でありながら気迫を感じさせる声と共に、ドラグギルディを襲おうとしていたソルジャーを、手にしているブレイザーブレイドでテイルレッドが両断した。

 

「我を助けたというのかテイルレッド。侵略者である我を…」

「それはお互い様だろ?俺は借りを作りっぱなしは嫌いなんだ」

「なるほどな」

 

そういって笑みを浮かべるレッドにドラグギルディが笑い返す。

 

「では、この場は共闘といこうではないか、テイルレッドよ!」

「おう!」

 

互いの背中を預けあうと、自分達を包囲しているソルジャーと相対するのであった。

 

 

 

 

「あたしもいるんだけど!?」

 

…蚊帳の外状態となってしまったブルーが、怒りをウェイブランスに乗せてソルジャーに叩きつけるのであった。

 

 

 

 

『うぉおおおおお!!』

 

気合と共に一夏がブレードを振るうと、プリンセスが剣で受け止めるがその剣に亀裂が入った。

精霊の『天使』と『霊装』は霊力と呼ばれるエネルギーで構成されている。つまりあらゆるエネルギーを消滅させる零落白夜は正に天敵と呼べる能力なのである。

エネルギーの総力が多いため一度では消滅させきれないが、何度も繰り返せば無力化できる筈だ。

そのことを感付いたのかプリンセスが距離を取ろうとするも、それを背後に回った俺がサーベルを振るって阻止する。

サーベルを横に跳んで回避したプリンセスに、一夏が再び接近してブレードを振るい受け止めたプリンセスの剣の亀裂がさらに広がった。

 

「そのまま攻めろ一夏ぁ!」

『おう!』

 

俺が牽制し本命の一夏が攻撃する。それを繰り返す内にプリンセスが持つ大剣の亀裂が確実に増えて行いく。

 

『もうやめてくれ!おれはあんたとこれ以上戦いたくないんだ!』

『うるさい!うるさい!うるさい!シドーは死んだんだ!こんな世界に何があるというのだ!』

『その人との思い出まで壊したいのか!あんたはぁ!!』

『!?』

 

一夏の言葉にプリンセスが動きが鈍る。俺達の言葉はまだ彼女に届く!止められる可能性は残っている!

 

『彼は君にこの世界の素晴らしさを伝えた筈だ!それを君自身の手で壊すのか!彼の想いを無駄にしてしまうのか!!』

『それでも私からシドーを奪ったのはこの世界だ!私を拒絶するのはこの世界だあああああ!!』

 

彼女はインスペクターのことを知らないのだろう。だから五河を殺したのがこの世界の人間だと思っているのだろう。どうにかその誤解を解かなければならないか!

だがプリンセスが剣を振り上げ、そこで止める。

そしてその周囲に黒い輝きを放つ光の粒のようなものがいくつも生まれ、剣の刃に吸い寄せられるように収束していく。

直感でわかる。あれは彼女の渾身の力を込めた一撃だと。

 

『させるかぁ!!』

 

一夏が止めようとするも異変が起きた。

手にしていたブレードから輝きが失われ、PICが機能しなくなったのか浮遊していた機体が地面へと降りてしまう。

 

『白式!?』

「ッ!エネルギー切れか!?」

 

零落白夜の弱点。それは発動に自身のエネルギーを消費するため極端に燃費が悪いことである。

さらに一夏は、同じくエネルギー消費の激しいイグニッション・ブーストを併用していたため、短時間でエネルギー切れを起こしてしまったのだ。

頼みの綱である零落白夜が使用できなくなった今、もはや俺達にプリンセスを止められる力は残されていなかった。

 

『頼む白式、動いてくれ!俺達はまだ終われないんだ!!』

 

必死に白式を動かそうとするも、願いも虚しく白式は沈黙したままであった。

いや、まるでもうその必要がないといっているように俺には見えた。

遂にプリンセスが剣を振りおろそうとした――その時。

 

 

 

 

――ぉぉ…かぁあ…!

 

 

 

「ん?」

 

ふいにMK-Ⅱのマイクが何か音を拾った。

その音は徐々に大きくなっていき――

 

『十ぉぉぉ香ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!』

 

空から。プリンセスよりももっと上から。

そんな叫び声をあげながらプリンセス目掛けて落下してきていたのは、死んだ筈の五河士道であった。

 

「い、五河ぁ!?」

 

非現実過ぎる光景に、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまったのであった。

 

 

 

 

人間とは空を飛べない生き物である。

それは小学生低学年だって知っている生物としての基本であり、絶対的な法則であった。

だが人類の科学の発展にともない、飛行機を生み出したことで人類はその法則を打ち破った。

その後も科学の発展はとどまらず、CR-ユニットやISの登場によって、直接空の世界を感じ取ることができるようになった。

とはいえそんな高価なものを所持できるのは、軍隊を始めとする極一部の巨大な組織だけである。

一般人が体験できるのはせいぜいパラシュートを用いたスカイダイビングで限定的ながら空の世界を堪能することができる。

では、もしそれらがない状態でそらの世界に足を踏み入れたらどうなるか?

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!?!?!?」

 

それを実際に体験している少年がいた。

五河士道――彼は現在十階建てビル程の高さからの落下真っ最中であった。

ソルジャーの攻撃からプリンセス――十香を庇って死んだ筈の彼がなぜこのような状態になっているのかというと。理由は不明だが、なぜか生きていた士道はフラクシナスに回収され、妹でありラタトスク指令である琴里から十香が暴走状態にあることを知らされた。

十香を止めるには、士道が十香とキスをすればいいという要領を得ない琴里の説明と共に、空中をを浮かぶフラクシナスから放り出されたのであった。

そうなれば当然重力に従い、士道の身体は地面へと向かって落下していく。

高度をさげたとはいえ、なんの装備もない状態で落ちれば士道は地面に鮮やかな花を咲かせることとなる。

十香に接近すればリアライザで重力を緩和して受け止めると琴里は言っていたが、それでも怖いものは怖いのである。

意識が飛びそうになる恐怖の中、士道は視界に一つの影を見つけた。

 

「――ッ!」

 

手足を突っ張って姿勢を安定させ、ぶれまくる視界の中、その少女の姿を捉える。

そして。

 

「十ぉぉぉ香ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」

 

力の限り声を張り上げ、その名を呼んだ。

それから一拍をおかず、身体にかかっていたGと浮遊感が和らぐ。

ラタトスクからのサポートだろう。まだ落下していることに変わりないのだが、これならば――

 

「――」

 

十香が、士道の声に気づいてか、長大な剣を振りかぶったまま、顔を上に向ける。

頬と鼻の頭は真っ赤で、目はぐしゃぐしゃ。なんともまあみっともない有様だった。

十香と、目が合う。

 

「シ――ドー…?」

 

まだ状況を理解できていないような様子で、十香が呟く。

だんだんと緩やかになっていく落下速度の中、士道はそんな十香の両肩に手をかけた。

空に立つ十香の助力を得るような格好で、その場にとどまる。

 

「よ、よう…十香」

「シドー…ほ、本物、か…?」

「ああ…一応本物だと思う」

 

そう言うと、十香は唇をふるふると振るわせた。

 

「シドー、シドー、シドー…っ!」

「ああ、なん―ー

 

と、答えかけたところで、士道の視界の端凄まじい光が満ちた。

十香が振りかぶったまま空中に静止させていた剣が、あたりを暗闇に変えんばかりに真っ黒な輝きを放っている。

 

「な――なんだこりゃ…」

「ッ…!しまった…力を――」

 

十香が眉をひそめると同時、刃から光が雷のように漏れ出、地面を穿っていった。

 

「と、十香、これは――」

「【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】の制御を誤った…!どこかに放出するしかない…!」

「どこかってどこだ!?」

「――」

 

十香は無言で、地面の方を見た。つられて目をやると、そこにはこちらを――特に士道を信じられないものを見るような目で見ている勇と一夏が見える。

 

「…ッ!十香、お前…っだ、駄目だぞ、あっちに撃っちゃ!」

「で、ではどうしろというのだ!もう臨界状態なのだぞ!」

 

言っている間にも、十香の握る剣はあたりに黒い雷を撒き散らしていた。まるで機銃掃射のように、連続して地を抉る。

と、そこで、士道は琴里の言葉を思い出した。

――十香を止め、その力をも封ずる唯一の方法。

 

「…十香。あ、あのだな、落ち着いて聞いてくれ」

「なんだ!今はそれどころでは――」

「それを!何とかできる…かもしれない可能性がある…んだよっ!」

「なんだと!?一体どうするのだ!?」

「あ、ああ。その――」

 

だが士道は、すぐにはそれを口には出すことができなかった。

だって琴里が言った方法はあまりにも支離滅裂で根拠に乏しくて脈絡がなく――

 

「早くしろ!」

「…ッ!」

 

士道は腹を決めると、口を開いた。

 

「そ、その、あれだ…っ!十香!俺と、キッ、キスをしよう…ッ!」

「――何!?」

 

十香が、眉根を寄せてくる。

それもそうだろう。この非常時そんなことを言ったのだ。何かの悪ふざけと取られても仕方あるまい。

 

「す、すまん、忘れてくれ。やっぱり他に方法を――」

「キスとはなんだ!?」

「は…?」

「早く教えろ!」

「…っ、き、キスってのは、こう、唇と唇を合わせ――」

 

と、士道の言葉の途中で。

――十香が何の躊躇いもなく、桜色の唇を、士道の唇に押しつけてきた。すると、士道と十香の周囲が光に包まれた。

光が収まると周りの景色がラタトスクの艦内に変わっていたが、士道にはそれを気にする余裕はなかったのだった。

 

 

 

 

「消えた、だと?」

 

空から降ってきた五河がプリンセスと抱き合って何かを話していたら、突然両者が光に包まれ消えてしまった。

 

『なんだ?どうなったんだ?』

 

隣にいる一夏も突然のことに困惑している。

 

「一夏。白式のレーダーにプリンセスの反応はあるか?」

『いや、なくなってる…』

「こちらもだ」

 

MK-Ⅱのレーダーにもプリンセスの反応は消えている。直前に起きた現象から考えると、五河と共にどこかに転移したらしい。

周囲を確認するとインスペクターとの戦闘も収束に向かっているようだ。

 

『終わったのか?』

「らしい。一夏」

『どうしたの勇兄?』

「後は頼む」

 

そう伝えると仰向けにぶっ倒れる。

いやね。左腕からね血がドバドバとねずっと流れてたのよ。正直今まで動けてたのが不思議なんだわ。プリンセスが消えて気が抜けたらもう無理だわ。疲れたよパト○ッシュ…。

 

『勇兄?勇兄ィィィイイイイイイイ!?!?!?』

 

弟分の悲鳴をBGMに俺は意識を手放すのであった…。

 

 

 

 

「終わったようだな」

 

周囲に散乱するソルジャーだった無数の残骸に囲まれながら、プリンセスがいた空を眺めていたドラグギルディがレッドへと告げる。

話しかけられたレッドは、ブレイドを杖にして立っているのがやっとの状態で返事をすることができなかった。

 

「では、これで我は帰るとしよう」

 

満身創痍のレッドを見て襲い掛かるようなことはせず。マントを翻し、レッドへと背を向けると、ドラグギルディはいずこかへと立ち去ろうとする。

 

「待ってくれドラグギルディ!」

 

残った力を振り絞りレッドが呼び止めると立ち止まり、顔と目だけを動かしレッドを見るドラグギルディ。

 

「その、こんなことを言うのは変かもしれないけど。助けてくれてありがとう」

 

本来敵であるドラグギルディに素直に頭を下げるレッドに、ドラグギルディはフッと笑う。

 

「礼など不要。言った筈だお主を倒すのは我らアルティメギルだとな。故に次に会った時、我は全力でお主を倒す」

「!」

「それまでにどこまで強くなれるか期待しているぞ」

 

不敵に笑うドラグギルディに対して、レッドも不敵に笑い返すことで返事とした。

それを見たドラグギルディは満足そうに目を細めると、今度こそ立ち去っていく。既に沈みかけている夕日が照らすその身体は、あれだけの激戦を経ても傷一つついていなかった。それが今のレッドとの力の差を歴然と表していた。

 

「ドラグギルディ…」

 

背中を見送りながら、いずれ立ちはだかるだろう強敵の名をレッドは呟くのであった。




スパロボ風中断メッセージ

一夏「そういえば勇兄と和人兄と五河さんってさ。妹さんいるよね?」
勇「うん。そうだね」
和人「そういえば義理であるのも一緒だな」
士道「そうですね」
一夏「でさ。妹さんがもしも彼氏連れてきたらどうするのかなぁって思ってさ」
勇「赤飯を炊いてご馳走を作る」
和人「スグが選んだ人なら俺はいいかなぁ」
士道「……」
一夏「五河さん?」
士道「テメェエエエエ!家の琴里に手を出しやがったのかこのヤロォォォオオオ!!!」
一夏「ええぇぇぇえええ!?!?!?」
士道「テメェみたいな朴念仁には絶対やるかよォォォォオオオ!!!」
一夏「ちょ、ちがっ!勇兄、和人兄助けてえええええ!!」
勇「シスコンか」
和人「てか士道も人のこと言えないと思うんだけどなぁ…」

中の人ネタの希望があったのですが、いいネタが思い浮かばず今回は自分で考えたのをとりあえず出してみました。中の人ネタは思いついたらやりますので、どうかお待ち下さいませ。
こんなのをやって欲しいという方がいらっしゃいましたら、活動報告に意見募集の項目があるのでそちらにお寄せ下さい。


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第三十九話

ファントム・タスク日本支部内のオフィスにて、ヴォルフと上司であるスコールが揃って並び立ち、天井から吊るされているモニターに向き合っていた。

 

「…以上が今回の件の顛末だ」

『なる程ね』

 

ヴォルフの報告にモニターの向こう側にいる男性が、高級感を漂わせる椅子に腰掛けながら興味深そうに頷いていた。

漆黒のスーツに見を包み、くすんだアッシュブロンドに、貌にナイフで切り込みを入れたかのように鋭い双眸。歳はせいぜい三十代半ばといったところだが、どこか歳を経た老練さを感じさせる不思議な男だった。

アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット――DEM社業務執行取締役(マネージング・ディレクター)を務め、DEM社の実質的なトップである。

 

『…それで、あなたは何もせずにただ見ていただけだと言うのですか、ヴォルフ・ストラージ?』

 

ウェストコットの隣に立っていたノルディックブロンドの長髪が特徴の秘書と見られる歳若い女性が、不機嫌そうに眉を潜めながら責めるような口調で話す。

エレン・ミラ・メイザース――DEM社の表沙汰にできない裏の部隊である第二執行部部長にして、世界最強の魔術師(・・・・・・・・)と自他共に認める存在である(ヴォルフからはリアライザ(道具)に頼りすぎている二流と言われているが)普段はウェストコットの護衛兼秘書も務めており、事実上のDEM社のナンバー2である。

今回のプリンセス―十香との戦場に、ヴォルフらシャドウズも駆けつけていたのである。

だが、ヴォルフの指示にて戦闘に介入はせず観測するのみにとどめたのだった。エレンはそれが解せなかった。

この男のことは非常に気に食わないが、少なくとも自分と互角に渡り合える実力を持っていることは認めている。その者が臆病風に吹かれたかのような行動がエレンには許せなかったのである。

 

「確認したいことがあったのでな」

『確認したいこと?』

「これだ」

 

そんなエレンのことなど知ったことではないと言わんばかりの様子で、ある映像を表示するヴォルフ。

それは十香とデートをしている士道が映し出されていた。

 

『これは…!』

『ほう』

 

士道の顔を見た瞬間。驚きを隠せない様子のエレンと、先程とは別の意味で興味深そうにしているウェストコット。

 

「五河士道。どこにでもいる高校生の筈なのだが、ここ数回のプリンセスの現界の現場に居合わせただけでなく、こうしてプリンセスと接触まで行っているのが確認されている」

『…ふふ。くく、はは、ははははははは!』

 

ヴォルフの説明の最中に、ウェストコットが突然口元を緩ませると盛大に笑い始めたのだ。

突然の行動にオータムが唖然としている中、ヴォルフだけは遂にイカれたか…。いや、元からかと冷静に何やら分析していた。

 

『アイク…』

『ああ。すまない、すまない。そうかそういうことなのか…』

 

嗜めるようなエレンの言葉に目尻に溜まった涙を指で拭き取りながら、何かを納得した様子のウェストコット。

 

「…この男を知っているのか?」

『いや、イツカシドウは(・・・・・・)知らないな』

「どういうことだ?」

『すまないが君の頼みでも()は話せないんだ。許してくれ』

 

意味深な言葉にヴォルフが眉を潜めるが。無理に聞く気はないのか話を進めた。

 

「まあ、いい。それで、こいつはラタトスク機関の関係者だと推測しているのだが。捕らえるか?」

『いや、今は手を出さなくていい。ただし監視は続けてくれ』

『ですが、アイク…』

 

ウェストコットの決定に不満があるのか、エレンが異議を唱えた。彼の命令なら、どんなことにでも従う彼女にしては珍しいことであった。

 

『構わないさエレン。その方が都合が(・・・)よさそうだからね』

『…分かりました』

「では、監視を継続するぞ」

『ああ、よろしく頼む。それでは次の予定があるので失礼させてもらうよ。ああ、それと君達の頼みたい仕事があってね。後で正式な命令としてオータム君の元に届くからこちらも頼むよ』

「了解しましたMr.ウェストコット」

 

オータムがそう言うと通信が切れ、何も映らなくなったモニターを見て彼女は軽く息を吐いた。

 

「あいかわらず、何を考えているのか分からない人ね」

「奴の思惑など興味ない。俺は俺のやることをするだけだ」

 

オータムに背を向けて部屋から出て行こうとするヴォルフ。

そんな彼にオータムが話しかけた。

 

「そういえば、そろそろ夜天の書の持ち主が派遣先の世界から戻ってくるわね」

「ああ」

「これから困難な任務が続くけど、キリエとの約束も同時に果たす気?」

「無論だ。それが協力させる条件だからな」

 

身体を向けながら答えるヴォルフに、柔らかな笑みを浮かべるオータム。

 

「ふふ。いやに彼女のことを気にかけるのね?」

「そうだな。羨ましいのかもしれん。父親のために何かをしてやりたいというあいつが」

 

ヴォルフは、戦闘に関して優れた素質を持った人間の遺伝子を元に生み出された試験管ベイビーである。

父親と呼べる人物はヴォルフが生まれる前に既に亡くなっており、言葉さえ交わしたことがないのだ。

 

「俺には父親と呼べる存在がいない。だからあいつの願いを叶えてやりたいと思うのかもしれん」

「それだけなの?」

「それだけとは?」

 

頭の上に?マークを多量に浮かべているヴォルフに、思わず軽く息を吐くオータム。

 

「まあ、いいわ。彼女もまだ自覚がないようだし」

「時々だが、あんたの話についていけないのだが…」

「だから女心を勉強しなさいと言っているのよ」

「またそれか…」

 

どうにも分からんと腕を組んで首を捻っているヴォルフを、まるで手のかかる子供を持った母親のように微笑んで見守るオータムであった。

 

 

 

 

「十香の様子はどう?神無月」

「はい。今の所精神状態に若干の乱れはありますが、許容範囲内かと」

 

フラクシナス艦橋にて、チュッパチャプスをくわえ足を組んで艦長席に腰掛けている琴里の問い掛けに、神無月が恭しく頭を垂れながら答えた。

その答えに、そう。と満足そうに頷きながら思考を巡らせる琴里。

士道によって力を封印された十香は、経過を見るためにフラクシナス内にある精霊専用区画にて検査を受けているのである。

フラクシナスのクルーに警戒の色を浮かべていた十香だが、士道の説得もあり今の所は問題は起きていなかった。

前例(・・)から見ても、十香の件に関しては大丈夫だろうと判断した琴里は次の問題について考える。

今回は上手くいったが、やはり士道単身で精霊に接触させるのは、当初想定していたよりも危険度が高かった。その一番の原因がインスペクターとアルティメギルである。

想定していたノイズや連合軍については、現状のラタトスクの体制でも十分にサポートできる筈だったが。流石に異世界からの侵略者とは予想外であった。

元々ラタトスクは精霊と対話し保護することを目的とした組織である。そのため武力をも用いることを良しとせず、今琴理達が搭乗しているフラクシナスも自衛用の必要最低限の兵装しか搭載していないのである。

上層部では戦力の拡充を訴える声もあるようだが。自前で戦力を用意するにしても時間がかかること、何よりそれでは組織の理念が揺らぎかねないと琴理は反対している。そして提案したのが――

 

『琴理、例の客人をお連れしたよ』

『そう。お疲れ様』

 

友人かつ右腕的な存在である令音からの報告に満足そうに答える琴理。

暫くすると艦橋の扉が開き、令音が入ってきた。

 

「お、お邪魔します」

 

その令音に連れられて入室してきたのは、地面に着きそうな真紅と藍色の髪をそれぞれ二房に結っっており、スク水のようなスーツに、こてごてとしたパーツが取り付けられた機械の鎧を纏った少女――テイルレッドとテイルブルーであった。

レッドは初めてフラクシナスを訪れた士道のように、興味深そうに周囲を見回しながら緊張した様子であり、ブルーは警戒感を消しきれていない様子で周囲を見ていた。

そう。琴理が提案したこととは、外部の者と協力体制を築くことであった。今までの彼女達の行動からラタトスクの理念に共感し、なおかつ信頼できるであろうということで選ばれたのはツインテイルズであった。

 

「始めましてツインテイルズの皆さん。ラタトスク司令五河琴里よ」

「司令?君が!?」

「冗談、じゃないみたいね…」

 

琴里の自己紹介に驚愕した様子のレッドとブルー。自分達と同年代の少女が司令官だなんて驚くなと言うのが無理な話ではあるが。

 

「間違いありません。このお方こそ正真正銘私達の司令官であり、私のご主人様…だわばぁ!?」

 

キリッとした顔で、余計なことを口走った馬鹿(神無月)の足をおもっいきり踏むと琴里は指を鳴らした。

 

「あ、あ!司令またですか司令!あ、らめぇ!そんな強引はらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

黒服を着たマッチョマン達に神無月は連行されていった。

 

「「……」」

「さっそくだけど本題に入らせてもらうわね」

 

唖然としている2人に対して、琴里は何事もなかったかのように話を進めた。

 

「これから話すことはすべて事実よ。それを踏まえたうえでこちらの申し出を受けるか決めてとちょうだい」

「は、はい」

 

真剣なおもむきの琴里に思わず姿勢を正すレッド。

 

「そんなに硬くならなくていいわ。私たちは、いえ、私はあなた達の力を借りたいだけなの。大切な人のために」

「大切な人のために…」

 

口調こそ厳しいがその言葉には誰かを思いやる優しさを感じ取れた。だからレッドは彼女のことを信じられると思ったのだった。

 

 

 

 

「はい兄ちゃんあ~ん」

「あ~ん」

 

プリンセスとの戦いから幾ばくか経った頃。俺は軍病院の一室にてベット上で身体を起こしながら、ユウキが差し出しているうさぎさんリンゴを食べていた。切ったのはアミタと詩乃だが。

 

「どう。ボクが食べさせたリンゴおいしい?」

「うん。うまいうまい。別にお前が食べさせたからじゃないけどね」

「ぶー」

 

頬を膨らませて拗ねるユウキ。このリンゴが元々美味いからであって、お前の影響は何一つ受けていないのだから仕方なかろう。

 

「てか、1人で食べれるんですけどねぇ」

「でも、できるだけ安静にするようにと先生もおっしゃっていましたし」

「安静すぎるのもどうなんですかねぇ」

 

プリンセスとの戦闘で傷ついた俺の左腕は現在ギプスで固定されている。

形こそ元通りになったが、機能を回復させるにはもう暫くかかるそうだ。いや、それでも十分すぎるくらいすごいんだけどね。ホントリアライザさまさまだわ。

 

「勇は頑張りすぎているんだから、休める時は休んでおきなさい」

「むぅ」

 

そう言われると言い返しにくいなぁ。まあ、詩乃の言う通りなんだけどさ。今月に入ってから毎日のように出撃してたし。

 

「ま、これだけで済んだだけマシと考えますか」

「そうですね。よく生きてましたよね私達…」

 

当時のことを思い出したのか、遠い目をして乾いた笑みを浮かべているアミタさん。

二人揃って遠くを見ていると、部屋のドアが控えめにノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼する」

 

扉が開くと、フルーツの入ったバスケットを持った折紙が入ってきた。

 

「傷は?」

「左腕以外はあらかた治ったよ。普通に歩けるし」

「それはよかった。これお見舞いの品。部隊皆で用意したので、副官である私が代表として届けに来た」

「すまないね。ありがとう」

 

折紙が差し出したバスケットをユウキが代わりに受け取ってくれた。

 

「それと話があるので屋上までこれる?」

「ああ。構わないよ。皆いいかな?」

 

ユウキ達に断りを入れてベットから立ち上がると折紙の後を着いて行く。

そういえば何がどうしてそうなったのか分からないが、ユウキと詩乃の中で俺と折紙が付き合っていることになっていて、誤解を解くのに苦労したでござる。目覚めたら赤飯をプレゼントされた時の気持ちをどう表現したらいいんですかねぇ?

 

 

 

 

「他の皆の様子はどう?」

「皆既に傷は癒えている。後はあなただけ」

「そりゃ早くしないとな」

「別に急かしている訳では…」

「分かってるって、冗談だよ」

 

柵に寄り掛かりながら悪戯っぽく笑うとジト目で見てくる折紙。

 

「それでプリンセスは?」

「あれ以降確認されていない。その代わりに…」

 

折紙がポケットから取り出した1枚の写真を受け取る。

 

「!?これは…」

 

写真に写っていたのは、来禅学園高等部の制服を纏ったプリンセスであった。

 

「夜刀神十香。あなたが入院している間に私のクラスに転校してきた、私の士道に纏わり付く害虫」

「……」

 

忌々しそうな顔で舌打ちしてたけど気にしないでおこうそうしよう。

 

「別人?いや、これはいくらなんでも似すぎだろう…」

 

どこからどう見てもプリンセスにしか見えないな…。それに五河がプリンセスのことを十香と呼んでいたことも引っかかるな。

 

「霊力反応は?」

「微弱ながら検出、プリンセスのものと一致」

「転校に必要な書類は?」

「確認中だけど、今の所問題はなし」

 

精霊が学校に通う?何がどうなっているんだ?

 

「上の判断は?」

「士道と共に監視するようにとの命令を受けた」

「それが無難か…」

 

判断するには材料が少ないからな。もしかしたらプリンセスと争わなくて済むならそれに越したことはないか。

 

「とはいえ俺の処分がどうなるかって問題もあるがな」

 

命令無視して部隊をほっぽり出したんだから何らかの処罰を受けてもおかしくないんだよなぁ。まあ、後悔はしてないけど。

 

「精霊撃退の功績で不問になる筈。私も最大限弁護する」

「いいのか?憎んでいる精霊を助けたいって言った男だぞ俺は?」

「…あなたにいなくなられるのは困る。隊長なのだから」

「ありがとう」

 

初めて会った時よりも丸くなってるかな彼女は。本人に自覚があるかは分からないけど。

 

「一つ聞きたい」

「なんだい?」

 

真剣な表情をする折紙に柵から離れてしっかりと向き合う。

 

「どうしてプリンセスを――精霊を助けたいと思ったの?」

「どうしてか。そうだね。五河と一緒にいる彼女は、プリンセスはこの世界で生きてみたいと思ってたんじゃないかな」

 

予想通りというか、まあ、彼女なら聞いてくるだろうと思っていたから迷うことなく言葉が出てくる。

 

「彼女の幸せそうな顔を見て、精霊と人間が共に暮らせる世界が実現できるんじゃなかって思ってさ。だからその可能性を捨てたくなかったんだ」

「……」

 

俺の言葉を折紙はただ静かに聞いていた。

 

「以前五河に精霊との共存は難しいとは言ったけど。争わなくて済むならそれが一番じゃないかな」

「それでも精霊によって被害が出ている」

「何も精霊とは戦わないとは言っていないさ。君の仇のような奴には遠慮する気はない」

 

流石にナイトメアと呼ばれる個体のように、無差別に人間を殺戮している奴を受け入れるつもりはない。

 

「俺はこの考えを変えるつもりはない。そんな奴を信じられないなら、上に報告して部隊長から外してくれても構わない。それに対して文句を言うつもりはない」

 

自分の考えが異端であることは理解しているさ。だからどんな扱いをされても文句はない。

 

「…そんなことはしない。それだけ聞ければ十分。それじゃ」

 

そういうと背を向けて立ち去っていく折紙。

 

「復讐か」

 

1人となった屋上で思わず呟く。

幼くして目の前で愛する家族を奪われたのだ。憎しみを抱いて当然だし、人間として何も間違っていない感情だ。

だが、それが幸せに繋がるとまでは思えないけどね。

とはいえ彼女を止める権利は俺にはない。それができるのは本人だけだ。仇を討つにしてもしないにしても、自分自身で区切りをつけた時復讐は終わる。俺自身がそうであったように。

 

「それでも他人にしかできないこともある、か」

 

せいぜい他人にできることは、その選択に到るまでの手助け程度しかできないのだ。

それでも、その手助けが必要な時はある。間違った道に進まないために、かつて俺を迷わず進ませてくれた弟分達や妹。そして『あの人』のように。

折紙の心に抱える闇は深いのだろう。仲間としてそんな彼女を迷わせないように手助けをしていこう。例えこの命をかけたとしても。



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第四十話

とある高速道路を一台の護送車が走っており、その前後左右を警察の機動部隊所属であるESOが一機ずつ囲むようにして並走している。

その内部には数人の警察官に囚人服を着た2~30代と見られる男――須郷伸之がうな垂れていた。

元は総合電子機器メーカー「レクト」社員にして、同社のフルダイブ技術研究部門の主任研究員として順風満帆の人生であった。

そしてさらなる躍進のために、当時SAOに囚われていた明日菜を始めとするプレイヤー300人の意識をSAO開放の混乱に乗じてALOに拉致し、人体実験を行っていたのである。

さらにはレクト社長の娘である明日奈と結婚することでレクトを手に入れ、研究成果とレクトを手土産にアメリカの企業に自身を売り込むことを企む。

――しかし、その企みはものの見事に砕け散った。

明日菜を救いにALOにダイブしたキリトこと和人によって全ての悪事が暴かれたのである。

あっけなく逮捕後も黙秘に次ぐ黙秘、否定に次ぐ否定、挙句に全てをSAO事件の首謀者茅場晶彦に負わせようとするなど醜く足掻きに足掻いていた。

そう、この男。一切の反省などしていなかった。野望を今だに捨てきれず、ひたすらにチャンスを待っていた。再び己が返り咲き華々しい人生に泥をつけた者に復讐する時を。

そして車が衝撃に揺れて止まった瞬間。動揺が走る警察官を尻目に須郷は顔を上げて悪意に満ちた笑みを浮かべていた――

 

 

 

 

上空から飛来した閃光が進路上の道路を砕いたため、護送車と護衛のESO部隊が急停止した。

 

『襲撃か!?』

 

部隊長である先頭にいたESO搭乗員が上空に視線を向けるも、夜空と月が写るのみで何者の姿も形も存在しなかった。

が、不意に警報が鳴りレーダーが機影を捉えた。自分達の真横である反対車線から――

慌ててそちらを向くと。PTの特徴である全身装甲でありながらゲシュペンストとは違い、頭部のV字アンテナが特徴的な夜間の暗闇に溶け込みそうな漆黒のカラーリングをした機体が、着地した勢いでコンクリートを削りながら両手で保持している大型の火砲をこちらに向けながら突撃してきていた。

 

『が!?』

 

反応する間もなく火砲に取り付けられていた斧型の銃剣によって隊長機は胴体を突き刺され、勢いのまま遮音壁へと叩きつけられた。

 

『隊長!?このォ!』

 

激昂した1機が腕部からナイフを取り出し、足底のローラーを駆使して襲撃者――ヒュッケバインMK-Ⅱハウンドへと向かって行く。

背後からの攻撃であるにも関わらず手にしていた火砲を手放し、まるで見えているかのように跳び上がり突き出されたナイフを避けると、爪先に内臓されているナイフを展開し回し蹴りの要領で装甲の薄い喉元を切り裂くと。ナイフを突き出したESOは傷口から血を噴き出しながら膝をついて仰向けに倒れた。

残りのESOが保持しているアサルトライフをハウンドへ放つも、左右に高速でホバリングするハウンドを捉らえられず、遂には弾切れを起こした。

その隙を逃さずハウンドが一瞬で1体のESOへ接近すると、指先が鋭く尖った右手を手刀の形にして喉元へ突き刺した。

 

『ヒッ!アァァ!?』

 

最後の1人となった歳若いESO搭乗者が慄きながら、アサルトライフルをハウンドへと向けてトリガーを引くも、ハウンドは突き刺したESOを盾にして銃弾を防ぐ。

そして左腕部に内臓されたガトリングを展開すると、残りのESOに向けて発砲する。

吐き出された無数の弾丸はESOの装甲を紙の様に突破し、搭乗者もろとも蜂の巣としながら衝撃で徐々に後退していく。ハウンドが撃ち終えるとESOは力なく膝を着き沈黙した。

護衛を排除したハウンドは護送車へと歩み寄って行く。

護送車に乗っていた警察官はESOが全滅した時点で逃亡しており、開け放たれたドアより須郷が不敵な笑みを浮かべながら出てきた。それと同時に空からヘリコプターが少し離れた位置に着陸してきた。

 

「遅かったじゃないか。まったく、この僕をいつまでまたせる気だったんだ。ええ?」

『無駄口を叩くな。すぐに増援が来る。さっさと乗れ』

 

やたらと威圧的な態度の須郷だが、ハウンド――ヴォルフは須郷のことなど興味がない様子で、壁に刺さっているランチャーを回収し周囲を警戒している。

そんなヴォルフの態度が気に食わなかったのか、須郷は不機嫌そうにヴォルフを睨みつけた。

 

「なんだその態度は?飼い犬は礼儀もしらないのか?本来ならこの僕と話をすること自体光栄に――」

 

吐き捨てるように話す須郷の顔面に向けて、ヴォルフは右手で保持していたバスター・ランチャーを向けた。

 

「ひッ!?」

『さっさと乗れと言った筈だ。俺としてはこのまま貴様を置いていっても構わんのだぞ?」

 

バイザー越しのヴォルフの目はいつも異常に険しく、本気でトリガーを引くのではないかと思える程に冷え切っていた。

 

「わ、分かった。の、乗ればいいんだろ!」

 

まるでヴォルフから逃げるようにヘリへと早足で向かって行く須郷。

 

「(くそ、くそ、くそ!どいつもこいつも僕の価値が分からない愚か者どもめ!今に見ていろ!桐ヶ谷和人共々、必ず僕の足元にひれ伏せさせてやる!)」

 

心の中であらん限りに罵詈雑言を吐きながら須郷がヘリへと乗り込むと、ゆっくりと飛び上がる。

ヘリが離脱していくと、ヴォルフもその後を追って機体を飛び上がらせるのであった。

 

 

 

 

須郷が脱獄している同時刻の東京にある少年院にて、1人の看守がある部屋の前で立ち止まった。

看守が鍵を使いドアを開けて中に入ると。1人の少年が部屋の隅で膝を抱えながら顔を俯かせて座り込んでいた。

 

「朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん」

 

狂気を感じさせる程に、同じことをうわごとのように繰り返し呟いている少年――新川恭二を見て看守は口元を歪めた。

 

「君が新川恭二君だね?」

「朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん――」

 

看守の声など聞こえていないかのように同じことを呟いている恭二だが。看守は構わず言葉を続けた。

 

「天道勇」

 

看守が勇の名を口にしたとたん。無反応だった恭二が顔を上げて看守に視線を向けた。その目に映るのはどす黒いまでの憎悪であった――

 

「天道勇…」

「そう。君から大切な人を奪い、こんな所に閉じ込めた張本人、だろう?」

「天道勇ゥ!そうだ、僕からシノンを――朝田さん奪ったクソ野朗だ!!」

 

地獄の底から聞こえるのではないかと錯覚する程の声音で怨嗟の声を上げる恭二。

彼はかつて詩乃と同じ高校に通っており、彼女がGGOをプレイするきっかけを作った男である。

だが、詩乃に対して歪んだ感情を持ち。後に兄と共に『死銃事件』を引き起こすと、彼女と無理心中を図ろうとしたが、間一髪のところで勇に阻止され逮捕されこの少年院へと送られたのである。

 

「憎いだろう?殺したいだろう?復讐したいだろう?」

「ああ、憎い!殺したい!この手で息に根を止めてやりたい!!」

 

頭を掻き毟りながら勇への殺意を募らせていく恭二に、看守は口元の歪みを大きくしていく。

 

「そうか、そうか。だったらその願い叶えようじゃないかぁ」

「何?」

 

その言葉に恭二は疑問の声を上げる恭二。よく見ればその看守の顔は見たことがなく。その目は血に飢えているようであり、纏っている雰囲気もとてもではないが看守とは思えなかった。

 

「誰だあんたは?看守じゃないな?」

「ああ、そうだよ。でも、そんなのはどうでもいいじゃないか。君にとって大事なのは天道勇への復讐じゃないかな?」

 

それもそうかと恭二は納得する。この男がなんであれ――悪魔の使いであろうと構わなかった。あの男に復讐できるのなら悪魔に魂を売ってもかまわなかった。

 

「俺に協力してくれれば君をここから出してあげよう」

「協力?何をすればいいんだ?」

「なぁに簡単なことさ。天道勇をぶっ殺すってことだけだからさぁ」

 

提示された条件に恭二は口元を歪めた。元よりそれ以外に興味はないのだ。ならばなにも問題はない。

 

「分かった。僕に天道勇をぶっ殺させてくれ」

「いいね、いいねその目。見込んだ通りだよ」

 

恭二の返事に満足そうな笑みを浮かべると、男は恭二と共に部屋から出て行く。

 

「そういえば、あんたのことはなんて呼べばいいんだ?」

 

男の正体には興味はないが。呼び方くらいは知っておかないと何かと困ってしまう。

 

「ああ、それもそうだな。俺はヴァサゴ・カザルス。ま、好きに呼んでくれや」

「分かったヴァサゴ」

「さあ。これから楽しいPartyの準備だ」

 

恭二を連れて歩くヴァサゴは、両手を広げて子供のようにはしゃぎながら愉快そうに笑う。その笑みはこの世の悪意を凝縮させたかのようであった。




私のイメージでは本作でヴァサゴ・カザルスの声はアニメ版の小山剛志さんではなく、ゲーム版の藤原啓治さんとなっておりますのでご了承下さいませ。


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第四十一話

ゲームに夢中になっていたり身内の不幸があったりとして更新できず、感想にも返信できなかったりと申し訳ありませんでした。
これからぼちぼち再開していきます。


「須郷伸之と新川恭二が脱走したですって!?」

 

緊急の呼び出しを受けて駆けつけた父さんの執務室で、俺は告げられた内容に思わず声を荒げてしまった。

 

「ああ。須郷伸之は昨夜精神鑑定のために移送中だったところをファントム・タスクと見られる者に襲撃された。それとほぼ同時刻に新川恭二も姿を消している」

「そんな…」

 

須郷はキリトに深い恨みを持っているし、新川は詩乃に歪んだ感情を抱いていたからな。どちらもどちらも俺とは無関係とはいえない人物だ。

 

「しかし、ファントム・タスクのやつらは何故須郷を…」

「おそらく奴が研究していたものを欲したのだろう」

「研究、ですか?」

 

確か須郷伸之はVR技術を使った研究をしていて、その被験者を求めて明日菜を始めとするSAO被害者をALOに拉致したんだったな。

機械的なことには余り詳しくないので、どういったことをしていたのかまでは知らないんだよな。

 

「ああ。須郷伸之は人間の記憶・感情・意識をコントロールするという研究を行っていた。もし、それが実現すれば人の人格を自由に変えたり、意のままに操ることも可能だそうだ。そして、それを軍事に利用すれば死を恐れない兵士を生み出せるのだそうだ」

「死を恐れない兵士…。なるほど戦争商人共には喉から手が出る程欲しがる訳ですか」

 

恐れ抱かず命令に従うだけの兵士、確かに理想といえるだろう。しかし、それはもはや人ではなく人形としかいえないのではないか?

恐怖を感じるからこそ、人は己の行いを反省し同じ過ちを繰り返さないよう進歩する筈なんだ。でばければ今頃人類は際限なく争い続けて滅びているだろう。

 

「ともかく。この事を和人や明日菜君、詩乃ちゃんに知らせなくてはならん。放課後になったらここへ連れてきてくれ軍曹」

「了解しました」

 

また新たな問題か…。まあ、起きてしまったことを嘆いてもしょうがない。どう対応していくか考えないとな。

 

 

 

 

そして放課後となったのでキリト達を基地に連れてきた訳だけど…。

 

「須郷が脱獄したなんて…」

「そんな…」

「……」

 

父さんから説明を受けた明日菜は顔色を悪くして俯いてしまい、キリトが肩に手を回し抱き寄せて安心させようとしている。

詩乃は平静を装おうとしているがその手は強く握り締められて震えていた。無理もないか、自分の命を脅かしかねない相手が野放しともなれば。

 

「本当に申し訳ないと思っている。こちらも警戒は厳重にするが、君達も注意してもらいたい。そして詩乃ちゃんに相談したいことがある」

「はい」

「報告では、新川恭二は拘留後も君に対する異常な執着心を見せていたそうだ。彼が再び君に危害を加える可能性が濃厚なため、安全確保のために現在在籍している高校から来禅へ転入してもらいたいのだが、どうかね?」

「かまいません」

 

手続きはこちらで済ませると付け加えた父さんからの提案に、詩乃は迷いなく答えた。

 

「いいの、シノのん?」

「大丈夫よ明日菜。今いる学校には友人もいないし、大した思い出もないから…」

 

心配そうに声をかける明日菜に詩乃は自嘲気味に微笑んだ。

詩乃は幼い頃に母と訪れた銀行で強盗に遭遇したのだ。そして強盗に襲われそうになった母を守るために、奪った拳銃で強盗を結果的に射殺してしまう。

無論正当防衛だし、何より当時の彼女はまだ11歳であったため罪にはならなかった。しかし、そのことが原因で母以外の者達からは遠ざけられ理不尽な仕打ちを受けてしまう。

それらから逃れるため、高校は東京の進学校を選んだが。結局そのことが知れ渡り居場所がなかったそうなのだ。

 

「では、来週までには手続きを終わらせるので準備しておいてくれ」

「はい」

「軍曹も押し付けてばかりですまないが。警戒を怠らないようよろしく頼む」

「了解しました」

 

須郷伸之は確実にキリトや明日菜も報復しようとするだろうし、新川恭二も詩乃のことを諦めてはいないだろう。

たとえ敵がどれだけ増えようが、この手の届く限り必ず守ってみせるさ。それが俺が生きている意味なのだから…。

 

 

 

 

基地を出た後、キリトと明日菜と分かれた詩乃は勇と共に寮への帰路についていた。

特に何かを話すこともなく、ゆったりとした足取りで歩く2人を夕日が照らす中。詩乃は考え込んでいた。

新川恭二とは同じ高校に通う同級生であり、詩乃がGGOを始めるきっかけを作った人物である。

自分の数少ない理解者の1人として信じていたし、想いを寄せてくれていることに悪い気はしていなかった。だが死銃事件で彼が自分に近づいたのは、実際に人を撃ち殺した過去への憧れからであったことを告げられた。

そして彼に無理心中を図られたが、間一髪で助けに来た勇に阻止され逮捕されたのであった。

 

「……」

 

ちらりと勇の方に視線を向けると、自分に悟られないようにと気を配りながら周囲を警戒してくれている。

もし、新川恭二がまた自分を襲ってきたら、彼は迷うことなく守ってくれるだろう。

詩乃はそれが嬉しくもあると同時に不安であった。死銃事件の際も現実で自分を守るために、一歩間違えれば彼は死んでいたかもしれないからだ。

また同じことが起きたとしても。仮想世界では共に戦えても、現実ではただの少女でしかない自分はただ守られていることしかできない。そのギャップを苦々しく思う詩乃であった。

 

「どうしたの詩乃?」

 

思い込んでいるのを見透かされてしまったのか、足を止めて心配そうな顔で勇が顔を覗き込んできた。

 

「あ、ううん。何でものないの気にしないで」

 

近距離でまじまじと見つめられる恥ずかしさで、思わず目を逸らしてしまう。というかこうして見てみると、勇は神秘的で本当に美少女としか言えない顔立ちである。本人には申し分けないが、女性としては物凄い敗北感を味わってしまう。

 

「そう?ん~ならいいけど。1人で抱え込んだら駄目だよ?俺もユウキもいるんだから、遠慮なく頼ってね」

「うん。ありがとう」

 

無理に踏み込むべきでないと判断したのか、軽く念を押すだけで再び歩き出す勇。

その優しさに感謝しつつ、詩乃は後を追いかけるのであった。

 

 

 

 

ファントム・タスク日本支部内のオフィスにて。スコールが専用の椅子に腰掛け悠然と足を組んでおり、ソファーに腰掛けているヴォルフは腕を組んで瞑想するように目を閉じていた。

 

「任務ご苦労様ヴォルフ」

「ああ」

 

労いの言葉をスコールに、なんてことないといった様子で応えるヴォルフ。

 

「俺としてはあんたの方が大変だったと思うがな」

 

脱獄後この支部に連れてこられた須郷伸之は、助けに来るのが遅いだのなんだのと散々文句を撒き散らしていたのだ。

その対応をしたスコールの苦労は推して知るべしだろう。

 

「これくらいどうってことはないわ。ああいった厄介ごとを片付けるのが役目なのだから」

「そうか、だが無理はするなよ。見た目以上に歳なのだか…」

 

ヴォルフが言い終わる前にスコールが、自身のISを部分展開した蠍の尾を模した装甲を彼の額に突きたてた。

 

「年頃の女性にそういった話は駄目だって教えた筈よ?」

「…すまない」

 

ニッコリと笑顔で諭すオータムだが。放たれるオーラは仁王像が背後に聳え立つ錯覚が見え、ヴォルフですら冷や汗を掻く程であった。

そんな空気を無視するあのように部屋のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

スコールが応えると、1人の男が入室する。

ビジネススーツを着こなし。男性は俳優顔負けの美丈夫で、やり手のエリートを思わせる風貌であった。

 

「失礼、挨拶をと思ったのですが。お取り込み中でしたか?」

「いえ、お気になさらずガザルス氏。ようこそ極東支部に歓迎します」

 

恭しい態度で頭を下げるヴァサゴ・ガザルスに。スコールが椅子から立ち歩み寄るとにこやかな顔で握手を求めると、笑顔で応じるヴァサゴ。

そんなヴァサゴをヴォルフは冷めた目で見ていた。

 

「戦力の増強を要請していたが。まさか貴様がくるとはな”ファイアバグ(放火魔)”」

「そう邪険にしないで下さいよストラージ隊長。共に戦う仲間同士仲良くしましょう」

「必要な範囲であればな」

 

いやにも棘のある言い方をするヴォルフだが、対するヴァサゴは笑みを変えことはなかった。

そんな中、再びドアがノックされる音が響いた。

 

「どうそ」

「失礼します。スコールさんヴォルフいますか…って。すいませんお取り込み中でしたか?」

 

入室してきたキリエが、ヴァサゴの存在に気づいて申し訳なさそうな顔をする。

 

「大丈夫よ。ちょうど彼を紹介するために、あなたを呼ぼうとしていたところだから。こちら新しく派遣された傭兵のヴァサゴ・ガザルス氏よ」

「どうぞ、お見知りおきをお嬢さん」

「特殊作戦部隊『シャドウズ』所属のキリエ・フローリアンです。よろしくお願いします」

 

スコールに負けず劣らずの大人のオーラを放っていたが、前回の反省を活かし落ち着いて対応できたことにキリエは内心ガッツポーズをした。

 

「いやはや。あなたのようなお美しい女性と共に働けるとは光栄です。よろしければ親交を深めるために今夜ご一緒にお食事でもいかがですか?」

「え?あの、ええと…」

 

にこやかに笑いながら、キリエの手を取り片膝を着きながら申し出るヴァサゴ。

キリエは予想外の事態に思わず頬を赤らめてしまう。

 

「(こ、これってデートのお誘い!?わ、わわ!ど、どうしよう!?)」

 

普段大人ぶった振る舞いをしているキリエであるが。なんだかんだで恋に夢見る少女である。まして元いた世界では父親以外に男性との触れ合いはなく、こちらの世界に来てから唯一といえる親しい男性(ヴォルフ)アレ(・・)なのでこういったことに対する経験が皆無であった。

 

「そんなことより、いいかげんにその演技を止めろヴァサゴ・ガザルス。気色悪くてかなわん」

 

吐き捨てるように言い放ったヴォルフの言葉に、そんなことって何よ!?と思わず怒鳴りどうになったキリエだが。ふとあることに気づく。

キリエの手を離し立ち上がったヴァサゴが、ネクタイを緩めると紳士的だった顔を血に飢えた獣ような獰猛さに変え、別人のように豹変したいたのである。

 

「そういうなよ。これも立派な処世術だぜ漆黒の狩人殿」

「どの口が言うのやら」

 

馬鹿にしたようなヴァサゴの言葉に、フンッと鼻を鳴らすヴォルフ。

今にも一触即発な雰囲気の両者に、何よりヴァサゴの変化に戸惑うキリエだが。スコールは慣れたといった様子で静観している。

 

「で、ここに来る前に拾い物をしたようだが。何をする気だ貴様?」

「いやなに、ちょっとした余興に役立つと思ってね。最高のPartyのね」

 

問い詰めるような鋭い視線に対して、まるで新しい遊びを見つけた子供のような笑みを浮かべるヴァサゴ。

 

「まあ、お前さんらの邪魔にはならないから安心しな。それじゃこれからよろしくな」

 

背を見せると右手をヒラヒラと振りながらヴァサゴは部屋を出て行くのであった。

 

「な、なんなのあの人」

 

ヴァサゴの掴みどころのない姿に目を点にするキリエ。

 

「放火魔さ」

「放火魔?」

「俺達戦争屋の中でも人を殺すことを何よりの楽しみとし、それが正当化される戦争を起こすためなら文字通りなんでもすることからファイアバグ(放火魔)と呼ばれている。10年前この国でテロが頻発になる原因を作ったのも奴さ」

 

険悪した様子を隠すことなく話すヴォルフ。どうやら以前からの知り合いらしい。

 

「彼とは色々とあってね。犬猿の仲ってやつよ」

「はぁ…」

 

キリエの心境を呼んだのか説明してくれるスコールに、なんと返答したらいいのか困惑してしまうのであった。

 

「にしても、いつも以上に不機嫌ねヴォルフ」

「む?」

 

スコールの発言に怪訝そうに眉を潜めるヴォルフ。

見た限りは普段通りの仏頂面だが、言われてみると機嫌が悪そうな雰囲気をキリエは感じ取れた。感情の起伏が少ないヴォルフにしては珍しいことと言えた。

 

「むぅ…」

 

指摘されて自覚したはいいものの。なぜそうなったのか理解できていなのか、腕を組んで首を傾げているヴォルフ。

 

「いつ頃そうなったかはわかるかしらヴォルフ?」

「そうだな…。あの放火魔がキリエに膝を突いて何か言っている時だな」

「え?」

 

ヴォルフの言葉に思わず間抜けな声が出てしまうキリエ。

つまりヴァサゴがキリエを口説いたことで、ヴォルフは不機嫌になったということになる。

 

「(それってもしかして嫉妬した…?いやいや!こいつがそんなことあるわけないし!)」

 

必死に否定しようと首をブンブンと横に振るキリエ。しかし、自然と心臓が高鳴り嬉しさが込み上げてくるのを自覚してしまう。

 

「ふふ、それを嫉妬って言うのよ」

「嫉妬?なぜ俺が奴に嫉妬せねばならない?というか顔が赤いぞ大丈夫なのかキリエ?」

「だ、大丈夫よこの馬鹿!!」

「なぜ心配したのに罵られなければならないのだ?」

 

下せぬと言いたそうな顔で?マークを浮かべているヴォルフを見ながら、あらあらと我が子の成長を喜んでいるかのように微笑むスコールなのであった。

 

 

 

 

ヴォルフらの挨拶を済ませたヴァサゴは、日本支部の地下空間に設けられた研究室を訪れていた。

室内はガラスで区切られており、入り口側には数人の研究員がおり。それぞれが計器を操作したり、何かの書類を運んだりとせわしなく作業をしていた。

 

「よう。そっちはどうだい須郷さんよ」

 

そんな研究員達を気にせず歩き進んだヴァサゴは、この研究室の長である須郷伸之に話しかけた。

 

「ああ、ちょうどいいところに来たねヴァサゴ君。これから始めるところだ」

 

ヴァサゴの存在に気づいた須郷は歪んだ笑みを浮かべると、ガラスで隔てられた反対側の部屋に視線を向けた。

反対側の部屋には被験者用の椅子が何台か並んでおり。その内の1つにヴァサゴが脱走させた少年――新川恭二が腰掛けていた。彼の手足は金具で固定されており、頭部を覆うような機材が装着されている。

 

「それでは新川君。準備はいいかね?」

『ああ。始めてくれ』

 

須郷がマイクのスイッチを入れて呼びかけると、決意を固めたかのような力強い返事がかえってくる。

そのことに満足した様子で頷いた須郷が指示を出すと、研究員の1人がパネルを操作すると恭二の頭部に装着されている機材が稼動を始める。

 

『ぐ、ぁあ…がぁぁぁああああああああああ!!!』

 

すると、何かに耐えるかのような表情で苦悶の声を上げ始める恭二。

 

「おいおい、大丈夫なのかよ?」

「僕の理論に問題はない。後は彼しだいさ」

 

ヴァサゴが不安そうな様子で須郷に問い掛けるが。それは決して恭二の身を案じてではなく、せっかく手に入れた道具が壊されないか心配してのことであった。

 

「心拍数、脈拍共に異常なし」

「脳波にも異常は見られません」

「よし、次の段階に移れ」

「はい」

 

恭二のバイタルを計測していた研究員の報告に、そうでなくては困るといった様子で指示を出す須郷。

 

『が、うがぁぁぁあああああああああ!!!』

 

指示を受けた研究員がパネルの横に設置されているレバーを操作すると、白目を剥いて絶叫する恭二。

 

「で、こんなんで強くなれんかよ彼?」

「ああ。この僕が考えた『ゲイム・システム』に適合させすれば、彼は今より遥かに強くなれる」

 

ヴァサゴの問いに、迷い無くに答える須郷。よほど自身の研究に自信があるようであった。

 

 

 

 

「あああああああああああああああああ!!!」

 

頭の中をシェイクされ、こねくり回されているかのような不快感が恭二には無意識の内に苦悶の声を上げていた。

それでも後悔はなかった。なぜならこれは自らが望んだことであるから。

 

「ぁ…あさだ、さん」

 

思うは自分のものになる筈だった1人の少女。

 

「あさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださんあさださん」

 

自分と同い年でありながら、人を殺したことのある本当の強さを持った憧れの少女。

だが、彼女は奪われた突然現れた1人の男によって。

 

『彼女は強くなんかない。どこにでもいる普通の女の子さ』

 

そう言って奴は彼女を否定し、騙して奪い去ってしまった。そんなことは許されない、自分こそが彼女を唯一理解することができるのだ。

 

「アサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサンアサダサン」

 

しかし、彼女を取り戻すには力が足りない。悔しいが奴が自分より強いのは認めなければならない。だから須郷伸之の提案に乗ることにした。どのようなリスクを負おうとも、奴を越える力を手にするために。

 

「テンドウイサム――」

 

憎きあの男から彼女を取りもどすためなら、喜んで悪魔とも契約してやろう。

 

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――コロシテヤルゾ、テンドウイサムゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」

 

恭二はひたすらに増悪の炎を燃やし続けた。きたるべき復讐の時に備えて――



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第四十二話

「はぁ…」

 

学園共同食堂にて、立花響はため息をついていた。それ無意識なようで、心ここにあらずといった様子である。

新学期が始まってから一月程が経ち、新入生にとってまだまだ新しい生活に心躍らせている者が多い中。見事に真逆のテンションとなっていた。

 

「ちょっとビッキー。またため息ついてるよ?」

「え?あ、ごめん…」

 

クラスメートで友人である安藤創世(あんどう くりよ)に指摘されると、響は申し訳なさそうに俯いてしまう。ちなみにビッキーとは彼女の響への愛称である。自分の名前が変わっているためか、友人に少々特殊なニックネームを付ける癖があるのだ。

 

「この前天道さんにお呼ばれされてから、元気がありませんわね立花さん」

「まあ。愛しの王子様にこってり絞られたんだから無理もないけどさ」

 

創世と同じく友人である寺島 詩織(てらしま しおり)が心配そうに、板場 弓美(いたば ゆみ)はからかいを混ぜた感じで話しかける。

 

「そ、そんなんじゃないよ!勇さんは私の憧れよ言うか目標と言うか…。とにかく違うから!」

 

弓美の言葉に響はトマトのように顔を真っ赤にして慌てて否定するも。弓美は、はいはいと反応を楽しんでいた。

 

「怒られて当然よ。あんな無茶をしたんだから、私としてはあれでも優しいくらいだと思うわ」

「うぅ~未来ぅ~」

 

容赦ない親友の言葉に涙目になりながらがっくりとうなだれる響。

先月リディアン音楽院を襲撃してきたエレメリアンの標的とされた未来を守るため、その身を挺した響だが。勇にただの自己犠牲で自己満足だと断じられ、自分のような生き方を真似るなと突き放されたのである。

彼を目標にしていた響にとって、それは己の存在を否定されたも同然のことであった。

以降、持ち前の明るさは鳴りを潜めてしまい。やたらため息が漏れるようになり、授業中でも上の空で先生に注意されることが頻回となっていたのである。

未来としても心配ではあるが。これを機に響が無鉄砲な生き方を改めてほしいというのが本音である。

 

「私としては憧れる気持ちはわかるなぁ。アニメに出てくるヒーローみたいでカッコいいし」

 

直接話したことはないが。エレメリアンが翼に倒された後に現れたインスペクターを、迎撃する勇を少しだけ見た弓美は自分なりの感想を述べる。彼女はヒーローもののアニメが好きであり、そのことも影響してテイルレッドのファンだったりする。

 

「ん~でもなんていうか近寄りがたい雰囲気だよね。あたしらとは住んでいる世界が違う感じがして」

「そうですわね。どこか寂しそうな印象を受けますわ」

 

弓美と同じように面識はないが。時折用務員として働く勇を見かけた際に受けた印象を創世と詩織も述べる。

実際彼女らの言っていることは間違っておらず。幼いころに母を目の前で失い以降自分を鍛えることに邁進し続けた結果、同年代と比較すれば驚異的と言えるだけの身体能力とメンタルを手にすることができた。

その代償として他者からは隔絶した存在として見られるようになり。その性格と見た目によって学生時代は人気こそあったが友人と言える者は少なく、色恋沙汰と言ったこととは縁がなかったのである。

 

「私はあの人の生き方は好きにはなれないな」

「未来…」

「あの人はどんな無茶をしても、必ず生きて帰ってくると言うけど。それでも待っている人は不安になるんだから…」

 

以前戦闘があった際、勇の妹であるユウキと共にシェルターに避難したことがあった。

他の人々が不安を隠しきれない中。彼女はそんな素振りも見せず、周りの空気に当てられ泣き出してしまった幼子を親の代わりにあやしたりしていたのだ。

どうしてそんなに落ち着いていられるのか気になった未来はふと、尋ねるとユウキはこう答えたのだ。

 

『兄ちゃんのことを信じているからね。何があっても兄ちゃんがボク達を守ってくれるってさ。それに父さんもこの島の基地の軍人さんですっごく強いんだよ!』

 

身振り手振りを交えながら笑顔で話すユウキだが、未来には彼女が無理をしているように見えたのだ。

どれだけ相手のことを信じられても、もしものことを考えない人間はいないのだ。一般人である響でさえ無茶をする度に、寿命が縮む思いをすることがあるのだ。今の時代軍人である家族を持つユウキともなれば、それ以上の想いをしている筈である。そして彼女の性格からして、それを誰かに話すこともしていないのだろう。

そう思った未来はユウキと連絡先を交換し合い、時折連絡を取り合うようになった。初めは他愛もない世間話だったが。自分が響の無茶に対する愚痴を聞いてもらっている内に、ユウキも勇に対する愚痴を話すようになり。今では互いの心の内を話合うようになったのである。とはいえそろそろ勇と既成事実でも作るべきかと相談された時は焦ったが…。

ともかく。未来としては、中学で凄惨な虐めを受けていた親友を救ってくれたことは感謝しているが。勇の過度な自己犠牲は、いずれ彼自身を破滅させてしまうのではないかと危惧しているのであった。

 

 

 

 

「は~い皆さん!今日からこのクラスの仲間となる人がいまーす!それではどうぞ!」

「朝田詩乃です。よろしくお願いします」

 

来禅学園二年四組。担任の岡峰珠恵(おかみねたまえ)の紹介で、黒板に丁寧な字で自分の名前を書いた詩乃は、正面に向き直りお辞儀をした。

男子生徒は「また美人キタ!これで勝つる!」や「いや、既に五河の毒牙にかかっている可能性が…」と喜びと不安を織り交ぜたようにざわつき。女子生徒はそんな男子を冷めた目で見つつも、新たな仲間を歓迎しているようであった。

過去の事件以降、排斥的な視線しか向けてこられなかった詩乃にとって。好意的な視線は新鮮でありながらも、多数の人々に注目されることへの不安もあった。

そのためか。ワイワイ騒ぐ生徒の中に見知った顔を見つけた詩乃は、無意識に安堵の息を吐いていた。桐ケ谷直葉――和人の妹で勇の勧めで始めたALOで何度か共に冒険をした友人である。

直葉は「頑張って」と口を動かしながら、両手でガッツポーズするようなジェスチャーでエールを送ってくれている。そのことに頷くことで感謝の意を伝えると、自己紹介を続けるのであった。

 

「はい、ありがとうございます。それじゃ朝田さんの席は殿町君の隣です!」

 

詩乃が自己紹介を終えると。ジャジャーン!という擬音が聞こえてきそうな勢いで、両手でクラスの窓側最後尾にある席を示す珠恵。

言われた通りに席に向かうと、隣の席に座っている殿町と呼ばれていた男子が。爽やかさを演出しようとしているのか、前髪をファサァとかき揚げると、無駄に白い前歯を光らせながらウィンクしてきた。

そのことに困惑しながらも席に着くと。待ってましたと言わんばかりに殿町が話しかけてきた。

 

「初めまして。殿町宏人(とのまちひろと)と申します。あなたのような美しい女性とご一緒できて光栄です。何か分からないことがあれば遠慮なく仰って下さい、僕でよければお力になりますので。あ、よければ放課後に校舎のご案内をしましょうか?」

 

彼なりに下心を隠しているつもりなのだろうが。過去の経験から人の感情に機敏になっている詩乃には嫌という程丸見えであった。いや、詩乃でなくてもバレバレであるのだが。とりあえず悪意はないことは理解できた。はっきり言って気持ち悪いのであるが。

 

「ありがとう。でも、他にお願いしてある人がいるから。ごめんなさい」

「なん…だと…。まさか、五河か!?五河なのか!おのれ五河ァ!やっぱりお前は死ねェェェェエエエエ!!!」

「なんでだよ!?!?」

 

直葉と同じクラスになることは事前に勇太郎から聞かれていたし。それならと直葉から校舎を案内してくれると申し出てくれていたので、やんわりと断ると。なぜか殿町が何席か前に男子生徒に掴みかかっていた。

 

「テメェ鳶一さんと夜刀神さんだけじゃ飽き足らず。彼女までその毒牙にかけたかァァアア!!」

「知らねぇよ!?冤罪、冤罪だから!」

「そう彼は私の恋人。もう浮気はしないと誓ってくれた」

「む、鳶一折紙!シドーの独り占めはさせんぞ!」

 

男子生徒が必死に弁明していると、両隣の女子生徒が言い合いを始めてしまった。

 

「あの~。まだHR中なんですけどぉ…」

 

詩乃が予想外の事態に面食らっていると。担任の珠恵が泣きそうになっていた。

 

 

 

 

「ふぅ…」

「お疲れ様です。詩乃さん」

 

校舎周りに設置されているベンチに腰掛けた詩乃が、自販機で買った飲み物を手にしながら一息つき。同じく飲み物を手にし隣に腰掛けている直葉が労いの言葉をかける。

あの後、休憩時間毎にクラスメートから質問攻めに合ったのだが。お世辞にも、他者とのコミュニケーションが得意とは言えないため四苦八苦するも。時折直葉がフォローしてくれたため乗り切ることができたのである。

 

「どうですか?この学園は」

「そうね。前の所より、何というか勢いがあるわね」

「ええ。ここに通う人達って皆で騒ぐのが好きなんで退屈しないんですよ」

 

学生の自主性を重んじる学園の方針もあるのか、他の学校と比べると基本的に学生のノリがいいのが特徴であり。普通なら許可されないであろう部活やサークルも多く、一度火が付くと学園全体で盛り上がることも珍しくはないのだ。最近ではテイルレッドブームがいい例であろう。

詩乃がついこないだまで通っていた高校でも、テイルレッドブームの影響はあったが。あくまで極一部の生徒だけであって、生徒会、果ては学園が主導となってブームを盛り上げるようなことは考えられなかった。

 

「(勇もそんなこと言っていたわね)」

 

転校が決まってから来禅について聞いてみると「一度火が付くととことん燃え上がる学校かな。俺が女装部に嵌められて暫く女装した時なんか…。ごめん、何でもない忘れて」と死んだ目で話していたのを思い出す。

 

「それは楽しみね」

「はい!一緒に楽しみましょう!」

 

これからのことに期待を膨らませる詩乃と、花が咲いたような笑顔を浮かべる直葉であった。

 

 

 

 

放課後の時刻。来禅学園大学部の校舎周りに設置されているベンチに俺は腰掛けていた。

 

「元気そうだな勇」

「そっちもね恭也」

 

隣に腰掛けているのは親友である高町恭也。互いの父親が親友同士であり、その縁から知り合い10年以上の付き合いがある。

今年から大学部に進学しており。互いに新しい環境での生活が始まったこともあったため、合う余裕がなかったがようやく時間が取れたので顔を合わせることにしたのだ。

 

「相変わらず無茶をしているようだな」

「あ~やっぱ分かっちゃう?」

「そんなに左腕を庇う動きをされれば嫌でも分かる」

 

プリンセスとの激闘から一ヶ月近くが経ち、ちぎれる寸前だった左腕も完治したが。それまで気にして動いていた癖が抜けていないんだよな。それを見抜くとはさすがである。

ちなみに言うと恭也は『小太刀二刀御神流』という流派の剣術の使い手であり。何度か手合わせしてるけど、勝ったり負けたりをずっと繰り返してるんだよな。

 

「言って聞く奴ではないのは重々承知しているが。程々にしておけよ。お前に何かあるとなのはが悲しむからな」

「そうしたいんだけどねぇ…」

 

俺もできれば危険なことはしたくないんだけど。状況が状況なだけにそうも言ってられないんだよな…。ほんと心配してくれる人には申し訳ない。

なのはと言うのは来禅の小等部に通っている恭弥の3人兄妹の末妹である。もう1人の妹は、竜胆寺女学院というこのブルーアイランドにある名門高校に通っている。

恭也の父親は昔はボディーガードとして世界中を飛び回っており。その際テロによって、瀕死の重傷を負ってしまい看病や実家で経営している喫茶店の切り盛りのため、当時幼いなのはの面倒を見切れない状況となってしまったのだ。

そこで父さんの提案で、なのはを家で一時的に預かり共に過ごした時期があるのだ。そのため俺にとっては妹同然の存在であり、彼女も俺をもう一人兄のように慕ってくれているのだ。

 

「てか、最近そのなのはを見かけないんだけど。どうかしたの?」

「ああ。お前には知らせていなかったが。なのはは管理局の要請で別世界に行っているぞ。テスタロッサや八神家の人達もな」

「え、マジで?いつからよ?」

「今年の2月頃からだ」

 

恭也から告げられた内容に驚愕してしまう。

そう。なのはは去年の夏頃に異世界から来訪した少年と出会ったことで魔導士となり、ロストロギアを巡る事件に巻き込まれ。その際知り合った管理局の勧誘を受けて協力者となったのである。

また。関わった事件で出会った同年代の魔導師の少女達や、その家族と一緒に活動しているのだ。

 

ロストロギア―

過去に何らかの要因で消失した世界、ないしは滅んだ古代文明で造られた遺産の総称。多くは現存技術では到達出来ていない超高度な技術で造られた物で、使い方次第では世界はおろか全次元を崩壊させかねないほど危険な物もあり、これらを確保・管理することが「時空管理局」の任務の一つである。

 

俺がそのことを知ったのは、年越し前に本人から告げられてからであった。俺自身はなのはが危険なことに巻き込まれるのには賛成しかねたが。最終的に恭也ら家族が本人の意思を尊重して認めたので、俺も応援することに決めたのだった。

 

「なのはがお前が立て込んでるから知らせない方がいいだろうと言ってな。だから黙っていたすまん」

「あいつめ。余計な気を使いおって…」

 

小学生のくせにやたら周りのことを気にかけるからなぁなのはは。大人び過ぎて、なんでも1人で解決しようとして抱え込むから困った奴だ。

え?俺に似てるって?ああ。そうだよ、俺に似やがったよチクショウが!あいつも響と同じく俺に影響を受けちまったんだよガッデム!

 

「まあ、それは仕方ないとして。なのはに要請が来るって相当不味いことでもあったの?」

 

なのはは魔導師として破格の適正を持っているそうだが、あくまで民間人である彼女に頼らねばならない程の事態となると碌なことではないだろう。

 

「なんでもアルティメギルに侵略されている世界を管理局が救援したいが、どうしても戦力が足りないらしい。そこでなのは達の力を借りたいそうだ」

「管理局も余裕がない訳か…」

 

インスペクターとアルティメギルといった脅威に対して、人類側は管理局を中心として抵抗しているが。長きに渡る戦いで消耗が激しく戦力不足に陥ってらしい。

そのため素質と本人の意思さえあれば、民間人でも積極的に戦力に加えていくのが現在の管理局の方針だそうだ。

 

「にしてもアルティメギルが相手かぁ…」

「まあ、心配しなくても大丈夫だろう。あの子は強い子だからな」

「そうなんだけど。アルティメギルは色々とアレなんだよなぁ…」

 

あいつら戦闘力以前に行動が衝撃的なところが多いからな。肉体よりも精神的なダメージで戦えなくなる人が多いって話らしいし。

とはいえ。なのはは一度決めたら最後まで貫き通す心の強さを持っている。アルティメギルが相手でも大丈夫な筈、多分、うん、きっと…。

 

「お~い。恭也~」

 

自分に言い聞かせていると。恭也のことを呼びながら同年代の女性がこちらに小走りで向かって来ていた。

 

 

「む、忍。どうかしたのか?」

「とくにはないんだけど。ただ会いたかったからなんだけど、迷惑だった?」

「いや、そんなことはない」

 

周囲のことなどお構いなしと言わんばかりに、少女漫画顔負けのやり取りをしているのは月村忍。一言でいうとすれば恭也の恋人である。

高校時代に知り合い紆余曲折あって結ばれ、実に仲がよろしい。俺が砂糖を吐くくらいには。

 

「勇も久しぶり。元気そうね」

「そっちもお変わりないようで安心したよ」

 

彼女とは高校に入ってから知り合い、3年間3人共同じクラスだったので、学校にいる時は一緒に行動していることが多かった。他のクラスメートと違い、俺のことを特別視しないで接してくれたので貴重な友人である。

 

「それはそうと。最近すずかと会ってないでしょ?寂しがってるわよあの子」

「あ~やっぱり?」

 

すずかとは忍の妹でありなのはの親友の1人である。彼女らが仲良くなったのが、俺達が知り合ったきっかけでもあるのだ。

ちなみに言うと忍の実家は日本有数の資産家であり。そのため妹のすずか共々命を狙われることも少なくなく、一度すずかが誘拐される事件が起きた。その現場をたまたま出くわした俺が助け出して解決したんだが。それ以来すずかは俺に懐くようになった訳だ。

 

「最近は時間に余裕もできてきたし。今度会いにいくよ」

 

今の生活にも慣れてきたし。一夏の方も、最近はオルコットが傍にいてくれるようになって安心できるようになったからな。まあ、おかげで箒と修羅場るようになったけど。俺はそこまであの朴念仁の面倒は見切れん。

 

「そうしてあげて、すっごく喜ぶから。なんならデートに誘ってもいいわよ」

「なんでやねん」

 

いや、意味は分かるよ。でも、10歳近く歳離れた小学生相手にそれはね、世間の目がね、不味いでしょう。

 

「妹にも手を出しているスケコマシが何を今更…」

「はっはっはっはっ!よーし恭也、久々に手合わせしようや!」

 

呆れた顔で心を読んで名誉棄損してくる親友の胸倉を笑顔で掴む。

こちらとら好きでやってる訳じゃねぇんだよ。結果的にそうなってしまうだけなんだよ。冗談でもそういうことを言うんじゃねぇよ、おう。

 

「別に冗談ではないのだが?」

「よ~し。今日はとことん殴っちゃうぞぉ!」

 

今日は血の雨が降るぜヒャッハー!

 

「恭也。あんまり勇をからかうと止めるのが大変なんだけど?」

「どうにも楽しくてな。すまん忍」

 

連続で拳を打ち出すがひらひらと躱されてしまう。チィッやはり回避に徹せられると当たらんな!

 

「あらあら。いつも仲良しね天道君達は」

 

本気を出そうとした矢先。聞き覚えのある声がしたのでじゃれ合いを止めてそちらを向く。

 

「どうも恋香さん。お久しぶりです」

 

声をかけてきたのは津辺恋香さん。現在大学部2年生で高校時代の先輩であり、そしてあのバーサーカツインテールこと、津辺愛香の姉でもある。

容姿抜群で性格も家庭的で面倒見もよく。誰からも慕われる尊敬できる人である。

 

「久しぶりね。いつも愛香がお世話になってるわね」

「お世話と言うかあいつが勝手に絡んでくると言いますか…」

 

やたらタフだから相手にするの疲れるんですよ。

 

「口ではああ言っているけど。同い年の子だと張り合える相手がいないから、あなたのことを頼っちゃうのよ」

 

でしょうね。素手で熊を殴り倒せる人間なんてそうそういませんから。

まあ、俺は恭也がいたから相手には困らなかったが。津辺はそこら辺が恵まれていないからな。だから適度に相手してやってる訳なんだが。

 

「お前も口では何だかんだ言っても彼女の面倒を見ているよな」

「いやぁ。どうにも放っておけないんだよ。何をやらかすか分からん的な意味で」

 

恭也の言葉に苦い顔をしながら頭を掻く。

あいつを放っておくと、取り返しのつかないことになりそうなんだよね。テイルブルーのような存在になりかねん。

この一月間にもアルティメギルの侵攻は続き。何度かエレメリアンが現れるも。俺達遊撃隊と、ツインテイルズによって全て撃破されている。

その際、ブルーの戦いを見てきたが。慈悲という言葉を母親の腹に置いてきたかのような、余りにも容赦が無さすぎる戦い方に。アミタなんかひどい、とエレメリアンに同情していしまう程である。

そのため世間ではテイルブルー=野獣と言う図式が出来上がり、メディアではレッドの特集が毎日のように組まれているのに、ブルーは数秒でも画面に映ればいい感じになってしまっている。

フォクスギルディの件はあるが。流石に見ていられないので、もう少し戦い方を見直すべきだと忠告するも。敵につけ入れられる隙を与えるだけだと、一向に聞き入れてもらうえない。あの頑固さは津辺といい勝負をするであろう。

 

「ん?」

 

そんなことを考えていると。ポツっと鼻先に冷たい物が触れる感触がした。

 

「あ、雨だ」

「あらあら」

 

空を見上げながらポツポツと降り出した雨を両手のひらで受け止めて確認する忍と、困った様子で片手を頬に添える恋香さん。恐らく干していた洗濯物を心配しているのだろう。かく言う俺もそうなのだが。

雨は勢いを増していき。俺達は慌てて近くの校舎に避難する。

 

「予報だと雨は降らないって言ってたんだけどね。最近外れること多くない?」

「確かにそうだな」

 

忍が天気予報に愚痴り、それに恭也も同意する。確かにここ最近雨が突然降りだすことが多くなっているな。

 

「お洗濯ものが…」

「全滅ですな。これは…」

 

家でおきている惨劇にしょんぼりとする恋香さんと俺。恋香さんの家は両親が海外出張のため、姉妹ふたり暮らし状態であり、家事は専ら恋香さんが担当しているのだ。そのため俺とよく家事について話したりもする。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――

 

「ッ!警報!?」

 

しかも空間震となると精霊か!

 

「恭也、忍と恋香さんを連れて避難してくれ!俺は仕事の時間だ!」

「分かった気をつけろよ!」

「おう!」

 

恭也の言葉に右手の親指を立てて応えると、現場に向かうために駆け出すのであった。



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第四十三話

天宮市市街地にある高層ビルの屋上にて、少女れいと彼女の肩に止まっているカラスが警報が鳴り響く街を見下ろしていた。

 

『いいですかれい。優先すべきはイレギュラーの排除です。精霊の捕獲はその後とします』

 

れいにそう指示するカラスだが。今まで見せていた余裕はなく、どこか焦りを滲ませていた

 

「わかってる」

 

そう答えつつ一月程前のことをれいは思い出していた。

 

 

 

 

拠点としている天宮市市街地にあるアパートの一室にて、カラスが床に立ちながら恭しくこうべを垂れており、その斜め後ろにれいが控えるように跪いていた。

彼女らの前には端末と見られる機器がおかれており、そこから空中投影されている映像には『SOUND ONLY』とだけ表示されていた。

 

『なるほど。そちらの状況は理解した。すぐに増援を送ろうSA508』

 

端末から聞こえてくるのは、若さを感じるがそれでも威厳を感じさせる男の声であった。

 

『はは。ありがとうございますウェンドロ様』

 

その声の主に対して、下げていた頭を床に着かんばかりに下げるカラス。その姿に普段見せている尊大さはなく、まるで借りてきた猫のようであった。

今話しているのは彼女らの上位に位置する存在であり。れいにとっては命の恩人といえる者である。

前回のプリンセス捕獲を試みるも失敗に終わり。与えられた戦力の大半を失ってしまったので、報告も兼ねて戦力の補充を願い出ることとなったのである。

見下していた世界の者達に苦戦を強いられ、あまつさえ救援をこう事態となったのはカラスにとって屈辱の極みなのだろう。

感情的になる人間を馬鹿にしているが、れいからしてみると彼女も大差ないようにしか見えないのが本音であった。

 

『間もなく今僕が担当している世界の『浄化』が完了する。それが済み次第そちらに向かう。それまでデータ収集を継続するんだSA508』

『承知しました』

 

ウェンドロと呼ばれる者の言葉にへりくだって答えるカラス。

 

「ウェンドロ様」

『なんだいれい?』

 

今まで沈黙を保っていたれいが跪いたまま口を開く。

 

「どうか私にも出撃の許可を」

『れい!?あなたごときがウェンドロ様に意見しようなど、身の程を知りなさい!』

『構わないよSA508』

 

カラスがれいを窘めようとするが、ウェンドロと呼ばれる者は気にした様子もなくカラスを制した。

 

『元々君をその世界に送ったのはこういった事態に備えてだからね。いいだろう許可しようれい』

「ありがとうございますウェンドロ様」

『君の活躍に期待するよ。ではね』

 

その言葉を最後にモニターが消え部屋に静寂が訪れる。

跪いたまま何か覚悟を決めている様子のれいを、カラスは忌々しそうに睨みつけていた。

 

 

 

 

響は天宮市内市街地を慌てた様子で駆けていた。

今日はツヴァイウィングの新作CDの発売日なのだが。今日が期限の課題に手間取り未来の手助けでどうにか終わらせるも、既に日は沈み始めていた。

ツヴァイウィングは誘宵美九と並ぶ日本を代表する歌手であり。新曲が出る度に、日本中の店舗でCDが即日完売が多発することからもその人気ぶりがうかがえるだろう。

ツヴァイウィングのファンである響は、今日の発売日を心待ちにしていたのだが。時間から考えてもの近場の販売店は既に売り切れとなっている可能性が高い、それでも僅かな希望を胸に全力疾走していた。

 

 

 

 

ポツッ

 

 

 

 

「あれ?」

 

鼻先に触れた感触に思わず足を止める響。

空を見上げるとポツポツ雨が降り始めており、その勢いは徐々に増していた。

 

「ふぇ~雨だぁ」

 

響は慌てて近くの建物に駆け寄り雨を凌ぐ。

 

「も~予報じゃ今日は雨は降らないって言ってたのに~」

 

既に雨は傘なしでは出歩けないまでに降っていた。

予報を信じて傘を持ってきていないため、響は選べる選択肢は雨が止むまで待つか、濡れるの覚悟で販売店に向かうかの2つであった。

レコードは欲しい。でも、このまま買いに言けば制服がずぶ濡れとなってしまう。そうなれば色々と面倒だが、そういったことは寮のルームメイトである未来がやってくれたりする。最も長々とした小言がついてくるが…。

 

「(今日は諦めようかなぁ。ん~でも、それだと次の入荷待ちになるだろうし…)

 

腕を組んでムムムと唸る響。明日になれば入荷待ちは必然。それまで待てる自信が彼女にはなかった。

 

「よし、行こう!」

 

未来には申し訳ないが、これも祝福の時間を手にするためなのだ。代わりに今度何か奢ってあげれば問題なかろうと決断を下す。

 

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――

 

 

 

 

「嘘、空間震警報!?」

 

さあ、行くぞと駆けだそうとした瞬間。耳をつんざくように街中に響き渡る警報に、思わずつんのめる響。

 

『空間震が発生します。市民の皆さんは係員の指示に従い、落ち着いて近くのシェルターへ避難して下さい。繰り返します――』

 

道路建てられているスピーカーからアナウンスが流れ出し、周りにいた人々が慌てた様子で避難を始める。

せっかくの発売日だったのにと残念に思いながら、自分も避難しようとすると再び足が止まった。

 

「おかぁさぁぁぁああああん!!」

 

避難する人々の喧騒の中、1人の少女が立ち止まって泣いていたのだ。どうやた避難のどさくさで母親とはぐれてしまったらしい。

他の人々が気にしている余裕もなく避難していくのを尻目に、響はその少女へと駆け寄る。

 

「あなたお母さんとはぐれちゃったの?」

「グスッ、うん…」

 

話しかけると少女は涙を堪えながら頷く。そんな少女に響はしゃがみ込んで目線を合わせると、その右手を取り落ち着かせるように笑顔を向ける。

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃんがお母さんに合わせてあげるからね」

「本当?」

「うん!さあ、こっちだよ」

 

響は少女の手を引き、近くのシェルターへ向かって駆けだす。すると、街の一角が眩い閃光に包まれて大気が震え、その衝撃が襲い掛かる。

 

「……!!」

 

授業にて映像だけで見たことのある空間震によるものだと理解するや否や、響は少女を抱きしめて座り込む。

衝撃が壁としている背中に叩きつけられるが、発生地点が遠かったため衝撃は弱くすぐに収まった。周りの建物もひび割れは見られるがすぐに倒壊する危険性は見られなかった。

 

「大丈夫?」

「うん。大丈夫」

 

腕の中の少女の無事を確認するとホッと息を吐く響。だが、その表情が驚愕に染まる。

彼女の周囲の地面から滲み出るようにに現れたのは、人ならざる姿をした不気味に発光する存在――ノイズであった。

人に近い形状の2足歩行型や、球体のような形状をしたタイプといった、無数のノイズが次々と現れ響と少女へとジリジリと迫っていく。

 

「ノ、ノイズ…」

 

ノイズの姿を見た響の脳裏に2年前の悪夢が蘇る。逃げ惑う人々の悲鳴とノイズに襲われた人達の命尽きる間際の悲痛な叫びが、そして自身の――

 

「お姉ちゃん…」

 

少女が不安そうな表情で響を見上げている。響は少女を抱きかかえながら立ち上がると、ノイズから遠ざかるためにジリジリと後ずさる。

しかし、すでにノイズに囲まれており、背後には建物があるため逃げ場はなかった。

詰め寄ってきたノイズが一斉に襲い掛かろうとした時――

 

『チャクラム!』

 

囲んでいたノイズらの背後から飛んできた円盤状の刃物が、次々とノイズを斬り裂いていき。響と少女への道ができる。

そして、その道を1体のPTがホバーで駆け抜けると、響と少女を守るようにノイズへと立ち塞がった。その姿は、以前リディアンがインスペクターに襲撃された際に助けてくれたPTであった。つまり――

 

「勇さん!?」

『退がっていろ!』

 

驚いている響にそう伝えると、勇は纏っているMK-Ⅱの左腕をノイズの群れへと向けた。

 

『おらぁ!!』

 

勇は、左手首に装備されているワイヤーつきのチャクラムを鞭のように操り蹴散らしていく。

繰り出されたチャクラムは先ほどと同じように、次々とノイズを斬り裂き、瞬く間に周辺のノイズは一掃されていった。

 

「助かった…?」

 

周りにノイズがいなくなったことへの安心感から、少女を抱えたままへたり込む響。そんな彼女に勇が歩み寄るのであった。

 

 

 

 

「無事か立花?」

『あ、はい。この子も無事です』

 

そう問いかけると、ぎこちなくだが頷いて抱いている少女見せるようにして答える立花。

精霊の出現に備えていたら、軍の展開していない地点に生体反応があったので飛ばしてきたが。どうやら間に合ったか。二度あることは三度あるか、望まないこと程起きるものらしい。本当に勘弁してもらいたいものである。

 

「近くのシェルターまで連れていく掴まれ」

『わ、わぁ!?』

 

膝を着き左手で立花を少女ごと抱えて立ち上がと、頬を赤くして可愛らしい悲鳴をあげた。

 

『お姉ちゃんお顔真っ赤だよ?』

『ふぇ!?そ、そそそそんなことないよ!?』

 

そのことを少女に指摘されると、ますます顔まで赤くなる立花。否定しても説得力はないな。

 

「飛ばすぞ。舌を噛むから口を閉じていろ」

『あ、はい』

 

立花と少女が口を閉じたのを確認すると、2人に負担にならない速度のホバーで移動する。

レーダーに映るノイズの集団を避けながらシェルターを目指す。よし、後少しで――

 

「ッ!!」

『きゃ!?』

 

殺気を感じて横に跳ぶと、突然のことに立花と少女が悲鳴をあげる。

上空から飛来した矢状のエネルギー体が、通過しようとしていた空間を通り過ぎて地面に落ちコンクリートを砕いた。

これは、ノイズの攻撃ではない!

ビームが飛来した方角を見ると。ビルの屋上に、インスペクターのソルジャーに似た機体が立っていた。

紫混じの黒色の機体色に、全体的にスリムな形状で細部に違いが見られる。左手に保持している洋弓状の武装がこちらに向けている。

カスタムタイプか?それに転移なく出現しただと――

 

「ッ!?」

 

MK-Ⅱのセンサーが転移反応を捉え警報を鳴らす。

戦域上空が渦巻くように歪んでいき、そこから見慣れた形状のソルジャーが多数出現していく。

その間にカスタムタイプが、洋弓状の武装の弦を右手で引き絞ると、番えるようにエネルギー状の矢が形成された。

右手を離すと、俺が知る弓矢と同じく、弦が元の形状に戻ろうとする反動を利用するかのごとく矢が放たれる。

立花や少女の負担にならないように意識しながら後ろに跳んで回避すると同時に、前へ放り投げたショットガンに頭部のバルカンを撃つ。

弾弾が弾倉に当たり爆発を起こし、それによって生まれた煙を目隠している間に立花を地面に降ろす。

 

「シェルターまでもうすぐだ!その子を連れて行け!」

『は、はい!』

 

少女を抱えたまま走り出す立花の気配を背中越しに感じながら、腰部両側面のウェポンラックからサーベルを取り出すとビームの刃を展開する。

それと同時に煙を突き抜けてきたカスタムタイプが、左腕の洋弓を変形させたと見られる剣を下段から振り上げてくる。

左手のサーベルで受け流すと同時に、右手のサーベルでカウンターの一閃を振るうも。上体を逸らして避けながらその勢いを利用して蹴りを放ってくる。

後ろ跳んで回避するのに合わせて、カスタムタイプの剣の先端が分かれそこからビームが撃ち出される。

こちらの動きを読まれたか!咄嗟にザンバーで受け止めその衝撃で機体が僅かだが揺れ、刹那動きを止められる。

その隙を逃してくれることなく、ブースターを吹かして間合いを詰め剣を振るってくるカスタムタイプ。

 

「チィ!!」

 

回避も防御も間に合わないので、俺が選んだのは前進。右肩を突き出しながら、こちらからも間合いを詰めた。

これによって間合いを狂わされたカスタムタイプの反応が遅れる。その胴体にタックルをぶちかまし怯ませると、右手のサーベルを横一閃に振り抜く。

だが、スラスターを吹かして後退されたので左脇腹を掠めただけに終わった。この動きは――

 

「こいつの動き、ただのAIではないな」

 

カスタムされているとはいえ、今まで戦ってきたソルジャーの動きとは別物だ。そう、まるで人間を相手にしているかのようだ。

 

「となると、インスペクターの上位個体なのか?」

 

指揮官クラスのAIは人間と同様の思考プロセスを持つと言う。だが、目の前のこいつからは人と同じ意思の強さを感じられた。

 

「どうなっている?お前はいったい…」

 

バルカンで牽制しつつチャクラムを発射し、相手の視界の外から襲い掛かるように操作する。

カスタムタイプがサイドステップで躱したところに、チャクラムのワイヤーを掴んで引っ張り上げる。そうすることで、チャクラムの軌道をカスタムタイプの顔面を強襲するように変える。

それに対して、上半身を後ろに逸らしながら、全身のスラスターを駆使しバク転することで回避したカスタムタイプ。そこから素早く体制を立て直すと剣の先端からビームを撃ってきた。反応が早い、対応できん!

 

「チィッ!」

 

ビームが右肩に当たり装甲が吹き飛び、その熱が肉体を焼く。それにより動きを止められた隙に、接近してきたカスタムタイプが剣を振り下ろしてきた。

咄嗟にスラスターを吹かして後退したことで、胴体の装甲が斬り裂かれただけで済んだ。

追撃で振り上げられた剣をサーベルを交差させて受け止めるも、力負けして弾き飛ばされる。こいつまだ出力が上がるのか!?

態勢を立て直して着地するのと同時に、接近してきたカスタムタイプに蹴り飛ばされ、背中から地面に叩きつけられてしまう。

追撃で顔面目がけて突き立てられた逆手持ちの剣を転がって避けると、バルカンを撃ち被弾して怯んだ隙にスラスターを駆使して起き上がる。

 

「うおらぁ!!」

 

踏み込むと同時に右手のサーベルを横薙ぎに振るうも、それよりも先に振るわれた剣によって払い落される。

押されている!?性能差だけじゃない。奴のから感じられる執念、意思の力も後押ししているのか!

 

「だったら、気持ちだけでも負けるかよぉ!!」

 

気合を入れると同時に左手のサーベルを右手に持ち替え、ザンバーを展開してブースターを吹かしながら斬り込む。

サーベルを振るうと、同じく斬り込んできたカスタムタイプの剣と斬り結んでから、互いに一旦距離を取ってから再度接近して斬り合う。

数合打ち合い、サーベルで剣をかち上げると胴体目がけてザンバーを振るった。だが、ビームの刃が当たる前に、カスタムタイプが放った膝蹴りによって、左腕を装甲ごと砕かれてしまった。ひしゃげたフレームが生身の腕を押し潰し、砕けた破片が突き刺さる。

 

「ッ!」

 

やはり反応が早い!左腕から流れる痛みを無視して体制を立て直そうとするも、カスタムタイプが放った回し蹴りが側頭部を直撃した。

 

「がッ!?」

 

衝撃によって吹き飛び近くの建物へと激突してめり込んでしまう。脳が揺さぶられて視界がぼやけてしまい、体を動かすことができなくなっていた。

その間にもカスタムタイプは、警戒しながらゆっくりと歩み寄っていた。

対応しようにも指先一つ満足に動かすことができない。機体もそして何より、俺自身のダメージが大き過ぎたらしい。遂に目の前まで接近したカスタムタイプが剣を振り上げた。

 

『消えろイレギュラー』

 

女性、それも少女に聞こえる声がカスタムタイプから聞こえてきた。その声には憎しみが込められていたが、どこか悲しんでいるようにも俺には聞こえた。

そして剣が振るわれ――

 

 

 

 

―――♪―――♪―――♪

 

 

 

 

ようとした瞬間どこからか歌声が鼓膜を揺らした。

 

『歌、だと!?』

 

カスタムタイプにも聞こえたようで。困惑したように、剣を振るおうとしていた手を止めて辺りを見回している。

すると衝撃が地面を揺らし、無数のノイズが空高く弾け飛び、1つの人影が空高く舞い上がっているのが視界に映った。

 

「立、花?」

 

その影の姿を鮮明に捉えると俺は言葉を失っていた。

なぜなら、少女を抱えて舞い上がっていたのは、風鳴のと酷似したスーツの上にプロテクターを纏った立花であったのだ。




先週になのはの映画見てきました。
アニメで動くフローリアン姉妹とマテリアルズを見れて嬉しかったです。
特にフェイトとリンディの親子の絆が一番良かったと個人的には思いますし、続きが気になる大変満足のいく内容でした。

それと、話は変わりますが本作の主人公部隊である『独立混成遊撃部隊』の正式名称なんですが。ぶっちゃけると未だに決まっていないんですよね…。
正直私のネーミングセンスは壊滅的なので、読書の皆様の意見を頂ければ幸いです。
活動報告に項目を設けますので、そちらかメッセージで直接送ってもらっても問題ないです。決まりは特にないので、お気軽にお寄せ下さいませ。


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第四十四話

勇と別れた響は少女を抱えてシェルターを目指して、銃声や爆発音が断続的に響き渡る市街地を駆けていた。

避難勧告が出る前から全力疾走していたこともあり、だいぶ前から足が悲鳴を上げているが。命がけで逃がしてくれた勇のためにも、響は速度を緩めることなく足を動かした。

 

「見えた…!」

 

道路に信号と共に設置されている電光掲示板を視界に捉えると。曲がり角から少し先にシェルターへの入り口が存在することが表示されており、思わず安堵の声が漏れる。

あと一息だと自らに言い聞かせ角を曲がると、その希望は目の前に広がる異形の集団によって打ち砕かれた。

ノイズの群れが目的地までの道を埋め尽くしており、響達の存在に気が付いた1体が振り向くと他の個体も次々と振り向いていく。

 

「嘘ッ…!」

 

こちらへと向かってくる災厄に、希望は絶望に変わり周囲の風景が『あの日』のものと重なる。

呼吸ができなくなり膝が折れそうになったとき、腕の中にある温もりが手に触れた。

 

「お姉ちゃん…」

 

響が抱いている少女が不安を隠せない瞳で見つめてくる。この子も『あの日』の自分と同じ――いや、それ以上の恐怖を抱いているだろう。ここで自分が諦めてしまったら、この幼い(未来)まで失われてしまう。

 

「(それだけは駄目だ!)」

 

何があっても離さないように少女を抱きしめ直すと周囲を見回す響。その体に既に震えはなく、瞳には諦めの色は消えていた。

一番に助けに来てほしい人はもう来てくれない、今も自分達のために必死に戦ってくれている。彼のためにも諦めるわけにはいかないのだ。

とは言え響にできることは、助けが来るまでただ逃げることだけである。ノイズの群れに背を向けると全力で駆けだす。

それをノイズの群れは追いかけていく。幸いと速度はそれ程差はなく、瞬く間に追いつかれることはないが。徐々に差を詰められており、また響の体力がとうに限界を超えていたため、いつまでの逃げ続けることは不可能だった。

 

「それでも諦めない!」

 

『あの日』自分を助けてくれた女性と、その後の暗闇から自分を光へと引き上げてくれた想い人の言葉と共に。前へ前へと駆ける。

だが、そんな響の想いとは裏腹に進行方向からもノイズの群れが姿を現す。

 

「――ッ!!」

 

足を止めて逃げ道を探すも。今いるのは一本道であり、前と後ろからノイズの群れが迫ってきていたため、どこにも逃げ場はない。

 

「(諦めない、諦めるもんか!)」

 

生きることを諦めるのは死ぬことと同義だ。自分はまだ生きているだから諦めてはいけないと言い聞かせる。

 

「私は絶対、諦めない!!」

 

 

 

 

――♪――♪――♪

 

 

 

 

「え…?」

 

不意にどこからか歌が聞こえてきた。いや、違う。頭の中へと流れ込んでくるのだ。まるで歌えと語りかけているかのように。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

響が無意識の内にその歌を口ずさむと、心臓部から光が漏れ出し、輝きを増していくと天高く伸びていく。

光が収まると響の体に変化が起きる。心臓を中心に自分の体が変化していく感覚に蹲る。すると彼女の背中から機械のパーツのような物がせり出していき、変形しながらその身を包んでいく。

変化が収まると、響の姿は翼が纏っているシンフォギアと酷似したものへと変わっていたのだった。

 

「え?え?な、何!?!?!?」

 

自身の変化に理解が追いつかず困惑してしまう響。

 

「わぁ。お姉ちゃんかっこいい!」

 

そんな響をよそに、腕の中の少女は目を輝かせていた。

 

「そ、そうかな?」

 

少女の反応によって幾分落ち着きを取り戻す響。そうこうしている内に、彼女らを囲んでいるノイズの群れの数体が襲い掛かってきた。

 

「ッ!!」

 

反射的に右手を握り締めて迫るノイズの1体を殴ると、ノイズが軽々と吹き飛び他の個体を巻き込んで灰のようになって崩れた。

 

「私が、やったの?」

 

ノイズを殴った右手を見つめながら呟く響。人間がノイズに触れれば炭素化して死んでしまうのだが、右手を開いたり閉じたりするもは何ともない。

何がどうなっているか分からないが、今の自分には誰かを守れる力があるのだと感じることができた。

 

「よし、しっかり掴まってね!」

「うん!」

 

少女がしがみついたのを確認すると、次々と襲い掛かってくるノイズを殴り倒していく。

 

「やぁぁぁあああああああ!!!」

 

拳を握り締めて跳躍しながら1体のノイズを、アッパーでかち上げるながら跳躍すると、その衝撃で周りのノイズも空高く舞い上がった。

軽く跳んだつもりであったが、予想以上に身体能力が強化されていたため、周囲の建物が見下ろせる程の高さまで跳び上がってしまう。

その際、無意識に勇がいるであろう方角に視線を向けると。傷だらけとなって建物にめり込んでいる勇へと、歩み寄っているインスペクターの機体が視界に飛び込んできた。

その瞬間、胸を締め付けられるような焦燥感と怒りがこみ上げ、今すぐにでも助けにいきたいと思うも。少女を抱えている少女の安全を守らねばならないジレンマに苛まれる。

 

「あ!」

 

そんな折。こちらへと向かって来ているPTの小隊を見つけた響は、そちら向かって降下していった。

 

 

 

 

天城みずは率いるゴースト中隊所属第2PT小隊は、勇からの連絡を受けた勇太郎の指示によって彼の援護に向かうために派遣されていた。

そんな中、目的地付近で未知のエネルギーが発生し。2年前に失われた筈のシンフォギアシステム『ガングニール』の反応が確認されたと機動部二課より報告を受ける。

 

『一体何が?』

 

現場の状況が不明な状況は、生死に直結する戦場に身を置く兵士に極度の緊張を強いる。熟練兵であるみずはも例外ではなく、右手に保持しているマシンガンを無意識に強く握りしめる。

勇の身を案じ今すぐにでも駆け付けたいが。その思いとは裏腹に、既に機体の限界まで速度を上げているため、これ以上急ぐことができないことに歯がゆさを感じていると。不意にアラートが鳴り響く。

レーダーが上空からこちらに向かってくる未確認の反応を検知したのだ。慌てて機体を停止させながら視線を上空へと向けると、1つの人影が自分達目がけて落下してきており。その人影が着地すると衝撃でコンクリートが砕け破片が舞い散った。

 

『ッ!』

 

咄嗟にマシンガンを人影へと向けると、背後の部下達もそれに続く。

だが、目の前の人影をよく見てみると。顔立ちは年半ばの少女であり、身に纏っているのは資料で見たことのあるシンフォギアシステム『ガングニール』に酷似していた。さらに腕にはその少女より年下の少女が抱かれていたこともあり、部下共々思わず構えていた銃口を下げてしまった。

 

「あの!」

 

当の少女は慌てた様子でこちらへと駆け寄ると、抱えていた少女を地面に降ろした。

 

「すいません!この子をお願いします!」

『えっ!ちょ、ちょっと待ちなさい!!』

 

ペコリと頭を下げると、少女はみずはの静止が聞こえていないのか。背を向けて駆けだすと、驚異的な脚力で跳び上がると建物の屋上を飛び移りながら去っていく。

慌てて追いかけようとするも、あっという間に姿が見えなくなってしまうのであった。

 

「おねーちゃん、ありがと~!!」

 

突然過ぎる事態にポカンとしてしまうみずは達をよそに、預けられた少女の元気な声が響いていた。

 

 

 

 

『あれは!?』

 

姿の変わった立花を見たカスタムタイプが動揺している間に、バルカンを奴の頭部目がけて放つ。

 

『ッ!』

 

左腕を盾にして防がれるが視界を塞いだ隙に、腹部に蹴りを入れて強引に距離を取り態勢を整える。

先程見た光景が気になるが、この場をきりぬけないと確かめようもない。

とはいえ、武装がバルカンしかない以上徒手でやるしかないか。

徒手用の構えを取ると、容赦なくカスタムタイプが剣で斬りかかってきた。

 

「ハッ!」

 

剣が振り下ろされるのと同時に踏み込み、剣を持つ手を左手の掌底で自分に引き寄せるように弾き。右手を弓を引くように引き絞り、前のめりとなったカスタムタイプの腹部目がけて掌底を打ち込む。

 

『グッ!?』

 

相手の攻撃する際の勢いも利用して倍増した衝撃が、装甲越しに内部に伝播し苦悶の声を上げ、数歩後ずさるカスタムタイプ。この感触、やはりこいつの中身は――

 

「お前は、人間なのか?」

『!?』

 

俺の問いに先程以上の動揺を見せるカスタムタイプ。

 

「お前が人間ならば、なぜインスペクターに協力するのだ?」

『黙れ、イレギュラー!』

 

カスタムタイプは、俺への問いに答えることなく激昂した様子で再度斬りかかってくる。

地面を削りながら振り上げられた斬撃をバックステップで避け。振り下ろしに繋げようとしたタイミングを合わせ、右足の蹴りで腕をかち上げると、勢いを殺さず右足を引いてがら空きとなった腹部に蹴りを叩きこみ弾き飛ばす。

仰向けに吹き飛び、背中を地面に擦りつけて火花を散らしながら倒れ込むカスタムタイプ。

 

 

 

 

篠ノ之流武術――

箒の実家が戦国の時代に編み出した技であり、敵を倒すより己を守ることを第一としたものである。

特に武器を用いない徒手術は自分で攻撃するより、相手の攻める力を利用したいわゆる『カウンター』が主体となっている。

いかなる窮地も生き残ることを命題とした、篠ノ之流武術を体現した型と言えるだろう。反面、常に敵に先手を譲ることになるので、敵の攻撃に対して最適な対応をしないと無意味となるのため、扱いが最も難しいが。

これまでの戦闘で相手の『癖』は読み取れたので、対応することには問題ないが――

 

「――ッ!」

 

折れそうになった膝に喝を入れて踏ん張る。一見有利になったようにも映るが、立っているだけで体中に激痛が走るし、脳を激しく揺さぶられたせいで眩暈が酷い。正直、こうして戦えているのが不思議なくらいのコンディションである。

起き上がったカスタムタイプが、深呼吸するかのような動作をすると、剣の切っ先を向けてくる。剣の先端が分かれビームが発射された。

上半身を逸らすと、ビームが顔を真横を通り過ぎた。続けて足へと放たれたビームを横に跳んで避けるも、着地を狙って放たれたビームが右脚を掠め装甲ごと肉体を焼き、痛みでバランスを崩し倒れてしまう。

 

「チィッ!」

 

この戦法は相手が近接戦闘を仕掛けていた場合のみ成立するものである。そして、徒手術にというより篠ノ之流武術そのものに、ビーム兵器に対する技は存在しない。まあ、生まれた時代を考えれば当然なのだが…。

なので、こうして遠距離から攻められると為すすべがない。増援が来るまでもう少し粘れると思ったが、予想以上に相手が冷静だったな。

カスタムタイプが、剣から洋弓に変形させ、ビームの矢を番えながら狙いを定めてくる。さらにチャージ機能があるのか、矢が徐々に大きくなっている。いよいよ、万事休すか…!

矢が放たれようとした瞬間。建物の屋上から飛び降りてきた人影が俺の目の前へと着地した。

 

「わぁ!?」

 

飛び降りてきた人影――先程見た時と同じシンフォギアシステムと類似した姿をした立花が、放たれたビームを両腕を交差させて受け止めた。

怯えを滲ませた声を漏らしながらも、ビームを受けきった立花は、がむしゃらと言った様子でカスタムタイプ目がけて駆けだす。

 

『あぁぁぁあああああああ!!』

 

カスタムタイプは予想外の事態に反応がワンテンポ遅れる。その間に驚異的な脚力で間合いを詰めた立花は、拳を握り締めて引くと力任せに殴りつける。

洋弓を剣に変形させ、両手で水平に構えて拳を受け止めるカスタムタイプだが、力負けして弾け跳び建物へと突っ込んでいった。

 

『勇さん、大丈夫ですか!?』

 

カスタムタイプを殴り飛ばした立花が、慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「立花、なのか?その姿は…」

『それが、その、自分でも何がなんだかわからなくて…』

 

自身でも理解できていないようで困惑した様子の立花。どうやら突発的に起きたことらしい。

そうしている間に、瓦礫を押しのけながらカスタムタイプが起き上がってくる。

それに気がついた立花が慌てて構えるも、隙だらけでとてもではないが見ていられない。

 

「逃げろ立花!お前がどうにかできる相手じゃない!」

『でも、それじゃ勇さんが…!』

「でもも糞もあるか!死ぬぞ!!」

 

頑なに俺の言葉を聞かない立花に、苛立ちを込めて怒鳴る。

素人が逆立ちしても勝てる見込は万に一つも無い。それ程の実力がカスタムタイプにはあるのだ。

 

『それでも、ここで逃げたらこれから先ずっと後悔し続けるんです!だからぁぁぁああああああ!!』

 

気合を入れるように叫びながらカスタムタイプへと駆けだす立花。爆発的とさえ言える加速で接近し、拳を振るうも単調過ぎる動きのため上半身を僅かに逸らして避けられると、カウンターの膝蹴りが腹部にめり込んだ。

 

『あがぁ!?』

 

苦悶の声を上げて体が浮いた立花は、追撃で放たれた回し蹴りをを腹部に受けてこちらへと弾き飛ばされる。

 

「立花ぁ!」

 

両腕を広げて抱きしめるようにして立花を受け止めるも、勢いは止められず一緒に吹っ飛んでしまう。

 

「グッ!」

 

背中から地面に叩きつけられ、衝撃で肺の中の空気が吐き出される。痛みに顔をしかめながら腕の中の立花に視線を向ける。痛みに苦悶の表情をしているも、とりあえずは無事みたいだ。

 

『ごめんなさい…。私結局足を引っ張って…』

 

苦悶の表情で謝る立花だが。カスタムタイプが再度洋弓を構えてきているので、答えてやる余裕がない。

 

『纏めて消えろ、イレギュラーども…!』

 

立花を庇いながら、右手に意識を集中させて念を纏わせる。

MK-Ⅱに搭載されているT-LINKシステムには、搭乗者の思念波―『念動力』を用いて機体の制御を補助するだけでなく。装甲に纏わせることで、『念動フィールド』と呼ばれる特殊な障壁を展開するこができる。

機能の調整が万全でないことと、俺自身が念動力を扱いきれていないため今まで使用は控えていたが。この状況をきり抜けるには他に手がない。

念の逆流によって激しい頭痛に見舞われるが、気合で集中力を維持して、カスタムタイプの動作を観察する。

チャージが完了したのか、一際大きなビームの矢が放たれ、俺達の命を刈り取らんと迫る。

かなりの威力だろうが、右腕を犠牲にすれば防げる!矢の迫るタイミングに合わせて拳を振るう。

 

 

 

 

――が、突如地面から出現した氷の壁によって矢が防がれた。

 

『何?』

 

これには驚きを隠せないカスタムタイプ。かく言う俺もなのだが…。

氷の壁をよく見てみると。壁がせり出した地面には、氷が連なっていて道のようになっていた。

そして、その先には1人の少女がいるではないか。

 

「ハーミット、だと?」

 

歳は十三、四くらいであろうか。ウサギの耳のような飾りのついたフードを被ったフード被り、大きめのコートに、不思議な材質のインナーを着ている。

そしてその左手には、コミカルな意匠の施された、ウサギのパペットを装着していた。

間違いない精霊の今回出現した精霊『ハーミット』である。

戦っている間に雨は雪に変わり。ハーミットは地面に積もった雪の上に片膝を着き、右手の平を地面に触れさせており、そこから氷が生み出されていた。まさか、精霊が俺達を助けたと言うのか?

 

『チィッ!』

 

カスタムタイプも、ハーミットの行動は完全に予想外だったのだろう。苛立ちを含めた声を上げながら、洋弓をハーミットへと向けた。

無数のビームの矢が放たれるも。ハーミットは自身の目の前に生み出した氷の壁で全て防いでいた。

だが、それ以上の行動をする気配はなく。ただ、防御に徹していた。

ハーミットは攻撃も反撃もせず、消失(ロスト)するまでひたすらに逃げ続けることから『弱虫ハーミット』と軍では呼ばれている個体である。

理由はわからないが、ハーミットからは何かを恐れているような印象を受けた。敵にではない?もっと別の何かをか?

 

『えぇい!』

 

埒が明かないことに痺れを切らしたのか。カスタムタイプが洋弓を剣に変形させて斬りかかろうとする。

そこに、ミサイルがカスタムタイプ、そしてハーミットへと降り注ぐ。

カスタムタイプ後ろに飛び退き回避し、ハーミットは自らを氷で覆い防ぐ。

 

『勇無事?』

「ああ。どうにかな…」

 

傍に降りたった折紙に答えると。他の遊撃隊の面々とASTの人達も集ってきた。

 

『……』

 

引き時と見たのか、カスタムタイプは飛翔するとそのまま飛び去って行く。

 

『逃げた!』

「いい、追うな一夏。それより…」

 

追いかけようとした一夏を制止し、ハーミットへと視線を向ける。他の面々も武器を構えながらハーミットの動きに備えていた。

すると、猛烈な吹雪が起き視界が塞がれる。ハーミットの姿を捉えられなくなり、奇襲に備えてそれぞれが警戒する中、何も起きることなく吹雪が収まる。

視界が確保されるとハーミットの姿はなく、レーダーからも反応は消えていた。

 

消失(ロスト)した…?』

 

誰ともなく呟くと、一斉に緊張感が抜け安堵の息が漏れる。

 

「……」

 

そんな中、俺はハーミットがいた場所を見つめ続けていた。

吹雪に飲まれる直前。ハーミットは俺と立花を見ながら、まるで無事であったことに安堵したかのような顔をしているように見えた。

錯覚、だったのだろうか?その筈なのに、なぜか否定しきることができなかった。




前回告知したアンケートですが。期限は今エピソードまでとさせて頂きます。
と言っても、いつ頃終わるか未定なので、具大的には決められないんですけどね…。


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第四十五話

戦闘の翌日、放課後の時間帯。俺はリディアン音楽院にある特異災害対策機動部本部へ通じる隠し通路にいた。

 

「待たせたな」

 

エレベーター側の壁に背中を預けていると、立花を連れた風鳴が姿を現す。

昨日は一先ず立花を二課へ連れていき最低限の説明と、自身が体験したことを口外しないことを約束させて解放されたそうだ。その時俺は治療中だったので折紙からの報告でしか聞けていないのだが。

今日は、彼女の身体検査と自分の身に起きたこと等の詳細を伝えるために来てもらった訳だ。

 

「うぅ…。どうして手錠されないといけないんですかぁ…」

 

立花が自身の両腕に嵌められた手錠を見ながら、弱弱しく抗議の声を上げる。

 

「保安上の必要性ってやつさ。それだけここ(特異災害対策機動部本部)が重要なんだよ」

 

特異災害対策機動部本部は機密の塊だからな。万が一でも不測の事態が起きないよう神経を尖らせる必要があるのだ。許せ立花。

 

 

 

 

「メディカルチェックの結果、初体験の負荷は若干残っているものの。体に異常はほぼ見られませんでしたぁ」

「ほぼ、ですか…」

 

検査後の医務室にて。部屋の壁にはモニターが埋め込まれており。その前に立っている了子さんのなんとも言えない説明に、椅子に腰かけている安心しきれない様子の立花。

 

「ん~そうね。あなたが聞きたいのはそんなことじゃないわよね」

「教えて下さい、あの力のことを」

 

立花がそういうと。同席していた風鳴指令が風鳴にアイコンタクトすると。彼女は首に提げていた集音マイクユニットの形をした、小型ペンダントを手にし立花に見せた。

 

天羽々斬(あめのはばきり)。翼が持つ第一号聖遺物だ」

「聖遺物?」

 

聞きなれない単語に、立花は首を傾げながら風鳴の持つペンダントを見つめていた。

 

「聖遺物とは、世界各地の伝承に登場する現代では製造不可能ば異端技術の結晶のこと」

「エクスカリバーや、デュランダルとか聖剣って呼ばれるやつがアニメやゲームで出てくるでしょ?それらの元ネタになってる物ってことさ」

「おお、なるほど!」

 

どうやら俺の説明でピンときたらしく手をポンッと叩く立花。

 

「そうよ。それらはの多くは遺跡から発掘されるんだけど、経年劣化による破損が著しくってかつての力をそのまま秘めた物ってほんとに貴重なの」

「この天羽々斬も刃の欠片極一部にすぎない」

「欠片に残ったほんの少しの力を増幅して解き放つ唯一の鍵が、特定振幅の波動なの」

「特定振幅の波動…?」

「つまりは歌。歌の力によって聖遺物は起動するんだ」

 

了子さんと風鳴指令の説明に思い当たることがある様子の立花。

 

「そうだ。あの時も胸の奥から歌が浮かんできたんです」

 

自分の胸に手を当てながら、当時のことを思い出している様子の立花。

 

「歌の力によって活性化した聖遺物を、一度エネルギーに還元し鎧の形で再構成したものが、翼ちゃんや響ちゃんが身に纏うアンチノイズプロテクター『シンフォギア』なの」

「だからとて。どんな歌でも誰も歌でも聖遺物を起動させられる力が備わっているものではない!」

 

了子さんの言葉に続いて、風鳴指令が椅子から立ち上がり力説する。

 

「聖遺物を起動させ、シンフォギアを纏える僅かな人間を我々は適合者と呼んでいる。それが翼であり、君であるのだ」

「どう、あなたに目覚めた力について少しは理解してもらえたかしら?質問はどしどし受付るわよ」

「あの…!」

「どうぞ響ちゃん!」

 

立花が手を元気よく上げると、教師のようなノリで応える了子さん。

 

「ぜんぜん、わかりません…」

 

そして続く立花の言葉にズッコケそうになった。コントかな?

これには指令も俺も苦笑いを受けべ。風鳴はため息を吐いた。

 

「いきなりは難し過ぎましちゃいましたね。だとしたら聖遺物からシンフォギア技術、『桜井理論』の提唱者がこの私であることは覚えておいて下さいね?」

「はぁ。でも、私はその聖遺物と言うのを持っていません。なのになぜ…?」

 

立花の疑問に答えるべく、了子さんがモニターを操作すると。立花の体の内部をスキャンしたものが映し出される。そして、そこには彼女の心臓部付近に細かく砕かれたいくつかの欠片が見られた。

 

「これがなんなのか君にはわかる筈だ」

「はい、2年前の怪我です。私もあそこにいたんです」

 

ツヴァイウィングのコンサートに偽装した完全聖遺物起動実験。観客としてその場にいた彼女は突如現れたノイズと、それを迎え討つ風鳴らシンフォギア装者との戦闘に巻き込まれ、瀕死の重傷を負ったのだ。

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいるため、手術でも摘出不可能な無数の破片。調査の結果、この破片はかつて奏ちゃんが身に纏っていた第三号聖遺物『ガングニール』の破片であることが判明しました。奏ちゃんの置き土産ね…」

 

感慨深そうに言う了子さんと、彼女を死なせてしまったことに責任を感じている様子の風鳴指令。そして、俯いたまま拳を握り締めて振るわせている風鳴。

天羽奏の死が与えた影響はかなり大きいようだ。それだけ彼女の存在は特別だったのだろう。

 

「あの…」

「どうした?」

「この力のこと。やっぱり誰かに話しちゃいけないことなんでしょうか?」

「…君がシンフォギアの力を持っていることを何者かに知られた場合。君の家族や友人、周りの人間に危害が及びかねない、命に係わる危険すらある」

「命に、関わる…」

 

言葉の重さを感じたのか、俯く立花。

 

「俺達が守りたいのは機密などではない。人の命だ。そのために、この力のことは隠し通してもらえないだろうか?」

「あなたに秘められた力は、それだけ大きなものだということをわかって欲しいの」

「今の人類にはノイズだけじゃない。インスペクターにアルティメギル。そして、テロリストによる脅威にさらされている。それらの脅威から人々を守るために特異災害対策機動部二課として、改めて協力を要請したい。立花響君、君の力を貸してもらえないだろうか?」

 

深々と頭を下げる指令。その姿には、できれば立花を戦いに駆り出すようなことはしたくない。それでも、混迷を極める事態を打開するためには彼女の力が必要になる。だから、せめてもの筋は通したいといった想いが伝わってきた。

 

「私の力で誰かを助けられるんですよね?」

 

そう言って立花が俺に視線を向ける。背中を押してほしい、そう言っているようだった…。

 

「ああ、君にはその力がある」

 

俺も立花には戦場など不似合いだと思っている。それでも、避けることができないのならせめて力になれることをしよう。それが、彼女を戦いに巻き込んでしまった者の責任だろう。

 

「…わかりました!私やります!」

 

椅子から立ち上がった立花は、両手を握り締めながら力強く宣言した。

そして、その立花を複雑な顔で見ていた風鳴は静かに部屋を出ていくのであった。

 

 

 

 

風鳴の後を追って医務室を出る。

彼女の姿を探すと、医務室を出てすぐの通路の壁に背中を預けているのを見つける。

 

「……」

「納得はいかないかい?風鳴」

「あれは、『ガングニール』の力は奏のものだ。それをなぜ彼女が…」

 

俯きながら首をゆっくりと横に振る風鳴。どうしても、立花がガングニールの力を使うことを認められないのだろう。

戦友(とも)の死を振り切れないでいるか。それは人として当然のことだ、故に誰にも彼女を責めることはできない。それでも…。

 

「俺には分からない。でも、何か意味があるんじゃないかな?」

「意味?」

 

俺の言葉に風鳴が不思議そうな顔をした。

 

「偶然と言われればそれまでだけど。立花がガングニールの力を得たのには意味がある。そうも考えられると俺は思う」

 

天羽奏が命をかけて守った立花だからという願望でもあるけど。俺には偶然の一言で片づけることはできないのだ。

 

「……」

「すぐにとは言わない。ゆっくりでいい。天羽奏の戦友(とも)として向き合ってやってほしい。それが、隊長として、仲間としての俺の願いだ」

 

風鳴は視線を下げて何も言わない。それでいい。時間をかけて自分の納得のいく答えを見つけてくれれば。

 

「翼さん、勇さん!」

 

声のした方を向くと。立花が駆け寄ってきていた。

 

「どうしたの立花?」

「あの、私…。奏さんの代わりになれるよう頑張りますから!」

「ッ!!」

 

立花の言葉に、不快感をあらわにした風鳴が詰め寄ろうとするのを手で制する。

彼女なりの決意表明なのだろうけど。風鳴にとっては侮辱にしかならないだろう。

 

「それは無理だ。君は誰の代わりにもなれない」

「ど、どうしてですか!?私、精一杯頑張りますから!」

 

そう言って立花に背を向けると。俺の伝えたいことが分からず、立花が困惑しているのが伝わってくる。

どれだけ取り繕うとも取り繕うとも、他者になることなどできはしない。人は自分自身にしかなれないのだから…。

それを教えることは容易い。でも、これは立花自身が気づかなければ意味がない。だからあえて突き放すような言い方を選んだ。

 

「…今日はもう帰るんだ。行こう風鳴」

「ああ…」

 

こちらの意図を去ってしてくれた風鳴は素直についてきてくれた。

 

「……」

 

立花はただ呆然と立ち尽くすだけであったが。彼女なら必ず答えを見つけてくれると俺は信じている。



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第四十六話

対策二課を去った後、俺は基地に戻り父さんの執務室にいた。

椅子に腰かけた父さんと、デスクを挟んで向かい合う形で俺は立っている。

 

「立花君は了承してくれたか。では、彼女はお前の隊に預ける」

「了解です」

 

やはりそうなるよな。覚悟していたといえ正直気が重い。

 

「気が乗らんか?」

「…彼女は戦いには向いていません。本来なら戦いとは無縁であるべきだと自分は考えています」

 

立花は優しすぎる。それは戦場において致命的なまでのマイナスとなってしまう。下手をすれば彼女が『壊れてしまう』かもしれない。それが俺は怖い。

 

「お前が危惧することは理解しているつもりだ。だが、そうでもしないと彼女は日本政府の厳重な監視下に置かれる。今すぐにでも施設に入れろと訴えている者達もいるからな」

 

一夏の時と同じか。立花のこともをサンプルとしか考えていないのかお偉いさん方は!

 

「苦労ばかりかけてすまないが、彼女のこともよろしく頼むぞ」

「ハッ!」

 

本当に申し訳なさそうに命令する父さん。その表情には疲労が隠せていない。恐らく立花の件でも裏で色々と動いてくれたのだろう。本当にこの人には頭が上がらない。

その期待に応えあるためにも俺も頑張らないとな。

 

 

 

 

「琴里。前回のハーミット出現時に得られたデータの分析が終わったよ」

「ありがとう令音」

 

フラクシナス艦内に設けられた艦長室の椅子に腰かけながら。ラタトスク指令五河琴里は解析官兼、友人である村雨令音が差し出した端末を受け取り、表示されるデータに目を通す。

精霊保護を掲げる『ラタトスク』であるが。そもそも精霊とは何か、どの世界からなぜ琴里達のいる世界にやってくるのかさえ不明であり。肝心の精霊に対する理解は完全とは程遠いのが実情であった。

最近では、プリンセスこと十香の保護に成功したが。彼女自身も自分がどのように生まれたのかさえ分かっておらず、精霊に対する理解は深められなかった。まあ、それを差し引いても十分すぎる結果なのだが。

そういった事情から、少しでも精霊に関する情報を得るため。精霊が現界すれば情報の収集に全力を挙げ、士道をサポートに貢献できるよう琴里は努めていた。

 

「……」

「不安かい?」

 

真剣な趣で端末を見ている琴里に令音が話しかける。

部下の前では表に出さないよう振舞っていたが、やはり彼女には気づかれていたらしい。琴里は溜まった疲れを吐き出すように軽く息を吐き、椅子の背もたれに体を預ける。

 

「ツインテイルズの協力を得られたとはいえ、想定していたより不確定要素が多すぎるわ。私のミス一つで士道を危険に晒してしまうと考えるとね」

 

ただでさえ強大なDEM社を相手にしなければならず、常に慎重な立ち回りが要求され。そこに異世界からの侵略者が加わり、指揮官である琴里への負担は計り知れないものとなっていた。

前回のハーミット出現時も、インスペクターの乱入によって士道を接触させるタイミングを失ってしまったのだ。そのことで上層部の一部は、元々持っていた琴里の指揮官としての資質と現在の方針への疑念を深めてしまった。

ラタトスクとて決して一枚岩ではない。いや、上層部の大半が精霊の力を私利私欲のために利用することしか考えていない。真に精霊の幸福を願っているのは『あの人』くらいであろう。

 

「十香を保護したことで取り合えず『あの人』以外の連中を黙らせたけど。いつ暴走しだすかわかったもんじゃないわ」

 

肘掛けに肘を乗せながら、頬に握り拳を添えて憂鬱さを滲ませる琴里。

 

「君は優れた指揮官だ。十香を保護できたことがその証左さ、自信を持っていい」

 

そう言って微笑む令音。そんな彼女を見て微笑み返しながら琴里は姿勢を直す。

 

「ありがとう。でも、私1人の力じゃ限界があるわ。だから、あなた達の力を貸してちょうだい」

「もちろんだ琴里」

 

そう言って頷く令音。その姿はまさしく友と呼び合えるものであった。

 

 

 

 

「はぁ…」

 

来禅学園の中庭に設置されているベンチにて、五河士道は人知れず溜息を吐いていた。その姿には疲労感が滲み出ており、そのせいで見た目以上に、老けて見えるかのような錯覚させ覚えてしまいそうである。

今は昼休みであり、いつもであれば昼食を取ろうとする生徒で賑わっているいるのだが。最近は突発的に雨が降ることが多いため、今では皆校舎内で食べるようになったので中庭には士道以外人の姿はなかった。

普段であれば十香、折紙と共に昼食を取っているが。十香は令音に、折紙は天道勇に呼び出されておらず、1人で考え事ができるだろう中庭に来ていた。一応殿町が誘ってくれたのだが、1人になりたかったので断らせてもらった。今度埋め合わせをするとしよう。

 

「(どうすれば、いいんだろうな)」

 

一月程前に士道によって精霊の力を封印された十香は、その後の経過観察のためフラクシナスに保護されていたのだが。彼女はまだ士道以外のラタトスクの人間を信頼しきれておらず、フラクシナスでの生活にストレスを感じているらしい。

経過観察の結果。十香の居住を、フラクシナスの外部に移転させることとなったと解析管の令音から聞かされた。

それ自体は、十香が人間社会に適応するために必要であることは理解できるし、士道としても喜ばしいことであった。問題は移転先が士道の家であることであった。

現在準備が進められている、精霊用の特設住宅が完成するまでの間だけとのことだそうだが。家族以外の同年代の少女と同じ屋根の下で過ごすのは、正直色々と気を遣ってつらいものがある。

令音が言うには、できるだけ士道の側にいる方が十香の精神状態が安定するのと、士道自身の訓練のためなのだそうだ。

 

「十香以外の精霊か…」

 

士道は精霊は十香だけだと思っていたが。琴里から彼女以外にも複数の精霊の存在が確認されており、それら全ての交渉役を引き続き士道に任せたい、故にさらなる訓練が必要だと話された。

そのため家にいると。隙あらば十香とのTo LOVEるを起こされ、心休まる暇がないのである。

何より、十香の封印だけでも幾度も死にかけたのだ。他の精霊も封印するとなると、本当に死んでもおかしくはないだろう。そう考えるだけでも恐怖が心の底から湧き上がってくる。

だが、それを責めることは誰にもできはしない。人間誰もが我が身が大事なのだ。死ぬ可能性が十二分にあることに関わろうとする人間など、余程の酔狂か、あるいは人として『何かが壊れてしまった』人間くらいなものであろう。

このまま交渉役を降りることは簡単である。しかし、精霊の力を封印できるのは現状士道だけなのだ。士道が降りれば精霊によって世界が壊されるか、あるいは精霊が人間に駆逐されるしか―――最悪十香も殺されてしまうかもしれない。

そう考えると胸が苦しくなるが。世界と精霊、どちらも救うなんて重圧、ついこないだまで普通の高校生だった士道には余りにも重すぎた。

 

「はぁ…」

 

考えれば考える程気分は憂鬱になり、再び溜息が漏れてしまう。人前では心配をかけないように、特に十香に知られたら、自分のせいだと自己険悪に陥ってストレスを与えてしまうので、いつも通り振舞っているがそれがさらなる負担となって自身にのしかかっていた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「うお!?」

 

考え事に集中していたため、不意に声をかけられ驚いてしまう士道。

話しかけてきたのは、自分と同じ高等部の学生で1年生を示す色のネクタイをした赤髪の男子であり。手には購買部で買ったのだろうパンが入った袋を持っていた。

 

「す、すいません…。急に声をかけてしまって」

「あ、いや。俺もすまない、考え事をしていたもので」

 

申し訳なさそうな顔をする男子生徒に、士道は慌てて謝罪する。

 

「えっと。何か用かな」

 

だが、少なくとも目の前の男子生徒には士道は見覚えはなく、1年生には知り合いはおらず。話しかけられる理由が思いつかなかった。

 

「いえ、用って訳ではないんですけど。すごく悩んでいるみたいだったので…」

 

どうやら考え込んでいる士道を心配してくれたらしい。赤の他人をそこまで気遣えるのは、男子生徒の優しさを表しているといえよう。

 

「あ、すいません。俺1年2組の観束総二って言います」

 

名乗っていなかったことに気がついた男子生徒――総二は自己紹介をするのであった。

 

 

 

 

「総二の奴、おっそいわねぇ」

 

来禅学園高等部1年2組の教室内で、津辺愛香が机に片肘を突いて頬杖をつきながら呟いていた。

 

「購買が混んでるんじゃない?ここ(高等部)の購買って人気らしいし」

 

愛香の机に隣り合わせた机で、両手を後頭部に回して組んでいた天道木綿季が愛香の呟きに反応する。

弁当をうっかり忘れてしまった総二は、購買へと向かい。最初は彼の帰りを待っていたが。それから時間が経ち、ユウキの空腹が限界に達してしまったので、先に昼食を済ませてしまったのであった。その後も総二は帰ってくる気配がなく、愛香は流石に心配になったらしい。

ちなみに来禅学園の購買は、他校と比べても品揃えや味がよく。連日生徒が押し寄せる程の人気がある。

 

「だからって遅過ぎよ。このままじゃ食べる時間がなくなるわよ」

 

そう言って愛香が教室に備え付けられた時計を見ると、時刻は昼休みの終了まで大分迫っていた。このままでは、総二は昼食抜きで午後の授業を受けることとなってしまう。

 

「夫の心配をする愛妻の鑑だねぇ」

「な、何言ってんのよあんたは!?」

 

ユウキの言葉に、顔を真っ赤にして慌てだす愛香。そんな彼女を見て、にししと悪戯が成功した子供のように笑うユウキ。

 

「な~に慌ててるのさ。事実なんだからドンと構えてればいいのに」

「そ、そんなの早すぎるわよ。もっとしっかりと手順を踏んでからじゃないと…」

 

両人差し指をツンツンと合わせながら、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにもじもじとする愛香を見た周囲の女子生徒が、青春だねぇ!ヒューヒュー!などと歓声が上がり。観束ァ…と男子生徒からは渇望の声が湧き上がった。

 

「ほう。では、その手順とは?」

「そ、それは。ええっと、その…」

 

ユウキが追撃すると。愛香は先程とは一転してシュンとして俯いてしまう。どうやらノープランらしい。そんな彼女を見て、机に片肘を突いて頬杖をつきながら呆れが混じった目を向けるユウキ。

 

「もう高校デビューしたんだから、いい加減覚悟を決めたらどうなのさ?」

「で、でも。どうしたらいいかよく分からないし…」

 

俯きながら普段は見せない弱弱しい雰囲気で話す愛香。言葉の最後の方は、小声でゴニョゴニョとして聞き取りづらくなってしまっていた。ウブなのもステータスだが、度が過ぎるのも考え物である。

そんな愛香を見て軽く溜息をユウキは吐いた。

 

「言葉にしても伝わらないこともあるんだ。ただ想っているだけじゃ、君は一生幼馴染のままだよ?」

 

それでもいいの?と目で語りかけるユウキに、愛香うぅ…と声を漏らすだけで反論できなかった。

ユウキの言葉に何一つ間違いはなかった。10年近く想いを寄せても、残念ながら当の総二には気づいてもらえる気配すらないのが現状だ。自分から踏み込む覚悟がなければ、本当に幼馴染のままで終わってしまうかもしれない。

 

「それにライバルができたみたいだしね」

「なんでそれを!?」

 

思わぬ指摘に愛香に動揺が走る。彼女の意中の相手である総二は、お世辞にも魅力に溢れた人物という訳でもなく。極度のツインテール愛を持つ以外は、一般的な男子である。

故に、自分以外は異性として好意を寄せる者はいないだろうと言い訳して、今の関係を引きづってきたのだ。

だが、一月程前。異世界からやってきた少女トゥアールが総二に一目ぼれしてしまい。総二の家に居候している身分を利用し、隙あらばアプローチしてくる彼女を愛香が迎撃する日々が続くようになった。

何より、自分のことを応援してくれている総二の母である観束未春が、トゥアールのことを気に入ってしまい彼女のことも応援すると宣言されてしまったのである。

 

「経験だね。あの無自覚フラグメーカー相手だと、そこら辺敏感にならないとね」

 

やれやれといった様子で肩を竦めるユウキ。だが、そんな彼女に焦りや妬みといった感情は感じられなかった。

 

「そのわりにはあんた落ち着いているわね。あいつ()が他の人を選んだらとか不安じゃないの?」

「ん?ああ、それはそれでいいんだよ。兄ちゃんが選んだ相手ならボクは文句ないから」

「は?」

 

あっけからんと言うユウキに、思わず間抜けな声が愛香の口から洩れた。

 

「え?ちょ、ちょっと。それどういうことよ?」

「ボクとしてわね、兄ちゃんが幸せになってくれれば相手が誰でもいいのさ。無論ボクを選んでほしいって気持ちもあるし、手を抜く気はさらさら無いけど。その結果がどうなっても、素直に受け止める覚悟はしているんだよ」

 

そういって笑みを浮かべるユウキ。そこには一切の嘘偽りも見られなかった。

彼女は心の底から兄の幸福を望んでいるのだ。彼の隣に例え自分がいなかったとしても、その想いが報われることよりも想い人のことを大切にしているのだろう。

 

「あんた…」

「ま、ボクはそんな感じだけど。君はどうなんだい?ボクと同じ道を歩くかい?」

 

試すような視線を向けてくるユウキ。以前未春に同じような視線を向けられたが、まともに目を合わせることができなかった。だが、今回は目を逸らしてはいけない気がした愛香は、まっすぐ視線を合わせた。

 

「あたしは…。総二のことを自分の手で幸せにしてあげたい。誰かに任せるなんて、できそうにないわ」

「OK。その気持ちを忘れない限り、ボクは君を応援するよ」

 

微笑みながら差し出されたユウキの手を、愛香も微笑みながら握ったのだった。



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第四十七話

来禅学園の中庭に設置されているベンチにて、五河士道は観束総二と名乗った少年と並んで座り、胸に溜まった不安を打ち明けていた。

無論、精霊やラタトスクに関することは話せないため、イマイチ要領得ない内容になってしまったが。それでも総二は何も言わず受け止めてくれた。

 

「…詳しいことは分かりませんけど。五河さんはそのことが嫌なんですか?」

「嫌って訳じゃないんだ。ただ、そのことに自信が持てなくて、駄目だった時のことを考えると怖いんだ」

 

そう言って空を仰ぎ見る士道。実は前回ハーミットが現界するより前に、士道はハーミットと接触していたのだ。

十香とデートした時と同じく、空間震を発生させずにこちらの世界に出現しており。公園で遊んでいたと思われるハーミットと偶然出会い、言葉こそ交わさなかったが。彼女もまた十香と同じく、どこにでもいる少女に士道には見えた。

そんな彼女が世界から拒絶されることに、不条理さを感じた士道は、十香と同じように助けたいと思った。だが、十香と同じように上手くいく保障など無く、自分はおろか彼女まで危険に晒すかもしれないことが、手を伸ばすことへの躊躇いを生んでいた。

 

「だから、ついこないだまで普通の高校生だった俺でいいのかって。もっと他に適任な人がいるんじゃないかな」

「それでも、意味はあるんだと思います。他人にできないからだけじゃなく、五河さんだから選ばれた理由が」

「俺、だから?」

 

総二の言葉を思わず繰り返す士道。精霊の力を封印できるからこそ、自分が交渉役に選ばれたとずっと思っていた。だが、琴里はそれだけで選んだと一言もいったことはなかった。自分で勝手にそう思い込んでいたのかもしれない。

はぐらかされていたのもあるが。妹が何を思って自分を選んだのか知るのが怖くて、向き合うことを無意識に避けていたのだ。

だから、まずは彼女と向き合うこと、そこから始めてもいいのかもしれない。

 

「ありがとう観束君。話したらなんかスッキリした気分だ」

「そんな。偉そうなことを言っただけで、お礼を言われることなんてしてませんよ」

「いや、なんとなくだけど、自分のやりたいことが見えてきた気がするんだ」

 

そう言うと、何かを確かめるように握り締めた右手見つめる士道。その顔は先程より迷いが消えたようであった。

 

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――

 

 

 

 

そして、タイミングを計ったかのように。空間震警報が鳴り響くのと同時に、雨が降り始めたのだった。

 

 

 

 

『霊波特定。識別は《ハーミット》』

『目標出現予測座標を各員に転送します』

『ハーミットか。プリンセスではなかったか…』

 

二課オペレーター組からの報告に風鳴指令が怪奇さを滲ませた声を漏らす。

かく言う俺も前回の戦いでプリンセスがどうなったのか不明だったので、ここに来て別の精霊が出現することに戸惑いもある。

夜刀神十香がシェルターに避難していることは確認されているので。ここで再びプリンセスが出現したのなら、彼女=プリンセスの可能性を否定できたのだが。そうならなかったとなると、疑惑が強くなったと言わざるを得ないな。

それはともかく、今は目の前の事態に対処しないとな。今回対峙するのはハーミット――攻撃も反撃もせず消失(ロスト)するまでひたすらに逃げ続けることから『弱虫ハーミット』と軍では呼ばれている個体である。

そして。前回の現界時に、俺と立花を助けるような行動をしており。何を目的にこちら側へやって来るのか不明な精霊の中でも一際謎な個体だが。それでも空間震による被害は無視できないので、倒すべき敵であることに変わりはない。その筈だ。

 

「……」

 

そんなことを考えていると。一瞬、恩を仇で返すという言葉が頭の中をよぎった。

 

『目標現界します!』

 

いや、ハーミットの真意が不明な以上。情けをかける訳にいかないと自分に言い聞かせ、雑念を捨てるために、手にしているショットガンを握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃のフレームが軋む音が、胸の中で『何』かが軋む音と重なった気がした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天宮市市街地に小さな光が生まれた瞬間、その光が周囲の建物を飲み込みながら広がり。人々の喧騒が残っていた街並みが、巨大なクレーターへと変貌していた。

そのクレーターの中心にウサギの耳のような飾りのついたフードを被った少女がポツンと立っていた。

歳は十三、四くらいであろうか。大きめのコートに、不思議な材質のインナーを着ている。

そしてその左手には、コミカルな意匠の施された、ウサギのパペットを装着していた。

個体識別名《ハーミット》――彼女もプリンセス同様、世界を殺す《災厄》精霊の一体である。

 

「……?」

 

ハーミットは困ったような顔でキョロキョロと辺りを見回している。すると、轟音と共に何かが近づいて来ていることに気がついた。その方向へ視線を向けると同時に、飛来した数発のミサイルがハーミットに直撃し爆炎へと飲み込まれた。

 

 

 

 

『さて、追い込み漁を始めるわよ!』

 

煙に包まれたハーミットを囲むように展開されたASTの面々が、それぞれ装備している武装を構えながら浮遊している。

隊長である燎子の言葉に合わせて隊員達が武装のトリガーを引くと同時に、煙の中からハーミットがぴょんと飛び出し宙を舞うと向かってくる弾丸やミサイル、ビームを避けながら隊員達の間を抜けるように身を捻り、空を踊った。

AST隊員達はそれにすぐに反応すると、一斉にハーミットを追跡しながら攻撃を加える。

何人かの隊員が放ったミサイルが炎を吹きながらハーミットを追尾する。振り切ろうと飛び回るハーミットだったが、進路を塞ぐように放たれた弾丸によって動きが止まりその隙にミサイルが直撃し爆炎による煙に包まれる。

煙の中から再び少女が空に踊る。その身には傷どころか煤すらもついていなかった。

 

『第二フェイズ行くわよ、セシリア!』

『了解ですわ』

 

高層ビルの屋上でレーザーライフル、スターライトmkIIIをバイポットで安定させスコープを除いているセシリアが、彼女と線上に重なるようにASTの追い立てられているハーミットの額に照準を合わせる。

精神を研ぎ澄まし息を止めてトリガーを引くと、撃ち出されたレーザーがハーミットの命を刈り取るべく空気を切り裂き突き進む。

しかし、発射と同時に身を翻したハーミットに回避されてしまう。

 

『鳶一さん!』

『了解』

 

セシリアとは別のビルの屋上で狙撃態勢を取っていた折紙が、CCC(クライ・クライ・クライ)のトリガーを引いた。轟音と共に撃ち出された大口径弾がハーミットへと襲いかかる。

回避行動を取ったばかりのハーミットの頭部へと迫る弾丸。その場にいる誰もが避けられる筈がないと確信するも――ハーミットは驚異的と言える反射速度で顔を逸らし、髪に掠れて数本舞い散るだけで回避して見せたのである。

 

『――!?』

 

これには流石の折紙も驚いた表情を見せ、セシリアやASTの隊員らも驚愕の色を隠せないでいた。

そうこうしている間にも、ハーミットは商店街の先にある大型デパートへと逃げ込んでしまう。

強大な精霊に対して逃げ場のない建物内で戦うのはリスクが高いため、精霊が自ら出てくるのを待つか、以前プリンセスが学校内に立て籠もった時のようないぶりだしを行うのが基本である。

いずれにせよ望ましい展開ではないので、そうならないように心がけているのだが。ハーミットはプリンセスのように攻撃的な行動をせず現界しても逃げ回るのみで、今回のように建物内に逃げ込まれ消失(ロスト)するまで睨み合って終わり、苦い思いをするのがパターンとなっていた。

だが、今回は隊長である燎子を初めとする他の隊員達は、こうなることは折り込み済みと言った様子が見られた。

 

『目標がそっちへ行ったわよ勇』

『了解。第三フェイズを開始します』

 

そう。建物内での精霊と戦える力を持った仲間(切り札)が今はいるのだから――

 

 

 

 

『目標、移動を開始!』

『移動地点を算出。目標との接触ルートを割り出します!』

 

ハーミットとAST、遊撃隊との交戦地域付近の道路にて。士道は、耳に装着しているインカムから流れてくるフラクシナスクルーの通信に、耳を傾けていた。

 

警報が鳴ると、共にいた総二と避難するフリをしながら途中ではぐれた様に装いながら、すぐにフラクシナスと合流した士道は。今回出現した精霊――ハーミットと接触すべく行動を開始した。

彼の側には護衛役のツインテイルズもおり、士道と同じように指示を待っていた。

 

『聞こえる士道?こちらの予想では、ハーミットはあなたのいる場所に近いデパートに逃げ込む可能性が高いと出たわ。でも、デパートまでのルートにノイズが発生しているの。できる限り接触しないルートを指示するけど、避けられない場合はツインテイルズが排除してちょうだい』

「分かった。頼む琴里」

『?やけにやる気ね。こないだまで引け腰だったのに』

 

躊躇いがちだった今までと、どこか違う様子の士道に琴里が訝しむ。

 

「いいアドバイスをしてくれた人がいてさ。うだうだ悩む前にできることをしようって決めたのさ。だから琴里、1つ聞いていいか?」

『…何?』

「お前が俺を精霊との交渉役に選んだのは、俺が精霊の力を封印できる唯一の存在だからなのか?」

『……』

 

士道の問いに、琴里は沈黙する。いつもならすぐにはぐらかされるのだが、今まで以上に真剣な様子の士道にどう答えるか迷っているのかもしれない。

 

『例え、封印できるのが他の人であったとしても。私はあなたを選んでいたわ』

「ありがとうな琴里。今はそれだけ聞ければ十分だ」

『……』

「琴里?」

 

突然黙ってしまった妹に今度は士道が訝しむ。

 

『な、何でもないわ!それより作戦を始めるわよ!』

 

何かを誤魔化すように叫ぶ琴里に一瞬怯むも、すぐに気を取り直して、会話を聞いていたツインテイルズへ向き直る士道。

 

「お待たせして、すいませんレッドさん。今回もよろしくお願いします」

「お気になさらずに。それにさんづけなんてしなくていですよ、俺、じゃなくて私の方が年下なんですから」

 

頭を下げる士道に、レッドは両手を胸の前で振りながら提案する。

確かにレッドは士道より年齢が下のようだが。国民的ヒーローとなりつつある彼女に、士道は無意識に敬語で話していたのだ。

 

「いや、なんというか。俺なんかがそんな馴れ馴れしく話すのは失礼かなって…」

「そんなことないですよ!五河さんとおれ、私達はもう『仲間』なんですから!」

「仲間…」

 

士道は、レッドのことをどこか遠い存在のように感じていたが。彼女の言葉に、その考えが間違いであることに気がついた。

 

「それも、そうだよな。なら俺のことも士道って呼んでくれ」

「はい、士道さん!」

 

両手でガッツポーズをするようにしながら、見上げるように笑顔で頷くレッド。彼女の感情を表すようにツインテールが可憐に揺れる。その動作一つ一つが見事に調和され、思わず見とれてしまう程の愛らしさが溢れていた。

 

 

 

 

「ユニバァァァス!!」

 

そんなレッドを、モニターしていたツインテイルズ側のオペレーターである少女が、説明するのも(はばか)られる――少なくとも少女がしてはいけない顔で記録をとっていたとかなんとか。

 

 

 

 

「ッ!?」

 

見とれていた士道が、不意に突き刺さるような視線を感じると。ブルーが切れたナイフのような目でこちらを見ていた。

 

「どうしたんだブルー?」

「別に」

 

ブルーの様子が変なことに気づいたレッドが話しかけるも、不機嫌そうにそっぽを向かれるのであった。

そんな相方を、レッドは不思議そうにコテンと首を傾げていたが。何かに気づいたように、ポンッと握った右手で左手の平を叩いた。

 

「ああ、そうか。ブルーも士道さんと仲良くなりたいんだな!」

 

レッドの言葉にブルーの体が傾き。通信機から「うぅん?」と言う複数人の声や「所詮、蛮族にエロゲ展開など不可能なんですよ」といった声が漏れた。

 

『やはりブルー×レッドなのでしょうか…』

『百合はいいぞぉ』

『これも時代か…』

『まあ、最近は同姓への理解も深まっているからね』

『つまり、私とレッドちゃんのまぐわ『そろそろ作戦を始めてもいいかしら?』Orz』

 

通信機の向こう側がやけに騒がしいが、レッドには内容の殆どを理解することはできなかった。

 

 

 

 

ハーミットがデパートの入り口から建物内へと入ると辺りを見回す。既に避難は完了しているため閑散としており、内部は静まり返っていた。

安全であることを確認したハーミットは奥へと進んでいき、エントランスの中央にさしかかった瞬間、支柱の陰に潜んで気配を消していた翼がハーミット目がけて飛び出した。

 

「八ッ!」

 

翼は手にしていた短刀を投擲するも、突き刺さったのはハーミットではなくその影であった。

 

「!」

 

翼が狙いを外したのであろうと考えたであろうハーミットは、慌てて逃げようとするもなぜか体がうごかなくなってしまっていた。

 

「!?!?」

 

自分の身に何が起きたのかわからず困惑しているハーミットに、エントランス内にある店内に身を潜めていた勇が襲い掛かる。

 

『サークル・ザンバァアアア!!』

 

勇は左腕に装備されているサンバーをリミッターを外して展開し、今まで以上に輝きの増した光輪をハーミット目がけて振り下ろした。

 

 

 

 

『グランドブレイザーァァァアアア!!』

 

 

 

 

真紅の閃光がハーミットを庇うかのように走ると、炎を灯した剣がザンバーを受け止めた。

 

「何!?」

 

剣の持ち主を視認すると同時に、その正体に衝撃を受けて目を見開いてしまう。

ハーミットを庇ったのは明確に仲間とは言えなかったが。これまで幾度となく共に戦ってきたツインテイルズ――そのリーダーと言えるテイルレッドであった。

 

『やぁあああああ!!』

 

動揺によって生まれた隙を突かて、気合を入れるように叫んだレッドによって、ザンバーごと押し返されてしまう。

その勢いで弾き飛ばされるが、素早く体制を立て直して着地する。耐久値の限界を超えた衝撃で、ザンバーは基部から破損し火花を散らしており、左腕に痛みが走る。レッドも衝撃を受けきれなかったのか、表情に僅かに苦痛の色を見せ。手にしている剣には、少なくない亀裂が刀身に走っていた。

 

『??』

 

レッドに護られたハーミットは、何が起きたのか分からない様子で目をパチクリさせていた。

 

『今の内に逃げるんだ』

 

レッドがそう告げると、ハーミットは少しだけキョトンとしていたが。意味を理解したのかコクリと頷くと、近場にある昇り階段へと駆けだす。

 

『待て!』

 

慌てて風鳴が追いかけようとするも、彼女を阻むようにランスを構えたブルーが現れた。

 

『お前達、どういうつもりだ!なぜ我々を阻む!?』

 

風鳴も少なからずツインテイルズに好意的だったのだろう。困惑を隠せない口調で、ツインテイルズに問いかける。

 

『敵対するつもりはないんです!どうか、話を聞いて下さい!』

 

剣を粒子に変えて格納したレッドは、敵意がないことを示すかのように両手を広げた。

 

『何を…!』

「待て、風鳴。こちらも彼女達と敵対するのは避けたい」

 

感情的になっている風鳴を手で制する。軍人としての立場もあるが、彼女らにも理由があるのだろう。そう信じたい程に、俺は彼女達に仲間意識をもう持っているからだ。

 

「話を聞いてみよう。対応はそれからでも遅くはない」

『…分かった』

 

彼女も戦いたくはないのだろう。暫し悩んだ素振りを見せるも刀を下してくれた。同時にブルーも構えていた槍を降ろしたことで、張り詰めていた空気が幾分和らぐ。

 

『ありがとうございます。今回、俺達がここに来たのは――』

 

そうしてレッドはこの場へ現れた目的と、こちらの作戦を妨害した理由を話し始めるのであった。



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第四十八話

最新の都市開発の技術試験用とて建造されたこの島の最新式シェルターには。長時間の避難に備えて食料等の物資や、シャワーや洗濯設備と言った衛生面にも配慮された昨日が備え付けられているのだ。

無論トイレもあり、女子用から天道ユウキがスッキリした表情で出てきた。

 

「あれ?」

 

共に避難してきた友人達の元に戻ろうとした彼女の視界に、1人の少女が映った。

ユウキのいるこの区画は、トイレがあることもあり別段人気がない訳ではないが。その少女が同姓であるユウキでも羨む程の美貌の持ち主であるとはいえ。少女の表情が切羽詰まったものでなければ、ユウキもさほど気にすることもなかっただろう。

なんとなくユウキが少女の姿を目で追いかけていると。少女はトイレに向かうでもなく、辺りを見回しており。壁に設置されている電光掲示板を発見すると、近づき何か確認した様子で別の区画へと駆けだして向かっていった。

 

「(あれ?あっちって…)」

 

少女が向かっていった区画には外部へ通じる扉しかなく。避難警報が解除されていないため、今行く必要のない場所であった。

少女の行動に疑問を持ったユウキは、彼女の後を追いかけて駆けだした。

 

「え!?」

 

暫く走ったユウキの目に飛び込んだのは。今はロックされており内部からは開けられない筈の、外部へ通じる扉が何故か開いてしまっており。追いかけていた少女が、今まさに外へ出ようとしていたのだった。

 

「あ、あの!」

「ん?」

 

その背中に慌ててユウキが声をかけると。少女は何事だといった様子で振り向いた。

 

「何してるんですか!避難警報は解除されていないんですよ!?」

「警報?よく分からんが、私は行かねばならんのだ」

 

ユウキの言葉の意味が理解できないのか、少女は迷うことなく外へ出ようとする。

そんな少女の手を掴んで引き留めようとするユウキ。

 

「いやいやいや!!空間震警報ですよ!?外はノイズがいるし、軍との戦闘に巻き込まれますって!!」

「だから行かねばならん!シドーが危険な目に遭っているかもしれんのだ!!」

 

どうやら少女は。知人が街中に取り残されている可能性があるので、自分で捜しに行こうとしているらしい。

 

「だからって、あなたが行ってもどうしようもないでしょう!まずは自分の身を守って、捜索は軍の人達に任せましょう!それに、他のシェルターに避難しているかもしれませんから!」

「何?お前はシドーがどこにいるのか知っているのか!?」

「いや、知りませんけど…」

「だったら私が捜しに行くしかなかろう!ええい、邪魔をするな!」

 

自分が何をしようとしているのかユウキが説明するが。少女はそんなこと知ったことかと言わんばかりに手を振り払おうとする。

 

「(何!?なんなのこの人!?なんか話が噛み合ってないんですけど!!)」

 

自分と同年代の筈なのに。まるで、聞き分けのない子供を相手にしているかのような錯覚に陥るユウキ。

 

「離せ!」

「あっ!」

 

華奢に見える体格からは想像できない力で、少女がユウキの手を振り払いシェルターから出て行ってしまう。

 

「ま、待って下さいってば!」

 

誰か大人に伝えるべきなのだが。このまま少女を見失うのは危険と判断したユウキは、少女を追いかける。

 

「(ごめん、兄ちゃん!)」

 

知れば怒るのはもちろんだが、それ以上に心配するだろう兄に心の中で謝りながら少女を追跡する。

 

「嘘、はやっ!?」

 

ユウキは共に暮らし始めてから。兄の鍛錬に付き合うことが多かった影響で、大人顔負けの身体能力を手にすることができたのだ。

その兄曰く『天才とはあいつのことを言うんだろうね』と。また、暇つぶしに武術の手合わせをした、熊を素手で倒せる友人の少女からは『彼女の兄以外に、同年代に本気を出したのは初めてだったわ』と評された。

それ故に。少女のことをすぐに連れ戻せると判断したことが、追いかけるという選択をさせたのである。

だが、そんな思惑とは裏腹に少女との距離が縮まるどころか。徐々に引きはなされていってしまっていた。

 

「これ、まず…!」

 

外にいる時間が長くなるということは、それだけ危険が伴う。どうすべきか考えるも、無情にも打開策が閃くことはなかった。

 

「わッ!?」

 

そんなユウキに、空間震の影響で破損した建物が崩れ瓦礫が降り注ぐ。

咄嗟に後ろに跳んで回避するも。道が瓦礫に塞がれたことで、少女を追うことはできなくなってしまった。

 

「どうしよう…」

 

こうなってはシェルターに戻るしか選択肢はないが。どうしても少女を放っておくことがユウキにはできなかった。

どうにか瓦礫を越えられないか探るユウキ。だが、その『優し』さが仇となった――

 

「ッ!」

 

不穏な気配を感じ振り向くと。人ならざる姿をした不気味に発光する存在――ノイズの群れが周囲の建物や瓦礫の影から現れた。

一般人であるユウキには、十分という言葉ですら足りない程に絶望的な状況である。

 

「(最悪だ…)」

 

考えうる限り最悪の展開だが。ユウキは冷静に状況を分析して対処法を探す。

普段の愛くるしい顔は鳴りを潜め。その目は刃物ような鋭さを帯び『戦士』と呼ぶに足る風貌を醸し出していた。

背後は瓦礫で塞がれており、前方にはノイズ。つまり逃げ場はない以上。立ち向かうしかないが、生身のユウキに勝ち目など万に一つもないので、どうにか逃げ道を作るしかない。

ユウキは、足元に転がっていた手頃な長さに折れていた鉄パイプを拾うと。腰を深く落として相手に向かって半身の姿勢をとり、パイプは左手のみで持ち、体の後ろに置き先端を相手に向け、右手を前に突き出してパイプにやや重なるような位置に置く。

兄から篠ノ之流剣術を習ったが。どうにも自分には合わず、気に入った型を模索した結果。突き技主体の完全な我流剣術となってしまったのである。

それでも、兄から文句は言われておらす。直葉に誘われて始めたALOでは十分に通用しているので。実用性がない訳ではないのだろうと、彼女はこの型を使い続けている。

 

「(来た!)」

 

ノイズの動きを観察していると。その身をスライムのように蠢かせた数体のノイズが、槍のように細くなると弾丸並の速度でユウキに突撃してきた。

それを半歩だけ体を横にずらしてユウキは回避し、避けられたノイズは瓦礫に激突する。

無論そんなことで倒せないことはユウキは重々承知しているので、次のアクションを起こす。

 

「ヤアァァァァァ!!!」

 

瓦礫へと向き直った彼女は。上半身を限界まで捩じり、そのバネのみで刺突を放った。

ユウキが最も得意とし『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬から『見事』と言わしめた左片手一本突き、そのバリエーションの1つである。

もろい箇所にパイプが突き刺さると。その衝撃でパイプが半ばまで砕け散ってしまうが、瓦礫に亀裂が生まれ瞬く間に広がっていく。

ユウキが素早く跳び退くと、瓦礫は大きな音をたてながら、激突したノイズを巻き込んで崩れ落ちていったのだった。

 

「(次!)」

 

パイプを手放し。地面に転がっている別のパイプを蹴り上げて掴むと、先程と同じ構えを取るユウキ。

未だノイズの数は多く、生き残れる可能性は低いと言わざるを得ないが。ユウキの瞳に諦めの色は見られなかった。

 

「ボクは諦めない…」

 

自分に言い聞かせるように呟くユウキ。

 

「生きて、兄ちゃんと添い遂げるんだ!!」

 

天道勇の妹として悔いのない人生を歩むため。そのための最大の目標を叶えるため、彼女は足掻き続けることを選ぶ。

ノイズが次々と襲い掛かってくるのを迎え撃とうと、集中力を極限まで高め手にしているパイプを握り締め――

 

 

 

 

突如降り注いだ閃光が迫るノイズを焼き払った。

 

 

 

「わっ!?」

 

閃光の輝きに腕で顔を覆うユウキ。

すると、1体のPTがブースターとスラスターを吹かせなら、彼女を守るように降り立った。

 

「わわっ!?」

 

その風圧でスカートが捲り上がりそうになり、慌てて両手で抑える。

その間にPTは左前腕の装甲を展開し露出したガトリング砲を残ったノイズへ向ける。

砲身が回転を始めると駆動音と共に、連続で吐き出された弾丸がノイズへ襲い掛かる。さらに、右手で保持し脇に挟んで固定したランチャーのトリガーを引くと、ビームが次々と放たれる。弾丸に蜂の巣にされるか、ビームに貫かれ、ノイズが炭となって崩れ落ちていく。特にビームは、1発で2体以上を纏めて撃ち抜くこともあり、搭乗者の技量の高さを示していた。

暫くしてPTが射撃止めると、無数にいたノイズは殲滅されていたのだった。

 

「(この人は?)」

 

自分を助けてくれたPTを観察すると。兄の機体に似ているが細部が変更されており、色も紺ではなく黒を強調したものとなっていた。

 

『ふむ』

 

ユウキへと向き直ったPTは、ユウキの目を見つめるようにバイザー越しに目を細める。

 

『やはり、いい目をしている。ここで死なせるのは惜しいな』

「へ?」

 

何か満足げな様子でユウキをPTは称賛しだす。その当人は突然のことに目を点にしてキョトンとしてしまう。

 

「シャドウ1!」

 

そんなことをしていると。ピンク色のした、髪と同じ色のアミタのバリアジャケットとそっくりの服装をした少女が降り立ち、不機嫌そうな顔でPTへと詰め寄る。

 

「隠密行動だって言った本人が、何やってんのよ!ノイズ相手に派手に暴れ出して!」

『こいつを死なせるのが惜しくてな。すまん』

 

まくし立てる少女に、PTがユウキの方を向きながら謝る。

 

「へ?何、その子?」

 

そこでユウキの存在に気付いた様子の少女が、目を点にする。

 

『ノイズに襲われていたので助けた』

「ええ!?大丈夫!怪我してない!?」

 

PTの説明に驚愕した少女が、慌ててユウキの体を確認し始める。

 

「えっと、おかげさまで大丈夫です。助けて頂きありがとうございます」

『気にするな。気まぐれでやっただけのことだ』

 

ユウキが頭を下げながら感謝の言葉を述べると、PTは素っ気ない様子で応える。

 

「あの、あなた達は?」

 

ユウキは、PTの搭乗者と少女を最初は軍人と関係者だと思っていたが。どうにも違う雰囲気を醸し出しており。特に少女の方は服装だけでなく、顔立ちもアミタに似ていることが無性に気になったので、思い切って聞いてみた。

 

『俺達は、ただの通りすがりのテロリストだ』

 

その問いに。PT――ヒュッケバインMK-Ⅱ・ハウンドに乗っているヴォルフ・ストラージは、迷いなくそう答えるのであった。

 

 

 

 

「つまり。精霊とは対話の余地があるので、我々に攻撃はするなということかレッド?」

『そうです勇さん』

 

レッドが語った内容を要約すると、彼女は真剣な表情で頷いた。

まず、前回のプリンセスの件以降。ツインテイルズは、秘密裏にラタトスクと協力関係を結んでいたこと。そのラタトスクは精霊との対話を行い、人類との共存を可能とすることができることが語られた。

そのため。軍には精霊と敵対することを止め、以降の精霊への対処は、ラタトスクに一任するよう働きかけてもらいたいという内容だった。

 

「確認するが。夜刀神十香はプリンセスであり、現在人間社会に適応できるよう訓練を行っているのだな?」

『はい』

 

そして彼女から提示された情報として。プリンセスは既にラタトスクに保護されており、夜刀神十香と名乗り人類との共存を望んでいること。その一環として、来禅学園へ学生として通っていることだった。

 

「……」

 

顎に手を添えて得た情報を整理していく。

普通であれば、馬鹿げた話だと一笑に付すだろうが。俺はそうすることができなかった。

レッドの目が真実を告げていると語っており。それなら、夜刀神十香への疑惑も説明がつくからだ。

 

「…確かに。その話が真実だとしよう」

『!ありがとうございます!』

『な!?信じると言うのか、今の話を!』

 

俺の言葉に、レッドは喜び。隣にいた風鳴が驚愕の目を向けてきた。まあ、当然の反応だよな。

 

「否定する要素もないからな。それで、そのラタトスクの対話の方法は?空間震等の問題をどうやって解決するのだ?」

『そ、それは…』

 

この問いに、今まで迷いなく話していたレッドが言葉を詰まらせた。

この話を成立させるには、この話題が必要不可欠だ。少なくとも軍上層部を納得させるには、ラタトスクがどのように精霊に対応するのか明確にしなければならない。

なのにレッドは、そのことを敢えて語ろうとしなかった。俺達を説得に来た筈なのに矛盾した行動に、違和感を感じていた。

 

『すいません…。それは言えません』

「言えない?何故だ?」

 

押し黙ってしまうレッドに、眉を顰める俺。彼女の反応を見るからに、こちらに知られるのはかなり不味いということなのか?

 

「……」

『でも、これだけは信じて下さい!精霊とは分かり合えるんです!あなたも夜刀神さんを通じて感じれたでしょう!』

「確かに、な」

 

挨拶程度にだが、夜刀神十香と話したことはある。五河以外の者には、警戒心が抜けきれない様子も見られたが。それでも、今の環境に馴染もうとしていたことは感じられた。だが――

 

「夜刀神十香はそうなのだろう。だが、他の精霊が必ずしもそうだという保証はあるのかレッド?」

『それは…。でも、ハーミットさんが戦いを望んでいないことは、これまでの行動が証明しています!』

 

確かにハーミットが争いを好まないのは、これまで得られたデータから理解することはできる。

 

「だが、彼女が起こした空間震による被害は出ている以上、放置することはできん」

『俺達なら空間震も防げるんです!信じて下さい!』

「君達は信じている。だが、ラタトスクは信用できん」

 

ラタトスクが何のために精霊を保護しようとしているのか。いや、本気で対話しようとしているのかも分からない以上、信じることなどできはしない。そもそも、レッドに本当のことを話しているのかさえ怪しい。

俺は、腰部に固定していたショットガンを、右手に持ち警告を兼ねて銃口をレッドへと向ける。

 

「悪いがそちらの要求には応じられん。道を開けてもらおう」

『それは、できません。あなたに精霊と戦ってほしくないんです勇さん!』

 

両手を限界まで広げて説得を続けようとするレッド。そうか、俺のことも思いやってくれるのか…。

 

「…気持ちはありがたいが。大切な人達に害を及ぼす以上、俺は精霊を討つことに迷いはない。道を開けるんだ。君を傷つけたくはない」

『精霊の命を奪ったら、あなたは一生後悔し続けることになる!だから、どきません!』

 

幼き体格から想像できないような決意に満ちた眼差しで、俺を見据えるレッド。やはり言葉だけではどうにもならんか。ならば――

トリガーにかけていた指に力を力を込めようとすると。今まで沈黙を保っていたブルーがレッドの前に立ち、ランスを軽く回すと矛先をこちらへと向けてきた。この事態は予測していたのだろう。その動きに迷いはなかった。

それに反応した風鳴も、刀を構えて戦闘態勢に入る。

 

『これ以上は無駄よレッド。後はあたしがやるから、あんたは退がってなさい』

『駄目だブル―!俺達は戦いに来たんじゃないんだ!』

『言いたくはないけど。あんたが思っている以上に、世の中甘くはないわ』

 

ブルーの言葉に何も言い返せず俯くレッド。そう、この世界は理想だけでどうにかなるものじゃない。それがどれだけ正しくとも、現実は簡単に押しつぶしてくる。力なき理想など幻でしかない。

 

「博打のようなことに、大切な人達の命は預けられない。止めたいのなら力づくでこい。ここから先は力が全てだ」

 

レッドの主張が正しいのかもしれない。それでも俺は自分の信じた道を進む。

どちらにも譲れない正義があるのなら、最後は力をぶつけ合い、勝った方の正しさが証明される。それが人間の本質だ。

 

『それでも…それでも、俺は!』

 

悲痛な面持ちでレッドが叫ぼうとした瞬間。天井に亀裂が走り、みるみると広がっていく。

 

「ッ!退避しろォ!」

 

叫ぶと同時に、ブースターとスラスターを最大稼働させ後退する。

天井が崩れ、瓦礫が俺達のいた場所に降り注いだ。後少し反応が遅れていたら埋もれていたな。

 

「風鳴!」

 

すぐに風鳴の安全を確認するために通信を繋げる。

 

『無事だ!問題ない!』

 

瓦礫が降ったことで巻き上がった粉塵が晴れるていくと、風鳴の無事な姿を視認し安堵する。

ツインテイルズの姿は見えないが。俺達と同じタイミングで退避していたから、大丈夫だろう。

 

『勇、翼、無事!?』

「ええ。日下部大尉、何が起きました?」

『ハーミットが天使を顕現させて、デパートから飛び出してきたのよ!』

「天使を…」

 

――天使

精霊が持つ最強の矛たる武装。その威力は、一瞬で都市を壊滅させることさえできると言われている。

ハーミットは過去、一度も顕現させたことはなかったが。ここにきて使ってくるとは、何かあったのか?

 

『現在追跡しているから、あなた達も合流して!』

「了解です。すぐに向かいます」

 

大尉に応じると同時に、二課の風鳴指令から通信が入る。

 

『俺だ。二人ともこちらの指示するルートで向かってくれ』

「了解」

 

送られてきたデータから、合流ルートの確認を行う。

 

「……」

 

ハーミットの行動に変化が見られたのは、レッドの言うラタトスクの対話の結果なのか?その結果がこれなら――

 

「やはり、戦うしかないか…」

 

俺は何を言っている?とっくに覚悟はできていることだ。今更迷う必要などない。それとも心のどこかで、ラタトスクに期待していたとでもいうのか?

 

『何をしている天道!早く行くぞ!』

 

無意識に呟いたことに困惑していると。先行していた風鳴の言葉に現実に戻される。

 

「済まない。すぐに行く」

 

雑念を払うため軽く首を振り、機体を飛翔させて風鳴の後を追うのであった。

 

 

 

 

勇達とは別方向からデーパートを脱出したツインテイルズ。

無残な姿となったデパートを見上げていると、フラクシナスから通信が入る。

 

『レッド、ブルー無事!?怪我はしてない!?』

「はい、五河指令。私もブルーも無事です」

『そう、よかった…』

 

切羽詰った声の琴里に応じると、安堵した様子で椅子に腰かける音が聞こえる。どうやら、かなり心配してくれていたようだ。

 

「あの、何が起きたんですか?士道さんは無事なんですか?」

 

状況的にデパートを破壊したのは、ハーミットなのだろうが。どういった経緯があったのか、何より士道の安否がレッドには気がかりであった。

 

『士道は無事よ。それで、何が起きたのかと言うと…』

『私が説明するよレッド』

 

どのように説明すべきか迷った様子の琴里に、代わり解析官である令音が通信に割って入った。

 

『実は十香が避難先のシェルターから抜け出して、士道の元に向かってしまったんだ』

「えっ夜刀神さんが!?」

 

力を封印された十香の安全確保と。軍と精霊の戦いを見たことで、自分の時のことを思い出してしまい。それが彼女へのストレスとないようにと、一般人と同様にシェルターへ避難させていたのだ。

その彼女が、こちらへ来てしまったことに驚くレッドとブルー。

 

『それで、ハーミットを攻略していた士道を見て。彼女とトラブルになってしまってね』

「つまり、嫉妬したと」

『その通りだブルー。その結果、ハーミットが錯乱して天使を顕現させてしまったんだ』

 

状況を理解したブルーが深い溜息を吐いた。

ラタトスクが立てた作戦は、言ってしまえば『女を口説きまくってハーレム作ろうぜ』であり。士道がゲス野郎呼ばわりされるならマシで、最悪昼ドラのような展開になり、士道の命に関わる事態に陥る危険性を孕んでいた。他に方法がないとしても、ブルー個人としては女心を弄ぶような作戦に、正直に言うと乗り気ではなかった。

特に十香は士道に依存しているような節が見られ、今回の事態は起きるべくして起きたと言えよう。

 

『とにかく今回…の……戦は…中…』

「?あのすいません。よく聞き取れないんですが」

 

突然通信の状態が悪くなり、琴里の声が掠れたようになってしまう。

 

『これ…はジャミ……グ!?気を…けてくだ…レ…』

「トゥアール?どうしたのよトゥアール?」

 

フラクシナス側のトラブルかと思ったが、トゥアールとの通信も悪くなり。遂には通信機からは、テレビの電波が通じなくなった時と、同様の音しか聞こえなくなってしまう。

 

「ッ!レッド!」

「わぁ!?」

 

何かに感づいたブルーがレッドを抱えると、その場から跳び退く。

すると、上空から飛来した何かがレッド達がいた場所に高速で飛来し、地面を抉って滑りながら停止する。

 

『流石に、この程度は避けるか。そうでなくては困るが』

 

飛来したのは漆黒のPT――ヒュッケバインMK-Ⅱ・ハウンドであり。搭乗者であるヴォルフは、奇襲が失敗したのに、期待通りといった様子であった。

 

「あの機体…」

「漆黒の狩人って奴よね」

 

ラタトスクへの協力を決めた際、指令である琴里から幾つかの注意事項があった。

敵対しているDEM社が加入している、国際犯罪組織ファントム・タスク。その実行部隊の中でも危険度の高い人物の1人、ヴォルフ・ストラージ――通称『漆黒の狩人』と呼ばれる男のことである。

 

『さて。お前達に可能性があるかどうか、試させてもらおう!』

 

ハウンドがブースターとスラスターによって、地面から浮かぶと。斧型の銃剣を展開したランチャーを右手でトリガーを、左手で銃身の側面に備え付けられたグリップを握り。ブースターとスラスターの出力を上げると、ランスチャージをするかの如く、ツインテイルズ目がけて突撃したのだった。




捕捉と裏話
今回ユウキが使用した技は、るろうに剣心に登場する斎藤一が使用していた『牙突・零式』と呼ばれるものです。
アニメ、漫画等で好きな剣術を上げるなら1位がスパロボの『疾風怒涛』で、2位が『牙突
』と言うくらいお気に入りであり。
ユウキのマザーズ・ロザリオを見て、ユウキ=突き技が得意というイメージを持ち。そして、牙突=突き系統の技なので使わせてみようという発想に至り、このような形となりました。

最後に、ヴォルフに助けられたユウキがどうなったかは、次回語られます。


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第四十九話

「テロ、リストさんですか?」

『そうだ』

 

胸を張るかの如く堂々と言い放つヴォルフに、ユウキは目を点にしてキョトンとしてしまう。

こうもハッキリと、自分を犯罪者だと言い切る人間に会ったのは初めてのことであり。本人はそのことを誇りに思ってさえいるようであった。

 

「あ~ごめんね。こいつ色々変な奴だから気にしないで」

『変で結構。自分の生き方を恥じるくらいならテロリストに等ならん』

 

キリエの言葉にフンッと鼻を鳴らすヴォルフ。

 

「で、彼女どうするのよ?」

『無論、安全な場所まで連れていく。それでいいか?』

「でも、もう1人外に出ている人がいて。その人もノイズに襲われてるかもしれないんです」

 

追いかけていた少女のことを思い出したユウキは、そのことを不安そうにヴォルフらに話す。

 

『…それなら俺の部下に追わせている。その者も連れ戻してやる。だから安心しろ』

「本当ですか!ありがとうございます!」

 

ヴォルフらのこと信頼しきった様子で安心するユウキ。そんな彼女を直視できなくなったのか、少し視線を逸らしているヴォルフとキリエ。

実を言うと、とある目的を果たすためにハーミットを監視していたのだが。プリンセスと見られる少女がシェルターから出てきたので、そちらも監視していたらノイズに襲われるユウキを発見し。突然独断行動を起こしたヴォルフが助けに入ったのだ。

正直を言うと、ヴォルフにその少女を助ける気は毛頭なく。あわよくば、協力者であるネフシュタンの少女の力を借りてノイズに襲わせ。本当にプリンセスであるかを確かめ、事実であれば狩ろうかとの考えていたのだった。

ユウキに伝えたことは、あくまで彼女を安心させるための方便であるため。屈託のない笑顔で信頼を寄せるユウキに、猛烈な後ろめたさをヴォルフらは感じてしまっていた

 

「さてと。あんた1人じゃ『色々』と不安だからあたしも着いていくわ」

 

何かへの不信感を隠さない様子のキリエ。ユウキには、彼女が夫の浮気を気にする妻に見えた。

 

『なんだ、その『色々』とは』

 

肝心のヴォルフはその何かに気づいていないようだが…。

 

『まあ、いい。近くのシェルターでいいな』

「はい」

『なら行くぞ』

 

差し出された左腕が腰に回され抱えられるユウキ。不思議と恥ずかしさを感じることはなく、父親に抱えられた時のような安心感があった。

安全を確認すると、ヴォルフは機体をホバリングさせて移動を開始する。

 

「……」

 

そんなユウキを羨ましそうな目でジーッと見ているキリエ。

 

『どうした?』

「なんでもない」

 

ヴォルフが怪奇そうな目を向けるると、不機嫌そうにそっぽを向くキリエ。

 

「(ああ、なる程)」

 

そのやりとりだけで、ユウキには全てを察するに十分であった。

 

「大丈夫ですよ。僕が異性として愛しているのは兄だけですから」

「そう、それなら…え?」

 

ユウキの発言にキリエは一瞬納得しかけたが、すぐに違和感に気づいて驚愕した。

 

「待って、今なんか凄いこと聞いた気がする!」

「禁断の恋か…」

「あ、義理の兄なんで」

「なら、問題ないな」

「ええ!それで納得する!?」

 

なんなく受け止めた同僚に、さらなる衝撃を受けるキリエ。

 

「何を驚いている。この国の法律上何も問題はないぞ」

「いや、そうだとしても世間体とかが…」

「「そんなもの愛の前では問題ないさ(なかろう)」」

「ええ…」

 

謎の説得力にもう、何も言えなくなるキリエ。というよりこの2人無駄に息が合い過ぎである。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「あたし?何よ」

 

一番気になっていたことを聞こうとユウキは話し掛けると、意外だったのかキリエはキョトンとした顔で反応した。

 

「あなたって、キリエ・フローリアンさんですか?」

「え?」

 

名乗っていないのに、ユウキが自分の名前を知っていることに困惑の色を見せるキリエ。ヴォルフも意外そうな目をユウキに向けた。

 

「僕アミタさんの知り合いなんです。あなたのその恰好が似ていたから」

「そう…」

 

姉の名前が出ると納得したようだが、表情に影が落ちるキリエ。

 

「アミタさん、あなたが元気か凄く気にしてましたよ」

「…テロリストやってて言うのもなんだけど。元気にやってるわ。そこお人好しのおかげでね」

『勘違いするな。俺はお前を利用しているだけだ。だから、そいつの姉に言っておけ、俺を好きなだけ怨めとな』

 

ユウキに言い聞かせるように告げるヴォルフ。どうやら、キリエの自分への評価を否定したいらしい。

そんなヴォルフに、ユウキは1つの言葉が当てはめられた。

 

「あなたってツンデレなんですね」

「ブッ!」

 

ユウキの言葉に噴き出すキリエ。当のヴォルフは、元々鋭い目つきが更に鋭さを増した。

 

『そんなものではない。事実をありのまま述べているだけだ』

「プッその言い方、まさにツンデレじゃん…くくっ」

『はったおされたいか貴様?』

 

唸るような声で威嚇するヴォルフだが。この状況では大した効果はなく、寧ろ愛嬌さえ感じられた。

そうこうしている内に、ユウキは避難していたシェルター付近に近づくと。ヴォルフは機体を停止させユウキを降ろす。

 

『ここまでくれば、後は1人で問題なかろう』

「はい、ありがとうございました]

『ではな。もう、危険なことはするなよ』

 

ユウキは礼を述べると、ヴォルフは彼女に背を向けて去ろうとする。そんな彼をユウキは呼び止めた。

 

「僕天道木綿季って言います。あなたのお名前を教えて下さいませんか?」

『…言った筈だ、俺はテロリストだと。余計な関りなど持つべきではない』

 

振り返ることなく、ユウキを突き放すように告げるヴォルフ。

 

「それでも、助けてくれた人のことを知っておきたいんです。いつか、恩返しができる機会が訪れた時のために」

『もう会うことはない。そんなことを気にするな』

 

ユウキの申し出をひたすらに拒絶し続けるヴォルフ。だが、それは彼女の身を案じているかのようであった。

 

「でも、可能性はゼロじゃないですよね?だったら、後悔しないために知りたいんです」

『……』

 

どうあっても折れる気のないユウキに、僅かとはいえ戸惑いの色を滲ませるヴォルフ。

このまま去ってしまえばいいのだが、背中越しに感じるユウキの真っすぐな視線が躊躇いを生んでいた。

 

「そこまで言ってるんだから、教えてあげればいいじゃない。減るものでもないし」

『そういう問題ではない。俺のことを知っても碌なことにはならん』

 

2人のやりとりを静観していたキリエが助け舟を出すも。それでも拒絶の意思を曲げようとしないヴォルフ。

 

「だったら助けなければよかったじゃない。命の恩人の名前くらいは知りたいのが普通でしょ?

『……』

 

キリエの正論の前に、反論できないのか黙り込むヴォルフ。

 

「それに、一番大事なのは本人が後悔するかしないかじゃない?で、彼女はしないって言ってるんだから何も問題ないでしょ?ね?」

「はい!」

 

キリエが問うと、屈託のない笑顔で頷くユウキ。

 

『…ヴォルフ・ストラージだ。後悔しても知らんからな』

 

ユウキへと向き直ると、溜息混じりに名乗るヴォルフ。

 

「はい!心配してくれて、ありがとうございますストラージさん!」

 

名乗ってくれたことに飛び跳ねそうな程喜ぶユウキ。そんな彼女を、ヴォルフはどこか懐かしさを思い出したかのような目で見ていた。

 

『ではな、もう2度と合わないことを願っているぞ』

「はい、またいつか!」

 

今度こそ背を向けて去っていくヴォルフに、ぶんぶんと手を大きく振りながら見送るユウキ。内容が噛み合っていなかったが、不思議と違和感を感じさせなかった。

 

「私も行くわ。じゃあね」

「フローリアンさんもありがとうございました。お元気で」

 

そう言葉を交わしてヴォルフの後を追いかけるキリエと。ヴォルフ同様に、ぶんぶんと手を大きく振りながら見送るユウキ。

2人の姿が見えなくなると。ユウキはシェルターへと戻り、友人や教師らにお叱りを受けるのだった。

 

 

 

 

『……』

「どうしたのよシャドウ1?あの子と会ってから考え込んじゃって」

 

別行動となっていたオータムらと、合流を目指すヴォルフとキリエ。

だが、ユウキと別れてから、ヴォルフの様子に違和感を覚えたキリエが話しかける。

 

『少し、妹とのことを思い出しただけだ』

「妹!?あんた妹いたの!?」

 

告げられた内容に驚愕するキリエ。なんだかんだんで、この男の過去を余り知らない彼女には十分過ぎる衝撃であった。それだけに非常に興味の引かれる内容でもあった。

 

『昔の話だ。もう縁は切った。あいつはもう、日向に住んでいるからな』

 

そういうヴォルフの声には、キリエの聞いたことのない優しさが含まれていた。

 

「シャドウ1?」

『着いたぞ』

 

話を打ち切るようにビルの壁に沿って機体を上昇させるヴォルフ。それにキリエも続く。

できればもっと話を聞きたかったが。ヴォルフの雰囲気から無理に触れるべきではないと判断し、キリエは任務に集中することとした。

 

「おっ来たか。おせーぞ」

 

ビルの屋上にたどり着くと、別行動となっていたメンバーがおり。その内の1人であるオータムが待ち焦がれた様に呼びかける。

 

「すまん、待たせたな。こちらの状況はどうだ?」

「目標B(プリンセス)が、目標A(ハーミット)の逃げ込んだデパートへ入った」

『よくたどり着けたものだ。道中ノイズがいただろうに』

 

エムの報告に、顎に手を添えて関心したような声を漏らすヴォルフ。

 

「それが、走る速度がどんどん上がっていきやがって、しまいにはノイズを振り切っちまいやがった。ありゃ人間じゃないぜ」

 

ヴォルフの疑問に答えるように、協力者であるネフシュタンの少女が怪訝な顔で話す。

 

『おおよそ当たりか。それで、本命は?』

「転移反応を確認している。波長がラタトスクが使用しているものと一致した」

『結構。では、機会を伺うとしよう』

 

ほとんど想定通りに事態が進んでいることに、ヴォルフは満足した様子で標的のいるデパートを眺めている。

 

「で、今回はなんで精霊じゃなくて、ツインテイルズを狙うんだよシャドウ1?」

 

興味深々といった様子でオータムがヴォルフに問いかける。

精霊狙いだった彼らの今回の標的は、わざわざ狙う必要性のないツインテイルズであった。

暫し前からヴォルフは、突然女性のヘアースタイル関連についての情報を集め始め、メンバーの度肝を向いており。そこから何かを感じ取たのか、この襲撃を決定したのだ。

だが、確かめたいことができたとしか理由は告げられておらず。オータムは気になって仕方がなかった。他のメンバーも同様なようで、視線がヴォルフに集中する。

 

『まだ確証が持てないのでな。悪いが今は言えん』

「そりゃねぇよ!おかげでこっちは、毎晩お前のことを考えながら、8時間しか寝れてないんだぜ!」

「それ以上寝てどうする気だ…?だいたい、私の方がシャドウ1のことを深く考えながら寝ている」

 

見事に話を脱線させたオータムに。的確にツッコミを入れながら、ボケを叩きこむ高等技術を発揮するエム。

 

「あ?なめんなよガキ。こちらとらお子様のお前より、大人の関係で考えてんだよ」

「ふっ『そういった』方向でしか考えられんとは浅ましい奴だ。ああ、もう青春が枯れ果てているから、仕方なかったなすまない」

「いやいやこっちも悪かった。『そういう』話だと、顔を真っ赤にして逃げ出すピュアなお前さんには、一生無理だもんなぁ。手を繋ぐだけで青春が終わりそうだもんな」

「あ?」

「お?やるか?」

 

互いに額を押し付け合ってメンチを切るオータムとエム。とはいえ、一触即発なのに何故か微笑ましく見えるのだが。

 

「おい、話が光の速さで脱線したまま突き進んでるぞ?」

『気にするな。いつものことだ』

 

ネフシュタンの少女が、呆れを通り越した顔でツッコミに入るが。肝心のヴォルフは、慣れた様子でデパートの方に集中していた。

 

「……」

『おい、シャドウ4。なぜ俺を蹴落とそうとしている?危ないだろう』

 

無言で背後から蹴りを浴びせてくるキリエに、何事かといった様子で困惑の色を浮かべるヴォルフ。

 

「いや、あの2人の代わりにあんたに天罰を与えようかと」

『確かに俺は碌な人生を歩んでいないが。お前に罰せられることはしていないぞ?』

「よし3人でこいつ落そう」

「うむ」

「OK」

 

朴念仁への処罰に、オータムとエムも加わり次々と蹴りを浴びせていく。

 

『よせ、止めろ!こいつ(ハウンド)は機動力重視なんだぞ!ちょっとの衝撃でもへこむ装甲なのだぞ!』

 

必死に蹴落とされないよう踏ん張りながら、説得を試みるヴォルフ。最も飛行できるので落ちても問題ないのだが。

 

「(こいつら、仲いいなぁ…)」

 

じゃれあうシャドウズを見ながら、いろいろな意味で感心するネフシュタンの少女。

 

『客人!救援を請う客人!そろそろ落ちてしまう!』

「落とす側に加わらないだけ、ありがたいと思え」

『何故だ!?』

 

最後の望みが絶たれたヴォルフが蹴落とされるのと同時に、デパートから天使を顕現させたハーミットが飛び出してくる。

そして、タイミングよくツインテイルズが孤立したのを発見したので。メンバーから逃げるように強襲するヴォルフであった。



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第五十話

「くッ!?」

「うわぁ!?」

 

自分達目がけて突撃してきたハウンドを、左右に別れて跳ぶことで回避するレッドとブルー。

突然の事態に困惑しているレッドに対し、ブルーは素早く髪飾り型デバイス『フォースリヴォン』に触れ。ランスを粒子変換で呼び出すと、軽く振り回して戦闘態勢を取る。

――その瞬間、目前まで接近していたハウンドの銃剣がブルーの腹部に突き刺さろうとしていた。

 

「――ッ!」

 

ブル―は咄嗟にランスを振り上げ、ハウンドのランチャーの銃身に押し当てると同時に、その衝撃で体を回転させて弾かれるようにして避ける。

 

「(早い!)」

 

態勢を立て直しながら思考している間にも。ハウンドは背部の大型ブースターを一時停止させ、各部に備えつけられたスラスターを駆使し、瞬時に反転しブルーへとランチャーのトリガーを引き数発のビームを放つ。

迫るビームの中で、回避しながら被弾するものだけを、ランスを自身の前で片手で振り回し防ぐ。

 

「(消えた!)」

 

ブルーはハウンドの姿を捉えようとするも、その姿は視界から消えており。先程のビームは目くらましのためであったと理解すると同時に、真上から殺気を感じ取りランスを突き出す。

 

「そこッ!」

 

金属音がぶつかり合う音が響き、手ごたえを感じたが余りにも軽すぎることに違和感を覚えるブルー。

ランスが突いたのは、スラッシュ・リッパーと呼ばれる円盤状の投擲武器である。

 

「(囮!?)」

 

嵌められたと思うのと同時に体が無意識に動き、倒れるように地面を転がっていた。それと同時に、ブルーの首があった空間をハウンドが振るった銃剣が横切った。後コンマ数秒でも反応が遅れていたら、テイルギアの保護があっても首と胴体が切り離されていたことだろう。

 

『ふむ。反応は悪くないな』

 

片手で振り切ったランチャーの銃床を、地面に立てるように置いて銃身を支えながらハウンドの搭乗者――ヴォルフは関心したように呟いた。

 

「(遊ばれてる?あたしが!?)」

 

これまでのヴォルフの攻撃には殺気こそ乗っているが、あくまでブルーのことを試しているかのようであり。死んだらそれまでと言わんばかりに、手加減をされているのだと本能的に理解させられた。

 

「ふざ、けるなッ!!」

 

胸の奥から湧き上がる激情に身を任せ、突き、薙ぐ、叩きつけとランスを振るい。さらにフェイントも織り交ぜながら打撃も繰り出すが、全て軽々と避けられるか、ランチャーを盾にして受け止められてしまう。

 

『だが、感情的になりやすい。何より、己より強者相手との経験が足りていないな』

 

ハウンドは銃剣でランスを弾くと、両つま先から隠し刃を展開し。ホバリングしながら蹴り技と、銃剣による攻撃を放っていく。

大型のブースターと各部のスラスター。さらに、全身のバネをも駆使した縦横無尽な軌道から放たれる連撃は、ブルーに反撃を許さず防戦に追い込んでいく。

 

「(こいつ、強い!)」

 

戦えば戦う程、相手との力の差を刻み込まれるブルー。

ブルー――愛香は幼少の頃から、師である祖父から天賦の才があると称される程、武への適性があった。

だが、環境は恵まれているとは言えなかった。幼くして強いがために、自分より格下の相手としかほとんど戦えず。愛香に、己より格上の者との戦い方を覚える機会を与えなかったのである。

 

『井の中の蛙。貴様はもっと『世界』を知るべきだったな』

 

ハウンドは、右つま先の刃をランスに引っ掛け弾き飛ばすと。左脚をブルーの側頭部に叩きつけ蹴り飛ばす。

暫し宙を舞うと、地面に数度叩きつけられてから瓦礫へとぶつかるブルー。そのまま力なく崩れ落ちると動かなくなってしまった。

 

「ブルー!」

 

人と戦うことへの躊躇いと、余りに展開の速さに。見ていることしかできなかったレッドが、悲痛な声で呼ぶも返事が返ってくることはなかった。

その間にも、ハウンドはランチャーの銃口をブルーに向けていた。

 

「ッ!やめろぉぉぉぉオオオオ!!!」

 

反射的にフォースリヴォンに触れ、ブレイザーブレイドを取り出すと。ハウンド目がけて駆けだし、ブレイドを振り下ろす。

ハウンドはランチャーの銃身で受け止めると。刃を滑らせながら接近し、ショルダータックルでレッドを弾き飛ばす。

 

「グッ!」

 

態勢を立て直しながら着地したレッドへ、ハウンドは左腕ガトリングを展開して放つ。

迫る無数の弾丸をレッドは、横方向へ駆けながら避け。飛び込むように瓦礫の影へと隠れる。レッドを追うように放たれていた弾丸が、瓦礫を削り取る、

瓦礫を背にして息を整えたレッドは、様子を見ているハウンドへと問いかけた。

 

「どうして人間同士で戦うんだ!今はそんなことをしている場合じゃないだろう!」

 

それはレッド――総二がラタトスク指令である琴里から、ファントム・タスクのことを聞かされた時に感じた疑問であった。

自己の利益のために他者の幸せを踏みにじる。そんな行いを、インスペクターやアルティメギルが現れてもなお、続けていることへの憤りを感じていたのであった。

 

『それが人間の本質だからだ。己の利を追求し続けること、そのために他の人間の命を奪うことも辞さない。そうやって人は生きてきた。それは、どのような危機に見舞われようが変わることはない』

「そんなことはない!信じ続ければ、人はいつか必ず手を取り合うことができる筈だ!」

 

ヴォルフの言葉を、レッドは認めることができなかった。今は敵対することとなったが、勇やその仲間とも必ず手を取り合える時が来る。そう信じているのだ。

 

『なぜ否定できる?貴様は人間のことを、どこまで知っていると言うのだ?』

 

ヴォルフの問いかけにレッドは言葉を詰まらせる。その言葉には何も知らずに、理想だけを語る者への怒りさせ感じさせるものであった。

 

『貴様が見ているのはただの幻想だ。この世界は、貴様が思っているような綺麗なものではない』

 

ヴォルフの言葉に耳を傾けていたレッドの耳に、何かが空を切り裂く音が聞こえてきた。

それが自身の真上からであることに気づくと同時に、その場から転がるように跳び退くと。上空から飛来したスラッシュ・リッパーが、レッドのいた地面に突き刺さった。

そちらにレッドの意識が向いた隙に。高機動を生かして背後に回り込んだハウンドが、ランチャーを横薙ぎに振るう。だが、その狙いはレッド自身ではなく――その象徴とさえ言えるツインテールであった。

爆発的な推力の乗った一撃を、ブレイドを盾にして受け止めるも。ハーミットを守るため勇の攻撃を防いだ際に、深刻なダメージを受けていたブレイドの亀裂が更に広がっていき、遂には刀身が半ばから折れてしまった。

その衝撃で弾き飛ばされたレッドは、地面に何度も叩きつけられて転がる。テイルギアの保護機能を超えたダメージが全身に走り、苦悶の声が無意識に口から洩れてしまう。

激痛によって、切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めると。すぐに体制を立て直し、追撃してきたハウンドの蹴り技の連撃を避けるか、ブレイドの残った刀身で防ぐしかできず。一方的な展開となっていく。

 

「くッ…ぁ…」

『どうした。その髪を捨てれば勝機も見えるぞ?』

 

そう、ハウンドが狙っているのはレッドのツインテールのみであり。その気になれば避けることはおろか、カウンターを決めることも容易いものだった。寧ろ、レッドがそうするように仕向けているようでさえあった。

だが、レッドはそうするどころか、その身を傷つけてさえツインテールを守っていた。

 

「そんな…こと、できるか!ツインテールは俺の命だ!ツインテールを守るために戦っているんだ!!!」

『ならば、その理想を抱いて――死ね』

 

右脚を振り上げ、ガードしたブレイドを弾くと。無防備となったレッドのツインテールを左手で掴むと、ブースターとスラスターを吹かして加速しながら回転すると、レッドを地面へと叩きつけた。

 

「がァッ…!」

『ハッ!』

 

ツインテールを手放すと。地面にめり込んだレッドの腹へ、右脚の蹴りを叩きこんで弾き飛ばす。

サッカーボールのように宙を舞ったレッドの小柄な体が、何度も地面をバウンドしながら転がり。瓦礫に埋もれて気絶しているブル―の側で停止した。

 

「ッ…!ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

瀕死としか言いようにないまでに傷だらけとなっても、レッドは立ち上がろうとするが。激痛の余りまともに体が動かなかった。

 

『無駄だ。これが貴様の限界だ。その程度では、ドラグギルディには勝つことはできん』

「――!!!」

 

ヴォルフの放った言葉が、レッドの心に深々と突き刺さった。

ドラグギルディ――アルティメギル地球侵攻軍の司令官であり、暴走した十香とも単身で互角に渡り合った猛者である。いや、あれさえ彼の力のほんの一端だったのかもしれない。

いずれ来る彼との戦いに備えていたレッドだったが。竜の化身とさえ言える彼に勝てるイメージが湧いてこなかったのである。

そして、今ヴォルフにそれが事実であると突きつけられたようであった。

 

『貴様らには『可能性』を感じていたが。錯覚だったか…』

 

失望したかのような様子のヴォルフは。ハウンドの胸部装甲を展開させる。

 

『貴様らに世界を背負う資格はない。真実(・・)を知り、絶望する前に眠れ』

 

露出したコネクターにランチャーを接続させよう――「待ってちょうだい」として動きを止める。

 

『む?』

 

新たに現れた存在に、ヴォルフは怪奇そうな目を向けた。

30代と見られる女性であり、服装はごく一般的なもので。武器の類を携帯していないどころか、戦場には不釣り合いな雰囲気すら放っていた。

女性はゆったりとした足取りでツインテイルズの前に立つと、彼女らを守るようにヴォルフへと向き合う。

 

『…何者だ?』

観束未春(みつかみはる)。この子の――テイルレッドの母親よ」

「母、さん…?なんで…」

 

突然現れた母の背中を驚愕の目で見上げるレッド。恐らく基地にある転送装置を使って来たのだろうが。どうしてこの場に現れたのか、理解することができなかった。

 

「母親だから。我が子とその友達を守るのに、他に理由なんていらないでしょう?」

 

命の危険すらある状況でも、恐怖など一切なく未春は答えた。

 

『……』

「私の命ならいくらでもあげる。代わりに、この子達にもう一度だけチャンスをあたえてくれないかしら?」

 

様子見をしているヴォルフに、自らの命を差し出すように両手を広げて告げる未春。その目は本気で死を覚悟したものであった。

そんな彼女に、ヴォルフは無語でランチャーの砲口を向ける。

 

「そんな!駄目だよ、母さん!」

 

母の言葉に、レッドは今にも泣きだしそうな顔で止めようとする。

 

「いいの。あなた達には未来がある。それを守るのが大人の役目よ」

 

横顔をレッドに向けて微笑む未春。その表情はどこまでも息子への愛に溢れていた。

 

『無駄だ。それでこの場を切る抜けようとも、すぐに同じ結末を迎えるだけだ』

「でも、人は一分でも一秒でも生きていけば強くなれる。レッドちゃんなら、あなたの言う結末を超えられる程に。それが『可能性』じゃないかしら?」

『なぜそう言い切れる?』

「この子を側で見てきたから。だから私は信じることができるの」

『母だからこそか…』

 

未春の言葉に何かを感じ取ったのか、ヴォルフは砲口を降ろす。

 

『…いいだろう。あなたに免じてこの場は手を引こう』

「ありがとう。優しいのねあなた」

『勘違いも甚だしい。俺はそのような人間ではない』

 

未春へ一瞬何かを懐かしむかのような目を向けると、背を向けるヴォルフ。

 

『警告するが。次はない』

「そうね。もう、レッドちゃんが負けることはないから」

 

また庇うことがあっても次は迷いなく撃つ、という意味合いで告げたのだが。それに気づいていながら、その心配は必要ないと笑みを浮かべて答える未春。その目には、我が子への確かな信頼があった。

そんな彼女に満足そうな様子で足を止めるヴォルフ。

 

『良き母を持ったなテイルレッド。孝行の心を忘れるなよ』

「え…?」

 

突然かけられた言葉にキョトンとするレッド。そんなレッドを尻目に、ヴォルフは飛び去っていくのであった。



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第五十一話

ブルーアイランド基地敷地内にある軍病院。その廊下を俺は歩いていた。すぐ後ろをアミタと詩乃が着いてきている。

俺自身が負傷したのもあるが、戦闘終了後にユウキが避難警報が解除されていないのにシェルターから出てしまい、ノイズに襲われたと報告を受けたのだ。

怪我はしていないとのことだが、念のためにこの病院で検査を受けているとのことで。駆けつけている訳だ。

え?歩いているんじゃないのかって?病院は走っちゃいけないんです。他の人に迷惑になるからね。でなきゃ全速力出しとるわ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失礼。取り乱してしまいました。まあ、あれですよ気持ち的なやつですよ。いや、何言ってるんだろう俺は…。

 

「ここか」

 

そんなこんな考えている内に、受付で教えてもらった病室の前に着いた。

扉をノックすると。はーい、と聞きなれた声と共に足音が近づいてくると扉が開き、入院着姿のユウキが姿を現す。

 

「ユウキッ!」

 

その瞬間、反射的にユウキを抱きしめた。伝わる温もりが妹が生きていることを教えてくれて、涙が流れ出た。

 

「よかった。無事でよかった…」

「うん。心配かけてごめんなさい」

 

抱きしめ返すユウキが、申し訳なさそうに話す。

 

「詩乃もアミタさんもごめんなさい」

 

今にも泣き出しそうなユウキを、2人も左右からあやすようにそっと抱きしめた。

 

「でも、どうしてシェルターから出たんだ?」

 

暫くして体を離すと、ユウキに問いかける。彼女が理由もなく、そんなことをするとは思えないからだ。

 

「うん。あのね――」

 

そしてユウキは何があったのか話し始い始めてくれた。

 

 

 

 

「――そうか。そんなことが…」

「うん…」

 

話し終えたユウキはしょんぼりと俯いてしまう。そんな彼女の頭をそっと撫でる。

ユウキ話してくれた内容から大体の事態は理解できた。シェルターから出てしまった少女を止めようと追いかけたのか。確かにいけないことをしたが、この子のその優しさを俺は誇りにしたいと思う。

 

「でも、これからは、そういったことは大人を頼るんだ。頼むから俺みたいな無茶はしないでくれ」

 

そういうと頷くユウキ。確かにこの子は他者より優れた力がある。それでも、どこにでもいる女の子なんだ。だから危険なことなんてしてほしくない。

そんなことをしていると、扉が再びノックされた。詩乃が対応してくれると、日下部大尉を連れた父さんが入って来る。

 

「ユウキィ!」

 

ユウキの無事な姿をみた瞬間、飛びつくようにして抱きしめた。――俺ごと。

 

「あれ、俺も!?ちょっ恥ずかしいから!」

 

妹共々頬ずりしてくる父さんに抗議するも、夢中になっているのか聞いてくれない。

 

「うぉぉぉぉおおおお!!」

「あああぁぁぁあああ!皆見てる!見てるから!」

 

アミタ達がもの凄い微笑ましいものを見る目向けてきてるから!恥ずかしいからぁぁぁぁああああ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにユウキは、楽しそうにキャッキャッとはしゃいでいました――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、ツインテイルズがラタトスクと、か…」

 

ブルーアイランド基地にある父さんの執務室にて、執務椅子に腰かけた父さんが神妙な顔つきで呟く。

あの後暫くしてようやく落ち着いた父さんに、ツインテイルズとラタトスクが協力関係を結んだことを報告するために場所を移したのだ。

ユウキは念のため1日入院するとのことで、アミタ達が着いていてくれるとのことなので、そちらは任せることにした。今度何かお礼をしなければな、うん。

 

「対応については指令と検討する。が、場合によっては覚悟せねばならなくなるかもしれん」

「つまり、ツインテイルズを排除(・・)するということですか?」

 

俺の言葉に頷く父さん。

 

「例え彼女らの話が本当だとしても、精霊が最重要排除対処であることに変わりはない。それを妨害してくる以上はな」

「…了解です」

 

そう。もう彼女達とは戦うしか道はない。その結果がどのようなものになっても、俺が全てを背負おう。それが隊長である俺の責務なのだから。

 

「報告ご苦労だった軍曹。今日はもう休め」

「ハッ。それでは失礼します」

 

敬礼すると、部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

「……」

 

勇が退室するのを見送った勇太郎は。深く息を吐くと、険しい表情で背もたれにもたれかかる。

すると、部屋の呼び鈴がならされる。

 

「どうぞ」

『失礼します』

 

対応すると、AST隊長である燎子が入室してくる。

 

「少佐、今回の戦闘に関する報告書です」

「ああ、ご苦労」

 

手渡された書類に目を通す勇太郎。そんな彼を見つめる燎子は違和感を覚える。

 

「あの、少佐」

「ん、どうかしたかね大尉」

「いえ、もしかしたら。天道軍曹のことでお悩みではないかと」

 

燎子の指摘に勇太郎はキョトンとした顔をすると、気まずそうに頭を掻く。

 

「…君は今の彼をどう思う?」

「率直に言いますと、かなり無理をしているかと。先の戦闘でツインテイルズと接触した後から、動きに精細さを欠いていました」

 

天使を顕現させたハーミットを追跡中、ノイズと戦闘になったのだが。勇はまるで何かを振り払うように攻撃的になっており、普段では負わないであろう損傷を受けていた。いや、アミタがフォローに入らなければ、それだけではすまなかったかもしれなかった。

誰もが違和感を感じていた中、当の勇自身は気づいた様子もなく。ハッキリと言えば危険な状態であると燎子は見ていた。

 

「そうか…」

 

腕を組んで思案顔になる勇太郎。

 

「彼については考えがある。が、君の方でも気にかけてくれ」

「了解です」

「ああ、それと先程は済まなかったな大尉。娘の見舞いに付き合ってもらって」

 

申し訳なさそうに礼を述べる勇太郎。息子同様、1人だと冷静さを保てる自信がなかったので。燎子に付き添ってもらったのだった、

 

「いえ、お役に立てて何よりです」

「そう言ってくれると助かる。それと。あの子も君を気に入っていたようだ。幼くして母親のいない環境で育ったからな、大尉のような大人の女性に甘えたいのだろう。だから、機会があればまた会ってやってくれ」

 

病室で始めて会ったにも関わらず、何かを感じ取ったのかユウキは燎子に懐いたようで。父としても、彼女と仲良くなることは喜ばしかった。

 

「いえ、私なんて…」

「そんなことはないさ。君はいい奥さんになるよ。自信を持ちたまえ」

「あ、ありがとうございます」

 

勇太郎がにこやかに言うと、頬を赤く染め俯く燎子。

 

「そういえば、大尉は気になる相手はいないのかね?俺でよければ相談に乗らせてもらうよ」

「え!?いや、あの、私はその…!」

 

突然振られた話題に、燎子は顔の前で両手を振って慌てだす。その顔は真っ赤で、勇太郎の顔を見ては目を逸らせるを繰り返していた。

 

「大尉?」

「わ、私はそういう方はいませんので!し、失礼します!」

 

キョトンとする勇太郎を尻目に、燎子は逃げ出すように部屋から飛び出してしまうのだった。

1人となった執務室で、勇太郎は暫く目を点にして固まる。

 

「…ふむ。これはどうしたものかね」

 

そして、何か感づいたようで。少々困った様子で腕を組んだままうーむ、と唸るのであった。

 

 

 

 

フラクシナス艦内にある艦長室にて、琴里は執務椅子に腰かけ執務机に備え付けられているモニターに向き合っていた。

 

『そうか、やはり今は無理だったか…』

 

モニターには老齢の男性の顔が映し出されており。その声からは無念さが滲み出ていた。

琴里が話しているのは、エリオット・ボールドウィン・ウッドマン。ラタトスクの創始者で、最高意思決定機関『円卓会議』の議長であり、琴里の恩人でもある人物である。

 

「はい、申し訳ありません。ウッドマン卿…」

 

いつもの強気な様子は鳴りを潜め、気落ちした様子で謝罪する琴里。

士道やレッドが提案した。独立混成遊撃部隊の隊長である勇を説得して協力を取り付ける。博打と言うのも生温い程の成功率の低い作戦は、予想通り失敗に終わった。それでも最終的に作戦を許可したのは琴里であり、責任を負うのは指揮官である自身の役目である。

 

『いや、現状では仕方のないことだ。君に十分な戦力を整えてやれることもできない私の責任でもある。本当に済まないと思っている』

「そんなことは…!全ては私の力が及ばないからであって!」

 

だが、エリオットは琴里を責めるでもなく。寧ろ自身の力不足を嘆いているようであった。そのことに、琴里は思わず椅子から立ち上がり否定しようとする。

 

『いや、君は限られた手札で最善を尽くしてくれているよ。責任と取れと言うのなら私の方さ。本来なら自分がやらなければならないことを、年若い君に押し付けてしまっているのだからね』

「ご自愛下さい。あなたにもしものことがあれば、それこそ取り返しがつきませんから。それに、これは私自身が選んだことですから」

 

弱弱しく語るエリオットに、琴里は椅子に座り直して案ずるように話す。

 

『ありがとう五河指令。それで、今後の方針だが。独立混成遊撃部隊との交渉は継続してもらいたい』

「継続、ですか?しかし…」

 

エリオット案に、懐疑的な声が漏れてしまう琴里。DEM社と軍の繋がりが強い以上、士道のことを話すことは難しい。そんな状態で協力関係を結ぶのは不可能と言わざるを得なかった。

 

『無理難題を言っているのは重々承知している。だが、精霊を保護していくうえで、彼らの協力は必要不可欠になるだろう。それにこれからの世界の未来を左右するのは、君達と彼らのような若者だろう。だからこそ、君達と彼らが争うようなことにだけは、なってほしくないんだ』

「ウッドマン卿…」

 

ラタトスクの掲げる精霊との共存は、エリオット自身の悲願であり。同時に混迷を極めるこの世界の未来を心から憂いてもいるのだ。

 

「分かりました。最善を尽くします」

『ありがとう。こちらでもできる限りのことはする。どうか、引き続き彼を支えてやってくれ』

「はい、お任せ下さい!」

 

そう言って、琴里に期待をかけるように優しく語り掛けるエリオット。そんな彼に琴里は力強く答えるのであった。

 

 

 

 

日が完全に沈んだ時刻。IS学園寮の中庭で俺は木刀を手に素振りをしていた。

帰って休もうとしてもどうにも落ち着かないので、適度に体を動かすことにしたのだ。

 

「……」

 

今日あったことが思い起こされる。もし、レッドが割って入らなければ、ハーミットを討ち取れていたかもしれなかった。

もしかしたら、あれが最後のチャンスだったかもしれない。それでも、こうなってよかったと思っている自分がいることが心をざわつかせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精霊の命を奪ったら、あなたは一生後悔し続けることになる!だから、どきません!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!」

 

レッドの言葉を振り払うように木刀を力強く振るう。それでも心のざわつきはより強くなり、思わず歯を噛みしめる。

 

「見ていられんな」

 

不意に声をかけられ視線を向けると、竹刀袋を手にした恭也がこちらに歩み寄ってきていた。

 

「恭也?こんな時間にここで何してんのさ?」

 

恭也の家は本島の方にあるから、夜に島にいることに驚きを隠せない。

 

「寮長の許可はもらっている」

 

1年の寮長は千冬さんだから知らない仲じゃないけど、だからってそんなにあっさり許可を出すのか?あの人は何を考えてるんだ?

 

「てか、見ていられんって…」

「そのままの意味だ。今のお前は余りにも情けなくて見るに堪えん」

 

まるで呆れたような目で俺を見ていることに、すげー腹が立つんですけど。

 

「情けないってどこがさ」

 

不機嫌全開で睨みつけながらと、恭也は深く溜息を吐いた。

 

「今のお前には言うよりこちらの方が早いな、来い」

 

そういうと、恭也は竹刀袋から小太刀程の大きさの2本木刀を取り出すと構える。

『永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術』――恭也の使う剣術は篠ノ之流同様、戦国の時代から続く流派であり。『護る』ことに重きを置いている篠ノ之流に対して、『いかに相手を確実に仕留める』かに重きを置いた攻撃的なのが特徴だ。恭也曰く完成の領域にある御神の剣士は、全員が重火器や爆弾でも装備していない限り、100人でかかっても、倒すことはできないとのことで。実際その通りなのがぶっ飛んでやがる。

 

「上等、久々に本気でやるか」

 

意図はよく分らんが、ざわつきを抑えるにはちょうどいいか。

俺は木刀を正眼に構えながら、意識を研ぎ澄まし間合いを図る。対する恭也はその場から動かず俺を見つめ続けている。

 

「オォウ!」

 

木刀を振り上げ一息に間合いに踏み込むと、恭也の顔面目掛けて振り下ろす――と見せかけ横薙ぎに切り替える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――パァァンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

会心の一撃だった筈の打ち込みは、手の痺れる感覚と共に、手にしていた木刀が宙を舞うことで打ち砕かれた。カランッという木刀が地面に落ちる音が虚しく響いた。

そして恭也の突きが俺の眼前で寸止めされた。

 

「あ、れ?」

 

おかしい。いつもはこんなあっさり終わることなんてなかったのに…。

 

「どうした。もう終わりか?」

 

木刀を下げると挑発的な笑みを浮かべる恭也。でも、その目はなぜか悲しそうだった。

 

「ッ――そんな訳ないだろ!」

 

落ちた木刀を拾うと再び構える。さっきのは戦闘の疲れが残ってただけさ。そのことを勘定に入れて動けばいいだけのことだ。

 

「ハァァァアアア!!」

 

より精神を研ぎ澄ませると、再び間合いを詰めて打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――ぐ、ぁ…」

 

試合を始めて暫くして、俺は地面に仰向けに倒れて夜空を見上げていた。体のあちこには痣ができ、また所々腫れあがり動かなくても断続的に激痛が襲い掛かる。息も絶えたえで、酸素を取り入れようとすると更なる痛みが走る。

対する恭也は傷一つないどころか呼吸も乱れておらす、悲しみが混ざった目で俺を見下ろしていた。

作戦後であったとはいえ、ここまで一方的に負けたのは始めてだった。

 

「……」

 

体が重い。疲労や痛みのせいだけでなく、まるで自分の体じゃないみたいに思うように動かせなかった。一体どうなってんだよ…。

 

「篠ノ之流は本来『守護』するために生み出された流派。それを捨て、相手を倒すことに固執したお前を御すること程容易いことはない」

「!」

 

恭也の言葉に、痛みさえ忘れて目を見開き体を震わす。そう、篠ノ之流は戦の世で命を守るために生み出された流派だ。それを、俺は…。

 

「俺が友として認めたお前はどこに行ってしまったんだ」

 

木刀が軋む程に握り締め、僅かに声を震わせて問いかけてくる恭也。泣いて、いるのかお前…?

 

「お前はなぜ強くなろうとした?」

 

それは、と答えようとするも。なぜだが言葉が出てこない。体が痛むからとかではなく、まるで何かが喉につっかかっているかのようだ。

 

「お前はなんのために戦っている?…そのことを思い出せ」

 

そういうと背を向けて立ち去っていく恭也。その友の背中に俺は何も答えてやることができなかった…。



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第五十二話

IS学園寮の敷地内をアミタは急ぎ足気味に歩いていた。

ユウキとの面会時間が過ぎたので帰宅したのだが。その後、就寝時間を過ぎても鍛錬に出た勇が戻ってこないので、詩乃と手分けして捜しに出たのである。

 

「勇君…」

 

アミタの胸の中に走るざわつきが無意識に足を早める。今日の戦闘の終盤で、逃走するハーミットを追跡する際の彼は、まるで何かを振り払おうともがいているかのように見えたのだ。そのことを思い出すと、どうしようもない不安に襲われるのだ。

 

「あれ?」

 

中庭に差し掛かると、芝生の上に誰かが横になっているではないか。というよりあれは――

 

「勇君?」

 

そこにいたのは捜し人である勇であった。その姿を見て思わずホッとするアミタ。出撃後であったこともあって疲れて眠ってしまったのかと近寄り、その姿がハッキリと見えるとギョッとすることとなる。

体の至る所に擦り傷や痣ができておて、痛々しいとしか表現のしようがない状態では無理もないが。

 

「い、勇君!?大丈夫ですか勇君!」

 

アミタは慌てて駆け寄ると、しゃがみ込んで呼びかける。すると勇は閉じていた瞼をうっすらと開いた。

 

「アミ、タ?どうしてここに…?」

「勇君が帰ってこないから捜しに、じゃなくて!何があったんですか!?」

「…友達と、なんというか、喧嘩?」

 

血相を変えて問いかけると。本人自身も把握しきれていないのか、曖昧な返答が返ってくる。

 

「と、とにかく手当しないと!」

「え、ちょ!?」

 

アミタは、勇の肩から首と膝裏に腕を回すいわゆる『お姫様だっこ』で抱えると駆け出す。

忘れがちであるがアミタは、環境復旧作業用に生み出された人造人間である。生身の状態であっても身体能力は高く、人一人抱えて走るくらい造作もないのだ。

ちなみに、アミタがこの抱え方を選んだのは、勇との体格差を考慮して最適だと判断したためである。

 

 

 

 

「これで良しっと」

「ありがとうアミタ」

 

寮の勇の部屋にて、椅子に腰かけながら使い終わった包帯を救急箱に戻すアミタ。対面の椅子には、包帯やガーゼだらけの勇が気まずそうな顔をして腰かけていた。

手当をする前に詩乃に勇を見つけた旨連絡すると、すぐに駆け付けてきた彼女は勇の姿に言葉を失っていた。

暫し深刻そうに考え込んだ彼女は、アミタを廊下に連れ出すと、今夜は勇の側についていて欲しいと告げてきた。

 

『私じゃ、今の彼を支えて上られないから…』

 

そう話す詩乃の表情には悲痛さが滲み出ていた。

本当なら自分が側にいて上げたいのだろう。それでも事情を把握しきれない自分よりも、知りえているだろうアミタにその想いを託すべきだと判断したのだろう。

そんな彼女のためにも、勇の力になろうと奮起するアミタ。

 

「いえ。それで何があったんですか?」

「それは…」

 

事情の説明を求めるアミタに、勇は気まずそうに頬を掻きながら視線を泳がせている。

 

「…ごめんなさい。私じゃ力になれませんよね」

「あ、いや、そうじゃなくッ!」

 

あはは、と力なく笑うアミタに、慌てた勇は思わず立ち上がろうとして、体から走る痛みに顔を顰める。それを見たアミタが急いで寄り添う。

 

「勇君!?」

「大丈夫。大丈夫だから…。それより、君が頼りないなんて思ってないんだ。今日の戦闘だって、君のフォローがなければどうなってたか分からなかった。それだけじゃない、いつも君が笑ってくれてるいるから俺は戦えるんだ。だから…」

「……」

「アミタ?」

 

顔を赤くして固まってしまったアミタの顔を、キョトンとした顔で覗き込む勇。

 

「え、あ、なんでもないですますはい!」

 

跳び上がりそうな程体をビクッと震わせるアミタ。おまけに口調がおかしなことになっていた。

 

「えっと、それなら話してくれたら嬉しいかなって…」

 

アミタは咳払いして気持ちを落ち着けると、真摯な目で見つめながら問いかける。

 

「…そうだね、君には知ってほしいかな」

 

どこまでも自分を案じてくれる。そんな彼女に、勇は意を決したように恭也とのやり取りを語りだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか。恭也さんが…」

 

話を聞き終えたアミタは、彼が勇に伝えたいことを読み取ろうと思考する。

 

「うん。アミタはさ、俺のしていることは間違っていると思う?」

「いいえ、そんなことはありません。あなたの行いは正しいと私は思います」

 

勇からの問いに、アミタは迷うことなく答えた。彼の行いが間違いだというのなら、何が正しいのかとさえ言い切れる自信が彼女にはあった。

 

「でも、あなたは心の奥で、自分の行動に納得しきれていないとは思います」

「納得?」

「はい。勇君、本当は精霊と戦いたくないと考えていませんか?」

「そんなことはない。精霊討伐は軍人としてなすべき使命だ」

 

今度はアミタの方から問いかけると、勇は否定を示すように首を横に振る。

 

「軍人としてではなく。あなた個人としてはどうなんですか?」

「俺、個人?」

「はい。軍人ではない天道勇として考えてみて下さい」

「それは…」

 

その言葉に沈黙して顔ごと目を逸らそうとする勇。そんな彼の両頬に手を添えて、自分と向き合わせるアミタ。

 

「逃げないで。自分と向き合って」

「……」

 

見つめる彼の瞳が苦悩を示すように揺れる。まるで世界から切り離されたかのような沈黙の中、勇はゆっくりと口を開いた。

 

「…戦いたく、ない。戦いたくないんだ」

 

勇は絞り出すように呟く。その顔は今にも泣き出してしまいそうだった。

 

「プリンセスやハーミットを見て、戦うことが正しいのか分からなくなって…!」

 

溢れ出すように言葉を紡いでいく勇。ただ、一言発する度に心が軋んでいくようでもあった。

 

「でも、戦うしかないじゃないか!でないと…!」

 

このままだと彼が壊れてしまいそうな錯覚に襲われたアミタは、勇の顔を自身の胸元引き寄せて包み込むように抱きしめた。

 

「アミ、タ?」

 

突然のことにキョトンとした顔で見上げてくる勇。そんな彼の頭をそっと撫でる。

 

「ごめんなさい。偉そうなことを言ったのに、私では答えを見つけて上げられません」

「じゃあ…」

 

どうすればいいのさ、といいかけて飲み込む勇。自分で見つけるしかないのだと理解しているからなのであろう。

 

「まずは、自分の気持ちに向き合ってみる。そこから始めてみませんか?」

「うん…」

 

抱きしめられたまま軽く頷く勇。そのまま頭を撫でていると、脱力してアミタ寄りかかってきた。

 

「…勇君?」

 

呼びかけてみるも返事はなく。穏やかな寝息が聞こえてくる。どうやら話している内に気が抜けてしまったらしい。

 

「(安心、してくれたんでしょうか?)」

 

完全寝入っている勇。彼は例え寝ていても周囲に気配があると、瞬時に目覚めてしまうので夜這いもできないとユウキが愚痴っていたのを思い出す。

こうも無防備な姿を見せてくれるということは、それだけ自分を信頼してくれているのだろうか?そう思うと胸の奥から嬉しさが込み上げてきた。

とはいえ、このままという訳にもいかないので。再び勇を抱きかかえてベットへ連れていく。

 

「よいしょ。あれ?」

 

勇をベットに寝かせ離れようとするも、勇が服を掴んでいて離れられない。

 

「えっと…。どうしましょう?」

 

強引に引き剥がすこともできるが、気持ちよく眠っている勇を見るとどうにも憚られる。

 

「…アミ、タ」

 

この状況で不意に勇から呼ばれてドキりとするも、寝言だと気づいてホッとするアミタ。

 

「…よし!」

 

暫し逡巡するも、覚悟を決めたように頷くと。勇と同じベットに潜り込んだ。

 

「ふぁ、ん」

 

彼を抱きしめながら頭を撫でると、気持ちよさそうな声が漏れる。

 

「(可愛い…)」

 

勇の顔を覗き見ると、普段は少しでも男らしく見せるため、凛々しさを意識している顔が完全に緩みきっており。隠そうとしていた幼さが溢れ出しており、胸の奥から未知の感覚が襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それは”萌え”だよ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからともなく、そんなユウキの声が聞こえてきた気がした。ちなみに今の勇の顔は彼女曰く、『ウルトラレア』らしく。写真に撮れれば、当面は好物のプリンを食べれなくてもいいと豪語する価値があるとのこと。

 

「(そういえば、昔はキリエとこんな風に一緒に寝ていましたっけ)」

 

幼かった頃、怖がりだった妹にせがまれて添い寝していたことを思い出すアミタ。流石に成長するとしなくなり寂しさもあったが、それ以上に妹の成長を喜んだものだ。

 

「(また、あの頃みたいに戻れるんでしょうか…?)」

 

戻れたらいいなと考えながら、アミタの意識は眠りに落ちていくのであった。



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第五十三話

「……」

 

恭也と剣を交えた翌日。俺は住宅街の道路を傘をさして1人歩いていた。今日は土曜日で学校はなく、それなら基地でトレーニングでもしようかと思ったが、父さんから暫く休めと言われてしまい、とある理由で部屋にいれなかったので外をぶらついていた。

 

「イって…!」

 

体を動かすとあちこちの傷から痛みが走って来る。雨が降っていることもあり、気分転換のつもりが逆にどんよりとした気持ちになってくる。

 

「出るんじゃなかった…」

 

ぼやきながら頬の傷の上に貼ったガーゼに触れると朝のことが思い出される。起きたらアミタと同じベットにいて、しかも抱きしめられていて顔が胸に――

 

「~~~~!」

 

痛みが飛ぶ代わりに、体全体が熱を帯びる感覚が走る。同時に、アミタの匂いや温もりや感触が呼び起されて入れそうな穴を探したくなる。

 

『えっと、その、だから私が勝手にやったことですから、気にしにゃああああああああ!!』

 

ベットの上で互いに正座して向き合ったまま、顔を真っ赤にしてながらもおずおずと経緯を説明してくれたアミタは、最後は限界を迎えたようで毛布に潜り込んで隠れて出てこなくなってしまった。…可愛かった。

だから部屋にいずらかったので外に出たってのもある。決して逃げたわけではない、断じてない。ないもん。

 

「ん?」

 

ふと、覚えのある気配を感じそちらに足を進める。暫くして気配が強まったので曲がり角から覗き込むと――

 

「ッ――!?」

 

視線の先にいたのは五河と緑のフードを纏った少女――ハーミットだった。咄嗟に体を隠し、無意識に粗くなっていた呼吸を落ち着ける。

見間違いかと思い、もう一度覗き込んで確認するも、その姿は間違いなくハーミットだった。以前プリンセスも空間震を発生させずに現界していたが、ハーミットも可能だったのか…。

一先ず携帯を取り出し空間震警報が出ていないか確認する。

 

「?電波が…」

 

画面には圏外と表示されており、基地との連絡を試みるも一向に繋がらなかった。

 

「ジャミングか…」

 

考えられる原因としてはそれしかないが、ラタトスクの仕業か?範囲外まで移動するか…いや、それだと見失いかねないか。俺だけで戦うにしても、避難警報も出てない状態では無理だし、そもそもMK-Ⅱはメンテナンス中で手元にないしな。

 

「……」

 

懐に忍ばせている拳銃に触れるも、精霊相手では気休めにもならないな。

そうこうしている間にも、五河とハーミットが移動を開始したので追跡する。

 

「何をしているんだ?」

 

時折足を止め周囲をキョロキョロと見回す両者。まるで探し物をしているようだった。というか五河はこの大雨の中、傘もささずにいるな、いや、ハーミットが手にしているのが元々彼の物なのだろうか、この天候で傘もなしに外出はしないだらうからな。

息を潜めて観察していると、不意にハッとしたように五河がこちらに振り向き目と目が合った。

 

「――!」

 

バレただと!?気配を感ずかれたのか!?いや、彼はそういったことの心得はない筈、時折ハーミットではない誰かと会話している素振りを見せていたから、通信機を使っていたのだろう。通信相手が俺に気づいて教えたってところか。

 

「天道さん?」

「そうだよ」

 

拳銃を構えるべきかと思ったが、下手にハーミットを刺激して攻撃されたら詰むので、両手を上げて害がないことを示しながら姿を晒す。

 

「その子、ハーミットだよね」

 

手にしていた傘を落とし五河の背中に隠れ、プルプルと怯えたように震えているハーミットに目を向けた。

 

「待って下さい!彼女は!」

「ジャミングされていて誰にも報告してないよ、それにPTが手元になくて拳銃しか持ってないんだ。今の俺じゃどうしようもないよ」

 

攻撃されると思ったのかハーミットの前に立ち庇う姿勢を見せる五河に、懐に拳銃を見せながら攻撃の意思がないことを告げる。

 

「ジャミング?」

 

なんのことだろうといった様子の五河。どうやら彼は知らされていないようだ。

 

「ここら一帯の通信が妨害されているんだよ。知らなかったのかい?」

「え、えっと…ん?あ、そうなのか…」

 

困惑していたが、なにやら納得したらしい五河。やはり彼が誰と通信しているのは間違いないようだ。

 

「……」

「……」

 

雨が降り注ぐ音をBGMに、非常に気まずい空気が流れる。どうすれば正解なのかがさっぱりわかんないぞ、おい。

 

「え?ちょ、待てよ、――!――!?」

 

片耳を抑えながら小言で必死に呼びかけるような動作をする五河。

 

「どうかしたの?」

「いえ、な、なんでもないです」

 

あきらかに動揺してるのだが…。通信相手とトラブルでもあったのか?

 

「……」

「……」

 

再び訪れる沈黙。こういうときユウキのようなコミュ力が欲しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きゅるるるるるる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に可愛らしい音が五河から雨の音に負けず響いた。が当の五河もん?って顔をしている。彼が後ろにいるハーミットを見るので視線を追うと、顔を赤くして俯いているではないか。

 

「四糸乃?」

 

五河がハーミットに声をかけると再び同じ音が響いた。

 

「…腹が減ったのか?」

 

五河の問いに、顔を更に赤くしてブンブンと首を横に振るハーミット。だが、再度お腹から空腹音が聞こえると、フードを引っ張って顔を完全に隠してしまった。

 

「(…そういえばもう昼かぁ)」

 

あ、そういえばユウキに昼ご飯作る約束してたんだった。

 

 

 

 

ブルーアイランド基地のASTならびに遊撃隊が使用している格納庫にて。ハンガーに固定されているMK-Ⅱの前で、ミルドレッドことミリィが床に座り込み、機体とケーブルで繋がれた端末を操作していた。

 

「ん~」

 

難しそうな顔でパネルをタッチするミリィ。表示されているのは、MK-Ⅱに使用されているインターフェースであるT-LINKシステムに関するデータであった。

 

「何難しい顔してんのよミリィ?」

 

そんな彼女にASTの隊長である燎子が話しかける。

 

「MK-Ⅱに使われているT-LINKシステムの調整ですよ」

「調整?何か不具合でもあるの?」

 

首を傾げる燎子にミリィははい、と端末の画面を見せる。

 

「このシステムには、いくつものリミッターがかけられているのです」

「それは普通でしょう?リアライザにもあるんだし」

 

脳に直接作用するリアライザは、使用者の安全を考慮して厳重なリミッターが備えられているのだ。類似するシステムであるT-LINKシステムにあっても、別段おかしいことではなかった。

 

「それがしなくてもいい部分にまであるんですよ。この装備への接続なんかにも」

「装備への接続?あれって機体制御の補助用じゃないの?」

 

本来PTは搭乗者の負担軽減のために、TC-OS(Tactical Cybernetics Operating System)と呼ばれる機体に登録されたモーションパターンをコンピュータに蓄積し、パイロットが選択した行動をとる上で最も適切であるモーションパターンを人工知能が選び実行する専用のものが使用されている。

だが、それではパターン化された挙動しかできなくなるため、動が読まれやすくなるという問題も抱えており、PTでもISやCRーユニットと同様に、搭乗者の思考をダイレクトに機体に反映しやすくするシステムの1つとして開発されたのがT-LINKシステムなのである。

 

「それ以外にも搭乗者の念を具現化して防壁にしたり、武装に付加することで火力を向上させることもできる筈なのです」

「それって、リアライザみたいなこともできるってことじゃないの」

「はい、本来の2号機はもっと多様な機能を発揮できる筈なんです」

 

ふーん、とMK-Ⅱに視線を向ける燎子。てっきりただの量産試作型だと思っていたが、この2号機は従来のPTの常識に収まらない機体なのかもしれない。

 

「だからリミッターを解除できないか試してるんですけど…」

「それなら開発元のマオ社に聞けばいいじゃない?」

「T-LINKシステムは、提携相手のアスガルド・エレクトロニクス社が開発した物なのですが、問い合わせても『企業秘密』の一点張りで何も教えてくれなくて…。代わりにコレを送ってきましたけど」

 

ミリィの視線を追うと、Mk-Ⅱ用の装備が納められているハンガーに、従来の物よりも大きめのサイズの両刃の実体剣が増えていた。

 

「『T-LINKセイバー』名前の通り、T-LINKシステムとの連動を前提とした装備なんですが、今の状態でどう使えっていうんですかね…」

 

深々と息を吐くミリィ。よく見ればその目にはうっすらと目のクマが浮かんでいた。

 

「あんた最近ここに(格納庫)に篭ってこの機体いじってるけど、ちゃんと休みなさいよ」

「勇さんが戦闘の度に傷だらけで戻って来るのを見ると、整備士として何かできることはないかなっと思って…」

 

部隊の特性上危険な任務を担当するとはいえ、勇は誰かの手を借りないと帰還できない程の負傷をすることが殆どだった。

彼のおかげでASTを含めて負傷者が少なくなったとはいえ、その分を無理やりにでも背負っている彼がいずれ壊れてしまうのではないかと、いつしか危惧するようになったのだ。

 

「そうね情けないけど、あの子に頼ってばかりって訳にはいかないものね。にしても、あんたがそんなに気にするなんてね」

 

ミリィは飛び級で学校を卒業し、DEM社にスカウトされた後は、整備士として基本女性しかいないASTに送られたため、異性と関わる機会が余りなく。本人がどちらかというと機械いじりが好きなこともあり、基地の外に出ようともしないことから、浮ついた話どころか部隊の者以外との関わりすらなかったのだ。

 

「な、なんですかそのニヤついた顔は。ミリィはただ1号機が強奪された時に助けてもらった。恩を返したいだけで…」

「なる程、なる程」

「なんで頭を撫でるんですかーー!?」

 

頬を赤らめて視線を泳がせるミリィのことを、微笑ましく想い撫でる燎子なのであった。



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第五十四話

「よろしかったので指令?士道君への支援を切ってしまって」

 

フラクシナス艦橋にて、艦長席に腰かけている琴里に側で控えている神無月が話しかける。

士道が勇と接触すると、彼女は士道への通信の切断と周囲に展開していた遠隔操作式カメラの回収を命じたのだ。

即ち彼を敢えて孤立させるたのである。それはラタトスクの理念に反することであり、命令違反とさえ言えることだった。

 

「…ツインテイルズの協力を得ることができても、戦力が不足している。それが前回の作戦でハッキリしたわ」

 

前回の作戦時、協力者であるツインテイルズがファントム・タスクに強襲され甚大な被害を被ってしまう事態が起きた。その際琴里らフラクシナスは妨害を受け、何が起きていたのかさえ把握できていなかったのだ。士道を支援するどころか、協力者への支援も満足に行えないことに琴里は己の認識の甘さを痛感させられることとなった。

 

「でも、これ以上の戦力を向上させることは不可能な以上。敵を減らすしか手がないわ」

 

腕を組んで沈痛な面持ちで語る琴里。隠しきれない疲労感が滲み出ていることから、考え抜いた末の苦肉の策なのだろう。

 

「目下私達にとって最大の障害がファントム・タスク、そして独立混成遊撃部隊よ。ファントム・タスクとは戦う以外の選択肢がないけど、遊撃部隊なら選択の余地がある」

「ですが、レッドちゃんの提案には反対されていましたが?」

「完全にこちら側に引き込むのはね。でも、状況によっては協力し合えるような関係を築ければとは思っているし、完全に敵対するのだけは避けたいわ」

 

組んでいた足を組み直し、疲れを吐き出すように息を吐く琴里。

 

「それで士道君だけで天道軍曹と交渉を?」

「交渉…って程でもないけど、私達が並べた言葉じゃ彼には響かないわ。だから士道が思ったことをそのまま伝えるのが一番効果的の筈よ」

「ですが、かなり分の悪い賭けになりますね」

「そうね。でも、今は士道を信じるしかないわ」

 

自分の言ったことが如何に希望的観測であるか理解している。だが、どれだけか細い綱の上でも進まなければ活路は見い出せないのだ。

不安がないと言えば嘘になる。寧ろ兄を危険に晒さなければならないことに、心が押し潰されそうになる。

それでも指揮官である以上、部下の前では気丈に振舞わねばならないのだ。それがどれだけ辛かろうとも、この道を選んだ時に覚悟したことなのだから。

 

「大丈夫です。あなたの選択は間違ってなどいません。あなたは私が知る限り最高の司令官なのですから」

 

恭しく頭を垂れる神無月。

5年前9歳という若さで兄の、そしてこのフラクシナスのクルーの命を背負う覚悟を決めた少女。その気高く慈愛深い彼女に出会った時、神無月は彼女こそ自分が仕えるべき主人だと確信したのだ。彼女が迷えばその背中を押そう、危険が迫れば命をかけて守ろう、それこそが自分が存在する意味なのだから。

 

「……ありがとう。神無月」

 

神無月の言葉に、柔らかな笑みを受かべる琴里。久方ぶりに心から笑えた気がしたのだった。

 

 

 

 

「ここが君の家か」

「はい」

 

あの後、俺は五河の家の前にいた。あの場から近いとのことなので、取り合えずハーミットに昼食を食べてもらうこととなった訳なのだが。

 

「どうぞ、四糸乃も」

 

五河がドアを開けると招くと、恐る恐るといった様子で着いていくハーミット。

 

「(何やってるんだろうなぁ俺…)」

 

いくら戦う術がないし向こうに敵意がないとは言っても、精霊と共に行動を共にしていていいのだろうか?

 

「(いや、これはチャンスと見るべきか)」

 

精霊について知るまたとない機会と前向きに考えよう。もしかしたら何かが変わるかもしれない。

玄関で靴を脱ぎ五河に続いてリビングに入ると、どこにでもある一般家庭のリビングだった。いや、一般家庭なんだから当然なんだけどね。

 

「着替えてくるので、ソファに座って待ってて下さい」

 

そういってリビングから出ていく五河。

 

「……」

「……」

 

未だかつてない程に気まずい。ビクビクと震えながらこちらの様子を伺っているハーミット。

 

「ところでさ」

 

何か話すきっかけはないかと、彼女を観察しているとあることに気がつく。

 

「そういえば、君が探していたのってパペット?」

「!?」

 

図星らしく食い入るような目で詰め寄って来るハーミット。そう、いつもは彼女の左腕にあるウサギの人形が今日はないのである。

 

「それならどこにあるか知ってるよグぁー―!?」

 

言い切る前にハーミットに胸倉を掴まれて激しく揺さぶられる。

 

「よ、四糸乃!それじゃ天道さんが話せないって!」

「……!」

 

戻ってきた五河が慌てて止めに入り、ハッとしたように解放するハーミット。

 

「ご、め…ん…な、さ…い」

「いや、慣れているから平気だよ」

 

ペコペコと頭を下げながらたどたどしい口調で謝ってくるハーミットに、気にしていないことを伝える。実際ユウキにこういうのはよくやられるからな、無茶した時や女性と仲良くなった時なんかにね…。

 

「それで、何があったんです?」

「ああ、彼女のパペットがどこにあるか知ってるって話をね」

「え!?本当ですか!」

 

余程大事なのか五河も詰め寄ってくるのを宥める。

 

「ああ、この前の戦闘が終わった時折紙が偶然拾ってね。なんか気に入ったみたいで持って帰ったんだ」

「鳶一が?」

 

そういえば、あの時は余裕がなかったので気づかなかったが、少し口元に笑みを浮かべてたな彼女。なんだかんだで女の子ということだな。

 

「よしのん…」

 

俯きながら涙目で服の裾をギュッと掴むハーミット。

 

「大丈夫だ四糸乃!俺が必ずよしのんに合わせてやるから!」

 

片膝をついてハーミットの両肩に手を置いて優しく語り掛ける五河。

 

「士道…さ、ん…」

 

どこか嬉しそうに五河を見たハーミット、そのお腹からきゅるるるると音が鳴った。

 

「とりあえずご飯にしようか」

 

顔を赤くして恥ずかしそうに俯くハーミットを見て、本来の目的を思い出すのだった。

 

 

 

 

「じゃあ、よしのんというのはあのパペットのことなのかい?」

「ええ、四糸乃の大切な友達なんだそうです」

 

キッチンにて鍋をおたまでかき回しながら問いかけると、側で鶏肉を刻みながら五河が答えてくれる。

昼食の準備をしながらハーミットのパペットについて聞いていたが、どうやら彼女にとってはかなり大切なものらしい。

 

「それならできれば返してあげたいけど、彼女のことを伏せながらだと難しいな」

 

俺が折紙に頼み込むという手もあるが、彼女の事情を考えると精霊について話すのは得策とはいえない。

 

「どうしたら…」

「事情を話さずとなると、君が折紙の家にいって適当な理由をつけて譲ってもらうくらいかなぁ。恋人なんだから家に上がる理由はどうとでもなるし」

 

利敵行為と言われたらその通りとしかいいようがない会話してるけど、まるで家族と引き剥がされたようなハーミットの顔を見ると、どうしても協力したくなってしまうのだ。

 

「それしかないですかね…」

 

どこか顔色が悪そうな五河。身の危険を感じているのは気のせい――ではない、のか?

 

「ま、とりあえず食事にしよう。彼女も待ってるし」

 

調理を終えて盛り付けをしていく。五河が作ったのは親子丼で、俺は味噌汁である。

手分けしてそれぞれの分を席に置くと椅子に腰かける。

 

「「いただきます」」

 

俺と五河が手を合わせると、それを見たハーミットがその動作を真似る。

そしてスプーンを手に取り、親子丼を一口、口に運ぶ。

 

「……!」

 

するとカッと目を見開き、テーブルをぺしぺそと叩きだした。

 

「ん?」

 

俺達が目を向けると、恥ずかしそうに目を逸らす。

それからハーミットは何かを伝えたいんだけど、言葉を発するのが恥ずかしい、みたいな顔を作ってから、ぐっ、と五河に親指を立てた。どうやらお気に召したらしい。

 

「お、おう…」

 

そのリアクションに彼は苦笑して、返答とばかりに親指を立てた。

続いてハーミットは両手でお椀を持つと、味噌汁を口に流し込む。

 

「……!」

 

するとカッと目を見開き、テーブルをぺしぺそと叩くと、今度は躊躇いなく俺に親指を立ててきた。

その仕草が微笑ましくて、思わず笑み受けべて俺も親指を立てる。

それから俺も親子丼をスプーンで口に運ぶと、体中を衝撃が走った。

 

「「うまい!」」

 

味噌汁を口にしていた五河と見事にハモった。

 

「「……」」

 

暫く互いに見つめ合うと、ガシッと手を握り合う俺と五河。調理の段階から感じていたが、彼も同士(主夫適性持ち)のようだ。

 

「?」

 

そんな俺達を不思議そうに見つめるハーミットの視線に、気恥しくなって互いに手を放すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?いや、違うか…」

 

勇の部屋にあるベットに座り込んでいるユウキが、何かを感じ取ったように窓に視線を向けると、1人で納得する。

 

「どうしたんですかユウキ?」

 

対面に正座しているアミタが、そんな彼女に声をかける。

退院したのでいの一番に兄に会いに部屋を訪れたら、何故かアミタがベット上で毛布に身を包み悶えていたので事情聴取が行われていたのである。

そんな中、ユウキの乙女の感が警鐘を鳴らしたが、すぐに誤報だったとして鳴り止んだのだ。

 

「何でもないよ。さあ、それより何があったのか聞こうかアミタさん」

「そ、それは、その…」

 

顔を真っ赤にして俯いたまま黙ってしまうアミタ。この期に及んで黙秘が通じるとでもいうのだろうか?いや、ない。

 

「そっちがその気なら仕方ないね。こういう手は使いたくないけど」

「え?あの、何をするつもりですか!?」

 

ハンターのような目つきで両手をワキワキと怪しく動かしながら迫って来るユウキに、身の危険を感じて後ずさるアミタ。

 

「フシャァ!」

「きゃぁ!?」

 

跳びかかってアミタを押し倒すと、ユウキは彼女の胸を――――鷲掴んだ。

 

「ヒャン!?」

「さあ、吐くんだ!でないとこうだ!!」

 

そういって胸をこねくり回すユウキ。アミタの胸がユウキの指の動きに合わせて、服越しでもハッキリするくらいに形を変えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり、デカい―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も共に風呂に入った際に確認しているとはいえ、こうして直接触ると、その強大な戦闘力を実感させられる。これは彼女の脅威度を修正せねばなるまい。

 

「ゆ、ユウキ…そんな乱暴には、はぁう!」

 

頬を紅潮させ涙目で揉む度に色っぽい反応を見せるアミタ。何このエロい生き物?

中学に入ってからメガシンカした直葉の重いだ、竹刀を振るのに邪魔になるといった愚痴を零す彼女に憂さ晴らしで同じことをしてきたが。結果、彼女のシンカを促進させてしまったのが、誤算だった。

そのこともあり、どう揉めばいいか熟知しているユウキは巧みにアミタを翻弄する。

 

「……」

「――あっ、ひぁっ、ん、あぁっ、あんっ!!」

 

なんか趣旨から外れてきているが、それを咎める者はいなかった。

真剣な表情で無言で胸を揉み続けるユウキと、アミタの色っぽい悲鳴が部屋に木霊する。

 

「チクショォォォォオオオオ!そのオッパイ寄越せェェェェエエエエ!!」

「ヒャァァァァァァァアアアアアアアアアア!?!?!?」

 

しまいには泣き出すセクハラオヤジ(ユウキ)。その後、セクハラは騒ぎ過ぎて寮監の千冬が乗り込んでくるまで続くのであった…。

 

 

 

 

余程空腹だったのか、ハーミットは小さな口を目一杯広げ、すぐに料理を平らげてしまった。

それを見計らった様子の五河が彼女に語り掛けた。

 

「なあ…四糸乃。ちょっと訊きたいことがあるんだが――いくつか質問していいか?」

 

ハーミットは不思議そうに小首を傾げる。

 

「その…随分大事にしているみたいだけど、あのパペット――よしのんって、お前にとってどんな存在なんだ…?」

 

その問いに、ハーミットは恐る恐るといった調子で、たどたどしく唇を開く。

 

「よしのん、は…友達…です。そして…ヒーロー、です」

「ヒーロー?」

 

以外そうに五河が問うと、ハーミットはうんうんと頷いた。

 

「よしのんは…私の、理想…憧れの、自分です。私、みたいに…弱くなくて、私…みたいに、うじうじしない…強くて、格好いい…」

「理想の自分…ねぇ」

 

五河は頬を掻いて、何かを思い出している様子。

つまり、彼女は自分が嫌いで思い描いた自分を、あのパペットに投影しているということなのか…。

 

「俺は…今の四糸乃の方が好きだけどなぁ…」

 

五河が何気ないと様子でそう暴露すると、ハーミットはボンっ!と顔を真っ赤に染め、背を丸めながらフードをたぐって顔を覆い隠してしまった。一夏かな?

 

「よ、四糸乃…?どうした?」

 

五河が顔を覗き込むみながら声をかけると、ハーミットはフードを握っていた手を離し、そろそろと顔を上げた。

 

「…そ、そんなこと、言われた…初め…った、から…」

「そ、そうなのか…?」

 

ハーミットが、深く趣向する。五河さんよ、君恋人いるんだよね?

 

「それで――ええと四糸乃、お前は軍に襲われても、殆ど反撃しないらしいじゃないか。何か理由があるのか?」

 

新たな問いに、俺は思わず息を詰まらせる。最も問いかけてみたいも、知ることに恐怖心を感じていたからだ。

ハーミットはまたも顔を俯かせた。

霊装であるインナーの裾をぎゅっと握るようにしてから、消え入りそうな声を出してくる。

 

「…わ、たしは…いたいのが、きらいです。こわいのも…きらいです。きっと、あの人達も…いたいのや、こわいは、いやだと…思います。だから、私、は…」

 

油断していれば聞き逃してしまいそうな程小さな、掠れるような声音。

だが、俺達はその言葉に心臓を穿たれるような衝撃を覚えた。

 

「……っ、四糸乃…お前、そんな理由――」

 

五河が言い終わる前に、ハーミットが全身を小刻みに震わせながら、言葉を続ける。

 

「でも…私、は弱くて、こわがり…だから。1人だと…だめ、です。いたくて…こわくて、どうしようもなくなると…頭の中が、ぐちゃぐちゃに…なって…きっと、みんなに…ひどい、ことを、しちゃい、ます」

 

後半は、もう涙声だった。

ずずっと洟を啜るようにしてから、さらに続けてくる。

 

「だ、から…よしのんは…私の、ヒーロー…なんです。よしのん…私が、こわく、なっても大丈夫って、言って…くれます。そした、ら…本当に、大丈夫に…なるんです。だから…だ、から…」

 

聞いていた五河は唇を噛みしめ、両の手は血が出るのではないかという程握り締められていた。そして、席を立ちハーミットの隣に腰を下ろすと、彼女の頭をわしわしと撫でる。

 

「……っ、あ…っあの――」

「俺が」

「――っ、……?」

「俺がー―お前を救ってやる」

 

五河の言葉にハーミットが目を丸くするも。構わず続ける五河。

 

「絶対によしのんに会わせてやる。それだけじゃない。もうよしのんに守ってもらう必要だってなくしてやる。もう、お前に『痛いの』や、『こわいの』なんて近づけたりしない。俺が――お前の、ヒーローになる」

「……?……?」

 

ハーミットは暫し目を白黒させていたが、数十秒の後、小さく唇を開く。

 

「…あ、ありがとう、ございま…す」

「…おう」

 

嬉しそうに頷くハーミットに、微笑む五河。その姿はまさにヒーローだった、俺では決してなることのできない正義の味方がそこにはいた。

 

「俺からも、いいかな?」

 

宥めるような口調で語りかけると。ハーミットは目元にうっすらと浮かんでいる涙を、五河が差し出したハンカチで拭いながら頷く。

 

「俺は軍に所属する人間、つまり君を排除しようとしている者なんだ」

「!?」

「!?天道さん!」

 

ハーミットが驚いたように体を震わせ、五河が慌てて止めに入ろうとする。

彼から今のハーミットは、非常に精神状態が不安定なので刺激しないようにと言われていたが、彼女の真摯な姿に黙っていることができなかった。

 

「……!」

 

怯えた目で俺を見るハーミット。背後のキッチンの流し台からボコボコと水が蠢く音が聞こえてくる。

 

「落ち着け四糸乃!俺がいるから!俺がお前を傷つけさせないから!」

 

五河がハーミットをギュッと抱きしめると、顔を赤くしたハーミットの体の震えが徐々に収まり、背後からの音も収まる。

 

「驚かせてすまない。それでも君に伝えたいことがあるんだ」

 

ビクビクとしながらも首を傾げるハーミット。

 

「俺は2日前に君に助けられたんだ。紺色で頭部にV字のアンテナがついているPTって分かるかな?」

 

俺の言葉に彼女はコクコクと頷く。夜刀神よりある程度こちらの情報を把握しているようだ。

 

「そして次の日には君を殺そうとした。君が精霊というだけで恩を仇で返す、人間とはそういう生き物だ。そして、俺はこれからも君を排除しようとし続ける。それでも君は戦わないのかい?」

 

ハーミットは俯きながら、五河の上着の裾の握る。少しして顔を上げるとその澄んだ瞳で真っすぐに見つめてくる。

 

「わた、し…の、せいで色んな人に、めいわく…を、かけて…いますから、しかた…の、ないことだ…と思います。あなた…にも、まもり…たい人がいる、でしょう…から…」

 

どこか諦観の混じった笑みを浮かべるハーミット。まるで、俺が罪悪感に囚われないように気を配るように。

その姿に叫び散らしたくなるのを必死に堪える。なんでだ、なんでこんな慈悲深い子が精霊なんだ!どうして彼女を殺さなければならないんだ!!

 

「あの…」

 

五河から離れたハーミットが俺に歩み寄ると、そっと手を握ってきた。

 

「あり、がとう…ござい、ます…。わた、し…の、こと…しんぱい、して…くだ、さって…。あなた、も…士道さんと…いっしょ…で、やさしい…人、なん、ですね…」

「――――ッ!!」

 

その言葉に、俺は思わず手を振り払って椅子から立ち上がり玄関へと駆け出すと、五河家から飛び出す。

 

「俺は…俺は…!」

 

雨に濡れるのも構わず走り続ける。大切な人達を守るために彼女と戦わねばならない気持ちと、自分を殺そうとする相手をも思いやれる心優しき彼女を、傷つけたくない気持ちが混ざり合って、心が張り裂けそうになる。

ひとしきり走ると足を止め、側にあった電柱に拳を力の限り叩きつけると、その手の皮膚が裂け血が滲み出る。

 

「何のために戦ってるんだッ!!!」

 

雨雲の広がる空に向けて叫ぶも、答え等帰って来る訳がなく、ただ降り注ぐ雨音だけが虚しく響くのだった。



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第五十五話

「テイルギアの修理は完了しています。皆さんの傷の具合はいかがですか?」

「ああ、おかげでバッチリ治ったよ。ありがとうトゥアール」

 

総二の家の地下にあるツインテイルズの活動拠点である秘密基地のコンソールルームにて。テーブルにそれぞれのブレスを置いたトゥアールが問いかけると、問題ないことをアピールするように総二が軽く肩を回しながら答える。

ヴォルフが撤退した後、すぐにトゥアールに回収された総二と愛香。高い保護機能を持つテイルギアでも受けきれないダメージをその身に受けたが、トゥアールが開発した医療用カプセルで治療を受けすでに全開していた。

本来なら完治まで長い期間が必要であったが、ギアの修理を一晩で終わらせたことと合わせトゥアールの科学力はやはり目を見張るものがあった。

 

「…すみません。まさか、あのタイミングでファントム・タスクが総二様達を狙ってくるとは予想しておらず、完全に後手に回ってしまいました」

 

気落ちしたように謝罪してくるトゥアール。総二らの危機に何もできなかったことにかなり責任を感じているようだ。

 

「仕方ないわよ。正直言って、あたしにも油断があったし…」

 

そんな彼女をフォローする愛香。今回の襲撃は彼女にとっても予想外のことであった。

 

「それを言うなら俺もさ。リーダーなんだから、もっとしっかりしなきゃいけなかったのに…」

 

人と戦うのを恐れ愛香が窮地に立たされるまで何もできず、1人で戦わざるを得なくなり手も足も出ず敗れ、母をも危険に晒してしまった己の不甲斐なさに、血が出るのではという程手を握り締める総二。

 

「あらあら、皆元気がないわね。そんなんじゃ青春を無駄にするだけよ?」

 

室内に流れる陰鬱な空気をものともせず、未春が陽気に入室してくる。

 

「母さん…」

「ん?何総ちゃん?」

「ごめん俺のせいで危険な目に合わせて…」

 

しゃんぼりと項垂れる息子に対して――その背中を未春は、まるで喝を入れるようにバシンッ!と叩いた。

 

「痛ッ!?」

「何言ってるの、親が子供守るなんて当然のことじゃない。それよりもっと大切なことがあるでしょ?」

「でも…痛いってば!!」

 

なかなか吹っ切れない総二の背中をもう一度叩く未春。

 

「失敗を反省することは大切よ。でも、それだけじゃ駄目。そこからどうしていくか考えなくちゃ」

「そこからどうしていくか…」

 

母の言葉を噛みしめる総二。確かに下を向いているだけでは何も始まらない、自分達を信じてくれている人達のためにも、少しでも前に進まねばならないのだ。

 

「ありがとう母さん。俺頑張るよ、もう母さんを危険な目に合わせないために」

「そうそう、男の子はそれくらいじゃないとね」

 

力強く応える息子を、頼もしそうな目を向けながら満足そうに頷く未春。

 

「でも、おばさんのことが奴らに知られちゃったのはかなり不味いわよね。レッドがそーじだってばれるのも時間の問題だろうし…」

 

そう、ヴォルフに対して未春は堂々と名乗ってしまったのだ。ファントム・タスクならそこからレッドの正体に辿り着く可能性は極めて高いだろう。

 

「私もネット等を監視していますが、奴らがどのような手段に出てくるか予測しきれません…」

「あら、それなら心配しなくてもいいんじゃないかしら?」

 

そんな彼女らの不安をよそに、当の未春はあっけからんとした様子であった。そんな彼女に愛香が問いかける。

 

「どうしてですか?」

「彼なら黙っていてくれると思うから」

「いや、いくらなんでもそれは…」

 

余りにも希望的観測過ぎる答えに、トゥアールが思わず冷や汗を流す。

 

「いや、俺もなんでか分からないけど、そんな気がするんだ」

 

未春の考えに総二も賛同する。『良き母を持ったなテイルレッド。孝行の心を忘れるなよ』そう言った彼なら、今回のことで母に害になることをするとは思えなかったのである。

 

「そーじも!?そんなのお気楽過ぎるって!」

 

確かに愛香の言う通り楽観的といわれても仕方がないが、この件については観束親子には不思議とヴォルフのことが信用できたのだった。

 

 

 

それから総二らの周りでは何事もなく数日が経つのだった。

まだ愛香やトゥアールは警戒しているも、少なくとも総二はもう気にすることなくいつもの生活を送っていた。

 

「にしても増えたねぇ、ツインテール」

 

最早恒例ともなっているユウキも交えた昼休み、昼食を食べ終えて寛いでいると、不意にユウキが周りの女子を見ながら零した。

一月程前はバラバラであったクラスメートの髪型だが、今ではツインテールの割合が多くを占めていた。

 

「ツインテイルズ旋風ってやつかね?」

「…そうね」

 

自分と同じ髪型が増えているにも関わらず、愛香は面白くなさそうにしていた。ツインテイルズの活躍に合わせて世界中の人々がツインテールに関心を持ち、有名人が髪型を真似たり各企業が関連する商品を取り扱い始める等影響力を強め。今では子供向けだったツインテールは流行の中心となり、年齢を問わず親しまれるようになったのだ。

 

「なんで不機嫌そうなんだよ愛香?」

「……」

「え、なんで睨まれてるの俺?」

 

ジト―とした目を向けられて困惑している総二。

 

「総二が他のツインテールに目移りするのが嫌なんでしょう」

「べ、べべべべべ別にそんなんじゃないから!そんなんじゃないから!」

「お、おう?」

「(そこで攻めればいいのに…)」

 

せっかくの援護を、顔を赤くして机をバンッと叩きながら否定する愛香。そんな友人に、内心溜息をつくユウキ。

 

「てか、なんか嬉しくなさそうだよね総二」

 

予想していたよりも喜んでいなことに違和感を覚えるユウキ。泣きながら飛び跳ねて喜ぶくらいはあり得ると想定していただけに拍子抜け感があった。

 

「いや、嬉しいんだけど。なんていうか…なんか引っかかるんだよな。上手く言えないんだけど」

 

実は総二は、この熱狂にどこか意図めいたものを感じていたのだ。確かに企業辺りは利益目的ではやし立てているだろうが、それらとは別の悪意ある意思が働いている気がしてならなかった。

 

「あ、今テイルレッドが俺に微笑みかけてくれた!!」

「ふん、いつまでも次元の低いことを…。俺なんて、トランクスにテイルレッドを熱転写してきたぜ!最早、常に一緒にいないと学業もままならねぇ!!」

「てめぇ、レッドのbot作っただろ!俺が先に作ったんだぞ!!」

「うるせぇ、俺の方がフォロー数が多いんだぞ!第一、もう全世界で3000アカウントぐらいテイルレッドbotはできてるんだよ!!今更だろうが!!」

「うん、わかった、じゃあ放課後映画観に行こうね、テイルレッドたん」

 

人目をはばかることなく繰り広げられる、男子のテイルレッド談義も最近ではお馴染みとなっていた。普通であれば周りの目を気にするのだが、強烈過ぎるブームはそんな卑屈さをも吹き飛ばしていた。まあ、最後の1人電話は流石に気にすべきだとユウキは思うが。

そしてその風景を見ると、なぜか総二の顔色が悪くなるのは心配になる。

ちなみに相方であるブルーはキャラが強烈過ぎるためか、思い出したように極たまに話題に出れば御の字といった感じとなっている。

 

「そうそう。2人に見せたいのがあったんだ~」

 

何か思い出したように自分のカバンを漁り始めるユウキ。

 

「じゃ~ん!テイルブルーのカードのウルトラレアがやっとゲットできたんだ~!」

 

ユウキが両手で突き出すように見せてきたのは、ツインテイルズを題材としたコレクションカードで、その中でもブルーのカードで最もレア度が高いものであった。

 

「え?」

 

それを見た愛香は思わず意外そうな声を漏らしてしまった。ツインテイルズを題材にこそしているも、実際はレッドの割合が多く、ブルーはせいぜい各レア度に一種類ある程度であったりするのだ。しかも世間からは、それら全てがハズレ扱いされていることに愛香はやるせなさを感じていたのだ。

そんな自分のカードを、本当に嬉しそうに持っている人がいることに感激した。

 

「ブルー好きなのかユウキ?」

「うん!悪く言われること多いけど、レッドを守ろうと一生懸命な所大好き!」

 

眩しさすら感じられる笑顔で話すユウキに、本気で感激する愛香。

 

「いや~ブルーのカード全然手に入らなくて――ちょ、愛香、なんで泣きそうになってるのさ!?」

「ごめん、あたしもブルー好きだから、嬉しくて…」

 

思わず零れた涙を拭う愛香、そんな彼女の背中を優しくさする総二。確かにやり過ぎと言われることもあるブルーこと愛香だが、全てはレッド――総二のためであり。そんな彼女に助けられたことも少なくなく、そんな幼馴染の頑張りが正しく評価されたことは総二としても喜ばしかった。

 

「誰かを守りながら戦うって大変だからね…。ブルーは凄いよホント」

 

誰かに思いを馳せるように窓の外に視線を向けるユウキ。その表情はどこか憂いを帯びていた。

そんな彼女の様子に言葉を詰まらせる総二と愛香。

実はここ数日勇の姿が見えず、行方不明となっているという噂がまことしやかに広がっていたのだ。

総二らもそのことは気になっており、妹であるユウキならば何か知っているだろうが。プライバシーに関わるデリケートな問題でもあるので、あえて触れなかったのだ。

 

「ああ、ごめん変な空気にしちゃって。やっぱあの噂気になるでしょ?」

「それは…」

「2人だけに言うとね、本当なんだ。兄ちゃん、この前の休日に出かけてから帰って来てないんだよね」

 

他の人にはナイショね、と片目をつぶり、右手の人差し指を口に添えるユウキ。その姿は、総二らを気遣って明るく振舞っているようにも見えた。

 

「それは、心配だな。何か連絡はないのか?」

「ん~ないね。多分1人で考えたこいとでもあるんじゃないかなぁ」

 

あはは、と両手を頭の後ろで組みながら笑うユウキ。心配こそすれど不安はないといった様子である。

 

「ま、あいつのことだからその内帰ってくるでしょ」

 

腕を組んで気にした様子もなく話す愛香。なんだかんだ言っても勇のことを信頼しているからだろう。

 

「…そうだね。でも、たまにはこっちから迎えに行ってもいいよね」

 

誰ともなく呟くユウキ。その目は何かを決意したようでもあった。



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第五十六話

「…まだ勇とは連絡は取れんのか鳶一?」

「以前消息不明」

 

翼の問いに折紙は静かに首を横に振る。表情こそ平然としているもどこか困惑の色が伺えた。

精霊の出現を感知したブルーアイランド基地は機動部隊へ出撃を指示。そんな中、遊撃隊は格納庫で待機していた。

 

「勇さんどうしたんでしょうか…」

 

響が不安を隠せず漏らす。出撃しようにも肝心の隊長である勇が不在なのだ。

 

「多分、迷っているんだと思います」

「迷う、ですか?」

 

セシリアの言葉にアミタがはい、と頷く。

 

「自分の戦う理由について、精霊と戦うことが正しいのかを」

「今更何を馬鹿な!そのような軟弱なことを…!」

 

その言葉に憤りを覚えた翼はアミタに詰め寄るが、そこに折紙が割って入る。

 

「このまま勇は戻らなければ隊長不在のため、規定に基づき私が指揮を執る。異存は?」

 

落ち着くよう促す折紙の目線に、翼は深く息を吐いて心を落ち着ける。

 

「…ない」

 

翼が同意の意思を示すと、他の者達も賛同する。

 

「大丈夫です。勇兄なら必ず戻ってきますから」

 

確信に満ちた様に言う一夏。

 

「…その確証は?」

「いや、ないんだけど。しいて言うなら、勇兄だから、から?」

 

セシリアからの問いに、曖昧に答える一夏。だが、誰もそれを否定はしなかった。不思議と勇のことならそれでも信じることができたからだ。

そんな彼らの元に、出撃の命が下されるのであった。

 

 

 

「ハーミットの状況は?」

「以前結界を拡大中。こちらの攻撃を受け付けません」

 

ブルーアイランド基地指令室にて、司令官席に腰かけた悠里の問いにオペレーターが答える。

 

現界したハーミットの討伐作戦を実施する中、ハーミットが氷嵐(ひょうらん)の結界を形成したのである。

結界はこちらのいかなる攻撃も凍りつかせて受けつけず、その規模を拡大させていた。このままでは島内全域が凍りつき機能を喪失するだろう。

 

「結界周辺に展開したアルティメギルとノイズの方は?」

「結界を拡大に合わせて移動する以外、目立った動きは見せていません」

 

結界の対処に追われる中、突如これまで単体か少数でしか出現しなかったエレメリアン多数と、アルティロイドの大軍が現れ、それに呼応するようにノイズの群れも出現し。こちらを結界に近づけまいと言わんばかりに陣形を形成したのだ。

 

「指令ゴースト1より通信です」

「繋ぎなさい」

『こちらゴースト1、部隊の配置を完了しました』

 

指令室の巨大モニターに表示された戦域図には、結界を中心に展開されたエレメリアンとノイズに対峙して展開された機動部隊が映されている。

 

「分かりました。それでは、これより作戦を開始します!」

「了解!全部隊へ作戦を開始せよ!繰り返す、全部隊へ作戦を開始せよ!」

 

悠里の指令と共に、オペレーターらが世話しなく動きだすのであった。

 

 

 

 

「この躍動、これこそがツインテールの魅力であろう!」

 

氷嵐吹き荒れる結界周辺。そこに展開しているアルティメギルとノイズの集団、その中心にて、ドラグギルディが空間に投影された、過去のツインテイルズの映像を前に拳を握り締めて熱弁していた。

 

「ふむ、なる程な」

 

それを、ハウンドを纏いながら頭部の装甲だけを外したヴォルフが、興味深そうに聞いていた。

 

「……」

 

そんな光景に対して、キリエはどこか遠くを見る目をしていた。

ハーミットの結界を前に軍が一時後退するのに合わせ、ヴォルフはネフシュタンの少女にノイズを展開させたのだが。それと同時に同じ場所にアルティメギルも姿を現し、一触即発にでもなるかと思えば、両陣営のトップがツインテール談義を始め出すではないか。

 

「モケ~」

「あ、どうも」

 

アルティロイドが、ホットコーヒーが入ったカップを差し出してくれたので受け取るキリエ。辺りを見回せば、オータムとエムはアルティロイドを交えてカードで賭け事をして遊んでいるし。アルティロイドの中にはノイズと組体操なんかをしていたりと、なかなかにカオスな状況になっていた。

そんな中、ネフシュタンの少女は周囲から距離を置いて、1人瓦礫の上に胡坐をかいて座り込んでいた。

 

「ねえ」

「あ、なんだよ?」

 

その背に話しかけると不機嫌そうに振り返る少女。

 

「隣座ってもいい?」

「…好きにしろよ」

 

少女のぶっきらぼうながらの了承を得ると、隣に腰かけるキリエ。

 

「なんか用かよ?」

「ん~そういえばさ、あなたの名前しらないな~って。あ、あたしキリエ・フローリアンっていうの」

 

協力関係ではあるも、少女はキリエらと必要以上に関わろうとしないため、彼女の名前すら知らなかった。

 

「は?なんで教えなきゃならないんだよ。別にお前らの仲間になった覚えはねぇ。言っておくがあたしはお前らが嫌いだ」

「じゃあ、なんで協力してるの?」

「教える義理はねぇ」

 

取りつく島もなしと言わんばかりに拒絶の意思を示す少女。

 

「…それじゃ、勝手にあたしのこと話すけどさ」

 

そんな少女に、自分がシャドウズに入った経緯を話し出すキリエ。以前ヴォルフの営業活動につき合った際に、彼は『己を曝け出さない者に、相手の信頼を得ることなどできない』語っていた。

そのため、少女の信頼を得るには自分を知ってもらうべきだろうと、キリエは思ったのだ。

 

「……」

 

そっぱは向いているも、興味はあるのか少女は静かに話を聞いてくれていた。

 

「…お前はパパ…父親のために戦ってるのかよ」

「うん、間違ってることであっても、パパに努力が無駄じゃないって知ってほしい。だから、私は戦う」

 

決意を込めた目を向けると、少女がジッとこちらを見てくる。

 

「…あたしが戦うのは、戦いのない世界を作るためだ」

「戦いのない世界?」

「そうだ。誰も傷つけあわず笑って暮らせる世界にするんだ。そのために戦う意思と力を持つ者を潰す、それがあたしが戦う理由だ。だから、だからお前らあたしの敵なんだよ、今は利用価値があるから見逃しているだけだ」

 

分かったか、と釘を刺してくる少女。

 

「優しいねあなた」

「はぁ?」

 

何言ってんだといいたげな視線を向けてくる少女。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。あたしは優しくなんかない、あたしにできるのは何かを壊すだけなんだ…」

「あたしにはそうは見えないけど」

 

自嘲するように吐き捨てる少女。そんな彼女の言葉に、キリエは右手の人差し指を顎に添えながらう~んと、首を傾げる。

 

「なんだよ」

「誰かのために戦うなんて、何かを壊すだけの人にはできないと思うけどなぁ」

「お前にあたしの何が分かるってんだよ」

「そうね。だから、あなたのことを知りたい。世界から嫌われても、誰かの幸せを願える人と仲良くなれたらいいなって思う」

 

微笑みかけるキリエに、少女は少し困惑したように頭を掻くも、観念したように息を吐くと口を開く。

 

「クリス」

「?」

「あたしの名前だよ。雪音クリスだ。キリエ(・・・)

 

照れたように頬を僅かに赤くしながら名乗る少女に、キリエは満面の笑みを浮かべる。

 

「うん、よろしくねクリス!」

 

 

 

 

「……」

 

キリエとクリスのやり取りを遠目から見ていたヴォルフは、どこか満足そうな様子であった。

 

「良いものだな人とは、どのような壁も打ち破ろうとする気概がある」

 

そんな彼にドラグギルディが語り掛ける。

 

「ほう、お前達は人に対してそのような感性を持つ者なのか?」

「我らエレメリアンは人の心より生まれし存在。故に人への敬意を忘れたこと等ない」

「なる程な、だから真正面から人と戦う訳か」

 

得心がいった様子で頷くヴォルフ。

基本的にアルティメギルの戦術は、小細工無用と言わんばかりに一対一での戦闘を好む。複数のエレメリアンが同時に挑むこともあるが、それには必ずなんらかの理由が伴っていた。

 

「左様。強き心の輝きを持つ者に、己の力のみで勝利することこそ、我らにとって何物にも勝る誉となる」

「その言い分では、お前らの獲物を横取りしようとした俺は、唾棄すべき存在ではないのか?」

 

ツインテイルズを襲撃した件の話を持ち出すと、ドラグギルディは気にした様子もなく笑みを浮かべる。

 

「矜持もない輩はともかく、そなたのような気高き者なら文句はない。彼女らがあのまま討たれていたとしても、それまでだっただけのことよ」

「気前がいいな」

「それはお主も同様ではないか?」

 

見透かしたような目を向けてくるドラグギルディに、違いない、と口元に笑みを零すヴォルフ。どうやら互いに気が合うらしい。

そんな彼らの元に、1体のエレメリアンが姿を現す。

 

「ドラグギルディ様!」

「スワンギルディか、何用か?」

 

自らの前に跪いたスワンギルディに、腕を組んで問いかけるドラグギルディ。

 

「どうか、どうかわたくしめも前線に出ることをお許し下さい!」

「ならん。出撃前に言ったはずだ、貴様ら未熟者らは後方で我らの戦を見ておれと」

 

提案をにべもなく両断するドラグギルディ。前線に出ることが許されたのは経験豊富なエレメリアンのみであり、スワンギルディら若手は後方待機が言い渡されていたのだ。

 

「私はあの後(・・・)も研鑽を積みました、どうかその成果を試す機会をお与え頂きたい!」

 

それでも引き下がらないスワンギルディ。実は以前ツインテイルズと相対する者を決める際、彼はエロゲミラ・レイタ―(要は、自分のエロゲのプレイ状況を、つぶさに分析されて暴露されること)と呼ばれる試練を受けたのだが。開始早々に轟沈してしまっていたのだ。

それからというもの、スワンギルディは過去を弱かった自分を乗り越えようと自らを鍛え直した。

その成果は確実に実を結び、短期間で彼から発せられる属性力(エレメーラ)が高まっているのをドラグギルディは感じ取っていた。やはりこの者の素質が飛び抜けている、だがその才が芽生えるには未だ時間を必要としており、どのようにこの場を引かせるか思案――

 

「スワンギルディと言ったな、貴様の属性力は?」

 

しようとし。ヴォルフが割って入ってきた。

 

「…ナースだが」

 

人間である彼に怪訝な顔をするも、その真剣な目に立ち上がると自らの属性を明かすスワンギルディ。

 

「では、ナース服は持っているか?」

「当然だ」

「持ってるんかい」

 

さも当たり前のようにナース服を取り出すスワンギルディに、思わずツッコミを入れてしまうキリエ。

 

「ふむ、キリエ!」

「何よ?」

 

顎に手を添えて暫し思案すると、キリエを呼ぶヴォルフ。

 

「お前、これを着てくれ」

「…ハァァァ!?」

 

ナース服を指さして頼み込んできたヴォルフに、目を見開いて間の抜けた声で叫ぶキリエ。

 

「いやいやいやいやいやいや!何言ってんのあんたは!?!?!?」

「この場にいる者でお前が一番適任なのだ。さあ」

 

さあ、じゃないがなと、真面目な顔で促してくるドアホウにジト目を向けるキリエ。

 

「仕方ねぇな。ここはあたしが…」

「年増は引っ込んでいろ。どうやら私の出番のようだ」

「止めとけ、お子様じゃアレの魅了を十分の一も出せねぇよ」

 

いつものように取っ組み合いを始めた仲良し(オータムとエム)を尻目に、アルティロイドが試着室を運んできていた。

 

「…そんなに見たいの(あたしのナース服姿を)」

「ああ、見たい(スワンギルディの覚悟を)」

 

暫しの沈黙を後。真剣なヴォルフの目に、意を決したのかキリエはナース服を受け取ると試着室へ入っていった。ちなみにスワンギルディは、思春期の男子のようにソワソワしながらその背中を見送っていた。

 

「(なんか、こんな感じの芸人いたっけな…)」

 

2人のやり取りを見ていたクリスが遠くを見る目をしている。正直キリエの将来が不安であった。

 

「…これでいいの?」

 

着替え終えて出てくると、思っていたよりも短いスカートを抑えながらモジモジとするキリエ。

 

「ぐァァァァアアアアアア!!!」

 

その姿を見たスワンギルディが、何もされていないにも関わらず、地面を削りながら弾き飛ばされたように瓦礫に叩きつけられた。

 

「グフッ!何という破壊力!だが、この程度では…私は倒れん!!」

 

膝を着くも、吐血してふらつきながらも立ち上がるスワンギルディに、周囲のアルティロイドから喝采が上がる。

 

「ほう、では…」

 

その姿に関心したように頷くと、スケッチブックに何かを書き込んでキリエに見せる。

それを見たキリエがギョッとしたような顔をすると、顔を真っ赤にしてプルプルと震えるも、覚悟を決めたようにアルティロイドが差し出してきた注射器を手にした。

 

「お、お注射天使キリエちゃんだぞ♪」

 

右手で注射器を持ち、左手を腰に添えてしならせながらウィンクするキリエ。

 

「ぐ、ガぁぁぁぁアアアアアア!!!」

 

全身に衝撃波走ったように身悶えると、スワンギルディ倒れ伏してしまった。

 

「やはり、お前ではまだ早いようだな連れて行けい」

 

冷淡に言い放つドラグギルディ。だが、その目にはスワンギルディの成長への喜びの色が浮かんでいた。

スワンギルディが担架で運ばれていく中、ドラグギルディの副官であるスパロウギルディが歩み寄ってきた。

 

「ドラグギルディ様。どうやら敵が動き出したようです」

「うむ、来たか」

 

ドラグギルディが頷くのと同時に、前衛に展開していたアルティロイドとノイズに、砲弾とミサイルが降り注いだ。

 

「的確だな」

 

効果的に打撃を与えてくる敵に、感嘆の言葉を漏らすドラグギルディ。

 

「この地に配備されているのは、この世界でも指折りの精鋭だからな」

「なれば、我らも相応にもてなすとしよう。者共かかれぃ!!」

 

ドラグギルディの号令の元、エレメリアンとアルティロイドが雄たけびと共に前進開始した。

 

「客人、こちらも始めよう」

「あいよ」

 

クリスがソロモンの杖で指示を与えると、ノイズも前進を開始した。

 

「では、スパロウギルディ。後は任せるぞ、今より我は1人の戦士に戻る」

 

そう告げると、マントを翻し戦場へ向かっていくドラグギルディ。

 

「ハッ、ご武運を」

 

その背中に恭しく頭を垂れるスパロウギルディ。

一歩を踏む度に高まった闘気が全身から溢れ出し、周囲の景色が陽炎のように揺らめく。そんなドラグギルディの隣を、頭部の装甲を装着し直したヴォルフが並ぶ。

 

「目的地は同じようなのでな、ご一緒させてもらおう」

「よかろう。そなたと肩を並べるのも一興」

 

互いに愉快をそうに笑みを浮かべる両者。その後ろをシャドウズとクリスが続く。

 

「ちょ、あたしを置いていくなーー!」

 

そんな彼らの背後から、着替えるために試着室に入っていたキリエの怒号が響くのであった。




なんとなく考えてみた、勇とヴォルフのスパロボ風特殊技能と精神コマンド

※OG基準

特殊技能       精神コマンド
念動力        不屈
底力         集中
インファイト     必中
アタッカー      気合
気力限界突破     熱血
闘争心        闘志

ヴォルフ
特殊技能       精神コマンド
ヴォーダン・オージェ 集中
(極と同様の効果)  直感
ガンファイト     狙撃
ヒット&アウェイ   気迫
集束攻撃       魂
集中力        強襲
カウンター


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第五十七話

「…四糸乃、泣いているの?」

 

壁に埋め込まれたモニターに移される氷嵐のドームを見ていると、不意に何かに引き寄せられるような感覚を受けた。

 

「ハーミットの、四糸乃って子の心を感じたのね勇君」

 

同じ部屋にいた了子さんが問いかけてくる。

四糸乃と話した日から、どうしたらいいのか分からなくなった俺は、あてもなく彷徨っていた。そんな俺を、二課の人達にも秘密で自分の研究室に匿ってくれたのが了子さんだった。

 

「でも、そんなことって…」

「念動力は心と心を繋ぐ力でもあると私は見ているわ。特に身近に感じ合う者の心を強くね。きっと四糸乃って子にとって、あなたは身近に感じられる人に含まれるのでしょうね」

「……」

 

その言葉を聞いた瞬間、気づけば両手を強く握りしめていた。

 

「…あなたはどうしたいの?」

「俺は…」

 

何かを言わなければと思うも、何かが引っかかったように言葉が出なかった。

 

「外に出てみなさい」

「え?」

「きっと、あなたの求める答えがある筈よ」

 

優しく微笑みかけてくれる了子さん。そんな彼女は、どこか母さんと一緒だった時のような暖かさを感じられた。

 

「はい、お世話になりました」

 

深々と頭を下げると、俺は部屋の外へと駆けだすのであった。

 

 

 

 

地上に出ると、遠くに聳えるドームを見据える。

あそこに四糸乃がいる。、誰かが傷つくよりも自分が傷つくこと願う優しい少女が泣いている。怖くて逃げたくても1人ではどうしようもなくて、助けを求めて手を伸ばしているんだ。

 

「……!」

 

でも、俺がその手を掴むことは軍人として許されない。何より彼女が精霊である以上、俺の大切な人達を危険に晒す存在なのだから。

 

「俺は――!」

 

苛立ちを抑えきれず、握り締めた拳を側にあった街路樹に叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひゃぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞き慣れた声と共に、頭上から落ちてきた人影を反射的受け止める。

 

「――ユウキ!?」

「ふえー、びっくりしたぁ」

 

腕に収まっているのは紛れもない我が妹であった。

 

「ん?おお!お姫様抱っこだ!」

「いや、何やってんだお前は!避難指示が出てるんだぞ!?」

 

目を輝かせてはしゃいでいるユウキを降ろしながら怒鳴る。いくら戦場から離れているとはいえ、何が起こるか分からないんだぞ。ただでさえ危険な目に会ったってのにこの馬鹿は!

 

「ごめん。でも、このまま兄ちゃんのこと、1人にしてたら駄目だと思って。それで探してたらここら辺に気配があるのに見つけられなくて…」

「ユウキ…」

 

ギュッと抱き着いて胸に顔をうずめてくるユウキ。

そうだよな、元はと言えば俺が勝手にいなくなったの悪いんだ。それなのに俺は…。

 

「ごめんな。お前のこと放っておいて。お兄ちゃん失格だな」

 

謝罪の気持ちも込めて頭を撫でる。

 

「そんなことないよ。兄ちゃんはいつでも、ボクの最高のお兄ちゃんだよ」

 

満面の笑みで見上げてくる妹を強く抱きしめる。

そうやっていつでも俺を信じてくれる。だから俺は迷うことなくここまで進んでこれた。この温もりが力を貸してくれたんだ。

 

「ねえ、兄ちゃんは皆の所に行かないの?」

「ッ――」

 

その言葉に答えることができない。どうすれば、この子の信頼に応えることができるかが分からなかった。

 

「俺は――」

 

何かを言わなければと口を動かすと、ユウキの人差し指によって遮られる。

 

「ねえ、ボクと逃げよう。どこか兄ちゃんが戦わなくていい所に」

「え……?」

 

妹が語る内容に目を見開く。何を言っているんだユウキ?

 

「戦うのが辛いんでしょ?どうしたらいいのか分からないんでしょ?だったら、戦わなくていいんだよ。兄ちゃんが自分を傷つけてまで戦う必要はないんだよ。逃げていいんだよ」

 

そういって妹はジッと目を見つめてくる。どこまでも透き通ったその目は俺の全てを見抜いているようだった。いや、ようだではなく、見抜いているんだ。

 

「そんなこと、できる訳ないだろ。俺が戦わないと――」

「じゃあ、どうして兄ちゃんが戦わないといけないの?なんで兄ちゃんが傷だらけになってまで、誰かを守らないといけないの?そんなこと誰が決めたのさ!」

「ユウキ…」

 

最後の方は胸に顔をうずめて声が掠れていた。

それは紛れもない彼女の本心だった。今まで胸に秘めていた想い。俺のことを案じてくれる優しさであった。

 

「兄ちゃんじゃなくても、きっと誰かが何とかしてくれるよ。誰かがヒーローになってくれるよ。だから逃げよう、兄ちゃんはもう十分に戦ったよ。誰にも悪くなんて言わせないから、僕が兄ちゃんのこと守るから、だから「ユウキ」」

 

今度は俺が言葉を遮る。そう、俺である必要はない。俺なんかがいなくても誰かが大切な人達を守ってくれるのだろう。それでも――

 

「俺が、俺自身が決めたことなんだ。この手でお前を父さんをキリトを一夏を皆を守りたいって、そうしたいって思ったんだ」

 

この腕の中で感じる温もりを失わないために、もう2度と母さんの時のようなことが起きないようにと選んだ道なんだ。

 

「大切な人達が、理不尽な力のせいで悲しい思いをしてほしくないって、そのために俺にできることをしたいんだ」

 

馬鹿だな俺はこんな大切なことを忘れるなんて、とんだ大馬鹿野郎だ。誰かに言われたからとかじゃなく、俺は自分の心のままに進んできた。軍人となった今でもその気持ちを変えたくない、例えそれで軍人でいられなくなっても後悔したくないから。

 

「だから行くよ。ごめんなお前の気持ちに応えてやれなくて」

 

最低な道を選んでいるのかもしれない。それでも、俺は自分の信じた道を進みたいんだ。

 

「……」

 

ユウキは何も言わず腰に回している腕に力を込める。加減がないので痛みはあるも、甘んじて受ける。そだけしか、してやれることはないのだから。

 

「うん、行ってらっしゃい。信じて待ってるから!」

 

顔を上げたユウキは目元がうっすらと赤くなっているも、いつもの満面の笑みで応えてくれる。

互いに離れると、俺はドーム目がけて駆け出すと同時に、取り出したスマフォを操作してミリィの番号を呼び出す。

 

『勇さん!?今までどこに、というより無事なんですか!?一体何がー―』

 

コールと同時に切羽詰った彼女の声が鼓膜を揺らす。余りにも声量が多きので、思わずスマフォを耳から離してしまった。

 

「心配かけて済まない。細かいことは後で話から、とにかくMK-Ⅱを指定する場所に送ってくれ」

 

いくつかのやり取りをすると通話を切り、スマフォをしまうと足を速めるのであった。

 

 

 

 

『進めェ!止まるなァ!』

 

戦場と化した天宮市内。M型ゲシュペンストを駆る勇太郎が、最前線の先頭に立ち友軍を鼓舞しながらマシンガンのトリガーを引くと、放たれた弾丸はアルティロイドやノイズを穿っていく。

勇太郎ら主力は陽動として敵を引き付け、遊撃隊のハーミットへの進撃ルートを確保することである。

隊長不在の状態で危険な任務に就かせることに反対意見も出たが、勇太郎に不安はなかった。

 

「(勇、お前は必ず戻って来る。どれだけ迷うおうとも、自分の信じた道を進む強さを持っているのだから!)」

 

側面から襲い掛かってきた、数体のアルティロイドの内の1体の腕を左手で掴むと、他の個体に投げ飛ばしてぶつけて倒し、別の個体の腹部に肘を打ち込んで怯ませ首元に回し蹴りを叩きこんで吹き飛ばすと。倒した個体らにマシンガンを放った。

 

『ゴースト1より、CP(コマンドポスト)!ポイントB-32に火力支援を要請する!』

『CP了解。直ちに支援させる』

 

通信を終えて直ぐに敵の密集していた箇所に、砲弾とミサイルが降り注ぎ薙ぎ払っていく。

 

『よし、B-32から敵前衛を切り崩すぞ!』

 

砲撃によって空いた空間に突撃しようとすると、地鳴りと共に1体のエレメリアンが突進してきた。

 

「ヌゥオオオオオ!!!」

「グゥ!?」

 

反応が遅れた部下達の前に立った勇太郎は、重厚な肉体を活かした突進を受け、弾き飛ばされると瓦礫に激突し埋もれてしまう。

 

『少佐!?』

 

副官のみすはが駆け寄ろうとするも、勇太郎を弾き飛ばしたエレメリアンが彼女目がけて突進してきた。

 

「ブルルゥ!オラは胸筋(ペクトラルマッスル)属性のボアギルディ!オラを止められる者はいるがぁ!」

『ッ!』

 

自分目がけて突撃してくるボアギルディに、みずははスプリットミサイルを発射した。

弾頭から分裂した小型ミサイルが次々と着弾し、爆炎がボアギルディを包み込む。

 

『!』

 

爆煙の一部が盛り上がると、無傷のボアギルディが速度を緩めずに姿を現す。

みずは横に飛び込むように転がって突進を避けると、ボアギルディが瓦礫に突っ込むと巨大なコンクリートの塊が粉々になって崩れ落ちる。

 

「ブルルゥ、逃がざんぞォ!」

 

軽く頭を振るい被た塵を払うと、再度突進してくるボアギルディをマシンガンで迎撃するも、強固な皮膚に弾丸が弾かれて効果が見られない。

みずはは回避のために横に跳ぼうとすると、ボアギルディが両手を組んで振り上げると地面へと叩きつけてきた。

突進の勢いも乗った拳は軽々とアスファルトの地面を砕くと、その破片が散弾となってみずはに迫ってきた。

 

『ッ!?』

 

慌てて横に跳躍するも、予想外の攻撃に反応が遅れたため回避が間に合わず、いくつかの破片に当たったことで態勢が崩れ倒れ込むみずは。

そんな彼女に追撃を加えようと、ボアギルディが突進してくる。

 

「ブゥぁ!?」

 

上空から降り注いだ無数のミサイルと射撃を浴びた、ボアギルディの動きが鈍る。

 

「大丈夫ですか、天城中尉!」

『ええ、日下部大尉。助かりました』

 

みずはの側に降り立った燎子が手を貸して起こすと、共にボアギルディと対峙する。

 

「ブルルゥ、何人増えようが同じだァ!」

 

鼻息を荒く吹かすと、突進してくるボアギルディを燎子がテリトリーで拘束した。

 

「天城中尉!」

『了解!』

 

ボアギルディの動きが止まった隙に、肉薄したみずははプラズマ・ステークを起動させた左腕を腹部に打ち込んだ。

 

「ブフゥ!小癪な゛真似をォ!」

 

これといったダメージの見られないボアギルディが力を込めていくと、拘束が徐々に外れていく。

 

「ッ!」

 

増大した脳への負荷に苦悶の色を浮かべるも、歯を食いしばってテリトリーを強化する燎子。

 

「フガァ!!」

「アァッ!?」

 

雄たけびと共にみすはごと拘束を振りほどくと、フィードバックの負荷に耐えられず頭を抑えて膝を着く燎子。

 

「ブルルゥ、先ずはお前がらだァ!!」

 

身動きの取れなくなった燎子に、狙いを定めたボアギルディが突進してくる。

 

「大尉!」

 

みすはがマシンガンを構え援護しようとするも、最早間に合わない距離まで迫ってしまっていた。

 

「ッ!」

 

体を動かすこともテリトリーも張れない燎子にできることは、衝撃に備えて目を覆うことだけであった。

 

「ブルゥン!?」

 

そんな彼女に耳に響いたのは。何かがぶつかる音と、ボアギルディがの驚愕する声であった。

恐る恐る目を開けると――

 

「少佐!」

 

視界に跳ぶ込んだのは目の前に立ち、ボアギルディの犬歯を掴んで押し合っている勇太郎であった。

 

『ぬぅぅ…』

「ブルルゥ…」

 

拮抗こそしているも、負荷によって勇太郎機の関節部が火花を散らし始める。

 

『ならば!』

 

勇太郎が機体のリミッターを部分的に解除すると、ボアギルディの巨体が徐々に持ちあがっていく。

 

「ブガァ!?」

『ハァアアア!』

 

完全に持ち上げると、その場で回転して勢いをつけ空高く投げ飛ばす勇太郎。

ある程度の高さまで上昇すると、重力に従って落下し地面に叩きつけられるボアギルディ。

 

『無事か大尉?』

「あ、はい…」

 

燎子の無事を確認すると、安堵した様子の勇太郎。

 

『天城中尉、大尉を頼む。奴の相手は私がする』

『ですが少佐、そのお体では…』

 

勇太郎は、多少のダメージは受けているも、難なく起き上がってくるボアギルディを見据えながら告げる。

だが、彼の機体は既に各部に破損が見られ、少なくない量の血液が流れ出ていた。

みずはは、そんな彼の身を案じて命令に従うことを躊躇う。

 

『問題ない。この背に守るべきものがある限り、私は負けん!』

 

決意を示すように、突進してくるボアギルディを勇太郎はジェット・マグナムで迎え撃つのだった。

 

 

 

 

「四糸乃――ッ」

 

間近に見える氷嵐のドームを見上げて、士道は歯を噛みしめる。この中で彼女が助けを求めている、なんとなくだがそう感じられるのだ。

結界の影響でフラクシナスの転送装置が仕えず、自力で近づくしかなかったが。軍がアルティメギルを引き付けてくれたおかげで、妨害を受けることはなかった。

 

『それでは、作戦を始めるわ。レッド、ブルーお願い』

 

琴里からの通信に護衛役である2人が応じる。

結界内の四糸乃と接触するために考えられた作戦は、レッドとブルーが普段敵の拘束に使用しているオーラピラーを転用し保護膜として士道ごと包んで進むというものであった。

それでも、長い時間は耐えられないので迅速に四糸乃を封印する必要があるのだが。

 

「(それでもビビッてなんかいられない!)」

 

怖いと言えば嘘になるが、四糸乃はそれ以上に怖い思いをしているのだろう。だから立ち止まっている暇などないのだ。

 

『!レーダに感あり、独立混成遊撃隊です!』

『もう来たか、流石に早いわね…』

 

椎崎からの報告に、琴里が張り詰めた声を漏らす。

 

「あ、ツインテイルズの人達が来てくれていますよ」

「…だが、味方ではない」

 

レッドらの姿を視認した響が喜びの声を上げるも、翼は彼女らに警戒した様子見せている。

 

「折紙…」

「…士道、どうしてここに?」

 

そして、士道がこの場にいることに折紙は驚きの色を浮かべる。四糸乃が現界する前まで士道はよしのんを回収するため折紙の家を訪れていたのだ。

その際、士道が精霊に好意的な心情を浮かべていることを知った彼女は、これまでのことも踏まえ彼の身を守るために、家から出られないようトラップを仕掛けていたのだ。

 

「ここは危険、すぐに避難して」

「それはできない、俺は四糸乃に会いに行かないといけないんだ」

 

折紙の言葉に、士道は首を横に振る。

それに対して、折紙は何かを躊躇いを隠すように目を閉じる。

 

「そう、なら強制せざるを得ない」

「ッ!」

 

覚悟を決めた様に目を開くと、折紙は警告する。力づくでもこの場から遠ざけようとする意思を宿した目に、士道は思わず喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よく来た諸君。歓迎しよう盛大にな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊迫した空気が張り詰まる中。不意に男生の声が響きその方向に視線を向けると、建物の屋上にシャドウズとドラグギルディが並び立っていた。

 

「ドラグギルディ!」

「待っていたぞテイルレッド。さあ、雌雄を決しようぞ!」

 

ドラグギルディは剣を抜くと、その切っ先をレッドに向けてくる。

 

『さて、俺はハーミットを狩りに行く。お前達は好きな奴を狩れ』

「あたしは当然アミタね」

 

ヴォルフの言葉にキリエが真っ先に反応する。

 

「私は余りもので構わん」

 

エムは一通り士道らを見渡すが、興味が湧かないと言った様子であった。

 

「あのウィザードはあたしが貰うぜ」

 

折紙に向けて不敵な笑みを向けるオータム。

 

「シンフォギアはあたしが潰す」

 

クリスは翼と響に敵意を隠さない目を向けた。

 

『さて、そちらはどうするかな?』

 

ヴォルフが誰もいない筈の方へ視線を向けると、彼らとは違う建物の屋上に以前勇と響が遭遇した黒色のソルジャー――『ナイト』と呼称された機体が立っていた。更に上空では転移ゲートから無数のソルジャー出現していた。

 

『……』

 

ナイトは遊撃隊へと視線を向け、敵対の意思を示しているようであった。

 

「決まりだな。では、戦友諸君――参ろうかッッ!!」

 

ドラグギルディが先陣を切り飛び出すと、ヴォルフ以外の面々も続いていく。

 

「各自迎撃を」

 

折紙が迎撃態勢と取るのに合わせ、他の面々も迎撃を開始する。

 

『……』

 

その光景を尻目にナイトは、弓を士道に向けるとエネルギー状の矢を放ってきた。

それをブルーが手にしたランスで弾くと、頭上でランスを回転させて矛先をナイトへと向ける。

 

「このこっちはただでさえ忙しいってのに、邪魔すんじゃないわよ!」

 

次々と放たれる矢をランスで弾きながら、ブルーはナイトへと向かって行った。

 

 

 

 

『ふむ』

 

ドームの前で分析を終えたヴォルフは、結果を見て思案する。

内部は氷点下であり、ハーミットがいる中心部までの5メートルのわたり、巻き上げられた氷が散弾銃が如く渦巻き侵入者を拒んでいる。

 

『問題はないか』

 

ハウンドの最大速で突撃すれば死にかけにはなるが(・・・・・・・・・)、ハーミットを串刺しにすることは可能である。

ヴォルフはランチャーの銃剣を展開させ、ランスチャージのごとく構えると、各推進器の出力を上げていく。

 

「――待て!!」

 

不意に響いた制止の声に視線を向けると、両手に鉄パイプを持った士道がその先端を向けてきていた。

 

「四糸乃は傷つけさせない、絶対に!」

 

士道は威嚇するように叫ぶが。その声は震えていて殺意を感じられず、ヴォルフからしてみれば意に介するものではないが、放たれた言葉には興味が湧いた。

 

『四糸乃、ハーミットのことか』

 

体ごと士道に向けると、細かに観察する。恐怖を隠せず全身が小刻みに震えているが、その目には大切な者を守ろうとする決意が込められていた。

 

『その意気は良し。だが、力なき意思など無価値だ』

 

冷徹に言い放つと、頭部のバルカンを士道に向け――躊躇うことなく発射した。

 

「ッ!」

 

反射的に身を守ろうとし、士道は目を閉じると。金属がぶつかり合う音が響くだけで痛み等は感じなかった。

何が?と目を開けると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事かシドー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十香?」

 

目の前に立っていたのは、避難している筈の十香であった。

その姿は、来禅の制服に美しい光の膜が所々に見られるという見慣れないものとなっていた。更にその手には、封印されて失われた筈の天使であるサンダルフォンが握られている。

 

「十香、それは…?」

「ぬ?」

 

士道が言うと、十香は目をぱちくりさせて自分の体に視線を落とした。

 

「おお!?なんだこれは!霊装か!?それに、サンダルフォンまで!?」

 

指摘されて初めて自分の様子に気づいたらしく。十香が驚きの声を上げる。

そういえば、琴里が以前話していたが。封印された精霊と士道との間には、目に見えない霊的回路(パス)が繋がれ、精霊の精神状態がストレス等で極度に不安定になると、そこから霊力が逆流して一時的に精霊としての力が戻ることがあるのだと。

 

『やはりプリンセスだったか。随分と貧相になっているが』

 

乱入してきた十香を興味深そうに観察していたヴォルフが、ランチャーを向けてくる。そしてトリガーを引くと、ビームが十香目がけて放たれる。

 

「ッ!」

 

十香はサンダルフォンを盾のように構え受け止めるも、衝撃に耐えきれず僅かに後ろに押され表情に苦悶の色が浮かぶ。

 

「このォ!」

 

負けじと地面を蹴って跳躍すると、ヴォルフへと剣を振るうも。銃剣で逸らされると、がら空きとなった腹部に膝蹴りを叩きこまれて元の位置まで弾き飛ばされてしまう。

 

「十香!?」

『…これなら二兎を追っても構わんか』

 

士道は慌てて十香へ駆け寄り。ヴォルフは、以前刃を交えた時よりも力が衰えていることを確信すると、このまま十香を仕留めるべくランチャーを向ける。

 

「シドー、逃げろ。今の私では、お前を守れない…」

「そんなことできるか!」

 

苦痛に顔を歪めながらも、サンダルフォンを杖代わりにして立ち上る十香。十全に力を発揮できない状態では勝ち目はないと嫌でも感じ取った彼女は、士道だけでも逃がそうとするも。無論そんなことを士道が納得する筈がなかった。逆に十香を守ろうと前に出た。

 

『安心しろ。苦しまずに共に眠らせてやる』

 

せめてもの情けと言った様子で告げると、トリガーにかけた指に力を込めるヴォルフ。

 

『ッ!』

 

瞬間、迫ってきた人影に反応し、突き出された大剣をヴォルフはランチャーの銃身で受け流そうと――

 

『ぬぅ!?』

 

するも。その衝撃に地面を削りながら大きく押される。

 

『お前は…』

 

新たに乱入してきた者を油断なく見据えるヴォルフ。

ハウンドと類似した形状に紺色の機体色。その手には今まで見られなかった大振りの両刃剣。そして――

 

『これ以上、お前達に何も奪わせるかよ。俺が相手だ漆黒の狩人!』

 

力強き意思を宿らせた目をしたい勇は、手にしたT-LINKセイバーを片手で軽く振るうと、決意を示すように叫びながらその切っ先をヴォルフへと突きつけるのであった。




後1,2話で今パートは終了予定です。
それと同時に部隊名に関するアンケートも終了しますので、ご意見があればそれまでに活動報告にお寄せ下さいませ。


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第五十八話

『天道さん!』

「無事か二人とも?」

 

対峙している漆黒の狩人を警戒ながら、背後にいる五河と夜刀神の安否を確認する。

 

『俺は大丈夫ですが…』

『私も問題ない。それよりなぜ私達を助けるのだ?』

 

夜刀神が警戒した様子で問いかけてくる。まあ、この間まで敵対していたから当然だが。

 

「俺がそうしたいと思った、それだけさ」

 

言葉の意味が伝わっていないのか、キョトンとした顔をされる。いきなりこんなこと言われたら、そりゃそうなるか。

 

 

「なあ、五河。お前なら彼女を――四糸乃を救えるのか?」

『――!」

 

背中越しだが彼の驚きの混ざった息づかいを感じた。

 

『はい、俺が必ず四糸乃を救ってみせます!』

「なら行ってくれ。奴の相手は俺がする」

 

確かな決意の籠った声に満足感を覚えると。漆黒の狩人の様子を伺うも、なぜか動く気配を見せない。

 

『天道さん…』

「頼む、彼女を救ってやってくれ」

 

俺には助けを求めるあの娘の手を掴むことはできない。それでも、掴める者を助けることはできる筈だ。それが、俺がやりたいことなんだ!

 

『シドー。細かいことは分からんが、私の時と同じことをしようとしているだろう?』

『ああ、あいつは四糸乃は、お前みたいに自分の意思じゃどうにもならない力で苦しんでいるんだ…』

『……』

 

五河の言葉を夜刀神は静かに聞いていた。まるで、一言も聞き漏らさないように。

 

『俺は――あいつと約束したんだ。俺がヒーローになるって。俺がお前救ってやるって。だから…!』

『そうか、そうだったな…』

『十香?』

 

フッと笑い出した夜刀神に、五河が怪訝な声を漏らす。

 

『お前の気持ちは十分分かったシドー。ならば行け、邪魔は誰にもさせない』

『!ああ、ありがとう!十香、天道さん!』

 

そういって五河はドームの中へと駆けだしていった。生身耐えられる環境ではに筈だが、不思議と彼なら大丈夫と思えた。

 

「…いいのか、お前はそれで?」

 

残った夜刀神に念のため問いかける。自覚はないようだが、彼女は五河のことを…。

 

『いいんだ。なぜ忘れていたんだろう。――私を救ってくれたのは、こういう男だったと』

 

どこか満足げな様子の夜刀神に、これ以上何か言うのは無粋だろう。それに――

 

『話は終わったか?』

 

沈黙を保っていた漆黒の狩人が、右手で銃床を地面に立てるようにして置いていたランチャーを軽く持ち上げると、右脇に挟んで保持した。

 

「…わざわ待っていてくれたとは、気前がいいじゃないか」

『何、個人的に興味があっただけだ』

 

…ただ観察したかったってことか?なんというか妙な奴だな。

 

「ッ!」

 

ロックオン警報が鳴り、そちらに意識を向けると。ソルジャー数体がこちらに火器を向けてくる。

 

『ハァ!』

 

そのソルジャーへ夜刀神が剣を振るうと、放たれた斬撃が2体を難なく両断した。

 

『こちらは私が相手をする。…悔しいが、今の私では奴には勝てない』

 

悔しそうに漆黒の狩人を見る夜刀神。失礼な言い方になるが、確かに理由は分からないが以前より力が衰えている彼女では奴の相手は厳しいだろう。

 

「分かった、そっちは頼む!」

 

互いに背中を向け合うと、それぞれの敵へと向かっていった。

 

 

 

 

「どうした!それがお主の限界かテイルレッド!」

「くッ!?」

 

互いの刃がぶつかり合い火花を散らすと、勢いに押されてレッドの体が弾かれる。

着地して態勢を立て直している間に、ドラグギルディはその巨体に見合わぬ速度で距離を詰めていた。

振るわれた剣をブレイドで受け止めるも、先程と同様に弾かれてしまう。

 

「そんな力任せの受けで刃こぼれ1つせんとは…頑丈だな、とても人間の作ったものとは思えん!!かつて1人だけ認めた好敵手を思い出す…!!」

「この野郎!」

 

態勢を立て直しつつバックハンドで放った斬撃を、ドラグギルディは悠々と刃の腹で受け止めた。

 

「こそばゆいぞ?じゃれついているのか?」

「(やっぱり、こいつケタ違いだ…!!)」

 

ドラグギルディとの力量さに思わず歯噛みするレッド。以前共闘した際に、その実力をある程度把握していたつもりであったが。いざ刃を交えると予測とこうも違うものだとは、己の認識の甘さを痛感させられた。

 

「そうら、少し早くするぞ!」

「うわあっ!!」

 

一度に数十本の剣で斬られる感覚。

余りの速さに翻弄され、レッドは呼吸をするのも忘れ剣を打ちつけていく。

 

「(!この、太刀筋…!!)」

 

ドラグギルディの剣筋をなぞる内、レッドはその軌跡が何であるかに気づいた。

 

「ほおう!まさかこの数合の結び合いで見切ったか!!」

 

十数秒の打ち合いの後、ドラグギルディは大きく跳び退いて距離を取る。

 

「ドラグギルディ…お前の、剣は…」

「そう、我が振るうは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ツインテールの剣技(けん)」」

 

寸分違わず放たれた言葉が重なり合い響き渡ったのだった。

 

 

 

 

「いや、綺麗にハモッてんじゃないわよ!!」

 

少し離れた位置で戦っているブルーだったが、聞こえてきた相方の声に、思わずツッコミを入れながら回転させて勢いをつけたランスをナイトへと突き出した。

 

『……ッ!』

 

ナイトは剣で受け止めるも、勢いに押されて押し出される。

 

「あんたに構ってる暇はないっての!」

 

ランスと打撃を交えた猛攻を加えるも、ナイトは冷静に捌きつつ、連撃の僅かな合間に反撃していく。

 

 

 

 

「オラァ!」

 

機体背面のアームで串刺しにしてこようとするオータムの猛攻を、紙一重で躱しながら折紙はアサルトライフルを放つも、オータムは両手首から射出したワイヤーを振るい弾く。

 

「そぉらァ!」

 

オータムがワイヤーを鞭のように振るい、折紙は身を屈めて避けると、背後にあった瓦礫が紙切れのように容易く切り刻まれて崩れ落ちた。

 

「ッ!」

 

折紙がテリトリーを壁のように展開し押し出して叩きつけると、吹き飛ばされたオータムは瓦礫に激突して埋もれる。

 

「まだまだァ!」

 

軽々と圧し掛かっていた瓦礫を押しのけると、アーム先端の機銃を浴びせかけた。

 

 

 

 

「キリエ!いい加減にしなさい!自分が何をしているのか、本当に分かっているんですか!」

「当たり前でしょ!いつまでも子供扱いしないでよ。馬鹿アミタ!」

 

互いに双剣形態のヴァリアント・ザッパーを振るい、刃をぶつかり合わせる。

 

「馬鹿!?姉に向かって馬鹿とはなんですか!!」

「馬鹿だから馬鹿って言ったのよ!覚悟を決めたって言ったでしょうがッ!!」

 

右手のザッパーで斬撃を受け流しつつ、キリエは左手側のみを拳銃形態へ変え近距離から発砲した。

それを横に跳んで避けると、距離を取りつつアミタは拳銃形態に変えた両手のザッパーで魔力弾を放つ。

 

 

 

 

「ティアーズ!」

 

セシリアはビットをエムへと向かわせると、自身もライフルを構えトリガーを引く。

 

「…芸がない奴だ」

 

迫るビームを軽々と避けながら。呆れを滲ませた様子でエムは、片手でライフルを構えると瞬く間にビットを1機撃ち落とした。

 

「つまらん」

 

エムがビットを自身の周りに展開すると、シールドを張りセシリア目がけて突撃した。

 

「ッ!」

 

セシリアはライフルとビットで迎撃しようとするも、放たれたビームは全てシールドに阻まれてしまう。

その間に肉薄したエムはシールドを解除し、ライフルの銃口からビームの刃を生成するとセシリアの首へと一閃し――

 

「させるかぁ!!」

 

間に割って入った一夏が雪片弐型で受け止めた。

 

「セィッ!」

「ッ!」

 

一夏はエムを押し返して回し蹴りを放つが、後ろに跳んで避けられる。

 

「チィ!」

 

エムのビットから放たれたビームを一夏は、零落白夜を発動した雪片弐型で防ぐ。

 

「一夏さん!」

「熱くなり過ぎだセシリア!協力し合わないと!」

「ですが、あの機体は我がイギリスの…!」

 

強奪されたサイレント・ゼフィルス。その奪還もセシリアに与えられた使命の一つであり。祖国の不祥事を自分の力だけで解決したいという気持ちもあったのだ。

 

「1人で背負おうとするなよ!俺にも少しくらい分けろよ!」

 

そう言い放つと、エム目がけて突撃する一夏。

 

「は、はい!」

 

その言葉に、セシリアは顔を頬を赤く染めながら応じた。

 

 

 

 

「オラオラオラァ!」

「わわ、わ!?」

 

クリスが両肩部の突起を鞭状に変化させ、響目がけて連続で振るい。響は危なげま動作で辛うじて避けるか、腕部の装甲で防ぐ。

 

「隙だらけだ!」

「あ!?」

 

片方の突起でガードした腕を弾くと、クリスはもう一つの突起を槍のように放とうとし――

 

「ッ!」

 

側面から斬りかかってきた翼に阻まれ、跳んで距離を取るクリス。

 

「翼さん!」

「戦えないなら退がっていろ、邪魔だ!」

 

突き放すように言うと、クリス目がけて駆けだし、数本の短刀を投げつける。

突起で短刀を弾いたクリスは、その隙に接近した翼の振り下ろした刀を腕の装甲で受け止めた。

 

「私は…」

 

戦う翼う背中を見て、拳を握り締める響。覚悟を決めた筈なのに、人と戦うことを躊躇ってしまうのだった。

 

 

 

 

「そこッ!」

 

機動の先に置くように、左手に持ったショットガンを放つも、漆黒の狩人は急停止からの方向転換で悠々と安全圏まで退避すると。反撃のビームが飛んでくる。

ビームコーティングされたセイバーで受け止めると、接近しようと機体を加速させる。

 

「なんて機動しやがるんだ野郎!」

 

従来機を大幅に超える機動力を維持しながら、複雑な機動を取ってきやがる!普通ならGで潰されるぞ!

 

牽制で放たれるビームを避けるかセイバーで防ぎながら、距離を取ってくる漆黒の狩人を追いかけるも。機動力が違い過ぎることもあって追いつける気がしない。

 

「うぉッ!?」

 

かと思えば、建物を足場にして反転すると銃剣を突き立てながら突撃してきたので、セイバーの腹で銃剣を受け流すも、勢いを殺しきれず態勢崩して建物に激突してしまう。

 

「クソッ!」

 

慌てて態勢を立て直していると、漆黒の狩人が眼前まで迫っていた。

首目がけて横薙ぎに振るわれた銃剣を身を屈めて避けようとするも、肩口を装甲ごと斬り裂かれた!

 

「ッ!」

 

傷口から走る痛みに顔を顰めながら、頭部バルカンで反撃するも、既に射手圏外まで退避されていた。

 

「チィッ!」

 

ショットガンで追撃するも、掠る気配すらしやしない!

建物の裏側に隠れた漆黒の狩人を追うと、その姿が消えていた。

 

「どこに…ッ!?」

 

頭上から異音を聞き取りセイバーを振るうと、円盤状の実体刃とぶつかり合った。スラッシュ・リッパー!?囮か!

相手の意図に気づいた時には遅く、右側の建物の窓を突き破り、漆黒の狩人が飛び出してくると。右足の爪先から展開したナイフが、腰部の装甲の薄い関節部に突き刺ささる!

 

「ぐ!?ガァ!」

 

ナイフは装甲を貫通し肉体にまで届き、先程とは比較にならない激痛が走る。

だが、その間にも漆黒の狩人はナイフを引き抜くと、爪先にナイフを展開した左足を回し蹴りの要領で振るおうとしているので、自分からぶつかりに行って強引に体制を崩させる。

 

『ムッ』

 

意表を突かれたような声を出しと、漆黒の狩人はバルカンを放ちながら後退していく。

頭部や胴体はセイバーを盾にして防ぐも、肩や脚に数発被弾し、肉体に突き刺さっていく!

 

「――!!」

 

とめどなく流れてくる痛みに意識がブレるも、歯を噛みしめながら繋ぎ止めると、本能的に横に跳ぶと先程までいた空間を数発のビームが横ぎった。

息つく間もなく、突撃してきた漆黒の狩人が突き出した銃剣を、セイバーを投げ捨てながら体を僅かに逸らして刃を右脇に通し。ランチャーの砲身を挟んで受け止める。捕ら、えた!!

 

『それで捕らえたつもりか?』

 

と思っていた俺を見抜いていたように、漆黒の狩人がランチャーを引くと、それにつられて俺も引き寄せられ、無防備だった腹部に蹴りが叩きこまれた!

 

「がふッ――」

 

込み上げてくる嘔気に耐えられず吐き出すと、口の中が鉄分の味に染められる。

動きを止めてしまった俺に対して、漆黒の狩人はランチャーの砲身を押し付けると、ブースターを吹かしながら回転を始めた。

 

「――――!!」

 

抵抗できずに振り回されていると、最大限まで加速すると同時に地面目がけて投げ飛ばされてしまう。

受け身も取れずに、何度も地面に叩きつけれらながら転がっていった。

 

 

 

 

「勇君!?」

 

自分達の戦っている場に吹き飛ばされながら現れた勇に。アミタは驚愕しながらも、拳銃形態のザッパーで弾幕を張ってキリエを牽制しながら、倒れている彼の元へ駆けつける。

 

「勇君!勇君!」

 

勇を抱えながら必死に呼びかけるアミタ。機体の至る箇所に亀裂が入っており、肉体へのダメージも大きく亀裂から血がとめどなく流れ出ていた。すぐにでも治療を受けないと命に関わるレベルであった。

 

「!」

 

殺気を感じ上空を見ると、ヴォルフがランチャーをこちらに向けてトリガーを引こうとしていた。

アミタは、咄嗟に勇を抱きしめ背中をヴォルフへ向けると、プロテクションを展開した。

それと同時に、ランチャーから放たれたビームがアミタの背中に直撃し、プロテクションを破りその衝撃で勇諸共吹き飛ばされるアミタ。

 

「うあぁ!?」

 

勇を話さないよう強く抱きしめながら、自分を下敷きにしてアミタは地面に打ち付けられるのであった。

 

 

 

 

「ッ――!」

 

揺さぶられる感覚と共に意識が覚醒する。俺は漆黒の狩人と戦っていて――

 

「!アミ、タ?」

 

奴の姿を探そうとして視界に入ったのは、すぐ側で倒れているアミタだった。

気を失っている間に、何が起きた?なんでアミタが苦しそうに倒れているんだ!?

 

「アミタ――」

 

無事を確かめようと肩に触れると異変に気づく。彼女の背中が大きく焦げていて、バリアジャケットが破れ肉体まで焼けていた。

 

『お前を庇った結果だ』

 

不意に聞こえてきた声に振り向くと、瓦礫の上に立ちこちらを見下ろす漆黒の狩人がいた。

 

「俺を?」

『気絶したお前を守ろうとして俺に撃たれた。これは、お前の弱さが招いたのだ』

 

その言葉を受けてもう一度アミタを見る。太陽のような暖かい笑顔を浮かべる彼女が、苦悶の顔で痛みに呻いている。俺の、俺のせいで大切な人を傷つけて――!

 

『くぅッ!』

「レッド!?」

 

地面を削りながらこちらへ押し出されてきたレッドが、ようやく息継ぎができるといった様子で手にした剣を構え直す。

周りを見れば、ブルーや遊撃隊の皆も手傷を負いながら、追い詰められるようにしてこちらに集まっていた。

 

『見事だテイルレッドよ!』

 

ゆったりとした足取りでこちらに迫っていたドラグギルディが、足を止めると歓喜を滲ませた声音でレッドに向ける。

 

『こここまで我と張り合えた幼女はお主が初めてだ。何より、あらゆる宝石すら霞む輝きを放つツインテール!本当に、敵として出会ったのが口惜しい!」

 

心の底から喜んでいるように笑うドラグギルディ。その2メートルは優に超える巨体は、それだけで地面を揺らした。

 

『故に教えよう。お主の戦いに隠された真実を』

『真実、だと!?』

『そうだ。テイルレッド、そなたは我らのために用意された守護者(ガーディアン)なのだ!」

 

剣を目の前の地面に突き刺し柄頭に両手を置いたドラグギルディが、語り聞かせるように言葉を紡ぐ。その姿に、俺も含め周りにいた者達は戦いを止め聞き入っていた。

 

『俺がお前達のために用意された、だと!?』

『いかにも。侵攻する前にその世界で最も強いツインテール属性を持つ者に、我らの技術を与え対抗する戦士に仕立て上げるのだ。最もそなたはその前に既に力を手にしていたがな。とはいえ、それはそれで都合がよかった』

 

既に力を手にしていた?どういうことだ?奴ら以外にレッドに力を与えた者がいるのか?

 

『なんで、そんなことを!』

『侵略者を追い払う戦美姫(いくさびき)。その存在は世界を上げて讃えられる女神となり、誰しもがその者のツインテールに魅せられる!そして、世界は我らの念願たるツインテール属性が支配する狩場と化すのだ!!』

 

ドラグギルディの言葉に、俺は衝撃を受けた。そうか、元から存在するツインテール属性だけでは限られた分しか手に入らない。だから、人間が家畜を養殖するように、ツインテール属性を意図的に増やしたのか!

 

『じゃあ、今までの戦いは…!』

『たとえ負けようとも奴らにとって益があった。ある意味マッチポンプと言える』

『我らはまんまと掌で踊らされていたと言うのか!』

 

衝撃を受ける一夏の言葉に、折紙は冷静さを装いつつも硬い声音で応じ、風鳴は己の迂闊さに憤りを見せる。

 

『あんたまさか、今まで弱いエレメリアンばかりだったのは…!』

『フ…(いたずら)に同志の命を散らすことを望みはせぬ。可愛い部下、教え子たちよ。勝ってくれるならそれが一番よかった』

 

ブルーの言葉に、黙祷するように目を伏せるドラグギルディ。その姿から、部下を思いやる心に偽りがないことが感じ取れた。

 

『結果的に部下達は、『無敵の守護者(ガーディアン)』の偶像に一役買ってしまったがな。そしてそれを見過ごしたのも否定はせぬ。我とて指揮を任されただけの将兵。効率のいい方法が見つかれば、それを使わざるを得ぬわ』

『何で…あたし達にわざわざ説明したのよ』

『テイルレッドのツインテール属性が本物だからだ。剣を交えて分かった。この幼女は、心の底からツインテールを愛していると。できれば、小細工などせずに戦いたかった…これは、せめてもの手向けよ。世界が滅びた後で全てを知り、絶望に暮れぬようにな』

 

諦観を滲ませながら問いかけるブルーに、申し訳なさそうに語るドラグギルディ。

 

『……』

 

途中から何も言わずに聞いていたレッドは、構えていた剣を降ろし俯いていた。無理もないだろう、今まで世界を守るために戦っていたのに、逆に世界を破滅させる存在となっていたのだからな――

 

『礼を言うぜ、ドラグギルディ』

『何!?』

 

顔を上げたレッドの表情は、靄が晴れたような清々しいまでの笑みだった。そんな彼女の姿に、ドラグギルディは目を見開き驚愕する。

いや、それは俺達もであった。ファントムタスクの連中ですら揃って驚愕の色を浮かべているが、漆黒の狩人だけは喜んでいるようであった。

 

『手向けどころじゃねぇ。これでもう、何の憂いもなくなったよ』

『何言ってるの、もう、戦っても無駄なのよ!?』

『いいや、無駄なんかじゃない。こいつらが一斉に奪おうとするってことはだ。世界に芽吹き始めたツインテール属性は…見せかけやその場凌ぎじゃない、本物なんだ』

 

困惑した様子のブルーの言葉を、軽く首を横に振りながら否定するレッド。

 

『俺が今日ここでお前を倒せば、ツインテール属が世界に浸透して、得しただけ。万々歳じゃねか』

『な、なんと…』

 

ドラグギルディが呆気に取られたように後ずさり。ブルーは肩を震わせ、やがて――

 

『ぷっ…あははははは!!』

 

腹を抱えながら笑い出した。

 

『あー…あんた、本物だわ。ツインテール馬鹿どころ、もう本物の馬鹿よ!』

『細かいこと考えるのは苦手だからな。世界の終末だの何だの、スケール大きい話はもうたくさんだ。俺は、俺の愛するもののために戦う!!』

 

レッドは胸を張って言い放つと、剣の切っ先をドラグギルディへ向けると駆けだしていった。

 

『…流石は彼女の子と言ったところか。さて、こちらも続けようか』

 

瓦礫の上から降りてきた漆黒の狩人がゆっくりと歩み寄って来る。

迎え撃つため立ち上がろうとするも、力が入らず膝を着いてしまう。クソッ!動け動けよこのままじゃ誰も守れないじゃねぇかよ!!

 

『……』

 

目の前まで来た漆黒の狩人は、つまらなさそうに俺を見下ろすと、何か思いついたように目を細めると。アミタに視線を向ける。

 

『そこの女を置いて逃げるのであれば、お前のことは見逃してやろう』

「!?」

 

置いていく?アミタを?自分だけ助かりたいなら見逃す?そんなのー―

 

「…ざ、け…んな…」

『ム?』

「ざけんじゃねぇエエエエエ!!!」

『ッ!!』

 

渾身の力を込めて立ち上がり、無防備な漆黒の狩人の顎に頭突きをかましてやると、宙を舞って地面に激突した。

 

『ヴォルフ!?』

 

近くにいたアミタの妹さんが、慌てた様子で漆黒の狩人に駆け寄ろうとすると、倒れたままの状態で手で制止しおった。

 

『面白い、そうでないとな。さあ、もっと足掻いてみせろ!!』

 

なんかしらんが歓喜するような様子で、ゆっくりとだが起き上がっていく漆黒の狩人。

対応しようとするも、先程の一撃で力を使い果たして再び膝を着いてしまう。駄目、なのか?俺じゃあいつには勝てないのかよ!!

 

『勇、君…』

 

ふと、右手に何かが触れる感覚がした。視線を向けるとアミタが手を重ねていた。

 

『あなた、なら勝てます…。だって、あな…たは…私の、ヒーロー…ですから…』

「――ッ!!!』

 

そういって優しく微笑むアミタ。装甲越しなのに手から彼女の温もりを感じる。俺を信じてくれる心を感じる!そうだ、失いたくないんだ!守りたんだ!負ける訳にはいかない!!だから――

 

「俺を勝てせてくれ、MK-Ⅱゥウウウウウウウウ!!!」

 

漆黒の狩人がランチャーを構え、トリガーに指をかけるのと同時に、力の限り叫んだ瞬間。亀裂の入っているモニターに何かが浮かび上がってきた。

 

『何!?』

 

漆黒の狩人が驚愕の声を上げる。放たれたビームが俺に触れる直前に、見えない壁に阻まれたようにして四散したからだ。

 

「これは?」

 

何が起きたのか分からず唖然としていると、モニターに浮かび上がっていたものが鮮明に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Uranus system boot up

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『搭乗者の念動レベルが一定値へ到達しました。リミッターの一部を解除します』

 

突然響いてきた音声に戸惑うも、モニターに新たな表示がされる。

 

『念動機能が使用可能となりました。装備検索、念動力対応兵装を確認。本機との連動処理を行います』

 

セイバーが映し出されると、Connectと文字が追加される。それと同時にあるイメージが脳内に流れ込んでくる。

 

「来い!」

 

そのイメージ通りに念じながら、離れた位置に突き刺さっていたセイバーへ右手を伸ばすと、一人でに宙に浮かぶとこちら目がけて飛んできたので柄を掴むと立ち上がる。すげぇ!ウィザードになったみたいだ!それに力が湧いてくる、痛みはあるけど体が動く!

 

『…それが、その機体の真価という訳か』

 

警戒しながら、こちらを伺っていた漆黒の狩人が驚嘆した様子で呟いている。

 

「行くぞ!俺は負けない!この背に守りたいものがある限り!!」

 

セイバーを軽く振るい、漆黒の狩人目がけて突撃する。

刀身に念を送るイメージをすると、淡い緑色の輝きを放ち始める。そのセイバーを刃の届かない距離で上段から振り下ろすと、纏っていた念が斬撃となって漆黒の狩人へと向かっていった。

 

『ぬおぉお!』

 

横に転がりながら跳んで回避されるも、余波で吹き飛び地面を転がっていく漆黒の狩人。そして斬撃は、背後にあった建物を綺麗に両断するのだった。



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第五十九話

「ブルゥァ!」

『セィ!』

 

突進してくるボアギルディの胸部に、カウンターで左拳を打ち込む勇太郎。だが、勢いを止められず突進を受け地面に叩きつけられてしまう。

 

「無駄だぁ!オメェではオラには勝てねぇどお!」

 

ふらつきながらも立ち上がる勇太郎に、ボアギルディが断言する。

強固なボアギルディの肉体に、打ち込み続けている勇太郎機の左腕は。プラズマ・ステークはいつ破損してもおかしくなく、装甲にはいくちもの亀裂が走っており、生身の腕はズタズタに裂けて血だらけになっていた。

他の部分もダメージが深く、満身創痍としか表現できない状態となってしまっていた。

 

『……』

 

それでも勇太郎は戦闘態勢を取る。その目には揺らぐことなき闘志が宿っていた。

 

「ブフゥ、いい根性だ!気に入っただぁ!オメェの名前を聞かぜろ!」

『ブルーアイランド基地所属、ゴースト大隊隊長天道勇太郎だ』

「その名、確かにオラの魂に刻んだァ!」

 

歓喜するように鼻を鳴らすと、再度突撃するボアギルディ。対する勇太郎も臆することなく踏み込みながら、握り締めた左拳をカウンターで胸部に打ち込む。

 

『ッ!』

 

ステークを中心に装甲の亀裂が広がっていき、左腕から更に出血が激しくなる。

 

『オォオオオオオァ!!』

 

止めどなく走る激痛に意識が飛びかけるも、歯を食いしばりブースターの出力を上昇させていく勇太郎。

 

「フンガァ!!」

 

だが、限界を迎えたステークが砕け散り、弾き飛ばされた勇太郎は、地面に叩きつけられながら転がっていく。

 

「ブルゥ、これでオラの勝ちー―ウがァ!?」

 

勝利を確信したボアギルディだが、突如胸部を抑えて苦しみだす。

良く見れば、最も強固な筈の胸部の中心に亀裂ができており、それが徐々に広がっているではないか。

 

「こ、こればぁ!?」

『…自身の頑丈さを過信し過ぎたな』

 

起き上がった勇太郎の言葉に、ボアギルディに動揺が走る。

 

『強固であるということは、衝撃を与えやすくなるのと同時に、自身が受ける分も逃がしにくくなるといことになる。…故に同じ箇所に衝撃を与え続ければ、蓄積された分だけお前の体を蝕んでいき、限界を超えた結果がその姿だ』

「!まざが、オメェ。オラの突進を受けながら…そんなことを゛ォ!?」

『手持ちの装備でお前の肉体を砕くには、それしかなかったのでな』

 

突きつけられた事実に思わず膝を着くボアギルディ。一歩間違えれば命とりとなる中で、ただ一点を狙い続けることがどれだけ困難なことか、歴戦に戦士であるボアギルディには理解できたのだ。そして、それを成しえた勇太郎の胆力に畏怖の念さえ抱いた。

 

「うぐぐぅ…!」

『勝負は着いた。投降しろ、エレメリアンと言えども捕虜としての権利を保障しよう』

 

立ち上がれないボアギルディに、投降を促す勇太郎。人外の存在であろうとも、無力化した相手に危害を加える気は彼にはなかった。

 

「まだだぁ。オラはまだ負げでねぇ!!ドラグギルディ様の邪魔は誰にもさせね゛ぇ!!」

 

今にも崩れ落ちそうになりながらも立ち上がるボアギルディ。この男は強い、満身創痍の状態であろうとも、テイルレッドと雌雄を決っしているドラグギルディの障害となるだろう。師であり、敬愛する上官の悲願を邪魔させる訳にはいかなかった。

 

「ぬぅオオオオオ!!!」

『…そうか。ならば、その心意気に全力で応えよう!!』

 

今まで以上の気迫を漲らせながら突進してくるボアギルディに、勇太郎は敬意と共に機体に登録されているモーションパターンの中から、『EX』とカテゴライズされたものを選択した。

 

『弦十郎と共に編み出したとっておきだ!』

 

そして、ブースターを吹かし上昇しながら機体の全てのリミッターを解除していくと、SHOUT NOW!!(叫べ!!)とモニターに表示される。

 

『究ゥ極ッゲシュペンストォキィィィイイイッッッック!!!』

 

猛烈な速度で急降下しながら突き出された蹴りが、ボアギルディの胸部へと直撃した。

 

「ぶ、ブぁぁぁアアアアアア!?」

 

ボアギルディの巨体を押し出しながら突き進む勇太郎。

 

『ハァァァァァアアアアアア!!!』

 

残る力の全てを込めて蹴り出すと勇太郎。ボアギルディは砲弾のように吹き飛ぶと瓦礫に激突するのであった。

 

「ぐ、グゥ…。み、見事だぁ…オメェに倒されて、オラは胸を…張れるぞぉ!!!」

 

絶叫と共に爆散するボアギルディ。それを見届けると勇太郎は崩れるように膝を着いた。

 

『流石に限界か…』

 

機能を停止した機体内で再起動を試みる勇太郎。しかし、酷使した結果、完全に沈黙してしまっていた。

 

「モケー!」

 

そんな勇太郎目がけてアルティロイドが、ボアギルディの仇を討たんと言わんばかりに押し寄せ、それに混ざったノイズもやって来ていた。

――が、勇太郎の背後から降り注いだ弾幕によって薙ぎ払われた。

 

『天道少佐が男を見せたぞ!我らも続けえええええ!!』

 

飛び出してきたPT部隊が、次々と敵陣に突撃していく。

 

「モケ―!?」

「モケケー!」

「モ、ケ~!」

 

その勢いに押された敵部隊が次々と壊走し始める。

 

『ご無事ですか少佐!』

『俺はともかく、機体がどうにもならんなこれは』

『脱出して後退を、後は我々にお任せを』

 

駆け寄ってきたみずはの言葉に応じると、装甲を開放して機外に出る勇太郎。無念だが、これ以上この場にいても足手纏いにしかならないだろう。

 

「大尉も少佐と共に後退を」

「いえ、私はまだ…」

 

みずは共にいた燎子に提案するも、彼女は指揮官としての立場から離脱することを渋る。

 

「隊長」

「何よ?」

 

いつの間にか集まっていたASTのメンバーの中から、副官が声をかけてきた。

 

「後は我々に任せて、少佐殿と共に(・・・・・・)後退を」

「そうです!少佐殿と共に(・・・・・・)ですよ!共に(・・)!」

 

他のメンバーも燎子に後退を勧めてくる。それも、やたら勇太郎と共にであることを強調してである。

 

「無理はするな、君に何かあると困る。それに、このザマでは1人で帰れそうにないのでな。すまないが手を借してもらいたい」

「…了解、しました」

 

傷しかない自分の姿を見て自嘲気味な勇太郎の言葉に、燎子は顔を赤くしながら答える。

 

「それでは、失礼します」

「ああ、頼む」

 

勇太郎の体を抱えた燎子は、テリトリーで保護しつつ、彼に負担をかけないように意識しつつ飛行する。

 

「(って言うか、これって…)」

 

体を密着させている状況に、羞恥心から思わず胸が高鳴る燎子。

 

「辛いか大尉?」

 

そんな彼女の様子に、勇太郎が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 

「い、いえ!そんなことはありません!少佐こそお辛くはありませんか?」

「テリトリーのおかげで問題ない。すまないな、こんな情けない姿を見せてしまって」

 

疲労感からか、どこか弱気な様子を見せる勇太郎。

 

「そんなことは…!あなたのおかげで多くの者が助けられました、私もです。とてもご立派でした」

 

勇太郎に庇われなければ今頃どうなっていたか、そう考えただけで背筋が寒くなった。

 

「そういって、もらえると助かる…」

「少佐?」

 

おぼつかない様子の勇太郎に視線を向けると、うつらうつらとしていた。

 

「どうぞ、後は私に任せてお休み下さい」

「…すまない。そうさせて、もらう…」

 

限界を迎えたのか、糸が切れた様に眠りにつく勇太郎。

 

「お疲れさまでした少佐」

 

そんな勇太郎を、燎子は愛情の籠った目を向けると、大切そうに抱え直すのであった。

 

 

 

 

「ハァァアアア!」

「オォォオオオ!」

 

レッドとドラグギルディが振るった剣が、ぶつかり合い火花を散らす。

 

「先程よりも遥かに強さと美しさを増した…!まるで別人のようだ!!」

「っだりめーだろうが…気合が違うんだよ!!

「ぬう!」

 

レッドの放った斬撃を受け止めたドラグギルディが、その衝撃に耐えきれず地面を削って押し出される。

 

「これが、お主の真の力か!」

 

強敵との戦いに歓喜しているように吼えると、ドラグギルディが斬りかかり、それをレッドが迎え撃つ。

 

「そうさ、これが俺の――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちなさい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然響いた制止の声に、思わずズッコケてスライディングのように地面を滑った。

 

「誰だよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

出鼻をくじかれるどころか、ものの見事に粉砕されたレッドが絶叫した。

そんなお構いなしと言わんばかりに、戦場に木霊する笑い声。

 

「何者だ、名を名乗れい!!」

 

声を荒げるドラグギルディ。その視線の先――建物の屋上に1人の少女が立っていた。

 

「私の名は、世界を渡る復讐者、仮面ツインテール!!」

「ブ~~~~~~~~~~~~」

 

日の差し込まない曇天の下であっても、謎の輝きを放つその珍妙なフォルムに、レッドが吐血紛いに噴き出した。

 

「ようやく姿を現しましたね、ドラグギルディ…。この時を待っていました」

「むむう、仮面ツインテールとな!?」

 

大仰(おおぎょう)に驚くドラグギルディ。役者顔負けのオーバーリアクションである。

腕組をして屋上に立っているのは完全に不審者だが、ドラグギルディは大真面目に反応していた。

フルフェイスのヘルメットの左右から雄々しく展開された二本ウィングパーツ。レッドから見れば、それはまさしくツインテール。

問題なのは、そのマスクから下は白衣に露出の高い服…ようするにトゥアールそのものだったことだ。余りにお粗末な変装に、気が抜けきったのか、レッドの手に持つブレイドが消えてしまった。

幸いなのは、戦っている内に他の者達と離れていたことだろう。色々な意味で彼らには見せられなかった。

 

「だが貴様、気迫とは裏腹、際立ったエレメーラも感じぬが…よもや、ツインテイルズの加勢に来たとは言うまいな!?」

「加勢!?何を馬鹿な。あなたを相手にこれ以上の戦力が必要なのです!私は、口八丁でやり込めようとする往生際の悪さを見過ごせず、こうして参上しただけです!」

「だったらもっと早く来なさいよ!!」

 

ナイトと戦っていた筈のブルーが、仮面ツインテールの立っているビルへ渾身の跳び蹴りを放ち。縁に立っていたこともあり、その衝撃で滑り落ち地面に叩きつけられた仮面ツインテール。

 

「な、なんてことを…。私を殺す気ですか、ブルー…」

「生きてるからいいじゃない。それより今更何しに来たのよあんた」

 

フラつきながらも起き上がると、弱弱しく抗議する仮面ツインテール。死んでいてもおかしくない高さから落ちたにしては元気である。

そして、当のブルーは何事もないかのように仁王立ちして、彼女を睨みつけている。

 

「し、仕方ないじゃないですか!出るタイミングを見計っていたら、レッドが滅茶苦茶カッコイイこと言うもんだから出るに出られなかったんですもん!!それに撮影もしなきゃですし。永久保存決定ですよこれは」

「何アホなことやってんのよあんたは…。撮ったのは後であたしにも寄越しなさいよ」

 

話がおかしな方向に行こうとしていることにレッドがあれ?と違和感を感じていると、ドラグギルディが仮面ツインテールを見てむむぅと唸っていた。

 

「そのツインテールに似合わぬ下品なる乳は…。そうか!貴様は以前侵略した世界で我らを最も追い詰めた戦士か!!」

「何!?」

 

ドラグギルディが放った言葉に、衝撃を受けるレッドとブルー。そんな中、仮面ツインテールは否定することなくそうです、と頷いた。

 

「ドラグギルディの言う通りです。本当は彼らの侵略の最中、アルティメギルが意図的に流失させた技術を用いて、私は既にテイルギアを開発し自ら装着して戦っていました。ですが、力及ばす破れたのです…」

「だが、我らは貴様からはエレメーラを奪っていない。なのに何故、今の貴様からはあの弾けんばかりに輝いていた無敵のツインテール属性が感じられぬのだ!!」

「それは…託したからです」

「何い!?」

 

仮面ツインテールは、レッドの方を向くと、にっこりと笑った。無機質な仮面の下の笑顔がレッドには確かに見えた。

 

「ドラグギルディ。私はあの頃、途中で気づいていたんです。何故、こんなにも敵が弱いのか。何故、死活問題であるエレメーラ奪取に、さほど精力的ではないのか。世界がツインテール一色に染まっていく中…今のレッドと同じ想いを、抱くようになっていました」

 

過去を思い起こすように語る彼女。その姿は、先程までのふざけた雰囲気が嘘のように消えていた。

 

「だからきっと…止める術はあったんです。何でもいい、私が世界の人達がツインテールへの興味を失うように振舞えばよかった。でも、私はできなかった。世界に芽吹いたツインテール属性を、むざむざ消すに忍びなかったから。私に憧れ、ツインテールにした可愛い幼女達が、また元の髪型に戻っていくのが怖かったんです…」

 

最後の部分に言いたいことはあったが、雰囲気を大事にしてレッドとブルーはどうにか真顔を維持した。

 

「その心の隙を突かれ、私はドラグギルディに負けた。基地にこもって策を練っている間に侵略は勧められ――世界中からツインテール属性は消えた。二度とツインテールを愛することができない、灰色の世界になってしまった…」

 

その終末をもたらした張本人は、無言で聞き入っていた。罪を、受け入れるかのように。

 

「様々な属性を奪われつくし、吐きを失った世界で…私1人だけが、ツインテール属性と幼女属性を残していた。私が道行く幼女のスカートをめくっても碌に注意されない――冷たい世界でした」

「誰一人ツインテールにできないなんて…地獄だ!!」

 

レッドは、爪が手の平に食い込むほど拳を握り締めた。仮面ツインテール――トゥアールの、心抉られるような痛みが我がことのように感じられたからだ。

ブルーも同じ気持ちなのだろう、白目を剥いて口を開けているではないか。…きっと、そうに違いない。

 

「そして復讐を決意した私は、テイルギアと、戦いのデータを元に、徹底的に与えられたテクノロジーを分析しました。幼女のちっぱいを後ろから揉んでもリアクションされない虚しさを糧に、認識阻害装置(イマジンチャフ)を完成させ…元気な幼女を求め、世界間航行の技術を解析しました」

 

「酷い、酷過ぎる!!」

 

語られた衝撃の秘密に、遂にブルーが頭を抱え倒れそうになる程仰け反った。レッドも同じ気持ちであった。…決して語っていた者のことではないと信じて。

 

「そして、けじめとして…私の持つツインテール属性を(コア)に、もう一つテイルギアを完成させました。それが…総…テイルレッド、あなたのテイルギアなのです」

「俺のテイルギアが…じゃあ君は、自分からツインテール属性を手放したのか!?」

 

トゥアールの告白に、レッドは思わず自分の手を見る。

ツインテールを愛する資格を、自ら手放す。それは、臓腑を抉るよりもつらい決断だっただろう。

 

「後は、装着できなくなった私のテイルギアを、ここにいるテイルブルーに託した。これが全てです。疑いを持たれるような物言いをしまして、すみませんでした」

「…へー。これ、あんたのお下がりなんだ…。どうりで胸のとこが…へー…」

 

ブルーは胸元を見て笑っていたが、その瞳からは光が消え失せていた。

 

「執念が…先代テイルブルー…いや、仮面ツインテールよ!此度はしてやられたのは我らの方であったようだな!お主の、ツインテールへの深き愛を侮った!!」

 

足元を掬われたにも関わらず、清々しさすら感じられる笑みを浮かべるドラグギルディ。

 

「…疑って悪かったわよ。テイルレッドを幼女にしたのも、ツインテール属性ばかりが世界に拡散しないように…幼女属性も付加したってことなのね」

「再三の説明で申し訳ありませんが、テイルレッド幼女になるのはあくまで趣味です。私が作ったものですから…ツインテール属性を失い、残った幼女が色濃く反映されたのでしょうえへへへ」

 

ブルーの拳がアッパー気味にトゥアールの腹部に着き刺さると、パァン!!という打撃音共に彼女の体が軽く宙に浮き、膝から崩れ落ちた。

 

「うぐぐぐ、こ…この蛮族!もう返して!私のテイルギア返して下さいぃぃぃ!!」

「フン…もう、あんたには使えないんでしょう?あたしが有効活用してやるわよ…」

 

縋りつくように弱弱しく抗議するトゥアールを見下ろしながら、邪悪極まりない笑みを浮かべるブルー。

 

「よき仲間を持ったな――テイルレッド」

 

そんな2人のやり取りを見ていたドラグギルディが、眩しいものを見るように目を細める。その目端にうっすらと光っていた。

 

「(今のに感動する要素はあったのだろうか?)」

 

ブルーを追ってきたナイトは、場の雰囲気的に様子を見ていたが。途中色々な意味で耳を疑う話をどうにか納得して飲み込んでいたが、これだけは無理そうであった。この数分だけで、自分の感覚が正しいのか不安になってしまっていた。

 

「――ああ。かけがえのない仲間さ」

 

どうにか真面目な雰囲気を保ったレッドは、気を取り直すように剣を召喚すると構えた。

 

「仮面ツインテールよ、そこまで弁を尽くさずとも、我には分かっておる。どれだけ打ちのめされても、こ奴らのツインテールはいささかも輝きを失っておらぬ。端から、御託でどうにかなるとは思っておらぬわ!!」

 

レッドの動きに応える応えるように、大剣を構えるドラグギルディ。

 

「だが、いかなる輝きで照らそうとも、覆らぬ闇もあるのだぞ!!」

 

ドラグギルディの纏う闘志が膨れ上がり、周囲の大気を、大地を揺るがしていく。

 

「これまでと同じよ!1人が2人になったとて、何も変わらぬ!ツインテールが世界を支配するまでの時間が短くなるだけなのだ!!」

「2人…?それは違うぜ、ドラグギルディ」

 

レッドは仮面ツインテールの手を取り立たせる。

 

「レッド…」

「ツインテールは、左右の髪を支える頭があって初めてツインテールだ…」

 

トゥアールを真ん中に据え、3人が並び立つ。

 

「俺達は、3人でツインテイルズなんだ!!」

 

流れ弾が彼女らの背後に着弾して爆発を起こした。まるで特撮物でよくある演出になっていた。

 

「ああ、なんて凛々しく素敵な幼女…涎が止まりません…うぇへへへ」

「そ、うよぉ…さ、3人でー…うん、ツインテイルズ…はぁ~あ…」

 

――なのだが、左担当のテンションが著しく低く。かつ、頭担当のマスクの隙間から物凄い勢いで放水していて台無しであった。

 

 

 

 

「ハァァァァ!」

 

セイバーを振るうと、刀身に纏わせた念が衝撃波のようになって飛ぶ。

漆黒の狩人は減速することなく、擦れるかどうかのギリギリの間合いで避けると、ナイフを展開した足で回し蹴りを放ってくる。

 

「シッ!」

 

セイバーで受け流すと、右手に念を纏わせて振り上げる。

 

「T-LINKナックルッ!!」

 

拳を地面(・・)目がけて振り下ろすと、砕けたコンクリートが散弾のように飛び散る。

 

『ッ!』

 

漆黒の狩人はすぐに後退するも、至近距離で浴びせたので流石に全ては躱せず、いくつかの破片が被弾して装甲がかなり削れていた。やはり軽量化している分防御面が脆いな!

 

「シャドウ1!」

 

不利と感じたのかアミタの妹さんが援護しようとしてきた。

 

『手を出すなぁ!!』

「!?」

 

それを声だけで制止する漆黒の狩人。

 

『これが、これこそが俺の求めた戦いだ!!』

 

どこか喜々しているような声音で叫ぶと、奴のバイザー奥の目が金色(・・)に輝きを帯び、その姿が消えた――

 

「ッ!?」

 

殺気を感じ、本能的に背後を向きながらセイバーを盾のように構えると、背後に回っていた漆黒の狩人が振るったランチャーの銃剣とぶつかり合う。

 

「グッ!?」

 

態勢が不十分だっため、僅かにバランスを崩してしまった間に、再び敵の姿を見失ってしまう。

 

「まだ速くなるのか!?」

 

前後左右から迫るビームを避けるか防ぎながら、合間に挟まれる銃剣と足先のナイフによる近接攻撃で、徐々にダメージが蓄積されていく。

このままだと押し切られる!こっちから攻めないと!

 

「そこォ!」

 

気配のする方へショットガンを放つと、進行方向を塞がれた敵の動きが鈍る。

 

「行っけぇ!!」

 

セイバーな投擲、ブースターを全開にして突撃する。

 

『チィ!』

「ウラァ!」

 

体を捻りながら回転し、セイバーを避けた漆黒の狩人へ加速を乗せた蹴りを放ち、左腕で防がれるも装甲を砕き肉体にダメージを与えた。

 

『シッ!』

 

それと同時に放たれた膝蹴りが脇腹に叩きこまれ、衝撃が全身を駆け巡る。

 

「ガッ!?――アァ!!」

 

敵を蹴り飛ばすと激痛の余り膝を着いてしまう。

 

『――見事だ、ここまで心昂ったのは彼女(・・)以来だ」

 

地面を削りながら押し出された漆黒の狩人は、唐突に称賛の言葉を送ってきた。その目は何かを懐かしんでいるようで、俺を誰かと重ねているのか?

 

『だが、なぜそうまでして精霊を守る。人類にとって、破壊しかもたらさない存在だと言うのに。世界を敵に回すことになるぞ?』

「…確かにお前の言う通りだな。間違ってるのは俺かもしれん」

 

精霊によって大切な人を奪われた人がいるかもしれない。今も苦しんでいる人がいるかもしれない。俺の守りたい人達が危険に晒されるかもしれない。

 

「でも、お前は精霊と話したことがあるのか?どれだけ彼女達のことを知ってるんだよ」

 

鉛のように重く感じる足を無理やり動かして、どうにか起き上がる。血を流し過ぎて体の感覚殆ど感じられなくなっているし、今にも意識を手放しそうになる。それでも、ここで倒れる訳にはいかない!誓ったんだ、大切な人をもう失わないって!!

 

「少なくとも四糸乃は俺達人と変わらないんだ。笑って泣いて、俺の作った味噌汁を美味しいって喜んでくれるんだ。それに、傷つくことを怖がって、それでも誰かを傷つけることの方がもっと怖いって我慢して、自分が傷つくことを選ぶ子なんだ!!」

 

自分のせいで誰かを危険に晒しているから、だから自分が傷つくのは仕方がないことだって、そう言って無理に笑っている彼女の顔が脳裏をよぎる。

 

「そんな子のために戦うのが悪だってんなら、俺はそれでも構わない!俺は自分の心が正しいと思う道を進み続ける!それに――」

 

離れた場所にあるセイバーを念で引き寄せると、その切っ先を漆黒の狩人へと突きつける。

 

「俺は彼女のことを殆ど知らない。どんなことが好きで、どんなことで笑うのか、もっと彼女と会って知りたい。だから、その可能性(未来)を摘むってんならお前は俺が倒す!!!」

 

心の内をありったけ叫んだ俺に、漆黒の狩人は左腕の装甲を展開し、ガトリングの銃口を向けてくる。

 

『ならば、()を倒して見せろヒーロー!!』

 

ガトリングから放たれて無数の弾丸が付近の地面に当たり、砕けたコンクリートが舞い上がり視界を塞いでいく。目くらましか!

セイバーを振るい砂塵を吹き飛ばすと、敵の姿が消えていた。

 

「――ッ!」

 

敵の動きを警戒していると、上空から高出力のエネルギー反応をレーダーが捉える。

視線を向けると。機体の胸部装甲が展開し、ランチャーを接続させた漆黒の狩人がいた。

砲口からは収束されたエネルギーが迸っている。直撃すれば跡形もなく消滅するだろう。それでも、俺に回避という選択肢はない。射線上――背後には動けないアミタがいるからだ。だったら!!

 

「T-LINKフルコンタクト!」

 

ありったけの念をセイバーに送ると、刀身が今まで以上の輝きを帯びていく。

 

『抗ってみせろ!!デットエンド・シュートォ!!!』

 

ランチャーから放たれたビームの奔流が押し寄せてくる。

それに対して俺はmブースターを最大まで吹かすとビームへと突撃する。

 

「ウオオオオオオオオぉおおおおおおお!!!」

 

ビームへとセイバーを突き出して受け止めると、激しい衝撃が全身を駆け抜け、機体が肉体が軋んで悲鳴を上げる。

 

「グ、がぁ…!」

 

それでも勢いを止められずに、徐々に押し込めれていく。まだだ、まだ俺は――!

 

「ハァあああああああああぁアアアアアアアア!!!」

 

更に念をセイバーに送ると脳が焼かれていく感覚がするも、ビームを斬り裂き押し進み始めた。

それに合わせ、負荷によって相手の砲身と機体から火花が散っていく。

 

『どうしたハウンドォ!俺達はこの程度ではないだろう!!』

 

漆黒の狩人の叫びに呼応するように、ビームの出力が上がり再び押し込まれていく。更なる負荷によって向こうの機体からより激しく火花が散っていく。

 

「――ッ、ぐぅ…!」

 

機体とセイバーに亀裂が走り広がっていき、体はバラバラに引き裂かれるような激痛と、脳が焼かれるような痛みに苛まれる。

意識が朦朧としていき力が抜けそうになる。駄目、なのか…――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――勇君!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!守、るんダァァアアアアアア!!!」

 

死の奔流に飲まれそうになった時。背後から聞こえた大切な人(アミタ)の声に、意識が引き戻されると、セイバーを握る手に力を込めて突き出す。

刃がビームを斬り開いていき、徐々に前へ進んでいく。これなら――

 

『ヴォルフ!!!』

 

そう思った時、アミタの妹さんの叫びに応じるように、ビームの出力が跳ね上がる!

 

「うあああああぁァアアアアアア!!!」

『ハァァァァあああああああああ!!!』

 

装甲が融解していき、晒された肉体が焼かれていくが。最早痛覚すら感じられなくなるも、セイバーを握る手だけは離さないように意識する。

機体の配線がショートしていき火花が各部から盛大に散っていく。頼む、後少し、後少しだけ耐えてくれ相棒!!!

 

「もう失ってたまるかぁアアアアアア!!!」

 

自分の中に残っているものを全て注ぎ込むように念をセイバーに送り、焼き切れかけているブースターを更に吹かすと。海を掻き分けるようにビームの中を突き進んでいく。

 

『!!!』

 

負荷に遂に耐えれなくなった漆黒の狩人の機体が、一際大きな火花を散らすと、ランチャーからビームの放出が弱まっていく。

 

「いっけぇぇぇエエエエエ!!」

 

一気に懐まで突撃すると、盾のように構えられたランチャーにセイバーを突き刺し、そこから流し込むようなイメージと共に念を送り込み跳び退く。

 

「念動、爆砕!!!」

 

念を爆発させるようにイメージして右手を握り締めると。ランチャーが内側から弾けるようにして大爆発を起こし、爆発に飲み込まれた漆黒の狩人は勢いよく吹き飛んで墜落していくと、瓦礫に激突して埋もれていった。

 

 

 

 

 

地面がに次々と抉り取られ、破片が熱気に焼かれ灰となる突風に煽られ散っていく。

テイルレッドとドラグギルディの剣が撃ち合う度に、周囲の地形が形を変えツインテールの地上絵が描かれていく。

 

「お前らが、エレメーラを取り込まないと生きられないのは聞いている!でも、奪うだけじゃなく話し合いや他の方法は取れなかったのか!」

 

戦いの中、レッドは剣を振るいながら不意にそう問いかけていた。

これまでのエレメリアンとの戦いで、フォクスギルディのように互いに認め合い心を通わせることも少なくはなかった。故に心のどこかで、エレメリアンとの共存の道が選べるのではないかという思いも生まれていたのだ。

それが、自分と同じくツインテールを心から愛するドラグギルディと剣を交え、理解していく中で強まり言葉として出たのだ。

 

「どちらが上の存在とは言わん。だが、食い食われる連鎖の中、話し合いなど所詮は不可能なのだ!我らは、お主達とは別の生命なのだからな!!」

 

ドラグギルディから帰ってきたのは明確な拒絶。彼らの生き様を言い含めた重い言葉であった。

それに対してレッドに落胆も同様のなかった。理解したからこそ、そうなるとレッドには分かっていたからだ。それでも一縷の望みにかけてみたかった。それ程までに種族をも超えて、ドラグギルディと通じ合ったのだ

 

「そうか――なら!」

 

休みなく稲妻の如く繰り出される斬撃を全て捌き、一瞬ん隙をついて、レッドは見上げる程に巨大な目の前の男に渾身一撃を放った。

 

「ぬう!」

 

受け止めた剣ごと巨体が吹き飛ばされ、地面を削りながら押し出される。レッドはその間に打ち込んだ反動で身を翻し、ドラグギルディの背後に回り込む。

 

「何!?」

 

反応が遅れたドラグギルディの背中にブレイドの刃が一閃された。

 

「ぐっ…至高の幼女に流してもらうために守ってきた我の背中に傷を…!!」

 

以前背中を見た時他の部分と違い、背中のみ傷跡がなかったのでもしやと思ったが予想通りであった。

 

「ゴシゴシこすってやったぜ!願いがかなってよかったな!!」

「なる程、一本取られたわ!!」

 

たじろぐことなく、攻撃を再開するドラグギルディ。

 

「お主の魂確かに我が体、そして魂に刻み込んだ!故に我の全てをかけて倒そうぞ!!」

 

ドラグギルディは後ろに大きく跳んで間合いを取ると、地面に剣を突き刺し、深く呼吸を繰り返し始めた。

 

「フォクスギルディみたいに、妄想を…!?」

「フォクスギルディか…。我もあやつの強大な妄想力には一目置いておった」

 

ドラグギルディの双眸(そうぼう)が怪しく光り、全身を取り巻いていた闘志が徐々に左右の側頭部へと収束していった。

 

「だが、人形に頼るなどは惰弱!体1つで愛を体現(うみだ)すが、戦士の華よ!!」

「何!!」

 

闘気がツインテールを形取り、ドラグギルディの頭部から流麗になびきよそぐ。

属性玉(エレメーラオーブ)の光に似た、生命そのものの輝き。

無数の光条(こうじょう)が今二つの房となり、遥か見上げる巨躯を彩った。

 

「ドラグギルディがー―――ツインテールに!?」

「これこそが我が最終闘態…ツインテールの竜翼陣(はばたき)!!ツインテール属性を極限まで解放した、見敵必殺の姿よ!!」

 

男がツインテールであるという疑問も、不快さも、どこには微塵もない。

羞恥心を捨てるという安易な開き直りとは一線を画す、堂々たる居姿。

 

「男子に許されしは、ツインテールを愛でることだけではない…。自らツインテールとなる――ーそれが、ツインテール属性を持つ者の本分よ!!」

 

赤裸々に己の信念を叫ぶドラグギルディ。

本来男に強く芽吹くことのないと言われているツインテール属性。その例外であるレッド――総二はそのことを誇りに感じていたか。恥じらいを持っていなかったか。

ドラグギルディとの覚悟の差に、敬意の余り、一礼も辞さない心境となった。

 

「ゆくぞ、テイルレッド!!」

 

ドラグギルディの攻撃は、飛躍的にその速度を増した。

その規格外の大剣から放たれる斬に、空爆でも受けた様に地面が捲り上げられる。

それに呼応するように、レッドも加速していく。

高速過ぎて。互いの剣閃が実体化し浮遊しているようにさえ感じられた。

 

「敵に感銘を受けるなんてな。もう一度、礼を言わなきゃいけないかな!!」

「真意はさておき、礼を言うのはこちらもよ。お主の輝きを見て、がむしゃらにツインテールを愛していたあの日に戻れたわ!!」

 

時をも凌駕する剣閃の応酬。

高熱は高速に煽られ、俺達を中心に地面が融解していく。

 

「けど…そこまでツインテールを愛していたなら、それを奪われる悲しみも分かる筈だ!」

「恨み言など、とうの昔に受け慣れたわ!心を食らう者として、当然の運命よ!!」

「だったら、今こそ…お前らが汚してきた世界の人達の仇を、俺が討つ!!」

 

レッドの信念を乗せた一刀を受け止めたドラグギルディが押し負かされ、大木に叩きつけられた。

 

「なんと…ここに来て更にその輝きを増すとは…お主のツインテールは底なしか!?」

「そうさ…俺のツインテールは…無限だ!!」

 

終わりなきものの頂点と例えられる宇宙でさえ、なお未だに成長し続けるという矛盾。

形がないからこそ、そこに終わりは見えず、果てなく成長する。心は宇宙なのだ。

 

「見事だ!だがァ!!」

「うわ!?」

 

ドラグギルディが気迫と共に押し返すと、弾き飛ばされたレッドは。受け身も取れず背中から地面に叩きつけられる。

 

「く、うぅ…」

 

すぐに起き上がろうとするも、力が入らず膝を着いてしまう。

 

「惜しかったな…。確かに凄まじい力だ。かつてのあの少女よりも、遥かに強い。だが、なまじこれまでのの相手との力の差があり過ぎただけに、実戦経験が経験たりえなかったのだろう…我との年季の差が…明暗を分けたな!!」

「まだだ…」

 

懸命にブレイドを振るうも、軽々と受け止められ巻き上げられてしまう。

 

「素晴らしき検討だった!我が生涯最強の敵…そして、我が最高の想い人よ!!」

「くっ…!」

 

ドラグギルディが払うように剣を振るうと、ブレイドが弾き飛ばされる。

炎を散らしながら宙を舞ったブレイドが、力なく地面に突き刺さった。

 

「さらばだアアアアアアっ!!」

 

名残惜しむ間さえない潔さは、己の戦いの美学の遵守か。

ドラグギルディの大剣が、レッドの脳天へと振り下ろされる。

手を上げて防御しようと――せず、レッドの右手はフォースリボンに触れた。

右手を炎が包み、炎が新たなブレイザーブレイドが形成するとそれを掴んで大剣を弾き上げた。

 

「何ィ!?二刀だと!?」

「伊達にツインテールじゃねえ!ってな…!!」

 

動揺するドラグギルディの肩口目がけ、切り札の二刀目を渾身の力で叩きこんだ。

 

「ぐあっ!!」

「ブレイク!」

 

よろめきながらも、それでも再び剣を振り上げるドラグギルディ。

 

「レリーーーーーーーズ!!」

 

ブレイドがドラグギルディの肩で変形し、炎を噴き上げる。

 

「テイルレッドオオオオオオオオ!!」

「グランドブレイザアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

袈裟懸(けさが)けに斬り下ろされる炎の剣。

大竜の身を焼く炎竜は太陽の紅炎(プロミネンス)を思わせ、それを繰り出す幼女のツインテールは、太陽にも劣らぬ燦久(さんさん)とした輝きを放っていた。

 

「――――美しい…まさに神の髪…神、型…」

 

それは、多くの世界を渡った歴戦の戦士の双眸に、その生涯を天秤の片皿に置いても釣り合う程の光景――髪型だっただろうか。

遂にドラグギルディは、力尽き、両膝を地に着いたのだった。

 

「う、く…初めから一刀目は囮であったか…」

「いや、これは咄嗟の思いつき…ぶっつけ本番だ。…小難しい駆け引きなんてできないけどさ――二人守るんだ、二本剣が必要なのは道理だろ」

「み、見事…!!見事だ、テイルレッド!!」

「…ツインテールがか?」

 

ドラグギルディはニヒルに笑う。

 

「無論だ!わーはっはっはっはっ!!」

 

雄叫びのような笑い声を上げながら、ドラグギルディは体から放電させていく。

 

「麗しき幼女に倒される…うむ、これも生涯を添い遂げたに変わりはあるまいて!!」

「どこまでもボジティブな奴…」

 

本当は男なのだが、無粋なことだとレッドは笑う。

敵であり、罪を重ねてきたどうしようもない悪党だが、少しだけ憎めない部分もあった。

それは、今まで戦ってきたエレメリアン全てに言えるのかもしれないが…。

 

来世(いつか)…また逢おうぞ」

「お前がツインテールを愛する限り…そんなこともあるかもな」

 

レッドが分かれを通じて告げるように背を向けると同時に、ドラグギルディは大爆発を巻き起こし、散ったのだった。

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

漆黒の狩人が墜落した地点を警戒するも、変化が起きない。勝った、のか?

 

『ヴォルフ!!』

 

アミタの妹さんが埋もれた場所に駆け寄る。

 

「グッ!?」

 

その様子を見ていると、負荷をかけ過ぎたブースターが、爆発を起こして機能を停止した。

重力に引かれて真っ逆さまに落下していく。再起動を試みるもブースターは完全に沈黙してしまっていた。

どうするか思考しようとすると、軽い衝撃と共に何かにぶつかった。

 

『勇君、大丈夫ですか!?』

「アミタ…」

 

視界に今にも泣きだしそうなアミタの顔が広がる。

彼女に支えられながら着地すると、足――いや全身に力が入らず倒れそうになる。

 

『勇君!』

 

慌てた様子のアミタに支えられてどうにか座り込む。

 

「アミタ、怪我は大丈夫…なのか?」

『ッ――!あなたの方が傷だらけなんですよ!?あなたはもっと自分を大切にして下さい!!』

 

少しでも動くだけでも激痛が走るだろう彼女の心配をすると、憤ったように怒鳴られた。

 

「えっと、ごめん」

 

気迫に押されながら謝る。こんな彼女は初めて見たな…。うう、怖い。

ふと、側にあったガラスに映った、目からも血が流れている自分の顔が視界に入る。そういや耳からも血か何か流れてる感触がするな。どうりで見にくいし聞きずらい訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そんなことを考えていると、漆黒の狩人が埋もれている場所の瓦礫が盛り上がっていった。

 

 

 

 

「う、え…っ、え…っ」

 

結界の中心部で、四糸乃は氷結傀儡(ザドキエル)の背にうずくまり、1人泣いていた。

吹き荒れる氷弾の中とは思えない程に、静かな空間である。ただただ、四糸乃の嗚咽と(はな)をすする音だけが、いやに大きく反響した。

とても怖くて、外には出られない。でも、ここは――とても、寂しかった。

 

「よ、し、のん…っ…」

 

涙に濡れた声で、友達の名前を呼ぶ。

答えてくれる筈がないのは、四糸乃にも分かっていた。

だが、呼ばずには――

 

『は・あ・い』

「……ッ!?」

 

四糸乃はビクッと肩を震わせると、バッと顔を上げて辺りを見回した。

 

「――!」

 

そして、四糸乃は涙を拭って目を見開いた。

なぜなら結界中心部と外縁部の境目辺りに、見慣れたパペットが確認できたからだ。

 

「!よしのん…っ!?」

 

四糸乃は叫ぶとザドキエルの背から飛び降り、そちらにパタパタと走っていった。

四糸乃が見間違える筈がない。それは紛れもなく、数日前にいなくなってしまった四糸乃の友達『よしのん』だった。

だが――

 

「…ひっ…!」

 

『よしのん』の後ろから、誰かが倒れ込んできて、四糸乃は思わず足を止めてしまった。

否――正確には、今倒れ込んできた人が『よしのん』を手に着けているようだった。

容貌は、よく分からない。

それと言うのも、その人が全身血塗れ傷だらけで倒れ伏しているからだった。

 

「っ…」

 

きっと、四糸乃の結界を無理やり通ってきたのだろう。その男の人が倒れ込んだ場所から夥しい量の血が流れている。

四糸乃の目にも明らかだった。これはもう人というよりも、死体に近い。

しかしすぐに、四糸乃はその認識を改めなければならなくなった。

何故なら――突然、その半死人の体が淡く輝いたかと思うと、体にできた幾つもの傷口を舐め取るように、体表を焔が這っていったからだ。四糸乃が呆気に取られていると、その人物の体から傷が消え去った。

そして――ようやくその容貌が見てとれるようになる。

 

「…!?士道さ…っ」

 

四糸乃は、驚愕に染まった声を発した。

そう、そのボロボロだった人間は、あの五河士道だったのである。

士道はごろん、とその場に仰向けになると、ふぅぅぅ…と深ぁく息を吐きだした。

 

「し…死ぬかと思った…」

 

むくりと体を起こした士道は、四糸乃の姿を捉える。

 

「――四糸乃!」

 

うさぎのパペットを掲げるようにしながら立ち上がった。

 

「約束通り、お前を――助けに来た…ッ!」

 

すると四糸乃は目を丸くしたのち――

 

「う、ぇ、ぇぇぇぇ…」

 

目に涙を溜め、泣き出してしまった。

 

「うわ…っ、ちょ――な、泣くなって。な、なんか俺いけないことあったか…?」

 

士道があたふたと手を動かすと、四糸乃がふるふると首を振った。

 

「違…ます、来て、くれ…嬉し…て…っ」

 

そう言って、再び泣き出してしまう四糸乃。

士道はそんな彼女に苦笑しなあがら、右手で四糸乃の頭を優しく撫でた。

そして、左手に装着していたパペットを、ぴこぴこと動かしてみる。

 

『やっほー、お久しぶりだね。元気だったかい?』

 

なんて、口をもごもご言わせながら、見よう見まねで腹話術をする。

拙さ極まる芸ではあるも、四糸乃は嬉しそうに首を何度も前に倒した。

普通に考えれば、おかしな光景なのかもしれない。

だってあくまで、『よしのん』は、四糸乃の腹話術で動く人形の筈なのだ。

だが――士道は、以前令音から聞かされたことを思い返した。

調べてもらった結果、四糸乃はパペットを装着している時に、彼女の中にもう一つの人格が存在しているのだそうだ。つまりそれが『よしのん』なのだろう。

デパートであった時、偶発的とは言え、封印可能な状態でキスをしたのだが失敗に終わったのだが。その時、四糸乃は『よしのん』に対応を任せ、意図的に心を閉じていたからだったのだろう。

 

「ありが、とう…ござ、ます」

 

そんなことを考えていると、不意に四糸乃が頭を下げてきた。

 

「え?」

「…よしのんを、助けて、くれて」

 

士道は一瞬頬を掻いてから、ああと、頷いた。

 

「約束したからな。って言うか、俺だけじゃ何もできなかったし。天道さんがいたからここまで来れた訳だし」

「天、道…さん、が…?」

 

その名に四糸乃は覚えがあった。士道の家であった軍人の男性を彼がそう呼んでいた。倒すべき筈の自分を心から案じてくれた、士道と同じくらい優しい人だ。

 

「ああ、お前のために悪い奴と戦ってくれているんだ。それで約束したんだ、――四糸乃。お前を、助けるって」

「え…?」

 

四糸乃が不思議そうに返してくる。士道は四糸乃と目線を合わせるように、その場に膝を突いた。

インカムからは何も聞こえない。きっと結界を通る際に壊してしまったのだろう。

四糸乃を封印可能なのか知れないのは痛かったが、仕方ない。どちらにしてもやるしかないのだ。

パペットを失った四糸乃との触れ合いと、今この時の会話と。それだけの時間で、士道が四糸乃に最低限の信頼を得ていると信じて。

 

「――ええと、だな、四糸乃。お前を助けるためには――その、1つやらなきゃいけないことがあるんだ」

「なん…ですか?」

 

士道は緊張に渇く喉に唾液を流し込んでから、言葉を続けた。

 

「その…、変な奴だと思わないでくれ。…キスって、覚えてるか」

 

四糸乃が一瞬キョトンとした顔を作り、すぐに首を縦に振ってきた。

 

「…っ、そ、そうか。ええと――その…お前を助けるためには、それをしなきゃならないんだ。…いや、ホント変な意味じゃないんだぞ!これは――」

 

しどろもどろで話している士道に。四糸乃はふっと目を伏せてると、迷うことなくキスをするのであった。

 

 

 

 

『見事だ…』

 

瓦礫を退けながら漆黒の狩人が姿を現す!

胴体の装甲は殆ど剥がれ、剥き出しとなった肉体は焼け焦げ。四肢の装甲は辛うじて原型を留めて言るも、亀裂から止めどなく血が流れており、満身創痍としか言いようのない状態であった。

しかしその双眸からは闘志が消えることなく、寧ろ高まっているようであった。

 

「ッ――!」

 

咄嗟にアミタを背に庇うようにしながら、セイバーを杖のようにして起き上がる。

 

『お前が、お前こそが。俺が求めていた獲物よッッッ!!」

 

獣のように叫びながら、無手のまま戦闘態勢を取る漆黒の狩人。来るかッ!

 

迎え撃とうとセイバーを構えると――四糸乃を囲んでいた結界の勢いが弱まっていく。

 

『空が…』

 

アミタの声に空を見ると、暗雲に覆われていた空が晴れていき日差しが差し込んでいく。まるで暗雲を生み出していた者の心を表すように。

やってくれたのか五河!!

 

『時間切れ、か』

 

結界が消滅し、快晴となった空を見た漆黒の狩人が、先程までと打って変わって戦意のない声を漏らす。

 

『我々のの負けだな。帰るぞシャドウ4』

『あ、うん』

 

清々しいとさえ言える様子で去ろうとする漆黒の狩人に、アミタの妹さんが呆気に取られながらも応じる。

 

『俺の名はヴォルフ・ストラージ。お前の名を聞きたい』

「天道、勇だ」

 

つい先程まで命をかけ合ったとは思えない程、自然に聞いてくるので思わず素直に答えてしまった。

 

『天道勇、か。その名魂に刻んだ。次は負けん』

 

背を見せると、フラつきながらも去っていく漆黒の狩人。その後をアミタの妹さんが追うとその肩を支える。

追撃する力も残っておらず、ただその背を見ていることしかできなかった。

姿が見えなくなると、糸が切れたように後ろに取れる。

 

『勇君!?』

 

アミタに受け止められて抱えられる。何か言ってるけど聞こえないし、目が霞んで――駄目だ、凄く眠いや…。泣か、ないで…アミ、タ…大…丈夫、だから…。



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第六十話

ブルーエリア基地に併設されている軍病院。その中の病室にアミタはいた。

椅子に腰かけている彼女の視線の先にはベットで眠る勇がおり、コードで繋がれた機器が規則正しく動作音が鳴らしていた。

瀕死の状態で搬送されてから3日が経つも、目覚める様子は一向に見られなかった。

医師が言うには、肉体以上に脳のダメージが大きく、最悪このまま生涯目が覚めない可能性もあり。仮に目覚めても、日常生活に支障が出る後遺症が残ることもありえるとのことだった。

 

「勇君…」

 

アミタが名前を呼ぶも返事はなく、機械音が虚しく響くのみだった。

もし本当にこのまま目が覚めることがなかったらと考えると、胸が締め付けられるように苦しくなり、生きた心地がしなかった。

 

「(私の、せいだ…)」

 

傷ついた自分を庇って彼は限界を超えてまで戦った。自分の弱さが彼を追い詰めたのだ。

 

「(いつも、助けてもらってばかりだ)」

 

彼が初めてPTに乗った時は、助けようとして逆に助けられた。再会したキリエに怒りのままに銃口を向た時も、助けに来た筈なのに彼に助けられる形になってしまった。

もっと自分に力がー―強さがあればこんなことにはならなかったと、自責の念に駆られるアミタ。

不甲斐なさに俯き、膝に乗せていた手を握り締めて力が入り、目尻から涙が零れそうになる。

 

「ごめんなさい。私の、せいで――」

「――どうしたのアミタ?泣いているの?」

 

不意に聞こえてきた声に顔を上げると、目を開けた勇が心配そうにこちらを見ていた。

 

「大丈夫?何があったの?」

 

慌てた様に上半身を起こすと、彼は涙を指で拭いながら問いかけてくる。

突然のことで呆けてしまうも、事実を認識すると思わず抱き着いた――が、嬉しさを余り力加減を間違えてしまい、骨の軋む音と共に彼の悲鳴が響き渡るのだった…。

 

 

 

 

「ごめんなさい…」

「いや、気にしてないから落ち込むことないって、何ともなかったんだからさ」

 

しおれていると、フォローしてくれる彼。罵倒されても文句の言えないことをしでかしたのに、逆に気にかけてくれる優しさに胸に暖かさが広がる。

あの後医師からの診断を受け、現状問題は見られないので経過を見るとのことであった。

日は既に傾き、夕日が照らす光が窓から差し込んでいた。

 

「いえ、さっきのこともありますけど。あなたがこうなったのは私のせいであって、なんてお詫びしたらいいか…」

 

どのような誹りも受ける覚悟だったが。当の彼はクエショッンマークを浮かべていそうな顔でキョトンしていた。

 

「あの、どうしたんですか?」

「いや、どうしたって、どうしてアミタが謝るの?」

「だって、私を庇ったからこんなことになったからで「違うよ」」

 

言葉を遮られ彼に視線を向けると。その目には己への憤りが宿っていた。

 

「こうなったのは俺が弱かったからだ。寧ろ謝るなら俺の方さ、そのせいで君を傷つけてしまったんだから」

「そんなことないです!」

 

自嘲している彼に、思わず声を荒げてしまった。

 

「あなたはどんなことがあっても、いつも私を守ってくれました。あなたは弱くなんかない。でも…」

 

一度言葉を区切ると、彼の目を見据える。久方ぶりに見たどこまでも真っすぐな目を。今までは頼もしさ感じていたが、今は不安も感じられるようになっていた。

 

「あなたは自分のことを全く鑑みない、だから怖いんです。いつか本当に取り返しのつかないことになってしまうのではないかと…」

「…ユウキにも言われたよ。だから、約束しているんだ必ず生きて帰って来るって」

「だったら、もっと自分を大切にして下さい!今回だってもう目が覚めないんじゃないかって、そう考えたら心臓が張り裂けそうなくらい怖くなったんですよ…!」

 

俯き膝に置いていた拳を握り締め、再び目尻から涙が溢れそうになるアミタ。

共に戦うこともできないユウキは、これ以上の気持ちをいつも抱えているのだろう。それでも、彼を信じて帰りを待ち続けているのだ。その情愛に敬意さえ覚えた。

 

「心配させてごめん。でも、そうしたいって俺が自分で決めたことなんだ」

 

彼は手を重ねながら、宥めるように語る。

 

「母さんを失ったあの日のような後悔をしないために。大切な人達が同じ想いをしないためにって、そのためにこれからも戦い続けるよ」

 

言葉と瞳から、何が起きようとも貫くという彼の覚悟の重さが感じ取れた。その意思の強さこそが彼の強さの源なのだろう。だが、同時に破滅をもたらしかねない――この国で学んだ諸刃の剣にもなってしまう危ういものであった。

 

「…あなたの気持ちは分かりました。それなら私があなたを守ります」

「え?」

 

決意を伝えると、キョトンとした顔でこちらを見る彼。

 

「今よりも強くなって私が守ります。あなたが無事に帰れるように支えたいんです」

「アミタ…」

 

両手で彼の手を包みながら告げると、驚いた顔をする彼。

その様子に、突然過ぎて変に思われただろうかと、不安を隠せず彼の様子を伺ってしまう。

 

「迷惑、ですか?」

「ううん、そんなことないよ。その、凄く嬉しいなって」

 

頬を赤らめながらはにかむ彼。普段と違ったしおらしさに、以前共に寝た時のように胸が高鳴った。

 

「えっと、それじゃ一緒に頑張ろうね」

「はい!」

 

互いに微笑みながら手を取り合う。窓から差し込む夕日が、優しく照らしてくれているようであった。

 

 

 

 

「MK-Ⅱ2号機がウラヌス・システムを起動させたようです」

「そうか…想定よりも幾分早いじゃないか」

 

ラタトスク本部にて、円卓会議(ラウンズ)議長であるエリオット・ボールドウィン・ウッドマンは。秘書である20代中盤の眼鏡をかけた女性――カレン・ノーラ・メイザースの報告を興味深そうに受けていた。

 

「天道勇君か。システム開発者として君はどう見るかいカレン?」

 

勇に関する資料を指でなぞるウッドマン。彼は高齢のため視力が弱くなっており、点字にて文字を読み取っているのだ。

資料で得られる情報だけでも、勇の人柄に好意的に感じた彼は上機嫌に問いかける。

秘書として側で支えてくれているが、カレンの本業は技術者であり。ラタトスクの有する装備の大半が彼女の手によるものであった。

そして、T-LINKシステムも彼女が中心となって開発されたものなのである。

 

「これ程システム適応できる者は世界でも恐らく彼だけかと、正に逸材と言えるでしょう。ただ、彼はあくまで連合軍の兵士であり、我々の同志ではありません」

 

どこか期待した様子のウッドマンに、釘を刺すように告げるカレン。

元々T-LINKシステムは、フラクシナスにて運用される予定であったが。必要以上に武力を持つことを良しとしないウッドマンの方針と、何よりシステムを扱いきれる(・・・・・)人材が組織内にいなかった。

手元に置いて腐らせるよりも、世界のために役立てられる者へ託すべきと考えたウッドマンは、連合軍でも信頼できる人物が多いブルーアイランド基地へ送るよう手配したのであった。

 

「確かにそうだが、これまでの彼の行動から見て信頼できると私は思うよ」

「…結果的にこちらに味方する形になったとはいえ、今後も同じことが続くとは限りません。簡単に信用すべきではないでしょう」

「そうなると、やはり直接会って確かめるべきかな?」

 

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせるウッドマン。勇が自身の若き頃に似ていることもあり、非常に気になっているのだった。

 

「駄目です。立場を考えて下さい」

 

問答無用で両断すると、シュンとするウッドマン。いつまで経っても子供のような無邪気さを失わないのが彼の魅了だが、自分の立場を忘れて無茶をしようとするのも考えものであった。

 

「仕方ない、今回は諦めよう。他に報告はあるかい?」

 

さらりと機会をあらためる発言をするウッドマンに、思わずジト目を向けるカレン。

もう諦めてもらいたいが、言っても詮無きことなのでカレンは諦観のこもった息を吐くと、話を進めることにした。

 

「2号機ですが、ダメージが深刻のなのでオーバーホールのため、一度マオ・インダストリー本社へ移送することになりました。これが詳細です」

 

カレンから手渡れた資料をウッドマンがなぞると、その表情が僅かに険しくなる。

 

「ふむ。損傷の大半が戦闘によるものだが、乗り手の技量に機体自体が耐えられていないのか」

「はい、彼は近接戦闘を好むようですが、MK-Ⅱは元々量産を前提としたスタンダードな機体です。これまでは現場の努力である程度対応していたようですが、ウラヌスを起動させた以上それも限界でしょう」

「対策は?」

「根本的な改修が必要かと。ただし先にも述べましたが、彼は同志ではありません。その力がこちらに向けられる可能性がある以上、リスクが高いかと」

 

ウッドマンの考えを読んだカレンは、賛成しかねるのか消極的な様子であった。

 

「だが、彼にはこれまで五河君や精霊達を守ってくれた恩がある。それに報いるべきではないかね」

「それは…」

 

ウッドマンの言い分に反論できないカレン。事実勇がいなければ、士道が十香と四糸乃を救うことはできなかったといえるだろう。

 

「…分かりました。改修案を纏めてマオ社と協議します」

「我儘を言ってすまないねカレン。よろしく頼むよ」

「いえ、あなたの力になることが私の最上の喜びですから」

 

心の底から申し訳なさそうにするウッドマンに、カレンは微笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

「……」

 

ベットに横になりながら窓から見える夜空を眺める。とはいっても、都会だからあんまり星が見えないのだが。

あの後、父さんとユウキが駆け付けてきたはいいが、喜び過ぎてもみくちゃにされたりしたが。面会時間が過ぎたので、皆が帰っていった。

今は日付が変わろうかという時間なのだが、寝すぎたせいか寝ることもできず、かといってやることもなく夜空を見ていることしかできなかった。

 

「ヴォルフ・ストラージか…」

 

それは漆黒の狩人の名前。出会いは1号機強奪事件の時で、その後も一度戦場で遭遇したこともあったが、警戒こそすれそこまで意識することもなかった。

だが、奴の戦いを深く見たせいか、今では妙に意識してしまっていた。テロリストになってまであの男はなぜ戦うのか、何を求めて生きているのか知りたいという気持ちがあった。

そんなことを考えていると、扉がノックされた。見回りの時間じゃない筈だけど…。何度も利用している内にこの病院のことは大分詳しくなった。自慢することではないけど。

 

「どうぞ」

 

上半身を起こしながら応えると、恐る恐るといった感じで扉が開く。

 

「お、お邪魔…します…」

「四糸乃!?」

 

入ってきたのは精霊四糸乃であった。いつものフード姿でなく、水玉模様のワンピースを着ており、左手にはウサギのパペットをはめていた。

 

「無事だったんだねよかった」

 

とりあえず、ベットの側にある丸椅子に座ってもらう。

見た感じ怪我とかはしてないみたいだ。五河が助けてくれたと信じていたが、実際に無事であることを見れてホッとする。

 

「はい、おかげ…さまで…。よし、のん…にも…会え、ました…」

 

そういってパペットを見せてくれる四糸乃。

 

『どうも始めまして、よしのんだよ!』

「これはどうも、天道勇です」

 

パペットを動かしながら腹話術をする四糸乃。――に見えるが、彼女の中ではよしのんという人格が確立されているようだ。つまり今話しているのは、よしのんという個人ということになる。

 

『よしのんがいない間に、四糸乃のことを守ってくれたんだってね。本当に感謝してるよ、ありがとうね!』

「いえ、やりたいようにやっただけなのでお気になさらず。それに彼女には大切なことを思い出させてくれましたので、そのお礼がしたかったですから」

 

自分が何のために戦っているのか。そのことを思い出すきっかけをくれたのは四糸乃だ。だから彼女のために戦いたかったというのもあった.

 

「あの…お怪我は、大丈夫…ですか?」

 

包帯が巻かれている部分を見ながら、心配そうな顔をする四糸乃。

 

「ああ、大丈夫だよ。念のため安静にしているだけだからさ」

 

安心させるために頭を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。

 

「それで、今はどうしているんだい?」

「あの、ですね…」

 

彼女らは現在ラタトスクに保護されており、俺が病院送りとなったことに責任を感じ、無理を言って会いに来てくれたのだそうだ。

 

「そっか、わざわざ悪いね。さっきも言ったけど、俺がやりたいことやった結果だから、君が気にすることはないよ」

「でも…」

 

納得できないのか、俯いてしまう四糸乃。

 

「じゃあ、お礼に1ついいかな?」

「は、はい…」

「俺と友達になってくれないかな?」

 

差し出した手をキョトンと見る四糸乃。流石にいきなりすぎたかな?

 

「あの、私…で、よければ…よろしく、お願いします…」

 

おずおずとしながらだが、手を握ってくれた四糸乃。

 

『ねえねえ、よしのんもいいかな?』

「もちろん。よろしくね」

 

断る理由などないので、よしのんとも握手する。

こうして彼女らの笑顔を見れて、諦めないで良かったと心から思えたのだった。



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第六十一話

「月並みな台詞だが、昇進おめでとう少尉(・・)。これからの一層の活躍を期待している」

 

ブルーアイランド基地にある父さんの執務室にて、俺は称賛の言葉を受けていた。胸の階級章は今までの軍曹ではなく、少尉を示すものに変わっている。

病院で目が覚めてから数日して、どうにか退院した俺を待っていたのは昇進であった。それも2階級特進という。

尉官クラスとなるため、先日必要な試験を受けて今日合格が決定となるのと同時の昇進となった。

 

「それにしても、昇進をそんな不服そうに受けた者を見たのは初めてだよ。少しは喜んでもらわんとこちらも立つ瀬がないのだがね」

「そんなことはありませんが?」

「なら鏡を見て来るといい」

 

革製の椅子に腰かけた父さんが、俺の顔を見てヤレヤレと言いたそうに息を吐いた。

はて?先の表彰式前に見た時はいつも通りだったのだが…。

首を捻っていると、雰囲気だ雰囲気、と呆れた様な顔でツッコまれてしまった。

 

「プリンセスとハーミット。精霊2体の討伐における功績を称えての昇進だが。まあ、お前の性格上、理由が理由だからそうなると予想は着いていたがね」

 

椅子に深く座りながらまた息を吐く父さん。

 

「…自分は討伐などした覚えはありませんので」

 

そう、俺は夜刀神も四糸乃も討伐なんてしていない。それなのに彼女らは討伐されたことにされ、あまつさえその立役者が俺だから昇進?こんなのどう喜んだらいいのか教えてもらいたい。

 

「本部の連中としては、そういうことにしておきたいのだろう。いつまでも精霊のことを隠せるか分からんからな、万が一市民へ公表することになった際に、有効な手立てがありませんなんて言えんだろう」

 

情報社会が発展した今の世の中、精霊の活動が活発化していることもあり、どこから情報が漏れ出るか予想しきれないのは分かるけど…。

 

「自分はいざという時の言い訳に使われると?」

「まあ、そうなるかね。俺としても気乗りはしないが、実際に軍内で真正面から精霊の相手をできるのは、お前と遊撃隊の者達だけだしな。」

 

不本意ながらといった様子で話す父さん。まあ、父さんにいくら文句を言っても仕方ないか。今回のことは本部が決めたことだしな。

 

「ともかくこの件を抜きにしても。お前のこれまでの功績は、2階級特進とまでいかなくても、昇進させるには十分だったからな。いずれにせよ、近い内に昇進させる予定だったんでな、1階級分はサービスだと思ってくれんかね。階級が上がればできることも増える、貰っておいて損はなかろう」

「…了解です」

 

正直言えば不服だが、これ以上は不毛か…。何事も柔軟に動くべき、と考えるとしよう。

 

「さて、話を変えるが。以前話していた、お前の部隊への追加人員を紹介しよう」

 

父さんが机の端末を操作して部屋の前にいる者を呼ぶと、2人の少女が入室してきた。

 

「失礼します。中国代表候補性の凰 鈴音(ファン リンイン)です。今日から独立混成遊撃隊のお世話になります」

 

最初に敬礼しながら名乗ったのは。腰まで届く茶髪をツインテールにし、肩を露出させたIS学園の制服に身を包みんだ勝気そうな顔をした子であった。

と言うか、俺は彼女のことを良く知っていた。

 

「久しぶりだね鈴。また会えた嬉しいよ」

「私もです勇さん」

 

鈴音――愛称である鈴に歩み寄ると、笑顔で握手しあう。

彼女は箒が転校して間もない時期に、一夏のいる小学校に転校し、あいつと親しくなった縁で知り合ったのだ。その後はユウキと親友と言える関係となり、良く家に遊び来たこともあって仲良くさせてもらったものだ。だが、親の都合で彼女が中学2年の時に中国に帰国してしまい、こうして顔を会わせるのは1年ぶりである。

 

「一夏にはこっち(日本)に来ていることは伝えているのかい?」

「いえ、驚かせてやろうと思って言ってないんです。だから、まだ言わないで下さいね」

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、唇に右手の人差し指を当てる鈴。こういったところは相変わらずだな。

 

「OK。存分に驚かせてやるといい」

「ありがとうございます」

 

和やかに話していると。軍服を纏ったもう1人の少女がわざとらしく咳払いをすると、自分を無視するなと不機嫌そうに目で訴えてくる。いかん、再会に喜び過ぎてしまった。

 

「ああ、すまない。君は…」

「DEMから出向となった崇宮 真那(たかみや まな)少尉でいやがります。どうぞよろしく」

 

どこか挑発的に敬礼する崇宮と名乗った少女は。肩に触れるかくらいの青髪をポニーテールにしており、鈴と同じくらい勝気そうな印象を与える顔つきだった。というか、彼女の顔――

 

「……」

「な、なんでいやがりますか。人の顔をジロジロと…」

 

崇宮の顔に引っ掛かりを覚えて注意深く見てしまうと、彼女は怪訝そうに眉を顰める。

 

「いや、君に似た顔に見覚えがあってさ」

 

つい最近見たことがある気がするんだよなぁ。それも精霊絡みで…。

 

「!それ、本当でいやがりますか!?」

 

崇宮に胸倉を掴まれると、額が触れ合う距離まで引き寄せられる。

 

「ってちょっと、何してんのよあんた!?」

 

突然のことに呆気に取られていた鈴が、慌てて止ようとするが。興奮した様子の崇宮は聞こえていないようであった。

 

「それって、この人に違いねーですか!」

 

上着の胸元をまさぐりロケットを引っ張り出すと、蓋を開けて見せつけてくる。

ロケットには写真が納められており。それには幼い頃の彼女が映されていて、その隣に彼女と年が近く似た顔つきの少年が仲睦まじい様子でいる。てか、これ――

 

「五河?」

「!知っていやがるんですか、この人を――兄様を!!」

「兄?五河が君の?」

 

縋りつくように放たれた言葉に、衝撃が走る。この子が五河の妹?確かに顔つきは瓜二つだが…。

そこで、静観していた父さんが口を開いた。

 

「…崇宮少尉。資料では君は数年前からの記憶がないとあったが?」

「ええ、それ以上前の記憶がてんと抜け落ちちまっていやがります」

「それって記憶喪失って奴?」

「ええ、それで行く当てもない私を拾ってくれたのがDEMなんです」

 

鈴の言葉に頷く崇宮。

すると父さんが椅子から立ち上がり、写真を見せてもらうと、顎に手を添えて思案顔になる。

 

「これを撮ったのがいつかは覚えているかね?」

「いえ、実を言うと名前すら覚えていやがらないんですが。何となく分かりやがるんです、この人が私の兄様だって」

 

不安そうに話す崇宮だが、父さんは疑う素振りすら見せずにそうか、と納得した。

 

「疑わねーんですか?こんな話を…」

「我が子らなんて血の繋がりすらなくても、似たようなことを言うし、実際にそうなるからね。だから信じたくなるのだよ」

 

俺を見ながら話す父さんに、鈴がああ、とどこか納得したように頷いている。

 

「ありがとうごぜーます。それで、あんたは兄様がどこに住んでいるのか知ってやがるんですか?」

「うん、知ってるけど…」

 

詰め寄って来る崇宮を宥めながら、父さんに視線を向ける。彼女に協力したいけど、五河については慎重な対応が求められから軽々しく動けないんだよな。

 

「構わんよ。時間がある時に案内してあげなさい」

「念のため、本人に確認してからが良いかと思いますが」

「そうだな。そこは任せる」

 

何か気になる様子があるけど。許可が出たし、明日にでも学校で五河に聞いてみよう。

 

 

 

 

「ここがIS学園寮だよ」

「へーやっぱり広いですねぇ」

 

あの後、鈴の案内も兼ねて寮へと戻ってきた。

鈴は敷地の広さに興味深そうに辺りを見回す。ちなみに彼女は2組に編入されるそうなので、俺や一夏とは隣の寮になる。

 

「部屋は基本的に2人1部屋で、食事は食堂があるけど、各部屋に台所もあるから自炊することもできるんだ」

 

歩きながら寮の説明をする。一応事前にパンフレットが渡されているだろうけど、実際に暮らしてみて気になった点なんかも伝えていく。

 

「随分お金かけてますね。どれも最新の設備ばかりですよ」

「世界中から人が来るから、見栄え良くしときたいんだろうね。それに一般に出回る前ものをテストするのにもってこいだ」

 

世界中の人が集まるということは、グローバルに意見が手に入るということだ。だから企業としては、他の国で商品を売るのに有利となる。聞くところによると近年は世界中で日本製品が好評で売れているらしい。

 

「そういえば、ご両親は元気かい?」

「はい、と言ってもお父さんとは忙しくて電話でだけですけど」

 

先とは一転して鈴は表情を暗くして俯く。

彼女が中国に戻ったのは、実を言えば両親の離婚が原因だった。母方に引き取られた彼女は、国に帰る母に着いて行かざるを得なかったのだ。

 

「そっか、あの人達が作る料理は好きだったんだけどね…」

 

鈴の両親は中華料理店を営んでおり、味は元より暖かい店の雰囲気もあって地元でも人気であった。

 

「仕方ないです。そうなってしまったんですから…」

 

視線を向ければ、鈴の表情に陰りが見えた。いかん、この話題をこれ以上続けるのは良くないな。

 

「話は変わるけど、この前中国で起きたノイズとの戦闘では大活躍だったと聞いたよ」

 

当時彼女は予備役で出撃予定はなかったが。想定外の規模に急遽実戦に投入され、避難が遅れていた市民を守り切ったと聞いている。ただ、その時の機体の損傷が大きく、入学式に間に合わなくなってしまったが。

 

「いえ、勇さんの教えが良かったからですよ」

 

謙遜した様子の鈴。戦闘の映像を見せてもらったけど、初陣とは思えない程良い動きだったけどな。

 

「俺が教えたのは初歩だけだよ。それを独学であそこまで昇華できたのは、ひとえに君の努力の賜物だよ」

 

IS乗りになることを決めた彼女に、帰国するまでの僅かな時間に武術の稽古をつけたのだが。帰国してからは彼女1人で実戦に通じるまでに技を磨いたのは才能もあるが、何より血の滲むような努力によるものだろう。

 

「それに、こうして日本に戻って来れたのも、あの時勇さんが道を示してくれたからなんですから。本当に感謝してます」

 

鈴は感慨深そうに日が沈みかけた空を見上げる。

一夏や俺達と離れたくなかった彼女に、俺は時間をかけず日本に戻れる方法としてIS学園への入学を薦めた。学園と彼女が元々暮らしていた場所とは近く、比較的時間を共にする機会が多くなるからだ。

無論そのためには、学園に入れるだけの知識や、ISを動かせるだけの適性や体力等が必要になるが、元々彼女は身体能力に優れ、適性はAと非常に高かった。だが、知識に関してはISに興味を持っていなかったこともあり1年という限られた期間で必要なことを覚えるのは困難であった。

 

 

「俺は示しただけさ。辿り着けたの君自身の力だ、誇っていい」

 

それでも彼女はやり遂げたのだ。それも国家代表候補性として専用機を与えられるという、同年代では破格の待遇を得られる地位まで手にしたのだ。そこに至るまでにどれほどの苦難があったか、その努力にただ敬意を表することしかできない。

それでも謙遜している鈴を微笑ましく見ていると、訓練施設の方から声が聞こえてくる。

 

「だから…だな…」

 

視線を向けると箒が腕を組みながら、ムスッとした顔で何かを話している施設から出てくる。その雰囲気は何故言っていることが理解できないのかといった感じだ。

 

「だから、そのイメージが分からないんだよ」

 

そんな彼女を追うように一夏が出て来てくる。その姿を見た鈴の体がビクンと震える。

 

「一夏、いつになったらイメージが掴めるのだ。先週からずっと同じところで詰まっているぞ」

「あのなぁ、お前の説明が独特過ぎるんだよ。なんだよ『くいって感じって』」

「…くいって感じだ」

「だからそれが分からないって言って――おい、待てって箒!」

 

足早に去っていく箒を追いかけていく一夏。犬みたいだなあいつ。

 

「――勇さん」

 

背後からの声に、冷水を流されたように体温が下がった。

重くなった我が身をどうにか動かし振り返ると、笑顔の鈴がいる。

 

「今の娘誰ですか?あいつと随分仲が良いみたいですけど」

 

――ただし、目は笑ってないというか光がない。Oh…。

 

「彼女が君と知り合う前に良く一緒にいた娘だよ。ああやってたまに一夏にISのことを教えているのさ」

 

とはいっても、箒はこの学園に来るまでISに触れたことがないから、できることは限られているんだけどね。まあ、オルコットがマンツーマンで指導していることへの対抗心だよね、うん。

 

「へえ、そうなんですかぁ」

「先に言っておくと『同じ』娘がもう1人いるよ」

「へえ、そうなんですかぁ」

 

笑顔のまま口角を吊り上げる鈴。その姿は、獲物に喰らいつかんとする肉食獣に見えた。

一夏よ死ぬなよ。いや、あいつの自業自得でもあるから、あんまり同情できないや。




前回伝え忘れたのですが、主人公部隊名称についての意見募集は打ち切らせて頂きました。
恐らく、次回くらいで発表となると思います。


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第六十二話

イギリスにあるDEM本社にて。社業務執行取締役(マネージング・ディレクター)であるアイザック・レイ・ペラム・ウェストコットは、自身の執務室で革椅子に腰かけながら優雅にカップに注がれた紅茶の楽しんでいた。

 

「……」

「どうしたんだいエレン?浮かない顔をして」

 

側に立って控える腹心のエレン・ミラ・メイザースに、ウェストコットは不思議そうに問いかける。

 

「よろしかったのですか?真那をブルーアイランドへ送ってしまって。もしも…」

記憶が戻る(・・・・・)ならそれも面白い。そうなれば、五河士道が『彼』ということの証明になるからね。それに、我が社の潔癖を示す必要があると取締会で言われたからね。彼女はちょうど良かった」

 

最近は軍内部を始め、DEMに反発している勢力から、DEM社が世界中の反政府勢力を支援している疑い(・・)があるとの非難が強まっており。社内でナンバー2の実力者である崇宮真那を軍に派遣することで、自らの潔白を証明することとなったのだ。

最も、誰もがそんなことは見せかけであることは理解しているも、明確な証拠がない現状では抑えとしては十分であった。

――というのはあくまでCEO(最高経営責任者)での立場としてだが、ウェストコット個人としてはそういったことにさしたる興味もなく。ただ真那を送り込んだ方が、楽しめることが起きるかもしれないという考えの元であった。

 

「それはそうと、僕らも近い内に日本に行こうじゃないか。ヴォルフを下したという彼に会ってみたいしね」

 

ウェストコットが話題を変えると、その内容にエレンの纏う空気が張り詰める。

世界最強の戦士を名乗るためにも、いずれ下すべき相手を先に打ち破られたこと――まして、それが戦士になって間もない者であったことは、彼女にとって耐えがたい屈辱であった。

汚された誇りを自身の手で取り戻す機会を、エレンは求めていた。

 

「そう焦ることはないさエレン。君が最強であることを示す機会は必ず訪れるさ」

 

そんな己の剣を、ウェストコットは満足そうな目で見るのであった。

 

 

 

 

「というわけでっ!織斑君クラス代表決定ならびに、勇さん昇進おめでとうございま~す!」

「「「「おめでとうございま~す!」」」」

 

一斉に鳴り響くクラッカー。それに伴い舞い散る紙テープが俺と並ぶ一夏に降り注ぐ。

貸し切られた食堂にて、一夏のクラスメートが盛り上がっている。

IS学園では各クラス毎にクラス代表――要は委員長が選ばれるのだが、本人の知らぬ間に多数決で一夏が選ばれたんだそうだ。そのため祝われている当人な何とも言えない顔をしていた。

 

「ありがと~う!yeah!」

「いや、なんでお前が言うのさ」

 

祝いの言葉に送られた俺達を差し置いて応えるユウキに、ツッコミを入れる。それとアミタと詩乃も同居しているということで招待されていた。

 

「まあ、いいじゃん。兄ちゃんはボクでボクは兄ちゃんなんだし」

「ああ、そう…」

 

よく分からん理論をかざす妹に、面倒臭くなったので適当に流す。

 

「どうも~。おめでとうございます~」

「ありがと~う!yeah!」

「yeah~!」

 

クラスメートの1人である布仏が、のそりとのそりとした動作でやってくると、ユウキとグラス合わせてはしゃいでいる。波長が合うのか、すっかり仲良しなってるな。

 

「?嬉しくないんですか天道さん?」

「いや、そんなことはないけど。どうしてだい?」

 

む、感づかれないようにちゃんと気をつけていたんだけどな。

 

「ユッキーがやけに張り切っているんで、そうなのかな~って思ったんです~」

 

ユッキーとはユウキの愛称らしい。彼女は親しい相手に、こういった呼び方をするのだそうだ。

そう、ユウキがやたら元気なのは、本当は気乗りしない俺を気遣ってくれたからなのだ。そこに気が付くとは、やはりいい観察眼を持っているなこの子。

とりあえず、感謝の気持ちを込めて頭をわしゃわしゃと撫でてあげると、にゃーと喜んでいる。

 

「まあ、大人の事情って奴でね。昇進は余り気乗りしないけど、このパーティーは楽しまないとね。せっかく皆が用意してくれたんだから」

 

申し訳なさそうにしてしまった布仏を、空いている手で思わず撫でてあげると、うにゃーと喜んでくれた。おう、なんて癒されるのでしょう。

 

「……」

 

軽いジャブで妹が抗議してきた。

 

「殴るな。お前も癒されるから」

 

実際お前には何度も助けられてるよ。この前の戦闘も、お前もいてくれたから俺はここにいられるんだからな。

 

 

 

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君とそのお兄さんであり、軍期待のホープである天道勇さんに特別インタビューをしに来ました~!」

 

パーティが盛り上がりを見せる中、IS学園の制服を着て2年生を示すリボンをした少女が姿を現す。

その少女の言葉を聞いたユウキと一夏と箒は何故かあっ、と気まずそうな声を漏らした。

 

「あ、私は2年の黛 薫子(まゆずみ かおるこ)。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はい、これ名刺ってあれ?」

 

自分に対して苦笑いしている一夏を不思議に思いながらも、薫子はとりあえず名刺を渡すと、隣にいた勇にも渡そうとするも。その姿が跡形もなく消えているではないか。

 

「兄ちゃーん出ておいでー。マスゴ――悪いマスコミさんじゃないよー」

 

一夏と箒以外のその場にいる者達が彼を探していると、ユウキが勇のいた位置に近いテーブルに屈んでかけらていたクロスを捲りながら、その中に話しかけていた。

 

「本当?」

 

するとテーブルの下の暗がりから、勇がひょこりと顔を僅かに出してきたではないか。その表情は怯え切っており、小動物のようにうーと、唸っている。

 

「「「「(何この可愛らしい生物…!)」」」」

 

普段の凛々しさしさとは真逆の保護欲を駆り立てられる姿に、大半のものが鼻を抑えて悶える。というか、一部の者は鼻から赤い筋が流れている。

 

「えっと…」

「あ~すいません。あの人昔マスコミに色々されてから、極度に怖がるようになってしまって」

 

想定外の事態に唖然としている薫子に、一夏が事情を説明する。

10年前のテロを生き延びた勇に対して。日本中のマスコミが様々な憶測を立て、数ヶ月にわたって彼の家の前に四六時中張り付きて騒ぎ立てられたことで、今なお心に残る傷――トラウマとなっているのだそうだ。

 

「やはり、まだ治っていなかったんですね…」

「ん~少しはマシになってんだけどね~。この場から逃げなかったから」

 

自分のことのように悲痛な顔をする箒に、勇の背中を摩って宥めながらどこか安堵した様子で話す。

 

「大丈夫ですか勇君?」

「♪~」

 

ユウキの隣に並び、顎の下を撫でるアミタ。すると、気持ちよさそうに目を細める勇。

 

「やっぱり、マスコミって糞よね」

 

似た経験のある詩乃は吐き捨てるように言いながら、勇の耳の付け根を撫でる。本人にその気はないが、地味に言葉が薫子の心に突き刺さっている。

 

「(ペットみたいな扱いされとる…)」

 

愛でられている兄貴分に、出かかったツッコミを飲み込む一夏。本人が幸せそうだからいいかと、深く考えないことにした。

 

「よしよし」

「(箒、お前もか…)」

 

さらりと混ざっている幼馴染に、やっぱり女の子なんだなぁ、遠くを見る目をしながら思うのであった。

 

「あの、すみません。何も知らなくてその…」

「ああ、気にしないで下さい。リハビリの良い機会なんで」

 

申し訳なさそうにする薫子に、ユウキがにこやかに答えるのであった。

 

 

 

 

一夏とついでにとイギリスの代表候補性であるセシリアの取材を終えると、勇の番となるが。真正面からは無理との当人の意向により、ユウキを壁にしながら取材が行われた。

 

「はい、それではご協力ありがとうございました」

 

取材を終えた薫子が礼を述べると、ボイスレコーダーをしまう。

 

「あ~う~」

「お疲れ様です勇君」

 

緊張の余り疲れ果てた勇を、アミタらが頭を撫でたりしながら労う。

 

「それじゃ私はこれで失礼するから、パーティ楽しんでね~」

 

用の済んだ薫子がそう告げると、一夏のクラスメートがお疲れ様で~すと、それぞれ答える。

食堂から出ていこうとする薫子の前に、ユウキが姿を見せる。

 

「どうも、お疲れ様で~す」

「お疲れ~ユウキちゃん。いやぁ協力ありがとうね~、おかげでいいもん書けそうだわ」

 

ホクホクした様子で話す薫子。彼女のスタイルとしては、新聞を面白くできれば記事の改竄・捏造も辞さなという不真面目なものがあった。

流石に勇のものは憚られたが、一夏やセシリアは弄りかいがあった。

 

「そうですか~。それじゃ薫子さん」

 

ユウキが薫子の肩に手を置きながら、耳元にそっと顔を近づける。

 

「清く正しい新聞楽しみにしていますよ」

「――――」

 

囁かれた言葉に、全身の体温が奪われた感覚に陥る薫子。

それでは、と笑顔で兄らの元へ戻っていくユウキ。その笑顔はまるで、首元へ添えられた刃のように思えてしまうのであった。

 

 

 

 

「薫子先輩と何話してたんだユウキ?」

「ん~ま、念のためちょっとお願い(・・・)をね~」

 

戻ってきたユウキに一夏が何気なしに話すと、彼女はいつもの様子で答える。

後日。薫子が掲載した新聞は、彼女を知る者から別人が書いたのではないかと疑われる程、至極全うなものであったとかなんとか。




予定より長くなってしまったので、部隊名発表は次回にさせ頂きます。申し訳ありません。


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第六十三話

歓迎会の翌日。早速鈴が一夏に顔を見せにいき、昼休みに飯を食いながら話そうとなったとのことで。俺含め付き合いのある人達や紹介したい人らで集まろうということになった。

 

「わ~~~い鈴だぁ!わふ~!」

「ちょ、ユウキ恥ずかしいって!」

 

学園食堂にて友と再会した我が妹が、抱き着いて頬擦りしまくっていた。彼女が国に帰るって知った時は大泣きしてたからなぁ…。

ちなみにこの場には詩乃や、和人と直葉に明日奈、里香、珪子、それにユウキが連れてきた観束と津辺がいる。

 

「ユウキ、他の人の迷惑だからそれくらいにしなさい」

「あい」

 

はしゃぐユウキに注意すると、素直に離れる。というか腹の虫が鳴っているからだろう、でなければもっと騒いでいたな。

 

「で、いつ日本に帰ってきたんだ?おばさんは元気か?いつ代表候補になったんだ?」

 

それぞれ料理を受け取り席に着き、食堂のおばちゃんさん方に促されてきたアミタも混ざると、早速と言わんばかりに質問を繰り出す一夏。鈴は自分の努力を見せたがらないことと、一夏を驚かせてやりたいということで、余り連絡を取っていなかったから聞きたいことは山のようにあろうな。

 

「質問ばっかりしないでよ。アンタこそ、何IS使ってんのよ。ニュースで見た時びっくりしたじゃない」

 

流し目でラーメンを啜りながら話す鈴。まあ、IS乗りになろうと頑張ってたから尚更だろうなぁ。

 

「後、和人さんがこんな美人な彼女さんを作ってることにも…」

「さらりと酷い!?!?!?」

 

明日奈を見ながら以外とでも言いたそうにしている鈴に、ショックを受けているキリト。

 

「まあ、そう思うよね。あのボッチだったキリトが、うぅ…」

「その話はもういいだろう!後、そんな子の成長を喜ぶ母親みたいに泣くなよ!」

「そこは父親って言えやッ!!」

「自分の見た目を良く思い出しなよ」

「女っぽく見えますねチクショウが!!」

 

妹の至極真っ当と言わんばかりの言葉に、本気で泣きたくなった。

 

「で、アスナはどこに惚れたん?」

「え?え~と優しい所とか、楽しそうにゲームしてる所なんか可愛いし――」

「ねえ、もの凄く話が脱線してるんだけど…」

 

ユウキの唐突な質問に照れながらも律義に答えて明日菜氏に、詩乃のツッコミが入る。

 

「で、一夏。そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

「そうですわ!一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」

 

着いてきていた箒とオルコット氏らが、鈴を威嚇しながら問いかける。つーか周りの視線がスゲーわ、IS学園の生徒がよく利用するから花の乙女率が凄いわ。

 

「べ、べべ、別に私は付き合ってる訳じゃ…」

「そうだぞ。何でそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」

「…………」

「?何睨んでるんだ?」

「何でもないわよッ!」

 

鈴が顔を赤くして否定しようとすると、一夏が平然と否定しおった。

 

「…こいつホントどうしたらいいと思うよもう1人の弟よ」

「この場で答えがでたら、今こうなってないと思う…」

 

鈴に会いに来ている和人に小声で真剣に問うと、同じように真剣な顔で返された。

 

「でだな、鈴は箒が引っ越してすぐに知り合ってな。それで中2の終わりに国に帰ってたんだ。で、鈴こっちのが箒で、俺の通っていた道場の娘なんだ」

「ふうん、そうなんだ」

 

互いに紹介された両者は、じろじろと視線を向け合っている。…鈴が箒の胸部を見て敗北感を感じていたようだけどね。

 

「鈴、女の良さは胸だけじゃないよ。そうだよね愛香、珪子!」

「他人を巻き込むなアホォ!!」

「うにゃァ!?」

 

拳を握り締めながらとんでもないことを言い放つお馬鹿の頭を、思わず引っぱたく。自虐は自分だけにせんか!

 

「ふぇ!?いや、その…」

「ムネナンテ、ショセンシボウノカタマリヨ」

 

自分の胸部をペタペタと触りながら、しょんぼりしてしまう珪子。ホントごめんね!!そして津辺は目から光が消えてカタコトになってるやんけ…。

 

「大丈夫だってシリカ!あんた十分可愛いんだから自身持ちなって!」

「そ、そうですよ!大きくても動きにくいし、肩が凝るだけですから!」

「アミタさんはそれ以上喋らない方がいい。…敵を増やしたくなければ」

「あ、あれ?詩乃の目が怖くなってます!?」

 

必死に励まそうとする里香に、アミタが同調しようとするもおもくっそ失敗していらっしゃる。

 

「そ、そうよね胸なんて大きくても肩が凝るだけだもんね!他で勝てばいいのよ、他で!」

「ユ~ウ~キ~!!」

「ひにゃ~ほめ~ん」

 

自分に言い聞かせている鈴。言ってることはまあ、間違ってはいないのだろうけど、必死なように見えてなんか切なくってる。

そして、セクハラされた箒は元凶(ユウキ)の両頬を抓って引っ張っていた。あ~もう滅茶苦茶だよぉ。

 

「ンンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補性の凰鈴音さんッ!」

 

変になった空気を破ってオルコット氏が挑発するようにビシッと、指を突きつけた。この状況でそんな強気に出るとは勇気あるね君。いや、単に置いてきぼりにされて疎外感を感じたからかしら?

 

「あ~確かイギリスのセシリア・オルコットだっけ?まあ、あたしの方が強いけどよろしく」

 

当たり前のように言い放った言葉に、オルコットからビキッという音が聞こえた。自分の努力に自信を持つのはいいことだけど、謙虚さってのも必要だと思うんだ。

 

「…ご冗談がお上手ですこと。自意識過剰は身を滅ぼしますわよ?」

「そう、なら試してみる?いつでも相手になるけど」

 

バチバチと視線で火花を散らせている両者。ん~俺の見立てだと、どっこいどっこいだろうけどね。ま、張り合う相手がいることはいいことだな。

 

「あたしも手合わせしたい」

「生身とでだよね?ISとじゃないよね?」

「何言ってんの、当たり前でしょ?」

 

ウキウキした様子で話す津辺に、観束が不安そうに問いかける。このハングリーバトルガールなら、そう言い出しそうなんだよなぁ…。

 

「生身でいいならいつでも手合わせするけど?」

「あ、ホント?じゃあ連絡先交換しよ」

 

キャッキャッと端末を取り出している鈴と津辺。内容はちょっとアレだが、仲が良くなることはいいことだね。

 

「そういや一夏。あんたクラス代表になったのよね?」

「ん?おう、まあ、成り行きだけどな」

「今度クラス代表戦ってのもあるし、よ、よかったらあたしがISの操縦見て上げてもいいけど?」

 

顔を逸らし、視線だけ向けながら恥ずかしそうに言う鈴。

 

「そりゃ助か――」

 

一夏が快諾しようとするのを遮るように、箒とオルコットがテーブルをバンッと叩いて勢いよく椅子から立った。ちょっと!カレーうどんの汁が跳んだよ!?服に着いたら落とすの大変なのよ!!

 

「一夏に教えられるのは私の役目だ。頼まれたのは、私だ」

「あなたは2組でしょう!?敵の施しは受けませんわ」

 

鬼の形相で拒絶するお2人。

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

「1組の代表ですから、1組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、後から出てきて図々しいことを――」

 

白熱していく3者をよそに、理由が分かっていない朴念仁(一夏)。こいつ、いつか本当に刺されるんじゃなかろうな…。

 

「ねぇねぇ兄ちゃん。クラス代表戦ってなーに?」

 

そんな彼らを尻目に、ユウキが袖を軽く引っ張りながら問いかけてきた。

 

「ああ、学年ごとにクラス代表がトーナメント方式で1対1で戦う行事だよ。2、3年は現時点での習熟度の概ねの確認と、1年はどっちかというと、上級生の戦いを見て自分の将来像を掴んでもらうのが目的だね。あくまで学園だから、こういった催しが必要なのさ」

 

10代の若者だから、こういった息抜きって大切だよね。

ただ、最近の情勢からして碌なことが起きそうにないんだよなぁ…。

そんな不安を感じながらも、今ある幸せを噛みしめるとしよう。

 

 

 

 

「来い、アームドギアァァァァ!!」

 

夕方に迫ろうとする時刻。ブルーアイランド基地にある地下訓練場にて、仕事の都合でいない風鳴の除いた遊撃隊の面々がおり。円を描くように並び立っていて、中心にいる立花が右手を天高く掲げて叫ぶ。――が何も起きることはなく、静寂が訪れた。

 

「…何も起きませんね」

「そうだね」

 

不思議そうに首を傾げるアミタに、同意する俺。

 

「うぅ、何で~」

 

立花ががっくりと肩を落として項垂れる。

シンフォギアシステムにはアームドギア機能――つまり武装があるのだが。今まで立花はこの機能を使いこなせておらず、そのことに了子さんが仮説を立てたので、その検証をしているのだ。

 

「機能事態に問題はないんですよね了子さん?」

「ええ、何度も点検したけど異常は見当たらなかったわ」

 

端末を操作しながらん~と、困ったように唸る了子さん。

ちなみにこの間風鳴にアドバイスを求めたら、『イメージしろ』とだけ真顔で言われた。やっぱり彼女不器用だわ。

 

「シンフォギアシステムは、使用者の精神状態にも大きく影響されるのよねぇ。だから…」

「問題があるとすれば立花自身という訳ですか」

「あぅ…」

 

俺の言葉に、ショックを受けたように更に項垂れる立花。

本来であれば、ベースなった聖遺物にちなんだ武装が顕現されるのだ。風鳴の天羽々斬は刀剣であるので、刀に類する武装が使用でき、立花のガングニールは槍なので槍を模したものが使える筈なのだが。実際前任者は槍状のアームドギアが顕現していたそうだ。

 

「ふむ。よし立花、次はどんな武器を使いたいか想像しながらやってみてくれ」

「分かりました」

 

気合を入れるように胸の前で両手を握り締めて、意識を集中させる立花。だが、いくらか待つもそこから動きが見られない。

 

「駄目です、全然思いつきません…」

「どうしてだい?」

「武器を持つって考えたら怖くなっちゃって…」

 

再び項垂れながら涙目になる立花。やはりそうか…。

 

「立花。君は人と戦うことになっても、できれば傷つけたくない――いや、戦いたくないと思っていないかい?」

「それは…」

「構わない、正直に言ってくれ」

「はい、できれば話合いなんかで解決できればいいなって…」

 

視線を落としながら答える立花。そんな考え間違っていると思っているのかな?

 

「多分、そういった心理状態が影響しているんだろうね。戦うことへの苦手意識とかね」

「はあ?じゃあ、何でここにいやがるんですか?」

 

俺の推測に、輪に入らず遠目に見ていた崇宮が、アホかと言いたそうな顔をする。

 

「それは…」

「彼女の場合、身を護る上で必要なのさ。それに立花の考えを俺は間違っているとは思わない」

「はあ?」

 

何言ってんだコイツといった感じの声を上げる崇宮。

 

「戦うことを否定するつもりはないけど、だからって争うことに恐怖心を持つなっていうのは違うと思うんだ。そうした心が自分や誰かの命の重さを教えてくれるのだから」

「随分甘ったるい考えでいやがりますね。戦場でいちいち躊躇っていたら命がいくつあっても足りねーですよ」

「そうだね。本当ならこんなことを考えるべきじゃないけど、命が失われる悲しさを感じられなくなったら、それは機械と一緒なんじゃないかな?俺は戦うだけの機械になりたくないし、共に戦う君達にもそうなってほしくないんだ。

人に必要なのは、例え怖くても大切なものを守るために、勇気を持って戦うことなんじゃないかな。そうした心を忘れてしまったら人は戦いから離れられなくなると思うんだ」

 

俺は平和が好きだけど、だからって争うことに反対する訳じゃない。時には傷つき傷つけることになろうとも戦わねばならないことだってあるのは理解している。

でも、俺が戦うのはあくまで大切な人達を守りたいからであって、壊したり奪うためじゃない。例え敵対する者であっても争わない道があるなら、それがどれだけ困難なものであって諦めるべきでないと思うんだ。

 

「…ま、あんたがどう考えようが勝手でやがりますがね。真那は真那のやりたいようにやるだけなんで」

「それで構わないよ、別に押しつける気はないからね。でも、戦闘中くらいはこちらの指示にできるだけ従ってもらえると助かるけど」

「面倒ごとは嫌いなんで、変なもんじゃなければ聞いてやりますよ」

 

崇宮の言葉に内心胸を撫で下ろす。正直言うと、部隊結成時の頃の苦労は避けたいんだよね…。

 

「まあ、色々と言わせてもらったけど。立花、君は君の道を見つければいいさ。焦らず自分が納得できる道を。必要なら俺がいくらでも力を貸すから」

「自分が納得できる道、が、頑張ります!」

 

理解しきれていない部分も多いだろう。それでも立花なりに受け止めてくれたようだ。今はまだ先の見えない暗闇の中だが、いつか自分なりの光を見つけてくれると俺は信じている。

 

「勇兄だけじゃなく、俺達も協力するから一緒に頑張ろうぜ」

 

一夏の言葉に崇宮以外の皆が、それぞれ肯定の意を示し。それを了子さんが青春ね~と、微笑ましく見守っているのだった。

 

 

 

 

「……」

 

わいわいと盛り上がっている勇らを、真那は不思議そうに遠目で観察していた。

 

「変わり者の集まり、と考えている?」

 

そんな真那に折紙が声をかけた。

 

「まあ、ああいったノリは初めて見やがりますね。普通とは違うとは聞いてたんですが」

「私と勇以外は正規の軍属ではないから、規律や統制よりも個々の意思を尊重すべきという勇の方針が大く影響している」

「…鳶一軍曹は不満はないんで?あ~その、こういった雰囲気はお好きには見えなくて」

 

言葉を選んで話す真那。機嫌を損ねてしまうかもしれないが、人と群れることを好まなさそうな彼女が、この部隊に馴染んでいることが気になったのである。

 

「確かに好きという訳ではない。でも、結果として部隊は最高のパフォーマンスを発揮している以上、不満はない」

「まあ、戦果だけ見ればとんでもねーですが」

 

いつものように淡々と話す折紙に、真那は複雑そうな顔をする。

精霊相手に撃破判定を出させ。隊長である勇に至っては、単独であの漆黒の狩人を打ち破るという偉業を成し遂げているのだ。現状連合軍において最強格の戦力と言っても過言ではないだろう。というか、あんな軟弱そうな男が本当に漆黒の狩人勝てたのかと、真那は正直半信半疑ではあった。

ともかく、そんな部隊に合流しろと言われた時はどんな部隊か期待もあったが。いざ見てみれば個々の戦闘力は高いも、戦士としての心構えがあるのかすら怪しい者だらけで、まるで学芸会の集まりのようで正直言えば裏切られた気分になった。

 

「確かにこの部隊は不確定要素が多い。それでも彼――勇となら、最善の結果が出せると私は考えている」

 

折紙は一見無感情に話しているも、そこには確かな信頼が生まれていた。他人に興味を持とうとしなかった彼女を知る者が見れば、驚愕していただろう。

 

「あの男が、ですか?」

 

事前に得ていた情報と真逆とも言える姿を見せる彼女を見た真那は。影響を与えたであろう勇を、不思議そうに観察するのであった。




またもや想定よりも長くなってしまい、部隊名発表は次回に持ち越させて頂きます。本当に申し訳ございません。


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第六十四話

ブルーアイランド基地内にある女性用更衣室前にて、AST隊長である燎子が壁に背を預けながら誰かを待っているようであった。

暫しすると更衣室の扉が開き、ワイヤリングスーツを身に纏った1人の少女が、慌てた様子で出てきた。

 

「お、お待たせしました!」

「実戦じゃないんだから、そんなに急がなくていいわよ」

 

かなり緊張した様子の少女を落ち着かせるように話す燎子。

 

「は、はい!」

 

それでも力みが抜けていないが、初々しさを感じた燎子は微笑ましく思いながら少女を連れて通路を歩いていく。

 

「あなたの実地研修先だけど、隊長始め同い年の子が多い――というかそれくらいの年代しかいないから馴染みやすい筈よ」

「特別編成された遊撃部隊、ですよね?」

「そう、通常の指揮系統に組み込めない特異戦力を運用するための試験部隊よ。とは言っても今じゃジョーカーみたいな感じになってるけどね」

「そんな所に私なんかが?」

「それだけ期待されているってことよ。あたしらとの訓練通りにやれば大丈夫よ」

「が、頑張ります!」

 

胸の前で両手を握り締めて気合を入れている少女。

そんなやり取りをしていると、地下訓練室用の扉の前に辿り着いた。

 

「(ここに、あの人がいるんだ…!)」

 

待ち望んだ瞬間に、少女は緊張の余り唾を飲み込むのであった。

 

 

 

 

「一夏出過ぎだ!もっと周りを見て連携を意識して動け!アミタはもっと攻めていいぞ、攻めれる時は攻めよう!」

 

チームを組んだ模擬戦を行っており、ガラス越しに隔てられた待合室で俺はマイク片手に適時アドバイスを送っていた。

ちなみに隣では、了子さんが色々とデータを取っている。

 

「ちょっといいかしら勇」

「はい、何でしょうか日下部大尉」

 

入室してきた燎子さんに敬礼すると、隣にいる少女に無意識に視線が向かった。

 

「前に話があった実地訓練生よ」

「お、岡峰 美紀恵(おかみね みきえ)伍長です。よろしくお願いします!」

「あら、また可愛い子が入ってきたわねぇ」

 

不慣れな様子で敬礼してくる岡峰伍長に、了子さんが喜々として声を上げる。

ん~にしても、彼女の顔に見覚えがある気が…。

 

「君とは以前、どこかで会ったことがなかったかな?」

「はい、精霊に襲われている所を助けて頂いたことがあります!」

 

やはり俺が初めて戦場に出てプリンセス――夜刀神と遭遇した時に救助した少女か。まさかこのような形で会うことになるとはね。

 

「あの、その節は本当にありがとうございました!ずっとお礼を言いたかったんですけど、色々あって遅れてしまって…」

「責務を果たしただけだから気にしなくていいさ。何事もなくて良かったよ」

 

軍人として当然のことをしただけだけど。こうして誰かを守れたのだと実感できたのは、正直嬉しいと思う。

 

「あの後検査で、リアライザの適性が高いことが判明してね。本人もやる気があったからスカウトしたのよ」

 

なる程、リアライザを扱える者は限られているため、適性者は折紙のように規定年齢より低くても特別に入隊できるんだよな。

 

「それで、あたし達(AST)の所で基礎訓練していてね。それが一通り終わったから実地訓練をすることになったのよ」

「1つよろしいですか」

「いいわよ」

「自分が救助してからということは、彼女が訓練を始めて2ヶ月そこらですよね。それで実地訓練は早過ぎると思うのですが?」

 

人材の育成というのは、どの分野においても長い期間を要するものだ。特に命のやり取りをする兵士の育成となると年単位の膨大な時間と予算が必要となる。実地訓練とは即ち実戦に参加させるとこであり、数ヶ月しか訓練していない者にやらせることではないのだ。

 

「ああ、それね。あなたが受けた早期育成過程って覚えてる?」

「ええ、忘れたくても忘れられないですね」

 

早期育成過程とは、特殊な事情で入隊することになった俺のためだけに、父さんが組んでくれたカリキュラムである。1ヶ月で教育課程を終えるために、スパルタという言葉さえ生温い密度で扱かれたなぁ。今思い出してみると、俺良く生きてたなぁ…。

 

「あれを知った本部が、本格的に育成過程に組み込めないかって言ってきたらしくてね。流石にそのままって訳にはいかないから、ある程度見直して試験中なのよ」

「失礼ながら、自分は事前に準備をしていたからであって、誰にでも適用できるものではありませんよ」

 

俺が1ヶ月という短期間で終えれたのは。10年前から軍属になるという人生設計をしていて、一般的な生活を捨てて自己鍛錬と学習を積み重ねていたからだ。

自分で言うのもなんだが、かなり特殊でイレギュラーなことであり。どう見直そうとも、とてもではないが実用的なものになるとは思えない。

 

「そうなんだけど、数字しか見ない人間っているからね…。天道少佐も反対したけど聞き入れられなかったのよ」

「…出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」

 

ヤレヤレと言いたそうに息を吐く燎子さん。まあ、現場の人間ならそれくらい気づいて当然か…。これが中間管理職の悲哀ってやつなのかな。

 

「あの~」

「ああ、ごめんなさいねミケ、あなたは何も悪くはないからね。勇、他の子達にも紹介したいから集めてくれる」

「了解です」

 

申し訳なさそうに気落ちしてしまった岡峰伍長を、フォローしなが指示する燎子さん。中間管理職の大変さを感じながら模擬戦を中止させるのであった。

 

 

 

 

「という訳で、暫く我が隊に預かることになった岡峰美紀恵伍長だ。皆仲良くしてくれると助かる」

「よ、よろしくお願いします!」

 

緊張した様子で頭を下げる岡峰伍長に、それぞれ応える一同。

 

「では、せっかく訓練場にいるので、伍長がどれくらい動けるか見せてもらおうかな。折紙手合わせを頼めるかな?」

 

指揮官として、伍長の現時点での技量を把握しておきたいんだよな。それには同じウィザードである折紙が適任だろう。

 

「問題ない」

「ありがとう。誰か武器庫から、伍長の分のレーザーブレード持ってきてくれるか」

 

訓練中の伍長には、CR-ユニットは用いない簡単な形式で行ってもらうことにしよう。

ある程度距離を取り、ブレードを構え向き合う折紙と伍長。俺や他のメンバーは離れた位置で見守る。

 

「行きます!」

 

伍長が先手を取り駆け出すと、ブレードを上段から振り下ろす。基本に忠実で初歩的な動きは、折紙み難なく見切られ軽々と避けられる。

 

「わわっ!?」

 

勢いのつけ過ぎた伍長は、小石に躓き前のめりに派手に倒れてしまう。

 

「ひゃわぁ!?」

 

そんな彼女の眼前に、折紙がブレードを突き立てられた。

 

「よし、そこまで!伍長大丈夫か?」

「は、はい~」

 

終了を告げると同時に、伍長へ駆け寄る。

 

「…あれの面倒を見ろって言いやがるんですか?」

「まあ、そうなるわね…」

 

嘘だろと言いたそうに伍長を指さす崇宮の言葉に、アチャーといった様子で額を抑えながら肯定する燎子さん。

その間、俺は手を貸しながら伍長を起き上がらせる。

 

「私…すっごいあがり症でテストとかだと大丈夫なんですけど…いざ実践となると全然動けなくて…。でも、いつかきっと人の役に立てるように頑張りたいんです!!」

「心意気は結構ですが、現実はそんなに甘くねーですよ。あんたなんて戦場に出ても10秒もしないでお陀仏でやがりますよ」

「あう…」

 

熱意をもって語るも、崇宮の正論に落ち込んでしまう伍長。

 

「確かに崇宮の言葉は否定できないけど。誰でも最初から上手くできるものじゃないさ。俺だってそうだし、君だって誰かの手を借りて今があるだろう?」

「まあ、そうですがね。それでも限度があるでしょう」

 

暗に伍長には才能がないといいたいんだろう。それについては今の段階ではどうとも言えないが、それでも才能だけで人の生き方が決まるとは俺は思えない。

 

「不安があるのは分かるけど、何があっても俺がどうにかしてみせるよ」

「どうにかって、あんた今本調子じゃないでしょうが」

「え、天道さんどこか具合悪いんですか!?」

 

崇宮の言葉に、伍長が慌てだす。

 

「いや、俺自身は問題なけど機体がね。前の作戦で大破させてしまってね、今は代替機なんだ」

 

現在MK-Ⅱは破損が深刻なため、開発元のマオ・インダストリーに戻しているのだ。ミリィ曰く一から作り直した方が早い程らしい。

その間の代わりとして、T-LINKシステムのテスト用に使用していたゲシュペンストが送られてきたので、それを使用している。

 

「だからって、それを言い訳にしたくないんだ。できることがあるなら、それに全力を尽くすだけさ」

「言うだけなら誰でもできますがね」

「無論、そこは行動で示すさ」

 

綺麗ごとなんて言うのは簡単だ。でも、世の中それだけで上手くいくような甘いものじゃないのは身に染みている。形どうあれ、どうしても『力』が必要になってくる。だから、俺なりの力を持てるように努力してきたし、己惚れる気はないけど漆黒の狩人との戦いで、それが間違いじゃなかったと自信が持てるようになったんだ。

 

「だから伍長。今は自分に自信が持てなくてもいい、いつか己を信じきれる日が来るまでは俺を信じて前に進んでほしい」

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

どこか肩の力が抜けたように笑う伍長。ずっと緊張したままだったから、自然と笑えるようになってくれて何よりだ。

 

「自然とそういうこと言うんだよなぁ」

「またユウキに吊るされますよ」

 

後ろから弟分とその幼馴染がぼやいているけど、そんなつもりは毛頭ありません!

 

「ちょっとお邪魔するよ~と」

「少佐、何かありましたか」

 

不意に現れた父さんに、俺や軍属組は敬礼して応じる。

気楽な様子だから非常事態ではなさそうだけど、何かあったのかな。

 

「いやね、君達の部隊が正式に認可されたのでね。それを伝えに来ただけだよ」

「正式にですか?」

 

遊撃隊はあくまで試験運用中であり。場合によっては、そのまま解散になる可能性もあると聞いていたけど認可されたのか。

 

「ああ、これまでの活動で遊撃隊の有用性が高いということで、このまま特務作戦部隊として運用してくことになったのだ」

 

父さんの言葉に、一部のメンバーからお~といった声が上がる。

 

「よって勝手ながら正式名称を決めさせてもらった。君達は今後『対脅威装機独立遊撃隊クロスナイツ・フォース(CNF)』として行動してもらう。任務内容は今までと同様だが、君達の多様性を踏まえ、場合によっては災害救助や避難誘導に協力してもらうこともあるかもしれん」

「クロスナイツ・フォースですか」

「うむ、世界――人々を守る力が交わる場所。そういう想いを込めてつけさせてもらった」

「…大袈裟過ぎませんか?」

 

こんな少数の部隊につけるような名前ではないと思うんですが…。他の皆も困惑気味な様子をしているし。

 

「時代を世界を動かすのは君達若者だ。そしてこれから人類には、今まで経験のしたことのない困難が降りかかるだろう。確かに今の君達の力は小さい、だがいずれはあらゆる困難を切り開くだけの力となると私は信じている。そういった期待も含んでいるのだ」

「少佐…」

「無論君達にだけに重荷を背負わせるつもりはない。我々大人も全力で君達を支えていく、だからこの名を受け取ってもらいたい」

 

父さんの言葉に、同意するように燎子さんら大人組も頷く。

俺は皆の方を向くと。戸惑いはなくなった訳ではないが、誰も反論の色は見られなかった。

 

「はい!ご期待に応えられるよう全力を尽くします!!」

 

皆を代表して、俺は敬礼しながら力強く答えるのであった。




お待たせしましたが、主人公部隊の正式名称を決定しました。
一条 秋さんと秋告ウサギさん、againliveさんから頂いた意見から、一部変えさせてもらいながら採用致しました。

ご協力頂いた全ての方々へ、この場を借りてお礼申し上げます。誠にありがとうございました!
又同じようなことがありましたら、ご協力頂けると嬉しいです。

※捕捉
クロスナイツ・フォースのナイツはknights(騎士団)で、騎士には人々を守る――守護者という意味合いもあるので。『護り手としての力が交わる』というのと。騎士と言えば円卓の騎士というイメージが強く、円卓の騎士は上下関係なく皆が対等であるという考えがあり、主人公の部隊の雰囲気に合っていると思いこのように名付けました。


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第六十五話

「大尉、ここの配置はこの地点が良いかと思うのですが」

「ん~そうすると、ここら辺が手薄ににならない?」

「ここならPT第四中隊でフォロー可能かと」

 

ブリーフィングルームにて、俺は燎子さんとみずはさんと共に作戦計画についての打ち合わせを行っていた。

新型のCR-ユニットの運用試験をブルーアイランド基地で実施することとなり、その搬入作業時の警備体制について話し合っているのだ。

以前にMK-Ⅱ1号機を強奪されているだけに、同じ失敗を繰り返すまいと皆息巻いていた。

 

「それにしても、このタイミングで指令も天道少佐も不在なのは痛いですね」

 

ここ最近ブルーアイランドで多発している1号機強奪から始まるテロ行為、インスペクター、アルティメギルの侵略行為、精霊の出現。それらの報告と今後の対策を検討するための会議がスイスのジュネーブにある統合参謀本部で開かれ、それに参加する紫条指令と護衛のために父さんが現在基地を空けており。搬入作業時には要と言える2人が不在となるため、時期を延期すべきと指令らは進言していたが、DEM社から強い反対があり却下されたと父さんが不快そうに話していた。

 

(「気をつけろ勇、今回の新型のCR-ユニットはかなりキナ臭い」)

 

ジュネーブに向かう前に父さんが深刻な顔でそう語っていた。今回の件は陰謀という奴がかなり働いているということなのだろう。もしかしたら、父さんらが不在な状況も敢えて作られたのだろうか?

 

「IS学園のクラス代表戦もあるし、何事もなくってのが一番だけど。まあ、楽観できないわよねぇ」

「最近のことを考えると、何があってもおかしくないですよね…」

「観客にエレメリアンが平然と混ざってたりとかして」

 

少し場の空気が重くなったので和ませようと冗談を言うも、普通にありえそうで揃って苦笑いを浮かべてしまった。あいつらイベントなんかにあたりまえのように混ざってるんだよなぁ…。

 

「ま、あーだこーだ考えてもしょうがないわよね。やれることに全力を尽くしましょう」

「そうですね」

 

燎子さんの言葉に同意しながら作業に戻る。確かにあらゆる事態を予測するのは大事だが、どれだけ予測しようとも人間できることは限られるので、できる範囲で備えをし、実際に何か起きた際にはそれを元に臨機応変に対処するしかないのだろう。

 

 

 

 

打ち合わせを終えると、基地を出て近くの住宅街にある官舎へと向かう。

入りに近づくと、壁に背を預けている私服姿の崇宮がいた。ようやく五河と彼女を合わせる段取りが取れたので、彼女を五河家に案内するのだ。

 

「やあ、待たせたね」

「別に、予定より30分ははえーですよ?」

「多分もう待ってるだろうと思ってね。そうでなくても男が待つ分には問題ないし、女性を待たせる方が男として最低だと思うんでね」

 

彼女はかなり兄を慕っているようだし、その兄らしき人とようやく会えるのだから、待ちきれなくなっているかもしれないと思ったのだ。

 

「……」

「どうかしたかい?」

「いや、大した女ったらしだなと」

「…そんなつもりは毛頭ないんだがねぇ」

「冗談でいやがりますよ。そんな下心があったら、あのメンツにあれだけ信頼されっこねーですし。悪かったです」

 

そんなことを言うつもりはなかったといった様子で頭を掻く崇宮。どうやらこういった扱いは慣れていないらしい。

 

「何、気にしていないよ。どうも気をつけているんだけど、何でだか望まないことに、ね」

「ま、諦めるしかねーんじゃねぇんですか。そういう星の元に生まれたってことで」

「そんな星は嫌なんですけど…」

 

そんな雑談をしながら並んで歩く中で、頃合いを見て聞かなければならないことを問いかける。

 

 

 

 

「仮にとするけど、五河が兄だったとして一緒に暮らすのかい?」

「いえ、話に聞く限り、兄様は今の家庭で幸せに暮らしているのなら邪魔はしたくねーです。真那は人に言えねー仕事してますし…」

 

そういって崇宮は俯き気味に表情に影を落とす。

DEMのウィザードとして、彼女はある精霊を追い続けているのだ。例え家族であっても、精霊のことを口外することは許されないし、共に暮らせるとしても、何より大切な人に害が及ぶ可能性を考えると躊躇ってしまうのだろう。

 

「それ程『ナイトメア』は危険なのかい?」

 

ナイトメア――精霊の1体であり、最も危険な個体(・・・・・・・)として恐れられている存在だ。

崇宮はナイトメアの対処を専門にしており、ブルーアイランド基地に来たのもこの島にナイトメアが確認されたからでもある。

 

「奴は人を殺すこと(・・・・・・)に何の躊躇いもねーでいやがります。もしも真那と一緒にいるせいで兄様に何かあったら…」

 

その最悪を思い浮かべたのか、崇宮の顔色が青ざめ始めてしまう。俺は彼女を落ち着かせるために頭に手を置きそっと撫でる。

 

「うにゃ!?」

「大丈夫だよ。俺がいる、CNFのみんなもいる。力を合わせれば何があっても乗り越えられるから」

「わ、分かった!分かりやがりましたから子供扱いしねーでくだせー!」

 

威嚇する猫のように毛を逆立てながら暴れ出すので手を離す。

 

「未成年は子供だよ。だから遠慮せず大人を頼りなって」

「…大して歳変わらねーじゃねーですか」

「もう18になったから、日本じゃ大人だよ~」

 

ハッハッハッと笑いながら歩き出す俺に、反論できずム~と、頬を膨らませて拗ねながらも崇宮は着いてくるのであった。

 

 

 

「さて、着いたよ」

「ここに兄様が…」

 

あの後暫く歩き、目的地である五河家の前に辿り着いた。

 

「準備はいい?」

「ん。ちょっと深呼吸を…」

 

緊張した様子の崇宮に声をかけ、落ち着くのを待ち。どうぞ、と合図がかかると呼び鈴を鳴らす。

 

『はい』

「勇だよ。話していた人を連れてきたよ」

『分かりました。今開けますね』

 

会話を終えてほどなくして、玄関の扉が開き姿を現した五河と軽く挨拶を交わす。

 

「その子が俺の妹っていう?」

「本人曰くだけどね。ほら、崇宮――」

「兄様ァ!!」

 

紹介しようとするよりも先に、崇宮は五河に飛びついていった。

 

「兄様兄様兄様!お会いしたかったでやがります!」

 

胸元に顔を埋めて声を掠れさせながら、どれだけ会いたかった等を語り続ける崇宮。

 

「おにーちゃんお客さん来たの~?」

 

五河の背後から声が聞こえてくると、赤い髪をツインテールにし白いリボンで結った少女がひょっこりと現れる。

 

「あ、こいつは妹の琴里です」

「初めましておにーちゃん(・・・・・・)()の五河琴里です」

 

最後の方を物凄く強調しながら頭を下げる妹さん。俺、というより崇宮に対してって感じだな。てか、人畜無害という風貌なのに、かなりのプレッシャーを放ってらっしゃる。…ユウキと同類、かしら?

 

 

 

 

取り敢えず崇宮を宥めて家に上げてもらい。ソファに崇宮と五河、妹さんと俺で並んで座りテーブルを挟んで対面している。

 

「さて、崇宮改めて確認するけど。五河が君の兄で間違いないのかい?」

「間違いねーです!この人は真那の兄様でいやがります!」

「記憶は戻ったのかい?」

「さっぱりでやがりますけど、間違いねーもんは間違いねーです」

 

確信を持ったように言い放つ崇宮。確かにこうして並んで見る限り実に良く似ている、彼女の言を否定するのは難しいな。

 

「五河はどうかな?彼女が妹――肉親であると思うかい?」

「えっと、お話しましたけど。この家に引き取られる前の記憶がまったくと言っていい程なくて断言はできませんけど、他人って気はしないですね」

 

この場を設けるために話した時に聞いたが、彼も幼い頃の記憶がないのだそうだ。直接顔を合わせれば思い出せるかという期待もあったが、特に変化はないらしい。

 

「まあ、こんなことを聞かなくても、科学的に君達が血縁者であることは証明されているけどね」

 

そう言って持ってきていた鞄から封筒を取り出して開封し、中身の書類を五河らに見やすいようにテーブルに置く。

 

「提出してもらったDNAを鑑定した結果、君達に血の繋りがあることは間違いないそうだ」

 

俺の言葉に崇宮は当然と言った様子で胸を張り、妹さんはどこか複雑そうな様子を見せる。

 

「でも、そうなると別の疑問が出てきてしまうんだ。崇宮あの写真を」

 

そう促すと、崇宮が胸元から取り出したロケットに納められて写真を見せてくれる。

 

「これって俺と崇宮、さん?」

「そうでいやがります。これがあったから真那は兄様とまた会えたんです」

「でもこれ変ですよね。この写真に写っている歳だと、おにーちゃんは既に家に引き取られいる頃ですから」

 

妹さんが俺が指摘したかった疑問を述べてくれる。今の彼女からは先程までの間延びした感じではなく、真逆の張り詰めた雰囲気を醸し出していた。無自覚に隠していた一面を見せているようだが、まあ、気にすることでもないか。

 

「そう、今妹さんが指摘してくれたように、10年近く離れ離れになっていた君達がこの写真を撮ることはできない。つまり本来ならこの写真は存在しない(・・・・・)筈なんだ」

 

その言葉に五河は困惑の色を見せ、妹さんは思案するように顎に手を添えていた。

 

「合成なんじゃないんですか?」

「いや、これは何の細工もされていない普通の写真だそうだ」

「真那がそんなことするわけねーです!」

 

妹さんの指摘に崇宮が憤慨してテーブルを強く叩いた。そんな彼女を宥めながら目の前で起きている現象に思考を巡らせてみるも、ハッキリ言って狐か狸に化かされたとしか説明のしようがなかった。

 

「どうなっているんでしょう?」

「正直言って何がなんだかだね。『ドッキリです!』とでも言ってもらいたいよ」

「だからそんなんじゃねーですってば!」

 

再びプンスカしだした崇宮に謝りながら、話題を変えることにした。これ以上ここで議論してもどうにもならないからね。

 

「それで、崇宮は本当に兄と一緒に暮らすことは望まないんだね?」

「え?」

 

改めての確認に、妹さんが以外そうに目を点にした。

 

「ええ、兄様が今の生活に幸せを感じているなら真那はそれで満足でいやがります」

 

あっけからんに言うと崇宮は立ち上がり、テーブル越しに妹さんの手を取る。

 

「琴里さんやご家族の方には兄様を家族として受け入れてくれやがって、感謝の言葉もねーです。兄様が幸せに暮らしているなら、それだけで真那は満足です」」

「む……」

 

妹さんがばつの悪そうに口をへの字に結ぶ。

 

「へ、へー、そこら辺はわかってるんだ」

「ええ。――ぼんやりとした記憶はありますが、兄様がどこかへ行ってしまったことだけは覚えています。確かに寂しかったですが、それ以上に兄様がちゃんと元気でいられるかどうかが不安でした。――だから、今兄様がきちんと生活できていることがわかってとても嬉しいです。こんな可愛らしい義妹(いもうと)さんがいやがるようですし」

 

崇宮がにっと笑うと。妹さんは頬を赤くし、居心地悪そうに目を逸らした。

 

「か、可愛らしいってそんなこと言われても」

「まあ、もちろん――実の妹には敵わねーですけども」

 

ふと、妹さんが言い切る前に胸を張りながら宣戦布告する崇宮氏。え、そこで喧嘩売っちゃうの?

 

「……」

 

照れたまま固まった妹さんから、ぴきッ、っと、何かに亀裂が入るような音が聞こえた。どうしてこうなった…。

 

「お、おい、琴里…?」

 

不審に思った五河が声をかけるも、聞こえていないご様子。にこーっと可愛らしい笑みを浮かべる妹さん。ただし背後に阿修羅が佇でいるけどね!…帰りたい。

 

「へー…そうかなぁ」

「いや、そりゃそーでしょう。血に勝る縁はねーですから」

「でもー、遠い親戚より近くの他人って言うよね~」

 

妹さんの言葉に、今度は終始穏やかだった崇宮のこめかみがぴくりと動いた。

そして一泊おくと、握っていた妹さんの手を放し、テーブルを叩く。

 

「いやっはっは…でもまあほら?やっぱり最後の最後は、血をわけた妹に落ち着きやがるというか。三つ子の魂百までまでって言いやがりますし」

「う、う~。でもあれだもん、義理でもお兄ちゃんとはずっと一緒に暮らしてるもん。そういう時間が大切だもん」

「いやいや、でも他人は他人ですし。その点は実妹は血縁ですからね。血を分けてますからね!まず妹指数の基準値が段違いですからね!」

 

崇宮が高らかに叫ぶ。そういえばユウキもそんなこと言ってたけっか。最終的に『妹になりたいんじゃなくて、兄ちゃんの妹(・・・・・・)であるのが一番大事』とか悟りみたいのを開いてたっけか…。

 

「血縁血縁って言うけど、義理であっても私は10年以上兄ちゃんの妹なの!私の方が妹指数は高いもん!」

「笑止!幼い頃に引き裂かれた兄妹が、時を超えて再会する!感動的じゃねーですか!真の絆の前には、時間等関係ねーのですよ!」

「うるさいうるさい!血縁が何よ!実妹じゃ結婚できないじゃない!」

「「え…?」」

 

五河と崇宮の間の抜けた声が綺麗に重なる。そんな中俺は出されていたコーヒーを味わう。うん、美味しい。

妹さんはハッと目を見開くと、みるみると顔が真っ赤になっていき、誤魔化そうとするようにテーブルを叩いた。が、時既にお寿司だけどね。

普通はこういう反応なんだけど、家のはどうしてああなったんでしょうねぇ…。

 

「と、とにかく!今の妹は私なの!」

「何を!実の妹の方がつえーに決まっていやがります!」

「妹に強さなんて関係ないもん!」

「ま、まあ落ち着けって、2人とも」

 

余りの過熱さに見かねた五河が止めに入るも、及び腰のため消化には弱いな。

 

「お兄ちゃん!」

「実妹、義妹、どっち派でいやがるのですか!?」

「え、ええッ!?」

 

不意打ちをくらって困惑の声を漏らす五河氏。選びようのないことを聞かれても困るわな。

やれやれ。余りよそ様の家庭事情に口を挟みむのは気が進まないが、これ以上は流石に見ていられんな。

 

「口を挟ませてもらうけど。俺としては、家族って血の繋がりがあろうと共に過ごした時間が長かろうが『愛する』という心がないと意味が無いと思うよ?」

 

そこで一旦区切りコーヒーで喉を潤す。

 

「家族って誰かだけを愛するかじゃなくて、皆で愛し合うものだと思うんだ。少なくとも家族を独占しようとする者に本当の愛は生まれないだろうさ」

 

ユウキを引き取ったばかりの頃は形式的なだけだったけど、共に過ごす中で心を通わせ合い『愛』を育みながら『家族』になっていたんだ。

明確な答えがある訳でもないけど、家族とは血の繋がりも共に過ごした時間も必要だが、『家族でいたい』と思える愛が何より大事なんだと俺は思う。

 

「まあ、一言で言うと『蹴落とし合うように争う妹達の姿なんて、お兄ちゃん見ていて悲しくなっちゃう』ってことさ。でしょ五河?」

 

俺の言葉に五河は力強く頷くと、妹さんと向き合い腰を屈めて視線を合わせる。

 

「そう、ですね。琴里、突然のことで戸惑うなとは言わないけど、何があってもお前は俺の妹だ。だから崇宮さん――いや、真那と仲良くしてやってくれないか?」

「うん、わかった。ありがとうおにーちゃん…」

 

妹さんの反応に満足したように頭を撫でて上げる五河。そして今度は崇宮と向き合う。

 

「真那も俺の妹だって言うんなら、琴里と仲良くしてくれると嬉しいな」

「まあ、兄様がそう言うんなら…」

 

照れ隠ししながらも受け入れた崇宮の頭も撫でる五河。

 

「色々と酷いこと言ってごめんなさい真那さん」

「言いだしたのは真那の方ですから、琴里さんが謝るこたぁねーですよ。それで、本当にすまねーと思っていやがるんで、その、これからは姉妹ってことで1つよろしく」

「うん、よろしくね!」

 

崇宮が差し出した手を握る妹さん。そんな彼女らの頭に、五河は褒めるように手を置いた。

 

 

 

 

あの後軽く雑談をすると。日が沈みだしたのでお暇することとなり、勇と真那は帰路に着いていた。

 

「…ありがとうごぜーやす」

「ん?ああ、案内したことなら気にしなくていいよ。そうしたいからしただけだし」

 

不意に勇の後ろを歩いていた真那が礼を述べくると、勇は大したことじゃないといった様子で返す。

 

「いや、それも勿論ありやがりますが。さっきの琴里さんとの喧嘩を止めてくれやがったことですよ。あのままだったら、取り返しのつかないことになってたかもしれなかったんで。だから、感謝しかねーです」

 

無意識にだが、自分のいない間に大好きな兄の妹として共に暮らしていた琴里に、嫉妬してしまっていたのだろう。

あの時勇が止めに入ってくれなければ兄を悲しませる結果となっていたかもしれない。そう思うだけで背筋が冷え込み、最上の結果をもたらしてくれた彼には感謝の念しかなかった。

 

「いや、別に俺がいなくても君達なら同じ結果になってたよ。だから礼なんかいいさ」

 

勇最初は言葉の意味を理解できずキョトンとしていたが、理解するとどこか困ったように頬を掻く。

 

「それより良かったね。お兄さんと再会できたし、新しい家族ができてさ」

 

まるで自分のように嬉しそうに微笑む勇。

自分のことには無頓着な面が見られるが、他人のことには過敏なまでに反応する人物だというのが真那の彼に対する印象だった。

 

「ほんと、変な人でいやがりますね」

 

お腹空いたし早く帰ろ~と、歩き出した勇の背中を見ながら、思わず思ったことを零す真那。

不思議と彼といると、兄とはまた違った暖かさを感じ。まるで陽溜まりのような居心地の良さが、彼が多くの人に好かれる理由なのだと理解できた。

 

「どうしたの~!早くおいでよ~!」

「今行きやがります!」

 

足を止めていることに気づき、手を振って呼びかける勇を小走りで追う真那。その顔はどことなく楽しそうであった。



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第六十六話

「――いよいよね…」

「ああ、この時を待ちわびたぜ」

「うん…」

 

ブルーアイランド市街地にある、とあるアパートの一室にて。目を伏せている少女が車椅子に乗りながら神妙な顔つきが語り、それに男勝りな笑みを浮かべる小柄な少女と、長身ながら縮こまった様子の少女が頷く。

 

「基地司令の紫条悠里と、機動部隊の要である天道勇太郎が不在の今こそ私達の悲願(・・)を叶える好機がようやく訪れたわ」

「で、でも…あの漆黒の狩人を倒しちゃうような人がいるのに大丈夫かな?」

「ああ!?何弱気なこと言ってんだレオ!今更後には引けねーんだよ!」

 

弱気な発言をする長身の少女に、小柄な少女が憤慨しなが頬を抓って引っ張る。

 

「ふえ~ん。ひゃめてよ~」

「それくらいにしておきなさいアシュリー」

 

車椅子の少女に言われ小柄な少女な手を離すと、痛む頬を撫でながら涙目になる長身の少女。

 

「確かに不安要素は少なくないけど、もう私達は後には引けないわ。後は前へ進み続けるだけよ」

「おうよセシリー!邪魔する奴はあたしが蹴散らしてやるぜ!」

「う、うん。あたしも頑張るよッ」

 

右手の握り拳で左手の平を叩きながら意気揚々な小柄な少女と、両手を握りしめて自分を奮い立たせている長身の少女に、車椅子の少女は頼もしさを感じ微笑む。

 

「では、始めましょう。私達の戦争(デート)を」

 

 

 

フォークとは食べ物を口の運ぶための物である。それが五河士道が培ってきた常識であった。

だが、目の前で壁に突き刺さったフォークを見てその常識が間違っていたのだろうかという疑問を抱いてしまった。

ことの発端は、十香が調理実習で作ったクッキー(形が歪で所々焦げたりしていたが)を差し入れしてくれたことからだった。

そのこと自体問題ないというより、男として冥利に尽きるが。教室で堂々と行われたことで、嫌がおうにもクラスメイトの視線に晒されたことだろう。

ただでさえ、女子の手作りクッキーを頂くというイベントを見せつけられれば男子から嫉妬の的となり。

しかもそれが、転入直後から、彼女にしたいランキングの上位に食い込んだらしい十香からなら尚更であろう。

すぐ近くにいた友人の殿町宏人など、虚ろな眼差しで「ファック、ファック、ファァァァァック…死んでいい五河だけがいい五河さ」などと呟いていた。

そんな空気に負けず、クッキーを手にし口に運ぼうとしたところで、廊下の方から飛来したフォークがそのクッキーを粉砕して壁に突き刺さったのだ。

銀色の軌跡を視線で追うと、廊下に立っていた折紙が何かを投擲したように右手を真っすぐに伸ばしているではないか。

士道が冷や汗を浮かべながら彼女の名前を呼ぼうとし、パシーンッ!と小気味良い音と共に、折紙が両手で頭を抑えながら痛みに体を小刻みに震わせながら蹲った。感情を見せずどこか人形のような雰囲気を持つ彼女が、まず見せないだろう貴重な光景であった。

 

「だぁからぁ。むやみやたらに物を壊すなって、いつも言ってるだろうがぁ!」

 

そんな彼女の背後には、額に青筋を浮かべた用務員姿の勇が、モップを片手に仁王立ちしていたのだった。

 

 

 

 

「君らさぁ、この一月毎日同じようなことしてるけどさ。もう少し大人しく仲良くできないの?」

「「仲良くない(!)」」

 

俺の苦言に、同時に答える折紙と夜刀神。仲いいわね君ら。

夜刀神が転入してからとこの2人、五河を巡って火花を散らしており、よの余波で校舎や備品を破損させているのだ。そして、その後始末をしているのが俺ら用務員であり、文句の1つでも言っても良かろうよ。

 

「仲が良くて結構だけど。で、クッキー作ったんだっけ?」

「おお、そうだ!さあ、シドー食べてみてくれ!」

 

今年度から個々の作業量の充実を図るためとのことで、調理実習は男女別れて行われるようになり。このクラスは今日は女子だけの日だったのか。

思い出したように容器を突き出す夜刀神。

 

「夜刀神十香のそれを口にする必要はない。食べるならこれを」

 

折紙は対抗するように自分の分の容器を差し出す。中には工場のラインで製造されたかのごとく、完璧に統一されたクッキーが綺麗に並んでいた。

 

「え、ええと…」

「邪魔をするな!シドーは私のクッキィを食べるのだ!」

 

五河が反応に困っていると、夜刀神がぷんすか!といった様子で声を上げた。

 

「邪魔なのはあなた。すぐに立ち去るべき」

 

対して折紙は相変わらず無表情で応戦する。

 

「何を言うか!後から来ておいて偉そうに!」

「順番は関係ない。あなたのクッキーを彼に摂取させる訳にはいかない」

「な、なんだと?」

「あなたは手洗いが不十分だった。加えて調理中、舞い上がった小麦粉に咽せ、くしゃみを三度している。これは非常に不衛生」

「な…っ」

 

虚を突かれたように、夜刀神の目を丸くする。う~ん。まあ、間違ってなくはないが。

…折紙の発言に周囲の男子がざわ…ざわ…ッ、と色めき立ち、夜刀神のクッキーに視線を注ぎ始めたので。モップを見せつけながら視線で鎮める。

 

「し、シドーは強いからそれくらい大丈夫なのだ!」

 

そんな雰囲気に気づく素振りも見せず、ぐぬぬ…と拳を握り締める。それは、根拠になるかな?まあ、なるか。

 

「因果関係が不明瞭。――それに、あなたは材料の分量を間違えていた。レシピの通りに仕上がりになっているとは思えない」

「……っ!?」

 

折紙の指摘に、夜刀神は自分と彼女のクッキーを交互に見た。

 

「な…っ、なぜその場で言わんのだ!」

「指摘する義務はない。――ともあれ私の方が、彼を満足させる可能性が高いことは明白。その点についてあなたの意見も求める」

「ん~そうでもあるけど、慣れない内はそんなもんだよねぇ。それくらいなら許容範囲だし、一番大切なのはあげる相手のことをちゃんと想ってるかだと思うよ?」

 

俺の言葉に最初はしょぼんといった感じで落ち込むも、最後は勇気づけられたような表情が明るくなる夜刀神。

 

「…それは、確かに否定できない」

「そうだ!私はシドーのことをずっと考えて作ったからな!貴様のクッキィなぞ、美味い筈があるかっ!」

 

夜刀神は目にも止まらぬスピードで、折紙の容器からクッキーを1枚掠め取ると、自分の口に放り込んだ。

 

「ふぁ…っ」

 

暫し咀嚼していると、恍惚とした顔になる夜刀神氏。どうやら気に入った模様。

とはいえ、すぐにハッとした様子で首を激しく横に振った。

 

「ふ、ふん、大したことないな!これなら私の方が美味いぞ!」

「そんなことはあり得ない。潔く負けを認めるべき」

「なんだと!?」

「なに」

 

今にも殴り合いの喧嘩に発展しそうになる両者。止めるべき五河はオロオロと戸惑っていたが、まあ、冷静に対応しろってのも酷ではあるけどね。

流石に傍観する訳にもいかないので、代わりに流れを変えるためにパンッパンッ、と手を叩く。

 

「はい、そこまで。五河のためって言うなら、彼を困らせることはしないの。競い合うのもいいけど、周りに迷惑がかからない範囲でやりなさい。」

 

諭すように話すと、2人とも反省するように返事をしてくれた。

 

「迷惑をかけて、すまなかったシドー」

「軽率だった、謝罪する」

「いや、2人の共俺なんかのために頑張ってくれたんだ迷惑じゃないよ。どっちも嬉しいからありがたく貰うよ」

 

フォローを入れながら、それぞれから容器を受け取る五河。どうにかひと段落かね。とか考えていたら折紙が俺の方に歩み寄ると、小さなラッピング袋を差し出してきた。

 

「あなたの分も用意した。時間がなくて少しだけだけど…」

「俺に?」

 

予想外のことに、思わずキョトンと首を傾げてしまった。

 

「いつも助けてもらっているから、そのお礼。…迷惑だった?」

「ああ、ごめん。俺にもとは思わなくて、嬉しいよありがとう」

「私のもあるぞ勇!いつも世話になっている礼だ、受け取ってくれ!」

 

なんと、夜刀神も同じようにラッピング袋を勢いよく差し出してくれた。

まるで生まれたばかりかのように、一般常識に疎い彼女をどうも放っておけなかったので、何かと手助けすることがあるのだけど。

 

「ありがとう。でも、職務上のことでもあるし、好きでやってることだから、ここまで気をつかわなくていいのに」

「そんなことはないぞ!シドーと勇のおかげで毎日が凄く楽しいんだ、だから本当に感謝している!」

「そう?ならありがたく頂くよ」

 

屈託のない笑顔の夜刀神を見て、精霊も人間とさして変わらないのだと改めて実感するとができる。彼女がこの世界を好きになってくれているのなら、自分の選択に自信が持てて俺も嬉しく思うよ。

 

「ほら、詩乃も早く!」

「ちょっと、待って直葉っ!まだ心の準備が…」

「今しかないって、ホラ!」

 

そんなことをしていると。同じクラスである直葉と詩乃が、揉めながら――というか、なんか及び腰の詩乃の背中を直葉が押しながらやって来ていた。

 

「?どしたの君達?」

「その、これ…」

 

顔を赤くしながら、おずおずといった様子でラッピング袋を差し出してくる。

 

「くれるの?」

「うん。でも、あなた程じゃないから期待しないでよね」

「わふ~、ありがと~!」

 

素直に嬉しくて思わず妹の真似しちゃったよ。匂いからして美味しそう!

 

「あたしも味見しましたけど、ちゃんと美味しいですよ!あ、これあたしからです」

 

フォロー入れながら自分の分を差し出してくれる直葉。お~こっちも美味しそ~。

 

「ところで、亜衣(あい)麻衣(まい)美衣(みい)よ、他の男子がいつの間にいなくなっているのだが、何かあったのか?」

「「現実は非常だ!」や「あァァァんまりだァァアァ!!!」「絶望した!」とか泣き叫びながら出て行ったよ」

「負け犬の遠吠えだから、十香ちゃんは気にしなくていいよ」

「マジ引くわー…としかアニメでは喋りませんが、原作では私普通に喋ります」

 

夜刀神の問いに、仲の良さそうな3人組の女子がやれやれと言いたそうに答える。…最後のはなんか愚痴ぽかったけど。

 

 

 

 

「それじゃお疲れ様でしたー」

「うん、お疲れ様ー」

 

放課後、折紙が破損させた壁を土木部に修繕を依頼し、それを手伝いながら見届け終えると。帰宅していく彼らを見送っていた。

 

「さてと…」

 

使用した機材等を保管場所へ戻していく。最近は毎日のように彼らに依頼するようになったけど、いい経験になるって快諾してくれるのがありがたいよ。

 

「ん?」

 

そんなことを考えていると、不意に地面が揺れ出すではないか。

 

「爆発だと?」

 

揺れ方と遠方から見える黒煙から、本能的にスマフォを取り出し二課へ通話する。シンフォギア装者も所蔵していることから、CNFの指揮管制は二課にて担当するべきとか日本政府が言ってきたんだとか。

 

「こちら天道少尉。市街地にて、テロと思わしき爆発を確認した」

『こちらも確認している。現在一番近くにいる鳶一君に調査に向かってもらった。君も急行してくれ。それと、鳶一君から岡峰君と共にいたが、彼女には待機してもらっているそうだ』

「了解。彼女にはまだ実戦は早いですからね、俺も直ちに向かいます」

 

風鳴指令の指示に答えると。胸元からドックタグを取り出すと同時に、機体を呼び出す。

白色に塗装されたM型のゲシュペンストを身に纏い。ブースターを吹かせながら跳躍し、木から建物の屋上へ跳び移りながら黒煙を目指していく。すると、レーダーが現場付近の道路に生体反応を捉えた。ッ逃げ遅れたのか!?

急いでその反応へ向かい道路に着地する。

 

「あれか!」

 

反応のあった地点に、車椅子に乗った1人の少女が取り残されているではないか!

 

「大丈夫ですか!?」

『あの、すみません。私目も見えなくて…急に凄い音がしてと思ったら、連れとはぐれてしまって…』

 

車椅子の少女は体を震わせながら話す。そんな状態では怖くて仕方がないだろうな。

 

「もう大丈夫ですよ。今安全な場所にお連れしますからね」

 

車椅子ごと少女を抱えようと近づく。少女は安堵したような表情を浮かべ――

 

『ありがとうございます――そして、さようなら』

 

殺気を感じ本能的に首と背を後ろに逸らしながら後ろに跳ぶと、顎先を起き上がりながら振り上げられた少女の爪先が掠れた。

 

「ッ――!?」

 

後ろに回転しながら少女から距離を取り着地する。

再び視界に捉えた少女は。車椅子を使っていたのが嘘のように難なく両足を地に着けて立っており、伏せられていた目は見開かれ、強い決意を宿した瞳が俺を捉えている。

そして身に纏っていた衣服は、ASTの物とは細部が異なるへと変わっていた。

 

『…上手く演技できていたと思ったのだけれど、流石に簡単にはいかないわね』

 

彼女の仕草から足や目が不自由なのは事実だった。だから、攻撃される直前に殺気を放つまでただの一般人だと疑いもしていなかった。回避できたのは本当に運が良かっただけだ、でなければ今頃気絶してぶっ倒れていただろう。

 

「リアライザを使っているのか…。君は何者だ?何故こんなことをする?」

 

テリトリーを用いれば、障害のある身体機能を回復させることは可能だ。

ただしリアライザなんて、テロリストが簡単に手に入れられる物じゃない。仮に何らかの手段で強奪したとしても専用の設備がないと運用きないし、唯一技術を保有しているDEMも厳しく管理しているからテロリストがリアライザを戦力化することは不可能な筈だ。

 

『答えると思っているの?』

 

少女は威圧感を放ちながら、ゆったりとした足取りで接近してくる。対する俺は左腰部からビームサーベルを右手に持ち刃を展開させ構える。

中間程まで距離を詰めてきた少女の体がブレると、一瞬で目の前に現れた!

息を吞む間も与えないと言わんばかりに、鞭のようにしならせた右足が振り抜かれ。交差させた両腕で防ぐも、強烈な衝撃が全身を駆け巡り道路を削りながら押し出されてしまう。

今のは小手調べと言った様子で右足を軽く振ると、再び歩み寄るってくる少女。

 

『鳶一折紙と、あなた。最大の障害であるあなた達には消えてもらうわ!』

 

そう言うと、少女は再び襲い掛かってくるのであった。



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第六十七話

「二課へ、所属不明勢力から攻撃を受けた。これより迎撃する!」

『交戦を許可します。それと、鳶一さんも襲撃を受けて交戦中だから、そちらの援護には向かえないわ。現在崇宮さんが急行中だから無理しないでね』

「了解、崇宮には折紙の援護を優先させて下さい」

 

二課オペレーターの友里さんと通信しながら敵を見据える。

ビルの爆破はこちらを釣るためのものか。解体予定のものとはいえ、こうも大がかりに仕掛けられるとはただのテロリストではないか?

 

『ハアッ!』

 

跳びながら蹴りかかってるくる少女に、一歩退がり回避する。

空を切った蹴りはコンクリートを軽々と砕き砂塵が舞う。テリトリーで強化されているとはいえ、かなりの威力だな…。足技が主体ってところか?

大振りで相手に隙ができたところに、サーベルを横薙ぎに振るうも、身を屈めて避けられる。

そこから逆立ちしながら独楽のように回転して放たれた蹴りを、上半身を後ろに逸らして避けると、回転の勢いを利用して跳び、前転しながら繰り出された踵落としが迫って来る。

 

「ッ!」

 

後ろに大きく跳びながら、左手にマシンガンを持ち発砲する。

迫る弾幕に対し、少女は余裕の笑みを見せながら軽々と避けながら突撃してきた!

 

「ええぃ!」

 

着地を狙って放たれた蹴りを左腕で受け流し、カウンターの斬撃を放つも。当然のように最低限の動作で避けられ、逆に槍のように繰り出された蹴りを受け止めざるを得ず押し出される。

間違いない、この少女こちらの動きを初動から見切って動いているな。それにさっきの弾幕を難なくすり抜けてきたことといい、動体視力が優れているのか?

 

『お察しの通り、テリトリーで強化された私の『眼』はどんな動きも捉えるわ』

 

思考を読んだようで、自信満々に語る少女。そして、体を左右に振りフェイントを入れながら接近してくる!

鞭のように振るわれる蹴りの連撃を、避けるか受け流しながら隙を見て斬撃を放つが、逆にカウンターの蹴りが脇腹に炸裂した。

 

「グッ…!」

 

内臓にまで響く衝撃に苦痛と吐き気を感じるも、歯を食いしばりながら耐える。

 

『ハァアアア!!』

 

好機と見た少女はすかさず追撃の連撃を放ってくる。

次々と叩きこまれる蹴りを受け、装甲がへこんでいき衝撃が肉体を蹂躙しながら、徐々に体が押し出されていく。

 

『これで、終わりよッ!!』

 

勝機を掴んだと確信した少女が、渾身の力を込めた蹴りが腹部に撃ち込まれた。

 

「ッ…!」

 

蹴り飛ばされないようコンクリートにめり込む程に踏みしめながら耐えるも、込み上げる吐き気を抑えられず吐血するが、大振りで硬直している少女の足を右腕拘束した。

 

『!?』

「…俺も、眼には自信があるんだよッ!!」

 

予想外の展開に驚愕で目を見開く少女。確かに攻撃を受けてはいたが、致命的なものは念動フィールドをピンポイントに張ってダメージを軽減していたのだ。…流石に最後の渾身の一撃はかなり効いたが、それでも賭けは俺の勝ちだ!

左腕のバックラーを起動させると放電を始める。

 

「取ったァ!!」

 

無防備な少女の腹部にジェット・マグナムを叩きこむと、体をくの字に曲げながら吹き飛んでいく少女。

テリトリーで防ぎはしたが、咄嗟のもののため最低限のダメージしか防げず、受け身も取れずに地面に叩きつけられ転がっていく。

 

『――が、ハァ…!』

 

腹部を両手で抑えながら苦悶の表情で悶える少女。勝負ありだな、拘束して保安課に引き渡そう。

警戒しながら歩み寄ると、殺気を感じるとアラートが鳴り響き後ろに跳ぶ。先程まで頭部のあった空間に銃弾が通り過ぎ道路に突き刺さった。

 

「狙撃かッ!」

 

次々と急所目がけて飛来する弾丸を、サーベルで切り払いながら建物の影に隠れる。

顔だけ覗かせると、倒れていた少女の姿は消えてしまっていた。

 

「…逃げられたか」

 

やはり、相手は1人ではなかったか。

襲ってきた少女と狙撃手の動きは正規の訓練を受けたものだったし、技量はASTに劣っていなかった。どう見てもただのテロリストではないな。

 

『――勇聞こえる?』

「折紙か、聞こえている。こちらは敵の撃退はできたが、捕縛はできなかった」

『こちらも同様。ただし、岡峰伍長が負傷した』

「何!?容体は!?」

『軽傷だから落ち着いて、今合流する』

「…分った、俺もそちらに向かう」

 

いったい何が起きたって言うんだ?

通信を終えると、逸る気持ちを抑えながら、合流すべく行動に移すのであった。

 

 

 

 

「…折紙からの命令を無視して独断で行動したと?」

『…はい』

 

折紙らと合流し、事情を確認していた。

俺の問いに、申し訳なさそうに答えている岡峰伍長の体には、打撲痕は切り傷が至る所にできており痛々しい姿となっていた。

 

「何故、そのようなことをしたんだ?」

『私も隊のお役に立ちたくて、それで…』

「その結果、敵の襲撃を受け味方を売ろうとしたと」

『ッ!』

 

俺の言葉に怯えるように体を震わせる伍長。

彼女は敵の襲撃を受け応戦するも、力及ばず敗北し『CNFの情報を教えろ』という脅迫に応じそうになった。辛うじて駆けつけた折紙によって阻止されたが、伍長の行動は何一つ許されるものではない。

 

「伍長、歯を食いしばれッ」

『は、はいッ!』

 

機体を格納しながら告げると、伍長は目を覆いながら耐えるように身を竦ませる。そんな彼女の頬を引っぱたいた。

その衝撃に耐えきれず、地面に倒れる伍長。

 

「伍長、お前のしたことは重大な背信行為だ。身勝手な行動は部隊を危険に晒し、果ては市民の平穏を脅かすことに繋がる。まして、自分の身を碌に守れない者が誰かを守れると思うなッ!」

 

…とか偉そうなことを言っているけど、俺自身最近身勝手な行動で大勢の人に迷惑をかけてるけどな!あの後父さんにぶん殴られたし始末書を書いたけど、それでも自分を許せず独房に入ろうとした。それはやり過ぎだと止められたのだが。

ともかく、やらかした身としては、彼女には同じ過ちを繰り返さないために厳しく当たらねばなるまいて。

 

「暫く謹慎を命ずる。別命あるまで待機していろ」

『ッ!はい…』

 

この世の終わりのような雰囲気で項垂れる伍長。組織人の軍属である以上一夏らのような外部協力者のように優しくしてやる訳にはいかんのだ。

同じ寮に住んでいる折紙に連れて帰るよう視線で伝えると、頷いて承諾してくれる。

これ以上この場で俺にできることはないので、後続部隊や警察を誘導すべく俺はその場を離れるのだった。

 

 

 

 

現場から離れた路地裏にて。勇を襲撃した車椅子の少女が、腹部を片手で抑えながら壁に背を預けて座り込んでおり。スナイパーライフルを担いだ気弱そうな少女が介抱するように寄り添っていた。

 

「大丈夫、セシル?」

「ええ、レオ。それより援護ありがとうね」

 

顔色が少し悪いも、心配してくれる仲間を安心させようと車椅子の少女は微笑む。

 

「おい、セシルがやられたって本当かよ!?」

 

そこに、美紀恵を襲撃し折紙と交戦していた小柄の少女が慌てた様に駆けつけてきた。

 

「大したことないから、落ち着きなさいアシュリー。そんな大声を上げたら隠れている意味がないわよ」

「わ、悪ィ…」

 

指摘にハッとしたように手で口元を抑える小柄の少女。とは言え、本気で心配してくれていること自体は素直に嬉しくはあるのだが。

 

「それにしても、本調子でないのにあの強さ、覚悟はしていたけど天道勇の強さは本物ね」

「癪だが鳶一折紙もやりやがるぜ。ま、そっちはあたしが本気を出しゃぁ問題ねーけどな」

「それでも、真正面からぶつかるのは得策ではないわね。敵は彼らだけ(・・・・)ではないのだから」

 

何かを憂慮するように語る車椅子の少女。その言葉に他の2人は緊張を孕んだ顔つきになる。

 

「これからはプランBに移行するわ。アシュリー、あなたがメインで動いてもらうことになる。私もレオもサポートするけど最悪見捨てざるを得なくなるわ」

「構わねぇさ。それくらいしないと勝ち目なんざないからな」

 

憂うような車椅子の少女に、小柄の少女が片目をつぶりながら胸を叩いて答えるのだった。




原作だとタイプTTはジェット・マグナムを使えませんが。好きな武装でもあるので、本作だと使用可能にしています。


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第六十八話

謎のテロリストから襲撃を受けた翌日。

登校した美紀恵は、うわの空な様子で自分のクラスの向かう。昨日の今日であり、休むことも認められていたが。無様を晒したうえでそのようなことをしたら、軍人になってまで自分を変えようとした意味がなくなるとして提案を辞退したのだった。

 

「はぁ~~~」

 

とはいえ、何事もなかったようにできる筈もなく、無意識にだが溜息が漏れてしまう。

 

「おはよ~美紀恵~。うんにゃ?どしたの朝っぱらから人生終わったみたいな顔して?」

 

席に着くと同時に、前の席のユウキが椅子を動かさずに振り返り背もたれに肘をのせながら不思議そうな顔で話しかけてくる。

 

「えっと、その…」

 

非常にデリケートな話題となるので、どう答えるべきか迷う美紀恵。一般人である彼女に任務のことを話す訳にはいかず、何より――

 

「(い、言いにくい…!あなたのお兄さんに怒られて嫌われたんじゃないかなんてっ!)」

 

悩みの原因である人物の妹に相談するというのも、どうにも気が引けてしまうのだった。

 

「?」

 

何も知らないユウキは、冷や汗をかきまくって挙動不審になる美紀恵に、疑問符を浮かべて小首を傾げていると。担任である樽井(たるい)ことりが教室に入ってきたため、また後でね、と言い前に向き直る。

 

「え~はいHRを始めま~す。あ~伝達事項は他のクラスの人にでも聞いて下さい」

「「「「いや、言ってくれよ!!」」」」

 

余りのいい加減さに思わずクラス一丸でツッコミが入る。がそんなこと気にしていない様子で、ことりは出席を取り始める。

この女性教師は仕事に関して全くやる気がなく、常にサボることしか考えておらず。何故教師になったのか少なくとも小一時間は問い詰めたい人物なのである。

 

「あ、そうだ。今日はこのクラスに転校生がいるんだった。入って下さ~い」

 

思い出してしまったといった様子で気怠げに告げる担任に。この一年無事に学生生活を過ごせるか途轍もなく不安になる生徒ら。

 

「…日本の教師ってこんな適当で務まるのか?」

 

困惑しながら教室に入って来たのは、金髪白人の少女であった。

 

「イギリスから来たアシュリー・シンクレアっつーんだ!以後よろしくなっ」

 

小柄で年齢よりも幼さを見せるも、勝気の強そうな笑みを浮かべるアシュリー。

まさかの美少女外国人に男子を中心におお!と歓声が上がるが。そんな中1人だけ異なる反応を見せる者がいた。

 

「あーっ!!き…昨日の爆破犯!!何で学校に!?」

 

驚愕した様子で椅子から勢いよく立ち上がると、新入生の少女を指さす美紀恵。何を隠そう昨日の爆破テロにて、自分と折紙を襲撃してきた相手だったのだから。

 

「え…爆破犯!?」

「あ…いえ!!ばくはごはん!!つまりかやくごはんのことです!!」

「その言い訳は流石に苦し過ぎて反応に困るっス」

 

思わず機密を叫んでしまったことを必死に誤魔化そうとする美紀恵に、ユウキのツッコミが入る。

 

「昨日のことは当然機密扱いだろ?そんな軽口で大丈夫なのかよ泣き虫ちゃんよ」

「わ…私泣き虫じゃないですよー!!」

 

両手を腰に当て挑発的な笑みを浮かべて歩み寄って来たアシュリーに、机を強く叩きながら反論する美紀恵。

 

「よく言うぜ昨日のこと思い出させてやろーか?『助けて下さい~』って泣きながら懇願してたのはどこのどいつだ~?」

「あっ…あれは違いますっその…」

「何が違うんだ?言ってみろよ~」

 

アシュリーに頬を指ぐりぐり突かれながらとなじられ、嫌そうに引き剥がそうとする美紀恵。

 

「あれは…あれは…」

「言い返せないだろ?おらおら泣いていいんだぞー?」

 

反論できず涙目になる美紀恵に、アシュリーは近くの生徒の消しゴムを勝手に取ると、千切りながら指で弾いて当てる。

 

「な…泣かないですっ私は泣き虫じゃないです…から!!」

「ほうほうそうかーよく頑張ったなーご褒美に頭をなでなでしてやるぜ!」

「あなたなんかに撫でられても嬉しくないです!!子供扱いするなですー!!」

 

ポカポカと叩いてくる美紀恵に、鬱陶しそうな顔をするアシュリー。

 

「あー?だって子供だろー?」

「あなたこそよっぽど子供でしょう!!何ですかその体つき!!高校なんて来てないで小学校行けです!!」

「あああ!?てめーも人のこと言えねーだろが!おら!あたしの方が背も高いだろ!」

「あっ…!!ほんとです…そんな…って凄い背伸びしてるじゃないですかー!!」

 

あーだこーだギャーワー言い合う両者。まるで猫がじゃれ合っているような様に、周囲は微笑ましいものを見るような気分になる。

 

「仲良しだね~君達」

「「仲良くないです(ねえ)!!」」

 

愉快そうに話すユウキに、揃って反論する両者。

そんな中HRの終了を告げるチャイムが鳴ると、居眠りしていたことりが目を覚ます。

 

「は~い、これでHRを終了しま~す。あ、シンクレアさんの席は岡峰さんの隣なんで」

 

言い終わるとさっさと教室を出て行くことり。ぞんざいな扱いに、ホントにあれ教師なのか?と呟きながら言われた席に座るアシュリー。

 

「チッ、てめーの隣かよー!」

「何ですかっこっちこそ不満ですー!っていうか…あなた一体何しに来たんですかっ。まさか昨日の決着をつけに…」

「安心しな…今日は襲いに来た訳じゃねー。あたしだって花のティーンエイジャーだぜ?別に学校くらい来たっていいだろ?」

 

両手を頭の後ろで組み椅子ごと後ろに傾きながら気楽に言うアシュリー。そんな彼女を美紀恵は懐疑的な目で見ている。

 

「(遊びに来ただけ?そんな筈はありません!こんな時はそう…報告です!自分で判断できない事態が起きたら迷わず報・連・相するよう天道隊長が言っていました!!)」

 

事前に聞かされていた徹底事項を美紀恵は、携帯を手にするとメールを打とうとする。

すると、メールが受信され送り主には天道隊長と表記されていた。

これから連絡を取ろうとする相手からのメールに少し驚いてしまうが、美紀恵すぐにメールを開く。内容はアシュリーのことであり、彼女については彼も把握しており対応を検討中のため、取り敢えずそれまえでの間美紀恵には彼女の監視を行うようにとのことだった。また、周囲に彼女が先の爆破テロの容疑者であることが漏れると学園全体がパニックに陥りることになり、そうなると相手がどのような行動に出るか不明なため慎重に行動するようにと記されていた。

 

「(か、監視任務…っ!訓練じゃそんなことやったことないですけど、怪しいことをしていないか見張ればいいんですよね?えっと、スパイ映画みたいに隠れて?いやでも慎重に動くようにってことでしたし…。と、とにかく隊長から頂いた任務必ず全うして昨日の汚名を挽回してみせますっ!!)」

「いや、汚名って返上するもんじゃねーの?」

「はわー!?!?」

 

後ろから画面を覗き込んでいたアシュリーからのツッコミに、驚きの余り思わず飛び跳ねてしまう美紀恵。

 

「ど、どうして私の心の中を!?まさかっ読心能力が!?!?」

「いや、普通に呟いていたぞ?」

「はわー!?!?」

 

呆れた様な顔で指摘され涙目になる美紀恵。

そんな彼女をよそに、アシュリーは悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる。

 

「はっ!まさか天道隊長に危害を加える気じゃ…!そんなことさせませんよ!!」

 

威嚇する猫のように唸る美紀恵だが、気にした様子もなくアシュリーは肩をバシバシ叩く。

 

「ハッハッハッ安心しろって!問題を起こす気はねーよ。言ったろ、学校に通いに来ただけだって」

「そんなこと言っても騙されませんですからね!あなたの野望は私が阻止してみせます!!」

「は~お前に何ができるってぇ?」

 

指を突きつけて宣言する美紀恵の頬を、アシュリーは指でぐりぐりと再び突くのだった。

 

 

 

 

「本当に正規の手続きで転校してきたんですか?」

 

来禅学園高等部の校舎裏にて、俺は1人携帯で通話していた。

 

『ええ、提出されている書類に不備は見つからないわね。アシュリー・シンクレアはれっきとした留学生として転入してるわ』

 

通話相手である燎子さんの声には戸惑いの色が滲み出ていた。まあ、爆破テロを起こした相手が昨日の今日で何食わぬ顔で敵対した俺達のいる学校に転校してくれば当然だが。

 

「彼女らのバックには、政界にも顔が利くデカいスポンサーがいるってところですか」

『多分ね。でなきゃこんな大胆なことできないでしょうよ』

「岡峰伍長には監視を命じていますが、可能なら捕縛しますか?」

『ん~目的がハッキリしない今下手に刺激したくないのよね。専門外で悪いんだけど、まずはそこら辺から探ってみてくれる?無理のない範囲でいいから』

「了解です。それでは」

 

通話を終えて携帯をしまう。

さて、諜報活動か。そういったことは得意じゃないんだけどなぁ。

何て考えていると、体育で使う共用の更衣室へ向かっていく折紙が見えた。彼女のクラスは体育かな?ちょうどいいや、今後のことについて――

 

「うん?」

 

更衣室に入っていく彼女を見て思わず間抜けな声を出してしまった。いや、更衣室に入るのは別にいいんだけど、あそこって男子の方じゃないっけ?まだ一限目だし寝ぼけて間違えたのかな?

何故だか嫌な予感がし、気配を消して後を追う。

 

「ふー!ふー!」

 

数あるロッカーの一つに上半身を突っ込ませ、手にした男子用制服の上着の匂いを貪るように嗅いでいる同僚の姿がそこにはあった。

 

「はふー!はふー!」

「…おい、何やってんだ?」

「!?」

 

背後に立ちドスの効いた声で話しかけると、ビクッと体を震わせ、錆突いた機械のような動作でこちらに振り返る。

 

「勇、奇遇」

「ああ、そうだな。で、何やってんだお前さんは?」

「…見回りを」

「もう授業だろお前」

「士道のロッカーを掃除してあげようと…」

「ここ共用だろ」

「……」

 

言い訳を思いつかなくなったのか、目を逸らす折紙。そうかそうか、人間潔さって大切だよね。

 

「後でじっくり話し合おうか」

「…はい」

 

項垂れ気味に頷く折紙。

…こういったやりとりが日常化してきてきてるけど、正直彼女の将来が色々と心配でしかない。

 

 

 

 

「よーし、次は部活棟を見ていこー!」

「だー!そんな腕引っ張んじゃねー!!」

「わー!待ってです~!!」

 

放課後となった高等部校舎内で、ユウキに腕を掴まれ引っ張られているアシュリーが抗議の声を上げていた。そして、そんな両者を美紀恵が慌てて追いかけていた。

校舎の案内を申し出たユウキは渋る彼女を、半ば強引に連れ出していたのである。そうなると監視任務を受けている美紀恵も必然的に一緒に行動することとなったのだ。

 

「つーか初対面なのに、馴れ馴れし過ぎるだろテメェ!?」

「美紀恵の友達ってことはボクの友達ってことでしょ!だから気にしなーい!気にしなーい!」

「こいつとはそんなんじゃねーつってんだろーが!!」

「そうですってばー!!」

 

にゃははー!と心の底から楽しんでいる様子のユウキに、2人の抗議が入るも、彼女はお構いなしに部活の紹介をしていく。

 

「ここが女装部で、あっちがリンボーダンス部にピザ部と、こっちが二次元嫁部にアイドル応援部に――」

「いや待て待て!おかしいのがってかおかしいのしかなくねーか!?」

「この学園生徒の自主性を重んじるから、人に迷惑のかかるようなこと以外なら割と許可が出るだってさ」

「だからって限度があるだろ…。アメリカ以上に自由なんじゃねーか?」

 

独特な校風に思わず呆れ顔になるアシュリー。そんなやり取りをしているとユウキはある部屋の前で足を止める。

 

「それでここが『ツインテール部』だよ!」

「ツインテール部???」

 

今まで以上に聞き慣れない名称に、思わず首を傾げるアシュリー。

聞き間違いかとも思うも、扉にはツインテール部と書かれた真新しいプレートが取り付けられており、己の聴覚が正常であることの証明となっていた。

 

「友達が作った部活で今日許可が出るんだってさー」

 

そう言いながらドアをノックするユウキ。すると中から何やら言い合う声と打撃音が漏れてくる。

何事かと3人が訝しんでいると、ドアが開かれ何やらやりきった顔をした愛香が姿を現す。

――その背後には、高等部の制服の上に白衣を纏った少女が床にうつ伏せで倒れ、側には『蛮族』と書かれた赤色の文字があった。

 

「あら、ユウキに美紀恵とシンクレアさんじゃない。どうしたの?」

「部室ができたって言うから遊びに来たよ~。っていうか今人を撲殺できる音がしてたんだけど…」

「ああ、あいつならあれくらいどうってことないから大丈夫よ」

「ちょっとおおお!?人の顔にエルボーかましておいて何て言い草ですか!?私の体は超合金でできてるんじゃないんですからね!!」

 

あっけからんと言い放つ愛香に、倒れていた少女ががばっ!と起き上がると猛抗議してきた。

 

「人を危険物扱いするからでしょう」

「自分の胸に手を当てて考えて下さい!あ、すみません私なんてことを…!いくらなんでも愛香さんにそんなことをさせたら可哀そうですよね!自分の惨めさを自覚させることなんて、ぷくくッ」

「気遣ってくれてありがとう。お礼に幸せな夢を見せてあげるわ」

「ぐえっ!?く、首は…2度と目を覚ませなくなりそうなんですが…」

 

チョークスリーパーで本気で締め落としにかかる愛香に、白衣の少女は必死に解こうと抵抗するがみるみる顔が青ざめていく。

 

「総二~。あの君の童貞を喰いたくてムラムラしている変態白衣の人はどなたさん?」

「失礼ッ!失礼過ぎですよユウキ!?!?!?」

「訴えられても文句言えね―レベルだぞ…」

 

さも当たり前のように暴言を吐いたユウキに、泡を喰う美紀恵と戦慄するアシュリー。

 

「初めまして!私は総二様の親戚で今は同じ!同じ屋根の下で暮らしている観束(・・)、観束トゥアールと申しますっ!!どうぞよろしくっ!!」

 

どうやったのか不明だが、拘束を逃れたトゥアールがハイテンションで詰め寄りながら、一部をやたら強調しつつ事前に決めていた『設定』で自己紹介をしてきた。

 

「「(え、そこは抗議しないの???)」」

 

これ以上ない名誉棄損をされたにも関わらず、憤慨するどころか寧ろ受け入れているトゥアールに美紀恵とアシュリーは唖然としてしまう。

 

「そうなんですか。総二と同じクラスメートの天道木綿季です」

「あ、あれ?そこは『観束だって!?』とか『こんな美少女と同じ屋根の下ぁ!?』とか驚愕する場面では?あなた冷静過ぎませんか???ってか天道?うっ頭が…!」

 

まるでトラウマを刺激されたように、苦悶の表情で頭を抱えだすトゥアール。

 

「だ、大丈夫かトゥアール?」

「う、うう…。あ、悪魔が、悪魔の集団が…。そ、総二様む、胸を…胸をさすってくだ――グげぇッ!?」

 

豊満な胸を突き出してくるトゥアールに、愛香のボディブローが突き刺さり膝から崩れ落ちる。

そこから追撃しようとする幼馴染を何かを感じ取った総二は止めに入る。

 

「――待て愛香、静かに…。ツインテールの気配だ。近づいて来る」

「はぁ!?突然何エレメリアンみたいなこと言ってんのよ!」

「お前にだけは言われたくねーよ!」

 

非常識な奴扱いされるも、常日頃から獣並みの索敵能力を発揮する彼女には、まあ言われたくないだろう。

そんなやり取りをしていると、コン、コン、と扉が控えめにノックされる。

 

「生徒会長の神堂慧理那ですわ。入ってもよろしくて?」

「――――ええぇ!?せ、生徒会長!?ど、どうぞ!」

 

その名を聞いた途端に緊張した趣きでシャキッと姿勢を正す総二。まるで、外国の要人を出迎える政治家のようであった。

 

「お邪魔しますわ」

 

扉が開いた瞬間。室内の空気が一変する。

しゃなり、しゃなり、と音が聞こえてくるような、たおやかな歩み。

そしてメイドを1人後ろに携えて入室するその姿は、生まれ持った高貴さを余すことなく目にした者に印象付けていた。

神堂慧理那――高等部の生徒を束ねる生徒会長であり、総二が敬愛の念を抱くツインテールの持ち主である。

 

「あ、ああ…」

 

洗礼され尽くしたその姿に圧倒された総二に、愛香は不満そうに唇を尖らせながら自身のツインテールを弄る。

そんな彼女の肩をユウキが励ますように叩く。

 

「…そちらの方は――」

 

室内を一瞥すると、トゥアールに目が留まる慧理那。日本人離れした容姿の彼女はやはり目立つのだろう。

 

「確か、今日編入手続きをされた女生徒が一名いると聞いていますが、その方ですか?」

「はい。俺の親戚で、海外から引っ越してきたんです。すいません、正式に登校する前に、一度校内を案内して欲しいってせがまれて…」

 

本当は無断で部室まで来ていたのだが、せっかくなのでと室内を彼女の技術力でツインテイルズとして活動できるよう改造してもらっていたのだが。当然言える筈もないので、その場の思い付きで誤魔化す総二。

 

「そうですの。今日は隅々まで見学して、来禅学園を好きになって下さいね。そちらのアシュリー・シンクレアさんも」

「え?何であたしのことを?」

 

初対面であるにも関わらず、自分のことを把握している慧理那に驚愕の目を向けるアシュリー。

 

「今日から一年に転入されたのですよね?私、在校生の方の顔を名前は全て把握できるよう心掛けておりますので」

 

当然のように語るが。マンモス校である来禅学園は、高等部だけでも千人は優に超えていたりする。まして、入学したばかりの一年生どころか手続きを終えたばかりのトゥアールまで把握しているとなると、それだけ己の責務への熱意を持っているのだろう。

 

「それに、ユウキさんもお久ぶりです。去年の天宮祭に遊びに来られた際にお会いして以来ですね。本校に来て下さり嬉しく思いますわ」

「お久しぶりです。兄に負けないよう高校ライフを楽しんでいきま~す!」

「はい。私も応援しますので、困ったことがあったら行って下さいね」

 

満面の笑みで陽気に話すユウキに、つられて笑顔になる慧理那。

 

「何、あんた会長と知り合いだったの?」

「うん、兄ちゃんに紹介してもらったんだ~」

 

以外といった顔で問いかけてくる愛香に、両手を頭の後ろに組みながら答えるユウキ。

 

「それで申請のあった部活新設の書類を見て、少し気になりまして。直接確かめさせて新設許可を出させていただこうと思い、こちらへ伺いました。部活内容は、ツインテールを研究し、見守ること、とありますが」

 

慧理那は手にしていた書類に目を落とすと、にこやかだった表情を引き締め生徒会長としての顔を見せる。

 

「間違いありません」

 

自身がツインテールであることもあるのか、かなり真剣に問いかけてくる慧理那に。総二は精一杯の真顔で、彼女のツインテールを見て返答する。

ツインテール相手ならば、その相手のツインテールを見て話すことこそ礼儀であるというのが、彼の信条なのである。

 

「観束君。あなたは…ツインテールが好きなのですか?」

「大好きです」

 

息をするように、総二は即答していた。テイルレッドとして戦う中で、いかに己がツインテールを愛しているかを認識した彼は、最早昔のように他者の目を気にして自分を隠すことをやめたのだ。

 

「何故、ツインテールが好きなのですか?それも部活動をするほどに」

「ツインテールを好きになるのに、理由が要りますか?」

 

その言葉を聞いた途端、慧理那は難しい顔をして黙り込んでしまう。

総二の目には、彼女のツインテールに僅かにだが動揺が走るのが見えた。これだけ見事なツインテールの持ち主なのだから、当然共感してもらえると思っていただけに思わず首を傾げてしまう。

 

「(もしかして、俺を試しているのか!?)」

 

芸術的なまでのツインテールの持ち主だからこそ、この髪を前にそんな大言壮語を吐くだけの覚悟があるのか、と問いかけているのかもしれないと彼女の様子から総二は感じ取った。

 

「(だったら、負けないぜ会長!!)」

 

己の中に息づくツインテールを、その愛を変身しなくとも具現化せんばかりに高めていく総二。

 

「こ、これは…!?何て小〇宙(コ〇モ)の高まりだッ!!」

「いや、ただのツインテール馬鹿よ」

 

何やら某少年漫画作品のようなオーラを放ち始めた友人に、お決まりのような反応を見せるユウキへ、愛香はひどく冷静にツッコミを入れる。

そうこうしている間に、ツインテールとツインテールの鍔迫り合いは、慧理那が深く頷くことで、終わりを迎えた。

 

「…そうですか…ええ、分かりましたわ」

 

何か含みのあるような態度を見せる彼女に、愛香が聞き返す。

 

「活動内容が問題ですか?」

「いえ、問題ありませんわ。ツインテールを愛する部活なら、ツインテイルズの応援にも繋がると思いますし」

 

実は慧理那はこの世界で初めてアルティメギルが侵略を開始した日に、エレメリアンに襲われたところを総二――テイルレッドに救われ。それ以来ツインテイルズのファンとなり自身を先頭に、学園を挙げてツインテイルズの応援をしているのだ。

そのこともあり、ツインテールを探求する部なら却下されないだろうと総二は見ていたのだ。

 

「…あら?」

 

不意に慧理那が総二の右腕をまじましと見つめてきた。

 

「観束君。いくら部室の中と言っても、派手なアクセサリーは校則で禁止ですわよ?」

「っ…!?」

 

思いがけない言葉に、咄嗟に右腕を庇うように胸に抱く総二。

 

「テイルレッドのデザインのものですわね。最近、よく見かけますわ」

 

続いた言葉に、愛香も驚きを隠せずすぐに自分の右腕を背に隠す。トゥアールも自身の技術に自信を持っていただけに、2人以上に驚愕の色を浮かべていた。

非常時に備え、整備などの時以外は常に身に着けているテイルブレスは、内蔵されている認識撹乱装置(イマジンチャフ)と呼ばれる昨日によって、一般人にはブレスそのものが見えないようにされているのだ。

故障でもしたのかと疑うも、ユウキやメイドには見えていないようで不思議そうな顔でやり取りを見ていた。

ちなみに、美紀恵とアシュリーは途中から展開に着いて行けず、どこか遠い目をしていた。

 

「お嬢様、そろそろお時間です」

 

連れてきていたメイドの言葉に、小さく頷く慧理那。

 

「ええ。それでは、ツインテール部のこれからの躍進に期待していますわ、皆さん」

 

当然ながら他にも処理しなければならない案件があるようで、慧理那は別の書類に軽く目を通すと歩き去っていく。

その後に続こうとしたメイドが、総二へ振り返って口を開いた。

 

「時間を取らせてすまなかったな。ところで君、さっきはいい目をしていたな。真剣さが伝わってきたぞ」

「そ、そうですか」

 

生真面目な教師のような口調で礼を言うと、今度こそ彼女は慧理那の後に続いて出て行く。

 

「なあ、ツインテールってなんだっけ?」

「髪型、ですよ多分…」

 

遠くを見たままのアシュリーの問いに、美紀恵は当然のことを返すも何故か自身が持てなかった。

 

「……」

 

そんな2人をよそに、ユウキは誰にも気づかれないよう鋭い視線で総二の右腕を見ているのであった。



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第六十九話

ブルーアイランド基地内にあるブリーフィンググルームにて、俺含むCNFのメンバーとASTの隊長である燎子さんが集まっていた。

 

「集まってもらったのは他でもない、昨日市街地で起きた爆破テロについてだ」

 

理由は当然アシュリー・シンクレアとその仲間に関することであり。情報の共有と今後の対応について伝達するためである。

 

「被疑者はアシュリー・シンクレアとセシル・オブライエン。どちらも元はイギリスの対精霊部隊Special Sorcery Service――通称『SSS』に所属していたウィザードだ。彼女らは同じ部隊に所属していたが、軍を脱走後行方を眩ませていたそうだ。それと、未確認だが彼女らと共に脱走した同部隊員のレオノーラ・シアーズも行動を共にしている可能性がある」

 

データから見て俺を狙撃してきたスナイパーが、レオノーラ・シアーズの可能性が高いだろうな。

 

「イギリスってことはセシリアは何か知ってるのか?」

「直接面識はありませんが。彼女方は欧州方面軍のエースとして名を馳せていましたから、メディア等で活躍を耳にすることは多かったですわ。最近は取りざたさることがなかったので不思議に思っていましたが、まさか脱走何てされているとは…」

 

一夏からの問いに、答えるセシリアの声音には困惑が隠せておらず。対象がこのような行動を取るなど信じられないといったところか。

 

「天道。彼女らが軍を脱走した理由は」

「そこはあたしが答えるわ。って言っても欧州方面軍に問い合わせても『現在調査中につき、判明次第報告する』の一点張りなんだけどね」

 

挙手した風鳴に、燎子さんが辟易した様子で肩を竦めながら答える。

 

「脱走してからそれなりに時間が経っているんですよね?何かしら掴んでいることはあるのでは?」

「いかにも『これ以上嗅ぎ回るな』って感じだったわね。新型のCR-ユニットの配備や指令と少佐の本部への招集での強引さといい、どーにもきな臭いなってきたわね…」

 

顎に手を添えながら思案顔になる燎子さん。

ここ最近起きている不可解な出来事の連続。父さんが感じた様に、何かよからぬ思惑が働いているのだろうか?

 

「それで、あたし達はどう動けばいいんですか?転校してきたって奴をとっ捕まえるんですか?」

「いや、君達には待機していてもらう。この件には軍属である俺と折紙と崇宮少尉、岡峰伍長で対応する」

「え、何でですか!?」

 

やる気満々な様子で手を挙げる鈴に待機を命じると、不満な様子で抗議の声を上げる。

また、他に待機させられる者も大なり小なり不満と疑問を持った様子であった。

 

「最悪軍内部のいざこざに発展する可能性がある。この件に関してまだ背後関係がハッキリしていない現状、他国の代表候補や民間からの協力者である君達を守るためでもあるんだ。無論必要があれば協力してもらう。だからここは我慢してくれないかな?」

「そういうことなら分かりました…」

 

完全に納得はできないだろうが、渋々といった様子で引き下がってくれる鈴。

 

「とはいえ、相手の狙いが不明な以上。軍属以外の者も襲撃される可能性があることを念頭に入れ、単独行動は極力避けて何かあればすぐに報告するようにしてくれ。では、これで解散だ各自気をつけて帰るように」

 

伝達事項に各自で応えるのを確認すると、不測の事態に備え念を押しながら解散させるのだった。

 

 

 

 

「精霊に家族を殺された、か…」

 

折紙や美紀恵が暮らしている軍所有のマンション付近にある公園にて。アシュリーはベンチに腰かけながら1人呟いていた。

 

「チィ…つまんねー事聞いちまったぜ…。例の新型に関して何か聞けるかと発信機をつけておいたが…」

 

美紀恵に取りつけた盗聴機能のある発信機から聞こえた会話から、折紙の過去を知ったアシュリーは、神妙な面持ちで上半身を前に傾けながら俯く。彼女が転入したのは無論学生生活を楽しむためなどではなく、障害となる要因の1人である折紙を排除すべくウィークポイントとなる美紀恵に接近するためであったのだ。

 

「でもまあ、わかってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ありがとう私のために怒ってくれて。でも喧嘩は駄目だよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(わかってるさ…。こんなことをしてもお前(・・)は喜ばないことなんて。でも、もう一度あの笑顔を見れるなら…ッ!)」

 

顔を上げたアシュリーは強い決意を宿した表情で、ポケットから取り出した発信機に内蔵された小型爆弾の起爆スイッチを押す。

 

「……?」

 

だが、折紙らがいる部屋には何の変化も起きなかった。

誤作動かと何度もスイッチを押すも爆発が起きることはなかった。

 

「クソッどうなってんだよ!?」

「電波を妨害しているからだよ」

 

立ち上がりながら困惑と憤りを見せていると、茂みの奥から声が響いてくる。

警戒しながら声のした方へ顔を向けると、陰から勇が姿を現した。

 

 

 

 

「ッテメェは、何で…!?」

「君の挙動が怪しいと教えてくれた人がいてね。君達を誘い出すために折紙達には一芝居うってもらったよ」

「…!テメェの妹かッ!只者じゃねぇと思ってたが…。どうりでやたら絡んできやがった訳だッ」

「あの子としては君とも仲良くしたいと思ってたよ。こんなことになって残念だし、こういうことに首をつって込んでほしくはないんだけどね」

 

歯噛みするアシュリー・シンクレアに、語り掛ける俺の顔は複雑さを隠せていないのだろう。

ユウキがアシュリーと触れ合ったのは、彼女から不穏な気配を感じ取ったのはあるが。それでも、彼女に自分の住む世界を好きになってもらいたいという好意も確かにあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――悪い人じゃないと思うんだ。きっとこうするしかない理由がある筈なんだ。だからアシュリーのこと――止めてあげて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子がそう言うのだから間違いないだろう。それに、それなら彼女らの行動に感じた違和感にも納得ができる。

 

「クソがッ!」

 

アシュリー・シンクレアが悪態をつきながらも、ワイヤリングスーツを身に纏いレーザーブレードを手にし臨戦態勢に入る。

 

「――あぁ?何で構えねぇ?ふざけてんのか!」

 

生身のままでいる俺に憤慨しながら叫ぶアシュリー・シンクレアへ、俺は両手を上げて交戦の意思がないことを告げる。

 

「こちらに交戦の意思はない。そちらと話がしたい」

「ふざけんなってんだろォ!!」

 

怒りという感情を乗せるように突進してくるアシュリー・シンクレア。テリトリーで強化された身体能力からもたらされる加速は生身で捉えられるものではないが、恐らく狙いは心臓部への刺突だろう。

俺は無防備のままその場に佇み相手の行動を待つ。

 

「……!何のつもりだよテメェッ!!」

 

眼前で制止した彼女は怪訝そうな顔でこちらを見てくる。心臓部目がけて突き出された刃は触れる寸前で止められていた。

 

「君や仲間は精霊によって大切なものを奪われている。だから軍に入ったんだろう?その後の行動からも君達がこのような行動をする理由が見当たらない。相応の理由があるんじゃないのか?何か力になれるかもしれない、信じてくれなんておこがましいが話してみてくれないか?」

「舐めてんのかこの野郎ッ」

 

脅すようにして体を沿うようにして刃を首元まで動かすも、それ以上は躊躇っているように動かさない。

こちらの真意を探るように目を見つめてくると、やがてアシュリー・シンクレアはブレードを降ろしゆっくりと距離を取った。

 

「……」

「話してくれるのかい?」

「話してもどうにもならねぇよ、お前が軍人である以上な。もうあたしらは止まれないんだ。次はねぇかんな」

 

世の無情さを嘆くかのように、悲痛な顔でに拳を強く握りしめながら言うと、背を向けて歩き去っていくアシュリー・シンクレア。俺はそれ以上何も言えず、その背を見ているしかできなかった。

 

「勇」

「折紙か。待機していてくれて良かったのに」

 

茂みの陰から現れたのは、待機を命じていた折紙であった。どうやら陰ながら護衛してくれていたようだ。

…というか、何やら不満というか怒ってますって言いたそうな気配を漂わせていないか?

 

「どうかしたのかい?」

「…あなたの行動は心臓に悪い。もっと節度を持って行動すべき」

「それは本当にすまないと思ってる。でも、何も知らずに彼女達と戦うべきとは思えないんだ」

「それでも無謀過ぎる。アシュリー・シンクレアが躊躇わない可能性も十分あった」

「そこは妹を信じたとしか…。まあ、身内贔屓なんだけどさ」

 

まともな受け答えができず気まずさの余り、思わず頬を掻く。

やっておいてあれだが、酷く不確かな根拠だよな。彼女が物申したくなるも当然か。

 

「人を信じたいという気持ちは尊重する。とはいえあなたは部隊の長としての自覚が足りない。あなたがいなくなった場合のリスクも考える必要がある」

「ごもっともで…」

「それにあなたは――」

「(あ、これ長くなるやつだ)」

 

口調こそいつものように淡々とだが、有無を言わさぬ圧力を持った説教に。正論なだけに姿勢を正して聞き入れることしかできなかったのだった。



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第七十話

DEM日本支社の地下空間にあるファントムタスク用の格納庫にて。ヴォルフはハンガーの前に立ち、格納されている愛機を見つめていた。

 

「ここにいたのねヴォルフ」

 

そんな彼の元に上司であるスコールが姿を見せると、ヴォルフは一度視線だけ向けるが、また愛機へと戻す。

 

「ようやく、あなたの望んだ『ヒーロー』が現れたのね」

「ああ。天道勇――奴こそ()が全てを賭けて狩るべき者だ」

 

静かに闘志を燃やしながら、愛機へ手を伸ばすヴォルフ。装甲に手を置くと、勇に受けた傷をなぞるように撫でる。既に修復されているが、彼には今もありありと傷跡の全てを思い浮かべることができた。

そんな部下を微笑ましく見ながら、スコールは手にしていた書類の束を差し出した。

 

「これが今回ブルーアイランド基地に配備される新型CR-ユニットと、『彼女』についての資料よ」

 

書類を手にし目を通していくヴォルフ。

 

「…これは間違いないのか?」

 

書類に目を通しながら、スコールへ問いかけるヴォルフ。その目も声音も先程とは打って変わって冷えきっていた。

 

「ええ。今現在この島で暗躍している元SSS3名が所属していた部隊、その隊長であるアルテミシア・ベル・アシュクロフトは原因不明の昏睡状態だそうよ。奇しくも新型CR-ユニット『アシュクロフト』シリーズの開発が始まったのと同時期から、ね」

 

スコールからの言葉に、ヴォルフは手にしていた書類を持つ手に自然と力を込めていた。

 

「その書類にウチの技術者の見解も載っているいるわ。あなたなら、もう予想はできているでしょうけどね」

「ああ」

 

全てに目を通したヴォルフは、書類をスコールへ返すと。ハウンドを粒子変換させ、待機形態であるドックタグにし首にかけると出口へと歩み出す。

 

「この件、DEM社から介入するなとのお達しが来てるわよ?ちなみに通達者はアイザックCEOではなく、社専務取締役であるエドガー・F・キャロル氏。暫く休暇でも楽しんでいろと嫌味ったらしくね」

「そうか、ならば休暇を楽しんで来るとしよう。スコール暫く俺は連絡も取れなくなるかもしれん。何かあればオータムに代理をさせろ」

「わかったわ。楽しんでらっしゃい」

 

振り返ることなく語るヴォルフに、スコールは仕方のない子、とでも言いたそうに返す。

 

「…ヴォルフ。あなたは己の為したいことをなさい。そのために必要な責任は全て私が負ってあげる」

 

背中越しからでも伝わる殺意を滲ませる部下を見送りながら、スコールは呟くのであった。

 

 

 

 

『ごめんなさいお父様…。期待にお応えできなくて…。でも私頑張りますから…そのっ』

『もういい。お前に期待をかけた私が愚かだった。岡峰家の恥さらしめ。お前は役立たずだ。最早私からお前に何か言うことはあるまい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父様ッ!」

 

離れて行く背中に向けて手を伸ばすも。その手は空を切り、眼前に広がるのは天井のみであった。

 

「夢…」

 

先程まで見ていたのが現実でないことを理解した美紀恵は、力なく伸ばしていた手を降ろし目を覆うと、心を落ち着けるように深く息を吐いた。

 

「お父様…」

 

手を伸ばそうとしていた人物に思いを馳せる。

名のある家に生まれた彼女は跡継ぎとして周囲に――父に期待されていた。

だが、彼女はその期待に応えることができず。遂には見切りをつけられてしまうこととなる。

勘当同然の扱いをされ、失意の中彷徨っていた彼女の目の前に現れたのは。世界を壊す災厄と呼ばれる精霊であった。

出現と同時に大きく抉られた大地と、大きく傷つき崩れ落ちそうになる建物。発せられる殺意を受け、体中から力が抜け落ち恐怖で震えることしかできなかった。

当時一般人であった彼女にとって、目の前に広がる現実が受け入れられなかった。それでも理解できたのは、己に迫る『死』とそれを恐れる自分がいることだった。

死ぬことさえ願っていた筈なのに、本当は生きたいのか?そんな彼女の心境に答えを出す間も眼前の死は与えてくれなかった。

自分へ向けられる斬撃によって、岡峰美紀恵という存在はこの世から消え去るのだろう。そうなっても悲しんでくれる者はいないのだろう。父は悲しみどころか、邪魔者がいなくなったと喜ぶのだろうか?そんな考えが脳裏をよぎると、目から涙が流れ出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――おい、大丈夫か!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼女の目の前に『ヒーロー』が現れた。

危険を顧みず自分を助け出し、超常的な力をもつ精霊に恐れくことなく立ち向かう姿に、架空の世界にだけいる筈の正義の味方の姿が重なったのだ。

あの後、その人物が通っている学校のOBであることを知り。彼について知ろうとすると、自然と彼についての話題が聞こえてくるのだ。

目の前に困っている人がいれば、赤の他人だろうが手を差し伸べ、弱きを助け悪しき者を許さない正義感を持ち。人の輪の中心に常におり、誰からも愛される――自分の理想とする姿であった。

彼のようになれば父に認めてもらえると信じ、その背中を追いかけることを決めたのだ。

 

「(何やってるんだろう私…)」

 

だが、彼の期待を裏切り失望させてしまった。その結果戦力外通告(いらない子宣言)を受け、結局自分を変えること等夢でしかないのかと落胆する日々を送っていた。

 

「起きた?」

 

考えに耽っていると、部屋の扉が開き折紙が姿を現す。

 

「あ、おはようございます!折紙さん!」

 

上半身を起こしペコリ、と頭を下げる美紀恵。以前アシュリー・シンクレアに襲撃されてから、彼女は身の安全を守るための措置として、折紙の家に居候しているのである。

 

「おはよう。私はこれから基地へ行ってくる。朝食ができているから良かったら食べて」

「あ。わ、私も…」

「あなたは謹慎中。同行は認められない」

 

同行しようとするも、にべもなく断られしゅん、と落ち込む美紀恵。

 

「…一つ言っておく」

「?」

「勇はあなたに失望なんてしていない。彼が一度の失敗程度で見限るような人なら、部隊の誰もが信頼を寄せることなんてなかったと思う。だから、あなたが諦めない限りあの人はあなたの味方でいてくれる」

 

そう言い残すと部屋から出て行く折紙。

 

「折紙さん…。ありがとうございます」

 

出会ってから付き合いが長い訳ではないが。人と距離を取ろうとする彼女が自分から多くのことを語ったこと、まして自分を励まそうとしてくれたことに驚きもあったが、それ以上に嬉しさが込み上げるのであった。

 

 

 

 

「(…とはいえ。どうしたらいいんでしょうか?)」

 

朝食を終えた美紀恵は、今度のことについて考えるべく、近くにある公園を訪れていた。休日で学校もなく、家にいてもいい案は浮かばないと思い外の空気を吸うことにしたのだ。

 

「…何も思い浮かばないです」

 

いくら頭を捻ろうともそうそう名案が浮かぶものでもなく、やはり自分には何もできないのではないかという不安に苛まれてしまう。

 

「うわあああああああっ!」

 

そんな彼女の耳に何やら悲鳴が響いてきた。

何事かと視線を向けると、自転車に乗った少女が猛スピードで自分目掛け迫って来ているではないか。

 

「あぶあぶあぶッ」

「にゃああああ!?!?!?」

 

危うく轢かれそうになるのをギリギリで回避すると、自転車は段差にぶつかり、乗っていた少女が放り出され茂みへと突っ込んでいった。

 

「あたた…」

「だ、大丈夫ですか?」

 

美紀恵は慌てて少女の元へ駆け寄る。茂みに落ちたこともあり、少女に目だった外傷は見られないが――

 

「あ…あなたは…」

 

少女の顔をみて固まる美紀恵。

そう目の前にいる少女は、かつて自分に襲い掛かってきた精霊プリンセスこと、夜刀神十香であったのだから。

 

「ん…?」

 

当の十香は美紀恵のことを覚えていないのか、固まってしまった彼女を見て、キョトンとした顔で可愛らしく首を傾けるのであった。



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第七十一話

「イタタタタ…」

「だ、大丈夫ですか?」

 

盛大に茂みに突撃した十香を引っ張り出してあげる美紀恵。

 

「おお、すまんな。助かったぞ」

「いえ、お怪我とかしてませんか夜刀神さん?」

「いや、大事ない。驚かせてすまないな。…む?はて、お前と会ったことがあったか?」

 

やはり美紀恵のことを覚えていないようで、不思議そうに首を傾げる十香。

 

「あ、その。知り合いからあなたのことを聞いていたので…」

「ん?そういえば天道と一緒にいるのを見かけたな。そうかあ奴の知り合いか!」

 

余程勇を信頼している様で、疑うことなく納得した十香。

対して成り行きで出会ったものの、命を奪われそうになった相手だけに、美紀恵はどう接すべきか迷っていた。

 

「(天道隊長の話では、今は人類に友好的になっているとのことでしたが。本当、みたいですね…)」

 

以前出会った時とはまるで別人のように明るく振舞う十香の姿は、美紀恵の恐怖心を和らげていく。

 

「あの、それでここで何を?」

「うむ!!自転車なる乗り物の練習をしているのだ!!何やら便利なものだと聞いたのでなッ。補助輪も取れて走れるようになったからな、乗りこなすのも時間の問題といったところだ!!」

「私にはとてもそうは見えないのですが…。もう一度補助輪をつけた方がよいと思いますよ?」

 

自信満々に先程の衝撃でひしゃげた自転車を見せてくる十香に、極めて真っ当な助言をする美紀恵。

 

「むー、そうかまだ早かったか。では、帰ったらシドーにまた着けてもらおう。助言に感謝するぞ。それで、お前はこんなことろで何をしていたのだ?」

「私…私ですか…?そう、ですね…何をしているのでしょうね私…」

「ど…どうしたのだ?何か元気がないな、さっきどこかぶつけてしまったか!?」

「あ…いえ、違うんです…」

「ならどうしたのだ?何か考え事か?」

 

心の底から心配している様子で問いかける十香。出会って間もない相手に話してもどうにもならないことだが、彼女の他人事ではないと言いたそうな表情を見ていると、自然と口が動いていた。

 

「…その私ずっと役立たずって言われてきたんです。そんな自分を変えたくて…やっと憧れの仕事についたんですが。失敗続きで…もしかして私は…誰からも必要とされない人間なのかなって…」

 

そこまで話すと、自分の不甲斐なさや先の見えないこれからの不安で、涙が零れそうになってしまう。

 

「すみません。…おかしいですよね知り合って間もないのにこんなお話…でも…誰かに聞いて欲しくて…でないと私…」

「いや、わかるぞ。私もそんな風なことを考えていた時があった」

「え…?」

「かつて私はその存在を否定され続けてきた。私は必死に抗った…悲しみを怒りに変え…何度も…何度も…」

 

そこで一旦言葉を区切る十香。その表情は初めて出会った時と同じ、とても切なく今にも消え入りそうで、

美紀恵はまるで鏡を見るように今の自分と重ねてしまった。

 

「でも、いつしか私は気づいてしまった。むしろ私は消えるべき存在なのだと。だが、ある日1人の人間がそれを否定した。そいつは言った。もしも世界の全てが私を否定したとしても、自分だけは私を肯定し続けると」

「……!!」

「その言葉があったから私はきっとこの世界で生きていられるのだ…。あいつは恩人だ。私を…私にしてくれた…大事な人間だ。だから私はあいつの側にいたい。今度は私があいつの支えになりたいのだ…」

 

先程までとは一転して、花の咲いたような笑顔を見せる十香。その人物との出会いが本当に大切で希望なのだと感じることができた。

 

「お前はどうだ?私にとってのあいつのような存在がお前にはいないのか?」

「(私が側にいたい人、支えになりたい人…)」

 

十香の言葉に引き寄せられるように思い浮かぶのは、絶望に押しつぶされそうになり全てを投げ捨てようとしたあの日。死を目前にして本心に気がつき、後悔しながら死んでいく筈だった自分を助け出してくれた人の背中だった。

力強さと安心感を与えてくれるのと同時に、今にも燃え尽きてしまいそうな危うさを感じさせるあの背中を、側で支えてあげたかった。

 

「います!!いますよ!!私にも大切な…そんな人が!!」

「おおそうか!!それは良かった!!ええと…お前名は?」

「岡峰美紀恵です!!」

「そうか!!私は夜刀神十香だよろしくな!!」

 

『友』となったことへの喜びから、手を取り合いその場で円を描くように回る両者。

 

「ありがとうございます十香さん!!おかげで元気出ました!!あなたは天使のような方です!」

 

頑張れよー!!と手を大きく振りながら見送る十香と別れると、美紀恵は全速力で駆け出すのであった。

 

 

 

 

「彼女が昨日捕らえたSSSの1人ですか?」

「ええ、狙撃してきたところを返り討ちにしてやったわ」

 

ブルーアイランド基地の一角にて、俺の言葉に燎子さんが胸を張ってふふん、と鼻を鳴らす。

部屋の中心置いてあるパイプ椅子には、俺と同年代と見られる長身の女性が座っており、両手には床に固定された鎖に繋がれた手錠がかけられている。

昨日俺がアシュリー・シンクレアと対話していたのと同時刻、休暇中であった燎子さんを彼女が襲撃してきたが、逆に撃破され拘束されたのだそうだ。

 

「それで、何か情報は得られたんですか?」

「ん~昨日からずっとだんまりなのよね。まあ、対精霊部隊にいたんだから当然だけど」

「そこら辺の訓練は受けていますからね」

 

元は軍属だったのだから、捕虜になった際の訓練は受けているだろうし、まして特殊部隊の出だからなおのことだろうな。

 

「さて、レオノーラ・シアーズさん。いい加減だんまりなのも飽きてきたし、そろそろおしゃべりに付き合ってくれないと痛いこととかしなくちゃいけないんだけど?」

 

歩み寄りながら左手の握りこぶしを、右手で握り関節を鳴らしながら笑顔で脅しをかける燎子さん。

 

「効きやがりますかね。肝の座ったツラしてやがりますし」

「まあ、この手のことでは常套手段だしね。やるだけやって損はないし」

 

同室している崇宮が訝し気に話しかけてくる。ちなみに、俺達の他に折紙を含めた4人で尋問している。

テロリストとはいえ、拷問していい訳でもないので、当然ながらハッタリだが。相手もそんなこと百も承知ではあろうけど。それに、凄い剣幕でずっとこっち睨んでるしこんなことで折れるタマではないだろうけどね。

 

「…い」

「い?」

「い…いや…痛いのはいや…。助けてアシュリー…セシル…」

「「弱っ!!」」

 

予想を裏切り、強気な態度が一転し涙目になってガタガタと震えだすレオノーラ・シアーズに、燎子さんと崇宮の驚愕の声がハモる。

 

「もういじめないで…お家に帰りたい…っ」

「あー泣かないの泣かないの。喋ること喋ったら帰してあげるから」

「(こけおどし、か?)」

 

燎子さんの問いに、素直な様子で答えていくレオノーラ・シアーズ。先程までの強気な態度は演技だったのか?

そう考えていると、折紙が変わらず落ち着いた様子で話しかけてきた。

 

「…あなたはどう思う?」

「演技って感じじゃないかな?多分今の方が素なんだと思うよ。ただ、言っていることは本当かは別だけど」

 

失礼な言い方になるが、怯え切っている様子の彼女の方が、自然な様子で違和感が感じられなかった。とはいえ、こうも簡単に口を割るのには疑問が残るが。

折紙も同じ考えなのか異論を挟むことなく頷いて同意を示してくれる。

 

「ふむ…。メンバーはあんたを含めて、セシル・オブライエンとアシュリー・シンクレアの3人ね。で、肝心の…あんた達の目的は何?」

「…明日ここに搬入される新型リアライザ『アシュクロフト』…。空輸されてくるアシュクロフトを空中で輸送機ごと強奪…。上手くいくよう。当日護衛に着く人物を1人でも多く減らした方がいいって…。うう…行っちゃった…ごめんなさい…ひぐ…っ」

「なる程…当日の段取りまで承知とは…。機密情報が駄々洩れね」

 

呆れ果てた顔で、得られた情報を書き纏めていたメモ帳を閉じる燎子さん。彼女らの規模から考えて独力で得られたとは考えにくい、となると関係者に情報を流している者がいると見るべきか…。

 

「その情報はどうやって手に入れた?協力者がいるのではないか?」

「……」

 

俺からの問いに、レオノーラ・シアーズは黙って俯いてしまう。ここにきて黙秘とは、やはり内側に繋がりがあるらしい。

 

「…質問を変えよう。ここまでの危険を冒してアシュクロフトを手に入れて、君達はそれで何をする気なんだい?」

「……」

「これまでの言動から、君達が短絡的な理由でテロリストになったとは、俺にはとても思えないんだ。できれば、君達とは戦いたくない、だから教えてくれ君達は何のために戦っているんだ!」

「――ッ!」

「ちょっ隊長さん、熱くなり過ぎでやがりますよ!?」

 

沈黙を貫こうとする彼女に、思わず声を張り上げ詰め寄ろうとする俺を、崇宮が割って入って止めてくれる。

 

「――すいません。頭を冷やしてきます」

 

このままいても邪魔にしかならないので、一旦退出し1人になれる場所を探しに行く。

近くにある休憩スペースが無人だったので、椅子に腰かけ息を深く吐き気持ちを落ち着けていく。

 

「…大丈夫でいやがりますか隊長さん?」

 

着いてきてくれていた崇宮が心配そうな顔で話しかけてくる。

 

「ああ、大丈夫だ。心配させてすまない。でも、尋問の方はいいのか?」

「あ~まあ、ああいうのは得意じゃないんで、後はお2人に任せた方がいいかな~って」

「ああ…」

 

あはは、と視線を逸らしながら頬を掻く崇宮。まあ、これまでの言動から否定はできそうもないな。

 

「それで、何であんなこと聞いたんで?敵に戦う理由なんて、聞いてもどうしようもないでやがりましょうに。敵は倒す、それで十分だと思いますがね」

「そうだね、君の言う通りだ。でも、何でかわからないけど、彼女達をただ倒せばいいって気がしないんだ」

 

彼女達からは誰かを思いやる暖かさを感じることがある。だから、彼女達を敵として見ることができないのかもしれない。

 

「ふ~ん。念動力者は人の考えが読めるとか、そこら辺ウィザードと違うって聞きやがりますけど。どっちにしろ迷いを抱えたまま戦場に出たら、死にやがりますよ?」

「死なないよ。必ず生きて帰るって約束してるからね」

 

妹と交わした大切な約束だ。心配ばかりかけて、兄らしいことなんて碌にできていないからね。だから、これだけは絶対に破る訳にはいかない。

 

「…ま、真那いればまず負けることはないんで、大船に乗ったつもりでいてくれていいですよ」

 

ふふん、と得意げな顔で胸を張る崇宮。実際彼女の技量はかなりのもので、何度か手合わせしたが、俺は一度も勝てたことがない。

 

「ありがとう。頼りにさせてもらうよ」

 

何が正しいのか、どうすべきかわからないけど、今は仲間を信じできることに全力を尽くそう。

 

 

 

 

「(何も考えずダッシュでここまで来てしまいましたが…。具大的に何をすれば良いのでしょう…)」

 

市街地の歩道でポツリと立ちながら、そんなことを考える美紀恵。

十香と別れた後、勢いよく行動したはいいものの、具体案などなどなく途方に暮れてしまうのだった。

 

「(そうです!!アシュリー・シンクレア!!今日中に彼女を見つけ出せれば…!!)」

 

ピコーン!と!と名案が浮かんだように、左手の平を右握りこぶしで軽く叩く美紀恵。とはいえ、すぐに大きな問題点に突き当たるのだが。

 

「(しかし見つけたとして、その後どうしましょう。彼女を拘束?いや、戦って勝てる訳ないですし…。そもそもそんな簡単に見つかる訳…)「あーもう男がピーピー泣いてんじゃねー!!」」

 

うーんうーん、と悩んでいると聞き覚えのある声が響き渡って来た。

 

「ほえ?――あ!?」

 

その方向を向くと、何とアシュリーが幼い男の子の手を引いて反対側の歩道を歩いているではないか。

 

「(み…見つかりました!!アシュリー・シンクレア!!…でも、何をしているんでしょうか?)」

 

彼女の行動に疑問を持った美紀恵は近くにあった電柱のに隠れながら様子を伺うことにした。…傍から見ると不審者にしか見えず、通りすがる人から奇異の身で見られているが、今の彼女に気にする余裕はなかった。

 

「おかーさーん!!」

「あーもー!あたしが探してやるから泣くなっての!!」

「(あれは、迷子の子の親御さんを探しているのでしょうか?)」

 

会話からの憶測を立てる美紀恵。テロリストらしからぬ姿に、報告することさえ忘れて見守ってしまう。

口調こそ粗いも、アシュリーは男の子を励ましながら辺りを共に捜し、暫くして無事母親を見つけることができた。

 

「ありがとーおねーちゃーん!!」

「おー、もうママに迷惑かけんなよー!」

 

母親に手を引かれながら手を振ってくる男の子に、軽く手を振り返しながら見送ると。さーて、と満足そうな顔をしながら移動し始めるアシュリーを、隠れながら追跡していく美紀恵。

その後もアシュリーは怪しい行動をするでもなく、コンビニで肉まんを買って食べ歩いたり、野良猫と威嚇し合いながら戯れたりと、年齢相応の変哲もないことをしているのだった。

 

「(さっき迷子の子を助けてあげたり。…やっぱり悪い人じゃないんでしょうか?)」

 

学校でユウキと一緒に笑い合った姿と先程見た光景から、彼女が悪人なのかという疑問が湧いてくる美紀恵。

そんなことを考えていると、アシュリーは年代の入ったアパートの一室に入っていった。

 

「あそこがアジト、でしょうか?――あっ!隊長に報告しないと!!」

 

そこでようやく大事なことを思い出した美紀恵は、慌てて携帯を取り出し勇に電話をかけようとする。

 

「――それは困るな」

「ひゃ!?」

 

背後から男性の声とカチャリ、という音がすると同時に、背中に硬い物体が押し当てられる感触に。体を震わせ固まってしまう美紀恵。

 

「(これって、じゅじゅじゅ銃!?!?!?)」

「こうも無防備とは、本当に我が宿敵の部下か?」

 

目に見えてパニッくっている美紀恵を見て、男が困惑すらうかがえる声を発する。

 

「さて、彼女らの邪魔をされると困るのでな。大人しく着いてきてもらいたいのだが?抵抗はするな、この件で無闇に血を流したくない」

 

警告するような声と共に、背中に押し当てている拳銃を軽く押す男。

声から年齢は自分と同年代のようだが。圧倒的な威圧感に、本能が抵抗は無意味だと叫んでおり。美紀恵は顔を真っ青に染め、ただ従うことしかできないのであった。



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第七十二話

男に従い連れてこられた廃工場で柱に縛られた美紀恵。男は廃材に腰かけながら拳銃を向けている。

 

「……」

 

連れてこられる途中からも一言も話さず沈黙を保つ男。その目は僅かな動作も逃すまいと見据えており、隙を見て逃げ出すという発想さえ愚かに思えてしまう。

 

「…あの」

「……」

「あなたは漆黒の狩人、さん?ですよね?」

「違う」

「え?」

「俺はそんな洒落た名前の奴は知らん。いつからかそんな呼ばれ方をされるようになったが、迷惑極まりない」

 

男――ヴォルフは不快感を滲ませながら、困ったように僅かだが眉を顰める。想像とは違った姿に戸惑いながらも、美紀恵は会話を続ける。

 

「えっと、ではヴォルフ・ストラージさん、でしょうか?」

「さんなどいらん。お前を誘拐した相手だぞ?敵に馴れ馴れしくするな」

「はぅッ」

 

正論にそうでした!とワタワタしている美紀恵を、ヴォルフはどこか呆れ気味に見ている。

 

「で、では。ヴ、ヴォルフ・ストラージ。わ、私を誘拐してどうするつもり何ですか?身代金はその、お父様は絶対に払って、くれません…よ」

 

父からの拒絶の言葉を思い出し、言葉の最後の方は尻すぼみになってしまう。そんな彼女を観察するように見ていたヴォルフが口を開く。

 

「…そんなことはせん。ただSSSの者達の邪魔をしてもらいたくないだけだ」

「!あなたも彼女達の仲間なんですね!一体何が目的なんですか!?」

「勘違いするな。俺は仲間ではない」

「…へ?」

 

あっけからんに否定するヴォルフに、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう美紀恵。

 

「ち、違うんですか?」

「ああ、違う。寧ろ彼女らにとって俺は敵だ」

「あの――じゃ、じゃあどうしてこんなことを?」

「……」

 

話す気はないといった様子で沈黙してしまったヴォルフ。

先程とは違いどこか切なげな彼の瞳に、軽がるしく踏み込んではいけない気がしたのだった。

 

 

 

 

新型リアライザ搬送当日。俺含むCNF正規員らは、ASTと共にブルーアイランド基地の滑走路にいた。

捕虜から得られた情報の信憑性の問題もあり、万が一に備えそれぞれの部隊を二つに分け燎子さん始め主力と真那で輸送機を護衛し。残された者達は基地で待機することとなったのだ。

 

『司令部へ、こちらCNF天道異常なし』

『了解。引き続き警戒を厳と成せ』

『了解した』

 

俺含む待機組は輸送機が着陸する予定の滑走路の周囲に展開しており。定時報告を終えると現在時刻を確認する。予定通りなら、もうじきアシュクロフトを載せた輸送機が戻ってくる頃だな。

レオノーラ・シアーズの話では、空輸で受け渡しする際を襲う計画だそうだが…。

 

『今のところ輸送機は襲われていない、か』

『仲間を捕らえられ計画を変更した可能性がある。あるいは…』

『漏らした情報がダミーであるか、か』

 

簡単に口を割ったこともあり、彼女はこちらを撹乱するために意図的に捕らえられた可能性もあった。とはいえ相手の手札が見えない以上、彼女の話を無視する訳にいかないのも事実。踊らされているにしても、状況に合わせ臨機応変に対応するしかないのが辛いところだな。

 

『ん?』

 

そんなことを考えていると、正門のある方角から何か聞こえてくる。――これは銃声!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『司令部より全部隊へ!正門より所属不明の武装勢力が侵入!!付近の部隊は直ちに迎撃せよ!!』

『!司令部へ、こちらCNF天道!!状況を知らせッ!!』

 

問い合わせるのと同時に送られてきた映像には、正門を突き破り基地内に侵入している多数の大型トレーラーのコンテナから姿を現しているEOSや生身の人間の集団が周囲の施設に攻撃を加えていた。

 

『何だこいつらは!SSSじゃないのか!?』

『このマークは中東発祥のテロ集団が使用している物。示現エネルギーの廃止を標榜していた筈』

 

確かに侵入してきた集団のマークには見覚えがある。示現エネルギーの普及によってそれまで主流だった石油資源は価値を大幅になくし、中東を始めとする産出国らは経済に大きな打撃を受けることになった。そのため中東出身者によるテロが頻発するようになったが…。

 

『どうやってこの島に入り込みやがった…!』

 

世界の生命線であるこのブルーアイランドは、人・物問わず出入りには厳格な審査が行われている。だからあれだけの規模のテロ集団が入り込むことなど不可能な筈なのに…!いや、そんなこと考えるのは後だ!今はどう動くか考えないと!!

 

『!爆発…!』

『今度は何だッ!』

 

滑走路周囲にある建造物が次々に爆発し始めやがった!!

 

『司令部より天道少尉へ!聞こえますか!!』

『こちら天道!こちらの周囲で複数の爆発が起きている!何か分かるか!?』

『レーダーと防空機能が低下!それと、元SSS隊員レオノーラ・シアーズが脱走したとのこと!その爆発と関係がある可能性があるため、貴隊で追跡されたし!』

『了解した!CNFはこれより――ッ!?』

 

通信の最中、近くにいたSAT隊員の1人が肩に風穴が空き、そこから血を流しながら倒れ込んだ。

 

『なッ!?』

『狙撃だ!総員警戒を――ガッ!?』

 

俺と折紙はすぐに回避行動に入ったが、遅れた者達が次々と撃たれてしまう。

バイタルを即座に確認すると、乱れこそあるも皆反応は残されていた。

 

『急所は外している?負傷者を敢えて増やしてくるか!!』

 

仮に死亡してしまった場合は、そのまま割り切って行動するしかないが、負傷しただけの場合は救助のためフォローすべく残った者は行動を制限して動く必要があるのだ。

 

『勇!』

『ああ。レオノーラ・シアーズだ!彼女は陽動で、本命は――ッ!!』

 

言葉を遮るようにアラートが鳴り響き回避行動を取ると、先程までいた空間をレーザーが横切った。

 

『セシル・オブライエンに、アシュリー・シンクレアか!』

 

飛来した方向を見ると、欧州方面で採用されているCR-ユニットを装備した両者が、飛行しながらこちらに迫って来ていた。

 

『やはりレオノーラ・シアーズはワザと捕らえられた訳か!』

『そういうこった!アシュクロフトは貰うぜッ!!』

 

アシュリー・シンクレアが手にしていたレーザーライフルを手放すと、レーザーブレードを手にし折紙に吶喊する。

折紙はアサルトライフルで迎撃すると、バレルロールで回避しながら最低限のみテリトリー弾かれ接近されてしまい、振るわれたブレードをレーザーブレードで受け止めた。

 

『この前の借りを返すぜ鳶一折紙ィィィ!!』

『ッ!』

 

そのまま押し合いになる両者。援護しようとすると、接近してきたセシル・オブライエンが蹴りを放ってきたため跳び退く。

 

『あなたの相手は私よ。他人に見惚れる余裕なんて与えないわ!』

『それは光栄で!』

 

マシンガンで牽制しつつ左手にビームサーベルを持ち突撃し、横薙ぎに振るうと前転しながら上昇し回避され、その勢いを載せた踵落としが襲ってきたため左腕で受け流しマシンガンで追撃する。

すると後退しながら手榴弾状の物体を投げつけられ、手前で白煙を噴き出された。白煙は瞬く間に周囲を包み相手の姿を隠してしまう。

 

『煙幕かッ!』

 

マシンガンを手放し、気配を探りながら相手の出方を伺う。接近戦に絞ってくるというのなら望むところだ。こちらとしてもその方が得意なので都合がいい!

 

『ハァッ!』

『おっと!』

 

背後からの蹴りを身を屈めて避け、反撃しようとするとすでに距離を取られ見失ってしまう。

続いて右側、前方からと、相手は一撃放ったらすぐに後退することを繰り返してくる。

 

『(一撃離脱…。こちらも時間稼ぎ、か。この流れは不味いか?)』

 

ここまでの動きで、敵の意図はある程度読めた。が、それに対応するには手札が少ないのが痛いか…!

 

『折紙!分断されたままは不味い、合流するぞ!』

 

流れを変えるべく両腕を交差させ敢えて蹴りを受け、その勢いも利用し煙幕から抜け出す。

――その先で見えたのは、狙撃で撃たれたのであろう腕から血を流す折紙だった。

 

『折紙ッ!!』

『もらったァ!!!』

 

好機と言わんばかりにアシュリー・シンクレアがブレードを振り下ろし、テリトリーで受け止めるも、そのまま吹き飛ばされ地面に叩きつけられる折紙。

 

『アシュリー、レオ!このまま畳みかけるわよッ!!』

『おうよ!』

 

前方からアシュリー・シンクレアが、後方からはセシル・オブライエンが同時に仕掛けてくる。更にレオノーラ・シアーズからと見られる視線もまで纏わりついてくる!

ASTは――全滅かッ!3対1に持ち込まれた!?

 

『チィッ!』

 

前後からの攻撃を捌きながら反撃に出ようとすると、狙撃され回避せざるを得なくなる。押し切られる前に流れを引き戻さねば!

 

『リッパ―!!』

 

背部のパイロンに格納されていた三つ刃のカッターを4つ射出し、念で遠隔操作して2つをセシル・オブライエンに、1をつをアシュリー・シンクレアへ向け牽制する。

 

『クソッ思考制御兵装かよッ!』

 

機械制御では不可能な不規則な軌道に翻弄されているアシュリー・シンクレアへと突撃する。負荷なく一度に操作できるのは2つまでであり、激しい頭痛に襲われるも歯を食いしばり耐える。

こちらを阻もうと狙撃されるが残る一つのリッパ―で弾丸を受け止め破壊されるも、接近に成功し左腕のプラズマ・ステークを起動させる。

 

『ジェット・マグナムッ!!』

 

左腕を腹部に叩きつけると、手ごたえはあるも違和感を感じる。

 

『へへ…。捕まえたぜッ』

 

両腕で左腕を押さえつけたアシュリー・シンクレアは、口の端から僅かに血を流しながら獰猛な笑みを浮かべてくる!くっ肉を切られたか!?

咄嗟に身を捩じると脇腹を狙撃の弾丸が抉り取り、リッパ―を処理したセシル・オブライエンが背後から迫って来ていた。左腕を振りほどこうとするも、負荷を無視してテリトリーの強度を上げているようで、拘束が解けん!!

 

『悪いけど、もう加減はしないわ!』

『死んだら怨んでくれよ!』

 

セシル・オブライエンの蹴りが後頭部に、アシュリー・シンクレアの手刀が腹部に突き刺さる。

 

『――ッ、ぁ』

 

口から血を吐き出し、目の前が歪んでいく。踏ん張ろ言うとする体から力が抜けていき、そのまま意識が遠のくのであった…。



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第七十三話

「基地が…!もう襲撃が始まってるのですか…ッ!?」

 

基地のある方角から聞こえてくる戦闘音に、焦燥感に駆られながら避難する人々の波に逆らいながら市街地を駆ける美紀恵。

 

「(私は、私にしかできないことのためにッ!!)」

 

自分1人が駆け付けても何も変わらないかもしれない。それでも、昨夜の言葉を胸に彼女は足を止めることなく為すべきことのために駆ける。

 

 

 

 

「うぅ…」

 

日が暮れて空を暗闇が覆う時刻。結局逃げる隙を見つけるどころか素振りすら見せられず、柱に縛られたままの美紀恵。

 

「安心しろ。明日のSSSのアシュクロフト強奪が終われば開放する」

 

こういった状況下に対する訓練が不十分であることもあり、長時間の監禁に疲労の色が見られる美紀恵に、不意に口を開くヴォルフ。

 

「ご、強奪ってお仲間は既にお1人掴まってますし、上手くいく筈が…」

「あれはワザとだ。欺瞞情報を流し主力のASTとCNFの戦力を分断させ、自身は内部から撹乱工作をするためのな」

「そ、そんな…」

 

告げられた内容に驚愕する美紀恵。焦りから、銃口を向けられていることも忘れ拘束を抜け出そうとする。

 

「無駄だ。お前1人が加わったところで何も変わらん。今はこの場を生き残ることを優先するのだな」

 

銃口を見せつけるようにしながら、暗に大人しくしていろと告げてくるヴォルフ。それでも美紀恵の目には怯えの色はなかった。

 

「それでも…それでも、私はもう逃げたくないんです!大したことなんてできなくても、できることをしたいんですッ!!」

 

決意に満ちた美紀恵の瞳を見据えていたヴォルフ。そんな彼の懐から振動音が鳴った。

 

「俺だ。――そうか分かった」

 

携帯を取り出し、何やら話しているヴォルフ。暫くすると携帯をしまい出口に向かって歩き出す。

 

「所要ができた。事が終われば警察を呼ぶ。何度も言うが命を粗末にせんことだ」

 

そう告げると廃工場から出ていくヴォルフ。様子を見てみるも、戻って来る気配はなく、本当に立ち去ってしまったらしい。

 

「(ちゃ、チャンスです!今の内に逃げ出さないとッ)」

 

周囲を見回し、役立つ物がないか探す。だが、見える範囲には物一つ落ちていなかった。

 

「(あぅ…な、何もないです…。い、いえ!諦めたら駄目です!何か手が…!)」

 

それでも諦めずにもがく美紀恵。すると、縛り付けられている柱に違和感を覚える。

経年劣化により、柱の表面が腐蝕しノコギリの刃のようになっている箇所がいくつかあるのだ。

 

「(これです!これならッ!)」

 

体を上下させ縄をその箇所に擦りつけていく。柱に接している手も擦れ傷ついていくも、歯を食いしばり痛みに耐える。

 

「(このくらいの痛みがなんだ!天道隊長はもっと辛くても耐えてたんだ!!)」

 

記録映像で見た彼は、何度死んでもおかしくない程傷ついても諦めることなく立ち上がっていた。そんな彼の部下としてここで諦めたくなかった。

 

「(心に決めたたんです、あの人の側にいられるように――強くなるって!!)」

 

手が血に塗れようとも最早彼女の瞳に躊躇いの色はなく、その顔つきは戦士と呼ぶに値するものであった。

 

 

 

 

「…流石に起きて来ねぇよな?」

「そう願いたいわね」

 

倒れ伏す勇を見下ろしながら警戒するセシルとアシュリー。これまでに得られた情報から見て、この状態からでも立ち上がってくる可能性が十分に考えられたからだ。

 

「うぉ!?」

 

背後から斬りかかってきた折紙の斬撃を、レーザーブレードで受け止めるアシュリー。

 

「テメェ、まだやるってのか!?しつけぇ!いい加減諦めろ!」

「諦めたりしない。ここで諦めたら…。今まで積んできたもの捨ててきたもの全部無駄になってしまうから。だから私は諦めない」

 

決意と共に力を込めて相手の防御を弾く折紙、その気迫に押され飛び退くアシュリー。

 

「そんな状態でまだこんな力が?てめーいったい…!?」

「あなた達にアシュクロフトは絶対に渡さない。この任務必ず果たしてみせるそして私は必ず精霊を倒す。そのために戦う道を選んだのだから。それに…」

 

そこで言葉を区切り、勇へと視線を向ける折紙。

 

「もう大切な人を失わないためにも負けられない」

「なる程、てめーにも背負ってるもんがあるわけだ。かっこいいじゃねーか!」

「…でもこちらにも諦められない目的があるの…」

「立ち上がってくるならわりーが、とどめ刺させてもらうぜ…」

 

不退転の覚悟を見せる折紙に、2人がかりに勝負をかけようとした瞬間。上空から降り注いだレーザーを回避する。

 

「何だ!?」

「しまったわ…時間をかけ過ぎたわね」

 

事態を把握している彼女らの前に、CR-ユニットを纏った真那が降り立つ。

 

「ただのお使いになりゃしねーかと心配してやがりましたが…。ひと暴れできそうで安心しやがりました」

 

辺りを一瞥し、傷だらけで倒れ伏す勇の姿をみた瞬間。今まで感じたことのない怒りに、真那はセシリーらをキッと、睨みつける。

 

「さて、好き勝手してくれやがった礼をしないといけねぇっすよね」

『ええ、そうね』

 

真那の近くに着陸した輸送機から、燎子らASTの面々が飛び出してくる。

 

「襲撃の連絡を受けてかっ飛ばしてきたけど…。大丈夫、折紙?」

「私は問題ない。勇や他の隊員は気絶しているだけ…」

「そう…。さてさて、あんたらよくも私の部下を可愛がってくれたわねッ。お礼にギタギタにして楽しい尋問タイムとしゃれ込みましょうか」

 

手を組んで骨をボキボキと鳴らす燎子。他の隊員らも仲間の惨状に、殺気だった様子で戦闘態勢を取っていく。

 

「ち、調子づきやがって…」

「流石にこの人数を相手にするのは無理ね…。レオ…作戦をプランBに移行よ」

 

セシルがそう告げると、輸送機の燃料タンクに弾丸が撃ち込まれ機体が大爆発を起こし吹き飛び、爆炎によって起きた煙幕に吞まれる燎子ら。

 

「輸送機が…!!」

「ご苦労様レオ。引き続きサポートお願いね!!」

『うん…わかった…」

 

通信機越しに告げると、煙幕の中へと駆けだすセシルとそれに続くアシュリー。

 

「皆惑わされないで!!敵の本命はアシュクロフトよ!!すぐにコンテナを確保…」

 

燎子が指示を飛ばしている間に、コンテナの近くにいた隊員から狙撃されていく。

 

「く…っ、早くコンテナを…!」

 

急いで態勢を立て直そうとしていると、燎子らの体に異変が起きる。

 

「な、何!?体が…重く…」

「ふふふ…仕様書通りの能力。少しの間大人しくしててね…」

「一体何が起こって…」

 

セシルの声のした方に視線を向けると、四つある内の『Ⅱ』と刻印されたコンテナが開放されていた。

 

「!!コンテナが…!じゃあ、これはアシュクロフトの力!?そんな…」

「そ、マジでてめーらご苦労様だぜ。わざわざあたしらのために遠くから運んできてくれたんだからよ」

 

「Ⅲ」と「Ⅳ」のコンテナに接近したレオノーラとアシュリーが、それぞれ備え付けられているパネルにてを当てる。

 

『アシュクロフトⅢ『レオン』認証完了。封印を解除します』

『アシュクロフトⅣ『ユニコーン』認証完了。封印を解除します』

 

電子音と共にコンテナが開放され、納められていたCR-ユニットがそれぞれに装着されていく。

 

「さて、それじゃあ…。アシュクロフトの実戦テストを始めましょう」

 

アシュクロフト『ジャバウォック』を装備したセシルは背部に備えられている獣の爪状のアームを展開させながら戦闘態勢を取る。

 

「そしてその残る一機のアシュクロフトもいただいて帰るわね…!!」

「ぐ、そうわさせないわっ。こうなったら残る一機は絶対死守よ皆」

 

燎子らが武器を手に迎撃しようとする。それを見たセシルはレオへと視線を向ける。

 

「レオ…」

「うん…。セシル…」

 

レオノーラは背部に装備された複数のレーザーを起動させ、燎子ら目がけて発射させる。

 

「なっ…!?」

 

放たれたレーザーは、燎子らの周囲に着弾し大爆発を起こす。燎子と折紙はテリトリーを展開し耐えるも、他の隊員らは対処が間に合わず吹き飛ばされてしまう。

 

「…これで雑魚は片付いたわね。あなた達だけで…どうするのかしら?」

「ッ…!」

 

倒れ伏す部下を前に、思わず唇を嚙みしめる燎子。

 

「これがアシュクロフトッ。圧倒的過ぎる…こちらの通常戦力ではとても…」

「らしくねーですね簡単に弱音を吐いてんじゃねーでやがります!!」

 

弱気になる彼女を励ますように飛び出した真那は、手にしたレーザーブレードをセシルら目がけ一閃。回避こそされるも、その一撃は地面を大きく抉り取った。

 

「私らはこんな奴らより化け物じみた相手(精霊)と戦ってきた筈じゃねーでしたか?」

「真那…。そうね、こんなことでへこたれてたら対精霊部隊なんてやってられないわね!」

 

戦意を取り戻した相手を見て、特に真那を警戒しながらフォーメーションを組むセシルら。

 

「…崇宮真那。世界でも五本の指に入るウィザードって触れ込みは伊達ではなさそうね」

「ああ、まるでアルテミシアみてーだな」

「でも、そんな屈強なウィザードも…。テリトリーを絶たれればどうかしら…?」

 

セシルが己のユニットに指令を送ると、一斉に攻撃しようとしていた燎子らに再び異変が起こる。

まるで体が鉛でも乗せられたように、何かに動きが阻害されてしまっているのだ。

 

「く、これって…さっきの…また動きが鈍く…」

「ウィザードが超人たる所以…。それはテリトリーの展開によるところが大きい。強力な身体能力も敵の外部衝撃を緩和する防壁も、全てはテリトリーによる物理現象のコントロールによるもの。このアシュクロフトⅡ『ジャバウォック』は一定範囲内にいるウィザードのテリトリーを阻害する結界を展開できる。この結界の中ではあなた達も普段の十分の一の力も出せないわ」

「な、何ですって…!?」

 

告げられた内容に驚愕する燎子らを尻目に、アシュクロフトⅣ『ユニコーン』を纏ったアシュリーが、ランスを構えながら背部のブースターを稼働させる。

 

「そんな状態で強烈な一撃を貰っちまえば、一体どうなるのか――なぁ!?」

 

無防備同然の燎子ら目がけ、アシュリーはランスを突き出し、残像すら見える速度で突進するのであった。

 

 

 

 

「これは、一体!?」

 

基地の正門付近まで辿り着いた美紀恵は、目の前の光景に言葉を失う。

日本人ではない風貌の者達が武器を手に暴れ回っており、それをPT隊始め警備部隊らが鎮圧していた。

 

「ど、どうすれば…?」

 

予想外の展開に困惑していると、流れ弾は側にある街灯に当たり思わず身を屈めてしまう。

 

「と、取り敢えずスーツだけでも着ておかないと…!」

 

デバイスを取り出し、ワイヤリングスーツを緊急展開させると、彼女の姿を見たテロリストに銃を向けられたしまう。

 

「わわわ!?!?!?」

 

発砲されたため跳躍し回避すると、ESOの目の前に飛び出す形になってしまい、相手は驚いた様子を見せるもすぐに手にしていた対戦車砲を向けてくる。

 

「はわー!?」

 

不味いと思い慌ててテリトリーで防壁を張るが、飛来してきた弾丸がESOの腕に命中し戦車砲を落とす。

そして、接近してきたM型ゲシュペンストがそのESOを蹴り倒し、マシンガンを向け降伏を促し制圧する。

 

『――あなたはCNFの…』

「お、岡峰美紀恵伍長です。た、助かりました」

 

ゲシュペンストを駆るみずはに礼を述べる美紀恵。

 

『あなたは謹慎中の筈でしょう。ここは危険だから退避していないさい』

「命令違反なのはわかっています!私なんかがいても足手纏いにしかならないかもしれません。でも、大切な人達が命を懸けて戦っているのを、ただ見ているだけなんてもう嫌なんです!お願いします、天道隊長達のところに行かせて下さい!!』

 

『……』

 

本来なら本人の意思がどうであれ、現場に立たせるべきではないが。管制から送られてくる戦局から、打開の一手の必要性に迫られていた。

しかし、みずはらPT隊も余力がなく手詰まり状態であったが、美紀恵の揺るぎない戦士として覚悟を秘めた目を見て、彼女の可能性に賭けることを決めるのだった。

 

『あなたの隊は第三滑走路で交戦中よ。そちらの援護へ向かいなさい』

「あ、ありがとうございます!!」

 

こちらへ発砲してくるテロリストを、みすはがマシンガンで牽制しながら促すと駆け出す美紀恵。

 

『ゴースト2より各員へ、彼女の援護を!』

 

部下へ指示を飛ばすと、美紀恵の進路上にいるESOへ接近し、足払いで態勢を崩すと背負い投げで地面に叩きつけるのであった。

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

爆音や、破砕音が響き渡る基地内を駆ける美紀恵。

テリトリーで強化し車両に匹敵する速度を出しているものの、目的地がどこまでも遠くに感じ、焦燥感と手遅れかもしれないという不安を懸命に抑えながらひたすらに足を動かす。

 

「あっ…!」

 

目的地の第三滑走路に到着すると、目の前の惨状に衝撃が走る。ASTの隊員ら始め見知った顔が倒れ伏しており。その中から勇の姿を見つけ駆け寄る。

 

「隊長っ天道隊長!しっかり…!」

「よう、美紀恵じゃねぇか」

 

必死に声を美紀恵に、残るコンテナを回収しようとしていたアシュリーが声をかけた。

 

「な、何ですかその装備…それにそのコンテナ…。ま、まさかもうアシュクロフトは…」

「ああ。こいつはありがたく頂いてくぜ。安心しな、そいつらは命までは取ってねぇからよ。まあ、天道勇については保証できねぇがな」

 

タフ過ぎて手加減できなかったからな、と付け加えるアシュリーに、セシルが呼びかける。

 

「いつまでお喋りしてるの?戻るわよアシュリー」

「てな訳だじゃーな!!」

「ま…待ちなさい!!」

 

落ちていたレーザーブレードを手にすると、去ろうとするアシュリーらを呼び止める美紀恵。

 

「…あ?」

「アシュクロフトは人々の平和を守るための要!!あなた達には渡しませんッ」

「…根性は認めてやるが、もうどーしよーもねーよ。状況わかってんのか…?てめー1人で何ができるってんだよ!!失せな!時間の無駄なんだよ…!」

 

抵抗しないなら見逃すと仄めかすアシュリー。その目にはどこか優しが含まれているように見えた。

 

「…いいえ、戦います!アシュリー。私はあなたのことを友達だと思ってます!!」

「はぁ!?」

 

突然の告白に、驚き担いでいたコンテナを落としそうになるアシュリー。

 

「な、何言ってんだテメー…」

「短い間でしたけど、あなたと一緒にいて凄く楽しかったです。もう一度あなたと一緒に遊んで笑い合いたいんです。ユウキだってそれを望んでいますッ!!」

「ッ!」

 

ユウキの名が出ると、ばつの悪い顔で頭を乱暴に掻くアシュリー。

 

「あれは作戦のための演技だ。オメェらと仲良くなったつもりはねェ!!」

「嘘です!だったらどうしてそんな辛そうな顔をするんですか!?本当のことを言って下さいアシュリー!!」

「ああ、うぜぇ!!どうしても退かねーってんなら容赦しねぇぞ!!」

 

コンテナを降ろすと、背部に懸架していたランスを手にし構えるアシュリー。

 

「セシル、レオ!すぐに追いつく、先に行ってろ!」

「…敵地に残していくわけにはいかないわ。レオ周囲の警戒を」

「う、うん。わかった」

 

こちらの意を汲んでくれる親友らにワリィな、と告げるとブースターを点火し、ロケットの如く加速すると瞬時に美紀恵へ肉薄するとランスで横薙ぎに殴り飛ばす。

 

「あグっ!?」

 

受け身も取れず、地面を数度跳ねる程吹き飛ばされる美紀恵。

 

「(やっぱり強い!!ただでさえ力の差があるのに、今の彼女にはアシュクロフトがある!勝ち目なんてないのかもしれない。でも…!!)」

 

「さっきの威勢はどうしたァ!!こいよ美紀恵ェッ!!」

 

彼女の技量なら苦なく追撃できた筈なのに、その場に留まり挑発するよう煽るアシュリー。まるで美紀恵が立ち上がるのを待ち望んでいるようであった。

 

「(それでも、どれだけ絶望的な状況であろうとも、もう呆れたりしません…!!)」

 

ふらつきながら立ち上がり構える美紀恵。迷いも恐怖も感じさせない力強い目で見据えてくる彼女に、アシュリーは自然と口角を吊り上げていた。

 

「へっ…この期に及んでいい目をするじゃねーか!!でもまあ、こいつで終わっちまうかもな!!」

 

獰猛な笑みを浮かべながらブースターの出力を上げていき、力をためるように前傾姿勢を取りながら踏ん張る。

それに対し、美紀恵はブレードを正眼に構える。

 

「(…集中するのです。状況を的確に判断し、より良い選択を…)」

 

僅かな変化も見逃すまいと相手を美紀恵。

アシュリーは最大まで出力を高めると踏ん張りを解き、引き絞った弦から放たれた矢の如く突進を開始する。

 

「アシュクロフトⅣユニコーンの持つ最大速だ!!お前じゃ捉えられねェよ!!」

「(速すぎる…。テリトリーを視覚に集中しても全然見えない…。これは、絶対に躱せない…。なら…)」

 

進路上の地面を削り飛ばす程の速度で迫る彼女に、美紀恵はブレードを手放し突き出されたランスを両手で掴んで受け止めた。

 

「なぁ!?何だと!?!?」

「動きはみえなくても、攻撃する際必ず私の体に武器は触れます…。その瞬間だけに集中すれば…!!」

「嘘だろ!?突撃型のユニコーンの最速だぞ!?それを通常装備で止めたって言うのかよ!!」

「前面から突進してくるのはわかってるのですから、防性テリトリーを前面に集中して高めれば防せ――がっ!!!」

 

言葉の途中で血の塊を吐き出し、片膝を突いてしまう美紀恵。

 

「へっ超音速の突進だぜ?いくら防性テリトリーを集中させようが、衝撃は体中を駆け巡る…ただじゃすまねーよ。ワリィがこれで終わり――」

 

ランスを掴んでいた手を振り払い止めを刺そうとしたアシュリーを、背後から真那が強襲しレーザーブレードで斬りつける。

斬撃こそテリトリーで受け止められるも、衝撃で正面から地面に叩きつけられるアシュリー。

 

「あ、あなたは…」

「新人が気張ってるのに、私が寝てるわけにはいかねーですね。ほら新人!何をぼさっとしてやがるです!!とっとと行きやがるですよ!!」

「行く!?ど…どこへ?」

 

意図が読めず困惑する美紀恵へ、折紙が上半身だけ起き上がらせながら声をかける。

 

「最後のアシュクロフトを起動させて…」

「折紙さん…!」

「私はもう…起き上がれない。あなたが起動させるしかない…!」

「ああ!?行かせるわけねーだろ!!」

「それはこっちのセリフでやがります!!」

 

阻もうとするアシュリーを、テリトリー上からブレードを突き刺し抑える真那。

 

「さあ早く!!私とアシュクロフト1機あれば、この戦い負ける筈がねーです!!」」

「で、でも…」

「…今のあなたなら使いこなせる。だから、行って…」

「わかりました!私、行きます!!」

 

2人に促され覚悟を決めた美紀恵は、最後のコンテナ目掛け駆け出す。

だが、そんな彼女へセシルが迫っていた。

 

「そうはさせないわよ!!――ッ!?」

 

美紀恵へ蹴りを放とうとした彼女に、勇が体当たりをし態勢を崩した隙に羽交い絞めにし拘束する。

 

「なっこの男まだ動け――!?」

 

予想外の乱入者に驚愕するが、それ以上に彼から匂う焦げ臭さに目を見開く。

 

「あなたまさか、アシュリーから受けた傷をサーベルのビームで焼いて塞いだの!?正気!?死ぬわよ!!」

 

そう、彼は腹部からの出血を止めるため、サーベルの出力を調整しバーナーのように傷口を炙って強引に塞いだのである。

 

「死なんさ、この程度ではなッ」

「隊長ッ!」

「止まるな、行けェッ!!」

「はい!」

 

コンテナまで後一歩まで迫る美紀恵だが、レオの放った砲撃を受けてしまう。テリトリーで直撃こそ免れるも、その衝撃でコンテナに頭から叩きつけられてしまう。

 

「美紀恵ッ!!」

「悪いけど、大逆転とはいかなかったわね」

 

勇が意識を削いだ隙に、蹴りを入れ拘束を解くと猛攻を加えていくセシル。

 

「(…駄目、でしたか…。い…いえ、まだです!!諦めた、り…しません…)」

 

コンテナに張り付きながらパネルに手を伸ばすも、力が抜けていき擦り落ちていく美紀恵。

 

「(でも、もう体が…。意識がなんだが、遠のいて…。い…嫌です、こんなところで…終わりたくない…。力を、立ち上がる力を、私に…!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

力が…必要ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(?誰、ですか…?)」

 

あの3人を止め…。仲間を、大切な人を守るための力…

 

「(力…。ほ、欲しいです!!勇さんの、皆さんのためにもッ。立ち上がる力を…立ち向かう力を…!!)」

 

では…私と手を取り合いましょう

 

「(手を…?)」

 

さあ、もっと手を伸ばして…そう…もう少し…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで、何かに導かれるように力を振り絞り手を伸ばすと、コンテナのパネルに触れる美紀恵。

 

『アシュクロフトⅤ『チェシャー・キャット』認証を開始します――認証完了。封印を解除します』

 

コンテナが開放されると、内部に納められていたユニットが彼女へと装備されていく。

 

「嘘だろ!?あんな深手で動きやがったのか!?!?」

 

予想外の事態に敵味方問わず驚愕している中、アシュクロフトを纏った美紀恵の傷が瞬く間に消えていく。

 

「凄い。やられた傷が塞がって、立ち上がる力が…!これがアシュクロフトの力ですか!!」

 

体を軽く動かすと傷など負っていなかったかのように問題なく動き、それどころか今でにない力が体の奥底から湧き上がってきていた。

 

「これならいけます!アシュリー!あなた達のアシュクロフト…返して貰います!!」

「へっやってみやがれ!また返り討ちにしてやらァ!!

 

指さしながら叫ぶ美紀恵に、アシュリーは受けて立つと言わんばかりにランスを構えるのであった。



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第七十四話

「(力が溢れてくるような感覚…。凄いです!これなら私も皆さんの力に!!)」

 

両手を開いたり閉じたりし、コンディションを確認する美紀恵。まるで別人になったように湧き上がる力に興奮させ覚えていると。吹き飛ばされてきた勇が側にあったコンテナに背中から激突してしまう。

 

「隊長!?」

『――ッガぁ…!』

 

ふらつきながら立ち上がろうとする彼に駆け寄り肩を貸す美紀恵。息も絶え絶えでバイザー越しからでも異常だとわかる程の汗が出ており、医療の知識が乏しい彼女から見ても、動けているのが不思議な状態であった。

 

「隊長さん!虫の息な人は引き下がってくだせェ!!」

『問題ない!来るぞッ』

 

譲る気のない様子で美紀恵から離れると戦闘態勢を取る勇。それでも真那らは彼を止めようとするも、事態がそれを許してくれなかった。

 

「わりィセシル、レオ。あたしのワガママで面倒なことになっちなった」

「気にしなくていいわアシュリー。こちらが有利であることに変わりはないのだから、このまま押し切るわよ」

 

申し訳なさそうに眉を謝罪する彼女に、セシルは冷静に状況を分析し彼女を励ますように告げ、レオノーラは無言ながらもどこまでも付き合うと言わんばかりに力強く頷いてくれる。

 

「いくわよ、必ずアシュクロフトを全て確保するわよ!!」

 

セシルの合図と共にレオが砲撃を行い、勇らは散開して回避する。その間にセシルとアシュリーが距離を詰めてくる。

 

『ジャバウォックは俺が抑える!!お前達はレオンから叩け!崇宮ッ目くらましッ!!』

「ああ、もうどうなっても知りやがらねーですよ!!『ムラクモ』砲剣形態(バスタースタイル)!!」

 

止まる気のない勇に、ヤケクソ気味に叫びながら手にしているレーザーブレードを変形させる。

砲身と化した刀身部から高出力のレーザーが放たれ、セシルらの眼前に着弾し大爆発を起こし煙幕を発生させる。

そして、煙幕に紛れながら勇はセシルに接近し瓦礫を蹴り飛ばす。セシルが煙幕を突っ切って襲いかかってきた瓦礫を蹴りで弾いた隙に肉迫し、バックラーを起動させた左腕で殴りかかる。

 

「くっ!?」

 

セシルが右腕で受け流すと、勇はその勢いを利用し右腕で裏拳を顔面目掛け放ち屈んで避けると後ろに跳んで距離を取ろうとするが。勇はすぐに追撃を行い肉迫してくる。

 

「(ジャミングさせない気ね!この男、一体何がここまで動かすと言うの!?)」

 

虚ろになりかけた目をしながらも、勇の動きに淀みはなく、まるで本能だけで動いているような異様な姿に、セシルの顔に冷や汗さえ流れていた。

 

「岡峰伍長!こっちは私が抑えるんで、そっちを!」

「はい!」

 

真那がアシュリーと斬り結んでいる間に、美紀恵がレオ目掛け駆ける。

 

「チッ、レオ!!」

「大丈夫、問題ない!」

 

全火器を稼働させたレオノーラは、美紀恵に火線を集中させるのではなく、広範囲に分散させて面制圧を行う。

火力こそ下がるも、回避する隙間を与えず確実に命中させること選んだのだ。

 

「きゃぁぁぁぁぁああああ!?」

 

そして彼女の纏うユニットレオンは火力特化型であり、それでも個人に対しては十分過ぎる程のダメージを与えることができるのだ。

爆風を浴び吹き飛ばされた美紀恵は、傷だらけとなり地面を転がり倒れ伏す。

 

「伍長!?」

「へっアシュクロフトを使おうがこんなもんか」

 

どこか落胆気味に言葉を漏らすアシュリー。

新型を身に纏ったとはいえ、それは相手も同じであるのだ。結局のところ同じ土俵に立てただけであり、元の彼女の技量が向上していない以上、当然の結果とも言えるのだが。

 

「ごめんなさい。私達はどうしても負けられないの」

 

確かな手応えを感じ勝利を確信したレオは、美紀恵に近づきユニットを奪おうと手を伸ばす――その瞬間、美紀恵の姿が消えるのと同時に彼女の体が斬り刻まれる。

 

「…え?」

 

自分のみに何が起きたのか理解できず、レオは傷口から血を噴き出しながら倒れ伏し。その背後には無傷の美紀恵が両腕部から鉤爪状のレーザを展開させて立っていた。

 

「す、凄い!!攻撃を受けても全然平気だし…それにこの武器は…」

『それはアシュクロフトⅤ『チェシャ―・キャット』専用装備。名を『キティファング』と言います。この装備はテリトリーを使い切り裂くことに特化した武器です。相手の装甲防御を無視し直接肉体を切り裂くことできます。ちなみに、あなたの意向に合わせ致命傷を与えないよう出力を調整していますので、先程の女性は無力化するだけに留めています』

 

予想外の力に驚嘆していると、頭に直接響くように自分を導いてくれた女性の声が聞こえてくる。

 

「え、えっと…。あなたは?」

『申し遅れました。私はアシュクロフトⅤ『チェシャ―・キャット』に搭載されているナビゲートAI。コールサインは『ベル』、装着者の戦闘をサポートするのが私の役目』

「ベル…」

「戦闘中によそ見してんじゃァねェェェエエエ!!」

 

予想外の事態に気を取られていると、傷を負いながらも強引に真那を振り切ったアシュリーが放ったランスの刺突を受けて吹き飛ばされてしまう。

 

「あぐッ!?」

「てめーよくもレオをやってくれたな…。まあ、こっちもてめーの仲間をやってんだ。恨み言を言うつもりはねーが借りはキッチリ――何!?」

 

アシュリーは、言い切る前に立ちあがってくる美紀恵を見て驚愕に目を見開く。

 

「嘘だろ…!?攻撃を受けてもすぐに治っちまうのか!?」

「これは…!?」

『チェシャ―・キャット標準能力『回復処理』。外傷に応急処置を施し痛覚を遮断することで、装着者を常に戦闘状態に保つことができます』

「これのおかげでさっきも私立ち上がれたんですね!!アシュクロフト、凄い装備です…!!これだけの力があれば…いけます!!」

『しかし、くれぐれも注意して下さい。先程申し上げた通り、『回復処理』はあくまで疑似的なもの。無理やり戦える状態にしているだけであって、傷を完全に回復することはできません』

 

勝機を見出した美紀恵は興奮の余り、ベルの説明を聞き終わる前に突撃すると、同じく向かって来ていたアシュリーと斬り結んでいく。

相手は爆発的な加速力を用いた一撃理脱戦法を得意としており、対するこちらは至近距離での戦闘を得意とする武装であり。教えられた通り距離を詰め続ければ押し切れると判断し、猛攻を加えていく。

事実アシュリーは徐々に防戦一方に追い込まれており、苦悶の表情を浮かべていた。

 

「あなたの纏っているアシュクロフト、返してもらいます!!」

「返してもらうだぁ!?そりゃこっちのセリフ(・・・・・・・・・・)だろ!!美紀恵ぇえ!!」

 

美紀恵の言葉に何やら激昂した様子のアシュリーは、ランスを手放すと背部のパイロンから2本のレーザーブレードを取り出すと両手にそれぞれ持ち、更に各関節部に備え付けられている発振器から光刃を展開し、美紀恵を切り刻んでだ。

 

「あ…がっ…!?」

「ッやべーです!!」

 

倒れ伏す美紀恵を見た真那が急いでフォローに回ろうとするも、飛来してきたレーザーに進路を阻まれてしまう。

 

「あのスナイパーまだ…!?」

 

倒れながらも火器を向けてくるレオノーラに、思わず歯噛みする真那。

 

「(傷が、治らない…!?!?)」

 

傷が再生されないことに困惑していると、ベルの声が聞こえてくる。

 

『既にあなたの肉体のダメージは限界…。これ以上の回復は不可能です…』

「そんな…!ここまできたのに…!!」

 

告げられた内容に、倒れ伏しながら拳を握り締める美紀恵。ようやく掴んだ希望が手から零れ落ちていくようで、思わず涙が零れそうになってしまう。

 

「突進力だけがユニコーンの能力じゃねーんだ。近距離での身のこなし速さ…手数こそがこの機体の最大のウリだ!!てめーの力を過信して相手を見なった時点で、お前は負けてたんだよ…」

 

美紀恵を見下ろしながら、興ざめしたように話すアシュリー。己の不甲斐なさに美紀恵は歯を噛みしめながら起き上がろうとするも、最早体がいうことを聞いてくれなかった…。

 

「アシュクロフト対アシュクロフト、それなりに楽しめたぜ…。じゃあ、てめーのソレ…返してもらおうか!!」

 

美紀恵へと近づくアシュリー。そんな彼女の前にレーザーブレードを構えた折紙が立ちはだかる。

 

「…させない」

「…天道勇といい、美紀恵といい。てめーら根性すわってやがるな…。だがもうやめておけよ。どう見ても立ってるのがやっとだろ…」

 

膝を震わし息も乱れている折紙に、関心と呆れが混ざった顔で指摘するアシュリー。それでも、折紙の目に迷いはなかった。

 

「…戦える戦えないは関係ない。大事なのは最後まで立ち上がり立ち向かうこと。あの人もその子も身をもって教えてくれた。だから、私も諦めない…」

「(折紙…さん)」

 

尊敬する先輩の言葉に触発され、激痛に悲鳴を上げる体に鞭を打ち起き上がろうとする美紀恵。

 

「(ベル…もう一度だけ、もう一度だけ私に力を…お願いします…)」

『それは無理なオーダーです。先程申し上げた通り、チャシー・キャットの回復処理は『体に嘘をついている』に過ぎません』これ以上の戦闘続行は危険です。最悪命を失うことになります』

「…!!」

 

告げられた内容に息を吞む美紀恵。

『死』という生物として最も恐れる概念に、振り絞った勇気すらかき消えそうになってしまう。

 

『あなたは十分に戦いました。ここで倒れても誰もあなたを責めはしない。今はお休み下さい』

「(そう、ですよね私頑張りました…。もし立ち上がれたとしても死んでしまっては…)」

 

AIとは思えない程暖かく彼女を思いやるベルの声に、遠のく意識を手放そうする美紀恵。

 

『がッ!』

 

そんな彼女の側にセシルの蹴りを受けた勇が吹き飛ばされてくる。

自分以上に傷だらけでありながらも、躊躇いなく立ち上がると敵に向かって行く勇。そんな彼の姿に胸の奥が疼いた。

 

「(勇、さん…。どうして、あなたは…そこまで戦えるのですか…?死んでしまう…かもしれないのに…)」

 

朧気な意識の中。ふと、以前に彼が話していたことが思い浮かんでくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ん?どうして死んでしまうかもしれない状態でも戦うのかかい?んー一言でいうなら失うのが怖いからだね。

自分の命が?そうだね、死にたくないし痛いのは嫌だよ。でもね、それ以上に大切な人達に死んでほしくないし悲しんでほしくないんだ。だからどんなに辛くても諦めたくないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(大切な人のために――そうだ、人の役に立ちたくて軍に入って…、やっと憧れの人と一緒に頑張れるところまできたのに、諦めるなんて――イヤだ!!!)」

 

弱気になっていた己に喝を入れるように、握り締めた拳を地面に叩きつける美紀恵。

 

「ベルッ!!もし死ぬようなことになっても構いません!!回復処理を…お願いします!!」

『危険が大き過ぎます。オーダーの撤回を要求します』

「嫌です!!私だって死にたい訳じゃありません!!でもここで何も成さないままで終わったら、私は一生後悔する!!だからッ!!」

『…わかりました…もう一度だけ立ち上がる力を…。ただし、忘れないで下さい。今度こそこれで最後、次に倒れればもう二度と立ち上がれない…』

 

回復が始まり傷が癒えていくことを実感すると、体を起き上がらせる美紀恵。だが、無理が祟っているせいか完全でないのか全身から激痛が走った。

 

「うぁぁぁああああああ!!!」

 

それを吹き飛ばすように雄たけびを上げると、折紙の首を掴み持ち上げていたアシュリーを睨みつける。

 

「アシュリー!!まだ私は立てます!!あなたの相手はまだ私です!!」

「流石にしつこすぎだろ!!…どうやらてめーを倒すには、本気で命を取るつもりでやるしかねーみてーだな!!!」

 

折紙を投げ捨てると、ランスを構え突撃態勢を取るアシュリー。

 

「こいつで引導を渡してやるよ…!!流石にコレを防ぐ余力はもうねーだろ!!」

「そうはさせません!!打つ前に終わらせます!!」

 

チャージ中に叩くべく、一息に懐に飛び込んで来る美紀恵に対し。アシュリーはランスを投擲するのだった。

 

「!!」

「…なーんて――」

 

実を捩じって回避した隙に、間合いを詰めたアシュリーは両手に持ったのと各関節部から展開したブレードで一閃した。

 

「嘘だけどな…!戦いの駆け引きってやつだ。気合だけじゃ実戦はどうにもならねーよ」

「が…」

 

アシュリーは、膝から崩れ落ちる美紀恵に今度こそ勝利を確信するも――持ち直した彼女は、倒れ込むかのような勢いでアシュリーへ突進していった。

 

「倒れたら、もうお終いだってベルが…!!だから、もう倒れません!!」

「くっ…。防性テリトリー最大…!!」

 

美紀恵が振るった鉤爪状のブレードは、金属より遥かに強固な不可視の結界を紙切れのように引き裂き、アシュリーの体に深い切り傷を刻んだ。

 

「んな、馬鹿な…防性テリトリーまで…抜けて…」

 

傷口から血を噴き出しながら崩れ落ちるアシュリー。だが、それを見届ける暇もなく美紀恵は顔面から地面に倒れ込む。

 

「う、ぐぐ…た…立たなきゃ…。次…倒れたら、起き上がれない…から…」

 

限界を訴えるように悲鳴を上げる体を無理やり動かしながら起き上がろうとする彼女の肩に、勇が手を置き制止する。

 

『もう十分だ。勝ったんだ、お前は…』

 

起き上がる気配のないアシュリーに視線を向けながら話す勇。その言葉を聞いた美紀恵は、全身から力が抜けていきへたり込んだ。

 

「か、勝ったん…ですか?わた、し…?」

『ああ、良くやった―ごふっ…!?』

 

突然咽込むように吐血しながら倒れ込む勇。そんな彼に、美紀恵は痛みなど忘れて起き上がると安否を確かめる。

 

「勇さん!?勇さん!!」

 

頭部の装甲を外し必死に呼びかけるも、勇から反応が返ってこず。眼に見えて息づかいが弱っており、顔色も青ざめてしまっていた。

 

『心拍数、脈拍共に危険域です。直ちに処置を施す必要があります』

「で、でもどうしたら…!?」

 

とてもではないが、この場でできる応急処置程度でどいうにかできるレベルでなく。狼狽するしかできない美紀恵。

 

『落ち着いて下さいマスター。今のあなたにしかできない方法が一つあります』

「そ、それは何ですか!?教えて下さいベル!!」

『ただし、あなた自身も無事で済むかわからない、かなりの危険なものになりますよ?』

「構いません!!この人を死なせたくないんです、私にできることならなんでもします…だから…!!」

『…わかりました。それでは――』

 

涙を流しながら懇願する美紀恵に、ベルは方法を提示するのであった。



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第七十五話

「んぅ…。あれ、ここはどこですか!?」

 

目を開けると一面に青空が広がり、上半身だけ起こし周囲を見渡すと、草原が見渡せる花が咲き誇る丘の上に美紀恵はいた。

 

「私は確かアシュリーと戦っていた筈…」

『ここはあなたの精神世界…。目標は撃破しましたご安心下さい』

「ベル!目標は撃破…。そうですか…良かった」

 

直接響くように聞こえてくるベルの声に安堵する美紀恵。

 

『今はあなたの感覚を絶ち回復モードに移行しています』

「その、あの!ありがとうございますベル!!あなたのおかげで私…」

『いえ…私はあなたのオーダーをただ処理しただけ…彼女らを撃破できたのは、あなたの強い想いと意思の力…。チェシャ―・キャット…あなたに認証してもらえて本当に良かった…』

 

心から喜んでいるような声音と共に、穏やかな風がそっと美紀恵を撫でる。

 

『これからも私はあなたに力を貸しましょう。だからきっとあの3人を止めてあげて下さい…』

「止めて、あげる…?どういうことですか…?ベル…」

『お願いします…マスター』

 

そこで終わりを告げるように視界が光に包まれていく。待って!と手を伸ばすも空を切り意識が遠のいていくのであった。

 

 

 

 

「ぅんん…」

 

次に意識が覚醒すると、ASTで訓練していた時からお世話になっている軍病院の病室の天井が視界に広がる。

 

「岡峰伍長?」

 

声のした方を向くと、病衣を着た勇が丸椅子に腰かけながら、心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「天道、隊長?私…」

「あの戦いの後ここに運ばれたんだけど、覚えてる?」

 

丸一日寝てたんだよ、と話す勇の言葉に、その時のことが徐々に思いだされていく。

 

「えっと…。!って隊長酷い怪我だったのにもう動いて大丈夫なんですか!?」

 

慌てて上半身を美紀恵を、肩に手を置いて落ち着かせる勇。

 

「うん。君のおかげで日常生活を送るくらいならね」

「私の?」

「そうだって折紙から聞いたんだけど?」

 

覚えてない?とキョトンとした顔で問いかける勇。

より鮮明に当時のことが思い出されると、あ…、と思わず声を漏らす美紀恵。

 

 

 

 

「こ、これでいいんですかベル?」

『はい。次にテリトリーで彼ごと自身を包んで下さい』

 

勇の手を両手で包み不安そうに問いかける美紀恵。

非常時とは言え、思いがけない行動にドギマギしており声も僅かに上ずっていた。

それでも、集中力は乱さずベルからの指示に従いテリトリーを展開する。

 

『それでは最後にもう一度だけ確認しますが、この方法は最悪あなたも命を落とす可能性もあります。本当によろしいのですね?』

「はい!助けられる可能性があるならそれに賭けます、だからお願いしますベル!!」

 

美紀恵を心から心配しているかのように問いかけてくるベルに、彼女は迷いなく答える。

ベルが提示した方法とは、チェシャ―・キャットの回復処理を応用し、他者の傷を肩代わりするいうものであった。

当然美紀恵自身にかかる負担は大きく、既にかなりのダメージを受けている状態で行えば最悪命に関わる危険な行為であった。

それでも、他に勇を救う手立てがない以上、美紀恵に躊躇うという選択肢は存在しなかった。

 

『…わかりました。それでは、オーダーを実行します』

 

作業が始まると同時に、美紀恵の脳に過剰に負担がかかり激しい頭痛に襲われる。

 

『テリトリーを乱さないように。僅かな乱れでも作業に支障をきたします』

「わ、わかり…ました…」

 

歯を食いしばり痛みに耐える美紀恵。その間にも、勇の体から傷が消えていき、それに比例して彼女の体に傷が増えていく。本来なら回復処理によって癒されるのだが、限界を超えている状態ではそれさえままならなかった。

 

(「痛い、私が感じていたのと同じくらい――いえ、私のように回復処理なんてないのに、全ての痛みを背負って戦ってたんですね勇さん…)」

 

勇の覚悟を身をもって感じ、改めて追うべき背中が険しき道のりの先にいることを知る。

 

「(死なないで下さい勇さん…。あなたの帰りを待っている人達がいるんです。私も教えてもらいたいことが一杯あるんです…。それに――)」

 

握っている手を額に合わせ願いを込める美紀恵。やがて勇の顔色が戻っていき、呼吸を穏やかなものに変わっていく。

 

『脈拍、心拍数共に安定を確認。これなら医療施設へ搬送されるまで保つ筈です』

「そう…ですか。良かっ、た」

 

ベルの言葉に安堵の息を漏らす美紀恵。それと同時に緊張の糸が切れてしまい、疲労から視界がグラついていく。

 

『お疲れ様ですマスター。どうか今はお休み下さい…』

 

ベルからの労いの言葉と共に、勇へと倒れ込むようにして美紀恵は意識を手放した。

 

 

 

 

「そっか、私そのまま気絶してしまって…」

「具合はどう?悪いところはない?」

「あ、はい。大丈夫みたいです」

 

軽く体を動かし異常がないことを確かめる美紀恵。それを見て良かった、と安堵したように微笑む勇。

 

「まあ、でもちゃんとした検査しないとね。ただ…」

「ただ?」

「医師の皆さんにしこたま怒られるだろうけどね、「こんな無茶して死にたいのかッ!!!」ってね…」

 

俺も起きた時に怒られたからね…、とどこか遠くを見る目で話す勇を見て、あはは、と冷や汗を浮かべながら笑うしかない美紀恵。

すると、ドアがノックされる。

 

「あ、どうぞ」

「失礼しやがりますよ。おや、岡峰伍長気がつきやがったんですね」

 

美紀恵が促すとドアが開かれ、折紙と真那が入室してくる。

 

「具合は?」

「大丈夫そうです。ご心配をおかけしました」

「それは何よりで。あれだけの傷を負ってたのに、新型の性能もあったとはいえ、大したもんですよ」

「皆さんに助けられたおかげですよ、ありがとうございました。あ、そういえばアシュリー達はどうなったんですか?」

「逃げやがりましたよ。かなりの重傷者が2人もいたんで追撃できませんでしたし」

「す、すみません…」

 

しょんぼりとする美紀恵に、真那が別に責めてねーですよとフォローを入れる。

 

「あの状況で死人が出てねーんですから上等ですよ。伍長が来てくれなかった流石にヤバかったでやがりますから」

「あなたは私達を助けてくれた。誇りこそすれ謝罪すべきではない」

「いえ。実は前日に敵のアジトを突き止めて、知っていたんです襲撃の手順…。皆さんに伝えようと思ったけれどヘマして、捕まってしまって…」

 

言葉を紡ぐ中で、己の不甲斐なさから涙が零れていく美紀恵。

 

「もし私が捕まらなければ、アシュクロフトを全部守ることもできたかもしれないのに…やっぱり私は、役立たず…」

「そんなことはない」

 

言葉を遮り彼女の頭にそっと手を置く勇。

 

「責められるべきは始めからあの場にいた俺達だ。君がいたから残る1機は守れた。おかげで奪われた3機を取り戻す可能性が残ったんだ」

「勇さん…」

「君は役立たずなんかじゃない。そんなこと誰にも言わせない。君は強い娘だ自信を持っていい」

「ありが、とうございます…!」

 

嬉しさの余り泣き出してしまう美紀恵。そんな彼女の頭を優しく撫でる勇。

 

「ッ…!?」

 

ふと背後から寒気を感じた勇がドアの方を向くと、ドアが僅かに開いており、その隙間から妹が絶対零度の目を向けているではないか。

 

「見舞と説教しに来たけど。…何美紀恵泣かせてるの兄ちゃん?」

「いや、これは…」

「屋上行こうか…久しぶりに…キレちゃったよ…」

「はい…」

 

有無を言わせない迫力に、ただ従うことしかできない勇であった。

 

 

 

 

「――はい、そうですか…。こちらはまだ時間が…できる限り急ぎますが――はい、そちらもご無理をなさらず」

 

ミルドレッド・F・藤村ことミリィは携帯の通話を終えると、憂鬱そうに息を吐きながらポケットにしまう。

 

「上官さんからですか?」

 

そんな彼女に、眼鏡をかけた淡いノルティックブロンドの髪の女性が声をかけた。

 

「あ、カレン。そうなんです、基地の方でトラブルが…」

「もしかして、新しく配備されたリアライザが強奪されてしまったことで?」

「どこでそれを?」

 

機密度の高い情報を即座に入手していることに不思議そうな顔を問いかけると、眼鏡の位置を直しながら笑みを浮かべるカレン。

 

「我が社も色々な相手と取引をしていますので。こと最大のライバルであるDEM社に関することは、深くアンテナを張ってますので」

「ふえ~流石社長秘書も務めているだけありますねー。ミリィはそういうのはさっぱりです」

 

感心したように目を輝かせるミリィ。彼女の本来の所属はそのDEM社であり、笑い事ではない筈なのだが。当人は会社に対する帰属意識が極端になかったりするのだ。

 

「それで、迎撃したあなたの所属部隊や特務部隊に多数の負傷者が出たと聞きますが…」

「そうなんですよ!殆どの人はすぐに治療できる程度だったんですけど、あの人はまた集中治療室行きになったんですよ!!」

「あの人とは、特務部隊の隊長を務めている方ですか?」

 

カレンからの問いに、ミリィはそうです!とプンプンといった様子で憤りを見せる。

 

「代替えの機体なのだから、無理はしないようにとあれだけ念を押したのに!勇さんったら傷口をビームで焼いて塞いだっていうんですよ!信じられません!正真正銘のおバカさんです!!」

 

怒り心頭と言ったようすで鼻息を荒くして怒鳴るミリィ。とはいえ、それは純粋に相手のことを想ってのことなのだとカレンは感じれた。

 

「心配なのですねその方が」

「ええ…。誰かが止めようとしても、必要ならどこまでも前に進んでしまう人なんです。…それで例え自身がどうなっても足を止めようとしない、そんな人なんです…」

 

俯いて両手を合わせて握り締めるミリィ。傷だらけになって戻って来る彼の姿を思い出し、もしもそのまま帰らぬ人となってしまったらと考えると、思わず涙を零しそうになってしまう。

 

「…だからこそ、その方のための『力』を生み出してあげたいのですね…」

 

そういうと視線を動かすカレン。その先には最低限の装甲しか施されていない状態で、ハンガーに納められているMK-Ⅱが鎮座していた。

彼女達がいるのは、フランス首都パリにあるマオ・インダストリー本社内にある格納庫であった。

ヴォルフ・ストラージとの戦いで大破したMK-Ⅱは、開発元である本社でのオーバーホールが必要とされ戻されたのだが。元は次世代量産機開発のための試作機として開発されたMK-Ⅱは、度重なる激戦を経たことで、必要とされるデータの収集という役目を早期に終えることとなったのだ。

そのため役目を終えた本機の処遇を決めることとなり。精霊の度重なる出現を始め、重大事件が多発により戦力の確保を求めたブルーアイランド基地からの要請を受けた軍部からの依頼によって、これまで本機に搭乗していた天道勇の専用機としての改修が決定されたのだ。

それに伴い、本機の整備に関わり勇の癖等を熟知しているミリィが中心となって、改修計画が行われることとなったのだ。

他企業の人間である彼女に白羽の矢が立ったのは、彼女自身がDEM社にいるのが単に環境が良かったところからスカウトされただけであり、本人としては機械いじりができれば別にどこでも良かったという性格が考慮されたものであり。そのこともあってなのか、DEM社からも彼女自身にスパイ活動をしろといった命令もなく、ただ単純に許可が下りるだけであった。

そして、マオ・インダストリーと協力関係にある、アメリカに本社を置くアスガルド・エレクトロニクスからは、T-LINKシステムの開発者であるカレンも派遣されたのだ。

 

「はい。止まってくれないのなら、せめて無事に帰ってきてくれるだけの力を用意してあげたいんです。…この子もそれを望んでいる気がしますし」

 

MK-Ⅱへ歩み寄り、そっと装甲を撫でるミリィ。物言わぬ機械である筈だが、MK-Ⅱからは新生の時を待ちわびているかのような趣が感じられるのであった。



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第七十六話

『そうか、5号機(チェシャ―・キャット)以外は奪われてしまったか…』

「申し訳ありません。全ての責任は私にあります」

 

自身の執務室にて、燎子はモニター越しに勇太郎に頭を下げる。

 

『いや、情報が漏れていた可能性の高い中、君含め皆良く頑張ってくれた。奪還できる可能性が残されていることこそ最上の結果だよ』

「しかし…」

『責任と言うなら、そちらに戻ることさえできない私にこそあるさ』

「何か問題でも?」

『…どうやら、私や指令がすぐに戻ることを良く思わない輩がいるらしい。何かと理由をつけて足止めされていてな。司令が尽力して下さっているが、今暫く時間がかかりそうだ』

 

苛立ちを誤魔化すように深々と息を吐く勇太郎。どうやら何者からかなりの嫌がらせを受けているらしい。

 

『ここまで強引な手でくるとはな、やはりアシュクロフトシリーズ、ただの新型という訳ではないようだ』

「どうやらそのようですが、そちらで何か掴めました?」

『いや、欧州方面の連中かなり口が堅くてな、セシル・オブライエンらが脱走に至った経緯すら知っている筈なのに話そうとせん』

「ここまで非協力的とは明らかに異常ですね」

 

軍部にも当然ながら派閥があり、時にはいがみ合うこともあるものの、ここまで露骨に背中を見せるような姿勢は早々起きえないものだった。

 

「勘ではあるが、争っているのは軍部内ではないかもしれん」

「と言いますと?」

『欧州方面の連中の態度がやけに同情的でな、話さないというよりも話せない(・・・・)といった印象だった』

「…つまり何者かに口止めされている可能性が高いと?」

『だが、本部の方でそういったことが行われている形跡がない。つまり外部からの圧力がかかっている可能性が高い』

 

勇太郎から告げられた内容に、燎子は顎に手を添えて思考する。

本部以外に方面軍に圧力をかけられるような存在は、上位組織である国連くらいなものであろう。だが、今回の件で国連がそんなことをして得をすることはない。とすれば残される可能性は――

 

「企業、それもアシュクロフトシリーズを開発したDEM社が動いていると?」

『恐らく、な。あいつ(・・・)の企業のことだ内部で何が起きてもおかしくない』

 

吐き捨てるように話す勇太郎。DEM社というより、それにまつわる何かを嫌悪しているようであった。

 

「少佐?」

『ああ、すまない。ともかく、そこらも含め探りを入れつつ早期に戻れるよう努めるが。それまではASTとCNFは奪われたアシュクロフトの奪還と、残る機体の防衛に努めてくれ』

「了解しました少佐。では」

 

通信を終えようとすると、勇太郎がああ、それからと切り出す。

 

「はい?」

『無理はしないでれ。君になにかあるのはとても辛い』

「しょ、少佐?!」

『では、燎子君(・・・)無事を祈る』

 

そこで通信が切れ、モニターの前で顔を真っ赤に染めて固まる燎子が残されるのみとなるのであった。

 

 

 

 

医療用(メディカル)リアライザ…。SSSを抜ける時、装備を一緒に持ち出しておいて正解だったわね」

「しっかし丸一日眠りっぱなしとはな」

「仕方ないわよ私もメディカルリアライザは専門じゃないし。動けるようになたっだけ感謝なさい」

 

港区にある倉庫街の一角にて。体を軽く動かしながらボヤくアシュリーに、溜息混じりに話すセシル。

 

「で、次はどうすんだ?さっそく美紀恵にリベンジといくか?」

「いえ…。アシュクロフトは一度認証が済むと奪い取るのは難しいわ…。ひとまず彼女の分は保留にしましょう。アシュクロフトは全部で5機、次に狙うのは認証の済んでいない残りの1機。岡峰重工に提供された最後のアシュクロフトシリーズ、試作機『アリス』を…」

 

 

 

 

「え!?最後のアシュクロフト『アリス』の護衛任務!?」

 

基地内にある燎子さんのにて、岡峰伍長の驚愕の声が響く。

俺と伍長は目覚めたその時の内に退院となり、折紙、崇宮と共にその足で次の任務のためのブリーフィングに参加していた。

ちなみに、伍長の謹慎は解除することとなった。アシュクロフトシリーズには認証機能があり、特定の者にしか扱えず当然ながら開発元でしか設定を解除できず。現状チェシャ―・キャットは伍長でしか起動させられないのだ。敵との戦力差を埋めるためには伍長の力が必要であり、例えそうでなくても今の彼女ならもう問題はないと判断し、それを上も了承してくれたからだ。

 

「アシュクロフトってもう1機あったんですか!!てっきり搬入された4機で全部かと…」

「んー私も思ってたんだけどね。まだ認証の済んでいない最後の1機が民間企業に提供されたみたいでね」

「民間企業、ですか」

 

俺の言葉に、燎子さんは疲れを隠せない様子で息を吐く。アシュクロフトに関する資料には載っておらず、燎子さんにすら今になって伝えられたということは、大人の事情ってやつが絡んでいるのだろう。

 

「でもリアライザってDEM社でしたっけ?そこでしか作れないのでは…」

「その通りだけど、CR-ユニットなんかは外注で民間企業委託したりしてるのよ」

「その方が競争力も生まれ、より良い製品が生まれやすくなりますからね」

 

俺と燎子さんの説明にほえ~と感心した声を漏らす伍長。

近代の工業品――特に兵器は高度化・複雑化された結果、1つの企業で全てを開発することは難しくなり、最近では複数の企業による共同での開発が主流となっているのだ。

 

「それで、近々その企業で、政財界のお偉いさん向けにアリスのお披露目会をやるそうなのよ。ちょっとした資金提供のためのアピールってことなんでしょうけども。でもまあ、アシュクロフトはあの3人組に狙われている訳で…」

「それで軍の方に護衛の話が回ってきたと?」

「そういうことね。彼女らがアリスの情報を持っていて襲撃してくるか謎だけど…。いい?あなた達…これは非常に重要な任務よ」

 

そういってゆっくりと椅子から立ち上がる燎子さん。…こころなしかというか冗談に抜きで鬼気迫る気配を発していらっしゃる。

 

「この基地では、MK-Ⅱ1号機に続いて3機ものアシュクロフトをまんまと奪われているの。ジュネーブの本部では紫条指令や天道少佐の方針に懐疑的な声が日に日に大きくなってるの…。もし、次に同じようなことがあればお2人の首が飛びかねないわ!!もう失敗は許されない、この任務なんとしても成功させるのよ!!」

 

テーブルを力強く叩きながら意気込む燎子さんに、それぞれ応じる俺達。

戦略上重要地であるこの基地ではどのような失態であれ重大視されてしまう。まして新型が立て続けに強奪されたなど本来なら許されないことだ。人々の安全を守る軍人は何より結果が求められる、たとえどれだけ努力したとても誰も守れませんでしたでは話にならないのだ。己が背負っている責任の重さをわすれないようにしないとな。

 

「大尉、1つ質問がある」

「何かしら折紙?」

「そのアリスはこの基地に配備される予定は?」

「残念ながらそんな話はないわね。あくまで、今は民間企業の所有物ってことになってるし。その企業にとっても客寄せパンダでしょうから、なにがあっても手放さないでしょうね」

「アシュクロフトの性能は精霊にも通用できる兵器。一般企業が持っているよりも我々が使用すべき」

 

普段は軍務に意見することのない折紙が熱望するかのように食い下がる。俺とMK-Ⅱ2号機の乗り手を競った時のように戦力の確保に関しては人一倍熱意を見せる。

 

「(とはいえ、やはり危うい、か…)」

 

その姿に、頼もしさ以上に身を滅ぼしかけない危うさを感じてしまう。それはやはり、根底に精霊への復讐の念があるからだろうな。

 

「そうねぇ…。でもまあ、こればっかりはどうしようもないわね。そのアリスもお披露目会でASTとは関係ないウィザード認証しちゃう訳だし」

「しかし…」

「折紙、企業が力をつけることも大切なことだ。それがいずれ、アシュクロフト以上の兵器の開発に繋がるのだから」

「…了解」

 

理屈はわかるが納得はしきれない、か。この熱意が誤った事態を招かないよう導くのが上官である俺の役目だな。

 

「そういえば、その企業の名前はなんていいやがるんで?」

「ああ、企業名ね。岡峰重工って名前くらいは聞いたことあるんじゃない?日本だけじゃなく、世界にも関連会社を持つ岡峰グループの傘下企業の1つね」

「へえ~あの岡峰グループの――って岡峰?」

 

岡峰というワードに伍長視線を向ける崇宮。それにつられに皆の視線が集まる中、当の伍長は顔色を悪くして俯いてしまっていた。

 

「…岡峰重工は実家の、父の経営する会社です」

「え、ってことはあんた社長令嬢だったの!?」

「とてもそうは見えませんが…」

 

驚愕する大尉らにあはは、と乾いた笑みを受かべる伍長。

 

「よく言われます。私は岡峰に相応しくないって…」

「い、いや別にそういう意味で言った訳じゃ…」

「いいんです事実ですから」

 

慌てて釈明する崇宮に、笑いかける伍長。だが、その笑みはとても痛々しいものであった。

 

 

 

 

執務室を後にした俺は、通路を歩いきながら後ろを歩く伍長に声をかける。

 

「本当に大丈夫かい伍長?今回の任務は無理せず待機してくれていてもいいんだよ?」

「いえ、大丈夫です!チェシャ―・キャットを扱えるのは私だけですから、絶対に足手纏いにならないので参加させて下さい!!」

 

戦力的にはそうだが、精神的に不安定な状態で無理はさせたくないのだが。ここにしか居場所がないかのように縋る目で話す彼女に、それ以上言うことは俺にはできなかった。

折紙も崇宮も異論はないと頷いてくれたので、ここは彼女の意思を尊重しよう。

 

「わかった。ただし、本当に無理だと感じたらすぐに言ってね」

「はい!ありがとうございます!」

 

先程とは一転して花の咲いたような笑顔になる伍長。…余程実家と上手くいっていないのだろうか?とはいえ軽々しく聞けることでもない、か。

 

「にしても後がないにしても、大尉やけに気合入っていやがりましたね」

 

気を利かせてくれたのか、話題を変えるように不意に崇宮がそんなことを口にした。

確かに失態続いで後がないとはいえ、燎子さんの気合の入りようは尋常ではなかった。

 

「日下部大尉は天道少佐に好意を抱いている。だからこれ以上迷惑をかけたくないと考えている」

「え、そうなんですか!?」

 

折紙の言葉に驚嘆する伍長。崇宮はお~、と興味深そうな顔をしている。

 

「基地内では周知の事実。…本人は気づかれていないと思っているようだけど」

「なるほど、そりゃやる気になりやがりますな」

「……」

「どうしやがりました岡峰伍長?」

「いえ、真那さんってそういうことに興味あるんだな~って」

「ほほう、喧嘩売っていやがりますか?」

 

お?ん?と握り拳を掴みながら骨を鳴らして凄む崇宮に、すみませでした~と涙目になって平謝りしている伍長。

 

「なら、真那の好みは?」

「ん~そうですねぇ。兄様のように優しくて、何より真那より強い人ですかね」

「…それは難易度が高いね」

 

折紙の問いに人差し指を頬に当てながら答える崇宮に、思わず苦笑してしまう。彼女はウィザードとしてだけでなく、純粋な剣士としての技量も高いから相手はかなり難儀するだろうな。

 

「ま、真那のことはともかく、あの3人アリスのこと狙ってくると思いやがりますか?」

「…くる、だろうね。彼女らのアシュクロフトへの執着は並大抵のものじゃなかった」

「そういやこの前の戦闘で逃げる前に、アルテミシアを取り戻すやら何やら言ってやがりましたね」

 

アルテミシア――確かあの3人がSSSにいた頃に所属していた部隊の隊長の名前と同じ、か。新型の名称がアシュクロフトであることとも関係があるのだろうか?…駄目だな、現状じゃ情報が少なすぎる…。

 

「……」

「美紀恵。戦わねばならない以上、躊躇いは死を招く」

「はい…」

 

折紙の忠告に俯き気味に応える伍長。やはりアシュリー・シンクレア――友と戦うことに抵抗があるのだろう。

 

「確かに戦うことも大切だけど、争うことを避けられるならそのための努力もすべきだと俺は思うよ」

「くどいですがね、そういうのは言うのは簡単でいやがりますが、何か案でも?」

「知り合いに総務省に努めている人がいるから、今回の件で何か知らないか聞いてみるよ」

 

最もその人物が『信用できる』と断言できないという不安はあるのだけど、他に当てにできるのが無い以上仕方ない。

 

「それじゃ真那達はこれで、行きますよ伍長!気分転換には体を動かすのが一番でいやがりますからね!」

「わわ、待って下さいよ真那さ~ん!」

 

分かれ道に差し掛かり、トレーニングルームへ続く通路へ駆けだす崇宮を慌てて追いかけていく伍長。

アシュクロフトがあるとはいえ、それを扱う伍長自身の技量が未熟なのは否めず。次の任務での成功率を上げるため、崇宮にスパーリングで稽古をつけてもらうことにしたのだ。手荒だが、時間がない以上伍長には頑張ってもらうしかない。

 

「私もこれで」

 

そういって折紙もトレーニングルームへ向かって行く。

 

「リアライザで治せると言っても、もしものこともある。今回は設定はいつもより下げなよ?」

 

訓練の中には実戦に近い環境を再現できるものもあり、最高設定ではダメージまで再現することもでき、彼女はそれを多用というかそれしか利用しないのだ。

 

「それでは精霊を相手にした訓練にならない。任務には差し支えないよう配慮する」

 

できれば任務前に過度なことはしてほしくないが、まあ、無理に止めても逆効果だし、妥協点を見出す方がいいか。

 

「それでも構わないけど、代わりに訓練時間は2時間までだ。後で見に来るからね、ちゃんと守るように」

「了解」

 

しっかりと釘を刺しておき建物から出ると、携帯を取り出し電話帳から『菊岡誠二郎』を選び、作成したメールを送信するのであった。



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第七十七話

「ほおおお。っこが岡峰重工特別イベントホールでやがりますか!!」

 

アリス護衛のため岡峰重工が主催するお披露目会に参加すべく足を運んだ俺達を代表するように、崇宮が感嘆の声を漏らす。

辺りを見わたせば、政治家やタレントにとテレビで見たことのある顔ぶれが多く、更にマスコミの姿もあるな。

 

「勇、マスコミは苦手と聞いている。大丈夫?」

「ああ、関わらない限りは問題ないよ。ありがとう折紙」

 

昔はテレビ越しに見るのも辛かったけど。流石に今はマスコミだからってなんでも駄目という訳ではない。

 

「社運も賭けてるでしょうから、流石に気合が入ってるわね」

「これは尚更失敗は許されないですね」

 

これだけ大物が関わる場でアリスを強奪されようものなら、責任問題どころの話じゃなくなるぞ…。

 

「にしてもドレスなんて動きにくいったらねーですね」

「我慢しなさい。大人になったらこういった経験が生きるものよ」

 

ソワソワと自分の姿を見ている崇宮を窘める燎子さん。

ドレスコードが求められる場所なため、俺はスーツを女性陣はドレスを身に纏っていた。

 

「う~こんなの真那には似合わねーですよ…」

「?そんなことないよ。良く似合ってる」

「お世辞どうも、どうせ馬子に衣装っでやがりますよ」

 

そういって自嘲するような顔で肩を竦める崇宮。まあ、彼女の性格的に着慣れていないだろうけど、この手のことで女性にそんな顔はしてほしくはないな。

 

「他人がどう思うかはわからないけど。俺は似合ってると思うよ、だれが何と言おうともね」

「…そういうこと言うから変に誤解されやがるんですよ。でもまあ、ありがとうごぜーやす」

 

やれやれといいたそうだけど、どこか嬉しそうに纏めた後ろ髪を揺らす崇宮。

そんな話をしていると、不意に袖が遠慮がちに引かれた。

そちらに視線を向けると、折紙が何か期待するような様子でこちらを見ていた。

 

「勇、私は?」

「ん?うん、君もとても似合ってるよ」

「…ん」

 

俺の言葉に表情こそ変えないも、どこか満足そうに軽く頷く折紙。何だかんだで彼女もそういったことを気にするみたいだね。

 

「さてと、伍長は大丈夫そうかい?」

「は、はい。大丈夫です!」

 

ここに来てから顔色がいいとは言えない伍長に話しかけると、勇気を振り絞るように答える。やはり精神的にかなり負担になっているようだけど、今のところは本人の意思を優先させても良さそうだ。とはいえ本当に任務継続が困難なら無理やりにでも退かせるけど。

 

 

 

 

 

 

「どうでしょう少尉、今度お時間の良い時にお食事でも…」

「いやいや、私の娘と見合いでもどうでうかな?なかなかに尽くしてくれる子ですぞ」

「何の我が孫なんかは将来有望ですぞ――」

 

不退転の覚悟で任務に挑んだ俺は、想像もしていなかった窮地に陥っていた…。

周囲を囲むのは上流階級を示すように、高級スーツやドレスを身に纏いブランド品を身に着けた紳士淑女の皆様で。若い女性は俺に食事への誘いや、年配者は娘や孫娘との見合いを勧めてくるではないか!てか孫って10代になるかどうかくらいの年齢やんけ!婚礼期には俺30代になるんですけど!?やだ、社会の闇が見えて怖いんですけど!?!?

 

「申し訳ございませんが、彼はただいま任務中でありますので…」

 

同じく参加している燎子さんが、どうにか口述をつけて助けようとしてくれるも、誰もが獲物を逃がさんと言わんばかりに食い下がってくるので、どうにもならず困り果てるしかなかった…。

 

「皆様方、ちょいとよろしいですかな?」

「おお、斯波田外務事務次官お久しぶりですな」

 

そんな折白髪の中年男性が囲んでいる人々に語り掛けると、皆何やら挨拶やら政治、経済やら高度な話が飛び交ってる…。

 

「少し彼と重要な話がしたいんですが、よろしいですかな?」

 

男性がそういうと、あれだけ粘りを見せていた人達が、名残惜しさを見せながらも散っていく。てか、外務省の事務次官ってその省のNo.2じゃん!?そんな人が俺に何の用なんだ!?!?

 

「やれやれ。有望なホープだからってがっつき過ぎだぜ、悪いな少尉不快な思いをさせちまって。おっとすまねぇ俺ァ外務省事務次官を務めさせてもらってる斯波田 賢仁(しばた まさひと)てっんだ。よろしくな」

 

柔らかな物腰とは打って変わり、気のいい近所のおじさんといった気さくさで話しかけてくる斯波田務事務次官。多分、こっちが素ってことか…。

 

「いえ、助けて頂きありがとうございました斯波田務事務次官」

 

俺も燎子さんも揃って敬礼すると、斯波田務事務次官はまあ、そう頑なんな。公の場って訳でもねぇんだ、とカッカッカッと大らかに笑われる。…いや、一応ここも公の場なのでは?

 

「なぁに気にすんな、用があるってのは事実だしな。にしても次代の英雄ってのも大変だねぇ」

「英雄、ですか?」

 

何ですかその不穏な響は…。

 

表向き(・・・)とはいえ精霊2体の討伐に、あの漆黒の狩人を単独でのしたってんだ。軍事に関わる分野じゃ超がつく有名人だぜお前さん」

「は、はぁ…?」

 

え、何?そんなことになってたの???どうして???why???warum???Pourquoi???perché???

 

「おいおい、そんな『何で?』みたいな顔されるとこっちが困っちまうよ」

「申し訳ありません。彼、自己評価が低い部分がありまして…」

「そこは親父さんに似てんだな、いや、それ以上か?まあ、謙虚なのはいいが期待されてるってことは忘れんでくれよ?もっと蕎麦のようにビシッとコシを決めてくれんとな」

「は、はい」

 

燎子さんの言葉に困ったように頭を掻く斯波田事務次官。

話が予想外に飛躍してて、曖昧に答えるしかできないんですが…。というか、独特な例えだなぁ。

…とはいえ、正直注目されるのは苦手なんだけどなぁ…。

 

「っと、いかんいかん。つい話し込んじまった。用があんのはほんとはこっちなんだ」

 

そういって手の親指で指した方を見ると、事務次官よりは幾分若そうな男性が控えるように立っていた。

刃を思わせるような目つきに厳格さを漂わせる風格、どこか見覚えのあるような?

 

「始めまして少尉。内閣情報官の風鳴(・・)八紘(やつひろ)だ」

 

自己紹介しながら握手を求められたので応じる。ん、風鳴?

 

「失礼ながら、風鳴氏は娘さんはいらしゃるでしょうか?」

「…風鳴翼の父だ。形式上、はな…」

 

やっぱりか。彼女の姿と重ねると頑固そうな感じが似ている気がする。

それにしても、何故だろう?風鳴のことを娘と呼ぶのに抵抗でもあるのだろうか?どこか寂しそうな趣きを感じるが…。

 

「もしや用件とは娘さんのことで?」

「…ああ、アレが風鳴の名を汚していないかとな。――聞いてはいるだろうが、我が風鳴家は古来より祖国を守護することを使命としてきたのだ。仮にもその末席に身を置いている以上、無様な姿を晒すことは許されない」

「……」

 

態度や口調こそ冷徹に風鳴のことを冷たく見ているようだが、わざわざ事務次官を頼ってまで俺に様子を聞きにくる辺り、どこか気遣っているようにも思える。

 

「確かに迷いを抱えたり、意固地になることもありますがご安心を。彼女の()や刃は力は人々の笑顔を守るに欠かせないものとなるでしょう。自分も彼女に助けられることは多いです」

 

戦場では背中を預け合える戦友としてだけでなく、歌手として全身全霊で打ち込む風鳴の姿には、俺も負けてられないと気を引き締めることは少なくないのだ。

それに知り合ってから彼女の歌を意識的に聞くことが増えたが、心から歌うことが大好きなんだと感じられる情熱はツインテイルズと違った面で、今の時代人々を勇気づけるのに一役買っていると断言できるだろう。

 

「――そうか。それならば良い。時間を取らせたな」

 

それだけ話すと斯波田務事務次官と共に去っていく風鳴氏。

表面上は変化は見られなかったものの、最後は喜んでいたような――いや、勝手な思い込みなんだけどさ。どうにも悪い人ではないと思えるんだよな。

 

 

 

 

「――随分人気者でしたねぇ隊長さん」

 

割り当てられていたテーブルに戻ると、何故か崇宮が面白くないと言いたそうな顔で頬杖をついてジト―と見上げてくる。

 

「ああいうのは、正直勘弁願いたいんだけどね。気持ちはありがたいけど」

「何でですか?逆玉の輿で将来安泰いいことずくしじゃねーですか?」

「…いつ死ぬかもわからない身だからね。俺に誰かを幸せにする権利なんてないさ」

 

軍人という世界に生きる以上、死とは常に隣り合わせなのだ。無論死ぬ気などないが、何が起きるのがわからないのが人の世だ。それこそ今日この日であってもおかしくはない。だから、残された人のことを考えるとそういったことに乗り気ではなかった。

――何より10年前のテロで亡くなってしまった人達のことを考えると、俺だけ幸せになることなんて許されるものではないだろう。

 

「…隊長さんって、ちょっと自分のこと卑下し過ぎじゃねーですかね?」

「そう?」

「知り合ってまもねぇですが、おたくは人に好かれるに十分なことしてんです。恋愛ごと何てしたことねーですが。おたくを慕う人は確かにいやがるんですから、そうやって言い訳ばかりして目を背けてるのはいくらなんでも不義理ってもんだと思いますがね。ね、軍曹」

「同意する。あなたはもっと自分に自信を持っていい」

「……」

 

2人の言葉にどう返すべきか迷い、頬を掻くしかできなかった。

彼女らの言葉は正しいのだろう。だが、母さんの失ったあの日を思い出すと、それを受け入れることができない自分がいた、…結局、俺は過去に縛られた愚か者でしかないのだろうな。

 

「と、当会場へようこそいらっしゃいましー!イ…イギリス産ブランデーなどいかがでしょうか…」

 

そんなやり取りをしていると、給仕の少女が声をかけてくれる――が、前髪で顔が見えず、髪の色や外国人特有の訛りで日本人ではないらしいが、随分恥ずかしがった様子で、モジモジとしながら周囲の目を気にしており、挙動が随分と怪しかった。

 

「ああ、この子ら未成年だからグァバジュースをお願い」

「はぁい、かしこまりましたぜ…いや、ました!」

 

そそくさと去っていく女性。何だ、なんか違和感と言うか見覚えのあるような?

 

「…なんかあの子どこかで見たことありませんか?」

「…そう?記憶にないけど…」

 

伍長の言葉に皆首を傾げる。気のせい、なんだろうか?

 

「…美紀恵、か?何故ここにいる?」

「!!お父様…!?」

 

俺達のいるテーブルを通りがかった男性が、伍長を見て以外そうに声をかけてくると、伍長が表情を強張らせながら男性を父と呼んだ。

 

「お父様って、じゃあこの方が美紀恵の父親の?」

「は、はい。紹介します…。この方は私の実の父、岡峰重工代表取締役社長、岡峰虎太郎…」

 

怯えた様子を見せる伍長を、岡峰社長は厳格さを携えた目で冷ややかに伍長を見下ろしていた。

 

「…お前には二度と岡峰に関する場所へは近づくなと言っておいた筈。もう一度問う、何故ここにいる?」

 

有無を言わさぬ迫力を見せる父に、伍長は勇気を振り絞るように口を開く。

 

「わた、私は…ASTに入隊したんです!ウィザードの素質があると!だから、人の役に立ちたくて…!!それで、今日はアリスの護衛のために…っ」

「ASTに入隊しただと…?」

 

ギロリッと睨みつけられ縮こまり伍長。

 

「あ、ぅ…」

「確かに私はお前にどこへなりとも行けと言ったが…。ここまで愚かな娘だったとは…。よりにもよってそんな役立たず(・・・・)な部隊に…」

「そ、そんな…ASTは役立たずなんかじゃ…」

「役立たずなんて…!聞き捨てならないわ…!!この子も含めた隊員全員が命を懸けて任務に当たっています!!それを…」

 

怒り心頭な様子で抗議する燎子さんを、かけている眼鏡を直しながらフッと嗤う。

 

「役立たずでない…?ほう流石隊長殿は冗談がお上手だ。な、何ですって!?」

「世界の災厄精霊打倒のために設立されながら、未だ何一つ成果を出していない、我々の血税を浪費しておきながらそれでも存続するお飾りの部隊のどこか役立たずでないと?」

「し、しかし。精霊は当然ながら、ノイズやインスペクターといった脅威とも命をかけて戦っています!!」

「問題は結果、過程など考慮に値しない。本来の目的を果たせずその他のことで誤魔化すモノなど無価値…何の価値もない」

 

岡峰社長の言葉に何も言い返せなくなる燎子さん。確かにその通りだ。彼の言うことは正論である。事実ASTは精霊を討伐したことはない、どのように言われても文句を言うことはできないだろう。

 

「美紀恵…。お前にもそう教えた筈だが、お前は自分の道一つ正しく決めることができないようだ。捨ておこうかと思っていたが…やはり親として私がお前の道を決めてやるべきなのだろうな。私は決めたぞ」

「え…」

「お前を軍から除隊させる。また私の元で一から教育し直してやろう。私の力があればお前1人部隊から外すことなど造作もない。いいな…美紀恵?」

「な、何を勝手な!!美紀恵あんたも言い返すのよ!!」

「あ、あう…お父様…」

 

涙を流しそうになりながらも、必死に言葉を絞り出そうとする伍長。しかし、父親から浴びせられる圧力に思うように言葉がでないらしく、声にならない声しか出てきていない。

 

「あ…う…」

「失礼。よろしいでしょうか?」

 

よそ様の家庭の問題に無闇に踏み込みたくないが、伍長を預かる身としてこれ以上黙っていることはできない、

 

「…君は?」

「CNF隊長を務めております天道勇、階級は少尉です」

「最近新設された特務部隊の…そうか、君が精霊を討伐したという…。それで何用かね?」

「現在ご息女は私の指揮下にあります。差し出がましいながら、私の意見を述べさせて頂きたい」

「君の隊に?ありえん、そのような実力が美紀恵に…」

「はい。実地研修として一時的にでありますが。それと、ご息女のお力を疑われているようですが、先の任務にて私は彼女に命を救われました。彼女がいなければ、私はここにはいなかったでしょう。今こそ未熟なことが多いですが、いずれは軍のいえ、人類にとって大きな力となります。どうか、今少しだけ見守って下さいませんか?」

 

俺の訴えに、岡峰社長はただ静かに俺の目を見てくる。それを受け止めていると、やがて口を開く。

 

「…いいだろう。君に免じて、アシュクロフトを狙う者達の件が片ずくまで時間を与えよう。だが、それで才が無いと判断した時は美紀恵は除隊させるぞ?」

「はい。ありがとうございます」

 

頭を下げると、彼は背を見せ歩き去っていくのであった。

 

「…大丈夫、美紀恵?」

「はい、折紙さん…。すみません…。父の前ではどうしても普段のようにいられなくて…。燎子さんに天道隊長も、庇って下さりありがとうございます」

「いや、当然のことをしただけだよ気にしないで」

 

想像していた以上にこの親子の確執は深いな。とはいえ、あくまで部外者である俺達にできることはこれが限界だ。最後は彼女自身がちゃんと父親と向き合うしかないだろうな。

 

「皆さんも、私の父が数々の暴言を失礼しましたっ。あの、私お手洗いに行ってきます…」

 

涙を堪えながら席を立つ伍長を、俺達はただ見守ることしかできなかった。下手に慰めても逆効果だろうし彼女の強さを信じるしかないか。

 

「にしても、随分勝手な父親でやがりますね。勝手に突き放しておいて、今更手元に戻すだなんて…」

 

頬杖を突きながらイライラした様子で話す崇宮。さっきは静かだったけど、多分殴りかかりそうになるのを必死に抑えてたんだろうなぁ。

 

「そうだね。でも、なんでだろうね?」

「何がで?」

「目障りに思っているなら、そのまま親子の縁を切って二度と関わらない方が自然じゃないかな?それを自分の側に置こうとするなんて変だと思うんだ」

「まあ、言われてみるとそうかもしれねーですが…」

 

先の風鳴氏に感じた違和感を、岡峰社長からも感じるんだよな。なんと言うか、冷たい言動の裏に暖かさ、みたいなのがあるような決して嫌いになれない何かがお2人にはある気がしてしまうのだった。



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第七十八話

「(私…役立てる人間だってお父様に認めてほしくて…軍に入ったのに…。あれだけ言われたのに一言も言い返せないなんて…)」

 

パーティ会場と同じ建物内にある女性用トイレの個室にて、美紀恵は伏せがちに息を吐く。

これまでのことで、強くなれたと思っていたが。長年刻まれた父への恐怖心までは克服するには至らず、己弱さを突きつけられてしまったのだった。

 

「軍を辞めたくありません!やっと私が自分で決めた道なんですっ。もっと、もっと気を強く持たなければ駄目です!)」

 

両頬を叩き気合を入れ直すと、個室から出る美紀恵。

 

「(とにかく今はこの任務を無事に成功させて、ASTは役立たずじゃないですし、私にもできることがあるんだって認めてもらうんです…!!)」

「チィ…お披露目はまだ始まらねーのかよ…。いつまでこの格好で媚売り続けりゃいいんだ…」

 

手洗い場に向かうと、先程の挙動不審の給仕の少女が愚痴を零しながら手を洗おうとしているも、目元が髪で覆われているせいで前が良く見えず手間取っていた。

 

「(あれはさっきのメイドの子…やはりどこかで見た気が…)」

 

近づくにつれ既視感を覚えていく美紀恵。その間にももたついている少女は苛立ちを強くしていた。

 

「ぐあー!!前髪のせいで見えねーんだよ!!」

「!!あああアシュリー!!あなたもここに!?」

 

前髪を捲り上げた少女の顔は紛れもないアシュリー・シンクレアであり、予想外の遭遇に美紀恵は思わず声を張り上げる。

 

「げっ!!てめーは美紀恵!!いつの間に!!」

「あなたがここにということは、他の2人も…!?狙いはアリスですね!?」

 

距離を取り戦闘態勢を取る両者。睨み合う中、美紀恵が口を開く。

 

「…あなた1人の時に会えて良かった。あなたに聞きたいことがあります!」

「聞く耳もたねーよ!てめーはここでおねんねしてな!!

 

間合いを詰め、首筋目がけて放たれたアシュリーの手刀を、美紀恵は両手で受け止める。

 

「!?て、てめぇ…!」

「聞きたいことを聞き終わるまで、離しませんよ!!」

 

これまでと違う迷いなき瞳で見据えてくる彼女の気迫に、思わず気圧されるアシュリー。

 

「あなた達がアシュクロフトを狙う理由はなんですか!?アルテミシアを取り戻すとはどういうことですか!?」

「…!そんなこと聞いてどうするつもりだ!?てめーにゃ関係ねーだろ!!」

「インスペクターにアルティメギル…。異世界からの侵略者が現れた今、私達力を持つ者同士が争うなんて間違ってます!!あなた達も大切な人のために戦える人なら、私達は手を取り合える筈です!!」

「ああ!?甘いこと言ってんじゃねぇ!もう戦争は始まってんだ!!

 

アシュリーは手を払うと回し蹴りを放ち、それを美紀恵は後ろに下がって避ける。

 

「今更てめーに話したところでなんになる!?てめーごときに何ができるってんだ!?」

「ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――お前は役立たずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父親の言葉が脳裏によぎり動きが鈍る美紀恵。その隙を逃さずボディに拳を打ち込むアシュリー。

 

「!」

 

だが、撃ち込まれた拳は包まれるように美紀恵の手に抑えられていた。

 

「でき、ますよ!だって…だって私は…人の役に立ちたくて軍人になったんですから!!だからきっと。あなた達の役にだって、立って見せます!!」

「…!!」

 

その言葉に、かつての大切な人の言葉が呼び起された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――私がSSSに入った理由はねアシュリー…。私の持ってるこの力を使って、人の役に立ちたかったから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「それに、ベルにも言われたんです。あの3人を止めてあげてって、だから…」

「…ベル?」

「え…?」

 

どういうことだ?と言いたそうに呆けるアシュリー。どうしたのか問おうとすると、館内放送が流れ始める。

 

『会場の皆様。大変長らくお待たせしました。ただ今より本日のメインイベントを開始致します』

 

「ッ時間か――!!」

「待って、アシュリー!!」

 

会場へ向けて走り出すアシュリーを、美紀恵は急いで追いかける。

 

「てめー!いい加減しつこいぞ!!」

「しつこくて結構です!!教えて下さい!!あなた達は何のために、いえ誰のためにアシュクロフトを…」

「うるせーよ!!この教えてちゃんが!!あたし達は決めたんだ!!3人だけでことを運ぶって!!そんな知りたきゃてめーで調べな!!」

 

並走しながら会場に辿り着くと、檀上から『Ⅰ』と刻印されたコンテナがせり上がってきている最中であった。

 

『デモンストレーションの進行は、弊社代表取締役岡峰虎太郎が務めさせて頂きます』

『…まずはアリスの持つ実戦における性能について説明させて頂きましょう…。アリスは防御能力を極限まで特化させた機体であり。最大出力なら外界からのあらゆる干渉を遮るように設計されております。言葉で説明するより、まず実際にその性能をこれからデモンストレーションで確認して頂きたい。早速アリスの認証から始めさせて頂きましょう』

 

檀上でマイクの前に立った虎太郎が、解説を始めていく。それをアシュリーは入り口で余裕のある様子で眺めていた。

 

「アシュクロフトは一度認証されると、外部からの解除ができない…。これであなた達の計画も失敗ですね」

「だな…。そのデモンストレーションが始まれば、な」

 

その言葉と同時に、会場の照明が全て落ち暗がりに包まれてしまい、来賓らからどよめきが広がっていく。

 

「電気が消えた!?もしや、あなた達の仕業ですかアシュリー!!ッいない!?」

 

隣を見るも、そこにいた筈のアシュリーの姿が消えてしまっていた。姿を探していると、壇上側から悲鳴や驚愕の声が響く。

 

「アリスは確かに貰うぜ美紀恵ッ!!」

 

ユニコーンを纏ったアシュリーが、コンテナの前に陣取っており。更に、セシルとレオもそれぞれアシュクロフトを装備しコンテナを囲むように立っているではないか。

そんな彼女らに虎太郎が毅然とした態度で睨みつける。

 

「お前らがアシュクロフトを狙う強奪犯か…」

「ええ。ああそうだ、デモンストレーターのウィザードにはおねんねしてもらってるから期待しない方がいいわよ?」

「…どうやった?DEMからは凄腕の者を派遣させた筈だが」

「ウィザードに限らず戦士を狙うなら、武装していない時が一番。不意を突けば、まあそう難しいことじゃないわね」

「……」

「へっそんじゃ社長さん、こいつは返してもらう――うがッ!?」

 

コンテナを持ち上げようとしたアシュリーの後頭部を、武装した折紙が蹴り飛ばし。セシルとレオを燎子と勇、真那が強襲しコンテナから引き剥がした。

 

「…あんた達がどこにっか売れていようと、いつ襲って来ようと必ずアリスの所にやってくるのはわかりきってるんだから…迎え撃つのはそう難しいことじゃないわね!」

「チッやっぱりそうくるかよ…。いいぜっ纏めてぶっとばしてやるぜ!!」

 

コンテナを背に展開した勇らと睨み合うSSS組。その渦中にあって、虎太郎は避難する素振りも見せず檀上にいた。

 

「岡峰社長。ここは危険です身の安全は保障できません、すぐに避難を…」

「そうはいかん。アリスはDEMから預かったアシュクロフトが搭載された大事な代物だ。責任者の私がおいそれとアリスから離れるわけにはいくまい」

「…わかりました。では、被害が及ばぬようなるべく離れていて下さい」

 

確固たる目でその場から梃子でも動かこうとしない虎太郎に、燎子はやむなく説得を諦めるしかなかった。

 

「(あの頑固さ…。何だかんだで親子ということか)」

 

そんな彼の姿に美紀恵の姿が重なり、そんな感想を抱く勇。

 

「すみません、遅くなりました!!」

「ギリセーフですよ伍長。さて、役者も揃いやがりましたし、いっちょおっぱじめますか!」

 

チェシャ―・キャットを身に纏った美紀恵が檀上に駆け付けると同時に、肩に担いでいたレーザーブレードをSSS組に突きつける真那。それに応じるように、両陣営とも動き出した。

 

「始めるわよ!全員手はず通りに!!」

『了解!!』

 

燎子を残し散開していく勇ら対し、セシルがジャミングを起動させるべく動く。

 

「意気込んでいるところ悪いけど、私達の目的はあくまでアリス。これですぐにカタをつけさせてもらうわ…」

「当然そうくるでしょうね。だから、最初にあんたを倒すのよ!セシル・オブライエン!!」

 

突進すると同時に撃ち込まれた燎子の殴打を、脚で受け止めるセシル。そのまま押し合う状態となる。

 

「あんたらの顔どっかで見覚えがあると思ってたけど、思い出したわ。新人の頃合同訓練で会ったことあったわね。…あのお姫様みたいな子は元気かしら?」

「覚えていてくれて光栄だわ日下部大尉。でも、手も足も出ていなかったあの頃から成長していない。私を最初に倒すといっておきながら、アシュクロフトも持たないあなたが1人で突っ込んでくるなんてね…」

「いやぁ…。その方があんたも油断するかなと思ってね…!」

 

撃ち込んだ腕部に増設されていた装甲が展開し、ロケットの様に炎が噴射される。

その爆発的な加速によって押し勝った燎子は、セシルを猛烈な勢いで檀上に叩きつけた。

 

「!?」

 

その勢いは彼女を地面深くまで押し込んでいき、遂には姿が見えなくなる程にめり込んだのであった。

 

「収束した魔力をテリトリーで一方向に撃ち出し敵を埋める…。本来は精霊の零装の上から殴って足止めするための技…。名付けて杭打ち(パイルバンカー)!!」

「せ、セシルが嘘だろ!?アシュクロフトも持たねー奴に!?」

「やりましたね隊長さん!!」

「油断大敵ってね!力を得て完全に私への警戒を怠ったわね。さあ、一気畳かけるわよ!!」

 

予想外の事態に動揺するアシュリーとレオに、燎子らが一斉に襲い掛かるのであった。

 

 

 

 

「…やられたわね、油断したわ。でも、この程度なら…」

 

地中に落とされたセシルだが、咄嗟にアシュクロフトによって強化されたテリトリーを束ねたことによって、ダメージ自体はさして受けておらず。すぐに戦線に戻ろうとすると、何かが真上から落下してきていた。

 

『そうはさせん!!』

「ッ!?天道勇!!」

 

途中で片手と両足を壁に引っ掛けて停止すると、残る片手に粒子変換によって呼び出したスナイパーライフル『ブーステッド・ライフル』を手にし次々と実弾をセシルへと撃ち込んでいく。

 

「くッ!」

 

テリトリーで防ぎダメージは入らないも、動きを制限されるセシル。

 

『他の2人が大人しくなるまで、付き合ってもらうぞ!』

「悪いけど、そんなデートのお誘いはお断りよ!」

 

 

 

 

一方地上では。キティファングも用い逆さ向きに天井に張り付く美紀恵と、背部の高出力ブースターによって飛行するアシュリーが睨み合っていた。

 

「私はなるべくならあなた達と戦いたくない…。大人しく武装を解除して投降して下さい!」

「投降だぁ!?随分上からモノを言うようになったじゃねーか。そういうセリフはあたしよりも強くなってから言うんだな!!」

 

持ち前の突進力で一瞬で間合いを詰めると、ランスチャージで美紀恵を弾き飛ばすアシュリー。

 

「速度ならあたしのユニコーンの方が上だ!その爪にさえ注意すりゃ、近接戦ならあたしの方が――!?」

 

言葉の途中で、脇腹に激痛が走り顔を顰めるアシュリー。よく見ると脇腹に爪で斬られたような傷ができていた。

 

「!?て、てめぇ!まさか…」

「そうですチェシャ―・キャットには、防御無視のキティファングの他にもう一つ別の能力が備わってます!」

「回復処理能力かッ!相打ち狙いたぁ、いい度胸してやがるぜてめぇ…!」

 

キティファングは確かに協力な兵装だが、一般的なサーベル類と比べるとリーチが短かく、運用には相応の技量が求められた。だが、現状の美紀恵の技量では十全に生かすには足りず、苦肉の策にはなるが回復処理能力と併用することで不足分を補ったのである。

とはいえ、被弾時には相応の痛覚が発生するため、実行するには相応の覚悟が求められた。

数日前に命乞いをしていたのとは、別人なまでに成長していることに、アシュリーは感嘆の息さえ漏れた。

 

「う、あぁ…!こ、来ないで!」

 

一方。アシュリーと分断したレオノーラには、残る3人が相手取り、撹乱しながら砲撃を掻い潜り接近戦を仕掛けていく。

 

「やはり、そのアシュクロフト遠距離戦に特化してやがるようですね!3人がかりの接近戦、いつまで持ちますかね?」

「あ、うう…」

 

押されていくレオに、アシュリーは援護に向かおうとするのを、美紀恵が阻止する。

 

「今回は絶対に負けられない戦い。事前にしっかりと打ち合わせをしてきたのです…。あなた達にもう勝ち目はありません!」

 

振るわれた光刃を、苦悶の表情を浮かべながらランスで受け止めつアシュリー。

そこから、相手に打つ手がないと見るが、油断なく攻めようとすると。突然体に鉛が張り付いたような感覚が襲い、押しつけられるように膝を突いてしまう。

それはレオと対峙していた他の3人も同じであった。

 

「こ、この感覚、まさか…!」

 

一同の視線が、セシルの落ちた穴に注がれると。穴から勇が弾き飛ばされるに飛び出してくると、勢いよく天井に叩きつけられ、壁をぶち抜いていってしまったではないか。

そして、穴からジャミングを展開したセシルが悠々と姿を現した。

 

「いい策だったけど、詰めが甘かったわね日下部大尉。万全な状態の彼ならともかく、量産機でアシュクロフトの相手を1人でさせるのは無謀ね」

「ッ――!」

 

この作戦の要は。戦力の大半を占めるウィザードを無力化できるセシルを、勇がいかに抑えられるかにかかっていたのだ。

流石の勇も今の状態では長くは持たないと見ていたが。作戦が想定以上に早く瓦解したことに、思わず歯噛みする燎子。

 

「アシュクロフトの性能、甘く見たわね。油断大敵、今後は互い気をつけましょう」

「くっ…」

「セシルてめー!遅せーじゃねーか!」

「そうね…。私がもう少し遅かったら、今頃やられてたわね」

「セシル~。無事で良かった~」

 

リーダーであるセシルの無事に、安堵した様子のアシュリーとレオノーラ。

 

「さて、もう長居は無用よ。手早くアリスの認証を済ませてしまいましょう。認証さえ済ませてしまえばこちらのもの…」

「前の時みたいにはいかねーって訳だ」

 

コンテナに近づきパネルに手を添えるアシュリー。だが、何も起きることなくエラー音が鳴り響くのみであった。

 

『パスワードを入力して下さい』

「は!?パスワード!?っと!?」

 

予想外の仕様に意表をつかれていると、アシュリーが咄嗟に顔を逸らすと弾丸が顔のあった空間を通り過ぎる。

弾丸の飛来してきた先には虎太郎がおり、手にしている拳銃の銃口には硝煙が漏れ出ていた。

 

「…やはり、AST――軍に期待したの間違いだったか。しかし、アリスはお前らの手には渡らん。パスワードを入力しない限り認証は不可能だ。大人しく帰るのだな」

「くそっ。どーすんだよセシル!」

「そのパスワードを知ってるのがあなたという訳ね岡峰社長。教えなければ痛い目にあう…なんて脅しが通用する相手じゃなさそうだけど…」

「無論だ。何をされようとお前達に話すことなど何もない」

 

確固たる意志を見せる虎太郎に。セシルは考え込むように顎に手を添え、数瞬思考する素振りを見せると、倒れ伏す美紀恵に視線を向ける。

 

「では、こういうのはどうかしら?パスワードを教えなければ、あなたの娘さんが痛い目にあうというのは?」

「…言った筈だぞ。何をされようと話すことはないと。そんなことで私の口を割ることはできん…」

「だそうだ…。その言葉が強がりだって祈りたいな…」

 

美紀恵の元まで歩み寄ったアシュリーは、美紀恵の顎を蹴り上げる。

 

「お互いによ!!」

 

無抵抗な美紀恵を痛めつけていくアシュリー。傷が癒えることなく、傷つき苦悶の声を上げる美紀恵。

 

「お得意の回復も、テリトリーを抑えらえていてはできないでしょう。血塗れになっていく娘の姿にどこまで耐えられるでしょうね」

「…こんなことを続けても無駄だ…もう止めておけ」

 

その光景を虎太郎は淡々と見ているが、手の入れた上着ポケットから赤い液体が滲み出ており。そんな彼に、セシルは確信を持ったように不敵に笑う。

 

「…無駄かどうかは私達が決めることよ。次は試しに腕の一本でもへし折ってみようかしら?」

 

合図するように視線を送ると、アシュリーは美紀恵の顔が虎太郎に見えるように転がし、腕に関節技をかけ締め上げていく。

 

「悪いな美紀恵…これが私らの戦争だ」

「い…がぁっ!!あぎゃあああああああ!!」

 

あえて一息におらず、徐々に力を加えていき苦痛を与えていく。

悲鳴を上げる娘の姿に、色あせたような虎太郎の瞳に感情の色で揺らいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――美紀恵…。

こんなものが、お前の選んだ道なのか?

こんな辛く苦しいだけの生き方がお前の…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めろ」

 

不意に放たれた言葉に、一同の視線が虎太郎に集中する。眼鏡のレンズが反射によってはっきりと表情はうかがえないも、どこか泣いているようにも見えた。

 

「パスワードは教えてやる。娘を離せ」

「お、お父様…」

 

想像もしていなかった父の言葉に、呆然とする美紀恵をよそに、事態は進行していく。

 

「ふふふ…あなたが冷徹な父親ではなく助かったわ…。では、先にパスワードを教えてもらいましょうか…」

「パスワードは…」

「待って下さい!!」

 

敵に屈しようとする父を慌てて止めに入る美紀恵。

 

「す、すみません。みっともない叫び声など上げてしまって…。こ…こんなの痛くもなんともありません!だから…」

「…もういい美紀恵。この状況ではどうしようもあるまい。お前達は無能であった、そしてこの私も同じくな…。終わりだ」

「終わってなんかいません!!」

「!」

「お、お父様は言いました。大事なのは過程ではなく結果だと…。なら、最後まで見ていて下さい…。皆さんは役立たずではありません。そして私も、お父様も…!最後には、必ず何とかしますから…!!」

「美紀恵…」

 

苦痛で涙を零し明らかにやせ我慢でありながらも、安心させようと笑みを受かべる娘に。自分の元にいた頃の、自信なく怯えてばかりいた姿との違いに、驚嘆する虎太郎。

 

「この子の言う通り。どんなことがあっても最後に私達は必ず勝つ」

「鳶一折紙!?」

 

2人のやり取りにセシルらの意識が向いている隙に、駆け寄った折紙が美紀恵を抱えてコンテナまで転がり込む。

 

「何であいつが動け――ッ!」

 

折紙の姿を見て目を見開くアシュリー。今の彼女はワイヤリングスーツでなくドレスを身に纏っていたからである。

 

「なるほど。私が阻害できるのはあくまでテリトリーのみ。装備を解除しその発生を断ってしまえば自由に動くことができる…」

「だからって、生身で戦場に出るなんざ、こいつらやっぱ頭のネジがぶっ飛んでんぞ!?」

 

セシルらが困惑している間に、折紙が虎太郎に声をかける。

 

「アリスのパスワードを教えてほしい。この状況を打破するために私が使用する」

「!」

「あなたは言った。アリスはあらゆる外部の干渉を遮る防御特化型の機体だと」

「…確かに言った。しかしできるのかお前達に?この状況を覆すことなど…」

「そうはさせないわ!」

 

反撃の芽は潰さんと、折紙目がけてセシルらが駆けだしてくる。そこに、天井から飛び出して来た勇がセシルを背後から蹴り飛ばし壇上に抑えつけた。

 

「く、この…!」

『まだ俺とのパーティは終わってねぇぞ!もっと付き合えよ!!』

「セシル!――うぉッ!?」

 

不意打ちに気を取られたアシュリーの肩にレーザーが直撃する。ダメージこそ入らないも動きが一瞬だが止まる。

 

「ムラクモ・バスタースタイル。テリトリーが阻害された状態だとこんなもんでいやがりますか」

「またあいつ、不意打ちばっかり…!レオ!」

「う、うん!」

 

折紙へ砲撃しようとするレオノーラを燎子が背後から羽交い絞めにして妨害する。

 

「あたしだっているのを、忘れないでもらいたいわね!」

「わわっ。は、離して!」

 

出力任せに振りほどこうとするレオノーラに、必死に食いつく燎子。

 

「ああああああああ!!」

 

美紀恵もアシュリーに体当たりし、正面から抱き着いて足を止めようとする。

 

「コイツら、マジでしつけェ!!諦めろってんだ!!」

 

ランスの石突を背中に叩きつけて引き剥がそうとするが、美紀恵は血を吐きながら離すことはなかった。

 

「わ、私は言えたんです、お父様に…。皆さんは役立たずじゃないって…。後はそれを証明するだけです!!アリスは絶対に渡しません!!私は、私はっ…!!」

 

懸命に戦う美紀恵の姿に、虎太郎は何かを決意したように折紙に歩み寄る。

 

「役立たずではない…か。確かに娘からは一度も聞いたことのない言葉だ。言葉だけでは人は動かん、が証明してみせるのなら機会を与えてやるべきなのかもな…」

「では?」

「使え。教えてやる、パスワードは――」

 

パスワードを聞いた折紙は、コンテナのパネルに手を添える。

 

『アシュクロフトⅠ『アリス』の認証処理を開始します。パスワードを入力して下さい」

「…『MIKIE』」

「え…」

 

折紙の入力したコードに、美紀恵は以外そうに父を見ると、彼は恥ずかし気な様子で顔を背けた。

 

『パスワードの称号終了。認証処理の完了を確認。アシュクロフトⅠ『アリス』起動します』

 

電信音と共に、コンテナが開放され。ワイヤリングスーツを再度展開した折紙に内部に納められていたユニットが装着されていったのであった。



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第七十九話

「もっとだレオ!攻撃をもっと集中させやがれ!!」

 

アシュクロフトと装備した折紙目がけ、火力を集中させ拘束するレオノーラ。そこにアシュリーが最大速でのランスチャージを叩きこむ。

だが、それらの攻撃は、周囲に展開しているテリトリーに全て弾かれる。

 

「全然攻撃が通じねえ!!どうなってやがるんだ!!」

「アシュクロフトの処理能力を使い、防性テリトリーの強度を極限まで高め、ありとあらゆる攻撃を遮断する。それがあの機体――アシュクロフトⅠアリスの能力…!」

 

ゆったりとした足取りで距離を縮めていく折紙に、セシルはジャミングを試みているが、一向に効果は見られていなかった。

 

「ジャバウォックのジャミングも届いていない…。こうなってしまってはアリスの強奪は難しいでしょう…。くやしいけど、ここは一度退いて態勢を…」

「ああ!?逃げるのはもうごめんだっての!!」

 

アシュリーはセシルの言葉を拒絶し突撃すると、防がれながらも折紙へとランスチャージを叩きこむ。

 

「仕方のない子ね…。引き上げの準備をしておくわよレオ」

「う、うん…」

 

セシルとレオノーラがやり取りしている間にも、アシュリーは攻撃を続けるも結果は変わらずにいた。

 

「ぐ、何て硬さだっ…。剣先が一ミリも通らねぇ!!」

「……。防性テリトリーの組成に特化した機体。それなら…」

 

機体の機能を把握し終えた折紙は、自身を中心にSSS組を覆うようにドーム状のテリトリーを新たに展開していった。

 

「ななななっ何だとこれ!?」

「防性テリトリーの結界。逃がすつもりは毛頭ないみたいね…」

「どどどどどうしよう…!」

「…これ、少し預かってくれないかしら?」

「あ?――ってこれジャバウォックのデバイスじゃねーか!!」

 

ワイヤリングスーツのみとなったセシルは、アシュリーに待機状態のジャバウォックを投げ渡す。

 

「私が血路を開くわ。あなた達はいつでも逃げられるよう準備しておきなさい」

「ハァ!?てめーまさか囮になるつもりか!?」

「そんな!駄目だよセシルッ!!」

 

退路を断たれたことに動揺が走るSSS組だが、折紙の味方である燎子らもまた同様であった。

 

「折紙ッ。これじゃ私達も中に入れないでしょ!!」

「そうでやがりますよ!!とっとと全員で決着を…」

「必要ない」

「なんですって!?」

「私1人でやる…。アリスの力を試す絶好の機会。あの3人を倒せないようなら、とても精霊には対抗できない」

「試す!?何言ってんのアンタ!!ゲームじゃないのよ!!ちょっと、聞いてんの!?」

 

仲間の言葉に耳を貸さず、単独で戦おうとする折紙。そんな彼女に勇は歯ぎしりしながら両拳を握り締める。

 

「隊長――ッ!?!?!?」

 

勇の異変に気付いた美紀恵が声をかけると、思わず息を詰まらせた。今の彼の表情は激しい憤怒の色に染まっており、余りの迫力に味方である彼女ですら怯えてしまう程であった。

 

『折紙ぃぃぃぃイイイイイッ!!!』

 

折紙の張ったテリトリーへと駆け出すと、勇は迷うことなく殴りつけた。その衝撃によって手の装甲に亀裂が入るも、衝撃はテリトリー全体を揺らし、負荷によって激しい頭痛が折紙を襲った。

 

「ッ勇…?」

『1人でやるだぁ!?ふざけるなァァ!!』

 

叫びながら何度も何度も両拳で殴りつけていき、徐々に手の装甲が砕けていく。

 

「駄目、止めてッ」

『俺達は仲間じゃねのかよ!少しばかり強くなったから、もういらねぇってのか!?そんな強さ俺はぜってぇ認めねェ!!認めねぇぞッ!!!』

 

折紙は慌てて制止するも、勇は止まることはなかった。遂には肉体まで傷つき血が飛び散っていく。

そんな彼の姿に、折紙はテリトリーを解除すると、勇は彼女に駆け寄り両肩を掴む。

 

『強さってのはよぉ、独りよがりなもんじゃねえだろ。手と手を取り合って力を合わせていくのが、人間の強さなんじゃねえのかよ…!』

「勇…」

 

涙ぐみながら訴えかける勇の姿に、冷静さを取り戻していく折紙。

それと同時に、彼と出会ってから積み重ねてきたものを全て捨ててしまおうとしていた自分に、恐怖さえ感じていた。

 

「ごめんなさい。私…」

『気にするな。それに反省は後でできる。今は任務に集中しよう』

「わかった」

 

折紙の頭を軽く撫でると、戦闘に復帰する勇とそれに続く折紙。

それを見たセシルは素早く判断を下す。

 

「今がチャンスよ!また結界を張られる前に離脱を!」

 

囲いが解かれたことで好機と見たセシルらが逃走を始める。

 

「おっと!そうはさせやがらねえですよ!」

 

その間隙を突き肉迫した真那が、レーザーブレードの柄頭をセシルの腹部に叩きこんだ。

 

「がはッ!?」

「一番厄介なあんただけは、逃がすわきゃあいかねーです」

 

気絶したセシルを片腕で抱える真那。

それを見たアシュリーは助けに向かおうとするのをレオノーラに制止される。

 

「どけよレオ!!セシルが…!!」

「駄目!!セシルは逃げろって言った!!ここであたし達まで捕まっちゃったら、セシルもアルテミシアを助けられなくなる!!だから…!!」

 

押しのけようとするも、レオノーラの気迫に抑えられるアシュリー。泣き虫で普段は自分の意見を主張することが少ない彼女が、涙ぐみながらも仲間のために心を鬼にしようとする姿に、冷静さを取り戻していくのだった。

 

「――ああ、そうだなこんなところであたしらは終われねぇ。セシルも、アルテミシアも必ず助け出すぞ!」

「うん!」

 

レオノーラを抱えたアシュリーは飛翔して逃走していく。無論それを妨害しようと勇らが迫る。

 

「折紙、拘束だ!」

「了解ッ」

 

アシュリーら目がけ片手をかざし、意識を集中させる折紙。テリトリーを生成しようとした瞬間、窓を突き破ってきた線上の閃光が彼女に襲いかかった。

 

「!?」

 

頭部に被弾し弾き飛ばされる折紙。不意を突かれたため十分な強度のテリトリーを張れず、そのまま倒れてしまう。

 

「折紙さん!?」

「狙撃ッ。まだ仲間がいたの!?」

 

飛来してきた閃光――ビームに勇らが気を取られている間に、アシュリーらは割られた窓から建物の外へ飛び出す。

だが、この事態は彼女らにとっても予想外なのか、困惑しているようであった。

 

「なんだ!?協力者からの援助はもうねえんじゃ…」

「わ、わからないけど。とにかく逃げよう!」

「おう!」

 

事態は飲み込めないも逃げるべきと判断し、飛び去っていくアシュリー。それを勇らが追撃しようするも、それを阻むようにビームが次々と撃ち込まれていく。

 

「わわ!い、一体どこから撃たれているんですかベル!?」

『索敵圏外からの狙撃ですマスター。恐らくこれは警告かと』

「警告?」

『はい。ビーム痕を良く見て下さい』

 

ベルに言われ着弾箇所を見ると、自分達の眼前にラインを引くように横一文字に全て撃ち込まれているではないか。

 

「これは…」

『『これ以上進めば本気で撃つ』という警告です。ですので、絶対に追撃はしないで下さいマスター。今のあなた方では歯が立つ相手ではありません』

「ベル?」

 

まるで狙撃手のことを知っているかのような口ぶりのベルに、美紀恵は違和感を感じるも。今は撃たれた折紙の安否を確かめるべきだと彼女の元に向かう。

 

「大丈夫、折紙!?」

「…問題ない」

 

先に駆け付けていた燎子に支えられ、上半身だけ起こす折紙。

 

「良かったです…」

「撃たれた場所が場所だけに、検査するまで油断はできんがな」

「ですね。でも、アシュクロフトを装備してなけりゃ危なかったでやがりますよ」

 

一先ず仲間が無事であることに安堵する一同。

 

「片はついたようだな…」

「お父様…」

「とんだデモンストレーションになってしまったな…。見せるべき客ももういないが…」

 

声をかけてきた虎太郎は辺りを見回す。来賓は全て避難し、散乱とした会場は今では物寂しいだけの静寂に包まれていた。

 

「お父様!!今回の任務…。アリス防衛、達成することができました!!それに、主犯格も捕らえることができました…」

 

父と向き合い、恐怖心を抑え込んで言葉を紡いでいく美紀恵。

 

「だから、だから…。皆さんも私も役立たずじゃありませんっ。私にこれからも軍人を続けさせて下さい!!」

「……」

 

娘の言葉を静かに聞いていた虎太郎は、考え込むように沈黙すると背を向けてしまう。

 

「…駄目だな」

「そんな…っ」

「言った筈だ。お前を軍から除隊させ、私の元に戻すと…」

「そんな!!何故ですかお父様!!私は、私はっ」

 

必死に呼びかけるも、向き合うことを拒絶するように背を向けたままの虎太郎に、やはり駄目なのかと諦めそうになる美紀恵。そんな彼女を支えるように折紙が隣立つ。

 

「軍から除隊させるべきではない。アリスを守れたのは、この子の力によるところが大きい。彼女がいたから敵を撃退できた。美紀恵は私達にとって必要な人材。あなたも戦いを見てわかった筈」

「折紙さん…」

「この子は期待の新人。上官としても、みすみす手放す訳にはいかないわ!」

「まあ、どうしてもというのならもうひと暴れしてやってもいいですが…」

「皆さん…」

 

燎子と真那も同じように美紀恵と並び立ち、頭部の装甲を外した勇もそれに続く。

 

「岡峰社長。あなたが娘さんを護りたい(・・・・)という想いは理解します。それならば、今こそ彼女と向き合うべきです。人は言葉を交わさねば理解し合うことなどできないのですから」

「……」

 

勇の言葉に、虎太郎はようやく美紀恵へと向き合う。

 

「お前はどうして、私の思うようにならないのだろうな」

「お父様?」

「昔から…。そう、昔からだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父様。これが1学期の通知表です…」

 

低い。平均的な数値だが、岡峰の者としては余りに足りな過ぎる。

 

「岡峰の人間たる者、常に完璧でなければならん…。そう教えた筈がなんだこの成績は…」

「あ、う…。お父様…その、あのっ…!!」

「これ以上勉学に励んでも無駄だろう。もう金輪際成績は見せなくていい」

「お、お父様…」

 

美紀恵…。お前は昔から何をやっても駄目だった。

岡峰の一族は経済界にその名を轟かせるエリート揃い。才のないお前ではとても一族の中で過ごしてはいけないだろう。

お前を優れた人物に育てようと努力した時期もあったが…。私はいつか考えを変え、お前に冷たく当たることにした。

私を憎み、疎み…。そして、やがて岡峰から離れていくことだろう。だが、それでいい。それで…。

 

「お父様…。2学期の通知表です」

「…もう成績は見せなくてもよいと言った筈だが…」

「こ、今回は前よりはいいんです、だから…」

 

殆どが最高評価…。だが、そのためにお前は…。

 

「いつもいつもごめんなさいお父様…。期待にお応えできなくて。でも私頑張りますから。そのっ。お側において下さい…」

 

目の下のクマ、それにやつれ気味の体…。寝食を忘れ無理をしたのだろう。いや、それだけでなく、誰かと遊ぶこともなく、その年頃の子がしたいだろうことすら断ち、己に鞭を打ってまで努力したのだろう。

 

「…はっきり言わねばわからぬようだな」

 

何故だ美紀恵…。お前を岡峰から遠ざけるつもりが。

 

「もういい。お前に期待をかけた私が愚かだった。岡峰の恥さらしめ」

 

何故…。

 

「お前は役立たずだ。もはや私からお前に何か言うことはあるまい。二度と岡峰に近づくことは許さん」

 

…今度こそ…これで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私自身岡峰に生まれはしたが才はなかった。私は岡峰に相応しい人物になれるようしゃにむに励んだ。それこそ自分の持てる全ての時間をつぎ込んで…。ようやく一族として他の者と対等となった時、もう何十年も時が過ぎていた。残ったものは…何もない。お前にそんな人生を歩んでほしくはない。お前は普通に…身の丈にあった生活を…平和に過ごしてほしかった」

 

父の告白に、美紀恵は驚嘆しながらも聞き入っていた。始めて触れる彼の心に、嬉しさに気づけば涙を流してさえいた。

 

「なのに何故だ?岡峰を離れ…今度は軍のウィザードなど。常に生命の危機と隣合わせの場所に…。答えろ美紀恵、何故なのだ?」

「…それは、それは…。役に立てる人間になって、お父様に認めて欲しかったからです」

「……。私に…!?私はお前にあれだけきつく当たってきたのだ。私を憎んで疎んでいる筈…」

 

その言葉に、美紀恵は手で涙を拭いながら首を横に振る。

 

「私はお父様を憎んだことなんて一度もありませんっ…。私は今でもしっかり覚えています。私が幼かった頃の…優しかったお父様を…。お父様が冷たくなったのは私のせいなんだって…。私がお父様の期待に応えられる人間になれれば、またきっとお父様は…」

 

声を震わせながらも、精一杯言葉を紡ぐ美紀恵。まるで、今まで叶わなかった、親子としての時間を取り戻そうとするように。

 

「私はお父様を憎むどころか、今は感謝しています!!形はどうであれ、軍に入隊するきっかけを作って下さった!!私…軍に入って初めて人に役に立てたんです!!凄く、凄く嬉しかった…。そして私は気づいたんです。ここが私の居場所なんだって…。もっともっとここで色々なことを学びたい、もっともっと色々な人の役に立っていきたい!!だからお願いです…。私を軍にいさせて下さい!!」

 

深々と頭を下げる娘に、虎太郎は困ったように、だけれでもどこか嬉しそうに眼鏡を直しながら息を吐く。

 

「お前は私によく似ている…。不器用なところも思い込みが激しいところも…。そして頑固なところもきっと、な。最後にひとつだけ問う。お前は今。幸せか…?」

 

父からの問いに、屈託のない満面の笑顔を向ける美紀恵。

 

「はい!!私は今とても幸せです!!」

「…ならば、もう何も言うまい」

 

そういうと背を向ける虎太郎。

 

「…アリスの処遇については、軍に管理を移転するようDEMにかけあってみよう。それと、天道少尉」

「はい?」

「マオ・インダストリー社より打診されていた、君の機体のための技術供与の件は協力させてもらおう。美紀恵のことを守ってやってくれ」

 

それだけ告げると歩き去っていく虎太郎。

 

「(私には何も残らなかった…。だが、お前には…。お前ならきっと、自分の心にままに生きていくことができるだろうな…)」

 

会場を出ていく直前に、虎太郎は顔だけ横を向け視線を背後に向けて、仲間に囲まれ勇に頭を撫でられ微笑んでいる娘の姿に、口元に笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

会場のある建物の入り口前にて。到着した応援の護送車に乗せられるセシル・オブライエンを見届ける俺達。ちなみに、折紙は検査のため病院に搬送されている。

 

「これで一先ずは安心ですね」

「そうね。アリスを守れただけでなく、主犯格を逮捕できたし言うことなしね」

 

少しだけだが肩の荷が下りたように肩を軽く回す燎子さん。まだ解決した訳でないが、指令も父さんも不在の状態で気を張り詰め続けていたのだから、これくらいは許されるだろう。

 

「いよっお疲れさん。犯人の1人を捕らえるたぁ大手柄だったな」

「斯波田外務次官。ご無事で何よりです」

 

風鳴氏を引き連れ、扇子を扇ぎながら斯波田外務次官が声をかけてこられる。

俺達は敬礼して応じると、彼はそんな固くなんなと宥めてくる。

 

「ああ。悪いとは思ったが、足を引っ張っちゃならねぇと真っ先に非難させてもらったぜ」

「お2人に何かあれば一大事ですから当然かと」

 

実際に怪我でもされたらそれこそ日本の一大事なので、寧ろ避難していてもらわないと困る。

 

「そういってもらえると助かるよ。いや、お前さんらみたいな頼りになる若者がいてくれて頼もしいね」

「ありがとうございます。それで、何か御用でしょうか?」

 

正直、彼のような政府高官に声をかけられる覚えがないので、内心ヘマでもしたのかと不安になる。

 

「いやな、褒美って訳でもなもないが。岡峰社長に聞いたんだがな、新型のアリスだったか、アレの処遇の件だがこっち(日本政府)からも便宜を図らせてもらおうと思ってな」

「それは助かります。ありがとうございます」

「いいってことよ。政治家って言っても、命這ってくれている若者にできるのそれくらいしかないからな」

 

頭を下げる燎子さんに、大らかに笑う斯波田外務次官。

…失礼だけど、こうして話していると、近所にいる気のいいおっちゃんって感じの人だなぁ。

そんなことを考えていると、今度は風鳴氏が口を開く。

 

「それと、天道少尉が仮想課の菊岡君に依頼していた件だが。内閣情報調査室でも調査していたのだが、明日までには取り纏められるので彼から君に渡すよう伝えておこう」

「よろしいのですか?国家機密に関わることもあるのでは…」

「この件は最早軍の問題だけでは済まないのだ。今後同じようなことが起きないよう、原因は徹底的に叩かねばならん。そのために必要な処置だと信じている」

 

そう話す風鳴氏の声音には、何かに対する憤りのようなものが感じられた。

アシュクロフトを巡る今回の事件は、やはりただごとではないのだろうな。



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第八十話

『ミス・スコール。これはどういうことかね?』

「これはとは何のことでしょうか、ミスター・エドガー?」

 

ファントム・タスク日本支部のオフィスにて、革椅子に腰かけたスコールは、モニター越しに中年の男性――DEM社専務取締役の1人エドガー・F・キャロルから詰問されていた。

 

『とぼけるな!!ヴォルフ・ストラージのことだ!!貴様らにはアシュクロフトの件で手出しするなと言っただろうが!!何故あの男がちょろちょろとうろついているのだ!!』

「はて?彼は現在休暇中でして、部下とはいえプライベートまで介入する権利を私は持ちえませんので…」

 

怒り心頭な様子で威嚇するようにテーブルを叩くエドガーだが、スコールはとぼけたような口調に意に返していないようである。

 

『言い訳など聞かん!!貴様らドブネズミは言われたことだけしていればいいのだ!!とっとと奴を呼び戻さんか!!』

「彼はあらゆる通信手段を封鎖しておりますので、お時間を頂くことになりますが…」

『だったらさっさと動かんか間抜けめ!!いいか、これ以上私の手を煩わせたらどうなるかわかっているだろうなッ!!!』

 

一方的に通信を着られると、椅子にもたれかかりながらやれやれと言いたそうに息を吐くスコール。

 

「随分正直なおっさんだな。バレたらやばいことしてますよって自白してるもんだろあれ」

「所詮俗物だということだろう。それでスコールどうするのだ?」

 

ソファに腰かけているオータムが、呆れた様子で煎餅を頬張り。その対面に足を組み腰かけるエムが捜しに行くのかという目で問いかける。

 

「そうしたいのなら好きになさい。今の私達は休暇中の身。さっきも言ったけど、プライベートにまで口を出す気はないわ」

 

スコールがそういうと、怒られるからいい、とテーブルに置かれた皿の上の煎餅に手を伸ばすエム。

 

「でも実際、アイツは何で今回の件1人で首突っ込んでるんですか?あたしらには何も言わないし…」

 

どこか不貞腐れ気味に、何も言わずに置いていかれたことに不満を漏らすキリエ。

 

「それはだなキリエ…」

「それは?」

「あたしも知らん」

 

真顔で意味深な雰囲気を出しておきながらボケるオータムに、思わずソファからズッコケ落ちそうになるキリエ。そんな彼女を尻目に、ま、何かあんだろ、とからからと笑いながら新たな煎餅に手を伸ばすオータム。

 

「1年程前にあいつ1人でイギリスで任務に就いたことがあっただろ」

「あ~確かSSSの司令官かなんかが、DEM社の武器の横流ししてたとかで、その始末に駆り出されてたなぁ」

「それが今回のとどう関係があるのエム?」

「わからん。その時のことを、あいつは詳しく話したがらないからな。たた、あの男が善意や正義感だけで人助けなどせん。それこそ『借り』でもない限りはな。恐らくそういったことがあったのだろう。どうにも義理堅いところがあるからなあいつは」

「ま、だからこそ、あたしらも大人しく『飼われてる』訳だけどな」

 

どこか楽し気な様子で話すエムとオータム。性格的に水と油といえるこの2人が同じ席で談笑していることや、本来一匹狼気質な彼女らが大人しく従っているのも、ヴォルフ・ストラージという男の才覚故なのであろう。

 

「キリエ、人生の先輩としてアドバイスさせてもらうけど。いい女というのは待つ時は信じて待つ奥ゆかしさと、迎えに行くときはどこにいようとも見つけ出す情熱さが大事よ」

「…こういうことを聞くのもなんですけど、スコールさんもそういう経験があるんですか?」

 

微笑ましい目で自分達を見てくる彼女に、思わず問いかけるキリエ。

テロ組織の幹部でありながら、容姿は元より、内面も文句のつけようがないレベルで優れ。キリエが密かに憧れを抱く程に容姿端麗、品性品行方正が服を着たような人物であり、彼女を求める男性は必ずいる筈である。だが、そういった話はなく不思議でしょうがなかったのだ。

 

「そうね。恋をしたことこそあるけれど、結婚までは、ね。でも、何かと手のかかる『息子』はいるけれどね」

 

楽し気に話しながら、スコールは組んだ両手の指の上に顔を乗せ、同姓のキリエですら見惚れるような魅力的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…スコール辺りが噂しているな。こういう時は止めてもらいたいが…」

 

同時刻。窓のからPTや軍用機が係留されている格納庫や、軍艦が停泊している軍港が見えるとある施設内で、盛大にくしゃみをする軍服(・・)姿の男がいるのだった。

 

 

 

 

アリス警護任務の翌日。俺はブルーアイランド市内にある公園を訪れていた。平日の昼時ということもあり、親子連れが遊んでいたりジョギング目的の利用者がまばらに見られる中。目的の人物を捜し歩みを進める。

 

「おーい勇君、こっちこっち!」

 

そんな俺に、ベンチに腰かけた男性が手を大きく振りながら呼びかけてくる。その人物に会釈しながら近づく。

 

「お待たせしてすみません菊岡さん」

「気にしなくていいさ。待ち合わせ時間には間に合ってるんだからね」

 

隣に腰かけた俺にこやかに笑いかけながら、公園内で出張販売を行っているクレープ屋の焼きたてと見られるクレープを味わっている眼鏡をかけたスーツ姿の男性の名は菊岡誠二郎。

総務省に努めており、SAO事件当時国が立ち上げた対策部署に所属しており、その縁で和人と知り合いGGO事件ではその調査を依頼してきた人物である。

今は仮想課と呼ばれる、SAOの登場以降爆発的発展していくVR世界を監視する部署にいるらしい。――らしいというのは、彼が腹に一物を抱えているようであり、意図的に身分を隠していると感じているからだ。

怪しい面もある人物だが、本来禁止されているSAO事件被害者の情報を提供してもらい、和人が明日奈を始めとした仲間達と再会できるようにしたことや、GGO事件後詩乃のことで便宜を図ってくれているので、決して悪い人ではないのだろうけども。

 

「良かったら君も食べるかい?奢るよ、ここで販売しているクレープは、テレビの取材を受けるくらい絶品だよ」

 

見るからに幸せそうに食べている菊岡さん。待ち合わせ場所にここを指定したのは彼だが、この公園はこの時間帯はそれなりに人通りが多いので、盗み聞き耳されにくいので今回の話題的に最適だが、これが理由でもあるのだろうな。GGO事件で依頼された時もセレブご用達のカフェでプリン食べてたし。

 

「お気持ちはありがたいのですが、今は余り悠長にしていられないのでまたの機会があればということで」

 

移動販売車を指さしながらの勧めてくるが、今回は丁重にお断りさせて頂く。セシル・オブライエンを捕らえたとはいえ、事態は予断を許さない状況であるし、今回は逆に依頼しているんだから甘える訳にはいかない。

 

「相変わらず律義だね。まあ、だからキリト君達も信頼してるんだろうね」

「おだてても何も出ませんよ?それで、依頼した件ですが…」

「ああ、内閣情報調査室から送られてきたものも含めて纏めてあるよ」

 

最後の一口を食べ終わるとビジネスバッグから封筒を取り出し、そこから更に取り出された書類の束を受け取り目を通していく。

 

「もう知っているだろうけど、アシュクロフト強奪犯の3人が所属していた部隊は欧州方面軍でも指折りの精鋭部隊だったんだ。特に部隊長のアルテミシア・ベル・アシュクロフトはウィザ-トして世界有数の実力者に数えられているんだ」

「その彼女の所在は判明しているので?脱走した3人と行動を共にしているようには見られませんが?」

 

アルテミシアという人がセシル・オブライエンらと共にいるなら、今まで姿を見せないのは不自然すぎる。彼女だけ脱走せず軍に残っているのだろうか?

 

「…アルテミシア氏はイギリスに本国にいるよ。それも軍病院にね」

「怪我の治療で?」

「いや、意識不明――所謂植物人間状態で収容されているそうだ」

「それは戦闘による負傷か訓練中の事故で?」

「記録上は事故によるもの、だそうだ。でも不審な点がいくつかある」

 

そういってある書類を指さす菊岡氏。そこにはアルテミシア氏の経歴に関することが記されていた。

 

「意識不明になる直前にDEM社へ出向しているんですか?」

「そう。そこで何をしていたかまでは掴めなかったけどね。でも、彼女が意識不明となって間もなく部下のセシル・オブライエンら3人が脱走している、私見だけど無関係とは思えないね。新型リアライザに『アシュクロフト』という名前がつけられたことも含めて、ね」

「……」

「ちなみに、軍の公式な記録からアルテミシア氏に関することは、『失踪』ということ以外全て抹消されていたよ。SSS内では彼女のことについては厳しい箝口令が敷かれていて、現状を知っているのはイギリス政府や欧州方面軍の一部の高官だけだったそうだ」

 

これまでの言動と今得られた情報から、あの3人の戦う理由にアルテミシア氏が深く関わっていることは間違いなさそうだ。そして彼女とアシュクロフトシリーズとの関連性はあるのか?

 

「ん?失礼、少しいいですか?」

 

不意に着信音が鳴り出した携帯を手にすると、相手は燎子さんからであり。菊岡さんに断りを入れ、ベンチから立ち少し離れて通話に出る。

 

「はい俺です。――セシル・オブライエンが脱走したですって!?」

『そう!!何でかわからないけど、ワイヤリングスーツを纏って逃げ出したのよ!!ちょっと美紀恵!!もしかしてあんたの仕業じゃないでしょうね!?』

『しようとは思ってましたけど、まだ私は何も――はう!?』

 

燎子さんの怒声に混じり、伍長のしまった!と言わんばかりの間の抜けた声が聞こえてくる。

 

『あんたねぇっ…!ああ、もう!とりあえずあんたは待機!!折紙ッとにかく総動員で片っ端から捜索よッ!!』

『了解』

 

伍長からの抗議の声を無視して指示を飛ばす燎子さんの声が、電話越しに鼓膜を震わせる。

押収したセシル・オブライエンの装備は厳重に管理されており、何より彼女は過去に空間震の被害で視力と足の機能を喪失している。テリトリー無しでは歩くことすらできない筈だが、何が起きているんだ?

 

「俺もすぐに戻ります」

『お願い!ここまできて逃がしましたなんて、シャレにならないわ!』

 

通話を切り菊岡さんの元に急いで戻る。

ただならぬ気配を感じてくれたようで、彼はこちらの言おうとしていることは大方察した顔をしていた。

 

「すいません菊岡さん。非常事態が起きたので基地に戻ります」

「わかった。資料はこちらで基地の方に送っておくよ」

「お願いします」

 

彼と別れると、出口へ全速力で駆け出し基地へ向かうのであった。

 

 

 

 

走り去っていく勇を見送るった菊岡は、着信音が鳴る自身の携帯を手にすると通話に出る。

 

「ああ、わかった。セシル・オブライエンはそのまま逃がして構わない。引き続き監視と情報の収集だけに留めておくおくんだ。漆黒の狩人も動くだろう、くれぐれも気取られるな」

 

通話を終えると携帯を上着のポケットにしまい、資料をバッグに戻しベンチから立ち上がる。

 

「…君達には期待しているよ。日本の――世界のためにも、ね」

 

勇に去っていった方を向きながら眼鏡を直す菊岡。その表情はレンズの反射によって窺い知ることはできなかった。



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第八十一話

ブルーアイランド基地内にある監房にて、セシル・オブライエンは椅子に座りただ静かにた佇んでいた。

 

「(恐らくDEM社から私の身柄を引き渡すよう圧力がかかっている筈。この基地は影響力が弱いとはいえ、そう遠くない内にイギリスに戻され、形だけの軍法会議にかけられ処刑といったところかしら…)」

 

自分の身に起きるだろうことを予想し、悲嘆に暮れることもなく寧ろフッと笑みを浮かべる。

最愛の人を取り戻すと決めた時から、こうなる可能性は覚悟しており、自分がいなくなっても残った2人が必ず悲願を果たすと信じていたからだ。

そう考えていると、監房へ通じる通路の入り口辺りから何か聞こえてきた。

 

「ん?どうした、ここは今関係者以外立ち入りは――がっ!?」

「貴様ッ何を!ぐぁ!?」

 

警備員が何か言い争う声がしていたが、打撃音らしき音と共に静かになる。

何事かと耳を澄ましていると、1人分の足音が徐々に近づいてくるではないか。そして、足音は自分がいる監房の前で止まる。それと同時に感じられる『気配』にセシルは思わず息を吞んだ。

彼女は視力を失っているが、それを補うように他の感覚がある程度鋭くなり。匂いや足音を始め、肉体から発せられる気配と言える、常人が漠然としか感じられないものを鋭敏に知覚できるようになっていた。

そして、目の前にいる()から発せられる濃厚な血の気配を、彼女はかつて一度だけ感じたことがあった。

 

「…そう。あなたが来たのね漆黒の狩人。処刑人を送って来るなんて、エドガー・F・キャロルも随分焦っているようね?でも無駄よ、私を殺してもアシュリー達が必ずアルテミシアを救い出すのだから」

 

男を送り込んできた相手の姿を思い浮かべてほくそ笑むセシル。それに対して、相手からなにか反応は帰ってくることはなかった。最もそんなものは期待していないが。

そんな折男からカチャリ、と金属音がし、終わりの時が来たと覚悟を決めるセシル。

どのような殺され方をされるのかわからないが、どのような苦痛を与えられようが惨めな姿は晒すまいと仲間らに誓う。

鍵を開ける音がし、男が監房内へと足を踏み入れてくる。見せしめに惨たらしく殺す気かと震えそうになる体を懸命に抑えつけながら、開けぬ目で男を睨みつけるセシル。

それでも、生きてもう一度『家族』と笑い合いたいという想いが、涙となって零れだした。

 

「――?」

 

そんな彼女の思いとは裏腹に。男は自分の手を取ると何かを握らせてくる。その感触は、彼女の良く知るワイヤリングスーツを格納するためのデバイスのものであった。

更に、男は踵を返すとそのまま監房から出て行こうとしているではないか!

 

「ッ!待ってッッ」

 

セシルは慌ててワイヤリングスーツを纏い、テリトリーを展開し視力と脚力を得ると立ち上がる。

見えるようになった視界には、自分と同年代の軍服を纏った男が背を向けて今まさに立ち去ろうとしていた。

 

「どういうつもり?あなたは私を始末しに来たのではないの?」

「急げ。監視カメラにダミーを流しているが、この基地の警備体制ではすぐに気づかれるぞ」

 

問いかけに答える様子もなく、顔だけ彼女の方を向きそれだけ告げる男。その顔は間違いなく漆黒の狩人――ヴォルフ・ストラージのものであった。

 

「答えて。ファントムタスクのあなたが私を助けると言うの?DEM社の手先である筈のあなたが?」

「…お前達に何かあれば、アーシャ――アルテミシアが悲しむ」

「――!!」

 

答えねばここから動かないといった様子にセシルに、ヴォルフはやれやれと言いたげに話す。

そして、それはセシルにある確信を与えた。

 

「やはり、1年前の事件でアルテミシアと何かあったのね。教えて、あの時あなた達に何があったの!?」

「……」

 

セシルは懇願するように問いかけるも、ヴォルフは拒絶するように沈黙してしまう。

そんな中、警報が鳴り響き始め、セシルが脱走してことを告げる放送が流される。

そのことに気を取られていると、ヴォルフの姿は消えてしまっていた。

 

「待ってッ、ヴォルフ・ストラージ!!」

 

急いで後を追い監房区から出るも、彼の姿は影も形もなかった。

釈然としない思いを抱きながらも、今は逃げることを優先すべきと頭を切り替え、セシルは基地から出るべく行動するのであった。

 

 

 

 

セシルの脱走によって騒然としている基地内にて、美紀恵はチェシャー・キャットを装備し設備の中で高い建物の屋上におり、柵に乗りながら周囲を見回していた。

無理を言ってセシルと直接面会させてもらい、彼女からアルテミシアの身に起きたこと、自分達が彼女を助けるために戦っていることを教えてもらうことができるも。彼女らが真の敵と語る組織については教えてもらえず、条件として脱走を手助けすることを提示された美紀恵は、その場ではもう仲間は裏切れないと拒否するも、それが正しいのか迷いを抱え、それに気づいた折紙の自分の心に従い動くべきという後押しを受け、セシルを逃がす決意を固めたのだった。

…のだが。その前にセシルは逃走してしまい、動揺から逃がそうとしたことを口を滑らせてしまい。燎子によって捜索から外されるも、待っていることなどできず、申し訳なく思いながらも独自に行動していた。

 

「――!あれは…ッ!」

 

テリトリーで強化した視力が、背を向けて歩いている1人の男を捉える。

 

「ヴォルフさん!?」

 

一度しか見ていないも、ただならぬ気配を感じ取れる姿は忘れようがなかった。数日前自分を監禁した男ヴォルフ・ストラージのものであった。

美紀恵はすぐに屋上から飛び降りると、低い建物に飛び移りながら地上を目指しながら彼を追いかけていく。

 

『マスター。万が一彼と戦闘になった際は迷わず逃げて下さい。チャシー・キャットを用いても、今のあなたでは勝ち目はありませんので』

「聞きたかったのですが、ベルはあの人のことを知っているのですか?」

 

やはり彼のことを知っているような口振りに問いかけるも、彼女?から返答はないも、ヴォルフが建物の角を曲ががろうとしており、会話を中断し見失わないよう急ぐ。

 

「待って下さいヴォルフさん!あなたがセシルさんを逃がして――」

 

美紀恵が角を曲がると、ヴォルフの姿は消えており。代わりに外壁を飛び越えて基地外に出ていくセシルの姿を見つける。

ヴォルフの姿を探すも、影も形もなくなっており。どうすべきか迷うも、今はセシルのことを放っておくべきでないと判断し、彼女の方を追いかけていくのであった。

 

 

 

 

『そうですか。やはりセシルさんが…』

 

SSS組のアジトにしている倉庫街の一角にて、ワイヤリングスーツ姿のアシュリーとレオは、通信機にて何者かとコンタクトを取っていた。

相手は妙齢の女性の声で、セシルが軍に捕らえられたことを伝えると、心配してくれている様子であった。

彼女は、軍を脱走したアシュリーらに接触してきた組織の人間であり。アルテミシアの身に起きたことを知っており、彼女を助け出そうとする3人を支援したいと申し出てきたのだ。

最初は怪しんだが。孤立無援の身では背に腹は代えられないこともあったが、直接顔を合わせた彼女の人柄から信用できると判断し手を組んだのである。

 

「ああ。でも心配すないでくれミス・『マム』、必ずセシルを助け出してアルテミシアも取り戻すからよ」

『しかしアシュリーさん。相手にもアシュクロフトが2機渡った以上、戦力差は如何ともしがたい筈。何か策が?』

「それは、これから考えるところだ…」

 

バツが悪そうに頭を掻くアシュリー。そんな彼女の側には、涙目でオロオロしているレオノーラがいた。

 

「あたしもアシュリーも、作戦なんて考える頭なんてないよ~」

「だー!泣くな!!あたしらしかいねーんだからやるしかねぇんだよ!!」

『できることなら我々も助力したいのですが。先に提供した戦力以外を回す余力はなく、物資面で支援する以上は難しいでしょう。ごめんなさい』

 

マムと呼ばれた女性は申し訳なさそうに告げると、アシュリーは気にしないでくれとにこやかに笑う。

 

「おかげで最初の強奪は上手くいったんだ。それに、日本に潜り込むのを手伝ってくれたし、こうして身を隠す場所も手にできたのもあんたらのおかげなんだからよ。でなきゃどこかで野垂れ死んでたかもしれないんだ。本当に感謝してるよ」

『…そういって下さると、尽力してくれた同志らも救われることでしょう。何よりDEN社の横暴をこのまま放置しておくことは、人類にとって害しかもたらさないでしょう。そのためにも、あなたがたの悲願が達せられることを願っています』

 

 

通信機から強い使命感を漂わせるマムの声が流れる。病と過去の怪我により車椅子を必要とする身でありながらも、揺るぎない正義感を持つ。そんな彼女だからこそアシュリーらも信頼を寄せるようになったのである。

 

「ありがとうなミス・マム。それじゃ探知されかねないんで、そろそろ切るぜ」

『ええ。あなた方に我らが『ディーバ』の加護があらんことを』

 

通信を終えると。アシュリーはうしっ、と腰かけていた椅子から立ち上がる。

 

「おし。じゃあ、セシルを助けにいくぜレオ」

「え?ど、どうするの???」

 

突然そんなことを言い出すアシュリーに、レオノーラは猛烈に嫌な予感を感じながら問いかける。

 

「あたしが基地に突っ込んで敵を引き付けるから、その間にお前がセシルを助け出すんだよ」

「それじゃあ、今度はアシュリーが捕まっちゃうよ!?!?!?」

「捕まんなきゃいいだろうが」

「無理だって!!もうアシュクロフトの力だけでどうにかなる状況じゃないんだよ!!」

「じゃあ、どうすんだよ!!」

 

アジトから飛び出そうとするアシュリーを、必死に抱きしめて止めるレオノーラ。

 

「そんなのわかんないよ~!!」

「なら、決まりだろ!!」

「駄目だってば~!!」

 

わーぎゃー騒いでいると、アジトの入り口が開かれ何者かが入って来る。

 

「あらあら、また喧嘩かしら?仲良くしなきゃ駄目よっていつも言ってるのに…。やっぱり私がいないと駄目かしらね…」

「「せ、セシルぅぅぅぅ!?!?!?」」

「ただいま、2人とも」

 

驚愕するアシュリーらに微笑むセシル。

レオノーラは感極まって跳びつくように抱き着く。

 

「てめー!!逃げてきたのかよ!?だったらすぐに連絡をよこせよアホか!!」

「あらあら、命からがらに逃げ帰った仲間にアホだなんて…。っていうかアシュリー…。あらやだ、あなた泣いてるの?」

「はあ!?泣いてねーし!?どう考えても汗だろこれ!!アホか!!アホかぁ!!」

 

上ずった声でぐしぐしと目を手で擦るアシュリーに、くすくすと笑みを零すセシル。

 

「そ、そんなことより…。よく逃げてこれたなてめー。一体どうやって…」

「そうね、今回は協力者がいたから…。どういう意図があってかは知らないけど…」

「協力者…?」

「ええ、それが…」

 

どう説明すべきか戸惑いを見せるセシル。今でも、あの時のことが夢ではないのかと思える程衝撃的であった。

そんな折天井からミシミシと軋む音がしてきた。

 

「何だ?――ってうおお!?!?!?」

「うわわ!?」

 

不審に思った一同が見上げると、アシュリーの真上の天井が崩れると美紀恵が落ちてきて押し潰されてしまう。

幸い互いにテリトリーを展開したことで大事には至らなかった。

 

「あたたたたっ…。天井が思ってたより痛んでました…」

「重ぇ!!早くどけェ!!」

「あ!?すみません!!」

 

急いで上から退くと、手を貸して起こす美紀恵。そして、互いに顔を見合わせると、うわぁ!!と跳びはねるように距離を取る。

 

「なあああ美紀恵!!」

「…私としたことが、つけれれたのね…」

「うわわわっアジトがバレちゃった!?」

「ま、待って下さい!!」

 

慌ててアシュクロフトを展開しようとするアシュリーとレオノーラを、美紀恵はチャシー・キャットどころかワイヤリングスーツすら解除して制止する。

 

「!?な、何のマネだてめー!!」

「私に戦う意思はありません!!ただ教えて欲しいんです、あなた達からアルテミシアさんを奪った『あいつら』について!!」

「な、セシルッ。てめー話したのかよ!?」

「…ええ、上手く脱走させられればという思いもあったけど…。あなた1人で来たの?」

「はい。ここにいることは誰にも言っていません。すみません。どうやってあなたを逃そうか考えている間に、他の人が先に…」

 

他の人?とアシュリーとレオノーラが眉をひそめたり首を傾げていると、セシルは考え込むように顎に手を添える。

 

「あなた、この行動が軍に対する裏切り行為だって理解している?最悪軍にいられなくなるのよ?」

 

その言葉に美紀恵は力強く頷く。その顔は覚悟の決まった揺るぎないものであった。

 

「あなたとお話した後考えました。やはり私はあなた達を助けたい。このまま何も真実を知らず敵のまま終わってしまったら、きっと私は一生後悔し続ける。だから、もう私は迷わない、自分が正しいと思った選択をすると。そして、それはあなたの話を信じ、力になることだと!これが私の出した答えです…」

「…あなたは自分の除隊を賭けてまで、私の話を信じたというの…?あの時の私の話も、何の裏付けがあった訳でもないのに…」

「…思い切ったことをしてしまったと思います…。正直怖いです、軍は――天道隊長や皆さんの側はやっと見つけた私の居場所です…離れたくない」

 

もしもを考え震える体を抱く美紀恵。それでも彼女は、揺らぐことのない覚悟ある目で話し続けた。

 

「でも疑い出したらキリがないじゃないですか…。人を助けたいなら、疑うことは止めて…。まずは自分から相手を信じないと…」

「信じる…」

 

美紀恵の心からの訴えに、セシルは考えを巡らすように目を閉じると、決意を固めたよう目を開く。

 

「そう…。あなたの言う通りなのかもね…」

 

セシルは、置かれたテーブルの上にあるアタッシュケースから、紙の束を取り出した。

 

「あなた英文は読めるかしら…?」

「え?はい、科学論文程度ならとりあえずは…」

「ではこれも理解できるわね」

「…これは!?」

 

手渡された束は資料のようであり、表紙にはDEM社の名前と『TOP SECRET』という文字が表記されていた。

 

「DEMのアシュクロフトに関する極秘資料。そこにあなたが知りたがっている全てが書いてあるわ」

「セシルさん…」

「お、おいセシル!!てめぇ狂ったか!?あいつは軍人だ!!あたしらの敵なんだぞ!?これだって作戦じゃねーっていう保証は…」

「ええ…保証はないかもしれないわね。でもほら。その子が言ってたでしょ。疑い出したらきりがない。まずは信じてみましょうって。その子は自分の進退をかけてまで、私を

逃がしてくれた。アシュクロフトの無い私なんて簡単に捕まえられたのに、ね。それに私は約束したの、逃がしてくれれば情報の全てを教えると」

 

そこで言葉を一旦区切り、アシュリーらに向き直るセシル。そして、自分の胸に手を当てる。

 

「なら約束は果たさないとね…。ここで破ればアルテミシアを助けたとして、私は彼女に笑って顔向けできるのかしらって…。その子の話を聞いてそう思ったのよ…」

「…チィ。勝手にしろ…」

 

その言葉に折れたのか、不貞腐れ気味にだが腕を組んでその場に座り込むアシュリー。レオノーラも納得したのか何も言うことはなかった。

彼女らの反応から同意を得られたと見たと美紀恵は資料に目を通していく。そして、その内容に驚愕し目を見開くのだった。



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第八十二話

やあ、アルテミシア。よく来てくれたな…。歓迎するよ。

はい…。ですが、これは…

意識が遠いかな?だが心配することはない。これから起きることは全て『不慮の事故』として処理される。君は安心して眠りにつくといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、これから新たなるリアライザと、眠り姫の誕生だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

資料を読み進めていると、覚えのない記憶が呼び起される美紀恵。まるで誰か(・・)

の記憶を覗き込むような奇妙な感覚――そして、最後に意識を切り刻まれるかのような感覚に、呆然としてしまう。

 

「――さん。岡峰――?岡峰さん?」

「ッ!?」

「大丈夫?随分顔色が悪いわね。内容が衝撃的過ぎたかしら?」

「い、いえ大丈夫…。大丈夫です…」

 

心配するように話しかけるセシルに、全身から冷や汗を流しながらも応えつつ残る資料に目を通す。

 

「その資料を見ればわかる通り…。アルテミシアを奪った組織の名は…DEM!奴らはアルテミシアの力を使って新しいリアライザを作りたいと申し出てきた…。私達は何かきな臭さを感じて止めたのだけれど、彼女は自分の力が少しでも人々を守ることに役立つのならとその申し出を受けたわ」

 

そう話すセシルの手は、ギリギリと握り締められていた。その表情はあの時無理やりにでも止めていればと、後悔の色に彩られていた。そして、それはアシュリーもレオノーラも同様であった。

 

「作業自体は数日で終わり、アルテミシアもすぐに帰れる…そういう話だった。でも彼女は帰って来なかった。いえ、帰って来たのは肉体だけだった…。次に再会した時、彼女は病院のベットで死んだように眠っていたわ。どうしてそんなことになったのか、上層部やDEMに問い合わせてもまともな回答は得られなかった。痺れを切らした私は原因を探るためにDEM本社に潜入し、その資料を見つけたの…」

 

資料を読み終えた美紀恵は、その内容に唖然とし、顔面蒼白となり資料を手から落としてしまう。

 

「新型リアライザアシュクロフト。その『コア』はあるウィザードの脳をベースに造られたもの。『アリス』『ジャバウォック』『レオン』『ユニコーン』『チェシャー・キャット』五つのアシュクロフトは全て…アルテミシアの脳内情報を吸い上げて作られたもの。いわばアルテミシアの脳そのものなのよ。だからこそ、アシュクロフトの装着者は、アルテミシアの持っていた世界最高峰のウィザードとしての力を行使できる…。彼女の意識そのものを代償として、ね」

 

人を人と思わぬ悪魔の所業に、込み上げる吐き気から、口を抑え涙を浮かべながら力なく座り込む美紀恵。

 

「脳情報を吸い取られたアルテミシアは脳死状態。今も機械に繋がれ、覚めぬ眠りについているわ…。助け出す方法は1つ!!五つ全てのアシュクロフトにメモリーされている脳情報を、彼女にフィードバックさせること!!だから私達はアシュクロフトを狙っているのよ!!『奪われた恋人』を取り戻すために!!」

「こんな、こんなことがッ…」

 

手にした力の正体を知り、その恐ろしさに体を震わせながら自身の体を抱く美紀恵。

 

「私は…私は…!!」

「あなたは言っていたわね。私達を助けたいと…。ここまで聞けばもうわかった筈、そのためにあなたがすべきこと――チェシャー・キャットを私達に手渡すことだと」

「そ、それは…。それは、まだ…できません!!」

 

美紀恵の言葉に、セシルは残念そうにそう…と呟いた。

 

「そうよね…。例えアシュクロフトが、アルテミシアを人柱に作られたものだと知っても。精霊を打倒しえる強力な兵器であることには変わりはないものね…。では今まで通り戦って奪い合いましょう、アシュクロフトをかけて」

「いえ、もうその必要はありません!!いくらアシュクロフトが強力な兵器とはいえ、1人の人間を犠牲にしたままでいい筈がありません…。アシュクロフトは五つ全て集めアルテミシアさんを復活させるべきです!!」

「…どういうことかしら?そう思っておきながら、さっきあなたはアシュクロフトを渡せないと…」

「私の一存では今すぐに渡すことはできないという意味です…。時間をください!!私は急ぎ基地に戻り、、ここで聞いたこと全てを報告します!!あそこにいる皆さんは人類を守ることをに誇りを持つ方達です…。アシュクロフトの真実を知れば必ずあなた達の事情も理解してもらえます!!私が必ず説得してみせます!!ですから、その資料を預けて下さい!!」

 

美紀恵は懸命に訴えるも、セシルはそれを拒むように首を横に振る。

 

「無駄よ。仮に真実を伝えても、1つの基地だけでどうにかできる問題ではないわ。DEMの力は統合参謀本部にすら及んでいる。私達がどれだけ訴えようとも揉み消されたように、全てがなかったこと(・・・・・・・・・)にされるだけよ…。それに、もう時間がないわ…」

「時間?」

「ええ。私達が日本に渡るのと同時に、あいつらは1人の追手を差し向けた。私達では、例えアシュクロフトの力を使っても勝てるかわからない強敵。もう見つかるのも時間も問題でしょう…。その前に何としても全てのアシュクロフトを揃えなければ…ッ!?」

 

セシルの言葉を遮るように、突如倉庫全体に衝撃が走る。そして、天井に亀裂が入ると、崩れ落ちていくではないか。

 

「こ、これは!?」

「まさか、もう見つかったというの!?」

「…その通りだ。お前達がどの国に逃れ…どこに隠れようとも必ず見つけ出す…」

 

騒然とする美紀恵らの前に、崩れ落ち穴の開いた天井から1人の人影が降りてくる。それは見慣れない形状のCR-ユニットを装備し、右目に切り傷がある女性であり。彼女らを見下すような不敵な笑みを浮かべていた。

 

「久しいなセシルにレオノーラにアシュリー…。さあ、返してもらおうかアシュクロフトを」

「…よくここがわかったわね」

「お前が脱走したという情報を掴んでな。すぐに後を追わせてもらった」

「なる程…。注意して逃げた筈なのだけれども、こうもほいほい後を着けられちゃうなんてね…」

「気にするな。所詮お前の実力などその程度だというだけだ」

 

馬鹿にしたような女性の言葉に、アシュリーがんだと!?と掴みかかろうとするのを、セシルが手で制す。

 

「も、もしかしてあの人がさっき言っていた追手…!?」

「そうよ…。元SSSのナンバー2ウィザードにして、DEMの私兵である執行部の中で選りすぐられた精鋭のみが集められた第一執行部所属――ミネルヴァ・リデル…!!」

「お前達も追われる生活にそろそろ疲れただろう。だが良かったな。それも今日で終わる」

 

ミネルヴァが、準備運動といった様子で、手にしていたレーザーブレードを軽く振るいながら歩み寄ってくる。

放たれる殺気が圧となって肌を撫で、嫌でも己より格上であることを理解させられ、思わず息を吞む美紀恵。

 

「アシュリー!!」

「おうっ!!」

 

投げ渡されたジャバウォックのデバイスを受け取ると、すぐさま起動させるセシル。残る2人も続くように、それぞれのデバイスを起動させ、アシュクロフトを身に纏っていく。

 

「アシュクロフトが3機か…。相手にとって不足はない」

「いいえ、違います!!4機です!!」

 

美紀恵はキティ・ファングを起動させると、切っ先をミネルヴァへ突きつける。

 

「あなた達DEMの非道は聞きました!!もしここでアシュクロフトを奪うというなら私も相手になります!!」あなた達の思うようにはさせません!!アルテミシアさんは必ず…」

「アルテミシア…?」

 

その名が出た途端、感情が爆発したかのように、ミネルヴァから発せられる圧が一層強まった。

 

「私の前でそいつの名を軽々しく口にするな…殺すぞ」

「ッッッ!?」

 

全身を切り刻まれたかと錯覚する程の殺気を当てられ、たじろぎながら後退ってしまう美紀恵。

 

「アルテミシア、アルテミシア…皆そうだ。いつもいつもそいつの名を口にする。何故だ?何故いつもあいつのばかり…。何故私では駄目なのだ?」

「(何ですかこの人…感じが豹変して…!?それに…それに…物凄い殺気…!!)」

 

自分に向かって歩み寄ってくるミネルヴァに、美紀恵は蛇に睨まれた蛙のごとく指先一つ動かせず固まることしかできなかった。

 

「いつまでたっても届かない…届かないなら、いっそ…」

 

ゆらりと揺れたかと思えば、ミネルヴァの姿が搔き消えてしまい。背後に気配を感じた時には、背に刃が隠れる程にブレードを大きく上段に構えるミネルヴァが立っていた。

振り向こうとした時には刃が振り下ろされるも、割って入ったセシルが蹴りを放ち、ミネルヴァはブレードで難なく受け止める。

 

「勘違いしないで、あなたの相手は私達の筈よ…!!」

「セシル、そうだな…。ではまず、お前から仕留めるとしよう」

 

押し返えされると同時に、連続で放たれた斬撃をバク転しながら避けつつ、距離を取るセシル。

 

「セシルさん!?」

「あなたも勘違いしないで…。これは私達の戦いよ。あなたは部外者、引っ込んでいなさい」

「で、ですがっ」

 

歩調を合わせようとせず、ジャミングを展開しようと、セシルが背部のユニットを稼働させるも。それよりも早くミネルヴァが動く。

 

「ジャバウォックのジャミングか…。ウィザード相手なら無敵の能力なのだろうが。遅い!!リング・ローゼス閃剣形態(ストリングスタイル)!!」

 

操作をしながら、その場でブレードを振るってくるも、刀身が消えただけで何かが起きることはなかった。

 

「ブレードが消えた?」

「あいつ、何を…」

 

一同が警戒する中。セシルの視界に何かが光るのを捉える。それは蜘蛛の糸のように細いワイヤーらしきものであり、まるで彼女を囲むように張り巡らされているではないか。

 

「皆!!すぐに私の側を離れなさい!!」

 

危険を感じ取ったセシルが叫ぶと、アシュリーとレオノーラは迷いなく距離を取るも、理解の遅れた美紀恵はその場にとどまったままであった。

 

「(岡峰美紀恵が…間に合わない!!)」

「きゃっ!?」

 

そんな彼女を、セシルは蹴り飛ばし無理やり離れさせる。

 

「セシルだけは見えたか、相変わらずいい目だ。だが、さっきも言った…遅い!!」

 

ミネルヴァが柄のみとなったブレードを引くように振るうと、セシルらの周囲にあった柱やコンテナが次々と切り刻まれていった。

 

「こ…これは!?」

「レーザーのワイヤーか!?」

 

一同が驚愕している間にも、ワイヤーはセシル目掛け狭まっていき。逃げ場のない彼女を絡めとり吊るし上げてしまう。

 

「そうだ。極限まで細くし見えにくくしたレーザーワイヤー。…お前ともあろうものが、あんなチビを助けて逃げ遅れるとは。あのチビはお前らの敵ではなかったのか?」

「…それもそうね。どうして助けちゃったのかしら…」

 

ミネルヴァの言葉に、自分でもわからないといった様子で自嘲気味に笑うセシル。

 

「セシルさん…!」

 

美紀恵はそんな彼女を助け出そうとするも、ミネルヴァがブレードを軽く振るとワイヤーが締め上がり、セシルが苦悶の声を漏らすと動けなくなってしまう。

 

「うわわっセシルー!!」

「くそッ。ミネルヴァ!!セシルを離しやがれ!!」

「相変わらず仲良しのようだなお前達は…。だが、気をつけろ。このレーザーワイヤーは私の意思で自由に切れ味を調整できる。下手な行動にでれば、お前達の大好きなセシルは一瞬でなます切りだぞ…?」

 

そう言いながら、ミネルヴァがワイヤーを更に締め上げると、セシルの皮膚に食い込んげき血が滲み出てくる。

 

「チッ人質なんてベタな真似をしやがって…」

「卑怯とは言うまい?そっちは4人がかりなのだからな」

 

不敵に嗤いながらカードキーを取り出すと、セシルに歩み寄っていくミネルヴァ。

 

「…何をするつもりなのミネルヴァ!?」

「直ぐにわかる」

 

カードキーを近づけると、ジャバウォックの背部の装甲の一部が変形し、ソケットらしきものが露出する。

そこにカードキーが差し込まれると、機体から電信音が流れ出す。

 

『アシュクロフトⅡジャバウォックコード確認。コード正常、処理を開始します』

「え!?」

 

突如装着が解除され、デバイスとなったジャバウォックが床に落ちるのを、ミネルヴァが手にしコンテナへと向かっていく。

 

「強制解除!?そんなものが…!!」

「当然だ。アシュクロフトを作ったのが誰か忘れたのか?あの策略家がこういった事態を想定していないとでも?」

『アシュクロフトⅡジャバウォック認証解除完了しました。装着者情報をクリア。認証待機モードに移行します』

 

コンテナにデバイスを収めると、ミネルヴァはブレードを躊躇いなく振るい、セシルの体が切り刻まれ血を噴き出す。

 

「これでもうお前に用はない。さらばだセシル」

「そんな、アシュクロフトが…。アルテミシア…」

「せ、セシルー!!」

 

倒れ伏すセシルに3人が駆け寄るのをよそに、コンテナを愛おしそうに撫でるミネルヴァ。

 

「さて、まずは一つ。これでジャバウォックは正式(・・)な所有者の手に戻った。この日をどれだけ待ち望んだか…」

『アシュクロフトⅡジャバウォック認証処理を開始します』

 

コンテナのパネルに手を触れると、ミネルヴァにジャバウォックが装着されていってしまう。

 

『認証処理完了。封印を解除します』

「くくく…。遂に手に入れた…。アシュクロフトをぉ…」

 

恍惚な笑みを浮かべると、ミネルヴァはまるでこの場に自分だけしかいないかのように、腕の装甲を舐め回し始めたではないか。

 

「「「「!?!?!?」」」」

 

突然の奇行に一同が唖然とするのも構わず、ミネルヴァは座り込むとジャバウォックを撫でまわしていく。

 

「あ…ああ…あああ…。感じる、感じるぞっ…。こ、これがアルテミシアの…力…!!この瞬間の…この瞬間のために、私はあの男なんぞに手を貸したんだッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。貴様が下手人か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミネルヴァの愉悦をかき消すように響いた声に、その場にいる誰もが倉庫の出入り口に視線を向ける。

その先には、ハウンドを身に纏ったヴォルフが立っていた。

 

「漆黒の、狩人――」

 

ゆったりとした足取りで向かってくるヴォルフを、ミネルヴァは忌々しく睨みつけ――ようとしてビクリッと体を震わせた息を吞んだ。

バイザー越しに見える彼の眼は、卑劣な下衆への燃え盛るような憤怒と、獲物を必ず生かして帰すまいという執念を感じさせる程の殺意に染まっていたのだった。



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第八十三話

「漆黒の狩人の狩人――!!ミネルヴァだけでも厄介だってのにッ!!」

 

乱入してきたヴォルフから発せられるプレッシャーに圧されるも、ランスを構えようとするアシュリーを、セシルが制止した。

 

「待って、アシュリー…」

「何だよ!てか喋んなっ、死ぬぞ!!」

 

深手を負っているセシルを気遣うも、それでも彼女は弱弱しくも言葉を紡ぐ。

 

「…軍に捕まった私を、逃がしてくれたのは彼なの…」

「はあ?ファントムタスクの奴が何で??」

「わからない。わからないけど。もしかしたら、彼の目的も…私達と同じなのかも…」

 

困惑しながらも動向を見守る中。ヴォルフは彼女らを無視し、怯えた様にへたり込むミネルヴァへと対峙する。

 

「ふ、はは…。そうだ、今の私にはアルテミシアの力がある。最早貴様など恐れることはないんだ…」

 

まるで自分に言い聞かせるように呟きながら、立ち上がるミネルヴァ。そして、自らを誇示するかのように仰々しく腕を広げ、挑発的な笑みを向ける。

 

「何やらドブネズミらしく、こそこそと動き回っていたようだが、残念だったな。既に私は無敵の力を得た。貴様であろうが、エレン・ミラ・メイザースだろうが私を止めることはできんぞ」

『……』

 

ミネルヴァの言葉など興味がないと言わんばかりに、ヴォルフはバスター・ランチャーの銃剣を展開させると、ブースターを吹かせていく。

そんな彼を、ミネルヴァは一笑に付す。

 

「言ってもわからんか。いいだろう教えてやる。圧倒的なまでの力の差を――」

 

言い終える前にヴォルフの姿が視界から消え、それと同時に突風がミネルヴァの髪を靡かせる。そしてゴトリ、と何か(・・)が落ちる音がし、右腕に違和感を覚える。肘から先の感覚がなくなり、まるで空気にでもなったかのように軽く感じるではないか。

何事か?と視線を向けると、先程まであった右腕が切り取られたように肘から先がなくなっていたのだ。

 

「――あああアアアア腕がァァァァぁぁぁぁっ!!!」

 

そのことを理解するのと同時に傷口から血が噴き出し、激痛が襲い掛かり悶えながら膝から崩れ落ち悲鳴を上げるミネルヴァ。その際に足元転がっていた右腕を蹴り飛ばし地面を転がっていく。

 

『どうした?アーシャならば、この程度でそのような醜態を晒しはせんぞ?』

 

悶え苦しむミネルヴァ背中側に立つヴォルフは。銃剣に着いた血を払い落とすと、彼女に歩み寄っていき、彼女の後頭部を踏みつけると、頭部を地面に叩きつけた。

 

「あギャぁ!?」

 

脳を激しく揺さぶられ意識が朦朧とする中。本能的にテリトリーで押し返そうとするも、

精密な操作などできる筈もなく、辛うじて押しとどめるだけであった。

 

「強ぇ。わかっちゃいたが、やっぱり化け物だぜあいつ」

「ま、前に戦った時よりも強くなってない?」

「ヴォルフさん…」

 

自分達が歯が立たなかった相手を、難なく圧倒するヴォルフに、戦慄するアシュリーとレオノーラ。

彼女らとは別に、美紀恵は彼の様子に違和感を感じていた。

監禁された時には、できる限り相手を傷つけないよう配慮してくれる優しさが見られたが。今の彼からは、ただ敵を駆逐するためだけの冷淡さしか感じられなかったのだ。

 

『駄目…止めてヴォルフ…。そんなことは…』

「ベル?」

()のために、自分を傷つけ(・・)ないで…!!』

 

不意に懇願するよう言葉を発するベル。機械的だった今までと違い、人のようにまるで今にも泣き出しそうな『感情』を感じさせる声音であった。

 

「ッ――!?」

 

それに呼応するように頭痛が走り、覚えのない記憶が頭に直接流れ込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医療関係の室内で、ベットに横になり上半身だけ起こしているヴォルフがおり。そんな彼の側に記憶の持ち主である少女は、丸椅子に腰かけているようだ。

窓からは欧州の風土が感じられる町並みが広がり、沈みかけた夕陽の光が窓から差し込み2人を暖かく照らしている。

外から聞こえる人々の営みの音をBGMとし、どこか居心地の良さを感じられる雰囲気の中。窓の外を眺めるヴォルフに少女が話しかける。

 

「ねえ。あなたはどうして戦うの?世界を敵にして、自分を傷つけてまで…」

 

その問いに、ヴォルフは暫し沈黙するも、やがて少女を見据えるとゆっくりと口を開いた。

 

「知りたいからだ。『母さん』が愛したこの世界が存在するに値するのか。そして、『正義』が存在するのかを、な』

「そっか、やっぱり『優しい』んだねあなたは」

 

ヴォルフの答えに、少女は心から嬉しそうに微笑んだ。

 

「何度も言うが、見当違いも甚だしいぞ」

「ふふ、そうだね」

 

眉間に皺を寄せながら苦言を呈するヴォルフだが、少女は意に返さない様子でくすくす、と笑っていた。

 

「ねえ、ヴォルフ」

「何だ?」

「答え、見つかるといいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のは、一体…?」

「岡峰美紀恵?」

 

頭を抑え呆然としている美紀恵に、セシルが声をかけるも、その声は混乱している彼女には届いていなかった。

 

「あ、ぁガっ…!」

 

敢えて苦しみを長引かせるように、ヴォルフが足に徐々に力を込めていくと、頭蓋骨を軋ませながら地面にめり込んでいくミネルヴァ。痙攣を起こしながら、涙と鼻水で顔を汚す彼女を、ヴォルフは冷え切った目で見下ろしていた。

そして、限界を迎えたのかテリトリーが消えると、止めを刺そうと踏みつけていた足を持ち上げていく。

 

「ッ――!!ま、待って下さい!!」

 

頭部を踏みつぶそうとしたヴォルフを、美紀恵が声を荒げて制止すると、ギロリッ、と睨みつけられてしまい、思わず後ずさりそうになるのを堪える。

 

「あ、あのっ。あなたがそんなことをしても、アルテミシアさんはけ、決して喜ばないと思います!!」

『……』

「怒りに任せて命を奪っても、あなたの望む答え(・・)は得られないと思います。だから、こんな復讐をするようなことは止めて下さい!!

 

美紀恵の言葉に沈黙したヴォルフは、まるで何かを見極めるように凝視してくる。

一秒が永遠に感じられる緊迫感に、セシルらも息を吞んで見守っていた。

 

『そうか。お前はそこにいるのだな…』

 

何か納得したような様子のヴォルフは、足をゆっくりと地面に置く。心なしか、冷徹さが薄らぎプレッシャーが弱まったことに美紀恵はホッと胸を撫で降ろす。

 

「えっと、彼女の身柄は私が預かるということでいいでしょうか?」

『構わない。この件に関してはお前に全て任せる。それがアーシャの望みでもあるのだろう』

 

美紀恵からの提案に素直に応じるヴォルフ。どういう訳か、彼女を信頼するようになったらしい。

 

『ッ!退がれ!』

「きゃ!?」

 

突然ヴォルフが美紀恵を押しのけると、彼女がいた地面を飛来した鏃状の刃物が抉り取った。それはジャバウォックの尾であり、等間隔に分裂したものがワイヤーで繋がれていた。

 

「フーっフーっ」

『…まだ意識があったか。往生際の悪い奴だ』

 

四つん這いの状態で起き上がっていたミネルヴァを、呆れ果てた目で見ながら左腕のガトリングを展開させ向けるヴォルフ。だが、発砲するよりも先に、ミネルヴァが錯乱したように叫びながら、尾をでたらめに振り回して来た。

 

「ああああアアアアア!!!」

 

尾は周囲の物を無差別に斬り裂いていき、柱まで切断され、これまでの戦闘で損傷していた倉庫は音を立てて崩れていく。

 

「天井がっ!?」

『チィッ!!』

 

崩落し次々と降り注いでくる天井へ、ヴォルフはランチャーを胸部のコネクターに接続して向け、高出力のビームを放ち纏めて吹き飛ばしていく。

その際に発生した粉塵によって視界が塞がれ、ミネルヴァの姿が見えなくなってしまう。

 

『無事か?』

「は、はい。ありがとうございます…。!アシュリーやセシルさん達は!?」

「…生きてるよ」

 

粉塵が晴れていき、SSS組の無事な姿を見て安堵する美紀恵。だが、ミネルヴァの姿は消えてしまっていた。

ヴォルフはハウンドのレーダーで索敵するも、完全に見失っていた。

 

『完全に逃げられたな』

「…すみません。私のせい、ですよね…」

 

責任を感じて俯く美紀恵を、ヴォルフは励ますように頭に手を置く。

 

『気にするな、間違ったことした訳ではない。寧ろ感謝している』

 

そう告げると、ヴォルフは背を向けて去ろうとする。

 

「ヴォルフさんどちらへ?」

『もうこの場に用はない。それに、お前の迎えが来た』

「迎え?」

『伍長!!』

 

ヴォルフの言葉に美紀恵が首を傾げていると、武装した勇が飛び込むようにして倉庫内へ姿を現す。その後を同じく武装した折紙と真那も続いていく。

 

「…漆黒の狩人」

「ただでさせ面倒な状況なのに、更に厄介なのが出てきやがりましたねっ」

 

ヴォルフの姿を見た折紙と真那が戦闘態勢を取ると、その間に美紀恵が慌てて割って入る。

 

「ま、待て下さい皆さん!!彼は私達を助けてくれたんです!!」

「はあ?そいつはあなたを監禁したんでしょう?何で??」

「えーと、それは」

『勘違いするな。味方した訳ではない、目的のために死なれると困るのでな』

『…セシル・オブライエンを逃がしたのもそのためか?』

『そうだ。…この場で矛を交えたいのであれば、相手になろう宿敵よ』

 

殺気を滲ませ始めるヴォルフに対し、勇は静かに首を横に振る。

 

『…いや、止めておこう。今はアシュクロフトの問題を解決することが最優先だ。その点に関しては敵対する気はないのだろう?』

『そちらが邪魔をしないのであればな』

『ならば問題ない。こちらも余計なトラブルは避けたい』

 

両手を上げて敵意がないことを告げる勇に、ヴォルフはよかろうといった様子で筒状の物体を手にし、足元に投げると煙幕を噴き出されていく。

 

「あ、あのヴォルフさん!!敵は一緒なんです、だから私達と協力して…」

『水と油が交わらぬよう。光と闇は交わることはない。覚えておけ、俺は悪党だ』

 

美紀恵の言葉を遮ると、ヴォルフは煙に紛れ姿を消していく。

 

「待てよ漆黒の狩人ッ!!てめー何でアルテミシアを助けようとすんだよ!?」

 

アシュリーが呼び止めるも、答えることもなく去っていくヴォルフ。

 

「あんにゃろ!!」

「追ってアシュリー…。ここで見失ったら、もう彼から全てを聞き出せなくなってしまうわ…」

「おう!セシルのことは任せるぜレオ!」

「うん。気をつけてね」

 

SSS組も煙に紛れて離脱していき、煙が晴れると倉庫内にいるのはCNFの面々のみとなった。

安全を確認すると真那が勇に話しかける。

 

「追わなくていいんで?」

『情けないが、今ヴォルフ・ストラージまで相手にして勝てる自身はないからな。避けられる争いは避けたい』

「まあ、確かに骨が折れるだけじゃ済まない相手でいやがりますが」

「では、今後はどうするの勇?」

『それはこれから教えてもらうさ。な、伍長』

 

勇が視線を向けると、美紀恵は真剣な趣で頷く。

 

「はい。お話します。アシュクロフトの秘密と、私達が戦うべき本当の敵について…」

 

皆の注目を集める中。美紀恵はセシルから教えられたことを話していくのであった。



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第八十四話

日が沈み夜の帳が降りた天宮市内にて。ミネルヴァは路地裏を壁伝いに朧げな足取りで歩いていた。

右腕からの出血はテリトリーで抑えていたが、倉庫から逃げるまでに相当量血液を失っており、意識が朦朧としいたため、積まれたビール瓶ケースに気づかず蹴つまずき瓶を散らかしながら倒れ込む。

 

「…畜、生…。私が、こんな…虫けら…みたいに…」

 

起き上がることもできず、這いつくばるしかできないミネルヴァはこんな筈じゃなかったと言いたげにぼやく。

本来なら残るアシュクロフトも手にし、完全にアルテミシアと一つになっていた筈が無様な姿を晒している己に歯軋りする。余りの不甲斐なさに激しい苛立ちと、こんな状況へおいやった者への憎悪――そして、更なる力のへの渇望を募らせていく。

 

「――欲しいか力が」

 

そんな彼女に建物の陰が生み出す暗闇から、何者かが声をかけてくる。

 

「誰、だ…?」

「君の味方さ。理不尽に願いを踏みにじられた君の、ね」

 

まるで暗闇から生まれるかのように、陰から1人の男が姿を現す。

男はミネルヴァの目の前まで歩み寄ると、膝を突き彼女に寄り添うように語りかける。

 

「可哀そうに…。ただ愛する者と一つになりたいだけなのに、それを理解しない愚か者達に邪魔をされて。でも、もう大丈夫さ。俺と共にくれば君に力を与えよう」

「力…?」

「ああ。何者にも負けない、君の本当の力を開放してあげることができる。さあ、行こう。君の理想とする世界に」

 

そういって手を差し伸べてくる男。胡散臭い内容でありながら、まるで言葉巧みに政治家が民衆へ訴えかけるように――いや、革命家が扇動するかのように、人を引き付ける魅力ある声音は。弱りきったミネルヴァの心に難なく入り込み、瞬く間に蝕んでいくのであった。

 

「もう一度聞こう。力が欲しいか?」

「欲しい。アルテミシアを手にする…力がッ」

 

藁にも縋るように、男の手を取るミネルヴァ。そんな彼女を、悪魔(ヴァサゴ・カザルス)は歪んだ笑みで向か入れるのであった。

 

 

 

 

同時刻、天宮市の繁華街を人ごみに紛れ1人歩くヴォルフ。そんな彼の背後から何やら喧騒が聞こえてくる。

 

「うぉお!!あっぶね!!また撒かれるところだった!!」

 

通行人を縫うように駆け寄ってきたアシュリーは、ヴォルフを追い越すと、ぜぇぜぇと荒い息をしながら、通せんぼをするように立ち塞がる。

 

「今度は逃がさねぇ!!観念して話をおわぁ!!」

 

言い終わる前に首根っこを掴んで持ち上げてどかすと、再び歩き出すヴォルフ。そんな彼の後を急いで追いかけるアシュリー。

倉庫街を出てからというものの、尾行するアシュリーを撒こうとするヴォルフとで、同じようなやり取りを繰り返していたのだ。

 

「だー!!人の話をちったぁ聞けよッ!!」

「お前達の味方ではないと言った筈だが。聞こえなかったのなら耳鼻科へ行け」

「聞いてんだよ!!でも、どう見てもあたしらの味方じゃん!!アリス奪おうとして逃げる時援護してくれたよな!!」

「知らん」

「いや、あんな索敵圏外からの精密狙撃なんてできる奴他にいるか!!お前あれだろ、ツンデレってやつだろ!!」

「お前だろ」

 

はあ!?ちちちちげーし!!と照れ隠ししているアシュリーを放置し、先に進むヴォルフ。

 

「だー!!待てってば!!いい加減お前とアルテミシアのこと教えてくれよ!!」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぐアシュリーを無視し、とあるマンションに入ろうとする。

 

「んん?」

 

そのマンションを見て引っかかりを覚えるアシュリー。辺りを見回せば、倉庫街のアジトが使えなくなった時のための、予備のアジトとしているマンションではないか。

 

「うおおおおい?!あたしらのアジトバレてるんかい!?!?」

「人の庭であれだけ暴れておいて何を驚いている…」

 

衝撃を受けているアシュリーに、呆れた様な目を向けるヴォルフ。

考えてもみれば、ここら一帯は彼らの活動範囲であり、自分達のようなお尋ね者がうろついていないか目を光らせていても不思議ではなかった。恐らくこれまでも自分達のことを監視していたのだろう。

 

「ってこたぁ、教えてくれんのか!?」

「これ以上は時間の無駄にしかならん。ただし、碌な話ではないぞ」

「何であれ、真実なら受け入れるさ。セシルもレオもな」

 

渋々といった様子のヴォルフを連れて、アジトである部屋に向かうアシュリー。

ドアの前に立ち、一定のテンポで何度かノックすると、暫くしてゆっくりと開かれる。

 

「アシュリー!!良かった無事で――ってひょあ!?」

 

顔を覗かせたレオノーラは、ヴォルフの顔を見ると、驚きの余りに手にしていた拳銃を落としてしまい。それをアシュリーが慌ててキャッチした。

 

「うおおい!?馬鹿!!暴発したらどうすんだ!?!?」

「だ、だって。漆黒の狩人と一緒だなんて思わなかったんだもん~」

 

あわあわとしているレオノーラの背後から、車椅子に乗ったセシルが姿を見せる。

 

「おうセシル。傷はもういいのか?」

「ええ、レオが医療用リアライザで治してくれたから。…それにしても、見失って帰ってくると思ってたけど、連れてくるのは予想外だったわね…」

「あたしの実力ならこの程度朝飯前ってやつだ。ってしくじること前提だったのかよセシル!?」

「…8回は見失いそうになってたがな」

「だー!!言うなよ!!」

「…取り敢えず中に入って、近所迷惑だから。あなたもどうぞ」

 

玄関前で騒ぐアシュリーを適当に流しながら、ヴォルフを招き入れるセシル。

最低限の家具しか置かれていないリビングに通されたヴォルフは、勧められて椅子に腰かける。

 

「まずは私を逃がしてくれたこと、そして、ミネルヴァから助けてくれたことに礼を言うわヴォルフ・ストラージ」

「礼など不要だ。俺はただ、お前達を餌にしただけなのだからな」

「そうね。ミネルヴァは狡猾な女、勝機が無い限りあなたの前には現れない。だから、敢えて彼女にアシュクロフトを手に入れさせた」

「そうだ。あの時奴を止めずに、お前を意図的に危険に晒したということだ」

 

そんな話をしていると、レオノーラがキッチンから出てきて、コーヒーの入ったカップをどうぞ、とヴォルフの前に置く。そして、何か言いたげにヴォルフにことを見る。

 

「何だ?」

「あ、あの…。本当にセシルが危なかったら、助けに入ってくれたんですよね?」

「……」

「あ、かっ勝手なこと言ってごめんなさい!ごめんなさい!」

 

ただ視線を向けられただけなのだが、レオノーラはビクビクと怯えながら手にしていたトレーで顔を隠して平謝りを始める。

そんな彼女に、ヴォルフは何も言わずにカップを持ちコーヒー啜る。

それをアシュリーは、片肘をテーブルに乗せ手に顎を置きながら半目で見ていた。

 

「…お前、やっぱツンデレだろ」

「違う」

「…話を戻すけど、それでここに来てくれたということは、1年前にあなたとアルテミシアに何があったか話してくれということでいいのかしら?」

「ああ。そこのチビにいつまでもストーカーされるのはかなわんのでな」

「誰がチビでしかもストーカーかッ!!」

 

キシャ―ッ!!と、髪の毛を逆立てながら威嚇してくるアシュリーを無視して話を進めるヴォルフ。

 

「あの当時SSSの司令官が、テロ組織に武器を横流ししていたのは覚えているな」

「ええ。それを暴いたのがアルテミシアということになっているけれども、あなたも関わっているのでしょう」

「俺は彼女を利用しただけだ。その方が都合が良かったのでな」

 

勘違いするなと釘を刺すような視線を向けると、カップを置きヴォルフはその当時のことを語りだすのであった。



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第八十五話

イギリスにある都市の港湾部にて。人気のない深夜帯にも関わらず、その日は突然の強風によって荒波が立っており、まるで嵐の到来を感じるようであった。

そして、それを示すかのように、倉庫街の一画は殺伐とした空気に包まれており、建物の陰に数人の人影が見られた。

 

「くそッ状況はどうなってんだ!?おい、セシル!!他の奴と連絡は着いたか!!」

「…駄目ね。ジャミングされていて基地との通信すらできないわ」

 

角から覗き込んで周囲を警戒しているアシュリーが、焦れたような様子で問いかけると、通信機で交信を試みていたセシルが、険しい顔つきで首を横に振る。

SSSの指揮官を務める少佐より、この地に潜伏しているテロリストの鎮圧のために、彼女らが所属する中隊に出撃が命じられたのが数時間前であった。

相手は国際指名手配されているとはいえ1人であるとのことで、誰もが精鋭である自分達が出張る必要もないだろうと多かれ少なかれ軽く見ていたが。いざ作戦が始まるとそれがいかに愚かだったかを思い知らされることとなった。

ターゲットがいると見られる倉庫を強襲するも、そこには誰もおらず。それどころかトラップとして仕込まれていたスタングレネードが炸裂し、暗闇包まれていた内部に備え暗視装置を使用していたことが災いし、視覚を一時的に潰されてしまったのだ。

予想外の事態に混乱している間に、身を隠していたターゲットに襲撃され。目が見えるようになった時には、2人の隊員が無力化され地に伏せており、ターゲットの姿は影も形もなくなっていた。

仲間が倒されたことと、侮っていた相手に一杯食わされたことによる怒り、そして作戦が読まれていたことによる焦りから、残る隊員の大半が冷静さを失ったまま敵を追撃し、更にジャミングによって分断され互いの安否すら不明の状況に陥ってしまったのだ。

 

「チッ何でこんなことに…!アルテミシアがいねーってのにっ!」

「落ち着いてアシュリー。ユニットが調整中だったのだから仕方がないわ。今は私達だけで切り抜けないと」

「わーってるよ。で、どうすんだ?」

「私とあなたでこのポイントに敵を誘導するから、レオは狙撃できるポイントに移動を」

「う、うんわかった」

「おっしゃ、行くぜ!!」

 

威勢よく先陣を切るアシュリーに続くように、セシルとレオノーラも行動に移ていった。

 

 

 

 

「ハァ、ハァ…」

 

入り組んだ路地にて。SSSの隊員のである女性が壁を背にし、息を乱しながら怯えた様子で周囲を警戒していた。

先程まで複数人で行動していた筈が、時間が経つごとに1人1人と姿が消えていき、遂には彼女1人となってしまったのだ。

ウィザードは確かにテリトリーという特異な能力を持ち、厳しい訓練によって精鋭と呼べるだけの技量を持つが、それはあくまで精霊やノイズといった人ならざる存在を想定としたものであり、テロリストのような対人戦には重点を置かれておらず、ましてゲリラ戦のような非正規戦については素人同然と言える練度しか持ち合わせていないのだ。

更にテリトリーという超人的力を持つが故の慢心が、彼女らの判断を誤らせ、己の身を窮地に陥れることとなってしまった。

 

「くそッ、奴はどこだ…?」

 

得物であるアサルトライフルを構え、クリアリングしながら索敵をしていく女性。狭い路地の影響で、激しく吹き付ける風と、激しく降り出した雨が視界と聴覚を阻害されたことで、不安と苛立ちと募らせていく中。不意に静寂を破るようにガタンッと音を立て、反射的に銃口を向ける。その先にあったのは倒れたポリエチレン製のゴミ箱であり、過剰に反応したことに恥ずかしさを覚え気が緩んだ。

 

「何だ脅かして――」

 

自嘲するように息を吐いた瞬間、背後から伸びてきた手に口元を塞がれる。

 

「――!?!?!?」

 

本能的に振り返ろうとするも、それより早く近くの壁に背中から叩きつけられてしまう。その衝撃でライフルを落としてしまい、ナイフを取り出そうとするも、その手を掴まれて阻まれしまい、口を塞いでいた手が離されるも、今度は肘が喉元に当てられ圧迫されていく。

 

「あ、が…」

 

呼吸ができずもがこうとするも、完全に拘束され抵抗もできず酸欠に陥っていく女性。薄れ行く意識の中、彼女が見たのは、闇夜に溶け込むかのように黒く塗装されたM型ゲシュペンストと、バイザーから覗かせる猟犬のような鋭さを持った瞳であった。

 

『……』

 

ヴォルフが気絶した女性から離れると、壁に沿って崩れ落ち。暫く警戒しながら観察し動き出す気配がないことを確認すると、物陰に隠れ周囲の様子を伺う。

 

「(…残るは3人。この状況下でも取り乱さず行動しているか)」

 

不慣れな状況下で不測の事態に陥りながらも、冷静さを失っていないセシルらに、警戒心を高めながら次の行動を思案するのであった。

――そもそも、極東方面担当の彼が何故欧州にで活動しているのかと言えば、暫し前に時は遡る。

 

 

 

「イギリスに行けだと?」

「ええ。欧州方面から、あなたの力を借りたいと泣きつかれたの」

 

日本支部オフィスにて。デスクの前に立つヴォルフは怪訝そうな様子で眉を顰める。そんな彼に、デスクを挟み対面しているスコールは革椅子に腰かけたながらやれやれと言いたそうに息を吐く。

 

「Special Sorcery Service――SSS、知っているわよね?」

「イギリスの対精霊部隊だな。そこで問題が起きた、と」

「そう。最近装備の更新が行われたのだけれど。それで余った旧式の装備をそこの司令官が反政府組織に流しているのよ。特に一番問題なのが、提供元であるDEMの人間と結託していることね。で、それが公に漏れそうになったの。だから迅速に処理(・・)する必要が出た訳」

「それくらいなら珍しいことでもあるまい。そんなことで、他方面担当の者が出張ることもあるまい?」

 

腑に落ちないといった様子を見せるヴォルフ。古来よりそういった不正は繰り返されているため、ファントムタスクはそういった案件の処理も担当しており、別段難しいことではなかった。

 

「そうなのだけれど。それに気づいたターゲットが、手駒のSSSに身辺警護させるようになったのよ」

「…アルテミシア・ベル・アシュクロフト、か」

「当たりよ。世界で五本の指に入る実力者である彼女に対抗できる者が、欧州にはいないの。だから、あなたに白羽の矢が立ったという訳。苦労をかけるけど頼むわね」

 

 

 

 

「(やはり、こちらの動きは筒抜けか)」

 

担当地域を空ける訳にはいかないため、オータムとエムを残し単独でイギリスに潜伏するも、間も置かずに強襲を受けることとなったのだ。恐らくターゲットと手を組んでいるDEMの人間から情報が漏れたのだろう。組織というものが一枚岩になれないとは理解しているものの、流石に簡単に情報が漏れすぎだと苦言を呈したくなるヴォルフ。

 

『!』

 

レーダーが警報を鳴らすのと同時に、背後から敵意を感じその場から跳び退くと、屋上から人影が飛び降りてきており、振り下ろされたレーザーブレードが、先程までいた空間を斬る。

 

「チッ、あのタイミングで避けるかよ!」

 

必中を確信していた一撃を避けられたことに舌打ちしながらも、アシュリーは右手に持ったサブマシンガンをヴォルフ目掛け発砲しながら駆け出す。

 

「ウラァ!!」

 

牽制しながら回避先を限定させ、距離を詰めると左手に持ったレーザーブレードを一閃し。それをブースターを吹かせて跳んで回避したヴォルフは、カウンターで回し蹴りを側頭部へと放つ。

 

「っとォ!」

 

身を屈めてやり過ごしたアシュリーは、テリトリーで頭部を保護すると、CRーユニットのブースターを吹かし、その推力と膝を伸ばす反動とを利用し胴体に猛烈頭突きをかました。

その衝撃でヴォルフの動きが一瞬止まった隙を狙い、ブレードを下段から振り上げたが、体を強引に捻り左肩の装甲の一部を切断するにとどまる。

 

『無茶をするッ』

 

倒れるように地面を転がりながら距離を取ると。へこんだ胴体を見ながら呆れたような声を漏らすヴォルフ。

下手をすれば自滅しかねない攻撃を繰り出してくるアシュリーに、ヴォルフは接近戦を避けるべく、ホバリングで後退しながら距離を取ろうとする。アシュリーはそれをサブマシンで追撃しながら、空になったマガジンを交換する。

相手の方を向きながら後退しつつ、ヴォルフは左腕を彼女へ突き出すと装甲を展開させ、露出したガトリングを起動させると、銃身が回転を始め無数の弾丸を吐き出していく。

迫る弾丸の雨を、壁から壁に跳んで避けていくアシュリー。小柄であることを生かし、縦横無尽に狭い路地裏という空間を跳び回り距離を詰めようとするが、ヴォルフの機体は推力が大幅に強化されおり、更に背中に目があるかのように背後を気にする素振りも見せず背面機動を行いながら迎撃してくるではないか。

 

「(なんつー機動だ、隙がねぇ。けどなっ!)」

 

相手の驚異的なまでの技量に舌を巻くも、元より1人で戦う気など無く、これまでの行動は全て相手を所定のポイントまで誘導するためのものであった。

二手に分かれた曲がり角にヴォルフが差し掛かると、片方への道を遮るように弾幕を張りもう片方の道を誘導し。そこからユニットに取り付けられたグレネードランチャーを起動させ敢えて建物目掛け打ち込み爆煙で相手の視界を塞ぐ。すると、角を曲がったヴォルフの足に建物間に張られていたワイヤーが引っかかり、進路上一帯が激しい爆発に見舞われた。

上空へ逃れるため飛翔するヴォルフ。それを見計らったように、建物の屋上からセシルが頭を抑えるようにレーザーブレードを手に飛び出した。

 

「そこ!」

『ムッ!』

 

突き出された光刃を、ランチャーで受け止めるヴォルフ。そこからブレードを手放すと、横向きに回転しながら右側面に回り込み、勢いを乗せながら、右側のブースターに蹴りを叩きこみ弾き飛ばす。

ひしゃげたブースターを切り離すと爆発を起こし、その衝撃に煽られランチャーを手放しながら、路地に積まれていた木箱に激突するヴォルフ。

 

「(ワイヤートラップか。この短時間で良く仕込んだものだ)」

 

配置から見て、襲撃前に設置したものでなく、作戦が読まれていると気づいた後に急遽設置したのだろう。的確な判断力と手際の良さに、機体の状態を確認しながら態勢を立て直しつつ感嘆するヴォルフ。

 

『おっと』

「チィッ!」

 

飛び込むように突撃してきたアシュリーの斬撃を跳んで回避すると、左腕部のガトリングで反撃しようとすると、セシルがアサルトライフルを発砲し阻む。

 

『良い連携だ』

「上から見てんじゃねぇ!!」

『そんなつもりはないが…』

 

言いように腹を立てたのか、苛烈に攻め立てるアシュリーを、いなしながら後退していくヴォルフ。

反撃しよとすると背後に回ったセシルが跳び膝蹴りを放ち、そちらを向いて両腕を交差させて受け止めると。背を向けることになったアシュリーがブレードを突き出し、ヴォルフはスラスターを吹かしながら旋回しセシルを受け流し、その勢いで蹴りを叩きつけた。テリトリーを盾にしながら片腕で受け止めるも、衝撃で弾き飛ばされるアシュリー。だが、その口元は笑みを浮かべており、罠であると気づき退避しようとするヴォルフの残る片方のブースターを、飛来してきた弾丸が貫いた。

 

『狙撃か…ッ』

 

ブースターを切り離すと同時に距離を取り、爆発から逃れようとするも、近くにあった可燃物に引火して起きた大爆発に巻き込まれる。

 

「アシュリーッ」

「問題ねぇ!!それより良くやったレオ、流石だぜ!!」

『う、うんやったよ!!』

 

安否を確認してくるセシルに、笑って応えながら、通信機越しに功労者(レオノーラ)を称えるアシュリー。

 

「流石にこいつは耐えられないだろ。アルテミシアがいなくてもやれるもんだならあたしらもよ」

「油断しないでアシュリー。何が起きてもおかしくない相手なのよ」

 

大物を仕留められたことに、興奮を隠しきれないアシュリーへ警告するセシルだが、彼女も興奮を抑えきれない様子であり。通信機越しから聞こえる息づかいからも、レオノーラも同様であることが伺えた。

 

「わーってるよ。最後っ屁は御免だからな――」

 

口調こそ軽いものの、サブマシンガンを構え警戒しながら相手の安否を確認に向かうアシュリー。だが、その足取りが不意に止まる。

何かに驚愕するように動きを止めた仲間に、セシルは何事かと思い、呼びかけながら向かおうとし、目を見開いて彼女も動きを止めてしまう。

彼女らの視線の先には、燃え盛る炎の中を、歩きながら向かってくるヴォルフの姿であり。装甲の至る所に亀裂が走り、露出している肉体は高熱で炎症を起こしており、満身創痍である筈の状態でありながら、足取りはそれを微塵も感じさせず、発せられるプレッシャーは更に増し、まるで精霊と相対しているのかと錯覚する程であった。

 

『見事だ。貴官らに敬意を表し、全力でいかせてもらう』

 

金色(こんじき)の色彩を帯びた瞳で、宣告するように告げると、ヴォルフの姿が搔き消える。

 

「な、消え――」

 

一瞬のことにアシュリーが瞠目すると、彼女の目の前に現れたヴォルフの膝が腹部にめり込むと、吹き飛ばされ建物の外壁に叩きつけられる。

 

「アシュリー!?」

 

肺から息を吐き出しながら崩れ落ちていく仲間に、セシルは意識を取られるも。自分目掛け跳んで迫って来くるヴォルフの気配に、咄嗟に後ろに跳んで距離を取ると、ヴォルフの回し蹴りが空を切る。

攻撃後の隙を狙いセシルはアサルトライフルを放つも、ヴォルフは機体本体のブースターを吹かして跳躍すると、建物の外壁を蹴って移動しながら回避していく。

 

「あんな状態でなんて機動をッ」

 

爆発のダメージで殆どのスラスターが破損しており、機能している僅かなスラスターのみで姿勢を制御しているヴォルフに、驚愕の色を隠せないセシル。

 

「(動きが捉えきれない!?)」

 

彼女の動体視力をもってしても、残像が見える程の高機動で翻弄してくる敵の技量に内心舌を巻きながら、両腕部のガトリングで牽制しつつ肉迫し放たれた蹴りを、脚で受け止め弾き返すセシル。

 

「レオ!!」

 

通信機越しに合図を送り、レオノーラがスナイパーライフルの引き金を引き。放たれた弾丸がヴォルフの頭部目掛け直進していく。

ヴォルフはブースターとスラスターを最大まで吹かし。常人では耐えられない負荷をかけながら回避行動を取ろうとするが、それを見計らったように突進してきたアシュリーに密着されて阻まれる。

決まったっ!と三人が勝利を確信する中、ヴォルフは取り乱すこともなく左腕を弾丸へと突き出し、手の平で受け止めたではないか。弾丸は手を容易く貫通するも、着弾と同時に手を捻ることで強引に弾道を捻じ曲げたことで、頭部スレスレを飛んでいき回避することに成功したのだった。

 

「マジ…かよッ!?」

 

余りにの非常識な光景に、ただ唖然とすることしかできないアシュリーを、肘打ちで引き剥がしてから膝蹴りで吹き飛ばし、再び外壁に叩きつけるヴォルフ。

そこから再度放たれた狙撃を跳び込むようにして避けると、地面を転がりながら落としていたランチャーを片手で掴み、起き上がることなくレオノーラのいる方角へと構えて発砲した。

 

「う、うわわわ!?」

 

放たれたビームは寸分の狂いなくレオノーラへと向かっていき。咄嗟に倉庫の屋上から飛び降りて回避するも、続けて薙ぎ払うように放たれた線状のビームが倉庫の外壁を崩していき、崩落した瓦礫の下敷きとなってしまう。

 

「ッレオ!!!」

 

通信機越しに安否を確認し、微かだがうめき声が聞こえることと、データリンクから送られてくるバイタルから、取り敢えず無事であることに安堵するセシル。

それと同時に、この状況を打開すべく思考を巡らせるも、自分しか動ける者がおらず打つ手がないことに歯噛みすることしかできなかった。

そんな彼女に、ヴォルフは推進器を吹かして、逆立ちしながら跳ねるように起き上がると。ガトリングをセシルの足元に放ち、砂塵を巻き上がらせて視界を塞ぐ、強風のためすぐに晴れるも敵の姿は視界から消えており、その場から離脱すべきと判断し移動しようとするセシル。

 

「ッ!」

 

センサーが頭上から接近する物体をキャッチし、銃口を向けると、複数のスラッシュリッパーが降り注いできており、回避のために足を止めざるを得なくなる。

 

「しまッ――」

 

敵の狙いに気づいた時には、ヴォルフが懐に潜り込んで来ており、ライフルを蹴り落とされその勢いを利用して回し蹴りの態勢を取った。

ここまでか!と諦めかけた時、何かに気づいたヴォルフがホバリングしながら後退し。上空から飛来したレーザーが彼がいた地面に着弾した。

 

「アルテミシアッ!!」

「遅くなってごめん!!皆無事!?」

 

 

セシルの側に、ユニットを纏ったアルテミシアが降り立った。CR-ユニットの調整が終わり急いで駆け付けたようで、少し息が乱れているもすぐに息を整え落ち着けている辺り、流石といった所だろう。

 

「ええ、アシュリーもレオも気を失っているだけよ」

 

仲間達の無事を確認しホッと安堵すると、アルテミシアは警戒し様子を見ているヴォルフへと相対する。

 

「後は私に任せて、セシルはアシュリーとレオをお願い」

「…わかったわ、気をつけてね」

 

アルテミシアといえど、1人で戦わるべき相手ではないが。ユニットの推進剤の残量等から、自分がいても足手纏いにしかならないと考え、他の仲間の安全の確保を優先させるセシル。

 

「……」

『……』

 

セシルが離脱していくのを背中越しに確認すると、相手の状態を見極めていくアルテミシア。対するヴォルフも彼女の装備等を観察し戦略を組み立てていく。

そんな折、ふとアルテミシアが構えを解きながら口を開いた。

 

「…あなた、そのままだと死んでしまうわ。お願い投降して」

『断る。掴める勝機をみすみす手放すつもりはない」

 

外傷と息づかいから、今すぐに治療が必要な状態であると見たアルテミシアは、投降を促すも。それを拒絶し、ランチャーの斧型の銃剣を展開しブースターの出力を高めてき突撃態勢を取るヴォルフ。

その揺るぎない闘志を宿した瞳に、アルテミシアは何かを思案するようにそう、と目を閉じると、何らかの覚悟を決めたように見開き。レーザーライフルを手放し、新たに手にしたレーザーブレードを両手をを交差させて上段に構える。

 

「……」

『……』

 

仕掛けるタイミングを探り合う中、風に飛ばされたポリバケツが両者の間を横ぎり視界を一瞬遮った。その瞬間を逃さずヴォルフは機体を前進させ、限界まで引き絞られあ矢が放たれたように猛烈な勢いで突進していく。

それに対して、アルテミシアは迎え撃たんとブレードを振るう――ことなく手放し、無防備な姿を晒して棒立ちとなったではないか。

 

『!?』

 

これには流石のヴォルフも動揺で目を見開き、思わず銃剣の切っ先を逸らしてしまう。それによって刃はアルテミシアから外れるも、勢いは止められず彼女を押し倒すようにして地面を滑りながら倒れるのだった。

 

『――どういうつもりだッ。死にたいのか貴様!!』

 

テリトリーで保護していたため、ダメージは受けていないようだが、あどけない表情をし澄んだ瞳で見上げてくるアルテミシアに、意図が読めず苛立ちを隠せず怒鳴るヴォルフ。

 

「ごめんなさい。本気で戦うべきだってわかっているのに、どうしても今のあなたとは戦いたくないって思っちゃったの」

『~~~~俺が手を緩めなかったら、どうするつもりだったんだ!?』

「あなたならそうしてくれるかなって。セシル達の仲間のこと、できる限り傷つけないようにしてくれていたから」

 

とんでもないことを言い出すアルテミシアに、ヴォルフは頭を抱えたくなる衝動に駆られるのだった。

 

『そんなことで死んだらただの馬鹿だろうが!!』

「うん、そうだよね。アシュリーにも良くおバカだって言われちゃうんだ」

 

えへへ、と屈託なく笑うアシュリーに、ヴォルフは毒気が抜かれたように呆れ果てた目を向けることしかできなかった。

何とも言えない空気に包まれる中、側にある建物が戦闘の余波の影響で崩れ始め、瓦礫が2人へと降り注いでいく。

 

『ッ!!』

 

咄嗟にヴォルフは、アルテミシアを抱きかかえながら横転し回避する。

 

「ありがとう…。――?」

 

アルテミシアは助けてくれたことに礼を述べるも。返事がないことに不審に感じながらヴォルフの様子を見ると、どうやら避けきれなかったようで、頭部の装甲が大きく破損しており、かなりの量を出血しながら意識を失っているではないか。

 

「!!そんな…ッ。しっかりして、ねぇ!!!」

 

必死に声をかけるも反応はなく、弱弱しい息づかいで徐々に血の気が失われていくヴォルフ。一般的な応急手当を施しても手遅れになると考えたアルテミシアは、意を決した顔で頭部の傷口に手を添え意識を集中させるのであった。



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第八十六話

「……」

 

目を覚ましたヴォルフは、自身がベットに横たわっていることと、周囲に視線を向け医療用の器材が置かれていることを把握すると。上半身を起き上がらせ、今度は自身の体に視線を移すと、病衣姿で腕には点滴が打たれているのが映る。

体を動かそうとすると、前に手を回す状態で両手を拘束されていることに気づき、腹筋だけで上体を起こし周囲を観察する。

 

「…軍病院、か?」

 

経験から現在地の推測をしていると、扉が開かれ白衣を着た40代程の無精髭を生やした金髪の男性が入室してきた。

 

「うおッ。もう起きてやがる。検査で丈夫なのはわかってたがマジか…」

 

警戒の視線を向けてくるヴォルフに、驚嘆したような表情を浮かべながら男性は何気ない足取りで歩み寄っていく。

 

「そう警戒しなさんな。俺はこの軍病院のしがない医者のエルビンってんだ。で、体に異常とか感じない?起きる前の記憶はある?結構頭に衝撃受けてたけど。あ、黙秘は止めてくれよ。聴取じゃないんだ、治療に必要なことなんでな。テロリストだろうが何だろうが、担ぎ込まれたら治すのが仕事なんでね」

 

軽薄そうな口ぶりに反し、譲る気のない信念を感じさせる言葉に。ヴォルフは警戒を多少緩め質問に答えていく。

 

「今のところ体に異常は感じられない。記憶もはっきりとしている。SSSと戦闘中にその1人を庇って…」

「ん?どした?変なところあった?」

「いや、何でもない」

 

どこか困惑した様子のヴォルフに、医師はははん、と何かを察したような笑みを浮かべる。

 

「どうして敵を庇ちまったのかわかんねーってか。まあ、アルテミシアの嬢ちゃんだからな「あなたのことを傷つけたくないから投降して」みたいなことを言われたんだろ。あの娘誰でもかれでも助けようとするかんなぁ」

 

やれやれと言いた気に息を吐きながら、窓へ近づくと勝手に開け。上着のポケットから煙草の箱を取り出し中身を咥えると、箱を戻し今度はライターを取り出し、さも当たり前のように煙草に火をつけたではないか。

 

「医師が患者の前で堂々と吸うな」

「無法者が細かいこと気にすんなよ。最近じゃ吸える場所限られてるし、喫煙所までいくの怠いんだよ」

 

非常識な行動に冷めた目を向けてくるヴォルフに、医師は悪びれた様子もなく からからと笑うのだった。

 

 

 

 

目覚めてから1日近く経ち。検査の結果、後遺症のような異常はないものの、重度の外傷を負っているため。傷が癒えるまでは軍病院の預かりとなり、療養させられこととなったらしく。遠慮なく煙草を吹かしてくるエルビンの監視の元、病室に監禁されるヴォルフ。

療養と言っても捕虜扱いであり、検査以外病室から出ること等できる筈もなく、テレビすらないので時間を持て余すだけであったが。

不意に自動式の扉が開き件の少女――アルテミシアが入室してきた。

 

「あ、本当に目が覚めたんだね!よかったぁ!」

 

目覚めたヴォルフに気がつくと、足早に歩み寄ってくると顔を覗き込んでくる。

 

「頭を強く打ってたけど大丈夫?私のことわかる?どこか痛いところとか――にゃ!?」

 

至近距離まで顔を近づけてくるアルテミシア。その顔をヴォルフは片手で押しのける。

 

「???」

「…女が親しくもない者に馴れ馴れしくするな。まして男にならなおさらだ」

「???」

 

どうしたのかと言わんばかりに?を浮かべているアルテミシアに、懇切丁寧に説明してやるも余計に?を増している彼女に、思わず頭を抱えそうになるヴォルフ。

 

「あ、そういえば自己紹介してなかったね。私アルテミシア。アルテミシア・ベル・アシュクロフトっていうんだ」

 

にこにこと呑気に話すアルテミシアに、ヴォルフ馬鹿を見るような目を向けるも。当人はキョトンとした顔で首を可愛らしく傾げていた。

そんな様子に、呆れ果てたように息を吐きながら、ヴォルフは彼女の目的を問うことにするのだった。

 

「…で、お前は何をしに来た?」

「あっ、そうだった。今日はあなたにお礼を言いに来たんだった」

「礼?」

「うん。この前の戦闘で私のこと助けてくれたから、そのお礼を言いたくて」

 

さも当然のように言うアルテミシアに、いよいよ頭痛を抑えきれなくなったのか、ヴォルフは片手を額に当てながら項垂れてしまう。

 

「?どうしたの?」

「…テロリストに礼などいう奴があるか、まして軍人が。敵なんだぞ俺達は…」

「でも、あなたと戦ったSSSの誰も死人は出なかった。あなたなら簡単に命を奪えたのに。手加減してくれたでしょ?」

「…今回はお前達は標的ではなかったからな。精霊部隊を無為に損耗させたくなかっただけだ」

 

突かれたくないことだったのか、目を覆い視線を逸らすヴォルフ。そんな彼の反応にアルテミシアはふふ、と笑みを浮かべる。

 

「やっぱり、優しいんだね」

「悪党に何を言っている?勘違いも甚だしいぞ」

 

睨みつけながらの抗議の目を向けるも、アルテミシアはこれまでと一転して笑顔を曇らせ俯いてしまう。

これくらいのことを気にするとは思っておらず、予想していない反応に不安から思わず眉を顰めるヴォルフ。

 

「…どうした?」

「…あなたみたいに、悪いことをするも人でも良い人はだっているよ。その逆な人だって――」

「……」

 

何かに剣吞さを滲ませながら、両手をギュッと握り締めるアルテミシア。ただならぬ様子に、どう声をかければ良いかわからず、ヴォルフはただ見ていることしかできなかった。

 

「あ、ごめんね。変なこと言ってなんでもないから」

 

アルテミシアは顔を上げるとえへへ、と再び笑みを浮かべるが明らかに無理をしており、痛々しくさせ感じられる程であった。

 

「えっと、それでね――にゃ!?」

 

話題を変えようとすると、いつの間にか部屋に入っていたエルビンがアルテミシアの首根っこを掴んで持ち上げた。

 

「はい、面会時間し~りょ~。良い子は帰ろーねー」

 

あーれーと、親猫に咥えられた子猫のように連行されていくアルテミシア。

 

「じゃあね!また、来るから!」

 

放り出されて扉が締め切る間際に、そう言い残していくのであった。

 

「いや、来るなよ…」

 

立場上問題あるだろうと、至極当然のツッコミを入れるのであった。

 

 

 

 

捕虜となって数日経ち。アルテミシアは言葉通り――というか毎日顔を出してくるのだった。

友人らやその日にあったことについてといった。他愛ないことを話してくる彼女に、ただ適度に相槌を打つだけという一方通行なやり取りだけであったが。それでも彼女は気を悪くするでもなく、寧ろそんなやり取りを楽しんでいるようでさえあった。

立場を悪くするだけなので、もう来るなと何度も言い聞かせようとするも。まるで捨てられた子犬のようにしょぼくれるので、それ以上強く言えずにいたのであった。

 

「♪~」

 

今日はエルビンに許可を貰ってきた、と持参してきたリンゴを上機嫌に包丁で皮を剥いていた。

 

「んしょ、よいしょ…あれ?」

 

指を切りそうな手つきで、実ごと削ぎ落とされていき、みるみるうちに縮んでいくリンゴを見て、不思議そうに首を傾げるアルテミシア。

横目に見ていたヴォルフは、指を切りかけたりと彼女の手際の悪さに苛立ちを募らせていき。遂には貸せ!とリンゴと包丁を奪い取ると代わりに剥いていく。

両手を拘束されているにも関わらず、瞬く間にうさぎカットに仕上げられるのを、アルテミシアは子供のように目を輝かせる。

 

「ん」

「わぁ、凄い凄い!今のどうやったの!?」

 

皿に乗せられたリンゴを見回してはしゃぐアルテミシアに、大袈裟なと言いたげに息を吐くヴォルフ。

 

「別に、普通に切るだけだ」

「えー私上手くできたことないのに…」

「……」

「あ!今『こいつ料理できないのか…』って思ったでしょ!そ、そんなことないもん!ちゃんとできるもん!」

「お前が調理場に立とうとすると、周りに止められるだろ」

「にゃ!?」

 

何で知ってるの!?と言わんばかりに目を瞬かせる彼女に、判りやすい奴と鼻で笑うと。アルテミシアは拗ねたように頬を膨らませる。

 

「いいもん、そんな意地悪言う人にはあげないから!」

「別にいらん」

 

アルテミシアは仕返しと言いたげに、見せつけるように爪楊枝を使ってリンゴを頬張り始めるが。ヴォルフは興味を持つこともなく、冷めた反応しかしないことに、面白くなさそうに顔を顰めるとピコーンと何か閃めくと、リンゴを仏頂面男の口元に持っていく。

 

「…何のつもりだ?」

「やっぱりあげる」

「いらん」

 

訝しんだ目を向けてくるヴォルフに、アルテミシアはじゃれつくように、口元へとぐりぐりとリンゴを押しつける。

 

「はい。あ~ん」

「ええい、押しつけるな!」

 

ほれほれ、と止める気のいないアルテミシアに、鬱陶しくなったのか、遂にはヤケクソ気味にリンゴを喰らうヴォルフ。

 

「美味しい?」

「………………まあな」

 

異性に食べさせてもらうことは。流石の朴念仁でも羞恥心というものを感じるようで、それを隠そうと顔を背けるヴォルフに。アルテミシアは、悪戯が成功した子供のようにクスクスと笑うのだった。

 

 

 

 

それから更に数日経ち。SSSが所属している基地の食堂にて、アルテミシアはセシルら同じ小隊の仲間と夕食を取っていた。

アシュリーがウキウキした様子で話題を切り出す。

 

「なあなあ、この後はどーするよ?街に遊びに行くか?」

 

彼女らの隊は午後は自由時間であり、どのように過ごそうかと提案する。

 

「あ~ごめんねアシュリー。これから彼の所に行くって約束してるんだ。ホントごめん」

「はぁ~、またあのテロリストの所かよ?」

 

心から残念そうな顔になる彼女にへ、本当に申し訳なさそうに、顔の前で両手を合わせて謝るアルテミシア。

ちなみに、約束といっても彼女が一方的に決めているだけであり、ヴォルフの二度と来るなという意向は無視されていた。

 

「…毎日通っているけど、良く許可が出るわね」

「ん~とね。エルビン先生が『お前さんならどうとでもぶっ飛ばせるからまあ、いいや。ぶっちゃけ、あいつほっとくといつ逃げ出すかわかんねぇから、見張といて』って」

「……あの人、本当に軍医なのかしら???」

 

余りにも適当な仕事ぶりに、思わず眩暈さえ覚えるセシル。

エルビンは。半年程前に前任者が退職することとなり、その後任として着任してきた男であった。どこか飄々とした性格で暇があればタバコを吸おうとする中毒者で、医師としての腕は確かだが、それ以外の仕事はおざなりにするところがあり、どうにも掴みどころがない人物というのがおおよそに認識だった。

 

「で、でも大丈夫なの?相手は、世界規模で指名手配されるくらい危ない人なのに…」

 

レオノーラが怯えた様子で心配そうに口を開く。

人を殺すためだけにに生み出され、目的のためなら、老若男女問わず迷わず手にかける心を持たない殺人マシーンとも噂され。10代という若さでありながら、数々の達成不可能と言われる暗殺を成し遂げており。国際的に指名手配されるまでに至った危険人物なのだから彼女の反応は当然といえよう。

 

「大丈夫だよレオ。彼、一見無愛想でマフィアみたいな顔してるけど、そのこと凄く気にしていて、からかうと本気で落ち込んじゃたりとか可愛いところもあるんだよ。それに皆みたいに私のこと気にしてくれたりすっごく優しいの!」

 

自慢するかのように楽し気に語るアルテミシア。花が咲くような笑顔を見せる彼女にセシルらはんん?と眉をひそませる。

 

「あ、時間だからもう行かなきゃ!皆また後でね!」

 

空になった食器の載ったトレーを持ち、返却口に足早に向かっていくアルテミシアを、呆然とした様子で見送る一同。

 

「なあ。確かアルテミシアのタイプってさ…」

「うん…」

マジかよ、と言いたげにゆっくりと口を開くアシュリー。

以前SSS内で恋バナの話題が出た際に、話題を振られたアルテミシアはそういった経験もなく、得に興味を持ってこなかったこともあり、漠然とした内容だったが、要約すると「ストイックで優しく、誰かのために頑張れる人』が好みらしい。彼女は同姓も見惚れる程の美貌と、誰にでも親身なって接する慈愛深い性格から、過去に多くの男に言い寄られた経験もあってか軟派なタイプを苦手に思うようになり、その反動からかストイックなタイプを好むようになったと見られる。

 

「いえ。いくら何でも流石にそれはない、筈よ…多分…」

 

思いもよらぬ展開に、どのような反応をして良いのかわからず。顔を寄せながら互いに見合うことしかできないセシルらであった。



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第八十七話

捕虜となって一週間は経とうとする中。今日も当たり前のようにヴォルフの病室をアルテミシアが訪れていた。

相も変わらず一方的にアルテミシアが話しかけ、それにヴォルフが適度に相槌を打つだけだが。そんな何気ないやり取りをアルテミシアは心の底から楽しんでいた。

今まで関わった男性は、大抵二言目にデートに誘ってきて男女の関係を求めてくるか、違う世界に住んでいるかように、特別扱いしてくる者ばかりであった。

そんな中で出会ったヴォルフは。打算めいた目を向けることもなく、自分を対等な人として見てくれる初めての異性であった。

何より、自分の身に危険が迫る中でも他人を気遣い、命を大切にしようとする優しさを持った彼に強い興味を惹かれるようになっていた。

そして、ヴォルフも。始めはただ適当に相手をしているだけであったが、兵器として生み出され戦いの中でしか生きてこなかった人生の中で、初めて訪れた銃声や硝煙の匂いとは無縁の生活に、気づかぬ内に安らぎ得るようになり。それを与えてくれるアルテミシアの一挙手一投足を、警戒することなく興味を持って見るようになっていたのだった。

そんな2人を、沈みかけた夕陽の光が窓から差し込み暖かく照らしているのだった。

 

「ねえ。あなたはどうして戦うの?世界を敵にして、自分を傷つけてまで…」

 

不意に投げかけられた問いに。ヴォルフは暫し沈黙するも、やがてアルテミシアを見据えるとゆっくりと口を開いた。

 

「知りたいからだ。『母さん』が愛したこの世界が存在するに値するのか。そして、『正義』が存在するのかを、な』

「そっか、やっぱり『優しい』んだねあなたは」

 

ヴォルフの答えに、彼女は心から嬉しそうに微笑んだ。

 

「何度も言うが、見当違いも甚だしいぞ」

「ふふ、そうだね」

 

眉間に皺を寄せながら苦言を呈するヴォルフだが、アルテミシアは意に返さない様子でくすくす、と笑っていた。

 

「ねえ、ヴォルフ」

「何だ?」

「答え、見つかるといいね」

 

夕陽に照らされながら微笑む姿は、絵画の世界に迷い込んだかのような錯覚を覚える程に神秘的であり。その美しさに、ヴォルフは無意識に見とれているのだった。

 

「?どうしたの」

「…何でもない。だから顔を無闇に男に近づけるな」

 

様子を変に思ったのか、心配そうに顔を覗き込んで来るので片手で押しのけると、にゃ!?と鳴くアルテミシア。

 

「ふえぇ酷いよ~。心配してあげたのに~」

「わざとらしく泣くな。それよりもっと俺に聞きたいことがあるだろうお前」

 

その言葉に、しくしくと口にしながら泣いたふりとしていたアルテミシアの動きが、ピタリと止まる。

 

「…やっぱりわかっちゃう?」

「根本的に隠し事ができない奴だということは、この短期間でも十分にわかる。まして笑顔を取り繕うような演技ができない奴だということなら尚更な」

「あはは、良く皆に嘘が下手だって言われるんだよね~」

 

してやられたといった感じで、彼女は頭に手を置きながら苦笑する。

 

「…あなたがイギリスに来たのは、最近噂になっている指令のことと関係があるんだよね」

 

今までのほんわかとした雰囲気ではなく、真剣な趣で切実さの宿った瞳で問いかけてくるアルテミシア。そんな彼女を偽ることは許されないと何故か思う自分がおり。何より既に確証に近いものを持っているようであり、意味を成さないと考え、素直に真実を伝えることをヴォルフは選ぶのだった。

 

「そうだ。この基地の指令がDEM製の武器を横流している。その口封じために俺はここにいる」

「そっか。やっぱりそうなんだね」

「…お前は知っていたのか?」

「うん。政府の関係者を名乗る人が良く指令に会いに来ててね、でも凄く嫌な感じがしたから後を着けたことがあるの。それで、その人が反政府組織の人と会っているのを見たの」

「横流しのことをリークしたのはお前だったか」

「そうだよ。そうすれば指令も自主してくれるって思ったんだけど。いつまで経ってもそんな様子もなくって、これ以上は皆に迷惑かけちゃうから、どうしたらいいのかわからなくって…」

 

両足を椅子に乗せて膝を抱えながら顔をうずめるアルテミシア。

 

「(お前の方がずっと優しいだろうに)」

 

ヴォルフは、そんな彼女の頭をそっと撫でる。

どこか間の抜けた印象の強い彼女だが、その芯は責任感の強く仲間想いのしっかり者であり。故に誰かに弱さを見せることができず、1人で抱え込んでしまったのだろう。

 

「指令、いつも私達のこと気にかけてくれて、すっごく優しい人なの。だから、こんなことしているなんて信じたくなかった…」

「人は心に仮面を被る生き物だからな。見えるものだけが全てではない。まして、綺麗な仮面を被る者程多くを隠したがる」

 

お前は悪くない、と言うように、慰めるような優しい口調で語り掛けるヴォルフ。

 

「どれだけ残酷で望まぬものであろうとも、真実であるのなら受け入れるしか前に進む道はない」

「うん…」

 

その言葉に何やら踏ん切りがついたのか、アルテミシアはよし!と勢いよく立ち上がった。

 

「私、指令に直接会って自主してもらうよう説得してくる」

「……はぁ????」

 

突拍子もないことを言い出したアルテミシアに、思わず間の抜けた声を漏らしてしまうヴォルフ。

 

「待て待て待て待て待てッ。そんなことでするならとっくにしてるわ。話聞いてたか??」

「指令だって何か訳がある筈だし。指令を『人』を信じたいの」

「いや、前向きになれとは言ったが、無謀な方になれとは言とらんわッ!」

 

彼にしては慌てた様子で止めようとするも、アルテミシアはありがとう、ごめんね、と言い残し部屋を出て行ってしまう。

 

「あの馬鹿っ!」

 

急いで追いかけたくとも拘束されており。強引に外そうとするも、常人より強化された肉体を持つヴォルフでもビクともしないことに歯噛みすることしかできなかった。

そんな折。扉が開かれアルテミシア以外に、ここに来て見慣れた顔が入って来る。

 

「よっす」

「あんたは――」

 

ヴォルフが何か言う前に、歩み寄ってきたエルビンが拘束を解除していく。

 

「あんた…」

「俺もあの嬢ちゃんには死んでほしくないんでね。こういう時くらい白馬の王子様になってきな」

 

手の具合を確かめながら、どうして、と言いたげに見上げるヴォルフに、エルビンは茶目っ気のある笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

基地内の指令室にて。アルテミシアは基地司令と対面していた。

 

「急に押しかけてしまい申し訳ありません指令」

「構わないよ中尉。それで非常に重要な話とは何かね?」

 

これです、とアルテミシアが携帯を取り出すと映像ファイルを再生すると。政府の関係者を名乗っていた男と、反政府組織の代表として指名手配されている人間が、人気のない場所で何か話し合っている様子を離れた場所から撮影した動画が流れる。

 

「最近噂になっている武器の横流し。事実なのですね?」

「…リークしたのは君、という訳かね?」

「はい。そうすれば自主して頂けると思ったからです。その気持ちは今も変わっていません」

 

真摯な趣で訴えるアルテミシアに、指令は沈座っていた革椅子に深々と背中を預けて沈黙する。

 

「そうか。こうも簡単に尻尾を掴まれるとは、あの男と手を組んだのは間違いだったな」

「…どうしてですか指令。あなた程の人が何故このようなことを…?」

 

無意識に震えた声で問いかけるアルテミシア。彼のことは上官としてだけでなく、人として敬愛の念を抱いていただけに、このような犯罪に加担してしまったことにショックを隠せなかった。

 

「理由、かね?そんなものはないさ」

「……え?」

 

予想だにしていない一言に、理解が追い付かず固まってしまうアルテミシア。そんな彼女の反応に指令は愉快そうな笑みを浮かべる。

 

「『身内を人質にとられた』『騙されて協力させられた』とでも思っていたのかね?別にそのような大層なもの等ありはしないさ」

「そんな…じゃあ……どうして?」

「良く言うではないかね、『人を助けるのに理由がいるのか』と、ならば人を苦しめるのにも理由(・・・・・・・・・・・)が必要なのかね?」

 

指令はまるで講義でもするかのように雄弁に言葉を紡ぐ。それも、今まで善人と信じていた柔らかな笑みを浮かべながらである。

 

「物事には必ず二面性があるだろう?一方に当ては嵌るならもう片方にも同じ道理が当て嵌まって然るべきではないかね?」

「そんな、そんなこと…!」

「どれだけ取り繕うとも人は衝動――本能に従って行動する生き物だ。君が敵であろうとも命を奪おうとしないのは何故かね?」

「それは――」

「『それによって命が救われる瞬間が見たい』と心が訴えるからだろう?それと一緒だよ。私は心がそうあれと訴えるから、人が苦しみ命を落とすことを行っているだけさ」

 

この男は何を言っているのか?と思わず後ずさるアルテミシア。脳が理解を拒み、吐き気させ込み上げ手で口元を抑える。

目の前にいる男は、彼女が知っている指令と何一つ変わらぬ姿でそこにいるが。最早同一人物とは思えず、悪魔が乗り移ったのではないかと思いたくなる程、醜悪な存在としか見れなくなっていた。

当の指令は、そんな彼女のこと等お構いなしに言葉を続ける。

 

「ふむ。君のそんな顔が見れるとは嬉しい誤算というやつかな。これだけでもあの男に手を貸した価値はあったな」

 

そういうと指令は懐に手を入れる。

その意図に気づき、ワイヤリングスーツを展開しようとデバイスを取り出そうとするも。激しく動揺していたアルテミシアは、反応が遅れてしまい手にした拳銃を向けられてしまう。

スライドを引き安全装置を解除する動作もなかったことから、事前にこういった事態を予見して備えていたのだろう。

 

「君のことは嫌いではなかったのだがね。残念だよ中尉。君の部下には脱走しようとしたテロリスト(ヴォルフ)の手によるものと伝えておくよ」

 

どんな反応をするのか楽しみだよ、と言いながらトリガーに指がかけられる。

 

「(ごめん…なさい…)」

 

その動作が酷くゆってくりと見える中、心の中で謝罪するアルテミシア。

それは残される家族同然の仲間達、そして忠告を無視してしまったヴォルフへであり。彼女らを頼らず独りで抱え込んで行動した結果彼女らを悲しませ、あまつさえ彼には無実の罪を着せてしまうこととなってしまい、自分の愚かさに最早涙を流すことしかできなかった。

トリガーが引かれる直前。天井に備え付けられている通気口の蓋がバキンッ!と、音を立て弾け飛ぶように落下し、その音に反応した指令の動きが止まるのと同時に、ヴォルフが通気口から降りてくる。

 

「ッ!」

 

ヴォルフは指令目掛け駆け出し。エルビンから借りたボールペンを投げつけた。

ペンは指令の右腕に突き刺さ――る筈が。まるで見えない何かに掴まれたように空中で停止してしまう。

その現象を認識するのと同時に、咄嗟に足を止め身を屈めると誰もいない空間から飛来した弾丸が頭上を掠めていった。

 

「(DEMのウィザードか…)」

 

弾丸の飛来した方向に視線を向けると、ワイヤリングスーツとCR-ユニットを纏った男が、浮き出るように姿を現したではないか!

 

「ヴォルフ!?」

「漆黒の狩人…。自力で抜け出すとは、やはり油断ならんな」

「テリトリーを利用したステルス仕様か。豪勢なことだ」

「念のため友人から借りておいて正解だったよ。さて、お会いできて光栄だが、やらねばならぬことが多いのでね。ご退場願おうか」

 

指令が手で合図を出すと、ウィザードがヴォルフの頭部へ向けていたサブマシンガンのトリガーを引こうとする。

 

「やめてえェェ!!」

 

アルテミシアが悲鳴のような声を上げるのと同時に、銃口から掃射された無数の弾丸が殺到する。

それをヴォルフは、金色に(・・・)光る瞳で見据えながら、トリガーが引かれるよりも先に、体を射線からゆったりとした動作で僅かに逸らしながら全て回避してみせた!

その余りにも異常な光景に、誰もが驚愕を隠せず唖然としてしまう。

 

「くそッ!」

 

予想外の事態に動揺しながらも、ウィザードはならば!と正確さを捨てばら撒くように再び掃射を行う。それを狙っていたかのように、ヴォルフはウィザード目掛け駆け出す。

射線が見えて(・・・)いるかのように、弾幕の中を突き進み。肉迫すると腹部に勢いを乗せた膝蹴りを叩きつけ、前のめりになったところに、後頭部へ組んだ両手を頭上から打ち下ろして意識を刈り取る。

 

「……」

 

ウィザードが落としたサブマシンガンを拾い上げ、次はお前だ、と言わんばかりに指令を睨みつけるヴォルフ。

その殺気の籠った目にびくつきながらも、指令はテーブルを乗り越えて左腕でアルテミシアを首を背後から抑え、右手の拳銃をこめかみに突きつけて威嚇してくる。

 

「ーー動くなッ!」

 

だが、ヴォルフは気にした様子もなく、サブマシンガンを構え照準を定める。

躊躇いの一切もなくトリガーに指をかけるヴォルフに対し、指令が慄く中。拘束から逃れようと抵抗していたアルテミシアは、彼の目が信じろ、と訴えていることに気づき、頷きながら動きを止める。

トリガーが引かれようとする寸前に、狂乱した指令が発砲しようとするも先にヴォルフが発砲する。本来生身での使用を想定されておらず、流石に反動を抑えきれず両腕が跳ね上がるが、それでも放たれた弾丸はアルテミシアを傷つけることなく拳銃を弾き飛ばした。

 

「ハァ!」

「ぐぁっ!?」

 

それと同時に拘束が緩んだアルテミシアは素早く態勢を変え、指令を背負い投げで床に叩きつけると、背に乗り片腕を捻り上げて拘束するのだった。

 

「ハァハァハァ…」

 

死と隣り合わせの緊迫感から解放され、乱れた呼吸を整えていくアルテミシア。その間にもヴォルフは油断することなく指令に銃口を向けている。

 

「ありがとう、ヴォルフ」

「借りを返しただけだ」

 

礼の述べる彼女に、素っ気な答えていると。扉が開き何者かが入って来ようとするのでトリガーに指をかけながら銃口を向けるヴォルフ。だが、その人物の顔を認識すると怪訝そうに眉を顰める。

 

「おいっす~。無事終わったみたいね~」

「エルビン、先生?」

 

現れたのはエルビンであり、彼に続くように雪崩れ込んできたサングラスで顔を隠した数人の黒服の男が、一斉に拳銃をヴォルフへ向ける。

 

「待て待て。彼は敵じゃないさ――今はな」

 

そんな彼らを制しながら、エルビンはヴォルフへ視線を向ける。

 

「こっちの目的は指令と、そこで倒れているウィザードさんだけなんで、そっちと争う気はないからそれ()降ろしてくれると嬉しんだけど?」

 

警戒しながらエルビンの目を見ていたヴォルフは、暫ししてサブマシンガンを床に置くのだった。

それを確認すると、エルビンは黒服らに目線で合図を送り。黒服らが指令と気絶しているウィザードを連行していく。

それを見届けると煙草を取り出し、ライターで火をつけると口に咥えるエルビン。

 

「いやぁ助かったよ君達。おかげで大事にならずに片付けられたよ~」

「え?え?え?どういうことですか???今の人達は誰なんですか???」

 

事態が飲み込めず困惑しているアルテミシアを尻目に、ヴォルフは呆れた様子で息を吐く。

 

「…あんた、情報部の人間か」

「そ。あの指令をしょっ引くために潜入したはいいんだけどさ、政財界とか絡みで色々問題あって迂闊に手が出せなくってどうすっか悩んでたらさぁ。そしたらお前さんが運び込まれて来たもんだから、『あれ?これ使えねぇ?』って思って利用させてもらったわ。ごめんなぁ。あ、商人の方はもうこっちでしょっ引てあるから」

 

両手の平を合わせながら、悪びれた様子もなく謝罪してくるエルビンに、何か言うのも馬鹿らしいといった様子で深々と息を吐くヴォルフ。

ちなみにアルテミシアは、情報部???先生が???と頭にクエショッンマークを浮かべてまくって混乱している。

 

「で、俺はどうなるんだ?」

「ん?そりゃぁお礼にここから逃がしてやるよ」

「…自分で言うのも馬鹿馬鹿しいが、いいのか?」

「まあ、ぶっちゃけお前さんとっ捕まえたところでどうせ逃げられるだけだし、下手に面倒ごとなるより恩を売っといた方がいいしょっ」

「返す保証などないぞ」

「ま、そん時はそん時ってことで。逃がすか!つってぶち殺されるよりはマシでしょ」

 

随分気楽に軍人らしからぬことを言い放つエルビンに、何か言うのも本当に馬鹿らしいといった様子でまた深々と息を吐くヴォルフであった。

 

 

 

 

その後。約束通りエルビンの手によって基地外に出たヴォルフは基地のある郊外にいた。

 

「ここらならもう大丈夫しょ」

「ああ。後は自力でどうとでもなる」

 

押し込まれていたスーツケースから出たヴォルフは、適度に体を伸ばしながら異常がないか確かめている。

 

そして、この場にいるアルテミシアに呆れた様な目を向ける。

 

「――で、なんでお前までいるのだ?」

「いや、お前さんに言いたいことがあるって。なぁ嬢ちゃん」

 

エルビンがそう言うと、はい、と背後に控えていたアルテミシアが歩み寄る。

 

「えっとね。助けてくれて本当にありがとうヴォルフ」

「借りを返すためだと言った。礼などいらん」

 

話すこと等ないと言わんばかりに背を向けてしまうヴォルフ。取り付く島もない様子だが、それでもアルテミシアは言葉を続けた。

 

「それでも感謝してるし、あなたにあえて良かったと思ってるよ」

「――その甘さがいずれお前だけでなく、護りたい者すら滅ぼすぞ。」

「それでも、私は人を信じることを諦めたくないの。だから、今よりももっと強くなってみせるよ。家族も『あなたも』護れるくらいに」

「…やはり、底なしの馬鹿だなお前は」

 

言葉とは裏腹に、口元に笑みを浮かべながら、ヴォルフ立ち去ろうと歩き出すと、エルビンがちょい待ち、と呼び止めた。

 

「何だ?」

「せめて最後に嬢ちゃんの名前くらい呼んでやれよ。お前さんずっと『お前』としか呼んでないぞ」

 

盗み聞きしてやがったか、と言いたげに顔だけ向けて睨みつけるヴォルフ。対するエルビンはにしっしっしっしっしっと愉快げに笑っている。

 

「……」

 

無視してやろうとするも。物凄い期待した目を向けてくるアルテミシアに、そのまま去ることに躊躇いが生じていたのだった。

 

「お前の名前は呼びにくい」

 

にべもなく言うと、アルテミシアはあからさまにシュン…としょぼくれてしまい。そんな彼女にエルビンが助け舟を出す。

 

「なら愛称でいいじゃん」

「!」

 

その発言にそこまでかと言いたくなる程目を輝かせくる少女に、暫く逡巡するもやがて観念したようにヴォルフは口を開く。

 

「………………じゃあな『アーシャ』」

 

言い終えるのと同時に、強風が吹き思わず目を覆うアルテミシア。風はすぐに止み目を開けると、ヴォルフの姿は跡形もなく消えていたのだった。

 

「アーシャ、アーシャ…」

 

吹きすさぶ中、確かに聞こえた名を、まるで大切な宝を貰ったように胸に両手を当て、満面の笑みを浮かべ忘れることのないよう繰り返すアルテミシア。

 

「…じゃあねヴォルフ」

 

もう聞こえることはないだろうが、それでも別れを告げる彼女を、夜明けの日の光が優しく照らすのであった。



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第八十八話

「――これがあの事件の顛末だ」

 

全てを語り終えたヴォルフはカップを手にし、コーヒーを啜る。

アシュリーとレオノーラが話を飲み込んでいる間に、先に終えたセシルが口を開く。

 

「話してくれてありがとう。何より、アルテミシアを――家族を助けてくれたことに心より感謝するわ」

「ただ利用しただけだと言った。礼など不要だ」

 

それだけ言うと、ヴォルフは席を立ち扉へ向けて歩き出す。

 

「っておい、どこに行くんだよ?」

「出ていくに決まっているだろうが。ここにいる理由はもうないのだからな」

「えぇ!?」

 

何で!?と言いたげの反応を見せるレオノーラに、ヴォルフは呆れ果てた目を向ける。

 

「俺はファントムタスクの人間――DEMの手先だぞ。つまりはお前達の敵なのだから当然だろうが。ここに来たのはそこのチビストーカーがしつこくつきまとって来るからだ」

「だーかーら、誰がチビでストーカーか!」

 

テーブルをバンッバンッと叩きながら抗議するアシュリーを無視して、セシルがでも、と語り掛ける。

 

「エドガー・F・キャロルのことだから、あなたに邪魔されないよう手を回している筈。それを無視して動いている以上、今のあなたは組織とは無関係の状態にあるのではなくて?」

「……」

「ちょっと待てェッ!さっきから少しはフォローしろよセシル!」

 

痛いところを突かれたといった様子で沈黙するヴォルフ。それを肯定したと捉えたセシルは言葉を続ける。

憤っているアシュリーの話が逸れて相手は面倒なので、レオノーラに任せる。

 

「はっきりと言って、アシュクロフトを手にしたミネルヴァ相手では私達だけだと勝機が見えない。それに敵はあの女だけでなく軍もいる、対抗するためにはあなたの力が必要なの。だから、力を貸してほしいのお願い」

 

深々と頭を下げるセシル。彼女に続き、同じように頭を下げるアシュリーとレオノーラを見て、眉を顰めながらも彼女らに向き直るヴォルフ。

 

「…俺を信じると言うのか?」

「本来私達に1年前の真実を話す必要はない。それでもあなたは話してくれたわ。それにあなたが本気でアルテミシアを助けようとしてくれているだと理解できたわ。組織に逆らってまで、ね。今ならわかる、どうして彼女があなたを心から『信頼』していたのか」

「あ、あなたから見れば私達は弱くて足手纏いだろうけど、もう一度アルテミシアに会いたいんです。だから、お、お願いしまします!!」

「あいつを助けるためなら命を懸ける覚悟はできてるっ。だから一緒に戦ってくれ!!」

 

梃子でも動かないと言わんばかりに、頭を下げながら懇願してくる彼女らに。ヴォルフは暫し見つめていると、やがて再び椅子に腰かけるのだった。

 

「…後悔しても知らんぞ」

「!ありがとう…」

「それと、一つ言っておくが。愛する者のために、世界を敵に回すことを辞さないお前達は弱くなどない。その覚悟を蔑むな誇れ」

 

 

 

岡峰伍長を連れて帰還した俺達は、ブルーアイランド基地内の燎子さんの執務室にて。彼女が、セシル・オブライエンらから聞き出した、アシュクロフトシリーズの秘密について聞いていた。

 

「アルテミシア・ベル・アシュクロフトから抜き取った脳内情報を元に開発されたのがアシュクロフトシリーズ。で、その彼女は植物人間状態となっており、それを回復させるためにセシル・オブライエンら3人は行動していると、そう言いたい訳ね美紀恵、あんたは」

「はい!ですから彼女らとこれ以上戦う必要わありません!協力してミネルヴァ・リデルと――DEMと戦うべきなんです!」

 

興奮した様子でバンッバンッとテーブル叩き力説する伍長。それに対し燎子さんは、革椅子に腰かけながら懐疑的な目を向ける。

 

「で、あんたの話を裏付ける証拠はあるわけ?」

「うっ。そ、それは…」

 

先程までの勢いが嘘のようにへなへなと(しお)れていく伍長。そう、彼女は自身の発言を決定づけるものを持っていないのだ。

 

「で、でも私は見たんですっ。セシルさんが見せてくれた資料にDEM社の非道な行いの全てが!」

「だーかーら、それがどこにあるのかって話をしてんのよ」

「それは、ミネルヴァ・リデルとの戦いでどこかに…」

「あんたねぇ。そんなんで『はい、そうですか』ってあんたの話を信じられる訳ないでしょーが」

 

疑惑についていくら真実を語ろうとも、それが正しいと認められる証拠がなければ意味がない。それでは例え当事者であろうとも他人を信用させることはできない、無関係な第三者であれば尚更である。

残念ながら、現状彼女の話を信用することは不可能と言わざるを得ないのだ。

 

「…崇宮。一応聞くけど君は何か聞いていたかい?」

「知ってたら真っ先に話してますよ。そりゃウチの会社について、所謂黒い噂ってやつは聞きますけど…」

「まあ、あれだけ規模のある組織なら、妬んだり陥れたい人は少なくないだろうね」

「ですです。その手の話なんてどこにでもありやがるでしょう」

 

DEMの人間である彼女に確認してみるが、うんざりとした様子で肩をすくめる。彼女の性格的に知ってたら知らんぷりなんてしなさそうだもんな。

 

「仮に事実だとしても。そもそも、それを行っているのが一部の人間だけという可能性もありえるしね。会社そのもの悪と断じるのは早計だと思うよ」

「そうです。会社を纏めているウェストコットさんは、どこの馬の骨ともしれない真那のことを親身になって助けてくれてんです。きっとどこぞの馬鹿が勝手にやりやがったに決まってやがります」

 

もしそうだったらとっちめてやる、といった様子で鼻を鳴らす崇宮。ウェストコットという人をかなり信頼しているらしい。…そういえば父さんが、その人を『人でなしの糞野郎』って言ってたけか?まあ、今はどうでもいいか。

 

「それで大尉、アリスやチェシャー・キャットの運用や、今後の方針はいかがしますか?」

「取り敢えず指令や少佐に報告して検討するけど。それまでは運用継続ね。向こうでも色々探ってみるって話していたし、もしかしたら美紀恵が言ってることが事実ってことで、運用中止の指示が出るかもしれないけど。方針については、今まで通り事態の解決(・・・・・)に向けて動いてくってところね。私は動けなくなるから方法は少尉に任せるわ」

「了解です」

「ま、待って下さい!セシルさん達は…!」

「伍長。確証がない以上、君の話を信じて動くことはできない。軍人とは常に最悪を想定して動く必要がある。命令に従えないというのであれば、任務から外れてもらうぞ」

「…了解、しました」

 

キツめの口調で告げると、渋々といった様子で頷く伍長。

燎子さんとて信じたいという気持ちはがない訳ではないだろうが。誰かの命を預かる立場上、安易な判断で動いた結果、手遅れな事態になってしまってからでは遅いのだ。冷酷と言われようとも情に流される訳にはいかないことだってあるのだから。

 

 

 

 

「――それで、素直に命令通り動きますって、訳じゃねーんでいやがりましょう隊長」

 

執務室を出た後。廊下を歩きながら、崇宮がわかりきったといいたげな口調で話しかけてきた。

予想外の言葉だったのだろう。伍長はへ?と間の抜けた声を漏らしながら目を点にしている。

 

「必要があれば戦うよ。でも、SSSの人達と話し合えるなら話してみたいとは思うね」

「信じて、くれるんですか?」

「君がそんな嘘をつかないことくらいはわかるよ。言っただろう?避けられるなら戦いたくないって。それに大尉は『事態の解決に向けて動け、方法は俺に任せる』と言ってくれたしね」

 

一任された以上は、ある程度は俺の判断で動いていいということだ。敢えて曖昧にすることで柔軟に行動できるようにしてくれた燎子さんには感謝しかないな。

 

「ありがとう、ございます…!」

 

そう言って、潤んだ目を手で拭う伍長。…傍から見ると俺が悪者に見えるので、そういう反応はちょっと困ります。

 

「できれば協力してくれると助かるけど、強制はしないよ」

「多数決ってことで、ここは長い物に巻かれときますよ。いや、郷に入ってはってやつですかね?まあ、どっちでもいっか」

「ありがとう。折紙はどうする?」

「…アシュクロフトは精霊に対抗可能な兵器。手放すべきではない」

 

淡々と語ってはいるも、その顔にはどこか躊躇いが見える。

 

「…その力が誰かの幸せを奪うことで成り立つものだとしても、君は迷わずその力を使えるのかい?」

「……わからない。でもアシュクロフトの秘密が本当なら、このまま使い続けることが…あの3人から大切なことを奪うことになる…。私から両親を奪った精霊のように…。あの苦しみを今度は私が誰かに与えることになる…。それが――」

「怖い?」

 

どう表現すべきか迷っているようなので、代わりに言ってみると頷く折紙。

復讐のために生きてきたと言っていたが、彼女の本質は人の痛みを感じ取れる優しい子だと俺は思っている。

だから、できることなら復讐だけに生きてほしいとは思えない。…それが正しいなんて言う気は毛頭ないし、偉そうに人の人生に口を挟める様な人間でもないけど、それでも彼女に後悔するような人生は歩んでほしくはないんだ。

 

「折紙…。前にも言ったけど、俺は復讐をいいことだとも、力を貸したいとも思えない。でも、誰かの笑顔を守れることなら応援するって。勝手過ぎるし保証はできないけど、今ある力をなくしても、それに負けないくらいの力を得られ道を一生に探そう。だから、今だけでも構わない、誰かを救うために力を貸してくれないかな?」

「…うん」

 

今まで積み重ねてきたものを捨てろと言っているも同然だ。傲慢の極みでしかない願いを受け入れてくれた折紙。それが嬉しくて、思わずありがとう、と頭を撫でてしまっていた。

流石によろしくないので手を放そうとしたら、手を掴まれて頭に押し付けられて、続きを促すような圧が感られたので、そのまま続けることにする。

 

「あぁ、折紙さんいいなぁ…」

「……」

 

そういえば人の目があるんだった。なんか羨望とか好奇ぽいのが混じった視線向けられてるんですけど、そろそろ止めていいですかね?いや、そんな動物がじゃれつくみたいに手に頭を押し付けられると困るんですけど!?

 

 

 

 

フランスにある基地の滑走にて。マオ社より移動させた物資が輸送機積み込まれており、ミリィは作業の確認や指示出しを行っていた。

 

「そのコンテナは次にお願いします!武装類から優先して下さい!」

「ミリィさん」

 

そんな彼女にカレンが声をかける。

 

「はい」

「天道少佐も次期に到着するとのことです。出発は予定通りとなるかと」

「わかりました。お世話になりましたカレンさん、お元気で」

「そちらも。あなたの『想いが』明日を切り開くことを願っています」

 

固く握手を交わす両者。出会ってから短い期間であったが、同じ技術畑の人間として――大切な人を想い合う人間として通ずるものもあり、互いに友人と呼び合える愛柄となっていた。語り合いたいことが多くあり、別れることに名残惜しさもあるも。為すべきことのために、いずれ来るだろう再会を誓い合うのだった。

 

「……」

「どうされました?」

「正直に言いますと不安なのです。『あの子』に与えた力が、あの人の力になってくれるのか」

 

限られた時間の中で最善は尽くした。データ上では問題は見られないも、予測不能なことが起きるのが現実であり、自分のせいで大切な人が危険に晒されるのではないかという恐怖がつきまとっているのだ。

 

「…大丈夫です。あなたの想いは必ずその人に届き護ってくれます。信じて下さい、あなたの想いをそれを届けたい人を」

「――はい!ありがとうございます!」

 

完全に不安を拭いきれはしないも、元気を取り戻したミリィは作業に戻るべく輸送機の格納庫へ向かう。

 

「待っててね。もうすぐ勇さんの元に送ってあげるから」

 

格納庫に固定されているMK-Ⅱにそっと触れるミリィ。新生した剣は、その力を解き放つ瞬間を待ち詫びるように光沢を放つのだった。

 

 

 

 

『――では、処置は完了したのだなミスター須郷』

 

ファントムタスク日本支部の地下区画。自身に当てられたエリアにて、須郷はモニター越しに今回の事件の元凶であるエドガー・F・キャロルと対面していた。

 

「はい、ミスターエドガー。ただ、短時間での施術でしたので本人への負担が大きく…」

『構わん。用が済むまで持てば良い。では、頼むぞ上手くことが運べば君への支援は惜しまんと約束しよう』

「お任せを、ご期待に背きません」

 

ではな、と通信が切られると、恭しかった態度が一変し須郷は俗物め、吐き捨てると、背後で壁にもたれかかりながら話を聞いていたヴァサゴへ向き直る。

 

「では、後は君に任せるよヴァサゴ」

「あいよ兄弟(ブロ)。にしても大丈夫なのかねあの女、かなり頭のネジがぶっ飛んじまったが――いや、ありゃ元からか」

 

ひゃはははと、下卑た笑みを浮かべるヴァサゴに、須郷は眼鏡をいじりながら話す。

 

「本来時間をかけて行う作業を短時間で行ったからな。脳に重大な障害が起きるのは当然さ。まあ、アレがどうなろうと知ったことではないがね。僕としては、実戦でのデータさえ取れればいいさ」

「ま、それもそうだな。んじゃあ、行って来るぜ」

 

まるで、遊びに出かけるかのように軽快な足取りで部屋を出ていくヴァサゴ。その顔は、悪意による愉悦を隠そうともせず、歪んだ笑みを張り付けていたのだった。

 

 

 

 

「アルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシア」

 

ブルーアイランド市内のとあるビルの屋上にて。ミネルヴァ・リデルは、夜空を見上げながら壊れたプレイヤーのように同じ単語だけを繰り返していた。その目の焦点は合っておらず、表情は壊れた人形と見間違うかの如く無機質であり。狂気的だったそれまでとはまた違った異質さを醸し出していた。

 

「アルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシアアルテミシア――――ああ、待っているんだ私のアルテミシアぁ。すぐに迎えに行くからァァ――あはっ、あははッ!!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

突然自らの体を抱きしめだしたかと思うと。空高く両手を掲げながら、狂いきったとしか言いようのない高笑いを上げだすのであった。



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第八十九話

 

ヴォルフとセシルらSSS組が手を取り合った翌日。ブルーアイランド市街地区にある展望台にて。彼らは、アシュクロフトを通じてミネルヴァからの呼び出しを受け対峙していた。

 

「よく来たな、待ちわびていたよ」

「……」

 

悠然とした佇まいを見せるミネルヴァを、不可解な目で見るヴォルフ達。先の戦闘で切断された右腕だけでなく、恐怖で怯え切っていたメンタルすら回復しており。一日も経たずに不遜で傲慢な態度に戻っているのは異常としか言えなかった。

 

「さて、時間だが。CNFのアシュクロフト持ちにも、メッセージを送ったのだがなセシル」

「別に彼女らと手を組んだ訳ではないわ。それに、来る理由がないもの」

「そうか。まあ、いい。いささか役者が足りないが、始めるか」

 

戦闘態勢に入ろうとしたミネルヴァを、待って、とセシルが止める。

 

「その前に一つ聞かせて。何故あなたは五つ全てのアシュクロフトを集めようとするの?私達の分を回収しようとするのはわかるわ。でも、軍の分まで回収しようとする理由がわからない。わざわざ正規の手続きをしてまで配備した物を。そもそも強奪なんてしなくても、命令すればいいだけなのに。これもDEM専務取締役(エグゼクティブ・ディレクター)エドガー・F・キャロルの指示なの?」

「フッ」

 

その言葉にミネルヴァは、何を言うのかと、いわんばかりに笑い出す。

 

「ハハハハハッ。あんな男など関係ないさ、あんなくだらない男のことなどな!!…だが、奴のおかげで本当に助かったよ、私のために良く働いてくれた」

「…!どういうこと?」

「元々奴の言うことなど聞く気がないというだけだ」

「どういうことだよヴォルフ?」

 

くだらんと吐き捨てるように言うヴォルフに、アシュリーが問いかけるも。もう待てないといった様子でミネルヴァが動く。

ジャバウォックの背部にある、動物の尾を模したブレードを鞭のように操りレオノーラを突き刺そうとする。

反応できていないレオノーラだが、届く直前にヴォルフが掴んで止め、引き寄せようとすることでミネルヴァの動きを制限する。

 

「んなろっ!」

 

アシュリーがランスを構えて突進し刺突を放つも、難なく矛先を掴まれ止められてしまう。

 

「アシュクロフト最速であるユニコーンも、お前が使えばこの程度かアシュリー…」

「ぐぁッ!?」

 

力任せに地面に叩きつけられたアシュリーを、奪い取ったランスで追撃しようとしたミネルヴァに、割って入ったセシルが蹴りを放つも、その前に両肩部のジャミング発生装置でもあるクローで挟み込まれそうになる。

 

「ッ!」

 

セシルを自分の方へ抱き寄せたヴォルフが、蹴りでクローを弾くと、後ろに跳んで一度距離を取るミネルヴァ。

 

「ふっ。大変だなわざわざお荷物を抱えるとは、貴様1人の方がまだ勝機もあっただろうに漆黒の狩人」

「ッ…!」

 

事実を指摘され腕の中で歯噛みするセシルを、励ますように肩に手を置くヴォルフ。

 

「主役はこいつらだ、俺はただの脇役に過ぎん。奴の減らず口から潰すぞ」

「ええ!」

 

ヴォルフが左腕のガトリングで牽制し、その間に接近したセシルが放った蹴りをテリトリーで受け止めるミネルヴァ。即座に反撃しようとすると、両者が道を開けるように後退し、開けた視界の先にいるレオノーラが砲撃を浴びせた。

 

「チッ」

 

鬱陶し気に回避するミネルヴァに、先回りをしたアシュリーが振るったレーザーブレードを片方のクローで受け止める。

 

「フッ!」

 

更に反対側から振るわれた、ヴォルフの銃剣を展開したバスター・ランチャーによる斬撃を、もう片方のクローで防ぐ。

 

「ミネルヴァ!!」

 

それにより、一瞬動きが止まったミネルヴァに、セシルのハイキックが頬に叩きこまれた。

テリトリーで緩和されこそしたが、衝撃で口内を切ったようで口角から血が流れ出る。

 

「ええぃ。鬱陶しい!!」

 

自身の周囲に展開したテリトリーを反発させてセシルらを弾くと、口元の血を手で拭うミネルヴァ。

 

「よし、いけるぞ!」

「う、うん!」

 

勝機が見えたことに、勢いづくアシュリーやレオノーラをよそに。ミネルヴァは手に付いた己の血を苦々しく見つめると憎悪の籠った目を向ける。

 

「――また、私に血を流させたな…。私を傷つけていいのは、アルテミシアだけなのにィィィィィィ!!!」

 

激情のままに背部のブレードを振り乱し、牽制しながらジャミングを展開しようとするミネルヴァ。

 

「くそッ、ヤベェ!!」

 

一同が止めようとするよりも先に、ジャミングが展開されようとし――乱入してきた美紀恵がキティファングでクローを切断して阻止したのだった。

 

「貴様ッ…!」

 

美紀恵に襲い掛かろうとするミネルヴァを、折紙がテリトリーで囲み封じ込める。

 

「美紀恵!!鳶一折紙!!」

「すみませんアシュリー。遅くなりました!」

「最優先事項として、ミネルヴァ・リデルの身柄の確保と、ジャバウォックの回収を行う」

 

ミネルヴァを挟み込むようにして、折紙と美紀恵が並び立つ。

そんな彼女らを見て、ヴォルフが眉を顰める。共にいるべき者の姿が見当たらないからである。

 

「…岡峰美紀恵。宿敵はどうした?」

「宿敵?あ、天道隊長のことですか?それが…」

 

 

 

 

時は少し遡り。同じくミネルヴァからの呼び出しを受けた勇らも、指定された展望台を目指し移動していた。

 

「にしても。伍長から聞いた話だと、漆黒の狩人に手酷くやられたばかりなのに自分から喧嘩売りやがるとは妙でやがりますね」

 

ミネルヴァの行動に、真那が気味悪いといった様子で不可解さを漏らす。

 

『何か手があるのか、ただ自棄(やけ )になったのか…。いずれにせよ警戒して――散れッ!』

 

勇の号令に合わせ一同が散ると、上空から飛来したビームが彼らがいた地面を抉っていった。

 

『ミネルヴァ・リデル、ではない?新手か!』

 

空を見上げると。まるで血を塗り付けたかのような紅色のPTらしき機体が、こちらに大型のライフルらしき物を向けていた。

 

『チョイサァ!!』

 

未確認機が、大型のライフルらしき物を変形させると大剣となり。ブースターを吹かし勇目掛け突撃してくる。

一瞬で間合いを詰められ、大剣を振り下ろされるも、勇は後ろに跳んで回避することができる――が、敵の姿を間近に見て驚愕してしまう。

 

「――ッ。ヒュッケバイン、だと!?」

 

異様に長く巨大な手足に反比例して細い胴体。そして、四ツ目を思わせるバイザーという悪魔か魔物のような、改造された一号機以上に異様な外観だが、V字アンテナとPTX-08(ヒュッケバイン)に類似する形状をしていたのだった。

 

『オラァ!』

『くッ!?』

 

追撃で横薙ぎに振るわれた大剣を屈んで避けると、左手にビームサーベルを手にしカウンターで突き出そうとするも、それよりも先に放たれた膝蹴りが腹部撃ち込まれ、態勢を崩してしまう。

 

「(機体だけじゃない!?乗り手の反応も速いっ!)」

 

追い打ちをかけようとする未確認機に、勇は体当たりすることで密着し抑え込んで防ぐ。

 

『いいねぇ!そうこなくっちゃあなァ!』

 

未確認機に乗っている者――ヴァサゴ・カザルスが愉快そうに嘲り笑いながら、勇を押し退けると蹴り飛ばす。

 

「隊長!」

「来るな!!」

 

援護しようとする美紀恵らを制止しながら、サーベルで大剣と斬り結ぶ勇。

 

『こいつは俺は相手をする。お前達はミネルヴァ・リデルのもとへ向かえ!」

「ですが…!」

『目的を忘れるな!!俺達が為すべきは奴を止めることだ!!』

 

左腕のシールドに防がれるも、蹴りを打ち込みながら先に行くよう促す勇。

 

「美紀恵。勇の言う通り、ここで時間を失うべきでない。先を急ぐべき」

「…わかりました。お先に行きます!お気をつけて!」

 

折紙に説得され、意を決した美紀恵は共に展望台へと駆け出した。

それをヴァサゴは止める素振りも見せず、勇に攻撃を続ける。

 

「(初めから狙ってきたことといい。こいつの狙いはアシュクロフトでなく、俺だけってことかよ!)」

 

上等だ!という気迫を込めて、マシンガンを連射する勇。

ヴァサゴは大剣を盾にして防ぎながら、距離を詰めてくる。

 

『ハァッ!』

 

獣が跳びかかるかのように跳躍すると、ヴァサゴの姿が視界から掻き消える。

 

『!』

 

上半身を大きく捩じりながらバレルロールで、勇の背後に回り込んでくると。ヴァサゴは圧縮されたスプリングが解き放たれたように、上半身のバネを加えながら回転斬りを放ってくる。

反応の遅れた勇に刃が触れる寸前に、割って入って来た真那が、レーザーブレードで大剣を弾いたのだった。

 

『崇宮!?何してんだ、お前も先に行け!!』

「今のあんた1人で、どうこうできる相手じゃねーでしょうが!!」

 

反論しながら、レーザーブレードをライフルモードに変形させ、ヴァサゴへ発砲していく。

 

『サシで殺り合いたかったが。まあ、歯応えがなかったからいいか。纏めて遊んでやるよ、この『アルケー』でなァ!!』

 

玩具が増えて喜ぶ子供のように、無邪気に哂いながら、ヴァサゴは2人へと襲い掛かるのであった。

 

 

 

 

『――ヴァサゴの奴を動かしたか。エドガーめ、なりふり構わなくなったか』

 

事情を聴いたヴォルフはつまらなさそうに鼻を鳴らす。

また、アシュリーが威嚇するように美紀恵に吼える。

 

「ミネルヴァはともかく、ジャバウォックは渡さねーぞ!」

「それは後にしろ。まだ終わっていないぞ」

 

今に美紀恵らを攻撃しかけないアシュリーを、ヴォルフが止める。それと同時に、ミネルヴァを覆っているテリトリーから、ガンッ!ガンッ!と叩きつけるような音が響き始める。

 

「あいつ、まだ動けんのか…!?」

「問題ない。ジャバウォックのジャミングでも、この結界を破るのは不可能。このまま基地まで連行する」

 

折紙が操作しようとするのと同時に。内側から弾ける様にしてテリトリーが砕け散ってしまうのであった。

 

「そんな…!結界が破られた!?」

 

予想外の事態に驚愕している美紀恵を、背後からミネルヴァの蹴りが襲い掛かる。

それを折紙がテリトリーで受け止めるも、瞬く間に亀裂が入っていく。

 

「アリスの結界が防ぎきれていない!?

「美紀恵、退がって…ッ」

 

折紙の切羽詰まった声に従い、共に跳び退くと、テリトリーが砕かれ。阻むものの無くなった蹴りが美紀恵のいた地面に叩きこまれ粉砕される。

 

「ただの蹴りで、何て威力ッ!?」

 

大きく陥没した地面を見て、驚愕で目を見開く一同。

 

「ふふふ…。いかんな。アルテミシア以外に傷をつけられしまうと、すぐに頭に血が上ってしまう。だが、間を置いたおかげで落ち着くことができたよ。ありがとう」

「……」

 

冷静さを取り戻したミネルヴァに、折紙が警戒しながら再びテリトリーで拘束しようとすると。一瞬で肉迫したミネルヴァの蹴りが迫る。

テリトリーで受け止めるも、アリスによって強固に強化されている筈が、まるでガラスのように難なく砕かれ。砲弾のような勢いで吹き飛ばされてしまった。

 

「折紙さんっ!?」

『ッ!』

 

先の戦闘よりも明らかに強力になっているミネルヴァに。ヴォルフはヴォーダン・オージェを起動し、死角に回り込んで銃剣を展開したランチャーを横薙ぎに振るう。

それをミネルヴァは難なく屈んで避けると、ヴォルフは足の爪先の隠し刃を展開させ、蹴りによる追撃を加えるが、片脚で受け止められる。

 

「何だ、もう切り札を切るのか漆黒の狩人。ならば、私もとっておきを見せてやろう。『ゲイム・システム』起動ッ!」

『!』

 

ミネルヴァの口から放たれたワードに、ヴォルフがさせまいと蹴りの連撃を放つも。ことごとく避けられてしまう。

 

「ハハハッ!見えるッ貴様の全てが見えるぞッ、漆黒の狩人ォ!!」

 

回し蹴りを、跳び越えるように避け。ヴォルフの頭上に迫ると、逆立ちの状態で両肩を掴むミネルヴァ。そこから、何らかの理由で増大している機体の出力に任せ、風車のように勢いよく回転すると、その勢いでヴォルフを周囲に生えている木々へと投げ飛ばし叩きつけた。

 

「グッ!」

 

余りの勢いに受け身も取れず。その衝撃で、ヴォルフは少なくない量の吐血をしてしまうのであった。



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第九十話

「――ゲイム・システム、上手く機能しましたね主任」

 

ファントムタスク日本支部内になる研究室にて。部下である副主任の言葉に須郷はああ、と満足そうに頷く。

彼らが目にしているをモニターには、ドローンから送られてくる映像が表示されており。ミネルヴァがヴォルフを投げ飛ばす瞬間が映し出されていたのだった。

 

「使用者の情報把握能力の拡張を促し、脳波で操作する機動兵器において、脳と機械との情報伝達のロスを極限までなくすことで戦闘能力を向上させるシステム。茅場晶彦が開発した人の脳に直接作用するフルダイブ型VR技術を元に、この僕が生み出したのだから当然だろう」

 

尊大な態度を見せる須郷に、内心辟易しながらもそれを表に出さず流石です、と上っ面だけの言葉を送る部下。

他人を道具としか見ていない須郷だが、彼の元にいる者達も彼の持つ技術に興味があるから従っているだけなのである。

 

「それよりも使える観測機器は全て使え。またとない実戦データを得られる機会なのだからな」

「はい」

 

勿論ですと、心得たように、モニタリングしている研究員らに指示を飛ばす副主任であった。

 

 

 

 

叩きつけられた衝撃で折れた木々の下敷きとなったヴォルフ。その姿にミネルヴァの顔が恍惚で歪む。

 

「はは、ハハハハハ!!素晴らしい、この力っ!!今私は世界最強になったのだァ!!」

 

狂気を振りまくように高らかに笑うミネルヴァ。

増大したプレッシャーと、狂気にその場にいるセシルらは委縮し釘付けになってしまう。

 

「やああああ!」

 

そんな中でも、美紀恵はキティ・ファングを展開し果敢に斬りかかる。

それをミネルヴァは避けるでもなく、テリトリーを纏った方腕だけで受け止める(・・・・・)

 

「防御無視のキティ・ファングが、防がれて…!?」

 

ありえない筈の事態に驚愕し、動きを止めてしまった美紀恵の腹部を、ジャバウォックの背部に装備されているテイルブレードが貫いた。

 

「あ…」

「ふふ…いい顔だ。虫けらが無様に足掻く姿と、失意と無力さに染まる顔が私は一番好きだ」

 

力なく崩れ落ちた美紀恵を蹴り飛ばしながら、愉悦に染まった笑みを浮かべるミネルヴァ。

 

「アシュクロフトの固有能力が通用しない!?これは一体…」

「フッセシル。やはり気がついていなかったようだな、ジャバウォックの隠されたこの『能力』に…」

「どういう、ことっ」

「通常アシュクロフトは五つの機体が独立して動いており、本来は連動するようにはできていない。だが、ジャバウォックだけは特別に他の機体と一方的にリンクし、各々が生み出した力を一つに集めることができる」

「それじゃあ…」

「そう。お前達が自身のアシュクロフトの力を使えば使う程、その力は私に還元され私は際限なく強くなる!アリスの結界を打ち砕き、チェシャー・キャットのキティ・ファングを止められるまでに!!」

 

悠々と講釈を垂れるミネルヴァに、思わず歯噛みするセシル。

 

「何故っ、ジャバウォックにそのような機能が…!」

「私がキャロルにつけさせたのさ。もし何らかの手違いでアシュクロフトが『敵』に奪われた場合…。奪還を容易にするためと言ってな…」

「敵…?私達の襲撃を事前に予測していたということ!?」

「いいや、違う。お前達の行動は完全に予想外だった。あの男が敵と見なしているのはDEM第二執行部のウィザードどもだ」

 

そう語るミネルヴァの目は、虫けらなど眼中にないと言いたげであった。

 

「『計画』が上手く運んだ時、ウェスコットの子飼いのウィザードどもを一掃する手筈になっていてな。テリトリーのジャミング機能もそのためのもの…ジャバウォックは元々対ウィザード用に設計されたアシュクロフトなのだ」

「対ウィザード用のアシュクロフト!?一体エドガー・F・キャロルは何を企んでいるのッ」

「あの男の企み事態は他愛もないことさ。アシュクロフト開発の功績をもって、ウェスコットの代わりに自分がDEMの社長の座につくこと…。それだけさ」

 

告げられた内容に、アシュリーは拳を握り締め憤怒の表情で叫んだ。

 

「ふざ、けんな…。ふざけんな!!!そんなつまらねーことのためにアルテミシアはッ!!!」

 

激情を乗せてランスチャージを放つも、難なくいなされ背に肘打ちを受け叩き伏せられてしまう。

 

「許さないっ…許さないよ…っミネルヴァ!!」

 

続いてレオノーラが砲撃を浴びせるが、ミネルヴァはテリトリーで防ぎながら悠々と近づいていき、腹部に拳を打ち込んで沈められてしまう。

 

「アルテミシアを消し去り、同時にアルテミシアの力をいただく…。アシュクロフトは全て私の物だ、誰にも渡さない!!」

「ミネルヴァ!!」

 

セシルのハイキックが側頭部に炸裂するも、ミネルヴァは微動だにすることなく二ィ…と笑みを浮かべると。セシルの顔面を掴み、締め上げながら持ち上げる。

 

「どうして…っ。そこまでアルテミシアを憎んで――!!」

 

セシルの言葉を遮るように、後頭部から地面へ叩きつけるミネルヴァ。

 

「憎んでなどいない。まだSSSに身を置いていた時、どちらが強いかはっきりさせるために、彼女に挑み。結果、手も足も出せずに私は敗れた。その時気がついたんだ」

 

右目の傷跡を愛おし気に撫でながら、恍惚とした笑みを浮かべるミネルヴァ。

 

「強く、誰からも愛され認められる存在…。私はアルテミシアに惹かれているのだとッ!!」

 

セシルの頭部を踏みつながら、ミネルヴァは言葉を続ける。

 

「だから、私も彼女のようになりたい…!いや、アルテミシアになりたい!!5つのアシュクロフトはアルテミシアそのもの!!それを全て手に入れることでっ、私はアルテミシアになれるぅぅぅぅっ!!だぁからアシュクロフトを早くよこせぇぇぇぇよ!!お前らァハハハハッアハハハははは!!」

 

狂ったように笑うミネルヴァの背後から、折紙がレーザーブレードを突き立てる。

 

「渡さない。あなたは狂っている。リアライザは精霊を、人類の脅威を倒すためのもの。自分の欲望を満たすためにそれを利用することを私は…認めない」

 

ブレードを押し込めようとするも――強化されているテリトリーに阻まれ、ミネルヴァまで届かなかった。

 

「認められる!!」

 

ハエを払うように裏拳で折紙を殴り倒すミネルヴァ。

 

「認められるのさぁアアア!!私がアルテミシアになりさえすれば、何だってっ誰にだってェ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下らんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木々を押し退けながら起き上がるヴォルフ。

少なくないダメージを負いながらも、気にすることもなく、冷めきった目をミネルヴァへ向けながら歩み出る。

 

「人は己以外の何者にもなれはせん。まして、システムに依存した時点で貴様はアルテミシアに並び立つ資格すら己で手放した」

「漆黒の狩人ぉ…。今更何を言っても負け惜しみにしか聞こえんぞっ。貴様はもう私にひれ伏すことしかできんのだからなアァ!!」

 

駆け出して接近してくるミネルヴァを、左腕のガトリングで迎撃するヴォルフ。

ミネルヴァは迫る弾丸を身を捻りながら跳んで回避し、間合いを詰めながら落下の勢いを乗せて踵落としを放つ。

 

「ハアァ!」

 

ヴォルフが後ろに跳んで回避すると。先程まで彼がいた地面を粉砕しながら、ミネルヴァは瞬時に追撃しテイルブレードを振るう。

 

「!」

 

ランチャーで受け流すも、砲身にブレードが巻きつき奪い取られてしまう。

ミネルヴァはランチャーを投げ捨てながら肉迫し、ヴォルフの頭部を掴み締め上げる。

装甲が軋みバイザーに亀裂が走るも、ヴォルフは相手の腹部に膝を叩きこみ引き剥がすと、顔面を殴る。

 

「きかんなぁ!」

 

瞬時に傷が塞がると、ミネルヴァはテイルブレードを繰り出し、ヴォルフの左腕を貫通させると、そのまま振り回し地面に叩きつける。

その光景を見た美紀恵は、激痛の走る体に鞭を打って起き上がろうとする。

 

「…っ私も…。あっ!!」

 

しかし、傷口が広がり力が入らず膝を突いてしまう。

 

「ぐ…回復処理が追い付いていない…でも、これ以上出力を上げれば…。ミネルヴァ・リデルの力を高めてしまうことにもなる…」

 

ミネルヴァの猛攻にヴォルフは対抗しているも、どれだけダメージを与えてもミネルヴァは即座に回復してしまい。彼だけダメージが蓄積しており、このままでは勝ち目がないことは目に見えていた。

 

「ベル。聞こえますか…ベル…!」

『はい、マスター』

「ジャバウォックからのリンク…。こちらから切ることはできないのですか!?」

『できません。こちらからジャバウォックへのアクセスは不可能。システム上そのように設計されています』

「で、では…。このまま戦うしかないですね…」

『それも不可能です。今のあなたは、微弱な回復処理で、かろうじて意識を保っている状態です。これ以上の戦闘行動は危険です。』

 

警告を無視して立ち上がる美紀恵。激痛に顔を顰めるも歯を食いしばって耐える。

 

「それでもっ、やらないと…!!。でないと、折紙さんも、セシルさん達も、ヴォルフさんも、アルテミシアさんも…。あの人の歪んだ想いのせいで、皆いなくなってしまう!!そんなの許せませんッ!!」

 

力の限り叫びながら、美紀恵はテイルブレードで、ヴォルフの首を絞め上げながら持ち上げているミネルヴァへ挑みかかる。

 

「ふん」

 

――が、背後からの攻撃に、難なく反応したミネルヴァの裏拳を顔面に受けて弾き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまうのであった。

 

「…これで残るは貴様だけだなぁ漆黒の狩人…」

 

周りを見回しながら、勝利を確信したように話すミネルヴァ。

だが、ヴォルフは窒息している状態でありながら。冷めた視線のまま、両腕のガトリングを撃ち続けている。

その姿勢に苛立ちを隠せず、何度も何度も地面に叩きつける。それでもヴォルフは冷静にダメージを抑えようと受け身を取っており、勝利を確信しているかのような目をミネルヴァへ向けていた。

 

「――そうか、先に死にたいか。ならばお望み通りにしてやるゥ!!」

 

その目に冷や汗が流れたことを拒むかのように、ミネルヴァは首をへし折ろうと、絞める力をを強め――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミネルヴァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から聞こえてきた声に。背筋が凍る感覚を覚え、ミネルヴァは慌てて振り返る。

視線の先にいたのは美紀恵であり。ゆってくと起き上がる彼女に、先程の感覚は錯覚だと己に言い聞かせるミネルヴァ。

 

「お願い、その人を離して」

「回復処理か。だが、そうやって能力を使えば使うほど、私の力を増幅させるだけだということを…。忘れたのか!?」

 

纏う気配の変化に眉を顰めるも。ヴォルフを叩きつけながら投げ捨てると、美紀恵へと襲い掛かるミネルヴァ。

拳を振り下ろすと、美紀恵の体がすり抜けるようにして視界から消えた。

 

「な…に…?」

 

ミネルヴァに背を向けながら倒れ伏す折紙へ歩み寄ると、美紀恵は彼女が地面に落としていたブレードを拾い上げる。

 

「あなたこそ忘れたの?」

「!?…何をだ!?」

 

背後から迫るミネルヴァに、振り返りながら背に刃が隠れる程に(・・・・・・・・・)ブレードを大きく上段に構える。

 

「言った筈だよ…。もし、私の仲間を――大切な人達を傷つけるようなことがあれば…」

 

ミネルヴァがモーションさえ視認できない速度で振るわれた刃は、強化されているテリトリーを紙のように斬り裂いて彼女を一閃し、傷口から血が噴き出る。

 

「がッ…!?」

「私はあなたを許さないと」

 

斬られたのだということしかわからないも、その現象と懐かしさすら覚える痛みが一つの結論をミネルヴァに与えた。

 

「この剣さばき、そしてその言葉…。ま、まさかお前は…。アルテミシア!?」

 

上段での構えを崩すことなく対峙する美紀恵に、狂おしいまでに憧れ模倣している少女の姿が重なって見えるのであった。



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第九十一話

数年前――。SSSの管轄内にある訓練場にて。ミネルヴァはアルテミシアは、ワイヤリングスーツ姿で対峙していた。

いつものようにセシルらと訓練していた彼女の前に、殺気立った様相のミネルヴァが押しかけてきたのである。

 

「私と戦え、アルテミシア!」

「……」

 

闘志を漲らせるミネルヴァに対し、アルテミシアはただ悲しそうな顔をするだけで、応えようとする様子も見せなかった。

 

「SSSにおいて、お前こそがナンバーワン、私はナンバーツーだと言われている…。だが、実際はどうだ?お前は模擬戦には碌に参加していない。今の評価は全て精霊やノイズ戦によるものだけだ」

 

そう言いうと、手にしているブレードを起動させるミネルヴァ。

 

「この戦いでお前を倒し、私がナンバーワンだと証明してみせる。さあ、武器を取れアルテミシアッ!!」

 

突きつけられる刃を見ても、アルテミシアは顔色を変えることなく優しく語り掛ける。

 

「ミネルヴァ、止めよう?私は例え模擬戦でも無駄な戦いをしたくない…。私は精霊やノイズを倒し平和を守れる力があればそれでいいの…。誰がナンバーワンかなんて、そんなことには…」

「…なる程。私など戦うに値しないということか…。流石は誰もが皆から認められるSSS最強のウィザード様だ…」

 

本人の想いとは裏腹に、侮辱としか受け取らなかったミネルヴァは、アルテミシアにではなく、彼女の背後にいるセシルらに肉迫する。

 

「お前にその気がないというのなら、その気にさせてやる…!大事な取り巻きの雑魚どもを血祭りにあげてなッ!!」

 

反応できていないセシルらに刃が振るわれるよりも、一瞬で間に入ったアルテミシアが手にしていたブレードによる一閃が炸裂し。ミネルヴァの右目を浅くだが斬りつけた。

 

「がっ…!?」

 

血を流し膝を突くミネルヴァに。アルテミシアは先程までと一転し、毅然とした態度で語り掛ける。

 

「ミネルヴァ…。私はあなたと戦いたくない…。でも、もし私の仲間を――大切な人達を傷つけるようなことがあれば…。私はあなたを許さない…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、フフ…。確かにチェシャー・キャットにはアルテミシアの記憶と意志がメモリーされていた…。まさか、装着者の体を乗っ取る形で動くとはな。――だがァ!!」

 

予想外の事態に戸惑いを見せていたミネルヴァだが。すぐに歓喜するかのような笑みを浮かべると、美紀恵――アルテミシアへ襲い掛かる。

それをアルテミシアは神速と言える斬撃で迎え撃つも、ミネルヴァはテイルブレードで防いでみせた。

 

「!」

「先程は油断したが、お前が相手であるとわかれば話は別だ!!今の私にはあの頃にはなかった力があるのだからなぁぁぁアアア!!」

 

距離を詰めると猛攻をかけるミネルヴァ。それを最小限の動きで躱すアルテミシア。

 

「ハハハハハハっ!!どうだアルテミシアァ!!お前でさえ手も足も出せないまでに私は強くなったぞォオオ!!!」

「ミネルヴァ…」

 

猟奇的とさえ言える気迫を見せるミネルヴァに対し。アルテミシアは、ただただ悲しそうな表情を浮かべるだけであった。

 

「――ッそんな、そんな目を私に向けるなァァァッ!!!」

 

その視線を拒絶するかのように叫びながら、テイルブレードを突き出すミネルヴァ。

迫り来る凶刃に対し、アルテミシアは回避どころか防御する様子もなく。彼女独特の上段の構え――攻撃の姿勢を見せたではないか。

 

「(相打ち狙いかッ――!!)」

 

チェシャー・キャットの力も手に入れた自分に対し、他に選択肢がないのだろう。それ程までにあのアルテミシアを――どれ程の努力を重ねても、振り向かせられなかった想い人を追い詰めたのだという事実に、これまで感じたことのない高揚感に包まれるミネルヴァ。

 

「いいだろうっ。最後に立っていた者が勝者だぁぁぁアアア!!アルテミシアァァァアアア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼女らの間に割って入った影に、その高揚感は打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――貴様如きが、あの馬鹿に触れるな』

 

アルテミシアを庇うように立ちはだかったヴォルフが。装甲ごと両手が斬り裂かれるのも構わずテイルブレードを掴み取ったのだ。

そして、血が噴き出す手でブレード引き、ミネルヴァの動きを拘束した。

 

「――し、漆黒の狩人ぉぉぉぉぉォォォォオオオオオ!!!私とォアルテミシアの間に入るなアアアアアアアアアア!!!」

 

あらん限りの憎悪を吐き出すミネルヴァ。そんな彼女にアルテミシアが肉迫し斬撃を放とうとする。

 

「ひっ!?」

 

迫る刃に、自らの死を連想し。やられる!?と恐怖に身を竦ませることしかできないミネルヴァ。だが、刃は彼女に触れ直前で止まり、風圧が髪を靡かせながら体を――周囲の大気を震わせた。

 

「――」

 

何が起きたのか理解できず、呆然と尻もちをつくミネルヴァ。そんな彼女に、アルテミシアは優しく語り掛ける。

 

「もう止めようミネルヴァ。ここで退いて改心してくれるなら、私はあなたのことを許すよ」

 

そう話しながら、アルテミシアは手を差し伸べる。

 

「私にしたことも、セシルやレオやアシュリーにしたことも…。この子(美紀恵)達を無用な戦いに巻き込んだことも全部…」

「許す?お前が私を?お前は本当に何もわかっていないな…。許しなど必要ないッ。私はアルテミシア、お前が手に入れば――あぐッ!?」

 

突然頭を抱えて苦しみだすミネルヴァ。瞳孔が限界まで開き、呼吸が荒々しくなり口からは唾液が流れ出るようになり。傍から見ても危険な状態だと見て取れた。

 

「ミネルヴァ!?」

「あ、ああ…。あああああアルテミシアあああああああああ!!」

 

心配して触れようとするアルテミシアに。ガバッ、と起き上がたミネルヴァが、焦点の定まらない目で両手を伸ばし襲いかかった。

避けようとしたアルテミシアだが、不意に頭に激痛が走り動きを止めてしまう。

 

「(――ッ限界が…!)」

 

意識が引き剥がされていく感覚に、苦悶の表情を浮かべるアルテミシア。

そんな彼女の首に、ミネルヴァの手が触れようとする間際。ヴォルフが体当たりしながらミネルヴァを押しのけたのだった。

 

『――やはりお前は甘すぎる。軍人にはどこまでも向いていない』

「…ヴォルフ。…ごめんなさい。私…ここまでみたい…。あなたに…皆に、迷惑しか、かけてないね…」

『そんな馬鹿だからお前の仲間も、その子も命がけで助けようとしている。後は彼女らに任せてやれ』

「…うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?ここは…?」

 

目覚めた美紀恵は周囲を見回す。森林に囲まれ崖の近くに立っており、見渡せる海の先に沈みゆくの陽の光が照らしていた。

景色こそ違うも、初めてチェシャー・キャットを使用した後に見た空間と似た感覚を受けた。

だが、その時と決定的に違うのは、目の前に自分と同年代の金髪の少女が立っている点だろう。

 

「よかった…。間に合ったみたいだね」

 

そう言って安堵する少女は、言葉を続ける。

 

「ここはアシュクロフトの中。私の記憶と意志が格納されている場所…。あなた意識が戻るまでの時間稼ぎになればと思ったのだけれど。ごめんね、急に入れ替わったりして…」

「あなたは、もしや…。アルテミシアさん…!?」

 

あっ、というような顔をする美紀恵に。にこり、と微笑むアルテミシア。

 

「そうだよ。一応はじめまして、だね美紀恵ちゃん」

「そ、そうですね。はじめまして…」

 

自然に囲まれた空間に佇むアルテミシアは、ワンピース姿ということもあり。絵本から飛び出した妖精と見間違うような美しさで。思わず見惚れてしまうしまう美紀恵。

 

「…ごめんなさい。私はあなたには謝らなくちゃならないことばかり。あなたをこんな戦いに巻き込んでしまって…」

「謝る必要なんてないです!私は自分の意志でこの戦いに臨んだのですから…」

 

申し訳なさそうに話すアルテミシアに、美紀恵は首を横に振る。

 

「それに、ミネルヴァ・リデルは絶対に許せません!あの三人を苦しめ、アルテミシアさんをこんな目にあわせるなんて!!」

「…でも、こうなってしまった原因は私にもあるの。私は争いをなくしたくて、平和な世界を作りたくて、力を手に入れていった…。その結果が、ミネルヴァのように心を歪めた人を生み出し、このような争いを生んでしまった…こんな筈じゃなかったのに…」

「悪いのは、その力を利用しようとする自分勝手な人達です!アルテミシアさんは何も悪くありません!ミネルヴァ・リデルは私が止めてみせます!そして、アルテミシアさんを必ずここから助け出します!だから、今は安心して休んでいて下さい!!」

 

凛とした顔で告げる美紀恵。その覚悟の宿った目を見たアルテミシアは嬉しそうに微笑む。

 

「…ありがとう美紀恵ちゃん。あなたは私の思った通り、優しく、そして強い人…。私が無理に外に出た反動で、アシュクロフトの回路のいくつかが壊れてしまったの…。この場所も私も、アシュクロフトから閉ざされる。こんな形で会うことも、もうないと思う…」

 

その言葉を示すように。周囲の景色に亀裂が走り、それがこの世界全体に広がっていく。

 

「そうですか…。では、次に会う時はお互い生身で、ですね!」

 

アルテミシアへ歩み寄ると、小指だけ立てた右手を差し出す美紀恵。

 

「…!うん…!!」

 

その意味を理解したアルテミシアは、笑顔で彼女の小指に、自分の右手の小指を絡ませる。

 

「約束…」

 

その言葉を最後に世界がガラスが割れるように崩れていき、美紀恵の意識は遠のいていくのであった。



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第九十二話

「――ッ!!も、戻った…?」

 

意識が再び覚醒した美紀恵は、チェシャー・キャットが装備された自身の体を見て、現実に戻ったことを確認する。

そんな彼女の耳へ、スピーカー越しにベルの声が響く。

 

『緊急報告。チェシャー・キャットの内部処理において、本来発生しない筈の事案が発生。複数の回路にダメージを受けました。チェシャー・キャットはこれより復旧モードに入ります。その間、能力は大幅に制限されます』

「大幅に制限!?アシュクロフトの力は使えないのですか!?」

『いえ、使用自体は可能です。アシュクロフトからフォローした処理は、装着者の脳で補うことが可能です』

「足りない分は、自分の脳で…」

『ただし脳には多大な負担がかかるため、推奨はできません』

 

その言葉に、美紀恵は暫し思案するとベルへ問いかけた。

 

「それは全てのアシュクロフトでそういう仕様なのですか?」

『五機全てにおいて同様の仕様となっています』

 

なら、と何かを確信した美紀恵の耳に。激突音が伝わり、ミネルヴァの蹴りを両腕を交差させて受け止めたたヴォルフが、足で地面を削りながら美紀恵の側まで押し出される。

 

『戻ったか』

「あ、はいっ。お手数をおかけしました」

『そんなことを言っている暇があれば体を動かせ』

 

そんなやり取りをしている2人に、血走った目をしたミネルヴァが襲い掛かり、振り下ろされた拳を跳んで回避する。

 

「アアアァァァアアア!!」

「ミネルヴァ・リデル!?一体何が!?」

『ゲイム・システムの弊害だ。あのシステムは使用者の脳に多大な負担をかける。故に使用し続ければ精神崩壊や暴走を引き起こす。奴のようにな』

「アルテミシアッ、アルテミシアはどこだぁあ!!私は、私はァ…!!」

「そんな…ッ」

 

狂乱し、最早獣のように暴れ回るミネルヴァの姿に、苦悶の表情を浮かべる美紀恵。非道な行いをした敵とはいえ、人としての尊厳を破壊されることに胸を痛めるのだった。

 

「どうにか助けることはできないんですか!?」

『無理だな。ああなったらもう元には戻れん。できることは終わらせる(・・・・・)ことだけだ』

「ッ……!」

 

ヴォルフの言葉の意味を理解した美紀恵は、思わず動きを鈍らせてしまい。そこにミネルヴァの攻撃が当たりそうになるも、ヴォルフが腕を掴み引き寄せることで難を逃れる。

 

『…躊躇いがあるなら退がっていろ。後は俺は始末する』

 

気遣いの言葉に、いえ、と美紀恵は首を横に振った。

 

「アルテミシアさんと約束したんです。私がこの戦いを終わらせて、ちゃんとした形で会いましょうって。だから、大丈夫です!!」

『いいだろう。ならば好きにやれ、援護してやる』

「はい!!」

 

ヴォルフが両腕のガトリングで牽制をする。

その間に、チェシャー・キャットの出力を最大まで高めていく美紀恵。その負担がダイレクトに脳にかかり、激痛に飛びそうになる意識を気合で留める。

そんな彼女に、ヴォルフを押し退けたミネルヴァがテールブレードを繰り出してくるが。割り込むように張られた防性テリトリーに弾かれる。

 

「!折紙さん!!」

「私もまだ戦える」

「でしたら、折紙さん。アリスの出力を最大まで上げて下さいッ」

「…それでは彼女の力を増幅させるだけ。良い考えとは思えない…」

 

折紙の正論を受けても、揺るぎない目で美紀恵は訴え続ける。

 

「しかし力をセーブしたままでは、どのみち勝ち目はありませんッ。今はこの方法しかないんです!お願いします!!」

 

殴りかかって来るミネルヴァを、最大出力のテリトリーで受け止める折紙。

 

「確かに能力を使わないままでは勝ち目はない。あなたを信じる」

「折紙さん…!」

 

しかし、それでもミネルヴァは止まることなく、瞬く間にテリトリーに亀裂が走り砕けそうになってしまう。

 

「ガァァアア!!」

「(駄目です…2人では、まだ足りない!!)」

 

好転しない状況に美紀恵が歯噛みすると。ミネルヴァの背後にレーザーが炸裂し、ダメージこそないものの衝撃で動きが止まるのだった。

 

「私達の戦いだとか言っておいて…。あいつらに先に起き上がられてちゃ世話ねぇな!!」

 

レーザーの飛来した先には、アシュリーとスナイパーライフルを構えたレオノーラが立っていた。

 

「レオ、あたしらもフルパワーでいくぞ!!」

「うん!!」

「アシュリー!レオノーラさんも!」

「ボサっとすんな!!いくぞ美紀恵ェ!!」

「はい!!」

 

レオノーラが砲撃で動きを抑え、更に折紙も押し潰すようにテリトリーを叩きつける。

そこに、アシュリーのランスチャージと美紀恵のキティ・ファングによる追撃を放つ。

 

「――――ハァァアア!!」

 

だが、テリトリーを粉砕したミネルヴァは、テイルブレードで美紀恵以外の3人を蹴散らし。肉迫していた美紀恵は首を掴んで持ち上げられてしまう。

 

「あ、ぐぅ…!?」

「お、おま――おまえ、じゃない…。ある…ある…ある、てみしあを、だせええええええええ!!!」

 

自ら流した血に塗れ、狂乱に歪みきり。最早人とは思えない凄惨な顔で、力を強めていくミネルヴァ。その時彼女の体に衝撃が走り、腹部から多量の血が噴き出た。

 

「――ガッ!?」

 

何がと背後に視線を向けると、ヴォルフが手刀で背中から腹部を貫いているのだった。

 

『やらせんよ』

「――う、がぁぁぁあああ!!」

 

肘打ちでヴォルフを引き剥がすと、今度こそ美紀恵に止めを刺そうとするミネルヴァ。

――その瞬間。肉迫していたセシルの蹴りが顎をかち上げ、美紀恵を掴んでいた手が離れる。

 

「なんとか一矢報いたわね…。悔しいけど、最後の一撃は、頼むわね…」

「セシルさん!!」

 

彼女の想いに応えようと動こうとするも、これまで以上の頭痛に見舞われ膝を突きそうになってしまう。

 

「(うっ、キティ・ファングが出ない…!!後一歩なのに――!!)」

 

最後となるだろう好機を前に、それでも体は思う通りに動いてくれなかった。脳への負荷が許容できる範囲を超えてしまったのだ。

 

「(それでも、それでも――!!)」

 

そんな彼女の脳裏に浮かんだのは、共に戦う中で見てきた勇の姿だった。

どれだけ傷つき倒れようとも、彼は最後まで諦めることなく立ち上がり前へ進み続けた。そんな彼の背中を追いかけるためにも――

 

「諦めるもんかぁぁぁあああ!!!」

 

右腕だけだがキティ・ファングを展開すると、ミネルヴァの胴体を斬り裂いた。

 

「――――ッッッ」

 

言葉にならない慟哭とあげながら。一際盛大に吐血すると、ミネルヴァは糸が切れた人形のように膝を突きながら崩れ落ちるのだった。

 

「終わった、のか?」

「な、なんか、最後はテリトリーすら張れてなかったよね?」

 

動かなくなったミネルヴァを見ながら、実感が湧かないといった様子のアシュリーとレオノーラ。

そんな彼女らに、美紀恵が口を開く。

 

「ベルが言っていました。アシュクロフトは力をシステムが処理できなくなると、使用者の脳を補助に使うって…。四機が同時に出す最大出力が、彼女の脳が限界を超えたんです」

「…つまり、彼女ではアルテミシア・ベル・アシュクロフトの力を制御しきれなかったと」

「そういう、ことでしょうか折紙さん。彼女が正常であれば処理をカットすることもできたのに…」

「どうせ奴のことだ。そんなことにも思い至らず、結局は同じような結末を迎えていただろうよ」

 

憐憫の情さえ見せる美紀恵に、ヴォルフがそんなものは必要ないと言わんばかりに、容赦なく切り捨てた。

 

「…そうね。アルテミシアそのものになりたいなどという、歪んだ思想を持ったこの女の自業自得よ」

「…正直に言えばセシルさん。憧れた人のようになりたいという気持ちは、私も持っているんです。でも、どれだけ願っても他人になることなんてできません。どこまで行ったって…自分は自分にしかなれないのですから…」

 

そう言うと、美紀恵は魂が抜けたかのように、微動だにせずに座り込んでいるミネルヴァへと歩み寄ると。膝を突いて虚な目をした彼女と視線を合わせる。

 

「それでも、より良い自分になることはできる筈です…。昨日より今日、今日より明日…。一歩一歩その人に近づけると信じて。そうやって成長していけば、きっといつか訪れる筈です。憧れの人と肩を並べ隣に立てる日が…。私はそう信じています」

 

美紀恵の言葉に反応したかのように、ミネルヴァの目から一筋の涙が流れる。

その涙の意味はおろか、声が届いたのかすら最早知る術はなかった…。



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第九十三話

「これで、終わったんですね。もうアシュクロフトを巡って誰も戦わずに済みます…」

「岡峰さん…」

 

ミネルヴァを打倒したことに安堵する美紀恵。そんな彼女にセシルが他の2人を連れて声をかけた。

 

「共にミネルヴァと戦ってくれたことには本当に感謝しているわ。正直私達だけではどうしようもなかったのだから。だから、ありがとう…」

「そんなお礼なんて。私はただ自分のやりたいように行動しただけですから…。あの、これからのことですけど。皆さんとアシュクロフトのこと、私達に委ねていただけませんか?私はこれ以上あなた方と戦いたくありません。だから――」

「それは…」

 

美紀恵の提案に渋い顔をするセシルら3人。本音を言えば彼女らも自分達を信じてくれた美紀恵と戦いたくはなかった。だが、幾度と裏切られてきた経験が、差し伸べられた手を掴むことに躊躇いを生んでしまっていた。

そんな彼女らに助け船を出すように、ヴォルフが口を挟んできた。

 

『…ミネルヴァ・リデルがしくじった以上、エドガー・F・キャロルに打てる手はなくなった。恐らく今頃は奴を蹴落とそうとする連中の対応に追われて、お前達の邪魔をする余裕などあるまい。それに、DEMは責任を奴1人に被せるだろうし、非難を避けるために、善意者の顔で手を貸してくるだろうよ』

「つまり、今は軍を信用しても良いと言いたいの?」

『軍内部で、DEMを快く想っていない者達は決して少ない訳ではない。このまま逃げて犯罪者として追われるよりは、上手くいくと思うがね』

 

そこで言葉を区切ると、美紀恵へと視線を向けると言葉を続けた。

 

『何より。アーシャの奴は、自分のせいでこれ以上戦いが広がることを望むまい』

「そう、ね…。でも――」

 

そこで折紙へと視線を向けるセシル。それに対し、彼女は耳を傾けるように視線を合わせる。

 

「鳶一折紙さん。あなたのことを調べさせてもらったのだけれど。あなたは精霊に家族を奪われ、その復讐のために軍に入ったそうね。そんなあなたがアシュクロフトを手放せるというの?」

 

その問いに、折紙は暫し思考するように目を閉じる。

静寂の中。緊張した趣きで、事態を見守っている美紀恵の唾を呑み込む音だけが鳴る。

ほんの数瞬が、気が遠くなりそうに感じる緊迫感の中。意を決したように目を開けた折紙は、無言でセシルらへと歩み出した。

咄嗟に構えようとするアシュリーとレオノーラを、セシルが手で制す。敵意を感じない折紙の目を見た、2人は武器を降ろし彼女の動向を見守った。

目の前まで歩を進めた折紙は、アリスを解除すると、納められたデバイスをセシルへと手渡すのだった。

 

「――あなた…」

「…もう、この力は私には必要ない。私には、アシュクロフトに負けない美紀恵や『仲間』という力があるから」

「~~折紙さ~ん!!」

 

自分に、そしてこの場にいない人達へも向けられた言葉に。美紀恵は感極まって飛び込むようにして折紙に抱き着いた。――傷だらけの彼女に。

 

「…美紀恵、痛い…」

「ああ、すみません!?で、でも折紙さんにそう言ってもらえて、私すっごく嬉しいです!!私、足を引っ張ってばかりなのに――」

「もうあなたは立派な戦士。自信を持っていい。きっと勇もそう言う筈だから」

 

その言葉が余程嬉しいのか。彼女の両手を持つと、ブンブンッと上下に振る美紀恵。いつものように淡々とした様子でされるがままの折紙だが。その表情は僅かにだが微笑んでいるようにも見えた。

そんな彼女らを見ていたセシルは。渡されたデバイスを暫し見つめると、アシュリーとレオノーラへと促すような視線を向ける。

 

「アシュリー、レオ…」

「わーてるよ。ここまでされたら、信じるしかねーよな」

「うん。私達のために頑張ってくれてるの見てたもんね」

 

2人ともアシュクロフトを解除すると、セシルと共に美紀恵へとデバイスを手渡していく。

 

「アシュリー、皆さん!!」

「だあ~!あたしにまで抱き着くんじゃねぇ!!」

「にゃ!?」

 

飛びついていくる美紀恵を、顔に手を押し当てて退けるアシュリー。鬱陶しげではあるが、その顔は笑っており。つられて、他の2人にもにも笑顔が戻るのであった。

 

『――た』

「ベル?」

『ふぇぇぇえええ!!良がったよおおおお!!』

「にゃ!?」

 

今までの冷静沈着なイメージをぶち壊さんばかりに、突然号泣し始めたベルに。飛び跳ねんばかりに驚く美紀恵。

 

「ど、どうしたんですか!?」

『また、あなた達同士で…傷つけあうんじゃないかって、不安だったから…。仲直りしてくれてよかったよおおおおおお!!ありがとう美紀恵ちゃあああああん!!』

『…相変わらずやかましい()だな、おい』

「ヴォルフさん、ベルの声が聞こえるんですか??」

 

呆れた様子で会話に混ざって来たヴォルフに、キョトンと目を丸くする美紀恵。これまでは、どういう訳かベルの声は他の人には聞くことができなかったからである。

 

『お前があいつと入れ替わってから混線していたぞ。強引なことをした影響か、お前自身が成長したことで、高まったテリトリーによるものかは知らんがな』

「それじゃあ、折紙さん達にも?」

「確かに聞こえた。美紀恵、今のが例のサポートAI?」

「はい、そうです。今までずっと助けてくれていたんです」

「ま、待って!!」

 

美紀恵に言葉にセシルが待ったをかける。その顔は、これ以上ない程に驚いているといった様子で。それは他の2人も同様であった。

 

「アシュクロフトにそのような機能はない筈よ、あなたのチェシャー・キャットも例外なく!!」

「え、えぇっ!?!?」

「それに、何より。この声は、アルテミシアの声…!!」

 

その言葉に、チェシャー・キャット内で会合した際のアルテミシアの声が思い起こされ。それがベルの声と重なる。

 

「じゃ、じゃあ。ベルがアルテミシアさん?アルテミシアさんは始めから私のことを助けてくれていて…」

『お前のユニットに、あいつの記憶と人格データが納められていてということだろう。最も、それが独自に動くなど犯人共も想定外だろうがな。…それこそが『人』の意志の力、か』

 

どこか感慨深そうに話すヴォルフ。その様子は何かを思い出しているようでもあった。

 

 

 

 

「――まあ、こんなものか。粗雑品にしては持った方か」

 

動かなくなったミネルヴァを、須郷はモニター越しに見ながら。大した期待もしていなかったと言いたげな目を向けていた。

 

「調整することもなく突貫での処置でしたからね。ですがデータは十分に得られたかと」

「素体の質は良かったからな。元々脳機能が発達しているウィザードは、常人よりも負担への耐性が強いということか」

 

採取したデータに目を通しながら、ご満悦な様子の須郷。

急に舞い込んできた仕事であったが。研究の成果を試すことができ、生じた責任は全て依頼者であるエドガーへ押し付けることができるので、須郷にとっては旨味しかないのである。

 

「さてと。では、もう一つの成果(・・・・・・・)を試すついでに、依頼通り証拠隠滅といきますか」

 

喜々とした様子で、もう一仕事だと指示を出す須郷。

エドガーから与えられた依頼は、ミネルヴァの強化だけでなく。万が一彼女が敗北し、アシュクロフトの回収が不可能になった際に、エドガーが行った悪事の露見を防ぐための細工をジャバウォックへ施すことであったのだ。

 

 

 

 

「アルテミシア…。本当にアルテミシア、なのか?」

『うん、そうだよアシュリー。…セシル、レオも。ごめんなさい、私なんかのために辛い思いをさせて…』

「そんなこと、そんなことはないわ。精霊に目も足も奪われて、復讐に生きるしかなかった私を救ってくれたのはあなたよアルテミシア。だから、そんなこと言わないで…」

「そうだ!あたしら皆がお前に救われたんだ!だから、助けるのは当たり前ぇだろーが!」

「うん…!うん…!」

『ありがとう。本当にありがとう。どれだけ裏切られてボロボロになっても頑張ってくれて。そして、美紀恵ちゃんのことを信じてくれて。皆のこと、大好きだよ…!!』

「わ、私達も、あなたのことが大好きよッ!!」

 

アルテミシアの声に、セシルら3人は堪えきれず涙を流す。聞きたいと願っていた声が、感じたかった存在が、今確かに傍にいるのだから。

 

『――ッ!?これは…!?』

「アルテミシア?どうしたの!?」

 

アルテミシアの声が困惑したものに変わり、ノイズが混ざるようになる。異変に気付いたセシルが声をかけると。それをかき消すようにミネルヴァの絶叫が響き渡る。

 

「ミネルヴァ!?まだ動けるのかよ!?」

「待って、何か様子がおかしい」

 

突然の事態に、身構えるアシュリーに折紙が警告する。

よく見れば。ジャバウォックから鱗状の物体が滲み出ており。それが、まるで装着者を蝕むかのように徐々に拡がっているのであった。

 

『ジャバウォック、からの強制リンク…!?これは…プログラムが、書き換えられていく…!?』

『これは、まさか『マシンセル』か!?』

 

苦悶の声を漏らすアルテミシアに、何か知っているのか、目に見えて取り乱すヴォルフ。

そうしている間にも、ミネルヴァを覆う鱗状の物体は、増殖するように体積を増やしており。遂にはミネルヴァを完全に包み込んでしまう。

 

「わわっ!?アシュクロフトが勝手に!?!?!?」

 

アリス、ユニコーン、レオのデバイスが美紀恵の手から引き寄せられるように離れると、吸い寄せられるようにミネルヴァへと向かっていき。尚も膨れ上がっている鱗状の物体へ飲み込まれてしまったではないか。

 

「ミネルヴァっ。今度は何を――!?」

『違う…。これは、彼女の意志とは無関係の…。もっと…悪意のある者の…』

「アルテミシアさん!?だ、大丈夫ですか!?」

『…ごめんなさい、美紀恵ちゃん。私、もう駄目…!』

 

ミネルヴァの変異が進むにつれ、遠のいていくアルテミシアの声。そして、振り絞るような声で――

 

『――このままじゃ私…。ヴォルフ、お願い…。私、を殺――し――て――』

『アーシャ!!』

 

その言葉を最後に、アルテミシアの声は聞こえなくなり。同時に、ミネルヴァの姿はビルに匹敵するであろう巨大な――チェシャー・キャット以外のアシュクロフトの面影こそ見えるが、最早怪物としか形容しようがないモノへと、変わり果ててしまっていたのであった。

信じがたい光景に、アシュリー震える唇で掠れた声を漏らした。

 

「何だよ…。何なんだよこれはッッッ!!」

『――――!!!』

 

怪物は獣のような雄叫びを上げると。自身を含む周囲一帯を、テリトリーをで覆っていく。

 

「これは、アリスの結界!?」

『ッ!!全員散れぇぇぇえええ!!!』

 

怪物の各所に備え付けられたレーザーキャノンの砲口から、エネルギーが漏れ出すのを見たヴォルフが咄嗟に叫んだ。

 

『――――!!!』

 

無駄だと言うかのように怪物が叫ぶと。キャノンから放たれた無数のレーザーが、テリトリーにぶつかり。日光が鏡で反射されるかのように拡散し、一同へと降りかかるのであった。



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第九十四話

『ハハァ!』

「チィッ!」

 

肉迫してくる紅のPTに、マシンガンで迎撃するも、獣じみたトリッキーな機動で弾幕をすり抜けててきやがる!

繰り出される大剣による斬撃を、バックステップで避けると左手に持ったビームサーベルで斬りかかると。それを読んでいたのか、空振ると同時に逆手に持った大剣を盾のようにして受け止められる。だが!

 

『もらいでやがります!』

『しま…!?』

 

抑え込んだ敵の背後から、崇宮がレーザーブレードで斬りかかる。大剣は俺が抑えていて使えず、回避も間に合うまい!

 

『な~んてなァ!』

 

敵は右足を振り上げると、爪先から発生したビームサーベルで崇宮の攻撃を防ぎやがった!

 

『仕込み!?』

 

意表を突かれ、動きが鈍った崇宮。その隙に切っ先をそらされ、無防備となった腹部に敵の蹴りが叩きこまれ押し出される。そして、出力差に任せて大剣を振るい俺も押し出されてしまう。

くそッ!さっきからこちらの攻撃は全ていなされてしまう!

 

『どうしたどうしたぁ!そんなもんかよぉ!』

 

振るわれた拳を両腕を交差させて受け止める。逆にこちらも大したダメージは受けていないものの、明らかに遊ばれており相手からは明らかに余裕が見て取れた。

 

『――んだよ、もう時間切れかよ。まっ、コイツのテストには十分か遊べたからいいか』

 

何やら通信でやり取りをしたらしい紅のPTは、戦闘態勢を解くと大剣をライフルへ変形させると、俺達の足元へとビームを数発撃ち込み、爆炎と巻き上げられた砂塵で身を隠していく。

 

『じゃあな、『黒の剣士』の兄貴分さんよぉ。次はもう少し楽しませてくれよ!』

 

その言葉を最後に、レーダーから敵の反応が遠のいていくのであった。

 

『…あんにゃろう。真那達をおちょくるだけして帰りやがって。何なんでやがるってんですかっ』

「ミネルヴァ・リデルの仲間、にしては違和感があるが…」

 

何より。去り際に奴は俺のことを黒の剣士の兄貴分と言っていた。その名はキリトがSAOの世界で、呼ばれていた二つ名と一緒だった。

俺のことを兄貴分と言っていたことから、キリトのことを見知っている様だったが。あのPTに乗っている奴もSAO事件の生還者――サバイバーなのか?いや、それは後でも考えられることだ。今はミネルヴァ・リデルを止めるのが先決だ。

 

『どうしやがりました隊長?』

「何でもない。それよりも折紙達を追おう。どうにも嫌な感じが――!?」

 

俺の言葉を遮るように。折紙達の向かった方角から耳をつんざくかのような轟音が響いてきた!?

何事か!?と視線を向けると、信じがたい光景に唖然とした顔で崇宮があっ、と言葉を詰まらせたような声を漏らす。

 

『何でやがりますか、あれ…』

 

指定されていた展望台がある場所に。ビルに匹敵しかねない巨大な獣のような『何か』が突如出現する。予想外過ぎる事態に、2人して唖然としていると。その『何か』が吼えるような動作ををすると、先程と同じような轟音が響いたかと思うと。展望台一帯が思わず眼を覆いたく程の激しい閃光に包まれると、全身を叩きつけるような衝撃波が襲い掛かって来た

吹き飛ばされそうになるのをどうにか耐えると、すぐに崇宮に声をかける。

 

「ぐっ――大丈夫か崇宮!?」

『ええ、にしても何が起きてやがるんです!精霊でも出やがったですか!?』

 

確かに空間震が起きた時の現象に似ているが、そういった反応は出ていないから精霊関係ではないのだろう。それよりももっと危険なものだと、脳内で警鐘が鳴っているし、初めて感じる誰かの悲痛な感情に胸が締め付けられるようだ。

 

「行こう。あれは、この世に存在していいものじゃない…!」

 

ええ、と同意してくれた崇宮と共に。最大速で展望台へ足を踏み入れると。その面影を見せる物は更地となって全て消え去ってしまっていた。

そして、こんな惨事を生み出したであろう元凶が更地の中心に佇んでいた――

 

『――ッ。な、何なんですかこの化け物は…』

 

俺の知るどの生物にも合致しないが、機械仕掛けの獣としか形容ようがない異形の存在に。崇宮が動揺を隠せず喉を震わせる。

 

『――あれはミネルヴァ・リデルだ』

 

不意に聞こえてきた声に振り返ると。舞い上がる砂塵の中から複数の人影が姿を現す。

 

「!折紙、伍長!!」

 

その中から見知った顔を見つけ駆け寄る。

 

「大丈夫か2人とも!?」

『私は問題ない。美紀恵は?』

『私も折紙さんのおかげで何とか…』

 

2人とも傷だらけだが、幸い致命傷は負っていないようで、思わず安堵の息が漏れる。

 

『!セシルさん達は!?』

『…こちらも無事よ、岡峰さん』

 

少し離れた場所に、SSSの3人がおり。そちらも2人と同じように負傷しているが無事なようだ。

そして、そんな彼女らを庇うようにして先頭に立ち、化け物と対峙しているヴォルフ・ストラージに声を荒げながら問いかける。

 

「一体何が起きたヴォルフ・ストラージ!?あれがミネルヴァ・リデルだって言うのか!?」

『説明してやりたいが、そんな暇はくれんようだ。くるぞ!』

 

俺達が現れたことで、様子を見るように沈黙していた怪物が。鼓膜を引き裂かんばかりの咆哮を上げながら、各部に棘を生やすように生成された無数のミサイルが俺達目がけ放たれた!

俺と崇宮がマシンガンとレーザーライフルで迎撃するも、数の多さに対処しきれん!!

 

「うぉ!?」

 

間近に次々と着弾したミサイルの爆風に煽られ、衝撃に思わず顔を顰めてしまう。

 

『ベルッ、ベルッ、アルテミシアさん!!』

『岡峰さん、アルテミシアは!?』

『駄目です、声が…聞こえなくて…っ!』

 

テリトリーで、セシル・オブライエンらSSSの3人と折紙をテリトリーで庇いながら。伍長が困惑した様子で話していた。

 

『…あの化け物に取り込まれたか。やってくれる須郷伸之――』

 

彼女らの側で両腕部のガトリングで、ミサイルを撃ち落としているヴォルフ・ストラージが、殺気を隠せない様子で舌打ちをする。

 

「伍長っ。ベルってチェシャー・キャットに搭載されていたサポートAIのことか!?」

『は、はいっ。そのベルがアルテミシアさんで。でも、私の以外のアシュクロフトとミネルヴァ・リデルがあんな風になってから、いなくなってしまって…!』

 

平常心を保てていないせいで要領を得ないが。アシュクロフトの開発経緯から考えておおよそのことは推察できる。

 

「!」

 

不意に、レーダーが空間転移を捉えたことを告げるアラートが鳴り響き。反応を追うように上空に視線を向けると、以前に遭遇したナイトと呼称された生体反応を持つインスペクターの機体が佇んでおり。

そして、辺り一帯の空が渦巻くように歪み始めており、それが進んでいくと怪しげな光を放ち始め。その光の中からソルジャーの集団がナイトの背後に控えるようにして現れるのであった。



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第九十五話

展望台にいる勇らを上空から見下ろすナイトーーれい。そんな彼女の耳に通信機越しに上役であるカラス――SA508の声が響く。

 

『わかっていますねれい。これが最後のチャンスです。今度こそイレギュラーを排除なさい、でなければ――』

『…了解。必ずや期待に応えてみせます』

 

脅すかのように含みを持って言い回しをするSA508に、内心辟易しながらそれを悟らせないよう努めるれい。

ハーミットを呼ばれている精霊を巡る戦闘で、何一つ成果を出せず増派された戦力を摩耗させてしまいいよいよ後がなくなった――とアレは考えているようだが。元々自分達に与えられた使命は先遣隊としてこの世界に関する情報収集であり、イレギュラーの排除や精霊の捕獲は手柄を焦る余りのSA508の独断専行に過ぎなかった。

為すべきことは果たしている以上、このまま大人しく待機していれば主であるウェンドロも罰を与えることなどしないが。本隊の到着が目前となり、これまで失態を挽回しようという考えなようだが。ただ、自分の首を絞めていることには思い至らないらしい。

 

「(…とはいえ、私に拒否権などありはしないが…)」

 

どれだけ嫌いな相手であろうとも、相手が上位の立場であるからには、与えられた命令に絶対服従である以上。どのようなものであれ、ただ従う以外の選択肢は彼女には存在しえないからには、最善を尽くすのみだと己に言い聞かせ。ソルジャーに攻撃を開始させると、自らは勇目掛け機体を加速させると突撃していくのであった。

 

 

 

 

「インスペクターッ!?こんな時にッ!!」

 

押し寄せてくるソルジャーに思わず舌打ちしながらも、B型から放たれる砲撃を回避し。間隙を縫うようにビームサーベルで斬りかかってくるA型を手にしている腕を右手で払い、ステークを起動させた左正拳突きで頭部を破壊する。

 

「崇宮ッ。基地に救援要請だ!!」

『もうやってやがります!!ああ、もう鬱陶しい!!』

 

ここまで事態が悪化してしまった以上、国際問題やら四の五の言っていられん!とはいえ、今からで間に合うかどうか…。

 

『くっ!?』

『美紀恵!』

『だ、大丈夫ですアシュリー。それより皆さん私の後ろに!!』

 

アシュクロフトを失って無防備同然の折紙とSSSの3人を、テリトリーで庇う美紀恵。そんな彼女を狙うソルジャーをヴォルフ・ストラージが排除していた。

 

『ヴォルフさん!』

『敵はこいつらだけではないのを忘れるな。来るぞ!』

 

耳をつんざくような咆哮を上げながら、ミネルヴァ・リデルが変異した怪物――アシュクロフト・モンスターが巨大な右手を払うようにして振るってきた!!

 

「うおォォ!?」

 

一様に飛び込むようにして範囲外に逃れると、逃げ遅れたソルジャーがガラス細工のように粉砕されていく。

 

「当たり前だが、見境なしか!」

 

あのデカブツ、どう見ても理性があるようには見えんとはいえ、インスペクターは俺達しか攻撃してこないので、ただ敵が増えただけにしかならん!

 

「くッ!?」

 

ナイトがブレードで斬りかかってきたので、サーベルで受け止めるが、パワー負けして徐々に押し込まれる!!

 

「リッパー!!」

 

T-LINKリッパーを射出し、がら空きの背後を狙う。

それに対し、ナイトは俺に蹴りを入れ距離を取ると、迫るリッパーを難なくブレードで弾いていく。そして、ブレードを弓状に変形させると、ビームを俺へと撃ちこんでくる。

 

「ッ――!」

 

回避しながら、避けられないのをサーベルで斬り払うが、一発が脇腹を掠め装甲ごと肉体を焼かれるが。歯を噛みしめて激痛を堪えマシンガンで反撃する――が、既に踏み込んでいたナイトが目前にまで迫っており、急いでバックステップで離れるも、下段から振り上げられたブレードが胴体を捉え、装甲を貫通した刃が肌を斬り裂き血を噴き出す――

 

『ハァッ!』

「ぐっ――!?」

 

続けて放たれた、上段からの斬撃をサーベルで受け止めようとするが、態勢が崩れた状態のため押し切られてしまい、サーベルごと弾き飛ばれる!

 

『終わりだな』

 

すぐに起き上がろうとするも、それよりも先に腹部を踏まれて抑えられ、眼前にブレードを突きつけられる。

見下ろしてくるナイトのバイザーの中の目は、殺意を感じるのと同時に、いやそれ以上に――

 

「泣いて、いるのか君は?」

『――!!』

 

思わず呟いた言葉に、ナイトの目が揺らぎを見せると、すぐに怒りを宿したものへと変わった。

 

『見るな、そんな目で私を見るなッッッ』

 

ナイトは感情のままにブレードを突き立てようとするが、レーダが高速で接近してくる反応を捉えると同時に、何かに気づいた様子で跳び退くと。光弾がナイトのいた空間を貫いたのだった。

 

『勇君!!』

「アミタ!?」

 

バリアジャケットを纏ったアミタが目の前に降り立つと、銃形態のヴァリアント・ザッパーをナイトへ向け牽制する。

 

『大丈夫ですか!?』

「ああ、問題ない助かった。でも、もう来てくれたのか」

『いつでも出られるようにって、あなた達が出撃している間はCNFの皆で集まっていたんです。それで、先程紫条指令がイギリスや関係国から了承を得られたからと、出撃を許可して下さったんです』

「ということは…」

『でやァァァァ!!』

 

俺の疑問に答えるように。白式を装備した一夏が、裂帛の気合を乗せて雪片弐型でソルジャーを両断して撃破してみせた。

 

「一夏!」

『助けに来たぜ、勇兄――っておわっ!?』

 

こっちへサムズアップしていた一夏を、A型がサーベルを振りかざして襲うも、中国の第3世代型IS『甲龍(シェンロン)』を装備した鈴が青龍刀で斬り払った。

 

『馬鹿一夏!何余所見してんのよ!!』

『お、おうすまん…』

『ふふん、やっぱりあんたはあたしがいないと駄目ね!』

 

格好つけそこない気まずそうに頭を掻く一夏に、誇らしげに胸を張る鈴。そんな2人の間を縫うように通過したレーザーが砲撃しようとしていたB型を貫く。

 

『お二人とも、このセシリア・オルコットをお忘れなく!!』

『ちょっと!今の当たりそうだったわよ!?』

『ご心配なく、そのようなミスなど犯しませんから。現に当たっていないでしょう?』

『そういう問題かァ!!』

『ちょ、喧嘩するなよ2人共!』

 

わーぎゃー言い争いながらも、互いをフォローし合い敵を撃破する3人。オルコットも鈴も代表候補生であり、何だかんだで一夏を中心に纏まっている証拠であろうか。

 

『無事か崇宮?』

『ええ。流石にしんどかったんで正直助かりましたよ』

 

一方では、風鳴が崇宮と背中を預け合っており。剣術を扱う者として互いの呼吸が掴みやすいこともあり、見事な連携を見せていた。

 

 

 

飛来してくるビームを触れるかどうかの寸前で回避しながら、ヴォルフはビームライフルを撃ち込んでくるA型に肉迫し、手刀を突き出して胴体を貫き沈黙させると、隣にいた別のA型の首筋に回し蹴りを叩きこみへし折って撃破する。そして、距離の離れたB型に腕部のガトリングを放とうとする――

 

『――!』

 

が、銃身が回転するのみで弾丸が撃ち出されることはなく、弾切れを告げるアラームが鳴らされる。

その間隙を逃すことなく、周囲にいるソルジャーらが囲みながら銃口を向けてくる。

 

「(1人で動いたツケが回ってきたか…)」

 

フォローしてくれる者がいない状況で、置いてきた仲間の姿が脳裏によぎるも。己の我儘を貫いた故の自業自得であると鼓舞しつつ、最後まで抗うべく身構える。

向けられた火器が一斉に火を吹こうとした瞬間。飛来したレーザーが次々とソルジャーを撃ち抜いていき、別の個体らは何かに固定されたように金属が軋む音と共に動きを止めた。

そんな中、無事であった1体がトリガーを引こうとし――

 

「どっっっせいィ!!」

『んぐぁ――』

 

背後から乱入してきたバリアジャケットを纏ったキリエが、やたらと勢いよくヴォルフの頭部を踏み台にして跳躍し、片手剣形態の右手のザッパーを胸部に突き刺すと、左手のザッパーで首を斬り落とすのだった。

 

「よぉ、面白いことしてんじゃねぇか。えぇ隊長さんよぉ」

『…オータム何故来た。エムとキリエも待機していろと言った筈だ』

「こんな盛大な祭り、参加しないなんてつまらないことするかよ、なぁ?」

 

そういってアラクネを装備したオータムが、ソルジャーらを拘束していたワイヤーを指で軽く弾くと、次々と解体されていく。

 

「私達の居場所は常にヴォルフ――お前の側だ。お前が必要とするなら、火の中だろうが水の中だろうが地獄の果てであろうが、私達はお前の元に駆けつけるだけだ」

「わ、私は何も言わずに、1人で格好つけようとしてる奴の言うことなんて聞く気がないだけだから!」

 

サイレント・ゼフィルスを装備したエムが胸を張って堂々と言い放った言葉に、キリエが顔を赤くしながら、反論する。――まあ、かなり苦しいものではあるが。

 

『というか、おいキリエ、さっきのは俺を踏む必要はなかっただろ』

「ふんっ!1人で突っ走って危ない目に遭う方が悪いのよ!」

 

首が折れかけたぞ、と抗議するヴォルフに、不機嫌そうにプイッと顔を背けるキリエ。他の2人に視線で同意を求めるも、同じように無視されるのだった。

 

「おい、じゃれ合うのもそれくらいにしろ。あのデカブツをどうにかすんだろ」

 

そんな彼らを他所に、ソルジャーを薙ぎ払っていたネフシュタンの鎧を纏ったクリスが、働けと言いたげにツッコミを入れる。

 

『客人、お前も来ていたのか』

「キリエが行くって言うから――じゃなくて、お前にいなくなられるとこっちも困るんだよッ。ともかく言っておくが、あたしの独断だからソロモンの杖は持ってきてねぇ。だからノイズは使えないからな」

『問題ない。お前達がいればそれで十分だ』

 

馬鹿者共め、と溜息をつくが。ここまできて戻れと言って聞き入れるような者を、自分の部隊に入れた覚えはないと腹を括ったヴォルフは、無差別に暴れ回るアシュクロフ・モンスターを見据えると、『シャドウズ隊長』として行動に移る。

 

『いいだろう。ならばシャドウ1より総員、全力で俺を援護しろ!』

 

無意識に笑みを浮かべながら先陣を切り飛び出すヴォルフに、他の者達はそれぞれ応じながらその背中を押すように続くのであった。



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第九十六話

「たぁあ!」

 

ガングニールを纏った響の振るった拳が、A型のソルジャーの胴体を貫き機能を停止させる。

そんな彼女に、他のA型がライフルから放たビームを浴びせていく。

その弾幕を交差させた腕を盾に、ギアの耐久力を頼りに突き進んでいくと、顔面に飛び蹴りを叩きこみ、頭部を吹き飛ばして撃破する。

着地を狙い、上空から数体のB型が背部のポッドから放ったミサイルが降り注ぐ。

 

「わわ!?」

 

どうにか回避していくも、爆風に吹き飛ばされ地面を転がる響。

起き上がろうとするも、ダメージのせいで動きが鈍い彼女に、ビームランチャーの照準を合わせていくB型。

そこへ美紀恵が割って入り、キティファングで斬り裂いていくのだった。

 

「大丈夫ですか、立花さん!?」

「うん。ちょっと擦りむいたくらいだから、ありがとう岡峰さん」

 

美紀恵の手を借りて起き上がる響。そこに、2体のA型が迫る。

 

「!」

 

それに素早く気づいた美紀恵は、放たれるビームをキティファングで弾きながら肉迫し、胴体に蹴りを入れ怯ませると、その勢いを利用し飛び越えるようにして、もう1体の背後に回り肩車をするように密着し、ファングで喉元を搔っ切り。

そこから飛び降りながら、怯ませたA型をテリトリーで引き寄せると胸部をファングで貫き撃破してみせた。

 

「(凄い!岡峰さん、この一週間くらいで凄く強くなってる!!)」

 

傷だらけでありながら、淀みない機動を見せる美紀恵に、思わず見惚れてしまう響。

戦い始めたのは自分とそう変わらない彼女が、見違えるまでの成長を遂げていることに、衝撃さえ受けていた。

彼女に比べて自分は何も進歩していないことに、焦りと自分は必要とされているのかという不安に駆られてしまう。

 

「立花さん危ない!!」

 

美紀恵の言葉に、A型が背後からビームサーベルを振りかざしていることに気づく。

意識が完全に逸れてしまったことで対応が遅れた彼女に、光刃が振り下ろされ――同時に翼が響を押し退けカウンター気味にA型を刀で横薙ぎに両断する。

だが、サーベルが右腕を掠め焼かれた肌が異臭を放つ。

 

「翼さん、腕が――」

「馬鹿者ッ!!」

「!?」

 

心配する響を翼は一喝する。その余りの気迫に、思わず後ずさる響。

 

戦場(いくさば)にいることを忘れるとは何事か!!戦う覚悟を持たぬのなら今すぐ身を引け!!!」

「わ、私は…」

 

響はどうにか言葉を紡ごうとするが、翼は言い訳など聞きたくないと言わんばかりに背を向けて、次なる敵へと駆け出す。

 

「立花さん…」

「…半端な言葉はためにならねーですよ。行きますよ伍長、厄介なのがまだいやがるんですから」

 

何か声をかけようとする美紀恵を真那が諭す。

アシュクロフト・モンスターが未だに猛威を振るっている中、優先すべきことは何かと理解はできるが。それでも、彼女は響へ歩み寄り手を取る。

 

「立花さん。私だってどうしようもないくらい、馬鹿な失敗を何度もしてしまいました。自分だけ助かろうとしたり、1人で勝手に動いて捕まってしまったり…。でも、アルテミシアさんが――そんな私でも必要としてくれる人がいてくれたんです。私なんかが、誰かの手を掴んでもいいんだってわかったら力が湧いてきて…。だから立花さんにも必要としてくれる人は絶対にいます!!だから、諦めるのはまだ早いと思うんです!!」

「岡峰さん…」

「響さんが初めて戦った時のことを聞いて、私感動したんです!!知らない人のために頑張れるこの人なら信じられるって思ったんです!!

「伍長っ早く!!」

「はい!!すみません、行きましょう立花さん!!」

 

そう告げると、美紀恵は響の手を引いて駆け出した。

始めは引かれるままであったが、走るだけでも相当に無理をしているにも関わらず、そんなことを全く感じさせないまでに、彼女の目には力強さに溢れていた。

その姿に背中を押されるように、響は自分から手を離すとしっかりと己の足で走る。

どうしたのか?と振り返る美紀恵を安心させるように、笑みを受かべた。

 

「ありがとう美紀恵ちゃん(・・・・・・)。どこまでできるかわからないけど、私にできること精一杯頑張ってみる!!」

 

その言葉に、弾むような笑顔になる美紀恵。

 

「はい!一緒に頑張りましょう、響さん!!

 

 

 

 

『――――!!!』

 

怒り狂うようにレーザーやミサイルを撒き散らすアシュクロフト・モンスター。それだけでなく、その巨体で押しつぶさんと腕を振り回す。

暴風雨の如き猛攻を避けながら、横薙ぎに振るわれた腕をすれ違いざまに、ビームサーベルで斬りつけ浅くだが傷をつける――が、周りの装甲がその傷を覆うように増殖し、その場で元通りとなりやがる!!

 

「チィッ!!」

 

何度目も繰り返される光景に、思わず舌打ちしてしまう。

見た目通りの強固さに加え、この再生能力のせいで突破口が見えん!!

 

「この手の相手は、急所を突くのが定石か?」

『はい、エルトリアにも似た特製を持つ生物は、コアと言える部分を叩いて対処していました』

 

創作ものでありがちな推測に、ナイトをいなしながらアミタが同意してくれる。

 

「問題はそれがどこか、だが…」

 

あの巨体のどこを破壊すればいいのかがわからん。無難にいくなら中心部だが、それにしても今ある戦力で火力が足りるか…。

 

『隊長!!』

「岡峰伍長か!どうした!?」

 

打開策を思案していると、立花を連れた伍長が駆け寄ってくるのが見えた。

 

『私感じるんですっ。あの怪物の中からアルテミシアさんを!!』

「!どこからだ!?」

『一番奥深いところから、微かになんですけど…』

 

明確な根拠がないのか、自信を持ちきれない様子だが。アシュクロフトを装備し心を通わせていたている彼女は、最もアルテミシア氏に近い存在と言えるだろう。ならば疑う理由などあるまい。

 

「ッ!」

 

そうしているとアラートが鳴り響き、こちらを狙ってきているソルジャーを迎撃しようとすると、ヴォルフ・ストラージが足先の隠しナイフを急所に突き刺し沈黙させるのだった。

そして、彼はこちらへ歩み寄ってくる。

 

『岡峰、あいつはあのデカブツの中にいるのだな?』

『はい、ヴォルフさん!!早く助けにいきましょう!!』

『いや、お前はここに残れ。あいつは俺が殺す(・・)

『――え?』

 

想定外の言葉に呆けた声を漏らす伍長。意味を理解できない――いや、したくないというよううに震えたことで問いかける。

 

『何を言って…いるんですか?アルテミシアさんを助けるために今まで…!』

『そんな余裕はなくなった。アレを止めるにはあいつごと中枢を破壊するしかない』

『そんなの、そんなの――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ぇ――ん――――み……き……え――――美紀恵、ちゃん…――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『!この声、アルテミシアさん!?!?』

 

通信機越しにノイズ混じりに聞こえてきた声に、伍長が反応する。そして、それと同時にアシュクロフト・モンスターの動きがピタリと止まった。

彼女からの通信を通してのみ聞こえるということは、アシュクロフトを通して通信しているのか。

 

『待っていて下さいアルテミシアさん、今助けに行きますから!!』

『…いいえ、美紀恵ちゃん。もう、いいの…。お願い私ごと、アシュクロフトを『壊して』』

『アルテミシア、さん????』

『暴走したアシュクロフトを止めるには、私のメモリーを取り込んだコアごと破壊するしかない。そして、それができるのは正常な状態であるチェシャー・キャットにしかできないの』

『どういう、ことですか?』

『チェシャー・キャットのコアを、暴走しているアシュクロフトに直接接続して。後は私が、オーバーロードして自壊するようにプログラムを書き換えるから』

『そんな、そんなことをしたらあなたは――!!』

 

死んでしまうという言葉を遮るように、いいのとアルテミシア氏は優しく語り掛ける。

 

『アシュクロフトの素体にされた時点で、本当なら死んだも同然だった。それでもあなたのおかげでセシルにアシュリーにレオ――それにヴォルフともう一度お話ができた、それだけで十分救われたわ。本当にありがとう美紀恵ちゃん』

『い、嫌です…!約束しましたっ、元も戻って…また会おうってっ…!私はアルテミシアさんに会いたい!!会わなきゃいけないんです!!それなのに…それなのにッ!!』

『…もう、時間がないの…。これ以上は抑えることができない…。だから…』

 

彼女の言葉を示すように、アシュクロフト・モンスターが束縛を振りほどこうとするかのように、僅かにだが全身を軋ませていた。

 

『です…がっ』

『俺がやる。チェシャー・キャットのコアをよこせ岡峰美紀恵』

 

それでも躊躇う伍長に、ヴォルフ・ストラージが肩に手を置きながら語りかけた。

 

『ヴォルフ、さんっ…』

『コアを接続させるのだけならお前でなくてもできる。そうだなアーシャ』

『うん、そうだよヴォルフ』

『ならば問題ないな』

『ありますよ!!あなたはアルテミシアさんを――!!』

『舐めるなよ』

 

泣き叫ぶような伍長の言葉を遮り、ヴォルフ・ストラージは揺るぎない目で見据える。

 

『この手はとうに血に塗れている。今更1人2人増えようが変わらん』

『そういう…そういうことじゃありません!!死んでしまうんですよアルテミシアさんがッ!!』

『このままあのデカブツを放置すれば多くの人間が死ぬ。あいつに虐殺の片棒を担がせるのか?』

『それは、それは…!!』

 

……うん、もういいか。部外者なんで今まで黙っていたが、流石に我慢の限界だ。

なので、ヴォルフ・ストラージの顔を思いっきりぶん殴った(・・・・・)

 

『ッが!?』

 

間の抜けた声を漏らしながら倒れ込む大馬鹿者(ヴォルフ)。突然のことで伍長や周りの皆がギョっとした顔を向けてくるが、構わず唖然としている大馬鹿者の胸倉の装甲を掴んで起き上がらせる。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ女々しいことばかりほざきやがって。まだ彼女は生きてんだろ!!!目の前にいんだろ!!!最後まで手を伸ばすべきテメェが真っ先に諦めてんじゃねェ!!!」

『ッ――他の手がない以上、これが最善だ。それくらい――』

「わかんないね!!!やるだけのこともしてない奴の戯言なんざこれっぽちもなァ!!!」

 

可能性が残っているのに、もう無理だ諦めようだなんて、俺は認めないぜっっったいに認めてたまるか!!!

母さんが死んでしまったあの時の俺と違って、それだけの力があって助けてくれる仲間がいるのにやらない理由を探すなんざふざけんじゃねェ!!!

 

『ならばどうするというのだ!!!本来の力も使えない貴様に、何か手立てがあるのかッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここにあるぞォォォ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?父さん!?」

 

機体を視認できる高度で通過していった輸送機から、父さんのゲシュペンストとそれに支えられながら1つのパラシュートのついたコンテナが降下してきたぁ!?

 

『来い勇ゥ!!お前の新しい『剣』だッ!!』

 

戦場から少し離れた場所に、墜落気味に着地したコンテナを指さしながら叫ぶ父さん。

そのコンテナから何か懐かしい気配を感じ、引かれるように気づけば駆け出していたのだった。

 

『ッ!させん!!』

 

そんな俺をナイトが阻もうとするのを、伍長とヴォルフ・ストラージが割って入り防いでくれた。

 

『行って下さい隊長!!』

『大口を叩いたのだ、お前の『可能性』を見せてみせろッ!!』

「おう!!」

 

頷きながら、足を止めることなくコンテナを目指すも、再び動き出したアシュクロフト・モンスターが俺に狙いを定めながら、雄叫びと共に拳を振り上げやがった!!

 

『――――!?』

 

だが、不意に振り上げられた拳が凍りつき始めると、瞬く間に拳どころか腕全体が氷に包まれ、自重に耐えられず根元から折れて崩れ落ちるのだった。

 

「これは――」

『勇さん!!』

 

思わず足を止めた俺の側に、聞き覚えのある声と共に、大型の熊くらいのサイズのいかつい風貌の兎が降り立った。そして、その背に乗っている少女に思わず目を丸くしてしまう。

 

「四糸乃!?どうしてここに!?」

 

助太刀に現れたらしいのは、最近友達になった精霊の四糸乃であった。彼女は霊装こそ身に纏っていないも、私服であろう、幼さの残る彼女を引き立てるワンピースの要所を、神秘的な光の膜が覆っているではないか。

 

『は、はい。その、お手伝いできればと、思って来ちゃいました…』

「あ、いや、驚いただけで、怒ってるわけじゃないんだ。助かったよありがとう」

 

申し訳なさそうにしてしまう彼女に、慌ててフォローを入れていると、乗っている兎がこっちを見ながら口を開いた。

 

『やっほーイサムン。もっと早く来たかったんだけど、こと――保護者の人がなかなか許可してくれなくてね~』

「その声…よしのんなのか!?」

『そだよ~ハンサムでいいでしょ?』

 

見た目に合わない間延びした声は、四糸乃の親友のよしのんだ…。コミカルなパペットから変わり過ぎですよあなた…。

 

『ちなみに、他の皆も駆け付けてくれてるよ~』

「他??」

『私もいるぞ!!』

 

跳び込んできた夜刀神がその勢いのまま、手にした大剣でソルジャーを両断すると、フフン、と得意げに胸を張る。そんな彼女も四糸乃同様、私服を光の膜が覆っていた。

 

『グランドブレイザー!!』

『エグゼキュートウェーブ!!』

 

続けと言わんばかりにテイルレッドとブルーが放った必殺の技が、多数のソルジャーを巻き込み蹴散らしていく。

 

「レッド、ブルーも来てくれたのか」

『はい!ここは俺達が!』

『ま、貸し一つってことで』

 

貸し作りまくってるのはブルーじゃ…というレッドのツッコミを誤魔化すように、ブルーはランスを振り回して突撃していく。

 

「すまない頼む!」

 

ブルーを追いかけていくレッドらに、礼を言うと再びコンテナへ走る。

 

『――――』

 

それを許すまいとでもいうように、アシュクロフト・モンスターが腕を振りかぶると、突き出された腕がゴムを伸ばすかのようにして迫って来やがった!?

 

『止まるなァ!!そのまま進めッ!!』

 

避けようとする俺を庇いながら、迫る拳へと父さんが跳び出した!

 

『究ゥ極ッゲシュペンストォキィィィイイイッッッック!!!』

 

全身全霊をかけた雄叫びと共に放たれた渾身の蹴りを受けた拳は木っ端微塵に粉砕される!!

量産機でこの威力、やっぱり凄い人だとしか言いようがないよ。

 

「ありがとう父さん!!」

 

振り向かずにサムズアップだけすると、父さんは機体が負荷で各部に火花を散らしているのも構わず、俺を阻もうとするソルジャーへ立ちはだかってくれのだった。

そして、ようやくコンテナに辿り着くと、パネルを操作し開放する。

 

「!これって…」

 

コンテナ内に入ると、中にはハンガーで固定されたPTが鎮座していた。

かつて武士が纏っていた甲冑を連想させる独特な装甲が追加されているが、そこにあるのはこれまで俺と共に戦ってきてくれた戦友――ヒュッケバインMK-Ⅱ2号機だ!

 

『――あたた…』

 

そんなMK-Ⅱのスピーカから、女性の声が漏れ出てきたかと思ってた、装甲が解放され誰かが出てきた!?

 

「ってミリィ!?!?」

『あっ勇さん…。良かったご無事だったんですね…』

 

MK-Ⅱから出てきたのはなんと、マオ社へ出向していたミリィであった!

打ち身のせいで覚束ない足取りの彼女に急いで駆け寄り支えると、彼女は俺の顔を見て安堵した様子で笑みを浮かべる。

 

「何やってんだよ!!こんな無茶して…!!」

 

そんな彼女に思わず怒鳴ってしまう。いくらPTのアブソーバーとはいえ、あの墜落同然に落下した衝撃に訓練されていない者がただで済む筈がない!

 

『あはは、基地まで戻っている余裕がなかったので…。それより、早くこの子(MK-Ⅱ)の方へ、すぐにフィッティングしますので…』

 

少し動くだけでも苦痛だろうに、それでもミリィは俺から離れると、コードをMK-ⅡとタイプTに繋いでいきコンソールを操作し始める。

できるならすぐに休ませたいが、状況を打開するにはMK-Ⅱに頼るしかない以上、彼女に従うしかないか…。

タイプTから降りると、MK-Ⅱへと乗り込むと装甲が閉じられる。

 

『データ転送完了、各種バイタル更新、ニューロン接続、運動ルーチン再設定――』

 

普段のほんわかした雰囲気とはうってかわり、引き締まった顔つきで目にも止まらぬ速さでタイピングしていくミリィ。…あの状態になると、作業が終わるまで周りのことが入ってこなくなるから、最悪ぶっ倒れて医務室行きになるんだよなぁ…。

 

『システムオンライン、ブートストラップ起動――システムオールクリア、起動いきますっ!』

「OK!いつでも!」

 

Enterキーが押されるのと同時に、モニターにシステムの起動画面が表示される。

 

 

 

 

『RTX-010-02M HuckebeinMK-Ⅱ Muramasa』

 

 

 

 

「(ムラマサーーそれが君の新しい名前なんだね。再会したばかりだけどごめん、どうしても助けたい人がいるんだ。だから、力を貸してほしいんだ)」

 

心で語り掛けると、それに応えてくれるかのようにT-LINKシステムが立ち上がる。

 

「(――馴染むT-LINKシステムが、これなら!)」

 

タイプTと同じモデルであるが、こちらの方が何の違和感もなく受け入れられ、元から肉体の一部であるかのような一体感を感じられた。

 

『各部正常、どうですか勇さん?』

「問題ない。これならいけそうだ。ありがとうミリィ。後は安全な所に退避していてくれ」

 

ハンガーの固定を解除し外に出ようとすると、何故かそれを止めるようにミリィが目の前に立つのだった。

 

『――ごめんなさい。こんなことをしている場合じゃないのはわかってます。それでもこれだけは言わせて下さい』

 

俺の胴体に額を押し付けて寄りかかって来る彼女の、その震える声に何も言わずに耳を貸す。

 

『あなたが全てを出し切れるように、この子にはできるだけのことをしました。でも、それはあなたがどれだけ傷ついても――命を落とすことになっても良いなんて訳じゃないです』

「うん、わかるよ。君が俺のことを護ろうと想ってくれていること、暖かさが伝わってくるよ」

 

装備した時から、彼女が己がもたらす力が起こす結果に対して不安を抱えていたこと、それを押し殺して頑張ってくれたことが心に流れ込んできていたのだ。

 

「!」

 

そんな折、激しい振動と共に天井がひしゃげていき、俺達を押し潰そうと崩れてくるのであった――

 

 

 

 

「――そんな…」

 

アシュクロフト・モンスターによって、勇達がいるコンテナに拳が叩きつけられ潰される瞬間を目撃した誰かが、無意識に呟いていた。

希望を繋ぐために、誰もが懸命に戦った。しかし現実はどこまでも残酷で、そんな努力を踏みにじり嘲笑うというのか…。

 

「――嘘…やだよ…」

 

失われた存在に――その暖かさがもう感じられなくなることに、アミタの目から涙が零れ落ちていく。

 

「いさ…む、君――勇君ッッッ!!!」

 

嫌だ!!と叫ぶアミタや、呆然とする他の者達を尻目にアシュクロフト・モンスターは、満足げに唸り――

 

『!?!?!?』

 

違和感に気づき目を見開く。コンテナを潰していた腕が徐々に――徐々にと持ち上がられていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ごめんミリィ。多分、これからも不安にさせてしまうことは多いと思う』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳を片手(・・)で受け止めながら、勇はもう片手で抱きかかえたミリィに優しく語り掛ける。

モニターに『ウラヌス・システム稼働。念動フィールド収束展開異常なし』と表示されるのを確認すると、指を食い込ませながら拳を引っ張ると、まるで粘土を千切るかのように軽々と腕ごと引き裂くのであった。

 

『――――!?』

 

そんな勇に、アシュクロフト・モンスターは怯え狂乱するように全ての砲門を発射してくる。

暴風のような弾幕を前に、ミリィを背後に下がらせると、勇は落ち着き払った動作で左肩に懸架されているT-LINKセイバーを手にし、両手で上段に構えながら、刀身に念を纏わせていく。

 

『T-LINKフルコンタクトッ!!!』

 

出力を最大まで高めると、弾幕目掛けセイバーを振り下ろす。

 

『セィヤァァァアアア!!!』

 

刀身から解き放たれた念は刃となり、迫る弾幕を全て跡形もなく消し去り。そのまま一切の勢いを失うことなくアシュクロフト・モンスターへと飛んでいき。その身を紙切れの如く容易く斬り裂いていった。

 

『――――!?!?!?』

 

コアを傷つけることなく、半身を消し飛ばされたアシュクロフト・モンスターが苦悶に喘ぐように叫び散らし悶え狂う。

その信じがたい光景に誰もが唖然とする中、勇太郎とヴォルフはそれでこそよ!と笑みを浮かべた。

 

『でも、かならず帰ってくるから大丈夫。俺を信じてくれ』

「――はい!!!」

 

視線だけ振り返りながら、笑みを浮かべる勇。あらゆる闇を掻き消す日輪のごとき姿に、ミリィは満面の笑みで応えるのであった。




新しいMK-Ⅱの名前はアマテラスにしようかとも思いましたが、仰々し過ぎると思いやめました。


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第九十七話

勇に斬り裂かれ苦悶するように叫ぶアシュクロフト・モンスターだが、直ぐに再生能力が働き傷口が塞がり始めてしまう。

それを遠く離れた位置から見ていたアシュリーが、もどかし気に拳を己の掌に打ち付ける。

 

「――くそっ、あれでも堪えてねぇのかよ!!」

「…いや、そうでもない」

 

折紙が指摘した箇所を凝視すると、再生こそされているも、瞬時に万全な状態になっていた今までよりも、その速度は遥かに遅くなっていた。

 

「再生が追いついていない?あの異常な再生力も無制限という訳ではないのね」

「つっても、あたしらこのまま見ていることしかできねーのかよ!!」

「で、でもアシュクロフトもなくなっちゃったし、今のままじゃ足手まといにしかならないよぉ…」

 

リアライザが使えるとはいえ、ユニットもない身では丸腰よりは多少マシと言える力しかなく。安全圏から見ていることしかできないことに、歯噛みすることしか彼女らにはできなかった。

 

「折紙!」

「日下部大尉」

 

そんな彼女らの元に、ASTを連れた燎子が降り立つ。

 

「無事みたいね。美紀恵はあっち(前線)?」

「そう。でも、まだ戦力が必要。だから、装備を貸してほしい」

「状況は把握してたから。はい、ユニットは流石に無理だったけど、あんたの武装」

 

そういって、アサルトライフルとレーザーブレードを手渡す遼子。そこにセシルが声をかける。

 

「日下部大尉。こんなことを言う資格がないのは重々承知しているけれど、私達に装備を貸してほしいの」

「アルテミシアを助けたいんだ!!終わったらちゃんと出頭するし、どんな罰でも受けるから、頼むよ!!」

「お、お願いします!!」

 

縋るような目で懇願してくる3人に、どうしたもんかと頭を掻く燎子。事情を知ったとはいえ、当然ではあるが、テロリスト認定されている相手に、そんなことは立場上許されはしないのだ。

 

「大尉、私からも要請したい。今の彼女らなら信じられる(・・・・・)

「…………はぁ~。わかったわ、拒否ってそのまま突っ込まれても困るし、ほら、これ使いなさい」

 

盛大に溜息をつくと、観念したように自分の装備をセシルに渡すと、部下にアシュリーとレオノーラにも貸すように指示を出すのだった。

 

「!ありがとう大尉…!」

「返せるやつはちゃんと返しに来なさいよ、ウチだって予算は限られてるんだから。ただでさしょっちゅうぶっ壊すのが最近までいたから」

 

冗談抜きで、と中間管理職としての悲哀を見せる燎子に、折紙がどこか気まずそうに視線を逸らしていた。

 

「え、ええ。気をつけるわ」

「セシル~!アシュリーがもう行っちゃったよぉ!」

「ああ、もうあの子は!!」

 

うおおおおおおお!!と猪突猛進を体現するように突っ走っていくアシュリーに、引き止めきれなくて涙目になっているレオノーラも含めてフォローすべく、駆け出すセシルなのであった。

 

 

 

 

『シッ!』

 

襲い来るソルジャーの首元に、手刀を突き刺し捩じ切るヴォルフ。

勇から受けたダメージによって動きを止めたアシュクロフト・モンスターを目指すヴォルフと美紀恵。

千載一遇の好機を逃したくない彼らの都合など構うことなく、ソルジャーは襲い掛かるのだった。

 

「邪魔をしないで下さい!」

 

無駄であるとはわかっているが、苛立ちを隠せず叫びながら打ち倒していく美紀恵。

次々と味方が倒されていくも、何の感情も持たない無人のソルジャーは、臆することもなく攻撃を加えてくる。

 

『流石に数だけは多いものだな』

 

キリがない状況に、流石のヴォルフも悪態ついていると、背後から飛来してきた無数の弾丸がソルジャーに襲い掛かり、陣形を乱す。

 

「オラァァァ!!」

 

その隙に飛び込んできたアシュリーが、サブマシンガンから持ち替えたレーザーブレードで敵を斬り伏せていき、そんな彼女を折紙がアサルトライフルで援護していく。

 

「アシュリー、折紙さん!!」

「へっお前だけにいいカッコさせてられるかよ!」

「援護する。あなたは前だけを見て」

「はい!!」

 

一方で、ヴォルフに斬りかかろうとしていたA型を、セシルがハンドガンで牽制しながら接近し蹴り倒す。

 

『すまん、助かった』

「あなたには個人的な借りもあるからね。さあ、先に行って」

『ああ』

 

先に進もうとするヴォルフを砲撃しようとするB型を、レオノーラがスナイパーライフルで狙撃して沈黙させる。

 

「こ、こんなことしかできなくて。す、すみません」

 

何故か謝ってくる彼女に、ヴォルフはサムズアップで感謝を伝えるのだった。

 

『――――!!』

 

完全ではないが、ある程度の再生を終えたアシュクロフト・モンスターが、近づいてくるヴォルフと美紀恵に対し、片手を振り上げ迎撃の構えを取る。

ヴォルフはすぐに回避行動を取るが、限界を超えて動き続けていた美紀恵は足がもたれて転倒してしまった。

 

「あうっ!?」

『岡峰美紀恵!!』

 

ヴォルフがカバーに入ろうとするよりも早く、振り下ろされた手が美紀恵を押し潰した――

 

「――?」

 

かに見えたが、痛みもなく思わず閉じていた目を美紀恵は開けると。割って入った響が手を受け止めて抑え込んでいる姿が飛び込んでくる。

 

「響さん!!」

「大、丈夫、美紀…恵ちゃん…。あぐッ!?」

 

完全に抑え込めてはおらず、徐々に力負けして押し込まれ始める響。

 

「ク、うぅ――」

 

どれだけ頑張ろうとも、ただ痛くて苦しくて辛いことしかなく、良いこと等何一つ起きはしないかもしれない。

 

「(それでも――それでも!!)」

 

今までもこれからも、誰かを助けることに後悔なんてしたくない。幼馴染や周りの人達の笑顔を護りたいとこの生き方を選んだのは自分なのだ、だからこそどれだけ惨めで無様だろうと最後まで諦めたくはなかった。

 

「(――いや、違う!!友達を助けたい!それ以外の理由なんかいるもんか!!)」

 

理屈だ正論だなんてどうだっていい、ただ、目の前で友が困っているから力を貸す。少なくとも、今この場ではそれだけで自分には戦う理由になるのだから――

 

「歌え、心のままにィィィィィィ!!!」

 

折れかけていた膝に喝を入れると、押し込んでいた手が止まり拮抗状態となる。

 

『――――!?」

 

それどころか逆に徐々に持ち上げていき、遂には完全に押し戻すことに成功する。

 

「!立花!?」

「何だっ奴の歌テンポが変わりやがっただと!?」

 

響の変化に翼とクリスが驚愕する。

今までと異なる迷いを捨てて突き進む覚悟と勇気、そして、誰かを助けたいという優しさに溢れた――初めてシンフォギアを纏った時と同じ力強いものへと戻っていたのだ。

 

「こんのぉぉぉオオオ!!!」

 

踏ん張りを利かせながら、手が浮かぶ勢いで押し返すと右腕を引きながら正拳突きの構えを取る響。それに合わせるようにガングニールの腕部装甲が変形を始め銃の撃鉄を起こすように展開されエネルギーをため込んでいく。

 

「ぶち抜けぇぇぇぇエエエエ!!」

 

右腕を突き出すのに合わせて、撃鉄が弾丸の雷管を叩くように装甲が連動し、爆発的なエネルギーが開放されていき。再び迫ってきた手に拳が叩きこまれるのと同時に一点に撃ち込まれ、手どころか腕までもを貫通していき、肩を突き抜けるのと同時に衝撃が内部で拡散し、腕を木っ端微塵にして粉砕するのだった。

 

 

 

 

「何が起きた!?」

 

特異災害対策機動部二課司令部にて、戦況をモニタリングしていた弦十郎が響に起きた変化に驚嘆の声を上げる。

 

「響ちゃんのフォニックゲイン値が安定――いえ、これまでにない数値に上昇しています!!」

「!これは、ガングニールのアームドギアが起動しています!!」

 

オペレーターのあおいと朔也の報告に、何!?と更なる衝撃を受ける弦十郎。モニターに映る響はこれまでと変わらぬ無手のままであった。

 

「了子君、これは…」

 

隣にいるシンフォギア第一人者に問いかける視線を向けると、手元の端末で分析していた彼女は、多分だけど…と確証の持てない様子で意見を述べる。

 

「シンフォギアシステムは装者――つまり使用者の精神に強い影響を受けるわ。だから、同じ聖遺物をベースにしていても、用いる者によって仕様にも差異が生じるの。きっと響ちゃんの奪うためではなく、護るために戦うという想いに応える形で顕現したってところかしら」

「敵であろうとも人は傷つけずに戦う――そのための徒手空拳という訳か」

 

だが、それは何よりも過酷な茨の道だ、と弦十郎は不安の隠せない目で響を見守るのであった。

 

 

 

 

「美紀恵ちゃん!!」

「うん!!」

 

美紀恵が態勢を立て直している間に、ヴォルフがアシュクロフト・モンスターへと肉薄し、彼女もそれに続く。

 

「――――!!」

 

2人を阻もうと、アシュクロフト・モンスターが、装甲を針山のように変化させ突き出してきたが。そこに勇が割って入る。

拳に念を纏わせるのと同時に、ムラサメの腕部装甲が変形し、ボクサーグローブのように拳を覆う。

 

『ガイスト・ナックルッ!!!』

 

迫る針に拳を叩きつけ、増加された装甲が衝撃を増大させ広範囲に拡散した余波が全ての針を粉砕する。

 

「隊長!!」

『そのまま進めェェ美紀恵(・・・)ッ!!』

 

今度は脚部の装甲が変形し、脛から先に装甲が集中する形になり、ブースターを最大に吹かしアシュクロフト・モンスターへと加速していく勇。

 

『カタパルト・キィィィック!!!』

 

勢いそのままに叩きこまれた蹴りは、増加装甲によって先程同様に増大された破壊力は、相手の装甲を軽々と粉砕し、深々と抉り取っていくのだった。

 

『――――!?!?!?』

 

衝撃の余波で全身に亀裂が走り、息も絶え絶えといった様子で弱弱しく唸ると、地面に倒れ伏した。

その機を逃さず、ヴォルフと美紀恵がアシュクロフト・モンスターへと取りつこうとする。

 

「ヴォルフさんそこです!!そこにアルテミシアさんが!!」

『!そこか!!』

 

美紀恵が指さす先――露出したアシュクロフト・モンスターの中心部に降り立つ両者。

そこには、チェシャー・キャット以外のアシュクロフトのコアが埋め込まれていたのだった。

 

『ッ!』

「わわ!?」

 

コアへ駆け出そうとする彼らを、足元の装甲がスライムのように蠢き、触手のように変化すると全身に纏わりつき拘束されてしまう。

 

「――ぁ――ある、て…みしあ――ワ、ワァタ…サ、ナァィィィィィィィ!!!」

「ッ!?み、ミネルヴァ・リデル!?」

 

コアを覆うように変化した装甲が、人の顔形作っていきアシュクロフトに取り込まれたミネルヴァの顔が浮かび上がる。

 

「ヨ、ヨコセェ…アルテ、ミシアァヲォ――ヨコセェェェェェェェェ!!!」

「ッ!?ひ、引き込まれていく!?」

「チッ、しつこい奴だ」

 

美紀恵の体が、足からめり込むようにアシュクロフト・モンスターへと引き込まれていってしまい、ことここに至って自我を残しているミネルヴァの執念に思わず舌打ちをするヴォルフ。

 

「あ、アルテ…ミシ、アァァ――こ、コンド…こそォひ、ヒトツぅぅ二ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「――!!アルテミシアさんは、あなたの物なんかじゃありませんッ!!!」

 

美紀恵は渾身の力を込めて片腕だけ拘束を引き千切ると、キティファングでヴォルフの拘束の大半を斬り裂いた。

 

「ヴォルフさん、後は頼みます!!」

『ッッッ!!!』

 

残る拘束を自力で脱すると、最大加速でコアのある場所まで跳び込むヴォルフ。

 

「ヴぉォルフ、すとらァァァァジぃぃぃぃ!!!」

『アルテミシア、今助けるッッッ!!』

 

ミネルヴァのことなどどうでもいいと言わんばかりに、顔に手刀を突き刺すと、内部にある全てのコアを抉り抜くのであった。

 

「―――――――――!!!」

 

ミネルヴァが声にならない断末魔を叫びながら、アシュクロフト・モンスターに走る亀裂が広がっていき、最後には積もった流砂が崩れ落ちるかの如く、崩壊していくのであった。



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第九十八話

「たぁッ!」

 

十香の振るった鏖殺公(サンダルフォン)を、れいは弓形態のまま刀身を滑らせていなし、至近距離で顔面目掛けビームを撃ち込む。それを、驚異的な反応速度で顔を逸らし避ける十香。

その間隙を縫うように、れいは弓から剣へと変形させ無防備となった胴体に刺突を放つと、四糸乃が生み出した氷の壁が阻む。

 

『チッ!』

 

足元が凍りつき始めていることに気づき、即座に跳び退くれい。壁を生成するのと同時に、四糸乃は相手を拘束しようと地面の凍結も行っていたのだ。

 

「すまない助かった四糸乃」

「い、いえ。これくらいしかできませんから」

『にしてもあいつ強いね~。こりゃちょっと骨が折れるかもね~。ま、よしのんには骨ないんだけど!』

「ムッそうなのか!?よしのんはタコさんとかと一緒なのか!?」

「その、よしのんは体は人形なので…」

 

そんなやり取りをしていると、アシュクロフト・モンスターが断末魔のような叫びを上げながら崩壊を始めていくのが見えるのだった。

 

『お、イサムン達が上手くやってくれてみたいだね~』

「どうする?まだ戦うか貴様は?」

 

ならば相手になってやると、剣を突きつける十香。

 

『……』

 

対するれいは冷静に状況を分析する。引き連れてきたソルジャー――ソルダートは壊滅状態であり、あの怪物が倒された今、これ以上この場でできることなど皆無となってしまった。

元より意味のない戦いなのだ、ここで退くのも頃合いであろうと判断し武器を降ろす。

十香らとしても、倒すことが目的ではないので、退くであれば追う理由もないので彼女らも警戒はしつつも武器を降ろす。

 

『…………あなた達はもう、私とは違う』

 

暫しだけ2人を見つめた後にそう言い残すと、れいは踵を返し撤退していくのであった。

 

「???どういうことだ?」

「さ、さあ?」

『ん~わかんない』

 

その意味がわからず、首を捻ることしかできない十香と四糸乃。ただ、彼女の目はかつて世界のどこにも居場所がなく、諦観してしまっていた頃の自分達に、どことなく似ているように感じられたのだった。

 

 

 

 

「あたた…」

 

砂上となって崩壊していくアシュクロフト・モンスターから、美紀恵は放り出されるように地面を転がる。

 

「岡峰さん!!」

「美紀恵!!」

「セシルさんアシュリー、皆さんご無事でしたか」

「ああ。…本当に終わった、のか?」

 

インスペクターも殆ど駆逐されたことで、先程までの喧騒から一転し、静寂が訪れる中アシュリーが思わずといった様子で呟く。

 

「その筈ですが――ヴォルフさんと、アルテミシアさんは?」

「いや、見てねえ。一緒じゃねぇのかよ?」

「そうなんですが――まさか、あの中に!?」

 

最悪の事態を思い浮かべ、慌ててアシュクロフト・モンスターの残骸の山に駆け寄ると、手で掻き分けていく美紀恵。

他の者達もそれ続き、暫くすると美紀恵の眼前に鋼鉄の腕がズボッと突き出して来たではないか。

 

「にゃーーー!?」

 

仰天してひっくり返って尻餅をつく彼女をよそに、生えてきた腕の周りの残骸が盛り上がっていきハウンド――ヴォルフの頭部がボコッと生えてきた。

彼は周囲を見回すと、眼前にいる美紀恵に何事もないかの如く話しかけてきた。

 

『よう』

「ど、どうも…」

 

ホラー映画顔負けの登場の仕方に、目を点にしてバクバクと心臓を鳴らす美紀恵を尻目に、のっそりと這い上がるヴォルフ。

 

「――じゃなくて、アルテミシアさんは!?」

『そう騒ぐな。――おい、何か言ってやれ』

『…………き………ぇ……………美紀、恵ちゃん』

 

差し出された右手が開かれると、握られていたアシュクロフトのコアが露出し、通信機越しにノイズ混じりだがアルテミシアの声が聞こえるのであった。

 

「アルテミシアさんッ!!」

『ありが…とう…。セシル、アシュリー、レオも…。また、皆に会えて…嬉しい…』

「はいッ…!はいッ…!」

「アルテミシア――」

「アルテミシアぁ!!」

「無事で、よがったよぉぉぉ!!」

 

友の無事に、思わず感動の涙を流す少女達。その光景をヴォルフは暖かな目で見ていた。

 

『…ヴォルフも、ごめんね。また、助けられちゃったね…』

「為すべきことしただけだそれより、今は休んでいろ」

『うん…ありが、とう――』

 

その言葉を最後に、アルテミシアの声は聞こえなくなるが。美紀恵はアシュクロフト・モンスターが出現した時とは違い、彼女の存在が消える感覚はなく、確かにその温もりを感じられていた。

不安な様子を見せるセシルら3人に、そのことを伝えると、それぞれ安堵するように息を吐いた。

そんな彼女らの元に勇が降り立った。

 

『美紀恵!』

「隊長!」

『やったんだな』

「はい。アルテミシアさんも皆さんも無事です』

『そうか、良かった』

「隊長が力を貸して下さったからです。本当にありがとうございました」

 

感謝を述べる美紀恵に、勇はゆっくりと首を横に振った。

 

『君が最後まで諦めなかったこと、何より彼女達を信じたからこそだ』

 

そういってセシル達に視線を向ける勇。

 

『敵対した者であろうとも、真実を掴むために信じきった君の優しと強さが、この結果を掴み取れたんだ』

「隊長…」

『美紀恵。君がいたから皆の笑顔を守れたんだ、共に戦えたことを誇りに思う」

「――ありがとう、ございます!」

 

敬愛する人に一人前として認められたことに、感極まり涙を流す美紀恵。そんな彼女の頭を優しく勇は撫でるのであった。

そこに、そこにヴォルフが声をかけるのだった。

 

『岡峰美紀恵。お前にこいつのことを頼みたい』

「私に、ですか?」

 

差し出されたアシュクロフトのコアに、美紀恵はどうすべきか困った様子でヴォルフを見る。

 

『そちらで解決したことにすれば、あいつが目覚めてからの問題は少なくなる。そうだろうお前達?」

 

確認するような視線を向けられ、セシルらは同意するように頷いた。

 

「そうね。私達3人は犯罪者として裁かれるけど、アルテミシアはただの被害者だもの、彼女には平穏に生きてほしいもの」

「ですが、DEM社のことが…」

『その点は取り敢えず問題ないよ岡峰伍長』

 

懸念を示す美紀恵の元に、勇太郎が姿を現す。

 

『確たる証拠を掴んだ以上、もう奴らもとぼけてはいられんさ。軍部も庇いきれんとして、今回の件に加担した者の切り捨てが始まっているし、これ以上の妨害はもう起きんよ。それに、彼女ら3人も無罪放免とはいかんが、減刑できるよう紫条指令が各方面に働きかけてくれている』

「本当ですか少佐!?」

『ああ。だから、事後処理については心配しなくていいさ。君の為すべきことをするといい』

「…わかりました。では、アルテミシアさんのことは責任を持ってお預かりします」

『頼む』

 

美紀恵はヴォルフからコアを受け取ると、さした重量のない物でこそあるが、そこに宿る命と託された願いの重さを感じ取りつつ、それらを取りこぼさないよう両手でそっと包み込むのだった。

 

『我が宿敵――天道勇よ。お前にも借りができたな』

『軍人として――いや、人としてすべきと思ったことをしただけだ。礼はいらないさ。だから、俺に遠慮しようとか考えてるんなら、遠慮なくぶちのめしてしょっぴいてやるよ』

 

深々と頭を下げてくるヴォルフに。勇はあえて挑発するかのように、握りこぶしをもう片手の平に軽く打ちながら、不敵な笑みで応えた。

そんな彼に、ヴォルフはふっ、と愉快そうな笑みを浮かべる。

 

『そうか。ならばお前は俺がの全てをかけて討たせもらう。戦場で相まみえようぞ我が宿敵』

『…それはいいが。取り敢えずその宿敵って呼び方は止めろヴォルフ(・・・・)。小恥ずかしいわ』

『何だ、嫌か』

『当たり前だ、そんな中二臭いもん』

『そうか。では()、いずれ雌雄を決しよう』

 

そう言い残すと、その場を去ろうと背を向け歩き出すヴォルフ。そんな彼をセシルが呼び止めた。

 

「私達からも礼を言わせて、アルテミシアを助け出せたのは、あなたのおかげでもあるのだから」

『…これからはあいつと静かな場所で生きろ。あいつも、お前達も甘すぎて戦場は似合わん』

 

それだけ言うと、待機していた仲間を連れて去っていくヴォルフ。戦いの激しさを物語るように、皆少なからず傷を負っているも、それを苦とも感じさせない様子でキリエらは付き従う。

それを見送る勇らの中で、燎子が勇太郎に声をかける。

 

「よろしいので少佐?」

『流石に今戦り合ってもこっちもただでは済まんしな。何より、善意で協力者してくれた者に銃を向けたくないだろ?責任な俺が取るさ』

「いえ、その時は私も取らせて下さい。それくらいは手伝わせて下さい」

 

1人で背負わないで欲しいと目で訴えてくる部下に、勇太郎はその肩に手を置きながらありがとう、と微笑むのであった。

 

 

 

 

帰路に着くヴォルフは、背後にいる部下らに視線だけ向けながら、労うように声をかけた。

 

『お前達にも迷惑をかけたな』

「まったくだつーの。ワガママあ隊長さんは何か奢れよな~。何にすんよ、やっぱ肉?」

「寿司を所望する」

「クリスは何がいい?」

「いや、あたしは…」

「え~行こうよぉ」

『…払える範囲にしろよ』

 

加減のする気のない様子で、ワイワイと盛り上がる部下らに、これから起きる出費に頭痛に襲われながらもどこか楽し気な笑みを浮かべるヴォルフであった。



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第九十九話

欧州にあるDEM本社。幹部にあてがわれている一室にて、今回の事件の首謀者であるエドガー・F・キャロルは慌てふためいた形相で通信機越しに怒鳴り散らしていた。

 

「そうだ!!ラボも跡形も無く消し飛ばしてしまえ!!私の関与が絶対にバレないようにしろッッ」

 

次世代といえる新型リアライザの開発の功績を以って、次期CEOの地位を確固たるものにするという彼の野心は、取るに足らないと歯牙にもかけていなかった野鼠の抵抗に端を発した漆黒の狩人の介入と、DEMの威光を恐れない現地の正規軍によって跡形もなく粉砕されたのだった。

勝てば官軍と一世一代の大勝負に負けた彼は、今や賊軍となったのを好機と見た他のライバル(幹部)らからのリークもあって悪事を全て露見され。見限られた警察、軍の協力者らから自分だけでも助かるべく、トカゲのしっぽ切りとして狙われることとなったのだ。

 

「(クソッ、クソッ、クソッ!!!こんな筈ではなかった!!!私の計画は完ぺきだった!!!あの役立たず共がしくじらなければ!!!)」

 

あの怪物(・・)に気取られることないよう、あらん限りに金をばら撒いて根回し、慎重に慎重をきっして時間をけて計画を推し進めた苦労が水の泡となった。

ミネルヴァ・リデルや須郷伸之が、言われたとおりに邪魔な連中を排除さえできていれば、こんなことにならなかったのだと心中であらん限りの罵声を浴びせるも。そんなことで事態が好転などする筈もなく、失態の責任を他人にだけ押し付ける姿は、この男を雄弁に物語っていると言えよう。

そんな彼の元に、無遠慮に扉が開かれ何者かが姿を現す。

 

「何やら穏やかでないない話をしているようだね」

「誰だッ今忙しい――!?」

 

その人物の姿を見た瞬間。怒り狂っていたエドガーの様子が一変し、怯え切った子供のように恐怖で体を震わせた。

彼よりも一回りどころか二回りは年下の青年の風貌だが、その身から発せられる気配は彼など赤子も同然と嘲笑うかのように荘厳であり、その目は光など感じさせない底なし沼のように只々漆黒に染まっていた。業務執行取締役(マネージング・ディレクター)としてDEM社び頂点に立ち全てを支配する男であり、一代で国連すら意のままに操れる力を手にした、怪物としか形容できない存在であった。

最も現れて欲しくなかった人物の登場に、蛇に睨まれた蛙の如く固まったエドガーに、ウェスコットは何事もないかのように気さくに話しかけた。

 

「やあ、エドガー」

「しゃ、しゃ、社長…!?い、一体、な…何の御用で…?」

「なあに、君が火消しになっていると聞いてね。手伝いに来たんだよ。君が秘密裏に進めていた計画…。アシュクロフト計画、だったかな?素晴らしい計画だ。私にはない…正に君ならではの発想だ」

「――――!!」

 

さも当然のように語るウェスコットに、バレている!?!?!?と愕然と崩れ落ちるように膝を突くエドガー。

 

「(いつからだ?そのような兆候は微塵も――)」

 

震える目に映る怪物の顔はとても、とても愉快そうに笑っており。その瞬間、始めからだとエドガーは理解した。空を飛ぶ捕食者に見つからないよう、地を這うように身を隠す小動物のように細心の注意を払っていた自分を、この怪物は蟻の巣を観察するかのように、余興の一つとしてしか見ていなかったのだと。

しかし、DEM社幹部たる者、それで心折れて思考を放棄するような軟弱者が務まるものでもなく。エドガーは即座に手も床に着け、頭を叩きつけんばかりの勢いで額を床に擦りつけ――教本となってもおかしくないまでに、美しさすら感じてしまいそうな流れで土下座を見せ、いっそ清々しいまでに媚を売りに走った。

 

「申し訳ございませんでしたァ!!ですがこれはDEM社――あなたの為を思ってしたことでしてッ。あなたを追い落とそうなど、微塵も思ってはおりません!!ですからどうかお命だけは…っっ」

 

己のフライドも尊厳も、今この場ではなんの役にも立ちはしない。例え靴を舐めようとどのような処分を受けようと、生きてさえいれば再起することはできるのだから、今は乗り切ることだけに全身全霊をかけるべく、擦り切れんばかりに額を床に擦りつけた。

 

「…顔を上げたまえエドガー…」

 

無様の見本と化したエドガーに、ウェスコットは不快感の一つも見せないどころか、何故そんなことをしているのか?と言いたげに話す。

 

「人道にも(もと)る発明?結構だ。私に弓引く謀略?素晴らしい。私は君の野心家ぶりを高く評価しているのだよ」

「で、では…!?」

 

思いのほかあっさりと寛容な姿勢を見せるウェスコットに、この流れ、助かるッ!?!?と淡い期待に思わず顔を上げるエドガー。

 

「――だが」

 

そこで、一転してウェスコットはつまらなさそうに言葉を区切る。

同時にエドガーの視界が、首を動かしていないにも関わらず傾いていく。

 

「君は弁明をしてしまった」

 

いや、それどころか、まるで坂を転がり落ちるかのように落ちていくではないか。

 

「醜く命乞いをしてしまった」

 

遂に床と同じ高さとなってしまった彼の瞳は、目の前の怪物の脚しか映さなくなってしまう。

 

「残念だ。非常に残念だ」

 

まるで、子供が飽きた玩具を無邪気に捨てるかのような声を最後に。エドガー・F・キャロルの視界は永遠の闇に包まれていくのであった。

 

 

 

 

「――最後に、君の最大の失敗は漆黒の狩人を、ヴォルフ・ストラージを敵に回してしまったことさ。ん?もう聞こえていないか」

 

足元に転がる玩具(エドガー)頭部(・・)に語り掛けるウェスコットは、事切れていることに気づくと、どうでもよさげに胴体の方へ視線を向ける。

 

「ご苦労、エレン」

 

エドガーの背後に立っていた、秘書兼ボディーガードであるエレン・ミラ・メイザースに労いの言葉をかける。

専用に開発されたCR-ユニット『ペンドラゴン』を纏った彼女はいえ、と恭しく振舞うと、手にしていたレーザーブレードを、血こそ蒸発しているが、刀身に着いた穢れを払うかのように

軽く振るうと、鞘に収めるように収納した。

 

「向こうの方はどうだい?」

「ラボは完全に制圧。アシュクロフトのデータはも無事確保しました。ただ…」

「ただ?」

「我々が抑えるよりも前に、何者かがアシュクロフトに関するデータを持ち出した形跡があったとのことです」

「ほう?」

 

その報告に、ウェスコットは興味深そうな反応を見せる。そんな主にエレンは報告を続ける。

 

「現在その者について追跡を行わせております」

「いや、それはいいよエレン。好きにさせてあげよう」

「ですが…」

「その方が面白い(・・・)ことになりそうだからね。アシュクロフトのデータを破棄したら、撤収してくれて構わない」

 

愉快そうに指示を出す主に、エレンは思わず異を唱える。彼女は従順ではあるが、必要であれば諫言することも厭わない。

 

「よろしいのですか?今後のリアライザ開発に非常に有用となりますが…」

「確かにアシュクロフトは素晴らしい物だ。これがあればAI制御――無人機によるリアライザの操作も可能になるだろうね。でも、それは管理局との技術交流で得られたもので十二分に賄える。『リオンシリーズ』も間もなくロールアウトすることだしね。何より――ヴォルフを怒らせることに比べれば取るに足らないさ」

 

まだ死にたくはないからね、と冗談めかせて話す主に、エレンは面白くなさそうな顔をする。

 

「そうなろうとも、私が必ずお護りしますアイク」

「無論君のことは信じているよエレン。でも、彼が相手だと万に一つがありえるからね」

 

かつて行われた模擬戦にて、エレンは徹頭徹尾ゲリラ戦を挑んだヴォルフに引き分けという決着をむかえたことがあった。

それは、越えるべきただ1人を除き、勝利という結果以外は許されてはならないと己を戒めている彼女には看過できるものでなく、剣を捧げる主であるウェスコットに同格と見らていることは耐えがたい屈辱であったのだ。

そんな彼女の機嫌を取るように、ウェスコットは肩に手を置く。

 

「そうヘソを曲げないでくれエレン。さ、食事にでもしよう。今日は君の好きな物を食べに行こうか」

「…わかりました」

 

楽しみだねと上機嫌に部屋を出ていくウェスコットに、エレンはやれやれと軽く息を吐くと、その後を着いて行くのであった。

 

 

 

 

エドガーがアシュクロフトの開発に用いていた研究所の近場にある街の路地裏にて、1人の男性が携帯を片手に、もう片方の手に火の点いた煙草を持ちながら会話していた。

 

「ああ、必要なデータは手に入ったよ。追手は振り切った、つーよりは諦めてくれたってところか?」

『そうか、それは良かったご苦労だったね』

「まあ、な…」

『…諦めたというより、泳がされたという方が正しいんだろうけどね』

 

懸念を言い当てられ、男は金色の髪を気だるげに揺らしながら、煙草を一服する。

 

「こっちは死ぬ思いで潜入したってのによ、連中にとってはパクられても困らない代物てか。世界中が喉から手が出る程欲しがってるてのによ」

『DEMの力は未知数だ。少なくとも、アメリカよりも数十年は先の技術を持っているとさえ言われているからね」

「ま、お目こぼしを貰えるつーなら、ありがたく使わせてもらいますかね。これで、停滞していた『計画』を進められるしな。んじゃあな『クリスハイト』」

 

通話を切ると、男は――かつてヴォルフにエルビンと名乗っていた彼は、煙草を携帯灰皿に押し込むと、夜空の暗がりに紛れ込むようにしてその場を去っていくのであった。

 

 

 

 

日本にあるとある建物の一室にて。仮想課に身を置く菊岡誠二郎は通話を終えた携帯を懐にしまうと、光の反射で表情を隠す眼鏡を直しながら、革椅子腰かけた状態でテーブルに置いていた資料を手にする。

 

「さあ、僕達の『夢』その先に行こうか」

 

その資料には、『project Alicization』と表記されていた。

 

 

 

 

アシュクロフトを巡る事件から数日が経ち。あれからセシルら3人は欧州方面軍へ引き渡され、一定期間監視下に置かれた後無罪放免となることが決定されたのであった。その移送の護衛として燎子と共に随伴した美紀恵は、イギリス国内にある政府管轄区を訪れていた。

 

「ここですか大尉?」

 

人里離れた地にある保養地と言える平凡な風景に。監視というだけに、もっと重苦しさを感じられるようなものだと想像していただけに、思わず辺りを見回す美紀恵。

 

「そうよ。紫条指令の働きかけのおかげってね。ま、それでも色々と制約はもちろんあるけど、我慢してもらうわよ?」

 

レオノーラに車椅子を押されているセシルは、やむなしといった様子で他の2人と同様に頷く。

 

「あれだけのことをしたのだもの、文句なんて言えないわ」

「だな、アルテミシアに会うためにも、それくらい我慢しねーとな」

 

頭の後ろで手を組みながら、しゃーねーとぼやき気味に話すアシュリーに。美紀恵があ、と何かを思い出したようにポケットから何かを取り出す。

 

「アシュリー。これ、ユウキから渡してほしいって」

「手紙、アタシに?」

 

渡された封筒を開き、取り出した手紙に目を通すと。体調を気遣う言葉や、いつの日かまた遊ぼうとった言葉と、最後に『大切な友達へ』という文言が記されていた。そして、封筒には美紀恵も含めた3人で撮った写真も同封されているのであった。

 

「――あの馬鹿、まだアタシのこと…」

「良かったわねアシュリー。新しい友達ができて」

「よ、良かったね~」

「そ、そんなんじゃねーって!!てか、何でお前が泣いてんだよレオ!!」

 

照れ隠しするように、ポケットに大雑把に見せながら大切そうにしまうアシュリーであった。

 

「はい、ハンカチ」

「いらん!泣いてねーっての!!」

 

ハンカチを差し出してくる美紀恵に、アシュリーは背を向けながら上着の袖で目から流れるものを拭き取った。

 

「はい、いいところ悪いけど、そうろそろ引き渡し時刻になるから行くわよ」

 

その後もアシュリーと適度にいじりながらも、目的地に到着する一向。

木々に囲まれた自然豊かな空間に、木造の一軒家があり、その前に車椅子に腰かけた1人の少女性が迎え入れた。

そして、その女性の姿を見た瞬間、遼子以外の者は驚愕に目を見開くのであった。

 

「ブルーアイランド基地所属、日下部遼子大尉です。予定通りセシル・オブライエンならびに、レオノーラ・シアーズ、アシュリー・シンクレアの3名を護送しました」

「ご苦労様です大尉」

 

そんな彼女らを尻目に、少女は遼子から受け取った端末にサインをする。

 

「あなた達3人は監視も兼ねて、私と共に生活をしてもらうことになります…」

 

そういって少女――アルテミシア・ベル・アシュクロフトは微笑むのであった。

 

「アル、テミシア?」

「うん。おかえり皆、そして、ただいま」

「どう、して…?」

「ふふふ、どうしてでしょう?」

 

悪戯ぽく笑うアルテミシアに、レオノーラとアシュリーは駆け寄ると抱き着いた。

 

「どうしてでしょう?じゃねーよッ、バカヤロー!!」

「うあああああ!!アルテミシアああああああ!!」

 

そんな2人をアルテミシアをそっと抱きしめ、その温もりを確かめ合う。

 

「本当に…アルテミシア、なの?」

「うん。久しぶり、セシル…」

「手を、手を触らせて…」

 

恐る恐ると伸ばされた手を、アルテミシアは愛おしげに両手で包む。

 

「この温もり…感触…。本当にあなたなのね、アルテミシア…」

「うん。私はここにいるよ、セシル」

 

セシルも交えて抱きしめ合い。ようやく叶った再会に、それぞれが喜びの涙を流す。

 

「こ、これはどういうことなのでしょう?」

「言ったでしょ、指令が『色々』と働きかけて下さったって。ご自身が全ての責任を持つってことで、本部でも協力してくれた人がいたそうよ」

 

予想外過ぎる展開に、呆然気味の美紀恵に、全てを知っていたらしい遼子は茶目っ気を見せながら片目だけ瞬きをした。

それから美紀恵の背中を押すと、アルテミシアの元に向かうよう促す。

 

「アルテミシアさん…」

「約束、果たせたね…。――ありがとう、『マスター』…」

 

アシュクロフトに囚われていた時のことを覚えていてくれたことに、何より現実に会えたことへの喜びでその目から涙が溢れていく。

そして、セシルら同様に、彼女と抱きしめ合うのだった。

そんな彼女らを、晴天の青空から降り注ぐ陽の光が、木々のせせらぎが、鳥のさえずりが――世界の全てが祝福するように暖かく包み込むのであった。

 

 

 

 

「そっか。アルテミシアさんは無事にあの3人と再会できたんだね」

「はい。隊長にもお礼を伝えて欲しいと言っていました」

 

ブルーアイランド基地の隊舎屋上にて、俺は美紀恵からことの経緯を聞いていたのだった。

あの事件に関わった者として、望みうる限りで最上の結果に終わって本当に良かったよ。

 

「あの、隊長」

「ん?」

「本当にお世話になりました。こんな私を最後まで信じて下さって、ありがとうございました」

「礼を言うのは俺の方さ、君がいなかったら死んでたかもしれなかったからね」

 

そういって深々と頭をさげる美紀恵。彼女の研修期間も今日で終わり、原隊であるASTに復帰し後方での訓練に戻るのだ。

完全に想定外の研修となってしまったが、出会ったばかりの頃の己を卑屈に見てしまう姿勢は完全になくなり、胸を張って前に進もうとするようになったことは、預かった身としてはこれ以上ないまでに喜ばしいものだ。

 

「今の君ならどこの部隊でもやっていけるよ。自信を持っていい」

「……」

「?どうかしたかい?」

「あの、その…。私、訓練期間が終わって正式に配属されることになったら、CNFに――天道隊長の元に着けるように頑張りたいんです。…駄目、でしょうか」

 

不安そうに上目づかいで見上げてくる美紀恵。拒絶されることを恐れているようだが、断る理由を探す方が正直難しい。

 

「上の判断しだいだけど、俺としては反対する理由なんてないよ。君が来てくれるなら心強いよ」

「本当、ですか?」

「ああ。言っただろう?君はもう立派な戦士だ、また肩を並べて戦えるのなら、それはとても光栄なことだよ」

 

そういうと、パァァァッと聞こえそうなまでに表情が明るくなる美紀恵。――と思ったら、まだ気になることがあるのかソワソワしだした。それも何やら恥ずかし気に。

そして、そこから数回深呼吸をすると、姿勢を正してこちらへ向き直った。

 

「あの、隊長ッ」

「は、はい」

 

真剣な表情で見つめてくる彼女に、何事かと反射的に相手に倣うように背筋を伸ばす。

 

「えっと、その…。隊長は私のことを『美紀恵』って呼んで下さるじゃないですか、前の作戦から」

「うん。ああ、ごめん嫌だった?」

「にゃっ!?いえ、そうじゃなくてッ全然構わないんです!!すみません!!」

 

謝ろうとしたら、物凄いわたわたしながら逆に謝られてしまった…。

と、取り敢えず先が気になるので話を進めよう。

 

「え、え~と、それで?」

「あ、はいっ。その、それで…。わ、私も隊長のことい、いい『勇さん』と呼んでもよろしいでしょうかなぁって!?」

 

テンパりながらも告げられた内容に、んん?と首を傾げてしまう。何か重要なものかと思っていたが――いや、彼女にとっては大切なことということか。ならば、こちらも真摯に対応せねばなるまい。

 

「だ、駄目…でしょうか?」

「いや、君さえ良ければ全然構わないよ。断る理由なんてないさ」

「い、いいんですか!?!?!?」

 

ものすっごい食い気味詰め寄ってくる美紀恵氏に、宥めながらうん、と頷くと。彼女は目を輝かせまがらわぁ!わぁ!とピョンピョンと弾んで全身で喜びを表現していらっしゃる。

 

「あ、ありがとうございます!!――あ!ユウキと約束があるので、すみません、これで失礼します!」

「うん、またね」

 

ぺこりと頭を下げると、美紀恵は駆け足で出口へ通じる扉へ向かうも、途中で足を止めてこちらへ振り返る。

 

「あなたの元に戻って来られるように、私もっともっと頑張ります。だから、待っていて下さいね『勇さん』!!」

 

花が咲くような笑顔を見せると、扉の向こうへ去っていく。

自分の足でどこまでも進んでいこうとするその姿は、とても輝いて見えたのだった。

 

 

 

 

イギリス国内にある政府管轄区。その地で療養しているアルテミシアは、1人種を植えたばかりの花壇にじょうろで水を与えていた。

長い間寝たままであった肉体は、自力で歩くことはまだ難しく車椅子での生活を余儀なくされていることもあり、セシルらに1人で出歩くと小言を言われるが、今日はどうしても1人でこの場にいたかったのだ。

 

「綺麗なお花が咲くかな?できればお花畑にして皆でお弁当なんか食べたいんだけど、その体じゃまだ無理だって言われちゃった」

 

誰もいないにも関わらず、語り掛けるように話すアルテミシア。当然返事など返ってこないも、構わず彼女は続ける。

 

「うんと綺麗なのを咲かせて見せるから、お友達と見に来てよ。皆も喜ぶから」

 

人里から離れていることもあり、周囲の木々のさざめきや鳥のさえずりだけが聞こえる静けさの中。アルテミシアは楽し気に言葉を紡いでいた。

 

「……ここまで来てくれたのなら、声くらいは聞かせてほしいな」

「……………同じ空に太陽と月は交わらないように、闇に生きるものがお前と共に存在することはない」

 

切なく懇願するアルテミシアに応えるように、どこからともなく男の声が聞こえてきた。

 

「ごめんね。あなたに一杯迷惑かけちゃったね」

「借りを返しただけだ、気になどする必要はない。――それに、お前があんな俗物共に汚されるなど看過できなかったのでな」

 

恥ずかしげもなく放たれた『クサい』言葉に、アルテミシアは思わずふふ、と笑みを浮かべる。

 

「そういう言い方は誤解されるから、無闇に言ったら駄目だよ?」

「お前は日向に咲く一輪の花、その気高さは悪党に汚されるべきものではあるまい」

「…あなたって朴念仁って言われるでしょ?」

 

むぅ、と図星を突かれたように静まる男。何故わかったと言いたげな顔をしている男の顔を思い浮かべ(・・・・・)、クスクスと愉快そうに笑う。

 

「ねえ、顔は見せてくれないの?」

「悪党に汚されるべきでないと言っている。お前と交わることは二度と(・・・)ない」

 

アルテミシアはどうしても?と言いたげに懇願するが、返ってきたのは明確な拒絶の意志であった。

 

「これからはあの3人と陽の当たる世界を生きろ。それがお前には相応しい」

 

そう告げると、もう男の声が返ってくることはなかった。

それを感じたアルテミシアは寂し気に目を伏せた後、男がいたであろう方へ視線を向ける。

 

「…あなたになら、私は――――」

 

男に向けたその言葉は、吹き抜けた風の音に搔き消されてしまうのであった。




捕捉としまして、本作ではデート・ア・ライブのバンダースナッチは登場しません。代わりとなるのは、スパロボのOGシリーズを知っている人なら馴染みのあるあれです。

それと、以前活動報告でお伝えした、SAOのアリシゼーション編のキャラを登場させるかについて。検討の結果、全てのキャラを出すのはシナリオの流れ的に無理だなと諦め、せめてヒロインのアリスだけでも出そうということにしました。その結果、色々と設定が原作から変更されていますが、ご了承頂ければ幸いです。


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第百話

ファントム・タスク日本支部のオフィスにて、いつものように自分のデスクに腰かけているスコールは。一仕事終えたところで、疲れを吐き出すように息をつくと肩を軽く回した。

先に起きた新型リアライザを巡る騒動で、結果としてDEM社の膿を出すという形で益をもたらしたと言えるが、指揮系統を逸脱した部下の行動は処罰されるべきものであり、そうならないよう騒動中は各方面に根回しをし、終結後はその後始末に追われていたのだった。

そのことに何ら不満はなく、それが己の責務なので構わないのだが、激務が続けば流石に疲労は溜まることはどうにもならないものだ。

幸い処分事態は一番の被害者であるDEM社のトップのウェストコットの計らいで、短期間の謹慎処分で済んだが。相変わらずの考えの読めなさに、素直に喜べないのが本音だった。

 

「すまなかったな、スコール」

 

ソファの上で正座している件の狩人が、申し訳なさそうに声をかけてくる。姿勢こそいつも通りのきっちりとしたものだが、心なしかしょぼくれた子犬のような雰囲気で、首に自発的に提げている『反省中』のプラカードが笑いを――彼の本気度合いを感じさせた。

 

「構わないわ。あなたのなすべきことを助け責任を取る、それが私の役目だもの」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

素直にぺこりと頭を下げるヴォルフに、にこやかに返すスコール。

出会った頃から変わらぬ息子のまっすぐさは、何物にも代えがたい眩さとして彼女に映っているのであった。

 

「…でも、できればご褒美くらいはほしいわね」

「肩でも揉もうか?」

「それもいいけど…。こっちの方がいいわね」

 

そういって己の膝をぽんぽんと叩くスコール。それに対して、ヴォルフは渋るように眉をひそめた。

 

 

「…俺はもう18だぞ」

「そうね。いつまで経っても、私にとってあなたは手のかかる子供よ」

 

そういって、ふふ、と慈愛に満ちた顔で微笑む母。、

出会った頃はよくしていたが、ここ数年は成長したこともあり、流石に恥ずかしいのでもうしなくなったが。ここぞとばかりに甘やかそうと画策したらしい。

そんな彼女に息子は観念したように息を吐くと、ソファから立つと歩み寄ると逡巡するように膝に視線を下ろすと、意を決したように腰を下ろすのだった。

そして、スコールは腰に手を回して抱きしめると、我が子の温もりを確かめる。

 

「…大きくなったわね」

 

初めてこうした時は見下ろすことができたが、今では背中で視界を塞がれるまでの身長差となたことに、成長をの喜びを感じていた。

 

「あの日、あなたに拾われなかったらここまで生きられなかった。本当に感謝している」

「いいのよ。私はただシェリーの――あなたのお母さんの代わりをしているだけだもの」

 

片や母を、片や親友を失ったあの日、2人は家族となった。

最も子育てなど経験のない親と、特殊過ぎる生まれと環境で育てられた子共。当然初めは上手くなどいかず、不格好極まりないものであったが。それでも友が命を懸けて残した命を護るべく、懸命に母を演じたのだった。

 

「俺にとっては、あなたももう1人の母さんだと思っている」

 

そんな彼女にとって、その言葉は何よりの喜びであり。愛おしさを隠しきれなくなったのか、息子の頭を撫でまわすスコール。

そんな折、扉がノックされスコールがどうぞ、と返事をすると、良くわないわ!とヴォルフが急いで離れよとするよりも早く扉が開き、キリエが顔を覗かせる。

 

「失礼しまーす。スコールさん、ちょっと相談したいことが…」

 

視界に飛び込んできた予想外の光景に一瞬固まるが、羞恥心で間の抜けた顔を晒すヴォルフに、何かを閃いたのか、スコールに確認を取るような視線を向けると、グッと親指を立てて了承を得られたので。携帯を取り出すとすぐさま2人の姿を撮影すると、逃げるように駆け出した。

 

「皆ぁぁぁあああ!!!メッッッチャ面白いの撮れたぁぁぁあああ!!!」

「待てや貴様ァァァァアアアアッッッ!!!」

 

とんでもない暴挙をかます不届き者を成敗すべく、全速力で追跡に走るヴォルフ。

そんな光景を、スコールは心の底から楽しそうに眺めるのであった。

 

 

 

 

「zzzzz」

 

窓のない閉鎖された室内で、PCのモニターから灯される僅かな光だけが明かりとなっている空間で、1人の女性がテーブルに突っ伏して爆睡していた。

 

「ふ、ふへへどうだ偽善者(・・・)め~。束様の新たな発明品は~」

 

口から涎の流しながら、悪戯好きの子供のような愉しげな笑みを浮かべていた。

 

「あ、あ~何で勝てないんだよ~っ。ってイテテッ!?いくら束さんでもそんな方向に腕は曲がらないつーのぉ…」

 

ところが一転して悪夢を見るように苦悶の表情に歪み、うなされだす女性。

そんな彼女の元に、入室してきた少女が困ったように息を吐いて、部屋の電気を点けると歩み寄る。

 

「あ~あ~、ちーちゃんまでいじめる~~」

「束様、起きて下さい束様」

 

少女が強めに体を揺すると、んぁ?と女性が間の抜けた声と共に目を覚まし、重たげな目を手で擦る。

ウサミミ調のカチューシャに胸元が大きく開いたエプロンドレスという、童話を元にしたかのような珍妙な服装をした彼女の名は篠ノ之 束(しののの たばね)。ISの生みの親であり、箒の姉である。

民生用フルダイブ型VRマシン『ナーヴギア』の開発者である茅場晶彦と同様、世界の在り様を一変させた歴史名を残した天才と呼ばれている彼女だが、服装とまるで子供がそのまま大人になったかのようなだらしない言動は、威厳のいの字も存在していなかった。

 

「ふぁ~夢かぁ。ふぅ、助かったよクーちゃん」

「いえ、それより口元が汚れていますよ」

 

差し出されたハンカチで口元をゴシゴシと拭くと、ありがと、と返す束。

クーちゃんと呼ばれたゴスロリ系ドレス着た少女、クロエ・クロニクルは、当然のことですというように、櫛を取り出すと束の髪を梳かしたりと身なりを整えていく。

 

「ん~、一週間ぶっ通しは、流石の束さんでも寝落ちしちゃうね」

「だからお休みを挟むよう申し上げたのです」

 

全く、と苦言を呈す少女に、めんごめんご、と舌を出しながらさして反省を見せない束。

そんな彼女の態度もいつものことなので、仕方ないと言いたげに溜息をつきながらも、持ち込んできたトレーに載せた皿を目の前に並べていく。

どの皿にも盛りつけられているのは、消し炭になった物やゲル状の、お世辞にも食べ物とは言えない物体であるのだが。束は当たり前のように、いただきます!!と頬張るようにそれらを口にしていった。

 

「いやぁ、あいつに一泡吹かせたろって考えたら愉しくってさぁ~。ふぃ~ご馳走様!!」

「お粗末様です」

 

満腹というように腹をポンポンと叩く束。料理という本来の用途外の運用(・・・・・・・・)のため、成功したことなど一度もないのだが、『娘が愛情を込めて作ってくれれば、それだけでご馳走になる』と彼女は残すことなく食べてくれるのだ。

 

「それで、間もなく予定日ですがご準備の方は?」

「バッチしだよ!必要なデータも揃ったからね!!」

 

瞬く間に食べ尽くされた皿を片づけながら問うクロエに。束はふふんっ、と自慢げに鼻を鳴らしながら指を鳴らすと、新たに電気が灯され、ガラスを隔てて設けられた格納庫と見られる空間が姿を現す。

そこには、同じ形状をした人型機動兵器がハンガーに複数鎮座しており、人が乗り込むことを前提としている従来の物に対し、人体構造を意図的に排除されたかのような無機質さを醸し出していた。

 

「それに、スー君の装備も揃ったしねぇ」

 

束が格納庫の奥の空間に視線を向けると。一体だけ他のとは違い、人間味が残された形状――RTX(ヒュッケバイン)系列と類似した形状を持つトリコロール塗装の機体がハンガーに収められており。その周囲には高機動用のバックパックに、機体の全長に匹敵する大剣、それを超える長大な手持ち式の砲が懸架されていた。

 

「どう、スー君調子は問題ない?」

 

束がモニターに語り掛けると、『STRIKE』と表記されたトリコロールの機体が反応するようにモノアイを光らせると、『異常なし』とモニターに自動で打ちこまれていく。

 

「よしよし。ぐふふっ、後は決行日を待つのみよ!!」

 

あくどい笑みを浮かべながら無邪気にはしゃぐ束。

そんな彼女が操作しているモニターには、勇のこれまでの戦い全ての映像と、それを事細かく分析したデータが表示されていたのだった。



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第百一話

IS学園内の寮の廊下――そこにある掲示板に人だかりができていた。

入学当初は、学園からの告知や部活の部員勧誘等の情報を求めそれなりの頻度で人が集まっていたが。一月も経った最近は、待ち合わせ場所に使われるくらいにしか利用頻度も減っていたが。今日の人の集まりは今までにない熱狂を孕んでいた。

その理由は、一際目を引くように張り出されていた『クラス対抗戦(リーグマッチ)』というポスターと、その下に暫し前に追加された日程表によるものであった。

 

「そうか、もうそんな時期になってたのか」

 

アシュクロフトを巡る騒動と、その後始末が終わり久々に寮に帰って来た勇が人だかりに混ざって呟く。

 

「兄ちゃん、ここ最近こっちに帰ってきてなかったもんね~」

 

久方ぶりの兄との日常に、目一杯甘えるようと腕に抱き着いているユウキが感慨深そうに話す。

 

「こういった催しもあるんですね」

 

ほへ~と目を輝かせるようにというか、感慨深そうにポスターを見ているアミタ。

死蝕によって文明が衰退したエルトリアで暮らしていた彼女にとって、どんな規模であれイベントという概念自体が真新しいのだろう。

 

「クラス対抗戦って言うけど、試合に出るのはクラス代表だけなのね」

 

詳細を見ていた詩乃がふぅんと、声を漏らす。

今回の行事を要約すると、各クラスの代表による一対一で行われるトーナメント形式の大会なのである。

 

「まあ、ISはそもそも絶対数が限られてるからねぇ。国際行事でもないと団体競技は無理でしょ」

「それもそっか」

 

500機足らずしか存在しない総数を、世界中の国と企業で分割しているため、専門の学び舎であるIS学園でさえ、授業ですら一つの機体を十数人で使い回さねばならないまでに、生徒数に比べ僅かな機数しか配備されていないのである。

 

「で、我が弟の相手は…」

 

『一年一組織斑一夏対一年二組凰鈴音』と書かれた項目を見て、これも定めか、と他の女に現を抜かす(恋する乙女視点)馬鹿者に喝を入れたがっていた鈴の姿を思い出し、心の中で合唱する勇であった。

 

 

 

 

「一夏と喧嘩した?」

「…はい…」

 

日も暮れて平時の用務員としての業務時間も終わり、自室で隊長としての書類を処理していると、目尻に涙を留めた鈴が訪ねて来たのであった。

彼女を室内に入れソファに座らせ。茶を淹れながら話を聞くと、先程一夏と同室である箒とルームメイトを替わってもらおうとして揉めていたそうだ。

元々一夏と箒が同室なのは、急な入学となった一夏が1人で暮らせる部屋の準備ができるまで応急処置的なものであり。もうじきその準備も終わるそうなので正直徒労に終わるようなものだが、まあ、そこら辺は管轄外なので置いておくが。

ともかく、それが涙の原因という訳でなく。その話の中で昔一夏とした約束についての話になった時に問題は起きたのだそうだ。

 

「それで、我が弟は約束を忘れていた、と。どんな約束をしたんだい?」

「…私の料理の腕が上がったら毎日酢豚を食べてくれる、です。それをあいつ『奢ってくれるってやつか?』って言ったんですよ」

「(つまり、味噌汁を作ってほしい的なのの女版か)それで腹が立って引っぱたいてきたと」

 

要は、ひと昔前の恋愛漫画に倣って彼女なりに一生懸命に告白をしたのに、当の相手はそれを覚えていなかったので、怒りの余り手を出してしまったらしい。

 

「…………ん~~~~~~~」

「ハッキリ言ってもらっていいですよ。遠まわしで分かりにくいって」

「…………まあ、ねぇ。いや、恋愛ってそういうものじゃない?」

 

人によりはするだろうが。誰も彼も迷いなく好きですと言えるなら、恋愛漫画といったジャンルは流行ることはなかっただろう。

そんなことを考えながら、茶を注いだ湯飲みを相手と自分の分をテーブルに置きながら、対面に腰かける勇。

 

「ともかく、そこはもうどうにもならないし、大事なのはこれからでしょ。君は何もこのまま一夏と縁を切りたい訳じゃないんだろう?」

 

その言葉にこくりと頷く鈴。

彼女の想いがこれくらいで冷める程度のは軽いものであるなら、1年そこらで倍率数千倍と言われる代表候補生になれはしない。

 

「手っ取り早いのは俺があの馬鹿者に言うことだけど、鈴としてはあやつ自身に気づいてほしいんだろう?」

「まあ…できれば、ですけど…」

 

体育座りの姿勢で、赤くした顔を膝で隠しながらもごもごと話す鈴。

面倒と言われはするだろうが、恋する乙女とはかくある者なのだろうと、じじくさそうなことを考える勇。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………どうしたもんかね。どうやっても、あの馬鹿者が自然に気がつくビジョンが全く思い浮かばぬ」

「……ですね」

 

彼はふーむ、と暫し思考を巡らせると、一つの結論に辿り着く。

 

「よし、ボコろう」

「…ほぇ?」

 

突拍子もないことを言い出す兄貴分に、思わず間の抜けた声を漏らす鈴。

 

「幸いもうすぐ対抗戦だし、そこであやつを成敗して『今回はこれで許してやろう』って感じで水に流してしまおう」

「…大丈夫ですかね、それで?」

「こういう時はシンプルイズベストが手っ取り早いって母さんが言ってた。それにあの朴念仁は一度痛い目にあった方が良かろうよ」

「…あの、何かヤケになってません?」

「いいかね鈴君。そもそもの話だが、俺はね恋愛経験なんかないのだよ。ぶっちゃけ相談されても困るのだよ」

「…………その、すみませんでした…………」

 

その時の勇は、乾いた笑みを浮かべて物凄く遠くを見ていたと後に鈴は語ったのであった。

 

 

 

 

「篠ノ之束が帰国した、ですか…」

 

日本の国防を陰から支える内閣情報調査室。その長である情報官の執務室にて、壁に背中を預けた1人の女性が手にした扇子で口元を隠しながら、深刻さを滲ませなるように言葉を紡ぐ。

それに部屋の主であり、翼の父でもある風鳴八紘が、デスクに腰かけながら頭を悩ませるように同調する。

 

「先日不法に入国したことまでは確認したが、その後の追跡は振り切られてしまった。目下全力で捜索中だが…」

「アメリカを始め、世界中のあらゆる監視の目を悠々と逃れ続けている相手です。入国を捕捉できただけでも御の字と言えるかと」

「…立場上それを慰めの言葉としては受け取れんさ。日本を取り巻く情勢は楽観視などできるものではない」

 

困ったものだ、とテーブルに肘をつきながら手を組み、疲労を誤魔化すように息を吐く八紘。今年になって世界初の男性IS適合者を巡る各国との駆け引きに始まり、インスペクターやアルティメギルら異世界からの侵略者の出現、ファントムタスクらテロリストの活発化と、戦後最悪と言われるまでに、日本を取り巻く状況は悪化の一途を辿っており。政府関係者――特に内閣情報調査室は休日返上が日常化するまでにパンク寸前となっており、それを纏め上げる彼の心労は計り知れないものとなっていた。

 

「希望がない、という訳でもないが…」

「最近軍が新設した特務隊――CNFですか?」

 

ああ、と頷く八紘。その話題になった途端、女性の目が好奇心を刺激されたと言わんばかりに爛々と輝きを見せる。

その姿は10代半ば(・・・・・)という――少女と言える本来の外見に合ったものに見えた。

日本の切り札であるシンフォギア奏者に加え、ASTの若きエースだけでなく、最新型のPTに、世界初の男性IS適合者とイギリス・中国の代表候補生、更に最近はDEM社お抱えの世界有数のウィザードと、非公式ながらあのツインテイルズとも連携しているとも言われ、話題性しかない集団に興味を持つなというのも酷な話だが。

 

「その隊長さんとお会いしたんですよね?どんな感じでした?」

「天道勇少尉か、軽く言葉を交わす程度だがね。そうだな、実直で信頼できる人物で――」

「?」

「いや、面白い若者だったよ」

 

そういって僅かだが楽しげに笑みを受かべる八紘。共に仕事をするようになってそれなりになるが、立場上感情を抑え冷徹であろうと心がける彼がそのような顔を見せるのは初めてのことであった。

軍の英雄であるかの教導隊隊長の子であり、IS乗りなら誰もが憧れるブリュンヒルデが認める弟弟子、そして彼女自身が煮え湯を飲まされたことがある漆黒の狩人に勝利した人物として興味を持っていたが、八紘の様子を見て俄然惹かれるものを感じるのであった。

 

「それは会うのが楽しみですね。では、私は学園に戻ります。篠ノ之束が現れるとしたらIS学園でしょうし」

「ああ、頼む」

 

扇子を広げながら壁から離れる少女、広げられた扇子には『一期一会』という文字が表記されていた。

少女は、身に包んだIS学園の制服(・・・・・・・)のスカートの裾を水色の髪を揺らしながら翻すと、部屋の陰に紛れるように姿を消していくのであった。

 

「…あの子(・・・)のように影一族に生まれたとはいえ、若者を戦地に送らねばならないとは、な…」

 

 

そう呟くと、八紘は革椅子に深々と背を預ける。

外見に反し、この場にそぐわない刃のような大人顔負けの雰囲気よりも、最後に見せた年相応のことに興味を見せる姿の方が余程健全であろう。少なくとも彼にはそうであってほしいという願望があった。

世の中とは儘ならないものだと、先程とはまた違った憂いを吐き出すように八紘はため息をつくのであった。



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第百二話

対抗戦当日の朝方。勇はIS寮の入り口前に立っており、何かを待っているようであった。

 

「待たせたな勇」

 

そんな彼の元に、翼がおずおずといった様子で声をかけてきた。

せっかくなのでと勇が誘ってみたところ、彼女のマネージャーも務めている特異災害対策機動部二課所属のエージェントである緒川 慎次(おがわ しんじ)が、歌手としての仕事もないのでたまには羽を伸ばすと良いとも言われ、叔父の弦十郎に同じことを言われたので参加を了承するに至ったのであった。

 

「いや俺も今来たばかりだし、約束の時間まで余裕あるから」

 

腕時計を見れば、予定よりも30分は早かった。

 

「……」

「?どうかしたか?」

「ん~。制服以外着ているの見たことなかったから新鮮だなぁって」

 

休日ということもあり、互いに私服姿であり。普段見ない彼女を興味深そうに見る勇。

 

「あ、余り見るな…。こういうのは慣れていないんだ…」

「?別に変なことないよ。綺麗で似合ってる」

 

恥ずかし気に隠すように縮こまる翼に、素直に感想を述べると、彼女は照れるように顔を赤く染める。

 

「――か、からかうな馬鹿者ッ」

「?」

「~~い、行くぞっ」

 

ほぇ?と不思議そうに首を傾げる勇に、他意のない本心なのだと悟った翼は、胸の中に芽生えたむず痒さを誤魔化すように勇を置いて歩き出すと、待って~、と勇がその後を追いかける。

 

「(ん~気まずい…)」

 

つんけんとしたままずんずんと先に進む彼女に、このままというのもよろしくないので、何か話題でもないかと頭を捻ると一つあったとピコーンッと閃く。

 

「そうだ。このあいだのアシュクロフト事件で岡峰重工のパーティに参加した時に、君のお父さんに会ったんだ」

 

その言葉に、翼はピタリと足を止めると振り返る。その顔は先程とうって変わりどこか剣吞さを滲ませていた。

 

「……その、何か話したのか?」

「ん~と、君が風鳴の名を汚していないかってなことを聞かれたね」

「そう、か…」

 

そんなものだろうな、と自嘲するような――寂しそうな様子で翼は俯いた。

 

「(やっぱり、父親と上手くいってないのか…)」

 

八紘の態度からある程度推察していたが、どうにも複雑な家庭環境らしい。国家に尽くす家柄故に、想像のつかないしがらみがあるのだろう。

 

「…勝手なことを言うけどさ、きっと風鳴さんは君のことも案じてると思うんだ」

「気休めはいい。所詮私は護国のための刃――道具でしかないのだ。あの人にとって、な。それでいい、それでいいのだ」

「……」

 

己に言い聞かせるように話す翼に、思わず眉を顰めてしまう勇。どもまでも自らを律しようとするその姿は、痛々しいとさえ思えた。

自身の発言に確証などなく、ただの直感でしかないため、彼女の考えを否定できないでいた。

よそ者が軽々しく触れていいことではないことは承知しているが。それでも仲間として、友人として(勇としては)見て見ぬふりはしたくなかった。

 

「…ごめん。俺には君が抱えているものについて、何も力になることはできないかもしれない。でも、俺は君のことを仲間で友達だと思ってる。だから、もしも君が誰かの力を必要とすることがあったら頼ってくれて構わない」

 

真摯な目で話す勇に、翼は面食らうように目をぱちくりさせると、暫しして口を開いた。

 

「友、か。そう言われたのは奏以外――お前で2人目だ」

「嫌、だっだかな?」

 

不安そうに問いかけられると、翼はゆっくりと首を横に振った。

 

「いや、お前なら不思議と悪い気はしないな」

 

その言葉に、勇は良かった~とにこやかに笑うのだった。

 

「…変わった男だ」

 

人の心に踏み込みながらも、不快感を与えず。こうして話しているだけで、何故かはわからないが心が温まるような安らぎを与えてくれる、まるで太陽のような存在だと感じられた。

…自分よりも小さい身なりでありながらというのは、本気で落ち込みかねないので触れない方がいいのだろうが。

そんなことを考えていると、腕時計を見た勇があっ、と声を漏らした。

 

「っと、一夏の試合に間に合わなくなっちゃうから行こうか」

「ああ」

 

先と変わって、今度は先を行く勇に続く形になった翼。そんな彼女の口元に笑みが浮かんでいることは、この時の本人も気づいていないのであった。

 

 

 

 

「お~い、兄ちゃんこっちこっちっ!」

 

学園共有の庭園に着くと。芝生の生えた地面にシートを敷いて場所取りしていたユウキが、手をブンブンッと振りながら兄を呼ぶ。

他には彼女の同居人であるアミタと詩乃に、勇の弟分の1人である和人と試合に出る一夏に鈴と、一夏の応援のためアリーナの方にいる箒とセシリア以外のCNFのメンバーに加え、その友人らが集っていた。

 

「おい、鳶一折紙!座る場所は余っているんだ、士道の膝に乗る必要はないだろうっ!」

「問題ない。私は困らない」

「そういう問題か~~!!」

「ふ、2人共落ち着けって…」

 

いつものように、キャットファイトしている十香と折紙に苦心している士道。

 

「どうぞ四糸乃様。この私が、私めがッ作成した座布団をッ匂いが沁みつくように――ゲフンっ超低反発性の座布団をご使用下さいませっっっ」

「…いや、あんた何でそんなに四糸乃に甘いのよ…」

「何を言っているんですか愛香さん?四糸乃様は女神なのですから当然でしょう?ああ、四糸乃様可愛いよ四糸乃様可愛いよフヒヒッ」

「あ、ありがとう…ございます???」

『ん~何だろうね、この通報したくなる気持ちは』

 

何かヤバイのをキメてそうなレベルでハイなトゥアールに、ドン引きしている愛香と、無垢さ故にキョトンとしている四糸乃に、危険さえ感じ始めているよしのん。

――ここら辺のカオスには、今は触れない方がいいなと判断した勇は目を背けるのだった。

 

「わっわっわっ風鳴翼だ、本物だよ恭也っ!」

「わかっているから、落ち着け忍」

 

生の日本トップシンガーの登場に、興奮気味の恋人を宥める恭也。

というより、見慣れたCNF以外の者は同様な目を彼女に向けていた。

 

「どうやった知り合ったの勇?」

「仕事の関係でね。今日は仕事がないっていうから誘ったら来てくれたの。風鳴、この2人は高町恭也と月村忍。俺の高校での同級生だよ。あ、ちなみにこやつら付き合っていて、見ているだけでブラックコーヒー飲みたくなるから気をつけた方がいい」

「ど、どうも…」

 

反応に困る紹介に、何とも言えない顔をしてしまう翼。

 

「ちょっと、変なこと吹きこまないでもらえますぅ。自分はいないからって僻むのは良くないと思いま~す」

「嫉妬は見苦しいぞ友よ」

「じゃかましいっ!だったら、人前で所構わずイチャつくんじゃねぇ!!」

「まあ、お前だからな」

「うん、勇だから」

「何だその言い訳にもなってねぇ責任転嫁はっ!?」

 

からかってくる友人らに、キシャ―ッ!!と猫のように威嚇する勇。

 

「兄ちゃんそんなことどうでもいいから、僕達も紹介してよ~」

「…これは妹のユウキです。アホな言動しでかすことがありますが、そういう時は無視して下さって結構でございます」

 

雑に扱われたことに、額に青筋を浮かべながらいい笑顔で雑に扱い返すと、ポカポカと殴りながらの抗議が飛んで来た。

 

「アホなって何だよ~!ちゃんと紹介しろ~!」

「まさに先程のお言葉ですが、何か???」

 

ニャーッニャーッと抗議を続ける妹を適度にあしらいつつ、兄は弟分の和人や初見の人の紹介を済ませていく。

 

「えへへ、この手は一週間は洗いません」

 

最終的に、荒ぶる妹は翼に握手してもらうことであっさり機嫌が直ったのだった。

――そして、問題発言をかましていた。

 

「ユッキー。それは洗おうね」

「あ、はい」

 

いつもはどこか抜けた様子の本音が、両肩にそれぞれ手を置いて至極真面目な顔でツッコミを入れていた。

そんな珍事を尻目に、2人の少女が勇に声をかえた。

 

「おはようございます勇さんっ!」

「おはようございます」

 

どちらも小学校低学年程の年頃で。片方は活発そうな印象を与える白人の少女あり、もう片方の少女は対照的に落ち着いた物腰をしており、忍と似た顔立ちをしていた。

 

「アリサ、すずかおはよう。久しぶりだね、元気そうで良かったよ」

 

えへへ、と勢いよく腕に抱き着いてくる白人の少女――アリサ・バニングスを受け入れながら、忍と似た顔立ちをしている少女――彼女の妹である月村すずかの頭を撫でてあげる勇。

2人は恭也の妹であるなのはの友人であり、その縁もあり親しい関係を築いていた。

 

「ほら、この子の服どう?あなたに会えるからって、気合入れてきたんだから、ちゃんと褒めてあげなさいよ」

「お、お姉ちゃんっっっ」

 

姉の援護射撃にみるみる顔を赤く染めていき、あわあわと挙動不審になるすずか。

 

「うん、可愛いくて似合ってるよ~すずか」

「~~~~」

 

勇の言葉に止めを刺されたように、すずかは頭から煙を出そうなまでに真っ赤になってフリーズしてしまった。

 

「私はどうですか勇さん?」

「アリサもvery cuteだね」

「Thanks!」

 

アメリカ人の両親を持つ彼女合わせて褒めると、満足げに抱き着く力を強くしてじゃれついてくるアリサ。

 

「……」

 

そんな様子をどこか複雑そうに見ていた翼の肩に、ユウキがそっと手を置いてきた。

 

「うちの兄はああなんです。ああなんですよ…」

「そう、か…。その、何だ、苦労…しているのだな…」

 

ふふっ、とどこか達観したような目を兄に向ける妹の姿に、翼はかけるべき言葉がみつからないでいたのだった。



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第百三話

試合開始までの待ち時間で、皆思い思いに時間を潰している中、気になることがあったので本音に声をかける。

 

「そういえば、本音達はアリーナで直に観れるのにこっちに来ていいの?」

 

IS学園の生徒なら、会場であるアリーナで直接観戦するこことができるので、こちらに来るメリットはハッキリ言って薄いだろう。

 

「勇さんの手料理が食べられると聞いたので~。ユッキーがよく『兄ちゃんの料理は美味すぎてヤバイ。餌付けされるくらいヤバい』と言ってたので、楽しみにしてたんです~」

「……」

「いダダダダ!?ぐりぐりしないで~~!!宣伝してあげただけじゃんか~~!!」

「餌付けって、お前なぁ!言葉を選ばんかぁ!!」

 

馬鹿妹の側頭部を、握り拳で挟んでぐりぐりと締め上げる。

確かに昼食用にとお弁当を重箱で用意しているし、それを楽しみにしてくれるのは嬉しいが、名誉棄損かましていい理由にはならんわい!!

 

「あ、勇君。一夏君と鈴さんの試合が始まりますよ」

 

アミタの呼びかけにユウキを放すと。締め上げられた部位から、摩擦による煙を発しながら倒れ伏すユウキ。そして、それを本音がお~い、とつんつんしながら心配する。

 

「しゅ~…」

「ユッキー大丈夫~」

 

おバカ妹は放置しておいて、空中投影されているモニターに視線を移すと、それぞれの機体を展開した一夏と鈴が対峙しているのが映し出されていた。

 

『それではクラス対抗戦一年の部。第一試合、一年一組代表織斑一夏選手対一年二組代表凰鈴音選手。試合開始ですっ!』

 

アナウンスと同時に両者突進し、そのまま互いの獲物の雪片弐型と青龍刀の刃がぶつかり合った。単純な出力だと鈴の『甲龍(シェンロン)』の方が上であり、一夏を押し返すと、鈴は二刀の柄を連結させ槍のようなリーチも持たせた青龍刀を、まるでバトンを回すかのように軽快に振り回しながら連撃を浴びせていった。

 

「流石に押されているな一夏」

「ま、経験値が違うからなぁ。寧ろあれだけ戦えてれば十分でしょ」

 

かろうじて雪片で防いでいる弟分の姿に、和人が仕方がないかという様子で呟いたのにフォローを入れておく。

鈴がISの世界に飛び込んだのは1年程度。セシリアに比べれば遥かに短いと言わざるを得ないが、1、2ヶ月程でしかない一夏にとっては雲泥の差と言えるものがあるのだ。

どちらも一般的観点から言えば、短時間と言える期間で実戦に出れるまでに戦えるのだから賞賛されるべきことだろう。

と考えている間に。一度距離を取ろうとした一夏が、目に見えない『何か』に殴られたようにして吹き飛ばされたのだった。

 

「何もされてないのに一夏が吹き飛んだよ!?」

 

見慣れているCNFのメンバーを除く、復活していたユウキや一般の人らが騒然とする。

初見にとっては、魔法でもくらったかのようにしか見えないのだから、当然の反応であろう。

 

「あれがリンリンの甲龍に搭載されている中国の特殊兵装『衝撃砲』だね~」

「何それ本ちん?」

「慣性制御にも用いられているPICを応用して、空間自体に圧力をかけて砲身を生成、それによって生じる余剰の衝撃を砲弾のように撃ち出して攻撃する武装だよ」

 

素人にもわかりやすいように、自前の端末を使い事前に用意していたのだろう絵や文字を交えて説明する本音。その姿は普段ののんびりとしたものとは違う、職人と言える洗練されを感じられた。

 

「流石整備科志望、良く勉強しているね」

「えへへ~」

 

素直に関心すると、本音はそれほどでも~と、照れくさそうに端末で顔を隠してしまった。

IS学園では1年の内は共通で基本的なことを学び、2年からはISの操縦者とそれを支援する整備要員とをそれぞれ専門の科で学んでいく教育が行われるようになり、彼女は後者である整備科に進む予定なのだそうだ。

 

「砲身も弾も大気を利用しているから、従来の装備のように重量も気にしなくていいし、手を使わなくても撃てるから近接戦闘タイプの鈴ちゃんには相性いいね」

 

大の機械好きでもある忍が興味深々に目を輝かせていらっしゃる。

そして彼女の指摘通り、斬り結ぶ間隙に放たれる衝撃砲に一夏は一方的に押し込まれていた。

 

「それに360℃死角なし、か。ISならセンサー類で大気の流れを観測すれば兆候は掴める――いや、それだと先手を取られるか…」

 

メカニック寄りの会話が広がる一方で、和人が眉間に皺を寄せながら考え込んでいた。

どうやら、自分が対峙したらどうするかという仮定で思考の沼に沈んでいるらしい。争いごとは嫌うけど、競い合う分にはバトルジャンキーの傾向があったりするのよね我が次男は。

 

「お前ならどうするよ和人」

「…暫くは防御に専念して、どれくらいの感覚で連射できるかや相手の癖や呼んで反撃に出る、かな?」

「そうだな、俺もそうする」

 

突破口が見えないのなら、相手を分析することで切り開く。戦いの基本と言える要素であり無難とも言える選択肢とも言えことだろう。

 

「さて、我が弟はどうするかね」

 

当然、それだけが正解というわけではないし、はっきりと言うと格下であるあやつがどう答えを出すか楽しみである。

 

 

 

 

「(わかってはいたけど、やっぱり強いな鈴)」

 

何度目になる衝撃砲を受け、崩れそうになる姿勢を気合で立て直すと、頬を伝う汗を手で拭い荒れる息を整える一夏。

CNF内での模擬戦では、対抗戦があるからと直接刃を交えることはなかったが、他者との戦いから彼女が自分よりも高みにいることは明白だった。

切り札の衝撃砲についても、対策は考えてはみたがいい案が閃くこともなく、たどり着いた結論は――

 

「(気持ちでだけは負けないことだ!!)」

 

長兄を始め場数を踏んでいる者は、何度か見る内に対応できるようになっていたが。経験も能力も足りない半端者の自分が、彼らに唯一喰らいつけることはそれしかない。

 

「鈴」

「何よ?」

「本気でいくからな」

 

溢れんばかりの闘志をぶつけるように宣言すると。鈴は何故か狼狽え気味に顔を赤くしていく。

 

「な、何よっ、そんなこと当たり前じゃない…。とっ、とにかく格の違いを見せてあげるわよ!」

 

気合を入れ直すように青龍刀を回しながら構え直すのに対抗するように、居合に近い要領で雪片を腰に添えるようにしながら前傾姿勢を取る。

そして、スラスターから凝縮していたエネルギーを開放――同時にその放出したエネルギーを再び取り込み再度加速すると――大気に押しつぶされかねないと錯覚しかけるまでのGに歯を食いしばって逆らい、その身を砲弾のようにして鈴目がけ突撃していく。

一夏が用いたのは、瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれる技術であり、つい最近最低限の形になったばかりの代物で、長兄からは『初見での強襲でしか通用しない』と評された拙いものではあるが、一度だけでも勝機があるなら今の自分には十二分であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――何だその情けないって顔は。いいか、この短時間でここまで仕上げられるなら上出来なことだぞ。やろうと思ってやれることじゃないからな。だから、心配するな自信を持ていけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣の道から、途中で逃げ出したこんな自分を誇りに思ってくれる男――天道勇の弟分として恥じない戦いをしてみせる。その意気込みと共に飛び出した一夏に、鈴は相手の姿を一瞬だが見失う。それは戦いにおいて致命的であり、再び視界に捉えた時には零落白夜を発動した雪片の刃が届く寸前で会った。

勝負あった――と誰もが確信した瞬間。アリーナ全体を揺るがさんばかりの衝撃が巻き起こるのであった。

 

 

 

 

一夏の起死回生の一撃に誰もが手汗握る中、突然巻き起こった地響きに誰ともなく悲鳴や困惑の声があがる。

 

「――ッこれは!?」

 

周りの人に怪我人んがいないのを確認すると、現状を把握しようとアリーナに視線を向ける。

異変が起きる直前に、上空から『何か』がアリーナに飛来するが見え、それはISの絶対防御(・・・・・・・)と同等の強度を持つ遮断シールドを難なく突き破り侵入していったのである。

侵入者が着地した際に巻き起こった砂塵が上がるアリーナからは、内部の人々の悲鳴のような喧騒が聞こえてきていた。

そして、同じものが見えていた恭也が叫ぶように声をかけてくる。

 

「勇ッ!!」

「わかってる!!お前はユウキ達を連れて避難しろ!!」

 

こういった事態に慣れている恭也に妹ら非戦闘員を任せると、次に美紀恵に指示を飛ばす。

 

「美紀恵っ、君は俺達と一緒に来てくれ!!」

「了解です!」

 

指示を出しながら携帯を取り出し、千冬さんにかけるとすぐに反応がある。

 

『勇、今どこにいる?』

「一夏達のいるアリーナのすぐ側です。そちらの状況は?」

『侵入者は1人、おそらくISだ。それと、アリーナのシステムがハッキングされてしまい遮断シールドが最高レベルまで引き上げられた上に、扉は全てロックされてこちらからは避難誘導もままならん。だが、お前の部隊なら力づくでシールドを破れる筈だ』

「了解すぐに対応します」

 

通話を終えると、ユウキが不安そうな顔で声をかけてきた。

 

「兄ちゃん…」

「大丈夫、ちゃんと帰って来るから。アリサやすずか、それに本音達を頼む」

 

安心させるように頭を撫でると、願をかけるようにギュッと抱き着いてくるユウキ。

 

「うんっ、気をつけてね」

 

すぐに離れて見送るように笑顔を見せると、同じように心配そうにこちらを見ていたアリサやすずかの元へと駆け出し避難していった。

それを確認すると、ムラサメを展開し千冬さんから送られてきているデータから、作戦を立てていく。

 

「勇、指示を」

 

それぞれ装備を展開し終えていたCNFメンバーの中から、折紙が促すように声をかけてくる。

 

「シールドを破りアリーナに突入。内部の観衆の避難と一夏と鈴の援護に別れる。人員は――」

 

俺の言葉を遮るようにアラートが鳴り響くと、全員その場から飛び退く。

その直後、上空からビームらしき光の奔流が降り注いで今までいた地面を焼き払っていく!

 

「新手かッ」

 

撃ち込まれた方角を向くと、アリーナに侵入したのと同系統の所属不明機が複数機おり。発射口から煙を噴き出している長大な砲を脇に挟むようにして保持した、他のとは異なる形状のトリコロールの機体が、それらを引き連れるように集団の先頭で佇んでいるのであった。



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