FAIRY TAIL 波地空の竜 (ソウソウ)
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(リメイク)第一章 波動の覇者と天空の巫子
1-1『妖精の尻尾』


 ………お久しぶりです(震え声)。

 約二年ぶり。他の作品では投稿しつつもこちらでは一切更新せずにいたこと、本当に申し訳ない。
 唐突な話題転換いきます。久しぶりに自分の作品を読んだのですが、あれですね。スッゴい駄文です。なんてたって数年前の自分が小説を執筆し始めた当初の頃ですからね。

 ―――ってことでリメイクします。

 少なくともS級魔導士試験編までは大幅に変える予定です。

 再び投稿再開のつもりですが、また雲隠れするかもしれません。
 感想お願いしやす!!(明らかな誘導)。




 ◇◇◇

 

 某ギルド。

 

「やべぇーですよ!!」

 

 ギルド内に響き渡る声。

 焦りの表情を浮かべ、ギルドの扉を遠慮なく開けた者が放った第一声。

 

「どうしたぁ!!」

 

 リーダー格と思わしき体格のごつい強面男性が反応した。

 ギルド内に居た他の者達も一斉に視線が集う。

 

「噂は本当でした!!正規ギルドの紋章も確認したので間違いねぇです!!」

「………っち。面倒なことになりやがった」

 

 軽く舌打ち。

 座ってた椅子から立ち上がる。そして蹴りを放ち、椅子を壁へと吹き飛ばす。一瞬で椅子は木っ端微塵に砕け散り、壁際の床に木屑が散乱。

 が、辺りは大きな破砕音がしたのにも関わらず、異様な静けさがあった。

 

「折角の機会だ。これまで黙って水面下で動いてきたが、俺らは普通の奴等とは違うってことをついに証明する。いいか!!野郎共!!」

「「「おおーー!!」」」

 

 拳を高く突き上げる。

 遅れて、その場にいた全員が雄叫びを上げて、拳を突き上げる。

 

「作戦は分かってんな!?」

「はい!!既に実行済みです!!」

「いいぞぉ。これで奴もただでは済まんだろう」

 

 にやり、と笑みを浮かべる。

 そこには善意は一切存在せず、あるのは悪意。他の者も同様に怪しい表情へと変貌している。

 

「おい!!」

「はい!!マスター!!」

 

 下っ端の背筋が真っ直ぐ伸びる。

 

「どこのギルドの野郎が来た!?」

「それが………」

 

 マスターの質問に正直に答えるのはただしくないかのように躊躇した下っ端。視線が下がる。

 マスターの目が見開かれた。

 

「早く答えろ!!」

「ひぃぃ!!」

 

 あまりの怒声の迫力に下っ端の全身が震え上がる。

 

「………ギルドの名前は分かりません。ただ………妖精のような紋章でした」

「妖精………『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』か!!」

 

 妖精の尻尾。

 正規ギルドでありながらも数多くの問題を引き起こすギルド。と同時に最強と詠われる実力者もいるとの噂。

 マスターの表情に真剣味が帯びる。

 

「どんな奴だ」

「普通の青年のようでしたが………?」

「………っ!!」

 

 下っ端は特に疑問を浮かべている様子はない。周りもこれと言った反応はない。

 が、しかし。

 マスターだけは違った。

 

「最終手段をとる。あれを準備しろ!!」

「え!?ですが、あれは―――」

「うるせぇ!!文句があんのかぁ!!」

「りょ、了解です!!」

 

 数人が慌ててその場を離れる。

 

「………まさかとは思うが………あいつではないだろうな………」

 

 マスターは自身の予想を浮かべる。

 これが本当であれば並大抵の事では済まない。

 

「………『波動の覇者』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 とある村。

 

「では………よろしくお願いします」

 

 村の中央に位置する広場。

 そこでは、一人の青年と一人の女性の姿があった。周りでは村人と思わしき人々が二人を見守っている。

 今、女性が頭を軽く下げていた。

 

「了解です。任せてください」

 

 答えたのは青年。

 彼の名前は“ソウ”。

 正規ギルド『妖精の尻尾』の魔導士であり、その証として左手の甲に紋章が刻まれている。

 

「あの………頭を上げてください」

「はい………あ、申し遅れました。私“シズク”と申します」

「あ、ご丁寧にありがとうございます。自分は“ソウ”と言います」

「ソウさんですね」

 

 シズク、と名乗った女性。

 この村特有の衣装なのか、独特な模様を刻む服を着ている。

 ソウとは見た目、同年代なのだがどうやら彼女が案内役を担っているらしい。

 

「別に敬語じゃなくてもいいですよ?」

「そうですか?ですが、私達の依頼を受けてくださっている以上、無礼な扱いは失礼なのでご理解お願いします」

「ん………まぁ………いっか」

 

 丁寧に断る所からも彼女の性格がいかにも真面目なのかが分かる。ここの村にとって、ソウは特別な人らしい。

 と、彼は特に気にした気配はない。

 

「では、宿に案内いたしますね」

「あぁ」

 

 シズクはソウに背中を向け、歩き出す。

 その後を付いていくソウは村を軽く見渡しながら、思考に浸る。

 村、と言われれば田舎ながらも活気のある村人達が生活しているイメージを持つソウ。祭事も定期的に行い、村人達は笑顔で毎日が賑やかそうなのだ。

 が、ソウの視界には活気どころか人気もちらほら見える程度だ。しかもどこか表情が暗い。

 普段からこんな風だとは思いたくはないが、原因の知るソウにとって改めて実感せざるを得ない光景だ。

 

「つい数ヵ月前まではもっと騒がしかったんですけどね」

 

 ソウの前方を歩くシズクがふと呟く。

 彼女もソウの考え事を悟ったのか、ゆっくりと話し出した。

 

「本来ですと、この時期、村の皆さんは“鉱山祭”の準備で大忙しなんですが………」

「こうざん祭………とは?」

「あそこに他の山と少し違う山が見えますよね?」

「あれですか?少し色が鋼っぽい………」

「えぇ。それです」

 

 シズクが指差したのは村の奥。ソウがそちらへ視線を移すと、いかにも彼女の言うその山が風格を漂わせ、ずっしりと構えているのが見てとれる。

 明らかに周りに聳え立つ山とは異なる。

 

「あの山がこの村の名前の由来である“テンドウ山”であり、そのテンドウ山にある珍しい物があることで有名なんです」

「その珍しい物とは?」

「ーーー宝石です」

 

 シズクは断言した。

 ソウはそんな彼女の仕草に違和感を感じていた。どうも、悔しさが滲み出たようなイントネーションが気にかかる。

 シズクはそんなソウの思考は露知らず、説明を続ける。

 

「ある季節になると月の光がテンドウ山山頂にある穴に入り込み、その穴の中にある大量の宝石と何度も反射を繰り返して、それはもう………幻想的とも言える光景が出来るんです………」

「ん?シズクさん………それは、もしかして“月渡りの光り柱”ですか?」

「え、えぇ………ソウさん、よくご存知で」

 

 驚いたのか彼女の顔がこちらへと向く。

 ソウは軽く微笑んで答えた。

 

「ここに来る前にそういう噂を耳にしたんですよ」

「そうでしたか」

 

 納得した様子のシズク。

 再び前へ向き、移動を再開。

 

「その“月渡りの光り柱”を讃える祭"鉱山祭"が毎年開催されてたんですけどね………今年は未だに観測出来ず、この調子なので………」

 

 シズクが気まずそうに言葉を止める。

 仕方がないことだと、ソウは感じざるを得ない。今年の祭の開催は難しそうだ。

 

「なるほど」

「ソウさんにもぜひ見て欲しかったのですが………」

「大丈夫ですよ」

「え?」

 

 シズクがまた振り向く。

 

「その為に俺が来たんでしょ?」

「あ………はい………」

「シズクさん?」

「………」

 

 彼女の動きが停止した。

 ソウはひらひら手のひらを彼女の顔の手前に振ってみる。

 

「シズクさん?」

「あ!すみません!」

 

 気を取り戻し、その羞恥心からかシズクは頬を軽く赤く染める。

 

「それに………」

「………?」

「出ておいで」

 

 ソウの呟きにシズクは首を傾げる。

 すると、ソウは近くの物陰に手招きをした。

 シズクが彼の視線の方へと向くと、一人の少女が建物の影からもじもじと両手を背中に回して姿を見せる。

 見た感じ8,9才だろうか。

 

「えへへ」

 

 その少女は照れ笑いをしながら、てくてくと二人の元へと駆け寄って来た。

 シズクはそんな少女の姿を視認すると、少し困り果てた表情を浮かべる。対するソウは少女と目線の高さを揃えようとしゃがみこんだ。

 

「何か聞きたいことでもあるのかい?」

「うん!でも、よく私が見てるって分かったね!」

「これでも魔導士だからね」

「っ!!」

 

 キラキラと輝きを放つ少女。

 あまりの期待感を向けられて、ソウは照れ臭そうに頬をかく。

 

「私、魔法見たい!!」

「申し訳ございません………妹が迷惑かけて………」

「いえいえ」

 

 少女の期待オーラとは、対照的にシズクの申し訳なさそうな態度が表に出てきた。

 ふむ、とソウは考える。

 この子はシズクの妹なのかぁ、と。

 

「それよりも姉妹だったんですか………似てますね」

「そうかな?」

「そうでしょうか?」

 

 小首を傾げる姉妹。

 タイミングも仕草も完全に同化している点から、確実にこの二人は姉妹だ。

 

「んじゃ、魔法を使いたいから安全な場所へ行こうか」

「ほんと?やったぁー!!」

「ソウさん、ありがとうございます………」

「それでシズクさん。近くに破壊してもいい巨大な岩石とかってあります?」

「岩石ですか………」

「というか、道の邪魔になってる物とか撤去してほしい物ですね」

 

 ソウの魔法の予行をすると必要不可欠。というか、あった方が効果がより明確に視界で確認できる。

 

「あるよ!!」

 

 少女が声をあげた。

 

「ここから東に行った所になんかよく分かんないものがあるよ!!」

「どういうものかな?」

「う~ん………お姉ちゃん!!」

 

 視線がシズクへと移る。

 唐突に話をふられたせいか、彼女の体が一瞬ビクッと震えた。

 

「えっと………あれですね。直接行かないと説明できないと言うか………」

「んじゃ、今すぐ行きましょう」

「え?」

「面白そうじゃないですか」

 

 ソウ自身もそれに興味が出てきたのか、少し笑っている。

 

「おっとその前に荷物は宿に置いてもいいかな?えっと………君の名前は?」

 

 と、ここで少女の名前を聞くことをソウはすっかり忘れていたのに気付く。

 ソウの様子を察した少女は満面の笑みで名前を告げた。

 

「私は“シオネ”だよ!!」

「それじゃあ、シオネちゃん。ちょっと寄り道してからになるけど行こうか」

「うん!」

 

 ふむ、とソウは立ち上がる。

 シズクは彼を宿への案内を再開しようと声をかけるが、

 

「では、ソウさんこちらになりーーー」

 

 その瞬間だった。

 

「待て!!」

 

 一人の少年がソウ一向の道先を塞ぐように現れた。

 少年の瞳は覚悟を決めたかの如く、ぎらついていた。真横に真っ直ぐ広げた両手は彼の決意を物語っている。

 

「ん?」「…………」「はぁ………」

 

 三人の反応は様々。

 何事かと首を傾げる者。

 面倒ごとを悟ったかように無言の者。

 物事が全然進まないことに対してのため息をつく者。

 少年は全てを売っての覚悟でソウの眼前で立ち塞がったままだ。

 

「俺もつれていけ!!」

 

 彼はそう叫んだ。

 

「"セルジュ"………何をしてるんですか」

 

 ふと感じる隣から怒気の気配。

 びくっ、とそれはもうはっきりと少年の全身が震えた。

 

「いや………あの………姉さん。その人が魔導士でこれから魔法使うって聞いて………」

「だからと言って、あんな手段を取るとは!ソウさんに失礼でしょ!」

 

 しゅん、と萎む少年ことセルジュ。

 そこを口撃していくシズク。なんとも微笑ましい姉弟の光景。

 

「姉さん?」

「はい!セルジュは私の双子の弟です!」

「双子なんだ………」

「お姉ちゃんに怒られてばっかだよ?」

「それは………聞きたくなかったかな」

 

 姉に弱い弟か。

 一人っ子のソウには分かりえない関係。少し羨ましくも思う。妹のような人影がふと過るがすぐに霧散した。

 

「行くか」

 

 前方で「良いですか!?」と未だに弟に説教だれてるシズクの背後に近づき、彼女の肩を軽く叩く。

 

「シズクさん、もうそろそろ行きません?」

「え!?あっ!?すみません!!」

 

 慌ててシズクは案内を再開しようとする。

 対して、取り残された弟を見ていたソウ。セルジュはまだ俯いたままだ。

 

「来るか?」

「………いいの?」

 

 セルジュは顔を上げた。

 

「お姉ちゃんに迷惑かけるなよ?」

「分かった」

 

 ソウの背中を追うセルジュであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 シズクに部屋の鍵を貰い、部屋の場所を教えてもらったソウは宿の通路を歩く。

 自分の部屋の番号を確かめ、中へと入り、扉を閉める。

 中へは靴を脱いでから踏み入ると、ベッドへとソウは真っ先に近づく。

 そして、背負っていたリュックサックを躊躇なくベッドに、ぽいっと無造作に投げた。

 

「ぐへぇ!」

 

 と、リュックサックの中から声が漏れる。ソウは特に気にした様子もなく、窓際にある椅子へと腰を下ろした。

 もぞもぞ、と中身が動いたかと思えば中から黄色い猫のような生き物が顔を出した。表情は若干の不満顔。

 

「ソウ………扱いが適当だよ~」

「背負う身にもなってくれ。重い」

「女の子にそんな事言っちゃダメ!」

「どこでそんなの覚えたんだ………」

 

 その姿はまさに喋る猫。

 

「"レモン"。この後、軽い準備運動みたいなのをしてくるが、付いてくるか?」

「うーん。まだもう少し寝たいかな」

「分かった。荷物もここに置いとくから念の為、見ておいてくれ」

「これ持って帰らないと報酬出ないんもんねー。任せて~」

「俺の魔法で一応警戒だけはしておくけど。下手に無くしたりでもしたら、マスターに絶対に怒られる。それだけは避けたい」

「了か~い」

 

 そして、レモンはベッドの上で丸くなってしまった。明らかに警戒心ゼロのように見えるが、これまでも何度か危険な体験を乗り越えてきてるので大丈夫だろう。たぶん。

 それにまだ敵の動く気配はない。

 村に入った時から発動してある探知魔法の範囲外に潜伏している可能性もあるが、こうも距離を取られてるということはまだ仕掛けるつもりでないという意思表示でもある、とソウは判断した。

 

「んじゃ、また」

「ほーい。お休みなさ~い」

 

 ソウは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1-2 へ続く。

 




*数時間後に続き、投稿します。


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1-2『月渡りの光り柱』

 ◇◇◇

 

 テンドウ山。麓。

 

「これが………先程話した謎の物体でございます」

 

 村から離れておよそ数分後。

 シズクの案内に導かれ、ソウが辿り着いたのはテンドウ山へと続く坂道の途中であった。

 徒歩コースから外れたその先。森林のちょっと奥深くと言った場所。

 ソウが目にしたのは摩可不思議な物体。

 巨大な岩石。子供並のサイズの大きさがある。その表面に奇妙な文字らしき何かが刻まれていた。

 なぞるように指先を添えてみるも特に目立った反応は無い。

 

「シズクさんにこれの心当たりは?」

「い、いえ………全く」

「なるほど。因みに誰がこれを発見したとかは分かりますかね?」

「はーい!!私とセルジュだよ!!」

「たまたま見つけた」

 

 双子のシオネとセルジュが説明してくれる。

 二人で出掛けた帰り道にふと何かに導かれるかの如く移動したその先にこの謎の文字が刻まれた岩石と遭遇したという。

 現段階では危険は特に感じられない、とのこと。これは双子から報告を受けたシズクが念の為に調査を行った結果である。

 ただ、ど素人のシズクだけでの判断では確信が持てず、どうしても不安な面が強よくなりがち。専門分野の者に依頼をする手もあったが村の現状を鑑みるにそうは言ってられず。

 結果的に、魔導士の肩書きを担うソウがその役目を引き受ける事になった。

 

「………魔法の一種だな、これ」

「魔法………ですか」

「微かだけど魔力の残留が感知出来る。何か信号のような物に反応するには十分過ぎるレベルで」

 

 ソウは魔力を検知する魔法を持つ。

 魔導士はそもそも他人の魔力をうっすらとだが感じ取れる。ソウはさらにその上、魔力の位置や規模、種類まですらも可能としている。

 ただし、感知した魔法を知識として予め備えておかなければ認識する事が出来ない。今のように。

 

「これを刻んだ張本人が魔法か何かを発動すれば、連動してこいつも動き出す可能性が高い。魔法の届く範囲を考慮すれば………」

「つまり………」

「十中八九、何者かがテンドウ山にいる」

「っ!?」

 

 シズクが驚きに顔を隠せない。

 

「この時期以外、私達の村はテンドウ山に立ち入る事を禁止しています………なので、内部に誰かがいるとなると………」

「外部の人間か。さらには魔法を使えるにも関わらず、影でこそこそと動く者がいる」

「そ、そんな………」

 

 ただシズクは山の不調の原因を知りたいだけだった。ソウが受けた依頼もテンドウ山の様子がおかしく、その原因を究明して欲しいとだけ。

 原因が解明されるまで、村の祭りは行われない。"月渡りの光り柱"を村人全員で讃え、来年の安泰を祈るのを目的とした祭り。

 肝心の"月渡りの光り柱"が発生しなければ、どうしようもない。

 

「でも、奇妙だな………」

「何が~?」

「ん~?シオネちゃんに分かるかな?こういうのは他の人から隠しておくのが定番なんだよ。こんな風に適当にぽいって置かれてるのはちょっと違和感が………」

「ほぇ~?」

「そうなるよな。あんまり考え過ぎないようにね。こういうのは俺の担当分野だから」

 

 罠にしたら随分と無意味な仕掛け。

 こうもあっさりと目標者に発見されてしまえば警戒されてしまうのがオチ。大抵、この場合は地面に埋めたりする。

 まるで用が済んだかのように放置された岩石。思考を巡らせるソウだが、考えすぎかとの判断に至る。

 

「隠す必要がない………とか」

「ん?どういうことですか?シズクさん」

「い、今のはふと頭によぎった事を口にしただけで………特に深い意図は………」

「そっか。でも可能性はゼロじゃない。無闇に破壊して刺激を与えるのは避けた方が無難か」

「え~?魔法は?」

「お、俺も見たい!!」

「二人とも。我が儘を言うのは止めなさい」

 

 ぶーぶーと不貞腐れるシオネ。

 そもそも彼女は魔法見たさに付いてきたのだ。こういう大人の事情は蚊帳の外。

 姉のシズクが注意するも聞く耳持たず。

 

「取り敢えず村まで戻ろう。そこで自慢の魔法を見せるから」

「やった!!」

 

 ひとまずは現状維持。

 用途が謎の岩石はそのまま放置続行し、ソウ一行は村へと引き返す事にした。

 元気そうに前を走って行くシオネとセルジュの背中をシズクは眺めてると隣から声がかかる。

 

「シズクさん」

「はい?どうされました?」

「村の人であれを知ってる者は他にも?」

「恐らくですが………私達だけかと」

「良かった。シズクさん、この一件が片付くまで他の人には話さないで欲しい」

「わ、分かりました………」

 

 シズクは気にかかりつつも了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 テンドウ村。真夜中。

 

「もぅ………シオネったら。あんなに元気にはしゃいで………」

 

 シズクは独り言葉を溢す。

 妹のシオネは昼間に魅せられたソウの魔法に釘付けとなったままずっとベッタリとしたままであった。

 元々、魔法には興味があったシオネ。

 何処からか魔法の本を持ってきたりして独学で勉学に励むほどの情熱っぷり。直接、彼女が魔法を目にする機会がなく、姉として力足らずに思ってきた。

 今日、魔導士のソウが訪ねてきた。

 テンドウ山に起きているであろう異変の解明。村人全員で決めたその依頼を遂行する為に来てくれた魔導士。

 正直、意外であった。

 シズクが持つ魔導士のイメージは頭が固くくせ者揃い。てっきり今回もそんな人が来訪するものかと。

 ソウは妹や弟に対しても嫌な顔一つせずに優しく付き合ってくれている。シズクに対しても丁寧に接してくる。

 

「あら?これは?」

 

 帰り道の途中。

 足を止めたシズクは道端に落ちてある小さな小石を目にする。

 只の小石ならば気にも留めない。だけど、シズクが見つけたそれには昼間と同じ謎の模様が刻まれていた。

 

「ソウさんに報告すべきでしょうか?」

 

 手に取り、表裏を眺める。

 いつ見ても不思議な模様だ。一体、どうやってこんな器用にも刻んだのか疑問でならない。

 

「姉さ~ん!!」

 

 背後から呼ぶ声。

 

「セルジュ?」

「俺も帰る」

「そっか。もう暗いし、手、繋いで帰ろう?」

 

 彼の手を握る。

 まだ小さい男の子の手。シズクにとってかけがえのない家族。

 

「シオネは?」

「あいつなら………魔導士の所にいるって」

「やっぱりセルジュは彼の事、気に入らない?」

「………」

「魔法………まだ()()でしょ?」

 

 セルジュは魔法が嫌い。

 その理由は本人が頑なに話すのを拒むお陰で謎に包まれたままだが。

 

「………分からない」

「え?」

「今日、見た魔法………綺麗だった。あんなのがあるなんて………知らなかった」

 

 良い傾向だとシズクは思った。

 ソウは派手に空へ魔力を打ち出し、爆散させる魔法を見せてくれた。

 幻想的に大空に散っては消える儚い光。

 かつてセルジュが目撃した魔法とは全く異なる魔法であった。

 故に困惑している。どれが本当で、どれが偽物なのかを。

 

「大丈夫、貴方はセルジュ。まだまだ時間はたっぷりとあるわ。その間、ゆっくりと考えれば、きっと魔法も好きに―――」

 

 次の瞬間―――

 

「姉さん!?石がっ!!」

「えっ!?」

 

 小石を握る拳から光が溢れ出る。

 真っ暗に突き破る眩い光にたまらずシズクは根源である小石を放り投げた。

 視界が遮られ、思わず目を瞑ったシズクとセルジュ。

 

 瞼を開くと―――

 

「なっ………!?」

 

 人間サイズの岩石で構築された兵。

 赤く不気味に光る目の先が真っ直ぐとシズクに突き刺さる。

 

 ―――敵。

 

 嫌な予感に背筋が冷える。

 

「セルジュ、逃げなさい」

「えっ………でも、姉さんが逃げれなくなって―――」

「早く!!」

 

 大声にびくっと怯えるセルジュ。

 不安に揺れる瞳が何度も姉の横顔を見つめるが、やがて決心したのか踵を返して走り出した。

 ここは村のど真ん中。

 不幸中の幸いか、時間帯は夜中。他に外を出歩く者が居ない。

 

「………足が震えますね」

 

 ―――事態は待ってくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 宿。廊下。

 

「ソウさん!!ソウさん!!」

 

 がんがん、と物音が鳴り響く。

 それは一人の少年が扉を躊躇なく叩きつけているせいである。

 少年、セルジュは何度も繰り返すが、一向に部屋の宿泊者が出てくる気配がないことを察した。

 

「………やっぱり、他の人には任せられない………」

 

 セルジュは覚悟を決めたように拳を握りしめた。

 赤の他人である彼に助けを求めるのはこの村にとって、そして何より自分自身の恥だ。

 時間がない。

 現在進行形で姉に命の危機が迫っている。今すぐにでも彼女の元へ向かわないと間に合わないかもしれない。

 

「………っ!」

 

 だが、セルジュには躊躇う理由があった。

 怖いのだ。相手は未知の力を振り翳す。一人でその巣穴に乗り込むなど、絶望しかない。

 膝が震える。汗が全身から滲み出る。

 普段からは想像のつかない出来事。初めての経験にセルジュの思考を染めるのは困惑と恐怖と不安のみ。

 その瞬間、彼女の言葉が脳裏を過る。

 

『大丈夫。貴方はセルジュでしょ?』

 

 彼女の口癖。

 いつも飽きるほど聞かされていた言葉。

 その言葉が今になって不思議にもセルジュの気持ちを楽にさせた。

 

 ーーーバシィン!!

 

 セルジュは頬を手のひらで叩きつけ、気合いを入れた。そこに迷いなど、怯えた彼の姿など存在しない。

 魔導士などいなくても、僕一人だけでも十分だ。あの魔導士の手助けなんていらない。

 セルジュはその扉から離れ、歩いていく。

 

 ーーー目指すは“テンドウ山”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 テンドウ山。山頂。

 

「部下達は辺りの警備に配置。なるほど、あれは難しい作業には向いてないと。なら、俺は先回りしてある程度、邪魔者を排除するだけで十分か」

 

 彼が成そうとするこれは仕事内容に含まれない。

 だが、折角の少年に到来した唯一無二のチャンス。一歩前へ踏み出す覚悟が彼にあるのなら、影からそっと手を差し伸べるぐらい構わないだろう。

 

「頑張れ、勇気ある少年………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1-3 へ続く。

 

 

 




 感想、お待ちしております。


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1-3『老狼の骨』

 早速、色んな反応をいただいて驚いてます。
 ピンからキリまでの評価や一日で沢山のお気に入り数が増加したり、ランキングにも載ってたそうですね。
 ありがとうございます。

 *1-2の最後に書きそびれたシーンを追加しました。

 ―――では、どうぞ。



 ◇◇◇

 

 テンドウ山。洞窟。

 

「何をするんですか!?」

 

 洞窟の中に連行されたシズク。

 あの岩石兵士はその場で暴走する事もなく、シズクを肩に背負っただけ。他に目立った動きは見せなかった。

 村で暴れられても困るので大人しくしていたシズクだったが黙々と何処かへと運ばれていき、やがてテンドウ山の中腹にある洞窟に連れていかれた。

 雑に下ろされたシズクは不器用にキレた。

 

「うるせぇ女だな」

「誰ですか!」

 

 ちゃらちゃらとした強面男が現れる。

 辺りを見渡せば、ここは洞窟内部でも結構な広さを誇る空洞のようだ。いくつも通路へと繋がる穴が確認できる。

 

「てめぇが依頼主だな」

「………」

 

 返答は睨み。

 

「まぁいい。オレ達が静かにしていたにも関わらず邪魔をするってのなら容赦はしねぇ」

「目的は何ですか」

「はぁ?決まってんだろ。この山に眠る財宝だ」

「なっ!?そんな事が許される訳が無いじゃない!!」

「勘違いも程ほどしい。許すもなにも、オレ達は闇のギルド"老狼の骨(ウルフボーン)"。他人に許可を乞うなどという愚かな行為は絶対にしない」

「闇ギルド………!!」

 

 別名、無法者集合地帯。

 評議院から正規の手続きを得て、認可されたギルドとは違うギルド。悪人が集うギルドの象徴とされている。

 今のシズクに"老狼の骨"というギルドがどれ程の規模なのか知る術はない。

 

「今のお前は単なる人質だ。それ以下でも以上でも利用価値はない。覚えておけ」

「くっ………」

「仕事に戻るか」

 

 シズクは悔しく唇を噛む。

 拘束された身の上、ソウにとっては邪魔な存在でしかならない。手助けをする一心で来たのに、逆の羽目になるとは。

 

「起動―――"自動岩人形(ゴーレム)"」

 

 男の詠唱に呼応して地べたの岩が光る。

 岩は段々と眩い光に包まれていく。光が収まれば、そこには岩石の兵士―――ゴーレムが鎮座していた。

 

「そんな………」

 

 はっとして見渡す。

 数えきれない大量のゴーレムが意思を持ったように行動していた。

 通路を見張るゴーレム。荷物を運ぶゴーレム。採掘のみをするゴーレム。

 他に人間は殆ど姿が見えない。男には仲間が居ないのか、他の場所で役目を果たしているかは不明。

 

「………誰かさんのお陰で急ピッチで作業を進める羽目になったからな」

「え?」

「おい!!お前ら!!とっとと回収して引き上げるぞ!!」

 

 ゴーレム達にカツをいれた男。

 最初の呟きの真意は分からない。だが、男自身もキリのない作業に焦りは感じているらしい。

 宝石が眠るとされるテンドウ山。

 だがしかし、発掘するとなれば地盤の固さがどうしても邪魔となり、余分に時間を要してしまう。

 人間で無理ならゴーレムはどうか。

 パワーは桁違いなので、作業スピードは大幅に上がる見込み。男はそれを分かっており、ゴーレムに全てを一任。他のギルドメンバー達は総動員してまで魔導士の行動を警戒していた。

 目立つ行為は避けたいシズクはじっと大人しくその時を待つ。

 

 ―――と、そこに。

 

「マスター!!少し良いですか!!」

「おう。何か見つけたか?」

「他とは違った珍しい物が出てきたので是非ご確認をと」

「そうか。今行く」

 

 男が空洞から離れる。

 監視の目が外れたシズクであったが、ゴーレムの動向がどうも気にかかる。

 何体かのゴーレムの動きが停止したのだ。

 

「もしかして………複雑な動きだと術者が離れると魔法が発動しない………?」

 

 事実、幾つかのゴーレムは動いたまま。

 いずれも単調に近い命令を実行するばかり。下手に刺激さえしなければ危険性はどれも低い。

 チャンスがあるとするなら今。

 

「縄が………!!ほどきなさい………!!」

 

 無駄にキツくやられた。

 背中に回した手首を縄で何重にも括られたので誰かの助けがないと厳しい。

 

「………さん………!!」

 

 聞き覚えのある声が微かに届く。

 

「姉さん………!!」

「セルジュ………!?どうしてここに………!?」

 

 周りに警戒をしつつ気配を消しながら、シズクの背後にセルジュが現れた。

 

「見張りの人が全然居なくて………すんなり行けた」

「そうじゃなくて………!!何で来たの………!!危ないでしょ………!!」

「―――姉さんこそ危ないよ!!」

 

 弟の滅多にない怒りの顔。

 目にしたシズクは言おうとした言葉に詰まってしまう。

 

「………姉さんまで失うのはもうイヤだ」

 

 セルジュの両親はもう居ない。

 シズク達がまだ小さい頃、街へと出掛けた両親が何らかの事故に巻き込まれて還らぬ人となったから。

 偶発的に発生したその事故は多くの死者を出し、世間でも大きな話題となった。評議院も絡むぐらいに。

 シズクやセルジュ、シオネは事故当初、村で留守番をしていた。幸運にも一命を取り留めと言える。

 だが、前触れもなく両親は居なくなる。父さん、母さんと呼ぶ日は未来永劫来ることが無くなった。

 平穏な日常が一転。

 

 ―――辛い日々が続いた。

 

 村の皆は優しく接してくれた。親代わりに思えるぐらいに親身になってくれる人もいた。村長はずっと家族の一員と言ってくれた。

 シズクは長女として、二人に弱気を見せる訳にはいかない。故にその思いを胸に懸命に頑張り続けた。

 シオネは持ち前の明るい性格が響いた。時折、見せる暗い顔に不穏な空気は感じつつも夢を見つけた彼女に普段通りまで立ち直るに時間はかからなかった。

 

 セルジュだけは―――違った。

 

 セルジュは両親の死と正面からぶつかってしまう。幼いセルジュに勝てる算段はない。結局、以前と比べてセルジュは口数が極端に減った。あまり感情を口にする事も無くなった。

 そして―――魔法を恨むようになった。

 何故なら。事故発生から暫く経過して、事故の原因に何らかの魔法が関与していると判明したからである。

 勿論、魔法は人間の仕業。魔法自体に罪はない。使う者に責任があるとは承知の上。

 だけど、幼いセルジュはその事実を知った時に魔法が両親を奪ったと解釈してしまう。そのまま己の心に呑み込んでしまった。

 

「………大丈夫よ、セルジュ。私は貴方の側から居なくならない」

「うん。警備が薄い今のうちに逃げないと」

「そうね」

「待って。ロープを切るから」

 

 拘束していたロープもほどけた。

 シズクも自由に動けるようになり、後はここから脱出するだけ。

 空洞から小さな通路のような洞窟へ。

 

「Gagaga―――」

「っ!!セルジュ!!」

 

 ゴーレム。徘徊する警備タイプだ。

 シズクは瞬時にセルジュを胸元に抱え込み、身体を壁へと寄せて隠れる。

 じっと身をこらえ、時が過ぎるのを待つ。

 

「………行った?」

「えぇ。にしてもここが何処なのか全く分からないわ。出口の目印があれば良いのだけど………」

 

 ―――ターゲット、ハッケン。

 

「なんで!?」

「っ!!別のやつね!!セルジュ、逃げるわよ!!」

 

 別の個体に感知された。

 シズクはセルジュの手を取り、走り出す。洞窟の構造が分からない以上、分かれ道は適当に決めて進むしかない。

 がしがしと背後から追い掛けて来る音。

 再び捕まってしまうなんて最悪な事態はどうしてと避けたい。

 

 ひたすら逃げたその先は―――

 

「そんな………!!」

 

 広がる空洞が眼前に。

 

「戻ってきたの………?」

 

 見覚えのある景色。ついさっきまで。

 何もない空間に投げ出された二人は小さな絶望にうちひがれる。

 敵は待ってはくれない。ゴーレムが通路から出現した。

 絶体絶命のピンチ。

 シズクはゴーレムと向き合い、セルジュを背に隠した。

 

「姉さん!!」

 

 セルジュが背中越しに訴える。

 だが、二人のピンチはさらに続いてしまう。

 

「残念だったな。こんな事態もあろうかと簡単に逃げられないように通路が袋小路みたいになってんだよ」

 

 強面男も別のゴーレムを配下に従え、登場。

 

「ガキが紛れ込んでじゃねぇか。あんの馬鹿ども。またどっかでやらかしやがった」

 

 軽く舌打ちをした男。

 じりじりと空洞の壁際に追い詰められるシズクに対して、男は不機嫌そうな表情を見せる。

 

「一発軽いお仕置きが必要か」

 

 男は冷静にゴーレムに指令を告げる。

 

「やれ」

 

 シズクの正面に携えるゴーレムが反応。

 人間では一溜まりもない岩石の巨腕をがっつり握り締めて、引き絞る。

 

「セルジュ………ちゃんと私の後ろに居るのよ」

「そんな!!あんなの受けたら姉さんだって、ただじゃすまない………!!」

「大丈夫」

 

 そんな訳がない。

 セルジュは姉の嘘をすぐに見破る。ぶるぶると彼女の足が震えている。

 

 ゴーレムのパンチが発射―――

 

「くっ!!………ごめんなさい!!」

 

 その瞬間。

 弟の謝罪する声と一緒にシズクは自身の身体がふんわりと浮かんだ感覚に捕らわれる。 

 何故か視界も横に向いた。

 数コンマもせずして、地面に身体が激しく打ち付けられる。

 

 ―――セルジュに身体を押された。

 

 そうシズクは理解する。

 だけど、理解しても既に手遅れであって。手を伸ばすにも届くには程遠くて。

 

「―――っ!!」

 

 無慈悲にもゴーレムの攻撃は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1-4 へ続く。




裏設定:魔法『人形兵』

 岩石や石に魔法陣を描き、そこに魔力を注げば、自動的にゴーレムへと変貌させる魔法。
 ゴーレムには簡単な指示などは永続的に働かせる事が出来る。自由自在に操るには、常に近くから魔力を継続して注入する必要がある。

*え?ヒロイン?………まだまだかなぁ。


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1-4『波動の覇者』

 地味にソウの肩書きを
 波動の"勇者"→波動の"覇者"へと変更しました。何となく。



 ◇◇◇

 

 セルジュは恐る恐る目を見開いた。

 

「………ソウ!!」

 

 ゴーレムの巨腕がぴったりと停止。

 目を開けたセルジュの前に立つ一人の青年が片腕でゴーレムを抑えていたのだ。

 

「ここまでよく頑張ったな、セルジュ。姉を庇おうとした心意気は良いけど、俺が来なかったら危なかったぞ」

「う、うん………」

「そんな不安そうな顔するな。大丈夫、ここからは―――」

 

 ―――魔導士()の仕事だ。

 

 そのままソウはゴーレムの腕を衝撃波と共に握り潰した。

 粉々に地面へ散っていく。

 

「て、てめぇ!!」

 

 男が声を荒げた。

 完全に信頼を寄せていたゴーレムが意図もあっさりと片腕をもぎ取られたのだ。

 

「待てよ、おい………こいつが此処にいるって事は、あいつらは………っ!?」

「他の奴等なら全員気絶させたけど」

「くっ!!」

 

 悔しさに唇を噛み締める。

 やはり部下と端くれのゴーレムだけでは彼相手に時間稼ぎにすらならない。

 

「こうなったら!!」

 

 最終手段に移行する。

 ゴーレムは自動人形兵器。多少、損害を受けようが魔力を供給すればまた復製が可能な代物。

 戦況が動かない今、ゴーレムの背から魔力を流した。右腕がまた復活する。

 

 さらに―――魔力を流し込む。

 

 ゴーレムにも魔力の限界量は存在する。

 もしもの話。それ以上魔力を無理にでも流し込んでしまえば―――

 

「な、何だよ!?あれ!!」

「暴走だ。無理矢理魔力を注ぐとああいう風になってしまう」

 

 限界を超えさせる。

 例え、魔力の主でも制御するのは困難の所業だ。

 

「ふはははは!!こうなれば流石の波動野郎もどうすることは出来まい!!」

 

 ゴーレムの頭から蒸気が漏れる。

 がっつりと怒っていらっしゃるご様子。しかも場所が空洞内ともあり、最悪の展開では洞窟の崩壊もあり得る。

 敵か味方か。分別する機能も既に消失したゴーレムは見境なく攻撃を開始する。

 真っ先に目を付けられたのは一番ゴーレムに至近距離にいた強面男。

 

「ぐはっ………!!」

 

 自らの魔法に攻撃を貰ってしまう。

 ゴーレムの素早い拳のストレートに強面男は成すすべなく身体ごと纏めて吹き飛ばされた。

 空洞の壁まで届いた威力は計り知れない。

 

「Gagagaga………!!」

 

 謎の音声を上げるゴーレム。

 むやみやたらに巨腕をぶんぶんと振り回すその姿にセルジュは不安が募っていく。

 

 ―――あんなのに勝てるのだろうか、と。

 

「ソ、ソウ………!!」

 

 唯一の希望。魔導士のソウ。

 地面に両膝を着いたセルジュが目撃したのはゴーレムに勇敢にも臆することなく歩いていく彼の後ろ姿であった。

 

「セルジュ」

 

 ソウは背にいる者に向けて問う。

 

「君は何の為に、何に心を動かされて、この場に来た?」

「何の為………」

「分からないんなら、そのままで良い。気持ちの整理なんてもんは後から幾らでも出来る。でも、これだけは覚えておけ」

 

 ―――魔法は毒でもあり薬だ。

 

「っ!?」

「セルジュが過去に魔法に関して何があったのか………俺は知らない。唯一、言えるのは俺の持つ魔法を含め、世界にはまだまだ数えきれない程の魔法が存在するってことだけ」

 

 また一歩。ソウはゴーレムに近づく。

 

「その中には必ずセルジュも好きになれるような魔法もあるはず。人の命を奪う事もあれば、逆に人の命を救うのも魔法の力。無理にとは言わないが、魔法なんて大嫌いとか悲しい事は言わないでくれ」

 

 ゴーレムがソウを害ある敵と認識。

 

「セルジュ、最後まで見てるんだ。今から見せるこれが俺が使う魔法の本来の姿であり、そして―――」

 

 ―――しがない魔導士によるプライドの象徴だ。

 

「波動式一番」

 

 ゴーレムが真っ直ぐに拳を突き刺す。

 対して、彼もそのゴーレムに比べれば細い腕を、小さな拳を握り締め、無謀にも立ち向かった。

 

 刹那―――二つの拳が衝突。

 

「"波動拳"」

 

 ドクン。

 

 ゴーレム全身に何かが突き通る。

 訪れた空白の無の時間。お互いに動く気配を見せない。

 

 ―――ピキッ。

 

 響くは亀裂の走る音。

 ゴーレムの拳に音の根元が発生した。

 

 ―――ピキッ、ピキ。

 

 より深く亀裂が加わる。

 ゴーレムの拳から腕へと、やがては胸部に伝わっていき、ついには頭部にも亀裂が達してしまう。

 

「Gagagaga!!」

 

 ゴーレム本体も恐怖を覚えたかのような様子で断末魔を上げだした。

 全身に駆け巡る亀裂を防ぐ手段はゴーレムに存在せず。ただその瞬間をゆっくりと待つだけの存在。

 

「Ga………ga………」

 

 身体の維持が困難と成り果てたゴーレムはやがて、ついに―――

 

 ―――粉々に力尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 テンドウ村。

 

「本当に………ありがとうございました」

 

 事の顛末もすぐに収束。

 闇ギルド"老狼の骨"に所属していた魔導士はマスターの男を含め、評議院に引き渡す形で事件は幕を閉じた。

 シズクはソウの魔法による帰りの案内で洞窟を歩いていた時にも壁際に倒れかかる沢山の魔導士らしき者達を大勢見かけた。

 これら全員が彼による仕業なのは状況証拠から見ても明らか。一人で彼は闇ギルド一つを壊滅へと仕立て上げてしまった。

 

「セルジュの事もありがとうございます」

「怪我がなくて良かったよ」

「いえ、それも勿論あるんですが………私の元まで来る間もソウさんがセルジュの安全を見守ってくださった事も含め………」

「はは………そっか。分かってたか………」

 

 偶然に近い形でシズクは気付いた。

 今回評価院に運ばれた魔導士は驚く事に三桁を越えた。なのに、セルジュは易々と潜入をしてみせた。

 普通ならあり得ない。

 だが、もしも。何者かがセルジュの行動を先読みし、誘導していたとなれば話は変わってくるのではなかろうか。

 さらに、シズクにはそれを可能とする人物を知っていた。

 

 彼には―――感謝しか言葉が出ない。

 

「それと報酬の件ですが………」

 

 勿論、これは依頼。

 彼の働きの対価として報酬が生まれるのは当たり前だ。

 シズクは封筒を一つ取り出す。

 

「あ、いいよ、別に」

「へ?」

「昨日起きた被害も多少あるだろうし、村の復興にでもそれは使ってくれ」

「で、ですが!!」

「こっちも訳有りでね。報酬は別のとこから貰える手筈だから心配しなくても良いよ」

「私達の気持ちでもあります!是非ソウさんに使って頂きたいのです………!!」

 

 ソウの説得。それでもシズクは粘る。

 

「なら、そうだな………来年こそは祭り、ちゃんと観に来るから。その時にシズクさんにでも歓迎でもしてもらえたら、それで俺は満足しちゃうな」

「は、はい!お待ちしております!」

 

 ソウの提案。それでようやく二人が納得した形で落ち着いた。

 その後、二人は二言、三言会話を交わせば、ソウは帰りの支度を始める。

 

「んじゃ、俺はもう行くから」

「もう………ですか」

 

 ソウは軽々とリュックを肩にかける。

 と、リュックからぴょこっと黄色い謎の耳の生えた生物がいきなり顔を出した。

 

「ひゃっ!?」

 

 シズクが堪らず悲鳴を溢しそうになる。

 

「ね、猫………!?」

「私?"レモン"って名前だよ?」

「しゃ、喋った!!」

「え~?そこに興味いっちゃうの~」

 

 ソウの連れ添い。

 ぶーと不貞腐れるレモンだが、ソウは完全に無視。

 

「シズクさん?セルジュとシオネにもよろしく言っておいてください」

「わ、分かりました………よく見たら可愛い………」

「ホントに分かってるのかな?」

 

 視線はぴょこぴょこ動くレモンの耳。

 

「それじゃ」

「ばいばーい!!」

 

 ソウは村の門へと歩き出す。

 レモンが無邪気に手を降って、別れの挨拶をすれば、シズクは頭を下げてそれに答える。

 

 村から離れて―――数分後。

 

「ねぇソウ~」

「ん?何だ?」

「さっきの村の依頼って出発前に受けてきたっけ?報酬も別の宛があるって初耳だよ~」

 

 ソウの足が止まる。

 

「残念だな、レモン。依頼だなんてもんは初めから()()()()()。報酬なんちゃらも全部嘘。一晩だけ村に泊まろうと入ったら、何か勘違いされたっぽくてさ。妖精の尻尾の依頼だったから、ついいつもの癖で。報酬金も正規の手続き踏んでないから貰えないし流石に遠慮した」

「えぇ~。良いの~?それ~?」

「まぁ………どうせこのままギルドに帰るだけだ。もし誰かが正式に依頼を受諾しても行き違いになると思うから、平気平気」

「だと良いんだけどね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 テンドウ村。

 

「依頼………ですか?」

 

 村の入口となる門付近にシズクはいた。

 彼女の側には数人グループで来訪した旅人と思わしき人物が見受けられる。

 答えたのは、その内の一人。

 

「あぁ。そのはずなんだが」

「え………ですが………」

 

 鎧に身を包んだ彼女の雰囲気にシズクも少し遠慮がちになってしまった。

 

 彼女の名前は―――“エルザ”。

 

「ん?違うのか?」

「いえ………合ってるんですけど………」

 

 歯切れの悪い返事にエルザも気付く。

 が、それより先にまた別の人物が会話へと入り込んできた。

 マフラーをした桜色の髪の少年だ。

 

「エルザ。まだか~?」

「ちょっと待て、ナツ」

「へーい」

 

 ナツはとぼとぼ、と歩いていった。

 

「なにかあったのか?」

 

 と、さらにまた別の少年が顔を出す。

 

「グレイ、服を着ろ」

「おっ!?」

 

 上半身裸の少年―――"グレイ"。

 

 自覚がなかったのか、エルザの指摘でようやく気づいた素振りを見せる。

 シズクはそっと視線を外す。

 

「エルザさん………でよろしいでしょうか?」

「あぁ、そうだ」

「依頼の件なんですけど………」

 

 エルザを筆頭とする一行がこの村を訪れたのは依頼を承けたためである。つまり、彼女達は正規ギルドに属する魔導士であるのだ。

 本来であれば、すんなりとテンドウ村へと通してもらえる手筈であったのだがどうしてかシズクに止められているのが現状である。

 だが、肝心の依頼はというとーーー

 

「もう既に完遂されてます」

「ん?」

 

 エルザは首を傾げる。

 

「依頼を受けたのは一昨日のはずなのだが早すぎないか?」

「昨日の昼前頃に一人のお方がお訪ねになられまして………」

「何?」

 

 どういうことだ、とエルザの思考が固まる。本来であれば、自分達が果たす依頼を既に何者かによって果たされていたのだ。

 

「そいつは“妖精の尻尾”の魔導士か?」

「はい。本人もそう言っていました」

 

 成りすまし。

 エルザが考えついた結論はそれだった。が、シズク本人からはどうも信用をその人に寄せているようでまだはっきりとは疑わしい。

 

「どういう姿をしてたか、分かるか?」

「えー………青年のお方でリュックサックを背負っていました」

「………」

 

 エルザは黙りこむ。

 そこに鍵を腰に着けた一人の少女がエルザの隣へと立つ。

 

「そんな人っていたかしら?」

「ルーシィも分からないのか」

 

 彼女の名前は“ルーシィ”。

 ルーシィは後ろへと振り向くと、誰かを呼ぶかのように声を大きく張り上げる。

 

「ウェンディ~~!!」

「ーーーあ、はい!!」

 

 少しの間の後、少女の返事が聞こえた。

 やがて、走ってきたのは青髪を持つまだ幼げが目立つ少女。

 

「リュックサックを持つ妖精の尻尾の魔導士って誰か居たかしら?」

「えっ~と………特に思い浮かばないです」

「そうよね」

「そうですか………」

 

 ウェンディの返答にルーシィは何度も頷く。

 自然とシズクの視線が落ちたかと思えばそこに。

 

「なによ」

 

 白猫がいた。目があった。

 その瞬間、シズクの脳内が閃光を走ったようにある重大なことを思い出す。

 

「あっ!!あの方も猫のようなのを引き連れていました!!」

「………ふん」

 

 それに反応したのはエルザ。

 

「ーーーまさかっ!?」

「えっ!?」

「えっ!?」

 

 ウェンディとルーシィの視線がエルザへと集まる。

 

「まさか………名前は“ソウ”………ではないか?」

「あ………はい………そうですけど」

 

 シズクの返答にエルザは、そうかそうか、と満足そうな笑みを浮かべる。対するウェンディ、ルーシィの二人は疑問を浮かべたまま、ぴーんと来ていない。

 地べたで不機嫌そうな白猫“シャルル”は一連の流れを眺めて、その時思った。

 

 ーーー初めから名前を聞きなさいよ、と。

 

「ナツ!!グレイ!!今すぐギルドに戻るぞ!!」

 

 エルザの号令。

 離れたところではちょうどナツとグレイが互いの頬を捻りあっていた所だ。

 一瞬で解除、整列し直す。

 グレイのふとした疑問。

 

「なんでだ、エルザ!?」

「ソウが近くまで帰ってきている!!マスターに報告しに行くぞ!!」

「何っ!!マジか!!よっしゃぁぁぁぁああ!!」

 

 ナツの雄叫びが火気を帯びる。

 ナツとグレイの二人は知っているようだ。

 

「ねぇ、レモンも帰ってくるの?」

「きっとそうじゃねぇか?ハッピー、ギルドに戻るぞ!!」

「あいあいさー!!」

 

 どこからか飛んできた翼の生えた青猫がナツの側へと来たかと思えば、彼と共に何処かへと走り出してしまった。

 一瞬で近くの森林へと突入し、姿を見失う。

 

「ウェンディは知ってるの?」

 

 一部始終を見たルーシィは隣の彼女へと問う。ルーシィには心当たりがないのだ。

 

「………」

「ウェンディ?」

 

 だが、返事がない。

 ルーシィがふと見ると、ウェンディはまるで時間の止まった人形のようにピッタリと静止していた。

 

「………お兄ちゃん」

「えっ?」

 

 よく聞き取れなかったルーシィ。

 エルザも異変に気付いたのか、こちらへと歩いてきた。

 

「ウェンディ、体調でも悪いのか?」

「いえ………」

「えっ!?ちょっと!?泣いてるわよ、ウェンディ!!」

「えっ!?あっ………すみません」

 

 溢れてきた彼女の涙。

 ただ事ではないことは確かである、とウェンディを見守る二人は感じとる。

 エルザが優しく尋ねる。

 

「ソウ………と何か関係あるのか?」

 

 頷く。肯定。

 

「理由を聞いても………いい?」

「はい………この際なので、話します」

 

 ウェンディはゆっくりと話す。

 

「そのソウって人………」

 

 ーーー私の兄かもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -1- 完

 




*プロローグ?的なのはこれで終了です。
 次回からはソウのさらなる活躍とヒロインの登場予定です。


裏設定:ソウの意図
 魔法により、自然とセルジュが魔法にトラウマがありつつも克服しようとしようしていると知ったソウはバレないようにセルジュに助力をしていた。
 セルジュの敵地潜入があっさりいけたのもソウが既に敵どもの整地が終わった直後の時であったからだ。



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2-1『竜の兄妹』

 なんか感想の形式、変わりました………?



 ◇◇◇

 

 ―――波動の覇者。

 

「それが世間一般から言われてるソウの肩書きだよ!」

 

 帰り道の道中。馬車の中。

 ナツ達一行はウェンディの事情にも気をかけつつ、彼女の知らないであろうソウに関する情報の開示をしていく。

 ハッピーはどや顔だ。

 

「ねぇねぇハッピー、なんでそんな二つ名が付いたの?」

 

 ルーシィは単直に尋ねる。

 同じギルド"妖精の尻尾"に所属するルーシィは云わば、新人の部類に入る。古参の魔導士に関しては初耳ばかり。

 ついこの前、帰郷した"ギルダーツ"然り。ルーシィは妖精の尻尾についてはまだまだ自分の知らない事だらけだと思い知らされていた。

 

「それは………いっつもソウが敵をボッコボコにしちゃうから!」

「え?そんなに狂暴な人なの!?」

 

 ナツ以上の狂気的な性格。

 想像するだけでも武者震いをしてしまう。しかも魔導士としての能力はどうやらナツ以上。

 

 ………大丈夫だろうか、"妖精の尻尾"。

 

「ハッピー、そんな言い方だと少々語弊が生じてしまう」

「そうかな?」

「そうだ。敵対した者は完膚なきまでに叩きのめす。一切躊躇すらする素振りはなく、その為の手段は敵からすれば絶望としか感じられない物しか選ばない」

「語弊があった方が良かったな~………」

「心配するな、ルーシィ。軽い冗談だ」

 

 エルザが会話に参戦。ハッピーから説明の任を奪い取る。

 

「そうだな。まず、前提として覚えておくといい。ソウは私と同じS級魔導士だ」

「S級………!!」

 

 妖精の尻尾の魔導士の中から選ばし者だけが背負える称号。

 実力は折り紙付き。自分の魔法ですら未だに手子摺るルーシィとは程遠い存在だ。

 因みにエルザもまた、その称号を背負う魔導士である。

 

「しかも最年少で合格したんだぜ」

「昔からソウはめちゃくちゃ強ぇからな!………うぷっ」

 

 グレイとナツが同意する。

 ナツに至っては乗り物酔いで瀕死なのにしゃしゃり出てきた。

 

「私が試験に合格するその前の年にソウは晴れてS級魔導士に昇格した。しかも一発合格という快挙も一緒にな」

「そんな人がギルドに………」

「ソウはとても寛大な心で事を成し遂げる。でも、同時にソウの禁忌に易々と触れてしまえば、そいつの命は無事では済まされないだろう」

「うわぁ………」

 

 ルーシィがぶるぶると震え上がる。

 

「想像が全く出来ない………」

「確か、数年前だったか。一度、彼が暴走しかける事件があった」

「あ~………あったな。あれか~」

「え?何?」

「街が一晩で崩壊寸前まで追い込まれた。当時の小さい少年、たった一人に」

「崩壊………?」

「そうだ。幸運にもギルダーツのお陰で最悪の事態だけは免れたが、その頃から強さの片鱗は出ていたと言える」

「よくそんな危険人物をギルドに入れてるわね。聞いてる限りだと録な印象ないわよ、その人」

 

 馬車の後方にいるシャルルが苦言を唱える。

 

「………お兄ちゃんはそんな人じゃありません」

「ウェンディ?」

 

 ルーシィがそっと振り返る。

 ぼそっと呟いたウェンディの表情は俯いているお陰で確認できない。

 

「ウェンディの言うとおり、ソウも今では立派な魔導士の一員だぞ?今、ソウがギルドを留守にしてるのも、十年クエストをこなす為だしな」

「十年クエストって………十年経っても誰もクリア出来なかったクエストだったよね?」

「あい!ソウが最近、ギルドに帰ってきたのはルーシィが入るちょっと前の話だよ!」

「あれ?って事はクエストの難易度の割にあっさりと帰ってきちゃった?嘘ぉ………」

「ソウの前には十年クエストも敵ではない、と言うことだな」

 

 エルザが誇りに言う理由が少し分かる。

 極悪難易度のクエスト。本来は数年単位でクリアが当たり前のそれを一年もかけずに成し遂げて、帰還する。

 魔導士としての実力がヤバいとしか………。

 

「それでだ、ウェンディ。ここまでの話を聞いた限りではどうだ?」

「はい………私の覚えてる記憶と明確な違いは今のところ確認出来てないです………」

 

 ソウに関する話題。

 これら全てはウェンディの探し人との共通点があるかどうかの確認作業でもあった。

 もしかしたら、只の勘違いだったなんて結末もゼロではない。

 

「やっぱり、ソウがウェンディの兄って話はホントなんだろうな」

「マジか。オレ、一度も聞いたことがねぇ………うぷっ」

 

 仲間であるナツやグレイですら初耳だ。

 

「マスターなら知っているかもしれん。ソウ本人の現在地が分からない今、ギルドに戻って話の真相を直接確かめるのが最善だ」

「はい………」

 

 元気がないウェンディ。

 

「ウェンディ?顔色悪そうだけど、大丈夫?」

「シャルル………うん、平気」

「本当に大丈夫なの?ウェンディ」

「ルーシィさん………心配してくれてありがとうございます。どちらかと言うと緊張してるだけなので………」

「緊張?なんで?」

「その………久しぶりに会えるかもしれないって考えたら、どんな話をすれば良いのか分からなくて………」

「純情な乙女!」

「うぅ~………」

 

 ぽっこりと赤く染まる両頬。

 

「そうよね~。生き別れた兄と運命の再開だもんね~。色々と考えちゃうのも無理ないよね~」

「あの………ルーシィさん………?」

「くぅ!羨ましい!」

 

 理想まで夢見た展開。

 作家の一面も持つルーシィにとって、この兄妹の織り成す物語は是非とも執筆活動に参考させて頂きたい。

 シャルルは冷ややかな目線をルーシィに浴びせつつ、ウェンディに質問する。

 

「後、ウェンディが彼に関して覚えてるものは何かあるかしら?」

「魔法………でしょうか?」

 

 全員の視線がエルザに。

 

「何故、私を見る。ソウの魔法?ナツと同じ滅竜魔法の使い手だ」

「え!?滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)!?」

「驚きすぎだよ、ルーシィ」

「あのね!!ハッピー!!これを驚かないだなんていられない衝撃的な事実なのよ!!あっ………でも、ウェンディも滅竜魔導士なのよね。二人が兄妹だとしたら不思議でもない………むしろ、納得する案件では………」

「ルーシィさん。あの………お兄ちゃんとは実の兄妹ではないです………」

「えっ!?違うの!?」

「はい」

 

 偶然の産物とウェンディは言う。

 兄妹の誓いを交わしたその日からウェンディは兄と慕うようになったという。

 滅竜魔法は伝説の生物、ドラゴンから直々に教わる事でしか入手出来ない貴重な魔法の一つ。

 妖精の尻尾にもナツやガジル、ウェンディ。世代は違えどラクサスなど使える魔導士は存在する。

 同じ滅竜魔法の担い手が義理の兄妹となる可能性は奇跡に近いとされる天文学的な数字だ。

 

「ソウの魔法の性質は"波"。波に関するのであれば、あらゆる操作が可能となる」

「具体的には何があるのかしら?」

「本人がよく使うのは衝撃波としてその魔力を放つ方法。シンプルな魔法だが、その分、威力も計り知れない」

「全部をぶっ壊すあの破壊力は正直、本物だ」

「あれ?ギルダーツと魔法が似ている気がしなくもない………?」

 

 ギルダーツ。

 妖精の尻尾に所属する魔導士の一人。見た目、三十代の男性であり、妖精の尻尾最強候補の最有力魔導士としてその名が上がる程の実力者。

 彼の魔法は"崩壊"。手に触れる物、全てを粉々に崩壊させるチート並の魔法の使い手。

 

「ルーシィの言いたい事は分かる。だからだろうな。実際、私はよくソウが子供の頃にギルダーツから魔法の制御の仕方を教えてもらっていた光景を目にしていた。二人の関係は云わば、師弟関係に近いだろう」

「へぇ………」

「話を戻そう。衝撃波以外にもソウの魔法は色んな方面に応用が効く。探知魔法として状況把握の為のエコー代わり。勿論、音も拾える。他には魔導士の魔力感知や挙げ句の果てには、触れた物を瞬時に衝撃で吹き飛ばす罠の設置も自在に使いこなす」

「ソウは一人で何でもこなしちゃうのです!!」

「便利ってレベルじゃないわね………」

 

 使用範囲は主に戦闘に捜索、情報収集。

 魔法はどれか一つの能力に特化するタイプが多い。ナツだと炎の攻撃特化。グレイも攻撃に関しては応用が適用されるが、あくまで攻撃だけに収まってしまう。

 ソウの魔法は例外だろう。

 本来、探知魔法と攻撃魔法は別々。それを同時に操れるだけでも十分な規格外だと計り知れる。

 

「ソウの話もここまでか。もうすぐマグノリアに着く」

 

 エルザの視線の先。

 妖精の尻尾ギルドの本拠地"マグノリア"は目前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 妖精の尻尾、ギルド。

 

「ソウ君?まだ帰ってきてない筈だけど………」

 

 ミラの返答にルーシィは困り顔。

 ギルドに帰還したルーシィ一行は予定では同じく既に帰還している予定のソウを各自で探す事になった。

 エルザやナツは彼の家へ。

 グレイは彼のよく訪れる場所へ。

 ルーシィとウェンディ、シャルルはギルドの中で情報収集に励む。

 

「それよりも、ルーシィ、ソウ君の事を知ってたわね。あまりギルドには帰ってこないから知ってる人も限られてくるというのに」

「それはですね。エルザから聞いたというか……聞かざるを得なかったというか………」

「ふふふ、もしソウ君が帰ってきたらすぐに分かるわよ」

「どうしてです?」

「ギルダーツの時と同じよ。街一体に鐘が鳴り響いて―――」

 

 ―――ボーン………ボーン………ボーン。

 

「ほら、丁度こんな風に………あら?」

「来た!!」

 

 鐘の知らせが耳に届く。

 ギルドの中でのんびりしていた他の者もまた鐘の音に気付き、立ち上がる。

 

「ソウが帰ってきたぞ!!」

 

 一気に辺りが騒がしくなる。

 次には全員揃ってギルドの扉へと駆け寄った。

 ミラはギルダーツと同じと言っていた。

 なら、とルーシィは周りの者と同じくギルドから外へと飛び出る。

 

「相変わらず無駄に凄い………」

 

 ルーシィの目に移るのは異様な光景。

 街全体が幾つかに分裂し、様々な区域に強制的に分けられ、また再構築されていく。

 完成した時には街の出口から一直線にギルドに来れる巨大な道が形成されていた。無駄な労力。

 

 そして―――遥か向こうに人影あり。

 

「あれが………ソウ………」

 

 ルーシィが感動している、次の瞬間に―――

 

「と、跳んだ………!!」

 

 ルーシィは顔を上げる。ソウの姿を追うには目線だけ上げても無理なぐらいに高く飛翔したのだ。

 小さな点もすぐに等身大に。

 気付けば、遥か向こうにいたソウが目視で顔を確認できる程に距離を詰めていた。

 ローブを着こなす彼はあっさりと着地。ギルドの入り口まで来ると軽く微笑む。

 

「一同揃って大歓迎とは………それに珍しい………」

「皆、お前の帰りを待っていたんだ。それくらい許してやってくれ」

「そっか。好きにしたらいいさ。マスターは中に?」

「あぁ」

 

 エルザと二三言交わした彼。

 そのまま横を通り過ぎて、ギルドの中へと入っていく。

 遠目からしか見えなかったルーシィも念のために同じく外にいたウェンディの姿を探して合流する。

 

「ウェンディ、どうだった?」

「はい。間違いありません。姿や声は昔と変わってますが………匂いは私の覚えてる匂いです」

「どうする?直接、話してみる?」

「………」

 

 本人で間違いはない。

 問題があるとすれば、ソウ本人がウェンディを覚えていいるかだけだが。

 ウェンディには拒絶される恐怖、大切な人を失う恐怖を味わった過去がある。

 もしかしたら、二の舞になるかもしれない。そんな少しの可能性のせいで気持ちに迷いが生じてしまった。

 

「………行きます」

 

 それでも、決意を固めたウェンディ。

 ルーシィは彼女の勇気ある判断を無下にしたくない思いで行動に移る。

 久しぶりのソウのギルドへの帰還に他の魔導士達が盛り上がり、喧騒が溢れる合間をルーシィはウェンディの腕を握りながら先導する。

 ギルドの奥。バーのカウンターで彼はマスターであるマカロフと話していた。

 

「―――よくぞ帰ってきた。しばらくはゆっくりしていくと良い」

「では、お言葉に甘えて。しばらくは休息を取ることにします」

 

 タイミング良く会話が終了。

 マスターの元から離れたその瞬間。ここぞとばかりにルーシィは詰め寄った。

 

「あの~、ちょっと良いですか~?」

「ん?………新人さんかな?」

「は、はい!ルーシィと言います!星霊魔法を使います!」

「星霊か。なかなか癖のある魔法を使うんだな。こっちこそ、よろしく。"ソウ・エンペルタント"だ」

 

 握手を求められた。

 がっつりとルーシィはソウの掌を握り締めながら、思う。

 

 ―――聞いた話と全然違うではないか、と。

 

 何がナツより凶暴だ。

 むしろ、真反対。こんな丁寧に挨拶をする魔導士など妖精の尻尾ではほぼ居ない。

 

「それとそっちは………」

 

 ソウの視線はルーシィの背後。

 ようやくウェンディは恩人であり、義理の兄となる人物と再会する。

 

「あ、あの………!!」

 

 その一部始終を今、ルーシィは目撃―――

 

()()()()()、可愛い竜のお嬢ちゃん。よろしく頼むよ」

「「―――っ!!」」

 

 ―――する筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2-2 へ続く。

 




*ごめんね、ウェンディ………こんなはずじゃ!
 (↑犯人はこいつです)


裏設定:ソウの帰宅タイミング
 リメイク前はエドラス編前。
 今回では天狼島編前辺りに変更となった。理由としては単純にエドラス編でソウが活躍する場面は執筆するほど対した場面ではないか………はい、めんどくさかったからです。
 と、同時にリメイク前はすんなりいけた兄妹の再会もあえて今回はややこしい展開に持っていきます。無事に終われるかどうかは分かりません!



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2-2『記憶の匂い』

前回までのあらすじ:
 妖精の尻尾に久しぶりに帰還した魔導士のソウ。すると、最近入ったばかりの新人魔導士であるウェンディと兄妹関係にあるという事実が本人の口から判明した。
 兄であるソウから直接、その真偽を確かめようとすれば、彼から再会を数年ぶりに交わしたウェンディにかけた言葉は驚くことに初めての挨拶であった。



 ◇◇◇

 

 これはまだ私が小さい頃の話。

 

『ここどこ?………グランディーネ?どこ行ったの?』

 

 グランディーネが姿を眩ましたその日。

 私は森林の道端で泣きじゃくっていた。唐突に訪れた孤独な寂しさに耐えきれなくなったから。

 足音に気付いた私は目を擦り、ふと前を見てみると誰かと視線が合う。

 

『誰?』

『わ、私………!!』

 

 私より少し年上の男の子。

 男の子は私を識別したい様子でじっとこちらを見つめてくる。

 青みがかった黒髪に綺麗な黒の瞳。

 腰に括り付けたローブに背負う荷物から私は旅の人だと察するまで、時間はかからなかった。

 

『ここは危ない。早くこの森から抜け出した方が良い』

『で、でも私………帰る場所がなくて………』

『………俺もない』

『え?』

 

 聞き返してしまった。

 と、男の子はその真意を語るつもりは全くないらしい。

 既に半分、その場を後にしている。

 

『俺、急いでるから。また』

『え?え?………まっ、待って!!』

 

 置いていかれるのだけはもう嫌だ。

 どんどん離れていく男の子に私は何振り構わず追い掛けていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ―――数分後。

 

『その子………どうしたの?』

 

 森を抜けた先では別の男の子が待っていた。

 青髪に左目には赤い傷のような模様が入ったその男の子は彼の背中に隠れるようにして覗き見る私に不思議そうに首を傾げていた。

 

『知らない。勝手に付いてきた』

『付いてきたって………本当にどうするつもりなのさ』

『置いてくのも可哀想』

 

 私が追い掛けた男の子は私が後ろに付いても気にせず、道中に一目背後を確認するだけでそれから何を言わずに、黙々と歩いていった。

 てっきり、許可が降りたものかと。

 

『はぁ。ソウらしいね………僕の名前はジェラール。それとこの素っ気ないのがソウだよ』

『紹介の仕方が不満しかない』

『基本的に無視で良いから。君の名前は?』

『………ウェンディ』

『ウェンディ。良い名前だね。ウェンディはなんでソウに付いてきたのかな?』

『それは……うぅ、グランディーネ……うぇぇん~』

『泣かした。ジェラールが泣かした』

『今のは僕のせいかな!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ―――二週間後。

 

『そっか。君の親はドラゴン………なんだ』

『うん。でも、もうグランディーネには会えない………』

 

 ―――雨の日。

 

 ジェラールが食材を探しに出掛けた間、私とソウは木の根元で雨宿りをしていた。

 

『俺も昔、ドラゴンに育てられた』

『え?それって………私と同じ?』

『同じ』

『嬉しい!一緒だね!』

『待たせたかな?二人とも』

『あっ、ジェラール!!』

『ご苦労。さぁ出せ』

『偉そうなソウにはあげないから。ほら、ウェンディ、良いものあったよ』

『わぁ~美味しそう~』

『………無念』

 

 ―――時には、湖の畔で。

 

『ソウ!!今だ!!』

『ひゃあ!?大きい魚!!』

『………今晩のご飯は豪華になるな。どっかーん』

『バカ!!やりすぎだ!!』

『ビシャビシャです………』

『すまん』

 

 ―――時には、ジャングルで。

 

『これ、食べられるの?』

『だ、ダメ!!それ毒あるから絶対にダーメ!!』

『なら、ウェンディ、これは?』

『これは………大丈夫!!』

『だそうだ、ソウ。参ったか』

『なんでことあるごとに毎回勝負を仕掛けてくる、ジェラール』

 

 あっという間の毎日だった。

 

『アニマ!?』

『どれ?』

 

 旅の最中にたまに私には分からない会話を二人がすることもあった。

 それが前触れだったかもしれない。

 

 ―――嵐の夜。

 

『どうして………?もっとジェラールとソウと色んな場所に行きたいよ………グランディーネを探してよ………』

『ごめん、ウェンディ』

『置いてかないで………!!私を一人にしないでよ………!!』

『俺とウェンディは常に一心同体だ』

『ふぇ?』

『だから………俺がどれほど遠くに離れても、ウェンディの心と俺の心はいつも一緒』

『私とソウがいつも一緒………?』

『うん。俺とウェンディは()()

『家族?ソウは私のお兄ちゃん?』

『俺はウェンディのお兄ちゃんだ』

『うん』

『待っててくれ、ウェンディ。必ず、兄は妹の元へ駆け付ける。いつになるかは分からないけど………必ず』

『分かった。お兄ちゃんが帰ってくるまでずっと待ってる………』

『ありがとう、ウェンディ………ジェラール、頼む』

『分かった』

『………お兄……ちゃん………』

『ホントに良いのかい?本来、ソウが僕に付き添う必要はないのに』

『元々、乗り掛かったオンボロの船。ちゃんとやり遂げて、全部を終わらせたい』

 

 こうして、私はギルド"化け猫の宿(ケットシェルター)"に預けられた。

 あの日以来、二人の音沙汰は無い。ギルドの皆と過ごす毎日が続き、シャルルとの出会いも果たした。

 

 転機は―――"六魔将軍(オラシオン・セイス)"

 

 詳細は省くがその一件で私は消滅してしまった"化け猫の宿"から新たに"妖精の尻尾"へと所属を移すことになる。

 運命はきっと繋がっている。

 私が新たに入った妖精の尻尾にはあの時に約束を交わした彼の姿があったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 妖精の尻尾ギルド。

 

()()()()()、可愛い竜のお嬢ちゃん。よろしく頼むよ」

 

 彼はそう言った。

 嘘偽りのない彼の仕草にルーシィは戸惑いが隠せない程の驚きを露にする。

 

 そして、ウェンディは―――

 

「あ………あ………」

 

 はっきり開かれた目。機能を失ったように漏れる声に目筋に涙が浮かんでいく。

 彼女にしか分からない感情。兄だと思っていた人から、いざ再会すれば初対面として対処された時の感情。

 

「うん?何か変な事言った?」

「竜の何とかってのが原因じゃな~い?」

 

 ぴょこっと顔を出すのは黄色いエクシード"レモン"。

 ふわぁと欠伸を溢したレモンはソウの挨拶に問題があったと指摘していた。

 

「匂いで何となく分かるよ。彼女が俺と同じ滅竜魔導士ってのは」

「は、はい………」

「ほらみろよ、レモン。正解やったぞ」

 

 どうだと言わんばかりのソウの態度。

 ルーシィはウェンディとの関係の真偽を直接確かようと勇敢にも向かっていく。

 

「あの、ソウ!!覚えてない!?"ウェンディ"の事!!」

「ウェンディ………?」

 

 口元に手を当てて考え始めたソウ。

 

「いや………覚えて()()

「なっ!?」

「俺が過去に受けた依頼繋がりとかで会ったとか、そういうのかな?」

「ううん!!そうじゃなくて!!昔、ソウが妖精の尻尾に入る前に―――」

「ルーシィさん」

「………ウ、ウェンディ?」

「もう良いんです。すみません、こちらの人違いのようでした」

「あ、そうなの?」

 

 ウェンディは彼に一礼。

 そして、そのまま身体を反転させて走り出してしまう。

 きらりと溢れた小さな滴と共に。

 

「行っちゃったよ~?良いの~?」

 

 誰も返事はしなかった。

 変な空気が流れる現場。その沈黙に重い空気を破ったのは先程までの一部始終を見守っていた白い猫―――シャルルである。

 

「ちょっと良いかしら」

「あっ、ハッピーと同じ猫だ~」

「アンタもよ!!………話がそれたわね。私の名前は"シャルル"。別に覚えなくてもいいわ」

「え?私~?レモンだよ~」

「だから!!アンタに聞いてない………!!」

 

 こほん、と咳を入れるシャルル。

 

「ソウ。アンタ、本当にウェンディのこと覚えてないの?」

「………」

「そ、分かったわ。兎も角、ウェンディを泣かせるような真似なんてしたら絶対に許さないから。例え、私よりもどれだけ強かろうが関係ない。私にとってはウェンディは大切な親友なの。ウェンディはアンタに対して特別な思いを抱いているのだからそれ相応のやり方でやって頂戴」

「あれれ~?いきなり好き勝手に言うね~?ソウだって好きで家族の誰かを泣かせるなんて事はしないよ~」

「アンタには関係無いわ。私は今、こいつと話してるの」

「なにを~?」

 

 バチバチと散る猫の火花。

 黄色と白色。互いに譲れぬ思いを抱いている。簡単には後に引けない。

 

「レモン。敵意が剥き出しだ。引っ込めろ」

「えぇ~?でも、ソウ~。初めて会ったのに失礼な事言われたら流石に私でと怒っちゃうかな~と思います~!」

「………シャルルと言ったな」

「えぇ。何かしら?」

 

 ―――俺、昔の記憶が一部だけ無いんだ。

 

「………きっと、その記憶の中にある俺とさっきの子は会っていたんだろうね。不思議とそんな感じがする」

「ソウ、それは秘密にしておくべきじゃ………」

「良いんだ、レモン。記憶が無いのも恐らく過去の俺がした決断だろうし、今でも後悔はない」

 

 ソウは弱く笑みを浮かべた。

 唐突に告げられたシャルルはあまりの展開に絶句してしまっており、会話を聞いていた周りの者も全員が段階は違えど、驚きある仕草を見せる。

 

「何より、彼女を悲しませるような真似だけはしてはいけない気がした………」

「だとしても記憶がないソウにはどうする事も出来ないよ?」

「でも、俺はそれを理由に過去の自分から逃げ出したくない」

 

 ソウは頭にいるレモンを下ろす。

 

「探してくる」

「………ウェンディならギルド裏の高台にいると思うわ。あの子、あそこからの景色がすきだから」

「ありがと。ちょっと行ってくるから何かあったら呼んでくれ」

 

 シャルルに礼を告げ、ソウはギルドの外に。

 

 ―――まだ記憶は戻っていない。

 

 それでもなお、ソウが自ら彼女の元へ向かう決意をした。

 それはきっと妹の存在をソウ自身、ない筈の記憶の何処かで覚えていたからかもしれない………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2-3 へ続く。

 




裏設定:ソウとウェンディの出会い
→リメイク前はウェンディが"化け猫の宿"に滞在している時にソウと出会った設定だったが、リメイク後は化け猫の宿に連れていかれるまでの日々の途中でソウと出会うことになった。
 こうした理由は単純にソウが記憶を失う出来事に関しての時系列の調整が神の手(作者)によって入った結果だからである。


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2-3『記憶の証』

 前回までのあらすじ:
 記憶の一部に損傷がある。故に妹の存在も不明瞭だと唐突に告げたソウ。
 そして、シャルルの秘めたる覚悟とそんな彼を庇おうとしたレモンが正面から衝突してしまう。
 緊迫した状況が続く。
 すると、突然、妹というウェンディを知ったソウは気持ちに整理が付かないまま、過去の自分がした微かな記憶だけを頼りにギルドの外へ飛び出したウェンディを追いかけたのであった。



 ◇◇◇

 

 ソウ―――大切な兄だった。

 

 六魔将軍の件で唯一の居場所であった"化け猫の宿"は消失してしまい、兄との再会の手掛かりも同時に無くしてしまう。

 その際、ジェラールとも再会を果たしたものの、彼も昔の記憶は無かった。

 それもその筈。過去に一緒に旅をしたジェラールはまた別のジェラール―――エドラスのジェラールと後に判明したから。

 妖精の尻尾では"ミストガン"と名乗るその者はしっかり旅の思い出を覚えていた。だが、ミストガンはエドラスに戻ってしまったまま、会える機会はもうない。

 

『ソウ・エンペルタント。妖精の尻尾の魔導士として生きている』

 

 耳を疑った。

 そして、その瞬間に数年しても音沙汰が皆無だった彼の行方に、希望の光が灯された。

 実は隙を見てはこっそり探していた。なのに、同じギルドの魔導士だったなんて灯台元暗しも程々にしてほしい。

 

 なのに――――

 

 彼もまた私の記憶が無かった。

 二度も同じ羽目に遭うなんて。今回はエドラスの彼ではないし、何より鼻や目、あらゆる五感が彼を昔会った彼だと訴えてくる。

 安心する匂い。何かに付けてふんわりと笑う仕草は昔のまま。

 でも、彼はきっぱりと告げる。

 

『いや………覚えてない』

 

 この時、私は何を思っていたのだろう。

 気持ちに混乱が生じた私は取り敢えず一人になって落ち着きたかった。

 結果、逃げ出す形でギルドを飛び出した。

 心配させてしまったシャルルには後で謝らないと思いつつも、辿り着いたのはマグノリアの街が一望出来る場所。

 私がこの街に来て、見つけたお気に入り。

 悲しいことや辛いことがあると此処から街を一望して気持ちの整理をつけるのがマイブームとなっていた。

 

 ―――竜の匂い。

 

 ものの数分。

 敏感に働く鼻がまたしても懐かしい匂いを捉える。

 きっと、これもまた幻想。相当、今の自分は重症なのだと思い知らされる。

 

 幻想は現実へ移り行く。

 

「隣………良いかな?」

 

 人の声。

 私は後ろに人が来たことに驚き、慌てて振り返ってしまう。

 

 そこに居たのは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 マグノリア。展望台。

 

「隣………良いかな?」

 

 はっ、と振り返る。

 少し離れた場所に自身の兄と思っていた人物、ソウの姿があった。

 彼は尋ねた相手が小さく頷くと、ゆっくりと近くまで歩み寄る。やがて、ベンチの座っていた隣に腰を下ろした。

 

「さっきは………すみませんでした………」

 

 ウェンディはそっと謝る。

 彼の記憶にないのなら、それは赤の他人となる証拠。自分の待つ兄はこの人ではないとウェンディは無理矢理信じ込ませていた。

 容姿も、魔法も、匂いも昔の彼と一致しているのに。何故、彼は私の事を覚えていなかったのか。

 きっと、彼にとっては対した出来事では無かったのだ。些細な思い出のひとつに過ぎないのだと。

 

「その話だけど………もしかしたら」

「はい?」

「俺は君のお兄さんかもしれない」

「え?」

「俺、昔の記憶が無いんだ」

 

 街を眺めながら彼は告げる。

 その言葉の意味を理解しようとして、ウェンディの思考は停止する。

 

 ―――お兄ちゃん?

 

 待ち続けた人。また会うその日まで、と約束を交わした。

 だが、こうして再会してみれば。

 あの一緒に様々な場所を旅した記憶すら無くしていた。

 

「記憶がない………だとしても………」

「これは身体が覚えてるって言うのかな。こうして、直接、君を見てみる何故かと心が安心する」

「私も………懐かしい気持ちになります」

「きっと、俺と君は過去に会ってたんだろうね。じゃないとこの気持ちに説明が付かない」

「………はい」

「ごめんね。君もちゃんとしたお兄さんと会いたかっただろうに」

「い、いえ!そんなことは………あの、ソウ………さんは私の事が嫌いなのでしょうか………?」

 

 思考はネガティブへ。

 ソウにとって、ウェンディという存在は大切ではない。だから、彼は記憶を無くした。

 ウェンディは決死の覚悟で口を開く。もうジェラール―――ミストガンの時のように後悔はしたくなかった。

 

「何でそんなこと聞いた?」

 

 ソウは質問に質問で返してくる。

 ウェンディから返答がないと判断するや否や、ソウはそっと空を見上げた。

 ぽつりぽつり、と語り始めるウェンディ。

 

「………これまで私はずっと助けられてばかりです。恩返ししようにも、いつも何も出来ない自分にぶつかるばっかりで………結局、また助けられての繰り返し………私なんて役立たずですね………」

「ちょっとじっとしててね」

「はい?」

「こんな感じかな?」

「ふぇ!?あ、あのっ!?」

 

 ソウの手はウェンディの頭に。

 そっと撫でていく彼の手にウェンディは狼狽えるものの、すぐに拒否することなく素直に受け止める。

 

「あんまり考えない方が良い。下を向くなら、前を向いて歩け―――って昔の俺がそんなこと言ってなかったかな?」

「どう………でしょうか?私の知るソウさんはあまり喋る方では無かったので」

「あれ?そ、そっか~」

「ふふ………」

 

 つい微笑ましく笑みが溢れる。

 

「ウェンディ、教えてくれないかな?」

「は、はい?」

「君の知る昔の俺を。話を聞いたら、思い出すかもしれないしさ」

「た、確かに………」

 

 ソウの提案は筋が通っていた。

 記憶の損害は切っ掛けさえあれば、取り戻せると何度も言われてきている。ウェンディの過去話を聞いた彼の記憶が戻る可能性もゼロではない。

 

「その前に一つお願いがあります………」

「ん?何かな?」

「あ、あの………もっと近寄っても………」

「近寄る?全然良いよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 緊張でやけに重い腰を上げた。そっと彼の座る隣に移動する。

 これだけではまだ物足りない。

 

「そ、それと、ハ、ハグとか………しちゃ、ダメですか?」

 

 ぎゅっと目をつぶる。

 訪れる静寂に街の賑やかさと風が吹く音だけがウェンディの耳へ届いてくる。

 

「おいで、ウェンディ」

 

 ―――刹那。

 

 全力でウェンディは抱き着いた。何年も我慢した思いがようやく爆発した。

 背中に腕を回し、これでもかとソウの胸元へ顔を押し付ける。ぎゅっと抱き締める度にソウは優しく彼女の頭を撫でた。

 

「………待たせた、ウェンディ。ただいま」

「はい………お帰りなさい………お兄ちゃん」

 

 今はまだ違えど。

 それでも―――二人は言わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ―――数十分後。

 

「………色々と俺の知らない間にあったんだな」

 

 ウェンディの話を聞いた。

 "化け猫の宿"での何気ない日常に、六魔将軍が襲来して判明した衝撃の真実。過去に自分が頼ったギルドがそんな秘密を抱えていたのかとソウはビックリした。

 妖精の尻尾に来てからも怒濤の日々の連続。

 エドラスという裏世界からの侵略もギルドで団結して防いだこと。出来事の一端にエクシードが関わっていたのだが、レモンもそのエクシードに分類されるというのは初耳だった。

 他にも些細や日常の一幕。一人で依頼に挑んだり、変な集団と遭遇したりした等もウェンディ本人の口から楽しそうに語られた。

 

「はい!私、妖精の尻尾に入って良かったと思ってます。皆さん、優しくしてくれますし色んな経験も積めたり………それにソウさん―――お兄ちゃんと会えました」

「そっか………良かったな」

「うへへ」

 

 優しく頭を撫でられるウェンディの頬は自然と綻びている。

 

「それに私、ソウさんの話も聞きたいです」

「俺の?」

「はい!私、気になります!」

「そっかぁ~………」

 

 清き純真な瞳の潤めき。

 一切の戸惑いは見せず、少女の興味心は高まるばかり。

 対して、困り果てたのはソウ。

 

「ごめんな、ウェンディ。俺の場合、依頼の関係で話せない物が多くてな………」

「っ!!………ごめんなさい。無理に押しちゃって………」

「でも、他言無用すると約束してくれるなら良いよ」

「本当ですか!?」

「あぁ」

 

 知りたい、と頷くウェンディ。

 

「実はね、俺の知り合いの中に滅竜魔導士がいるんだ」

「え?私達以外にですか?ナツさんやガジルさんとかではなく?」

「そ。しかもウェンディと同じ女の子でその内の一人、いや二人かな?」

「二人も………!!会ってみたいです!!」

「そうだね。きっと向こうもウェンディと友達になりたいと思ってる」

 

 これも偶然の産物。

 妖精の尻尾のとある依頼をこなす為、出向いた先にその滅竜魔導士と遭遇したのだ。

 しかも一人ではなく複数。

 普段から一緒に行動していると本人達の口から告げていたので、今もきっと国の何処かで過ごしている筈。

 

「なら、行っちゃうか」

「え?何処にですか?」

「そりゃあ、決まってるよ」

 

 ソウは立ち上がる。

 

「ウェンディの友達がいるとこ。ついでに、俺の記憶も取り戻しに行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -2の4- へ続く。

 




 裏設定:メリークリスマス!!
→メリークリスマス!!(遅れて、すまぬ)


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2-4『レモン』

 今回は-3-へ進む前の短編集的な回になります。

*2018年も投稿は今日のこれで最後。2019年もよろしくお願いします。ではでは、皆様、良いお年を。



 ◇◇◇

 

 妖精の尻尾。

 

「あい!昔からおいらと同じくらい妖精の尻尾にいるレモンだよ!」

 

 ハッピーの周りには妖精の尻尾に属する小さな猫達―――エクシードが勢揃いしていた。

 ウェンディを相棒に持つ白の"シャルル"。ガジルを相棒に持つ黒の"リリー"。

 

 そして――ソウが相棒、黄の"レモン"。

 

 只今、初対面となるレモンとその他のエクシードによる会合が執り行われている。

 

「私もエクシード?って種族らしいね~。よろしく~」

「まさか、知らなかったのか?」

「全然知らな~い。てか、興味な~い」

 

 のんびりした口調のレモン。

 この世界とは別の世界―――エドラスという地に棲息するエクシードが従事る王国があった。リリーを除くレモン達は親、国の意向によりこの世界に送り込まれた過去を持つ。

 卵のまま送り込まれ、生誕した際に親代わりになってくれたのが滅竜魔導士。今で言う、其々が相棒と信頼して呼べる者達であった。

 

「リリーだ。よろしく頼む」

「ほーい」

「あい。次はシャルルだよ」

「………」

「あれ?シャルル?どうしたの?」

 

 シャルルの居心地が悪そうに見える。

 ハッピーが心配そうに近寄るが、いつもの癖でシャルルは雑にあしらう。

 

「ふむ。いくらプライドが高いとは言え、いつもなら挨拶ぐらいは素直にするのだがな」

「一言余計よ………」

 

 素っ気なく横顔を見せるシャルル。

 と、ずっとその様子をじっと観察していたレモンがふと何かを思い付いたのかニヤリとした笑みを浮かべた。

 きっと先日ウェンディを庇い、わざとではないと分かりつつもレモンに傷付ける罵倒に近い言葉をかけてしまった。今更、仲良くしようとしても脳裏に小さく足掛りが生まれるのは必然となってしまう。

 

「前のあれは気にしてないよ~」

「え?」

「あなたがそういう性格なのはハッピーから聞いたから~。悪気が無いのも承知の助~」

「………ハッピー?」

「お、おいら………!!」

 

 ギロリと睨まれ、蛙の子のように怯える。

 その状況が数秒続けば、先に諦めたシャルルは深く溜め息を吐いた。

 

 ―――シャルルとレモン。

 

 出会った初日にどちらも不本意でありつつ、結果的に確執が生まれてしまったのは事実。

 不器用ながらもハッピーが気にかけてくれて、解消したいと行動に移してくれた事に関しては感謝しなければならない。

 

「えぇ………私も気にしてないわ。これからもよろしくね、レモン」

「ほーい」

 

 黄と白。二人は今、握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ギルド。カウンター。

 

「………なんか雰囲気変わったよな」

 

 前触れもなく俺は呟いた。

 ミラが淹れた紅茶を片手にギルドの騒がしい日常を眺めていた時にふと脳裏をよぎっただけの話だが。

 少し離れた所ではグレイとナツが殴りあってる。

 あ、エルフマンが巻き込まれた。

 

「そう言えば、ソウ君はギルドが改築してから初めて帰ってきたのだったかしら?」

「改築?」

「実は少し前にしたの」

 

 "ミラジェーン"。

 普段はギルドのカウンターで料理を担当する清楚な女の子。その裏、実は俺と同格のS級魔導士であるので彼女を怒らせたらヤバい。

 過去にあった荒ぶる時代の彼女を知る身としては少々戸惑う部分も多かったが今となると、慣れてしまった。

 

 結論―――慣れは怖い。

 

「ソウ君に緊急で連絡した時あったでしょ?」

「あったね」

「その時、ギルド同士の交戦があった余波で建物が壊れちゃって、折角だから新しくしようって」

「なんか………大変だったんだな」

「えぇ………」

 

 またしても物騒な事してる。

 ミラから連絡があったのは事実。その時は確か、十年クエストの依頼対象である化け物を駆逐してた時だ。

 距離的な問題で駆け付けられなかったんだ。勘弁してくれ。

 

「でも、こうして平和な日常を過ごしていられるだけでも………私にとってはありがたいの」

「………だね」

 

 ミラには妹がいた。

 でも、典型的な魔法の事故で亡くしてしまった。ミラの性格が今のように変わったのも妹の死による影響だ。

 

「あっ、ソウだ~。やっほ~」

 

 妹の名前は"リサーナ"。

 ミラと同じ綺麗な白髪のショートヘアーにくっきりとした瞳をした少女だった。

 あの頃はまだお互いに幼かった。今頃に成長すれば、きっと、俺の前で手を振る女の子みたいな感じに―――

 

 ―――あれ?リサーナっぽい人がいる。

 

「覚えてる?私、リサーナだよ?」

 

 俺は無言で彼女のほっぺをつまんだ。

 ぷにぷにと跳ね返る感触は本物に他ならない。だが、彼女は死んだと俺の記憶に刻まれてる訳であって―――

 

「なんだ。ただの幽霊か」

「いきなり頬っぺた掴まれた!!しかも幽霊じゃないよ!?ちゃんと生きてるよ!?」

「俺の知るリサーナはもっと小さい」

「そりゃあ!!数年もすれば私も成長して大きくなったからね!!」

「………生きてる?」

「色々とややこしい事情があったから説明しにくいんだけど………妖精の尻尾に帰ってこれたよ」

「そっか。良かったな」

「うん!!」

 

 ミラの様子を伺う。

 妹のサプライズドッキリが成功したのが余程嬉しいのか、あんなに幸せそうに頬笑むミラを見たのは久しぶりだ。

 やられたらやり返す。それがしがない魔導士の誇り。

 

「それで、足は透明じゃないんだな」

「………うん?はっ!?だから、幽霊じゃ無いってば!!」

「宙に浮いたり出来るのか?」

「違ぁぁぁああああう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ギルド、テーブル席。

 

「この前は………言い過ぎたわ」

 

 お昼の肉を摘まんでると背後から。

 振り向くと、白い猫もといシャルルが視線を逸らしつつも魔法"エーラ"とやらで浮かんでいた。

 空を自在に飛べる魔法。"エーラ"。

 レモンも普段から使用するので、どうやらこの魔法はレモン固有の魔法ではなく、同じ種族に共通して覚えられるタイプらしい。

 

「ふぁんだ?」

「………食べてる最中に話し掛けた事に対して、こっちに比があったのは認める。せめて、ちゃんと飲み込んでから話してくれないかしら………?」

 

 こめかみにシワが走ってる。猫なのに。

 これは随分とお怒りなご様子だと察した俺は口に含んでいたミラ特製の料理をしっかり味わいつつもしっかり飲み込んだ。

 

「この前って………俺が帰ったときの話?」

「えぇ」

「あれに関しては別に気にしてないけどな。仲間思いなのは良いこった」

「アンタが簡単に許してくれても、私自身が納得できないのよ」

「難しい性格してるね」

「余計なお世話」

 

 所謂、プライドが邪魔をする。

 シャルルが俺に告げたウェンディに対しての忠告はきっと彼女を大切に思うからこそ飛び出た言葉。

 それらを真摯に受け止める。俺が出来るのはそれ以上でも以下でもない。

 

「………シャルル。君があの時、俺に言った事はちゃんと理解出来てる。俺だって、ウェンディの事はちゃんと正面から向き合っていくつもりだ」

「………」

「今は信じなくていい」

「え?」

「言葉なんてどうせ言葉止まり。それだけで、シャルルが俺を信用するまでの証拠にならないのなら、そうだな………俺は行動という別の手段で君の信用を勝ち取るだけ」

「………アンタもなかなか難しい性格してるじゃない」

「そっかな?妖精の尻尾の魔導士に比べれば、俺なんてただのしがない魔導士にしかならないけど」

 

 俺の冗談も程ほどに。

 シャルルの目は真剣さを増す。俺も自然と心を構えてしまう。

 

「ウェンディの事………お願い。今は無事でも、私の力だけで今後とも襲ってくるかもしれない障害や敵から守れる可能性は私には殆どないわ。その時は………」

「あぁ、約束する。この魔法に誓って」

 

 俺は迷いなく告げた。

 

「っ!!………ありがとう………」

 

 シャルルは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに安堵した表情を浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -2- 終




 裏設定:レモン

 前回までは無邪気、元気っ子をイメージしていた。リメイク後では呑気、不思議ちゃんをイメージして書いている。
 理由はソウの相棒として、こちらの方が似合いそうだからというだけ。それと、キャラが立つ。


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3-1『手荒な歓迎』

 前回までのあらすじ:
 ソウの過去の記憶を求め、旅へ。
 と意気込んだのもつかの間、ウェンディは気づけば知らない場所へと誘い込まれていた。真っ白な空間にポツンと立たされてしまう。
 隣にいたソウもまたウェンディと同様に謎の現象に巻き込まれていた。
 ソウがこの事態の中、取った行動は―――



 ◇◇◇

 

 謎の空間。

 

「………転移。あいつの仕業か」

「えっ!?ここは!?」

 

 辺りを見渡す。

 真っ白い床に何もない空間が占める。遠く向こうは真っ暗闇で何も見えない。

 

「心配することは無い。これは只の俺の友人によるいたず―――」

「ソウさん!?」

 

 隣にいた筈であるソウの姿が消失。

 代わりに岩石のような支柱がウェンディの視界を横切っている。

 

 ―――破砕音。

 

 一瞬で砕け散った岩石の支柱。

 それは正面から受け止めたソウが魔法で衝撃を加え、破壊した結果であった。

 

「くっ………油断してた」

 

 服の塵を払ったソウ。少しだけ立ち位置が後退している。

 特に目立った負傷はなく、ウェンディはホッとした。

 一撃KOの威力も秘めた渾身の一撃。

 不意討ちに近いそれを咄嗟に対処したソウの機転の高さは流石の一言。

 

「ソウさん!!大丈夫ですか!!」

「問題無い。それよりも、ウェンディ………」

「はい?」

「―――戦闘準備だ」

 

 ―――ドゴォン!!

 

 派手な着地と共に。

 ソウとウェンディの前に出現したのは一人の青年。

 ローブに身を包んでるので全容は知れず。

 ただ、ニヤリとした笑みだけは確認できた。

 

「随分と派手な挨拶だな」

「おう。喜んでもらえて何よりだ」

 

 ソウと青年が会話を始める。

 その内容にウェンディは困惑。今のが挨拶代わりのやり取りだとは信じられなかった。

 

「もう少し控えろってつったろ」

「と言いつつ、案外ノリノリだったな!」

「心臓に悪い」

「おっ?心臓が停止しても魔法で動かせると?………すげぇな」

「ぶっ飛ばすぞ?」

「望む所だ!!」

 

 軽口の応酬。

 

「な、何が………起きてるの?」

 

 ウェンディは振り返る。

 こんな状況になるまで、一体何があったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 妖精の尻尾。

 

「んじゃ、レモン。留守番よろしく」

 

 扉を開放しつつ彼は言う。

 隣には期待に胸を膨らませて、そわそわしているウェンディ。

 

「は~い。ミラに紅茶淹れてもらう~」

「あんまり飲み過ぎるなよ………俺の財布的にも」

「ウェンディ、我が儘言わずにちゃんとするのよ」

「だ、大丈夫!!私だって一人でも依頼こなせるようになったんだし………多分」

 

 今回、レモンとシャルルは同行せず。

 つまり、純粋にソウとウェンディの二人旅となる。シャルルは不安そう。

 二人っきりという事実に気付いてしまったウェンディはポッと頬を赤く染めていたのは余談。

 二人だけなのはソウの記憶を呼び覚ます上で邪魔者は極力排除、当時の環境を出来る限り再現する為である。

 

「ソウも………ウェンディにもしもの事があれば、容赦しないから」

「今回は別に危険が高い依頼に行く訳じゃないし、想定外な事態にならない限り平気」

「その想定外とやらをピンポイントで引き当てるのがこのギルド(妖精の尻尾)じゃないかしら?」

「………善処するよ」

 

 視線を逸らしつつ答える。

 シャルルの発言は的を得ていた。実際、妖精の尻尾はトラブルメーカーが多い。予定では平穏に済む筈が、結果的に丸々町一個壊してしまったなんてのもこのギルドでは何故か日常茶飯事として処理される。

 ソウは比較的マシな部類に入る。やる時にはやってしまうが。

 

 そして―――

 

 シャルルもまた短い期間なのにも関わらず、彼の魔導士としての実力には一目置いていた。

 さっきの発言も本人は半分冗談のつもり。

 ウェンディ心配性のシャルルがすんなり二人旅を承諾したのも彼なら問題ないと信頼しているからだ。

 

 ―――と言うのも。

 

「ソウー!!もっと勝負しろーー!!」

「また今度な。ほい」

「うわぁぁああーー!!」

「ナツー!!待ってー!!」

 

 またナツが吹っ飛ばされた。

 その後を追い掛けるハッピーの背中を眺めるのも何度目になるだろうか。

 ソウが帰還、ギルドに滞在中の間では戦闘馬鹿のナツが懲りずに勝負を仕掛ける光景がよく見られる。

 他の魔導士はまたか、とチラ見してすぐ興味を無くす反応が多い。ウェンディとシャルルの場合、ナツの性格は知りつつもソウの対応方法は知らないのでその行方を見守っていた。

 特にウェンディはそわそわ、そわそわ。

 結果はご覧の通り。一瞬で蹴りがつく。

 ソウが無駄のない動きで、拳を振り翳すナツの猛威を避ける。とどめにナツの額に魔力を込めたデコピンを発射。

 魔法で強化されているので、あっさりとナツが吹き飛ばされて、勝負は終了。初めて見たときは目を疑ったものだ。

 

「んじゃ、行こうか、ウェンディ」

「はい!」

 

 元気よく返事をしたウェンディ。

 見送りにと多くの人が手を振る中、ソウとウェンディはギルドの外へと踏み入れる。

 

「………あれ?」

 

 そして―――二人の姿が消えた。

 

「今、何かした?」

「ソウの魔法じゃないか?」

「そっか。なら、平気だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 謎の空間。

 

「そう言えば、隣の子は誰だ?あんまり見ない顔だな」

 

 話は冒頭へ戻る。

 相手はソウと言葉の殴り合いに飽きたらしく、興味は別に移っていた。

 視線を向けられたウェンディは少し怯えつつも負けじと睨め付けようとする。が、効果は殆んど無い。むしろ、逆効果なのは本人にとって知らずが仏。

 

「どうやら、俺の妹らしい」

「なんだと………!!妹が居たのか」

「正直、俺も困惑してる。だから、俺の記憶を返して貰いに今日は来たって訳」

「そういうことなぁ~。事情は分かった。いや、オレとしては全然構わないが………師匠が素直に返してくれるとは思えない」

「分かってる。だからこそ、簡潔に言おう。お前も手伝え」

「なら、手合わせ願おうか!オレに勝てば考えてやらんこともないぞ!」

「だと思ったよ」

 

 両者、視線が鋭く光る。

 状況が飲み込めないウェンディはあたふたとするだけ。

 

「なぁ………あいつら呼ぼうか?」

 

 相手も流石にこのまま戦闘を行うのも気が乗らないと感じたらしい。

 ソウもウェンディを守りつつの戦闘となれば、魔法の制限がかなりキツイ。ありがたい申し出だ。

 

「ウェンディ、ちょっと離れてくれ」

「えっと、はい………でも、私ちょっと理解が追い付かないのですが………」

「それなら、私に任せて!説明なら大得意!」

「来るの早ぇな、おい」

「ずっと見てたからね!」

 

 くるり、と一回転。着地。

 赤の髪に深海より深い青色の瞳をキラキラと輝かせる活発そうな少女が決め台詞と共に参上した。

 

「だ、誰ですか!?」

「海の人魚と言えば、私の代名詞!海の滅竜魔法の使い手!"サンディー・サーフルト"だよ!」

「っ………!!」

「ドン引きされた!!ガーン!!」

 

 目元で二本の指を開いてキランとしたのが原因。

 

「こほん………兎も角、ここに居ると巻き込まれて危ないから私達は安全な場所まで避難するよ」

「ソウさん、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「え?あっ。ソ~ウ~?まさか、説明してないの?」

「説明する暇なく飛ばされたからな。ウェンディ、安心して付いていくと良い」

「ですけど………」

「この前話した事、覚えてるか?」

「え?」

「滅竜魔導士の女の子が居るって話」

「あっ………もしかして………」

「そうだよ!その話は私の事だね!恐らくは!」

 

 わはは、と笑うサンディー。

 

「本来なら道中に話そうかと思ってたんだが………分からない事はサンディーに聞くといい」

「分かりました」

「じゃあ、行こうね~、ウェンディ」

「ちょっ!?えっ?何で私の名前を!?」

「全部、避難してから教える~」

 

 サンディーに手を引かれて。

 成すがままにウェンディはソウの元を離れていき、そして―――瞬きの合間に姿を消した。

 それはまさに雲隠れのごとき現象。

 

「さて………舞台は整ったぜ?」

 

 これも友人の魔法の仕業だとソウは知っている。

 故に動揺も不安もない。あるのは眼前の強敵に対しての高揚感。

 

「来い………()()()

「行くぞ!ソウ!!」

 

 刹那、二つの拳が大気を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3-2 へ続く。

 




 裏設定:ジュン・ガルトルク
 →ソウとは昔からの付き合いでライバル視をしている。実力はほぼ均衡状態。
 喧嘩早い一面もある中、己の信念に基づき忠実に遂行する紳士的な精神の持ち主。魔法は地の滅竜魔法。


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3-2『地の滅竜魔法』

 前回までのあらすじ:
 突如、謎の何もない空間に転移したソウとウェンディの前に現れたのはソウを知る謎の少年―――ジュン。
 ソウは記憶を取り戻す為の協力を要請した。だが勝負で見事に勝ちを取った場合のみ手伝ってやるとジュンが反論する。

 ―――波と地。

 二匹の竜がいざ激突する。



 ◇◇◇

 

 "ジュン・ガルトルク"。

 

 地動竜の滅竜魔導士。

 彼の使う魔法は主に地に関連する効果を兼ね持つ。具体的には、土や岩。

 ソウが波動竜の滅竜魔法と振動魔法を二つ同時に使用するように、ジュンもまた二種類の魔法を習得している。

 その一つは滅竜魔法。

 

 そして、もう一つは―――"引力魔法"。

 

 物を引く力。力の原点を定め、対象となる物体にベクトルの大きさを自在に付与させられる魔法をジュンは戦闘で使いこなす。難点となるのはベクトルの向きが常に原点から、と固定になる程度。

 原点の設定可能な対象に制限はない。人間でも物体でも視界にさえ入れば、その時点で既に効果範囲の手中にあると言える。

 一見すれば、単純な効果に思えるだろう。

 魔法の効果は至って単純。引く力が働くだけなのだから。

 だがしかし。現実は違う。むしろ、酷い。

 知識もなしにジュンの魔法を説明されれば、並大抵の人は勘違いするかもしれないだろう。

 よく考えてみてほしい。

 誰が、いつ、ジュン本人に対して力が作用すると言った。ジュンが直接引っ張るとはきっぱりと断言していない。

 

 ―――原点に向かって引く力が作用する。

 

 つまり、原点を相手に設定すれば。

 周りの何かしらの物体を相手に飛ばせる事も可能となってしまう。付け足すのなら、全方位から。

 正面、左右、背後、頭上、そして足元。

 ジュンの攻撃は一体何処から来るのか。それすらも予測は困難となってしまう。

 引力魔法は汎用性が強い魔法なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 謎の空間。

 

「―――吹き飛べ」

 

 ソウの衝撃波が掌から放たれた。

 と、同時に色んな方向から襲い掛かろうとしていた大量の岩石の塊が一斉にひび割れて粉砕されてしまう。

 散り散りに散布された岩粉が辺りの視界を一気に悪くさせていく。

 そして、ジュンの気配が消えた。

 

「………次は上か」

 

 頭上、遥か遠くに巨大物体を感知。

 常に索敵魔法を波動で発動しているソウに死角などという概念は消失している。

 ジュン本人もまたその事実は知っている筈。

 つまり、先程の攻撃は単なる時間稼ぎ。

 その証拠に魔法に引っ掛かかったのはまたしても岩石なのだが、今回は量がヤバイ。

 数十、いや百は猶予に越える。ソウは数えるのを中断した。

 対象、隕石―――目標、ソウ。

 

 ―――"グラウンドメテオ"―――

 

 流星群で空を覆われる始末。

 ソウも反撃とばかりに右手を天に突き出した。だが、自分の魔法のせいで分かってしまう。

 迫り来る隕石は約三分の一。

 ソウの衝撃波は広範囲に絶大な攻撃力を誇る。一方で、貫通性はなく、連発には不向きな性質も兼ねている。

 時間差で来られると対処が間に合わない。

 特に今回は頭上からの攻撃ゆえ回避すらも許されない。素直に正々堂々と迎撃する方法しか選ばせないのもまたジュンの戦略の内に過ぎないだろう。

 魔法の反動に不安を抱えつつもソウは迎撃せざるを得なかった。

 

 ―――波動式五番"衝大波"―――

 

 ソウを中心に空気が揺れる。

 揺れた波はあっという間に隕石群へと到達。と、次の瞬間には既に隕石の表面にひびが確認できる。

 そして、破裂。

 空を埋めていた隕石はたったの数秒で茶色の花火のように塵と化した。

 危機を脱出。

 これでソウは一安心を―――しない。

 間髪なく塵を押し退けて、新たに大量の隕石が出現したのだ。

 第二陣。ソウは魔法の特性を相手に握られている中での戦闘は無駄に厄介だと思わざるを得なかった。

 先程の魔法―――"衝大波"は一撃が重い反面、ソウ自身に来る反動が強く連発が無理な魔法だ。ソウの足元にある地面に刻まれた亀裂がその威力を物語る。

 なら、と迫り来る隕石を眺めつつもソウは一つの作戦に出る。

 ジュンが波動魔法の弱点を掴んでおり、逆にソウもまたジュンの性格や魔法の性質を知っていた。

 戦闘に関しての頭の回転率。ジュンは特にそれが優れている。現にこうやって、無敵と謳われる衝撃波を意図も簡単に対策してきている。

 なら、それを逆手に取れば良い。

 

 ソウはその場から―――跳躍。

 

 あえてソウは上空へと身を投げた。

 ジュンは恐らく、隕石全てをある程度対処してからソウは反撃に出ると思っている。一人の敵に対して、放つ隕石の量では無いのがその予想をさらに裏付けていた。

 となれば、ここは一点突破。

 飛翔したソウのすぐ目の前に巨大な壁の如く塞がる岩石。

 右手を伸ばし、掌に魔力を込める。

 

 ―――波動式一番"波動弾"―――

 

 蒼く光る球体の物質が放たれる。

 それは息つく間もなく、隕石へと触れた。同時に破砕音が辺り一帯を木霊する。

 ソウはさらに足元に衝撃波を発出。加速しながらさらに上空を目指す。

 

「まだあるのか」

 

 視界に確認した第三陣の存在。

 同じ要領で突破するしかないと判断したソウは先程と同様の手順で隕石群を潜り抜ける。

 そして、ジュンの姿を発見した。

 ジュンがいるのは浮かぶ小さな島。あれは恐らく魔法で地面を真上に向けて引っ張っているのだろう。それだけで宙に浮かべるのも不思議だが、これは現実だ。

 対して、ジュンもソウの接近に反応した。一瞬だけ、驚く仕草を見せつつもジュンの口元はニヤリと笑っている。

 

「早かったじゃねぇか!」

「余計なお世話だ」

 

 互いに減らず口を叩く。

 ダメ押しとばかりにソウはまた衝撃波を利用して、上昇率速度を上げた。

 黙って見ている訳にはいかないジュン。左手を握り締め、口元に手の甲を当てた。

 

「保険を用意しておいて正解だったな」

 

 そして、その左腕を力強く真横に伸ばす。

 行動の意図が読めないソウは警戒しつつも魔法の射程圏内に入ると同時に魔法の構えを取る。

 と、ソウの脳に稲妻が走る。

 

「………くっ」

 

 背後から迫る一つの反応。

 見なくても分かる。きっと攻撃の予備に置いていた隕石に違いない。

 問題はその接近速度にある。尋常じゃない速度で近付いてくるのだ。摩擦熱で自身が消滅しそうな程に。

 隕石の速度と威力は比例する。つまり、あれはこれまでとは桁違いの破壊力を秘めている。

 

「逃がさねぇよ」

 

 予めソウの回避行動を予測していたジュン。

 ソウの体勢的に上へと避けるからとジュンはソウの頭上の空気に下降気流の流れを生成していた。

 このやり取りだけでも致命的なタイムロスに繋がる。

 

 ―――間に合わない。

 

 やがて、隕石がソウに直撃した。ソウを巻き込んだ隕石は軌道を下へと変えて、あっという間に地面へと到達。派手な演出と共にソウの姿が消える。

 ジュンはその一部始終を上空から眺めていた。ここは素直に喜ぶべきなのだろうが、ジュン本人は微妙な表情を浮かべている。

 

「あんなもんで倒れる訳ねぇ」

 

 奴は―――何かを狙っている。

 

 油断ならぬと警戒するジュン。

 警戒するのは良かった。ただし、ジュンは一つミスを犯してしまう。

 

『下ばっかり見てるんじゃねぇよ』

 

 ジュンの足場、島に巨大な亀裂。

 と、立つ行為すら許されない揺れがジュンを襲う。

 

「何だ!?―――上か!!」

 

 はっ、と見る。

 勢い良くジュン頭上から迫ってくるのは他ならぬソウの魔法"波動弾"である。

 

 一体、どうやって―――

 

 体勢を崩したジュンに成す統べなく。

 波動弾がジュン本人へと触れ、人間一人など容易く吹き飛ばす衝撃波を形成した。

 そして、奇遇か。ジュンもまた地上へと強制的に叩き付けられるのであった。

 

「痛ってぇなぁ、おい」

「その割には案外ぴんぴんしてるんだな」

「それはこっちの台詞だっての」

 

 両者、目立った損害無し。普通に気になるのか、服に付いた汚れを払う始末だ。

 

「一つ聞かせてくれ。さっきのはどうやった?」

「なに、簡単な話。お前の攻撃が当たると同時に真上に波動弾を撃った。それだけだ」

「だが、それだとオレの所までは届かない」

「だろうな。だから、俺は一工夫入れてみた。まず、あの下降気流を抜けるだけの威力を波動弾に込める。だけど、抜けただけじゃ意味がない。だから、抜けたと同時に俺は()()()()()()()()()()()()()()()()仕掛けを入れた」

「へぇ~。だから、上から降ってきたのか」

 

 ここでソウは深く溜め息。

 

「はぁ………まだやるのか?」

「おう!決着を付けるぞ!」

 

 やる気無しのソウとやる気満々のジュン。

 二匹の竜はまだまだその巨大な翼を羽ばたかせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3-3へ続く。

 




 裏設定:
 Q.急に投稿したけど、どうしたの?
 A.タルタロス編のアニメをようやく見て、ウェンディのドラゴンフォース姿に感化された影響だよ♪

*技名表示にぴったりのフォント探してます


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3-3『記憶の在処』

 前回までのあらすじ:
 波の竜と地の竜が激突。一瞬の油断も敗北に繋がってしまう高度なやり取りが幾度と無く繰り広げられ、地震に隕石と、災害レベルの現象が発生していた。
 一方でソウに同行していたウェンディ。
 時は戻り、数分前に突如現れた謎の少女、サンディーに手を引かれたその先でウェンディは二人の戦闘風景を目にするのであった。




 ◇◇◇

 

 観戦の間。

 

「な、何でしょうか………これは………」

 

 小さい部屋のような場所。

 状況が飲み込めないまま赤髪の活発少女に手を引かれたのは数分前。魔法の扉をくぐった先でウェンディはその光景を目にした。

 何もない宙に画面が映し出される。二人の魔導士が画面いっぱいに動き回る映像がひたすら続いた。

 ソウとジュン。

 初めて目撃する兄の戦闘する姿。本来であれば、勇ましいその背中に憧れを抱くのが妹として有り得る可能性の一つとしてある。

 だが、現在のウェンディは呆然としていた。

 理由は至極単純。見えない。

 映像に映るソウらしき人影は画角に入れば、一瞬の出来事のように画面外に出てしまう。ジュンも同様。フレーム自体も常にぶれぶれに揺らぎ、この映像だけではとてもじゃないが向こうの戦況が分からない。

 それだけではない。轟音があちこちから轟き、衝突音も間髪なく鳴り響いていた。

 災害以上の光景がそこにあった。

 

「え?これ?魔水晶(ラクリマ)だよ?」

「い、いえ………そうではなくて………」

「中身の方?ソウとジュンが戦ってる様子を中継してるんだよ。あっ、被害は此処にいたら絶対に来ないから安心して!」

 

 サンディー、と名乗った彼女。

 先程のやり取りで自分は上手く説明の任を果たせたと自信が付いたのか、ふふんと小さく鼻息を漏らしていた。

 と、気が付けばサンディーは魔水晶映像の観戦に集中し始めた。ウェンディはそっと彼女を観察する。

 冷静に改めて見れば、サンディーもまた竜の匂いがする。少なくとも滅竜魔導士かそれに近い存在だとは断言できる。

 

「あの、そろそろ………」

「ん?」

「いえ………何でもないです」

 

 奥手な自分に嫌気が差す。

 もっと詳細な情報を要求したいが、夢中になって映像を観るサンディーの邪魔をするのは億劫になってしまうウェンディ。

 この静かな冷戦は映像越しのバトルが開始されてからずっとである。

 

「もうそろそろ私達もかな」

 

 ひやりとした空気が流れる。

 物騒な呟きをしたサンディーは無邪気な笑顔と一緒にウェンディの側に近寄る。

 ウェンディは一歩引いた。

 

「初めまして!私の名前はサンディーだよ!見ての通り、海の滅竜魔導士でもあるからよろしくね!」

「サ、サンディー………さん」

「サンディー!呼び捨てで呼んで?折角の女の子同士なんだし」

「わ、分かりました………」

「敬語も駄目!」

「う、うん!!」

 

 ピシッと伸びた指先。

 ウェンディの口元に当てられる。素直に頷く他選択肢はない。

 

「貴女の名前は?」

「えっと………ウェンディです。天空の滅竜魔法を使います………」

「ウェンディだね!よし覚えた!」

「うわっ!!えっ!?えっ!?」

 

 両手を握られた。

 そのまま上下に振られてしまい、何をすれば正解なのか不明なまま、ウェンディはあたふたとする。

 そして、それは数分続いた。

 ようやく解放されたかと思えば、サンディーは魔水晶を指差す。不思議に思いながらウェンディもそちらに視線を向けた。

 

「ソウからは何処まで聞いてるの?」

「あの、聞いてる、とは?」

「あれれ?私が間違ってるのかな?」

 

 正直に答えたウェンディ。

 その返答はサンディーにとって想定外だった。頭を傾げては情報の差異が起きた原因を探し始める。

 一方で。

 ウェンディは様子を伺う事しか出来ない。

 ギルドを出た瞬間にワープ現象に遭遇したのだから、説明する暇がないも同然。現に自分のいる場所すらも謎のままなのだ。

 真っ白に囲まれた部屋。唯一ある扉は方角的には北に位置する。それ以外家具らしき物は一切ないという寂しい配置となっている。

 テレビ代わりの魔水晶は戦闘風景をずっと中継している。

 

「まぁいっか!さて、ウェンディ!」

「ふぇ!?」

 

 急な大声にウェンディが驚いた。

 既に難しい事は御免、とばかりにサンディーは原因解明を放棄していた。

 

「ソウから説明を任せられてたから簡単に言うね!まずはこの場所についてかな。ここは魔法によって造られた特別な場所。部外者が侵入する事は絶対に無い不可侵領域でもあって、こちらから招待しない限り、ここには来れないんだよ」

「はぁ………?」

「その魔法を使える人は今は居ないけど、ソウとウェンディは招待されたってこと!」

「私達が招待されたのは何となくですけど分かりました。でも、どうして私とソウさんが?」

「敬語!!」

「ご、ごめんなさい!私とソウさんが選ばれた理由が知りたい………かな?」

「理由?それもソウから聞いてないの?」

 

 ウェンディは思考する。

 ふと思い描いたのはギルドから二人で旅をする理由となった、あの一言。

 

『記憶を取り戻しに行こうか』

 

 これ、では無いだろうか。

 確証はない。が、ウェンディはそっと口にその言葉を出してみる。

 

「記憶………」

「うん。そうだね」

「ソウさんの記憶があるの!?」

 

 だとすれば。

 ソウが戦闘に力を入れるのも分かる。ソウが過去に無くした記憶が目の前にあるのだから。

 

「その件に関しては私もあまり知らな~い。教えてもらえないし。でも、これだけは言えるよ」

「はい」

「ソウの記憶………それを取り戻す鍵となるのはこの空間を造った人、つまり"師匠"だってこと」

「そんな人が………」

「悪役とかじゃないよ?私も普段からお世話になってるし、優しい人だから安心して?………多分」

「サンディーはその人を知ってるの?」

「うん。というかウェンディの後ろに居るよ?」

「えっ!?」

 

 慌てて振り返る。

 と、ウェンディの背後には着物を着こなす小さな銀髪少女がこちらを見ていた。

 不敵な笑みを浮かべる少女の存在にウェンディはサンディーが指摘するまで全く認識すら出来ていなかった。

 

「ふふ………何を隠そう妾が―――」

「師匠だよ!」

「ふがっ!?大事な所をとるでないわ!どうしてくれるんじゃ!!」

「わぁ~!ごめんなさ~い!!」

「えっと………」

 

 手に握る扇子でピシピシと。

 本人の名乗る場面を見事に奪い取ったサンディーの頭に幾度と無く振り下ろされている。

 サンディーよりも一回り小柄な師匠。

 それでもなお扇子が頭に届くのは師匠自体が宙に浮かんでいるからでもある。魔法らしき跡は見えない。

 蚊帳の外へと追い出されたウェンディ。

 サンディーが涙目になるぐらいにはやり遂げた師匠はウェンディへと視線を向ける。

 

「ウェンディとやら、すまんの。この阿保が悪いのじゃ」

「阿保って言った方がアホー!」

「黙っとれ」

「ふぎゃあ!!」

「そんなこと無いです!!………って、あれ?私の名前………」

「妾が知ってるのがそんなに不思議かの?当たり前じゃろ。お主らをここに呼んだのも妾なのだぞ?」

「あっ………」

 

 すっと納得する感覚。

 

「さてと、妾が目を離した隙にはもうあの馬鹿ども二人は闘っておるし。どこから話したんもかの………」

「だったら、まずはソウの記憶について教えたら?」

「何じゃと?ソウのか?」

 

 師匠は目を瞑り、唸る。

 ウェンディもうずうずとその様子を見守る。兄の記憶が戻るという成果が何よりなのだ。

 

「はい。その為に私達は来ました」

「そうかい………まさかそんな副作用があったとは。じゃとすれば、今のソウは何処まで覚えとるか分かるかの?」

「えっと、恐らくここ数年は覚えてるそうですが、それ以降は………」

「覚えとらんと。意外と面倒じゃの」

「何で?師匠が持ってるんじゃないの?」

「やっぱり、お主は阿保か。人の記憶など人が管理出来る訳がなかろう」

「ぶぅー!師匠ならやっててもおかしくないもん!」

 

 事は複雑に。

 師匠の口から漏れた副作用という言葉も少々気掛かりではある。

 残念ながら師匠だけで解決への糸口は無いそうだ。だが、全ての道が閉ざされた訳ではない。

 

「ウェンディ」

「は、はい!」

「真にソウを思うのであれば、妾は止めたりはせん。じゃが、これだけは覚えとれ」

 

 ―――記憶の在処。

 

「ソウが記憶を取り戻したとなれば………その時、世界はソウの手によって滅びるかもしれん、とな」

 

 あまりにも嘘染みた師匠の助言に嘘とは思えない師匠の雰囲気。

 物語はより深い闇の方へ。

 ウェンディは返事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3-4 へ続く。




 裏設定:ソウの記憶
→無駄に伏線を張ってはいますが深くは考えないで良いです。回収する前にバレるのが恥ずかしいので。ヒントは時々ちりばめときますけども。


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3-4『天秤』

 前回までのあらすじ:
 ソウ対ジュンの激しいバトルが行われる一方でウェンディは今回の目的である人物との接触に成功していた。
 だが、決め手となる情報は無い。だが、その手掛かりとされる情報の入手には成功したのであった。不安な要素もまた一緒に。



 ◇◇◇ 

 

 観戦の間。数分後。

 

「おっと………バトルが終わったようじゃの」

 

 画面が静寂に包まれる。

 やがて、地面に仰向けに寝転んだ二人の姿が表示される。どちらも全身ボロボロだ。

 ソウの口がもぞもぞと動いた。小さいので音声としてはこちらまでは届かない。

 

「え?もう?」

 

 サンディーの本音が漏れる。

 それもその筈。戦闘時間にしては約五分程度しか経過していない。あんなに派手な暴れていたのにも関わらず、だ。

 そんなサンディーとは対称的とばかりに師匠に驚いた気配はない。あっけらかんとした態度を見せている。

 

「両方とも最初から魔力全開でやってたからのう。力尽きるのも一瞬じゃ」

「うわぁお」

 

 画面がくっきりと映し出される。

 寝転ぶ二人から一定の範囲を外に出れば、寸前の記憶が跡形もない景色となっていた。元々何もない空間に戦闘の残骸が大量発生していた。

 そして、二人はそんな場所に居ながらも笑っていた。笑顔を浮かべていた。

 

「あれも毎回じゃの」

「見てる方は険悪な感じになるかひやひやするだけなのに結局は仲直りだもんね~」

「どういう………?」

「昨日の敵は今日の友!」

「そもそもあやつらは何の為にやっておるんだったかの?」

「それは………ソウさんの記憶を取り戻す手伝いをしてもらおうと………」

「だとしたら、無駄足じゃったの」

「え?」

「え?―――じゃなかろうが。お主にはもう伝えた筈じゃ。妾にはソウに過去の記憶を思い出させる手立てはないとの」

「と言いつつ、知ってる事はちゃんと教えてくれる師匠はやっぱりツンデレ!」

「………こうじゃな」

「痛ぁい痛ぁい!!ごめんなさぁーい!!」

 

 師匠はきっぱりと告げた。

 だが完全に無駄足ではない。師匠はあくまで参考程度と前置きを立てつつも有力な情報らしき物も幾つか提供してくれていた。

 一つ。ソウの記憶について。

 記憶自体が消失した可能性は低い。所謂、金庫に記憶を入れられ外から鍵を掛けられた状態のような物だと。

 二つ。鍵となる存在。

 明確に形として実在するとは限らない。あやふやな定義だが、何かしらの行動や景色、または魔力でふと記憶が戻る場合もある。

 三つ。最有力候補。

 手っ取り早いのはソウの過去において印象深い場所を訪れる方法。中でも、ソウの育て親であるドラゴン所縁の地がギルドからは少々遠出となるが、存在するとのことだ。

 

「ありがとうございます。これだけでもう十分過ぎる程です」

「………ソウが記憶を失ったのも妾が関与してるせいかもしれんからな。気にせんで良い」

「い、今、何と………?」

 

 正確に聞き取れなかったウェンディ。

 だが、師匠は再び同じ台詞を口に出す様子はない。

 

「妾はあいつらの元に行くが、来るかの?」

「私も行く!!勿論、ウェンディも付いてくるよね!?」

「う、うん!!」

 

 情報共有は大切だ。

 一刻も時間は無駄にはしたくない、とそそくさに移動を始めた師匠とサンディーの背中を追うウェンディ。

 と、唐突に歩みを止めた。

 ウェンディの頭にとある疑問が過ったからだ。このままソウの記憶を追い掛けても良いのだろうかと。

 師匠は言った。ソウの記憶が世界の安栄と関わっているらしい。他人の言葉を鵜呑みにするのは不味い。だが、師匠が嘘を付いているようには思えない。

 自分を思い出してくれるのはとても嬉しい。一方で、多くの人々が危機的状況の到来ともなれば躊躇せざるを得ない。

 

 ―――自分か、世界か。

 

 天秤にかけるには不平等な二つ。

 ソウと過ごした日々は今でも鮮明に振り返れるウェンディにとっては悩ましき問題。

 

「ウェンディ~?」

「ごめんなさい!今行きます!」

 

 目まぐるしい思考も一旦、中断。

 あそこからワープでもするらしい。懸命に手を振って居場所をアピールしてくれるサンディーの元にウェンディは駆けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 戦闘の間。

 

「そっか………ここに無いんだな」

 

 短絡的に告げたソウ。

 そこに落胆の姿はあまり見られず。まるで予感でもしていたかのようにすんなりと返事していた。

 記憶について、ウェンディは話したのだ。

 一言一句、言い忘れがないよう慎重に、先程の知りうる全てを吐き出すかのように。無論、世界の危機に関わる可能性についても。

 そして、聞き終えたソウは多大な消耗によって疲労困憊であったのでまずは息を整える。

 次に言ったのは―――

 

「帰るか、ウェンディ」

「は、はい!―――え?帰るんですか!?」

 

 元気よく返事したのは良かったが。

 ふとその言葉の意味を理解し直して、ようやく気付く。既にソウにとって、この場所にいる意味は無いらしい。

 

「ジュン」

 

 ソウが呼ぶ。

 

「おう?」

 

 対して、ジュンも視線を向けた。

 

「分かったら、教えてくれ」

「………そっちこそな!」

 

 不敵に笑ったジュン。

 嘘偽りのない満面の笑顔にソウも軽く頬を上げる。

 ジュンが右拳をつき出す。

 ソウも拳を出し、こつんと合わせた。

 

「ところで最初の約束の件はどうすんだ?」

「うん?あぁ………それか。無しで」

「んなっ!?何故だ!?」

「ジュンの力を借りなくとも、ウェンディが代わりにやってくれたから。つまり、お前はもう用済み」

「くっ!!その手があったか………!!」

 

 仰向けにジュンは寝転ぶ。

 今回の目的はソウの記憶の情報収集。

 そして、それを知っている可能性のあった師匠にアポを取るつもりで訪問した。その道中でジュンに助力を頼む予定だった。

 だが結果は、ソウの代役が記憶に関する質問を師匠にしており、簡単に回答が返ってきてしまった。こうなれば、ジュンの手を借りる必要は微塵もない。

 そもそもジュンの協力者である筈のサンディーが即座にウェンディの援護に回ってた時点でソウとジュンの戦闘する理由は消滅していたに等しい。

 別にジュンかサンディー、どちらでも良かった。師匠と話さえ出来れば、満足なのだから。

 

「まぁ久しぶりに魔力を発散出来たから満足だよ、俺は」

「だな。オレもだ」

「流石にこれをあっちでやる訳にはいかないもんね………」

「程ほどにしとくんじゃの、お主ら」

 

 二人のバトルは壮絶を極めた。

 その惨状ぶりは少し前まで何もない空間であった此処がまさに証明している。

 クレーターがあちこちに発生。ひび割れてもなお人間以上の大きさを誇る岩石が無数に放置されている。軽く見ても、街一つは崩壊していそうなレベルだ。

 サンディーはたまらず息を飲む。

 師匠はやれやれとばかりに首を振った。

 

「ソウよ。やはり、もう帰るのか?もう少しぐらいゆっくりしていけば良いではないか」

「嬉しい提案ですが………残念ながら、今回は遠慮させて貰おうかと。今はとにかく時間が惜しいので」

「そうかい」

「すみません。折角、来てくれたのにも関わらず」

「いいや、これぐらい構わん。時間がないのなら、妾からは一言だけ。その子は必ず守るのじゃぞ」

 

 師匠とソウの会話を端から眺めていたウェンディ。唐突に名指しされ、肩がビクッと震える。

 ソウとウェンディの目が合った。

 数秒間、固まる。そして、ゆっくりとソウが瞼を下ろす。

 

「えぇ、勿論」

 

 再び見開いたソウの瞳。

 迷いなど微塵もない、決意に全てを任せたかのような真っ直ぐな瞳であった。

 見届けた師匠。どこか怪しい雰囲気を醸し出し始めた。

 

「なら、用意はもう完了じゃな?」

「用意………?」

「お願いします」

 

 ふとした疑問も余所に。

 行くぞ、と師匠が口にした瞬間、ふわりとウェンディは浮遊感を感じた。

 慌てて視線を足元に向ければ、先程まで踏み締めていた地面が消失。

 代わりにあったのは真っ暗闇の穴。

 

「へ………?」

 

 そして―――浮遊感。

 

「きゃぁぁああ!?」

「ウェンディ、俺の手を掴んでくれ」

「は、はい!!」

 

 覚悟を決める暇すら与えない。

 無慈悲な急行落下に悲鳴を上げるウェンディであったが兄であるソウが冷静にすぐに右手を差し伸べる。

 ウェンディがその手を掴むと同時にソウはぐいっと自らの体に引き寄せた。優しく、それでいて力強くウェンディを包み込む。

 

「はわわわ………」

 

 理解不能。ウェンディの目がぐるぐる。

 気持ち悪い浮遊感に襲われたかと思えば、ソウに抱えられているという謎の状況なのである。

 昔から知る懐かしい匂いにホッとしている場合ではない。

 

「普通に帰してくれたらいいのに。これ、毎回なんだよな………」

 

 ソウのぼやきを最後に。

 二人は真っ暗闇の底知れぬ穴へと落下していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 地上。

 

「んしょ、と」

 

 視界が空けた。消えた光が元に戻る。

 奇妙な浮遊感を味わってたウェンディであったが、ふとその感覚が消失した事に気付く。

 何事かと、目を開ければ。

 

「ここは………?」

「マグノリアからちょっと離れたとこかな。こっちに帰還する時は人目につかないところに出されるから」

「あっ、本当ですね………」

 

 ソウの説明に納得する。

 見覚えのある景色にウェンディは一先ず安堵の息を吐いた。

 そして―――あれ?と首を傾げる。

 記憶の最後ではハグのまま落下した筈。なら、何故私はお姫様抱っこの状態なのだろうか。

 

「あ、あの………!!」

「ん?」

「その、下ろして頂けると………はい」

「あっ。すまんな」

 

 すんなりと足を地に立つウェンディだが頬はちょっと赤みを帯びつつある。

 彼に見られないようにと適当な動作でその場を誤魔化す。

 

「さて、ウェンディ」

「は、はい!!」

「そんなに緊張しなくても………大丈夫?」

「私は全然平気だよ?」

「なら、良いけどさ………」

 

 腑に落ちない様子のソウ。

 でも、それ以上の追及はしないみたいらしい。我がギルドの方へと歩みを進める。

 

「妖精の尻尾に帰るか」

「はい!!」

 

 波瀾万丈の出逢い。

 これが後にとある事件の中で重要な鍵となる事実をこの時は誰も知らないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -3- 終




*次から原作に戻ります。


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4-1『S級昇格試験』

 前回までのあらすじ:
 あの日から数日が経過。ソウの久しぶりの帰還により盛り上がりを見せていたギルド内もいつもと変わらない喧騒のある日々へと姿を戻していた。
 そんなとある日。ルーシィはふと多くの魔導士に共通して落ち着きがないように感じ始めていた。
 一体何が原因なのか分からないまま、ルーシィは今日その日を迎える事になる。



 ◇◇◇

 

 妖精の尻尾、ギルド。

 

「魔力がそわそわ~って、してる~」

 

 ぴしゃりとレモンが告げる。

 酒場にある奥のステージに群がるように集まるのは妖精の尻尾の魔導士達。

 誰もが共通して、何かを待つように落ち着きく各自で時間を潰していた。

 

「ミラさんが昨日言ってた事と関係あるみたいだけど………というか、なんでアンタは私の頭に乗ってるのよ」

「ソウにあっち行ってろって放り投げられて~、そこにルーシィの頭があったから~」

「はいはい。もう好きにして頂戴」

 

 目上のレモン、動く気配無し。

 ルーシィはそわそわ集団から一歩離れたテーブルからその様子を眺めている。

 ふと、レモンは鼻をむずむずと動かした。

 

「ルーシィ、変な匂いする~」

「えっ!?嘘ぉ!?毎日お風呂入ってるのに!?」

「嘘~。良い匂い~」

「………。この猫ぉ!!」

 

 ルーシィ、無理矢理に剥がそうとする。

 ぴったりとくっついたレモンはぐぬぬ、と抵抗を続けるのでルーシィは結局諦めてしまった。

 

「相変わらずね」

「レモン、あまりルーシィさんに迷惑をかけないようにしないと駄目だよ?」

「冤罪だよ~。ルーシィが憩いの場所、奪ってくるし~」

「ずっと乗ってると頭が重いんだけど!?」

 

 ウェンディの注意も特に効果無し。

 せめてものばかりにルーシィはお得意のツッコミを発動。頭上で居眠りするレモンにダメージは無いようだ。

 と、ウェンディとシャルルも合流する。

 

「ところで、これは何?」

「皆さん、最近からずっと落ち着きがありませんけど………」

「それが………私にもさっぱり?」

 

 心当たりは特に無し。

 あるのはむしろ周りの仲間達。やけに仕事に精を出し、無駄に張りきる始末。

 ルーシィは既に事情を知っているであろうミラに尋ねたがその時は見事にこうはぐらかされた。

 

 ―――時期に分かる、と。

 

「あっ見てください!」

 

 ウェンディが指差す。

 その場所はギルド奥のステージ。舞台に下ろされた豪華な垂れ幕が印象的だ。

 そして、ステージ中心に立つのは"妖精の尻尾"ギルドマスターの"マカロフ"。

 加えて、その後ろに並び立つのは―――

 

「エルザ!それにミラさんとギルダーツと………」

「お兄ちゃん………」

「でもなんで?えっと、四人に共通する事と言えば―――」

「S級魔導士~」

「そう!!それよ!!」

 

 そして、ステージに注目するのは他の者も同様。ギルドに所属する全員だ。

 その証拠に次々と野次が飛び交っている。

 コホン、とマカロフが咳を一つ。その瞬間、静寂が一気に場を制圧した。

 

「妖精の尻尾、古くからの仕来たりによって、これより開催する」

 

 ―――S級魔導士昇格試験。

 

「その出場者を発表する!」

 

 突如、響き渡る雄叫び。

 ルーシィの驚愕っぷりはあっさりと飲み込まれた。

 と同時に納得も行く。

 最近、多くの魔導士が仕事熱心な日々を過ごしていたのも、要はこの試験への出場券を得る為のアピールだったと言う訳だ。

 マカロフの説明は続く。試験の舞台となるのは天狼島。妖精の尻尾の聖地となる場所だそうだ。

 

「試験って何するの?」

 

 取り敢えず近くに居た人に訊いてみた。

 返答はあったが、どうやら規則的なルールはないらしく、毎年の試験内容はランダムに入れ換わる、とのこと。

 マカロフは早速、出場者の全容を公開する。

 今年の出場者は以下の八名。

 

 ――"ナツ・ドラグニル"。

 

 ――"グレイ・フルバスター"。

 

 ――"ジュビア・ロクサー"。

 

 ――"エルフマン"。

 

 ――"カナ・アルベローナ"。

 

 ――"フリード・ジャスティーン"。

 

 ――"レビィ・マクガーデン"。

 

 ――"メスト・グライダー"。

 

 次に正式なルール説明。任を受け継いだエルザとミラが担当して滞りなく進行していく。

 選ばれし八人は準備期間、一週間の期限内にパートナーを各一人決めておくこと。また、パートナーは必ず妖精の尻尾所属かつS級魔導士以外の条件付き。

 また、合格者は必ず一名のみ。無論、全員が不合格の可能性もまたある。

 

「そっか。エルザとかパートナーにしちゃうと無敵だもんね………」

「ルーシィ、ずっる~」

「ちょっと!?聞き捨てならないわよ!?と言うか、そもそも私出ないんですけど!?」

 

 レモンに反省の色無し。

 

「それに合格するのは一人だけ………」

「当たり前よ、ウェンディ。単にS級魔導士になる為に必要な要素は目の前の試練だけじゃないのだから」

「う、うん。凄いね………私も頑張らなくちゃ」

 

 改めて覚悟を決めたウェンディ。

 その視線の先には兄として尊敬し、魔導士としても一足先にあちら側で威風堂々と立つソウ。

 すると、ソウが小さく手を振る。

 表情も少し緩んだ。どうやらウェンディの視線に気付いた様子。

 ウェンディも返事に小さく頷いた。

 

「今回の試験でも貴様らの行く先をエルザが邪魔するぞ」

 

 試験の内容も続々明らかに。

 具体的な中身は試験当日までのお楽しみだが、少なくともエルザがその進路の妨害をすると判明した。

 鬼、と呼ばれるエルザの参戦は試験に挑む者にとって脅威以外何物でもない。

 

「今回は私も皆のお邪魔係をしま~す」

 

 だが、ミラもここで乱入。

 ミラの笑顔がステージで咲く反面、ざわめきがギルド一帯を占める。

 魔人の参戦。本番で相対した時には、勝機は一気に消滅すると思って良い。

 

「お前らブーブー言ってんじゃねぇ。S級に上がった奴全員が通った道だぞ」

 

 ギルダーツの叱咤が入る。

 これだけで察しの良い者は冷や汗を浮かべた。

 ミラの件に関して、ギルダーツはノーコメント。むしろ、助長している感もある。

 つまり―――

 口に出すのもおぞましい事実に青ざめてしまっている者も既に続出している。

 

「ギルダーツも参加するのか!?」

「嬉しがるな!!」

 

 例外ありだが。

 

「おう!今回はオレも妨害メンバーの仲間入りだ。容赦なしだから一切合切よろしく頼んだぞ♪」

 

 にっこり、と笑うギルダーツ。

 あまりの衝撃的な発言に、たまらず全員が「うわぁ………」と口から漏れる。

 しばらくして、皆の注目先はまだ正式に試験に参戦するか公表していないS級魔導士であるソウに集まる。

 

「ん?皆揃って、何?俺の場合はどうって………よろしく?」

 

 ―――あぁ………終わった。

 

 何人かが絶望の顔色に染まった。

 "妖精の尻尾"最強と称される男と覇王と二つ名を持つ少年も試験に参加が決定。

 どうしろと。圧倒的な力量の差などやる前から明確なのに。

 

「今回はパスで良かったかもしれない………」

「えぇ~、やっぱりルーシィはずる~」

「だって!?試験でソウかギルダーツが敵として登場する可能性もあるって事でしょ!?」

「そうね。本番で当たった人はドンマイとしか言えないわ」

「あはは………」

 

 から笑いしか出来ない。

 今回は出場しないルーシィやウェンディにとっては無関係な話でもある。が、将来的な観点から鑑みれば無視するのは駄目な話でもあった。

 

「試験は一週間後!!参加者とパートナーはハルジオン港に集まるように!!では解散!!」

 

 ―――心と魂と力と。

 

 試験に挑む者もまた各々の誇りと魔法を胸に秘め、試験当日を待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 妖精の尻尾、ギルド。

 

「なる………ウェンディも出るのか」

 

 バーカウンターでのんびりしていた。

 そこに現れたのは珍しくシャルル一匹であり、相棒のウェンディの姿はない。ちびちびとジュースを隣で飲み始めたので、黙って俺も座り続けた。

 

「私は反対したのよ。でも、あの子は………」

 

 ポツリポツリとシャルルは語る。

 内容は実にシンプル。ウェンディと意見のすれ違いが起きて、喧嘩に発展してしまっただけ。

 その日以降、互いに口は聞いていない。

 俺が驚いたのは喧嘩した部分ではなく、別の要素。

 

「メスト………知らん名前だな。俺が留守の間にまた増えたのか?」

 

 ウェンディをパートナーに選んだ者。

 シャルルはメストと組むのは容認出来ないと告げたが、ウェンディがそれを拒否。結果、二人の関係に亀裂が入った。

 メストがミストガンの弟子と告げたのがウェンディにとっての決め手だったらしい。

 ミストガンに向けてちょっとでも恩返しになれば、との事。

 

「心配か?」

「えぇ」

「試験は確かに厳しい。だからと言って、危険が伴う訳ではないから大丈夫。なんなら俺も試験中は警戒はしておくし」

「………お願いね」

「そこらへんは問題ない。俺が気になるのは………」

「何よ?他にあるの?」

「ミストガンの弟子………」

「え?」

「いや、今のはいい。忘れてくれ」

「アンタがそう言うなら………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -4の2- へ続く。




*感想、評価、お待ちしております。


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4-2『天狼島』

 前回までのあらすじ:
 妖精の尻尾、伝統行事"S級昇格試験"。
 今年のソウは珍しく試験官として携わる事になった。ウェンディがメストという人物と組んだ事にシャルルから文句を聞きつつも当日を迎える。
 とは言え、出番はまだまだ先。担当の場所で待つソウは挑戦者が来るまで暇そうに時間を潰すのであった。



 ◇◇◇

 

 天狼島。洞窟内部。

 

「ソウ~熱い~」

「急になんだよ。だったらレモン、そこの地底湖で水浴びでもしたらどうだ?ちょっとぐらいはマシになるぞ」

 

 試験、当日。

 月日はあっという間。待ちに待ったこの日に俺はレモンを引き連れて、天狼島へと赴いていた。

 気候の影響で天狼島は年中真夏日。なので、俺もほぼ水着姿でもあった。

 一次試練は実にシンプル。島のとある地点へ向かうのみ。目標の目安としては煙が空へ立っている筈だ。

 本題はそこから。必ず俺のいる洞窟を抜ける必要がある。とは言え、洞窟の内部は複雑に構成されている。その内、幾つか通れるルートが存在し、挑戦者は洞窟に入る段階で選択を余儀無くされる。

 俺はそのルートの一つを担当。正確にはちょい異なるがまぁ良い。

 ルートは合計八個。ルートごとに必ず何かしらの仕掛けが施されている。

 例えば―――

 

 "静"。幸運の証。何もせず通過可能。

 "闘"。二組の内、進めるのは一組。バトルで決着を付ける必要あり。

 "激闘"。俺やエルザ等のS級魔導士の誰か一人と対決。

 

 マカロフは言っていた。

 一次試験のテーマは"運"と"武力"である、と。運が良ければ何もせずとも二次試験へと駒を進められる。また、力さえあれば、多少の障害などは気にせず次の段階へと行ける。

 "激闘"コースを選んでしまえば、苦戦は免れない。だが、突破不可能という訳でもない。

 試合に負けようが、試練を越えれば良いだけ。事実、俺も全力で相手を陥れようとは考えていない。

 ………エルザは手加減するのだろうか。

 しないな。

 

「ソウ~、気になる事が一つある~」

「ん?何?」

「なんでソウが危険度で一番下なの~?」

「危険度?あぁ、説明で言われるあれね」

 

 八人の出場者には"激闘"の中でも順位が存在すると説明されている筈。

 ギルダーツが首位、そこからエルザ、ミラと続き、最後に俺の名前がある。

 一見、俺に当たれば不幸中の幸い的な安堵は少なからずあるだろう。現実は無惨だ。半分当たりで半分外れである。

 

「理由は幾つかあるぞ。まず、俺の魔法はこの場所では全力を出せない。大技は勿論、普通の攻撃すらもマスターから制限がかけられてる」

「全部粉々だもんね~」

「………次に、俺の考える合格条件も理由の一つにある。単純に俺を倒せば、次に進めるって簡単な話じゃないって事だ」

 

 詳しくは誰かが来たら説明する。

 現段階の予定では挑戦者と簡単なゲームでもしようかなと模索中。挑んでくるからには、隠された意図ぐらいはどうにか探ってほしいものだ。

 

「そして………」

「そして?」

「来た。ようやくだ」

 

 たったの一言。

 レモンはそれだけで全てを察したのか、静かに行方を見守る姿勢へと入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 洞窟内部。通路。

 

「広場に抜けたぞ!」

 

 一次試験開始から数十分経過。

 ウェンディとパートナーを組んだメストは露知らず、試験に潜んだ思惑通りに洞窟を進んでいた。

 湿度が高く、蒸し暑い。Bルートを選択し、意気揚々と奥へ足を踏み入れたのは良かったがここまでは通路がずっと続くばかり。

 早く通り抜けたいと思った矢先。

 メストは声をあらげた。その声に気付いたウェンディはとある光景を目にする。

 

「湖………でしょうか?」

 

 洞窟の中からは想像しづらい光景だった。

 ひんやりとした空気。澄んだ水面からは水底までしっかり見える。

 

「それにしても一体何が待ち構えているんだ?知りたい!」

「はい!!もしかしたら"静"のルートかもしれません!!」

「それが一番だな」

 

 湖の周りは岩場で見通しが悪い。

 故にウェンディとメストは気付くべき存在に気付くのが遅すぎた。

 

「なっ!?ウェンディか!?」

「グレイさん!?」

 

 ―――鉢合わせ。

 

 両者、驚きつつも戦闘体勢に移行。

 グレイの相方ロキも拳を構えており、メストも既に視線は揺らがない。

 

「何も無いからてっきり"静"のルートかと」

「だな、ロキ。でも、"闘"のルートだと確定したんだ。行くぞ!」

「ウェンディ、油断大敵だ」

「はい!頑張ります!」

 

 緊張が張り詰める。

 その中心に場違いな者、いや猫がテクテク歩いて来た。

 

「待った~。待つのだ~」

「えっ!?レモン!?」

「そうです~私がレモンです~」

 

 黄色い猫。レモン。

 グレイがその存在を認識、ある事実へ線が繋がってしまう。

 

「レモン?………ってことは嘘だろ!?」

「そ、そんな!?」

 

 刹那―――

 

「くっ!?」

「す、凄い魔力です………!!」

「意識が飛びそうだ………!!」

 

 途轍もない魔力のオーラ。

 あまりの巨大さにグレイ達はたまらず一歩後退り。その原因へ視線を向ける。

 

「"闘"のルート?残念だが、違うな。ここは"激闘"のルートだっての。運が悪かったとしか言えんぞ、お前ら」

 

 岩の一つに座り、足を組む者。

 まさしく王者の余裕とばかりに不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ソウさん………!!」

 

 ―――いざ、尋常に勝負の時なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4-3へ続く。




*感想、お待ちしております。


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4-3『試験内容』

 前回までのあらすじ:
 一次試験の真っ最中。戦闘の間でグレイチームとメストチームが遭遇する。いざ、バトル開始となるその瞬間に新たな刺客の登場。
 その刺客でもあるレモンが場を一旦、静止させる。レモンがこの場にいると言うことはつまり、彼がここに存在するという訳で………。



  ◇◇◇

 

 一次試験。"激闘"の間。

 

「お前らが来た時からずっと此処に居たのに誰も気付かんのかね。誰からも気付かれない身を考えてみろ。空しいにも程があるぞ」

 

 岩の先端に座って、見下ろすソウ。

 攻撃する隙どころかその場から身動きすら許されない気迫を前にして、グレイやロキは平常心を保つ。

 メストもどうにか。

 問題はウェンディにあった。

 

「っ………!!」

 

 直接、間近に見たソウの魔力。

 前回は魔水晶越しに観戦したのでまだ余裕があった。だけど、いざ目の前となれば、歴然とした魔力の差に心が折れそうになっている。

 膨大な量は無論、魔力の質が根本的に一般に言う魔導士と違う。魔素の濃度が桁違いに濃いのだ。

 

「このルートはソウが試験官って事で良いんだな」

「正確には二つのルートをまとめて、だけどな。お前ら、マスターが一次試験の説明をしてる時に気付かんかったのか?"激闘"の間の一つだけ、そこに二つルートが伸びてたと思うけどさ」

「よくよく考えてみればそうだ。数が合わない」

「な、成る程。だがこっちは四人。それでも良いのだろうか。知りたい」

 

 チッチッチ、とソウは指を振る。

 

「試験を始める前に教えておくよ。普通なら試験官一人に対して二人が基本だが、俺だけは四人という何とも悲しい待遇となっている。いや、人によりけりか?

 ………さてと本題だ。本題は何故そうなったのか。俺の魔法を知らんとは言わんな?知らなくても、後で嫌と言う程知るだろうし簡単にネタバレするけど、俺の魔法―――波動魔法は対多数戦においては絶大な効果を発揮する。

 逆に味方の共闘には不向きな魔法でもある。魔法の被害が仲間に及んだら、たまったもんじゃないからな。 

 だから、結果………こうなった」

 

 ソウの代名詞。広範囲に放つ衝撃波。

 何人も同時に相手するのを可能とし、ソウの実力となってしまえば一般の魔導士なら数的に不利な状況でも普通に勝ってしまう。

 

「さてと………」

 

 ソウが立ち上がる。

 軽く服に付着した砂塵を払い、小さくジャンプ。四人の前に歩み寄る。

 

「改めて、試験の説明をしようか」

「単にソウを倒せば良いって話じゃ無いのか?」

 

 グレイの指摘は正しい。

 突破するには目の前の敵、障害をクリアすれば良いのだから。

 ただし、一次試験の説明の際にマカロフは試験クリアの条件をはっきりとは口にしていなかった。何故なら、場所によって異なってるから。

 つまり、この場はソウの提示するクリア条件が試練突破の鍵となる。

 

「グレイの意見も一度は候補に入れたぞ?だがしかし、幸か不幸か今のお前らでは俺を倒すなんてイメージが全く浮かばなかった。それなのに、俺を倒すなんて案を採用してしまうと………お察しの通り、試練にすらならない。それだと、お互いに面白くないだろ」

「言ってくれるじゃないか………!!」

「ロキ、どう見ても事実じゃないかな?まさか、お前らが今のを嘘だと訂正してくれるのかな?それはそれでまた一興だな」

 

 ソウはにっこりと笑った。

 その行為だけで押し黙るロキの姿にソウの語る威勢の強さが計り知れる。強者のみが許される絶対的な態度。

 実際、ソウは最年少でS級魔導士に到達している。そこに実力の虚偽は無く、正面からその座を勝ち取ったとされる。

 魔法だけではない。純粋に戦闘経験の差もある圧倒的なまでの高い存在にグレイとメストは挑む必要があった。

 

「話を戻すか。お前らが果たすべき事はただ一つ。この鈴を触ること」

 

 ソウが手に握る紐の先端。

 銀色の一般的に世間に普及されている普通のタイプの鈴があった。

 軽く揺らせば、心地よい音色が鳴る。

 次に、メストが疑問をぶつけた。

 

「鈴を触るだけ?あまりにもこちらが有利じゃ無いか?」

「見た目だけはな。因みに鈴に触っても波動で吹き飛ぶなんて罠は無いから安心して触りに来たら良い。触れるもんなら触ってみろって話だ」

「あぁ!言われなくても遠慮無く行く!」

 

 あまりにも安い挑発。

 普通なら反撃に出る場面でもある。が、グレイ達は攻めにも出られず、煮えたぎっていた。

 

「ほら。来ないのか?」

 

 ―――隙が無い。

 

 ソウの領域にミリでも踏みいれば、瞬間的に魔法が狙いを定めてくる。無闇に攻撃を仕掛けるのはまさに命知らずと同等だ。

 

「ん~。これだけじゃ………内容的にもつまらんか」

 

 すると、ソウは腰に鈴を付ける。

 軽く準備運動とばかりに膝を曲げては伸ばしの運動を繰り返すが、物騒な一言に見ている側の背筋が伸びる。

 

「ここから出られるのは一組だけにしよう。こうすれば、リアル感も出そうだし」

「そ、そんな………!!」

「ウェンディ?何故そこまで悲観的になる。むしろ好都合ではないか?俺達が先にあの鈴に触れば、ライバルが減る事にも繋がるのだぞ?俺は知りたい」

 

 新たなルールの追加。

 これに対し、いの一番に反応を示したのはここまで無言でいたウェンディであった。

 

「いえ………私なりに考えていたら、ある事に気付きまして………」

「何だと!?」

「はい。恐らく、この試練は私達の選択を試しているのかと思います」

「選択………詳細を聞いても?」

「勿論です、メストさん。まずは確認です。私達の一番の目標は試練をクリアする事ですよね?」

「あぁ、そうだ」

「次にグレイさん達の事はどうされるつもりですか?」

「今回は先に俺かウェンディが鈴に触れば問題ない話じゃないのか?」

「そこです」

「なっ………!?」

 

 メストに驚愕の表情。

 それを尻目にウェンディはソウに視線を固めたまま、語り続ける。

 

「少なくとも私達に勝ち目はありません。例え、鈴を触るだけだとしてもです」

「………なら、他に方法があると?」

「私達だけ………の場合です。でも、今は違います」

「………っ!!確かに。言われてみれば」

 

 メストとウェンディ。

 そして、同じくソウの試練に挑戦するグレイとロキもまた同じ現場にいる。

 

 つまり、ウェンディの狙いは―――

 

「協力すれば………まだ可能性はあるかと」

「名案だ!!君をパートナーに選んで正解だった!!」

「えっ!?………あっ、ありがとうございます?………」

 

 二人で無理でも四人なら。

 実際、ソウは争う二組をまとめて相手すると告げている。互いに挑戦組が手を組むのも裏で了承していると解釈しても過言ではない。

 

「メストとウェンディ、ちょっといいか」

「む?何だ?」

 

 と、絶好のタイミングで。

 ソウに警戒心を向けたままのグレイがある話を持ち掛けてくる。

 

「今は互いにここを突破する事が最優先だ。つまり、ソウの腰にある鈴さえ触れれば俺達の勝ちとなる」

「なので、グレイとメスト。一旦という形で手を組むのはどうだろうか?という提案さ。どちらも損はない筈だよ」

「………考える事は同じか。異論はない」

「決まりだな」

「えっ!?メストさん!?それだと―――」

「ウェンディ、構えるんだ」

「は、はい!!」

 

 すんなりと進む交渉。

 既に決定事項となった事実に戦闘モードに完全に移行してしまうメストとグレイ、ロキ。

 異議を唱えたいウェンディであったが性格が邪魔をして強く出れない。

 

「準備は万端みたいだな。なら、始めようか」

 

 一次試験。激闘の間。

 クリア目標はソウの腰にぶら下がる鈴に触れるだけ。

 

 ―――いざ、開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 激闘の間。

 

「さて………」

 

 案の定、両チームで手を組んだか。

 明らかな誘導も入れておいた。妥当な結末と考えるべきであり、むしろ試験官側としては好都合でもある。

 何故なら、本来であれば敵同士であった者達。急遽、協力関係を組むとなったその時に上手く順応出来るかどうか。

 そして、仲間の真意と元敵の思惑を見抜けているかどうか。

 この二点に焦点を当てていきたいからだ。

 

「作戦はどうする、グレイ」

「そうだな………こっちは数で有利。それを使って、ソウの隙を炙り出すしかない」

「俺は知りたい。他に方法は無いのか?」

「基本はそれで行く。展開に応じて、他の作戦を組み込んでいくさ」

「なるほど」

 

 俺の動きに意識を向けつつ、作戦決め。

 残った四対一と数的不利な状況。逆に向こうはかなりのアドバンテージがある。

 にも関わらず、打ち合わせ無しでの戦闘は起こさないと来たか。まぁ、及第点だ。

 今回の場合、互いの魔法という観点で比べれば、どちらも既に大体の能力や効果は認知している。

 つまり、何を言いたいかと言えば―――

 

「全部、丸聞こえなんだよな………あんまり意味ないぞ~………」

 

 音も辿れば、振動を起点に発生する。

 故に探知関連でも俺の魔法は絶大な効果を発揮する。ましてや目の前の会話を聞き取るぐらい等は素のままでも可能だ。

 この事実をグレイ辺りは認知してそうなのだが。すっぽり頭から抜け落ちてるのだろうか。

 可哀想だから、減点対象からは外しておこう。

 例え、俺相手に数で有利を取ろうとも下手な連携をしてしまえば、こちらは簡単に処理しやすく、むしろ状況は悪化する。他にも作戦が筒抜けな時や明らかな陽動が仕掛けられていると気付いた時もまた同様。

 よって、数で押す作戦を軸に攻めるのは悪くない。現状では最善の選択と言えるだろう。

 そういう要所もじっくり評価しておかないとな。

 

「来るぞ!!回避だ!!」

 

 準備運動に一発だけ波動弾を放った。

 無論、回避される。俺は左右に散らばる挑戦者達を尻目に思考を巡らせた。ついにこの時が来てしまったか、と過去の自分の情景を甦らせつつも気を引き閉める。

 グレイ、メスト。頑張ってこの試練を乗り越えてくれ。まだまだS級魔導士まで道のりは遠い。それでも、全員が通ってきた道でもあるのだから避けては通れない。

 

 まぁ―――容赦はしないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4-4 へと続く。




*鈴の件はまぁ有名ですね。


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4-4『咄嗟の判断』

 前回までのあらすじ:
 グレイ、ロキ、メスト、ウェンディの四名は協力してソウの攻略に挑む覚悟を決める。
 対して、ソウは容赦なく一次試験の審議を執り行う。制限がかけられたのにも関わらず、最強の座は降りる気配無しの彼に果たして合格という二文字は貰えるのだろうか。



 ◇◇◇

 

 激闘の間。

 

「くっ!?メストとウェンディは左から回ってくれ!!」

 

 バトルの火蓋は既に切り落とされた。

 正面からの突破を困難と判断したグレイの冷静な指示により、メストとウェンディは即座にそれに従う。

 ソウはゆっくりと二人を視線で追うが身体の真横辺りを過ぎた時点で角度的に無理があったのか、目線を外した。

 一方でグレイは両手を構え、魔法の準備。

 グレイは陽動に動くのかとソウは思考を巡らせつつ、他の人の動向にも魔法越しに気を向ける。

 

「"氷造形魔法(アイスメイク)"ランス!」

 

 グレイは氷の槍を精製。

 その鋭い矛先をソウに向けて、発射。無論、これが有効打になるとはグレイは考えていない。

 あくまで彼の気を逸らすだけの物。

 

「………ん」

 

 ソウは右手を突き出す。

 続けざまに氷の槍がソウの掌に着弾。同時に槍の方が一瞬にして粉々と化す。

 対して、本人は余裕の笑み。

 

「ここ!」

 

 ソウの右脇腹。

 グレイの攻撃に右手を使用した今、がら空きであるスペースに勇敢にも飛び込んだのはロキ。

 お得意の光を拳に凝縮し、解き放つ。

 

「"獅子王の輝き(レグルスインパクト)"!」

 

 ―――狙いは………鈴!

 

 腰にある小さな銀の鈴。

 直撃どころか掠りでもすれば、勝利条件を満たす今回の試験。真っ先に狙いを定めるのは必然と言えた。

 故に―――

 

「残念。左手が余ってる」

「ぐはっ!?」

 

 ソウの左手が右腕の下からロキの攻撃に対して構える。

 そして、即座に人一人など軽々しく吹き飛ばす衝撃波を撃ち放った。

 

「いきます!!」

「あぁ!!」

 

 攻撃はまだ終わらない。

 ロキとは真逆に回り込んだウェンディとメストが追撃に躍り出る。

 あの一瞬のやり取りだけでもソウは魔法の威力を普段よりも弱めていると判明した。少なくとも自身に触れる脅威を問答無用に吹き飛ばすあの魔法は発動していない。

 なら、接近戦に持ち込むのが最善。

 遠距離を得意とする波動魔法と無敵の反撃魔法のコンボがソウの強みと言える。だが、その片方が無いのであれば其処が戦況を覆せる唯一の勝機。

 

「"天竜の翼撃"!!」

「はぁぁぁあああ!!」

 

 一見、完全な強襲。

 ソウは二人の攻撃を視認しておらず、背中をほぼ取ったような状態。そして、回避するにも遅すぎる。

 普通であれば、直撃は免れない。

 とは言え、今回の相手は非常にも普通と言う概念は値しない。

 

「カバーが遅い。一瞬の判断の遅れが勝敗を左右するんだぞ」

 

 右手が既に準備万端だった。

 右肘を内側に折り曲げ、ソウの正面左腰から掌を見せつける姿勢。そのまま衝撃波を吐き出し、攻撃を仕掛けようとしていた二人を飲み込む。

 

「きゃあ!?」

「くっ!?早い!!」

 

 どうにか受け身は取れたものの攻撃は一時中断せざるを得ない。

 陽動のグレイも無謀な攻撃は避けてる。

 ソウの対多数戦への対応力。そして、戦闘の経験値の多さが顕著に浮き彫りにされたのだ。

 何より、衝撃波をほぼ連発並みのタイムラグで放てる利便さが今回の試験で猛威を振るっている。あれを攻略しない限り、未来はない。

 

「流石と言うか………隙が一切ない」

「あぁ、だとしてもだ。どうにかして突破しないと試験に落ちるぞ」

 

 再確認のように口を紡いだロキ。

 グレイも同意を示すが、内に秘めたる闘志はまだまだ鎮火しそうにない。

 

「ソ~ウ、お時間なので~す」

「うん?もうそんな時間か」

 

 一方でレモンからの報告を受けたソウ。

 レモンには時間管理を任せており、ソウの指定した時間が過ぎれば報告するようにとだけ伝えてあった。

 その報告がまさにこれ。

 よし、と軽く声を漏らしたソウはその場で踏ん切りを付けて―――

 

「ウェンディ!?」

 

 地面を抉って、急接近。

 メストが辛うじて反応し、喚起を上げるもウェンディの眼前には敵として立ち塞がる兄の姿が。

 狙いを彼女に定めたソウ。

 懐へと容易く潜り込み、人差し指の先端をウェンディのお腹へと当てる。

 

「くっ………!!」

 

 手加減されたと言え。

 ふんわりと身体が浮き、あっさりと吹き飛ばされたウェンディはどうにか受け身を取ろうと宙でもがく。

 

「ロキ!」

「分かってるよ!」

 

 とその一部始終を眺めていたグレイチーム。援護に向かう暇すら無く、呆然と眺めていた失態を取り戻そうとして、

 

 ―――気が付けば、ソウが目の前に。

 

「ほれ」

「くそっ!!うわぁっ!?」

 

 標的はロキ。

 咄嗟の反撃は流石の一言。右手でのパンチを繰り出すも予測してたかのようにソウの前ではあっさり避けられる。

 脇腹に左手をそっと添えられ、先程と同じ要領でロキを吹き飛ばす。

 

「ロキさん!?」

「すまない………っ!!ウェンディ、怪我はないかい?」

「は、はい。大丈夫です!!」

 

 ウェンディの足元にロキが転がって来た。

 直ぐ様戦闘に戻ろうと身体を起こそうとしたその瞬間―――

 

「動くなよ、二人とも」

 

 またしても、ソウの掌が眼前に。

 座った状態のウェンディは自然と見上げる形でソウと視線が合い、逸らされる。ロキも片膝を地につけたままじっとしていた。

 既に万全とは言えないロキ。疲労困憊の身体に無理は強いられない。

 だが、ウェンディとロキの意識は既に全くこちらに向けていないソウの視線の先に注目していた。

 

「ソウさん………?」

「ソウ。君は………」

 

 これは脅しだ。

 対象は今回の試験の挑戦者であるグレイとメストに向けて。

 相方を人質に捕り、彼は本題へと入る。

 

「さて、雑談コーナーだ。試験も佳境に入ったと思って良い時間帯だし、最終局面だとも言えよう」

「何をするつもりだ!!」

「落ち着け、グレイ。なにとって食おうって訳じゃない。お前らにはちょいと選択をしてもらうだけ」

 

 グレイとメストもまた正面から対峙。

 妖精の尻尾の魔導士に似つかわしい行為をするソウにグレイの感情が高ぶる。仲間を交渉の材料とするのは論外だ。

 

「このまま続けてもお前らが鈴に触れる可能性はほぼ皆無に等しいと俺は判断した。となれば、どちらも脱落って結末になるがそうなると後でマスターに俺が怒られる。一組だけは絶対に通せ、とのご指示だしな………あっ、これ言っちゃ駄目なやつか?………最後のは忘れてくれ」

「………聞こう。何をすれば良い」

「はぁ!?良いのかよ!?」

「良いも何もこうするしか無いだろう。現状維持するだけでは、俺たちに勝てる未来は無い。折角の昇格試験、こんな早い段階で全滅だけは免れたい」

「くっ………」

 

 メストの言い分にグレイが唸る。

 

「懸命な判断だ、グレイ。敵がどんな手を使うか分からないならありとあらゆる突破口を探す必要がある。闇雲にぶっ倒せば全部解決って訳にもいかないのがこの世界だ」

 

 これで問答無用に襲い掛かって来たら、ソウは即失格にするつもりでいた。一命は取り留めた。

 

「選択肢は実に簡単。相棒を見捨てる代わりに鈴を触るか、鈴を諦める代わりに相棒を解放するか。その二つのみ」

「はぁ!?鈴を諦めるって………試験が此処で終わるって意味になるよな?」

「そうだな。因みに相棒を見捨てた場合、本来なら永遠にさよならとなるが、流石に俺もそれは遠慮したい。この先の試験では一人で挑戦してもらう形となるぞ」

 

 何とも言えない表情の二人。

 ソウはあっけらかんと告げるが実際に判断を下す側となれば、そうは問屋が卸さず。

 前者を選べば、二次試験以降を一人のみで挑む必要が浮上し、難易度が桁違いに跳ね上がる。

 後者だとある意味、試験をリタイヤしたとも捉えられる。こんな所でこれまでの頑張りを泡に流すのは不味い。

 

「グレイ………!!」

「メストさん!!私の事は良いので、先に進んでください!!」

 

 さて、と。

 あくまでソウは現実重視。となれば、考える時間なんて本番では存在する筈も無く。

 

「ほら、行くぞ。次に進みたかったら、それを掴むだけだ」

 

 ―――鈴を二人へ放り投げた。

 

 ソウの右手が鈴をロックオン。この動作が意味するのは早く選ばないとどちらも選べないと言う事実。

 

 結果は如何に―――っ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

「―――!!」

 

 はっ、とウェンディは目を覚ます。

 すると、同じくウェンディに視線を向けたレモンと目が合う。丸みを伸びた岩にちょこんと座っている。

 

「………ここは?」

「あっ、起きた?ソ~ウ、起きたよ~」

 

 ぼけっとしたまま見渡す。

 湖のほとり。リュックを枕に、タオルを毛布代わりに使用されていた。

 また、洞窟の奥からソウが此方へ歩みを進めている所もウェンディは目にする。

 

「気分はどうだ?」

「はい………あれ?疲れがない?」

 

 戦闘後にしては疲労感が少ない。

 魔力もほぼ準備万端まで回復しており、相当な時間の間、眠っていたのだろうかとウェンディは考える。

 

「良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」

 

 頭上からの声に視線を上げる。

 試験官としての真剣な眼差しは無く、純粋に和むような微笑みを浮かべているソウ。

 

「なら、悪い話から………」

「そっか。一先ず、薄々察してはいると思うけど………ウェンディは残念ながらここで脱落」

「はい………そう言えば、メストさんは?」

 

 いくら探してもグレイチームが居ない。

 となれば、メストは次のステージに向かっている筈。少しでも役に立てればと参加した今回は十分に果たしたかと―――

 

「あいつなら、あっちでダウンしてる」

「えっ!?何で!?」

 

 ソウの指差す先。

 大岩の根元で転がる一人の男性はメスト本人であった。

 

「俺の出した選択肢の結末から順を追って話そうか。まず、グレイは次の試練への挑戦権よりも相方を選んだ」

「はい」

「そして、メストは………()()()()()()()()()()

「………?」

 

 グレイの場合。

 あの決断を迫られた環境下で、鈴には目もくれずソウを狙った。自分の目的よりも仲間を優先した。ギルドの性分的な判断とも言える。

 対して、メストは。

 微かに鈴に向けて手を伸ばす仕草を見せたかと思いきや、逆の手で掴み取ったまま額を地面に擦り付けてしまったのだ。

 

「理由は知らんが、どちらも選ばないのは最大のタブーだと俺は思う。こっちを選べば救えた未来、逆に選んだ際の目的を果たせたはずの未来。その両方を捨てる行為をしてしまったのだからな」

「メストさんはそれをしてしまった………」

「そっ。本人の気持ちが汲み取れない以上、野暮な詮索はしないが………どうやら訳アリっぽいな」

「ところで、私達が失格になって、グレイさん達はどうなりましたか?」

「あいつらは一応、合格扱い。あの後、すぐに次の試練へ向かうように言ったよ。サービスだらけでのギリギリ合格だし、二次試験はもっと苦労しそうだな」

「そうですか………」

 

 理解はしても納得出来ない。

 そんな思いがソウの話を聞く内にウェンディの心に芽生えていく。同時にその芽を摘み取るチャンスは今しか無いと本能が知らしてくる。

 

「あの時、どうすれば合格になったのでしょうか………?」

「ほいさ」

「あぅ!」

 

 ウェンディの頭に軽いチョップがヒット。

 魔力は込められて無かったが、不意を突いたその一撃に涙目を浮かべるウェンディ。

 かと思えば、ソウの優しい手がそっとウェンディの頭を撫でる。

 

「選ぶにあたって内容は考えるんじゃないだ。感じる、それだけ」

「感じる………」

「考えるとなれば、それだけで迷いが生じてしまう。その迷いが時には己を苦しめる鎖と化してしまって、結果的には………」

「だから、感じて動く………」

「戦闘は常に変動する。余計な事に考える余裕あるなら、目の前の対処に集中しろって話だ。試験中にも何回かそれっぽいヒントは口にしたと思うけどな。終わったから正直に白状するけど、今回のキーは咄嗟の判断を大切にしろ、だぞ?」

 

 心当たりはあった。

 援護のタイミングが遅いだとか、大事な選択肢に時間を与えない場面もそれに該当する。

 

「最後のあそこでは、無条件に先に動いた方を合格する算段でいたし、事実、俺はその通りにした。ぶっちゃけ、どっちを選ぼうが関係無い」

「鈴を選ぶと一人で進めたの?」

「んや。二人とも合格。俺のあの台詞は只の脅し文句だけだから特に意味はないし」

 

 結局は、動くまでの時間が基準となる。

 鈴を選ぶ―――つまりは味方を犠牲にするとなり、一見すれば後味が悪い。裏をかけば、その味方はその場を突破してくれると信頼を置いている解釈にもなる。

 味方を選ぶ―――別の意味では、自己犠牲。悪くはないが良くもない。多くの優しい人が支持する、仲間を大切にという方針の初心を忘れるべからずでもある立派な決断だ。

 要するに、どちらでも問題は無かった。

 

「悪い話はこれで終わり。次に良い話だが………」

「はい」

「俺の役目はもう無し。つまり、この先は自由行動となるんだけど………」

 

 ソウはその場にしゃがみ、視線を合わせる。

 

「一緒に天狼島の散策に行かないか?このまま試験が終わるまでテントで待機ってのも退屈だしな」

「はい!!疲れも感じ無いので大丈夫です!!」

「疲れが無いのは脳波を弄って、そう脳に錯覚させてあるだけで、ちゃんとツケは返ってくるから。一応、気を付けてようか」

「えっ………」

 

 衝撃の真実。

 

「身体的に回復したら、勝手に疲労感は消えるだろうし問題は無いよ」

「楽しみです!あっ、でもメストさんをこのまま置いては………」

「まだまだ起きる気配も無いしな。そうだな、行く前にちょいとこいつに………」

 

 倒れているメストに目を向け。

 近くまで寄ると、メストのすぐ側に書き置きらしき紙を、その上に小石を重りとして置いた。

 

「何を書いたのですか?」

「ん?………目覚めた時に困らないようにしただけだよ。レモン、外に出る時ってこっちだっけか?」

「そだよ~。そして、私も行く~」

「うん。レモンも一緒にね」

 

 ―――一次試験、結果。

 

 グレイ………合格。

 メスト………不合格。

 

 

 

 

 

 

 

 

 5-1へ続く。

 

 



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5-1『正体』

 前回のあらすじ:
 一時試験に望んだメストとグレイ。
 結果、グレイが突破となりメストは無念にも敗退をしてしまう。同じくして、メストのパートナーを務めていたウェンディも悔いてしまう。
 その時、ソウは一つの提案をする。気分転換も兼ねて、探検に出掛けないか、と。彼と一緒に時間を共有出来る貴重なチャンスにウェンディは喜んで受け入れたのであった。




 ◇◇◇

 

 天狼島。外周部。

 

「うわっ………」

 

 道中、声を漏らす。

 同時刻、洞窟内が謎の振動によりぐらりと揺れる。

 隣で歩くウェンディもまた気付く。

 

「今のは………?」

「単に魔力が強大過ぎて揺れてるだけだな。まっ、犯人は分かってるし心配すること無いぞ」

「う、うん………」

 

 ―――おいおい。思わず魔法を解除したんだけど。ギルダーツ、ちょいと本気過ぎやしないかね。

 

「レモン、今ので起きないんだ………」

「深いんだよな、こいつの睡眠」

 

 内心、呟くソウ。

 試験の弊害になるような邪魔の確認を探知魔法で索敵している。基本は永続的に発動するだが、今回の犯人―――ギルダーツの魔力に反射的に遮断。

 恐らくは向こうも試験の真っ最中。相手は不明だが心中で祈っておくので、頑張って欲しい。

 

「これは純粋な質問だけどさ、ウェンディ」

「はい?」

「何で今回の試験に参加したんだ?」

「えっと………恩返しをしたくて」

「恩返し?」

「メストさんはミストガンの弟子なので、今回の試験で少しで役に立てれば、と思って………でも、私ちっとも………頑張ろうって決めてたのに………うぅ」

 

 ―――メストガンの弟子?

 

 少しウェンディの言葉に引っ掛かる。

 本人に悪気は無いのだが、ソウの記憶には無い情報が出てきた。

 もう少し詳細を、と聞きたい場面だが、ウェンディが泣き出しそうになるので中断せざるを得ない。

 

「その心意気だけで十分。きっとミストガンも向こうで喜んでくれてる筈だ」

「そ、そうだよね………?」

「チャンスはまだまだある。そうだな、気分転換にこの島に纏わる伝説を話そうか?」

「伝説………?」

「ウェンディは考えたこと無いか?どうしてこの島が妖精の尻尾の聖地と呼ばれてるんだろうって」

「それは、初代マスター"メイビス"の墓があるからでは?」

「正解。でも、答えはそれだけとは限らない。初代さんの墓があるだけで、こんな島を魔法の結界で隠す必要はないしな」

「じゃあ、どうして?」

 

 ソウは横に振り向き、微笑む。

 

「さぁ?」

「えっ?」

「だから、こうして探検してみようって。直接見た方が早いって考え?」

「な、なるほど………」

 

 真実は謎に包まれたまま。

 案外、呆気ない理由かもしれないし、ギルドの存続に関わる程の重大機密かもしれない。

 どちらにせよ、好奇心は疼く。

 

 ―――ん?何かを感知したな………。

 

 同時に探知魔法の成果が出る。

 微弱だが、沖から島の海岸へ移動する魔力を捉えたのだ。

 だがそれがどうもきな臭い。

 具体的には身内である妖精の尻尾の魔導士である可能性が高い。

 名前は確か、シャルルとリリー?

 

「そんなにじっと見つめて………は、恥ずかしいです………」

 

 なるほど、心配して見に来たのだろう。

 此処まで無事に来れた、その頑張りに乗じてマスターへの報告はしない判断を下す。無視しておいても特に問題はない。

 

 ―――問題はこっちか………。

 

 となれば。

 探知魔法で分かるのは外だけではない。内もある程度にはなるが分かる。

 不気味な魔力だ。あまりにも不吉過ぎて、見てみぬ振りをしてきたがこれも試験と関係あるのだろうか。

 事前にマスターからの言及は無い。流石にマスターも気付いていそうだから、現状維持構わないか。

 

「わぁ!!凄い綺麗~!!」

 

 洞窟から外へ。

 一気に広がり、水平線が広がる崖沿いまでウェンディは駆け寄った。

 

「ソウさん!!見たこと無い花が咲いてるよ!!」

「そっか。楽しそうで何よりだよ」

 

 珍しい花にしゃがみこんで鑑賞中。

 微笑ましい光景だ。家族とはこういう空間を当たり前のように過ごすのだろうかと脳裏をよぎってしまう。

 なんて非情な世界だろうか。こんな些細な時間の共有さえこの世は許してくれないらしい。

 

「ん………」

 

 ―――………また身内かって思ったがこれは流石に魔力反応が多過ぎる。少なくとも三桁以上。よりにもよって、あんな上空に居るうえに光学迷彩付きとは。これは発見まで遅れても仕方無いな。よし。

 

「レモン、起きろ」

「うみゅ?」

 

 ウェンディには聞き取れない声。

 加えて、レモンを起こす波長を発動しつつの声かけにより一発で目覚めさせる。

 

「マスターの元へ行ってこい」

「………にゃ」

 

 レモンがエーラを発動。

 空へと飛翔し、小さかった姿がさらに小さな点へと変化する。

 彼女に任命された仕事はソウの一言の伝達。平和に試験が終わるのであれば、発生しないこれは残念ながらそうではない事を指す。

 簡単に言っちゃえば―――

 

 ―――敵さんの到来だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 天狼島。崖。

 

「手遅れだったか」

 

 数分後。

 俺は上空に浮かぶ赤の信号弾を見ていた。

 あの後、島の中にも既に敵らしき魔力の反応が出てきた。瞬間移動の類いかまたは別の魔法の仕業かは分からない。魔力を隠蔽されると、探知はほぼ不可能となるのがなにかと不便だ。

 応援に向かうか迷ってる内に、その反応もすぐに弱々しくなった。

 妖精の尻尾の誰かが撃退に成功したと踏むべきだろう。現場付近で確認できるこの独特で癖のある魔力となると、ガジルのお陰か?

 

「あれ?メストさん?」

 

 俺の場合、まずはこっち。

 ウェンディが第三者の足音に反応し、顔を上げてしまう。

 その視線の先には険しい表情を浮かべるメストが居た。目的は俺とウェンディらしく、無言のまま歩いてくる。

 

「それにあの光………」

「ウェンディ、俺の側から離れるな」

「えっ?それって………」

「あの赤い信号弾は敵の襲来を意味する。こうなると俺の予想よりも猶予は無いかもしれん」

「で、でもメストさんは仲間では………?」

 

 そっか。無理もない。

 ウェンディにしてみれば、今の自分は本来なら仲間であるメストに対して顕著な程に警戒心を高めている。一方で、メストもあのふざけた態度を示す様子は影も形もない。

 そんな現場に直面しても尚、多少の戸惑いがありつつもまだ信じていたい気持ちはウェンディにはあると。

 ………優しいんだな。

 

「一つ聞きたい」

 

 声も随分と冷静に。

 俺はウェンディを背中に隠しつつ、答える。

 

「書き置きの件か?」

「そうだ。いつから分かっていた?」

「全部は流石に今でも分かってないぞ。だが、お前がギルドの魔導士じゃないのは確信を持って言える」

「う、嘘………」

 

 切っ掛けは小さな違和感だった。

 長年ギルドに属する者として、メンバーの把握はしているつもりでいたのにメストという名前はここ最近まで初見だった。

 しかも他の者曰く、少なくとも去年の試験には参加していたとの情報もある。

 そして、何より―――

 

「ウェンディ~!!」

「シャルル!?どうして!?」

「二人とも無事か!?」

 

 突如、シャルルとリリーが現れる。

 エーラで真っ先に此処まで移動してきたのか。その目的は、リリーがメストに敵対心を向けた動作で俺はすぐに悟った。

 

「ソウはどうするつもりだ?」

「どうもこうも無い。リリー、ここは一つどうか俺に預けてくれないか?」

「なっ!?だ、だが………」

「これでも俺はS級魔導士。部外者をギルドの聖地に招いてしまったその罪滅ぼしとでも思ってくれ。それに最悪の場合であるあいつが反撃に出た時、リリーは万全の体勢じゃないのに迎え撃つのか?」

「それは………」

 

 責任感が強いリリー。

 きっと、天狼島に来たのもメストの違和感からギルドに危険が迫ってると感じてしまい、いてもたってもいられなくなったからだと推測できる。

 こいつはそういう奴だ。

 

「私からもお願いするわ。ここはソウに任せましょ」

「シャルル………お前」

 

 これは嬉しい誤算。

 あのツンデレ猫のまさかの掩護射撃が入る。これにはリリーも考えを改めざるを得ないだろう。

 

「分かった。頼む」

 

 そして、リリーが折れる。

 再び、メストと相対する。

 

「すまん、待たせたな」

「いいや。早く答えてくれたらそれで良い」

「それで何だっけかな?………あぁ、バレた原因だったか」

 

 とっとと済ませよう。

 

「ミストガンの弟子?んなわけあるか、嘘だな。以上」

「なっ!?」

「驚く事じゃないだろ。親友の俺だから、言える。そもそも、あいつは弟子を取れる程コミュ力なんてもんが無い」

 

 幼い頃を知る俺だから言える事実。

 

「理由がそっちなのか………」

「コメントに困るやつね………」

「そうだったんですね、ミストガン………」

 

 外野、ちょっと静かに。

 ちょっとでも自分の目的に関する情報が浮き出ると我を忘れて集めようとするあのミストガンの姿は凶器ものだぞ。

 

「それに試験の際にお前はどっちも選ばない道を進んだが、あの時、何で迷ったんだ?」

「あれは………」

「どっちを選ぶかで迷ったって言いたいのか?。いいや、違う。お前はあの時、魔法を使うかどうかで迷ったな?

 だが、使えば正体がバレる危険性も生まれる。それでも一度は使いかけようとしたのはウェンディの存在があったからと俺は見た」

「わ、私………ですか?」

「理由は本人のみぞ知るからあえて問わない。が、少なくともウェンディを守ろうとする意思は見られた。となれば、根は悪い奴じゃないし、無闇に拘束する必要は無いと俺は判断したって訳だ」

「なら、書き置きを残したのは何故だ。しかも中身は白紙一枚」

「ん?それ?逃げる時間をあげたんだよ。まぁ、それの意図を本当に知りたいのであれば、折角のチャンスすらも犠牲にして来るだろうし、その時点である程度、お前の身分に関しては推測がつく」

「見事だ………流石にそこまで見破られていたとはな」

「証拠というか………記憶を改竄する魔法かなんかの効果も段々と切れてるし、これからお前にはちゃんとした身元を吐いて貰おうと思うが―――」

 

 うん、止めてほしい。

 殺気というか気配というか。魔法の性質上、敏感になっている。

 メストと話をしている最中でも、関係ない。殺気を感じてしまった。

 

 ―――来るな、これ。

 

「これはっ!!」

「リリー、シャルルを抱えて此処から避難。ウェンディ、ちょっと抱えるよ」

「えっ?」

「っ!!承知した!!」

「何!?何なのよ!?」

 

 咄嗟にウェンディを抱える。

 その場から余裕を持って、離れたと同時に俺とメストがいた地面に亀裂が入り、正体不明の爆発が舞い込む。

 メストも無事に避けたか。瞬間移動っぽい魔法だが、使う動作に躊躇はない。吹っ切れたか。

 というか、リリーの人間モード。

 初めて見たが、ムキムキすぎやしないか。どう鍛えればあんな肉体美に変貌するのか。

 

「勿体ぶらないで姿を見せろ。さもないとこっちから遠慮無しに撃つ」

 

 崖の先端に根を張る一つの木。

 その幹からにょきと人の顔が浮き出てきた。おぞましい。

 

「よくぞ見破ったものだ」

 

 てか、横向きに出てきた。上半身もかよ。

 樹木に擬態する魔法。そんな魔法を耳にした記憶は無いが、魔力の質から見ても只者では無いと分かる。

 

「それで隠せてるつもりなら、もっと丁寧に隠した方が良いぞ。特に殺気とか」

「ふん、下等な分際で助言紛いを私に言うとは。戯けが」

「何者だ!!」

「オレの名は"アズマ"。"悪魔の心臓(グリモアハート)"、煉獄の七眷属の一人」

「悪魔の心臓………?」

「闇ギルドよ」

 

 それもバラム同盟の一角を担うギルド。

 さて、厄介極まりない相手だ。

 物に擬態する魔法は魔力での感知がより困難になる。大体の把握は不可能では無いが、位置を特定するのはより難易度が上がってしまうのだ。

 索敵には意識を向けたいのは山々だが、他の感知魔法が疎かになるのは不味い。

 どう出るべきか。

 

「妖精の尻尾の聖地に侵入すれば、きな臭い話の一つや二つ出ると思ってたんだがな………」

 

 と、ここでメストの呟き。

 意外とスパイを行う目的をあっさりと口にした。

 

「黒魔導士ゼレフに"悪魔の心臓"。こんなでけぇ山にありつけるとは。付いてるぜ」

「ゼレフ………?」

「あんた、一体………!!」

「まだ気づかねぇのか?オレは評議院の人間だ。妖精の尻尾を潰せるネタを探す為に潜入していたのさ」

 

 ―――評議院。

 

 世界の秩序を管理する組織。

 あらゆぬギルドはその管理下に置かれており、ギルドの者にとっては嫌われ者的な存在だ。

 妖精の尻尾は問題を頻繁に起こすので、評議院にも目を付けられている。ギルドの存在自体を良く思ってない輩がいるのも不思議ではない。

 

「これは。これは………」

 

 物騒に呟くアズマ。

 ウェンディもようやくメストがギルドの裏切り者だと痛感したらしい。

 

「だがそれもここまでだ!!あの所在地不明の"悪魔の心臓"がこの島にやって来るとはな!!」

 

 高らかに笑い声を上げるメスト。

 闇ギルドの中でもトップを牛耳る同盟の一つに"悪魔の心臓"がある。謎に包まれたそのギルドが目の前に現れたメストにとってはチャンスとしか思えないのか。

 

「これを潰せば出世の道も夢じゃない!万が一に備え、評議院強行検束本隊の戦闘艦をすぐそこに配置しておいて正解だった!一斉検挙だ!悪魔の心臓を握りつぶしてやる!」

 

 遠方の海面に浮かぶ数席の船。

 帆には評議院のマークが記されており、メストの言葉に嘘はない。

 

「戦闘艦?あれの事かな?」

 

 だがしかし。

 突如として、巨大な爆発が発生。その発生源は他ならぬ戦闘艦のいた海面上であり、木っ端微塵にまで粉砕されていた。

 知らぬ間に全身をさらけ出していた敵さんの仕業なのは違いないが、あの規模をあっさりとやれるのは素直に驚嘆の一言。

 

「何をしたの!?」

「船が………!!」

「バカな!!」

 

 これにはメストも驚愕の表情。

 俺を除いた全員が爆発の光景に悲壮を浮かべていた。

 

「では、改めて。そろそろ仕事を始めても良いかな?役人さん」

 

 地面に足を付けた。

 仕事の具体的な内容は想像したくも無いが、ギルドにとって録な物じゃないのは分かる。

 

「な、何をしたの………?」

「船が一瞬で爆発した!?」

「評議院の戦闘艦がこうもあっさり………」

 

 うーん、魔法の原理が読めないな。

 爆発にしては威力は高い。かと言って、目立った弱点―――連発不可や反動がある系の感じもしない。

 というか、前提として擬態と爆発に一貫性を感じない点をまずは掘るか。複数の魔法を所持しているパターンも考慮すべきだとすれば普通に面倒。

 いや………もしかすると、こいつは樹木に擬態するだけの魔法じゃないかもしれない。もっと根本的な部分を操作するタイプとか。

 さて、もう少し模索しよう。

 

「いやいやいや、ちょっと待とう。役人さんの許可の前にまずはその土地の所有者から許可取るのが必要だろ」

「何………?」

 

 俺は一歩前に出る。

 これであいつの意識は俺に向く。爆発による二次被害がウェンディ達に牙を向きそうで怖いが、そこはタイミングを見計らって離脱してもらうしかない。

 

「分かる?ここは天狼島。"妖精の尻尾"の聖地。となれば、その妖精の尻尾の魔導士の許可が無くちゃ、此処では何も出来ないぞ?というか、させないんだけどな」

「なら、無理矢理奪い取るまでだ。【ブレビー】」

 

 先手必勝と来たか。

 右手を俺に翳し、そのまま爆破を巻き起こす。

 

「ソウさん!!」

 

 だが問題はない。

 

「………貴様。何者だ?」

 

 俺が無傷で立っている。

 奴にとって、それはそんな魔法は効かないぞと自らの魔法を愚弄されたのと同等の意味を示す。

 いや、しかし。

 怒気よりも好奇心が勝ったか。

 となれば、こいつは強者との戦闘を求める戦闘バカみたいな人種だろうか。

 

「ソウ。"妖精の尻尾"の魔導士だ」

「ソウ………っ!!なるほど。お前が噂の"波動の覇者"なのか………おぉ、なんて幸運だ」

 

 よし、釣れた。後は―――

 

「メスト」

「………何だ?」

「ウェンディ達を連れて、ここから離れろ。出来る限りの遠くへ。瞬間移動っぽいのでいけるだろ」

「なっ!?何故それを俺に頼む!!評議院の人間だと分かっているのか!?」

「うるせぇ。この場ではお前が一番の適任だからだよ」

「出世の為にお前達のギルドを潰しに来たような奴に任せるのか!?」

「潰せるもんなら潰してみたら良い。口に出すだけじゃ怖くも何ともないし、妖精の尻尾はそんな簡単にはやられない。メストや、ちょいと俺達のギルド―――」

 

 ―――舐めすぎだ、阿保。

 

「っ!!…………今回だけだ」

「十分だ。助かる」

 

 さて、舞台は整った。

 アズマの目が見開き、初めて笑った。無駄にあいつの期待ハードルが高くなってるよう気がしなくも無いが、そこは気にしない。

 久しぶりの強敵との邂逅。腕がなる。

 

「さぁて、いっちょ暴れますか。準備は既に完了済み?」

「いや、敬意を込めて、再度名乗ろう。私の名は"アズマ"。"波動の覇者"ソウ、どれ程の者か定めさせて貰うとする!!」

「アズマか、良い名だ。俺と戦った歴代の猛者の一人として覚えておくよ」

 

 ―――いざ、勝負なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5-2へ続く。



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5-2『対アズマ戦』

 前回までのあらすじ:
 ソウとウェンディの細やかなデートも束の間、メストの正体が遂に明かされる。シャルルとリリーも合流してようやくメストは重い口を開く。
 と、突如その場で爆発が発生。犯人は他でも無い闇ギルド"悪魔の心臓"のアズマ。目的が定かでない中、こいつは危険と判断したソウはウェンディ達を逃がして、アズマと対峙するのであった。



 ◇◇◇

 

 天狼島。外周部。

 

「拉致があかんな………」

 

 戦闘が開始して、数分が経過。

 どちらも攻め手に欠けており、ジリ貧な状況が続く。このままだと不利となるのは間違いなくソウの方であり、いつもの余裕綽々な態度は既に失せていた。

 単独潜入を実行したアズマの魔導士としての強さは確かにお墨付き。戦闘も経験自体が十分積まれているのか、柔軟に対応されるのがその証拠。

 敵の応援が来る前にアズマを撃破、が妖精の尻尾側の最善な結末ではある。が、いざそれをするとなると魔力を集中して全力になる必要があり、探知魔法等は解除しなくてはならない。

 

「噂では"妖精の尻尾"最強と唱われるS級魔導士も実際はそんなものかね」

 

 アズマがあっけらかんと言う。

 彼がどんな期待を抱いていたのかはソウが知る由もない。だからと言って、その期待に答えるのはお門違いだ。

 足止めが成立しているのはアズマ本人がソウとのバトルを望んでいたから。となれば、アズマの戦闘本能を刺激すれば時間は稼げる。

 だが、稼いだところで利点はあり得るのか。

 ソウの脳裏にちらつく。

 正直、他の味方が相手するにしては目の前の強敵は余裕でもて余す強さがあると思える。エルザやギルダーツクラスでないと、奴に損害を負わすことさえ不可能だ。ミラは魔法の相性が悪い。

 やはり、自分が倒した方が得策か。

 神出鬼没の魔法を使えるアズマに魔導士として実力的に敵わない仲間達に一方的な襲撃をされるのが一番懸念すべき事態。早めに解決はしておきたい。

 

「俺に一体何をご所望で?流石に命を頂戴だとかは無理だけど、ちょっとぐらいの融通は効かすぞ?」

「では、正々堂々の勝負を」

「闇ギルドらしからぬ言葉が出たな。珍しい」

 

 行動理念は単なる戦闘意欲。

 欲するは強者との対峙であり、他は何も望まないと言葉にせずともアズマの意思はソウには分かってしまう。

 かつて同じ人種であったが故に。

 

「だけど、それはちょいと無理な相談だな」

 

 アズマの懐に飛び込む。

 右手に魔力を込め、解き放った。衝撃波として変貌を遂げた魔法は確執にアズマを捕捉する。

 対して、アズマも反応していた。

 

「【ブレビー】」

 

 両者との隙間で爆発が発生。

 衝撃波を緩和され、同時に姿も眩ませたアズマ。これがソウにとって厄介極まりない戦術であった。

 追撃は可能だが、アズマに対処される。無意味な動作を繰り返すだけとなり、不要な魔力の消費だけは避けたい。

 なら、思考を逆にしてシンプルにどちらが最初に力尽きるかという魔力比べも候補の一つにあった。

 無論、この案はボツ。こんな序盤で魔力全てを使いきる覚悟は流石に無い。まだまだ"悪魔の心臓"との戦争は続くだろう。仲間との情報の共有が不十分な現状、無闇に自分だけが早々にリタイアするのは避けたい。

 

「ふんっ!!」

 

 背後に音もなくアズマが出現。

 右拳をストレートに抜くが、ソウはその場にしゃがんで回避。左脇腹から出した右手から衝撃波による反撃をする。

 アズマも再び地面へと潜り、難を逃れる。

 

「ふむ、こうもオレの爆発から逃れるとは。流石、S級魔導士と言ったところかね」

「お褒めの言葉、どうも。とそうは言いつつ、そちらさんも俺の魔法はあっさり対処するからお互い様だと思うけど」

「"ソウ・エンペルタント"。滅竜魔導士であり、属性は"波動"。どんな相手だろうと木っ端微塵に破壊する戦闘を行い、数々の何故か闇ギルドを潰したと言われている」

 

 アズマが唐突に語り始めた。

 

「中々に調べてきたご様子で。有名人気分を味わえてちょっとだけ嬉しいぞ、この野郎」

「逆に言えば、判明した情報はたったのそれだけ。謎の多い存在とも言えるがね」

 

 出現頻度が低いせいかなとソウは考える。

 いや、余計なお世話だ。

 普段はクエストで人間とは無縁の環境に滞在する機会も多いし、あったとしても直接対峙する事がない。

 集団よりも単独を優先するソウの情報を、アズマが集めようにも集められなかったのは必然的だ。

 

「対して、オレの魔法は失われし魔法『大樹のアーク』。植物を自在に操れる魔法なのだよ」

「爆発もそのせいか」

「自然の力を使ってるのだよ」

 

 アズマの足元。地面に亀裂。

 にょきと植物の根っこが挨拶代わりに顔を出す。あれに拘束でもされれば、面倒だなとソウは思考する。

 全部吹き飛ばせば、何の問題もないが。

 

「ここまで付き合ってくれたお礼に一つ教えてあげよう。オレ以外にも近い内に"煉獄の七眷属"を筆頭にこの天狼島に到着するのだがね?お前には特別な待遇が待っているのだよ」

「おっと聞き捨てならんな。俺の存在は"悪魔の心臓"にとってそんなに警戒する必要があるのか?」

「いやはや、とある協力者がソウ・エンペルタントは任せて欲しいとマスターに進言したのだよ。どうやら、ある実験も兼ねてるらしいのだが………詳細は興味がなかったから省かせて貰うがね」

「………協力者ねぇ」

 

 ―――"煉獄の七眷属"ではない………?

 

 アズマの表現が引っ掛かる。

 同じ立場である他の魔導士を指すのであるのなら、そんなくどい言い回しは違和感しかない。

 となれば、第三者。それも目当ては自分。

 心当たりが無いので推測しようもない。今は大人しく後手に回ってしまうしか無いが、無碍に敵の罠へ飛び出てしまうのも不味い。

 もっと情報が欲しい。アズマ曰く、これ以上は持ち合わせてないとの事だが一方でアズマに嘘をつくメリットはほぼ無い。事実であるのは間違いない。

 

「そこまで親切にしてくれてもさ、俺からは何も教えられ無いぞ?」

「必要ないのだよ」

「そう………かい!!」

 

 後ろへジャンプしたソウ。

 その数コンマ後に爆発による砂埃が二人の視界を遮断した。

 

「【ブレビー】」

 

 ソウの正面。

 砂埃をものともせず、突っ切ったアズマはソウを囲む要領で小さな光の玉を散らばした。

 それこそが爆発の元。

 が、ソウもじっとはしていない。ソウを中心に全方位へ衝撃波が解き放たれる。

 

「【衝大波】!」

 

 爆発を除ける。

 と、爆発の二次被害により発生した砂煙がアズマの視界を奪った。アズマ本人には無害であるが、ソウを一瞬でも視界から外したのが問題だ。

 

「がら空きだ」

 

 低姿勢のまま懐に飛び込むソウ。

 ここに来て初めて見せたソウの高速移動にアズマの反応が遅れた。表情が驚愕へと染まる。

 ソウが右手を引き、放つ。

 

「【はっけい】」

 

 アズマの胴体へ着実に。

 だが、腕によるアズマのガードが咄嗟に間に合う。流石は"煉獄の七眷属"とだけあって、反射神経も人並みを越えている。

 

「くっ!【タワーバースト】!!」

 

 追撃を恐れてか、アズマは全身を炎柱が包んだ。上空の雲にまで届く勢いだ。

 あの中に飛び込む勇気は無いソウは体勢を戻して、一歩下がる。

 ガードはされたが、あの一撃はアズマの身体に確実に届いた手応えがソウにはあった。

 

 ―――【波動式七番】はっけい。

 

 人体へ魔力を送り、内部から壊す。

 蝕むかの如く襲われる内からの衝撃波はどんなに強靭な肉体であろうと無意味だ。

 

「見事なり。間一髪防御が間に合っていなければ、オレの身体は簡単に砕けていたのだよ」

「そこまでおっかない魔法じゃ無いんたけどな」

「だがしかし。この勝負、一先ずはオレの勝ちと言えるのだよ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるアズマ。

 形勢はアズマが劣勢の筈。なのに、そんな余裕っぷりを発揮するのは自覚していないのか別の理由があるのか。

 にしても戦闘が開始されてから、体感的に時間はどのくらい立ったのだろうか。

 

 ―――時間?………いや待て。この状況、俺が時間稼ぎされてないか?

 

 アズマの時間稼ぎ。

 それが今のソウの方針であり、アズマの目的の邪魔を果たせるかと考えていた。

 だが、アズマが強引に突破する様子はない。むしろバトルを楽しんでいる雰囲気さえある。自身のギルドから先行して潜入したのに、これはおかしいのでは無いだろうか。

 思考を逆にして考える。

 アズマにとって第一優先事項は味方を安全に天狼島まで送り込む事。となれば、真っ先に排除すべき障害は潜入する前に察知、対処してくる人物である。

 "妖精の尻尾"で一番に該当するとなればソウの名が上がる。波動による探知は逆探知が難しく一方的に情報を与える状況を作ってしまう。加えて、ソウ本人も易々と撃破するのは困難。

 と言いつつ、その対策は実にシンプル。最も有効的かつ簡単な方法はソウの意識を割くことだ。

 広範囲になればなるほど、ソウは探知魔法に集中する必要があり、そこに他者から妨害が入ってしまうと意図も簡単に探知魔法は効果を発揮しない。

 時間稼ぎをしていたつもりが、逆にしてやられたという事実。助長するかのようにソウが探知魔法を発動すれば、反応したのは遥か真上。

 

「………あれは?」

 

 上空を飛行する謎の物体。

 否、あれは人だ。それも背中に背負ったジェットパックに備えられている持ち運び用のスペースには十………百を越える魔力反応が検知された。

 いずれも性質が異なる。となれば、その数だけあの中には魔導士が存在していると意味しており、中には強大な魔力もちらほら。

 つまりは人の移送に特化した魔導士による襲撃。用途は想像すらしたくない。羊のような面をしている割には厄介な仕事をしてくれる。

 

「ふむ。楽しいと思える時間はあっという間なのだよ」

「逃がすと思うか?」

「いや、オレを逃がすの決定事項である」

「ん?いやいや、何処からそんな自信が生まれて………」

 

 アズマの心拍数に異常は無し。

 根拠が読めないので、断定はしにくいがアズマは何かしらの策を用意していると踏んだソウ。

 その時、ふと直感的に察した。

 

 ―――アズマの視線の先。

 

「ソウ~、マスターってどこにいるの~?」

 

 帰還したレモンの登場。

 本人的にヤル気満々で向かった癖に肝心の目的地を知らないと気付いたのだ。なら、とソウに尋ねる為に戻ってきていた。

 探知魔法も一応していたが、レモンの魔力が微力であるが故にそちらに意識を回していなかったソウが事前に発見するまでには至らなかった。

 

「レモン!?バカ!!逃げ―――!!」

 

 それも最悪のタイミング。

 

「【チェインバースト】」

 

 ソウの足元に亀裂が走る。

 それはアズマの攻撃を避けるのではなく、レモンの元へと駆け付ける為。

 悪人には珍しいずる無しの正々堂々とした戦闘を好む性格の持ち主だったが、その根っこはやはり変わらない。

 不利と悟るや否や、攻撃目標を即座に変更した。

 

「ソウ・エンペルタント。最後までやりたいものだったんだがね。今は時間が惜しい」

 

 人を飲み込む規模の爆発。

 レモンを標的としたその爆発はアズマの手によって即座に実行され、庇ったソウも巻き込まれる形となった。

 空中では身動きも取りづらい。あの一瞬での回避は不可能、確実にダメージは入ったとアズマは背を向けてこの場を悠々と離脱していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5-3 へ続く。

 




 *オリ敵キャラ、出演決定!乞うご期待!


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5-3『慢心と油断』


 前回までのあらすじ:
 ソウ対アズマ。戦況は膠着したまま、時間だけが進む。途中、アズマから気になる情報を手にいれたソウは時間稼ぎをされていたのは自分であったと気付く。
 "悪魔の心臓"の襲撃準備が整ってしまい、せめて目の前のアズマだけは逃すまいと試みるが運悪くレモンが二人の戦場に顔を出してしまった。
 標的をレモンへ変えたアズマの攻撃にソウは反射的に庇い、爆発に巻き込まれてしまうのであった。



 ◇◇◇

 

 天狼島。外周部。

 

「ソウ~!!起きて~!!起きてよ~!!」

 

 レモンがソウの身体を揺する。

 着ていた服はあちこちが焦げており、真っ黒な煤に包まれている。

 普段はのんびりとしたレモンもこんなソウの姿は記憶に無く、どうにかソウの意識だけは戻そうと苦戦していた。

 バトルの邪魔をしてしまった後悔。彼の足手まといになった結果を悔いたレモン。少しでも、助けになろうと動く。

 

「ソウ!!大丈夫か!?」

 

 と、その時。

 島の森林からナツが現れる。

 引き続いて、避難したメストやウェンディも姿を見せた。

 ウェンディ達はナツと合流を果たし、ソウとアズマの戦闘音がピタリと止んだので様子を見に来たのだ。

 

「ソウさん!?凄い怪我!!すぐ治療します!!」

 

 ウェンディがはっとする。

 遠目からでもソウの容態が悪いと判断したウェンディは迷い無くソウの隣でしゃがみこんだ。

 

「うぅ………私のせいで………ごめんなさい………」

「お前のせいではない。気にするな」

 

 涙目で見守るレモンにそっとリリーが肩に手を置いて慰める。

 ナツの相棒、ハッピーは予め聞いていた情報と現在の状況との正誤を確認する。

 

「あい!!ソウと戦ってたアズマって人は何処だろう?」

「気配がない。恐らく、既に何処かへ去ったのだろう」

 

 敵であるアズマはもう居ない。

 結果だけを見れば、レモンを人質に取られたソウが撃退に失敗。アズマは次の作戦に向けて離脱したと考えるのが正しい。

 と、メストの魔法である記憶操作が解除されているのでナツが変な反応を見せた。

 

「というかお前誰だ!?」

「ナツさん。その人は評議院の人です………」

「あはは。良いコートだね………」

「見事なまでの手のひら返しね」

 

 シャルルのツッコミ、効果抜群。

 

「って、評議院が何故ここに~!?」

「あいや~!!」

 

 ナツとハッピーがぷるぷると震える。

 二人して抱き締め合う程のリアクションなのだが、メストとはここに来る前から行動を共にしていたのだから時差が凄い。

 と、ウェンディの治癒を受けていたソウがもそっと動き出した。慌てて、ウェンディが補助を担当する。

 

「うるさいぞ、ナツ。頭に響く」

「ソウ!?起きても平気なのか!?」

「まだ安静にしてないと駄目です………!!只でさえ怪我が酷いのに今も魔力を消費してます………!!」

 

 大声はキツイと顔をしかめたソウ。

 ウェンディの忠告通り、現在進行形で変わらずにソウの探知魔法は継続中。

 島のあちこちで魔力が感じ取れる。仲間達との戦闘も発生していると踏むべき。となれば、最新の情報は戦況を左右する材料となりうる。

 そう易々と解除は出来ない。

 

「回復はもう大丈夫だ、ウェンディ。助かったよ」

「う、うん……」

 

 頭を一撫でされて大人しいウェンディ。

 彼女の頬が赤みを帯びていく。肝心のソウは全然見ていないので、静かにウェンディは頭を下げたままじっとしている。

 

「誰がやったんだ!?オレがぶっ飛ばしてやる!!」

「"悪魔の心臓"だ」

「そのギルドって………闇の三大組織"バラム同盟"の一角じゃないか………!!」

「この島にも既に何人かが入り込んでいる。ナツ達はこの情報を少しでも"妖精の尻尾"の奴等に広めてくれ」

「分かった!!行くぞ、ハッピー!!」

「あいさー!!」

 

 あっという間にナツが森林へ消えた。

 ハッピーも"(エーラ)"を展開して、ナツの背中を追い掛けていく。

 

「あの二人だけだと心配だ。オレも行きたいのだが………」

「私がソウさんと居ますので、ここはもう大丈夫です!」

「そうか。なら、メストも一緒に………って、言おうとしたが、居ないな。逃げたのだろうか」

「あんな奴、ほっとけば良いのよ。それと私もここに残るわ」

 

 各自、今後の方針を決める。

 リリーはナツとハッピーの合流して、他の仲間達へ情報の共有を。ウェンディ、シャルルはソウの回復に務める。

 では、とリリーは人間モードへ変化を遂げて走り去って行った。移動はそっちの方が早いのか。

 

「ふぅ………」

 

 深刻な傷はない。

 多少の軽傷はあるが、いずれも今後の活動に影響はしないと思われる。残存している魔力も特に不足は感じられない。

 と、魔法の調子を確認していれば、ドサッとお腹に小さな衝撃が来た。

 

「レモン?」

「ごめんなさい………私のせいで………ソウが負けちゃった………」

 

 そっと小さな彼女を抱き締める。

 故意では無いと言え、無粋に横槍を刺す形でソウの邪魔をしてしまい、怪我を負わしてしまう最悪な結末に終わってしまった。

 その心中は実にナイーブ。

 今時は珍しい甘えん坊モードになったレモンに懐かしい思いを抱きつつもソウはゆっくりと己の気持ちを聞かせる。

 

「レモンが無事で良かった。何もお前を責めたりなんてしないよ」

「うん。私もレモンの元気な姿を見ていたいかな」

「………そうね。どうしてもって言うのなら、今後に活かしなさい」

「うん………」

 

 ソウの胸元から動かない。

 そっと撫でつつも、単純にこの姿をウェンディやシャルルに見られて気恥ずかしくなっただけだとソウは何も言わずにいた。

 猫耳が真っ赤に染まっている。

 

「さて、これからの話だが」

「"悪魔の心臓"が攻めてきてるのよね。目的は不明」

「さっき、メストさんが"ゼレフ"って言ってたけど関係あるのかな?」

「"ゼレフ"か。これはちょいと俺も分からないな」

 

 と、空気が揺れる。

 

「爆発………?誰の?」

「この魔力はマスター?近くにも誰かいるが………あ~、ちょっと魔法の精度が安定しないな」

「ダ、ダメ!まだ完治してないのに無理しちゃいけません!」

「ウェンディの魔法は体力の回復は出来ても、魔力の回復は無理なのよ。大人しく安静してなさい」

 

 とまぁ、こんな風に。

 シャルルに軽く注意はされたが、そんな余裕は案外無いのかもしれない。

 

 ―――オラァァァァ…………。

 

「今度は炎?」

「あそこってもしかしてナツさん………?」

「ナツの炎があんなに黒い記憶は無いんだけどな。敵の魔法だとしたら相当ヤバそうだが………ナツが相手なら無視しても問題ないか」

「こういうのはホント適当ね、もう」

 

 一先ず、移動が優先。

 

「なら、ナツを追い掛けるか。リリーも居るだろうし一緒に動いた方がマシだ」

「ソウ………?立てるの?」

「立てるって。不安な顔見せんなっての」

 

 レモンの心配そうな瞳。

 完全回復とはいかないが、仲間のピンチが迫っているのだ。じっとはしていられない。

 

「じゃあ、移動しましょ」

「うん。お兄ちゃん一人でも動ける?もし難しそうなら、肩を貸すけど………私にはこれぐらしいしか」

「ウェンディも心配し過ぎだって。ほら、もう動けるぞ?」

 

 腕を回してのアピール。

 こんなに周りから心配されたのはいつぶりだろうか。居心地の良さも。再認識せざるを得なかった。

 だからこそ―――

 

「二人とも先に行っておいてくれ。レモンもだ。もう間違いはしないんだろ?」

「イヤ………離れたくない」

「お願いだって。()()()()()()()()()()

「………えぇ。行くわよ、ウェンディ。ほら、あんたも。いつまでも引っ付いてんじゃないわよ」

「………ん」

「えっ?でも、今のソウさんをこのまま置いていく訳には―――」

「何回も本人が平気って言ってるじゃない。心配要らないわ。一応、これでもS級魔導士なんだし心配するのは余計な手間よ」

「シャルル!?待って~!!」

 

 本当に助かる。

 そそくさと立ち去るシャルルに追い掛けるウェンディ。

 そして、後ろを振り返ったレモン。

 

「………向こうで待ってる~」

「あぁ、待っとけ」

 

 レモンも本調子を取り戻した様子。

 勘の鋭いシャルルが理由も聞かずに立ち去ってくれたのは感謝極まりない。

 三人の姿が見えなくなり、探知魔法でも移動中であると確認したソウ。起こしていた上半身の力を抜いて、仰向けに地面へ倒れ込んだ。

 そして―――

 

「くそが!!」

 

 右拳を地面に叩き付けた。

 それを震源として、髪をふんわりと浮かせる程度の震動が全体に広がる。

 

 ―――何が何を守るだ!!いつものままだと儘ならないのは分かっていただろが!!

 

 それは油断。

 探知魔法があるから。天狼島だから安全だ。誰がいつそんな事実を保証したというのだ。

 敵の侵入を易々と許容し、レモンを盾にされただけであっさりと目の前のチャンスを逃す。何がS級魔導士だ。

 無意識に慢心を生んでいたのはまだまだ弱い証拠。こうやって独り身で発散するしか能がないのが何とも心苦しい。

 

「いたぞ!!」

「寝ている今がチャンスだ!!」

「襲えー!!」

 

 ―――なんだ、只の雑魚共か。

 

 先程の衝撃で居場所が特定された様子。

 だが、ソウにとってこの状況はむしろ好都合と言える。

 

 何故なら―――

 

「丁度、さっきの勝負で消化不良だったんだよな………」

「何だ!?地面が揺れて………!?」

「こいつ!!もしかして―――っ!!」

「"波動の覇者"か!?」

「とっととくたばれや」

 

 八つ当たりな鉄槌が投下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5-4 へ続く。




Q. 最近更新多いね。
A. 外出自粛中で暇なのです。感想待ってます。


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X784年 帰ってきた波動竜編
第1話 妖精の尻尾


主人公が帰還するのは、六魔将軍(オラシオンセイス)を倒して、ウェンディとシャルルがフェアリーテイルに入り、数日後ぐらいからです。
───では、どうぞ!!

*〈2015年4月3日〉会話間の行間を訂正。


 『フィオーレ王国』………世は魔法一色。あらゆる生活の中で、日常の中で当たり前のように使われている。もはや知らない人はいないほどの人々の一部と化している。そんな永世中立国が存在していた。

 だが、魔法を使えるのは体内に“魔力”と呼ばれる器を持った一握りの人物。彼らはお互いに身を寄せあい、依頼を受けて報酬をもらって生活できる組織を組み立てた。

 “ギルド”と呼ばれるそれは、魔法の使える“魔導士”にとってかけがえのない物であり、切っても切れない大切な物となっている。 そう、家族のような存在。

 そんなギルドの中、飛び抜けて問題ばかりを起こしては人々の悩みの種となっているギルドが存在していた。

 その名は“FAIRYTAIL”。

 炎があちこち舞ったり、氷が突如現れたり、剣が幾度となく突き刺さったり。何でもありである問題児が一挙に集まったとされるギルド。だが、同時に優秀な魔導士も所属しているという、ややこしいギルド。

 

 ────そこに彼がいた。

 

 そんなギルドに最近、ある少女が入り、そして彼と出会った。それは久し振りの再会だった。

 

 ───物語はゆっくりと動き出していた。

 

 

 

 

 ◇

 

「おっ!やんのか?グレイぃ!」

「そっちこそ、やろうってのか、ナツ!」

 

 ここは妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 フィオーレ東方に位置する商業都市マグノリア唯一の魔導士ギルドだ。

 “週刊ソーサラー”と呼ばれる人気雑誌で取り上げられる事もあり、人気があるかどうかは解らないが、とにかく有名なのである。

 そのギルド内、大声で言い争っているのは───

 ───『ナツ』と『グレイ』名を持つ少年達。

 『ナツ』は桜色の髪にいつも銀色のマフラーをしており、後先考えずに動く性格をもつ。そんな性格ゆえに問題を起こしてばかりの問題児。

 『グレイ』は黒髪で一見、顔立ちは整っておるが残念なことに彼の昔からの癖に一つ問題がある。それは───

 

「グレイ…なんで服を脱いでいるのよ……」

「はっ!しまった!」

 

 グレイは無意識の内に服を脱いでしまう癖があり、今はパンツのみしか着ていない。

 一般人からしてみれば、変態極まりない行為だ。因みにこれはグレイの昔の師匠による影響である。

 

「ちょっとあんた達止めなさいよ!」

 

 二人の喧嘩を止めようとしている女性は『ルーシィ・ハートフィリア』。

 妖精の尻尾ではまだ入ってそんなに過ごしてはいないが今では立派な魔導士の一人だ。

 

「また始まったよ……」

 

 魚を加えながらそう呟くのは『ハッピー』。

 見た目は完全に喋る猫である。ちなみに毛は青い。

 

「そんなことをしてるとエルザが……」

 

 ルーシィの言葉が段々と弱々しくなっていった。その理由はとある席からどす黒いオーラが放たれていたからだ。

 

「貴様らいい加減にしろ!」

 

 第三者の手によってナツとグレイの頭に鉄槌という名の拳骨が落とされた。

 

「いってぇー!!」

「っ!!何すんだよ、エルザ!!」

 

 ナツは強烈な痛みから頭を押さえて、グレイは負けじと言い返した。

 鎧を着て仁王立ちをしている女性の名前は『エルザ』。緋色の髪をしている。またS級魔導士と呼ばれる妖精の尻尾内での実力者でもある。

 

「貴様らのせいで……」

 

 エルザは顔を俯かせて体をプルプル震わせている。

 二人の目線は先程までエルザが座っていたテーブル席へと注がれる。

 ………テーブルには料理が置かれている。

 そこまではいい。問題はさらにその上に何かがあったのだ。

 よく見るとそれは二人の喧嘩によって吹き飛ばされた椅子だった。料理は無惨にも辺りに飛び散り、とても食べれそうにない。

 二人の額に汗がどっと流れ出る。二人は顔を合わせて、同時にこう言った。

 

「「ごめんなさい!!」」

「あい……」

 

 この後の二人にどんな鉄槌が下られるのかハッピーは考えたくもなかった。

 

「よく飽きないわね………」

「でも、シャルル。楽しいね」

 

 離れたテーブル席で会話をしている一人と一匹。

 呆れた目線を送っているのは『シャルル』。ハッピーと同じ喋る猫だがメスである。こちらは白色をしている。

 もう一人は『ウェンディ』。最近、妖精の尻尾にシャルルと入ったばかりで目の前の光景を楽しんでいる青髪の少女。また、天竜の滅竜魔導士でもある。

 

「これがフェアリーテイルなのよ」

「あ、ミラさん!」

 

 ウェンディとシャルルの元にやって来たのは『ミラジェーン』。愛称はミラ。

 妖精の尻尾の看板娘であり、また週刊ソーサラーでグラビアアイドルを務めるほどの美人である。

 他にもフェアリーテイルには様々な人が加入している。

 ───「漢だ!」が口癖の『エルフマン』。

 ───グレイにぞっこんの雨女『ジュビア』。

 ───鉄をバリバリ食べている『ガジル』。鉄竜の滅竜魔導士である。

 それに他にも数えきれないほどの個性的な魔導士が所属しているが一筋縄ではいかない手を焼かす者ばかりだ。そのある意味、超問題児どもをまとめているリーダー的存在、マスターがいる。

 

「普段から騒がしいけど、その内慣れていくわ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 ミラはテーブルに飲み物を置いた。ウェンディは律儀にお礼を述べる。

 ミラはその場を離れてカウンターへと向かう。

 カウンターの上には一人の背の低い老人が座っていた。

 

「やれやれ、また始まったかのう……」

 

 何を隠そうこの老人こそがフェアリーテイルのマスター『マカロフ』である。

 マカロフはいつもと変わらない光景にため息をついてしまう。

 

「最近はウェンディとシャルルも入って騒がしくなってきましたね」

「そうじゃのう………」

 

 マカロフはマスターだからこそ、彼らの後処理もすべてマスターの手元に回ってくる。故にそのことを考えてしまいあまり元気がない。

 

「あ!そうじゃ、あれを伝えるのを忘れてたおったわい」

 

 「とう!」とマスターが2階の手摺に飛び乗る。

 その際に誤って手摺に頭を打ちつけてしまった瞬間をルーシィははっきりと目撃した。見なかった事にしよう。

 ぴくぴくと小さく震えながら2階の手摺の上に立ち上がる。

 

「貴様ら、注目せーーい!」

 

 マスターの大声がギルド一体に響いた。

 その瞬間、皆の目線がマスターの方へと集まる。

 

「なんとぉ!あいつらが帰ってくるぞぉーい」

 

 その一言にざわめき出す。

 

「あいつらってもしかして……」

「ギルダーツか?」

「いや、まだ早いだろ」

「それにギルダーツは一人だろ」

 

 マスターの一言でギルドの皆は誰なのか話し合いだした。

 が、まだ妖精の尻尾に加入したばかりのルーシィとウェンディ、シャルルにはまったく心当たりがないので首をかしげる。

 

「ねぇ、ナツ。あいつって誰なのよ?」

「分からねぇが、もしかしたら……」

 

 ナツには心当たりがあるみたいだ。

 

「ああ……だったら……」

 

 グレイにも心当たりがあるみたいで、呟いている。

 ナツが叫んだ。

 

「喧嘩だぁぁ!」

「なんで!?そうなるの!?」

 

 思わずハッピーが突っ込んでしまう。

 

「んで、誰なのよ!?」

「しずかにせぇーーい!」

 

 ざわめきが一瞬で収まる。それほど、皆の意識はそちらに向けられているということだ。

 

「『ソウ』と『レモン』が帰ってくるぞ!」

『うおーーーー!』

 

 大絶叫がギルド中に響き渡る。

 

「ソウって誰?」

 

 確か、今までに名前だけは聞いたことがあった。

 あのマカロフの息子のラクサスと同等の強さを誇っているとも。

 

「私と同じS級魔導士だ。私でも勝てるかどうか………」

「え!?エルザが!?」

 

 エルザでも勝てるかどうか分からないとなると相当の実力者ということになる。 

 ルーシィはそう考えると冷や汗が出る。

 

「さらにナツと同じ滅竜魔導士なんだよ」

「本当なの、ハッピー!?」

 

 ルーシィは絶句した。と同時にどんな人なのだろうか不安な気持ちに襲われた。

 妖精の尻尾の奴等は性格に難のある人が多いからだ。

 さらに滅竜魔導士となると、ナツやガジルのように、色んな意味で尊敬し難い人物が多かった。ウェンディは別だが。

 

「あいつ、滅多に帰ってこないからな」

「ああ、早速勝負すっか!」

「どれぐらい強いの?」

「う~ん、町なんて一瞬で破壊してしまうほどだね」

「な………どんな魔法使うのよ………」

「魔法は“波”だ」

「波?」

 

 ルーシィは聞いたことがない魔法に疑問を浮かべる。

 

「あ、あの!」

「ウェンディ?どうしたの?」

 

 ウェンディが話しかけたことに気付いたルーシィ。さらにウェンディの顔も暗くなっていることに気付いた。

 

「そのソウって人は波動竜の滅竜魔導士ですよね!?」

「波動竜?」

「ああ…そうだが…よく知ってるな」

 

 ルーシィの代わりにグレイが答えた。

 

「もしかしたら………」

「ウェンディ!人違いかもしれないのよ!」

 

 ウェンディとシャルルの会話から察するに誰かを探しているかもしれない。

 ルーシィはウェンディがこの前に言っていたことを思い出す。

 確か、ウェンディには昔、いなくなった人を探していると。ウェンディと深く関わりを持つジェラールとは違う人。

 彼女は妖精の尻尾に入るの前に別のギルドにいたのだが、そこで一人の魔導士と出会った。その魔導士は自分の命を助けてくれた恩人でもあるので、どうしてもお礼が言いたいのだと。けれど、その魔導士は次の日には姿を消してしまって、結局言えずじまいになっていたのを気にかけていたのだ。

 ウェンディとシャルルの会話から察するにソウという魔導士が彼女の探している魔導士と同一人物かもしれないということなのだろうか。

 

「はあ─………仕方ないわね」

 

 ここまで言ってしまっては後の祭りだ。シャルルは、キッパリと言うことにした。

 

「その人がウェンディのお兄ちゃんかもしれないのよ!」

『えーーー!!』

 

 その日一番の絶叫が妖精の尻尾内に響いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ────青年と猫がいた。

 青年と猫がいるのは町から外れたとある場所。数時間前までギルドだった場所だ。

 そのギルドは無法集団の集まりで出来たギルドだった。町に住んでいる人から見れば迷惑極まりない。

 ────だが、それはもう既に昔の話。

 今は無惨にもボロボロになっており今にも崩れ落ちそうだ。

 

「帰るか」

「帰るのは久しぶりだね」

 

 呑気に会話をしている青年と猫。猫は青年の肩に乗っている。

 二人がいるのは先程までギルドだった場所の中心。

 

「さて……どうしますか」

「これのこと?」

 

 猫が指したこれとは、青年の周りに倒れているここのギルドのメンバーのことだろう。ざっと30人はいる。時折、ピクピク痙攣していることから気絶しているようだ。

 

「評議員に任せますか」

 

 青年は自分の手には負えないと判断して投げ出した。いや、ただ単にめんどくさいだけだったのかもしれない。

 

「妖精の尻尾の皆は元気かな?」

「あいつらの元気じゃないとこが想像出来ないから大丈夫だろ」

 

 今後の予定を青年は呑気に決めていく。

 その背後に一つの影が近づく。男だ。

 

「とぉおおったりーー!!」

 

 男は青年の背中に向かって不意打ちを仕掛ける。油断していたところを狙っての一撃だった。

 手に握った剣を振りかざそうと青年に襲いかかる。

 刹那───青年の一歩手前で見えない何かに剣が阻まれた。

 いや、弾かれたと言った方が正しいだろう。

 弾かれた剣は男の手を離れて壁へと突き刺さる。

 男自身もまるで磁石同士が反発したみたいに壁へと吹き飛ばされた。

 壁へと衝突したダメージで男は気を失ってしまう。

 

「あーあ、逃げた方が賢明だと思うがな」

「相変わらず、凄い魔法だね」

 

 折角、起きていたのなら逃げた方が自分を追い込める事態にはならなかったのにと青年は考える。

 

「やっぱ、帰るのはもう少し先にするか」

「え!駄目だよ!さっき、マスターに知らせちゃったよ」

 

 あんな短時間でどうやって知らせたのか疑問に思うところだが、そんなことは青年の思考になかった。

 

「おいおい………早めに帰らないとマスターに怒られるじゃないか………っ!」

 

 そこまで青年は言うと急に何かを思い出したのか思い詰めた表情になる。

 

「あれがあるまでに帰ってこいって言われてたのをすっかり忘れてた………」

「あれはもう少し先じゃない?」

「そうだっけ?なら、いいや。マスターは何か言ってたか?」

「新人がいるから、楽しみにしておけって言ってたよ」

「新人か………俺達、しばらく離れていたから増えてるのか……」

「可愛い子はいるかな?」

「『レモン』は女の子だろ。気にする必要ないだろ」

「だって『ソウ』。彼女いないじゃん」

「妹がいるからいいんだ!」

 

 妹と言っても血の繋がっていない義兄弟だと言うことは向こうも知っている。

 話題に上がったことで、レモンはふと思い返す。

 

「ウェンディとシャルルも元気かな?」

「元気だろうよ」

「また会いたいね」

「会うのは約束を果たしてからだ。シャルルにも話してあるし、それまでの辛抱だ」

「でも、良かったの?」

 

 レモンはあの時にウェンディを置いてきてきたことを言っているのだろう。

 彼女を危険に晒したくない。その一心で、彼女を置いてきてしまった。その決断は今となっても正解なのか、不正解なのかは確かめようがない。

 ただ、これだけは言える。

 

「大丈夫。化猫の宿(ケットシェルター)の皆もいるし、今頃はのんびり過ごしてるだろ」

 

 その化猫の宿も今は無くなっている事実にソウとレモンは知らない。

 そして、彼女達が何の運命の糸による引き合わせかは知らず、妖精の尻尾にいるということも。

 

「今度様子見に行く?」

「機会があればな」

 

 服越しで確認しにくいが、ソウの背中には妖精の尻尾の証である青色の紋章、レモンの背中にも同じく青色の紋章がついていた。

 やがてソウとレモンは歩き出した。

 

 ───妖精の尻尾に帰るために。

 

 

続く─────────────────────────────

 




どうでしたか?
駄文ですが、お付き合い頂ければ………。


………もしかしたら、天狼島編を飛ばして、大魔闘演武編を投稿してしまうかも………。


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第2話 再会

どんどん行こー!


「ソウがウェンディのお兄ちゃんって本当なの!?」

「な!本当か!ウェンディ!?」

「分からないです………でも、私のお兄ちゃんも滅竜魔導士なんです………」

「それも波動竜のね」

「同一人物の滅竜魔導士はいないはずだ。だとすれば……」

 

 エルザの言う通り、考え付く先はただ一つしかない。

 

「ソウがウェンディのお兄ちゃんってことかぁー!!」

 

 ナツが皆の気持ちを代弁するかのように叫んだ。

 

「マスター!なにか知らねぇのか!?」

 

 グレイがマスターに尋ねる。皆も気になっているのか息を飲んで返事を待っていた。

 

「む……そうじゃのう……確か…随分前に妹がおるとかどうとか、言ってたのう」

「だったら………」

「お兄ちゃん………」

 

 ウェンディは兄との再会を果たせるかもしれないと感動のあまり涙目になる。

 

「ジェラールと同じくらい大事な人なんです」

「ほぇー………あのソウが」

「ナツ、そんなこと言ったらソウに殺されるよ」

「どんだけ凶暴なのよ………」

 

 ハッピーのせいで変なイメージがルーシィの頭に浮かぶ。実際はまったく異なるのだが、小説家でもあるルーシィの想像はどんどんと膨らんでいく。

 

「ウェンディ、お主とソウがどうやって会ったのか、教えてくれるかのう?」

「はい、分かりました」

 

 ウェンディは快く返事をして、昔のことを思い出しながらゆっくりと楽しそうに喋り出す。周りの皆も静かに耳を傾ける。

 そこには妖精の尻尾全員が集まっていた。故に誰も気づくことはなかった。

 

 ────外にある人物の人影があったことに。

 

 

 

 

 ◇

 

「おー、相変わらずだな」

「変わらないね」

 

 ソウとレモンはマグノリアの町へと帰ってきていた。

 故郷の町へと帰った二人は久しぶりに見た景色に感嘆の声を上げる。以前とまったく変わらない風景に安心感を覚える。

 

「よし、行こうか」

「フェアリーテイルへ!」

 

 二人は懐かしい風景を存分に楽しんだあと、妖精の尻尾に向けて足を動かした。

 しばらくして、ソウは足を止める。 

 

「ここ?」

「そのはずなんだけどな………随分変わったな」

「なんか………凄くなったね………」

 

 そして、妖精の尻尾の扉の前へと着いた二人。

 記憶に従って到着したのは想像とはまったく別の建物の前だった。留守にしている間に豪華に改築したようで、ソウは戸惑いぎみになった。

 

「とにかく入ってみるか 」

 

 ソウが扉を開けようとするが、そこでレモンが異変に気づく。

 

「ソウ、なんだか静か過ぎじゃない?」

「ん、そういえばそうだな」

 

 フェアリーテイルは確か…うるさいのが取り柄のギルドだったはずだとソウはそういう風に認識があった。

 けれど、扉越しに聞こえる騒音がまったく聞こえないのだ。

 

「魔法では、反応があるからいるはずなんだけどな……」

 

 ソウの魔法によって中に人がいるかどうかを調べることが出来るのだ。

 

「何か、あったのか?」

「マスターが倒れたとか?」

 

 レモンが不吉なことを言う。

 

「そりゃ、ないだろ。連絡した時には元気だったはずだし」

「あ………そういえばマスターに言った帰る時間まであと数時間ぐらいあるのを思い出したよ」

「おいおい………だから静かなのか?」

 

 だとしてもあまり関係はないと思うが。

 

「入りづらいね」

 

 この逆だったら遠慮なく入れるのにレモンの言う通りとても入りづらい。

 さらにここがまた別の場所なのに、妖精の尻尾と間違えでもしたら恥だ。

 

「レモンが余計なことを言うから………」

「どうするの?入るの?」

「折角だし、散歩して時間を潰してみますか」

「やったー!」

 

 ソウとレモンはその場をぐるりと半回転して町中へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「な!ソウの奴!ゆるさねぇーーぞ!」

 

 ウェンディの話が終わると同時にナツが叫んで口から炎を出した。

 ナツは火竜の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なので炎を自在に操れる魔法を使える。

 

「それは本当なの?ウェンディ」

「はい………」

「ソウがウェンディを置いて勝手に出ていくとはな」

「それも何も言わずにね」

 

 そんなことをされたら誰だって寂しく思う。

 

「だが、ソウがそんなことを意味もなしにするとは思えない」

 

 エルザは何か裏があると思い、ソウの行動を信じる。

 

「だったら、ウェンディに言えば良いじゃねェか!」

 

 ナツの言う通り、本人に出ていかなければいけない理由を伝えればいいはずだが、ソウはそんなことをしていない。

 

「そのソウって人にはわけがあったのじゃないかしら?」

「どうしてそう思うの、ルーシィ?」

 

 ミラが代表してルーシィへと質問する。

 

「だって話を聞いた限りだと悪い人には到底思えないし、だとするば言えない理由があったとしか考えられないの」

「ルーシィの言う通りだな」

 

 ルーシィの意見にグレイは同意をする。

 

「でも…………」

「そうよね………いくら言えないからって黙って出ていくのは………駄目よね」

「おい!ソウを馬鹿にするのか!」

「一体ナツはどっちの味方!?」

 

 先程までソウに怒りを吐き出していたナツが急に意見を変えた。

 ハッピーは思わず突っ込む。

 

「ちょっといいかしら」

 

 そう言ったのはシャルルだった。今回のシャルルは何処か雰囲気が少し違っていた。

 

「シャルル?」

「私は知ってるわ」

「え、なにをだ?」

「ソウが黙って消えた理由をよ」

「はあ!?本当なのか!?」

「な、何!?」

「本当なの!?シャルル!?」

 

 シャルルの爆弾発言にグレイ、エルザ、ウェンディが勢いよく食いつく。

 

「なんでシャルルが知っていてウェンディは知らないのかしら?」

 

 皆もその事を疑問に思ったのかルーシィの素朴な疑問に頷いている。

 

「本人から口止めされてたのよ」

「それはソウ本人にか?」

「そうよ」

 

 素っ気なく答えるシャルル。と、ルーシィには何故ソウが黙って消えたのか判明したような気がした。

 

「もしかしてシャルルには伝えていたから黙って消えたのかしら?」

「そうね……そうだと、辻褄があうわね」

 

 ミラがルーシィの辿り着いた結論に同意するかのように言う。

 だとすると気になることが一つ浮かび上がる。それはソウがシャルルになにを伝えたのかだ。

 

「ソウは一体何を言ったんだ?」

 

 珍しくナツが的のある質問をしたことに周りの奴等は驚くが、シャルルはそんなことは関係なしに言う。

 

「言えないわ。特に滅竜魔導士にはね」

「滅竜魔導士が関係あるの?」

「後は本人に聞いて頂戴」

「それもそうね」

「分からねぇな……」

 

 グレイはそう呟く。他の皆も疑問にそうだった。ドラゴンスレイヤーとソウが急に消えることにどういう関係があるのか。

 と、マスターが間に入ってきて言う。

 

「ソウとレモンが帰ってくるのはもうすぐじゃぞい。貴様ら、歓迎の用意をせんかい!」

「そうよね、今はそうするしかないもの」

 

 グレイ達は歓迎の準備のために動き出す。ナツも渋々、用意し始めた。

 ───と、ハッピーが何かを思い出したように言う。

 

「ウェンディの話だとレモンが入って来たときには既にソウは会っていたということになるねー」

「そういえばそうだな」

「レモンが入ってきたのは随分前だったじゃないか?」

「ん、確か…最近だったような」

「何言ってんだ!グレイ」

「やんのか!ナツ!」

 

 何故か急展開で喧嘩を始め出す二人にルーシィがため息を吐く。

 

「なんでそうなるのよ………」

「あい、これがナツとグレイです!」

「皆、ソウが帰ってきたぞーー!」

 

 見張りをしていた一人がそう周りに報告する。

 その一言で皆の気持ちは各々、違うが段々と高ぶっていった。

 

(ついにお兄ちゃんが…)

 

 ウェンディは期待と不安で胸がいっぱいになりながらもソウの帰還を待っていた。

 そして、ついに扉が開いた──────

 

 

 

 

 ◇

 

 久しぶりのマグノリアを一通り見渡し歩いて二時間が経過した二人は妖精の尻尾のギルドへと向かう。

 懐かしのギルドが見えてくると同時に中から騒がしい声が聞こえてくる。

 

「おおー、やってる。やってる。相変わらずのうるさいことよ」

「さっきのは何だったんだろうね」

「後で聞いてみるか」

 

 数時間前までのあの静けさは一体何だったんだろうかと、二人は思った。

 

「さて、あとは扉を開けるのみだが緊張するな」

「何ヵ月ぶりにギルドの中に入るんだろうね?」

「さあな。よし開けるぞ」

 

 大きな扉をゆっくりと開けていく。

 二人が見たのは久しぶりに見る仲間達の姿。どいつも元気そうである。

 

「ソウとレモンが帰ってきたぞぉーー!」

 

 誰かは分からないがそう叫ぶことでギルドの中が歓声に包まれる。

 二人は辺りを見回す。

 中はソウの記憶とはかけ離れていた。ボロクサイ雰囲気は一切なく、快適に過ごせそうな空間へと変貌している。

 と、ソウに青い猫が接近。

 

「久しぶり、レモン!」

「あっ!ハッピーだ。元気そうだね」

「あい!おいらはいつでも元気です!」

 

 ソウの頭の上に乗っているレモン。

 なので、ソウの頭上で同じ猫同士の再会に挨拶をかわすことになる。

 

「お帰りなさい、ソウ」

「ミラか、ただいま。相変わらず騒がしいな、ここは」

 

 この前とまったく変わらないミラ。そんなミラの姿を見たソウは感心していた。

 

「何か………変わったな、色々」

「ソウが留守にしている間にギルドが崩壊しちゃってね。折角の機会だから新しくしようってことでマスターがはりきっちゃって、こんな感じになったの」

「壊れた?」

「一度、ソウにも召集をかけた時があったでしょ。あの時に一騒ぎあって、ギルドが犠牲になったんだけど………詳しい話は後でするから、今はマスターの所に行ったらどう?」

「マスターはどこにいる?」

「ほら、あそこよ」

 

 ミラが指差したのはカウンターだった。その上に座っている一人の影がソウからでも目視できた。

 ソウはマスターの方へと歩みを進める。

 

「ソウ!!勝負しやがれぇぇーー」

「ん?ナツか?」

 

 人混みから飛び出してソウの前に立ちふさがるマフラーの少年。

 この少年にはギルドに帰るたびにこうして何度も喧嘩を売られていたことをソウは思い出した。思わず苦笑する。

 

「ソウにこんなことを言うのはナツぐらいだよ」

 

 レモンも同じことを思ったのか呆れながらいった。

 

「いいから!勝負すんぞ!」

 

 もう既に戦闘体制に入っているナツ。

 それに対してソウはただナツを見ているだけ。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 ナツが拳に火を纏わせて正面からソウに接近する。

 

「ちょっと!ナツ!」

 

 ソウには聞き覚えのない声が聞こえた。

 マスターの言っていた新人なのだろうとソウは思い出す。ナツが目の前に来ているのに余裕の態度だ。

 

「今度こそぉー」

 

 ナツがソウの顔面目掛けて鉄拳を放ってくる。

 それをソウはただ笑みを浮かべて何もせずただ見るだけ。

 

「まだ遅いな」

 

 ソウの一言と同時にナツの拳がソウの顔面にあと少しという所まで近づく。

 

 そして───

 

 ナツが吹き飛ばされた。

 

「な………………」

 

 謎の障壁に弾かれた拳と一緒にナツが吹き飛ばされたことに初めて見る者達は驚きを隠せないだろう。

 

「くそ……いけると思ったんだが……」

 

 吹き飛ばされた先にあったテーブルとイスをどけながらナツは悔しそうに唇を噛む。

 

「確かにスピードは上がっているが、ナツ。お前が強くなると同じく俺も強くなってんだからそれ以上成長しならないと俺にダメージすら当てられんぞ」

「ソウに攻撃当てた人はまだ数人だしね」

 

 ソウの偉そうな解説に頭に乗っているレモンが付け足すように言う。

 というよりもナツが、レモンとソウを纏めて攻撃しようとしていたことにルーシィは驚いていた。

 ナツの魔法の威力は既に何度も目撃しており、相当な破壊力であったことは経験済みだ。また、レモンもハッピーやシャルルと同じ種族であることは猫なので明らかである。

 猫がナツの炎を喰らったらどんな目に遭うか想像もしたくないのに、レモンはナツの拳から逃げる素振りはまったくしていなかった。そんなことをする必要はないとまでの余裕の態度だ。

 それほどソウの魔法に安心感を抱いていたということなのだろうか。

 

「あれが………」

「ああ、あれがソウの魔法“波動”だ」

 

 ルーシィの考えを読み取ったグレイが代わりに答える。

 続いてエルザも加わる。

 

「あの魔法のせいで本人にダメージを負わすことは難しいのだ。故に反撃防御とも呼ばれている」

「自分の周りを魔法で固めてるの?」

 

 ルーシィは自分の周りを魔法をで造った目に見えないので囲んであるのかと思った。

 

「いや、攻撃をそれ以上の衝撃で相殺させているらしいぜ」

「そんなのありなの………」

 

 ルーシィはそう呟く。

 グレイの言うことが本当ならば、あの青年には物理攻撃の類いがまったく効かないということになる。

 つまり完全に魔法のみでの攻撃しか行えないということ。それでも数は限られてくる。

 下手をして襲いかかっても衝撃によってこちらがダメージを負うだけで向こうは無傷だ。

 

「君は新人さんなのかな?」

 

 ナツをぶっ飛ばして、辺りを見回していたソウはルーシィの存在に真っ先に気づいた。

 

「え!はい。そうです。ルーシィです!!」

 

 異様なオーラを出していたソウにルーシィは思わず敬語で答えてしまった。

 

「ああ。よろしく、俺はソウ。んでこっちがレモン。後、敬語はなしでいいから」

 

「よろしくー」

 

 ソウの自己紹介に続くようにレモンがルーシィに向けて挨拶をする。彼の背後のオーラが緩和されたかのようにふんわりとなった。

 

「……やっと普通の人がいたわ……このギルドに」

 

 常識をもった礼儀正しい人に出会ったルー シィは一種の安堵感に包まれてしまった。

 

「ルーシィが今、妖精の尻尾で話題の魔導士ってことか?」

「………念のために具体的なことを言ってくれません………?」

 

 ルーシィは嫌な予感がした。

 

「コスプレ大好き少女とか、バルカンを一撃で葬ったとか、見た目とは裏腹に随分と腹黒な女とか………その他もろもろ、帰ってくる途中で結構な量の噂を耳にしたぞ」

「それ全部うそですから!!」

「へ~、まぁこいつらと一緒にいると面倒ごとに巻き込まれるからな。そのせいで余計な尾びれがついたってことか」

「まさにその通りです!!」

 

 彼は神だと確信したルーシィ。嬉しいあまり、涙ぐんでしまった。

 ソウは一言添えると、ルーシィの元から離れた。

 ソウはマスターの目の前に移動する。

 

「マスター、ただいま帰還しました」

「おう、ようやく帰って来たわい」

「まあ、あれも近づいてますしね」

「む!てっきりお主のことだから忘れてあると思ったわい」

 

 内心をつかれてうっ…となるソウ。表情には出さずにばれないように誤魔化す。

 

「忘れていたよ~、マスター」

 

 レモンがまた余計なことを言った。ソウの顔には冷や汗がたらりと流れる。

 

「何!?やはり、忘れておったのか……」

「まあ……………………アハハ」

 

 事実なので何も言えないソウはとりあえずから笑いをしておく。

 

「いやー、懐かしいですねーここは」

 

 もうこれ以上へまは出させまいと無理矢理に話を別の話題にと変える。

 

「それに………新しい魔力も幾つか感じますしね」

 

 口には出さないが秘かに懐かしい魔力もソウは感じていた。

 

「おお!そうじゃ、お主に聞きたいことがあったのじゃ!」

「何ですか?」

「────お兄ちゃん」

「っ!!」

 

 マスターからではなく背後から聞こえた「お兄ちゃん」という声。

 これに、ソウは内心慌てていた。こんな呼び方をする人に心当たりがあるのは一人。だが、その人は今このギルドにいるどころか、まったく別のギルドにいるはずだ。

 ソウはゆっくりと振り返る。ソウの背後に立っていたのは─────

 

「……ウェンディ…?」

 

 むかし危ないところを助けてもらった少女。それに黙って自分の行方をくらまして心配をかけてしまっただろうと思われる少女。

 その少女───ウェンディが涙目を浮かべながらソウをじっと見つめていた。

 これにはソウは勿論、レモンも驚きを隠せなかった。

 

「久しぶりね、あんた達」

 

 ウェンディの横にはシャルル。そっぽを向けながらの挨拶。本物だ。

 

「なんで……ここに……」

 

 どうにか口にだしたのはその一言だった。

 

「お兄ちゃんなの……?」

「ウェンディ……」

 

 まさか、本人が目の前にいるとは思わず狼狽えるしかないソウ。

 

「うわぁ~~~~~~!」

 

 ウェンディは思わずソウに抱きついて泣き出してしまった。

 それでどうにか落ち着きを取り戻したソウはウェンディの頭をそっと撫でてやる。

 

「なんで、ウェンディ達がフェアリーテイルにいるんだよ?」

「やはり、ウェンディのことは知っておったかのう……」

 

 マスターの聞きたいことはこれなのか。

 

「ソウ、聞いてほしいことがある」

「エルザか、何があった」

「ああ、──────」

 

 ソウとレモンはエルザからケットシーがなくなったこととウェンディとシャルルがこの妖精の尻尾に入るまでの過程を聞かされた。

 

「そうか……ローバウルさんも…」

 とある所に一見、マスターしかいないように見えるギルドが存在していた。ギルド名は“化猫の宿”。そこにウェンディとシャルルは入っていた。

 だが、そこはある秘密を抱え込んだ特殊なギルド。

 ソウも一度そこで世話になったことがあり、その際に確か化猫の宿は一人の少年が連れてきた少女のために作られたとマスターから言われたことをソウは覚えている。

 ───その少女がウェンディだということも。

 それに化猫の宿で過ごしている途中で出会った別の少年のこと。

 ───それがソウだったということ。

 レモンとシャルルと出会ったのもその時だ。

 一見、ギルドにいるたくさわの人々もすべてローバウルが魔法によって作られたことを暴露されたときには驚きが隠せなかった。

 なんでも、ウェンディに淋しい思いをさせたくないかららしい。彼女を孤独にさせないようにと咄嗟にでっち上げたようだ。

 嘘をついてまでしてウェンディのことを考えてくれたあの人はとてもいい人だ。

 そんなローバウルからある日言われた驚愕の頼み。

 

『ウェンディを引き取ってもらえないかのう?』

 

 自分はここに大事な理由がいて動けない。それにあと少しで化猫の宿もなくなってしまうと直感的に感じていたローバウルはソウにそう告げた。

 ………ソウは悩んだ末、こう答えた。

 

『分かりました。けれど、もう少し待ってもらえますか。また戻ってきますので』

 

 そう答えた次の日、ソウそれにレモンはウェンディとシャルルの前から姿を消した。

 やがて予言通りに化猫の宿に終わりが来た。その時に偶然ソウと同じギルドに所属しているナツ達は妖精の尻尾に来ないかとウェンディ達を誘った。

 こうして再び出会ったソウとウェンディ。

 

「…どうして……あの時……消えちゃったの………」

 

 ソウに抱きつきながらウェンディが呟く。

 

「ごめん………あと少しで迎えにいくつもりだったんだ……」

 

 ローバウルとの約束は忘れていなかった。どうしてもやらなければいけないことがあった。それももうすぐで終わる。その後に彼女を迎えに行くつもりだった。

 

「感動の再会ね………」

「そうだな………」

「うぅ………漢だ………っ!!」

 

 二人の光景に感動を覚えた妖精の尻尾のメンバーは微笑ましくその光景を眺めていた。

 

続く─────────────────────────────

 

 




あと、数話はストックあるから良いけど………それからは時間がかかりそうです………。


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第3話 世界は狭い

ここで、バトルが入ってきます!
駄文で皆さんに伝われば幸いです。

───では、どうぞ!


「私……怖かった…また一人になるって……」

 

 ローバウルがいなくなり、実質一人になるという感覚に襲われた少女。その奥底は計り知れないものだ。

 ジェラールと呼ばれるウェンディをケットシーに連れていった少年。

 ソウと呼ばれるある日出会った優しい少年。

 二人ともとても優しいかった。けれど、だからこそ、どちらも自分を置いていって消えてしまった。

 ジェラールに至ってはケットシーが消える前に再会したが、ウェンディのことはまったく覚えていなかった。その時の衝撃は計り知れない。

 ウェンディが感じているのは心地よい感覚。兄と親しんでいる大切なひとのにおい。

 

「私を……置いてかないで……」

 

 今のウェンディの唯一と言ってもいい願い。もうこれ以上知らない間に消えてほしくなかった。

 ソウをより一層強く抱き締める。

 

 ───もうこれ以上離れまいと。

 

 ───大切なものが消えていくのはもう見たくないと。

 

「…!」

 

 自分の頭に何かを乗せた感触を感じる。とても気持ちよくて、優しくて────

 

「大丈夫、ウェンディはもう独りじゃない。俺がいるし、皆がいる」

 

「お兄ちゃん……」

 

 今、一番聞きたかった。言って欲しかった言葉。

 ウェンディの胸は喜びと感動でいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソウ、一ついいか」

 

 ウェンディはソウに抱きついたまま、動こうとはしない。それは皆が承知していたことだから温かい目で見守っていた。

 ウェンディの頭を撫でながらのソウに声を発したのはグレイだ。

 

「ウェンディに黙って消えたのはどうしてだ?」

 

「それは誰から聞いたんだ」

 

「私とウェンディよ」

 

「シャルル、あれは話してないのか?」

 

「ええ、あんたから言いなさい」

 

「そうか。前に帰った時に俺はやるべき事があるって言ったよな」

 

「ああ……内容は知らないが」

 

 むかしからフェアリーテイルにいるメンバーはソウは何かしらの目的の為に旅に出ていることは知っている。というか、そのせいで滅多に帰ってこないことが殆どだ。

 

「それと関係があるのか?」

 

 エルザの疑問にソウは頷く。

 

「ここまで来たんならしょうがいな。言うよ。俺の生涯の目的」

 

 ソウは一呼吸する。皆は固唾を飲んでソウの口が開くのを待っている。

 

「ある人達を探してるんだ」

 

 そう言うとウェンディが顔を上げて話を聞こうとソウの顔を見つめる。

 

「具体的にはその人達に手伝ってもらいたいことがあるんだ」

 

「それは何なの?もしかして………」

 

 先程、シャルルが言っていたドラゴンスレイヤーが関係しているのかもしれないと直感的にルーシィは感じた。

 

「約束ごと。今はそれだけしか言えない」

 

 約束ごととは一体何のことなのだろうか。

 自分には分かるわけがないことだ。

 ルーシィはそう思った。

 

 ただ、この答えに不服だったのがナツ。それにウェンディだった。

 

「お兄ちゃん…教えてくれないの……」

 

「教えてくれても良いじゃねぇか!」

 

 ウェンディは涙目に、ナツは怒り声で反論する。

 

「ごめん、どうしても言えない」

 

「では、ソウが探している人物とは誰なのだ?」

 

 ソウの口が堅いことは今まで一緒にいて既にそういう性格だということから分かっているエルザは敢えて別の質問をする。

 そこから内容を掘り起こそうとしているのだ。

 

「俺が言えるのは名前だけ」

 

 やはり、エルザの考え通りには進ませてくれない。

 むかしからそうだったと思い出したエルザ。

 

「誰なんだ、そいつ?」

 

「ジュンとアール」

 

「ジュン?」

 

「アール?聞いたことない名前ね」

 

 ギルド全員が心当たりがないのか首を傾げている。

 それもそうだとソウは思う。

 実を言うとあともう一人いるがその人はある意味有名なので言わない。

 

「ソウ!」

 

「何かな、ナツ?」

 

「俺達にどうしても言えないことなのか」

 

「ああ、仲間同士だからこそだ」

 

「ソウ!俺と勝負しろぉ!」

 

「ナツっ!急にどうしたの!」

 

 いきなりの喧嘩発言にハッピーが慌てて止めにいくがナツの目は完全にやる気である。

 ソウは、はぁ~とため息をついた。

 この目をしたナツは頑固であることは既に知っている。故に承知するしかなかった。

 

「分かった。受けてたつよ」

 

「お兄ちゃん!」

 

 ウェンディが心配そうにしている。

 ソウは大丈夫だとウェンディの頭を撫でてやって伝える。

 

「俺が勝ったら洗いざらいはいてもらうぞ、ソウ!」

 

 どっかの悪党の台詞だなとソウは心の隅で突っ込む。

 

「んで、いつも通り波動壁はなしで……か。こっちに利点はないが仕方ないか」

 

 いきなりの展開についていけない周りの人はポカーンとその光景を眺めているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所はギルドの裏のとある広場みたいな広さを誇る庭。

 そこに二人のドラゴンスレイヤーが対峙していた。

 ───波動を司るソウ。

 ───炎を司るナツ。

 その二人を大きく囲むようにして見守っているギルドのメンバー。

 

「ナツも賭けに出たもんだな」

 

「やっぱり、ソウは強いの?」

 

 人垣の中にルーシィ達の姿ももちろんある。

 グレイはナツの行動に心底驚いていた。正直ナツがソウに勝てるとは思えないのだ。実際にソウに勝てるどころか、攻撃を与えたこともナツはないはずだ。

 

「強いも何も、ソウが負けてるところをおいらは見たことがないよ!」

 

「そうなの、いい人そうなのに……」

 

「あい!ソウはいい人です!」

 

 ハッピーが興奮ぎみで答えた。

 

「それよりも、さっきナツを飛ばしたのは波動壁って言う魔法だったのね」

 

 ルーシィは考える。今回の勝負ではその波動壁というのを使用しないというのは本人が言っていたので確かだろう。

 けど、ソウにとっては不利になるしかない条件だ。ましてや、そんな条件で勝負するということは本気ではないのだろうか。ナツは疎かギルドの皆は気づいているのだろうか。

 

「お兄ちゃんとナツさん、大丈夫ですかね……」

 

「あの二人なら大丈夫でしょ」

 

 ウェンディとシャルルも同じように二人を見守っていた。

 ウェンディは胸に両手を組んで祈るようにしていた。

 

「それでは、始め!」

 

 マカロフの合図と同時に勝負が始まった。皆は息を飲む。

 静寂が辺りを包むなか、先に仕掛けたのはナツだ。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 ナツはソウに向かって突進するように突き進む。

 先程はソウの魔法によって無意味に終わってしまったが今回は違う。

 ナツは炎を纏わした右拳をソウの体の中心へと伸ばした。

 だが、動いていたのはソウも同じだ。

 ナツが動いた刹那、ソウも対抗するかのように右拳に青いオーラを纏わせた。

 

 ───『波動式一番』波動拳。

 

 心の中でそう言うとソウは鉄拳を放った。

 二つの異なる鉄拳がぶつかり合った。すると、辺り一体に余波が巻き起こる。

 お互いに一歩も引かずにぐぐぐっと拳に力を込めて押そうとしている二人。

 

「なっ………」

 

 意外にも押し負けたのはソウだった。いや、引いたという方が正しいのか。あっという間に距離を取るため後ろに退避した。

 その為にナツの鉄拳は空を切るという結果に終わった。

 次に仕掛けたのはソウだった。

 ナツの目の前に来るなり、拳をナツの腹部へと放つ。

 ナツは体勢が悪い中でも腕を組んで防御した。

 が、完全に吸収仕切ることが出来ずにナツは体が後ろへと飛んでいく。どうにか地面へと両手両足を使って着地するがそのまま後ろへと後退。地面にその後が残ってしまった。

 ソウはその間、その場で両手を丸めて目の前の宙で何かを作り出していた。

 それは誰が見ても波動のエネルギーの塊。

 

 ───『波動式二番』波動弾。

 

 それがソウの作り出していたものだ。

 反撃与える隙を与えるわけにはいかないとソウは波動弾をナツへと飛ばした。

 

「こんなのかわしてやらぁ!」

 

 避ける体勢に入ろうとしたナツだが、ソウがニヤリと笑みを浮かべたのが視界に入る。

 

「ぐっ!……」

 

 その瞬間、体に衝撃が伝わってきた。

 

 ───『波動式七番』はっけい。

 

 一見、普通のパンチにしか見えないが時間差で後から衝撃が体に走るという技だ。

 さっきソウがしたのはそれだ。

 内心の中で舌打ちをしたナツ。むかしに一度エルザとの勝負で使っていたのを見ていたじゃないか。エルザもその衝撃で体勢を崩し、ソウの追撃を喰らっていた。

 

 だったら、耐えてやる。

 

 前方からの衝撃に思わず倒れそうになるナツだがどうにかこらえようと体勢を立て直したナツだったがソウの計画通りだった。

 ナツの目の前には直前まで迫っている波動弾が見えた。存在をすっかり忘れていた。

 

 引っ掛かった……。

 

 波動弾がナツへと直撃。再び、衝撃が体中に走り後ろへと吹き飛ばされた。

 ドゴーーンと派手に吹き飛ばされたナツは背後まで相当の距離があった崖に打ち付けられた。

 

 

 

 

 

 

「すごい…ナツが一方的にやられている…」

 

 ルーシィは改めてソウの強さに感心していた。

 

 ソウの強さを疑っていたわけではないが、心のどこかで疑いをしていた自分がいた。もしかしたら、ナツなら本気でいけば勝てるではないかと。

 だが、それはあっという間に崩された。

 最初にお互いが竜の鉄拳をぶつかり合わせた。そのせいでこちらにも被害が及んだが。

 そのまま力比べが始まった。勝ったのはナツだった。いや、勝ったとは言えないだろう。

 即座に拳を引っ込めてバックステップを行ったソウ。そのタイミングも見計らっていたかのように。

 現にナツは拳に力を最大限込めた瞬間にソウが拳を引っ込めったおかげで思いっきり空振りをするはめになった。

 空振りをして隙を与えてしまったナツ。そこを逃してくれるわけがない。急接近したソウはナツの腹へと鉄拳を放った。

 接近したスピードが相当早いものだが魔法で身体能力を強化していたのだろうか。鉄拳と言っても一発目のとは違う他所から見たら普通のパンチ。

 けれど、見た目とは裏腹にナツは吹き飛んだ。ナツはどうにか体勢を保ったまま着地して耐えていた様子だが、魔法で強化しているとは言えただのパンチがあるほどの威力だろうか。

 ソウは既に次の魔法へと準備を完了していた。

 

 手っ取り早いとルーシィは思った。

 

 ソウの手のひらの上には一言で言えば青い塊。だが、直感的にルーシィはあれを喰らってはいけないと感じた。

 ルーシィの思考はナツも同じみたいだったようで避ける体勢に入ろうとしていた。

 次の瞬間、あり得ない光景がルーシィの目に入る。

 前屈みになって立ち上がったナツが一瞬でバランスを崩して後ろに倒れそうになっていたのだ。

 ナツが自ら自分を追い込めるようなことはしないとルーシィは知っている。というより普通はあんな状態にはならない。では、一体ナツの身に何があったのか。

 もしかしての可能性がルーシィの頭に浮かんだ。だとすればとんでもないことになる。

 それは先程のただのパンチは時間差で衝撃を与えるものではないかということ。

 どうにか体勢を立て直すナツだが、完全に波動弾の存在を忘れているように思えた。

 ナツは目を開き、なすすべなく波動弾に吹き飛ばされた。

 もし、あのまま衝撃に身を任せてバタンとその場に倒れていたらあの波動弾はかわせていた。

 けれど、ソウはそんなことはしないと初めから分かっていたかように一発しか放っていない。

 予備に二発用意しておけば、確実にダメージを与えることはできた筈だ。だが、ソウはそれをしなかった。

 そこから導き出されるのは一つ。

 

 すべてはソウの思惑通りだということ。

 

 初めからナツがどうするかも性格等から考慮して最小限の魔力で攻撃した。ナツはまんまと操られてソウにまったくダメージを負わせずに一方的にやられるという事態に陥っている。

 ルーシィは驚くしかなかった。

 一瞬でそれを考えるのも凄いが何よりも、ナツのことを完全に手に取るように把握しているのだ。

 

「凄い……」

 

 ルーシィの口から漏れた一言。

 他のギルドの皆もルーシィと同意見を思っていたのか頷いた。

 

「今のは一体……」

 

「あれは確か、『波動式七番』はっけいと言ったな」

 

 ウェンディの疑問にエルザは答える。一度味わっているからこそ、分かる。あれは油断してるとあっという間に尻尾を掴まれてしまうのだ。

 

「ソウが自分で考えた技だよ。他にもまだまだたくさんあるよ」

 

 自慢げにソウのことを言うレモン。それほど、ソウに信頼を置いているのだろう。

 

「うおぉぉぉーー!!」

 

 吹き飛ばされたナツがその場を怒鳴り声と共に瓦礫をのけて立ち上がる。

 ソウは分かりきっていたのか、特に驚きもしないで見ていた。

 

 第二ラウンドの幕開けだ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっけいの感想はいかに?」

 

「ああ……もう喰らいたくないねぇ」

 

 はっけいを使っての隙を作り、そこに追撃を仕掛けるという方法は一度見せてある。

 その時の相手は確か、エルザだったとソウはむかしの記憶を探る。ただ、エルザの場合ははっけいに油断して完全に体勢を崩した。

 ナツはそれを耐えて見せた。けれど、そうすることもソウは想定済みだった。あえて波動弾を一発しか放っていないのもその為だ。命中するのは分かっていた。

 

 敵の思いのままに操られたナツの気分はどうなんだろう。

 

 ナツが息をゆっくり吸い込んだ。咆哮(ブレス)でも放つつもりだろうとソウは予想すると、こちらも新たな魔法の準備へと取りかかる。

 

「まだまだ序の口だ、ナツ」

 

 ソウはかかってこいと挑発する。それを黙って見ているナツではない。

 

「火竜の咆哮ォォーーー」

 

 炎のブレスが周りを巻き込みながらソウに一直線に向かっていく。

 

「展開!『波動式十番』絶対波盾(エターナルシールド)』」

 

 ソウの目の前に六角形の厚みのあるシールドを思わせるものが宙に出現し、浮かび上がる。

 それはソウが波のエネルギーで造った防御魔法の一つだ。

 火竜のブレスがシールドに命中。

 ブレスは横四方に拡散していき、シールドはまったくと言ってもいいほどびくともしていなかった。

 ブレスを防いでいるシールドの中心が青く光輝いていく。光が最高潮に達したその瞬間、レーザーらしきものがナツに向かって放たれた。

 咆哮に逆らって進んでいくレーザーは相当の速度でナツに襲いかかる。

 

「───うぉっ」

 

 カウンターにも等しい波動咆を紙一重でかわしたナツ。ブレスを途中で止めたのは賢明な判断だとソウは呑気に考える。

 

「火竜の翼撃ィィ!」

 

 正面突破ではあのシールドを壊せないと判断したナツは炎を操り側面から仕掛ける。

 ────『波動式十番』絶対波盾、展開

 炎が襲ってくると同時にさらにソウは自分の側面にもそれぞれ左右展開し、防御に徹する。

 翼撃はシールドに阻まれ、霧散に散った。

 ナツはソウの背後へと回った。開いているのはここしかない。

 

「火竜の咆哮ォォーーー」

 

 シールドの内側で派手に爆発が起きて煙が上へと上っていく。

 やったかとナツはブレスを吐きながらそう願う。だが、相手はS級魔導士。こんなことで勝てるとは微塵も思っていない。

 

 故に次に気を付けるのはカウンターだ。

 

 やがてブレスでの攻撃が終わり、ひとまず様子を見るナツ。砂ぼこりのせいでよく見えないが油断できない。

 

「────甘い」

 

 背後からの声に背筋が震えたのを感じた。

 

「『波動式───────」

 

 ───やばい。

 

 ナツは本能的にその場を動こうとしたがソウはもう既に攻撃の体勢に入っている。

 

「──ぐはっ」

 

 背中から襲ってくる衝撃波。しかも三連発。息が止まりそうなほどの威力だ。どうにか耐えようと必死に抗うがぶっ飛ぶのは目に見えていた。

 

「────三番』衝撃連波」

 

 ソウが行ったのは波を三段階に分けての攻撃。あえて三段階にすることでよりダメージを多く与えることが出来るのだ。

 ナツが吹き飛ばされた先にはソウの展開したシールドがあった。

 シールドに激突。

 地面へとずるずるナツは滑るように落ちていく。だが容赦なくソウはさらなる追撃をする。

 ソウが発動したのは十番絶対波盾。シールドをさらに追加した。

 一枚はソウの背後となった場所。もう一枚はソウが脱出の時に使った頭上に。

 五枚のシールドがナツを囲むようにして配置された。

 結果、ナツは檻に閉じ込められたと言っても等しい状況に陥った。

 

「こんなものぉ!壊してやるー!」

 

 ナツが脱出しようと蹴ったり殴ったりブレスを吐いたりしているがすべて弾かれてしまう。ソウは魔力をシールドに集中さした。

 五枚のシールドの中心が一斉にエネルギーの充填を開始。ナツはより一層暴れるが無駄に体力を消費するはめとなる。

 

「『波動式十一番』 絶対檻咆(シェルドームブラスター)』」

 

 エネルギー充填の合図となる青白い光が輝きを放つと確認したソウはそう呟いた。

 だが───絶対檻咆は放たれなかった。

 

「やめーーいぃー!!」

 

 審判役のマカロフによる中断が入ったからだ。

 

「勝者はソウじゃ」

 

 ソウはシールドを解除した。自由の身となったナツだが、拳を悔しそうに地面に叩き付ける。

 二人の滅竜魔導士対決はソウの勝利で幕を閉じた。

 

続く──────────────────────────────

 




やっぱり、戦闘描写は難しいですね………


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第4話 実力の差

今回は主にウェンディの心情です。それとオリキャラ二人が少しですが登場します。次、出てくるのは………何時だろう?早めに出ると思います(゜ロ゜)

───では、どうぞ!


 マカロフによる中断が入り、勝負はソウの勝ちということで終わった。

 マスターの判断は賢明だった。あのままナツが絶対檻咆を喰らっていたら、ナツに相当な被害が及んだことだろう。

 けれど、ナツとしては納得のいかない結果だったはずだ。まだ、自分はいけると自身に言い聞かせて。

 

「俺の勝ちだからな」

 

 やはり、まだ目の前のS級魔導士には敵わないのか。

 それは分かっていた。同じエルザでも勝てるかどうか怪しいところなのに自分が勝てるとは到底思わない。

 けど、どうしても闘いたかった。拳を合わせれば何かが分かるかと思ったからだ。

 分かったのはソウが前よりも一回り成長しているということだけだった。

 

「まあ、実をいうとアールの方はフェアリーテイルを訪ねるって言われてるんだ」

 

 アハハと笑うソウ。

 

「な!?」

 

「そいつも強いぞ。俺と同じか、それ以上だな」

 

 何故そんな大事なことを決闘する前に言わなかったのか。

 

「ソウ………」

 

「どうした、レモン?」

 

「皆、先に言って欲しかったみたいだよ」

 

 レモンに告げられて周りを見渡し皆の表情を確認したソウ。

 皆の表情から察するに驚いていたようだ。

 

「ソウ、アールとやらはいつ訪ねてくるのかのう?」

 

「近日中に行くって言ってました」

 

 マスターの質問にソウは答えていく。

 

「さて、ギルドに戻りますか」

 

 色々な事実が発覚したソウの帰還だったが、あっという間に幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある場所を走っている一台の荷台を引っ張る馬車。

 その中には二人の少年、少女がいた。

 

 少年は幼い顔つきで女の子と言われても分からないほどの容姿だ。

 一方、少女はいかにもお嬢様な雰囲気を出しており黒髪がなびいている。

 

 向かい合うように座りもたれ掛かっている少年はこくりこくり空想の船を漕いでいた。

 つまり、寝る寸前だ。

 

「アール、起きなさい」

 

 少女は少年───アールの肩を揺さぶる。が、少年はそのまま横に倒れて寝てしまった。

 もう限界だったようだ。

 

「もう、なんで寝ちゃうのよ」

 

 不機嫌になった少女はぶつぶつ呟くが誰も聞いてくれない。馬車を運転している人は外だし、アールは寝ていてしまっていて除外だ。そもそも彼は乗り物が苦手なので、こうして乗っているだけでも彼にとっては地獄なのだろう。

「あ~、もう!私も寝る!」

 

 やけくそ気味に叫ぶと少女はその場で横になって目を閉じることにした。

 目的地まではまだまだ先だ。

 

 ……少女が起きたとき、いつの間にかアールの手を握っていたことに気付いたときは慌てて顔を赤らめながら離したとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソウが帰還して騒がしかったフェアリーテイルも数日が過ぎると流石に元通りになっていた。

 その元通りになった今でも騒がしいのはどうかとソウは思った。

 

「じゃあ、オイラがウェンディ達の寮を案内するよ 」

 

「ああ。頼むぞ、ハッピー」

 

「ソウはどうするの?」

 

「あの馬鹿共とプール掃除しなくてはいけないからそっちにいるはずだ」

 

 ソウはそれだけ告げるとその場を去っていった。

 ハッピーはソウの背中が見えなくなったのを確認してから一声上げた。

 

「そんじゃオイラについてきて」

 

 ハッピーはエーラを使って翼を広げるとどこかに向かって移動し始めた。

 その後に続くのはウェンディとシャルル、それにレモンである。

 

「このまま真っ直ぐいけば、もうすぐ女子寮のフェアリーヒルズにつくよ」

 

「女子寮があるのは、助かるわ」

 

「楽しみだね~」

 

「そうだねぇ~……あれ?」

 

 他愛もない会話をしながら歩いていると女子寮の前に誰かがいることにレモンがいち早く気付いた。

 

「あれって、ルーシィ?」

 

「え?」

 

 寮の前には何故か猫の格好をしたルーシィがいた。

 

「あの、ルーシィさん?」

 

 ウェンディが声を掛けると、ルーシィが振り向いた。そして驚きの表情に変貌した。

 

「え?あ、ウェンディ!それとシャルルとレモンも………」

 

「いつもの感じと違う服だったから、ルーシィさんじゃないかと思いました」

 

「よりにもよってその格好?いい度胸ね」

 

「ルーシィの趣味?」

 

「好きで着てんじゃないから………」

 

「あはは…………」

 

 猫の前で猫のコスプレをしている、こんな姿を他の誰かに見られたら……などと不安な気持ちに襲われなかったのだろうか。

 

「それで、どうしたのよ?なにか用事?」

 

「あ、それはですね。女子寮の皆さんが私たちの歓迎会をしてくださるそうなんですよ」

 

「歓迎会を?」

 

「まぁね」

 

「オイラもお手伝いできたよ!」

 

「うわ、ハッピー?いつのまに現れたのよ。」

 

「最初からいたよ!」

 

「…………それはともかくハッピー、ここ女子寮だからあんたは入れないわよ?」

 

「オイラは男子じゃありません。猫です」

 

「でも、オスでしょ?」

 

「男子とオスは違います」

 

「どう違うのよ………」

 

 ルーシィのため息をよそにハッピーはフェアリーヒルズの案内を始めた。

 途中でエルザと合流したこともあったが無事に案内は終わった。フェアリーテイルの女性メンバーも相当部屋に凝っているのだとも分かった。

 

 その後はウェンディ達の歓迎会をするために女性メンバー達はウェンディ達と共には湖畔へ泳ぎに行った。

 湖畔では、砂浜を駆け回るレビィとビスカとラキ。

 ウェンディとエバーグリーンは湖に浮かんでいた。ただし、一緒にいたジュビアはあまり楽しそうではなかった。

 

「それにしても、楽しいですね」

 

「ああ、フェアリーテイルもフェアリーヒルズも、どっちも楽しいぞ」

 

 場所は変わり、エルザとウェンディが話して、少し離れた所にシャルルはビーチにパラソルを広げてくつろいでいた。

 

「ふん、皆ガキね」

 

「お待たせ致しました」

 

 ハッピーは飲み物を持ってきた。

 

「あら?オスネコの癖に気が利くのね」

 

「女子寮の皆さんにそう言われます」

 

 するとハッピーが、皆のほうに向き直って言った。

 

「皆さん!」

 

「あっ!?」

 

「それでは例のやつ行きますよ!」

 

「例のやつ!」

 

 ハッピーが飲み物を投げたことに唖然としたシャルル。

 ハッピーの台詞に一番反応したのがレモン。

 

「フェアリーヒルズ名物、恋の馬鹿騒ぎ!」

 

「「「「「「わ~!」」」」」」

 

「グレイ様!」「ラクサス!」

 

「まだお題すら出てないぞ」

 すでにジュビアとエバーグリーンはノリノリだった。気が早いのにも程がある。

 

「やった、やった!!私も司会者でいい?」

 

「いいよ。今日のお題は……あなたがフェアリーテイルで彼氏にしてもいいと思うのは誰?です。さあ!」

 

「グレイ様、以上!」

 

「ジュビア、それじゃあつまらないよ」

 

「他の人は?」

 

「え~………その~……」

 

「花が似合って、石像の様な感じの……」

 

「それって人間ですか?」

 

 エバーグリーンの謎発言にハッピーが突っ込む。

 もはや、人間ですらなかった。

 

「エルザは?」

 

「いないな」

 

「即答だね」

 

「他の人!」

 

「ちょっとお題に無理があります!だってそんな人いる?」

 

 お題に意見するラキ。これを聞いたほとんどの男どもが落ち込む姿が安易に想像出来るが、この場には居ない。

 

「レビィはどうなの?」

 

「私!?」

 

「例えばジェットとか、ドロイとか………」

 

「三角関係の噂もあるしね」

 

「冗談!チーム内での恋愛はご法度よ!!仕事にも差し支えるもん!!!」

 

 バッサリ言うレビィ。

 あの二人も可哀想である。この場に居なかったことが幸いと言えた。

 

「トライアングル~、グッとくるフレーズね」

 

「三角関係………恋敵………!」

 

「その真ん中に立つと、全ての毛穴から鮮血が………とか?」

 

「はい!そこ!」

 

「脱線し過ぎだよ~!!」

 

「チームの恋愛って言えば、私前から疑ってる事があって………」

 

「なになに~?」

 

「実は、ナツとエルザが怪しいんじゃないかと思うの!だって昔、一緒にお風呂とかに入ったって言うし!」

 

「そう言えば!」

 

「ん?グレイとも入ったぞ?」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 エルザの発言に一同が固まってしまった。

 内容も突っ込みどころ満載のあれだが、そんなにあっさり言ってしまうエルザに対してだ。

 

「それは即ち、好きと言う事になるのか?」

 

「グレイ様と………お風呂だなんって………」

 

 ピコッ!とジュビアの頭から鳴った。

 

「はいそこ!」

 

「想像しなぁーい!」

 

 ハッピーが持ってたピコハンでジュビアを叩き、ツッコミを入れるレモン。

 

「ビスカこそ、アルザックとは相変わらずうまくいってるのか?」

 

「エルザさん!?それ内緒です……!!」

 

「え?皆知ってるよ?」

 

「と言うより、知らないのアルザックだけだし」

 

「「「「「うんうん」」」」」

 

「ポ~………////」

 

 顔を赤くするビスカ。

 逆にあんなに赤い空間を放っておいて気づかないとでも思っていたのか。

 現にエルザさえも気付いている。

 

「すまん………うっかりしていた。仲間だと言うのに………私の所為だ………取り合えず、殴ってくれないか?」

 

「えー…………」

 

「何でそうなるの?」

 

 ツッコミを入れるレモン。どういう経路を辿ったらそんな結論に至るのか不明。

 

「じゃあルーシィはどう?」

 

「ナツじゃない?」

 

「意外にグレイかも?」

 

「ジュビアはロキだと!」

 

 ジュビアはグレイを取られまいと必死だった。

 

「あっ、でも、ルーちゃん言ってたよ。

 ブルーペガサスのヒビキって人に優しくして貰ったって」

 

「う~ん、意表を突いてリーダスとか!」

 

「「「「「ないないない………」」」」」

 

「わかった!きっとミラさんだ!」

 

「それもどうかと………」

 

「ルーシィの相手が段々変な方向に行ってるね」

 

「あい」

 

「意外にソウ君はどう?」

 

「見た目もかっこいいし、それに強いし」

 

「そ、それはダメです!!」

 

 そう言ったのは、ウェンディだった。

 

「ウェンディ?」

 

「お兄ちゃんはダメ!絶対にダメ!!」

 

「…………何でソウはダメなの?」

 

「そ、それは……その…………」

 

「「「「「「じぃ~…………」」」」」」

 

「あ…………そ、その…………」

 

「もしかして………」

 

「ウェンディ………ソウの事、好きなのか?」

 

「あ………うぅ~/////」

 

 エルザの言葉に顔を赤くなるウェンディ。

 

「兄妹なのに………?」

 

「最近、再会したばっかりなのに?」

 

「あ、兄に恋をするのはどうかと思うぞ!!」

 

「近親相愛だね」

 

「でも、義兄妹だから………」

 

「ウェンディの気持ちはどうなの?」

 

「そ、それは………」

 

「「「「「「「「それは?」」」」」」」」

 

 ウェンディの返答に期待の目線を送る女子一同。

 ウェンディは覚悟を決めたのか細々しい声で呟く。

 

「好きです…………………///」

 

「なんと………!!」

 

「そうなんだ……」

 

「成程」

 

「へぇ~」

 

「グレイ様じゃなくってよかったわ」

 

「が、頑張ってね」

 

 上から順にエルザ、レビィ、エバーグリーン、ラキ、ジュビア、ビスカがそれぞれ思った事を言う。

 

「ちょっとあんた達、ウェンディにそんな話をしないでもらいたいわ」

 

 そう庇うように言ったのはシャルルだった。

 

「ウェンディも色々大変だから」

 

「シャルルの言うとおりだね」

 

「あい」

 

「………ねぇ」

 

「何?」

 

 レモンがウェンディにある事を言う。

 それも結構大事なこと。

 

「噂をすればなんとやら、ソウが来たよ」

 

「ええっ!!?//////////」

 

 ウェンディとエルザ達が横を向くと、釣り竿を思ったソウが現れた。

 

「ん?エルザにウェンディに……皆、こんな所で何をしてたんだ?楽しそうだな」

 

「え、ええっと………///」

 

 しどろもどろにウェンディはなってしまい、エルザが代わりに答える。

 

「ウェンディの歓迎会をやっているんだ」

 

「へぇ~、よかったな」

 

「う、うん……/////」

 

「どうした、顔が赤いぞ?」

 

「えっ………き、気のせいだよ!!」

 

「そうか………というか何?この恋の馬鹿騒ぎって………?」

 

「お、お兄ちゃんが気にする事じゃないよ!!!」

 

「ならいいが……」

 

 ウェンディがいつもと変なように見えたことに疑問をもったソウ。

 

「しかしソウ、何故お前がここに?」

 

「見ての通り、釣りだが!」

 

「男性達とプールの掃除を手伝ったんじゃあ………」

 

「ああ……それね」

 

 苦笑いを浮かべるソウ。そして、呆れるように話し出した。

 一応、男子たちは掃除はしていたものの、いつも通り騒がしいのは変わらなく作業はなかなか進まない。

 ナツは温泉プール。グレイは冷水プールを作り出すはめになり無茶苦茶だ。ビックスローは気に入っていたが。

 それをミラは呑気にジュースを飲みながら見ていた。

 と、ナツが何かを発見したのか声を上げた。

 発見したのは穴だった。ただ、ガラスが張ってあり、そこから見ると下に部屋があるみたいだった。

 もう、どうでも良くなったソウは気分転換に釣り用具を持ってこっちに来たというわけだった。

 

「───────という訳だ」

 

「覗き部屋って、最低!!」

 

 説明し終わるなり最初にレビィがそう言った。

 女子達にとっては最悪その物だろう。男子にとっては最高なのかどうかは別だが。

 

「一体誰かしら!?」

 

「少なくとも掃除してたやつ以外だと思うがな」

 

「何でわかるのだ?」

 

 エルザが疑問に思い、質問をした。

 

「もし、メンバーの中にその覗き部屋を知っている人がいたら、動揺する筈だ。それに全員、初めて知ったという話だったし、魔法を使って確認してみたが事実だった。第一にまず、その覗き部屋のあるプールの掃除をするのに普通なら隠しているはずだろ?その様な行動をとった奴は確認していないからな」

 

「「「「「成程!」」」」」

 

 女性メンバーの方々は納得してもらえたようだ。

 ついでに言うと犯人の目星はついていた。

 と、ドーン!とギルドのほうから大きな音が響いてきた。爆発音に近かった。

 

「何っ!?」

 

「爆発音……?」

 

「もっぱら、あの部屋を壊したんだろう」

 

「それはそれで助かるわ」

 

 後からミラに聞いた話だと、あの除き部屋の犯人はマスターだったみたいだ。

 ナツ達が部屋内でとんでもないものを見てしまって暴走したとのこと。

 

 釣りを開始してから数時間が過ぎてソウの成果はなかなか上がらず3匹という微妙な結果。

 あの猫達にあげてみようかと考えた。ハッピーとレモンは喜びそうだが、シャルルに冷徹な目線で拒否されそうなのでやめた。

 だったら、もう魔法で取ってしまおうかとやけくそになる。

 魔法で湖に震動を起こす。魚はその衝撃を水中で受けることになるので 、気絶して水面へと浮かび上がってくるというわけだ。

 でも、それをしたら湖の環境を壊してしまうことに。それよりもマスターや命に優しいウェンディに怒られそうなので結果、断念することにした。

 

「……帰るか」

 

「ソウ、帰るの?」

 

「レモンか、今から戻るとこ」

 

 ソウが振り返るとそこにはレモンがいた。

 どうやら、ウェンディ達の歓迎会は終わったみたいだ。

 

「ねぇ~、一つ聞いていい?」

 

「何が聞きたいんだ?」

 ソウはいつもなら唐突に質問してくるはずのレモンが確認を取ってきたことに不思議に思った。

 

「ウェンディのこと、どう思ってるの?」

 

「ウェンディか?……大切な妹として見ているが、それがどうかしたのか?」

 

「ううん、ただ気になっただけだから。ついでにウェンディの部屋は二階の角部屋だからね~」

 

 そんなことを言っていいんだろうかとソウは疑問に思った。そもそもそれを伝えて自分はどうすればいい?とソウは思う。

 レモンは「またね~」と言うとエーラを使い翼を羽ばたかせて寮の方へと飛んでいった。

 ソウは気になることがあったことを思い出してギルドへと戻っていく。

 ギルドの中で真っ先に見つけたのがハッピーだった。ハッピーの目線はシャルルに注がれている。

 

「ねぇ?シャルル、魚いる?」

 

「いらないわよ!」

 

 このやり取りをソウはもう既に数回目撃している。

 ソウはハッピーのいるテーブルに近づき一匹の魚を取り出した。

 

「ハッピー、魚いるか?」

 

「あい!いるいる、ありがとうソウ」

 

「シャルルもいる?」

 

「だから、いらないわよ!」

 

「冗談だって」

 

 ふん!と鼻を鳴らして完全にご機嫌ななめになってしまったシャルル。

 

「そうだ。ハッピー、レオ………ロキは何処にいるんだ?」

 

「ほぉきふぁら、ふぅーしぃのとほぉろはひょ(ロキなら、ルーシィのところだよ)」

 

 魚をくわえながら答えるハッピー。ソウはそれで通じたのか頷くとどこに歩いていった。

 ロキはフェアリーテイルの魔導士だった男だが、現在は素性が皆にバレてしまい、ここにはいない。

 

「あれ?おいら、ソウにロキが星霊だってこと言ったっけ?」

 

 言ってから、あることに気付いたハッピー。

 確か、ロキが星霊だと判明したのはルーシィが来てからだ。ソウとルーシィはこの前、初めて会ったばかりのはずなのにソウはハッピーの返答に納得したのかルーシィの方へと行ってしまった。

 

「まあ、いいや」

 

 細かいことは考えても分からないハッピーは考えるのを止めた。

 それをシャルルは横目になりながら見ていたのだった。

 

「ルーシィ、ちょっといいか?」

 

「ソウじゃない、どうしたのよ」

 

 テーブルで一人寂しそうにしていたルーシィにソウは話しかける。

 

「ちょっと、ロキと話がしたいから呼んでくれないか?」

 

「え!なんで、私がロキと契約しているのを知っているのよ」

 

「なんでって……ロキはフェアリーテイルの一員だったはずだろ?でも、いないってことは星霊として過ごすことにしたんだろうって思って唯一の星霊魔導士のところに来たわけ」

 

「あんたって……凄いわ……。分かったわ、ちょっと待っててね」

 

 そう言うとルーシィは懐から鍵を取り出して星霊を呼ぶ際の合言葉みたいなのを叫ぶ。

 

「開け!『獅子王宮の扉』!」

 

 魔法陣が出現すると同時に一人の影が現れた。

 ソウはそれを見ると喜びの笑みを浮かべた。

 

「久しぶり、ロキ」

 

「やあ、相変わらずだね、ソウ」

 

 二人は久しぶりに対面するのだった。

 

 

続く──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想お待ちしてまーす~


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第5話 ハコベ山での災難

ロキとソウの会話が思っていた以上に短いことに、読み返してみて気付いてしまった………
まあ、楽しめてもらえれば万事解決なので、問題ないはず!

───では、どうぞ~!!


「やぁ、相変わらずだね、ソウ」

 

 目の前の金髪の青年は微笑の笑みを浮かべて挨拶をする。

 元フェアリーテイルの魔導士であり、今は精霊だ。いや、元々精霊でつい最近に本業に戻っただけなのか。

 ロキが精霊だと知っていたのはソウの魔法で昔から気付いていたからだ。本人から口止めされていたので、話していなかったが精霊に戻った今はこうして普通に話すことが出来る。

 

「もう、大丈夫なのか」

 

「ああ。ルーシィのおかげさまでね」

 

「そうか。良かったな」

 

「僕は本当に運が良かったよ」

 

 そう言うとロキは精霊界へと戻ったのか、光の粒子となって宙に消えた。

 

「じゃあルーシィ、俺はこれで」

 

「ええ、ソウのことちょっと知れて良かったわ」

 

 ソウはその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日が過ぎるとフェアリーテイル内では花見大会で盛り上がっていた。

 この時期になるとフェアリーテイルは仕事にならないと依頼の量が極端に少なくなる。故により一層ギルドの奴等は騒ぎ出す悪循環になる。

 一方、ソウとレモンはと言うとナツ、グレイ、エルザ、ルーシィの最強チームにウェンディ、シャルルを加えたメンバーでハコベ山へと来ていた。

 ウェンディはまだ仕事に慣れていないらしくナツ達のチームに付いてきてきたのだがウェンディは暇そうにしていたソウを引っ張ってきたのだ。

 ソウが受ける依頼はS級魔導士にしか受けられない難易度の高いものばかりで一緒に行くことが出来ない。

 本人に付いていきたいと言えば簡単な依頼にしてくれるだろうが、それでも猛獣退治などの危険極まりないものばかりだ。

 そこでウェンディはチャンスとばかりに無理矢理テーブルで飲み物を飲んでいたソウを引っ張り出してきた。

 いつもソウの頭に乗っているレモンもだ。

 ソウもウェンディの昔のことがあるので容易に断り切れなかった。

 ナツ達も断るわけが当然なく、むしろ歓迎気味だ。レモンもノリノリで依頼をこなそうとしていた。

 その依頼がなんでもハコベ山に咲いている薬草の採取らしいが、ハコベ山はとにかく一年中雪が降っていることで有名なので寒い。

 

「開け!時計座の扉、ホロロギウム!」

 

 ルーシィの言葉と同時に柱時計のような形をした星霊が現れた。

 

「私またここへ来ちゃった、寒過ぎる~!───と申しております」

 

「寒いですねぇ」

 

「ウェンディもこっちへ来たら?風邪ひいちゃうよ?───と申しております」

 

「そうですか?じゃあお言葉に甘えて。お兄ちゃんとシャルルとレモンは?」

 

「まあ、波動のおかげでなんともないよ」

 

 ソウは赤い波動のオーラをまとわせながら歩いていた。

 どうやらそれが熱を発生させているようでソウはなんともなく、雪道を歩いていた。

 

「いいなー、シャルルは?」

 

「全然平気よ。寒さなんて心構え1つでどうとでもなるから」

 

「私も大丈夫だよ~!」

 

 猫というと寒さに弱いイメージがあるのだがシャルルとレモン、それにハッピーは大丈夫みたいだ。

 

「空模様も落ち着いてきたようだ」

 

 エルザは呑気に状況確認をしており、ナツは腹をならしていた。

 

「腹減ったな~」

 

「暖か~い………!」

 

「は、早く帰りたい…………!」

 

 ホロロギウムの中へと入ったウェンディはルーシィと一緒に温もりを感じて落ち着く。ルーシィはもう嘆いていた。

 グレイはというと雪道に苦戦していた。

 

「くそ、こんなにも積もってると歩きずれぇなぁ!」

 

「それ以前に服を着ろ!」

 

「うぉっ!!」

 

「ね~ぇナツ、そんな便利な薬草って本当にあるのかな?」

 

「さ~あなぁ、依頼書に書いてあったんだからあるんだろ?」

 

「だってさぁ、お茶に煎じて飲んだり、ケーキに練りこんで食べれば、魔導士の魔力を一時的にパワーアップするなんて、オイラは眉唾ものだ思うんだよ。ほら、うまい魚には毒があるって言うでしょう?」

 

「それをいうなら、うまい話には裏があるだ」

 

「うおぉ~!エルザに突っ込まれた!!」

 

 珍しくエルザに突っ込まれたハッピーは驚愕していた。ソウも密かに驚いていた。

 

「効果はともあれ、依頼はこの山の薬草の採取だ。ついでに多めに採れたら明日のビンゴの景品にしよう。皆喜ぶぞ」

 

「お~い、薬草!いたら返事しろ~!!」

 

「するかよバーカ」

 

「んだとコラァー!!」

 

「思った事何でも口にだしゃあいいってもんじゃねーだろ。しかも、テメェのは意味わかんねぇのばっかだし」

 

「ほぉ~う………やるのか!このカチコチパンツ王子!!」

 

「やるのかこのダダ漏れちょこび野郎!!」

 

 言い争う二人。やがて、それは殴りあいへと発展していくがそれがあだとなった。あの悪魔の前でそれをするとか自殺行為に等しいからだ。

 

「やめんか!」

 

「「あいー!!!」」

 

 エルザの怒号に二人はみるみる小さくなっていく。

 

「あ~、早く仕事終わらせて帰りたいな。明日のお花見の準備したいのに………」

 

「私もすごい楽しみです!」

 

 ソウはそんなやり取りを無視し、呟く。ウェンディは嬉しそうに相槌を打っていた。

 やがて、一行はハコベ山の山頂へとどんどん進んでいくが、ついにホロロギウムの時間が切れたのかウェンディとルーシィにとって悪魔の囁きとなる一言が放たれた。

 

「時間です。それでは御機嫌よ~う」

 

 言葉と同時にホロロギウムは消えた。

 ポン!と雪道に尻餅をついた二人は身を震い上がらせる。

 

「っ!寒!!」

 

「う、い~!!」

 

「おいおい………」

 

「お前達もちゃんと探さないか!」

 

 先程から薬草を探しているナツとエルザ。ナツは同情の目線を送り、エルザはそんな二人に突っ込む。

 

「だって~!」

 

「お兄ちゃん~、なんとかできない~?」

 

 ルーシィは嘆くように叫び、ウェンディは助けを求めて自分の兄へと目線を向ける。

 妹に助けてと言われたソウは頭を掻いた。

 

「しょうがないなぁ~」

 

「本当!!お兄ちゃん」

 

「え!!ソウ、なんとかできるの?」

 

「まあ、見ておけって」

 

 ソウは二人に赤い波動のオーラをまとわせてあげた。

 だんだんと温もりを感じてきた二人は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「温かいね、これ」

 

「ちょっと!!これ、できるんだったら初めからやりなさいよ」

 

 ルーシィが涙目になりながらソウに訴えてかける。

 

「ルーシィが勝手に時計の中にはいってたんだろ」

「私にもやってよ、ソウ」

 

 自分も限界だったのかレモンがソウに頼む。

 

「分かったよ、ほら」

 

 ソウはレモンにもやってあげた。

 

「ありがとう、ソウ」

 

「………あんたまで…」

 

 嬉しそうにはしゃぐレモンをシャルルはあきれながら、見ていた。

 そんなシャルルを一目見たソウは何を思ったのかシャルルに薦める。

 

「シャルルもどうだ?」

 

「………結構よ」

 

「そうか」

 

 やってほしそうにしていたとソウは感じたのだが、気のせいだったみたいだ。

 一部始終を見ていたグレイが感心するかのように呟く。

 

「なかなか便利な魔法だな、それ」

 

 その時、ナツが何かに気付いたのか鼻でくんくんと匂いを嗅ぐ。

 

「ふん、ふん………お、臭うぞ。これぜってぇ薬草の臭いだ!」

 

「相変わらず、凄い鼻だね」

 

「ふん、ふん………なんか草の臭いはするけど……」

 

「ソウの鼻も中々のものよ」

 

 ドラゴンスレイヤーは鼻が良いのである。

 

「てか、あんた、その薬草の臭い嗅いだ事あるわけ?」

 

「いーや、嗅いだことねぇけど間違いねぇ!」

 

「確かに………よく嗅げば、なんかそれっぽい臭いはするけど………」

 

 一理はあるような気がするが、今とそれはまったく関係ないような………。

 ルーシィは心の中で疑問を浮かべる。

 

「行くぜハッピー!!」

 

「あいさー!!」

 

 ナツは全速力で走って行った。ハッピーはその後を追う。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「たく、セッカチ野郎め」

 

「とにかく、ついて行く事にしよう。あいつの鼻は侮れないからな」

 

「気のせいかしら、凄くいや~な予感がする………」

 

「シャルルの勘はよくあたるよねぇ」

 

「そうだねぇ」

 

 置いていかれたソウ達を余所にナツ達は匂いのする場所へと走り続ける。

 それも叫びながら。

 

「ぬおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

「あったあー!!!!」

 

「あいーー!!」

 

 薬草があった場所は山頂と呼べる場所だった。

 

「早っ!」「早い事はいいことだ」

 

「流石だな」「そうだな」

 

「ナツさん凄い!」「やっぱり獣ね」

 

「そうね」

 

 各々の感想を呟くがナツは早速薬草を採ろうと行動に移る。

 

「よおーし、さっさと積んで帰るぞ!」

 

「あいさー!!」

 

 しかし、採ろうとした瞬間二人に影が現れる。

 

「あ?」「ん?」

 

「ギャオーン!」

 

 現れたのはブリザードバーン、通称白ワイバーン。

 ハコベ山などに生息するモンスターである。

 その見かけとは裏腹に草食である。ちなみに大好物は目の前の薬草だとか……。

 

「ギャオォォォ!」

 

 ワイバーンは翼を羽ばたかせ、旋風を巻き起こした。

 わぁ~!と言いながら吹き飛んでいくナツとハッピー。

 ワイバーンは薬草を採られないように薬草の近くへと着地した。

 

「何っ!!」

 

「独り占めする気みたいだな」

 

 すると、後ろにいたグレイが氷の魔法の準備をしながら笑みを浮かべてこう言った。

 

「こういうのを一石二鳥とかって棚ぼたって言うんだな。白いワイバーンの鱗は高く売れるんだってよ」

 

「よぉーし、薬草とるついでにアイツの鱗全部剥ぎ取ってやるぁ!」

 

 その瞬間、ルーシィの脳裏に嫌な予感が浮かんだ。

 

「あっ……」

 

 声を漏らすルーシィ。

 嫌な予感が的中しないように……そう願うしかなかった。

 ハッピーは戦闘するき満々でソウは渋々戦闘体制に入る。

 

「オイラも戦うよ!」

 

「仕方ないか……」

 

「うむ。換装!」

 

 エルザは水色の鎧を身に纏い、巨大な槍のような物を出した。

 換装とは、エルザの使う魔法で装備を別の空間にしまっておきいざとなったら即座に取り出せる魔法だ。

 

「私達はあれの注意を引き付ける。その隙を覗って、ルーシィ達は薬草を採取するんだ」

 

「は、はい!」

 

「仕方ないわね」

 

「そうだね」

 

 ウェンディと猫達二匹は了解とばかりに返事する。

 

「え、えぇ………何か一番危険なポジションではないかと………」

 

「頼んだ!」

 

「はい!喜んで!!」

 

 エルザのやばい形相にルーシィは冷や汗流しながら了承した。もう、どうにでもなれって投げ槍気味だ。

 

「行くぞ!ナツ、グレイ、ソウ!!」

 

「「おうよ!」」「はいはい…」

 

 ソウ達が戦闘を開始する中、残ったウェンディ達はというと───

 

「うわぁぁぁっー!」

 

「ひゃあぁぁぁー!」

 

「急いで急いで!」

 

「もう、だらしないのよ、あんた達」

 

「我慢、我慢だよ」

 

 魔法の余波に怯えながらも四つん這いになって進んでいた。

 ワイバーンと対峙していたナツはこちらから勝負を仕掛ける。

 

「火竜の煌炎!!」

 

 ナツは巨大な火球を作り、投げつけた。しかし───

 ワイバーンは巨大な翼を大きく羽ばたかせた。

 

「えぇ!?」

 

「あーあ、ナツの炎が……」

 

「風圧で跳ね返された!」

 

 火球はワイバーンに届かず、どこに向かったのかというと、ウェンディ達のすぐ近くだった。

 

「「ひゃぁぁぁっ!!!」」

 

「アイスメイク 円盤(ソーサー)!」

 

 ウェンディ達は悲鳴を上げながらもどうにか難を逃れようと薬草の所まで急ぐ。

 ナツに続いて今度はグレイが攻撃する。

 だが、これもさっきと同じように風圧で弾き返されてしまった。

 それも運悪く氷の円盤はまた、ウェンディ達の近くに飛ばされる。

 

「きゃぁーーー!!」

 

 目の前を円盤が通り過ぎたのにびっくりしたルーシィ。

 

「これならどうだ!」

 

 今度はエルザの攻撃。槍みたいなのから電撃を放ってワイバーンに仕掛ける。

 だが、ワイバーンはあっさり避けて電撃はナツ達の元へ吸い込まれるように。

 

「おいおい……」

 

「待てコラァ……!」

 

「おっと…」

 

 ソウは普通に避けたがナツとグレイはそうはいかなかったみたいで電撃を直に浴びる。

 

「「ぎゃあああ……」」

 

「バカ者!ちゃんと避けぬか」

 

「つーかあれだ」

 

「先に謝れ!」

 

 二人の言い分は確かだと思ったソウ。これ以上やってもキリがないので自分が動くことにした。

 

「エルザ、ここは俺に任せてくれないか」

 

「分かった。頼んだぞ!」

 

 エルザの許可が降りたところでソウは二人に「下がってろ」と声をかけた。

 二人が下がったのを確認したのち、ソウはその場にしゃがむ。

 その瞬間、足元に魔法陣が出現したと思うとソウをおもいっきり上に打ち上げた。

 衝撃を発生させる魔法でありソウはその勢いを使ってジャンプしたのだ。

 

「早い……」

 

 エルザはそう呟く。

 ソウのスピードは目で追うのがやっとだった。

 あっという間にワイバーンの頭上へと移動したソウは技の構えを取った。

 

「『波動式五番 衝大波』!」

 ソウの拳から衝撃波が発生。ワイバーンに上から直撃。

 ワイバーンはそのまま下に叩きつけられ、辺りに雪が舞った。

 

「今の内に早くやれ」

 

 まだ空中にいるソウから声がかかる。

 エルザ達は即座に自分の魔法を発動してワイバーンに向かった。

 エルザは槍のようなものから雷撃を放ち、ナツは炎を拳に纏わせ、グレイは造形で巨大なハンマーを作った。

 

「火竜の鉄拳!」

 

「アイスメイク大鎚兵(ハンマー)

 

 そして、ついにワイバーンに直撃して完全に倒れてしまった。

 それは良いのだが、少しやりすぎではないかとソウは思う。

 すると、辺りに怪しい音が鳴り出した。

 それは何かが崩れ去る音に似ていた。

 

「やったぁー!見て見てぇ!私だってフェアリーテイルの最強チームの一人なのよー!」

 

 薬草を片手に高々と上げるルーシィ。

 自分も頑張ったら出来るんだと思ったルーシィだが、背後から謎の騒音が聞こえてきた。

 ルーシィは振り返ると、驚きの光景を目にした。

 

「ん………雪崩ーーー!!??」

 

 目の前には大量の雪が迫ってきていた。ルーシィは避ける間もなくあっという間に雪崩に呑み込まれていく。

 雪崩が収まり、ソウは(エーラ)を発動したレモンに担がれながらも空中から声をかけた。彼の場合は元々空に留まっていたので雪崩には巻き込まれなかった。

「おーい、無事か~?」

 

「お、重い………」

 

 返事をしたのは、ハッピーだったが、とても苦しそうな返事だった。

 それもその筈。ハッピーは鎧を着たままのエルザを持ち上げているためだ。今の状態を保つだけでも苦悶の表情を見せている。

 

「俺も平気だぁー!」

 

「おぉ………そりゃあ、あんだけ暴れればこうなるか………」

 

 ナツとグレイの場合はワイバーンを下敷きにして、難を逃れた様子だ。

 

「私達も大丈夫です!」

 

「何とかね」

 

 ウェンディはシャルルに持ってもらっているようで、大丈夫そうだ。

 辺りを見回したウェンディはあることに気付いた。

 

「あれ?ルーシィさんは?」

 

「あれ?そういえば………」

 

「ルーシィ~どこ~?」

 

 ハッピーが大声で呼び掛ける。ソウも魔法での探索を試みようとするが、その必要は無くなった。

 ぽっこりと雪に埋もれたルーシィが顔だけを出したからだ。

 

「さ………さ………寒い………」

 

「あれは流石に俺の魔法も効かないだろうな」

 

 ルーシィにかけた魔法はあくまで応急処置に近いものなので、あそこまで凍えると効果は薄い。

「ハックション!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、花見は毎年と同じように決行されており、一段と盛り上がりを見せていた。

 カナは樽一つを抱えて誰にも盗られないようにしている。そんな量は誰も飲まないのにだ。また、エルフマンが「花見は男だぁー」と訳の分からないことを叫んでおり周りから哀れみの視線を貰っていた。レビィの側にはジェットとドロイが幾度となく、レビィに食べ物や飲み物を薦めている。

 そんな中、ソウ達はと言うとある話題について話していた。それはルーシィが花見に来ていないことだ。

 

「あ?風邪ひいたって?」

 

「ひどいのか?」

 

「う~ん…………」

 

「鼻はぐゅしょぐょしょ、顔は真っ赤でそりゃあもう………」

 

「なぜ風邪をひくんだ?」

 

「気づいてないのね………」

 

 シャルルは呆れる。

 大半は戦闘したエルザ達に原因がある。ソウも一応、罪悪感は感じていた。

 

「ルーシィさん、あんなにも楽しみにしていたのに………」

 

「おっ、そうだ!ウェンディの魔法で治してもらえばいいんだ!」

 

「もう施してはあるんだけどな。治るのは精々明日だろう………」

 

「明日か………」

 

 ルーシィが元気になっている頃には花見は既に終了しており、ルーシィは参加できないことになる。あんなに楽しそうにしていたのに残念だ。

 ソウは心の中でルーシィに合掌した。

 

続く─────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 




予告しておきます。

次、投稿する話は七年後の話になっている可能性大なのでご理解お願いします。

ただ単に大魔闘演武でのソウ達の活躍を書きたいだけです。


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第6話 アールとルーズ

久しぶりのこちらでの更新です!
そして、今回はあの二人のフェアリーテイルに行くまでに起きた出来事の話です!

───では、いこうか!!


 花見は最高潮の盛り上がりを見せていた。現在、ビンゴ大会の真っ最中である。

 ソウも同じようにビンゴに参加していたが、まったく当たらない。いやと言うほど当たらない。他の人は最低でも5,6箇所は開けているのに、ソウはまだ3箇所。真ん中の穴は誰もが最初に開けるので実質上まだ2回しか当たっていない。ウェンディも思わず心配していた。

 ソウが自身の運の悪さに悲観していると、「ビンゴ!!」と名乗りあげる者が現れた。

 エルザである。

 最速でのビンゴを成し遂げたエルザは意気揚々と景品を貰いにいったがその景品を見て、開いた口が塞がらなくなった。

 なんと、景品はあの薬草だったのだ。ソウ達が苦労してルーシィが命懸けで採ったあの薬草だ。

 それはいい。まだいい。だが、どうして薬草が茶色く変色しているのだろうか。

 

「急に暖かい所から持ってきたからのぅ」

 

 マスターの一言にエルザは落胆した。急激な温度変化は薬草には耐え難い試練だったようで、枯れてしまっていたのだ。

 折角一番にビンゴしたのに、こんな報いがあるのだろうか。これでは、運が良いのか悪いのかよく分からない。

 

「私の………ビンゴが………」

 

「あらあら」

 

 ミラを筆頭に誰もがエルザの境遇に心の中で同情していた。ソウもそんな悲観な彼女を見て、まだ運の尽きが終わっていないのかもしれないと期待が高ぶっていた。

 ビンゴは続く。

 景品はまだまだ幾らでもあるのだ。今か今かとそわそわしている。

 次々と番号が発表される中、ソウは焦りを感じていた。周りからは「ビンゴ!!」の声が上がる。それらが、さらにソウに重くプレッシャーを与えていた。

 まだ………チャンスはあるんだと心の中に言い聞かせて、自分のビンゴの紙と向き合う。

 

「「「ビンゴーー!!!」」」

 

 すると、珍しく3人が同時に同じ番号でビンゴとなった。対するソウは今、ようやく当たったというのにリーチには程遠い。危うくガッツポーズを取りそうになったが、もしそれをしていたら周りから哀れみの視線を貰っていたことだろう。

 名乗りを上げたのは、エルフマン、ジュビア、レビィの三人だ。まさかの異例にお互いに顔を見合わせた。

 

「3人同時か。じゃあ、一発芸で1番面白い奴に景品をやろうかの」

 

 すると、マスターがとんでもない提案をし出した。どこからそんな考えが浮かび上がるのかは不明である。

 

「「「一発芸!?」」」

 

「景品はなんと、アカネリゾート高級ホテルの2泊3日ペアチケット」

 

 そう言うミラの手にはヒラヒラと紙が揺れていた。あれがそのペアチケットなのだ。ウェンディがとても欲しそうに見つめていた。

 

「すごい………!」

 

「「ペアで旅行!!」」

 

 感心するかのように呟くレビィに対し、ペアという所に反応したのはジエットとドロイの二人だ。そして、どちらが選ばれるか二人の間で火花が散り始める。

 

「アカネリゾートか!姉ちゃんにプレゼントしてやる」

 

 エルフマンはとても姉思いのようであった。とてもよい心掛けだ。最早、彼に渡した方が良いと思う。

 

「グレイ様と2人きり………2泊3日………ジュビアまだ心の準備が………」

 

 一番の問題児がジュビアだった。妄想が爆発寸前である。そもそも、グレイが一緒に行くなど決まっていない。

 

「一発芸………それは一度きり、ギリギリの戦い…………つまり俺の出番ってことさ、相棒………」

 

「「またお前か!!」」

 

 ガジルが格好つけて会場に現れた。ギターを片手に何をしているんだと周りから突っ込みが入る。さらに一度や二度のことではないらしい。

 

「引っ込め!つか、リーチもしてねえだろお前は!!」

 

 結局、誰が手に入ったのかは永遠の謎に包まれるのであった。

 ───そして、ソウのビンゴの結果はと言うと………。

 

「………お兄ちゃん………」

 

「何故だ………ごめん………ウェンディ………何か良いもの貰えたら、あげようと思ってたのに………そもそも当たらないなんて……!」

 

「いいの………私はお兄ちゃんが側に居てくれるだけで良いんだから」

 

「ウェンディ………」

 

 結果はあれだったが、兄妹の絆は深く繋がっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車の揺れが収まったと同時にルーズは目覚めた。眠気に襲われ、目蓋を擦りながら上半身を起こして辺りを見渡す。

 ようやく目的地に到着したのだろうか。随分と長い間、移動していたようだがそれほど遠い所だったのだろう。疲れからなのか体が少し重いような気がする。

 ルーズは起きる気配のないアールを起こそうと、肩を揺らす。彼はなるがなるままに、体を揺らされるだけで起きる素振りは見せない。

 彼はまだ乗り物酔いが覚めていないようなので、ルーズは一足先に外へと出ておくことにした。彼は調子を戻すなり勝手に出てくるだろう。

 

「おい、作戦は順調か?」

 

「はい、滞りなく」

 

 馬車の幕に手をかけて、開けようとしたのだがふと外から男二人の会話が聞こえてきて動きを止める。

 内容までははっきりとは聞こえなかったようだが、ルーズはちょっとした違和感を感じた。

 首を傾げながらも、幕を開こうとすると外から慌てるかのような口調が聞こえる。まるで、今出てくるのが有り得ないかのように。

 

「おいっ!起きてるぞっ!」

 

「なっ!」

 

 ルーズが馬車から降りると、そこは街ではなく森林だった。ここは辺りは木々に囲まれている中で何もなく、日差しが射し込む唯一の場所だった。

 本来なら街に着く予定だった筈なのだが、どうしてこんな所にいるのだろうかと疑惑が膨らむ。それに男二人の姿も怪しい。

 一人は馬車の運転手を務めていた男だ。が、もう一人は黒の服装に身を包んだ筋肉質体型の男だった。運転手の男は彼を上司のような態度で接しているからして、どうやら彼の立場は運転手の男よりかは上らしい。

 別にそんなことはルーズの知ったことではないが、馬車の運転手という仕事で上下関係はあったのだろうか。

 上司っぽい男は「仕方ない………始めるぞ」と運転手の男に指示を出す。そして、二人して目を合わせて頷くなりルーズの方へと近付いてくる。

 幼い子供なら怯える雰囲気を込めた人を見下ろすような眼でルーズを見る。彼らの偽の笑顔はルーズからしてみれば、気持ち悪いこと極まりなかった。

 

「ここはどこかしら?」

 

 ルーズは何も気付いてないように装って男共に尋ねた。上司の男は少し眉を潜める。少しもルーズが威圧をものともしていないことに驚いてるようだった。

 ルーズの質問に答えたのは、馬車を運転していた人だった。

 

「ちょっと用事が出来てね。あと少しの辛抱だからね」

 

 子供に言い聞かせるように優しい口調で答える男にルーズは内心、嫌悪感を抱いていた。

 裏で何を隠しているかは分からないが、今の言葉に善意があるとは思えない。殆ど嘘で固めたでっち上げの台詞だろう。

 

「じゃあ、どうして貴方達は魔法を使おうとしてるのかしら?」

 

 思わぬ指摘に男共は肩をビクッと震わせた。彼女はどうだと言わんばかりに笑みを浮かべている。

 ───どうして分かった!?

 運転手の男が発動させようと準備していたのは“魔除け魔法”。所謂人を近づかさせない魔法の一種だ。これで、今の状況が周りに目撃されないようにしているのだ。

 一方、もう一人は“念波魔法”。仲間に通信を取っていたのだ。彼女には勘づかれてしまったようだが、既に話は通ってあるので男の目的は達成していると言ってもよい。

 

「あら、当てずっぽうで言ってみたんだけど、どうやら当たっていたようね」

 

「───っ!この餓鬼がぁ!!」

 

 悪戯に引っ掛かって、バカにしてくるような言い草に男の片割れが思わず怒鳴り返してしまう。もう片方が落ち着かせようとするが、興奮はそう簡単に収まりそうにもない。

 どうにか気持ちを静めて、再びルーズを睨み付けた男はこれからどうするか脳裏で考える。今ので、自分達がただの馬車使いではないことぐらいはこの勘の鋭い少女には気付かれている。また、嘘の笑顔で言い聞かせようとしても冷徹な態度で跳ね返されるのは目に見えている。

 故に───本性をさらけ出して、怯えさせるまでだ。彼の選んだ手段は脅迫に近いものだった。

 

「金目の物は全て置いていって貰おうか、お嬢ちゃん」

 

 ニヤリと男は本物の笑みを浮かべた。隣の運転手の男もそれで、何をするのかを悟ったのか表情が困惑から確信へと変わっていた。

 

「イヤよ」

 

 だが、彼女は一刀両断とばかりに断った。自分の状況が理解できないのか、それとも勝てる自信があるのかは知らないが余裕綽々な態度に男の堪忍袋の緒が切れた。

 

「テメェェ!!!!」

 

「おい!!やめろッ!」

 

 片腕を振り上げて、相方の抑えを振りほどいて男はルーズへと襲い掛かった。彼女は目を細めて、呆れるような表情になっていた。

 男が狙った場所はルーズのど真ん中。所謂、腹だ。男の渾身を込めた一撃が彼女の中心へと伸びていく。

 だが、彼女は避ける素振りを一切見せつけなかった。まるで、受け止めてやると言った感じで待ち構えているのだ。

 さらに驚くべきことに彼女は笑顔を浮かべていた。後ろから見ていた男は直感的に何か不吉な予感を感じとり、止めるように叫ぼうとするが、気付くのが遅すぎた。

 

「────なっ!?」

 

 吹き飛ぶどころか踏ん張る様子さえ見せなかったルーズに男は目を見開いた。そして、よく自身の拳の方へと見てみると受け止めていたのは彼女ではなかった。

 

「す……すな!?」

 

 彼女を守るかのように動いているのは“砂”。彼女の周りをぐるぐると浮かんでいる。その一部が彼女の腹の前で男の拳を受け止めるために集まっていた。

 男は直ぐ様先程とは逆の腕で、今度は彼女の顔面を横から狙った。が、砂がそれを防ぐ。

 何度も殴ろうと拳をぶつけるが、砂の楯の前に手も足も出ない。

 ────有り得ない!!嘘だ!!

 男は自身の攻撃が彼女に効かないことを素直に受け止める事が出来なかった。そもそも、彼女が魔導士ということは薄々感ずいてはいたものの自分なら勝てるという自信があった。

 だが、それはあっさりと覆されてしまう。その事実だけは男にとって認めたくない事実だった。故に攻撃を止めることはない。

 そこから男の必死の砂破りが始まる。

 パンチにキック、幾度となく繰り返す。だが砂の楯の前にどうしても攻撃が届かない。それでもなお決して、男は諦めたくなかった。こんな少女に負けるなんて恥さらしだけはしたくなかったのだ。

 

「はぁ………はぁ………はぁ………」

 

 体力だけを一気に消費してしまい息を切らしている男に対して、彼女はその場から一歩も動いていない。

 まるで、自分が手出しをするまでもないと言った感じで待ち構える彼女に男は一瞬、嫌な予感を感じ取った。

 

「もう良いかしら?私はもう飽きたんだけど」

 

「っ!!黙って言わせときゃあ!!」

 

 はぁ………と溜め息をつく彼女の挑発に男は負けじとやり返す。

 そして、再び殴りかかろうと接近するのだが今度は彼女の様子が違った。右腕を真っ直ぐ男の方へと伸ばしていた。

 

「………“砂竜の砂嵐”」

 

 ───刹那、男が見たのは一面に映った砂だった。

 彼女の掌を中心に放たれた異境な砂嵐は不規則な動きをしながら男に襲い掛かる。

 砂が目に入るのを防ぐために両腕を組んで顔を伏せるが、砂嵐の猛威に耐えきれずに後ろへと男は吹き飛ばされた。

 男は運転手の男の隣を一瞬で通過すると、さらに奥に聳えていた樹木の一つの幹にぶつかる。

 

「がはっ!」

 

 猛烈な背中の痛みに一気に肺に貯まっていた空気が押し出されてしまった。意識が朦朧として今にも気絶しそうだ。たったの一撃でこの様とは情けないものである。

 

「大丈夫か!?」

 

 心配なのか、男の元へと駆け寄る。不安そうに声をかけるが返事は帰ってこなかった。

 

「ねぇ」

 

「ひぃ!!」

 

 少女のたったの一言に肩を震えあがせてしまった。最早、運転手の男にとって彼女は最悪の客に成り下がっていた。

 対するルーズはちょっと声をかけてみただけなのに、怪だものを目撃したかのような反応をされてしまったことで少し不機嫌になっていた。

 

「貴方もやるの?」

 

 彼女はそう問いかけてきた。そこの男と同じ目に遭いたいのかと。

 運転手の男の魔法で戦闘するのはとても不向きだった。さらに彼女の実力は一目で見る限り相当のもの。勝てる自信は一向に沸いてこなかった。

 ───その時だった。

 男が「ぅ………」と呻き声を上げて顔を上げたのだ。

 

「………来たぞ」

 

 それだけをどうにか口にすると、男は完全なる笑みを浮かべる。まるで勝利が確信したかのように。

 

「頭でも打っておかしくなったのかしら?」

 

「好きなだけ言っておけ、いくらテメェでもこんなだけいれば無理だからなぁ」

 

 ルーズは男の言うことが理解出来なかった。脳が今の衝撃でおかしな方向に走ってしまったのではないかと本気で思うほどに。

 すると、周りの気配が一気に変わる。人の気配だ。それもたくさん。

 ゴソゴソと草むらが揺れるなり、一斉に男の仲間達と思われる人々が一挙に出現して集まる。そして、彼女の周りを一定の距離を保って囲んだ。

 

「あら、こんなにいたのね」

 

 ルーズは少し驚きはするものの、相変わらずの余裕な笑みを浮かべていた。

 リーダーだと思われる人物が一歩前へと出る。そして、彼女と視線が合う。

 

「君達は運が悪かったようだね」

 

「だから何がよ。もしかして貴方も彼と同じ目に遭いたいのかしら?」

 

「いや、遭うのは君の方だよ、お嬢さん」

 

 いかにも頭脳派といった感じの眼鏡をかけた男はそう言い終えると、片手を上げて合図のような仕草をした。

 すると突如、ルーズの体がピシリと固まり動かそうとしても動かせなくなった。彼女を囲んでいる男達の誰かが魔法で縛っているのだ。

 眼鏡の男はさらにルーズに近づく。

 

「こんなので私も捕縛したつもり?」

 

「見た目によらず、素直な性格ではないようだね」

 

 さらに眼鏡の男は彼女に近づこうと足を前へと進めるが、それを遮るかのように間にある物が妨げる。

 

「おっと!………危ないね」

 

 彼女から巻きほこる砂を避けると、感心するかのように彼女に微笑みかける。

 ルーズにとっては嫌悪感満載である。

 動きが拘束されているといえ、ある程度は砂の操作は可能である。それでも幾分砂の量やスピードは落ちてしまう。

 

「もっと欲しいかい?」

 

 眼鏡の男はそんなことを尋ねる。彼女の返答はなし。代わりに眼鏡の男を睨み付ける。

 それをどう判断したかは分からないが、また彼は先程の合図と同じような動きをした。

 ルーズはそれを見て覚悟した。

 

「────くっ!!」

 

 拘束魔法がより一層きつく縛られる。これでは砂を操れるどころか意識を保つだけでも精一杯ではないか。必死にほどこうと力を込めようと足掻くが、少女である彼女に解除出来るほどの力は持っていなかった。

 

「“連結魔法”のお味はいかが?」

 

「………不味い…わ」

 

 口を動かすだけでも既に限界のルーズ。形勢は一気に逆転されてしまったかのように見える。

 眼鏡の男はまたルーズの方へと歩み寄る。

 

「今度は砂もお休みのようだね」

 

 眼鏡の男はルーズの近くへ寄るなり、方膝をつくとその片腕をルーズの顔の方へと伸ばしてきた。

 まさか、自分に触れる気なのかと気付いたルーズは必死にもがく。眼鏡の男はそれすらも楽しんでいるかのように笑う。

 

「やめ………!!………て!!」

 

「良いねぇ、その表情ぉぉ!!」

 

 その汚い手で触れられるとか、考えたくもないルーズは涙目になりながらも訴えかける。

 偉そうな口調を叩いて、相手を挑発している彼女でも、まだ少女だ。こういう窮地になると怯えてしまうのは無理がない。

 眼鏡の男はそれを見透かしていたのように、徐々にゆっくりと腕を伸ばしていく。

 

「い…や……いやぁぁ!!!!」

 

「ははははは!!」

 

 狂乱の笑いを上げて、ついに眼鏡の男はルーズの顎もとへと手を伸ばした───

 

「っ!!誰だ!!」

 

 ───はずなのだが、誰かに腕を横から掴まれてしまい眼鏡の男は思わず声を上げた。

 眼鏡の男の視線の先にいたのは、少年だった。

 不機嫌そうな目付きに、今にも怒りそうな態度なのだが、彼がまるで子供のようなのでそんな気品が一切感じられない。あるのはプンプンと可愛げに怒っている少年。

 

「僕のルーズに何をしてるのかな?」

 

「………アール………」

 

「君は一体………」

 

 ルーズは彼の登場に嬉しそうに彼の名前を呟いた。

 眼鏡の男は驚嘆していた。何処から現れた。そもそもいつこんな近くに接近してきたのか、気が付かなかった。

 

「ここにいる全員………“敵”だね」

 

 ───その瞬間だった。

 彼の無邪気な笑顔の裏に誰もが目を見開いた。見てしまったのだ、彼の裏を。

 ───あれは………ヤバイ。殺られる。

 

 

 

続く──────────────────────────────

 

 

 




こ、怖ぁ!!!!(゜ロ゜ノ)ノ

アール君怖い………


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第7話 小さな魔導士

申し訳ないのですが、次の話は時間かかります。大魔闘演武編も盛況に入ってるのもあるんですけど、アールとフェアリーテイルの対面をどうしようかと試行錯誤しないといけないので………

───ここにいる全員……敵だね。byアール


「ここにいる全員………“敵”だね」

 

 何かを感じた。

 単なる子供が怒ったときに見せるあの不機嫌そうな表情か………いや、違う。

 ………気のせいだと思いたかった。まさか、こんな少年に怯えるなんてへまは絶対にないと自信があった。

 だが、今のは何だ。

 勝手に手が震える。次に足へと電線のように震えが伝わっていく。止まらない。止められない。気づいてはいけないものに、気付いてしまったのだ。

 ───彼の小さな体に秘めた恐怖を。

 

「ねぇ………聞いてる?」

「───っ!」

 

 眼鏡の男は彼に掴まれた腕を大きく振り回し、彼の腕をほどき恐怖の先端から逃れる。

 眼鏡の男の位置はちょうど、前にはアールと言う少年。背後には金縛りで身動きが取れないルーズに挟まれていた。

 

「聞いてる?」

「あ………あぁ………聞いてるとも」

「なら、早くしてくれる?」

「それはちょっと無理なお願いだね」

 

 眼鏡の男はそれでもなお諦めようとはせずに、反抗的な態度を見せる。まだ少年のような彼にこのような態度を示すのは大人げない行為だが、この際だ。何がともあれ構わずに最善を尽くすのみ。

 彼の眉が少し潜む。

 眼鏡の男は彼の後ろにいる仲間の内の一つにアイコンタクトで合図を送った。男は一瞬、目を見開きながらも頷くとそっと足音をできる限り立てずに彼の背後に接近する。

 

「そうかな?簡単なことだと思うけど?」

 

 彼はまったく気付いた素振りを見せずにただ眼鏡の男を見つめて、首を傾げる。

 仲間は手に握っていた鈍器を両手で握り締め直して、大きく鈍器を上へとかざした。眼鏡の男と視線が合う。

 仲間は小さく頷くと、鈍器を彼の頭に向けて最大の勢いで降り下ろした。

 完全にこちらの作戦に気付いていなかった様子の彼を見た眼鏡の男は確実に命中するかと内心でニヤついていた。

 ───だが、鈍器は当たらなかった。

 否、確実に彼の頭には触れたのだ。すると、鈍器はゴツン!と音を立てることなく驚くべきことに彼の頭の中へとのめり込むかのように食い込んでいった。

 そのまま鈍器は勢いを弱めることなく、地面へと激突して本来彼の頭上で鳴るはずの音が鳴り響く。

 

「そんなものだと僕には当たらないよ」

 

 彼は後ろを振り返らずに、驚愕で目を見開いている仲間へと声をかけた。まるで、初めから襲撃のことは分かっていたように。

 

「何だ!?アレは………!!」

 

 眼鏡の男は脳をフル回転させて、今の一部始終で何が起きたのか必死に模索する。

 まるで、鈍器が彼の体の内部を通過したかのように見えたが有り得ない。体を透明にすら魔法はあるが、体を物質が通過するなんてことを可能とする魔法の存在は眼鏡の男はまったく心当たりがなかった。

 故に困惑はどんどんと増すばかりであった。理解不能だった。

 

「もう、いい。僕が自分でやるよ」

 

 そう彼は不満そうに呟くと、眼鏡の男の方へと向かって歩き出した。眼鏡の男は内心ではとても慌てていた。

 そんな男の心情を露知らない彼は歩みを止めることなく、どんどんと眼鏡の男との距離を縮めていく。

 やがて、眼鏡の男の目の前へと着くと、歩くのを止めて彼は顔を見上げた。身長差があるために彼は顔を上げる必要があるのだ。

 

「そこを退いてくれない?」

「それは君が言えることかい?」

「なら、いいよ。そのままで」

 

 即答とばかりに彼は返事をすると、なんと男に向かって歩き出した。このままでは普通に正面からぶつかる。眼鏡の男は彼が何をしたいのか、分からなかった。

 次の瞬間、ここが現実だと疑いたくなるような光景が始まる。

 まず彼の腕が男の体の中へと抵抗も無しに入り込んだ。そして、次に足。段々と彼は全身を男の体の中へと中へとすり抜けていったのだ。

 眼鏡の男はそれを見て、思わず黙って身動きが取れない状態に陥っていた。彼が体の中へと侵入している感覚など一切ない。あるのはただ目に写る彼が徐々に自身の体にのめり込んでいく姿。

 まるで幽霊のようにするりと体を通過していっているのだ。

 そのまま彼は眼鏡の男を通過すると、何事をないかのように眼鏡の男の背中から出てくるなり、ルーズの方へと歩み寄る。

 

「大丈夫………じゃないかな」

 

 彼女の今の状態を一目見るなり、何が起きているのかを理解した彼は辺りを見回して、彼女を縛っている原因となっている人物を探す。

 拘束魔法を使用していると思われる人物は二人。一人は体型が太りぎみの男性。もう一人はその正反対とも言える痩せぎみの男性だった。どちらも両手をルーズの方へと伸ばしている。あれで魔法を発動して、維持を行っているのだ。 

 

「ねぇ」

「はぁ!?いつの間に!?」

 

 アールは、先程までルーズの側にいたはずだと思っていた太り気味の男性は目の前にいた彼の姿に仰天した。周りも驚きのあまり、目を見開いている。

 あそこにいた彼は錯覚だったのか。

 

「空動・其の参・───」

 

 彼は人差し指を向けた。

 

「────『弾』」

 

 ───直後、太り気味の男性は腹部に謎の衝撃が走る。まるで正面から一点に収縮された気圧に押されたような衝撃。

 ごふっ、と肺の空気をまるごと押し出されて後ろへと吹き飛ばされる。魔法が半分解かれる。

 アールは何事もなかったかのようにすぐに行動実行に移った。

 

「次」

「ひぃい!!」

 

 一部始終を目撃したもう一人の拘束魔法を使っていた痩せ気味の男性は肩を震え上がらせた。彼の紡いだ言葉と彼の向けた視線が全て自分に向けられたものだと理解したからだ。

 得体の知れない彼の力に痩せ気味の男性は恐怖に包まれていた。あんな化け物のような彼に例え何人が襲い掛かろうとも、勝てる気がしない。

 

「うわぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 遂に耐えきれずに、痩せ気味の男性はその場から逃走を測った。拘束魔法を維持していられるだけの余裕はもはやなかった。

 それを川切れに他の何人かも悲鳴を上げながら、逃げていった。彼の姿を見るだけでも、体がぶるぶると震え出すのだ。

 

「ふぅ~………ルーズ、平気?」

「えぇ………なんとか」

 

 拘束魔法からようやく解放されたルーズは、パタパタと砂埃を払う。彼女の態度を見たアールは無事なことに一安心した。

 ───が、問題はまだある。

 

「貴様ぁ……っ!!私達を侮辱しただけの覚悟はあるのだろうなぁ!!」

「………そういえば、誰?」

「このギルドのリーダーよ」

「ふぅん。そうなんだ」

 

 別に何の興味もないアールは隣のルーズの返事に素っ気ない返事をした。この態度が眼鏡の男の堪忍袋の尾に触れる。

 

「これでも喰らえぇぇぇっ!!」

 

 眼鏡の男は魔法を放った。彼がアールに向けて放ったのは、シャボン玉のような物。人の顔と同等の幅がある。ただふわふわと浮いているのではなく、猛烈な勢いをつけてアールに迫っていた。

 あれはただのシャボン玉ではない。シャボン玉が割れると同時に睡魔を催すガスを発生させる代物だ。常人には到底耐えられないほどの効果の強いガスで、吸い込んでしまうと半日は目を覚ますことはない。

 眼鏡の男のこの魔法は初見ではとてつもない威力を発揮する。誰もが避けることは考えないのだ。速度もそうだが、一見は偏鉄のないただのシャボン玉なのだから。

 

「空動・其の参──」

 

 だが、アールは予想を上回る行動をとる。

 

「───『(きょう)』」

 

 次の瞬間、シャボン玉が喪失。眼鏡の男は困惑した。アールの正面一体の空間が歪んだような光景を見てしまったからだ。それはほんの僅かだったが、見間違いではない。

 なら、自分の放った魔法はどこに。

 答えはすぐに帰ってきた。突如として前ぶりもなく、眼鏡の男の前にあるものが出現した。

 シャボン玉だった。

 自分の魔法であるシャボン玉が眼鏡の男の視界の中央にいきなり出現した。それもアールの方ではなく、眼鏡の男の方に向かっている。速度は落ちることを知らない。

 

「な、何が───」

 

 状況が読めず混乱する中、精一杯の声を出そうとするが既に遅かった。

 パァッンと割れる音が反響した。

 そして、中から勢いよくガスが噴き出す。眼鏡の男は慌てて口を押さえようとするが、もう気体のガスの一部は彼を逃さなかった。

 

「そ…んな……バカ……な」

「あれ?寝ちゃったの?」

「睡眠ガスのようね」

 

 ばたんとうつ伏せに倒れてしまったリーダーは、呆気ない幕切れを告げていた。アールはいかにも面白くないと言わんばかりの態度をとり、ルーズは現状を冷静に把握していた。

 

「砂竜の砂嵐」

 

 ガスが充満して、自分達にも効果が及ぶのを危惧したルーズは自身とアールを囲むように砂嵐を発生させた。

 しばらくして砂嵐を解除すると既にガスは晴れており、また何もないかのように静寂が包む。唯一違うのは地面に寝転んでいるたくさんの人々。

 砂嵐の影響でより周りにいた人々にガスが広まったのだろう。逃げ遅れたのか、気持ち良さそうに寝息を立てている。

 

「う~ん、どうしようかなぁ~?」

「さっさと近くのギルドに知らせたら良いじゃない」

「そうするよ」

 

 するとアールは姿をその場から消した。

 彼が悩んでいた理由はこの闇ギルドをどうするかというものだ。別にこのまま放っておくのも構わないが、別の被害者が出るのは避けたい。

 しばらくして、彼が何もないところから出現した。話は付けてきたようだ。ここから最寄りのギルドに後処理をお願いするように頼んできたのだ。

 

「さて、早くいこ?」

「何処によ。目的地には近づいてようには思えないわ」

 

 ルーズは思った。この悪党が自分達の提示した目的地に向かったいないではと。最悪、反対の方に移動している可能性だって捨てきれない。

 アールは首を横に振る。

 

「大丈夫だよ。というか、馬車が離れていくものだったら乗っていないよ?」

「はぁ………そんなこと分からないでしょ」

「お金の節約になったんだから、結果オーライだって」

 

 そもそもこの馬車に選んだのは、破格の値段だった為だ。彼の場合はその時から既に罠だとは気付いていたようで、ルーズは盛大なため息をついた。

 これなら値段が付いてもいいから、普通の馬車で向かいたかった。

 その時、ルーズはあることに気付く。

 

「もしかして、ここからは………」

「うん。歩きだよ?」

「嘘よね………」

 

 ルーズはピクピクと頬を引きつらせる。アールはただ純粋に正直に真実を言ったまでに過ぎない。

 

「でも、すぐ近くだよ。あっ、でもさっき言った所とはまた別の所だけどね」

「だから、なんで分かるのよ」

「“ソウ”の魔力が近いからね」

 

 ソウという人物はアールの昔からの親友だと言うが、ルーズは一度も会ったことがなかった。故にソウの魔力など感じることは出来ない。

 そもそも人の魔力を感じる行為などは魔導士の中でも極々一部にしか出来ない。それを彼は軽々とこなしているので、ルーズは怪訝そうになるだけだった。

 アールが察知出来るのはそのソウという人ともう一人の親友だけらしいが、一定の距離内に入ると意識すれば感じられるらしい。

 

「ほら、行こ?」

「………分かったわ」

 

 渋々ルーズはアールの後ろに付いていく。ここに残るのも色んな意味で嫌だったからだ。

 と、ルーズは彼の背中を見つめながら彼の名前を呼んだ。

 

「………アール」

「え?何?」

「………ありがと………」

 

 ふん、とそっぽを向けた彼女の頬は赤く染まっていた。後ろを振り返った彼は嬉しそうに頷くと無邪気な笑顔を浮かべてこう答える。

 

「どういたしまして───ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花見も終わり、いつもの、喧騒で騒がしいフェアリーテイル。

 

「もう治ったのか?」

「うん!絶好調!!」

「良かったね、ルーシィ」

 

 とあるテーブル席の一角で肉をくわえたまま尋ねたナツの疑問にルーシィは元気よく答えた。ハッピーも仲間の復活に嬉しそうにしていた。

 花見当日、風邪のせいで欠席をしていたのだが完治していつもの彼女に戻った様子だ。

 一緒のテーブルに囲んでいたソウも声をかける。

 

「まぁ花見の件は残念だったけど、他にも楽しいことは盛り沢山だから楽しんでいったら良いと思うぞ」

「うん。分かった、花見は来年の楽しみにしておくことにするわ」

 

 ん?とソウはルーシィの態度にどこか引っ掛かった。花見に参加出来ずに後悔していると思って、今でも引きずっていると思っていたのだがどうやらそんなことはないらしい。

 と、ギルド内に怒号が響き渡った。

 

「こらぁぁ!!ワシの大切な桜の木を引っこ抜いたのは、誰じゃあ!!!!町長はカンカンじゃぞぉー!!」

 

 花見の日の夜、ある怪奇事件が発生していた。

 それは何者かが虹の桜を根から掘り起こし、舟に乗せて町中を一周させたというよるものだ。結局、何をしたのか目的は分からず仕舞いだった。

 ソウに犯人の心当たりはあった。というか、目の前でビクビクしている者がいる。

 ナツとハッピーだ。

 周りには不吉なオーラが漂い、どう見ても二人が怪しいと目をつけられそうだ。

 

「ふふふ」

 

 そんな二人を見て、ルーシィは笑っていた。彼女は気づいたのだ。昨日の夜、どうして桜の木が舟に乗っていたのかを。

 ナツとハッピーによる気遣いだった。

 花見にルーシィは一番の楽しみを寄せていたをナツは知っていた。それなのに、ルーシィは当日は寝たきりになってしまった。

 せめてとばかりにナツはある計画を企てた。それが虹の桜をルーシィに見せることだった。幸いにも、ルーシィのいる家は運河の近く。そこでナツとハッピーは舟に流すという計画を実行したのだ。

 結果、ナツとハッピーは現在真っ青な表情をなる羽目となっていた。

 

「ありがとね」

「な、なんのことだよ!?」

「オ、オイラまったくなんのことやら」

 

 あくまで誤魔化そうとする二人。

 因みにソウもちゃっかりナツの協力をしていたということはナツとハッピー以外、誰も知らない。

 

「………来た」

「え?ソウ、どうしたのよ?」

 

 明後日の方向を向いて、そんなことを呟いた。ルーシィはそれを聞き逃さずに反射的に聞き返してしまっていた。

 

「あいつが来た」

 

 彼から帰ってきたのは、よく理解しがたいものだった。誰のことを指しているのか分からなかったからだ。

 だが、彼に関することを思い返せばある人物が浮かび上がってくる。

 それは───アールという少年。

 ソウとは知り合いらしく、そしてソウの最大の謎である生涯の目的の協力者であることだけはルーシィは知っていた。

 ただ、それ以外はまったく情報がなく一体何の魔法を使うのか、そもそも魔導士なのかさえ不明である。

 

「このことを、マスターに伝えてくれないか?」

「ソウはどうするのよ?」

「俺は迎えに行く」

「なるほどね、分かったわ。ほら!!ナツとハッピー、行くわよ!!」

「「───っ!!」」

 

 すると、ナツとハッピーはより一層顔色を真っ青にした。ソウとルーシィの一連の会話を聞いていなかったので、マスターに自分がやりましたと白状させられに行くのかと思ったからだ。

 

「ほら、早く!!」

「お、おう………」

「ア、アイサー………」

 

 ルーシィの気迫に押し負けたのか、渋々彼女に引き摺られていった。いつもの熱血ぶりはどこに飛んだのだろうか。

 

「なら、行くか」

 

 ソウは席を立ち上がる。そこに一人の人物が彼に近寄った。

 ───ウェンディだ。

 

「お兄ちゃん、どこ行くの?」

「友人を迎えに行くんだよ」

「え!?………本当?」

 

 ウェンディはソウの友人とは誰のことを指しているのか気づいた様子だ。

 彼は頷く。

 

「ウェンディも来るか?」

「うん。行く!!」

「そういえば………シャルルはどうした?」

「あれ?どこに行ったんだろう?」

 

 いつもならウェンディの側から離れることは滅多にないシャルルだが、今回姿を見せていない。

 ギルド内を見渡してみると───いた。

 

「シャルル~、魚いる?」

「いらないわよ!!」

 

 バーのカウンターでハッピーに魚を見せつけられ、嫌な態度で突き返していた。見慣れた光景なので、特に何も思わない。というかハッピーはマスターの所に知らせに行ったのではなかったのだろうか。多分、途中で逃走を計ったみたいだ。あ、ルーシィに連れて行かれた。

 シャルルがあそこにいるのは優雅にティータイムを楽しんでいるであろうレモンに用事があるからだろう。同じ種族のメス同士、話も色々と積もるものだ。

 

「二人で行くか」

「え!?う、うん………」

 

 ソウはギルドの出口の外へとウェンディを連れて歩き出した。

 

「これ………デ、デート!?」

 

 二人っきり。

 ウェンディはそんな事を意識してしまい、顔を赤らめていた。

 

「ウェンディ~?置いてくぞ~?」

「あっ!!待って!!お兄ちゃん!!」

 

 彼との対面も、あと少しである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マグノリアに足を踏み入れたアールは街中を堪能しながら、目的地へとゆっくりと歩みを進めていた。

 

「あ………来るかな……」

 

 はっきりとは分からないが、ソウの魔力が移動を開始した。徐々にこちらに向かってきているようだ。

 この街や他にも色んな人の紹介を彼に全て任せてあるので、早めに合流した方が良いだろう。何故ならアールの心配事が他にもあったからだ。

 それはルーズが意外だが、方向音痴だということだ。一回見失うと彼女を見つけ出すのには一苦労する。

 アールは後ろにいるはずのルーズにソウが近づいていることを知らせようと後ろを振り返り───彼の動きが止まった。

 

「ルー………ズ………」

 

 ぱっかりとアールの後ろには誰も居らず、何もない空間が広がっていた。つまり、いつの間にか彼女とは別行動になってしまっていた。もう少し気付くのに早ければ、対処出来たかもしれないのに。

 

 ───あぁ………どうしよう。

 

続く───────────────────────────

 




ルーズちゃん、迷子です\(^-^)/と言ってもそんなに重要ではないです。


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X791年 七年間の空白編
第a話 我が家への帰還


予告通り、場面は7年後になっています!!


 商業化都市マグノリア。

 その町のなかにある港───ハルジオン港の桟橋の先に一人の少年が立っていた。

 少年の視線の先は海。青色に染まった海面はただ静かな波音を立てていた。

 

「いつまで海を見てるんだい?」

 

「仕事も終わったし、ギルドに戻ろう」

 

「………………」

 

「ふう……」

 

「やれやれ……」

 

 少年の背後に来た二人はため息をついた。

 まだ、あのことが捨てきれないようだ。

 

「早く帰らないと父さんが心配するよ」

 

「マカオからアンタの事、頼まれてんのよ。ロメオ」

 

「うん」

 

 少年───ロメオはただ、頷いた。

 今では妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員である。

 ロメオに話しかけたのはビスカとアルザックだった。二人は既に結婚しており、今では夫婦である。

 ロメオは一点に海を見つめ、その場からまったく動こうとする気配がない。

 

「ロメオ………気持ちは分かるけど───」

 

「ビスカ」

 

「っ!…………」

 

 ビスカの言い分を遮ったアルザックは首を横に振った。

 ロメオが思い出していたのはあの赤髪のマフラー少年の後ろ姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は替わり、魔導士ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』。

 前にあった場所とはまた別の所にあり、少し昔と違いボロボロになっていた。

 さらに数分前にギルド黄昏の鬼(トライライトオーガ)が借金を取り立てに来て、思うがままに暴れ、去った後。

 ここにいた現在フェアリーテイル4代目マスターのマカオ。

 4代目マスターの補佐ワカバ。

 一員のジェットにドロイ、リーダス、ウォーレン、マックス、ナブ、ラキ、ビジター、そしてキナナがいた。

 皆、リーダスが描いた7年前のナツ達との思い出の絵を数名が見て泣いていた。

 

「あれから7年か………」

 

 ワカバが思い出しながら呟く。

 それに続くようにマックスが煙草の煙を吐きながら言う。

 

「懐かしいな」

 

「グス。あれ以来、何もかも変っちまった」

 

「天狼島が消滅したって話を聞いて、必死にみんなを探したよな」

 

 最強メンバーが消えてから取り残されたギルドのメンバーは必死に居場所を探した。

 だが、それでも見つからなかった。

 ウォーレンやジェットが言ったようにフェアリーテイルはあの日から随分と姿を変えていた。

 

「だけど誰1人見つからねえなんて………」

 

 ビジターは諦め混じりに呟いた。

 

「評議院の話が本当なら、アクノロギアってのに島ごと消されたんだ」

 

「実際、いろいろな機関が捜査に協力してくれたけど、何も手がかりは見つからなかった」

 

 ナブ、リーダスの言葉通りに手掛かりすら見つけれなかった。

 それだけがギルド全員の心残りだった。

 

「そりゃそうだよ。あの日………天狼島近海のエーテルナノ濃度は異常値を記録してる。あれは生物が形をとどめておけないレベルの………」

 

「何て威力なんだ!!!アクノロギアの咆哮ってのは………!!!」

 

「だって………大昔にたった1頭で国を滅ぼしたっていう竜なんだろう!!?人間が………そんなの相手に………生きていられる訳が………!!」

 

 ウォーレンが悲痛の叫びを上げる。

 

「何で俺達の仲間を…………」

 

 ドロイがそう言う。

 

「あいつらがいなくなってから、俺達のギルドは弱体化する一方、マグノリアには新しいギルドが建っちまうし」

 

 その新しいギルドが 黄昏の鬼(トライライトオーガ)である。

 

「“たたむ”時が来たかもな……」

 

「そんな話やめて!!!」

 

 ワカバの言葉に怒鳴るラキ。

 その一言で「うっ……」と唸るワカバ。

 フェアリーテイルがここまでつづけられたのもあいつらが帰ってこれる居場所を残しておく為だ。

「!どうした、マカオ?」

 

 暗い表情のマカオにワカバは気づき、声を掛けた。

 

「…………俺はもう、心が折れそうだ」

 

「お前はよくやってるよ、マスター」

 

 マカオの言葉にワカバはそう言った。

 

「あれ以来……………ロメオは1度も笑わねえんだ………。うえっ、ひっ」

 

マカオはそう言い、泣き顔を晒した。

 

『……………………』

 

 ここにいる全員、ついに無言となった。辺りが静寂を支配した、その時であった。

 ドゴォン!とギルドの外から大きな騒音が聞こえた来たのだ。

「なんの音?」

 

「またオウガが嫌がらせに来たのか?」

 

 取り敢えずギルドの外へと出てみることにした一行。

 そして、外へ出てみるとそこには意外なものが待っていた。

 

「お……おお………!!」

 

「あれは!?」

 

 空には一面を覆うような大きな物体が空に浮かんでいたのだ。

 顔を上に上げてその光景を唖然として見つめる。

 ───巨大な船。

 それは、青い天馬(ブルーペガサス)が7年前にあの化猫の宿(ケットシェルター)が無くなる原因となった六魔将軍(オラシオンセイス)打倒の為に持って来た代物だった。

 船名はクリスティーナ。

 六魔将軍との激闘の末に破壊されてしまったのだが、一緒に共闘した他のギルドのメンバー達の協力により、ニルヴァーナを攻撃し、見事勝利を勝ち取った。

あれから7年の時が経ち、クリスティーナは改良されて、クリスティーナ改となっていた。

 

「くん、くん、くんくん、くんくん。辛気くさい香り(パルファム)はよくないな。とう!」

 

「!」

 

 謎の台詞と共にクリスティーナから一人の男性が空に飛び出してきた。

 そして、そのまま落下。

 

「メェーン!」

 

『落ちんのかよ!!』

 

 上から飛んできた男が地面へと突き刺さった光景を目にして男どもが声を揃えて突っ込む。

 そして、この落ちてきた男は……。

 

「あなたの為の一夜でぇす」

 

 髪の毛が長くなった『青い天馬(ブルーペガサス)』の中でもかなりの実力者、一夜であった。

 

「オマエ………!」

 

「一夜様、気持ちはわかるけど、少し落ち着いたら?」

 

「俺………空気の魔法使えるし」

 

「みんな久しぶり」

 

 空気の魔法によりゆっくりとクリスティーナ改から降り、マカオ達の元へある3人がやって来た。

 

「やあ」「ヒビキ!」

 

「フン」「レン!」

 

「マカオさん、また老けた?」「イヴ!」

 

 六魔将軍(オラシオンセイス)打倒に一夜と共に来たヒビキ、レン、イブであった。

 

青い天馬(ブルーペガサス)、か……かっけー………!!」

 

「何なんだ一体…………」

 

「ラキさん、相変わらず美しい。」

 

「お………お前眼鏡似合いすぎだろ?」

 

「『お姉ちゃん』って呼んでいいかな?」

 

「あの………」

 

 急な展開に困り顔になってしまうラキ。

 

「ナンパなら他でやれ!!」

 

 3人の行動にマックスが怒鳴って言う。しかし今度は───

 

「え?」

 

「キナナさん、今夜時間がある?」

 

「お………お前の服、似合いすぎだろ?」

 

「決めた。僕は君の弟になるよ」

 

「ええっと…………」

 

「何しに来たんだ!オメェ等!!!」

 

 3人は対象を今度はキナナに変えて、マックスはまた怒鳴って言う。

 

「これ!!お前達、遊びに来たんじゃないんだぞ!!」

 

「「「失礼しやした!!」」」

 

 一夜の言葉に3人はラキとキナナに謝る。2人は思わず肩をびくっ!と震わす。

 

「おい、一夜」

 

「一体、何が………」

 

 マカオとワカバは一夜達がなぜここに来たのかを聞こうとした。すると………。

 

「メェーン!」

 

 一夜がそう言うと、3人は一夜の後ろへ移動した。

 

「共に競い、共に戦った友情の香り(パルファム)を私は忘れない」

 

 覚えてもらっていても嬉しくない。

 

古文書(アーカイブ)の情報解析とクリスティーナの機動力をもって、フィオ―レ中のエーテルナノ数値を調べたかいがあったよ」

 

「なっ!」

 

「っ!!」

 

「天狼島は………まだ残っている!」

 

 それは仲間達がまだ生きている可能性のある情報であった。

 一筋の希望の道のりが繋がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 天狼島があった近くの近海に、フェアリーテイルの船は航海していた。

 各々が辺りを見回して天狼島を探している。

 

「ねえ、本当にこの辺なの?」

 

 望遠鏡を覗きながら遠くを眺めているビスカが疑問の声を上げる。

 それに同意するように言ったのが、アルザックだった。

 

「何も見えてこないじゃないか」

 

「天馬の奴等の話じゃ、この海域でエーテルナノが何とか………」

 

「そもそもエーテルナノって何だよ?」

 

「知るかよ。魔力の微粒子的な何かだろ?」

 

 マックスの言葉に適当な事を言うウォーレン。

 こういう専門的な事に詳しい人材がいなかったのは残念だったがしょうがないことだった。

 元々、レビィやルーシィ辺りが担当していたものだったからだ。

 

「本当にロメオを連れてこなくて良かった?」

 

「無理矢理でも連れて来るべきだったかな…」

 

 仲間達の帰還に1番心待ちしているロメオの事にそう思ったアルザックとビスカ。

 

「まだみんな生きてるって決まった訳じゃねえんだ」

 

「ぬか喜びさせる訳には………」

 

「「レビィに会える!!レビィに会える!!」」

 

「やかましい!!」

 

 ジェットとドロイの騒ぎように怒るウォーレン。

 だが二人の気持ちも少しは理解できる。

 

「7年も連絡がねえんだぞ。最悪の場合も考えろよ」

 

「お………おう………」

 

「もしゃ………」

 

「「……………」」

 

 ウォーレンの言葉に沈黙となる仲間達。

 嫌な予感が脳裏に駆け抜ける。

 

 その瞬間だった────

 

「うおっ!」

 

 突然、海面が揺れて船が大きく揺さぶる。落ちないように船に一同はしがみついた。

 

「何が起きた!?」

 

「あっ!あれを見ろ!」

 

 一体誰が言ったのか分からなかったが皆の目線が指差した方向へと注がれる。

 そこは天狼島があった場所だった。

 巨大な水しぶきが起こり波が全方位に進んでいく。

 

「海面が……割れてる!」

 

 そこの海面が穴があくように分断されていた。

 ありえない光景に目を見開いた皆。さらに続いて信じられないことが起きる。

 そこからひとつの影が飛び出してきたのだ。

 その影はやがて、フェアリーテイルの船へと着地した。

 

「おー…良かった、良かった。近くに船があって助かったわ…」

 

「……え?」

 

「ったく……この近くに着地出来る場所なかったら、陸地まで飛んでいかないといけなかったからな、助かったよ」

 

 全員が戸惑いを隠せなかった。

 久しぶりに聴いたこの声はあの懐かしい仲間の声。

 

「お前………ソ…ウ……なのか?」

 

「ん?なんで、俺の名前を?」

 

 アクノロギアによって消滅したと思われる仲間の一人、ソウ・エンペルタント。フェアリーテイルのS級魔導士。

 少し、身だしなみが汚かったりしたことろもあったが、確かにソウだった。

 

『ソーーーウーーー!!!』

 

「え!何!なぬ!」

 

 ソウの魔法の中に相手をカウンターで吹き飛ばす魔法───『波動壁』があることを全員が完全に忘れていた。

 だが、ソウは発動せずに代わりに別の魔法を発動さしていた。

 

「え………この魔力……ジェットか?」

 

「そうだ!!!ジェットだぁー!!」

 

「ええー!変わりすぎだろぉー。それにドロイもいるー!」

 

「ドロイだ!!」

 

「太りすぎだー!」

 

 ソウが発動していたのは相手の魔力を計る魔法だった。

 久しぶりの再会に辺りが混乱に巻き込まれていくのだった。

 

「よし、説明求む」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ───どうにか、落ち着いたところでソウに一通りの説明をする。

ソウはどこかで納得した所があったのか時折、頷いたりしていた。

 

「7年か……そんなに経っていたんだな…」

 

「ああ……でも、他の皆は……」

 

「ん?皆も生きてるが?」

 

 アルザックの悲しげに言ったことにソウはさりげなく否定した。

 アルザック達は驚愕する。

 ソウだけでなく、皆が無事だというのだ。これが夢であっても可笑しくないというぐらいに。

 

「ドロイ、ちょっと頬っぺたを引っ張ってくれないか……」

 

「お、おう…」

 

「い!いたたたっ!」

 

 ジェットが感じた痛みは本物だった。

 つまり、これは夢じゃなくて現実。皆が生きてるということに……。

 

「あ、そうだ。あれをするのを忘れていた」

 

 すると、ソウはその場から船頭へと移動した。

 ソウの視線の先は二つに割けた海面だった。

 

「──────」

 

 ソウが何かを言ったかと思うと、突如海全体が揺れたような錯覚を覚えた。

 しばらくしてソウの目の前に巨大な影が出現した。

 それは天狼島だった。

 バリアみたいなのに覆われていたが先程解除されたようで海面に浮き上がって来るように出てきたのだ。

 

「て、天狼島!?」

 

「さて、皆を起こしにいきますか」

 

 一行は天狼島に上陸しようと船を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「ほら、あそこにナツが寝てる」

 

 天狼島へと上陸したソウ達は、早速皆の元へと歩いていく。

 ソウの案内の元に進んでいく。しばらくしてソウが指差した先にいたのはナツだった。

 寝ているのか、仰向けになっている。

 ナツの姿を確認した途端、ソウ以外のメンバーが駆け寄った。

 

「ナツ!!しっかりしろ!!オイ!!!」

 

「ナツ!!!目ぇ覚ませ、コノヤロウ!!!」

 

「だーーーーっ!!!うるせえっ!!!!」

 

 あまりのうるささにナツは叫ぶ。

 そこの所はあまり変わっていなかった。少しは変わってほしかったと心の中で思っていたソウ。

 

「ナツーー!!!」

 

「うあああ!!」

 

「ああああ!!」

 

「んがー!!!」

 

 感動のあまり、号泣してナツに抱きつく男ども。

 ナツは身動きが取れずにただただ足掻いていた。

 どんどん状況は落ち着きそうになかった。

 

「どうなってんだ一体………!!?何でオマエらがここに………つーか少し老けてねーか!!?」

 

「おまえは変わらねーな!!」

 

「てかドロイ、太………」

 

 既にドロイが太っていることについてはソウが指摘済みだ。

 

「本当に……生きていたんだ………!」

 

「俺達、さっきのアクノロギアの攻撃をくらって、えーっと……他のみんなは!!?」

 

「皆、他の所にいるはずだ」

 

「ソウ!お前も生きていたのか!!!」

 

「そりゃ、生きてるよ」

 

「それで、他のみんなは………」

 

「こちらです」

 

 答えたのはソウではない。別の誰かだった。

 そこにいたのは女性だった。

 

「あ、もう出てきたんですか」

 

「「「……誰!?」」」

 

「えーと、この人は───」

 

「いえ、私が言います」

 

 女性はソウの言葉を遮り、皆の近くへと歩いていく。

 

「私はフェアリーテイル初代マスター、メイビス。メイビス・ヴァーミリオンです」

 

「「「「「「!!?」」」」」」

 

 つまり、フェアリーテイルを作った張本人ということになる。

 皆は何度目になるのか分からないくらい驚いている。

 事情を説明する様子のメイビスにソウは既に知っており、聞く必要はないのでその場を離れて別の場所へと移動した。

 ソウがついた先にいたのは、ウェンディ、シャルル、レモンだった。

 

「おーい……ウェンディー……」

 

 ソウがウェンディの肩を揺さぶる。

 しばらくすると、う…と呻き声が聞こえたかと思うと、ウェンディがゆっくりと体を起こした。

 

「起きたか?眠れるお姫様」

 

「……お兄ちゃん?」

 

 まだ意識がはっきりとしていないウェンディ。

 ソウがウェンディの頭を撫でてやると嬉しそうに笑顔になるウェンディだったが、ようやくはっきりとしたのか態度が変わった。

 

「私達……生きてるの……?」

 

「生きてるよ、皆」

 

 無事に生還出来たことに嘘のような感覚を覚えたウェンディだったが目の前の兄の笑顔を見て真実だと直感で分かった。

 想いが沸き上がってきて涙が目に浮かんできた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

ソウの胸元へと飛び込むと同時に泣き出してしまったウェンディ。

ソウは黙って受け止めて優しくウェンディの頭を撫でてやる。

 

「ほら、シャルルとレモンも起こさないとな」

 

 その後はシャルルとレモンを起こして皆が集まっている場所へと自分達も向かった。

 皆が無事に目覚めたみたいで一安心したソウ。

 そして初代マスター・メイビスによる説明が始まった。

 

「あの時………私は皆の絆と信じあう心。その全てを魔力へ変換させました。皆の想いが妖精三大魔法の1つ 『妖精の球(フェアリー・スフィア)』を発動させたのです。この魔法はあらゆる悪からギルドを守る、絶対防御魔法。しかし、皆を凍結封印させてしまいました………ごめんなさい………」

 

 頭を下げて皆に謝罪の言葉を述べるメイビス。

 皆は気にしている様子もなく、代表してマカロフが答える。

 

「なんと………初代が我々を守ってくれたのか……………」

 

「いいえ………私は幽体、皆の力を魔法に変換させるので精一杯でした。揺るぎない信念と強い絆は奇跡さえも味方につける。よいギルドになりましたね、三代目」

 

「ありがとうございます………初代………」

 

 初代マスターメイビスと現マスターマカロフはそう言った。

 

「あの………1つ聞いていいですか……?」

 

「はい、何でしょ?」

 

 恐る恐る手を上げて質問しようとしたのはレビィだ。

 メイビスは笑顔で答える。

 

「ジェットとドロイから聞いたのですけど、なんでソウ君だけ先に目覚めたんですか?」

 

「それは本人から、今までに感じたことのない魔力を感じたので私が先に起こしたのです」

 

 メイビスに起こされたのは先に起こされたと言っても数時間前までの話だ。

 ソウが起きて初めに見たのは隣で眠っているウェンディだった。

 起こそうと揺すっても起きない妹に焦りを感じたソウは必死に尽くすが、それも無駄に終わる。

 息はしているので生きているのは確かだった。

 だが、起きる気配がない。まるで生きた屍のようだった。

 どうして自分だけが起きている現状に理解しようと努めていると、誰かの気配を察知した。

 その時にソウの目の前に現れたのがメイビスだった。

 なんでも、ソウからはなんというか普通の魔力とは違う魔力を秘めており眠りが浅くなっていたということで、起こすのは容易いことだったそうだ。

メイビスはソウにこれから皆を起こす準備をするので手伝って欲しいと頼む。

ソウは快く快諾して、まずしたのは外の様子の確認だった。

 その時は海の中だったのでソウは海中から『波動式十七番・断波撃破』を放ち、海面を割った。

 船から目撃したのはそれだったのだ。

 

「なんで俺なんかが皆と違うのか分からないけどな」

 実を言うとソウには心当たりがあったのだが、言うわけにはいかなかった。

 それを言うとなると必然的に“あれ”を話さないと説明がつかないからだ。

 シャルルはソウの言動を怪しいと思ったのかソウの方をじっと見つめていた。

 

「じゃあ戻るか、フェアリーテイルへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ギルドに残ったメンバーは各々が思考を巡らせていた。

 勿論、それは天狼島に行ったメンバーのことだ。

 しびれを切らしたロメオはナツ達が帰ってくるかどうか口に出した。

 それに反応したのがマカオだった。

 やがてそれは軽い言い争いにまで発展することになり、周りの人達はため息をついていた。

 その時だった───

 

「今日はまた一段と人が少ねえなァ」

 

「キヒヒ」

 

「ギルドってよりコレ何よ?同好会?」

 

「ぶひゃひゃー!」

 

 ギルドへと騒ぎながら入ってきたのは黄昏の鬼(トワイライトオウガ)の者達であった。

 

「ティーボ!!支払いは来月のハズだろ!?」

 

「ウチのマスターがさぁ………そうはいかねって。期日通り払ってくれねーと困るって。マスターに言われちゃしょーがねーんだわ」

 

 ティーボと呼ばれた男はそう言う。

 理由が身勝手すぎる。誰もがそう思った。

 

「お前等に払う金なんかねえよ」

 

「よせ、ロメオ!!」

 

「なんだクソガキ、その態度!」

 

「こんな奴等にいいようにされて、父ちゃんもみんなも腰抜けだ!俺は戦うぞ!!!このままじゃフェアリーテイルの名折れだ!!!!」

 

 決意を秘めて闘志をむき出しにしたロメオ。

 その目は完全にやる気に満ちていた。止めることは出来なさそうだ。

 ロメオは手のひらに炎を出して敵を睨み付ける。

 が、その炎はティーボの「ふっ……」と息を吹き掛けて簡単に消えてしまった。

 

「名なんてとっくに折れてんだろ」

 

 ティーボは背中にかけていた棍棒を手に持った。

 

「や、やめろーー!!」

 

「お前達は一生俺達の上にいてはいけないんだ!!」

 

 ティーボの意図を読んだマカオが叫ぶ。

 それを無視してティーボはロメオに棍棒を降り下ろそうとした。

 

「あ?」

 

 ───その瞬間、ティーボは宙を舞っていた。

 棍棒はロメオに当たることはなく、ティーボは第三者の手によって吹き飛ばされた。

 仲間が吹き飛ばされたかとに驚く残りのメンバーだったが、全員何者かによって気絶させられた。

 

「お~、帰ってきた~」

 

 そこにいたのはあの天狼島に行ったフェアリーテイルの皆だった。

 

 

 

続く──────────────────────────────




一気に飛ばしてしまった。反省も後悔もしてはいないが。


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第b話 手紙

いよいよソウも本格的に行動開始と言ったところでしょうか。

*〈2015年3月16日〉会話間の行間を訂正。


 妖精の尻尾へと帰還した天狼島メンバー。

 久しぶりのギルドにそれぞれが感想を述べていた。

 ソウも懐かしの気持ちに浸っていた。

 そうこうしている内に、マカロフが今までの経緯の説明を一通りマカオに聞かせる。

 

「───と、そういう訳じゃ」

 

 マカオには信じがたい内容だったが取り敢えず無理矢理納得しておくことにした。どうせ、疑っても無意味なことは長年の経験から知っている。

 辺りを見回していたナツはロメオを見つけてそこで視線が固定される。

 7年たった今、ロメオはとても男らしく成長していた。

 ナツは一言ロメオに述べた。

 

「大きくなったな、ロメオ」

 

 ナツはにかっと笑顔を浮かべた。

 ロメオは嬉しいあまりに涙が目から出てしまったが構わずに返事をした。

 

「おかえり!!ナツ兄!!皆!!」

 

 久しぶりの再会だった。

 

「帰ってきたのか、やっと」

「帰ってきたね、お兄ちゃん」

 

 二人も笑顔を浮かべた。

 その後は7年という長かった年月の空白を埋めるかのように騒いだ。

 飲んで食べて踊って歌って。

 それは一行に収まる気配がなかったが、やはりこれでいいとソウは思う。

 妖精の尻尾はこれでいいのだ。自分はこの時間が大好きなんだ。

 でもあの日が来るのも、もうすぐだった………。

「お前も火の魔法使うのかロメオ!」

「またギルドの温度上がっちゃうねー」

 

 ナツとハッピーのテンションが上がってくる。ロメオも同じ魔法が使えるようになったことに喜んでいるのだ。

 

「冷たい炎も出せるぜ」

「おおっ、青い炎!!」

 

 ロメオは右手から青い炎を出した。

 

「これは何だ?」

 

 ロメオは今度は左手から紫色の炎を出していた。

 

「父ちゃんと同じ紫のくっつく炎。あと、変なニオイの黄色い炎」

「くっせー!!」

 

 炎から出る悪臭に思わず鼻をつまんだナツ。ソウも鼻を覆っていた。

 ロメオの炎の種類が豊富だと思ったソウ。

 

「お前、オヤジよりスペックが多くねえか?」

 

 ソウと同じことを思ったのかガジルが話に入り込んできた。

 そのオヤジはというとマカロフとカウンターで話していた。

 どうやら、ギルドマスターについての内容らしい。

 

「しかし、お前が四代目フェアリーテイルマスターとはな」

「なーに言ってんだよ、こんなの代行みてーなモンだよ!!今すぐこの座返すよ!」

「いや……面白そうだからしばらく続けてくれい」

「マジか!!?」

 

 初代メイビス、二代目プレヒト、三代目マカロフ、四代目………マ・カ・オ♡

 

「ん?」

 

 ソウは首を傾げる。

 何か変なことが聞こえたような。気のせいか。

 

「先・ 代・がそう言うならもうしばらく。エヘヘ………」

「このなんともいえねーガッカリ感がウケんだけど」

「じゃろ?くぷぷ……」

 

 気になったのか、ソウは遠目から眺めていたがどうやらアホなことを企んでいるらしいと見ていてわかった。

 

「何!?」

 

 いきなり大声を上げたのはエルザ。

 驚いているエルザの前にはアイザックとビスカがいた。

 

「け……けっ……結婚したのか、お前たち!」

 

 へぇー、そうなんだとソウは感心していた。

 

「6年前にね」

「聞いてよエルザさん。プロポーズ私からなのよ!!アルってば………」

「その話はよせよ…………」

「お………?おめでとう!ふつつか者だがよろしく頼む!!」

 

 エルザはそう言い、何故かマックスの着ている服の襟を握り、前へ後ろへと動かせていた。

 さらに頭から白い煙が出ていた………。

 

「誰か、止めろ!!」

 

 エルザに引き回されていたマックスが叫ぶ。

 

「何言ってんだエルザ………」

「自分にあてはめてごっちゃになってるわね」

 

 エルザの困惑している姿を見て、エルフマンとミラがそう言う。

 

「素敵ね!子供はいるの?」

 

 リサーナがノリノリで2人に質問する。

 エルザはというと未だに何やっているのかよく分からなかった。

 

「娘が1人」

「アスカっていうんだ」

 

 もしかして、あの子かな。楽しそうにレモンとはしゃいでいる女の子。

 あ、女の子がどこかに走っていった。置いていかれたレモンは悲しそうにその背中を見ていた。

 

「あ……あの、リーダスさん、これ……」

 

 場所は変わり、ウェンディはリーダスの書いた絵を見ていた。

 ウェンディの格好はエドラスに行ったときに来ていた服だった。

 

「ウィ………俺なりにウェンディとソウの7年間の成長した姿を描いてみたんだ」

 

 ウェンディだけでなく、自分の姿も描かれているということでソウも気になったのか、ウェンディの後ろから覗きこんだ。

 ウェンディの肩がぴくぴく震え、様子がおかしかったことにソウは気付いていなかった。

 

「あんまり、変わってないな……」

 

 身長が少し伸びてるぐらいで他は特に変化なしというソウ。

 それに対してウェンディは───

 

「…お……お胸が……」

 

 ウェンディも一応身長は伸びているが、一番成長して欲しいところがあまり良くない。

 

「ん?何か言ったか?」

「これ……気持ち悪いんだけど…」

「何故俺はフンドシなんだ………」

 

 どうやらエクシード組の7年後の姿も描かれていたみたいで、シャルルとリリーが感想を述べていた。

 まるで人間みたいに成長した自分達の姿を見たシャルルは冷たい目線を浴びさしていた。

 エクシードは元々、今の身長以上伸びることはないはずだ。エクシードの長老達も今のシャルル達とあまり背丈は変わらなかったからだ。

 リーダスはそんなことは知らないのでただ単に自分の想像だけで描いたようだ。

 

「わぁ、私スタイルいいねー」

 

 いつの間にかこちらへと戻ってきていたレモンも自分の未来の姿を見て感想を述べる。

 

「そういえば、エクシードの皆………7年間心配かけちゃったのかな………」

 

 絵を見て思い出したのはエクシード達が今何をしているのだろうと思い同時に7年間も行方不明になっていたということだ。

 ハッピーは不安そうに呟く。

 

「いや。エクシードと人間とは時間の感覚が違う。それほど大事には捉えていないだろう」

「ふーん」

「そっか~」

「それならいいんだけどね」

 

 エクシード達はそんな他愛もない会話をし始める。

 ソウの横にはいまだに絵と向き合っているウェンディがいた。

 

「私………大きくなっても……大きくならないんでしょうか………」

 

 ソウには一体何が大きくなって、大きくならないのか大事な所が聞こえなかった。

 

「そんなに気にすることなのか?」

「うん……でも……」

「今のウェンディも可愛いけどな」

「っ!……お兄ちゃん/////」

 

 ウェンディは顔を赤くして恥ずかしいのか顔を俯かせてしまった。

 何か変なことを言ってしまったかとどうやら違うみたいなので一安心したソウはギルドに誰かが来たことに気づく。

 

「誰か来た………」

「え?……」

「あら?いらっしゃいませ」

 

 入ってきた人らのことをソウは知らないがどうやら皆の知り合いかなんからしい。反応からして初対面の人に接する態度ではなかったからだ。

 

「おおっ!そろっているようだな!」

 

 聞いたことのない声。自分とは無縁の人物みたいだ。

 

「みなさんのご帰還………愛をこめておめでとうですわ」

「おおーん」

「息災であったか?」

「7年間歳とってねえ奴等に言ってもな…………」

「また騒がしいギルドに逆戻りか」

「お前等!!」

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)!!?」

「誰?」

「ニルヴァーナの時に手伝ってくれたギルドの一つだよ、お兄ちゃん」

 

 ニルヴァーナの時に、一緒に六魔将軍(オラシオンセイス)と戦い、ニルヴァーナを止めるのを手伝ってくれた、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のギルドの人達みたいだ。

 が、ソウはその時その場にいなかったのであまり事情を知らない。名前と顔が一致しない。

 知っているのはエルザとウェンディから聞いた話ぐらいで本物は目にしていない。

 

「天狼島の捜索には天馬にも蛇姫の鱗にも世話になったんだよ」

 

 マックスがそう言ったことでソウがあの時、密かに疑問に思っていたことが判明した。

 ここに帰ってくる途中の船の上で、感じたことがない魔力があったが多分それが青い天馬のギルドの一員だったのだろう。

 会う時があったら、お礼を言っておくべきだろうとソウは考えた。

 

「そうだったのか」

「借りができちまったな」

「気にする事はない。天馬に先をこされたが、実力は俺達の方が上だしな」

「そっちかよ」

「だって、この7年間で私達蛇姫の鱗はフィオーレNo.2のギルドにまで、のぼったんですもの。残念ですわルーシィさん」

 

 蛇姫の鱗は思っていた以上に強敵と成りうる存在の秘めたギルドのようだ。

 

「………って事は、1番は天馬?」

 

 ルーシィはそう尋ねるが、さっきの話だと蛇姫の鱗の方が実力が上とグレイと同じ師匠の弟子のレオンが言っていたから青い天馬が一位ということはないだろう。

 さっき、ウェンディから大体の人を紹介してもらった。

「そんな訳あるかよっ!!!!」

「キレんなよ。いや………天馬じゃないんだが………」

 

 まるで犬みたいな人は唐突に怒鳴り、眉毛が濃いのが特徴の人が突っ込んだ。

 

「あいつ……」

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「……いや、なんでもない」

 

 眉毛野郎から自分と似たような魔力が検知されたのに、少し驚いたソウ。

 もしかしてあいつも自分と同じ魔法を使うのだろうか。

 

「まあ……そんな話はよかろう。皆……無事で何よりだ。」

 

 この人は確か、ジュラ。

 ジュラというとどこかで聞いたことがあるような気がしたがもしや、有名人なのだろうか。

 

「おおーん」

 

 こいつ………犬だ。

 そう吠えられると見た目からも言動からも犬としか思えなくなったソウ。

 どうやら、こいつの事はウェンディも知らないらしく、よく分からないというのがソウの第一印象といったところだった。

 するとレオンがジュビアと目が合った。そして、爆弾発言をかました。

 

「これが一目惚れというやつか……」

「え……ええ…」

 

 まさかの告白みたいな発言にジュビアはただただ困惑している。

 そして、グレイはめんどくさいことになってきたとため息をついた。

 ようやく、状況を理解できたのかジュビアは顔に両手を当てて「これは……修羅場!」とかなんとか言って一人で盛り上がっている。

 取り敢えず目線をそらすことにしたソウ。その先にはギルダーツとカナがいた。

 

「つー訳で、俺がカナの親父だったんだわー!」

「コラ!!ベタベタさわんな!!」

「だってよう、嬉しいんだもんよォ!」

「そのゆるんだツラどーにかしろよ!てかおろせ!!」

 

 ギルダーツがカナを抱っこする。嫌そうに抵抗しているカナだが、満更嫌そうではなかった。

 親子って知った時にさすがにソウでも驚いた。

 

「もっとまともな設定はなかったのかよ」

「さすがに騙される気がしないのである」

 

 ウォーレンとビジターがそう言う。

 

「じゃーん!これがアスカ」

 

 アルザックはリーダスが描いてくれた自分の娘を見せていた。

 

「「「おおー!」」」

「お2人にそっくりですね」

 

 ウェンディが感想を述べた。

 絵に描かれていた少女は先程見つけた女の子と似ていたのでさっきの考えは間違いなかった。

 というより、今はどこに行ったのだろうか。

 同じように絵を見ていたリリーも感想を述べたが余計な一言だった。

 

「成程。ウェンディに似た感じだな。可愛らしいぞ」

「え!」

「………」

 

 一瞬、目が点になったウェンディはだんだんと涙目になっていく。

 そして、ついに───

 

「うええ~~~ええん!!リリーまで!!!!」

「え!?なぜだ!!?」

「あー、はいはい……よしよしウェンディ」

 

 ソウは泣いてるウェンディを抱きしめ、頭をなでる。

 リリーにまで言われたことにショックが大きかったようだ。

 何が悪かったのか分からないリリーは狼狽えていた。男には理解しがたいことなので、リリーが理解できるのはまだ後の話だろう。

 

「よしよし」

「うええ~~~ん!!」

 

 しばらくは泣き止みそうになかった。

 その後も色々いつも通りの騒ぎようにソウはこの妖精の尻尾へ帰ってきたんだと実感していた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「どうして、それを俺に?」

 

 時間はあっという間に過ぎて夕焼けが綺麗な時間帯に差し掛かっていた。

 ギルドのとあるテーブルにギルドの女子達が集まって会話をしていたが、どれもその表情が暗かった。

 その近くを通りすぎようとしたソウだったがたまたま顔を上げたウェンディに見つかり連行された。

 エルザもソウを見るなり目を光らせてこっちに来るように合図してくる。

 こうなると逃げられないことは体が本能的に理解しているので諦めた。

 

「7年分の家賃か………」

 

 どうやら、今集まっているメンバーはフェアリーヒルズに住んでいたメンバーだったが先程7年分の家賃の請求をされたみたいだ。

 さすがに7年となるとそれはとても大きい金額になるはずだ。

 それにエルザにいたっては───

 

「エルザって五部屋借りてたよね?」

「うるさい、分かっておる」

 

 レモンの現実味の一言に頭を抱えたエルザ。

 よく、家主は部屋をそのままでしていてくれたよなぁとソウはそっちの方に気を向けていた。

 

「私の貯金が………」

 

 ウェンディは自分の貯金がほとんど空になったことに嘆いていた。

 

「で、なんで俺に言うんですか?」

「いや、だってソウ君よくS級クエストに行ってるから……」

 

 レビィが恐る恐る言う。

 つまり、皆はソウの貯金に期待しているのだ。

 S級クエストは難易度が難しいの引き換えに報酬金がとても高い。等価交換と言った所だろう。

 それを大量と言ってもいいほどの量をこなしているソウの貯金は計り知れない。

 なら、エルザもソウと同じS級魔導士なので問題ないのではとソウは思ったがそれはないと首を横にふる。

 エルザはナツとグレイとルーシィと行動を多くしていたので個人で行く暇がなかったのだ。それにあいつらが物を破壊するせいで報酬金も少なくなるということでルーシィが家賃のことで毎日頭を悩ましていたことは記憶に新しい。

 取り敢えず今の貯金だけで、いくらになるかと計算しようと思ったが正直めんどくさかった。そもそも7年経った今もあるのかどうか確かめておかなくてはならない。

「ちょっと待っておいて」

 

 ソウはそれだけ言うとギルドから離れて久しぶりに我が家へと戻った。

 埃が溜まっていたが目的の物は特に難なく見つけられたのですぐにギルドに戻る。

 

「はい、これ」

「これは?」

 

 ソウが持ってきたのは宝石だった。それもたくさん。一目で高価な物だと分かるほどの輝きを放っていた。

 

「あるクエストに行ってきたときに山奥まで行ったんだけどその時に見つけて家に持ち帰ってからはずっと置きっぱなしで忘れていたんだ。特に使い道がないし、どうぞご自由に」

 

 正確に言うと猛獣の住んでいたところの奥深くにあったので誰も取ることが出来なかったのだ。

 

「本当か!?」

「これ、売ったら、いくらぐらいするのでしょうか?」

「一個1000万Jぐらいは行くんじゃないのか?」

「本当なの!?」

 

 ラビが異様に食いついてきた。

 

「で、でもこんな物をもらうのは気が引けるというか………」

 

 レビィは遠慮がちにしていた。

 確かにこんな宝石をただで貰うのは誰だって遠慮するだろう。

 

「まあ、俺からのプレゼントということで……。それでも不満なら後でお金は返してもらえればいいよ」

「う、うぅっ………すまん……」

「ありがとう………」

「感謝します………」

「助かるわ………」

 

 ソウもいい気分になっていた。

 と、ウェンディがとても欲しそうに宝石を見つめていたのでソウは声をかける。

 

「ウェンディも選んでいいぞ」

「え!いいの!」

「今までにウェンディに心配かけた分のお兄ちゃんからのお返しということで」

「ありがとう……お兄ちゃん……!」

「じゃあ、私これ~」

 

 どさくさに紛れてレモンも宝石を選び出した。

 どっちにしろ余るんだったらルーシィにでもあげようとしていたので問題はない。

 

「もう、いいか」

 

 残ったのは数個だったがこれでも売ったら相当の額がいくだろう。

 宝石を手に持ってソウは自分の家へと戻っていった。

 

「お兄ちゃんは自分の家持ってたんですね」

「ん、そうだが知らなかったのかウェンディ?」

「はい、知っていたら多分そっちに行っていたと思いますし。───あ!でもフェアリーヒルズも楽しいですよ!」

「ソウ君には感謝だね」

「はい、今度お兄ちゃんの家にでも行ってみようかな……」

 

 女子達の会話はまだ続くのであった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「はい、ソウ。あなた宛に手紙が来てるわよ」

「ん、サンキュー、ミラ」

 

 頭の上にはレモンが乗っていた。

 どうやらここが一番落ち着くらしいので、よく乗っている。

 ギルドの中でテーブルに座り何をしようかと悩んでいたとき、ミラが手紙を一通ソウの元に持ってきた。

 ソウは手紙を受けとると誰からなのか確認しようとするが名前がない。

 不思議に思いながらも紙を封筒から取り出して内容を読み進めていく。すると、だんだんとソウの様子がおかしくなっていき読み終えるなりその場に立ち上がった。

 

「何が書いてあったの?」

「ごめん、ミラ。俺三日くらいギルドを留守にするわ」

「急にどうしたの~?」

 

 勢いよく立ち上がったことで眠そうにしていたレモンがのんびりした口調で話す。

「え、急にどうしたのよ!」

 

 ミラがそう口にしたが、ソウはあっという間にギルドを出ていった。

 一体あの手紙に書かれていたのは何だったんだろうとミラは思ったがその前にマスターに伝えることにした。

 それにウェンディにも言わないと機嫌を損ねそうなので、忘れないようにしないと。

 というよりまたソウがウェンディを置いていってしまったことについては大丈夫なのだろうか。

 

 

続く───────────────────────────

 

 




次回!ついに他のメンバーも登場する予定!


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第c話 波と地と空

お待ちかねの、三人がようやく揃いました!そこの人!待ってないなんて言わないで!

───早速、どぞ!!

*〈2015年3月3日〉会話間の行を訂正。


 何もない。

 

 それがこの場所を表すのに十分すぎる一言。

 何を言われようと聞かれようと、言葉通りに何もないのだ。ここは。一体どこなのかは勿論不明。周りには何もなくただただ白い景色が視界一面を覆っている。

 その中で目立つ黒の人影。それも二つ。向かい合うように対峙している。

 一人は“ジュン”。あの地動竜のドラゴンスレイヤーであり、またソウとは親友でもある。

 もう一人は“アール”。空動竜のドラゴンスレイヤーである。アールもソウとジュンとは親しい関係にあった。

 

「じゃ、行くぞ!」

「うん、いつでも準備万端だよ」

 

 距離をとり二人は対峙してその場から動かない。

 と、同時に二人が息を吸い込んだ。

 

「地動竜の咆哮!」「空動竜の咆哮!」

 

 ジュンは黄土色のブレスを放ち、アールは水色のブレスを同時に放つ。

 お互いのブレスは二人の中央でぶつかり合い大きな爆発を誘い出した。

 どちらも互角だったようで不利にも有利にもならない。爆風が辺り一帯を覆った。

 やがて爆発で起きた煙が晴れるとジュンはため息をついた。

 

「ふ~…………今日はこれで終わりだな」

 

 ジュンはその場に座り込んで、そしてそのままバタン!と重力に身を任せ床に仰向けになった。

 アールは額に汗を浮かべながらも離れたところにいるはずの観客の元へと歩いていく。

 

「うわぁ~すごい威力だよ~」

 

 遠くから二人のブレス対決を眺めていたのは、“サンディー”だった。

 ブレスの威力の高さに感嘆の声を上げていた。

 隣には何を考えているのかまったく読めない“ルーズ”がいた。

 

「そうね……」

「どうしたの?」

 

 いつもよりも暗い感じになっていることに気づいたサンディー。

「ただ、ここが相変わらずの何でもありなのねと思っただけよ」

 

 今サンディー達がいるここは普通の場所ではない。

 というよりもあの二人のブレスの爆発はとてつもなく大きなものだったので町中は勿論、山奥で行っても近くの人々に危険が及ぶだろう。

 

「そりゃ“師匠”が魔法で作ったのでしょ?」

 

 師匠。アールとルーズの魔法を教えてくれている人でもあり、またある魔法を使いこなす化け物級の人だ。

 

「でも、ここにいると体の成長が止まるのはどうかと思うわ……」

 

 この空間に入ったのはちょうど7年前くらいだろうか。

 そのお陰で体格は7年前とほとんど変わりがなかった。

 自分としては成長してほしかったと思っていた心の奥底が訴えてきたが気にしないことにした。

 

「もうそろそろかな?」

「何がなの?」

「師匠の言ってる通りだと、ソウが起きるのは今日なんだ」

 

 アールはそう言った。

 ようやく、ソウが目覚めるとは遅すぎる。そのおかけでこの空間に7年間も閉じこめられるとほとんど同じ状況に陥ったのだから。

 ジュンとアールは途中からトレーニングをし始めて楽しそうだったが。

 ルーズも一応、魔力のトレーニングはしている。

 サンディーも暇なのかトレーニングには参加していたが「しんどい」とのことでサボっていることが多かった。

 ルーズも参加するよりは観戦している方が多かった。あんな野蛮な戦闘になど参加したくないのだ。

 二人はただ、お互いの技を磨くために技をぶつけ合っているだけだが、ルーズはそれが別の意味で捉えたらしい。

 トレーニングというと終わった後はどうしても食欲が増すとジュンは言っていた。

 が、ありがたいのかは不明だがこの空間ではお腹が減らなくならないという一体どういう原理なのか理解しがたいことが起きている。

 精神年齢は上がるらしいが、それが本当なら特にジュンの精神年齢が上がってほしい。

 すると、魔力も鍛えても意味はないのだろうかと思ったがどうやらそうでは無さそうだ。現に今のブレスやら、確実に7年前と比べて実力が上がってきている。

 

「ジュン、アール、サンディー、ルーズ。よく聞くのじゃ」

 

 何処からともなくいつの間にか現れた師匠。

 四人はもう慣れたのか驚きもしないようになってきている。

 

「ソウがようやく動いた。あれもちょうど今年じゃから運も良かったのう」

「だったらこの魔法も解くのか?」

「うむ、もうこれは必要とないのでな」

 

 パチン!と指を師匠が鳴らすといきなり視界が光に包まれた。

 思わず目を瞑る一行。

 目が慣れて光景が戻ってきたころ。ルーズの視界に写ったのはあのフィオーレだった。ここはとある町のようだった。ようやく7年の歳月を戻ってこれたのだ。

 

「ここからはどうするの?」

「ソウには既に伝えておるからのう、待ち合わせ場所まで行くことにするぞい」

「それはどこなのよ?」

「───草原じゃ」

 

 ここからはそんなに遠くはなさそうだ。

 アールとルーズは頷く。ジュンとサンディーはもう既に歩き出している。

 目指すはソウが来るであろう草原だ。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「あれ?お兄ちゃんは?」

 

 ギルドの中を見渡しても兄がいないことに気付いたウェンディ。

 隣のシャルルも居場所を知らないようで首を傾げている。

 

「レモンもいないわね」

 

 ソウとレモンがどっちもいないとなると何処かに出掛けていったのだろうか。

 出掛けていったのはいいが、また勝手に自分には何も言わずに出ていくのは寂しかった。一緒に連れていって欲しいとの気持ちもあるがやはりソウの方から誘ってもらいたい。

 誘えてもらえないのは自分自身の実力がないのだろうか。それとも自分が行くと仕事の邪魔になるからなのか。

 そう考えると自然と悔しくなるウェンディ。あの時とは違って自分は成長したんだと兄に見せつけてやりたかった。

 

「どうしたのよ、ウェンディ?」

 

 話しかけてきたのはルーシィだった。

 どうやら自分は周りから見ると困っているように見えたのだろう。

 ウェンディは気持ちを切り替えて答えた。

 

「いえ、お兄ちゃんが見当たらなくって………」

「そうね………ソウのやつ………可愛い妹を置いてどこにいったのかしら?」

 

 やはりルーシィも会っていないとなると何処かに出掛けていったという結論が正しくなってくる。

 

「どこに行ったの………お兄ちゃん………」

「あ、ウェンディ。探したわよ」

 

 呟くと同時に声を出して近寄ってきたのはミラだった。

 どうやらウェンディのことを探していたらしい。

 

「ソウのことだけど、三日くらい留守にするって言って飛び出していったわ」

「急にどうしたのよ」

「私は手紙の中身を見て飛び出したから手紙に何か書いてあったのだろうと思うわ」

「手紙?だとすれば………」

 

 シャルルはミラの言葉に反応して考え込んでしまった。

 

「やっぱり……私は置いてけぼりなんですね…」

「ウェンディ!ダメダメ、違うから!ソウは急用を思い出しただけよ!うん!そうよ7年も経つと色々と大変なのよ!」

 

 感傷的になり始めているウェンディの姿を見て、ルーシィは慌てて否定を並べていく。

 

「やっぱりこうなるのね……」

 

 ミラは分かっていたのか、苦笑いを浮かべる。

 次に帰ってきたときには言っておかないと心に決めた。

 ウェンディは目に涙を浮かべており今に泣きそうな雰囲気である。

 

「私……まだまだなんですね…皆さんに追い付けるようにしないと……」

「ウェンディは充分!すごいと私は思うわ。だから自信持ってって!ソウもきっと見てくれるから!」

「本当ですか……?」

「うん、本当、本当!天空魔法なんて凄いじゃないの!」

「………分かりました!私、お兄ちゃんにあっ!と言わせる魔導士になります!」

 

 誓いをあげるように言ったウェンディを見て安堵の表情を浮かべるルーシィ。

 ていうか、自分は何をやっているのだろうか。

 ウェンディが兄に置いていかれたことに感傷的になり、それをルーシィが慰めた。

 だとすればそもそもこの役目はソウ本人がやるのではないかと思ったルーシィ。

 妹をこんなに不安にさせて当の本人はとこで一体何をしているのだろうとルーシィは心の中で思った。

 ───今度会った時には言ってやるんだから!

 ルーシィの目が光った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「へっ~~~くっしょーん!」

 

 盛大なくしゃみをかました噂の張本人は現在空の上に飛んでいた。

 正確に言うとレモンのエーラによって吊られているだけだが。

 

「あっ…揺れないでよ、ソウ。落ちちゃうよ!」

「ごめん、ごめん……風邪かな?」

 

 ギルドの中で自分の悪口を思われているとは微塵も思っていないソウは仮想の病気に頭を悩ます。

 と、ここでようやく自分がした最大の失態に気付いた。

 ソウの額に冷や汗がたらりと流れる。

 

「やば……ウェンディに言うの忘れた……」

「えー、またー」

 

 レモンはそう言うがずっとソウの頭に乗っていたではないか。いや、エーラで飛ぶ前までは寝ていたのか。

 よく頭の上で寝れるなぁと思った。

 

「…どうしよう……」

 

 今頃、ギルドの中で自分がいないことに気付いて感傷的になっている妹の姿が目に浮かんだ。

 帰ったときには一体何を言われるのか、想像したくない。特に女性陣からの罵倒は怖い。一種の魔法ではないかと錯覚するほどの威力だ。

 実体のない攻撃なので波動で防ぎようがなかった。

 どっちにしろ防いでも駄目だろう。

 やはりウェンディの機嫌を直すには今度、一緒に仕事に連れてやる必要があるだろうか。でもそれだけでいいのだろうか。結論からウェンディの言うことは何でも一つ聞いてやらないとご機嫌にならなさそうである。

 

「はあ……帰るのが憂鬱だ……」

「ソウが飛び出したのが悪いのだよ~」

 

 どうやら、レモンは弁護してくれる様子は皆無とのことらしい。

 こちらの事情を話せば許してくれるのだが、それだけは言うわけにはいかないことなのでそれも却下だった。

 

「“師匠”からの手紙だとは思ってもいなかったから仕方がない」

 

 アールとルーズ、それに最近はジュンとサンディーも世話になっているであろう師匠からの直々の呼びつけの手紙。

 まるでソウが起きてくる時間が分かっていたかのようにその人から時間ちょうどに届いたのだ。

 正直、怖い人である。

 

「師匠からの呼び出しなの?だとすればこれからいく先は?」

「ああ、多分全員集合だろうな」

 

 波と地と空が一度に同じ場所に集うのは久しぶりだった。

 ましてや、7年も経っている今ではどんな姿をしているのだろうかとソウの胸が期待で膨らんでいく。

 が、それはあっさりと破られるのだった。

 

「あ!いたよ!」

 

 下には広大な草原が広がっている。どうやら到着したようだ。

 レモンの視線の先には巨大な岩の半分が地上に顔を出しておりその上に座っている人がいた。

 

 ───『波動式六番』波動波

 

 どうやら岩の上に座っているのがジュンみたいだ。

 岩にもたれ掛かっているのはアール。

 隣の小さな岩に座って不機嫌そうにしているのはルーズ。

 草原に咲いてる花で遊んでいるのはサンディーと言ったところか。

 だが、驚いたことに皆が7年前とほとんど姿形が変わらない。

 7年も経っているのだから、少しは成長したと思っていたが違うみたいだ。

 一体何をしていたのか気になったところだが、本人たちに聞いて見た方が早いだろうということでレモンに合図を出す。

 意図を理解したレモンは高度を下げてジュン達の元へとエーラの翼を動かす。

 最初に気付いたのはアールだった。

 無邪気な子供姿のようなままのアールは大きく手を振ってここにいるよとアーピルする。

 アールが手を振ったことでジュンとルーズが顔を上げてソウの方へと見た。ジュンは目を輝かせ、ルーズは興味なさそうにただ傍観していた。サンディーは花で冠を作るのに夢中で気付いていない。

 ソウは近くの草むらの上にどん!と着地した。

 ぼわぁっと風が舞い上がり草むらが揺れる。それでようやくサンディーが気付いたようだった。

 

「ようやく来たか、ソウ」

 

 ジュンはにやりと口角を上げてそう告げた。

 

「ああ、遅れた」

「7年も待たせたんだ、待ちくたびれたよ」

「7年経ってる割にはあまり変わってないな」

「変わってないのは師匠の魔法の影響のせいよ」

 

 ルーズの返答にソウは「あぁ~、そういうこと」と納得していた。

 さすが、絶界魔法の第一人者のことだけはある。

 

「ねぇ、ソウ。ウェンディは?」

 

 サンディーはウェンディと仲が良かったので久しぶりに会いたかったのだろう。ソウとてっきり一緒に来ると思っていたサンディーはソウに訊ねた。

 

「ギルドにいるはずだ」

「ええー、むぅー」

 

 不満そうにほっぺを膨らましたサンディー。

 心の中でサンディーにごめんと謝りながら早速本題に入る。

 

「んで、俺をここに呼んだのはどのような用件で?」

「それは師匠が言うんだって」

「アール、師匠はどこに?」

「ここじゃ!」

 

 幼い声と共に現れたのは一人の少女だった。

 着物を着ており、見た目は完全に和装少女。ただ、その小さな個体の中からは膨大な魔力が秘められていることが感じられた。

 確か、この人は元聖十大魔道の一人であったはずだ。

 今思えばあの青い天馬のジュラという人も聖十大魔道の一人ではないか。だからソウには見覚えがあったのか。

 閑話休題。

 元と言っても見ただけだその小さな体に秘められた実力は分かる。 こうして正面から対峙するとより一層分かる。

 自分が本気で戦っても勝てる確率は殆どないと言ってもいいだろう。

「お主と直接会うのは初めてじゃのう」

「ええ……初めてまして、師匠」

「むっ……師匠と呼ばれるのはあれじゃのう……まあ、いいわい。ソウ、敬語は使わなくって結構じゃぞい。お主みたいなのから敬語を使われるとむず痒いからのう」

 

 少女からは似つかわしい口調で話始めた師匠。違和感満載である。

 というよりこの人は一体何歳だろうかと疑問に思ったソウ。

 

「師匠、早速本題に入ってくれないか」

 

 急かすように言ったのはジュンだった。

 その表情からは期待しているように思えた。どうやらジュン達も事情とやらを聞かされていないらしい。

 サンディーとルーズもこちらに耳を傾けて話を聞こうとしていた。

 

「ようやく、お主らが揃ったのでな、そろそ動きだそうというのじゃ」

 

 ソウ、ジュン、サンディー、アール、ルーズ。

 この5人が揃ったことでやっと動き出すというのか。

 待っていたというよりは遂に来たかと思う気持ちの方が強い。

 

「動き出すのは今年の“大魔闘演武”じゃ」

 

 大魔闘演武。

 ネーミングから察するに何かの大会だろうが、聞いたことがなかった。

 他の皆も聞いたことがなかったのか首を傾げている。

 

「その大魔なんたらって何なの?」

 

 代表して質問したのはサンディーだった。

 その質問をされた師匠は「そうじゃった」と何かを思い出したようだ。

 

「お主らがいない間にフィオーレ大陸で随一の最強ギルドを決める大会が開催されたのじゃ」

「あんたの魔法で私達を閉じ込めていたんじゃない………」

 

 師匠の言葉に呟いたルーズ。

 つい耳に入ってきてしまい苦笑いをしたソウ。

 ジュン達もジュン達で色々と苦労していたようだ。

 

「ルーズ、聞こえておるわい」

 

 びくっ!と肩を震わしたルーズ。恐る恐る顔を上げて師匠の顔を覗いた。

 師匠はただニコニコ可愛らしい少女の笑みを浮かべているだけだった。

 

「その大魔闘演武とお主達の目的の時期が被っておるのじゃ」

 

 師匠の説明は続く。

 時期が被るということは7月の上旬ということになるのか。

 

「そこでじゃ、妾達もそれに参加することにしたのじゃ」

「ちょっと待て、それって何処かのギルドに入れってことかよ」

 

 黙って聞いていたジュンが意見を上げた。

 大魔闘演武はフィオーレ一のギルドを決める大会なのでギルドに入っていないと参加することすら出来ない。

 そこから考えられるのは何処かのギルドに入って参加するという手段。

 手っ取り早いのはソウのいるフェアリーテイルに入ることだが、そもそもフェアリーテイルはこの7年で最弱のギルドとなっているので参加するかどうか怪しい。

 ナツ達の場合は大魔闘演武で優勝出来れば他の奴等に見返せれると思って必ず参加するだろう。

 そうなるとソウ達が全員一緒に参加することは現状では難しくなる。

 まさか、ギルド全員参加ではないだろう。抜擢された魔導士で争っていくのが妥当といったところか。

 師匠の出した答えはそれを一回り違っていた。

 

「妾達で新しいギルドを作るのじゃ」

「わーい、私やってみたーい!」

 

 意気揚々と手を上げて賛成の意思を表したサンディー。

 逆にソウの表情は暗くなっていく。レモンもソウの考えに気付いたのか呟く。

 

「それって………」

「確かにそれだと手っ取り早いな」

「僕も異論はないね」

「私も特にないわ」

 

 ソウ以外のメンバーは次々に同意していく。

 あせりを感じた。

 

「ソウはどうかの?」

「師匠、ソウは既にフェアリーテイルのギルドに入ってるよ」

「そうじゃったか………だが大魔闘演武に参加するには5人は必要なのじゃ………」

「それなら師匠も参加すれば?」

「妾がマスターとなるからのう。マスターは大魔闘演武には出場は出来ないのじゃ」

「私とジュンとサンディーとアールと四人しかいないことになるわね」

 

そこまで言って皆の目線がソウの所に集まる。

ここで行けるのはソウのみ。レモンも一応魔導士だが、エクシードだ。

 けれど、ソウとレモンはフェアリーテイルの魔導士。入るとなれば、フェアリーテイルを抜ける形になるだろう。

 無理にとは言わないのだが、大魔闘演武に参加した方が目的は遂行しやすい。

 だったら自分がやることは一つ……。

 

「分かった、俺も入るよ」

「やったー!」

「俺は入れるがウェンディが入れるかどうかは分からないぞ、サンディー」

「うん、いいもん。ウェンディちゃんと試合出来るかもしれないんだよ」

 

 そっちか!と意表を突かれたソウ。

 てっきり同じチームに入りたいと考えていた。

 

「でも、ソウ。それだとフェアリーテイルを抜けることに………」

 

 アールは心配そうにソウを見つめる。上に乗っているレモンも口には出していないが心配しているのかそわそわしている。

 ソウの決意は固かった。

 

「マスターに相談してみる。無理だったら無理矢理了承してもらうまでだ」

 

 ウェンディやギルドの皆には悪いが、こうでもしないといけないのだ。

 またウェンディの機嫌が悪くなりそうだ。嫌いになられたら困る。

 もしそうなるとすれば、フェアリーテイルも出場するとなれば自分は彼等の敵となるだろう。

 それも案外悪くないと思ったソウ。

 

「ふむ、ソウのことは取り敢えず後回しにておいてじゃのう。妾は既にギルドの名を決めてあるのじゃ」

「ほんとか!なんだ、師匠!」

「気になる~、ねぇルーズ」

「少しだけよ」

 そっぽを向けたルーズだったが目線は師匠の方に向けられている。

 

「言うぞい、妾達のギルドの名は………………『トライデントドラゴン』じゃ!」

 

 師匠はにやりと笑った。

 

 

続く───────────────────────────

 




ギルドのネーミングセンスについてはノータッチでお願い申し上げます!もし、こっちの方が良くない?というのが、あればお待ちしておりますので!
さらにご要望があれば、アール達のキャラ設定も執筆したいと思ってますので感想待ってま~す!!


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第d話 トライデントドラゴン

ソウが帰ってくるのは、ちょうど“透明ルーシィの恐怖”の話の最後らへんです。

───ささ!どぞどぞ!!

*〈2015年3月3日〉会話間の行を訂正。


 “トライデントドラゴン”。

 

 通称、三首の竜。

 ソウ、ジュン、アール。

 ギルドの主要となる三人。その三人を三又の槍と置き換えて、また同時に全員が滅竜魔導士だということからこの名前にしたのだろう。

 シンプルで良い名前だとソウは思った。

 

「トライデントドラゴン?」

「そうじゃ、何か不服かの?」

「いや、いいんじゃないのか?」

「なんで、疑問系なの、ジュン?」

 

 疑問系で返答したジュンにアールが突っ掛かる。 ジュンにとってはあまり興味がないのだろう。

 

「何でもねえよ!」

「そうなの?」

 

 誤魔化すように答えたジュンにアールは渋々といった感じで納得していた。

 ソウも賛成の意を示す。

 

「いいんじゃないのか」

「決まりだね。早速やろう!」

「その前にソウはフェアリーテイルへ戻れよ」

「分かった」

 

 ジュンの指摘により一度、フェアリーテイルに戻り話をつけることにしたソウ。

「レモン、また頼む」

「分かった。行くよー」

 

 来たときと同じようにまたレモンのエーラで飛んでいったソウ。

 それを見送っている三首の竜の皆。

 大魔闘演武まであと少しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 結局フェアリーテイルに戻ってこれたのはミラに告げた3日後だった。

 あそこからギルドまでは相当の距離があったのでレモンのエーラだけでは到底行けないのでのんびり進むしかない。

 ようやくマグノリアについた二人。

 ソウはギルドの前に立つと憂鬱な気持ちに襲われる。

 ウェンディには悪いことをしたと思っている。

 

「さて、行きますか」

 

 扉を決死の覚悟で開ける。

 

「皆ーただいまー」

 

 レモンが意気揚々と入っていく。

 が、ギルドの中にはルーシィしかいなかった。

 

「ルーシィ?一人でなにやってるんだ?」

「ソ、ソウ!良いところにきたー!」

 

 こっちに駆け出してきたルーシィ。

 

「お、お兄ちゃん!」

 

 ウェンディの声が聞こえた。だが、ギルドにはルーシィ以外誰もいないはずなのにどうして聞こえた。

「………空耳か?」

「ソウ!グッドタイミングだ!」

「どうにかしてくれ!」

「よし……気のせいだ!」

「気のせいじゃねぇー!」

 

 ナツとグレイの声も聞こえた。

 他にもギルドのメンバーの声が聞こえた。

 もしかして姿が見えないのだろうか。

 

「はあ?どうなってんだ?」

「7年前に作った薬で、こうなったのよ」

 

 疑問に答えたのはルーシィだった。

 どうやら先程までルーシィが作った薬で透明になり更に存在まで消えそうになっていたらしい。

 それはナツが思い出してくれたおかげで難を逃れたが今度は皆が消えてしまったのだ。

「『波動式六番』波動波!」

 

 波動の波を起こして魔力を検知してみたソウ。

 魔力はすぐ近くから感知されたのでどうやら体が見えないのは本当みたいだ。

 ためしに手を伸ばしてみた。

 手が何かの上に乗っかったような気がした。

 ただ、ソウの不自然に手が浮かんでいるように見える。

 

「ウェンディか?」

「はい!私です!」

 

 どうやらウェンディの頭の上に手を乗せているようだ。

 そのまま撫でるように動かしてみた。

 見えないのでやりにくい。

 

「ソウ、見えるの!」

「いや、見えるというよりは感じる」

 

 その時、一つの魔力が動いた。

 魔力から察するにナツのようだ。

「火竜の鉄拳!」

 

 炎を拳に纏っているはすだが、ソウの目にはただ炎が浮かんでいるように見えた。

 自分は今、透明なので勝てるとでも見込んだんだろう。

 けど、ソウの周りには波動壁が発生されナツは吹き飛ばされていった。

 

「うぅ…やっぱり勝てねぇ」

「なんで、あんたは透明のまま勝負挑んでのよ……」

「さすがだな」

「今のはエルザか……どこだよ」

 

 口々に話されては困る。ソウも魔力はあるのは分かるが居場所がはっきりと分かるわけではない。

 

「ここだ!」

「分かるか!」

「何故ウェンディの場所は分かるのだ!」

「手を乗せているからなぁ!」

 

 右手は手をウェンディの頭の上に乗せているまま。ただ浮いて見える。

 というよりいつまでこのやり取りを続けないといけないのだ。

 

「いつまでやってるつもりなんだ?」

「だから解けないのよ!」

 

 何故かシャルルに怒られてしまった。どこにいるのかは分からない。

 

「だからソウに解いて欲しいのよ」

 

 唯一見えるルーシィが頼み込んできた。

 頼まれずともそのつもりだったソウは早速魔法の準備に入る。

 

「ちょっと衝撃来るけど……まあ……耐えてくれ」

「「「「「「え!」」」」」

 

 皆が驚いたような気がした。見えないので分からない。

 

 ───『波動式十二番』精の衝波

 

 特定の魔法を強制解除させる効果があるのだが、皆にはただ雰囲気がほんの少し変化したように感じただろう。

 

「あ、戻った!」

「もう懲り懲りだわ…」

 

 ウェンディとシャルルの姿がようやく目視で確認できた。

 

「ふぅ……疲れた」

 

 額の汗を拭ったソウ。この魔法は結構魔力を消費するのであまり使いたくない。

 ────が、まだ問題は残っていた。

 

「おい!まだ見えないぞ!」

「………まだ透明なのか」

 

 ウェンディとシャルルだけの魔法が解けたようで他の皆はまだ見えないのだ。

 

「そういえば、これ、一回で出来る数が限られているんだった」

「そうなの?」

 

 今度はミラの声。けど、どこにいるんだよ。それと何回思えばいいんだよ。

 あくまで、推測だがウェンディとシャルルが先に解けたのは近くにいたからだろう。

 

「それに結構疲れるからあまり使いたくない」

「それだと仕事する時に困る!」

 

 いや、仕事以外でも困るだろうと思ったソウ。

 エルザとしては仕事に困るからなのか。

 

「また今度ということで」

「「「「駄目!今、やれーーー!」」」」

「………ちっ」

「「「「「舌打ちするなーー!」」」」」

 

 結局、全員の姿を元に戻すまで魔力を消費させられたソウだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「はぁ………はぁ………マスターはいるか………」

 

 全員の姿が見えるようにするまで魔力を大量に消費してしまった。とんだ災難だった。

 息切れしているソウだがとっとと本題に入りたかった。

 

「マスターなら二階にいると思うわ」

「サンキュー、ミラ……疲れた」

 

 ふらふらになりながらもソウは二階へと登っていった。

 

「あーー!忘れていた!ソウに言わないと!」

「まあまあルーシィ。ソウ君も忙しいのよ」

「そうだけど………」

 

 ウェンディを置いてけぼりにした件については後回しにすることにしたルーシィ。

 ギルドの二階へはS級魔導士じゃないと上がれないので、今のルーシィに彼を追いかけることは出来なかったのだ。

 

「マスター、ちょっと良いですか?」

「ソウか、どうかしたかのう?」

 

 二階にミラの情報通りにいたマスターは呑気にテーブルの上でティータイムをしていた。

 一階で起きていた騒動は気づいていたのだろうか。めんどくさいから無視した確率の方が高い。

 

「七月の間、フェアリーテイルを抜けさしてください」

「おう、好きにせい───って今、何と言ったのじゃ!?」

 

 盛大にぶぅーーっと飲み物をぶちかましたマスター。

 それをひらりとかわしたソウは話を続ける。

 

「だから抜けさしてくれって」

「どうしてじゃ!?お主ほどがフェアリーテイルを抜けるなど!?」

「七月の間だけです」

「何か事情があるのか?」

「はい、俺自身の目的を果たしにいくためですので」

「なるほど………仕方ない……よかろう…」

 

 それ以上追及してこなかったマスター。

 それで良かったのだ。それ以上聞かれると誤魔化す羽目になるので心が痛くなる。

 一階へと降りたソウを待ち構えていたのは女性陣。

 ああ………やっぱりこうなる目に会うのだな。

 

「ソウ、ちょっといいかしら?」

 

 ルーシィの笑顔が怖い。

 

「お手柔らかに………………」

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん………大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫………多分」

 

 テーブルにへばっているソウを見て心配そうに声をかけるウェンディ。

 ソウは手を挙げているか、疲れていそうである。

 

「俺………また………出掛けるから………」

「え………またなの………」

「悪い………約束してんだ………」

「私も付いていっちゃ駄目なの?」

 

 上目遣いで見てくるウェンディにソウは自尊心が傷つけられてくるが、今回はどうしても駄目だ。連れていくわけにはいかない。

 ソウは迷いながらも言った。

 

「駄目だ。ウェンディを連れていけないんだ」

「なんで?」

 

 そう聞かれてしまうと答えづらい。

 

「危ないんだ………多分」

「私だって前とは違って強くなってるの!もう一人でも大丈夫だからお兄ちゃんに迷惑かけない!」

「ウェンディ、ソウが駄目って言ってるんだからそれほどにしておきなさい」

 

 シャルルが止めに入ってくれた。

 事情を知っているシャルルだからこそ止めに入ってきてくれたのには正直ありがたかった。

 ウェンディは渋々納得したようで諦めてくれた。

 

「いつ出掛けるの?」

「後、数時間休んだら行くつもりだ」

「そうなんだ………」

 

 寂しそうな表情をするウェンディ。ソウは密かに心を痛める。

 

「それまで遊びにいくか!」

「え!本当!?」

 

 嬉しそうな表情をするウェンディ。

 これで少しでも寂しい想いはせずにする必要はないと思う。

 そもそもナツ達がいるから心配する必要はないか。

 

 その後は二人でマグノリアの町に遊びに出た二人であった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 再びジュン達のところへとレモンと一緒に戻ったソウ。

 

「ソウ、どうだった?」

「大魔闘演武のときだけ許可はもらった」

「僕達が出るってことは?」

「いや、まだ大魔闘演武の存在すら知らないから話してない」

「それだと意味がないんじゃないの?」

「まあ、大丈夫だろ」

「適当だねー」

 

 マスターにそのことを言わなかったとは思っているがしょうがないことだろと思う。

 

「さて、ソウの特訓でも始めるぞい」

「はあ?俺の?」

「7年の空白があるからね」

「ああ~、そういうこと」

 

 その後、開始したのだが特訓って言ってもジュン達と軽く試合をする程度だった。

 そしてジュン達は驚愕することになる。

 ほとんどソウは今のジュン達の実力となんら変わりがなかったのだ。

 これには特にジュンとアールが衝撃を受けた。

 ───と同時に悲しくなった。今までの特訓は何だったんだろうと。

 そもそもソウはフェアリーテイルの中でも上位ランカーに入るほどの実力者。

 二人がソウと実力が同じという時点で強さが異常だということは気づいていない。

 この後も特訓は続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ───時は過ぎて既に3日が経過していた。場所は師匠が作ったという謎の空間。

 今日はいつもとは違うことをするらしい。

 

「今日はお主達の奥義を存分に見せてもらうぞい」

 

 どうやら滅竜奥義を拝見してみたいらしい。

 することになったのはソウとジュン。

 アールとルーズは師匠の弟子なので既に知っている。

 サンディーはまだ覚えていない。

 まず初めにソウからすることになった。

 ソウは周りから距離をとり、意識を集中させる。

 久しぶりに使うので出来るかどうか怪しかったが特に問題なく出来る気がした。

 

 ───『滅竜奥義・波動竜化』

 

 ソウの周りを波動のエネルギーが纏う。体一体が青色のオーラに包まれたソウ。

 そして、オーラからまるで巨大な手のような豪腕が伸びてきた。

 ───その数は5本。

 豪腕は一点に集中するかのように集まり手のひらを同じ一点に向けて集めている。

 それはやがて波動弾と似たものが形成された。

 ソウはそれを放つ。

 誰もいない方向に放たれた波動弾は巨大なエネルギーの砲撃に変化すると轟音をたてた。

 その光景はまるで巨大なレーザー。

 

「ふぅ………」

 

 ソウは魔法を解くと軽く息を吐いた。

 

「おお、すげぇ」

「はいはい、次はジュンの番だ」

「OK、まかせとけ」

 

 ジュンは離れたところに立つと、魔力を集中さした。

「『地動の与路武者』!」

 

 ジュンの周りに大量の大岩が出現する。そして、それはやがて大きな鎧兜を被った武者のようなものに変貌する。

 武者の中にはジュンがいる。

武者は刀を軽く一振りした。

 その瞬間、たったのそれだけで一瞬で遠くまで斬った後のような斬撃が走った。

 刀を振っただけであれほどの威力が出せるとは流石だなとソウは思った。

 同時に仲間であるジュンに逞しさを覚えた。

魔法を解除したのか武者は大きな音を立てて崩れていった。

 そこから砂埃を払いながら出てきたジュンは笑みを浮かべた。

 余裕な態度から察するに、あれでもまだ本気ではないようだ。

 

「うむ、二人ともなかなかだのう」

「おう。ソウには負けねぇ」

「はは、こっちこそ負けてたまるか」

 

 師匠は頷いている。

 軽口を叩きながら、ソウとジュンはハイタッチをした。

 アール、ルーズ、サンディーはただ横から笑顔で見ていた。

 

「これで特訓は終わりじゃ」

「じゃあそろそろ俺はフェアリーテイルに戻ることにするわ」

「今度会うのは大魔闘演武直前になるのか?」

「まあな、それまでに少しでも強くなっておけよ」

「うん、ソウには負けないよ」

 

 そんな約束をかわした3人。

 トライデントドラゴンはこれから正規ギルドに認めてもらうために評議院のところに行くらしい。

 師匠がいればどうにかなるとのこと。

 師匠の顔が広いことはもう別に驚きはしない。予想通りと言ったところか。

 

「んじゃ、行くか」

「行こー行こー」

「ソウ、またねーバイバイ~」

「……また…」

 

 サンディーの元気な、ルーズの簡素な見送りに送られながらもソウとレモンはフェアリーテイルの方へと飛んでいくのだった。

 またあいつらが問題を起こしていそうだが………。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 そして、ソウとレモンはマグノリア近くの森の中にいた。

 ここを過ぎればあとはマグノリアの町があるはずだ。

「ん、誰か来るな」

 

 波動によって近くに誰かがいることに気付いたソウ。

 どうやら6人。

 闇ギルドのやつらだった場合はボコボコにしてやらないといけないのでソウの警戒レベルが上がる。

 そして、幹と幹の間からそいつらが出てきた。

 髭を生やした男。

 鎧に包まれた青年。

 派手な髪の色をした男性。

 黒髪に真ん中が白髪の少女。

 そして引っ込み思案そうな少女。

 最後に驚いたことにエクシード。どこかの縦長い帽子に眼鏡をかけておりいかにも賢そうな雰囲気を放っている。

 

「む、君は何者なのかな?」

 

 エクシードは眼鏡を上げながら言った。

 

「俺はソウ」

「私はレモンだよー」

 

 取り敢えずソウは自己紹介をしてみた。

 頭にいるレモンもそれに続く。

 すると目の前の一行は何故か驚いたような表情になった。

 どうやら、ソウのことは知っているらしい。

 

「あなたはもしや……波動竜の?」

「へぇー、よく知ってるな」

 

 一番前に立っている元気なひげのおじさんが意外にもソウのことを知っていた。それも竜についてだ。

 ソウは感嘆の声を上げる。

 

「ええ………先程まで私たちはフェアリーテイルにお邪魔になっていましたから」

「フェアリーテイルにか?」

 

 なるほど。だから自分のことも知っていたのかと納得する。ナツあたりからソウのことを聞いたのだろう。

 

「お主がフェアリーテイル最強の魔導士ぜよ?」

 

 独特の話し方をしたのは左隣にいる鎧の青年だった。

 自分が最強かどうかは分からない。ラクサスやギルダーツがいるからだ。

 

「その前にお前達は誰だ?」

「おお、これは失礼しました。私たちは『レギオン隊』。そして私が隊長のバイロと申します」

「レギオン隊?」

「スパイシー!ゼントピアの裏の組織だったんだぜ!」

「あっ……そう」

「ん~、そして俺がシュガーボーイだぜ~~」

「ソウ、私この人のテンションについていけない……」

 

 ソウだけに聞こえるように呟くレモン。

 確かにこのシュガーボーイって人のテンションはどこかずれている。

 シュガーボーイってどこかで聞いたことがあるような気がしてソウの脳裏に引っ掛かる。

 

「次、わしがダンぜよ」

 

 鎧の青年はダンと言うらしい。というより土佐弁で話すのが癖みたいだ。

 

「ウチがマリーヒューズって言うじゃん」

 

 黒髪の少女はマリーヒューズ。

 これもどこかで聞いたことがあるような気がしてどうも気になる。

 

「僕がサミュエル」

「私と同じエクシードなの?」

「そういうことになるね」

 

 キリッと眼鏡を上げるサミュエル。

 水色のエクシードは初めて見たソウ。

 

「最後に私ですね。私はココです」

「ココ………」

 

 やっぱりどこかで聞いたことがある名前。

 けれど一体どこで聞いたのか、思い出せない。

 

「お前達とは会ったことはないよな」

「はい。ただ、フェアリーテイルの人達も私達と似たような人とは会ったようで初めは勘違いされていました」

「ホント、あん時はよく分からなかったじゃん」

「ん~、確かエドラスとか言ってたよ」

 

 “エドラス”。

 思い出した。確か、シュガーボーイ、マリーヒューズそしてココ。

 この3人はエドラスで幹部を務めていたやつらの名前だった。

 だが、なぜここにいる……いや違う。

 こいつらはこっちの世界のココ達ということになるのか。

 それはあいつらも勘違いするだろう。

 ココに至ってはエドラスのとほとんど容姿が似すぎなのだ。

 そんな計5人と1匹で構成されたのがレギオン隊というわけになる。

 ゼントピアの裏の組織だったと言っていたがゼントピアとは確か今、話題の協会だったはずだ。

 帰ってくる途中に小耳に挟んでいたソウは推測する。

 

「そのレギオン隊がどうしてフェアリーテイルなんかに?」

「フェアリーテイルには色々と世話になったのでそのお詫びにと」

「あいつらの世話に………考えにくいわ」

「あはは、よく言えてるじゃん」

「世話になったってことはボコボコにでもされたのか?」

「そうぜよ、まったく敵わなかったぜよ」

「へぇ~、俺のことはどうして知っているのかな?」

「フェアリーテイルの皆さんがソウさんのことを自分より強いって仰ってましたから」

「ええ、あのギルダーツとも同等だとか」

「確かにそうだが、バイロだったか?お前もギルダーツと勝負したのか?」

「はい、世界にはあんな強敵がいる痛感しました」

「なるほど、ギルダーツは強いからな」

「今度ワシとお手合わせするぜよ」

「いいが………そっちは大丈夫か?」

 

 にやりと笑みを浮かべたソウ。その笑顔にレギオン隊は一種の恐怖を感じたような気がした。

 優しい雰囲気を放つ少年から放たれたとは思えない威圧感。

 流石、フェアリーテイル最強候補の一人のことだけはあると自覚させられる。

 

「俺は帰る途中だが、レギオン隊は何してるんだ?」

「私たちはこれから無限時計の部品集めの旅に出るのです」

 

 無限時計が何かはよく分からないが後でミラかルーシィあたりに聞いておけば分かることなので後回し。

 

「そうか。部品集め、頑張れよ。俺はこんぐらいで失礼するわ」

 

 「じゃあ!」と手を振りながら去っていくソウ。その後ろ姿を眺めるレギオン隊。

 どうやらソウの予感は的中しており、フェアリーテイルの奴等は一騒動起こしていたみたいだ。

 さっきレギオン隊とは別れたみたいだったので今頃ギルド内は宴やらで騒がしくなっていることだろう。

 ───だったら自分も早めに戻って楽しみますか。

 そんな結論に至ったソウはレモンに一声かける。

 

「レモン、急ぐぞ」

「りょうか~い」

 

 次の瞬間、ソウは思いっきりジャンプした。普通の人には飛べない高さまで舞い上がる。

 魔法によって補強してあるのだ。

 空中から大体の距離を把握して着地。そしてまた跳躍。それを繰り返している内にあっという間にギルドの前へと到達。

 中からはやはり騒がしい騒音が轟いている。

 

「ただいま~」

「やっほ~」

『ソウ、レモン!帰ってきたのか!』

「お兄ちゃん!お帰りなさい!」

「あぁただいま、ウェンディ」

 

 この光景が見れるのも大魔闘演武が始まるまでなんだろうか。そうではないことを祈るがそれでも今を楽しむことにしたソウ。

 これが平和かどうかは分からないが今日もギルドは平和だ。

 

 

続く───────────────────────────

 

 

 




話の都合上、星空の鍵編は飛ばしていただきますのでご了承ください。


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第e話 剣咬の虎

 *〈2015年3月3日〉会話間の行を訂正


 やはり、ソウがいない間にとんでもない事態を引き起こしていたナツ達。

 と言っても今回の騒動の原因は意外にもルーシィという。

 けど、誰のせいであろうフェアリーテイルは最終的に関係ないのだからそこの所はあまり問題ない。

 ソウの心残りはまた、自分のいない時に六魔将軍(オラシオンセイス)が現れたことだった。

 ニルヴァーナの時に立ち塞がった六魔将軍(オラシオンセイス)の何人かをメンバー交代して再び、ナツ達に立ち塞がったらしい。

 ………そいつらもぶっ倒したらしいが。

 ソウが居ないときに六魔将軍(オラシオンセイス)が出てきておりソウは一度も対峙していない。

 こうなると戦闘狂になるのだが、一度手合わせしてみたかったのが本音だ。

 過ぎ去ったことはどうしようもないのでこれからのことを考えるとする。

 ひとまず天狼島組は7年というハンディキャップを背負っている。

 さらにこの7年の間にライバル達はメキメキと実力を付けているらしい。

 青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)と言ったギルドも今では巨大なギルドとなっているからだ。

 正直、言うとソウは今でも充分通用するくらい魔導士として強いのだが、油断大敵だった。

 そこで、ソウは軽く魔力を上げるトレーニングをすることにした。

 精神統一みたいなものだ。

 座禅を組んで意識を集中する。すると、周りに魔力の渦が発生する。その状態を出来るだけ歪ませずに保つ。

 これが結構キツいのだ………。

 ソウの場合は大魔闘演武があることを知っているのでトレーニングを始めたのはでいいが、他の天狼島組は知らない。

 ソウが自分から言うつもりは皆無。

 残っていたメンバーに聞けば教えてもらえるがそんな絶好のチャンスがあるとは天狼島組は微塵も思ってもいない。さらに、向こうから話してくれるとは思わない。

 なんでも、今までの大魔闘演武でのフェアリーテイルの成績は常に最下位だったそうだと師匠から告げられた。ソウはあまりショックは受けなかったが、フェアリーテイルの評判が悪いのもそれが要因だったことが分かった。

 フェアリーテイルの評判は最悪でナツ達のこの前の騒動もあまり評議会には高評価されていないらしく現状は変わらないらしい。

 大魔闘演武に参加して優勝でもすれば、一気に評判は良くなる。鰻登りだ。けど、今まで最下位だったことを上げると笑い者にされて、ただの恥さらしみたいなものだ。

 それは殆ど公開処刑に近い。それを四代目マスターを筆頭に耐えてきたのだ。

 フェアリーテイルの意地といったところか。流石だ。

 今年は天狼島組の帰還により、今までのフェアリーテイルとは一味違う。けど、それでも7年というブランクは大きい。

 そんなことをソウは考えているのだが、ナツは勿論、エルザやウェンディは知らないので呑気に過ごしている。

 そんな平和に似たような毎日が変わったの突然だった。

 

「セイバートゥース?」

「剣咬の虎。セイバートゥース。それが天馬やラミアをさし押さえて現在フィオーレ一最強の魔導士ギルドさ」

 

 ナツの疑問に答えたのはロメオだった。

 

「聞いたことねもえな」

「7年前まではそんなに目立っていなかったんだ」

 

 グレイの呟きにアルザックが答える。

 

「てことはこの7年で急成長したってことか?」

「ギルドのマスターが変わったのと物凄い魔導士が5人加入したことがきっかけだね」

「たったの5人でそんなに変わるものなの?」

「はあ?いい度胸じゃねぇか」

「確かに……5人か……」

 

 マックスが片手を広げる。5人を象徴しているのだ。

ルーシィが疑問の声を上げてナツは喧嘩腰になっていた。

 ルーシィと同じことを呟いてはみるが、ソウはそんなことは言えない立場だったことを思い出した。

 トライのメンバーも5人しかいないからだ。

 そんなことをみんなは知らないので何も気づかない。

 

「ちなみに私達のギルドは何番目くらいなんですか?」

「あ……」

 

 ウェンディが率直な疑問を述べた。ソウが気づいたときにはもう既に遅い。

 

「……それ聞いちゃうの…」

「ウェンディ……聞かなくても分かるでしょ」

「え……」

 

 シャルルとハッピーに言われたことにウェンディは気づいたのかはっ!とした表情になる。

 

「最下位さ」

「弱小ギルド」

「フィオーレ1弱いギルド」

「はわわ……ごめんなさい!」

「なははは!そいつはいい。おんもしれぇ!」

「確かに、そうだな」

「はあ?」

 

 ナツとソウの言ったことがよく分からなかったグレイ。

 

「だってそうだろ。上に昇る楽しみが後何回味わえるんだよ、なあソウ?」

「ああ。初めから一番だと面白くないな」

「燃えてきたぁー!」

 

 ナツの言ったことにナツらしいと納得した皆。

 ルーシィは「あはは…」と笑った。

 

「やれやれ……」

「敵わねえな、ナツ兄とソウ兄には」

「そうですよね、うん!楽しみです」

 

 元気よく頷くウェンディ。先程の失言を撤回しようと必死なご様子のようだ。

 

「ねえ、あんたら、ギルダーツを見なかった?」

 

 会話に入ってきたのはカナ。どうやら父親を探しているらしい。

 

「なんだよ、いつもパパが近くにいねえと寂しいのか?」

「ばか!」

 

 グレイがからかおうとするが、自分のした失言により、しまったと表情を歪める。

 父親がいなくなったルーシィの前で言うのは流石にあれだろうとカナは思ったからだ。

 

「わりぃ……」

「ううん。いいよ、気にしなくて」

 

 首を横に振って大丈夫なルーシィの様子を見て安堵の表情をするグレイ。

 それを影から見ていた一人。

 

「ねぇ、ソウ。ジュビアがいるよ……」

 

 レモンが呟く。

 クエストボードに身を隠すようにしてグレイに視線を注ぐジュビアがソウの方からでも確認出来た。

 

 ───グレイ様に気を使われている!

 

 ジュビアが力を込めたせいでクエストボードにひびが入った。

 

「ギルダーツならマスターと旧フェアリーテイルに向かったぞ」

 

 さきほどギルドに入ってきたエルザが答えた。

 カナは喜びの表情になった。

 

「よぉ~し、じゃあ今のうちに仕事に行っちまうか」

 

 そう言うとあっという間にギルドから飛び出して行ったカナ。

 ギルダーツがいるせいで危険な仕事に行かせてくれなかったのだろう。

 そう言うソウもギルダーツのことを言えない。

 ウェンディを一緒に仕事に連れていっていないからだ。

 だから、あえて口にしていない。したら、あんたも連れていけ!と言われそうだからだ。

 すると、ハッピーがシャルルに話しかける。

 

「ギルダーツのカナへとデレッぷりったら凄いもんねぇ~」

 

 近くにいたリリーとレモンは同じことを思った。

 ハッピーのシャルルへの溺愛ぶりも似たようなものだ!………と。

 

「あれでこのギルド最強って言うんだから、変わったギルドよね」

「シャルル、ソウが最強なんだよ~」

「はいはい、分かったからあんたは黙ってなさい」

 

 突っかかってきたレモンをばっさり切り捨てるシャルル。

 

「お兄ちゃんも強いもんねー」

「なあ、ソウとギルダーツ、どっちが強いんだ?」

 

 ナツが聞いた。

 皆も同じことを思っていたのか耳を傾けている。

 

「さあ?あんまり闘う機会がないからな。一回本気でやってみたいものだ」

「駄目だ!とんでもないことになるぞ!」

「私もそう思うわ………」

 

 ………皆から止められてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ルーシィさん、ありがとうございます」

 

 二人がいるのはギルドの裏庭。

 外は気持ちいいので試しに来てみたのだ。

ウェンディは木箱の上に座り、ルーシィはその後ろに立っていた。ルーシィはウェンディの髪を先程までセットしていたのだ。

 ウェンディの青髪はとても綺麗でルーシィは少しいいなぁ…と思ってしまった。

 

「どういたしまして。流石にキャンサーってわけにはいかないけど私のだってなかなかのものでしょ」

 

 苦笑いを浮かべるルーシィ。

 キャンサーとはルーシィの星霊の一人で巨蟹座の星霊。なぜか語尾に「エビ!」が付いている。

 髪型をセットしたり、カットしたりするのが得意だ。

 

「はい、とっても上手です。それに外でこうしているのも気持ちいいのですよね」

「今日はいつになく静かだし。なんだか平和だね~」

「その平和が長く続かないのがこのギルドなんだけどね」

「あはは……当たってるかも」

「もう私は慣れてるよ~」

 

 ウェンディの隣にいたシャルルのきつい一言。

 レモンは昔からいるので騒がしいのは慣れている。

 

「ねえ、ウェンディ。ソウはあそこで何してるのか分かる?」

 

 ルーシィの視線の先には離れたところで静かにあぐらをして目を閉じているソウがいる。

 ルーシィが気になったのはずっとあの状態から動いていないのだ。

 それになんだか、威圧感が放たれているような気がする。

 

「なんでも魔力を上げるための特訓らしいですよ」

「へぇー、そうなんだ。私もやってみようかな」

「あんたもしてみればいいわ。あれは大変らしいから」

「………やっぱいいわ………」

 

 あのS級魔導士がしている特訓を自分がしてみれば強くなれるかもしれない。

 そう考えたルーシィだったが、シャルルの追撃で思いとどめる。

ルーシィは辺りを見回してみると目を見開くような光景を目にする。

 ナツがいた。それはいい。

 だが、手に握っているのは箒ではないか。そして、ナツは箒を使って掃いている。つまり、掃除している。

 平和過ぎるだろと思ったルーシィ。

 ナツは箒を掃いて、裏庭の掃除をしていると思ったら何を思ったのか、いきなり「おぉい!」と叫んだ。

 

「ほら!」

「ホント…長続きしないわね~ここの平和」

 

 ナツの視線の先にはすやすや切り株の上で寝ているハッピーの姿があった。

 

「おい、ハッピー!」

 

 ナツは起こそうと叫ぶ。

 ハッピーは驚き、その場に立ち上がると「うわぁ!魚!」とよく分からないことを言った。

 まだ寝惚けているようだ。

 

「なんだ……ナツか…」

「“なんだ”じゃねぇーだろ!」

「何怒ってるのさ?───それにしても夢とはいえ、あんなに魚を食べられるもんだんなぁ……おいらビックリしちゃった……」

 

 どうやら、ハッピーは先程まで魚を頬張る夢を見ていたらしく思い返していた。

 そしてそのまま………また寝た。

 

「こらぁ!!」

「だから!なにさぁ!」

 

 昼寝の邪魔をされて、少し声をあらげるハッピー。

 

「お前は俺の相棒だろぉ?」

「そうです」

「んで、おれはこうやって裏庭の掃除をしているわけで」

「そりゃ、そうでしょ。当番だもん」

「俺が当番なら、なんで相棒のお前は手伝ってくれねえんだよ!おかしいだろ!?」

「おかしくないよ!」

「おかしいだろ!」

 

 そのやり取りを見ていたルーシィ達はあきれたように見ていた。

 

「凄い低次元……」

「いつものことだけどね」

「あはは……」

「私、ソウでよかったよ……」

 

 そのソウはまだ特訓をしているので動いていない。

 二人の会話はまだ続く。

 

「それとこれとは別だよ。今日はおいらの当番じゃないんだから」

「お前、いつからそんなに冷たくなったんだ、ハッピー!」

「冷たくないよ」

 

 ハッピーの言うとおりである。逆にナツが熱くなり過ぎなのだ。

 

「ほら、今日はいい天気でしょ。お日様がポカポカして」

 

 ハッピーは空を見上げ小さな両手を優雅に上げた。

 

「何をしょうもないことで揉めてんだよ。掃除ぐらいブーブー言わずにやれってつんだよ」

 

 文句を言ったのはグレイだ。

 ナツがすかさず反論する。

 

「なんだと、グレイ!俺は掃除が嫌だなんて言ってないぞ。ハッピーがだな───」

 

 そう言ってハッピーの方を指差すが既にハッピーはそこにはいない。

 

「いい天気だね。シャルル」

「そうね」

「人の話を聞けーーー!!」

 

 もはや、誰も味方がいなくなってしまったナツ。

 そこにやってきたのはマックスを筆頭に7年で成長した………いや、年取ったギルドのメンバーだ。

 ソウはまだトレーニング中。

 

「やれやれ、7年経った今もまったく変わらないんだな、ナツ」

「そうそう。常、日頃からおいらもそう言ってるんだよ」

「んだと、マックス。お前は変わったんだとでも言うのかよ」

「まあ、気持ちは相変わらずヤングなままだけど」

「気持ちが若ぇやつがヤングとか言うのか~?」

「腕なら相当上がってるぜ~」

 

 すると、ナツが即座に反応した。

 

「ほほう、おもしれぇ!勝負すっか!」

 

 箒を投げ飛ばして戦闘体制に入るナツ。

 掃除をサボる気がバレバレである。

 

「ああ、いいぜ」

「ちょっと何故そうなる!?」

 

 慌ててルーシィが止めに入るが無意味に終わる。

 さらにグレイが悪のりする始末。

 

「やれやれ~。昼飯あとの暇潰しにちょうどいいぜ」

「よし、燃えてきたー!」

 

 そしていきなり始まった謎の勝負。

 ルーシィ達は巻き添えを喰らわないように距離を取って見守る。

 もはや寝ているように見えるソウはその場を動かない。

 ───試合開始。

 ナツは先制とばかりに火竜の鉄拳を発動して、マックスに襲いかかる。

 マックスはひらりとかわしてカウンターにナツの腹に砂を纏った蹴りを喰らわす。

 そして砂を纏ったパンチで弾き飛ばす。

 マックスの魔法は砂を操る魔法だ。

 後ろに吹き飛ばされたナツは体勢を元に戻して口元を拭った。

 

「ま、まじで……!?」

 

 7年前とは実力が全然違うことに驚愕したナツ。

 他のメンバーも同じだった。

 

「おれらだって7年間何もしていなかったわけじゃねえ。それなりに鍛えてたんだ!」

 

 マックスが両手を広げてそう言った。

 そう言えるほど実力は確実に上がっている。

 

「ナツさんが……」

「マックスに勝てないの……!」

 

 少し失礼なことを言っているウェンディとルーシィ。

 

「もう一度!」

 

 今度は魔法を使わずに肉弾戦で突撃したナツ。だが、マックスはナツの拳や蹴りを避けて反撃した。

 

砂の反乱(サウンドリベルオ)!」

 

 大量の砂がマックスの足元から出現。巻き起こる砂がナツに上から被さるように襲う。

 ナツは砂を払おうと炎を出して暴れる。

 そのせいでルーシィ達の方にも砂ぼこりがかかってしまった。

 咳をするルーシィ。目を瞑るウェンディ。

 すると、ハッピーがその場でジャンプしながら叫んだ。

 

「ナツぅー、がんばれー!」

「ちょっと!さっきまで喧嘩してたでしょ!」

「それとこれとは別です!」

 

 キラン!と言いたげにくるりんと1回転するハッピー。

「火竜の鉄拳!」

砂の壁(サウンドウォール)!」

 

 ナツの拳とマックスの砂の壁が衝突。

 どちらも譲るつもりはなく、そのまま均衡状態になる。

 

「7年前とは違うんだぜ」

 

 ニヤリと笑うマックス。ナツは雄叫びを上げて突き破ろうとする。

 

「信じられねぇ……あのマックスが…」

「ナツを押してんのか!?」

「もしかしたら俺達もナツに勝てるかもしれねぇ!」

 

 天狼組に勝てるかもしれない。

 そんな希望が沸いてきたフェアリーテイル7年間残されていたメンバー達。

 より力を拳にこめて雄叫びを上げるナツ。

 そして、ついにナツが本気を出す。

 

「モード!“雷炎竜”!」

 

 全身に力をこめたナツの周りに炎と雷が入り交じったものが、ナツの体を纏う。

 

「まさか……!?」

 

 ルーシィの記憶だといつだったか、ラクサスの魔力を吸収して雷の力を使えるようになった。

 でも、それだと魔力の消費がすごかったはずでナツは使いこなせていなかったはずだ。

 

「ちょっ……なんだよ、それ……!?」

 

 狼狽えるマックス。

 あんな姿は見たことがなく、嫌な予感がしたからだ。

 ナツは息を吸い込んだ。

 

「雷炎竜の…………咆哮ぉぉ!」

 

 巨大なブレスがマックスに向けて放たれた。

 マックスはブレスが横にずれたことで横髪がかすった程度で難を逃れた。

 が、マックスの背後は森が薙ぎ倒され完全に地面が抉れていた。

 驚愕する一同。

 ナツは本来の力を発揮できなかったようで不満そうだった。

 

「あいやーーー!」

「くそぉ……あの時ほどのパワーは出ねぇなぁ……」

「いつの間に自分のものにしたの?」

「今」

 

 ルーシィの質問にあっさり答えたナツ。

 今と言われてもそう簡単に出来るものなのだろうか。

 

「凄い……」

「ま、まいった……降参だ。あんなの喰らったら死ぬって…」

 

 マックスの降参が入り、勝負はナツの勝ちで終わった。

 まだやり足りないのか、辺りを見回すナツ。

 

「次はどいつだ?」

「ひぇぇ……………」

「………化け物だ……」

「やっぱ強ぇ………」

 

 「なはは!」と笑って鼻を高くするナツだが、次の瞬間、バタン!と倒れてしまった。

 

「やっぱり魔力の消費量が半端ないんだ」

「ナツ、それ実戦じゃあ使わないほうがいいよ」

「でも、マックスさんも凄いです!」

「お世辞なんか要らねえよ、ウェンディ」

 

 頭をかいて照れるマックス。

 

「だけどそのくらいの力があったのならオーガ達に好き勝手やられることもなかったんじゃない?」

 

 シャルルが正論を言った。

 マックスほどの実力があればオーガに引けをとるどころか、勝てるはずなのだ。

 

「そうかもしれねぇが……」

「金が絡んでいたからなぁ…」

「力で解決するわけにもいかんでしょ」

「マスター達はやっちゃったけどね……」

「だな」

 

 天狼島から帰還した後すぐにマスターとミラとエルザ、それにソウはオーガのギルドへと直接乗り込んでいった。

 ソウは嫌そうにしていたが、エルザに引っ張られていった。

 話し合いで平和的解決をするはずが、結局派手にオーガのメンバーをボコボコにしてギルドを壊してきてしまった。

 エルザとミラは満足そうに、マスターは顔を暗くしてやってしまったとばかりになっていた。

 ソウはもうどうにでもなれとばかりに諦め顔になっていた。

 

「皆………」

「どうしたの、レモン?そういえばさっきから静かよね」

 

 ルーシィは先程から静かになっていたレモンを発見した。

 レモンはなんで皆は気づかないの?と言いたげな表情になっていた。

 そしてとんでもない一言を告げた。

 

「ナツの放った咆哮の先にソウがいたんだよ………」

「え!」

「お兄ちゃん!?」

「まじかよ!」

 

 誰一人として気付かれていなかったソウの存在。

 唯一気付いていたレモンの視線の先には咆哮で未だに砂ぼこりがたっているソウがいた場所。

 砂ぼこりが晴れて、ようやく視界が良くなった。

 そこには不自然に地面が抉られていない箇条がある。

 その中心には座っているソウがいた。

 皆は安堵の溜め息を吐いた。

 どうやら無事のようだが、ホントに無事だろうか。現に先程からまったく動いていないソウ。

 もしや、今もトレーニングの継続中だったのだろうか。だったら咆哮が飛んできたときに気づくはずだろうに動いていない。

 なんというか度胸がありすぎる。

 あの超過力のナツの咆哮をソウはまともに飲み込まれているのだ。

 ソウの周りだけまったく変わっていないことも不自然だ。もしや、ソウの魔法が発動していたのだろうか。

「お兄ちゃーーん!!」

 ウェンディは涙目を浮かべながらソウの元へと駆け出していった。

 そしてそのまま勢いよく抱きついた。

 いきなりの衝撃に「ぐへぇ!」と呻き声を上げて倒れてしまう。

 軽く地面に頭を打ち付けたソウは頭を軽く振るとようやく目を開けた。

 目の前には何故かうるうる目を潤しているウェンディが乗っかっていた。

 

「な、なに?どうしたんだ、一体?」

 

 周りにはルーシィ達が集まってきてソウは状況が飲み込めずにいた。

 と、ここでようやく辺りを見回したソウは驚く。

 

「うわぁ!なにこれ!?地面が抉れてるぞ!」

「ナツの咆哮のせいだよ」

「ああ………なんで、俺は無傷?」

「こっちが聞きたいわよ……」

「お兄ちゃん!けがないの?大丈夫?私が魔法で───」

「いやいや、大丈夫だから」

 

 軽い混乱状態に陥っているウェンディを落ち着かせて上半身を起こしたソウ。

 どうやら瞑想中にナツの咆哮に飲み込まれたようだ。

 けれど、無傷というとは無意識にでも波動壁が発動していたのだろうか。

 

「いつのまにか魔法が発動していたみたいだな」

「いつのまに………って」

「ソウもナツと同じ化け物だ」

「やっぱすげぇ………」

 

 無意識に発動していた魔法でナツの咆哮を余裕で防いでいたソウ。

 これにより意識を集中さしたら一体どんな防御力に達するのだろうか。

 ソウの強さの一部を痛感したマックス達はただただ感心するのみだった。

 

「………何があった。説明求む」

 

 いい加減離れてほしいが離れてくれないウェンディの頭を撫でながらソウは呟いた。

 

 

 

続く───────────────────────────

 

 



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第f話 懐かしの匂い

「しかしこいつは思っていた以上に深刻な問題だぞ」

 

 グレイはそう言った。

 それを聞いているのはルーシィ、ナツ、ウェンディ、シャルル、レモンそれに先程の騒動を観戦していたもの達だ。

 その中にはソウの姿もあった。

 もう一度トレーニングを再開しようとしたソウだったが、ウェンディの不安そうな目線にやりにくくなり、結局グレイの話を聞くことになった。

 グレイが言っているのは天狼組の7年のブランクのことだ。

 あのマックスがナツを苦戦させるほどにまで強くなっている。こうなると他のギルドの奴等も実力は上がっていると見たようが良いだろう。

 ということは、今の自分達の実力でライバル達に勝てるのだろうか。

 そう考えたグレイはこうして呼び掛けているわけだ。

 ようやく気づいたかとソウは密かに思う。 まあ、けどそれもこいつらならどうにかなるだろうとも思ってしまう。

 今までもフェアリーテイルはそうだったし、これからも変わることはないはずだ。

 

「どういうこと?」

「元々化け物みたいなギルダーツやラクサスやソウはともかく、俺達の力はこの時代に付いていけてねえ」

「ひどいな………」

 

 密かに化け物扱いされて落ち込んでいるソウ。誰も気付かない。

 

「確かにナツでさえあのマックスでさえ、ナツが苦戦してたんだもんね」

「あのマックスさんに」

「さっきのはホントにお世辞だったのか………」

 

 ウェンディの先程の台詞はお世辞だったのかと傷つくマックス。

 少し心の中で同情しているソウ。

 ハッピーが頭を抱えてこう言った。

 

「なんか、一気に魔力を上げられる方法はないかな?う~ん…」

 

 そんなのあったら全員が試していると思う。

 

 

 

 

 ◇

 

 ソウの突っ込みも余所に一行は森の奥に建ってある一軒家へと来ていた。

 なんでも、ここにはマカロフの昔からの知り合いである“ポーリュシカ”という女性が住んでいるらしい。

 ソウは既に何回か会っている。

 ポーリュシカは珍しく人間嫌いであり、ややこしい人物でもある。

 と同時に治療薬を作っている人でもあり、昔からギルドの皆はお世話になっている。

 ソウはポーリュシカがどっちかというと苦手なタイプだったので、あまり行きたくはなかった。

 グレイ達が行こうとしたときには、ソウは再びトレーニングを再開しようとしていた。

 避けようとしているのは丸見えだ。

 因みにナツの咆哮を喰らった時には半分寝ていたらしい。

 それにただの火竜の咆哮だと思っていたが、実は雷炎竜の咆哮だと知ったときは自分でも信じられないのか、少し驚いていた。

 トレーニングを再開しようとしたら、ルーシィに見つかった。そしてウェンディにも見つかった。

 結果、無理矢理連れていかれた。

 なんでもポーリュシカと会ったことがあるのはソウだけらしく、もしもの時は盾にしようという魂胆だ。

 ソウの気はとても重かった。

 目の前にはポーリュシカが仁王立ちをしている。

 ナツ達はじーっ………と彼女を見つめる。ウェンディは後ろから背伸びをしている。ソウは距離を置いて眺めていた。

 エクシード達はナツ達の足元にいる。

 

「帰れ!」

 

 そんな一言と共に扉をバタン!と閉めて閉じ籠ってしまったポーリュシカ。

「ポーリュシカさん、なんかいい薬とかありませんか……?」

 ほとんど当てはないけど恐る恐る苦笑いを浮かべながらルーシィは口にした。

 

「一気に力が100倍になるのとかぁ?」

「さすがに都合が良すぎるか………」

 

 グレイは期待はしていなかったようで溜め息をついていた。

 ソウは呑気に欠伸をしていた。

 

「どうしたの、ウェンディ?」

 

 表情が暗くなって俯いているウェンディにシャルルが気がつき、声をかける。

 ソウもウェンディを見ていた。

 

「ううん」

 

 何でもないと首を横にふったウェンディ。何かを感じたのだが、そんなはずはあり得ないと思い言えなくなったのではないかとソウは考えた。

 考えられるのは、初めて会ったポーリュシカだろうか。

 すると、扉を開けてポーリュシカが出てきた。

 片手には箒が握られている。ソウには嫌な予感しかしなかった。

 と、ここでソウはある違和感に気付いた。普通の人間にはあるはずのものがなかったのだ。

 不思議に思うのも束の間、ポーリュシカのした行動に思考を中断せざるを得なかった。

 

「人間は嫌いなんだ!帰れ!帰れ!」

「なんだぁ~!掃除当番か?」

「失礼しましたぁー!」

「なんだよ、あのばっちゃん!」

「じいさんの昔の恋人ー!」

「違うわ、ボケ!」

 

 ポーリュシカは箒を振り回した。

 ナツ達は驚いて逃げる。

 ソウの横を通りすぎてあっという間に通りすぎて退散していった。

 グレイが余計なことを言っていたが。

 ウェンディが足を止めて振り返るが、すぐにナツ達の後を追いかけていった。

 

「皆、行っちゃったね」

「いつの間に頭の上にいたんだよ」

「さっき」

「………そですか」

 

 その際にレモンが自分の頭の上に逃避してきたことについてはあまり触れておかないことにしたソウ。

 

「ほら、あんたも行きな」

「はいはい………」

 

 ポーリュシカにそそのかされ、ソウは気楽に後を歩いて追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 少し離れた所に腰を置いて息を切らしていたルーシィ達を遠くから発見したソウ。

 どうやら先程のポーリュシカの印象を話しているらしい。

 ソウはウェンディの様子がはっきりとおかしいことに気付いた。

 

「ど、どうしたんだ、ウェンディ!?」

「ちょっとどうしたのよ!?」

 

 ウェンディが涙目になっていることに気付いたグレイとルーシィが慌てる。

 ソウからも遠目で確認できた。

「ソウ……またなんかした?」

「してない!」

 

 レモンが失礼なことを呟いてきた。

 ソウはルーシィ達の元へ向かう。

「あのばっちゃん、ウェンディを泣かしたな」

 

 ナツはてっきりそう考えるが、ウェンディは首を横にふった。

 

「違うんです………懐かしくて………」

「会ったことあるの?」

「ううん、さっき初めて会ったはずなのに……懐かしいの………あの人の……声が………においが………グランディーネに似てるんです」

 

 ナツ達は驚愕するしかなかった。

 離れて聞いていたソウはそれである確信にいたった。

 

「あのおばあさんがグランディーネ?」

「ウェンディの探しているドラゴンと同じ声?」

「それってどういうこと?」

「知らないわよ」

「ウェンディ、本当か?」

「分かりません。でも………あの声………あの匂い……私のお母さん天竜、グランディーネと同じなんです」

「こいつは確かめに戻る必要があるな」

「まてよ」

 

 ナツが戻ろうと歩みだしたが、グレイがそれを引き留める。

 

「もし本当にグランディーネが人間には化けていたとしても、少しおかしくねえか?」

 

 グレイが問題点を指摘する。

 

「そうだよ。ナツ、ウェンディ、ソウついでにガジルも。あんた達のドラゴンが姿を消したのは確か7年前。正確には14年前。777年。ソウが言ってた情報だとポーリュシカさんってそれよりずっと前からマスターと知り合いなのよ。つまりドラゴンのいた時代とポーリュシカさんのいた時代が被るじゃない。これじゃ辻褄が合わないじゃない」

 

 ルーシィがグレイに続き反論する。

 ルーシィの意見は間違ってはいない。事実だ。

 

「生まれ変わりとか、化けてるって線は薄そうだな」

「うん」

 

 一体何が起きているのか分からずナツは頭を悩ます。

 

「確かに落ち着いて考えてみればそうなんです。おかしいんです。声や匂いが似ていても性格や口調が全然違うんです」

「あんた、前に言ってたもんね。グランディーネは人間が好きって」

「どうしよ、猫が嫌いだったら?」

 

 シャルルの一言と、ハッピーのどうでもいい発言が飛び交った。

 ウェンディは立ち上がった。

 

「グランディーネは優しいドラゴンなんです!!」

「優しいドラゴンってのも想像できねぇなー」

「アクノロギアを見ちゃったからねぇ」

「イグニールも優しいぞー」

 

 イグニールにはナツの探しているドラゴンのことだ。

 すると、第3者の声が入る。

 

「アスペルトも優しいぞー」

「ソウ!───はっ!すっかり忘れていた」

「お前ら、いつになったら気付いてくれるんだ。ずっと待ってたのに」

「悪ぃ………逃げるのに必死で………」

「まあ、それはいいんだけど。おかげで分かった」

 

 ソウはウェンディの元へと近寄り、頭にてをのせた。

 撫でながらソウは話を続けた。

 

「ウェンディが言ったことは間違っていない」

「え………」

「ちょっと、それだとさっきも言ったけど時代の辻褄が合わないの。矛盾してるのよ」

「そうだ。ルーシィのも正論なんだ」

「はあ?どういうことなんだ?」

「だから、どっちも正しいってこと」

 

 ソウは一呼吸置いた。

 今にも頭が爆発しそうなナツの為にも始めから説明することにした。

 

「順に追って説明するわ。まず、第一にさっきポーリュシカさんを見たときに俺はある違和感を覚えた」

「違和感?普通だったと思うけど」

「人間嫌いを除けばね」

「皆には分からないが、ポーリュシカさんには一切の魔力がなかった」

「でも、それって魔導士じゃないから当たり前じゃないの?」

「そうだ、ハッピー。でも、魔導士じゃない人も微かに魔力は体内に秘めているものなんだ」

「へぇー、そうなんだ」

「じゃあ、なんでポーリュシカさんにはその魔力が一切ないの?」

「ちょっと待て、ルーシィ。その前に俺は既にポーリュシカさんとは数回会っていると言ったよな。なのになんでそれに今気付いたと思う?」

「一般人でも魔力を持っていることを知らなかったから?」

「正解だ、ウェンディ」

 ウェンディの頭を撫でてやる。ウェンディは嬉しそうに目を細める。

 

「つまりだ、その事実を知った上で俺は改めて気付いたことになるんだ」

「それとグランディーネはどう関係してくるんだ?」

「ポーリュシカさんは簡単に言うとグランディーネであって同一人物ではないんだ」

「だから、それがどういうことだよ?」

「魔力をまったく持っていない人物がいたじゃないか。俺達は既に会っている。なあ、シャルル?」

「………エドラスね」

「エドラス………あ、私、分かったかも!」

「ここまで来れば、後は分かるかな。同じ声に匂いだが、性格や口調が全然違う。これってエドラスでも見たんじゃないか。だとすれば…………」

「まさか………」

「あのばっちゃんが………全然優しくない」

「後は本人に聞こうか」

「優しくなくて悪かったね」

「ポーリュシカさん!?」

 

 ソウは気づいていたが他の皆は気付いていなかったみたいで驚いていた。

 ソウの考えが当たっていれば後は本人から直接言ってもらうしかない。

 

「隠しておくこともないしね………話しておくよ。私はあんたの探しているグランディーネじゃない。正真正銘人間だよ」

 

 ウェンディの表情が暗くなる。

 と、ナツがここで何かにに気付いたのか呟いた。

 

「でも人間嫌いって………」

「むぅー!人間が人間嫌いで何か文句があるのかい!」

「いえ。なにも」

「悪いけど、ドラゴンの居場所は知らない。私とドラゴンには直接的には何の関係もないんだ」

 

 つまり間接的には何かしらの関係があるということなのか。

 ナツの表情が真剣になる。

 

「じゃあ………あなたは一体………?」

「こことはもうひとつの別の世界、エドラスのことは知っているね。あんたらもエドラスの自分と会ったと聞いてるよ」

「エドラスって………やっぱり」

「まさか………!」

 

 普通の人なら知らない、ギルドの中でも限られた人しか知らないエドラスがポーリュシカの口から出た。

 つまり思った通りこの人は………。

 

「嘘!」

「アースランドの人間から見た言い方をすれば、私はエドラスのグランディーネということになる。何十年前に、こっちの世界に迷いこんだんだ」

 

 「どひゃーー!」と驚愕する一同。そりゃ誰しもが驚いてしまうだろう。

 既に分かっていたソウは頷く。

 

「エド、グランディーネ………」

「こっちの世界では人間なんだ!」

「私も初めて知ったよ!」

 

 エクシード達が各々の感想を述べる。

 ウェンディは目を見開いていた。

 

「きょんなことからマカロフに助けられてねぇ………私もアースランドがすっかり気に入っちゃったもんだから、エドラスに帰れる機会は何度かあったんだが………ここに残ることにしたのさ」

「もしかして、イグニールやメタルカリナやアスペルトは向こうでは人間なのか!?つーか、こっちにいるのか!?」

「知らないよ、会ったこともない」

「そりゃそうか………」

 

 ソウもナツと同じことを考えたが例え、エドラスのドラゴン達がこっちに来ていたとしてもポーリュシカが知るよしもない話だ。

 

「けど、天竜とは話したことがある」

 

 その言葉に一番反応したのは勿論、ウェンディだ。

 ポーリュシカは付け足すように続けた。

 

「会ったわけじゃない。魔法かなんかで心の中に語りかけてきたんだよ」

 

 すると彼女はこちらに向き直して告げた。

 

「あんたら強くなりたいって言ってたね。そのウェンディって子だけならなんとかなるかもしれないよ」

 

 彼女は紙束を取り出した。

 そこには魔法の使い方が記されていた。

 つまり、魔法書。ウェンディだけの。

 

「天竜に言われた通りに書き上げた魔法書だ。二つの天空魔法。“ミルキィーウェイ”、“照破天空穿(しょうはてんくうせん)”。あんたに教えそびれた滅竜奥義だそうだ」

「グランディーネが………私に……」

「会いに来たら渡して欲しいとさ。それと伝言が一つ。その子が慕っているドラゴンスレイヤーに伝えてほしいと言われた」

「それって………お兄ちゃん?」

「そうよね、ソウぐらいよね」

「俺?」

 

 グランディーネが一体ソウに何の伝言を残したのか。というよりもよく、そんな人物が存在していることが分かったなあと思う。

 

「“娘をよろしく頼んだ”……だそうだ」

「………分かりました」

 

 まるで両親から娘を託されたような気がするがどうも意味が違うような気がする。

 ウェンディも顔を赤くしている。

 

「その魔法はかなりの高難度だ。無理して体を壊すんじゃないよ」

 

 そう言うとポーリュシカはこちらに背を向けて歩き出した。

 ウェンディは一歩進み出て礼をした。そして嬉しそうな声で言った。

 

「ありがとうございます!ポーリュシカさん!───グランディーネ!」

 

 ソウからはポーリョシカが微笑んだように見えた。

 

「良かったな、ウェンディ」

「はい!私、この魔法を使いこなしてみせます!」

 

 ウェンディは魔法書をぎゅっと抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

「絶対に出るんだ!出る!出る!出る!」

「出ねぇ!出ねぇ!出ねぇ!出ねぇ!」

 

 そのころのギルド内はマカオとロメオの二人で言い争っていた。

 周りから見ればただの家族喧嘩。

 内容は今年の大魔闘演武に出るか出ないかの話だった。

 ギルド内で二つに分裂しており、状況はより混乱を極めていた。

 

「絶対に認めねえ!あれにはもう2度と参加しねえ!」

 

 マカオはよっぽど、譲りたくないのか子供相手にまったく手を抜かない。

 と、ここでナツを筆頭に「ただいまー」と、ポーリョシカの所へ訪れたメンバーが帰ってきた。

 

「おう、帰ってきたのか。いい薬は貰えたのか?」

 

 扉近くにいたマックスが早速成果を訊ねた。

 ルーシィが苦笑いしながら答える。

 

「ウェンディだけね」

「父ちゃんにはもう決める権限はねえだろ。マスターじゃねぇんだから」

「俺はギルドの一員として言ってんの!」

 

 因みに四代目マスター、マカオは辞退しており本来は五代目マスターにギルダーツが務める予定だったが、当の本人は旅に出てしまっていた。

 ギルダーツの残した手紙に折角だから二つだけ仕事をしておくと書いてあり、内容はラクサスをフェアリーテイルの一員として認めること。そして六代目マスターはマカロフがすることと随分気ままにしていた。

 現在のマスターは誰にも譲らないと決意したマカロフが務めている。

 

「何の騒ぎだ?」

「親子喧嘩にしか見えないけど……服!」

 

 グレイは状況が掴めず、シャルルは見た正直の感想を呟く。ついでにグレイが服を脱いでいたことに突っ込む。

 

「出たくない人、はーい」

 

 マカオは手をあげて周りに意見を求めた。

 たちまち多数の人が同じ意見だったのか賛成の手を上げる。

 アルザックが理由を言った。

 

「あれだけはもう勘弁してくれ」

「生き恥を晒すようなものよ~」

「だけど、今回は天狼組がいる。ナツ兄やエルザ姉、それにソウ兄だっているんだ」

 

 話の流れから内容をある程度察したのかソウの表情が少し暗くなる。

 ウェンディは一瞬、後ろを振り返り気付いた様子だったが前を向いた。

 

「フェアリーテイルが負けるわけがない」

「でもなぁ、天狼組には7年のブランクがなぁ」

 

 ウォーレンの台詞にレビィは落ち込んだ。

 慌てて後ろにいるジェットとドロイが庇う。

 

「レビィはそのままでいいんだよ~う」

「さっきから出るとか出ないとか何の話だよ」

「もしかしてそれって最近出来たって言われる大会のことか?」

「さすが、ソウ兄。よく分かったね」

「この前に噂程度に聞いてきたからな」

 

 やはり、思った通り話題は大魔闘演武のことについてだった。

 ソウはあまり、この話は乗り気になれなかった。

 

「ナツ兄達がいない間にフィオーレ1のギルドを決める祭が出来たんだ」

「うぉーー!」

「それはおもしろそうだなぁ」

 

 ハッピーはその場を跳び跳ねる。ナツは期待に胸を膨らませていた。

 

「フィオーレ中のギルドが集まって魔力を競いあうんだ。その名も“大魔闘演武”!」

 

 ロメオは右手の人差し指を高々と上げて堂々と告げた。

 ナツはテンションが余計に上がっていく。

 

「大魔闘演武!」

「楽しそうですね!」

 

 ルーシィとウェンディも楽しみなのか、そわそわしている。

 

「まさに祭ってわけか!」

「なるほど………現在フィオーレ1と言われているギルドはセイバートゥース…だったな」

 

 グレイとエルザも意気揚々としていることが伺える。

 

「そう。セイバートゥースを倒して優勝すればフィオーレ1のギルドになれるんだ!」

 

 おおー!と歓声が上がる。

 

「しかっし………今のお前らの実力でそんなことが可能かの………」

 

 マカロフの心配事も分かる。

 今の他のギルドの強さが分からない以上なんともいえないのが現状と言ったところか。

 

「そうだよ。そうなんだよ」

「優勝したギルドには賞金3000万J入るんだぜ」

 

 次の瞬間、マカロフの目付きが変わった。

 ソウは嫌な予感がした。

 まさか、賞金目当てで出るつもりなんだろうか。

 

「出る!」

「マスター!」

「無理だよ、敵は天馬やラミア」

「セイバートゥースだけじゃないんだ」

「ちなみに過去の大会じゃあ、俺達ずっと最下位なんだぜ」

「威張んなよ」

 

 ドロイの台詞に珍しくエルフマンが突っ込んだ。

 ギルドの皆が止めるもマスターの決断は固かった。

 そんなにお金が欲しいのだろうか。

 

「んなもん!全部蹴散らせてくれるわい!」

「セイバートゥースか!燃えてきたぞ!」

 

 燃えるのはいいが、机に足を乗せて火を拳に纏うのは止めろと思ったソウ。

 ドロイにも「やかましい!」と言われていた。

 

「その大会、いつやるんだよ」

「3か月後だよ」

 

 それを聞いたナツは両手を勢いよく合わした。

 

「充分だ。それまでに鍛え直して、フェアリーテイルをもう一度フィオーレ1のギルドにしてやる!」

 

 もはや、皆の決意は一つにまとまったかのように思えた。

 こうなってしまうとは思ってはいたが、いざ本番では一体どうなることやら、ソウは考えたくなかった。

 

「いいね~」

「うん!皆の力を一つにすれば」

「できないことはない」

「グランディーネから貰った魔法。それまでに覚えないと!」

「祭だよ、シャルル~」

「このギルドは年中そうでしょ」

「漢ー!祭といえば、漢ー!」

「ギルダーツの依頼、案外すぐに達成出来そうじゃない?」

「マジかよー………」

「本気で出るのか………?」

「いいじゃん、出てみれば」

「や、やっぱ止めといた方が………」

「ナツの考えているようなバトル祭とはちょっと違うのよ」

「え!違うの!」

「地獄さ………」

 

 各々の考えはまったく異なっているが天狼組はもはや、目線が大魔闘演武の方にしか向けられていなかった。

 吹っ切れることにしたソウ。

 大魔闘演武でこいつらの驚く表情を見るのを楽しみにでもするかと心に決めた。

 

「出ると言ったからにはとやかく言っても仕方あるまい。目指せ、3000───ごふん、フィオーレ1!チーム、フェアリーテイル、大魔闘演武に参戦じゃあーー!」

 

 一同、一斉に叫び上がるギルド内。

 ソウはなんとも言えない感情に浸されていた。

 

「………お兄ちゃん?」

 

 そんな兄の後ろ姿をウェンディは不安そうに見つめていた。

 

 

続く──────────────────────────────

 

 




早く………開催したい………


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第g話 合宿での男の試練

遅れてしまいましたが、今回は珍しくソウが狼狽える話となっています。
そして、何故か最初は思いっきりネタバレとなってます。話を進める都合上、こちらの方がやり易いという判断からですのでご勘弁を。

───な、なんだこれは!?


 自分達の目的───それは、簡単には達成出来ないものだと実感している。

 一生涯かけても果たせるかどうか、怪しいところ。それほどの高難易度を誇っている。

 その目的とは………。

 

 ────ドラゴンの抹殺だ。

 

 ソウ、ジュン、アールの三人はその指名を自らの親───つまり、ドラゴンから言い渡された。

 何故そんなことを言ったのかは推測するしかなく、真実は本人達に聞くしかない。けれどドラゴンのもう姿はない。

 ソウは災厄のアクノロギアと一度遭遇しているという過去を持っている。

 あの時は周りに仲間がいた。また、ジュンとアールが居なかったので殺しにかかろうとはいかなかったが、それでもドラゴンの実力の一部を垣間見た気がした。

 ソウの想像を遥かに上回っていた。

 巨大な体から放たれる威圧感。そして、圧倒的な攻撃力。体を守る頑丈な鱗。

 あいつを倒すことが将来の目的だと思うと冷や汗が出る。

 これはできる限り機密事項で行きたい所だが、最低限に協力者は欲しいものだ。

 目撃情報とかもある程度集めて置かなければいざという時に困るからだ。その点では師匠は大変世話になっている。

 今のところ、目撃情報はないとされているのでそういうことはないのだが師匠はある重要な情報を持ってきたのだ。

 それは大魔闘演武にドラゴンが現れるかもしれないということだ。

 正確には少し違うが、後を辿っていくと大魔闘演武も関わっているので間違いではない。

 大魔闘演武の主催国が、ある計画を企んでおりそのせいでドラゴンが来るかもしれないと言われている。

 これはあくまで噂だ。師匠も確信はどこにもないと言っていた。そもそもどのドラゴンが何処から来るのかまったく、分からないのだ。

 ナツの探しているイグニールやガジルのメタリカーナかもしれない。グランディーネやアスペルト、ジュン達の親のドラゴンかもしれない。

 それは誰にも分からない以上、なんとも言えないが自分達はあくまで指名を果たすまで。

 ドラゴンとの戦闘になれば、辺りは相当の被害が及ぶだろう。それは自然的にそうなるので仕方ないことだ。

 が、一つ問題があった。

 それは三人の少女達をどうするかということ。

 サンディーとルーズはまだ、ソウ達の目的をある程度知っているから良いもののウェンディはまったく知らない。

 自分の兄がドラゴンを殺すのが目標だと知った時はどうするだろうか。

 けれど、話すわけにはいかなかった。

 必然的にギルドの皆にも話さないといけないからだ。

 まだソウだけなら皆はいつもの意図の掴めない行動として納得してくれるだろう。

 ウェンディはそれをすることが出来ない。

 素直で良い子だからだ。

 知らぬ振りをしてもらうのもいいかもしれないが、いつかエルザ辺りに尻尾を容易く捕まれて尋ねられるだろう。

 それにナツが知ったとなれば激怒するのは間違いがない。ドラゴンの抹殺と言えばイグニールもその対象に含まれているからだ。

 ソウも流石にそれはしたくないので悩んでいる所だった。

 その少女達がドラゴンとの戦闘に巻き込まれでもしたら危ない。ソウ達も断念せざるを得ない事態に陥る。

 見捨てることだけは出来ないのだ。

 だから、それまでにウェンディに実力を付けて欲しいと思っていたソウはいつか、言おうと思っていたがその必要はなくなった。

 フェアリーテイルの皆、特に天狼組は7年のブランクがあるため、各々が特訓をすることにした。

 そして、ソウ達は海合宿をすることにしたのだ。ソウはウェンディに無理矢理連れてこられたが。

「シャルル?何か、感じなかった?」

「何も感じないけど」

 

 今から海へ向かおうとした矢先、ギルドを出ようとしていたナツ達。

 ウェンディはなにか気配を感じたような気がして振り返るが気のせいだったようだ。

 

「………なんで、初代が………」

 

 ソウは気配の原因が分かっていたようで誰にも聞こえないように呟いた。

 後々、大変なことになりそうな気がした。

 ───そして、ついに海に来た。

「あんた達、遊びに来たんじゃないのよ」

「そうだぞ~」

「海だ~」

「そんな格好のやつに言われてもなぁ」

 

 シャルルとハッピーはゴーグルに浮き輪と完全に遊ぶ気が丸見えだった。

 レモンは的外れなことを言っていた。

 ドロイは呆れる風に言う。ドロイとその隣にいるジェットも海水パンツをはいている。

 派手な水着のエルザが海水を太ももあたりまで浸けながら言った。

 

「勿論分かっている。こういうのはメリハリが大事だ。よく遊び!よく食べ!よく寝る!」

「肝心な修行が抜けてるぞ!」

「お前らな、合宿が終わるまでには」

「せめて俺らに勝てるぐらいになってほしいぜ」

 

 偉そうに言う二人だが、既にソウやエルザには負けている。

 戦わなくても分かることだ。

 すると、二人の背後からナツとグレイが猛ダッシュしてきた。二人は吹き飛ばされる。

 

「海だぁーー!!」

「よっしゃーー!!」

「「泳ぎで勝負だ!」」

「「砂の城作りで勝負だ!」」

「「大食いで勝負だ!!」」

「「日焼けで勝負だ!!」」

 

 海を完全に満喫している二人。すると疲れたのか、いきなり宿へと向かう。

 

「さあ、疲れたから宿に戻るか…………」

 

 すると、二人が愚痴る。

 

「思いっきりエンジョイしやがって」

「まあ、1日ぐらい多目に見てやるか」

 

 あくまで上から目線で物事を見る二人。

 近くの南国の木に隠れるようにして、グレイの背中を見つめる影があった。

 ジュビアだ。

 

「日に焼けたグレイ様も素敵………」

 

 一人で勝手に盛り上がっているジュビアだった。

 

 

 ◇

 

 ソウもしばらくは呑気に過ごそうと昼寝をすることにした。

 すると、なんだか騒がしくなってきた。

 

「ソウ!大変だよ!」

 

 レモンが慌てて起こしにきて、ソウは渋々起きて目を擦る。

 目の前には巨大な氷塊が大量に落ちてきていた。一体、何がどういう風になったら、こんな意味不明な事態に陥るのか説明してほしい。まぁ、少し考えれば分かってしまうが。

 あちこちに落下していき、その内の一個がビーチボールで遊んでいたルーシィ、レビィ、ウェンディの所に向かっていく。

 ウェンディは怖くて頭を抱えてしゃがみこんだ。

 ソウはどうにか立ち上がると衝撃を使い、一瞬でウェンディ達に落ちてくる氷塊の所まで移動する。

 ソウは魔法を発動して氷塊を粉々に砕いてた。

 

「大丈夫か?」

「え、ありがとう、ソウ」

 

 ルーシィは突然のことに困惑するが、どうにかそれだけを口にした。

 何故浜辺に氷塊が落ちてくる事態になっているかと思うが、容易く想像できる。

 グレイが海を凍らせてナツが思いっきり吹き飛ばしたと言ったところか。

 まるで、氷塊は隕石のようになっているがソウは次の魔法の準備を始めた。

 

「『波動式四番』波動多連弾!」

 

 ソウから大量の波動弾が飛ばされていき、それら全てが氷塊に命中。粉々にしていく。

 残りはグレイやナツ、エルザが処理してくれたお陰で被害はないと見えた。

 ウェンディも途中から参戦していた。

 後処理を終えたエルザとグレイが近くに寄ってくる。

 

「いやぁ~、助かった」

「ソウも感謝する」

「遊びもほどほどにしておけよ」

 

 ウェンディがソウの隣に駆け寄ってくる。

 何も言わないことに疑問を感じたソウ。

 すると、ウェンディはソウの背後にさっ!と隠れた。

 理由はグレイが素っ裸だからだ。

 

「あんたには羞恥心ってものがないのかしら………」

 

 シャルルの言うとおりだった。

 もはや、脱ぎ癖はそこまで行ってしまったかとソウは思ってしまった。

 

 取り敢えず準備運動は済んだみたいだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 時と場所は変わり、岩が目立つ岩礁にウェンディが座ってあるものを眺めていた。

 ポーリョシカから貰った魔法書だ。

 

「え………と、なんて読むんだろ………」

 

 書かれていた内容は難しくて何が何やら分からなく、困り果てていた。

 

「お兄ちゃんなら、分かるかな?」

 

 同じドラゴンスレイヤーの兄なら分かるかもしれないと思い立ったウェンディは早速行動に移るのだった。

 

 

 ◇

 

 一方、その頃フェアリーテイル他のギルドメンバーも各地で修行を始めていた。

 ハッピーは海に浮き輪を使って浮いている。視線の先には海面が広がっており何もない。

 ハッピーはあるものを待っていた。

 それはナツの咆哮。

 ナツは今、海面から数メートル沈んだことろにいた。

 口を大きく膨らまして、真上へと炎の咆哮を放つ。

 それは海面を突き破り、巨大な火柱がハッピーの目の前に現れる。

 

「ナツは、やっぱり凄いや。海のなかだと水圧がかかって重たいのに火竜の咆哮を撃てるんだ」

 

 改めてナツのすごさに感心していたハッピー。

 ナツが海面へと息を吸うために上がってきた。

 

「凄いねー、ナツ」

「いやぁ、まだまだだ。あんなんじゃ足りねぇ。もっともっとパワーを上げていかないとなぁ!」

 

 再びナツは海へと潜っていくと火竜の咆哮を放つ。

 先程よりも威力が上がっているような気がした。

 その光景を岩礁から眺めていたグレイが呟く。

 

「こりゃあ、負けてられねえな」

 

 

 ◇

 

 同じくルーシィは離れた場所で精神統一をしていた。

 あの時、ソウがしていたトレーニングと同じものだ。

 ルーシィの場合、肝心な所で魔力が切れてしまうことが多いので底上げをすることにしたのだ。

 精霊にも手伝ってもらいながらもいざ、始めてみるとシャルルの言い分通りに確かにきつい物だった。

 これをソウは難なくこなしていたのかと思うと改めてソウのそこ強さを感じる。

 

「………きつい………」

 

 

 ◇

 

 その頃、ソウはどこにいるかというと、崖の先に座っていた。

 視線の先には水平線が見える。

 ソウは立ち上がると、両手を前に構えた。

 魔力を掌に集中さして波動を感じる。

 やがて青色の形をした球型のエネルギーの塊が現れた。

 

 ───滅竜奥義『波動竜砲』

 

 それを前へと押し出す。すると、それは巨大な柱となって辺りを揺るがし水平線の遥か彼方に真っ直ぐに飛んでいった。

 

「やっぱ………時間がかかるな……」

 

 究極奥義“波動竜化”を使って作った方が圧倒的に時間短縮が出来る。

 普通の状態でも、すぐに出来るようにするのが今後の課題と言ったところだろうか。

 他にも新たに試してみたい技を幾つか思い付いたので早速試そうとしたが、誰かが来たみたいで断念した。

 

「お兄ちゃん、ちょっといい?」

「ウェンディか、どうしたんだ?」

「これ、読めないの」

 

 ウェンディから渡されたのは天竜の滅竜奥義が記されている魔法書だった。

 ソウは片手で受けとると目を軽く通す。

 

「ある程度………読めるけど、レビィに聞いた方が早いんじゃないか?確か“風詠みの眼鏡”も持っていたはずだし」

「分かった。ありがとう、お兄ちゃん」

 

 ソウが魔法書を返すと、律儀に礼をして去っていくウェンディ。

 風詠みの眼鏡とは魔法道具の一種であっという間に字が読めることが出来るのだ。

 少し間が空いてしまったが、気を引き締めて再び始めるのだった。

 

 

 ◇

 

 グレイは次々に氷を造形していく。

 ウェンディはレビィから借りた風詠みの眼鏡で魔法書を読んでいく。

 ジュビアは水面に浮かび、直方体に区切った水の塊を浮かび上がらせ崩れないように意識を高める。

 エルザは岸壁で波で上がってくる水飛沫を浴びながら剣を奮う。

 ナツは腰とタイヤを紐でくくりつけて、砂浜を猛ダッシュする。ハッピーは後を追いかける。

 

「もっと強くー!」

「あいさー!」

「もっともっと強くー!」

「──────あいあいさー!」

「俺達のギルドを舐めてるやつらを黙らせてやる!」

「──────────────────あいさー!」

 

 徐々にハッピーとナツの差が開いていき、ハッピーの声がだんだんと遠くなっていく。

 ナツがぐんぐんとスピードを上げていっているのだ。

 

「フェアリーテイルの力を見せてやるんだぁー!」

「見せてやるぞー!」

 

 各々のやる気は充分だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 その日の夜、一行は近くの宿に宿泊することとなった。

 ここに3ヶ月間、お世話になる予定だ。

 通路からは夜空が見え、星がまるで自己主張しているかのように輝きを放つ。

 浴衣姿になった女子達は夜空を見上げる。

 

「見てみて、星が綺麗!」

「今ごろ、他の皆も修行を頑張っているのかな?」

「私たちと同じように星を見ているこもしれませんね」

 

 ルーシィはきっと皆も見ているだろうと思った。

 何故かそう思えたのだ。

 確証はないが、きっと皆も同じように空を見上げて同じ景色を眺めていると自然に思えた。

 

「私も頑張らなくっちゃ!」

 

 ルーシィはそう決心をした。

 

 

 ◇

 

 男子達は少し遅れて晩御飯を食べるために広い部屋へと向かっていた。

「しっかし、ボロい民宿だなぁ」

「そういえば、前にアカネビーチに来た時ってすっげぇホテルに泊まったよなぁ」

「そうなのか?」

 

 アカネビーチとは確か観光スポットとして有名な場所だったはずだ。

 一度行ってみたいと思っていたソウ。

 

「忘れたのかぁ?あの時はロキがチケットをくれたから泊まれたんだろうがぁ」

「まあ、今のうちのギルドの予算じゃあ、ここでもいっぱい、いっぱいだよ」

「んなこと知ったことじゃねえ、それよりも腹減ったぁ~」

「俺、ちょっとトイレに行ってくるわ」

「おう。先に行っとくぞ」

 

 ソウは一行から離れて近くのトイレのある方へと歩いていった。

 ナツ達は広場へと向かい、障子を思いっきり開けた。

 

「な!………」

 

 そこでナツ達は信じられない光景を目にするのだった。

 

 

 ◇

 

 ソウは用をたすと、自分も腹が減ったので広場へと向かう。

 目的地に近づくにつれて、騒音が聞こえてくるがまた、あいつらが騒いでいるのだろうと気にしない。

 障子をゆっくり開けたソウは中に入ろうとしてその瞬間、足を止めた。

 

「な………何、このカオス!?」

 

 中は想像していたのとまったく違っていた。

 エルザはジェットとドロイを踏んづけており、ジュビアはグレイに抱きついて泣いている。体の半分が水になっていたが。

 ルーシィはナツに変なことを要求してナツを困らせている。

 レビィはテンション高めにナツを煽っている。

 シャルルはハッピーの背中に乗って「あんたは馬よ!」と言いながらハッピーを飛ばしていた。

 レモンは床に寝転んで寝ており、ウェンディは目を回していた。

 

「もしかして………酔ってるのか………?」

 

 部屋の中央の床には空になっている瓶がゴロゴロ転がっており、それらが全て酒だとすれば納得がいく。

 男子達が犠牲になっているのから、すると既に男子が到着した時には酔っぱらっていたのだろう。

 酒を飲ましたのは一体誰だろうと思った。

 エルザならまだしも、ウェンディが飲むとは思えないのだ。

 ソウは天井を見上げた。

 木材が入り組んでいる天井には初代メイビスが傍らに酒を置いて、肩を震わせていた。

 犯人は確実にこの人だとソウは決めつけた。

 というよりも肝心の飯が無くなっている。となると、ここにいると色んな意味で危ないのでさっさと退散することに決めたソウ。

 

「ソウ!助けてくれー!」

「ナツ~、ゴロゴロ~ってして~!」

 

 余計な邪魔が入った。

 ルーシィに意味不明な要求をされているナツがソウに助けを求めた。

 余計なことを言うなと思ったがそれが、もう既に遅かった。

 ソウという言葉に反応したのが、ウェンディだった。

 先程まで目を回していたはずのウェンディがひょこっと体を起こして、ソウを視線に捉えると立ち上がった。

 そして、ソウに向かって勢いよく飛び付いた。

「───うおっ!」

 

 急なことに対応するのが遅れてソウの体勢が崩れて仰向けになる。

 その上にウェンディが乗っかり、ソウは逃げることが出来なくなった。

 

「お兄ちゃん」

「ど、どうした、ウェンディ?」

 

 たったのその一言で、ソウはこれから起こることに嫌な予感がした。

 ウェンディの顔は酔っているのか赤くなっている。

 

「むぎゅー」

 

 いきなり、顔をソウの胸に擦りつけて抱きつくウェンディ。

 ソウは何をすればいいのか、分からないので黙って何もしない。

 

「お兄ちゃん………いい匂いがする」

 

 もはや、ウェンディは完全に頭が回っていないようである。

 ドラゴンスレイヤーだから、鼻はそれなりにいい。

 

「あの~………ウェンディ?何をしてるんですか?」

 

 恐る恐る声をかけてみる。

 ウェンディはゆっくり頭を上げた。

 

「お兄ちゃん、私の水着姿見て何も言ってくれなかった」

「へ?」

 

 何故かウェンディによる追求が始まった。

 そういえば、ウェンディの水着姿をあまりはっきりとは見ていなかったとソウは思い出す。

 あの時は別のことを考えていてすっかり抜けていた。

 もしかして言って欲しかったのだろうか。

「に、似合ってたぞ!………」

「今言われても遅いもん!」

 

 そりゃ、そうかとソウは思った。

 未だに意識がはっきりとしないウェンディはさらに暴走を開始する。

 

「なでなでして!」

 

 なでなで………というとウェンディの頭を撫でろと言うことなのだろうか。

 ここで逆らうわけにもいかず、ソウはゆっくりと手を伸ばす。

 ポン!と頭の上に手を置いて、優しくウェンディの髪を撫でる。

 ウェンディは気持ち良さそうにしているのでこれで良いだろう。

 しばらくして撫でるのを止めると名残惜しそうにウェンディは表情を変えた。

 

「これでいいか………?」

「駄目!」

 

 どうやらまだ不満足らしく、はっきりと言い切ったウェンディ。

 ソウは苦笑いを浮かべながらも頬をピくつかせた。

 

「私と………キスしてよ………」

「ちょっと!それは!」

 

 後から「それしてくれたら許してあげる………」と付け足すウェンディだったが、ソウはそれを完全に聞き流していた。

  ───今、俺の妹は何と言った!?

 ソウにはキスをしろと聞こえたが気のせいだろうか。

 いや、違う。

 現にウェンディは目を閉じて徐々にソウの顔に近づいているではないか。

 ソウは内心、凄く焦っていた。

 ここはどうすればいいのか。素直にウェンディの言うことに従うべきか。

 だんだんと近づくにつれて、ソウはより困惑していく。

 すると、次の瞬間ウェンディの体の力が抜けていく。ソウでも分かった。

 そして、ソウの上に全身が乗っかる様になった。しばらくしてすぅ…すぅ…と寝息が聞こえる。

 どうやら目を瞑っているとそのまま寝てしまったらしい。全身の緊張感が一気に抜けた。

 ゆっくりと起こさないようにウェンディの体を持ち上げて床に置こうとしたのだが、それは出来なかった。

 ウェンディの手がソウの服の裾を掴んでいたのだ。

 仕方ないのでウェンディを膝枕してあげることにしたソウ。

 それはそうと、シャルルのハッピーの呼び方が馬からロバに変わっていた。

 

 男の試練は終わり、一夜が過ぎる。

 

 ───そして、合宿二日目の朝。

 

 

続く─────────────────────────────




学生ですので、更新はまちまちになってしまいます。特にテスト期間は出来ないのでご了承おねがいします。


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第h話 星々の歌

取り合えず11月になる前に投稿するまでに至りました!!


───特訓、開始!!


 大魔闘演武まで後、3ヶ月。

 ソウはフェアリーテイルのいつものメンバーと海合宿に行っている。

 一方、その頃、ジュンやアール達は何をしているのかと言うと新たなギルド“トライデントギルド”を評議院に認定してもらうために動いていた。

 師匠のコネがあるので、そう苦労することはないが、代わりに時間がかかるという。なので、それには師匠とアールの二人が行くことにした。何故二人かと言うと空間魔法を使っての移動が可能で時間短縮になるからだ。

 とある町に残されたジュン、ルーズ、サンディーは人気がしない草原でちょっとした試合形式の練習をしていた。

 対峙しているのは女子二人。

 実力は互角と言ったところか。ソウの所のウェンディと言う少女も実力は二人とあまり変わらないと言っていた。

 ジュンは、ある魔法を自在に操れるように一人で特訓していた。

 ソウなら“波動”、アールなら“空間”と各々の特徴のある魔法を使っているが、ジュンは岩や砂を操って纏ったりする魔法が主だ。

 ある日いまいち、自分の魔法は劣っているのではないかとジュンは考えた。

 何故かと言うとこういう魔法は他の魔導士も会得しているからだ。

 そう悩んでいたのがソウが帰還する数ヶ月前の話。

 その時に話しかけたのが、師匠だった。

 まるで何もかも見透かしているようにジュンにある魔法書を渡したのだ。

 そこに書かれていた魔法にジュンは歓喜した。

 ここに書かれていた魔法は難易度がとても高いものだったが、これを使いこなせれば───より強くなれる。

 そしてそれが今、完成間近だった。

 

 

 

 

 合宿二日目の朝。

 砂浜に集合したソウ達は各自で準備運動などを色々始めた。

 それはそうと、昨日のあれのせいで男子達が少し怯えぎみだった。その反面、要因となっている女子達はどうも昨日の一件を覚えておらず、どうしてかと疑問符を浮かべる程度だった。

 唯一、ソウはなんともなかったが。

 ウェンディは昨日、兄に膝枕されていたことに気づいた時は顔を真っ赤にして何処かに走っていった。

 ソウはその時、寝ていたのだが。

 ウェンディが顔を真っ赤にしていたことなど露知らずソウはしばらくして目を覚ますと誰も居なくなっていた。

 皆は温泉にでも行ったのだろうとソウもその時は向かったのだった。

 

「充実してるなぁ」

「俺達が本気で鍛えりゃ」

「二日間といえど、かなりの魔力が上がりましたね」

 

 ウェンディの言うことはあってるかもしれないが、ソウは本気で鍛えてないのであまり変わっていない。

 ジュビアは木の影に隠れながらグレイと同じポーズを取っていた。グレイと同じポーズを取れて心が震えるとか思っているのだろうとソウは思った。

 

「この調子で3ヶ月鍛えれば、この時代に追い付くのも夢ではないようだ」

 

 「うん」とエルザの言葉に頷くレビィ。 そして再び特訓を開始した。

 

「見てろよ、他のギルドのやつらぁ!妖精の3ヶ月!炎のトレーニングの成果をなぁ!」

「最初は、“たったの3ヶ月なの!?”って思っていてたけど効率よく修行していけば“まだ3ヶ月あるの”って感じよね」

「あい!」

 

 砂浜に座ってハッピーに話しかけるルーシィ。

 するとルーシィの真下からいきなり穴が開いて誰かが出てきた。

 

「姫!大変です!」

 

 現れたのはルーシィの精霊、バルゴだった。

 ルーシィを頭の上に乗せている。

 

「うわぁ!どこから出てきてんのよ!」

「お仕置きですね」

 

 いつもと変わらずの口癖を放つバルゴ。どうやら本調子みたいである。

 

「バルゴ!」

「メイドの精霊」

 

 シャルルがありがたく説明してくれた。

 

「そういやぁ、ルーシィが7年間フェアリースフィアの中にいたってことは契約している精霊もずっと精霊界とやらにいたってことになるのか」

 

 グレイが気づいたようで告げた。

 確かにルーシィが7年間ずっと精霊を呼んでいなかったので、精霊達も暇だったのだろう。

 

「もう!星空の鍵の一件でなり気なく呼んでたけどそういえば、その前に7年も経っていたんだ!」

「可哀想………ルーシィのせいで………ルーシィのせいで………」

「気付いてなかったのかよ………」

 ルーシィのどんくささに呆れたソウ。

 昔と比べればだいぶルーシィもだんだんフェアリーテイルの皆に似てきたではないかと思う。

 で、なんでジュビアがルーシィと同じように涙を流しているんだと疑問に思った。

 

「いえ、それは対した問題ではないのです」

 

 バルゴの素っ気ない返しにそれもそうだとあることを思い出したソウ。

  確か、精霊界では時の流れやらが変わっていると聞いたことがあった。

 それよりもソウが気になったのはバルゴの今の台詞がとても重い空気を漂わせていたことにあった。

 レビィもそれに気付いて不安げに言う。

 

「どうしたの?」

 

 バルゴは少し間を置いた。

 そして、突然直角に腰を曲げて頭を下げたのだ。

 いきなりの行動に皆が驚く。

 

「精霊界が滅亡の危機なんです。どうか、皆さん、助けてください」

 

 精霊界の滅亡の危機とは、一大事だとは思うがソウはバルゴが嘘をついているように思えた。

 それに何処か棒読み気味だったし。

 そういえばバルゴは大体棒読み気味に言うのだったと次に思い出す。

 

「何だと?」

「そりゃあ、一体………」

 

 ソウの思考を余所に話を進めようとするエルザとグレイ。

 

「精霊界にて王がお待ちになっています。

皆さんを連れてきて欲しいと」

「よぉし、任せとけぇ!友達の頼みとあっちゃ!」

 

 ここでようやく、頭を上げたバルゴ。

 視線の先にはソウがいた。

 バルゴは口元に人差し指を当てた。黙っていて欲しいという合図だった。意図を汲んだソウは黙って頷いた。

 

「待って!精霊界に人間って入れないはずじゃ?」

「精霊の服を着て頂ければ精霊界にて活動出来ます」

 

 そう言うと、バルゴは一歩後ろに下がり、両手を軽く広げた。

 

「行きます!」

「ちょ、ちょっとまだ心の準備が………」

 

 ルーシィのことはお構い無しにソウの足元にも魔方陣が出現。

 皆の叫び声と共に光の柱が皆を包んだのだった。

 やがて、光が収まる頃にはそこに誰も居なくなっていた。

 ───ドロイとジェット以外。

 

「なんで俺達だけ………」

「置いてけぼり………!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ………唖然とした。

 ソウ達を迎えたのは広大な光景だった。

 まるで宇宙の神秘のような精霊界はただただ口をポカーンと開けて眺めているしかなかった。

 精霊界というのは初めて来たけどこんなに綺麗な所だとは想像以上だった。

 

「ここが精霊界………?」

「はぁー………綺麗………」

 

 ルーシィとウェンディも見たことがない絶景に感嘆の声を上げていた。

 いつの間にか服装も変わっており、ソウとウェンディは着物を来ていた。

 

「よーく…来たな…古き友よ……」

 

 目の前に巨大な影が出現したかと思うと、何ともゆっくりな口調で話始めた。

 見た目は巨大な髭のお爺ちゃんと言ったところか。

 

「でかっ!」

「髭ぇ!」

「誰ぇ!」

 

 ナツ、ハッピー、レモンによる三連答。

 ルーシィはそんなのお構い無しに一歩前に進みだした。

 

「精霊王!」

 

 次にエルザが前に進みだした。

 ウェンディとレビィは嫌な予感がした。

 

「お前がここの王か?」

 

 エルザは言ってしまった。お前………と。

 お前って言った!と密かに思う二人。

 

「いかにも………」

「精霊界の滅亡の危機って!?」

 

 ルーシィの質問に「むぅ………」と唸る精霊王。

 するとソウが前に出た。

 

「それよりもさぁ、俺達をここに呼んだ理由を教えてくれないか?」

「お兄ちゃん!それよりもって!」

「そうだ!精霊界の危機なんだぞ!」

「だから………違うって………」

 

 ソウの質問の意図が掴めない皆。

 そして、皆の視線が精霊王に注目する。

 やがて精霊王はニカッ、と笑みを浮かべた。

 

「え………」

「ルーシィとそのお供の時の呪縛からの帰還を祝して………宴じゃーー!!」

 

 精霊王の言ったことが理解出来なかったのか皆はポカーンとしていた。

 ソウは納得したのか、ただ笑っていた。

 様々な精霊達が自分達を歓迎してくれているみたいだった。

 ルーシィの契約している精霊は勿論、まだ見たこともない精霊達も歓迎してくれているようだ。

 

「滅亡の危機って!?」

「…………てへっ♪」

 

 バルゴはわざとらしく舌を出した。

 嘘をつかれたことにようやく気付いたルーシィは叫んだ。

 

「何ぃぃぃいいい!?」

「なははは、モゥ~騙してすまねぇっす。騙されてポカーンとしてるルーシィさん、しかも精霊界のコス、最高っす!」

「驚かせようと思ってエビ。今からでも宴ようにカットが必要とあらば、まかせるエビ」

「ルーシィ様たちの帰還を祝してメェー達に考えていたのです」

 

 どうやら精霊達が独自にサプライズとして企画したようだった。

 タウロス、キャンサー達もノリノリみたいだ。

 

「みーんなでお祝いしたかったけど、いっぺんに人間界に顕現することは出来ないでしょ」

「だから、皆さんの方を精霊界に呼んだんです、すみません~」

「今回だけだからな、ウィー」

「そうよ、特別よ」

「ピリ、ピリ」

 

 ようやく状況を理解できたナツ達は楽しむことにした。

 

「なんだぁ、そういうことか」

「そうなんでありますからして~モシモシ~」

「びっくりさせるなよ~」

「さあ、僕の胸に飛び込んでおいで、ルーシィ」

「もぅ………」

「さぁ!今宵は大いに飲め!歌え!騒げ~や騒げ、古き友の宴じゃー!」

 

 こうして、始まった精霊界での宴。

 大きなテーブルにはたくさんの舌を誘う料理が並べれていた。

 

「元気だったか」

「試験は残念だったね」

 

 グレイとロキは久しぶりの再開を拳をぶつけて楽しむ。

 そこにソウも入る。

 

「まあ、グレイもあと少しと言ったところか」

「そうか。よし、頑張るぜ」

 

 そう言うとグレイは別のところに走っていった。

 それを見届けたソウは少しばかり気になることをロキにぶつける。

 

「相変わらずだね、ソウは」

「自覚はないんだけどな。それよりもロキ、確か精霊界って────」

「────確かにそうだけど、よく知ってるね。ソウだからかな」

 

 やはり、ソウの予感は当たっていた。

 これを知ったらあいつらは驚愕すると思うが今、言っても変な気分にさせることになるので後回しにしておくことにした。

 というより知らぬが仏というやつだった。

 ウェンディはホロロギウムのところに行き、この前のお礼を述べる。

 

「ホロロギウムさん!」

「おや、おや、これは………」

「あの時はどうも、ありがとうこざいました」

 

 あの時とはハデス戦の時に助けてもらったことを言っているのだ。

 

「いえいえ、礼には及びません」

「でも…あの…服が脱げたのは恥ずかしかったです………お兄ちゃんなら大丈夫だけど…」

 

 顔を赤らめ両手を顔に当てたウェンディ。

 

「いや……その……あれは……」

 

 返事に戸惑うホロロギウム。

 その背後からルーシィがふざけて返事を返した。

 

「失礼しました!、と申しております」

 

 

 ◇

 

 ───その頃───

 ジュビアはアクエリアスと二人で話をしていた。

 その内容が男についてだ。

 

「その調子だとルーシィみたいになっちゃうわよ」

「どういうことよ!」

 

 離れた所からルーシィは突っ込んだ。

 一体何がルーシィみたいなのかは分からないが、悪いことだけは間違いがなかった。

 

 

 ◇

 

 レビィは精霊界の本棚を眺めていた。

隣には時計の精霊がおり、一冊あげると言ったらレビィの眼が輝いた。

 が、時計の精霊がいきなり寝てしまった。

 ルーシィによると考え中らしい。

 ハッピー、シャルル、レモンはプルーと戯れていた。

 そういえば、こいつもニコラという精霊だったと思い出したシャルル。

 すると、ニコラが大量に出現してエクシードを多い尽くした。

 

「うわぁたくさーんいるー」

「私このプルーがいい!」

 

 レモンはどうしてか自分のお気に入りを見つけていた。

 

 

 ◇

 

 また、エルザは服が似合っているのかどうか、何度もすそを持ち上げて確認をしていた。

 

「エルザさーん!モゥー相変わらずのナイスバディで」

「そうか?」

「ちょっと跳び跳ねてくれませんか?」

「なぜだ?」

 

 タウロスはエルザを変な目で見つめる。

 目がハートになっている。

 そしていやらしいことを考えている。

 

「あの精霊………嫌」

「私もです………」

 

 一部始終を見ていたウェンディとレビィが引いていた。あの二人はエルザと違い特有の膨らみがないことから来ているのだろう。

 

 

 ◇

 

 ナツとソウは精霊界の料理を堪能していた。

 周りには積み重なった皿があった。

 

「うんめぇ!なんの料理だ?」

「ホント!止まらないぞ!」

「蟹のペスカとエビ、星屑バター添えだエビ」

「そっちはハマルソースの子羊ステーキです」

 

 答えたのはキャンサーとアイリス。

 ソウとナツの手が止まった。

 今、なんといった。

 ソウには蟹のペスカと子羊ステーキと聞こえた。

 つまり、これは同じ蟹座と子羊座の二人にとってはあれなわけで。

 

「「ごめんなさいーー!」」

 

 二人同時に速答で謝った。

 

 

 ◇

 

「それにしても不思議なところだよな…」

 

 グレイが呟く。その周りには大量のニコラが集まっていた。

 

「私も精霊界がこんな風になってたなんて知らなかった───私のプルーどれだろう?」

 

 もうどれがどれやらニコラが多すぎて自分のプルーが分からなくなってしまったルーシィ。

 

「それは当然古き友と言えど、ここに招いたのは…はじめて」

 

 精霊王の言葉に笑顔が溢れたルーシィ。

 

「それだけ認められてるってことだよな」

 

 グレイはルーシィの頭を撫でた。

 それを恨ましそうに見ているジュビア。

 

「ちょっと!なにしてんのぉ!」

 

 やがて、会場には優しい音楽が包み、皆の心を癒す一時となる。

 ルーシィは色んなことを思い返した。

 辛いこと。楽しいこと。悲しいこと。

 それらは皆がいてくれたからこそ、成り立ったものでありかけがえのないもの。

ルーシィは涙を流してこう言った。

 

「ありがと………みんな、大好き……」

 

 精霊王はただニカッ!と笑顔を浮かべた。

 

 

 ◇

 

 楽しい時はあっという間に過ぎていく。

 もうソウ達が人間界に帰る時間が近づいていた。

 

「存分に楽しんでしまった」

「こんなうめぇもん、食ったことねぇよ」

「食ったのか!食ったのか!おめえ!」

 

 グレイはあれを食ってしまったのかとナツは思った。

 無情すぎる。

 

「この本、もらっていいの?」

 

 レビィは精霊の本を一冊頂いていた。

 

「私この服欲しいです!」

「その服似合ってると思うぞ」

「ホント!」

 

 嬉しいのかその場で一回転するウェンディ。

 

「変なプルーが離れないんだけど~………」

「私も~…」

「あそこは妙に気があっちゃって」

 

 ハッピーとレモンは変なニコラにくっつかれていた。

 シャルルの視線の先にはがっちり手を握り交わしたジュビアとアクエリアス。

 

「苦労してんだね、あんた」

「アクエリアスさんこそ!」

 

 もはや、聞きたくない内容だった。

 

「古き友よ………そなたには我々がついている」

「うん!」

「これからもよろしく頼むぜ」

「いつでもメェー達を呼んでください」

「またギルドに顔を出すよ」

「みなさん、ルーシィさんをこれからもよろしくお願いします」

 

 本当にルーシィは精霊に愛されていると改めて実感した。

「では、古き友に星の導きの加護があらんことを」

 

 そう言うと精霊王を筆頭に精霊達が姿を消していった。

 残ったのはソウ達と送ってくれるバルゴとホロロギウムだけだ。

「本当にお前は精霊に愛されているな」

「みんな、最高の仲間よ」

「さぁて、だいぶ遊んじまったし、帰ったらたっぷり修行しねぇとなぁ」

 

 ナツの言葉を聞いてソウに嫌な予感がした。

 まさか、本当にあの事実を知らないのではないかと。というより自分が知っているのに言わなかったら絶対に責められる。

 自分の口からではなく、バルゴにいってもらうことにしたソウ。

 

「そうだ、3ヶ月で他のギルドのやつらに追い付かねぇと」

「打倒セイバートゥースだよ!」

 

 グレイの発言で完全にある確信に至ったソウ。

 

「バルゴ、何か忘れてない?」

「あ、そういえば一ついい忘れていたことが。精霊界は人間界とは時間の流れが違うのです」

 

 ───ついに来た。

 直感的に感じたソウ。

 

「まさか、それって………こっちの一年が人間界では一日、ってみてぇな?」

「夢のような修行ゾーンなのか!?」

 

 興奮してしまっているナツとグレイ。

 それをソウは何とも言えない表情で見ていた。

 あの二人のいう通りだったら良かったのだけれど現実はそうも簡単にいかないものである。

 

「………いいえ。逆です」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 そして、ソウ達は人間界へと帰還した。

 目の前には砂浜と海が広がっていた。

 ただ、誰も居なかった。それもそのはず、海シーズンはとうに過ぎていたからだ。

 思い出すのはバルゴの最後の言葉。

 

『精霊界で一日過ごすと人間界では………3()()()経ってます』

 

 頭が真っ白状態で海を見つめるナツ達。

 これから修行に励もうとしていた矢先に起きた最悪の事態が起きてしまった。

 頭をよぎるのは絶望。

 

「みんなー、待ちくたびれたぜー」

「大魔闘演武まで後、5日だぜ。すげぇ修行してきたんだろうなぁ?」

 

 そこに駆けつけたのは置いていかれたジェットとドロイだった。

 少し日焼けをしている。

 ただ、何も答えずじっとその場に立ち尽くすナツ達。

 

「「「終わった………」」」

 

 そして、力尽きたようにナツ、グレイ、エルザが前倒しに倒れた。

 ウェンディはその場にしゃがみこんで、泣き出す始末。

 ソウが慰めるように頭を撫でた。

 

「うえぇぇぇーー!」

「泣くなって、ウェンディ」

 

 そういうソウも、どこか後悔していたげな表情だった。

 ルーシィは思いっきり叫んだ。

 

「髭ぇぇーー!!時間返せぇぇーー!!」

 

 大魔闘演武まで後5日である。

 

 

続く──────────────────────────────




大魔闘演武まで後、少し………だ!!


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第i話 すれ違う時間

少し急ぎ目で行きたいんですけど………まぁ、のんびり行きましょう

───では、スタート!!


 さて、開幕まで残り5日を切った大魔闘演武。

 ソウが動くのはその二日前ぐらいからで良いので実質あと残りは三日なので、新たに思い付いた魔法でも試してみようかなと考えていた。

 そんなソウとは違い呑気なことは考えられない皆は砂浜に座り込み、絶望に浸っていた。

「なんということだ………」

 

「大事な修行期間が………」

 

「精霊界でたった一日過ごしただけで………」

 

「3ヶ月があっという間に過ぎちまった………」

 

「どうしよう………」

 

 もはや、希望は全て消滅したかのような暗い雰囲気を漂わせている。修行しようにも時間がない。

 

「姫!提案があります!もっと私にきつめのお仕置きを!」

 

 バルゴは正座させられて、それでなおその上にレンガが積み重ねられて手を木に縛り付けられているのに、まだそれを言うのかと思った。

 

「………帰れば」

 

 これはルーシィがしたわけではない。自分で勝手にこうしているわけで、精霊界に今すぐにでもバルゴは帰れるはずなのだ。

 

「なんでお兄ちゃんはあんなにマイペースなのでしょうか………?」

 

 ウェンディの視線の先にはソウが砂の上に立ち、海を呑気に眺めていた様子が映っていた。

 

「そういえば、ソウっていつもトレーニングしてたのよね………」

 

 だから、あんなに気にすることなくしているのだろうか。

 すると、ソウは「お!…これいいかも」と言いながら新たな魔法を発動させようとしていた。

 気楽なものである。

「いいなぁ…………」

 

 ルーシィは呟いた。

 

「大魔闘演武まで後、5日しかねぇのに」

 

「全然魔力が上がってねぇじゃねぇか」

 

 事情を知らないジェットとドロイにそう言われてしまい何とも言えないナツ達。

 離れているソウは海に向かって体勢を構えていた。

「今回は他の皆に期待するしか無さそうだね」

 

 レビィの言う通りだった。

 ジュビアはその場で重いため息を吐いた。

 ソウは魔法の準備をしていた。

 

「またリリーと力の差が開いちゃうよ………」

 

「あんた、それ気にしてたの!?」

 

 ハッピーの呟きにシャルルとウェンディが驚いた。

 まさか、ハッピーがそんなことを気にしていたなんて思ってもいなかった。

 ソウの両手の中に波動が形成されていく。

 

「今からでも遅くない!今から5日間地獄の特訓だ!お前ら覚悟を決めろぉ!寝る暇はないぞ!」

 

 片手を上げて、闘志を燃え上がらせるエルザ。

 隣のルーシィが震え上がる。

 ソウの波動の膨張が止まった。

 

「エルザの闘志に火が付いちまった……」

 

「いいじゃねぇか!地獄の特訓、燃えてきたー!」

 

「よし、私に続け!まずはランニングだ!」

 

 早速始めようとしたエルザだった。

 が、空から羽根が舞ってきて何かがエルザの頭上に止まった。

 

「はと?」

 

「足に何かついてんぞ?」

 

「メモだ」

 

 どうやら、伝書鳩のようだった。

 ナツは鳩の足に付けられていたメモに目を通した。

 ソウの波動が今度は徐々に小さく凝縮されていく。

 

「どらどら……」

 

「まさか!グレイ様からの恋文!」

 

「んなわけ、ねぇだろ!」

 

「何々、“フェアリーテイルへ。西の丘にある壊れた吊り橋まで来い”」

 

 ジュビアが変なことを言っているのを他所にハッピーがメモの内容を読み上げた。

 

「なんだよ、えらそうに!」

 

「ああ、来いって命令口調なのが気に食わねぇな」

 

 問題はそこなのだろうか。

 壊れた吊り橋まで行くのはいいが、悩める所だった。

 ソウは凝縮した球を体の前に浮かした。

 

「どうしますか?」

 

「なんか、怪しいわよ」

 

「いや、行ってみよう」

 

「でも、罠かも………」

 

 エルザは行こうと言ったがレビィがそれに反論した。

レビィの言うことも一理ある。

 誰もがまずはそう考えるのが普通だと言ったところだろう。

 ソウは自身の拳を後ろにゆっくり引いた。

 

「そうよ、止めといた方がいいって」

 

「行けば分かる!」

 

「あぁ!面白くなってきた!」

 

 レビィの意見に賛同したルーシィ。

 エルザは頑固にそれを拒否した。

 ということで、ウェンディがある提案をした。

 

「取り合えずお兄ちゃんにも聞いてみましょう?」

 

 皆の目線がソウに注目するのとソウが小さな球に向かって拳を放ったのはほぼ同時だった。

 次の瞬間、果てしない威力の衝撃波が海面を一瞬で通った。

 通った後の水面は抉れるようになっておりしばらくすると元に戻った。

 

「だめだ、これ。時間がかかる。手も痛いし」

 

 魔法を放つと同時にこちらにまで揺れが届いたような気がしたナツ達。

 ソウの魔法の威力は前より上がっているのではないかと改めて感じていた。

 ふぅーと深呼吸をついたソウはナツ達の方に振り返るとこう言った。

 

「俺も行ってみたらいいと思うぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ということで、早速ソウ達は指定されていた壊れた吊り橋の所へと来ていた。

 が、着いたのに辺りには何もなくただ壊れて渡れない吊り橋が崖にぶら下がっているだけだ。

 向こう岸までは崖を飛び越えないといけないのだが、普通の人には到底不可能な距離だった。ソウの場合は衝撃の反動を使って飛び越えることは可能だが。

 

「壊れた吊り橋とはこれのことか?」

 

 何故、わざわざこんな所に呼び出したのか意図が読めない。

 エルザの言葉にナツは拳をがっつり合わした。

 

「っちぇ、誰もいねえじゃねえか」

 

「なんで、喧嘩腰なんですか………」

 

「イタズラかよ」

 

 ナツは戦闘をすることしか頭に無いようで戦闘準備が既に万端であった。

 ウェンディは恐る恐る言った。

 グレイは悔しそうに表情を歪めた。

 が、ソウは直感的にイタズラではないと感じていた。

 

「だから、止めとこって言ったじゃない」

 

「取り敢えず向こうに行ってみますか」

 

「あんたはあんたで何言ってるよ………」

 

 ルーシィに呆れた目線を送られたソウだったが、特に気にしていないようだった。

 ルーシィが呆れるのも分かる。

 崖に落ちるのはまだしも下には激流が走っているのであんな所に巻き込まれたりしたら大惨事である。

 

「んじゃ、ちょっくらと」

 

 片膝をついて飛び上がる姿勢に入ったソウ。

 その時、エルザは何かに気づいたのかソウを制した。

 

「ソウ、ちょっとまて」

 

 ソウは何も言わずに立ち上がった。

 ソウもエルザに言われずとも気付いていたのだ。気配が微妙に変わった。

 すると、突如橋に異変が起きた。

 だんだんと吊り橋が形成されていき、やがてそれは完全に新しく出来上がったような吊り橋になったのだ。

 まるで巻き戻しを見ているかのように。

 

「これは………」

 

「橋が………」

 

「直った!」

 

「この魔法………」

 

 今の魔法を見たことがあったと記憶を探るソウ。

 確かこれはあいつの魔法だったのではないかと。だが、そいつは今どこにいるのかは分からないがこれをした犯人がそいつだとは有り得ない。

 いや、7年経っているのでその考えは少し甘いかと一切合切切り捨てたソウ。

 そいつの仕業だとここに呼んだ理由もある程度理解できる。わざわざ壊れた吊り橋の所に呼んだ理由が。

 ソウの推測が正しければ今の魔法を見せつけさせたかったのだろう。

 

「向こう岸に繋がったぞ」

 

 グレイがそう言った。

 エルザは意図を汲んだのか頷いた。

「渡ってこいと言うことか」

 

「やっぱり罠かもしれないよ」

 

 レビィはまだ不安を拭いきれていなかったようだ。

 いや、皆もそうだったようで今のレビィの一言は皆の代弁をしたかのようだった。

 例外はナツとソウ。

 

「なんか怖いです………」

 

「誰だか知らねえがいってやろうじゃねーか」

 

「じゃあ、ナツからね」

 

「よっしゃ!いけー!」

 

 グレイがナツの背中を思いっきり押した。

 そのせいでナツは吊り橋の上に体勢を崩しながら行く羽目になった。

 どうにかバランスを保ちながらナツは吊り橋の上に立った。

 それをソウはナツを可哀想だと思いながら見ていた。

 吊り橋が安全かどうかナツで試しているのだ。

 

「急に押すんじゃねえ!びっくりするだろうがぁ!」

 

 ロープを掴みながら文句を垂らしてきたナツ。

 というより自分が実験材料にされているという事実は気づいているのか微妙なところだった。

 するとナツの様子がおかしくなった。

 口に手を当てて押さえていた。吊り橋にどうやら酔ったらしい。

 

「あいつ、吊り橋でも酔うのか」

 

 思わぬ収穫が入ったとグレイは思った。

 このことが他に使えるかどうか分からないが知っておいて損は無いだろう。

 何を思ったのかウェンディがソウの方を向いた。

 

「お兄ちゃんも酔うの?」

 

「いや、酔わないけど」

 

 ソウの場合は逆にその揺れも吸収しているので酔うことはない。

 一回吸収するのを止めてみたら、その時は酔ってしまったのでそれ以降は常にそうしている。

 それを聞いて一安心するかのように前を向いたウェンディ。

 ナツと同じ滅竜魔導士のソウもそうだったら天竜の私も酔ってしまうのかなとでも疑問に思ったのだろう。

 

「吊り橋野郎、なめんなよ!うぉぉぉぉおお!!」

 

 無理矢理ナツは橋の上を走っていく。

 そのせいで大きく吊り橋が揺れている。

 ナツは思いっきりジャンプをして向こう岸に着地した。

 どうだと言わんばかりにナツはこちらの方に顔を向けた。

 

「この橋…誰かが渡ると絶っ対落ちると思ってたけど…」

 

「大丈夫でしたね」

 

 こんなことを言うルーシィとウェンディはソウからしてみれば小悪魔に見えた。

 

「俺は囮かぁーーー!!」

 

「ナツのお陰で安全が確認された。皆、行くぞ」

 

 冷静なエルザの一言で皆も渡ろうとするが、ソウの番になるとルーシィに止められた。

 

「ソウは最後に来てね」

 

「え………」

 

「だって、吊り橋を魔法で揺らされたら怖いんだもん」

 

「お兄ちゃん、そんなことするの………」

 

「しないから!!」

 

 変な疑いを妹にかけられて兄は無情に叫ぶのだった。

 結果、ソウは渋々最後に渡った。

 壊してやろうかと頭をよぎったが結局止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橋を渡った後はどんどん奥に進んでいくのだが、何もない。

 ただ、木々が広がっているだけだった。

 一行は森のなかを進んでいく。

「来るなら来やがれ」

 

「あぁ、強い相手なら特訓になる」

 

「お前…特訓のことしか頭にないのか…」

 

 グレイの冷静な突っ込みが入る。

 それほどナツは必死なんだろうということが伺えた。

 すると、エルザが急に立ち止まり後ろに止まるように合図を出した。

 前方には謎の人影が見られた。

 

「誰かいる!」

 

「皆さん、気を付けてください!」

 

 ジュビアの忠告に皆の気が引き締まる。

 するとフードを被って正体が分からないが徐々にこちらに歩み寄ってきた。

 それも3人。

 さらにソウはその内の二人には見覚えがあった。

 

「あいつら………」

 

 ナツを筆頭に皆が驚いていく。

 どうやらソウの分からない3人目の人物も知っているらしい。

 

「来てくれて………ありがとう………フェアリーテイル」

 

 3人は同時にフードを取った。

 エルザの目が大きく見開いた。何故ならそこにいたのは有り得ない人物だったからだ。

 青髪をしており、顔にタトゥーが入っている端麗な青年。

 ソウの知らない3人目だったが、顔を見た瞬間ソウでも正体が分かった。

 

「………ジェラール」

 

 エルザは男の名───ジェラールと呟く。

「変わってないな、エルザ。もう俺が脱獄した話は聞いているか?」

 

 「あぁ……」と歯切れの悪い返事をしたエルザ。どこか、上の空である。

 ジェラールの表情が暗くなる。

 

「そんなつもりはなかったんだけどな………」

 

 実際にそうであったのだろう。

 すると後ろにいた一人の女性───ウルティアが弁護した。

 ウルティアは確か、元悪魔の心臓(グリモア・ハート)の幹部の一人であったはず。

 天狼島でフェアリーテイルとは派手に対戦している。その時に悪魔の心臓はフェアリーテイルに負けてほとんど壊滅したと思われた。

 

「私とメルディで牢を破ったの」

 

 最後の一人がウルティアと同じ幹部のメルディと言う少女。

 七年前とは随分雰囲気が変わったように見られた。今では愛想の良い可愛らしい印象がある。

 

「私は何もやっていない。ほとんどウルティア一人でやったんじゃない」

 

 笑顔を浮かべながらメルディは言った。

 それに一番驚いていたのは天狼島で対戦したジュビアだった。

 今では笑顔を平気で浮かべているが会った当初は誰にも寄せ付けないオーラを漂わしていたのだ。

 

「メルディ………」

 

「ん……あ!ジュビア!久しぶりぃ!!」

 

 ジュビアに向かって手を振るメルディ。昔では想像出来なかった変貌ぶりだ。

 

「ジェラールが脱獄………!」

 

「こいつらグリモアの………!」

 

「まあ、待て。今は敵じゃない。そうだろ?」

 

 ルーシィとナツを制したグレイの視線の先にはウルティアがいた。

 ウルティアは小さく頷いた。

 

「えぇ、私の人生の中で犯してきた罪の数はとてもじゃないけど一生では償いけれない。だから、せめて私が人生を狂わせてしまった人々を救いたい。そう思ったの」

 

「人生を狂わせてしまった人々………」

 

 呟いたウェンディの視線はジェラールに向けられていた。

 ウルティアの行ったことはまずジェラールを救うことから始めたのだろうか。

 

「例えばジェラール」

 

「いいんだ。俺もお前も闇に取り付かれてた。過去の話だ」

 

「ジェラール…お前記憶が…」

 

 ウェンディと再開をしたあの時に聞かされた話のなかに記憶を失ったジェラールも出てきていた。

 その時に評議院に連れていかれて牢に入ったのだともエルザから聞いた。

 

「あぁ………はっきりしている。何もかもな」

 

 迷いもなくエルザに言ったその一言には何かが込められているような感じがソウはした。

 

「6年前。まだ牢に居るときに記憶が戻った。エルザ………本当になんと言えばいいのか………」

 

「楽園の塔でのことは私に責任がある。ジェラールは私が操っていたの」

 

 ウルティアはジェラールを庇うように言った。

 楽園の搭という所で何があったのか、ソウには詳しい事情は知らない。だが、それでもとても内容が重いことだけは分かる。

 

「だから、あまり責めないであげて……」

 

 最後にそう付け足した。

 それはウルティアの一番の望みだったのだろう。

 

「俺は牢で一生を終えるか、死刑。それを受け入れていたんだ。ウルティア達が俺を脱獄させるまではな………」

 

 その言い方だと今では考えが変わっているという風に受けとることも出来る。

 

「それって何か生きる目的が出来たってことですか?」

 

 ウェンディが素朴な疑問を尋ねた。

 ジェラールはウェンディの方を見た。

 

「ウェンディ………そういえば、君の知っているジェラールと俺はどうやら別人のようだ」

 

「あ!はい、それについてはもう解決しました」

 

 ジェラールがウェンディとの出会いのことを思い出せないのも当たり前だ。

 そもそもそんなことは無いのだから。

 ウェンディと会ったのはジェラールと言ってもこっちの世界ではなくエドラスの方のジェラールだったからだ。

 こちらの世界でいう、ミストガンのことだ。

 今ではエドラスの世界で国王を務めているだろう。

 

「それにお兄ちゃんとも会えましたし」

 

 そう言うとウェンディはソウの腕へと抱きついた。

 ソウはウェンディの頭を撫でた。

 

「君が………ウェンディの探していたもう一人の………」

 

「初めましてかな。俺はフェアリーテイルS級魔導士であり、また波動竜の滅竜魔導でもあるソウって言うんだ。よろしく」

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 ソウとジェラールはがっちり握手を交わした。

 

「ウェンディのことは………」

 

「分かってる」

 

 ソウだけに聞こえるように呟いたジェラール。

 まさか、両方のジェラールからウェンディを任せるように言われるとは思ってもいなかったことだった。

 

「で、ジェラールは生きる目的を見つけたのか?」

 

「生きる目的………そんな高尚なものではない」

 

「私たちはギルドを作ったの」

 

 ウルティアのその一言により、またナツ達に驚愕が走る。

 ソウは密かにトライのことを思い出していた。

 

「正規でもない、闇業界でもない、独立ギルド。『魔女の罪(クリムソルシュエール)』」

 

「独立ギルド?」

 

「どういうこと?」

 

「連盟に加入していないってこと?」

 

 レビィ、ハッピーを筆頭にあまり意味が伝わらなかったようだ。

 シャルルにはある程度伝わったようだった。

 

「クリムソルシュエール。聞いたことあるぞぉ」

 

「ここ数年で闇ギルドの数々を壊滅させているとか」

 

 ジェットの言うことはソウも噂程度に聞いていた。

 ただし、それがジェラール達だとは思いもしなかったが。

 

「私達の目的はただ一つ」

 

「ゼレフ………」

 

 ジェラールの一言にエルザ達は驚愕する。まさか、世界災厄の魔導士が目的だとは考えられなかった。

 

「闇ギルド………この世の暗黒を全て祓うために結成されたギルドだ。二度と俺たちのような闇に取り付かれた魔導士を産まないように」

 

「それって凄いことよね」

 

「評議会で正規ギルドとして認めてもらえればいいのに」

 

 それぞれな反応を見せたナツ達。

 グレイの言うことも一理あるが、出来ない。何故なら───

 

「脱獄犯だぞ」

 

「私達、元グリモアハートだし」

 

「それに正規ギルドでは表向きには闇ギルド相手とはいえ、ギルド間抗争禁止条例がある。俺たちのギルドの形はこれでいいんだ」

 

 ギルドの間での争いを出来る限り押さえるために出来た条例。

 ジェラールの言うとおり、正規ギルドでない方が動きやすいのだろう。

 というか、ソウは大体闇ギルドを壊滅状態に一人で追い込んでいるのだが大丈夫なのだろうかという心配になっていた。

 そんなことを心配しているのはソウぐらいだった。

 

「んで、あなたたちを呼んだのは別に自己紹介の為じゃないのよ。大魔闘演武に参加するのよね」

 

 聞かれたくないことを聞かれてしまい、ナツは「お、おう………」となんとも歯切れの悪い返事をした。

 

「会場に私達は近づけない。だからあなたたちに一つ頼みたいことがあるの」

 

「誰かのサインが欲しいとか」

 

「それは遠慮しとくわ………!」

 

 ナツは真剣な表情だったので本気でそのつもりで言ったのだろう。

 代わりにジェラールが告げた。

 

「毎年開催中に妙な魔力を感じるんだ。その正体を突き止めて欲しい」

 

 なんとも変な頼みだなぁとソウは思った。

 皆は固唾を飲んだ。

 

 

 

続く──────────────────────────────

 




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第j話 セカンドオリジン

そろそろ本格的に始動していきます!!

───では、go!!


 妙な魔力とはまさか、ソウ達の目的と何らかの影響が関わって来ているのではないだろうか。

 それは、直接確かめてみないと何とも言えないが可能性は捨てきれない。

 

「なんじゃ、そりゃ?」

「大魔闘演武にはフィオーレ中のギルドが集まるんでしょ?」

「怪しい魔力の一つや二つ………」

「俺たちも初めはそう思っていた。しかし、その魔力は邪悪でゼレフに似た何かなんだ」

「ゼレフに似た何かだと!?」

「それはゼレフに近すぎ過ぎた俺たちだからこそ、感知出来たかもしれない」

 

 そんな微弱なものだと、ソウの魔法でも感じ取れるのは難しくなってくる。距離や魔力の種類によって難易度は変わっては来るが。

 

「私達はその魔力の正体を知りたいの」

「ゼレフの居場所を突き止める手掛かりになるかも知れないしな」

「勿論、勝敗とは別の話よ。私達も影ながらフェアリーテイルを応援しているから、それとなく探って欲しいの」

「雲を掴むような話だが請け合おう」

「助かるわ」

「いいのか、エルザ?」

 

 グレイはエルザにそう尋ねた。

 ソウとしても特に異論はなかった。

 

「妙な魔力の元にフィオーレ中のギルドが集結しているとなれば、私達も不安だしな」

 

 それは良いのだが、問題と言えば一つ浮かび上がる。

 それは修行不足だと言うことだ。

 このまま大魔闘演武に出場して恥を会うことだけはどうしても避けたい事態だった。

 

「報酬は前払いよ」

「お金!」「食費!」

 

 もはや、金に飢えてるルーシィと食べ物に飢えてるナツとハッピーが残念な人に見えてきた。

 

「いいえ、お金じゃないわ。この進化した時のアークがあなたたちの能力を底上げするわ」

 

 そう言ってウルティアが取り出したのは一つの大きな掌サイズの真珠のような球体だった。

 ウルティアはこれを使い、時を操る魔法を使うのだ。

 

「パワーアップと言えば聞こえはいいが、実際はそうじゃない」

 

 そして、ウルティアによる説明が始まった。

 魔導士にはその人の魔力の限界値を決める器のような物がある。

 例えその中が空になったとしても、大気中のエーテルナノを体が自動的に摂取してしばらくすれば元に戻るらしい。ただ、最近の研究によるとどうも、いつもは使われていない部分があると判明した。

 それが誰もが持っている潜在能力“セカンドオリジン"らしい。

 

「セカンドオリジン?」

「時のアークがその器を成長させセカンドオリジンを使える状態にする。つまり今まで以上に活動時間が増やし強大な魔法を使えるようになる」

 

 それはなんという奇跡なのだろうか。

 こんな都合の良い話が回ってくるとは思いもしなかった一同は歓喜の声を上げた。

 

「おぉ!全然意味分かんねぇけど」

「ただし!想像を絶する激痛と戦うことになるわよ!」

 

 ウルティアの目が光った。

 

「はわわ………」

「目が怖い………」

 

 ウェンディとレビィが怯えている。

 ナツはそんなの問答無用にウルティアに抱きついた。

 

「構わねぇ!ありがと!ありがと!どうしよ、だんだん本物の女に見えてきた」

「だから女だって!」

「まだ引きずっていたのか………」

 

 ナツが初めてウルティアと会ったとき、ウルティアは老人の姿をしていたようでその時の事がまだ根に残っていたらしい。

 

「ソウ、どうするの?」

「まあ、一応損は無さそうだからやってみるよ」

 

 頭の上にいるレモンが尋ねた。

 ソウもセカンドオリジンとやらを体感してみることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 時は夕刻。

 場所は砂浜に移り、早速セカンドオリジンを開放するための魔法をウルティアにかけてもらうことにした。

 一番と名乗りを上げたのはナツだった。

 性格からしてそう来るだろうと思っていた皆は譲ることにした。というか、その激痛とやらを見てみたかったようだ。

 

「うがあぁぁぁぁぉぁぁ!!!」

 

 それは悪い方向に一回り上回るものだった。

 砂浜に寝転んでいるナツは手を空に上げて、苦しそうに抗っていた。

 嗚咽を洩らしそのまま暴れまわる姿は見るに耐えない状況だった。

 

「服脱がなきゃ………魔方陣かけてもらえねぇのかな………?」

「あんたがそれ、心配しなくてもいいんじゃない…………」

 

 どうでも良いことをグレイが呟く。

 グレイは常にと言っていいほど裸なので気にすることはなかった。

 

「頑張って、潜在能力を引き出すのは簡単じゃないの」

 

 必死に耐えるナツ。

 一体どんな激痛が走っているのか想像したくない。

 

「ちょっと、あれ、大丈夫なの………?」

「どんだけの痛みなんだよ………!」

「感覚リンクしてみる~?」

「ふざけんな!」

 

 冗談混じりにメルディが言った。

 遠くから見ていたジュビアは冗談も言えるようになったんだと感心していた。

 

「私達もあれやるの…………?」

「泣きそうです!」

「って、泣いてるじゃない」

「服、引っ張りすぎだって」

 

 ソウを挟むようにしてウェンディとレビィが見ていた。

 二人ともソウの服の袖を掴み思いっきり引っ張りすぎているのだ。

 ウェンディに至ってはほとんどソウに抱きついている。

 

「俺たちには関係ねぇし………」

「帰ろうかなぁ………」

 

 ドロイとジェットは忍び足でその場を退散していく。

 

「ナツ………」

 

 不安そうに見守るハッピー。自分の相棒がこんな姿になっているのでとても心配しているのだろう。

 シャルルとレモンが誰かを探しているのか辺りを見回した。

 

「そういえばエルザは?」

「どこ行ったの?見かけないね」

「ジェラールと二人でどこかに行ったよ」

 

 ハッピーの返答に反応したのはジュビアだった。

 

「二人で!そういうことならジュビア達も!」

「どういうことだよ………」

 

 ジュビアに何処かへ連れていかれそうになるグレイ。

 一部始終を見たメルディが一言。

 

「やっぱり、恋は進展してないのね………」

「エルザ………」

 

 ルーシィは呟いた。

 今、二人はどこに行ったのだろうか。

 

「お兄ちゃん………」

「どうした?」

「手………握っていい?」

 

 ナツの苦しむ姿を見て、今から自分もあれを受けないと考えたら嫌になってきたのだろう。

 それにウェンディはまだ少女だ。

 だけど、強くなるためには通らないといけない試練でもある。

 そんな妹の少しでも役に立てるのなら兄としての本望という奴なのか。

 ソウは即答でこう返した。

 

「いいよ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 そして、セカンドオリジンを使えるようにするための苦痛が始まった。

 小屋の中では必死に激痛に耐えるナツ達の姿が確認された。もがきあがき苦しむ姿は、見るに耐えない光景だ。

 その中でソウは隣で激痛と戦っているウェンディを見守っていた。

 というのも何故か、ソウと外にいるエルザは特に何事もなく平気な様子でいた。彼にとっては案外その痛みとやらは感じなくなっており、思わず小首を傾げたほどだ。

 ウェンディは激痛に襲われながらもしっかりとソウの手を握っており、心の支えとしていた。

 外にいるエルザはジェラール達と別れの挨拶をしている。

 

「お陰様でソウ以外は動けそうにない」

「なんで、あんたとソウってやつは平気なのよ………」

 

 普通なら激痛が襲うはずだが何事もないようにエルザは堂々と立っていた。

 

「ギルドの性質上、一ヶ所に長居は出来ない。俺達はもう行くよ」

「大魔闘演武の謎の魔力の件、何か分かったら後で報告して」

「了解した」

「競技の方も影ながら応援しているから、頑張って頂戴」

「本当は見に行きたいんだけどね~」

「変装して行く?」

「止めておけ。それじゃあ行くぞ、去らばだエルザ」

「バイバ~イ」

「皆によろしくね───グレイのこともお願いね」

 

 別れの言葉を言うとジェラール達は何処かへと歩き出した。

 エルザはそれをただ見つめているだけだった。

 一度ジェラールが振り返るがすぐに前を向いた。エルザはにっこり微笑んだ。

 姿が見えなくなると夜風がエルザの髪をなびかせた。

 近い日にまた会える。エルザはそう思った。

 エルザは砂浜を歩き出した。

 思い出すのは、ジェラールから告げられた衝撃の事実。

 婚約者がいるということ。

 二人で話しているときに言われたので知っているのはエルザだけだった。

 が、それも嘘だとはエルザには分かりきっていた。ジェラールは昔から嘘をつくのが下手だった。それは今も変わらないことだった。

 自分とジェラールの関係はこういうもので良いんだと自分に言い聞かせたエルザ。

 

「見てみて、エルザ」

 

 近くにいたハッピーがエルザを呼んだ。

 どうやら、枝を使って砂に何かを書いていたようだ。

 ハッピーはエルザに見せるようにその場を一歩横に移動して両手を口元に当てた。

 

「プププ………」

 

 そこに書かれていたのは中央に大きな亀裂が入ったハートだった。

 つまり、失恋の意味を表している。

 というよりも、それを書いた本人が完全に嘲笑している態度にムカついた。

「あいさぁぁぁぁーーーー!!」

 

 次の瞬間、ハッピーはエルザに蹴飛ばされて大きく飛んでいった。一瞬、空が光ったような気がした。

 ふぅーーと取り敢えず一安心したエルザ。そこに別の誰かがやって来た。

 今、まともに動けるのはエクシードとエルザ、それにソウぐらいだ。

 

「こんなところにいたのか、エルザ」

「ソウか、皆はどうしたんだ?」

 

 ソウだった。

 既にまともに動けるソウは小屋の皆の様子を見ていたはずだったのだが、様子を見て外に出てきたようだ。

 

「まあ、峠は越したみたいで一先ずは落ち着いたって所か」

「そうか」

「エルザ、俺とレモンは明日にはギルドに戻っておく」

「どうしてだ?」

「マスターと話があるからな」

「………分かった。だが、ウェンディはどうする?」

「連れていくつもりだったんだけどな………今の状態じゃあ流石に無理だろうし、俺の方も急用だから後で皆と一緒に来てくれたら大丈夫だと思う」

「いつ、ギルドには戻るのだ?」

「明日の朝早くから行くつもりだ。皆にはエルザの方から伝えて欲しい」

「了解した」

 

 用件はそれだけだったようでソウはまた小屋の方へと戻っていった。

 峠を越したと言ってもまだ痛みは続くようでソウはウェンディの支えとなるために戻ったのだろう。

 

「お前はまた………いつものことか」

 

 ソウが勝手にふらりといなくなることは日常茶飯事とも言える。故にこんなことをあらかじめ言っておくのは珍しいことだった。

 大魔闘演武を目前にマスターに話があると言っていたがソウのことだからまた、ろくでもない話なんだろうとエルザは思った。

 

 ───大魔闘演武まで後、少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 早朝。

 小屋の中では激痛から逃れて体の力が一気に抜けたのか、ナツ達はぐっすりと眠っていた。

 小屋の外の砂浜ではソウが朝日に照らされた静かな海面を眺めていた。

 動き出す時がついにきたのだ。

 ソウの背後に近づく影が一つあった。

 

「ソウ、準備できたよ」

「なら、行きますか」

 

 レモンはいつもの場所───ソウの頭の上へとエーラを使い、ポンと乗った。

 ソウは背中を海に向けて歩き出した。

 

 

 

 しばらくしてソウとレモンは懐かしのギルドへ戻ってきていた。

 扉を開けて中に入ったソウに一番に話しかけたのはマックスだった。

 

「ソウとレモンじゃないか。先に帰ってきたのか?」

「まあな。マスターに用があってな」

「マスターなら裏庭にいるぜ」

 

 ソウは「サンキュー」とマックスに軽く礼を述べながらソウはギルドを出て裏庭の方へと回った。

 すると、切り株の上にマスターが座っているのが目視で確認された。

 辺りに誰もいないことを確認してから、ソウはマスターに話しかけた。

 

「マスター、ちょっと良いですか」

「む………ソウか……そういえばそうじゃったのう………」

「はい」

「大魔闘演武に出場して欲しかったのじゃが、仕方ない。約束だからのう………」

 

 そう言うと、マスターはソウの背中へと手を伸ばした。

 そして、背中に浮かび上がっていた紋章が消えた。

 次にレモンの紋章を消した。これでフェアリーテイルの魔導士を証明する証がなくなった。

 

「ソウよ、ウェンディのことはどうするのだ?」

 

 その質問はエルザにも言われていた。

 周りの認識はそうなっているのだろうか。

 

「ギルドの皆がいるから大丈夫かと」

 

 今回はあの時とは違い、妖精の尻尾の皆がいる。

 寂しさは仲間が埋めてくれる。

 これが最後の兄としてのわがままだと思って妹には理解してほしい。

 

「後、これをお願いします」

 

 ソウが取り出したのは二つの手紙だった。

 さすがにまたなにも言わずに消えるのはあれだろうと思い、今回はちゃんと準備していた。

 

「皆へのと、後、ウェンディへのと二個ありますので」

「分かった。預かろう」

 

 マカロフはソウから手紙を預かる。

 

「ギルダーツの真似事か?」

「まあ、そんなところです。じゃあ、そろそろ失礼します」

「またね~、マスター」

 

 レモンは尻尾を振り別れの挨拶をした。

 妖精の尻尾を去るのは名残惜しいがそれでもまた、戻るので気にすることはなかった。

 

「ソウ、もしや大魔闘演武に出場する気なのか?」

 

 ソウは振り返るが、ただ何も答えずに笑みを浮かべただけだった。

 マカロフも何も言わなかった。

 またソウは歩き始めた。

 今はまず、大魔闘演武での自分達の目標を果たすことだ。

 

「皆、驚くかな~?」

「驚いてもらわないと困るね」

 

 じゃないと、面白味がないってことになる。

 目指すはあのジュン達が待っているであろう草原だ。

 

 

 

 

 ◇

 

 数時間後、ナツ達が合宿から戻ってきていた。

 ソウがいないことはエルザからちゃんと言い渡されている。その時、ウェンディは不服そうだったが。

 セカンドオリジンを開放した皆は体に力が入らず、ギルドに着いた時点で既に疲労困憊になっていた。

 色々3ヶ月の間に皆はしっかりと鍛えていたみたいで特に変わったのがエルフマン。筋肉がより付いていて大きくなっていた。

 中には好き嫌いなくしたとか、高所恐怖症を克服したとか、ホラー小説全巻読み終えたとかどうでも良いことをしている奴もいる。

 

「では………大魔闘演武に出場する代表メンバー五人を発表する」

 

 ついにこの時がきた。皆に緊張が走る。

 ギルド内は静寂に包まれているが、誰もが闘志を秘めていたように感じられた。

 

「ナツ!」

「おっしゃーー!!」

「グレイ!」

「当然」

「エルザ!」

「お任せを」

 

 ここまでは皆の想定範囲といったところだろうか。

 本題は後、残り二枠が誰の手に渡るということかだった。

 

「ま、この三人は順当なところね」

「残るは二枠だね」

「ここで選ばれてこそ、漢!」

 

 ミラとリサーナは当然のような態度で待ち構えていた。エルフマンはがっちり拳を握りしめた。

 ジュビアはというと、グレイと離れるのが嫌だとかなんとか心の中で思っていた。

 

「後、二人は………」

 

皆は固唾を飲んだ。

 

「ルーシィとウェンディじゃあ!」

「「ええ!!」」

「無念……」

「そう来たか………」

 

 まさか、自分が選ばれるとは夢に思わず油断していた二人は驚愕した。

 エルフマンは男泣きをして、マックスは頭を掻いた。

 ジュビアはというと、グレイと別行動になることなんて有り得ないとかなんとか思っていた。

 ウェンディがマスターに急接近して訴えた。

 

「無理ですよ!ラクサスさんや、ガジルさん、それにお兄ちゃんだっているでしょ!」

「だって………まだ帰ってこないんだもん」

 

 ソウは既に帰ってきてまた、出掛けたので帰っては来ないだろう。

 ラクサスとガジルは特訓からまだ帰ってきていないので勝手に選ぶわけにもいかなかった。

 エルザはルーシィの肩に手を置いた。

 

「マスターは個々の力より、チーム力で判断したんだ。選ばれたからには全力でやろう」

「うん。そうだね」

「はい、頑張らなきゃ!」

 

 もはや、変えられない事実なのでルーシィとウェンディは受け入れることにした。

 マスターが俯き、静かに呟く。

 

「ガチで挑むなら、ギルダーツとラクサスとソウが欲しかったなぁ…………と思ったり」

「「口に出してんぞぉ!!」」

 

 ナツとグレイが同時に突っ込む。

 それは心の中だけで言ってほしかった。聞きたくない内容だった。

 

「皆!この大魔闘演武はフェアリーテイルの名誉を取り戻す絶好の機会だ。フィオーレ最強と言われているセイバートゥースを倒し、我らフェアリーテイルがフィオーレ一のギルドになるぞ!」

 

 エルザが全員に呼びかけた。それにより皆の気持ちがひとつになる。

 と、ここでグレイがあることに気づいた。

 

「そういえば、ソウはどこにいるんだ?」

「先に帰るって言ってたようだけど」

「ギルドにいないね」

 

 ハッピーは辺りを見回してソウがいないことを確認する。

 

「ソウなら一度、帰ってきたぜ。マスターに用があるって言ってからは見てないけどな」

 

 答えたのはマックスだった。

 皆の目線がマスターの元に集まる。

 

「皆に言わなければならぬことがある」

 

 マスターがゆっくりと話を切り出した。折角、盛り上がって来たところに釘を差すような真似をするなど普段ならマスターはしないのだが、相当大事なことらしい。

 

「ソウとレモンはこの度、フェアリーテイルを一時抜けることになった」

 

 よく意味が理解できなかった。

 

続く─────────────────────────────

 



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大魔闘演武編
第k話 花咲く都


そろそろ開催まであと少しと行ったところでしょうか。
因みにこの話では、ソウが密かに痛い目に遭っています。

───では、出発!!


「「「「「「「な………!」」」」」」」

 

 その事実は大魔闘演武の出場メンバーが発表された時よりも衝撃的だった。

 さすがのエルザもこれには驚かずにはいられなかった。

 

「じっちゃん!どういうことだよ!ソウが抜けるって!」

「それって破門か!」

「なんで、お兄ちゃんが!」

「落ち着くのじゃ。わしもしたくはなかったのじゃが………」

「なら、なんでだよじっちゃん!」

「待て、ナツ。今、マスターは一時と言った。つまり、これはソウが自分から言い出したことなのでは?」

「その通りだ、エルザ。これはソウの方から切り出してきた話じゃ」

 

 意味が分からなかった。

 つまり、ソウはフェアリーテイルを自分から抜け出したということになるのだ。

 

「そのソウから手紙を預かっておる」

 

 マスターは二つある手紙を取り出して、一つを広げた。

 そして、もう一つはウェンディの方へとミラに持っていってもらった。

 

「さてと………なんて書かれておるかのう」

 

 マスターは手紙を読み始めた。

 内容はこうだった。

 

『今、この手紙が読まれているということは俺がフェアリーテイルを抜けたってことをマスターから知らされたことを知った後になるのかな。まあ、そんなことは良いとして本題に入ろうか』

 

「そんなことって………」

「ふふ……ソウらしいわね」

 

 ギルドを抜けたことをたったの一言で切り捨てたことにルーシィは呆れてミラは納得していた。

 話はまだ続く。

 

『今、お前達は俺がなんでこんなことをしているんだろうかって思っているだろうな。特にナツとかはマスターに詰め寄ってるんじゃないのか?』

 

「合ってる………」

「そんなに驚くところじゃないでしょ」

 

 ハッピーは驚いていた。でも、ナツの性格からして次の行動を読むのはシャルルでもやろうと思えば出来ることだった。

 

『普段ならこうして書くこともないんだけど、今回はあれだ。心配性の妹のこともあるから書いたんだけどやっぱりこういうのは馴れないな』

 

「私、心配性じゃないです!」

 

 ウェンディが顔を赤らめながら言った。

 

『まず、いつものことだが俺自身の目的に沿って行動しているんだけど、今回はどうしてもギルドの魔導士だと都合が悪くなるからマスターには無理を言って聞いたもらったんだ』

 

「先に言えよ!」

「もう私は驚かないわよ」

 

 グレイは先に言わないことに突っ込み、ルーシィは謎の決意を示していた。

 

『その目的が何なのか知りたいようだけど、こちらも素直に教えるわけにはいかない。なので、俺はある提案をすることにした』

 

「提案?」

「なんでもかかってこいやぁ!」

「なんで喧嘩腰なんですか………?」

 

『それは俺に何でも良いから勝つことが出来たら教えてあげるという提案だ。勝負の内容は何でも良い。一回でも良いからお前らが俺に勝つことが出来たら教えてやってもいいぞ』

 

「一回でも勝てばいいの………!」

「でも………あのソウだよ………何の勝負をしたら勝てる見込みがあるのか分からないよ………」

「それにだ、今ソウが何処にいるのかも分からん。勝負の仕様がない」

 

 ルーシィは少し希望が湧いてくるがハッピーの現実味のある指摘に何も言えなかった。

 ソウが負けている所は見たことがない。

 それにエルザのいう通りだった。

 本人が居なければ、勝負することすら出来ないのだ。

 だが、それは手紙の続きによってひっくり返されることになる。

 

『お前らと対戦することになる日はすぐ近くになるだろうから心配する必要はないと思うぞ。俺の分まで大魔闘演武のことは頑張ってくれよ』

 

 最後にそう締め括られて手紙の内容は全て読み終えた。

 残っているのはウェンディの手にある手紙だった。

 ルーシィが横から覗きこむ。

 

「ウェンディ、それ読むの?」

「お兄ちゃんからの手紙ですので、読んでみます」

 

 ウェンディはゆっくりと手紙から紙を取り出して広げる。

 内容はウェンディに向けた謝罪文だった。

 

『先に一言だけ、ごめん。どうしてもウェンディを連れていくわけにはいかないんだ。帰った時には好きにしてくれて構わないから、兄のわがままを聞いて欲しい。俺も大魔闘演武の方は見に行くと思うからウェンディがそこに出ることになったら、俺も応援に行く。だからフェアリーテイルの皆と頑張ってな』

 

 短い文章だったが、それだけでもソウの言いたいことはある程度伝わってきた。

 

「ソウにウェンディは強くなったって見せつけてやる機会じゃない、ウェンディ!」

 

 ルーシィはそう言った。

 大魔闘演武で自分の成長した姿を見てもらえれば兄に見直して貰えるかもしれない。一緒に仕事に連れていってもらえるかもしれない。

 これはある意味、チャンスだった。

「はい!私が強くなったって証明してみせます!」

 

 ウェンディは決意した。

 各々が様々な思考に巡らせている中、エルザは難しい顔をしていた。心の中で先程の手紙のことを考えていたのだ。

 近い日の内にと書いてあったが、何故ソウにはそれが分かったのだろうかという密かな疑問だった。ソウだからと言えば、そうなのだが今回は妙に引っ掛かる。

 だが、エルザには幾ら考えても思い付かなかった。

 

「敵わないな………」

 

 エルザは誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 その頃、ジュン達は草原でのんびりしていた。

 

「まだ~?」

 

 先程からすることがないサンディーは色々と暇をもて余していたみたいだが、それも底がついたみたいだった。

 今は岩に座り、足をぶらぶらとしている。

 

「もう少しで来るんじゃないかな?」

 

 答えたのはアール。サンディーの隣に座り、両手を岩に支えて空を眺めている。

 

「なあ、ソウも強くなってると思うか?」

 

 ジュンはアールに問いかけた。

 アールは空を見上げたまま答えた。

 

「強くなってると思うよ。僕達と同じくらいにね」

「私もようやく滅竜奥義を修得出来たし、ルーズも覚えたもんね」

 

 岩にもたれ掛かっているルーズは閉じていた両目の内、片目を開けてサンディーを見た。

 そして、また目を閉じた。

 

「そうね………」

「それに俺だって、新たな魔法覚えたんだぜ」

 だいぶ、時間がかかってしまったがようやく自在に扱うレベルまで達することが出来た魔法。

 使うのはまだ、先だが強力な魔法になることは間違いなかった。

 

「ソウが来たわよ」

 

 ルーズはそう言うと、ある方向を指差した。斜め上。空。

 皆がそちらに視線を向けると一人の青年とその上に猫がいた。

 ソウとレモンだ。

 近くに着陸すると、二人はこちらへと歩み寄ってくる。

 

「待たせたか?」

「いや、全然」

 

 アールは笑顔で答えたが………サンディーの不機嫌さから見るに相当、待っていたのだろうと思われる。

 

「それじゃ、行くぞ」

「ちょっと待って。ソウはまだ紋章押してないよ」

「そうだったな」

 

 いきなり行動に移るジュンを止めたサンディー。

 

「紋章まで作ったのか?」

「なんでも、ギルドを作るのにいるらしくてね」

「へえー、すごいね」

 

 レモンが言い終わると同時に師匠が唐突に出現した。相変わらず気配をまったく感じない。

 

「ソウ、これが紋章じゃ」

 

 師匠はスタンプをどこからか取り出してソウの右手に押した。

 魔法によって別空間から引き寄せたのだろう。

 次にレモンの背中に押した。

 トライデントドラゴンのギルドの紋章はシンプルにも三首の竜が描かれていたものだった。

 このほうが分かりやすくて良いだろう。

「気を取り直していくぞー!」

 

 ジュンのその一言により、トライのメンバーは動き出した。

 目指すは花咲く都“クロカッス”だ。

 

 

 

 

 ◇

 

 都“クロカッス”。

 

「「うわぁーー!」」

 

 目的地に着くなり、レモンとサンディーは感嘆の声を上げた。

 見たことのない大きな都市部は大魔闘演武が開始間近なこともあり、賑わっていた。

 

「ねぇねぇ、ジュン。あそこ行こー!」

「おいおい、ちょっと待てよ」

 

 すっかり興奮状態に陥っているサンディーをジュンは必死に押さえていた。

 

「こんなに大きな所は僕も初めてだよ」

「俺も想像以上だ」

 

 辺りを見回しているソウとアール。

 ルーズは大人しく歩いているだけだが、何かが気になるのか先程から何度も視線をキョロキョロさしている。

 

「どうする、ソウ?ルーズも限界みたいだし」

「な!………何が限界なのよ!」

 

 思わぬことを指摘されて顔を真っ赤にしながら否定するルーズ。

 けれど、街中を回ってみたいとにぎやかな音が聞こえるたびに体の方が反応している。

 

「とりあえず登録してからだな」

「その必要はもう不要じゃ」

 

 また、いきなり現れた師匠。

 来る途中にいきなり消えたと思ったら今度は現れた。

 

「登録済ませておいたからのう、ほいこれ」

 

 そう言い師匠の手から渡されたのは辞書並みの分厚さを誇る巨大な本だった。

 試しに幾らか捲ってみるとどうやら、大魔闘演武の説明書らしい。が、分厚すぎると思う。

 

「これ、読むの………」

 

 サンディーが嫌そうな顔をする。誰だってこんなものを読む気にはなれない。

 

「仕方ない、俺が読むよ」

 

 渋々、リーダーでもあるソウが引き受けることになった。

 ソウは早速ページを開き、大事そうなところだけを探してみる。

 

「えーーと……ギルドマスターが出れないのは知っている………種目は毎年不明で、一貫性もなさそうだ。あ、これはいる」

 

 そんなことよりもサンディーは先程から花屋に目をつけていた。

 ルーズもそわそわしている。

 

「12時まで───夜のことだろか、取り合えず12時までにそれぞれ指定された宿にいることだってよ」

「なあ、ソウ。俺行ってきていいか?サンディーがうるさいし」

「あぁ。12時までには戻ってこいよ」

 

 ソウの忠告に「分かった」と言うとジュンはサンディーに引っ張られながらもどこかに走っていった。

 仲のいいものだ。

 

「宿は確か、宝石の肉(ジュエルミート)だったね」

「アールも行ってこいよ」

「ありがとう、そうしてもらうよ。ルーズ行くよ」

「私は別に行きたくなんかないわよ」

「じゃあ、僕に付き合うってことで」

「………仕方ないわね」

 

 素直になれない子を見るのは大変そうだとソウは思った。

 というより完全にルーズはアールに操られているのではないかと思ったほどあっさり二人もクロカッスを観光していった。

 

「妾もちょっくら用事を済ましてくるわい」

 

 師匠は一瞬で消えてしまった。取り残されたのはソウだけ。

 

「一人だね」

「さびしいな………」

 

 そういえば、頭上にレモンがいることを忘れていた。

 ウェンディを連れて来たら今頃はあいつらみたいに楽しんでいるのだろうかと思ったソウ。

 あの時、連れてこなかったことがここで後悔するとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 一方、ソウが一人で勝手に後悔している時ジュンはサンディーに引っ張られてクロカッスの街並みを回っていた。

 こういうところは滅多に行かず、またサンディーは女の子ということもあるのでテンションがもう既に最高潮というところまで迫っていた。

 一方のジュンはただ、サンディーの後をついていくだけだった。

 その姿はまるではしゃいでいる娘を微笑ましく眺めている父親のようだった。

 勿論、ジュンにそんな自覚はない。

 

「あ!ジュン、あの人って」

 

 通路を歩いているとサンディーが誰かを見つけたようで指差した。

 そこには黒髪の青年が、青髪の毛をした女性と白髪の青年の三人で話していた。

 黒髪の青年にはジュンは見覚えがあった。

 

「あいつは確か…氷の魔導士だったな」

 

 どうにも記憶が曖昧でよく分からないが、離れたところにまである程度会話が聞こえてくる。

 

「グレイだよ、ジュン。んで、あの女性がフェアリーテイルのジュビアで、もう一人がラミアスケイルのリオンだったかな。いつかの週刊誌に載ってたよ」

 

 相変わらずこういうことはよく覚えているサンディー。

 グレイは氷の造形魔導士だとソウから紹介を受けた覚えがあった。

 ジュビアという女性は知らない。

 向こうは覚えているかどうかは分からないが今は会うわけにはいかなかった。

 というより、向こうの会話がここまで聞こえてくる。

 

「大魔闘演武に出るんだってな、グレイ。まあ、優勝するのは俺達ラミアスケイルだがな」

「万年、二位だったんだろ」

 

 すると、グレイとリオンが頭をぶつけ合った。仲は悪いみたいだ。

 

「お前らは万年最下位。うちらは去年まで俺やジュラさんが参加してなかったのに関わらず二位。この意味分かるよなぁ?」

「こっちにもエルザっていう化け物がいるのを忘れてんじゃねぇだろうな!」

「一つ賭けをしよう。ラミアスケイルが優勝した暁には………ジュビアは俺達のギルドが貰う!」

「なんじゃそりゃあ!」

 

 思わず突っ込むグレイ。隣のジュビアも狼狽えていた。

 はぁ………とグレイはため息をついた。

 第三者のジュンとサンディーにとってはどうでも良い話になってきた。けれど、サンディーは面白そうなのか固唾を飲んで見守っている。

 

「俺達が勝ったら………」

「ジュビアをお前たちに返そう」

「元々、俺達のギルドだよ!」

「男と男の約束だ。忘れるなよ、グレイ」

「賭けになってねぇだろうが!ふざけんなぁ!」

 

 まあ、グレイの言う通りだと思う。フェアリーテイルが勝利しても何も得がないのだから。

 そんなのは関係ないのか、サンディーの目は何故かより輝く。そして、頬を少し赤らめた。

 

「負けるのが怖いのか?」

「なんだと………!」

 

 リオンの挑発的な態度にグレイも負けじと応戦する。

 二人の間に火花が散っている。

 その間に入ったのはジュビアだった。

 

「グ、グレイ様!ジュビアを取るか、リオン様を取るかハッキリしてください!」

「お前………全然、話見えてねぇだろ……」

 

 ジュビアが的はずれなことを言った。

 ジュンはこれ以上、ここにいると気づかれる恐れがあると判断し、サンディーに声をかける。

 

「行くぞ、サンディー」

「挨拶しないの?」

「オレ達がここに来ていることはバレてはいけないんだ。特にフェアリーテイルには」

 

 もし、見つかった場合はソウが何処にいるのか問い詰められるかもしれないからだ。

 納得してくれたのか頷いたサンディーは進行方向を変えた。

 

「後でソウにも言っておくか」

 

 フェアリーテイルの奴等もしっかり大魔闘演武に参加しに来ていると伝えることにしたジュンだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 しばらくしてソウはトライの指定された宿、宝石の肉(ジュエルミート)へと来ていた。

 レモンは途中、アールを捜してくるとか言ってエーラで飛んでいった。

 部屋のなかは広いが、ベッドが合計で六個も引かれているので狭く感じる。雰囲気はなかなかよい。

 となると、ここで皆一緒に寝ろと言うことなのだろうか。そうなると男子はいいのだが、女子のサンディーとルーズがどんな反応をするのか、気になるところだった。

 サンディーはあまり、そういうのは気にしなさそうだがルーズは思いっきり拒絶しそうで少し危ない気もする。その時はアールがどうにかしてくれるだろう。

 ここで、ソウは魔法を軽く発動してみた。罠とか調べられているのかどうかを確かめているのだ。

 結果、特に異変は見られず一安心したソウ。

 次にしたのは師匠から貰った大魔闘演武のルールブックを読むことだった。

 

「風詠みの眼鏡が欲しい………」

 

 この時に風詠みの眼鏡があれば、もっと素早く読めたのだが無いものはしょうがないと諦めることにした。

 詠み進めていく内に気になるルールを発見したソウ。

 

「へぇ~………同じギルドから二つのチームが出れるのか。二つ以上のチームが決勝に残った場合には新ルールも出てくるようだな」

 

 このルールは本に記されている限りでは、今回から採用されたようだった。

 フェアリーテイルもこれを隅なくとことん使ってくるだろうと思われる。

 ナツ達のチームとは極秘に別のチームを結成して大魔闘演武に参加してそうだ。マカロフの事だ。可能性は充分にあった。

 トライもしたかったが、なんせ五人しかいない。リザーブ枠も今はひとまずレモンで登録しているという何とも過疎なギルドなのだ。

 その代わり、メンバー全員が滅竜魔導士という有り得ない構成なのだが。

 

「暇だ………」

 

 遊びに行って誰かに見つかるわけにもいかないし、宿にはすることは何もない。

 ソウはただ一人で暇をもて余しているのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 アールは現在、ルーズを連れて歩いていた。

 街中は花咲く都と言われるほど、大量の花が飾り付けられていた。

 

「ねぇねぇ、アール。この花、綺麗じゃない?」

 

 ルーズは花屋で黄土色の綺麗な花を指差した。

「そうだね、綺麗だね」

 

 繰り返すように返事したアール。それに違和感を感じたルーズは聞いた。

 彼は別の方向を向いていた。

 

「どうしたの?」

「ちょっと、あっちの方が騒がしくてね」

 

 アールの視線の先には、人だかりが出来ていた。中央に誰かが居るみたいだが人が邪魔でよく見えない。

 だが、彼は何が原因なのか分かっている様子だ。

 

「あの騒ぎの原因は多分、滅竜魔導士みたいだね」

「なんで、分かるの?」

「匂いでね」

 

 アールは嗅覚が人一倍優れているのもあり、分かっているみたいだが、ルーズには全く分からなかった。

 取り敢えずそっちに行ってみようとアールが行ってしまったのでルーズもその後を追いかける。人混みを掻き分けて、騒ぎの中心を覗く。

 そこにいたのは、二人の青年。一人は黒髪の暗い青年。もう一人はピアスが特徴な白髪の青年。

 周りにはうつ伏せに倒れている人達がいた。どうやら、あの二人が倒したみたいだ。

 すると、そこに一人の赤髪の少年が倒れるようにして乱入した。その人はアールにも見覚えがあった。

 

「あれはナツ君だね」

「あぁ………騒がしい人のことね」

 

 ルーズの印象は合っているが、何とも言えない。アールは近くに二匹の猫がいることに気付いた。レモンと同じ種類のようだ。 カエルの着ぐるみをきた猫と赤色の偉そうな態度の猫。

 

「あんたは……」

「ナツ・ドラグニル!」

 

 はっきりとは聞き取れなかったが、あの二人はナツのことを知っているようだった。

 滅竜魔導士同士対面すると、勿論猫の方も顔を会わせるわけで。

 

「猫ぉ!」

「な!……なんですか!?この間抜けな顔をした猫は!」

「間抜け」

「しゃべったぁぁぁーーー!」

 

 後から来たルーシィがこれに突っ込むべきかどうか悩んでいた。

 

「アホじゃない………あの猫達」

「まあまあ、それ言ったら終わりだよ」

 

 ルーズの強烈な指摘にアールは微妙な感情に陥っていた。

 

「何なんだよ、お前ら」

「おいおい、セイバートゥースの“双竜”スティングとローグを知らねぇのか?」

「フィオーレ最強ギルドの一角だぜぇ」

 

 野次馬の二人が答えた。

 ナツはおろそか、アールとルーズにも聞き覚えがなかった。

 

「そんなの居たかな?」

「七年の間に出てきたんじゃない?」

 

 まあ、ルーズの意見が妥当といった所か。

 

「じゃあ、この人達が………」

「………セイバートゥースか?」

 

 ナツとルーシィは呟いた。

 セイバートゥースは師匠からその存在だけは言われていた。七年の間にトップに昇ったギルドだったはずだ。どれほどの実力かは知らないが相当の物らしい。

 

「強いのかな?」

「アールに勝てるとは思わないわ」

 

 アールの実力は最早、師匠の次に強いとさえされている。トライの中ではソウとアールの実力は均衡。ジュンも殆ど僅差といっていいほどの実力者。ルーズにはアールが負ける所は想像出来なかった。

 

「大魔闘演武に出るって噂、本当だったんだのか」

「俺のこと、知ってるのか?」

「アクノロギア。ドラゴンを倒せなかったドラゴンスレイヤーでしょう。それってドラゴンスレイヤーの意味あんの?」

 

 まるで挑発しているかのような口調で話すスティング。これにはナツも少し怒り気味だ。

 

「これでも昔はあんたに憧れていたんだぜ。因みにこいつはガジルさん」

「同じドラゴンスレイヤーとして気になっていただけだ」

「ドラゴンスレイヤー!?お前ら、二人とも!?」

 

 やはり、彼らはアールの予想通り滅竜魔導士だった。

 アールは別のことを考えていた。

 

「僕にもファンとかいるのかな?」

「いないわよ」

 

 ルーズに即答されて、少し落ち込んだアール。

 ルーズは隣のアールにも聞こえない微弱な声で呟く。

 

「となると私は第一号一人なのよね………」

「ん?何か言った?」

「え………何もないわ………うん」

 

 危うく聞かれそうになり、ルーズは顔を真っ赤にして横に振った。アールは不審に思ったのか首を傾げたが、また前を向いた。

 

「真のドラゴンスレイヤーって言ってくんねぇかなぁ。俺達ならアクノロギアを倒せるよ」

「あんた達!アクノロギアの見てないからそんな事が言えるのよ!」

 

 曰く、アクノロギアと遭遇しているソウも感想が「あいつを倒すとなると三人でもキツイなぁ………」と言っていた。

 彼がそれを口にするのは、相当ヤバイということになる。

 

「そうだ!そうだ!」

「頭の悪そうな猫ですねぇ」

「レクターは頭、良いよねぇ~」

 

 こっちはこっちで猫同士の言葉の争いが始まっている。

 

「見たかどうかは関係ない」

「要はドラゴンスレイヤーとしての資質の差!」

 

 ローグの確信めいた一言に疑問が浮かぶアール。一体、どういうことなのだろうか。

 二人は騒動をこのまま静観することに決めた。

 

 

続く───────────────────────────

 




区切りが悪いですが、ひとまずここまでということで。

ソウは一人です。孤独ですね。


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第l話 空中迷宮

ふぅ~。取り合えず急ぎぎみで投稿しました。いつもと感じが違うように感じるかもしれませんが、多分気のせいですのでご勘弁を。

───予選、スタート~!!


 スティングとローグは相当の自信を持ち合わせているみたいだった。

 一体どこからそんな自信が涌き出ているのかアールには気になるところだった。

 

「私が説明しましょう」

 

 名乗りを上げたのはレクターと呼ばれた猫だった。

 

「ナツ君などはドラゴンから滅竜魔法を授かった、いわゆる第一世代と言われています」

 

 そんなことは初耳のアールとルーズ。

 

「お宅らのラクサス君やオラシオンセイスのコブラ君は竜のラクリマを体に埋め込み滅竜魔法を使う第二世代」

 

 今度、ソウに聞いてみようと心に決めたアール。

 

「そして、スティング君とローグ君はあなたのように本物のドラゴンを親に持ちつつ、竜のラクリマを体に埋めたハイブリッドな第三世代!」

「第三世代!?」

 

 ナツが復唱した。

 

「僕たちはどれだろう?」

「第一世代なんじゃない」

 

 竜のラクリマなんて体に埋め込んでいないので、必然的にそうなる。だが、それと強さの秘訣とは関係ないような気がする。

 

「つまり、最強のドラゴンスレイヤー!」

「最強のドラゴンスレイヤーだと………」

「第一世代と第三世代とではその実力は雲泥の差。お話にもなりませんよ」

「お前達も777年にドラゴンが居なくなったのか?」

 

 因みにアールとルーズの親のドラゴンはナツの言った年にいなくなっている。

 

「まあ、ある意味では」

「はっきり言ってやる」

 

ローグは一端、区切りを付けると続けた。

 

「俺達に滅竜魔法を教えたドラゴンは自らの手で始末した。真のドラゴンスレイヤーとなるために」

「ドラゴンを始末した………!?」

「人間がドラゴンを………!?」

「親を…殺したのか!!」

 

 それは嘘のような言葉だった。

 ドラゴンを殺すのは勿論、親を殺したとなるとどんな心境で手を下したのだろうか。

 

「そんなことはあり得るの?アール」

 

「う~ん………見た感じ、あの二人の実力では難しいと思うけどね。言っていることが事実なら、ドラゴンが無抵抗で殺された、むしくは病気か何かで瀕死に近かったのかもしれないのかな?」

 

 ルーズは何も言わず頷いた。

 すると、ナツが鼻を嗅ぐように動かして辺りを見回し始めた。

 

「ルーズ、行くよ」

「分かったわ」

 

 二人はその場を離れた。ナツに匂いで気づかれそうになったからだ。

 

「ナツ、どうしたの?」

「なんか、また別のドラゴンの匂いがしたような気がしたんだが………」

「別のドラゴンスレイヤーがいるって言うの?」

「分かんねぇ………」

 

 今のは気のせいだったとナツは気を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は11時35分。

 トライの宿には、ソウと観光を楽しんできたジュンとサンディーがいた。

 

「ヤッホーーー!」

 

 そんなことを叫びながらサンディーはベッドの一つにダイブした。

 それを苦笑しながら見ているソウとジュン。

 

「元気だな」

「あいつに体力の底はあるのか、本気で悩んだほどだ」

 

 そんな他愛もない会話している二人。サンディーはベッドの上でゴロゴロ回転している。そして、落ちた。

 

「いたぁ!」

「何やってんだよ………」

 

 いい加減に大人しくして欲しいとジュンは願っていた。

 ソウは明後日の方向を向いていた。

 

「どうした、ソウ?調子でも悪いのか」

 

「いや………なんか、悪い予感がして」

 

 窓から外の景色を眺めながら答えた。

 その時、アールとルーズが宿に戻ってきた。

 時刻は11時50分。

 

「戻ってきたよ」

「おう、楽しんできたか?」

 

 笑顔で肯定するアール。と、ルーズが何かに気付いたのか顔をしかめた。

 

「もしかして、部屋は同じなの………」

「悪いが、我慢してくれ」

「いいじゃん!皆と一緒で楽しいよね~!」

 

なんとも暢気なサンディーにルーズはため息を付いた。

 どうにか、納得してもらえたようだ。

 

「だけど、何で夜の12時には宿に居らんといけないんだ?」

「さあ?主催者からの命令だからね」

「もしかしたら、その時間に何かが始まるのかも」

「その可能性はあり得るわね」

「後、5分だな」

 

 時計は11時55分を指していた。外も暗闇が包み、静かになっている。

 

「何をするんだろう?」

「取り敢えず今年は参加チームが多くなっているから一気に絞ってくるだろうな」

「なんで、分かるんだ?」

「今年から同じギルドから二つのチームまで出れるようになったんだ」

「なるほど、だったらライバルも多くなるんだね」

「三人に勝てる魔導士っているのかな?」

「私は見たことがないわ」

 

 サンディーとルーズは変な目線を浴びせてきた。まるで三人が悪いように見える。

 

「そういえば、レモンはどこ行ったんだ?」

「レモンちゃんなら、僕とルーズが途中で見かけたよ」

「師匠と一緒に行動するって言ってたわ」

「まあ、一人で応援するのも寂しいだろうしな」

「あ、もう12時になるよ!」

 

 サンディーが時計を指差した。

 長針がゆっくり動いていきやがて、12の数字を通り過ぎた。

 すると、突如何処からか鐘の音が広がり、ソウ達の耳にはいる。

 サンディーは首を傾げた。

 

「鐘?」

「どうやら、外にモニターが映り出されたみたいだね」

 

 ソウ達は、ベランダへと移動した。そこには空中に巨大なモニターが映り出されており、モニターにはカボチャのようでマスコット的な人物がいた。

 

『大魔闘演武に集まりの皆さーん、おはようございまーす』

「モニターってより立体映像みたいだな」

「いや、立体映像だから」

 

 ジュンの呟きにソウが突っ込んだ。

 カボチャはなんとも陽気なしゃべり方で話を進めていく。

 

『これより~参加チーム114を9つに絞るための予選を開始しま~す』

「参加チーム多い!」

「サンディー………さっき、ソウが言ってたでしょ………」

「てへっ、そうだったね」

『毎年~、参加ギルドが増えて~内容が薄くなっている~との指摘を頂き~今年は本選を9チームで行うことにしました~』

 

 予選をするとなれば、事前に通達でもしておれば良いものをわざわざ、いきなり始めるとは主催者側は何が目的なんだろうか。

 それに夜の12時に指定したのも予選を始めるためなのだろうか。

 というより、カボチャは躍りながら言うなよ。

 

『予選は簡単』

「ソウの仕業か?」

「ん?俺は何もしてないが?」

 

 次の瞬間、宿が揺れた。

 何事かと思っているとどんどんと自分達の視線が高くなっていく。

 地震ではない。宿本体が変形して上昇しているのだ。ジュンはこの揺れをソウの魔法によるせいだと勘違いしたのだ。

 

「わーわー」

「何、楽しんでんのよ」

 

 はしゃいでいるサンディーに呆れているルーズ。そんな彼女も落ち着きすぎではないかと思う。

 他の宿も同じように変形して上昇している。

 

『これから皆さんには競走してもらいます。ゴールは会場ドムス・フラウン。先着9チームの本選出場となります』

 

ソウ達の目の前に道がどんどん現れていく。空中に浮かび上がるように道が出来ていく。

 

「道だ」

「ジュン、見たら分かるよ」

 

 次の瞬間、サンディーの一言でジュンは四つん這いになってしまった。

 

「そうだよな………誰だって分かるよな……」

「なんか、テンション低いな」

「いつものことじゃない」

「そうなのか?」

 

 「まあね」とアールは答えた。ジュンは後先考えずに物事を進めていくから、こんなことがよくあると言う。

 

『魔法は自由。制限時間はありません。先着9チームのみ予選突破となります。ただし、5人全員で揃ってゴールしないと失格~』

「そりゃ、そうだろうな。ってジュンとアール、どうしたんだ?」

「少し酔い気味だって~」

 

 サンディーが代わりに答えた。ソウは顔をしかめた。

 時間差で来るものなのか、それ。

 あぁ………だから、さっきからジュンはテンションが低くなってきていたのか。アールは限界までポーカーフェイスをしていたらしい。

 

「ホント、頼りないわね」

 

 ルーズの一言に酔っている二人は肩をびくっ!と震わせた。

 

『ただし~、迷宮で命を落としても責任は取りませーんので、悪しからず』

 

 迷宮とはあれのことだろうか。

 空中に浮かんでいる巨大な球状の物体。道もあれに向かって出来ているみたいで、予選会場はどうやらあそこみたいだ。

 

『大魔闘演武予選“スカイラビリンス”開始ーー!!』

「ほら、行くよ二人とも」

 

 どうにか、酔いから冷めた二人はなんとか、迷宮のほうへと走っていく。

 ソウとルーズも後を付いていき、迷宮の中へと入っていった。

 

 “空中迷宮”通称“スカイラビリンス”

 

 目的は参加チーム114を本選に出場する9チームまで一気に絞ることにある。

 ルールは簡単。宿から予選会場を抜けて本選会場のドムス・フラウン。そこに先に着いた、いわゆる先着順で順位が決まると言うわけだ。

 なお、迷宮の突破にあたって魔法の使用は自由。制限はなし。ただし、最後に迷宮内で命を落としても大魔闘演武委員会では責任を取らないらしい。

 

「ほほぉ~………」

 

 迷宮へと入るなりソウ達を待ち構えていたのは迷路だった。それも立体的な迷路。とても入り乱れており一目ではどの道がどうなっているのか検討が付かなかった。

 

「さて、どう行こうか」

「取り敢えず進もうぜ」

「ジュンとアールは平気なの?」

「うん、何ともないよ。そういう魔法が組み込まれているみたい」

『説明しましょう!予選では乗り物酔い、高所恐怖症の方も公平に競えるようにスカイラビリンス全体に魔法を施してあるのです』

 

 いきなり、モニターが出現して、中のカボチャもどきが説明し始めた。説明が終わると消えてしまった。

 

「……どうでも良かったな。さて、早く行かないと師匠に顔向け出来ないから行こう」

「でも、どの道を行くのよ」

 

 ルーズの言うとおり、どの道を行けば良いか、分からない。よく見回すと天地がひっくり返っているように道が天井みたいになっている箇所もある。

 あそこはどう歩けばいいのか、分からない。

 

「魔法の使用は自由だったな。だったら………」

「ソウの魔法で迷路を把握するんだね」

 

 ソウは意識を集中させ、波動を発生。辺り一体に広がっていく。

 波の反射である程度の地理を把握してゴールに近い道を選んで進んでいく作戦だ。

 ───見つけた。

 

「よし、大体は理解できた」

「後はその通りに進めばいいんだな!」

「なんだ、楽勝じゃない」

「なぁ、アール。皆を空中に浮かすことは出来るか」

「足場のあるところまでだったらワープみたいな移動をすることは可能だよ」

「充分だ。あそこまで頼めるか」

「了解、皆行くよ!」

 

 ソウの波動とアールの空間移動によってトライはどんどん進んでいく。

 順調に進んでいっているとアールの魔法で転移した先に見知らぬギルドがいた。

 その内の一人が紙切れを片手に握っている。どうやら、こいつらは地図を書いて迷わないようにしているみたいだ。

 

「ねぇ、私がやってもいいかしら?」

 

 ルーズが名乗りを上げた。特に反論することも無かったので任せることにした。

 ルーズは魔法を発動すると砂を何処からか発生させた。

 砂はルーズのつきだした右腕を伝って手のひら辺りに集まっていく。

 それはやがて巨大な槍に変貌して右手で掴む。そして、見知らぬギルドの5人へと投合した。

 

「砂竜の巨槍!」

 

 着弾点で砂が巻きほこる。

 砂煙の勢いに巻き込まれて、うわぁーーと悲鳴を上げながら落ちていった5人。

 何もしていないのに、あっという間に落ちていった。

 トライのギルドと遭遇したのが運のつきと結論付けて次に進むことにした。

 

「次はあそこだな」

「分かった、あそこ───」

「ちょっと待ってくれ」

「どうしたの?ジュン」

 

 ジュンが何か異変に気づいたようで、ワープを止めた。ソウとアールもこういう所ではジュンの勘は侮れないことは知っているので大人しく従う。

 

「回転するぞ」

 

 ジュンが意味深な台詞を言った。

 すると何か警報音に近い高音が鳴り響いたかと思うと、足場が揺れた。

 そして、徐々に足場が傾いてきたのだ。

「足場が傾いて………いや、迷宮が回転しているのか」

 

 ソウは咄嗟にてを伸ばして適当なところを掴んだ。他の皆も同じようにしたが、サンディーだけがそうはいかなかった。

 

「落ちるぅ~」

 

 バランスを崩して落ちそうになるサンディー。

 ここで、サンディーが失格になったら予選を突破することが出来なくなる。

 

「地道竜の巨腕!」

 

 動いたのはジュンだった。

 手をサンディーに伸ばすが後少しというところで届かない。なので、岩を体から発生させ、腕に纏うことでサンディーを掴む。

 どうにか、ギリギリなところで掴んだジュンはサンディーを自分の胸元に引き寄せてサンディーを抱えた。

 いきなりのことでサンディーは動転して顔を赤くしていた。

 

「あ……ありがとう……」

「お前がいなくなると困るからな」

 

 ジュンのその一言により、サンディーは恥ずかしくなったのか、顔を隠した。

 ジュンは大魔闘演武の本選に出場するために必要という意味で言ったのだが、サンディーは間違って別の意味受け止めてしまったみたいだった。

 迷宮の回転が終わり、安定したの所でトライの皆は同じ足場に足をつけた。

 

「さて、次行きますか」

「そうだね、早く行かないと」

「あんた達は呑気よね………」

 

 この二人は何事もなかったかのように続けようとしていた。ルーズはため息をついた。

「今度あったら……落ちてみようかしら……」

 

 何か不気味なことを考えていたルーズだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 順調に迷宮を進んでいき、あっという間に次のステージとも言える場所へと着い

た。

 が、そこは迷宮の中ではあり得ない光景だった。

 そこは無人の古びれた町の中だったからだ。さらに上を見上げると青空が見える。今は真夜中なので見えるはずはないのだが。

 

「さて、場違いな場所へと着いたけど合ってるのかな、ソウ?」

「後は真っ直ぐ進むはずだけだが───ちょっとまて、誰かが来た」

 

 ソウが指差した方とは逆───つまり、遅れて別のギルドの奴等が来た。

 フェアリーテイルだったら危ないと内心焦りながらも確認すると、まったく違うギルドだったので一安心する。

 後ろにいたのは男だけというむさ苦しい集団だった。

 

「誰がやる?」

「俺が行こうか?」

「いや、私が行く!」

 

 先程の失態を挽回したいのだろうか、サンディーのやる気は万全だった。

 

「俺たちは」

「「「「「ワイルド………」」」」」

「海竜の爆水柱!」

 

 何か自己紹介でもするつもりだったみたいだが、足下に水が出現して、やがてそれは巨大な水柱となり、真上に打ち上げた。

 「フォー」と言いながら、飛んでいく様を見てなんという心掛けなのだろうかとソウは感心していた。

「あいつら、今何て言ったんだ?」

「分からん。それよりさっさと行こう」

 

 どうでも良かったので今はゴールを目指すことにした。

 途中で海みたいなのが広がっていくおり、道が浮き出ている構造になっていた場所があった。

 その道の先には派手にゴールと書かれた看板の着いた扉があった。

 ソウ達はゴール前に来た。

 

「ソウ・エンペルタント

ジュン・ガルトルク

アール・ケルニア

サンディー・サーフルト

ルーズ・ターメリット」

 

 出てきたのはあのカボチャだった。

 あのモニターに映し出されていた通りのカボチャが出てきて内心ビックリしていたソウ。

 一人一人の名前を言っていくカボチャ。確認でもしているのだろう。

 

「おめでとうございま~す。予選通過決定で~す!」

「因みに俺らは何位なんだ?」

「なんと二位です!初参加のギルドでは凄いことですよ!」

「二位だって~」

「そんなに早く行ったかな?」

「まあ、順調過ぎるほどだったしな」

 

 主にソウとアールの魔法のお陰だが、肝心の二人はあまり実感がないようだ。

 

「なんとも呑気なチームですね………」

 

 カボチャが第一印象を呟いた。

 聞こえないように言ったつもりだろうが、ルーズだけには聞こえていた。

 

「少しは緊張感もってほしいわ………」

 

 想像してみたが、特にこの三人が緊張感を持っているなど有り得なかった。

 ソウはいつもの余裕たっぷりの態度。

 ジュンは後先考えないので、まずそんなことは感じない。

 アールは笑顔を浮かべているだけ。

 はぁ……とルーズはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、ハッピーとリサーナはクロッカス最大の建物の前へと来ていた。

 

「これがフィオーレ王国の王様の居城…」

「カトウキュウ・メルクリアス!」

「私、初めて見た!」

「おいらもだよ~」

 

 見上げてもてっぺんがなんとか見えるほどの高さを誇っている城。二人は息を飲んだ。

 早速中に入ろうとするのだが、階段の所で門番に阻まれる。

 

「こらこら、なんだ貴様らこんな時間に」

「すみません。実は大魔闘演武の予選に参加するはずのうちのギルドの者が行方不明で」

「クロッカス中、探したけど後はここだけなんだ」

 

 行方不明となっているのはウェンディとシャルルだった。

 二人で仲良く観光地巡りに行くと張り切っていたが、指定された12時になっても帰ってこなかった。

 ナツ達は5人いないと予選通過出来ず、また早く行かないと先を越される可能性があったので代わりにエルフマンを入れてスカイラビリンスに挑んでいるのだ。

 ハッピーとリサーナはその間、ウェンディとシャルルを探し回った。ギルドの皆に効率よく探してもらっているがまだ発見したという報告はない。

 そこで唯一捜索していない城へとやってきたのだ。

 もし、二人の身に危険が及べば特にソウが何をしでかすか分からない。

 今はギルドの一員ではないことになっているので会う確率は低いが、応援に来ると手紙には書いてあった。

 そんなのは関係なしにギルドの皆は必死に探してくれている。

 門番の二人はひそひそ話を始めた。そして、二人に告げた。

 

「大魔闘演武は国王陛下も楽しみになさっておられるからな」

「城の中庭までならいいぞ」

 

 門番の二人は横に開いて道を作った。

 

『なんだって!まじかよ、お前ら!』

『どうかしたんのか?』

 

 ウォーレンにこのことを魔法で伝えると、驚愕しており彼の隣にいたマックスが尋ねた。

 

『ハッピーとリサーナが今、王宮に入ったってよ!』

『な………!俺だって入ったことねぇのに!』

「よく入れてくれたよね………」

「庭園あたりなら観光地として開放しているからね」

 

 二人はしばらく歩いていると目の前に左右に道が別れているところに出た。

 

「ここらでふたてに別れよう」

「分かった。何か分かったらウォーレンを中継して」

「あいさー!」

『分かった。俺らもメルクリアスにすぐ向かう』

 

 初日からトラブルとは気が思いやられる。

 (エーラ)を使って辺りを探していたハッピー。すると、鐘の音が聞こえてきた。

 

『さあ!9チームが出揃いました。大魔闘演武予選、スカイラビリンス終了~』

 

 立体映像でクロッカスの町中のどこからでも見えるカボチャ。

 中庭へと向かっているマックスが結果がどうなったのか、叫ぶがカボチャはなんなく続けた。

 

『どのギルドが本選に出場か~、それは開会式までのお楽しみ~』

「そっか、もう予選終わっちゃったんだ」

 

 リサーナはそう言いながらも走り続ける。

 するとリサーナの目にハッピーが固まっている姿が目にはいる。

 

「ハッピー、どうかしたの?」

「あ………あれ……」

「嘘でしょ……」

 

 二人の視線の先にはバッグが落ちていた。

 さらにあれはウェンディが所持していたはずのバッグなのだ。

 兄と買い物に行ったときに買ってもらったと大事そうにしていたのが印象深い。

 リサーナはバッグを拾い上げた。

 

「ウェンディのだ………シャルルは?ウェンディは?」

「落ち着いて、近くを探そう」

「そうだね………」

「行こう!」

 

「あい………」

 

 二人は近くを探しに出た。

 それを上から見ていた黒い影。さらにそれに近づく少女。

 

「お主の仕業か?」

 

 少女───師匠は影を見上げて、問いかけた。すると黒い影はあっという間にその場を逃げていった。

 師匠はただ見つめているだけだった。

 その後、無事に二人は発見された。

 

『何だって二人を見つけたって!無事なのか!?』

「それが二人とも意識がないの。早く誰か寄越して、ウォーレン!」

 

 ウェンディとシャルルは中庭のとあるちょっとしたスペースで倒れていた。

 

「シャルル!しっかりして!おいらだよ!」

 

 ハッピーが涙目になって呼び掛ける。

 だが、シャルルからの応答はない。

 リサーナはウェンディを抱える。

 

「怪我はないみたいだけど………おかしいな………ウェンディから魔力が少ししか感じない!」

「シャルルからもだよ!どうすればいいのさぁ!」

 

 すると、ウェンディがゆっくりと目を開けた。

 

「気がついた!」

「ウェンディ、何があったの!?」

 

 だが返ってきたのはいや!と拒否する返事。ウェンディは首を横に振った。

 先程のを思い出して怖がっているのだ。

 

「ウェンディ!私よ、リサーナよ!分かる?」

「おいらもいるよ!」

「………ハッピー…………リサーナさん………私………一体………」

「何があったの?」

「それが………」

 

 まだ、状況が整理出来ていないようだった。

 「お兄ちゃん………」と呟くとウェンディはまた、気を失ってしまった。

 リサーナとハッピーは誰かが来るまでここで待機していないといけなかった。

 

「やっと来たのじゃな」

「「誰!?」」

 

 何処からともなく声が聞こえてハッピーとリサーナは警戒する。

 声の主は空中に浮かんでいた少女だった。

 

「そう、警戒せんでもよい。その子のことは妾も知っておる。ひとまず、応急処置はしておいたからのう、後は安静に寝かせておればそれでよいぞ」

「あなたは誰なんですか!」

 

 警戒を解いてもらえないようで、少女は「どうするかのう………」と頭を掻いた。

 ハッピーもまだ、警戒している。

 だが、少女の言う通りウェンディとシャルルには処置が施されているようだった。魔力が少しあるのもそのお陰なのだろうか。

 

「治療は妾の分野ではないからのう。それぐらいしか出来んわい」

「そのことについては感謝します」

「ウェンディとシャルルを襲ったのはお前なのかぁ!!」

 

 ハッピーは声をあらげた。

 それを聞いて少女は何か納得したのか頷いた。

 

「そうか………お主らは妾が犯人だと思っとるのか………そやつらを襲ったのは妾ではないぞ」

「そんなの信じられないね」

「それもそうじゃのう………あやつは今、呼びに言っておるし………」

 

 何かを考え始めた着物少女。

 すると、少女の背後から「師匠ー!」と声がハッピーとリサーナにも聞こえてきた。この声には聞き覚えがあった。

 

「師匠、呼んできたよ~」

「そうか、ご苦労じゃったのう」

「レ、レモン!」

 

 ソウと一緒にフェアリーテイルを離れたはずのレモンがいたのだ。

 遅れて誰かがやって来た。ウォーレン達だ。

 

「ほれ、早く連れていかんかい」

 

渋々、ウォーレン達はウェンディとシャルルを抱えて運んでいく。

 

「師匠、私も付いていって良い?」

「構わん、あやつらにこの事は妾から伝えておくわい」

 

 「ありがとー」とレモンは運ばれていくウェンディとシャルルの後を追った。

 

「レモン、あの人は?」

「あの人は悪い人じゃないから大丈夫」

 

 レモンがそう言うなら大丈夫だろう納得するハッピーとリサーナ。

 ふと振り返るとそこには誰も居なかった。

 大魔闘演武本選まで後、少しだ。

 

 

 

続く──────────────────────────────




次回、ついに開催します!!

ここまでの道のり………長かった…………。


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第m話 新規ギルド

ようやく、開催でーーす!!\(^-^)/\(^-^)/\(^-^)/

ソウ達は一体どんな活躍を魅せるのか、どん!と期待しておいてください!!

それとここでの小さな裏設定も後書きに記しておくので、見ていただければと思います。

───ついに!今年もやって来た!!


 本選会場。

 色んな色の風船が宙を舞い、鮮やかな花火が空を綺麗に飾る。

 満席となった観客席は既に大いに盛り上がっていた。誰もが雄叫びを上げて、今か今かと期待感に満ち溢れている。

 

『さあ!今年もついにやって来ました!年に一度の魔法の祭典、大魔闘演武~!』

 

 アナウンスが流れると、より一層会場は賑わう。それを聞いたジュンは呟く。

 

「騒がしいなぁ」

「魔導士だけじゃなくて、一般の人も観戦に来ているみたいだよ」

「ふーん」

「サンディーは興味なさそうね」

 

 トライのメンバーは今、通路の所で待機していた。2番目に到着したことで出番はまだまだ先のようだった。

 サンディーが気にしているのは今の服装だろうか。

 同じタイプの服をレモンから「皆、これ着てー!」と笑顔で渡されたので着ている。どうも、チーム内での服装は同じにしておいた方がいいとのこと。

 それは特に問題はない。サンディーが気にしているのは更に渡された物だった。

 フード付きの黒いローブだった。

 

「なんで、フード付きなの?」

「そっちの方が格好いいじゃないか」

「まあ、会場に出てから顔を見せろってことだろう」

 

 特に深い意味はなく、単なる遊び心のような気もするが………。気にしないことにした。

 ───また、突然、前触れもなく師匠が現れた。とん…と地面に足をつけた師匠はこちらを見据える。

 

「ソウ、アール、こっちに来てくれんか」

 

 手で招く真似をした師匠。ソウとアールは首を傾げた。

 師匠がこうして呼ぶことは珍しいからだ。

 

「お主らに大事な用件がある」

「こんな時になの、師匠?」

「こんな時だからじゃ。ソウよ、確かお主の妹はウェンディと言ったな」

「確かに合ってるが………それと何かあるのか?」

「そのウェンディと白猫───シャルルと言ったかのう。その二人が昨晩、何者かに襲われとる」

「「!!」」

 

 驚愕の事実だった。

 ソウは奥歯を噛み締めて、拳を握った。

 

「二人は無事なのか」

「魔力欠乏症になっておった。ワシが応急処置は施しておいたから、安静にしておればすぐに良くなるわい」

 

 “魔力欠乏症”。

 魔導士だけにある病気の一つ。

 大量の魔力を一気に失うことで発病すると言われている。それにかかると、体中の筋力の低下が襲い、暫くの間は身動きがとれなくなる。

 

「誰が襲ったのかは分かるの?」

「ある程度は見当がついておる。が、お主らでもすぐに分かるわい」

 

 アールは冷静に師匠に尋ねる。

 ソウは拳により一層力を込めた。

 その時、地面が揺れたような気がした。天井からは小さな瓦礫がパラリ…と落ちてきた。

 ソウは今、憤怒の感情を心に秘めているのだ。

 

「ソウ、落ち着くのじゃ」

 

 師匠の一言で、殺気が収まった。どうにか、制御出来た様子だった。

 

「やることが一つ増えたな」

 

 ソウは会場の方へと視線を向けた。

 

ソウの起こした揺れはナツ達の所まで広がっていた。

 

「なんだぁ?地震かぁ?」

「いや、気のせいじゃないのか」

 

 ナツが何かを感じ取った様子だったが、何事もないように次の行動に入っていた。

 

 話が終わった2人はジュン達の所に戻った。

 師匠はまた何処かへ消えた。トライの応援席にでも移動したのだろう。

 

「どうした、ソウ、様子がおかしいぞ」

「いや、平気だ。ジュンが気にすることじゃないからな」

 

 バレないようになんとか誤魔化して、ソウは会場の方へと目線を向ける。

 確か、もうそろそろ本選に出場するチームの入場する時間のはずだったが………。どうやら始まったようだ。

 観客の雰囲気が静かになったのだ。見なくても分かる。

 アナウンスをしているのはチャパティーって言う人と解説がヤジマさんらしい。そして、ゲストがブルーペガサスのジェニーって言う綺麗な女性とのこと。

 ここまで聞こえた。

 すると、ここまでアナウンスが響く。

 

『驚くことに今年は最後の席をかけて、二つのチームが同時にゴールという事態がありました。その為に、今年は急遽9チームでの決戦となってますのでご了承ください』

 

 ルーズが顔をあげた。

 

「そんなこともあるのね」

「8位を決めるのがめんどくさかったんじゃない?」

 

 アールのいう通りどっちも出てしまえと向こうが決めてしまったのかもしれない。

 

『まずは予選9位!過去の栄光を取り戻せるか!名前に反した荒くれ集団。フェアリーーーテイルーー!!』

 

 やっぱり、ナツ達は予選を突破してきたみたいだ。けれど、9位ってギリギリではないか。順位を聞いたあいつらの表情が想像しやすい。

 そして、次に来たのは、なんとブーイング。

 7年経った今のフェアリーテイルの評判を分かりやすく表現していた。

 因みにナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ、エルフマンのチームだった。

 

「フェアリーテイルは不評だな」

「私は好きだけどね~」

「仕方ないじゃない、7年過ぎた今の現状よ。現実を見ないと」

「どんどん心に釘が刺さっていくのはなんでだろう………」

「ははは………」

 

 特にルーズの厳しい一言のダメージが大きい。ナツ達には頑張ってもらわないといけないが、ソウも負ける気はなかった。

 手紙にソウに勝てたら、目的を教えると書いているからだ。易々と引き下がれる訳がない。

 次のチームのアナウンスが入る。

 

『さあ!続いては予選8位通過。地獄の猟犬軍団!クワトロケルベロス~!!』

「聞いたことないな」

 

 ジュンが呟いた。ソウも心当たりがないギルドだった。新しく出来たのだろう。

 すると、「ワイルド…フォー!」と会場から聞いたことがある掛け声が耳に入る。

 

「あ………私が吹き飛ばしたところじゃないかな?」

「あそこも通過できたのね」

 

 スカイラビリンスでのサンディーが問答無用に天へと打ち上げたギルドも同じことを言っていた。………というより多分、本人達だと思うが。

 

『予選7位通過!女性だけのギルド。大海原の舞姫。マーメイドヒーール!』

「そんなギルドってあったかな?」

「新しく出来たんだろ」

「私のぴったりなギルド!」

「そういえば、あなた海竜だったわね…」

 

 確かにサンディーには色々と合っているギルドだと思うが………。

 

「お前、そんなに胸ないだろ」

「っ~~~!関係ないもん!」

 ジュンに言われて顔を赤らめて否定したサンディー。ジュンは笑っている。

 

『6位は漆黒に煌めく青き翼。ブルーペガサスーー!!』

「ここは………どうでもいいな」

 

 何も言わずに一斉に皆が頷いた。

 相手にされないとは可哀想である。

 

『続いて5位通過。愛と戦いの女神。聖なる破壊者!ラミアスケイル~~!』

「聖十大魔導のジュラさんが厄介だね」

「師匠と同じ称号を持つものか、楽しみだぜ」

 

 ジュンはバシッ!と拳を合わせた。

 

『続いて予選4位。おーっと!これは意外!初出場のギルドが4位に入ってきた。真夜中遊撃隊!レイブンテイル~~!』

「レイブンテイル………」

 

 マカロフの息子・イワンによって作られたギルド。

 師匠はウェンディを襲った犯人はすぐに分かると言った。ソウは直感的にこいつらが犯人だと感じた。

 

「お前らか………」

「おい、ソウ………」

 

 周りはソウを見つめる。ソウはすぐに元に戻るとこう言った。

 ウェンディのことは今は後回しにした。

 

「もう、そろそろ出番だから移動するぞ」

 

 フェアリーテイルの皆が驚くことは間違いがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イワン………!!」

 

 闇ギルドのはずのレイブンテイルがどんな手を使ってここに来たのか、何の目的で来たのか。マカロフは怒っていた。

 応援席にいるマカロフを他の皆が押さえつけるが興奮は収まりそうにもない。

 そこに、アナウンスが響き渡る。

 

『さあ!!!!予選突破チームも残すは後、3つ!』

「そうか、後、3つも残ってたんだ」

「1つはセイバートゥースだろう。もう2つは………」

 

 ハッピーに続くように言ったマカオだが、まったく想像がつかなかった。

 

「もう主力ギルドは出揃っているのよね」

 

 リサーナの言う通りだった。

 その疑問は会場にいるグレイも同じだった。

 

「まだ強ぇギルドが隠れていやがったかぁ……」

「ジェラールの言っていた魔力と関係があるかもしれん」

『予選3位通過。おぉーと!これもまた意外!落ちた羽の羽ばたく鍵となるのか!ままさかの…まさかの……フェアリーテイルBチームだぁーー』

 

 現れたのは、ラクサス、ガジル、ジュビア、ミラ、そしているはずのないミストガンがいた。

 これにはナツ達も驚くしかなかった。

 ミストガンに変装していたのはなんと、ジェラールだった。

 すると、アナウンスが今年からの新たなルール制度の説明を始めた。

 それは同じギルドから二つのチームまでが参加出来るということ。ルーシィはチームの多さに疑問を抱いていたが、これで納得した。

 すると、ナツが不満に思ったのか叫んだ。

 

「冗談じゃねぇぇーー!!例え同じギルドがだとしても勝負は全力。手加減無しだ!別チームとして出場したからには敵!負けねぇぞ、このヤロー!」

「望むところだ、予選8位のチームさん」

 

 ガジルも負けじと言い返した。

 フェアリーテイルの応援席でも盛り上がる。

 

「ガジルはだいぶ、力を付けてきたぞ」

「ナツだって負けないよ」

「それにしてもBチーム、強そうだよなぁ」

 

 応援にきていたメイビスは目を細めながら言った。

 

「あの覆面のかた……ギルドの者ではありませんね」

「ごめんなさぁーーい!」

 

 速攻で頭を地面にぶつけて謝るマカロフ。

 なんともシュールな光景だ。

 

「だから止めとけって言っただろ」

「俺らは止めたんだぜ」

「しかし、悪ではありません。不思議とギルドの紋章を持つ者と同じ心を感じます」

「話せば長くなるんだけど、一応ギルドの者とも言えるんだよね」

「なるほど、あれがこの世界のジェラール。王子というわけか」

「強いのですか?」

「そりゃあ勿論、かつて聖十の称号を持っていた男です」

 

 すると、メイビスの癖毛がピコンと反応した。強いという所に惹かれたのだろう。

 

「認めます!フェアリーテイルが優勝するために」

 

 その瞬間、応援席にいた皆は同じことを思った。

 やっぱり、この人フェアリーテイルのマスターだ!───と。

 

「なぁ、あそこにいるのってレモンじゃないのか?」

 

 ロメオはある応援席を指差した。皆の目線がそっちに行く。

 そこには誰も居らずいるのは、黄色の猫と和装した少女のふたりだけだった。

 手を振ってみるとレモンは気付いたようで手を振り返してきた。

 

「あ、ホントだ。レモンだ」

「なんであんなところにいるんだ?」

「隣のは………」

「あ!あの人だよ、マスター。昨日、オイラたちと会ったのは」

 

 マカロフもそちらの方へと目を向ける。

 すると、突如マカロフの動きが止まった。

 

「どうしたんですか?マスター」

「あやつは………夜叉ではないか!」

「夜叉?」

「ワシと同じ聖十の称号を所持しておった者だったのだが、今は行方が知れず生きているかどうかも不明じゃったのじゃ」

「もしかして、まだ出てないギルドのマスターじゃない?」

「マスターをしているとはワシは聞いておらんぞ」

 

 困惑しているマカロフ。すると、遮るようにアナウンスが入った。

 

『続いて予選2位!なんと!驚くことにこのギルドも初出場で2位!更に今回の出場者全員がある共通点を持ち合わせているという私自身も未だに信じられていません。天と海と地が重なる時、現れる伝説。その名はトライデントドラゴーン!!!』

 

 派手な煙と共に姿を現したのはフードを被った5人。

 会場の中心まで移動すると、同時にフードをぬぐい捨てた。

 

「………ソウ!」

 

「───それに、ジュン、サンディー!!」

 

「───アールにルーズまで!!」

 

 フェアリーテイルを抜けて行方の知らぬソウが先頭を立っていたのだ。

 なんで………と言う感情が包んだ。

 

「ソウ、なんでお前がそこに!?」

「ナツ、まあ、こういうことだ。俺はトライの一員としてここにいる」

「つまり敵ってこと………?」

 

 ルーシィは気が重くなった。

 ソウはてっきり大魔闘演武には出ないものだと思っていた。

 

「ああ。手加減もする気は一切ないからな」

「当たり前だ!今度こそは勝ってやらぁ!」

 

 フェアリーテイルBチームに続き、またしても予想もしていない事態にルーシィは頭がショートしそうだった。

 ソウの近くにエルザが近寄る。

 

「もしや、あの手紙に書いてたのは」

「多分、エルザの考えであってる。俺に一回でも勝利をもぎ取ってくれたら、教えてやるよ」

「それと………ウェンディのことだが……」

「………師匠から事情は聞いてる。襲ったのもレイブンの奴等だってことはさっき、分かった。後、時間を空けて見舞いにも行くつもりだ」

「………そうか」

 

 エルザは頷くと、ソウから離れていった。

 話さなくても良いと判断した結果だ。

 ジュンやアールも他のメンバーと話しているみたいだった。

 

 一方、フェアリーテイルの応援席では。

 

「あの方は確か、フェアリーテイルの者だったはずでは………」

「すみませんでしたぁぁ!!」

 

再び驚愕の表情になったマカロフ。また、頭を地面に打ち付けて謝罪の言葉を述べる。

 

「まさか、別のチームで出るとは思っていなかったのです!」

「出たからには、もう仕方ないですね」

 

 どうにか、メイビスも納得してもらえたようで一安心するマカロフ。

 

『なんと、このチームは全員がドラゴンスレイヤーという珍しいチームです!』

『全員がドラゴンスレイヤーとは珍しいのう』

『さあ、いよいよ予選突破チームも残すところあと一つ。さあ、皆さん既にご存じ。最強!天下無敵!これこそが絶対王者!セイバートゥースだぁ~~!!!』

 

 そして、遂に姿を現したの5人の魔導士。けど、正直に言うとソウはあまり興味がない。あると言えば、アールが目撃した“双竜”と呼ばれる二人のドラゴンスレイヤーぐらいだろうか。

 

「あそこにレモンと同じのがいるよ」

 

 サンディーが指差した先はセイバートゥースの応援席。そこには赤色の猫とカエルの着ぐるみを来た猫がいた。

 

「それなりの実力はあるみたいだね」

「少しはやりがいがあるんだろうなぁ」

「ジュン、戦闘狂の台詞だぞ」

「へへ、一度言ってみたかったんだ」

「子供ね………」

 

 他愛のない会話をするトライのメンバー。そこからは一切の緊張が感じられない。

 

『これで全てのチームが出揃ったわけですが、この顔ぶれを見てどうですか、ヤジマさん』

『若いっていいねぇ~』

『いや、そういうことじゃなくて………ではお待ちかね!大魔闘演武開催のプログラムの発表でーす!』

 

 すると、会場の中央に巨大な石板が地面から飛び出してくる。

 そこに書かれていたのは日程表のようだった。

 1日に競技パートとバトルパートに分けられていた。

 まず、競技の方では9チームで順位がついて、それに見あった得点が加算されるという仕組みらしい。競技に出場する選手はこちらで自由に決めても良いようだ。

 次にバトルだが、こちらは主催者側でカードを組むらしい。

 ファン投票も考慮しているとのこと。

 運が悪ければ、競技パートで疲れたところにバトルパートが来る可能性があるのだ。

 各チームでバトルして勝利チームには10ポイント、敗北チームには0ポイント。引き分けの場合は両チームに5ポイントずつ振り分けられるとのこと。

 

『なお、これだと1チームがどことも当たらない計算になりますので、最後に残ったチームはその日に敗北したチームの中からランダムで一人選ばれ、その方と対戦してもらうことになります』

 

 つまり、負けても同じ日にまたバトル出来る可能性があるということか。

 

『では、大魔闘演武。オープニーグゲーム。“ヒドゥン”を開始します!』

「ヒドゥン?」

「隠密って意味だな」

 

 石板の文字が変わって競技についての内容が写し出された。と言っても名前だけだが。

 

『参加人数は各1名。ゲームのルールは全選手が出揃った後に説明します』

 

 後から説明するということはある程度の内容はそっちで勝手に予想でもしておけと言うことだろうか。

 

「誰が行く~?」

「隠密だろ?だったら、アールじゃねえか?」

「俺も同意見」

「私も特に異論はないわ」

「私が───」

「分かった。僕が出るよ」

「え!私の意見は聞かないんですかー!」

 

 サンディーが何か言っていたが聴こえていないことにした。

 他の選手も決まったようでそれぞれが石板の前に集まる。

 

 “四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)”からは“イェーガー”。

 見た目はよくわからん。

 

 “人魚の踵(マーメイドヒール)”からは“ベス・バンダーウッド”。

 あちきを一人称で話す子だ。

 

 “大鴉の尻尾(レイブンテイル)”からは“ナルプディング”。

 背が低いのに、声も低い。後、常に悪いことを考えていそうな顔をしてる。

 

 “青い天馬(ブルーペガサス)”からは“イヴ・ティルム”。

 吹雪の魔法を使う好青年。

 

 “剣咬の虎(セイバートゥース)”からは“ルーファス・ロア”。

 詩人みたいに語りかけている帽子を被った金髪の青年。

 

 “蛇姫の鱗(ラミアスケイル)”からは“リオン・バスティア”。

 グレイと同じ師を持った氷の魔導士。

 

 “妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aチーム”からは“グレイ・フルバスター”。

 リオンに対抗するために出場を決めたようだ。

 

 “妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチーム”からは“ジュビア・ロクサー”。

 グレイが出るならジュビアも!の勢いで参戦した。後、名字がロクサーって言うことを初めて知った。

 

 “三首の竜(トライデントドラゴン)”からは“アール・ケルニア”。

 背が低い。それに女顔の少年。見た目とは裏腹に相当の魔導士。

 

『以上!9チームから参加選手が決定しました。そして、オープニーグゲーム“ヒドゥン”。そのルールとは───』

 

 遂に始まった大魔闘演武。

 まだまだ始まったばかりだ。

 

 

続く───────────────────────────

 




裏設定:四つ首の猟犬の予選順位

途中でサンディーに吹き飛ばされた為に原作よりタイムが遅れている。ゴール直前でナツ達と遭遇。何故か、ナツとの競走が始まった。同時にゴール地点に辿り着いたために、勝敗は分からずのままである。


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第n話 星降る夜に

あ、因みにソウ達のギルドは漢字表記で三首の竜、読み方はトライデントドラゴンとなってますよ。

───では、競技パート始め!!


 “ヒドゥン”とは、隠れるという意味だがそれとゲームとどう影響してくるかがどうかだった。

 隠れるとなれば、背の低いアール。それに絶界魔法も有効に使えるので有利となればいいのだが、もし見つける側のゲームだったらそれは少し怪しくなる。

 見つける事はソウの方が得意だからだ。

 

「各チーム、ヒドゥンの参加者は前へ」

 

 アナウンス側では誰がお薦めなのか、話していた。ヤジマさんはルーファス。ジェニーは同じギルドのイブらしい。

 

「グレイ様。申し訳ありませんが、手加減しませんよ」

「当たり前だ。全力でこい」

 

 同じギルドが敵になるとはどんな感じなんだろう。

 やはり、妖精の尻尾の魔導士はソウ相手だとやりにくいのだろうか。

 そんなことをアールは考えていた。

 彼の横ではリオンがガッツポーズをとっていた。

 

「悪いが俺も全力でやらしてもらう。ジュビアのために!」

 

 どや顔で言うところか、そこは。

 現にグレイとジュビアは無表情。

 

「ほっとけよ。バカが移る。それと、アールって言ったか?」

「そうだけど、何か用?」

「ソウとさぁ、こっちが勝ったらそっちの目的を教えてもらうって約束してんだが、それはお前でも有効か?」

 

 アールはソウの方へと視線を向けた。

 視線に気付いたソウは頷いた。構わないという意味だ。

 

「うん、いいよ。そこのジュビアさんの場合も同様にね」

「サンキュー。後、予選始まった時から気になってたんだが、お前何?」

「さあ?僕も知らないよ」

 

 ギクッと肩を震えさしたカボチャ。

 誰も突っ込まない辺りからもう当たり前のことなのだろうが、いささか初めての参加なので気になっていた。

 

「見ての通り~、カボチャです~」

 

 どう見ても誤魔化している。

 

「あれ?質問した俺が悪いのか?」

「ジュビアもカボチャに見えますよ」

「いや………見た目はカボチャなんだが、中身は………」

「毎年のことだからね。あまり気にしてなかったけど」

「多分、主催者側の役員だと思うの」

 

 イブとベスは同時に姿勢を正して綺麗な礼をした。

 

「「キャラ作りご苦労様です!」」

「のんのん、楽しんでやっているからいいんだカポー」

「無理矢理キャラを濃くするなよ」

 

 すると、アールが近づき不気味な言葉を放つ。

 

「試しに分解してみるかな?」

「怖いカポ………」

「冗談だよ」

 

 いや、どう見たって本気でしそうな雰囲気だった。グレイは思っていた。

 ()()と言う言葉に何人かが反応していた。

 既に勝負は始まっている。相手の魔法を見極めているのだ。

 

「ちょっと待ってくださいや。これから始まるヒドゥンって競技。どんなもんか知りやせんがね、いやいや今後全ての競技に関することですがね。どう考えても二人いる妖精さんが有利じゃありませんかね?」

 

 確か、彼はナルプディングと言った。

 ソウの目の敵にしているギルドの者である。確かに悪者のようなやつだった。

 

「それは、フェアリーテイルがなし得た特権。そう言うなら自分達がしたら良かったんじゃないの?ルール改正のことはルール書に書いてあったんだし、誰も文句は言えないよ」

 

 アールが弁護した。

 これはフェアリーテイルが手に入れた物で誰も文句は言えないのだ。

 2つのチームが残っていることは異例だが、これもフェアリーテイルだから出来たものと言っていい。

 

「仕方ありませんよ。決勝に同じギルドが2チーム残るなんて凄いことなんですから………カポー……」

「いいのではないのかな。私の記憶が唄っているのだ。必ずしも二人いることが有利とは言えないと」

「オラも構わねぇだ」

「あちきも良いと思うよ」

「勿論、僕もね」

 

 舌打ちをしたナルプディング。作戦は不発に終わったようだ。

 

「流石だねぇ~それが王者の余裕ってやつかい?」

「仲間は君にとっても弱点となりうる。人質、脅迫、情報漏洩。他にもいくつかの不利的情報は構築出来るのだよ。記憶しておきたまえ」

「忘れなかったらな」

 

 随分の余裕がある発言だ。それも王者からの自身から来るものだというのだろうか。

 

「フィールドオープン!!」

 

 カボチャの一声により、突如会場に街と呼べるものが出現した。それも相当の広さを誇っている。

 一体、どれほどの魔力が行使されているのだろうか。

 これがこのヒドゥンの舞台となる場所のようだ。

 具現化が終わると同時にアールは街なかに放り出された。周りには誰の姿も見当たらない。

 皆とは、はぐれたようだ。

 アールは辺りを見回した。特に異変はなく、普通の街だ。

 ここでかくれんぼをすれば、良いと想定する。隠れ場所はいくらでもある。まあ、絶界魔法で生み出した別空間に移動すれば終わりだが。

 そんなことはルール違反になりそうだし、止めておく。まだ詳しいルール説明はまだだが、これは流石に駄目だろう。

 ここで、アールはかくれんぼをするには足りないものを見つけた。

 ()がいないのだ。

 誰かが探さないと同じ場所に隠れているたけで、ただ虚しいだけのものになる。

 

『会場の皆さんは、街の中の様子をラクリマビジョンにてお楽しみください』

 

 空にはたくさんのモニターが映し出されていた。自分もモニターで確認されるみたいだ。

 試しに手を振ろうしたが、こちらからでは向こうが見えないので諦める。

 

『参加している9名はお互いの様子を知ることは出来ません』

 

 出来たらゲームにならないと思う。

 

『ヒドゥンのルールは簡単。互いが鬼であり、追われる側なのです。この街の中で互いを見つけ、どんな魔法でも構いません。一撃を与える。ダメージの有無を問わず攻撃を与えた側が1ポイント獲得です』

 

 すると、道に何かが現れてきた。それは大量のグレイやリオンやジュビア………いや、ヒドゥンに参加している選手全員の偽物だった。勿論、アールの偽物もある。

 

『これは皆さんのコピーです。間違ってコピーに攻撃してしまった場合、1ポイントの減点となります』

 

 このコピーの使い方によっては色んな作戦が組み立てられると言うわけか。

 例えばまったく動かずにコピーの中に紛れて誰かが来るのを待ち伏せたりも出来る。

 

『さあ!消えよ、静寂の中に。闇夜に潜む黒猫の如し!ヒドゥン!開始でーす』

 

 銅鑼の音が鳴り響いて競技が始まった。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「うわぁ~アールがたくさん」

「長時間見てると気持ち悪くなってくるわね」

「まだ時間そんなに経ってないだろ」

「冗談よ」

 

 ソウ達は出場者の待機場所から観戦をしていた。

 ルーズの冗談は冗談に聞こえない。アールに似てきたような気がしてきた。

 

「それにしても………厄介だな」

「それはどっちの意味でだ?ソウ。アールを見つけることか?それとも、敵を見つけることか?」

「敵を見つけることは、既にアールは攻略法がついてるだろうからな。気がかりはモニター越しにアールが確認できるかどうか………」

 

 アールの絶界魔法での移動では、どこに現れるかは予測不可能と言ってもいいほどだ。

 けれど、アールが始まってから一歩も動かない様子から彼が本格的に動き出すのはまだまだ先のようだ。

 

「あ……ポイントが減った……」

 

 サンディーの呟きにソウが反応した。

 ポイントが変動したのはジュビアだった。コピーのグレイに耐えきれなかったようで思わず抱きついて減点されたようだ。

 すると、ジュビアが別の場所に転送される。

 ポイントが変動すると、どこかにランダムに転送されるシステムのようだ。

 その後は10秒後にリスタートする。それも制限時間内なら何度でも。制限時間は30分。

 そして次にポイントが変動したのはグレイとナルプディング。

「お!造形のスピードが上がってるな」

 

 グレイの氷のハンマーでナルプディングに攻撃を当てた。

 が、何故かグレイの減点になってしまった。グレイが当てたのは偽物だったのだ。

 ナルプディングはニヤリと笑いグレイを馬鹿にしていた。

 

「ああいうのも有りなのか」

「自分だけの軍団が作れそうだな」

 

 自分と同じ姿のコピーをたくさん従わせたら、楽しそうだとソウは想像する。

 ………やっぱり、自分の顔だけを見るのは流石に遠慮しておきたい。

 

「アールは動かないのかな?」

「遊んでんのよ。終盤になったら動くわ」

「へぇ~、流石、アールのお嫁さん」

「誰がお嫁さんよ!!」

 

 ジュンに突っかかるルーズだが、顔はトマトみたいに真っ赤だ。

 そして、密かにサンディーも顔を赤く染めている。妄想でもしているのだろう。

 すると、ヒドゥンの選手は群衆に溶け込んでしまった。誰が本物か分かりづらい。

 静寂の包む中、またしてもナルプディングがグレイに攻撃を仕掛けた。

 ナルプディングにはグレイの居場所が分かっているかのような行動の素早さだった。

 グレイは1ポイント失い、ナルプディングが1ポイント獲得したことでフェアリーテイルAチームは最下位へ落ちる。レイブンテイルはトップに躍り出る。

 ソウから見てもナルプディングはフェアリーテイル狙いだということが読み取れる。

 

『この自分や敵だらけのフィールドで実体を見つけるにはどうしたら良いのでしょう?』

『色々と方法は色々あるけどねぇ。例えば相手の魔力を探るとかねぇ』

『イブ君ならもっと凄い方法を取ると思うわ~』

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「相手の魔力を探る………大体の方向は分かるだろうが、特定するのは困難だぞ」

「グレイ!何やってんだ!」

「同じやつに2度やられんなよ!」

 

 ルーシィは大鴉の尻尾の待機場所へと目を向ける。

 ウェンディの件のこともあり、どうやらレイブンテイルはフェアリーテイルを徹底的に懲らしめたいようだ。

 

「ソウが出ないのは幸いだと言えるな」

「どうしてだ?エルザ」

「ナツ、ソウの魔法は波動よ。波動を使われたら簡単に居場所が特定され放題になって有利過ぎる状況になるの」

「だが、あのアールってやつも侮れないと思うが」

「あぁ………実力は未知数だが、何をしでかすか分からん」

「それにどんな魔法を使うか、分かってないから油断は出来ないわね」

 

 どうやら、問題は大鴉の尻尾以外にもたくさんあるようだ。グレイはこれらを全部相手に出来るのだろうか。

いや、そうしないといけないのだ。

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「俺が出た方が良かったか?」

「誰が出ても結果は変わらないんじゃないのか?」

「それもそうだな」

 

 まだ、アールに動く気配は無さそうだった。

 戦況が動いた。

 グレイにニンジンのロケットが地面から飛んでくる。ぎりぎりのところで回避。

 穴から出てきたのはベス。すると、ベスが空に打ち上げられた。サボテンのようなものに打ち上げられたのだ。

 ベス、1ポイント減点。

 グレイの背後には1ポイント獲得したイェーガーがいた。今のサボテンはイェーガーの魔法らしい。

 さらにポイントは変動する。イェーガーを背後からリオンが攻撃した。

 そして、建物の屋上からジュビアがジャンプして飛び降りる。その際、下にいるグレイとリオンはジュビアがスカートなためにあれが見えており、顔を赤くした。

 ジュビアはリオンを蹴飛ばして、着地する。

 その結果、ジュビアのポイントは0ポイントに戻った。

 

「おいおい、手助けは無用だぜ」

「分かっています」

 

 一気にポイントが変動したが、グレイはまったく変わっていない。

 リオンは「眼福………」と言いながらどこかに転送された。

 この場にいるのは、グレイとジュビアの二人。

 

「ジュビアはあなたに勝ちます。マスターと約束しましたから」

「じいさんと約束だぁ?」

 

 マスターと一体何の約束をしたのか、まったく心辺りがないグレイ。

 ジュビアの説明によると、初めのBチームは乗り気ではなかったらしい。なので、マスターがある提案をしたのだ。

 それは勝った方が負けた方を1日好きに出来るというものだった。

 それで、取り敢えず納得してBチームは参加したのだが、Aチームのほうはまったく聞いていない話だった。

 

『ふざけんなぁ!おい、じいさんそんなの聞いてねぇぞ!そのローカルルール、俺らも適応されんだろうなぁ!』

 

 グレイのモニター越しの気迫に押されて、マスターは頷いていた。

 ナツはそれを聞いて、ラクサスとガジルにハッピーの物真似をさせている場面を想像していた。

 だけど、それは面白いのだろうか。

 

「だから、ジュビアは負けません!」

「臨むところだ」

 

 二人は対峙する。と、そこに乱入者が現れる。

 

「二人まとめて、妖精さんをゲットでさぁ!」

 

 ナルプディングだった。どうにか、緊急回避に成功するも、こうもナルプディングが狙ってくるとなると邪魔にならほかならない。

 反撃に出ようとしたグレイだが、足が止まる。

 雪が降ってきた。

 おかしい。今も空は晴れているのに雪なんて降るはずがないのだ。

 可能性として高いのは魔法。

 そして、これを扱うのは───

 

『おっーと!これは一体……?街のなかに雪が降ってきたぁー』

『イブ君ね~』

 

 今まで何の行動にも移っていなかったイブだった。

 

「寒さに強い魔導士がいたのは誤算だったよ」

 

 グレイとリオンのことだ。

 人は寒さに震えると自然と体温が低くなっていく。すると、人は白い息を吐くのだ。それによってコピーと見分けようという訳だ。

 コピーは寒さを感じないので、白い息を吐いているのは本物と言うことになる。

 場所を突き止めたイブは吹雪で攻撃。一気に3ポイントを獲得した。

 そこにすかさず、リオンが追撃した。リオンに寒さは効かない。

 

 状況は乱戦を極めていた。

 誰が首位になるのか、分からない。

 その中でも、ナルプディングはしつこくグレイを襲撃していた。流石にグレイも鬱陶しい他ならない。

 

『それにしても、セイバートゥースのルーファスとトライデントドラゴンのアールはまったく動きませんね。未だに誰も倒さず倒されていません』

 

 刹那───

 

「私は覚えているのだよ」

 

 ようやく、ルーファスが動き出した。だが、ルーファスは驚くことに一番高い建物のてっぺんに立っていたのだ。

 あんなところに居れば目立つ。全員の絶好の標的にされやすい。

 

「私は覚えているのだ。一人一人の行動、足跡、魔力の質」

 

 随分と余裕ぶった行動だ。そんなに自分を狙って欲しいのだろうか。

 

「もう、そろそろアールも動くか」

「そうだな」

 

 未だに姿を現していないアール。このままでは順位はよくない結果になる。

 ルーファスは両方の人差し指と中指を頭にかざした。

 

「覚えている………覚えているのだ………メモリーメイク」

 

 ルーファスの背後に魔方陣が出現。ルーファスの頭上が何かに覆われて、辺りが暗くなる。

 

「“星降ル夜ニ”」

 

 電撃に近いものが、ルーファスの体から8つに分裂して放たれた。それぞれが選手達へと襲いかかり、命中していく。

 さらりと、かわしたナルプディングがルーファスに攻撃を仕掛けるが、それはコピーだった。

 空中に投げ出されたナルプディングにルーファスが追撃を仕掛けて、ナルプディングはポイントを失う。

 

「私にデコイは必要ないのだ」

『一瞬でぜ、全滅………!これがルーファス。セイバートゥース~!』

 

 会場が一気に盛り上がる。だが、誰も気づいていなかった。全滅したはずなら、ルーファスには8ポイントが上がるだが、ルーファスの得点は7ポイント。誰かが攻撃をかわしているのだ。

 

「主催者の皆さん、この競技は面白くない。だって私には隠れる必要がないのだから。私を見つけたところで攻撃は当たらない。そこにあるのは私がいたという記憶だけだ」

 

これが、剣咬の虎の実力だと感心していたルーシィ。と、隣のエルザが異変に気づいた。

「これが、セイバートゥース………」

「おかしい。アールのポイントが変わっていない」

 

 攻撃を当てられるとポイントは減点する。が、アールのポイントはゲーム開始からまったく変わっていない。

 

『ち、ちょっと待ってください!な、なんと!一人だけ、ルーファスの攻撃をかわしている人物がいたぁー!』

「確かにこの競技は面白くないね。だって誰も僕を見つけてくれないんだよ」

 

 ルーファスの背後の空間が歪んだ。そして、そこから一人の人物が出てきた。

 アールだ。

 ルーファスが気づいた時にはもう、遅かった。アールはルーファスの背中に手を伸ばして魔法を発動する。

 

「『空動・其の参・弾』」

 

 ルーファスの背後にアールの魔法が直撃。アールが放ったのは空気砲に似たものだった。

 

「この私が記憶出来ないだと………!」

「油断大敵だよ」

 

 にこりと笑みを浮かべたアール。ルーファスは足を踏み外して落ちながらも振り返ってアールを見た。そして、驚嘆した。

 ───浮かんでいる!

 ルーファスがいたのは建物のてっぺん。他に誰かが立てるスペースは絶対にない。なら、アールはなぜ、立ち止まっているのか。それは宙に浮かんでいるからだ。

 

『おぉっと!ここでルーファスが倒されたぁ!アールにポイントがようやく追加!』

 

 空から辺りを一望したアールは、皆がリスタートしているのを確認した。

 

「さて、計画はもう意味がないんだけど行きますか」

「その前に俺の相手をしてもらおぅーか!」

 

 空中に浮かんでいるアールにグレイが飛びかかっていく。

 ───が、ナルプディングがグレイを妨げるように現れた。

 また、狙われる。そう思ったグレイは目を見開くが、それはまた別の事で驚いたからだ。

 ナルプディングが下に叩きつけられた。

 それをしたのは、アール。魔法で空気の歪みを作り、それをナルプディングの頭上からぶつけたのだ。

 

「邪魔しないでくれるかな?」

 

 笑顔でそう言ったアールには、どこか恐怖が感じられた。

 グレイは両手をかざし、魔法を発動してアールを倒そうとする。

 すると、アールはまたしても一瞬で消えてしまった。グレイは辺りを見回す。

「───っ!背後か!」

 

 気配を後ろから感じたグレイ。けれど、今は空中にいるために思うように動けない。狙われるのには、絶好の的だった。  アールの手元から放たれた空気の歪み。それは、あのルーファスを倒したものと同じものと見受けられた。

 グレイの背中に直撃。

 よって、アールは計3ポイントを獲得していた。

 グレイが転送されたのを確認したアールは、またしてもその場から姿を消した。

 

「今度は僕か!」

 

 イブは直感的に警戒体勢に入るが、横から襲ってくる空気の歪みには気づかない。

 アールが目の前に現れると同時にぐはっ!とイブの脇腹に命中して、1ポイントをアールに取られることになった。

 アールがイブを狙ったのはイブの居場所が一番近いためだった。

 そのお陰で、これでアールは3位まで一気に上り詰めた。ルーファスの7ポイント同時獲得をしたこと。それにナルプディングが地味にポイントを稼いでたのには、影響が大きかったために1位までにはまだ届かない。

 時間があれば、良かったのだがもうほとんどない。

 そして───

 

『ここで、終了~!』

 

 終わりを告げるアナウンスが入り、順位が発表される。

 

 ───1日目途中結果───

 1位,“剣咬の虎”(10ポイント)

 2位,“大鴉の尻尾”(8ポイント)

 3位,“三首の竜”(6ポイント)

 4位,“蛇姫の鱗”(5ポイント)

 5位,“青い天馬”(4ポイント)

 6位,“人魚の踵”(3ポイント)

 7位,“四つ首の猟犬”(2ポイント)

 8位,“妖精の尻尾B”(1ポイント)

 9位,“妖精の尻尾A”(0ポイント)

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 まあ、アールは不満だろうがトライの方としては良い結果だと言える。

 

『やはり、予想通りに1位はセイバートゥースでしたね』

『だけど、あのアール君も凄い活躍だったよ』

 

 1位になれて喜ぶはずだが、ルーファスは何か満足がいかない顔をしていた。

 アールに裏をとられたことを根に持っているのだろうか。

 

『今回のダークホースはトライデントドラゴンなのでしょうか?』

『私も気になってきたわ』

 

 実力はそんなには示していないのだが、周りからの目線は注目を浴びたようだった。

 

「アール、お疲れだったな」

「うん。楽しかったよ。けど、誰も見つけてくれなかったことには残念かな」

「はは!無理難題だなぁ、それは」

 

 競技の後だと言うのにいつもと何ら変わりない様子でジュンとアールは会話をし出した。

 

「どうしたの、ソウ?」

「………フェアリーテイルがな」

 

 サンディーはどこか、上の空のソウに話しかけた。ソウの目線の先には、最下位を占領している妖精の尻尾の名前があった。

 観客からは罵声が飛び散る。ナツが怒鳴り返すが、逆効果だった。仕方なく笑わせたい奴には笑わせておいて気にしないことにしたナツ達。

 その判断は正しいだろう。

 正直、2チームともあまり実力を出しきれずにいたのだ。

 特にグレイは競技中のほとんどをナルプディングに邪魔されていた。初めから大鴉の尻尾は妖精の尻尾だけを集中的に狙っていたと思われる。

 元妖精の尻尾の魔導士のソウが気にかけるのも仕方ないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

「………くそっ!」

 

 グレイは誰もいない通路にいた。

 ナツやルーシィには見られたくないあまりに競技が終わるなり、さっさとその場を離れたのだ。

 壁に悔しさのあまり、拳を叩きつけた。壁にひびが入る。

 ───レイブンテイルに、セイバートゥースの造型魔導士そして………ソウのギルド。

 敵が多すぎだった。

 だが、グレイもここで易々と引き返すわけにはいかなかった。

 

「………この借りは必ず返す………!」

 

 

続く──────────────────────────────




裏設定:アールの魔法

本来彼は空間魔法の使い手にするつもりだったが、剣咬の虎のミネルバも同じ名前の魔法だということに気付いて変えている。実際にもアールの魔法は空間魔法よりも効能は上である。


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第o話 空撃の覇者

もうすぐ学生の地獄、テストが襲いかかってくるためにしばらくは投稿が出来ません\(^-^)/

すみません(´д`|||)


 ヒドゥンで一番の風格をさらけ出したのは、三首の竜のアールという少年。

 結果的にはセイバートゥースのルーファスが1位だったが、アールはわざと1位を譲ったような行動だった。

 彼が動いたのは、ルーファスの魔法が発動した直後だった。

 ルーファスの背後に一瞬で現れたかと思うと、ルーファスに攻撃を当てた。

 剣咬の虎はその光景に驚愕していた。あのルーファスからポイントを奪うなど有り得ないからだ。

 だが、現にアールはルーファスのいた場所に降り立っている。

 その直ぐ様に、グレイが仕掛ける。ナルプディングがグレイの邪魔をするが、彼は邪魔をするなと言わんばかりに一瞬でナルプディングを地面に何かで叩きつけた。

 そして、その後またグレイの背後に一瞬で移動した。

 ───まるで、瞬間移動ではないか。

 透明になる魔法はあるが、瞬間移動をする魔法はなかなかいない。

 古代魔法ではないかと妖精の尻尾の応援していた者達は考えたが、初代マスター・メイビスの呟きに考えを改めることになる。

 

「あの魔法は………私でも見たことがありませんね………」

 

 ───となると、アールの魔法は古代魔法ではないと言うことになる。メイビスは古代魔法に詳しいからだ。

 意外にも彼の魔法を知っていたのはマカロフだった。

 

「あれは“絶界魔法”と言いますぞ、初代」

「絶界魔法ですか?」

「マスター、どんな魔法なの?」

 

 ハッピーが尋ねた。内容は誰もが気になっていたもの。

 一呼吸置いたマカロフは、続けた。

 

 “絶界魔法”

 その魔法の所持者は、夜叉───師匠が最初だった。

 元々、絶界魔法というのは昔から存在していたが制御が難し過ぎて誰も使いこなせなかったのだ。それを師匠は意図も簡単に使いこなしたと言われている。また空間魔法と呼ばれる魔法もあるが、絶界魔法はさらにその上を越す難易度を誇る。空間魔法を操るだけでも、普通の魔導士は不可能とはっきり断言出来るので、絶界魔法を操ることがどれだけなのか、誰も想像すらつかない。

 師匠から直々に教わったアールが使っているのは、絶界魔法の中でもまだ、初歩のものだ。

 最上位の魔法となってくると、それは恐ろしいものとなると噂では言われている。

 一度、彼はルーズと言う少女と共にソウに会うためにフェアリーテイルを訪ねてきたことがある。

 その時は確か、滅竜魔法しか使っていなかった。いや、誰もがそう思っていた。ナツやガジル、ウェンディ、そしてソウは滅竜魔法しか使っていなかったからだ。

 ───そういえば、アールは空動竜の滅竜魔導士だったはず。だとすれば、彼がその基礎となる空間を自在に操れるのは納得がいく。

 彼にとって絶界魔法はぴったりの魔法だったのだ。

 それとマカロフは最近、ある魔導士の噂を耳にしていた。それは………ある少年が闇ギルドを倒し回っているという噂だ。

 その少年は、驚くことに瞬間移動を使いこなすと話題を呼んでいた。

 その少年こそが、あの彼ではないだろうか。

 

「俺、聞いたことがある………。確か、その少年はこんな異名で呼ばれてた……」

 

 マカロフの話を聞いたロメオが、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「“空撃の覇者”」

 

 小さい少年の体ながら空間を司る魔導士にその二つ名が付けられた。誰かが言い出したのかは不明。いつの間にか世間に浸透していた。

 妖精の尻尾はアールを倒すことが出来るのだろうか。いや、倒さないといけないのだ。

 ほとんど、無敵と言える魔導士を───

 

 

 

 

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

『続いて!バトルパートに移ります!各チーム1試合ずつしておこなってもらいます。トーナメントではありません。なお、最後の1チームはバトルパートで得点を獲得出来なかったチームの中からランダムで選ばた選手と勝負することになります』

『組合わせは主催者側が決めるんだったわね』

『面白そうな組合わせになるといいねぇ』

『早速私のもとに対戦表が届いていますよ!』

 

いきなりの対戦相手が発表される。

が、妖精の尻尾にとっては一大事とも言える試合だった。

 

『1日目!第1試合!妖精の尻尾A!ルーシィ・ハートフィリア~!!』

「ルーシィって誰だ?」

「星霊魔導士の子だよ、ジュン」

「アールはよく覚えてるよな」

『vs!大鴉の尻尾!フレア・コロナ!』

 

早速、妖精と大鴉がぶつかることになった。

 ソウもこれには驚く。

 フレアというと、あの長い赤髪をした女のことだろう。

 ルーシィを目につけていたらしく「金髪ぅ~」と何度も言っている。

 見た目は態度の悪そうな女性。魔導士としての実力は未知数。あのラクサスの父親のギルドでもあるから魔導士としての強さは折り紙つきではあるだろうが。

 対するルーシィは気合いが入ってるのか、良い面構えをしていた。

 

『この二つのギルドはマスター同士が親子の関係だそうですね、ヤジマさん』

『まあ、違うギルドの紋章を背負ったなら親も子も関係ないけどな』

『ドラマチィクねぇ~痺れちゃう~』

「両者前へ!」

 

 かぼちゃの指示のもと、ルーシィとフレアが対峙した。

 

「ここからは闘技場すべてがバトルフィールドとなるため、他の皆さんは全員場外へと移動してもらいます。制限時間は30分。その間に相手を戦闘不能状態にすれば、勝ちです。それでは、第1試合始め!」

 

 銅鑼の大きな開始の合図と共にバトルパートが始まった。

 

「始まったよ!」

「大鴉の尻尾って言うとソウが気を付けてるギルドだったか?」

「悪い意味でな」

 

 先手を打ったのはルーシィ。

 黄道十二門の内の一人、タウロスを呼び出した。

 牛の星霊で………ど変態だ。

 タウロスは自慢の斧でフレアに攻撃を仕掛けるが、フレアは避けた。

 ルーシィは続け様に、もう1本鍵を取り出した。

 

「へぇ~………同時開門が出来るようになったのか………」

 

 星霊魔導士のルーシィは今までの場合、魔力の消費が激しいお陰で、一人の星霊しか呼び出すことが出来なかった。

 だが、セカンドオリジンを開いたお陰で同時開門が出来るようになったのだろう。

 ルーシィが呼び出したのはスコーピオン。「ウィァー」が口癖の蠍座の星霊。

 スコーピオンはフレアに向けて砂の竜巻を浴びせた。

 対するフレアは避けようとせずに、赤髪を伸ばして盾のようにした。それで、スコーピオンの攻撃をふさいだ。

 

「うわぁ~髪の毛が伸びたよー!」

 

 サンディーの言うとおり、フレアの髪が伸びたのだ。それがフレアの魔法だろうか。

 ルーシィはタウロスにある指示を出す。

 タウロスは先程のスコーピオンの攻撃によって巻き起こった砂を斧に纏わせた。タウロスはそれをフレアに向けて頭上からおりはなった。

 ルーシィが行ったのは星霊二体による合体技。

 砂が会場一体に大きく広がって、試合の内容が見えなくなった。

 砂埃が収まるとフレアは大きく空へ飛ばされた光景が見えた。───が、反撃とばかりに髪の毛をルーシィに向けて伸ばした。

 髪の毛の先端がまるで、狼のような形になりルーシィに襲いかかる。

 既にタウロスとスコーピオンを閉門していたルーシィはまた新たな星霊を開門した。

 ───蟹の星霊、キャンサーだ。

 髪の散髪が得意なキャンサーはフレアの髪による攻撃をあっという間に防いだ。

 髪の毛を切られたことに怒ったフレアは自身の髪の毛を地面に潜り込ませた。

 ルーシィの足元から出てきた髪の毛は彼女の足元を掴んだ。

 ルーシィはぐるぐると投げ飛ばされた。

 フレアの髪の毛はやはり、自由自在に伸ばせるようだ。

 ルーシィは対抗するように、腰に付けていた鞭を取り出した。エドラスの時に手にいれた鞭。こちらも自由自在に伸びる。

 鞭の先端がフレアを掴んだ。これで、お互いがお互いを掴んだ状態になる。

 すると、二人は宙に飛んだ。

 しばらくしてから、二人は掴むのを止めて解放された。

 

『おぉーっと!これは1回戦から息つく暇のない攻防戦!親子ギルド対決!女の子同士の戦い!どちらも引かず!』

 

 ここまでで優勢と思われたのはルーシィだった。

 すると、ルーシィの顔が歪む。

 よく見てみると、ルーシィの履いているブーツがボロボロになっていたのだ。

 焼け焦げていた。フレアの髪の毛は焼くことが出来るようだ。

 ルーシィは「結構気に入ってたのに、このブーツ………」と言いながら不要になったブーツを脱いで投げ捨てた。フレアはてっきりダメージを負っていたと思い込んでいたので、少し表情が歪む。

 フレアは再び、髪の毛を地面に潜り込ました。

 今度、ルーシィが掴まれると素足なので危険だ。けれど、ルーシィは先程とは何かが違うことに気付いていた。

 気配がしない。どこから来るかと警戒する。

 ふとフレアを見た。彼女は顔を横に傾けて「ふふふ……」と不吉な笑みを浮かべた。右手の人差し指を傾けながら。

 ルーシィは人差し指の指す方へと顔を向ける。そこには、自分のことを精一杯応援してくれるフェアリーテイルの仲間達がいた。

 ───その瞬間、見てはいけないものを見てしまった。アスカの背後に一瞬赤髪の先端があるのを見たのだ。

 まさか、人質────!

 「アスカちゃん!」と叫ぼうとしたルーシィだったが、フレアの髪に口を塞がれてしまう。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ソウは首を傾げた。

 三首の竜のいる場所はフレアの背後。こちらからはルーシィの正面が見えるだけだがなんだか様子が変だった。

 

「今、ルーシィが何言ったか分かるか?」

「えっ………聞こえないけど?」

 

 闘技場は広いので、対戦相手同士の会話を聞くのは会場が静まっていない限り難しい。けれど、ソウは波の使い手。音波を微弱だが感じとることが可能。だが、今回はソウ自身も油断していたのではっきりとは聞こえなかった。なので、変に思ったのはソウだけのようだ。

 

「あの人、さっきの足のダメージが大きかったのかなぁ?」

「さぁな。ただ、油断しただけじゃねぇのか?」

「私もそう思うわ」

 

 三首の竜の皆は試合のことについて会話をしている。気のせいだったか………とソウは忘れることにした。

『息詰まる攻防が続くバトルパート!ルーシィ・ハートフィリアvs.フレア・コロナ!そういえば、ヤジマさんが評議院にいらしたころはフェアリーテイルも今とは随分違った評判だったそうですよね』

『人気はあった。実力もトップレベル。ただス、問題ばかり起こして大変ではあったがな』

『いやぁ~、当時ののことを知らない人も多いでしょうね』

 

 フレアが先に動いた。

 ルーシィはただ無抵抗にフレアの攻撃を避ける素振りを見せずに吹き飛ばされた。

 続けざまにフレアの猛攻がルーシィを襲う。ルーシィは何もせず、ただ耐えるだけだ。

 

「あれ?動きが変わったね」

「魔力でも切れたんじゃないの」

 

 戦況が動いたことにアールとルーズは気付いた。ルーズはルーシィの2体同時開門による魔力切れだと思ったのだろう。

 ───いや、それはおかしい。

 セカンドオリジンは2体同時開門が出来るほどにまでルーシィを成長させたのだ。たったの1回で限界が来たとは思えなかった。

 

「互角だったのにな」

「何かあったのかな?」

 

 激戦が一変して一方的な展開に会場も戸惑いが隠せない様子だ。

 

 

 

 

 ◇

 

 ───どうすれば………っ!?

 ルーシィは頭の中で必死に考えていた。誰も気付かない中でアスカが人質に取られている。フレアの言うことを聞かないとアスカがどうなるのか、分からなかった。

 ルーシィは心の中で皆にウェンディにグレイに謝る。どうしようもないのだ。アスカを救うのに、自分なりに考えた決断が降参することだったから。

 ルーシィは降参と言う二文字を声に出そうとするが、またしてもフレアの髪に口を塞がれてしまう。

 

 

 

 

 ◇

 

()()()()………?」

「どうしたんだ、ソウ?」

「いや、なんかそんなことが聞こえたような気がしてな」

 

 ソウの目線の先にはフレアに手足を拘束されたルーシィの姿があった。

 ソウは密かに波動の魔法を発動した。

 

「おい………」

 

 成果があった。フェアリーテイルの応援席にいるアスカの背後に何かゆらゆらしたものがあったのが確認されたからだ。

 ───その瞬間、全てが分かった。

 ルーシィの様子が変わったのも、あれのせいだ。あれはフレアの髪の一部。先程から髪の一部が地面に突き刺さり放しなのもきっとそのせいだ。

 ルーシィは人質を取られて脅迫されているからこそ、魔法も使わずただ無抵抗に攻撃を受けていただけだった。

 ソウは動こうとしたのだが、魔法による他の魔力も近くで感知されたので、自分の出番はないと動かない。

 ───ナツだ。

 「アスカちゃん」とルーシィが言ったのを聞き逃さなかった耳の良いナツは、直ぐ様応援席へと駆け出していた。フレアの髪の先端を掴んだナツはそれを燃やした。

 これで何も障害がなくなったルーシィ。ナツは応援席から思いっきり叫んだ。

 

「行けぇぇー!!ルーシィー!!」

 

 窮地を逃れたルーシィは、星霊ジェミニを呼び出した。咄嗟のことにフレアは判断が鈍り、ジェミニの体当たりを喰らってしまう。お陰で拘束が解けたルーシィはジェミニに何か指示を出した。

 ジェミニはその場で変身した。出てきたのはルーシィだ。ただし───

 

「うわぁ!ジュン、見たら駄目!」

「え!何!?」

 

 出てきたのはバスタオル姿のルーシィだった。会場が盛り上がる。

 ジェミニはコピーした時の服装で出てくるので、ルーシィがこの前にジェミニにコピーさしたのがそのまま出てきてしまったというわけだ。つまり、バスタオル姿のまま登場してしまったのだ。

 サンディーはジュンの両目を両手で隠す。ルーズもアールに似たようなことをしていた。ソウは相手がいないので、何にもない。

 二人のルーシィは手を取り合い、何か魔法を発動された。

 ソウでも見たことがない魔法だ。ただ、ルーズは知っていたようで口を開いた。

 

「あれは、星々の超魔法よ」

 

 ルーシィの周りがどんどんと変わっていく。

 そして、遂にルーシィのとっておきの秘策が発動された。

 

「『ウラノ・メトリア』」

 

 初めて見る魔法にフレアは困惑状態に陥り、ウラノ・メトリアは命中するかと思われたが………。

 ───発動しなかった。

 いや、消されたといった方が良いだろうか。確実にルーシィの魔法は発動していたとソウは感じていた。

 最後の最後で失敗だろうか。いや、ない。現にルーシィ本人も信じられない顔をしている。

 可能性が、あるとすればフレアもしくは第3者の介入による妨害。───が、フレアはその場に座り怯えているのでまず有り得ない。

 ………となると、考えられるのは観戦している大鴉の尻尾(レイブンテイル)の誰かになる。

 さらに絞りこむとなれば、今のはウェンディを魔力欠乏病にしたものと同じものだと思われるだろうか………。

 何故ならあれほどの魔法を一瞬で消し去るのは滅多なことでは起こらない。故にそれを可能とする魔導士もそこら中にいるものではないからだ。

 

『おぉーっと!ルーシィがダウン!試合終了~!勝者、レイブンテイル、フレア・コロナ~!』

 

 ふらふらで力尽きたルーシィは倒れてしまった。そこで、勝負の決着はついた。なんとも理不尽な結末だ。

 ソウは密かに怒りを感じていた。

 

「………僕も外野からの支援を感じたよ」

「誰か分かるか?」

「いや………そこまでは僕でも分からなかったよ」

 

 会場は今の一部始終をどうやら、不発に終わったようだと思っていた。

 バレなければ良いと思っているのなら、万事周到。こちらは正々堂々潰すまでだ。

 

「ウェンディのこともあるし………少し教える必要があるようだな……」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 試合は滞りなく進んでいく。

 第2試合は“青い天馬”から“レン・アカツキ”。対する相手は“人魚の踵”の“アラーニャ・ウェブ”。

 最初は、ウェブが優勢かと思われていたが、レンは婚約者であるシェリーの前でカッコ悪い姿は見せられまいと奮闘して最終的に見事に勝利を勝ち取った。

 ………途中、シェリーのことで弄られていたのはどうかと思うが………。動揺して隙を与えるのはしょうがない。

 第3試合は“剣咬の虎”の“オルガ・ナナギア”と“四つ首の猟犬”の“ウォークライ”の対決。

 ウォークライがとっておきの“涙魔法”と呼ばれる魔法を発動した。この時、一番サンディーが何が気に入ったのか騒いでいた。

 けれど、オルガの雷魔法による一撃になすすべなくウォークライは倒れた。

 ………涙魔法を見たかったのに、その前に倒してしまったから見れなくなったと残念がっていたサンディー。

 雷魔法といってもオルガの雷は黒い雷だった。同じ魔法のラクサスが目をつけそうな相手だ。

 予談だが“蛇姫の鱗”にもソウと同じ波動を使う魔導士がいるとアールから聞いた。少しタイプが違うみたいだが。

 続いて第4試合では“蛇姫の鱗”からは聖十の称号を持つ“ジュラ・ネェキス”。

 “妖精の尻尾B”から、こちらも聖十の称号を持っていた“ミストガン”が選出された。

 ミストガンと言っても中身がジェラールだと言うことはソウも知っている。

 ここで、残った1チームがなんと“三首の竜”だと言うことが消去法で判明した。

………運が悪いのか良いのか微妙だった。

 ジェラールは器用な事に、ミストガンの魔法を使ってジュラに勝負を仕掛けた。

 対するジュラも聖十の名に恥じない見事な魔法を繰り広げる。

 ジュラは地面を操る魔法だったために、ジュンが対抗心を燃やしていたのを隣でソウは感じ取っていた。

 ジェラールは通用しないと思ったのか天体魔法を使いだして、最終的には“真・天体魔法”を使おうとし出した。

 すると、ジェラールの体に異変が起きた。

 また誰かによる介入かと思われたが今度はソウでも知っている人物による者だ。

 あれはメルディの“感覚連結”だ。ウルティアとメルディの二人がミストガンに扮装しているのがジェラールとバレるのを危惧したためにとった行動だと思われる。

 最初は、口元を押さえて「辛ぁ………」と言っていたが誰も聞こえない。

 次にジェラールは何故か笑い転げ出した。ウルティアがメルディをこちょばしたためにジェラールも耐えきれなくなったのだ。

 会場から見ればジェラールが一人で意味不明なことをしているように映るだろうが、事情を知っている者から見れば苦笑するしかない。

 自業自得というやつか。

 すると、ジェラールが笑い転げているのに吊られてか、サンディーも笑い出した。

 これにはルーズが内心、引いていた。

 それについては置いておくとして………そのままジェラールは敗北してしまうというなんとも呆気ない結末に終わってしまった。

 ………ついでに妖精の尻尾のお笑い担当がミストガンだと浸透してしまった。

『さて!続いて、本日最終試合の発表に移りたいと思います!まず、本日バトルパートでポイントを獲得していない4チームの中から1名ランダムに選出されます。発表します!選ばれたのは………』

 

 一日目のバトルパートでポイント獲得してないのは、“妖精の尻尾A,B”、“人魚の踵”、“四つ首の猟犬”のチームだ。

 

『妖精の尻尾B!ジュビア・ロクサー!』

「え!ジュビアですか!?」

 

 選ばれるとは微塵も思っていなかったジュビアは信じられない顔をするが、今のは嘘ではないようだ。

 ジュビアにとって、これはチャンスだった。ヒドゥンでは活躍出来なかったので、これで勝負に勝てばリベンジが出来るという訳だ。これを逃すわけにはいかない。

 対するジュビアの対戦相手は………。

 

『三首の竜からは!ルーズ・ターメリット~!』

 

 チーム内での最初のご指名にルーズは不機嫌になった。

 

「なんで、私が最初に行かなくちゃならないのよ」

「まあまあ、頑張って」

 

 アールにあやされて渋々ルーズは闘技場の方へと歩いていった。

 ジュビアは水の魔導士。対するルーズの魔法は………。

 アールが見込むことのある魔導士だ。心配する必要はない。

 けれど、あの約束だがルーズとサンディーに対しては無意味にしてほしい………と考えるソウだった。

 

 

続く───────────────────────────




裏設定:一日目バトルパート

二日目、三日目の三首の竜の対戦相手は既に形が出来ているが、一日目だけはどうしても決まらず渋々余り枠になってしまった。


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第p話 砂漠決壊

実はテスト期間の途中………でも、いっちまえ!!

────試合開始ぃぃい!!


 大魔闘演武1日目の最終試合。

 選ばれたのは、三首の竜からルーズという少女と妖精の尻尾Bチームからのジュビアだ。

 三首の竜には、元妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士のソウがいる。“元”と言っても1ヶ月後には戻ってくるが、今は妖精の尻尾(フェアリーテイル)にとってライバルの関係に当たる。

 三首の竜はすなわち、ソウのチームでもあり実力は未知数。

 アールは魔導士としての実力をヒドゥンでさらけ出したが、あれでもまだ本気だとは言えない。

 次に出てきたのは、ルーズという少女。

 一度、彼らがフェアリーテイルに尋ねた時一人でいつの間にか迷子になっていたというあの子だろう。

 二人は闘技場に降り立ち、対峙した。

 

「ジュビア、ギルドのために絶対に負けません」

「………ふん、どうでもいいわ」

 

 興味なさそうに呟いたルーズ。

 ジュビアは気になっていたことを尋ねた。

 

「あなたの場合でもあの約束は有効ですか?」

「なんのこと?私は知らないわ」

 

 ルーズの反応から見る限り、嘘をついているようには見えなかった。

 つまり、あの約束が有効となる人物は三首の竜の青年達と予想される。

 ───だが、そんなことは関係ない。

 今、フェアリーテイルどちらのチームもポイントが殆どなく、どうしてもポイントは欲しい。故に今の目の前の少女を倒さないといけない。

 

「それでは~本日最終試合を始めます。制限時間は30分。どちらかが相手を戦闘不能にしたほうが勝ちとなります。それでは始め!」

 

 ゴーン!と銅鑼の轟音が会場一体に轟いた。

 ───幕が開けたのだ。

 

 ────妖精の尻尾A、選手待機席───

 

 妖精の尻尾Aのメンバーは闘技場を見ながら会話していた。

 会話の話題は闘技場に立っている少女についてだ。

 

「あいつは確か………」

「アールと共に行動していたな」

 

 一度、迷子になっていた所をナツ達は遭遇している。

 その時は冷たい態度であしらわれたが。

 

「そういえば、何のドラゴンスレイヤーだ?」

「確か………“砂”だったな」

 

 エルフマンの疑問にエルザが答えた。

 砂というと、相性的には水の魔導士のジュビアが有利と言ったところか。

 

「だが、油断は出来ない。あのソウのギルドだ。容易く勝てるとは思わない」

「あぁ、どんな闘いをするか楽しみだ」

 

 あのソウのギルドだ。実力は分からないが強敵となることだけは間違いがなかった。

 ソウからは聞き出す必要もあるし、フェアリーテイルとしては優勝する必要もある。

 ナツは自然と気持ちが高ぶるのだった。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 一方でソウ達の話題もあの少女についてだ。

 

「アール、ルーズの状態は万全か?」

「うん。最高潮じゃないかな」

「ルーズちゃんは強いよー」

 

 アールとサンディーの保証があるから、大丈夫だとは思われるが、ソウはルーズの魔法をそんなに見ていない。

 けれど、そんな心配事も勝負が始まると考える必要もなくなった。

 

「始まった」

 

 始めに動いたのはジュビアだった。

 最初は、小手調べをするだろうと思われたが始めから全力で行く気なのかジュビアは水の竜巻を両手から繰り出した。

 “ウォーター・サイクロン”

 竜巻は不規則にブレながらも確実にルーズの方へと向かっていく。

 ルーズは避ける素振りを見せずにただ冷たい目線で見ているだけ。

 ───衝突。

「当たったか!」

「いや、よく見てみろ」

 

 今のは確実に命中したとナツは思ったがエルザの指摘でよくルーズの方を見ている。

 ルーズは何もしていないのに、水の竜巻を防いでいる。

 防いでいるのは、砂で出来た盾だった。地面から浮かび上がっていく砂はどんどん盾の方へと集まっていく。

 あれで水の竜巻を防いでいるのだ。

 結果、ジュビアの攻撃は呆気なくルーズには命中することはなかった。

 

「あれが“自動防御”ってやつか?」

「そうだよ。まあ、ソウのよりは劣るけど、それでもあれを突破するには一苦労するよ」

「俺でもだいぶ苦戦したぜ」

 

 ルーズの周りには大量の砂が浮かび上がっていた。まるで意識があるかのように動いている。

 ルーズの魔法は砂を操る。さらにルーズは砂を自在に操れるために自分に危害がある攻撃を自然と砂が代わりに防いでくれるのだ。

 それは自動防御と言えるだろう。ソウとはまた違ったタイプだ。

 ジュビアは、これでは通用しないと思ったのか戦法を変えてきた。

 一点集中型より同時攻撃はどうだろうかとジュビアは水をカッター状に操り飛ばしてきた。

 対するルーズも砂を同じようにカッター状に操り、飛ばした。

 二つのカッターが衝突。

 勝ったのはジュビアの方だった。砂は水を含むとどうしても重くなってしまうために鈍くなるために仕方ないことだった。

 けれど、ルーズ本人までそれは届くことがない。またしても自動防御の前に遮られたからだ。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「あれを攻略しないと難しいぞ」

「だけどよ、一体どうすれば?」

「気合いで行くしかねぇだろ!」

 

 ナツの場合は力任せにいくみたいだ。

 

 

 ───戦場───

 

 ルーズは右手を前につきだして手を広げる。

 すると、徐々に砂がルーズの目の前へと集まっていく。やがてそれは、巨大な砂の槍へと変貌した。

 ルーズはそれを掴むと軽々しく投げた。

 

 ───『砂竜の巨槍』。

 

 真っ直ぐにジュビアの所へ直進していく砂の槍。ジュビアは後ろへとジャンプして回避した。

 それが仇となった。

 槍の着弾した所から、砂煙が広い範囲に渡って巻き起こったのだ。観客達も砂が目に入らないように手で顔を隠す。

 

『なんと、会場一体に砂煙が舞い上がる!少女から放たれたとは思えない威力です!』

 

 砂煙が収まるころには、二人とも距離を置いていた。

 

「なかなかやりますね………」

「そう?私としてはこれからだけど」

 

 余裕綽々な態度をとるルーズ。ジュビアは表情に出さないが、内心冷や汗を掻いていた。

 ………あれでまだ準備体操なの………。

 こちらは手など一切抜いているつもりはなかった。セカンドオリジンが解放した今、この時代でも実力は通用するはずなのだが目の前の少女にはそんなことはなかった。

「長引くのも嫌だし………早めに終わらせたいわね」

 

 そんなことを呟くと、ルーズは魔法を発動さした。

 ルーズの周りに現れたのは、砂の球。それも数えきれないほどだ。

 すると、その球が一斉にジュビアの方へと動き出した。ジュビアは水をぶつけてとうにか相殺さしていく。

 続けざまに砂の竜巻が会場の中心に発生した。ルーズが巻き起こしたものだ。

 その威力は先程のジュビアの竜巻よりも凄まじいものだった。というよりも徐々に大きくなっている。今回の竜巻はフィールドが地面であるために砂を取り組むことが可能なのだ。そのためにどんどんと竜巻が大きくなっている。

 

「───っ!」

 

 ジュビアは避けきれずに竜巻に巻き込まれてしまう。彼女を巻き込んだ砂の竜巻は、しばらくして消滅した。 ジュビアは不覚にもダメージを負ってしまう。

 歯を食い縛りながらも立ち上がるジュビア。ルーズは離れた所で傍観している。

 

「まだ立ち上がるのね………」

「………ジュビアは負けるわけにはいきませんから……」

 

 諦めないの一心でジュビアはなんとか足元を保っている。

 今度はジュビアから先制を仕掛ける。

 すると、水の球体がルーズを中に閉じ込めた。

 うまくいった!とジュビアは追撃しようとするが………出来なかった。

 ───足が沈んでる!

 よく見てみると自分の足元の地面が砂でどんどん沈んでいくではないか。

 いつのまに発動したかと思ったが、ルーズはジュビアが魔法を発動したと同時にこちらも発動していたのだ。

 両足が埋まってしまい、出そうと思ってもどうにも出せない。さらにルーズは水の球体の中からさらに追い討ちをかけるように魔法を発動した。

 身動きが取れないジュビアの地面が大きく盛り上がっていく。さらに、彼女の元に砂が集まり、首から下を砂が埋め込んだ。完全にこちらも拘束された。

 やがて、ピラミッドが闘技場に出現して、頂上にジュビアの頭がつきだしていた。

 首から上だけを地面から出しているみたいになっている。

 そして水の球体に閉じ込められているルーズの姿が大量の砂へと変化した。ジュビアが閉じ込めたのは、ルーズが魔法で作った砂の分身だったのだ。

 ジュビアは抜け出そうと水を体から発生させるが、水が砂に浸透しない。魔力も少し込められているのもあるが、最大の要因は別にあった。

 これは………砂鉄。

 表面は砂のようだが、よく見てみると全体が黒くなっていることが分かる。このせいで水が上手く浸透しないのだ。

 

「私お手製の砂鉄はどうかしら?水を弾くように施してあるから、簡単には抜け出せないはずよね」

 

 ルーズ本人はどこかに居たのか、ゆっくりと姿を現しながらピラミッドの前へと歩いてくる。

 

「これで終わりよ」

 

 ルーズは最後の魔法を発動した。

 どん!とピラミッドに衝撃が走る。砂がより一層凝縮したのだ。ジュビアに全身を押さえつけられる痛みが走る。

 そして───

 

「『砂竜の砂漠決壊』!」

 

 ピラミッドの中心部から爆散。砂が辺りに飛び散り、ジュビアは大きく宙に投げ出された。

 ───そして、勝負の決着がついた。

 

『ここで試合終了~!勝者!トライデントドラゴン!ルーズ・ターメリット~!』

 

 会場は一気に盛り上がる。ジュビアは立ち上がることが出来ずに敗北したのだ。

 ………こうして、フェアリーテイルは最悪の1日目を終えるのだった。

 

 ───1日目終了結果───

 

 1位,“剣咬の虎”(20ポイント)

 2位,“大鴉の尻尾”(18ポイント)

 3位,“三首の竜”(16ポイント)

 4位,“蛇姫の鱗”(15ポイント)

 5位,“青い天馬”(14ポイント)

 6位,“人魚の踵”(3ポイント)

 7位,“四つ首の猟犬”(2ポイント)

 8位,“妖精の尻尾B”(1ポイント)

 9位,“妖精の尻尾A”(0ポイント)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜………。

 フェアリーテイルの皆はクロッカスにある酒場『BAR SUN』にてドンチャン騒ぎをしていた。

 カナは情けないと酔いながら言っていた。応援に来なかったやつがそんなこと言うなよと思うが、どの店にもラクリマビジョンが置いてあり、どこからでも観戦可能らしい。

 マカロフは「惨敗記念じゃー!」と盛り上がっていた。レビィが苦笑しながら止める。

 エルザとミラは1日を振り返っており、散々な1日に苦笑を浮かべていた。

 ナツはというと、明日は絶対に出てやると高々に宣言していた。ナツが出るならとガジルが食いかかる。

 すると、レビィがグレイとルーシィがいないことに気付く。

 あんな負けかたをしたのだから、顔を出しづらいのだろう。だったら、あそこで凄い妄想を一人で繰り広げているジュビアはどうなのだろうか。

 そんな心配は余所にグレイとルーシィは普通に皆のところにやって来た。敗北のショックは乗り切ったようだった。

 メンバー全員が揃ったのを確認したマカロフはテーブルの上へと乗り出して高々と語り始める。

 

「今日の敗戦は明日の勝利への糧!!のぼってやろうじゃねえか!! ワシらに諦めるという言葉はない!! 目指せフィオーレ1!!」

「「「オオォォォォォオオ!!」」」

 

 そんなマカロフの言葉にメンバーたちは声を張り上げる応え、宴に更なる盛り上がりを見せる。

 騒いで、飲んで、食べて、笑ってのいつもと変わらない大騒ぎ。そんな彼らの表情には、今日の敗戦のショックなど微塵も感じられなかった。

 

「これ…本当に今日惨敗したギルドかぁ?」

 

 一通り騒いだメンバーは、遊びだした。

 ナツはマックスをKOしており、「次は誰だぁー!」と叫んでいた。その光景にウォーレン達は自分達の立場はどうなってるんだよ………と嘆いていた。

 ガジルが突っかかろうとするが珍しくラクサスが止めた。

 随分と丸くなったとガジルがラクサスに偉そうに指摘するがそれを聞いたレビィが慌てて止めに入る。

 フリードはこれに激怒して、雷神衆を呼ぶがメンバー全員がカナの手によって飲み潰されていた。

 そこに一人の男がやってきて、カナに勝負をふっかける。マカオとワカバは忠告するが、男はそれを聞き入れなかった。

 カナは承諾して早速飲み比べの勝負が始まった。

 ───すると、驚くことにカナが負けた。

 勝利して高笑いを上げる男。カナの酒の強さを知っている者共は愕然としていた。

 戦利品といって男はカナの水着のような服を持っていくが、憤慨したマカオとワカバが襲い掛かる。

 男はフラフラした動きをしながら簡単に二人をあしらって返り討ちにした。

 その騒ぎの一部始終を見てみたエルザが驚愕したように呟いた。

 

「バッカス………」

 

 バッカスと呼ばれた男はエルザと知り合いらしく、話をし出した。

 話を聞く限り、エルザと同等の実力を持つバッカスもクワトロケルベロスのリザーブ枠を使って大魔闘演武に出るらしい。

 それを聞いたルーシィは戦慄していた。

 

「おらぁ!かかってこい!」

 

 ナツはそんなこと問答無用にと、騒いでいた。そこに、ナツの相手になろうと名乗りを上げた人物が出てきた。

 

「じゃあ、次はオレだぁー!」

『ジュン!』

 

 トライのメンバーの一人であるジュンだった。いつの間に現れたのか気になるところだ。

 

「皆さんも久しぶりだね」

 

 遅れるようにアールが現れた。絶界魔法による瞬間移動だ。

 アールの後ろにはルーズとサンディーがいる。サンディーの両腕の中には抱えられているレモンの姿が見られた。

 

「トライの皆………どうしてこんなところに来たの?」

「少し話しておきたいことがあってね」

「それって………」

「あぁ………ソウとお前らの約束ってやつのことについてだ」

 

 息を呑むのがわかった。アールは続ける。

 

「それが有効なのは、僕とジュンそれにソウの3人だってことを言っておきたくてね」

 

 つまり、トライの最強衆である3人の誰かに勝てばいいということ。

 では、サンディーとルーズはどうなるのか。グレイは訊ねた。

 

「つまり、そこの女子二人は関係ないのか?」

「うん!私、そういうのは苦手だし」

「私達も詳しいことは知らないからよ」

 

 てっきりソウ達の目的を知っていたと思っていたルーシィは思わず尋ねてしまった。

 

「知ろうとは思わないの?」

「だって、私はジュン達のこと、信じてるから」

「………私もよ」

 

 顔を赤らめて答えた二人。

 信頼から来る安心というやつだろうか。二人は言われなくても、疑うことをせずにソウ達を信用しているのだ。

 

「おい!ジュン!俺と勝負しやがれぇー!」

「なんでオレ?───まあ、いいや。受けてたつぞ!このやろう!」

「ちょっと二人とも止めなさいよ!」

 

 こんな酒場で二人が暴れる事態になれば、後がどうなる考えたくないことになる。

 

「ソウはどうしたんだ?」

 

 エルザはトライの中で唯一いない人物のソウの現状を問いかけた。

 アールは少し顔を暗くするが、笑顔でこう答えた。

 

「ソウならお見舞いに行ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソウは、三首の竜のメンバーと別行動を取っていた。

 向かう先は妖精の尻尾の医務室。

 そこには、ウェンディとシャルルが安静にしているだろう。

 大鴉の尻尾によって魔力欠乏病にさらたと師匠から伝えられた時には自分でも信じられないほどに憤怒の気持ちを感じた。

 ───俺の見ていないところで……!

 自分の見ていない所で、襲われたウェンディとシャルル。

 自分は彼女を守ると決めたはずなのに、こういう咄嗟のことになると仇になる。

 ましてや、今回はソウが妖精の尻尾を抜けたという事実にウェンディはまだ頭の中で完全に受け止めれていなかった。

 襲撃について、ウェンディは気にしてないだろうがソウ自身は身に染みていた。

 マカロフから医務室の場所は既に教えてもらっている。その時にマカロフ本人からも「お主が行ってこんかい」と背中を押された。

 医務室に向かって通路を歩いている中、ソウは思考に浸る。

 予想を大きく反したと言えば、ルーズの魔導士としての実力が相当なものだったことだろうか。

 相性の悪いジュビアに見事に勝利をもぎ取っているのだ。

 ………よくよく考えてみるとルーズは水の魔導士には慣れていたかもしれない。何故ならルーズの特訓相手が同じ水の使い手でもあるサンディーだからだ。

 それも実力の内となるのか。

 ヒドゥンでは、終盤になって現れたアール。何故初めから勝負を仕掛けなかったのか訊ねると───

 

『誰も見つけてくれなかったから、僕の方からいくことにしたんだよ』

 

 ………とのことらしい。

 アールを見つけるのはほとんど不可能に近いのだから、そんなこと言われてもどう返事をすれば良いのか分からなかったソウ。隣で聞いていたジュンもただ苦笑いを浮かべていた。

 

「今頃は………ジュンとナツが騒いでいそうだな」

 

 あの二人が何かで競争しそうなのは、目蓋の裏に普通に浮かんでくる。

 それを止めようとルーシィが必死になり、サンディーは「行け行け~!」と煽っていそうな感じがする。

 ───と、どうやら目的地の医務室へと辿り着いたようだった。

 ソウは扉の取手に手を伸ばして掴み………引いた。

 中は、簡素な造りの直方体の部屋。棚が端に置いてあり、中には大量の薬品らしきものが見られた。

 部屋を陣取っているのが、二つのベッドだ。カーテンがベッドを囲むようにセットされているが、今は隅へとまとめられている。

 片方のベッドに誰かが寝ている。

 聞かなくても、見なくても分かる。ウェンディとシャルルだ。

 

「おや、あんたかい」

 

 この声の主はポーリュシカ。

 自称、フェアリーテイルの薬剤師。

 

「自称じゃなくて本物だ!」

「あれ?声に出てたのかな………」

「はっきりと出てたよ!」

 

 ………どうやら、無意識の内に口が開いていたらしい。これからは注意しようとソウは心に決めた。

 

「ウェンディとシャルルの調子は?」

「見ての通り、すやすや眠っている。大魔闘演武には参加できるだろうよ」

 

 余計な心配はどうやら不要だったようだ。ポーリュシカの手によれば病気はあっという間に完治するということらしい。

 

「来たんならあの子の手を握っておやり」

「急だな」

「あの子にとってアンタは特効薬なのさ」

 

 自分は薬か!と思ったが、ソウはウェンディの寝ているベッドの隣へと移動する。そこに置いてあったイスに座りウェンディの手を握る。

 ウェンディの手は冷たかった。

 寝ながらでも感触は伝わるのか、彼女の表情が弛んだような気がした。

 彼女の頭を撫でてみた。

 ………とても心細いような、寂しそうな感じがした。

 

「アンタ、フェアリーテイル辞めたんだって?」

「1ヶ月の間だけの話だけどな」

「そうかい。ウェンディの面倒もちゃんと見てやりよ。じゃないと私が許さないよ」

「肝に命じておくよ」

 

 ポーリュシカはただ何も言わずに笑みを浮かべた。

 ソウは握っている手を優しく離し、ウェンディの頭を一撫でしてから、立ち上がった。

 

「なんだい?もう行くのかい?」

「不安要素はなくなったからな。それにまだウェンディに俺がフェアリーテイルの敵だってことは知られたくないしね」

 

 そう言うとソウは部屋を出ていったのをポーリュシカは黙って見送ると、寝ているウェンディの方を見た。彼女は寝言を呟く。

 

「………お兄ちゃん………」

 

 

続く───────────────────────────

 




裏設定:ルーズの魔法

砂は水を含むと重くなってしまうという弱点を克服するため、海竜の魔導士であるサンディーの協力の元に“砂鉄”を自在に操れるように特訓していた。水を弾くのはルーズ自身の魔力が込められている為だが、効果が及ぶ時間はほんのわずかで、さらに操作出来る量も半分以下となる。


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第q話 戦車

この話ではジュンが魔法を使っているですが、何の魔法か分かりますか?
彼の魔法を予想してご覧になるのも悪くはないかと………(当てられたら怖い………)
因みにこの話ではジュンの魔法は明かされませんのでご了承くださいね( ̄▽ ̄;)

───感想、評価大歓迎です!!


 大魔闘演武・二日目。

 早速、競技パートが行われており、会場は凄い盛り上がりを見せていた。今回の競技の会場はなんと、町一体。故に会場には大きなモニターが写り出されており、そこから観戦する形式を取っている。出場しない選手達も同じようにモニターを眺めて応援したり、軽口を言い放ったり色々だ。

 そんな中、トライのメンバーは目の前の現状を目の当たりにして何とも言い難い気持ちに襲われていた。

 原因は出場者のある意味無惨な現状になっていることにあった。

 今、会場にいないのはジュン。つまり彼が競技に参加している。なんでも、ナツが出るならと対抗心を燃やしていたらしい。だが、それは仇となった。

 ジュンは乗り物に弱いくせに、乗り物に乗る競技に出てしまったからだ。

 競技名───“戦車(チャリオット)”。

 名前から察することも出来たが、内容は町を一周するほど幾つも連結した戦車の上を落ちないようにして、ゴールを目指すというもの。

 誰が出るかを決める際、結局はジュンが最後まで退かなかったので誰も反対はしなかったのだが………やはり、代わりに違う人が出ていればと思う。具体的には、ジュンとアール以外の誰か。

 

『それにしてもヤジマさん、こんな展開誰が予想できたでしょうか?』

『ウ~~ム』

『Cool………?』

 

 実況席で放送を担当しているのはチャパティ。髪型が昨日と変わっている。そして、解説にヤジマ。後、二日目のゲストとしてジェイソンが招かれていた。かの有名な週刊ソーサラーの記者をしている人だ。

 チャパティの疑念を含んだ一言に誰が同じ意見だった。いや、こんなことになるとは想像すらしていない。ある意味とんでもない波乱を引き起こしていた。

 

『なんと!! 先頭より遥か後方、“妖精の尻尾(フェアリーテイル)A”ナツがグロッキー状態です!!』

『お……おお……おぷ』

 

 画面には今すぐにでも吐き出しそうなほど、顔を真っ青にしたナツがいた。

 この現状を同じチームメイトは最悪だろうと思っているだろうが、意外にもそんなことはなかった。

 

『それだけではありません。そのすぐ近くで“妖精の尻尾(フェアリーテイル)B”ガジルと、“三首の竜(トライデントドラゴン)”ジュン…さらには“剣咬の虎(セイバートゥース)”のスティングまでがグロッキー!!』

『な…なぜオレが……』

『き…気持ち…ワル……』

『おおお……ヤバイ……』

 

 ナツとまったく同じようなことをしているのが、さらに3人もいたからだ。

 

『乗り物に弱ェのは…火竜(サラマンダー)の……アレだろ』

『出るん………じゃなかったぜぇ………』

 

 カジルはナツの弱点である乗り物酔いに困惑している様子で、必死に前へと進もうとしていた。ジュンは今更、後悔している。出てからでは遅いのだ。

 ソウ達の方でも後悔を通り越して、呆れているサンディーがいた。

 

「ジュン………なにやってるの………」

「アホね」

 

 ルーズに至っては最早、呆れすらを通り越して冷徹な視線を浴びせていた。

 アールはというと、呑気に感心していた。

 

「あの鉄竜君も酔うようになったんだね」

「ん?そういえば、そうだな」

 

 これは勝負事なのに、関心すら寄せていない二人にルーズはあの約束ごとは大丈夫なのだろうかと不安になる。

 一応、これでジュンが負けてもトライの敗北となるからだ。

 

『さあ、先頭集団の方を見てみましょう。こちらは激しいデッドヒートが繰り広げられています。先頭は“大鴉の尻尾(レイヴンテイル)クロヘビ』

 

 戦車の先頭を走っているのは、全身の黒タイツと蛇のような顔つきが特徴の男であるクロヘビ。

 

『それを追う“青い天馬(ブルーペガサス)”一夜。“蛇姫の鱗(ラミアスケイル)”ユウカ。“人魚の踵(マーメイドヒール)”リズリー。やや離れた所に“四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)”リザーブ枠のバッカス!!』

『メェーン…』

『アンタらその体型でよくついて来れるな………』

『ポッチャリなめちゃいけないよ』

 

 ユウカは互角である二人に負けじとするが、二人とも体型が太りぎみなのでどちらかと言うと感心していた。

 

『ヒック…まいったな……昨日の酒が抜けねぇやい』

 

 後方にいるバッカス以外の3人はほぼ同列に並んで走っており、ここから一気に引き離す為に最初に勝負を仕掛けたのはユウカであった。

 

『波動ブースト!!この衝撃波の中で魔法は使えんぞ!!』

 

 ユウカは魔法を打ち消す波動を後方に放ち、スピードアップすると同時に、後方にいる面々の魔法を封じた。

 波動。ソウとまったく同じだが、どうも微妙に効果が違うようだ。

 

「ソウもあれ、使えるの?」

「魔法を封じる効果はないぞ」

「そうだよね。あの人の場合は波動の中だと魔法を使えなくするみたいだよ」

「根本的に違うようだな」

 

 ソウの波動は空間自体を揺らすことに長けている。ユウカの波動とは違い、魔法を使えなくすることは出来ない。

 

『ポッチャリなめちゃ…いけないよっ』

 

 そしてリズリーは波動をかわし、得意の重力変化の魔法で戦車の側面を駆け抜ける。

 驚くことに、リズリーの体型が一気にスリムになっていた。これには特にサンディーが反応していた。

 

『魔法をかき消す波動……ならば俊足の香り

(パルファム)、零距離吸引!!』

 

 さらに一夜は香り魔法(パルファムマジック)で生み出した速度強化の香りが入った試験管を、かき消されないように直接鼻に押し込んで吸引した。因みに映像でその絵面を見た観客たちは思いっきりドン引きしていた。勿論、ソウ達もだ。

 

『とぉーーーう!!』

 

 俊足の香り(パルファム)によって速度アップした一夜は一気に駆け抜けてユウカを追い越す。

 ユウカの波動もほとんど効果を発揮せずに終わる。

 

『ほぉう、がんばってるなァ。魂が震えてくらァ。オレも少しだけがんばっちゃおうかなァ』

 

 するとそんな4人の後方にいたバッカスはそう言うとその場で立ち止まり、まるで四股を踏むようにゆっくりと片足を上げる。

 そして───

 

『よいしょオオォォォォ!!』

 

 バッカスが足を振り下ろしたその瞬間、彼の足は戦車をいとも容易く踏み潰し、さらにその前後にあった戦車すらも引っくり返す。

 たったのあれだけで、とつてもない破壊力を秘めていた。

 

『こ…これは!!バッカスのパワーで戦車が───崩壊!!』

 

 あまりの光景に会場全体が愕然とする。ソウはその時、まったく関係ないことを思っていた。

 

「俺が出た方が良かったな」

「うん。僕もそう思ったよ」

 

 ルーズが同意するのも、この競技は色々とソウが有利に進められるルールだったからだ。

 まず、乗り物酔いにならない。さらに波動で戦車を揺らしまくれば他の面子の足場は悪くなり、戦況を優位に進められる。

 

『おっ先ィーーー!!落ちたら負けだぜっ!!』

『何だねアレは…』

『きたねぇ!!』

『ポッチャリなめちゃ…』

 

 引っくり返った戦車に巻き込まれて足が止まった一夜たちを一気にごぼう抜きにして走り去っていくバッカス。そんなバッカスを愕然と見送る一夜とユウカとリズリー。リズリーは一気に痩せすぎで別人のようになっている。

 バッカスの勢いは止まることを知らない。そのまま高笑いをしながら、圧倒的な追い上げをしていく。

 そして、そのまま首位を独走していたクロヘビを抜いてそのままゴールへと辿り着いてしまった。

 

『ゴール!!四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)、10ポイント獲得!!』

『震えてくらァ!!』

 

 一位を取られたことにサンディーは落胆の態度を見せる。まぁ、それでも彼女は元々ジュンが一位を取れるとは微塵も思っていないようなので、あまり残念がってはいなさそうだ。

 

「あ~あ、負けちゃったねー」

「まだ終わってないわよ」

『続いて2着…大鴉の尻尾(レイヴンテイル)、クロヘビ。3着リズリー、4着ユウカ、5着一夜!!』

 

 バッカスに続くように他のメンバーたちも次々とゴールしていく。

 

『残るは情けない最下位争いの4人ですが……』

 

 そう言って映像に映ったのは、乗り物酔いの影響で未だに半分にも達していないナツ・ガジル・ジュン・スティングの4人。

 

『おぼ…おぼぼ…』

『バ…バカな……オレは乗り物など平気…だった…うぷ』

『じゃあ…うぷ……やっとなれたんだな、本物の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に。おめでとう、新入り』

 

 まるで歓迎するかのようにスティングは口にした。ジュンも彼なりに何かを言うつもりなのか、口を動かしていた。

 

『………こういうのは……慣れたら……平気なんだ………でも………慣れねぇ』

 

 アドバイスのつもりが、あまり意味をなしていなかった。

 

『ぬぐ……!! テメェッ!!』

『おばっ』

『えばっ』

『うぼっ』

『がはっ、力が出ねえ』

 

 ソウはがっくりと項垂れた。

 

「あいつらは何やってんだか………」

 

 そんなスティングの言葉に憤慨したガジルが体当たりをするが、とても弱々しい上にナツやジュンまでも巻き込んでしまう。それを見た観客たちは「あはははははっ!!!」と笑い声を上げる。

 ソウはため息をついた。

 

『うおぉぉぉおお!! 前へ───進む!!』

 

 ナツはフラフラとした足取りになってでも、決してめげずにゴールを目指してただひたすらと進む。それに続くようにガジルとジュンも足を進めていく。

 

『カッコ悪ィ、力も出せねえのにマジになっちゃってさ』

『進むぅぅぅぅぅ!!』

 

 小バカにしたようにそう言うスティングの言葉も意に介さず、ナツたちはひたすらに前へと進む。

 彼にとって、ここまで頑張れる気にはなれなかった。

 

『いいよ……くれてやるよこの勝負。オレたちはこの後も勝ち続ける、たかが1点2点いらねーっての』

『その1点に泣くなよボウズ』

 

 両手をひらひらと動かし、降参のポーズをとる。

 勝負を捨てて立ち止まったスティングに対して、ガジルは不敵な笑みを浮かべながらそう言い放つ。

 

「オォォォォォォオ!!」

「ぐぅぅぅうううう!!」

「ぬがぁぁぁぁああ!!」

 

 もはや地べたに手をつけて這いずりながら、雄叫びを上げて前へと進むナツとガジルとジュン。そんな3人を見ていたスティングは、彼等の背中に問い掛けた。

 

『ひとつだけ聞かせてくんねーかな? 一人は違うんだが、何で大会に参加したの? アンタら。昔の妖精の尻尾からは想像できねーんだわ。ギルドの強さとか、世間体的なモノ気にするとか。オレの知ってる妖精の尻尾はさ、もっと……こうマイペースっつーか、他からどう思われようが気にしねーつーか』

『仲間の為だ』

 

 ナツは即答で返事をした。

 ジュンの動きが止まり、ナツに視線を向ける。彼がどんな信念で挑んでいるのか気になったのだ。

 

『7年も………ずっと………オレたちを待っていた……どんなに苦しくても、悲しくても、バカにされても耐えて耐えて………ギルドを守ってきた………仲間の為に、オレたちは見せてやるんだ』

 

 ひたすら待ち続けてくれた仲間、帰る場所を守り続けてくれた仲間。その仲間はどれほど辛い目に遭ってきたのか、想像するまでもない。

 既に妖精の尻尾は今までの栄光は殆ど消えかけてしまっている。評判は悪い一方だ。

 だからこそ、必死に耐えてくれた仲間達の無念を晴らすべく、彼は例え世間から批判を浴びてででも果たさなければならないのだ。

 

『妖精の尻尾の歩き続けた証を!!だから前に進むんだ!!』

 

 ナツの想いの篭った言葉は会場にも轟いていた。妖精の尻尾応援席では涙ぐむ者が続出して、マスターのマカロフは号泣してしまっていた。

 また妖精の尻尾を昔から知っていた他のギルドの魔導士も微笑ましく、彼等のことを何一つ知らない観客も見る目が良い傾向へと変わっていた。

 ソウはただ黙って聞いていた。

 

「………いいなぁ………」

「そうだね。僕も、羨ましく思ったよ」

「そうかしら?」

 

 サンディーとアールはうるうると瞳を潤していた。ルーズは言葉とは裏腹に少し笑っていたような気がした。

 必死にもがくナツ・ガジル。それに付いていくジュンは徐々にゴールに近づいていく。

 そして遂に───戦車を降りて、後数歩歩けばゴール出来る目前まで辿り着いた。

 

『おめぇらの決意は分かった………。が、こちとら負けるわけにはいかねぇんだぁ』

 

 ジュンは右手を前へと突き出して、言語を詠唱した。

 

『“───”。発動』

『ぐはぁ!!』

『ごはぁ!!』

 

 地面へと叩きつけられたかのように二人はうつ伏せに動けなくなった。まるで、背中に巨大な重石がのし掛かっているかのような感覚が二人を襲う。

 そんな二人とは真逆にジュンは彼等の側を通ると、ゴールの線を越えた。

 

『ゴォーーール!!三首の竜、6位!!3ポイント!!』

 

 ジュンがゴールすると同時に一気に体が軽くなった。

 

『なんだぁ………今のは……?』

 

 ナツとガジルは頭がよく回らないなか、再び歩き出す。

 

『妖精の尻尾A,ナツ8位!!2ポイント!!』

『うっしゃ、ポイント初ゲット』

『妖精の尻尾B、ガジル9位!! 1ポイント!!』

『ギヒ』

『剣咬の虎、スティングはリタイア。0ポイントです!!』

 

 体力、気力、何もかもが限界の中で諦めずに手に入れることが出来た得点。他のギルドと比べれば全然ちっぽけな点数だが、妖精の尻尾にとってはこれが始まりの第一歩であった。

 

「あいつらの執念………みてーなの」

「ああ………スゲー」

「何なんだあいつら」

「妖精の尻尾………ちょっといいかもな」

「少し感動しちまった」

「オレ………!! 応援しようかな!!妖精の尻尾!!」

 

 そんなナツたちの姿に感銘を受けた観客たちは、彼らに惜しみのない拍手を送ったのであった。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「あぁ!惜しい~!!」

「くそぉ!後一押しで行けたぞ!!」

 

 ルーシィとエルフマンは悔しがる。ナツがゴール直前で勝つべき相手に抜かれてしまったからだ。

 

「………今のは………」

「エルザ、どうかしたのか?」

「いや、何でもない」

 

 エルザの頭に引っ掛かっていたのは、ソウのギルドから出場したジュンと言う少年。

 終了際、密かに何かを発動していたのをエルザは微少に感じていた。が、その正体を掴めることはなかった。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「あいつ、魔法を発動したようだな」

「でも、殆どの人は気付いていないようだけどね」

 

 ナツとガジルがいきなり不可思議な行動をとったのも、観客たちはてっきり一度力尽きたのだと思い込んでいるのだろう。

 丁度良かったかもしれない。

 相手に自分の手札をバレずに使用するとは、ジュンも頑張ってくれたものである。

 

「ジュンは負けず嫌いだから、使ったんだね~」

「そもそも彼は負けては駄目なのよね?」

 

 ルーズに聞かれて、ソウはハッとする。

 

「そうか………。これでジュンが負けても、妖精の尻尾は俺らに勝ったことになったんだな………」

「あ、本当だね」

「………気づいてなかったのね………」

 

 相変わらずの緊張感のなさにルーズはどう言うべきか迷ったあげく、何も言わないことにした。

 言っても彼らが変わらないことは目に見えていた。

 

 

 ───2日目途中結果───

 

 1位,“大鴉の尻尾”(26ポイント)

 2位,“三首の竜”(22ポイント)

 3位,“剣咬の虎(20ポイント)

 4位,“青い天馬”(19ポイント)

 5位,“蛇姫の鱗”(19ポイント)

 6位,“四つ首の猟犬”(12ポイント)

 7位,“人魚の踵”(9ポイント)

 8位,“妖精の尻尾A”(2ポイント)

 9位,“妖精の尻尾B”(2ポイント)

 

 

 

 

 

 

 

 大魔闘演武2日目、バトルパート。

 

『さあ皆さんお待ちかねのバトルパートです!! 今日はどんな熱い戦いを見せてくれるのか!!』

 

 第1試合。“大鴉の尻尾”クロヘビ対“蛇姫の鱗”トビー・オルオルタ。

 クロヘビは先程競技パートにも出場していたので、連戦というハンデを背負っている。対するトビーはソウがウェンディに蛇姫の鱗を紹介してもらった際に彼女が知らなかった人物の内の一人で、外見はどこからどう見ても犬だ。

 

『ヘビと犬の睨み合い!! 果たして勝つのはどちらか』

『フェアな戦いを見たいねぇ』

『トビー、犬すぎるぅぅ!!COOOL!!』

 

 蛇と犬。確かに相性は最悪。

 そんな組み合わせに会場はどっと盛り上がりを見せていた。

 その時、乗り物酔いでくたびれたジュンを看護しに迎えに行ったサンディーが帰ってきた。

 

「ジュンはどうだった?」

「休めばすぐ治るって師匠が言ってたよ」

 

 アールの質問にサンディーは笑顔で答えた。

 

「この試合、すぐに終わるな」

「えぇ、そうね」

 

 ソウとルーズは緊張した顔つきで、戦場を見つめていた。

 ソウの呟きにサンディーは疑問を浮かべた。

 

「え?どうして?」

「始まるわよ」

 

 返答が帰ってくる前にルーズにそう告げられた。仕方なくサンディーも試合の行方を見守ることにする。

 

『それでは、第1試合開始です!!』

 

 ───幕が開けた。

 

 

続く──────────────────────────────

 




裏設定:戦車、ゴール寸前

ナツ、ガジルがゴール近くに接近するとジュンは密かに自身のある魔法を発動さしていた。酔っている二人は違和感に気付かないままジュンに抜かされるもののゴールした。
だが、ジュンが使ったのは重力魔法ではない。また別の魔法である。


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第r話 野獣対決

ささささ寒い………( ; ゜Д゜)とにかく寒いです。

まぁ、関係ないですねww

因みにこの話から、数話が~~対決シリーズになっております。誰が対戦するのか、お楽しみに!!(原作と殆ど一緒のような………)

───では試合、開始ぃ!!


 結果はクロヘビの圧勝により勝敗がついた。それもソウが予言した通り、短期戦によるものだった。

 クロヘビは擬態魔法(ミミック)───擬態した魔法を使えるようになる珍しい魔法らしい───を行使してトビーを苦しめた。

 お互いが会話を交わすなか、クロヘビは本名ではないことが判明した。それに何故か怒りを露にしたトビーはこちらが勝てば、教えてもらうと条件を提示する。クロヘビもこちらの勝利の際の利点を要求することで、互いに承諾。

 所謂“賭け”が成立した。

 そして───決着はクロヘビの勝利で終わり、敗北したトビィーは約束通りに自身の隠している大事な秘密を明かした。

 

 ───靴下がない………と。

 

 彼曰く、三ヶ月前から片方をなくしてしまい困り果てていた。どうしても見つけられず、ましてや誰にも相談出来ずにずるずると今に引っ張ってきていた。

 聞いた会場全員がその時、まったく同じことを思っていた。涙ぐみながら白状する彼の胸にぶら下がっているのは………その靴下ではないのか?───と。蛇姫の鱗陣もあまりの事態に唖然としていた。

 クロヘビがとんとんと胸を叩く仕草をする。それに吊られたトビィーは胸元を確認して、ついに発見した。

 そして、「こんなところにあったのかよ!?」と彼の言い分に対してまたしても驚愕する羽目となった。彼は本気で気付いていなかったのだ、自分の首にぶら下がる片方の靴下を。

 

「アホね」

 

 ルーズの強烈な一言を浴びていることに気付いていないトビィーは号泣する。会場内は言わずもがな、呆れていた。

 そこにそっと差し伸べられるのはクロヘビの手。その時は、感動の握手の光景を想像していた。

 だが、クロヘビがとった行動は最悪。

 トビィーから悲願の靴下を奪い取ると、遠慮なしにビリビリと破りさってしまった。

 

「うわぁ………」

「外道だな………」

 

 サンディーとソウもあまりの卑劣さに言わずにはいられなかった。

 一瞬で会場は静まる。大鴉の尻尾の魔導士の笑い声だけが、響き渡っていた。

 

 ───第二試合。

 

 “四つ首の猟犬”バッカス対“妖精の尻尾A”エルフマン。

 実はこの裏には国王の希望があっての組み合わせになるはずだったのだが、手違いがあり本来エルザが出場するはずだったのだが同じ変身の魔法を使うエルフマンが選ばれていた。

 妖精の尻尾応援席ではまさかのエルフマンにちょっとした絶望を覚えていた。あのS級魔導士のエルザと互角の実力を誇っているとされるバッカスに敵うとは思えなかったからだ。

 しかしながら、本人は勝利をもぎ取るつもりで試合に臨んでいた。

 

「あれ?」

 

 一方で、三首の竜の待機席でも試合は観戦するつもりでいる。ところがアールがある異変に気づいた。

 ジュンは既に先程回復して、こっちに移動してきているので彼のことではない。

 

「ソウはどこ?」

「あれ~?ホントだ。いないよー」

「どこ行ったんだ?」

 

 肝心のソウが姿を眩ましていた。

 彼がこの妖精の尻尾が出る試合を一番に見届けるはずなのだが、当の本人はいつの間にか消えていた。誰も気付いていないようで、疑問が膨らむ。

 ルーズが戦場を見つめながら、呟く。

 

「始まったわ」

 

 ソウが不在のまま、進行通りに試合は幕を降ろした。

 するとバッカスはニヤリと笑みを浮かべ、エルフマンにあることを告げる。

 

 ───オレらも賭けをしねぇか?

 

 それは一試合目で個人的に行われた賭け試合を自分達もしてみないかという提案だった。

 彼の出したのは、エルフマンの姉と妹───ミラジェーンとリサーナの要求という何とも嫌らしいものだ。二人とも美人であるためにバッカスに目をつけられていた。

 

「おい!それって………」

「歪んだ愛!?」

「違うわよ」

 

 サンディーとジュンが変な妄想を繰り広げていたが、ルーズの一言にばっさりと斬られた。

 無論、エルフマンがそんなふざけた賭けを承諾する訳がない。

 憤怒したエルフマンの態度を商談成立と結論付けたバッカスは戦闘体勢に入る。二人の意地のぶつかり合いが始まった。

 

 ───だが、エルフマンの劣勢が続いた。

 

 バッカスに手も足も出ずに、エルフマンはダメージを負わされていた。対するバッカスは余裕な態度で見下している。

 アールが呟いた。

 

「ソウも彼とは一度、手合わせをしたらしいよ」

「その時はどっちが勝ったんだ?」

「余計な邪魔が入って勝敗はつかないままらしいって」

「それって………あのソウがてこずったってこと?」

「うん。ソウ曰く、あれは油断したら色々ヤバイって言ってた」

 

 昨日の夜の内、アールはたまたまバッカスが妖精の尻尾の騒いでいた店から出てくる姿を目撃していたのだ。その後、エルザから彼の名前とどれほどの実力なのかを聞いており、宿に戻った際にソウにも聞いていた。

 

「彼の魔法は単に掌に魔力を集中さしている至ってシンプルなもの。だけど、彼はそれを最大限、いやそれ以上に威力を発揮するものを身に付けているんだ」

「武術だな」

「うん。劈掛掌(ひかしょう)という、あの独特な構えから“掌打”を得意とする武術。さらに恐ろしいのは、彼はその拳法に改良を加えて“酔・劈掛掌”を編み出した事だってね」

「酔………酒ね」

 

 ルーズの呟きにアールは頷く。

 

「ルーズの正解。酔・劈掛掌はわざと酒を飲んで酔う事でその真価を発揮するんだって。酔った鷹の攻撃予測は不可能みたいにね。その上攻撃力も増強されて、そうなればバッカスの必勝のパターンとなるらしいよ」

「でも、酒みたいなのを飲んでないよ?」

「そうなんだよね………ソウが居たら、分かるんだけど………」

「あの酔っぱらいは、まだ本気は出していないってことじゃないか?」

「そうね。ほら、笑ってるわよ」

 

 ルーズの視線の先には虎をを催すスピード強化の変身をとげていたエルフマンの猛攻を華麗に避けるバッカスの姿。彼は笑みを浮かべいていた。

 避けられ、掌打を当てられる。

 その繰り返しばかりで、いくらエルフマンが攻撃を当てようと試みるが返ってくるのは反撃ばかりだ。

 

『そういやぁ………決めてなかったな………』

 

 そんな時、エルフマンの口から出たのはそんな言葉であった。

 賭けのエルフマンが勝利した際の利点を決めていなかったことを思い出したのか、今ここでそれを話題に出した。バッカスは余裕な態度でいる。

 ───大会開催中“四つ首の猟犬”ではなく“四つ首の仔犬(クワトロパピー)”と名乗れという提案だった。

 

「あはは!!仔犬だってぇ~!!」

「ジュン………」

「あぁ………決めたみてぇだな」

 

 エルフマンは覚悟が定まったのか、真っ直ぐにバッカスを睨み付けていた。

 バッカスもエルフマンの覚悟に気付いたのか、地面に置かれている酒瓶へと手を伸ばした

 ───そして、それを口元へと持っていく。

 

「やっぱり飲んでなかったのね」

「ついに本気だねっ!!」

「来るか………」

 

 因みにその時、本日は大魔闘演武公式マスコット兼審判であるマトー君が休暇の為、チャパチィが審判を兼ねさせているとどうでも良い報告が入った。

 

「早いな………」

 

 バッカスは渾身の一撃をエルフマンへと浴びせた。一瞬で7連撃。そのスピードはジュンが目を見張るものだった。

 だが、観客が驚いたのはそこではなかった。

 攻撃したはずのバッカスの付けていた籠手がバラバラと砕けたのだ。

 

「あれは“リザードマン”だね」

 

 エルフマンはリザードマンへとテイクオーバーしていた。バッカスはそれに気付かずに攻撃したために自身へもダメージが入ったのだ。

 リザードマンとは強固な鱗に無数の針や刺で体を覆っている生物だ。凶悪なその形相は、身震いがする。

 

「でも、バッカスって人はリザードマンの鱗ぐらい砕きそうだけど?」

「それは本人も分かってると思うよ。多分、勝負に出たんだろうね」

「根比べか」

 

 そして激しいバッカスの猛攻とエルフマンの根気の我慢比べが開始した。

 果断な戦法をとったエルフマン。それはただ耐えるというシンプルな戦法だった。

 

「…………すごっ!」

 

 サンディーが思わず声を上げるほどの壮絶さを誇る攻防戦。会場一体が固唾を飲んで、試合の経緯を見守っていた。

 

 ───が、突如として戦場に静寂が襲った。

 原因は掌打による猛攻を休みなく繰り出していたバッカスがついに体力が限界にきたのか、汗だくで疲労を露にし、度重なる猛攻でボロボロになった腕をダランっと下げながらその場に膝をついたのである。

 対するエルフマンも汗だくで全身ボロボロになりながら息を乱し、集中力の乱れから魔法が解除されてしまいその場に片膝をついてしまっていた。

 

『エルフマン…って……言っ…たな………』

 

 エルフマンを見下ろし、ゆっくりと息を整えながら言葉を紡ぐ。

 

「………終わったの?」

「いいえ、まだよ」

 

 その時は誰もがバッカスの勝利したと思い込んでいた。だが、結末はそうは行かなかった。

 

『………お前……さぁ………(おとこ)だぜ………』

 

 次の瞬間、バッカスは全身から力が抜けたかのようにバタンと背中から倒れて動かなくなってしまった。

 ────エルフマンの逆転勝利。

 それは会場が一気に盛り上がり、誰もがエルフマンを存分に称えた。あのバッカスから勝ちをもぎ取った。そして、エルフマン自身の信念の誇りを賞賛して。

 その感動は同じ男であるアールとジュンも感じていた。

 

「お………」

「お………」

「「漢だぁーー!!!」」

 

 そんな男子二人に対する、女子二人の反応は冷たい。

 ………良いのだ。この感情は同じ生き物にしか理解できないものなのだから。

 

 

 

 

 ───闘技場、通路───

 

 ………嫌な予感がした。

 試合が始まる少し前にソウは感じた。

 彼は気付けば、待機席から離れてある所に向かっていた。どうも変な胸騒ぎが起きて脳裏から離れず、試合を観る余裕は一切出なかった。

 ソウは誰もいない通路を歩きながら魔法を発動する。

 

「動いてるな………」

 

 魔力が動いていたのを感知した。

 だが、それはよく考えるとおかしい。

 長い時間発動して様子をみると、ウェンディ、シャルルの魔力が一定のスピードで移動している。ポーリョシカも側にいるはずなのだが、魔力がないので感知出来ないので仕方がない。ポーリョシカは暫くの間は安静するように強制されるだろう。彼女達が意識を取り戻して、ポーリョシカの許可も貰ってただ単に移動しているのなら良いのだが不安要素は別にある。

 微弱だが、見知らぬ者がいる。

 約4人。それもウェンディとシャルルのすぐ近く。となると、彼女の隣に並び一緒に移動しているのか………それとも───

 

 ───()()

 

 ………彼女達を背負っているために魔力の現在地が重なる。

 ウェンディとシャルルを狙う理由は不明。可能性があるとすれば、滅竜魔導士だからだろうか。あくまでもしもの話にしか過ぎないが、ソウはどうしてもその可能性を拭いきれずにはいられなかった。

 既に前例があったからだ。空中迷宮に突入する前に感じたあの虚無感。あの時に、ウェンディとシャルルが襲われていたんだとソウは後悔していた。てっきり、妖精の尻尾の魔導士の誰かと行動を共にしていたものだと思っていたので油断していた。

 不確定要素も多い中、この目で直接確認しようとソウは駆け出した。

 

 ───見つけた。

 

 闘技場を取り囲む外枠の通路。屋根はなく、空が広がるそこにソウはいた。

 魔力の移動経路、パターンをある程度予測して先回りする形でソウは動いていた。結果としてそれは正解をもたらす。

 

「おーーい!!」

 

 彼は少し離れた所に向かって叫んだ。

 

「な、なんだ!?」

「あ、あそこに誰か!?」

「げげ!!先回りされた!?」

 

 それに反応したのは怪しい仮面を被った男三人組。

 そして───ウェンディ、シャルル、ポーリョシカを運んでいるのか、それぞれが彼女達を抱えていた。

 

「お前ら、どこ行くつもりだ」

 

 怒気を含まれた彼の言霊。男達はまさかの想定外の事態に慌てる。

 

「おい!?どうするよ!?」

「こ、こいつ………ダークホースのリーダー!?」

「ま、マジかよ!?大丈夫かよ!?」

「聞いてるのか?何処に行くつもりだ」

「「「っ!!」」」

 

 一歩、一歩段々と近づいてくる彼に男達は足を止めて彼に呼応するかのうに彼が一歩近づけばこちらも一歩下がる。

 答える様子はないのか、口を割らない男達にソウはしびれを切らして強行手段に出ようとした。

 右足裏に波動を込めて、一気に接近を試みようとすると────

 

「てめぇらーーー!!!ウェンディ達を返せぇーーーー!!!!」

 

 ───ナツだ。

 彼も目を覚ましたら、誰も医務室に居らず代わりに知らない者の匂いが残っていた。なので、匂いを追っていたら自然とここまで追いかけてきていたのだ。

 

「何だアイツ!!」

「怖えじゃねえかコノヤロウ!!」

「このままじゃ挟み撃ちだ。どうするよ!?」

「仕方ねえ!!2人捨てる!!」

「バ…バカ言うな!!」

「依頼は“医務室にいた少女”だ!!」

 

 その言葉を聞いたソウとナツはピクッと反応する。

 ───過去形。

 

「ババアと猫は少女じゃねぇ!!」

「じゃあ何で連れてきたー!」

「待て!!見ようによってはこの婆さん………」

「少女じゃねぇよ!!」

 

 前からは出場ギルドのリーダー。

 後ろからは闘志に燃える少年。

 まさに八方塞がりのこの状況で、男たちがとった行動は───

 

「正面突破だぁ!!」

「行けぇ~ー!!」

 

 誰も抱えていない男が、双銃を構える。そして、発砲。銃口が鼓膜に響く。

 銃音と共に真っ直ぐに銃弾はソウ一直線に向かっていくが────

 

「なっ!!弾かれた!!」

 

 当たる直前、銃弾がバチンと音をたてると何かにぶつかったかのように潰れた。驚愕しているのも束の間、跳ね返ったパラリと平らな銃弾が男の頬筋をかする。

 

「ひぃぃ!!」

 

 男は恐怖に震え上がる。

 

「取り敢えず、全員ぶっ潰そうか」

「ひぇー!!」

「うあー!!」

「もうダメーーーッ!!」

 

 次の瞬間、男達の視界が遮断した。

 

 ───数分後。

 

 男達から奪い返したウェンディ達は側に寝かせて安静にしている。ソウの着ていたコートが彼女に優しくかかっていた。

 男達を縄できつく捕縛してから、ソウは尋問を始めた。初めは言うまいと頑固たる態度で拒否していたがナツの炎を目の当たりにした途端、口々に話し出した。

 ソウの魔法は目に見えないので、ナツの炎の方が相手を威圧するのに効率が良かった。

 

『オレたちは頼まれただけなんだよ、大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の奴等に!!』

『医務室にいた少女を連れて来いって』

 

 ようやく吐き出したと思えば、出てきたのは忌々しいギルド。ナツは憤怒の表情を浮かべていたが、ソウは無表情だ。

 すると、ソウはナツに向けて言う。

 

「ナツ、こいつらは俺が連れていっても良いか?」

「お、おう」

 

 まだ目を覚ましていないウェンディ達に気づかれない内にソウは姿を隠すことにする。

 彼らを引き摺って、ナツが視界から見えなくなり、誰も周りから居ないことを慎重に確認したソウは壁際へと彼らを放った。

 

「お前ら、目的は何だ」

「だから、さっきも言ったじゃねぇか。大鴉の尻尾に命令されたって───」

 

 ソウは答えた男を睨み付けた。

 

()で誤魔化しきれるとでも、おもってたのか?」

「っ!!」

 

 男全員が驚愕に目を見開く。

 彼は男達のある所を魔法で密かに調べていた。

 ───それは心臓の拍動。

 例え口から適当な嘘をついても、身体は正直なので微妙に拍動のスピードが変わってくる。ソウはそれに気付いていた。

 なら、どうして今になって言うのか。それは隣にナツがいたからである。彼にはこの裏に隠れているであろう問題に関わるべきではないのだ。少なくとも今は大魔闘演武に集中してほしいというソウの小さな気遣いだった。

 閑話休題。

 嘘となると黒幕は別に居るとなる。そもそも大鴉の尻尾が本当の黒幕なら、わざわざこんな小細工はしてこない。直接大鴉の尻尾の魔導士の誰かが遂行したほうが成功率は格段に跳ね上がる。それに男達が狙っていたのは“医務室にいた少女”───つまり、ずっと寝たきりのウェンディではないことになる。彼女を指したいのなら“医務室で寝ている少女”と言うだろう。

 では誰を狙ったのか。それも今から聞き出すつもりだ。

 と、ソウの側の空間が歪んで突如として一人の着物の少女が出現する。

 ───師匠だ。

 

「ソウ、そろそろ戻れ。後は妾がしておくわい」

「師匠………頼みます」

 

 ソウは師匠にこの男達の処遇は任せることにした。先程から歓声がまったく聞こえないことで、試合がどうなっているのか気になっていた。

 ソウが三首の竜選手待機席に移動していくのを見届けた小さな少女は彼の姿が見えなくなるなり、男達に向けて不吉な笑みを浮かべた。

 

「さて、お主たち。覚悟はできてるじゃろな?」

「「「「ひぃぃぃ………」」」」

 

 この人………怖い。

 

 

続く───────────────────────────

 

 

 

 




裏設定:誘拐未遂

ナツが目覚める時間は原作より少し遅れている。原因はジュンの魔法によるダメージが響いていたため。
その為、先にソウが誘拐犯と出会している。



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第s話 美女対決

クリスマス!!クリスマスですね!!
と言ってもフェアリーテイルにそもそもクリスマスがあるのか知らないので、代わりと言っては何ですが、今回の話はいつもより長めとなっています。
具体的には7000文字→10000文字程度になってますよ。

───試合、開始ぃ!


 エルフマンの勝利に歓喜していたのは、ナツ達も同じだ。ちょうど、通路からでも戦場の様子は見える。

 まさに今、妖精の尻尾の大反撃の幕が降りようとしていた。

 

「うおっ!!すげぇ歓声だなぁ!!」

「さすがです!!エルフマンさん、勝ったんですね!!」

 

 ウェンディも先程目を覚ましており、すっかり元気になったようで仲間の勝利に純粋に喜んでいた。

 同じく目を覚ましていたシャルルは不安そうに彼女に尋ねる。

 

「ウェンディ、もう大丈夫なの?」

「うん、もう平気!!グランディーネもありがと!!」

「だから、その名で呼ぶんじゃないよ」

 

 グランディーネはそう答える。そして───あの話題について口に出す。

 

「それよりさっきの連中」

 

 男達が言うには大鴉の尻尾に依頼された為にしたまでだと言っていた。その後はソウが引き連れて行ってしまったので、分からずじまいだ。

 ウェンディは黒いローブの袖をぎゅっと握り締めた。ローブから漂うこの匂い。彼女はこの匂いの正体は知っていた。故にそれがより一層彼女を困惑していた。もしかして………誘拐犯から助けてくれたのは……。

 ──駄目。お兄ちゃんは今はいない………。

 ウェンディは頭を横に振り、これ以上の詮索は止めた。ゆか喜びになるのだけは避けたかった。

 そして今突き当たっている問題についてウェンディは思考を凝らす。と、彼女はあることに気付く。

 

「医務室にいた(・・・・)少女………過去形?」

「一人いたじゃないか。ナツを運んできた」

 

 シャルルはハッとする。

 

「ルーシィ!!」

 

 

 ───闘技場、極秘通路───

 

「作戦は失敗です」

「バカモノ、そもそも対象を間違えるとは。外見の特徴は伝えなかったのか?」

「申し訳ありません」

 

 高価な鎧に身を包んだ髭面の男性。彼は騎士団団長の“アルカディオス”。

 そして彼の話し相手を務めているのは誘拐犯の男達を連行した兵士。少し前に着物の少女から男達を引き取ったのだが、兵士はあることに気付いていなかった。

 

「まあよい、計画をプランBに移行するだけの事。実行犯どもは?」

「我々が捕らえ、牢へ送りました」

「バレてはいまいな」

「は! 依頼主は大鴉の尻尾(レイヴンテイル)という事に」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の確執はこのように使わねばな。そのスキに我々は星霊魔導士を手に入れる」

 

 そう言うと、アルカディオスはその場を後にした。兵士も敬礼した後、本来の仕事をするために何処かへと走っていった。

 誰もいないなか、突如空間が歪む。

 

「う~む」

 

 中から難しい顔をした師匠が現れる。

 

「水面下ではあやつ達の企みは進んでおるようじゃのう………用心すべきか…………」

 

 密かに何かが蠢いていた。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「ソウ、どこ行ってたんだ?」

「ちょっと野暮用でな」

妖精の尻尾(フェアリーテイルの)試合終わったよ!」

「あぁ。ちゃんと見てたさ」

 

 戻ってきたソウに対して、色々と声をかける仲間達。

 彼の姿を見たアールはあることに気付く。

 

「ローブは脱いだの?」

「………あ!置いてきて………」

 

 ………それから、何処に置いた?

 ソウは少し前の記憶を引っ張りだす。誘拐犯の男達を確保するまでは着ていた。その後は、尋問を始めた。その時は────多分、着ていなかった。

 その前にウェンディにローブをかけたままにしたはずだ。つまり、今のソウのローブは───

 

 ───彼女が持っている。

 

 ソウは大失態を犯してしまった。既に気付いた時には手遅れになっており、どうすることも出来ない。

 別にソウとしてはここに居ることはバレても構わないのだ。ただ、彼女は律儀なので誰にも頼まずに自分自身でローブを本人の元へ返却しに来るだろう。なので、必然的にソウは彼女と会わないといけないことになる。だが今の立場と言い、ソウはどうしても気まずい態度をとってしまいそうで、憂鬱な気分だった。

 

「………どうすっかな~」

 

 彼は頭を掻いて、虚ろな瞳で天を見上げた。

 

 

 ───妖精の尻尾、医務室───

 

 ベッドに横たわっているのはウェンディやシャルルではなく、包帯でぐるぐる巻きにされて仲間からの称賛に照れくされているエルフマンだ。

 特に驚いたのはエルザから男として認められていたことだ。その強靭な精神力は妖精の尻尾の中で一番かもしれない。彼女はエルフマンにそう告げた。

 エルザに続いて、ナツ達も感動の声を上げていく。それは良い意味でまるで死者を惜しむかのような光景だった。

 椅子に座り看護をしているリサーナは笑顔で言った。

 

「まぁ、昔から頑丈だけが取り柄だけみたいだからね」

 

 妹目線からの兄の自慢。そんな兄は少し嬉しそうであるが、ナツのちょっとした一言で態度を変える。

 

「なんか………淋しい取り柄だな」

「オメーも似たようなもんだろ!!」

 

 思わず突っ込んでしまった。ナツにだけは言われたくないからだ。

 

「でも、本当に凄かったですよ」

「情けねえが、オレがこのザマだ。後は任せたぞ、ウェンディ」

 

 エルフマンの負傷により、この後の試合はリザーブ枠を使ってウェンディが出場することが決まっていた。

 ウェンディは元気よく「はい!」と頷いた。

 

「さ…………次の試合がもう始まってる。さっさと行きな。敵の視察も勝利への鍵だよ」

「ばっちゃん、気をつけてな」

 

 ポーリュシカの言葉に頷きながらも、先ほどの誘拐騒ぎの事もある為、ナツは彼女にそう忠告しながらメンバーたちと共に医務室を退室していった。

 廊下では主に大鴉の尻尾についての話をナツ達はしていた。何処か疑問に思う点も浮上してきている。

 オーブラという魔導士がいる。彼なら一瞬で魔力を空に出来るが為に捕獲には最適のはずなのだ。だが、実行したのはあの男達で、呆気ない幕切れとなっている。

 結論からして方法よりも結果を拘ったというものに至った。シャルルは一人納得いかなさそうにしていた。

 シャルルが危惧しているのはルーシィが狙われたという事実。どっちにしろ、ここで思考を凝らしても理由は分からないので、シャルルは考えるのを止めていた。

 

「あの………」

 

 ウェンディは通路を一緒に歩くなか、唐突に声をだした。それに反応して返事を返したのはルーシィ。

 

「どうしたのよ?ウェンディ?」

「お兄ちゃんは来てるのでしょうか………いえ、今何処にいるんですか?」

「え………何で分かるの………!?」

 

 ルーシィはたじろぐ。

 ウェンディはまるでソウが既に会場の何処かにいるかのように尋ねた。来ていない可能性も有りながら彼女は来ていると断定していたのだ。

 

「これが………」

「そういえば、さっきから大切そうに持ってるよな」

 

 グレイが黒いローブを大切そうに抱えていることに気付き、指摘する。

 ルーシィはウェンディがその黒いローブを見せた意図を理解して、逆に困惑する。どうして彼女がそれを持っているのかと。

 

「え?それって…………」

「お兄ちゃんの匂いがするんです」

「ソウの匂いか………」

 

 エルザは感心するかのように呟く。

 確か彼女が持っているのはソウがずっと着ていたものと酷似しているが、それが本人の物とは分からない。が、ずっと着ていると自然とその人の匂いは付着している。大抵の人は匂いの違いには分からないのだが、ナツを筆頭に滅竜魔導士は鼻が人一倍効く。

 故に彼女は好いた彼の匂いのついたローブに気付いたのだ。このローブは少し前に目覚めたときには既に自分の体に掛かってあって、誰が掛けてくれたのかは不明。ナツにも尋ねたのだが、ソウに口止めされていた為にナツははぐらかしていた。彼女の手にいれた唯一の持ち主の手掛かりはソウの匂いがするということだけだった。

 

「エルザ………」

「あぁ………バレるのも時間の問題だ」

 

 ナツは不安そうにエルザを見た。グレイも緊張した顔つきで彼女を見つめていた。

 

「ウェンディ、今から話すことは嘘ではない。よく聞いてくれ」

「は、はい!」

 

 エルザの真剣さからウェンディは思わず声が裏返ってしまう。

 

「確かにソウは来ている。だが───」

「「「「おおーーー!!!」」」」

 

 エルザの言葉を遮った。それは人々の雄叫びだった。 

 廊下を進みながら会話をしていたので、いつの間にか選手待機席へと到着していたようだ。

 観客がけたたましい歓声を上げる様子がウェンディの視界に入る。戦場を一望出来ると同時に他のギルドの待機席もここから見える。

 ウェンディは迫力ある会場を精一杯見渡して───ふと、ある一点で目が止まった。

 

「え………」

 

 懐かしい彼女の友達がとあるギルドの待機席にいたのだ。

 蒼海の活発少女と、深紫の長髪少女。

 サンディーとルーズ。

 彼女達は同じギルドの魔導士と楽しそうに話しており、さらに驚くことにその話し相手もウェンディは知っていた。

 アールとジュン。どちらもソウの昔ながらの友達である。

 そして───待機席に設置されたベンチに座り、頭を抱えている少年は───

 

 ウェンディの兄の“ソウ”。

 

 ウェンディはどうして兄があそこにいるのかという事実を受け止められず、しばらくの間ずっと彼の方を見つめていた。

 エルザも彼の方を見ながら説明を始めた。

 

「ソウは三首の竜と言うギルドの一員として、大魔闘演武に出場している。それに予選も2位で通過しており、妖精の尻尾にとっては敵となっている」

「それにソウの友達も出てるのよ」

 

 ルーシィの補足も、ウェンディは黙って聞いていた。

 すると、遠くの彼が顔を上げる。

 ウェンディと目があった。

 

「お兄ちゃん………」

 

 彼はウェンディと目があったのに、気付くと気まずそうに手をふってきた。

 

「おい、試合が始まるぞ」

 

 グレイが皆に呼び掛ける。

 ───後で………聞かないと………。

 ウェンディは心の中で誓っていた。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「あ、可愛い人だよ!」

「ミラか………まぁ、そんなに心配するまでもないだろ」

「そんなに強いのか?」

 

 ───第四試合。

 

 “妖精の尻尾B”ミラジェーン・ストラウス対“青い天馬”ジェニー・リアライト。

 その試合はまさに始まる直前だった。

 ジュンはソウの呟きに聞き返した。彼が心配するまでのないと見込まれた人物が気になった。

 

「俺と同じS級魔導士だからな」

「ほぉ~、そうなのかぁ」

「私、ミラさん好きなんだよね~。前行った時に色々と教えて貰ってたりしてね~」

「………何を教えてもらったのよ」

「ふふ、乙女の秘密だよ♪」

 

 サンディーのどや顔に対するルーズの視線は冷徹だった。

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

「ただいま~」

「おう!お帰り」

 

 リサーナは医務室からこちらへと戻ってきていた。試合を観戦するためだ。

 ベンチに座っているカナが心配そうに尋ねる。

 

「エルフマンの容態は?」

「ボロボロだけど心配ないよ」

 

 彼は安静しておくだけで、いずれは完治してするだろうと言うのがポーリョシカの見解だった。

 レビィが戦場の方を眺めながら言う。

 

「元モデル同士の対決かぁ~」

「ジェニーって凄い人気があって、確か7年前の週ソラで“彼女にしたい魔導士”No.1だったよね」

「元々、先輩のミラ姉に憧れて目標にしてたって」

 

 側で聞いていたロメオが話に入る。

 

「でも、ミラ姉は7年間眠ってたから、今はジェニーの方が年上ってことか」

 

 “ジェニー・リアライト”。

 青い天馬のリザーブ枠を使って、一夜と交代して出場している。

 金髪の髪を靡かせて、堂々と立つその姿は美貌という言葉を彼女が独り占めにしているかのようだ。

 

「お、お前回復したのか?」

 

 ちょうど、その時にシャルルも到着。リリーが尋ねる。

 

「ウェンディももう大丈夫よ。なんか出場者以外はこっちの席にいなきゃいけないんだって」

「うわーん! オイラ心配したよぉ~!」

「いいから。試合始まってるんでしょ?」

 

 シャルルはハッピーを軽くあしらってから、闘技場の方へと視線を向ける。

 不安ごとは山積みだったが、今はギルドの応援が先決。

 心を切り替えたシャルルは、さっそく闘技場に立つミラジェーンへと声援を送ろうとする。

 

「ミラジェーン!! がんばりなさいよっ!!……って───何……!? コレ……」

 

 そこには歪な戦況が露にしていた。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

 ウェンディは涙目で戦場を指差す。

 

「バトルパートってあんなことまで………するんですか………!?」

「これは特別ルールじゃないのかなぁ………というかそうであってほしい………」

 

 ルーシィは神に祈る。

 自分の出番ではこんな目に逢いませんようにと。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「こんな感じ?」

「こうかしら?」

 

 お互いに魔法を使わず、堂々と魅力的なポーズをとりあっているミラとジェニー。

 ───しかも水着姿で。

 どうも、元モデルだったせいなのか変則でグラビア対決に急遽変更していたのだ。

 

「「「「「おぉーーーっ!!」」」」」

 

 無論、観客席の男性陣は歓喜。むさ苦しい雄叫びが会場に響き渡る。

 

「「「…………」」」

 

 ただし三首の竜の男子陣は修羅場と化していた。原因はルーズのとつてもない気迫を含んだ瞳。

 

「なによあれ」

「二人とも美人だね~、良いなぁ~」

 

 サンディーだけは例外で、感心するかのように試合をじっと見ていた。

 

「アール、早くどうにかしてくれぇ」

「流石の僕でも、難しいかも………」

 

 ソウの隣では、隠れてジュンとアールがこそこそと話していた。ソウはなんとも言えない表情になっている。

 

「ルーズ、どうしたの?」

 

 男3人はハッとした。サンディーが普段通りにルーズに接したからだ。彼女は戦場の方を向いたまま、答えた。

 

「私だったら棄権するわ」

「でも、もうルーズはバトルパートには出てるんだよ。心配することないじゃん!」

 

 同じ女の子なのか、スルスルと会話が進む。よくサンディーはあんな怖そうなルーズに話しかけられる。もしかして、気付いていないのだろうか。

 

「………そうね」

 

 彼女の雰囲気が少し和らいだような気がした。後ろから黙って様子を伺っていたアールとジュンは心の中で思っていた。

 

 ───君は勇者!そして、ありがとう!

 

 ソウはため息をついた。

 

「何やってんだか………」

 

 

 ───戦場───

 

「さすがにやるわね、ミラ」

「ジェニーこそ。なんか久しぶりよ、こういうの」

「まさかグラビア対決なんて乗ってくれるとは思わなかったわ」

「うん………だって殴り合うのとかあんまり好きじゃないないし、こんな平和的に決着がつくならその方がいいじゃない」

 

 ミラはそう言いながら、ニッコリと優しい笑顔を浮かべる。

 戦いを好まない彼女らしい理由だった。

 

『元グラビアモデル同士!! そして共に変身系の魔法を使うからこそ実現した夢のバトル!! ジャッジは我々、実況席の3人が行います!!』

『責任重大だねぇ』

『どっちもCOOL&ビューティ!!』

『さあ、次のお題は──』

「お待ちっ!!」

『『『!!?』』』

 

 突如として遮る声が入る。

 

「小娘ばかりに目立たせておく訳にはいかないからねえ!!」

「強さだけでなく美しさでも……」

「「私たち人魚の踵(マーメイドヒール)が……最強なのさ!!」」

「なんでアチキまで………」

 

 闘技場に舞い降りたのは人魚の踵の魔導士。彼女達の魅力的な美貌により一層男達はテンションがヒートアップする。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 チラッとサンディーが横目でルーズを見る。

 ルーズはそっぽを向いた。

 

「イヤよ」

「何も言ってないよ!?」

 

 

 ───戦場───

 

『これは大変な事になりましたー!! 人魚の踵(マーメイドヒール)の乱入!! リズリー選手がほっそり体系なのが嬉しい!!』

「お待ちなさいっ!!」

『『『!?』』』

 

 そこへまた、新たな乱入者が出現する。

 

「あなたたちには“愛”が足りませんわ!!水着でポーズをとれば殿方が喜ぶと思ったら大間違い!!やはり愛…愛がなければっ!!」

「私も負けてられないもんね!!」

 

 次に現れた乱入者は蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のシェリーとシェリア。当然彼女たちも水着姿である。とてもノリノリだ。

 

『今度は蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の乱入だーーっ!!』

 

 彼女たちの登場により、会場のボルテー

ジがさらに上昇した。

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

 まるで他人事のように観戦していたレビィやリサーナだったが、一人の少女によってピンチに追い込まれていた。

 

「水着持ってないよ!?」

 

 初代妖精の尻尾マスターのメイビスだ。ついつい彼女はこの大魔闘演武が気になって来てしまっていたのだ。

 メイビスが両手を広げた次の瞬間、空には大量の女性の水着が降ってきた。

 

「大丈夫!!こんな事もあろうかと、全員分の水着を用意してきちゃいましたーー!!」

 

 ………出場しないといけないのだろうか。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「ジィーーーーー」

「………絶対イヤよ」

 

 二人の冷戦が続いていた。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

 メイビスがルーシィとウェンディ、エルザの前に姿を現す。

 

「あなたたちも見てるだけじゃダメですよ!!みんなで参加しましょーー!!」

「ふえっ!!?」

 

 ウェンディとルーシィは仰天する。

 

「「なんで!!?」」

「応援席の者が出るというのに、我々が何もしない訳にもいくまい」

「「「ええっ!!?」」」

 

 するとエルザはウェンディに耳打ちをした。

 

「ソウに接近出来るチャンスだ。この機会を逃すわけにはいかないぞ」

「───は、はい!」

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 寒気がソウの背筋を通る。

 

「な、なんだ!?」

 

 原因は不明だ。

 

「ルーズ、行こ!!」

「イヤよ………水着なんて持って………」

 

 ルーズの動きが固まる。何故なら彼女はサンディーの両手に持っている女性ものの水着を見つけてしまったのだ。

 

「ふふん!念のために、持ってきておいたんだよ!!」

「いや、さっき師匠に貰ってただろ」

「///っ!余計なこと言わないの!!」

 

 ジュンの挟みに顔を真っ赤にしてサンディーは言った。

 アールはルーズの肩をポンポンと叩いた。ルーズは彼の方へと振り向いた。

 

「ルーズ、楽しみにしてるね」

「~~~~~~~~~~っ/////」

 

 彼の無邪気な笑顔にルーズは選択肢を失ってしまった。

 彼女も大変そうだ。

 

 

 ───戦場───

 

「なんだかおかしな事になっちゃったわね~」

「ま…お遊びとしては悪くないんじゃないかしら?」

 

 いつの間にか、殆どのギルドから女性たちが乱入してしまい戦場は魔導士だらけで埋め尽くされていた。

 

『大変な事態になってしまいました!!! しかしみんな大喜びなので、このまま試合を続行します!!』

『こんなに盛り上がっとるのに、止めたら暴動が起きるだろうからねぇ』

『グゥレイトCOOOL!!』

『しかし試合はあくまでもミラジェーン選手、ジェニー選手の間で行われるものとします』

 

 それにピクリと反応したのは水着姿のルーズ。

 

「私達の出る意味ないじゃない!!」

「まあまあ」

 

 同じく水着姿のサンディーが咎める。

 悪乗りした会場は新たなお題を出した。

 

 ───スク水。

 

 リサーナは苦笑する。

 

「ウェンディは違和感ないね」

「嬉しくないですっ!!」

 

 ───ビキニにニーソ。

 

「何か………水着より恥ずかしい気が………」

 

 ルーシィはもじもじとする。

 

 ───眼鏡っ子。

 

 普段からしている人は意味ない。

 

「あ、ルーズ似合ってるよ」

「あまり嬉しくないわね」

 

 ───猫耳。

 

「私がしても意味なくない?」

 

 シャルルは猫耳を付けながら呟く。

 

 ───ボンデージ。

 

「これも1つの愛♡」

「ハマり過ぎだよ!!シェリー」

 

 会場は盛り上がる一方だ。

 その頃、サンディーとルーズは歩き回って、ある人を探していた。

 

「あ、ウェンディだ!!」

「あ、サンディーにルーズさん、お久しぶりです!!」

「ふふ、久しぶりね」

 

 ウェンディだ。再会を果たした二人は嬉しそうにして、今にもその場で飛び跳ねそうにしている。

 会話に花を咲かせようとしていたのだが、そこにアナウンスが割り込んできた。

 

『次のお題はウエディングドレス!!パートナーも用意して、花嫁衣裳に着替えてください!!』

「ルーズ、どうする?」

「どうするも何も、連れてくるしかないでしょ」

 

 そう言うとルーズはそそくさとその場を去っていった。サンディーもジュンを呼ぼうとするが───

 

「待って、サンディー」

「どうしたの?」

 

 すると、ウェンディは目線を落とす。そして覚悟したのか顔をあげて、はっきりと口にした。

 

「お兄ちゃんを連れてきて欲しいの」

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 先程のアナウンスが流れた瞬間、ソウは絶壁へと追い込まれていた。

 

「どうすんだ?」

「行くしかないだろ………」

「まぁ、頑張ってね」

 

 ソウの肩にジュンの手がおかれた。

 

 

 ───戦場───

 

 花嫁衣装のミラは花婿衣装のマカロフを相手に選んだ。まるで親子のように見える。

 ジェニーが選んだのはヒビキであり、周りから見れば美男美女夫婦だ。

 

「はぁ………」

 

 レビィは花婿衣装に着替えたガジルが興味なさげに地面に寝そべっている姿にため息をついていた。

 

「シャルルの相手はやっぱりオイラだよね」

「まあ、エクシード同士って事でね」

「じゃあ、私はリリーだね」

「ウ…ウム……」

 

 シャルルはハッピー、レモンはリリーとエクシード同士で組んでいた。

 ルーシィは目の前で繰り広げられているジュビア争奪戦を傍観していた。リオンが彼女を抱えたかと思うと、グレイが乱入して強奪。ジュビアは喜んでいた。

 自分はどうなんだろうとルーシィは思っていると、いつの間にかロキが現れてしまっていた。

 

「ルーシィ、このまま結婚しよう」

 

 ルーシィの頬は赤く染まっていた。

 

「ナツーーーーー!!!」

 

 ナツの元に駆け付けてきたのは、リサーナだ。

 

「お!?似合ってんじゃん!!」

「そういうナツこそ」

 

 ナツは一瞬でスーツ姿になった自分にたじろいでいた。と、そこにルーシィを抱えたロキが激突。

 

「うぅ~………」

「ルーシィ、何すんだよ!?」

 

 昔話を切り出そうとしていたリサーナだったが、その後の二人の微笑ましいやり取りにただ笑みを浮かべていた。

 

「うん、可愛いよ、ルーズ」

「…………そう?」

「ねぇねぇ、ジュン!!私は?」

「まだいろんな意味で早いよな」

「もうっ!いけずっ!!」

 

 言われずともルーズはアールを、サンディーはジュンと組んでいた。軽口を叩いているジュンは少し照れくさそうにしており、サンディーの花嫁衣装を直視するのを避けているように見える。

 

「………お兄ちゃん」

「………元気になったんだな」

「うん」

 

 ソウはウェンディといた。

 どこか彼は気まずそうにしており、対するウェンディは彼をじっと見つめている。

 

「はい、これ」

「あ、ありがと」

 

 ウェンディは綺麗に折り畳まれたローブを彼に返した。

 

「お兄ちゃん、大魔闘演武が終わったら説明してもらうからね」

「あー………分かった」

 

 逃げられないと悟った彼は素直に頷いた。

 その時、ウエディングドレス対決終了を告げるアナウンスが流れる。つまり、男達は引き返すことになる。

 

「ウェンディ」

「何?」

「似合ってるぞ、ウエディングドレス」

「あ///う、うん///」

 

 最後に告げられた彼の一言。

 しばらくの間、彼女は自然と上機嫌になっており、それに気付いたルーシィが思わず心配するほどだった。

 再び試合は水着対決へと戻った。

 

「そろそろアタシの出番のようだね!!」

『あ…あれは……!!』

 

 そこへまたもや新たな乱入者が現れた。

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のオーバ・ババサーマ!」

 

 ギルドマスターであるオババが直接登場してきたのだ。

 

「女の魅力って奴を教えてやるよーーー!!」

 

 オババは闘技場に降り立つと、羽織っていたマントを脱ぎ捨てて、水着姿を露に───

 

「うっふぅ~~~ん♡」

 

 ………一気に興が冷めた。

 

 見てはいけない世の恐ろしいものを見てしまった一同はそそくさと戦場から引き上げていった。

 そして戦場に取り残されたのは本来の主役であるミラとジェニーの二人。

 

『予定を大幅にオーバーしてしまったので、次が最後の1回とします!!』

 

 ジェニーの瞳が怪しく光る。

 自信ありありな様子でジェニーはミラにある提案を申し込む。今までの試合の流れから自分達も賭けをしないかと。

 内容は負けた方は週刊ソーサラーでヌード掲載という男にとっては電撃が落ちたかのようなものだった。

 さらにミラはそれを二つ返事で了承してしまったのだ。会場は一気に盛り上がりを吹き返す。

 ジェニーには勝算があった。あくまで審査によって勝敗を決めるこの試合。鍵となるのはあの審査員席にいる席にいる3人。運のよいことに彼らの好みを偶然聞いていたジェニーは勝利を確信していた。

 3人とも若い子が好みなのだ。さらに記者のジェイソンは週刊ソーサラーにミラを載せようとしたいはずだ。つまり、彼らは歳を取っていないミラを選ぶ。

 

『最後のお題は戦闘形態です!!』

 

 が、ジェニーの思惑とは別の方向へ話が進もうとしていた。

 “機械(マキナソウル)”に接収(テイクオーバー)した彼女の目の前には異形な悪魔の姿をしたミラ。

 “魔人ミラジェーン・シュトル”と呼ばれる最強のサタンソウルを身に纏ったミラは目を丸くしているジェニーに一言。

 

「私は賭けを承諾した。今度はあなたが“力”を承諾してほしいかな」

「え………?」

 

 次の瞬間、ジェニーに容赦ないミラの一撃が襲い、呆気ない幕切れとなった。

 

 ───ミラの勝利。

 

「ごめんね、生まれたままの姿のジェニー、楽しみにしてるわね」

「い~~~やぁ~~~!」

 

 彼女の叫び声が空にこだました。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「こ、こわい………っ!」

「ミラは怒らせたら駄目なんだ」

「な………納得だぜぇ」

 

 ミラの悪魔姿にサンディーはブルブルと震えており、ジュンもビクビクとなっていた。

 ソウは思った。

 

 ───グラビア関係ないじゃん。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

 ミラ対ジェニーの試合も終わり、会場は次の対戦の組み合わせに期待を寄せていた。

 そして遂に発表される。

 

「え!?嘘ぉ!?」

「ついに来たか………」

「これは見逃せねぇな」

「燃えてきた~ー!!」

「………お兄ちゃん」

 

 ───第5試合。

 

『本日の第5試合はなんと!!

 “剣咬の虎”ユキノ・アグリア

 vs

 “三首の竜”ソウ・エンペルタントだぁぁぁぁぁ!!』

 

 

続く───────────────────────────

 

 

 

 




裏設定:二日目バトルパート

因みに気づいてはいると思うが………一応、今回最後まで呼ばれなかったのは“人魚の踵”。
そして、ついにようやくのソウの出陣でもある。


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第t話 竜虎対決・序盤

今年も後、12時間となりましたね。年内にどうにか投稿するまでに至りました。
でも、タイトルから察するに2話に分けてしまいましたね……(´д`|||)
色々と書いていると、長くなりそうだったのでこのような決断に至ったのですが………最後までお付きあいください。

───では、よいお年を!!


『おぉっ~と!!今回は竜虎対決となったぁ~!!』

 

 会場一体に響き渡るアナウンス。観客がより一層熱気を放ち、盛り上がりを見せていた。

 その少し前にユキノは同じチームの仲間と言葉を交わしていた。

 

「どっちが勝つと思う?」

「ユキノさんに決まってるでしょ!! 何でそんな事もわからないんだよフロッシュは!!」

「フローもそーおもう」

「誰かさんのおかげで競技パートでの点数……とれなかったからなァ」

「クス」

 

 こちらを見て笑われたことにスティングは不機嫌となる。

 

「ケッ」

「いいえ………スティング様は不運だっただけ。乗り物の上での競技だと存じていれば………」

「んな事はいーよ。お前がこのチームにいるって意味……わかるよな」

「はい。剣咬の虎の名に恥じない戦いをし、必ずや勝利するという事です」

 

 ユキノの決意は固い。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 対する、ソウも同じように舞台に上がる前に仲間から色々と言われていた。

 

「ソウ、頑張ってね」

「頑張ってこいよ」

「………負けたら承知しないわ」

「はは………覚えとく………」

「ウェンディにもソウがこのギルドにいるってのはもうバレバレなんだから、カッコいいとこ見せつけてね」

 

 サンディーの助言に彼は仲間に背を向けて、ただ手を振ってこたえるだけだった。

 ───そうか。たまには兄としての威厳も見せつけないといけないのかもな。

 ソウの気合いも十分である。

 

 

 ───戦場───

 

『両者出揃いました!!』

 

 地表に降り立つ二人の魔導士。

 ───蒼色のマントに身を隠し、緊張感なしで場を構えている少年。

 ───水色のショーとボブヘアーに、薔薇の髪飾りが印象的な少女。

 

 少年少女の名は“ソウ”と“ユキノ”。

 

『両者とも初参戦。ソウ選手の強さは未知数。だが、今回のダークホース、三首の竜のリーダーでもあるのでその実力には期待したい所です。対するユキノ選手はあの最強ギルド、剣咬の虎に所属しているのでこちらにも期待が寄せられます』

 

 簡潔なアナウンスが流れる。徐々に会場一体にはピリピリとした緊張感が生まれ、人々の心境が高ぶっていく。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「剣咬の虎………」

「よく見ておくんだ。私たちが越えるべきギルドを」

「ああ」

「お兄ちゃん………」

 

 妖精の尻尾にとっては必ず超えなければならないチームである剣咬の虎と三首の竜の戦い。その実力を改めて確認する為に、彼らはこれから始まる試合を緊張した思惑で凝視する。

 そして───聞き出すのだ。ソウの隠している事実を。

 ウェンディにとっては兄の見逃せない大事な勇姿でもあった。今の彼の背中はウェンディにとっては逞しく見えた。

 

『それでは試合開始ぃぃい!!』

 

 幕を下ろした本日の最終試合。固唾を飲んで二人の勝負の経緯を誰もが黙って目撃しようしていた。

 

 ───激戦の開始だ。

 

 

 ───戦場───

 

「………」

 

 開口一番に先手を仕掛けようとしていたソウだったが、相手の様子や態度から感じる雰囲気から試合開始合図の銅鑼の音が響くと同時にその方法は止めた。

 どうやらユキノと言う少女はソウとの会話を望んでいるようだ。彼も素直に応じる。

 

「よろしくお願いいたします」

「あぁ………こちらこそね」

 

 律儀に挨拶をしてきたユキノに、ソウも丁寧に応じた。

 ユキノはさらに話を続ける。

 

「あの……始める前に私たちも『賭け』というものをしませんか」

「賭け………ねぇ。あんまりそういうのは好きじゃないんだよ」

「敗北が恐ろしいからですか?」

 

 彼女は挑発をしてきている。

 ソウはあえてそれに乗った。

 

「別にそんなことを言ってる訳じゃない。そんな軽々しく自分の物を相手にみすみすと差し出すのは俺の性分ではないんでね」

「では重たくいたしましょう」

 

 賭けは遠慮願いたいと言ったソウに対し、ユキノはとんでもないことを言い出した。

 

()を………賭けましょう」

 

 たったの一試合に自分の今後の運命を賭けると、呆気なく告げたユキノの姿に会場は唖然とした。

 ………分かってるのだろうか。

 腕に相当の自信があり、必ず勝てる余裕からの発言なのか。ただ、彼女の大口を叩いているつもりなのか。ソウは慎重に見定める。

 ソウは彼女をジッと見据えると、問いかけた。

 

「自分の言っている意味は分かってるだろうな?」

「はい、勿論」

「そうか」

 

 ユキノの即答にソウは苦笑いを浮かべた。

 彼女の覚悟は相当。彼女はこの試合に全てを何もかも注ぎ込むように自分との試合に挑むつもりでいる。ソウはそう感じた。

 だったら………こちらも逃げる訳にはいかなかった。妹の前で恥を晒すのも理由の一つだが、本気の相手に本気で答えないとは失礼に値する。

 ソウはポケットに突っ込んでいた両手を外へと出すと、拳を前へと高々とつき出す。

 

「面白い。俺は君の提案した賭けを承諾するよ」

「ありがとうございます」

「ただしだ───」

 

 ソウは拳を下ろし、代わりに笑みを浮かべる。

 それに呼応するかのように、会場がグラリと揺れたかのような錯覚を会場にいた全員が覚えた。

 

『地震でしょうか?………そんなことより、こ…これはちょっと…大変な事に……』

『う~む』

『COOL……じゃないよコレーーー!!』

 

 観客席、実況席でも混乱が発生していた。誰も予想できない事態だ。

 一体何を言うつもりなのか、彼を見つめるユキノ。ソウははっきりと言った。

 

「君のそこまで賭ける覚悟をしっかりと証明することだ。俺も中途半端な覚悟では本気になることは出来ないからな。それでも構わんと言うのなら───」

 

 ソウは一区切り置くと───続けた。

 

「かかってこい。いざ、尋常に───」

 

 会場内がごくりと息を飲む。

 ソウはローブをバサリと大きく広げた。

 

()()()

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 サンディーは疑問を口に出す。

 

「ねぇ、ソウはあっさり受けたけど良いの?」

「貴方がさっき彼にカッコいい所を見せなさいって言ったからでしょ」

「え!?嘘ぉ!?」

 

 ルーズに指摘されてサンディーは飛び退く。実際はそうではないのだが、純粋な性格のサンディーは疑うことを知らずに信じこんでしまった。

 だが、ジュンとアールは別に彼が賭けを受けたことを何とも思っていないのか、こんなことを口に出した。

 

「別に良いんじゃないのか?ソウは負けねぇ、絶対にだ」

「うん。僕もそう思うよ」

 

 心配………いや、今後の展開を楽しそうにソワソワしている二人は呑気なものであった。

 もう少し緊張感をもってほしい。そんなことを思い、ルーズはため息をついた。

 

 

 ───戦場───

 

 ソウはユキノの実力を見極めてから、攻撃を仕掛けることにした。

 彼は内心、とても興奮していた。あそこまできっぱりと言い放ったユキノに対して、自分をどこまで追い詰めるのか。ましてや、どうやって自分を倒してくるのか期待していたからだ。

 

剣咬の虎(セイバートゥース)の前に立ったのがあなたの不運」

 

 彼女は自身の服の懐を探ると、あるものを取り出してそれを突き立てて握る。

 ───鍵だ。

 一見、よく見る変鉄もない鍵だが、ソウにはその代物には見覚えがあった。

 

「へぇ………」

 

 彼は面白そうにユキノを見守る。

 

「開け“双魚宮”の扉、“ピスケス”!!」

 

 彼女の目の前に魔方陣が出現。そこから飛び出てくるように姿を現したのは二体の長い体を持つ魚のような生き物。

 一体は白で、もう一体は黒。

 ただその大きさはソウが見上げるほどの巨体を誇っており、そこらにいる並大抵の魚とは比べならないほどだ。牙も鋭く尖っており、ソウぐらいはあっさりと飲み込めそうな程の口を開いている。

 その二体の魚の正体は星霊。証拠はあの彼女が先程手にしていた鍵だ。

 精霊を呼び出すアイテムでもあり、さらにこの魚の星霊を呼び出す際に使用したのは金色の鍵。王道十二門の鍵。

 どれもが強力な力を所持しているとされている世界にたったの十二本しかない鍵。彼女はその稀少な星霊を呼び出したのだ。

 

 ───ユキノは星霊魔導士。

 

 なるほど、とソウは納得する。彼女があそこまで大口を叩けるのもその今となっては珍しいとされる星霊魔導士だからだろうか。さらに言えば王道十二門の星霊とも契約をしている。それも勝利の自信に繋がっているのだ。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「星霊魔導士!?」

 

 ルーシィはもう一人の同じ魔法使いの担い手に驚愕していた。何度も目を擦り、確かめるがあの巨体な二体の魚は確かに星霊だ。

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席────

 

「魚ぁ!!」

 

 ハッピーは一人興奮していた。理由は目の前に大好物が突如として出現したためである。

 じゅるり、と食欲を注がれたハッピーは涎を垂らす。隣のシャルルは怪訝そうに横目で見ていた。

 

 

 ───戦場───

 

 巨体を見せびらかすように二対の星霊はくねくねと体をうねらせる。

 ソウはそれを無関心そうに傍観していた。ただ、彼が自然と向こうを見上げる感じになってしまっているのは悔やめない。

 

「行って、ピスケス」

 

 ユキノの指揮が出ると同時にピスケスは彼へと猛烈な牙を向けて襲い掛かる。巨大ならまだしも二体居るために彼へと伝わる威圧感は倍増となっている。

 ソウは足を折り曲げ、指先を地面へと触れる。続けざまに魔法陣が彼の足元を取り囲むように出現した。

 ───次の瞬間、彼が失踪。

 彼の居た場所に残されたのは、砂埃と地面に入った亀裂のみ。ピスケスはあまりの事態に彼を見失う。

 

「ピスケス、上」

 

 キョロキョロと辺りを見回していたピスケスにユキノは指示を出す。

 そこには消えたはずのソウが遥か上空を跳んでいた。彼は苦笑いを浮かべている。

 

「やっぱ、すぐにバレるよな」

 

 離れた場所から見ていたユキノにとってはソウの動きを追うことは簡単ではないと言え、不可能と言うほどではない。

 衝撃による跳躍はあくまで最高速度に達する時間が極端に短く、その瞬間を近辺で目撃をすれば、まるで瞬間移動となるがユキノのように遠方からなると移動距離があまり大きくないためにすぐに発見される。が、そこまでに拘るほどの本来の用途とは違っているので、あくまで騙すだけにしか過ぎない。

 

『おおっーと!!ソウ選手がいつの間にか空に!!だが、空中だと身動きがとれません!!ピンチに追い込まれたか!!』

 

 ユキノはチャンスだと感じた。

 人が宙に放り出されば身動きが取れず、確実にこちらの攻撃は相手に命中するからだ。

 ユキノの思考に呼応するかのようにピスケスが猛速度でぐるぐると渦巻きを描くように昇ってくると、彼へと突進をかました。

 

『え………今、何が………起こったのでしょうか………?』

 

 刹那、会場一体は目を疑った。

 

「その攻撃は目が回りそうだな」

 

 ソウは巨体をさらりと避けたのだ。驚くことに軽口を叩きながら。

 観客が目を見張ったのは、彼の動きが逸脱していたからだ。

 まるで、宙を土台に跳躍したかのように見えたのだ。事実、彼が先ほどまで居た空間から、今彼がいる場所は分かりにくいとは言え確実にずれている。

 

 ───つまり、彼は()()()()()

 

 普通ならピスケスの突進にまともに正面から激突するのが相場のはずなのだが、彼が選んだのは回避という有り得ない選択肢だった。

 

『ままま、まさかの!!避けたぁ~!!一体ソウ選手はどうやっているのでしょうか!?』

 

 ユキノも意表を突かれたのか、少し驚きの表情へと移り変わる。

 

「そんなに騒ぐほどでもないだろ………」

 

 再び彼は宙を蹴ると、身軽な動きで地面へと着地をする。それだけで会場が盛り上がりを見せていることに、彼の反応は冷たくなっていた。

 

 ───『波動式十三番』宙間歩行。

 

 足裏に魔力を集中、衝撃を内部から外へと放つことで推進力を得ることで変幻自在に動くことが出来る。これは地表では勿論、宙に浮かんだ状態でも可能である。

 言わば、彼に足場など不要となる存在なのだ。

 

「おっ!懲りないな」

 

 あっさりと攻撃を避けられたことが、癪にでも触れてしまったのかピスケスの追撃が続く。

 一体が彼の頭上からの突進。後ろへとジャンプしてそれを避けるソウ。

 ───が、ピスケスの片方は自慢の魚の肉体を利用して方向転換をして突進を再開した。

 ソウは感嘆の声を上げる。

 

「スピード勝負ってか?面白い」

 

 (ピスケス)逃走者(ソウ)の後を追う。盛大な鬼ごっこの開始を告げていた。

 白のピスケスが彼をしつこく追い回す。

 彼も負けじと宙間歩行を駆使して、逃げ回る。

 しばらくして、彼は気付く。

 

 ───誘導しているのか………?

 

 途中から、ピスケスの動きにちょっとした違和感を感じた。まるで、何処かへと導こうと道を塞いでいるような感覚だ。

 ソウは宙を止まることなく動き回りながら、考える。

 そして───勝負を仕掛ける───のではなく、向こうから仕掛けて貰うことにした。

 

「───っ!来るか!」

 

 空中で、白のピスケスの突進を紙一重で避ける。そこに彼の背後から重いプレッシャー感を放ちながら、黒のピスケスが迫ってきていた。

 さらに白のピスケスも長い巨躯を曲げて、ソウの頭上へと位置とる。

 黒のピスケスはソウに襲い掛かると思われたが、別の行動をとった。

 

「おー、そう来るか」

 

 ソウを取り囲むようにしてぐるぐると囲んだのだ。これで、彼が抜け出すのには上と下からのみになる。

 確実に敵の逃げ場をなくし、味方が有利になるように誘導する。

 この場合、ソウの選択肢は二つ。

 頭上から宙間歩行で突破するか、もしくは足元から同じようにするか。

 前者はともかく、後者をソウは選べなかった。足裏から衝撃を発しているために下へ移動するとなると、頭を地表に向けないといけないからだ。あえて彼をこの状況に追い込んでいるピスケスを操るユキノが宙間歩行の短所を気付いたのだろう。

 となると、残された選択肢を実行しようとするのだが───

 

「やっぱ、そう来るよな」

 

 唯一の突破口である天辺からは白のピスケスが猛突進を仕掛けており、彼の視界に写ったのは徐々に迫り狂う巨体の魚だ。

 完全に抜け道を失った彼は、そんな窮地に立たされながらもある行動をとる。

 

 ───笑ったのだ。

 

 囲いの外からは見えないので、誰も気づくことはなかった。ユキノもだ。

 やがて、急下降してきたピスケスがソウの目前まで迫ってくる。

 

 刹那───衝突。

 

 ようやく、彼の身体に攻撃が命中した。

 ピスケスは勢いを緩めることなく、どんどんと地面へ垂直に降りていく。

 囲いから脱け出したことで、観客からも彼の姿がピスケスの口元の先で確認出来た。

 ピスケスを止めようと両腕を伸ばしてはいるものの、ピスケスの突進に力勝負で負けているために急接近で彼の背中と地面の間の距離が狭まる。

 

 そして────

 

『ああっーーとっ!!ソウ選手が地面へと叩きつけられてしまったのかぁ!?』

 

 会場からはソウとピスケスにより発生した戦場を覆うほどの砂埃で状況が目視出来ない。

 しばらくして、砂煙がゆっくりと晴れると戦場が露となる。

 

『ななな、なんと!?ソウ選手!!受け止めています!!』

 

 そこにはひび割れた地面に両足を踏み締めてピスケスを押し返そうとしているソウの姿があった。

 ピキッ、と地面に亀裂がどんどん入り深くなっていく。

 

「俺に触れない方が賢明だと思うが」

 

 そのまま均衡状態が形成されるかと思いきや、数秒もせずに戦況が変わった。

 ピスケスの巨体が浮かんでいるかのように動きを止めた。

 かと、視えたのは一瞬。気がついた時には、既に白のピスケスは───吹き飛ばされていた。

 彼が行ったのは単なる衝撃波を両手から起こしただけにすぎない。ピスケスが吹き飛ばされる程度に威力の調節はしてある。

 

「よし、やってみるか」

 

 飛ばされる白のピスケスを見上げながら、横目でユキノの様子を探る。ここからでは彼女の表情を伺うことは難しく、さらに感情をあまり露にしない彼女から心境を探ることは出来ないがそれでもピスケスの攻撃が通用しないことに、内心少しでも焦りを感じてはいるだろう。

 ソウは片手を広げ、彼女の方へと向けると掌から青の球体を形成した。

 それは衝撃の塊───波動がぎっしりと詰められている。

 

 ───『波動式二番』波動弾。

 

 ソウの十八番の魔法。使い勝手が良く、多用している。

 彼はその波動弾をユキノに向けて放つ。

 ユキノはその場を動かない。

 波動弾は真っ直ぐ彼女へと一直線に飛んでいくが、彼女は避ける素振りすら見せない。

 ───否、避ける必要がないのだ。

 ユキノに当たる直前に入り込んだ巨大な影によって波動弾は弾かれた。

 黒のピスケスだ。

 星霊が主人を守るのは当たり前。そうでないと、星霊が顕現できるのも主人の魔力によって出てきているから出来なくなるからだ。

 逆に言えば、その主人は星霊魔導士の短所とも言える。身を守る術が普通の魔導士に比べれば些か劣る。その為、ルーシィも短所を少しでも補うために鞭を所持したりして、対策をしている。

 ソウは思考を巡らせた。

 このままでは、一方的に時間が過ぎていくだけで状況は変わらない。それは向こうも同じだが、ユキノは星霊を操っているだけに対してこちらは空中をあちこち駆け巡っているので魔力や体力の消費が最後まで持つか怪しくなってくる。

 彼はボソッと呟く。

 

「やっぱり、()()しないとダメかぁ………」

 

 

続く───────────────────────────




裏設定:波動壁

ソウの“反撃防御”と呼ばれる魔法であり、周りに気を巡らせている時に常に発動している。ギルド内や味方には影響しないように制御するため、実際には発動していないことが多い。
戦闘の際には大抵解除している。理由は波動壁を発動しながら他の魔法を発動するとなると通常の数倍は余分に魔力を消費してしまうためだ。


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第t話 竜虎対決・中盤

だいぶ、期間が空いてしまいました………(。>д<)
一度8割まで書けてたものが一気に消えたときは、頭が真っ白になってしまいましたがどうにか投稿するまでに至りました。ヤッフゥイ\(^^)/\(^^)/
ついでに内容も幾らか変更しています………って元を知らないんじゃ、分からないですよね~

というか、思ってたよりもソウとユキノの戦闘が長くなってしまっている…………。
感想、評価等お待ちしてます。

───では、どうぞ!!




 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

 ルーシィは違和感を感じた。

 戦場では、まさにソウとユキノの勝負の真っ最中。ユキノの召還した星霊、ピスケスによる挟み撃ちの突進をソウに向けている。ソウは空中を自在にそこが足場があるかのように動き回っている。

 どちらにも別に不審な様子はない。ただ、ルーシィにとっては何処か引っ掛かるのだ。

 

「おかしいわよね………」

「どこがだぁ?」

 

 ルーシィの言葉の漏れにグレイが反応した。グレイはルーシィの感じる違和感とやらには気付いていないようだ。

 

「ルーシィ。私も同感だ」

「エルザも?」

 

 どうやら、ルーシィの呟きは隣のエルザの耳にも入ったらしい。

 さらにエルザも試合の違和感を感じていたようで、ルーシィは少し心の中で安堵する。自分だけが察していたのではなく、他の人もいたのだ。

 

「エルザ、何が同感だぁ?」

「ナツ、ソウをよく見てみろ」

 

 エルザに言われて、ナツは試合をじっくりと観戦する。

 二人の魔導士が相克している戦場ではまさらに混乱を極めていた。ソウがピスケスの突進を避けるために戦場を大きく動き回り、対するピスケスも負けじと彼の後を追っている。

 ナツが頭に疑問符を浮かべている。それに気付いたエルザがヒントを告げた。

 

「よく見てみろ」

 

 ジッー、と穴が空くほどナツは目を見開く。

 ボカ、とナツの頭に拳骨が降りた。

 

「いてぇ!!」

「そういう意味ではない」

「どういうことだ?」

 

 エルザはナツの疑問に答える。

 

「ソウは一切、反撃をしてないのだ」

「そうなのよね。ずっと、相手の攻撃を避けてばっかなのよ」

 

 ナツは再び、視線を戻した。グレイもエルザの指摘に注目しながら試合を見る。

 

「あ………」

 

 思わず、声を漏らした。

 確かに、ソウは試合が始まってからずっと避けてばかりだ。反撃をする所か、攻撃を見せる素振りすらない。

 ソウの魔法、波動なら軽く攻める方に回れるはずなのだが、現状では受けに回っている。彼には作戦があるのだろうか。だとしても、制限時間があるのに、実行に移さないのは何かしらの理由があるからだろうか。

 

「下手に波動を使えねぇとか?」

「それはないな。ソウはいつも魔法の範囲を私達に及ばないように制限している」

 

 グレイの結論も、エルザに即決で否定。

 ソウが自身で魔法の範囲を絞っていないと、全方位が攻撃対象となるのだ。だが、仲間達に彼の魔法の余波が及ぶことは一度もない。彼が戦闘をする機会を見るのは珍しいのも理由の一つだが、彼が実際に魔法を制御して、周りの身を安全に保っているからだ。

 試合だからって、魔法による被害を恐れて使わないという考えはない。

 

「お兄ちゃんは………」

 

 ウェンディがゆっくりと話し出した。

 

「ウェンディ?」

「星霊に危害を加えるのを、遠慮しているじゃないんでしょうか………」

「どうして、そう思うの?」

 

 ソウが星霊に対して攻撃をするのを遠慮している。確かに、逃げに徹していることを言い換えればウェンディの言う通りになるだろう。

 

「相手が星霊なので、無意識に仲間意識を感じてるのではないかと………」

「なるほどね。ソウらしいちゃ、ソウらしいわ」

 

 星霊に親近感を感じるのはルーシィも同じ。星霊界にも訪れている自分達にとって、星霊はなくてはならない存在となっている。

 故に彼にとっては反撃に出るのには抵抗があるのだろう。

 仲間を傷つけたくないとは彼らしい。しかし、グレイは冷静に問題を上げた。

 

「だが、どうすんだ?このままじゃあ、やられっぱなしだぞ」

「ああ。本人もそれぐらいは既に分かっているだろう」

 

 エルザはきっぱりと断言した。

 

「しかし、ソウは今は違えど、私と同じ妖精の尻尾のS級魔導士だ。あいつはあいつなりに覚悟を決めるだろう」

「そりゃそうだな」

 

 グレイはあっさりと納得する。

 エルザがはっきりとソウは妖精の尻尾の誇り高き魔導士だと告げた。さらに、彼女の言葉にはそれだけでなく、彼本人に寄せている信頼から来る何かがあった。

 

「お!」

 

 ずっと試合を見続けていたナツがそう言った。

 まさにその時に、戦況が段々と変わろうとしていた。

 

 

 ───戦場───

 

 ひらり、と着ていたローブを舞い上がらせながらソウは両膝を曲げて綺麗に地面へと着地した。

 ユキノの背後に、二体の星霊、ピスケスが風を構えて威圧感を放っている。

 

「もう終わりか?」

 

 ソウは軽く鼻で笑った。

 突如として、ユキノがピスケスに攻撃を止めるように指示を出したのだ。なので、こうしてソウも余裕に彼女と目の前で対峙することになっている。

 ソウの軽い挑発に、ユキノは特に反応を示さない。

 

「それが、貴方の本気ですか」

 

 ユキノは冷たく言い放った。

 

「さぁ?どうだろ?」

 

 はぐらかして答えるソウ。

 星霊に信越感を感じて、こっちは反撃に出ることに抵抗がないと言えば、嘘になる。

 ………甘えだとは分かっている。

 彼女の要望は本気での真剣勝負。承諾したのは自分自身であり、また彼女にはこの試合に人一倍思い入れがある。自分の命を賭け品と差し出す覚悟が、それを証明している。

 ソウがしているのはそれを愚弄する行為。ただ逃げ回り続けるだけの、一見臆病者とも思われてもおかしくない行為。

 彼女は気付いたのだ。彼が、本気を出していないことに。そして、怒りを覚えた。自分は君に強いと言われているような感覚にユキノは怒りを感じた。

 だから、ユキノの言葉には重みがある。

 

「私を甘く見ているのかは知りませんが、貴方が本気で勝負を成立させようとしないのなら、私は容赦しません」

「甘くは見てない。君が星霊使いだということに驚いただけだ」

「本当にそれだけですか?」

 

 勘が鋭い。ソウは気を引き締める。

 

「逃げに徹するだけの()()に私は負けるつもりはないです」

「………」

 

 ユキノの真っ直ぐな瞳がソウを見据える。

 ───弱者。

 そうかもしれない。

「ピスケス!!」

 

 白のピスケスが、勢いよくユキノの左脇から飛び出す。人間を簡単に呑み込むほど大きく口を開いて、鋭い牙が彼を狙う。

 ソウはその場から動かない。

 

「───っ!!」

 

 次の瞬間、ユキノの背筋に悪寒が走る。今の彼に正面から立ち向かってはいけないと直感的に彼女は悟る。

 

「ピス───」

 

 ソウは白のピスケスを体を横に捻らせ、紙一重で避ける。

 そのまま、ソウは軽く右拳を握った。隙のない動きで白のピスケスの側面へと移動して体勢を整えて、力強く拳をぶつけた。

 ユキノが白のピスケス呼び戻そうとするが、既に遅かった。

 

『おおっーーとぉぉ!!ソウ選手の痛恨の一撃が決まったぁのかぁ!?』

 

 ドゴォン、と巨体が吹き飛ばされて壁へと衝突した。あまりの衝撃に、壁にひびが入り小さな欠片がボロボロと落ちる。

 軽々しく吹き飛ばしたとは思えないソウのパンチに会場は静寂になった。

 

「ふぅ………」

 

 ───『波動式一番』波動拳。

 ソウは軽く一息つく。

 すると、相方の敵を討つかのように黒のピスケスが動き出した。

 ユキノも味方が一体のピスケスだけでは、心よりないことは承知している。なので、別の策をとった。

 

「二本目、来るか」

 

 ユキノが取り出したのは、また別の鍵。

 黄金。またしても王道十二門の鍵だ。

 さらにピスケスがいる状態で、呼び出すとなるとそれは二体同時開門となり星霊使いでも難易度が高い魔法である。ルーシィもセカンドオリジンを開放してようやく使えるようになったのだ。

 

「開け、天秤宮の扉“ライブラ”!!」

 

 出現したのは、女性。

 民族衣装に身を包み、誘惑をしているかのような艶やかなオーラを放つ。

 一番印象的なのは、天秤宮のごとく両手に持っている天秤だ。

 

「ライブラ、敵の重力を変化」

「了解」

 

 ライブラが天秤を構えた。

 そして、魔法を発動。

 その影響はすぐにソウにはっきりと現れた。

 

「重い………っ!!」

 

 どっと、全身に降りかかる圧力。

 突然の事態にソウも体勢を維持しようと、その場でふんばる。

 そこを狙い撃ちしていたのか、黒のピスケスがソウに真っ直ぐに猛進する。

 

 

 ───人魚の踵、選手待機席───

 

「私と同じ魔法を使えるのかい!?あの天秤!!」

「彼の体を重くしたって言うの!!」

 

 驚きのあまりに声に出したリズリーとアラーニャ。彼に襲いかかっているあの現象には見覚えがあった。

 リズリーと同じ重力魔法。ライブラが今まさに使用している魔法がそれだ。敵の重力を変化させることで、敵の身動きを止めることが出来る魔法なのだ。

 驚愕している二人に対し、カグラだけは冷静に試合を見続けていた。

 

「まだこれごときでは奴を止められない」

 

 カグラは小さく呟いた。

 

 

 ───戦場───

 

 重い。

 体重が何倍にも増加したような錯覚を覚えた。これでは、身動きどころか体勢を保つだけでも一苦労だ。

 

「やっぱり………来るか………」

 

 こんな隙を見逃すほど、星霊は甘くない。

 黒のピスケスがすぐすこまで接近している。

 ユキノの作戦、それはライブラの重力魔法により動きを制限。そこにピスケスの突進を加えるのだ。星霊の二体同時開門を上手に扱っているからこそなし得ているだろう。

 確実に攻撃を当てるという目的では、この方法は最善と言えるかもしれない。

 だが、ソウには負けられない理由がある。意地がある。誇りがある。

 こんな所で立ち止まっている訳にはいかないのだ。

 だから───

 

『ピスケスとソウ選手が盛大に激突だぁぁぁ!!ソウ選手は無事なのでしょうか!!!』

 

 ソウと黒のピスケスの衝突した余波により、会場を覆う砂埃が発生したのだった。

 観客は息を飲んで、試合の顛末を見守る。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「あっ!!今のは大丈夫かな?」

 

 サンディーは不安の声を上げる。

 戦場では視界が砂煙いっぱいに広がっており、彼の様子を確認することが出来ない。なので、誰も試合がどうなったのか分からないのである。

 はたから一部始終を見ていたサンディーにとって、今のピスケスの攻撃は確実に命中したかのように思えた。

 だが、ジュンがすぐに否定した。

 

「んや、ソウは平気だ」

「ふぇ?どうして?」

 

 すると、近くのアールが二人の会話に入る。

 

「どうやら、ソウは直前に重力網から抜け出してたようだよ」

「でも、ソウはさっきまで抜け出せなかってなかったのに急に出来たのかな?」

「急遽、強行手段に出たんだろう。無理矢理というか、気合いでやってやったぜ!?的な感じで」

「むぅ………見ただけで、そんなこと分かるなんてズルい~!!私なんて全然見えないから、分からない~!!」

「オレの魔法の性質上なんだから、こればっかりはどうしようもねぇぞ、サンディー」

「そんなことぐらい、分かってるもん!!」

 

 ふん、とサンディーは拗ねてしまった。

 ジュンは溜め息をつく。

 実をいうと、ジュンの魔法により、彼は重力魔法のおおよその状況が把握できるのだ。具体的にはどれほどの重さがかかっているか等のデータを肌で直接感じとっている。この彼の能力は都合が良いように思えるが、あくまで特定の魔法のみにしか感知することは出来ない。彼の魔法の本領は単なる魔法感知ではないからだ。

 と、ここまで一言も言わなかったルーズが戦場の斜め上を指差しながら、こう言った。

 

「ほら、いたわよ。あそこ」

 

 彼女の視線の先には───ソウが安堵の表情を浮かべて、空を飛翔している姿がそこに写っていた。

 

 

 ───剣咬の虎、選手待機席───

 

「ライブラの重力から抜けたっ!?」

「なんで~?」

 

 声を漏らしたのはレクターとフロッシュ。どちらも外見から推測出来る通りエクシードである。

 戦場の上空には無傷のように見えるユキノの対戦相手、ソウが跳んでいる。

 ということは、彼はライブラの重力を抜けたことになる。だが、それは簡単に出来るものではない。ライブラは王道十二門の一体なのだ。自分の得意な魔法が簡単に突破されるほど、彼女の実力は低くない。

 

「ソウさん、流石だなぁ」

 

 賞賛の声を上げたのは、頬杖をついて試合を観戦しているスティングだ。

 レクターが彼の呟きに聞き返す。

 

「スティング君、彼を知ってるのですか?」

「知ってるのもなにも、ソウさんは元々妖精の尻尾の魔導士だったはずだ。何があったかは知らねぇが昔からの実力は健在のようだぜ」

 

 レクターにとってそれは初耳であった。

 

「なぁ、ローグも知ってんだろ?」

 

 スティングは後ろで壁にもたれ掛かっているローグに尋ねた。

 ローグは顔を動かさずに簡潔に答えた。

 

「あぁ」

 

 スティングはソウを直接は会ったことはないが、彼のことをある程度は知っている。

 妖精の尻尾のS級魔導士。そして、自分と同じ滅竜魔導士。

 どうして、彼のことを知っているのかと聞かれれば答えは簡単。

 まだ幼き頃、スティングはナツに対して、憧れを持っていたのだ。なので、彼のことを知っていく途中に同じギルドで同じ境遇にあるソウのことを知るのも必然と言えた。その頃からソウはナツよりも魔導士としての実力は他者からも認められているほど、優れていた。

 

「ユキノには悪いが、あのソウさんに勝ってる姿が想像出来ねぇんだわ………」

「スティング君………」

 

 レクターは絶句する。

 あの負けず嫌いのスティングが同じギルドの一員であるユキノの勝利はないと断言したのだ。

 

「まぁ、じっくりと拝見させてもらうぜ。ソウさん」

 

 彼の呟きは虚空へと消えていく。

 

 

 ───戦場───

 

 黒のピスケスがぶるぶると巨体を震わして、上空のソウを睨み付ける。彼に吹き飛ばされた白のピスケスも既に体勢を直しており、臨戦状態に入っていた。

 

「ライブラ、敵の重力を横に」

 

 ユキノの指示が入る。

 またしても、ライブラが天秤を構えた。

 ソウの眼前にぐにゃりと、空間が歪んだようになるとその歪みがソウ一直線に横方向に伸びてきた。

 

『おおっーーとぉ!!間一髪避けたぁ~~!!』

 

 ソウは咄嗟に宙間歩行により、その場から離脱する。

 彼にとって、あの重力下にもう一度入るのはもう懲り懲りだ。

 

「うし、行くか」

 

 上空のソウは地表を一瞥すると、早速行動に移る。

 片手を伸ばし、魔力を掌に込めた。

 すると、球状の物体が出現。

 それを彼は勢いよく地表へと投げつけた。

 

「波動弾」

 

 ───『波動式二番』波動弾。

 真っ直ぐ垂直に波動弾は下降していく。

 下にいたピスケスはどちらも得意のスピードで波動弾の軌道から避けると、そのまま彼方向に直進する。

 だが、今回の標的はユキノでもなく、ピスケスでもない。ライブラでもない。

 

「ぐっ!!」

 

 ───地面だ。

 ぐにゃり、と震源から波紋が広がるように地面が揺れていく。そして、ユキノとライブラの所にも余波が及び、ユキノは片膝をついて耐えしのぐ。

 

「来い!!」

 

 ソウは次の行動へと移る。

 ピスケスが不規則な軌道を描き、上へと昇華してきている。

 両手を真下へとつき出すと、魔法を発動。

 

 ───『波動式五番』衝大波。

 

 広範囲に及ぶ両手から放たれた衝撃。

 真上からの衝撃波に黒のピスケスの反応が遅れた。スピードを少し緩めるものの、回避行動に移れずに、また地表へと逆戻り。

 白のピスケスは黒のピスケスより一歩出遅れていたために、ソウの魔法に反応、回避に移れることが出来た。

 白のピスケスは一度下を向いて状況を確認したのち、そのまま攻撃を続行しようとするが───

 

「遅いぞ」

 

 彼が白のピスケスの頭上まで移動してきていた。

 そして、力強くピスケスへと蹴りをぶつけた。強烈な一撃と共に、白のピスケスが悲鳴を上げて吹き飛んだ。

 

『ソウ選手!!星霊をものともせずにダウンさせたぁーー!!』

 

 ピスケスは巨体が故に、巻き添えを浴びる範囲が広くなる。

 ライブラもそれを真に受けたのか、目をぐるりと回してピスケスの下敷きとなっていた。

 ユキノはどうやら、被害を及ばないように動いたようだ。

 

「ピスケス、ライブラ、戻って」

 

 二体の星霊を本来のいる場所、星霊界へと送還したユキノ。彼女の瞳には何かを決意したように真っ黒に澄んでいる。

 ユキノの視線の先では、ソウが上空から舞い降りて、波動により直前で衝撃を和らげると彼女の前に着地した。

 ユキノはポツリと呟く。

 

「私に開かせますか“十三番目の門”を」

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「十三番目の門!?今………あいつそう言った!?」

「どうしたんですか?ルーシィさん」

 

 ユキノの呟きが聞こえていたルーシィは、身を乗り出して驚愕する。

 ルーシィにとって耳を疑いたくなるような内容が入ってきたのだ。

 疑問符を浮かべるウェンディに対して、ルーシィはゆっくりと説明を始めた。

 

「黄道十二門の鍵は、その名の通り12個の鍵があるのね。だけど噂で聞いた事あるの。13個目の鍵、黄道十二門をしのぐ未知の星霊の話」

 

 その噂の鍵を彼女が持っているというのだろうか。現実にあるかどうかも分からない代物を。

 だが、現にユキノが懐から取り出したのは金色でもなく、銀色でもない。

 ───全てを染める()だ。

 

 

 ───戦場───

 

「ん?確か、王道十二門ってその名前の通りに12本しかないって聞いてたんだけど」

 

 ソウは軽く小首を傾げる。

 ユキノの言っていることが真実かどうかは定かではない。ただの出鱈目かもしれないし、本当のことかもしれない。

 だが、ソウにとっては些細なことに過ぎない。例え、その十三番目の鍵が王道十二門を凌ぐ星霊だとしてもだ。

 彼女が取り出したのは漆黒の鍵。

 

「それはとても不運なことです。開け蛇遣座の扉“オフィウクス”!!」

「不運………か」

 

 次の瞬間、戦場───いや、会場を多い尽くすような暗闇が発生した。観客の不安がどんどんと高ぶる。

 そしてついに“そいつ”は現れた。

 ピスケスなど比べ物にならないほどの巨体を誇り、邪悪な雰囲気を辺り一体に撒き散らしている“そいつ”はギロリと鋭い眼光をソウへと放つ。

 ソウの前に現れたのは───

 

 ───巨大な蛇。

 

続く───────────────────────────────

 




裏設定:スティングとソウ

スティングはナツに憧れを抱いていた。どうしてソウではなかったかと言うと、ソウはずっと一人でS級クエストに出掛けっぱなしでナツと比べて表沙汰には滅多に出てこないためだ。なので、まだ幼きスティングにとってはナツの方に目がいってしまった。


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第u話 竜虎対決・終盤

三話にわたっての戦闘………疲れる(。>д<)

あと、師匠にあんな設定を加える予定はなかったのだが、急遽入れることになってしまった………。後悔はない。
因みに師匠とどこか似たようなキャラが他にいるなぁ………と思った人、間違いないです、その人を参考にしているので、似ているのです。口調と性格だけですけど。

───では、どうぞ!!


 ソウの前に立ち塞がった星霊。

 正直───普通の蛇………とは表現しがたい。

 くねくねとした細い体は蛇特有だが、その蛇の鋭い眼光はソウの顔とほぼ同等。いや、それ以上かもしれない。ピスケスなど足元にも及ばないだろう。

 さらにそいつの出現と同時に不吉な雰囲気を漂わせている。空は真っ黒に覆われて、そいつの存在感をより一層強調させていた。

 ───これが、十三番目の鍵。

 ───蛇遣い座“オフィウクス”。

 

「不運とか、誰が決めつけたか分からないものに、勝手に絶望するのは呆れる。思いっきり笑える」

 

 ソウは上を見上げて呟く。

 その態度に動揺する様子はなく、冷静沈着になっていた。

 

「どういう───えっ!?」

 

 ユキノが聞き返そうとした、その瞬間だった。

 彼は一切の迷いなくオフィウクスの足元へと潜り込むと、右手をぎゅっと握りしめた。

 そして、渾身の一撃となる拳をオフィウクスの真下からぶち当てた。

 

『まっ!!まさか!!う、う、浮かび上がって!!』

 

 ドゴン、と衝撃が響き渡る。

 すると、ソウの拳を喰らったオフィウクスの巨体がゆっくりと浮かび上がっていく。

 刹那、また衝撃が響き渡る。

 その衝撃を合図にオフィウクスは完全に空中へと身を投げた。ユキノはあまりの事態に呆然としている。

 

「出てきてもらって悪いが即退場してもうぞ。代わりにとっておきを見せてやる」

 

 ソウは両手を丸めると、魔力を集中。

 一瞬で、波動球が形成された。

 その波動球を前へと押し出すと、解放。

 

「滅竜奥義『波動竜砲』」

 

 ソウの波動球は彼の手元から離れると、一瞬で姿を消す。と同時に消えた箇所から飛び出たのはとつてもないエネルギーを秘めたレーザー砲だった。

 あまりの威力に会場の空気が一気に重くなっかのような錯覚を覚える。

 一直線に進むレーザー砲はオフィウクスの巨体を躊躇いなく貫いた。

 

「ギャァァアア!!」

 

 オフィウクスは短い悲鳴を上げる。続けざまに白く光らせたかと思えば、姿を消した。

 規定以上の負傷により、星霊界へと強制送還されたのだ。

 空からはレーザー砲が貫いた一点のみを中心に日差しが入り込む。しばらくして、何もない光景に戻った。

 

「え………う………ウソ………?」

 

 自身の最強と誇る星霊が一撃で葬られた。ユキノはその現実を受け止めるのに、数秒の時間を要した。

 ソウは彼女の前に現れる。

 

「君は十分強い。だが、だからと言ってそう簡単に自分の命を差し出すことをするとは安い賭けに出たな」

「そ………そんな………」

 

 ソウはユキノに近づくと、

 

「え?」

 

 ユキノの頭に手を乗せた。そして、頭を撫でる。彼女の口からは予想外の行動に腑抜けた声が出てしまった。

 既にソウはある魔法を発動していた。

 ユキノは彼に頭を撫でられた直後、すぐに自分の体に起こった異変に気付いた。

 

「う………()()()()………」

 

 金縛りにあったようにユキノの体がびくとも動かなくなったのだ。筋肉が急激に硬直して、手足が止まる。

 

「君の脳に軽い振動を流さしてもらった。まぁ、数分したら回復するから心配することはない。この試合ももう終わりだ」

 

 彼が軽くユキノの肩をつつくと、無抵抗に彼女は仰向けに倒れた。

 ───『波動式八番』流震。

 急な震動を直接脳に刺激することで、ユキノの脳から筋肉に送られる信号に異常をきたす。時間が経てば、自然と回復するが一度喰らうと体が不自由となり、完全な隙が出来る。今回の場合、その魔法を味わうことは敗北と同義であった。

 倒れたユキノを見下し、彼は優しい笑みを浮かべると冗談っぽく口にした。

 

「今宵、竜は虎を喰らう………ってね」

 

 試合の終了を告げるゴングが鳴り響く。

 

『し、し、試合終了ーーーー!!!勝者は!!三首の竜!!ソウ・エンペルタントだぁぁーー!!』

 

 静まり返っていた会場が、どっと盛り上がりを見せた。

 

剣咬の虎(セイバートゥース)………まさかの2日目0ポイントォォーーー!!』

 

 競技パートではスティングが棄権。

 バトルパートではユキノが敗退。

 

「わ、私が………敗北………剣咬の虎が………」

 

 あの天下の王者と称されるギルド“剣咬の虎”にとっては屈辱的な結果に終わってしまっていた。

 

「そういえば………」

 

 自分の待機席へと戻ろうとしたソウだったが、あることを思い出して歩みを止める。

 

「君の命は俺が預かってるって解釈で良いんだよね?」

「はい………仰せの通りに………」

 

 ソウは残酷な現実を突きだしていた。自身から持ち出した賭け。ユキノは何も返すことが出来ない。

 彼はその場を去り、彼女はその場に取り残される。

 ユキノの頬筋に水滴が通る。

 透き通った空と一緒にユキノはゆっくりと現実を見た。

 彼に負けたのだ。それも大差で。

 ユキノの体はまだしばらくは動きそうになかった。代わりに今の彼女が出来ることは、後悔と溢れ続ける涙に歯を食い縛ることぐらいしかなかった。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

 試合の顛末を見届けた。

 結果はソウの勝利となり、彼の実力の一部が試合に垣間見れた。

 ただ………ただ、ソウの強さを改めて思い直す機会となったが、新たな一面も発見出来た。

 それは彼が魅せた最後の大技。

 

「初めて………見た」

 

 ルーシィの声が震えている。彼女の中に、まだ余韻が残っているのだ。

 ナツもゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「俺、ソウの滅竜奥義は初めて見た」

「あぁ………凄かったな………」

 

 彼の滅竜奥義『波動竜砲』。

 生で見たのはここにいた全員が初だ。グレイの脳裏を過ったのは、彼の放ったその砲撃がユキノ最強の星霊、オフィウクスを容赦なく貫いたかと思えば一撃で星霊界へと送還した、あの光景だった。

 波動竜砲を放つ瞬間、彼の足元では地面にあちこちに彼の中心から亀裂が入り、会場の空気がガタンと重くなっていた。

 

「セイバーの女も強かったと思うが………」

「完全にソウの方が一枚上手だったと言うわけだな」

 

 ユキノも彼と善戦を繰り広げた。

 だが、ソウはそれを越えてくる。

 自分達はさらにその上を越えないといけないのだ。大魔闘演武で優勝するには彼を倒さないといけない。

 エルザは仲間にこう告げた。

 

「私たちはこれから数々の強敵を乗り越えないといけない。厳しい闘いになるだろう。だが、これだけは忘れてはいけない。妖精の尻尾には自分達を応援してくれて、また一緒に戦ってくれる仲間がいる。私達は一人ではないってことを忘れてはいけない。分かったな?」

 

 ───仲間。

 エルザの魂の篭った台詞に、聞いた妖精の尻尾の魔導士は力強く頷く。

 ───敗けない。絶対に敗けられない。

 全てを覆す戦いがここにあるのだ。

 

 

 ───通路───

 

「お疲れ!」

 

 試合を終えて、お疲れの様子で戻ってきたソウにサンディーが元気よく声をかけた。

 彼を迎えるためにサンディー達は通路へと移動していたのだ。

 

「ん。サンキュー」

「今日もポイントは順調だね」

「ああ。想像以上だ」

 

 一日目、二日目とそれなりに三首の竜はポイントを獲得している。このまま順調にいけば、優勝という可能性も浮かび上がってくるだろう。

 すると、ジュンはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「闘った感想はどうだ?」

「まぁ………強かった。ただ、彼女の場合はその強さが表面上に広がってばかりで中まで浸透していなかったような感じだったな………」

「どういうこと?」

「相当負けることに怖れていたようだ。だから、とにかく強くなることだけを求めたって感じだな」

「う~ん………」

 

 サンディーは何度も瞬きをして考えている。

 まだ、少女である彼女には難しい話だ。

 アールが剣咬の虎の内部事情にはある程度気になっていたようで、口にする。

 

「やっぱり、剣咬の虎って何かと厳しい風潮らしいから、強さを求めるのも無理はないと思うな」

「さらにこの7年の内で、だいぶ人気なギルドへと発展してきてるようだから、その成果はちゃんとあると」

 

 強者を欲し、弱者は切り捨てる。

 あまりソウにはその方針に好感が持てなかった。

 

「でも、相手はソウに負けちゃったよ~」

「貴方が気にすることはないわ。向こうは向こうで勝手にやっときなさいって話よ」

 

 ルーズにとっては無関心な話。確かに彼女が気にする要素などない。

 話も一段落落ち着いた所で、ジュンがこの場を仕切る。

 

「うし、早く戻ろうぜ」

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 そして、本日最終試合。

 最後まで選ばれなかったのは“人魚の踵”。

 また、二日目バトルパートで敗北したチームの中から運良く試合を行える権利を獲得したのは“四つ首の犬”だ。

 戦場に降り立ったのは二人の魔導士。

 ───“人魚の踵”カグラ・イカヅチ。

 ───“四つ首の犬”イェーガー。

 未知数となる試合展開に誰もが期待を寄せていたのだが、結末は意外な方向で裏切る形となった。

 試合の開始と同時に終了の合図が出されたのだ。

 

『え?し………試合終了ーーー!!まさかの一発KOーーー!!』

 

 観客も唖然としている。

 

「瞬殺………まだ本領は発揮していないのに大したものだよ………」

「私、見過ごしちゃったのだけど何があったの?」

「試合が開始した瞬間、女の方が急接近して手に持っていた刀で峰打ちだな」

 

 カグラ。人魚の踵のリーダー。

 神速の如く動く彼女の姿は人間の目で追えるかどうか分からない。

 彼女の手にしている刀。ただその刀は一度も刀身を見せていない。イェーガーを刀を抜かずに一撃で葬ったその実力は計り知れない。

 自分とは当たりませんようにと両手を掲げて祈っているサンディー。遠慮願いたいとばかりに眉を潜めるルーズ。

 彼女達の反応も普通だ。あれほどの強敵とは好んで相対する余裕にはなれないだろう。

 

「すげぇ………」

 

 だが、例外がいた。ジュンだ。

 まさかの強敵の発覚に彼は興奮してきたようだ。

 

「いつか、勝負してみてぇなぁ」

 

 彼の夢は実現するのだろうか。

 

 ───二日目終了結果───

 

 1位,“大鴉の尻尾”(36ポイント)

 2位,“三首の竜”(32ポイント)

 3位,“剣咬の虎(20ポイント)

 4位,“青い天馬”(19ポイント)

 4位,“蛇姫の鱗”(19ポイント)

 4位,“人魚の踵”(19ポイント)

 7位,“四つ首の猟犬”(12ポイント)

 7位,“妖精の尻尾A”(12ポイント)

 7位,“妖精の尻尾B”(12ポイント)

 

 

 

 

 

 ◇

 

 “クロカッスガーデン“。

 剣咬の虎のメンバーが宿泊している施設である。

 その中の中央広場にはギルドのメンバーが勢揃い。全員が列に並んで、緊張した顔付きでこれからの出来事を待っていた。

 

「情けなくて涙も出ねえぞ、クズ共ォ!!」

 

 彼らの前でいかにも不満爆発しそうな一人の男が座っている。

 

「何故我々が魔導士ギルドの頂点にいるのか思い出せ。周りの虫ケラなど見るな、口を利くな、踏み潰してやれ。我々が見ているのはもっと大きなものだ。

 天を轟かせ、地を沸かし、海を黙らせる───それが剣咬の虎(セイバートゥースだ)

 

 “剣咬の虎”ギルドマスターの“ジエンマ”。

 漢服のような服を着た、筋骨隆々な強面の老人。仲間意識は皆無で捨て駒程度にしか思っておらず、強さのみを至上主義としている。

 

「スティング」

「はい」

 

 名指しされたスティングは一歩前へ出る。

 

「貴様にはもう一度だけチャンスをやる。二度とあんな無様なマネするな」

「ありがとうございます。必ずやご期待に応えてみせます」

 

 一礼。その後スティングは一歩下がる。

 

「ユキノ」

「はい」

 

 今度はユキノが一歩前に出る。

 

「貴様には弁解の余地はねえ。わかってんだろうな」

「はい………私は他のギルドの者に敗北し………剣咬の虎(セイバートゥース)の名を汚してしまいました」

「んな事じゃねえんだよっ!!貴様は“命”を賭けて敗北し、あろうことか敵に情けをかけられた!! この剣咬の虎(セイバートゥース)がだっ!!」

「はい………私はいかなる罰も甘んじて受ける所存です」

 

 試合でソウに敗北を喫したユキノに対し、ジエンマは激昂しながら怒鳴る。そこに彼女に対する同情などはない。あるのは、ただ剣咬の虎が敗北をしたという事実のみの追撃。

 そして、容赦なく彼女に対する罰を言い放った。

 

「全てを捨てろ」

「はい、仰せの通りに」

 

 ユキノは一瞬、迷いからなのか手が止まるがすぐに服へと手にかけた。その場で全てを脱いで、全裸となる。

 

「ユキノ………」

「黙ってください、フロッシュ」

 

 心配そうに見つめるフロッシュ。隣のレクターはフロッシュに注意した。

 床にユキノの服が寂しく置かれる。

 そして、全裸となったユキノ。彼女の左腹部には、剣咬の虎の紋章が刻まれていた。

 

「ギルドの紋章を───()()

 

 その言葉の意味はギルドからの追放。

 悔しながらも、ユキノにとってその現実は受け止めることしか出来なかった。

 頭を下げたユキノは剣咬の虎の最後となるであろう言葉を述べた。感謝の言葉。

 彼女の声は震えていた。

 

「短い間でしたが、お世話になりましたっ………」

「とっとと失せろ、ゴミめ」

 

 ジエンマはそう吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 三首の竜、宿泊施設“宝石の肉(ジュエルミート)”。

 

「………と言うわけで、結果はあんまりじゃな」

「そうですか………」

 

 時刻は既に夜。日は沈み、暗闇が街を包んでいる。

 宿の玄関付近で、話しているのは二人。

 ソウと師匠。

 

「やはりしたっぱどもには何も知らさせておらんかった。上層の手掛かりは一切掴めずってところかのう」

 

 ソウが捕縛したあの誘拐犯。

 事情聴衆は師匠に一任していたので、ソウはその結果を聞いていたのだ。内容はソウの予想通りだった。

 分からないの一点張り。

 誘拐犯にどのようなことをしても口を割らなかったことから、本当に何も知らないと断定した。一体師匠がどのような拷問にかけたのかは分からないが、一生涯のトラウマとなるレベルらしい。

 誘拐犯を操った人物は不明。目的も不明。判明した事実は医務室にいた少女───断定とし難いが“ルーシィ“だろう───をとにかく連れてこいとのこと。もし、誰かに捕まることがあれば裏で手引きしたのは“大鴉の尻尾”と言えと、口裏を合わせていたことぐらいだ。

 完全に陰険な行為だ。

 だが、今犯人が誰なのか、影すら見えていない現状の中で推測して追い詰めるのは雲をつかむような話だ。

 ソウは話題を切り替えた。

 

「師匠の言っていたあれについては?」

「そっちも確証はまだ掴めずって所かのう。ちと、気になることはあったが」

「気になるところですか?」

 

 ソウは聞き返すが、師匠はそれには答えず───

 

「ソウや、妾に敬語は止めてくれんかのう。虫酸が走るわい」

「え?…………あぁ。分かった」

「よし、で話を戻して………妾の気になった所じゃったな。どうにもこの大魔闘演武なのじゃが………理由は分からんが、魔導士の魔力を集めているようじゃ」

「魔力を集めてなにかをしようってのか?」

「妾も同じことを考えた。じゃが、そうなるとこれを指揮したのはこの大魔闘演武を開催しておるここの主催者、つまりはここの王国しか当てはまらんのじゃよ」

「王国か………」

 

 可能性は捨てきれない。

 王国が意図的に行っているとなると、大掛かりな計画になっていることは間違いがないだろう。さらに公にしていないことから、極秘に遂行しているかもしれない。

 一端の魔導士が国の内部事情に干渉すべきでは無いかもしれないが、師匠の耳にした()()()が真実であれば、自分達にとってはなくてはならないチャンスとなるのだ。

 大魔闘演武にドラゴンが現れるという噂が本当であれば………。

 

「おっと!!そういえば、お主、おなごの命を頂いたらしいのう~」

 

 突如、師匠の口調が変わった。

 

「え?いきなり何の話だ?」

「よくよく見ると、なかなか熟しておったわい」

「もしかして………ユキノのことか………」

「そのユキノとやらは、お主の言うことなら何でも聞くということじゃのう。だとすれば、服越しでも分かる彼女の豊穣な乳房、一切の無駄のない美白な太股、美少女からの無愛想な表情というギャップに男の欲求は注がれるんじゃから、お主の脳裏では不埒な妄想で煮え繰り返っておるのじゃろ?」

「………こんな人だったかなぁ………」

 

 少なくともソウの認識では変態じみた発言をするような人ではなかった。

 すると、宿からアールが出てくる。

 

「師匠、またそんなこと言ってるとルーズに怒られるよ?」

「それは嫌じゃ!!」

 

 珍しく師匠がブンブンと首を激しく横に振る。

 ソウは目が点となっている。

 事情を飲み込めないソウを見て、アールが呆れ半分に説明をする。

 

「こう見えて師匠は時々、唐突にさっきのを連発するんだよ」

 

 唐突に言われるとなると、反応に困る。さらにそれが連発されたら反応するどころではない。

 

「あ、でも最近はルーズの説教で収まりつつあるんだけどね」

「アールや、妾が病気にかかっておるような言い方は止めんかい」

 

 師匠は不満そうに口を尖らせていた。

 だが、ルーズの説教されている件については否定はしていない。肉体的にはルーズは師匠に太刀打ち出来ないので、精神的に攻撃しているらしい。彼女の説教は想像するだけでも恐そうだ。

 

「え?そうじゃないの?」

「違うわ!!」

「えぇーー!!」

「今までに何回も言ったじゃろが………」

 

 本気でそう思っていた様子のアール。師匠の間髪なきツッコミにびっくりしていた。師匠の呟きから察するに、彼は師匠の変態癖は病気でないということを冗談のように解釈していたようだ。

 意外な事実が判明したところで、アールは急にソウへと話を振る。

 

「僕も気になっていたんだけど、彼女のことはどうするつもりなの?」

 

 まさかのびっくり発言。

 命を賭けとした試合の行方は誰だって気になるものらしい。特に仲間が実際にそれを体感しているのだから、アールがソウにその実感について尋ねるのも当たり前だ。

 

「どうするって………何もするつもりはないが………」

 

 ソウの答えに不満を抱いた師匠の視線がきつくなる。

 

「つまらんのー!!」

 

 すると、師匠は両手を前に出して指を曲げる。目を光らせると、揉み揉みと手を怪しく動かし始めた。

 

「もっと、こういうことを言わんと面白くないぞい!!」

「こういうことってどういうことかしら?」

 

 背後からの少女の声。

 師匠の額にどっと冷や汗が溢れでる。

 

「ル………ルーズや………」

「アールとソウが見当たらないから探しに来たと思えば、まさかまた貴方って人は………」

「いや………これには色々と訳があっての………」

「その言い訳は前にも聞いたわよ!!」

 

 ルーズのお陰でこれ以上の師匠の暴走はないようだ。アールも黙って二人のやり取りを見ているだけのようで、にこにこと微笑んでいる。

  一難を逃れたソウ。彼は体の向きを変えると、宿とは真逆の方へと歩いていく。

 

「ソウ、どっか行くの?」

 

 アールが彼の背中に問うと、彼はこう答える。

 

「ちょっと散歩にでも行ってくるわ」

 

 

続く────────────────────────────




裏設定:師匠の極秘捜査

合間をぬって、師匠は一人、独自に調査を進めている。内容は魔法を使って、水面下で行われようとしている何かを探しているところだ。が、まだ雲をつかむような話なので、今のところ結果は殆んど無いに等しい。
因みに誘拐犯の狙いがウェンディではなく、ルーシィだと後々判明したのはレモンがさりげなくシャルルへと尋ねていたからである。その時、シャルルはレモンにルーシィが標的だという確証はない、あくまで私の嫌な予感にしか過ぎないと話している。


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第v話 不運

ようやく投稿です。というか、ここは大魔闘演武において、やりたかったことの一つでしたので、結構時間がかかってしまいました。主にソウがはりきってますね。
それはそうと書いている途中、レモンの存在を忘れていたことに気づいた笑笑
ふぅヾ(´▽`*)ゝ………危ない、危ない………大会中、一人応援だから忘れそうになります\(^^)/

後はそうですね…………。

正直、この展開に対しての皆さんの反応が怖いです(。>д<)

あ、でも感想や評価は無論、大募集!!

────では、どうぞ!!



 ルーシィは愚痴っていた。

 大魔闘演武二日目の日程を終えたルーシィは自身の宿へと帰る途中である。傍らにはナツ、ウェンディ、シャルル、ハッピーも一緒だ。

 ルーシィの愚痴内容は主に部屋が一緒だということ。

 ナツはイビキがうるさい。

 グレイはすぐに服を脱ぐ。

 エルザは他人のベッドに侵入してくる。

 全員が同じ部屋だということに初めて知ったウェンディは少し照れていた。少しして、兄がいないことには残念がっていたが。

 

「そう言えば………」

 

 グレイとエルザがいない。ルーシィが気付く。

 シャルル談によれば、グレイは途中でリオンに捕まったらしい。巻き込まれるのも遠慮願いたいシャルルは見て見ぬふりをしてきたようだ。

 エルザに至っては誰も知らない。夜道では危険だから、一人になるなとあれほど厳重に口にしていたエルザ。自分がなってしまっているではないか。が、エルザのことだから懸念することはない。心配しても無駄だろうとエルザのことについての追求は止めることにした。

 ハッピーが、ぼそっと「一人じゃないと思うなぁ~オイラ」と言っていた。ニヤニヤとしているその顔の裏では何が想像されているのであろうか。

 ハッピーは話題を変える。

 

「でも、凄かったよね~」

「何がよ?」

 

 シャルルの返答にハッピーは待ってましたと言わんばかりに声を張り上げる。

 

「ソウの試合だよ!!」

「あぁ………流石、エルザと同じS級魔導士よね。剣咬の虎相手でも、余裕そうだったのは相変わらずだってところだと思ったわ」

 

 ルーシィは思い返す。

 今日の最大の盛り上がりを見せたのは確実にソウとユキノの試合だっただろう。観客共々ルーシィも二人の試合は一部始終逃さないとしていたほどだ。

 

「ソウに絶対に勝ってやる!!燃えてきたぁ!」

 

 ナツは隣で拳を握り締めて、一人勝手にソウに対して勝利宣言を掲げている。

 

「私達はお兄ちゃんに勝てるのでしょうか?」

 

 ウェンディの純粋な、そして、心奥に秘めた触れてほしくない核心をついた疑問。彼を打ち破り、妖精の尻尾を優勝へと導けるのだろうかと。

 

「大丈夫でしょ。それにこっちにはとっておきがあるんだから」

 

 ルーシィは楽観的なようだった。

 それほど、ソウから勝利をもぎ取る秘策に自信があるのだろうかとウェンディは思った。

 その事についてウェンディは詳しく尋ねようとしたが、ナツの声が先に上がる。

 

「誰か宿の前にいるぞ!」

「あ、ほんとですね」

「よく見えるわね………」

 

 ルーシィが目を拵えると、宿の入口付近の階段の根元に誰かが立っている。その姿は誰かを待っているように見える。

 ルーシィには見覚えがあった。というか、先程まで話題に出ていた彼女だった。

 

「お前は………!!」

「剣咬の虎の………!!」

「星霊魔導士!!」

 

 “ユキノ・アグリア”。

 彼女の俯いていた顔がゆっくりと上がり、こちらへと向く。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「ソウ~ー!!待ってよ~ー!!」

 

 背後からの呼び声にソウは立ち止まる。

 振り返ると、黄色い猫が飛びかかってきた。

 

「レモン、どうした?」

「散歩なら私も行くぅ!!」

「ん?まぁ、いいぞ」

 

 レモンは定位置───ソウの頭に乗った。

 昼はお祭り気分のばか騒ぎをしている反面、夜は人気がなくとても静か。

 ソウとレモンの間にそれ以上の会話もなく、歩いていく。

 ───と、レモンがあることに反応した。

 

「あ、良い匂い」

 

 食欲をそそる肉の匂いだ。

 匂いの元を辿っていくと、一つの店があった。店員と思われる一人の男性が、一人暇そうに骨付き肉を焼いていた。

 昼頃なら人通りも多そうな道だが、今は夜なので人っ子一人見当たらない。

 

「いるか?」

「うーん?食べてみる」

 

 ソウは店員へと声をかけた。

 

「すみません、これをください」

「おう、まいど~………って、兄ちゃん!!大魔闘演武に出てたと違うか!?」

「そうですよ」

「おおっ!!兄ちゃんに来て貰えるとは光栄だなぁー」

 

 軽く談笑をしながら、店員は骨付き肉を何本か容器に入れる。

 ソウが料金を手渡すと、店員は容器を彼へと渡した。レモンが彼の頭上から覗き込むとあることに気付く。

 

「あれ?多くない?」

「俺からのサービスだ。これからも大魔闘演武を盛り上げっていってくれよな」

「ありがとうございます」

 

 店員はとても優しい人だ。

 思わぬ収穫に、気分が上がりながらもソウは店を後にした。

 

「良い人だったね」

「そうだな。ほら、レモンの分」

「ありがとー」

 

 骨付き肉はとても美味しかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ───やっぱり、受け取れない───

 

 ユキノは現在、夜道を一人歩いていた。

 つい先程まで、妖精の尻尾メンバーが滞在している部屋にいたのだが、用件を済ました彼女はその場に余計に留まるのは気が引けたので、こうして一人歩いていた。

 ユキノが用件を持ちかけたのはルーシィに対してだった。同じ星霊魔導士であるルーシィにある頼み事をしたかったのだ。

 それは───ルーシィに双魚宮、天秤宮の鍵を預かってもらうことだ。ユキノには色々と悩んだが、彼女に渡すことが適切だと決めたのだ。

 それでもルーシィは断った。星霊魔法は星霊とオーナーの絆と信頼によって成り立つ魔法なので、簡単にそれを引き離す訳にはいかないと。

 ユキノにとって鍵を明け渡すことは簡単な決断ではなかったのだが、これ以上しつこく頼んでも引き受けて貰えないと感じたユキノはその場を後にした。

 二人の所持している王道十二門の鍵。奇跡なのか、必然なのか全てが同じ場所に集まっている。古い言い伝えには十二本が揃うとき、世界を変える扉が開くとある。それが真か嘘かは分からないが、現在の星霊魔導士はユートピアの件等の影響で極端に少なくなっている。

 残り少ない星霊魔導士。少しでも星霊が幸せになれるのなら、自分よりも星霊を愛して、星霊に愛されているルーシィの方が適任だとユキノは考えた。

 さっきは断られたが、ユキノには何故だか確信があった。必ず時が来れば、鍵は自然と揃うと。

 

「………」

 

 ユキノの足が止まる。

 彼女には帰る場所も行く場所もない。路頭に迷った少女に行く宛もなく、ただその場で立ち止まるしかないのだ。

 ぽつん、と夜空を見上げたユキノ。

 

「私は一体何をしたかったのでしょうか………」

「あれ?こんなところで奇遇だな」

「っ!!」

 

 突如との声にユキノは声の主へと振り返る。人がいるとは、気が付かなかった。

 ユキノの視線の先には一人の青年。頭には黄色い猫。

 ユキノにとっては、ある意味居場所を奪われた人でもある。その人は───

 

 

 

 

 

 ◇

 

 三首の竜、宿泊施設“宝石の肉“。

 

「ソウとレモンはどこに行ったの?」

「ちょっと夜風に当たってくるって」

「ふーん」

「ソウのことだから、なんか持って帰ってきそうだなぁ」

 

 ジュンがぼそっと現実味を帯びた予言をし始めた。だが、質問したサンディーもそれに答えたアールも誰も反応してこない。ジュンは軽くへこんだ。

 サンディーがベッドにダイブ。

 両手両足を大きく広げて、全身でベッドの弾力に身を委ねる。

 現在、何もやることがない今の彼女にとって一番退屈な時間だ。

 

「暇だぁーーー!!!!」

「うるさい」

 

 ルーズにぴしゃりと言われた。

 

 

 

 

 ◇

 

「ソウ………様………」

 

 ユキノは彼の名前を紡いだ。

 

「こんな所でどうしたんだ?」

「いえ………」

 

 茶を濁すようにユキノは顔を俯く。

 ソウは気付いた。彼女が自分に気付かれまいと必死に隠している荷物。それはまるで、長旅に出るような大荷物だった。

 

「これ、食べるか?」

「え………でも………」

「旨いぞ。ほら、あそこ」

 

 彼は後ろの曲がり角を指した。

 そこは飲食店。露天販売もしているようで、髭面の男性が暇そうに店番をしている。

 彼が差し出したのは、香ばしい香りを放つ骨付き肉。黄金色に焦がされた表面は食欲をそそること間違いがない。

 彼はあえて自分の核心に触れていない。ユキノはそう確信した。

 自分がこんな夜道を一人でこんな大荷物を運びながらいるのには、何かしら理由があるはずなのに、彼は一切触れてこない。

 何故だろうか。こんな気持ちになったことがない。これが何なのか分からない。

 

「わ、私ぃ………ぃ」

 

 ユキノは思わず両手で口を押さえる。

 だが、彼女の気持ちとは裏腹に彼女の体は嘘をつかなかった。

 両瞳がゆっくりと潤う。

 予期せぬ彼の行動にユキノの心情の衝動は抑えられなかった。

 潤いは、涙へと変わった。

 一筋の水滴が彼女の頬を通る。

 

「えっ!?どうした!?」

「ソウが女の子を泣かした………っ!!」

 

 彼が珍しく狼狽えた様子で、ユキノの側に近寄る。

 ユキノはその場にしゃがみこみ、涙を見せまいと顔を隠した。

 彼女にとって、初めての他人からの優しさだった。彼にとっては些細なこと。それごときで、いちいち泣かれてしまっては相手も困り果てるだろう。

 でも、ユキノにとっては触れたことのない感情。この胸に込み上げてくる何かを止める手段を彼女は知らない。

 

「人に気遣われたのは………初めてなもので………」

 

 彼女はポツリと言った。

 ソウは何かを言おうと口を開こうとして、閉じた。レモンも静観すると決めた。

 黙って、ソウはゆっくりとユキノの背中をさする。

 数分後して、彼女は落ち着きを取り戻した。小さく震えていた彼女もすっかり冷静に戻ったようだ。

 

「取り乱して………すみません」

「まぁ、誰にだって泣きたいことぐらいはあるさ」

 

 顔を赤く染めて、ユキノは申し訳なく言う。

 誰かに慰めてもらった時の返事の仕方が分からないユキノは謝ることを選択した。

 

「あっ」

「おっ」

 

 と、そこにナツとハッピーが走ってきた。

 ユキノが路上にうずくまり、ソウが彼女の背中をさすっている異様な光景。

 ハッピーは驚きの声を上げた。

 

「ああっーー!!ソウとユキノが一緒にいる~!!」

「私もいるよ!!」

「あ、レモンも」

 

 ハッピーの声にソウが気付く。

 レモンが一目で気づかれなかったことに不満たらたらにしていた。ハッピーからはソウの影にレモンが居たので、分からなかったのだ。

 ソウは特に驚く様子も見せずに、彼は二人へと尋ねる。

 

「どうした?」

「謝りにきた」

「誰に?」

 

 ナツの視線の先にはユキノ。

 

「私………ですか………?」

 

 顔を上げたユキノ。

 ユキノには心当たりがない。一体、彼に何をしたのだろうか。

 自分の格好に恥ずかしさを覚えたユキノ。ナツにも失礼なのでさっと、立ち上がる。

 

「いやーお前って、悪ぃ奴じゃなかったんだなぁ」

「え………?」

 

 目を丸くするユキノ。

 ハッピーが事情を補足する。

 

「ほら………ナツってば、剣咬の虎ってだけで悪者って決めつけちゃって」

「だからこうして謝りにきてんだろーが」

「謝る?」

「ごめんなー」

「「軽っ!?」」

 

 ソウには事情が分からない。

 ナツはただ単に宿へと訪ねてきていたユキノに対して、きつい態度をとってしまったことを反省して謝罪してきていたのだ。肝心の謝罪は何も知らないソウが見ても軽い。

 

「ごめんね。こう見えてもナツは大人になったほうなんだよー」

「どういう意味だぁ!!こらぁ!!」

 

 ナツとハッピーが言い争いを始めた。

 この時点で、ナツの大人になった説は怪しい。ハッピーも分かって言っているようだ。

 

「わざわざその為だけに、私を追って………?」

「お前、ずいぶん暗い顔してっからさ。オレ………気分悪くさせちまったかな………って」

「いいえ………すみません」

「いやいや、謝られても困るんだけど」

 

 遠慮ぎみのナツ。

 ソウは蚊帳の外となり、黙って骨付き肉を貪っている。

 今度は先程よりも耐えることが出来なかった。

 ユキノがボロボロと泣き始める。

 ナツが面食らった顔になる。

 

「泣かれても困るんだけどーーー!!」

「ど………どうしたのー!?」

「ナツ、これでおあいこだな」

「嬉しくねぇーーよ!!」

 

 彼女の一度解かれた感情は収まることを知らない。ましてや、それが嬉しいから来るものだと余計に抑えらない。

 再び、ユキノはその場にへたれこんでしまった。

 

「もう………ダメです………先程、ソウ様の前でもお見せしまって………ご迷惑なのは分かってるつもりですのに………体が言うことを聞かなくて………」

「別に気にしてないさ。人に気遣われたのは初めてってのは本当なのか?」

 

 ソウの発言にナツとハッピーが目を丸める。

 無理もない。それが原因で彼女の涙がこぼれるとは誰も想像が出来ないだろう。

 

「言いづらかったから、言わなくていい。俺達ごときが君の事情に深く関わっては迷惑だろう」

「いえ………ソウ様達なら………」

 

 人の人生。

 そう易々と他人が口出しするような安い問題ではないのだ。それでも、彼女は話すことを決意した。

 その覚悟は正しかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 三首の竜、宿泊施設“宝石の肉”。

 

「あーー!!もう一回!!」

「何回やるのよ、サンディー………あなた、流石に弱すぎよ」

「~~っ!!弱くないよ!!取り敢えずルーズに勝つまでやる!!」

「………はぁ、精々頑張ってね………」

 

 オセロゲーム。

 サンディー、0勝。

 ルーズ、20勝。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「私………ずっと剣咬の虎(セイバートゥース)に憧れていました。去年やっと入れたのに………私はもう………帰る事は許されない」

「はぁ?」

「どういう事なの?」

 

 ナツとレモンが首を傾げる。

 ソウには今の彼女の姿を見れば、ある程度推測は出来るが………あまり口にはしたくないことだ。

 

「たった1回の敗北で……やめさせられたのです」

 

 ユキノのギルドを追い出されたと言う発言に、ナツは目を見開いた。

 

「大勢の人の前で裸にされて………自らの手で紋章を消さねばならなくて………悔しくて、恥ずかしくて………自尊心も思い出も全部壊されちゃって………それなのに私には帰る場所がなくて………!!」

 

 押さえきれなくなった大粒の涙を流しながら辛そうに叫ぶユキノの言葉。そこに彼女の苦しみが全て詰まって溢れでていた。

 目の色が変わったナツはギリッと歯噛みしながら口を開く。

 

「悪ィけど、他のギルドの事情はオレたちにはわからねえ」

 

 「ナツ!!」とハッピーが余計なことを言うなと咎める。

 ソウは何も言わず、ナツを見た。

 

「はい………すみません。私………つい………」

「他のギルドだけど同じ魔導士としてなら分かるぞ。辱しめられ、紋章を消されて悔しいよなぁ。仲間を泣かせるギルドなんて──そんなのギルドじゃねえ」

 

 ナツは怒っている。

 まるで道具みたいに扱うギルドに対して、怒りを向けている。彼の目は完全に燃えていた。

 一方で、ユキノはナツを見つめる。

 仲間───ユキノの心に大きく響いた。

 

「ハッピー、行くぞ」

 

 ナツは背を向けて、その場から去ろうとする。慌ててハッピーも彼の後を追った。

 

「ナツ」

 

 そんな彼にソウは呼び止める。

 ナツの足が止まる。後ろへと振り返らずソウに答える。

 

「なんだ」

「はぁ………止めろとは言わないが、せめて、ほどほどにしておけよ」

「………おう」

 

 そして、ナツは再び歩き始めた。

 ソウには彼がこれからしようとすることは分かっていた。それも、下手によっては結構大問題となる行為だが、ソウは彼を止めなかった。例え、止めようとしても彼は絶対に止まらないだろう。

 ナツは自分で出来ることをなし得ようとしているのだ。横から邪魔するのは仲間ではない。

 それにナツはソウにあることを託していた。

 

「ナツ様………」

 

 ナツの姿が見えなくなるまで、ユキノはずっとそちらを見ていた。いきなり何処かへと立ち去っていた彼を気にするのは仕方ない。

 それでも、ユキノは追いかけようとは思わなかった。今のナツに話しかけてはいけない、そんな感じがしたのからだ。

 

「悪かったな」

「え!?ソウ様は何も───」

「剣咬の虎に帰れなくなったのは俺が君に勝ったせいなんだろ?」

「いえ………私が弱かった………それだけです。ソウ様は何も悪くないです………」

 

 ソウの勝利が結果、彼女を苦しめた。

 いくら剣咬の虎のギルド方針が厳しいとは言え、一度の敗北でギルドを追放されるとは思ってもみなかったソウにとって彼女の受けた待遇はとてもソウにとって後ずさりの残るものだった。

 本人は気にすることはないと言っているが、今の彼女をこのまま見過ごす訳にはいかなかった。

 レモンが次にしようとする彼の行動にいち早く気付いた。

 

「なら、来るか?」

「え………!?」

 

 ユキノが豆鉄砲を喰らったような顔になる。彼の言ったことが理解できなかったのだ。

 

「私がお邪魔しても………迷惑なだけです」

「んなことないさ。俺らのギルドって人数が少ないから、ちょうど良かったよ。なぁ、レモン?」

「そうだね~大会中、師匠殆どいないから、私一人だけの応援になって寂しいから来てもらったら嬉しいよ」

「だそうだしな。ほら」

 

 立っているソウは座っているユキノに向かって手を差し伸べる。

 ユキノにとって、彼の出した提案は喉から手が出るほどの内容だ。自分の居場所がそこにあるかもしれないのだ。

 だが、ユキノは彼に向かって、手を伸ばせない。

 

「私と一緒にいたら………皆さんは不運に見舞われるんです………私がいると周りは不幸になるんです………ですから───」

「───そんなの知るかって」

「っ!!」

 

 ソウはユキノの言葉を遮る。

 ソウは無理やりユキノの手をとると、力強く手前に引っ張る。

 ユキノが立ち上がり、互いに向き合った状態になり───

 

「幸せは待っても来てこない。己から取りに行かないと、幸せは掴めない」

 

 ───不運は初めから誰にだってある。それを消すのは、誰でもない自分自身。

 ───そして、誰でも目の前に幸せはある。見えないだけで手を伸ばせばすぐ掴める。

 ───人は一瞬の勇気で幸運にも不幸にもなれる、めんどくさい生き物なのだ。

 

「それでも無理って言うんなら───そんな架空の幻や幻想なんて俺が木っ端微塵にしてやる。俺が幸せの在処まで最後まで引っ張ってやる」

 

 ユキノは今、夢を見ていた。

 

「だから、来い。ユキノ!!」

 

 

続く────────────────────────────

 





(-_-).。oO(流石にユキノの二連続、泣くのは無理があったかな………まぁ、他に何か思い付いたら書き直そう………うん)

裏設定:ユキノの三首の竜入り

 原作なら王国の軍に臨時軍曹として、入るユキノだがソウの勧誘のお陰で三首の竜の一員として入る。因みにユキノの命はソウが預かっているので、拒否権はない。
 と言っても、ユキノが大魔闘演武に参加する予定はなく、彼女にしか出来ない役割を果たす予定。つまりは、あれ。
 このまま、ソウのヒロインとなってしまいそうな勢いのユキノ。周りの反応によってはなってしまうかもしれない。


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第w話 頼み事

最近、書く時間が確保できたのでいつもりより早めの投稿です。いぇい!!

さらになんと………!!

2時間後にはもう一話投稿します!!

────では、どうぞ!!


 夜道は暗い。

 

「でも、本当に良かったのですか?」

「ん?何が?」

「んにゃ………っ………んにゃ………」

 

 宿へと戻る帰り道。ソウとユキノは並んで、歩いていた。レモンは眠気と格闘しているのか、何度もこっくりと舟を漕がしている。

 その途中、ユキノが唐突に口を開いた。

 

「その………私が急にギルドに入っても………」

 

 ただ、迷惑なだけではないのだろうか。

 ユキノははっきりと口にはしなかったが、ソウにはそのように見受けられた。

 彼女はどこか遠慮ぎみな性格をしているようだ。

 

「俺らのギルドって、リザーブ枠に誰もいないからちょうど良かった。だから、そんなに敬遠しなても大丈夫だって」

「リザーブ枠に誰も居ないんですか?」

「まぁね。最近出来たギルドでもあるから、五人ギリギリ集まって何とか大魔闘演武に出場出来たってところだ」

「そうなんですか………」

 

 ユキノは深く考え込むように黙りこむ。

 どこか三首の竜、リザーブ枠不在の件について、引っ掛かるところでもあったのだろうかとソウは考えた。

 そうは言うものの、大会本部からはリザーブ枠は埋める必要があるとの通告を貰っていたので、レモンの名前が一応入っている。

 

「でも、私は三首の竜は滅竜魔導士の方しか入られないのかと思ってました」

「そんな規則はないけどな。なるほど………周りからはそんな風に見えるのか」

 

 滅竜魔導士のみしか入れないギルド。

 三首の竜のイメージはそんなものらしい。実際に今、加入しているのは滅竜魔導士のみなので、そう勘違いされても無理はない話だ。

 

「ということは五人で大魔闘演武にご出場なされたのですか?」

「まぁ………そういうことになるな」

「剣咬の虎の最強の5人と同じですね」

 

 ユキノは少し微笑んだ。

 ソウはそんな彼女の姿を見て、呟く。

 

「やっぱ、笑った方が綺麗だな………」

「えっ!?」

「んや、ようやくユキノらしい表情になったって思っただけ」

「そそそ、そうですか!?」

「そんなにびっくりしなくても」

 

 彼はそう言うが、ユキノにとっては、びっくりせずにはいられないのだ。まさかの不意打ちに。

 咄嗟に反応できずに、ユキノの頬は羞恥のせいで赤みを帯びる。褒められることに慣れていないユキノはすっかり照れてしまい、俯いてしまった。

 

「噂には聞いていたが、剣咬の虎の最強の5人ってユキノは入ってないのか?」

「そんな恐れ多い!!私のような新米ごときでは足元にも及ばないです!!」

「でも、実際にギルドを代表して大魔闘演武に出れたってことはそれなりに実力はあるってことだろ?」

「私はただ仕事で留守にしていたミネルバ様の代わりをしていたに過ぎません」

 

 ユキノでも星霊魔導士としての強さはソウが見ても認めざるを得ないほどだと思うが、それでもまだ剣咬の虎では下らしい。

 ミネルバという魔導士が参加することにより、剣咬の虎は本気で優勝を狙ってくることになるようだ。

 

「そのミネルバって魔導士は強いのか?」

「はい。はっきりとどんな魔法を使われるかはご存知ありません………あまり人前では使わないので、一度しか見かけたことしかありませんので」

「ふむ」

「あ、ですが、アール様の魔法を見たとき、アール様の魔法はミネルバ様の魔法と酷似していると私は思いました」

「絶界魔法が?」

「えっと………はい、そうです」

 

 彼の魔法は完全にオリジナル。他の赤の他人の誰かが修得したということも耳にしたことはない。つまり、絶界魔法を使えるのはアールと彼には伝達した師匠の二人だけのはずだ。

 そのはずなのだが、ユキノはアールの魔法をミネルバの魔法と重ねて見えてしまったらしい。要するに、魔法の効果が似ているということになるのだろうか。

 

「幻覚魔法か………そこ辺りだな」

「アール様の魔法は敵を惑わす魔法ですか?」

「正確には違うんだが、似てるって面でははそうなる」

「私にはアール様は瞬間移動しているように、見えたのですが」

「アールの場合は瞬間移動って言うよりかは移動の簡略をしている方が正しい。そうだなぁ………例えばここからあそこまで動くとする」

 

 ソウは向こうの街灯辺りを指差す。

 

「普通ならどうやってあそこまで移動する?」

「えっと………歩く………でしょうか?」

「他には走るとか、乗り物に乗って、とか色々あるんだが手っ取り早いのはユキノの言った通り、()()だ」

 

 歩きながら話しているので、やがてソウの指差した街灯の足元まで辿り着く。止まることはなく、そのまま歩き続ける。

 

「分かりやすく言えば、アールはそれをしない」

「………歩く行為をアール様は省略しているのでしょうか?」

 

 なら、どうやってアールは移動するのだろうか。自分で言っておきながら、ユキノは不思議に思う。

 

「後は直接本人に聞いてみたらどうだ?」

 

 彼は答えをハブらかすと、立ち止まる。

 ユキノも彼の隣で歩くのを止めて前を見上げた。目の前には宿。

 三首の竜、宿泊施設“宝石の肉”。

 ついに到着したのだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 三首の竜、宿泊施設“宝石の肉”。

 

「やったぁーー!!!」

「はぁ………」

 

 ボード盤の前で、両手を万歳して喜びを表すサンディー。対称的に、ルーズの表情は疲れ顔だ。

 ルーズが疲れているのも、サンディーがしつこく勝負をせがんできて、でもサンディーはルーズに勝てずにあっさりと負けて、また勝負を挑む───を何度も繰り返しているからだ。付き合わされる身はたまったものではない。

 途中、ルーズはサンディーが勝てるように誘導しようとしていたが彼女は何故かルーズの誘導から上手く脱線してしまうので結果的にルーズが勝ってしまう。

 勝利して嬉しいはずなのに、嫌な悪循環だ。

 だが結局、ルーズは途中で止めることなく、最後まで付き合っていた。こう見えても彼女の面倒見の良さはなかなかのものである。

 

「やっと終わったのか?」

「随分と長かったね」

 

 影から黙って見守っていたジュンとアールの二人もようやく終わったのか、と言わんばかりな態度を取っていた。

 サンディーは二人に満面の笑みで告げた。

 

「ルーズに勝てたよ!!えっとね!!………な………何回目だろう?」

「僕が数えてた限りでは、40回は越えていたはずだよ」

「弱すぎだろ」

 

 ジュンの余計な一言にサンディーがむっと眉を潜める。

 

「なら、私と勝負だよ!!」

「おう!!臨むところだ!!」

 

 対戦相手を変えてのサンディーの第二ラウンドが幕を下ろした。相当な時間していた彼女の顔に疲労の色は一切ない。

 一方で、ようやく解放されたルーズは気分の入れ換えをしたいのか、外の景色を眺めていた。

 ───と、彼女の表情が少し変わる。

 

「ちょっとアール、こっちに来て」

「え?あ、うん」

 

 ルーズの手招きに困惑しながらも、アールは彼女の方へと移動しようと立ち上がる。

 

「はは!!これでどうだ!!」

「なら、こうだよ!!」

「オレだって、負けてたまるか!!」

「てりぃやぁ!!」

「とりゃあ!!」

「あ!!ずるいっ!!」

「ははは!!ルールに則ってるから問題ないわぁ!!」

 

 まだ序盤戦のはずなのだが、いささか盛り上がり過ぎではないだろうかとアールは不思議に思いながらも彼らの側を通る。

 ルーズは外を覗くように合図を出してきた。

 

「あれって………」

「ソウとレモン。でも、もう一人隣に誰か居るのよ」

「あ、ホントだね………」

「暗くてよく見えないわね」

 

 この窓からは大通りが見える。時間帯が暗闇かつ、まだ影が遠目なので断定しがたいがあの影はソウに間違いがない。頭の上にいるレモンの形で予想しやすい。

 だが、彼の隣にもう一人人影がある。

 見たところ、その人と一緒に歩いてきているようだ。

 

「えっ!?どれ!?」

 

 話を小耳に挟んだサンディーが興味津々にゲームを中断して、窓付近に押し寄せてくる。アールとルーズは彼女に場所を譲る。

 サンディーはじっと、目を見据えて外を睨み付けていたかと思うとはっと驚愕の表情を見せる。

 そのまま後ろに後退り。

 

「嘘ぉ!!」

「何がだよ?」

 

 首を傾げながらも、ジュンも外を観てみた。

 段々と近付いてくる二人の影はジュンの見ると同時に街灯に照らされて、顔が露となる。

 ───えっ!?マジで………。

 

「ジュン?」

 

 アールが呼び掛けるも、ジュンは外を見つめたまま、無反応。ルーズも彼の豹変した態度に小首を傾げている。

 しばらくして、ようやく起動したかと思えば、彼は驚くべきことを口にする。

 

「ソウと一緒にいるの………ユキノじゃねぇか…………!?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 部屋内は混沌を極めていた。

 中ではジュンとサンディーが混乱のあまり、落ち着かない様子で動き回る。アールはひたすら理解しようと意味不明な呟きを繰り返していた。

 例外として、ルーズは平常運転。

 

「それで剣咬の虎の女がどうしてここにいるのよ」

「まぁ、色々あってさ」

 

 ソウはユキノとの賭けに勝って、命を授かっている身。そんな彼が当の本人と一緒に帰ってくるなど、勘違いしても無理はない。

 ユキノは何を思ったのか、不安そうに言う。

 

「私………嫌われてるようです………」

「ルーズは誰に対してもこんな態度だよ」

 

 アールが落ち着いたようで、話に入ってくる。

 

「ふん」

「ほらね。あなたのことを嫌いって訳じゃないから」

「はぁ………そうですか………」

 

 ルーズは誰にたいしても冷たい態度をとることが多く、初見では嫌われていると思っても仕方ないことだ。

 

「だから友達が少ないんだけどね………」

「余計なお世話よ」

 

 ルーズの機嫌が悪くなった。

 

「それで、僕がアールだよ。よろしくね、ユキノさん」

「あっ、はい、よろしくお願いします」

「後は彼女がルーズ。それと、部屋内で暴れている彼の方がジュンでもう一人がサンディー」

 

 残りのメンバーをアールに紹介されて、ユキノは微妙な反応をとった。

 そのまま、ユキノはアールの説明を深々と聞いていた。後は彼に任せて良いだろうとソウは思った。

 ジュンとサンディーの二人はまだ混乱気味だ。

 すると、サンディーがソウの方へと迫ってきて赤みを帯びた表情を浮かべながら、あることを追及してくる。

 

「なんであの人がいるの!?」

「剣咬の虎から追い出されて、路頭に迷っていたから」

「ソウが無理矢理連れてきたでしょ!!」

「んなわけない」

 

 どうやら彼女の脳内では現実からかけ離れた過激な妄想劇が繰り広げられているようだ。

 

「ほら!!オレの予感が的中したぞ!!」

 

 ジュンはジュンでよく意味が分からないことを叫んでいる。

 

「私!真実を確かめる!!」

 

 そう意気込んだ彼女はアールの宿の案内を受けているユキノの元へと走っていった。

 ソウでは宛にならないので本人に直接聞くようだ。

 

「ん?何事じゃ?」

 

 ────と、ここで師匠が魔法で出現。

 事情の知らない彼女は小首を傾げていた。

 ほどなくして、ポカンとしたサンディーが戻ってくる。

 

「“私の命はソウ様のものです”………だって!!」

「どういう意味だ?」

「わわわ!!分かんない!!」

 

 サンディーは顔を真っ赤にしてブンブンと首を振る。どこか誤魔化そうと必死になっているように見える。

 ソウは取り合えず、簡単に事情を説明しようとするが───

 

「お主がユキノじゃな?」

「えっ………あ、はい。そうです」

 

 師匠が既にユキノと接触していた。

 うわ、早い………と感心しているのもつかの間、ソウはあることを思い出した。

 師匠は残念な性格をしている。つまりは、絶好の獲物であるユキノの身に別の意味で危険が及ぼうとしていた。

 師匠の目がギランと光る。

 

「ふふふ、やはり実物は格が違うのう………お主のその豊潤な胸を少し堪能───」

「はいはい、貴女はこっちよ」

「ちょっと待て!!妾は何もしとんらぞ!!ルーズやぁ!!」

「前科はあるんだから、言っても無駄よ」

 

 ルーズに引き摺られ、師匠は嘆いていた。ユキノはただ訳が分からず、ずっと引き摺られていく師匠の後を見ていた。

 

「一先ず落ち着け~」

 

 ソウは呆れながらも呼び掛ける。

 サンディーが彼の前に正座。アールも彼女の隣に座る。ルーズは師匠の足止めに精一杯のようだ。

 残るはジュンだけだが───

 

「あいつ、何してるんだ?」

「黄昏てるみたいだよ」

 

 ヒートアップした思考を冷まそうとしていたのか、彼は顎に手を当てて窓から外の景色を眺めていた。

 サンディーに連れてこられて、ようやく参加。

 三首の竜の前に立っているソウは改めて、緊張した顔付きでいるユキノに自己紹介をするように視線で促す。

 ユキノは小さく頷くと、ゆっくりと口を開いた。

 

「こ、この度、ソウ様に誘われて来ましたユキノ・アグリアです。ソウ様には行く宛のない私に声をかけてくださって………大魔闘演武で忙しいこの時期にこんなことを言うのはおこがましいのは重々承知です。ですが………」

 

 勇気が出ずに、静かに俯く。

 ソウを筆頭に誰も喋ることなく、彼女から言うまでずっと黙りこむ。

 ユキノは覚悟を決めて、きっぱりと告げた。

 

「私を三首の竜(トライデントドラゴン)に入れてもらえないでしょうか?」

「うむ、構わんぞ」

「ようやくリザーブ枠に人間の魔導士が入るね~」

「流石に猫は駄目だろと思ってたからな。グッドタイミングだ」

「私はエクシードだよ!!」

「そうね。メンバーが増えるのは心強いわ」

 

 和気藹々と話す彼女たち。

 ユキノはというと、予想外の急展開に目が点となっている。剣咬の虎の場合では、入るだけでも様々な条件が出されるのだ。それに比べてここは、なんともまぁ、ざっくりとしたギルドだとは思う。

 

「こんなにあっさりと………本当に良いのですか………?」

「だって断る理由がないからね。三首の竜は大歓迎だよ」

「え………」

「ほら俺の言った通りだっただろ?ユキノ」

「はい………!!」

 

 こうして、ユキノは三首の竜へと加入することが決定した。

 

 

 

 

 ◇

 

「ルーズ~お風呂行こ~」

「ええ。分かったわ」

 

 ユキノがギルドに入り、しばらくの間は彼女を中心とした談笑で盛り上がっていたが、今ではすっかり一段落していた。

 

「ユキノも一緒に入る~?」

 

 ピョコン、と扉から顔を出したサンディーがこちらをテーブルで休んでいるユキノを覗いてくる。

 

「ごめん、サンディー。俺がまだユキノに話があるから、また今度にしてくれ」

「ふーん、分かった。それはそうと、特にジュンはお風呂、絶対に覗いたら駄目だよ!!」

 

 サンディーはソウの断りを特に気にした様子はなく納得した。そして、何故かジュンにだけ注意が飛ぶ。

 ジュンは鼻で笑いながら反論。

 

「覗いても得なんてねぇから、しねぇよ」

「どういう意味なの!?」

「ほら、早く閉めなさい」

 

 過敏に反応するサンディーに対して、ルーズはいつでも冷静に物事にあたっていた。

 最後に「私にだって、得することぐらいあるもん!!」と捨て台詞を最後に扉を勢いよく閉めた。

 ソウのテーブルの向かい側に座っているのはユキノ。右隣にはアールが座っており、左隣には師匠がいる。ジュンはベッドに腰を下ろしていた。

 

「それで私に話とは?」

 

 ユキノが尋ねると、彼は真剣な表情となる。

 

「まず始めにこれは命令ではないと、覚えておいてほしい。俺個人としての頼みとして聞いてほしいんだ」

「はい」

「簡潔に言う。ユキノに()()()のようなことをしてほしいんだ」

「ス、スパイ………ですか………」

 

 ユキノは少し気まずそうにする。いきなり、こんなことをお願いされては誰だって困惑する。

 

「まぁ、全部聞いてから決めてほしい。まず、潜入してほしいのはこの大魔闘演武の主催国、フィオーレ王国の城内」

「え?」

「そこで王国が隠している秘密を探ってほしいんだ」

「は、話が見えないのですが………」

「二日目のバトルパートの最中、俺の妹である妖精の尻尾のウェンディが誘拐されそうになった」

「まぁ、それはソウとナツ君のお陰で未然に防いだんだけどね」

「その後誘拐犯を問い詰めた結果、誘拐犯が狙っていたのはウェンディではなく、ルーシィ───星霊魔導士であることが判明した。さらに誘拐犯を裏で操っていたのも、王国側だと俺達は見ている」

「そんなことが………」

 

 知らない間でそんなことが起こっていたのは彼女にとって衝撃的だろう。さらに対象が自分と同じ星霊魔導士。

 

「多分、狙いは星霊魔導士の力。ユキノも今後狙われていた可能性が高い」

「っ!!」

「俺達が大魔闘演武に参加したのも、今この国で何が起ころうとしているのかを調べるためだ。俺達出場者は迂闊に会場から離れる訳にはいかないので、今は師匠一人に調べてもらっているが何かと裏で調べるのは厳しい」

「そうじゃのう………妾がこっそりと調べるのにも限界はあるのぅ」

「そこでユキノには王国側に寝返ったようにみせかけて、色々と探りだしてほしいという訳だ」

「………はい。ソウ様の仰られていることはある程度理解しました。確かに、王国側にとって星霊魔導士である私を引き込めるのは絶好のチャンスですね」

「ああ。向こうはまだユキノが三首の竜に入ったことを知らないはずだ。それを利用させてもらう」

 

 ソウにとって、ユキノにこの依頼をするのは苦渋の選択であった。

 事情の知らない彼女にとって、この依頼はリスクに対する見返りが少なすぎる。さらには折角の大魔闘演武でのリベンジの舞台も水の泡にしてしまう。

 正直、自分勝手な依頼だとソウは承知している。だからこそ、彼は最後に念を押す。

 

「これは断ってくれても構わない。ユキノがリザーブ枠でこれからの大魔闘演武にも参加して貰っても俺は何も気にしない。初めに言った通り、単なる頼み事として捉えてくれて良いから」

「私は………」

 

 ユキノはじっとソウの瞳を見つめる。

 

「やらせてください。それが皆様の役に立てるのなら、構いません」

「そうか………悪いな」

「いえ、こんな大切なこと。私自身がお願いしたいぐらいです」

 

 優しい心を持った少女だと、ソウは思った。嫌な顔を一つもせず、二つ返事で了承してくれた彼女には感謝せざるを得ない。

 静観していた師匠があるものを取り出した。それをユキノへと渡す。

 それは、綺麗な水晶。

 

「あの………これは?」

「妾お手製の魔水晶じゃ。そうじゃのう………名付けて“絶界水晶”じゃな。通信魔水晶に細工をさせてもらってのう、それに魔力を込めると妾とアールに伝達するようにになっておる」

 

 “絶界水晶”とは要するに絶界魔法の使い手のみに伝達することが出来る魔水晶だ。これを使えれば、確実にアールか師匠に何かしらのことがあったと伝えることは出来る。

 

「これを使って、僕か師匠に潜入して分かったことを報告して欲しいんだ。僕は大魔闘演武に出てるから昼間は難しいけどね」

「通信しながら会話をすると盗聴される可能性があるからのう、直接話すのが最善じゃ。連絡を取るのは、お主が独り落ち着いた時でよい」

「僕達が空間を移動してユキノの元に行くから、部屋か誰も近寄らないとこがいいかな」

「りょ、了解しました」

 

 ユキノは戸惑いながらも受けとる。

 

「最後にあくまで調べることが優先だが、何かユキノの身に起きれば、自分の安全を確保することを最優先としてほしい。一番大事なのはユキノ自身だからな。ユキノがその時したいことをすればいい。例え、それで俺の約束が破ることになっても俺は責めたりしないから」

「私のしたいこと?」

「これはユキノにしか出来ないことだが、だからと言ってやり遂げる必要もない。状況に応じて適切にして、無理はせずに頑張って欲しい」

 

 ユキノは力強く頷く。

 彼女は決意した。自分にしか出来ない役割を全うすることに。それは全て、自分を救ってくれた彼に対する初めの恩返しの為に。

 

「私は全力で頑張ります。皆様のお役に立てるのなら………そして、なんたって“私の命はソウ様のもの”ですから!!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 真夜中。

 とある建物の屋根に一人、ローブ姿の人が立っていた。

 その人はローブの裾をぎっと握り締めると、夜空を見上げる。そして、あまりにも何もない清々しい空に似合わず、重苦しい声が響き轟かせた。

 

「許さない………!!絶対に………!!」

 

 大魔闘演武の水面下では着々と思惑が進んでいた。己の欲望の為、世界を守る為、使命を果たす為、各々の思考が交差するなか、その日は着実に近付いていた。

 

 

続く────────────────────────────




裏設定:最後のシーン

 原作通りに進めてはあまり期待感がないと思い、急遽オリジナルの要素を追加してみた。
 ほんの数分で思い付いたのを取り入れているので、背景が曖昧なのと矛盾点が生じている可能性が高い。
 奴の正体はギリギリまで明かすことはないが、それまでに当てられたら怖い。
 ヒントを与えるとすれば、未来ルーシィと同じく未来から来たことになる。


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第x話 伏魔殿

勘の良い人はあれ?と疑問を浮かべたかと思いですが(え?何が?と思ってる人は特に気にしなくていいです)見ての通り、第w話が抜けています。
気分転換にこっちを書いていると最後まで行ってしまったので、先にこっちを投稿してまえぇ!!となっての次第です。第w話はまた近いうちにということで(。>д<)

それと、この作品は誤字が多いです。作者も何度か見直してはいるものの、見逃してしまう箇所も多々存在してます。なので皆さんの誤字、矛盾点などの指摘をお願いしたいと思っております。
ジャンジャンと遠慮なしにしてもらって、構いません\(^^)/

ウェンディ「皆さんのご協力、よろしくお願いします!!」

───では、三日目スタート!!


 大魔闘演武、三日目。

 

『大魔闘演武もいよいよ中盤戦、3日目に突入です』

『今日はどんな熱いドラマを見せてくれるかね』

『本日のゲストは魔法評議院よりラハールさんにお越し頂いてます』

『久スぶりだね』

『よろしくお願いします』

 

 ラハールは軽く微笑む。

 

『ラハールさんは強行検束部隊大隊長という事ですが』

『ええ……大会中の不正は許しませんよ』

『流石は大隊長!!どんな時でも、お仕事を忘れません!!』

 

 まもなく、競技パートが開催されようとしていた。

 

 

 

 ───観客席───

 

「ラハールめ、オレまで付き合わせやがって」

 

 観客誰もが通ることが出来る広場で一人愚痴っているのはラハールに無理矢理連れてこられたドランバルトだ。

 彼の脳裏を過っていたのはここに来る前にラハールと交わした会話。

 

 ───大魔闘演武のゲストだぁ? お前が?

 ───断る道理もない。お前も来い、ドランバルト。

 ───いや……オレは。

 ───妖精の尻尾(フェアリーテイル)の元気な姿を見たいだろう。彼らのことが気にならないか?

 ───気にならん訳がない。しかし、今のオレには………。

 ───まだ拘っているのか。妖精の尻尾を見捨てた形になったことを。

 ───………。

 ───彼らはしっかり前を向いている。いつまでも過去を引き摺っているのはお前だけだぞ。

 

 ………結局、来てしまった。

 妖精の尻尾とは天狼島の一件で関わっていた。だが、仕事の為とは言え、彼らのことを裏切る形になったことを未だに根に持っていた。

 

「試合が始まっちゃう!!」

「あんたが屋台の串焼き、食べたいって言うから!!」

 

 姿は見えないが懐かしい声が聞こえた。

 折角来たのだ。存分にこの大魔闘演武を楽しむことを決めたドランバルトは観客席の方へと足を向けた。

 

 

 

 

 ◇

 

『本日、3日目の競技の発表です!!競技名は伏魔殿(パンデモニウム)。参加人数は各ギルド1名です!!選手を選んでください!!』

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「俺が出る!!夕べの続きやらなきゃ気が済まねぇ!!」

「だから、勝手に決めんなって!!」

「リベンジマッチなら私だってしたいんだからね!!」

 

 ナツの暴走にグレイ、ルーシィが止めに入る。誰も譲る気はなく、拮抗した状態になっていた。

 

「いや、ここは私が行こう。お前が行くと、かえって面倒だ」

 

 そこに名乗りを上げたのはエルザ。

 

「賛成!!頑張ってね、エルザ!!」

「ファイトです!!」

 

 ルーシィとウェンディに見送られて、エルザは戦場へと降り立った。

 

 “妖精の尻尾A”出場者───

 ───“エルザ・スカーレット”。

 

「俺を出せぇぇーー!!」

「落ち着けって言ってんだろうが!!」

 

 

 ───妖精の尻尾B、選手待機席───

 

「Bチームからは私が出るよ」

 

 高々と宣言したのはカナ。

 ガジルがつっかかる。

 

「ちょっと待て!!そろそろ俺にもなんなやらせろ!!」

「ていうか、なんでリザーブ枠のカナが?」

「ミストガンはどうした」

「今日はまだ姿を見かけていませんね」

 

 ミラとラクサス、ジュビアの疑問にカナは小声になって答える。ガジルのは完全にスルーだ。

 

「実況のゲストに評議員がいるんじゃ出場できんでしょ」

「それもそうね」

 

 ミラは苦笑いを浮かべる。

 

 

 ───人魚の踵、選手待機席───

 

「エルちゃんが行くなら私に行かせて、カグラちゃん!!」

「許可しよう」

 

 意気揚々と戦場へと降りていった。

 

 “人魚の踵”出場者───

 ───“ミリアーナ”。

 

「負けないよエルちゃ~ん!」

「ああ………」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女だが、エルザは彼女の憎悪に満ちた狂笑を見てしまっているので、何とも言えない複雑な気持ちになってしまう。

 

「集中せねば」

 

 

 ───大鴉の尻尾、選手待機席───

 

「評議員の前だ。余計な事はするなよ、オーブラ」

 

 コクン、と小さく頷く。

 

 “大鴉の尻尾”出場者───

 ───“オーブラ”。

 

 

 ───青い天馬、選手待機席───

 

「天馬からは僕が行こう」

 

 女性の歓声があふれでる。

 

 “青い天馬”出場者───

 ───“ヒビキ・レイティス”。

 

 

 ───剣咬の虎、選手待機席───

 

「夕べの話通りオレが行く!!全員まとめて黒雷の塵にしてやる!!」

「どのような競技かも分からんと言うのにか?」

 

 ミネルバの皮肉も彼には通じない。

 

 “剣咬の虎”出場者───

 ───“オルガ・ナナギア”。

 

 

 ───蛇姫の鱗、選手待機席───

 

「ジュラさんが出るの!?」

「オババの命令じゃ仕方ない」

「靴下ァ………」

「新しいの、買えよ」

 

 聖十大魔導士の出陣に一同、戦慄。

 

「ウム……任せておけ」

 

 “蛇姫の鱗”出場者───

 ───“ジュラ・ネェキス”。

 

 そして、

 “四つ首の仔犬”出場者───

 ───“ノバーリ”。

 

『決まっていないギルドで残っているのは三首の竜だけですが………』

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「何でもヘルニウムってなに?」

「パンデモニウム。モンスターの巣窟ってことよ」

「ぶっちゃけ、お化け屋敷だね」

「っ!!絶対にいや!!」

 

 アールの余計な一言に、サンディーの表情が青ざめる。お化けの苦手な彼女にはこの競技は不向きだろう。

 ジュンが挙手をする。

 

「なら、オレが───」

「ジュンはもう出たでしょ」

「ぐはっ!!」

 

 彼の出た“戦車”では乗り物酔いでほとんど何も出来なかったに等しいので、まだやり足りないのだろう。

 だが、三首の竜では順番に競技に出ると決めていたので彼がこれから先、競技パートに出ることはない。

 アールの一言にジュン、撃沈。

 

「なら、俺とルーズだけだな。ルーズは出てみたいか?」

「遠慮しとくわ」

「だったら、消去法で俺に決定か。よし、気を引き締めて行きますか」

 

 ソウは期待に胸を膨らます。

 

 “三首の竜”出場者───

 ───“ソウ・エンペルタント”。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「おい、ソウが出るみたいだぞ」

「くそぉ!!やっぱりオレが出る!!」

 

 ソウの出場が判明すると、ナツの闘志に再び火が付いてしまった。彼と勝負出来る機会は滅多にないのだ。

 

「エルザで決まってんだから、もう遅い」

 

 グレイの冷静な指摘が入る。

 

「お兄ちゃん………」

「エルザ………大丈夫かしら?」

 

 ルーシィの心の中では今日の競技パートはただ事では終わりそうにないと、そんな予感がしていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 戦場に並び立つ九人の魔導士。

 彼らの説明役をするのは、大魔闘演武のマスコットキャラクターのマトー君だ。

 昨日は私用で休暇をとってしまったことを軽く謝罪しながら、マトー君は始めに見てもらった方が早いと魔法陣を展開。

 遥か闘技場の上空に展開された魔法陣から、突き出てくるのは巨大な建造物。禍々しい妖気を放つ、それは思わず息を呑むほどの迫力だ。

 

「これは………」

「すごい………」

 

 黒神殿。

 闇に飲まれたような不気味なオーラを解き放っている。

 やがて、宙で停止すると挑戦者の魔導士達の前に神殿の入り口から階段が伸びて設置された。

 

「解析開始」

 

 ヒビキは自分の魔法を行使して、黒神殿の分析を始める。

 ソウも波動の反射を利用して、黒神殿の構造を把握しようとしていた。が、神殿内は想定以上の広大さを誇っていたのでここからでは不可能と断念した。

 

「邪悪なるモンスターが巣くう神殿───伏魔殿(パンデモニウム)

「でか………」

「モンスターが巣くうだと?」

「そういう設定ですので、カボ」

 

 ジュラの質問にマトー君はそう答える。

 すると、モンスターという言葉に反応した観客から不安の声が漏れる。

 

「この神殿の中には100体のモンスターがいます………といっても我々が作り出した魔法具現体。皆さんを襲うような事はないのでご安心を」

 

 今のは観客にむけての説明のようだ。

 お陰で、辺り一体のざわつきもなくなった。

 

「モンスターはD・C・B・A・Sの5段階の戦闘力が設定されています。内訳はこのようになっています」

 

 画面によれば、こうなっている。

 ───S×1。

 ───A×4。

 ───B×15。

 ───C×30。

 ───D×50。

 

「ちなみにDクラスのモンスターがどのくらいの強さを持っているかといいますと」

 

 マトー君が両手を大きく広げると、神殿の中を映し出した魔水晶映像(ラクリマヴィジョン)が起動する。

 そこには、鋼鉄に身を包んだ四つん這いのモンスター。猛猛しい牙をさらけ出し、獲物を模索して神殿内を迂回している。

 フィナーレに石像らしきものを粉々に粉砕しているシーンを映し出して、映像は途切れる。

 

「こんなのやらこんなのより強いのやらが100体うずまいているのが伏魔殿ですカボ。クラスが上がるごとに倍々に戦闘力が上がると思ってください」

 

 あれでDモンスターなのだ。あまりにも凶暴さに、観客はおろか競技とは関係ない控えの魔導士すら言葉を失う。

 ソウは特に驚くということはなかった。その程度か、という軽い認識しかしていなかった。

 普段からS級クエストで、癖のある獣達と手を合わせている彼にとって、Dモンスターごときでは余裕の表情。さらに、彼の脳裏ではSクラスのモンスターと相対してみたいとさえ思っていた。

 

「Sクラスのモンスターは聖十大魔道といえど倒せる保証はない強さですカボ」

「む」

 

 ジュラがピクリと眉を動かす。

 

「皆さんには順番に戦うモンスターの数を選択してもらいます。これを“挑戦権”といいます。たとえば3体を選択すると神殿内に3体のモンスターが出現します。3体の撃破に成功した場合、その選手のポイントに3点が入り、次の選手は残り97体の中から挑戦権を選ぶ事になります。これを繰り返し、モンスターの数が0又は皆さんの魔力が0となった時点で競技終了です」

「数取りゲームみたいだね」

 

 ミリアーナが別のものに例える。

 

「そうです。一巡した時の状況判断も大切になってきます。ただし先ほども申し上げたとおり、モンスターにはランクがあります。これは挑戦権で1体を選んでも5体を選んでも、ランダムで出現する仕様になってます」

「つまりSクラスのモンスターとぶつからない戦略が必要という事だね」

「しかし、どのランクのモンスターが現れるのかわからない以上、そのような戦略を立てられるとは思えんが」

 

 オルガの懸念通り、戦略も必要だが同等に運も勝利要素として必要となってくるだろう。鍵となるのは、Sクラスのモンスターをどう避けてポイントを稼ぐかにある。

 

「いいや、確率論と僕の古文書(アーカイブ)があれば、ある程度の戦略が立つ」

 

 さらには自身の魔力の消費と次の順までにどれほど回復しているのか。そう考えると、ヒビキの自信ある発言も納得出来る。

 

「モンスターのクラスに関係なく撃破したモンスターの数でポイントが入ります。一度神殿に入ると挑戦を成功させるまで退出はできません」

 

「神殿内でダウンしたらどうなるんだい?」

 

 カナが質問する。

 

「今までの自分の番で獲得した点数はそのままに、その順番での撃破数は0としてリタイアとなります」

 

 欲張りは駄目。

 逆に少なすぎては周りに遅れをとってしまい、順位はあまり良くないものとなる。間を取れと分かっていても実際に行動に移すのは難しい。

 この競技は単なる魔導士としての実力だけではなく、状況を見極める的確な判断力が要求される。

 周りが胸裏で作戦を構築していくなか、例外がいた。

 ───ソウだ。

 彼はこれまでの一切の思考を無意味とばっさり切り捨てて、呑気に周りには理解しがたいことを言い放つ。

 

「なんだ簡単じゃないか」

「っ!?どういうことかな?」

 

 勝利を掴もうとして計算をしていたヒビキにとって、彼の発言は見過ごせなかった。

 

「答えを言ってしまっては面白味がないだろう?」

 

 ソウは軽く微笑む。

 

「それでは皆さん、クジを引いてください」

 

 マトー君の元、挑戦する順番を決めるくじ決めが開始された。参加者は適当な順番で、くじを引いていく。

 ソウもくじを引いた後、自分の番号を確認した。

 

「うわぁ………まじか………」

 

 9番。最後だ。

 自分のくじ運の悪さにソウは軽く凹む。

 ついでに隣のエルザの番号をちらっと覗いてみた。

 

「1番」

「ずるいな、エルザ」

「ふ………後でソウに話がある。時間を貰えないだろうか?」

「………分かった」

 

 ソウは少し間をおいて答えた。彼女の目はまさに自分と同じ考えを持っている者の目だった。

 満足のいく返事を貰えたエルザは一歩進み出るとはっきりと告げる。

 

「この競技、くじ運で全ての勝敗がつくと思っていたが」

「くじ運で?い………いやどうでしょう?戦う順番よりペース配分と状況判断力の方が大切なゲームですよ」

「いや………もはやこれはゲームにならんな」

「───っ!?」

 

 エルザは不適な笑みを浮かべて、驚くべきことを口にした。

 

「100体全て私が相手する──」

 

 ───刹那、会場が震撼。

 

「挑戦権は1()0()0()だ」

「む………無理ですよ!!1人で全滅できるようには設定されてません!!」

「構わん」

 

 マトー君の制止も聞く耳を持たない。エルザは一歩神殿内へと続く階段へと足を付けた。

 まさに、彼女の絶対不可能とされる無謀な挑戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 神殿内の様子は魔水晶映像で観ることが出来る。観客全員がこれから起こりうる出来事の一部始終を逃さないと釘付けになっていた。

 やがて、エルザが現れる。

 再び全滅を宣言したエルザをことごとく嘲笑うかのように、大量のモンスターがあちらこちらから発生する。

 彼女の無謀な挑戦が始まった。

 開始早々に“天輪の鎧”へと換装した彼女は具現化さした剣を操る。あっさりとDモンスターが倒されていく。

 Dモンスター、17体撃破。残り、37体。

 合計残り、83体。

 全方位に攻撃することで各個体の能力を測っていた様子の彼女は瞬時にどの鎧が適切かを判断していた。

 “黒羽の鎧”へと切り換えるとDモンスターをさらに数体葬ることに成功。黒羽の鎧は一撃ごとに攻撃力が底上げされる鎧だ。

 Dモンスター、10体撃破。残り、27体。

 合計残り、73体。

 Dモンスターを処理していくなか、Cモンスターも立ち塞がる。黒羽の鎧のごり押しを続けていくエルザだったが、Cモンスターが意外な行動をとった。

 炎を噴いたのだ。

 だが、エルザも焦ることはなかった。彼女は炎に対する鎧を所持している。

 “炎帝の鎧”だ。エルザの髪型がツインテールとなっている。さらには手に取ったセットの水を放つ武器を行使して暴れる。

 Cモンスター、5体撃破。残り、20体。

 合計残り、68体。

 流石に炎帝の鎧を持ってしても、数という暴力に少しからずのダメージを負ってしまう。エルザは炎と水の二刀流で退ける。

 そこに、Bモンスターの登場。

 エルザは水相手の敵には“海王の鎧”と電撃で応戦。素早い判断力だ。さらには苦しくなると“飛翔の鎧”だろうか、速度が上昇している。それで乗り切っていた。

 Dモンスター、9体撃破。残り、18体。

 Cモンスター、5体撃破。残り、15体。

 Bモンスター、5体撃破。残り、10体。

 合計残り、49体。

 半数を切った。それでも、彼女に落ち着く隙間はない。モンスターの猛追は休むことがないからだ。

 彼女の消耗が激しくなってきたせいだろうか。被弾が増えてきている。それでもなお、致命的な直撃は避けている。

 半数を越えたのだが、数的には圧倒的な不利を背負う。敵が遠距離の攻撃を仕掛けてきているために、なかなかエルザは懐に入れずにいた。

 そこに、運悪くAモンスターが乱入。

 これまでとは違うゴリラ型のパワータイプのようだ。人など簡単に握り潰してしまいそうな巨腕をエルザに向けて、パンチとして放つ。

 だが、逆にダメージを受けたのはAモンスターの方だった。

 エルザが装備しているのは“金剛の鎧”だ。超防御力を誇る鎧の前では、並大抵の攻撃では通用するどころか反撃を貰ってしまう。

 いつの間にか戦場は外へと移動していた。つり橋の上で彼女はことごとく敵を凪ぎ払う。一歩も引くことなく戦うその姿は観客達は魅了する。

 Dモンスター、18体撃破。残り、0体。

 Cモンスター、9体撃破。残り、6体。

 Bモンスター、6体撃破。残り、4体。

 Aモンスター、2体撃破。残り、3体。

 合計残り、14体。

 魔力の消費が激しく、息切れが増してきた。だが、エルザは一度として諦めの表情を見せることはなく勇敢に立ち向かう。

 そしてついに───

 Cモンスター、6体撃破。残り、0体。

 Bモンスター、2体撃破。残り、2体。

 Aモンスター、1体撃破。残り、1体。

 合計残り、4体。

 彼女の勇姿を見ている者は徐々に思い始める。この不可能な挑戦を彼女は成し遂げるかもしれないと。やってしまうかもしれないと。

 エルザは最後の換装を行う。サラシに身を包んだ姿となり、片手には“妖刀・紅桜”が握られていた。一瞬で残ったモンスターを切り裂く。

 Bモンスター、2体撃破。残り、0体。

 Aモンスター、1体撃破。残り、0体。

 合計残り、1体。

 ふと最後に彼女と目が合ったのはオロオロとしていた小型のモンスターであった。ちょこまかと彼女の周りを動き回っていたモンスターだ。あれがSクラスのモンスターらしい。

 マトー君の説明によれば、Sクラスのモンスターが最後の一体になるとパワーが3倍になるように設定されていたらしい。

 エルザは紅桜から二刀流へと切り換える。彼女の緊張感と集中力は倍増していた。

 気づけば舞台は決戦場へと移動しておりそこには巨大化したラスボスが彼女へと襲い掛かっていた。

 随分と懲りた仕掛けをしており、まさかの伏兵にこの競技名の伏魔殿とかけていることが分かる。

 決着は一瞬だった。

 大魔闘演武、三日目。この日のことを見た者は永遠に忘れることはないだろう。

 傷だらけになりながら、地に堕ちたはずの妖精が舞う。

 妖刀・紅桜を天に掲げ、勝利を堪能する彼女はまるで凛と咲き誇る緋色の花。

 

 ───妖精女王(ティターニア)、ここにあり。

 

 

続く────────────────────────────




裏設定:ソウの出場

 ソウがエルザの代わりに伏魔殿を攻略する展開も候補にあったが、妖精の尻尾の反撃の第一章となるここではエルザが適役であり、変えることは出来なかった。
 その分、次回のソウは今までに積み重ねてきた本領を発揮して暴れまくる。
 因みにアール、ソウ、サンディーの出る競技は作者としては初めから決めていた。ジュンは残ったところに。ルーズは人前に出るのは苦手なので、出場しない予定。
 余裕があれば、ソウバージョンの伏魔殿攻略も書いてみたい。


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第y話 止められないギルド

この話の前に一話投稿してますが、x話ではなく、w話ですので見過ごさないように………

感想お待ちしてますので、バシバシと!!
評価も出来れば御願いします!!

今回のこの話、ソウの活躍となる場面ですが次の話まで続いてしまってます。次回の投稿はいつになるか不明ですが、気を長くしていただけたら………

───レッツ、スタートー!!


『し………信じられません!!なんと、たった1人で100体のモンスターを全滅させてしまったーーっ!!これが7年前最強と言われていたギルドの真の力なのか!? 妖精の尻尾(フェアリーテイル)A、エルザ・スカーレット圧勝ーー!! 文句なしの大勝利ーー!!』

 

 歓声はしばらくの間、止むことはなかった。中には涙を流す者、喜びを分かち合う者、席を立ち彼女を讃える者。興奮は冷めそうにない。

 気持ちは誰もが同じ。

 エルザの勇姿を見て、何も思わずにはいられないのだ。

 

『未だに鳴りやまないこの大歓声!!』

『こりゃ参ったね』

『言葉もありませんよ』

 

 実況席からも、言葉が出ないようだ。

 やがて黒神殿が消失して魔法陣が地面に浮かび上がり、そこからエルザが戻ってきた。彼女の元に駆け付けたのは、同じ仲間である妖精の尻尾Aのメンバー。

 彼等達もまた仲間の勇姿を見せつけられ、その場にいられずにエルザの元へと真っ先に向かったのだ。

 

「すまない。思ったよりも時間がかかってしまった」

「やっぱすげーよ!!」

「あとでオレと勝負しろー!!」

「あたし感動しちゃった!!」

「私………もう胸がいっぱいで」

「オイオイ、まだ優勝した訳じゃないぞ」

 

 仲間の興奮ぎみのテンションに対して、エルザは冷静だった。快挙をなし得た後だというのに、いつも通りにもう戻っているのとは彼女らしい。

 それにまだ時間を短縮したいと考える余裕はあったようだ。感心せざるをえない。

 参加者も感想を口にした。

 

「敵わないねぇ」

「エルちゃんやっぱり最強だねー!!元気最強ー!!」

「さすが一夜さんの彼女さん………」

「あれを見せつけられた後に命知らずなボケかますねぇ」

「見事」

「気に入らねぇな」

 

 ソウも苦笑い。

 

「俺の負けだな。あっ………」

 

 その時、ソウは約束事を思い出した。

 もしかして、エルザが話があると持ち掛けたのは始めからこのような展開になると分かっていたからかもしれない。

 男なら何も言うまいとソウは笑うしかなかった。

 自然とエルザコールが何処からか沸き上がる。それは段々と周りに広まっていき、やがて会場全員でのエルザコールとなっていく。

 

『一日目、ブーイングから始まった妖精の尻尾!!それが嘘のようなこの大歓声!!

『あの姿を見れば、誰でもねぇ』

『私も正直、胸を打たれましたよ』

 

 今となっては妖精の尻尾はしっかり皆から認められている。ここまでに彼等が味わった苦痛はどれほどのものだろうか。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「凄いね~、エルザさん」

「あぁ。ソウが認めるだけはあるな」

「そうだね。僕達でも勝てるか微妙だと思うよ」

「………ふん」

「ルーズ、何怒ってるの?」

「うるさいわね。怒ってなんかないわよ」

 

 

 ───剣咬の虎、選手待機席───

 

「対したことないですよ!!あ、あれぐらいウチにだって、で、出来ますって!!」

「フ、フローもそう思う………」

 

 レクターの額からは冷や汗が止まらない。フローもより一層動きが遅くなっている。あまり信憑性は感じられない。

 ミネルバは嘲笑うかのように言った。

 

「面白い………口先だけではないということか、妖精の尻尾」

 

 ───人魚の踵、選手待機席───

 

「すごいね、あの人。アチキ、初めて見たよ」

「妖精女王って言われるだけはあるね」

 

 ───エルザ・スカーレット。ジェラールをよく知る者………。

 誰も知らない間で、カグラが彼女を見据えていた。

 

伏魔殿(パンデモニウム)完全制圧!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)A、10P獲得!!』

 

 三日目競技パート“伏魔殿”。

 エルザの予想外の活躍により“妖精の尻尾A”完全勝利で呆気なく幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 問題が発生した。

 エルザ以外の順位が付けられないのだ。彼女が一人でコンプリートしてしまったお陰で後の人は一体何を相手にすれば良いのか分からない。もう一度“伏魔殿”をやり直したいのもやまやまだが、用意していないらしい。準備にも時間がかかるそうで、難しいようだ。

 流石に一位が妖精の尻尾Aで、他のギルドの順位は同じ───という訳にはいかず、何かしらで対処しなければならない。

 何処かに行っていったマトー君が戻ってきて、結果を報告する。

 

「えー、協議の結果、残りの8チームにも順位をつけないとならないという事になりましたので、いささか味気は無いのですが簡単なゲームを用意しました」

 

 ということで、別のゲームをすることに決まった。マトー君の背後に謎の物体が出現する。

 

「なんじゃ、こりゃあ?」

「マジックパワーファインダー、名付けて“MPF”」

「魔力測定器と言ったところかのう」

 

 装置の上部には小さな球体がある。あそこに攻撃を当てることで魔力が自動で測定されるようだ。

 確かに味気ない。

「ご明察。この装置に魔力をぶつける事で、魔力が数値として表示されます。その数値が高い順に順位をつけようと思います」

「質問いいか?」

 

 ソウが間に入る。

 

「どうぞカボ」

「その測定ってのは一発で決まるのか?それとも魔法の効力が切れるまでか?」

「魔法全ての魔力を測定となりますので、効力が切れるまでですカボ」

「了解」

 

 ソウはそれきり、一人没頭し始める。

 また何かを企んでいる様子に周りの魔導士は警戒する。

 ヒビキは顎に手を当てて、呟く。

 

「純粋な力比べか………これはちょっと分が悪いかな。ところでカナさん、今日の夜ってヒマ?」

 

 ヒビキがカナをナンパしている。

 だけど、今の彼女は───

 

「私は暇だけど……もう1樽くらいしか入らないかも」

「飲みすぎだよ」

「ていうレベルじゃねぇけどな!!」

 

 カナの後ろには数えきれないほどの樽が転がっている。一体、どこからこんな大量に持ってきたのか不思議に思う。

 

 

 ───妖精の尻尾B、選手待機席───

 

「あの酔っ払い!!」

「ダメだな………ありゃ」

「カナさん!!まだ競技終わってませんよーー!」

 

 

 ───戦場───

 

「ほぇ?」

 

 仲間からの応援も時に手遅れ。

 カナは既に酔っぱらっている。

 すると、ヒビキは何故かソウの方へと視線を向ける。

 

「ソウ君はどうかな?」

「うわ~………引くわ~」

「勘違いしているようなので言っておくけど、君の想像しているのとは絶対に違うから!!」

 

 気が変わって、男をナンパし始めたかとソウは引いた。唐突だったので、無理もない。

 ヒビキが理由を口にした。

 

「青い天馬の女性陣の中で、君のファンクラブが出来ていてね。ギルドに遊びに来てくれたら、彼女たちも喜ぶよ。無論、男子も君を大歓迎するよ」

「嫌な予感しかしないから、遠慮する。またの機会にでも」

「まぁ、そうだろうね」

 

 背筋に悪寒が走ったソウは断る。

 ヒビキも分かっていたのか、苦笑い。

 

「挑戦する順番は、先ほどの通りでカボ」

「じゃあ私からだね!!行っくよー!」

 

 一番手“ミリアーナ”。

 ローブを脱ぎ捨てて気合い十分だ。

 

「キトゥンブラスト!!」

 

 ミリアーナは魔法のチューブを螺旋状に回転させながら飛ばし、MPFにぶつける。すると甲高い機械音のピピッと音と一緒に数値が表示された。

 ───365。

 会場の反応は薄い。基準が曖昧なので、よく分からない。よくあることだ。一番手は評価がない中での挑戦なので、比べようがない。

 

『比べる基準がないと、この数値が高いかどうかわかりませんね』

『ウム』

『この装置は我々ルーンナイトの訓練にも導入されています。この数値は高いですよ、部隊長を任せられるレベルです』

 

 ラハールの説明により、高得点とは分かったが今さらどのように反応すれば良いのか微妙。

 

『続いて四つ首の仔犬、ノバーリ。数値は124。ちょっと低いか』

 

 二番手“ノバーリ”。

 結果は───124。

 

「フォ………」

 

 落ち込んでいる。

 

「僕の番だね」

 

 三番手“ヒビキ”。

 観客から黄色い悲鳴が飛び散る。

 彼は力比べは苦手な様子なのだが大丈夫なのだろうか。 

 

 

 ───青い天馬、選手待機席───

 

「知力タイプのヒビキには厳しいね」

「オレが出てればな」

「君たち、友を信じたまえ」

 

 諦めムードの仲間達。一夜は励まそうとする。

 

「師匠!!いつの間に!?」

「復活したんですね、先輩」

「うむ、ジェニーからバトンを受け取った」

 

 一方で、戦場では───

 

「ああ………何て事だ」

 

 ───95。

 ヒビキは泣き崩れている。

 今のところ推定、最下位。

 

「信じた結果がこれか」

「あはは………」

「メェーン、失敗から学ぶことも大きい。これを糧に努力をしようではないか」

「「おっす、ありがたきお言葉、先輩!!」」

 

 因みに、ヒビキは速攻でカナの元にすがり付いて慰めてもらっている。早速努力をしてる………と呆れたイヴだった。

 

 

 ───戦場───

 

『続いては大鴉の尻尾、オーブラ!』

 

 四番手“オーブラ”。

 彼の魔法は相手の魔法を消滅させること以外は不明だ。ソウも彼がウェンディ、シャルルを襲った犯人と見ているので注目していた。

 

「キキッ」

 

 オーブラの肩に乗っていた小さな黒い生物が動き出した。そして、MPFに体当たりをする。

 ───4。

 あくまで実力はギリギリまで隠そうという魂胆のようだ。

 

「これはちょっと残念ですが………やり直しはできませんカボ」

 

 ───通過順位───

 

 1位,“ミリアーナ”(365ポイント)

 2位,“ノバーリ”(124ポイント)

 3位,“ヒビキ”(95ポイント)

 4位,“オーブラ”(4ポイント)

 

「暫定一位はミリアーナの365ポイントだカボ」

「やったー!!私が一番だぁ!!」

 

 マトー君の両手を掴んで、ブンブンと嬉しそうに振っているミリアーナ。マトー君が少し困りぎみだ。

 

「そいつはどうかな」

 

 次なる挑戦者に会場の火が点く。

 剣咬の虎の登場に一気に大歓声となる。

 五番手“オルガ”。

 

「120ミリ黒雷砲!!」

 

 彼の両手に収縮された黒い稲妻が迸り、MPFへと直撃する。辺り一体に軽く電撃が散った。

 ───3825。

 まさかの四桁越えに、周りからは驚愕の声が漏れる。ラハールでもこんな数値を見たのは初めてだ。

 調子に乗ったオルガは何故か歌い始めた。マトー君が静かにマイクを回収。

 

『さあ………それに対する聖十のジュラはこの数値を越せるかどうか注目されます!』

 

 六番手“ジュラ”。

 彼の畏怖堂々とした姿はまさに圧巻である。

 その頃、ソウはというと───

 

「おい、もうすぐお前の出番だぞ」

「ふぇ?もう?」

「ちょっと待て!!今じゃないから!!」

「あ?ほほ~」

 

 カナが暴走しないようにしていた。

 

 

 ───蛇姫の鱗、選手待機席───

 

「ジュラさんなら勝てるよね」

「むしろオレの心配は他のところにある」

 

 シェリアの問い掛けにリオンは不敵な笑みを浮かべながら答えた。彼の表情に不安という文字はない。

 

 

 ───戦場───

 

「本気でやってもよいのかな」

「もちろんカボ」

 

 ジュラはその場で目を閉じて、静かに両手を合掌する。

 

鳴動富嶽(めいどうふがく)!!」

 

 地鳴りが発生。それに続くように天まで伸びる巨大な爆発が発生。あまりの威力に目を疑うほどだ。

 ───8544。

 

「うわわ!!危な!!」

 

 無茶苦茶である。

 

 

 ───蛇姫の鱗、選手待機席───

 

 リオンは自慢げに言う。

 

「そのあまりの強さに、聖十の称号を持つ者の出場を制限されないかという事だ」

「そっかぁ………それがリオンの心配」

 

 卑怯と言われても、可笑しくないほどの実力を秘めたジュラ。まさに彼が怪物と恐れられるのは当たり前だろう。

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

『こ………これはMPF最高記録更新!!やはり聖十の称号は伊達じゃなーい!!』

「こりゃあ、たまげたわい」

 

 同じ聖十大魔導士のマカロフも唸る。

 

「ソウやギルダーツとよい勝負か」

 

 すると、クスッ………と笑い声が漏れる。

 

「……そのギルダーツの血を引く者がそこにいるのをお忘れなく」

 

 

 ───戦場───

 

「一つ聞いてもいいか?」

「ん?何?」

()()は………流石にずるいだろ」

「私のギルドは勝つために何でもするってのを忘れたのかい?」

「はは、そう言えばそうだったな」

 

 だとしても、それは無いだろとソウは思った。卑怯、いや下手をすればそれ以上。

 

『次なる挑戦者は妖精の尻尾B、カナ・アルベローナ!ジュラの後は何ともやり辛いでしょうが………頑張ってもらいましょう』

「やっと私の出番かい? ヒック」

 

 七番手“カナ”。

 フラフラな足どりで移動するカナ。そんな彼女の様子を見て、観客は殆ど期待を寄せていない。

 

「う~ん」

 

 カナは上着を脱いで、表情を正す。

 

「さ、ぶちかますよ」

 

 そう告げたカナの腕には普段ないはずの紋章が刻み込まれていた。それはソウがズルいと言った元凶でもある。

 その紋章の正体は、妖精の尻尾三大魔法の一つである───

 

 ───“妖精の輝き(フェアリー・グリッター)”。

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

 マカロフは嫌な予感がした。

 

「ま………まさか………」

「特別に貸して差し上げました、勝つ為に!」

 

 キラリと瞳を輝かせながらそう言い放つメイビス。案外、勝利を手に入れるために手段を択ばない性格の彼女に、マカロフは開いた口が塞がらなかった。

 

「元々、あの者にはすごい高い潜在魔力があります。彼女なら使いこなせるでしょう」

 

 視線の先にはまさにカナが堂々と紋章を刻んだ右腕を掲げていた。

 

 

 ───戦場───

 

「集え!!妖精に導かれし光の川よ!!照らせ!!邪なる牙を滅する為に!!」

 

 詠唱の言葉を口にした彼女の周りに段々と光が集結していく。光の放つ輝きはより一層強くなっていく。

 そして────

 

妖精の輝き(フェアリーグリッター)!!」

 

 ───9999。

 会場が唖然。

 光柱に包まれたMPFは跡形も無く消失。残っていたものは何もない。あるのはただ、最後の力でMPFが観測した結果のみ。

 

『な………なんという事でしょう。MPFが破壊………カンストしています。な………なんなんだこのギルドは!!競技パート1・2フィニッシュ!!もう誰も妖精の尻尾は止められないのかー!!』

「止められないよ!!なんたって私達は妖精の尻尾(フェアリーテイル)だからね!!」

 

 カナははっきりと宣言する。

 しばらくの静寂の後、またしても大歓声が巻き起こった。

 今まさに、妖精の尻尾の大反撃が始まろうとしていた。

 

「少し考えねばならぬか………カボ」

 

 カナのこれが会場の雰囲気から、まるでフィナーレのようだが、忘れてはいけない。まだ彼女の後に一人、挑戦者が残っているということを。

 その挑戦者は、何か怖そうなオーラで呟いているマトー君の元へと歩いている。

 

「なぁ、俺の番がまだなんだけど」

「はいカボ!!すぐに予備のを用意するカボ!!」

 

 ソウは然り気無く言うと、マトー君は慌てて用意を始めた。カナが完全に壊してしまったので、準備が完了するまでソウの出番まで少し時間が空いてしまうようだ。

 実況席でも彼の出番がまだだったことにに気付き、こう叫んだ。

 

『皆さん!!まだ興奮は冷めない!!最後の挑戦者“三首の竜”ソウ・エンペルタントの結果はどのように!?昨日の試合から見ても彼の実力は相当のもの!!どんな魔法が使うのか期待が寄せられます!!』

 

 どっと一気にソウに視線が集まる。

 やりにくいではないか。カナが最高値を叩き出したお陰で、ソウは肩身の狭い思いをしていた。さらに昨日の試合で魅せた彼の魔導士としての実力もより一層観客の注目に拍車をかけている。

 ソウは苦笑いをして、小さくため息をついた。

 

「ハードル高ぇ………」

 

 本日、二度目。ソウは自分のくじ運の悪さを呪った。

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「ソウは何をやるつもりなんだろうな?」

「昨日の滅竜奥義じゃねぇか?」

「確かに………でも、カナのあれを見せられた後じゃ、やりにくいわね」

 

 彼の滅竜奥義“波動竜砲”。

 魔力で出来たエネルギー波を凝縮して、巨大なレーザーとして放つ大技。昨日使っていた時は辺り一体の空間が揺らぎ、とんでもない威力を誇っていた。

 今回もそれを使うのなら、どんな結果になるのか自然と胸が踊る。

 だけど、ウェンディは違った。

 彼女はゆっくりと首を横に振る。

 

「私は違うと思います………」

「あぁ。私もウェンディと同意見だ」

「え?どうして?」

 

 エルザは理由を口にする。

 

「ソウはいつも私達の想像を上回ってくるからな。今回も例外ではない。さらに、今のソウを見てみろ」

 

 現在、MPFが準備中なので出場者は気長に待っている。出番を終えた魔導士は楽しそうに談笑していたりと自由に時間を潰している。そんななか、彼は一人ポツンと立っていて───

 ウェンディはどうして彼が滅竜奥義を使わないという決断に至ったのか、その最大の理由を呟いた。

 

「楽しそうに笑ってるんです………」

 

 重いプレッシャーがのし掛かり、不安感も募るであろう時間帯。普通の人なら早く過ぎてほしいと願うこの待ち時間の中で───

 ───彼は笑っていた。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「ソウの出番がようやく来るみたいだね」

「でも、大丈夫なの?」

 

 サンディーが疑問に言う。

 あのカナの後なので、彼に寄せられている期待も何かと大きくなっている。

 

「心配は不要だね」

 

 すると、アールは笑顔でこう言った。

 

「僕とジュンとソウの中で、一番魔力の量が凄いのは僕でもジュンでもない───()()なんだから」

 

 

 ───戦場───

 

 ようやく別のMPFが用意された。

 まさか前機が完全に破壊されるとは予想外らしく、思っていたよりも時間がかかってしまっていた。

 ソウはMPFの前にたつ。

 

『さぁ!!ようやく再開となりました!!ソウ選手はどんな展開をみせてくれるのでしょうかぁぁあ!!』

 

 会場がどっと沸き上がる。

 

「だから、そんなにハードルを上げなくても」

 

 内心、苦笑しながらソウは魔法の準備に入った。

 片方の拳を握りしめ、力を込める。

 そしてそれを前へと突き出した。

 

『え………?』

 

 観客は目を疑った。

 幻覚でなければ、彼がしたのは普通のパンチのように見えたからだ。

 MPFは切実に彼の記録を映し出す。

 

「「「「「えぇぇーー!!」」」」」

 

 驚きのあまり、会場全員が叫んだ。

 八番手“ソウ・エンペルタント”。

 結果は────

 

 ────3()

 

 

続く────────────────────────────




裏設定:ソウとアールとジュン

 三人の魔導士としての力関係は以下の通りとなる。
 ソウはアールに強い。
 アールはジュンに強い。
 ジュンはソウに強い。
 例えるならじゃんけんと思ってくれれば良い。彼らのこういう力関係にはちゃんとした理由もあるが、後の機会に。
 そして、ソウの力点は“魔力量”。アールの場合は“移動速度”。ジュンの場合は“攻撃威力”となっている。


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第z話 正々堂々

ついにz話と来てしまいましたね………。今後も順調に行けたらいいんですけど、時間が空いてるかは正直微妙なので何とも言えないですね………。

とりあえず、大魔闘演武がフィナーレを迎えれるようには頑張っていきたいです!!

───では、スタート!!


『ま………まさかの!!ソウ選手の記録は最下位!!これは驚きです!!一体何をしようとしていたのか!?』

『これは………私にはさっぱりですね』

 

 期待に胸を膨らませた観客にとっては頭からたっぷり冷水を浴びせられたような気分だ。

 何をしでかすかと思えば、結果は最下位。緊張で魔法が失敗でもしてしまったのだろうか。

 

「うし」

 

 ところが、彼は落ち込む様子はなく、逆に満足げな表情を浮かべてその場を去ろうとする。

 ソウが歩く先には、マトー君が待ち構えている。

 

「こんな結果でよろしいので………カボ?」

「あぁ。大丈夫」

 

 ソウは余裕の態度を見せた。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「ソウのやつ、ふざけてんのか?」

 

 グレイは純粋にそう思った。

 ルーシィは顎に手を当てて難しい顔をする。

 

「ソウがあのまま終わるとは思えないのよね………」

「ルーシィの言う通りだ」

「え、エルザ?」

「お前も今と似たような光景を以前に見たことあるはずだ」

 

 ルーシィはハッとする。

 彼女の脳裏に浮かんだのは、ソウの独自に考えた魔法の一つ。その魔法なら、この腑に落ちないようなモヤモヤ感も解消される。

 

「でも、それって………」

「───来るぞ」

 

 その瞬間、会場の空気が変わった。

 

 

 ───戦場───

 

「そういえば、MPFからは離れた方が良いぞ」

 

 ソウは忠告する。

 ヒビキが近付いてきた。

 

「どうしてかな?」

「だって………俺の魔法はまだ()()()()()()からな」

「どういう───」

 

 刹那───ドゴン、と何かの破裂したかのような重音が轟く。ヒビキは慌てて、音源の方へと視線を向けた。

 

「まさか!!」

 

 観客も何事かと不安になり、戦場は静寂が包む。

 

『今のは………何が起こったのでしょうか………?』

『何かが揺れたような………まさか!!』

 

 数秒間の静寂。

 そして───ドン。

 再び何かが破裂するような音がした。

 音源はMPF。

 

『ななななんと!!ソウ選手の記録が上がっている!!』

 

 一同はMPFの映し出している記録に注目した。

 ───156。

 いつの間にか上がっている。

 そして、またしても音がする。

 

『そんな………ソウ選手が放った魔法は時間差で効果が出る魔法なのでしょうか!?』

『ええ、間違いありません。なるほど、彼が最低記録が出ても気にしない様子でいたのはまだ本来の魔法が発動していなかったからでしょう』

 

 観客達は唖然。現状が理解できずにいた。

 彼はふざけていたのでも、緊張から来る失敗をしてしまったのではない。まだ魔法自体すら発動していなかったのだ。

 

「『波動式九番』尽はっけい。対象物が存在するまで、衝撃波が内部から発生する魔法だ」

 

 そして───ついに始まった。

 間隔を置いて、発生していた彼の魔法による衝撃波が徐々に感覚が狭まっていくのだ。

 それに呼応していくかのようにMPFの叩き出した数値がどんどん上昇していく。

 ───ドドドドドドドドドドドド。

 ───254。312。452。584。674。824。

 

「い、いつ………止まるのです………カボ?」

 

 マトー君が恐る恐る尋ねる。

 とてもすぐには収まりそうにない。

 ソウは不適な笑みを浮かべて、言った。

 

「さあ?俺の魔力が尽きるか、向こうが耐えきれずに壊れるか、どっちだろうな」

「………」

 

 マトー君は何も言えずに無言。

 ────2514。

 いつの間にか四桁まで記録が跳ね上がっていた。それでもまだ収まりそうにない。

 

「んじゃ、俺はこれで」

 

 この戦慄した空気を作った張本人は、戦場を後にしたのだった。

 

 

 ───青い天馬、選手待機席───

 

「まさか………僕でも予想外だね」

「ソウのファンクラブが出来るのも納得だな」

「どうやら………彼は盛り上げかたを知っているようだ。なかなかの強敵となりうるだろう。よく見ておくのだ。いずれは青い天馬が倒すべき相手なのだからな」

「「了解です、船長!!」」

 

 現在の記録───3852。

 

 

 ───妖精の尻尾B、選手待機席───

 

「これは………ありなんでしょうか?」

「あらあら………ソウ君たら、流石ね♪」

「ギヒィ、くだらねぇ」

「あんなもの、余裕に決まってんだろ」

 

 現在の記録────4751。

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

「やりおるとは思ったが………こうくるとは………」

「これは記録として認められるのか?」

 

 ロメオの疑問にメイビスは答える。

 

「ええ。あのMPFという装置は魔力を計る装置。魔法が発動し続けている限り、計測は続行されるようです」

「ソウ兄………すげぇ………」

「私も彼の本来の実力を見間違えいたようですね。妖精の尻尾の仲間として、惜しいことをしました。それに見たところ、まだ彼の真の本気は出していないようにも………」

 

 最後のメイビスの呟きは虚空に消えた。

 現在の記録───6327。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

 サンディーは感嘆の声を漏らす。

 

「うへぇ………」

「相変わらずソウの魔法はえげつねぇな」

「確か………衝撃を起こす魔法だったわね」

「うん。構造は単純だけど、逆にそれが脅威となるんだよ。シンプルイズベストってやつだね」

 

 彼の強さの秘訣はさらに加えて、彼の魔力量は計り知れないところにある。

 じゃないと、見た目に伴う大量に魔力を消費する滅竜奥義など発動すら出来ない。

 現在の記録───7384。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「すごい………」

 

 ルーシィは息を呑む。

 

「うひゃあーー!!全く止まらねぇぞ!」

「ソウは最後まで結果を見ないようだな。まぁ、見えなくてもソウには分かっているのだろう………まるで妖精の尻尾も結果は変わらないと宣戦布告しているようだ」

「はい………」

 

 ウェンディの気分は憂鬱だった。

 兄が行ったこの行動は妖精の尻尾に自分は勝てると余裕な態度を見せているようだ。わざわざ直接見なくても結果は分かると、示唆するかのように兄は既にその場を後にしている。

 

「エルザ」

 

 ふと、背後からの声がする。

 エルザの名前を呼んだのは誰でもない、この快進撃を繰り出した張本人。

 

「「「ソウ!!」」」

「お兄ちゃん!!」

 

 ───ソウだ。

 彼は軽く背伸びをして、戦場を眺める。

 

「お、あっちは順調だな」

「ソウ、何しに来たんだ?」

 

 グレイの質問に、ソウはエルザを見た。

 

「エルザ、俺に話があるんだろ?」

「あぁ。お前たちはここにいてくれ」

 

 エルザがそう言うなら………と他のメンバーは離れていく二人を静かに見送った。

 

「終わったぞ!!」

 

 ナツの声に、一同はMPFを見た。

 ────9999。

 カナと同率の、2位。

 

「ボロボロ………」

 

 新品のMPFは彼によるたったの一撃で殆ど瓦礫と化していた。後一歩の所で、彼の込めた魔力が底をついたのだろうか。

 

『ソウ選手!!まさかの!!最高記録と並びましたぁーー!!彼の中には、一体どれほどの実力を隠し持っているのでしょうか!?』

 

 次の瞬間、MPFに強烈なヒビがゆっくりと入る。

 ボロッ………とMPFは悲鳴を上げる。

 そして───それを最後にMPFは完全に破壊された。

 

 

 

 

 ◇

 

 闘技場、通路。

 

「アレクセイ様、バトルの対戦表でサー」

「この組み合わせ………運営側にはなかなか()がいるものだ」

 

 アレクセイの手には、ナルプディングが不正に持ってきた三日目のバトルパート対戦表を記した用紙が握られていた。

 

「始めるとしようか、我々の真の目的の為に」

 

 静かに闇は動く。

 

 

 

 

 ◇

 

 闘技場、選手専用通路。

 

「それで?」

 

 ソウとエルザの二人が人目を憚るようにして、対話をしている。

 彼女の雰囲気から他人には聞かれたくない話だとソウが悟ったので、魔法によって周りに人がいないかを確認していたのだ。

 

「約束についてだが………」

「その前にさぁ、ひとついいか?」

「ん?何だ?」

 

 本題の前にソウにどうしても確かめたいことがあった。

 ソウは苦笑いしながら、尋ねた。

 

「もしかしてさぁ、大魔闘演武にメイビスが来てるのか?」

 

 “妖精の尻尾”初代マスター、メイビス。

 今は幽体となって、妖精の尻尾のギルドのみしか見えない存在となっているのでソウは見えないのだ。

 

「あぁ。来ているが………何故分かった?」

「そりゃあ、カナが“妖精の輝き”を使ったからな。メイビス辺りが貸したのかと思ってね」

「その通りだ」

 

 エルザは苦笑する。

 ソウはこういう所は何かと鋭い指摘をしてくる。

 

「話を戻してもいいぞ。俺の提示した条件を見事にクリアしたから、教えてもいいが………エルザが先に聞くのか?」

 

 わざわざ呼び出したのだから、エルザ自身が話を聞いて他のメンバーに伝えるかどうかを判断するのだろうとソウは考えていた。

 が、意外にもエルザは首を横にふる。

 

「そのことだが、今回のは無効にしてほしい」

「無効………勝ったのにか?」

 

 伏魔殿で快挙を為し遂げ、勝利をもぎ取ったエルザ。ソウの出したどんな勝負でも勝てれば教えるという約束を十分に果たしているのだが、彼女はそれを投げ棄てると言ったのだ。

 

「こんなことでソウのずっと隠してきた秘密を教えてもらうのは私の気に食わん。お前とは正々堂々勝負をして私達が勝った時に教えてもらうとする」

「本当に良いのか?もう、俺に勝てないって可能性もあるんだぞ」

「そんなことはない。私達は絶対に三首の竜を倒して、優勝するから問題はないはずだ」

「やけに自信があるようだな」

「先程、誰かさんが喧嘩を吹っ掛けてきたからな。引くわけにはいかない」

 

 エルザの決意は真剣だった。

 ズルをすることなく、不正をせずに、ソウと正面から対峙してこそ、これまでに積み重ねた何かが救われるということなのだろう。

 

「OK。エルザがそう言うのなら、そうさせてもらうぞ」

「あぁ。これは私の独断だが、もしお前が先に伏魔殿に挑戦していたら、ソウも私と同じようにしただろう?」

「そりゃあね。Sクラスのモンスターと確実に戦いたかったからな。その方法が手っ取り早いし、俺が一番だったらエルザと同じことをしてたな」

「それで?私よりも好タイムでのクリアは余裕か?」

「さあ?どうだろう?」

 

 はぐらかすソウに対して、エルザはため息。

 ソウは振り返り、背中を見せる。

 

「大魔闘演武は三首の竜を倒し、妖精の尻尾が必ず優勝してみせる」

「期待してるよ………ティターニア」

 

 彼の背中にそう宣言したエルザ。

 ソウは軽く手のひらを返して、そそくさと去っていった。

 エルザは彼の姿が見えなくなると、自身の選手待機席へともどった。

 

「あ!!エルザ!!話は終わったの?」

 

 エルザが帰ってきたことに真っ先に気づいたのはルーシィだった。どうしても内容が気になり、押しぎみに尋ねる。

 

「それほど長話になるわけでもないからな。すぐに終わったぞ」

「何を話してたんだ?」

「あ、私も凄く気になります」

 

 グレイとウェンディから、期待の眼差し。エルザは隠すほどのものでもないので、言うことにした。

 

「今回のソウとの勝負は無効としてもらった」

「あ………」

 

 エルザの想像では驚くビジョンが浮かんでいた。

 だが、それを覆すかのようにルーシィ達は何故か納得したかのように表情に清々しさを感じる。

 

「エルザなら言うと思った」

「はい。ルーシィさんの予想通りですね」

「オレだって、ソウとは正面から勝ちてーからな。エルザの判断は正しいと思うぞ」

「今回はナツと同意見だ。不本意ながらもな」

「不本意とはどういうことだぁ?グレイ」

「あぁ?いちいちそんな細けぇことに突っかかってくるなよなぁ!!」

「細けぇとはどういう意味だぁ!!こらぁ!!」

 

 ナツとグレイがいがみ合う。

 

「お前たち、ここで喧嘩はよさんか」

「お、おう………」

「あ、あぁ………」

「あれ?珍しく簡単に終わった?」

「ルーシィさん………珍しくとは流石に言い過ぎなんじゃ………」

 

 ルーシィの発言にウェンディは恐る恐るつっこんでみる。彼女の言う通りだが、そのままは直球過ぎる。

 

「ん?そろそろバトルパートが始まるようだな」

 

 大波乱となった競技パート。

 バトルパートではどんな展開が待ち受けているのだろうか。ただ事では済まないことは既に承知のエルザ達は静かに出番を待ち構えていたのであった。

 

 

 ───競技結果───

 

 1位,“妖精の尻尾A”エルザ。

 2位,“妖精の尻尾B”カナ。

 2位,“三首の竜”ソウ。

 4位,“蛇姫の鱗”ジュラ。

 5位,“剣咬の虎”オルガ。

 6位,“人魚の踵”ミリアーナ。

 7位,“四つ首の猟犬”ノバーリ。

 8位,“青い天馬”ヒビキ。

 9位,“大鴉の尻尾”オーブラ。

 

 

 ───三日目途中結果───

 

 1位,“三首の竜”(40ポイント)

 2位,“大鴉の尻尾”(36ポイント)

 3位,“剣咬の虎”(24ポイント)

 3位,“蛇姫の鱗”(24ポイント)

 5位,“妖精の尻尾A”(22ポイント)

 5位,“人魚の踵”(22ポイント)

 7位,“妖精の尻尾B”(20ポイント)

 7位,“青い天馬”(20ポイント)

 8位,“四つ首の猟犬”(14ポイント)

 

 

 

 

 

 ◇

 

 三首の竜、選手待機席。

 

「猫の人、勝っちゃった」

 

 サンディーは戦場を見て、呟いた。

 

『元気最強ーー!!』

 

 ────三日目、第一試合。

 

 “人魚の踵(マーメイドヒール)”ミリアーナ対“四つ首の仔犬(クワトロパピー)”セムス。

 

「あの縄みたいなのにくるまれると、魔法が使えなくなるのかな?」

 

 勝敗は既に喫していた。

 戦場では、ミリアーナの武器としているチューブによって身動きが取れなくなっているセムスがいた。

 セムスも初めは善戦していたが、隙をつかれてしまい、敗北となってしまった。

 

「さっきの装置では、ここまでの効果は計れねぇからな。油断ならずってことだな」

 

 ジュンの分析に冷たい返事が返ってくる。

 ルーズだ。

 

「拘束されなきゃいい話じゃない」

 

 ふと思った。

 先程からどうして、ルーズは不機嫌なのだろうかと。

 

 勝者、ミリアーナ。

 

 ────第二試合。

 

 “青い天馬(ブルーペガサス)”イヴ・ティルム対“剣咬の虎”ルーファス・ロア。

 

「あれは造形なのかな?」

 

 注目すべき点は、ルーファスの魔法。隠密(ヒドゥン)ではその魔法により、1位を獲得したほどの強力な魔法なのだ。

 だが彼の戦闘スタイルを見ていると、物を造り出す造形魔法の一種なのは間違いないが、一貫性がない。本来なら、同じ造形魔導士であるグレイやリオンは氷を造形するように魔導士ごとに精製可能なものは限られてくるはずなのだ。

 サンディーが不思議に思うのも無理はない。

 

「師匠に確認したところ、やっぱりあれは古代魔法(エンシェントスペル)らしいよ。彼自身が記憶したものを造形する、ちょっと変わったものだって」

「あ~………だから、やけに記憶に拘ってたのか」

「というか、師匠は何でも知ってんだな」

 

 彼の口癖は“記憶している”。

 ちょっと変わった人物だと思っていたが、魔法による影響とは意外だ。因みにナツは完全に見た目と魔法が一致しているので、分かりやすい。 

 

「相手するとなると、面倒だなぁ………」

「そうだよね。弱点を確実に攻めてくるから、相性の悪い人には難しいはずだね」

 

 彼の経験から魔法が取り出せるので、戦況を有利に進めるために使う魔法を選べることが可能となる。

 

『1日目の競技パートでぶつかった2人が、5日目のバトルで激突ーー!!』

『イヴ君は元々評議員だったんだよな』

『そうです、我々と同じ強行検束部隊ルーンナイトの一員でしてね。いやぁ………当時からものすごい逸材だったのですが、ギルドに入ってその魔力にはさらに磨きがかかっていますね』

 

 イヴもルーファスに遅れを取らない戦いを見せている。雪魔法を駆使している。

 が、ルーファスはイヴの攻撃をさらりと避けている。

 そんな時───

 

「おえぇぇ………」

「気色悪ぃ~」

「………ふざけてるわ」

 

 入浴姿の一夜が出現。

 どうやら、あれもイヴの記憶の一部らしい。

 観客はドン引き。

 

「今のはなかなかやる」

 

 ジュンが感心したのは、イヴがルーファスの魔法の攻撃を雪魔法で作った分身によって難を逃れたことを言っている。

 と、空気が変わる。段々と熱気が出てきたのだ。

 サンディーが愚痴を叫ぶ。

 

「熱いーー!!」

 

 ルーファスは地面から大量の炎を沸き上がらせる。

 イヴはそれをまともに受けてしまい、試合は幕を下ろした。

 

 勝者、ルーファス・ロア。

 

 

 ───青い天馬、選手待機席───

 

「イヴの奴、何負けてんだよクソ………!!けど………あいつスゲー頑張ったな………」

「マイスター、だいぶ順位を落としましたね僕たち」

「花の香り(パルファム)のように安心したまえ君たち。我々にはまだ秘密兵器がある」

 

 青いウサギのぬいぐるみをかぶった謎の人物。

 一夜曰く、相当期待出来るらしい。

 

「秘密兵器がある」

 

 無言。

 

「大事な事だから2回言ったぞ」

「「勉強になります!!」

 

 ぬいぐるみは問題ないと、思わせるような態度をとってくる。

 

「それにしても、あいつの正体誰なんだろうね。僕たちにも教えないとなると………」

「まさかウチのメンバーじゃねえとか? それじゃ反則になっちまうだろ!!」

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「ついに来たか………」

 

 ────第3試合。

 

 “妖精の尻尾(フェアリーテイル)B”ラクサス・ドレアー対“大鴉の尻尾(レイヴンテイル)”アレクセイ。

 

「ラクサスって人は大丈夫なの?」

「ラクサスは絶対に勝つだろう。変なことがない限りな」

 

 あのラクサスなので、ソウの心配事は別にあった。それは大鴉の尻尾の目的が分かっていないなか、どう動くのかという点だ。

 ソウも大鴉の尻尾とはウェンディの一件から目をつけていた。しかし今は他人の試合に介入する訳にもいかず、ましてやあのラクサスの性格からして協力の要請は断固拒否してくる。

 故にソウは顛末を見守ることにした。

 

「さぁ、今回は譲ってやる、ラクサス。俺とウェンディの分もお前に任せたぞ」

 

 第三試合が間もなく開始される。

 

 

続く────────────────────────────

 




裏設定:エルザの決断

 こんな形でソウの隠し続けてきた彼の目的を聞けるチャンスは一生ないかもしれないが、それでもエルザはその選択をとることはなかった。彼女なりの覚悟なのだ。
 因みにエルザの密かな決断はルーシィ達には筒抜けだったので、それほど彼女達に驚きはない。むしろ、エルザの選んだ選択に安心していた。
 ウェンディは少し残念がっていたが、しっかりルーシィ達の考えに納得している。


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第aa話 本当の家族

z話の次はaa話ですね。26進法ってやつです。

え?だから何?

………はい、~進法って言いたかっただけです。なのでスルーしてもらって構いません。いえ、してくださいX-<

この話は書いていてスッキリとしましたね。作者としては皆さんにもそんな気持ちが共感できたら、と思っております。いつもよりちょい文章の量が多めですが、最後までお付き合いください!!

───スタート!!


 第三試合は緊迫した緊張感に包まれていた。妖精の尻尾のメンバー達はより一層気を抜かずに試合を見届けようとしている。

 アールは静かにソウに告げる。

 

「………さっき魔法発動を確認したよ」

「どこからだ」

「戦場………アレクセイって人からだね………いや、あれ自体も偽者のようだよ」

「あぁ………俺もさっき確認した。魔力の位置がずれている」

 

 目に見えているものと、魔法による結果が矛盾している。それはアレクセイが既に不正の準備を進めようとしていたことを意味している。

 随分と用意が周到なことから、大人しく観客席から見ているマスターイワンも既に偽者とすり変わっているだろう。 

 

「どうする?本部に知らせる?」

「いや………」

 

 ソウはその時、ラクサスと目があった。

 知らせたらただじゃ済まねぇぞ、と彼の瞳はしっかりソウを見据えていた。

 ………ハイハイ、了解しましたよ、とソウはやれやれと言わんばかりに首をふる。

 

「いや、いい。俺が後でラクサスに殴られそうだから」

「そうなの?ソウが言うのなら、僕もそれに従うよ」

 

 アールはソウの言うことに納得したようで頷く。ラクサスについてはソウの方がよく知っているからこそ、判断は彼に一任している。

 すると、今度は真逆のジュンから疑問の声が上がってきた。

 

「あそこに妖精の尻尾がいるが、ほっておいても平気か?」

「ん?あ~………大丈夫だろう」

「なら、いいが」

 

 ジュンが指差したのは、妖精の尻尾の出場していない魔導士達が色々と仕度している様子だ。

 彼らは警戒しているのだ。アレクセイが何かをしでかすのを見逃す訳にはいかないと。

 魔法によってある程度の状況を把握。配置からして役割を分担して、見張りをしているようだ。

 仲間の為なら、敵が何であろうと立ち向かう。妖精の尻尾ならではの友情の証だ。

 妖精の尻尾とは赤の他人となったソウ。改めて、彼らの無謀で無茶苦茶な作戦を一人の魔導士として目の当たりにした。

 

「俺は何やってんだろうな………」

 

 ソウはそう思わずにはいられなかった。

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

「イワン………もう二度と卑怯なマネはさせんぞ」

「ウフフ♪」

 

 マカロフがメイビスの方を向く。

 

「どうされましたかな初代」

「いいえ、何でもありません」

 

 優雅に微笑むメイビス。

 

「仲間を守る為ならいかなる事もやる。そして………その状況を少しだけ楽しんでしまっている」

「………!」

 

 マカロフは図星を突かれたような表情になる。まさにその通りだからだ。

 が、マカロフの想像とは裏腹にメイビスは「素敵です」と言って優しく微笑む。

 

「私が目指した究極の形が、今目の前にあるのです。この形を忘れないでくださいね3代目。えと………6代目でしたっけ」

「ぐもぉ~~ありがたきお言葉………そして7代目です」

「6代目であってるよ!!」

「マスター、しっかりしろよ!!」

 

 涙で何も見えないマカロフであった。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

『両者………前へ』

 

 両者が前へと一歩出る。

 中間に位置するマトー君が、両者からの気圧に臆しながらも懸命に右手を上から真下へと降り下ろした。

 

『試合開始ぃ!!』

 

 ドゴォォン、強烈な銅鐸の音がこだまする。と、同時に試合開始を合図していた。

 ごくり、と誰かが息を呑むのを感じたウェンディ。

 両者とも開始早々には動かない。

 今までの試合からしても、開始序盤からいきなり交戦しているパターンは殆んどない。今回も例外にはあたらないようだ。

 

『親父のとこのギルドか………つうか、お前何者───っ!?』

 

 アレクセイの拳がラクサスに刺さる。

 不意打ちに近い一撃だ。

 

「っ!!」

「はぁ!?」

 

 予想外の展開に、ラクサスなら余裕だと慢心していた妖精の尻尾全員が目を見開く。

 殴り飛ばされたラクサスは両手を広げて体勢を整えると、舌打ちをする。

 

『こいつ………ッ!!』

 

 が、ラクサスの目の前には既に攻撃体勢へと構えたアレクセイが待ち構えていた。

 そこから一方的な攻撃が始まった。

 ラクサスに反撃の隙を与えることなく、アレクセイの闇の魔法と肉弾戦によって確実にダメージを与え続けていた。

 

「まさかラクサスが………!!」

「ど………どうなってるんですか………?」

「あの仮面!!何者なんだ!?」

「嘘だろ………!!」

 

 信じがたい光景に唖然とした。

 あの天下のラクサスが負けている。

 

『これはアレクセイ、怒涛の攻撃!!ラクサス手も足もでない!!』

 

 アレクセイの攻撃は止まない。

 仲間達が現状を理解できていなか、ついにラクサスが倒れてしまった。

 

 

 ───戦場───

 

 近くにぐったりと倒れてきた自分を見たラクサスは蔑んだ目になる。

 そして、目の前にいるアレクセイに問う。

 

「……こいつぁ何のマネだ」

「幻影魔法の一種だよ。辺りにいる者には今こうして話している我々の実体は視えてない。視えているのは戦っている幻の方。よくできているだろ? 誰1人として気づいていない。観客はあのラクサスが手も足もでない映像を視ている」

「幻影魔法ねぇ……」

 

 アレクセイに悟られないようにそっとラクサスはとある方向へ視線を向けた。

 ソウとアールが幻影ではなく、はっきりとこちらを視ている。ソウとはレンズ越しのような距離感があるものの、アールは確実に幻影に惑わされていない。

 オレの戦いに手を出すんじゃねぇぞ、と内心で忠告を入れておいてからラクサスは視線をアレクセイに戻した。

 

「お前はギルドでも慕われているようだな。仲間が今これを見てどんな気持ちになっているかな」

「オイオイ、全然意味がわかんねえぜ」

「意味?」

「お前らが幻とやらで勝って何になるってんだ」

「その通り、我々の目的は()()ではない。この幻影は周囲への目くらまし」

「あ?」

「幻影は幻影、結果はいかようにも変更できる」

 

 幻影では、アレクセイの操作によって戦況が変わる。

 偽者のラクサスが反撃に出たのだ。妖精の尻尾の仲間達が喜んだ様子がラクサスの目に写る。仲間達はその光景が偽物とは全く疑っていない。

 戦況の方では、再びアレクセイによってラクサスが追い詰められている光景に移行していた。

 

「今のがその結果………とやらか」

「我々との交渉次第ではお前を勝たせてやる事もできるということだ」

「話にならねえな。幻なんか関係ねえんだよ、今ここで現実のテメェを片づけて終わりだ」

 

 肩に羽織っていたコートを脱ぎ捨る。

 バチバチと身体中に電流が走り、ラクサスの目が臨戦態勢と入る。

 そこに新たな影が乱入してきた。

 

「それは無理」

「現実はキビシイでサー」

 

 フレアとナルプディング。

 

「いかにお前といえど、大鴉の尻尾(レイブンテイル)の精鋭を同時には倒せんよ」

「ククッ」

「……………」

 

 クロヘビとオーブラ。

 大鴉の尻尾メンバーが勢揃いしていた。

 

「そしてもう1つ───オレの強さは知ってんだろォ、バカ息子ォ」

「そんな事だろうと思ったぜ───クソ親父ィ」

 

 アレクセイは仮面を外して、化けの顔を露にした。

 紛れもなく、アレクセイの正体はマスターイワン本人であった。

 

「マカロフは死んでも口を割らん。だが、おまえは違う。教えてもらおうか───“ルーメン・イストワール”の在り処を」

「何の話だ」

「とぼけなくていい………マカロフはお前に教えているハズだ」

 

 確信があるのか、はっきりと告げる。

 だがラクサスには一切の心当たりがない。話が噛み合わない。

 そんな大事な話なら、オレに教える前にソウに教えると思うんだがなぁ………とラクサスはマカロフとソウのことを思い浮かべていた。

 

「本当に知らねぇんだけどな」

「いいや、お前は知ってるハズ」

「まあ………たとえ知っててもアンタには教えねーよ」

「オイオイ………この絶望的な状況下で“勝ち”を譲るって言ってんだぜ?条件がのめねえってんならオメェ………幻で負けるだけじゃ済まねえぞ」

 

 鼻で笑うかのようなイワン。

 ラクサスに敗北するという可能性は微塵も考えていないようだ。

 その慢心が後に失態だと気付く時には既に結果は付いている。ラクサスはこの時、確信した。

 

「いちいちめんどくせえ事しやがって……ジジィが見切りをつけたのもよく分かる」

 

 ラクサスは嘆息した。ギロリ、と睨む。

 

「まとめてかかって来いよ。マスターの敵はオレの敵だからヨ」

 

 すると、ラクサスの脳内に何かが入り込んできた。

 

『大丈夫~?』

『その声はアールとやらか………』

 

 アールが魔法を使って声をかけてきたようだ。

 目の前にいる大鴉の尻尾メンバー全員は誰も気づいた様子はない。

 大鴉の尻尾目線が自分とは妙にずれているような感覚がする。アールの魔法による仕業なのだろう。

 

『僕の魔法で少し大鴉の尻尾を騙して、君が大丈夫かどうかを確めに来たよ。でも、そう長くはもたない。僕のいるここからだと、せめて10秒が限界だから早めにね』

『これはソウの差し金か?』

『違うよ。これは完全に僕自身の独断。僕は君の強さも何も知らないからね。大鴉の尻尾全員を相手に平気なのかなって思ってね』

『甘く見てもらっては困る。これはオレ自身の問題でもあるんだから、他のギルドの奴等が口出ししてくんじゃねぇよ』

『ふふ………ソウと同じことを言うんだね』

『あ?どういうこった?』

『彼もこう言ったよ。“ラクサスの問題なんだから、あいつの性格からして俺達の助けは絶対に求めない”ってね』

『………そうかい』

『まぁ、何か危なくなれば僕はいつでも手助け出来る準備はしているってことだけ覚えておいてくれたら良いかな?』

『肝には命じておくぜ』

 

 アールの魔法の効力はそこで途切れる。

 ソウと同じことを言っていた。ラクサスはアールからそう告げられた時、何もかも見透かした態度をとったソウに呆れた。と同時に自然と口元が上がる。

 アールの魔法が切れたということは、大鴉の尻尾もまた再起動するということを意味している。実際にイワンは笑みを浮かべているラクサスに眉を潜めた。

 

「どうやら教えてやる必要があるみてえだな。対妖精の尻尾(フェアリーテイル)特化型ギルド、大鴉の尻尾(レイブンテイル)の力を」

 

 大鴉の尻尾は臨戦態勢と移行した。

 ラクサスはそんなことをまったく気にした様子はない。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「ざけんなよぉラクサス!!本気出せってのぉぉ!!」

「どうなってやがる………」

「あのラクサスが………」

「どうも気になるな」

「アレクセイさんって人から気配とか………そういうのをまったく感じないんですけど………」

 

 戦場では肩で息をしているラクサスを見下ろしているアレクセイの姿があった。

 

 

 ───戦場───

 

「対妖精の尻尾(フェアリーテイル)特化型ギルドだぁ?」

「その通りぃ」

「我々は妖精の尻尾のメンバーそれぞれの苦手とする魔法の使い手のみで構成されている」

「ボクたちはその中の精鋭4人だ」

「その我々と戦争するつもりか? 弱点は知り尽くしている。我がギルドの7年間ためた力を解放しちゃうぜ?」

 

 イワンはラクサスを脅すように威圧を込めた。

 それでもラクサスは動揺する素振りすら見せない。

 

「ジジィはあんたの事なんぞとっくに調査済みだ」

「調査済み………だとぉ?」

「そう言ったろう。構成人数、ギルドの場所、活動資金、この7年間の動向………全て掴んでいる」

「何っ!?」

 

 今度はイワンが動揺する番であった。

 

「ガジルだ!!あいつが謀ったんだ!!」

「いけすかねぇ奴でしたが、印象通りでやったって訳でさぁ」

「二重スパイだったのか」

「そういう細かいこと苦手そうだけど、裏目に出ちゃったね」

 

 フレアの指摘。情報漏洩の原因はガジルだと判断した大鴉の尻尾。クロヘビの言う通りガジルをスパイとして送り込んだのが、裏目に出たのだ。

 

「でもおかしいんじゃないの」

「筒抜けの割には特にリアクションはなかっでさぁ」

 

 ラクサスははっきりと告げた。

 

「ジジィはそこまでつかんでいながら動かなかった」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 とある日、妖精の尻尾ギルドの庭。

 そこにマスターマカロフとラクサスの姿が見受けられる。

 

「本当に放っておいていいのかよ。親父は妖精の尻尾にとって不利な情報を持ってるとか言ってただろ」

「あれからもう7年も経ってるんじゃぞ」

「けどよ」

「この7年の間、“その情報”が漏洩した形跡がない」

「そんな事言い切れねえだろ」

「いや………間違いない………その情報を他言する危険性を奴は十分に理解しておる」

「何なんだよ、その情報ってのは」

「知らずともよい。どんなギルドにも、触れてはならぬ部分がある」

「………」

「この7年………イワンは悪さもせず、ウチのギルドへのメンバーへの危害等もなかったと聞く。奴が動かぬ限り、ワシも事を荒立てるつもりはない」

 

 

 

 

 

 ◇

 

「たぶんジジィは心のどこかで、アンタの事を信じてたんだろうな───親子だから」

 

 そして、それに反論出来ずに納得してしまった自分もいる。

 イワンは聞く耳を持たない。

 

「黙れェ!!」

「くっ!!」

 

 イワンの手元から手離されたのは大量の人形の紙。それらが束となってラクサスに襲い掛かる。

 ラクサスは防御姿勢をとった。

 

「オレはこの日の為に日陰で暮らしてきたんだよォ!!全てはルーメン・イストワールを手に入れる為!!7年間も危害を加えなかっただぁ!? 当たり前だろ!!残ったカスどもがあれの情報を持ってるハズねえからな!!ギルドの中も!! マグノリアも天狼島も!!ギルドゆかりの場所は全部探した!!それでも見つからねえ!!ルーメン・イストワールはどこだ!? どこにある!!言えぇっ!!ラクサスゥゥ!!オレの息子だろぉがぁぁぁ!!!」

 

 無我夢中と言わんばかりに攻撃を続けるイワン。ラクサスはひたすら耐える。

 留めにイワンは渾身の一撃を浴びせるが、ラクサスはそれを見事に耐え抜いてみせた。

 

「ほほぅ。道理で大人しく立っていると思えば、オレの魔力を確めたってことかよ。変わらねぇな、そういうとこは。それともやっぱり実の親は殴れねぇか?お優しいこったなぁ~ラクサスちゃんよぉ~」

 

 あくまで挑発をするイワン。

 すると、ラクサスの耳にマカロフの声が届いた。そちらを見てみると、マカロフは手の甲を上げて人差し指を真っ直ぐと伸ばしている。

 その姿はラクサスにとって意味のあるものだ。それ故にこれ以上は必要なく、全てを悟った彼は小さく笑みを浮かべた。

 

「オーブラ!!やれ!!魔力を消せ!!今こそ対妖精の尻尾(フェアリーテイル)特化型ギルドの力を解放せよ!!」

 

 イワンの指示と同時にオーブラが動く。

 

「こいつ、ウェンディとシャルルをやった奴か」

 

 だが、目の前に急激な速度で移動したラクサスの出現に足が止まる。

 

「!!」

 

 ラクサスは蹴りを加えて、オーブラを一瞬でノックダウンさせた。

 すぐさまラクサスは次の敵を確認した。

 

「赤髪!!」

「ニードルブラスト!!」

 

 フレアは赤い髪を伸ばし、ナルプディングは鋭いトゲを生やした腕でラクサスを攻撃する。

 けれど、不発に終わる。

 ラクサスは雷を纏ったまま素早い動きで攻撃を回避したのだ。

 

「これはグレイの分だ」

「ぐおぉぉぉおお!!」

 

 狙われたのはナルプディング。

 魔法により雷を纏った拳をナルプディングに勢いよく振り下ろし、地面へと強く叩き付ける。

 ナルプディングを戦闘不能にしたのを横目にしたラクサスだったが、彼の腕に何かが絡み付いてきた。

 

「つかまえたぞっ!!」

 

 ラクサスの腕に絡み付いてきたのはフレアの赤い髪だった。動きを拘束して、ラクサスを捕えたとフレアは得意気に笑う。

 ラクサスは大きく口を開ける。

 

「こいつはルーシィの分」

「───っ!!きゃあああああああ!!」

 

 ラクサスの口から放たれた雷のブレスがフレアを直撃して、吹き飛ばしたのであった。

 

砂の模造(サンドフェイク)

 

 最後にラクサスの背後から現れたのは、“擬態(ミミック)”によって砂系統の魔法を操るクロヘビ。

 

「お前は………よくわからん」

「ぬああああああ!!」

 

 ラクサスは特に誰の敵をとれば良かったのか思い付かなかったので、さっさと一蹴した。

 

「わ………我が精鋭部隊が……!!」

 

 一部始終を特等席で見ていたイワンはまさかの想定外に何とか発する言葉も途切れ途切れになっている。

 ラクサスのあまりの威圧さにイワンは悲鳴を上げた。

 

「ひぃぃ!!」

「クソ親父!!アンタの目的が何だか知らねえが、やられた仲間のケジメはとらせてもらうぜ」

「ま………待て!!オレはおまえの父親だぞっ!!家族だ!!父を殴るというのか!!」

「オレの家族は妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ」

「この親不孝者のクソげどがぁ!!」

 

 イワンはじりじりと一歩下がる。

 最後の悪あがきに出たイワンだが、ラクサスを止めることは不可能。

 きっぱりと宣言したラクサスは最後にこう叫んだ。

 

「家族の敵はオレが潰す!!」

 

 渾身の一撃がイワンに命中。

 それが亀裂となり、会場を覆っていた幻影魔法が解除された。

 壁まで吹き飛ばされたイワンは戦闘不能。ラクサスの完全勝利となった。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

『こ、これは一体!?』

 

 戦場ではいきなり別のラクサスが現れた。会場中が混乱の渦に包まれる。

 

「ラクサス双子だったのか!?」

「どう見てもちげぇだろ、アホ。ラクサスが消えて、別のラクサスが?」

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

「いえ、これは………」

「イワン!!」

「他のやつらまで」

「まさか………」

 

 すると、選手待機席にいた大鴉の尻尾メンバーの姿が消えた。

 

「思念体か」

「やられたわね」

 

 

 ───戦場───

 

 とことこと走ってきたマトー君が確認をとる。

 

『しかし………これは………何が起きたのか

!?』

「この顔は………!!ギルドマスターカボ!!アレクセイの正体はマスターイワンカボ!!」

 

 マトー君が正体を看破して叫ぶ。

 観客達もようやく状況が飲み込めてきた。

 

『先ほどまで戦っていたラクサスとアレクセイは幻だったのか!?立っているのはラクサス!! 試合終了~!!』

『そスて我々の見えぬ所で全員がかりの攻撃………さらにマスターの大会参戦………これはどう見ても反則じゃの』

「あいつ1人でレイブンのメンバー全滅させたのかよ!!」

「さっきのエルザといい、カナといい」

「バケモンだらけじゃねーか妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!」

『何はともあれ勝者………妖精の尻尾(フェアリーテイル)B、ラクサス!!』

 

 勝者、ラクサス・ドレアー。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「何だかアイツに敵を討ってもらった形になっちまったな」

「だーーっ!!全員倒しただと!れあいつばかり目立ちやがって!!」

「あのフレアって子、またひどい事されなきゃいいけど」

「お前は本当に人がいいな」

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「アール、勝手に魔法を使ったな」

「あれ?バレちゃった?」

 

 てへへ、とアールは笑って誤魔化す。

 彼が使ったのは『空動・其の弐・絶陰』と呼ばれる魔法。敵の視界に偽の景色を魔法によって作り替え、錯覚を引き起こすもの。今回はさらにイワンの幻影魔法をも彼は土台に仕立てあげていたようだ。

 実質、ラクサスとアールが会話をしていた間に大鴉の尻尾が見ていたのは無言のラクサスだった。

 

「何のこと?」

「さぁな。オレには次元の違ぇ話なんだから、サンディーにはさらにその倍は違ぇ」

「むっ!!どういうこと!!」

「………大人しくしてないさいよ」

 

 抗議を始めたサンディーに対して、ジュンは高笑いしながら逃げる。ルーズは深いため息をついて、他人行儀に二人を見ていた。

 

「ソウの言う通りだったね。彼は一人でやっちゃったよ」

「だろ?ウェンディの敵もとってくれたようだしな。俺直々にやりたかったけど」

「ははは………ソウが本気だしたら、ここがただじゃ済まなくなるよ」

 

 アールは純粋にそう思った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

『協議の結果、大鴉の尻尾(レイブンテイル)は失格となりました。大鴉の尻尾の大会出場権を3年間剥奪します』

『当然じゃ』

 

 第三試合で、マスターの大会参加とメンバー全員がかりの攻撃という反則を行った大鴉の尻尾に下された処罰を聞いた観客席はザワザワとどよめく。

 それだけだと良かったのだが、どよめく理由は次のアナウンスにもあった。

 

『そして第四試合ですが………この試合は少し特別ルールを採用させてもらうことになっています。ですが、取り合えず選手の発表としましょう!!』

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

『一人目は三首の竜!!“サンディー・サーフルト”!!』

「あ、ようやく私の出番だね!!」

 

 サンディーは元気よくその場を跳び跳ねる。初出場の彼女にとっては今回の試合は気合いが入る。

 対する対戦相手は────

 

 

 ───蛇姫の鱗、選手待機席───

 

『対するもう一人は蛇姫の鱗から!!“シェリア・ブレンディ”!!』

「相手はサンディーって言う子だね。私、なんだか楽しくなってきちゃった♪」

 

 意気揚々となるシェリア。

 第四試合は女の子同士の対決となった。

 

『さらに!!』

 

 だが、チャパティのアナウンスはこれで終わらなかった。誰もが不思議に思うなか、驚くべきアナウンスが流れた。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「まだ何かあんのか?」

「そうみたいだな。今は黙って聞いてみようではないか」

 

 エルザの言う通り全員が沈黙を守る。

 そこに───

 

『さらにもう一人が乱入!!その名も“妖精の尻尾A”ウェンディ・マーベル!!』

 

 つまりは少女三人による試合となるという認識であっているのだろうか。

 あまりのことに暫くポカーン、としていたウェンディだったが、ハッと我に帰るなり、驚くべき声をあげた。

 

「わわわ私もですかぁぁーー!!!」

 

 ────第四試合。

 

 “三首の竜(トライデントドラゴン)”サンディー・サーフルト対“蛇姫の鱗(ラミアスケイル)”シェリア・ブレンディ対“妖精の尻尾(フェアリーテイル)A”ウェンディ・マーベル。

 

 

続く──────────────────────────




裏設定:第四試合

 作者のやりたかったことの一つ。本来ならウェンディ対シェリアの名勝負となるが、そこにサンディーが介入することでバトルは混乱を極めることになるだろう。
 作者はサンディーがバトルパートではここに入れることを初めから決めていた。競技パートも既に決定している。と言っても、残りは一つしかないのですぐに分かるが。

 海竜の滅竜魔導士が、いざ出陣する。


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第ab話 三つ巴の少女対戦

 これを機に更新速度は衰えるかもしれないってことを予め言っておきますね。
 これでゆっくりと………え?駄目?早くしろ?
 頑張りますけど………皆さんの反応も気になるのでコメントくれたら頑張るかも?(更新速度が上がるとは言っていない)

 それはそうと、あるアンケートをとることにしました!!

 \(^-^)/\(^-^)/\(^-^)/\(^-^)/\(^-^)/\(^-^)/

 今後のこの作品の運命が決まると言っても過言ではありません。
 詳しくは自分の活動報告の方を見てみてください。

 ───では、スタート!!



 戦場へと繋がる道は東西南北にある通路を通る必要がある。出場者を見送る仲間達はそこで励ましの言葉を送ることが多い。

 そして、今まさに三人の少女達が戦場へと降り立とうとしていた。

 

 ───闘技場、西通路───

 

「着替え完了です!!」

「ウェンディ、頑張ってね!!」

「はい、皆さんの分まで精一杯頑張ってきます!!」

「頑張れよ」

 

 ルーシィに励まされて、ウェンディの気合いがより一層入る。

 そして、何よりも対戦相手の一人にウェンディの友達であるサンディーがいることが彼女のこれからの出来事に対する期待に拍車をかけていた。

 

 

 ───闘技場、東通路───

 

「思いっきりやってきなさい」

「はい!!」

「負けたら回すよ!!分かったね!!」

 

 シェリアもやる気十分だ。

 

 

 ───闘技場、北通路───

 

「ふふふ、ついにウェンディと対戦出来る日が来たよ!!」

「はいはい、分かったからさっさと行きなさい」

 

 サンディーはルーズに見送られ、戦場へと駆け出していった。

 彼女の後ろ姿を見ていたのはルーズだけではない。

 

「ソウは心配?サンディーとウェンディのことが」

「んや。俺が不安がるほど弱くないからな………ウェンディ達は」

「本当~?」

「あぁ」

 

 真っ直ぐ戦場を見つめる彼の横顔にアールはにっこりと微笑んだ。

 

 

 ───戦場───

 

『本日最終試合は特別ルールに変更されます!!』

『というと?』

『本来なら一対一ですが、今回は三人同時によるバトルロワイヤルになります!!時間制限内に競いあい、残った者に10ポイントの得点が入る特別仕様になっているとのことです!!』

『二人が残った場合は?』

『一人だけがリタイヤした状態でタイムアウトとなった場合、互いに5ポイントずつ分配されます。また三人全員が残った場合も同様に5ポイントずつとなります』

『なるほど………一対一なら目の前の選手を意識すれば良いのですが、この試合では二人が敵となることでより一層戦略に気を使わないとなりませんね』

『ええ!!まさにこれまでの試合とは一味違った展開が繰り広げられることでしょう!!おじさん、超楽しみ~!!』

『最後のは………気のせいですかね』

『おおっとぉ!!いよいよ選手が入場してきましたよ!!』

 

 最初に戦場入りをしたのはシェリア。

 余裕を見せつけるかのように、彼女は満面の笑みを浮かべながら観客に向けて手を振っていた。

 だが、次の瞬間────

 

「きゃ!!」

 

 脚が絡まる。何もない所でつまづいてしまったシェリアは重力に逆らえずに、そのまま地面へと転んでしまった。

 

「あ………あの、大丈夫ですか?」

 

 そこに現れたのはウェンディ。

 心配そうにシェリアの元へと駆け付ける。

 だが、またしても───

 

「あうっ!!」

 

 シェリアの時と折り重なるようにウェンディも転んでしまった。観客達から笑い声が上がる。

 不安に残る登場となったシェリアとウェンディは互いに寝転びなから目線を合わせて、苦笑する。

 

「よ………よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

「大丈夫かしら………」

 

 本気で不安になったシャルル。

 シャルルの心配は試合が終わるまで解消されることはなさそうだ。

 

 

 ───戦場───

 

「ふふん、私は優雅に登場するんだよ」

 

 シェリアとウェンディの中間に軽快な口調と共に現れたのはサンディー。二人の視線が同時に彼女に向く。

 自分は転けることはない、と自負している彼女は自慢げに顎を少しあげて偉そうにしながら歩いてきた。

 

「流石に私も転けるなんて───」

 

 ピシッ、とサンディーの足が嫌な音を刻む。何かに引っ掛かったような感覚。彼女の額に冷や汗が浮かんだ。

 はわわわ、とサンディーは両手を右往左往するが時は既に遅い。

 サンディーは気付いた時には既に視界が地面いっぱいに広がっていた。

 

「いたぁ!!」

 

 今までの振る舞い全てが台無しだ。

 立ち上がったシェリアとウェンディは彼女の元へと歩いていく。

 サンディーは一人、転んだまま嘆く。

 

「………何でぇぇ………」

 

 観客達は見事に自分でフラグを折ったな、と心の中で思っていたりもする。選手全員が転ける事態に、今後の試合がまともに運用するのか雲行きが怪しくなって来た。

 サンディーの前まで来たウェンディは優しく手を差し伸べる。

 

「サンディー、よろしくお願いしますね」

「ウェンディ~~、よろしく~~!!」

 

 涙目のサンディー。ウェンディの気遣いが彼女の心に深く染み込んだ。見上げたサンディーに映ったウェンディの姿はまさに天使。また、シェリアもウェンディの隣で静かに笑みを浮かべていた。

 

「うんしょ、と」

 

 ウェンディの手を握り、彼女に引っ張ってもらい立ち上がったサンディーは真っ直ぐシェリアを見据える。

 

「あなたもよろしくね♪」

「うん、よろしく」

 

 元気そうに答えたシェリア。

 静かに彼女達を見守っていた観客達と仲間達。戦場に降り立った少女達の笑みは彼らに癒しを与える。

 

『これは何ともかわいらしい対決となったぞーーーっ!!オジサン誰を応援しちゃうか迷っちゃうぞピョーン!』

『あんたまたキャラ変わっとるよ』

 

 

 ───三首の竜、選手待機席────

 

「───っ!!」

 

 ソウの表情が変わる。

 

「………あいつらの言っていた魔力って、これのことか………」

「ソウ、どうしたの?」

「いや、何でもない」

 

 不思議がっているアールに罪悪感を感じつつも、ソウは首を横に振った。

 “魔女の罪”から謎の魔力の正体を探ってほしいと妖精の尻尾宛に依頼を受けていた。なんでもゼレフに似たような魔力らしい。

 その魔力を先ほど確証はないが、感知したのだ。この全てが邪悪に帯びたような魔力が少なくとも会場内から来ている。人数が多すぎて、はっきりと断定しがたい。

 ────何処だ。一体、誰だ。

 自分から動くべきか、ソウは迷った。

 ジェラール達もきっと既に動き始めているに違いない。彼らの邪魔になることは避けたい。それに今はウェンディ、サンディーの試合を見逃してはいけないと何かに捕らわれているような錯覚がしていたソウの決断は早かった。

 現在感知している謎の魔力の正体の件については魔女の罪に一任することにした。自分達の目的とこの件とは関係性が薄いとも判断したのが、最大の決め手となる。

 

「頑張れよ………ウェンディ」

 

 ───試合が始まろうとしていた。

 

 

 ───戦場───

 

「………っ?」

 

 ウェンディは何かを感じ取ったかのように唐突に背後に振り向いた。しばらくして、何事もなかったかのように前を向く。

 

「二人は知り合い?」

「ウェンディとは友達だよ♪」

 

 現在、戦場では三人の少女が三つの頂点を地面に配置して、真上から見ると巨大な三角形を引くようにして立っている。

 試合開始前の時間を使って、シェリアとサンディーが談笑中だ。二人とも人見知りをしない性格なので会話が弾む。

 

「アタシも入ってもいい?」

「う~ん………そうだね………私に勝ったら友達になってもいいよ♪」

「なるほどね、なら遠慮はしないよ!!」

「臨むところだよ!!」

 

 バチバチ、と目線の火花が散る。

 間に挟むようにしているウェンディはおろおろとしていた。

 

「ウェンディも私と友達だからって手加減はしないでよ。私だって、容赦なく勝ちにいくから」

「う、うん」

 

 サンディーの目は嘘をついていない。

 そう確信したウェンディは覚悟を決めた。

 ───私も負けてられない、と。

 

『これは可愛らしい組み合わせになりましたー!!オジサンもううっれしィー!!』

『昨日の競技の時も思ったが、あんなコ妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいたかの?』

『ええ………私は少しだけ知っているのですが、とても勇敢な魔導士ですよ』

 

 マトー君がてくてくと歩いてきた。

 

『もう一人は初めてみるの』

『彼女は………私も初めて見ますね』

 

 マトー君は大きく手を上げた。

 その手を降り下げると同時にアナウンスが流れ込こみ、役目を終えたマトー君はそそくさに退散していく。

 

『大魔闘演武3日目最終試合───試合開始です!!』

 

 銅鑼が鳴り響く。

 と、殆ど同時に勝負を仕掛けたのはサンディー。

 

「行くよーー!!」

「うん」

 

 彼女の腕周りに水が纏われる。

 サンディーはシェリアへと狙いを定めて、先制攻撃を仕掛けた。

 

「海竜の翼撃!!」

 

 おおきく凪ぎ払われた水は渦巻きへと姿を変えて、シェリアへと襲い掛かる。

 シェリアは大きく後ろへと跳躍。

 軽やかな動きで渦巻きを避ける。

 

「まだまだぁ!!」

 

 サンディーの攻撃は続く。彼女が足に力を込めると、彼女の足裏と触れていた地面が水へと変換される。

 そのままサンディーは右足を大きく宙へと蹴り上げた。

 

「海竜の水剣!!」

 

 続けざまにさらにもう一回追加。

 一部、地面を抉るようにして進むカッター状の水圧は相当な切断力がありそうなほどの威力を匂わす。

 

「あたしだって、負けられないよ!!」

 

 シェリアは腕をつき出す。

 すると、彼女の腕に纏わりついたのは黒い風。

 サンディーの時と同じように奮った。

 

「北風よ!!神の息吹となりて、大地を裂けよ!!天神の北風(ボレアス)!!」

「嘘!!せめて、相撃ちにでももっていけなかったの!?」

 

 シェリアの攻撃は予想を遥かに上回る。

 

「うわぁ!!」

 

 黒の竜巻は水剣を消滅させ、勢いを衰えることなくそのままサンディーの眼前へと迫った。

 左へと避ける。

 

「───っ!!」

 

 が、シェリアもその時、完全に隙を見せていた。密かに真横から、水剣が接近していることに一歩反応が遅れたのだ。

 その水剣はサンディーが左足で作り上げたものだ。初発の水剣とは違い、ある工夫がもたらしてあったためにシェリアは驚愕する。

 

「えっ!?いつの間に!?………まさか!!カーブしてる!!?」

 

 水剣は円を描くように進んでいたのだ。

 咄嗟に回避行動に移った。

 両者とも互いの攻撃に驚きつつも、直撃を避けることに成功する。

 そこで彼女達の攻撃が一時中断。

 

「すごいね!!これを避けるって」

「そっちこそ、私のお手製を避けられてちょっと残念だよ」

「だったら、これはどうかな!!」

 

 シェリアは微笑む。

 と、サンディーが警戒体制に入るも既に目の前には急接近したシェリアがいた。

 彼女の腕には黒い風。

 

「風よ、風よ、大地を抉り、空へ踊らせよ!!天神の舞!!」

 

 ───決まった。

 そう確信したシェリアだが、彼女の頬に水滴がピチャリと付いた。

 

「え?………しょぱっい!!」

 

 塩辛い水滴。

 そして、シェリアが狙ったはずのサンディーの体はいつの間にか人の形をした巨大な水球へと変わり果てていた。

 黒い風がその水滴をあたりに飛び散らしていた。その為に、彼女の顔にちいさな水滴が触れたのだ。

 ───なら、サンディーはどこに。

 

「いた!!天神の北風!!」

 

 これは分身、と判断したシェリア。

 背後に振り向くにつれて、先程と同様に黒い竜巻を発動させた。

 そこにはサンディーがいた。

 シェリアにこんな早くに気付かれるのは

想定外らしく、慌てて避けようとするも間に合わない。

 

「きゃあ!!」

 

 致命傷は免れたものの、軽く吹き飛ばされてダメージを負う。

 追撃を警戒して、すぐにシェリアを視界に入れたサンディー。が、彼女の表情は残念そうになっている。

 

「うーん、水分身で上手く騙せたと思ったのに………」

「うん、バッチリ騙されたよ。でも───」

 

 間も無く再び、シェリアが急接近。

 

「私にはそんな手は効かないんだよ!!天神の舞!!」

「っ!!海竜の───」

 

 シェリアの竜巻が命中。

 上空へとサンディーの体が吹き飛ばされた。

 

「まだまだ行くよ!!」

 

 シェリアも追いかけるように大きく跳躍。サンディーに追撃を仕掛けようとするが、次の彼女の行動に戸惑う。

 

「っ!!」

 

 サンディーは空中で即座に体勢を整えた。シェリアの攻撃を最小限に抑えていたのだ。

 シェリアは気付いた。小細工が通用しないと理解した彼女はあえて攻撃を受けることで、敵を油断させて反撃に出る作戦を決行したことに。さらに完全にやられた演技も加えて、より一層相手を欺こうとしていたことも。

 サンディーは右足で容赦なく蹴りあげる。

 

「───鉤爪!!」

「きゃ!!」

 

 シェリアを地面へと叩きつける。

 砂埃が発生して、彼女の姿が眩んだ。

 空中にいたサンディーは地面へと着地した後、相手の様子を確認することなく、次の魔法へと行動を移す。

 

「海竜の………」

 

 だが、シェリアも既に魔法の準備を行っていた。

 

「天神の………」

 

 両者、共に長く息を吸い込む。両頬が大きく膨らむ。

 放つ瞬間はほぼ同時だった。

 そして────

 

「咆哮!!」「怒号!!」

 

 二つのブレスが真正面から衝突。

 辺り一帯に顔をおおうほどの風と水を撒き散らした。

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

 サンディーとシェリアの魔法を見たメイビスの目が変わる。

 

「海の滅竜魔法………それに失われた魔法(ロスト・マジック)

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「マジかよ………」

「すげぇな………」

 

 風と雨が吹き荒れる。 

 

 

 ───蛇姫の鱗、選手待機席───

 

「天空の滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)

 

 リオンは自慢げに言った。

 戦場では、ブレス対決が終わっていた。

 片膝をついて、肩で息をしていたのはシェリアではなく、サンディー。

 

 

 ───戦場───

 

『な………なんと!!可愛らしい見た目に反し、2人とも凄い!!凄い魔導士だ~~っ!!』

『あんたカツラ………』

 

 チャパティは頭が反射してもなお、解説を続ける執念。それほど白熱した試合が繰り広げられているのだ。

 サンディーはすっと立つと、服の裾についた砂を払う。その一連の行動に目立ったダメージはない。

 

「ふぅ…………私の想像以上だよ」

「それは、こっちの台詞だって。アタシと互角に渡り合えるとはびっくり~」

「びっくりしてるのは私もだよ?」

「そうだね。折角だし、もっと楽しも!!」

「言われなくても楽しむ気満々だよ!!」

「愛とギルドの為、負けられない!!」

 

 お互いに構える。

 互いに微動だに動かず、静かな牽制が続く。

 

『………無が会場を包んでいます………そして、すさまじい緊張感がこちらにもジリジリと伝わってきます………!!』

 

 まだ動かない。

 ゆっくりと隙を伺う。

 

「あっ」

 

 刹那───二つの竜巻が正面衝突。

 誰かの声かは分からないが、それが合図となった。

 サンディーは連続で竜巻を起こす。

 シェリアは大きく旋回して、目一杯避ける。そのまま即座に同じ竜巻で反撃。

 サンディーは地面に自身の渦巻きをぶつけ、その余波によりその場から緊急退避。

 

「きりがないっ!!」

 

 どちらが言ったのかは謎。

 忙しなく動き回る二人の周りには風やら水やらの魔法で溢れかえっている。

 だが互いに決定打をぶつけることが出来ない。

 戦況を変えたのはまたしてもサンディー。

 地面に両手を当てて、魔法を発動。

 

「海竜の海洋変化!!」

 

 彼女の両手から水が溢れ出す。やがて波となってサンディーを中心に波紋が広がる。その量は尋常なもので戦場を水浸しにしてしまうほどの量だ。

 普通に立っていれば、足首まで浸かる。

 シェリアもこれに対応するが、足場が悪くなったことにより動きが鈍くなる。

 

「………これだと、アタシの動きは水に邪魔にされて遅くなるってところかな」

 

 足元を見て、冷静に判断。

 水面と化した戦場ではサンディーの独占場となりうる。

 シェリアの想定通り、サンディーは魔法を発動。

 

「全てを凪ぎ払え!!海竜の水剣!!」

 

 先程よりも一回り大きくなったサンディーの起こした水剣が猛スピードでシェリアの元に向かう。

 シェリアは両手を広げ、体を軽く捻る。

 

「アタシも負けてないんだから!!」

 

 両腕から風を起こしながら、その場で勢いよく回転を開始。シェリアの中心から全方位に風が舞い上がり、水が巻き込まれる。

 やがてシェリアの黒い風は巨大な竜巻となり、全ての水を吹き飛ばす。

 

『おおっと!!戦場が海になったかと思いきや、再び元に戻りましたぁ!!物凄いです!!私ごときでは混乱してしまうほどの圧倒的なハイスピードで戦況が変わっていきます!!』

 

 シェリアは回転を止める。

 すると時間を置くようにして、空から雨のように雨粒がどっと降ってきた。

 サンディーの発生した水をシェリアが竜巻で巻き上げたせいだ。

 

「………」

「………」

 

 雨が降るなか、二人は静かに対峙。

 動き出すはほんの一瞬。

 

「はぁぁぁぁ!!」

「やぁぁぁぁ!!」

 

 勝負はまだまだ終わらない。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席─── 

 

「二人ともすげぇな………」

「晴れてんのに雨が降ってきたぞ?」

「さっきの竜巻のせいで一気に水が………服がびしょびしょに濡れちゃう………」

 

 ルーシィは嫌そうな顔をする。

 隣のエルザは難しい顔をしていた。

 

「一撃はシェリアの方が一枚上手だが、サンディーはそれを手数によって補っていると言ったところか………」

 

 と、ここでルーシィはふと思った。

 

「そう言えばウェンディはどこに?」

 

 

 ───戦場───

 

「はぁぁぁぁ!!」

「やぁぁぁぁ!!」

 

 二人の少女が雄叫びをあげる。

 地面を蹴りあげ、相手へと接近。

 両者の意識は完全に目の前の彼女に勝つことのみ。

 ───故に横からの反応に遅れた。

 

「「───っ!!」」

 

 二人は同時に急ブレーキ。

 と、その瞬間、二人の目の前を巨大な白い竜巻が通過した。予想外の乱入に戸惑う他ない。

 二人は目を見開いた。

 白い竜巻の正体。サンディーでも、シェリアでもない。

 それは第三者の少女によるものだった。

 

「私も………入れてください!!」

 

 天空の滅竜魔導士、いざ乱入。

 

 

続く────────────────────────────

 




裏設定:ウェンディの空気感

 試合が始まると同時にポツンと取り残されたウェンディは陰ながら彼女達の怒涛の試合を戦場の隅っこで見学していた。
 途中、サンディーの“海洋変化”に地味に慌てていたが、誰も気付かない。というか、アナウンス、観客の意識からウェンディの存在はすっかり消え去っていた。
 故に十分に考える時間はあった。決断する時間もあった。だから、彼女は一人覚悟を決める。
 私もサンディーやシェリアに負けてられない。何故ならギルドの為に………そして、

 ────お兄ちゃんに自分は弱くないってことを認めてもらうために。

 活動報告見てね\(^-^)/


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第ac話 小さな拳、大きな心

 更新が遅れると言ったな?
 あれは半分嘘だ。これから遅れる予定だ。(予定なら、早くしろよ!!)

 ということで!!
 熱が冷めない内に、試合に蹴りをつけたいと思います。感想カモン!!
 あ、それと………ウェンディ、サンディー、シェリアがアイドルグループを結成するとなったらグループ名は何が良いのだろう?と日々三分ぐらい考えています。もしもの話なんですけどね。
 皆さんのオススメを感想等で教えてとは言ってないからね!!(ツンデレ風)

───では、始め!!


 試合が開始と同時にウェンディはポツンと一人取り残された。目の前では自分と同じくらいの少女達が意気揚々と魔法を、己の信念をぶつけている。

 それはもう、驚嘆せざるをえないほどの白熱した試合展開へと繋がっていく。

 どちらも一歩も恐れることなく、シェリアは魔法の力で、サンディーは手数によって目の前の相手に勝とうとしている。

 

「はわわ………!!」

 

 特等席とも言える戦場から、余波に巻き込まれないようにしているウェンディは必死に自分の方に飛んできた魔法から逃げていた。

 本来なら、あそこに私も参加しなくちゃいけないのに………と、ウェンディは思っていた。

 けれど、戦いなんてものは正直あまり好きではない。お互いを傷つけあうのは心が痛む。

 

「でも………」

 

 ウェンディは二人の顔を見た。

 彼女達は楽しそうに笑っていた。

 何故そんな過酷な状況の中で笑っていられるのか。ウェンディは不思議で仕方なかった。

 答えはすぐに見つかった。

 

「闘いを楽しむって………傷つけ合うのじゃなくて、競い合うってこと………?」

 

 そんな答えが出た。

 彼女達を見てるとそんな気がした。

 どっちが強いか。そんなことではなく、ただ純粋に真正面から勝負をする。結果が何であれ、互いが正々堂々とぶつかりあうことに意義がある。

 闘いに魔法を使うのは自身の気持ちの表現を形にして表すため。相手にそれを見てもらうため。だから、魔法はいくらでも弱くなり、強くなるのではないのだろうか。

 

「私は………」

 

 ウェンディの顔が下を向く。

 ………分からない。自分の出した結論に確証が持てない。

 なら、今の私はどうだろうかとウェンディは自身を見つめ直す。彼女達みたいに強い魔導士なのだろうか。

 結局………ずっと逃げてばかりなのだ。大抵誰かの背中に隠れて難を逃れてきた。無意識に誰かに救いを求めてしまっていた。

 闘いの意味を見ようともしなかった。

 ………変えたい。変わりたい。

 

 ────今がその時………?

 

 ウェンディの瞳の色が変わる。

 

「………攻撃力強化(アームズ)

 

 優しい光が体を包む。

 ここは戦場。一緒に居てくれる味方はいない。代わりに自分を蝕んでくる敵がいる。

 ───だから、全力で抗うのだ。

 

「………速度上昇(バーニア)

 

 まだ闘いという行為に気持ちの整理は付いていない。だけど………今はそれで良いのかもしれない。

 今はギルドという自分の存在を快く迎え入れてくれる者達の期待に答えれば良いのだ。闘いの楽しみを理解するのは二の次でも構わない。

 後は頼むと、託してくれたエルフマン。妖精の尻尾に大勝利という革新を起こしてくれたエルザ。応援してくれている仲間達。

 そして、何よりウェンディには譲れない目標がある。ここで逃げてはその目標を達成するのは到底不可能だ。

 目標、それは───兄に魔導士としての私は弱くないって認めてもらうこと。兄の隣に立って一緒に次の世界へと歩むこと。

 

「………付加(エンチャト)

 

 ギルドの為。兄に認めてもらう為。

 戦いは好きではないが、その理由がついてくるのであれば────

 

 ────本気でいくしかない。

 

 ウェンディの瞳に決意の灯火が映る。

 

「天竜の………」

 

 息を大きく吸い込む。

 これをしてしまえば、もう後には戻れない。誰かの背中に隠れて怯えるなんてことは出来ない。

 全てを承知の上、ウェンディの覚悟は揺らぐことはなかった。

 

「咆哮ぉぉ!!!!」

 

 ウェンディの口から放たれた白い竜巻。

 

「「───っ!!」」

 

 その竜巻は二人の少女の足を止めるのには十分すぎた。

 シェリアとサンディーは驚いた様子でこちらを見てくる。

 

「私も………入れてください!!」

 

 ウェンディは心の中でこう願う。

 

 ───お兄ちゃん、今の私をちゃんと見ていてね。じゃないと後悔するよ。

 私は………妖精の尻尾の魔導士。この大魔闘演武でお兄ちゃんを倒すギルドの一員なんですから。

 

 天空の滅竜魔導士がいざ空を舞う。

 

 

 

 

 ◇

 

 戦場をまっすぐ風が横切る。

 

「ウェンディ………?」

「びっくりした~」

 

 サンディーは不思議そうな表情。

 シェリアはまだ跳び跳ねた心臓が収まらない。

 

「二人とも私のことを忘れてませんか?」

「「───っ!!」」

 

 ギクリ、となる二人。

 すっかりウェンディも参加していたことは二人の脳内から抜けていた。

 けれど彼女にとってはそっちの方がありがたいのではないのだろうか、と疑問に思ったサンディー。

 

「なんで私とシェリアの決着がつくまで見てなかったの?その方がウェンディは有利になったと思うよ」

 

 共倒れという可能性もあった。

 となると、勝者はウェンディとなり漁夫の利としてギルドに貢献出来るはずなのだ。

 だが、ウェンディはそれをしなかった。

 

「ここに立つということはギルドを背負っているということ。私だって、二人に負けていられないんです」

「いい目をしてるね………その意気だよ」

「うん、そうだね。変な質問をしちゃった。ごめんね、ウェンディ」

「ううん、気にしてないよ」

 

 サンディーは嬉しそうな笑顔になる。

 

『おおっと!!ついに三人同時の戦闘が見られるようですよ!!さらにウェンディたんはシェリアたんと同じ風の魔法の使い手!!今後の展開がどうなることやら!!』

『シェリア………たん?』

『ただスくは“天空魔法”な』

 

 観客達も期待が募る。

 サンディーとシェリアは場所を変更。二人と同じ距離をとれる位置へと動いた。

 

「初めから本気で行きます!!」

 

 ウェンディは大きく息を吸い込む。

 彼女の姿を見たシェリアは納得するような顔になる。

 

「リオンから聞いてたんだ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にアタシと同じ魔法を使うコがいるって。ホントだったんだね」

 

 シェリアの瞳が鋭くなる。

 

「となると………やっぱり“空気”を食べるんだ。じゃあアタシも………いただきまふぅ」

 

 シェリアも息を吸い込み始める。

 二人の周りに空気の歪みが起こる。

 ポツンと残ったサンディーは何度も目をパチクリさせる。

 

「え!?ずるくない!?私、海水しか食べられないんだけど!?………あ、今のうちに………」

『こ………これはウェンディたん、シェリアたん、何をしているのでしょう。サンディーたんも呆然としているようです。ん?………気のせいか酸素が少し薄くなった気がします』

 

 サンディーは密かに動きだす。

 ウェンディとシェリアの行動の意図が全く読めない観客達からしてみれは、この空白の時間は長い。

 と、ウェンディが体力、魔力を全快にして準備万全な状態になる。両手を大きく広げて構えた。

 そして、信じがたいことを口にする。

 

「滅竜奥義!!」

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

「ウェンディが奥義だと?」

「すごいんだよ!!」

「勝ったわね」

 

 勝利を確信したハッピーとシャルル。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「もう覚えていたのか………」

「あれ?ソウは知らなかったの?」

「あぁ………初めて見る」

 

 ソウも驚かざるをえない。

 これで少しは自分の強さを認めてくれるはずだというウェンディの作戦は見事に成功した。

 隣のジュンがソウへと戦場のある異変について尋ねる。

 

「気づいてるか、ソウ」

「………あれか?霧がゆっくりと発生していることか?」

「まぁな。これをしているってことはサンディーの奴もやるみたいだぜ」

「何を?」

「まぁ、見てたら分かるぞ」

 

 ジュンの表情は彼女に対する信用が高いことを示していた。

 

 

 ───戦場───

 

「っ!!」

 

 シェリアを囲むように出現したのは風の壁だ。吹き荒れるようにして包むそれにシェリアは逃げ場を失う。

 

「風の結界!?」

「ありゃ、閉じ込められちゃったね」

 

 シェリアの背中に現れたのは同じようにウェンディの魔法によって閉じ込められたサンディーだ。

 

「サンディーは余裕そうだね」

「そう言うシェリアこそ」

「アタシは頑丈だからだよ」

 

 その瞬間、一部が歪む。

 

「来た!!」

 

 シェリアがそう叫んだ瞬間、巨大な嵐の矛が襲いかかってきた。

 

「照破・天空穿!!」

 

 ウェンディから放たれた渾身の一撃はシェリアとサンディーを軽々と吹き飛ばした。

 身を投げ出された二人は抵抗することなく地面へと倒れ伏す。

 

『シェリア、サンディー、ダウーーン!!』

 

 マトー君によるダウン宣言が会場一帯に響き渡る。

 二人同時にノックダウンによる劇的な逆転勝利となろうとしていた。

 

「はぁ………はぁ………」

 

 魔力を全部振り絞っての一撃。

 体は一気に疲労感に襲われ、この体勢を維持するだけで限界だ。

 もう片方の滅竜奥義はまだ未習得のウェンディにとって、これで蹴りが付いて欲しいと心の中で願う。

 ───だが、彼女の願いはあっさりと壊れる。

 

「あぅ~ゴメンね!!ちょっと待って、まだまだこれからだからっ!!」

 

 凛とした声が聞こえる。

 ウェンディが声の主の方へと顔をあげるとそこには目を疑う光景があった。

 

「ふぅー、すごいねウェンディ!!」

 

 目立つキズが一切なく、満面の笑顔で堂々と立っているシェリアの姿がそこにあった。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「なんだ………あいつ」

「見て、キズが回復してる」

 

 ルーシィの指摘通りシェリアのキズが跡形なく消えているのだ。

 と、隣のギルドの待機席にいるリオンが口を挟んできた。

 

「天空の滅神魔法はウェンディができなかった自己回復ができる。悪いが勝ち目はないと思え」

 

 不敵な笑みを浮かべたリオンがそんな説明を口にする。

 

「なんという少女だ」

「リオンめ………こんな隠し玉を」

 

 エルザは慄いたように呟いた。

 グレイはリオンに対して忌々しげに舌打ちをする。

 

「思い切りやれと言ったのにな」

「まだ全然本気だしてねぇな、あいつ」

「どんだけ強ェんだよ!!」

「流石は私の従妹ですわ!!」

 

 ウェンディは完全に劣勢となる。

 だが、まだ希望はある。

 

「一先ずサンディーを倒せたのは良かったと言えるんじゃない?」

「あぁ、取り敢えずポイントはゲットだな」

 

 サンディーは起き上がる気配がない。

 エルザは真剣な顔となる。

 

「これでサンディーが脱落すれば良いのだが………何かある」

 

 

 ───戦場───

 

「嘘………」

「大丈夫?降参しても良いんだよ?」

「まだいけます………!!」

「降参しないの………かな?」

 

 シェリアは困った。

 ウェンディは大技の疲労が大きいようだ。

 

「アタシ………戦うのは嫌いじゃないけど、勝敗の見えてる一方的な暴力は愛がないと思うの」

「………」

「降参してもいいよ。ね?」

「………できません」

 

 きっぱりと拒絶したウェンディ。

 妖精の尻尾の仲間と蛇姫の鱗のメンバーが驚く。

 

「私はもう逃げないって決めたんです」

「どうして?」

「認めてもらいからです。いっつも彼の背中に隠れてばかりで、守ってもらってばかりで………迷惑ばっかかけてました」

「うん」

「でも!!もう私は決めたんです!!守ってもらうんじゃなくて、これ以上迷惑をかけるんじゃなくて、私自身が一緒に隣を歩いていきたいって。彼と同じ景色を一緒に見てみたいんです。だから、私は逃げません。最後まで諦めずに勝利をもぎ取りに行きます!!」

「分かった………あなたの覚悟は無駄にしない」

 

 シェリアは彼女の覚悟を裏切ることはしない。全力をもって、彼女を倒すことを決めた。

 

「………サンディーは倒しました。後はあなただけです」

「残念だけど、それは違うかな」

「え?」

 

 シェリアの意味深な発言にウェンディは思わず声を漏らしてしまった。

 ───と、ここでサンディーの安否を確認しにいっていたマトー君が声をあげた。

 

「これは偽者カポ!!魔法によって作られた水だカポ!!」

 

 ウェンディは目を見張る。

 その瞬間、サンディーだった物は水の塊と変化したかと思えば形を崩してじめんへと浸透していった。

 

「そんな!!じゃあサンディーはどこに!?」

「───ここだよ」

「っ!!」

 

 ウェンディの背後にサンディーはいた。

 咄嗟にウェンディはその場を飛び退き、彼女から距離をとる。

 

「シェリアにはバレちゃってたみたいだね」

「うん。だって、あんな余裕な態度を見せつけるんだから。それに一度間近で見たからね」

「これ、結構疲れるんだよね~」

「そんな………サンディーまで………」

「ウェンディは魔法を当てることに意識しすぎて私の水分身の存在を忘れていたみたいだね」

「………迂闊でした」

「ウェンディがそうなるのも仕方ないよ。サンディーに聞きたいことがあるんだけど良い?」

「ん?何かな?」

「さっきまでの()はサンディーが起こしたものでしょ?」

 

 ウェンディははっきりと今気付いた。

 試合序盤と比べて、先程まで霧が発生していたのか、視界が徐々に悪くなってきていたのだ。

 だが、ウェンディの魔法によって一掃されており視界がある程度晴れている。密かに感じていた違和感の正体はこれなのだ。

 

「うん、正解だよ。視界が悪いから分身を出しても気付かれないんだよ」

 

 サンディーはニヤリと笑う。

 

「でも、他にもうひとつあるんだ~」

 

 ウェンディは感じた。

 サンディーの魔力の質が上がっているのだ。この上昇の仕方はまさに先程の自分と同じ。

 つまりは───

 

「ウェンディ、さっき言ったよね。それが嘘じゃないんだったら私やシェリアだって全力で相手をするよ。私だって敗北という恥ずかしい姿は見せられないからね!!」

「サンディーまで使うの!?」

「ごめんね、シェリア。二人とも頑張って避けてね、期待してるよ」

「そんな………サンディーも私と同じように………」

 

 サンディーのオーラが変化。

 彼女の両腕に、これまで以上の水が取り囲む。

 大きく両手をつきだし、宣言。

 

「行くよ!!滅竜奥義!!」

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「やはり、ウェンディの魔法は避けていたか」

「しかもさっき、滅竜奥義って………」

「さっきので魔力が一気に減ったウェンディには危険だな」

「いけいけ、負けんじゃねぇぞーー!!」

 

 ルーシィは不安そうに見つめる。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「練習の成果が出たみたいだね」

「そうね。随分と練習してたから、それなりに気合いが入ってるんじゃない?」

「空回りしないと良いんだけどね」

 

 アールとルーズは彼女が余計な失敗をしないようにと願っていた。

 

 

 ───戦場───

 

「あれは………」

 

 サンディーの腕に徐々に水が集結。

 その水はやがて鋭い牙を持つ水龍へと変貌をとげた。

 

「双竜・海尾拳剏!!」

 

 と、サンディーが二体の水龍を投下。

 その内の一体がウェンディの方へと接近してくる。

 ウェンディは冷静に回避行動へと移るが、龍はそう簡単に諦めてくれない。

 

「っ!!」

 

 水龍が急な進路変更を通して、ウェンディの後を追い掛けてきたのだ。慌てて逃げるように戦場を駆け巡る。

 だが、ウェンディの走るスピードよりも水龍の移動速度の方が早い。

 

「がはっ…………!!」

 

 数秒後、水龍の大きな口へと呑まれた。

 そして、水龍の体中で待っていたのは目が回るほどの激しい螺旋状の渦巻きだった。

 サンディーはターゲットを変更。

 

「よし、後はシェリア!!」

「アタシは捕まらない!!」

 

 水龍はしつように追いかける。

 シェリアは風を利用して逃げる。

 サンディーは必死に操作して彼女を捉えようとするも、規則性のない彼女の動きに惑わされなかなか定まらない。

 

「あっ!!」

 

 刹那、サンディーが失態を犯した。

 シェリアの静かな誘導によって二体の水龍が正面衝突をしてしまったのだ。

 バシャン、と辺りに水飛沫を散らす。

 

「あぁぁぁ~」

 

 水龍は一度動きを止めると、形を維持できなくなる性質を持つ。常に動かす必要があるのだ。

 その為、シェリアを捕まえることなくサンディーの魔法の効力は消滅。

 

「ごほっ………ごほっ………」

 

 水浸しになったウェンディ。軽く咳をしている。それでも彼女は立ち上がる。

 ウェンディはへろへろな状態になっても、笑顔を忘れない。

 

「塩辛いですね………」

「あはは!!私のとっておきを受けて、立ってられるってちょっとショック!!」

「私だって負けてられませんから」

「もっとこの魔法は実戦形式で練習すべきだったね」

 

 サンディーは笑顔で反省。

 そこにシェリアの不吉な笑みが割り込む。

 

「でも、サンディー。その前にアタシの大技にも付き合ってもらうからね」

「うん、バッチコイ!!」

「全力の気持ちには全力で答える!!それが愛!!」

 

 シェリアが構えた。

 

「滅神奥義!!」

 

 

 ───蛇姫の鱗、選手待機席───

 

「よせ!!シェリア!!」

「それはいかん!!」

「相手を殺すつもりか!?バカタレ!?」

 

 仲間からの決死の呼び掛け。

 だが、それでもシェリアが中断する選択を選ぶことはなかった。

 彼女のあの魔法は危険なのだ。

 

 

 ───戦場───

 

 シェリアの魔力が一気に膨れ上がる。

 あまりのすごさに、ウェンディとサンディーは気圧されそうになるものの警戒心を強めて身構える。

 

天ノ叢雲(あまのむらくも)!!」

 

 まるで黒い翼の集合体が、牙を向く。

 それらは途中で分裂したかと思えば、片方はサンディーへと。もう片方はウェンディへと向かう。

 

「っ!!」

 

 だが、シェリアに誤算が発生。

 ウェンディへと放った一撃が軌道を逸れたのだ。

 お陰で彼女の頭上を見事に通過。ウェンディは無傷となった。

 

「避けた!?」

 

 シェリアはもしもの場合を危惧する。

 だが、軌道が上へと変わったことが吉と出る。サンディーはジャンプして避けようとしていたのだ。

 よって、サンディーへは命中。

 

「きゃあああ!!!」

 

 彼女の悲鳴が上がる。

 

 

 ───妖精の尻尾B、選手待機席───

 

「シェリアの魔法は自己回復ができるようだけど、それは“傷”の回復。“体力”の回復はできないみたいね」

「えぇ………」

 

 

 ───妖精の尻尾、応援席───

 

「逆にウェンディの魔法は自己回復はできないけど、相手の“体力”を回復できる」

「なるほど………って、え?」

「ってことは………相手の体力を回復させた?」

 

 シャルルの呟きにハッピーとロメオが驚愕。

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

 隣のリオンから驚きの声が聞こえる。

 

「そのせいで、シェリアの魔法に勢いがつきすぎた!」

「外させた………!? 敵の体力を増加させる事で!?」

 

 全員がウェンディの咄嗟の対応に度肝を抜かれた。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「自分を回復できるシェリアに対して、相手を回復出来るウェンディ。その特性を上手く活用したみたいだね」

「そうね。ある意味賭けに等しいけど………そうなったのは仕方ないわね」

「ソウはどう思ったの?」

「どうって?」

「今のウェンディの奇策についてだよ」

 

 ソウの目が少し泳ぐ。

 アールは何を言わせたいつもりなのだろうか。既にソウがウェンディに対して思っていることは知っているであろうに。

 どうにかして、話をそらす。

 

「それよりも、サンディーの心配はしなくて良いのか?」

 

 シェリアの奥義を半分とはいえ、まともに直撃しているのだ。

 

「心配いらないと思うよ。彼女の魔法にはまだ奥の手が存在するからね」

「奥の手?」

「あぁ。分かりやすくいえばこうだ」

 

 ジュンはきっぱりと告げた。

 

「サンディーの持つ魔法は“深海魔法”。あの二人と違い、体力と傷の回復さらに魔力の回復、その他諸々を行うオールラウンダー。さらに回復させるのにサンディー自身とか相手とか関係ない。あそこの二人の利点のみを重ね合わせた魔法だ」

 

 

 ───戦場───

 

「なんて戦法!?凄いよ、ウェンディ!!」

 

 シェリアはたまらず興奮する。

 彼女はある意味、シェリアの期待をあらゆる方法で上回ってくる。

 それがシェリアの闘争心を駆り立てていた。

 ───と、倒れていたサンディーが動き始める。

 

「………っしょと」

「サンディーもまだ立ち上がるとは、凄いよ」

「サ、サンディー………それは?」

 

 ウェンディはたまらず声を上げる。

 ボロボロなまま立ち上がるサンディーの体に謎の物体が纏わっていたのだ。

 それは神秘的な模様のベール。

 軽く砂を払う仕草をしてから、サンディーは笑顔で説明した。

 

「んとね。分かりやすく言えば、これが人間のもつ本来の治癒能力を刺激して、二人と同じように体力や魔力が回復出来るんようにするんだよ。でも、回復量は圧倒的に二人よりは劣るけどね………塵も積もれば山となるかな。因みにシェリアの魔法を受けた時には防御力を上げるベールを付けていたよ」

 

 ウェンディはいつの間にか彼女の神秘的な姿に見とれていた。

 ウェンディの場合、相手の体力回復。

 シェリアの場合、自己回復。

 サンディーの場合だと自然回復なのだ。

 

「その姿………もしかして、サンディーは深海のお姫様?」

「あ、それも私に勝ったら教えてあげるに追加しておいて」

「了解だよ」

 

 静寂が襲う。

 

「「「…………」」」

 

 そして───瞬く間に衝突。

 三人の少女が全力を持って、敵を喰いにかかる。

 

『これはすごい展開になってきた!!全員一歩も引かず!!ぶつかり合う小さな拳!!その執念はギルドの為か!?』

 

 凄まじい気迫で小さな拳をぶつけ合う3人の少女たち。次第に観客席の人々は魅了され、あっという間にのまれていった。

 

「天竜の砕牙!!」

「天神の北風!!」

「海竜の鉤爪!!」

 

 サンディーがウェンディに一発攻撃を当てたかと思えば、シェリアがサンディーへと追撃。さらにはウェンディがシェリアを吹き飛ばすという試合展開が高速で繰り広げられている。

 

「はぁぁーー!!」

「やぁぁーー!!」

「とぉぉーー!!」

 

 止められない。

 彼女達の小さな拳に秘められた大きな心。

 彼女達のみでしか決着は付かない。

 

「ていやぁ!!」

「まだまだぁ!!」

「今ですっ!!」

 

 刻々と時間が過ぎて、彼女達に疲労の様子が見える。それでも瞳の色だけは変わることはなかった。

 

 やがて───

 

『ここで時間切れ!!』

 

 試合終了の合図が鳴り響く。

 最後まで決着は付かなかった。

 

『試合終了!!この勝負、引き分けドロー!!』

 

 三人全員が5ポイントをそれぞれ獲得。

 観客からは鳴り止むことのない拍手が惜しみ無く送られる。

 

「痛かった?」

 

 一気に疲れが押し寄せる。

 息を整えながらも、シェリアはウェンディに優しく話しかける。

 

「それ………ばっかりですね」

「楽しかったね」

 

 すると突然、二人の体を優しい光を放つベールが包んだ。

 これはサンディーの魔法だ。

 

「サンディー、これは?」

「私からのプレゼントだよ、シェリア───友達の証としてのね」

「え………?」

 

 キョトンとした彼女にサンディーは手を差し出す。

 シェリアは迷いなく彼女の手を握り締めた。

 

「よろしくね、サンディー」

「うん。こちらこそ、シェリア」

「二人とも良かったですね」

「ん?なに言ってるの?ウェンディ」

「そうだよ」

「え?あ、キズが………」

 

 呆然としているウェンディにシェリアがキズを回復させた。

 

「友達になろ!!ウェンディ」

「は………はい………私なんかでよければ……」

「違うよ!!そこは友達同士の返事!!」

 

 サンディーの葛が入る。

 

「友達になろっ!!───ウェンディ」

「うん!!シェリア!!」

 

 ウェンディはシェリアと握手を交わす。

 今、ここに新たな友情が誕生した。

 

『なんと感動的なラスト!!オジサン的にはこれで大会終了ーーーーっ!!』

『これこれ………3日目終了じゃ』

『みなさん、ありがとうございました』

 ───大魔闘演武三日目、全競技終了。

 

 

続く────────────────────────────




裏設定:深海魔法

 天空魔法と並び立つ魔法の一つ。
 相手の魔力や体力を回復させることも可能であるが、ウェンディやシェリアよりも効率はいささか悪い。
 その代わりに一定時間、効果を持続させる“ベール”を纏わせることで回復しながら動き回ることが出来る。ベールには種類があり、それによって効能が変化する。
 今のサンディーには一つのベールだけで限界だが、彼女に魔法を教えたドラゴンから、サンディーは三つ同時使用出来る逸材だと言われている。


 アンケート募集、続行中!!【ここ重要】

 今のところ、竜王祭編が最有力候補となってますがまだまだアンケートは引き続き募集してますのでバシバシと協力お願いします!!


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【UA数50000突破記念特別話】アイドル対戦

 感想欄で三人にアイドルグループを結成してほしいと多く寄せられました。
 ↓
 なので折角だし、それに話の構造がある程度見えてきたので書くことに……。
 ↓
 でも、本編ではそこの所は既に終わっちゃってる………投稿しにくいな………。
 ↓
 建前でも良いから、何かないかな………。
 ↓
 あっ!!あった!!
 ↓
 いつの間にかUA数が50000を越えているではないか!
 だったら、その記念として投稿してしまえ!!
 ↓
 ということで、ifストーリー解禁!!

 そして、シェリアの口調が未だによく掴めていない作者です!!


 ───では、ライブ始まるよ~~!!


 闘技場、北通路。

 

「よろしくね、サンディー」

「うん、こちらこそ、シェリア」

 

 微笑みあう二人。

 “三首の竜”サンディーと“蛇姫の鱗”シェリアだ。

 二人はこれからの特別ルールに乗っ取った試合を行うため、戦場ではなく通路の一角で互いに自己紹介をしあっていた。

 

「でも驚きだよ。まさか、いきなりこんな形になるなんて」

「私としては楽しみだよ?」

「サンディーはノリノリだね」

「そう言うシェリアだって、案外乗り気だよね?」

「えへ♪バレた?」

「バレバレだよ~」

 

 あはは、と楽しそうに笑う。

 サンディーの現在の格好はフリフリのスカートに両肩を露出した派手な服。

 シェリアの格好も殆んどサンディーと同じで違う点は服のメインカラーが異なっているぐらいだ。

 サンディーは赤色。シェリアは黄色。

 端から見れば、とても魔法によるぶつけ合いの試合をするようには見えないが今回はそれで良いのだ。

 

「ところで………後もう一人が来てないよ?」

「あれ?ウェンディ?まだ来てないのかなぁ………」

 

 残りの一人、ウェンディも試合に参加する手筈になってあるが未だに姿を見せていない。

 自分が選ばれていることは知っているはずなので、ここにもうすぐ来てもおかしくはないのだが寄り道でもしているのだろうか。

 サンディーはピコンと思い付く。

 

「折角だし迎えにいこうよ!!」

「うん。そうだね!!」

 

 シェリアは即答で頷く。

 

 本日最終試合。急遽、ルール変更。

 魔法による一対一の勝負ではなく───

 

 ────()()()()()()へと変更する。

 

 

 

 

 ◇

 

 妖精の尻尾A、選手待機席。

 

「嫌ですぅぅ!!!!」

 

 一人の少女の悲鳴が上がる。

 顔を真っ赤にして、今にも熱で倒れそうなその少女は他でもない、ウェンディだ。

 ルーシィは困った顔を見せる。

 

「そんなこと言ったってウェンディ………もう決まったことなんだから………」

「でもですよ、ルーシィさん!!こんな大勢の前でこんな破廉恥な格好で出るなんて恥ずかしいじゃないですか!!」

「あはは………」

 

 どん、と彼女につき出された衣装を目前にルーシィはから笑いをする。

 露出度が高いその服は、恥ずかしがり屋のウェンディにとっては絶対に一生をかけてでも選ばないであろう代物だ。

 

「ん~?」

「よくわかんねぇなぁ………」

 

 ナツとグレイは端から見守る。

 男の彼らにとっては理解しがたい内容なのだ。男の出る幕はない。

 対して先程からはわわ、と落ち着きのないウェンディ。彼女の肩にエルザが手を優しく置いて一言。

 

「エルザさん………?」

「これも経験だ」

「そんなぁぁ………」

「案外面白いぞ。色んな服を着てみるとその度に新たな発見があったりして楽しいものだ」

「エルザの場合、鎧ばっかだけどな」

 

 エルザはグレイを睨む。グレイはギョッとして目をそらした。

 味方がいなくなったウェンディ。

 それでもまだ気持ちが決まらない。目の前の両肩が露見した衣装とにらみ合いが続く。

 と、そこに───

 

「あ!いたいた!」

 

 同じ主役であるサンディーが来た。しかも派手な衣装を身にした彼女の姿はまさにアイドルそのものだ。

 彼女の様子を見るに衣装を着るということに抵抗はなく、素直に受け止めているようだ。ウェンディは純粋に羨ましく感じた。

 そして、ウェンディはサンディーの背後に別の少女がいたことに気付く。彼女もまた色違いの衣装を着用している。

 その少女はサンディーの隣に立ち、ウェンディをじっと見つめる。

 

「あなたがウェンディ?アタシはシェリアって言うの。よろしくね」

「え………あ、はい………私の方こそ、お願いします」

 

 困惑しながらもウェンディは一礼。

 頭を上げると目の前に女の子の手。シェリアの手だ。

 彼女の意図を読み、ウェンディは彼女の手を握った。軽く握る程度だ。

 だけど、数秒後にウェンディは異変に気付く。

 

「え?」

 

 ───離れない。

 シェリアの掴む力が強くて、手ががっちりと掴まったままなのだ。試しに引っ張ってみたりするがどれも現状の打開策とはならない。

 ウェンディが脳内で謎の光景を把握していない中、シェリアが追い打ちをかけるように笑顔で一言。

 

「逃がさないよ♪」

 

 

 

 

 ◇

 

 闘技場、通路。

 

「ななな何するんですか!?」

 

 ウェンディは必死に抵抗していた。

 原因はシェリアが彼女の腕を引っ張って、連行しようとしているのだ。

 何処へ連れていこうとしているか。ウェンディは薄々、察していた。試合の会場である戦場へと向かっているのだ。

 サンディーも口を挟まず、ただ後ろから付いてきているだけ。ウェンディからして みれば静かに微笑まないで、助けてほしい。

 

「勿論、アタシとサンディーとウェンディの三人で出るからね。早くしないと」

「でも………っ!!」

「何をそんなに嫌がるの?」

「嫌がってる訳では………」

 

 シェリアは立ち止まり振り返る。

 ウェンディはじっと下唇を噛んで、俯いてしまった。

 サンディーがそっと静かに告げる。

 

「人前に出るのが苦手なんだよね」

「そうなの?」

「はい………」

 

 小さく頷いた。

 観客全員の視線が一堂に介するであろう、今回の試合。他人からの視線を意識してしまい緊張してしまうのも無理はない。

 ましてや、こんな舞台に出ることが初めてで右往左往している彼女にとっては難題過ぎたかもしれない。

 

「でも、これからすることはアタシたちにしか出来ないことだよ。よくよく考えてみると結構な大役だよね。アタシだって、緊張しちゃう」

「そうなんですか?」

「うん。アタシだって初めてだからね」

 

 シェリアははっきりと気持ちを述べた。

 ウェンディはゆっくりと顔をあげる。

 なら、どうして彼女はそんなに不安な表情を見せないのだろうか。ウェンディは不思議で仕方なかった。

 そんなウェンディの疑問を読んだかのようにサンディーが言った。

 

「ウェンディ、これから言うことだけは覚えておいて。あなたは一人じゃない。私やシェリアが一緒にいる。もしもウェンディが失敗を犯しても私達がしっかり支えるから」

「うん………」

「だから、ウェンディも私を支えてくれない?」

「え?」

「隣にウェンディがいてくれたら、私は百人力だよ。不安な気持ちも三人いれば、三等分ってね。だから、お願い!!」

 

 彼女に励まされたようだ。

 ウェンディの瞳に覚悟の決意が灯される。

 

「………分かりました。こんな私ですが、お二人の足を引っ張らないように頑張りたいと思います」

「じゃあ、早速。ね?」

「ななな何を………?」

 

 サンディーの謎の笑みに後ずさるウェンディ。

 彼女が取り出したのはウェンディが着る予定の何かと露出の多い衣装。ウェンディの頬がひきつる。

 

「これ、着てね♪」

「でも、ここで着替えるわけには………」

「と言うと思って、ちゃんと着替え場所は用意してあるよ」

 

 ジャーン、と効果音と共にシェリアが両手を広げてまでウェンディに見せたいものはとある部屋の扉だった。

 そこには“女子更衣室”と看板が隣に掲げられていた。

 

「ほら、行こ?」

「これを着るのですか………」

「他にないからね」

「恥ずかしくないんですか………」

「慣れたら平気だよ」

 

 まだ決心がついていないようだ。

 先程から更衣室に踏み入れることを躊躇して、サンディーに質問ばかりを浴びせている。彼女はは難なくあしらっていくので、ウェンディが段々と物静かになっていく。

 

「早くしないと皆が待ちくたびれちゃうよ?」

「そんなこと言われたって………これだけは譲れないんです!!」

 

 シェリアにもはっきりと告げたウェンディ。そこに彼女のプライドが醸し出されている。

 と、そこにサンディーの強烈な一撃が入る。

 

()()に可愛いって褒めて貰えるかも?」

「えっ!?………」

 

 ウェンディの目がおよおよと泳ぐ。

 今ごろ、彼女の脳内では兄に褒められたい欲望と人前に出ることによる羞恥心との激闘が繰り広げられているであろう。

 

「ほら!!」

「えっ………あ、その………やっぱり無理です!!」

「あ、逃げないの!!待てぇぇーー!!」

 

 ウェンディ、顔を真っ赤に逃走。

 彼女を追いかけていったサンディーの背中を見送りながら、シェリアは一言。

 

「さっきのウェンディ、ソウに褒められるって言われて滅茶苦茶動揺してたね。分かりやすいったらありゃしない♪」

 

 もうしばらく時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 ◇

 

『では!!いよいよ登場してもらいましょう!!観客の皆さんは思う存分に今回だけの特別なライブを楽しんでください!!』

 

 どっ、と熱気が上がる。

 会場のど真ん中には派手にセットされたステージがライトアップされていた。

 全体的に会場は光源を遮断して暗くされており、ライブの準備は万端だ。

 

『では!!登場して頂きましょう!!』

 

 アナウンスが入ると同時にしんと静まり返る。

 

『“どじッ子シスターズ”の三人でーーーす!』

 

 次の瞬間に派手な演出が打ち上がり、キラキラと紙吹雪がステージを覆った。

 ステージの床の一部に穴が空いた。

 そこから出てきたのは、他でもない───このライブの主役達。

 

「やっほーー!!」

「待たせちゃってごめんねー~!!」

 

 サンディーとシェリアが呼び掛ける。

 

「みんなーー!!元気ーー!!」

『うぉぉぉぉおおおおお!!』

 

 観客の空気を震わす大声が響き渡る。

 

『審査の基準は単純です。観客の皆さんにスティックを配布してますね。そこに三人のアイドルの名前が書かれてますので、良いと思ったアイドルの名前を押してください!!その合計で競い会います!!』

『これのことだスな』

 

 無論、全員の手に行き渡っている。

 ステージの準備に時間がかかったので配分する時間は十分にあった。

 そのスティックは七色に光る仕組みになっており、会場を盛り上げる一役を担っている。

 

『そして、合計点はあの掲示板に表示されます!!』

『ですが、途中から結果は隠すんでよね』

『その通りです!!その方が盛り上がりますからね!!』

 

 一角に設置された巨大な掲示板。

 三人の名前の欄とその下に数字が入るであろう空白がある。

 説明も終わり、サンディーが早速あることを宣言した。

 

「それじゃあ、始めるよ!!」

「え!?何をですか!?」

 

 そわそわしているウェンディが慌てて聞き返す。

 

「そりゃあ、勿論───」

 

 サンディーは満面の笑みで告げる。

 

「自分のアピールをするんだよ?」

「え………えええぇぇぇぇ!!そんなこと、聞いてませんよ!!」

「あ、忘れてた。ごめんね、てへペロ♪」

「そんなぁぁ………」

「というよりウェンディはステージで何をするつもりでいたんだろうね………」

 

 シェリアのふとした疑問もウェンディの耳に届かないほど、彼女の表情は青ざめていた。

 

「まぁ、最初はアタシから行くから参考にしてもらったら良いよ」

 

 シェリアが一歩前へと出る。

 すると、彼女の足元にスポットライトが照らされる。

 

『アピールタイム!!ここでは彼女たちに自慢の技を魅せてもらいます!!まずは一番手、シェリアたん頑張れーー!!』

『シェリア………たん?』

 

 シェリアは両手を構える。

 

「天神の北風(ボレアス)!!」

 

 二つの黒い風が彼女の腕から出現した。それらを勢いよく腕を振り上げることで、二つの黒い風が竜巻となって空へと飛び出した。

 不規則な動きで竜巻は空へと上っていく。やがて、空中で二つの竜巻が衝突して辺り一体に暴風を撒き散らした。

 シェリアがさらに手を大きく動かす。すると、風が意識をもったかのように動く。

 彼女の体に黒い風が付き纏い、幻想的な姿となった。

 

『なんと!!シェリア選手の雰囲気から、儚いダークな感じがします!!お見事です!!』

『彼女本来の魅力に彼女の魔法がオーラをもり立てる素晴らしい演技ですね』

 

 観客達も彼女の演技に魅了されたのか、歓声が鳴り止まない。

 シェリアは後ろへと移動しながら、満足そうに観客に手を振る。

 

「ありがとーー!!」

「じゃ、次は私だね」

 

 入れ替わるようにサンディーがライトアップされた所へと歩みでた。

 

「滅竜奥義!!」

 

 サンディーが構える。

 彼女の周りを水が多い囲む。

 

「双竜・海尾拳剏!!」

 

 水が段々と集まり、二体の龍を形成した。水の龍の目が光る。

 ていっ、とサンディーが腕を上げると二体の龍は会場を力一杯泳ぎ出す。観客達は上を見上げて、唖然としていた。

 やがて、龍は会場の中心へと移動した。そのまま渦を描くかのように昇っていったかと思えば、爆散。

 

『これは………とても幻想的です………』

 

 キラキラ、と光に反射された細かい雨粒が彼女の最後にとった決めポーズに淡麗という言葉を添える。

 

『水を使った芸術とも言える演技でしたね。こちらも彼女なりの魅力を十分に引き出してますよ』

「手応えありだね!!」

 

 サンディーは最後にガッツポーズをした。

 出番を終えたので、交代する。

 次に出るのはウェンディ。サンディーは彼女の元へと近づく。

 

「頑張ってね、ウェンディ」

「うん、ありがとね、サンディー」

 

 ウェンディの表情に緊張の色はない。

 というのは嘘になる。まだ動きにぎこちなさが残っていた。

 だが、それでもウェンディは二人の魅せた演技に自分も負けられないと闘争本能をかりたてられた気がした。故に、全力で自分も精一杯魅せるのみ。

 

「いきます!!」

 

 全員の注目を浴びながら、ウェンディはステージの中心で覚悟を決めた。

 彼女の側から風が吹きたつ。

 

『おおっと!!なんとウェンディたんもシェリアたんと同じ風魔法の使い手か!?』

『ただスくは天空魔法だな』

 

 ウェンディは両手をつきだし、告げる。

 

「滅竜奥義!!照破・天空穿!!」

 

 彼女の手のひらから渾身の竜巻が発生。不規則な軌道を描いて、竜巻は空へと舞い上がる。

 後はあの竜巻の中心に飛び込み、身を任せることで体を浮からせる。次にそこから風同士を衝突させて、フィニッシュを決めるつもりでいる。

 ウェンディは竜巻へと走ろうと片足を出そうとするが───

 

「あぅ!!」

 

 ───こけた。

 足元に邪魔にならないように置かれていたマイクのコードに引っ掛かった。風で吹き飛ばされていたようだ。

 さらにこけた勢いでウェンディは魔法の制御を誤り、肝を冷やす。

 

『おおっと!!これはすごい強さです!!』

『いえ………ただ単に間違えたような気が………』

 

 竜巻がさらに大きくなってしまって、周りを巻き込むほど巨大化してしまった。

 慌てて、ウェンディは魔法を解除しようとするが───

 

 ───バチぃん、と何かが切れる音がした。

 

 刹那、ステージは暗闇に包まれた。

 観客の持っていたスティックも灯りを失ってしまい、会場全体が暗くなる。

 

『えーっと………先程入った情報によると、どうやら停電が起こったそうなので、復旧まで今しばらくお待ちください』

『あはは………流石にやりすぎたようですね』

『元気があるのはいいことだ』

 

 停電。

 

「はわわ………っ!!」

 

 ウェンディはステージの真ん中で失敗から来る羞恥心のせいで顔を真っ赤にして、ただひたすらに右往左往していた。

 

「これって採点出来るのかな?」

「どんまい~ウェンディ~」

 

 陰で待機している彼女たちから声がかけられてくるが、ウェンディはそれどころではなかった。

 盛大にやってしまったのだ。

 

「うぅぅ………恥ずかしい………です」

 

 誰も辺りが暗くて、ウェンディの表情をが見えないのは、今のウェンディにとっては不幸中の幸いと言えた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 闘技場、東通路。

 

「お疲れ、二人とも!!」

「楽しかったね」

 

 アピールタイムから数十分後。

 ライブの余韻に浸りながら互いに讃え合う彼女達。停電というトラブルが少々あったものの、あの後すぐに復旧されて問題なく再開することが出来て、無事にライブは最後までやり遂げた。

 表情に疲労の色が少し見えるが、今の彼女達心ははやりきった感でいっぱいだ。

 

「ウェンディはどうだった?」

「うん。最初は緊張しちゃったけど………楽しかったよ 」

「あはは、でしょ!!」

 

 サンディーは満足そうに頷く。

 

「でも勝負はつかなかったね」

「あぅ………私のせいで、すみません」

「まぁ、気にすることはないよ」

 

 シェリアにとって、勝敗がつかなかったことは唯一の気掛かりでもあった。

 ウェンディが思いっきり羽目を外してしまい、彼女の魔法が運悪く機材のコードをぶち抜いてしまったので、故障してしまった。そのおかげで採点が出来なくなってしまい順位もお預けという形で幕を引いた。

 観客達はライブをすること自体に満足していたようなので、特に順位不問の件についての批評はなかったそうだ。

 申し訳なさそうにしているウェンディが「あの………」と恐る恐る心情を述懐する。

 

「引き分けという形になってしまいまけど………私はこれで良かったと思います。私自身よく分からないんですけど………なんだか、この達成感に勝ち負けとか付けてはいけないような気がして………シェリアさん、曖昧ですみません………」

「シェリアでいいよ」

「え?」

「アタシのことはシェリアって呼んで、ウェンディ」

「う、うん、シェ………シェリア」

「うんうん、これでアタシ達も友達だね。あ、勿論サンディーもだよ」

「昨日の敵は今日の味方だね!!」

「まだ半日も経ってないよ」

 

 分かってるって。サンディーは笑った。シェリアも吊られて笑う。

 ウェンディも微笑ましく見ていた。

 

「お、いたいた」

「あ、ジュンだ!!」

「皆もいるよ!!」

 

 そこにやってきたのはジュンを筆頭に、“三首の竜”と“蛇姫の鱗”の魔導士。

 ジュンの姿を見つけたサンディーは嬉しそうに彼の元へと駆け付けた。サンディーも仲間達の方へと走る。

 ウェンディはその場にポツンと残った。

 妖精の尻尾の皆は来ていないようだ。

 ちょっと気持ちがへこむ。

 

「どうしたんだ?」

 

 そんなウェンディの目の前に来たのは、ソウだった。落ち込んでいるように見えた彼女にソウは優しく問いかける。

 

「お兄ちゃん………どうして私の所に?」

 

 本来なら同じチームのサンディーの所へと行くべきだ。実際、彼以外のメンバーは全員同じチームの所へと賞賛の声をかけている。

 ソウは軽く頭を掻きながら、言った。

 

「なんか、妖精の尻尾(あいつら)からウェンディの迎えは任せたって言われてな………一応、今の俺は妖精の尻尾の魔導士じゃないってのに」

「そうなんだ………」

 

 もしかして。

 

「ほら、行くか」

「え?どこに?」

「そりゃあ、あいつらの所」

 

 ソウは手を差し出した。

 ウェンディは驚くかのように彼の顔を見る。いつもの彼の顔だ。

 彼の手を握るか、どうか戸惑っているとふとソウはほのめかす。

 

「俺と手を繋ぐのが嫌か?それとも背負ってほしいのか?」

「~~っ!!だだだ大丈夫!!」

 

 顔を真っ赤にしながらもウェンディは彼の手をつかんだ。

 ソウは歩き出す。ウェンディも彼の隣を照れながらも付いていく。

 ニヤニヤしながら傍目から見守っているサンディーとその他大勢にウェンディは気付くことはなかった。

 しばらくして、誰もいない通路を二人きりで歩いていた。

 

「あ………」

 

 突然、彼は声を漏らした。

 ウェンディは顔をあげて、彼の横顔を見つめる。

 そして、振り返った彼と目があった。

 

「ウェンディ」

「どうしたの?」

「衣裳、可愛かったぞ」

 

 ウェンディの思考が停止。

 再起動を果たして、彼の言葉を理解するのに数秒のタイムログが生じた。

 頬に熱が帯びる。あたふたとウェンディは必死に顔を横にふった。

 

「そそそそんなことないです!!」

「顔が真っ赤だな」

「あうっ!!こっちを見ないで!!」

 

 彼から視線を逸らす。

 これ以上、恥ずかしいことを言われると昇天しそうな勢いだ。

 だが、それでもウェンディはソウと繋いでいる左手を放そうとしない。

 それから、ウェンディはソウと色んなことを話した。ルーシィが部屋割りで愚痴ってることや他にも色々と。ソウはちょくちょく聞き返しながらウェンディの話に耳を傾けていた。

 しばらくして───

 

「着いたぞ、ほらあそこ」

「え………あ、もう………」

 

 通路の向こうには仲間達が手を振っている。つまりは兄ともここでお別れということを意味していた。

 

「ん?」

「お兄ちゃんはまた何処かへ行くの?」

 

 唐突な妹の問いにソウは即答した。

 

「心配するなって。大丈夫、俺は必ず皆の所に、ウェンディの元に帰るから」

「本当?」

「あぁ」

 

 ウェンディは名残惜しそうに彼と手を放した。一瞬、悲しそうな顔をするがすぐに笑顔を彼に見せる。

 ドキリ、とソウの頬に赤みを帯びた。

 

「うん。じゃあ、私待ってる。お兄ちゃんが帰ってくるのを待ってる。だから………ちゃんと帰ってきてね」

「………ありがとな」

 

 ウェンディは彼に背を向けた。

 やがて、ゆっくりと走り出す。走る先ににはまだ手を振っている仲間達。後ろには大好きな兄。

 ───アイドルをやってみて、ウェンディは後悔はなかったと思っている。そのお陰で楽しいライブの思い出が作れて、シェリアとも友達になれて、こうしてソウともふたりきりで話が出来たのだから。

 ウェンディはぎゅっ、と左拳を握り締めた。

 

「待ってるから」

 

 握った彼の手はとても───

 

 ───暖かった。

 

 

続く────────────────────────────

 




裏設定:どじッ子シスターズ

 スヌーピーさん、提供ありがとうこざいます。採用させて頂きました!!
 因みに自分は“ゴッドテイルズ”ってどう見てもアイドルとは程遠いグループ名を浮かべていました………危ねぇ………(汗)。
 そして、この話は本編とは一切無関係とだけ覚えておいてください。



 アンケート募集中!!【ここ重要】

 詳しくは作者の活動報告で。

 現在、『竜王祭編』に並んで『ソウの過去編』も人気となっています。どちらも作者としては力が入りますね。
 そしてですが、まだまだアンケートは続行してます!!
 詳しくはここで話せないのでなんですが、このまま作者の活動報告のページへとポチッと移動して一目見てくださるだけでも結構です。
 皆さんの協力を待っています!!


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第ad話 水面下での疑惑

 一先ずGW中になんとか間に合って一安心。ふぅーー。
 現在、大魔闘演武編を書かせてもらってますが………正直、三首の竜のポイントが凄いことになってます。計算メンドイ。
 最後に何かしらの調整が必ず必要となってくるかも。

 そんなことより!!!!!!

 ────感想ばんばんカモン!!



 観客席。

 とある一角ではローブに身を包んだ一人の怪しい人物が試合を観ていた。

 ミストガンこと、ジェラールである。

 訳あってミストガンに扮装している最中のジェラールは三日目の最終試合の途中に感知した謎の魔力の正体を追っていた。

 初め、シェリアという少女を疑っていたが彼女とサンディー、ウェンディの交える拳に自分ごときが介入出来ない。そう判断したジェラールはただ固唾を飲んで見守る。

 

「………」

 

 そして、現在試合が終了した。

 ゼレフに似た謎の魔力はまだ途切れることなく感じていた。この魔力はシェリアではなかったのだ。

 漠然としたモヤモヤした、なんとも表現しにくいこの感触の中でジェラールは魔力の出所が徐々に自分から遠ざかっていくのを察する。この様子だと出口に向かっているようだ。

 正体を確かめるために、ジェラールは人混みにのまれながも謎の魔力の後を追った。

 その時、ジェラールは気付いた。自分も追跡されていることに。軽く舌打ちをしてしまう。

 評議院のドランバルト。

 偶然彼とは肩がぶつかったのだが、そのせいで運悪く彼に目をつけられていたようだ。

 

 ───流星(ミーティア)、発動。

 

 ジェラールは瞬時にその場から離脱。

 それと同時にドランバルトは目標が消失したことに目を見開いた。

 

「気付かれたか!?しかし………」

 

 ドランバルトの表情が変わる。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 会場、大広間。

 ジェラールは追跡者を撒いたことを確認した後に、自分も追跡を行っていた。魔力の現在位置を見失わないように慎重に伺っていく。

 ───見つけた。

 目的の人物と思われる人影を発見した。ジェラールは即座に後を追おうと動こうとしたが、

 

「っ!!」

「逃がさねえぞ」

 

 ドランバルトが出現した。瞬間移動によるものだ。

 歩みを止めてしまった。評議員に止められてしまったのだ。さらに魔力の根源も徐々に遠のいていく。

 すぐそこに正体がいるのに。

 折角のチャンスが離れていく。と思えば、今度はピンチが迫ってきていた。

 

「お前は何者だ」

 

 ドランバルトの冷たい問い。

 彼を気絶さして、強行突破という手もある。だが、今のジェラールは妖精の尻尾の魔導士ということになっており下手に人が多いこの場所で問題は起こせない。

 この状況をどうやって打破するかを考えるジェラール。

 さらに、不運は続く。

 

「ドランバルト、何の騒ぎだ」

 

 偶然、部下を引き連れたラハールが騒ぎを見つけて、来てしまったのだ。状況は最悪な方へと展開していく。

 ドランバルトは質問を続ける。

 

「お前がミストガンじゃない事はわかっている。誰なんだ?」

「すまない、急いでいるんだ」

「待て」

 

 彼の問いに答えず、その脇を抜けようとするジェラール。だが当然、彼に止められる。

 ドランバルトはここまで目の前の人物を偽者と疑う理由を口にした。

 

「ミストガンはこの世界(アースランド)にはいない」

「私はミストガンだ」

 

 きっぱりとそう返したジェラール。

 すると次の瞬間、ドランバルトの手がジェラールの顔を覆っている覆面へと迫る。

 

「何を!!」

「お前は誰だ!!」

 

 ───反応が遅れた。

 当然の彼の行為にジェラールは避けることが出来ず、目を見開いた。ドランバルトの手がジェラールの仮面へと触れる。

 

「しまっ……」

 

 ジェラールの声が仮面越しではなく、彼の口から直接漏れた。

 ドランバルトが剥がした仮面は床へと力なく落ちる。

 

「「ジェラール!!?」」

 

 ドランバルトとラハールの大声で、周りの人間が何事かと様子を探りはじめた。

 まさに絶体絶命と言えるこの状況にジェラールは内心、慌てていた。今はどうにか誤魔化してここを離れないといけない。

 が、公衆の面前で迂闊に動けない。そこに助け船を出したのは意外な人物だ。

 

「おーーこんな所におったのかね、ミストガン君」

 

 とことこと杖をつきながら、彼らの間へと歩いてきたのは小さな老人。

 

「ヤジマさん!!」

「!!」

 

 思わぬ人物の登場に、ジェラールだけでなくラハールも驚いてしまう。

 ヤジマは真剣な表情になったかと思うと声質を暗くして、尋ねた。

 

「ラハール君、ミストガン君が顔を隠スとる理由がわかったじゃろ」

「え?」

「あのズラールと同ズ顔を思って生まれてスまった不運。察スてやってくれんかの」

「別人………だと!?」

 

 あくまで彼と本物のジェラールは別人だと断言するヤジマに、ラハールは何度もジェラールを見比べる。

 

「エドラスという世界(スかい)は知スってるかね?」

「ええ………部下より聞いています」

「その世界(スかい)とこの世界(スかい)は繋がっておる。同ズ顔をスた人間が存在する」

「では、あなたはエドラスの人間だと?」

「……ああ」

 

 ここは乗っておくのが、最善策。

 そう判断したジェラールは素直にラハールの質問に頷いた。

 

 

 

 

 ◇

 

 ───彼らの騒ぎの近くをある一行が通ろうとしていた。

 他でもない“人魚の踵”の魔導士達だ。

 先頭をきって、歩いていたカグラ。出口を目指して後ろで楽しそうに談笑している仲間達に苦笑しながらも進んでいた。

 ふと、目を向けるとそこには───

 

「ジェラール!!」

 

 カグラの心臓が一気に鼓動する。

 駄目だ。ダメだ。ダメダ。

 あまりの唐突な出会いに、カグラは吐き気に襲われる。

 ここで仲間達が彼女の異変に気付いた。

 

「うっ………うぶっ!!」

「カグラ!?」

「ちょっと!!どうしたんだい!?」

「カグラちゃん!?」

「大丈夫!?」

 

 カグラは突然口元を手で押さえ、その場で膝をついた。

 仲間達は彼女の身に何事かと思いながら彼女へと駆け寄る。

 

「ううぅ………ううぅぅぅ………」

 

 不気味なまでに彼女は呟く。

 不倶戴天の刀が彼女の手に握られようとしていた。抜かれようとしていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

「ちょっと誰か!!早く救護班を呼んでっ!!」

「カグラちゃんが!!」

 

 ミリアーナが周囲の野次馬にすぐに救護班を呼ぶように叫ぶ。

 野次馬も不思議そうにこちらを見てくる。

 ───その時だった。

 

「ジェラ………!!」

 

 ミリアーナが見つけてしまった。

 カグラの様子がおかしくなった原因。そして、自身の最も憎む敵。

 一瞬で表情を一変させたミリアーナ。下手すれば今にでも牙を剥いて襲いかかろうとしている。

 そこにミリアーナの腕に誰かの手が掴む。ぎゅっ、と握り締められた。

 そのお陰ではっとなり、正気を取り戻したミリアーナ。腕を掴んでいる本人を見た。

 

「もうよい、落ち着いた」

「でも………!!あそこに………!!」

「わかっている。もう大丈夫だ、すまない」

 

 何事もなかった。

 まるでそう感じさせるほどにあっさりと立ち上がったカグラ。唯一違うのは、彼女の瞳が深い闇へと沈んでいたこと。

 そして、ある事実を口にする。

 

「奴等がかくまっていたのか」

「ジェラールが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に? どうして? エルちゃん……」

 

 誰か、答えて。

 

 

 

 

 ◇

 

「理解していただいて感謝する」

「いえ………私の方こそ、事情を知らず失礼しました」

 

 数分後、ラハールに説明したことで納得してもらえた様子になった。

 ヤジマの助言もあったお陰で、目の前の人物はエドラスのジェラールだと認識してもらえたようだ。

 

「ジェラールは私にとっても邪悪な存在。見つけたら必ず報告する。では」

 

 ジェラールは再び覆面で顔を隠してミストガンに扮した。そそくさと、その場から歩き出す。

 ヤジマとのすれ違い様に───

 

『恩に着ます、ヤジマさん』

『1度だけじゃ。マー坊に迷惑がかかる前に出ていけ』

『はい………大会が終わる頃には必ず』

 

 念話で数言交わすと、姿を消した。

 ラハールは彼を見送ったあと、ドランバルトにだけ聞こえるように小さく耳打ちする。

 

「あれは本物だ」

「───っ!!」

「ここはヤジマさんの顔を立てておくが───逃がしはしない」

 

 そんなラハールは本物と断定したジェラールが去った先を鋭い目つきで睨み付けていた。

 ───必ず捕まえて見せる。

 

 

 

 

 ◇

 

 闘技場、北通路。

 

「お、戻ってきた」

 

 三首の竜メンバーが待機するなか、彼らの前に姿を見せたのは先程の試合で激闘を繰り広げた張本人。

 

「随分とへろへろだな」

「サンディーちゃん、お疲れ~。良い試合だったよ」

「えへへ………ありがと。結果は引き分けだったけどね」

「あなたにとっては十分なんじゃない」

 

 サンディーはぎこちない笑顔を浮かべる。試合の疲労が相当後になってきているようだ。

 

「ジュン、見てくれた?」

「おう。滅竜奥義はおしかったな」

「だよね。あれはもう少し練習しておかないと」

 

 ジュンに言われ、嬉しそうなサンディー。

 サンディーは一目見渡してあることに気付いた。

 

「ソウがいないよ?」

「あ、ソウならさっきレモンに連れていかれたよ」

「なら………きっとウェンディの元に………」

 

 次の瞬間に彼女の体がぐらり、と揺れる。

 足元がふらついて思考の回らないサンディーは倒れそうになった。

 

「おっと」

 

 ジュンが即座に彼女の体を抱えた。

 彼の腕の中で力なくサンディーは笑う。

 

「えへへ………思ったよりも魔力を使ったみたい。体に力が入らないや」

「ベールなんて使うからだろが」

「仕方ないよ~二人とも予想以上に強かったんだから」

 

 ジュンはそのままサンディーを抱えたまま、その場を立ち上がる。今の彼らの状態は女の子のサンディーにとって一大事なもの。

 所謂、お姫様抱っこと言う。

 サンディーは顔を真っ赤にして慌て出す。

 

「はわわ!!ジュン!!」

「大人しくしとけって、オレが宿まで運んでやるから」

「………ありがと」

 

 ジュンの有無も言わせない物言いにサンディーは恥ずかしそうに顔を俯かせた。が、それ以上の抵抗をしないようなので、彼に任せることにしたようだ。

 ジュンはアールとルーズに向けて一言告げる。

 

「んじゃ、先に戻っとくな」

「えぇ」

「うん。またね」

 

 ジュンは二人に見送られて、宿へと行ってしまった。

 ルーズは小さく呟く。

 

「羨ましいわね………」

「ルーズ、何か言った?」

「何も言ってないわよ」

 

 アールはちょこんと首を傾げたが、すぐにジュンの去っていた方向を見る。

 ふと彼の横顔を見たルーズ。

 相変わらずの能天気な表情。何を考えているのか分からない。

 よくよく考えてみれば、それは彼も同じなのかもしれない。やはり、他人の気持ちを理解出来るのは便利なのだろうかと考えてしまう。

 

「そんなもの………あったとしても私には不要ね」

 

 ルーズは思う。

 気持ちとは口に出して初めて気持ちになりうる存在なんだと。直接相手に伝えないと意味がない不確かな存在。

 ───特に好きな人にはなおさら。

 

「私の場合はもうちょっと後かしらね」

 

 まだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 闘技場、一般通路。

 

「こっち!!」

「はいはい………」

 

 (エーラ)を発動しているレモンに引っ張られ、ソウは歩いていた。どこに連れていこうとしてのかまったく見当がつかないままなのだが、レモンにされるがままになっている。

 しばらくして、レモンの動きが止まる。

 

「とうちゃーく」

「んで、何をするつもりだ?」

 

 レモンは答えない。

 ソウが眉を潜めていると、背後から少女の声がかかる。

 

「お兄ちゃん?」

 

 振り返ると、目の前にウェンディがいた。

 どうしてここにいるの?と不思議そうに彼を見つめている。

 

「後はソウに任せたよ」

 

 背中からのレモンの声。

 ソウはその時、全てを悟った。

 妖精の尻尾にはレモンから事情を話してあり、ウェンディの迎えに来ることはない。代わりにソウを迎えに寄越そうとレモンが提案したのだ。

 あっさりと承諾した妖精の尻尾メンバー達はあっさりと宿へと引き上げていってしまった。今頃、既にどんちゃん騒ぎの準備でも始めているだろう。

 彼に対する信頼が高いことが分かる。

 

「座るか」

「うん」

 

 立ったままは疲れるので、近くの壁にもたれる形で座る。ウェンディも彼の隣に座る。

 然り気無くレモンがいつもの定位置、彼の頭に乗った。

 

「試合惜しかったな」

「うん………サンディーもシェリアも強かった。私じゃ、とても………」

「ウェンディも強くなったじゃないか」

「本当?」

「ああ。滅竜奥義を使えるなんてのは流石に驚いたぞ」

「えへへ………お兄ちゃんに内緒で特訓した甲斐があったね」

 

 自然と笑顔が溢れるウェンディ。

 どこか彼女の仕草に力なさが感じられるが、試合後なので仕方のないことだ。

 ソウは無意識に近い形でウェンディの頭に手を伸ばしていた。

 見ていなかったウェンディは彼の指先が触れると同時にびくっと肩を震わす。

 

「えっ!?」

「あっ、悪いな」

「ううん。そんなことないよ?びっくりしちゃっただけだから。お願い、続けて」

「分かった」

 

 ソウは優しく彼女の頭を撫でる。

 懐かしい気持ちに包まれた。こうして、彼女の頭を撫でるのはいつぶりだろうか。

 

「お兄ちゃんにこうして撫でてもらうのは久しぶりの気がする………」

「そうか?」

「うん」

 

 気持ちが良いのか、ウェンディは目をつぶってしまった。一時の至福の感覚を堪能する。

 それっきり二人の間に無言が続く。

 嫌という気持ちではなかった。むしろ、ウェンディにとっては永遠に続いてほしい時間だった。

 

「………zzz」

 

 数分後。

 ふと、ソウの肩に重みがかかった。

 ふと隣を見ると、自分に体重を預けてすやすやと気持ち良さそうに寝ているウェンディの姿が視界に映る。

 試合での疲労がだいぶ溜まっていたようだ。

 

「寝たか………」

「凄い試合だったからね。無理もないよ」

「ちょうど良い。レモン、わざわざ俺をウェンディの元まで連れてきて、どういうつもりなんだ?」

「さあ?」

 

 レモンのわざとらしい返事。

 頭に乗っているので、表情が見えないのが悔やめる。下手に動けばウェンディを起こしかねないのだ。

 

「それでウェンディはどうするの?」

「勿論、宿まで送るつもりだ」

 

 ゆっくりと彼女を壁へともたれさす。

 彼女の無警戒な寝顔に若干意識しつつも、ソウはウェンディを背負うとその場を後にする。

 彼に背負われているウェンディの表情はとても嬉しそうにしていた。

 

「お兄ちゃんの背中………暖かい………」

 

 

 ───三日目最終結果───

 

 1位,“三首の竜”(45ポイント)

 2位,“剣咬の虎”(34ポイント)

 3位,“人魚の踵”(32ポイント)

 4位,“妖精の尻尾B”(30ポイント)

 5位,“蛇姫の鱗”(29ポイント)

 6位,“妖精の尻尾A”(27ポイント)

 7位,“青い天馬”(20ポイント)

 8位,“四つ首の猟犬”(14ポイント)

 

 “大鴉の尻尾”、ルール違反により失格。

 

 

 

 

 ◇

 

 王宮。とある部屋内。

 

「これで………よろしいのでしょうか………」

 

 不安そうな少女の声が部屋内にこだまする。彼女の他には誰もいない。

 

「えっと………確かアール様はこれに魔力を込めたら、よろしいと………」

 

 少女、ユキノは不安でいた。

 目の前の水晶のような物体。アールから授かったもので、その際にある程度説明は受けていた。

 これに魔力を込めると、彼と師匠に魔力が込められたという情報が伝わるらしい。彼の要望によれば、人気がないところで使ってほしい。そうしたら、すぐに魔法でそっちに行くからと彼から言われた。

 なので、先程から何度も試みているのだがユキノはこれに魔力を込められたのか実感がないので成功か失敗かすら分からない。

 数分思考して、結果的にアールが現れないということは失敗しているのだろうか、と考え付いたユキノは再びチャレンジしてみる。

 

「またやるの?」

「はい」

「もう十分なんだけど………」

「ですが、もしもの場合を考えて………」

 

 ユキノは視線を上げた。

 

「え?」

 

 今、誰かと会話した。

 魔力を込めることに集中していたユキノは後ろからの声に然り気無く答えてしまったが、本来この部屋には誰もいないはずなのだ。扉を開く音もしていない。

 なら、誰がユキノに声を────

 

「アール様!?いつからそこに!?」

 

 背後に、アールがいた。

 彼は少し困った顔を浮かべて、ユキノのことを見ている。

 

「ユキノちゃんが、水晶と睨めあいっこをしてる時かな?」

「それって………」

 

 つまり、数分間思考に浸っていた時のことだ。そうなると、彼は結構前からいることになる。

 

「どうして言ってくれなかったんですか!?」

「やけに頑張っていたからね」

「っ~~!!」

 

 恥ずかしい。

 ユキノは真っ赤に染まった両手を顔に当てて、隠した。アールはニコニコ笑っている。

 

「ソウを連れて来た方が良かった?」

「えっ………!?」

 

 何故、彼の名前が出るのか。

 アールは笑顔を浮かべているばかりで、内心何を企んでいるのかまったく読めない。

 ただユキノにはこれだけは言える。

 

「連れて来なくて良かったです!!」

「ふーん」

 

 面白げがないと言っているかのようにアールの表情が変わる。

 とにかく今の話題を逸らそうとユキノは頑張る。

 

「こ………これにどれくらいの魔力を込めたらよろしいのですか?」

「そうだね~………僕だったら、少量でも分かるよ」

「ですが先程………」

「あっ、それは謝るよ。ごめんね。遅れたのは僕がちょうど風呂に入っていた時にユキノちゃんから連絡が来たせいだったから着替えるのに時間かかっちゃってね」

「えっ………わざわざすみません」

「うん。そのまま来ちゃうのは流石に不味いからね。ルーズに怒られそうだし」

 

 よく見れば、彼の髪からはポカポカと蒸気が出ており、顔も少し火照っている。格好もラフな服装でどう見ても湯上がり直後だ。

 それが原因なのに、ユキノは失敗と思い込んで何度も魔力を彼の脳内に送りつけていたのだ。ちょっとした罪悪感が芽生える。

 

「お詫びにこれ、あげるよ」

「えっと………これは何でしょうか?」

「知らないの?」

 

 彼から渡されたのはビン。

 中には液体が入っているが、ユキノは知らない。

 

「これはなんと!!コーヒー牛乳!!」

「コーヒー牛乳………ですか………」

「風呂上がりに飲むと最高なんだよ!!」

「そうなんですか。では………頂きます………」

 

 ビンの蓋を開ける。思ったよりも力を込めないと開かなかった。

 少し中を覗いて匂いを嗅いでみた後、ユキノは恐る恐るコーヒー牛乳を口にしてみる。

 

「………美味しい」

「でしょ!!」

「はい。初めて飲みましたが、美味しいです!!」

 

 初体験の味に、ユキノは興奮する。

 と、ユキノは本来の目的を見失っていたことに気づいた。こんなことをしている場合ではない。

 でも、もう少しコーヒー牛乳を堪能したいのでユキノはビンを持ち上げて一気に飲み尽くす手段に出る。

 

「お!!良い飲みっぷりだよ!!」

「ぷはぁ!!アール様!!こんなことをしている場合では───」

「もう一本いる?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 ユキノ、たまらずおかわり。

 

「では、なくて!!」

「なくて?」

「アール様にご報告をしないと」

「あ、そうだったね」

 

 ようやく本題に入る。

 

「で、どうだった?」

 

 大魔闘演武が佳境に近づくなか、着実に水面下で物事は動き出していた。

 やがて彼らは知ることになる。

 蠢く怪しい影と光を。

 

続く────────────────────────────





裏設定:ユキノの潜入捜査

 作者が現在一番困ってるのが、ユキノが現時点でどれほどのエクリプスについての情報を知っているかが分からないことである。多分、原作でも描写がないような気がする(うろ覚え)。
 知ってる人がいたら情報提供をお願いします!!


 アンケート募集中!!

 まだまだ続行してますよ!!
 あなたの一票がこの作品の運命を決めるかもしれない!!まだの人はお早めに!!

 ───以下略。


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第ae話 海戦

 だいぶ、遅れました( ノД`)…

 ちょっとリアルの方でテストが続いたり行事の準備に駆り出されたりして、なかなかまとまった時間がとれず………。
 ………悲報にもしばらくの間、執筆時間が取れそうにないので良くて月一の更新になりそうですね………。
 この作品を楽しみにしてもらっているのなら、申し訳無いです(ToT)


────感想バシバシカモン\(^-^)/\(^-^)/


 大魔闘演武・四日目。

 今回の競技は会場で行われる。

 地面から悠々と浮かび上がっているのは巨大な水で包まれた球体。あの浮遊している水球の中が競技の戦場となるのだ。

 競技名───“海戦(ナバルバトル)”。

 その名前の通り海戦。球場の水中競技場から外に出てしまえば、負け。最後まで残った者が勝者となる。ただし、最後二人になった場合特殊なルールが適用される。

 それは“五分間ルール”。

 二人になった場合から五分間の間、どちらかが場外に出てしまえばその者は最下位扱いとされるものだ。

 

『いわば水中相撲っていったところかね』

『楽しみですね。ありがとうございます』

『本日のゲストはシェラザード劇団座長ラビアンさんです』

 

 と、その時。

 

『さあ、次々と各チーム着水!!』

 

 各々のチームから選抜された魔導士水中競技場へと入場してきていた。入場の仕方は競技場の真上から真っ直ぐダイブする形になる。

 

「がんばるぞー」

 

 “蛇姫の鱗(ラミアスケイル)”出場者───

 ───“シェリア・ブレンディ”。

 

「今度こそ負けないんだからっ!」

 

 “青い天馬(ブルーペガサス)”出場者───

 ───“ジェニ・リアライト”。

 

「人魚をなめちゃいけないよ」

 

 “人魚の踵(マーメイドヒール)”出場者───

 ───“リズリー・ロー”。

 

「水と言ったらジュビア!!これはジュビアの独壇場!!」

 

 “妖精の尻尾(フェアリーテイル)B”出場者───

 ───“ジュビア・ロクサー”。

 

「私の本領はやっぱり海じゃなきゃね♪」

 

 “三首の竜(トライデントドラゴン)”出場者───

 ───“サンディー・サーフルト”。

 

「ふふ。剣咬の虎(セイバートゥース)のミネルバ、参るぞ」

 

 “剣咬の虎(セイバートゥース)”出場者───

 ───“ミネルバ・オーランド”。

 

「あたしも負けられない。1日目の失態を挽回しなきゃ」

 

 “妖精の尻尾(フェアリーテイル)A”出場者───

 ───“ルーシィ・ハートフィリア”。

 

『これはまた華やかな絵になった!!各チーム女性陣が水着で登場ぉぉ!!』

『ありがとうございます!!ありがとうごさいます!!』

 

 司会席が盛り上がる中、一人の虚しい声が響く。

 

「あの…オレもいるんスけど、ワイルドに」

 

 “四つ首の仔犬(クワトロパピー)”出場者───

 ───“ロッカー”。

 

『ルールは簡単!!水中から出たら負け!!』

 

 以上、8名の魔導士により四日目競技パートは運行されることとなる。

 そして───

 競技の合図である銅鐸の轟音がこだました。全員の顔つきが変わる。

 

海戦(ナバルバトル)開始です!!』

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「海はサンディーにとっての本場なの?」

「そりゃあ、元々あいつは海竜の滅竜魔導士だからな。海中戦はあいつの最も得意とする分野だ」

「いつかは忘れたが“深海の姫様”とも呼ばれてたような気がする」

「あぁ。知らず知らずの内にそう呼ばれるようになってたな」

 

 ソウが口にしたのはサンディーの巷で噂の二つ名。海という世界で最大規模の自然を味方に付けた彼女のその神秘的な姿からその名がついたと言われる。

 確かに水中競技場にいるサンディーは普段よりも表情が生き生きとしている。

 

「始まるわよ」

 

 ルーズの呟いた直後、銅鐸の音が響く。

 試合初めに誰がどう先制を仕掛けるかによって試合の流れは一気に変わる。 

 

『早速だけど………みんなゴメンね!!開け宝瓶宮の扉!!アクエリアス!!』

『オォオオッ!!水中は私の庭よォ!!』

 

 黄道十二門の一体。水中戦では圧倒的な強さを誇るアクエリアスを召喚。

 アクエリアスは瓶を振るって激流を起こした。

 が、それを遮る者が一人。

 

『させない!!水流台風(ウォーターサイクロン)!!』

 

 二つの渦巻きが衝突。

 どちらが勝ることなく渦巻きは互いに消滅した。

 

「いきなりだな」

「まずは確実に最下位を避ける為に問答無用に攻撃したってところじゃねぇか」

「自分以外は全員、敵というこの大会ならではの戦法だね」

 

 やがて周りに被害を催すほどの水流が発生して第三者たちは各々に防御体勢に入る。

 すると、バシャ、と水飛沫が飛ぶ。

 その水飛沫が意味するのはどさくさに紛れて誰かが地面へと落ちたという事実。

 

四つ首の仔犬(クワトロパピー)脱落ーーっ!!!』

 

 場外となったのはロッカー。

 先程、混乱に乗じてジェニーが彼へと強烈な蹴りを浴びせたせいで一発KOとなっていた。

 

「これで女だけになったわね」

「うん、そうだね」

「………何?そんなに嬉しいことでもないでしょ」

「ん?ルーズにはそういう風に見える?」

「………そ………なら、なんでもないわよ」

 

 若干、ルーズの表情が険しくなった。

 無鈍感なのか、あえて意図してなのか曖昧な発言をした当の本人はなに食わぬ顔で競技場を観戦している。

 一瞬、彼の方を見たルーズだがすぐに視線を戻した。

 競技場ではシェリアが仕掛けていた。

 

『その間にアナタも!』

『ぽっちゃりなめちゃいけないよっ!!』

 

 シェリアの狙いはリズリー。

 続けざまに脱落者が出るかと思いきや、リズリーは自身を重力操作で体型をスリムにして回避する。

 何ともまぁ………巧妙な手口だとソウは感じた。魔法は人それぞれあるので世の中にはこういうのも普通にあるものだ。一人勝手に納得する。

 一方で、

 

『このままじゃラチがあかない!!一旦戻るよ!!』

『え!?何でよ!!水中じゃ1番アンタが頼りになるんだから!!』

『デートだ♡』

『ちょっとぉ~~~っ!!』

 

 どや顔しながらアクエリアスが星霊界へと退散してしまった。

 まさかの頼みの綱のアクエリアスが帰ってしまい、ルーシィはピンチとなる。まさかのこれからデートとかルーシィにとって悲痛すぎる。

 

『スキありっ!!』

 

 横からシェリアの攻撃が入る。

 

『ひっえぇっ!!バルゴ!!アリエス!』

『セクシーガードです!!姫!!』

『もこもこですみませ~ん!!』

『ふぁ~危なっ』

 

 吹き飛ばされつつも咄嗟に呼んだバルゴとアリエスに庇って貰い、難を逃れたルーシィは思わず一息つく。

 まだ脱落するわけにはいかない。

 

「あっ、またあの二人がぶつかるよ」

 

 シェリアの背後に一人の影。

 

『隙ありありだよ!!』

『───っ!!サンディー!?』

『海竜の咆哮!!』

 

 逸早く気配を察したシェリア。

 反射的にその場から回避行動へと移った彼女だったが、それは正解となった。

 シェリアの眼前を巨大な渦巻きが通ったのだ。試合開始直後に撃たれた渦巻きよりも一回り大きく、不規則に動き、速度も上がっていた。あれを喰らえば一溜まりもない。

 

『あれ?避けられた?』

『あ………危ない………』

『シェリア、海中では私は負けないよ』

『臨むところだよ』

 

 サンディーとシェリア。

 前日で激闘を繰り広げた二人がまたしても戦場で火花を散らす。

 

『水中の激戦が続いてます!!そしてついにここで念願の決着が着くのでしょうか!?がんばれっ!!シェリアたんとサンディーたん!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aよ!! なぜウェンディたんを出さなかったのか!!』

『うるさい!!』

 

 速攻でルーシィが怒る。

 

「そういやぁウェンディも出れば昨日の対決の続きってなったんだな」

「俺は別にウェンディには出てほしくなったから、ちょうど良かったと思う」

「ほほぉ~どうして?」

 

 ジュンの変な口調での聞き方に少し違和感を覚えながらもソウは答える。

 

「わざわざ互いが万全ではない状態ではないなか、決着を急ぐ必要はないってことだ。今回の結果は引き分け。それで良いじゃないか」

「そうね。二度と闘えないって訳じゃないから、無理矢理に勝ち負けを決めるってのも嫌になるわね」

 

 ルーズもソウに同意するが、ジュンはしつこく攻める。

 

「ほんとかぁー?もしかして…………」

「………何だよ」

「ウェンディの()()姿()が観客達の前に晒されるのが嫌だったからじゃねぇのか?」

 

 ソウは眉を潜める。

 海戦は水中競技場なので、全員が水着を着用している。自分がウェンディの水着姿を公衆の面前に晒されるのを嫌がったのではないかとジュンはにやつきながら尋ねているのだ。

 

「んなわけないだろ」

「良いのかなぁ?ウェンディちゃん、悲しんじゃうと思うぞぉー」

「………なんでそんな結論に至るんだよ」

「ははは、誰だって同じことを考えると思うぜ。なぁ?アールよ」

 

 ジュンが自慢げに言う。

 どこからそんな自信が浮かぶのかソウは半信半疑になりながらも観戦を続けていた。

 彼に話を振られたアールはいつもなら直ぐに返事が返ってくるのだが、数秒経っても返事がない。

 

「アールが無言って珍しいなぁ」

 

 不思議に思ったジュンが背後へ振り向く。そして、彼ははっと息を呑む。

 競技場を一点に見つめたまま、微動だにしないアール。その表情は彼にしては珍しく曇っている。

 

「って、そんな険しい顔をして………なんかあったのか?」

「………」

 

 ジュンが尋ねるも無言。

 一度ジュンはこんなアールの姿を目撃したことを経験している。その際、彼はちょっとした間違いを指摘していた。ということは、彼はまたしても何かしらの異変を察したのだろうか。

 ずっとアールが見ているのは競技場。つまりは競技パートに何らかの不審点があるということなのだろう。

 

「………ジュン」

「ん?何だ?」

 

 アールの口からポツリと溢れた名前。

 自身が呼ばれたことに気付いたジュンは普段通りな態度で彼に聞き返す。

 そしてジュンは驚愕する。

 

「いますぐに────」

「っ!?」

 

 アールのジュンに対する頼み事。

 それは事情の知らない者にとっては理解しがたい内容だった。

 

『全員まとめて倒します!!水中でジュビアに勝てる者などいない!!第二魔法源(セカンドオリジン)の解放により身につけた新必殺技………』

 

 一方で競技場ではジュビアが始動。

 脇下に構えた両手に魔力を収束。そして、思いっきり叫ぶ。

 

『届け!!愛の翼!!グレイ様ラブぅ!』

 

 誰かの声が続けざまに木霊する。

 

「やめろぉぉぉーーー!!」

 

 不思議なことにハートマークが激流と伴って出現している。

 グレイはジュビアを止めようと必死の形相で頑張っていた。彼女の気持ちは揺らぐことがなく、無駄骨となった。

 

『きゃー!』

『くぅぅ!』

『あう!』

 

 案外、威力は抜群のようで次々と失格者が地面へと落とされる。

 ───ジェニー、脱落。

 ───リズリー、脱落。

 ───シェリア、脱落。

 残り四名。

 

『姫!!しっかり!!』

『もこもこガード全開ですぅ!!』

 

 荒れ狂う水流の中で自身の魔法でガードしている余裕そうなミネルバと、バルゴとアリエスの助けによって何とか生き残った苦しそうなルーシィ。

 そしてサンディーはというと───

 

『………シェリアがいなくなっちゃった………』

 

 競技場の隅辺りでライバルの突然の退場に項垂れている。自分はちゃっかり避難している。

 

『なんと!!ジュビアがまとめて三人も倒してしまったーーっ!!水中戦では無敵の強さだジュビアーー!!』

 

 これは確実に決まった。萌えたに違いない。

 謎の確信をもってジュビアはグレイの方へと期待の視線をちらっと向けるが。

 

「………!!?」

 

 ───引いていた。

 一目でもくっきりと、それはそれは相当なほどに。ショックを隠しきれないジュビア。そんな彼女の目の前に怒りの表情で現れたのは。

 

『ジュビアさん!!』

『はい、なんでしょうか?』

 

 サンディーはビシッと彼女を指差して、はっきりと宣言。

 

『私とシェリアの勝負の邪魔をしないで欲しかった!!』

『あ、ごめんなさい』 

『うん、いいよ。でも、それ以上に!!』

『それ以上に?』

 

 サンディーの眼差しが変わる。

 具体的に言えば、キラキラしてる。

 

『さっきの私も真似していい!?』

『はい?グレイ様ラブですか?』

『うんうん!!技名は変えるから!!』

 

 グレイが悶絶しそうな会話が始まった。

 

『ですが………そう簡単に真似出来るとは思いませんよ?サンディーさん』

『だったらどっちが上か勝負しよ?』

『なるほど………そんな自信があるのなら臨むところです。ジュビア、グレイ様の為なら何千何万回とやりますよ!!』

『なら決まりだね!!』

 

 二人は互いに距離をとる。

 

『何してるんだろう………こんな時に………それはそうと、今の内に休憩しとかないとまだ試合は終わらないんだから』

『おおっと!!ここで二人の一対一の大技対決へと入るようです!!両者、水の魔法を得意とする者同士!!どうなるのでしょうか!!』

 

 両者、構えを取る。

 

「………まじ、勘弁してくれ………」

 

 グレイが頭を抱えるなか。

 

「多分、これが唯一最初で最後ののチャンス」

「ジュン、やるなら今だ」

「あぁ。分かってる」

 

 ジュンは密かにアールから託された役目を果たそうとするなか。

 

「サンディー………」

 

 ルーズが心配そうに彼女の名前を呟くなか。

 ───二つの魂が衝突する。

 

『今度こそ………届け!!愛の翼!!グレイ様ラブぅ!』 

『行くよ!!天まで貫け!!天の清流!!』

 

 ほほ同時に放たれた二つの魔法。

 それらは互いの中点辺りの位置で真正面から衝突をした。ジュビアの顔が険しく、サンディーの表情が苦しくなる。

 一歩も譲ることなく、均衡状態が続く。

 

「今か」

 

 ────と、その時。

 

「サンディィィ~~~!!!」

 

 ジュンが身を乗り上げ、彼女の名前を大きく叫んだ。彼の叫び声はサンディーの耳元へと届く。

 だが、サンディーには彼の呼び掛けに答えるほど余裕がない。油断してしまえば一瞬で蹴りが付く。

 すると彼女の耳に空耳かと疑うような彼の声が聞こえてきた。

 

「オレからの命令だぁ!!今すぐリタイアしろぉぉ!!」

 

 ───えっ?………リタイア?

 つまりは今このジュビアとの勝負を放棄して自ら退場しろということを言っているのだろうか。彼の側にはソウやアールがいる。何か特別な理由があるのかもしれない。

 サンディーは必死に均衡状態を維持しながら考えた。そして───結論が出た。

 昨日からの試合からの疲れ。そして、今の魔導士としての実力。これらを全て考慮した結果、これ以上の試合続行は不可能と彼らが判断した。だから彼は棄権しろと通告してきた。

 確かにサンディーは薄々疲労を肌身で感じていた。ここは素直に従うべきか。

 

『いやだよ!!』

 

 考えるまでもなかった。

 昨日の対決でウェンディが憧れの彼に成長した姿を見せたいかのように、サンディーにも成長した姿を見て貰いたい気持ちもある。逃げ出しては駄目なのだ。

 

「後で───」

 

 まるで否定されていることが分かっていたかのように彼は続けた。

 次の一言でサンディーの心が揺らぐ。

 

「お前の欲しがってたぬいぐるみ買ってやるからぁ!!」

『えっ!?』

「大会の前日に一時間ぐらい駄々捏ねて───」

『それは言っちゃダメぇぇぇ!!!』

 

 頬が熱い。

 何を言うのかと思えば、まさかの今よくよく思い返すると超恥ずかしく、穴に入りたいと思うほどの黒歴史。

 それは大魔闘演武が始まる前のこと。とある店舗に並んでた一体のぬいぐるみにサンディーは一目で釘付けになった。欲しいあまりに彼に買うよう頼んだが首を縦になかなか振らなかったので、しばらくの間店舗前で粘っていたのだ。周囲からは温かい視線を受けていた気がする。

 その粘る姿が後で後悔する原因となって記憶の片隅へと追い込んでいたのだが、彼が大声で掘り返しそうだったので慌てて声を被せた。

 

『今です!!』

『あっ!!』

 

 ジュビアの猛追が入り、意識を逸らされたサンディーもすぐに対抗しようとする。が、それでも対処が間に合わずジュビアの渦巻きがサンディーの渦巻きを飲み込んで、そのまま彼女を襲う。

 

『きゃっ』

 

 サンディーが地面へと落とされた。

 

『おっと!!まさかの味方からの応援につい返事をしてしまい、脱落となりました!!それでも4位と好成績です!!』

 

 ジュビアは内心、ガッツポーズ。

 今度こそとばかりにグレイの方へと期待を膨らませて見てみるが───

 

『見てすらいない!!』

 

 グレイが明後日の方向へと現実逃避をしていた。

 ショックをやはり隠しきれない。

 

『え?きゃうん!!』

 

 と、いつの間にかジュビアはすでに場外へと移動していた。

 一見、ジュビアの場外について変鉄もないように見えるがソウは納得する。

 

「もしかして今のが?」

「うん………」

 

 彼は小さく頷く。

 今のジュビアの場外の流れがアールの予感した事実が現実となったことを証明してしまった。

 ………最悪だ。

 

『大活躍でしたが残念!!場外!!しかしそれでも3位!!6Pです!!』

 

 競技はまだ終わっていない。

 

『残るはミネルバとルーシィの2人のみ!!さぁ………勝つのはどっちだ?剣咬の虎(セイバートゥース)か、妖精の尻尾(フェアリーテイル)か。ここで5分間ルールの適用です。今から5分の間に場外となった方は最下位となってしまいます』

『何の為のルールかね?』

『最後まで緊張感を持って見る為ですよ。ありがとうございます!』

 

 アールの懸念した事実。

 それは────

 

「やっぱりあのミネルバって言う魔導士………()()()()の使い手だよ」

 

 つまり───

 

「ルーシィちゃんでは勝てるどころか、命に危険が及ぶかもしれない」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 場外したサンディーはその後、とんでもない光景を目にした。

 

「えっ………」

 

 残ったのはルーシィとミネルバ。

 動いたのはミネルバだが、展開が一方的だ。ミネルバの圧倒的な優勢。

 ルーシィの近くで熱が発生して小規模の爆発が起こる。ミネルバの魔法によるものだ。

 ルーシィも反撃に出ようとするが、星霊の鍵が手元にないことに気付いた。ミネルバがひらひらといつの間にか奪ったそれを見せつける。

 

「サンディー」

「あっ、シェリア………」

 

 シェリアもサンディーの隣に来ると、決勝戦を見る。試合はミネルバの優勢で続いている。

 何度も小爆発が起こり、ルーシィにダメージを徐々に与えていくがそれでも必死に場外にならないように耐える。今、場外になってしまえば最下位になってしまうからだ。

 そんな彼女の決意した様子を軽蔑したミネルバは一旦攻撃を止めてしまう。

 

『ど………どうしたのでしょう?ミネルバの攻撃が止まった。そのまま時計は5分経過!!後は順位をつけるだけとなったー!!』

 

 理由はすぐに判明する。

 ミネルバは次の瞬間に攻撃を再開した。だが変わった点は先程とは比にならないほど攻撃の威力が著しく上がっている。

 その行為は明らかに優勝を狙っていない。

 

『ああああぁぁぁぁ!!』

『これはさすがに場外………消えた!?』

 

 ルーシィの悲鳴が響く。

 爆発により、ルーシィの体はズタズタ。ついに爆風にされるがままに場外へと出されようと───

 

『場外へふっとばされたルーシィ!!なぜかミネルバの前にーー!!』

 

 ミネルバがルーシィの左手首を掴んだ。

 ルーシィの体が一瞬でミネルバの眼前へと移動していた。それはそれは、まるで瞬間移動みたいに。

 

「あっ………だから………」

「サンディー?」

「シェリア、治癒魔法の準備をしておいた方が良いよ」

「え?う、うん」

 

 シェリアは彼女の真剣な眼差しに少し驚きながらも頷いた。

 

『頭が高いぞ………妖精の尻尾(フェアリーテイル)。我々を何と心得るか。我等こそ天下一のギルド!!剣咬の虎(セイバートゥース)ぞ!!』

 

 ミネルバの蹴りがルーシィの腰に刺さる。ゴキリ、と鈍い音が漏れた。

 会場が重い空気に包まれた。

 と、マトー君が慌てて大声で叫ぶ。

 

『こ………ここでレフリーストップ!!』

『競技終了!!勝者ミネルバ!!剣咬の虎(セイバートゥース)、やはり強し!!ルーシィ………さっきから動いてませんが大丈夫でしょうかっ!!?』

 

 銅鐸が終わりの合図を告げる。

 ミネルバはそれでもルーシィの首元を掴み、彼女の体を場外へとつき出していた。

 ルーシィはぐったりと宙吊り状態だ。

 

「シェリア!!」

「うん、サンディー!!」

 

 二人も至急に向かう。

 ルーシィの元にはナツを筆頭に仲間たちも即座に駆け付けた。

 

「「「ルーシィーーーッ!!」」」

「衛生兵を出せ!!至急だ!!」

 

 大会始まって以来の重傷者。衛生兵が出てくるほどの大がかりな処置が始まる。

 ミネルバはルーシィの首を掴んでいた手を放し、そのまま重力に従って落ちるルーシィの体をギリギリでナツとグレイが受け止めた。

 

「何て事するんだこのやろう!!」

「大丈夫か!!しっかりしろ!!」

「すぐにルーシィさんを医務室に連れていかないと!!」

 

 ジュビアの言葉にウェンディが反論。

 

「いいえ!!まずは私が応急処置をします!!」

「ウェンディ、私たちも!!」

「手伝うよ!!」

「ルーシィ、しっかりして!!」

 

 治癒魔法が使える三人による応急措置がルーシィに施される。彼女の呼吸音が弱い。

 その場が慌ただしく中、エルザは鋭い目つきでミネルバを睨みつけていた。

 彼女の視線に気付いたミネルバは嘲笑う。

 

「その目は何か? 妾はルールにのっとり競技を行ったまでよ。むしろ感謝してほしいのもだ、2位にしてやったのだ。そんな使えぬクズの娘を」

 

 その瞬間ナツ、グレイの体が反射的に動くが、エルザによって制止させられる。

 ミネルバの方にもスティング、ルーファス、オルガの3人がミネルバを守るように立ち塞がった。

 

『おーっとこれは………両チーム一触即発かーーーっ!!』

 

 何かきっかけさえあれば今にも衝突しそうな雰囲気に会場全体がそわそわと浮き立つ。

 

「最強だがフィオーレ1だか知らんが、1つだけ言っておく」

 

 するとエルザが怒りに満ちた瞳で剣咬の虎(セイバートゥース)を睨み付けながら、こう告げる。

 

「───お前たちは1番怒らせてはいけないギルドを敵に回した」

 

 

続く────────────────────────────




裏設定:ポイント調整

 今後の展開によって、ポイントを調整するために海戦での順位を変える可能性があるかも。その都度、最新話で報告します。

 因みにセイバーとフェアリーテイルがいがみ合ってる間、ソウたちは黙って見てました。


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第af話 逆転の鍵

 約1ヶ月ぶりの投稿となります!!

 時間の合間を縫ってちょくちょくと書いているので、時間が空きます。ゆえに書き方もたまに変わってます。
 まぁ………勘弁してください( ノД`)

 さて、この話から原作には存在しない展開となってます。こちらも出来る限り違和感のないようにはしているのですが………何か不思議な点があったりしたら、感想欄に質問・指摘等をしてください。修正していきたいと思います。

 ───では、どうぞ!!


 妖精の尻尾、医務室。

 

「ルーシィ!!」

「ルーシィは無事ですか!?」

 

 設置されたベッドではルーシィが寝ていた。側ではナツ達を筆頭に仲間達が神妙な顔つきで彼女を見守っている。

 先程入ってきたジュビアはルーシィの近くへと駆け寄る。

 

「お前ら………」

「チームは違っても同じギルドでしょ」

 

 カナの言葉にグレイは頷く。

 

「ラクサス!!」

 

 ルーシィを心配してなのか、ラクサスも医務室へと足を運んできていたことにナツは驚いた。

 ガジルが容態を尋ねる。

 

「で、どうなんだ?」

「ウェンディのおかげで命に別状はないよ」

「いいえ、シェリアとサンディーの応急処置が良かったんです」

「良かった………」

「傷なども残らんようで安心している」

 

 安堵の空気が流れる。

 最悪なことにはならなかったことが不幸中の幸いと言えた。

 と、同時にナツは怒りを表情に現す。

 

「あいつら………!!」

「言いたいことは分かっている」

 

 ラクサスがそう告げた。

 その時、意識が戻ったのかルーシィがうめき声を上げた。

 

「うっ………」

「ルーシィ!!」

 

 彼女の弱々しい声が響く。

 

「みんな………ごめん」

「なんで謝んだ?」

「またやっちゃった………」

「何言ってんだ。ルーシィのお陰で二位だぞ!!」

「そうです!!8ポイントゲットです!!」

「あぁ、よくやった」

 

 ルーシィに軽い笑みが浮かぶ。

 これで少しでもルーシィには気持ちを楽にしてほしい。自分を責めないで欲しいと、ナツ達は考えていた。

 

「か、鍵………」

「はい、これ」

 

 ハッピーから渡され、大事そうにぎゅっと抱き締める。安心したのか、そのまま再び寝息を立てて眠ってしまった。

 

「眠っちゃったみたいね」

「なんか………こうモヤっとするねアイツら」

剣咬の虎(セイバートゥース)

「気に入らねえな」

 

 各々が感情を口にする。

 そこに───

 

「マスター」

 

 マカロフが入ってきた。

 

「Aチーム、Bチーム、全員集まっとったか。ちょうど良かった」

 

 マカロフの真剣な物言いに全員が耳を傾ける。

 

「今回参加チームが奇数の為、本来なら適用されんかったあるルールが大鴉の尻尾が失格となりチーム数が偶数となったことで改めて適用されることとなった」

「あるルール?」

 

 マカロフはそのルールを手短に説明する。

 全員の表情が険しくなる。

 

「───ということじゃ。これが今後の順位に大きく携わってくるということだけは間違いないとわしは思っとる」

「なるほど。最善でいけば、一気に一位の三首の竜に追い付くことも可能」

「だけど、最悪の場合、両チーム1ポイントも手にいれることが出来ないのよね」

「そのルールは俺らだけに?」

「2チーム以上参加しているギルドにのみじゃからのう」

 

 マカロフから告げられた新たなルール。

 それは戦況を一気に変えることができるものであった。良い意味でも、悪い意味でも。

 

「そしてタッグバトルに全てが託されると言うことになるのか」

「誰が選ばれるかは直前まで分からない………めんどくせぇな」

 

 グレイが軽く舌打ち。

 カナははっきりと言った。

 

「誰が選ばれても大丈夫なはずだよ」

「ギヒ………正々堂々ぶちのめすのみ」

「あぁ。それこそ、私達にとっての逆転の鍵となる。その為にはここにいる全員が勝利を手に入れれなければならないがな。私達は絶対に勝つ。ギルドの為、そしてルーシィがここまで頑張ってくれた努力を無駄にするわけにはいかない」

 

 エルザの力強い宣言に全員がはっきりと意思を持って頷く。

 ナツは勢いよく立ち上がると、思いっきり天に向かって叫んだ。

 

「オレは絶対にルーシィの敵をとる!! 仲間を笑われた!!」

 

 ───負けられない。

 

「オレは奴等を許さねぇ」

 

 ───逃げられない戦いがここにある。

 

 

 

 ◇

 

 場所、不明。

 

「これじゃな………」

 

 巨大な壁画。

 

「大魔闘演武………またの名を───」

 

 そっと触れる。

 

「竜王祭………()()()の宴」

 

 その絵には熾烈な竜と人の闘いが刻まれていた。

 

 

 

 ◇

 

 大魔闘演武四日目、バトルパート。

 

『いよいよ4日目バトルパートに突入します』

『今日だけはタッグバトルなんだね?』

『2対2ですか! 楽しみですね!!ありがとうございます!!』

『今回はすでに対戦カードも公表されています』

 

 “青い天馬”vs“四つ首の仔犬”

 “人魚の踵”vs“蛇姫の鱗”

 “三首の竜”vs“妖精の尻尾AB”

 “剣咬の虎”vs“妖精の尻尾AB”

 

『やっぱり注目は一触即発の妖精の尻尾対剣咬の虎でしょうか?』

『さっきはどうなるかと思ったよ』

『熱かったです! ありがとうございます!!』

『それと個人的には三首の竜と妖精の尻尾との対戦もまた白熱しそうで楽しみです!!』

『どうやらギルド同()、交流があるみたいだからのう。そこがどう影響スてくるか』 

『ありがとうございます!!』

 

 本日は一対一による対決ではなく、二対二による()()()()()()となっている。

 その為、試合展開は何倍にも膨れ上がりその無限の戦略の中から選手はパートナーと共に励んで勝利を取りに行く。一人を集中攻撃、マンツーマンで攻めるもよし。結果はどうあれ最終的に手にしたいのは勝利という称号のみ。

 パートナーは同じチームの中からランダムで選ばれる。よって個々の魔導士としての実力も大事だがそれと同様に普段からどれほど相手との協力関係を築けているかも重大である。

 ただし、これには例外がある。

 

『おおっと………ここで何か知らせが………ななななんと、重大発表!!今回のタッグバトルでは新ルールが適用されます!!』

『新しいルール?』

『予め配布してあったルールブックにも掲載されていましたが、二つ以上同じギルドから参加しているチーム───妖精の尻尾のことですね。この妖精の尻尾のみに適用されるルールがあります』

 

 つまりは妖精の尻尾の特権。

 吉と出るか、凶と出るかは分からない。

 

『それぞれのチームから一人を選抜され、その二人で即興のタッグを組んでもらいます。そして、試合を行いその試合で手にいれたポイントは両チームの得点となります。つまり!!妖精の尻尾のみ最高で20ポイント獲得可能なチャンスなのです』

『ここに来て二チームの新たに利点が出てきたという訳だスな』

『そういうことですね。では早速!!今回からの新ルールが今後の展開にどう作用するか、そこも注目してもらいながら行ってみましょう!!』

 

 ───第1試合。

 “青い天馬(ブルーペガサス)”。

 一夜&???。

 

 ───そして、

 “四つ首の仔犬(クワトロパピー)

 バッカス&ロッカー。

 

 

 ───三首の竜、選手待機席───

 

「あのぬいぐるみ、中身は本当に誰なんだろうね~」

 

 戦場を見ながらサンディーは呟く。

 そういえば、とソウは彼女の疑問である根源のぬいぐるみを眺めた。顔が見えず表情が読めないので、何を考えているかは分からない。

 ピョコンと突き出た対の耳。全身を青く染められ、時折白が混じる。口元では自慢の出っ歯が光っていた。

 言い換えれば、青いウサギである。

 

『バッカスさん、ワイルドにやっちゃいましょう。このままじゃオレら………』

『なーに、オレは魂が震えりゃそれでいい』

 

 対する四つ首の仔犬の一人、ロッカーの顔つきは良くない。彼が懸念しているのは青いウサギのことではなく、自身のチームの得点数の低さである。現在ではダントツの最下位。

 ただ、相棒のバッカスはまったく気にしている様子がない。少しは危機感をもって欲しいとロッカーは思っていた。

 

『さて……ついに君を解放する時がきたよ』

 

 こくり、と頷くウサギ。

 

「あのウサギ、秘密兵器だって~」

「そのわりにはそういうオーラがないよ」

「むしろ、雰囲気は一夜って奴に似てねぇか?」

「アホな予感しかしないわ」

「まぁ………雰囲気が似てるのは当たり前だろうな」

「ソウ、それはどういうこった?」

「………見てれば分かるさ」

 

 ソウは魔法越しにちゃっかり中身を見てしまった。そして、少し後悔した。

 故にジュンの疑問に苦笑いで返す他なかった。

 

『見せてやるがいい。そのイケメンフェイスを』

 

 アナウンス席のチャパティもヤジマもラビアンも観客たちも身を乗り出し固唾を飲んで見守っている。

 そしてウサギの頭がゆっくりと外される。

 中からぽっかりと頭が出た。誰かと確かめようと注意深く見れば、どこか見覚えがある。

 いや、見覚えがある以前に隣にいるではないのか。全員が目を見開く。

 ウサギの中にいたのは他でもない、一夜と瓜二つの顔を持った人物であったのだ。

 ………ただし、エクシード。

 

『『『うわ~~~っ!!』』』

 

 悲鳴に近い声が漏れる。予想とは裏腹の正体にショックを隠せずにいた。

 名を“ニチヤ”。

 昔、エクスタリアの近衛師団長を務めていたエクシードである。

 ニチヤは着ぐるみを脱ぎ捨てると、一夜と同じポーズを取った。

 

『ダボルイケメンアタック』

『危険な香り(パルファム)だぜ』

 

 その瞬間、あちこちからブーイング。

 ソウの隣ではジュンは「なんじゃありゃ!?」と驚き、サンディーは絶句してしまっている。

 

「………気持ち悪いわ」

「思っても言ったら駄目だよ」

 

 ルーズにそう注意するアールも微笑みを浮かべている。

 

『私と私の出会い。それはまさに運命だった』

『ウム………あれはある晴れた昼下がり』

 

 唐突に語り出した。

 誰も聞いていない。そもそも誰も聞こうとしないのだが、どうやら本人たちは語る気満々のようだ。

 最終的に終わりまで話してしまった。

 と、そこに───

 

『だっはァーっ!!』

『メェーン』

 

 バッカスの掌底による一撃がニチヤの頬に命中。ニチヤの叫び声と共に吹き飛ばされる。

 

『何をするか!?』

 

 一夜が抗議する。

 そこに外野にいる仲間からニチヤは闘えるのか疑問の声が飛び散った。

 

『当たり前だ!!私と同じ顔をしている!!つまり私と同じ戦闘力!!』

 

 自慢げに告げる一夜。

 ソウの視線は吹き飛ばされたニチヤの方へと移る。

 

「大丈夫かよ………あいつ」

「多分、大丈夫じゃないよね………」

 

 ジュンとサンディーの不安。それは先程あっさりと飛んでいったニチヤが地面にへこたれて、ピクリと動いていないことに対するものである。

 ニチヤは明らかに戦闘不能な状態だ。

 

『ウソーーーン!!』

 

 勘違いしていたことに衝撃を受ける一夜。誰が同じ顔をした者がその者と同等の強さを誇ると決めつけたのだろうか。

 そこからバッカスとロッカーによる猛攻が始まり、2人の攻撃をただただ受けている一夜。反撃する元気もないようだ。

 

 ───………私は君を戦いに巻き込んでしまった………まったく戦えない紳士とも知らず………それなのに君は私たちと共に戦う道を選んだ。そしてなんてイケメンなんだ………なぜ君が倒れている………なぜ君がキズついている………私は君の想いを無駄にはしない。イケメンこそが正義!!───

 

 2人の猛攻を受けた末に、ボロボロになりながらも立ち上がった一夜の目が揺らぐ。

 

『君に捧げよう───勝利という名の香り(パルファム)を』

 

 一夜の体に異変が起こる。筋肉がモリモリと盛り上がり、徐々に体が大きくなっていく。

 

『な………何でぇ!?急にワイルドに!!』

『こいつァ、力の香り(パルファム)だ!!』

『くらうがいい!!これが私のビューティフルドリーマー』

 

 ───微笑み。

 

『スマーーーーーーッシュ!!』

『『どわぁぁぁあああ!!』』

 

 気色悪い笑顔を添えられながら、バッカスとロッカーは吹き飛ばされた。そのまま壁に勢いよく衝突をしてしまい、地面へと倒れ伏せてしまう。

 

『ダウーーン!!四つ首の仔犬(クワトロパピー)ダウーーーン!!勝者青い天馬(ブルーペガサス)!!』

 

 観客からは歓声ではなく、ブーイングが巻き起こる。

 

『いやーいい試合でしたね』

『そ………そうかね?』

『とってもキモかったです! ありがとうございます!』

 

 気を取り直して次に移行。

 

 ───第二試合。

 “人魚の踵”。

 カグラ&ミリアーナ。

 

 ───そして、

 “蛇姫の鱗”。

 レオン&ユウカ。

 

「どっち応援するか迷うな」

「私は勿論人魚の踵だよ!!」

「サンディーちゃんは随分と気に入ってるんだね」

 

 さて、とジュンは迷う。

 無理にどっちを応援するかを決める必要はないが、決めた方が何かと観戦に熱が入ってより一層試合が面白く見えるものだ。

 参考にしようと、アールにも聞いてみる。

 

「アールはどっちだ?」

「僕は………蛇姫の鱗かな?あのリオンって人とは会ったことがあるけど、良い人だったからね。ルーズはどうなの?」

「何で私にふるのよ………しいて言うなら………そうね、人魚の踵かしら?理由は特にないわ」

 

 二人の意見を参考にしてもジュンの決意は固まらない。

 最後の一人にも聞いてみる。

 

「ソウはどっちにするんだ?」

「人魚の踵だな。カグラって奴の実力も知りたいし、蛇姫の鱗のユウカってのは確か………俺と同じ波動使いだろ?応援するって気にはなれないからな」

「そうか………」

 

 思考を唸らせるが、なかなか定まらない。

 

「結局、決めたのか?」

「あぁ………決めた!!オレは両方を応援することにするぜぃ!!」

 

 いつの日にか、片方を決められないなら両方とれば良い、と聞いたことがある。

 ジュンは素直にそれに従った。

 

「お?」

 

 と、戦場を見てみるとカグラが前線から抜けて後ろへと下がっていく。戦闘には参加しない意思を見せていた。

 

「まずはミリアーナに任せるみたいだな」

 

 ソウの解説にジュンは納得する。

 やがて、試合が始まった。

 

「猫だな」

 

 ミリアーナの戦闘スタイルを見て、そう思わずにはいられなかった。

 素早い動きで相手を翻弄。その隙をついて、魔法で相手を拘束することにより逃げ場をなくして確実に相手を倒すスタイル。

 相性によっては苦戦するだろう。

 拘束チューブの同時操作により大量のチューブを操ったミリアーナは見事に二人を捕らえる。

 窮地に陥った二人だが、リオンが頭を使ってある作戦に出た。

 

『アイスメイク───マウス』

 

 ミリアーナの足元にちょこんと氷のネズミが出現。ちょこまかと動き回る。

 普通なら戦闘中なので無反応なのだが、猫のミリアーナは本能的に反応してしまった。

 

『ってばかにするなぁー!!』

 

 続けざまにリオンは吹雪を散らす。

 寒さの苦手な猫はこたつで丸くなろうとする。ミリアーナもまったく同じ行動をとった。

 

『って!!だから私を猫扱いするなってば!!』

 

 ミリアーナは少し怒り気味だ。

 

「ノリノリだな」

「うん、楽しそうだね」

「これってそういう時間だったかしら?」

「猫はこたつで丸くなる~♪」

 

 リオンは真面目にしていたようだが、周りの反応があまりよろしくなかったようで次に入った。

 彼がとっておきと言って出したのは氷の虎。同じ猫ではあるが、スケールの違うその虎にミリアーナは必死に逃げるものの、前方不注意による壁への衝突により、ダウンしてしまった。

 

『やはり私が出ていかねばあるまいか』

 

 ここでカグラの登場。

 ようやくのお出ましにユウカが先手を仕掛ける。波動弾を放った。

 が、カグラは紙一重でそれを避ける。

 後から数発放つものの、カグラは抜刀せずに魔法をも使わずに波動弾を切断。一瞬でユウカの背後に周り、一撃で彼を倒す。

 

「早ぇな」

「あぁ………俺の魔法でも間に合うか微妙だな………」

 

 ソウの魔法でも追い付かないとなると、それはもう凄い速度を叩き出しているということになる。

 試合は両チーム一名、脱落により一対一の展開となった。

 リオンが攻撃を仕掛けるも、カグラはあっさりと跳ね返す。本気などまったく出していない。

 それはリオンも同じだ。待機席のグレイに鼓舞されたリオンは一気に三体もの巨大な氷の造形魔法を作り上げた。流石のカグラもこれには感心せざるをえない。

 リオンの形勢逆転かと思われたが、カグラは自身の魔法“重力変化”を使用。彼を含めた全てを宙に浮かび上がらせる。

 リオンが身動きが取れないなか、カグラは一気に彼の作った造形物を切断。留めに彼本人に牙を向けるが───

 

『試合終了~ーー!!』

 

 リオンの目と鼻の先でカグラの刀が停止。試合はそこで終わりを迎えた。

 結果は引き分け。

 

「やっとだな」

「おう、次はオレらの番だぜ」

 

 そして───次の試合は。

 

 

 

 ◇

 

『興奮覚めない会場!!いよいよ第三試合の幕開けです!!』

 

 どっと沸きだつ会場。

 

『なんと、第三、第四試合全員が滅竜魔導士という驚きの試合内容となってます!!』

 

 ───あぁ………来てしまったな。

 

『まずはその前半戦!!』

 

 ──楽しんでいこうぜい。

 

『詳しい正体は謎に包まれたままのギルド!!だが、その実力は圧倒的で現在トップを維持してる!!その名も“三首の竜(トライデントドラゴン)”!!』

 

 ───…………負けねぇぞ。 

 

『対するは七年前の栄光を取り戻そうと奮闘しているギルド、妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!』

 

 ───お兄ちゃん………やっとだね。

 

『さらには驚くべきことに四人の中の二人は互いに敵でありながら同時に兄妹であるとの情報も!?なななんと!!前代未聞の兄妹喧嘩が始まろうとしているーー!!』

 

 ───第三試合。

 “三首の竜”。

 ソウ・エンペルタント。

 ジュン・ガルトルク。

 

 ───対するは、

 “妖精の尻尾A”。

 ウェンディ・マーベル。

 “妖精の尻尾B”。

 ラクサス・ドレアー。

 

 雷 竜(ラクサス)&天竜(ウェンディ) 波 動 竜(ソウ)&地 動 竜(ジュン)

 

 ………まもなく開始。

 

 

続く────────────────────────




裏設定:新ルール

 原作では妖精の尻尾はAチーム、Bチームが合併していたがそれではチーム数が奇数となるため、ここでは合併していない。
 だがそうなるとナツとガジルが別々のチームなので剣咬の虎とのバトル・オブ・ドラゴンスレイヤーが出来ない。その為に急遽こうして新ルールが出来た。
 ………え?バトルパートに二回目の参戦はありって?

 バトルパートには一回しか出れないと誰が言った?
 否、そんなことは言っていない。つまり問題はない(はず)。

 また、このルールは兄妹喧嘩を勃発させることに一役買っている。


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第ag話 兄妹喧嘩

 お久しぶりです!
 夏休みに入り、少し時間が空いたので書きました。
 それはそうと、アニメでウェンディのドラゴンフォース姿が見られる!?という情報を聞いたものの、最近は全然見てない………。
 確か………ナツとルーシィが変身する話までしか………ん?第何話だろう?

 って、本題はそれじゃない!!

 見たい!!すごく見たい!!
 だが見てしまうと、本作の話よりもそっちを書きたくなるかもしれない!!

 あああぁぁぁぁぁ!!(絶叫)

 ────バトルスタート!!


 闘技場、待機通路。

 

「ようやくだぜ!!」

 

 戦場が見える方へと視線を向けるジュン。彼の不屈の戦闘魂はまさに燃え上がろうとしていた。

 対して、彼の相棒となるソウの気分は優れない。

 

「おい、ソウ。なんだ?緊張か?」

「いや………完全に油断してた。まさか、二回目に選ばれるとは………」

「そういやぁ、オレ以外は全員そうなのか。………っ!!オレだけ仲間外れ!!」

 

 ジュンががっくりと項垂れる。

 ソウの懸念は二度目のバトルパート出場以外にもある。

 

「相手がウェンディかぁ………」

 

 ソウが敵対する魔導士として今一番恐れていたのがウェンディであったのだ。彼女には何かと心配をかけてばっかりなので、頭が上がらない。

 同じ妖精の尻尾の魔導士なら、こうして相対することもないが今はソウは三首の竜として、ウェンディは妖精の尻尾として参加しているために兄妹が衝突するという可能性は完全に拭えきれなかった。

 それが現実になるとは思っていなかったが。

 

「どうすんだ?作戦はやっぱし、ガンガン行こうぜにするか?」

「んや………あ、でも………」

 

 ソウは頭を悩ます。

 絶対にあってほしくない展開だったので、一切の作戦、戦法等を考えていなかったソウ。つい考えてしまえば、現実に起こりうるかもしれないと避けたのにその意味も皆無と果たした。

 昨日のウェンディの試合を思い出す。

 そのお陰で彼女の信念は既に承知している。実力もじっくりと見させてもらった。彼女の成長ぶりは目を見張るぐらいのものである。驚くことにいつの間にか滅竜奥義も修得していたほどなのだ。

 後は彼女なりの覚悟を見させてもらうだけ。敵となった兄に妹のとる行動は何なのかを拝見させてもらおうではないか。

 ソウの考えが纏まるのはほんの数秒のことだった。

 

「ジュンはラクサスの相手をしてくれ」

「それでホントに良いんだな?」

 

 ジュンもソウの考えを汲み取ったのか、真剣に聞き返す。

 

「あぁ、ウェンディは俺が直接相手する」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 闘技場、待機通路。

 

「ラクサスさん、よろしくお願いします」

「あぁ。こっちからも頼む」

 

 律儀にラクサスに礼をしたウェンディ。

 彼女の瞳ははっきりと彼を見つめていた。まるで、何かを成し遂げようとしているかのように。

 

「ソウが相手だと不安か?」

 

 ラクサスの急な問いに、ウェンディはきょとんとなった。

 慌ててウェンディはあわあわと答える。

 

「い、いえ!!ルーシィさんやエルザさんに言われた通り、今の私をお兄ちゃんに見てもらう絶好のチャンスなので不安とかはないです………緊張はしてますけど………」

 

 照れたのか、軽く微笑むウェンディ。

 認められたい………ねぇ。ラクサスは彼女なりの決意に口に挟むことはなかった。ソウとウェンディの間に複雑な思い違いが発生しているようだが、自分が手を出す必要はないと判断した為だ。

 

「ならソウの相手は頼むぞ」

「えっ!?ラクサスさんは私と一緒に戦わないんですか?」

 

 ウェンディはてっきりラクサスと組んで試合をするものだと思い込んでいた。が、彼が提案したのは一人に対して一人が対応するマンツーマン形式のものだ。

 

「前にお兄ちゃんがポロっと、ジュンさんは強いって溢していたんです………さらにお兄ちゃんでもジュンさんには勝てないって言ってました」

「───っ!!ははは!!そいつは面白ぇじゃねぇか。あいつがああ言うってことはやりごたえがそれなりにあるってことに違いねぇ」

 

 ジュンはあのソウよりも実力が上。

 その事実を聞いたラクサスは思わず笑いが止まらなくなってしまった。

 

「ウェンディ、アンタは心配しなくていい。今は一先ず兄貴を倒すことだけに専念しろ」

「え?」

 

 唐突に真面目な話をしたラクサスにウェンディは少し戸惑う。

 ラクサスは続ける。

 

「ソウは妖精の尻尾最強滅竜魔導士。オレも一応、雷の滅竜魔導士だが………それでも確実にその称号はソウの手に渡る。つまりは妖精の尻尾誰もが易々と簡単に倒せる敵じゃねぇってことだ。あいつの魔法は油断してたら一発でやられるからな、気を抜くんじゃねぇぞ」

「は、はい!!」

 

 ラクサスの真剣なアドバイス。

 素直に受け止めたウェンディは試合に対する緊張が高ぶる。

 これから兄を倒さなければならない。

 それを果たせることは可能なのだろうか。妖精の尻尾でも最強候補の座を射止めていた彼は一筋縄ではいかないことは承知している。

 それでもやらなければならない。

 

「行くぞ」

 

 ラクサスは先に戦場へと歩く。

 

「あ、はい!!」

 

 ウェンディも後を追う。

 向かう先は、兄が待つ戦場だ。

 

 

 

 ───戦場───

 

『さぁ、全選手が出揃いました!!』

 

 三首の竜、ソウとジュン。

 ジュンは先程からずっとストレッチを行って試合へ向けての体勢を万端にしている。

 そして、ソウは斜め上を向いたまま微動だにしない。

 

『全員が滅竜魔導士という異色の組み合わせの中、どのような展開が行われるのでしょうか!?』

 

 妖精の尻尾、ラクサスとウェンディ。

 ラクサスはソウを睨み付けた後、ジュンを険しい目付きで観察する。

 最後にウェンディはソウを不安そうに見つめていた。

 

「ソウ、ちょっといいか」

 

 ラクサスの一声。

 彼の視線が少し下がり、ラクサスと目が合う。

 

「なんだ」

「初めに言っておく。手加減するな」

「………分かった」

 

 ソウは小さく頷く。

 隣のジュンは腕を伸ばしながら、興味なさげに彼を横目に作業を続ける。

 

「お前も何か言っとくか?」

「えっ!?………あっ、何もないです………」

「そうか」

 

 唐突なふりにウェンディは若干驚きながらも首を横にふる。少し躊躇う様子が見えたが、ラクサスは何も言わなかった。

 何故なら相手に言いたいことは直接拳を交わせて伝えるに限るからだ。彼女はその方法を知っている。

 

「ウェンディ」

「っ!?」

 

 彼が名前を呼んだ。

 肩がビクッと震える。

 

「遠慮するな。本気で楽しもう」

 

 彼は軽く微笑んだ。

 ウェンディは頬を少し赤らめる。

 

「うん」

 

 時間だ。

 

『それでは第三試合スタート!!!』

 

 

 ───妖精の尻尾A、選手待機席───

 

「ウェンディーー!!頑張れー!!」

「絶対に負けんじゃねぇぞぉー!!」

 

 ルーシィとナツは懸命に応援の声を上げる。

 端では、エルザとグレイが戦場を眺めながら話していた。

 

「率直にエルザは勝てると思うか?」

「あの二人に、ということか?」

「あぁ、ラクサスは実力的に互角以上の闘いは出来ると思うが………」

「問題はウェンディか」

「………そうだ」

 

 グレイの懸念。エルザも分からなくなはない。

 ラクサスならまだしも相棒のウェンディではソウ、ジュンというコンビに上手く立ち回れるのだろうか。

 

「だが、ソウとウェンディは必ずぶつかるだろうな」

 

 兄と妹、ソウとウェンディ。

 確実にこの二人は試合で衝突するとエルザは睨んでいた。

 はっきりとした確信はない。

 だが、他に選択肢は思い浮かばないからだ。ウェンディ本人がそれを望んでいたのだから。

 エルザは知っている。兄は必ず答える。

 根拠のない勝手な憶測だが間違うことはないと自負するエルザ。

 故に彼女の口から告げられたのは───

 

「確かに今のウェンディではソウには到底敵わないだろう」

 

 仲間の勝利を否定する言葉であった。

 つまり、ウェンディにとってこの試合は無謀とも言える挑戦。勝ち戦となる可能性は微塵ともない。

 迷いなど一切ないエルザの告げた発言にグレイは少し目を見開いた。

 

「はぁ………だろうな」

 

 少し、間を開けた後に頷く。

 グレイもエルザの言い分に同意した。今の彼女では兄に勝てる所か、魔法が通用するかどうか怪しい。

 妖精の尻尾ではトップクラスの魔導士のソウ。

 ギルドに入り、しばらく経ったとはいえ、魔導士としては未熟なウェンディ。

 ───結果は目に見える。

 

「そんな顔をするな、グレイ」

 

 エルザは笑みを浮かべた。

 その時、グレイはエルザが少しも瞳の希望を損なわれていないことに気付いた。

 

「私からウェンディにあるアドバイスをしておいた」

「アドバイスだぁ?」

「そうだ」

 

 エルザは自慢げに言う。

 

「試合の始まる前にウェンディは私にソウとの対戦の時にどのようにすれば良いかを聞いてきた」

「あの時か」

「ああ。正直、これは秘策にしておきたかったのだがな………実をいうと、長年かけてようやく私が見出だせたものだ」

「っ!?まさか!?」

 

 それは、つまり───

 

「ウェンディには特別にソウの()()()()()を授けた」 

 

 グレイは唖然とした。

 単純にないと思っていた。ソウに弱点の存在があるなど。

 が、エルザは見つけたと言うのだ。

 

「敵わないとは言え、試合に勝てないなんてことは誰が言った?」

 

 エルザはそう告げた。

 

 

 

 

 ◇

 

『試合開始ぃぃいい!!』

 

 銅鐸が木霊する。

 誰も動こうとはしない。

 観客が息を飲んで、静かに見守る。辺りに物凄い緊張感が漂う。

 

「………」

「………」

 

 しばらくして銅鐸が鳴り止む。

 それでもまだ誰も一歩すら動いていない。

 この戦場の中、一人の少女はというと───

 ど、どうしよう………。

 ウェンディは心の中で少し焦っていた。他の三人が微動だにしないのも不思議だが、特に彼女が怯えていたのはこのピリピリとした空間だ。肌身を持って感じる彼女にとって、この空間を破ろうという気にはなれない。

 ウェンディは隣のラクサスの表情を伺おうとした。

 ───その次の瞬間だった。

 

「雷竜の!!」

「───っ!!」

 

 ラクサスが動く。

 拳に雷を纏い、ソウとジュンの懐へと急接近しようとする。

 狙いはソウ。

 

「ジュン」

「おうよ」

 

 冷静に告げたソウに対し、ジュンは右手をソウへと伸ばす。手の甲が彼へと見えるように広げた。

 ラクサスは躊躇うことなく拳をソウへと奮う。

 

「鉄拳!!」

 

 雷の轟音が響く。

 が、ラクサスの拳はソウへとは届くことはなかった。

 

「───っち」

「おー!危ねぇ~!」

 

 ラクサスは舌打ちをした。

 何故なら彼の放った拳は彼の右手にがっしりと止められていたからだ。

 ただ、その右手は岩のような物体で武装されている。雷を纏っていたのにも関わらず止めたのはこれが原因なのだろうか。

 ラクサスは一歩後ろへと下がる。

 

「お前の相手はオレだぜ」

「調子に乗るんじゃねぇぞ、餓鬼が」

 

 ジュンは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 と、一切動いていないソウが彼に声をかけた。

 

「どうだ、ジュン。いけそうか」

「分かんねぇよ。さっきのも予想以上にヤバかったしな」

 

 ラクサスの一撃はジュンにとっても強烈だったようだ。その証拠に彼の足下の地面が少し抉られ亀裂が入っている。

 踏ん張るために足裏に力を込めすぎた結果、そうなってしまったのだ。

 

「だが問題はねぇ。結構楽しめそうだ」

「………なら、頼む」

「おう」

 

 ジュンは力強く頷く。

 その時、平行してラクサスもウェンディへと声をかけていた。

 

「向こうは始めっから一対一でやるつもりだ。こっちもいくぞ」

「は、はい!!」

 

 そして───

 

「ラクサスさん、ちょっとここから離れようぜ」

「………良いだろう」

「なら、行くぜ」

「───っ!!」

 

 刹那、ジュンが膝を曲げて勢いよく地面を蹴り飛ばした。尋常じゃないスピードを上げてラクサスへと近づく。

 不意討ちに近い攻撃にラクサスは咄嗟の防御姿勢へ入るが、ジュンの岩石を纏った右手のパンチが命中。

 ラクサスの体がふわりと浮いたかと思えば、あっという間に吹き飛ばされる。

 ウェンディの真横を彼が通過した。

 

「ラクサスさん!!」

 

 ウェンディが彼を呼ぶ。

 ラクサスは目でウェンディに知らせた。

 大丈夫だ。問題ない、と。

 彼の言いたいことに気づいたウェンディははっと横に向くと、ジュンがラクサスを追いかけて隣を通り過ぎていった。

 

 ──頑張れよ。

 

 ふとそんな言葉が聞こえた気がした。

 空耳かもしれないが、ウェンディはジュンが自分に対して言ったのかもしれないと思った。

 なら、皆の期待を裏切るような真似だけはしたくない。

 戦況はジュンとラクサスが離脱。残っているはソウとウェンディのみ。

 つまり、完全に一対一の戦場が完成していた。

 ソウは少し目を落とす。

 

「………俺とやるのか、ウェンディ」

「………うん」

「………そうか」

 

 少し距離を置いた兄の問いかけに頷く。

 彼はあまり乗り気ではないようだ。

 だが、ウェンディにとって、どうしても彼にやる気を出してもらわないといけない。

 

「お兄ちゃん、私と戦うのが嫌なの?」

「ああ」

「どうして?」

「………俺の魔法はウェンディを傷つけてしまうだろうからな」

「本当にそう言い切れるの?」

 

 ウェンディの返事にソウは彼女の瞳を見た。彼は少し驚いた。

 彼女の瞳はまっすぐソウを見ている。

 本気だ。

 紛れもなく彼女の意思は本気だ。

 

「お兄ちゃんのしていることは逃げることと一緒だと私は思うよ。私がお兄ちゃんの………ううん、ソウの妹だからってことで闘いたくないって言っても、ここでは只の言い訳にしかならない」

()()………か」

 

 ソウは苦笑した。

 

「はは、それを言われたのは二人目だ」

「え………?」 

「分かってる。逃げなんてしないさ。言い訳もしない。ましてや、妹の目の前でなんてな───」

「───っ!!」

 

 ぞくり、とウェンディは感じた。

 ソウの魔力が段々と上昇してきていることに。

 ひやり、と背筋に悪寒が襲う。

 これがS級魔導士本来の、そして兄本来の姿であることをウェンディは察した。

 屈しては駄目だ。

 

「───だが、俺はウェンディを傷つけたくないのもまた俺の気持ちでもある。故にだ、一つ条件をつけてもいいか?」

「つまり、ハンデってこと?」

「言い換えればな」

 

 兄からの提示した条件。

 内容がどうであれ、ハンデということはウェンディが有利になる状況になるということに間違いないようだ。

 だが、何故こんなことをするのだろうか。

 答えはすぐに見つかった。

 ………お兄ちゃん。

 彼はいつだってそうだった。

 自分の敵と断定したものには、まったくもって容赦がない。その反面、仲間や周囲の人々には危害が及ぶことをとことん恐れる、彼の魔法には似つかわしくない性格の持ち主であった。

 そんな彼は優しいとウェンディは心底思う。彼に牽かれた理由の一つがそれであるかもしれない。

 ウェンディは少しの間の思考の後、彼の提示した条件を飲むことにした。

 

「うん、いいよ」

「ウェンディ、俺に攻撃を一度でも当ててみろ。もし当てることが出来たのなら、俺の敗けで構わない。それが条件だ」

「え………後で後悔しても知らないよ?」

 

 無傷での完全勝利。

 言い換えれば、彼はそれを可能と見込んでいるのだ。

 ウェンディの問いに答えたソウに迷いなどは皆無。

 

「上等だ。かかってこい!!」

「うん!!」

 

 ───行くよ、ソウ(お兄ちゃん)

 ───来い、ソウの妹(ウェンディ)

 

 

続く────────────────────────




裏設定:特にない

 ───なので!!

 次回予告。

 ついに始まった妖精の尻尾対三首の竜の直接対決。
 開幕と同時にジュンはラクサス、ソウはウェンディと相対することに!!
 ラクサスはジュンの魔法についての情報が一切ないため、慎重に彼の魔法を探ろうとしていた。
 ジュンの魔法とは何だ!?
 一方、ウェンディはエルザから授かったソウの唯一の弱点をつくため、行動に移そうとしていた。
 ソウの弱点とは何だ!?
 

 あ、もし読者の皆さんの要望があれば、ガンガン感想などで送ってきてください。
 アンケート募集も続行中ですよ。詳しくは活動報告まで!!



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キャラ設定(第ag話まで) 

 お久しぶりです。ソウソウです。
 ちょっとしか時間がとれなかったので、折角だしキャラ設定をある程度公開することにしました。
 すみません……( ̄□||||
 次の話であるかもしれない?、ソウとウェンディの兄弟対決は気長にお待ちください( ノ;_ _)ノ


【ソウ・エンペルタント】

 

『性別』男

 

『魔法』波動魔法、震動魔法

 

《波動式一番》波動拳

 衝撃を込めた拳を相手にぶつける。

 

《波動式二番》波動弾

 衝撃の元のエネルギーを球に込めたもの。触れると、衝撃を引き起こす。

 

《波動式三番》衝撃連破

 波動拳に、連続的に衝撃を起こすように加えたもの。何度も撃ち込むことにより、ダメージ量の増加が見込まれる。

 

《波動式四番》波動多連弾

 波動弾を連続で撃ち続ける。

 

《波動式五番》衝大波

 広範囲に渡って、衝撃波を広げる。範囲が広すぎて余波が及ぶことが多いので使用している頻度は低い。

 

《波動式六番》波動波

 攻撃性はなく、全範囲に渡って波を拡げてその反射によって現状を確認する探索魔法。敵の魔力を感じることが可能。

 

《波動式七番》はっけい

 相手の内部に衝撃となるエネルギーを送り込み、一定時間が過ぎると自動的に衝撃を発生させ、相手の体勢を崩させる。

 

《波動式八番》流震

 発動条件は相手の頭に触れること。脳に軽い震動を加えることで、急激なショックを発生させて相手の筋肉の硬直や体内の魔力の異常を引き起こす。

 

《波動式九番》尽はっけい

 はっけいを限界まで連続で発動させる魔法。最高何回までかは不明。計る前に対象物が破壊されるため。また、別の魔力と触れると効果が切れる特性をもつ。

 

《波動式十番》絶対波盾

 波動のエネルギーによって構築された盾で敵の魔法を防ぐ防御魔法。大きさは調整することが可能で、主に身体を隠すほどの大きさで使用している。盾の中心にはエネルギー波を貯めることが可能でレーザー砲を発射することも出来る。

 

《波動式十一番》絶対檻砲

 絶対波盾で囲むことで、相手の逃げ場を無くし確実にレーザー砲をぶつけさせる魔法。

 

《波動式十二番》精の衝波

 魔法に直接干渉する特殊な波動を放ち、無効化する魔法。一部の魔法にしか効かない。

 

《波動式十三番》宙間歩行

 足から波動を放ち、その衝撃を使って空中を自在に動く。どんな状態からでも使用可能となるが、逆さまのままで使うと本人いわく気持ち悪いらしい。

 

《波動式十四番》???

《波動式十五番》???

《波動式十六番》???

 

《波動式十七番》断波撃破

 縦に範囲を絞って、切断に力を加えた魔法。簡単な物なら切断可能。ただし、断面は凄いことになる。

 

《滅竜奥義》波動竜砲

 巨大なエネルギーによるレーザー砲を放つ大技。大気を揺るがすほどの威力を誇る。

 

『概要』

 

 本作の主人公。魔導士ギルド“妖精の尻尾”に所属している。が、大魔闘演舞の時には、滅竜魔導士のみで構成された“三首の竜”チームのリーダーとして出場する。

 容姿は好青年。青みを帯びた髪。滅多に他人に弱味を見せず、弱音を吐かない。何事にも余裕な態度で望む。おおらかな性格。一度だけ、子供の頃に妖精の尻尾の面子の前で吐いたことがあるが、それっきりである。

 幼少期間に、波動竜“アスペルト”に育てられた経歴を持つ。その頃から、ジュン・アールとは共に遊ぶ仲であった。アスペルトからは滅竜魔法“波動魔法”を授かっている。

 777年に、アスペルトは自分の息子にある使命を告げると共に姿を消した。その後の彼はぶらりと街をさ迷う暮らしを続けており、ある出来事を切っ掛けに人間を心から信用できなくなる。

 “波動竜”、“波動の勇者”の二つ名がついており、その名前の通りに波動を自在に操る魔法を行使している。巷の噂によれば、彼を怒らせると街が全て崩壊してしまうらしい。

 ルーシィが妖精の尻尾に来る数ヶ月前から10年クエストに出掛けており、彼が戻ってくる頃にはルーシィ、ウェンディ、シャルル、ガジル、ジュビアが新たに妖精の尻尾に加入していた。

 ウェンディとは、ソウの人間不信を解消するきっかけとなった少女。“化猫の宿”がまだ存在していた時に、一度二人は出会っている。化猫の宿のマスター“ローバウル”からはウェンディを預かってはくれないかと頼まれていたが、その時の彼はまだ果たすべきことが残っていたので、後日また戻ってくるとローバウルと約束して、ウェンディとは別れの挨拶をせずに姿を消した。レモンとは、その頃に出会って、そのまま彼の相棒となって旅を共にしている。

 密かに自分の魔法の本質的な物に深い闇のような何かを感じ取っている。破壊を根源とする魔法なので、扱いが何かと難しいと本人は自負している。

 ナツ曰く、「絶対に勝ってやる!!」。

 ルーシィ曰く、「妖精の尻尾唯一の常識人!!だけど、もう少しウェンディを構ってあげなさい!!」。

 ウェンディ曰く、「お兄ちゃんはいざって時には期待を裏切らないです。それに………カッコいい////。だから、大好きです!!」。

 

 

 

【アール・ケルニア】

 

『性別』男

 

『魔法』空動魔法、絶界魔法

 

 “絶界魔法”。

 別空間を作り、それを駆使して使う魔法である。また空間を自由自在に変えれる能力もある。空間魔法とは違い属性を変えることは不可能。空間魔法では視界に入れる必要があるが絶界魔法では視界に入っていなくても操作が可能である。

 技名は『空動・其の──・───』としており、真ん中の所に数字が、最後に技名が入る。数字が小さければ、その分、比例して魔法のスケールが大きくなる。具体的に“其の零”はソウの滅竜奥義と同等。

 

《空動・其の参・弾》

 魔力の塊を相手へとぶつける。直視することは難しく、その周辺が軽く歪むことから確認できる。

 

《空動・其の参・鏡》

 敵は右から入りそのまま左へ出るのを、右から入り再び右に戻るように出ると感じる。空間の出入りの向きを真逆に入れ換える魔法。

 

『概要』

 身長がコンプレックスの女顔の少年。少女と間違われることが多く、そこを指摘されるのを特に嫌う。

 ソウの昔ながらの親友の一人。無邪気でマイペースな性格をしている。黒髪に純粋な瞳が特徴的な少年。

 空動竜の滅竜魔導士であり、空動竜“エスムラルド”から空動魔法を授かっている。また、その後師匠から絶界魔法も修得している。絶界魔法を使用できるのは現在、師匠とアールのみである。絶界魔法は古代魔法“空間魔法”と酷似しているが、根本的な構造が違っている。その為か、アール本人は空間魔法を嫌っている傾向にある。

 瞬間移動、空間交換を駆使して戦闘を行うスタイルをとっている。世間からは“空撃の覇者”と二つ名がついている。

 エスムラルドが行方不明となってから、数日後に師匠と呼ばれる少女と出会っており彼女の元で気ままに過ごしている。そして、師匠がとある日に連れてきた少女、ルーズとも出会いを果たしている。

 三首の竜の一角として大魔闘演武に参加しており、そこで観客達を魅了するほどの実力を見せた。

 ルーズ曰く、「アールの魔法は何でもありよね。もう大抵のことでは驚かなくなってしまったわ」。

 

 

 

【ルーズ・ターメリット】

 

『性別』女

 

『魔法』砂竜の滅竜魔法

 

 砂を軸に操る魔法。最大の特徴は自動的に敵の攻撃を砂で防ぐ“自動防御”である。例え、彼女の意志がなくとも砂が勝手に防ぐので突破がより困難を極める。

 臨戦態勢の際、常に彼女足元では砂がまるで生きているかのように動く。

 

《砂竜の巨槍》

 砂を自身よりも一回り巨大に槍状に仕立て上げ、それを相手に向けて飛ばす。着弾点から砂が巻き荒れる。

 

《砂竜の操弾丸》

 砂の粒を大量に相手へと弾丸のように飛ばしつける。

 

《砂竜の砂嵐》

 戦場をまるごと巻き込むほどの砂の竜巻を発生させる。

 

《砂竜の砂漠決壊》

 相手の足元の砂を操作して足元の自由を奪い、徐々に体を埋めていく。やがて完成した時にはピラミッド状に形成されており、仕上げにピラミッドを凝縮からの爆散させて一気に砂を相手へとぶつける魔法。

 

『概要』

 紫髪の大人びた雰囲気のある少女。今のロングヘアーが気に入っている。

 砂漠竜“サビルアー”に育てられた砂の滅竜魔導士である。自在に砂を操作することが可能で、その姿から“砂漠の女王”と称えられることがある。

 ドラゴンが消えて数日後に師匠に拾われて、そしてアールとの出会いを果たす。その頃から自然と彼と一緒に行動することが殆んどとなっている。

 初対面では誰にでも距離を置いてしまう性格であり、ツンデレな所がある。最近は素直になれつつある。

 意外にも極度の方向音痴であり、一目外すとあっという間に迷子になってしまうため、アールの悩みの種となっている。本人に自覚はあるものの、治らない。

 アールに好意を寄せてはいるが、性格が邪魔をしてなかなか上手くいかないことが多い。サンディーに助言を貰うこともあるが、大抵は役に立たない。

 ウェンディからはお姉さんとして慕われている。サンディーとは普段からの話し相手となっているが、サンディーが一方的に喋り倒していることが多い。

 ウェンディ曰く、「常にクールなルーズさんは私にとって憧れの女性です」

 サンディー曰く、「ルーズは怒った時に、こめかみに怒りマークが本当に入るんだよ~」

 

 

 

【ジュン・ガルトルク】

 

『性別』男

 

『魔法』地動魔法、???

 

『概要』

 ソウの昔ながらの親友の一人。能天気な性格をしており、口調も少し悪いが根本的には仲間思いな一面が多い。薄暗い金髪にはっきりとした紅の瞳が特徴的。

 滅竜魔導士であり、777年に姿を消した地動竜“ジガルデ”に地動魔法を授かっている。その魔法は自在に物質の構造を変えて、物質の性質を変えてしまう能力を秘めている。例えば、砂を強固な岩石へと変えたり出来る。が、水から砂など、物理的に不可能な変換は出来ない。なので、主に手短にある地面から製造した自身の魔力を込めた特製の岩石を身に纏い、戦闘を行うスタイルをとっている。

 サンディーと大陸内を自由に旅しており、自分の役目を果たそうと、ある情報を探している。サンディーとは旅の初めに出会い、彼女本人至っての希望により一緒に行動している。

 旅の途中、師匠に呼ばれ、アール達と合流した後にソウを加えた三首の竜の一角として大魔闘演武に参加している。競技パートの“戦車”に参加するものの、乗り物酔いのせいで本来の実力は発揮できずにいた。その反動でバトルパートでは存分に暴れ回ることになる。

 サンディーの恋心に気付く様子はまったくない。恋愛ごとには疎い傾向がある。

 サンディー曰く、「マイペースで暢気だけど、強いよーー!!」

 

 

 

【サンディー・サーフルト】

 

『性別』女

 

『魔法』海竜の滅竜魔法

 

《海竜の咆哮》

 相手へと口から水の咆哮を放つ。海水なので、舐めると塩辛い。

 

《海竜の翼撃》

 腕から渦巻きを巻き起こし、ぶつける。

 

《海竜の鉤爪》

 海水を足に纏い、蹴りつける。

 

《海竜の爆水柱》

 相手の足下を海水に変換して、その海水を思いっきり真上へと打ち上げる。

 

《海竜の水剣》

 足を振り上げて、カッターのような水流を作り出す。切断力は抜群。塩辛い。

 

《海竜の海洋変化》

 辺り一面を海水によって占める。これにより相手の動きを制限して、自身の他の魔法の威力を上昇させる。

 

《深海のベール》

 人間に効果のあるベールを纏わす。それにより、人間本来の能力を刺激することでより一層の働きを持ちかける。体力、キズ、魔力の回復に効果的。ただし、時間がかかる。

 

《双竜・海尾拳剏》

 両腕から巨大な水の龍を発現させ、敵へと放つ技。狙った獲物は逃さない龍のごとく、しつこく追いかける。当たり前だが塩辛い。

 

 

『概要』

 髪型はショートで水色の髪の活発な少女。胸に女性特有の膨らみがないことを少し悲しく思っている。名前の由来は“日曜日”の英語訳sundayの訛りから来ている。

 海竜“サーリム”に育てられた過去を持ち、少女でありながら滅竜魔導士である。使える魔法の中には“海秘魔法”もある。海秘魔法とは継続魔法の一種で、時間が続く限り体力と魔力を回復させる効果を持つ。

 海秘魔法を使用した際に見せる彼女の皇后さを兼ね持つ姿から“深海の姫 ”と二つ名がついている。

 サーリムが行方不明となって、一人で迷子になってさ迷っていたところ、バルカンに襲われそうになるがジュンによって助けられる。その後、彼と一緒に付いていくことを決意した。

 同じ滅竜魔導士のウェンディ、ルーズとは仲が良い。

 ウェンディ曰く、「サンディーはいつも元気で羨ましいです」。

 ルーズ曰く、「サンディーがいるといつも騒がしいわ」。

 

 

 

【師匠】

 

『性別』女

 

『魔法』絶界魔法

 

『概要』

 見た目は和風ロリ少女。その正体は謎に包まれており、自らを師匠と呼ぶように名乗りを上げている。本名を明かそうとはしない。

 “絶界魔法”の第一人者である。その小さな体に道溢れた魔力の量は彼女と対峙するだけでも感じるほどの威圧感である。

 性格は残念な性格であり、変態をもよおす発言を多々する。その度に、ルーズに説教されるが未だに懲りた様子はない。

 ソウ達の目的を知っている唯一の協力者。今回の大魔闘演武にドラゴン出現疑惑の噂を持ってきたのも師匠である。

 




(既にUA数が100000越えてる……記念話………うん、見てないや………)

ソウ「あ、逃げた」
ウェンディ「え!?駄目ですよ!!私の活躍する所なんですから!!ちゃんとお兄ちゃんと………」
ソウ「ん?俺と?」
ウェンディ「………ううん、何でもない」
ソウ(ウェンディ、顔真っ赤だな………)


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第ah話 兄妹の絆

 明けましておめでとうございます。
 さて、約3ヶ月ぶりの本編更新となりました。随分とお待たせしてしまいました……(T_T)
 ありがたいことに感想も多く寄せられていたので、時間の合間を塗って返していきます。まだまだアンケートも続いてるのでバンバン送ってくださいね!
 では、今年度2016年もこの“波地空の竜の物語”をよろしくお願いします!!

 ───試合開始!どぉぉぉん!


 先制を得ったのはウェンディ。

 

「天竜の!!」

 

 体を捻ると同時に両腕を広げ、重心のバランスを調整。息を思いっきり頬一杯に膨らませた。

 と、捻った体を元に戻す勢いを利用しながら、肺全ての空気を吐き出すかのように思いっきり息を吐き出す。

 

「咆哮ぉぉ!!」

 

 彼女から解き放たれた叫びの竜巻は不規則な軌道を描く。空気が少し揺れる。

 だが、その竜巻はしっかりと狙いを定めた獣のように一定の方角へと進んでいた。

 

「………よし、ここか」

 

 竜巻の進む先にいたのは、ソウ。

 少し眉を潜めた彼は慌てることなく右手を真っ直ぐ竜巻へと付き出した。

 そして、彼は小言で詠唱。

 次の瞬間────

 

「っ!!私のが………あっさり………」

 

 竜巻が霧散していた。

 先程の竜巻による余波が一気に消失したことにより、不穏な静けさが発生した。

 ウェンディは戦慄することになる。

 彼は一歩も動かず、自身の魔法によって攻撃を相殺したのだ。

 波動による衝撃波での無効化。

 彼はあっさりとやってのけたが、実際は簡単なことではない。敵の攻撃を瞬時に判断、力加減や襲ってくる方向などを様々な状況から予測した後に己の魔法を全てミスせず正確に当てる必要がある。

 つまり本人には、判断力、決断力の素早さと繊細な魔法の操作技術が要求されるのだ。

 初めから全力で臨もうとしていたウェンディにとって、これほど余裕で対処されたことには正直、痛手であった。

 せめて、回避行動ぐらいは起こしてほしかった。それすら無しと言うのは、先程の攻撃を脅威と見なしていないことを示唆するからだ。

 ソウは漫然な態度を見せつける。

 

「これで終わりか?」

「っ!!まだまだ行きます!!」

「あぁ、どんとこい」

 

 彼の期待を越えなければ。

 その覚悟でウェンディは次の攻撃へと移行する。

 彼を中心に円を描くように走り、彼の背後へと移動する。波動により、常に敵の居場所を感知できる彼にとっては無駄な行為かもしれないがウェンディは気にせず続ける。

 そして、全身に力を込める。

 

「天竜の!!」

 

 ウェンディは地面を蹴飛ばし、一気に彼の背後へと接近した。

 本来、彼の接近戦を持ち掛けるのは勝利の道とは真反対のすることを意味する。理由は他ならぬ、彼の波動に少しでも触れればアウトとなり吹き飛ばされるからだ。

 がしかし、直接彼へ触れることは不可能でも、至近距離からの魔法にはそれなりの対処せざるをえないはず。

 そう判断したウェンディは少しでも近づこうと試みる。

 

「翼撃!!」

 

 両腕を大きく奮い、魔法を発動。

 ウェンディから放たれた二つの竜巻もどきは彼の背中を左右両面から襲おうとする。

 だが、彼はびくとも動じない。

 彼の口がぼそっと呟く。

 

「………五番』衝大波」

 

 次の瞬間、両方の竜巻が霧散した。ただの風となり、彼の髪をふわりと浮き上がらせる。

 ソウは波の反射により、常に視界外の状況も把握できる。故に彼に死角は存在しない。不意打ちも不可能と言えた。

 

「やっぱり………」

 

 が、ウェンディは既に承知の上だ。

 彼女の現在位置は宙。『天竜の翼撃』を発動と同時にウェンディは大きく跳ねていたのだ。

 先程のは単なる囮。狙いは次の一撃。

 そして───確かめる。

 

「天竜の砕牙!!」

 

 ウェンディの魔法が今度はソウの頭上から迫り来る。 

 が、彼は慌てる様子など微塵もなく両手を向けると魔法を発動。

 

「くっ!!」

 

 波動の衝撃により、ウェンディの魔法が消失したどころかさらに余波が彼女を襲う。

 ウェンディは唇を噛み締め、防御体勢へと入る。

 彼の衝撃波はずしりと重圧感があり、油断してると余波でも意識が刈り取られそうなほどだ。

 ギリギリに耐えきり、どうにか着地に成功したウェンディ。ソウはと言うと相変わらずその場から一歩も動いていない。

 

「それで終わりか、ウェンディ」

「っ!!───まだ、私は終わりではありません!!」

 

 不敵に笑ったソウ。

 真剣な眼差しのウェンディ。

 目に分かるほど無謀とも言える彼女の挑戦はこの瞬間、完全に幕を下ろした。

 そして───

 

 そのまま10分が経過する。

 

 

 ───妖精の尻尾、選手待機席───

 

「やっぱり、なかなか隙を見せないな」

「そりゃあソウだからな」

 

 試合開始から既に10分が経過していた。

 その間ひたすらウェンディがあちらこちらから攻撃を続け、ソウがそれを吹き飛ばすという戦況が繰り広げられていた。

 ウェンディの顔色から疲れの表情が伺える。さらに息も途切れ途切れだ。

 

「エルザ………これで本当に勝てるの?」

 

 不安に感じたルーシィ。隣にいるエルザを見る。

 エルザははっきりと断言した。

 

「問題ない。後はウェンディ次第だ」

 

 

 

 ◇

 

 闘技場。通路。

 

「弱点………ですか?」

 

 数十分前に遡る。

 その頃、ウェンディはエルザの口からあることを告げられていた。

 

「そうだ。ソウの魔法“波動”には弱点………いや、条件と言った方が正しいかもしれんがあることにはある」

「私にはさっぱりですけど………」

 

 ウェンディはまったく心当たりがない。

 

「私が見つけたのもほんの偶然だ。しかも、その弱点を突くことが可能なのはウェンディだけしかいない」

「えっ!?私だけですか!?」

「あぁ。だが、確実とは言えん。私の言うことを試合が始まったらまずは確かめてほしい」

「はい!で、私は何をすれば………?」

 

 

 

 ◇

 

 試合をじっと見つめるエルザ。

 

「今のソウに勝てるのはウェンディだけだ。………頼んだぞ」

 

 

 

 ───戦場───

 

 ぴたり、と風が止んだ。

 

「ん?流石に飽きた?」

 

 ソウが首をかしげる。

 視線の先には息を切らしたウェンディ。

 ぶっ通しで走りながらの魔法を使っていたので魔力、体力共に消耗が激しいようだ。

 

「準備は揃いました………本気でいきます」

 

 そう告げるウェンディ。目付きが変わる。

 

「………何を狙ってるんだ」

 

 ソウは先程からの行動の意図が読めずにいた。攻撃を当てようにも繰り返しのパターン故にそれほど苦戦せずに衝撃波で相殺出来ていたからだ。

 彼女ならそんな無駄とも思える行動を取るとは考えられない。そこから出た結論が何かしらの作戦を実行しているのではと思い立ったが如何せんまったく読めない。

 

「お兄ちゃんも本気でお願いします」

「随分と強気だな」

「………いきます!!」

 

 すると、ウェンディは大きく息を吸い込んだ。そして構えをとる。

 ソウは見覚えがあった。あれは───

 

『おおっと、ウェンディ選手!!ここで昨日も魅せたあの大技を再び披露するようです!!』

 

 あの滅竜奥義だ。

 

「本気で来いってそういうことか?」

 

 風がソウを取り囲み、壁となる。ソウの逃げ場は完全に失った。元々逃げる気は毛頭ない彼にとっては些細な問題に過ぎないが。

 記憶にあれば、後はウェンディが正面から放ってくるはずだが。

 

「───っ!!上か!?」

 

 波動による感知で居場所を即座に特定したソウは視線を真上へと上げる。

 そこには大きく飛翔したと思えるウェンディの姿があった。

 

「いくか………滅竜奥義………」

 

 ずどん、と地面に亀裂が走る。彼を覆う空気が揺れる。

 

「威力は押さえめだけど………」

 

 天へと付きだした彼の()()に蒼白の球が浮かび上がる。

 

「波動竜砲ミニ!」

 

 刹那、球が消失。かと思えば掌から放たれたとは思えぬほどの威力をもつ蒼白のレーザー砲が発射された。

 一寸の狂いもなく彼女へと向かう。

 が、ソウは異変に気づく。

 何故なら、ウェンディが確信めいた表情をソウに見せたからだ。

 

「っ!!」

 

 ───止めた。

 止めたのだ。ウェンディは滅竜奥義である『照破・天空穿』の最後の一撃を放つのを。

 それどころか、ウェンディは両手を大きく広げた。

 このレーザー砲を正面から受けるつもりなのか。無茶にも程がある。

 

「おい!ウェンディ!やめろ!!」

 

 察したソウが懸命に叫ぶ。

 その時、彼女はふと笑った。まるで「大丈夫。心配しないで」と言ってるかのように。

 

「───っ!!」

 

 そして───無情にもソウの一撃がウェンディに直撃、真上へと突き上げた。

 

 

 

 ◇

 

 ソウはこの瞬間、自分の犯した間違いに気づいた。

 ウェンディは初めから攻撃を命中させに来ているのではなかったのだ。彼女のこれまでの一連の動きはあることの確認に過ぎなかった。

 それは───波動の使用は対象者自身にも影響が及んでしまうという事実。

 実際、ソウが衝撃波を発動する際、どちらかの掌は衝撃波の飛ぶ方向とは逆の方向を向けていた。これは、反作用で発生した衝撃波の余波をソウの体を通じて受け流しているためだ。

 応用として、宙を自在に飛べる『宙間歩行』も魔法を下に向けたことにより上向きに自分の体に加えられた衝撃波を敢えて横路線へと分散させることにより下向きの衝撃波が勝り、跳躍を可能としている。

 ソウはこれを『反響波』と称している。

 

「───っ!!」

 

 ソウに大抵の戦闘では反響波で戦闘スタイルに困ることはない。無意識に行っていることもあり、あまり意識したことがないのが現実。

 あくまで普通ならの話だ。がしかし、今回は勝手が違う。

 そもそもソウの敗北条件はウェンディから少しでも攻撃を当てられることであり、一度としてミスを犯すとそのままソウの敗けへと一直線になる。一度の油断でも窮地に追い込まれるのは確定事項である。

 それは、言い換えれば選択肢を誤れば即ピンチになってしまうのと同等である。

 ソウは数秒後、勝敗の運命を左右する選択をせざるを得ないことに気づくことになる。

 

「え………」

 

 ソウの遥か頭上に浮かび上がるウェンディの姿。が、彼からは背中しか見えず本人の顔は見えない。

 両手を力なく垂れ下げ、いる。まるで気絶したかのように。

 

 ───やり過ぎたか!?………いや、それともわざとか!?………どっちだ!?

 

 先ほどのソウの一撃をまともに受けた彼女の容態を思考するソウ。

 宙間歩行で彼女の真上へと移動する方法もある。さっきの魔法の反動で咄嗟に動くの難しくなんとか出来なくはないが、今のソウにそんな手段を思い付く程の余裕は既に失せていた。

 ウェンディはつい昨日、サンディーとシェリアとの間で怒涛の試合を繰り広げている。それにより疲労が積み重なり、一晩だけで疲労がすっ飛ぶとは思わない。その中での連戦だ。体力が持たないのも納得がいく。

 だが、逆に何かしらの魔法を使って耐え抜き、あえて油断させて至近距離からの魔法攻撃をする狸寝入りのような戦法をとっている可能性だって否定できないのだ。事実、彼女はソウの知らない所で滅竜奥義を習得していたのだ。他の魔法だって習得しているかもしれない。

 どうしても決断を渋ってしまう。

 

『おっと!!ウェンディ選手、どうしたのでしょうか!!?ソウ選手の魔法が効いたのか身動きすらしません!!』

 

 やがて、彼女の体が空中でピタリと停止した。ソウの衝撃波により発生した運動エネルギーと重力が均衡した状態となったのだ。

 そして彼女の体は重力に従い、ゆっくりと徐々に速度を上げて落下する。

 

『ウェンディ選手!!このままダウンしてしまうのでしょうか!?』

 

 やけに会場が静かだ。

 ソウはふと思った。視線は真上のまま。

 一瞬で、彼は彼女の心拍数を測定するもはっきりとした決断に至ることも出来ず、悩んでいた。

 もし、前者であれば彼女を受け止めてあげなければ、この高さから地面に激突。重症は免れない。

 が、後者であってしまえばソウは自身の領域への侵入を許すことなり、彼女からの攻撃の回避の成功率は皆無である。

 このままいけば、ウェンディがソウと落ち合うのは残り8秒にも満たない。

 ソウに残された選択肢は───

 兄として彼女の心配か。

 三首の竜メンバーとしての勝利か。

 ───7秒。

 ウェンディに動く気配はない。

 本当に意識を失っているのだろうか。

 ───6秒。

 彼の表情がより真剣さを帯びる。

 間違うことは許されない。

 ───5秒。

 落下速度が一層早い。

 並大抵の人間では恐怖心を抱くはず。

 ───4秒。 

 が、彼女に変わった様子はない。

 ───3。 

 ここでソウに焦りの表情。

 ───2。

 彼女は目を瞑っていた。ソウは気付く。

 ───1。

 刹那、無音の世界を痛感。

 

「………………」

 

 彼が選んだのは────

 

 

 

 

 ◇

 

 ある日。

 その日は晴天の空だった。

 ただ何も考えず、ずっと空を見上げていた。

 隣に彼がいた。

 

「………お兄ちゃん」

「ん?」

 

 寝転んだ彼がこちらへと視線が移る。

 いざ目の前にする。すると言葉が喉を通らず、飲み込んでしまいそうだ。

 が、この時は何故かすっと出た。

 

「お兄ちゃんの目的と私………どっちが大事なの?」

「唐突だな………」

 

 から笑いからの困り顔を浮かべた彼。

 彼をこんな表情にさせることは承知の上での質問だった。

 自分でも何故、今尋ねたのか分からない。

 

「聞いてどうするんだ?」

「それは………」

 

 彼の悪戯気味な返事に言葉をつまらす。

 生涯の目的か、()か。

 前者であれば、そもそも介入したのは妹の存在であり彼が目的達成を全うするのは至極当然のことである。故に優先度が下回るのは仕方のないことだ。

 後者だと自分が選ばれたという嬉しさがある反面、彼の本来果たすべき目的を邪魔してしまったという罪悪感が少なからず浮かんでしまう。

 そっと、振り向くと。

 

「そうだなぁ………」

「───!」

 

 珍しく返答に悩ませる彼の姿があった。

 高まってくる鼓動をどうにか冷静に落ち着かそうと内心、苦闘しながらも彼の返事を待つ。

 と、そこに───

 

「ソウ!!この依頼行こうよ!!」

 

 彼の頭にどすりとレモンが落ちてきた。

 元気一杯な様子のレモンの片手には依頼書が握られている。

 

「ん、レモンか。急に何だよ」

「これ!!」

 

 レモンから手渡されたそれをソウは軽く見通し始めた。

 どうやら、レモンの目当ては報酬のお茶みたいだ。

 

「この茶葉、滅多に手に入らないんだよ!!後でミラに淹れてもらおうよ!」

「はいはい………これぐらいならすぐに終わるか」

 

 彼は立ち上がる。

 ふと、彼はこちらを見た。

 

「ウェンディも行くか?」

「えっ!………あ、うん!」

「後はシャルルも誘わないとな」

「さっき、ギルドの中で見かけたよ」

「なら、まずはそっちに行くか」

 

 彼は先に歩き出してしまった。

 私はそんな彼の背中をその場からじっと見つめている。

 

「………」

 

 自分の質問に答えてもらっていないことにふと残念がっていた私。が、彼と今一緒にいられるだけで満足してしまう私も存在してしまう。

 彼のことはまだ知らないことの方が多いかもしれない。でも、それでも私にとっては優しい人であって逞しい兄であることに変わりはない。

 今では彼の妹として隣に立つ私がいるが、密かに心の隅ではそれ以上の関係を望む自分がいるかもしれない。

 ………ううん、やっぱり分からない。

 確かに言えることは、その時は現在ではないということぐらいだろうか。

 

「………───」

「ソウ、何か言った?」

「んや、何も?」

 

 そんな私が気づくことはなかった。

 先を歩く彼が優しく笑っていたことに。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ゆっくりと瞼を上げた。

 と、目の前には彼の顔があった。

 

「大丈夫か?」

「お兄ちゃん?………うん、大丈夫」

 

 自分の格好を確認したウェンディ。

 と、確認したまでは良かった。認識した途端、彼女の頬に一気に赤みが帯びてきたのだ。

 これは、所謂お姫様抱っこだ。

 

「えっ!!あっ!!えっ!!」

「こら、動くな。じっとしてろ」

 

 彼に顔を見られないように降りようとするが、彼がそれを許さない。

 少々の抵抗も虚しく、諦めたウェンディは両手で顔を覆って隠す作戦に出る。

 

「うう~」

「ウェンディ、流石にこれは無茶し過ぎだぞ」

「う、うん………」

 

 兄の言葉に素直に頷く。

 昨日からの試合からの今回のソウとの勝負に自身の魔力の変動が激しすぎたのをウェンディは自覚しているつもりであった。

 

「あ………」

 

 そこでウェンディは重大な事を思い出す。

 今、試合中だ。

 あともう一頑張りだ。

 

「ウェンディ」

 

 ソウの声。

 ウェンディの意識がはっと戻される。

 

「これ以上は流石に試合は無理だからな」

「うん、分かってる。でも最後だけ………」

「ウェンディ?」

 

 彼が不思議そうな表情を浮かべる。

 ウェンディは隠してた顔を露にして、片手を彼の顔へと伸ばす。

 すっと伸ばされたウェンディの掌は彼の頬を優しく撫でる。その間、ソウは何もせず、ただじっとしていた。

 

「私、お兄ちゃんに触れたね………」

「あ、あぁ………そうだな」

 

 ふと、ソウの脳裏によみがえる。

 

『俺に攻撃を一度でも当ててみろ。もし当てることが出来たのなら、俺の敗けで構わない』

 

 彼女の右手はこれを見事成し遂げている。

 攻撃を当てるとは程遠いが、誰も魔法を当てろとは告げていない。また、彼にダメージを負わせろとも告げていない。

 触れるという行為も今のソウにとっては十分彼女の攻撃手段になり得るのだ。

 彼の出した条件をクリアして、彼を出し抜けたことが嬉しいのかウェンディの表情は満足そうに笑顔を浮かべている。

 

「………」

 

 一方で、ソウは深く納得していた。

 あえて色んな方向から攻撃をし続け、ソウに魔法攻撃を与える気があると誘導する。と同時にウェンディ本人は彼の魔法の法則性を確認。

 そして、最後に大技を彼に放つふりをして彼から大技を引き出してわざと喰らうことにより、彼から困惑を引き出す。

 最後に無抵抗に落下して彼の手中へと収まれば完了だ。

 言ってみれば簡単だが、最後に至ってはソウを心の底から信用していないと出来ない芸当だ。無抵抗に落下など並大抵の信用度では不可能である。

 ウェンディはあの瞬間、兄を信用して全てを兄に託したのだ。自分を助けてくれると信じて。

 

「気を失うほど頑張らなくてもな………」

「え!?私、気失ってたの!?」

「無自覚か?」

「う~………恥ずかしいですぅ………」

 

 若干、想定外も起きてたようだ。

 

「でも………」

 

 ウェンディはソウの瞳を真っ直ぐ見据えると、

 

「私の勝ちだよ?お兄ちゃん」

 

 ソウは軽く口元を緩め、

 

「そうだな。俺の負けだよ、ウェンディ」

 

 二人はお互い笑顔を浮かべた。

 

『おおっと!!まさかのソウ選手、リタイヤ宣言か!?』

 

「ウェンディも休みな」

「うん………」

 

 彼の胸元に抱えられ、ウェンディは幸せそうに目を瞑った。

 

「………強くなったな、ウェンディ」

 

 23分現在。

 ソウ選手。ウェンディ選手。

 ───共にリタイヤ。

 

続く────────────────────────




 裏設定:ソウの弱点

 なんか最期のシーンみたいに終わっちゃいましたが、安心してください。ウェンディ、ちゃんと生きてますよ!!
 因みに昔の回想シーンで、ソウが立ち去ろうとした時にポツリと言ったのは『その時は………ウェンディかな』です!!
 実はそれをちゃっかり聞いていたレモンがウェンディ本人に言ってたりとかなんとか………。

 追記。ソウに対してエルザやナツが同じ作戦をしても、最後の落下のやつは思いっきりスルーします笑


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【一周年記念話】ウェンディ、兄の看病をする

 なんと、この日で“波地空の竜”が一周年を迎えることとなりました!!
 \(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/
 ということで、今回は特別に記念話とさらにもう一個を一気に投稿しまーす!!
 もう一個は募集継続中であるアンケートのお試しも兼ねて“ソウの過去編”第一話を先行公開となりまーす!!
 3時間後になりますんでお楽しみに!!

 この話の時系列は大体、竜王祭が終わってすぐ辺りの設定ですね。


 妖精の尻尾、ギルド内。

 

「やってやらぁ!!」

「うるせぇぞ!!ナツ!!」

 

 普段の日常と変わらない日々。

 ナツの怒号がギルド内を響かせ、グレイが喧嘩の川切れとなる。さらに悪のりした男どものお陰で常にどんちゃん騒ぎとなるのが、当たり前の一風変わったギルド。

 

「あ~あ、また始まっちゃった」

「楽しくて良いじゃないですか?ルーシィさん」

「そう?まぁ、こんなのに慣れちゃってる私がいるのは事実なのよね………」

 

 ルーシィはため息をついた。

 ウェンディの言う通り、毎日が退屈ではないのは確かである。そして、それを楽しんでいる自分がいることをルーシィは自覚してしまっている。

 

「慣れは恐怖だね!!」

「アンタのそれは、どっから聞いてきたのよ………」

 

 レモンの自慢に、シャルルはため息を吐く。

 

「もしかして、男どもは皆参加しちゃってる?」

 

 ルーシィは目の前に展開されている喧嘩ラッシュを見て、ふと思った。やけに人数が多いのは気にしてはいけない。

 ウェンディはカウンターの方を見ながら、ルーシィの質問に答えた。

 

「お兄ちゃんはあそこにいますよ」

「ソウは相変わらずよね」

「でも逆に乱入したら、すごいことになるよ」

「それもそうね」

 

 ルーシィの脳内では、ソウの波動によって吹き飛ばされる男どもの光景が浮かんだ。彼が参加してしまったら、一瞬で蹴りがついてしまう。

 ウェンディが何かに気付いたかのように、表情が少し曇る。

 

「あれ?お兄ちゃん………」

「どうしたのよ?ウェンディ」

「……ううん。気にしないで、シャルル」

「そ、ならいいけど………」

 

 首を横にふったウェンディにシャルルはそれ以上の追求を止めた。

 どんちゃん騒ぎは終わりを知らない。

 ルーシィとレモンの不安はいつになったら、この喧騒が収まるのだろうかというものだ。油断していたら、何かが飛んできたりするので正直油断も隙もない。

 そんな時だった。

 喧騒騒ぎによって、吹き飛ばされた物体の一つがソウの頭上へと吸い込まれるように向かっていく。

 危険が近づいていてもなお、誰も気にかけないのは彼の魔法“波動壁”が自然と彼の身体の安全を守っているからである。こんな騒がしい中でもあれほど余裕をもって、のんびりしているのは彼ぐらいだろう。

 だが、今回は違った。

 

「いて」

 

 彼の口から漏れた声。

 すると不気味なほどにピタリ、と喧嘩が収まった。

 自然と彼の背中へと注目が集まる。

 

「おい、ソウに当たったぞ………」

「誰のが………」

「俺だ」

「いや、俺だ」

「嘘つくな、絶対にオレだ」

 

 彼に攻撃を与える。

 それはどんな過酷な挑戦だろうか。波動によって完全に近距離に持ち込むことすら不可能な領域に踏み込み、衝撃による猛追を掻い潜って彼に接近してダメージを加える。今までにそれを成し遂げたのはほんの数人しかいないのだ。

 そのはずなのだが、現に今、彼は物体がぶつかったと思われる頭近くを掻いている。

 

「あ~………腫れてないかな………」

 

 彼は特に気にした様子はないが、男どもにとっては一大事どころかそれ以上の問題だ。

 ソウはティーカップを手にとって、優雅にティータイムを堪能し始める。

 彼の様子を見た男どもは彼に悟られぬようにひっそりと口論を開始。

 男どもの議論は誰のが命中したのか。

 各々が主張して、誰も引かない。じりじりと時間だけが過ぎていく。

 結果として、喧嘩騒ぎが再開された。元に戻るんかい!とルーシィは突っ込む。

 

「珍しい………あのソウが………」

「あぁ。私でも初めて見たぞ」

「エルザ!?いつの間に!?」

「つい、先程だ、ルーシィ。買い物も済ませてきた」

 

 エルザの急な登場にルーシィは跳び跳ねるが、そんなことはお構いなしにエルザは続けた。

 

「何か様子がおかしいという訳でもなさそうなのだが………」

「なんで波動壁が発動しなかったんだろうね~」

 

 レモンの呟きは的を貫いていた。

 本質的に彼の普段の防御の拠点となるのは波動壁によるものである。言い換えれば、それだけで十分なほどの強力さを兼ね持つ魔法なのだ。

 波動壁は彼に向かって飛ばされた物体を勝手に弾き返す魔法。彼から一定範囲内に侵入した、かつ彼に危険が及ぶと判断されれば、無差別に安全のために迎撃する性質をもつ。彼に普通に話しかけたりしたら、魔法は発動しない。

 便利な魔法でもある反面、戦闘の際に重ねて使用してしまうと他の魔法に消費する魔力が倍増してしまう短所も持つ。なので、大抵は彼がのんびりと過ごしている時に使っている。

 

「発動しないということは意図的に止めているということなのか?」

「それか、発動するのを忘れているとかあり得ない?」

「発動出来ないって線は………薄いよね~」

 

 エルザ、シャルルの思考が飛び交う。

 ルーシィは自分で案を出しておきながら、やっぱりそれはないと自己完結していた。

 

「私、お兄ちゃんに聞いてきます!!」

 

 ウェンディが勢いよく立ち上がった。

 刹那、彼に異変が発生した。

 

 ────ガシャン。

 

 ガラスの割れる音が鳴り響く。

 喧嘩がまたしても一瞬で静寂に戻り、一斉に視線が一点へと集まる。

 スローモーションが起こったように、時間がゆっくりと進む。

 彼の体が力なく左右に揺れる。

 

「お兄ちゃん!!!!」

 

 ウェンディの懸命な叫びがギルド内に広がる。ルーシィは目を見開き、口元を押さえた。

 ────バタン………。

 ソウは意識を失ったかのように、あっさりと崩れ落ちるように………。

 床に()()()

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 ギルド内、医務室。

 

「病気?」

「はい、それも私でも治せるか微妙なほどの厄介なもので………」

「ウェンディでも治せねぇとなると、相当だよな~」

 

 突発的に倒れたソウを医務室へと運び終えた。彼をベッドへと寝かせた後に、ウェンディによる緊急の治療が始まった。

 結果、判明したのは異様なまでの高熱、手足の痺れ、大量の発汗作用が確認されたことのみ。

 医務室にいるのはルーシィとナツ、グレイ、ウェンディ。そして、エクシードのハッピー、シャルル、レモンだ。他の面子には外で待機してもらっている。誰もが不安そうな表情をしていた。

 

「ただ、命に関わるほどの重症ではないようです。お兄ちゃんの持っていた抗体がある程度緩和しておいてくれていたようで」

「なるほどな。命に影響がないように抗体が治療したが、完治は無理だったってことか」

「はい、そうなります」

 

 今、ソウは静かに寝ている。

 随分と落ち着いた様子でぐっすりと寝ているようなので、しばらくの間は起きないとのこと。

 

「んじゃ、俺は外に知らせてくるわ」

 

 グレイは医務室を後にした。

 しばらくして、外から歓声が聞こえてきた。ソウは安静にしておけば大丈夫だとグレイから知らされて喜んでいるのだ。

 

「なんて病気なんだ?」

 

 ナツの質問に、ウェンディは困った顔を浮かべる。

 

「私でも病気の原因が分からないんです………普通の熱でもここまで高くはならないし………何らかの菌が移ったとしても、ここまで酷い症状は聞いたことがありません」

「それが分かれば治療法も分かるってこと?ウェンディ」

「はい。確証はないですけど、治療方法のヒントにはなりうるかと」

 

 だが、どうやって探すか。

 ウェンディでもお手上げの病気の原因を素人が見つけられるとは奇跡が起きる時しか不可能だろう。

 ルーシィが策を思い付く。

 

「ポーリュシカさんに聞いてみれば良いんじゃない?」

「マスターに伺ったところ………今、出掛けてるみたいで………」

「ありゃ」

 

 完全に打つ手がなしとなる。

 全員が頭を悩ませている中、レモンが意見を述べた。

 

「“ダークスパイダー”………」

「え?ダークスパイダー?それって確か………S級クエストに出てくるモンスターのことよね?」

「うん………その蜘蛛のせいかもしれない」

 

 レモンのテンションは暗い。

 すると、ナツがようやく思い出したようにピコンと反応した。

 

「あっ!!あの不味いやつか!!」

「食べたんかい!!」

「おう。見た目もあれだったが、味もあれだったぞ!!」

「特に足とかヤバかったよね~」

「止めて!!想像してしまうから、止めて!!」

 

 ルーシィは必死に止めるが、ナツが止まるなんて無理だ。ハッピーも彼に悪乗りする始末。

 というか、あの生理的に拒否するような見た目の怪物をよくも食べる気になったものである。本人いわく、激不味のようだが自分で確かめる勇気などはない。

 ふと、ルーシィは思った。

 

「ナツ………お腹が痛いとかない?」

 

 ソウの病気がダークスパイダーが原因だと仮定する。だとすれば、それを食べてしまったことのあるナツもソウと同じ病気に陥ってしまう可能性があるのだ。

 ルーシィの心配とは裏腹にナツは元気そうに答える。

 

「おう!!特に何もねぇぞ、ルーシィ」

「そ………そう。なら、いいんだけど」

 

 馬鹿は病気に強いのかな、とルーシィはつい考えてしまった。

 

「普通のダークスパイダーはちょっとした粘液を持っているくらいだから、そこを注意すれば大丈夫なんだけど………」

「それでも十分脅威なんですが………」

 

 触れたものを溶かす酸性の粘液を吐き出して来るのだ。ルーシィは冷や汗を掻く。

 レモンによる説明は続く。

 

「例外がいるみたい。時折、特殊性の粘液を体内に含んだダークスパイダーが存在するってソウが言ってた」

「お兄ちゃんが病気で倒れたのも、その粘液のせいってこと?」

「多分、そうだと思う。その特殊粘液は水みたいに透明で、さらに体に付着してもすぐには効果が現れないんだって。だから、殆どの人は気付かなかったり、気にしてなかったりするんだよ。また、数ヵ月の潜伏期間があるみたいで、特殊粘液によって引き起こされる症状は唐突に出るみたい………今のソウみたいに」

「危ないわね………もし、仕事中に症状が出たりしたら危険な状況になることは間違いないのよね」

「本人に自覚がないのも怖いわね」

 

 ソウが倒れたのが仕事の最中ではなかったことが不幸中の幸いと言えた。彼の受けるクエストは一筋縄ではいかないものばかりなので、もし彼が今日クエストに行っていれば確実に危ない状況になっていただろう。

 ルーシィはふと思い出す。ソウも何かを察していたのか、今日は仕事に行く気にならないと呟いていた。

 つまりは彼の本能が彼本人を救ったのだ。事前に危機を避けるとは流石の妖精の尻尾最強魔導士だと感心せざるを得ない。

 

「治す方法は知ってるの?」

「う~ん………」

 

 レモンが頭を捻るようにして考える。

 唯一レモンの記憶だけがソウの治療の頼りなのだ。

 

「“レームアストの葉”と“ガラギウスの爪”で作るって言ってたような………」

「ん?なんじゃそりゃ?」

「私は聞いたことありません………」

「私もないんだけど………どっかで………」

 

 脳裏に引っ掛かる感触。

 ルーシィはめいいっぱい記憶を引き絞ろうとするが、出てこない。この出てきそうで出てこない微妙な感じはルーシィはあまり好きではない。

 

「皆、ちょっといい?」

 

 と、部屋にミラが入ってきた。

 彼女の手には数枚の資料がある。

 

「レームアストの葉はこの紙に書いてあるわ。ガラギウスの棲息地はこっちの紙ね」

「え?ミラさん、知ってるんですか!?」

「ええ。昔ね、ソウ君がいつか誰かが病気になっても大丈夫なように資料として残していたのよ。まさか、ソウ君本人が発病するとは思ってなかったから驚いちゃって探すのに時間がかかったけど、見つかって良かったわ」

 

 希望が見えた。

 ソウの準備の手際わさに今は感謝せざるを得ない。というか、自分が撒いた種なので何も言えないが。

 ミラはナツに一枚の資料を手渡す。

 

「ナツとルーシィにはこっちをお願いね」

「ガラギウスか!!よし、行くぞ、ハッピー、ルーシィ!!」

「あいさー!!」

「えっ!?ちょっと待ってよ!!」

 

 飛び出すように出ていったナツとハッピーにルーシィは慌てて追いかける。

 ミラは彼らを見て、苦笑する。

 

「ウェンディは………忙しいよね」

「え?」

「うん、レームアストの葉はグレイやエルザ辺りにお願いするとして、シャルルとレモンに残りの準備をお願いするわ」

「アタシ達でも出来るかしら?」

「大丈夫よ。残りは主に街で売ってる物ばかりだから、買い物に行って欲しいの」

「あ、ほんとだ。シャルル、行こ」

「えぇ。仕方ないわね」

 

 渋々といった感じでシャルルも動くことになった。早速レモンは紙を眺める。

 その間に、ミラはウェンディに一声かけた。

 

「私は調合の準備をしておくから、ソウのことはよろしくね、ウェンディ」

「あ、はい!!分かりました!!」

 

 ウェンディの返事に満足そうな笑みを浮かべてミラは部屋を出ていく。

 シャルルとレモンはまだ必要な物の確認をしている。

 

「なんでこんなものがいるのよ」

「あ、これは別にいらないがあった方が飲む人に優しいって書いてあるよ」

「要するに………美味しくするだけじゃないのかしら………」

 

 とまぁ、若干の愚痴を溢しつつシャルルとレモンも街へ出掛ける準備をする。

 

「ウェンディ、ちゃんとソウが余計なことをしないように見ておきなさいよ」

「大丈夫だって、シャルル」

「あ、別に二人っきりでソウに何をしても構わないよ?」

「っ!!?」

「あはは、冗談だよ~」

 

 ウェンディの顔は紅潮する。

 レモンの予想外なからかいがあったものの、ウェンディの介護が始まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 医務室。

 

「………っん。ここは………」

 

 ソウが目を覚ました。

 頭を軽く押さえながら、辺りを見渡す。

 医務室のベッドで寝ていたと気付いたソウはここまでの経緯を思い出そうとした。

 

「っ!!………痛いな」

 

 ひどい頭痛がする。

 なんとか我慢しながら、上半身を起こそうとするが思うように上がらない。体が異様に疲労感によって重いのだ。

 結局、起き上がるのを断念した。枕に頭を寝かせて、天井を見上げる。

 

「気分が悪かったから、ミラに入れてもらったリラックス出来る紅茶を飲んでいて………その後は………覚えてないな………」

 

 ソウは状況整理に努める。

 医務室にはソウ以外には誰もいない。外に誰かいるかを確認したいが、魔法を使おうにも体の調子が悪いので使えない。

 ようやくソウはどうしてこんな所にいたのか、理解した。

 

「熱があるのか………」

 

 はっきりと記憶が途切れている。

 つまりはそこで意識を失うほど、自分の体は異常を発していたということになる。

 そこまで我慢していたという感覚はなかったのだが、いきなり襲ってきたようだ。

 

「あ、起きたの?」

 

 すると、扉が開いた。

 入ってきたのはお盆を運んできたウェンディだ。お盆には綺麗に折り畳まれたタオルや氷の入ったボウルが乗ってある。

 

「調子はどう?」

「まぁまぁだな………」

「お兄ちゃん、起きなくていいから。そのまま寝てて」

「そうか?」

 

 ウェンディはベッドの側に設置された小さなテーブルにお盆を置く。そして、ボウルにタオルを入れて、水に浸けるとぎゅっとタオルを絞った。

 

「その氷はグレイのか?」

「うん。他にも皆に協力してもらったよ」

「迷惑かけたな………」

「お兄ちゃんが倒れた時はギルド中が大騒ぎだったよ。しばらくは収集がとりつかないほど、大変だったんだから」

 

 ウェンディは絞ったタオルを寝ているソウの元へと歩み寄ると、彼の額に優しく乗せる。

 グレイお手製の氷によって冷やされたので、効果は十分に見込まれるだろう。

 

「冷た!!」

「だめ!!ちゃんと冷やさないと」

「分かってるって」

 

 ウェンディにそう念を押されて、渋々ソウは彼女の言うことに従う。今、病人のソウよりもウェンディの方が威厳は上だ。

 ソウは話を剃らすかのように、扉に視線を向けると───

 

「やけにギルドが静かなような気がするが、あいつらはどうしたんだ?」

「薬剤をとりに行ってるよ」

「薬剤?」

「うん。お兄ちゃんが倒れたのはダークスパイダーのせいだって、レモンが言ってたから他の皆には協力してもらって薬の材料を集めてもらってる所」

「あ~………ということは、俺が書いたレシピみたいなのは残ってたんだな。まさか、自分の為に使うってのは予想外だけど」

「お兄ちゃん、ちょっと熱を測るね」

「あぁ」

 

 ウェンディは彼の額に手を当てて確かめる。彼の顔色は優れているようだか、それでもまだ熱は引いていない。

 

「まだまだ熱は引かないみたい………しんどいのなら、もう少しお兄ちゃんは寝てもいいよ」

「ごめんな、ウェンディ」

「え?急にどうしたの?」

「ウェンディにも色々と心配かけたろ?謝っておかないとって思ってな」

 

 ウェンディは優しく首を横にふる。

 

「お兄ちゃんは私の側にいてくれるんでしょ?なら、私は平気だよ。早く病気を治して皆に元気な姿を見せてね」

「そうだな………」

 

 病気を完治すること。それがソウの最も優先すべき事項だ。そのはずなのだが、ソウはそれだけでは気が済まなかった。

 ソウが次に告げた発言はウェンディを狼狽えさせるのに十分過ぎたかもしれない。

 

「俺が元気になったら、ウェンディの頼みを何でもいいから一つ聞いてやるよ」

「ふぇ!?良いの!?」

「看病してくれるお礼だ」

 

 ウェンディの驚くリアクションにソウも言ってみたかいがあるもんだと思っていた。

 ソウが提示したのはウェンディの願いを一つ何でも良いから叶えてくれること。内容はソウが実行するにあたって不可能でない限り、問わないようだ。

 

「うん。楽しみにしておくね♪」

「はは………遅めに治ってほしいな………」

「私が責任を持って早く治すからね!!覚悟しておいてよ!!」

「今のは冗談だってのに………やけにはりきるなぁ」

 

 ウェンディの気合いが入る。

 なんてたって、あの彼が無茶なお願いを聞いてくれるなんて滅多にないことなのだ。これを逃す手はない。

 

「だから、皆が薬を用意するまで、お兄ちゃんは体を休ませておいて」

 

 ソウは納得した様子を見せる。

 

「あぁ。お休み、ウェンディ」

「お休みなさい、お兄ちゃん」

 

 ソウはゆっくりと目をつぶった。

 ウェンディの兄の看病はまだまだ始まったばかりだ。

 

 

続く────────────────────────

 




まだ、二人にはイチャコラさせませんww
続きはまた何かしらの記念話で!!


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X776年 波動物語
第一話 宛のない旅


 街中におぼつきない足取りで、ふらふらとさ迷っている一人の少年がいた。

 迷子でもなく、周りに彼の保護者らしき人物はいない。それどころか、彼の側には誰も近づこうとしなかった。

 ボロボロの服に、汚れた手足。

 貧相な格好に身を包んだ少年。

 虚空のように染まった真っ黒の瞳。

 隠れた町民は怯えるように彼を睨み付ける。

 

「俺は………」

 

 気付けば、少年は町の広場の中央に立っていた。誰からも声をかけられず、ついに辿り着いてしまった。

 少年が振り向くと、家の窓から覗いている女性の姿があった。彼と目を合わせるのを、極度に拒むかのように慌てて窓を閉める。

 周りを見渡しても、少年は孤独だった。

 ───俺は誰も信じないことに決めたんだ。

 人を信用するとは、絶対にしない。少年が、その数少ない年月の中で学んだ教訓がそれだった。

 誰かに優しくされたと思えば、その人にあっさりと裏切られる。こちらが危険から助けてあげれば、その人は怪物を見るような目で見てくる。助けたはずなのに、どうしてそんな恐怖に包まれた瞳を向けてくるのか。

 分からなかった。分かろうとしなかった。

 少年にとって、それが当たり前だった。

 

 ───コツン………。

 

 少年の足元に石ころが転がってきた。

 少年の視線の先には彼と同年代と思われる別の男の子がいた。男の子の右手には石ころが握られている。

 男の子の隣には、幼い女の子が怯えながらも男の子の影に隠れてそっと少年を覗いている。顔付きが似ている。男の子の妹のようだ。

 

「化け物!!とっととこの町から出ていけぇ!!」

 

 悲痛な叫び。

 容赦なく鼓膜に響く。

 少年の胸に痛々しく刺さる。

 ………化け物。あぁ………そうなんだ。

 少年は一体何をしたのか分からない。ただ、自分が正しいと思ったことをしたのに過ぎないのにその代償はこれだ。

 他人からの軽蔑だ。

 

「ひぃぃい!!」

 

 少年が暗闇に染まった瞳を向けると、男の子は恐怖に睨み付けられたかのように体を震え上がらせる。

 男の子の足が、がたがた震えている。

 恐いのだ。何を考え、何をしようとしているのかまったく読めない目の前の自分と同じ年頃の少年を。

 少年は悲しそうな瞳を向けたまま、何も言わなかった。

 男の子と彼の妹の母親らしき人物が、相当慌てた様子で駆けつけてくる。近寄っちゃ駄目でしょ、と小さな怒声と共に母親は妹を抱いた。

 そして、その場を去ろうとするが───

 男の子が置き土産とばかりに、手に持っていた石ころを少年へと勢いよく投げ付けた。

 母親は気付いた素振りを見せず、男の子に早く来なさい、と言うと一目散に広場を去っていった。男の子は石ころを投げると同時に、結果を見ることなく逃げるように母親を追っていった。

 華麗な弧を描きながら、石ころが少年の頭上へと飛んでいく。

 少年の元へと迷いなく。

 だが、少年は動かない。

 やがて、石ころが少年の体にぶつかりそうになったその瞬間、バチンと甲高い音がしたかと思うと石ころが砕け散っていた。

 少年以外、誰もいなくなった。

 いや、誰かはいる。少年を人間として見ようとする者はいない。ここには少年を化け物として除け者にする者しかいない。

 周りからの拒絶の視線はまだ幼き少年の心を貪んでいく。

 ───出ていけ。出ていけ。

 ───私達の平和を乱すな。

 ───近寄らないで。

 ………人間とは録な生き物でない。

 少年は幼き心の中で、イヤというほど痛感した。せざるを得なかった。

 やがて、少年は歩く。

 何処へ。今の少年に居場所なんてない。

 ───何が世界は優しさに満ちてるだ。自分より恐い対象があれば、数で排除しようとしてくる。この行為に優しさなんて、微塵もない。

 

 ───嘘つき。

 

 少年は町から姿を消した。

 少年の名前は───

 

『ソウ・エンペルタント』

 

 ソウは一人、闇の中を進む。

 

 

 

 ◇

 

 初めて人から物を貰った。

 それはソウの親代わりとなっていたアスペルトが行方不明となって、数日後の話だった。

 親切そうな優しい髭の生やしたおじさん。ソウにシワの寄った笑みを添えて、食べ物を渡してきた。

 街中で宛もなく、ぶらついていたソウにとって、ありがたい恩恵だった。

 だが、それは───腐っていた。

 かじったその瞬間に、異臭が口内を包む。ソウは、たまらず吐き出した。間一髪だった。

 下手をすれば、腹を壊して食中毒になりかねないほどのものだった。

 食べ物を渡してきたおじさんは既に行方を眩ましていた。後に聞いた巷の噂によれば、詐欺師らしい。ソウに食べ物を恵んだのも、単なるおふざけだとソウは結論付けた。

 ふざけるな。少しでも警戒していたからこそ、食べ物を食すことに抵抗があったソウ。だから、今のソウは生きることが出来たのだ。もしあの時に、無心にかぶり付いていたのなら、腹を壊して体調を崩す。今の彼にとって、看病してくれるほど親しい人物が居ないがために、死へと一直線に向かっていただろう。

 ソウはふらふらとさ迷った。

 目的もなければ、宛もない。ただ赴くままに歩くのみ。彼の瞳に正気はないほど深く闇に染まっていた。

 だが、彼も人間だ。何も口にせずに歩く行為しかしなかったソウは気がつけば、意識を失っていた。

 

 

 

 

 ◇

 

「ここは………」

 

 周りを見渡す。

 辺りは暗く、布地が四方を囲んでおり、上を見ると天井がある。床は木の板が敷き詰められている。

 さらに時折、ガタンと床が揺れた。

 以上の情報からソウはここを馬車の中だと断定する。

 よく見渡すと、数人がばらばらに座っていた。共通するのは全員がまだ幼い子供だという点、服装が貧相である点、何もかも諦めたかのような虚ろな目をしていた点。

 

「あ、起きた?」

 

 隣からの幼き声。

 振り向くと、そこには黒髪の少女が心配そうに見つめていた。

 彼女と目が合う。互いが無言でじっと見つめ合う。しばらくの間、その状態が続いた。

 

「大丈夫?」

 

 こくり、とソウは頷く。

 彼が大丈夫そうだと、少女はほっと表情を緩めた。

 

「ここは?」

「………分かんない」

 

 少女は首を横にふる。

 会話をしているのは彼女とソウのみ。

 子供は誰も話そうとしない。隅に座り、引きこもっている。

 

「あ、でも運転してるおじさんがお家に連れていってくれるって言ってたよ」

 

 そうなのだろうか。

 ソウから見れば、目の前の少女は騙されてこの馬車に乗せられてきたとしか思えない。

 他人を真っ先に疑う彼にとって、少女の言うことは信じられないのだ。

 

「後、どれくらいなんだろう?」

 

 少女は露知らず、純粋な気持ちでいた。他人の言葉を鵜呑みにした彼女は周りの子供達の様子を見ても何も思わなかったらしい。

 ソウはこの少女を素直な性格、などとはかけ離れた只の残念な子としか思っていなかった。

 

「急にあなたが運ばれてきたから私、びっくりしたよ。ずっと寝てばっかで、私がつんつんしても起きないし、このまま起きないんじゃないかって思っちゃった」

 

 そして、ソウは自分も何処かへと連れ去られている最中の子供の一人だと自覚した。

 この馬車に乗る前の記憶は途切れている。唯一覚えていたのは、空腹による欲求との葛藤のみだ。

 

「お腹減った………」

「う~ん、何もないよ」

 

 少女は困った表情になる。

 ソウは空腹には慣れている。故にそこまで親身になって考えてくれる少女が不思議で仕方ない。

 ソウは立ち上がる。

 

「あ、どこ行くの?」

 

 少女を置いて、ソウは馬車の前方の方へと歩み寄った。運転席は布で遮られている。ソウからは見えないが、気配は感じる。

 男二人。姿は確認できないが、ソウの魔法なら彼らの会話を盗み聞きなど容易いことだ。

 

「なぁ、後どんぐらいだ?」

「結構あるな、早くて5時間」

「あ~あ~暇だな~」

「忙しいよりはましだろ」

「まぁな、思ってたよりもこいつらが大人しいしな。あっさり行きすぎて、怖ぇほどだ」

「誘拐されても誰も気づかねぇほどの残念な奴等ばかりを狙ったからな。ばれやしねぇよ」

 

 ソウはそれ以上を断念。

 座っている少女の元へ戻る。

 

「家に帰りたい?」

「え?うん」

 

 少女は頷く。

 何故だろうか。何故自分は彼女のことを助けようとしているのだろうか。

 自分だけここから逃げることは簡単だ。

 誘拐犯の男二人はそれほど強そうではなく、さらに実行し終えた後から来る慢心で油断している。

 馬車を突き破り、抜け出す。たったのそれだけで逃走出来る。他の子達がどうなろうと関係ない。

 ───関係ないはずなのだ。

 なら、どうして自分は彼女の安泰を気にしているのだろうか。ソウは不思議になった。

 彼女を助けても利点なんてない。むしろ、損しか返ってこないと学んだばかりだ。どうせ助けても彼女からは蔑んだ瞳で見られるはず。

 今までと変わりない。

 そのはずなんだ。

 

「………よく聞いて」

 

 何故だろう。

 ソウは無意識に彼女に知られざる事実を話そうとしている。

 少しは期待している自分がいる。

 ソウと初対面の者は初めからどこか目が濁っていた者ばかりだった。何度もそれを見るのが嫌で段々と人の目をみることを拒絶するようになった。

 彼女に声をかけられたあの時、ソウははっきりと彼女と目があった。彼女の瞳は純粋で、何色にも染まっていなかった。

 だから───

 彼女を見捨てることは出来なかった。普通なら辿り着かない結論だが彼女なら助けても良いかもなんて甘い考えが脳裏を過った。

 心の何処かではまだ他人を信じたい自分がいたかもしれない。彼女の瞳に希望を持ってみたいと別の自分が無意識に思ったのだろうか。

 ソウは少し目を落として真実を告げる。

 

「君は帰れない………」

「え?」

「これは家に帰らない。別の所に行く」

「えっ………!?えっ………!?」

 

 少女の瞳が揺らぐ。

 彼女の脳内では嘘と真でぐちゃぐちゃに混ざり混んでいるのだ。

 だが、ソウは止めない。

 

「このままだと、君の母親や父親には会えない」

「嘘だよ!!おじさんは家に返してくれるって言ってたもん!!」

 

 ソウは力なく首を横に振る。

 

「違う。君はその人に嘘をつかれてる。これから向かう場所は………分からないけどこれだけは言える」

「なんでそんなこと言うの………?」

 

 少女が涙目になる。

 否定し続けるソウに少女はそんな問いをぶつけた。

 来るのは分かっていた。

 唐突に告げられた事実をいきなり受け止められる訳がないのだ。

 

「簡単。君をほっておけないから………助けたいと思ったから」

「私を?」

「周りを見て」

「うん」

 

 少女は周りを見渡した。

 子供が数人いるが、どれも顔を隠して他人との触れ合いを完全に拒絶している。

 

「皆、寝てるね」

「寝てなんかいない」

「じゃあ、どうして下を見てるの?」

「君には分からないけど、あの子達はもう帰る場所がないと思う」

「ないの?」

「うん。だから下を向く。そうしたら、床が見えるでしょ。床を見てると何故か心が安心するんだろうね。君にはその時の気持ちが分かる?」

「………分かんない」

 

 少女は数秒の思考、否定の意を示す。

 彼女が理解出来ないのは当然。居場所を失うという経験をした者が行く末路を目撃した時に初めて理解するものだからだ。

 故にソウはかじり気味だがある程度は理解していると自負している。

 

「君には帰る場所がある。こんなところにいてはいけないんだ」

「あなたは?」

「今、君が考えるのは帰ることだけ」

 

 ソウの真剣な表情の前に少女はそれ以上言わまいと口をつぐんだ。

 

「何かに掴まってて」

「うん。皆にも言った方が良い?」

「………あぁ」

 

 少女は頷くと、大声を張り上げた。

 

「みんな~~、何かに掴まってーー!!」

 

 数人が恐る恐る顔を上げた。

 やがては力なく近くの物へとしがみついた。

 

「ここ………」

 

 何かを探るようにしていたソウは馬車の中心へと立つ。

 そして───

 

「っ!!」

 

 思いっきり真下を踏みつけた。

 すると、波が揺れたかのようにぐらりと馬車が跳び跳ねる。少女の体も軽々と宙へと浮かび上がる。彼女の手はしっかりと掴んでいた。

 馬車が地面へと着地すると同時に衝撃に耐えきれなかったのか、馬車はバランスを崩した。

 

「きやぁぁぁぁ!!!」

 

 少女の悲鳴が上がる。

 馬車は不安定のまま、横道へと逸れる。

 車輪がガタガタと揺れて、今にも横転しそうな速度で走る。

 ───止まらない。

 

「おい!!どうなってんだ!?」

「知らねぇよ!!取り合えず止めろ!!」

「お、おう!!」

「って!!前ぇ!!」

「え!?うわぁぁぁ!!」

 

 馬車が大木へと真正面から衝突。

 それは馬車の中へとはっきりと伝線した。少女の短い悲鳴が上がり、メシメシと馬車が嫌な音を出す。

 数秒後、静寂が訪れた。馬車は完全に停止していた。

 ソウのいた所では僅かに隅に置かれた荷物がぐちゃぐちゃに散乱していた。あらかじめ少女が呼び掛けていたお陰で大怪我を負った者はいない。

 床へと懸命に伏せていたソウは馬車が止まったのを確認すると、少女へと声をかける。

 

「早くここから出れる方法を探して」

「え?でも………」

「早く」

 

 ソウの威圧的な態度に少女は言葉を飲み込んで立ち上がる。

 キョロキョロと馬車の中を見渡して、少女はある一点で視点を止めた。

 

「あったよ!!」

 

 先程のせいなのか、四方を囲んでいた布地に亀裂が出来ていた。子供なら余裕ですり抜けられるほどの大きさだ。

 ソウも亀裂を調べると、背後に立っている少女に言った。

 

「先に行って安全を確認してくる」

「う、うん。気を付けて」

 

 少女に見送られて、ソウは外へと出た。

 外は森林の中のようだ。木々に囲まれており、一目ではここがどこなのか判断がつかない。

 馬車は大木の前で止まっていた。車輪の一つにひびが走っており、そのせいで運転が安定しなかったことが分かる。

 ソウは周りを警戒して魔法を発動。

 魔法による探知の結果、危険はないことが判明。少なくとも数分でかけつける距離まで人影はない。さらに遠くに町がある。

 ソウは運転席の方を見ていた。運転手と付き添いの男は動かない。さっきの衝突で両者とも意識を失っている。

 これは逃げ出すのには好都合だ。

 幸い、こっちに気絶した者はいない。いきなりの衝撃にびっくりした者はいるものの、その場から動けない訳ではない。

 時間が惜しい、とソウは少女の待つ亀裂へと急いで戻った。

 亀裂から、馬車の中へと顔を覗かせる。

 

「どうだった?」

「大丈夫。今なら逃げれる」

「え?」

 

 少女は不思議そうな顔をする。

 

「ここから出て」

「逃げるの?」

 

 ソウは肯定する。

 

「だから大人が起きる前に隠れないと」

 

 ソウの説得に少女は納得したのか、ソウの抜け出した時と同じように亀裂をくぐり抜ける。

 

「他の皆は?」

「君がそうしたいのなら、好きにすれば良い」

「なら、連れていく!!」

 

 少女は再び中へと戻る。

 中から彼女の呼び掛ける声が聞こえる。ソウは外から黙って見守っていた。

 数分後、ソウの予想とは裏腹に子供が出てきた。あのまま閉じ籠っているかと思っていたソウは面食らった。

 

「あっちに」

 

 ソウの指差す方へと子供達はとぼとぼと小さな足取りで歩いていく。

 ソウの記憶の限り、最後の一人が出てきた。

 後は彼女だけだ。 

 

「皆、私と同じように嘘つかれてたみたいだよ。お父さんとお母さんが捨てたって」

 

 ピョコッ、と顔を出した少女はソウにありのままに告げた。

 ソウは少女へと手を差し伸べる。

 

「ありがとね」

「うん」

 

 少女はソウの手を掴むと、ソウが力限りで引っ張り少女の体が馬車から抜け出す。

 彼に笑顔を見せた少女は彼の手を握ったまま、その場を離れようとする。

 

「ほら、私達も早く行こ?」

 

 少女は彼に背を向けて歩こうとするが。

 ───ソウはそれを拒絶した。

 

「どうして?」

 

 少女の疑問はすぐに解消される。

 ソウの背後に大きな人影。

 

「どこ行く気だぁ?」

 

 凄い形相をした男がソウと少女の目の前に立ち塞がったからだ。少女は恐怖を感じて、彼の背後に隠れる。

 

「いきなり何が起こったかは知らねぇがてめぇの仕業のようだな」

「ど、どうするの………?」

 

 ソウの背後で怯えている少女。

 

「逃げて」

「え?」

「ここは危ないから」

「でもあなたを置いていくわけには………」

「大丈夫。一人で平気だから」

 

 少女はそれでも動こうとしない。

 ソウが一歩前へ出て、男の顔を見上げる。

 少女の片手が彼の背中をかする。

 

「俺が魔法を起こした。だから、俺だけで十分のはずでしょ」

「てめぇ………魔導士か!!」

「あの子は見逃してくれない?」

「ふ………いいだろう」

 

 ソウは背中に回した手で彼女を追い払う仕草をする。後ろを見ようとはしない。

 少女は何かを言おうと口を動かすが、何も言わなかった。

 

「ごめんね」

 

 最後にそう彼に告げると、男から逃げるように駆け出した。

 

「男の宿命ってやつか?坊主」

「ううん違う」

「ほほぉ~、まぁいいや。魔導士はこの地方じゃあ珍しいからな。オレの為に働いてもらうぜぇ」

 

 男はソウを見下す。

 魔導士は多く存在するが、その数は限られてくる。ましてや彼らのいる地域では魔導士の存在自体があやふやなほど、圧倒的に数が少なかった。

 そこに魔力を操るソウが名乗り出たのだ。

 男の取り扱う仕事では魔導士の価値は群を抜けて高い。故に男にとって、目の前の小癪な少年は絶好な獲物だった。

 そのはずだった────

 

「あの子に逃げてもらったのは、この魔法がまだ制御しきれてないからね。怪我してもらったら困る」

「はぁ?」

 

 男がいきなり呟きだした彼に不思議そうな態度を見せる。内心では、何言ってんだぁ?と彼を見下していた。

 

「てめぇ………何してんだよ?」

 

 ソウは右手を天へとかざした。

 軽く笑みを浮かべながら、ソウは男に優しさから来る、念のための忠告をしておく。

 

「先に言っておく」

 

 ───死なないで。

 

「っ!!」

 

 少年のかざした手から青い球が具現されたかと思うと無音で破裂。

 刹那───轟音と共に森林が崩壊した。

 

 

続く────────────────────────




【おまけ】

 その後、森だった所を歩くソウ。

「あ………少女(あの子)の名前を聞くのを忘れた………まぁ、いっか」


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